di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~ 第一部 第五章 騒乱の居城から
こちらは、
『di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~』
第一部 落花流水 第五章 騒乱の居城から
――――です。
『di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~』
第一部 落花流水 第四章 動乱の居城より https://slib.net/110901
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〈第四章あらすじ&登場人物紹介〉
===第四章 あらすじ===
鷹刀一族の屋敷は、警察隊に取り囲まれた。総帥イーレオに対し、『貴族の藤咲メイシア嬢を誘拐した』として逮捕状が出たのだという。狂犬と呼ばれる警察隊員、緋扇シュアンの強硬姿勢により、鷹刀一族は警察隊を屋敷に入れてしまう。
ここに来ている警察隊員を統率している指揮官は、実は、斑目一族、厳月家と裏で繋がっており、斑目一族が化けた偽警官を多数、引き連れてきていた。斑目一族は、鷹刀一族と対立する凶賊であり、、厳月家は、藤咲家と敵対する貴族である。
指揮官は高圧的な姿勢で、イーレオの孫娘ミンウェイに命じ、強引にイーレオのいる執務室に乗り込んでいった。斑目一族との密約では、メイシアの死体が屋敷にこっそりと運び込まれることになっており、それを『発見』したとして、イーレオを逮捕することになっていた。
一方ミンウェイは、シュアンに「鷹刀一族と手を組みたい」と話を持ちかけられる。凶賊の情報は凶賊が知る、ということらしい。
監視カメラを経由して、屋敷の状況を見ていたルイフォン、メイシア、リュイセンは、何もできないことにやきもきしていた。彼らは、貧民街から屋敷に急行しているところだった。
そんな彼らのところに、メイシアの異母弟ハオリュウと、リュイセンの父でありルイフォンの異母兄であるエルファンが、共に屋敷に向かっているという連絡が入る。
『誘拐された貴族令嬢の実家の者』と『誘拐した凶賊の一族の者』として、偽警察隊員の前で冷たい舌戦を繰り広げる、ハオリュウとエルファン。しかし、ふたりとも、実はこの誘拐劇が斑目一族が仕組んだ狂言であることを知っており、密かに手を組んで屋敷に入る。
エルファンは、ミンウェイに協力を迫っているシュアンを、格の違いで従わせ、ハオリュウと共にいた偽警察隊員を一掃させた。
丁度そのころ、ルイフォン、メイシア、エルファンを乗せた車が屋敷に到着した。
執務室では、イーレオ、護衛チャオラウが指揮官と対峙している。
応接室付近には、エルファン、ミンウェイ、ハオリュウ、シュアンが集まっている。
屋敷中を、何も知らない本物の警察隊員たちが『誘拐された藤咲メイシア嬢』を探し回っており、その様子を鷹刀一族の凶賊たちが苦々しい思いで見つめている。
――これで、役者は揃った。
メイシアは、この騒動を治めるために一計を案じているという。
そのことを知る者たちが、「そのとき」を待っていた……。
===登場人物===
[鷹刀一族]
鷹刀ルイフォン
凶賊鷹刀一族総帥、鷹刀イーレオの末子。十六歳。
母から、〈猫〉というクラッカーの通称を継いでいる。
端正な顔立ちであるのだが、表情のせいでそうは見えない。
長髪を後ろで一本に編み、毛先を金の鈴と青い飾り紐で留めている。
《第五章開始時は、第三章で紐を使ってしまったままなので、鈴は懐にしまっている》
※「ハッカー」という用語は、「コンピュータ技術に精通した人」の意味であり、悪い意味を持たない。むしろ、尊称として使われていた。
「クラッカー」には悪意を持って他人のコンピュータを攻撃する者を指す。
よって、本作品では、〈猫〉を「クラッカー」と表記する。
鷹刀イーレオ
凶賊鷹刀一族の総帥。六十五歳。
若作りで洒落者。
鷹刀ミンウェイ
イーレオの孫娘にして、ルイフォンの年上の『姪』。二十代半ばに見える。
鷹刀一族の屋敷を切り盛りしている。
緩やかに波打つ長い髪と、豊満な肉体を持つ絶世の美女。
薬草と毒草のエキスパート。
かつて〈ベラドンナ〉という名の毒使いの暗殺者として暗躍していた。
鷹刀エルファン
イーレオの長子。次期総帥。ルイフォンとは親子ほど歳の離れた異母兄弟。
感情を表に出すことが少ない。冷静、冷酷。
倭国に出掛けていた。
鷹刀リュイセン
エルファンの次男。イーレオの孫。ルイフォンの年上の『甥』。十九歳。
文句も多いが、やるときはやる男。
『神速の双刀使い』と呼ばれている。
父、エルファンと共に倭国に出掛けていた。
草薙チャオラウ
イーレオの護衛にして、ルイフォンの武術師範。
無精髭を弄ぶ癖がある。
ルイフォンの母
四年前に謎の集団に首を落とされて死亡。
天才クラッカー〈猫〉。
右足首から下を失っており、歩行は困難だった。
かつて〈七つの大罪〉に属していたらしい。
〈ケル〉〈ベロ〉〈スー〉
ルイフォンの母が作った三台の兄弟コンピュータ。
ただし、〈スー〉は、まだできていないらしい。
[藤咲家]
藤咲メイシア
貴族の娘。十八歳。
箱入り娘らしい無知さと明晰な頭脳を持つ。
すなわち、育ちの良さから人を疑うことはできないが、状況の矛盾から嘘を見抜く。
白磁の肌、黒絹の髪の美少女。
藤咲ハオリュウ
メイシアの異母弟。十二歳。
十人並みの容姿に、子供とは思えない言動。いずれは一角の人物になると目される。
斑目一族に誘拐されていたが、解放された。
[斑目一族]
斑目タオロン
よく陽に焼けた浅黒い肌に、意思の強そうな目をした斑目一族の若い衆。
堂々たる体躯に猪突猛進の性格。二十歳過ぎに見える。
斑目一族の非道に反感を抱いているらしいが、逆らうことはできないらしい。
ルイフォンに鷹刀一族の屋敷に危機が迫っていることを暗に伝えてくれた。
[〈七つの大罪〉]
〈七つの大罪〉
現代の『七つの大罪』《『新・七つの大罪』》を犯す『闇の研究組織』。
知的好奇心に魂を売り渡した研究者を〈悪魔〉と呼ぶ。
〈悪魔〉は〈神〉から名前を貰い、潤沢な資金と絶対の加護、蓄積された門外不出の技術を元に、更なる高みを目指す。代償は体に刻み込まれた『契約』。
〈蝿〉
〈七つの大罪〉の悪魔。
ルイフォンの母のことを知っているらしい。
鷹刀一族、特にイーレオに恨みがある。
ミンウェイが、かつて〈ベラドンナ〉と呼ばれていたことを知っていた。
医者で暗殺者。
ホンシュア = 〈蛇〉?
鷹刀一族に助けを求めるよう、メイシアを唆した女。
仕立て屋と名乗っていた。
[警察隊]
緋扇シュアン
『狂犬』と呼ばれるイカレ警察隊員。三十路手前程度。
ぼさぼさに乱れまくった頭髪、隈のできた血走った目、不健康そうな青白い肌をしている。
凶賊に銃を向けることをまるで厭わない。
凶賊の抗争に巻き込まれて家族を失っており、凶賊を恨んでいる。
指揮官
イーレオに対し、『貴族令嬢誘拐』の罪を捏造し、逮捕拘束に来た指揮官。
裏で、斑目一族と繋がっている。
===大華王国について===
黒髪黒目の国民の中で、白金の髪、青灰色の瞳を持つ王が治める王国である。
身分制度は、王族、貴族、平民、自由民に分かれている。
また、暴力的な手段によって団結している集団のことを凶賊と呼ぶ。彼らは平民や自由民であるが、貴族並みの勢力を誇っている。
1.桜花の告白-1
鷹刀一族の屋敷を囲む、天にも届きそうなほどの煉瓦の城壁。そして、そこに嵌め込まれたかのような、重厚な門。その鉄格子の隙間から、警察隊に扮した斑目一族の凶賊たちは、要塞の如き居城を盗み見ていた。
彼らは、門からの侵入者を阻止するよう命じられていた。しかし、つい先ほど次期総帥、鷹刀エルファンと、貴族の藤咲家次期当主、藤咲ハオリュウを通してしまった。しかも、貴族の子供は、彼らの同僚を護衛として従えていったのである。
「中に行った奴らは、どうなったんだ……?」
彼らは、背伸びをして門の内側を覗いていた。足のサイズひとつ分の高さを増やしたところで、たいした意味もないのだが、そこは気分の問題だろう。
そんなふうに壁の中ばかりを気にしていた彼らだったが、遠くから猛烈な勢いで近づいてくる轟音の気配には、さすがに気づかざるを得なかった。
屋敷を囲む長い外壁の彼方に、彼らは小さな黒い点を発見した。やっと視認できるくらいだったそれが、黒塗りの車であると確信を持てた次の瞬間には、目前に迫っていた。
あわや、というところで、車輪とアスファルトが強烈な金切り声を上げ、車が停止する。
彼らが全員、轢死をまぬがれられたのは、運転手の腕前と、ほんの一瞬とはいえ、車の発見が早かったためであろう。車輪から弾け飛ぶ火花を一番近くで見た男などは、死を覚悟したほどだった。
「て、敵襲だ!」
ひとりの男が叫び、狙いも定めずに発砲した。
車に乗っている者は、総帥の危機に駆けつけた、鷹刀一族きっての猛者に違いない。――そいつを車外に出してはならぬ、との一心だった。
鋭い銃声と共に、ボンネットの上で弾丸が弾ける。それを皮切りに男たちの銃弾が次々に車を襲い、ボディーを、フロントガラスを蜂の巣にしていった。
無計画に撃ち続けた弾倉が、空になるのは時間の問題だった。
急に反応しなくなった引き金のわけを知り、彼らは青ざめた。いつも彼らと苦楽を共にしている愛刀は、今は腰にない。
皆一様に、恐怖という名の鉄球のついた枷に両手両足を繋がれ、身動きが取れなくなった。車から出てくる相手に脅えながら固唾を呑む。
しかし、車の扉が開くことはなかった。
その代わり、頑丈な鉄門が重たい音を上げる。
「なっ……!?」
誰も手を触れていないのに、格子の門が内側に向かい、左右にふたつの弧を描きながら開き始めた。
「門が勝手に……?」
「中にいる奴が、やっているんだ!」
遠隔操作で門を開け、車ごと突入する気なのだろう。
「し、閉めろ!」
男たちの何人かが慌てて鉄格子に飛びつくが、硬いアスファルトに靴底を削り取られながら、門に引きずられるだけである。
ひとりの男が、はっと顔色を変えた。予備の弾倉の存在を思い出したのだ。慌てて入れ替えると、周りにいた者も彼に倣う。
「タイヤを狙え! 突入させるな!」
しかし素人の射撃など高が知れている。ましてや狙いを定めにくい低い位置だ。当たるわけがない。
彼らをせせら笑うように、ぐおん、と荒い鼻息が如きアクセル音をふかせると、車は急発進した。
門はまだ開ききってはいなかったが、ぎりぎり車一台分の隙間は出来ていた。
体を張って止めようとする者などいなかった。いたら確実に無駄な最期を遂げていただろう。男たちは放心したように、敷地内に消えていくトランクパネルを見送る……。
やがて鉄門は、格子を握っている者たちを引きずりながら、再び閉ざされていった。
「庭に行ってください!」
高く鋭い声が、車内に響いた。
ルイフォンが身を起こしたときには、既にメイシアが切り込むような目を運転手に向けていた。彼女の右手は胸のところでぎゅっと握られ、あたかも飛び出しそうな心臓を必死に抑えているかのようだった。
「お前、顔が真っ青だぞ」
ルイフォンは、有無を言わせず彼女の肩を抱き寄せる。
体の触れ合った箇所から、小刻みな振動が伝わってきた。彼は彼女の頭上に手を伸ばし、黒絹の髪をくしゃりと撫でる。
暴走車でここまでたどり着き、最後は弾丸の嵐の歓迎だ。防弾硝子があるとはいえ、正直ルイフォンも生きた心地がしなかった。
「大丈夫か?」
顔を覗き込んできたルイフォンに、メイシアはぎこちないながらも、にこりと笑う。
「はい。それに、これからです」
目線を移し、彼女は前を向いた。そこでは、桜の木が今日も穏やかに薄紅色の花びらを散らしていた。
メイシアは優美だが、強い桜だ。繊細で儚げなのに、根がしっかりとしている。だからこそ、無理をして折れてしまいそうで、ルイフォンは怖くなる。
彼は、つい先ほどのやり取りを思い返した――。
「お前、何をするつもりなんだ?」
「え……。ええと……」
何故か、メイシアが顔を赤らめた。
「言った通り……です。私が警察隊を説得しますので、屋敷中のスピーカーに私の声が届くようにお願いします」
「何を言うつもりなのか、という意味で訊いている」
聡明な彼女なら、質問の意図が分からないはずがない。こんなことで声を荒立てたくはないのだが、彼女は自分の身を顧みずに行動する。それが心配でたまらなかった。
ルイフォンの鋭く光る猫の目に、メイシアは肩を縮こめる。
「すみません」
「謝らなくていいから説明してくれ」
「……言ってしまうと、勇気がなくなりそうなんです」
「情報の共有は基本だ」
「それは分かります。でも、私を信じてくれませんか……?」
凛とした黒曜石の瞳が、まっすぐにルイフォンを映した。
彼女の白い頬には、まだ泥の筋が残っている。比喩ではなく、つい先ほどまで彼女は彼と共に死線を乗り越え――か弱い細腕で、必死に彼を守ってくれたのだ。
ルイフォンは口まで出掛かった反論の言葉をぐっと飲み込んだ。
彼女を信じられないような度量の小さな男には、なりたくない。
万一のときには自分が守ってやればいい――なんて格好いいことを言えるほど、武に優れているわけではないのは自覚している。だが、警察隊が相手なら、少なくとも貴族の彼女だけは危険がないはずだ。あとは自分の身くらい、自分で守ればいい。
ルイフォンは傷だらけの自身の体に神経を巡らし、負傷箇所を確認した。そして、「分かった」と、メイシアの頭に掌を載せる。驚いたように目を見開く彼女に、彼は父親譲りの悪戯な笑みを浮かべた。
「お前を信じる」
「おい! それで納得するのかよ!?」
そう叫んだのは、メイシアとは反対側の隣に座るリュイセンだった。
「作戦を知らなければ、俺たちは動きようもないんだぞ!」
「す、すみません」
「謝るくらいなら、ちゃんと言え!」
小さくなって頭を下げるメイシアに、リュイセンの凄味のきいた怒声が、ルイフォンを飛び越え、突き刺さる。
険悪な雰囲気。
だが――。
「あのぅ、お取り込み中すみませんが、もうすぐ着きます。銃撃に備えて身を低くしてください」
不幸な運転手の申し訳なさそうな声が、メイシアの味方となったのだった。
門を守っていたのは一個小隊ほどの偽の警察隊員たちであったが、敷地内には数多くの正規の警察隊員たちが散らばっていた。
正義感に満ちた心優しい彼らは、不運にも誘拐されてしまった貴族令嬢に心を痛め、一刻も早く助けて差し上げねばと必死になっていた。
大きな屋敷には無数の部屋があり、そのひとつひとつをつぶさに調べなければならない。途方もない作業に思われるが、それでも屋内の捜索を命じられた者たちは、まだ気楽でいられた。
屋外――広大な庭は、少女ひとりを見つけるのには、あまりにも困難な場所だった。大きな温室は勿論、倉庫のようなものが幾つもある。
しかし、屋外を任された者たちの足を重くしていたのは、その膨大な捜索範囲よりも、指揮官の「不幸にも死体になっている」という言葉であった。彼らは少しでも不自然なところを見つけては、地面を掘り返していた。その先に貴族令嬢がいないことを願いながら。
そんな彼らが、暗い気持ちで花壇にスコップを突き立てていたときのことであった。やにわに門のほうが騒がしくなったかと思うと、発砲音が続き、一台の車が猛進してきた。
驚きに目を見開く彼らの脇を駆け抜け、車は庭の中央で急停止した。
ちょうど桜の大木の手前。その根を踏まぬ程度の距離を空けてのことである。その配慮に感謝したかのように、薄紅色の花びらがひとひら、黒塗りのボンネットに清楚な花を咲かせた。
「まさか……?」
凶賊が外部から応援を頼むと厄介なので、門は封鎖することになっていた。しかし現実として、それはどう見ても警察隊の車ではなかった。
「凶賊だ……!」
動揺の波紋が警察隊員たちの間に広がっていく。
「構え!」
その場にいた者たちの中で一番階級の高い者が叫んだ。はっとした警察隊員たちはスコップを投げ出し、拳銃を手に遠巻きに車を囲む。
そのとき、天から雷が一直線に落とされたかのような鋭い音が、屋敷中の空気を引き裂いた。
「な、なんだ?」
耳をつんざく不協和音。
体を内部から破壊されるような、不快な音の嵐。
あまりの生理的嫌悪に、敷地内にいた者たちは屋敷の内外を問わず、例外なく両手で耳を塞ぐ羽目になった。
……幸運にも、その事態はそれほど長くは続かず、しばらくすると騒音も収まる。さてそろそろ手を外すべきかと人々が思い始めたころに、また別の音が聞こえてきた。
『あーあー。本日は晴天なり。あーあー』
その言葉通りに青く晴れ渡った空に、呑気なテノールのマイクテストが響き渡った。
『よし、メイシア、繋がったぞ』
『え、あ、ありがとうございます』
『お前ら。今の会話、全部、外に流れているぞ』
なんとも緊張感のないやり取りが、屋敷中のスピーカーを震わせた。
すべての者が手を止め、状況を把握すべく耳を澄ませると、すうっと息を吸う音。それが一度止まり、やがて静かに吐き出されるノイズが、まるで穏やかなさざ波のように寄せてくる。
そして――。
『警察隊の皆様、鷹刀一族の皆様。どうか、お聞きください。私は藤咲メイシアです』
鈴を振るような透き通った声。
『お話があります。桜の庭にお集まりください』
執務室にて、警察隊の指揮官は血色の良すぎる顔を白くしていた。
彼はただ、鷹刀イーレオが逃げられないよう、見張っていればいいはずだった。待っていれば、万事がうまくいくと聞いていた。
それがなんだ? 追い詰められているはずのイーレオが余裕の顔でお茶を出し、ジャガイモの布袋に収められているはずの少女が庭に来ている――!
