新作(2020年〜)長編TOKIの世界譚①「リカの世界書」

ごぼうかえる

新作(2020年〜)長編TOKIの世界譚①「リカの世界書」
  1. リカの世界書一話
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 出会ってはいけない一話
  7. 二話
  8. 三話
  9. 四話
  10. 五話
  11. 六話
  12. 選択肢一話
  13. 二話
  14. 三話

新シリーズです!
新しいTOKIの世界書がスタート!
少女リカが尊敬している小説家の先輩、マナに夜中の公園に来るように言われ、なんとなくついていったらTOKIの世界とやらに飛んでしまった。このTOKIの世界はマナが書いた小説の世界だった。
リカは「毎回経験したことがある」ような違和感を覚えつつ、「毎回初めてのように」その世界にたどり着く。
リカは元の世界にたどり着けるのか。
TOKIの世界と呼ばれるパラレルワールドに関与しているマナとは一体!?

というSF日本の神さま物語です!

リカの世界書一話

……別に気になるわけじゃない。
今は桜の季節。新しい出会いの時期。
制服のスカートを揺らし、夕日を見ながらリカは思う。
……気になるわけじゃない。
現在リカは高校から家に帰る最中だ。商店街を抜けて民家を通りすぎ、小さな公園を横切り、近道をする。
……私は気になってなんかない。
大人気TOKIの世界書の作家、マナさんが言っていたことなんて。
「よう、そこの少女! TOKIの世界はあるぜ! 出会いの季節なのに考えていることは恋じゃないのか」
ふと公園のベンチから苦笑している男の声がした。
「……?」
リカは突然知らない男から声をかけられ、体を固まらせた。目線を恐る恐るベンチに向けると、奇妙な格好の男がベンチに座っていた。
創作な着物を着込み、紫色の髪をした鋭い目の若い男。
ハロウィーンなどのイベント会場にいそうな人だ。
夕暮れの普通の公園にいるのが、なんだか怖い。
「よぅ! 俺が見える?」
男は軽くリカに声をかけてきた。
「……え、えー……い、急いでるんで……」
リカは慌てて男の前を通りすぎた。出会いの季節に出会った男が不思議な人だったとは……。
「もう一度言うぜ。TOKIの世界はある。行きてぇなら行ってみたらどうだ?」
口角を上げ、不気味に笑った男はリカの背中越しに再び声をかけてきた。
「TOKIの世界はある」
「……」
リカは会話せずに通りすぎた。
……なんなの? あの人……こっわ。
リカは気味悪く思いながら公園を抜けて、なるべく大通りから帰ることにした。心臓が早鐘を打っている。とても怖かった。
TOKIの世界書シリーズは現在話題になっている小説である。あの男はその小説の世界が本当にあると言っていた。妄想の激しい人か、あの作品が大好きな人か。
どちらでもかまわないが、リカがその事を考えていた時に、まるで心を読んだかのような発言が不気味だった。
「……ああ、怖かった……。後ろにいないよね?」
リカはある程度歩いた後、後ろを振り返った。太陽は沈み、街灯がつき始めている。
男はいなかった。
「いない……良かった」
「あ! リカちゃん!」
リカが安心した顔で家への道を歩き始めた刹那、また声をかけられた。リカは肩を跳ね上げて驚き、石のように固まる。
「あれ? どうしたの? リカちゃん?」
「えと……忙しいんで……あの……では!」
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てた女の声でリカは立ち止まった。
「……なんか聞き覚えがある声」
リカは振り返り、話しかけてきた者を見た。黒髪ロングのツインテールが見え、さらにメガネを確認したところでリカは安堵の表情を見せた。
「マナさん……」
「ねぇ、どうしたの? すごい顔して歩いていた……けど」
メガネの少女マナは様子のおかしいリカを心配して声をかけたらしい。ちなみにマナはリカの先輩である。小説書きの先輩というだけだが。
「マナさん!! 怖い人に会った!」
リカは半分涙目でマナに訴えかけた。
「え?」
「怖い人! マナさんのTOKIの世界書が好きなのかわかんないけど、TOKIの世界が本当にあるっていうんだよ……。すごい格好してたし」
「……どんな人?」
マナはリカの言葉に目を細めた。
「どんな人って……なんかすっごい紫の髪で、変な装飾品いっぱいつけてる、着物みたいなの着てる人!」
リカは不安な気持ちをぶつけるようにマナにまくしたてた。
「……。見えたの?」
「え?」
マナの発言にリカの頬に汗がつたう。
「見えたってどういう……」
「まあ、姿がわかる段階で見えているか。見えたんだね、リカちゃん」
……よう! 俺が見える?
そういえば先程の男も同じ事を言った。
「み、見えるって……何? 普通に見えるでしょ……。ねぇ?」
「わかった。リカちゃん。突然だけど……平行世界に行ってみたくない?」
「はい? なに? 創作の話? パラレルワールド大好きだよ!」
真面目なマナにリカは苦笑いを浮かべながら返答した。
「じゃあ……ちょっと行ってみようか」
マナがリカに微笑みかけた刹那、生暖かい風がふわりと二人を駆け抜けていった。桜の花びらが舞い、とても美しい雰囲気。
思わず見とれていたリカはしばらく呆然としていたが、マナに目線を合わせたとたんに目を見開いてしまった。
「マ、マナさん……目……」
なんと、マナの瞳が金色に輝いていたのだ。風が吹き抜けた後、マナの瞳は元の黒い瞳に戻っていた。
……な、なんだったの?
目が……金色に……。
リカはマナを初めて不思議な人だと思った。
「今日の……深夜零(れい)時。あの公園で待っているから」
マナはそういうと手を振り、微笑みながら去っていった。
「……え?」
唐突すぎて何もついていけなかったリカは、
「は?」
と、マナが去ってから、もう一度疑問を口にした。

二話

リカはぼうっと自室のベッドに横になっていた。マナの言葉が気になりすぎて夕飯何を食べたか思い出せない。気がつくと窓に水滴が多数ついていた。雨音がリカの家の屋根を叩く。
「雨降ってきちゃった……。桜は今日でおしまいかなあ……」
独り言をつぶやきながら時間を確認すると、デジタル時計が23時半を映し出していた。
「……後三十分かあ。どうしよ……。マジで行く? 普通」
迷いながらも立ち上がり、手が勝手に春物コートを掴む。
「……どうなの? 私をからかっただけとかかもしれないのに」
つぶやきながらもリカは自室のドアノブを握っていた。
早寝の両親を起こさないように、足音立てずに外に出る。玄関先に出ると雨がかなり降っていた。風も少しある。春の嵐のようだった。街灯の明かりはついているが、夜中に差し掛かる頃なので、かなり怖い。
「もう、やっぱやめようかな……」
リカは怯えながらも花柄の傘を差して歩き出す。
こんなひとり会話を永遠に繰り返し、気がつくと例の公園、『第二公園』にたどり着いていた。
開けた公園には人の姿はなく、公園の真ん中には街灯が一つあり、周りを照らしていた。
「夜は思ったより明るい」
リカはぼんやり言葉を口にしながら、水浸しな地面を歩く。
公園の半分くらいまできた時、マナが滑り台の前に立っているのが見えた。
「あ、リカちゃん! 来てくれたんだね」
「いやあ、ほんと、なんとなくだったんだけど……。マナさん……さっきの話……」
「うん」
リカの話を手で遮ったマナは足元にある大きな水溜まりを指差した。水溜まりは落ちる雨で多数の波紋を作っている。
「ああ、雨が急に降ってきたからびっくりしたよねー」
「うん、まあ、それは天気予報で出ていたからわかっていたけど、そうじゃなくて……」
マナはまた再び水溜まりを指差した。リカは首をかしげたまま、もう一度水溜まりに目を向ける。
「……え……」
刹那、リカの目の前に青空が映った。
「嘘でしょ……」
何度も目をこすり、何度も見た。
何度でもリカの目に青空が映る。
現在は雨が降っており、おまけに夜中だ。青空が映るはずがないのだ。
よく見ると、桜の花びらが多数水面に落ちていた。だが、なにか違和感だ。この公園にも桜はあるし、水面にも花びらが落ちている。だが、なんだかおかしい花びらもある。
リカは違和感がなんなのかわからず、違和感のある桜の花びらを触ろうとした。
「……っ!?」
しかし、桜はリカの指を抜けていった。何をしても掴めない。
まるで「映像」のようだ。
「なにこの……桜……」
リカの疑問にマナが「ああ……」と思い出したように言う。
「それは『向こうの』桜だから」
「向こうの桜ってなに!?」
さらに動揺しているリカにマナは軽く微笑む。
「私達が住む銀河系の外にあると思われる、別の銀河系の、ここと同じような世界のこと」
「つ、つまり……」
「パラレルワールドのような別世界」
マナの言葉にリカは息を飲んだ。
そして再び「嘘でしょ」とつぶやく。
「嘘じゃないよ。見ていて」
マナは楽しそうに水溜まりを見るように促した。しかたなく、リカも従う。
「……っ!」
リカは水面に見知らぬ女の子が映っているのを見てしまった。
ピンクのシャツに赤いリボン、下は紺色のスカートを履いた、ショートヘアーの少女。
「あれ……この子……」
「気がついた? この子は『TOKIの世界書』シリーズの主人公で、アヤって名前の子だよ」
「……なんの冗談よ! これ……」
リカは震える声で、こちらを見つめている少女に言い放った。
向こう側とやらの少女には、この声は届いておらず、映像も映っていないらしい。
「時刻は深夜零時。すべてがリセットされる曖昧な時間。虚像が映る条件なら『向こう』が見れる。そして……」
マナはリカの背中を突然に思い切り押した。
「え……」
「君は『壱(いち)の世界』に行ける」
前屈みになっていたリカはバランスを崩し、盛大に水溜まりへ突っ込んだ。何かを思う前にリカの目に映ったのは無数に飛び散る水滴と、海の中に放り出されたかのような泡と、ゆらゆら揺れている水面だった。
……って、水面!?
リカは目を見開いた。
意味がわからない。水溜まりは、かかとを濡らすくらいしか高さがなかったはずだ。
なのになぜ、海に飛び込んだかのような状態になっているのか。
……も、もう……なんだかわからな……。
リカは気が遠くなっていくのを感じた。水面がじょじょにぼやけていく。
……なんか……眠い……。
リカはぼやけていく視界から目をそらし、重たいまぶたをそっと閉じた。

