俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(10)
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元の小舟が隠されていた入り江に戻ってきた。しかしここに来て二人は予想外の出来事に足止めされてしまう。
「何であんたたちがここにいんの?」
「それはこっちの台詞だサボリ魔」
「誰がサボリ魔だ。こっちにも事情があんだっつーの」
白無垢の衣の裾を泥で汚したその女性は、心底気怠そうに溜め息をつきながらも二人を叱りつけようとはしていなかった。
「えーと見たとこ、その船で遊んでたらミズキが落ちた、と。全くバカだね。これだから子供は……」
「俺らから見たら今のあんたも大差ないわけだが」
反射的に噛みついてしまうが、大人げなく目つきを険しくする御守も大概である。
あたふたと泉希が割って入った。
「テル、ちょっと待ってよ。一応僕らの村の巫女さんなんだから!」
「何だ、お前はあいつの味方をするのか?」
「『一応』、巫女で悪かったな」
照彦も御守も揃ってそれぞれに剣呑な眼差しを向ける。
「ごごご、ごめんなさい……」
引き下がる泉希から視線を外して照彦と御守は睨み合った。
「おいクソ巫女。てめぇのせいで泉希が怯えちまったじゃねぇか」
「半分はお前のせいだクソガキ!」
傍で小さくなった泉希が二人の顔を見比べる。
濡れて震える幼馴染の姿を見かねて照彦は引き下がることを決意した。
「この船はあんたのだったんだな。道に誰かが通った跡があるとは思っていたが……」
「そうじゃない。この船はあたしら御守の間で引き継がれてきたもんだ。あたし一人のものじゃない」
「どっちも大して変わんねぇだろ」
「そのちっこい頭からしたらそうなるんだろうな」
歯ぎしりして照彦が口元を歪める。
「御守ってのは、あのさぞ快適そうな社殿から出て来られないはずだろ? なのにあんたがどうしてここにいられるんだ」
「あたしらしか知らない抜け道がいくらでもあんの。今回はそれを使ってちょっと抜け出してきただけさ」
「やっぱりサボリ魔じゃないか」
すかさず口を挟む照彦の脛を裸足の足刀が打ち据えた。
「――っ!?」
「こっちにはこっちの事情があんの。生意気な口を利くな」
忌々しげにたじろぐ照彦とは立ち替わり、悶える彼を庇うように泉希が前に進み出る。
「教えて。何があったの? どうしてこんなところに?」
「だからそれには話せない理由が……」
顔を背けて語ろうとしない御守に泉希はその曇りのない瞳で真っ直ぐな眼差しを注ぐ。
御守は居心地悪そうに頭を掻き毟った。
「……っ、あぁもう! 誰にも言うなよ!?」
泉希はぶんぶんと首を縦に振る。
「実は村を追い出されそうなんだ。あたしが邪魔なようで、どこかに追いやろうとしているらしい。で、仕方なくあたしの方からこうして村を出て行こうとしてるわけ」
「なんでっ? 御守さまがいなくなったらこの村は……!」
「そこまでさすがに話せないよ。村に戻っても誰かに聞いたりするんじゃないよ。これであたしが出て行けば、この件は穏便に解決するんだから」
何ら状況の説明がないままそんな話を聞かされても尚更に疑問は深まるばかりだった。
けれど御守の目はこれ以上の追及を頑なに拒んでいる。
「……そっか。引き留めてごめんなさい。今まで、お世話になりました」
頭を下げた泉希につられて御守も一礼すると、頭を掻きながら小舟に足をかける。
彼女は船の底にひも付きの箱を見つけると泉希に投げて寄越した。
「ほら忘れもんだよ。ったくこんなもん、いつの間に持ち出したんだか」
泉希が取り落としかけながらあたふたと受け取ったのは例のカメラだ。
「それ、首から外してたのか。どこにやったのかと思ってた」
「うん。つけたままだと良くない気がして」
カメラごと溺れずに済んだのだから大した直感である。できれば自身の転落も防いでもらいたかったが。
「ま、少しでも残るものがあったなら良かった。ずぶ濡れになって帰ってきただけじゃな」
何気なく口走って、またまずいことを口にしたかと不安になったが、泉希は気にするふうもなく「そうだね」と笑った。
「これを落としちゃうと、ずっと後悔することになるから。何とかこれだけは守りたかったんだ」