「お探しの令嬢が見つかってよかったですね」
ベッドにもたれかかったままの鷹刀一族の総帥が、にこやかに笑った。いい歳をした爺さんのくせに、まったく忌々しいことに、涼やかな色気すら醸し出している。
指揮官は脂汗の光る額を拭った。
ともかく、『八百屋』の作戦は失敗したのだ。
「いえ、ちっともよくないですな。藤咲メイシア嬢は、お前の敷地内で見つかった。すなわち、お前がかどわかしたということだ!」
指揮官が高圧的に一歩踏み込むも、イーレオは笑みを絶やさない。
「それは早計というものですよ。まずは彼女の話を聞こうじゃありませんか」
そう言って、イーレオは「チャオラウ」と護衛の男に声を掛けた。呼ばれた男は、さっと窓際に立ち、カーテンを開け放つ。
いきなり飛び込んできた眩しい光に、指揮官は目を閉じた。
「ここから桜がよく見えるんですよ」
イーレオの声にそっと目を開ければ、その言葉通り、窓の向こうに薄紅色の世界が広がっていた。ふわりとした風に、花びらがひらひらと、そよいでいく。
護衛の手を借りてイーレオが立ち上がった。そのまま、緩やかに移動して、窓枠に寄り掛かるようにして眼下を見やる。
「ああ、皆さん、集まってきましたね」
大きな桜の木のそばに、黒塗りの車。様子を窺うように少し間を置き、その周りを濃紺の制服の警察隊と暗色の衣服を纏った凶賊たちが、相容れぬ間柄ながらも隣り合うように、ぐるりと取り囲む。
まるで野外劇場だ。
青芝生の客席は大入りで、薄紅色の舞台に上がる主演女優の登場を待ち望んでいる。
「私は動けませんから、ここから見ることにしますが、あなた方は庭に行かれたらどうですか?」
イーレオが指揮官を振り返る。
「何を言っておる。私はお前を監視する義務がある!」
「そうですか。ではご随意に」
そう言って再び外へと視線を戻したイーレオの隣に指揮官も立つ。彼とて庭の様子が気にならないわけがない。
『八百屋』が失敗したときの手も打ってあると聞いている。しかし、不安は拭いきれなかった。
『お騒がせしてすみません。――今、外に出ます』
地面に落ちた桜の花びらを舞い上げながら、黒塗りの車の扉が開く。
細い足首が優雅に車外へと降ろされた。車内の座位から頭を上げると、長い髪が流れ、彼女の花の顔があらわになる。艶やかな黒髪を彩る髪飾りにせよとでも言うように、桜がはらりと、花びらを贈った。
警察隊員たちは彼女を写真でしか知らなかったが、ひと目で確信できた。
一度見たら忘れられないほどの、高貴な少女。
粗末な服に身を包み、白磁の肌は泥で汚れていても、彼女の美しさはちっとも損なわれることはなかった。
驚嘆とも感嘆とも取れる声が、青芝生の庭に沸き起こった。
1.桜花の告白-2
豪奢な邸宅にふさわしい、春の息吹に満ち満ちた美しく広大な庭園――。
桜の巨木が柔らかく枝を伸ばし、ありとあらゆる芽生えを見守るかのように優美に咲き誇っていた。いっぱいに開かれた小さな花びらは、やがて花芯からほどけ、ひらひらと流れ落ちては大きな華やぎの舞台を作る。
緑あふれる客席では、警察隊の濃紺の制服と、凶賊たちの暗色の衣服とが、押し合いへし合い、うねりを上げていた。
その混乱の渦の中心に、神々しさすら感じられる妙なる少女が降り立った。
色白の顔は緊張に彩られ、やや硬い面持ちをしている。だが、取り囲む者たちに臆することなく、凛と胸を張っていた。
「メイシア嬢! よくぞ、ご無事で!」
人の波をかき分けながら、ひとりの警察隊員が中央に躍り出た。
制帽の徽章は、鷹刀一族と手を組んだ警察隊員、緋扇シュアンよりも、ふたつばかり上のもの。庭にいた隊員たちを指揮していた者である。地面の下から貴族令嬢を発見せずにすんだ彼は、ほっと胸をなで下ろす素振りを見せた。
そのまま彼がメイシアのそばへと近づこうとしたとき、彼女に続いて、ふたりの男が車から降りてきた。まだ少年といってよいほどの若者――ルイフォンとリュイセンである。
「お前ら! 人質を取っているつもりかっ……!」
先ほどの警察隊員が怒号を発し、その場にいた警察隊員全員の顔が一斉に緊張に染まる。
やっと見つかった令嬢である。無事に救出せねばならない。隊員たちは、ごくりと唾を呑み込んだ。
「メイシア嬢を解放しろ! お前らは完全に包囲されている!」
その声に呼応し、警察隊員たちはそろそろと歩み出て、最前列の配置についた。
警察隊の有無を言わせぬ行動に、メイシアは顔色を変えた。
「ま、待ってください。私の話を……」
「おとなしく投降しろ!」
メイシアの細い声は、怒鳴り声に掻き消された。
まるで聞く耳を持たない警察隊に、メイシアの頭の中は真っ白になった。彼女の作戦に乗る形になっていたルイフォンとリュイセンは、彼女の指示がない以上、立ち尽くすしかない。
それを投降拒否と見なしたのか、指揮を取っている警察隊員は背後を振り返り、部下たちに檄を飛ばした。
「発砲を許可する! あいつらを始末しろ!」
その言葉に初めに色めき立ったのは、当然のことながら凶賊たちだった。
一族の若者、しかも敬愛する総帥イーレオの血族の危機に、思わず体が動きそうになる。警察隊に手を出さぬように、とのイーレオの厳命がなければ、とっくに乱闘になっていただろう。
ぐっと様子を窺う凶賊たち。――その代わりに叫んだのは、警察隊員たちだった。
「で、ですが、先輩!」
「メイシア嬢が人質になっています!」
悲鳴に近い声が飛び交う。
だがしかし、動きの鈍い部下たちに、彼らの先輩である隊員は蔑みの眼差しを送った。
「仕方がありませんね」
感情の欠如した声。がらりと変わった声色と口調に、隊員たちは耳を疑った。
「先輩……?」
「それでは、私がやりましょう」
彼は懐に右手を潜り込ませた。
悪相としかいえない形相で、口の端を上げる。そして、黒光りする拳銃を持った手を取り出し、まっすぐに伸ばした。
「メイシア嬢をこちらに寄越しなさい。従わなければ撃ちますよ」
冷酷な物言いに、隊員たちは顔色を失った。そこにいるのは確かに彼らが先輩と慕っている上官のはずなのに、まるで別人に見えた。
メイシアは生まれて初めて、拳銃というものを間近で目にした。
見ているだけで足がすくむ――怖い。けれど、その奥に潜む凶弾が狙っているのは、彼女ではないのだ。
「は、話を聞いてくださ……」
声が、かすれた。
――これでは、駄目。無視される。
メイシアは、胸に手を当て、ぎゅっと掌を握りしめた。
なんとしても、守らなければ――!
「話を聞きなさい!」
凛とした声が響き渡った。
メイシアが大きく一歩前に踏み出すと、髪を飾っていた花びらがひらりと舞い落ちた。
「あなたは自分の銃がどちらを向いているか、分かっていますか? 私の方角です! 私は貴族の藤咲家の者です。警察隊が貴族に銃を向けてよいとでも思っているのですか!? 腕を下ろしなさい!」
大地を揺るがす、天の声。
華奢な体躯にそぐわぬほどの、威風堂々たる麗姿に、場にいた者たちの心が平伏した。誰もが声ひとつ漏らすことなく、彼女の背後に後光すら幻視する。
しかし、そんな中で唯一、彼だけは違った。
銃口をメイシアに向けていたその男だけが、無表情のまま――。
メイシアは皆を諭すように、はっきりと告げた。
「私は、誘拐などされていません」
「そう言うように、脅されているんでしょう?」
にやり、と男が嗤った。そのおぞましさに、メイシアの背筋がぞくりとする。
「違います!」
「そうか。……つまり――」
彼は拳銃を持つ手をわずかにずらし、照準を改めた。
「――あなたは、メイシア嬢の替え玉ですね?」
「え……?」
「貴族なら、警察隊の助けを喜ぶはずですからね」
「そんな……!」
メイシアに向かって、銃口が光る――。
鷹刀一族次期総帥、鷹刀エルファンは、桜とメイシアを囲む群衆に紛れ、事態を窺っていた。庭に集まるようにとのメイシアの館内放送を聞いたあと、他の凶賊たちと共に、何食わぬ顔で外に出ていたのである。
彼は大きな溜め息をついた。
それから、「おい」と傍らに立つ警察隊員、緋扇シュアンの脇腹を肘でつつく。彼らが手を組んだことは秘密であるため、周りに悟られぬよう、視線は中央に向けたままだ。
「すっかり、狂犬のお株を奪われているようだが――あれは、お前の仲間か?」
……返事がない。聞こえていなかったのかと、エルファンが眼球だけを動かして横を見ると、シュアンの口が震えながら動いていた。何かを言っているようだが、言葉が音声として形を成していない。小生意気な顔からは、余裕というものが、まるで抜け落ちていた。
「緋扇シュアン?」
エルファンのやや強めの呼びかけに、シュアンは、びくりと肩を上げた。
「あの男は、お前の頭の中の隊員名簿とやらに載っていないのか?」
偽者の警察隊員というのなら、納得がいく。だが、シュアンは首を横に振りながら目をそらした。――表情を隠すかのように。
「先輩は、腐った警察隊組織の中で、あの糞上官に面と向かって盾突く……奇特な阿呆ですよ」
「ふむ……?」
「……新人だったころの俺の憧れでした。糞上官に取り入り始めた俺を叱り飛ばし、殴り合いをして、たもとを分かって……それきりです」
シュアンは口の中だけで、小さく何かを独り言ち、拳を強く握りしめた。
エルファンは、中央にいる男に意識を戻し、冷静な目でじっと見つめた。
薬物に侵されている様子はない。シュアンの口ぶりからすれば、あの男は金品では釣れまい。ならば、脅迫か。いずれにせよ、なんらかの事情がある。
さて、どうしたものか――エルファンは額に皺を寄せた。
そのとき、彼の視線の先で事態が動いた。
血の気の引いた紫色の唇を震わせ、言葉を失っているメイシアの目の前に、癖のある猫っ毛が広がった。
「すまんな。警察隊相手ならお前には害が及ばない、と考えた俺の認識が甘かった」
ルイフォンが口元を結び、いたずら猫の表情が消えた顔で、前を見据える。その先には、こちらを向いた銃口――。
「メイシア、車の中に戻れ」
小声でルイフォンが囁く。
「話ならスピーカー越しでもできるだろ」
「え……、あ……」
メイシアらしくなく、歯切れ悪く口籠る。違和感を覚えたルイフォンだが、今は彼女の身の安全が最優先だった。
「メイシア、早く!」
急かせると同時に鋭く目を光らせ、これから凶弾が生まれいづる確率とタイミング、そのときの軌道を導き出しておく。
警察隊員の指の動きと、筒先の角度。この場にふさわしくないほどに軽やかな春風の流れ。研ぎ澄まされた感覚でそれらを読み解き、時々刻々とした変化に合わせて補正を加える。
警察隊の男がにやりと嗤った。
「替え玉に、用はありません」
「メイシア――!」
血相を変え、ルイフォンが叫んだ瞬間だった。
男の指がわずかに動いた。引き金に、命の重みを持った力が加えられる。
ルイフォンは身を翻した。癖のある黒髪が、たてがみのように大きく波打つ――と、同時に、鳴り響く発砲音……。
メイシアを抱きしめ、ルイフォンは地面に倒れ込んだ。そのすぐあとに、彼らの身代わりとなって車が被弾する――その着弾音が……聞こえなかった。
その代わりに――。
きん……と、澄み切った、甲高い音が響き渡った。
桜の舞台から弾き飛ばされる小さな影――メイシアを狙っていた凶弾が跳ね返され、回転速度を緩めながら蒼天を目指す。
舞台の上では、大気を震わす銀色の刃紋が、陽光を受けて立っていた。
「リュイセン!?」
ルイフォンが、目を見開いて叫ぶ。
肩までの髪がさらりと流れ、黄金比の美貌が現れた。両の手に光を宿した『神速の双刀使い』。
枝から離れたばかりの薄紅色の花びらが一枚、神速の煌めきの余波で斬り裂かれていた。綺麗にふたつに分かれ、宙を舞っている。
「さ……さすが、リュイセン様!」
凶賊のひとりから、感嘆の声が上がる。それを口切りに凶賊たちから拍手喝采が沸き起こった。
「ひゅー、最高だぜ!」
警察隊の傲岸ぶりを腹に据えかねていた彼らにとって、一族の若者の妙技は、実に爽快だった。
そんな一族の浮かれように対し、リュイセンは無言のまま、汗の滲む掌に力を込めて柄を握り直した。引き締めた筋肉、それと一体化した双刀が、ぴくりと動く。
――と、そのとき、銃声が鳴り響いた。
リュイセンは即座に地を蹴った。土の付いた青芝生が跳ね上がる。
ぴしり……と、車のドアガラスにひびが入った。
「公務執行妨害ですよ」
高圧的な声に、その場の空気が一気に凪いだ。
リュイセンは着地すると同時に、男に向かって疾り出す。
にやりと嗤った男の手の中の銃身が火を吹く。一撃、二撃……。射出の反動を物ともせず、続けてリュイセンを狙い来る。
……きん……きぃん……。
木霊する金属音。
リュイセンの右手が風を薙ぎ、左手が光を放つ。
あっという間に、両者は互いの瞳に、自分の姿を映せるほどにまで近づいた。
リュイセンが双刀を大きく振りかぶり、光の筋を描く。だが、同時に、硝煙まみれの男の拳銃がリュイセンの額を捉えた――!