三話

「はっ!」
リカは唐突に目覚め、起き上がった。素早く辺りを見回し、立ち上がる。
……どこ!?
辺りを見回してから、自分が全く知らないところで寝ていた事に気づいた。
地面は人工のタイル。一応陸地のようだ。辺りは暗く、蛍のような黄緑色の明かりが多数点滅している。
「……不気味だけど……きれいなとこ……」
リカは反響する自分の声を聞きながら、てきとうに歩き回った。
刹那、目の前をキバの生えた大きな魚が通りすぎていった。
「……え? 陸地……だよね? なんで魚……しかも深海魚っぽかったし」
リカの顔が再び恐怖に沈む。
よく見るとあちらこちらに面妖な魚が何事もなかったかのように通りすぎていた。
……まさか……海の中とか。
「それよりも……マナさんは……」
近くには人の気配がない。
マナは一緒に来たのだろうか?
「結局……」
ふとリカの知らない女の子の声がした。
「だ、だれ!?」
「結局、あなたはなんなの?」
「……へ?」
声はリカの前からした。リカは唾を飲み込みながら青い顔で、話しかけてきた者を探す。
「まあ、いい。私はメグ。海神(わだつみ)のメグ」
暗闇から青い長い髪をツインテールにしている謎の少女が現れた。
「わだつみの……メグ? ふ、不思議な名前デスネ……」
リカは怯えつつ、表情の乏しい少女を視界に入れる。
「普通に話して。私はあなたに危害を加えない。あなたは……人間?」
メグの言葉にリカはさらに顔を曇らせた。
……なんだ、その質問……。見たらわからないのかな……。
「た、たぶん人間だと思うけど」
尋ねられて、リカもなぜか自信がなくなり、小さな声で答えた。
「人間はここには来れない。ここは深海で、想像の世界、弐(に)だから。霊とか神とか、人間の想像物しか入れない」
「えーと……」
リカは困惑ぎみにはにかんだ。
……変なこと言うなあ……。
……あれ? 私が変なのかな?
……ん?
なんだかリカが持つ常識がどんどん崩れていくような気がする。
神は本当に存在していたのか?
当たり前のように見えたのか?
……当たり前のように見えていた気がする。
「え!? いやいや、見えてないよ! 神ってマジでいるの!?」
「……?」
リカの言葉にメグは「何を言っているのかわからない」と言ったような表情を浮かべた。
「まさか……本当にパラレルワールド?」
リカのつぶやきにメグは眉をひそめた。
「ねぇ、あなたは陸(ろく)の世界の人? ここは壱(いち)の世界の弐(に)。パラレルワールドは陸の世界」
メグの返答にリカは頭を抱えた。
……何言ってるのか全然わかんないんだけど!! 何言ってんの? この子は。
「……ん。まさか伍(ご)から……」
「ちょ、ちょ……マジでなに言ってるのかわからないから!! 『 いち』とか『に』とか数字なの?」
「まあ、数字だけど」
焦るリカにメグは平然と答えた。
「もう! なんなのー! 元の世界に……ひっ!?」
リカがそう叫んだ刹那、リカの手がなくなっていた。なくなっていたというより透明になって透けている感じだ。
「……やはり。……向こうから来たのか。心を強く持つといい。この世界には人間の想像物が『存在』している。そして、人間の心を保つため、電子データ化されている。あなたは『あちら』から来た想像物のよう。だからあなたは自分が想像物だと思い込む必要がある」
「……そ、そしたら消えないの?」
「おそらく……」
リカはメグの説明を聞いて、慌てて「想像物だ」と心に繰り返す。
暗示のようにつぶやいていると手が元に戻った。
「……も、戻った……」
「良かったね。で、あなたはこれからどうしたい?」
「元の世界に帰りたい! 両親も心配するから……」
リカは間髪を入れずに叫んだ。
「……間違いなくあなたは伍(ご)の世界の人間。元に戻れそうな場所につれていってあげる」
「やった!」
リカはほっと胸をなでおろした。
「では、ついてきて。こういうのも私達『K』の役目だから」
「まあ、なんだかわからないけど、早く戻して」
メグはリカを一瞥すると、「ついてきて」とリカを促した。
するとすぐに、リカの体が突然ふわりと浮いた。
「な、なに……!?」
リカが叫んだ刹那、糸が切れるようなプツンという音が響く。
「……え……?」
ネガフィルムのような何かをハサミでバサバサ切っているかのような音が頭に響いていた。
リカは即座に理解した。なぜ、理解したかわからない。
だが、リカにはわかった。
……記憶を……ネガフィルムのように流れている記憶を消去されている!
……これは何!?
「ね、ねぇ!」
リカは耐えられずにメグに話しかけた。
「ん?」
メグは首を傾げてこちらを見る。
「ねぇ! 私の記憶が!!」
「何を言ってるのかわからないけど、ついたよ」
メグはどこかの真っ白な空間にリカを降ろした。
「え? 嘘! いつの間に??」
先程の場所とは違いすぎる。リカには動いた記憶がない。メグに浮かされて運ばれようとしていた所までしか思い出せない。
……だけど……。
……私は知っている気がする……。
……この白い空間を……。
「大丈夫?」
「え……? あ、うん。で? これからどうやって戻るの?」
リカは不気味な世界から早く脱出したかった。
「この白い空間から先に行けば……」
メグは説明を途中で切った。
「え? 先にいけば?」
「あ、プログラムが変わってる……。あなたが出られないようになっている」
メグの発言にリカは発狂しそうだった。唯一の戻れるルートがなぜか封鎖されている。つまり、元に戻れない。
「ほ、他に帰れるとこは?」
「……わからない。時神アヤに協力を仰ぐといいかもしれない」
「時神……アヤ……」
「うん。あなたを壱(いち)へ送ってあげる。私も独自で調べてみるから」
メグはそう言うとリカに手を伸ばした。

