情報の虜囚
悪意と善意
綺麗だな。
あちらこちらで僕が撒いた種が増えている。拡散され続けている。こんなに嬉しいものだったのだ。
街の中にも青い紫陽花が増えている。
街だけじゃなく国中を覆うように種を拡散しなければならない。
僕の望みは、この国の隅々まで青い紫陽花を咲かせることだ。
見届ける必要はない。
種は拡散し始めた。僕の手を離れたのだ。もう止まらない。止める手段が存在しないのだ。
伸び切ってしまった手足を切り落として小さいベッドで眠らない。受領した快適を手放せる者がどれほど居るのだろう。種の拡散を止める方法は存在しない。
だから、僕は結末を見届けないで、君が待つ場所に行く。
待っていてくれているよね。僕が行ったことを褒めてくれなくてもいい。前みたいに叱ってくれよ。僕は、君と一緒に居られればそれで満足なのだ。
おやすみ。
彼女を傷つけ僕を生み出した人たち。
おやすみ。
最後まで善意の塊だった人たち。
おやすみ。
興味本位で僕と彼女を晒した人たち。
おやすみ。
多くの関心を持たなかった人たち。
あなたたちには、きっと|種が安らかな眠りと一緒に訪れてくれるでしょう。
おやすみ。いい夢を・・・。
悪夢の方がましだと思える楽しい夢を見てください。
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「アオイ!!」
アオイは僕の目の前で凍りついた笑顔のままビルの屋上から飛び降りた。
「アオイ!アオイ!アオイ!アオイ!!」
なぜ!なぜ!
僕を押さえつける!アオイの所に行かせろ!
僕を押さえつけている奴らも、下でアオイを見ていた奴らも、全部、全部、全部、全部、全部、殺してやる!
アオイが僕の前から居なくなってから、アオイを見つけるまで1週間かかった。
奴らがアオイを殺した。マスゴミとかいうクズが知りたくもない情報を教えてくれる。
アオイは、いじめを苦に自殺したと報道した。知りもしないアオイの心情を話すコメンテータとかいう雌豚が居た。
いじめ?最後には、服を脱がされて写真を撮られるのが”いじめ”。準強姦であり脅迫だ。
アオイが持っていった料理が冷えていたからと殴った。殴ったのが同級生だったから”いじめ”なのか?暴行だ。
アオイ。僕は、君が死を選ぶまでの1週間。側に居られなかったのが悲しい。僕を一緒に連れて行ってくれなかった?
僕は、アオイと一緒に行きたかった。
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アオイが居なくなって何日が過ぎたのだろう?
アオイが居なくても腹は減るし眠くもなる。僕はなんで生きている?
アオイが最後に見せた凍りついた笑顔。アオイの笑顔ではない。アオイの笑顔で無いのなら、アオイではないのか?アオイはまだ生きている?
アオイが僕を連れて行かない理由はない。一緒にいると言ってくれた。
前に聞いた、アオイのお母さんが眠る場所に行ってみよう。アオイが居るかも知れない。僕を待っている。
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マスゴミのクズが騒いでいる。丁寧に僕に説明してくれた。アオイをイジメていた奴らは罪に問われなかった。主犯格の1人は所在さえわからないらしい。
どうでもいい。奴らが死ぬのは確定した未来だ。僕が決めた。イジメじゃない。準強姦と脅迫と暴行だ。誹謗中傷もしている。16歳のアオイの下着姿を撮影して拡散したのだが児童ポルノにも該当するはずだ。いじめではない。いじめという言葉で誤魔化すまねをするマスゴミにも手伝ってもらう。
アオイのお母さんが眠る墓所の近くに立派な紫陽花が咲いている。
赤色の紫陽花に混じって一部だけ青い花をつけている。アオイが好きだった青い紫陽花だ。
人の悪意は拡散する。悪意から死に繋げればいい。肉体的な死だけが、死ではない。社会的な抹殺も死と変わらない。心の死は周りの人たちの肉体と心の疲弊に繋がる。
僕は、拡散する|種を仕込む。アオイが好きだった花の別名を使う。
|種をばらまくウィルスは”手毬花”。仕込んでから開花するまでに3-4年は必要だ。まだまだ、|種は有る。拾い集めて拡散させる準備をしなければならない。
|種を拡散するのは、|種を持たない傍観者だ。
傍観者も|種を拡散することで、傍観者から加害者になる。加害者であり被害者だ。苦しめばいい。自分の大切な人が自分を大切に思ってくれる人が、自分の行為で|種に染まるのだ。
僕のウィルスは、ただ|種を拡散するだけだ。
秘密の暴露ではない。デマ情報の拡散だ。消えない傷となって拡散され続ければいい。ただ|種を拡散するだけのウィルスだ。
|種は仕込んだ。
読み方で、受け取り方で、感じ方が変わる。読んだ人たちの心に悪意が満ちていくだろう。誰にも止められない|種の拡散。
|種が芽吹くとき、青い紫陽花が咲き誇るだろう。
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それは本当に小さな出来事だった。あとから考えてもきっかけというには小さすぎる。よくあるニュースだった。
