俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(13)
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その12→ https://slib.net/84030
その14→ https://slib.net/84794
「入るからな」
「それ何度め?」
「本当に入るぞ?」
「だから平気だってば。早くしなよ」
湯気で曇ったすりガラスに手の形を残して照彦は二の足を踏んでいた。寒くてくしゃみまでしておきながら素っ裸のままで、である。
風呂に入ろうというのだから当然の格好ではあるが。
「……分かった。俺も腹を決めよう」
実際には決まっても何もできずにいたのだが、そうでも言ってないとやってられない。
ただこれ以上躊躇っていれば泉希に感づかれるという焦りだけが照彦の手を動かした。
「ひっ!?」
開けた勢いの強さから扉の金具と泉希が悲鳴を上げる。
溢れ出た温かい熱気が顔を、次いで胸や肩、腹を包み込んだ。
「あったか……でも背中寒っ! 早く入ろ」
忙しなく浴室に入って扉を閉めるとありあまった勢いでまた金具が軋んだ。泉希の方は悲鳴を上げない代わりに抗議の声を上げる。
「テル、もっと丁寧に閉めて! ここの扉、前にも一度はずれたの!」
「へ? あ、あぁ……」
どうにも緩んで気の抜けた返事しかできない。彼を躊躇わせていた諸々にもこのときになってようやく意識が向いた。
「お前、ほんとにひょろっちいよな……」
「ち、違うもん! 普段ここで暮らしてるから日の光を浴びてないだけで……っ」
「日焼けしてないって言いたいのか? でもだからって細過ぎんだろ」
押せば潰れてしまいそう薄い胸やか細い肩は見るからに弱々しい。
「ちゃんと食ってるのか?」
その割りに痩せこけているふうでもない。小柄な背丈には十分な肉付きがあった。
「う……ていうかテルは何で、そんなに体大きいの?」
「お前が小さいの間違いだろ?」
すかさず反問すると泉希は口元まで沈んでぶくぶくと泡を吐き出す。照彦を見上げる目は不服そうで、泉希なりの不満の表明であるようだった。
「この歳になってどうなんだそれは」
「ぶくぶくっ、ぶくぶくぶく!」
人間ならせめて言葉での意思伝達に頼って欲しかったが、そこは幼馴染のよしみで解読を試みた。
「えぇと……小銭だっ、小銭を出せ! ってとこか?」
「ぶく、ぶく!」
言いながら(?)首を横に振っているので翻訳を謝ったらしいことくらいは察せられた。が、そこまでだ。
「言っておくが、いつまでも相手するつもりはないからな?」
「テルの薄情者!」
「話せるんなら初めからそうしろよ!」
泉希につられて自分まで昔に帰ったような下らない会話に興じながら体を流した。何がおもしろいのだかにこにこと笑う泉希に観察されて風呂に入っているというのに照彦は落ち着けない。
「うし。湯船に浸かるか」
「だったらこっち、こっち」
泉希は体育座りになって湯船の端に体を寄せるともう半分を手で示した。予想できていた流れだがやはり緊張しながら照彦はそこに収まる。
「ふううう」
触れた直後は焼けたように熱かった湯が徐々に肌に馴染む。
成長した分だけ窮屈になってはいやしないかと危惧していたが、金だけはかかった御守の住処らしくゆったりとしている。
「ミズキたちはいつもこのでかい湯船に一人ずつ浸かっていたのか」
「そうだよ。御守さまは長風呂するから、僕が入る頃にはもっと冷めてたけど」
「良い身分だな、あのサボリ巫女」
出て行く前にもう少しばかり文句をつけてやれば良かった。
世話にだってならなかったわけではないが。
「御守さまがいなくなったから、いよいよ僕の番なんだね」
「別に、今までと大して変わんねぇだろう?」
これまでの時点で学校は休みがち、休日も外出はまずもって許されない。
それでも神社の軒先に行けばいつだって語らえる機会はあるはずだ。このときの照彦はそんなふうに思っていた。
「……そうだといいんだけど。ねぇテル」
「ん?」
照彦が顔を傾けると、泉希がほんのり色づいた頬を綻ばせ、装われた朗らかさで微笑んだ。
「テルはいつまでここにいるつもりなの?」
「ここって……村のことか? それなら、いつまでも――」
「ヤだよ。そんな嘘はつかないで。テルは憧れてるんじゃないの? 外の世界に」