※※

「はっ!」
リカは唐突に目覚めた。目に映ったのは青空に桜。
「青空……桜……」
そこで自分が仰向けで寝転んでいたことに気がつく。
「……なんでこんなところで寝てるの?」
リカは起き上がった。まわりを見回すと桜が咲く芝生の公園だった。あたたかさはちょうどよい。
輝く太陽に目を向け、近くで遊んでいる子供達に目を向け、首を傾げる。
「何してたんだっけ……えーと……メグっていう女の子に、時神アヤって人を探せと言われて……。それから……えーと……他に言われていたっけ? 忘れた。ていうか、時神アヤってTOKIの世界書じゃあるまいし」
リカは頭を悩ませながらてきとうに歩く。もう、本当にわけがわからなかった。ここが元の世界かどうかもわからない。
困り果てたリカは近くにあった水たまりを見る。
……ここから戻れたりしないのかな……。
期待を込めて覗くが、先程のような現象が起きることはなかった。
「マジか……」
半泣きで水たまりを凝視していると、後ろから声がかかった。
「あの……えー……大丈夫ですか?」
困惑ぎみな声で話しかけてきたのはリカと同じくらいの少女だった。ピンクのシャツに青いスカート、ミルクチョコ色のショートヘアーの少女。
……あれ? この子、どこかで……。
ていうか、超がつくほど似てるけど。
リカが眉を寄せていると、ショートヘアーの少女も顔を曇らせた。
「……あのー、話しかけない方が良かったですか?」
「え!? あ、いえ。心配ありがとうございます」
リカは慌てて頭を下げた。
「水たまりに何か落としたんですか?」
少女が安堵した顔で微笑み、水たまりを覗く。
「あ、いや……ちょっと人を探していまして……」
「この辺の人なんですか?」
「いやあ、もう……なんて説明をしたらいいのか……私、ここがどこかもわからなくて……ですね……。ごめんなさい。変なこと言って」
リカはため息をつくと立ち上がった。この少女に話しても何も解決しない。
「あ、あの! あなた、私と同じくらいの年齢じゃないかしら?」
少女が去ろうとするリカを呼び止め、恐る恐る尋ねてきた。
「そうかもしれないですね。私は高校生です。一応……」
「あ、じゃあ同じだわ」
少女は相手が同い年だとわかると崩した言葉で話しかけてきた。
「ああ、そうなんだ。私はリカって名前なんだけど、そちらは……」
「私? 私はアヤよ」
「!?」
少女アヤの言葉を聞き、リカは目を見開いた。
……いや、まさかね……。
だけど、むちゃくちゃ似てるんだよ。この子……。
「あ、あのね、今から頭おかしい質問する!」
「……?」
リカの発言にアヤは眉を寄せる。
「あなた、『時神だったり』しない?」
「……!」
リカの声が一瞬だけ時間を止めた。アヤが息を飲む。
「ご、ごめん! わけわかんないこと言って!」
「いや……私は時神よ。人間の目には映る神だけれど……皆、知らないわよ。私のこと。なんで知ってるのかしら?」
アヤの目が少しだけ厳しくなる。
「えー、えっと! あ……ああ! そうだ! TOKIの世界書の主人公に似てたから! 知ってるでしょ! 地味に人気を集めてる小説で……」
リカは焦りながら、一生懸命説明するが、アヤは顔を曇らせて言った。
「知らないわ。……まあ、なんか怪しいからちょっと一緒に来てちょうだい」
「え? 一緒にって……。んん……帰るためだ。一緒に行きます!」
リカは戸惑いながらも頷いた。彼女は自分が時神だと言う。疑惑だが、元の世界に戻れるキッカケになるかもしれない。
アヤはこちらを向き、ついてくるように促している。
リカは息を深く吐くと、アヤの方へと歩いていった。

四話

アヤに恐る恐るついていきながら、別世界だというここの様子を窺う。原っぱが広がる公園を抜けて、今は普通の河川敷を歩いていた。
「……変わらないよね……。おんなじ雰囲気だよね……。私だけが変になっちゃったのかな……。例えば、ここは別世界じゃなくて、私が変になっててここを別世界とか言ってて、それで……」
「何ひとりでぶつくさ言ってるの? あなた、うまれたての小鹿みたいにプルプルしてるわよ……。大丈夫?」
アヤに声をかけられて、リカは慌てて口を塞いだ。
「とりあえず、私の家に来てもらってもいいかしら?」
「え……あ、うん! はい」
リカの返答に再び眉を寄せたアヤは、リカを落ち着かせようと空を指差す。
「ほら、見て。この道は桜の名所なの」
「……」
リカはアヤにつられて上を見上げる。気づく精神状態ではなかったため、気がつかなかったが、この河川敷は桜で埋め尽くされていた。川にかかるように垂れる桜が青空に映えて美しい。
「どう? きれいでしょう? 私はいつもここを散歩コースにしているの」
「……すごくきれいだね。全然気づいてなかった……」
リカは半分泣きそうな目で桜を見上げた。
「ほんと、大丈夫? もう少しでうちだから、少し休んで……」
アヤが言葉を切り、一瞬だけ宙を睨んだ。
「……ど、どうしたの?」
リカはさらに震えながら尋ねる。
「……時間が……いじられてる……」
「へ?」
アヤの言葉の意味がほぼわからないリカは、困惑しすぎて変な声を漏らした。
「まずいわ……」
アヤは懐中時計を出すと、時計の針を睨み付け、唸る。
「まずいってなにが……わっ!!」
アヤはリカの手をひくと、突然走り出した。周りの雰囲気で変わっているところはない。しかし、アヤだけは緊迫した顔でリカを引っ張り走る。
「ね、ねぇ! ちょっと……」
リカが叫ぶがアヤは構わず走る。河川敷を抜けて、商店街に入った刹那、リカの頭に先程、アヤが発した言葉が反響し始めた。
アヤが話していない言葉も響き始める。
「な、なんなの!?」
……あなた、誰?
……大丈夫? 私はアヤ。
……私はアヤよ。時神だってよく気がついたわね。
……リカ、一緒に行こう!
……あなたはどこから来たの?
……どなたかしら? 私のことを知っているみたいだけれど。
……そうよ。私は時神アヤ。なんで、知っているのかしら?
「な、何これ! 頭が割れる……」
「リカ?」
リカの様子に気がついたアヤは慌てて立ち止まる。
「大丈夫? どうしたの?」
アヤは不安げな表情のまま、リカの背中をさすった。
「わからない……頭にいっぱいアヤちゃんの声が……」
「……どういうこと? ってわからないのよね」
しばらく、リカはその場で踞っていた。商店街の通行人達が心配そうに立ち止まって声をかけ、去っていく。
「はあはあ……。おさまった……」
リカは頭を抑えてゆっくりと立ち上がった。
「……時間の歪みにあなたが関与しているの?」
「……わかんないよ……」
「困ったわね。急いで確認したいことがあったのよ」
「……確認したいこと?」
リカが震える声で尋ねると、アヤは深く頷いた。
「時神は三人いる。私も含めて。私は現代の時間を管理している神、現代神。その他に過去を守る過去神、未来を守る未来神がいる。過去、未来は一直線じゃなくて三直線なの」
アヤはそこで一度、深呼吸をする。リカにそのことを話すか迷っていたようだが、話すことにしたらしい。
「つまり、令和の時代が三つあるの。令和が過去になってしまった世界、令和がこれから来る未来の世界……そしてここ、今が令和の時代の三つ」
「……何て言えばいいのかな……。すごいね……。もう、それしか言えない。ま、まあいいや……で、確認したいことって?」
リカは頭痛を抑えながら、かろうじて答えた。内容はほぼ頭に入っていない。
「確認したいことは、時間の歪みで、その別世界にいる時神過去神と未来神が、この今いる世界に来てしまっているかということ」
「……内容だけ聞くと、『過去の世界』と『未来の世界』にいる『時神』が、『現代の世界』に来てしまう……みたいな感じ?」
「その通りよ。ありがちでしょ?」
アヤの返答に、リカはため息と共に頭を抱えた。
「確かにお話にはありがちだけど……」
「……やっぱりいたわ!」
リカの言葉を遮るように、アヤが声を上げた。アヤの目線の先に、変な格好をしている男が二人、困惑した表情で辺りを見回していた。
「サムライみたいな人と、赤髪のにぃちゃんみたいな感じな人が……」
リカが戸惑っていると、サムライ雰囲気の男と赤い髪の男がこちらに気がつき、近づいてきた。
サムライは茶色の総髪をなびかせ、鋭い眼光で、赤い髪の男は肩先まである髪を揺らしつつ、上下黒のスエットで、それぞれこちらに向かってきていた。
「アヤだ! やっぱり現代かあ……ここ。アヤ! 俺だ! 俺!」
赤い髪の男が苦笑いをしながら、アヤに挨拶をする。
「プラズマと栄次(えいじ)が来たのなら、時間がおかしくなっているのね……。現代の時間軸と別の時間軸だもの、来ることはできないはず」
「アヤ、この人達、誰?」
リカは危害を加えられないか怯えながら、アヤに尋ねた。わけがわからない世界にさらにわけのわからないことが上乗せされ、リカの頭は現在大混乱中である。
「ああ、えー、さっきの時神の話を思い出して。時神は私を含めて三人いるの。サムライの方は時神過去神(ときがみかこしん)、名前は白金(はくきん)栄次(えいじ)。赤い髪の、ちょっとヤンチャに見える彼は時神未来神(ときがみみらいしん)で湯瀬(ゆせ)プラズマって名前よ」
「は、はあ……とりあえず、時の神様……と」
リカは恐る恐る二人を仰ぐと、小さく「私はリカです」と、とりあえずの自己紹介をしておいた。
「リカと呼んでよいか? 俺は今も紹介されたが、栄次(えいじ)という」
サムライの方、栄次がリカに挨拶を返した。目つきが鋭いので、リカは萎縮しながら頷く。
「栄次、顔が怖いんじゃないか? もっとこう……」
赤い髪の男はリカににんまり笑うと、格好つけながら挨拶をしてきた。
「湯瀬(ゆせ)プラズマだ。よろしく!」
赤い髪の男、プラズマは商店の壁に寄りかかると腕を組んで、ふふんと笑った。
「……それは挨拶として失礼な雰囲気だな。一体なにかぶれだ?」
栄次はあきれた声を上げてから、再びアヤに目線を戻した。
「アヤ、時が……」
「ええ。わかってる。私は先程までとても焦っていたのよ……」
「これからどうする? そこの娘……えー、リカはこの件に関係するのか?」
栄次に問われ、リカは首を横に振った。なんだかいけない空気だったため、関係ないと全力で訴えておいた。
しかし、アヤがリカの努力をなかったことにする発言をする。
「……彼女はかなり怪しいわ。先程からなんか、おかしいのよ」
「ま、待って!! 私、なんも知らないよ! 私は別世界から来たみたいだけど、時間をいじるなんてできないから! 絶対できないから!」
苦し紛れに言ったリカの言葉に、時神三柱は同時に眉を寄せた。
「別世界?」
「え? えー、あの……」
時神達の視線がかなり厳しいものになり、リカは苦笑いをするしかなかった。

