俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(7)

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 耳元を掠めたモスキート音に気を引かれ、見つけた蚊を無造作に両手で叩き潰す。既に誰かの血を吸ったあとらしく手のひらには赤い液体が滲んだ。
 しかしその赤色さえすら滲んだ汗に押し流されてしまう夏の昼下がりのことだった。
「……ねぇテル。やっぱおかしいと思うんだ。世の中、理不尽じゃないかって」
「どうしたんだよ出し抜けに」
「だって、こんなの……絶対おかしいよ」
 御守が外陣に控える神社の戸の前で階段に腰掛け、泉希は複雑そうな顔で呟いた。その格好をしげしげと眺めて照彦は言葉を選ぼうとしながらも。
「結構、様になってんじゃねーの」
 賞賛は完全に逆効果で、一般的な白い衣に赤い袴の巫女装束をまとった泉希は飛び上がって抗議する。
「バカにすんな! 僕だってこれ着るのにかなり抵抗したんだからな!? それなのに御守さまが儀式を手伝うならこれを着なくちゃダメだって……」
 言葉の途中で意気消沈する泉希を眺めていると笑いがこみ上げてしまう。
「笑うなバカ! 結構傷ついてるんだぞ!? それなのに、それなのに……!!」
「ちょっと落ち着けって。知らない奴が見たら絶対に男だなんてばれねぇから」
「それはそれでヤだな……」
 泉希はしょんぼりと肩を落としていた。
「なぁ気になったんだが、あの全身真っ白の衣装じゃないのはどうしてなんだ?」
 御守さまの正装は上下純白の袴と衣である。
「えぇとね、あれは一着しかないんだって。それでも男の人向けの装束なら余ってるって聞いたんだけど、なぜか僕にはこれが……」
 泉希は恨めしげに紅白の衣装の裾を摘み上げる。
「で、でもさテル! 格好の問題じゃないよね!? どんな服着ても僕は僕だよね!」
「そうかもな。確かにその格好でも、むしろその格好だからこそお前らしいっちゃお前らしいよ。ある意味でな」
「そっ、そうだ……待って。今のテルの言い方、何かおかしくなかった? 含みがあったような」
「いやいや、ホントだって。マジでお前らしいと思ってるから!」
 照彦の自重しない弁解に泉希はいっそう訝しげな目をして真意を窺ってくる。
「ねぇテル、別にこの格好自体は僕らしくとも何ともないんだよ?」
「そうじゃない。そうじゃなくて、俺は言いたかったのはだな」
「言いたかったのは?」
 ずいと身を乗り出してきた泉希に下から顔を覗き込まれ、照彦の頬が引き攣る。大きな瞳に見つめられると何もかも見透かされているような気がした。
「ちょっと離れろ。話しづらいから」
 それでも泉希は無情にも衣の裾から伸びた細い腕を伸ばして身を寄せたまま「いいから」とねだってくる。
「この……!」
 何か意表をつくことでも言ってやらねば気が済まない。だけど思い浮かぶのは率直な感想でしかなくて。
「似合い過ぎて嫌がる意味が分からん」
 肩を殴りつけられた。
「てっ、テルの方こそ何言ってるか意味分かんないんだけど!?」
「いや、今のは冗談だからな? 確かにやり過ぎたとは思うが、ジョークだからあれは。本気じゃない」
「冗談であんなこと言ったの!? なおさら信じらんないっ! しばらく見ない内にそんなふうになってたなんて!」
「待て、待てって。確かに俺が悪かった!」
 両手を振ってジェスチャーを交え、照彦は大げさに弁明を図る。
 自分は昔から変わりないのだと泉希に対してだけはどうしても伝えておきたかった。
「分かってくれよ」
 珍しく殊勝に懇願する照彦を、泉希は面食らって見つめる。
 しかし「そっか」と一人呟くと口元を指で覆い、くすぐったそうに吹き出した。
「そっかそっか! そうだよね。昔からもう少し色々と性格が変わったり、もしかしたら成長したりしてるのかなぁなんて思ったけど。ホント変わんない」
