(新作2020)TOKIの世界譚①リカ編

ごぼうかえる

(新作2020)TOKIの世界譚①リカ編

新シリーズです!
新しいTOKIの世界書がスタート!
少女リカが尊敬している小説家の先輩、マナに夜中の公園に来るように言われ、なんとなくついていったらTOKIの世界とやらに飛んでしまった。このTOKIの世界はマナが書いた小説の世界だった。
リカは「毎回経験したことがある」ような違和感を覚えつつ、「毎回初めてのように」その世界にたどり着く。
リカは元の世界にたどり着けるのか。
TOKIの世界と呼ばれるパラレルワールドに関与しているマナとは一体!?

というSF日本の神さま物語です!

リカの世界書一話

……別に気になるわけじゃない。
今は桜の季節。新しい出会いの時期。
制服のスカートを揺らし、夕日を見ながらリカは思う。
……気になるわけじゃない。
現在リカは高校から家に帰る最中だ。商店街を抜けて民家を通りすぎ、小さな公園を横切り、近道をする。
……私は気になってなんかない。
大人気TOKIの世界書の作家、マナさんが言っていたことなんて。
「よう、そこの少女! TOKIの世界はあるぜ! 出会いの季節なのに考えていることは恋じゃないのか」
ふと公園のベンチから苦笑している男の声がした。
「……?」
リカは突然知らない男から声をかけられ、体を固まらせた。目線を恐る恐るベンチに向けると、奇妙な格好の男がベンチに座っていた。
創作な着物を着込み、紫色の髪をした鋭い目の若い男。
ハロウィーンなどのイベント会場にいそうな人だ。
夕暮れの普通の公園にいるのが、なんだか怖い。
「よぅ! 俺が見える?」
男は軽くリカに声をかけてきた。
「……え、えー……い、急いでるんで……」
リカは慌てて男の前を通りすぎた。出会いの季節に出会った男が不思議な人だったとは……。
「もう一度言うぜ。TOKIの世界はある。行きてぇなら行ってみたらどうだ?」
口角を上げ、不気味に笑った男はリカの背中越しに再び声をかけてきた。
「TOKIの世界はある」
「……」
リカは会話せずに通りすぎた。
……なんなの? あの人……こっわ。
リカは気味悪く思いながら公園を抜けて、なるべく大通りから帰ることにした。心臓が早鐘を打っている。とても怖かった。
TOKIの世界書シリーズは現在話題になっている小説である。あの男はその小説の世界が本当にあると言っていた。妄想の激しい人か、あの作品が大好きな人か。
どちらでもかまわないが、リカがその事を考えていた時に、まるで心を読んだかのような発言が不気味だった。
「……ああ、怖かった……。後ろにいないよね?」
リカはある程度歩いた後、後ろを振り返った。太陽は沈み、街灯がつき始めている。
男はいなかった。
「いない……良かった」
「あ! リカちゃん!」
リカが安心した顔で家への道を歩き始めた刹那、また声をかけられた。リカは肩を跳ね上げて驚き、石のように固まる。
「あれ? どうしたの? リカちゃん?」
「えと……忙しいんで……あの……では!」
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てた女の声でリカは立ち止まった。
「……なんか聞き覚えがある声」
リカは振り返り、話しかけてきた者を見た。黒髪ロングのツインテールが見え、さらにメガネを確認したところでリカは安堵の表情を見せた。
「マナさん……」
「ねぇ、どうしたの? すごい顔して歩いていた……けど」
メガネの少女マナは様子のおかしいリカを心配して声をかけたらしい。ちなみにマナはリカの先輩である。小説書きの先輩というだけだが。
「マナさん!! 怖い人に会った!」
リカは半分涙目でマナに訴えかけた。
「え?」
「怖い人! マナさんのTOKIの世界書が好きなのかわかんないけど、TOKIの世界が本当にあるっていうんだよ……。すごい格好してたし」
「……どんな人?」
マナはリカの言葉に目を細めた。
「どんな人って……なんかすっごい紫の髪で、変な装飾品いっぱいつけてる、着物みたいなの着てる人!」
リカは不安な気持ちをぶつけるようにマナにまくしたてた。
「……。見えたの?」
「え?」
マナの発言にリカの頬に汗がつたう。
「見えたってどういう……」
「まあ、姿がわかる段階で見えているか。見えたんだね、リカちゃん」
……よう! 俺が見える?
そういえば先程の男も同じ事を言った。
「み、見えるって……何? 普通に見えるでしょ……。ねぇ?」
「わかった。リカちゃん。突然だけど……平行世界に行ってみたくない?」
「はい? なに? 創作の話? パラレルワールド大好きだよ!」
真面目なマナにリカは苦笑いを浮かべながら返答した。
「じゃあ……ちょっと行ってみようか」
マナがリカに微笑みかけた刹那、生暖かい風がふわりと二人を駆け抜けていった。桜の花びらが舞い、とても美しい雰囲気。
思わず見とれていたリカはしばらく呆然としていたが、マナに目線を合わせたとたんに目を見開いてしまった。
「マ、マナさん……目……」
なんと、マナの瞳が金色に輝いていたのだ。風が吹き抜けた後、マナの瞳は元の黒い瞳に戻っていた。
……な、なんだったの?
目が……金色に……。
リカはマナを初めて不思議な人だと思った。
「今日の……深夜零(れい)時。あの公園で待っているから」
マナはそういうと手を振り、微笑みながら去っていった。
「……え?」
唐突すぎて何もついていけなかったリカは、
「は?」
と、マナが去ってから、もう一度疑問を口にした。

二話

リカはぼうっと自室のベッドに横になっていた。マナの言葉が気になりすぎて夕飯何を食べたか思い出せない。気がつくと窓に水滴が多数ついていた。雨音がリカの家の屋根を叩く。
「雨降ってきちゃった……。桜は今日でおしまいかなあ……」
独り言をつぶやきながら時間を確認すると、デジタル時計が23時半を映し出していた。
「……後三十分かあ。どうしよ……。マジで行く? 普通」
迷いながらも立ち上がり、手が勝手に春物コートを掴む。
「……どうなの? 私をからかっただけとかかもしれないのに」
つぶやきながらもリカは自室のドアノブを握っていた。
早寝の両親を起こさないように、足音立てずに外に出る。玄関先に出ると雨がかなり降っていた。風も少しある。春の嵐のようだった。街灯の明かりはついているが、夜中に差し掛かる頃なので、かなり怖い。
「もう、やっぱやめようかな……」
リカは怯えながらも花柄の傘を差して歩き出す。
こんなひとり会話を永遠に繰り返し、気がつくと例の公園、『第二公園』にたどり着いていた。
開けた公園には人の姿はなく、公園の真ん中には街灯が一つあり、周りを照らしていた。
「夜は思ったより明るい」
リカはぼんやり言葉を口にしながら、水浸しな地面を歩く。
公園の半分くらいまできた時、マナが滑り台の前に立っているのが見えた。
「あ、リカちゃん! 来てくれたんだね」
「いやあ、ほんと、なんとなくだったんだけど……。マナさん……さっきの話……」
「うん」
リカの話を手で遮ったマナは足元にある大きな水溜まりを指差した。水溜まりは落ちる雨で多数の波紋を作っている。
「ああ、雨が急に降ってきたからびっくりしたよねー」
「うん、まあ、それは天気予報で出ていたからわかっていたけど、そうじゃなくて……」
マナはまた再び水溜まりを指差した。リカは首をかしげたまま、もう一度水溜まりに目を向ける。
「……え……」
刹那、リカの目の前に青空が映った。
「嘘でしょ……」
何度も目をこすり、何度も見た。
何度でもリカの目に青空が映る。
現在は雨が降っており、おまけに夜中だ。青空が映るはずがないのだ。
よく見ると、桜の花びらが多数水面に落ちていた。だが、なにか違和感だ。この公園にも桜はあるし、水面にも花びらが落ちている。だが、なんだかおかしい花びらもある。
リカは違和感がなんなのかわからず、違和感のある桜の花びらを触ろうとした。
「……っ!?」
しかし、桜はリカの指を抜けていった。何をしても掴めない。
まるで「映像」のようだ。
「なにこの……桜……」
リカの疑問にマナが「ああ……」と思い出したように言う。
「それは『向こうの』桜だから」
「向こうの桜ってなに!?」
さらに動揺しているリカにマナは軽く微笑む。
「私達が住む銀河系の外にあると思われる、別の銀河系の、ここと同じような世界のこと」
「つ、つまり……」
「パラレルワールドのような別世界」
マナの言葉にリカは息を飲んだ。
そして再び「嘘でしょ」とつぶやく。
「嘘じゃないよ。見ていて」
マナは楽しそうに水溜まりを見るように促した。しかたなく、リカも従う。
「……っ!」
リカは水面に見知らぬ女の子が映っているのを見てしまった。
ピンクのシャツに赤いリボン、下は紺色のスカートを履いた、ショートヘアーの少女。
「あれ……この子……」
「気がついた? この子は『TOKIの世界書』シリーズの主人公で、アヤって名前の子だよ」
「……なんの冗談よ! これ……」
リカは震える声で、こちらを見つめている少女に言い放った。
向こう側とやらの少女には、この声は届いておらず、映像も映っていないらしい。
「時刻は深夜零時。すべてがリセットされる曖昧な時間。虚像が映る条件なら『向こう』が見れる。そして……」
マナはリカの背中を突然に思い切り押した。
「え……」
「君は『壱(いち)の世界』に行ける」
前屈みになっていたリカはバランスを崩し、盛大に水溜まりへ突っ込んだ。何かを思う前にリカの目に映ったのは無数に飛び散る水滴と、海の中に放り出されたかのような泡と、ゆらゆら揺れている水面だった。
……って、水面!?
リカは目を見開いた。
意味がわからない。水溜まりは、かかとを濡らすくらいしか高さがなかったはずだ。
なのになぜ、海に飛び込んだかのような状態になっているのか。
……も、もう……なんだかわからな……。
リカは気が遠くなっていくのを感じた。水面がじょじょにぼやけていく。
……なんか……眠い……。
リカはぼやけていく視界から目をそらし、重たいまぶたをそっと閉じた。

三話

「はっ!」
リカは唐突に目覚め、起き上がった。素早く辺りを見回し、立ち上がる。
……どこ!?
辺りを見回してから、自分が全く知らないところで寝ていた事に気づいた。
地面は人工のタイル。一応陸地のようだ。辺りは暗く、蛍のような黄緑色の明かりが多数点滅している。
「……不気味だけど……きれいなとこ……」
リカは反響する自分の声を聞きながら、てきとうに歩き回った。
刹那、目の前をキバの生えた大きな魚が通りすぎていった。
「……え? 陸地……だよね? なんで魚……しかも深海魚っぽかったし」
リカの顔が再び恐怖に沈む。
よく見るとあちらこちらに面妖な魚が何事もなかったかのように通りすぎていた。
……まさか……海の中とか。
「それよりも……マナさんは……」
近くには人の気配がない。
マナは一緒に来たのだろうか?
「結局……」
ふとリカの知らない女の子の声がした。
「だ、だれ!?」
「結局、あなたはなんなの?」
「……へ?」
声はリカの前からした。リカは唾を飲み込みながら青い顔で、話しかけてきた者を探す。
「まあ、いい。私はメグ。海神(わだつみ)のメグ」
暗闇から青い長い髪をツインテールにしている謎の少女が現れた。
「わだつみの……メグ? ふ、不思議な名前デスネ……」
リカは怯えつつ、表情の乏しい少女を視界に入れる。
「普通に話して。私はあなたに危害を加えない。あなたは……人間?」
メグの言葉にリカはさらに顔を曇らせた。
……なんだ、その質問……。見たらわからないのかな……。
「た、たぶん人間だと思うけど」
尋ねられて、リカもなぜか自信がなくなり、小さな声で答えた。
「人間はここには来れない。ここは深海で、想像の世界、弐(に)だから。霊とか神とか、人間の想像物しか入れない」
「えーと……」
リカは困惑ぎみにはにかんだ。
……変なこと言うなあ……。
……あれ? 私が変なのかな?
……ん?
なんだかリカが持つ常識がどんどん崩れていくような気がする。
神は本当に存在していたのか?
当たり前のように見えたのか?
……当たり前のように見えていた気がする。
「え!? いやいや、見えてないよ! 神ってマジでいるの!?」
「……?」
リカの言葉にメグは「何を言っているのかわからない」と言ったような表情を浮かべた。
「まさか……本当にパラレルワールド?」
リカのつぶやきにメグは眉をひそめた。
「ねぇ、あなたは陸(ろく)の世界の人? ここは壱(いち)の世界の弐(に)。パラレルワールドは陸の世界」
メグの返答にリカは頭を抱えた。
……何言ってるのか全然わかんないんだけど!! 何言ってんの? この子は。
「……ん。まさか伍(ご)から……」
「ちょ、ちょ……マジでなに言ってるのかわからないから!! 『 いち』とか『に』とか数字なの?」
「まあ、数字だけど」
焦るリカにメグは平然と答えた。
「もう! なんなのー! 元の世界に……ひっ!?」
リカがそう叫んだ刹那、リカの手がなくなっていた。なくなっていたというより透明になって透けている感じだ。
「……やはり。……向こうから来たのか。心を強く持つといい。この世界には人間の想像物が『存在』している。そして、人間の心を保つため、電子データ化されている。あなたは『あちら』から来た想像物のよう。だからあなたは自分が想像物だと思い込む必要がある」
「……そ、そしたら消えないの?」
「おそらく……」
リカはメグの説明を聞いて、慌てて「想像物だ」と心に繰り返す。
暗示のようにつぶやいていると手が元に戻った。
「……も、戻った……」
「良かったね。で、あなたはこれからどうしたい?」
「元の世界に帰りたい! 両親も心配するから……」
リカは間髪を入れずに叫んだ。
「……間違いなくあなたは伍(ご)の世界の人間。元に戻れそうな場所につれていってあげる」
「やった!」
リカはほっと胸をなでおろした。
「では、ついてきて。こういうのも私達『K』の役目だから」
「まあ、なんだかわからないけど、早く戻して」
メグはリカを一瞥すると、「ついてきて」とリカを促した。
するとすぐに、リカの体が突然ふわりと浮いた。
「な、なに……!?」
リカが叫んだ刹那、糸が切れるようなプツンという音が響く。
「……え……?」
ネガフィルムのような何かをハサミでバサバサ切っているかのような音が頭に響いていた。
リカは即座に理解した。なぜ、理解したかわからない。
だが、リカにはわかった。
……記憶を……ネガフィルムのように流れている記憶を消去されている!
……これは何!?
「ね、ねぇ!」
リカは耐えられずにメグに話しかけた。
「ん?」
メグは首を傾げてこちらを見る。
「ねぇ! 私の記憶が!!」
「何を言ってるのかわからないけど、ついたよ」
メグはどこかの真っ白な空間にリカを降ろした。
「え? 嘘! いつの間に??」
先程の場所とは違いすぎる。リカには動いた記憶がない。メグに浮かされて運ばれようとしていた所までしか思い出せない。
……だけど……。
……私は知っている気がする……。
……この白い空間を……。
「大丈夫?」
「え……? あ、うん。で? これからどうやって戻るの?」
リカは不気味な世界から早く脱出したかった。
「この白い空間から先に行けば……」
メグは説明を途中で切った。
「え? 先にいけば?」
「あ、プログラムが変わってる……。あなたが出られないようになっている」
メグの発言にリカは発狂しそうだった。唯一の戻れるルートがなぜか封鎖されている。つまり、元に戻れない。
「ほ、他に帰れるとこは?」
「……わからない。時神アヤに協力を仰ぐといいかもしれない」
「時神……アヤ……」
「うん。あなたを壱(いち)へ送ってあげる。私も独自で調べてみるから」
メグはそう言うとリカに手を伸ばした。

※※

「はっ!」
リカは唐突に目覚めた。目に映ったのは青空に桜。
「青空……桜……」
そこで自分が仰向けで寝転んでいたことに気がつく。
「……なんでこんなところで寝てるの?」
リカは起き上がった。まわりを見回すと桜が咲く芝生の公園だった。あたたかさはちょうどよい。
輝く太陽に目を向け、近くで遊んでいる子供達に目を向け、首を傾げる。
「何してたんだっけ……えーと……メグっていう女の子に、時神アヤって人を探せと言われて……。それから……えーと……他に言われていたっけ? 忘れた。ていうか、時神アヤってTOKIの世界書じゃあるまいし」
リカは頭を悩ませながらてきとうに歩く。もう、本当にわけがわからなかった。ここが元の世界かどうかもわからない。
困り果てたリカは近くにあった水たまりを見る。
……ここから戻れたりしないのかな……。
期待を込めて覗くが、先程のような現象が起きることはなかった。
「マジか……」
半泣きで水たまりを凝視していると、後ろから声がかかった。
「あの……えー……大丈夫ですか?」
困惑ぎみな声で話しかけてきたのはリカと同じくらいの少女だった。ピンクのシャツに青いスカート、ミルクチョコ色のショートヘアーの少女。
……あれ? この子、どこかで……。
ていうか、超がつくほど似てるけど。
リカが眉を寄せていると、ショートヘアーの少女も顔を曇らせた。
「……あのー、話しかけない方が良かったですか?」
「え!? あ、いえ。心配ありがとうございます」
リカは慌てて頭を下げた。
「水たまりに何か落としたんですか?」
少女が安堵した顔で微笑み、水たまりを覗く。
「あ、いや……ちょっと人を探していまして……」
「この辺の人なんですか?」
「いやあ、もう……なんて説明をしたらいいのか……私、ここがどこかもわからなくて……ですね……。ごめんなさい。変なこと言って」
リカはため息をつくと立ち上がった。この少女に話しても何も解決しない。
「あ、あの! あなた、私と同じくらいの年齢じゃないかしら?」
少女が去ろうとするリカを呼び止め、恐る恐る尋ねてきた。
「そうかもしれないですね。私は高校生です。一応……」
「あ、じゃあ同じだわ」
少女は相手が同い年だとわかると崩した言葉で話しかけてきた。
「ああ、そうなんだ。私はリカって名前なんだけど、そちらは……」
「私? 私はアヤよ」
「!?」
少女アヤの言葉を聞き、リカは目を見開いた。
……いや、まさかね……。
だけど、むちゃくちゃ似てるんだよ。この子……。
「あ、あのね、今から頭おかしい質問する!」
「……?」
リカの発言にアヤは眉を寄せる。
「あなた、『時神だったり』しない?」
「……!」
リカの声が一瞬だけ時間を止めた。アヤが息を飲む。
「ご、ごめん! わけわかんないこと言って!」
「いや……私は時神よ。人間の目には映る神だけれど……皆、知らないわよ。私のこと。なんで知ってるのかしら?」
アヤの目が少しだけ厳しくなる。
「えー、えっと! あ……ああ! そうだ! TOKIの世界書の主人公に似てたから! 知ってるでしょ! 地味に人気を集めてる小説で……」
リカは焦りながら、一生懸命説明するが、アヤは顔を曇らせて言った。
「知らないわ。……まあ、なんか怪しいからちょっと一緒に来てちょうだい」
「え? 一緒にって……。んん……帰るためだ。一緒に行きます!」
リカは戸惑いながらも頷いた。彼女は自分が時神だと言う。疑惑だが、元の世界に戻れるキッカケになるかもしれない。
アヤはこちらを向き、ついてくるように促している。
リカは息を深く吐くと、アヤの方へと歩いていった。

四話

アヤに恐る恐るついていきながら、別世界だというここの様子を窺う。原っぱが広がる公園を抜けて、今は普通の河川敷を歩いていた。
「……変わらないよね……。おんなじ雰囲気だよね……。私だけが変になっちゃったのかな……。例えば、ここは別世界じゃなくて、私が変になっててここを別世界とか言ってて、それで……」
「何ひとりでぶつくさ言ってるの? あなた、うまれたての小鹿みたいにプルプルしてるわよ……。大丈夫?」
アヤに声をかけられて、リカは慌てて口を塞いだ。
「とりあえず、私の家に来てもらってもいいかしら?」
「え……あ、うん! はい」
リカの返答に再び眉を寄せたアヤは、リカを落ち着かせようと空を指差す。
「ほら、見て。この道は桜の名所なの」
「……」
リカはアヤにつられて上を見上げる。気づく精神状態ではなかったため、気がつかなかったが、この河川敷は桜で埋め尽くされていた。川にかかるように垂れる桜が青空に映えて美しい。
「どう? きれいでしょう? 私はいつもここを散歩コースにしているの」
「……すごくきれいだね。全然気づいてなかった……」
リカは半分泣きそうな目で桜を見上げた。
「ほんと、大丈夫? もう少しでうちだから、少し休んで……」
アヤが言葉を切り、一瞬だけ宙を睨んだ。
「……ど、どうしたの?」
リカはさらに震えながら尋ねる。
「……時間が……いじられてる……」
「へ?」
アヤの言葉の意味がほぼわからないリカは、困惑しすぎて変な声を漏らした。
「まずいわ……」
アヤは懐中時計を出すと、時計の針を睨み付け、唸る。
「まずいってなにが……わっ!!」
アヤはリカの手をひくと、突然走り出した。周りの雰囲気で変わっているところはない。しかし、アヤだけは緊迫した顔でリカを引っ張り走る。
「ね、ねぇ! ちょっと……」
リカが叫ぶがアヤは構わず走る。河川敷を抜けて、商店街に入った刹那、リカの頭に先程、アヤが発した言葉が反響し始めた。
アヤが話していない言葉も響き始める。
「な、なんなの!?」
……あなた、誰?
……大丈夫? 私はアヤ。
……私はアヤよ。時神だってよく気がついたわね。
……リカ、一緒に行こう!
……あなたはどこから来たの?
……どなたかしら? 私のことを知っているみたいだけれど。
……そうよ。私は時神アヤ。なんで、知っているのかしら?
「な、何これ! 頭が割れる……」
「リカ?」
リカの様子に気がついたアヤは慌てて立ち止まる。
「大丈夫? どうしたの?」
アヤは不安げな表情のまま、リカの背中をさすった。
「わからない……頭にいっぱいアヤちゃんの声が……」
「……どういうこと? ってわからないのよね」
しばらく、リカはその場で踞っていた。商店街の通行人達が心配そうに立ち止まって声をかけ、去っていく。
「はあはあ……。おさまった……」
リカは頭を抑えてゆっくりと立ち上がった。
「……時間の歪みにあなたが関与しているの?」
「……わかんないよ……」
「困ったわね。急いで確認したいことがあったのよ」
「……確認したいこと?」
リカが震える声で尋ねると、アヤは深く頷いた。
「時神は三人いる。私も含めて。私は現代の時間を管理している神、現代神。その他に過去を守る過去神、未来を守る未来神がいる。過去、未来は一直線じゃなくて三直線なの」
アヤはそこで一度、深呼吸をする。リカにそのことを話すか迷っていたようだが、話すことにしたらしい。
「つまり、令和の時代が三つあるの。令和が過去になってしまった世界、令和がこれから来る未来の世界……そしてここ、今が令和の時代の三つ」
「……何て言えばいいのかな……。すごいね……。もう、それしか言えない。ま、まあいいや……で、確認したいことって?」
リカは頭痛を抑えながら、かろうじて答えた。内容はほぼ頭に入っていない。
「確認したいことは、時間の歪みで、その別世界にいる時神過去神と未来神が、この今いる世界に来てしまっているかということ」
「……内容だけ聞くと、『過去の世界』と『未来の世界』にいる『時神』が、『現代の世界』に来てしまう……みたいな感じ?」
「その通りよ。ありがちでしょ?」
アヤの返答に、リカはため息と共に頭を抱えた。
「確かにお話にはありがちだけど……」
「……やっぱりいたわ!」
リカの言葉を遮るように、アヤが声を上げた。アヤの目線の先に、変な格好をしている男が二人、困惑した表情で辺りを見回していた。
「サムライみたいな人と、赤髪のにぃちゃんみたいな感じな人が……」
リカが戸惑っていると、サムライ雰囲気の男と赤い髪の男がこちらに気がつき、近づいてきた。
サムライは茶色の総髪をなびかせ、鋭い眼光で、赤い髪の男は肩先まである髪を揺らしつつ、上下黒のスエットで、それぞれこちらに向かってきていた。
「アヤだ! やっぱり現代かあ……ここ。アヤ! 俺だ! 俺!」
赤い髪の男が苦笑いをしながら、アヤに挨拶をする。
「プラズマと栄次(えいじ)が来たのなら、時間がおかしくなっているのね……。現代の時間軸と別の時間軸だもの、来ることはできないはず」
「アヤ、この人達、誰?」
リカは危害を加えられないか怯えながら、アヤに尋ねた。わけがわからない世界にさらにわけのわからないことが上乗せされ、リカの頭は現在大混乱中である。
「ああ、えー、さっきの時神の話を思い出して。時神は私を含めて三人いるの。サムライの方は時神過去神(ときがみかこしん)、名前は白金(はくきん)栄次(えいじ)。赤い髪の、ちょっとヤンチャに見える彼は時神未来神(ときがみみらいしん)で湯瀬(ゆせ)プラズマって名前よ」
「は、はあ……とりあえず、時の神様……と」
リカは恐る恐る二人を仰ぐと、小さく「私はリカです」と、とりあえずの自己紹介をしておいた。
「リカと呼んでよいか? 俺は今も紹介されたが、栄次(えいじ)という」
サムライの方、栄次がリカに挨拶を返した。目つきが鋭いので、リカは萎縮しながら頷く。
「栄次、顔が怖いんじゃないか? もっとこう……」
赤い髪の男はリカににんまり笑うと、格好つけながら挨拶をしてきた。
「湯瀬(ゆせ)プラズマだ。よろしく!」
赤い髪の男、プラズマは商店の壁に寄りかかると腕を組んで、ふふんと笑った。
「……それは挨拶として失礼な雰囲気だな。一体なにかぶれだ?」
栄次はあきれた声を上げてから、再びアヤに目線を戻した。
「アヤ、時が……」
「ええ。わかってる。私は先程までとても焦っていたのよ……」
「これからどうする? そこの娘……えー、リカはこの件に関係するのか?」
栄次に問われ、リカは首を横に振った。なんだかいけない空気だったため、関係ないと全力で訴えておいた。
しかし、アヤがリカの努力をなかったことにする発言をする。
「……彼女はかなり怪しいわ。先程からなんか、おかしいのよ」
「ま、待って!! 私、なんも知らないよ! 私は別世界から来たみたいだけど、時間をいじるなんてできないから! 絶対できないから!」
苦し紛れに言ったリカの言葉に、時神三柱は同時に眉を寄せた。
「別世界?」
「え? えー、あの……」
時神達の視線がかなり厳しいものになり、リカは苦笑いをするしかなかった。

五話

「別世界って? まあ、彼女は何も知らないみたいよ」
アヤの一言で、なんとなくその場の空気が柔らかくなった。
「別世界から来たらしいとは、どういうことだ?」
目付きの鋭いサムライ、栄次が、なるべく、やわらかに尋ねる。
リカは小さくなりながら「わからない……」とつぶやいた。
「わからないって、どういうことだよ?」
赤毛のお兄ちゃん、プラズマは焦っている風でもなく、どこか楽しそうに聞いてきた。
「だから、わだつみっていう……メグって名前の女の子から、そう言われたんだってば。私は、真夜中の公園の水たまりで、『マナさん』に押されただけ! それで……」
「海神のメグは知っているけれど、そこから先は、まるで何を言っているかわからないわね……」
アヤは必死のリカに、戸惑いの表情を浮かべた。
「ところで、アンタは神なのか?」
プラズマがリカの顔を覗く。
「神? 人間だと思うんだけど……」
プラズマに覗かれて、少し赤くなったリカは小さい声で答えた。
だんだんと、自分の常識が崩れていく。少なくともいままでは、いたとしても、神様は目に映らなかったはずだ。
……なのに……。
「これは、高天原案件かもしれん」
栄次は困惑しているリカを見据え、他の時神達にそう言った。
「……とりあえず……『サキ』かしら?」
「ああ、アヤ、頼む」
アヤがそうつぶやき、栄次が頷く。リカにはわからないところで、話が勝手に進んでいた。
……サキって人の名前……?
……それとも、サキっていうなにか?
……てか、私、どうなるの?
まさか、拷問とか、処罰とか?
サキっていう、拷問器具の名前かも!
「あわわわ……」
「ちょ、ねぇ! 栄次、アヤ! この子、めっちゃ震えてんだけど!」
プラズマが苦笑いでリカの背中をさする。
「リカ、大丈夫よ。原因を調べるだけだからね」
アヤの言葉に、リカはさらに怯えた。
「拷問とか!? ムリムリ! ほんと、知らないんだって! マジだって!」
リカ、絶体絶命の危機。
「はあ? 拷問? そんな非人道的なことやるわけないじゃないの」
「女を拷問する趣味はない」
「なっははは!」
アヤ、栄次、プラズマの順で、それぞれ言葉が飛んできた。プラズマは笑っているだけだが。
「じゃあ、私をどうするの?」
「調べてもらうのよ。あなたの中にあるデータを」
「やだ! どうやるわけ? なんかこう……わきわきわきーみたいな……?」
リカは両手の指を動かし、怪獣のような動作をした。
「この子、大丈夫かしら……」
アヤはあきれるが、リカにとっては重大なことだった。

※※

四人はアヤの家には行かず、サキという名前の誰かに電話をかけはじめた。
電話はリカがいた世界と変わらず、スマートフォンだ。
だが、見たことのないアプリで画面がいっぱいだった。
スマートフォンはアヤのものらしい。テレビ電話を起動し、サキという人物に繋いでいる。
「サキ、今から大丈夫かしら?」
「はいはーい、どうしたんだい? アヤ。遊びの予定かい? 花見とピクニックするなら、今からいくよ!」
スマートフォンから愛嬌のある声が響いた。なんだか、愉快そうな人だ。
リカが恐る恐る画面を覗くと、ウェーブかかった黒髪を揺らしながら、猫のような目をした赤い着物の女が、楽しそうに手を振っていた。
「え……このひとが……サキさん?」
「リカ、サキは私達と同じ年よ。神としては手の届かないところにいるけれどね」
「やっぱり神様なんだ……」
アヤの紹介を聞いて、リカは顔を再び青くした。
……神様ってこんなにポコポコ会えるの?
リカは疑問を心に入れつつ、アヤ達の会話に耳を傾けた。
「サキ、この状況を見てわかるかしら……」
アヤがスマートフォンを回して栄次達をうつし、最後にリカを映した。
「なんかまずいことが起きたってのはわかるね。別世界の……過去やら未来やらの時神が揃っちゃってるじゃないかい」
サキのあきれた声に、アヤがため息で返す。
「そう。で、なんだかわからない子がひとり……」
アヤはスマートフォンでリカを映した。リカは疑惑を解くべく、笑顔で、サキに手を振っておく。
「ふーん……なんか、変なデータ持ってそうじゃないかい。データの解析はあたしじゃなくてさ、歴史神(れきししん)ナオがいいんじゃないかい? 霊史直神(れいしなおのかみ)って名前の! 神々の歴史の管理をしているあの子さ!」
「あー、確かに。じゃあ、そうするわ。サキ、高天原にこの件、持っていってくれないかしら?」
「おっけー! ああ、えーと君は…… 名前は?」
ふと、サキに声をかけられたリカは、慌てて口を開いた。
「あ! えー……リカです!」
「リカね。覚えておくよ。ちなみにあたしは、輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)、サキだよ。アマテラス大神の力を受け継いだんだ。アマテラス大神は、あたしに力を与えた後にいなくなっちゃったんだけどねぇ。概念になっちゃったから『存在』が消えちゃったらしいよ。今は誰も知らないのさ」
「え……」
サキの楽観的な言葉に、リカは濁点がつくような声を上げた。
「と、いうことで、よろ!」
「ちょ、ちょ! アマテラス大神って、うちの近くに神社があったけど!? あの神社、からっぽってこと?」
「……!」
リカの言葉にサキの顔色が曇った。
「それ、どういうことだい?」
「ど、どうもこうも……、あちこちにアマテラス大神、ツクヨミ神、スサノオ尊の神社があるじゃん。最近は係累を祭る神社も……マナさんの……小説の影響で……」
リカの声はだんだん小さくなっていった。サキを含む全員が、リカを訝しげにみていたからだ。
「なんで皆、マナさんを知らないの? 『TOKIの世界書』の作者だよ!? マナさんの小説がヒットして、自然信仰とか、先祖信仰とか、古い時代の神様達が再び注目されてて……テレビとか雑誌とかにも載って……なんで? なんで知らないの? ついこないだまで、想像物なんてどこにも存在しなかったんだよ! それを、マナさんが……」
「……リカ、落ち着いて……。想像物がない? 神は何万年も前からいたわよ……。ついこないだも私達はいたわよ」
アヤはリカの背をさすりながら、困惑した表情を浮かべていた。
「そ、そんなの……絶対……」
リカは震えながら、スマートフォンの画面に映る、サキを見据えた。
「ま、まあ、とりあえず『ナオ』に……」
サキが言いかけた刹那、リカは唐突に意識を失った。暗い闇の中、電子数字が回る。
その暗闇は、シャットダウンしたスマートフォンの画面に似ていた。

「おい、マナ、これからどうすんだよ?」
「まあ、待って、スサノオ様。これで十回目。まだ、様子を見るよ」
声は風に流れて消えた。

出会ってはいけない一話

雨が降っている。
もう梅雨に入ったのかもしれない。ジメジメした感じと、どんよりした空のせいで疲れが抜けない。
リカはアジサイが咲く公園を横切り、近道をする。今は下校中だ。
薄暗く、霧がたちこめる中、傘をさして制服を揺らしながら、歩く。
「よう! 『TOKIの世界』はあるぜ!」
霧で視界が悪い中、公園のベンチに紫の髪の男が座っていた。男は奇妙なことに創作の着物を着ている。
……いま、私に話しかけたんだよね?
リカは気味悪く思いながら、男と目を合わさずに通りすぎた。
「俺が見えるか?」
再び話しかけてきた男を無視し、リカは慌てて走り出す。
……怖い! 突然なに?
……視界が悪いのを利用して、私をさらうつもりなのかも……。
リカは息を上げながら公園を抜けて、大通りに出た。
「はあ……はあ……怖かった……。なんだったんだろ? マナさんの小説のファンなのかも……」
「リカちゃん、そんなに息を切らしてどうしたの?」
後ろから声をかけられてリカは固まった。
「リカちゃん?」
リカは恐る恐る振り向いて、心配そうな顔をしているツインテールの少女を視界に入れる。
「なんだ、マナさんかあ……」
声をかけてきたのが、知り合いだったので、リカは安心した表情を浮かべた。
「ねぇ、どうしたの? 顔色が悪いよ?」
「マナさーん! 変な男に話しかけられた! マナさんの小説、『TOKIの世界書』の話していたからファンなのかも……」
リカは怯えた顔でマナを仰ぐ。
「見えたの?」
「え……?」
マナの発言にリカは顔を青くして苦笑いを浮かべた。
「ねぇ、平行世界に行ってみたくない?」
「平行世界? な、なに? 物語のこと? パラレルワールドとか大好きだけど。それが?」
動揺しながら尋ねるリカに、マナは微笑を浮かべながら言う。
「じゃあ、ちょっと、平行世界に行ってみようか?」
「え……?」
リカが目を見開いた時、突然に雨音が激しくなった。滝のような雨が降るなか、マナの瞳が金色に輝いているのを、リカは見た。
「マナさん……目が……」
リカがつぶやいた刹那、雨が小雨になり、マナの目も元に戻った。
「じゃあ、今日の、夜中の十二時に第二公園に来てね」
「え……」
手を振って去っていくマナに、リカは口角を上げたまま固まっていた。
……そこまで気になっているわけじゃない……。「TOKIの世界書」のこと。
でもなんだろう。
なにかが引っかかる。