「そこまで想像できていて、どうして川に落ちたんだか……」
「うるさいな、僕は運動じゃなくて……その、頭脳派なの。だから運動はできなくても仕方ないの」
「お前にあるのは勢いだけだろ」
「なんでそういう意地悪言うの!?」
そうして憤慨する様にさえ照彦は軽口で応じようとしてしまう。普段は泉希が降参するまで続くのだが、今日に限って仲裁する声があった。
「お前らな。見送れとは言わないが少しは別れを惜しめよ」
職柄上、実は友人関係にすら恵まれない御守が苛立たしげに抗議してくる。
彼女と仲が悪い照彦はともかく、世話になっていた泉希はようやく思い出したような顔をするから御守は「けっ」と吐き捨てた。
「わぁわぁごめんなさい。今のはテルが余計なこと言うから!」
「あ? 俺のせいかよ! 事実を言ったまでだろ!?」
「もういいからお前ら黙ってろ!」
疲れ果てた御守の一声で一端場は静まり、頃合いを見計らった御守が神妙にこう切り出す。
「いいかクソガキ? あたしが消えたら、次は確実にその子が次の憑坐に取り立てられる。あたしと違って素質がある分、その子は不安定なんだ」
「するとどうなるんだ?」
「ちょっとした拍子に心が体を離れちまうかもしれない。ここじゃない遠い世界に引きずられるんだ」
耳慣れないスピリチュアルな話に照彦は思わず首を傾げる。
「そんなの、俺がどうにかできた状況じゃねぇだろ」
「それでもあんた以外にやられる奴はいない。いいか? 自分がどの世界を生きているのかしっかり思い出せてやるんだ」
「もし、失敗したら?」
恐る恐る照彦は問いを口にしてしまう。
「自分の居場所を見失うことになる。その子は遠い世界をさまようハメになるだろうさ」
そんな深刻な話がなされているのに、当の本人はのほほんと構えている。
「平気だよテル。僕は自分がいるべき居場所を見失ったりなんてしない」
「そういう奴ほど真っ先に迷子になるもんだけどな」
「僕がよく道に迷ってるって言いたいわけ!?」
言いたいも何も知らない場所に放り込めば明後日の方角に全力疾走を始めるのが泉希である。
「あんたに言われるまでもねぇよ。俺がこいつを放っとくとでも思ってるのか?」
珍しく真剣に覚悟を決めた目で拳を握りしめる照彦に、御守はそれ以上の言葉を費やさなかった。ただ「ん」と頷いて泉希に視線を移す。
「ごめんな。あたしからは大事なことをほとんど教えてやれなかった。どうでもいいことばっか教えて、あとは全部押しつけちまう」
それは高慢ちきなこの巫女にしては珍しい、殊勝な述懐であった。
「自分でも悪い大人だなって自覚はしてるんだ。だからその……頑張れ」
気まずそうに頬を掻きながら元御守は、そんな励ましの言葉を投げつけた。
最低限の言葉を連ねて、あとは背中を見せつける。
それが不器用な彼女にできる精一杯の応援なのだった。
「じゃあな。もう会うこともないだろうけど、元気でやってろよ」
やはりどこか皮肉げに言い残し、御守は櫂を手に取ると最初はゆっくり、やがて力強く漕ぎ出した。
無言で暗い入り江から遠のく後ろ姿を見送り、泉希と照彦は顔を見合わせる。
照彦は泉希が悲しげに涙を浮かべるものだと思っていた。
けれど実際には、得体の知れない悔恨と心痛が彼の幼馴染を襲っていた。
「分かんない。分かんないな。どこまでが本物だったんだろう。僕がこう言って欲しいって思ったことを読み取っただけなのかな。それとも……」
「あの元巫女がそこまで、人に気を遣える奴だと思ってんのか?」
照彦が軽い冗談といくらかの本心からそう言うと泉希は堪えかねて吹き出す。
「やだなテル、ひどいよ。御守さまはとても優しい人なんだから。ただその……本当に少しだけ、不器用なだけで」
最後だけ詰まりながら言うのが、泉希の本音のもう片割れを如実に表していた。
「ふっ……ま、ミズキの恩人だってことは認めてやるよ。あいつの言いたいことも全く分からないわけじゃない」
素直さと縁のない照彦がそう言うと泉希は肩を揺らす。「そっか」と俯いて何かを拭い、それから照彦の服を引っ張った。
「早く帰ろ。我慢してたけど、実は結構寒くて」
少し乾きつつある泉希の髪を目にすると、照彦も慌てて泉希を神社に連れ帰った。
俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(10)