*星空文庫

俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(3)

糸公 作

その1→ https://slib.net/83771
その2→ https://slib.net/83803
その4→ https://slib.net/83853

「んで、ここに来たってわけ?」
 その女性はどこか眠たげな目で泉希と照彦を一瞥し、それから忌々しげに嘆息した。しかしあからさますぎるそんな態度を取りながらも二人を追い返そうとはしない。
「……分かったよ。ついておいで」
 その女性は後ろで一本に結んだ髪を尻尾のように揺らしながら外陣の奥の暗がりに消えていった。白無垢の衣も袴も暗闇の中では大変に目立つ。
「さ、僕たちも行こ?」
 慣れた所作で靴を脱いで泉希は庇の下から建物の奥に踏み入れてしまう。彼に手を引かれて照彦もそそくさとその静謐な空間に立ち入ったが、どうにも馴染めそうにはなかった。
「……確か神社の手伝いとか言ったか」
「テル、どうしたの?」
「いや、よくこんなところに毎日通えたもんだなと」
 どうしても悪態をついてしまうのは居心地の悪さ以上に心のどこかで抱いてしまう暗い嫉妬心のせいだった。どこまでも見知っているはずの幼馴染みの見知らぬ部分を見せつけられているようで心地が悪い。
「テルだって慣れたらいいとこに思えるよ。あぁ見えても御守さまは優しいんだから」
 『御守さま』とはこの村において巫の役職を表す言葉だった。この村をと外を繋ぐただ一つの橋を見守る任を司っているらしい。
 そんな大役があのだらしない巫女に勤まるとはどうしても照彦には思えなかった。
「お前の評価は当てにならん。何を見ても誉めてそうだし」
「テルはどこを見ても微妙だって言いそうだよね」
 間を置かず反撃してくる幼馴染みに照彦は渋い顔を見せる。それから溜め息一つつくと俯き、また顔を上げた。
「「どういう意味」だ?」
 目が合った泉希は一瞬呆けてそれからすぐさま顔を背けた。
 照彦もまた同じ動作を取ったことは言うまでもない。
「ほら、突然お邪魔してるのに、あんまり長居はできないから。早く行こ」
 顔を見ようとしない泉希に引きずられて、照彦たちも迂回して祭壇の後ろに回り込んだ。そこには地下に通じている階段があって、その奥から遠ざかる足音が聞こえてくる。
「ほんとに行くのか?」
 一歩踏み出す度に軋みを上げる床板が照彦からおよそ度胸やプライドといったものをそぎ取っていく。それでも最後の意地で、やはり引き返そうと口にすることだけは踏み留まったが泉希の返事は無慈悲だった。
「当たり前じゃん。……って、怪我してるんだったよね。ごめん」
 躊躇いを見透かされた上、大したことがない怪我の心配までされる。まるで怯えた様子のない泉希に怯みながらも、照彦は戻ろうと言える心境ではなくなっていた。
「平気だ、平気。だからさっさと済ませよう」
「? あぁ、そうだよね。怪我の治療なんて早く終わらせたいよね」
 無邪気な幼馴染みに手を引かれて、照彦は撓む床板を踏み締めていく。時折、古ぼけた電球が吊されていたが感覚が広すぎて足下を照らすには光度が足りていなかった。不確かな足下を指先で確かめながら、歩を進める。
 不意に甲高くなる金切り音が照彦の鼓膜と恐怖心に容赦なく爪を突き立てて、その度に硬直した照彦は泉希から気がかりそうな眼差しを向けられた。
「テルってもしかして、御守さまが苦手なの?」
「まぁ、苦手なのは否定しないけどさ……」
 そういう問題ではないのだ、と訴えることは照彦のプライドが許さない。それからはできるだけ黙って無反応で泉希の後を追っていくと階段が途切れ、やはり電球ばかりが吊された廊下にたどり着いた。
 ちょうどの手前の電球が点滅していて、否応なく辺りに蔓延する不気味な雰囲気が照彦の喉を詰まらせる。
「目に悪そうな場所だな」
 ついでに心臓にも。
 そんな照彦の訴えは届かず、泉希は苦笑いしてこう返した。
「あはっ。そうだね。ちょっと前までは何ともなかったんだけど……電球、僕じゃ背が届かないな。ね、テル。もし時間があればだけど交換するの手伝ってくれない?」