二話

「うーん……」
リカは自室のベッドの上で、目覚まし時計をみていた。
時刻は午後十一時半。
「零時まで三十分……」
公園に行くのは、正直迷っていた。
……まあ、でもマナさんが来るはずだから……行こうかな……。
雨音がするので、雨が降っているようだが、どしゃ降りではないらしい。
「行けなくはないから行くかあ……」
リカはオレンジ色のパーカーを着て、両親に見つからないように、家を出た。傘立てから傘を抜き取り、開く。かわいらしいトマトの絵の傘だ。関係ないが、リカはトマトが大好きである。
「うわあ……ジメジメしてて、ちょい暑い……」
独り言を言いながら、リカは歩き出す。
街灯があるので、ある程度は明るいが、雨のせいか、人は歩いていない。
「まあ、もう、深夜だし……いないのは当たり前だけど、なんか不気味……」
恐る恐る公園まで来ると、公園内を覗いた。
「マナさん……、マナさん……」
小さく呼んでいると、滑り台の前にいたマナがこちらに向かい、手を振っていた。
……ん……?
滑り台の……前……。
ちょっと前も滑り台の前に……。
ちょっと前っていつ?
……気のせいかな。
夜中の公園なんて初めてだもん。
「リカちゃん、こんばんは。来てくれたんだね」
「あ、うん。マナさんが来てねって言ったから」
マナはリカに微笑むと、リカの手をひいて公園の真ん中まで連れていった。
「ねぇ、見て!」
マナはリカに水たまりを見るように促す。リカは不思議に思いながらも水たまりを覗いた。水たまりには、先日の風で花ごと落ちてしまったツツジが寂しげに浮いている。
雨が落ちるたびに波紋が広がり、街灯に照らされて輝いていた。
「うわあ……光であふれてキレイ……って、青空が見えるんだけど!!」
輝いていると思ったのは、水たまりの奥になぜか、太陽があるからだ。
そして、なぜか青空が広がっている。
「はは! 向こうは異常気象みたいね! 梅雨の時期でアジサイが咲いているのに、雨が降ってないみたい」
マナは水たまりに映るアジサイと太陽を見て、心底楽しそうに笑っていた。
「む、向こうって何?」
「ん? 向こうは向こうだよ。水たまりに映っているでしょ? 向こうの世界」
マナの返答に、リカは青い顔で唾を飲んだ。
「こことは違う世界って……こと?」
「そのとおり! そして……」
マナがリカを突然押した。リカはバランスを崩し、水たまりに勢いよく突っ込んだ。
「あなたは、壱(いち)の世界に行ける……」
「……っ!?」
落ちていく自分になにもできないまま戸惑っていると、一瞬、ピンクのシャツに茶色いショートヘアーの女の子が、目に入った。
派手な音を立てながらリカは深く、深く、水中へと落ちていく。
浅い水たまりに頭から突っ込んだのだが、なぜか、深い海の中にいた。
口から漏れる泡を眺めながら考える。
……あの子は誰だろう?
最後に見た、ピンクのシャツに茶色い髪の女の子……。
そう、「TOKIの世界書の主人公」にそっくりな、あの子……。
どうしてかわからないけど、
やたらと、気になるんだ。

三話

夢の中のような不思議な雰囲気の中、リカは目を覚ました。
「あれ……私は……なにしていたの? ……って、ここはどこ!?」
リカはしばらくぼんやりしていたが、唐突に現実に戻された。
辺りは真っ暗なのだが、不思議な光の玉が多数飛んでいて、まわりが全く見えないわけではなかった。床は人工的なタイルで、なんだか全体的に青い。
「へー、海の中みたいだし、キレイ……」
そんなことを言っていた時、リカの背後から、誰かが歩いてきている音がしてきた。
リカは小さく悲鳴を上げると、青い顔で振り向く。
「結局……あなたはなんなの?」
唐突に聞こえた女の声にリカは怯えた。
「なんなのって……誰!?」
「ああ、えーと……私はワダツミのメグ」
光の玉に照らされて青いツインテールの女の子が現れた。
「……あ、えー、私は……リカです」
リカは怯えながらも、とりあえず、挨拶をする。
「リカ。……ねぇ、リカ? あなたは人間?」
リカはメグの言葉に首を傾げた。
……どういう質問……なんだろ?
「どうみても、人間だと思うんだけど」
「人間はここには来れない」
「どういう……意味?」
リカがそう尋ねた時、目の前を深海魚が通りすぎた。
「ひぃ!! 魚がっ!」
悲鳴を上げたリカに、メグは首を傾げながら続けた。
「ここは深海で、想像の世界、弐(に)だから。霊とか神とか、人間の想像物しか入れない」
「はい?」
リカにはメグの言葉がまるで理解できなかった。
……もしや、ここはマナさんが言っていた別世界?
「……それより、あなた、本当に人間? 神ではないの?」
「え? えー……だからどういうことなの? 神様っているの?」
「……」
メグは再び黙り込んだ。なにかを考えているようだ。
「……もしや、あなたは向こうの人間……」
「……? 向こうってどこ!?」
「……驚いたが、どうやらそのようだ。私が向こうへ帰してあげる」
「まって、まって!話がわかんない!」
リカは焦るが、メグは冷静にリカを見ていた。
そして手をかざしてリカをふわりと浮かせ、自身も飛び上がると、どこかへ飛んでいこうとした。
「待って! どこに……」
リカがメグに声をかけようとした時、頭の中で、何かが斬られている音が響いていた。
……なんか……ネガフィルムみたいのが切られていくようなっ!
リカはパニックになっている脳内を落ち着かせようとするが、メグが先に進み始めたので、全く落ち着かなかった。
むしろ、この不気味な現象がなんなのか理解してしまっていた。
……これは、記憶だ。
……私の記憶が切られている!
「ね、ねぇ……」
メグに弱々しくリカは尋ねたが、 メグは気づかず、目的地に着いてしまった。
「ここから帰れる」
メグは真っ白な空間にリカをおろした。
「え? どうやって来たの? どうやってきたか思い出せない! 」
あの不思議な空間から、ここまでどうやってきたのか、まるで思い出せなかった。
「ああ……」
ふとメグがリカを振り返った。
メグの目をみた刹那、リカにはなぜか、メグがこれから話す言葉がわかってしまった。
……プログラムが書き換えられてる。このままでは向こうに帰れない。とりあえず、時神アヤに……。
リカの頭に響く声と、メグの声が重なる。
「プログラムが書き換えられてる。あなたが帰れないようになっている。このままでは、向こうに帰れない。とりあえず、壱(いち)の世界に送るから時神アヤに会ってほしい」
時神アヤ。
幾度と聞いたはずの名前なのに、知らない名前。
何度も聞いた言葉なのに、知らない世界。
一体、この夢はなんなんだろう?
夢なのだろうか?
それとも私がおかしいの?

四話

「はっ!」
リカが目を覚ましてから、最初に見たのは曇り空だった。
肌に触る滴がなんだか冷たい。
「……あめ……」
リカは雨が降る中、芝生の広い公園で、仰向けで寝ていた。
……こんなところで寝た覚えはない。
しかも、雨が降っている公園で寝ているなんて正気ではない。
「なんで……寝てんだろ……」
リカはぼうっとした頭で、しばらくそのままでいた。
雨を真下から眺めるとはいつぶりか。
「ちょっと、あなた! 大丈夫!?」
ふと、聞いたことあるような、ないような声がした。
リカは横目で、声をかけてきた少女を視界に入れる。
「……えーと……」
「あ、あの……話しかけない方が良かったですか?」
オレンジ色の傘を差した、茶色のショートヘアーの少女は、丸みを帯びた眉毛を寄せてこちらを見ていた。
「あ、いえ……。実はなんで寝ているのかわからなくて……」
「風邪ひいてしまいますよ! 買い物の帰りだったんですけど、さっき、突然雨が降ってきて……」
少女はリカを立ち上がらせてくれた。
「ありがとうございます……。あの、私、時神アヤさんに会わないといけないみたいなんですが、知っていますか? はは、知らないですよね。ちょっと格好が似ていたものですから……」
リカが自嘲気味に笑うのと、少女の顔が曇るのが同時だった。
「時神アヤは私ですが。なんで知っているのですか?」
少女は心配そうにこちらを見ていた。
……ああ、やっぱりこの子、アヤさんか。
リカははじめから確信を持っていた。理由はわからない。
「見たところ、高校生くらいですか?」
少女アヤが尋ね、リカは小さく頷いた。
「じゃあ、普通でいいわね」
「アヤさんも同じくらい?」
「アヤでいいわよ。あなたは?」
アヤは心配そうにリカを見つつ、名前を尋ねた。
「私はリカ。あなたを探せと言われたけど、探してからどうすればいいのかわからないの」
「そう……誰に言われたの?」
アヤはリカを傘に入れながら質問を重ねる。
「えーと……ワダツミのメグだったかな……」
リカは自信なさそうに答えた。
実際あまりよく覚えていない。
「……なるほどね。内容が深そうだわ。わかった。じゃあ……このままだと風邪ひいちゃうから私の家に……」
アヤはそこで言葉を切ると、眉を寄せた。
「ど、どうしたの……?」
「そんな……時間が……」
アヤは戸惑うリカの手を突然ひいて、走り出した。アヤは走りながら懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「なっ! ちょっと! アヤ!?」
リカは焦った声を上げたが、アヤは止まらない。
アジサイが咲いている河川敷を走り抜け、雨足が強くなるなか、小さな商店街に入った。
「ま、待って! 頭がっ!」
リカは商店街に入ってから妙な頭痛に襲われた。
だんだんとアヤの声が頭に響き始める。
……あなたは誰?
……どう? きれいでしょ。ここは桜の名所なの。
……水たまりに何か落としたんですか?
……なんで私を知っているのかしら?
……さあ、いきましょ。リカ。
「うう……うう……」
リカがあまりに苦しんでいるので、アヤは慌てて立ち止まり、リカの背中をさすった。
「ど、どうしたの!?」
「頭にアヤの声が……いっぱい響いて……」
「ど、どういう……」
アヤは戸惑いながら、リカの背中をさすり続ける。雨がさらに強くなり、まるで滝の中にでもいるかのようで、辺りは白くて前が見えない。アヤの傘も差している意味はなく、二人とも雨に濡れてしまっていた。
しばらくすると、雨が小雨になり、リカの頭痛もおさまってきた。
「ね、ねぇ、大丈夫?」
「……う、うん。おさまったみたい……」
リカは深く息を吐き、気分を落ち着かせた。
しばらくして、アヤが心配そうに口を開いた。
「頭に私の声が響いたって言っていたけど、大丈夫かしら?」
「うん……。会話してないような言葉も響いていたよ。ここは桜の名所なの……とか」
リカの返答にアヤは首を傾げた。
「桜? もうとっくに桜は終わっているわ」
アヤはいぶかしげにリカを見たが、リカはそのことよりも聞きたいことがあった。
「ま、まあ今はいいや。で、アヤはなんで走り出したの?」
リカは自分で尋ねたのに、なぜか答えを知っていた。
……実は時神未来神(ときがみみらいしん)と時神過去神(ときがみかこしん)がいるかどうかを確認したかったの。
……時間がいじられているから本来、この次元じゃない神も集まって……。
「実は、時神未来神と時神過去神が……」
言葉の出だしでリカは、初めて聞いたのにすべてわかっていた。

……なんで、私はこの不思議な出来事を受け入れていて、なぜ、知っているのだろう。

同じことを繰り返していることに、彼女はまだ、気づいていない……。

五話

ひとまず、落ち着いた二人は商店街を歩き始めた。
アヤが何か沢山話しているが、リカの耳には入らない。でも、リカは内容は知っているのだ。
知ってるのはなぜなのか。
商店街の本屋さんを通りすぎた辺りだった。赤髪の青年とサムライ姿の青年が戸惑ったように立っていた。
「やっぱりいたわ……。リカ、私はね……」
「あの二人がいるかどうか、確かめたかったんでしょ……。だから走ったんだよね?」
リカの返答にアヤは眉を寄せる。
この世界のシステムは先程話したが、そこまでは話していない。
「アヤ! なんだ、なんだ! 濡れていて服が透けてるじゃないか! いやあ、いいねー……痛ァ!?」
赤髪の青年は会って早々、サムライに刀の柄で脇腹をつつかれていた。
「失礼だ」
「……へいへい……。あんたら、寒くないか? 風邪引くぞ」
サムライに突っ込まれて、赤髪の青年は本来口にするはずだった言葉を言う。
「あ、ありがとう……。プラズマ。ほんと……下着、透けてるわ……。見ないでちょうだい。あなた達もびしょびしょだわね」
アヤはサムライと赤髪の青年を交互に見つめ、二人が傘を持っていないことに気がついた。
「ああ、こちらに飛ばされたと思ったら、えらい(沢山)雨が降っててな」
「そうだ。すごい雨だった」
サムライに相づちを打つ赤髪の青年。
「えーと……」
リカは戸惑いながらアヤを見る。
「ああ、えー、サムライみたいな格好の方が白金(はくきん)栄次(えいじ)、赤い髪の男は湯瀬(ゆせ)プラズマよ」
アヤは慌てて二人を紹介した。
「栄次さんとプラズマさん……?」
リカは眉を寄せた。
聞いたことのある名前だ。
だが、知らない。
「……この子は?」
プラズマがアヤにリカの名前を尋ねていた。
「リカって名前の子よ。ちょっと怪しいのよ。時間が狂ったことにだいぶん関わっていそうで」
「ふむ。高天原案件か?」
アヤの返答を聞いた栄次は悩みながら尋ねる。
「そうかもしれないわ。だから、『サキ』に……」
アヤが『サキ』の言葉を出した刹那、リカはなぜか恐怖に襲われた。
不気味なくらい体が震え、足が言うことを聞かない。
「おい、大丈夫か……」
栄次がいち早くリカの状態に気がつき、声をかけた。
「……」
リカは何かを言おうとしたが、何を言おうとしていたのかわからなくなっていた。
「なあ、サキに反応したんじゃないか? 大丈夫だぞ。サキはいい神だ」
プラズマがリカを元気付けようと言葉を発したが、リカは拷問器具かなんかを思い描いていた。
……いや、違う。
「私は『いま』、そんなこと思ってない!!」
リカは突然に叫び、頭を抱え始めた。
アヤは素早くリカの肩を抱いて落ち着かせる。
「どうしたの? 大丈夫よ。サキはあなたを助けてくれるはずだから」
「……」
リカはそこから何も言えなくなった。単純にわからないのだ。
なぜ、自分が恐怖を感じているのか、助けてくれると言っているのに。
「ああ、なんか変なことされると思ってんだろ? 大丈夫さ。相談するだけだ」
プラズマは何かを察したかのようにそう言った。
「……そ、相談だけなら……」
リカはなんとなく頷く。
アヤはリカの様子を見つつ、サキという神に電話をかけ始めた。

六話

「あ、アヤ? どうしたんだい? 雨すごくて萎えてたりするのかい?」
アヤが電話をかけてすぐに、サキという神の元気な声がした。
アヤはビデオ通話にすると、リカを落ち着かせようと、サキの顔を見せた。長いウェーブのかかった黒髪に猫のような愛嬌のある瞳。
見た感じ、害はなさそうだ。
「ん? その子は誰だい?」
サキに問われて、アヤが答える前にリカが答えた。
「り、リカです」
「なんか、不思議な雰囲気の子だねぇ……。で、アヤ、何の話なんだい?」
サキはリカをちらりと見てから、アヤに目を向けた。
「ええ、実はね……、こういう状況なの」
アヤはスマートフォンを回して栄次とプラズマを映した。
「なるほど、相容れない過去と未来の時神がいるわけだね」
「そう。それで、リカが何かに関与しているみたいなんだけれど、わからないの。彼女が神かどうかもわからなくて。それで相談」
アヤの説明でサキは「ふむ」とつぶやき、何かを考え始めた。リカはごくりと唾を飲む。
「それは神々の歴史の検索ができるナオに話した方がいいんじゃないかい?」
「ああ、確かにそうね。ナオは神々の歴史を管理してるもの。リカが神かどうかがわかるかもしれないわ」
サキとアヤの会話を聞きながら、リカは首を傾げた。
「あ、あの……神様ってそんなに沢山いるの? 私を神様と疑ったりしてるから不思議で……。だって、アマテラス様とツクヨミ様とスサノオ様しかいないでしょ? 本当の神様って……」
リカは恐る恐る口を開く。なんだか、この言葉は言っては行けないような気がした。
「……?」
リカの発言にアヤ達は案の定、眉を寄せた。
「どういうことかしら? 沢山いるわよ。あなたが会ったって言っていたワダツミも海神だし、私達も時神。そして……サキは『アマテラス大神の加護を一番持っている神よ』。アマテラスは概念になっているじゃない?」
アヤの言葉にリカは目を見開いた。
「そんなことないよ! アマテラス様の神社は沢山あるでしょ! でも、最近は『TOKIの世界書』シリーズを書いているマナさんの影響で、創作の神様も増えてきたじゃない!」
リカは声を上げる。反対にアヤ達は困惑していた。
……どういうことかわからない。
と、いった顔をしている。
「嘘でしょ! マナさんだよ? テレビにもいっぱい出てて……。あれでしょ、あなた達はマナさんの影響で創作の神様になりきっているだけでしょ?」
リカの記憶が混ざっていく。
マナに最初に言われたことを忘れていた。
『並行世界のような世界』に行ってみないか?
そう言われて、理解はできなかったが、納得はして来たはずだ。
あの公園に。
「何を言ってるのか……わからないのよ……」
リカの変わりようにアヤは戸惑いの声を上げた。
「わからない? マナさんを知らない?」
「ごめんなさい、知らないわ」
アヤが代表であやまる。救いを求めるように栄次、プラズマを見るが、ふたりも眉を寄せたまま、首をかしげていた。
リカは震えながら、画面ごしのサキに目を向けた。
サキに目を向けた刹那、リカは吸い込まれるような感じがした。
スマートフォンの画面に吸い寄せられている。
……やだ……、何?
サキはいぶかしげにリカを見ていた。やがて、スマートフォンの画面は真っ黒になり、リカも意識を失った。
それは電子機器のシャットダウンに似ていた……。

……思い出した。
……私は毎回、『ここ』で意識を失い、元に戻る。
……あの神に会っちゃいけない。
アマテラス大神を思い出してはいけない。
マナさんに
……『あの選択』を持ち出されてはいけない。

※※

「よう! マナ、良い感じじゃねーか?」
紫の髪に創作着物を着た男性が、豪快に笑う。
「スサノオ様、もう一回、やりますよ」
マナは水たまりに映る、リカの姿を楽しそうに眺めていた。

選択肢一話

暑い夏がやってきた。
遠くで大きな白い雲が風に流されることもなく、その場に堂々と居座っている。
リカは塾の夏期講習の帰りだった。海外の人には伝わりにくいというが、日本の夏といえばセミだ。ノイズのような音や、ミンミン鳴く音などが混ざり、かなりの騒音。
どこにでも大量にいるセミはもちろん、歩道にも転がって命を燃やす。
「うげぇ……またいる。なんでひっくり返って死ぬかな……。アブラゼミ、お腹が白くて茶色の羽なのが気持ち悪いんだよね……。またぎたくないから、公園から帰ろ」
リカは近道になる公園へ足を踏み入れた。遊具辺りを横切った時、紫の髪の、創作着物を着た男性が声をかけてきた。
「よう! TOKIの世界はあるぜ! 俺が見えるか?」
「……」
リカは眉を寄せた。
前もこんなことがあった気がする。
「TOKIの世界はあるぜ」
「……」
リカは黙り込んだ。
いつもなら、こういったことが起きたら走って逃げる。
しかし、今回は逃げようとは思わなかった。
「なんだ? 今回は逃げねぇのかい?」
「……今回は、にげ……逃げるって……どういう……」
震えるリカをよそに、男はベンチから立ち上がり、リカの前に立つ。目を合わせた時、リカの体に鳥肌がたった。
言いようのない恐怖感がリカを包む。
「……な、なんで……」
……なんで、この人、こんな人間離れしてるの?
言葉が出ないリカを見つつ、男はあざ笑いながら口を開く。
「あー、俺、神格の高い神だからな。スサノオって言うんだ。名前くらい聞いたことあんだろ? あ?」
「……スサノオ……嘘……」
「俺を気持ち悪がって逃げねぇのか? 俺は英雄になるデータも、邪神になるデータもあるぜ。てんびんなんだ。今はどっちかわかるかな……?」
スサノオが片方の口角を上げたので、リカは怖くなって転びながらも駆け出した。
「なんか怖い! すごい怖い!!」
リカには転がっているセミも見えなかった。セミの鳴き声すら聞こえず、ただがむしゃらに公園を横切った。
大通りに出たところで、汗が滝のように流れ始めた。少しお気に入りだったトマトモチーフのTシャツが汗で濡れ、色合いが濃くなっている。
「はあ……はあ……」
「ねぇ、大丈夫? リカちゃん」
ぼやける視界の先に、ツインテールの少女が立っていた。
「はあ……はあ……マナ……さん」
「こんな暑い日に走っちゃダメ。水あるけど、飲む?」
ツインテールの少女マナはペットボトルの水をリカに差し出してきた。
リカはありがたく水を飲み、一息ついた。
「で、どうしてそんなに走っていたの? あ、セミがダメなんだっけ?」
マナがきょとんとした顔で聞くので、リカは首を横に振った。
言いたいのはそれではない。
「マナさんのっ……TOKIの世界書のファンみたいな人が……話しかけてきて……えーと……」
リカは汗を拭いながら、きれぎれに言葉を発した。
暑さのせいで頭がぼんやりする。
なにかを会話しているが、口が勝手に動くだけで頭に何も入ってこない。
「見えたんだ。……ねぇ」
会話の中で、やたらと明瞭に聞こえる言葉が響いた。
マナの言葉の続きがリカを冷たいもので包んでいく。
「へいこうせかいに、いってみない?」
……へいこうせかい
並行世界。
壱(いち)、弐(に)、伍(ご)……。
向こうの世界、夢や霊魂の世界、そして、この……今、リカが生きている世界……。
数字みたい。
以前、リカが誰かに言った言葉。
世界は……
六つある。
リカの瞳が金色に光り、電子数字が流れた。
「リカちゃん、深夜零時、公園で待ってるから来てね……」
マナがその一言を発した刹那、なぜかマナの足元に逃げ水が現れ、太陽がさらに輝く。
太陽の光が入ったマナの瞳は金色になり、笑みを浮かべながらリカを見据えていた。

二話

カチカチ……。
時計がまわる。
「はあ……」
リカは自室のベッドで雑誌を片手にゴロゴロしていた。時刻は夜の十一時半。
「公園に行くか迷う……」
リカは頭に全く入ってこなかった雑誌を枕元に放ると、考えた。
……そもそも、なんで私は公園にいくことを渋っているのか?
深夜だから外に行きたくない?
信じられないから?
リカはゆっくり起き上がった。
「もう行かなくちゃ……」
エアコンのリモコンを持ち、「停止」ボタンを押そうとしたところで、リカは止まる。
「あ、でも、また帰ってくるか。帰ってきて暑かったらやだし……」
リカはエアコンのリモコンを勉強机に置いた。
……なんか、ひっかかる……。
もう、帰れないかもしれないって気持ち。公園に行くのをためらっているのは……。
リカの脳内に「TOKIの世界書」シリーズの主人公が映った。
アヤ。
時神アヤ。
「……私、あの子と話した……」
瞳が黄色に光り、「エラーが発生しました」という文字が脳内に現れる。
「わた……私が『公園に行きたくない理由』は『何度も同じことをしているから』だ!」
リカは唐突に色々な事を思い出した。
……時神のアヤ、栄次、プラズマ、ワダツミのメグ……そして、歴史神ナオに太陽神サキ!
「マナさん……私を神隠ししようとしてるの? それとも私を向こうの世界に行かせようとしているのは、マナさんじゃないの? ……そもそも……」
リカは体が震えてきた。
おかしなことに気がついてしまったのだ。
「私とマナさん、どこで出会ったの……」
記憶がない。
出会った記憶が。
いつからリカと友達なのか。
……思い……出せない。
「行かなくちゃ……」
リカはエアコンを切ると、覚悟を決めて部屋から出ていった。
……マナさんに会うんだ。

三話

寝ている両親を起こさないように最大限注意を払い、外に出る。玄関のドアを開けたら、雷が鳴っていた。
……あ。台風が近づいているんだっけ?
リカは夕方のニュースで台風が近づいていることを知っていた。もうすでに霧雨が降っており、これから大雨になることは目に見えている。
「また……タイミング良く雨……」
花柄の傘を手に取った所で大雨に変わった。滝のような雨だ。風も強く、外に出るのを一瞬ためらった。
「はあ……」
ため息をつきつつ、傘を差し、歩きだす。力強い雨と風で服は気がついたらびしょ濡れだった。
「あー、お気に入りのトマト色のシャツが……」
再びため息をつき、歩道を歩きつつ公園に向かう。
気がつくと第二公園についていた。足取りは重い。
「いらっしゃい」
公園の中程、滑り台近くまできた時、マナが声をかけてきた。
「マナさん。私、回りくどいのが嫌だから、単刀直入に聞くね。私をどうしたいの? この世界から私を消したいの? 私、あなたといつ会った?」
リカも動揺しながら話していたため、話が前後しているが、マナは理解したようだ。
「……気がついたのね。でも、気がついても意味はないの。これは『運命』だから」
「え……」
マナはリカの手を引く。水たまりに映る青空。
「あなたは壱(いち)の世界にいける……」
「ま、待って! わ、私、平行世界なんて行きたくない!」
「ふーん。そう。ああ、私はアマノミナヌシを宿す現人神(あらひとがみ)。世界のシステムに逆らうとは笑わせる」
リカの必死な言葉はマナの嘲笑でかき消された。いままでのマナではない。瞳は黄色に輝き、どこか異様な雰囲気である。
「……なに言っているのかわからない」
「わからなくていいの。あなたはあちらに行くのよ」
マナの雰囲気にのまれたが、リカは違う方向から尋ねてみた。
「あちらに私を連れていって、私に何をさせたいの?」
「何をさせたいか? あなたがなんなのかまではわかっていないみたいね? このままじゃ、ループのままよ。なるべく向こうの世界からこちらに帰らずに、自分を見つけてみなさい。あなたが向こうへ行くのは世界のシステムの一つ、運命に組み込まれているのだから」
マナは楽しそうに笑うと、リカを突き飛ばした。
「しまっ……」
リカはバランスを崩し、そのまま水たまりへと落ちていった。
「いってらっしゃい。……こちらで現れた神の一号が向こうでどう影響するのか、見させてもらうわよ……」
マナは激しく雨が降る中、電子数字に分解され、消えていったリカにそうつぶやいた。
リカの傘だけが深夜の公園に寂しく落ちていった。

四話

 「う……」
 再びリカはあの深海にいた。辺りは暗い。人工的なタイルの床に寝ていたので、ゆっくりと起き上がる。蛍のような淡い光があちらこちらに舞い、深海魚が通りすぎた。
 そして……
 「結局、あなたはなんなの?」
 青いツインテールの少女にこう問いかけられる。
 それから……
 「私はワダツミのメグ……」
 青いツインテールの子がこう自己紹介をする。
 リカにはすべてわかっていた。何度もやっていた。何度も会話した。いままでは何一つ覚えていなかった。でも、今は今までの会話を思い出すことができる。
 「出会って早々なんだけど、『壱(いち)』の世界に行くのは待ってくれませんか? あ、えーと、私、違う世界から来ましたが、弐(に)の世界の門に……」
 「……?」
 リカが矢継ぎ早に話すのを聞きながら、メグは眉を寄せ、首を傾げた。
 「あなたは伍(ご)から来たの? ならば……」
 「待って! 私、時神には会えないの! 違う方法を考えたいの!」
 先へ先へ話すリカにメグはさらに眉を寄せた。
 「どういうことなの? とりあえず、向こうに返してあげる。弐と伍の境界へ連れていく」
 「だから待って!」
 必死のリカにメグは落ち着かせようと言葉を発した。
 「大丈夫。帰れるから」
 おそらくメグはリカを安心させようとしただけだ。実際にはリカが「帰れないプログラム」とやらがあって、帰れないはずだ。
 もうリカは半分理解していた。あの境界へ行く部分は「運命」に組み込まれている……。
 メグはリカを浮かせると、深海から宇宙のような場所へ飛んでいった。
 なんだかんだ言う前にリカの頭で記憶だと思われる、ネガフィルム状のなにかがハサミのようなもので切り刻まれはじめた。シュレッダーにかけたような感覚。
 これは何をしているのか。
 弐の世界とやらを進んでしまっているリカは戻ることをあきらめ、この現象について冷静にメグに尋ねてみた。
 「ねぇ、このネガフィルムがバサバサ切られていくような感じはなんなのかな?」
 「……それはあなたが向こう(伍)の人だから、この世界の記憶を世界がなくそうとしてる。こちらの世界の内容を向こう(伍)に持ち込むのは世界が許さない。アマノミナカヌシと『ケイ』が許さない。弐から壱へ行っても弐の記憶は消去される仕組みなはず」
 メグの言葉にリカは頭を捻った。
 「おかしい……私は記憶を失っていない」
 「……」
 リカの独り言にメグは弐の世界を進むのをやめた。
 「どういうこと?」
 「言葉通りだよ。記憶はある。こちらから壱に行った時、あなたの名前も場所も状況も全部頭にあった。私はね、何度もあなたに会ってる」
 リカは必死にメグに言い放つ。
 表情のあまりないメグは珍しく困惑した顔をした。
 「それはおかしい。弐から壱に行っても目的しか覚えていないはず。例えば私が『時神のアヤに会うといい』と言えば、その言葉のみしか覚えていないはずなの」
 「……おかしいんだ。そう、じゃあ、あなたは私を時神がいるあの世界に捨てたってこと。時神に頼むといいとか言って……」
 リカはメグを軽く睨んだ。
 「……なにを言っているかわからないが、それは例。例えばと言ったはず」
 メグはなぜ、リカがそこまでつっかかってくるのか、わからなかった。当然だ。リカは何度もやっているが、メグは未来のことなのだ。
 「じゃあ、予言してあげる。あなたはこれから弐の世界の門とやらにいく。そして私が帰れないプログラムが書かれていると言い、時神に会えば良いと言う」
 「……まあ、私はこの世界からは出られないから、伍に入れる結界で弾かれるのならば、壱に送るだろう」
 メグは宇宙空間のネガフィルムが絡まる世界を背にし、リカにそう言った。
 「じゃあ、わかった。もう壱に行く以外なさそうだから、壱に連れていって。あとは私がなんとかする」
 「……そう? では、壱へ送る」
 メグは戸惑いつつ、リカを連れて引き返した。
 ……次は……時神アヤさんには会わない。そしてその先にいる「サキ」だけは絶対に会ってはいけない。

五話

 「はっ!」
 リカは目を開けた。あたりを確認すると、何回も来ているあの芝生の公園だった。
 いままでの内容は頭に入っている。
 なんとなくわかっている状況は、『運命』と言われている回避できない状態があるということ。
 例えばリカがマナに「こちらの世界へ飛ばされる」というのは、必ず組み込まれている。
 そしてワダツミのメグに会う。
 ここは仕方がないとして、このループを抜け出すにはやってはいけないことがある。
 それは、「サキに会わないこと」。もしかすると、アヤに会うのも危険なのかもしれない。
 「さあ、どうしようか」
 リカはすばやく立ち上がると考える。ふと、視界に茶色の髪にピンクのシャツが映った。
 「……アヤだ」
 リカは遠くでこちらを見ている少女を見据える。
 ……今回は会わずに逃げてみよう。
 アヤがこちらに寄ってくる前にリカは走り出した。なるべく、木の影に隠れながらアヤに追跡されないように動く。
 「はあはあ……」
 リカは息を上げながら公園から出た。心臓はバクバクと早鐘を打っている。そのまま歩道を情けない顔で走った。
 ……どこに……商店街があった?
 リカは知らない住宅地へと入っていた。
 ……あの時の場所じゃない。場所がわからない……。
 アヤから逃げてもどうしたら良いのかわからない。
 「確か……たしか……」
 リカは何もわからない頭でいままでを思い出す。
 しかし、わからない場所なので、何も出てこなかった。
 ……戻る?
 リカが怯えた顔で震えていると、目の前に影ができた。リカはギョッとしつつ、後ろを振り返る。
 「……ひぃ」
 「おい、どうした? 挙動不審だな」
 すぐ後ろにサムライが立っていた。総髪に緑の着物、黒い袴の眼光鋭い青年。
 「あ……えーと……栄次さん?」
 「!?」
 サムライの男はわずかに眉を上げた。
 「……会ったことは……あるか?」
 「えー……うーん」
 リカはなんと言うか迷った。
 「直接は会ってないと言うか……今のあなたには会ってないと言いますか……」
 リカが意味不明な言葉を話すので、栄次は眉を寄せていた。
 ……で、ですよねー……。
 「俺は時代を超えてここに来たようだ。ここは俺からすると未来。お前もそんな感じなのか?」
 「……私は別世界から来た……みたい……です」
 リカは怯えつつ、睨んでいるように見えるサムライを見上げる。
 ……この人、よく見るとめちゃ怖い……。
 「何を怯えている? あ、そうか……。睨んでいたか……すまぬ。癖だ」
 栄次は眉間のしわを緩めた。
 ……あんまり変わらないんですけど。
 リカはこの言葉をとりあえず飲み込み、栄次にひとつだけ確認をとる。
 「今、時神アヤに会おうとか思っていますか?」
 「アヤ……。ああ、俺が来てしまったのなら他の時神もいるだろうからな。合流するつもりだった」
 それを聞いたリカは顔を青くすると、栄次から遠ざかり、走り出した。
 「ダメだ。きっとアヤに会う運命になる!」
 「待て!」
 リカが逃げていると栄次がすぐに追い付いてきた。リカは全力で走っているが、栄次は余裕で話かけてくる。
 「どうした? 放っておけぬ故、話してくれないか?」
 「それっ……それより、どんな脚力してるんですか!? 帯刀してますよね?」
 回り込まれたリカは仕方なく立ち止まった。呼吸を落ち着かせ、汗を拭う。
 「……そんなに怯えなくても良い。理由を話してほしい。俺達がこちらに来てしまったのと関係があるかもしれぬ故」
 栄次は息切れすらせずに、リカを見ていた。
 「……私は……時神アヤに会ってはいけない。そして、その奥にいる、太陽神サキにはもっと出会ってはいけないの」
 「……詳しく頼む」
 リカは困惑しながら、いままでの事を話した。信じてくれるかわからず、自信はない。
 まずはリカがこちらの世界に存在していなかった話から始めた。
 それから、ループしている話をする。
 「なるほど」
 一通り聞いた栄次は気難しい顔で頷いた。
 「あの、信じてくれるんですかね?」
 リカは反応の薄い栄次を訝しげに見上げた。
 「信じるしかなかろう。……協力する。まずは……お前、名は?」
 「……リカ……です」
 名を問われ、リカは震える声で小さくつぶやいた。
 「リカだな。リカはいままでの内容をやらないように動く必要がある」
 「そ、そうです……」
 「ただの確認だ。怯えるな。……ならば、リカがなんなのか調べる必要がありそうだ」
 「は、はあ……」
 リカは抜けた返事しかできなかった。栄次はリカを疑っていない。こんなわけのわからない話を突然聞かされて、警戒をしないのか。
 「ならば、神々の歴史の管理をしている『ナオ』に、リカが神なのかどうかを聞きに行こう」
 「……ナオ……」
 リカはひっかかりを感じた。名前をどこかで聞いたことがある。
 ……そうだ!
 前回、サキの話が出た時に、一緒にあがった名前だ!
 これは、どうなのだろうか?
 正解か不正解か。
 「心配するな。お前を連れ去って酷いことをしようとしているわけではない。ナオという少女に相談するだけだ」 
 リカの戸惑い方が異常だったためか、栄次は心配そうに言った。
 「あ、だ、大丈夫です。とりあえず、会ってみます」
 リカは唾を飲み込むと、息を吐いてから頷いた。
 ……会わないと進まないかもしれない。

