僕は君と旅をするけれど。

 僕が君とであったのは、よく行くショッピングセンターの一角にある小さな本屋だった。それまで君と僕はとても離れた街で住んでいた。けれど、たまたま邂逅したことをきっかけに、僕は徐々に君へとなにか特別な感情をささげるようになった。君に僕の血をさずけ、君に僕の時代をささげ、君に僕のすべてをさずけた。夜になると僕は君に会いに街へ、飛びだすのだ。その高鳴っていく僕の心は、さきに遠くに行ってしまう君の尻尾の影をつかもうともがきつづけていた。それが、僕が君を好きな理由だ。君はいつも振り向かない。僕はいつも君を通り過ぎない。いつまでも君は僕のまえを歩き、僕はいつまでも君の影を追っているだけなのだ。それでいい、僕にはそれでいいのだ。
 君はいろいろな街へ旅をする。街にはいろいろな人がいて、出会って、話して、別れる。「さよなら」と言って、名残惜しさもなく君は立ち去る。君にさそわれて僕も一緒に旅をするけれど、そのたびに僕はつよい軋轢を感じる。つよい葛藤を覚える。すぐ僕は弱くなる。だらしなくなって、膝の擦りむいた傷を重症みたいに扱う。怠る僕に、君はなにもいわず待っている。すぐ僕は「ねえ、すこし休もうよ」と乞う。君は返事もせず、振り返ることもなく立ち止まり、僕が「もういいよ」というまで休憩に付き合ってくれる。無頓着で、無機質な君に、僕は感謝しているし、憧憬していた。でも、君かって僕がいなくちゃ生きていけないことを知っているだろう。僕と君は、もう手を繋いで歩くしかないのだ。だから君は僕を旅にさそうのだし、僕も君についていくのだ。君が欠けているところを、僕が補う。僕の思考にすぐ興味をしめす君は、笑わないし泣かない。だから僕は君と約束をする。契約をする。僕が君にいろんなことを教える。だから君も僕にいろんなことを教えてほしい。そんな風に、僕らは共に生きなくちゃいけない。
 いろんな街を君と旅してきた。それらの街それぞれで葛藤することがあった。自身の存在理由について悩んだこともあったし、完全な平和なんてあるのか考えたこともあった。思春期になって劣等感などに潰されそうになったし、人は無くしてしまったものを求めるのだという考え方も得た。嫉妬に狂ったし、恐怖は連鎖するということも分かった。いろんな街に出れば出るたびに発見することがある。君も僕も、それらを蓄えていく。そしてまた歩きだす。違う街へとむかう。
 もし僕と君が離れることになったら。最近僕はそんなことを心配するようになってしまったよ。もう出かける街が見つからなくて、僕も君におしえることがなくなった。そんなことになってしまったら、なんてことを考えてしまうよ。振り切りたくても、振り切れない。そんな霧がただよっているんだ。でも、まだ大丈夫だと思いたい。心配している間は、まだ大丈夫だろう、て。もし僕らが「さよなら」と言葉を交し合ったときがきたとしても、君のことをたまには思い出しても許してくれるかい? そのとき、また新しい街を発見するかもしれないしね。僕らは歩く。霧をぬけて、夜の向こうへ歩くよ。君と僕の一人で。そう、一人でね。ここからがスタートだと、街を見つけるたびに言うよ。僕は君と旅をする。
 無表情な君と、感情豊かな僕の一人で。旅をしつづける。多分、これからも。

僕は君と旅をするけれど。

なぜこれをエッセイにしたのか。それはこれが僕の話だからです。僕が小説にたいして、思うことやこれからに向けて。そういったことを暗喩的ではあるけれど書いたつもりです。
言ってしまえば、「君」という人物は小説そのものです。僕はこのように小説を執筆してきました。まだまだ技術などのは青くても、作品にたいする思いはどれも強いと自負できるくらいに、小説にたいして思ってきました。けれど、その一本を書くたびに、やはり様々な劣等感などに襲われるのです。他の方をみて自信がなくなったり、はたして書き切れるのかという不安、自身の知識の乏しさや語彙の少なさ。そういったものにいつも悔しくなって、つい逃げてしまうのです。そういったことなどのネガティブな自分に、「大丈夫だ大丈夫だ」と思い込ませたくて書いたものです。だからエッセイというジャンルを借りました。

僕は君と旅をするけれど。

君が僕に案内してくれる旅先はどこも素敵な場所だ。君は僕と手をつなぎながら、歩いていく。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-16

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