五話

「別世界って? まあ、彼女は何も知らないみたいよ」
アヤの一言で、なんとなくその場の空気が柔らかくなった。
「別世界から来たらしいとは、どういうことだ?」
目付きの鋭いサムライ、栄次が、なるべく、やわらかに尋ねる。
リカは小さくなりながら「わからない……」とつぶやいた。
「わからないって、どういうことだよ?」
赤毛のお兄ちゃん、プラズマは焦っている風でもなく、どこか楽しそうに聞いてきた。
「だから、わだつみっていう……メグって名前の女の子から、そう言われたんだってば。私は、真夜中の公園の水たまりで、『マナさん』に押されただけ! それで……」
「海神のメグは知っているけれど、そこから先は、まるで何を言っているかわからないわね……」
アヤは必死のリカに、戸惑いの表情を浮かべた。
「ところで、アンタは神なのか?」
プラズマがリカの顔を覗く。
「神? 人間だと思うんだけど……」
プラズマに覗かれて、少し赤くなったリカは小さい声で答えた。
だんだんと、自分の常識が崩れていく。少なくともいままでは、いたとしても、神様は目に映らなかったはずだ。
……なのに……。
「これは、高天原案件かもしれん」
栄次は困惑しているリカを見据え、他の時神達にそう言った。
「……とりあえず……『サキ』かしら?」
「ああ、アヤ、頼む」
アヤがそうつぶやき、栄次が頷く。リカにはわからないところで、話が勝手に進んでいた。
……サキって人の名前……?
……それとも、サキっていうなにか?
……てか、私、どうなるの?
まさか、拷問とか、処罰とか?
サキっていう、拷問器具の名前かも!
「あわわわ……」
「ちょ、ねぇ! 栄次、アヤ! この子、めっちゃ震えてんだけど!」
プラズマが苦笑いでリカの背中をさする。
「リカ、大丈夫よ。原因を調べるだけだからね」
アヤの言葉に、リカはさらに怯えた。
「拷問とか!? ムリムリ! ほんと、知らないんだって! マジだって!」
リカ、絶体絶命の危機。
「はあ? 拷問? そんな非人道的なことやるわけないじゃないの」
「女を拷問する趣味はない」
「なっははは!」
アヤ、栄次、プラズマの順で、それぞれ言葉が飛んできた。プラズマは笑っているだけだが。
「じゃあ、私をどうするの?」
「調べてもらうのよ。あなたの中にあるデータを」
「やだ! どうやるわけ? なんかこう……わきわきわきーみたいな……?」
リカは両手の指を動かし、怪獣のような動作をした。
「この子、大丈夫かしら……」
アヤはあきれるが、リカにとっては重大なことだった。

※※

四人はアヤの家には行かず、サキという名前の誰かに電話をかけはじめた。
電話はリカがいた世界と変わらず、スマートフォンだ。
だが、見たことのないアプリで画面がいっぱいだった。
スマートフォンはアヤのものらしい。テレビ電話を起動し、サキという人物に繋いでいる。
「サキ、今から大丈夫かしら?」
「はいはーい、どうしたんだい? アヤ。遊びの予定かい? 花見とピクニックするなら、今からいくよ!」
スマートフォンから愛嬌のある声が響いた。なんだか、愉快そうな人だ。
リカが恐る恐る画面を覗くと、ウェーブかかった黒髪を揺らしながら、猫のような目をした赤い着物の女が、楽しそうに手を振っていた。
「え……このひとが……サキさん?」
「リカ、サキは私達と同じ年よ。神としては手の届かないところにいるけれどね」
「やっぱり神様なんだ……」
アヤの紹介を聞いて、リカは顔を再び青くした。
……神様ってこんなにポコポコ会えるの?
リカは疑問を心に入れつつ、アヤ達の会話に耳を傾けた。
「サキ、この状況を見てわかるかしら……」
アヤがスマートフォンを回して栄次達をうつし、最後にリカを映した。
「なんかまずいことが起きたってのはわかるね。別世界の……過去やら未来やらの時神が揃っちゃってるじゃないかい」
サキのあきれた声に、アヤがため息で返す。
「そう。で、なんだかわからない子がひとり……」
アヤはスマートフォンでリカを映した。リカは疑惑を解くべく、笑顔で、サキに手を振っておく。
「ふーん……なんか、変なデータ持ってそうじゃないかい。データの解析はあたしじゃなくてさ、歴史神(れきししん)ナオがいいんじゃないかい? 霊史直神(れいしなおのかみ)って名前の! 神々の歴史の管理をしているあの子さ!」
「あー、確かに。じゃあ、そうするわ。サキ、高天原にこの件、持っていってくれないかしら?」
「おっけー! ああ、えーと君は…… 名前は?」
ふと、サキに声をかけられたリカは、慌てて口を開いた。
「あ! えー……リカです!」
「リカね。覚えておくよ。ちなみにあたしは、輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)、サキだよ。アマテラス大神の力を受け継いだんだ。アマテラス大神は、あたしに力を与えた後にいなくなっちゃったんだけどねぇ。概念になっちゃったから『存在』が消えちゃったらしいよ。今は誰も知らないのさ」
「え……」
サキの楽観的な言葉に、リカは濁点がつくような声を上げた。
「と、いうことで、よろ!」
「ちょ、ちょ! アマテラス大神って、うちの近くに神社があったけど!? あの神社、からっぽってこと?」
「……!」
リカの言葉にサキの顔色が曇った。
「それ、どういうことだい?」
「ど、どうもこうも……、あちこちにアマテラス大神、ツクヨミ神、スサノオ尊の神社があるじゃん。最近は係累を祭る神社も……マナさんの……小説の影響で……」
リカの声はだんだん小さくなっていった。サキを含む全員が、リカを訝しげにみていたからだ。
「なんで皆、マナさんを知らないの? 『TOKIの世界書』の作者だよ!? マナさんの小説がヒットして、自然信仰とか、先祖信仰とか、古い時代の神様達が再び注目されてて……テレビとか雑誌とかにも載って……なんで? なんで知らないの? ついこないだまで、想像物なんてどこにも存在しなかったんだよ! それを、マナさんが……」
「……リカ、落ち着いて……。想像物がない? 神は何万年も前からいたわよ……。ついこないだも私達はいたわよ」
アヤはリカの背をさすりながら、困惑した表情を浮かべていた。
「そ、そんなの……絶対……」
リカは震えながら、スマートフォンの画面に映る、サキを見据えた。
「ま、まあ、とりあえず『ナオ』に……」
サキが言いかけた刹那、リカは唐突に意識を失った。暗い闇の中、電子数字が回る。
その暗闇は、シャットダウンしたスマートフォンの画面に似ていた。

