ある季節を、ぼくは探していた。それなのに、ぼくはそれから逃げていた。深い霧を抜けようと、ぼくは思っていた。それなのに、ぼくはそれから逃げていたのだ。弱いぼくは傘をさし、モノクロームなままの街で逃げるだけだった。君は夜明けのまにまに雨を降らしてくる。コーヒーは苦いまま冷めていく。蓮の花もまだ服をきたままで、蜘蛛の糸も垂れてこない。「さよなら」と言えないぼくが逃げこんだところは、ぼくの知らない街だった。
【短編】ある猫は悩んでいた。それは猫が恋している女学生の顔から、笑顔が消えたことだった。どうして彼女は変わってしまったのか、猫はわからないでいた。彼女の失くしてしまった表情を見つけ出すため、猫は自分なりに彼女を救おうと努力するが……。
【短編】深い影によって、顔が見えない君は簡単に引き金を引けてしまう拳銃を握っていた。君の心はまるで壁だ、と言う白黒テレビは、そこにかつてあった「海の下にある街」で起こった出来事を静かに話しはじめる。
【短編】振り返れば、僕のためにさよならをする誰かが手を振っている。振り返れば、思い出が起きている。影もない足元に、涙が隠れてる。
僕の街。僕が生まれ、僕が雨を知り、雪を知って、空の青さを一番多く見た街。初めから、今の瞬間もずっと僕にへばりついた薫りや感情も、すべて教えてくれた街。僕が暮らすこの街の名は「くらげ町」と呼ぶ。正確に漢字にしてみると、「暗気町」と書く。くらげ町には、いつも海が隣り合わせになってあった。僕が生まれた頃から、あの海はあの海のままだった。僕の街。僕が母を知り、言葉を知り、子宮の中を忘れた街。つまり僕の故郷を、説明するとそんな街だった。