【夢見ノ記】 第十一話(最終話) 夢そのもの

【夢見ノ記】シリーズ
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 花屋に行くと、店にはヒマワリの花が売られていた。かごには小ぶりのヒマワリの花が並び、鮮やかな黄色が目立つ。季節のその花を目にすると、 あらためて夏が来たのを感じる。
「こんな小さいヒマワリもあるんだね」
 と、睡は興味津々で眺める。
 花屋は笑って、「気に入ったのなら一本あげましょう」と言って包んでくれた。
睡はお礼を言って、花を受け取る。
 花屋へ来たのは、質屋からのお使いだった。いつもの煙草の葉をもらいにだ。
「どうしました?」
 睡の顔色を見て、花屋は怪訝そうに尋ねる。
「あのさ、守はまだ。その、あの葉を使ってるのかな」
 おずおずと睡が聞くのを、花屋はにっこりと笑う。
「守秘義務がありますから、なんとも言えませんね」
「そうだよね〜」
 と、睡はあからさまにガッカリする。気にはなるが、そこまで実は心配していなかった。あの一件以来、守は少し変わったように思っていた。どこがどうと上手く言えないが、雰囲気が穏やかになった気がする。
 その話を花屋にすると「そうですか」と、さらりと流された。睡が盗み見ると、花屋は少し安堵したような笑みを浮かべていた。

 ヒマワリの花を持って訪ねると、守は「なんか用か?」と対応はいつものように冷たかった。鳥がいなくなってから、本来なら守の家へ来る理由はないのだが。口で不平不満を言っても家へ上がらせてくれるので、睡は今も守の家へ通っている。
「今日は、あっついねぇ。あ、守。エバちゃんからこの前もらった梅シロップ、ジュースにして飲みたい」
「お前なぁ~。ちったあ遠慮しろ!」
 睡はヒマワリを花瓶に生けた。殺風景な居間に、黄色い花がよく映える。風が吹いて、窓辺にかけられた風鈴が涼しげな音を立てた。
 守は文句を言いながらも梅ジュースを出してくれて、睡はごくごくと一気に飲み干した。
「ねえ、守。なんか音が聞こえる。あれって、太鼓? 笛?」
 遠くから祭り囃子が聞こえてくる。練習なのだろうか。ときおり音が途切れて、また音色が聞こえてくる。
「ああ、祭があるんだ。たしか近所で、あれは今夜だったかな」
 守は気のない返事をする。祭と聞いて、睡は瞳を輝かせた。
「行きたい! 一緒に行こうよ!」
「え。いやだ」
 即答で守は拒否した。睡は「なんでだよ~」と抗議する。
「面倒くさい。それになんで、お前と行かにゃならんのだ」
「ええー。なんでさ。いいじゃんか。守のケチ!」
「ケチって、お前なあ」
 守は呆れて、それ以上相手にしてくれない。睡はしぶしぶ諦めた。

 守の家を出てから、睡は質屋へ顔を出した。質屋にはお使いの品と、今日は夕方に来るように言われていた。
 質屋は睡を見て、目を細めて笑った。
「いらっしゃい。お使い、ありがとさん」
「エバちゃん、なんか良いことでもあったの?」
 ふっふっふっと意味ありげに質屋は笑う。おいで、と手招きされた。質屋の店からつながる、母屋の家へと上がる。
 質屋は睡の前に、一枚の浴衣をひろげた。朝顔の柄が描かれた着物は、涼しげな色をして綺麗だった。
「あんたに着せてやろうと思ってね。今夜は祭があるだろう」
 と、質屋は言う。守の家にいたとき、祭り囃子が聞こえてきたのを思い出した。睡は浴衣を眺める。嬉しくて顔がにやけてしまう。
「この浴衣、どうしたの?」
「守の姉のおさがりだけど状態は綺麗だし、あんたに似合うだろうって」
 質屋は笑って、その浴衣は守が用意してくれたのだと教えてくれた。
「守には言うなって言われて。本当は、内緒なんだけどね」
「エバちゃん……だから内緒の話が多すぎだって」
 睡は思わず笑ってしまう。守はやっぱり相変わらず不器用で優しいと思った。
 質屋に着付けをしてもらい、睡は髪留めもつけて髪を整えてもらった。初めて着る浴衣が、なんだかこそばゆい。嬉しいのと落ち着かない気持ちでふわふわして、心も体も弾むようだ。
 浴衣を着た睡を上から下まで眺めて、質屋は満足げに頷いた。一仕事終えたような顔である。
「うんうん。綺麗だよ。守に見せに行くといい。それで一緒に祭へつれだして、屋台をおごってもらいな」
「でも俺、さっき断られたんだ。守は、祭には行かないってさ」
「やれやれ。素直じゃないのは相変わらずな子だよ」
 と、質屋は嘆息する。にいっと意地の悪い笑みを浮かべて、質屋は睡にこっそりと話した。
「なあに。あんたを祭につれていけって、アタシからのお願いだと言えばいい。渋るようなら、こう言いな。祭につれていかないなら、アタシが例のあんなことやこんなことを、ポロッと口を滑らせちまうかもね、て」
「それ、脅しだよね」
「いいんだよ。あの子にも口実が必要なのさ」
 と、質屋はカラカラと笑った。