 それが別段に泉希の嫌みでもなんでもない本心だと分かっていたからこそ照彦は息詰まり、がくがくと角張った動作で首を立てに振った。
「やった! 実は御守さま、機械とか全然ダメで。でも他にちょうど良さそうな人もいないから、結構困ってたんだ。でもテルなら安心して任せられるよ」
 この幼馴染みにこう言われてしまうともう照彦に反論は許されない。ただ嫌われ者の自分にまで暖かみのある微笑みを向けられることで、これも悪くはないのかな、と自分の決断を信じるしかなかった。
「まぁこれはこれでアリか」
「うん? 何の話?」
「何でもないよ」
 照彦が肩を竦めながら言うと泉希はもの言いたげに唇を尖らせる。
「なんかテル、隠してる……?」
「そんな大したことじゃないから」
 暗すぎてひどく相手の表情が読み取りづらい環境だが、照彦は泉希に限って僅かな光を照り返す丸い瞳を見つめればその内心が伺い知れてしまう。恐らくそれは泉希からしても同じことだからしばらく目を合わせていると何となしに手打ちの雰囲気が漂った。
「ごめん。こんなとこで話し込んでる場合じゃなかった。急ごう!」
 やたらと横幅の狭い、地下であることを考えれば強烈な圧迫感に満ちた廊下を泉希に引き連れられていく。御守はまだ女性だから難なく通り抜けていけるが、照彦は自分が成人したらここを通れる気がしなかった。
「よく、こんな場所に住めるな」
 照彦の悪態に泉希は苦笑を返す。
「仕方ないよ。ここ、本当は崩れやすかったのに無理矢理土台を作って固めて、神社が建てれるようにしたんだから」
「……改めて言うけど、ホントによくこんな場所に住めたな」
 照彦は自分ならば早々に立ち去っていただろうと断言できた。
 他の村人がいない場所でならば。
「あ、見えたよ。あの部屋だ」
 泉希の言う通り行く先の右壁に拵えられた戸口から光が漏れていた。御守が明かりを灯したのだと知れる。
「こんなとこにまで電気が通ってるのか……」
 ささやかで今更な驚嘆を口にしながら、部屋に立ち入った。
 広さ二畳ほどの空間が、時代錯誤な薬棚に壁を覆われて、来客を締め出そうとするがごとき圧迫感を実現している。天井の中心からはやはり頼りなげ電球が吊るされて不気味な雰囲気に拍車をかけていた。
「如何にもだな」
 室内に充満した、鼻につんとくる臭気を吸い込みながら呟く。
 においの元は薬棚だろう。部屋の隅には材質の違うすり鉢まで複数個用意され、提供されるであろう薬に警戒する反面で期待も募った。
「ちょっと待ってな」
 御守は戸口の近くにある棚を漁って、何かを取り出した。先端が斜め四十五度程度に曲がった、握るにはちょうどいい大きさのプラスティックの容器だ。
「何だそれは?」
 思わず鼻白んで真顔で訊いてしまう照彦に御守はうんざりとした顔で答える。
「分かり切ったことを聞くな。マキ○ンだ」
「知ってるよそれは!!  もっと他にあんだろ!?」
 怒鳴る照彦だったが、御守は何を思ったのかそこで「それなら」と今度は紙の箱を持ち出してくる。中から一枚の四角い布切れを取り出し、照彦に見せた。
「打撲には」
「肩が凝ったら、の間違いじゃないのか。サ○ンパスも要らん。なぜにそうも市販品ばかりなんだ」
 泉希の人物評は当てにすべきでなかったとうなだれる照彦の隣で、慌てた声が上がる。
「おね……御守さま! 前に使ってくれたあの緑色の! あれをテルにも使ってあげて!」
 策も何も弄さない他愛ない要求でありながら、照彦が何時間分の労力と熱意を支払おうが生まれようのない効力を及ぼす。
御守はほんのひととき気まずそうに口をへの字にしたのだがすぐさま表情を改めるとひらひら手を振って白旗を上げた。
「しゃーねぇ。時間がかかるからちょっと待ってなよ」
 今度こそ御守は部屋の奥の棚を漁り、その中身を目分量で取り出すと適当な擂り鉢に放り込む。しばらくごりごりと植物の葉や根の削れる音が沈黙を満たして、御守は仕上げに出来上がったものを切り取った包帯に乗せた。
「おいガキんちょ。こっちに来て背中を見せな」
「待てよ。その怪しげな物体を体に塗りつける気か?」
 調合された薬は濃い緑色の半液体状と化した、名状し難い何かだった。