「……!」
ほんの刹那の時。
その場にいた誰もが、息を呑んだ。
ふっ……と、リュイセンの体が沈んだ。
男が、はっと顔色を変えたときには、リュイセンの鋭い膝蹴りが男の腹を貫いていた。
胃液を吐きながら、青芝生を散らして転がる男に、リュイセンは虫けらでも見るような目を向ける。
「邪魔をするな。お偉い貴族のお嬢ちゃんが、話があると言っているんだ。警察隊の分際で、貴族に逆らうんじゃねぇ!」
リュイセンのかかとが男のみぞおちに落とされ、男は白目をむいて動かなくなった。
それから彼は、自分に注目している警察隊員たちを睥睨する。上官たる先輩隊員に暴行を加えた凶賊を、捕まえようとする者は誰もいなかった。
リュイセンは彼らに、くるりと背を向けた。さらさらの髪をなびかせ、そのまま悠然と車のほうへ――ルイフォンたちのもとへと戻る。
呆然としていたメイシアは、我に返って頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
「俺は頼まれた役割を果たしただけだ」
ややもすれば投げやりにすら聞こえる、ぶっきらぼうな声でリュイセンは応じる。
「役割……?」
「お前が話をできる状態を作れ、というのが、俺たちへの指示だろう? あとはせいぜい頑張ってくれ」
命を賭して、神業ともいえる見事な刀技を披露した『神速の双刀使い』は、実に面倒くさそうに言ってのけた。
1.桜花の告白-3
蒼天から、はらり、はらりと桜の花びらが舞い降りた。
舞台は、よりいっそう華やかに彩られ、青芝生の客席の者たちは、貴族令嬢の話が始まるのを固唾を呑んで見守っている。
メイシアは、傍らのルイフォンを見上げた。
「ルイフォン……」
薄紅色の唇が彼を呼んだ。
じっと見つめてくる黒曜石の瞳には、不安の色が見え隠れしている。彼女の手は、彼の手に触れそうで触れないところをうろついていた。
ルイフォンは、その指先を絡め取ろうとして、思いとどまる。
彼女が貴族の娘として警察隊に対峙した以上、凶賊の彼と馴れ合うのはまずかろう。彼女の聡明な頭脳から生み出された策が、どのようなものかは分からぬが、邪魔するような行動は慎むべきだ。
すぐそばにいて、触れてはならないもどかしさ。本当は、彼女の華奢な手を片手で捕まえて抱き寄せ、もう一方の手で彼女の黒髪をくしゃりと撫でたい……。
そんな彼の代わりに、春風が彼女の髪をふわりと揺らしていった。
――不意に、メイシアが体ごと、ルイフォンに向き直った。
「……?」
疑問に眉を寄せた彼をよそに、彼女の両手が彼の顔へと伸ばされた。
彼女の手は彼の頬をかすめ、彼の癖のある前髪に指先が触れる。更に、彼女は爪先立ちになりながら、彼の頭の上に白い手を載せた。
髪に落ちてきた花びらでも、払おうとしているのだろうか……?
ルイフォンはそう思ったが、すぐに否定した。
彼は今まで、幾度となく彼女に触れてきた。しかし、彼女のほうから彼に触れたことなど一度もない。いや、あったかもしれないが、記憶にない。
――という、問題ではなくて、今は警察隊に囲まれている状況だ。この行為になんの意味が……?
困惑するルイフォンの頭を、メイシアの両手が、ぐいっと引き下げた。
「え……?」
目前に、彼女の顔があった。
瞬きする間すら与えられないうちに、彼女の薄紅色の唇が近づいてきて、彼のそれと重ね合わされる。
ふわりとした柔らかな感触。
――その清楚さと同時に、唇のわずかな隙間から漏れ出した吐息が、しっとりした艶めかしさを伝えてきた。
ルイフォンの心臓が大きく高鳴る。
いつもは細い猫の目が、彼女でいっぱいになっていた。
頭上にあったメイシアの手が、そろそろと降りてきて、ルイフォンの背中を捕まえた。ぎゅっと力の入った指先が、彼のシャツに無数の皺を刻んでいく。その温かく湿った感触が、小刻みに震えていた。
いつもの彼女らしいところを見つけ、彼は安堵する。そして、彼もまた彼女の背に手を回し、力強く抱きしめた。
どっ……と、その場が沸いた。
貴族令嬢のまさかの行動に、誰もが驚きを禁じ得なかった。
この舞台を設けた立役者、先ほど命の危険を顧みずに、この両者を守り抜いた猛者リュイセンは、腰を抜かしかけた。
動揺を隠しきれない警察隊の騒ぎ声に、ルイフォンの男前ぶりを囃し立てる凶賊の野次が混じる。
メイシアがルイフォンの背に回した手を外した。
彼女がすっと正面を向くと、ざわめきの波が徐々に引いていく。皆が彼女の次の言葉に注目していた。
彼女は、長い黒髪が地面に付かんばかりに、深々と一礼をする。
そして、玲々とした声を響かせた。
「私は、この方を――鷹刀ルイフォンを愛しています……!」
あたりが、しん……と、静まり返った。
「けれど、私は貴族、彼は凶賊。私たちの仲が許されるわけがありません。私の想いを知った父は、私に内緒で縁談をまとめてしまいました……」
ルイフォンはメイシアの震える肩をそっと抱いた。
「私はたまらず、家を飛び出しました。そして、ルイフォンのもとへ……。これは、誘拐などではありません。私は、私の意志でここにいます!」
「いやぁ……。はっはっは……」
桜の大木が枝を伸ばした先にある部屋のひとつ――執務室にて、イーレオが涙を浮かべながら腹を抱えていた。
その隣では、警察隊の指揮官が、顔を歪めて唇を噛んだまま、拳を震わせている。
これで警察隊は鷹刀一族に手を出せなくなった。メイシアに逆らうも同然だからだ。警察隊に有無を言わせぬだけの権力が、貴族にはある。
「若いって、いいですねぇ」
イーレオは指揮官の肩を、ぽんと叩いた。
「貴様……」
「ああ、あの果報者が、私の末の息子です」
そう言って、イーレオは桜に祝福されたかのような、ふたりを見下ろす。
『価値』を試してほしいと言った少女が、いったい、どんな策を弄するのかと思えば……。
思い切った見事な芝居に、イーレオは愉快でならなかった。
矛盾はなく、鷹刀一族も、警察隊も、実家の藤咲家も、誰の顔をも立てて丸く収める妙案。――ただし、彼女の貴族としての名誉を引き換えに。
いくら箝口令を敷いたところで、人の口に戸は立てられぬ。貴族の娘が凶賊の男と恋仲だという醜聞は、尾ひれをつけて広まるだろう。
その意味をルイフォンは分かっていないだろうが、メイシアは理解しているはずだ。
――あの娘は本当に俺を魅了してくれる。
上機嫌で笑いながらも、イーレオは瞳に冷静な色を宿す。
警察隊は『誘拐の容疑』という大義名分を失った。これで王手か、それとも……。
「イーレオ様!」
傍に控えていたチャオラウが、小声ながらも鋭く口走った。
その次の瞬間だった。指揮官が窓に駆け寄り、身を乗り出した。
「嘘だっ……!」
指揮官は叫んだ。
貴族の娘は、騙されて、この屋敷にやってきた。斑目一族が、そう仕組んだことを指揮官は知っている。
「お前ら、騙されるな! メイシア嬢は脅されているだけだ!」
汚らしく唾を飛ばし、肺の中の空気を全部使って、指揮官は大声でわめき散らす。
「そうでなければ、貴族の令嬢が、そんな破廉恥な真似をするわけがない!」
こめかみには青筋が立ち、全力で走ってきたかのように、ぜえぜえと肩で息をしていた。
彼の頭の中は、恐怖で埋め尽くされていた。
彼は言われた通りに行動していた。彼自身にはなんの落ち度もなかった。計画通りに進まないのは、斑目一族の目算が甘かったからだ。
けれど――と、彼は思う。凶賊の斑目一族が非を認めるだろうか。
答えは否、だ。
お前のせいだ、と言ってくるに違いない――!
彼は追い詰められていた。なんとしてでも、鷹刀一族を悪者に仕立て上げなければならぬと思った。さもなくば、どうなるか……。
「警察隊員に告げる! メイシア嬢を救え! 連中を確保しろ!」
警察隊員たちにとって、その声は、突然、頭上から冷水を掛けられたようなものだった。
彼らは驚き、声の方角を見上げる。
そこに彼らの指揮官がいた。総帥鷹刀イーレオの元へ案内しろと怒鳴り散らし、姿を消したきりになっていた上官が、屋敷の上階の窓から身を乗り出していた。
指揮官の言葉に、警察隊員たちは桜の舞台のふたりに厳しい目を向けた。
穢れを知らぬ、可憐な桜の精のような美しい貴族の少女と、大華王国一の凶賊に属する少年の組み合わせ。天と地とが手を繋ぎ合うようなことがありうるのだろうか――。
彼らの指揮官は、決して人望のある人物ではなかった。しかし、今の叫び声には真実味があった。
高貴な娘を救え、という言葉も、彼らの正義感を大いに刺激した。
場の空気が一気に緊張に包まれたのを、ルイフォンは感じた。
メイシアにここまでやらせておいて、元の木阿弥にするわけにはいかない。この場をどう切り抜けるか。
彼は、彼女の肩に回した手に力を込めた。
そのとき――。
「騒ぐな! 無礼者ども!」
半音がかすれたような、ハスキーボイスが鋭く響き渡った。
屋敷の窓のひとつが勢いよく開かれ、反動で壁に打ち付けられた窓硝子が悲鳴を上げた。
バルコニーの上で、仕立ての良いスーツに身を包んだ少年が、荒い息を吐いていた。
「何者だ……?」
あたりがざわめく。
少年の後ろから緋色の衣服を纏った美女が慌てて飛び出してきて、彼を守るように前に出た。少年は、そんな美女に首を振った。彼女を押しのけて再び前に出ると、皆に向かって右手の甲を見せる。その指には、金色の指輪が嵌められていた。
遠くから子細は分からなくても、その仕草から家紋の入った当主の指輪に違いなかった。まだ細い少年の指には不釣り合いだったが、それは陽光を跳ね返して、燦然と輝いていた。――その指輪は、彼らの父が密かに家を出たときに、自室に残していったものだった。
「ハオリュウさん、危険です。警察隊の中に、斑目の者が混じっている可能性があります」
声を潜めたミンウェイの声は、当然のことながら庭には届かなかったが、それを聞き取れたはずのハオリュウは、彼女の弁を無視して叫んだ。
「僕は、藤咲ハオリュウ! 貴族の藤咲家の者です。父の代理として、ここに来ました!」
ルイフォンは、傍らに立つメイシアの口が「ハオリュウ……」と漏らすのを聞いた。
やっとその目で直接、無事を確認できた異母弟。名前を呟くだけで精いっぱいで、それ以上の言葉はない。彼女の黒曜石の瞳に涙が浮かび上がり、煌めきに満ちる。
そんな彼女の黒髪を、ルイフォンはくしゃりと撫でた。「よかったな」との思いだが、口に出してしまうと陳腐すぎるので、無言だ。
ハオリュウの登場は力強い援軍だった。指輪の後ろ盾を持った貴族は、警察隊に対して絶対の権力を持つ。彼がいれば、この場はうまく収まるだろう。
安堵の溜め息をついたとき、ルイフォンは鋭い視線を感じた。はっと、その方向を見て肌が粟立つ。
ハオリュウだった。
射抜かんばかりの、強い憎悪の念が向けられていた。
味方として現れたはずの彼が何故……と思った瞬間、ルイフォンは、はたと気づいてメイシアに回していた手を離した。
「全員、そのまま待機してください。凶賊の方も。――もし、凶賊の方々が動くようなら、警察隊の方は発砲して構いません」
少年の声に似合わないような冷酷な指示が下される。
「しばらくお待ちください。そちらに参ります」
彼はそう言って踵を返すと、バルコニーから姿を消した。
ほどなくして玄関から現れたハオリュウに、警察隊員たちも凶賊たちも黙って道を開けた。まるで古くからの護衛のようにミンウェイを従えた彼は、再会の感動に打ち震える異母姉とは対照的に、険しい顔をしていた。
「姉様、ご無事で何よりです」
その声は、あまりにも事務的で、電話越しの再会を果たしたときの彼とは別人のようであった。
違和感を覚えたルイフォンは、ちらりとメイシアを見やる。しかし、彼女もまた異母弟の様子に戸惑っているようで、不思議なものでも見ているような顔をしている。
そんな異母姉に、ハオリュウは硬い表情を変えぬまま一歩近づき、小声で囁いた。
「姉様。やっぱり姉様は、この凶賊に脅迫されていて、言いなりになっていただけ、ということにしていい?」
「え?」
メイシアは、涙が盛り上がっていた目を見開いた。
「このままだと、姉様は凶賊と駆け落ち騒動を起こした、ふしだらな娘という汚名を背負って生きていくことになるんだよ?」
そう言いながら、彼はルイフォンに穢らわしいものを見る目を向ける。
「な……!」
反射的にルイフォンは何かを口走りそうになったが、ハオリュウの酷薄な視線がそれを押しとどめた。
「今なら、まだ取り返しが付くんだ……!」
かすれた高い声が、訴える。
まっすぐに異母姉を見て、ハオリュウは、ぐっと拳を握りしめた。その手の指には、無骨な指輪が光っている。家族を守る当主の指輪。子供の彼には重すぎる、それが――。
「姉様、お願い!」
メイシアの息が一瞬、詰まった。
しかし彼女は、自分を見つめる異母弟から目を逸らすようにうつむいた。メイシアの伏せた瞼の隙間から、ひと筋の涙があふれ、白い頬を伝う。
「ごめんなさい、ハオリュウ。私はルイフォンを、鷹刀の人たちを助けたい……」
「分かった……」
ハオリュウは一瞬だけ、泣き笑いのように、くしゃりと顔を歪めた。少なくともルイフォンにはそう見えた。
その次の瞬間、ハオリュウは勢いよくメイシアの手を取り、自分の方に引き寄せた。
「姉様! その男から離れなさい!」
「ハオリュウ!?」
「これ以上、我が藤咲家の家名に泥を塗るような真似は、僕が許しません!」
「えっ……?」
「一時の気の迷いで、このような者にうつつを抜かすとは……! 恥を知ってください!」
ハオリュウは家紋の入った指輪をはめた手で、ルイフォンを鋭く指差す。
その場にいた者たちはハオリュウの指先に操られたかのように、突き刺すような目線をルイフォンに向けた。
当主代理の激しい憎悪は並ではない。ならば、そこにいる凶賊の若者は、貴族令嬢をたぶらかした極悪人に間違いない。
だが……その傍らには、涙を流す美しい少女がいる。
つまり、貴族の少女の言ったことは本当のことなのだ。――警察隊員たちは、暗示にかかったかのように、皆そう思った。
「皆様、お見苦しいところをお見せしました。どうか、このことはご内密に……」
メイシアの手をきつく握ったまま、周りを取り囲む人の輪に向かって、ハオリュウは形ばかりの礼をとる。言葉だけは丁寧であるが、迂闊なことを外部に漏らせば、ただでは済まさぬと言っているのが見て取れた。
「異母姉は無事に保護しましたので、警察隊の方々はお引き取りを。あとのことは、僕と指揮官の方にお任せください」
そう言ってハオリュウは、窓から顔を覗かせている指揮官を見上げた。
2.鉄錆色に潜む影-1
強引に場を収めたとはいえ、指揮官の指示がなければ警察隊は動けない。隊員たちは、しばらくは無為に庭に立ち尽くすしかないだろう。
「警察隊の指揮官のいる場所に案内してください」
ハオリュウは、ずっと付き添ってくれていたミンウェイを振り返った。
ルイフォンに対しては無視である。それでいて、あからさまな敵意を放ってくるので、ルイフォンは不快げに「おい」と声を掛けた。
「ああ、あなたも一緒に来てください。異母姉の想い人ということになっていますから。そういう『演技』で」
「ハオリュウ!」
メイシアが声を上げる。それは非難か叱責か狼狽か。彼女自身にも分からなかったに違いない。
ハオリュウは異母姉にちらりと目をやると、ルイフォンに近寄り、周囲を気にしながらも、はっきりと言った。
「貴様……鷹刀ルイフォン、だったな。公衆の面前で僕の姉様に、はしたない真似をさせた罪、いずれ後悔させてやるからな!」
まだ低くなりきれないハスキーボイスが、精一杯のどすを利かせる。
