人類、殊に代表格は底まで沈んだ日本国とも言えそうであるが。 「あらゆる科学や論理を必要とする事柄」とは異なる存在に近い範疇とし自由な「芸術心」が挙げられる。人類の欠点は「持論」を重視し多数決をよりどころにする事もその内にあげられるのかも知れないが、それはそれ。 宇宙空間は広大でそこには実に様々なモノが存在をしている。内、多くは大変優れた文明が相当数を占める。 そんな文明の中で一つの文明の体験談をモチーフとしているのがこのお話である。 議論は擁しない。 例えとし一つだけ。ゴッホは存命中とその後での評価が大きく分かれている。 貧しくとも困難であろうとも、その作品自体には影響をしない。 つまり、そこには「素晴らしく美しいもの」の存在が見られる。それだけだが、同じ事を行う事は「困難」であり「未定」である。
女性の正体は不明のまま・・何となく・・涼しい季節に・・。 逃げなくては・・。 どういう意味?どうして? 主人公は夏の生まれで7月が好き。女性の言っている事は・・どうやら? すると・・女性とは・・四季が見せてくれた・・着物をまとった・・精(・・妖精・・)・・・・?
大学の文芸サークルで起きた殺人事件。 加害者は、物静かな学生・遠野湊。 残されたのは、22枚の“手記”。 刑事たちは、手記を読み進めながら、事件の構図と動機を探る。 そして、彼らが気づく── これは文学を使った、ある“トリック”なのだと。 これは、読む者すべてを“誤読者”に変える構造ミステリ。 読み始めた瞬間、あなたもまた、彼の物語の登場人物となる。
1982年、今から三十三年前の11月26日。 前代未聞といってよい事件を起こした天才青年 Raymond Kobayashi。 婚約者の一生を棒にふらす怪我を負わせながら、被害者方に好奇の目が注がれる事態を憂慮した警視庁が介入を見合わせたため、報道されなかったのみならず、Kobayashiは傷害の罪さえ免れた。 犯行に至るまでの異常な心理を記した、彼の遺書を見る。
福知山に百八寺と呼ばれる寺があった。住民は住職に何でも相談したが、相談に訪れるのは人間ばかりではなかった。茸たちのよい相談相手でもあった。
若い頃三田一枚の写真の印象は素晴らしく。 最後に・・もう一度見せてくれたのは・・一体・・誰だったのか・・最早・・それさえも・・どうでも良い・・究極の美の再現・・とは何だったのだろう・・。
恋人を殺した男は、正当防衛を主張した。 区役所職員・中山悠太、二十八歳。 真面目で、穏やかで、怒らない。 職場でも評判のいいその男は、自らの正しさを裏づけるように、被害者との恋愛を綴った私小説を警察へ差し出す。 それは、どこにでもありそうな恋愛小説だった。 不器用な年下男性と、強くて少し不器用な年上の女性。 出会い、距離、告白、交際。 あまりにも自然で、あまりにも“まとも”な物語。 だが刑事たちは、その自然さの中に説明できない違和感を見つける。 なぜ彼は、恋愛の記録をわざわざ差し出したのか。 彼は何を守ろうとし、何から逃げ続けていたのか。 読解刑事シリーズ第二弾。 これは、“誠実さ”の裏を暴く供述ミステリ。