いじめを原因とする自殺。中学校でのいじめだった。女子が自殺した。珍しくもない事案でニュースにもならなかった。
実際に、俺が勤めていたTV局では、取材にもいかないで警察発表を取り上げただけで終わりになった。他に取り上げるべきニュースが大量にあった。
ニュースはこれで終わりになるはずだった。
しかしこのニュースはきっかけで終わらなかった。
いじめの加害者の名前がSNSで拡散されたのだ。拡散されたのは、キー局の報道局長の息子が関わっていると情報だ。住んでいる地域も違えば年代も違う。知る人が見ればすぐにデマだと気がつく情報だ。いつもなら、デマだと情報が出たら拡散も下火になって擁護される。
しかし、この事案は違った。
キー局が昼のニュースで取り上げたのだ。デマ情報であり、デマを拡散するのは犯罪行為だと拡散を止めるのに躍起になった。新聞や雑誌も、デマである根拠を述べて本人のインタビュー記事まで掲載した。火消しに躍起になった。
火消しが何よりの証拠だという情報がSNSで拡散された。新聞や雑誌の記事を書いた人たちの過去の犯罪だとする情報も拡散された。
この状況はおかしいと思い始めている。
皆がおかしいと思いながらも拡散は止まらない。皆が善意や正義感から拡散している。情報を調べもせずに拡散する。
完全にデマだと分かる情報もあるが、デマではない情報も含まれる。
マスコミをあざ笑うように、マスコミが報道できなかった情報が悪意を持った内容で拡散している。真実が含まれる拡散が存在する。マスコミも一部のものしか知らないような情報も入っている。
芸能人のスマホから情報が流出することもある。流出情報が拡散される。同じように作られた悪意を持った情報となり拡散される。
誰もが被害者で、誰もが加害者になってしまっている。
笑えない情報まで拡散された。国の予算案が事前に投稿され拡散されるに至って政府は徹底的な操作を検察に依頼した。
予算案がよく作られたデマだとわかってからは、デマを流した者が誰だったのかを特定する動きが加速した。
マスコミも調べたがデマの発信元にたどり着くことが出来なかった。ことになっている。実際にはたどり着いた。情報の発信者は霞が関にある一部の省庁の端末からだった。コンピュータウィルスが疑われたがウィルスには侵されていなかった。
そして、マスコミや警察が調べていることが公になると、デマを流したのは政府与党の関係者だというデマ情報が拡散した。
拡散の連鎖を止めることが出来ない。
ついに政府は特措法を制定するが、特措法を制定してまで拡散を止めたい理由は政府与党が隠したい不都合な情報があるのだと拡散された。マスコミや野党の反対にあって政府与党は廃案にした。
最初のいじめを行っていた奴らの首謀者が自殺した。
政府与党に恥をかかせたのは、自殺に追い込んだいじめを実行していた奴らだという悪意ある記事が投稿されまたたく間に拡散した。マスコミも、政府与党への忖度もあり”デマ記事”として拡散されている情報だと報道した。
自殺に追いやったとマスコミが批判に晒される悪意が拡散される。悪循環になっているのは誰が考えてもわかることだ。
この悪意の厄介な所は、やらなければやらないで”拡散されている情報が正しい”を思われてしまう。反論すれば、別の悪意ある拡散が始まる。拡散している人たちは、善意の人たちだ。新しく広がる情報の精査をしている間に次の悪意が拡散される。
マスコミと警察が認識しているだけで、”悪意の拡散”に寄る自殺者はついに1,000人を越えた。認識していた自殺者も居るのだろう。
誰もが被害者で誰もが加害者だ。
ついには、物品の過不足まで拡散され始めた。
最初は、地方銀や都市銀の各銀行の資本比率の情報が金融庁から出たのがきっかけだった。資本比率は銀行の体力を示す。確かに情報としては正しい。資本比率が低い銀行は合併するリスクがあると情報が拡散された。株価が下がると資本比率が低い銀行から倒産するリスクが高まるという|情報だ。
銀行へ|取り付け騒ぎ《とりつけさわぎ》に発展した、いくつかの地方銀と一つの都市銀が倒産した。バタバタバタと連鎖倒産が発生した。地方銀に頼っていた企業も大量に倒産した。政府は支援策を出すが、銀行ばかり優遇するのか?大企業ばかりが優遇するのか?悪意が拡散された。
誹謗中傷に近い情報も流れる。
皆が情報に翻弄される。地方の都市の一つが拡散された悪意で壊滅的なダメージを受けた。
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人口1億人を越えていた状態から、拡散された|種が芽吹いたときには1億人を割り込んだ。
死因の第一位が自殺になり。情報に踊らされた人々の狂気は殺人を許容するようになるまで4年の歳月しか必要としなかった。
武器を持った警察隊や自衛隊がデマを拡散した者たちをテロと同じ行為だと断罪するというデマが拡散されて、人々は自分を守るために武装した。
そして、国中に咲き誇る情報花の紫陽花は青く美しく咲き誇って居る。
人口は今月末には5,000万人を切るだろう。まだまだ悪意は止まらない。
風で飛ばされた新聞には、8年前に起きたイジメの加害者たちの首が被害者の墓前に置かれていたと告げるニュースが書かれていた。
情報の虜囚