騎士物語 第八話 ~火の国~

RANPO

  1. 第一章 彼らと彼女らの戦果
  2. 第二章 祭へのお誘い
  3. 第三章 貴族の家
  4. 第四章 裸のつきあいと貴族の想い
  5. 第五章 宝探し
  6. 第六章 炎の獣たち
  7. 第七章 トカゲ講義
  8. 第八章 最強のゴリラ
  9. 第九章 暴れる獣
  10. 第十章 黒い罪人
  11. 第十一章 討伐
  12. 第十二章 授業の終わり

第一章 彼らと彼女らの戦果

 四日前、その場所では国の存亡がかかった戦いの中で絶望的な表情の者が不安をあらわにおろおろしていた。だが今、その場所には正装で身を包んだ王族貴族の面々がそろい、一際目立つ椅子に腰かける威厳に満ちた男の前に並んでいる白い制服姿の数名の若い男女を見つめていた。
「やれやれ、これだから騎士団を表彰するのは嫌なのだ。毎度恥ずかしい思いをする。」
 ゆっくりと立ち上がった男は、本人としては冗談のつもりで言っているのだろうし周囲の人間もそれはわかっているのだが、いかんせん威厳や圧力しかないその顔や雰囲気にその場の誰もが息を飲んだ。
「これを学生に授与するのは初めての事だが、私の姪孫が独自の道を歩むがゆえに起きた事――少々イレギュラーな感触は否めん。しかし……「それ見たことか」と姪孫を責めることは間違いで、この感触も覚える方がおかしいのだろう。」
 傍に控えていた者が何かを持って男の近くまで来たが、男はそれを制して話を続ける。
「私たちは城に閉じこもり過ぎた……ユスラの一件で私たちが気づくべきだったことを姪孫が行動で示し、結果私たちは次代を担う新しい風をこうして迎えることができた。これが始まりというのなら、これが記録上の最初というのなら、私も一つ、行動しなければなるまい。」
 男がさっきまで座っていた椅子のある場所は周囲より一段高くなっているのだが、男はその段を降りて若い男女たちと同じ高さに立った。
「賊からの王族の守護。授与はそれゆえのモノ……言うなれば「よくやった」という類の表彰だ。つまり私は残る一つの示すべき言葉を君たちに送らなければならない。」
 そう言いながら、周囲のざわめきを気にもせずに腰を折って下を向いた男は静かに述べた。

「家族を、助けてくれてありがとう。」



「前に立つだけで意味もなく緊張しちゃった……ボク、あの人の暗殺はできない気がする。」
「リリーくん、それはシャレにならない発言だぞ。」
 次の準備ができるまで待つように言われた部屋で、あたしも覚えてる限りで数回話したくらいしか記憶のない、あたしの大伯父にあたる人――国王ザルフ・クォーツの独特な迫力を受けてあたしたちはぐったりしてた。

 オズマンドの襲撃から四日後、あたしたちは……まぁ大抵そうだけど、制服姿で王城に呼ばれて国王から勲章を授与された。理由は、一人の王族を狙って現れたオズマンドの幹部に学生の身でありながら勇敢に立ち向かい、それを倒して王族を守り抜いたから。つまり、セイリオスに通っててそれっぽい事は何もしてないけど一応は王族のあたしを、この国で長年活動を続けてる反政府組織の一員であり内部の序列三番っていう、実力だけで表現するなら幹部ってことになるラコフから守ったからあたしたちは表彰された。
 そう……「ロイドたち」じゃなくて「あたしたち」。なんでか守られた側で本来なら勲章を渡す側のはずのあたしにまで勲章が贈られた。お姉ちゃんに聞いたら、「だってエリーも戦ったんでしょう? いいじゃない、自分で自分を守ったってことで。仲間外れじゃ寂しいでしょ。」って言われて……王族が王族に勲章を授与っていう変なことになった。
 ちなみにパムに勲章は贈られなくて、これもお姉ちゃんに聞いたら、「実力以上のことをした人には「よくやった」って言うけど、実力通りのことをした人には「はい、おつかれ」ってくらいしか言わないでしょう?」って言われた。たぶん、国王軍でセラームであるパムの場合は王族を守るくらい当たり前……みたいな感じなんでしょうね。
 まぁ本人が「そんなものもらったらデキる人みたいになって余計な任務をふられて兄さんと会う機会が減るからいりません。」って言ってたからいいんでしょうけど。
 でもってあの戦いで勝利に一番貢献しただろうユーリは魔人族の関与を秘密にしたいってことだったからあたしたちは何も言わず、あの場にフランケンシュタインなんてのはいなかったことになった。
 結果、あたしたちはセラームの騎士一人と学生八人で、もしかしたら十二騎士クラスの強さなんじゃないかって言われてたオズマンド上位三人の内の一人を倒したことになってしまった。

「しかし本当にいいのだろうか、こんなモノを頂いて。おれは最後に『ブレイブアップ』をかけただけだというのに。」
「カラード、オレなんか終始寝っ転がってただけだぞ……」
 ロイドは一応『ビックリ箱騎士団』っていうくくりになるあたしたちの団長ってことで、代表して国王から勲章を受け取ったんだけど……
「あぁ……ほんとにオレ何もしてないのに……」
 って感じに変にがっくりしてる。
「まぁあの勝利はこの前の推測通りであろうとなかろうとほぼユーリくんのおかげだからな。わたしたちにこの勲章――シリカ勲章はなかなかの過大評価だろう。しかしこれはこれで色々と使えそうだし、今回の授与は周囲からの「期待」として受け取っておこうではないか。」
「あんた……」
「ああ、ちなみにロイドくん、シリカ勲章というのはだね。」
「あの、そんな「どうせ知らないだろう」みたいに説明を…………知らないんですけど……」
「ふふふ。まず前提として、国によっては戦果や社会貢献でいくつかの種類があるところもあるようだが、フェルブランド王国においては一種類三段階――下からシリカ、トリディマ、クリストだ。」
「三段階? 勲章ってすごいことをした人に贈られるモノですよね……ということはえっと、すごさの段階……?」
「というよりはその勲章についてくる特典のすごさだな。シリカ勲章は単純に「すごいぞー」というだけだが……例えば一番上のクリスト勲章なら貴族や王族でなくとも一部の土地の自治を認められたり、軍に所属していなくても指揮権が与えられたりする。要するに、成したすごいことの内容によって、「そんなことができるならこれを任せてもいいぞー」という許可が与えられるのだ。」
「なるほど……なんか十二騎士みたいだ。」
「ああ、確かこの国における十二騎士という称号はクリスト勲章と同等の扱いだったはずだ。たぶんフィリウス殿は国王軍を動かせるぞ。」
「あいつが指揮官……あれ? でもこの――シリカ勲章? には特典がないんですよね? さっきローゼルさん、使えそうって言ってたけど……」
「おいおいロイド、特典がねぇからってシリカ勲章がしょぼいわけじゃねぇんだぜ? これはこれだけでとんでもねぇんだ。」
 久しぶりの騎士の常識がないロイドの登場にアレキサンダーが笑うと、カラードが続きを説明した。
「単純な割合で言えば、国王軍やその他の騎士団を含めたこの国の全騎士の中で勲章を受け取ったことのある者など小数点以下のパーセンテージしかいないだろう。高い実力とそれを示す事のできる機会――嫌な言い方をすれば注目度の高い事件がそろい、そこで活躍する。偶然や運がなければ手に入れようと思っても得られるモノではない。故に勲章の持つ影響力は大きく、授与されたという事実は大きな信頼を生む。」
「信頼……」
「国が評価したという証だからな。助けを求める人々からすれば、この人に頼めば大丈夫であると信じることのできる一つの根拠になる。目の届かないところではびこる悪へ正義を導くモノでもあるのだ。」
「もうちっと現実的に言うと、騎士団同士で仕事の取り合いなんてのはよくある話でな。そういう時に勲章をちらつかせば一発で依頼人の信頼をゲットできるわけだ。」
「ああ、なるほど。」
「ま、その騎士団の名前が『ビックリ箱騎士団』じゃあそれでも微妙かもだがな。あの場の雰囲気に合ってなかったぞ?」
 勲章を渡す時、国王は「『ビックリ箱騎士団』の団長へ――」みたいな事を言ったから、その時だけピリッとした空気がクスッと緩んだのよね。
「い、いやでも、騎士団の表彰はいつも恥ずかしいって王様言ってたから……たぶん騎士団の名前ってのはみんな同じ感じなんだよ……!」
「ちょ、ちょっと違う……と、思うよ……普通はこう、か、かっこいい名前をつけ、るから……かっこよくし過ぎてて恥ずかしい、んじゃないかな……」
「あたしたちのは変っていうか面白い名前だもんねー。逆に記憶には残りそうだけどさー。」
「うぅ……な、名前を決めた時はこれがピッタリだと思ったんだよ……」

「『ビックリ箱騎士団』の皆さま。」

 個人的にはロイドっぽくて好き――き、気に入ってるっていうか別にいやではない騎士団名が、ドアの向こうから聞こえてきた。
「あ、は、はい!」
 ソファでぐでんとしてたロイドが慌ててドアを開けると、タイミングよくお辞儀をするアイリスがいた。
「用意が整いましたので、こちらへお願いします。」
「わ、わかりました……あ、あの、アイリスさん……」
「はい、なんでしょうかロイド様。」
「……『ビックリ箱騎士団』っていう名前……ど、どう思います……?」
 ちょうど話題だった名前であたしたちを呼んだアイリスにロイドが聞くと、さっきの授与式の様子から意図を察したのか、アイリスは少し考えてからしっかりと答えた。
「残念ながら強そうには聞こえませんし、少々コミカルですから事件などの依頼をしたいとは思えませんね。ですがきっと、その内実を知ったのなら愛着を持って親しまれる良い名前だと思います。個人的な事を言いますと、私は好きですよ、『ビックリ箱騎士団』。」
 にこりとほほ笑んだアイリスに……何かしら、ロイドの奴ちょっと照れたっていうかドキッとした……?
「ロイドー? まさか《エイプリル》のことー?」
「え……えぇ!? ち、違います!」
「顔赤いけどー?」
「こ、これはそういう意味ではなくてその――」
「ほうほう、詳しく聞こうではないか。」
「で、ですからえっと……お、男ならこんな美人な人ににっこりされたら嬉しくなっちゃうんです!」
「ふぅーん、ロイくんてば年上にデレデレしちゃう感じなんだー。」
「デレ――で、でもみんなだってなんかこうスラッとしたイケメンなお兄さんがキラッとほほ笑んだらドキッとするでしょ!」
 ロイドのその言葉で……たぶん全員なんとなくそんな光景を想像したんでしょうけど……
「……いや、しないだろうな。」
「う、うん……」
「ボク、ロイくん一筋だもん。」
「なんとも思わないよーな気がするー。」
「えぇっ!? エ、エリルは!?」
「…………別に……」
「おお、すごいぞアレク。彼女たちはみなロイドしか見えていないようだ。」
「当のロイドは大人な女に照れてるがな。」
 余計にロイドの立場がダメになったところで、アイリスがくすくす笑いながらあたしたちを会場に案内していく。
 今回の集まりは別にあたしたちへの勲章授与がメインじゃない。オズマンドの襲撃を乗り切った、おめでとうっていう感じの……軽く言ってしまえばお疲れ様パーティー。今回は結構な数の貴族が色んな形で被害を受けたみたいで、その辺はなんとかしますから大丈夫ですって国王が伝えるような場であり、こっちも結構な被害を負った国王軍もよくやったねっていう場でもあるわけで、その参列者には王族貴族に加えて騎士もたくさんいる。
 そしてあたしたちへの勲章授与が進行の一部として行われたさっきの仰々しい場のあとに待ってるのは会食――まぁ、立食パーティーね。
「おお! ランク戦の後のパーティーみたいだな!」
 未だに田舎者……っていうか貧乏くさい? 感じが抜けないロイドはこういうのを前にするとテンションが上がってお皿を片手にあちこちのテーブルをまわってく――んだけどその前に。

「や、やぁローゼル。」
「父様!」

 騎士の名門の一つ、リシアンサス。そこの現当主であり国王軍のセラームの一人。『シルバーブレット』の二つ名を持つ、ローゼルのお父さんが現れた。確か名前はトクサ・リシアンサス。前にローゼルの家で会った時は完全に家用の服って感じだったけど、流石に今は軍服を着てて……それでもなんかこう、のほほんってした雰囲気はそのままね。
「シリカ勲章、おめでとう。父として誇らしいよ。」
「はい!」
 ピッと背筋を伸ばすローゼルは普段の偉そう――大人びた感じからちょっと離れた、親の前の子供って感じに笑った。
「み、みんなもおめでとう。私の娘は良い仲間に出会えたようで何よりだよ。これもロ、ロイドくんの指導の賜物かな?」
「え、いや、そんな大した事は教えてないですし、というか今回はローゼルさんの魔法にものすごく助けられて……オレなんて寝てただけで……」
「寝て!?」
 変なところで妙な反応をするローゼルのお父さん。
「? 父様、どうしたのですか? なんだかいつもと違いますが……」
 一応優等生モードになってるローゼルの質問にローゼルのお父さんは焦るロイドみたいにわたわたした感じで答える。
「い、いや、もうどうしていいのやら――か、母さんも実は来ているんだけどね、どんな顔で何を聞けばいいかわからないと私を行かせて――私だってどうしていいのやらで、と、とりあえず他の偉い方々に囲まれる前に聞いておかなければと思ってだね……」
 言いにくそうな事を頑張って絞り出すように、ついでにあたしたちにしか聞こえないような小声でローゼルのお父さんはこう言った。

「《オウガスト》から聞いたが……ロロ、ローゼルとロイドくんが一夜を共にしたと……」

 瞬間、ロイドの顔が青くなってローゼルが赤くなった。
「べべ別に責める気はなくてそもそも私も母さんもロイドくんならばとこの前家に来た時も言ったわけだがいざ娘がそういう段階に進んだとなったら親はどどどどうすればいいのやらで話を聞いてからというもの我が家ではてんてこまいで――じじ実際のところを確認しなければ母さん共々心労か何かで死んでしまうのだよ!」
 って感じにローゼルのお父さんが一息に言い終わるや否や、土下座の体勢に入ろうとするロイドをキャッチしたローゼルはそのままギュッと抱きしめて――!!
「こ、こういう話をこういう感じにする事になるとは思いませんでしたが、それでは経過を報告しますね、父様。」
「ローゼルしゃん!?!?」
 真っ青なロイドを抱いたまま、ローゼルは変なテンションで報告を始める。
「既に告白は終えたのですが何分強敵揃いですので、少々強引な攻めも必要であると思い、父様がお聞きになった通り一夜を過ごしました。」
「イチヤ!」
 ロイドみたいな反応をするローゼルのお父さん。
「わたしのそれにロイドくんも応え、わたしたちは確かな愛を感じ合いましたが、しかしそれで勝利が決まらないのがロイドくんを巡る戦い――父様が思うような世界を遥かに超えた壮絶な戦場とご理解下さい。」
「ソウゼツ!」
「ですがご安心を。先日の一夜ではなせなかったさ、最後の最後まで事を成し、必ずやロイドくんとむむ、結ばれますのでその日をお待ちくだ、さい……!」
 真っ赤な顔に必死で余裕の表情を浮かべたローゼルは勢いでそんなことを言いきり、同じようにてんぱってるローゼルのお父さんはそんな決意に謎の敬礼をした後、ローゼルの腕の中で何色とも表現しにくい顔色で変な顔になってるロイドの手をとって――
「む、娘をよろしく頼みまふ!」
 と、目をぐるぐるさせてふらふらと去って行った……
「……ローゼル……あ、あんた……」
「な、なに……本当の事を言った、までのこと……」
「フェルブランドでは親へのこういう報告ってこんなんがフツーなのー……?」
「そ、そんなわけはない、よ……ロゼちゃんって結構……勢い任せ、だから……」
「ふん、親に報告したところでなんのアドバンテージにもなんないんだからね。」
「すげーもん見たな、カラード。」
「ああ、ロイドの顔もすごい事になっているが。」
「さいご……むすばれ……」
 口から魂が出そうになってるロイドをとりあえずローゼルの腕からひっぺがそうとした時――

「あらあら、私ったらきっとすごい何かを見逃したのね?」

 お姉ちゃんが登場した。
「あら、あの人ってローゼルちゃんのお父様よね。挨拶しておかないといけないわね。」
「い、今はしない方がいい気がするわ……」
「? 残念だけどロイドくんはうちがもらうわよーって言っておかないとなんだけど。」
「お姉ちゃん!?」
「というかエリーったら、私知ってるのよ? ローゼルちゃんに先越されちゃったんでしょう? 何やってるの。ルームメイトっていう利点を最大に活かさないとダメじゃな――」
「カヘヒアしゃんまでその事を!?」
「あらあらロイドくん、私の情報網は我ながらすごいのよ? 特にエリー絡みはね。それと私の名前はカメリアよ。未来のお姉さんの名前を間違えちゃいけないわ。」
「お姉ちゃん!!」
「でもまぁきっとロイドくんの事だから一線は超えてないんでしょう? そろそろ本気でおとしに行かないと――いえ、もうおちてるからあとは揺るがない事実を……あ、そうだわ! いっそこの場で婚約を発表しちゃう?」
「お姉ちゃんっ!!」
 そのままにしておくといつまでもトンデモナイ事を言い続けそうなお姉ちゃんの口をふさぐ。
「ぷは、あらあら、可愛いわねー。まー三割くらいは冗談として、挨拶はしなくちゃね。妹がお世話になってるお友達の親御さんなのだから。名簿を見る限り、他にも何人かの親御さんを探さないといけないわ。」
 子供が勲章を受け取るわけで、この場には『ビックリ箱騎士団』メンバーそれぞれの親とかが来てる。まぁ、アンジュの親は他国の貴族だからちょっと来れなかったみたいだけど、ティアナとカラードとアレキサンダーの親はいるはずだわ。
「ふむ、ティアナのお母さんか。」
 抱き枕みたいにしてるロイドをリリーにひっぺがされながら、変なテンションからいつもの感じに戻りつつあるローゼルが思案顔になる。
「そういえば前にティアナの家に行った時にロイドくんがティアナのお母さんをいやらしい目で見ていたからな……いよいよロイドくん年上好き説が濃厚に――」
「誤解です!」
「年上? あらあらその話、もう少し詳しく聞きたいわ。」
「先ほど《エイプリル》……アイリスさんがわたしたちを呼びに来たのですが、その時ロイドくんが彼女にデレデレと。」
「そそ、そんなデレデレしてません!」
「アイリスさんに? 彼女美人だものね。あら、でも年上を狙ってくるなら私も危ないかしら。」
「そそそんなこと――というか危ないってどういう意味ですか!?」
「義理のお姉さんなんて燃える展開かもしれないけどダメよ?」
「誤解ですからっ!」
「うふふ、私は別に構わないんだけどエリーに怒られちゃうからね。」
「か、構わないって何言ってんのお姉ちゃん!」
「あらあらそのままよ。ああ、そういえばだけどみんな――」
「そのままってどういうこ――」

「私からも、妹を助けてくれてありがとう。」

 暴走するお姉ちゃんにあたしがツッコム前に、お姉ちゃんは静かにぺこりと頭を下げた。いきなり話題が変わってみんなが一瞬ポカンとする。
「――あ、や、いえいえそんな! む、むしろエリルが自分で何とかしたような気もするくらいですから……」
 散々からかわれて……からかってただけのはず……わたわたしてたロイドはお姉ちゃんの急な温度変化にそれはそれでわたわたする。
「でも飛び出したエリーを追いかけてくれたでしょう? だからこその今回の結果なの。ロイドくん、ローゼルちゃん、ティアナちゃん、リリーちゃん、アンジュちゃん、カラードくん、アレキサンダーくん――エリーを大切に思ってくれてありがとうね。」
「お、お姉ちゃん……」
 な、なによいきなり……なんか恥ずかし――
「ところでさっきの年上好きって件なのだけど。」
「お姉ちゃんっ!!」
「未来の弟のそういう話、お姉ちゃんは気になっちゃうのよ。エリーだって気になるでしょう?」
 ついさっきまでロイドをからかってたと思ったら真面目に感謝して、かと思いきやすぐに戻って……まったくお姉ちゃんは……ま、まぁ確かに……ロイドのそういう好みは気になるけど……
「それでどう? 難しく考えなくていいの、ただ年上の女性をどう思うかってだけよ?」
「い、いや本当に何もないですから……アイリスさんはその……び、美人な笑顔に思わずドキッとしただけで、むしろ昔は苦手でしたし……」
「苦手? あらあら、その言い方だと今は大丈夫だけど昔は年上の女性が苦手だったってことかしら?」
「んまぁ……フィリウスと一緒にあちこち旅をしていた頃、あいつは小さいオレを酒場とかに引っ張っていって……そ、そうなるとまだまだ子供のオレをこう……フィリウスと仲良くなった大人のお姉さんたちが可愛がるというかいじくるというか……それで……」
「む、もしやロイドくんがこういうのに過剰反応なのもそれゆえか?」
 ムギュっとロイドにまた抱きついてんじゃないわよこいつ!
「ひゃば――どどど、どうでしょう……というかあの、むむ、胸が……」
「むぅ、散々揉みしだいたくせにこれだからな。いいんだか悪いんだか。」
「モミシダ!」
「ロイくんっぽくてボクは好きだけどなー。えいっ。」
「ぎゃあ! リ、リリーちゃん!?」
「あらあら。ほらエリー、あなたの旦那様が可愛い女の子に左右から挟まれてるわよ? こういう時に正妻の力を見せつけないと。」
「お姉ちゃんっ!!!」

「おほ、両手に花たぁ流石だな大将!」

 ……次から次に色々な人が来るわね……今度はロイドをこんなんにした張本人らしいフィリウスさんが大きな肉をかじりながらやってきた。
「あらあらちょっとフィリウスさん。あなたのせいで危うく私、ロイドくんに苦手に思われるところだったわよ?」
「んあ、何の話だ?」
「ロイドくん、年上の女性を苦手に感じてた頃があるんですって?」
「ああ、あれか! だっは、どうもチビ大将には刺激が強かったみてーでな! でもどっかのタイミングでケロッと治ったぞ? なぁ大将!」
「治りゃあいいみたいに言うな……」
「終わり良けりゃあいいって――っと、そういや大将、ナイスバディちゃんをちゃんとリードできたのか?」
「リード? ……あ、ああデ、デートの話か……?」
「そうだ。大将はともかくお泊りってんならナイスバディちゃんが動かないわけはねぇと思うからな、どっちからにせよついに大将も男を上げたかと聞いた時は思ったが、そっちのテクニックは教えてなかったからな。ベッドで下手こいてやしねぇかと心配で――」
「ななな何の話してんだ!」
 ロイドとロイドにくっついてるナイスバディちゃんことローゼルが顔を赤くして、リリーがムッとした顔でさらに力強くロイドにしがみつき――いい加減に離れなさいよこいつら!
「んんー? ほっほう、なるほどなるほど。二人の反応からしてやっぱりなんだな? で、ちゃんとできたのか?」
「!?!?」
 にやけるフィリウスさんとかたまるロイド。そんな光景を前に、さっき自分の親に報告するっていうトンデモナイ事をやったローゼルがまだ赤い顔でおほんと咳払いをした。
「ごご、ご心配なくですよ、フィリウス殿……! ロイドくんはジェ、ジェントルマンな上にテテテ、テクニシャンでした、から……!!」
「おお! やるなぁ大将!」
「――!!!!」
 すごい顔……たぶん恥ずかしさがかなりやばい段階まできたロイドは口をパクパクさせる。
 ……たぶん、実質ロイドの保護者になるフィリウスさんにそ、そういうのを知られて感想を言われるってつまり親相手に…………あたしがお姉ちゃんに色々言われるのと同じ感じで死ぬほど……恥ずかしいわよ、ね……
「俺様はそういうのは教えてねぇから、もしかすると大将はそっちの才能があんのかもな! おうおう、どうなんだ大将! 『淫靡なる夜の指揮者』に一つ、俺様も教えを乞うとするか!」
「そ、そのあだ名やめろ!」
「何言ってんだ大将! 割と事実っつーか、そうでなくてもこれから段々とそれに近づいていくだろ? 大将の場合、こういうことはこの先もまだまだたくさんあるんだろうからな!」
「な、おま、や、やたらめったらす、するみたいに言うな!」
「え、ロイくんてば早速明日からボクとお泊りデートだよ?」
「あびゃっ!?」

 そう、今日は一応週末前。戦闘の疲労のせいであたしたちは休んでたんだけど、オズマンドの襲撃の翌日から学院は普通に授業をやってる。というのも、前に魔法生物の侵攻があったことでいざって時に街が壊されてもすぐに直せるようにって色んな魔法が仕掛けられたらしく、そのおかげであちこち破壊された街は割とあっという間に元通りになったから別に学生が手伝う事はなかったのよね。
 まぁ、一番元気なカラードと『ブレイブアップ』を受けたのに二日で回復した体力馬鹿のアレキサンダーは途中から授業に参加してたんだけど。どうもアレキサンダーって、身体の性能っていうか特徴っていうか、なんかすごいらしいわね。ユーリが言うには。
 ともかく、明日からはカレンダー通りに普通に週末休み。あの戦いの最中に次の順番をゲットしたリリーがロイドとお泊りデートを……する……
 この数日間、あのお風呂の時ほどじゃないけどテンションの高いリリーは事あるごとにロイドにくっついてて……ロイドのラッキースケベはほとんど起こらなくなったんだけど、そんな状態のリリーと二人きりになんかなったらローゼルの時みたいに……!

「あらあら、次はリリーちゃんなの? エリー、大変よ。ロイドくんがエリーにゾッコンなのは確かだけど他のみんなにも結構ふかーく落ちてるのよ? 油断してたらあっという間にどーん、よ?」
「へー。あのカメリア・クォーツの目にもそう見えるんだー。あの告白もあったわけだし、もう一息なんだねー。」
「が、頑張らないと、だね……」
 お、お姉ちゃん、余計な事を……!!
「あらあら。やっぱりこの場で婚約発表かしら?」
「お姉ちゃんっ!!」

「ほう、婚約。」

 また誰か来た――と一瞬思ったけど、その声と顔でちょっとドキッとした。ロイドみたいな浮気的なドキッじゃなくて、緊張っていう感じのドキッ。大伯父さんよりは会う機会が多いし、あたしの家じゃお姉ちゃんよりも立場が上っていうか発言権があるっていうか……
「挨拶をと思ったけど、気になる単語だね。」
 客観的に言うなら、赤い髪の毛のなくなったてっぺんが目立つっていうか似合う感じのちょっと小柄でちょっと丸い柔らかい笑顔のおじいちゃん。この国の軍事の頂点に立つ人だなんて誰も思わないだろう雰囲気のその人はキルシュ・クォーツ……あたしのおじいちゃん。
「おお、キルシュのじいさん! 戻ってたのか!」
「今更じゃないかい? 勲章授与の場にもいたのだけどね。」
「だっはっは! じいさんはああいう場に立つと存在感がなくなるからな!」
「失礼な十二騎士だね、まったく。」
 別に全然怒ってない顔でやれやれとため息をついたおじいちゃんはあたし――というかロイドたちの方に身体を向ける。
「初めましてだね。僕はキルシュ・クォーツ。エリルとカメリアのおじいちゃんだよ。」
 大伯父さんに比べて迫力も何もない普通のおじいちゃんにしか見えないおじいちゃんがそう言ったけど、さっきまでわちゃわちゃしてたロイドたちがピシッとなったのを見ておじいちゃんはふふふと笑う。
「こんなおじいちゃん相手に緊張しなくても。軍を任されてはいるけど、僕自身は強くもなんともないから、ただの老人と思ってくれて構わないんだよ?」
 ……って言われても、ローゼルやリリーですら何となくピシッとしてるんだから無理な話よね……
「相変わらずねおじいちゃん。副王っていう地位が無い以上、おじいちゃんはこの国で二番目に偉い人なのよ? それに軍事のトップなんだから、騎士の卵なら誰だって緊張するわ。」
「そうかい? でもカメリア相手にはフランクに接していたように見えたけど。」
「私はエリーのお姉ちゃんだもの。おじいちゃんほど雲の上じゃないわ。」
「僕もエリルのおじいちゃんとして立ちたいものだね。そのつもりでここにやってきたのだし。」
 いつものニッコリ笑顔のおじいちゃんはあたしの方を向く。
「おめでとう、エリル。まさか王族がシリカ勲章を貰う日が来ようとは。ザルフも言っていたけど、きっとこれは新しい風だ。もちろん、良い方向のね。」
「あ、ありがと……」
「うんうん。実を言うと、エリルが騎士の学校に行きたいと言った時、僕はこんな感じの何かを期待して何も言わなかったんだ。ふふふ、期待以上で何よりさ。かつてあったかな、王族がこんなに心強い――部下や護衛ではない仲間を得たのは。」
 そう言って『ビックリ箱騎士団』一人一人をすごく嬉しそうに見ていくおじいちゃんは……やっぱりっていうかなんていうか、最後にロイドの顔を見て止まった。
「その上、だ。カメリアから聞いたよ? エリルと良い関係だと。」
「は、はい! ロイド・サードニクスです!」
「師匠に似て浮気性だとも聞いたよ。」
「はひ!」
「だっはっは!」
 固まるロイドの横で笑うフィリウスさん……
 て、ていうかなんか、変に緊張する……こ、こういう場合あたしは……ついでにロイドはどうすればいいのかしら……
「ま、残念ながら僕の得意分野は戦いだけでね。人の良し悪しは強さくらいでしか判断できないのだけど……エリルが笑顔で、僕よりもこっち関係には鋭いカメリアが認めるのなら、きっと君は言葉通りの人物ではないのだろう。エリルを頼むよ、ロイドくん。」
 ポンポンとロイドの肩を叩くおじいちゃん。ああ良かった――な、なにが良かったのかよくわかんないけど、とにかくよかっ――
「あ、あの、待って下さい……」
 一安心って空気がお姉ちゃんからも漏れた中、ロイドがおずおずと呟いた。
「? なんだい?」
「えっと……その……オレ――私、は……割と言葉通りの――じ、人物であるつもりは、ないんですけど、こ、行動はたぶん、その通りの……優柔不断なお、男です……」
 うつむいた状態からゆっくりと顔を上げていくロイドをおじいちゃんは見つめ――って何言ってんのよロイド! そ、そんなこと言ったらいくらおじいちゃんだって……
「エリル――さんの、笑顔とか、カメリアさんの判断を信じるというのは……り、理解できるんですがそ、そこにはあの……あなた――の、答えというか感想が……ありません……」
「ほう……」
 ニッコリ笑顔のおじいちゃんがあんまり見ない真顔になる……
「み、みんなの気持ちに応えたいと……欲張りな事を考えている……私を――そんな私がお、お孫さんのここ、恋人というのは……良し悪しの判断とかではなくて単純に……か、家族としてあなたはど、どう思うのか――私は、き、聞いておかないと――いけない、と思うのです……」
 最終的におじいちゃんの目を見てそんなことを言ったロイドをほんの数秒見つめたあと、おじいちゃんはふぅと息を吐く。
「……僕は、そんなモノは不純だとか、昔ならあり得ないとか、今はそういうのがありなのかとか、世論や個人的な思想よりも、本人が幸せかどうかが大事であると考える。世の中には様々な人がいて、家族であっても別人なのだから、僕の思う幸福を押し付けてはいけないのだ、とね。」
 じわじわと、まるで国王の前に並んだ時のような圧力がゆっくりとかかっていくように空気が重たくなっていく。
「だからどういう形であれ、エリルが幸せ――他の子も幸せというのならそれでいい。けれど僕の、君を見た感想を言わせてもらうと……ハッキリ言って――」
 一歩前に出て、威圧するようにロイドに顔を近づけたおじいちゃんは――

「君にそれほどの事が成せるのか、はなはだ疑問だね。」

 関係のない周りの人まで動きを止めてしまうほどの重さを持った言葉をロイドにぶつけた。ロイドも、何か強大な敵を前にしたみたいに息を飲んで固まる。
 おじいちゃんの本音――仮にあたしがロイドと……その、あ、あれなことになった時にそれを許可したりしなかったりできる――と思う立場にあるおじいちゃんの感想。
 で、でもそれでもあたしはこいつを――
「……と、言うのが少し前までの感想だ。ほんの数分前のね。」
「――!」
 驚くロイドをふふふと笑いながらゆっくりと姿勢を戻し、国王のような迫力をいつもの柔らかな雰囲気に戻すおじいちゃん。
「今は……期待している。僕の意見を求めた君は――君ならば、もしかしたらなら出来てしまうのかもしれない――とね。ふふふ、フィリウス、いい男を育てたじゃないか。なかなかに骨のある子だよ。」
「おうよ!」
 緊張が抜けてまぬけ面のロイドの胸を拳でトンと叩き、おじいちゃんは少しいじわるな――挑戦的な笑顔を向ける。
「やってみたまえよ、ロイドくん。期待以上を期待している。」
「は、はひ……」
「ふふふ。エリルは随分と――いや、他の子も、先が楽しみな男に出会ったね。僕の感想として言えば、これは素晴らしい出会いだよ。だから――カメリア。」
「なにかしら?」
「きっとその気なのだろうけど、エリルのサポートを頼むよ。」
「もちろんよ。」
「ついでにカメリア自身にも良い出会いがあるといいのだけどね。」
「その内ね。ところでおじいちゃん、あの辺とかその辺の貴族が話したそうにしてるわよ?」
「おっと、そうだった。あんな襲撃の後だからしばらく忙しくなりそうだよ。それじゃあ僕はこの辺で。」
 ニッコリ笑顔で――なんでか一瞬あたしを見てグッと拳を見せたおじいちゃんが貴族の波の中に消えていくと、ぷはぁとロイドが息をはいた。
「あああぁ……緊張したぁ……」
「すごいわよ、ロイドくん。おじいちゃんって誰にでもニコニコ笑顔だから、逆にそれ以外の顔を向けられるっておじいちゃんの中で評価が高いって事なのよ?」
「マ、マイナス方向に高評価ってことはないでしょうか……」
「ふふふ、確かにすごく気に入ったか大嫌いになったかの二パターンはあるけど、今回は前者よ。おじいちゃんのあんな挑戦的なニヤリ顔初めてみたわ。」
「そ、そうですか……」
「だっはっは! そりゃあハーレム王を宣言されちゃあじいさんもニンマリだろ!」
「な――そ、そういうつもりじゃ! オレはただこう――」
「こうなりゃアレだな! 天才大将には必要ないかもだが、俺様のその道うん十年のテクニックも伝授してやろう!」
「い、いらねぇよ!」
 ……そういうつもりはって言ったけど、ロイドの言ったことって普通に考えるとフィリウスさんの言う通りなのよね……
 でもたぶん、そうじゃない。どういうのかはわからないけど、きっと違う何かを目指すんだと思う。ロイドがよく自分で言ってる優柔不断って言葉には言葉以上の重みがあって……ロイドは本気で自分への好意の全てに……
 そりゃあまぁあたしだけ――じゃないのはアレだけど……ロイドだし……
 …………何かしら、こういうのを惚れた弱みっていう――べ、別にだからって全部許しはしないんだからっ!!
「あーあー、これで優等生ちゃんもお姫様も家族の家長的な人からオッケーもらっちゃった感じだよねー。やっぱりあたしも家に連れてかないとだねー。」
「で、でもキルシュ……さんって、エリルちゃんのお、おじいさん、だし……か、家長っていうか、そ、そういうのを話す相手っておと、お父さんなんじゃ……」
「残念だけどうちでは違うわね。エリーがセイリオスに入れたのも正直おじいちゃんが……賛成はしなかったけど反対もしなかったっていうのが後押しになってるくらいなの。極端な話、他の家族が反対してもおじいちゃんがいいって言ったらそれで通るのよ。だから――うふふ、やっぱりすごいわよ、ロイドくん。これで家のことについては安泰だわ。良かったわね、エリー。」
「べ、別にどっちだって……」
「まーすぐ無駄になるけどねー。明日明後日くらいにはロイくんはボクにメロメロだもん。ねー。」
「びゃあっ! リ、リリーちゃん、そのくっつきかたは刺激が――!」
「だっはっは、忙しいな大将! 若干酒場の姉ちゃんにいじられてた頃に似て――」
 一応貴族だらけのこの場でもがははと笑うフィリウスさんがふと何かを思い出す。
「そういや年上の女が怖いとか言ってた頃はお嫁さんにするなら大人しい子がいいとか言ってなかったか、大将?」
「そ、そうだったか?」
 大人しいっていうフレーズであたしたちの視線がなんとなくティアナに向き、ティアナが「えへへ」と照れる……い、いや、昔はそうだったって話よ……昔は……
「おうよ。あの七年間における大将の数少ない色恋話だからな。カーミラちゃんの件は勘弁として、他はそれなりに覚えてるんだぞ? 気になる子がいるって話もあったしな。」
「えぇっ!?」
 ……は?
「ありゃあどこだったか、キキョウみたいな代々何かっつー家に何日か厄介になった時にそこの家のメガネの子がどうだかっつー話をしてたぞ? あとはほれ、色気色気言う奴にも気に入られてたろ。」
「そいつは男だ! と、というかメガネの子って――」
「……ロイド……?」
「ぎゃ、エリル、いや、お、覚えがないのです!」
「ふぅむ。これはいよいよ本格的にロイドくんとフィリウス殿から七年分の記憶を引っ張り出す魔法か何かを使って全ての出会いをチェックしなければならないな。」
「お、そりゃいいアイデアだ! ちょうどそういう特殊な魔法の使い手が軍にいるからな! ま、七年分となるとすげー嫌な顔されそうだが!」
「で、出会いのチェック……」
「あれー? ロイドってば、知られるとまずい出会いでもあるわけー?」
「な――そんなのありませんから!」
「で、でも……お、女の子との出会いはき、気になるけど……そ、それ以外のロイドくんとフィリ、ウスさんの冒険も……気になる、ね……」
「お、それは俺も気になるぜ。魔人族と知り合うような旅だもんな。すげー魔法生物とかともバトったりしたんじゃねぇか?」
「大冒険だな。いっそ本にしたらいいんじゃないか?」
「記憶を見る魔法……ねぇフィルさん、それ、女の子との出会いの記憶をボク以外全部消去したりできないの?」

 国王からのシリカ勲章の授与、ローゼルのやらしい――トンデモナイ報告会、おじいちゃんからのオ、オッケーに……ロイドの昔の女の話……色々起きたけど結局いつも通りの騒がしい空気になって、あたしはなんだかほっとする。
 今はお姉ちゃんやフィリウスさんがいるからそういうのはないんだけど、授与式の前とかにはよく知らない貴族とか名の知れた騎士とかがなんでかあたしたちに挨拶しに来て……そりゃあシリカ勲章の重要度みたいのはわかってるからその反応も理解できるんだけど、なんだかあたしたちが急に違う何かに変わったみたいで落ち着かなかった。
 でも……昔は苦手だったこういうパーティーが初めて楽しいと思えるくらいに全員いつも通りで、あたしは嬉しく思った。
 これで……少なくともあたしたちにとってのあの戦いは、今日の勲章授与で一通りの事後処理みたいなのがすんで、ようやく終わりを迎えたみたいね。



