俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(14)
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「うぅ~気持ち悪い。水、水は」
「目の前のコップが見えてないのか?」
炬燵のある小さな座敷に泉希を連れ出した。面倒はできる限り見てやるつもりでいたが、さすがに着衣の手伝いまではできず襦袢だけを羽織らせている。
ぐったりと力尽きて全身から熱気を漂わせていた。
「知ってるつもりでいたけどさ、お前って無茶するよな。自分の身がやばいかも、なんて一度も考えたことないだろ?」
「テルには言われたくないぃ……何かあっても意地ばっかり張って強がるくせに」
一体、いつのことを話しているんだと問いただしたかったが、思い当たりならいくらでもあったから反論もできない。
「……いやいや、それとこれとは話が別だ。これから一人で暮らすことになるんだろ? それなのに自己管理もできないでどうする」
責めるつもりではなかったが少し強い口調になってしまう。自分でも思いがけず苛立っていた。どういうわけだろうか?
「むぅ……テルは御守さまっていうのがどんな立場なのか、分かってないよね」
泉希は頬や鼻の周りを未だ冷め切らぬ熱に真っ赤にしながら拗ねた様子で照彦を窺った。
「毎日、どんな平凡な一日でも朝になると村の人が尋ねてくるんだよ。明日だってそれは同じ。何かあっても放って置かれるなんてことはないんだから」
「確かにそれなら、心配はいらなそうだな」
「ほら。やっぱり分かってない。ホントに窮屈なんだよ。村のみんなとはどことなく距離があるし、常に監視されてるから逃げ出すこともできない」
まるで遠回しに、こんな村は早く飛び出したいとでも言いたげだった。
「でも前の御守は出て行っただろう? やろうと思えば、できないことじゃないはずだ。嫌なら、お前だって――」
「僕だって! ……できればそうしたいと思うよ。そうすれば良かったと思うよ。でももう遅いんだ。ねぇテル、だってここは……」
そのとき、階上からどたばたと誰かの踏み込んでくる足音が聞こえた。
「テル!」
「……やっぱまずいよな」
照彦は本来この場にいてはならないはずの人間だった。知れ渡れば面倒なことになる。
「えぇと、えぇと……とりあえずテルはここで待っていて。僕が出るから。あ、でもこの格好だとまずいよね」
「着替えならここにある」
泉希が着られずに照彦が持ち込んでいた装束を投げ渡すと泉希は掴み損ねて顔面で受け止めた。
「ぽふっ……テル! ちゃんと渡しせよ!」
「んなこと言ってる場合か!?」
怒鳴り返すと泉希は不服そうにしながらも立ち上がり、てきぱき衣と袴を纏う。あれだけ文句を垂れておきながらも着付けには手慣れていて、照彦は内心失笑した。
用意が整うと慌ただしく泉希は扉に手を掛ける。見送ろうと立ち上がる照彦に泉希は振り返った。
「じゃあテル! 僕が話つけて――」
言葉の途中で泉希の瞳孔が揺らぎ、ゆっくりと時間が流れて小さな体躯が傾ぐ。
倒れ込んでくる小さな背中に照彦は畳を蹴り飛ばして駆け寄り、抱き留めた。
腕の中から聞こえる吐息は忙しなく、空気を求めて苦しげに喘ぐ。
「あっはっは……ごめん。ちょっと立ちくらみみたい」
さっきまで真っ直ぐにも歩けなかったくせに、泉希は無理やりに笑顔を作って見せる。
「馬鹿野郎……って言っても始まらないよな。俺が気づくべきなのか。少し待ってろ、ナシつけてくるから」
「待って。テルが言ったら絶対何か言われるし、お父さんの耳にも届いちゃうよ。お願いだから、ここで待ってて!」
反射的に開きかけた、口を閉じた。
返す言葉はいくらでもあったろうに、まだそんな口を聞いてみせられると苦笑してしまう。
「テル、ちょっと話を聞いてよ! 今テルがここにいることがバレたら……!」
泉希の懸念は分からないでもなかったが、そこまで怯えるほどとも思えない。
今はそれよりも、泉希を抱え上げて炬燵の傍らに運んだ。寝そべらせて仕置のつもりで頭を小突く。
「つべこべ言うな。今のお前に誰かを言いくるめたり、誤魔化したりなんてできっこないだろ。元々馬鹿正直なんだから。こんなときくらい黙って寝とけ」
「……どうしてもこうなるんだね」
泉希は朧げな瞳で照彦を見上げ、力なく頷く。
「何を考えてるんだか知らないが、お前が心配するほど酷いことにはならないさ。大丈夫だって。そんじゃちょっと行ってくる」
もう時間がない。
急ぎ足で廊下に出ようとした照彦だったが、まだ泉希の声が呼び止めてきた。
「テル、最後に少しだけ!」
「あ?」
振り返れば、重たい身体に無理強いして顔を持ち上げた泉希と目が合う。
「多分、もうしばらく会えなくなるから。一人でいる間に考えておいて。自分がどうなりたいのか、どこへ行きたいのか」
言いたいことは分かるような気も、性急に過ぎるようにも思えてしまう。
「この時間だっていつまでも続くわけじゃないんだよ。いつか終わっちゃうんだ、だから使い方を……ちゃんと考えといてね?」
「今はそれどころじゃないけどな。ま、この危機的状況を何とかしたら、お前の説教にも耳を貸してやるよ」
すると泉希には露骨に溜め息をつかれたが、照彦は肩を揺らして笑うばかりだった。
「分かったよ、もうそれでいいから。だけど約束だよ」
「へいへい」
呆れも通り越し、笑って目もとを拭い始めてしまう泉希と手を振り合い、今度こそ照彦はその場をあとにした。
俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(14)