「おい、マナ、これからどうすんだよ?」
「まあ、待って、スサノオ様。これで十回目。まだ、様子を見るよ」
声は風に流れて消えた。

出会ってはいけない一話

雨が降っている。
もう梅雨に入ったのかもしれない。ジメジメした感じと、どんよりした空のせいで疲れが抜けない。
リカはアジサイが咲く公園を横切り、近道をする。今は下校中だ。
薄暗く、霧がたちこめる中、傘をさして制服を揺らしながら、歩く。
「よう! 『TOKIの世界』はあるぜ!」
霧で視界が悪い中、公園のベンチに紫の髪の男が座っていた。男は奇妙なことに創作の着物を着ている。
……いま、私に話しかけたんだよね?
リカは気味悪く思いながら、男と目を合わさずに通りすぎた。
「俺が見えるか?」
再び話しかけてきた男を無視し、リカは慌てて走り出す。
……怖い! 突然なに?
……視界が悪いのを利用して、私をさらうつもりなのかも……。
リカは息を上げながら公園を抜けて、大通りに出た。
「はあ……はあ……怖かった……。なんだったんだろ? マナさんの小説のファンなのかも……」
「リカちゃん、そんなに息を切らしてどうしたの?」
後ろから声をかけられてリカは固まった。
「リカちゃん?」
リカは恐る恐る振り向いて、心配そうな顔をしているツインテールの少女を視界に入れる。
「なんだ、マナさんかあ……」
声をかけてきたのが、知り合いだったので、リカは安心した表情を浮かべた。
「ねぇ、どうしたの? 顔色が悪いよ?」
「マナさーん! 変な男に話しかけられた! マナさんの小説、『TOKIの世界書』の話していたからファンなのかも……」
リカは怯えた顔でマナを仰ぐ。
「見えたの?」
「え……?」
マナの発言にリカは顔を青くして苦笑いを浮かべた。
「ねぇ、平行世界に行ってみたくない?」
「平行世界? な、なに? 物語のこと? パラレルワールドとか大好きだけど。それが?」
動揺しながら尋ねるリカに、マナは微笑を浮かべながら言う。
「じゃあ、ちょっと、平行世界に行ってみようか?」
「え……?」
リカが目を見開いた時、突然に雨音が激しくなった。滝のような雨が降るなか、マナの瞳が金色に輝いているのを、リカは見た。
「マナさん……目が……」
リカがつぶやいた刹那、雨が小雨になり、マナの目も元に戻った。
「じゃあ、今日の、夜中の十二時に第二公園に来てね」
「え……」
手を振って去っていくマナに、リカは口角を上げたまま固まっていた。
……そこまで気になっているわけじゃない……。「TOKIの世界書」のこと。
でもなんだろう。
なにかが引っかかる。

二話

「うーん……」
リカは自室のベッドの上で、目覚まし時計をみていた。
時刻は午後十一時半。
「零時まで三十分……」
公園に行くのは、正直迷っていた。
……まあ、でもマナさんが来るはずだから……行こうかな……。
雨音がするので、雨が降っているようだが、どしゃ降りではないらしい。
「行けなくはないから行くかあ……」
リカはオレンジ色のパーカーを着て、両親に見つからないように、家を出た。傘立てから傘を抜き取り、開く。かわいらしいトマトの絵の傘だ。関係ないが、リカはトマトが大好きである。
「うわあ……ジメジメしてて、ちょい暑い……」
独り言を言いながら、リカは歩き出す。
街灯があるので、ある程度は明るいが、雨のせいか、人は歩いていない。
「まあ、もう、深夜だし……いないのは当たり前だけど、なんか不気味……」
恐る恐る公園まで来ると、公園内を覗いた。
「マナさん……、マナさん……」
小さく呼んでいると、滑り台の前にいたマナがこちらに向かい、手を振っていた。
……ん……?
滑り台の……前……。
ちょっと前も滑り台の前に……。
ちょっと前っていつ?
……気のせいかな。
夜中の公園なんて初めてだもん。
「リカちゃん、こんばんは。来てくれたんだね」
「あ、うん。マナさんが来てねって言ったから」
マナはリカに微笑むと、リカの手をひいて公園の真ん中まで連れていった。
「ねぇ、見て!」
マナはリカに水たまりを見るように促す。リカは不思議に思いながらも水たまりを覗いた。水たまりには、先日の風で花ごと落ちてしまったツツジが寂しげに浮いている。
雨が落ちるたびに波紋が広がり、街灯に照らされて輝いていた。
「うわあ……光であふれてキレイ……って、青空が見えるんだけど!!」
輝いていると思ったのは、水たまりの奥になぜか、太陽があるからだ。
そして、なぜか青空が広がっている。
「はは! 向こうは異常気象みたいね! 梅雨の時期でアジサイが咲いているのに、雨が降ってないみたい」
マナは水たまりに映るアジサイと太陽を見て、心底楽しそうに笑っていた。
「む、向こうって何?」
「ん? 向こうは向こうだよ。水たまりに映っているでしょ? 向こうの世界」
マナの返答に、リカは青い顔で唾を飲んだ。
「こことは違う世界って……こと?」
「そのとおり! そして……」
マナがリカを突然押した。リカはバランスを崩し、水たまりに勢いよく突っ込んだ。
「あなたは、壱(いち)の世界に行ける……」
「……っ!?」
落ちていく自分になにもできないまま戸惑っていると、一瞬、ピンクのシャツに茶色いショートヘアーの女の子が、目に入った。
派手な音を立てながらリカは深く、深く、水中へと落ちていく。
浅い水たまりに頭から突っ込んだのだが、なぜか、深い海の中にいた。
口から漏れる泡を眺めながら考える。
……あの子は誰だろう?
最後に見た、ピンクのシャツに茶色い髪の女の子……。
そう、「TOKIの世界書の主人公」にそっくりな、あの子……。
どうしてかわからないけど、
やたらと、気になるんだ。

