俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(5)

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「確かこの先だよ」
 夏にも関わらず長袖Tシャツにやや丈のあまるジーンズを履いた泉希が先頭を歩きながら指さした。
「この先って言ったって……」
 その細く滑らかな指の先にある、枯れ草が堆積した川岸を目にして溜まらず愚痴を漏らす。
「あんなところを歩くのか」
「大丈夫だって! 僕がもう何度も通ったんだから!」
「お前と俺とじゃ体重が違うだろうが……」
 不平を漏らしながらも必死な泉希を見ていると無碍にもできない。
「いいか? 少し試してやばかったら俺は引き返すからな」
「もう絶対平気だって! 僕が保証するから!」
 その自信はどこからやってくるんだか。
 肩を竦めながらも照彦は泉希を追って歩き出す。
 二人がいるのは村境に沿って流れる川のほとりだった。浅い谷のようになったそこは剥き出しの断層に沿って細い砂利道が続いている。
 すぐそこを流れる激流は飛沫を散らして頬を濡らし、どこからか腕ほども太さのある千切れた木の根を押し流してくる。
 怯むこともなく先を急ぐ幼馴染みはもしかしなくても馬鹿なのだろう、と照彦は一人納得する。
「お前、もっとゆっくり歩けって。この川、何人も人が溺れ死んでるんだろ?」
「平気だよ。そういう話って大体は子供を近づけないためにでっちあげられたものだって御守さまが言ってたから」
 あの巫女はなぜにそんな話を吹き込んだのか、『大体』ならば実話も何割かは混じっているのだろう? 言いたいことがいろいろとありすぎてどこから突っ込めばいいのか分からない。
 全く臆病なくせに一度決めると立ち止まることを知らない幼馴染みなのである。
「この草むらを突っ切ればもうすぐだよ。だから、怖いことなんてないから僕に任せて」
「既に俺はびくびくだよ」
 川岸が一カ所だけ泥と砂利で増築され、その上に生い茂る大量の芦が道行くの歩行を阻んでいた。密集した芦には人間が入り込める隙間など微塵も照彦には見出せないのだが、泉希には迷いがない。
「ついてくれば分かるから。さぁ、行くよ」
 幼馴染みはやたらと勇ましいことを言うと両手を草むらに差し入れて掻き分け、先にその奥へと踏み入ってしまう。ついてくると言った手前、それをただ見送るわけにもいかず、照彦も泉希の真似をして芦の群れの中に分け入ってみた。
茂みは入り口付近にこそ密集していたものの、進む内に手応えがなくなった。僅かながら行く先を目視できるようになり、踏み固められた獣道を行く。
「ミズキ。お前、ここに来るのって何度目なんだ?」
 草に埋もれて押し潰されそうな背中に問いかけると、窮屈そうに蠢いて枯れ草の欠片をつけた顔が覗いた。
「そんなに多くはないかな。場所が場所だから気軽には来れないんだ。それに何度も来てたら誰かに見つかっちゃうかもしれないし」
 ここのことは誰にも言えない秘密だからね、と顔をほころばせる泉希は照彦以上に悪戯小僧をしている。
 決して大人たちには見せない一面で、そんな表情を目にすると照彦は密かに優越感を抱く反面、泉希の世渡りのうまさには苦笑するしかない。
「お前ってホント秘密とか好きだよな。まぁ悪いってわけじゃないが」
 むしろ自分にしか明かされない秘密に照彦も高揚しているわけだが。
 二人で笑い合って密集した草を切り開き、二人はまたこれまで同じような細い砂利の道に到達した。緩い弧を描くそこを進んでいくと、ちょうど物陰になっていた断崖の一部が抉れて奥にまで川の水が流れ込んでいる。
 円形の空洞が広がるそこにはぽつねんと浮かんだ乗り物がロープに引き留められていた。
「船……だな」
 より正確には一本の木をくり抜いて作られた小舟である。その先端部が水面の揺れに合わせて上下している。
「でもなんでこんな場所に……」
「それは僕にも分かんないな。だけど試しに乗ってみたらまだ使えそうなんだ。だからさ!」
 照彦にも話の続きが読めてしまう。
「えぇっとまさかお前。これを使って……そのために俺を引き連れてきたのか!?」
「そうだよ!」
 泉希は幼馴染みの照彦でさえかつて見たことのない危うい気炎をたぎらせた目で照彦を冒険に誘う。
「旅に出ようよ、二人で。そんなに遠出はできなくても、見えてくるものがいっぱいあるはずだよ」
 頭のどこかで予想できていた展開のはずなのに、ぐらりと視界が揺さぶられる。
 小さな体躯のどこにそれだけ好奇心が貯め込まれていたのか、呆れると同時に照彦にも火がついてしまった。
「……準備はどれだけできてるんだ? 必要な道具は? お金は? 計画は?」
「えぇっと……その、船の櫂とかはまだないけど、でも地図なら見つかったよ。それからお金だけど、今月分のお小遣いがあればたぶんなんとか……」
 あたふたと口ごもる泉希に向けて照彦はこれ見よがしに溜め息を吐き出す。
「あのな、そんなんでどうにかなるなんて本気で思ってんのか? バカじゃねーの下手したら麓に降りたところで迷子だからな。言っておくが俺はそんな杜撰な計画に乗るつもりはない」