六話

 栄次とリカは住宅地を歩く。
 この辺は高級住宅地なのか、家一つ一つがとても大きい。
 売りに出されている土地もあった。
 「げ……一、十、百……」
 リカは売りに出されている土地の値段に白目を向いた。
 「億物件……」
 リカは歩き去る途中で、てきとうに土地を眺める。
 「めっちゃ広い! ……ん?」
 ……なんだろ?
 リカはよくわからない違和感に突然襲われた。
 ……なんなんだろう?
 違和感の正体はわからない。
 ……ここ、気持ち悪い。
 唐突に嫌悪感がリカを包む。違和感の正体がわからないため、リカの心に恐怖心が宿り始めた。
 「……? どうした?」
 栄次がリカの状態に気がつき、声をかけた。
 「あ、あの……なんかここ、気持ち悪くないですか?」
 「……?」
 リカの言葉に栄次は首を傾げた。栄次は特にこの違和感に気づいていないらしい。
 「私だけってこと……。まさか、ここも来たことがある……とか」
 「とりあえず、気分が悪いならばここから離れる方がいいな」
 栄次はリカの背中を優しく押し、空き地から離れた。
 そこから先は特に何もなく、まだまだ続く広い高級住宅地を進む。
 「ここだ」
 しばらく歩くと坂道が現れ、坂道に連なる民家の中にイタリアンレストランがあった。
 レストランは坂道に建てられているためか、半地下のような作りで、坂道より下にある。
 「え……? レストラン?」
 「いや、この地下に用がある。昔から彼女はここに住んでいるのだ。上の店はころころと変わっている」
 栄次の説明を聞きながら、リカはそっと中を覗く。地下の階段はなく、レストランの店内はランチを食べに来たお客さんでいっぱいだ。
 「……おいしそうなピザ……」
 「おい、こちらだ」
 呆けているリカを引っ張り、栄次はレストラン横にあった、あり得ないスペースを指差した。
 レストランの窓と庭の間の壁に階段があった。
 あり得ない光景だ。階段があるコンクリートの壁はリカの背丈しかないが、上はすぐ坂道だ。
 つまり、坂道の中に階段があることになる。
 「え? コンクリートの中に入るわけですか?」
 「リカにもこの霊的空間が見えるか。ここは、神しか見えない空間だ。神社の社(やしろ)内も、人間から見ると鏡などが置いてあるように見えるのだが、神が見ると霊的空間になる。生活感溢れる人間と同じ生活空間が現れるのだ」
 「は、はあ……」
 いまいちピンときていないリカの背中を押しつつ、栄次は階段を降りていく。
 「コンクリートの中になんて、入ったことないよ……」
 やや怯えながら階段を降りると、不気味な障子扉があった。
 栄次は障子扉の前に立つと、躊躇いもなく、障子扉を開けた。
 ややほこり臭さが鼻をかすめ、古本特有の匂いがリカを包んだ。
 「えっ……」
 リカが恐る恐る中を覗くと、どうやら古本屋さんのようであった。
 「お店……」
 「いらっしゃいませー」
 青い短い髪にシャツに羽織に袴という、コスプレイヤーのような青年が優しそうな顔であいさつをしてきた。
 「えー……と。この方がナオさん?」
 リカが尋ねると、栄次は首を横に振った。
 「いや、彼は暦結神(こよみむすびのかみ)ムスビと言う。ナオは女だ」
 「……神様」
 リカがぼんやりと男を眺めていると、男が栄次に気がついた。
 「ああ、栄次か。ナオさんに用事? 何度も言うけど、ナオさんは俺のことが好きなんだからね。お前じゃないからな」
 「どうでもよい会話をしにきたわけではない」
 栄次に話を流されたムスビは栄次を少し睨むと、目の前に積み重なっている大量の本を横にどかした。
 本の山だと思っていた場所は机で、その奥に椅子があり、羽織袴の赤髪の少女がだらしなく寝ていた。
 「ナオさーん、ナオさーん。お客さんー」
 ムスビは口を開けて間抜けに寝ているナオを揺すって起こす。
 「起きないや……ならば」
 ムスビは顔を引き締めると、不思議な力を放出した。威圧、畏れ、神聖といった言葉が当てはまりそうな何かだ。
 リカは思わず、栄次に尋ねた。
 「な、なに? あれ」
 「神力(しんりょく)だ。神には神格があり、神力が強力なほど、世界に影響力がある神だ。あの男の神格はなかなか高い」
 栄次はリカに前を見るように促した。リカが机の方を向くと、ナオと呼ばれた少女が冷や汗をかきながら飛び起きた。
 「きゃあ! ムスビ、普通に起こしてといつも言っていますでしょう!」
 ナオは起きてすぐ、ムスビを叱りつけた。
 「いやあ、だって、ナオさん、揺すっても起きないじゃん。神力を出せば一発で起きるし」
 「多用しないでください! 命が持ちません!」
 ムスビの言い訳を一蹴したナオは不機嫌そうに布巾で机を拭いた。
 「神力……」
 リカは先程の違和感を思い出していた。あの気持ち悪い感覚は神力かもしれない。
 しかし、仮に神力だとしても、あのまっさらな土地には誰もいなかった。
 「ところで……」
 気がつくとナオが不思議そうな顔でこちらを見上げていた。
 「お買い物ですか?」
 ナオにさらに問われ、リカは言葉を詰まらせた。
 「えーと、その……」
 「ナオ、この少女はリカと言う。リカに何の神力があるか、調べてほしいのだ」
 戸惑うリカの横から栄次が乗りだし、答えた。
 「何の神力があるか……ですか。いいですよ。やりましょう」
 ナオはリカに向かい、手をかざす。身構えたリカだったが、リカになにか起こるわけではなく、胸元辺りから巻物が飛び出した。
 「え? ええー?」
 リカの体から抜き取られた巻物は真っ直ぐに飛び、ナオの手に収まった。
 「驚かないでください。この巻物はあなたの歴史なのですよ。神としての歴史です。人間の歴史はまた、別の神が担当しているため、見ることができませんが、神の歴史ならば私が担当なので、見ることができます。では、巻物をひらきます」
 「わ、私、人間だと思う!」
 巻物をひらこうとしたナオにリカが叫んだ刹那、隣で栄次が刀の柄(つか)に手をかけた音がした。
 栄次が刀を抜こうとしたのと同時に、リカの目に水干袴を来た男が映った。声を発する間もなく、リカは水干袴の男に刀で斬られてしまった。リカの体からは血ではなく、なぜか電子数字が大量に吹き出し、崩れ落ちることもなく、光りに包まれて消滅した。
 リカが最期に聞いた言葉はナオの言葉だった。
 「剣王! タケミカヅチっ……なぜ……」
 剣王……。
 タケミカヅチ……。
 さっきの違和感と同じ神力……。

 ※※

 「はっ!」
 リカは飛び起きた。
 まず、袈裟に斬られた体を確認する。
 異常はない。
 次に、自分がどこにいるか本能的に見回す。
 「あ……」
 リカは自室にいた。自分の部屋のベットの上。エアコンをきかせた涼しい部屋の外ではセミが姦(かしま)しく鳴いている。
 外は明るく、雰囲気は午前中だ。
 「あ……えっと……夢?」
 リカはどこまでが「夢」だったのか考える。答えはすぐに出た。
 ……夢じゃない。
 寒くないのに震えが止まらない。
 「斬られた。そして『こちら
』に戻ってきた……」
 つまり……ループからは脱出したのか。
 リカが震えていると、玄関先のチャイムが鳴った。
 ピンポーン……。
 リカは肩をびくつかせながら、玄関先へ向かう。玄関先へ続く廊下から様子をうかがうと、リカの母がすでに玄関先で誰かと会話をしていた。
 「……まさか」
 リカの顔色がさらに悪くなる。
 「ああ、リカ、お友達きたよ。ほら、小説仲間だっけ? マナさん」
 「マナ……さん」
 母の言葉を聞き流しながら、リカはマナを怯えた目で見据えた。
 「ああ、突然ごめんなさい。少し話したいことが……」
 マナの言葉が最後まで吐き出される前に、リカはマナを押し出した。
 「ご、ごめん! 私、これから用事があるから!」
 マナから逃げるように、リカは蒸し暑い外へと飛び出した。
 この蒸し暑さ、今日の夜は雨に違いない。
 つまり……

抜け出せ! 

 「おいおい、友達置いてどこいくんだ?」
 走って逃げているリカの耳に、聞き覚えのある男性の声が響いた。
 「はっ!」
 気がつくとリカはいつもの公園にいた。夏の日差しが暑すぎて、人がまるでいない。汗を拭いながらベンチに座っている男を見る。冷や汗なのか、普通の汗なのかわからないが、リカの顔を汗が絶えず流れていく。
 「よぉ? TOKIの世界はあるだろ?」
 「……」
 リカが震えていると後ろからマナが追い付いてきた。
 「なんで逃げたの? 遊びにいったのに……」
 「ご……ごめんな……さい」
 なぜかリカはマナにあやまってしまった。従わなければいけないような気がした。理由はわからない。
 「そろそろ、わからせてあげる」
 「……え……?」
 リカが呆けていると、マナが男にアイコンタクトをした。男は軽く笑うとゆっくり立ち上がった。
 「スサノオ様」
 「ああ、わかったよ。あんま、やりたくねーけどな」
 男は不気味に笑っていたが、突然に雰囲気を変えた。マナは夏なのに氷のような冷たい気配に襲われる。
 「ひっ……」
 「恭順(きょうじゅん)せよ……」
 男がそう発した言葉ひとつひとつがリカの体を貫いていく。まるで、槍にでも突かれたかのような衝撃と意識を失いそうになる重圧が襲いかかる。
 意思に反し、体が勝手に膝をついた。そのまま手を地面につける。公園のじゃりがやたらに近い。
 ……これは……まるで
 「きれいな平伏(へいふく)だ」
 男が軽く笑ったことで、リカはようやく何をしているかわかった。じゃりが膝に食い込んでいる。頭を上げられない。
 声も出ない。
 ……これは……土下座させられてる!
 服従しろ……そう言ったのか?
 「向こうの世界、行く?」
 「……」
 マナに尋ねられて、リカは口をつぐんだが、こじ開けられるように口が勝手に開き、自分ではないかのような陽気な声を出した。
 「それって平行世界? 行ってみたい!」
 「良かった! じゃあ、零時にこの公園にきてね」
 リカはぞっとした。平伏させられながら、「友達」のように会話をした。まるで声だけが巻き戻しにあったみたいに平然と、心理状態が違いすぎる中で楽しそうに声を上げた。
 ……異常すぎる。
 いつまで頭を地面に擦り付けていたのかわからないが、気がつくと体が軽くなっていた。頭も動かせる。恐る恐る前を向くと、もう二人はいなかった。
 「いない……」
 誰もいない公園はいつの間にか雲が覆い、蒸し暑さが増している。先程まで鳴いていたセミはまばらになっており、これから雨が降ることを教えていた。
 
 ※※

 あれから呆然としていたリカは足取りがおぼつかないまま、家に帰り、なんとなく夜まで過ごした。魂を抜かれたみたいにどう過ごしたか思い出せない。
 ただ、強烈に「公園に行かなければいけない」という思いは抱えていた。
 気がつくと夜の十一時半だった。蒸し暑さから逃れるようにエアコンをつけ、ベッドに横になる。
 ……まずい。
 まるで、ドラマや漫画のような「数日後」などの言葉で勝手に時間が経ってしまっている、あの現象に似ていた。
 もう夏も終わる。
 お昼にツクツクボウシが鳴き、夕方になればヒグラシと秋の虫が混合して鳴いている。
 しかし、いつ、夏が終わった?
 いつ、夏休みが残り一日になった?
 それがまるで思い出せないのだ。
 そしてリカはまた、感情と反してこう言う。
 「あ、公園に行く時間だ。マナさんが待ってるかなあ?」

 違和感しかない。
 自分が二人に分離しているかのようだ。リカは雨の降る公園へと傘を差して現れ、マナが笑顔で向かい入れる。
 そしてリカは再び、メグという少女に会うのである。

 

二話

 メグに出会った。
 メグは「いつも」の会話をした。リカはてきとうに聞き流して壱(いち)の世界とやらにいく……。
 「……また来ちゃった……」
 リカはとぼとぼと公園から遠ざかった。夏の日差しはやや収まり、秋に近い雲が流れていく。
 「こっちも……いつ夏が終わりかけたんだろ……」
 商店街とは逆の住宅街へ進んだ。とんぼがリカの横をかすめていく。
 「それで……」
 リカは蒸し暑い中、住宅街の億物件近くで佇む男性を見つける。
 「栄次さんがいるわけ」
 「……? 今、俺の名を……」
 栄次は眉を寄せたままリカに近づいてきた。
 「栄次さん……私はリカです。助けてください……」
 いつも時間経過はしているのに、状況と状態だけがなぜか巻き戻っている。栄次はリカを覚えていないし、きっと同じことを言うのだろう。
 「……リカ、お前は何かの神なのか? 何の神だ?」
 「知らないです」
 「そうか、ではナオに……」
 「ナオさんには会いたくない!」
 一連の会話の中、リカは必死に言った。
 「しかし……『ナオ以外に何の神かを知ることは……』」
 「ああ……」
 それを聞いたリカは何かを悟った。
 ……これは運命に食い込まれているんだ。
 「なぜ、会うことを拒む」
 栄次は戸惑いながらリカを見据えた。
 「たぶん、私はナオさんに会う過程で変な男に斬られるんです」
 「変な男だと?」
 「はい、剣王っていう名前だったと思います……」
 リカが出した名前に栄次の眉が上がった。
 「剣王……か。それは不思議な予知夢だ。予知夢の話で良いのか? リカを斬るとは思えん……。そういう男ではないぞ……。ただの悪い夢を見たのではないか?」
 リカは剣王という人物を知らない。栄次にハッキリそう言われると、自信がなくなってきた。
 「いきなり斬りかかってきたような気がするんだけど……」
 頭を抱えるリカをよそに、栄次は困惑しながら口を開いた。
 「とりあえず、ナオに会ってみないか? 夢の話は正しいかわからぬ」
 「……そ、そうですかね……」 
 二回目は違うかもしれない。
 そういう期待があった。
 とりあえず、リカはもう一度ナオの場所へ行くことにした。

 しかし……。
 リカは再び自室のベッドの上にいた。
 時刻は午後十一時半。
 「……はあ……公園にいかないと」
 結果的にリカは剣王という男に斬られた。そして再度、向こうの世界に行く話をマナにされたところだ。
 「まじか……」
 ため息をつきつつ、リカはベッドから起き上がる。
 昼間はセミが鳴いているが、夜は秋の虫の声が響いている。
 リカはまた公園に立った。
 滑り台の近くで、笑顔のマナがこちらに向かい、手を振っていた。
 

三話

 「うう……」
 リカは泣いていた。同じことを強制的にやらされ、何度も「タケミカヅチ」という男に斬られた。
 アヤの方面から逃げて、栄次に会うと決まってタケミカヅチに斬られる。
 そう、もうすでに五回も最初と同じことをしている。
 不気味な億物件の土地から、歴史神ナオ、そしてタケミカヅチ。
 こちら方面は何度も同じ場面になってしまうのだ。
 「もう……あの男に殺されたくない」
 リカは栄次に泣きついていた。
 「……」
 栄次は困惑しながらリカを見据えている。栄次は毎回リカに初めて会っているため、リカの行動が理解できない。
 「タケミカヅチが! 私を殺しに来る!」
 「……大丈夫か? あの神がリカを狙う必要はないはずだ。怖い夢でも見たのだろう」
 「ち、違う!」
 この会話は前回したのだ。四回目の時、リカが怖がってナオに会いに行くのを渋った。その時に、栄次から「狙われる必要はないはずだ。安心しろ」と言われ、安心してついていったら殺されてしまった。
 「もう嫌……怖い……痛い……」
 リカが激しく泣くので、栄次は困惑したまま抱き寄せた。
 「わかった。襲われること前提で行く。初動は俺が受け流す。安心しろ」
 五回目に聞いたことのない言葉が出たので、震えながら栄次に頷いた。
 そしてあの気味悪い億物件を通りすぎ、イタリアンレストランの壁にある階段を降りる。
 栄次はリカを前に歩かせ、刀の鯉口(こいくち)を切った状態のまま、歴史書店に入った。
 「失礼する」
 「わっ! なんだよ! 栄次! 俺を殺しにきたの!?」
 開口一番で、着物にワイシャツ姿の青年ムスビが顔を青くして栄次に叫んだ。
 「ムスビ、ナオを守れ」
 「は?」
 ムスビが眉を寄せた刹那、栄次はリカを乱暴に倒し、刀を抜いた。甲高い金属音が響く。
 「たけっ……たけみか……」
 リカは半分過呼吸になりながら体を起こし、栄次と刃を交えている男を見る。
 「はーあぁ。邪魔してほしくないなあー」
 タケミカヅチは薄い笑みを浮かべながら栄次を力で押し付けていた。
 「くっ……驚いたな……本当に襲ってくるとは」
 「ど、どうなってるの?」
 ムスビは目を丸くし、動揺しながらナオの元へと走る。
 「ナオさん! なんかやべぇ!」
 本に埋もれて眠っていたナオもあまりの異常性に目を開けた。
 「タケミカヅチ!? 西の剣王がなぜここに……」
 「俺達を処罰しにきたわけではなさそうだけど……ほら、俺達が住んでる高天原西のトップじゃん」
 ムスビはなんだかわからずに強い結界を張り、栄次とタケミカヅチを離した。
 「それがしの軍の……暦結神(こよいむすびのかみ)ムスビ、霊史直神(れいしなおのかみ)ナオ。そこにいる女を渡せ」
 タケミカヅチ、西の剣王は腰が抜けているリカを指差し、静かに言った。
 「ちょ、ちょっと待って……この子、怯えちゃってるよ。あんた、何したんだ。この子に」
 ムスビがリカの背中を撫でながら、剣王を睨み付けた。
 「そうです。弱き者を蹂躙するような考え方はわたくしは嫌いですね」
 ナオもリカに寄り添い、剣王に鋭く声をかけた。
 「やーだねぇ。その子、こちらの世界を壊すんだよー。だから仕方ないんだよ」
 剣王は軽く結界を破ると、平然とリカに近づいてきた。
 「まずい……」
 栄次が刀を振りかぶり、剣王に挑む。剣王タケミカヅチは剣神であり、軍神だ。
 腕の立つ栄次でも勝てる相手ではない。
 栄次は力負けし、尋常ではない力で剣王に弾き飛ばされ、歴史書の海に落とされた。
 「な、なんだかわかりませんが、逃げます!」
 ナオがどこからか巻物を取り出した。
 「火の神、カグツチ!」
 ナオは巻物に書いてある歴史を素早く読んだ。刹那、巻物からごうごうと炎の渦が舞い、剣王を攻撃し始めた。
 「なるほどねぇ、読んだ神々の歴史を纏(まと)える能力かあ。じゃあ、これだ」
 剣王は軽く笑うと、十束(とつか)の剣「アメノオハバリ」を手から出現させた。
 「アメノオハバリはイザナミ、イザナギ家系のみ出せる剣。そう、カグヅチを斬った剣だねぇ。それがしの父でもあるんだよー」
 話しながら、きれいな装飾がされた不思議な剣でカグヅチをあっという間に斬ってしまった。
 「ああ、油断したねぇ」
 カグヅチが消えて、視界が晴れるとリカ達の姿がなかった。
「まあ、いいか。気配でどこにいるかわかる」
 剣王はアメノオハバリを光に包んで消すとリカ達を追いかけていった。
 
 ※※

 「はあ……はあ……」
 リカの他に震えているナオとムスビを連れ、栄次は道を駆けた。
 「急げ! 剣王はすぐに来る」
 リカは目に涙を浮かべながら住宅街を走る。生きたいという生存本能からか、足の震えは収まり、必死で栄次についていくことが今のところできている。
 「わたくし達も上司に逆らってしまったので今は逃げたいですね……」
 「ですねー」
 ナオとムスビは身を寄せ合ってリカの後を走っていた。
 行き道とは逆に走り、住宅街を抜けて、大きな公園を突っ切ると目の前に図書館があった。
 商店街とも住宅街とも違う、反対の方角だ。
 「図書館……よし、行く道は決まった」
 栄次が頷き、ナオとムスビも納得した顔をした。しかし、リカだけはわからない。
 ……図書館って逃げ場がなくなっちゃう……。
 リカが困惑していると、公園の木の上から剣王が降ってきた。
 「なっ!」
 リカを頭から斬り落とそうとした刹那、栄次がすばやく剣王の剣を受け止める。
 「……くっ……」
 「あーあー、また受け止めるのぉ? 困っちゃうなあ」
 剣王は呑気に言うが、栄次は剣王の力にじりじりと押され、声を発することができない。
 ……もう、ダメか。
 リカはあきらめた。栄次に会ってナオに会うのは「死」しか待っていない。
 ……ならば、もうやらない。
 次があるならば、ここを避ける。
 「その前に……」
 リカは青ざめているナオを見た。
 「ナオさん、私が神かどうか調べて。私が死ぬ前に。お願いします!」
 栄次が剣王と戦う僅かな時間でリカは自分がなんなのか知ることにした。
 「……え……」
 「はやく!」
 リカの気迫にナオは戸惑いながら巻物を取り出し、リカに投げた。巻物はリカをまわり、ナオの横にいるムスビに吸い込まれ、消えた。
 「……わかりました。あなたは……」
 「リカっ!」
 栄次の鋭い声が聞こえる。
 剣の唸りも背中から感じる。
 しかし、リカは動かずにナオを真っ直ぐ見据えた。ナオの言葉を聞き漏らさないように。
 背中に衝撃が走る。
 力がなくなる。
 暗くなっていく……。
 沢山の電子数字に囲まれながら、最期に聞こえた。
 「あなたは、時神です」
 と。
 
 

四話

 ……時神……。
 「ときかみ、ときがみ、時神」
 リカは朝日が差し込む自室のベッドの上にいた。
 「全然なんのことかわからない。だけど、確かアヤが時神だった」
 栄次もプラズマって神も時神だと言っていた。
 ……それで、私も時神。
 過去、現代、未来の時神があちらにはいる。
 「じゃあ、私はなんなのか」
 リカは頭を悩ませながら起き上がった。
 ……そろそろ……。
 ピンポーン。
 ドアのチャイムが鳴る。
 「来た」
 リカはうんざりしながら、トマトモチーフのパーカーを羽織る。
 最近、突然に肌寒くなり、秋の訪れを実感していた。
 「秋かあ……」
 よくわからないまま、マナに会う。意思と反し、楽しそうに会話をする。
 「じゃあ、零時に公園でね」
 「はーい、楽しみ!」
 わけわからない会話をして、笑顔でマナと別れた。
 「はあ……」
 リカはため息をついて自室に戻ろうとして立ち止まった。
 ……まてよ……。
 「図書館だ……。こっちの図書館に神様の記述があるかも。なかったら少しでも向こうで調べよう」
 リカはトマトの形をしたかわいいハンドバッグを持つと外へと飛び出していった。
 図書館へ走る。
 走りながら調べる神の名前を反芻した。
 タケミカヅチ、イザナミ、イザナギ、アメノオハバリ、カグヅチ、スサノオ、時神……。
 こちらの世界にはいままで「神様」がいなかった。「神様」という名前は昔からあったが、誰も信じていない。今は「マナ」の影響で「神様」が再注目された。
 今はいるのだ。
 なくなった存在が復活している。
 リカは駅前の図書館にたどり着いた。赤トンボが多数飛んでいく。だいぶん涼しくなり、走っても汗をかかない。駅前の街路樹はやや色づいてきていた。
 「ついた」
 リカは顔を緊張させ、図書館の自動ドアを抜けた。
 神様の記述がありそうな本棚を探す。いやでもマナが書いた「TOKIの世界書」に行き着いてしまうが、今は読まない。
 学生のマナが書いたこの小説は異例のヒットで、今やどこの図書館にもある。
 ではなく、神様の記述がしてある歴史書を探しているのだ。
 「一応、向こうでも探してみるけど、こちらでも……」
 リカは「古事記」という歴史書を見つけた。
 ……えーと、日本の神話……これだ。
 閲覧席に戻り、本を開いてみる。
 「うげぇ……古文か……」
 日本で使われていた昔の文字がびっしり書いてある。同じ読みでも今と意味が違うものもあるので、読めるか自信がなかった。
 「えー……と、えーと……」
 漢字だらけの中で読めない中、最初の一文に「アマノミナカヌシ」という言葉を発見した。
 その神が宇宙を創った神だという。
 ……どっかで、聞いた……。
 「あ!」
 記憶を辿ると、マナがそう言っていた。
 アマノミナヌシに逆らうとは……。
 そう言った。
 「あれ? でも……これミナカヌシ……」
 なぜ、マナは「カ」を抜いたのか。間違えただけなのか。
 他に言っていたことを思い出す。
 ……アマノミナヌシの力を持っている。
 そんなような事も言っていた気がする。
 つまりマナは……この話が本当ならば創造神ってことだ。
 さらにリカはアマノミナカヌシの文字を見て息を飲んだ。
 「気のせいじゃないよね……。考えすぎ?」
 アマノミナカヌシの言葉の中に「マナ」がいた。
 「いや、まさか……さすがに」
 苦笑いをしつつ、自己解釈で読み進める。全くわからないわけではない。学校の授業で古文は国語のテストに出るのだ。
 「うーん……うーん……」
 リカは唸りつつ、解読する。
 なんとなくわかった。
 リカは調べる神の部分だけ、頑張って読んだ。
 結果としてわかったことは、アマノミナカヌシが世界を創り、イザナギ、イザナミが産まれ、最初の子供である蛭子神(ひるこかみ)エビスが弱い子供だったために海へ流され、そこから色々あって沢山の子供ができて、最後の子供になったのが「カグヅチ」で、カグヅチがイザナミの陰部を焼いてしまったことによりイザナミが死に、怒ったイザナギが神剣「アメノオハバリ」を使い、カグヅチを斬り殺す、その時に飛び散った血から産まれたのが「タケミカヅチ」。
 それから、死者の国、黄泉の世界にイザナギが会いに行くがイザナミはひどい姿だったので、イザナギは黄泉から逃げて体を清めた。厄を落としているとその厄からさらに子供が産まれたという……。
 その時に産まれたのが「アマテラス」、「ツクヨミ」、「スサノオ」。
 こんな感じで神が沢山産まれたらしいが、ついこないだまで、神々は存在すらしていなかった。
 この古事記という神話は、本当にこちらに昔からあったのだろうか。
 「わけわからん……。神が産まれた理由も何もかも、意味がわからない。おしっことかから産まれるとか、なんなの?」
 リカは頭を抱えたが、内容はなんだか役には立ちそうだ。
 とりあえず、本を借りて家に帰った。

五話

 リカは再び、壱(いち)の世界とやらにいた。
 「はあ……えーと」
 リカはいつもの公園を見回して場所を確認する。いつの間にか秋になっており、紅葉がヒラヒラと落ちていく。
 「あっちが商店街でアヤがいる、こっちは栄次がいて死ぬ……」
 リカは振り向いて大きな建物を睨む。
 「あそこは図書館。図書館は前回、よくわからないけど、避難場所にしている神がいた。よし、あっちだ」
 リカはアヤがこちらに気づく前に逃げるように図書館方面へ走った。こちらは大通りが近く、車が通りすぎる音がやたらと響く。
 図書館の自動ドアを抜けようとした刹那、軽い感じの男の声がした。
 「そこの、ほら……えーと、トマトみたいな子!」
 トマトをモチーフにした服を着ているリカは慌てて振り返った。
 敵かもしれないと警戒したのだ。
 しかし、目の前にいたのは時神未来神、湯瀬(ゆせ)プラズマだった。
 「プラズマ……さん?」
 「お? 俺を知ってんの? なんかさ、変な雰囲気纏ってるから声をかけたんだけど、あんた神か?」
 リカは複雑な顔を向けた。
 以前、時神だと言われたのだが、実際にはよくわからないのだ。
 人間だとも言えず、リカは頭を悩ませる。
 「えーと、ですね……。よくわからなくて」
 「ほー、ああ、ならさ、ナオのとこが……」
 プラズマがそう発した刹那、リカの顔色が変わる。
 「ナオさんのとこにはいかない!」
 「お……おぅ。なんだよ、こえー」
 プラズマはリカの雰囲気に怯え、戸惑いの声を上げた。
 「あ、ごめんなさい。図書館に行こうかと……」
 リカは慌てて顔を戻すと、とりあえずそう言った。
 「ああ、なるほど。図書館ね。そりゃあ、いい考えかもな」
 「……?」
 プラズマが苦笑いを向けてきたが、リカにはなんだかわからなかった。図書館に行くのがいい考えとはなんなのか。
 自分の記述が図書館にあるのか?
 「あいつのとこに行くんだろ?」
 プラズマはリカが眉を寄せているので、確認するように問いかけてきた。
 ……なんだかわからない。
 リカにはわからない。
 リカはどうするか迷っていた。
 知ったかぶりをして同意するか、何なのかを聞くか。
 「わ、私っ……殺されたりしますか?」
 「はあ?」
 リカは動揺のあまり一番意味不明な発言をしてしまった。案の定、プラズマは首を傾げる。
 「あっ……えっと……その……」
 「あいつは大丈夫だと思うけどなあ……。なんでそんなに怯える。お前、尋常じゃないくらい震えてるぞ」
 プラズマに問われ、リカは勝手に震えていた事に気がついた。
 頭が真っ白になった。
 初めての経験は不安でいっぱいだ。今度はどういう殺され方をするのか。
 考える部分はそこばかり。
 「んー、比較的、『こっち』の神は女神に手を上げないぞ。役割があるからな。神話上、男は力強い力……大地を活性化したりとか、滅ぼしたりする力が強くて、女は産み出す力や育てる力が強い。男女は逆なんだ。逆だから世界が保たれる。神の世界は天秤さ。だから、女神を突然襲ったりはしないぞ。単純な破壊の力は男が勝るからな。女を蹂躙する気質の神は今は少ない」
 「……よくわかりません。でも待って……。ねぇ、今、『こっち』って言いませんでしたか!?」
 リカはプラズマの『こっち』の神は……という部分が引っ掛かった。
 「ん? あー、向こうは伍(ご)の世界だろ? 詳しくは知らないけど」
 「そっ、そう! 伍(ご)! 私はそこから来たみたいで……」
 「へぇ」
 必死なリカにプラズマは不気味な笑みを向けた。
 「じゃあ、俺も図書館行く」
 「私をどうかしたりしません?」
 リカはプラズマのつかみ所がない部分を疑っていた。
 「え? どうかってなにするの? 言ってみな」
 「えっ……えー……」
 リカは逆に問われ、戸惑い、目を泳がせるが、反対にプラズマはいじわるそうに笑っていた。
 とりあえず、リカはプラズマを連れて図書館へと入っていった。

新しい世界へ

 プラズマと共に図書館に入ったリカは、すぐに近づいてきた女性に驚いた。動きが機械のようだったからだ。
 「な、なに? 司書? さん?」
 リカは戸惑いながら構えた。前はこうやって油断していたから殺されたことを思い出す。
 「右の歴史書の棚を左です」
 女性はそれだけ言うと、消えるように持ち場へ去っていった。
 「……? どういうこと? 意味わからないんだけど……。なんか不思議な人だね」
 リカが疑問がいっぱいの顔をしている横でプラズマが口を開く。
 「あー、あれはな、これから会いに行く神が作った人形だ。人間には見えない」
 「それ、中学生がよくやる妄想じゃないですよね?」
 「例え悪っ」
 信じていないリカにプラズマは頭を抱えた。
 「ごめんなさい」
 「ま、まあいいや、行けばわかるしな」
 「行けばわかる?」
 リカが眉を寄せ、プラズマが強引に手を引っ張る。
 女性が言った通りに、右の歴史書の棚を左に曲がった。入ってすぐの歴史書棚は人がまるでいない。
 「ち、ちょっと! そっち壁なんじゃ……」
 リカは外からの雰囲気で図書館の大きさをなんとなく把握していた。
 「見てみろよ」
 プラズマはリカの背を軽く押し、確認させた。
 「え……本棚がある。壁がない?」
 「あー、やっぱり、あんた、神か。二重で神か判断できたな。霊的空間が見えるんだろ?」
 「え?」
 リカは訝しげにプラズマを仰いだ。
 「ああ、だから、ここは壁なんだ。人間には壁に見える。人間は物理的なもの以外は見えないんだ。神は霊的なものだから霊的空間が見えるわけ」
 「……っ。私はやっぱり神なんですか?」
 「少なくとも人間ではないね」
 「……本当に時神なの……私」
 リカが小さく漏らした言葉にプラズマの眉が跳ねるが、プラズマは顔には出さずに笑顔で続けた。
 「まあ、気にすんな。とりあえず霊的空間に入れ」
 「気になりますよ……。気にすんなって無理です。これでトラブルが起きてるんですからっ」
 プラズマに強引に霊的な空間に押し込まれつつ、リカは必死に言った。ただ、図書館なので、声を落とす。
 「ナオがダメなら、ここの神に聞いてみりゃあいい」
 プラズマは霊的空間内の本棚から、一冊しかなかった真っ白い本を取り出した。
 本には『天記神』というタイトルが書いてある。
 「てんき……じん?」
 「いや、『あめのしるしのかみ』だ」
 プラズマはそう言うと、前触れもなく白い本を開いた。
 霊的空間が真っ白に染まって、リカはどこかへ飛ばされた。

※※

 「う……?」
 光がおさまり、リカはゆっくり目を開ける。
 「ん!?」
 リカは目を開けて早々に思考が停止した。
 戸惑いと動揺が一気に押し寄せ、慌てる。
 当然だ。
 先ほどまで図書館にいたのだが、今は霧がかかる森の中にいる。ジメジメはしていないが、気持ちいい木の香り、自然の匂いがリカの周りを回っていた。
 「ん? ちょっと……え?」
 「ああ、心配すんな。神々用の図書館がある庭にいるだけだ」
 ふと、横にプラズマがいた。
 「神々用の……図書館……」
 「そうだ。ここは弐(に)の世界と壱(いち)の世界の境なんだ。って言ってもわからねぇか」
 プラズマは軽く笑うと歩き出した。
 「弐(に)……ワダツミのメグがいたとこだ」
 ぼんやりそんなことを思い出したリカは、その後、唐突に叫んだ。
 「ええ!? 弐の世界の境目っ!? プラズマさん!」
 「うおっ! びっくりした! なんだ?」
 プラズマは足を止め、肩をびくつかせて振り返った。
 「弐の世界を知っているなら、ワダツミのメグって神を知らないですか!?」
 「ワダツミ……海神だな。会ったことはないが、名前なら知ってるぞ」
 「そうですか」
 リカは肩を落とした。
 知っていたらどんな神なのか、聞くつもりだったのだ。今は何でも調べて情報を手に入れる。
 栄次方面のようになるのは、もう嫌なのだ。
 「……待てよ」
 リカは今までの会話を良く思い出してみた。最初のアヤとの会話だ。
 たしか、アヤがワダツミのメグを知ってると言っていなかったか?
 ……ワダツミのメグは知っているけど、そこから先はまるでわからないわね。
 あの時、アヤにいきさつを話した時、彼女は確かにそう言っていた。
 「言ってたぞ……。確かに言ってた! しかもアヤのところは太陽神サキを見させられて元に戻るだけ。プラズマさんとこの図書館に行ったら、聞きに行って、一回向こうに戻って……」
 「おーい……とりあえず、行かない?」
 プラズマがぶつぶつ言っているリカに痺れを切らし、尋ねてきた。
 「え、あ……はい」
 リカはとりあえず、頭を図書館へ戻し、歩き出した。

