俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(8)

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 結局、振り返れば赤面ものの約束を交わして以来、本当に泉希は顔を合わせる機会はなくなってしまった。その分だけ空いた時間を照彦は立案と準備に注ぎ込んで、残暑すら遠のいた頃。
「ここまで来れば、見つかることはもうないと思う。あとはのんびりと船を進めよう」
 穏やかな水面を船の舳先がかき分ける。
「……わぁ……すごい! テル、よくこんな場所見つけられたね!?」
 まるでこの世には不幸なんてない、とでも言いたげなその声のトーンは自身の服装に目を下ろすと同時に急落する。
「くぅぅ……あとはこの格好さえ、この格好さえどうになれば……」
 その日の泉希は肌寒くなってきた気候に合わせて花柄のワンピースの上にデニムジャケットを着込んでいた。言うまでもなくどちらも女物だ。
「なぁミズキ。その格好を考えたのは――」
「御守さまだから!」
「そ、そうか。でもどうしてそんな格好を――」
「変装のためだって! 外出するのもホントは良くないから見つからないようにって!」
 涙目で言われても、似合ってしまっているのだから失笑するしかない。
「笑うなッ! 僕がどんな思いでこの格好してると思って……!」
 顔を真っ赤にして憤慨する幼馴染みは眺めているとからかいたくて仕方がなくなる。
「悪い悪い。だけどその格好、そんなに気にする必要ねぇよ。マジで女にしか見えねぇからどうせ誰にもバレやしないって」
「僕、慰められてるんだよね!? 貶されてたりしないよね!?」
 本日の幼馴染みはどうにも情緒不安定なご様子だった。
「実際、バレるのよりはずっとマシだろ?」
「まぁ確かに……それ以前の問題な気もするけど……」
「気のせいだって。お前が気にせず、周りも気づかない。問題なしだ! お前の気持ち一つなんだよ、これからの時間がどう過ごせるかは」
 かなり無理のある詭弁だったが押し通すと泉希は何を思ったのか顔を綻ばせた。
「ありがと。ちょっと元気出たよ。そうだよね。せっかくの機会なんだから、今を楽しまないと!」
 そして空元気を絞り出すように一層笑みを深め、泉希は周囲の風景に目を戻した。
「だけど、ホントにすごいよね。秘密の探検って感じ! そう思わない?」
 泉希は興奮に目を輝かせて、断崖の隙間に生じた、この秘密の水路の入り口を見つめている。そこは生い茂る蔓と枝葉に覆い隠されていた。
「あ、見てみて。ゲジゲジだ」
 泉希が指さす岩壁には細長い胴から無数の脚を生やした虫が這っている。
「ジャンプするんだよ、あの子。蛾とか餌を見つけたら飛びかかって捕まえるんだ」
「田舎育ちが全員虫好きだと思うなよ!? 喜んでミツバチに刺されてるような連中とは違うんだよ!」
「ミツバチは一度刺したら死んじゃうからね」
「そういう意味じゃねぇよ……」
 下らない雑談に耽っていた二人だが、そこで泉希は「はっ」と思い出して首から垂れ下げていたものを手に取った。
「テル、写真撮るからこっち向いて」
「やなこった」
「いいよ。じゃあ後ろ姿を撮ってあげる」
 それから二度ほどそれらしい物音がしてうんざりとしたふうを装いながら輝彦は振り返る。
「あ、やっとこっち向いてくれた」
 泉希はどうみても彼の手に余るサイズのカメラをひも付きのカバーに入れて構えていた。照彦の目からは不相応に大きなその箱型は不便そうに見えたが泉希は器用に両手で掲げて、操る。
「じゃ、もう一枚」
 顔からカメラを少し離して、何が嬉しいのか微笑んでいた泉希だったがまたレンズを覗いてシャッターを切る。照彦は憮然とした顔で、しかし顔を背けるでもなくじっと写真に収まった。
「もう気は済んだのか?」
「ううん。だけどテルの写真はひとまず満足したかな。また他の場所で撮るけど、そのときはよろしくね」
「気が向いたらな」
 それからの照彦は船の操作にまた戻ったが、泉希は頭上に僅か開けた空やこんな辺鄙な場所に育つ植物をレンズに収めていた。
「ちょっとショックだなぁ。見たことないものばっかり。村のことなら何でも知ってるつもりだったんだけど」
「そりゃそうだ。この村の外は広いんだ。きっとお前を外に連れ出せば、もっと驚くような出来事も見せてやれると思う」
 そのときの泉希の驚く顔だとか、喜ぶ顔を想像して照彦はほくそ笑む。好奇心の強い泉希なら楽しめないはずはないと思った。
「今日のテルは少しだけ頼もしいかも」
「いつも、の間違いだろう?」
 泉希は御守の修行に励んでいた。対してそれだけの時間を照彦はほぼこの旅の準備に費やしてきた。今回ばかりは泉希を頼ってはいられない。
「任せろって。ここなら見つかる心配もねぇからな。のんびりやってられる」
「そっか」
 泉希はいつもより楽しげで、それ以上に泣き出しそうなのに嬉しそうな、照彦には理解し難い顔をしてまた狭く薄暗い水路を見渡していた。