 勲章をもらったことよりも、ローゼルさんのお父さんやエリルのおじいさんとのあれこれとフィリウスが口にした……あとで色々聞いてきたみんなの言葉を借りるなら……む、昔の女についてのあれこれにばたばたした日の翌日。オレは朝早くからリリーちゃんの部屋にいた。
「鍵がかかっててもロイくんならいつでも通れるって言ったけど、魔法そのものをオフにするとこの部屋には誰も入れなくなるんだよ。」
 通常の鍵とは違うらしい、見るからに特殊だとわかる不思議な色と形状をした鍵をリリーちゃんが部屋のドアに差し込むと……なんというか、ドアの色が薄くなった。同様の事を部屋の窓にもやると、窓の向こうに見えていた外の風景が真っ暗になった。
 女子寮には部屋の空きが無いっていうのと学食で購買をやっているっていうのの関係で、リリーちゃんの部屋は学食の地下にある。学院長お得意の空間をどうこうする魔法でこの部屋へと通ずるドアが女子寮の壁に設置されているのだが、その魔法を部屋の内側から切ったということはこの部屋に続く入口が全て閉ざされたという事になる。
 どうにかして入ろうと思ったなら、リリーちゃんの部屋に来たことがあったり、部屋の中に印を刻んだ何かを置いておいた位置魔法の使い手が『テレポート』を行うか、学食の下をえっさほいさと掘るしかない。だけどリリーちゃんは自分以外の『テレポート』を妨害する……魔法なのかマジックアイテムなのかはわからないけどそういうのを設置しているし、地面を掘ったりなんかしたら最悪学食が沈む。
 よって現在、オレとリリーちゃんは……じゃ、邪魔の一切入らない部屋で二人きり……ということなのだ……
「あ、あのリリーちゃん? 今日と明日がその、リリーちゃんとのお、お泊りデートなわけで……ど、どこかに出かけるんじゃ……」
「んふふー。世の中にはおうちデートっていうのがあるんだよ、ロイくん。」
「お、おうちデート……?」
「一緒にお出かけしておいしいモノ食べてっていうのもその内するけどね。今回はボクの部屋でデートだよ。」
「そ、そうなんだ。でもここでデートって、何をするの?」
 あれだろうか。パムと再会した時みたいに、一晩語り明かすみたいなおしゃべりタイムだろうか。
「やぁん、ロイくんてばそんなこと聞いちゃうのー?」
「えぇ?」
「この前言ったでしょー? ここ最近のあれこれに加えてあんな熱烈な告白――ボクはもう我慢できないって。」
「えぇ!?」
 この前の集中治療室での光景がパッと思い出され――はぅ、い、いかん、あれはいかんのです!
「ロイくんとイチャイチャしたいっていうのはあるけど、それでやらしー女の子って思われたりしたら嫌だから、ボクの中でこれくらいっていう線が一応あったんだよ? でもあんな……うふふ、あんなにあんなことされたらねー。だから今回のお泊りデートでは今から明日の夕方まで、ロイくんとイチャイチャし続けることにしたの。」
「ぶえぇっ!?!?」
 ドキリとする熱い視線に思わず後退するがすぐに部屋の壁にぶつかった……あ、あれ、これはかなりまずいのでは……
「ご飯も準備しておいたから、ずーっとこの部屋で……二人っきりでいられるの……だからね、ロイくん……」
 リリーちゃんがパチンと指を鳴らすと部屋の真ん中にあったテーブルが消え、代わりに寮のベッドの二、三倍はありそうな大きなベッドがドスンと出現した。
「ロイくんはただ、その手で……唇で……全身で――ボクの事を全力で……愛してくれればいいんだよ……?」
 お泊りデートということで一応お出かけ用の服を着ているオレに対し、何故かリリーちゃんは制服姿だったのだが……するりと上着を脱ぎ、リボンをほどき、靴下を脱いだリリーちゃんはシャツとスカートだけという軽装で無防備極まりなくベッドの上にゴロンと転がってええぇええぇぇっ!?!?
「ほら、ロイくんも。」
「いややややや、オ、オレもってその――あの――こここ、これはどどどど――」
「わかってるくせにー。約束したよー? ローゼルちゃんにしたのよりも……すごいの、してくれるって。」
「――!!!!」
 唇に指をあて、ほんのり頬を染め、潤んだ瞳でオレを見つめるリリーちゃんはその服装とか体勢とか状況とか色々のせいで凄まじく色っぽいというか艶っぽいというかハッキリ言ってめちゃくちゃエロい――!!
「ででででもですね! なんというか――ほ、ほら! こんな朝からそそそそんな――」
「んもぅロイくんてば……しょうがないなぁ。」
 瞬間、寝転がっていたリリーちゃんがパッとオレに抱きつき、若干デジャヴなのだが華麗な足技でオレをぽいっとベッドに放り投げて再びパッと移動し、壁際に立っていたオレは一瞬でベッドの上、リリーちゃんの横に転がされてしまった。
「リ、リリーひゃん!?!?」
 慌てて起き上がろうとするもがっしりと抱きつかれてしまい、身動きがとれなくなる。
「まぁロイくんだし、最初はそうだよね。じゃあまずはその気になってもらうところから始めようかな。時間はたっぷり、あるんだしね……」
「んんん!?」
 重なる唇。グイグイと押し付けられるそれは段々と力を増し、一瞬離れたかと思ったら食べるかのように覆い、歯をこじ開けて舌を――シタを――シタアアアアアッ!?!?
「――んん、ん……はぁ……んん……」
「――! ――!! ――!!!」
 リリーちゃんはいつも結構強力なキ、キスをしてくるけどこれは――桁違い……ああ、目の奥がチカチカする……!
「……んふふ、ロイくんてば、そんなだるんだるんな顔して……」
「あひゃ……びゃ、リリーちゃん……あの……」
「今はボクからだけどロイくん、その気になったら……ね? ボクの全部を――」
「! だ、これ以上ばぁむうううぅぅっ!!」



「ローゼルもそうだったけど、そんなに朝っぱらから……ロイドとデ、デートしたいわけ?」
「うわー嫌味ー。毎日目が覚めた時から寝る時までロイドといっしょのくせにー。」
「お、おはようのキス……とか、おやすみの、キス……とか、してる……の……?」
「してるというか「しろ」と言ってそうだな、このムッツリお姫様は。」
「誰がムッツリよ! そ、そんなこと……してない、わよ……」
 朝、起きるや否やおめかししたロイドはリリーとのお泊りデートに出かけて行った。どうもリリーに早くに来るように言われてたみたいで……せめてどこに行くのかくらい聞いておきたかったんだけど……
「位置魔法を駆使してあっちこっちで遊んでいるのかもしれないし、もしかすると部屋にいたりするのかもしれないが……まぁ、相手が第十系統の使い手となるとこちらから干渉するのは難しいだろうな……」
「それであんたたちがモヤモヤしてんのはわかるけど、なんで毎度この部屋に集まるのよ。」
「お姫様だってモヤモヤしてるでしょー? でもってそうなるとお姫様はロイドの布団に忍び込むからさー。見張ってるんだよー。」
「――!」
 なんかかんかの言い訳を返そうと思ったけどどうしようもないくらいにその現場をみ、見られちゃってるから何も……
 い、いいじゃないのよ……ローゼルたちが何かと抱きつくのとお、同じようなもんよ……あ、あたしだって……
「まぁエリルくんに限らず、ロイドくんがリリーくんと今頃――とか考えると色々しでかしてしまいそうだからな。こうやって集まるのは良い事だろう。きっとわたしがロイドくんと愛し合っている時もこんな感じだったのだろう?」
 ふふーんって偉そうな顔になるローゼルを全員でジトッと睨む……
「……まー、あの時はロイドの妹ちゃんに鍛えてもらってたよねー。」
 ちなみにパムは国王軍の仕事の方が……まぁ当然ながら忙しくなってしばらくは部活にも顔を出せないかもと言ってた。まぁ、あたしたちも微妙に疲労が抜けきってないから……一週間くらいはボーッとしてる方がいいのかもしれないわね。
「よし、こうしてエリルくんの監視という形で集まっているのだから、どうせなら有意義な時間にしようではないか。アンジュくんもいることだしな。」
「それってロイドが言ってた剣のことー? 考えるって言ってもどうしようもない気がするけどなー。」
「は、話してれば……な、なにか思いつく、かもしれないよ……図書館に行くのも、いいと思うし……」
「……そうね……」

 国王軍の医療棟の集中治療室で、暴走したリリーのエロ――攻撃で気絶したロイドはそのせいでっていうマヌケな感じだけど、ご先祖様のマトリア・サードニクスにまた会ったらしい。そこでロイドがベルナークについての話を出したところ、マトリアがロイドにある事を教えた。
 全ての武器を網羅し、どれもがその武器で最強と言われる武器、ベルナークシリーズ。歴代のベルナークの者たちの戦闘記録から図鑑なんかも作られてて、誰でも一度はそれを読んで自分の武器に合ったベルナーク――あたしならガントレットのそれが欲しくなったりするわけだけど、中でもたぶん、世界で一番使い手が多い「剣」は記録上、三種類ある。
 一本目はここ、フェルブランド王国の首都ラパンの武器屋にあるどこにでもありそうな見た目の両刃の剣。普通なら城の宝物庫にでも入りそうなものだけど、何故か店の真ん中に飾られてる。持ち主はその武器屋の主人になるんだろうけど……どうしてそんな人がそんなモノを持ってるかは謎だわ。
 二本目はこの間発覚したけど、カペラ女学園にいる唯一の男子、ラクス・テーパーバゲッドっていう奴が持ってる片刃の剣。そいつのお姉さんのグロリオーサ・テーパーバゲッドっていうのが『豪槍』って呼ばれる有名な騎士で、たぶんそっち経由でその男の手に渡ったんでしょうね。
 でもって三本目なんだけど……これはずっと行方不明。存在してるのは確からしいんだけど、その形状や使い手の情報が皆無と言っていいほどで世界中の剣使いがそれを求めてあちこち探してるらしかったんだけど……その在り処をロイドはマトリアから聞いたというわけ。
 というのも、その三本目の持ち主がマトリアだったらしく、二刀流の使い手だった彼女の武器は一対の剣なのだとか。
 言われて見れば彼女、スピエルドルフで表に出て来た時はロイドの剣を両手に一本ずつ持って構えを取ってたわね。
 まぁそういうわけで、両手でくるくる剣を回すロイドにはピッタリってわけで……プリオルの増える剣とそれが揃えば武器に関しては言う事なしって状態になる。あれでもアフューカスっていう最凶最悪の悪党に目をつけられてるわけだから、装備をしっかりしといて損はないわよね。

「しかしシリカ勲章にベルナークシリーズとなると、いよいよロイドくんは英雄か何かになりそうだな。」
「その内そーなるんじゃないかなー。あたしはそんな未来を見据えて、ロイドを自分の騎士兼旦那様にしたいんだからねー。」
「百歩譲って前者で満足するのだな。だがマトリアさんも恐ろしい所に武器を隠した……いや、一応は捨てたのか……厄介なところに放り込んだものだ。」

 マトリアがサードニクスに嫁入りする時に争いの種になるからと自分の武器を捨てた場所。ベルナークの武器はほぼ破壊不可能だから誰も来ない所を選んだらしいんだけど……

「ねー。まさかうちの国の火山の中だなんてねー。」

 お姫様になるっていう夢の為、自衛の為の強さと自分を守る騎士を手に入れにフェルブランドにやってきたアンジュの故郷。それが火の国って呼ばれてる国、ヴァルカノ。大国ってわけじゃないけど小国って言うほどの規模でもない……お姉ちゃんが言うには世界連合でも相応の発言権を持ってる国らしい。
 国についてる通称は大抵その国の特徴や名物なんかが元になるわけだけど、ヴァルカノの場合は大きな火山があるからそう呼ばれる。というか、そこにその火山があったから国が出来上がったって言ってもいいくらいね。
 お姉ちゃんに言われてちょっと調べたんだけど、その火山――ヴィルード火山は普通のそれとは違って、内部……いえ、山全体が魔力を持ってるらしい。
 世界にはそういう、なんだかわからないけどマナが異常に濃い場所とか、普通なら空気に溶けてマナに戻るはずの魔力がその形のままで溜まってたりする場所がいくつかあって、ヴィルード火山は魔法的に見るととんでもない力を秘めてるのだとか。
 そこだけ聞くと危険な火山としか思えないけど、実際はその逆。山にあるモノ全てが魔法的力を帯びているということは魔法で制御できるという事で、特別な機械を用意しなくても魔法を使って火山が持ってる莫大なエネルギーを抽出できてしまう。ヴァルカノっていう国はそれを利用して発展していった国ってわけね。
 地下からマグマと共に上がってくる無尽蔵と言っても過言じゃない……えっと、熱エネルギーに魔法を加えたような変な――特殊なエネルギーをヴァルカノの建国者たちが作った魔法で火山から抽出し、それを使って発電機とかを動かす。だからエネルギー問題とかは無くて、他の国から結構羨ましがられるらしいんだけど……そう気楽な話でもないらしい。
 そもそもヴァルカノの建国者って呼ばれる人たちは学者で、元はヴィルード火山っていう特殊な火山の調査の為にそこに来た。そしてこの火山がため込んでいる力が解放、つまり噴火した場合……破局噴火? っていうらしいんだけど、世界規模で環境を変えてしまうことが判明した。学者たちは、それを防ぐには地下から絶えず湧き上がってくるエネルギーをためさせない――つまり抜き取るしかないと考え、エネルギーを抽出する魔法を生み出し、それを消費する為にそこで生活を始めた結果……今のヴァルカノになった。
 だから……お姉ちゃんいわく、他の国はあんまり認めたがらないけど、ヴァルカノはそこにあり続けることで世界滅亡を防いでくれている国。無尽蔵のエネルギーを得る代わりに、世界を滅ぼす爆弾の管理を任されてると言ってもいい……らしい。実際、エネルギーを抽出する魔法の維持や効率アップの為の研究に予算だなんだっていうのを大きく割いてるみたいね。
 まぁ、その影響で第四系統の火の魔法に関する研究ではフェルブランド以上だと言われてて、剣と魔法の国としてはちょっと残念――って、お姉ちゃんは言ってた。

 で、そんな世界を滅ぼす爆弾ことヴィルード火山の火口に自分の武器をポイ捨てしたのがマトリアというわけなのよね……
「ヴィルードって常に火口からマグマが覗けるような火山だからねー。その武器はマグマの中ってことだよねー。」
「まぁ、だからこそそこに捨てたのだろうが……マジックアイテムで場所がわかっても取りに行く手段がないな。」
 そこらの雑貨屋さんでも売ってるんだけど、なくし物を見つけてくれるマジックアイテムっていうのがある。位置魔法の応用で作られてて、なくした物の持ち主が使う事でその位置を示してくれる。今回の場合、武器の持ち主はマトリアになるわけだけど、その魂の一部を持つロイドが使えば示してくれる可能性はあるし、ロイドが言うには必要なら自分が表に出てもいいってマトリアが言ったみたいだからたぶん大丈夫。
 だから問題は、ヴィルードっていう巨大な火山の中のどこにあろうと……それはマグマの中っていう点なのよね。
「昨日のパーティーでアイリスに聞いたけど、マグマの温度に加えてヴィルードの魔力の影響もあるから全力の耐熱魔法でも三十秒もてばいい方って言ってたわ。」
「それだけあれば充分じゃないのー? 商人ちゃんの『テレポート』でパパっとさー。」
「余裕が無さすぎる。移動した先で何かにつまずいて転んだりしたら、それだけでアウトになりかねない。そんなギリギリの条件では未来の夫を送り出せないな。」
「ロゼちゃんてば……あ、あの四本腕の人とのた、戦いで使ったみたいな、ロ、ロゼちゃんの氷で……マグマを防御したら、ど、どうかな……」
「むぅ、相手は高温の塊だからな……硬さに関しては自信があるが、あの戦いでもあったように相応の温度になればわたしの氷も溶けてしまう。」
「でもあれは相手が体温っていう数値をデタラメに引き上げたからよね? さすがにあんな規格外の温度じゃないと思うけど……」
「かもしれないがもう一つ、ヴィルード火山を覆う魔力は言うなれば火のマナから作られた火の魔力なんだ。そんなのが充満した場所で、仮に水のイメロからマナを生み出して魔法を使ったとしてわたしの氷……いや、水魔法の力は相当落ちるはずなのだ。その状態でマグマの中……おそらく潜るほどに火の魔力も強くなるだろうからな……こちらも不安が大きすぎる。」
「相性が悪いってわけだねー。」
「ああ。まぁ、その場でロイドくんに初めてを捧げる事が出来たら、わたしの魔法は更なる力を得てそれくらい可能にしてしまうかもしれないが。」
「あんたねぇ……」
「心配するな。わたしだってそんなムードも何もない所でしたくはない。」
「優等生ちゃんってばやらしーんだからー。ちなみにロイドの吸血鬼の力じゃ無理なのかなー。魔法を弾くって事は、ヴィルードの魔力を無視できるんでしょー?」
「そっちを無視してもマグマそのものの温度が……いや、ありか? 結局ネックになっているのはヴィルード火山が持つ強力な魔力で、それが耐熱魔法や氷に影響を与えるというのならそれを無効化してしまえばまだ何とかなるような気もするぞ。」
「あ、あと……デ、デートから戻って来たリリーちゃんなら、す、すごい位置魔法でなんとか、できたり……しちゃう気も、するよね……ロゼちゃんみたいに……」
「それは……想像したくないが一理あるな……ラッキースケベの力はほぼなくなったとは言え、あのお風呂からずっとテンションの高いリリーくんが相手だからな……ロイドくんの理性はあてになるまい。」
「押せば倒れるってわかっちゃったもんねー。商人ちゃんも手加減しないだろうねー。」
「も、もしかしたら……ロゼちゃんの時、は……がまんできた…………あの、えっと、さ、最後も……リリーちゃんに……」
「ぐぬ、それも一理ありだな……い、いやロイドくんならば…………というか……」
 ぐぬぬって顔をしてたローゼルがふとあたしの方を見る。
「どうも妙なのだが……わたしという前例がある中でリリーくんとのお泊りデートが始まったというのに、最近「あたしの恋人」アピールをするようになった一時的な勝者であるエリルくんがわたしたち以上に落ち着いて見えるのはどういうわけだ?」
「!」
 内心ドキリとする。感づかれないようにっていつものようにしてたら逆に怪しまれた……
「わたしとロイドくんが出かける時は鬼のような顔をしていたはずなのだが、今のエリルくんからは不思議な余裕が感じられる。」
「! あ、あれ、もしかしてだけど……あ、あたしたちにし、したことをエリルちゃんにもするっていう、あの、や、やらしい約束……?」
「!!」
「お姫様ー? なんか顔が赤くなってんだけどー?」
「エリルくん?」
「な、う、うっさいわね! これは――」
 なんて答えるべきか、考えながらラコフと戦った次の日を思い出す。


 集中治療室でふやけるまでお湯に浸かった次の日、それでもあたしたちはそれぞれの部屋から一歩も出られなかった。
 まぁ、ご飯を食べに学食には行ったけど、全員疲れ切った顔でそれほど会話もせず、一日をそれぞれのベッドの上で……少なくともあたしとロイドは過ごした。
 で、疲れてるから眠気はあるんだけどそんなに寝てばっかもいられなくて……夜ごはんを食べてお風呂に入った後は二人とも目をパッチリさせてて、だからあたしはあの事――ユーリの力で起きた告白についての話を始めた。

「ロイド……」
「はい、なんでしょう……」
「あんた、あたしであんな……やらしいこと考えてたのね。」
「ぶばぁっ!」
 たぶん慌てて起き上がっただろうロイドに合わせて壁に寄り掛かりながら上体を起こすと、案の定の姿勢で顔を真っ赤にしたロイドが対面にいた。
「ローゼルとやらかした後だからかとも思ったけど、あのエロ女神にしたこと……い、以上のことを……あ、あたしで……」
「びゃああああ! そそ、そんな事が伝わったのか!?!? たた、確かにたまに想像したりするけどたまにであってそんないつもいつもやらしい目で見てるわけでは――」
「想像してるのね……変態。」
「ぎゃっ!」
「……あ、あんたがムッツリドスケベなのはもうわかってるわよ……ただなんていうかあんた……や、やらしすぎるんじゃないの……?」
 ラコフとの戦闘中、ユーリによって頭の中に流れ込んできたロイドの想い。あたしのことがす、好きっていう……恥ずかしくて死にそうになるくらいにお、大きな感情と一緒に転がって来たロイドのや、やらしい妄想。それはなんていうか……ちょ、ちょっと大人過ぎる、のよね……
「どこで覚えたのよあ、あんなの……あんなやらしいことをぜ、全員に対して妄想してるわけ……?」
「!!!! い、いやたぶん……エリルだけかと……」
「な、なんでよ……」
「い、いやぁあの、そもそもですね……オレの――そ、そっち系の知識というのは……主にフィリウスに連れてかれた酒場で聞いた事でして……お、大人しかいませんし、そういう話題は盛り上がるものだし……そ、それにそ、そういうのを仕事にしてる大人のお姉さんとかもい、いましてですね……」
「! ま、まさかあんたその大人のお姉さんと――」
「してません! せ、せいぜい小脇に抱えられるくらいです!」
「……それもそこそこあれな気がするけど……」
「と、とにかくそういう会話ばっかり聞いてて……今こうしてエ、エリルという恋人を得て……す、するとそれが繋がって……もも、もしかしたらここ、恋人に対してはああいうことも――とか! 妄想してましたすみませんっ!!」
「……あ、あたしに対してだけ……っていうのは本当……なんでしょうね……」
「う……そ、そうであったことが多いのは確かですが……ラ、ラッキースケベ状態になってからはちょ、ちょっとみんなに対してもあった……かもです、はい……」
「変態、ドスケベ、鬼畜、女ったらし。」
「はひ。」
 もしかしたら女子に対しては人畜無害な印象を持ってる他の女子生徒もいる気がするくらいにこいつはそっち系のことをしでかさず、逆にやられるタイプ……それなりに年相応のあれこれはあっても受け身が基本で時々しか…………そう思ってたけど、ユーリのおかげで普通以上に変態って事がわかった。
 ……こ、恋人がそんなんだと大変だわね……そうよ、あ、あたしは大変……それに応えられるのはあたしだけ――って別にそういうことをしたいわけじゃないわよっ!!
「ふ、ふん、こんな変態だものね……ローゼルにあんなことしたのも……わかるってものだわ……」
「はひ……」
「…………で?」
「……はひ?」
「……あたしもあんたも一日中ゴロゴロしてて……今すごくヒマだわ。」
「?? そ、そうですね……」
「かと言って別に勉強とかするほどの元気はないっていうか、それでもやっぱりベッドには転がってたいのよね……」
「ど、同感ですが……」
「…………ローゼルにしたこと……ど、どうすんのよ……」
「そ、それはもう全てはオレの――」
 と、そこまで言ってロイドがハッとする。でもってムズムズする顔で再び赤くなっていった。
「やや、約束――のこと、デスヨネ……あ、あのですねエリル……とはいえオレはロ、ローゼルさんをオ……オソッテからそんなに日も経ってなくて……だからそ、そういうことになると……し、しかもエリル相手だと……や、やばいですよ……?」
「い、言ったでしょ……あたしだって正直……こ、これからはもうちょっとあたしも頑張るっていうか……するようにするって……だ、だから……別に……いい、わよ……?」
「――!!」
 ロイドが赤いままで固まる。あの顔はそろそろ色々と我慢ができなくなってきた顔……
 ……あれ? ていうかあたし……ロイドのあのやらしい妄想について聞いとこうと思っただけだったんだけど……ローゼルにやらかした事と約束を思い出して……あ、あれ? ヒマだとかベッドに転がってたいとか……これってもしかしてあたし、普通にロイドを……!!
「――! だ、ち、違う、そ、そういうんじゃ――べべ、別に今あたし――ササ、サソッタわけじゃないわよっ!?!?」
「い、いや、遠回しにではある、けど……サ、サソワレタ感じなのですが……」
「――!! ドスケベなあんたじゃあるまいし! い、今のは言葉のあやっていうか、あんたがどど、どうしてもっていうのなら仕方ないっていうだけで――あ、あたしはそんなんじゃないわよバカ!」
「で、でもですねエリル、しょ、正直最近のエリルは色々と大胆になってきたというか……け、結構えっちくてオレは……」
「――!!! う、うっさいわね! 知らないわよ誰のせいよ! あんたが――あんたがっ! だだだ、だいたいこういうのは男からリードするもんよ! こ、この根性無し!」
「うぐ――そ、それは確かにそうかもしれない……」
 最後の一言が刺さったのか、ロイドは「うぐ」って顔をしたあと真剣な表情になった。
「な、なんというか前はエ、エリルにき、嫌われるんじゃないかってのがあって……で、でもこの前そうでもないって……い、今や心配は無くて……その上や、約束っていう理由というか後押しもあるわけで……よ、よし! そこまで言われてはオ、オレも男なので……!」
 しゅばっとベッドの上で正座したロイドは赤くひきつった顔でカタコトのように言った。

「オ、オソッテいいですか……!」

 ――!!!!
「そ、そんなバカ正直に聞くんじゃないわよ!!」
「じゃ、じゃあ――お、お身体に触れてもよろしいでしょうか……!」
「大して変わんな――も、もういいわよ! 好きにしたらいいわ!」
「――! え、えっと――オ、オレとしてはウ、ウレシイカギリですけど……ほ、ほんとに? い、いや、オレだってその、せせせ、責任とかそういうのは覚悟の上というか何でも頑張る気は満々だけどエ、エリルはその……」
「オレも男って言ったばっかでなんでヘタレんのよバカ! ローゼル相手の時は飛びかかったクセに!」
「は、はひ!」
 やらかす時はやらかすクセに自分からとなるとこんなんなのね、このバカは!
 ま、まぁ、それだけあたしの事を考えて――るのかもしれないけど、で、でもあたしは……
「でで、では――す、好きにします……! ダダ、ダメだと思ったら早めに蹴飛ばすなりするんだぞ!」
「も、燃やしてやるわよ!」
 こういう時っていつも二人そろって変なテンションになる気がするけど……何度か部屋を燃やしそうになりながらもナントカあたしたちは……


「――ユ、ユーリのせいであのバカの告白を聞いたからロイドの……と、とにかくその辺がわかったから、ちょ、ちょっとだけあれなだけよ……!」
「そうかそうか。それでどこまでしたのだ? わたしとの再現だというならこの前話した通りか、も、もしくはそれ以上――さ、最後までか……!!」
「ひ、人の話を聞きなさいよ!」
「お姫様ー、そんなんじゃ騙されないよー?」
「エ、エリルちゃん……や、やらしい……」
「にゃっ!?」
 ついにティアナにまで――べ、別にやらしくなんか――ここ、恋人なんだからあああ、アレクライ!!
「リリーくんが帰ったらリリーくんだが、ひとまずはこちらのムッツリ姫を尋問といこうか。」
「そだねー。あたしの時に同じ事してもらわなきゃだしねー。」
「あ、あたしも……」
 ジリジリと距離を詰めるローゼルたち……ま、前もこんなんだったわね……
 で、でもあたしだって頑張るって決めたのよ……ロイドは、あ、あたしのなんだから……!



「おやアドニス先生。ケガ人だというのに休日出勤とは感心せんぞ?」
 学院の職員室の自分の机で書類に目を通してると学院長がやってきてそう言った。
「一応ケガは治ってるんでケガ人ではないですよ。」
「身体だけでなく心も回復してこその完治じゃよ。ただでさえ戦闘というのはすり減らすのだから、その後の休養はしっかりせんといかんぞ。」
「それはまぁ……なんと言いますか、ちょっとガックリきてるんで仕事をしたかったんです。」
「? 大活躍だったと聞いたが。」
「飛び出してった生徒を追ったはずがオズマンドと滅国のデブと戦って終了……教師としての目的が達成できてないんです。」
「しかしその生徒たちは自分たちの力で戦い抜いたのじゃろう? アドニス先生の教育の賜物ではないのかのう?」
「あれはウィステリア……サードニクスの妹とその場にいたっていう魔人族のおかげですよ……」
 序列四番のカゲノカが回避に関しちゃ右に出る者のいないゴリラに血を流させたんだから、その上の序列三番だったラコフとかいうのの強さは相当なモノだったはずだ。下手するとウィステリアすら危うくて、魔人族がいなけりゃ全員殺されていたかもしれない。
 今回は……運が良かった。
「謙遜するのう。まぁ騎士同様、教職の道もそれぞれじゃからな。自身の理想を目指して自分だけの納得を得ればよい。で、それはそれとして何をしとるんじゃ?」
「ああ……どんな任務が来てるのかと思いまして。」
 セイリオス学院の年間スケジュールの中にあるいくつかの大きなイベントの一つ、交流祭の後に控えるあれの準備として書類――いや、正確には依頼書を私は指差した。
「ほう。駆け出しの頃を思い出すじゃろうが、アドニス先生が胸躍るような任務はないぞ。」
「わ、わかってますよ。自分の生徒ならどれかなと……」
「ほほ、すっかり教師で何よりじゃ。そういう吟味も楽しかろう。タイミングも良い。」
「? タイミング?」
 私がたずねると、学院長は依頼書を積んだ私の机の上に一枚の封筒を置いた。
「残念じゃが、一部の生徒は既に決まってしまったようなものじゃ。」
 それはそこらの店に売ってるような封筒ではなくて、貴族や王族、はたまた国家間のやりとりなんかに使われるような……簡単に言ってしまえば「とてもいい封筒」で、どういう意味かと差出人を見た私はその名前で学院長の言いたいことを理解した。
「……いやまぁ、確かにあっちじゃ有名なあの時期ですけど……国外ですよ?」
「国内でなければならないという決まりはないぞ。今まで前例が無かっただけじゃ。ならば初の学生シリカ勲章の彼らにはピッタリというモノじゃ。」
「私はあれ、かなり過大評価だと思うんですけどね……まぁ、それでいい気になるタイプでもないからいいっちゃいいんですが……」
「厳しいのう。まぁそれはそれとして、この任務は彼らにとって良い経験になるはずじゃ。現役の騎士でもそう簡単には受けさせてもらえぬ任務じゃしの。」
「……ったくあいつらは……問題児じゃないですけど話題に事欠きませんね……」
「教師のしがいがあろう?」
 にんまり笑った学院長が職員室から出ていったあと、私は超高級封筒を眺めてため息をつく。
「それを新任教師に任せるってのもどうなんだろうなぁ……」

第二章 祭へのお誘い

「あれがロイくんの愛なんだね……」
 リリーとのお泊りデート二日目の夕方。あたしの顔を見るや否や土下座を決めたロイドをあたし――とローゼルたちで袋叩きにした後、結局ずっと部屋にこもってたらしいリリーに何をしたのかを問い詰めたら……なんかいつもとちょっと違うリリーがそんな事を言った。
「何をって……うふふ、勿論ロイくんがローゼルちゃんとしたことぜーんぶして、それでも時間はたっぷりあったから更にその先――あぁ、ロイくん……」
 気持ち悪いことに、いつもロイドにお、お色気攻撃を仕掛けたりして積極的なリリーが「キスする時って鼻がぶつからないのかな?」とか言いかねない純真無垢な恋する乙女みたいな顔になる。
「ササ、サキダト!?!? ま、まさかリリーくんは――」
「うふふ、やらしーローゼルちゃんが想像するのとは違うんだよねー。」
 うっとりと頬を赤くするリリー……なにこのリリー。
「日々生活してれば他人との接触って色んな形であるけど……ボク、あんなにやさしく触れられたの初めてだったよ……」
 ――! 表現しにくいけどやばい感じの顔になったリリーの一言で全員が息を飲む。や、優しく触れるとかそんなの――この場合どど、どう考えたってや、やらしい感じのあれ――じゃないのよ!
「あの安心感、幸福感……互いを求める炎がやんわりと落ち着いたあたたかさの中で無くなっていく二人の境界……とろけて混ざる幸せにいつまでもいつまでも……はぁ……」
 奥ゆかしく恥じらう乙女のため息をするリリー……
「ぐぬ……そ、その感覚はわたしにも、わかるぞ……オオカミ状態はともかく、理性の残ったロイドくんはテクニックと共にそれはそれは……つ、包み込むようにゆったり心地よく――し、しかしわたしの時以上のモノを経験したようだな……」
 悔しそうな羨ましそうな視線をリリーに送り、そのままロイドをぐぬぬと睨むローゼル。
「どうやら三人目ともなると腕を上げるようだなロイドくん……!!」
「ひぐっ!」
 正座であたしたちの横にいたロイドがビクッと――バ、バカ、そういう反応したらあたしとのあれが――
「? 三人目? あー、ロイくんてばエリルちゃんとも……まぁでもどーなのかな……ボクへの愛の方が深くて大きかったんじゃないかなぁ……」
 いつもなら自慢げに言うだろうところをうっとり笑顔のままで呟くリリー……こ、このエロ商人、完全に自分の勝ちを確信して――い、いや、あたしが恋人なんだから前からずっと勝ってるのはあたし、よ……!
「だってあんなに深くボクの事を……うふ、うふふ……」
「うわー、なんか商人ちゃん、いつもと違う方向に壊れちゃってるねー。」
「……で、でもきっと……感じ方はそ、それぞれ……だから……えっと……け、結局どど、どこまで……」
「うぬ、ティアナがさらりと正論を……そ、そうだとも、わたしだってあの時――オオカミではなかった二日目はロイドくんから確かな愛を……い、いやそれよりもティアナの言う通り、結局どこまでという話なのだ……!」
「どこまで? うふふ、うふふふふ。」
「……ロイド、リリーが壊れてるからあんた答えなさいよ。」
「はひっ。」
 またビクッとなったロイドはものすごく恥ずかしそうに答える。
「……ロロ、ローゼルしゃんと同じ……です……」
「む、つまり最後の手前までというわけだな! よ、よし、まだセーフだ!」
「もはや何がどこまででセーフでアウトなのかわかんなくなってきたねー。」
 あははと笑うアンジュは、だけどなんだか不満そうな顔で正座でうなだれるロイドのおでこをつつく。
「まったくロイドはさー。ちょっと前まで鼻血噴いて倒れてたくせにこの短い間に三人と……しちゃってるわけでしょー? とっかえひっかえのヒドイ男だよねー。」
「はひ……」
「でもそれはそれでロイドがあたし……とついでに他のみんなをあんな告白しちゃうくらいに好きになっちゃってるからで、こっちとしては実は計画通りに進んでたりもするんだよねー。」
「はひ……はひ!?」
 ビックリ顔のロイドの頬に手をそえるアンジュ……!
「好きな人と色々したいのに鼻血で倒れちゃうロイドはちょっと残念だったから、今はいい状態なんだよねー。「愛する」んじゃなくて「愛し合える」わけだからさー。」
「アアアアンジュしゃん!?」
 不満げな表情にそれでも自信たっぷりな、いつものニンマリした余裕を浮かべるアンジュはロイドの顔を左右から両手でつかむ。
「優等生ちゃんとお姫様と商人ちゃん……特にお姫様が今は羨ましくてたまらないけど……とっかえひっかえのこのお泊りデートは全員が手にしたそれぞれの勝負時。だからねーロイドー……」
「んぐっ!?」
 そしてそのままパクリと、パンでもかじるような感じにロイドの口にかぶりついて――って何してんのこいつ!!
「――……あたしの番では覚悟しといてねー?」
「ひゃびゃ……」
 真っ赤なロイドをうっとり眺め、そしてケロリと表情を戻したアンジュがあたしたちの方を向く。
「あれ、あたしの番っていつ? というかこっそりちゃっかりやっちゃったお姫様のお泊りデート権は無しでいいんだよね? あとはあたしとスナイパーちゃんだけ?」
「な、なんであたしが無しになんのよ……! あ、あれはその――ふ、ふん、恋人の、日常的なあれよ!」
「うわー、あんなことやこんなことするのが日常ってやーらしー。」
「ち、違うわよそういうんじゃ――」
「おっとそうだそうだ。結局エリルくんも認めたということで、ならばわたしの時のようにリリーくんとエリルくんはロイドくんと具体的に、何を、どうしたのかというのをしっかり共有してもらわねばならんぞ。」
「は!? 共有って――あ、あんたのあれはただの自慢だったじゃない!」
「と言いつつ、ムッツリエリルくんはわたしがしてもらった事を……ちゅ、忠実に再現させたのだろう……?」
「ば、そんなの――べ、別に……」
「ええい、つべこべ言わずに話すのだ! リリーくんもだぞ! ロイドくんはそこで補足担当だ!」
「ぶぇえっ!? オ、オレ、ここにいなくちゃだめですかっ!?!?」
「当然だとも!」
「いややや、でで、でもつまりオレがみんなに何をし、しでかしたかを赤裸々に――そ、そうだ! この前みたいにみんな大浴場に行ってはドウデショウカ!」
「ロ、ロイドくん……い、いっしょに入りたい、の……?」
「そういう意味では!!」
「わ、わたしは構わんぞ……だ、だいたいお泊りデートの時にいっしょに――」
「ぎゃあああ! ばああああっ!!」
「お風呂ならボクだってロイくんと――」
「びゃあああああっ!!」
 恥ずかしさにのたうち回るロイドを転がしたまま、け、経験した者の自慢っていうか報告会っていうか――こ、こんなのただの猥談――が、始まった……



 凄まじいまでの恥ずかしさで精神的に、話の途中途中でみんなにつねられたり蹴飛ばされたりして肉体的に、結構なダメージを負った状態で久しぶりの授業へとオレは臨んだ。
 だがその前に――

「すっげーなぁシリカ勲章だろ!? さすが『コンダクター』だぜ!」
「オズマンドの幹部を倒したんでしょ!? どんなのだったの!?」
「お城でパーティーとかしたの!?」

 シリカ勲章とやらはオレが思う以上にすごいモノだったらしく、教室に入るや否やそんなにしゃべった覚えのないクラスメイトにがやがやと囲まれた。もちろんオレだけではなく、エリルたちもあれこれ質問されていて、あとで聞いた話によると他のクラスのカラードとアレク、アンジュも似たような状態だったという。
 そしてどこでも尋ねられた一番の質問は――

「『ビックリ箱騎士団』ってどうやったら入れるの!?」

 ――だった。首都への侵攻の時に考えた名前がそのままオレたちの部活――学院内での騎士団名になり、その名前が勲章授与の場でも使われたことで、いよいよオレやエリルたちは『ビックリ箱騎士団』というチームで定着したらしい。
 でもって……ローゼルさんの推測だと、ランク戦でAランクとなったメンバーだけの集団だったらそうはならなかったかもしれないけど、唯一アレクはCランクであり、それでもシリカ勲章に至ったという事で……「『ビックリ箱騎士団』に入ると勲章がもらえるくらい強くなれる」みたいな印象がついたのではなかろうかと言うのだ。
 これにより、当然の事ながらオレたち同様、強くなろうと日々頑張っている多くの生徒たちが『ビックリ箱騎士団』への入団を希望するようになった……ようなのだ。
 カラード、アレク、アンジュは「団長に聞いてみないとなんとも」という答えでその場を乗り切ったらしいのだが、団長――という事になっているオレがいるクラスではさらりと流すことができず、たまたま集まったメンバーでそういう団を作ったというだけでこれといった入団方法というのは存在しないものの、こんなに大勢となると色々と大変なことになるのでどうしたものかと困っていたら……

「うら、とっとと席につけ!」

 ちょうどよく先生が入ってきたおかげでとりあえず朝はなんとかなって……今、朝のホームルームの時間を迎えている。
「あー、話題のサードニクスらが戻ってきたんでこうなるのはわかってたが、お前らには目前に迫るイベントの準備をしてもらわねぇと困るんだぞ。」
 いつもの面倒そうな顔で教壇に立った先生はオレたちに背を向けて黒板に何かを書き始める。
「全員知っての通り、オズマンドの連中が色々やったが何とかなった。この前の侵攻の後に設置された魔法のおかげで街の損傷もあっという間に戻り、残すは上の連中の事後処理だけで学生の出番はない。強いて言うなら、次に来るかもしれない事件に備えてお前たちは強くなっとかんといかんし、それが求められてるっつーことで――」
 そう言いながら先生が書いたのは「魔法生物」という文字。

「毎年恒例、校外実習だ!」

 交流祭で生徒会の……会計だったか、ペペロ・プルメリアさんという先輩から聞いた話によると、セイリオス学院で行われる年間行事は残り三つ。校外実習と生徒会選挙、そして二回目のランク戦だ。
 ランク戦はともかく、実習と選挙は具体的に何をするのか詳しくは知らない。ただプルメリアさんによると、一年生はこの実習で魔法生物の討伐を経験することになるらしいが……
「学院を卒業した後、お前らがその辺の騎士団に入ろうと国王軍に入ろうと、任務のメインになるのは魔法生物の討伐。悪党とか、今回みたいな反政府団体とやり合うのなんざそんなにしょっちゅうあることじゃねーんだ。」
「魔法生物の侵攻はしょっちゅうあることなのですか?」
 すっと手を挙げて質問したのは優等生モードのローゼルさん。
「国全体で見ればな。あちこちにある国王軍の駐屯所に来る依頼を含めれば……そうだな、三日に一回くらいのペースでどこかの村や町が侵攻に脅かされてる計算になるだろう。」
「え、そんなにですか?」
「一般の騎士団への依頼もあるだろうから実際はもっと多いはずだ。首都にいると実感ねぇだろうがな。あえて嫌な言い方をすると、セイリオスっつー名門で教わってるお前らと、侵攻の脅威が身近にある地方の騎士学校で学んでる奴らは、箱入りエリートと現場たたき上げみてーなもんだ。事実、実戦経験っつー点に関しちゃそういう奴らの方が場数を踏める環境にあるわけだしな。」
「なるほど……」
 そう呟きながらチラリとオレを見るローゼルさん……

 だぁあぁ……そんな横目で送られてくる視線にも色気を感じてしまう……お泊りデートにてオレがしでかしてしまった女の子が普通に同じ教室で授業を……な、なんだかすごく悪いことをしたような気分に……というかそんなことを言ったらリリーちゃんもそうだし隣に座ってるエリルに至ってはもう……
 い、今更だけど、ローゼルさんとのアレの直後にラコフが来て、体力を奪われてユーリに強制告白させられて、勲章もらって――そ、その間とか後にエリルやリリーちゃんと……
 色々あってバタバタしてたここ最近だけど、こうして日常である学校の教室で落ち着いて考えると…………なああああぁあっ! オ、オレはななななんてヤラシイ――エロいことをみんなに……!! フィリウスをエロおやじだなんて言えないぞあんな……アンナコト!!
 どどど、どうしよう、こうなるとみんなの顔なんて見れないぞ! し、しかもお泊りデートはまだ続く――ああああああああっ、なんかもう頭の中がやらしい事でいっぱいだ! 教室で何を考えてんだオレは!