二話

 図書館だと思われる建物は古い洋館のようだった。明治あたりにありそうな雰囲気だ。
 ただ、それをぶち壊しているのは沢山ある盆栽園だ。
 なぜだかはわからないが盆栽がいっぱいある。盆栽があることで和風なのか洋風なのかわからなくなっていた。
 「不気味なんですけど……」
 「まあ、中は書庫って感じだけどな」
 プラズマはリカを進ませて古びたドアを開ける。
 錆び付いた音がしたが、扉はすんなり開いた。
 「いらっしゃいませ」
 扉を開けた瞬間に男の声がした。
 「こちらへどうぞー! あら!?」
 星形の変な帽子に紫の水干袴のようなものを着た謎の男性が、きれいな青い長髪をなびかせたまま、リカ達を迎えた。
 「……えーと……」
 「ああ、あれが書庫の神、『天記神(あまのしるしのかみ)』だ。ちなみに心は女だよ」
 格好からプラズマの説明まで、情報が多すぎてリカは機能停止をおこしかけた。
 「こ、こんにちは」
 かろうじて返事はできたが、頭は真っ白だ。
 「私は天記神。この図書館の館長よ。理由があってこの図書館から出ることができないので、外で私に会うのは不可能なの。あ、盆栽園までなら行けますわよ。盆栽見ていかれます?」
 何かの機械のように次から次へと言葉が生成されていくので、かなりおしゃべりな神のようだ。
 「い、いえ……えー……なんでしたっけ?」
 頭の機能停止中のリカは何をしにきたのか、まるっと忘れてしまった。
 「なんか、調べたいんじゃなかったのか?」
 プラズマに言われ、ようやくやりたいことを思い出したリカは、慌てて天記神を仰ぐ。
 「『この世界』の神様について知りたいんです。あ、あと、避難場所として……」
 リカの発言に天記神は眉を寄せた。
 「この世界って弐(に)の世界のことかしら?」
 「……え?」
 なんか話が噛み合わない。
 弐の世界……。
 海神のメグが説明していた。
 弐は想像や霊魂の世界だと。
 「ああ、彼女はたぶん、壱について聞いてる」
 呆然としていたリカにプラズマが助け船を出した。
 「そっ、その前にっ、ここは弐なんですか?」
 「そうですよ」
 頭が割れそうだ。先程の場所(壱の世界とやら)とは世界が違うというのか。
 リカは額を指で叩きながら頭痛を追い出す。
 「ま、まあ……今はそれは良くて、私の記述とか、スサノオの記述とか壱の世界の歴史書はありますか?」
 リカはなんとか声にだし、天記神に言った。
 「ええ。ありますよ。あなたの記述は……ないですけど」
 天記神は人差し指をわずかに動かした。すると、高い位置の本棚から本が八冊ふわふわと飛び、閲覧席の机に並んだ。
 「こちらがそうですね。細かい一柱の神を調べたいのなら、神の名前を言っていただけたら、その記述の本を出しますが、全体ならこちらですね」
 リカは八冊の本を見て、激しく震え出した。
 「……おい、どうした?」
 プラズマが心配して背中をさするが、リカは本から目が離せなかった。
 机に並べられたのはマナが書いた小説「TOKIの世界書全七巻」と「古事記」だった。

三話

 「うそ……なんでこれがこちらの世界に?」
 リカは震える手で「TOKIの世界書」を手に取る。
 「誰も知らなかったよね。こちらの世界の神……」
 よく眺めてみると、作者名がなかった。
 「……名前がない。マナさんの名前が書いてない」
 「そちらが気になります?」
 天記神が紅茶を入れながら、優しくこちらを見てきた。リカは震える手でカップを持ち、紅茶に口をつける。 
 「こ、この本、なんで作者名が……」
 「歴史書ですからね。木々の記憶を本にしたものですから、作者はいません。まあ、私が編集したから、編集者は私かしら?」
 天記神の発言でさらにわけがわからなくなった。
 「TOKIの世界書」はマナが書いた「小説」であって、「歴史書」ではない。
 「どういう……こと?」
 リカは紅茶を飲んで少し落ちついた後、「TOKIの世界書」を開いた。
 「……え?」
 リカは眉を寄せた。内容が違う。いや、よく見ると内容は一緒だ。
 ただ、こちらは起こったことが年表のように書かれていて、小説とは呼べない。
 ……内容が一緒なのに、「小説」じゃない。本当にあった事が書かれている「歴史書」だ。
 パラパラめくったリカは最後部分を読んでみた。
 ……確か、マナさんの小説では、時神の持つデータと、イザナミ、イザナギの持つ矛を使って主人公がワールドシステムに入って、アマノミナカヌシに出会う。アマノミナカヌシはビックバン後、滅んだ「世界」の生き残りで、新しくできた今の世界が前のデータを参考にしやすいように、存在しないデータとして「存在」していると。
 小説では主人公に名前はなく、アマノミナカヌシのデータの一部を持つ少女という設定しかなかった。
 しかし、こちらの「歴史書」では……。
 リカは汗を拭いながら歴史書を読み進めていく。
 「……」
 声が出なかった。頭は真っ白だ。
 その「歴史書」には、主人公がいない。
 しかし、ワールドシステムに入った少女の名前がすべて「現人神(あらひとがみ)マナ」になっていた。
 「……マナさん……どういうこと? 偶然?」
 リカが動揺している時、プラズマがなぜかドアに向かって銃を構えていた。
 「え?」
 「なんだかわからねぇけど、殺気がする」
 「……さっ……」
 リカが唾を飲み込んだ刹那、ドアが開き、タケミカヅチ神が入ってきた。
 「ひっ!」
 リカは怯え、後退りをするが、タケミカヅチ神は容赦なく距離を詰め、誰も動かぬ内にリカを斬りつけた。
 「ここにいたのかぁ。『ワイズ』も指示だけ飛ばさずに自分でやればいいのにー」
 「どういうことだ? 剣王!」
 プラズマの焦る声が響き、天記神の悲鳴がリカの耳に届く。
 リカの身体からは血の代わりに沢山の電子数字が飛び散っていた。
 「おいっ! しっかりしろ! ひでぇやつだ! なんでこんなことするんだっ!」
 プラズマが怒り、剣王はため息をつく。
 「何も知らない君達に言う必要はないなあー」
 「この子が何したって言うんだっ! くそっ……死んじまうっ! おいっ!! 目を開けろっ!」
 薄れる視界の中、本能的に最後まで会話に耳を傾けたリカはやがて、真っ暗闇に落とされた。 

四話

 「あー……」
 リカはベッドの上にいた。
 身体をとりあえず起こす。
 「終わった……」
 窓から落ち葉が風に舞うのが見える。気がつくと寒くなっていた。
 ……寒く……。
 もうリカには、「先ほどまで夏だったよね」とか、「秋だった気がする」とか、不思議がる余裕もなく、冬になっていたとしても、気にかけはしない。
 「あーあ。もうヤダなァ……」
 いままで頑張った自分を思い出す。もう新しそうな場所はない。
 新しいことをするのも怖い。
 ……殺されたくない……。
 一番出会ったらまずいのは「タケミカヅチ」。ほぼ、間違いなく死ぬ。
 ならば、どうするか。
 「えーと、どうしようとしていたんだったかなあ……」
 アヤに会って何かをする予定だった気がする。
 「えっと、えーと……。あ、メグ!」
 しばらく悩んだリカは脳を元に戻し、情報を整理した。
 「アヤさんがメグを知っていたんだ! だからっ……」
 そこまで考えて新たな策を思い付いた。アヤに会ってからサキに会うことになるのだが、それを元々会っていたことにするのはどうだろうか。
 元々サキに会っていると嘘をついたら、もう一度会おうとはならないはずだ。
 「なんの神なのかとか、ある程度の情報はあるんだ」
 リカは息を深く吐くと、覚悟を決めた。
 「よし」
 気持ちを落ち着かせたところでチャイムが鳴った。
 マナが来たのだ。
 リカは玄関先を睨み付けてから、ドアを開け、変わらぬ笑顔のマナを迎える。
 なにかを話している。
 耳にはもう入ってこない。
 リカはもう中身を知っているが、内容はすり抜けていく。
 「うん、わかった! 行く」
 話を何も聞いていないのに、リカは心底楽しそうに頷く。
 ……はあ。
 このやりとり、なんなんだろ。
 何度も何度も、都合の悪いところで消されるゲームのセーブデータみたい。
 空が曇り始める。
 今夜も降りそうだ。
 寒々しい雨が。

五話

 その日の夜。
 リカはトマトがモチーフのオシャレコートを着込み、震えながら外に出た。
 「さ、寒い……」
 冷たい雨が屋根を打ち付ける中、リカはトマトモチーフのかわいい傘を差した。
 「あー、夕食にトマト食べてくれば良かった……。トマト食べたい……。あの、糖度の高いリコピちゃんってトマト、冷蔵庫に入れっぱなし……。冬なのに美味しいトマトっていいよね……」
 どうでもいいことをつぶやきながら、リカは公園へ急ぐ。
 本当は急ぎたくはない。
 暗くて寒い公園で、マナが微笑みながら手を振っていた。
 ……今に見てろ……。
 絶対にループから抜け出してやる。
 リカはもう、戸惑わない。
 
 ※※

 マナと取っ組み合って水溜まりを回避しようとしたが、無理だった。運悪く石につまずいたのだ。
 「くそっ……」
 汚い言葉を吐きながら、リカは弐の世界とやらの、深海魚がうごめく謎の場所で身体を起こす。
 「次は、メグに会うのか……」
 憂鬱になっていた時、ふとまた閃いた。
 「逃げちゃえ!」
 メグに会わないというのが、ループからの脱出なのかもしれない。
 リカは走って逃げた。静かな空間にリカの足音が響く。
 「逃げちゃえば、会わなければ……」
 気がつくと、地に足がついていなかった。息もなぜか苦しい。
 「がはっ……」
 口から泡が漏れる。
 チョウチンアンコウのような深海魚がリカの横を通りすぎた。
 真っ暗な空間。
 塩辛い水……。
 ……嘘……海中!?
 「ごぼぼっ……」
 目の前が暗くなる。
 意識が遠退く。
 「ごふっ……」
 ……苦しい……苦しいっ!
 助けて!
 誰かっ!
 
 ……だれか……
 
 ※※

 「嘘でしょ……」
 リカは自室のベッドの上にいた。死に戻りだ。
 「信じらんない! 溺死!? 溺死したってこと?」
 目に涙を浮かべ、リカはしばらく泣いた。
 「苦しかった……もうヤダ……あんなの」
 溺死は苦しい。
 そして孤独だ。
 「やっぱり……メグに会わないとダメか。じゃあやっぱり、サキって神に会ったことにするのを試す」
 独り言を言わなければ、死の恐怖に押し潰されそうだった。
 ピンポーン……。
 インターホンの音が聞こえる。
 「ああ……そう」
 リカはうんざりしながらベッドから立ち上がった。

※※

 マナと取っ組み合いをして運悪く石につまずいたリカは、素直に壱の世界に行った。
 そして雪が残る公園で、まな板の上の魚のように寝転がっていた。
 しばらくして、アヤが現れた。
 アヤは冬にピッタリなマフラーをし、手袋とコートで暖かい格好をしていた。
 「あの……大丈夫ですか?」
 「うん。大丈夫」
 心配そうなアヤを仰ぎつつ、リカは身体を起こした。
 「えっと、もしかして……」
 「私達は同い年だから、丁寧に話さなくていいよ」
 リカはアヤにそっけなく言った。何度もやりすぎて感情が入らなくなったのだ。
 「ああ、そう……」
 アヤは戸惑いながらリカを見ている。
 「私ね、時神なんだ。アヤさんと同じだね! サキに会ったよ! いい神だねー。友達になれそうだった!」
 リカは無理やり声を高くして、楽しそうに語った。
 「……サキを知ってる……の? それに……時神? 時神はこちら(壱)には私しかいないはずよ。過去である参(さん)には栄次が、未来である肆(よん)にはプラズマがいるはずで、三柱しかいないはずなのよ。ああ、でも、海外には日本神じゃない時神がいるかも……」
 「うんうん! そうなんだ! ところでさ、ワダツミのメグって知ってる?」
 リカはアヤの説明を聞きつつ、メグについての情報を集める。
 「メグ? 知ってるわよ。『弐』の世界にいる神でしょ。深海に住んでいるわ。深海は人間がたどり着けない場所で、そこまで行く前に魂だけになってしまうから、霊魂の世界である『弐』にも被っているって話。その深海に霊的空間を広げて住んでいるのがメグよ」
 リカはアヤの話を聞いて頷いた。
 ……なるほど。「弐」にも被っているっていう「霊的空間」から出たから現実的な深海に叩き落とされたんだ。私。
 先程の現象はなんとなくわかった。
 リカが頑張って頷いていると、アヤの顔つきが変わった。
 ……ああ、あれか。
 時間が歪んで、過去(参)と未来(肆)から栄次とプラズマが来たんだ。
 何も変わらずに世界は進む。
 
 

六話

 アヤと商店街に入った刹那、一回目にあったような頭痛がした。
 立ってはいられず、膝をつく。
 記憶が断片的に流れていく。
 アヤと初めて出会った時の会話のパターンを追いながら、リカは冷静に考えた。
 ……これはなんだ?
 世界は毎回リセットされているんじゃないのか?
 なぜ、アヤと出会った色々なパターンが頭に浮かんでくる?
 頭に流れてくるのは、アヤと出会った時だけ。
 そう、アヤに会った時だけ。
 「……そうか……」
 リカは目を閉じ、ゆっくり開いた。
 ……綻びだ。
 ほころび。
 アヤと出会う方面だけ、前の記憶を消去できていないんだ。
 「わかったぞ……」
 この「システムエラー」が正しい道だ……。
 「そして私は……弐の世界の記憶を切り刻んで消していたはずのワダツミのメグを覚えている……」
 そう、今も。
 あの神はこう言った。
 「壱に着いた時には、弐の世界のことを忘れているはずだ」と。
 忘れていない。
 「私は忘れていない!」
 おかしな所を探せ……。
 この世界の矛盾を探せ……。
 負けてたまるか。
 「ね、ねぇ……大丈夫?」
 アヤが不安げに尋ねてきた。
 リカは頷くと、頭から手を離し、立ち上がる。
 「大丈夫……」
 アヤが声をかけようとした刹那、突然に雪が降ってきた。
 雪はありえないくらいの早さで吹雪になり、世界がホワイトアウトする。
 「きゃああ!」
 アヤの悲鳴が聞こえ、リカは雪に埋もれた。しばらくして、視界が開け、雪も降り止んだ。
 急激に寒くなる。商店街では人々がしきりにニュースをつけていた。
 『……原因不明の吹雪が突然市街地を襲いました……専門家は……』
 動揺の声が上がり、ニュースの音量も上がる。
 「まるで、季節がめちゃくちゃになったみたい……。まだ雪が降るには早いのよ」
 アヤは吹雪に飛ばされて足を擦りむいたようだ。ハンカチで傷を抑えていた。
 「アヤさん、大丈夫? 痛そう……手を貸すよ」
 「あ、ありがとう」
 アヤは顔をしかめながら、血を拭い、リカと共に歩き出した。
 ……もうわかってるけど……
 リカはぼんやり思いながら、シャッターが閉まっている店の方を向いた。店の前にサムライ姿の男と赤髪のチャラチャラしたにぃちゃんがいた。
 「栄次、プラズマっ!」
 アヤがふたりを呼ぶ。
 ふたりはアヤを見て顔をしかめた後、ため息をつきつつ、近づいてきた。
 「ここは現代か……」
 栄次の声を聞き、
 「マジかよ……、どうりで古くさいと思ったよ、あんたもいるし」
 プラズマの抜けた声を聞く。
 その後、ふたりは自己紹介し、アヤが怪我をしていることに気付き、心配する……。
 「擦りむいたか? 水で洗い、消毒を……」
 「うわっ、いってぇ……、絆創膏貼ろうぜ!」
 ふたりはリカをちらりと見てから、アヤを抱えて歩き出した。
 「ちょ、ちょっと! なにするのよ! 心配してくれてありがたいけれど、擦りむいただけよ」
 アヤは焦った声をあげるが、男ふたりに抱えられ、身動きができず、恥ずかしさから頬を赤く染める。
 「……おみこしみたいになってるんだけど……」
 リカは初めての展開に不安げな顔でつぶやいた。
 「水道がある公園に行くんだよ。傷を洗い流さないと、バイ菌入るぜ」
 「薬草を摘みに行く……。あとは……薬研(やげん)と……」
 「栄次……薬局に傷薬と絆創膏あるから……」
 でこぼこな会話をするふたりを眺めつつ、リカは再び公園に戻ることを不安に思っていた。
 今回はサキに会う方面ではない。サキの「さ」の字もでないし、リカの会話にならない。
 「ああ、えー」
 栄次が困ったようにリカを見てきたので、リカは慌てて名乗った。
 「リカです。時神です」
 「……時神……」
 栄次は眉を寄せた後、再び口を開いた。
「リカ、すまぬが共に来てくれないか?」
 「はい。アヤさんの怪我をとりあえず、治療しましょう」
 リカが無理やり微笑んだので、栄次は眉をまた寄せたが、何も言わずに歩き出した。
 リカは目を伏せ、震える手を握りしめ、自嘲気味に笑った。
 ……私は何度も痛い思いをした……。苦しい思いもした……。
 そして、何度も死んだ。
 でも、誰も覚えていてくれない。
 辛かったねって言ってくれない。
 いつまでやるんだ、私。
 公園に行ったらさ、死ぬのかな、私。
 誰か助けてよ……私を。
 ねぇ……。
 栄次が振り向いた。
 プラズマも振り向いた。
 アヤは目を見開いた。
 リカは知らずの内に泣いていた。
 「……誰か……私を思い出してよ……」
 優しい時神さん達……。
 アヤの血が地面に落ちる。
 血が落ちた瞬間に、美しく光る大きな五芒星の陣ができた。
 ……ワールドシステムの鍵を開きました……。
 リカの頭に機械音声のような「なにか」が聞こえ始める。
 ……ワダツミの矛はお持ちですか……。
 「……?」
 リカには何を言っているのか理解できない。
 「やはりそうかぁ……まいったねぇ……」
 ふと、聞き覚えのある声を聞き、リカは身体を固くした。
 「ひっ……」
 リカの身体から電子数字が大量に流れる。涙で濡れた瞳でよく見えないが、剣が身体を貫いてるようだ。
 無造作に剣が抜かれる。
 リカは仰向けに倒れた。
 空から再び雪が降り始める。
 「仕留めたかYO。タケミカヅチ……」
 サングラスをかけた不思議な少女がリカを覗き込んでいる。
 「あーあ、まだ消えてない。データが消えてない」
 タケミカヅチが剣先をリカの首に振り下ろした。
 「待つんだよ! なんでその子を狙うんだい!?」
 聞き覚えのある女の声がする……。太陽の王冠に赤い着物、猫のような愛嬌ある目。
 サキだ……。
 ぼやける視界に最期に映ったのは太陽神サキだった。

記憶をたどれ

 「……ちくしょう……。また、戻った」
 リカは涙目になりながら、悔しそうに拳を握りしめた。
 だが、今回はいつもとは違った。色々な事がわかったのだ。
 「まず……」
 リカは勉強机の椅子に座り、メモとペンを用意する。
 「アヤと出会うのが本来の運命である。それから……」
 リカは顔をしかめた。
 「あの時、私の涙か、アヤの血でワールドシステムとかいうのが開いた」
 これを確かめるためには、アヤに怪我をしてもらわなければならない。
 「……血を流させる……」
 リカは唾をごくりと飲み込んだ。
 「ま、待てよ。その前にワダツミの矛……。矛をお持ちですかって聞いてきていたな。ワダツミというと……メグだ」
 リカはメモに「ワダツミのメグが持つ矛」と書いた。
 刹那、玄関先のチャイムが鳴った。
 ピンポーン……
 「もう来たか。……よし!」
 気合いを入れたリカは玄関のドアを開け、笑顔の少女を睨み付けた。
 「リカちゃん、今夜の零時に……」
 笑顔の少女、マナは同じような言葉を発している。
 ……マナはなんなんだろ。
 私に何かをさせたいのか?
 彼女はこのループに巻き込まれていない気がする。

 空が曇り始める。
 また、降るのか。
 雨か、雪か、槍か。
 いや、矛か。

※※

 リカは大人しく、水溜まりに落ちた。
 「あーあ、またここだ」
 水溜まりに落ちたら深海にいる。いつもと同じだ。
 今回は矛を狙うつもりである。
 ワダツミから奪うか、貸してもらうかしなければならない。
 流れるようにメグが現れた。
 「結局、あなたはなんなの?」
 何度も聞いた言葉をワダツミのメグが言う。
 リカは迷った後、時神であると答えた。
 「時神……。壱の時神ではないのだとすると、伍(ご)の時神だけれど、向こうに『この手の神はいない』し、よくわからないから、壱の時神、アヤに頼りなさい」
 リカがいた世界、伍には時神がいないらしい。
 「その前に、メグさんは矛を持ってます?」
 「……矛。私の霊的武器だが?」
 メグは不思議な色をした幾何学模様の矛を、手のひらから手品のように出した。
 「不思議な矛……。それ、貸してくれませんか?」
 「……持てるのは私の神格を持ったものだけだ」
 メグは身長と同じくらい長い矛をリカに渡してきた。
 リカはとりあえず受け取ったが、矛は泡のように弾けて消えていった。
 「……消えた」
 「あなたは私の神格を持っていないようだけど」
 「で、でも! それがないとっ!」
 リカは必死にメグに詰め寄るが、メグの表情は変わらなかった。
 「じゃ、じゃあ! メグさん一緒に……壱に」
 「私はここから動けない。ここは魂や心の世界、弐(に)の世界の入り口。私は弐の世界のみ入れる」
 メグの言葉を聞き、リカは軽く絶望した。
 矛は手に入らないのか?
 「……どうすれば……」
 「とりあえず、伍に送ろうか、壱のアヤに頼るか……」
 気がつけばメグは元の会話になっていた。これから聞き覚えのありすぎる会話になっていくはずだ。
 「はあ……」
 大きなため息をつきつつ、リカは壱の世界……、アヤがいる世界に送られることを望んだ。
 とりあえず、ワールドシステムとやらに入るのを目標に、頑張るしかないとリカは思うのだった。

二話

 雪が降っている。
 恐ろしく寒い。
 リカは雪の上で倒れていた。
 とりあえず、身体を起こす。
 「いつもの公園だ」
 しばらく、ぼうっとしつつ、アヤが来るのを待つ。
 「寒い……寒すぎる」
 とにかく寒い。
 しかし、歯を鳴らしながら寒さに耐えるしかない。
 「もうダメだ……萎えそうだ……。もう迷わない、負けないって決めたのに。そう、私はずっとひとりで戦ってる。いつまでも戦えるか……」
 「……あの……大丈夫ですか?」
 気がつくと、震えるリカを心配そうに見ているアヤがいた。
 アヤはマフラーに手袋、コートと防寒対策しっかりした服装をしていた。
 「あ……アヤ……」
 「……? 私を知っているの?」
 ……ああ、またこの会話か。
 リカはうんざりしながら、最初から説明をする。今回はアヤに血を流させないとならない。
 それが目標だ。
 ワールドシステムを出現させるためにどうすればいいのか、まだわかっていないのだ。矛はないが、ワールドシステムの開き方がわかれば、なんとかなりそうだ。
 ……どうやって怪我をさせる?
 リカは優しいアヤに攻撃をすることはできなかった。
 だから迷っている。
 「もう一度、あの吹雪は起こるか……確かめてみて……考える」
 「……あの……リカ?」
 アヤは不安そうにリカを見ていた。
 「あ、いや、なんでもないよ。商店街の方に連れていってくれる?」
 「え……ええ」
 アヤは戸惑いながら、リカを連れて歩きだした。
 「寒いわよね? マフラーと手袋……貸してあげるわ。とりあえず、私の家であたたまりましょう? 商店街を抜けた先だから」
 「……ありがとう……」
 リカはアヤの優しさに涙してしまった。アヤは本当に優しい。
 今もずっとリカを気にかけている。
 「泣かないで……リカ」
 「うん……思い出してはくれないよね?」
 「……?」
 リカの言葉にアヤは首を傾げた。
 「ごめんね。なんでもないんだ」
 「そう……」
 今回、アヤの様子が何か変だった。何かを考えている。
 今までの記憶が流れ、時間がおかしくなり、頭痛が襲い、商店街に入ってプラズマと栄次に出会った。吹雪は起きない。
 「うう……どうしたら……」
 「おい、この娘はなぜ、辛そうなんだ? 寒いからか?」
 栄次が優しく声をかけてくる。
 「震えてんじゃねーか。俺の上着だけど……着る?」
 プラズマが上着を脱いでリカに渡してきた。プラズマは下に薄手のシャツを着ていた。
 「……プラズマさんが寒くなってしまいますよ……。私は……平気ですから」
 リカは上着を持ちながら、どうしようか迷っていた。
 「……娘……リカだったか? 身体を冷やしてはいかぬ。着るのだ」
 栄次が再び声をかけ、リカは渋々上着を着させてもらった。
 暖かい。
 心まで暖かくなる。
 ふと、プラズマの腰に銃がぶら下がっているのを見つけた。
 「あ、これ? あぶねーよ? 未来の銃で俺の霊的武器だ。栄次は刀なんだ。神は何かしらの霊的なものを持ってる」
 「霊的なもの……」
 プラズマの発言で、メグが言っていた事を思い出す。
 メグが持っていた矛も「メグの霊的武器」だった。
 神なら何かしらの霊的なものを持っている……。
 「じゃあ、私は何を持っていますか? 私は時神なんです」
 プラズマにリカは尋ねてみた。
 「いやあ……わからねぇ。出してみたら?」
 「出す? どうやるんですか?」
 「右手か左手に意識を集中させる。慣れてくれば俺達みたいにずっと出していられるぜ。ちなみにもうひとつの霊的武器は弓だ」
 プラズマが右手をかざすと、装飾されていないシンプルな弓が現れた。
 「ほれ。デカイから普段は消してるんだ」
 プラズマが手を離すと、弓はホログラムのように消えていった。
 「……すごい……私も……」
 プラズマの言った通りに手に集中してみた。頭に小型のナイフのようなものが浮かんだと思ったら、右手が何かを握っていた。
 「ふーん、あんたはナイフか。今時だなあ。宝石みたいにきれいじゃねーか」
 プラズマが装飾されたキレイなナイフを興味深そうに眺め始めた。金色の赤い宝石が散りばめられた美しいナイフだった。
 小刀かもしれないが。
 そんなことよりもリカは手にナイフを持っていることが恐ろしかった。
 ……アヤに傷をつけられる……。
 そう思ってしまったからだ。
 「アヤの血で……ワールドシステムが開くかもしれない。私が泣かないで……血だけで……」
 ……どうせ、誰も覚えていないんだ。今回だって、どうせ忘れる。
 「はあ……はあ……」
 リカは震えながらナイフをアヤに向け、飛びかかった。
 

三話

 先に動いたのは栄次だった。
 無意識にアヤを守ろうと動いたのだ。
 リカの腕を取り、地面に押し付ける栄次。ナイフはリカの手から飛んでいき、雪に埋もれて消えていった。
 「お、おい、栄次……」
 プラズマは戸惑った声をあげていた。
 「アヤを狙ったな。何が目的だ。殺すつもりだったのか?」
 「栄次、みろよ……」
 鋭い言葉をかける栄次を、プラズマが止めた。
 「うっ……うう……」
 リカが苦しそうな顔で泣いているので、栄次は優しく手を離した。
 「すまぬ。刃物でアヤに斬りかかった故、危険と判断したのだ」
 「そりゃ、そうですよね」
 リカはうずくまって涙を拭う。
 「リカ……どうして私を狙ったの? 苦しそうだから、なにか理由があるんでしょう?」
 アヤは恐怖を抱いたようだが、それよりもリカの様子を心配していた。情緒が不安定な神は放ってはおけない。
 「ごめん。アヤ……。狂ってるんだ。私」
 リカは頭を抱えて落ち込んでいた。
 アヤに理由を言ったところで、ループからは抜け出せない。
 そして、ここで気合いを入れて説明しても、次の時に誰も覚えていない。
 「誰も……覚えてないんだ。こんなに何回も会っているのに……皆、覚えてないんだ。栄次さんもプラズマさんもアヤも……私を思い出さない」
 リカがせつなげに時神達を仰ぐ。
 ふと、栄次が目を伏せながらつぶやいた。
 「何度も会っているのか……? ならば……過去見を使ってみようか。お前の過去を見る。俺は過去神。過去を見れる」
 栄次が初めての言葉を発した。
 「ウソ……」
 「できるぞ……? やるか?」
 栄次はリカの涙を親指で拭ってやると、そのまま頬を撫でた。
 リカを覗き込む栄次の瞳の奥には時計の針が回っていた。
 「……お願い……します」
 リカは溢れる涙で栄次がぼやけていたが、目が合った瞬間に今までの記憶が栄次に吸い込まれていった。
 「何度も何度も……殺されて……何度も何度もやり直したのか。俺はリカを守ってやれなかった。眼鏡の少女と……この神は誰だ……。紫の髪の男……。そうか、辛かったな」
 栄次からそんな言葉が飛び出した。
 「私のことが……わかったんですか……?」
 「ああ……アヤを殺そうとしたわけではないのだな。すべて見えた。お前は別の世界から来たのか。信じられんが」
 「栄次さん……」
 リカはその場に膝をついて声を上げて泣いた。
 「ど、どうした? 栄次、何を見た?」
 プラズマはリカが激しく泣くので、とりあえず寄り添って背中をさすった。
 アヤもリカに寄り添う。
 「……この子は、高天原の東と西に、狙われている。東の頭、思兼神(オモイカネ)ワイズと西の頭、タケミカヅチ、剣王に殺される。なぜか、すべてがなくなり、同じことを繰り返している。つまり、何度も……痛みと恐怖を味わっている」
 栄次は顔を歪めながら、リカの頭を撫でた。
 「……繰り返している? ループか。なるほどな……。俺もこの子の未来を見てみる」
 プラズマの言葉に栄次は深く頷いた。
 「未来を見るか、そうだな。繰り返しているのなら、お前にもこの子のことが見えるはずだ。未来も同じなのだからな」
 栄次もリカに寄り添い、プラズマに未来見をするよう促した。
 「じゃあ、リカ。顔を上げて。俺の目を見て」
 リカは涙を拭い、プラズマと目を合わせた。リカの、これから起こるかもしれない未来がプラズマに吸い込まれていく。
 もう、すでに過去に流された事もなぜか出現した。ループしているため、過去のことでも未来になるのか。
 どうせ、また起きることだから。
 「……そっか」
 プラズマは珍しく真面目な顔で目を伏せた。
 「そうだったんだね。理解したよ。なぜか、俺達は覚えていない。いつも……覚えていないんだ」
 リカは突然に理解され、どうしたらいいかわからなくなり、時神達にすがって泣いた。
 なぜなのかはわからないが、時神達がリカを理解した。
 ワールドシステムが開いた事で何かが狂ったのか、時神達がやったことのない事をやってきたのだ。
 つまり、今回は大切に進めば、ループしなくても良くなるかもしれない。
 大切に進まなければ。

四話

 プラズマの未来見が終わり、アヤが恐る恐る尋ねてきた。
 「私は……現代しか見れないから……わからないのだけれど」
 「ああ、だよな。リカが抱えているもんはかなり……ヤバい。もう、この一言につきる」
 プラズマは頭を抱えつつ、栄次を見た。
 「ああ、まずいな。リカが高天原から追われている理由は、伍(ご)の世界から来ているからだ。伍は想像物を否定した世界。つまり、ここ、壱(いち)とは逆だ。壱は想像で溢れている。想像がない世界伍から来た者が壱に入ると、こちらの世界が危ぶまれるかもしれん。想像物であるこちらの神が、伍のデータを万が一でも取り込んだらまずい。神が消える。故に、高天原はリカを殺しに来ている……と言うことのようだ」
 栄次の言葉を続けるようにプラズマが口を開く。
 「通常、伍のやつらは壱には来れない。世界のプログラムが違うはずだからな。だが、リカは誰かの干渉により、この世界に入ってこれたんだ。入れてもリカは伍の住人。当然伍のルールを通そうとデータが動く。しかし、壱は想像物を信じる世界。想像物を信じない伍のルールは通じない。だから、通常はあやまって違う世界に入ってしまったら消滅しかない。伍から壱に入った場合、伍のデータが壱のデータに書き換えられるため、入った者の伍のデータが消滅。即座に壱のデータに対応しなければ、壱に存在することはできねぇ。逆も同じだ」
 プラズマは息を吐くと、再び続けた。
 「しかし、リカは伍から壱に入った段階で壱のデータに自分を書き換えた。だから、壱に存在できている。もちろん、自分を幻想物だとプログラムしたことにより、壱だけではなく、『精神、夢、霊魂』の世界である弐(に)にも入れているんだ」
 プラズマの言葉にアヤは首を傾げた。
 「リカは……じゃあ、想像物がない世界から来た……時神ってことかしら? 想像物がないのに、なぜ時神に?」
 アヤは再び、プラズマを仰いだ。
 「それはわからない。とりあえず、リカの裏には高天原の神よりもヤバい奴がいる。伍の世界は見ようがない。俺達が伍に入ったら間違いなく消える。俺達は神だ。幻想だ。伍の世界とは矛盾になるだろ?」
 「……そうね」
 プラズマにアヤは頷く。
 「とりあえず、今はリカを守るしかない。……リカは時神……?」
 栄次はリカを立たせようと手を貸したが、そのまま止まった。
 「栄次?」
 「仮説だが……リカの繰り返しは……リカ自身が行ったのではないか?」
 栄次はリカを見据える。
 リカは震えながら首を横に振った。
 「私は何もやっていません!」
 「ああ、責めているわけではないのだ。世界の辻褄合わせで、壱に入ったリカが一番都合良くできる運命をリカ自身が無意識の内、書き換えているのではないかと。つまり、無意識に時間を巻き戻しているということだ。自分が関わった者の時間も共に巻き戻しているのだろうな……。リカの身体は、無意識に壱に居続けるため、最適な道を探しているということなのかと……」
 「私は壱に居続けようと思ってはないんですけど……、無意識にと言われると、そうなのかもしれないと思ってしまいます」
 栄次の仮説にリカは目を潤ませた。
 それを見たプラズマはリカの頭を優しく撫でながら頷く。
 「……ありえるぜ。それ。神はデータの塊だ。世界の軌道修正には無意識に従うんだ。あんたはなぜか、元々、伍に存在する神だった。それが、誰かの干渉により無理やり壱に飛ばされ、壱に入ったことにより、あんたの身体にあるデータが最適なルートをずっと探し続け始めて、こんなことになってる。俺は栄次は正しいと思うね」
 「難しくて……わかりません」
 リカは弱々しくうずくまった。
 「まあ、とりあえず、あんたはまた剣王やワイズに追いかけ回される。ワイズはサングラスかけた幼女なんだが……」
 「……一回前にみましたよ。奇抜な格好している幼女が瀕死の私を覗き込んでました」
 リカはちいさくつぶやいた。
 理解されたのは嬉しいのだが、不安でいっぱいである。
 あの幼女が誰かもよくわからないが、オモイカネという名前を古事記で見た気がする。
 確か、老人の知恵を集めた神だとか。
 老人の知恵を集めた神なのに、幼女とはなんなのか。
 神のことはよくわからないが、幼女になった理由もあるのかもしれない。
 「……と、いうかまだ、ワールドシステムが開いてない! 私が泣きまくっても変わらないんだ……」
 リカが思い出したように声を上げた。
 「ワールドシステム? 何よ? それ」
 アヤはリカの言葉を拾い、不思議そうに尋ねた。
 「わからないけど、世界のシステムに干渉できるなら私のループも止められるかもと思ったんだ。それには……アヤの血がいるみたいで……」
 リカが言葉を切った刹那、アヤが軽く微笑んだ。
 「そう。だから、私を攻撃してきたのね。豹変したからびっくりしたじゃないの」
 「アヤ……ごめんね。ナイフが出てきた時、私……」
 「いいわ。それより、栄次がかなり思い切り押さえつけたみたいだけれど、怪我は?」
 アヤはリカを心配している。
 リカは心が傷んだ。
 何をやってしまったんだろうと頭を抱えるばかりだ。
 「ちょっと……痛かったけど、私が悪いからね」
 「すまぬ……」
 栄次は申し訳なさそうに目を伏せた。
 「いいんですよ。栄次さん。もっと思い切り止めてくださっても良かったんです」
 「それはいかぬ……」
 栄次はリカを抱き上げた。
 「あ、あの……歩けますから……」
 焦るリカに栄次は悲しげな表情を向けた。
 「無理をするな……震えているだろう。少し落ち着きなさい」
 「栄次、これからどうすんだよ?」
 プラズマはリカを心配しつつ、眉を寄せた。
 「敵を排除しつつ、情報を集める。奴らはおそらく、また来る。リカの存在を消しに来るはずだ。高天原のやつらは、『想像物が生きている、この世界を守る』という世界から与えられた使命を持っている」
 栄次は辺りに気を張り巡らせている。長年の経験から反応は早い。
 「ワールドシステムというのに入れば、リカのデータを変えることができるのかしら? 私の血が必要ならいつでもあげるわ……」
 「アヤ……本当にありがとう……。でも……ワダツミが持つ矛がいるんだよ。私はワダツミの矛を貸してもらったんだけど、消えちゃったんだ。あと、思い出したけど、『ケイ』ってなんなの? ワダツミのメグに、伍に情報を持ち帰るのは『こちらの神とケイが許さない』って言われたんだ」
 「ケイ……。『K』かしら? わ、私の友達が『K』よ……。Kは『神とは違って、平和を愛して世界を守る』データを持つ種族よ。詳しくは知らないのだけれど」
 アヤは恐ろしいくらいに様々な者と知り合いだ。
 メグがアヤに相談すると良いと言ったわけがわかった。
 まあ、それは、情報がある程度出ている今だからわかることなのだが。
 「とりあえず、『サキ』に連絡するわ」
 アヤが発した言葉により、リカがまた震えた。
 「アヤ、サキには……」
 リカにはトラウマがある。
 せっかく前に進んだのに、ブラックアウトしてもう一度やり直すのは、今度こそ心が死んでしまう。サキが出てくる運命で成功したことはないのだ。
 「サキは私の友達で霊的太陽の頭。高天原とも繋がってる。ああ、この壱の世界はね、勢力が沢山あるの。神々の世界、高天原は東、西、南、北でそれぞれ統括している神がいて、その他に霊的太陽、霊的月を守る神がいる。だから、霊的太陽の頭のサキに高天原の情報を教えてもらおうと思ったんだけれど、ダメかしら?」
 アヤはリカの様子を見ながら、困惑しつつ、尋ねてきた。
 「……もう一度、やり直さないといけなくなるかもしれない。地雷があるんだ。言葉の地雷が。運命に組み込まれてしまう『会話』がある」
 リカの震えが酷くなっているので、栄次が落ち着かせながらアヤに言う。
 「ならば……アヤ、高天原の動きだけ聞き出してくれ。他には答えるな」
 「ええ」
 アヤは慎重にサキに電話をかけた。