「ハオリュウ! あれは、私が勝手に……! ルイフォンには言ってなかったの!」
メイシアが真っ赤になって叫び、目を吊り上げたハオリュウの服を引っ張る。
小賢しい口を利くハオリュウ。しかしそれよりも、ルイフォンは、顔を赤らめ、異母弟に向かって真剣に怒り、焦る――自然な表情を見せるメイシアを可愛いと思ってしまった。
ルイフォンの口元に笑みが浮かぶ。瞳に、猫のようないたずらな光が宿った。
「ハオリュウ、俺は後悔なんてしないぜ?」
「なっ!?」
ルイフォンの予想外の反応に、ハオリュウは驚きの目を向けた。
「俺はメイシアのキスを後悔なんてしない。それでお前の報復が来るっていうなら、受けて立つ」
「ル、ルイフォン!?」
メイシアが更に顔を赤くする。
ルイフォンは、そんな彼女の頬に口づけ、慌てる彼女に余裕たっぷりに笑いかけた。穏やかで大らかで、抜けるような青空の清々しさ。自信に満ちた優しい風が彼女を包み込んだ。
「き、貴様……!」
ハオリュウが唇をわななかせる。論争なら大人にも引けを取らないはずの彼が、怒りが先走りすぎて言葉も浮かばない。
「それより。今は行くべきところがあるだろ」
掴みかからんばかりのハオリュウを、ルイフォンが冷静なテノールが押しとどめた。
「指揮官のところだな。案内するぜ」
癖のある黒髪を翻し、ルイフォンが歩き始める。そのあとを、メイシアが「待ってください」と、軽やかに追いかけた。
取り囲んでいた群衆の中から、凶賊たちの冷やかしが上がり、ルイフォンがメイシアを抱き上げてそれに応える。メイシアの可愛らしい悲鳴と共に、拍手喝采が沸き、ふたりを通す道が作られた。
ハオリュウは唖然として、口を半開きにしたまま言葉を失っていた。
「ハオリュウさん」
干した草の優しげな香りが、ふわりと漂う。波打つ長い髪がハオリュウの頬に触れ、彼はどきりとした。ミンウェイが足音もなく、すっと彼の横に現れた。
「ルイフォンが生意気を言って、すみません」
「彼は何者ですか?」
「総帥イーレオの末子で、昨日、メイシアさんが屋敷に来てから仲良くさせていただいている者です」
「仲良く……?」
「あ、いえ……」
ハオリュウの顔が険を帯びるのを見て、ミンウェイは慌てたように口元を抑えた。彼女は、可愛い叔父様が『面白いことになっている』のを密かに応援しているのだが、異母弟のハオリュウにとっては、とんでもないことだろう。「ともかく参りましょう」と、取り繕うように促した。
「ミンウェイさん、あとで事情をお聞かせ願えますか?」
隣を歩きながら、ハオリュウはミンウェイを見やった。彼としては悔しいことに、子供の彼よりも彼女のほうが背が高く、『見上げる』形になる。
そして、意識してのことではないのに、光沢のある緋色の絹地に色濃く影を落とす双丘が目に入る。豊かに揺れるその中に、さきほど抱きとめられたことを思い出し、彼は顔を赤らめた。
「俺としても、いろいろと事情を説明してもらいたいね」
リュイセンが、苛立ち混じりの低い声で、ミンウェイとハオリュウの間に割って入ってきた。
彼は、あからさまに不快気な視線をハオリュウに向けると、「ふん」とばかりに顔を背けた。この貴族の餓鬼とミンウェイが、どういう経緯で知り合ったのか分からぬが、当然のように行動を共にしているのが気に食わない、との思いである。
しかし、一方のハオリュウは「あ、あなたは……」と顔色を変えた。
彼は、リュイセンの中性的な黄金比の美貌を見つめ、次に筋肉質の雄々しい体躯に羨むような目を走らせると、深々と頭を下げた。
「異母姉が危険なところを助けていただき、ありがとうございました」
「は?」
毛嫌いしている貴族のまさかの言動に、リュイセンは鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった。
「あなたが凶賊でなければ、護衛として是非、我が家に迎えたいところです」
本当に残念です、と真顔で言われ、リュイセンは救いを求めるようにミンウェイに視線を向ける。しかし、彼の従姉は、すべてを見透かしたような笑みを浮かべながら、「リュイセン、光栄ね」と綺麗に紅の引かれた唇を動かしただけであった。
一方、そのころ執務室では、指揮官が顔を紫に染め上げていた。
「指揮官殿、同情いたしますよ」
低く魅惑的な、笑いと艶を含んだ声が掛かった。桜の舞台がお開きになったため、ベッドに戻ったイーレオである。
「貴族令嬢が親御さんに反発して家出……それだけで動員される警察隊の方々は、いい迷惑ですねぇ。ただ、まぁ、これも娘可愛さゆえ。お仕事だと思うしかありませんな」
イーレオがのんびりとした調子で、部屋の中まで迷い込んできた桜の花びらを手に取る。
「……貴様、貴様ぁっ!」
何がどうなっている!?
指揮官は混乱していた。
貴族の娘の言ったことは嘘だ。彼女と凶賊の男は初対面だ。恋仲などではない。
なのに、いつの間にか身分違いの恋物語になっている。鷹刀一族も藤咲家の者も、示し合わせたように、ひとつの芝居を作り上げている。
いったい、これはどういう状況だ? ――指揮官は、決して豊かではない毛髪を、惜しげもなく掻きむしる。
彼が金袋とともに請け負った仕事は、鷹刀イーレオを誘拐犯として捕らえる、というものだった。その後、それは誘拐殺人犯に変更された。死体はジャガイモの布袋に入れて届けると、出動直前になって通告された。
たった、それだけの、簡単な仕事のはずだった。
勿論、鷹刀一族は大華王国一の凶賊であり、そこらのチンピラとは格が違う。
だから、逮捕の際に凶賊たちが大暴れすることを危惧して、斑目一族の猛者も貸し与えられた。すなわち、彼の背後、出口を塞ぐように壁際にずらりと立ち並んだ大男たちである。
「お、お前ら……」
指揮官が震える声を絞り出し、男たちを振り返った。
「鷹刀イーレオを討ち取れ!」
手ぶらで帰ったら殺されるに違いない。
だが、鷹刀イーレオの首級を上げたなら?
斑目一族にとって、鷹刀一族は邪魔な存在だ。
逮捕して投獄、などという生ぬるいことより、殺害してしまったほうがよいではないか!
指揮官は叫ぶ――その顔にはもはや、警察隊員としての誇りなど微塵もない。
「この部屋には、鷹刀イーレオと護衛がひとり。そして、私とお前たち、それだけしかいない。いわば、密室だ。この中で何が起きても、誰も分からない――私がどうとでも誤魔化してやる!」
彼は額の汗を拭った。
うやむやのうちに、この誘拐劇を終わらせるのだ。警察隊を押さえつける貴族の指輪を持った子供が、ここにたどり着くよりも前に……!
「チャオラウ」
イーレオが護衛の名を呼んだ。呼ばれたほうは「はい」と言いながら、ベッドの主人を庇うように寄り添う。
だが、そんな緊迫感を粉々にするように、イーレオは眼鏡の奥の目を細めた。目元に笑い皺が寄る。
「彼らは、凶賊として俺に向かってくるのかな? それとも警察隊としてかな?」
一族の総帥である彼が、自分の身の危険を目前にして楽しげだった。その瞳は、晩ごはんのメニューに期待を寄せる子供である。
「イーレオ様?」
「凶賊としてなら、相応に相手をしてやらんと……。面子があるからな」
イーレオが、にやりと嗤う。
チャオラウは、顎の下に伸びた無精髭が吹き飛びそうなほど、深い、深い溜め息をついた。いくつになっても、この人は変わらない、と言わんばかりに。
「……残念ながら、警察隊として、でしょうな。それに、凶賊としてだったとしても、あなたの出番はありませんよ?」
「ほぅ? 何故?」
「私がおりますからね」
「優秀な部下を持つというのは、つまらんな……」
まるきり駄々っ子の言い分である。
「ともかく。彼らは『警察隊』です。凶賊の義を通してやる価値はありません」
その場の雰囲気をぶち壊しにする主従のやり取りに、指揮官は苛立ちを募らせていた。顔を真っ赤にして、背後の男たちに「殺れ!」と、怒鳴り散らす。
男たちは、どいつもこいつも、ひと癖ありそうな面構えをしていた。指揮官よりも遥かに上背が高く、丸太のような腕をしている。
横幅だけは立派な指揮官が、当然のように偉ぶって大男たちに命令する。滑稽な情景であったが、本人だけはそれに気付いていなかった。
「鷹刀の総帥の首を上げれば、お前たちの総帥もさぞ喜ぶだ……」
指揮官の言葉が途中で止まった。
彼は、突然、自分の脇腹に走った鋭い熱に、疑問を持った。地獄の業火に灼かれるような熱さ。
――それが熱さではなく痛みだと気付いたとき、彼は信じられない思いで、自分の脇腹に手を当てた。そこからは赤黒い液体があとから、あとから流れ出ていた。
驚愕と憤怒がないまぜになった顔で、その痛みをもたらしたナイフと、その所有者を見る。
「な、ぜ……?」
「私たちは、『あなたの』監視役だったんですよ」
その声は耳元で聞こえた。離れた壁際に立っていたはずの大男のひとりが、すぐ隣りにいた。
「私たちの目的は『鷹刀イーレオの身柄の確保』です。誘拐犯が駄目なら、指揮官傷害の現行犯逮捕でよいでしょう」
ナイフに付着した血糊を、指揮官の制服の肩で拭い取り、男は涼しい顔で言った。頬から首筋にかけて、生々しい傷跡のある巨漢である。
「どうい、う……意味……だ?」
「頭が悪いですね」
巨漢はわざとらしく溜め息をつく。
「あなたの存在は、『貴族令嬢誘拐事件』が成立しなかったときの保険だったんですよ」
「……! 『八百屋』が……、失敗した……ときの、手、というのは……?」
貴族の娘を替え玉と言い張って殺害しようとした、あの男のことではなかったのか? ――指揮官の頭が混乱する。
「『八百屋』の失敗も含め、何らかの事情で『誘拐』が否定されたときの、別の罪状を用意しておいたんですよ。『日頃から警察隊といがみ合っている鷹刀イーレオが、些細なことで指揮官と口論になって襲いかかってきた』――『指揮官傷害事件』をね」
「あの娘、が……、替え玉、というのは……?」
指揮官は、濁った目で巨漢を見上げた。
「あの娘は『誘拐』が嘘であることを知っています。それでも『誘拐』されたとして助け出される気があるのなら、それでよし。けれど、邪魔をするようであれば、替え玉として始末するように指示を出しておいたんです。貴族の権力は厄介ですからね。迂闊に斑目の名でも出されたら面倒です」
結果として、彼女の言動は、まったく予想外の方向に行き、斑目一族の名前は出なかったのであるが――。
「……っ!」
指揮官は目眩を感じた。体を支えるものを求めて、右手が空を切る。出血がおびただしい。
「急所は外してあります。少々痛いかもしれませんが、命に別状はありませんよ」
粗野な外見に反しての、巨漢の慇懃無礼な口調。
「あなたが死んだら、鷹刀イーレオの罪を告発する者がいなくなってしまいますからね」
「き、貴様……」
指揮官は男に掴みかかろうとするが、憤りよりも痛みが上回った。脂汗を流しながら、その場に膝を付く。意識を保っているのもままならない。
そんな指揮官を鼻で笑い、傷跡の巨漢の目線が、チャオラウを通り越してイーレオに向かう。
「鷹刀イーレオ、指揮官傷害の現行犯で逮捕します」
巨漢がナイフを懐にしまい、代わりに手錠を出してくる。
それに対し、イーレオは慌てる様子もなく苦笑した。
「おいおい、指揮官殿は今、俺の目の前で、お前のナイフに刺されたぞ?」
「いいえ。指揮官がそのように主張すれば、これはあなたの罪になります」
そう言って巨漢は、まだ新しい頬の刀傷が、ぱっくりと開きそうなほど、醜く顔を歪ませる。
「随分と勝手な言い草だな」
「それが世の中というものですよ」
彼が、さっと手を上げると、壁に並んだ大男たちが、一斉にイーレオに銃口を向けた。
イーレオの目元から、すっと笑みが引いた。細身の眼鏡の奥の目が、冷たい海の色になる。彼は節くれだった長い指先で、さらさらとした自らの黒髪を掻き上げると、「チャオラウ」と、護衛の名を呼んだ。
「その男を捕まえろ」
2.鉄錆色に潜む影-2
春風が、桜の大木を揺らす。
はらはらと音を立て、桜吹雪が舞い起こる。
散り乱れる花びらたちの中のひとひらが、仲間からはぐれ、ふわりふわりと執務室の中へと入ってきた。
薄紅色の迷子は、部屋の中をさまよう。そして、あろうことか、うずくまっている指揮官の足元に落ちてしまった。白に近い輝きを放っていたそれは、あっという間にその身を赤黒く染められ光を失ってしまう……。
花びらを染め、絨毯を濡らし、鉄の臭いを撒き散らしている指揮官は、腹部を押さえたまま、じっと動かなかった。脂ぎった額には玉のような汗が次々に流れ出ている。
しかし、誰ひとり、彼に見向きもしない――警察隊の制服を着た大男たちの瞳と銃口は、等しくイーレオを捉えていた。
「チャオラウ」と、イーレオが護衛の名を呼んだ。
「その男を捕まえろ」
無数の銃口に狙われている状況で、イーレオはそう言った。気でも狂ったか、と大男たちが色めきだつ。
だが、言われた護衛のほうも、「御意」と首肯した。
「すまんな」
「いえ」
この場を安全に乗り切る策ならば、ある。
チャオラウが、あえて危険を冒す必要はない。
それは主従ふたり共が承知している。
だがイーレオは、安全な穴蔵でじっとしていられるほど臆病者ではなかったし、いつまでも敵の掌の上で踊り続けてやるほどお人よしでもなかった。
――直情的な斑目一族のやり方とは思えない、今回の複雑な罠。それは、ルイフォンが入手した情報にあった『斑目一族と手を組んだ別の組織』、すなわち〈七つの大罪〉の仕業に違いない。
あの狂った〈悪魔〉たちが何を企んでいるのか、目の前の男なら知っているかもしれない。イーレオは、そう考える。勿論、捕まえたところで、素直に吐くとは思えないが……。
「悪いな。その代わり、俺がお前の盾になってやる」
そう言うと、イーレオはベッドの隙間に隠しておいた刀を引き出した。その柄を握った瞬間、一族を束ねる総帥の顔が、血気盛んな少年のそれになる。
「イーレオ様!?」
「どういう理屈だか知らないが、奴らは俺の身柄をご所望だ。――つまり、奴らは俺を殺すことはできない」
イーレオがベッドを蹴った。
結わえていない長髪が翼のように風を切り、壁に立ち並ぶ大男たちと刀傷の巨漢の間を鋭く分断するように降り立つ。肩に羽織っていた上着だけが、ぽつんとベッドに取り残されていた。
イーレオは大男たちを睥睨すると、わずかに膝を緩め、腰の位置を下げた。
それだけで、その場は、鋭く突き刺さるような冷気を帯びた。少しでも動いたら、目に見えない糸に斬り刻まれる。そんな錯覚すら覚え、男たちは身動きできなくなる。
チャオラウすらも、一瞬、息が詰まった。主人に守ってもらうようでは護衛の面目が丸つぶれだと、不平を鳴らす余地もない。
だが、イーレオの背中は、巨漢に対しては無防備に晒されているのだ。それはチャオラウを信じているからこそ――雑魚は引き受けたから、そちらは頼むと言っている。
「承知いたしました、イーレオ様」
チャオラウが口角と共に、無精髭を引き上げた。彼の瞳が、指揮官を刺した巨漢を捕らえる。闘気がほとばしり、お前の相手は自分だと、無言で宣告した。
「鷹刀イーレオならともかく、護衛は逮捕するまでもありませんね」
巨漢は悠然と言い放ち、手錠を上着のポケットに入れると、代わりに拳銃を取り出した。
と、同時に、チャオラウが疾った。
床を蹴り、大きく飛び出すと同時に、腰に佩いた曲刀が鞘走る。
ぶん、という太く重い唸りを上げ、死神の鎌の如き一閃が繰り出された。
曲刀の自重と、チャオラウの鍛え上げられた筋肉が生み出した、斬るよりも断つための一刀。
巨漢の、大木のような胴が薙ぎ払われる――!