「あん? どうしたサードニクス、んな何とも言えない顔しやがって。」
「ナンデモ――何でもありません……」
 先生の怪訝な顔に――横に座るエリルからの蹴りを受けながら「いえいえ」と首を振る。
「――でだ、そこの田舎者やたるんだ顔してる商人みたいに変わった経歴の奴は例外として、そのままだとセイリオスの卒業生は実戦経験なしで本番に臨むことになっちまうっつーわけでこの校外実習――魔法生物討伐体験特別授業があるわけ、だ。」
 そう言って、あらかじめ机の下にでも置いておいたのか、手紙のたくさん詰まった大きな箱を机の上にドカッと置いた。
「さっきも言った通り、国王軍には大量の討伐依頼が来る。中には上級――セラームが出張らねぇといけない案件もあるが、多くは中級一人と下級数名――スローンとドルムの小隊で事足りる依頼だ。その中からさらに厳選し、実戦経験ゼロの騎士の卵でもできそうな超初心者向けの依頼を、今回お前らにやってもらう。当然、お前らだけでな。」
 先生の言葉に教室内が少しざわつく。先生の指導というか引率の下で魔法生物をやっつけるとかいうのではなく、本物の依頼をオレたちだけでクリアしなければならないのだ。
「安心しろ、そんなに難しいことじゃない。さすがに依頼の難易度の判断もままならない初心者に「さあ好きな任務を選んで行ってこい」とは言えないからな。ランク戦や交流祭、日頃の成績などから判断し、無理なく……もしくは多少の無理でこなせる任務を学院側が選ぶ。要するに、ちょっとした課題をおつかい感覚でやってくるだけ――あくまで体験させる事が目的だからそんなに気負わなくていい。」
 とは言うものの、「もしくは多少の無理で」の辺りから浮かんでいる先生のニンマリ笑顔にみんなの顔が青くなる。
「それは――あの、個人で挑戦するのですか?」
 再びのローゼルさんの質問に、先生は一瞬きょとんとしてから真面目な顔になった。
「いや、誤解するような言い方だったな。当然ながらチームで挑む。今回に限らず、魔法生物を相手にする時は複数人が絶対だ。」
「絶対、ですか……」
「そうだ。いいかお前たち、魔法生物にはその強さや危険度からランクがつけられるが、一番下のCランクが相手だからってなめてかかるなよ。」
 ピッと片手の人差し指を伸ばし、そこに電気をバチバチまとわせる先生。
「すげー体術を使えてもバカみたいな筋肉を持ってても所詮私たちは頭でっかちの非力な人間。鋭い牙や爪、強靭な肉体を持つ野生の生き物相手じゃ雑魚同然だ。そんな私たちが連中と戦えるのは魔法があるから。騎士の強さの大部分は魔法由来のモンなんだ。」
 フィリウスと旅をしていた頃、フェルブランドほど魔法の発達していない国に行くと魔法生物の侵攻に対する意識の違いっていうのを感じた。この国では騎士を呼んでなんとかしてもらうちょっとした厄介事のような感じだけど、抗いようのない自然災害のように捉えている国もあるのだ。
「だが人間は本来、魔法を使えない生き物だ。持ち前の頭脳でどうにかこうにか無理矢理使えるようにしただけで、だから魔法負荷なんてモノがある。だが魔法生物はそうじゃない。あいつらは呼吸するのと同じような感覚で魔法を使える。体内でマナの生成すら可能なあいつらは魔法においても私らよりも格上。それでも戦えるのはこれまた持ち前の頭脳ゆえ――むしろ勝ってるのはこの一点だけなんだ。」
 旅の間、たまに耳にしたのがどこかの騎士団が壊滅したという話。実績のある手練れの騎士たちがCランクの魔法生物の群れにやられる……普段よりもちょっとだけ状況が相手側に有利だったとか、その程度の違いであっという間にひっくり返るのが侵攻戦のおそろしいところだと、酒場に集まる騎士たちが呟いていたのを覚えている。
「さっき言った通り、一人前になったお前たちが相手にするのは主にそういう存在。だからこそ、こういう実習が組まれるんだ。」
 たまに見せる先生の……元国王軍指導教官としての厳しい表情にしんとなる教室だが、先生はふっといつもの面倒そうな顔に戻る。
「っつーわけで、お前たちの任務はお前たちがチームを作ってから私らが選ぶことになる。本来なら初対面同士のチームを組ませるのが実戦的なんだが、最初だからな。今回は仲のいい友人同士で組むといい。今日の放課後までにチームを作って、リーダーが私のところに報告に来い。最低人数は三人で上限はなし。人数に見合った任務を選んでやる。ちなみに他のクラスの奴もチームに加えて構わない。学年全体でやる実習だからな。」
 そうなると強化コンビとアンジュを加えていつもの『ビックリ箱騎士団』になりそうだな……八人チームだとどんな任務に――
「それとだが……『ビックリ箱騎士団』にはご指名があるからメンバー変えんなよ。」
「えぇ?」
 最後に教室をざわつかせ、先生はホームルームを終えて教室から出て行った。

「さすが勲章持ちだぜ!」
「きっとSランクとかの魔法生物の討伐に行っちゃうのよ!」

 クラスの人たちから視線を送られるというのは基本的には無くて、たまに「またサードニクスが田舎者を炸裂させたぞ」っていう感じのクスクス笑いがある程度だったのだが……なんとも慣れない、キラキラした憧れみたいな視線を受けながら最初の授業が始まった。



「ヴィルード火山? ってなんだ?」
「ストカお前、少しは国の外の知識も頭にいれておけよ。」
「ふふふ、まぁそうは言っても滅多なことがない限り国外には行きませんからね。趣味のような興味がありませんと。」
 田舎者の青年が羨望の眼差しを受けて落ち着けずにいた頃、夜の国、スピエルドルフの王城にある女王の私室に三人の男女がベッド、ソファ、床、それぞれの場所に座って話していた。
「強力な火の魔力に満ちた特異点なのですが、そこにロイド様の新しい武器が眠っているとのことなのです。」
「ベルナークシリーズ……調べてみたが、レギオンのメンバーとそれの使い手との戦闘記録がいくつか残っていた。強さに関しては使い手によりけりだからなんとも言えないが、少なくとも壊せる気のしない硬度だったらしい。情報通りマグマの中に沈められても今なお残っているというのなら、質のいい武器であることは間違いないだろう。」
「それをロイドにプレゼントってか。まー未来の王にはそれくらい持っといてもらわねぇとな。でもよ――」
 露出の激しい赤いドレスを着て床であぐらをかいている赤い髪の女――ストカはドレスの下からのぞく巨大なサソリのしっぽをゆらゆら揺らしてキシシと笑う。
「ロイドたちの話を盗み聞きしてたなんてのがバレたらさすがに怒られるんじゃねーか?」
「人聞きの悪い事を言わないで下さい。フェルブランドの王城に潜入しているレギオンの者が偶然ロイド様たちの勲章授与に立ち合ってその時の会話をワタクシに報告してくれたのです。」
 さらりとそう言ったベッドの上の女王――カーミラの何でもない表情にツギハギだらけの青白い青年はソファの上でため息をつく。
「城にスパイの時点でどうかと思うが……まぁゴーゴンさんにも会ってるし、ロイドがどうこう言うことはないだろうが。しかし勲章とはすごいな。」
「人間たちもロイド様の素晴らしさに気づき始めたということでしょう。そう、これはそのお祝いの意味もあるのです。ですから、おそらくロイド様たちでは回収の難しいその武器をワタクシたちで手に入れて差し上げるのです。」
「よし! 今度こそ俺が行くぜ!」
「いや、いくら頑丈なストカでもマグマには潜れないだろうが。最悪そのしっぽしか残らないぞ。」
「んだよ、わかんねーだろー。」
「それにそういう場所に喜んで飛び込む種族がいるのだから、その人たちに頼んだ方がいい。」
「そうですね。マグマとなりますと、ヨルムかフルトのところでしょうかね。」
「? ヨルム様んとこはわかっけどフルト様は違くねーか? 海のレギオンだぜ?」
「火の海に住んでいる方もおりますから。」



「むう、これはよくない状況だぞ。」
 久しぶりの学校、午前の授業が終わって昼食時。一番初めを思い出すとあたしのところにロイドがひょこひょこやってきて二人でご飯を食べた覚えのある学食で、今は『ビックリ箱騎士団』のメンバー総勢八人でテーブルの一角を占拠してる。
「元々あれやこれやと話題の絶えないところに今回のシリカ勲章。団長を務める『ビックリ箱騎士団』の団員全てが授与されたということでロイドくんへの注目度が爆発的に上がったようだ。」
「かっこいーとかすてきーとかいうのを女子の間から結構聞いたよー。まったくロイドはー。」
「オ、オレは何も――というか今回は寝っ転がってただけでほんとに何もしてないのに……」
「詳細を知る者はわたしたちだけだからな。それにこれは言うなれば積み重ねの爆発。A級犯罪者の撃退から始まり、ランク戦や交流祭でカッコイイところを見せすぎたのだ。」
「えぇ……」
「だっはっは、さすが《オウガスト》の弟子ってな。けどよー、こうして女子に囲まれてるロイドを今更狙う奴なんかいんのか?」
 大きな骨付き肉でもかじってるイメージだけど今日は焼き魚の骨を細かく取り除いてたアレキサンダーがそう言うと、ローゼルがため息をついた。
「そうだ、そうなのだ、そこがおかしいのだ。交流祭でわたしはきちんとアピールしておいたし、そもそも仮の恋人であるエリルくんもそれ以前から『フェニックス・カップル』などと呼ばれているわけで、活躍するスポーツ選手やカッコイイ騎士のようにキャーキャー言われる段階はとっくに通り過ぎているはずなのだ。」
「ふむ……順番を考えると妙なだけで、なるべくして、という気がするが。」
 そういやそんな変な呼ばれ方もあったわねって思ってるとカラードが真面目な顔で腕を組む。
「確かに転入してからのロイドの活躍であればもっと早くこうなってもおかしくなかったが、ロイドの周りにはクォーツさんたちがいたからな。夫婦と呼ばれたりする仲だったりリシアンサスさんの告白もあったりで、そんなロイドはキャーキャー言われる対象にはならなかったのだろう。」
「キャーキャー……」
 そういうのは苦手らしいロイドはゲンナリする。
「だがそこに今回の勲章授与だ。これによってクォーツさんたちという強固な壁があろうと騒がずにはいられない段階に至ってしまった――のではないだろうか。」
「むー……なるほどな……」
 カラードの推測にローゼルがぐぬぬって顔でうなる。
「ロイドくんが黙ってても女性をたらしこんでしまうと分かった時点でロイドくんの行動が目立たなくなるような策を講じるべきだったな……」
「そんな変な能力はありませんから!」
「ロイくんのカッコよさならそれくらいは当然だけどねー。欲を言えばボクだけをたらしこんで欲しかったかな?」


 カッコイイ……カッコイイねぇ……
 ロイドは……まぁ、服をちゃんとするとそう見えなくもないけど、カッコイイからどうこうっていうんじゃないのよね。今となってはあたしがロイドをす、好きだからそう感じるのか元からそうだったのか微妙にわかんなくなってきたけど、一緒にいるのが安心っていうか気持ちが楽っていうか……こいつにモ、モテる何かがあるとしたらたぶん、そういうモノだわ。
 だからこう……もっと近づきたく思ってく、くっつきたくなる……きっと吸血鬼のやらしい唇の力が無かったとしてもキ、キスしたくなったり抱きつきたくなったりしてた……と思う。
 でもってそうなったなら、もっともっとって……

 …………そう、なのよね……あたし、ロイドとこの前……

 さ、最後――まではい、いってない、ふふ、触れ合うだけっていうかだけってほどでもないけどつまり……そ、そこそこ……あたしとロイドは……
て、ていうかああいうのってつつつ、付き合い始めてからもう少し経ってからするモンじゃない――のかしら……? ど、どうなのかしら? 普通がよくわかんないわ……
 で、でもまぁ相手はあの変態ロイドだし、し、仕方ないわよね……それにエロ女神とかエロ商人もいるし、こ、恋人のあたしが後れを取るわけにはいかない――のよ、そうなのよ。

 ……あの夜から今日まで、今まで通りにルームメイトしてるけど……時々――主にロイドがふとした時に思い出して真っ赤になるから、それに引きずられてあたしも思い出して――その度にロイドを蹴り飛ばしてる。
 べ、別に嫌だったわけじゃないし後悔もしてない……むしろリリーが言ってたみたいに……その、す、すごく――心地、よかった……
 すごく恥ずかしいことをされたしすごく恥ずかしいとこを見られたけどそれはお互い様っていうか、今までよりも色々知れてもっと近づけたのが嬉しいっていうか……前にカーミラが言ったみたいに、ああいうのをただのヤラシイことって考えるのは……確かにちょっと違うと思うわ。
 心がギュッと満たされて……ローゼルがあの氷を作り出せるようになったのも納得っていうか、今のあたしにできないことなんてない――みたいな変な自信と確信、妙な満足感があるのよね。

 ……いいこと――なんだろうけど……だ、だからってっていうか……それにしたってあのバカ、普段何もしないくせにあんな――あたしのあれやそれにあんなことを……も、もちろんやられっぱなしじゃ悔しいからやり返しもしたけど……ああぁぁあ……あ、あたし何して……ロイドのこと言えないじゃないのよ……

 ……あれは……あれだけ――なのかしら……ロイドはどう思ってるのかしら……
 も、もう一回くら――って! なな、何考えてんのよバカ!


「ぬ、何やらエリルくんがやらしい顔になっているな。」
「だ、誰がやらしい顔よ!」
「実はわたしたちの中で一番あれかもしれないな。ロイドくん、そろそろ考え直す時期だと……」
 いつものように偉そうな顔でそう言いかけたローゼルはふと黙って……でもってムッとした顔になった。
「ところでなのだがロイドくん。」
「は、はい、なんでしょう……」
「今もそうだったが、どうにも今日の朝からずっと……わたしと目が合うと目をそらしていないか?」
「ひぅ!?」
「一応言っておくとわたしは冷たくされて興奮するタイプではないから、わたしのことはまっすぐに愛して欲しいぞ。そう、この前のように……」
 うっとりと笑うローゼルにロイドは目を泳がせる。
「そそそ、その、それが理由といいますか……こ、こうしていつもの学校生活が始まって、い、今更ですけど…………ちょ、ちょっとローゼルさんの顔が見られないのです……」
「ほう……つまり授業中や休み時間にわたしと目が合う度に――あのひと時を思い出していたと……」
 さらにトロンとした笑みを浮かべて熱い視線をロイドに送るローゼル……!
「ふぅん? ねぇねぇロイくん、ボクはぁ?」
 先生が言ってたように朝からずっとたるんだ顔をしてるリリーがふと色っぽい表情になって、ローゼルから目――っていうか顔ごとそらしたロイドを追うように身を乗り出してその顔を覗き込む。
「――!!!」
するとロイドは漫画みたいに「ボンッ!」って感じに赤くなってそっぽを向いて…………ていうかそれってつまり今までの授業中、そんなヤラシイ事考えてたってことよね、こいつ……
「…………」
「ひぐっ!」
 ジトッと睨むと同じようにあたしからも目を背け……
 ……! ちょ、ちょっと待ちなさいよ……そのヤラシイ想像っていうか記憶にはあ、あたしも含まれてるってことよね……朝からあたしを見るたんびに思い出してたってこと……? あ、あのアレを……!?!?
「――! この変態っ!」
「ばぁっ! ずびまへん!」
 真っ赤なロイドのほっぺをひねってると、話を聞いてたカラードが何でもないような顔でぼそりと呟いた。
「今の流れと反応からして、もしやロイドはトラピッチェさんとクォーツさんとも情事を?」
「ジョッ!?!?」
 前も聞いた単語にロイドが固まる中、ローゼルが少し真面目な顔になる。
「ブレイブナイトくん、前も少し思ったのだが、情事と言うと何やらやましいモノのような雰囲気があるぞ。わたしとロイドくんのあれは愛の語らいだ。」
「ん、それはすまない。そんなつもりはなかったのだが……あー、つまりロイドはさらに二人と愛の語らいを?」
「――!!!」
 良い事でも悪い事でもない、単純な興味っていう真顔でそう聞いてきたカラードに固まってたロイドが口をパクパクさせる。その魚みたいな反応で理解したのか、強化コンビがそろって「ほう」とか言った。
「かー、さすがだなロイド。つーかその辺の話を広めりゃあキャーキャー言われなくなるんじゃねーか?」
「逆の意味でキャーキャー騒がれそうだがな。いよいよもって『淫靡なる夜の指揮者』の降臨か。」
 ……なんていうか、興味がないわけじゃないんだけど普通ならもっと違う感じになるはずのところをあっさり納得して頷く強化コンビ……
「そこの二人はこーゆー話にあっさりだよねー。男子として結構な騒ぎどころだと思うんだけどー?」
 あたしと同じことを感じてたらしいアンジュがそう言うと、二人は顔を合わせて「そんなこと言われても」って表情になった。
「ふむ……知り合い、友人となった段階で既にそうであったし、猛スピードで進展していくロイドとクォーツさんらの関係に一応は年頃の男子であるおれたちでもついていけていないのかもしれない。それにこの状況に対してロイドが真剣に向き合っていることをおれたちは知っているから、相談にのったりはあっても騒ぐような事ではない。」
「まぁそもそもロイド自身が変わってるっつーか真面目っつーか、だからか、俺もカラードも騒いだりする段階を通り越して「まぁロイドだしな」って納得しちまってんのさ。」
 ケロッとそう言った強化コンビ。まぁロイドは変なのばっかり集めるから、男子もそういうのが来たって事なんでしょうね。

 ……そう、きっとそう。あたしっていう一人を恋人――として選んだっていうのにローゼルたちが諦めないとかなんとか言ってんのがおかしいわけだし、そこから関係が進展するのも変……なのよ。あ、あたしというものがあり――ながら……!
 でもってドロドロもバチバチもしてないただの友達――みたいな状態で未だに戦争してるっていうこの状況が一番変なわけで、普通そんなのあり得ない……んじゃないかしら。
それでもそうなっちゃってて、そこに理由とか原因があるとするならそんなのロイドに決まってるわけで……結局ロイドを真ん中に置くと不思議とこういう変な状況が生まれるんだわ。
 どうしてかなんて知らないし、もしかしたら恋愛マスターの力の影響なのかもだけど……「まぁロイドだし」って納得しとけばいいと思うのよね。
 あたしが好きになったのはそんな奴だったってだけだわ。

 …………ああでも……このままあたし以外との関係が進むのは……困るわね。お泊りデートの件は今更どうにもならなそうだけど……それが済んだ後、下手をすると事あるごとにローゼルたちがロイドと――あ、あれをあれこれする展開になりかねないわ。
 さ、さすがにそんな破廉恥な状況はかか、彼女として見過ごせない……だ、だめよそんなのは。
 勝手に愛するのは百歩譲っても、愛されるのはあたしだけ――ってなな、なに考えてんのあたし……!!
 ……ああ、まったく……あたし、どこまでもこのバカに……



 午後、ただ睨まれるだけならよくあることなのだがムスッと可愛くふくれた状態で睨んでくるというコンボ攻撃をしてくるエリルにどうしたものかとおどおどしていたらあっという間に放課後になった。
 昼休みや授業の合間に他の生徒が実習に向けてチームを組んでいく光景が結構あって、そうして出来上がった各チームのリーダーが担任の先生に報告に来たことで、放課後に職員室の前に生徒がわらわら集まるという珍しい状態になっていた。
「んあー、私のクラスでリーダーの奴はこっちこーい。」
 どうやらクラス混ぜこぜのチームでもなんでも、リーダーになった生徒が自分の担任にチーム編成を報告するようだ。
「みな各担任の前に並んでいるが……おれたちは最後にした方がよさそうだな。」
「だな。どーも俺たちだけちょっと違う任務みてーだし。ったく、早速勲章の影響ってか? 腕がなるぜ。」
「なんだかんだ、一人を除いて一年生Aランクの集まりだもんねー。ものすごく強い魔法生物の相手とかになるのかなー。」
「ちょ、ちょっと……怖いね……」
「何を言うティアナ。この前のラコフとかいうの、半分魔法生物のようなモノだったろう。あれより怖いのはそうおるまいよ。」
「で、でも魔法生物には魔法生物の怖さがあるから……ちょっと怖がって慎重になる方がいいってフィリウスも言ってたよ。」
「やーん、ロイくん、ボクこわーい。」
「びゃあっ!?」
「な! あ、あんたなんて抱きつき方してんのよ!」


 邪魔にならないように廊下の隅っこにいたらまだまだとろけたままのリリーちゃんに押し倒されそうになり、そしたらいつものようにエリルが蹴りを放ち……そんなこんなで十分ほど待った後、オレたちは先生の手招きで職員室の隣にある「相談室」という小部屋に入った。
「ったく、廊下でいちゃつくな。お前らの関係をどうこう言うつもりはねぇが、他の生徒に変な影響が出ないか心配だぞ。」
「すみません……」
 そうは言いつつもいつもの面倒そうなのにどうでもよさそうな表情を加えた顔の先生はピンッと弾くように一枚の封筒を机の上に滑らせた。
「これが朝言ったご指名だ。」
「はぁ……」
 なんか前もこんなことあったなと思いながら封筒を手に取ったオレは差出人を見て首を傾げた。
「あれ? これってアンジュの名字だよね?」
「? あたし?」
 差出人の名前はカンパニュラ。同姓同名とかでないならアンジュ――アンジュ・カンパニュラの実家からの手紙ということになる。
「あー、たぶんうちからだねー。でもなんで――ってあはは、あて先が『ビックリ箱騎士団』になってるー。」
「そうだ。火の国ヴァルカノの大貴族カンパニュラ家からお前ら『ビックリ箱騎士団』への手紙だ。」
「アンジュの家から……なんて書いてあったんですか?」
「馬鹿、貴族からお前ら宛に送られた手紙を私が読むわけにはいかないだろうが。この前のスピエルドルフからの手紙は怪しすぎんのと魔人族絡みってので例外だっただけだ。」
「え、でもご指名って……」
「読まなくても、この前勲章をもらった『ビックリ箱騎士団』にメンバーの一人であるカンパニュラの実家からこの時期に送られてきた手紙ってのでだいたいの察しはつく。」
「時期?」
 火の国火の国……ああ、そういえば何かイベントがあったような……フィリウスと行った時は時期が違っていたから見たことはないけど――なんだったっけか。
「えぇっと……」
 旅で行った時のことを思い出しながら封筒を開いて手紙を見る。関係ないけどいい紙だなぁ、これ。
「あ、そっかー。そーいえばそろそろだよねー。」
 そう言いながら手紙を覗き込むアンジュの顔が近くてあれなのだが……それよりも困ったことに、この手紙小難しい言葉がいっぱいで内容がサッパリだ。
「む、ロイドくんが難しい顔をしているところから察するに、公的な文章のように小難しい言い回しばかりでよくわからんようだな。どれどれ、この頼りになる妻が読もうぞ。」
 つ――……オ、オレや他の誰かがツッコム前に手紙を手にしたローゼルさんがささっと目を通して教えてくれた内容はこんな感じだった。

 火の国ヴァルカノでは毎年「ワルプルガ」という行事があり、貴族や現王族は私設の騎士団や外部の騎士を雇ってその行事に臨む。その内容は、厳密には違うが魔法生物の討伐という表現が一番近い。
そしてこの時期、セイリオス学院の一年生は魔法生物の討伐という校外実習を行うと聞く。
ならば『ビックリ箱騎士団』をカンパニュラ家の代表として招き、今年のワルプルガに臨もうと考えた。フェルブランドの勲章は他国でも評価が高く、それを授与された騎士団であれば申し分ないし、アンジュの成長や将来の騎士兼旦那候補も見られて一石二鳥。
 ということでヴァルカノにおいで。

「ふむ、とりあえず「旦那」という点に意義ありだが……この手紙、頼れる若奥様ローゼルさんでも難読だったぞ? 火の国ではこれくらいが普通なのか?」
「まさかー。こんな難しい言葉使うの、あたしの知ってる中じゃ師匠だけだよー。だからたぶん、これ書いたのは師匠だねー。」
「あんたの師匠って……ほとんど裸っていう変態よね、確か。」
「フツーにしてればイケメンなんだけどねー。」
 一体どういう人なのだろうかとアンジュの師匠を想像していると、コホンと先生が咳払いをした。
「でだ。ワルプルガは確かに魔法生物の討伐任務と言えるから実習の趣旨とは合致するし、何よりあの国の貴族から要請されないと受けることのできないレアな任務だ。学院としては貴重な経験を得る機会としてオッケーを出す。あとはお前らが受けるかどうかを決めろ。」
 答えはわかっているけど一応聞くというような顔の先生。オレも一応みんなの顔を見て頷いてくれるのを確認し……
「……えっと、『ビックリ箱騎士団』はこの任務を引き受けます。」
 と言った。
「おう。まぁ受けないっつっても受けさせたがな。こんなチャンスはそうない。」
「えぇ? でもあの、確かに貴族からの要請がないとっていうのはレアかもしれませんけど……ただの魔法生物の討伐なんですよね……?」
「「ただの」ではないな。私も含めて、騎士ならだれもが興味を持つだろう任務だ。ま、魔人族と仲良しのお前だとそれほどでもないかもだが。詳細はカンパニュラから聞いとけ。」


 相談室を後にし、いつもならオレとエリルの部屋で話をするところをカラードとアレクがいるので、オレたちは部室に移動した。
「……さっきは言わなかったけど、ワルプルガって火の国の建国祭よね……? なんで魔法生物の討伐なんてのが関わってくるのよ。」
 さも当然のように先生が話していたからそういうモノなのだと思っていたらどうやら違うらしく、エリルの問いかけにアンジュが答える。
「建国祭なのは確かだけど、裏で別のイベントがあるんだよー。」
「何よ裏って……秘密の行事があるわけ?」
「国民は何が行われてるか知ってるけど、実際にそれを見たり参加したりできるのは貴族とか今の王族だけだねー。しかもそういうイベントがあるっていう事を他国の人には話しちゃいけないっていう法律があるから基本的に国外の人は誰も知らないはずだよー。」
「えぇ!? い、今オレたち聞いちゃってるけど……」
「代表に選ばれた騎士には話していいっていうか話さないと始まらないからねー。ちなみにそうやって招待された他国の騎士はワルプルガの裏を誰にも話さないっていう書類にサインすることになるねー。」
「ふむ、まぁ当然その書類とやらには魔法がかかっていて、約束を破ろうものならひどい目に合うのだろうな。」
「うん、確か丸焦げになるよー。」
 さらりとすごい単語が出てきたけど……それだけ重大な任務なのだろう。火の国の貴族や王族がそれぞれに騎士を用意して挑む魔法生物の討伐とは一体……
「そ、それで……ワルプルガのう、裏では……ど、どんなイベントが……ある、の……?」
「えっとねー――」
 そうしてアンジュが説明してくれた火の国の建国祭の裏で行われているイベントは、想像以上にビックリするモノだった。


 火の国ヴァルカノは濃い火の魔力で覆われた特殊な火山、ヴィルード火山を中心に発展した国で、フィリウスいわく無尽蔵と言っても過言ではない火山からのエネルギーで国のあらゆるモノが動いているらしい。そのエネルギーは金属の国ガルドの技術と相性がいいという事で科学力が結構進んでいて、同時に長年ヴィルード火山を研究してきた事で魔法技術――特に第四系統の技術はフェルブランド以上と言われているとか。
 火山の恩恵で科学も魔法も高い技術を持っているすごい国なのだが、一方で一度噴火すれば世界の気候を変えてしまうヴィルード火山の管理という役割を担っている責任重大な国でもある。
 で、そんな国でひっそりと行われているイベントというのは……簡単に言うと魔法生物との勝負だった。
 そう、ポイントは討伐とか殲滅とかじゃなくて勝負というところだ。
 ヴィルード火山という特殊な環境は人間に恩恵を与えているわけだが、むしろ人間以上に影響を受ける生き物――魔法生物はヴィルード火山においてはそこだけの進化を遂げているのだとか。
 火山などの熱い場所を住処とする魔法生物はそこそこいるのだが、ヴィルード火山に住むのと他の火山に住むのとでは強さが段違いらしい。
 で、そうやって進化した魔法生物の中で稀に、人間と同等の知能を持ったモノが生まれるのだという。普通、高い知能となると一部のAランクやSランクの魔法生物だけが持っているモノだが、ヴィルード火山ではランクに関係なく一定の確率でそういう個体が誕生するようだ。
 その結果、火の国では一般的なそれとは少し異なる「人間と魔法生物の共存関係」が築かれているのだという。


「基本的に住む場所は完全に別でそれぞれに生活してるんだけど、それでも資源の問題とかあるでしょー? だからあっちの代表とこっちの代表とで会議したりするんだけど、やっぱり種族が違うから互いに譲れない一線っていうのが出てくる時があるんだよねー。で、そーゆー時にそのまま戦争とかになったら困るからって、一年に一回、どうしようもない揉め事の白黒をつける為の勝負の場が用意されたのねー。それがワルプルガの裏なんだよー。」
「揉め事!? え、オレたちってそんな――国の大事がかかった勝負に……?」
「あはは、大丈夫だよー。あっちとの共存が始まってもう結構経つからねー。今更揉め事も出てこないんだよー。最近じゃあどこどこを一日貸し切れるーとか、そんなどうでもいい権利が勝者に与えられてるねー。ほとんど人間と魔法生物の交流の場だねー。」
「ふむ、この前の交流祭のような雰囲気で、今回は相手がしゃべる魔法生物になっただけ――といったところか。」
「そうだねー。少なくとも魔法生物とはねー。」
「んん? どういう意味だ?」
「人間側には結構大きな意味があるって意味だよー。ほら、うちの国の建国者ってヴィルード火山の調査に来た学者でしょー? その血筋は今も残ってるんだけど、やっぱり学者として火山の研究しててねー。そーなると昔からの由緒ある血筋ーみたいのがないんだよー。」
「えぇ? でもアンジュ――カンパニュラは貴族なんだよね……?」
「昔どこかで何かに成功して財を築いた家がそう呼ばれてるだけなんだよねー。言ってしまうとただの金持ちって感じー。だから「去年から貴族です」みたいな家もあるんだよー。」
「……それは確かに、普通とはちょっと違うわね……」
「ははぁ、なるほど読めたぜ。」
 あごに手をあててアレクがにやりとする。
「つまりそんな不安定な貴族様たちの上下を決めんのがワルプルガってわけだ。勝負の内容がわかんねーが、そこでの順位が発言権に関わんだろ?」
「そーゆーことだねー。下手すれば王族……今の王族もチェンジだからねー。」
「むう、王族ですら変わるということか。しかしそんな状態の国で王族に次ぐ力を持つと言われるカンパニュラ家の代表がわたしたちというのはどうなのだ?」
「そ、そうですよ! やっぱりオレたちにはちょっと荷が……というか今までは誰が代表を!?」
「あたしの師匠とその仲間だねー。」
「えぇ!? そ、そんなすごい人がいるならそっちに頼んだ方がよいのでは……」
「んー、今までの勝ち分があるから、今年ボロ負けしたとしても家の力はそんなに変わらないんだよねー。それよりはあたしの旦那様の顔を見たいっていうのが優先になったんじゃないかなー。」
「ダン――あ、あのアンジュさん、ご、ご家族にはオレの事をどういう風に伝えて……」
「? 手紙にもあったでしょー? 騎士兼旦那だよー。」
「だ、だからロイドはあ、あたしの……」
「んふふー、忘れてるかもしれないけど、あたしって欲しいものは必ず手に入れる主義なんだよー?」
 オレが教えたフィリウス直伝の身のこなしと、より精密な魔法制御によって行われる絶妙な威力の爆発を利用したもはや達人の域の動き――第四系統を使っているとは思えない滑らかさでオレに近づいたアンジュはむぎゅっと抱きつきぃいいああああ!!
「今回の実習って任務によっては何泊かするのが認められてるみたいだからねー。実際火の国に行くならそれくらい必要だから――んふふ、ロイドー、あたしの部屋に招待するよー。一晩でも二晩でもねー。」
「堂々と誘ってんじゃないわよ!」
 アンジュの柔らかいあちこちを受けて「びゃあああ」となるオレと炎をまとうエリルをいつものように真面目な顔で眺めながらカラードがふむふむと頷く。
「火の国という時点でタイミングはバッチリであるし、泊まりとなれば多少はじっくり探せそうだな。ロイドの武器は。」
 今まで行方知れずだったベルナークの剣の情報という事で基本的には秘密にする方向だが、『ビックリ箱騎士団』の一員であるカラードとアレクには話してある。友達相手にこういう評価を持ちたくはないが、この二人はその情報をどうこうしないという……確信みたいなモノがある。んまぁ、要するに信頼に足る二人なのだ。
 というか、二人が使う強化魔法でパワーアップすればマグマの中にも潜れるのではないか? という事で、どっちにしろ話していただろう。
「つーか火の国にはあるんじゃねぇのか? マグマに潜る魔法くらい。」
 どーなんだ? という顔でオレ――にくっついているアンジュを見るアレク。
「どーかなー。学者たちも成果の全てをあたしたちに教えてくれるわけじゃないしねー。」
「この、痴女! 変なところで回避の技を発揮してんじゃないわよ!」
 オレを中心にアクロバットにくるくるとエリルの攻撃をよけるアンジュ――というかっ!
「ちょ、あの、アンジュ、く、くっついた状態でそそ、そういう激しい動きをされると――やや、柔らかいモノがむにょむにょするしさっきから色々見えるんですっ!!」
「むにょむにょさせてるし見せてるんだってばー。」
 とろんとした微笑みを浮かべるアンジュ――!! かわいい!
「む、ロイドくんがやらしい顔になってきたぞ。ここでオオカミになってもらっては困るぞ。」
「もーロイくんてば、そういうのはボクだけに……昨日とか一昨日みたいに……うふふ……」

 ああああ……ただでさえささ、三人とのあれこれのせいで頭の中がやらしい状態なのに、色々と刺激の強いアンジュの家を訪問して泊まりって……や、やばい気がする……またやらかしそうな気がする……!
 本格的に、そうなりそうになったら自分を拘束するようなマジックアイテムとかを探しておかないと……!!



「あはははははははははっ!」
 田舎者の青年が幾度目かの理性の危機に直面している頃、形容し難い異臭の漂う暗い部屋でドレスの女が笑い転げていた。
「おま、おま――お前! ダイエットするにしても――ぶはははは! 身体の半分吹き飛ばすなんて荒技、女子学生でもしねーぞ! だはははは!」
『痩せたかったわけではないだろう。しかしさすがと言うべきか、それでも死なずに再生――いや、作り直しが始まるとは、一体どんな魔法を身体にかけていたのだろうな。』
「まぁ、見た目に反して……いや見た目通りか? 食事などには細かなところに気を配る男だからな。こういう下準備というか、保険のようなモノを用意していても変ではない。」
 お腹を抱えてひぃひぃ言っているドレスの女の傍らに立つフードの人物と老人は部屋の真ん中に鎮座する物体を眺めた。
 血と何かが混ざったような液体が広がる床の上、グロテスクな植物のツルとも生物の内臓とも表現できそうモノがグチュグチュと蠕動し、それに埋もれるように太った男が倒れていた。
いや、一見するとそう見えるのだが、実際は大きく欠損した太った男の左半身、その断面から無数のそれがのびて絡まり、失った部位を補完しようとうごめいている。
 太った男に意識はなく、舌をだらりと出してうつむいている姿からは「死んでいる」という言葉しか浮かばないのだが、時折左半身からのびるそれの蠕動に合わせて右半身が、まるで体内に何かがいるかのように内側から盛り上がり、それに合わせて太った男の口から深いため息のような空気が漏れる。
 外見的には死んでいるが内側――体内は生きているというべきか、それとも別の生物が太った男の死体の中に入り込んだと表現するべきなのか、何が起きているのかを正確に理解することは難しい。ただ少なくとも、身体の半分を消し飛ばされた太った男がそこから元の状態に戻ろうとしていることは確かだった。
「ひひひひ、ったくこのデブはたまにあたいを笑かしやが――」

『があああああああっ!!』

 太った男が転がる部屋の隣から獣の咆哮のような声が響き、ドレスの女が顔をしかめる。
「あぁ? んだ今の。」
「ああ、コルンだ。」
 廊下に出て隣の部屋――先の部屋とは見るからに作りの異なる頑丈そうなその部屋に入ると、そこでは一人の少女が暴れていた。
「ああ、お前の作品か。なんかバーナードみてぇになってんぞ。」
 確かに少女ではあるのだが、その両腕は身体の大きさを超えている上に無数の刃がはえており、髪の毛もまたその一本一本が刃のようになっている。加えて全身に雷をまとっており、八つ当たりのように壁や天井を叩く度に部屋中に電流が走っていた。
「瀕死……いや普通は死ぬのだが、ああなったバーナードを抱えて戻ってきてからというものこの調子でな。生き物の食べ方を学ばせる為にバーナードと行動させていたのだが、どうもあやつを家族か友人か、その辺の何かと認識していたらしい。」
「それでぶちキレてると? ここに来てバーナードに女ができるたぁ驚きだが……は、ありゃなかなか。」
 あふれる感情に任せて滅茶苦茶に腕を振り回す少女のもとへ、ドレスの女はすたすたと歩きだした。
『ああああああ!』
 少女の咆哮と共に、そこに誰かがいようがいまいが関係なく振るわれた凶悪な腕は、あろうことか回避も防御もしないドレスの女に直撃した。
「悪党には、生まれついての悪と悲しき怒りの物語で悪になった奴の二種類があんだ。」
 だがドレスの女の身体――肌はおろか服にすら傷一つつかなかった。
『――! るあああああっ!』
 暴走しつつも目の前に迫る者の異常さを感じ取ったのか、暴れる少女はドレスの女へと集中攻撃をしかけるが――
「後者の方はあとで正義に戻るとかいう最悪のオチにつながったりして悪としちゃあ不安定なんだが……見てて楽しいのはこっちの悪だったりすんだぜ?」
 剛腕も刃も雷も、その全てを受けてなお無傷のドレスの女はついに少女の目の前にたどり着き、少女の小さなあごを左手で下からグイッとつかみ、そのまま持ち上げた。
「だっは、見ろよこの目! 見覚えのあるいい目だぜ。ぐるぐる渦巻くどす黒さ――新しい悪の誕生だな!」
『があああっ!!』
 嬉しそうにキシシと笑ったドレスの女の首を狙い、少女がその巨腕を左右から振るう。だがその凶悪な爪は見えない何かに阻まれるように、ドレスの女の首の十数センチ手前で止まった。
「ぶはは! おいおいクソガキ、ヤル気は買うが誰を前にしてると思ってんだ?」
 笑いながら空いている右手を少女の左肩に伸ばし、ドレスの女はそこにデコピンをした。するとその見た目に反して少女の左腕は肩からちぎれ、後方へと吹き飛んだ。
『――ああああああっ!!!』
「ったく、しつけがなってねぇぞケバルライ。」
 痛みに叫ぶ少女を蹴り飛ばし、壁に叩きつけたドレスの女は後ろの老人をジロリと睨む。
「コルンは人間よりも敏感だからな。ヒメサマの異常さを感じ取ったのだろう。しつけでどうこうなりはすまい。」
「敏感ねぇ……そうか、これ人間じゃあねぇんだよな。よし、新しい悪の誕生を祝ってやる。」
 そう言うとドレスの女は右手の親指の爪で同じく右手の人差し指を切って血をしたたらせた。
「! ヒメサマ何を――」
「プレゼント、だ。」
 そしてその人差し指を叩きつけられてぐったりしていた少女の口にねじ込んだ。
『――!?!?』
 いきなり口に指を突っ込まれて目を見開いた少女は次の瞬間、全身を激しく痙攣させた後、糸が切れたように動かなくなった。
「ああ、ああ、なんて無茶を。長い年月で熟成されたヒメサマの血液は猛毒――プリオルの奴が耐えられたのは何かの奇跡なのだ。それをいきなり……」
「お前の最高傑作――になる予定のモンなんだろ? これくらい耐えとけよ。」
 ドレスの女のニンマリ顔にやれやれとため息をつきながら、老人は少女のちぎれた左腕をくっつけてそこに奇妙な色の包帯を巻いた。
「お? 意識してなかったがバーナードとおそろいで左が吹っ飛んだな! ペアルックってか!」
『欠損をペアとは言わないだろう。』
「むぅ……まぁヒメサマの肉を食べたわけではないし、おそらくは大丈夫だろう。うまく取り込んで更なる進化を遂げてくれると良いのだが。」
「ああ、そうなってくれると面白そうだ。そうならなそうでも無理矢理そうしろよ。」
「やれやれ……努力しよう。」
「んあ? 努力っつーとおい、そもそもお前らには恋愛マスター探せっつったろうが。そっちはどーなってんだ。」
「追ってはいる。あの青年の近くにちょくちょく表れている事はわかっているのだが、それはそれで近すぎて、捕まえに行くとどうしても青年と顔を合わすことになってしまう。あまり思想を変えたくない故にレコードを狙うのだから、接触は抑えたい。しかし困ったことに、表れていない時にどこで何をしているかがサッパリなのだ。」
「その「サッパリ」を見つけろってんだろうが。他の連中は?」
『確かムリフェンがもう少しでどうこうと言っていたな。』
「んああ、あいつの魔法はアレだからな。つーか一番近い奴がギャンブル頼みってどーなんだ?」
 見るからに不機嫌な顔になったドレスの女を見て老人は少し嫌味な笑みを浮かべる。
「くく、ついでにヒメサマ的には気に食わない連中も動き出したのを確認しているぞ?」
「あぁ?」
 一応立場としてはボスであるドレスの女の命令を未だ遂行できていない老人だが、まるでドレスの女の不機嫌な顔を楽しむかのように追加の報告をする。
「ワレらを『紅い蛇』と呼んで自分もその一員になりたいと憧れる悪党がいる一方、悪党の頂点を名乗るふざけた連中として目の敵にしている奴らがいるだろう? その辺のがな。」
『ほう。しかし何故今になって。』
「はっは、お主も原因の一つだぞアルハグーエ。」
『んん?』
「ツァラトゥストラの回収で何人か悪党を殺しただろう? 更に今は他のS級犯罪者を殺して回っているそうではないか。まぁヒメサマの指示なのだろうが、それがワレらを敵視する連中に火をつけた。」
『? 特別名乗って回った覚えはないのだが。』
「馬鹿みたいな強さを持ったフードの奴と言えば『世界の悪』の側近――というのは悪党界隈では有名だ。」
『側近を名乗った覚えもないのだがな。だがなるほど、そういうことか。しかしさっきの言い方からして、別の原因もあるのだろう?』
「ああ。この前スピエルドルフでワレら『紅い蛇』が勢ぞろいしただろう? その情報は当然騎士の側に伝わったわけだが、それをどこからか盗み聞いた者によって悪党の間でも今のメンバーが周知の事となった。そのメンバーらが最近、何かを探しているようだ――という事も含めてな。」
『ふむ、ということは……その何かをアフューカスにとって大事な何かと考えた連中はそれを先に自分たちが手に入れてしまおうと……そうすればあの『世界の悪』を打倒できるかもしれないと……そんな風に思ったわけだな。』
「そういう事だ。ターゲットが恋愛マスターであること、最終的にはあの青年であることはさすがにまだわかっていないようだが……ワレらをこっそりと追いかける者もいた。」
『? それはどうしたのだ?』
「バーナードのおやつになった。」
『ふぅむ……まぁ今の七人――いや六人がそういう連中に後れを取るとは思わないが、こちらの目的の支障にはなりそうだな。何かしておくか、アフューカス。』
 太った男と少女がいた部屋から歩きながら話し、ドレスの女がいつものソファーに沈んだところでフードの人物がそう尋ねる。
「んあぁ……その連中によるな。具体的には?」
「大きく動いているのは『罪人』の連中だな。」
「あぁ?」
 老人から出てきた名称を聞いた途端、ドレスの女の不機嫌な顔は怒りのそれになった。
「あの勘違い野郎共が? あたいの邪魔を? オズマンドみてーなテロリストの方がまだましな悪党の面汚しがこのあたいの!? アルハグーエ!」
『ん?』
「追加だ。他のS級に加えてそいつらも殺しとけ。ケバルライ、お前らもだ。全員に言っとけ。」
「探し出せということか?」
「あんなのの為に時間使うな。寄ってくる奴を消してけ。そうすりゃその内全員始末できる。」
「ふむ、伝えておこう。」
 そう答えると老人は滑るように部屋の外に出て行った。
『いよいよ全悪党抹殺という流れになってきたな。『世界の悪』が『唯一の悪』になる日も――ん、どうしたアフューカス。』
 ソファーに沈んでいたドレスの女はのそりと立ち上がってウェーブのかかった髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
「腹立つ名前聞いちまったからな……ちっと運動だ。」
 黒いハイヒールをカツカツ鳴らしながら部屋の外に出ていくドレスの女を眺めてフードの人物はやれやれと呟く。
『そのストレス発散でどこの何が滅ぶのやら。』