 ここまで一息で言い尽くし冷めた目で一瞥すると案の定、小さな幼馴染みは言葉に詰まってたじろぐ。 そこに間髪入れず指を突きつけ、「だから」と照彦は言い放った。
「計画も準備も俺がやってやる。それにお前が従うってんなら、俺もこの話に付き合おう」
「え? えぇと、つまり……?」
 呆然と立ち尽くしていた泉希だが、徐々にその意味を飲み込んでまばたきを繰り返す。
「返事は?」
 照彦に小突かれて初めて泉希は我に返り、「やった!」と飛び跳ねた頭が照彦の顎を打ち据えた。
「――ぁぐ!」
 よろめいて川岸を踏み外し滑り落ちそうになったら小さな腕に引き戻された。そこに全力で体当たりされて、今度は岩と土塊の壁に背面を打ち付ける。
「も、もう大丈夫? 大丈夫、だよね?」
 照彦の胸ほどまでしか背丈のない幼馴染みが怯えた声で半歩遠のいた川の激流を振り返っていた。
 背中と後頭部に押しつけられた岩肌か冷たい。
「あぁ……ミズキ? 平気だからもう少し離れてくれてもだな」
「落ちちゃダメだからね?」
「この格好だとお前の方が落ちそうだけどな」
 今更な指摘ながら泉希は大げさにおののくと慌てふためいて照彦の傍らに飛び退く。
 そしてまた身を竦めたまま目つきだけは険しく川を見下ろし始めるのだから照彦は吹き出してしまった。
「ぶっ……アッハッハ! お前、そんな調子でこれからどうすんだよ」
「どうって?」
 きょとんと泉希が顔を上げる。
「だってお前、いつか俺たちはこの川を渡るんだろ? なのに側にいるだけで怯えてたら始まんねぇじゃねぇか」
「それはそうだけど落ちたら死んじゃうんだよ!? テルは怖くないの!?」
「怖いに決まってんだろ」
 今になって我に返ったらしい。
 手遅れだとか遅過ぎるだろうとか、言いたいことを山ほど募らせて、結局口にしたのは弱音だった。
「勘弁してくれよ。お前がいなきゃ俺だって旅になんか出られないんだから」
「そんなことない!」
 気が弱いくせに真っ向から照彦を見返すと泉希は柄になく語気を強めて言う。
「そんなことないよ! ホントのテルは一人でどこまでだって行けるんだから! 今は自分で自分を縛り付けてるだけ」
「本当の俺って……お前な」
 確かに本人よりも照彦のことを理解していそうな幼馴染みではあるが。
 決めつけられるのは気分が良くない。
「……ごめん。でも僕にも村にも拘ることなんてない。行きたければどこにだって、一人で旅立てばいいんだから」
 ここまで付き合わせておいてそれはないだろうと鼻白む照彦である。
「なら好きにするよ。俺はお前を連れて村の外に行く。ぜってぇ思い通りになんてなってやんねぇ」
 すると泉希は頑なに、何度も首を横に振って拒絶する。
「だから! それは……その、ダメなの! これで最後だから。テルと一緒にいられるのは」
 幼馴染みがいつになく思い詰めた顔で照彦を見上げていて、その頬が言いたいことを持て余し赤らんでいる。
「どういうことなんだ?」
「それは……」
 言い辛そうに俯くと、手を後ろに組んでつま先で砂利をほじくる。なぜだか拗ねたような幼馴染みが話し出すのを根気強く待っていると掠れた声がこぼれた。
「……選ばれたんだ」
「何に?」
 訊ねると再び泉希は黙り込み、それから苦々しそうに沈黙を飲み下して照彦と向き合う。
「聞いて。実は僕、次の代の御守さまにさせられるんだって」
「……お前が? 御守に?」
 それはすなわちこの村の守り神を指し示す尊称だった。
「うん。これからしばらく修行で忙しくなるって。それが終わっても僕はあの神社から、この村を守り続けることになる」
「だったら、この船で村の外に出て行こうってのは……?」
「そうだね」
 泉希は何か言いよどんで暗く目を伏せたが、やがて顔を上げるとはにかんだ。
「今度のは、特別なんだ。御守になったらこんな機会はなくなるから。せめて最後に一度だけ、外を見に行こうと思って」
 だからこの計画に照彦の誘ったのだと、泉希は照れ笑いを浮かべながら告白した。
「ごめん。なんだか今、ヘンなこと言った。恥ずかしいから、忘れて」
 片言になる泉希に照彦は意地悪く口角を吊り上げ、ニッと笑って見せる。
「いやいや、俄然やる気が湧いてきた。今後の励ましにしたいから忘れないでおく」
 この上なく楽しげな照彦の笑みを目にすると泉希は色の白い顔を真っ赤に染め上げたが、しばらく唸ると拗ねたような口振りでこう応えた。
「僕のため……なんだよね。ありがと」
 意図せぬカウンターが的確に死角へと放たれ、打ち砕かれた。

俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(5)

俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(5)

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-15

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