蒼い青春 十三話 「誘い」
・登場人物
・園田康雄・・・横須賀署の刑事課の刑事。 少々手荒で、「横須賀のハリー・キャラハン」の異名をとる。
・河内剛・・・園田の後輩刑事。 常に真実を追求する熱血漢。
・斎藤素子・・・博子の専属カウンセラー。 事件の被疑者だったが、前話で殺害された。
・田辺なみ・・・素子のマネージャー。 素子と同様に、被疑者の一人だったが殺害される。
・中崎課長・・・横須賀署刑事課長。 プリプリ怒っている。
・木村茂則・・・警視庁警務部人事二課のベテラン。 園田をなんとか警視庁に引き込もうとする。
前篇
「やられました。」 剛に呼ばれて現場に向かった園田が見たものは、素子と同じように鈍器で顔をめちゃくちゃにされた、田辺なみの死体だった。
「ひどいもんですよ。 両手縛って、めちゃめちゃにやったんです。」と剛が悔しそうにつぶやくのを聞いて、園田も唇をかみしめた。
翌日、朝一番の横須賀署内捜査会議で剛と園田は、斎藤素子、田辺なみがシロであること、捜査対象を一から絞りなおすことを知らされたのだった。
肩を落として歩いていた園田に、剛が声を掛ける。 「先輩、まんまとやられましたね。」 「おう。 でもどうにも納得いかねえんだよな。」 「え?」 「根拠とか証拠とか、そう言うのは無いんだけど、どうにも違うような気がするんだ。」 「はあ。」 死人を前にしても疑いを捨てられない園田に、剛は唖然とすると同時に、なぜか彼の考えが間違っていないように感じるのだった。
その日の午後、園田はまた署の資料室の籠り、とうとうその日の帰りまで姿を見せることは無かった。
翌日、署に来た剛は、滅多に遅れることのない園田の姿がないことを不審に思った。 出勤簿を見ても、きちんと彼は出勤しているのだ。 「あの、園田先輩は?」剛がたまたま顔を合わせた刑事に尋ねた。 「え、ああ、アイツならね、なんか調べ事だって言って、朝早くから三浦の方へ行ったよ。」 「三浦・・・友和?」 「違う違う、三浦市だよ。」 「ああ、はいはい。 どうも。」
その頃園田は、三浦市を訪ね歩いていた。 「たぶんここだと思うんだがな。」 彼がたどりついたのは佐田ヶ谷中学校、死んだ斎藤素子の出身校だ。
「いや、あの子は成績優秀でしたよ。」 校長室に通された園田は、校立当初から校長を務める噺(はなし)校長に話を聞いていた。 もちろん内容は素子のことだ。 「では、学校生活の方ではどうだったでしょう?」と園田。 「ああ、なんと言いますかね。 あの子は、お母さんっぽいといますか、なんだか母性本能とでも言うんでしょうか、それが人一倍強い子でしたね。 すぐに世話を焼きたがると言いましょうか。 まあ、そんな子でしたよ。」 「はあ。」
一通り話を聞いた園田が自分のBMWの戻った時、携帯に電話がかかって来た。 見れば中崎課長からだ。 園田は鳴り響く携帯をポケットに仕舞込むと、愛車のエンジンを唸らせ中学校を後にした。
中篇
「電話にも出ないで、一体どこをおっつき歩いていたんだね? え?」 署に戻った園田は、早々に課長室に呼び出され、中崎から長ーい長ーいお説教を喰らう羽目となった。 園田は中崎をバカにするようにピンと背筋を伸ばして立ったまま、「佐田ヶ谷中学校でぇ、あります。」と答える。 「なに、佐田ヶ谷中だと、お前と言う男は、まだ斎藤素子の周辺を探っているのか? いいか、あの女はな、殺されたんだ、シロなんだよ!」 園田の周りをぐるりと一周した中崎が、ピンと立てた人差し指を園田に向ける。 「何でそう言い切れるんです。」 「なにぃ、お前、この俺に口答えするつもりか!」 「口答えじゃありません。 なぜ部長が斎藤素子が犯人じゃないと断定できるんですか?」 「彼女は殺されてるんだぞ。 よし、分かった、俺の言うことが聞けないんなら、お前には捜査から外れてもらう。 いいな?」 「はい、結構です。 私は一人でやらせていただきます。」 「この野郎、人を小馬鹿にしやがって・・・」 「失礼いたしました。」そう言って園田は、一人で怒っている中崎を置いて、とっとと部屋を出てしまった。
後篇
数日後、捜査から外された園田が捜査資料の整理の合間にコーヒーを買いに廊下に出た時、誰かが彼の肩を叩いた。 振り向いてその顔を見た園田は、あっと小さく声を上げた。 その人物こそ、警視庁警務部人事第二課の木村茂則だったのだ。 「やあ、園田君。 コーヒーだったら、私がうまい店を知っているから、一緒にどうかね」 50代後半くらいの木村は、以前から園田を警視庁に引っ張りこもうとして、こうして何度か声を掛けていたのだ。
「どうだね、レトロな感じでいいだろう?」 喫茶店に入って席に着いた木村が話しかけるが、園田には彼の意が分かっているため、どうしても気が進まない。 「なあ、君、どうだね、君が警視庁に来てくれれば、私が刑事部長に直々に話をして、君を管理官に昇任しよう。」 木村がついに本題を切り出した。 「木村さん、役職を餌にして釣るんだったら、俺じゃなくてもっとほかのやつにしてくださいよ。」 「君じゃなきゃ駄目なんだよ。 今の警視庁にはね、君みたいに無鉄砲で、活気にあふれる刑事、横須賀のハリー・キャラハンが必要なんだよ。」 そう言って懇願する木村を、園田はコーヒーを飲んで睨みつけながら言った。 「木村さん、無鉄砲とか言われても褒め言葉になってないし、前にも言いましたけれど、俺は横須賀署のハリー・キャラハンであって、どこへも行く気は無いんです。 コーヒー、ご馳走さまでした。」 荒々しくそう言ってコートを片手にとって帰ろうとする園田に、木村が一言言う。 「君、捜査から外されたんだってな。」 その言葉を聞いた園田が一瞬足を止め、振り返って木村を睨みつけた。 木村はそれに追い討ちを掛ける様に続ける。 「いいかね園田君、君が捜査から外されたということは、君は横須賀署にとって、不要な人材と見なされたということだ。 それでも君はまだ、自分を裏切った横須賀署に居たいと思うのかね?」 「木村さん、俺は自分の請け負った仕事は、どんなことがあっても自分で片付けようと思います。」 そうとだけ言って、園田は店を後にした。
蒼い青春 十三話 「誘い」