「よーロイドこの野郎っ!」
「ぎゃああああ!」
 アンジュの家からの招待で火の国の建国祭、ワルプルガに出ることになったあたしたちは……とりあえずロイドを誘惑するアンジュをひっぺがしてから詳しい日程を確認し、強化コンビと別れて部屋に戻ったんだけど、ドアを開けた途端に大きなサソリのしっぽがロイドを捕まえて――今ロイドはストカに頭をぐりぐりされてる。
 ……首にその大きなあれを押し付けられながら……!
「何事かと思ったらストカくんだったか……いや、これも充分大事だな。とりあえずストカくんはロイドくんをその柔らかさから解放するのだ。」
 ロイドの叫びを聞いて戻ってきたローゼルたちがストカをジトッと睨む。
「いーだろー、久しぶりなんだから。」
「この前会っただろうが! と、というかストカおま、そんなことしたらむぐううう!」
 ジタバタするロイドを押さえつけて更に胸に押し込むストカ……!!
「――ぷは! 殺す気か!」
「うれしーくせにこのスケベめ。」
「な!?」
 キシシと笑うストカと真っ赤なロイド……ああ、やっぱり話し方が違う……い、いえ、今はそんなことよりも……
「あんた、なんでここにいる――っていうかどうやって入ったのよ。」
「ミラに指輪借りた。本当ならロイドの近くにワープするはずなんだが、ふくれっ面のミラがちょっといじってこの部屋に飛ぶようにしたんだ。」
 相変わらず派手っていうか露出の多いドレス姿なんだけど、今はそこに首からネックレスみたいにさげた黒い指輪が加わってる。
「た、たく……で、なんの用事なんだ?」
「おう、お前ら火の国に行って武器探すんだろ? 俺も行くぜ!」
「えぇ? いや、というかなんでそのこと……」
「それはな――」

 その後のストカの話をまとめると、プロキオン騎士学校にゴーゴンっていう魔人族が潜入してたみたいにレギオンのメンバーはあっちこっちの国の主要な施設にこっそりいるらしく、当然のようにここ、フェルブランドにもスパイがいて……そいつは王城にいるらしい。
 一応王族としてツッコミどころ満載だけどとりあえず後にして……そうして潜入してる魔人族がこの前の勲章授与式でのあたしたちの会話を聞いて、それをカーミラに報告した。そして武器探し――特にマグマの問題を解決できる魔人族が派遣されることになったみたい。

「えぇ? ストカってマグマでも平気なのか?」
「いや、俺は付き添いみてーなもんだ。そいつとはあっちで合流すんだが、その時その場に他の魔人族がいた方が都合がいいんだ。んで、この前はユーリだったから今度は俺ってわけだ。」
 都合がいいっていうのの意味がわかんないけど……とにかく今回のイベントにストカがついてくるって話なわけよね……
 マグマの問題はたぶん、魔人族ならあっさり解決なんでしょうからそれはうれしいけど……このサソリ女はロイドにグイグイ来るのよね……無自覚なのかどうなのかわかんないけど……
 しかも下手すればローゼル以上の……!
「そうか……んまぁストカが一緒に来るのはオレはいいけど……大丈夫か? 日中に動くことになるぞ?」
「ローブ羽織ってくからそんなに心配すんな。ユーリみてーにバトルとなるとぐったりすっけど普通に歩くだけならちょっとダルイくらいですむからよ。」
「……無理するなよ。」
「おう。」
 ――! な、なに今の……互いを……こう、し、信頼し合ってる的な、つ、強いつながりがあるみたいな感じ……
 そ、そうだわ。今は記憶が封じられてるけど、ロイドとストカたちは丸一年間一緒に過ごしてるから……ここにいる誰よりも付き合いが長いんじゃないかしら……?
 リリーとの付き合いは二年前からみたいだけど毎日会ってたわけじゃないし、たぶん時間の合計で言ったらストカたちが圧勝。
 そういう長い関係があるから……だからロイドは記憶が封じられててもストカとユーリとはあのフィリウスさんとしゃべる時みたいな口調になるんじゃないかしら。
 ……あれ……もしかしてこのサソリ女……結構まずい相手なんじゃ……
「むぅ、何やら新たな敵の登場のような気もするが……しかし滞在中ずっとローブ姿では変だからな。少なくともそのしっぽはどうにかしなければならないのではないか? 魔人族だとバレると面倒だし、スピエルドルフのモットーから外れるだろう。」
「それは大丈夫だ。この指輪に魔法が追加されてっから。」
 そう言って首……っていうか胸元の指輪を指さすストカ……な、なんなのよその大きさは……!
「この前フルト様がこっちの軍の見学したろ? そん時にこの学校の校長がかけてくれた幻術魔法を解析してこの指輪に組み込んだんだ。便利な魔法を知れたってフルト様喜んでたぜ。」
 解析って……つまり教わってないけど一回かけてもらったそれを調べて使えるようになったってこと……? しかも学院長クラスの人の魔法を? や、やっぱりすごいのね、魔人族……
「だからこうすれば――どうよ!」
 ストカが指輪をトントンと指で叩くと派手なドレス姿が一瞬歪んで、気づけばセイリオスの制服を着たストカ――しっぽのないストカがそこにいた。
「おお、新鮮だ。いいじゃんか、似合ってるぞ。」
「だろー?」
「む!? ロイドくん、今ストカくんの服装を褒めたな! あまりそういう事を言われた覚えがないのだが!」
「えぇ!? な、何回かはあったような……んまぁ基本的に制服ですし……」
「デートの時は!」
「う……そ、そうですね……な、何も思わなかったわけではなくてですね、ドキドキし過ぎて言葉にできなかったと言いますか……」
「あん? じゃあ俺じゃあドキドキしねーってことかこの野郎。」
「びゃああ! いきなり抱きつくな! つーかドキドキって言うならいつものドレスで常にドキドキしてるわ!」
「おお、そーかそーかこのこの。」
「ぎゃああ! 幻術を解くな!」
 仲のいい友達同士のじゃれ合いに見えなくもないんだけど……でもあたし――たちにはわかるっていうか、ストカはロイドのこと…………ただ、友達としての好きも結構強いからごっちゃで見えにくいだけだわ……
 ……まったく、あたしの恋人は……



「はぁ……はぁ……」
「ふふふ。」
 薄暗く、たばこの煙が充満するその部屋の壁際に立っている奇怪な帽子をかぶった青年は目の前で行われている賭け事に息を飲んでいた。
「正気じゃない……こ、これほどの力があるというのに……なぜこんな勝負を……」
 顔はもちろん、手にしたトランプも汗でぐっしょりさせているスーツ姿の男が息も絶え絶えにちらりと周りを見る。
「そんなに金が欲しいのか……? 欲しいならくれてやるといったはずだ……S級犯罪者と勝負する気などない――なのに! なぜだ! どうしておれとポーカーなんぞをそんなにしたがる!!」
「それは、あなたが勝負強いからでしょうね。」
 男と相対しているのは赤を基調としたディーラー服姿の女で、男とは対照的に楽しそうな笑みを浮かべて質問に答える。
「ほら、どこにでもいるでしょう? 魔法を使っているわけでもないのに妙にジャンケンの強い人やくじ運の強い人。あなたはそういう、強運の持ち主なのです。加えてあなたにはこれまでの経験から得た勝負勘やここぞという時に踏み出せる度胸もある。私の魔法に選ばれるのは当然でしょうね。」
「なんの――何の話をしているんだっ!!」
「質問に答えただけですよ。さぁさぁ、読み合い睨み合いも醍醐味ですがそろそろ決着といきましょう。勝っても負けてもそれほど変わらないのですから。」
「変わらない――だと……これを! この――これだけのことをしておいて変わらないだと!」
 勢いよく立ち上がった男は自分の背後を指さした。
この部屋には男とディーラー服の女と奇怪な帽子をかぶった青年以外にも人はたくさんいる。だが生きているのはその三人だけで、ちらほらと周囲に転がっている者もいるが、だいたいは男の背後にうずたかく積まれている。
「ギャンブルに関しては正々堂々の真剣勝負を望みますが、そこに至る為ならば何でもします。実際、こうしてあなたは私と勝負してくれていますからね。結果、良しです。そして私が勝ったらあなたの全財産をいただくわけですが、先ほどくれてやると言っていましたし、いらないのでしょう? そして私が負けたらあなたは全財産と同額の金を私から受け取る。いらないモノが増えてはしまいますが、であれば勝っても負けても大して変わりませんよね。」
「お前が金を望むならくれてやると言ったんだ! なんなんだこの勝負は! お前は何が目的でこの勝負を――」
 怒鳴りながら、男がテーブルの上にあるトランプの束を払い飛ばそうとした瞬間、男の腕があり得ない方向にひしゃげ、その行為は空振りに終わった。
「あああああああああっ!?!?」
「いけませんよ、それは。さ、勝負です。」
 ニッコリと、何事もなく優しい微笑みを浮かべたディーラー服の女を前に、男の理性は腕の痛みと共に怒りでどこかへとんでいった。
「くそ、くそっ! イカレ女が! イカレてやがる――イカレてやがるぞチキショウ! いいぞ、勝負だ、勝負してやる、してやるよ! かかってこいクソあまぁ!!」
「ええ。では――」

 数分後、とある国で国政にすら及ぶ影響力を持っていた巨大な裏組織のボスは、部下全員の命と全財産を失い、ただただ泣き叫ぶだけの男となった。

「素晴らしいですね、あなたの力は。どこの国でも情報は魔法か機械かで管理されていますから、そのどちらにも干渉できる能力――あなたはまさに『どこでもハッカーハットボーイ』ですね。」
「ど、どうもです……」
 男の慟哭がかすかに聞こえる建物の外、奇怪な帽子をかぶった青年は何かを待つように空を見上げているディーラー服の女におそるおそる尋ねた。
「えっと……な、なにをしてるんですか……?」
「もう少しお待ちを――あ、来ましたよ。」
 ディーラー服の女が指さす方向を見上げると、数十メートル上空の何もない空間から白い腕が伸びてきていた。
「な、なんですかあれ!」
「私の魔法です。」
 ディーラー服の女の前まで伸びたその手は紙切れを持っており、ディーラー服の女がそれを受け取ると白い腕は空気に溶けるように消滅した。
「なるほど、そういうことでしたか。どうりで見つからないわけですね。となると一番行きやすそうな場所は……」
「ど、どこかへ行くんですか……? こ、今回の相手を見つけるのを手伝いましたし、その、ぼくはそろそろ……」
「いえいえ、私は皆さんほど戦闘能力が高くないのであなたの能力を借りてひっそりと行動したいのです。特にこれから行こうとするような場所は。」
 数十分前、この建物にいた裏組織のメンバー、フェルブランドの国王軍ともやり合えそうな屈強な者らを一人で皆殺しにしたディーラー服の女の「戦闘能力が高くない」の言葉にゲンナリしつつ、奇怪な帽子をかぶった青年はため息をつく。
「はぁ、どうしてこんなことに……アネウロさんがポーカー強ければ…………それで、どこに行くんですか?」
 手にしたノート型のコンピュータを開きながらの問いにディーラー服の女はニッコリと答えた。

「ヴィルード火山ってご存知ですか?」

第三章 貴族の家

 火の国ヴァルカノは剣と魔法の国フェルブランドから陸続きの場所にある。と言ってもお隣さんというわけではないから、途中いくつかの国をまたぐ。
 国によって魔法と科学、どちらをどれくらい発展させているかは違うから、オレたちは汽車と電車を乗り継ぎながら火の国へ向かう事となった。
 リリーちゃんが行った事のある場所だから『テレポート』で行くつもりだったのだが――

「旅の経験が豊富な奴でも騎士として出かけんのは初めてだろ。色々ちげぇから経験しとけ。」

 と先生に言われた。実際、武器の持ち込み申請などをあちこちで行ったり、列車によっては騎士専用車両なんてのもあった。たぶん気づかなかっただけで旅をしていた頃もフィリウスは申請とかしていたのだろう…………たぶん。
んまぁ、そんな初体験も交えつつ、ずっと馬車旅だったからなんだかんだで初めての列車の旅をオレは満喫していた。

 だが、最後に乗った列車で問題が発生した。

 普通フェルブランドからヴァルカノに列車で行こうと思ったら途中どこかで一、二泊する必要があるのだが、今回の旅費の全てを出してくれた太っ腹なカンパニュラ家が用意した最後の列車は寝台列車となっていた。これで寝て起きたら火の国に到着という、素晴らしい旅程になっていたのだが……問題は、ストカが加わった事で一人分の追加が発生している点だ。
 これまではストカが――おそらくスピエルドルフから経費的な扱いでお金を払って列車のチケットをその場で追加購入していたのだが、予約などが必要な寝台列車では今日いきなり一人追加というのは無理だったのだ。
 一人に一室ずつ予約されていた最高級の部屋の数は八つ。対してストカの加わったオレたちは九人。一般部屋も満室であったため、八つの部屋の内の一つが二人部屋となるのだ。

「んあ? いいぞ別に、俺はロイドの部屋の床で寝っから。」
「いやストカ、女の子がそんなのはダメだろ。というかオレと相部屋っていうのも色々あれだから……ストカはオレの部屋を使え。オレはカラードかアレクの部屋の床に転がるから。」
「む、我らが騎士団長を床で寝かせるわけにはいかないぞ! これは誰かのベッドで寝かせてもらうしかあるまい!」
 という、ストカとオレの会話からのローゼルさんの提案によって大変なことになっていた。

「こういう時は普段から相部屋で――こ、恋人のあたし――の、横で寝たらいいじゃない……!」
「ムッツリエリルくんの隣では危ないからな。安心のクラス代表、ローゼルさんのところへ来るといい。」
「ロ、ロゼちゃんはさ、最近ちょっとえっちだから……あ、あたし……」
「スナイパーちゃんはここぞって時にグイグイ攻めるからねー。二人きりは危ないよねー。ここはカンパニュラ家の者としてあたしがしっかりおもてなしするよー。」
「アンジュちゃんのそれって絶対やらしーやつだよねー。ていうかね、ロイくん。ボクまだこの前のお泊りデートの時のアレの熱が……火照りが残ってて……冷まして欲しいなぁって。」
「火照り? おいおいロイド、いよいよフィルに似てきたなぁこいつめ。まーそれはそれとして、床がダメってんなら俺がロイドと寝ればいーってことか?」
「だ、だから相部屋って時点で……あの、みなさん、あのですね……」
「ったく、いつでもどこでも相変わらずだな。ロイド、俺らはお先だぜ。」
「また明日だ。」
 夕食の席、レストランみたいになっている車両にてこの戦いは勃発したのだが、外野である強化コンビはそんな光景をいつもの事としてしばらく眺めた後、それぞれの部屋へ戻ってしまった。
 いやまぁ、あの二人に助けを求めるのは違うからいいんだが……
「ふむ、こうなれば誰といっしょに寝るかをロイドくんに決めて――ああいや、それだと仮の恋人をたててムッツリエリルくんを選びかねんか。よし、平等にくじ引きにしよう。」
「優等生ちゃん、何気に自分の確率を上げたねー。まーそれが一番スッキリかなー。変な細工できないよーにロイドが作ってねー。」
 今夜いっしょに寝る――即ち一つのベッドで一夜を明かす相手を決めるくじをオレが作って女の子たちに引かせる……ああああああ! なんかすごい嫌な感じだぞ!
「では諸君、一斉に引くのだ!」


「え、えっと……よろしく、ね……」
 結果、オレはティアナの部屋にやってきた。ま、まぁ、お泊りデートをしたローゼルさんとしたばっかりのリリーちゃん、それとこの前――の、エリルは理性の問題で危なかったし、何やらせ、攻める気満々のアンジュもそうだし、そしてストカは無意識にヤバイということで……う、うむ、今のオレには最適ではなかろうか。
「あ、あの、ロイドくん……」
 し、しかしティアナは時々すごいから……普段の感じとそのすごさのギャップにドキドキしてしまうし色々意識もして――
「ロイドくん。」
「ふぁ、あ、はい! なんでしょう!」
「だ、だからね……どっちで寝るのかなって……」
「どっち?」
 む? それはつまりベッドか床かという意味だろうか。ならば当然オレは床――
「た、たぶんロイドくんが考えてるのじゃなくって……ベッドの、壁際とそうじゃない側、どっちがいいのかなって……」
 おずおずとベッドを指さすティアナ。部屋のベッドは壁際に設置されていて、そこで二人並んで寝るというのならそういう位置関係が――って!
「あ、あの、い、一緒に寝る――んでしょうか……」
「……いや、なの……?」
 少し頭を傾け、下からのぞくように放たれたティアナのうるっとした瞳に心臓が止まりそうになる。
「い、いやではないですけどでも――」
「……ロゼちゃんとかとはして、るのに……?」
「そ、それは――」
「してる、のに?」
「びゃ…………わ、わかりました……」
 攻撃モードになったティアナに対して勝てる気のしないオレは一緒に寝ることを了承する。そしてこうなってしまったのなら、ベッドの上でのポジションはかなり重要だ。
 ティアナが壁の方になると、つまりティアナはオレから逃げられない状態になるわけで……ま、万が一理性がふっとぶようなことがあった場合、オレはティアナを……ぜ、ぜひティアナには逃げて欲しい……
 かといってオレが壁の方になると攻撃モードのティアナから逃げられなくなり、それはそれで理性が……ああぁぁ……
「ど、どっちでもいいなら……ロイドくん、壁――の、方ね……」
 すぅっと目を細めて、潤みながらも何かに狙いを定めたかのようなスナイパーの視線が壁の方に突き刺さる……!
 ど、どうしよう、今のティアナからは普段の数倍の攻撃力を感じる……!
「も、もう遅いから……シャワー浴びて……す、すぐに寝ちゃおう……ね……」
 そう言ってティアナは、この豪華な部屋のそれぞれに一つずつついているシャワールームにするりと入っていった。
 しばらくして響くシャワーの音……別に耳をすまさなくても聞こえるその音に心臓が……ああ、今裸のティアナがそこに……あああああ、やらしい想像が!
 肌色のイメージと理性が十分ほど火花を散らしたあたりでティアナが出てくる。ホカホカと湯気に包まれ、髪留めを外しているせいで鼻と口しか見えなくなっているティアナは、前にみんなが寝間着姿で集まった時と同じ、私服に似たぶかぶかの服を着ていた。
「つ、次、ロイドくん……どうぞ……」
「う、うん……」
 こう言うのもなんだけど、ティアナの寝間着姿にはそれほどい、色気的なモノがないから一先ず安心である。エリルとかだと座る時とかにふんわりとスカートの部分が浮いて――だぁっ! 変なこと思い出すなオレ!
「お、落ち着くんだ……まずはシャワーを……」
 シャワールーム……一人分の狭い空間……この場所についさっきまでティアナが……裸……あああああ!!

「ロ、ロイドくん……お顔が真っ赤だよ……?」
「な、なんでもないんです……」
 自分でもどうかしてると思うくらいにぽんぽん浮かんでくるティアナに対するやらしい想像を押さえつけながらシャワーを浴び終えたオレは、この後にもっとやばい状況が待っているというのにもうすでに顔が赤くなり切っていた。
「え、えっと……ね、ロイドくん、髪、乾かして……くれる……?」
 どうやらオレが出てくるまで待っていたらしいティアナと互いの髪の乾かし合いをする。引っ込み思案というかおどおどした性格とは反対にキラキラで目立つ金色の髪……ティアナは短くしているが、長くしても似合うかもしれない。この金髪がローゼルさんみたいにぶわぁっと広がったらさぞきれいだろう。
「そ、そうかな……ロイドくんが言う、なら……や、やってみてもいい、かな……」
「!? え、オレ、口に出してた!?」
「うん……長いのも似合うかもなぁって……」
「! い、いやぁきれいな金髪ですから……」
「ロイドくんも、け、結構サラサラの黒髪……だよね……伸ばしたら、女装の時みたいに、女の子に、見えそうだね……」
「うん、たぶん……そうだ、伸ばすと言えばティアナってその、前髪が長いでしょ? それを髪留めでよせてるけど、切っちゃおうとは思わないの?」
「……む、むかしはこの魔眼――ペリドットの金色が嫌で……か、隠してたんだけど……それじゃあ銃が使えないって……だ、だから撃つ時だけ髪留めをするようにしてたんだけど……セイリオスに来てロゼちゃんが……留めてる時の方がいいって……金色の瞳なんて、気にしなくていいって……」
「おお、さすがローゼルさん。」
「それで、留めたままでいるようになって……ロ、ロイドくんが言った通り、き、切ろうかとも思ったんだけど……な、なんだかその頃には……髪留めの感覚って、いうか……重さになれ、ちゃってて……な、無いと逆に落ち着かない感じで……」
「ああ、なんとなくわかるぞ。腕時計とか……オレたちで言うなら腰とかにさげた武器とかみたいなもんだな。いつも身に着けているせいでそれが必要なくてもないと不安になる感じ。なるほど、そういうことだったのか。」
 ドライヤーをかけ合いながらそんな話をし、さっきまでのやらしい想像で熱くなっていた顔とか頭が冷めた……のだが、「それじゃあ……」とティアナが恥ずかしそうにベッドの方に視線を移したことで即座に熱が戻ってしまった。

「……ふ、二人でぴったり……くらいだね……」
「ももも、もともと一人用ですから……!」
 壁際。掛け布団を握って天井を見つめるオレの横にはオレの方を見つめる向きで横になっているティアナ……!!
「あ、あの、ティアナさん……?」
「うん……」
 電気を消してはいるが、閉めると部屋の中が真っ暗になってしまうからと少しあけたカーテンの隙間から入る月明かりでぼんやりとティアナの顔が見える。普段なら髪留めを外したティアナの目はこっちから見えないのだが、横になっていることで隙間が生じ、そこから少し潤んだ金色の瞳がのぞいている。
 ローゼルさんやリリーちゃんみたいにだだ、抱きついてきたりはしていないのだが、その視線だけで心臓が……ああぁ……
「あ、あたしね……ロイドくんに、き、聞きたいことが、あったの……」
「は、はひ、なんでしょうか……」
「この前……ロイドくんがあ、あたしとロゼちゃんの部屋に来て……着替え、を見た時のことなんだ、けど……」
 瞬間、記憶が鮮明によみがえる。学院長が学院の外にいたことで不安定になった空間の魔法とオレのラッキースケベが組み合わさって起こったあの事件。自分の部屋のドアを開けて中に入ったらそこはティアナとローゼルさんの部屋で、しかも二人は着替え中……
 なんとなく縮こまっているのと、制服以外だと大抵ダボッとした服を着ているティアナだからわかりにくいがなかなかのナイスバディで、それを覆っていた黄色の下着が今でもはっきりと思い出せ――るのはどうかと思うし今はまずいぞオレ!
「あ、あたし、あの時ロイドくんにぎゅって抱き、ついたり……ゲームって言ってもっとえ、えっちな事もして……」
 二人の部屋から逃げようとしたが後ろからローゼルさんに、そして前からはティアナに抱きつかれて動けなくなり……その後すっ転んでベッドに倒れ……左右から下着姿の二人に抱きつかれたまま十分耐えるというゲームを提案されて……
 たた、耐えられないイコール二人をおそ……と、という意味になってしまうのだが二人は猛攻を仕掛け、ティアナは下着姿ゆえにくっきりはっきりとしたそのナイスバディを腕やら脚やらにからませてきたのであちこちの柔らかな感触が……感触が……!!
「ロ、ロイドくんの……ラッキースケベの、せいっていうのもあった、んだろうけど……あ、あの時のあ、あたしはちょっと……あの……だからね……」
「う、うん……?」
「ロイドくんは……や、やらしい女の子は……嫌……?」
「ぶぇっ!?!?」
「ロゼちゃんとかが、い、いつも色々やってて……ロイドくんは、は、恥ずかしがって、真っ赤になってる、けど……じ、実のところは……どうなのかなって……」
 理性の危機……はとりあえず置いておいて、その行動に対してどう思うかってことか……ま、まぁそんなの……
「そ、そうだな……まずは――困る……うん、困る……り、理性というか我慢というか……みんながオレをどう思っているかは知っているし、オレの方もかなり――ま、まぁこれはユーリのせいでオレよりみんなの方が知っているんだろうけど……そ、それでもこう……そんなやたらめったらそういうことをしてしまうのは――なんというか、それだけを求めているようで違うというか……求めていないわけではないけどそればっかりじゃなくてあの……」
 ダ、ダメだ、まとまらないぞ。もっと簡潔に……
「つつ、つまりね、ああいう攻めが嫌かどうかで言えば――い、嫌じゃない……です。そ、それくらい……それほどの感情を持ってもらっているのは嬉しい……よ。あと……単純にその、スケベ心的にも……ウレシイです……はひ……」
 ぐあ! 最後の一言いらなかったんじゃないか!? ただのエロい人だぞ!
「そう……なんだ。嫌じゃなくて、むしろ……ああいうことを、され……るのは、困るけど――嬉しい、んだね……」
「そ、そう……向きの違う感情であっちこっちにどうにもこうにもという感じなのです……」
「そして……そういうのを重ね、ることで……ロイドくんの中で自分を……大きくさせること、につながる……ことが、もう、わかってる……それなら……」
 横目で見ていたティアナの顔がぐぐっと近づき、腕を滑り込ませてオレにむぎゅっと抱きつきゃあああ!
「嬉しい、んだよね……」
「ひゃああっ!?」
 するりとオレのパジャマの中に入ってきたティアナの手が胸の辺りをさすり、絡んだ脚で更なる密着状態に……ぶかぶかの服に隠れた豊満な柔らかさが……太ももが……そして最もヤバイ――!!
「大丈夫……本番、は、お泊りデートの時……に、するからね……」
「ややや! そ、その前にオレが――オレがおそ、オソ――」
「そうなっちゃったら……うん、それは、それかな……おやすみ、ロイドくん。」
「びゃああああ!?!?」
 身じろぎによってグイグイ押し付けられるそれらに加えて耳をかじられたり首をなめられたりという同時攻撃を受けながら、オレはそんなティアナの身体に伸びそうになる手を掛け布団をにぎった状態に全力で固定し……こうして一晩の激戦が始まってしまった。


 翌日、列車の食堂に集まってみんなで朝ご飯を食べたのだが、当然のように話題がオレとティアナの一夜になった。
「さぁさぁ事実確認だ。ティアナがホクホク顔になっているから何もなかったというわけではないのだろう?」
「まさかと思うけどあんた、ティ、ティアナと……」
「ロイくんもティアナちゃんも、怒らないから正直に答えるんだよ?」
「商人ちゃん、食事用のナイフをそんな風に構えたら怖いよー?」
 強化コンビとストカが朝からモリモリとお肉を頬張っている中、オレはエリルたち四人から鋭い視線を向けられている。ちなみにティアナは……な、なんというか幸せそうに微笑んでいる……
 じ、事実確認と言っても……ま、まぁ朝起きると横にいたはずのティアナがオレの上に乗っかっていて、胸の辺りですやすや眠っていたのだが……オレ自身の位置も姿勢も変わっていなかったから何もなかった――はずだ……!
 そ、それに一応ティアナにも確認したけど「大丈夫だよ」と言っていたし――
「ふふふ、どう、かな……」
「ティアナ!?」
 ティアナが含みのある色っぽい笑顔を見せる……!
「……ロイド?」
「いや! 何もしてません! し、してないはずです! だ、だよねティアナ!」
「うん、大丈夫……だよ。一緒に、寝ただけ。」
「ほ、ほら!」
「……一応言っとくけど、一緒に寝るってことも相当あれな事よ……」
「今更だなエリルくん。しかしまぁ、一先ずは安心か。」
「まぁ……ちょっと色々、やったけど……ね……」
「ぶぇぇっ!?!?」
 思わず立ち上がったオレを流し目でニンマリ見上げるティアナ……!!
「あははー、ロイドの驚き的に、ロイドが寝てる間に何かしたんだねー。スナイパーちゃんってばやらしー、なにしたのー?」
「……秘密、かな。」
 そう言ってティアナはペロリと舌を出す。い、一体何をされたんだオレは!
「ロイくん、服脱いで。チェックするから。」
「えぇっ!?!?」
 手をワキワキさせるリリーちゃんだったけど、ローゼルさんがコホンと咳ばらいをする。
「や、やはり本気になったティアナは厄介だったが……まぁ、ロイドくんから何かをしたわけではないのなら……詳細を聞き出すのはあとにしておこう。あと数十分で到着だからな。」
「? じゅーぶん聞き出す時間はあると思うけどー?」
「夜の国ほどではないだろうが、火の国にも独自の習慣などがあるだろうからな。その辺を事前にアンジュくんから聞いておいた方がいいだろう。」
「あー、そーゆーことかー。えっと火の国は……そうだね、まずは系統の話かなー。」
「系統? 得意な系統のことか?」
「そーだよー。ヴィルード火山の影響で常に濃い火の魔力が漂ってるからねー。人間にも変化が生じてるんだよー。火の国で生まれた人はねー――」
「お、それはあれだろ? 第四系統の火の魔法を得意な系統としてる奴ばっかりなんだろ。」
 ティアナとの一夜についての話が一先ず終わったので、強化コンビも話に加わる。
「ぶっぶー、ざんねーん。逆にすごく少ないんだよー。」

 アンジュが教えてくれた火の国における第四系統についての話はこうだ。
 濃い火の魔力に覆われたヴィルード火山と、そこを中心に発展したヴァルカノという国。魔法生物が独自の進化を遂げているように人間もその影響を受けて更なる力を……と、普通は考えるわけだが、そもそも人間の身体は魔法を使えるようにはできていない。得意な系統という、人それぞれに扱いやすい系統というのはあるけど、基本的に魔法は人体に負荷を与えてしまうモノなのだ。

「得意な系統ってつまり身体がその系統の魔法との高い適性を持ってるって意味だからねー。火の魔力でいっぱいのこの国でそうなっちゃうと適性がある分、影響を受けやすくなるんだけど、それって人間の身体にはちょっとオーバーなんだよねー。常に魔法負荷を感じてヘロヘロになったり、魔法のコントロールが全然できなくて暴走しちゃったり、建国当初は色んな事故があったみたいだよー。」
「当初は、か。ふむ、つまりそういう事が起きないように人々は長い年月を経てこの国の環境に適応したのだな。第四系統を得意な系統とするような身体にはなりにくくなった、と。」
「そーゆーことー。」
「あ? 適応っておいおい、んなこと簡単にできるモノなのか?」
「アレク、一応魔法学の授業で教わったことだぞ。生物における進化となると何万年という単位だろうが、魔法に関してはそこまでの時間は必要ないと。」
「そうだっけか? ん? つーかこの流れ前にもあったな。」
「そもそも「得意な系統」というのも昔の人には存在しなかったモノだそうだ。長年魔法を無理矢理使い続けた結果、人体がある程度の魔法適正を持ち始めた故に生まれた概念というわけだな。」
「ははぁ……んじゃその内人間も魔法生物みてーに魔法をバンバン使えるようになんのかもな。」
「無い話ではないだろうな。」
「やれやれ、アレキサンダーくんは何も学力までCランクに落とさなくてもよいと思うがそれはさておき、しかし今の話の通りだとアンジュくんはどういうことなのだ? 第四系統が得意な系統だろう?」
「んふふー。すっごく少ないってだけで全くいないってわけじゃないんだよー。」

 せっかく火の魔力に満ちた環境だというのに、それに適した身体にすると人間には負荷が大きすぎて逆効果なわけだが……逆に言うと、人間の身体が何らかの要因で通常よりも魔法負荷に強いモノになったのなら、身体は得意な系統として第四系統を選ぶことになる。
 そして人間は、長い時をかけて「得意な系統」という適性を手にしたのと同じように、時々そういう身体を持って生まれてくることがある。

「よーするにフツーの身体じゃなければいーって話でねー。わかりやすいのは、その人が魔眼所有者だった場合、逆に得意な系統はほぼ確実に第四系統になるんだよー。」

 魔眼というのはつまり、人間の身体に初めて備わった「魔法に関わりのある器官」だ。これがあるだけで人間の身体の魔法適正はハネ上がるようで、実際、魔眼所有者は普通の人よりも魔法負荷の耐性が強かったりする。

「他にもお姫様みたいに魔法の適正が妙に高い人とかも第四系統が得意な系統になるねー。」
「ふむ。アンジュくんの場合は魔眼フロレンティンを持って生まれたことで――というわけか。しかしこれは面白い話だな。つまり得意な系統というのは、母親のおなかの中で成長する過程においてだいぶ後の方で決まる要素なのだな。」
「そーだねー。だから昔は結構ヤバイ実験をしてた人もいたらしーよー。妊婦さんに魔法かけたり薬入れたりして魔法の適正を上げられないかーってねー。」
「なるほど……だがまぁ、こう言ってはなんだがそういう考えに至るのも理解できる。」
「は? ローゼル、あんた何言ってんのよ。」
「考えてもみるのだ。この国はヴィルード火山という世界規模の爆弾を有しているのだぞ? 当然、その研究には第四系統の使い手が不可欠だが、皮肉なことにこの国ではそれを得意な系統とする者が生まれにくいときている。必死にもなるだろう。」
「……当然、今はやってないわよね……?」
「もちろんだよー。でもそういう国だからさー、火の国では第四系統が得意な系統っていう人はなんとなく特別扱いされるんだよねー。」

 火の国における第四系統の使い手の価値はかなりのモノであり、それ故にそうだというだけで何かの偉業を成した人のように扱われるのだという。
 カンパニュラ家でアンジュが生まれた時なんかは、王族や他の貴族たちからそれはそれは豪華なお祝いの品々が届いたらしい。

「で、でもそれなら……他の国の、火の魔法の使い手の人たちは……み、みんなこの国に来たがる、んじゃないかな……」
「うん、火の国としては大歓迎だよー。得意な系統じゃなくても、火の魔法が上手に使えますっていう人ならみんなねー。でも……そう簡単にはいかないんだよねー。」

 ティアナの言う通り、初めの頃は他国から第四系統の使い手を国が集めたし、自然に集まってもきたそうなのだが……この国に満ちる火の魔力は、そんじょそこらの使い手では制御できなかったというのだ。

「暴発に暴走のオンパレードでねー。フェルブランドで言うところの上級騎士――セラームクラスの技術を持った人じゃないとまともに魔法が使えないんだよー。」
「は……ちょ、ちょっと待ちなさいよ、あたしは……」
「あはは、今のは普通の身体の人の場合の話だよー。お姫様みたいに高い適性を持ってる人なら大丈夫なはずだよー。」
「はずってあんたねぇ……」
「うふふ。でも火の国で普通に魔法が使えるなら、お姫様の強さは何倍にもアップすることになるんだよー。もちろんあたしもねー。」
「むぅ……第四系統が大歓迎となると、その逆であるわたしのような第七系統の使い手は嫌われ者だったりするのか?」
「それはないよー。第四系統だけがチヤホヤされるだけー。」

 アンジュの火の国講座が終わったところで、オレは窓のカーテンを閉めて通路側の席に座って骨付き肉にかじりついているストカを見る。オレたち同様、セイリオスの制服を着ている普通の女の子に見えるが、実際はいつものドレスに黒いローブを羽織ってフードを目深にかぶっているはずだ。
「なぁストカ……いや、とりあえず大丈夫なのか? 昼間に動いて。」
「バホフベボヒナゲリャナ。」
「飲み込んでからしゃべれ。」
「――んぐ、んだよ、食ってる時に話しかけたのはロイドだろ。バトルみてーな激しめの運動しなきゃ大丈夫だ。」
「そうか。んじゃあその……濃い火の魔力ってのは? ストカは第五系統が得意な系統みたいだが……ほら、魔人族だし、影響は受けるだろ?」
「いい影響なら受けるし、悪い影響なら身体がブロックする。俺らや魔法生物にはそーゆー周りのマナや魔力の影響を制御する器官があんだよ。」
「そうか……いや、そりゃそうか。でもそんな器官があるなら……なんというかさっきのひどい研究の話じゃないけど、魔法生物とかを解剖してその器官を解析したりしてそうだな……」
「あー、そりゃ無理だな。魔力の流れも見えない人間にそれがどれかわかるわけねーし、どうにかして見つけても解析なんかできねーよ。」
「そういうもんか……つくづく人間ってのは魔法が使えない生き物なんだなぁ……」
「おまけに弱っちー身体ってな。でもそんな風にダメダメだから色々できるようになりたくて、んで結果できるようになっちまったっつー不思議さが、他の生き物にはない人間の力だ――って、ヨルム様が言って――ん?」
「? どうし――」

 ドカアアアアンッ!!

