俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(9)
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「はぁ……死ぬかと思った」
川岸から少し遠のいてその場にへたり込み、泉希は気の抜けた顔でぽつりと呟いた。
「こっちも心臓が潰れそうだったわ」
窮地を切り抜けると安堵より先に苛立ちが来てしまう。
「やばそうなら俺に声をかけろよ」
「だってテルが冷たかったから」
そんなつもりは毛頭なかったが、言っても始まらない。
「仕方ないから今日はもう帰ろう。見つからなきゃまたチャンスはやってくる」
「でも……」
「平気だって。今日にこだわる理由もねぇし。明日でも来週でもいいだろ?」
なるべくあっけらかんと、言ってみせる。
だけど泉希は不満そうに、身震いしながらも立ち上がった。
「今日だけだよ。今日だけなんだよ。テルにだって分かってるでしょ!?」
泉希はずぶ濡れのジャケットを船に放ってワンピース一枚になり、冷えた自身の肩を掻き抱きながら歩き出す。
「大丈夫。何とかなる。何とかなるから……」
ひたひたと濡れた足跡を残して、木の根の段差をよじ登る。
ここを抜けて獣道を出れば、じきにバス停が見つかるはずだった。本数は僅かだが、もうじき一本が通りがかる。
「おいミズキ。無茶すんなって。お前だって俺が同じことしようとしたら止めるだろう?」
「でも……」
泉希はもの悲しげな、単に悔しがるのとも違う憂えた表情をして振り返った。
「我が儘だって分かってるけど、どうしてもこれだけは……」
ほんのひととき止めていた足を動かし、泉希は木の根の頂点まで登り詰めようとしていた。
「こんの……頑固者!」
慌ててあとを追いかける
「焦らなくても時間はあるんだから、慎重に行けよ。転んだりでもしたら――」
見上げた泉希の体が傾いだ。
「っ、あ?」
落ちている。
そう判断すると同時に幼馴染を抱き留めようとした。
照彦もまたあっけなく足を滑らせて、なすすべもなく転げ落ちる。
尻を、それから腰を打ち付けたところまでは覚えていた。しかしその直後なだれ込むように全身を痛みと衝撃が襲う。
半ば意識が飛び、上下と平衡感覚をむちゃくちゃにかき乱されながら気がついたときには麓を転がっていた。
だが起き上がるには全身の鈍痛が引くの待つしかなくて、いつまでも骨の髄には不快な熱が疼いている。
「クソ……っ」
これくらい気にするほどでもないと自分に言い聞かせ、抱えていた幼馴染みの顔を覗き込んだ。
「おいミズキ……? ミズキ! 聞こえてるのか?」
声を荒らげても返事はなかった。しかし幸いにも彼の腹は上下していて、低い鼻から穏やかな呼気が流れ出ている。
「おい起きろ! 今起きなきゃここに置いてくからなッ」
叫びごとに泉希の瞼がひくつく。勢いづいて何度も脅すと弱々しい声が漏れ聞こえた。
「まって。待って。起きてるから。ちゃんと目、覚ますから」
平時よりも舌っ足らずな口調だった。
照彦は口をつぐむと、手をつき起き上がろうとする泉希の体調を見定める。
「んー、あれ? 一体どうなって……」
「ケガはないんだな?」
「……え? うん、たぶん」
ならば次に照彦がすべきは体を起こして、泉希の襟元を掴み上げることだった。
泉希の息が詰まるほど力付くで持ち上げて引き倒し、地べたに押しつける。
「……ふざけんなよ」
「ど、どうしたのいきなり?」
「俺は止めただだろう!? なのに何かあったらどうするつもりだ!」
押し殺した声が怒りに震えていた。その振動が腕にまで伝わり、自然と力がこもる。自分の顔が見えるわけではないが憤怒に歪み、ひきつっていることくらいは自覚していた。
「ふざけんなよ! 何で言うこと聞かなかった!? どうして……!?」
それ以上は自分でも言いたいことが見えなくなってしまった。
行き場のない激情が胸の内で暴れてもどかしい。喉が擦り切れたような掠れた声を上げ、目を丸くした幼馴染みを睨みつけていた。
少なくも照彦はそのつもりだった。
だが泉希は恐る恐る照彦の頬に手を伸ばす。その細い指が目尻からこぼれ落ちたものを拭った。
「ごめん」
泉希はぎこちなく体を揺すって、俯きながらそう呟く。
「ごめんなさい。テルのことがちゃんと見えてなかった」
「だったら!」
今からでも遅くはないだろう?
「そうかもね。そうだといいな。テルとは今、こうして一緒にいられてるんだし」
そこで泉希は恥ずかしそうに声を出し笑う。
「僕はこう言わないとダメなんだろうね。ありがとう、テル」
「生意気なこと言うな」
照彦がデコピンをしてやると泉希は小さく悲鳴を上げて額を押さえた。
「テルのデコピン強すぎ。力加減してよ!」
「お前の皮膚が弱すぎるだけだ。最近、全然外に出てないだろ?」
「しょーがないじゃん! 御守さまが全然外に出してくれないんだからさ!」
「知ってるよ」
だからって不満は消えやしない。
「俺の同年代なんてお前くらいなんだ。他に遊び相手はいないから……退屈なんだよ」
「それは……テルが自分で視野を狭めてるだけだよ」
泉希はどこか寂しげにそう告げる。
「この狭い村で視野を広げたところで、何が見えるって言うんだ?」
「ほら。そういうとこがもう」
「何言ってんだお前は。ほら、さっさと引き上げるぞ」
言いながら手を差し伸べると泉希は不思議そうにそれを見つめてからはっと頷き、すぐに自身の手を重ねた。
「うん!」
いつになく無邪気で子供っぽい笑顔だった。
俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(9)