俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(2)
じめじめとした梅雨は夏の熱気に取って代わられた。
「いた! おい待て!」
頭がのぼせる暑苦しい晴れ空の下、目を細めながら歩を進める。
「だから待てってば!」
こんな季節にあっても、友達を追いかける子供の声は騒がし――
「――待てって言っただろ!?」
助走をつけた靴裏に押し出される。前につんのめり、転ぶ寸前で身を翻した。
「っぶねぇだろ! 何考えてんだ!?」
「待てって言ってたの聞いてなかったのか!?」
振り向いて応じた照彦に迷いなく怒声を返してくるのは、体操服の上からジャージを羽織った小柄な少年だった。
……一応、本人はそう自称していた。
「だからって飛び蹴りかます奴があるか……」
「ここにいるじゃん」
「そういうことを言ってるんじゃねぇよ」
思わず嘆息しながら片目だけを開けて、幼馴染の顔を覗く。
「で、ミズキ。今日は何の用なんだ?」
「実はさ、テルに見せたい場所があって。これから少しついてきて欲しいんだ」
それは案の定、照彦が予想した通りの理由だった。
「ついてきてって、どこまで?」
「それは……ついてみたらのお楽しみで」
なぜだか自慢げに言うので腹が立ち、また照彦は一人早足で歩き出してしまう。
「あ、待って! ヒント出すから……」
「勝手に言ってろ!」
幼馴染みを引き離すようにずんずんと、しかし密かに距離を計りながら帰途を行く。その後ろを泉希が体の小ささ故に忙しのない足取りで追いかけてきた。
「――ねぇ。ねぇってば! テルに見てもらいたい場所なんだ! 見ないとたぶん、信じてもらえないからっ! お願いだよ……!」
いつになくしつこい幼馴染みに仕方なく照彦も歩調を緩める。
「ったく、どうして俺なんだよ。お前になら他に幾らだって仲良い奴らがいるだろう? 例えば……そう、昔よく遊んでもらった姉ちゃんだとかさ。あの人についてきてもらえば良いんじゃないのか」
「嫌じゃないけど……他の人はダメなんだって。どうしても、そういう場所だから」
「本当に、どこなんだそこは……」
溜め息をつき肩をすくめて、わざとらしくうんざりとした態度を照彦は見せつける。しかし泉希は困ったような笑みで言葉を濁すばかりだった。
「ごめん。でもあの人は、巫女になってからずっと忙しそうだし……迷惑かけられないよ」
「俺になら良いとでも?」
意地の悪い質問に泉希はなおさら苦々しく微笑みながらも懇願してくる。
「ごめん。そんなつもりじゃなくて、今度の場所はホントにテルじゃなきゃダメなんだ! ついてくるだけだから、ね? お願いだよ!」
振り切ろうとする照彦の前に泉希はなんとか先回りして両手を合わせ、文字通り拝み倒してくる。意地になって照彦も黙殺を貫こうとしたが、トタン小屋よりも脆いその牙城は呆気なく崩れ落ちた。
「あぁあぁもうっ、分かったよ! んで!? 俺はどこまでついていきゃ良いんだ!?」
思いっきり不機嫌そうに答えて威嚇したつもりなのにどうしてか泉希の表情は華やぐ。嬉々として照彦の手を取り、山の奥地に切り開かれた、村へと続く坂道を駆け上がり始めた。
「こっち! こっちだよ!」
「おいこら待て、待てって! 犬かお前は!?」
照彦の隣家では一見偏屈そうな爺さんが図体ばかり大きな柴犬を飼っているが、あの犬がはしゃぎ回るとちょうど今の泉希のように遊び相手が振り回される。幸い、照彦ならば腰を痛めることもなかったが。
「転ぶなよ? 運動神経悪いんだから」
「うっさい! テルだってちょっと足が速いからって油断してたらね……っ!」
振り返って喚く泉希は当然のごとく自分が躓くだなんて想像もしない。だから転ぶんだと注意する前から彼の頭ががくっと下がった。
照彦は呆れるより早く前に出していた足を支点にして、泉希と繋いだ腕に体重をかけ引き寄せる。
坂道の高い位置にいる泉希を全力で引っ張ればどうなるか、なんて想定はまるで後回しになっていた。
「あ──」
そんな間抜けな声を残して泉希が照彦の胸に飛び込んでくる。その慌て切った顔を目にした直後視界が跳ね上がり空が開けた。空いた腕を意味もなく振り回し、背中から体を叩きつける――ことだけはランドセルが防いでくれる。
それでも腰から上が千切れそうなほどの衝撃に襲われ、砂利が不気味な音を立てながら後頭部を擦った。
「ぐぅおぉ……」
照彦がくぐもった呻き声を上げてからも僅かながら沈黙が募り、その間にじわじわと染み出してきた腰の痛みのあまり照彦は悶絶する。急に火がついたように熱を発し始めて、ひぃひぃと息を切らしながら横になった。
「いてっ」
その拍子に巻き添えを食らった泉希も照彦の腕の腕の中で横に転がる。しかしすぐにそこを抜け出すと照彦の体を揺さぶり、今にも崩れそうな表情で顔をのぞき込んできた。
「大丈夫? ごめん、僕を助けようとしたんだよね。ごめん。平気……じゃないよね。誰か呼んできた方が良い?」
「いっ、良いから揺らすな。待て、待ってって」
照彦の絶え絶えな声を聞くと泉希は身を竦ませて肩を震わせ、慌てて手を離した。その泣き出しそうな眼差しに見守られながら、どうにか両腕で体を起こし、口で息をする。呼吸を整えるにはまだ痛みが激しく、何より転んだ衝撃から肺が立ち直っていなかった。
「わ、わぁわぁごめんなさい。荷物は僕が持つから。今日は早く帰って休も?」
泉希の気づかわしげな声に照彦はかぶりを振る。頭の傷が冷たく疼き出したが、それ以外の痛みと同様に意識の底へと押し込んで立ち上がった。
「いや良い。それよりさっさと、その秘密の場所に行こう」
「なんでだよ!? だって頭打ってたし、血も出て……」
「あぁ? かすり傷だこんなもん!」
勇んで照彦が言うと泉希はまず苦笑して「何年経ってもその性格のままなんだね」と懐かしそうに目を細めながら呆れる。それからどことなく悲しげな顔で照彦を見上げてきた。
「ねぇ軽そうに見える怪我だって、あとから大変なことになることもあるんだよ。イヤだからね、僕は。テルがいなくなるのは」
「大げさなんだよお前は。ちょっと行って、帰ってくるだけじゃねぇか」
照彦の説得にも泉希は意地になって首を横に振り、照彦の腕を掴む。
「やっぱりダメだよ。今日中にどうしても行かなきゃいけない場所でもないし……それよりテルの怪我の方が重大事」
きっぱりと宣言すると泉希は以前よりも確かな足取りで坂を登り始める。
「おい、俺の意見も少し……」
「ごめん。でも少し診てもらうだけだから。お願いだから、自分を大切にして?」
振り返りざまに脆く崩れ去る寸前の瞳に訴えられて、照彦は口を噤む。この幼馴染みの押しの強さには勝てないと分かっていたし、それに何よりあの目で訴えられては照彦は逆らえない。
「……ありがと」
「なんも言ってねぇし」
毒づく照彦を連れて、泉希は黙々と坂を上っていく。
俺の幼馴染が巫女で男の娘!?(2)