【夢見ノ記】第一話、夢鳥の卵

かなかな

【夢見ノ記】第一話、夢鳥の卵

一、夢鳥(ゆめどり)の卵

 (すい)が手に入れた卵は、なんだか奇妙なものだった。見た目は普通に売られている鶏卵のようなのに、触った瞬間の違和感に驚く。それは手のひらにしっとりとなじんで、殻はふわふわと柔らかかった。
「うわあ」と思わず声がもれた。
 温かいその卵は、生きている感触がした。

******

 夜明けが近い。もう店じまいだなと思い、(もり)は腰をあげる。
 彼の商売は、夢を売ることだった。人間が眠っている間に見る〈夢〉そのもの。お客が望む夢を見られるように、夢の世界から入手できる数少ない品を売る。夢を求める人間が引っかかりやすいのはもっぱら夜なので、商いする時間は夜中が定番だった。
 深夜に、道ばたでひっそりと商品を並べて商いをする。夜が明ける前に撤収する。どこで店を開くか、定位置は決めない。それでも商売として成り立っているのは、それだけ夢にご執心の輩が多いことと、夢そのものに引き寄せる何かがあるからだろう。
 商売をしている彼自身には、どうでもいいことだった。物が売れればいい。それだけだ。
 ふいに「おい」と呼ばれた。客かと思って顔をあげると、見知った男が目の前に立っていた。
「おや、鳥飼い(とりかい)のだんな」
 何気なく声をかけたが、守は驚いていた。もうすぐ陽が昇る頃合いに、鳥飼いという男が姿を見せることは珍しい。いつも決まって会うのは深夜なのだが、今日はどうも様子がおかしい。
 鳥飼いの面持ちは暗い。守は嫌な予感がした。
「私の卵が盗まれた!」
 悲痛な声をあげる鳥飼いを見て、守はぎょっとした。切迫した声色に悲痛な面持ち、これは面倒くさいことに違いない。内心、関わりたくないと思った。
 守の顔色を見て、鳥飼いはそれと察したようだ。掴みかからんばかりに守へ叫ぶ。
「なんだ! 人の不幸がそんなにおかしいか!」
「いや。そもそも興味がない」
「薄情者め!」
「俺の知ったことか!」と守が返せば、鳥飼いは泣きまねをして同情を誘った。そんな嘘くさいことをよく平気でやれるものだと、あきれつつ半ば感心する。
 鳥飼いの話では、彼の飼う〈夢鳥〉が先日卵を産んだらしい。夢鳥とは、手元で飼えば持ち主の望む夢を見せてくれるという鳥だ。その卵は貴重で、売ればけっこうな金額になる。できれば守も欲しいところだが、夢鳥を溺愛する鳥飼いはなかなか卸してくれないのだ。
「どこかで落としたんだろ?」
「もう探したさ! だが向こうで、私の鳥達が見つけられなかったということは、こちらに来ているはずだ。卵が勝手に移動するはずがない。これは盗まれたんだ。そう思うだろう?」
 その卵と犯人を探してくれ、卵だけ無事でもかまわないと、鳥飼いは言ってきた。困ったときだけ頼るなど都合が良すぎる、と守は思う。
「見つけてくれたら、卵を一個やってもいい」
「よし。その話のった!」
「げんきんな奴め」と言う鳥飼いの言葉を、守はさらっと流した。