「くっ」という、気合いと呻きの混じった声を上げ、巨漢は、のけ反るようにして後ろに跳んだ。
しかし、避けきれない。
曲刀が巨漢の体を捉えた。チャオラウの腕に、ずしりと確かな負荷がかかる。彼は、足を踏ん張り、勢いを削ぐことなく、腰から全身を回すように腕を振り切った。
「ああ……!」
――という叫びは、巨漢からではなく、イーレオと対峙していた大男たちから上がった。彼らのうちの多くが巨漢の悲惨な末路を予測し、そのうちの半数の者が思わず目を背けた。
だが、現実は違った。
巨漢の体がふたつに分かれることはおろか、血の一滴すらも飛び散ることはなかった。ただ、その巨躯が、まるで人形の如く面白いように吹き飛び、壁に激突した。何かが折れる音が聞こえる。
執務室全体が揺れた。壁に掛けられていた風景画が落ち、桜に面した窓硝子が悲鳴を上げ、シャンデリアを模した洒落た電灯が激しく震え上がる。
イーレオの命は『巨漢の捕縛』――チャオラウは曲刀が巨漢の体に触れる、すんでのところで刀を返し、峰打ちにしたのだ。
そのまま流れるような所作で、チャオラウは、くるりと円を描くように曲刀を振るうと、かちりという鍔鳴りの音を立てて刀を納めた。
ぴくりとも動かぬ巨漢に、いまや観客となっていた大男たちの顔が恐怖に彩られる。
「まさか……」
「あの人が……?」
巨漢は、彼らの立つ壁とは直角に位置するところに打ち付けられた。その顔は下を向いており、意識の有無は確認できない。
そのとき。
チャオラウが、巨漢に向けて枕を投げつけた。イーレオのベッドに載っていたものである。
ほぼ同時に、発砲音――壁に体を預けたままの巨漢。その右腕だけは、まっすぐにチャオラウに向かっており、その手の中の拳銃から煙が立ち上っていた。
執務室の中空で、破裂した枕から白い羽毛が飛び散る。
火薬と布地の焦げた臭いの中に広がる、場違いに幻想的な白さ。そこに目を奪われていた者は、チャオラウの次の行動を見逃し、そのあとに起きたことが、にわかには理解不能だっただろう。
「ぐっ」
巨漢が太い呻きを上げた。
彼の右手にあった拳銃が、どさりと重い音を立てて床に落ちた。
それを握っていたはずの右手は、細長い冷酷な煌めきによって手の甲から掌へと貫かれており、空手であった左手は床に縫い付けられていた。
――チャオラウが両手の袖口に隠し持っていた暗器。不肖の弟子ルイフォンに稽古をつけるときにも使った、小さな刃である。
「頑丈な奴だな」
チャオラウが半ば呆れたように呟く。曲刀の強打に、壁への激突。骨の数本は折れているはずだ。にも関わらず、チャオラウの油断を狙って撃ってきた。
「いえ、この体では、あなたには敵いませんよ」
巨漢が、ゆっくりと顔を上げる。
「でも、気づいていますか? あなたは『警察隊員』に暴行を加えてるんですよ」
巨漢は下劣な笑みを浮かべた。濁った目で顎をしゃくり、挑発的にチャオラウを見上げる。
「そうだ。私は『警察隊員』を相手にしている」
チャオラウは、眉ひとつ動かさない。そして、懐から『拳銃』を取り出した。
「お前が『凶賊』なら、凶賊の義を持って、私の刀の錆にしてやったものを……」
普段、刀の柄を握っているはずの手が、慣れた手つきでスライドを引き、撃鉄を起こした。
「お前など、汚い鉛玉で充分だ」
言うやいなや、チャオラウの拳銃が火を噴いた。
巨漢の右の大腿が正確に撃ち抜かれ、続く二撃目で左腿が血しぶきを上げる。撃たれた瞬間は、さすがに小さな声を漏らしたものの、巨漢は「立派な傷害罪ですね」と、うそぶいた。
四肢を封じられてなお、不気味な笑みを顔に貼り付けたままの巨漢に、チャオラウは神経を尖らせながら近づく。
「そんなに警戒しなくても、何もできはしませんよ」
「……お前、その巨体を活かさぬ動きをしたな」
チャオラウの初撃は、おそらく巨漢には見えていた。だが、鈍重な体では避けきれなかった。もし、あれを躱そうとはせずに受けていれば、あるいはもっと切迫した勝負になったのではないかと、チャオラウは思う。
「何を隠している?」
「さて?」
巨漢の笑みに、チャオラウは、えも言われぬ不快感を覚える。彼の嫌いな卑劣な人種、何を仕掛けてくるか分からぬ輩である。
チャオラウは一息に詰め寄ると、巨漢の喉に腕を回し、瞬時に頸動脈を締めた。
――巨漢は、あえなく失神した。
チャオラウは、巨漢のポケットをまさぐり、手錠を見つけて所有者を拘束した。
イーレオの張りのある魅惑の声が、労いを掛ける。
「ご苦労」
「いえ」
短いやり取り。しかし、彼らにはそれで充分だった。
ルイフォンがメイシアの手を引いて屋敷内に入ると、入り口のところで「遅いぞ」と、低く魅惑的な、けれど冷たさを感じる声が掛かった。
壁に背を預け、ひとりの男が待っていた。軽く腕を組み、感情の読めない目をこちらに向けている。
リュイセンそっくりな美貌。頭に白いものがちらついているが、それすらも渋い大人の魅力にすり替えてしまっている男――次期総帥にしてルイフォンの異母兄、リュイセンの父であるところの鷹刀エルファンである。
彼は群衆に紛れて庭にいたのだが、要領よく抜け出して先回りしたらしい。待ちかねた様子で近づいてきた。
「父上!」
ルイフォンに続いてやってきたリュイセンが叫ぶ。
電話でのやり取りはあったものの、空港で分かれて以来である。お互い、それなりの危険を経てのことであったので、リュイセンの顔に安堵の笑みが浮かんだ。――が、その瞳が父の隣に立つ、警察隊の緋扇シュアンを映した瞬間、がらりと表情が変わった。
「父上、この者は?」
「警察隊の緋扇シュアンだ」
「利用価値を認めたわけですね」
「ああ」
リュイセンが疎ましげな眼光を放つ。対してシュアンは、制帽に押しつぶされたぼさぼさ頭の下から、不快気に三白眼を覗かせた。
ふたりの目線が交錯し、火花を散らす。
リュイセンにしてみれば、ミンウェイに執拗に絡んできた唾棄すべき輩である。シュアンにとっては、図体のでかいお子様が意味もなく偉そうだ、としか思えない。
最後に、ミンウェイに案内されたハオリュウが到着すると、彼はルイフォンの手が異母姉メイシアの手を握っていることに気づき、眉を寄せた。
互いの立場からすると、決して友好的とは言い切れない面々が、現時点では協力関係にあった――。
3.冥府の守護者-1
幾つかの階段を上り、ルイフォンたちは執務室の扉までたどり着いた。
彼らの前に立ちふさがる、大きく翼を広げた鷹の意匠。その羽の一枚一枚は刀と化している。一行の中で唯一、この扉を初めて見たハオリュウは、その細工の見事さに思わず息を呑んだ。
先頭のルイフォンが振り返り、顔ぶれを確認する。
ルイフォン自身と、異母兄エルファン、年上の甥リュイセンと、姪ミンウェイは家人であり、〈ベロ〉に登録済みである。
メイシアは、貧民街で携帯端末を貸したときに、ルイフォンと同等の権限を与えた。メイシアの異母弟ハオリュウは、指揮官と話をつける必要があるから、ゲストアカウントを作るべきだろう。
ルイフォンの目が、一番後ろからついてきた警察隊員シュアンに移る。
「エルファン、こいつも執務室に入れるのか?」
「ああ、使える駒だ」
エルファンが短く答えた。その言葉を喜ぶべきか否か、シュアンは複雑な思いで鼻に皺を寄せた。
そして彫刻の鷹が眼球を動かし、一同を鋭く威圧する。各人の認証を終えた扉は、小さな機械音を立てて、皆を招き入れた。
部屋に入った瞬間に感じたのは、異臭――。
ハオリュウは、肌にぴりぴりとした感触を覚え、戦慄した。
それは、彼と共に門から屋敷内に入った、身分詐称の凶賊たちに、警察隊の緋扇シュアンが贈った末路と同じ臭いだった。
脳裏に、ほんの少し前に見た光景が蘇る。ミンウェイの心遣いを振り切り、彼が五感に刻み込んだもの……。
ハオリュウは、先頭にいたルイフォンを押しのけ、更に行く手を塞ぐように立ち並んだ、警察隊員にしては体格のよすぎる大男たちを掻き分け、最前列に躍り出た。
彼の目に飛び込んできたのは、部屋のほぼ中央で、血溜まりの中にうずくまる恰幅のよい男。制帽の徽章と制服の装飾が他の者とは異なることから、すぐにその男が指揮官だと知れた。
「……これは……いったい、どういうことですか!?」
高さの安定しないハスキーボイスが、甲高く響く。ひび割れた声は、そのまま彼の気持ちを表していた。
ハオリュウの目的は、指揮官に警察隊の撤退命令を出させること――。
警察隊は、貴族の藤咲家の要請によって出動した。だから、藤咲家の人間が撤退を命じれば、たとえ腑に落ちないことがあろうとも、従わざるを得ないはず。もし歯向かうようであれば、ハオリュウは金でも権力でもなんでも、使えるものはすべて使ってでも引かせるつもりであった。
そして、警察隊を追い払ったあとで、その恩も売りつけつつ、鷹刀イーレオとの交渉に移る――異母姉メイシアの身柄を藤咲家に引き渡させ、斑目一族に囚われたままの父の救出を依頼する予定であった。
だが、今、彼の目の前にあるのは、血まみれの指揮官の死体。
いったい、誰が……? ハオリュウの頭に疑問が浮かぶ。しかし、彼はすぐにそれを打ち消した。
考えるまでもない。
彼ら一行がこの部屋に入る前にいたのは、斑目一族の息の掛かった指揮官と、彼の率いる警察隊員たち。それから、凶賊鷹刀一族総帥と、彼の部下。たった、ふたつの勢力。
ならば、指揮官を傷つけたのは、鷹刀イーレオ本人か、彼に命じられた部下のどちらかしかあり得ない。
もう少しで丸く収まるところを、何故、事態をややこしくする? 鷹刀イーレオは、とんだ痴れ者だったのか? ――ハオリュウは、奥歯をぎりりと噛んだ。
こんなことになるのなら、異母姉メイシアの願いなど聞き入れず、彼女は脅迫されていた被害者で、鷹刀一族は誘拐犯とするべきだったのではないだろうか。そして、心情的に許せないものがあっても、ここは割り切って、斑目一族の言うことをすべて聞き入れ、父を解放してもらったほうがよかったのではないだろうか……。
ハオリュウは、執務室全体を見渡した。
中央やや奥に、白いベッド。銃弾に撃ち抜かれた枕が、少し離れたところで無残に羽毛を散らしている。
壁に掛けられていたであろう風景画が床に投げ出され、その隣にふたりの男――壁に背を預けたまま動かない、手錠をはめられた制服の巨漢と、その傍らに立つ、巨漢に匹敵する立派な体躯の凶賊。
背後を振り返れば、さきほど彼が掻き分けてきた壁のような大男の警察隊員たちが、出口である扉を封じるように立っている。男たちの後ろに、ハオリュウと共に執務室までやってきた一行。卒倒しかけながらも持ちこたえている異母姉メイシアと、それを支えるルイフォンの姿もあった。
「藤咲ハオリュウ氏だな」
不意に、呼びかけられた。突然のことだったためだけではなく、低く魅惑的な声色に、ハオリュウはぞくりとした。
はっと気づいたときには、ひとりの男が目前に立っていた。
ハオリュウは、動けなくなった。声を発することはおろか、瞬きさえもできなくなった。
「俺が鷹刀一族総帥、鷹刀イーレオだ」
鷹刀一族の血が色濃く出た、中性的な美貌。それなりの年齢であるはずなのに、まるで老いを感じさせない漆黒の魔性。
緊迫したこの場に、まるで不釣り合いな緩やかな部屋着を身に纏い、口元に微笑を浮かべる。それだけで、目を逸らすことが叶わなくなる。吸い込まれるような魅惑……。
怒りをぶつけているはずの相手に、ハオリュウは完全に呑まれていた。
「……不躾に失礼いたしました。僕……私は、貴族の藤咲家当主代理、藤咲ハオリュウです」
やっと、それだけの言葉が出た。
一方、イーレオには、ハオリュウの心の内が手に取るように理解できていた。すべて顔に出ていたからである。
だからといって、この複雑な状況を説明するのは容易ではない。必要なこととはいえ、警察隊姿の巨漢を捕らえているのだ。まったく何もしていないとは言い切れない。さて、どう言ったものか。彼は秀でた額に皺を寄せた。
そのときだった。
「ハオリュウ様」
太い声が響いた。
思わぬ方向からの声に、その場にいた者たちは皆、そちらに注目した。見れば、手錠をはめられた制服の巨漢が顔を上げていた。
チャオラウに失神させられていた巨漢が、ちょうど意識を取り戻した……のではなかった。彼は数分で回復していたのであるが、今までそれを隠していたのだ。
「指揮官は、鷹刀イーレオに襲われました。誘拐の嫌疑は晴れましたが、家宅捜索の際に見つけた資料について尋ねたところ、いきなり……。止めようとした私もこの通りです」
巨漢は生真面目な顔をして言った。満身創痍の体に、手錠まではめられた両手をじゃらりと強調する。
事実を知る者たちは、よくもぬけぬけと言ったものだと、呆れを通り越して感心すらしただろう。だが、それを知らぬハオリュウには充分に説得力のある言葉だった。
ハオリュウを絡め取っていたイーレオの魅了の呪縛が、ふつりと切れた。
「くっ……! やっぱり、なんだな……!」
ハスキーボイスが裏返る。
鷹刀イーレオは所詮、凶賊。凶悪で粗暴な害悪にすぎない。一時とはいえ、圧倒されてしまったことが恥ずかしく思え、怒りが倍増した。
裏切られたような喪失感が胸にこみ上げてくるのを感じ、そしてそれは、それだけ鷹刀イーレオに期待していた証拠なのだと気づき、忌々しく、悔しくなってくる。
「その件は一切、我が藤咲家のあずかり知らぬことです。警察隊で処理なさってください。――指揮官に、ご冥福を」
鷹刀イーレオには失望した。
だが、過ぎたことは仕方ない。この双肩に掛かっているのは父と藤咲家の命運。すぐに次の行動に移らねば……。
ハオリュウが背を向けようとしたときであった。
「ハオリュウ、待って!」
高い声が、鋭く彼の動きを遮った。
「イーレオ様は、そんな方ではないわ!」
壁のように並んだ大男の間を掻き分け、異母姉メイシアがハオリュウに駆け寄る。その必死な様子に、彼は苛立ちを覚えた。
「何を言っているの、姉様!? 帰るよ!」
異母姉の手を捕まえ、彼は踵を返す。
「ハオリュウ!」
――と、彼の名を呼ぶ声が、『ふたつ』重なった。
ひとつは、高く澄んだ、異母姉メイシアの声。
もうひとつは、低く魅惑的な、鷹刀一族総帥、鷹刀イーレオの声――。
対照的な音がつくるハーモニーに、メイシアは驚き、萎縮して口籠ったが、イーレオはゆっくりと押し切るように言を継いだ。
「斑目に下る気か?」
「はっ! 弁解でもするのかと思えば!」
悪びれもせずに話しかけてくる厚顔さに、ハオリュウは蔑みの眼差しをぶつけた。だが、涼やかな顔のまま動じることのないイーレオに、更に不快感を募らせただけだった。
「そりゃあ、俺も、弁解のひとつくらいはしようと思ったさ。だが、面倒臭そうなのと、そもそも無意味だと気づいたからな」
「どういうことですか!?」
「いくらお前が貴族でも、その場にいなかった事件には口出しできない。それに、お前はこの件に関して『藤咲家のあずかり知らぬこと』と警察隊に、はっきりと宣告しただろう?」
激しく食らいつくようなハオリュウに対して、イーレオは凪いだ海のようにどこまでも穏やかだった。ハオリュウの傍らで恐縮しているメイシアにも、気にするなと目元で言う。
「ええ、そうです。藤咲家はあなたとはなんの関係もありません。それでは失礼します!」
「待てよ。ここは俺の屋敷だ。俺の屋敷内のものは、生かすも殺すも、俺次第だ」
「……なっ!?」
イーレオの口角が、かすかに上がった。
「お前を守る者は誰もいない。そのことに気づいているか?」
低く柔らかな言葉の波が回り込み、ハオリュウの足元をすくった。さらさらと崩れ落ちる砂の上に立っているような感覚に、彼は目眩を覚える。
藤咲家に仕える彼の護衛は、門のところで待機させてきた。屋敷に入るときに護衛として連れてきた偽の警察隊員は、シュアンに射殺されている。そのシュアンは、警察隊員でありながら鷹刀一族と手を組んでいる。
この執務室にいる、警察隊の制服を着た大男たちはどうか。イーレオの口ぶりと、あまりにも戦闘向きすぎる体つきから察するに、やはり彼らも偽者――斑目一族の凶賊と考えるのが妥当だろう。果たして、彼らは貴族を守ってくれるだろうか――否。
ハオリュウは苦々しげに唇を噛み、視線を下げた。汗でしっとりと濡れた拳を握りしめる。
つまり、鷹刀一族と斑目一族の抗争のただ中に、丸裸で放り出されたも同然――。
「ミンウェイを護衛につける。門まで送らせよう。そこまでの安全は保証する」
「え?」
今までの流れを逆流させたかのような、イーレオの唐突な発言。間抜けな声を出しながらハオリュウが顔を上げると、図らずとも直視してしまったイーレオの完璧な美の中には、どこか茶目っ気のある遊び心が隠されていた。