「これが効くんだって。あんたも一度試してみな」
 その一度試すハードルから高すぎるからこうして不満を述べているわけだが、用意された手前それ以上の不満も述べられずに照彦は渋い顔で黙り込む。
 その傍らにいた照彦が肩を揺らして、渋々そちらを向くと頭を二度ぽんぽんと叩かれた。
「大丈夫だよ。平気だから、そんな顔するなって。すぐに終わるから」
 注射を嫌がる子供を宥める親に通ずるもののある口振りだった。
 泉希と顔を見合わせて諭されて、仕方なく照彦は頷き御守の前まで歩いていく。そこで照彦が背中を見せると御守がにやけた顔を耳元に寄せてきた。
「よぅよぅお二人さん仲がいいねぇ!?」
「今時小学生でもそんなからかい方はしねぇよ!!」
 照彦がじっとりと睨むと御守は照れ臭そうに俯き加減に笑って「ごめんごめん」と取りなした。
「あんたたちを見てると平和な気分になってね。いつになくはしゃいじまうんだ」
 その言葉の真意をうまく呑み込めなかった照彦は何か言おうとして、結局口を噤んでしまった。その代わりに黙ってシャツをたくし上げ、さきほどから節々が痛む背中を見せる。
「はぁ……これは派手にやったねぇ。ちょっと痛むかもしれないよ?」
「いいからちゃっちゃと終わらせろよ!」
 怒鳴る照彦に御守は肩を竦ませ、それから「分かったよ」と頷いて用意していた湿布を手に取った。
「ちょっと冷たいけど、すぐに慣れるから気にしなくていいよ」
 言いながら御守は手際良く湿布を張り付けていく。その感触は事前に言い渡された通り触れてからしばらくは冷たい違和感が肌に染み渡ったものの、じきに気にならなくなった。
 若干染みて、痛みに涙が滲んだのは今生の秘密にしようと心に決める照彦である。
「はい、これでお終い。いい? 今日は一晩中それを外すんじゃないよ。明日には治ってるから」
 何気なく告げられた薬効の強さに半信半疑になりながらも照彦は首を縦に振る。この巫女はだらしない人物だが、こんなやり方で嘘はつかない。
「まぁその……ありがと。世話になった」
 ぼそぼそ照彦とは対照的に隣に並んだ少年の声は伸び伸びとしている。
「僕からもお礼を言わせて! ありがとう、御守さま。また今度、何かお礼をしにくるね」
 それじゃあ,振り返った泉希の肩を生白い手が鷲掴みにした。
「い……ッ!」
 苦悶に歪んだその顔を目にして照彦は咄嗟に手の持ち主を睨みつけてしまう。
「何してんだこのクソ巫女! ミズキが痛がってるだろう?」
 しかし泉希の眼差しはより厳かな御守の視線に切って捨てられた。
「あんたこそどこに目をつけてんだい、このクソガキ! この子が怪我をしてるって分かんないの!?」
「え?」
 教えられて、振り向いて泉希と顔を見合わせる。華奢な幼馴染みは額に汗を滲ませて苦々しげに微笑んだ。
「た、大したことはないんだよ?」
 概ね、その一言で状況が察せられてしまって照彦を息を呑む。細めた目つきは弱々しげに、御守へと助けを求めた。
「分かってるくせにこっちを見てんじゃないよ。大方、二人でふざけたら怪我しちまって、あんたに責任を感じさせないためにその子は隠してたんだろ?」
 どうだ、言いたげに御守は泉希を見やる。返ってきたのは「そういうわけでは……」という、弁解にもなっていない頼りなげな呟きだった。
「触った感じ、骨折じゃなさそうだけど……ただの捻挫かね。待ってな、すぐにそれ用の薬をつくるから」
 御守はすぐにまた棚の中身を漁り出して、照彦は黙ってその背中を見守っていた。傍らに目をやるといつの間にか泉希が立っていて、耳元で「ごめんね」と囁いた。 

『俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(3)』

『俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(3)』 糸公 作

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-05-14
Copyrighted

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。