五話

 「はいはーい? ああ、アヤ! 最近忙しくて全然遊べてないじゃないかい! スキーでもいくかい?」
 楽しそうで陽気なサキの声が響く。愛嬌のある瞳がアヤを見据えていた。
 「サキ、その話は後でしましょう。それより、最近、高天原が騒がしくないかしら? 高天原は何をしているわけ?」
 「え? ああ……騒がしいのは西と東かなあ。あいつらは伍の世界を知っているからねぇ。あたしらには動かないよう伝えてきたところだよ。余計なことをされたくないんじゃないかね。あたしら、消滅の危機だしさ」
 サキは雰囲気変えずに淡々と語った。
 「サキ、あなたはどこまでこの話を知っているの?」
 「全然、知らないけど……ワイズは『K』じゃないかい。この世界内の異常、もしくは『壱のバックアップ世界陸(ろく)』の世界の話ならあたしも動くけど、今回は分野じゃないからねぇ……」
 「ちょっと待って……、ワイズは『K』なの? 世界を平和に保たせるデータの?」
 アヤは険しい顔で陽気なサキを眺める。
 「そうみたいだねぇ。しっぽを出さないから確信はないんだけどね。神の神格を持ちながら『K』のデータを持ってるはずだよ。『K』は伍の世界の『平和』も守っているから、絶対色々なことを知ってるはずだけど、頭のいい神だから、情報が手に入らないんだ」
 「そう……ワイズが鍵。タケミカヅチ……西のトップはどうなの? 動いているみたいだけれど」
 アヤは、リカをよく襲っていたらしいタケミカヅチについて聞いてみた。
 「あー……剣王は壱と伍が『繋がっていた』時期を唯一知っている神だからね。あたしらは辻褄合わせで記憶を消去されているけれど、あいつだけは記憶を持ってる……。調べた結果、壱と伍は昔繋がっていたらしいんだ。信仰がある世界とない世界が繋がっていたとはなんなんだろうねぇ……。現在調べ中だよ。で、剣王は伍から入ってきた害悪のデータを消滅させようとしてるみたいだね。なんだか知らんけど」
 アヤはそれがリカであることに気がついたが、表情には出さず、流した。
 「ありがとう、サキ」
 「待っておくれ。時間が狂っているのかい? この世界にいないはずの時神がいないかい? 過去の世界、参(さん)の世界の栄次、未来の世界、肆(よん)の世界のプラズマ……それと……」
 サキはなかなか鋭く、観察眼もある。ビデオ通話に映っていた他の時神に気がついてしまった。
 「サキ、このことは高天原に持っていってはダメよ。私達も隠れて動いているの」
 「わけありかい……。手を貸そうか?」
 「今はいいわ。また、電話する」
 「わかったよ」
 サキはアヤに軽く微笑むと、そう返してきた。アヤは「じゃあね、ありがとう」と言うと、電話を切った。
 「どうかしら?」
 アヤは冷や汗をかきながら栄次とプラズマを仰いだ。
 「良かったんじゃね? 予想以上の収穫だ。剣王とワイズが鍵か。あいつらの過去、過去見で見られねーかな。繋がっていた世界の謎がわかるかも」
 プラズマはちらりと栄次を横目にみた。
 「厳しいな……。神格が高すぎる」
 栄次はリカを抱きながら、つぶやき、眉を寄せた。
 「ま、だよな」
 「栄次さん……私、大丈夫なんですが……」
 恐る恐る声を上げるリカにプラズマが笑いかけた。
 「あんた、栄次に甘えとけよ。これでいーの。あ、それとも俺が抱っこしようか? あんた、安心しすぎて膝がガクガクしてんだろ。そんなんじゃ歩けねーよ。俺も力はあるから、あんたを抱えるくらいなんてことないぞ」
 「な、なんか恥ずかしくて……周りの目が……」
 ここは商店街の真ん中。人々はサムライが女の子を抱いているのを眺めながら、映画の撮影かと不思議そうに通りすぎていく。
 「目立ちすぎてるわね……。とりあえず、私の家に……」
 アヤは顔を赤くしつつ、歩き出す。アヤが歩き出すと、栄次とプラズマもついてきた。
 しかし、栄次がすぐに異変に気がつき、止まった。
 「栄次?」
 「殺気っ……」
 栄次はリカをプラズマに渡すと、刀を抜いた。
 プラズマはリカを受け取ると、空を睨み付けた。雪が降ってきている中、透明なドーム状の何かが、電子数字を撒き散らしながら時神達の周りを囲った。
 「強力な結界を張られた!」
 プラズマはリカを抱きながら、霊的武器銃を取り出し、構える。
 ふと、タケミカヅチ、剣王がリカを狙い剣を振りかぶってきていた。
 「剣王!」
 プラズマが決死で剣を避け、栄次が刀で剣王の剣を受け止める。
 「うっ……ぐっ!」
 「なんで君達が邪魔するのかな~? 困るよ~。結界は張ったから人間や物には危害は加わらないがね」
 剣王は軽々栄次の刀を片手で受け止め、ヘラヘラと笑いながら、栄次を蹴り飛ばした。
 栄次は遠くに飛ばされたが受け身を取り、無事だった。
 「剣王には勝てる気がせんが……やるだけ……やろう」
 栄次は剣王を退けるべく、刀を正眼に構え、攻撃を仕掛け始める。
 「栄次さん……」
 リカが戸惑いながら栄次を見つめていたので、プラズマはリカを安心させようとしていた。
 「リカ、栄次はなんだかんだで平気なんだが、逃げる方面を考えた方が良さそうだ。俺がいるから安心しろよ。なんて、かっこいいセリフ吐いてみる」
 剣王は栄次の攻撃を避けつつ、プラズマに襲いかかってきた。
 「やっぱり、そうなるよな」
 プラズマはリカを抱いたまま、剣王から紙一重で逃げる。
 「あっぶねっ!」
 プラズマが避けた直後、栄次が刀で剣王を鋭く凪払ったが、剣王は身を翻し、華麗に避けた。
 「遊んでる場合じゃないんだよ~、君達を攻撃できないのわかるよね? その少女を渡してくんないかな~?」
 剣王はあきれた顔のまま、しつこくリカを追い回す。
 プラズマは常に危なげに避け、栄次が剣王を遠ざけるというのを繰り返すが、戦いは進展しない。
 「仕方ない……やるわ」
 アヤが冷や汗をかきながら、時計と五芒星が合わさったような陣を出し、手を前にかざす。
 不思議な鎖がアヤの手から飛び出し、プラズマと栄次に巻き付いた。
 「手足の時間を早めたわ! 早く走れる! 逃げるわよ!」
 「お! アヤの時間操作! 栄次! 行けるときに走れ! 俺は先に行く!」
 プラズマはアヤも危なげに抱えると、走り出した。
 栄次は剣王の隙をついて逃げ、プラズマを追って行く。
 「結界を破れば出れるよな。走りながらパスワードをといてやるぜ」
 「プラズマ、『65543281』だ。それから『紅葉の錦、神のまにまに』だ」
 横を走る栄次がプラズマにつぶやき、プラズマは肩を落とした。
 「ああ、あんた、過去見してパスワードを見たのか」
 「ああ」
 結界は栄次により、解けて、商店街の賑わいや、人々が見えるようになった。
 「それで、どこに逃げるの? 剣王はしつこいわよ」
 アヤが後ろを気にしつつ、尋ねる。
 「どこへ逃げても同じそうだが……アヤ、あんた『K』とかいうやつの友達がいるんだよな? そいつ、かくまってくれねーかな? な、仲間だよね? まず……」
 プラズマは冷や汗を流しながらアヤを見た。アヤはプラズマに抱えられながら軽く頷く。
 「サヨは私の友達よ。ただ、彼女はワイズと同じ『K』だから、リカを排除する方面かもしれない……」
 「『K』とやらが関わってくるなら、情報を集めていくしかねーし、リカを遠ざけて、その『K』に話をしにいくか。えーと……サキだっけ? その子」
 プラズマははにかみつつ、アヤを見据えた。
 「サヨよ。サキは太陽神の方でしょ」
 「そ、そっか。ややこしい……」
 プラズマは再び、苦笑いをすると、アヤにサヨとやらの居場所を聞いた。
 「その子、どこにいんの?」
 「案内するから、そのまま走って」
 「おう!」
 プラズマがとりあえず走っていると、栄次が刀を鞘にしまう音が響いた。
 「まいたようだ。もう気配を感じない……。回り込まれる可能性もあるが、今は近くにいない」
 栄次が歩みを止めたので、プラズマも立ち止まり、アヤを下ろした。
 「プラズマ、ごめんなさい。重かったでしょう……ありがとう」
 「大丈夫だ。問題ねーよ。ただ、ちょっと疲れちゃった」
 プラズマはリカを栄次に抱えさせた。
 「ほんと、ごめんなさい。プラズマさん、栄次さん……」
 リカは蒼白のまま、栄次とプラズマに頭を下げる。
 「よい。このまま、進むぞ」
 気がつくと商店街を抜けて、住宅街へ出ていた。 

六話

 「この住宅……」
 リカは一度栄次と来た、億物件がある場所を思い出した。
 そういえば、あの土地で変な気配がしていた。タケミカヅチとぶつかった時、あの土地から漂う不気味な恐怖は神力だと気がついた。
 「……今度も……殺される?」
 「……大丈夫か?」
 リカの震えが再び酷くなり、栄次がアヤとプラズマを呼んだ。
 「リカが震えているのだ」
 「どうした?」
 「どうしたの?」
 プラズマとアヤが心配そうにリカを見た。リカは細々と小さな声で言葉を発する。
 「売り出しの……土地があるんです……。そこで、タケミカヅチの神力がして……、栄次さんと一緒にいたんですが……ころされ……」
 リカの言葉を聞いて、栄次が思い出すように自身の額を撫でた。
 「ああ……歴史神ナオのところへ行こうとして……剣王がな。俺は知らないが、過去の俺がいた」
 「行かない方がいいのかしら……」
 アヤは迷っていた。おそらく、この道を行かないとたどり着かないのだろう。
 「行こうぜ。なんとかなるよ。行かないんなら、どーすんだ?」
 プラズマは腕を組んで辺りを見回し始めた。家が密集している場所だ。小さな道は山へ続いている。この辺は坂の多い住宅地なのだ。
 「ごめんなさい。行きます……」
 リカは震える声でつぶやいたが、時神達は眉を寄せていた。
 ひとりで、もがいていたあの時の緊張感がなくなり、リカは弱々しくなっている。
 迷わない、負けないと心に思っていてもリカはまだ少女である。
 心には恐怖心があるのだ。
 「リカ、大丈夫だぞ。俺達はあんたの味方するから」
 プラズマはリカの頭を軽く撫でると親指を立てた。
 「ありがとう……ございます。とりあえず……行きます」
 リカは息を吐くと、栄次を仰ぐ。
 「……では、進むか」
 栄次がつぶやき、一同は再び歩き出した。
 しばらく歩くと異様な気配がした。ちょうど、例の土地がある辺りだ。
 「なるほど。ここかあ。そんなに広い土地じゃないが、駅近だから高いのかな?」
 「プラズマ、無駄口は後にしろ……。殺気だ」
 栄次はリカをプラズマに押し付けると、刀を抜いた。
 「また、あいつか」
 プラズマが慌てて避けた辺りで、栄次が刀で剣王の剣を受け止めていた。しかし、またも受け止めきれず、今度は肩を軽く切られてしまった。
 「風圧か……。すさまじいな……」
 「栄次っ!」
 「プラズマ、いいから避けろ!」
 剣王の剣撃がリカに飛ぶ。咄嗟にアヤが『時間の鎖』を飛ばし、プラズマの足の時間を早めた。
 「ううっ! さっきより剣王が早いっ!」
 プラズマは避ける段階で頬を軽く切られていた。
 「あーあー、時神を傷つけちゃったじゃないか~……。手加減は難しいんだよねぇ」
 「ちっ、本気じゃねーのかよ」
 プラズマはリカを庇うように抱きしめると、霊的武器銃を至近距離で撃った。しかし、剣王は首を軽く傾けただけで避けてしまった。
 「うー、化け物感漂ってるな……」
 プラズマはとにかく、全速力で逃げ始めた。リカを取られたら敗けだ。
 栄次は剣王を退けるべく、刀を振るう。しかし、まるで当たらない。
 アヤは少し遠目で剣王の動きを観察していた。とりあえず、神格の確認を行う。
 「……相手は武神……軍神……そして……雷神……。そう、彼は雷神……、プラズマっ!」
 アヤは咄嗟にプラズマを呼ぶ。
 プラズマが振り向いた刹那、あり得ない雷が一直線にリカに飛んだ。
 「剣王は雷神よ!」
 アヤの叫びもむなしく、恐ろしい閃光と雷鳴が響いた。
 「プラズマ! リカ!」
 アヤは涙目でふたりを探す。土埃と光でよく見えないが、影は二つあった。
 「大丈夫だ! 栄次が!」
 土埃が晴れて、プラズマの前にいたのが栄次だということがわかった。栄次は刀を使い、電撃をうまく受け流していた。
 「危なかったな……。プラズマ、走れ! また来るぞ!」
 プラズマが再び走り出し、栄次は電気を帯びて触れない刀を一度消し、もう一度霊的武器として出した。
 「もっと早く……時間の鎖を巻かないとっ!」
 アヤは焦りながら時間の鎖を何度も出現させたが、剣王は見事に、その通りに速さを合わせてきていた。
 「速すぎる……私じゃあ……もう……」
 「仕方ないねぇ~、現代神を先に眠らせとこうかなあ。このままじゃ、未来神を殺しちゃうからさ」
 剣王は標的を突然にアヤに変えた。
 「アヤ!」
 プラズマの声が響き、まばたきをした瞬間、アヤの目の前に剣王が立っていた。
 速すぎる。動きすらも取れなかった。
 「怖い……何も……しないで……」
 アヤは震えながら後退りをしていた。今にも斬り殺されそうな威圧がアヤを襲う。剣王は冷たい瞳でアヤを居抜き、強い神力を向けた。
 格上の神力を受けたアヤは涙を流し、震えながら、剣王に無理やり膝をつかされ、平伏させられていた。
 剣王は神力を出す以外に、なにもしていない。
 「かっ……体が……うごかなっ……」
 「ひでぇ奴だな! アヤはまだ若い神だぞ!」
 プラズマが剣王に飛びかかろうとした刹那、栄次がアヤを抱え、剣王から遠ざかった。
 「アヤ、大丈夫か……。お前までも狙われるとは……。無理はするな。怖かっただろう」
 栄次はアヤを下ろし、再び刀を構える。
 アヤは先程の神力を浴び、体力をかなり消耗していた。
 「ど、どうしたら……」
 アヤが戸惑う中、栄次は剣王を攻めていく。
 「ん~、間違えて斬りそうだなあ……。おっと、ごめんごめん」
 「ちっ、斬られたか。かわしたはずなのだがな……」
 栄次の袖が斬られ、着物が破けていた。
 「君、時神でしょ~? なんでそんなに強いわけ? それがしの軍に入るかね? 西の剣王軍に。北の『冷林』軍なんておもしろくないでしょ~?」
 剣王は抜けた話し方のまま、高速の剣技を栄次に繰り出し、雷をプラズマ方面に飛ばしていた。
 「プラズマっ!」
 アヤが疲弊しつつ、プラズマに時間の鎖を巻き、早送りをした。
 プラズマはそれにより、危なげに雷を回避できた。
 「ああ~、もう……現代神……余計なことしないー……。さっき気絶しときゃあ良かったんだよ。それがしはわりと……女に容赦はないんでね。次は……」
 剣王の言葉にアヤはわかりやすく震えた。それを見た栄次がすばやくアヤの前に入り、刀を構え、剣王を睨み付けた。
 「アヤはまだ若い。脅しはいかぬ」
 「あ~、なんか悪者みたいじゃない~。邪魔しなきゃ、なんもしないよ。データを排除しにきただけだしな」
 剣王は剣を返して栄次に斬りかかる。栄次は刀で剣を受け止めるが、じりじりと押され始めた。
 「……すごい力だ。これが武神か」
 「くっ!」
 プラズマが栄次を助けるべく光線銃を放つ。光線銃は的確に剣王の額を撃ち抜いたはずだが、剣王は首をわずかにずらし、またかわしていた。
 「あたんねーんだよな」
 プラズマが苦笑いをした間に栄次がアヤを連れ、剣王から離れた。
 リカはプラズマに抱かれながら半泣きでどうすればいいのか考えていた。
 「このままじゃ、時神さん達が傷ついてしまう……。私が勝つしかないのか。勝つしかないのかも」
 リカは震える手で霊的武器ナイフを出現させた。
 「リカ、やめなさい」
 栄次がリカのナイフをすばやく奪い取る。リカのナイフは手から離れた段階で泡のように消えていった。
 「でも……勝つしか……」
 「やめとけよ。あんたじゃ勝てない。栄次が勝てないんだ。無理だ。栄次はな、かなり強いんだぜ」
 「……どうすればいいの。逃げられないじゃないですか……」
 リカは目を伏せ、唇を噛み締める。
 「……私が血を流すわ。ワールドシステムというのを出してみる?」
 アヤが汗を拭いながらそう言った。
 「アヤさん……」
 「……早くしなさい。ナイフを出して!」
 剣王が動いたので栄次も動き出す。アヤは手をリカに差し出した。
 「う、うん……。指の……先だけ……ごめんね……アヤ」
 リカは再びナイフを出現させ、アヤの指先を軽く切った。

七話

 「……っ」
 アヤが痛みに顔をしかめたのと、血が下に落ちるのが同時だった。アヤの血が下に落ちた刹那、五芒星が広がり、ワールドシステムとやらが開いた。
 頭に無機質な音声が聞こえる。
 ……ワールドシステムを開きました。ワダツミの矛はお持ちですか?
 再び、無機質な音声はワダツミの矛があるかどうかを聞いてきた。
 「ワダツミの矛はない」
 リカは恐る恐る言葉を口に出した。
 ……では、矛に変わるデータはお持ちですか?
 ……世界の創世に使われた武器又は神具などです。
 「……なに言ってるのかわからない」
 リカが頭を抱えていると、無機質な音声は壊れたかのように同じ言葉を繰り返しはじめた。
 ……アマノミナカヌシのデータがあなたをブロックしました。
 ……アマノミナカヌシのデータがあなたをブロックしました。
 ……アマノミナカヌシのデータが……
 「ま、待って!」
 無機質な音声が遠くに聞こえるようになっていく。
 消えていっている。
 「お願い!」
 リカは誰にともなく叫んだ。
 もうダメかと思った時、再び五芒星が光り始めた。
 「……え?」
 「なにやってんのかと思ったら派手に暴れてんねー! で? これは何してんの?」
 知らない少女の声がした。
 目を動かすと、億物件の土地に銀色の髪の少女が剣を手に立っていた。
 年はリカと同じくらいだ。
 銀髪カールでかわいらしい服装の不思議な雰囲気の少女。
 「誰だ? あの娘……普通じゃねーな……」
 「サヨ! 来てくれたのね」
 アヤだけが安心した顔をしていた。
 「サヨ……ああ、『K』ってやつか! 平和を願う世界のシステムデータみたいなやつ?」
 プラズマが言い、アヤが頷いた。
 「あ~……君はKか。厄介なのが来たねぇ」
 剣王は栄次への攻撃を止め、銀髪の少女を仰いだ。
 「アヤが突然、チャット使ってくるからビビったじゃーん」
 銀髪の少女サヨは軽やかに笑った。
 「アヤ、いつの間に……」
 「栄次とプラズマが頑張ってくれていた短い時間にかけてみたの」
 アヤの言葉にプラズマははにかんだ。
 「まあー、それよりね、そこの土地で剣拾ったんだけど」
 「……っ!?」
 サヨが呑気に剣をかざしたので、アヤ達は驚いた。
 剣王だけはため息をつく。
 「あー、なんで、『イツノオハバリ』がこんなとこにあるわけー? 困惑だよ……」
 リカは剣を見て、目を見開いた。
 この神力をずっと感じていた。
 神力はタケミカヅチの雰囲気と同じ。
 不気味な感じはしたが、この場所に剣はなかったはずだ。
 リカは気配だけは前々から感じていたのだが。
 「イツノオハバリ?」
 「あー、それがしの父の別名だねぇ。『K』には電子データがみえてしまったかあ……。まあ、いいよ。本物はこちらにある。『アメノオハバリ』!」
 剣王は美しい十拳剣(とつかのつるぎ)を出現させ、不敵に笑った。
 「イザナギがカグヅチを斬った剣……で、その飛び散った血から……タケミカヅチが生まれる……」
 リカは古事記で読んだ部分を思い出していた。理解はできていないが、アメノオハバリという単語で思い出した。
 この不気味な雰囲気の土地にタケミカヅチの神力がしたのは、タケミカヅチが関係する剣があったからだったのだ。
 別名とのことだが、アメノオハバリとは違うのか?
 剣王の雰囲気が変わった。
 すでにあちらこちらから血が流れ出ている栄次は息を吐くと、刀を構える。
 「そういえば、ワールドシステムが消えていない……まさか」
 リカはひとつの仮説にたどり着いた。サヨが持つ『イツノオハバリ』を眺める。
 「Kの少女よ、手を退け。イツノオハバリを消せ」
 剣王はサヨを睨み付けていた。 
 「えっと、サヨさん! それで、ワールドシステムをっ!」
 リカが必死に叫ぶと、剣王が動き始めた。
 「余計なことはするなよ、『K』……」
 剣王は飛び上がり、サヨを襲い始めた。
 「平和を願う『K』を攻撃するのはどうかと思うんだけど……。ごぼうちゃん、弾けっ!」
 サヨはカエルのぬいぐるみを出現させると、剣王の攻撃を危なげに弾いた。
 「なんだあ? カエルのぬいぐるみが動いてるぞ」
 プラズマは呆然とサヨを眺めていた。
 「まずい。あの子は危うい!」
 栄次は後ろから剣王に斬りかかる。剣王は剣を振り抜いて栄次を斬りつけた。
 「しぶといね~、君は。今のかわせたの?」
 「かわさねば、斬られるだろう」
 栄次は前触れなく、高速で袈裟に斬り下ろしたが、剣王は逆袈裟に斬り上げ、金属同士の甲高い音を立ててぶつかってしまった。しかし、霊的武器同士なため、刃こぼれはない。
 栄次は力負けをしていたが、力を抜くと、肩からバッサリと斬られてしまうため、受け流せずに、耐えるしかなくなった。
 プラズマが銃を放ち、剣王の力を一時ゆるめさせ、そのうちに栄次は逃げた。
 「プラズマ、助かった」
 「強いな……あいつ」
 「これ、持ってきたよーん! あんたらさ、これ使う?」
 ふと、サヨが横にいた。
 「あんた、いつの間に!」
 「さっき、サムライさんが頑張っている間に横から逃げたよん。めっちゃ、軽い。なんなんだろ? これ」
 サヨは笑いながらイツノオハバリを軽く振っていた。
 「肝のすわったおなごだ」
 栄次は冷や汗をかきながら、刀を構え直す。
 「で、どーしたらいーわけ? あんた、知ってる?」
 サヨはリカに尋ねてきた。
 「きっと、私が触ったら消えちゃうから、サヨ……さんがワールドシステムを開いてください」
 「ワールドシステム?」
 再び剣王が飛びかかってきた。
 「栄次!」
 アヤが時間の鎖を栄次に飛ばし、栄次の反応を早くする。
 「今のうちに、なんとかして」
 アヤは肩で息をしていた。先程からずっと時神の力を使っていたのだ。神力の限界がきていた。
 「なんとかって……全然状況わからないんですけどー……、ま、いいや、五芒星に刺してみよー」
 サヨは困惑したまま、持っていたイツノオハバリをとりあえず、地面に刺した。
 五芒星が光り、再び無機質な音声が聞こえる。
 ……「K」からコンタクトがありました。ワールドシステムを開きます。
 ……ワールドシステムは幻想世界なため、壱(現世)では展開できません。
 ……弐(霊魂、精神、夢)の世界よりお入りください。
 「……え?」
 サヨが首を傾げた刹那、五芒星は跡形もなく消え、無機質な音声も聞こえなくなった。
 「ウソ……閉まっちゃった……?」
 「……弐の世界でないと入れない? そんなっ……」
 リカが戸惑い、プラズマが眉を寄せた。
 「じゃ、弐の世界行く?」
 サヨは別段焦る風もなく、戦う栄次を眺めながら尋ねてきた。
 「どーやって行くんだよ。こんな状態だぞ……」
 「『K』は主に弐の世界にいるじゃん。知らないの? あたしらの仕事場は『弐』なんだよーん。弐に入るの簡単じゃん? あたしがいれば、弐を自由に動けるしね」
 「マジかっ。反則かよ」
 サヨはイツノオハバリをもてあそびながら、プラズマに笑いかけた。
 「んじゃ、早く行くぞ。見ろ、栄次が辛そうだ。どーやって行くか知らないが、さくっと行けんだろ?」
 栄次は髪紐を切られ、身体中切り傷だらけだった。
 「うっわあ……酷いね……」
 サヨがつぶやいた刹那、剣王がため息をつき、手を止めた。
 「あー、もうめんどくさい。時神を殺さないようにするので精一杯だよ~。さっさと、そこの娘を渡してもらおうか」
 剣王は神力を強く辺りに撒き散らした。神々しく、荒々しい力が時神達を襲った。
 タケミカヅチの神格は遥か上。
 剣王が力を出したら時神は勝てない。
 先程よりも強力な神力でまず、アヤが失神した。
 「ふん、出しすぎると皆死んじゃうからね~、手加減が難しいなあ~使いたくないんだけど」
 「あっ……アヤ……」
 プラズマがリカを抱きながらアヤの元へと行くが、立っていられなかった。
 栄次は膝をついたまま、剣王を睨み付けている。
 「う、動けぬ……。剣王……アヤが死ぬぞ……。頼む……やめてくれ」
 栄次は苦しそうに切れ切れに言葉を紡ぐが、剣王は力の解放をやめなかった。
 「それがしは女にはそれほど容赦はないが、男にはさらにない」
 剣王は軽く笑うと、栄次にさらに威圧を向ける。
 栄次は苦しそうに血を吐くと、そのまま気絶した。
 「はい、二人目。じゃあ、後、君達だけかなあ? プラズマ君、君は栄次よりも神格が高い。そうそう倒れないかな」
 「ちくしょう……サヨ……あんたは平気なのかよ?」
 「え? 何が?」
 プラズマはサヨが平然と立っている事に気がついた。
 「こんな神力を浴びてんだぞ! 平気なのか!」
 「神力……あたしは神じゃないからわからないんですけどー」
 サヨは動揺しながら倒れた二人を眺める。
 「そっか。じゃあ、さっさと、弐に連れてってくれ! 俺もそろそろ……」
 プラズマは歯を食い縛って耐え、リカは離さなかった。
 「わけわからないけどっ、弐の世界管理者権限システムにアクセス『入る』!」
 サヨが叫び、足元に先程と違う五芒星が出現し、剣王以外を光に包んだ。

 
 
 

弐の世界へ1

 「あ~、皆ふわふわになっちゃってぇー」
 暗闇の中でサヨの声がした。
 最初に声に気づいたのはプラズマだった。
 「うっ……」
 プラズマはうっすら目を開き、辺りを確認する。
 なぜか浮遊しており、辺りは宇宙空間だった。遠くの方にネガフィルムが絡まったかのような何かが多数ある。
 DNAの絡まっている感じに似ていた。
 プラズマはリカを強く抱きしめている事に気がつき、やや安心する。
 「守りきれたか……。しかし、力いっぱい抱きしめちまったから、痛かったかな……」
 リカは気を失っていた。
 「まさか、俺が殺してねーよな……。女の子を圧殺とかシャレになんねーから。おーい、しっかりしてくれー」
 「あーあ、そんなか細い子を力一杯締め付けたら、かわいそうじゃーん」
 サヨが呑気に浮遊しながら近づいてきた。
 「わかってるが、しかたねーだろ! で、ここはどこだ? アヤは? 栄次は?」
 プラズマはサヨに詰め寄る。
 「はいはーい、全員回収しましたー。アヤは気を失っているし、サムライも気を失っているよー。ここは弐ですー」
 サヨはじぶんの後ろを浮遊しているアヤを指差し、その隣にいた傷ついた栄次を指差す。
 「栄次……やられたなあ……。あんた、すげぇよ、よく頑張った。で、剣王は?」
 「剣王は弐の担当じゃないからたぶん、入ってこれないんじゃね? あたしが『排除』しといたし。弐は適応データがないと、人の心が渦巻くあのネガフィルム世界に囚われちゃう。永遠に迷っちゃうから、壱の神は普通入らないよ」
 「弐については知らねーから、あんた、なんとかしてくれ。皆、気絶しちまってるしな」
 プラズマは頭を抱えつつ、ため息をついた。
 「あの書庫の神のとこに行くのも考えたんだけどー、あそこ、壱と繋がってるから、剣王入ってきちゃうからヤバポヨ~」
 サヨはうかがいながら、プラズマを仰ぐ。
 「そういや、未来見で見たな……。天記神(あまのしるしのかみ)のところに逃げた時、剣王に襲われてリカが殺された」
 「あ~、その子、殺されちゃうんだ……なんで?」
 「違う世界から来た時神なんだってよ。異物データの削除に剣王が動いているらしい。そういや、あんたも……」
 プラズマは「K」も味方ではないことを思い出した。「K」だというオモイカネ、東のワイズもリカを狙っているという。
 「はあ? あたしはそんな気持ちじゃないけどー」
 「そうなのか。『K』によって違うのか?」
 「さあ? 聞かれてもわからんちん~」
 サヨは敵にはならなそうだ。
 プラズマは少しだけ安心した。
 「で、どうする? これから」
 「これからね~、あたしの先祖んとこ行く?」
 「は? 先祖?」
 プラズマはサヨの発言に眉を寄せた。
 「ここは霊魂の世界でもあって、霊は人の心に住んでいるの。つまり、あのネガフィルム一枚一枚が『どっかで今生きている人間の心の世界』で、その心の世界内に霊が住んでる。あたしの先祖はあたしの心にいるから、あのネガフィルムのどっかにある、あたしの心の中に住んでるってわけ」
 「ちょっとわけわからんが……かくまってくれんの?」
 プラズマは頭を抱えつつ、サヨに聞いた。
 「あたしの心の中の世界だから、大丈夫だよ~。あのネガフィルムからあたしの心を探して、入るだけ。そこにあたしの先祖が住んでる。うちの先祖は弐の時間管理をしている『時神』だから、話が合うんじゃね?」
 「え? 情報が多すぎる……。待て! 弐の世界の時神? あんたの先祖が? 弐にも時神がいんの?」
 慌てるプラズマにサヨはあきれた顔を向けた。
 「だから、そう言ってんじゃん」
 「そうなのか……世界は広いな、オイ」
 「じゃ、いこーよ!」
 サヨは軽く微笑むと、空を飛んだ。すると、プラズマ、栄次、アヤ、リカも自然とサヨに引っ張られるように動き出した。
 「あたしのデータの一部にあんたらがなってるから、あたしの動く通りに動けるんだからね」
 「わ、わかった……」
 プラズマは息を軽くつくと、わけのわからない宇宙空間を呆然と眺めていた。