 突如として響く轟音。同時に身体が浮遊感に包まれ、窓の外の景色――荒野と少しばかりの緑が続く風景があり得ない方向に吹っ飛び、そして回り出す。それに合わせて天井と床がその位置をぐるぐると交代し、イスやテーブルが上下左右に跳ね回る。どっちが上でどっちが下か、感覚と光景がちぐはぐに回ること数秒、ガシャァンという音と共に元の向きに戻った車内にはあらゆるモノが散らばっていた。
 普通ならば、車内にいた人もあちこちに叩きつけられながら転がり、場合によっては致命的な重傷を負ってしまっただろう。だが――

「な、なんなのよいきなり……」

 全員がほぼ無傷に近い状態で着地し、何事もなく立ち上がる。伊達に鍛えていないというか鍛えられていないというか、とにかくオレたちは無事だった。
「ビックリしたぜ。人間の国には詳しくねーけど、これが火の国じゃ日常なのか?」
 そしてそれ以上に、ストカに至ってはさっきと同じようにイスに座ったままで、テーブルはふっとんでいるものの、骨付き肉の骨をバリバリとかみ砕いていた。
「そんなわけないよー。でも……まさかねー……」
 滅茶苦茶になった車内――歪んでまず開かないだろうドアをチラ見したアンジュはパチンと指を鳴らして壁付近を爆破し、そこに大きな穴をあけた。
「とりあえず外に――」
「他の乗客が心配だ! 救助に行くぞ!」
「強化魔法の見せ所だな!」
 アンジュがあけた穴の横、体当たりで壁を突き破ってカラードが出て行き、それに続いてアレクも外に出た。
「……あたしがあけた穴が見えなかったのかなー、あの二人……」
 とっさの状況の中でも正義を貫く騎士に感動し、オレもそうじゃないといけないはずだとアンジュがあけた穴から出て他の車両に目をやった……いや、やろうとしたのだが――
「えぇ? なんであんな遠くに……」
 食堂が入っている車両は先頭に近いのだが、いつの間にか後ろ……いや、前後の車両と切り離されていたらしく、遥か後方に動力車から離れて止まっている車両があり、前方には軽くなったことで加速したらしい動力車に数両加えた車両が走っていた。
 そして振り返れば、線路から離れて荒野を転がった車両が無残な姿でポツンとそこにあった。
「ふむ。どうやら事故などではなさそうだな。他の車両と、文字通りに「切り離されて」いる。」
 車両の後方にまわったローゼルさんが指さしたのは車両の連結部分。そこは何か……例えるならアンジュの『ヒートレーザー』のようなモノで焼き切ったようになっていた。
「攻撃っつーわけか? 理由がよくわかんねーが、まぁ他の乗客を巻き込まないようにする辺り、そこまでの超悪党ってわけでもなさそうだな、カラード。」
「いや、おそらくそういう理由じゃないぞアレク。単に、おれたちがいた車両をより「転がす」ために前後から切り離したのだ。」
「まじか。そいつはヤル気満々だな。」
 学院の教えの通り、食堂にも武器を持ち込んでいたオレたちはそれぞれに構えを取る。
 ……んまぁ、さすがにカラードはランスだけだが。

『どういうことだこれは。』

 周囲に注意を払うも、五感に柔らかい布をかぶされたような変な感覚でイマイチ集中できずにいると、オレたちから少し離れた場所にある岩の上が歪んで一人の……男か女かわからないが、誰かが現れた。
『勲章持ちと聞いたから気合を入れてきたというのに、まだ子供じゃないか。』
 声がくぐもっているのはその顔を覆っているオバケみたいな白い仮面のせいだろう。その仮面以外を黒で染めた暗殺者のような格好の人物は、そんなことを言ってため息をついた。
「まさかねー、来るとは思わなかったよー。」
「む? なんだアンジュくん、知り合いか?」
「違うよー。でも、攻撃してきた理由はわかるかなー。」
「ほう?」
「まー、よくある話だよねー。ワルプルガの成績で火の国での発言力……権力が変わるからねー。大抵の家が他国から優秀な騎士を呼びよせるんだけど、本番前に他の家の騎士を潰しちゃおうって動きは毎年それなりにあるんだよー。」
「……嫌な話ね。」
 言葉通りに嫌そうな顔をするエリルに、アンジュはあははと笑う。
「貴族なんてそんなもんだよー。歴史ある家系とか血筋とかが無い分、火の国ではより一層ドロドロしてる感じかなー。まーそれでも、列車を転がすなんて大事件は聞いたことないけどねー。」
「ふむ……まぁおそらくは、王族を除けば火の国で一番の力を持つというカンパニュラ家が、今年は勲章持ちを呼び寄せたということで焦りを覚えた家があったのではないか?」
「だねー。それでもあたしたちは学生だからこういう事にはならないと思ってたんだけど……勲章の影響をちょっとなめてたかなー。」
「……さっきの発言だと、あいつあたしたちが学生とは知らなかったみたいよ?」
「あはは、それはそれで他の家の情報収集力を過大評価しちゃった感じかなー。」
 こんな状態になった理由がわかったところで、オレたちは改めて襲撃者を見たのだが……なんというか、見るからにヤル気をなくしていた。
『楽なのは歓迎だが、だからってままごとしたいわけじゃないんだぞ……』
 がっかりしながらも仮面の人が構えると、その両手に赤い光でできた剣が握られた。
「へぇ、熱を魔法で固定して武器の形にしてるよー、あの人。」
「熱……アンジュとちょっと似てるね。あの武器も爆発するのかな。」
「どーかなー。どっちにしたってあたしたちには……あ、そうだちょーどいーかなー。」
「? どうしたの?」
 この襲撃者がかなり本気であるとわかって構えた武器にグッと力を入れたみんなに対し、アンジュはスタスタと前に出てくるりとこっちを向いて――仮面の人に背を向けた。
「もうここは火の国の中でねー。たぶんみんな、魔法の気配とかを感じにくくなってるでしょー。」
「! そうか、じゃあこの変な感覚が「濃い火の魔力」ってわけなのか……エリル、パワーアップしたか?」
「……わかんないわ……」
「あははー、さすがにそんなすぐには無理だよー、慣れが必要だからねー。一日経てばお姫様の魔法はとんでもなくなるし、みんなの感覚も普通に戻るよー。」
 そう言いながら、アンジュはピンと右手の人差し指を立ててその先に『ヒートボム』を出した。
「あの仮面の人、確かに昔なら強い人だって思っただろうけど……うふふ、ロイドの愛の力であたしもパワーアップしてるからねー。」
 パチンとオレにウインクを飛ばしたアンジュは振り向きながら、手を鉄砲の形にして『ヒートボム』を仮面の人に向けた。
『やる気か? やけどじゃすまな――』

「『ヒートブラスト』。」

 アンジュの指先に浮かぶ直径十センチ程度の『ヒートボム』から放たれたのはその数十倍はある極太の熱線。一瞬の紅い閃光の後、仮面の人が立っていた場所を中心に――というかその場所から後ろを広範囲で巻き込む大爆発が起きた。爆炎が火柱となって赤々とそそり立ち、爆風が周囲のあらゆるものを吹き飛ば――ってうわわ!
「こらアンジュくん! 危ないだろうが!」
 荒野に転がる大きめの岩がとんでくるのを見てローゼルさんが氷の壁を出し、みんなを突風と岩の雨からガードした。
「あははー、ちょっと加減を間違えちゃったかなー。火の国に入るとこれくらい強くなるって見せたかっただけなんだけど……ロイドの愛で目覚めちゃったあたしの力が大きすぎたねー。」

ほ、本来アンジュの『ヒートブラスト』は火の魔力を体内から直接魔力のままで相手にぶつける技で、魔眼フロレンティンの力で魔力の貯金を持つアンジュだからこそできるシンプルかつ高威力の技だった。
 それをランク戦などを通して改良し、予め『ヒートボム』の中に火の魔力をためておいて、ふよふよ浮かせた『ヒートボム』からミニ『ヒートブラスト』を放つというのが今アンジュがやった技であり、本来なら『ヒートレーザー』という名前のついた一発だった。
 だけどこの前のラコフとの戦闘でオレの……その、ユーリのせいでしでかした大告白によって……ロ、ローゼルさんがオレとのお泊りデ、デートによってパワーアップしたのと同じような現象が起き、アンジュの魔法は一段階強くなった。
 んまぁ、正確には……潜在的に秘めているけどそれが開花するかどうかはわからないという、誰もが持っている可能性が引き出されたという感じで……べ、別にオレの告白に特別な力があるわけではない……
 ただ……アンジュに限らず、オ、オレの事を好き――だと言ってくれるみんなにとっては……なんというか、魔法のたがが外れるには充分な出来事――だったようで、みんなの魔法が強化されている……のだ。
 そんなこんなであんな小さな『ヒートボム』からアンジュの必殺技である『ヒートブラスト』レベルの熱線を放てるようになり……仮に威力を抑えて『ヒートレーザー』としたなら二、三分発射し続けることができるようになっていたりする。
 もちろん相応の魔法負荷は受けるのだが、以前なら同じことをやろうとすると集中力やらも使ってかなり消耗していたはずのところをあっさりとできるようになったのだから、確実に強くなっている。
 んで、そんな強力な魔法が火の国の影響で更にパワーアップし……きっともっと手加減した一撃だったはずの攻撃が大爆発となった……ようだ。

「言いたくないがアンジュくん、今のをまともに受けてあの者が生きているとは思えないのだが……」
「そーでもないと思うよー。その気で撃ってないから派手なだけで威力は散ってるはずだからねー。」
「ロイド、風。」
「あ、はい。」
 エリルが爆心地をビッと指差し、オレはそこに舞っていた煙を風で飛ばした。
「あ……うん……生きてる、よ……一応……」
 全身黒こげ……ああいや、元から黒いんだが、ぶすぶすと煙をあげて大の字に倒れる仮面の人を――おそらく魔眼ペリドットで確認したティアナが呟いた。
「そうか、それはよかった……いずれは――とは思うものの、な……」

 ラコフとの戦いにおいてオレたちは……いや、実質的にはエリルなのだが、その場にいた面々は同じようなモヤモヤを抱えた。
 それは、敵であれなんであれ、人を殺すということだ。
 ラコフは人間だった。ツァラトゥストラによって最終的には半魔人族と言っていい状態になっていたが、それでも人間という事実は変わらない。
 騎士になって戦うということには、もしかしたら住処がなくなって人間の町へ侵攻するしかなかっただけの魔法生物を殺し、家に帰りを待つ家族がいるかもしれない悪党を殺すという事が含まれている。
 そういう言葉とは縁遠そうなフィリウスも、よく考えればこれまでに数々の「人殺し」を行っているはずで、多くの人の憧れの的である有名な騎士たちもまた、大量殺人者である可能性が高い。
 悪意を示す「殺し」も正義を示す「倒す」も命を奪うという事に変わりはなく、死んでいいモノなんていないという理想を掲げれば悪党も騎士も同列となる。
 誰もがわかっているそのことが、自分の立場になって重さを増した。

「正義とは己が貫くべき信念だ。この世におれと同じ存在などおらず、ならば対立も必然。人の死を嘆かないわけではないが、悪がいるなら滅ぼす。そのことに迷いはない。」

「わりぃがその辺を考えたのは入学前で、でもって正直どうでもいいと思った。弱肉強食とか仕方がないとか頭のいい理屈じゃねーが……だってヤバイ奴らがいて危ねーんだ。何とかするしかねーだろ?」

「今更ボク、どうとも思わないよ。それが普通じゃないっていうのを知った時はそりゃあれだったけど、ボクには何よりも優先するモノがあるの。言うなればボクの正義ってそれで、それがどうにかされそうっていうなら、ボクは殺すよ。」

 十二騎士や現役の騎士がどんな考えかは知らない。ただ、オレたち八人の場合……既に答えを持っている人は何人かいた。
 正直言うと、オレは悪っていう人間を殺すのにためらいは……たぶんない。悪がばらまく死っていうのを間近で見て、それで奪われた大切な人たちがいる。悪の側の命なんて気にしていたら手遅れになるかもしれない……そう考えると、オレは剣を振ることを止めたりはしないんだろう。
 だけどまだそういう……自分で言うのもなんだけど覚悟みたいなモノが心の中に定まってないメンバーもいる。

「んなもん、やんわり悩どきゃいい。絶対に間違えちゃいけない場面に後悔を残さない程度にな。」

 たぶん、このことを相談した時に先生が言ったこれが一番いい答えなんだと思う。なんにせよ、自分が後悔するようなことはしない――きっとこれに尽きるのだ。
 悩むことは悪い事じゃない。そういう迷いも力に変えて、騎士は強くなっていくのだろう。だから今はまだ定まらないみんなも、これからというだけなのだ。

「……ロイドくんが気持ちの悪い顔をしているな……」
「えぇ!?」
「どうせ今の会話で前のことを思い出してわたしたちに生温かい視線を送っていたのだろう。まったく、わたしの夫は上から目線の亭主関白だな。」
「ロイドの場合はどー考えても尻に敷かれるだろーけどねー。具体的にはあたしのさー。」
「だ、大丈夫だよ……ロイドくん……あ、あたしたちにも……守りたいもの、あるから……」
「…………」
「……む? どうしたエリルくん。あの気味の悪いわたしの夫に――むむっ!!」
「――! な、なによ! て、ていうかロイドはあたしの――」
「そういえば実際にやったエリルくんがこれといった悩み顔を見せていないではないか! これはそう――ず、ずばりロイドくんに慰めてもらったのだな!」
「!!」
「も、もしやあの――ロロ、ロイドくんとあんなことやこんなことをした時か! 時なのだな!」
「う、うっさいわね!」
 いつオレの方に飛び火するかわからないいつもの感じにみんながなっている中、強化コンビが仮面の人に近づいて手荷物を調べる。
「ふむ……こういうのはさすがプロと言うべきなのか、身元を示すようなモノは持っていないな。」
「仮面の下は……普通のおっさんだな。さっき「気合を入れてきた」つってたが、他に仲間がいたりしねーか?」
 アレクのその言葉で再び周囲を警戒したオレだったが、いつの間にか隣に立ってたストカが……まだ骨をバリバリしながらポンと肩を叩く。
「もう敵意を持った奴はいねーぞ、ロイド。襲撃者はそいつとあっちの二人で全員みたいだ。」
「そうか――え、ちょっとまて、なんだ、あっちの二人って。」
 オレの質問にストカは近くの岩……というか岩山を指さした。するとタイミングピッタリに、その陰から誰かが出てきた。

「出迎え兼警戒の為に駅で待機していたのだけれど、よもや走行中の列車を襲うとは予想の外。しかし結果として弟子の成長を垣間見る事ができたのは僥倖だった。」

「わ、カッコイイ……」
 と、思わず呟いたのはオレだ。その人は男性なのだが、同性のオレでもそう思うほどにカッコイイ人だったのだ。
 空の色のような鮮やかな水色の髪を……個人的なイメージで言うと「デキる執事」みたいにさらりとさせて、これまた執事みたいなキリッと決まる眼鏡をかけている。
 そこまで行くと服装は執事さんのようなバシッとした服かと思いきや、正反対の……えぇっと、ああいうのはスポーツウェアというんだったか。所々にシュッとカッコイイラインの入った、上は二の腕まで、下はくるぶしの辺りまでを覆うぴっちりとした、今からジョギングですとでも言いそうな黒い服を着ている。色で言えば仮面の人と同じで全身黒ずくめなわけだが、明らかにこっちの方がスタイリッシュだ。
 でもって、その姿故に強調されるのがその人の……こういう事を言うとエリルに「気持ち悪いこと言うんじゃないわよ」って言われそうだが……肉体美だ。かなりの長身で手足がすらりと長く、その上で引き締まった筋肉が見て取れる。なんというか、見事なバランスで「美しい」という言葉がしっくりくる身体なのだ。
 そんな顔も身体もカッコイイイケメンの人の両手は仮面をかぶった人を左右それぞれにつかんでいて、つまりその人は岩陰から仮面の人を二人ほど引きずりながら登場したのだ。
「んん? もしかすると隠れて機を窺っていたこの二人を僕が退治する必要は無かったのかもしれないね。余計な事をしてしまったかな?」
「いえ……あの、というかその、ど、どちら様でしょうか……」
 隠れていた襲撃者をやっつけてくれたのだから味方なのだろうけど誰かはわからない。きっとこの国の騎士……ん? さっき弟子って言っていたような……

「師匠、なんでこんなところにいるのー?」

 突如現れたカッコイイ人にそう尋ねたのはアンジュだった。
「ふふふ、なに、駅に近づいてきた列車の一部が突然転がり出したから何事かと思って駆けつけたのさ。」
「師匠……ってことは……つまりアンジュの……?」
「そーだよー。これがあたしの師匠でカンパニュラ家のおかかえの騎士、フェンネル・ファイブロラ。」
「やぁ、どうぞよろしく。気軽にフェンネルさんと呼んでもらえると嬉しいかな。」
 眩しい笑顔と爽やかさにドキッとしてしまう自分に妙な感じになる。
「あ、えっと、セイリオス学院一年、ロイド・サードニクスです。い、一応『ビックリ箱騎士団』の団長です。それでこっちのみんなが――」
 と、みんなの自己紹介を促そうとみんなを見たのだが……全員がすごく変な……ニュアンス的には嫌そうな顔をしていた。
「?? え、みんなどうしたの?」
「……どうしたのってあんた……だ、だってその男……」
「そ、そうか、ロイドくんはアンジュくんが効果を切っているから……わからないのだ。」
「えぇ? あの、何の話ですか?」
 どうやらオレだけよくわかっていない何かをローゼルさんが説明してくれる。
「あー、えっとだな……ほら、アンジュくんはあんな危ない……ちょっと動くだけで色々見えてしまう服装だが、それでも大丈夫なのには理由があっただろう?」

 アンジュの普段の服装は改造された制服でおへそが丸出しな上にとんでもなく短いスカート。戦闘という動き回る行為をすればパ――上も下も下着が見えかねないというか見える格好だ。別にアンジュにそういう趣味があるとかそういうわけではなくて、《ディセンバ》であるセルヴィアさんがきわどい鎧姿なのと同じ理由で――つまり、肌から体内に取り込むことになるマナをより効率よく得る為の格好であり、そういうのは騎士の中では男女問わず珍しいモノでは……一応ない。
 んまぁ、とは言っても普通に見えてしまったらアンジュだって恥ずかしいわけで、だからアンジュの服にはとある仕掛けがある。
 もしもスカートがぶわーっとなってもその下というか中が視認できなくなるという特殊な布でアンジュの制服は作られているのだ。だからどんなに激しく動いてもアンジュの服は普通の服よりも鉄壁になっているので安心……なのだが、アンジュはオレを誘惑――す、するためにと言って、オレにのみその効果が発動しないようにしているのである……

「オ、オレに対してだけは効果を切ってるという……あれですね……あ、あれがどうかしましたか……」
「つまりだな……ロイドくんはアンジュくんの服がその効果を発動した時、どんな風に見えるのかを知らない――ということだ。」
「そ、そう……ですね……」
 ふと気がつくとアンジュの下着が見える……と、ということは結構あって、毎回「見えてますから!」と言うのだが「見せてるんだよー」と返ってくる。そのやりとりの度にエリルたちにつねられたり蹴られたりするわけだが……確かに、オレ以外にはどう見えているのかは知らない。
「わたしたちにはな……黒いモヤがかかったような、そこだけ空間が黒塗りされたような、そんな感じに見えるのだ……」
「へ、へぇ……」
 つまりアンジュのスカートがめくれたとしても、その内側は真っ暗で何も見えなくなるというわけか……
「具体的に言うと……ちょうどあの眼鏡の男の身体のように見えるのだ……」
「はぁ…………えぇっ!?」
 バッと振り返って再度アンジュの師匠――フェンネル・ファイブロラさんを見る。
 ぴっちりとした黒いスポーツウェア……身体の筋肉が見て取れる……ま、まさかつまり……あの黒い部分が……!?!?
「要するに……あの男が実際に身にまとっているのは所々のラインだけ――なのだ……!」
「えぇっ!?!? いやいや、だ、だってあのラインは模様というかデザインというか――腕とか脚にくるっと人巻きされているだけですよ!? そ、それ以外は特殊な布の効果でそう見えるっていうだけならつまり……最悪……」

「そだよー。今師匠、裸だよー。」

 あっさりとアンジュが真実を――ハダカ!?!?
「いつもはローブ羽織ってるんだけどねー。戦闘モードはこんな感じー。腕とか脚に巻いてある布がその特殊な布でねー。師匠の裸を隠してるんだよー。」
「ふふふ、個人的には隠さなくても問題ないのだけれど、周りが五月蝿くてね。仕方なくさ。」
 色っぽい息を吐きながらやれやれと……何やらポーズを決めるフェンネルさん。目の前の青髪眼鏡のイケメンがガラガラと崩れてただの変態になってしまった!
「で、でも裸って――な、何かの拍子にその布の効果が切れたりしたらどど、どうするんですか!?」
「ふふふ、これでも最先端の魔法と科学を組み合わせて作り上げたマジックアイテムであるし、何より発生させている事象が「視認不可」という簡単なモノだからね。最新かつシンプル、それ故に壊れにくいのさ。故意に無効化しようと思ったら、魔法的にも物理的にも多大な労力を要するだろうね。」
「そ、そうですか……」
 ま、まぁ……あれだ、普通の服だって何かの拍子に破けたりするわけで、そう考えればフェンネルさんはオレたちと同じように……そう、黒い服を着ているだけ……なのだ。そう思う……ことにしよう……
「もっとも、あらゆる魔法を弾いてしまうような規格の外の力が相手となるとわからないけれどね。」
「えぇ? ……あ、それってオレの……」
「ふふふ、弟子の夫となれば僕の娘婿のようなモノだからね。色々と調べさせてもらったのさ。」
「ムコッ!?」
 オレの反応に爽やかな微笑みを返したフェンネルさんは、くるくると意味もなさそうに美しく回転しながらアンジュの隣に移動した。
「愛らしい容姿のカンパニュラ家の一人娘。その美貌や地位を求めて数多の男が言い寄って来たが尽くをお断りし、それ故難攻不落とさえ言われたアンジュを射止めた男。どのような人物なのか興味がわかない方が変というモノさ。セイリオス学院に入ってからの活躍の数々は把握していると思ってくれて構わないよ。」
「は、はぁ……」
「ふふふ、騎士としての有望性は当然の事ながら、こうして話すと雰囲気の良さも伝わってくるね。相応にライバルも多いようだけれど、なればこそ手に入れがいもあるというモノ。頑張るのだよ、アンジュ。」
 フィリウスがよくやるあれをマッスルポーズと言うのなら、フェンネルさんのそれはセクシーポーズとでも言うものだろうか。カッコイイというよりは色っぽいポーズを再び決めつつ、アンジュの肩に手を置くフェンネルさん……だったが――
「……師匠、ちょっと離れてよー……」
 と言ってアンジュはフェンネルさんからすすーっと離れた。
 オレも、「どうだ大将! この筋肉は!」と言いながらポーズを決めて迫ってくるフィリウスからは「いやいやいや」と後ずさるし……どうやら変なところがオレたちと似ている師弟関係のようだ。
……と思ったのだが……
「おお……!」
 と、フェンネルさんは嬉しそうに驚いた。
「新鮮な反応だね、アンジュ。服装の事を知ると皆僕から距離を置くけれど普通に握手を交わし、共に男湯を覗いた時も動じなかったアンジュが明らかな拒否を示すとはね。」
 !? なんか今すごい情報がさらりと出なかったか!?
「つまり他の男に近づいて欲しくはないと。そうしていいのは――いや、触れていいのは一人だけ――その身は唯一の男の為にぼわっ!」
 セクシーポーズで語るフェンネルさんをアンジュが『ヒートボム』つきのデコピンで弾き飛ばす。
「そのとーりなんだけどさー、改めて言われるとちょっと恥ずかしーってゆーかー……」
 ほんのり赤くなり、熱のこもった視線でオレを……オレを見つめるアンジュ……!
「いかん、いかんぞロイドくん! 国王軍のお風呂場でもそうだったが、アンジュくんには覗きの趣味があるようだ! これを機にこんないやらしい貴族令嬢はキッパリ忘れてこの名門騎士のローゼルさんを妻に迎えるのだ!」
「ひどいなー、師匠が気配を消す修行だって言ってやらせたんだよー。男が女湯を覗くなら女は男湯を覗くべきだろうーってさー。」
「気配? アンジュちゃん、なんでそんな暗殺者みたいな修行してたの?」
「師匠がそーゆーのうまいから、覚えておいて損はないって教えてくれたんだよー。実際、夏休みの間ロイドを観察するのに役立ったしねー。」

 将来、お姫様になった自分を守る騎士を自分で見つけようとセイリオスで有望な生徒を探していたアンジュはオレに目をつけ、夏休みの間オレのことを観察していた……らしく、そ、そうやってずっと見ていたらすす、好きになったというのである……

「覗きは事実なのだな!」
「そーだけど、別に男の裸なんて興味なかったから何とも思わなかったよー。まー今は好きな人がいるから、ちょっと意識も変わるってゆーか……ロイドの裸なら見たいかなー。」
「えぇっ!?」
「ふふふ、屈強な男たちの裸体にピクリともしなかったアンジュが乙女の顔を見せるとは、喜ばしい限りさ。」
「お、乙女って、いう……よりは獲物を……狙う、ケダモノ……だよね……」
「スナイパーちゃんもひどーい。」
「ふふふ、恋でも愛でも、その根元にあるのは相手を独り占めにしたいという願望――即ち手に入れ自分のモノにしたい欲求だからね。そこに獲物を見据えた獣が目を爛々とさせているのは当然と言えるだろう。」
「師匠まであたしをケダモノ扱いするのー?」
「ふふふ、悪いことではないさ。その獣が表に出た者は男女の区別なく美しくなる。アンジュ、今の君は魅力に溢れている。国を発った時と今とでは見違えるほどさ。」
「そ、そーかなー……」
「恋愛は盲目にしたりあばたをえくぼにしたりするが、本質的にはその者を何段階も押し上げて世界を変える奇跡のような力――っと、こんなところで長話していては当主様に叱られるな。」
 恋愛マスターが言いそうなことをセクシーポーズで語ったのち、フェンネルさんは……ガルドでよく見る「持ち運べる小さな電話」で誰かを呼び、しばらくしてやってきた大きな車――確かリムジンと呼ばれる自動車にオレたちを乗せた。
「僕は事後処理をしていくからね。先に屋敷へ行っていてくれ。」
 おそらくはカンパニュラ家専属なのだろう運転手さんは、フェンネルさんからオレたちの事を聞くとペコリと一礼し、自動車をカンパニュラ家へ向けて発進させた。
「はー、これが自動車ってやつか。フェルブランドじゃたまにしか見ねーし、そもそも形が全然ちげーしなー。ほへー。」
 九人が広々と座れる車内だが、その身長ゆえに若干天井との距離が近くて窮屈そうなアレクが似合わない「ほへー」顔であちこち触りながらそう言った。

 フェルブランド王国は剣と魔法の国と呼ばれるほど魔法技術が進んでいるわけだが、逆に科学技術に関してはそれほどではない。なぜなら他の国が科学で行うことを魔法でやってしまうからだ。
 例えば自動車は長距離を移動する為の手段だが、フェルブランドには馬車がある。速度や快適性が違い過ぎるように見えるが、いい手綱や荷車には魔法が込められていて、結果自動車よりも速く、快適な移動が可能になってしまったりする。
 だが自動車が動かし方さえ覚えれば誰でも動かせるのに対し、魔法の馬車はある程度の魔法技術と、魔法であるが故にそれなりの才能や適性が必要になる。どちらにも何かしらの良し悪しがあって、きっと根っこにある考え方で選択が異なったのだろう。誰もが同じ結果を出すのか、特定の人間がより良い結果を出すのか……みたいな、そんな感じの。
 んまぁ、どっちが良い悪いの話ではないのだが……魔法に飛びぬけたフェルブランド王国の人々は他の国では一般的な科学にすら触れずに育っている場合がほとんどで、結構な……田舎者を演じる羽目になったりする。
 今のアレクの「ほへー」顔のように。

「確か燃料やら電気やらで動いているのだったな……なんというか、危なくないのか?」
「そりゃー事故でも起きて燃料が漏れてそこに火が点いたりなんかしたら爆発しちゃうけどねー。滅多にないよー。ほら、フェルブランドの乗り物だって魔法が暴走したら危ないでしょー。」
「まぁ……そうだな。」
「それと、確かに普通は電気やら燃料やらで動くけど、この国で動いてる機械の九割は火山から抽出したエネルギーで動いてるよー。この車もねー。」
「ほう……」
 普段、授業のわからないところや騎士に関する知識を教えてくれるローゼルさんが物珍しそうに外の風景を眺めているのはなんだが新鮮だった。んまぁ、ローゼルさんに限ったことではなく、オレとリリーちゃん以外はみんなそうなのだが。
 何年前かはぼんやりしているが、オレはフィリウスに一度連れてこられたことがあり、その時と街並みは変わっていない。
 現代的と言うのか、少し古風な街並みであるフェルブランドにいると感覚がマヒするが、一般的なそれに少しだけガルドの機械が混ざりこんだような風景。火の国という名前や火山を中心に発展したという話を聞くと常にあちこちから蒸気が噴出しているようなムシムシした所をイメージしてしまうがそんなことはなく、一年中温暖な気候の過ごしやすい場所である。

「あ、そ、そうか……あ、あたし、火山の周りにできた国っていうの聞いて……街が一つくらいの、小さな国を想像、してたよ……」
 途中にあった、どの道路がどの街へ続いているかの看板を見つけたティアナが呟く。
「あははー。実際に火山のふもとにあるのは首都のベイクだけだよー。」
「首都が、火山の近くって……な、なんだか危ないね……」
「そーだけど、ヴィルード火山が噴火しちゃったら国がまるごとおしまいだからねー。」
「そ、そっか……フェルブランド、じゃ想像もできない、けど、こういう国も、あるんだね……他にもたくさん……ロ、ロイドくんはそういうのをいっぱい見て……あ、あの、ロイドくん……」
「ん?」
「な、何してる、の……?」
「?」
「む? ロイドくん、その手はなんだ、ゾンビみたいに前に出して。」
「?? あ、これか。」
 きっと傍から見ると、座っているオレが何かをしようと両腕を伸ばした状態で固まっているように見えるのだろう。いや、実際オレにもそう見えているのだがそうではなくて……
「あー、えっと今は見えてないけどここにストカの尻尾があるんだよ。そこに腕をのっけてるだけ。」
「ストカくんの? ああそうか、魔法で普通の人のように見えるだけで尻尾がなくなったわけではないからな。なるほど、迷わずストカくんの隣に座ったロイドくんをあとで問い詰めようとは思っていたがそういうわけか。」
「問い詰め……そ、そうです。こういう、座った時に後ろに空間がない場合、ストカは尻尾を横に出すので……こうやって隣の人の膝の上にのっけることが多かったんですよ。だから……みんなの膝の上にのっけるのはお互いにいきなりでアレですし……なのでオレが。」
 大きな尻尾を持つ弊害というか、だからストカは少し斜めに座っている。スピエルドルフであれば尻尾を持った人も多いからモノの作りがそれに適した形になっていたりもするのだが、人間の世界ではまずない。
「ふむ……し、しかしそのサソリの尻尾もストカくんの身体の一部なのだろう……? 例えるならわたしがロイドくんの膝の上に両脚をのっけてそこにロイドくんが手を置いているような……」
「うわー、優等生ちゃんてばやらしーこと考えてるー。」
「ロイくんが手を……つまりロイくんが自分の身体にずっと触れてる状態だよね……この前みたいに……」
 リリーちゃんがトロンとほほ笑む……!
「つ、つまりそういうことだ! スケベなロイドくんのことだから、ストカくんの尻尾をやらしく触っていないか心配なのだ!」
「えぇっ!? そ、そんなつもりは――ス、ストカ! オ、オレ変な触り方してるか!?」
「あん? いや、別に……つーかそこまで感覚ねーし……」
「そ、そうなのか……」
「例えんなら、腕に硬い板みてーのを巻きつかせてその上から触る――みたいな感じだ。触られてる事はわかるけど触られ方でどうこうなるようなモンじゃねーんだよ。」
「な、なるほど……ざっくり言えばカラードみたいな鎧を着た状態で触られる感じか。」
「そこまで鈍感じゃねーけどな。」
「そうか……というかストカ、お前なんか元気ないぞ?」
 おしゃべりってわけじゃないけどそれなりに元気にしゃべるストカがここしばらく……思い返せば自動車に乗ってからというものずっと黙っている。
「……どうもこのクルマってのが俺には合わないらしくてな……そうだロイド、尻尾じゃなくてオレを寝かせろ。」
「へ――どわ!」
 そういえば少し顔色も悪いかもとか思っていたらストカがオレの膝の上に頭を乗せた……!
「これが酔いってやつか……さっきのレッシャは平気だったんだけどな……」
「ど、ば、おま――」
 車酔い――をしたらしいストカを無理矢理どかすわけにも行かず、気づけば周囲からの鋭い視線がオレに突き刺さっていた。
「……ロイド……」
「ま、待ってエリル! これは不可抗力と言いますか!」
「むぅ、膝枕か。お泊りデートの時もそれはしなかったな……盲点だった。」
「ロイくん、ボクも気分良くないかな。」
「あ、あたしも……寄りかかっていい……?」
「一応これうちの車だし、そーゆー権利はカンパニュラ家令嬢のあたしに譲るもんだよー。」
 いつものことをいつものように眺め――ずに窓にへばりついて外の景色を見ている強化コンビに助けを求めることもできず、狭い車内で色々と大変な目にあいながら……オレたちを乗せた自動車はカンパニュラ家へと走っていった。



「遠いところをわざわざ、お疲れ様でした。」
 列車が転がった場所から小一時間、あたしたちはアンジュの実家――カンパニュラ家に到着した。玄関の扉を開けるなり、メイドや執事が絵に描いたように並んで立ってて「おかえりなさいませ、お嬢様」って言ったのにはビックリしたし、たぶんあたしやローゼルの家よりも豪華な建物だったから当主はどんなのかと思ったんだけど……登場したアンジュの父親は想像してた「お金持ち」の格好とはかけ離れた格好だった。
「どうも初めまして、アンジュの父親であり今回皆さんに任務を依頼したカベルネ・カンパニュラといいます。」
 一言で言えば……山賊とかかしら。動きやすそうなズボンをはいて、裸の上半身に前まで覆えるマントみたいのを羽織って……唯一貴族っぽい豪華なアクセサリーを首からジャラジャラさせてる。黒々と日焼けした身体はたくましく、アレキサンダーといい勝負って感じかしら。なんだかフィリウスさんを思い出す豪快なその人は、だけど丁寧にあいさつをしてくれた。
「フェルブランド王国の王族を迎えられる名誉ある日なのですが、妻は外せぬ仕事に出ておりまして、ご挨拶できずに申し訳ない。」
「……気にしなくていいわよ。あと、あんまり王族扱いもしなくていいわ。」
「そう……ですか。いやはや、アンジュから聞いていた通りの方のようだ。」
 流れるようにあたしたちから荷物をかすめとって運んで行ったメイドを横目に、カベルネは「軽くお茶でも」と言って長いテーブルが置いてある広間にあたしたちを案内した。
 さっき朝食を食べたばっかりでお昼にはまだ早いんだけど、紅茶と一緒に出てきたいいにおいの焼き菓子を全員がパクパクしてるとカベルネは……その格好に似合わない優しい感じの笑みを浮かべる。
「どうやらアンジュは良い友人に恵まれたようですね。場の雰囲気がとても和やかです。」
 ふふふと微笑むカベルネに対し……たぶん「自分が団長だからしっかりしないと」とか思ってるだろうロイドがピシッと背筋を伸ばす。
「お、オハツにおみぇにきゃきゃ――」
 そして盛大に噛み倒した。
「ふふ、どうか緊張なさらずに。こちらは依頼をした側でそちらは依頼を受けた側。立場は対等とお考え下さい。」
「で、でもあの……貴族の方にその……」
「えー、ロイド、一度だってあたしにそんな態度とったことないでしょー。」
「……あたしにもそうね。」
「えぇ!? いや、それは――」
「ふふ、どうやら良い意味で《オウガスト》の差別の無さを受け継いでおられるようですね。ご心配なく、少なくともこの国における「貴族」という言葉には他国ほどの重みはありませんから。」
「そ、そうですか……」
「上下の入れ替わりが頻繁な国ですから、それくらいフランクな方がむしろ最適。将来この家を継ぐ者としては申し分のない素質ですよ。」
「そ、そうです――はひ!?」
「もー、おとーさんってばー。」
「いいではないか。そもそも『ビックリ箱騎士団』に依頼をしたのはアンジュの成長と未来の旦那さんを確認する為というのが七割方の理由なのだから。」
「ナナワリダンナ!?」
 謎の造語を叫んで立ち上がったロイドにニコリと笑いかけるカベルネ。
「ワルプルガは明後日から開催され、二日間続きます。終わってすぐにお帰りではお疲れでしょうから帰国はその翌日としまして、今日を含めた五日間、色々と拝見させていただきますね。」

 どうすればいいのかワタワタするロイドをそのままに、ワルプルガで具体的に何をするかって話は明日あの変態――フェンネルがするってことでその後はこの国で滞在するにあたっての諸注意みたいのを聞き、夕食の時にまたじっくりと話しましょうってことでお昼前のお茶会はあっさり終わった。
 まぁ、ただの成金を意味する「貴族」だったとしても、既に何代も続いてるなら立派に貴族だし、ワルプルガを前にカベルネも忙しいんだわ。
 だからあたしたちは部屋を確認したらとりあえず火の国ヴァルカノの首都ベイクの街を散策することにした……んだけど……

「これがアンジュの部屋かぁ……」
 広間や廊下と同じように豪華な造りの部屋。家具とかも結構な値段のしそうなモノばっかりだけど、それはたぶんこの部屋に元からあったってだけでアンジュの趣味じゃない。棚の上に置いてある……どっかに行った時に買ったようなお土産っぽい置物みたいな、あとからアンジュが追加したんだろう小物類と部屋の内装のデザインが合ってないのよね。
 加えて部屋の壁いっぱいに飾られた絵と写真は額縁も何もなしにテープでペタペタ貼ってあって、豪華なモノを豪華なままできれいにしとこうって考えが感じられないわ。
「な、なんだこれは……どこぞの王族の写真か?」
「そだよー。新聞とか歴史書とかいろんなところから引っ張ってきた、あっちこっちのお姫様の服装だよー。」
「じゃ、じゃあ……この絵……ぜ、全部ドレスの絵だけど……も、もしかしてアンジュ、ちゃんが描いた……の……?」
「将来着てみたいお姫様ドレスを写真見ながら描いたんだよー。」
「へぇー。アンジュって絵が上手なんだね。旅してる時に会った服のデザイナーさんが描いてた絵と同じ感じだ。」
「……アンジュちゃんがお姫様になりたいっていうのはこーゆードレスを着たいからなの?」
「どーかなー。正直なってから何しようかなーっていうのはなってから考えようと思ってるからねー。ただ、お姫様と言ったら「きれいなドレス」、「守ってくれる強い騎士」、「素敵な王子様」かなーって思うんだよー。あ、ちなみにロイドは騎士と王子様を兼任だねー。」
「ケ、ケンニン……」
「……それでこれを機に人の恋人と接近するために……部屋を同じにしようってわけね……」

 お茶会の後、滞在中に使わせてもらう部屋に案内されたわけなんだけど、当然ストカの分の部屋は用意されてない。一応『ビックリ箱騎士団』の新メンバーって紹介したからここにいる事自体は問題ないんだけど、列車の時と同じ流れでロイドを誰と同室にするかって話になって……アンジュが自分の部屋に招待するよーって言ってこの部屋に連れてきたのよね……

「誤解だよー。みんなに用意された客室って一人一部屋だから当然ベッドも一人用でしょー? だけどあたしの部屋には大きなベッドがあるからねー。部屋自体も広いし、ロイドがあたしの部屋に来るのは自然だよねー。」
「一人一室用意できるくらい部屋があるのになんでもう一部屋の追加ができないのよ!」
「たくさんあるって言っても無限じゃないからねー。残念、ちょうどピッタリ足りないんだよー。」
 絶対嘘だわこいつ!
「あ、あのーエリルさん……」
「なによ!」
「そのー……オレはアンジュの部屋でいいというか部屋がいいというか……」
「は!?!?」
「ややや、その、つ、つまりですね! け、結局誰かと相部屋になるというのなら……エ、エリルといっしょのベッドとかになるとオレがヤバイですし、ほ、他のみんなだとみんなからの攻撃がヤバそうで……でもアンジュの部屋なら広いから――に、逃げ場があるのです!」
 グッと力説したバカロイド。
「ひどいなー、あたしは襲うこと前提なのー? 信じてくれないなんて、あたし悲しいなー。」
「あ、や、そ、そういうわけではあの……」
「まーでもロイド本人があたしを選んだってことで、この話は解決だよねー?」
「アンジュくんではなくアンジュくんの部屋を、選んだのだ。ロイドくん、危険を感じたらすぐにこの妻の部屋に来るのだぞ。」
「はい……い、いやはいじゃなくて! そ、その時はエリルの部屋に行きますから!」
「さ、最初からいれば……いいじゃないのよ……」
「…………しょ、正直言いますと……二人きりで一つのベッドとかなるとその――アレを思い出してやばくなるんです!!」
 アレ……あ、こ、このエロロイド、あたしとのアレを――!
「このバカ!」
「ずびばせんっ!」
 ……あ、あたしだって忘れるとか気にしないとかそんなことできるわけないから未だにあれだし、そ、そもそもあれはお互いを愛――ま、まったくこのバカは! ほんとにこいつはスケベなんだから!
「まーまー、任務が終わる頃にはロイドの頭の中はあたしでいっぱいだろーから安心していーよ、お姫様ー。」
「襲う気満々じゃないのよ!」
「あははー、言葉のあやだよー。それはそーとなんだけど、みんなで街に行く前にさー、やっぱりおかーさんにも会って欲しいかなーって思うんだよねー。特にロイドは、ほら、団長だしー。」
「ほぇ!?」
「あんたここぞとばかりに……で、でも仕事で出てるって言ってたじゃないのよ。」
「うん、外せない仕事ってことはたぶん、しばらく帰ってこないパターンなんだよねー。でも紹介はしておきたいでしょー?」
「両親への紹介という目的が見え見えだが……ずいぶん忙しいのだな。アンジュくんの母親は何をしている人なのだ?」
 ローゼルの質問に、アンジュは窓の外に見える大きな山を指差して答えた。
「ヴィルード火山の研究だよー。」