困惑するハオリュウに、イーレオは眼鏡の奥の目を、ふっと細めた。
「上に立つ者は、決して選択肢を間違えてはいけないし、自らを危険に晒してもいけない。……たとえそれが、どんなにしんどくてもな」
言葉の波がハオリュウに打ち寄せる。触れそうで触れずに戻っていく波は、ハオリュウの足元に複雑な砂紋を描いていた。それが何を意味しているのか、彼にはまるで理解できなかったが、引き波の行方はイーレオの過去なのだと、ぼんやりと潮の香だけを嗅ぎ取った。
鷹刀イーレオは決して『善』ではない。なのに、いや、だからこそ、人を惹きつけてやまない。
ハオリュウは、再びイーレオに呑み込まれそうになる自分を感じ、きつく拳を握った。
――口先だけだ。
強く握りしめた掌に硬いものが食い込んで、痛かった。それが何か、見なくても彼には分かっていた。自分の指に嵌められた、重い金色の指輪だ。
「凶賊風情が、貴族の僕に説教する気か!?」
ハオリュウは、きっ、とイーレオを睨みつけた。
「ハオリュウ、そんなこと言わないで!」
鈴を振るような声が、悲愴な色合いで割り込む。
「姉様は、都合が悪くなると、すぐに口封じをするような、人間の屑の肩を持つの!?」
「イーレオ様は、指揮官を傷つけてなどいないわ!」
メイシアは、きっぱりと言い切った。その堂々たる態度に、いつも一歩引いた異母姉しか知らないハオリュウは耳を疑う。――が、すぐに言い返す。
「それ以外、考えられないだろ! 他に誰がやるっていうんだ!?」
「狂言だわ」
「……え?」
ハオリュウは、メイシアをじっと見つめた。半分は血が繋がっているのに、まるで似ていない異母姉。生まれたときから見続けている美しい顔が、今は知らない人のように見えた。
「この状況を冷静に考えてみて。大前提として、イーレオ様に誘拐の罪を着せて、捕らえようとしている『誰か』が存在するのよ。そして誘拐の罪が晴れたらすぐに、傷害の罪が用意されている――不自然でしょう?」
「あ……」
狙われていたのは鷹刀イーレオだ。彼を捕らえるために、貴族のメイシアを屋敷に送り込み、警察隊を出動させる大義名分を作った人物がいる――。
ハオリュウは愕然として、血溜まりの中に倒れる指揮官を見た。目的のためなら、ここまでする輩が相手なのか……そう思ったとき、ふと指揮官が荒く息を吐いたように見えた。
「指揮官!?」
指揮官の体がびくりと動いた。痛みのあまり気を失っていたのだが、ハオリュウの声が刺激になって目覚めたらしい。
「う……。うう……」
地獄の底から這い出そうとでもするように、血まみれの指先を伸ばす。
今まで黙って様子を窺っていた、手錠の巨漢が口を開いた。
「貴族のお嬢さん、随分と勝手なことを言ってくださいますね? いくら貴族とはいえ、推測だけで物事を決めつけられては困ります」
頬の刀傷を引きつらせながら、巨漢は物々しく顔を顰める。そして、警察隊の制服を着た大男たちに冷酷に言い放った。
「鷹刀イーレオを逮捕しろ。抵抗するようなら、見せしめに奴の身内を射殺しろ」
「なっ……」
その呟きを、誰が漏らしたものかは判然としなかった。
ただ、空気が緊張の色に染まったのは確かで、各々が好き勝手な色彩でもって染め上げた場は、混沌としていた。
その中で――。
――銃声が、ひとつ。素早く鳴り響いた。
硝煙の臭いと、かすかに肉の焦げる臭い。
「誰だっ!」
巨漢が叫んだ。その頬には、刀傷をなぞるかのような、新たな擦過傷があった。
声に応じて、警察隊の濃紺の制服の中から、ひとりの男が現れる。
彼は中肉中背のはずなのだが、大男たちの中に埋もれるように紛れていたので、随分と貧相に見えた。加えて、無理やり制帽で押さえつけた、精彩を欠いたぼさぼさ頭。しかし、斜に構えた三白眼は、鋭い眼光を放っていた。
「警察隊所属、緋扇シュアンだ。全員、動くな」
彼は拳銃を構え、ぴたりと巨漢に照準を合わせた。彼の射撃の腕前に対して、巨漢は四肢を封じられている。巨漢の生命が、シュアンの手の中に握られた。
シュアンは巨漢への警戒を怠らずに、「上官殿、大丈夫ですか」と、指揮官に声を掛けた。
「緋扇……!」
血まみれの指揮官が喜色を上げる。
「上官殿の危機に馳せ参じました」
「あ、ああ……、よく、来て、くれた……!」
少々扱いにくいが、いつも困ったときに突破口を開いてくれる、お気に入りの部下。どうやってここに来たのか分からぬが、ともかく助けに来てくれたのだと、指揮官は喜んだ。
「ご安心ください。鷹刀イーレオは逮捕しました」
口の端を上げた悪相で、シュアンは優しげな声色を出した。
失血のショックで意識がなかった指揮官は、現状を把握していないと彼は踏んだ。
つまり、この言葉は――罠。
「よくやった!」
指揮官の顔が安堵に染まる。シュアンは、その心の油断に、そっと囁く。
「あとは、上官殿に傷を負わせた憎き凶賊を捕らえるだけです。刀傷の男ですね?」
「そうだ!」
その瞬間、シュアンの血色の悪い顔が満足そうに歪み、目には見えない狂犬の牙が光った。
「上官殿、あんた、その男を部下として連れ歩いていたぜ?」
断罪を求めるようにではなく、あくまでも優しく誘うように――シュアンは奈落の底への道標を照らし出す。
「ここらが潮時だろ、上官殿。あんたが斑目とつるんでいる証拠なんか、俺はとっくに握っている。その傷も狂言そのもの。鷹刀イーレオが殺すつもりでやったなら、急所を外すわけがない」
「緋扇!? こ、この……! 恩を仇で……! この狂犬め!」
「『狂犬』ね? ああ、あんたは散々、俺のことを便利な犬扱いをしてきたな。ならば、飼い犬に手を噛まれた、ってことでどうだ?」
シュアンは、毒づく指揮官を氷のような目で一瞥すると、それきり興味を失ったように視界から外した。そして、この部屋の扉の方角に向かって、やや得意気に口角を上げる。
「ミンウェイさんよ、このカードはここで切るのが一番効果的だろう?」
彼はそれだけ言うと、今度は壁のように立ち並ぶ大男たちを睨みつけた。
「お前らが偽の警察隊員だということは分かっている。武器を捨てろ。両手を頭の後ろで組むんだ。従わなければ、あいつを撃つ。お前らのボスだろ?」
シュアンが巨漢を顎でしゃくる。
だが、その巨漢から低い笑い声が響いた。
「構わん。お前ら、邪魔者を殺せ。すべて殺せ。鷹刀も貴族も、このうるさい警察隊員も!」
「何っ!?」
さすがのシュアンも目をむいた。ぎょろりとした目玉が飛び出しそうになる。
「私のことはどうでもいい。目的を果たせ」
巨漢の哄笑。
大男たちの、銃を構える気配。
「撃て!」
――と、巨漢が叫ぶと同時に、低く魅惑的なイーレオの声が執務室を貫いた。
「〈ベロ〉、殺れ!」
次の瞬間、無数の銃声が鳴り響いた。
3.冥府の守護者-2
いったい、いくつの恐怖の響きが聞こえただろうか――。
メイシアは、頭上からの銃声に驚いて天井を見上げた。数多の赤い光が飛び散り、それらはすぐに白い煙に取って代わられた。
何が起きたのか。
彼女が周囲を見渡そうとしたとき、「姉様、駄目!」という鋭いハスキーボイスと共に、飛び掛かられるようにして両目が塞がれた。
背後から包み込むような気配は、異母弟ハオリュウのもの。けれど、かつて背伸びをしながら「だーれだ?」とメイシアに目隠しをしてきた彼は、彼女の耳の高さで荒い呼気を吐いていた。
瞼に、汗ばんだ掌を感じる。骨ばった指からは、幼き日に手を繋いで歩いたときの柔らかな面影は消えていた。硬く触れる金属の感触は、当主の指輪――。
「姉様、見ちゃ駄目だよ。こういうのは全部、僕の役目だ。姉様は綺麗でいて……」
祈るような声は決して低くはないけれど、記憶に残る音よりも、ずっとずっと深い。
「メイシア!」
むせ返るような火薬の臭いの向こうから、必死のテノールが近づいてきた。
「ルイフォン!」
思わず体を動かしたメイシアを、ハオリュウはぎゅっと捕まえて放さない離さない。
「ハオリュウ、離して」
「嫌だ」
「何が起きたの? どうなっているの!?」
メイシアは細い肩を震わせていた。
さっきまでは聞こえていた罵声と呻きが、聞こえなくなっていた。煙った重い空気がだんだんと薄くなり、つんとした血の臭いが鼻腔を突く。
ハオリュウに問いかけながらも、メイシアは閉ざされた視界の中で悟っていた。
天井からの発砲は、この執務室の主を守るためのもの。銃声の直前にイーレオの声が聞こえたことが、それを裏付けている。
だから、皆、無事。鷹刀一族の人たちは無事。
……偽の警察隊員たちは――異母弟が頑なに彼女を離さないのが、何よりの証拠だ。
「メイシア!」
すぐそばでルイフォンの息遣いを感じたが、彼女の体はハオリュウによって遠ざけられた。
ルイフォンとハオリュウの間で、険悪な雰囲気が漂ったとき、「なるほど。天井に伏兵が隠れていたのか」と、警察隊の緋扇シュアンが驚いたように呟いた。
「たいした腕前だな。ほぼ全員、頭を一撃。これだけの人数を相手に、ここまで正確にやるとは……」
まるで確認でもするかのような口ぶり。
自他共に射撃の名手と認めるシュアンは、感嘆とも皮肉ともとれる声を上げた。いったい、どんな奴らが隠れているのだと、彼は天井を仰ぐ。しかし、そこには穴の開いた天井板しかなかった。
ややも期待が外れたことに、シュアンは鼻を鳴らした。
「銃器を使うような凶賊は、格好悪くて姿を見せられない、か」
揶揄するような物言いを間近で聞き、ルイフォンはむっとした。ハオリュウと睨み合っている最中であるが、この仕掛けを施した責任上、聞き逃すわけにはいかない発言だった。
「親父の名誉のために言っておくが、俺たちは凶賊が正々堂々、向かってきたのなら刃物を使う。これは、不当に襲われたときのために、俺が仕掛けておいた防衛システムだ」
「はぁ?」
シュアンのぼさぼさ頭の下から、胡乱な三白眼が覗く。
「この屋敷はコンピュータ〈ベロ〉の庇護下にある。特に親父のいるこの執務室は、親父がひとこと命じれば、許可なき者を即座に抹殺するよう厚く守られている」
「じゃあ、機械が撃ってきたというのか……!?」
「ああ。この部屋に入るとき、虹彩認証をしただろ。あれは『不審者を部屋に入れないためのセキュリティ』じゃない。『〈ベロ〉の攻撃対象から外すための手続き』だ」
「ほぅ……えっ!?」
危うく聞き逃すところで、シュアンは目を見開いた。そこに苛立ちをあらわにしたルイフォンの顔があった。いつもなら機械類の話ともなれば、得意気に話し出す彼だが、ちらちらとハオリュウを気にしている。
「室内のカメラによる画像認証で、敵味方を区別できれば楽なんだが、さすがに生死を委ねられるほどに高性能とはいえない。だから基本的に室内にある生体は『敵』。例外として部屋に入るときに、虹彩を確認できた者は『味方』と判断するように〈ベロ〉に教えてある」
ミンウェイが、指揮官以下、偽の警察隊員たちを部屋に通したところをシュアンは目撃している。やけにあっさり入れたものだと思ったし、彼女に「ご自慢のセキュリティとやらも形無しだな」などと言った記憶もある。
一方で、先ほど部屋に入るとき、気が急いているのに、何故このお子様は認証とやらにこだわるのだろうと、彼は疑問に思った。登録してある人間のうち、誰かひとりが扉を開ければすむことではないか、と。
その謎が解けた。
「……この部屋自体が、総帥を餌にした、害虫駆除兵器、ってか……」
シュアンは体の芯から怖気が走るのを感じた。相手が人間であれば、どんな卑劣な行為にも驚くことはないが、機械の仕業というのは生理的に受け入れられない気味の悪さがある。
「じゃあ、貴様は、この事態になることを知っていたんだな?」
凍るようなハオリュウの声がした。唐突な割り込みに「え?」と、ルイフォンは戸惑う。
「分かっていて、僕の大切な姉様を血生臭い場に連れてきた、ということだな!」
「ハオリュウ!」
諌めるようなメイシアの声が飛んでくるが、ハオリュウは「姉様は黙っていて!」と一喝した。穢れなく美しい異母姉の魂を傷つけるような輩を、彼は何人たりとも許せなかった。
「……」
斬りつけてくるようなハオリュウの眼差しに、ルイフォンは言い返せなかった。
指揮官が襲われていて、ひと騒動起きるなんて想定外だった。そう反論しようと思えば、できるかもしれない。けれど、そういう問題ではない。
今、彼女の視界を塞いでいるのは自分ではなくて、ハオリュウだという事実――そこが重要なのだった。
「すまない」
ルイフォンの口から、謝罪の言葉が衝いて出た。
姿勢の悪い猫背が更に曲げられ、頭が下げられる。目の前に降りてきた癖の強い黒髪に、敵意むき出しだったハオリュウも戸惑いを覚えた。
離れたところで様子を窺っていたリュイセンが、隣に立つ従姉の耳元に口を寄せる。
「おい、ルイフォンはどうなっちまったんだ?」
訊かれたミンウェイは、野暮ね、と言わんばかりの溜め息を返し、黙ってなさいと目で命じた。
場の流れが、わずかに途切れたところで、イーレオが「こほん」と咳払いをした。
「皆、聞け」
魅惑の声が響く。イーレオは、その場の生ある者の顔を確認し、細身の眼鏡の奥の目に、静かな海の色をたたえた。
「各人、思うところはあるだろうが、ここは俺の城だ。俺に従え」
イーレオはゆっくりとベッドに近づき、そこに残されていた上着を取った。そのまま、警戒した顔のハオリュウのそばまで持っていき、彼の手ごとメイシアの頭に被せる。
「メイシア、状況は理解しているな。落ち着いたら、自分でそれを取れ。焦る必要はないぞ」
そう言って、イーレオは執務机に向かう。予想外の、だが穏やかに包み込むような行動に、ハオリュウは驚いてイーレオを目で追った。
と、同時に、メイシアが上着を取り払った。気がそれていたハオリュウの手も、勢いのままに跳ね除ける。その瞬間、彼女は綺麗な顔を歪めた。が、口元をきゅっと結び、イーレオに駆け寄って上着を返した。
「お気遣い、ありがとうございます。私は大丈夫です」
細い糸を爪弾くような、儚い声。けれど、その糸は、見た目よりもずっと縒りの確かなものであった。
「そうか」
イーレオが柔らかく笑う。心なしか嬉しそうな様子に、メイシアは「はい」と、はっきりと答えた。
「さて。まずは、俺の一族にひとりの死傷者も出さなかったことに礼を言う。皆、よくやってくれた」
いつものように執務机につき、イーレオは椅子に背中を預けた。一族を守る慈愛の瞳で、一人ひとりの顔を確認する。
そして、最後にハオリュウに目を向けたとき、イーレオは背を起こして、きちんと頭を下げた。さらさらとした黒髪が机の上に流れる。
「ハオリュウ氏にも、感謝申し上げる。庭で暴動が起きなかったのは、あなたのおかげだ。先ほどは余計なことを言ってしまったが、年寄りのたわごとと思って許してくれ」
改まったイーレオに、ハオリュウは戸惑った。この不思議な男は、留まることを知らぬ波のように、掴みどころがない。怒りをぶつけても、ゆらりゆらりと躱され、いつの間にかハオリュウが翻弄されている。
ハオリュウが態度を決めかねているうちに、イーレオはまた、すうっと別の流れへと行ってしまった。
「今後のことを話し合いたいところだが、庭にいる警察隊の奴らを追い返すのが先決だ。緋扇シュアン、頼めるな?」
突然、水を向けられたシュアンは、驚きに一瞬、言葉が遅れたが、すぐに三白眼を斜に構えた。
「イーレオさん、あんたまだ、俺がどうしてここにいるのか知らないはずだ。それを便利屋のように顎で使わないでほしいですね」
「エルファンが、お前を連れてきた。それで充分だ。俺は細かいことは気にしない」
「はぁ……」
あっけなさ過ぎて、肩透かしを食らったような気分のシュアンであるが、ともかく彼の目的は達成できたようだった。
「イーレオさん」
硬いハスキーボイスが響いた。流れをこちらへと、ハオリュウは呼び寄せた。
「僕は、凶賊が嫌いです。異母姉にも関わってほしくありません。けれど現在、僕が、僕の家のために取るべき選択は、あなたの協力を得ることだと思います」
ハオリュウが頭を下げた。上質なスーツが、折り目正しく直線的に動いた。
「歓迎する」
イーレオはそう言って破顔した。
すかさず、「ならば父上、よろしいですか」と、イーレオとよく似た低い声が加わった。今まで後ろのほうで寡黙に控えていた、次期総帥エルファンである。
「庭で凶行に走って、リュイセンに叩きのめされた男がいましたよね。シュアンによると、あの男は正規の警察隊員なのですが、普段と様子が違ったとのこと。何か知っているかもしれません」
「ほう」
イーレオが興味深げに相槌を打つ。
「ハオリュウの権力で、あの男の身柄を確保しましょう。あの男は貴族の令嬢に銃を向けている。そこを突けば逆らえません」
「分かりました」