二話

 サヨに連れられ、浮遊していたが、どこを通っているのかまるでわからなかった。
 宇宙空間もネガフィルムもずっと同じ風景だ。ループしているようにも思える。
 「着いたけど」
 「は? え? ここ?」
 サヨはあるネガフィルムのひとつで立ち止まった。見た目は二次元に見える。つまり、絵のような感じだ。
 「絵じゃねーの?」
 「あたしの心だけど。入ろ」
 「入ろって……」
 プラズマが戸惑っていると体がネガフィルムに吸い込まれていた。
 「なんだ、なんだ?」
 ふと、気がつくと一軒家の前にいた。昔ながらの日本家屋の周りには白いかわいらしい花が咲いている。
 「どこなんだ、ここは」
 「だからー、あたしの心の中だって! 先祖が住んでるって言ったじゃん。重力がかかってくるから、サムライとアヤとこの子、抱っこしてよ! おにーさん」
 「あ、ああ……悪い悪い……。さすがに重い……。栄次はやっぱ重いな……男だしな」
 よく状況が飲み込めていないプラズマはアヤと栄次とリカを抱え、汗だくでサヨを追う。サヨは一軒家の扉を叩いた。
 サヨが扉を叩いた刹那、銀髪の鋭い目の男が渋みのある声を出しつつ、玄関先に顔を出した。
 「妙な気配は感じていたが……めんどうなのがきたな。サヨか」
 「はいはーい、ちょっとワケありで、壱(げんせ)の時神達をかくまってくれない? って話……なんだけど……ダメ?」
 サヨは銀髪の男に軽く声をかけ、はにかんだ。サヨの様子が微妙におかしい。男に少し怯えているようだ。
 銀髪の男は鋭い眼光の青年で、右目が髪に隠れて見えず、目が悪いのかメガネをかけている。
 青い着流しを着ており、髪はてきとうに後ろでまとめていた。
 「サヨ、言葉づかいが悪いぞ、どうなっている」
 「うっ、ご、ごめそん……。じゃなかった……えーと……ごめんなさい」
 「サヨ、しっかり話せ、わからないぞ。なんだ? もう一度」
 男が鋭い瞳で問うのでサヨは萎縮していた。プラズマはサヨの変わりように驚いたが、理解できた気がする。この男は怖い。
 顔から雰囲気から刺々しさがある。
 「現世の時神がなんかに巻き込まれて……かくまってほしい……です。怪我してる神もいて……その……」
 「理由は聞いてないのか。まあ、いい。入れ」
 男はプラズマをちらりと見た後、プラズマが抱えている栄次に目を向けた。
 「ほう……」
 男は意味深な笑みを浮かべると、玄関奥へと消えていった。
 「なんだ、こえーなあ」
 「あのね、あのひと、元々は甲賀望月家の凄腕の忍者……」
 サヨが慌てて小声でプラズマに耳打ちする。
 「めっちゃ怖いっしょ」
 「ああ、怖えー。雰囲気から刺々しいよな」
 「早く入れ」
 サヨとプラズマが内緒話をしていると、鋭い声が飛んできた。
 二人は冷や汗をかきながら、弐の世界の時神だという彼の家に入っていった。
 「茶だ。座れ」
 「あ、ありがと……」
 畳の一室に座らされたプラズマとサヨは萎縮したまま正座していた。
 「女二人は外傷なし。……栄次は……くくっ、手酷くやられ、気を失うか。夢は泡沫……なんの夢を見ていることやら」
 男はサヨとプラズマに緑茶を出すと、気を失っているアヤとリカを畳に寝かし、栄次を見て軽く笑った。
 「あ、あんた、なんで栄次の名前、知ってんだ? ていうか、あんた……名前は……」
 「……望月……更夜(こうや)だ。それで、あなたは?」
 「お、俺か? 湯瀬(ゆせ)プラズマだ」
 プラズマは変な威圧を感じつつ、苦笑いで自己紹介をした。
 「ほう。それで? サヨ、これはなんだ?」
 「あ、あたしにもわかんないってゆーかぁ……、そこの倒れている女の子がなんか……」
 サヨは恐る恐るリカに目線を向ける。
 「起こすか」
 「乱暴はしちゃダメだからね」
 「ふっ、乱暴か。バカにするな」
 サヨの言葉に更夜は冷笑を浮かべつつ、リカを軽く揺すった。
 刹那、リカは唐突に意識を戻した。
 「はっ!」
 「おー……、一瞬で戻った。さすが、忍者じゃーん!」
 サヨの呑気な声を聞き流し、リカはわかりやすく怯える。
 「な、何が……どうなって……」
 「どうなってもない。ここは弐の世界内、サヨの心の中。あなたらはかくまえとここにやってきた。それだけだ」
 リカは目が覚めたと思ったら、冷たい声の男に話しかけられていた。
 「えーと……あなたは誰ですか?」
 リカは眼光鋭い銀髪の男、更夜に当然恐怖を抱く。
 また、殺されるかもという予感も頭によぎった。
 「俺は望月更夜。サヨの先祖であり、霊。そして、弐の世界の時神だ」
 「弐の世界の時神? 時神ってこんなにたくさんいるんですか?」
 リカは目を忙しなく動かしつつ、動揺した頭で更夜を仰ぐ。
 「この世界も時間管理はいる。弐に住む霊達は、自分の魂内のエネルギーを消費しつつ、新しいエネルギー体として消滅するまで、この世界に存在することになるからな。その時間管理がいるだろう。まあ、そんなことはいい。あなたは何をしにきた」
 「わけわからない……ですけど、一応、ワールドシステムを開きにきたんです」
 「なんだ、それは」
 更夜は眉を寄せた。
 眉を寄せると栄次よりも怖い。
 責められているような気持ちになり、リカは顔を青くした。
 「ごめんなさい。私もわかりません……」
 「わからない……だと。では、何もわからんではないか」
 「は、はい……ごめんなさい」
 さらに睨み付けられ、リカは震えながら後退りをした。
 「あー、リカをいじめないでくれ。彼女は想像物がなくなった世界伍(ご)から来た時神なんだが、想像物を信じる壱の世界で異物になってしまい、異物排除データのある神に狙われてんだ。で、ワールドシステムに干渉してみようって話になったわけで……」
 「ワールドシステムとはなんだ?」
 更夜がさらに眉を寄せたので、プラズマは冷や汗をかきながら、てきとうに説明する。
 「んあ~……アマノミナカヌシってやつがなんか、関与してるとか」
 「アマノミナカヌシ……世界の創造神の一柱か。なぜ、そんなものが開く……普通は開かんぞ」
 「知らねーよ……」
 「くはは……あなたらを見てればわかるか……くくっ」
 更夜は声を抑えて笑った。
 「笑いのツボがわからない……」
 プラズマはサヨを横目で見て、サヨは苦笑いで頬をかいた。
 「あたしにもわかるわけないじゃん」
 「……アヤ、栄次さん……」
 リカはアヤと栄次を心配そうに見ていた。彼らはリカを守ってくれたが、本来なら傷つかなくてよい神達だ。
 タケミカヅチもリカしか狙っていない。
 「娘、あの男の治療はしてやる。奴らの目が覚めるまで、どうするか確認することだ」
 更夜はリカにそう言うと、栄次の怪我の様子を見始めた。


※※

 「へぇ、壱の時神達に対し、『世界』がリカの味方をしろという『命令』を出したわ。適応になったのかな? ただ、まだ『世界』はデータをとってる。壱のシステム通りに向こうの神は動いてるから」
 雪の降る公園の滑り台の前に立ったマナは愉快そうに笑っていた。
 「さあな、ワールドシステムに入り込んだ時にどう世界が変わるか、楽しみだがね」
 公園のベンチに座っていた紫の髪の男神もいたずらっ子のように微笑んだ。
 「スサノオ様、リカはこちら産まれの神、向こうにはかなりの影響を与えるはず。世界が繋がる可能性も」
 マナはゆっくり歩くと、紫の髪の男、スサノオの横に座った。
 「どーなるかねぇ? 世界が『また繋がったら』激しい戦いが起きるのかね? 想像物の定義がどうなるのか、楽しみでもある。ただ……アマテラスあたりが邪魔をしてくる可能性も……」
 「あー、アマテラス様は平和を願い、すべてを救う神だからね、争いになるとわかれば、介入してくるわ。たぶんね」
 マナは落ちてくる雪を捕まえる。
 「ツクヨミはどうかな」
 雪はマナの手の中に残ったまま、溶けなかった。
 「さあ? ワダツミの先で大人しくしてんじゃねーの? 弐の世界の先で黄泉の門番してるだろ? アイツ」
 「そうだったっけかね……」
 マナはスサノオに向かい苦笑いを向けた。
 

三話

 更夜は栄次の怪我を治療すると、何も言わずに部屋を出ていった。お礼を言うのを忘れた事にリカは後から気づいたが、もう遅い。
 とりあえず、リカはサヨに目を向ける。
 「ん? なーに?」
 サヨは満面の笑みを向けてこちらを見てきた。
 「ワールドシステムに入るために……さっきの剣がいるんですが……持ってます?」
 リカはサヨが何も持っていないことに気づき、冷や汗をかいた。
 「ん? ああ、これ?」
 サヨは右手をかざして剣を出現させた。
 「あ、それです……。も、持っていたんですね……。い、今、手から突然出てませんでしたか?」
 「ん? そりゃあ、霊的武器だから、当たり前じゃん」
 「……その当たり前がわからない……」
 不思議そうな顔をしているサヨを横目に見つつ、リカは頭を抱えた。
 「で? あんた、ワールドシステムとかいうの出してどーするわけよ?」
 「……逃げようと思って出そうとしていたから、よくわからんです」
 リカは震える身体を抑えるべく、自身の身体を抱く。
 プラズマがリカの背中を撫でながらサヨを仰いだ。
 「俺の未来見でワールドシステムについて見てみようとも思ったが、リカのループ未来が強すぎて見えないんだ」
 「ふーん……じゃあ、開いてみるしかないってこと? 打開策として」
 「そういうことだ。ワールドシステムならリカのループを終わらせられる何かがあるかもしれないだろ?」
 「まあ、そうかもしれないけどー、あたしも知らないからね?」
 サヨはプラズマに苦笑いを向けた。
 「う……」
 うめき声と共に栄次が目覚めた。
 「栄次さん!」
 リカが慌てて栄次の元へ行く。
 「リカ……無事か……」
 「栄次さんっ。ごめんなさい……怪我をさせてしまい……」
 「……泣くな。あやまらなくて良い。ここは?」
 栄次は辺りを見回してから首を傾げる。
 「ここは、あたしの心の中で、弐の世界だよーん」
 リカの頭に飛び付いたサヨが愉快に栄次を覗き込み、言った。
 「……弐?」
 「まあ、いいの、いいの。それよか、弐の世界からワールドシステムを開きたいんじゃなかった? ね、リカだっけ? あんた」
 サヨが面倒な会話をすべて省き、リカに微笑む。
 「あ、はい。リカです……」
 「かたっくるしいなあ! たぶん、そんなに年齢変わらないからタメ口でいいって」
 「う、うん……じゃあ、遠慮なく……。ワールドシステムは弐からじゃないと開けなかった。だから……ここから……」
 サヨにおされつつ、リカは栄次に細々と語った。
 「そんな話だったのか?」
 「だったらしいぜ」
 栄次の横にプラズマが座り、お茶を差し出す。
 「あ、まだ飲んでねーから、飲む?」
 「……すまぬ……」
 「しかし、アヤが起きねーな……。剣王のやつ、アヤまで……。起こしてみるか? ……リカかサヨ、やってみろよ」
 プラズマが戸惑いつつ、リカとサヨを見る。
 「……アヤさん……」
 「リカ、泣くなよ。死んでねーから……」
 「ずっとわけわからないまま、頑張ってきたけどっ……こんなに親切にされたことなかったから……心が痛いんです」
 リカは我慢できなくなり、嗚咽を漏らしながら涙を流し、目を何度もこする。
 「リカ、同じ時神じゃねーか、助け合おうぜー」
 プラズマがリカを慰める横でサヨがいたずらっ子のような笑みを浮かべ、立ち上がった。
 「じゃ、あたしが起こすわ。アーヤー! へいへい! ツンツンしちゃうよーん!」
 「最強に頭悪い起こし方を始めたな……」
 アヤの脇腹を突っついてるサヨを眺め、プラズマは頭を抱えた。
 「うう……」
 そのうち、アヤの呻く声がし、不機嫌そうなアヤが身体を起こした。
 「……なんなの?」
 あまりにしつこい起こし方だったので、アヤの第一声はこんな感じだった。
 「と、いうか、ここは……?」
 「あたしの世界で弐の世界! 四回目なんですけどー?」
 アヤの言葉にサヨがうんざりしたように答える。
 「弐の……」
 「アヤ! 良かった! 無事だったんだ! 死んじゃったかと思った!」
 アヤの頭が回転する前にリカがアヤに飛び付いた。
 「……剣王は?」
 「とりあえず、まいた!」
 アヤの言葉にすぐさま答えるサヨ。
 「そう……。よくわからないけれど……無事ってことね」
 「そうそう」
 サヨは笑った。
 「皆、起きたからワールドシステムに入ってみるか? アヤはまだ休む? お茶飲む?」
 プラズマが口をつけていなかったサヨのお茶をアヤに差し出す。
 「あ、ありがとう……」
 「お茶係じゃん、おにーさん」
 サヨの声を聞き流しつつ、アヤはお茶を口に含み、落ち着いた。
 「……落ち着いたわ。プラズマ、ありがとう」
 「ああ、無理すんなよ。平気か? けっこうきただろ?」
 「ま、まあね……。私は大丈夫よ。あなたと栄次のおかげね」
 「照れるな~、な? 栄次」
 アヤの言葉を聞いたプラズマは軽く笑いながら栄次を見る。
 「感謝されることは何もしておらぬ。負けたしな」
 栄次はため息をつくと、腰に刀を差し、立ち上がった。
 「落ち込むなよ、あんたはよく頑張ったって」
 「プラズマ、手当てをしてくれたのか? すまない」
 栄次は身体に包帯がまかれているのに気がつき、プラズマにお礼を言ったが、プラズマは首をかしげた。
 「俺じゃねーよ、サヨの先祖のおかげだよ」
 「その娘の……?」
 「まー、いいから、どうすんの? ワールドシステム」
 プラズマと栄次の会話を切り、サヨが入り込む。
 「ああ、皆が大丈夫ならやってみるか?」
 プラズマがリカに目を向けた。
 「あ……はい」
 リカは震える声を頭を振って散らし、息を吐く。
 「はい」
 もう一度、今回はハッキリと言葉を口にした。

ワールドシステム

 リカが呼吸を整え、サヨが顔を引き締めた。
 「じゃあ、いくよ、『イツノオハバリ』!」
 サヨが叫び、十拳剣(とつかのつるぎ)を手に出現させる。
 「アヤさん、ごめん」
 「ええ……」
 リカは再び、霊的武器ナイフを出すと、震える手でアヤの指を薄く切った。
 アヤの血が下に落ち、五芒星が広がる。
 すぐに無機質な音声が響いた。
 ……ワールドシステムを開きました。
 ……ワダツミの矛、もしくは……
 「ていっ!」
 無機質な音声が最後まで言い終わる前にサヨがイツノオハバリを五芒星に刺した。
 ……ワールドシステムを展開中。
 「……いよいよか」
 リカがつぶやき、五芒星の光が強くなる。電子数字が飛び交い、時神達に巻き付いていく。
 しかし、サヨだけは何もなかった。
 「あー、あたしは入れないっぽい」
 サヨが苦笑いをした刹那、無機質な音声が再び響いた。
 ……『K』はアマノミナカヌシによりブロックされました。
 「ごめそん~、そっちでやって!」
 サヨの声を最後にリカ達は電子数字に引っ張られ、五芒星に吸い込まれていった。
 
※※

 雪の降る公園のベンチに座っていた男女が立ち上がる。
 「スサノオ様、来たわよ」
 「あー、じゃ、ちょっくら行くかね」
 スサノオは不気味に笑うと、電子数字に紛れて消えていった。
 「さあ、始まった。……この世界を破壊してやるわ」
 マナは狂気的な笑みを浮かべると、スサノオと同じく、電子数字に紛れて消えた。

※※

 リカと時神達は宇宙空間を浮遊していたが、気がつくと夕闇になっていく海原にたどり着いていた。
 海のさざ波のみが聞こえ、美しく静寂な世界。
 「どこだ?」
 「ワールドシステムなのか?」
 栄次がすぐに刀の鯉口を切り、プラズマは警戒する。
 「……きれいな世界ね」
 海の真ん中に社(やしろ)があった。
 「ここは、ワールドシステムじゃねぇぜ」
 ふと、刺々しい男の声が響いた。
 「ん?」
 プラズマが声の方を向き、リカが怯える。
 「誰だ?」
 「俺を知らねーとは、まあまあ……いいや。俺はスサノオだ」
 「スサノオ? スサノオ、アマテラス、ツクヨミはいないはずだぞ! 伝承に残っているだけの幻のはず」
 プラズマは冷や汗をかきながら、スサノオを睨み付けた。
 「はあ? あー、そうだなァ。こっち(壱)の神は『世界改変』時にそういう風になったんだっけなァ。俺達は伍(ご)にいんだよ。信仰がなくなった世界で無駄な活動してんだよ。壱(現世)にも出ていけねーしな。俺達は伍に行ったから、壱で消滅したんだ。俺らはな、第二次世界大戦後の『世界改変』で、アマテラスの『信仰心がない世界も救う』っていう、難解なデータのせいで伍に閉じ込められたんだ。……しかし、時神はすげぇな、あんたら三人、この世界の鍵なんだぜ」
 「……? どういうことかわからねぇんだけど。第二次世界大戦時に『世界改変』?」
 プラズマは眉を寄せるが、スサノオは豪快に笑った。
 「あっははは! だよなあ、だよなあ、そういう反応になるよなあ! 記憶が書き換えられてんだからよ。第二次世界大戦は象徴の神々を掲げ、人間同士が醜い争いをした戦争。ニホンは『アマテラス』を背負って人が死んでいった。アマテラスはたいそう心を痛めていたなァ。『世界』のシステムが世界を保たせるために、信仰がない世界伍と、信仰が続く世界壱にわけて、うまくいくデータを取り始めた。それが今も続いている。おっと、こんな話をしても、あんたらにはわからねぇよなァ。どーせ、あんたらはこちらのシステムによりまた、記憶を消される。……ただ、ワールドシステムを混乱させられるかもしれないと情報を開示した。ささやかな抵抗だ」
 スサノオが不気味に笑った刹那、頭に警告が響いた。
 ……エラーが発生しました。
 ……エラーが発生しました。
 「ははは! エラーだ! 知らない『情報』を無理やり入れたからなあ! 知らないんじゃない。消去されてるだけだ! 後は……鍵となる壱の時神を消滅させて、時間をなくし、伍の時神で世界を繋ぐ」
 「よ、よくわかんねーが、襲ってくるみたいだぞ!」
「『アマノムラクモ』……」
 スサノオが剣を出現させた。
 「リカ! ここはまだ、ワールドシステムじゃないらしい! 自分でワールドシステムに入れ!」
 プラズマが銃を構え、栄次が刀を抜く。アヤはプラズマと栄次の後ろで時間の鎖を出現させた。
 「異様な気配だ……。あの剣はなんだ……」
 栄次はアマノムラクモの剣を警戒していた。
 「勝てるかしら……。私達を消そうとしているみたいね……」
 アヤは息を吐きながらスサノオを睨み付ける。
 「アヤ、無理するな」
 「あいつはやべーぞ……」
 「あなた達だって無理してるじゃないの……。リカ、私達はなんとかする。あなたは……ワールドシステムに……」
 アヤはリカに鋭く言ったが、リカは動揺していた。
 「ここがワールドシステムじゃなかったんだったら、どうすればいいの?」
 「なんとかして、ワールドシステムに入るのよ! いいわね? あの、社の中に霊的空間があるかもしれないわ。社はね、存在している意味があるのよ」
 「社……」
 「早く行きなさい! 今回、あなたは対象じゃない! スサノオは私達を消そうとしている」
 アヤが叫んだので、リカは涙目で走り出した。
 「皆、死なないで……」
 「リカ……」
 ふと、栄次がリカを呼んだ。
 「ひとりで戦わねばならなくなった時に……泣いていてはいかぬ。まわりが見えぬぞ。まわりが見えぬとせっかくの好機を逃してしまう。……泣くな。わかったな」
 「……栄次さん……わかりました」
 リカは栄次の言葉を受け、涙を拭うと海に向かい走り出した。
 あの社へ向かう。

二話

 「あの社へ向かったのか?」
 栄次がアヤに目を向けずに尋ねた。
 「ええ……。向かわせたわ。社は神々の霊的空間が広がっているから、どこかには繋がるはず。それより、私達はどうするの?」
 「どうしよっかなぁ……」
 アヤの怯える声を聞きながらプラズマは頭を抱える。
 「こちらの時神三柱、いい感じにあのリカとかいう時神の時間操作のおかげで集まってくれたんで、一気に消せる」
 スサノオは嬉々とした顔でアマノムラクモを構え、言った。
 「冗談じゃない。あんたらの都合で消されてたまるかよ」
 プラズマがスサノオに言い放ち、銃を構える。
 「お前達は消え、リカが時神となる。こちらと向こうの時神にリカがなる。そして世界が再び繋がるんだ」
 スサノオは嬉々とした顔で笑うと、アマノムラクモを構え、突っ込んできた。
 「先程の剣王より、得体がしれないぞ」
 栄次は息を吐くと、そのまま剣を受け止める。
 「うぐっ……」
 スサノオの力は異常だった。重い圧の他、剣に押し潰されそうだった。
 栄次は剣を受け止めるべきではなかったが、アヤとプラズマがいたため、受けざる得なかった。
 プラズマはアヤを連れ、スサノオと距離を取り、的確に銃を撃つ。剣王同様にスサノオはプラズマの光線銃をまるで避けなかったが、当たらなかった。
 「ちっ……当たらない。未来見をして避ける位置も確認して撃ってんだぞ……」
 栄次の肩から血が滲む。
 「栄次っ……しかたねぇ……。俺はこれ、苦手なんだが……」
 プラズマは神力を上げ、手を前にかざした。
 栄次の目の前に脆い結界が現れ、栄次は一瞬だけ逃げることができた。
 「プラズマ、すまぬ」
 「苦手なんだ。微妙で悪い!」
 栄次にプラズマは必死にあやまった。
 「あー、ちまちまやんのかよ、めんどくせーな。これ、剣を使うまでもねぇか」
 スサノオは距離を取った栄次に狙いを定め、強力な神力をぶつける。栄次は一瞬で気を失い、その場に倒れた。
 「栄次っ!」
 「これでいいんだ。後で始末すりゃあいい。一柱目はもう終わりだ」
 スサノオは嘲笑し、今度はプラズマに目を向ける。
 「……くぅ……俺がアヤと栄次を守らねぇと……」
 「ね、ねぇプラズマ……」
 「アヤ……あんただけは守ってやるよ……」
 プラズマは苦笑いでアヤにそう言った。
 スサノオは強力な神力をこちらに再び向け、プラズマとアヤを同時に狙う。 
 プラズマはアヤの前に入り、神力をさらに高め、結界を張った。
 スサノオの神力をプラズマはなんとか受け止め、失神は回避する。
 「はあ……はあ……なんだ、この力……」
 「プラズマ……私……」
 アヤがプラズマに寄ろうとしたが、プラズマは止めた。
 「来んな。死ぬぞ」
 プラズマの口から血が漏れる。
 神力は神々の元々の力。
 武神、軍神などの神力は内部から破壊するほどの攻撃威力がある。産み出す神々の神力は癒しをもたらす。神力の系統により、方面が変わるのだ。
 「倒れないか。では、もう一段階あげよう」
 「死ぬか……。死ぬよな」
 プラズマは軽く笑った。
 スサノオは蹂躙するようにプラズマに鋭い神力を再びぶつける。
 プラズマは手を前にかざし、先程よりも強い結界を張った。
 しかし、今回は身体中切り刻まれた。
 「プラズマっ!」
 アヤの叫びが響く。プラズマは膝をつくが、倒れずに失神を回避する。
 「ほー、まだ倒れないか。なら、普通に剣で刺した方が早いな」
 プラズマは霞む目でスサノオの剣撃を見、丸腰のまま、剣を受け流す。スサノオの剣はプラズマの鼻をかすり、空を切った。
 「そんなこともできるのか」
 「……そんな簡単にはやられないぜ」
 プラズマはスサノオを睨み付け、再び剣を受け流す。
 受け止めるわけでも避けるわけでもなく、受け流した。
 「厄介だな。次で死んでくれ」
 「死なねぇよ……」
 プラズマは重い神力を浴びながらスサノオの剣を受け流し続ける。
 アヤはそれを見ながら、どうすれば良いのか必死で考えていた。
 「……そうだわ。私は時間操作ができる。プラズマと栄次の時間を巻き戻せば……」
 アヤはすぐに試すことにした。
 早くしなければ、プラズマがやられる。
 アヤは神力を高め、栄次とプラズマに巻き戻しの時間の鎖を巻く。
 「お願い……うまくいって!」
 アヤの突然の行動にスサノオの目が見開かれた。
 「現代神が一番厄介か」
 スサノオがアヤに目を向けた刹那、栄次が斬りかかっていた。
 スサノオは再び、神力を向けるが、プラズマが結界を出現させ、神力をすり抜けさせる。
 隙ができたスサノオから、栄次とプラズマがアヤの元へと逃げた。
 「うまくいったわ!」
 「アヤ、助かった。正直、死んだと思ったぜ」
 「なにが、どうなっている」
 栄次はなんだかわからぬまま、とりあえずプラズマを助けたようだ。
 「アヤが時間操作して、俺達の体力をスサノオと戦う前にしたんだよ」
 「そういうことか」
 「なんとか俺達の力を組み合わせて耐えるぞ! リカはきっと、スサノオをなんとかする方法を見つけてくれるはずだ」
 「ああ……」
 栄次、プラズマ、アヤはスサノオの力に負けないよう、神力を高め始めた。

三話

 リカは涙を拭いながら走る。
 後ろは振り返らなかった。
 「社は……海の上……」
 目の前に見える鳥居と社に向かい、足を踏み出す。波がリカの足を濡らすが、気にしている余裕はない。
 「泳ぐしか……」
 リカは波を踏みながら先へ進む。だんだんと深くなっていき、突然に足がつかなくなった。
 ……泣くな!
 泳げ!
 もがきながら溺れながら必死に社まで泳ぐ。海は穏やかで波も高くない。しかし、夕方の海はどこか不気味で、水がやたらと冷たかった。
 塩辛い水を飲みながら、リカはなんとか社までたどり着いた。
 「はあ……はあ……」
 小さい社は人すら入れない大きさだ。
 しかし、よく見ると扉がついていた。
 「……なんにもなさそうだけど、開けてみるしか……」
 リカは海に半分身体をつけながら、とりあえず扉を開ける。
 「えっ? な、なに?」
 扉を開けた刹那、電子数字が飛び出し、リカを吸い込んでいった。
 リカが次に目を開けた時、電子数字が沢山流れる不思議な場所に立っていた。音はなく、辺りは宇宙空間のように黒く、やたらと輝いている電子数字が辺りを浮遊している。
 「な、なに……? ここ……」
 「いらっしゃい。ワールドシステム内にようこそ。やっとここまで来たんだね」
 後ろからとても聞き覚えのある声がした。
 「……」
 リカは黙り込むと拳を握りしめる。
 「リカちゃん。何回も回ったね? あなたの力が原因だったんだよ?」
 「マナさん、私はなんなの? マナさんが関係するんだよね?」
 リカは振り向き、マナを睨み付けた。
 「あなたはね、私が作った伍の世界の時神。壱に行ったらどうなるか、見てみたかったんだ。ちゃんと、『存在』できたかな? もう少しで世界が繋がりそうなの。あなたは壱で消滅してない。つまり、壱で適応している。時神をあなただけにして、壱と伍をあなたが繋ぐの。わかった?」
 「私だけ……? アヤ、プラズマさん、栄次さんは?」
 リカは震えながらマナを仰ぐ。
 マナは心底おかしそうに笑った。
 「消えてもらう。壱と伍を繋ぐには、余計なデータはいらない」
 「……なんで……そんなに世界を繋ぎたいの? 彼らは一生懸命に生きてるのに……」
 リカは拳を握りしめ、震える声でつぶやく。
 「世界を繋ぎたい理由? 壱と伍で別れている必要性を感じなかったから、スサノオ様と実験してるの。どうしたら世界が壊れるのか。私は伍の世界で神を生み、『TOKIの世界書』で神の存在を証明した。あなたも知ってるかと思うけど、今、伍の世界では想像物が再び、光を浴びているわ。『世界書』は私の実話。私はアマノミナカヌシのデータを使い、ワールドシステムに入った。あの時、世界を繋げようとしたのだけど、失敗して世界は離れたまま。その後、自分の名前から「カ」を取ってあなたを作った。伍で神が生まれれば、伍の定義が狂うから、前回できなかった世界統合ができるかと」
 「そんなの……勝手だよ……。私だって、巻き込まれただけじゃないか」
 リカは唇を噛み締めて、苦しそうに小さくつぶやいた。
 「世界が『世界のシステム』により『想像する世界』と『想像しない世界』に分けてデータを取り始めた時、『こちらの世界と向こうが元はひとつの世界だった』という事実を神々の記憶から消したのは、歴史神ナオとムスビ。本神は自身も記憶の消去を行っているから覚えてないけど。神はね、信仰されるか、世界から重要だと認められなければ『存在』できない。だから、信仰がなくなった世界では消滅してしまう。神はそれを避けたかったから、世界が別れる時、壱(想像する世界)に残り、重要神達、平和を願う『K』達と共に『世界改変』をした。で、アマノミナカヌシのデータを持つ私はね、伍を再び想像する世界に変えたの。スサノオ様は私に乗ってくれた協力者なんだよ」
 マナはリカと一定の距離を保ち、立っている。
 「そんなの、知らないよ。私はちゃんと両親もいるし、小さい頃から……」
 「両親ねぇ。小さい頃の思い出ねぇ……。それ、私が書いた小説だよ? リカちゃん。あなたの両親は私の現人神(あらひとがみ)だった頃の両親で、あなたの思い出は私の思い出。だって、あなたは私なんだから」
 「う、嘘……嘘だよ!」
 リカは身体を震わせ、気づかぬ内に後退りをしていた。
 「嘘? あなたは初めから今のままで、生まれたばかり。約一年間、自分の身体の中でループしていたよ?」
 「嫌だ! そんなの嘘だよ! 私は……人間だもん!」
 「人間じゃないよ。あなたは私の『想像物』だもの」
 「違う!」
 リカはマナを睨み付け叫んだ。
 「あらら、そんなんでいいのかねぇ? 想像物を認めないと、消えちゃうよ? 弐の世界にいた時に経験しなかったかな?」
  マナが不気味な笑みを浮かべつつ、リカを見据える。
 リカの右手が電子数字で分解され始めていた。
 「……っ!」
 声にならない悲鳴を上げたリカは、無意識に想像物であると認めてしまった。
 すると、右手の違和感はなくなり、手は元に戻った。
 「うう……うう……」
 リカはなんとも言えない気持ちになり、苦しそうに泣き始める。
 「危ういねぇ。消えてしまいそうだよ。これから、あなたは壱の時神にも伍の時神にもなるんだから、しっかりしてね」
 「……アヤ……プラズマさん、栄次さん……あんな優しい神達をなかったことにするなんて……許せないよ」
 リカは涙を拭い、ぼやける視界でマナを見る。
 「許せない気持ちなんだね? 正しいよ。世界のシステムがどちらに味方をするか、やってみようか」
 「どういう意味?」
 「私が勝てば『世界が繋がる』、あなたが勝てば『世界はこのまま』ってこと。私が勝ったら、あなたは死んで消えるけど、また作り替えてあげるね」
 「そんなの……どうしたら……」
 リカは再び、泣き始めた。
 「ふふっ……もろいねぇ。このまま、壱と伍の時神になるわけじゃないんでしょ? だったら、あなたの『存在するデータ』を見せてくれない?」
 マナは手から光り輝く槍を出すと、リカに向けた。
 「戦うってこと?」
 「どちらが消える『運命』か、試してみようかと思ってねぇ。運命はアマノミナカヌシのデータがある現人神の私でも、降りかかってくるから」
 「嫌だよ……」
 リカは怯え、情けなく涙を流す。
 「じゃあ、私の勝ちだねぇ」
 マナは燐光を放つ無形状な槍を回しつつ、リカに襲いかかってきた。

四話

 「嫌だよぅ……」
 リカは泣きながら手からナイフを出現させた。
 ふと、栄次の言葉が頭に浮かぶ。
 ひとりで戦わないといけない時、泣いていてはいけない。
 周りが見えなくなる。
 「私がここで死んだら、時神さん達が死んでしまうかもしれない。彼らを助けないと……」
 涙で滲んだ視界は何も映さない。マナの槍も見えず、リカは身体を傷つけられる。
 ナイフはあっけなく、遠くに飛ばされ、消えた。
 「……痛い……」
 今回は電子数字ではなく、血が流れていた。
 泣くな……。
 泣いたら何も見えないよ。
 「勝たないと……死ぬなら……戦わないと……」
 リカは震える手でナイフを握り、マナに攻撃を仕掛け始めるが、マナにはまるで当たらない。
 「当たらない……人を傷つけたことなんて……ないんだよ……」
 マナの槍が腹をかすめ、リカは血を撒き散らす。
 「痛いよ……助けて……」
 リカの声はどこにも届かない。
 泣かないで、周りを見ないと……。
 何も見えない……。
 マナはリカの頬を斬り上げる。
 リカはわずかに後退してかわし、かすり傷で済んだ。
 「痛い……どうすればいいのかわからないよ……」
 ……私が時神なら、アヤみたいな力があるのかな。
 アヤはどうやってあんなことをしているんだろう。
 リカは涙と血を拭いながら必死に考える。
 ……私はアマノミナカヌシの一部からできたと言っていた。
 つまり、マナと同じことができる能力があるのかもしれない。
 時神達も他の神も神力を高めていた。
 リカは乱暴に涙を拭くとマナに視線を移し、息を深く吐いた。
 「神力を高める」
 マナが槍を多数出現させ、リカに向けて放つ。
 「やり方わからないけど、手に力を込めてみる」
 手に力を集中してみたら、結界らしきものが手から小さく出現していた。
 「……これだ」
 リカは何も考えずに手を前に出し、力を集中させる。
 透明な板のような結界が現れ、マナの無形状な槍をすべて弾いた。
 「……できた」
 気がつくと目の前でマナが槍を振り抜いてきていた。リカは慌てて後ろに後退する。
 首すれすれを槍が通りすぎ、リカは冷や汗をかいた。
 「よく避けたねぇ。今のは運命かな?」
 「……泣くな、負けるな! 負けたら死ぬんだ。死にたくないんだよ!」
 リカは手に力を集中させる。
 ナイフを再び出そうとしたが、出たのはマナと同じ無形状の槍のような光だった。
 「槍だ……」
 「私と同じ槍。私の力を持っているから当然か」
 マナが愉快そうに笑うが、すぐに笑顔は消えた。
 「ん? ……これは、鎖?」
 気がつけば、時間の鎖が巻き付き、マナの動きを封じていた。
 リカはマナに槍を向け、恐ろしい速さで突っ込む。
 「強力な時間停止……そして、リカ自身に早送りの鎖ね。……ふふ。やはり、負けか」
 マナが苦笑いをした刹那、リカの必死な顔が目に映った。
 「うわああ!」
 リカは叫びながら、マナを貫く。槍はマナを貫通し、リカはそのまま勢い余って電子数字の海へ放り投げ出された。
 「世界はやはり……繋がりたくはないようだ。『世界』よ、もう、二つの世界のデータを取るのはやめてもよい。平和に世界がまわる最適な道などないのだから。無意味な行為だぞ」
 マナは電子数字を撒き散らしながら消えていく。
 「ま、マナさん……」
 リカはマナに手を伸ばすが、マナは手を取らず、リカに笑いかけた。
 「君の勝ちだね。私は死なない。私はアマノミナカヌシの一部。だから、何度でも現れる。また、会いましょう? 次は敵か味方か。どちらにしろ、世界は繋がる。伍の世界の時神、あなたが『存在』していれば、伍は矛盾だらけだ。とりあえず、世界の方向性はわかったから満足よ。じゃあ、また」
 マナはゆっくりと電子数字に分解されながら笑顔で消えていった。
 「マナさん……」
 リカはせつない顔でその場に佇(たたず)む。
 ……伍の時神リカ……。
 しばらくして無機質な音声が空間に響いた。
 ……壱に適応。
 バックアップ世界、陸(ろく)にも今後、出現予定。
 矛盾の修正をおこないます。
 世界の修復をおこないます。
 修正、世界を繋ぐ時神として今後はすべての世界を繋ぎます。
 伍にも出現可能です。
 アマノミナカヌシのデータ保有のため、すべての世界へ介入可能です。それにより、壱(現世)、参(過去)、肆(未来)の時神は、リカにより壱にまとめられます。
 時神のデータ改変をおこなっています。
 アップデート完了しました。
 「この頭に響く音声はなんなんだろう……。誰が話しているのか」
 リカは力が抜けてしまい、膝をついて、この声を聞いていた。
 「とりあえず、勝てた……マナさんは死なないって言っていたから、だ、大丈夫だよね……」
 ひとりで自問自答し、次はワールドシステムから出る方法を考え始める。
 「そういえば、どうやって出るのかな……」
 マナが消えても相変わらず電子数字が舞う、宇宙空間だった。