「アンジュー!」
 街の端っこに設置してあった……けーぶるかー? とかいうのに乗ってヴィルード火山の中腹に建ってる白い建物に着くや否や、アンジュと同じオレンジ色の髪をショートカットにした白衣の女がアンジュに飛びついた。
「アンジュたちが来てるのに急な案件が入っちゃってもーどーしましょーってなってたところなのよー。というかやだもー、美人になって!」
「数か月しか経ってないけどねー。ほらおかーさん、『ビックリ箱騎士団』のみんなだよー。」
「おっとっと、そーよね、挨拶しないとだわー。おほん、私はロゼ・カンパニュラ、アンジュのおかーさんよ!」
 そうやって自己紹介しながらこっちを向いたアンジュの母親――ロゼの格好が……なんというかヤバかった。
 下は……あれは男物の水着なのかしら? すねの辺りまでの丈の……海パン? ってやつで足にはビーチサンダルをはいてる。でもって上はビ、ビキニで、インパクトのあるむ、胸がバーンってなってて、その上に白衣を羽織ってるっていう、頭のおかしい服装だった。
 なんなのよ、カンパニュラ家はおかかえの騎士も含めて露出狂の集まりなわけ?
「ロイドくん、人妻の胸ばかり見てはいけないぞ。」
「み、見てませんから!」
「ロイドくん? あら、あなたがロイドくんなのね! アンジュの未来の旦那様!」
「びゃああああ!」
 アンジュから離れたロゼに抱きつかれてその大きな胸にロイドの顔が埋ま――ちょっと!!
「あらー? 何かしらこの感じ、すごく安心するわ! お気に入りのぬいぐるみを抱いてるみたいよー!」
「むぐぐぐ!」
 さらにぐりぐりと押しつけるロゼ――何してんのよ人妻!!
「ちょっとおかーさん、あたしの旦那様を誘惑しないでよー。」
「誘惑? あらまー、ごめんなさいねー。」
 解放された真っ赤なロイドをつねるあたしの横、負けじと胸を強調するあのムカツクポーズをしたローゼルが温度の低い笑顔でたずねる。
「か、火山の研究をなさっているとのことですが、具体的にはどのようなことを?」
「せーかくには火山から抽出したエネルギーを使った研究ねー。中でも私の専門は――あれよ!」
 そう言ってロゼが指差した方向に、ちょうど奥から運ばれてきた何かがヌッと現れた。
「おお! なんだあれは!」
 テンション高めにそう叫んだのは……珍しいことにカラードで、ついでにロイドとアレキサンダーも「おお!」って目を輝かせた。
「ふふふ、そーよね、男の子は好きよねー。」
 運ばれてきた――って言っても誰かが持ってきたわけじゃなく、天井についてる……移動するフックみたいのに吊り下げられてやってきたそれは五メートル……いえ、それ以上ある巨大な……甲冑? って言えばいいのか、人型の巨大な何かだった。
「フェルブランドみたいに魔法技術が発展してない国じゃ魔法生物の侵攻って一大事でねー。自分たちじゃどーしよーもないから他国に騎士の派遣をお願いしたりするんだけど、毎回それじゃあ費用もかかるし他国に借りを作りっぱなし。やっぱり自分の国は自分で守りたいじゃない? 魔法が上手に使えない人々の願いをそこに見た私たちは、「これさえあれば魔法が使えなくても魔法生物と戦える!」っていう武器を作って侵攻戦に革命を起こそうと思ったの! それがこの、ガルドの技術と火山のエネルギーで実現した未来の守護神! 仮名称、機動鎧装!」
 ババーンってどや顔になるロゼ。
「ガルドのパワードスーツに火山のエネルギーを組み込み、戦闘用に強化! 元々濃厚な火の魔力である火山のエネルギーを全身に循環させることで疑似的な魔法適正を付与し、操縦者に魔法の技術や才能がからっきしだったとしても魔法の使用が可能! しかも魔法負荷がかかるのは機動鎧装に対してであって操縦者には一切影響がないという優れもの!」
「操縦! と、という事は乗れるのか! これに!」
 テンションの高いカラードの質問にロゼがニヤリとする。
「人間がその時その場で判断を下して動く搭乗型と、危険な場所の偵察や突撃を可能とする遠隔型の二種類を製造予定よ! まー今は搭乗型しかないけどねー。」
「ぶ、武器などはあるのか!」
「ひとまず試作したのは剣とか槍だけど、最終的には銃とか、マジックアイテムみたいに魔法を付与した装備を考えているわよー!」
「おおお!」
 ……こんなにハイテンションなカラードは初めてじゃないかしら……
「むぅ……今更だがヴィルード火山が絡む研究というのは火の国で最も重要なモノだろうし……他国の人間であるわたしたちが今の話を聞いて良かったのだろうか……」
「大丈夫だよー。おとーさんからみんながここに入る許可をもらったんだからー。この国で二番目の権力者にオッケーをもらったってことだからねー。」
「……まぁ、アンジュくんの友人という信頼だろうな……これはワルプルガの裏同様、他言無用だな。」
「そだねー。ところでおかーさん、さっき急な案件って言ってたけど、この研究に問題でも起きたのー?」
「あー、そーじゃないのよー。これとは違う研究してる他のチームがミスをやらかしてねー。研究所内の電源が滅茶苦茶になっちゃったのよー。データの修復とか壊れた機材の修理とかでてんてこ舞いなのよ。ごめんね、アンジュ、こんな時に。」
「いいよー。ただ……どう? ロイドは。」
「えぇ!?」
 突然の話題に……きどーがいそーとかいうのを楽しそうに眺めてたロイドがぎょっとする。
「そーねー。元々、周囲からの評判とか実績とかをフェンネルが調べてくれてて、それを見た感じは申し分ないわねーって思ってたけど、それ以上にこうして会ってみての印象がいいわー。雰囲気が柔らかいってゆーのかしら? なんだかホッとする男の子ね。」
 ! あたし……と、たぶんほかの全員も感じてるロイドの不思議な雰囲気をこの人妻も……
「うんうん、アンジュが本気なら私に止める理由はないし、ロイドくんは勝ち取るべきだと思うわよ?」
「そっかー。だってさー、ロイドー。」
「は、はひ……」
「ふふふー、私もお父さんを落とすのに手段は選ばなかったわ! アンジュも頑張るのよ!」
「勿論だよー。えい!」
「びゃあああ!?」
 あの変態師匠とこの変な母親に後押しされたアンジュはロイドにむぎゅっと抱きつ――いてんじゃないわよ!!



 田舎者の青年が長いツインテールの同級生に抱きつかれている頃、火の国の首都ベイクのとある喫茶店にディーラー服の女と奇怪な帽子をかぶった青年がいた。
「やはり素晴らしいですね。『どこでもハッカーハットボーイ』を『どこでもスーパーハッカーハットボーイ』にしましょう。」
「……長くないですかね……?」
 カタカタ叩いていたノート型のコンピュータをくるりと回し、奇怪な帽子をかぶった青年は画面をディーラー服の女に見せる。
「この国ではヴィルード火山に関する研究は国家機密ですから、さすがの防壁でした。なのでちょっと騒ぎを起こしてその隙にデータに侵入したんですが……これでいいですかね……?」
「完璧です。なるほど、ここから入るのですね。」
 画面をふむふむと覗くディーラー服の女に、奇怪な帽子をかぶった青年はおずおずと追加情報を話す。
「そ、それと……これはヴィルード火山とは関係のない、たまたま拾った情報なんですが……この国にそちらの同業者が来ているようです……」
「同業?」
「その……かなり有名らしい悪党が……」
「? 悪党の情報が国の機密から?」
「国というよりはそこにつながっている貴族連中ですね……悪だくみをしたお偉いさんが裏の仕事人を雇った――みたいな感じでしょうか……」
「よくある話ですね。国をあげてのイベントがあるようですし、そういう事が起こりやすい時期でしょう。ちなみにどんな悪党ですか?」
「えっと……『罪人』? っていうグループの人みたいですね。」
「まあ。アフューカスさんが一番嫌いな人たちですね。」
「せ、『世界の悪』が……あ、悪の方向性が違う的な話ですか……」
「ええ。『ハットボーイ』は、お金を使う事は悪い事だと思いますか?」
「ゾ、ゾステロです……い、いえ、別に使うだけなら何も……あ、でも使い道によっては……」
「つまりはそんな感じなのです。」
「え、ええ? 全然わかりませんが……」
 突然の質問に思ったまま答えたらそれが正解だと言われて困惑する奇怪な帽子をかぶった青年に対し、ディーラー服の女は楽しそうな微笑みを返す。
「ふふふ。アフューカスさんに言わせれば、「正義でいる為に悪をなしている勘違い野郎共」なのだそうですよ。」

第四章 裸のつきあいと貴族の想い

 アンジュの母親、ロゼの案内で……一応機密なんだと思うんだけど、研究所の中をあちこち見せてもらい、夕食には帰れるように頑張ると言ったロゼと別れ、あたしたちは街に戻るために再びケーブルカーっていうのに乗り込んだ。
「はー、つまりこいつはこの車両をケーブルで引っ張り上げてるわけか。フェルブランドなら魔法でふわっとやるところを機械でやるとこうなるってわけだ。」
「こういう斜面を行くモノとなると、他にはゴンドラっていう、ケーブルにこれみたいな車両がぶら下がってるタイプもあるぞ。」
「さすが、ロイドはあちこちを旅しただけあって詳しいな。」
 ロゼが研究してる機動鎧装っていうのに目を輝かせてた男三人がケーブルカーについて話してるんだけど……ロイドが男だけと話してる光景って珍しいわ。
 ……いや、たぶんそれはおかしいのよね。バカロイドはすぐにどこかの女を……ま、まったくもう……
「しかしスパイのようであれだが、アンジュくんの母親――ロゼさんから色々と聞けたおかげでもう一つの目的への具体的な道が見えてきたな。」
 あたしたちしかいないから丁度いいと思ったのか、ローゼルが話を切り出した。

 あたしたちが火の国に来たのはセイリオス学院の校外実習、魔法生物討伐体験特別授業としてカンパニュラ家からの任務をこなす為だけど、あんまり人には言えないもう一つの用事がある。
 ロイドのご先祖様のマトリア・サードニクス、旧姓マトリア・ベルナークが隠した……っていうか本人的には捨てたのかしら。ベルナークシリーズの三本の「剣」の内の最後の一振りがヴィルード火山のマグマの中に眠ってるって事が捨てた本人からロイドに伝えられた。
 ベルナークシリーズと言えば武器の中じゃ最高ランクのモノだし、何よりベルナークの血筋のロイドが使えば……交流祭でラクスが使ったベルナークの真の力みたいなのも使えるはず。アフューカスとかが動き出して、なんかよくわかんないけどロイドを狙ってるんだし、その剣は手に入れておきたいところ。
 でもベルナークの剣なんて世界中の剣使いが探してるって言ってもいいくらいの代物だから、その在り処だなんていうとんでもない情報を他の誰かに感づかれると先にとられちゃう可能性もある。実際、勲章をもらったあたしたちは色んな意味で色んな人に注目されてるから、こそこそ動こうとすると逆に目立っちゃう……と思うのよね。
 だから学院のイベントっていうちゃんとした理由で火の国に来れた今がチャンス。滞在中にベルナークの剣を回収する――これがあたしたちのもう一つの目的。

「てかやっぱりあったな、マグマの中に潜る方法。伊達にずっと火山の研究してねーよな。」
「うむ。だがロゼさんの話からするとかなり大掛かりな装置を使うみたいだったからな。わたしたちがこっそり使うという事は難しいだろう。やはりストカくんが合流する予定の魔人族の力をあてにするしかないようだ。」
「あても何も、俺が来たのはその為なんだぜ? 我らスピエルドルフの女王からの勅命でな。そこは心配しなくていーぜ。」
 キシシと笑うストカ。
……今更だけどあたしたち以上にこの魔人族に火の国の機密を見せてよかったのかしら……
ま、まぁ、ストカが魔人族だって事は秘密にしてるから見せた側は気づいてないけど……
「で、でも良かったね……魔人族、さんが来てくれるのは……もちろんだけど、火口……以外にも入り口、がある……みたいで……」

 最初、方法はともかくとしてあたしたちは火口からマグマに入ろうとしてた。だけど……まぁよく考えたら当然なんだけど、火口には簡単に行けないようになってた。
研究所から伸びてる他のケーブルカーで行くみたいなんだけど、それに乗るには研究所内でかなり上の権限を持ってるか、その人たちから許可をもらわないとダメらしい。
 ケーブルカーを使わないで山登りするっていうのも、火口付近はがっちり監視されてるからバレずに行くのは無理っぽい。どうしたもんかって思ってたんだけど、ロゼによるとマグマが出てきてる場所は他にもあって、街の中で間近にそれを見られる場所もあるらしい。

「ちょっとした観光スポットにしているらしいから、近づくことは簡単だろう。あとでその場所に行って、マジックアイテムで位置を特定できるか確認しよう。」
「ロイドがロイドのままで探せるといーけどねー。無理だったらマトリアって人を呼び出すんでしょー? またロイドがおばさんみたいになっちゃうねー。」
「おばさんというか、マトリアさんは完全におばあちゃんだけどね……」
「ひひひ、あの時のロイド面白かったからなー。「あらやだ」とか言って――」
 あの時の事を思い出して笑うストカだったけど、ふと何かに気づいたみたいに窓の外を見た。
「おー、タイミングばっちしだな。マグマに潜れる奴が到着したぜ。」
「えぇ? なんか合図でもあったのか?」
「人間には見えねーだろうーけど、のろしみてーに魔力があがった。」
「へぇ。そういえば列車で襲われた時も攻撃の一瞬手前で何かに気づいてたけど、魔力ってそんなにハッキリ見えるモノなのか? 一応この辺って火の魔力で覆われてるんだろ?」
「誰かが魔法を使う時の魔力は結構見えるし、なんとなくの気配も感じる。でもって自然に発生しちまってるような、この辺の火の魔力みてーのはモヤモヤした霧みたいに見えてるぜ。」
「はー、そんな風に……もしかしてオレの右目も頑張れば見えたりするのか? 元はミラちゃんの右目なわけだし。」
「さーな。目玉交換したら見えるようになるかなんて試した奴いねーし。あーでも、恋愛マスターとかゆーののせいで今まで忘れちまってたから何もしてなかったが、人間と吸血鬼――しかもあのユリオプスを交換したってすげーことだからよ。最近ユーリとかが色々研究を始めたぜ。その内ロイドの検査もしたいとかなんとか言ってたから、そん時聞いてみろよ。」
「そうなのか? 今度聞いてみよう。んでストカ、その到着した魔人族ってのはどこにいるんだ?」


 ケーブルカーから降りて街中に入り、ストカについてってちょっと歩くと……なんか、何かを遠巻きに眺める人の群れが見えてきた。
「あー、あそこは焼き菓子が美味しいところだよー。ほら、うちで出てきたでしょー? あれ売ってるところー。」
「む、あれか。確かに美味しかったが……それを買う行列というわけでもなさそうだぞ、あの人だかりは。」
「あー……なんかものすげー美人が店の前に立ってんぞ。」
 あたしたちよりも……っていうか大抵の人よりも背の高いアレキサンダーが人だかりの向こうを眺めてそう言った。
「なんつーかあれだな。男子寮でたまに回覧される――あー、なんつったかああいうの。ほら、セクシーな女ばっかり載ってるあれ。」
「グラビア雑誌の事か?」
 アレキサンダーの疑問にカラードが答えたんだけど、まさかカラードからグラビア雑誌なんて言葉が出てくるなんて――っていうかいきなりなんの話題よこの筋肉は! しかも男子寮で回覧されるって!!
「あー、それそれ。それに出てきそうなえらいナイスバディの女が割と攻めてる格好でつっ立ってんだ。待ち合わせみてーに――お、なんだ?」
「? どうしたアレク。」
「いや……気のせいか、俺と目が合って……んで俺らの方に向かってくんぞ。」
 数秒後、人だかりが二つに分かれて一人の女があたしたちの前までやってきた。

「お初にお目にかかります、ロイド様。」

 そしてロイドの前で片膝をついてひざまず――ちょっと!
「びゃ!」
 ロイドが慌てて横を向く。なぜならその女は膝の少し上くらいの丈のスカートをはいてて、その状態で膝をつく姿勢になったから――ってあれ?
「む? アンジュくんのスカートと同じ感じに内側が見えない……ということはアンジュくんの知り合いか?」
「あたしの知り合いにロイドを様付けする人はいないよー。どー考えてもそこのサソリちゃんの仲間でしょー。」
「まぁ、そうだな。しかしこれでは自己紹介もできないな。場所を移動しようではないか。アンジュくん、いい場所はないか?」
「そだねー……」
 ざわつく人だかりを横目にアンジュの先導で少し歩き、あたしたちは……どんな街にも一か所くらいはありそうななんとなくひと気のない一角に移動した。
「さて、出会いがしらにロイドくんを誘惑しようとしたあなたは一体誰なのだ?」
「誘惑?」
 ローゼルに温度の低い笑顔を向けられた女は「なんのことやら」って顔で数秒黙り、そしてハッとした顔で自分の身体をペタペタ触り始めた。
「そ、そうでした! あの姿であの服装ということは――ああ! お見苦しいものを! ロ、ロイド様にそのようなことをしたと女王様のお耳に入ったら私はどんな罰を与えられることか……!!」
 ペコペコと土下座しかねない勢いで謝罪する女。むしろ土下座の態勢に入ったけどロイドに肩をつかまれて阻止された。
「あ、あの、大丈夫ですから! ミラちゃんもそんな怒らない……と思いますから!」
「そーかー? 俺なんてミラより胸がデカイってだけで最近睨まれるぞ。」
 ストカが睨まれるのはそのデカイそれをロイドにぶつけにいくからだと思うけど……
「と、とにかく自己紹介です! あ、あの――ミラちゃんの国の人ってことでいいんですよね……?」
「は、はい!」
 背筋をピンとさせて敬礼した女は、改めて見るとなんか内と外がチグハグだった。
 アレキサンダーが言ったみたいに、グラビア――それもちょっとセクシーよりの雑誌なんかにいそうで……引き合いに出すのがむかつくけどローゼルみたいなナ、ナイスバディな感じで、肩とか背中が露出するセクシーな服を着てる。顔もかなりの美人で、本当に雑誌から出てきたんじゃないかってくらいなんだけど……そんな外見で土下座を決めようとする辺りに違和感があるのよね。
「えっと――そ、そうでした! これを……」
 そう言いながら女は胸元に手を突っ込んで黒いガラス玉みたいのを――ってムカツク場所にモノ隠してんじゃないわよ!
「一目はないようですが、念のために。」
 女が黒いガラス球を地面に置くと、一瞬不思議な浮遊感を覚えて……気が付くと周りの風景が一段階暗くなってた。
「これで他の人間から見聞きできなくなりました。簡易的な夜の魔法とお考えください。」
 そして女は姿勢を正し、コホンと咳ばらいして自己紹介をした。
「私は海のレギオン所属のヴァララ・ラウカールと申します! ロイド様の新たな武器の回収のお手伝いをさせていただく為、やって参りました! よろしくお願い致します!」
「こちらこそよろしくです。えっと、ロイド・サードニクスです。」
 そう言ってロイドが握手を求めると、女――ヴァララは美人の顔に似合わない子供みたいな嬉し顔でロイドの手を両手で握った。
「こ、光栄です!」
「そ、そんなにかしこまらなくても大丈夫――あれ……?」
 嬉しそうな顔でロイドの手を握るヴァララのその両手を不思議そうに見つめるロイド。
「ロイくん、握手が長いよ!」
「! あ、ご、ごめんなさい……でももしかして……さっきも「あの姿であの服装」って言ってましたし……あの、その姿って……幻術か何かですか?」
「よくお分かりに――あ、そ、そうですね、直接触れればわかりますね。で、では――」
 ロイドの手を離して一歩下がった女は、また胸元に手を突っ込んで――っていちいちムカツ――

『こちらが私の本来の姿になります。』

 瞬きの瞬間……気づけばその場からあのグラマラスな女は消えていて、代わりに立ってたのは……言うなればフルトの赤色バージョンだった。
 スピエルドルフの魔人族おなじみの黒いローブ姿だから顔しか出てないけど、そこにあるのは赤い液体がマネキンの頭の形になった感じのモノ。きっとローブをとったら人の形をした赤い液体って感じになると思う。
 ただしその赤い液体っていうのは赤い水じゃなくて……たぶん、マグマだわ。赤々と光るその身体は見るからに熱そうで――
「ちょ、ちょっとロイド、あんたさっき握手……大丈夫なの?」
「いやぁ……なんかこう、お湯に包まれたような感覚で……だからフルトさんみたいな姿なのかなとは思ったんだけど……えっと、マグマ――ですか?」
『厳密に言いますと私はバルログという種族なので、この身体は何かと尋ねられますと「バルログの身体」というのが正解ですが……性質的には確かに、マグマが近いでしょうか。』
「む? マグマそのものではないのか? 確かフルトさんは自分の事を水だと言っていたが……そこは種族の違いというやつなのだろうか。」
『フルトブラント様はウンディーネ――そのお身体は完全なる水であり、意思を持った自然とも言われる種族です。対して我らバルログという種族は「マグマに近い身体を持った魔人族」――という表現になりますね。』
「ふむ……本当に多種多様なのだな、魔人族は……ちなみにフルトさんは性別がないと言っていたがラウカールさんは……」
『ヴァララ、と呼び捨てていただいて構いません。皆様より三つほど年下ですので。』
「む、そうなのか?」
 フルトがしゃべる時と同じように頭の中に響く声は中性的な大人の声って感じだし、身長はあたしたちよりも少し高いんだけど三つも下なんて……魔人族はわかんないわね。
『それとバルログもウンディーネと同様に性別の概念は存在しません。』
「む、そうなのか! またもやロイドくんを誘惑する者が登場したのかと思ったが良か――いや、それならそれでなぜわたしのようなセクシー美女に?」
『私はご覧の通りの種族なので人間の服装に関する知識が乏しく……それで昔フィリウス様が置いていかれたという本に載っている写真を参考に幻術をかけていただいたのです。』
「フィリウスの本? 読書してるとこなんて見たことないけどなぁ……どんな本ですか?」
『は、はい、えぇっと……』
 そう言ってヴァララは胸の辺りからローブの内側に手を入れてごそごそと本を取り出した。
 ……さっきからやってた胸元に手を突っ込んでた動きはこれだったのね――ってこの本!!
「お、そうそう。男子寮でまわってくんのはこーゆーのだぜ。」
 アレキサンダーが笑い、カラードが関心なさげに眺め、ロイドが「わわっ!」って顔をそむけたそれは……まんまグラビア雑誌だった。割とセクシーよりの……
「もー、フィルさんてばー!」
「あははー、人が集まるわけだよねー。こーゆー雑誌から抜け出たよーな美人が立ってるんだもんねー。」
「うむ、参考にするモノを間違えたな。次に幻術を使う時はどこにでもいそうな男性に……いや、わたしの姿というのも……」
「あんたなに言ってんのよ……」
『それは……す、すみません、私にできるのは幻術のスイッチをオンオフする事だけでして、解除したり見せる姿を変更したりという事は術者――私の場合はフルトブラント様にしかできないのです。』
 そう言いながら、ヴァララはストカが首から下げてる指輪と同じものを取り出す。ストカと同じで、あの指輪に幻術が仕込んであるわけね。
「へー、てゆーことはスカートの中を見えなくしたのもあのスライムさんなんだねー。」
『見えない……? ああそうでした! 良かった、女王様には叱られずに済みそうですね。』
「? どゆことー?」
『いえ、単純な話なのですが、参考にした人物の写真にその者の下着は写っていなかった為にその部分の映像がないのです。』
「あ、そーゆーことー。」
「し、下着が見えなく、ても……そ、それでもあの姿はめ、目立つ……よね……い、一応武器の回収ってこっそり……やる、予定だけど……大丈夫、かな……」
『こちらに滞在している間は火山の――マグマの中にいようと思いますから、幻術を使う機会は少ないかと……』
「マグマの中!? ――ってああ、そうか。ヴァララさんの場合はむしろそっちの方が居心地よかったりするのか。」
『は、はい! この国に来てからというもの、濃い火の魔力の影響で力がみなぎっております。マグマに入ればより一層かと。』
 ……なんかこのマグマ人間、あたしたち相手だと初対面の年上相手にドギマギしてるって感じだけど、ロイド相手になると緊張に加えて光栄とか喜びとかの感情が混じるわね……
 ロイドとカーミラの右目が入れかわったのはロイドがスピエルドルフで何かをしたからで、その結果ぜひ次の国王に――とか言われてるらしいんだけど……もしかしてあの国の魔人族は全員ロイドに対してこんな感じになるのかしら……
 ほんと、一体何したのよロイド……
「マグマの中が快適とは。先のフランケンシュタイン殿もそうだが、魔人族はすごいのだな。ちなみになのだが、例の武器を回収する際にはその位置を捕捉できるロイドがマグマに潜る必要があるわけだが、やはり対マグマ用の魔法などを使うのだろうか?」
 カラードの質問に、あたしも何か特殊な魔法を使うんだろうと思ってヴァララを見たんだけど……なんていうか、のっぺらぼうだから表情がないんだけど、たぶん言いにくそうに答えた。
『えぇっとですね……私――というよりはバルログの身体は高温高圧に耐えることができるのに加え、一定の形状を持たない液体でありまして……なのでその、恐縮ではございますが私の身体でロイド様を包むことで、マグマへの潜行をお手伝いできればと……』
「えぇ!? つ、つまりその、ヴァララさんを防護服――みたいにするってことですか?」
『よ、よい気分ではないかと思いますが、魔法で耐性を付与するとなりますとそこそこ大がかりな魔法になってしまい、他の人間に感づかれる可能性が――』
「あ、いえ、そういう心配ではなくて……なんだかヴァララさんをまるで道具のように……つ、使うというか扱うというか、それがちょっと……そ、それによい気分じゃないっていうならオレを飲み込むヴァララさんの方が……」
『そんなことは! ロイド様のお役に立てるこの機会、大変光栄に思っております! あの時のロイド様は私たちに――っと、い、いえなんでもありません……』
「おー、あぶねーなー。それ喋ったらミラに怒られるぜ。」
『き、気をつけます!』
 ……なんかうまいこと話の流れを持っていけばしゃべりそうね、こいつ。
「ま、まあ大丈夫なら……その、よろしくお願いします。」
『は、はい!』
「……ちなみにヴァララさんはどうやってここまで来たんですか?」
『それは……すみません、ロイド様が正式に王になりましたら明かせるのですが……今は秘密です。』
「そ、そうですか……それじゃあ武器の回収についてですけど……とりあえず今から観光スポットになっているっていうマグマが見られる場所に行ってマジックアイテムを使ってみようと思います。」
『了解です。』



 若干視線を感じつつ、グ、グラビア雑誌から抜け出たような姿のヴァララさんと共にオレたちは観光スポットにやってきた。そこはなんというか、地下を流れるマグマをたまたま地面にあいた穴から覗き見るというような場所だった。直径が数十メートルもある結構大きな穴で、周りには覗いた人が落ちないように物理的かつ魔法的な柵が設置されている。
 穴からマグマの表面まではこれまた数十メートルくらいあるのだが、柵から穴を覗くと顔にものすごい熱気がぶつかってきて、三分もそうしていれば顔が真っ赤になるだろう。
「このマジックアイテムって探してるモノがある場所と同じ条件下で使わないと精度がガタ落ちするの。位置魔法の同空間特定っていう技術の応用だからなんだけど、だからその武器がマグマの中にあるならマグマの中で使わないとうまく探せないかもしれないよ。」
 商人であり位置魔法の使い手であるリリーちゃんが、ローゼルさんが持ってきてくれたマジックアイテムを手にしたオレ――の腕に抱きつきながら教えてくれる……はうぅ……
「それでもこうしてマグマが見える場所であればその辺で使うよりは精度が高いわけだからな。使ってみて潜る前に場所がわかればそれはそれで良い事だ。さぁロイドくん、スイッチはここだぞ。」
 リリーちゃんと逆の腕にくっつきながらマジックアイテムの使い方を教えてくれるローゼルさん……あぁ……
 オ、オレはこの二人とアレを……い、いや、二人をおおお、オソッタわけで、こういう状態になると否応にも頭の中が肌色の記憶でいっぱいになる……ああああああ……
「ロイド……」
 そしてもう一人のオソッタ相手であり恋人であるエリルがジロリと……あぁ、三人の女の子とあれこれしてしまったオレって……この先もそういうのがありそうなオレって……!!
「それでしたら……リリーさん、ローゼルさん、ロイド様、少しよろしいですか?」
 二人にくっつかれて「あああああ」ってなっているオレにヴァララさんが近づく。ヴァララさんの真面目な顔にリリーちゃんとローゼルさんが「むー」って感じに離れ、ヴァララさんはほっとしたオレの後ろから手を伸ばしてマジックアイテムを持っているオレの両手を握った。
「ななな、何してんのヴァララちゃん!」
「お、落ち着くのだリリーくん、これはそう見えるだけ――なのだ!」
 た、たぶん傍から見るとナイスバディで露出高めの美女が後ろから抱きついているように見えている……のだろうが、じ、実際にオレが感じているのはむむ、胸の柔らかさなどではなく、マグマのような身体を持つヴァララさんのお湯のような心地よい体温だけだ。
「確かにマグマの中が一番ではありますが、ここのそれは高濃度の火の魔力を含んでいますから、私から魔力の道を作ってマグマにつなぎ、疑似的にこの機械の周囲をマグマの中の魔力濃度と同じ状況にすることで精度はある程度上がるでしょう。」
 ヴァララさんがそう言うと、手にしたマジックアイテムの周りがほんのりと温かくなった。もしも魔力というモノが見えたのなら、マジックアイテムとマグマをつなぐ魔力の管のようなモノが見えるのだろう。
「じゃ、じゃあ起動します。」

 このマジックアイテムは……作り方が簡単なのか、同じようなモノを色んな会社が出していて、それぞれに形が違うようなのだが、機能そのものに大した差はないらしい。

 まず有効範囲だが、これは数百メートルから数キロあるらしい。使う人が魔法素人だったり位置魔法の使い手だったりで前後するらしいのだが、日常生活で使う分には充分すぎる範囲を持っている。
 ちなみにリリーちゃんによると、構造が簡単であるがゆえにそれ以上の改良ができず、位置魔法の使い手が魔法をいじって範囲の拡大をしたりもっと大規模な魔法陣を使ったりしたとしても十キロくらいでとどまるらしい。
 だから……悪党視点で言うと、何かを盗んだ時は位置魔法なり速く移動できる魔法なりを使って十キロも離れれば追われる心配がなくなる……ということのようだ。んまぁ、十キロって相当な距離なわけだが、予め準備しておけばどうとでもなってしまうのだとか。

 次に精度だが、これはなくしたモノとの距離で変化する。つまり近づくほどに場所が特定できるようになるのだ。逆に言えば離れていると精度は落ちるわけで、有効範囲が数キロあると言っても、実際に数キロも離れた場所からだと「なんとなくあっちの方向にある気がする」くらいの精度になってしまうらしい。それが近づくにつれ、「あの街にある」、「あの家にある」、「この部屋にある」、「あの棚にある」というようにハッキリしていくのだという。

 でもって今回の場合、このマジックアイテムでマトリアさんの武器を探せるのはオレなのだが、オレは位置魔法なんて少しも使えない。ゆえに有効範囲は最小の数百メートルになるのだが、ヴィルード火山の裾野の直径は数十キロある――とアンジュのお母さんのロゼさんが言っていた。
 仮に数キロの有効範囲で探せたとしても、精度の点を考えるとオレがマグマに潜ってあちこち探しまわる必要があり、今思えばヴァララさんの――スピエルドルフの協力がなければ到底なしえなかった事なのだ。
 んまぁ、それでももしかしたら数百メートルの有効範囲で見つけられるかもしれないわけで、協力が無かったとしてもウロウロと捜索していただろうが……

「えぇっと……反応しませんね……」
精度の問題か有効範囲の外なのか、マジックアイテムはうんともすんとも言わない。
「ふむ……一応マトリアさんに出てきてもらうか?」
「そうですね……えっと……」
 オレは服の首元に手を突っ込み、首から下げていたモノを引っ張り上げた。
 以前、パムがフィリウスといっしょに故郷の……今はもうないその場所に行ってマトリアさんが何者かというのを調べに行った時に見つけた指輪。子孫を守る為、魂から魂へと渡り歩くマトリアさんの特殊極まりない魔法を補助するマジックアイテムであり、これがないとマトリアさんの力は半減するのだという。
 本人的にはずっと眠っている状態――一度も呼ばれないことが良い事だと考えていて、子孫に子孫とは関係のない悪意などがふりかかって命の危機に瀕した時に自動でマトリアさんが呼び出されるという仕組み……らしいので、本来はマトリアさんを「呼び出す」という事は不可能だ。
 ただ今回に限り、オレという子孫を守る為の武器を与えるという理由で、一時的にこの指輪からマトリアさんに呼びかけることができる状態にしてくれているのだ。
「! ロイド様、そちらの指輪は……」
「え、ああ、ミラちゃんにもらった指輪です。どっちの指輪も身に着けておきたいけど指にするのはなんだか……恥ずかしくて、なので首から下げることにしたんです。」
「それは……いえ、むしろ女王様は喜ばれることでしょう。」
「?」
 ヴァララさんの言葉に首を傾げつつ、オレは指輪をはめてマトリアさんに声を――

『あらあら、懐かしいわねー。』

 ――かけようと思ったら指輪からマトリアさんの声がした。
『剣を捨てに来た時以来だから数百年ぶり? こんなに立派な国になっちゃって、昔は小さな小屋がいくつかあるだけだったのに。』
「あ、あんたが……マトリア?」
 そういえばマトリアさん自身の声を聞くのは初めてのエリルたちがオレの周りに集まる。
『そうよ、ジャガイモ作りのサードニクスとはあたしのことよ。』
「ジャガイモ……ってどういうことよ……」
「いや、エリル、サードニクス家は農家ですから……」
「今や兄妹そろって騎士だがな。どうも初めまして、わたしはローゼル・リシアンサス。将来あなたの魂はわたしが生むであろう子供に受け継がれる予定ですのでよろしく。」
「ローゼルしゃん!?!?」
「あ、あんた何言ってんのよ!!」
『ふふふ、今の時代の子は積極的ね。これじゃあ次の代、あたしの魂は何分割されるのやら。』
「ナンブンカツ!?!?」
「む? そういえば……何代もベルナーク――いや、サードニクスの血筋を守ってきたあなたの魂は、この数百年の間に何度も分割を繰り返しているのでは? まさかロイドくんとパムくんが初の兄弟姉妹というわけではないでしょうし。」
『もちろんよ。けれど……時代の厳しさというのかしらね。次代に血筋を残せずに亡くなった子供たちも多いのよ。その場合、あたしの魂はまだ生きている子孫へと移動して分かれた魂が再び一つになるの。そんなこんなで今は、この兄妹のみに分かれているのよ。』
「なるほど、では血筋を絶やすわけにはいかないな、ロイドくん。」
「えぇっ!?」
『まー孫の話はこれくらいで、あたしが出ている状態でもう一度やってみてちょうだい。』
「は、はひ……」
 なんだか軽く流してはいけない話題のような気もしたが、オレはマジックアイテムをもう一度起動させた。
「……反応なしですね……」
『あら。それじゃあこの山をぐるっと一周しなきゃだめかしらね。』
「……あー……おい、今更だけどよ……」
 直径数十キロの山を一周とは大変だなと思ったところでアレクが指輪を覗きこんだ。
「あんたが隠したんだからその場所に案内してくれればいーだけじゃねーのか?」
「いやアレク、それから数百年経っているのだぞ? マグマは流れるモノであるから、剣の位置も移動して……んん? そういえばそうだ。既にどこかへ流れてしまっている可能性もあるのではないか?」
 アレクじゃないが今更ながらそれに気づいてハッとしていると、マトリアさんが……たぶん指輪の中? で首を横に振った。
『大丈夫よ。どこかに流れてうっかり地表に出て誰かの手に渡るなんて事があったら困るから、その辺は工夫したわ。流石に噴火とかしちゃったらヴィルード火山の外に移動しちゃうだろうけど、昔と同じで今も噴火しないようにしているのでしょう?』
「マトリアさんが生きていた時にはもうそれが行われていたんですね。火の国って歴史長いんだね、アンジュ。」
「国としてなったのはもっと後だと思うけどねー。学者が最初に来たのはかなり昔だって聞いたよー。」
「となるとアレクの言う通り、場所が移動していないのならその場所を教えてもらうのが手っ取り早いのでは?」
『ヴィルード火山からは移動していないと思うけど、その場所そのものが動いてると思うのよね。ほとんど自我はないとはいえ、植物みたいな意識はあるから火山内をウロウロしてるのよ、あの子。』
 まるで武器が――いや、武器を隠した場所が生きて動いてるかのような表現に頭が追いつかないオレたちだったが、ヴァララさんがハッとした顔になる。
「まさか……いえ、これほどの魔力濃度であれば生まれる可能性はありますか。」
「こ、心当たりがあるんですか、ヴァララさん。」
「はい。この山のようにマナや魔力の濃い特殊な環境で時折起こる現象なのですが、無生物に……命が宿るとまでは言いませんが、意識のようなモノが生じることがあるのです。ただウロウロするだけのモノもあれば、近づいたモノを無差別に攻撃したり、そこで採れる珍しい鉱石などをくれたりと行動は様々ですが、巨大な岩の塊や山そのものが動くことがあるのです。」
「む? その話、聞き覚えがあるな……いつだったか父さんが言っていた。マナの濃い特殊な場所には現地の人から神だ悪魔だと呼ばれる巨大な生き物が確認されることがあると。それがこの山にもいるわけか……」
『そうなの。あの子は言うなればヴィルード火山内にとどまり続けるっていう意思を持ったマグマだから、噴火とかで火山内から追い出されたりしない限りはそこに居続けてくれるってわけ。』
「……そんなのがいるって、少なくともアンジュの母親の話には出てこなかったわよね……まさか数百年もバレずにそこにいるってわけ……?」
「どーかなー。おかーさんも他のチームの研究の全部を知ってるわけじゃないだろーしねー。」
「あれ……ということはもしかすると見つかってる可能性もあって……そうだったらきっと監視とかもしてるだろうから……マグマに潜ってその、マトリアさんの言う「あの子」に近づいたら見つかっちゃうんじゃ……」
「む、それはあるかもしれな――いや、だが確かさっきアンジュくんの母親が言っていたな。研究所内の電源が滅茶苦茶になったと。実際見学した時も消えている画面や煙を出している機械がチラホラあったから、監視があったとしても今はできていない可能性が高いな。」
「せ、千載一遇の……チャンス、っていう、こと……かな……」
「やるなら今夜って感じだねー。となると問題はその「あの子」がどこにいるかかなー。研究所の施設は使えないから、やっぱり歩き回るしかないのかなー。」
「むぅ、一晩でやるには若干運任せだな……」
「では……しばし私に任せていただけますでしょうか。」
 一瞬ひざまずこうとしたけどとどまり、どこかの執事のようにペコリと頭を下げたヴァララさん。
「これほど魔力濃度の高いマグマですから、潜ればそれを通して広範囲を知覚できるでしょう。相手は魔法生物でもなければそもそも生命でもありませんが、それでも意思を持って動く以上は他のマグマと動きに差異があるはずですから、それを探ってみます。運が良ければロイド様が潜ることなく武器をお渡しできるかもしれません。」
『あら、それはありがたいわね。さすが魔人族ってところだけど……もしもあの子を見つけても武器を回収しようとはしないでちょうだい。もう一つ仕掛けがあるから、場所だけ覚えておいて。』
「わかりました。ではロイド様、後ほど。」
 ヴァララさんがそう言うと、突然近くの岩にひびが入って蒸気が噴き出した。
「うわ、び、びっくりした――ってあれ、ヴァララさん?」
 オレたちやたまたま居合わせた観光客がふきあがる白い煙に目を奪われる中、ふと気がつくとヴァララさんがいなくなっていた。
「ああ、あいつならもう潜ってったぞ。」
 マグマを指差しながらストカが何でもないように言った。
「ちなみに俺がいるのは、こうして潜ったあいつの居場所を感知できるように他の魔人族がいねーと、ロイドが潜った時とかに状況が見えねーからって理由だぜ。」



