祖母の庭

祖母の庭

 実家には昔、大きくはないがそれなりの庭があった。幼い頃、その庭で遊んだ記憶はない。そこは祖母が大切に手入れしていた庭だった。
 夏みかんの木があったことは覚えている。毎年実がなれば高枝切りばさみでとり、家族皆で食べた。子どもの舌にはすっぱい夏みかん。祖母は甘いジュースにして飲ませてくれたが、それでもまだ少しすっぱかった。
 たくさんとれた夏みかんを、祖母は親戚の叔父へ送っていた。段ボール箱につめて、近所のお家で配達してくれる所へ行く。重い箱は手押し車に乗せられて、きこきこと音を立てて。叔父さんが好きだからと、祖母は毎年夏みかんを送った。その叔父は祖母にとっての息子にあたることを、幼い私はいまいち分かっていなかった。
 祖母の庭は小さかった。きれいに刈られていた生け垣。背の高い夏みかんの木。小さなししおどし。いつも当たり前に見ていた風景だった。
 祖母が亡くなった後しばらくして、庭を潰して家を改築した。今では小さな畑が残るだけで、以前の面影はない。写真もない、記憶にしかない祖母の庭の景色。
 あの庭を祖母はこよなく愛していた。私が気軽に遊び場にできなかったのは、祖母がその場所をどんなに大切にしていたか感じていたのかもしれない。なぜか踏み込めない場所であり、薄暗くて少し怖かった。
 祖母が心をこめた庭には、私の知らない想いがたくさんつまっていたのだろう。それを知るすべはない。ぼんやりと覚えている庭の景色。記憶だけが頼りの風景はおぼろげだ。その思い出だけが、年を重ねるごとに美しく、私の記憶に上塗りされていく。

祖母の庭

祖母の庭

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-05

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