 鳥飼いに頼まれて、卵の捜索を始めたはいいが、闇雲に探すわけにもいかない。守は手がかりになるものとして、鳥飼いの夢鳥を借りることにした。だが、困ったことに守には夢鳥が全く見えないのだ。声も聞こえない。
「私の可愛い鳥をお前に貸すのは、正直ごめんなところだが。いたしかたない」
 と、鳥飼いは言う。守は相手にする気もない。勝手に嘆いていろと思う。
「俺には見えない聞こえない夢鳥に、卵のありかをどうやって教えてもらえばいいんだ?」
「なに簡単だ。なにしろ私の素晴らしい鳥だからね。お前を導いてくれる」
「簡単なら、あんたがやればいいじゃないか」
「無論できればそうする! だが、私はここに長くはいられない」
 鳥飼いは言うが、本人はちっとも困っているようには見えない。
 夢に深入りしすぎた鳥飼いは、現世に長くとどまれない。なぜなら夢と現世の居場所を取り違えてしまったからだ。普通の人間が現実で生きているのと同じように、鳥飼いは夢の中で生きている。鳥飼いにとっては現世が夢であり、夢が現実なのだ。
 守とこうして会っているのも、鳥飼いにとっては夢を見て会話しているようなものだと言う。だが、守は夢を見たことがないため、鳥飼いの言うことは理解できないでいた。
 守には夢鳥の姿が見えない。けれど、自分の肩に何かの気配を感じる。なんだか不気味に感じて、守はぶるりと身震いした。心なしか肩が重い気がする。
 ぶらぶら外を歩いていたら、ふいに肩口を引っぱられるような感じがした。夢鳥のしわざか、と思う。そちらへ向かうと、二手に分かれた道へ出た。またも一方の肩をつつかれて、こっちだと呼んでいるようだった。
 見えないが確実に肩に乗っているらしい夢鳥を、守は信じないわけにはいかない。
 夢鳥は、相手の願うものに姿を変えて、夢を見せてくれると聞いた。守のように見えない者にとって、夢鳥はそれこそ夢のような生き物だ。
「はあ。まったく、なんで俺がこんなことを」
 もちろん報酬に目がくらんだせいではあるが。守は鳥飼いに良いように扱われていると思った。だが鳥飼いには世話になった借りもあるため、頼み事をむげにもできない。
 夢鳥に導かれて、守は橋のたもとへ出た。小さな川の両岸には桜の木がある。五分咲きの花が、風に吹かれて揺れた。花弁がちらちらと舞い、川面に落ちていく。
 橋の上に子どもがいた。欄干にもたれて、手に持った何かを眺めている。光りに透かして見るように、それを目の高さに持ち上げていた。
 その子が持っているのは、卵だ。
「ちょっと、君」
 守が声をかけると子どもは振り向いた。丸い大きな目が、守をまっすぐに見つめる。
「なに?」
 高い声が響く。少年は声変わりのしていない、小学生か中学生かという年頃に見えた。守が近づいても警戒する様子はない。むしろ少年の方から目を輝かせて近寄ってきた。
「ねえ、兄ちゃん。その鳥はどうしたの?」
 少年の言葉に、守はぎょっとした。普通の人間には見えないはずの夢鳥が、この少年には見えるらしい。
「きれいな子だね。名前はあるの?」
「お前、夢鳥が見えるのか」
「ゆめどり? へえ、初めて見たよ」
 きょとんとした顔は、嘘を吐いているように見えない。
 守は、少年が手に持っている卵を指さした。
「その卵、ちょっと見せてくれないか」
「うん、いいよ」
 あっけなく卵を差し出され、守は肩すかしを食う。
「これ、拾ったんだけど。普通の卵じゃなさそうだし、どうしようかなって思ってたんだ」
 少年は守の肩に視線を向ける。肩にとまっているらしい夢鳥を見ているようだ。
「この卵、その鳥のなんだね。見つかって良かった」
 にかっと満面の笑みを向ける。少年には屈託がない。
 守は卵を受け取り、その異様な柔らかさに驚いた。
 まじまじと見つめる。卵から、ぱきり、という小さな音がした。
「あ」
 白い卵の表面に、小さなひび割れができている。

 現在の状況を聞きにきた鳥飼いは、守の家でふんぞり返って待っていた。現世に住みかのない彼は、なにかあれば守の家に来ている。今回もそうで、勝手にあがりこんで茶をすすっていた。
「おい! それは俺の桜餅じゃないか?」
「うむ、うまかった。ごちそうさま」
 鳥飼いは悪びれる様子もなく、両手をあわせた。「くそっ。楽しみに取っておいたのに」と、守はぶつぶつ文句を言う。
 鳥飼いは、守の傍にいる少年に気づいて「その子は誰だ?」と尋ねた。
「卵を拾った、と本人は言ってる」
 守がかいつまんで説明し、少年は屈託のない笑みを鳥飼いに向けた。鳥飼いは一瞥して、ふんっと鼻を鳴らす。
「そんなことより、私の可愛い鳥の卵は?」
 潤んだ瞳で鳥飼いに言われて、守は恐る恐る卵を取りだした。
 一目見た途端、鳥飼いが叫ぶ。
「なんてことだ!」
 鳥飼いの悲鳴に、守は肩をすくめた。
「卵はまだ割れてないから、まだ大丈夫じゃないか?」
 守が言うと、鳥飼いの「とんでもない!」と興奮した声が返る。
「いいか。卵にひびが入ってしまったら、もうそれは半分生まれかけているんだ。一番の問題は、今、ここで割れてしまったことだ!」
「どういうこと?」
 と、少年は言う。卵が割れた責任の一端は、この少年にもあると守は思っていた。なので、こうして鳥飼いに引き合わせたのだ。
「夢鳥は、卵から生まれた世界でしか生きられない。現世で割れてしまったら、もう夢には住めないのだよ」
「ということは、現世で生きる夢鳥はどうなるんだ?」
「夢に住めない鳥は、ただの鳥だ」
 ひびの入った卵を眺めて、鳥飼いはがっくりと肩を落とす。よほど気落ちしているかと思うと、鳥飼いはぱっと顔をあげた。
「守。お前にこれをやろう」
「え?」
「見つけてくれた報酬に、卵をやる約束だった」
「いやいや、ちょっと待ってくれ。それは卵をもらう約束であって、夢鳥をもらうのとは違うぞ。しかもそれ、生まれてくるのはただの鳥なんだろう?」
「今の時点では、夢鳥の卵には違いない」
「横暴だ! 飼えないからって、ていのいい厄介払いじゃないか」
「なにを! 私は泣く泣く、可愛い卵を手放すのだぞ。失敬な」
 鳥飼いの剣幕に押されて、守はそれ以上何も言えなくなった。

