ーこの湖には、たくさんの人が訪れる。いろんな思いを抱えてあの崖から湖を目指していく。 その姿は悲しくて儚くて、美しい。ー 湖の近くに高い崖がありまして、そこが自殺スポットだっていう話です。 プロローグに出ている「僕」というのはここで事故死した男の子の地縛霊でして、自殺していく人間たちを眺めて生活しています。 「僕」は自分が死んだということについてまだ実感が湧いておらず、死というものに対しても否定的です。 しかし、飛び降りていく彼ら彼女らの抱える思いを見続けていると、だんだん考え方も変わっていきます。 死というものが、彼らにとってどんな存在であるのか。死とは必ずしも悪いものなのか。そもそも、生きるとはなんなのか? 死んでしまった後にこれらのことについて考え出した「僕」の切ないストーリーです。
どこかに居る青年が悩んで喫茶店に入りぼんやりしながら自分の心を見つめ、自分の心の凹凸を研磨して滑らかな心を手に入れようとするようなイメージのお話です。 成長とは、悩んだ先にあるのではないかなと。肉体的な成長がゆっくりになっても、心の成長はきっと人生の終わりまで続くのだろうという私の考えを込めて。 短編です。
18歳の"僕"が出会ったのは、儚気な18歳の"ドナー"だった―――。 "僕"は、人と同じような感情をもてないでいた。 誰かが死んでも悲しいと思わない、涙も出ない。 そんな"僕"に"ドナー"はたくさんのものをこの世に落としていった。
戦いの時来たる! 幕府・長州・薩摩の三者が鼎立する京で、慶喜と三成は独自の活動を展開。心強い仲間、松平定敬も加わった事で、京での勢力を急速に拡大させていった。 そうした中、時代は転換期を迎え、新たなる激動が慶喜と三成に容赦なく襲いかかる。 時代の激動が襲いかかる中、三成は策を巡らし、慶喜と自身の理想実現のために動き出す。 慶喜もまた、理想実現のため三成に全てを委ねる。 だがそれは、尊攘派の盟主長州との対立を意味していた。 対立が火種を生み、火種は燃え盛る業火を生み出す。 対立が深まる中、慶喜と三成は長州との戦いを決意する――。