俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(6)
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その日はまだ日が赤くなる前に解散して、大人しく照彦も自宅に戻った。
「ただいま~」
金属の骨組みに曇りガラスが填められただけの、その気になれば蹴破れそうな引き戸を開けて玄関に上がる。無意識に土間で脱ぎ散らかされた履物の数を数えてしまい、嫌気が差して意識から振り払った。
「ただいま~!」
「はいはいお帰り!」
母の声だけが返ってきて、照彦は密かに旨を撫で下ろす。
「父さんは帰ってるの?」
「まだだよ!」
母は変わらず廊下の奥から声を張り上げてくる。煮えた砂糖や醤油の香りが漂ってきた。
「今日は早かったじゃない。泉希くんと喧嘩でもしたの?」
居間に入るなり母は、鍋の中身をおたまですくいながらそう訊ねてきた。その目元は悪戯っぽく緩んでいて本気で心配しているふうではない。
だから照彦も上着を放りつつ適当に答えた。
「なわけねぇだろ。あのミズキとだぞ? 喧嘩したってすぐにあいつの方が謝っちまうし」
「だよねぇ、あんた泉希くんのこと大好きだもんねぇ」
「おい話聞いてたのか?」
息子をからかうのが楽しくて仕方ないらしく、照彦の母は若い娘のように陽気に笑っている。そこに照彦はできる限りの冷たい視線を浴びせ掛けてぴしゃりと言い捨てた。
「言っておくが、俺があいつを好きなんじゃない。あいつがその……俺にばっかり構ってくるんだ。少し前だって一人で帰ろうとしたのにあいつの方から引っついてきたし」
「で、その帰りに怪我をして、次の日は付きっ切りで看病してもらったんだよね?」
「その言い方はやめろ」
確かに坂道で転んだ翌日はいつまでも泉希がついてきて回ったが、あれは照彦を見張り続けるためだった。ふと背中が痒くなったから腕を伸ばしたら、「今日くらい触っちゃダメだよ」と怖い(つもりならしい)目で睨まれて、それから一日中泉希に監視されていたのだった。
「やだ、親に向かってやめろだなんて。ウチの息子が不良になっちゃった」
「誰のせいだと思ってんだ!」
こうやって馬鹿正直に付き合うから面白がられるのだといい加減に悟ってはいたが脊髄反射で吠えてしまうから歯止めが効かない。これ以上体力を浪費しないためにも、照彦はそそくさ退散しようと居間を出た。
「──あ、おかえり」
廊下に立っていた父と鉢合わせてしまう。
「また遊んでたのか」
気だるそうな顔をした父は、泥で汚れたつなぎを着ていてまだ帰ってきたばかりならしい。なんてタイミングの悪さだと自分の不運を呪いながら、俯いてその場を立ち去ろうとしたが。
「おい」
呼び止められてしまう。
「お前、また水上んとこの子と遊んでたのか?」
水上とは泉希の名字だった。村の川上近くに家があるからという何とも安直な由来がある。
「そうだけど、父さんには関係ないだろう」
「あるから注意してんだって何度言えば分かる!? いいか、お前とあの子とでは立場が違うんだ。分かるだろう? あの子は次の代の御上さまだ。住む世界が違うんだよ。もういい加減に立場を弁えろ!」
怒鳴りつける父は照彦の事情になどお構いなしで、言いたいだけ言いたいことを吐き捨てる。するとこの親の性分は十分把握できていたのに、照彦も反抗せずにはいられなかった。
「分かってるよ! でもそれはあんたらが決めたしきたりだ。何で俺までそれに従わなきゃなんねぇんだ、おっさんたちが勝手にやってりゃいいだろ!?」
憚ることなく思いの丈を、語弊も上等とばかりに取り繕いもせず突きつけてやる。息子のそんな態度に浅黒い父の顰めっ面は瞬く間に血が昇り、照彦は映していた眼は険しく剣呑な光を宿した。
「てめぇ、自分の親に何て口聞いてんだ!!」
しかし照彦はその発言を待つことなく、罵声に追い立てられて二階の自室に駆け込む。ここに逃げ込んで引きずり出されたことはなかったが不安も誤魔化し切れず、扉を閉めると鍵をかけて背中を押しつけ、我が身をバリケードにしてひとまずの安寧を確保した。
ずるずると背中を引きずりながら座り込み、こぼした吐息が床にわだかまる。
「もっと泉希と遊んでりゃ良かった」
こんなときに思い浮かべてしまうのは、溌剌として優しげな幼馴染みの笑顔だった。
俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(6)