イーレオが返答するよりも前に、ハオリュウが即答した。まだまだ信頼関係とはいい難いが、協力体制が整いつつあった。
イーレオは、ふと、この場を引っ掻き回してくれた巨漢に目をやった。彼もまた、他の偽警察隊員たちと同じく、その巨体を自らの作った血の海の中に沈めていた。
「チャオラウ、すまんな。せっかく捕まえてもらったのにな」
短く「いえ」と答える護衛にとっては、本当にたいした労力ではなかったのだろう。
だが、情報源を失ったのは痛い。この巨漢こそ、何かを知っていたに違いないのだ。だから、敵を一掃してしまう〈ベロ〉の手を借りずに、チャオラウに捕獲を頼んだのだ。
〔あら、その男は殺してないわよ?〕
唐突に、女の声が響いた。
「何……?」
〔それなりの深手だけどね。だってイーレオが、その男を欲しがっていたでしょう?〕
初めて聞く、けれど聞き覚えのある、流暢な女声の合成ボイス。
〔それと、指揮官も生きているわ。いくら屑とはいえ、警察隊員を殺しちゃうと、鷹刀の立場が危うくなりかねないもの〕
かすかな雑音と共に聞こえてきた音声に、イーレオはルイフォンに驚きの目を向けた。しかし、そこにあったのは、更に驚愕の表情をした息子の姿であった。
「……〈ベロ〉なのか!? 俺はそんな機能……! 母さんが作ったのか……?」
〔ルイフォン、お前からすれば、『はじめまして』かしらね? お察しの通り、私は〈ベロ〉。キリファが作った……そうね、『プログラム』でいいのかしら?〕
〈ベロ〉は艶のある声でくすくすと笑う。
「馬鹿な……。こんな柔軟に会話できるはずが……。いや、それより、この解析……判断能力……あり得ない……」
〔自分が支配できないマシンがあるなんて、お前はきっと許せないでしょうね〕
〈ベロ〉が揶揄するように言う。
〔だけど、敵を全滅なんて処理は大雑把すぎだわ。もう手出ししないから、あとはせいぜい頑張りなさいね。ひよっ子に何ができるか。楽しみにしているわ〕
3.冥府の守護者-3
イーレオの指示で、皆が慌ただしく動き始めた。
そんな中で唯ひとり、ルイフォンだけは動かなかった。
「ルイフォン……?」
メイシアが遠慮がちに声を掛ける。
彼を印象づける、特徴的な猫のような表情が消えていた。鷹刀一族の血を示すような、本来の端正な顔立ちが浮き彫りになる。しかしそれは、彼をただの彫像のように見せる効果しかなかった。
「ルイフォン、お前は医務室に行け」
イーレオの声が飛んできた。
ルイフォンの口元は切れ、乾いた血が固まっていた。何度も打撃を受けた腹部は、見た目はシャツが汚れているだけだが、その下の体はどんなにか痛むことだろう。上着はところどころ擦り切れ、ボタンが飛んでいる。
貧民街からずっと、彼はメイシアを守り抜いてきた。
メイシアは、胸が締め付けられるような思いで、ルイフォンを見つめる。いくら感謝してもしきれない。やっと落ち着いた状況になったのだから、彼には休んでほしいと思う。
しかし、ルイフォンは――。
「ルイフォン、イーレオ様が……」
まるで何も聞こえていないかのようなルイフォンの袖を、メイシアはそっと引いた。そのとき初めて気づいたかのように、彼は、はっと目の焦点を戻す。
「あ、ああ……? 何か言ったか?」
「イーレオ様が医務室に行くようにと」
「あ、ああ」
返事をしつつも、やはりどこか上の空である。
「おい、ルイフォン、また頭が異次元に行っているぞ」
つかつかとリュイセンが寄ってきて、ルイフォンの額を指で弾いた。
「……痛ってぇなぁ」
「お前、見事にぼろぼろだぞ。見苦しい。このあと皆で昼食を摂って作戦会議だ。その前にその格好をなんとかしてこい」
「……分かった」
「付き添わせてください」
退出するルイフォンの猫背に、メイシアは思わず駆け寄った。
メイシアの視界の端に、ハオリュウの顔が映る。警察隊のシュアンと何やら話し込んでいた異母弟は「姉様!」と鋭く口走った。
目で制止をかけてくる異母弟を、彼女は直視することはできなかった。ただ無言で頭を下げ、振り切るようにルイフォンを追いかけた。
口を結んで大股に歩くルイフォンを、メイシアは小走りに追いかける。彼が向かった先は医務室ではなく、彼の自室だった。
閉まりそうになる扉にメイシアは滑り込んだ。入った瞬間に、冷気が彼女を包む。汗ばんでいた体が、ひやりと震えた。
廊下ですら絨毯が敷き詰められたこの屋敷の中で、リノリウム張りのルイフォンの仕事部屋。人間より機械が優先される環境は、昨日来たときと寸分変わっていなかった。
「ルイフォン、傷の手当ては……?」
「平気だ」
車座に並べられた机の上に、幾つもの機械類が載せられている。その輪の中に、ルイフォンは入っていく。
回転椅子に座り、置きっぱなしのOAグラスを無造作に掛けると、無機質な横顔になった。キーボードに指を走らせると次々にモニタが点灯し、彼の姿が青白い光に照らし出される。
彼が何をしようとしているのか。コンピュータに詳しくないメイシアでも分かった。
執務室に突如現れた〈ベロ〉。
ルイフォンが制御できない、存在すらも知らなかった『もの』。
その所在を探しているのだ。
「ルイフォン……」
「なんだ?」
抑揚のないテノールが、メイシアの心臓に突き刺さった。
ルイフォンは今、リュイセンが言うように異次元にいる。ケーブルに囲まれた円陣は、別世界への魔法陣なのだ。
「なんでもありません」
出逢ってから、たった一日。
知らない顔があるのは当然のことだ。
――打ち解けたと思っていたのは、世間知らずの自分のほうだけだった。
ずきりと痛む心臓を抑え、メイシアはそっと後ろに下がった。
彼のことは気になるが、彼女がいても邪魔になるだけだ。それより、部屋に戻って着替えでもしておくべきだろう。
彼女は踵を返した。
「糞っ! どこにあるんだ!?」
突然、強い打鍵の音と共に、ルイフォンが叫んだ。
「何故、俺の命令を無視する!? ふざけんなよ!」
驚いたメイシアが振り返ると、ルイフォンが机に拳を叩きつけていた。解かれたままの髪を振り乱し、血走った目でモニタを睨みつけている。
彼女は顔色を変えた。
彼が機械類を扱うとき、今までは表情豊かな得意げな猫の顔か、機械と一体化したかのような無機質な顔をしていた。両極端のようだけれど、どちらも研ぎ澄まされたような聡明さがあった。
しかし、目の前の彼は、癇癪を起こしている子供であった。
「ルイフォン?」
恐る恐る声を掛けると、集中したときには反応を返さないはずのルイフォンが、こちらを向いた。
「メイシア」
モニタ画面を反射したOAグラスは、青白く半透明に輝いており、その下の彼の表情は窺うことができない。
「あれは現在の技術レベルを超えたものだ。自由に考え、勝手に行動する……!」
まるで弾劾でもするかのように、ルイフォンは言った。そして、戸惑うメイシアに尋ねる。
「お前には、あれが何に見えた?」
「『人工知能』、でしょうか……?」
「そうだろうな。だが、中に人間が入っているような、あんな柔軟な代物は存在しないはずなんだ。俺自身が、ずっと研究してきたから知っている。なのに……」
彼は唇を噛んだ。その拍子に口元の傷が開いてしまったのか、一瞬、顔を歪める。しかし、彼は更に強く唇を噛んだ。メイシアにはそれが自傷行為に見えた。
「俺が制御できない代物の存在を、誰も疑問に思わない。悪意ある侵入の可能性も心配もしない。……これがどれだけ異常なことか……!」
ルイフォンが吐き捨てる。
「……分かっている。あれは母さんが作ったものだ。外部からの侵入なら俺が気づいている。だから、母さんしかあり得ない……」
彼の強く握りしめた拳が、白く震える。
「誰もがあっさり受け入れるのは――あれが、母さんが作ったものだからだ……!」
ひやりとした空気を切り裂いて、響き渡る叫びは、嗚咽だった。
絶対の自信を持っている分野で、児戯だと言われたのだ。
――人ではない、母の遺産に。
うなだれた猫背が哀しい……。
メイシアにとって、〈ベロ〉はまったく未知のものだ。
それでも、彼の様子から〈ベロ〉は、とんでもないもので、制御できなければならないものだということは分かる。
だから、必死になって調べるというのなら、ルイフォンが異次元に行ってしまうのでもよかった。
けれど――。
今の彼は、粉々になった矜持に視界を遮られた、迷子だった。
孤独の輪の中で、自分が迷っていることにも気づかずに、ひとり苦しんでいる。
メイシアの足先が、リノリウムの床に硬い響きを立てた。
彼女は、床を這っているケーブルを越えた。
――魔法陣の結界を破って、彼の聖域へと踏み込んだ。
「ルイフォン……」
メイシアは、うつむいたルイフォンの頭を両腕で包み込んだ。彼女の長い黒髪が、彼の背中を覆い、絡め取る。何処かに流されてしまいそうな彼を捕まえるかのように。
その瞬間。
彼の肩がびくりと震えた。
「なんの真似だ?」
低い、低い声――これ以上、近づくなとの警告の声で、ルイフォンが唸った。
身を逆立てる彼に、彼女の心臓が悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい」
彼女は彼から、ぱっと離れた。
彼はくるりと背を向けた。そして、回転椅子を滑らせ、少し離れたところのコンピュータと対峙する。
「すまない、メイシア。出ていってくれ」
モニタを見据えたまま、ルイフォンは言った。猫が威嚇をするように、大きく背中が膨れていた。
メイシアの顔から血の気が引いていく――。
「い……、嫌です……!」
「邪魔なんだよ!」
即座に返ってくる拒絶。
彼は叩きつけるように、キーボードに指を走らせた。モニタ上で表示が切り替わったが、目は文字を追っていない。
彼女は、飛び出しそうな心臓を、服の上から、ぎゅっと抑えた。
「す、すみません……でも……」
「糞っ」
動こうとしないメイシアに、苛立ちをあらわにしたルイフォンの悪態が被る。彼は、両手で頭を抱えるようにして机に肘をついた。癖の強い髪を掻きむしり、叫ぶ。
「なんで、分からねぇんだよ!」
かなぐり捨てるようにOAグラスを外し、掌で顔を覆う。
「…………俺がっ、惨めだろうっ!」
張り詰めた冷気が弾け飛ぶように、ルイフォンの言葉が砕け散った。
心の底からの、咆哮――。
「……っ! ――すみません……!」
そっとしておくべきだったのだ。
どんなに心配だったとしても、魔法陣の結界は踏み越えてはいけなかったのだ。
メイシアのしていることは、ただの彼女の我儘に過ぎない……。
「――でもっ!」
細い糸を爪弾くような声が、凛と鳴り響く。
まっすぐに顔を上げたメイシアの頬を、透明な涙がすうっと流れた。
「私はっ、ルイフォンのそばに居たいんです!」
心が強く訴える。
昨日までの彼女だったら、こんな我儘など言わなかった。
思ったままに行動することを、他ならぬルイフォンが教えてくれたのだ。
「はっ、なんだよそれ?」
ルイフォンがくるりと回転椅子を回し、肩をすくめた。嘲りを全面に出した嗤いが、口から漏れる。
メイシアは思わずひるみそうになったが、虚勢の強気で言い返した。
「直感です! 我儘です! だって、ルイフォンが言ってくれたじゃないですか! 私はもっと直感的に生きたほうがいい、って。我儘を言ってもいいって」
「いつ俺がそんなこと言った?」
「シャオリエさんのお店で、です」
「忘れた」
「でも、私は覚えています」
メイシアは言い切った。
OAグラスを外したルイフォンの冷たい視線が、彼女に直接、突き刺さる。
「私は……、私たちが今すべきことは、喜ぶことだと思うんです」
「はぁ?」
彼の声が甲高く嘲った。それでも構わず、彼女は続ける。
「私は、生まれて初めて、本当に死ぬかと思うような目に遭いました」
空調のかすかな雑音の上を、透明な声が抜けていく。ひやりとした空気が、熱くなりかけていたふたりを冷やしていく。
「でも、無事だったんです。ルイフォンのお陰で、無事だったんです。奇跡です。それから私、ルイフォンが本当に死んでしまうかと思っ……」
メイシアの頬を涙の筋が走った。
――いくつも、いくつも……。
埃まみれの顔が、そこだけ奇妙に拭われていくのをメイシアは感じた。
きっと、とんでもなくみっともない顔をしているに違いない。けれども、彼女は涙を止めることができなかった。
「『ありがとう』って言いたい。あなたも私も、皆が無事だったことを、喜びたい。『今、あなたと一緒に』喜びたいんです……!」
硬質なリノリウムの床が、メイシアの叫びを拡散させた。彼女の思いは乱反射して、あちらから、こちらから、ルイフォンを包み込む。
「メイシア……」
ルイフォンが回転椅子の背にもたれ、仰ぐようにメイシアを見上げた。涙でべとつき、汚れた黒髪の張り付いた顔が、何よりも美しく見えた。
戦乙女だ、と彼は思った。
貧民街で、彼が地に伏し〈蝿〉の凶刃にかからんとしていたとき、彼女はタオロンの大刀を掲げて彼を救った。あのとき地面から見上げた彼女の姿もぼろぼろだったけれど、煌めきに満ちた魂が優しく、温かく、力強く――彼を魅了した。
ルイフォンの口元が自然に緩んだ。
下手な気休めを言われたのなら、跳ね返すことができた。
けれど、彼女の言葉は、彼の想像を遥かに超えていた。
「……すまなかった」
彼は、癖のある前髪をくしゃりと掻き上げた。こんな安らぎのそばで、険のある顔をし続けることなどできない。
「あの人工知能は、昨日今日に作られたものじゃない。ずっとあったんだ。今、焦っても仕方ないな」
ルイフォンはメイシアと向き合う。その顔には、彼らしい、奔放な猫のような表情が蘇っていた。
「ありがとな」
「え?」
「そばに居てくれて、ありがとな」
そう言うと同時に、ルイフォンは立ち上がり、メイシアを抱きしめた。
「きゃっ」
メイシアが可愛らしい悲鳴を上げる。ルイフォンの腕の中で、真っ赤になる。
「何、照れているんだよ。さっき、お前、俺のこと抱きしめたろ?」
「あ、あああああ。す、すみません……!」
「謝ることじゃないって。それより、一緒に風呂に入ろうぜ? お前も俺もどろどろだ」
彼は彼女の体をひょいと抱き上げると、そのまま続き部屋にある浴室に向かおうとする。
「すすすすみません。勘弁してださい!」
「いいから、いいから」
「よくないです! 下ろしてください!」
相変わらずの嗜虐心をそそる反応に、ルイフォンは目を細めた。
魅了される――。
彼女に惹きつけられてやまない。
異母弟ハオリュウが現れ、協力体制を敷いたことによって、彼女の身柄がどうなるのか分からなくなった。
……おそらくは、貴族の彼女を凶賊の屋敷に残すなんて猛反対が起こるだろう。
貴族と凶賊が、共謀以外の関係で、共にあるなんてあり得ないのだ。
「…………」
ルイフォンの小さな呟きを聞き取れず、メイシアは「え?」と聞き返した。
「なんでもない」
軽く笑って、彼は彼女を下ろした。
「それじゃ、風呂に入るか」
そのまま、彼女の目の前で、汚れた衣服を脱ぎ捨てる。細身であるものの、チャオラウに鍛えられた若々しい肉体が晒され……彼の期待通りに彼女が悲鳴を上げた。
彼女が顔を真っ赤にして慌てる様を、彼は目を細めてにやりと堪能する。
この可愛らしい小鳥が無事で、本当に良かったと思う。
……不意にルイフォンは、床に投げ出した服の波間に、金色の光を見つけた。
はっと気づいて拾い上げる。
――母の形見の鈴。
いつもは、編んだ髪を留める、青い飾り紐の中央に収めているもの。貧民街でタオロンを縛るために紐が必要になったため、鈴は外して懐に入れておいたのだ。
彼は馴染みの感触を指先で確かめ、大切に握りしめた――。
~ 第五章 了 ~
幕間 青空の絆
俺とルイフォンの関係は、説明するのが難しい。
父上と奴が異母兄弟だから、奴は俺より年下でも『叔父』。このことに間違いはない。
だが、俺たちが生まれた経緯はそんな簡単なものじゃないし、俺たちの間柄はそんな単純なものじゃないのだ。
ある日、俺は屋敷の庭で大の字になって寝転がっていた。
愛刀は腰から外し、両手両足を投げ出す。武術師範のチャオラウに、こてんぱんにやられたあとだった。
そのときの俺は、まだ十かそこらだったけれど、並の凶賊には引けを取らないと自負していた。けれど、兄上が俺と同じ歳のころには、チャオラウから三本に一本は取れたという。
悔しい……。
兄上には天賦の才があると言われている。いずれはチャオラウを超えて、鷹刀一の男になるだろう。
しかも、兄上は人格者だ。凶賊の直系のくせして、穏やかで人当たりがよい。刀を手にすれば冷酷無比になれるくせに、だ。
兄上がいれば鷹刀は安心だ、と皆が口にしている。正直、気難しいと思われている父上よりも、兄上のほうが人望があると思う。
ならば、俺はいったい、なんのために存在するのだろう?