 マグマ人間……ヴァララにとりあえずを任せたあたしたちは火の国の首都であるベイクの街を散策し、夕方頃にアンジュの家に戻った。
「お嬢様、こちらを。」
 あとは夕飯までおくつろぎをとか言われたんだけど、執事の一人がなんでかアンジュにエプロンを渡した。
「エ、エプロン……」
「あれー、ロイドってば思い出しちゃったー? 裸エプロン。」
 交流祭の時にアンジュがやったアレを思い出したらしいロイドが顔を真っ赤にする……!
「んふふー、大丈夫だよー。今日は普通に料理するだけだからねー。まーまた見たいっていうならあとでゆっくりと――」
「料理! 料理ですか! えっとつまり――アンジュが夕飯を作るんですか!」
 バタバタとアンジュの言葉を遮るロイド……
「そだよー。ほら、交流祭でロイドへのご褒美で手作り料理ってあったでしょー? いい機会だから作ろーかなーって。さすがにフルコースはあれだから一品だけだけどねー。」
「む、そういえばそんな約束があったな。あの後ロイドくんがラッキースケベになったりわたしと愛し合ったりでスッポリと抜けていたが……うーむ、やはり妻の料理の腕前は夫として気になるところか……」
「一足先にお披露目しちゃうよー。みんなの分も作るからねー。」
「む、ちょっと待つのだ。食べた瞬間に青くなるような漫画料理ではないだろうな。」
「失礼なー。あたしはいざって時にはある程度自分でなんとかできちゃうお姫様を目指してるんだよー? 騎士がいなくても戦えるようにってゆーのと同じよーに、お抱えのシェフが急病で倒れても大丈夫なように練習してるんだからー。」
 そう言って台所……っていうか厨房に消えてったアンジュ。
「アンジュの手料理かぁ……やっぱり火の国の名物的な料理なのかな……」
「……嬉しそうね……」
「え、あ、や……はい……」
「火の国、の名物って……さっき街を歩いた、感じだと……辛い料理っぽかった、よね……」
「イメージのまんまって感じだよね。確かにここって香辛料が結構流れてくるし。」
「むぅ……アンジュくんの故郷でアンジュくんの家……手料理を振舞うには最適な環境というわけか。アンジュくんめ、いいタイミングで……」
 料理……お菓子なら何個か作れるけどご飯は……
 ……今度アイリスに何か教わろうかしら……


「いやいや、全員がそろってよかった。」
 夕食。ここに来た時に紅茶と焼き菓子を食べた部屋とは別の、より豪華な広間。そこに置かれた長テーブルにあたしたち『ビックリ箱騎士団』にストカを加えた九人、アンジュの師匠で例の襲撃の事後処理を終えたらしいフェンネル、研究所から戻ってきた……っていうか本人が言うには抜け出してきたアンジュの母親のロゼ、そしてアンジュの父親でカンパニュラ家の当主のカベルネが座った。
「例年通りであればフェンネルが率いるチームでワルプルガに臨むところを、今年は学生の身でありながらフェルブランド王国シリカ勲章を受勲したセイリオス学院の『ビックリ箱騎士団』を招いた。次代を担う若き騎士たちの良き経験となれば幸い、カンパニュラ家の未来を担う者が決まれば重ねて幸い――皆全力をふるい、そして私たちは見極めるとしよう。では乾杯だ。」
「カンパーイ! ――あららロイドくん、どーしたの? 大丈夫よ、みんなのはジュースだから!カンパーイ!」
「は、はひ……」
 ロイドをアンジュのダ、ダンナとして見極める的なことを言って乾杯を叫ぶカンパニュラ夫妻に顔を赤くするロイド……
「ふふふ、安心したまえロイドくん。当主様は見極めると言っているけど、求められる何かがあれこれあるわけではないからね。アンジュが気に入ったという時点で合格ラインは超えているのさ。」
 あたしたちも一応正装ってことで制服を着てるように、最初に会った時のあの変態格好じゃない、普通のスーツを着てるフェンネルがグッと親指をたてる……全くどいつもこいつも人の恋人を……!!
「……い、一応言っておくけど……そいつはあた――あたしの恋人よ……!」
 気合を入れてビシッと言ってやった――んだけど、ロゼがむふふって笑う。
「私もねー、カンパニュラ家の跡継ぎであるこの人を落とすにあたって結構な数の貴族令嬢を蹴落としたからねー。相手が王族だって望むところってもんよ、アンジュ!」
 しかもどいつもこいつも奪う気満々……! なんなのよ!
「じゃー蹴落としの第一歩だねー。あれよろしくー。」
 アンジュがそう言うと、執事……コック? 的な人がゴロゴロと料理を運んできてそれを全員の前に一皿ずつ置いた。
「あたしの手料理、ヴァルカノ名物のマポトゥフだよー。」
 それは見るからに辛そうな赤いスープ……っていうかタレ……? にひき肉と豆腐が混ぜこぜにされた料理だった。
「前菜をすっとばして出すとは、余程の自信があるようだなアンジュくん……」
「わかってないなー優等生ちゃんはー。一番お腹がすいてる時に食べた方がより美味しくなるでしょー?」
「わぁー美味しそうだね。いただきます。」
 軽いイベントみたいなノリで出したアンジュだけど、ロイドがそう言った瞬間ちょっと緊張した顔になって……あたしたちはともかくカンパニュラ家の面々までじーっとロイドを見つめた。
「むぐ――おほっ!」
 食べてすぐに口をおさえたロイドにアンジュの顔色が悪くなるけど、ロイドの表情は別に悪いモノじゃなくて……
「結構辛くてびっくりしたけど――うん、これはただの辛さじゃなくてクセになる辛さだね。うんうん。」
 その後モグモグと二、三口食べたロイドは……当然のようにロイドの隣の席に座ってたアンジュににっこり笑いかけた。

「美味しいよ、アンジュ。ありがとう。」

 その笑顔は……なんていうか、胸の辺りにキュン――っていうかグッとくる変な威力を持ってて、ロイドが恥ずかしい事を言ったりヤラシイ事をしたりした時とは違うドキドキと一緒にあたしの顔を赤くした。
 横から見てたあたしがこれなんだからそれを真正面から受けたアンジュは……
「――!!!」
 ……恥ずかしいっていうか驚いたっていうか、なんとも言えないムズムズする顔で真っ赤になった。
「そ、それは――良かった、よー……うん……」
「なんだかあれだね、ごはんが欲しくなるよ。」
 美味しそうにモグモグ食べるロイド……
 ……な、何よさっきの笑顔……あんなの見た事……あんな顔……し、してくれるのなら……あたしも……あたしも……
「――あらま。ちょっと想定外かもしれないわねー。あなたと違ってロイドくんは天然のヤバイやつかもしれないわー。」
「? 何の話だ?」
 何が起きたのかを理解してるらしいロゼとよくわかってないカベルネ。男には――いえ、同性にはわかんないのかしら……何かを作ってあげてあんな顔返されたら……もう……
「むほ、こりゃ確かにうめーな! なんつった? マポ?」
「マポトゥフだ、アレク。しかし前から思ってはいたが、ロイドは美味しそうに食事をするな、毎度。」
「そうか? んまぁ、なんでもうまそうに食べる奴に育てられたからかもな。」
 ロイドに続いて食べ始めた強化コンビに対し、もじもじしてるアンジュを見てドキドキ顔からぐぬぬっていう顔になってくあたしたち……
「ロ、ロイドくん! 学院に戻ったらわたしが至高のパスタをごちそうしてあげるからな!」
「は、はい。」
「あ、あたしも……腕に、よりをかけて……作る、よ……!」
「う、うん。」
「ロイくん! ボクは一人旅が長いしあっちこっちの秘密の食材とか知ってるからね! すごいの作っちゃうよ!」
「た、楽しみだよ。」
「料理か。今度俺もやってみっから食ってみろよ、ロイド。」
「あ、ああ。」
「……あたしのも、待ってなさいよ……!」
「も、もちろん。」
 突然の事にはてな顔のロイドだけど……こいつ、この手料理勝負に盛大に油を注いでくれたわね……!



 アンジュの手料理の後も火の国の名物料理が次々と登場し、全部が全部辛いわけではないがどれもごはんの進む味付けでとても美味しかった。見た目通りによく食べるアレクなんかはえらい回数ごはんのおかわりをお願いしていた気がする。
 最初にカベルネさんが説明してくれたが、ワルプルガは明後日から。フェンネルさんによるワルプルガとはなんぞやという話は明日じっくりするという事で、この夕食は火の国についてや学院でのアンジュの様子についてなどが話題となった。
 オレやみんなの活躍なんかも話したのだが……そこからオレをアンジュのダダ、ダンナサマにする的な会話の流れになった結果、この『ビックリ箱騎士団』においてオ、オレ争奪戦が勃発していることが明るみに――だぁああ! 自分で言うとすごく恥ずかしいぞ!
 す、少し気を使ったのがストカの立ち位置で、『ビックリ箱騎士団』の新メンバーという事になっているけど、実はオレがフィリウスと旅をしている時に会っていてそこからの知り合いなんです――という、気持ち事実の混じった設定でカンパニュラ家の人たちには話すこととなった。
「ふふふ、となると少し不思議なポジションにいるのがそちらの男子二人だね。カラードくんとアレキサンダーくん……もしや男性としてロイドくんを狙っているのかな?」
「いや、そんなことはない。おれたちはロイドの友人であり、更なる精進の為にロイドの部活である『ビックリ箱騎士団』に参加している身だ。」
「色々と珍しい経験もできっからなー。勲章もらったり、こうして火の国にまで来ちまったりよ。」
 フェンネルさんのニンマリとした質問にさらりと答える二人。も、もしかして『ビックリ箱騎士団』にいることでそういう目で見られるようになってしまっていて、この手の質問にも慣れているとかじゃないだろうな……
「ほう、なるほど。ではアンジュや他の子たちを狙ったりは?」
 更なる鋭い質問に対し二人は……
「魅力的な女性ばかりだとは思うが死にたくはないのでな。それに出会いの指針は既に示されているゆえ、その時を待つのみだ。」
「だな。あのちびっ子のおかげで騎士道に専念できるってもんだ。」
「?」
 フェンネルさんは首を傾げるが、二人が言っているのは恋愛マスターのことだ。スピエルドルフに行く前辺りに行われた男子会に登場した彼女が二人にも良い女性との出会いがあると言っていて、全能の恋愛師を自称し、実際そうだろう彼女の言葉なのだからそれは確定なのだ。
「ふん? 今一つわからないが……ともあれ、そうなると今夜のあれ、二人は外した方がいいのかな。」
「あん? なんの話だ?」
「ふふふ、こちらの話さ。ところで食事はもちろんだが、我が国の名物として誇れるモノがもう一つあるのだがご存知かな?」


 夕食後、しばしの談笑の後に案内されたのはカンパニュラ家のお風呂なのだが――ずばり、それは温泉だった。
「ふむ、まぁすぐそこにマグマを垂れ流す火山があるのだからな。街にも源泉かけ流しをうたう銭湯や旅館がいくつもあったからもしやとは思っていたが……自宅のお風呂が温泉とはすごいな。」
 お風呂セットを持ったオレたちが「男」と「女」と書いてあるのれんの前で呆然としているのを見てフェンネルさんが笑う。
「ふふふ、予想以上に驚いてくれたね。ケガや病気、そしてお肌にもいい当主様自慢の温泉さ。」
「お肌! やーん、ボクもっときれいになっちゃうって、ロイくん。」
「う、うん……」
「ふふふ、ただちょっと注意が必要でね。みんなにはこれをつけて欲しいのさ。」
 リリーちゃんの流し目にドキリとしつつ、この前の国王軍の集中治療室の件があるから……か、確実に男湯へ入らなければと思っているとフェンネルさんが一人一人に手首につけるくらいのゴムバンドを配った。
「ヴィルード火山の影響でここのお湯にも火の魔力が溶け込んでいてね。普段から入り慣れていないと魔法の負荷がかかって気分が悪くなってしまうから、それを抑えてくれる防御魔法のかかったこのマジックアイテムが必要なのさ。」
「師匠ー、あたしはいらないよー。」
「いやいやアンジュ、ここで育ったとは言え入るのは久しぶりだからね。油断はいけない。」
「そーかなー……」
「ふーむ、温泉にまで影響を与えるとは本当に特殊な土地なのだなここは……あ、ロイドくんは女湯でも構わないぞ。」
「か、構いますから! オ、オレはこっちで男同士の裸の付き合いですから!」
「む? ロイド、おれはリシアンサスさんたちに恨まれたくはないのだが――」
「さー行くぞ!」
 なぜかいつも止めずに後押しをしてくる強化コンビを引っ張り、フェンネルさんと共にオレたち男組は男湯の脱衣所に入った。
「ふふふ、当主様も奥様も怒りはしないと思うがね。」
「そ、それもどうかと思いますけど……」
「ふふふ、あまり実感がないかもしれないが、ロイドくんの周囲にはその人格がとても良いものであると証明してくれるような人がそろっているのさ。特に《オウガスト》の弟子というのはそれだけで高評価だろうね。」
「えぇ……あんな酒好き女好きのオヤジの何をそんなに……」
「うほー、こりゃいいな! 絶景じゃねーか!」
「おお、よもや露天風呂とは。」
 一足先にお風呂場へと突撃した強化コンビの驚きの声が聞こえ、フェンネルさんがにこりと笑う。
「さぁ、話の続きはお湯の中でしようではないか。」
 扉をくぐるとそこには……なんというかこの家の豪華な装飾類とは趣の違う風流さのある露天風呂があった。イマイチこの家のどこに位置しているのかわからないが、四方を壁に囲まれているかわりに真上には何もなく、すっかり暗くなった空には星がきらめいていた。
「雨天の際には透明な屋根が出る全天候型露天風呂さ。」
「わぁ……すごいですね……」
「ふふふ、当主様に聞かせてあげたい感想ではあるけど、しかしずっとそのままだと風邪をひくよ。」
裸で「はー」と空を眺めていたオレたちに桶を渡してかけ湯を促すフェンネルさん。お風呂の温度としてはちょっと高めのお湯をあび、オレたちはザバーッと温泉に浸かった。
「だはー、やべぇなこりゃ。寮の大浴場もすげーとは思ったが、天然温泉にはかなわねーな。特に露天ってのがいーぜ。」
「頭を冷やしつつ熱めのお湯に浸かる――うむ、贅沢なものだ。」
 見ている方も気持ちが良くなるくらいにくつろぐアレクとカラード。社会科見学の時に入った国王軍のお風呂とは違い、別にタオルを巻くようにとは言われていないので、二人は頭の上にタオルをのっけてあとは裸の状態なのだが……豪快に脚を伸ばしているあたりに男らしさを感じるというか……少し恥ずかしさを感じるオレがちょっと情けないというか……
 いや……やはり引き締まった肉体ゆえの自信なのだろうか。改めて見ると二人とも……その、へ、変な意味ではなく、とてもいい身体をしている。
 アレクが体格通りの……フィリウスみたいなムキムキマッチョなのはともかく、身長とかは同じくらいのはずのカラードがオレよりもがっしりした身体をしていて……正直あれくらいにはなりたいなと思っているオレには羨ましくうつる。
「カラードは……ど、どうやってその筋肉をゲットしたんだ……?」
「ん? ああこれは、あの甲冑をまとった状態でも普通に動けるようにと鍛えた結果だ。」
「な、なるほど……」
「ふふふ、お師匠さんである《オウガスト》のようなムキムキボディを目指しているのかな?」
「いや、あんなのはいいんですけど……も、もう少しがっしりしたいかなーと……」
「あん? ロイドお前、今以上にモテたいのか?」
「だ、ちが、べ、別にモテたいからってわけじゃなくてだな……! 単純にカッコイイだろ! 筋肉あると!」
「ふふふ、まぁ筋肉に憧れるのは男の性みたいなものだからね。僕も肉体美には気を使っているよ。」
 すらりとしているがヒョロヒョロというわけではない、イケメンボディのフェンネルさんが再びのセクシーポーズを決める。
「しかし人には人に合った筋肉量――騎士として言うなら戦闘スタイルに適した身体というモノがある。記録を見る限り、二人がパワータイプなのに対してロイドくんはスピードタイプだからね。力があるに越したことはないけれど、重くなるのはマイナス点かもしれないね。」
「そうですかね……で、でもフィリウスはあんな身体でも風で移動してますし……」
「ふふふ、彼とロイドくんとでは同じ「風で飛ぶ」でも種類が異なるね。《オウガスト》は爆風任せに飛んでいくけれど、ロイドくんは小回りの利く精密な風。やはりパワータイプとスピードタイプなのさ。」
「だはは、残念だなロイド。でも別にお前、筋肉ないわけじゃねーだろー? 必要なとこに必要な分だけってな。それはそれで……あー、スタイリッシュ――なんじゃねーか?」
「そ、そうか?」

『そうだよ! ロイくんはカッコイイよ!』

 男の筋肉話に突如入ってきた女の子の――リリーちゃんの声。まさか男湯に『テレポート』してきたのかとギョッとしたが、その声は壁――たぶん女湯と男湯を隔てている壁の向こう側から聞こえてきた。
『それにロイくんにはパワーもあるよ! ボクを抱きしめたあの力強さ!』
『そ、そうだぞロイドくん! わたしがこの身で感じたロイドくんの身体にはしっかりと男らしい筋肉が――』
『何言ってんのよあんたらっ!!』
 割とハッキリ聞こえるから、たぶん何かしらの魔法で声が通るように――っていうか今の話聞こえてたのか!
『筋肉欲しーならユーリにちょちょっと改造してもらえばいーんじゃねーかー?』
『えー、個人的には今くらいがちょーどいーと思うけどなー。』
『そ、それに……ムキムキになって、そ、そういうのが好きな人がよ、よってきちゃったら……ま、また女の子が増えちゃう、よ……』
『む、それは一理あるな……まったく、ロイドくんはこの美人妻ローゼルさんだけでは満足できないと言うのか?』
「まま、満足というか既にいっぱいいっぱいで――と、というかちょ、ちょっとこの話題ストップで……なんか恥ずかしいので……!」
「ふふふ、モテモテだなロイドくん。これはアンジュも大変だ……うん、やはり師匠としては応援したくなるものだね。あー、ロイドくん、そこの壁際に立ってくれるかな?」
「? こ、ここですか?」
「アンジュー、今壁一枚を隔てて裸のスタイリッシュロイドくんが立っているよー。」
「ちょ!?」
『いきなり何言ってるの師匠ー。』
「ふふふ、ちょっとしたサプライズさ。」
 そう言ってフェンネルさんがパチンと指を鳴らすと、壁際に立ったオレとフェンネルさんたちの間に新たな壁がせりあがってきた。
「うわ、な、なんだ!?」
 突如出現した壁と、フェンネルさんに近づくように言われた壁の間の狭い空間に閉じ込められたのだが――
「これは戦いのチャンスさ。他の子と同じ条件の下、どう活かすかはアンジュ次第!」
 ――一拍置いてオレが近づいた方の壁がゴゴゴとお湯の中に消え、壁の向こうの光景が目に飛び込んできた。

「あ、あんたなんでこっちに来てんのよ!」

 それは『ビックリ箱騎士団』の女性陣がゆったりと温泉に浸かっているという目に毒で心臓に悪い肌色――ってびゃああああああああ――あああ??
『男湯の方は気にせず、楽しむといいぞロイドくん。』
 壁の向こうから聞こえてくるフェンネルさんの声は耳を素通りし、オレは目の前の……奇妙な光景に動揺していた。
「あの変態何して――ってロイド、このバカ! な、なにガン見してんのよ!」
「ほえ!? あ、ごめん! ちょ、ちょっと、いつもと違ったと言いますか――」
「ち、違うって何がよ!」
「ぬ、ぬぬ? あ、あのロイドくんがこの状況で落ち着いているだと……? どど、どういうことだ??」
 オレの登場と同時にみんなはタオルや手で色々と隠そうとしているのだが……いや、というかそもそも……
「だ、だってみんな……水着だし……」
「は――はぁ?」



 女湯に現れたロイドが変だった。いつもなら…………そ、そりゃあ……い、一回見てるっていうかそそそ、それ以上のことをしてるわけだから、も、もしかしたらあたしのはみみ、見慣れたりしたのかもだけど……い、いえ、ロイドの場合それはありえないからやっぱり変だわ。真っ赤になって鼻をおさえるところを、なんでかバカみたいな顔であたし――たちを見てる。こっちは全員裸なのに――ってあれ?
「そ、それはあんたじゃないのよ……それ……」
「えぇ?」
 当然ロイドだって裸のはずなんだけど、なんでか水着を……黒いズボン型の水着をはいてた。
「あー、わかったよー。これ師匠お手製の布と同じ魔法がかかってるんだよー。」
『ふふふ、その通り。混浴をしてみたいけどやっぱり恥ずかしいという男女を後押しする素敵な魔法が皆に配ったゴムバンドに付与されているのさ。双方確かに裸だけど、互いの大事なところは見えなくなっているわけだね。』
「な、なるほど……で、ではロイドくんには一体どういう風に見えているのだ……?」
「それは……い、今はみんなタオルで隠れてますけど……こう、く、黒いビビビ、ビキニを着ているように見え……ました……」
「そ、そうなのか……? 自分で見ると普通に裸なのだが……」
 慌てて巻いたタオルの胸元をくいっと引っ張って内側を見るローゼル……なんかむかつくわね、それ。
『裸だが見えない、見えないが裸……ふふふ、ドキドキだね。では、あまり長湯しないように気を付けるのだよー。』
 いきなりこんな状況にしておいて放り投げたフェンネルの声が聞こえなくなると、ハッとしたロイドはギュンッて勢いでこっちに背を向けて、腰にタオルを巻きつつ立ち上がった。
「とと、とりあえずオレは出ますから――ってうわ!」
 脱衣所につながる出入口がいきなりせりあがった壁でふさがれた……あ、あの変態男、こんなことの為にどんだけお風呂場を改造したのよ……!
「ま、まぁロイドくん……その、ロイドくんの反応ほどわかりやすいモノもないから見えていないのは事実なのだろうし、仮に見えていたとしても別に構わないわけで……せっかくの温泉なのだから浸かるといいぞ……」
 恥ずかしそうにしながらもそんなことを言うローゼル。この前の集中治療室の時みたいに、自分から行く時は堂々としてるくせにロイドから来られるといつもこんな感じになるわね……
 まぁ、わからなくもない……けど……
「し、しかしですね! 予想外の光景に頭が止まってましたけど、水着でもタオルでもここはお風呂――女湯ですから! は! そうだ、風であの壁を越えて男湯にもど――」
「んだよロイド、久しぶりのいっしょの風呂じゃねーか。入ろうぜ。」
 お湯に浸かる前に尻尾を洗うとか言ってブラシみたいのでゴシゴシやってたストカがその尻尾でロイドをぐるりとつかまえた。
「どわ、ス、ストカ、はなせ――ってぎゃああああ!?」
 捕まったロイドはストカを見るや否や最大レベルまで赤くなって両手で顔を覆った。
「おま、ハダ――ハダカじゃねーかっ!」
「? そりゃお前、風呂だもんよ。」
「そ、そーじゃなくて――みんなと違ってお前は普通にみ――見えてるぞ!!」
 ……は? 今なんて……
「ったりめーだろ。俺ら魔人族に魔法の負荷なんてものはねーからな。こんな道具使う理由がねぇ。」
 そう言ってストカが指先でくるくるまわしてるのはゴムバンド……あれをつけてないってことはあの変態男の変な魔法が発動してないってことで、ロイドから見ても普通に裸が見える――って!
「そそ、それならそれでちょっとは隠したりしなさいよ!!」
尻尾をロイドに巻き付けてるストカは堂々たる仁王立ちで隠すそぶりもない……!
「そうだぞストカくん! ハレンチだぞ!」
「優等生ちゃんが言っても説得力ないけどねー。」
「つーかお前! ミラちゃんやユーリといっしょに入った時はタオル巻いてたろーが!」
「ははー、ちびの頃は恥ずかしかったってのもあったんだが……こうして成長して気づいたわけだ――ロイドはダチだから隠すモノはねぇってな。」
「普通はより隠す方向に進むもんだ――うわっ!」
 言い終わる前にストカの尻尾で放り投げられたロイドはドバシャァっていう音と共に温泉の真ん中につっこんだ。
「ぶばっ、ストカお前――ってうわ、す、すみましゃああああああ!」
 あたしたちを見て再び手で顔を覆うロイドの横にパッとリリーが現れてその腕に抱きつい――ってこいつ!
「えへへー、ロイくんと混浴温泉!」
「リリリ、リリーちゃん! 見えない魔法があってもタオル一枚には変わりが――変わりがないのです!」
「んふふー、なんの話ー?」
「びゃあああああ!」
 ぐいぐい押し付けるリリー……!!
「……てゆーかだけどさー、商人ちゃん――とついでに優等生ちゃんとお姫様は……見せろって意味じゃないけど、タオルで隠すのは変じゃないのー? 今更さー。」
「んー? ボクもそう思うんだけどねー。なんかロイくんにいきなり来られると「きゃっ」てなっちゃうんだよねー。」
「うむ……ロイドくんがいつまでも「びゃあああ」という反応だから、こちらの恥ずかしさもつられ気味なのかもしれないな……」
「……そ、それ以前にあんたらは……やたらめったらなのよ……」
 あ、あんなアレコレしたっていうのに今でも手とかつなぐと前と同じようにドキドキしちゃうし……できればあたしだってくっつき――たいわけじゃないわよ!
「ふーん。じゃーロイドはー? その三人とはあ、あんなことやこんなことをし、しちゃってるんだし……これくらいはもう大丈夫になったり…………まぁしないよねー……ロイドはー……」
 言ってる途中でロイドはそうならないってことに気づいてふふふと笑うアンジュ……
「だ、だって無理ですから! こここ、こんなあれこれに慣れる人の気が知れな――ぎゃああ! リリーちゃん、なぜタオルを――びゃああ! オレのまでっ!!」
「ちょ、なにやってんのよリリー!」
 いきなり自分のタオルをとってかか、完全にすっぽんぽんになったリリーは更にロイドのタオルまでも取り上げて――ロイドが黒い水着状態に……!!
「ふふーん、いきなりだととっさにあれだけどちょっと落ち着けば大丈夫だから――んふふ、あの熱い二日間を過ごしたボクとロイくんなら裸のつきあいは当然……だよね……」
 トロンとした顔でそのままロイドに近づく――!!
「む、それならばわたしだって――も、もはやわたしの身体はわたしよりもロイドくんの方が隅々まで知っていて……詳しい、のだからな……!」
 そう言って自分もタオルを取っ払うローゼル――ってこいつまで!
「ぎゃああああああ! ふ、二人とも! 見えないけど裸――ハダカなのですよ!? というかオレの、オレのタオルを――!!」
「もー、ローゼルちゃんてばマネしてー。」
「おや、マネされると困るのかな? このローゼルさんのパーフェクトボディーが相手では!」
 ロイドを挟んで火花が散ったかと思ったら――って何してんのこいつら!
「わ、わ、ロゼちゃん……! そんなにくっついたら……」
「あ、ずるい! ボクも!」
「ちょ、商人ちゃん、そ、それは――」
 見えてなくても感触はそのままなはずで、裸になった二人がそのままロイドを左右から――腕に抱きつくどころじゃない感じに……!!
「どうだロイドくん! 今一度わたしの――わ、わたしを……!!」
「ダメだよロイくん! ボクの方が――ボクが……!」
「あ、あんたらいい加減しなさいよ!」
 だんだんと二人の表情がやばい方向に――ちょ、これ、このままじゃ――!

「んあー、それくらいにしないとロイド気絶すんじゃねーかー?」

 そのままやばい感じになりそうだったところで、ぬっと伸びてきたサソリの尻尾が器用にロイドをからめとって二人から引き離す。
「ヤワラカ……感触……ああ……」
「うお、既に死にかけじゃねーか。目ぇ、覚ませよロイドー。」
 そのままロイドをぐるんとひっくり返し、ストカはロイドの顔をびしびし叩いた。
「――はわっ! あ、危うくオオカミが――ってだからストカ! か、隠せ!」
「んあー……じゃーこれでどうだ。」
 バシャンとロイドを温泉に落とすと、尻尾を自分に巻いてうまい具合に隠す感じにするストカ……な、なんかむしろヤラシク見えるのは気のせいかしら……
「よ、よし……ホントはタオルを巻いて欲しいんだぞ、オレは……」
「きゅーくつだろー。」
 ま、まったくどいつもこいつも人の恋人を…………そ、そうよ恋人――あたしの、恋人――よ、ロイドは……! だ、だから……そうよ! 別に変じゃないわ!
「ロ、ロイド!」
「はひ!」
「い、いっしょに入るのはあの変態男のせいで……しょ、しょうがないけど――あ、あんたはあたしの恋人――なんだから! あたしのよ、横にいなさいバカ!」
「ほへ!?」
「うわー、お姫様ってば、うわー。」
「うっさいわね! ロイド早く!」
「――! よ、喜んで!」
 ジャバジャバとこっちに来たロイドは……さっきまでの痴女連中の攻撃に真っ赤になってたのとはちょっと違う赤い顔であたしを見ながらおずおずと隣に座った。
「で、でもって今夜の話するわよ! 段取りの!」
「えー? ロイドはあたしの部屋であたしとイチャイチャ――」
「そっちじゃな――そんな計画してんじゃないわよ!」
「い、いかんいかん……突然の機会にうっかりここでロイドくんと――や、やはりアレは二人きりであるべきだし……う、うむ、少し話題を変えるとするか。」
「ボクはいーけどねー、見せつけちゃっても。でもまー武器拾いがあるし、いい奥さんは夫のため、時にガマンもしちゃうんだよね。」
 リリーの方はまだ半分くらい顔が溶けてるけど……そうよ、こっからは真面目な話をしてこの状況から恋人を――そう! 守るのよ、あたし!
「って言っても夜に抜け出してさっきのマグマちゃんと合流してロイドが潜るんでしょー?」
「そ、それだけど……ぬ、抜け出すのって、できるのかな……」
「ふむ。心苦しいが魔人族のことを秘密にする以上、武器を回収することも話せないからな。そのあたり、カンパニュラ家はどうなのだ? 人目の少ない時を狙う都合上、抜け出すのは夜中になると思うのだが。」
「言えばフツーにオッケーしてくれるだろーけど、今回はコッソリだからねー。問題は師匠のセキュリティかなー。」
「セキュリティって……あの変態男、そんなこともしてんのね。」
「お姫様、師匠は一応カンパニュラ家の騎士だよー? あれで色々すごい人だからねー。ほら、そこの壁の仕組みとか、やったのはたぶん師匠でねー。魔法にも科学にも詳しいから色んなモノを作れて、だからこの屋敷は魔法と科学の二重のセキュリティに覆われてるんだよー。内側から外に出る場合でもどれかの仕掛けには引っかかっちゃうだろーから、コッソリってゆーのは結構難しいと思うよー。」
「むぅ、それは困ったな……では何かしらの用事をでっちあげるしか……」
「あー、その辺は大丈夫だと思うぜ。」
 あっさりそう言ったのはストカ。
「ロイドが武器を拾いに行くのをうち……っつーかミラが手助けする気満々だからな。ヴァララと俺がこっちに来たの以外にもなんかあったら遠慮なくって言ってたし、その辺の小難しいのが得意な奴に何とかしてもらおーぜ。」


「ふふふ、どうなるかはわからないけれど、良い事をした後は気持ちがいいね。」
「良い事かぁ? 今にもロイドの「びゃあああ」ってのが聞こえてきそうだぜ?」
「ふふふ、男女の会話を盗み聞きというのは良くないからね。もうあちらの声は聞こえないようにしたさ。」
「いや、聞こえなきゃいいてわけじゃねーと思うが……」
「叫んではいるだろうが、しかしロイドだからな。何であれ、良い結果へと進むだろう。」
「まーその辺は心配してねーが……モテる男の試練ってのは外からも来るんだなぁ。」
「ふふふ、男二人から恋愛的信頼を受けているとは、さすが《オウガスト》の弟子と言ったところだね。ならばアンジュはその信頼に任せて、こちらはこちらの話をしよう。」
「? フェンネル殿――フェンネルさんがおれたちに?」
「『プリンセス』の学校での様子なら飯の時にロイドたちが話してたしな。俺らが話せることはもうねぇぜ?」
「いや、二人とは君たち自身について話がしたいのさ。」
「? どういうことでしょうか。」
「ロイドくんを含め、アンジュの周りには少し変わった友人が多い。ああ、性格がという話ではなく、騎士としての……家柄とでも言うのかな。家庭や家族のようなモノが一般的な騎士のそれとはずいぶん違うようだ。」
「……特殊、という意味ではそうかもしれません。ロイドは十二騎士の弟子、クォーツさんはフェルブランドの王族、マリーゴールドさんはガルドにおける有名なガンスミスの家系、トラピッチェさんは商人であり元…………確かに、騎士の学校に通う者として一般的なのは騎士の名門のリシアンサスさんだけかもしれません。」
「ふふふ、加えてそちらの立派な筋肉を持つアレキサンダーくんもそうだね? ビッグスバイト家は騎士であったり傭兵であったりと形式は様々だが、代々戦う事を生業としている家系だ。」
「んお、うちの事も調べたのか。あいにく上級騎士――セラームとかになって有名ってわけじゃねーぜ?」
「ふふふ、果たしてそうかな? 何代か前には当時の《ジャニアリ》に見出されて『ムーンナイツ』に選ばれているし、何より君自身が学生の身でシリカ勲章を受けた傑物ではないか。」
「そりゃあ……」
「そしてカラードくん。個人的にはロイドくん以上に興味深いのが君だね。」
「おれが……?」
「レオノチス……その名だけでは思い出せなかったけど、ランク戦の記録を拝見した際に君の体術を見て気がついたよ。カラードくん、もしや君のお父様は――」



「まったくさー、せっかく師匠が用意してくれたチャンスだったけど、あの二人がやらしーからなんもできなかったよー。でもまー、あそこで何も見せなかった分、これからの時間への期待が大きくなってたりするのかなー?」
 部屋の隅っこに置いてある豪華な椅子で、心臓をバクバクさせながら小さくなっているオレにアンジュが色っぽい視線を送る。
 心臓に悪く、理性と欲望との戦いの場だった温泉の後、夜中に抜け出す算段を立てたオレたちはその時に備えて早めに寝ておこうという事でそれぞれの部屋へわかれた。
そしてオレの場合……寝る部屋とは即ちア、アンジュの部屋であるわけで……いつもの流れとは言え、温泉のドキドキを残したままで一緒に寝たりなんかしたら色々とやばい……! オレはこの椅子で寝るべき――寝なければならないのだっ!
「んふふー、ロイドはそんなとこで寝るつもりなのー?」
寝る時の格好――長いツインテールをくるくるとまとめてお団子にし、エリルが着てるようなワンピースタイプの寝間着を……気のせいであって欲しいのだがすすす、透けているように見えるそれを着たアンジュがベッドの上でニンマリ笑う。
「ベベベ、ベッドはアンジュが使うのですから、オレの寝床がその他の場所になるのは普通でありまして――」
「あまいなー、ロイドはー。そんなロイドをこっちに来させる方法をあたしは知ってるんだからねー。」
「――! ままま、まさかユ、ユーワクしてオレのオオカミを!?」
「それもあるけど、さすがにマグマに潜ろうって時の前に激しい事はしないよー?」
「ハゲシイッ!?」
「とりあえずは一緒に寝ようってだけだよー。んで、ロイドをベッドに入れる方法はねー……」
 掛け布団をめくり、そこに身体を滑らせて横になったアンジュは――すごくかわいくて心臓をわしづかみにするような表情でこう言った。

「んもー、ロイドってば――準備万端で誘う女の子に恥をかかせるのー?」

「――!! そそそ、それを言っては――それはずるいですぞ!」
「あははー、変な言葉遣いになってるよー? でもほんとにさー、あたしだって恥ずかしーんだからさー……応えてくれないと泣いちゃうかもよー?」
「――! ――!! ああああ、ううう、まあああ! わ、わかりましたから!」
 ダ、ダメだ……そんな風に言われたらオレは……ああああ、ムスるエリルの顔が見える!
「あ、言っとくけどお姫様の事とか考えたらダメだからねー。あたしのことだけ考えてもらわないと……えーん、ロイドのバカー。」
「ひゃびゃ、ご、ごめんなさい!」
 手玉に取られるというのはこういう感じなのか、ベッドの空いているスペースをポンポンと叩くアンジュの横……その場所にオレは寝っ転がった。
「んふふー、電気切るよー。」
 これもフェンネルさんの技術なのか、アンジュが指をパチンと鳴らすと部屋の電気が消えた。そして頭上――ベッドの天蓋がぼんやりと光り、豆電球のような明るさでオレたちを照らす。
「雰囲気出るでしょー。」
 大きなベッドだからそれぞれのスペースを確保しつつ二人で寝られるはずなのだが――アンジュの顔はオレのすぐ横に……ああ、シャンプーの香りが……
「あたしはこの後の事を考えて何もしないけど、その気になったらそうしちゃってもいーからねー?」
「しませんから!」
「ロイドー、据え膳食わぬは――」
「たた、食べませんから!」
「んふふー。でもまー……そーゆーのはしないにしても何もないんじゃ勿体ないしねー。ドキドキする話でもしちゃおーかなー。」
「ドキドキ!?」
「あたしが……どうしてロイドの事を好き――になったのか、とかねー。」
 ほのかな灯りの中で少し恥ずかしそうにそう言ったアンジュがかわいいですからっ!
「そ、それは前に聞いたよ……? あの、なな、夏休みの間にって……」
「そーなんだけど……うん、やっぱりちゃんと教えてあげるよー。」
 目をそらし、枕をつつきながらアンジュが話を始めた。
「あたしはお姫様になったあたしを守る未来の騎士を探すために、あとついでにある程度の強さを得るためにセイリオスに来たわけだけど……未来の騎士にしたいなーって思う人はなかなかいなかったんだよねー。」
「えぇ? で、でも……デルフさんとか、将来絶対活躍しそうな人って結構いる……と思うけど……」
「ビビッとこなかったんだよねー。一緒にいる事が多くなる騎士なんだから、強さだけじゃなくて人的な相性も大事でしょー?」
「そ、そうだね……」
「これは二年、三年になった時に入ってくる一年生に期待かなーって思ってたんだけど、そんな時に転入してきたのがロイドでねー。初めはあのボロボロの服見て「なにあれー」って候補にも考えなかったんだけど、そのあと色々活躍したでしょー? 第一印象は残念だったけどよく見たらいー感じかなーって思って、それで夏休みのちょっと前あたりから観察を始めたんだよー。」
「ボロボロ……ま、まぁ印象が良くなったのはよかったよ……」
「ロイドはあれで結構損してると思うよー? ま、あの田舎者スタイルがなかったら今頃もっと敵が多かったと思うからいーんだけどねー。」
「テ、テキ……」
「それで……えっと、こっからが前は話さなかったことなんだけど……ほら、夏休みの間ってロイドは妹ちゃんと一緒だったでしょー?」
「うん……エリルたちと出かけたりする以外はパムの家にいたね。」
「……で……ロ、ロイドってさー……妹ちゃん相手だとすっごく――お兄ちゃんになるでしょー?」
「えぇ? あ、ああ、自分の事を「お兄ちゃん」って言っちゃうあれかな……さ、さすがにもうどうかなとは思うけど……口に馴染んでしまっていてですね……」
「別にいーと思うよー? てゆーかそれのせいってゆーか……」
「?」
「あ、あたしは一人っ子だからさー……兄弟姉妹っていーなーなんて思ってて……どっちかって言うとかわいい弟妹よりも頼りになるお兄ちゃんお姉ちゃんに憧れがあったりしてねー……」
「へ、へぇ……あ、それならちょうどフェンネルさんがいいお兄さんって感じになったんじゃ……」
「師匠は……なんていうか近所に住んでるお兄さんって感覚で……しかもちょっとアレだから憧れのっていうのにはなんなくて……」
 た、確かにフェンネルさんのおしゃれセンスはマネできない感じだとは思うけど……そうか、アンジュもフェンネルさんのことを――「アレ」って思ってるのか……
 んまぁ、オレだってフィリウスは「アレ」な奴だと思ってるしなぁ……
「そんなあたしの前でロイドってば……ロイド、妹ちゃんと接するとき自分がどんな顔してるか知ってるー……? す、すっごく優しくて……たまに甘える感じになる妹ちゃんを「よしよし」ってしたりなんかして……絶対妹ちゃんの方が強いのに頼りになるお兄ちゃん感出しちゃって……」
「そ、そんな風になってるの……オレ……」
「それ見てたらすごくドキドキしてきちゃって……騎士としての将来性は抜群だし、歳は同じだから変な気遣いもいらないし、その上……も、もしかしたら……ばば、場合によっては――ふとした時なんかに、お、お兄ちゃんって感じに甘えられちゃったりしちゃったりするのかもとか考えちゃって……!」
「えぇ!? ア、アンジュが――オレに!?!?」
「た、例えばだよ! で、でもそう思っちゃったら止まんなくて――強くて優しくて……お兄ちゃん的な人をあたしの騎士にできたら……つ、ついでにコイビトとかダンナサマだったら、なーって、そんな風に見てたら――」
 ぼふっと枕に顔を沈めて数秒後、すこし顔を上げたアンジュがすごく恥ずかしそうな表情で一言――