 結局、守は割れた卵を受け取った。鳥飼いに負けたことと、桜餅を食われたことが少なからず悔しい。
 鳥飼いは用が済むと、早々に姿を消した。夢へ帰ったのだ。
「いつ生まれるのかな」
 そう言って、少年が笑う。
「なんでお前は、俺のうちにまだいるんだ」
 守が睨んでも、少年は気にしていない。
「夢鳥が生まれる瞬間を見てみたいから」
 と、少年はあっけらかんと言う。守は盛大にため息を吐いた。ていよく卵を押しつけられ、面倒な子どもには居座られて、今日はとんだ厄日だ。
 畳に置かれた座布団の上に、夢鳥になりそこねた卵が鎮座する。今か今かと鳥が生まれる時を待つばかりだ。
 少年は畳に寝転んで頬杖をつき、座布団の上の卵を見つめる。
「あ。卵って、暖めたほうがいいのかな」
「そんなもの知るか」
「せっかく生まれそうなのに、それはひどいんじゃない?」
「俺が欲しかったのは夢鳥の卵で、ただの鳥に用はない」
「あ!」
 少年が声をあげる。
 卵から、ぱきぱき、と音がした。
 二人は固唾をのむ。卵が割れていく。卵の殻が剥がれ落ちるのではなく、ひび割れた筋から花が開くようにほどけて。卵形の球体から別の形へと変化していく。
 それは鳥の形になった。大きさはカラスくらいだが、姿形はカササギに似ている。色は雪のように真っ白だ。
 生まれたばかりの鳥を、二人はぼうっと見つめた。
「名前をつけよう」と言う少年の声で、守は我に返った。
「おい、勝手なことを言うな。飼うつもりはないぞ」
「えええ? じゃあ、捨てちゃうの?」
「元々、商売道具に売る予定だったんだ。価値は下がるが売れないこともない」
「じゃあ、俺が買う!」
「はあ?」
 守は思わず、すっとんきょうな声をあげた。
「お前みたいなガキに払える金額じゃない!」
「俺なら、金よりもっと良い物を用意できるよ!」
 少年は胸を張って答えた。あまりに自信満々な物言いに、守は驚く。
「俺には夢鳥が見えただろ? それは俺が、夢へ自由に行き来できる特異体質だからさ。夢に関わる品物は、こっちじゃ高値で売れるんだろう? 俺は夢から、自由に取って来られるんだぜ」
 少年の言うとおり、夢の世界で取れる物は、現世では希少価値の物として売買される。実際に守は、その夢に関わる品を売る商いをしている。
「兄ちゃんの欲しい物を探してくる。どう? 俺と取り引きしない?」
 守は一瞬迷ったが、こんな機会はなかなかあるものではないと判断した。
「よし、いいだろう。お前に売った」
 後に、この時の己の決断を大いに悔やむことになるとは。今、当の守は知らなかった。
 少年はにっこりと笑う。
「俺の名前は、睡。よろしくね」
「ああ。俺は、守だ」