俺は空を見上げた。
青い、青い色が目に染みる。
桜の葉の、さわさわという歌が聞こえてくる。
萌える緑の香りが周りから押し寄せ、汗ばんだ肌に初夏の風が心地よい。
自然は、力強い。
俺の心の澱など、ちっぽけなことだと笑い飛ばすかのように。
――と、大地の振動が、誰かが近づいてきたことを知らせてきた。
庭先で危険があるはずもないが、如何にもチャオラウにしごかれてヘトヘトです、といった体を晒すのはみっともない。俺は素早く身を起こすと、愛刀を腰に佩いた。
軽い足音から予測していたが、現れたのは子供だった。俺よりも少し年下くらいか。随分と生白い肌をしている。
鷹刀では、親を失った一族の子供を屋敷で養っているから、そのうちのひとりだろうか。見かけない顔だから、新顔かもしれない。あるいは同じ屋敷内に住んでいても、直系の俺とは生活が違うから、俺が知らないだけかもしれない。
そんなことを思いながら相手を観察していると、そいつは俺には気づかず、庭の主ともいえる桜の大木に向かって行った。そして、幹に向かって拳を突き出す。背中で一本に編んだ髪が大きく跳ねた。
「糞ったれ!」
声で――というよりも言葉遣いで、男だとわかった。正直、外見からだと、どちらとも判別できなかったのだ。
「随分と弱いパンチだな」
俺が声を掛けたのは、気まぐれだったと思う。
木の葉一枚、揺らすことのできない拳は、子供としても弱すぎる。鷹刀の敷地内にいる男なら、強くあるべきだ。表面的には、そんなことを思っていたような気がする。だが実のところ、落ち込んでいた俺は、明らかに格下の相手に粋がりたかったのだと思う。
俺の気配に気づいていなかったそいつは、驚いたように振り返った。
編んだ髪が円を描き、鋭い猫のような瞳が光る。瞬間的に、空気を斬り裂くような気配が膨らんだ。この俺が、気圧されるほどの――。
「あ、お前は、『リュイセン』!」
そいつの鋭さは一瞬だけで、あっという間に人懐っこい笑顔に取って代わられた。
「お前……」
取るに足らぬと思っていた相手に、刹那とはいえ怯んでしまったことが俺は恥ずかしく――苛立たしく……。しかも、年下のくせに呼び捨てにしてきたものだから、俺の怒りは沸騰寸前だった。
低く唸る俺の声を……そいつは聞いちゃいなかった。嬉しそうに俺の方に駆け寄ってくると、一方的にまくし立てた。
「パンチなんかしてねぇよ。俺が指を痛めたら、仕事になんねぇだろ。見ろ、爪だって、いつも短く切ってある」
そいつは偉そうに言いながら、掌を見せてきた。
「……は?」
唖然とした俺は、そいつの指先ではなく、顔のほうをまじまじと見つめた。
その視線の意味に気づいたそいつは、「うっ」と小さく呻き、ばつが悪そうに唇を尖らせる。
「……母さんが俺のことを小馬鹿にしやがったんだ」
「……」
「てんで、お子様だって! むかついたから、そこの木に八つ当たりしようとしたんだ。けど! 俺は直前で指を守った!」
いきなり、そいつは胸を張る。
「――プロ意識ってやつだな!」
そう言いながら、得意気に口の端を上げた。さっきまで人懐っこかった笑みは、いつの間にか不敵な笑みにすり替わっている。
……怒っているのか、自慢しているのか、理解に苦しむ。すっかり毒気を抜かれた俺は、ぼそりと突っ込んだ。
「お前、充分に子供だろうが……」
その途端、そいつの雰囲気ががらりと変わった。
「はっ! 餓鬼だから、その程度で『よく出来ました』ってヤツ? 年齢に甘えるなんて阿呆だろ。同じ土俵に立ったら、周りは全部、敵だ」
俺よりもだいぶ背の低いそいつが、斬りつけるような目で俺を見上げてくる。
強い。
実際に戦ったら、一瞬で俺の勝ちが決まるだろうが、そういう意味ではなくて――。
魂が、強い。
「……お前、名前は?」
そう尋ねた俺に、そいつは、すうっと目を細めた。
「お前、やっぱり俺が誰か、分かってなかったんだな」
「え……」
そいつは口角を上げて、にやりと笑う。
「俺は『ルイフォン』」
「な、なんだと……!?」
俺は反射的に間合いを取った。愛刀の柄に手を伸ばし、いつでも抜刀できる姿勢を取る。
奴は――敵だ。
「あ、そうくる? ……まぁ、予測していたけどな。この屋敷じゃ、俺たちは泥棒猫扱いだから」
驚いたふうもなく、奴――ルイフォンは、癖のある前髪をくしゃりと掻き上げた。くるくると、よく表情が変わる。まさに猫だ。
奴の余裕綽々な態度に、俺は身構えすぎた自分が格好悪く思えてきた。誤魔化すように咳払いをして、奴の姿を観察する。
まだ子供だからかもしれないが、鷹刀の血族にしては随分と小柄で線が細い。色が白いのは、体を鍛えずに部屋に籠もってばかりいるからだろう。奴の母親はクラッカーで、奴自身もかなりの使い手と聞く。
だが、時折見せる鋭さは、間違いなく鷹刀の血――。
「お前が『ルイフォン』か。父上の愛人だった女が産んだ、子供……」
俺は言ってしまってから、はっと口を塞いだ。自分よりも年下のルイフォンに言うべき言葉ではなかった、と思った。
だが奴には、俺の配慮なんか、まったく必要なかった。微妙に首を傾げて、こう尋ねてきたのだ。
「あれ、お前? ひょっとして勘違いしている? 確かに母さんは、お前の親父、エルファンの愛人だったけど、俺の親父はエルファンじゃないぜ? だから、俺とお前は異母兄弟じゃない」
「ちゃんと知っているよ! お前の父親は祖父上だ。……ややこしいけど」
「別にややこしくないじゃん? お前の両親がいて、お前の兄貴が生まれた。次に、お前の親父が愛人との間に娘を作った。それから――」
その先を言いかけた奴を、俺は自分の言葉で遮った。
「愛人に娘が生まれたから、母上は当てつけのように俺を産んだんだよ!」
俺は唇を噛む。事情があったんだ、とか周りは言っているけど、そんなのは俺からしてみれば詭弁でしかない。
「で、正妻とは冷え切った関係だと信じていた愛人――俺の母さんは、裏切られたと鷹刀を出ていこうとした。そこを慰めたのが、俺の親父――総帥イーレオ、ってわけだ」
――と、奴が続ける。
ルイフォンも父上も、祖父上の子供だから、ふたりは異母兄弟になる。
だから、ルイフォンは俺にとって『叔父』。けれど俺たちこそ、限りなく異母兄弟に近い。
ルイフォンは満面の笑顔を浮かべた。
「俺、ずっとお前に逢いたいと思っていたんだぜ! で、今日やっと、母さんが〈ベロ〉のメンテナンスについてきていい、って」
普段、奴は母親と屋敷の外で暮らしている。だから存在は知っていても、今まで奴と顔を合わせたことはなかった。
「何故だ? 何故、俺に逢いたいなんて言う?」
奴の母親からすれば、俺は憎き正妻の子だ。しかも俺が原因で、父上から祖父上に乗り換えた尻軽女と言われている。奴の家で、俺が良く言われるわけがない。
俺の周りだって、奴の母親を敵視している。ただ、彼女の持つコンピュータ技術があまりにも優れているから総帥が手放さないだけだ、と軽んじられている。
「……? 俺がお前に逢いたいと思うのに、なんか細かい理由が必要なのか? お前に興味を持った。だから逢いたいと思った。それじゃ駄目なのかよ?」
「興味、ってなんだよ? 俺もお前も『親どもの痴話喧嘩の副産物』だ、とでも言いたいのか!」
吐き出すように俺は言った。
俺たちは、望まれて生まれてきた兄上とは違う。優秀な兄上がいるのだから、俺は必要なかったのだ。なのに、父上も母上も俺に優しい。それがかえって惨めだ。
ルイフォンは、きょとんとしていた。
奴の無垢ともいえる幼い顔立ちに、罪悪感を覚えた。こんな餓鬼に当たるなんて、どうかしている。チャオラウから、たったの一本も取れなかったことが尾を引いている。
そう思ったときだった。
不意に――。
ルイフォンが、にやり、と目を細めた。
それは確かに笑顔だったのだが、俺は思わず後ずさった。そういう笑みだった。
「なるほど! いいな、それ! 面白い」
「な!? 何がだよ!?」
「俺たちは、予定外のイレギュラーってことだよ。何かを期待されていたわけじゃないなら、この俺が実力を見せつければ見せつけるほど、周りは驚愕に打ち震える、ってことだ!」
「はっ!?」
「だって俺たち、存在が計算外の『痴話喧嘩の副産物』なんだから!」
ルイフォンは、青空の如く爽やかに笑った。清々しいほどの声が、初夏の風に溶けていく。
十にもならない子供が、身も蓋もないことを鮮やかに言い切る。俺の心の澱を吹き飛ばすかのように……。
数年後――。
ルイフォンの母親が死んだ。
奴と一緒に暮らしていた、奴の異父姉――かつ、俺の異母姉である姉は、既に家を出ていたから、奴はひとりきりになった。
奴は落ち着くまで、シャオリエ様のところに身を寄せることになった。
俺はというと……父上のあとを継ぐことになっていた。
一族の期待を一身に背負っていた兄上は、鷹刀を出ていってしまった。
幼馴染の一族の女を娶り、これで鷹刀も安泰、と皆が喜んだところに「彼女を表の世界で活躍させてやりたい」との爆弾発言。チャオラウとの勝負に正々堂々と打ち勝って、大手を振って行ってしまった。父上との折り合いの悪い母上も新居に招いたから、それなりに考えがあってのことだとは思う。
シャオリエ様のところで再会したルイフォンは、別人のようになっていた。何処が、と問われると、上手く言えない。娼婦たちとの放蕩生活に溺れているのかといえば、それとも少し違う。
ただ、曇天のような瞳をしていた。
「お前も知っていると思うが、兄上が鷹刀を出ていった」
ベッドで半身を起こした状態のルイフォンに、俺は言った。
「母上も兄上についていった。今、屋敷にはお前を悪く言う連中はいない。いても、俺が黙らせる」
「……」
「屋敷に来い」
今、ここにいるルイフォンは、本来の姿じゃない。俺は目の前にいる奴を否定したくて、思わず命令調になっていた。
「何故、来いと言う?」
ルイフォンは、奴とも思えないような無表情な顔で、俺を見上げた。
「細かい理由が必要か? 俺がお前に来てほしいと思うから、迎えに来た。それだけだ」
かつての奴の言葉を借りて、俺は言う。奴なら応えてくれると信じて。
本当は、俺の片腕になってほしいと思ってやってきた。俺は兄上のような完璧な人間じゃない。でもルイフォンがいれば、なんとかなるんじゃないかと思った。
奴は叔父で、でも弟で。
それより何より、奴は『ルイフォン』なのだ。
「来いよ。――俺たちの力を見せつけてやろうぜ!」
俺は奴に向かって右手を差し出す。
奴は、俺の手と顔を交互に見比べ、それから前に垂らしていた自分の編んだ髪の先に触れる。そこには青い飾り紐に包まれた、金色の鈴が光っていた。
奴の瞳が閉じられ、ひと呼吸置き……、再び開かれた。
「ああ、そうだな!」
ルイフォンの拳が、俺の掌に打ち付けられる。
そして――。
青空の如く爽やかな笑顔が広がった。
di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~ 第一部 第五章 騒乱の居城から
『di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~』
第一部 落花流水 第六章 飛翔の羅針図を https://slib.net/111317
――――に、続きます。