半ば決めつけで、反論を許さない言い様だった。
しかし胸の内でどこか賛同してしまい、否定し切れない。
「その気持ちに背を向けないで。それでいいんだよ。テルはその気持ちに従えばいいの。こんな狭い場所にいつまでも留まることなんてない」
「何だよ、それ。お前は村の外のことを知ってるのか?」
「知ってるよ。テルは覚えてないだろうけど、ずっと昔に僕らは外の世界を見てきたんだ」
「そんなことも……あったけ?」
思い出せない。
それだけ昔のことなのか、それともさほど重要でもなかったからなのか。いくら考えても照彦には判断できそうになかった。
「言い出しっぺは僕だったよ。それにテルも賛同してくれて、色々あって二人で外の世界を出歩けたんだ。そのときのテル、すごく楽しそうに周りを見てた」
「それは、お前と一緒だったからだろう? 俺に、いきなりそんなわけの分からないところを出歩く勇気なんて」
「必要なのは勇気じゃないよ。だってテルはホントに夢中だったんだから。テルがこの村にいたいだとか、外に出たくないだとか、そんなの嘘だよ」
思い出せもしない昔のことを泉希は頑なに強調して訴える。
その様は、まるで。
「お前、そこまでして俺に村を出て行って欲しいのか? 俺はもしかしてそんなに、お前にとって邪魔な存在なのか?」
「ち、違うよ! 違くて、僕はただテルがこんなとこに留まっちゃいけないって思ったから」
「分かるよ。言いたいことは分かるんだ。確かにこの村は狭い。だが出て行くも留まるも俺の自由だろう?」
自分でもそれなりに卑怯な言い回しをしている自覚はあった。
遠回しにお前には関係ないだろうとひどく冷たいことを言い放っているとも。
だがそれでも照彦は泉希の勧めに頷けない。
「むしろ俺は聞きたいよ。どうしてお前は、それほど俺を外の世界に行かせたがるんだ?」
ここ数ヶ月、似たような話を聞かされたのは今回限りのことではない。泉希はもう幾度となく照彦を外に導こうとしていたように思う。
だから照彦は問わずにはいられなかったのだ。
「ここを出て行けば幸せになれるなんて保証はどこにもないだろう? 何か事情があるんじゃないのか?」
腕を組んで、湯船に背中から寄りかかって訊ねる。顔はそちらに向けなかったが、泉希の視線を頬に感じた。
「それは僕より、テルの方が分かっているはずだよ。だってそうでしょ? テルは僕と仲が良いせいでこの村の人と、テルのお父さんとだってうまくいってないじゃない。それなのにもうあと数ヶ月で……」
「御守になったらお前とも話せなくなるってか?」
別にその程度、大したことはないだろうと思っていた。
今までだっていつでも話せたわけではない。それでも照彦の日々は滞りなく進んでいた。
これからはまたほんの少し、距離が開くだけだ。
「もちろん、無理にとは言わないよ……だけど」
肩をつつかれて反射的に向き直り、最後まで付き合わざるを得なくなる。
「だけど考えておいて。テルが外の世界に出たいって言うなら、僕はどんな手でも尽くすから」
ややのぼせ気味の火照った顔で、目つきだけは真剣なまま泉希はそう告げる。真面目な話だと理解はしていても照彦は失笑してしまった。
「へっへっへ! やっぱりお前、実は俺が邪魔なんじゃねぇのか?」
「もう! だから違うって言ってるのに!!」
「だって俺はお前の弱みをいくらでも掴んでるだろ? たとえばお前が小五のとき、俺と学校に泊まったら――」
「わぁわぁその話はナシ! あれは昔の癖で、気がついたらテルの布団にって何言わせるの!?」
「全部自分から白状してんじゃねぇか!!」
照彦に言い返されると泉希はムキになって水面を叩き、飛沫を上げる。
「やめろバカ! 目に入るだろ!?」
「入っちゃえテルも痛い目見ればいいんだ!」
「何の恨みがあるんだよ!? いや結構身に覚えはあるけどさ。おいミズキ! ミズキ……?」
がむしゃらに湯を飛ばしてくる、手つきが徐々に遅れてきていた。それなのに頭が怪しげに揺れて目の焦点が定まらない。
「たまには僕だってやり返し……」
「どうでもいいからのぼせるなよ。……って今更言っても無駄か」
照彦は止むを得ず、湯船から泉希を引きずり出すことにした。
俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(13)