俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(11)
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御守やその候補でもない人間が地下へ立ち入ることは禁じられている、と聞かされたとき照彦は既に村を発っていた。
そんなことをつゆ知らず、このときの彼は訝しむことも躊躇うこともなく幼馴染みの後ろをついて行く。
「お前、今度からここで一人暮らしを始めるのか」
相変わらず地下へと通じる階段は光源に乏しい。漂う空気は湿って、それがいっそう不気味さを引き立てていた。
「大丈夫なのか? 何かこう、出てきそうな雰囲気だが」
「あのねぇテル……ここは神社なんだよ? 不気味だなんて感じるのはテルが恐がりなだけ」
やけに辛辣なことを言うから、幼馴染みはがちがちに肩を強ばらせて角張った動作で足を運んでいた。
「ミズキ。体調が優れないんなら肩を貸すぞ」
「へ、平気だよ。僕はほら、こんなに元気だから」
泉希は振り返って力こぶを作ろうとしたが、二の腕に張り付く薄い布地の重みにも負けている。抑えつけられ、透けた肌は青白かった。
「無理すんなって。今更遠慮するような仲でもねぇだろ」
この時点で概ね泉希の本音は読めてしまったのだが、なればこそ、照彦は泉希の横に並んで脇の下に腕を回す。自分が濡れるのにも構わず泉希の体重を支えると、小さな幼馴染みは全力で顔を背けていた。
「やめてって。だから平気だってば。怖くないから。それに狭いし、早く離してよ」
「そっかそっか。お前の心臓、めちゃくちゃバクバク言ってるけど」
「そ、それはテルがこんなことしてくるから。いつか転んじゃうんじゃないかって不安なんだよ」
否定の言葉を必死に並び立てる泉希だが、それがまた照彦の嗜虐心を煽ってしまう。悪く思う反面でどうしようもなく楽しみながら彼はほくそ笑んでいた。
「いやいやそう言うなって。ここ、川にも近いし。ほら、人が何人も死んでるって言う川に。そんなとこに一人で住むって言うんだからやっぱり心配になるだろう?」
「言いたいことが分かんないんだけど。えぇと、その……川の水が流れ込んできたりはしないし、だから川の近くだからって危ないことないよ」
「そうだな。水は来ないよな、水は。だけどお前、一人なんだぞ。こんな薄暗い場所で一人っぼっちだ」
含みを持たせてそういうと、とうとう溜まりかねた泉希がこちらを向いた。始めは憎々しげに、睨む目が思いがけず苛烈だから照彦は戸惑う。
「おい、ミズキ……?」
「テルは分かってない。仕方のないことだけど、それでも言わせて。テルは何にも分かってない」
ほんの冗談のつもりでいたのに、泉希は最後にはもどかしそうに歯噛みして目を伏せてしまう。
「暗いのなんて、すぐに慣れるよ。本当に怖いのはそこからなのに。暗いのに慣れて、冷静になって初めて一番辛いことに気づいちゃうんだ」
「一番辛いこと……?」
考えてみたって他人の苦しみが本当に理解できるはずもない。
だがそれでも、いつも明るい幼馴染みに暗い顔でなんていて欲しくなかった。
「よく分かんねぇけど、傍にいてやるくらいならできるぞ」
自惚れだと思われても、こう頼み込むしかない。
「俺にできることがあるなら教えてくれ」
「テルが急に優しくなると意地悪するつもりなんじゃないかって少し不安になるな」
「お前は俺を何だと……」
照彦が落胆していると泉希はくすくす笑い出す。
「おま……俺をからかったのか?」
「ううん、そんなことないよ……だけど良かった良かった。ううん、良くないかもだけど、テルは僕のこと大事なんだね」
「うるせぇぶっ飛ばすぞ」
その返事は半ば肯定しているにも等しい。
「そんなに怒んないでよ。試すようなことして悪かったけど、テルってば意味もなく怖がらせてくるんだから」
「あれが演技って、実はお前、相当頭に来てるんじゃないのか? マジでびびってたろ」
「ごめんごめん。そんなことないって。テルが心配性なだけだから」
あまり悪びれた様子でもないが、泉希は何とか笑顔を取り繕って場を和ませようとする。その健気な様を見ていたら無理に突っ張るのもバカらしく思えて溜め息をついた。
「良いか? 今度やったら許さないからな」
「分かってるよ。もうやらない。テルが案外心配性だって分かったし。ううん、ほんとは前から知ってたつもりだけど、実際にこうなるまで実感が湧かなくて」
「おいおい、将来の巫女様がそんなでこの村は大丈夫なのか?」
泉希の顔は一瞬強ばったが照彦は思いついたままに話を進めた。
「そうだ。お前、着替えがないんだからあれ着ろよ。袴が赤い方の巫女服。もうじき御守になるんだから、あっちの格好は見納めだろ?」
これしきの頼みなら聞いてくれるだろう。そう思っていたのは照彦一人であった。
「ね、ねぇテル。分かってる? 巫女装束って言うのは神様にお仕えするための神聖な衣装なんだよ。だからそんな、今のテルみたいにおかしな目的で纏ったりしたらいけないんだよ?」
「分かった分かった。確かに御守用の巫女服は大事に扱わないとな」
「そう! そうなの! だから僕はテルのその、いやらしい目的のために着たりはしないからつまり……」
「で、お前の修行用の服はどうなんだ。あれって元御守の趣味なんだろ? 早く着ろよ」
一切の反論を挟ませないように照彦が語調を強くして迫ると泉希は首を竦めた。周りに羽虫でも飛んでいるかのように視線をあちらこちらへとさまよわせ、最後に照彦とかち合って停止する。
「ぐ……何で、そんなのが見たいわけ? 幼馴染みのじょ、女装だよ? 儀式のためでも何でもないんだから、ほんとに変態趣味でしかないんだよ?」
「気にし過ぎだって。外を出歩くわけでもないのに。服が濡れたんだぞ、仕方がないだろう? 応急処置だって」
無茶な詭弁にも思えたが引き下がれば二度とあの姿はお目にかかれない。「これで最後だから」と繰り返し照彦は強弁した。
「だからって何も、あの服を着ないでも……でも、そうなんだよなぁ」
しばらく黙々と階段を降りて時間を経たら泉希の口から言葉らしきものが漏れ出した。
「お詫び……だから」
「ミズキ?」
声をかけようかとしたがそのただならぬ様に口を噤む。
「……外に出る……わけじゃ、ないんだよね?」
正直、呪文を口にしているようで薄気味悪い。
「何だよ? 言いたいことがあるならはっきり口にしろ」
深くは考えずにそう要求すると俯き加減だった泉希が勢い良く顔を振り上げた。
「だからっ! これは、迷惑かけたお詫びだから! 外に出ないんならっ、今日だけ着て上げるって言ってるの!!」
「それは分かるよ。だがいきなりどうして――」
「思い出したの! 昔、もっと恥ずかしい思いをしてたこと! それと比べたら巫女装束なんてぜんっぜん平気だから! 絶対平気だから! 着れるはずなの!! ……たぶん」
泉希の胸の内で何らかの葛藤があり、それを乗り越えたらしいことは何となく察せられた。が、言い出したのも自分であったし止められる雰囲気でもない。
「ま、まぁその辺のことはお前に任せるよ。無理のない範囲で、な?」
照彦が少しでもプレッシャーを与えないようにそう気遣うと泉希は照彦の腕を振り切って階段を駆け下りていった。
「無理なんてしてないよ! すぐに着替えてくるから」
腕を振り走り去っていく幼馴染みを、照彦は胸一杯に不安を抱え込みながら見送った。
俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(11)