出身校の文芸部誌で偶然発見した、コミュニケーションに懊悩する女性徒のエッセイを引っ張り出してきた。 人はときに、自身が纏う漠然とした気色の悪さを、他者を鏡として発見する。 個性のキャラクター化と同調を良しとする空気のせめぎあいの中で、第三の選択肢に生きてきた少女の自覚の芽生えが興味を惹いた。 こういう子は今、どれくらいいるのだろう。
もうすぐ失明してしまう『彼女』のお見舞いへ向かう『僕』 外には桜が舞い、窓からは暖かな日差しが差し込んでいた。 今日は散歩にでも行こう
大好きだったお婆ちゃんが亡くなった。 悲しみに枕を濡らす僕の枕元にお婆ちゃんが現れて……。 不定期更新です。
一 追憶 ~マツ子叔母ちゃんのこと~ 二 落涙篇 はったい粉 炒りそら豆 ノミ取り 母の涙 クボのおばち 弥衛さんの真情 三 反抗篇 入学式 小田川での水泳 贔屓 通信簿 行方不明? つぐみの雛
ニートの「ぼく」は釣りの餌に、庭にいた幼虫を使用したことから、出会いがあります。魚から指輪がでてくるところは、アラビアンナイトにあったような雰囲気? 指輪は彼女へのプレゼントにはなりません。 そのかわりに今川焼きのエピソードと発展します。蝶々の美しさは彼女への憧憬となる?