「どうしよ。思ってたより、胸がドキドキする」
「早過ぎんだろ。俺たちはこれから、もっと遠い場所まで旅立つんだから」
 そのためにもしかしたら泉希本人より張り切って照彦はここを探し出したのだから。
どこからか水垂れの音が聞こえる岩と岩の間隙を、照彦は船が行き詰まらないように慎重に進めた。と思っていたのは彼だけで、泉希の方は水中を逃げまどう小魚にご執心だったが。
「ねぇねぇテル! ここ、川よりも魚がいっぱいいるよ。それにすごくちっちゃい、赤ちゃんみたいなのもいるし……」
「産卵場所にでもなってるのかもな。それよりそんだけ身を乗り出して川に落ちたりするなよ」
 船の後部からこちらに尻を向けて縁に手をつき、今の泉希は魚のことしか目に入っていない。
 着替えを取りに戻ればずぶ濡れになった泉希の姿を誰かに見られてしまう。
 狭い村の中でのことだ。父の耳にもすぐに話は届くだろうし、厳しく問い詰められてどこまで持ち堪えられようか、照彦に自信はなかった。
「テル、難しいこと考えてる? ここから出発するんだよ、もっと楽しまないと!」
「……うるせぇ。最初からそのつもりだ」
 このためだけに夏休みを費やして船の漕ぎ方を体得し、川に出てこの隠し路を見つけたのだ。その苦労をこんな気持ち一つで台無しにはできない。
「下に降りたらどこから行くのか、考えとけよ。候補は前にも上げておいたが……」
「分かってるよ。僕だってちょっとは自分で調べてきたし、行きたいお店なら最初から決まってるんだ」
 馬鹿にするな、とでも言いたげに抗議する泉希を「まぁまぁ」と照彦は宥める。
 水路は徐々に幅は狭まり、しかし小舟が通れなくなる前には目指していた船着場に行き当たった。
 そこは水中に大量の樹木の根が張り巡らされ、その隙間を埋める土が苔や生白い雑草を育んだ天然の造成地である。
 どうした経緯でこうなったのか、さすがに幼い照彦の頭で推測しかねたが、それなりの強度を誇っていることは彼自身が事前に上陸して確かめていた。
 舳先を根に食い込ませて固定し、先んじて照彦が飛び下りる。
「わっ!」
 と声を上げたのはまだ船に残っていた泉希で、照彦が跳ねた衝撃に揺さぶられる小舟の底で這いつくばっている。
「も、もっとゆっくり飛び下りてよ!」
「無茶言うな!」
 文句を撥ねつける照彦に泉希は不満を込めて睨みをきかせようとしたが怯える性根の方が勝ってしまう。頑なであろうとした眼差しはたやすく崩れ、照彦に助けを求めようとした。
「ね、ねぇ……」
「なんだ。そんなに睨むなよ。勝手に降りてていいぞ。俺は船を固定しておくから」
用意していたロープを舳先にくくりつける照彦だが、そんな彼の背中に向けられる恨めしげな視線に照彦は気づかない。
「いいし、別に一人でも何とかなるもん」
「あ? 何か言ったか?」
「何も!!」
 思いがけず強気な語勢で言い返されて照彦はたじろぐ。
「どうしたってんだよ……」
 泉希の不機嫌に振り回されながらも照彦も幼馴染みとの付き合いには慣れているものだからさしほど気にせずに手頃な木の根を探す。どこかにロープをくくりつけねばならなかった。
「あったあった」
 意味もなく独り言を口にしながら照彦は見つけた自身の腕の二倍もある根の下にロープを潜らせて結び、その端を両手に握って体全体を使って引き締めようとした、ら。
「わきゃ──」
 まず腕にかかっていた力が急激に緩んで照彦の体が跳ね上がった。しかしそんなものでは比較にもならない音が高らかに水柱を噴き上げて轟き、その中に僅か紛れていた幼馴染みの悲鳴が照彦の視線を釘付けにした。
 泉希が消えていた。
 そう誤認したのは照彦の幼馴染みが頭まで水面下に沈んでいたからだった。
「ミズキ!」
 ぶくぶくと気泡を立てながら浮上してきた泉希の頭を見出すと、照彦はすかさず駆け寄る。
「てっ、テル……っ!」
 その叫びが水にもみ消されようとして照彦の心臓も縮み上がらせた。
 押し潰されそうなほど切迫した恐怖の渦中で木の根が編んだ川岸の端に手をつき前身を乗り出して腕を伸ばす。
「掴め!」
 果たしてその声が届いた成果なのか、腕にずぶ濡れの幼馴染が縋りつく。
 照彦は息を止め、不安定な足場を確かめるように踏み締めながら歯を食いしばった。全身で泉希を引き寄せる。
「今、引き上げるからな!」
 自身を鼓舞するようにそう叫ぶと抱き寄せるようにして引き上げる。
「テル、痛い痛い!」
「注文の多い奴だな!?」

俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(8)

俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(8)

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-18

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