*******

 睡は舟に乗っている。周囲は真っ暗で、見えるのは流れる川面の波ばかり。舟の舳先に座る男が、手に持つ明かりで行き先を照らしているが、その先には何も見えない。暗闇が続くだけだ。時折、艫に立つ船頭が操る櫂の音が、規則正しい波音を奏でている。
 舟の明かりに照らされて、うねうねと蛇のように波がうごめく。舟はさほど大きくなく、客が乗れるのは三、四人というところだ。今のお客は睡ひとりである。
 睡はぼんやりと座り、どこともなく波のゆらめきを見つめていた。
「驚いた。お前さん、昼間の子じゃないか」
 ふいに声をかけられて、睡は目を丸くした。暗闇の先から、鳥飼いが突然現れたのだ。大きなつづらを背負った鳥飼いは、地面を歩くかのような自然さで、川の上を渡って舟へと近づいてきた。
「あ、おっちゃん!」
「おっちゃんはやめてくれ。鳥飼いと呼んでくれればいい」
「じゃあ、鳥飼い。すごいね、どうやってそこ歩いてるの? 浮いてるの?」
 睡は舟から身を乗り出して、鳥飼いへ食いつくように尋ねた。
 鳥飼いは水面に佇んで、「飛んでるのさ」と事もなげに言う。
「こんなとこで会ったのも何かの縁だ」
 鳥飼いは、いいものを見せてやろうと言った。
 鳥飼いが指笛を吹くと、水面がさざ波をつくった。ばしゃばしゃと飛沫をあげて、一羽の鳥が姿を現す。生き物がいる気配など全く感じなかったのに。川の中からその鳥は飛び立ち、鳥飼いのそばを舞って腕にとまる。
 鳥飼いは愛おしそうに鳥を見つめ、声をかけて笑う。
「それが夢鳥?」
 睡が聞くと、鳥飼いは「そうだ」と答えた。
 舟の上で、睡は夢鳥を眺める。
「今日、あの卵から鳥が生まれたよ。この子とは姿が全然違うけど」
「あれはもう夢鳥ではなく、ただの鳥だからな」
 それ以上、鳥飼いは聞こうとしない。ただの鳥には興味がない、とでもいう態度だ。
「私の鳥は美しいだろう?」
 鳥飼いは誇らしげに言う。
「うん。綺麗だよ」
 夢鳥は確かに美しかった。けれど、睡の目にはそれ以上に、その鳥の姿が儚いものに映った。守の家で生まれた鳥は真っ白だったが、目の前にいる夢鳥というものは、まるでガラスか何かのように透明で淡い光を放っている。
 今日生まれた鳥のことを思い出す。現世で生まれた、夢鳥になれなかった普通の鳥。夢鳥とは似ても似つかないけれど、その姿は生命力にあふれて美しかった。
「私の可愛い鳥も満足したようだし。さて、ここでお別れだ」
 睡は鳥飼いに手を振った。
「よい夢を、お嬢ちゃん」
 と、鳥飼いは言って、闇の先へと歩いて行く。夢鳥から光の粒がこぼれ、点々と水面に落ちて散った。夢鳥の光だけでは明かりが薄すぎて、鳥飼いと夢鳥の姿は沈みこむように暗闇へ消えてしまった。
 睡は、鳥飼いが消えた先を見つめる。何も見えない。視界に入るのは、黒くうねる川面の波ばかりだ。その先の景色はない。真っ暗な闇が広がる。
 ここは現実でもなければ、夢とも言いきれない場所。夢に行き着く前の、夢と現実を行き来するための中継地点。夢と現実の間に流れる川は、ただただ暗い。
   夢の狭間
 と言っていた〈釣り人(つりびと)〉を、睡は思い出した。その人は夢の中でしか生きられない人だった。その時点でもう人ではないのかもしれないが。
 鳥飼いも夢鳥も同じなのだろう。現実では生きられない、人ではない何か。
 舟は真っ直ぐに進んでいく。この先には、夢がある。
 睡が行くべき、夢がある。

【夢見ノ記】第一話、夢鳥の卵

今後、【夢見ノ記】というタイトルの連作短編を更新していく予定です。
睡と守を中心に「夢」に関わる人達のお話を、楽しんで読んでいただけたら幸いです。

【夢見ノ記】第一話、夢鳥の卵

飼い主の望み通りの夢を見せてくれる〈夢鳥〉。その夢鳥の卵を盗まれたと騒ぐ鳥飼いに、嫌々ながら卵の捜索を任されてしまった守。 生まれつき夢を見ることができない体質の守と、夢へ自由に行き来できる睡の、二人が出会うきっかけの第一話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2021-01-29

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