戦いはまだ続く1

 リカが世界から出られず、途方にくれていると、またも誰かの声がした。
 抑揚のない女の声。
 「……って、この声、聞いたことがある!」
 「ワールドシステム内に入ってしまった神を助けに来た」
 リカが声の出所を探していると、目の前に青い髪のツインテールの少女が現れた。
 「……やっぱり、ワダツミのメグだ!」
 眉を寄せてメグを見ていると、メグは首を傾げてリカに近づいてきた。
 「うん。……私は誤ってシステムに入ってしまった者を外に出す『K』でもあるから。おかしくないけれども」
 「え……? 『K 』なの?」
 さらりと言ったメグの言葉にリカは目を見開いて驚いた。
 「ワダツミだけれど、『K』でもある。あなたをここから出してあげる。データ改変であなたを伍へ送らなくてもよくなったよう」
 「え……ちょっと待って……」
 「なにかな?」
 メグは表情なく首を傾げた。
 「……いや、別になにもないんだけど……この世界ってどうなってるのかな? マナさんは……」
 「……世界は世界だ。神は神。『K』は『K』。マナサンとは何?」
 メグは表情なく、淡々と尋ねてきた。
 「えー……えーと……あ、アマノミナカヌシ!」
 「……ああ、ワールドシステムの先にいる『存在のない何か』か。私は知らない。ビッグバン前にこの世界にいた『何か』のようだが、『滅んでいる』ため、わからない。『前回の世界』を参考にするため、『世界』がデータだけ残したようだが」
 「……そ、そう」
 リカには届かない所の話なので、よくわからなかった。
 「では、出ようか」
 「……うん」
 メグがよくわからない言葉を発し、言葉は電子数字に変わってリカの周りを回る。
 「では、ワールドシステムにアクセス『転送』」
 そこだけハッキリ聞こえ、リカの視界はホワイトアウトした。

※※

 「なかなかしぶといな」
 ずっと夕闇の海辺でスサノオは時神達に笑みを向けていた。
 プラズマ、栄次はアヤをかばい、負傷するが、アヤがすぐに回復させる。
 「そこの現代神が厄介なんだが、そろそろ疲れてきたか? 神力が乱れているぞ」
 「見抜かれているわね……。こんなに連続してやるともたないわ……」
 アヤは荒い息を漏らしながら、栄次に時間の鎖を巻き、神力を浴びる前に戻す。
 「アヤ……」
 「大丈夫よ。まだ……」
 栄次は心配するが、すぐにスサノオの攻撃に集中し、神力はプラズマが結界で弾いていく。
 「……私が倒れたら負け。でも、本当はもう……神力が出ないの……」
 アヤは膝から崩れ落ち、砂浜に座り込んでしまった。
 体が重い。足はもう動かない。
 スサノオはアヤの様子を見、攻撃をアヤに向けた。
 「アヤを狙うんじゃねぇよ」
 プラズマがスサノオを睨み付け、結界をアヤに向けて張り、栄次はアヤの前に飛び込んで、スサノオの剣を受け止めた。
 プラズマはすぐに、銃をスサノオに向けて撃つ。
 スサノオには当たらなかったが、栄次は一瞬の隙に剣を刀で受け流すとアヤを抱いて逃げた。
 スサノオは栄次が逃げた先に神力を向け、プラズマが栄次の前に結界を張り、失神を防ぐ。
 「しぶといねぇ」
 スサノオはいまだに笑みを向けている。
 「栄次、ありがとう」
 「もう、動けぬか? 動けるならば、お前だけでも逃げるのだ」
 「そんなこと、できないわよ。最期まで一緒にいるわ」
 アヤは栄次に苦笑いを向けた。
 「そうか。スサノオにお前だけは斬らぬよう……俺の最期に願ってみよう。斬殺される女は見たくない故。非力な俺を許せ……アヤ」
 「やめて。なんとかして生き残るのよ」
 「……ああ、だな」
 栄次とアヤが軽くそんな会話をしているところに、突然リカが投げ出されてきた。リカは派手に砂浜に叩きつけられると、涙目で起き上がる。
 「いったた……」
 「リカ!」
 時神三柱は驚き、それぞれ叫んだ。

戦いはまだ続く2

 「ワールドシステムには入れたの?」
 アヤは不安げな顔でリカを見た。
 「う、うん……入れた。でね、色々変わったみたいで……」
 リカはスサノオを恐々見据えながら、アヤに細々と語る。
 「ふむ、マナが負けたか」
 スサノオはリカを見、苦笑いをし、続ける。
 「じゃ、俺は手をひく。アマノミナカヌシのデータが負けたなら、何をやっても負けよ。命拾いしたな。まあ、次会ったらどうなるかわからないが。今回の運命はあんたらの勝ちだな」
 スサノオはあっさりと剣を鞘にしまうと、陽気に去っていった。
 「うそ……そんなあっさり……」
 アヤがつぶやき、栄次とプラズマが同時にその場に座り込んだ。
 「生きてた……はあ……」
 プラズマが拳を天に向かって突き上げ、栄次が刀を鞘に戻す。
 「なかなかに手強い相手だった」
 「プラズマ、栄次、ありがとう。私を守ってくれて……あんまり役に立てなくてごめんなさい」
 アヤは心配そうに栄次とプラズマの怪我を見つつ、申し訳なさそうに言った。
 「いいんだよ。あんたはよく頑張ったし、アヤがいなきゃ、死んでたぞ。俺ら」
 プラズマはヨロヨロと三人の元へ歩き、座り込んだ。
 「アヤ、すまぬ、助かった。お前は大丈夫か?」
 「ええ、私は疲れただけよ」
 栄次の言葉にアヤは、安堵のため息と共に小さく答えた。
 「リカ、怪我をしている。大丈夫か? お前も戦ったのか……」
 栄次はリカを心配し、プラズマが顔をしかめた。
 「あんた、何と戦ってきたんだよ……。顔に傷とかかわいそうだなあ……女の子なのに」
 「そう、ですよね……。なおるかな……」
 リカはやや落ち込んでいた。
 「プラズマ、顔は軽い傷だが、それよりも腹の傷のが重そうだ。処置できるものがない故、先程の場所に戻るのが良さそうだが……」
 栄次は辺りを見回すが、戻れそうな場所はない。
 「どうやって戻るの? 壱に戻ったら、剣王は襲ってくるのかしら?」
 アヤはリカの背を撫でながら考える。
 「たぶん……ここに入ったのと同じことをすれば、帰れるんじゃないかな? これ、使えそうだけど」
 リカはアマノミナカヌシの槍を出現させ、軽く振った。
 「……なんだよ、それ……初めて見たぞ」
 プラズマは槍を興味深そうに眺めつつ、首を傾げた。
 「これ、実はよくわからないんです。ですが、ワールドシステム内にいたアマノミナカヌシの……マナさんと同じ槍で……」
 「じゃあ、私の血で五芒星がでるか試して、その槍を五芒星に刺せば元に戻るのかしら? リカ、ナイフを出して」
 アヤがリカに近づこうとした刹那、尖った三角のサングラスをかけた、不思議なニット帽をかぶった少女が不気味に笑みを浮かべながら現れた。袴を着ているところからすると、なにかの神か。
 「いや、あの子は……たしか……」
 リカが最後に死んだ時、リカを覗き込んでいた少女だ。
 たしか……
 「ワイズかよ……」
 プラズマが頭を抱えつつ、少女を睨み付ける。
 「そうだYO! 東のワイズこと、オモイカネ! ワールドシステムに入ったんだNE? データが書きかわっているYO。そのうち、人間達が時神の認識を改めるだろうNE。時神は同じ世界線にいるとな」
 「ん? どういうことだ」
 栄次が目を細め、プラズマが頭を抱えた。
 「俺達が同じ世界にいるというデータに変わっただと?」
 「そうだYO。過去の世界、参にもお前ら三柱は存在し、未来の世界、肆にもお前らが存在するということだYO。お前ら三人はこれから同じ世界で存在する」
 「なんてこった……。で? あんたは俺達とやり合う気なのかよ?」
 ワイズの言葉にプラズマはため息をもらす。
 「幼いおなごの風貌のお前を斬りたくはないが、俺自身が負けそうだ」
 栄次は自嘲気味に笑った。
 「ははは、私は戦う術をもたない。頭脳だからNE。だから剣王が動いたんだ。ただ……壱を守るため、異世界少女を邪魔してみようかとは思うYO」
 「なんなの……」
 リカがワイズの異常さに怯えていると、世界が歪み、海の世界から強制的に外に出された。
 「頭脳勝負といこうかYO。この世界をハッキングした。そう簡単には出さないYO。出られたらお前の好きにするがいいYO」
 ワイズはそう言うと、電子数字に紛れ、消えいった。
 リカと時神達は不思議な浮き島に取り残されていた。
 浮き島は空を浮遊しており、他は何もない。
 「何……ここ」
 リカは困惑し、時神三神を見据えた。

三話

 「うーん……ワイズ、何考えてんだか……」
 プラズマは苦笑いでリカを見た。
 「俺はな、俺達をリカと共にこの世界から脱出させるのはおかしいと思うのだ。狙われているのはリカ。なぜ、俺達をここに閉じ込めた?」
 栄次は腕を組み、ため息をつく。
 「……つまり、もう狙う気はないのよ。さっさと出ましょう。あの神は何を考えているのかわからないけれど、無駄なことはしないの。私達をここに閉じ込めたのも理由があるはずだけれど、今はわからないわ」
 アヤは冷静に分析し、世界からの脱出方法を考え始める。
 その横で栄次はため息まじりに口を開いた。
 「おそらく、ここは弐の世界だ。時神全員がこの世界にとらわれてるということは、壱の世界の時間がどうなっているかわからぬ」
 「それだな。ワイズはこのタイミングでなんか裏でやってんじゃねぇか……」
 「なにかって何をしてるんですか?」
 栄次とプラズマの会話にリカが入り込み、尋ねた。
 「んー、わからねーが、アイツ、『K』だよな」
 「そうね……」
 プラズマの言葉にアヤが答える。
 「で、剣王と同じく、壱の世界を守ってる。んで、異物データのあるリカを排除しに来ないで、俺達皆合わせてここに閉じ込めた……つまり……どういうこと?」
 プラズマは良いところで首を傾げた。
 「時間関係がなくなった所で、壱と伍を完全に切り離そうとしているのではないか? 時間という厄介な部分がないのだ。比較的自由にいじれるのではと」
 栄次が頭を抱えつつ、答えを導きだす。
 「そうね。リカはこちらの世界で適応したのよ。排除をする必要はない。そうすると、どうするか……壱を守るために今後、伍からの情報を遮断し、二度と争いを生まないようにする」
 アヤが頷きつつ、リカの背中を撫でた。
 「じゃあ、私……元の世界には帰れないの?」
 リカが不安そうにアヤに尋ねた。
 「……帰りたい? たぶん、帰っても誰もあなたを覚えてないわ。壱に入った段階で、伍にいた時とはデータが書き換えられて違うんだもの。人間に認識はされないと思うわ」
 アヤは言いにくそうにリカに言う。神はデータでできている。
 壱で適応可能なデータに書き換えられたのなら、伍にいた時のデータとは違う。
 伍は想像物が乏しい世界。
 壱は神々や『K』など、人間が想像したものが実際に「存在」している世界。
 リカは伍の世界での神だった。
 それが壱の世界に入ったのだから、もう壱の神でもある。
 「……お母さんとお父さんも偽りで私の家族じゃなかったんだ……。向こうに帰っても私、ひとりぼっちか……」
 リカはうつむく。
 「リカ、私達は側にいるわ」
 アヤが優しくリカを抱きしめた。
 「そうだ。あんたが新しく存在を始めたから、俺と栄次も元の世界に帰らなくてよくなったらしいじゃねぇか。だから、一緒にいるよ」
 「ああ、そうだな。共に歩もう」
 プラズマと栄次はリカの頭を撫でる。リカは十代の風貌だが、産まれてまだ一年だ。
 わけのわからないことばかりが襲い、泣いてばかりだった。
 少なくとも壱の世界にいれば、味方がいる。
 リカは壱に残る決意をした。
 「私は……全然世界のことがわからない。……だから、皆がいるこっちの世界にいることにするよ」
 リカは元の世界に帰らない判断をした。それは世界の判断か、リカの判断かはわからない。
 リカはまだ、生まれて一年。
 そんなことすら知りもしない。
 「リカ……泣くな。お前は泣かないで戦ったのだろう? よく頑張ったではないか。だが、まだ終わっておらぬ……。まずは立て、リカ。お前はまだ強くあろうとしなくともよいが、お前が戦うべき相手は思ったよりも大きいのだ」
 栄次がリカの目にたまった涙を拭き、プラズマとアヤを見る。
 「とりあえず、出るぞ」
 「で? どうやって出るかだよな……」
 「ここは浮島しかないわね、さあ、どうしましょうか」
 プラズマとアヤはリカを気にかけながら、出る方法を考え始めた。
 

四話

 アヤは出る方法を考える。
 「この世界でワイズがハッキングし、私達を閉じ込めた。閉じ込められたけれど、弐の世界なはず。つまり、誰かの心の世界。ワイズが私達を人間の心に閉じ込めるわけがないので、おそらく、どっかの神の心の世界」
 アヤはリカの背中を撫でながら、栄次とプラズマを仰いだ。
 「なるほど、そう考えると、神力の提示をして『命令』すれば出られるかもなあ」
 「神力の高い神なら、負けるがな」
 プラズマは眉を寄せ、栄次がつぶやく。
 その後、プラズマは眉を寄せたまま、再び、静かに言った。
 「この中で一番神力が高いのが俺か。俺より神力が高い神……ワイズの世界とかならヤバいな」
 「それはないんじゃないかしら。ワイズはハッキングしているのよ。ハッキングしてまでこの世界に私達を割り込ませたのなら、ワイズの世界とは考えにくいんじゃないかしら。ただ、プラズマより神力が高い可能性もあるけれど」
 アヤが答え、栄次が頷く。
 「とりあえず、やってみるとしよう。プラズマ、神力を最大まで上げろ」
 「はあー、あれ疲れるんだよなあ。口上は任せたぞ、栄次。女の子にはやらせたくないからな」
 「ああ」
 「……何をするの?」
 リカはプラズマと栄次の会話を怯えながら聞いていた。
 それを見たアヤがリカの背中を撫でながら答える。
 「プラズマが神力の提示をするの。対象の神に気づいてもらうため、儀式をするのよ」
 「どういう……」
 「まあ、見ていて」
 アヤがプラズマを見るよう促したので、リカは口を閉じた。
 「いくぞ、神力の提示」
 プラズマが神力を解放し、最大まで上げる。手を横に広げると、プラズマの服は一瞬で水干袴のようなものに変わり、赤い髪が腰辺りまで突然に伸びた。
 「あれが本来のプラズマよ。リカ。神は必ず、霊的着物っていう礼服を一着持ってるの。存在を始めた時の姿になるから、プラズマは奈良後期から平安初期。千年ほど前かしら」
 「千年……」
 リカは呆然とつぶやいた。プラズマは千年も生きているのか。
 「髪の長さは神にとっての神力の強さ。プラズマは神力をある程度にしているから、普段は短いの」
 「へ、へぇ……調節とかもできるんだ……」
 リカは神聖なものをプラズマから感じた。やはり、彼は神なのだ。人間離れした雰囲気を今は纏っている。
 「栄次、口上を」
 プラズマが普段の陽気な雰囲気を消し、栄次を静かに見た。
 「……はい」
 栄次は膝をつき、プラズマに平伏する。
 「え、栄次さん……」
 リカは以前、スサノオから平伏させられたことを思い出した。
 あれとは違う雰囲気だが、元は同じな気がする。
 「わたくしは、時の神、過去神、白金(はくきん)栄次(えいじ)でございます。神力の解放、まことに感謝いたします」
 栄次は平伏しつつ、言葉を発する。
 「お名前をお聞かせくださいませ」
 「私は時の神、未来神、湯瀬(ゆせ)紅雷王(こうらいおう)である。……あー、本名言いたくねぇ……ダセェし……」
 「……名乗ってくださり、感謝いたします。この世界の持ち主の神にも、神力の提示をお願いいたします。紅雷王様」
 プラズマを無視し、丁寧にことを進める栄次。プラズマはため息をつきながら、空を仰いだ。
 「神力が下という設定でいくぞ。……この世界を守る神よ、私は時の神、未来神、湯瀬紅雷王である。こちらの世界から出していただきたい。勝手に入り込んでしまい、まことにすまない」
 プラズマが空に語りかけると、すぐに女の声がした。
 リカの知っている声だ。
 誰だったか……。
 「な、なんで私の世界(夢)に時神がいるのですか!?」
 「この声、ナオか」
 栄次がつぶやき、リカは思い出した。あの神々の歴史を管理しているという、歴史神ナオだ。
 「ああ、ナオだったか。なら、俺より下だ。と、いうか知り合いだし、出してくれるよなあ……」
 プラズマはいつもの雰囲気に戻ると、陽気に笑った。
 「出しますよ」
 「その前に、寝る前にワイズに会ったか?」
 プラズマが尋ね、ナオは素直に答える。
 「はい。会いました。壱と伍の切り離しをするとか……剣王と話しておりましたが……」
 「時間関係はおかしくなっているか?」
 今度は栄次が尋ねた。
 「ええ、時計が止まって、調査に行こうとしたら、突然に眠気が……」
 「そうか、ワイズだな……」
 プラズマが頭を抱え、ナオが控えめに再び声を発する。
 「とりあえず、出しますね……」
 
 
 

五話

 「……おかしいですね……。出せない。ああ、ムスビとも繋がってしまっているようです。元々、私達は二人でひとりの神でしたので、夢の世界もつながっているのかと思われます。あ、暦結神(こよみむすびのかみ)のことです」
 ナオの言葉にプラズマが頭を抱えた。
 「マジかよ……ワイズ、二段構えにしやがったな……」
 「その神って……栄次さんが神力が高いって言っていた神ですよね?」
 リカが栄次に尋ねるが、栄次は首を傾げた。リカは今の時間軸の栄次ではないことに気がつき、なかったことにしようとしたが、栄次は納得したように頷く。
 「ああ、そうだな。過去見で見た俺が言っていたな。そうだ。神力はかなり高い」
 「……ムスビにも気づいてもらうために、もう一度やるわよ。なんなら、今度は私が……」
 アヤが言った刹那、プラズマがアヤを見た。アヤは一瞬で口をつぐみ、冷や汗をかいていた。
 「ああ、悪い。神力落とせねぇからさ。怖い?」
 「……気絶しそうだわ……。無理ね」
 「栄次、前に入れ」
 アヤを心配したプラズマは栄次を間に挟ませた。
 「……はい」
 「栄次、あんたが俺に敬語使うの、違和感しかないなあ。わらっちゃうんだけど」
 プラズマが複雑な顔で栄次を見る。
 「……神力がぶれております、紅雷王様」
 「その名で呼ぶんじゃねーよ……」
 「それよりも、早急にお願いします。あなた様の神力はわたくしには強すぎます故」
 栄次は神力を高め、プラズマの神力に耐えていた。
 「ああ、わかった。やるか」
 「では、もう一度おこないます」
 栄次が平伏しようとしたが、プラズマが止めた。
 「平伏は命じていない。そのままでいろ。栄次」
 「はい」
 栄次はそのままでプラズマを見据えた。
 「では、お名前をお聞かせくださいませ」
 「……私は時の神未来神、湯瀬紅雷王である」
 「この世界の持ち主の神にも、神力の提示をお願いいたします。紅雷王様」
 栄次は丁寧にプラズマに頭を下げる。
 「了解した。私は時の神未来神、紅雷王である。領域に踏み込んでしまったこと、まことに申し訳ない。すみやかに出ていく故、見逃してもらえないだろうか?」 
 プラズマは空に向かって声をかけた。すぐに男の声がプラズマに答えた。
 「時神……よくアクセスを思いついたね」
 男の声はリカが以前会ったムスビのものだった。
 「……暦結神、出してはくれぬか?」
 プラズマはさらに声をかける。
 「俺達の上司、剣王に出すなと言われているんだ。ナオさんは言われてないけどね。残念、交渉失敗だね」
 ムスビはそっけなく言い放った。
 「……夢をみているのでは? こちらは弐の世界にある、あなたの心の世界であり、夢の世界なはずだが」
 「ああ、たぶん、俺は寝ている。夢(弐)の俺は壱にいる時とは違うのかもしれない」
 「……もうよい。早く出せ」
 プラズマは神力をさらに高め、空を睨む。
 「出せないと言っている」
 空から強力な神力が降ってきた。プラズマは結界を張って神力を弾く。
 「ここから出せと言っている!」
 プラズマが今度は強い神力を天に向かい放出する。
 「神力は同じくらいね。……いや、プラズマのが上かしら?」
 「これで、出られるの?」
 アヤとリカは遠くで静かに見守っていた。
 「出さない。君達を守るためでもあるから。壱と伍を完全に切り離せれば誰も消えないだろう?」
 「……では、強行突破といくが、よいか?」
 「乱暴だね、俺は戦える神ではないんだ。ご容赦願う」
 ムスビは態度を変えない。
 挑発にも乗らない。
 頭が良く、冷静な男だ。
 「……栄次、どうする……? ムスビは夢の中にいる。起きている状態とはだいぶん、違うぞ」
 プラズマは栄次をちらりと見た。
 「……戦いを拒否する神に乱暴はできませぬ。そうしましたら、暦結神を『起こして』みるのはいかがでしょうか」
 「夢から覚めさせるか」
 「はい」
 栄次の言葉にプラズマはしばらく考える。彼に似合わない真面目な顔だ。
 「……アヤ」
 プラズマはふと、アヤを呼んだ。アヤはプラズマがいつもと違う雰囲気なので怯え、小さく返事をした。
 「……はい」
 「ごめんな、怯えさせるつもりはないんだ。神力をこのまま一定にしていた事がすげぇ昔の話だったから、すぐぶれちまうんだよ。こんな話をしたいわけではなく、アヤ、頼みがある」
 「はい」
 プラズマはアヤとは目を合わさずに言う。目を合わせるとアヤが倒れてしまうからだ。
 「この世界の主であるムスビの時間を寝る前に戻せるか?」
 「……そ、それはできません。暦結神の神力は私よりも上でございます。自分よりも上の神に時間の鎖は巻けません」
 「……そうだった。なんで、アヤまで丁寧語なんだよ……。ちくしょう、ワイズめ、めんどくさいことをしやがって」
 アヤの返答を聞き、プラズマは苛立ちを見せた。
 「紅雷王様、アヤとリカに危害は加えませぬよう……」
 栄次の言葉にプラズマは慌てて神力を安定させる。
 「栄次、まだやれるか?」
 「……はい」
 「じゃあ、ナオをこの世界に呼び寄せ、拘束しろ」
 「……はい」
 栄次が少しだけ動揺を見せたので、プラズマは慌てて栄次に耳打ちした。
 「いや、拘束しろってのは演技な。ナオとムスビは相思相愛らしいから、ナオに協力してもらえばムスビとの交渉もうまくいくだろ? 卑怯だけど」
 「わかりました」
 栄次はさらに神力を高め、ナオをムスビが展開している夢の世界へ呼んだ。
 「霊史直神(れいしなおのかみ)、ナオ……こちらに出現を命ず」
 栄次が言葉を神力に乗せて空へ飛ばす。するとすぐにナオが現れた。
 「はい……」
 赤髪の少女ナオは栄次の荒々しい神力に怯え、震えながらこちらを見ていた。
 「なにもせん。安心しろ。突然の強い神力、まことに申し訳ない。力を貸してほしい」
 栄次は神力を抑え、なるべく優しく話しかける。それにより、ナオの表情がいくらか明るくなった。
 「ムスビを焦らせ、俺達をこの世界から出させるのだ。ナオ、悪いが捕まったふりをしてくれ」
 「……は、はい」
 「怯えなくて良い。酷いことはせん」
 栄次は軽くナオの体を後ろから抱くと、首に腕を回し、締め付けるふりをした。
 「痛くないか? 苦しければ言ってくれ」
 「だ、大丈夫です……」
 栄次とナオの会話を聞き、プラズマが苦笑しつつ、ムスビに話しかける。
 「見ろ、ナオはこちらにいるぞ。どうする?」
 プラズマは我ながら卑怯だなと思いつつ、相手の反応をうかがった。
 「ナオさんに触るな!」
 ムスビはすぐに世界に現れた。
 「お、おう……本神が直々にくるとは……」
 プラズマは慌てつつ、神力がぶれないよう調整した。
 「ナオさんを離せ……。栄次、ナオさんが好きなのはお前じゃなく、俺だ!」
 栄次の拘束の仕方が甘すぎたのか、ムスビはナオを抱きしめていると思ったようだ。方向性真逆に怒っていた。
 「あ、あれ……?」
 プラズマははにかみ、栄次はため息をつく。
 「申し訳ありません。紅雷王様、違う方面に伝わったようでございます」
 ムスビは怒りながら栄次に襲いかかっていた。
 「まいったな……。人質にして、ナオを離せーってなってから、ムスビが慌てて俺達を外に出すっていう方向だったのに、本神登場で襲いかかってくるとは……どうしよう」
 プラズマが冷や汗が止まらなかった。

六話

 ムスビは神力を言葉に乗せて威圧的に言い放つ。
 「ナオさんを、返せ」
 立っていられない重圧がアヤやリカをも襲い、プラズマは慌てて結界を張った。
 「栄次、ナオは渡すなよ。あいつは武器を持たない神だ。こちらは武器を向けてはいけないし、世界を壊すこともいけない。一般的な神の世界でワールドシステムなんて開けない。世界を壊すことになるからな」
 プラズマは横でアマノミナカヌシの槍を出していたリカに小さく言った。
 「あ……ごめんなさい。だから、やらなかったんですね……」
 「やると自分から言った場合はいいのだが、サヨのような状態になることはほとんどないんだ。な? ワイズの怖さがわかったか? 八方塞がりにしてくんだよ。こうやって」
 ワイズはムスビの神力の高さを知っていて、なおかつ、武器を持たない神ということも当然知っている。おまけに神力対話になったとしても、邪魔ができるよう、ナオを前に置いていた。
 「今回は参りました。この神には刀を抜けませぬ。紅雷王様が神力勝負を行うことになります。相手の武器は神力故。相手方の神力がなくなった時、アヤよりも神力が下がった時、アヤは巻き戻しができるのではないでしょうか?」
 栄次がナオを抱えたまま、ムスビが飛びかかるのを軽く避けつつ、プラズマに言った。
 「やっぱ、そうなるか」
 プラズマはため息混じりに言うと、栄次の前に結界を張る。
 「時神同士なら、時間をある程度はいじれるんだけれど……」
 アヤが控えめにつぶやいた。
 「アヤ、先程の戦いで神力をかなり削っただろう? 今、プラズマがムスビを抑える間で回復させてくれ」
 栄次は華麗に避けつつ、アヤに小声で言う。
 「わかったわ……」
 アヤは不安そうな顔のまま、神力を上げ始めた。
 「ナオを返せよ!」
 ムスビが再び、神力を解放し、言葉に乗せる。凶器に近い鋭い神力がプラズマを突き刺すが、プラズマは未来見で未来予知をし、素早く結界を張り、防いだ。
 ムスビは神力を最大まで上げ、プラズマと同じく霊的着物水干袴になると、髪も腰辺りまで伸ばした。
 「本気かよ」
 プラズマがうんざりした顔をしつつ、ムスビの神力を結界で防いでいく。
 「ナオさんは俺が好きなんだよ!」
 「ああ、あんたが好きなんだろうよ……めんどくせーなァ……」
 ムスビは自身の心の世界にいるため、栄次への嫉妬心が強く表に出ているらしい。
 ムスビからの強烈な神力を再び弾くプラズマ。お互い神力を消耗していく。
 「栄次、刀は抜くなよ」
 「……そのつもりです」
 栄次が冷静に答えたので、プラズマはムスビに向き直り、槍のような神力を再び弾いた。
 「オイ、ムスビ、そんなに神力一気に出したらぶっ倒れんぞ!」
 「お前がナオさんを離せば良いんだよ!」
 ムスビは全力で神力を放つので、プラズマも全力で防ぐしかなかった。
 お互いは徐々に神力を減らしていく。
 「……はあはあ」
 そのうち、ムスビが肩で息を始め、霊的着物が剥がれかかってきた。
 「そろそろ、神力切れか?」
 「ちくしょう!」
 ムスビは焦りからか、プラズマに殴りかかる。必死な男の拳は鋭くプラズマを貫くが、プラズマはムスビの拳を受け流し、余裕なく構えた。
 そして一言。
 「すまん! 後で酒おごる!」
 プラズマは呼吸を整えると、拳を握り、ムスビの顔面を振り抜いた。
 ムスビは空を舞い、地面に力なく、だが派手に落ちる。
 「後で酒、酌み交わそう! マジでごめんな!」
 「……おい、何をやっている……。暴力はいかぬとお前自分で……」
 栄次が頭を抱え、ナオが半泣きでムスビを見ていた。
 「ナオ、すまぬ。泣かないでくれ。ムスビは大丈夫だ」
 「うう……ムスビ……」
 栄次がナオを慰めつつ、プラズマを睨み付ける。
 「どうするつもりだ」
 「い、いやあ、ごめん……。向こうが殴りかかってきたからよ。男同士の戦いでなんか、気分が変になってきちまって、俺もけっこうギリギリだったんだよ……、ムスビは夢の中だから大丈夫だ。それに、アヤが今から巻き戻してくれるはず。そう、そのはず!」
 プラズマは言い訳を並べ、アヤを見た。
 「わ、わかったわ……。一回くらいならできそうだから」
 アヤは手を前にかざすと、巻き戻しの鎖を意識を失っているムスビに巻く。ムスビは光に包まれ、すぐにその場から消えていった。
 ムスビが消えたら、ナオも消え、世界が崩壊を始めた。主の神が夢から覚めたことで、この世界はなくなる。
 おまけに巻き戻しで寝る前に戻されているため、毎回変わる夢の世界では存在が危うくなったのだろう。
 「……ムスビが夢から覚めて、世界が崩壊を始めたが……どうやって逃げればいいのか」
 栄次はアヤとリカのそばに寄ると、困惑した顔をしていた。
 青い空はガラスが割れたように崩れていき、宇宙空間が見えてきた。
 「やほー! こんなとこでなにしてんの? ワールドシステムは?」
 呆然とする時神達の元へ、やたらと陽気な少女の声が響く。
 上を見上げると、にこやかに笑っているサヨがふよふよと浮いていた。
 「あれ? そんな雰囲気じゃない感じ?」
 「サヨだ!」
 「助けて!」
 「サヨ! 助けてー!」
 プラズマ、アヤ、リカはサヨだとわかると必死に助けを求め始めた。
 

七話

 サヨは必死の時神達を、とりあえず浮遊させ、宇宙空間に舞い上がった。
 「んまあ、なんだかわからないけど~、なんとかなったの? 今ね、壱(現世)が大変なことになっちゃってんの!」
 「ええ、時間が止まっているのよね?」
 アヤは気持ちを落ち着かせると、サヨに答える。
 「そー、そー、あたしはとりあえず、この辺で遊んでただけー。別に壱と伍が離れても平和がおびやかされるわけじゃないからさあ」
 「で、でも……あの……伍は私の故郷なんだ。完全に離されたら、伍の時間を守れないんだよ」
 リカはいつの間にか、伍の世界も守る方向へ心が向かっていた。
 「んー、リカ、向こうは信仰もないんだよん? 神に頼らず、なんとかしていくよ、たぶんー」
 サヨは首を傾げてリカを見る。
 「最近、ようやく神の……、想像物の認識が広まったんだ。向こうには神が産まれている。私が……伍の時神なら……伍の人達を守らないといけないと思う」
 リカはここまでサヨに言うと、口を閉ざした。
 ……あれ? 私、マナさんと同じこと、やろうとしてない……?
 やっぱり、私の中には……マナさんが……。
 「リカ……」
 リカが迷っていると、プラズマが珍しく真面目な顔で名前を呼んだ。
 「……プラズマさん?」
 「迷うな。あんたはあんただよ、リカ。ワイズと剣王のやることが『間違い』なんだと感じるなら、それはあんたにとって間違いなんだ。あいつらにとっては正義でもな。目上の神? そんなの関係ないんだよ。こっちの神はな、神力の上下関係なく、平等なんだ。俺達の上にいる縁神(えにしのかみ)はな、俺よりも神力が下なんだよ。歯向かってもいいんだ。剣王は歯向かった俺達を殺せなかったし、俺達を汚い言葉で罵ったりもしてねぇだろ?」
 プラズマは神力を使いすぎたのか、息をあげながらリカに言う。
 リカは呼吸を落ち着かせると、プラズマにお礼を言った。
 「プラズマさん、ありがとうございます。その言葉、心に入れて、私、がんばります」
 リカは辛そうなプラズマを気にかけながら、今度はサヨを見る。
 「サヨ、壱に連れていってほしい。剣王とワイズを止める。私は壱と伍を切り離したくない」
 「そーお? ま、いーけど。あたしは今回中立を保たないといけないから、何にもできないよ」
 サヨは困惑しながら返事をした。
 「……そうと決まれば、いくぞ」
 プラズマの言葉で時神達は頷き、サヨを見る。
 「えー、あー、わ、わかったよん。連れていきます! 壱に送ればいーんでしょ! はいはーい」
 サヨが手を前にかざし、空間を開いた。真っ黒で何もない空間を指差し、言う。
 「はい、じゃ、飛び込んで。さっきんとこに戻るから」
 「こんな簡単に戻れるのかよ……」
 プラズマのあきれ声を最後に、時神達は壱の世界へと再び戻った。一瞬視界が暗くなり、再び明るくなった時、誰かの声が聞こえてきた。聞いたことのある軽い感じの男の声。
 「あー、もう出てきたかあ……」
 それは剣王がうんざりしている声だった。
 雪が残る道路と、億物件の土地の前に気がついたら、時神達は立っていた。先程、剣王から逃げた場所。
 突然剣王にぶち当たり、リカは怯えた。決意はしたものの、リカは剣王に何度も殺されている。
 単純に怖かった。
 アヤがリカに寄り添い、プラズマと栄次が前に立つ。
 しかし、前に立った所でプラズマがふらりと突然前に倒れ込んだ。
 「あー、やべぇ……」
 プラズマの霊的着物は剥がれ、髪も短くなり、元のプラズマに戻っていく。
 それを見ながら剣王が不気味に笑っていた。
 「……やっと神力がなくなったか。君は厄介だったんだ。ムスビ君はなかなか働いてくれたようだねぇ」
 「ここまで仕組んでいたなら、立派だな……」
 プラズマは苦しそうに立ち上がるが、再び倒れ込んだ。
 「プラズマ!」
 アヤとリカが心配そうに駆け寄り、栄次は剣王の出方をうかがいつつ、プラズマに寄る。
 「栄次……俺はもうダメだ」
 プラズマは栄次を力なく見上げた。
 「ああ……神力の使いすぎだ」
 「あんたなら、女二人くらい守ってやれんだろ? アヤとリカの力もらって、皆で戦え」
 「ああ……」
 「頼んだ……。負けんなよ、栄次。俺は離脱だ」
 「ゆっくり休め、プラズマ。……そして、尊敬しております。紅雷王様」
 二人はお互いの拳を当てあい、プラズマは栄次に先のことをたくし、気を失った。
 