「あのな。お前と会ってないのなんてここ数日のことだからな? 一日二日でそう変わるかよ」
 泉希の口振りは、まるで随分と久しく顔を合わせていないかのようだった。
「そうだね。だからテルが昔っからそんな変態だったなんて思いもしなかった」
 あっけらかんと言われて照彦は押し黙る。
 そんな彼を横目に見つめた泉希もしばらく口を閉ざし、だけど自ら沈黙を破った。
「ごめんね。二人で旅する計画だけど、僕の方はあんまり時間を作れなさそう」
「だよなぁ」
 ここ数日、泉希は現御守の元に住み込みで修行を積まされている。おかげで泉希の外出には大幅な制限がかかっていた。
「ごめんね。僕が言い出したことなのに。全部テルに押しつけちゃって」「気にすんなよ。計画を一任しろって言ったのは俺だ。お前の準備が整い次第実行に移せるよう、手はずは整えておく」
「テルが任されてくれるなら安心だ」
「本気かよ」
 軽口で返すと泉希は照れ臭そうに笑いながらも「もちろん」と頷く。
「僕はこうしていることしかできないから。時々、羨ましくもなるんだ。もっとテルみたいに縛るものがなければ、一緒についていけたのにって」
「大げさな奴だな。俺には何も任されてないってだけだ」
 いつだかの父との会話や子供らしく遊びふける自分の有様を思い浮かべて肩を落とす。
「俺にはな、何にもないんだよ。お前はこの村の中で時代の御守としての地位がある。だけど俺はどこまでもただのちっぽけなガキでしかない。お前みたいに良くも悪くも立場がある人間とは違ってな」
「そうかもね。確かに僕にはそういう意味での不安はないよ」
 まるで泉希の返しは照彦の吐露を待ちかまえていたように年不相応の落ち着きをもってして語られる。
「僕はね、ずっと後悔してるんだ。もっとテルと一緒にいられる道を選べたんじゃないかって。テルがこの村を出て行くっていうなら僕は応援したいけど、きっと本心じゃ寂しいし悔しいから」
「俺が村を出て行く前提で話してるけど、そうとは限んねぇだろ?」
「いいや。この村はあまりにも狭くて、しかもみんなテルに優しくないから。行き先が決まってなくたって飛び出してっちゃうよ」
 泉希は笑顔で冗談めかして言うが、その表情にはどこか泣き出しそうな雰囲気がある。無理をしているんだ、と幼心にも照彦にだって察せるものがあった。
「だからさ、僕はせめてこの……」
「もういい。もういいんだ。ミズキ、俺はもしお前が望んでくれるようならいくらだってお前を外に連れ出してやる。そりゃあ、そのためには俺が一人で準備する期間だって必要だろうけど」
 それは今彼らが計画しているちっぽけな二人旅にしても同じことだ。
「もし俺が出て行っても、手紙か電話を寄越せば迎えに行くよ。約束するからさ。俺たちはそういう仲だろ?」
 目立つように唇を曲げて笑って見せると泉希は笑い過ぎたのか目元を拭って滴を散らし、それから大きな卵でも抱えるように自らを掻き抱いて眩しげに微笑む。
「あはは、テルってばホントに変わらない。ずっと昔にも似たようなこと言ってたし。テルのまんまだ」
 嬉しそうにはしゃがられると照彦もむず痒い思いを抱きながらも張り切るしかなくて閉じかけていた喉から無理矢理声を捻り出した。
「そうだ。だから十年後だって変わらず約束果たしにきてやる。覚悟しとけよ!?」
 照彦の問いに首を縦に振る泉希は幸せそうで、このまま日溜まりに溶け出してしまいそう顔をしていた。

俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(7)

俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(7)

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-18

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