三話

夢の中のような不思議な雰囲気の中、リカは目を覚ました。
「あれ……私は……なにしていたの? ……って、ここはどこ!?」
リカはしばらくぼんやりしていたが、唐突に現実に戻された。
辺りは真っ暗なのだが、不思議な光の玉が多数飛んでいて、まわりが全く見えないわけではなかった。床は人工的なタイルで、なんだか全体的に青い。
「へー、海の中みたいだし、キレイ……」
そんなことを言っていた時、リカの背後から、誰かが歩いてきている音がしてきた。
リカは小さく悲鳴を上げると、青い顔で振り向く。
「結局……あなたはなんなの?」
唐突に聞こえた女の声にリカは怯えた。
「なんなのって……誰!?」
「ああ、えーと……私はワダツミのメグ」
光の玉に照らされて青いツインテールの女の子が現れた。
「……あ、えー、私は……リカです」
リカは怯えながらも、とりあえず、挨拶をする。
「リカ。……ねぇ、リカ? あなたは人間?」
リカはメグの言葉に首を傾げた。
……どういう質問……なんだろ?
「どうみても、人間だと思うんだけど」
「人間はここには来れない」
「どういう……意味?」
リカがそう尋ねた時、目の前を深海魚が通りすぎた。
「ひぃ!! 魚がっ!」
悲鳴を上げたリカに、メグは首を傾げながら続けた。
「ここは深海で、想像の世界、弐(に)だから。霊とか神とか、人間の想像物しか入れない」
「はい?」
リカにはメグの言葉がまるで理解できなかった。
……もしや、ここはマナさんが言っていた別世界?
「……それより、あなた、本当に人間? 神ではないの?」
「え? えー……だからどういうことなの? 神様っているの?」
「……」
メグは再び黙り込んだ。なにかを考えているようだ。
「……もしや、あなたは向こうの人間……」
「……? 向こうってどこ!?」
「……驚いたが、どうやらそのようだ。私が向こうへ帰してあげる」
「まって、まって!話がわかんない!」
リカは焦るが、メグは冷静にリカを見ていた。
そして手をかざしてリカをふわりと浮かせ、自身も飛び上がると、どこかへ飛んでいこうとした。
「待って! どこに……」
リカがメグに声をかけようとした時、頭の中で、何かが斬られている音が響いていた。
……なんか……ネガフィルムみたいのが切られていくようなっ!
リカはパニックになっている脳内を落ち着かせようとするが、メグが先に進み始めたので、全く落ち着かなかった。
むしろ、この不気味な現象がなんなのか理解してしまっていた。
……これは、記憶だ。
……私の記憶が切られている!
「ね、ねぇ……」
メグに弱々しくリカは尋ねたが、 メグは気づかず、目的地に着いてしまった。
「ここから帰れる」
メグは真っ白な空間にリカをおろした。
「え? どうやって来たの? どうやってきたか思い出せない! 」
あの不思議な空間から、ここまでどうやってきたのか、まるで思い出せなかった。
「ああ……」
ふとメグがリカを振り返った。
メグの目をみた刹那、リカにはなぜか、メグがこれから話す言葉がわかってしまった。
……プログラムが書き換えられてる。このままでは向こうに帰れない。とりあえず、時神アヤに……。
リカの頭に響く声と、メグの声が重なる。
「プログラムが書き換えられてる。あなたが帰れないようになっている。このままでは、向こうに帰れない。とりあえず、壱(いち)の世界に送るから時神アヤに会ってほしい」
時神アヤ。
幾度と聞いたはずの名前なのに、知らない名前。
何度も聞いた言葉なのに、知らない世界。
一体、この夢はなんなんだろう?
夢なのだろうか?
それとも私がおかしいの?

四話

「はっ!」
リカが目を覚ましてから、最初に見たのは曇り空だった。
肌に触る滴がなんだか冷たい。
「……あめ……」
リカは雨が降る中、芝生の広い公園で、仰向けで寝ていた。
……こんなところで寝た覚えはない。
しかも、雨が降っている公園で寝ているなんて正気ではない。
「なんで……寝てんだろ……」
リカはぼうっとした頭で、しばらくそのままでいた。
雨を真下から眺めるとはいつぶりか。
「ちょっと、あなた! 大丈夫!?」
ふと、聞いたことあるような、ないような声がした。
リカは横目で、声をかけてきた少女を視界に入れる。
「……えーと……」
「あ、あの……話しかけない方が良かったですか?」
オレンジ色の傘を差した、茶色のショートヘアーの少女は、丸みを帯びた眉毛を寄せてこちらを見ていた。
「あ、いえ……。実はなんで寝ているのかわからなくて……」
「風邪ひいてしまいますよ! 買い物の帰りだったんですけど、さっき、突然雨が降ってきて……」
少女はリカを立ち上がらせてくれた。
「ありがとうございます……。あの、私、時神アヤさんに会わないといけないみたいなんですが、知っていますか? はは、知らないですよね。ちょっと格好が似ていたものですから……」
リカが自嘲気味に笑うのと、少女の顔が曇るのが同時だった。
「時神アヤは私ですが。なんで知っているのですか?」
少女は心配そうにこちらを見ていた。
……ああ、やっぱりこの子、アヤさんか。
リカははじめから確信を持っていた。理由はわからない。
「見たところ、高校生くらいですか?」
少女アヤが尋ね、リカは小さく頷いた。
「じゃあ、普通でいいわね」
「アヤさんも同じくらい?」
「アヤでいいわよ。あなたは?」
アヤは心配そうにリカを見つつ、名前を尋ねた。
「私はリカ。あなたを探せと言われたけど、探してからどうすればいいのかわからないの」
「そう……誰に言われたの?」
アヤはリカを傘に入れながら質問を重ねる。
「えーと……ワダツミのメグだったかな……」
リカは自信なさそうに答えた。
実際あまりよく覚えていない。
「……なるほどね。内容が深そうだわ。わかった。じゃあ……このままだと風邪ひいちゃうから私の家に……」
アヤはそこで言葉を切ると、眉を寄せた。
「ど、どうしたの……?」
「そんな……時間が……」
アヤは戸惑うリカの手を突然ひいて、走り出した。アヤは走りながら懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「なっ! ちょっと! アヤ!?」
リカは焦った声を上げたが、アヤは止まらない。
アジサイが咲いている河川敷を走り抜け、雨足が強くなるなか、小さな商店街に入った。
「ま、待って! 頭がっ!」
リカは商店街に入ってから妙な頭痛に襲われた。
だんだんとアヤの声が頭に響き始める。
……あなたは誰?
……どう? きれいでしょ。ここは桜の名所なの。
……水たまりに何か落としたんですか?
……なんで私を知っているのかしら?
……さあ、いきましょ。リカ。
「うう……うう……」
リカがあまりに苦しんでいるので、アヤは慌てて立ち止まり、リカの背中をさすった。
「ど、どうしたの!?」
「頭にアヤの声が……いっぱい響いて……」
「ど、どういう……」
アヤは戸惑いながら、リカの背中をさすり続ける。雨がさらに強くなり、まるで滝の中にでもいるかのようで、辺りは白くて前が見えない。アヤの傘も差している意味はなく、二人とも雨に濡れてしまっていた。
しばらくすると、雨が小雨になり、リカの頭痛もおさまってきた。
「ね、ねぇ、大丈夫?」
「……う、うん。おさまったみたい……」
リカは深く息を吐き、気分を落ち着かせた。
しばらくして、アヤが心配そうに口を開いた。
「頭に私の声が響いたって言っていたけど、大丈夫かしら?」
「うん……。会話してないような言葉も響いていたよ。ここは桜の名所なの……とか」
リカの返答にアヤは首を傾げた。
「桜? もうとっくに桜は終わっているわ」
アヤはいぶかしげにリカを見たが、リカはそのことよりも聞きたいことがあった。
「ま、まあ今はいいや。で、アヤはなんで走り出したの?」
リカは自分で尋ねたのに、なぜか答えを知っていた。
……実は時神未来神(ときがみみらいしん)と時神過去神(ときがみかこしん)がいるかどうかを確認したかったの。
……時間がいじられているから本来、この次元じゃない神も集まって……。
「実は、時神未来神と時神過去神が……」
言葉の出だしでリカは、初めて聞いたのにすべてわかっていた。