八話

 「……アヤ、リカ……」
 栄次が刀を構えながらアヤとリカを呼んだ。
 「なに?」
 「な、なんです?」
 プラズマが倒れ、泣きそうなアヤと、剣王に怯えているリカを栄次は確認すると、息を吐いてから口を開いた。
 「……剣王は俺が相手する。アヤとリカはワイズを探せ」
 「え……? プラズマを置いていけないわ」
 「私は戦います」
 アヤとリカの返答に栄次は鋭く言い放つ。
 「プラズマは置いていけ。神力を失い、倒れただけだ。リカ、そんなに震えていたら戦えぬ。アヤもだ。そんな感情ではプラズマを守れん」
 栄次はさらに神力を高め、アヤとリカを見た。栄次の刺々しい神力に二人はわかりやすく怯えた。
 「なんだ? こんな力、さっきまでなかったよねぇ?」
 剣王は栄次の神力の変わりように首を傾げたまま、様子を見ている。
 「り、リカ……へ、平伏しないと……」
 アヤがリカを突っつき、二人で膝をつこうとした時、栄次がさらに神力を上げ、鋭く言った。
 「平伏は命じておらぬ! 早く行け!」
 「……ひっ!」
 栄次の言葉にアヤとリカは転びながらも走り出す。栄次の雰囲気の変わりようにアヤとリカは戸惑ったが、ほぼ無意識で道路の先へと消えていった。
 「……ここは守らねば。俺はこの男に勝てないのだ。だが……負けてはいけない。ならば……相討ちだ」
 栄次はさらに神力を高めていた。
 「おいおい、君、そんなに神力上げたら倒れちゃうんじゃないの? ……ん?」
 剣王は眉を寄せつつ、栄次を見る。
 ……この男……追い詰められておかしくなったか?
 ……いや、違うな。
 これは剣気か。
 追い詰められたことにより、格上の相手に無意識に反応か。
 「……ふっ。なるほど。おもしろい。この男、剣神、軍神、武神の力も持ってやがったのか。本神は気づいていないようだがねぇ」
 「負けられぬなら……守るものがない今なら……相討ちに持ち込める」
 栄次は刀を構え、大きく息を吐く。先ほどまでの荒々しい気配は消え、静かで異様な威圧が栄次から発せられる。
 剣王ははにかむと剣を出現させた。
 「武神なら遠慮はいらないよねぇ。牙を向けてみろ、白金栄次」
 気迫を纏わせた栄次は剣王に斬りかかる。剣王は軽く避けたが、頬を切られていた。
 「……ほう。なるほど」
 剣王は栄次の刀を避けつつ、剣を振るう。栄次は剣王の剣を避けるが、同じく頬を切られた。
 お互い刀はぶつかり合わないが、鋭い神力で体を切られ続け、血を流す。栄次の方がやはり傷は重いが、神力は変わらない。
 刀を凪ぐ音だけが、静かな住宅地に響いた。袈裟に、逆袈裟に、横凪ぎに、絶え間なく続く攻撃がお互いから発せられる。
 「やるねぇ。君、強いよ。それがしの軍に来てほしいくらいだ」
 剣王はまだ余裕だ。栄次は気迫を纏わせ剣王の腹めがけ、高速で突きをおこなう。剣王はわずかに体をひねらせ、かわした。
 しかし、着物を切られ、腹にかすり傷を負う。
 「良い目だなあ。剣撃も鋭い」
 「……はあ……はあ……」
 栄次は肩で息をしながら、剣王を見据え、隙をうかがうが剣王には隙がない。
 剣王の攻撃は重く、栄次にはかすり傷ではない傷が増えていった。
 血が、雪積もる地面を赤く染める。
 ……相討ちどころか……勝てぬではないか……。
 情けない。
 相討ちにすら、できぬとはっ!
 栄次は刀を構え、再び剣王に斬りかかる。剣王は胸辺りを薄く切られたが、上手く避け、栄次の腹めがけて剣を振るう。栄次は刀を返して受け止めたが、腹を切られた。
 剣王は剣に力を込め、不安定に受け止めた栄次の腕を折りにきていた。
 ……俺は弱い。
 ……俺は弱いんだ。プラズマ。
 お前みたいに、強くない。
 栄次は必死に剣王の剣を受け止める。
 「……相討ちに……持ち込まねば」
 栄次は力をわずかに抜き、剣王に一瞬の隙を作らせた。
 剣王が驚いた顔で栄次を見る。
 ……お前……そのまま斬られるつもりか?
 剣王の顔はそう言っていた。
 栄次は剣王の剣が肩に食い込むのを無視し、柄で思い切り剣王の首を突いた。
 剣王は怯み、よろけ、苦しそうに咳き込む。栄次はそのまま大きく踏み込み、剣王を袈裟に斬りつけるが、剣王はすぐに体勢を整え、栄次を剣で突いた。
 栄次の刀は剣王の肩先を深く斬り、剣王の剣は栄次の脇腹を裂く。
 風が止まり、静寂に包まれ、何も聞こえなくなった。
 すぐに一瞬の静寂は終わり、刹那、栄次が苦しそうに血を吐いた。
 「がはっ……」
 そのまま栄次は倒れ、意識を失う。剣王はいつもの軽薄な表情を消し、倒れた栄次を見やった。
 「強かったな。実はそれがしに傷を負わせたのは君が初めてだったんだ。よく頑張ったね」
 剣王はそう言うと着物を翻し、去ろうとしたが何かに足首を掴まれ立ち止まる。
 「行くな……。あの子達には何もするな……。絶対に行かせんぞ。俺はまだ死んでおらぬ」
 血まみれの栄次が気迫のこもった目で剣王を睨み付けていた。
 「……まだ意識があったか」
 「義を見てせざるは勇なきなり……だ。……俺は……義に従う」
 栄次は意識がもうろうとしたまま、立ち上がり、刀を構える。
 「固いねぇ。……では、こちらも義に従う」
 剣王は栄次に近づくと、拳を栄次の腹に一発入れた。栄次は苦しそうに呻き、そのまま剣王の方に倒れ込んだ。剣王は意識を失った栄次を腕で抱くと、ため息混じりに口を開く。
 「君が……とても立派だったから、それがしは事の成り行きを見ている事にするよ。あの娘はもう、狙わない。あの娘らがワイズに勝てるのか、見ていてやるとしよう。君は殺すのには惜しい神だ」
 剣王はそれだけ言うと、栄次を放り捨て、どこかへと姿を消した。

壱と伍の行方

 アヤとリカは行く場所わからず、とりあえず走った。
 「アヤ……栄次さんとプラズマさん……」
 アヤに手をひかれたリカは控えめにつぶやく。アヤは横目でリカを見ると立ち止まった。
 「……プラズマと栄次はそう簡単に倒れる神じゃないの。でも……今回はちょっと違う。生きている中で時間がおかしくなることはよくあって、その度に顔を付き合わせていたけれど」
 アヤは一瞬目を伏せてから、リカを仰ぐ。
 「こんなに怖い雰囲気の栄次とプラズマ……初めてなの。きっと、私が怖がらないようにいつもおだやかな神力にしていてくれていたんだわ。彼らはね、優しいのよ」
 アヤは息を吐くと、リカの手を再び握り、歩きだした。
 「アヤ……ごめんね。私が巻き込んだんだ」
 「あなたのせいじゃないわ。私も、あの二人も、あなたが好きになったのよ。だから、守りたかった」
 アヤが初めて涙を見せる。
 「アヤ……泣かないで……」
 「でも……怖かったのよ。ずっと。私は臆病で、ひとりでなんて戦えない。いつも栄次とプラズマがいて、私を守ってくれた。でも……今は私がリカを守らないといけない」
 アヤの足は震えており、ワイズと対峙するのを怖がっているように見えた。 
 「アヤ、ありがとう。私、ひとりで頑張るから、無理しないで。怖いのはわかるんだ。私はこの一年間、ずっと死んだり、殺されたりした。タケミカヅチに出会った時、戦うつもりだったのに、怖くて何にもできなかった。栄次さんが逃がしてくれなきゃ、動けなかったかもしれない」
 リカは呼吸を整え、前を向く。
 「リカ、弱音を吐いてごめんなさい。あなたは強いわよ。私もあなたを助けたい。いざというときは、私が盾になるわ」
 アヤは涙を拭くと、拳を握りしめ、震える足で踏み出した。
 「アヤ、どこに……」
 「ワイズは……ナオとムスビの所にいるわ。彼らが言っていたじゃない。ワイズに出会ったって」
 「じゃあ、あの……歴史書店に」
 リカの言葉にアヤは頷く。
 「ワイズは剣王と同等の神力。覚悟を決めないと」 
 アヤは唇を噛み締め、リカの手を引き、あの歴史書店へ足早に歩き始めた。
 しばらく黙々と歩くと、賑わっているイタリアンレストランがあった。以前、ピザをおいしそうだと思っていたリカも今は何も思わない。
 コンクリートの壁にありえない階段がある。栄次と来た時と同じだ。
 ただ、違うのは階段下から異様な神力がしているということ。
 「ワイズがいる……行きましょう」
 アヤは唾を飲み込むと、リカを連れ、階段を降りた。雰囲気と反して明るい歴書店の扉を開く。
 「やあ、ついに来たか。剣王は手をひいたのかYO。もうすぐ終わるんだ。大人しくしていてもらおうかYO」
 ワイズが神力を向け、アヤとリカは膝をついてしまった。
 「……リカ、結界……できる?」
 アヤが苦しそうに小さく尋ね、リカは頷き、手を前にかざして結界を張った。いくぶんか重圧が軽減され、なんとか立ち上がれた。
 アヤはすばやく辺りを確認する。ワイズのサングラスの奥で沢山の電子数字が流れており、何かをやっているのが確認できた。
 そのすぐ横でナオが眠っており、ナオを守るようにムスビが倒れていた。
 「……リカ。ワイズはサングラスの奥で何かの計算をしているわ。ぶつかって意識をそらしてみましょう」
 「……うん」
 リカとアヤは同時に走り出し、ワイズにぶつかっていく。しかし、ワイズは神力を高め、アヤとリカを重力に沈めた。
 「り、リカ……結界……」
 「うん……」
 リカは片手をわずかに動かし、結界を出現させる。
 「平伏だ……恭順せよ」
 ワイズの言葉がアヤとリカに突き刺さった。二人は無意識に膝をつき、平伏させられる。
 「頭を……あげられない……」
 「……リカ」
 アヤは意識を失いかける中、自分達の時間を巻き戻した。
 神力を浴びる前に戻り、二人は再び飛びかかる。
 「リカ、結界を!」
 「うん!」
 アヤに従い、リカはワイズが神力を放出する前に結界を張った。
 アヤはリカに早送りの鎖を巻き、先に行かせる。
 「もう少しなんだYO! 邪魔すんなっ!」
 ワイズは手から霊的武器「軍配」を出すとリカを殴り付けた。
 リカは苦しそうに呻き、歴史書が積み重なる本棚に激突した。
 「リカ! 立ちなさい!」
 アヤはリカに声をかけつつ、ワイズに手を伸ばす。
 「時神現代神……ワールドシステムの鍵……」
 ワイズは軍配でアヤを叩きつけた。アヤは血を吐きながらもワイズの軍配に手をかける。
 「あなたのっ……『サングラス』かあなたの『目』……ワールドシステムにアクセスできるんでしょう? その電子数字はなんなのよ……」
 「……お前に話すつもりはないYO」
 ワイズは酷く冷たい顔でアヤに軍配の柄を何度も振り下ろす。アヤは呻きながらも軍配から手を離さない。
 「……アマノミナカヌシがいない今、こんな好機を逃すわけないだろうがYO!」
 「離さないわよ……。あなた、わかってないわね……私に血を流させたらワールドシステムが開くんじゃないかしら……。あなたはそこ(目)からハッキングしているようだけれど」
 アヤは血を流しながらもワイズの目を睨み付ける。
 「……ちっ……」
 ワイズが困惑した顔をした所でリカが身体中切り傷だらけのまま、立ち上がり、ワイズに体当たりした。
 「負けるもんかァ!」
 「……このっ……」
 ワイズに勢いよくぶつかり、ワイズのサングラスが床に落ちた。
 床から電子数字が舞い上がり、無機質な音声が響く。
 ……ワールドシステムを開きます。時の神、現代神の血の解析をします。
 確認完了。
 ワールドシステムを開きます。
 「……くそっ! なぜ、壱でワールドシステムが開く!!」
 ワイズは悪態をつき、アヤとリカを睨み付けた。いままでで一番強力な神力が二人を襲う。
 ワイズの瞳は金色で全てを見透かしているような気がした。
 「なにっ……このっ……神力。気を失いそう……」
 「……リカ。ごめんね。私、弱いの……。怖くて、栄次とプラズマがいないと……何もできないの。リカ、せめて、あなただけでもっ……時間の巻き戻しの鎖を……」
 アヤは嗚咽を漏らしながら神力を最大限まで上げ、リカに向けて巻き戻しの鎖を巻いた。
 「アヤ!」
 「ごめんなさい……リカ。私は大丈夫……」
 リカはアヤに手を伸ばすが、アヤは血を吐いて倒れ、ワイズとリカはワールドシステムに吸い込まれていった。

最終戦1

 「アヤ……」
 リカはアヤの名を呼びながら、電子数字が舞う世界を浮遊していた。
 ……ここはワールドシステムか?
 リカは辺りを見回し、マナと戦った場所に近いと判断した。
 「ワールドシステムが壱で開いたっ! 私が弐を開いてハッキングしていたからか?」
 リカの横で同じく浮いていたワイズがいた。リカは慌ててワイズから遠ざかる。
 「お前のせいだYO……。まあ、いい。ここからでもハッキングはできる……」
 ワイズの目に再び電子数字が流れ始め、リカは焦った。
 「まずい!」
 リカは何もない空間を蹴ると、ワイズに飛びかかっていった。不思議と浮いたまま移動できる。ワイズは霊的武器『軍配』でリカを殴り付けた。
 「邪魔だ」
 「世界は切り離させない!」
 リカはワイズの軍配に殴られながら、ワイズの邪魔をする。
 「うっとうしい! お前はなにがやりたい? 世界を切り離してもお前には何のデメリットもメリットもないだろう! お前は、壱に迎え入れられた! 戦う理由はないはずだ!」
 「……確かにそうだ! でもっ、私は伍も守りたいんだ! 伍は私がいた場所だからっ!」
 リカの言葉にワイズは眉を寄せた。
 「……お前、まさか」
 ワイズがリカを睨み付け、さらに軍配で殴りつける。
 「うっ……。 負けないよ!」
 「私は平和を守る『K』だが、純粋な『K』ではない。お前を消せる」
 「……死ぬわけにはいかなくなったんだ。もう、ループも嫌だ!」
 リカがワイズを睨み返すと、無意識に手を広げた。すると、リカの体が光り、桃色の霊的着物に変わっていた。古い着物ではなく、かなり新しい雰囲気の着物。腕が出ていて肘辺りから再び布がかかっている。下は袴と股引きの中間のような袴。
 頭に電子機器の電源ボタンのような不思議な冠をつけていた。
 「……それがお前の霊的着物か。あいつにそっくりだな。マナに!」
 ワイズはリカに軍配を振り上げる。リカは息を吐くと、ワイズに威圧をかけた。リカの神力は大したことはないが、ワイズは一瞬動きを止めた。
 「私には、アマノミナカヌシのデータがあるっ! ならっ、ワールドシステムに『命令』できるはず!」
 リカはワイズに鋭く言うと、五芒星を足元に出現させ、手をゆっくり上げる。
 「やめろっ! ちくしょう! アマノミナカヌシ、マナめ! 余計なものを産み出しやがってっ!」
 「……命令する! 『世界を離すな』!」
 リカが必死に叫ぶと、電子数字が辺りに現れた。五芒星のまわりをまわり、リカをまわってから、光りを放ち、電子数字世界を覆った。
 「プラズマさんが言っていたんだ……。あたしはあたしだって。マナさんとは意見が違う! あたしは、アヤ達がいる壱と、産まれた場所伍、両方守りたいんだよ!」
 「両方なんてできるわけない! そんな簡単な話じゃない! だから、お前みたいな問題が出るんだ! 壱は壱でまとまっている! 伍などいらぬ!」
 リカにワイズが恐ろしい神力を向けるが、リカは拳を握りしめ、必死に叫んだ。
 「うるさいっ! そんなこと誰が決めるっ! 伍も知らないくせにっ! 向こうにも神がいるっ! あたしは見殺しにできない」
 「お前が伍を守っていける力があるわけがないっ! 一年足らずの弱小神が! やっていることはマナと同じだぞ。お前が消したマナだ」
 ワイズに言われ、一瞬怯んだが、リカは頭を振って、ハッキリと言った。
 「あたしはっ! マナさんとは違うんだっ! マナさんは『世界』で実験をしようとしていた! あたしはっ……守りたいんだ! 皆をっ……これから出現する神もっ……皆守るんだっ!」
 リカの五芒星がさらに光り、時間の鎖が飛び出す。電子数字が吹き出し、ワイズを襲った。
 「くっ……皆を守ることなんてできないっ! お前は何様だっ!」
 「あんただって何様なんだっ! そんなに偉いのかっ!? あたしは産まれたばっかだからわからないね!」
 リカがさらに力を高め、時間の鎖を巻く。
 巻き戻しの鎖……。
 ワールドシステムを元に戻す恐ろしい力。
 「このっ……ちくしょう! もう少しだったのにっ!」
 ワイズは悔しそうに叫ぶと、白い光に包まれ、消えていった。

最終戦2

 プラズマは雪が残る道路にうつ伏せに寝ていた。
 一瞬だけ花畑を走ったが、すぐに幻だと気づき、地面がやたらと冷たいことで、雪の上に倒れた事を思い出す。
 「あー……頭いてぇ」
 プラズマは意識を無理やり戻し、起き上がると、栄次がこちらに背を向けて、血まみれで座り込んでいた。
 「え、栄次……大丈夫か?」
 「……ああ」
 プラズマが心配し、声をかけたが、栄次は短く返事をしただけだった。
 「栄次、意識ある?」
 「……俺は負けたのだ、プラズマ。お前との約束は守れていない。俺は負けた」
 栄次はプラズマを振り返らずに静かに言う。プラズマは栄次の様子を見つつ、近づかずに口を開いた。
 「あんたは強い。剣王が退いたんだろ? あんたの勝ちじゃねーか」
 「情けをかけられただけだ。……ああ、惨めな気分だ」
 「アヤとリカを守れたのはあんたのおかげだよ。怪我は……痛むか?」
 プラズマはそこまで言って、口を閉ざした。栄次が何かを必死で堪えていたからだ。
 「ああ、わかった。栄次、ここにはアヤもリカもいないし、俺もあんたを見なかった事にする。だが……一つだけ言わせろ。『男は泣くな』っていう時代は終わってんだ。悔しいなら、泣けよ……栄次」
 プラズマはしばらく嗚咽を漏らす栄次に背を向けていた。冷たい風が通り過ぎていき、静かな住宅街に日が射してきた時、栄次が深く息をつく。
 「……もういいか? 栄次」
 プラズマが尋ねてから、少しして栄次が静かに立ち上がり、プラズマをようやく振り返った。
 「ああ、プラズマ……すまぬ。……こんなことをしている場合ではないと言うのに……。それから……ありがとうございます」
 「ああ、かまわない。怪我は平気か? 肩を貸す。アヤとリカのいる場所へ行こう。たぶん、ワイズとぶつかっているはずだ」
 「……ああ、そうだな」
 栄次は元に戻り、プラズマに肩を貸してもらい、歩きだした。
 プラズマはナオとムスビがいた歴史書店にワイズがいると予測し、歴史書店に向かう。
 イタリアンレストランの横にあるコンクリート壁の中の霊的空間を覗き、気配を探る。
 「ワイズの気配はしない。アヤの弱い気配がする」
 栄次が眉を寄せてつぶやいた。
 「……アヤ……」
 プラズマは唾を飲み込み、階段を栄次と共に降りていく。
 警戒しながら扉を開くと、血にまみれたアヤが力なく歴史書店の真ん中で倒れていた。
 「アヤっ!」
 プラズマと栄次は慌ててアヤの元へ行く。
 「アヤ! ひでぇな……。ワイズにやられたのか?」
 「怪我が酷い……。かわいそうだ。……女相手にむごいことをする」
 プラズマが怒り、栄次は困惑した顔でアヤの顔の血を着物で拭う。プラズマと栄次の声にアヤが反応し、意識を取り戻した。
 「栄次……プラズマ……」
 アヤが目に涙を浮かべ、怯えながら二人の名を呼ぶ。
 「アヤ、よく頑張ったな。お前はよく頑張った」
 栄次はアヤの涙を拭き、頭を撫でた。プラズマがアヤを優しく抱き起こす。
 「ワイズにやられたのか? 酷すぎるぜ、信じらんねぇ」
 「……私……、リカをひとりで行かせちゃった……!」
 アヤは二人の姿をみて安心したのか、プラズマにすがり、泣き叫んだ。
 「リカを……ひとりにしちゃったの! ひとりで行かせちゃった。守れなかった……怖かったの……。どうしよう……プラズマ、栄次……どうしよう……」
 混乱と動揺で怯えているアヤをプラズマが落ち着かせる。
 「アヤ、まずは落ち着け。あんたは頭が良いから、たぶん最適な道を選んだはずだ。まずは落ち着け。俺でも栄次でもどっちでもいいから、すがって泣けよ」
 「う……うう」
 プラズマはアヤが落ち着くように胸を貸し、栄次はアヤの止血をした。

最終戦3

 ほら、だから言ったじゃないの。
 どこからか声がする。
 リカはぼんやり、その声を聞いていた。一気に神力を放出し、ワイズどころか、システムまで巻き戻したリカにもう動く気力はなく、電子数字世界でぼんやり浮いていた。
 「この……声……」
 リカは働かない頭で声の主を思い出す。
 「あなた、私と同じ判断をしたね」
 嬉々とした女の声。
 「マナさん……?」
 「オモイカネが改変したシステムをあなたが巻き戻したことで、私は通常より早く戻ってこれたわ」
 リカの目の前にツインテールの少女がぼんやりと浮かび上がる。
 「時神の威力はやはりすばらしい。システムを巻き戻す力があるとは。そして私の子は私の思想を受け継ぐ」
 「……違うよ。私は私だよ。マナさんのためにやったわけじゃない」
 「結論は同じ。今回はオモイカネ、タケミカヅチの行動で相殺されて、変わらず今のまま。壱と伍が完全に認識するほどは繋がらなかったから、私はまた動くわ」
 マナはリカを見据え、軽く微笑んだ。
 「……私は私の行動を信じていく。それでマナさんと戦わなくちゃいけないなら……私は戦うよ。私はマナさんじゃない。リカだ」
 「……そう。まあ、それでもいいわ。とりあえず、今回はこれでおしまい」
 マナはリカの言葉を軽く流し、手をゆっくり上げる。
 リカは警戒し、構えたが、マナは何もやって来なかった。
 「出してあげる……。あなたがいれば、壱と伍はいつでも繋がる。私はあなたを産み出せて良かった」
 マナはリカに微笑むと、リカを白い光で包み、ワールドシステムから外に出してやった。
 「マナさん! ひとつ言うね、私はあなたの操り人形にはならない。絶対に、あなたの思い通りには動かない!」
 リカは視界が白くなる中、マナに言い放つ。マナはリカを嘲笑しながら、最後につぶやいた。
 「やってみたら?」
 「やってみるよ!」
 リカはマナに叫び、白い光に包まれ、強制的に消えていった。

※※

 アヤはプラズマと栄次にすがりずっと泣いていた。リカをひとりで行かせてしまったことを深く後悔しているのだ。 
 「私のせいで、リカが消えてしまったらどうしよう……。私のせいで……」
 「アヤ、自分を責めるな。まずは落ち着くのだ。お前は勇敢だった。よく、戦った」
 栄次に言われ、アヤは口を閉ざすが涙は止まらない。アヤは元々、戦える神ではなく、武器を見るだけで怯えてしまう優しい女神である。怖かったから逃げたという自責の念も持っていた。
 「リカはワールドシステムに入ったのか? ここは壱だぞ? どうやったんだ?」
 プラズマが問いかけ、アヤはプラズマの胸に顔を埋めながら小さくつぶやいた。
 「……ワイズがハッキングしていたの。彼女は『K』……だから弐を開いてハッキングしているんじゃないかと思ったのよ。ワイズのサングラスが落ちて、私の血が垂れたら、ワールドシステムが開いたの。それで、怪我をしたリカに『巻き戻しの鎖』を巻いてから、ワールドシステムにワイズと共に入れてしまった。ワイズの神力を防ぐ力がなかった私は、そのまま……。ごめんなさい……私……」
 「アヤ、ワイズの神力を結界を張らずに受けたんなら、体の中から痛いはずだ……。あまり動くな。俺は神力が今、ないから……えーと、栄次」
 「ああ、神力で損傷した部分に、俺が神力をわけて入れて、修復を助けよう」
 プラズマがアヤの背を撫で、栄次がアヤの足から怪我部分に神力をわけていく。
 「アヤ、すまぬ。腹を……」
 栄次は頬をわずかに赤くすると、服の下に手を入れた。
 「あっ……うう……」
 アヤも顔を赤くした後、痛みに顔をしかめる。
 「アヤ、動くなって。……栄次、あんた、八百年くらい生きてて、その反応かよ。かわいいぞ」
 「返す言葉もない……」
 栄次が神力をわけたことで、アヤは少し回復した。
 「ありがとう……栄次……」
 「ああ」
 「アヤ、気づいたら落ち着いているな。大丈夫か?」
 「だっ、大丈夫。ありがとう……」
 頬を赤く染めていたアヤはプラズマの言葉に慌てて答えた。
 「顔真っ赤だ。なに? 恥ずかしかったの? かわいいなあ」
 「や、やめて……」
 アヤはプラズマの腕に抱かれている事に気がつき、さらに頬を赤くする。
 「とりあえず、落ち着いたよな? リカを助けにいかないと」
 プラズマがため息混じりにつぶやき、アヤ、栄次は頷いた。
 「ただ、私達だけではワールドシステムに入れないわ」
 アヤが控えめに言った時、目の前の空間が歪んだ。栄次は刀の鯉口を切り、アヤとプラズマの前に立つ。
 歪んだ空間からみつあみが覗き、トマトっぽい服を着た少女がぼんやりした顔で現れた。
 「リ……リカ!」
 アヤ、プラズマ、栄次はそれぞれ叫ぶとリカに向かい走り出す。
 プラズマとアヤは驚いていたが、栄次は優しげな笑みを向けていた。
 「皆! 帰ってこれた! 全部終わったよ! ただいま!」
 リカは時神達を見て安心したように微笑んでいた。
 「ごめんなさい、リカ。ひとりで行かせてしまって……」
 「無事で良かった」
 時神達はリカにそれぞれ抱きつき、無事を心から喜んだ。

最終話

 「リカ、ワールドシステムで何があったの?」
 アヤがリカに抱きつきつつ、尋ねる。
 「よく、わからないけど、ワールドシステムに『命令』したら、ワイズが巻き戻って消えて……。ま、まあ、とにかく、今回は終わったんだって」
 リカも実際によくわかっていない。マナが壱にリカを帰してくれた事はわかっているのだが。
 「まあ、とにかく、終わったんだな! あー、長かったあ」
 プラズマは力が抜け、その場に座り込んだ。刹那、気を失っているナオとムスビが目覚める。
 「ワイズがっ!」
 ナオは戸惑いながら立ち上がり、時神達を見て首を傾げた。
 「時神……なぜここに? ワイズは? 私は先程、ワイズの神力を浴びて気を失って……」
 夢の中でアヤが時間を巻き戻したので、『寝ていた』という部分はなくなっているようだが、その後、すぐにワイズに気絶させられたらしい。
 「……ワイズに気絶させられたことより、プラズマ……てめぇだよ、てめぇっ!」
 ムスビは起きてすぐにプラズマの胸ぐらを掴む。
 「な、なんだよ……こえー……」
 プラズマの脳裏に「すまん! 後で飯もおごる」の言葉がよぎり、冷や汗をかく。
 「よくもやったな」
 「ちょ、何が?」
 プラズマはとぼけることにした。プラズマに問われたムスビは「なんだっけ?」と首を傾げた。
 「なんか、夢見ていたんだろ? 気にすんな、気にすんな」
 「よくそんなことが言えるな……お前は……」
 飄々と言うプラズマに栄次が頭を抱える。
 「まあ、いいじゃねーか。ムスビ、後で酒飲もう! 恋についてたまってるもの吐き出せ。聞いてやるから」
 「なんで、お前に話さなきゃならないんだよ。やだよ」
 「いいじゃねーか、ライバルの栄次も連れてく?」
 プラズマは含み笑いをしながらムスビを見る。ムスビは顔を真っ赤にすると、プラズマの耳を摘まんだ。
 「いででっ!」
 「ナオさんの前で、変なこと言うなよ!」
 「ムスビ、ケンカしないでください。こわいです」
 「ごめん、ナオさん、怖がらせちゃって……その……」
 ナオが小さく声を上げたので、ムスビは素直に手を退いてあやまった。
 ナオはため息をつくと、口を開く。
 「とりあえず……ワイズの件は高天原に持っていきましょう。私達は西の剣王軍。勝手に手を出したワイズは罪になるのでは?」
 「揉み消されそうな予感がするけど……」
 ナオの言葉にムスビは軽くはにかんだ。
 「俺達もワイズと剣王を罪に問えるかもしれないなあ。ほら、俺達は北の冷林(れいりん)軍所属だろ、一応。栄次は剣王に攻撃されているし、アヤは身体中かわいそうだ」
 プラズマがひとり頷き、栄次が答える。
 「持っていくか。俺の件は恥ずかしいのだがな……」
 「恥ずかしいか。あんたらしいな。だが、冷林には話さないと」
 「ああ」
 プラズマと栄次は体を伸ばし、アヤとリカを視界にいれ、優しく笑った。
 「ああ、あんたらは休んでな。ちょっと栄次と高天原に行ってくる」
 「……ほんと、いると頼もしいわね。ナオとムスビも行くんでしょう? 歴史書、片付けておくわね」
 「あ、ありがとうございます、アヤ」
 ナオはアヤに微笑むと、ムスビを連れて先に出ていった。その後をプラズマ、栄次が追いかける。
 歴史書店はふたりだけになった。二人でいるとやたらと広い。
 「アヤ、ずっと一緒にいてくれて、ありがとう。私、ちょっと強くなれたような気がする。覚えてないかもだけど、ずっとアヤは私に優しくしてくれたんだよ」
 リカにそう言われたアヤは目に涙を浮かべると、リカの頭をそっと撫でた。
 「これからも一緒よ。よろしくね、リカ」
 「うん! とりあえず、片付け、やれる範囲でやろう!」
 アヤとリカはお互い手を叩き合うと、少しずつ、散乱した本を片付けていった。
 日が沈み、星が輝き始めた頃、ようやくプラズマと栄次が帰ってきた。アヤとリカは疲れ果てて寄り添って眠ってしまっていた。
 ナオとムスビはきれいになっている歴史書店を見て、寝ているアヤとリカに小さく「ありがとう」と言っていた。
 「あーあー、女の子がこんなところで、だらしなく寝ちゃってるよ」
 「せめて、足は閉じて寝てくれ……。大の字はまずい……。この子達は心配だ……俺は」
 プラズマはあきれ、栄次は眉間にシワを寄せている。
 「とりあえず、どっちか抱っこしろ。『帰る』ぞ」
 「ああ……無防備に寝ているな……。心配だ……俺は」
 プラズマが近いところにいたリカを抱え、栄次はアヤを抱えた。
 「家もらったもんなあ、俺ら。ワイズと剣王め、はじめからお詫びを用意して罰を回避したな。家具付きで清掃までしといたとか」
 「……予想はできていたが」
 プラズマと栄次はナオとムスビに軽く手を振ると、歴史書店を出て、月が照す夜道を歩き出す。
 「えーと、こっちか、えー、坂を登るのかよー」
 「行くぞ。俺も疲れた」
 「栄次って疲れんの?」
 「お前、俺をなんだと思っている……」
 二人は坂を登り、坂の上にあった住宅街に入った。
 「やっほー!」
 ふと、やたらと元気な声が聞こえ、栄次とプラズマの肩が跳ねる。
 「……サヨか」
 「びびったあ……」
 「あんたらの家、ここになったの? ずっと空き家だったんだよ~ん! あたしんちの横じゃん! ウケる。お隣さ~んだね~」
 庭からサヨが楽しそうに手を振っていた。
 「お隣さん……てか、あんた、こんな夜遅くになにしてんだよ」
 「忍者の練習!」
 「癖が強いな……。まあ、頑張れ」
 疲れきっているプラズマはサヨを適当に流し、かなり広い、大きな家を見上げる。
 「家でっかい……四人でシェアハウスか……むずがゆいな、なんか」
 「まさか、こんなことになるとはな……」
 玄関の扉を開けようとした刹那、アヤとリカが目覚め、目を丸くする。
 「ああ、勘違いすんなよ、お持ち帰りしようとしたわけじゃねぇから! 皆で住む家だ。ていうか、お持ち帰りって、なに言ってんだ、俺。ここ、俺達の家だぞ」
 プラズマが言い、アヤとリカは動揺の声を上げる。
 「え? な、なに……」
 「ええ?」
 「お隣さんだよ~、よろしく~! あ、お楽しみの夜はこれからかな~! 忍者プレイ、忍者ァ~プレイっ! しゅりけ~んっ!」
 「サヨ! ややこしくすんな! 頼むから」
 サヨの言葉により、アヤとリカは情報が多すぎて、そのまま気絶した。
 「はあ……サヨ、早く眠れ。今日は助けてくれたな、すまない」
 栄次が真面目に言い、サヨは「ニヒヒ」っといたずらっ子のように笑った。
 リカのループは終わった。
 リカは壱で時神達と共に過ごす決意をしたが、伍も守るつもりだ。
 壱と伍は、離れることも繋がることもなく、そのまま進む。
 しかし、リカが現れたことで、世界が少し変わった。
 「私は……頑張らなくちゃ……伍の神も、人も守るんだ」
 リカが夢の中でつぶやき、栄次とプラズマは目を見開いて驚いた後、リカに微笑み、頭を優しく撫でた。

(新作2020)TOKIの世界譚①リカ編

(新作2020)TOKIの世界譚①リカ編

新シリーズです! 新しいTOKIの世界書がスタート! 少女リカが尊敬している小説家の先輩、マナに夜中の公園に来るように言われ、なんとなくついていったらTOKIの世界とやらに飛んでしまった。このTOKIの世界はマナが書いた小説の世界だった。 リカは「毎回経験したことがある」ような違和感を覚えつつ、「毎回初めてのように」その世界にたどり着く。 リカは元の世界にたどり着けるのか。 TOKIの世界と呼ばれるパラレルワールドに関与しているマナとは一体!? というSF日本の神さま物語です!

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-15

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

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  1. リカの世界書一話
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 出会ってはいけない一話
  7. 二話
  8. 三話
  9. 四話
  10. 五話
  11. 六話
  12. 選択肢一話
  13. 二話
  14. 三話
  15. 四話
  16. 五話
  17. 六話
  18. 抜け出せ! 
  19. 二話
  20. 三話
  21. 四話
  22. 五話
  23. 新しい世界へ
  24. 二話
  25. 三話
  26. 四話
  27. 五話
  28. 六話
  29. 記憶をたどれ
  30. 二話
  31. 三話
  32. 四話
  33. 五話
  34. 六話
  35. 七話
  36. 弐の世界へ1
  37. 二話
  38. 三話
  39. ワールドシステム
  40. 二話
  41. 三話
  42. 四話
  43. 戦いはまだ続く1
  44. 戦いはまだ続く2
  45. 三話
  46. 四話
  47. 五話
  48. 六話
  49. 七話
  50. 八話
  51. 壱と伍の行方
  52. 最終戦1
  53. 最終戦2
  54. 最終戦3
  55. 最終話