*******

 祭の提灯が並び、屋台の美味しそうな匂いが漂ってくる。人混みのなか、祭の客はそれぞれに楽しんでいる様子だ。賑やかな雰囲気のなか、守と睡は並んで歩いた。
「あれは何?」と守に屋台のものを聞きながら、睡は下駄を鳴らして歩く。下駄の音さえ楽しいようで、睡は見るからにはしゃいでいた。
 睡が着ている浴衣は朝顔の柄が爽やかで、髪留めをした姿はどこから見ても女の子だった。普段が少年のような格好で「俺」なんて言っているのとは大違いだ。浴衣姿を見た守が「馬子にも衣装だな」と言ったら、睡に怒られた。
 結局、強引に誘われて、守は祭へ一緒に行くことになった。質屋に何を吹きこまれたか知らないが、とんだ脅し文句だと辟易する。
 浴衣の丈があって良かったと思ったのは内緒である。言うのは照れくさいし、面倒だった。姉のおさがりである浴衣は、守が幼い頃に見た記憶のまま、布地の朝顔も色褪せていない。
 姉と手をつないで歩いた夏祭り。迷子にならないように弟の手を握る姉の姿。祭りに行ったのは、両親が生きていた頃までで。朝顔の浴衣を最後に、夏祭りへ姉と一緒に行った思い出はなかった。
 ふっと思い出した幼い記憶に、守は苦笑いをする。
「睡。これ食うか?」
 守は屋台のりんご飴を指さした。聞かれた睡は目を丸くして、「食べる!」と大声で返す。
 姉に買ってもらったりんご飴の味なんて忘れたのに。不思議と懐かしくなって、らしくないことをしてしまった。きっと浴衣のせいに違いない、と守は思う。
 透明な飴をぬられ、てかてか光って真っ赤なりんご。幼い頃は大きく感じたが、今はそんなことも思わない。睡は満面の笑みでりんご飴を食べている。その姿が微笑ましかった。
 久しぶりに祭を楽しんでいることに気づいて、守は少なからず驚いた。目の前でくるくる表情の変わる、睡を見ているのが面白いからだろう。
 夢で死にかけたというのに、それでも睡は〈夢見〉になると言って、質屋の修行を受けている。ときおり思いがけないときに、ひょっこり睡は現れる。おなかが空いたと言って、少しも悪びれない。のんきなものだと、守は呆れるしかない。
 夜空がパッと明るくなり、大輪の花火が咲く。周囲の人々もワッと沸きたち、空を見上げる。
 ドオオォンと大きな音が聞こえるほうへ、睡が守を引っぱっていく。人混みを抜けて、広場でもっとよく見ようと誘う。
 りんご飴をかじりながら、睡と一緒に守は花火を見上げた。いくつかの種類の花火が上がり、夜を明るく照らす。
「きれいだねえ。夢みたいだ」
 と、睡は目を輝かせて呟く。
「夢は、そういうものなのか?」
 守が尋ねると、睡は「あ」と、今気づいたというような顔をした。
 守が夢を見ない体質なのを忘れていたのだろうか。それを思い出して、睡は気まずくなったのだろうか。守は瞬時にそう考えて、睡に気を遣われるのは嫌だなと思った。
「分かった! 守が夢を見られないのは、守自身が夢だからなんだ!」
 唐突に、睡は叫んだ。
 連打で大きな花火が打ち上げられて、一段と空が明るくなった。睡の着ている浴衣の朝顔が、光に照らされてくっきりと目に映る。
 守は、姉の言葉を思い出した。夢を見られない弟に、姉が言ってくれた言葉。守が、姉の夢そのものなのだと。
 睡の言葉が、自分のなかの記憶とあてはまったとき、守は思わず噴きだした。
「ははっ。なんだよ、それ」
 守は笑った。久しぶりに肩の力が抜けて、おかしくて笑った。
 睡が間の抜けた顔で、守を見つめている。何かに驚いたかのような面持ちだったが、すぐに睡はくしゃくしゃの顔になって笑った。
「どう? 俺の新たな発見、当たってるんじゃない?」
 睡が嬉しそうに声をあげたとき、また花火が上がった。終盤の目玉となる花火が、夜空に咲く。長く尾をひく、しだれ柳の花火だ。
 花火の光が、睡の笑顔を華やかに照らす。瞬きはほんの束の間で。白く降りそそぐ雨のように、花火の光が弧を描いて落ちていく。最後に残った光の粒が、夜空に散って消えていった。
 余韻の残る空を見上げて、「そうかもな」と、守は呟いた。

【了】

【夢見ノ記】 第十一話(最終話) 夢そのもの

更新が遅くなり申し訳ありません。
【夢見ノ記】はこれにて完結です。
最終話まで読んでいただき、ありがとうございます。

【夢見ノ記】 第十一話(最終話) 夢そのもの

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-20

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