……なんで、私はこの不思議な出来事を受け入れていて、なぜ、知っているのだろう。

同じことを繰り返していることに、彼女はまだ、気づいていない……。

五話

ひとまず、落ち着いた二人は商店街を歩き始めた。
アヤが何か沢山話しているが、リカの耳には入らない。でも、リカは内容は知っているのだ。
知ってるのはなぜなのか。
商店街の本屋さんを通りすぎた辺りだった。赤髪の青年とサムライ姿の青年が戸惑ったように立っていた。
「やっぱりいたわ……。リカ、私はね……」
「あの二人がいるかどうか、確かめたかったんでしょ……。だから走ったんだよね?」
リカの返答にアヤは眉を寄せる。
この世界のシステムは先程話したが、そこまでは話していない。
「アヤ! なんだ、なんだ! 濡れていて服が透けてるじゃないか! いやあ、いいねー……痛ァ!?」
赤髪の青年は会って早々、サムライに刀の柄で脇腹をつつかれていた。
「失礼だ」
「……へいへい……。あんたら、寒くないか? 風邪引くぞ」
サムライに突っ込まれて、赤髪の青年は本来口にするはずだった言葉を言う。
「あ、ありがとう……。プラズマ。ほんと……下着、透けてるわ……。見ないでちょうだい。あなた達もびしょびしょだわね」
アヤはサムライと赤髪の青年を交互に見つめ、二人が傘を持っていないことに気がついた。
「ああ、こちらに飛ばされたと思ったら、えらい(沢山)雨が降っててな」
「そうだ。すごい雨だった」
サムライに相づちを打つ赤髪の青年。
「えーと……」
リカは戸惑いながらアヤを見る。
「ああ、えー、サムライみたいな格好の方が白金(はくきん)栄次(えいじ)、赤い髪の男は湯瀬(ゆせ)プラズマよ」
アヤは慌てて二人を紹介した。
「栄次さんとプラズマさん……?」
リカは眉を寄せた。
聞いたことのある名前だ。
だが、知らない。
「……この子は?」
プラズマがアヤにリカの名前を尋ねていた。
「リカって名前の子よ。ちょっと怪しいのよ。時間が狂ったことにだいぶん関わっていそうで」
「ふむ。高天原案件か?」
アヤの返答を聞いた栄次は悩みながら尋ねる。
「そうかもしれないわ。だから、『サキ』に……」
アヤが『サキ』の言葉を出した刹那、リカはなぜか恐怖に襲われた。
不気味なくらい体が震え、足が言うことを聞かない。
「おい、大丈夫か……」
栄次がいち早くリカの状態に気がつき、声をかけた。
「……」
リカは何かを言おうとしたが、何を言おうとしていたのかわからなくなっていた。
「なあ、サキに反応したんじゃないか? 大丈夫だぞ。サキはいい神だ」
プラズマがリカを元気付けようと言葉を発したが、リカは拷問器具かなんかを思い描いていた。
……いや、違う。
「私は『いま』、そんなこと思ってない!!」
リカは突然に叫び、頭を抱え始めた。
アヤは素早くリカの肩を抱いて落ち着かせる。
「どうしたの? 大丈夫よ。サキはあなたを助けてくれるはずだから」
「……」
リカはそこから何も言えなくなった。単純にわからないのだ。
なぜ、自分が恐怖を感じているのか、助けてくれると言っているのに。
「ああ、なんか変なことされると思ってんだろ? 大丈夫さ。相談するだけだ」
プラズマは何かを察したかのようにそう言った。
「……そ、相談だけなら……」
リカはなんとなく頷く。
アヤはリカの様子を見つつ、サキという神に電話をかけ始めた。

六話

「あ、アヤ? どうしたんだい? 雨すごくて萎えてたりするのかい?」
アヤが電話をかけてすぐに、サキという神の元気な声がした。
アヤはビデオ通話にすると、リカを落ち着かせようと、サキの顔を見せた。長いウェーブのかかった黒髪に猫のような愛嬌のある瞳。
見た感じ、害はなさそうだ。
「ん? その子は誰だい?」
サキに問われて、アヤが答える前にリカが答えた。
「り、リカです」
「なんか、不思議な雰囲気の子だねぇ……。で、アヤ、何の話なんだい?」
サキはリカをちらりと見てから、アヤに目を向けた。
「ええ、実はね……、こういう状況なの」
アヤはスマートフォンを回して栄次とプラズマを映した。
「なるほど、相容れない過去と未来の時神がいるわけだね」
「そう。それで、リカが何かに関与しているみたいなんだけれど、わからないの。彼女が神かどうかもわからなくて。それで相談」
アヤの説明でサキは「ふむ」とつぶやき、何かを考え始めた。リカはごくりと唾を飲む。
「それは神々の歴史の検索ができるナオに話した方がいいんじゃないかい?」
「ああ、確かにそうね。ナオは神々の歴史を管理してるもの。リカが神かどうかがわかるかもしれないわ」
サキとアヤの会話を聞きながら、リカは首を傾げた。
「あ、あの……神様ってそんなに沢山いるの? 私を神様と疑ったりしてるから不思議で……。だって、アマテラス様とツクヨミ様とスサノオ様しかいないでしょ? 本当の神様って……」
リカは恐る恐る口を開く。なんだか、この言葉は言っては行けないような気がした。
「……?」
リカの発言にアヤ達は案の定、眉を寄せた。
「どういうことかしら? 沢山いるわよ。あなたが会ったって言っていたワダツミも海神だし、私達も時神。そして……サキは『アマテラス大神の加護を一番持っている神よ』。アマテラスは概念になっているじゃない?」
アヤの言葉にリカは目を見開いた。
「そんなことないよ! アマテラス様の神社は沢山あるでしょ! でも、最近は『TOKIの世界書』シリーズを書いているマナさんの影響で、創作の神様も増えてきたじゃない!」
リカは声を上げる。反対にアヤ達は困惑していた。
……どういうことかわからない。
と、いった顔をしている。
「嘘でしょ! マナさんだよ? テレビにもいっぱい出てて……。あれでしょ、あなた達はマナさんの影響で創作の神様になりきっているだけでしょ?」
リカの記憶が混ざっていく。
マナに最初に言われたことを忘れていた。
『並行世界のような世界』に行ってみないか?
そう言われて、理解はできなかったが、納得はして来たはずだ。
あの公園に。
「何を言ってるのか……わからないのよ……」
リカの変わりようにアヤは戸惑いの声を上げた。
「わからない? マナさんを知らない?」
「ごめんなさい、知らないわ」
アヤが代表であやまる。救いを求めるように栄次、プラズマを見るが、ふたりも眉を寄せたまま、首をかしげていた。
リカは震えながら、画面ごしのサキに目を向けた。
サキに目を向けた刹那、リカは吸い込まれるような感じがした。
スマートフォンの画面に吸い寄せられている。
……やだ……、何?
サキはいぶかしげにリカを見ていた。やがて、スマートフォンの画面は真っ黒になり、リカも意識を失った。
それは電子機器のシャットダウンに似ていた……。

……思い出した。
……私は毎回、『ここ』で意識を失い、元に戻る。
……あの神に会っちゃいけない。
アマテラス大神を思い出してはいけない。
マナさんに
……『あの選択』を持ち出されてはいけない。

※※

「よう! マナ、良い感じじゃねーか?」
紫の髪に創作着物を着た男性が、豪快に笑う。
「スサノオ様、もう一回、やりますよ」
マナは水たまりに映る、リカの姿を楽しそうに眺めていた。

選択肢一話

暑い夏がやってきた。
遠くで大きな白い雲が風に流されることもなく、その場に堂々と居座っている。
リカは塾の夏期講習の帰りだった。海外の人には伝わりにくいというが、日本の夏といえばセミだ。ノイズのような音や、ミンミン鳴く音などが混ざり、かなりの騒音。
どこにでも大量にいるセミはもちろん、歩道にも転がって命を燃やす。
「うげぇ……またいる。なんでひっくり返って死ぬかな……。アブラゼミ、お腹が白くて茶色の羽なのが気持ち悪いんだよね……。またぎたくないから、公園から帰ろ」
リカは近道になる公園へ足を踏み入れた。遊具辺りを横切った時、紫の髪の、創作着物を着た男性が声をかけてきた。
「よう! TOKIの世界はあるぜ! 俺が見えるか?」
「……」
リカは眉を寄せた。
前もこんなことがあった気がする。
「TOKIの世界はあるぜ」
「……」
リカは黙り込んだ。
いつもなら、こういったことが起きたら走って逃げる。
しかし、今回は逃げようとは思わなかった。
「なんだ? 今回は逃げねぇのかい?」
「……今回は、にげ……逃げるって……どういう……」
震えるリカをよそに、男はベンチから立ち上がり、リカの前に立つ。目を合わせた時、リカの体に鳥肌がたった。
言いようのない恐怖感がリカを包む。
「……な、なんで……」
……なんで、この人、こんな人間離れしてるの?
言葉が出ないリカを見つつ、男はあざ笑いながら口を開く。
「あー、俺、神格の高い神だからな。スサノオって言うんだ。名前くらい聞いたことあんだろ? あ?」
「……スサノオ……嘘……」
「俺を気持ち悪がって逃げねぇのか? 俺は英雄になるデータも、邪神になるデータもあるぜ。てんびんなんだ。今はどっちかわかるかな……?」
スサノオが片方の口角を上げたので、リカは怖くなって転びながらも駆け出した。
「なんか怖い! すごい怖い!!」
リカには転がっているセミも見えなかった。セミの鳴き声すら聞こえず、ただがむしゃらに公園を横切った。
大通りに出たところで、汗が滝のように流れ始めた。少しお気に入りだったトマトモチーフのTシャツが汗で濡れ、色合いが濃くなっている。
「はあ……はあ……」
「ねぇ、大丈夫? リカちゃん」
ぼやける視界の先に、ツインテールの少女が立っていた。
「はあ……はあ……マナ……さん」
「こんな暑い日に走っちゃダメ。水あるけど、飲む?」
ツインテールの少女マナはペットボトルの水をリカに差し出してきた。
リカはありがたく水を飲み、一息ついた。
「で、どうしてそんなに走っていたの? あ、セミがダメなんだっけ?」
マナがきょとんとした顔で聞くので、リカは首を横に振った。
言いたいのはそれではない。
「マナさんのっ……TOKIの世界書のファンみたいな人が……話しかけてきて……えーと……」
リカは汗を拭いながら、きれぎれに言葉を発した。
暑さのせいで頭がぼんやりする。
なにかを会話しているが、口が勝手に動くだけで頭に何も入ってこない。
「見えたんだ。……ねぇ」
会話の中で、やたらと明瞭に聞こえる言葉が響いた。
マナの言葉の続きがリカを冷たいもので包んでいく。
「へいこうせかいに、いってみない?」
……へいこうせかい
並行世界。
壱(いち)、弐(に)、伍(ご)……。
向こうの世界、夢や霊魂の世界、そして、この……今、リカが生きている世界……。
数字みたい。
以前、リカが誰かに言った言葉。
世界は……
六つある。
リカの瞳が金色に光り、電子数字が流れた。
「リカちゃん、深夜零時、公園で待ってるから来てね……」
マナがその一言を発した刹那、なぜかマナの足元に逃げ水が現れ、太陽がさらに輝く。
太陽の光が入ったマナの瞳は金色になり、笑みを浮かべながらリカを見据えていた。

二話

カチカチ……。
時計がまわる。
「はあ……」
リカは自室のベッドで雑誌を片手にゴロゴロしていた。時刻は夜の十一時半。
「公園に行くか迷う……」
リカは頭に全く入ってこなかった雑誌を枕元に放ると、考えた。
……そもそも、なんで私は公園にいくことを渋っているのか?
深夜だから外に行きたくない?
信じられないから?
リカはゆっくり起き上がった。
「もう行かなくちゃ……」
エアコンのリモコンを持ち、「停止」ボタンを押そうとしたところで、リカは止まる。
「あ、でも、また帰ってくるか。帰ってきて暑かったらやだし……」
リカはエアコンのリモコンを勉強机に置いた。
……なんか、ひっかかる……。
もう、帰れないかもしれないって気持ち。公園に行くのをためらっているのは……。
リカの脳内に「TOKIの世界書」シリーズの主人公が映った。
アヤ。
時神アヤ。
「……私、あの子と話した……」
瞳が黄色に光り、「エラーが発生しました」という文字が脳内に現れる。
「わた……私が『公園に行きたくない理由』は『何度も同じことをしているから』だ!」
リカは唐突に色々な事を思い出した。
……時神のアヤ、栄次、プラズマ、ワダツミのメグ……そして、歴史神ナオに太陽神サキ!
「マナさん……私を神隠ししようとしてるの? それとも私を向こうの世界に行かせようとしているのは、マナさんじゃないの? ……そもそも……」
リカは体が震えてきた。
おかしなことに気がついてしまったのだ。
「私とマナさん、どこで出会ったの……」
記憶がない。
出会った記憶が。
いつからリカと友達なのか。
……思い……出せない。
「行かなくちゃ……」
リカはエアコンを切ると、覚悟を決めて部屋から出ていった。
……マナさんに会うんだ。

三話

寝ている両親を起こさないように最大限注意を払い、外に出る。玄関のドアを開けたら、雷が鳴っていた。
……あ。台風が近づいているんだっけ?
リカは夕方のニュースで台風が近づいていることを知っていた。もうすでに霧雨が降っており、これから大雨になることは目に見えている。
「また……タイミング良く雨……」
花柄の傘を手に取った所で大雨に変わった。滝のような雨だ。風も強く、外に出るのを一瞬ためらった。
「はあ……」
ため息をつきつつ、傘を差し、歩きだす。力強い雨と風で服は気がついたらびしょ濡れだった。
「あー、お気に入りのトマト色のシャツが……」
再びため息をつき、歩道を歩きつつ公園に向かう。
気がつくと第二公園についていた。足取りは重い。
「いらっしゃい」
公園の中程、滑り台近くまできた時、マナが声をかけてきた。
「マナさん。私、回りくどいのが嫌だから、単刀直入に聞くね。私をどうしたいの? この世界から私を消したいの? 私、あなたといつ会った?」
リカも動揺しながら話していたため、話が前後しているが、マナは理解したようだ。
「……気がついたのね。でも、気がついても意味はないの。これは『運命』だから」
「え……」
マナはリカの手を引く。水たまりに映る青空。
「あなたは壱(いち)の世界にいける……」
「ま、待って! わ、私、平行世界なんて行きたくない!」
「ふーん。そう。ああ、私はアマノミナヌシを宿す現人神(あらひとがみ)。世界のシステムに逆らうとは笑わせる」
リカの必死な言葉はマナの嘲笑でかき消された。いままでのマナではない。瞳は黄色に輝き、どこか異様な雰囲気である。
「……なに言っているのかわからない」
「わからなくていいの。あなたはあちらに行くのよ」
マナの雰囲気にのまれたが、リカは違う方向から尋ねてみた。
「あちらに私を連れていって、私に何をさせたいの?」
「何をさせたいか? あなたがなんなのかまではわかっていないみたいね? このままじゃ、ループのままよ。なるべく向こうの世界からこちらに帰らずに、自分を見つけてみなさい。あなたが向こうへ行くのは世界のシステムの一つ、運命に組み込まれているのだから」
マナは楽しそうに笑うと、リカを突き飛ばした。
「しまっ……」
リカはバランスを崩し、そのまま水たまりへと落ちていった。
「いってらっしゃい。……こちらで現れた神の一号が向こうでどう影響するのか、見させてもらうわよ……」
マナは激しく雨が降る中、電子数字に分解され、消えていったリカにそうつぶやいた。
リカの傘だけが深夜の公園に寂しく落ちていった。

新作(2020年〜)長編TOKIの世界譚①「リカの世界書」

新作(2020年〜)長編TOKIの世界譚①「リカの世界書」

新シリーズです! 新しいTOKIの世界書がスタート! 少女リカが尊敬している小説家の先輩、マナに夜中の公園に来るように言われ、なんとなくついていったらTOKIの世界とやらに飛んでしまった。このTOKIの世界はマナが書いた小説の世界だった。 リカは「毎回経験したことがある」ような違和感を覚えつつ、「毎回初めてのように」その世界にたどり着く。 リカは元の世界にたどり着けるのか。 TOKIの世界と呼ばれるパラレルワールドに関与しているマナとは一体!? というSF日本の神さま物語です!

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-04-15

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