「――好きになっちゃってたんだよー……」

 と言って……ああ……ああああ……
「ま、まーでもその気持ちが表に出てきたのはランク戦の後の……ロイドが友達になろーって言った時で……お姫様に勝負を挑んだ時はロイドを騎士にするためって気持ちだったけど――た、たぶん、あの時もうあたしはロイドの事をそ、そういう風に見てたから……し、下着見せた後は部屋ですっごく恥ずかし――」
 近づく体温、伝わる感触。近づいたのではなく近づけた――反射的に、オレはアンジュを抱き寄せていた。
「ロ、ロイド!?」
「――は! ごご、ごめんなしゃいっ!」
 だああああ、またやってしまった! お色気に負けて理性が飛ぶのと感覚は似てるけど種類が違うというか、言葉と表情でいきなり引き出される別のオオカミというか――あああああ、なんにせよ制御できないやばいのが出てしまった!
「つつつ、つい! あの、アンジュがその――」
「……別に抱きつく――抱きしめるくらいいくらでもしたらいーと思うけど……ふーん。」
 恥ずかしそうに頬を赤らめていたアンジュがニンマリと笑う。
「んふふー、力強く抱きしめちゃってー。こういう押し方するとそういう風に倒れるんだねー。大丈夫ー? なんかロイドって結構ちょろい感じになってるけどー?」
「ちょろいとか言わないで下さい! 別に誰かれ構わずではなくてアンジュ相手だからしょうがなくて、オ、オレは結構アンジュの事をスキ――に思ってたりしちゃったりするのでだから――ゆゆ、優柔不断は承知なのですがどうにもこうにも――」
「あははー、ロイドの中で、今のところはお姫様が一番だけど、みんなのことも好き――大好きっていうのはこの前の告白でわかってるよー。色々ヤラシーことを考えちゃってることもねー。でも――んふふー、ロイドの口からちゃんと「好き」って聞けたのはうれしーなー。」
「びゃっ!?」
 思わず抱きしめ、慌てて離したアンジュがさっきのオレのようにち、力強く抱きついてえぇぇぇっ!!
「このままあんなことやこんなことしちゃったら色々すごいんだろーけどねー。ガマンしないと夜中にコッソリ起きれないからねー。とりあえず寝ようよロイドー。」
「こにょままで!?」
「おやすみー。」
 昨日のティアナの直接的な攻撃よりはマシかと思いきやアンジュからもう一度告白されたような状況で抱きつかれたままというのは方向が違うだけで同レベルのやばさで……あああ……
別の何かを考えるんだ……何か……ナニカを……



「おいおいおい、大事な話の最中によそ見をしてくれるなよ。」
 田舎者の青年が貴族令嬢の腕の中で自分の師匠の筋肉自慢を思い出している頃、火の国における人間以外の住民が暮らすエリアの片隅で、大きな岩の塊に腰かけている人物が会話の相手に文句を言った。
『……妙な気配を感じた。山の中に何か……』
「おいおいおい、頼むぜ? ビジネスは互いの信頼が第一なんだから、印象悪くするようなことはしない方がいいぞ?」
 ハットにストール、スーツにサングラスというどこぞのマフィアのボスのような格好をしているが口には棒付きの飴をくわえているその男の忠告に、しかし会話の相手は睨みを返す。
『こちらは別にお前でなくても良いのだから、お得意のゴマすりはお前だけがしていればいいだろう。』
「どーかねー? あんたからするとどいつもこいつも同じなのかもしれねーが、それぞれに得手不得手ってのはあるんだぜ? あんたの要望に応えられてあんたの頼みを聞いてくれる奴ってのはそう簡単に見つかるもんじゃない。ここでうちと切れちまうと間に合わないだろう?」
『……』
「そう邪険にしなさんな。うちの欲しいモノをあんたが持っている以上、関係は友好的にありたいのが本音なんだからな。」
『本音と言って語る言葉に本音が混ざるとは思えないが。』
「おいおいおい、わかっているじゃないか。人間の黒さについてよくご存じだ。」
『……だからこうして終わらせようとしている。』
「納得だな。うちとしては思うところもないわけで、儲けが出るならそれで満足だ。報酬は半分前払いってのが通例だが……信頼の無さを考慮して全額後払いでいいだろう。新しい顧客ってのは大事にしないとな。うまくいったらごひいきに。ま、うまくいかすがね。」
『……任せたぞ。』
 会話の相手がその場から音もなく去っていくと、男はちゅぽんと口から飴を抜いてニヤリと笑った。
「価値観の違いってのはいいもんだな。こんなちょろい仕事であれが手に入るなんて、笑いが止まら――」

 ピピピ、ピピピ。

 ニヤケを抑えられずに一人ニマニマしていた男の胸元で電子音が鳴り響く。男はニヤケたまま音源である小さな電話を手に取ってその電子音――呼び出しに応じた。
「はいよ、どちら様――ってお前か。なんだ儲け話――いや、聞こえねぇよ。おま、電話する時くらい男しつけんのやめ――だから男の喘ぎなんざ聞きたくねぇって…………は? おいおいおい、そりゃ確かな情報か? マジで言ってんのか!?」
 ニヤケ顔が瞬時に絶望と怒りの混じったような表情に変わる。
「くっそ、んだそりゃ! こんなおいしい仕事に――くそっくそっ! あの女はいつもいつも二度とねぇような儲け話にちょっかいを――バカ、勝てるわけ――あ? あいつが? いやあいつは金が……だぁあ、背に腹はってか……わかった、払うって言っとけ。くそ、余計な出費を……はぁ!? お前にまで情報料――わーった、わーったよ! ガメツイ野郎め――うるせぇっ! 今更お前を女扱いなんかするか、鏡見ていえ!」
 電話のスイッチを切り、そのまま投げ捨てようとして思いとどまり、男は棒の先の飴をかみ砕いた。
「だから嫌いなんだよ、『紅い蛇』の連中は……『ゴッドハンド』め、ここで始末してやる。」

第五章 宝探し

「手伝うのは別に構わないが、このまま便利屋のようにされると困るぞ。」
 事前の打ち合わせ通り、夜中の二時くらいに起きてアンジュの部屋に集合したあたしたちは……うっとりしてるアンジュと「はわわ」ってなってるロイドからはあとでキッチリ話を聞くとして、怪しまれないように天蓋の電気しかつけてない薄暗い部屋の中に浮かび上がった死人の顔に心臓が止まりそうになった。
「ミラの命令だぜ? 文句言うなよユーリ。」
「ミラのというか、お前が私を呼びつけたんだろうが。」
「ストカが呼んだのか? というかユーリ、どうやってここに……いつの間に火の国に来たってのもそうだが、フェンネルさんのセキュリティのあるこの屋敷によく入れたな。」
「ミラの指輪の力だ。ロイドのいる場所なら、夜の魔法クラスの壁でもない限りは移動可能だからな。」
 ストカと同じように首からさげてる黒い指輪を見せるユーリ。
「? ミラちゃんの指輪はストカが持ってるんじゃ……」
「ん? ミラが自分の指輪を渡すわけ――ああ、なんか誤解があるな。私のとストカのはミラが追加で作ってくれた指輪だ。ざっくり言えばミラが持ってるやつの劣化コピーだな。ロイドの近くに移動する力しかない。」
「?? ミラちゃんの指輪の力はそれだけじゃないのか?」
「そりゃお前――あー……すまん、たぶんその他の機能は秘密だ。しゃべると一週間くらい首だけで生活することになりそうだ。」
「えぇ……?」
「ちなみにロイドの指輪は今どこにあるんだ? 指にないが。」
「いや……指にするのはちょっと恥ずかしくて……ユーリたちみたいに首から下げてるぞ。」
 そう言って服の中から指輪を取り出すロイドを見て、ユーリは驚きの後に「うんうん」って頷いた。
「ああ、それはいいな。ミラも喜ぶ。」
「???」
「気になる内容だがひとまず――ユーリくんはアンジュくんの師匠がしかけたセキュリティをどうにかする為にやってきたのだろう? どうするのだ?」
「どうするかな。まずは見てみよう。この部屋はアンジュさんの――この家の一人娘の部屋なのだろう? ということは……」
 呟きながら壁際を歩き始めたユーリは……別に何もない場所で立ち止まった。
「セキュリティがより厳重になっているはずで、逆に言うと見つけやすい。皆には見えないだろうが、ここに魔法が集まっている。」
 言いながら自分のひ、左腕を外してこの前みたいに肩からさげてる大きな袋から……なによあれ……指が十本くらいついてる変な機械の腕を取り出して装着し、それを壁にあてた。
「ふむ……フェルブランドにおけるセキュリティは魔法のみだったが、ここは科学も織り交ぜているな。それでいて見事なつなぎ目……これを仕掛けた者はなかなかの使い手だな。戦っても強いだろう。ただ……」
 ダイヤル式の金庫をあけるみたいにユーリの機械の腕が右へ左へくるくる回る。
「第二系統が得意な系統というわけではなさそうだな。少し粗がある……そこを突けば……」
「? つまりこの家のセキュリティは第二系統を使ったモノってことなのか……? それでユーリを……よくわかったな、ストカ。」
「おいおいロイド、あんまり俺をバカにすんなよ。ユーリみてーに詳しくなくたって、この家が第二系統の魔法で覆われてることくらい魔人族なら誰でもわかる。」
「そ、そうなのか……悪い。」
「ったく、罰として今度なんかおごれ。」
「えぇ……」
「まぁ、気づけてもストカには……いや、ストカに限らずこれを解除できる者はかなり少ないだろうな。雷の魔法の電気、それと相性抜群の科学、こいつらをうまく組み合わせたなかなかの代物だ。自分で言うのもあれだが、私を呼んで正解――よし、もう少し……」
 一瞬、機械の腕が触れてる場所を中心に電流が走ったかと思うと、満足そうな顔でユーリがこっちを向いた……やっぱり部屋が暗いからホラーだわ……
「セキュリティに穴をあけた。今から十分ほどはどこからでも出られる。」
「うわー、あっさりだねー。」
 あたしたちにはただの壁にしか見えない場所をアンジュが微妙な表情でつつく。
「粗があるって師匠に教えた方がいーのかなー。」
「いや、その必要はないだろう。人間でそれがわかるのは……ロイドたちが通う学院の校長くらいじゃないか?」
「えぇ? ユーリ、学院長のこと知ってるのか? あ、前に来た時に?」
「軽い挨拶はしたがあの人物のすごさが判明したのはもっと最近だ。今ストカが使っている、フルトさんが持ち帰った幻術魔法なんだが……スピエルドルフの魔法研究チームが唸るような一品だったそうだ。正直、人間の中じゃ規格外だぞ、あの人は。」
「うーん、学院長クラスじゃないと見つけられないなら大丈夫かなー。そもそも、粗があるなんて言ったら流れ的に死人顔くんの事も話さなきゃだしねー。」
「…………あ、私のことか。」
 たぶん聞きなれない呼ばれ方にビックリして……でも別に気にした風でもなくて、むしろ興味深いって顔になるユーリ。
「ま、まぁとりあえずはありがとうユーリ。ちなみに戻る時はどうすればいいんだ?」
「あー……戻れる仕掛けをしたかったんだが、それを許すほどの粗は無くてな……ストカに言ってまた私を呼べ。」
「わかった……悪いな。」
「仕方あるまい。女王の命令であり、未来の王の為だ。」
 わざとらしく頭を下げたユーリに「えぇ……」っていう顔をするロイド。だ、だからロイドはあたしの……
 ……そういえばあたしとケッコ――し、したらロイドの立場とか地位って何になるのかしら……


「ふーむ、やはり第二系統の技術はある程度身につけてくべきかもしれないな。」
カンパニュラの家を後にして、ヴァララの居場所がわかるストカについて夜中の街を進んでるとカラードがそんなことを呟いた。
「フェルブランドは例外として、世界では科学技術が日々進化を続けており、それに比例して第二系統の雷の魔法の使い手の重要性が増している。なぜならそういった技術は大抵電気で動くからだ。」
「おいおい、どうしたカラード。いきなり学者みてーなこと言いやがって。」
「火の国の研究やさっきのフランケンシュタインさんの技術を見て少しな。騎士として守るにしろ攻めるにしろ、電気の活躍の場面は多いという話だ。火を灯りとし、雷をただの災害としていた昔には想像もつかない世界が今だ。フェルブランドにいると魔法ばかりに目が行くが、おれたちは視野を広くとって遅れないようにしなければならない。」
「ふむ、随分と大昔が引き合いに出たが……まぁ、そうだな。父さんも一度はガルドに行って最先端の科学を見ておくといいと言っていた。魔法も使わずに伸びたり縮んだりする槍があるとかなんとか。」
「あははー、夜の国、火の国と来て次は金属の国ってわけだねー。」
「おー、なんか機械がガショガショしてんだろー? ロイドー、今度連れてけてよー。言ったことあんだろ?」
「んまぁ……けどストカは……いや、魔人族にあの国は厳しいかもしれないぞ? 確かに面白いモノがたくさんある便利なところだけど、魔法生物が変な進化をしたり、逆に弱ったりする……ちょっときれいとは言えない空気の国だから。」
「か、環境汚染、だね……おじいちゃんがフェルブランド、に来たのも、おばあちゃんが空気の、せい、で、体調を悪くした、からだから……」
「フェルブランドとガルドじゃ文化の進み方が真逆だから、ボクやロイくんみたいに他の国に慣れてるならいいけど、エリルちゃんたちみたいにフェルブランド生まれの育ちにはキツイかもね。」
「……そういえばお姉ちゃんが言ってたわ。フェルブランドは剣と魔法の国っていう呼ばれ方以外に、自然の国とも呼ばれてるって。緑が多くて空気がきれいで、だから世界的な平均よりも健康な人が多いらしいわよ。」
「空気がマズイのは嫌だな……ロイド、お前が王様になってもうちの国を機械王国にはすんなよ。」
「しない――っていうかま、まず王様って点がだな――」
「んお、ヴァララだぞ。」
 ロイドがわたわたした顔でツッコム前に、ストカが前方の人影に手を振った。
『ロイド様、お待ちしておりました。』
 昼間に行った観光スポットみたいにマグマが見えるわけでもない場所。街からほんの少し歩いたところにある……なんていうか、ヴィルード火山の裾野の一部分ではあるけど岩しかないようなただの斜面って感じのところにヴァララが立ってた。
 夜だし周りには人もいないからか、あのヤラシイ美女姿じゃない本来のマグマ人間状態なんだけど、その身体はぼんやりと光ってて……すごいホラーな立ち姿だわ。魔人族ってそんなんばっかりね……
 ちなみにストカも幻術を解いてて、あの結構な露出のドレス姿にサソリの尻尾っていう姿になってる……なんなのよもう、その――デカイの強調しちゃって……!
「どーだヴァララ、ロイドのご先祖様が言ってたよくわかんねー奴は見つかったか?」
「いやストカ、よくわかんねー奴って……あれ? あの、マトリアさん、その――「あの子」みたいな存在はなんて呼ぶんですか?」
 普段は首から下げてるんだけど、会話しやすいようにって今は指にはめてる例の指輪に話しかけるロイド。
 ……な、なんかロイドが指輪してるのって……び、微妙な気分だわ……なにかしら、これ。
『色んな呼ばれ方してるわ。学者によりけりって感じ。厳密には生物じゃないせいで今一つ固定の呼び名が無くて……そうね、あたしたちは「巨人」って呼んでたわ。』
「巨人?」
『ええ。何故だか大抵人の形になるのよ。』
「へぇ……ああそうだ、ヴァララさん。その、巨人――は見つかりましたか?」
『はい。やはり普通のマグマとは動きが異なりましたから見つけるのは容易でした。ただ……すみません、ロイド様の武器は確認できませんでした。』
「い、いえそんな……」
『ああ、それは仕方ないわ。あたしが魔法で見えなくしたから。物理的にも魔法的にも武器の気配をあの子のそれに混ぜているから、目ではもちろん、魔法で調べても何も見えないのよ。』
『なるほど。それが先ほどおっしゃっていた仕掛けですか。』
『それはそうだけど……回収しないようにって言ったのは、その見えなくなる魔法を解除せずに、例えばあの子の中に入ったりしたら大変なことになるっていうのがどっちかというと本命の仕掛けね。』
 強力なマジックアイテムが封じられてる遺跡とかにありがちな、正しい手順じゃないと罠が発動する的な仕掛けなんでしょうね……この場合はその巨人ってのが襲ってくるパターンかしら。
「えぇっと、巨人――「あの子」の居場所がわかって、武器はその中にあるわけですから……あとはヴァララさんの力を借りてマグマに潜り、マトリアさんに仕掛けた魔法を解除してもらって武器を回収……あれ、オレいります?」
 ふとロイドが呟く。確かに、居場所を探せるのがロイドしかいないってだけだったから、それがわかったのならあとはマトリアに魔法の解除方法を教えてもらったヴァララが潜ってとってくるっていうのが一番いい気がするわね。
『残念だけど、あれを解除するには魂の欠片であってもあたしの存在が必要よ。そしてあたしが指輪を通して表に出るにはあたしがくっついてる魂――ロイドくんがその場にいないとだめだわ。』
「……あんたがいないとダメって、それ誰にも回収させる気ないじゃない。」
『うふふ。だって捨てたつもりだったのだもの。』
「つまり、ベルナークシリーズの剣の最後の一振りはマトリア・ベルナークの子孫でなければ回収不可能だったという事か。いよいよロイドの為に残された武器だったわけだ。」
「つーかそこまでしねーと捨てるっつーか封印っつーか、そういうのができねぇ代物なんだな、ベルナークシリーズってのは。」
 今から回収しようとしてるモノのとんでもなさをなんとなく再確認したあたしたちは……いえ、潜るのはロイドだけだからあたしたちは別に何もしないんだけど、ロイドとヴァララが準備は始めた。
 ……ロイドよりもあたしたちの方がいらない気がするんだけど……で、でもマグマの中に潜るんだし……心配――なのよ!
『で、ではその……し、失礼します!』
「はひ――あ! そそ、そういえばあの、い、息とかどうすれば!」
 ここに来て……まぁ、当然だとは思うけど、緊張した顔になってきたロイドがハッとする。
『呼吸はできませんが……その、私は周囲のマグマを取り込んで本来呼吸によって得られる要素を体内で生成できますから……それをロイド様に送ることで、ロイド様は呼吸が必要なくなるかと。』
「そ、そんなことが……! すごいですね!」
『い、いえ……では……』
 するりと羽織ってたローブを脱ぐヴァララ。黒い布の下から出てきたのは顔や手と同じ、ぼんやり光る赤い液体――マグマの身体。それがぶわっと広がってロイドを覆っていく。
「おお――うぼらば――ばばば……あ……あー、あー。お、喋れるぞ!」
 人型だったヴァララの身体は丸い球体になって、その中でふよふよ浮くロイドはなんか面白そうに手足を動かした。
「もしかして今はヴァララさんが普通に呼吸したモノがオレの中に入ってきているんですか? なんかこう――息をしていないのに苦しくないっていう変な感じです。」
『良かったです。それでは……』
 球体になったヴァララの一部が伸びて地面に触れる。すると……どうやらただの岩肌に見えてたそれは幻術魔法か何かだったみたいで、ぽっかりと空いた穴の奥で光るマグマが顔を出した。
『近い場所に入り口をあけておきました。ここから潜行します。』
「わかりました。えっと、マトリアさん大丈夫ですか?」
『大丈夫よー。ふふふ、マグマの中に潜るなんて初めてだわ。』
「それじゃあ……行ってきます。」
 ヴァララの中で手を振ったロイドは……というかロイドの意志では動けないんだろうから、ヴァララが転がってそのまま穴へと落ちて行った。
「うへぇ、マジでマグマの中に入ってったぞ……」
「中の様子は想像もつかないな。」
 穴から中を覗く強化コンビはさておき、あたしはストカの方を見た。
「……場所、ちゃんとわかってるのよね?」
「勿論だぜ。今その辺だ。」
 何もない岩場を指差すストカ。まぁ、そう言われてもよくわかんないわけだけど……ああ、今更ながら、ホントに大丈夫なのかしら……
「ううむ……」
「ど、どうした、の、ロゼちゃん……難しい顔してる、よ?」
「うむ……あのわたしのような美女の姿をしていたヴァララくんがロイドくんを包み込んでいると思うと妙な気分でな……」
「……バカ言ってんじゃないわよ……」



 それは不思議な光景だった。周囲のマグマとヴァララさんの身体は見た目に違いがなくて、だからきっと、傍から見るとオレはマグマの中に一人浮かんでいるように見えるのだろう。
 だが熱さはなく、マグマだから水のように遠くの方が見えるわけでもないこの状況……周囲を赤い光で囲まれたような変な感覚だった。
 上下左右がよくわからないし、比較できるモノがないから進んでいるのかどうかも……あれ、オレは今どうなっているんだ?
『ここです、ロイド様。』
 と言われても潜った場所と風景が変わらないからなんとも言えないオレだったのだが、ヴァララさんに……その、包まれている影響なのか、目の前のマグマに妙な気配を感じた。
『あら? もしかすると……ま、なんとかなるかしらね。それじゃああたしに続いて呪文を詠唱してね。』
「は、はい。」
 オレはまだそんなすごい魔法は使えないが、規模の大きな魔法を発動させる時には使うことが多い――と習った「呪文」を、マトリアさんに続いて唱えていく。
 その言葉にどういう意味があるのかはさっぱりだが、マトリアさんが言ったことを繰り返していると目の前に青色の光る立方体が現れた。
『さて、ここからが本番だから間違わないようにね。まずはその四角の天面を二回叩いて――』
 数字も模様も何もない無地の立方体を叩いたり回転させたりさせること数分、鍵を開けるようなガチャリという音が聞こえたかと思うと正面のマグマの中にゆらりと……まるで深くに沈んでいたモノが浮かび上がるように二つのモノが出現した。
 一つは剣。鞘に収まった二本の剣がクロスした状態で紐……いや、ワイヤーで結ばれている。
 もう一つは金属の箱……塊? 見た感じ開くところはないけど、仮に中が空洞だとしたらオレ……いや、アレクの身体がスッポリ入るくらいの大きな金属の塊だ。
『あら? これは……』
「な、なにか違いましたか……?」
『いいえ、目当ての剣はそれなのだけどこっちの塊は…………あ! そうだったわ、あたしこれもここに捨てたんだったわね。』
「えぇっと、これは何なんですか?」
『あなたたちがベルナークシリーズって呼ぶ武器の材料になる金属よ。こんなマグマの中でも溶けないような丈夫さやベルナークの血統に反応して発動する高出力形態を可能にする特殊な素材なの。』
「へぇ…………えぇっ!?!?」
『ベルナークの家を出る時、あたしが剣を捨てるのを見越した弟がついでに捨てといてってあたしに押し付けたのよね。そうだわ、ここに沈めたのよね。』
「ざ、材料って……じゃ、じゃあこれがあればベルナークシリーズを作れるってことですか!?」
『どうかしら。ベルナークの家にいた鍛冶屋さんが今の時代にも加工技術を伝えてたらできるかもしれないわね。』
 マトリアさんは何でもないように言うが……ベルナークシリーズの材料って、この剣よりも遥かに価値がありそうな気がするぞ……
『せっかくだから回収しちゃう?』
「ど、どうなんでしょう……回収したらすごく危ないような……こう、誰かに狙われそうと言いますか……」
『そうね。あたしも普通ならおすすめはしないけれど、ロイドくんにはスピエルドルフとのつながりがあるでしょう? いつかこれが必要になる時まであの国で保管してもらえるならいいと思うわ。』
「そ、そうですか……」
『それに今魔法を解除しちゃったから、ここに置いていくと普通に見つかっちゃうかもなのよね。』
「えぇ!? じゃ、じゃあ回収しておきますか……ヴァララさん、スピエルドルフは協力してくれますかね……」
『ロイド様の頼みとあれば、何であれ断る理由はないかと。』
「えぇ……」
『それとロイド様……少し急いだ方が良いかもしれません。敵意を感じます。』
「敵意? え、だ、誰かに見つかったとか――」
『違うわロイドくん。この子があたしたちを敵と認識しちゃったみたいなのよ。』
「この子って……えぇ!? 巨人がですか!?」
『生き物ともそうでないとも言えない不思議な存在だから魔法をかけた当時も思ったんだけど、やっぱり時間経過で魔法が変な感じになっちゃったみたい。ちゃんとした手順を踏んでも、これを持っていこうとすると攻撃しちゃうようね。』
「マズイじゃないですか!」
『退避します!』
 やっぱり見た目が同じだから見えにくいが、マグマの中に浮かんでいた剣と金属の塊をヴァララさんがつかみ、そのまま移動を開始した……のだと思う。移動の感覚はないが、巨人の気配から遠ざかっていく。
「マトリアさん、あの巨人はどうすれば!」
『ちょっと戦ってダメージを与えれば退くはずよ。命の概念がないから倒すってことは不可能だけど、あの子の場合なら身体を構成するマグマを何割かとばせばあたしたちへの攻撃よりも修復を優先して戻るはずだわ。』



「結局のところストカくんもロイドくんのことが好きなのだろう?」
「あー……んー……んん? ロイドはダチだがそもそもミラの旦那っつーか次の王だしなぁ。」
「なんでそれが決まった事になってんのよ……!」
「確かにそうだがそうではなくてだな、ミラくんだのなんだのは置いておいて……そうだな、ロイドくんにギュッと抱きしめてもらいたいと思うか?」
「別に。俺から抱きつけばいい話だろう?」
「いや、そういう話ではなくて――抱きつきたいのか?」
「それは――んん? なんか変だぞ。」
「変ではないぞ。もしもロイドくんのことが好きなら抱きつきたいと思うのは――」
「じゃなくて、ロイドたちが戻ってくんだけどすげー急いでんぞ? おい、そっからちょい離れた方がいいぜ。」
 ロイドたちが入ってった穴の近くにいた強化コンビにそう言うと、ストカもぴょんと跳んで穴から離れた。
「な、なによ、どうし――」

「どわばっ!」

 ストカに聞く前に穴からロイドが出てきた。球体となってロイドを包んでたヴァララはどろりと人型に戻り、ロイドをお姫様抱っこした状態で着地した。
 ついでに、二本の剣と……なによあれ。なんか金属の塊みたいのが傍に転がった。
「えぇっと――と、とりあえずみんな耐熱魔法を用意して! 巨人がこっちに来るから!」
「は!? そうならないようにマトリアがいたんじゃないの!」
『ちょーっと時間が経ち過ぎたちゃったわねー。』
 マトリアの「てへ」って感じの声が聞こえたかと思うと、ロイドたちが出てきた穴からマグマが噴き出した。
「うわー、火の国育ちのあたしでもこんなの初めて見たよー。」
 岩肌が続くだけの、周囲に灯りの全くない暗闇に噴き上がったマグマはドロドロと形を変え、さっきのヴァララみたいに人型になっていく。だけどその大きさは比べ物にならなくて、視界に入る真夜中の夜空の半分を光の巨人が埋め尽くした。
『はっ!』
 マグマが完全な人型になる手前、ヴァララが何かを空中に放り投げる。すると夜空に見えてた星が消えて周りが一段階暗くなった。
『夜の魔法の簡易版を発動させました! これで巨人も含めこの一帯は他の者に認識されなくなりましたが――範囲が大きい為あまり持続しません!』
「確かにこんなのは目立ってしょうがないが……ロイドくん、これは倒せるのか?」
「マトリアさんが言うには身体を作っているマグマを何割かとばせば帰っていくそうです。」
「んお、そりゃわかりやすいな! 俺の強化魔法の出番だぜ!」
「とばす――ふきとばす系の攻撃となるとアレクとおれ、それとロイドとクォーツさん、カンパニュラさんが適任か。」
「ちっちっちー。ロイくんの愛でパワーアップしたボクの位置魔法をなめてもらっちゃ困るかなー。」
「それは心強い。ではみな、夜の魔法とやらが切れる前にこの巨人を倒――」

「いや、こんなん俺だけで十分だぞ?」

 あたしたち――『ビックリ箱騎士団』が戦闘態勢になったその瞬間、地面を蹴ったストカがものすごい速さで巨人の方に飛んでって――

「おりゃっ!」

 巨人の手前で身体をひねり、一瞬見えなくなるくらいの速度でサソリの尻尾を振った。すると巨人の身体が縦に真っ二つになっ――はぁっ!?!?

「ほい、だりゃ、おら!」

 右と左に裂けた巨人の真ん中を通り過ぎて背後に回ったストカは、落下しながら再び尻尾を振る。長くて太い、かなり存在感のあるサソリの尻尾が視認できない速度で振るわれるたびに巨人の身体はこま切れになり、ストカが着地する頃には人型をとどめないバラバラ状態でぼとぼとと地面に落ちていった。
「どーだ、こんだけやりゃあいーんじゃねーか?」
 汗一つかいてない顔でストカがニシシと笑うと、巨人――だったこま切れの破片はそれぞれにドロドロと穴からマグマの中へと戻っていき、巨人登場から一分も経たずに真夜中の暗さが戻った。
「す、すごいなストカ……」
「ったりめーだこれくらい。」
 魔法はたぶん使ってなくて、単純な身体能力だけであんなデタラメな威力って……
 ストカがこれなら……この前のラコフ戦も、もしも夜だったらユーリ一人であの化け物を……
「おれたちが来たかいもあったと思った矢先に片付いてしまって残念だが、とはいえ目的は果たしたのだろう? ロイド。」
「あ、ああ。これ――あちっ!」
 ヴァララの傍らにあった剣をつかんだロイドだったけど、マグマに沈んでたせいかかなり熱いらしい。
「これがベルナークの剣の最後の一振り……やはり他のシリーズ同様に外見はシンプルなのだな。安売りの棚に置いてあっても不思議じゃないが……しかし武器の放つ気配が尋常でないのも他と同じか。」
 まじまじと剣を眺めるカラードの横、アレキサンダーはもう一つの方を眺めてた。
「んでロイド、この塊はなんなんだ?」
「それは……ベルナークシリーズの材料になるモノだそうだ……」
「……は? んじゃなにか、これがあれば新しいベルナークシリーズが作れるってか!?」
「その技術を持った鍛冶屋がいれば……できるみたいだ。」
「うおお、まじか――あちっ!」
 驚きの勢いで塊に手を置いたアレキサンダーがさっきのロイドみたいに手を引っ込める。
「大丈夫かアレク。しかしベルナークシリーズの材料か……正直この剣以上に価値があるだろうな。」
「や、やっぱりそうか……そうだよな、どう考えても……」
「ああ。ベルナークシリーズの武器としての強力さは誰もが認めるモノであるから、当然その構成を分析して新しいベルナークシリーズを作ろうとした者は多くいた。だがその全員がそれを諦めることになった理由が、ベルナークシリーズにおいてメインに使われているとある金属の入手の難易度の高さなのだ。」
「えぇ? その言い方だと……材料は今でもどこかにあるのか?」
「ある。おれも詳細は知らないが、百回挑んで千回死ぬと言われている道程を辿った先にあると言われている。記録上、その金属を持ち帰った者はゼロだ。」
「計算おかしいが……んまぁ、つまりこの塊はそれだけ価値があるって事だよな。ちなみにマトリアさん、この塊でベルナークシリーズがどれくらい作れるんですか?」
『そうねぇ……あたしは農家の人で鍛冶屋じゃないから昔のざっくりした感覚だけど……完全な新作なら三、四本くらいかしらね。既にある武器を一部強化するっていう使い方ならもっとたくさんできるでしょうけど。』
「えぇ? こんな大きな塊で三、四本? オレも専門家じゃないですけど……そんなもんなんですか……」
『これを圧縮してさらに密度を高めてから使うのよ。』
「なるほど……」
「いやいやいや、それよりも今すげーこと言ったよな? 武器の強化だぁ?」
『そうよ。ベルナークが凄腕の騎士の家系だからって、ほんの数人の強者だけじゃ国は守れないでしょう? ベルナークの騎士が指揮する騎士団の面々の武器もこの金属で強化してたのよ。まぁ、さすがに全員分の量はないから……フェルブランド王国の国王軍で言うところのセラームクラスの人たちだけではあったけどね。』
「ほう……この金属はベルナーク率いる騎士団の強さの秘密でもあったのか……しかしそうなるとこの塊はますます価値が高まるな。マトリア殿、これを加工できる鍛冶屋にあてはあるのでしょうか。」
『あたしの知る限りはないわね。』
「となるとこれはどこかに保管しておかなければならないな。国王軍にでも預ける――いや、しかし最近の襲撃もあるからな……安全な場所は……」
「それなんだが……マトリアさんがスピエルドルフなら安全だろうって。そういうのって頼めるか、ストカ。」
「ん? ロイドの頼みならミラは断らねーだろ。」
「えぇ……」

「ええ、断る理由はありませんね。」

 真夜中の暗さの中、ヴァララの身体がなんとなく灯りになってるような状況で全身黒ずくめの女がぬっと現れた。
「どわっ!?!? なんだ、誰だ!?!?」
 すごい驚き方でのけぞるアレキサンダーを見てくすくす笑うその女は……ここにいる二人の魔人族が暮らす魔人族だけの国の女王――カーミラだった。
「ミ、ミラちゃん!? ど、どうしてここに……」
「ユーリがストカに呼び出されたと聞きまして、二人が行ってワタクシが行かないではなんだか仲間外れ気分なので来てしまいました。ご苦労様です、ヴァララさん。」
『ははっ!』
 シュバッとひざまずくヴァララ。
「おいおいミラ、そんなひょいひょい出てきたらまたヨルム様に怒られるぞ。」
「ヨルムは今別件で城にいませんから。それに……こうして出てきた事で良い出会いを得られました。」
 すすすーっとロイドの方に近づいたカーミラは、ロイドの手をとってその指にはまってる指輪に会釈した。
「きちんとご挨拶をするのは初めてですね。ワタクシはカーミラ・ヴラディスラウス。ロイド様のご先祖様のマトリア様でございますね?」
『そうだけど……あ、この前すごい呪いがかけられた時に見かけた吸血鬼さんね?』
 フェルブランドの王城に潜入してるスピエルドルフのスパイがあたしたちの会話を聞いたことで、今回の武器回収にストカやヴァララが送り込まれたわけだから……会話に登場したマトリアのことがカーミラの耳に入ってるのはおかしくないし、そもそも前にスピエルドルフでマトリアが表に出てきた時、その場にカーミラもいたわけだし……まぁ、カーミラならロイドのご先祖様であるマトリアに丁寧な挨拶もするわよね……
「サードニクスの血筋を守り続ける魂の魔法――あなた様の存在がロイド様という運命をワタクシに与えてくれたと言っても過言ではないでしょう。深く、深く感謝いたします。」
『ふふふ、あたしに対して感謝なんてしなくていいわよ。元はと言えばあたしが持ち込んだ危険に対抗するための魔法なんだから。それに血筋としてあたしの存在がロイドくんに繋がっていることが事実であっても、そんな遠くのご先祖様に思いをはせて感謝なんかしないものよ。その感謝はせいぜい二、三世代前までで充分だわ。』
「いえいえ。ワタクシは吸血鬼ですから、この身体には初代からの血が確かに流れております。故に「遠くのご先祖様」にも実感のある感謝を思うものなのです。だからどうかこの感謝を受け取って頂きたい。」
『そう? じゃあ……ふふふ、どういたしまして。』
 親への挨拶を通り越したご先祖様挨拶をしたカーミラはロイドの手を握ったまますぅっと顔を近づけ――!
「それでロイド様、何やらワタクシにお願い事があるようですね。」
「う、うん、この――金属の塊なんだけど、ベルナークの武器の材料になるモノで、悪い奴らとかに狙われたりすると困るんだけどオレたちじゃ管理は難しくて……だ、だからスピエルドルフで預かってもらえないかなぁって……」
「なるほど、人間の間で最上とされる武器の材料というわけですね。確かに良からぬ者の手に渡る事は避けなければなりませんが……ふふふ、それが他の何であったとしても、ロイド様からのお願いという時点で首は縦にしか動きませんよ。」
「そ、それは……い、いや、でもオレが何か――危険なモノを預けようとするかもで……」
「ロイド様はそのようなモノをワタクシたちに預けようとはしません。」
 笑顔でキッパリと言い切るカーミラに何とも言えない顔で赤くなるロイド……
「あ、ありがとう……」
「いえいえ――あら……?」
 ロイドの腕に抱きついてキ、キスしそうな距離でうっとりしゃべってたカーミラの表情が少し変わる。
「スンスン……まあロイド様ったらまた色濃く女性の匂いを……これはアンジュさんですね。そしてそれよりも一層強く残っているのはティアナさんですか。」
「びゃっ!? あ、あの、それは――」
「んー? それは変じゃないのー? さっきまで一緒に寝てたあたしよりも昨日一緒だったスナイパーちゃんの方が残ってるのー?」
「一緒に寝て……ええ、ロイド様の全身からねっとりと。」
 カーミラの言葉にあたしたちの視線がティアナに集中した。
「あー……ティアナ? ロイドくんに一体何をしたのだ?」
「…………」
「あ、あんた、全身からって――ななな、何したらそんなことになんのよ!」
「……秘密……」
 ちょっと色っぽい笑みを浮かべるだけでやっぱり何もしゃべらないティアナ……!
「と言いますか……ローゼルさんの件は聞きましたが、今のロイド様にはエリルさんとリリーさんの匂いも残っていますね……全身に。」
 はっ!?!?
「えへへー、残ってるんだー。まーしょうがないよねー、ロイくんてばあんな……やん、もうもう!」
 でへへって笑うリリーはともかくとして……そ、そんなに残るの!? ていうか吸血鬼の嗅覚どうなってんのよ!
「ロイド様ったら、この短い期間にみなさんとそこまで? まぁ、おそらくはユーリの魔法が引き金になっているのでしょうが……しかし……そうですか……」
 ロイドの腕にまわしてた手でロイドの胸の辺りをさすり、そのまま首へと這わせていくカーミラ……!
「かつての日々を思えば多少の事はと考えていましたが、みなさんは着々とロイド様と……これはいけませんね。気づけば随分と後方に位置付けてしまったようです。ここはワタクシも本格的に……ええ、ええ、単純にうらやましいですし。ロイド様、一つ提案が。」
「は、はひ……」
「こちらの金属、スピエルドルフが責任を持って管理いたします。将来ロイド様がこれを用いて武器を作られる時の為、性質の解析や加工技術の確立もしておきましょう。その代わりに……その……ワタクシ――の願いも一つ、叶えてくださいませんか?」
「ミ、ミラちゃんの!?」
「ダメ……でしょうか?」
 だいたい余裕の笑みを浮かべてるカーミラがもじもじとロイドにそんなことを……あ、これは……
「ダ、ダメでは……オ、オレにできる事ならなんでも――」
「バ、バカロイド! 最近のあれ的に――ヤ、ヤラシーことをお願いするパターンじゃないのよ!」
「びょぇっ!?」
「まぁ、エリルさんたら破廉恥ですこと。そのようなことは欠片も……ただみなさんがロイド様と行っている「お泊りデート」をワタクシも、と思っただけですよ。」
「ミラちゃんと!?」
「ええ。一度、二人きりの時間を過ごしたいと思いまして。」
「ダメだよロイくん! 絶対やらしーことになるんだから!」
「商人ちゃんが言えた口じゃないと思うけどねー。でもそーゆーことだよねー。」
「いえいえ、今のワタクシは……まぁ、していただけるなら存分にとは思いますが、優先すべきは一度ほどけてしまった赤い糸を結び直すこと。その為にまとまった時間、ワタクシはロイド様と語り合いたいのです。」
「――!」
 最近の……ロイドのラッキースケベ状態から始まったヤラシー流れの中、カーミラも当然と思ったけど――この女王はあたしたちと事情がちょっと違う。小さい頃の話とは言え、一国の王族が婚約書を書くくらいの……な、仲だった相手――ロイドの事を、つい最近まで忘れてたんだもの……
「……あんたは――ロイドはどうなのよ……」
「びょ!? オ、オレは……」
 赤い顔ですごく恥ずかしそうに、だけど真面目な表情でロイドは答える。
「オレ――も……その……今回も、ヴァララさんやミラちゃんからすごい信頼してもらっているのに……その理由をわかってないのはすごく申し訳なくて……ミ、ミラちゃんとじっくり話すっていうのは思い出すキッカケにもなりそうで、だから……け、決してヤラシー下心的にではなくてですね! デデ、デートは……したいかなと……思います、はひ……」
 ……まぁ、こいつならこんな感じになるわよね……ま、まったくもう、あたしのここ、恋人は世話が焼けるわ……!
「し、仕方ないわね……ロイド自身もの、望んでるっていうなら――かか、彼女として大目に見てあげるわよ……!」
「エリルくん、随分と言うように……」
「あんたには負けるわよ……」
 それにカーミラよりも今はこの、妻だの夫だの言い始めたローゼルを何とかする方があたしにとっての優先のような気がするわ……
『お、お話し中すみません。ロイド様、武器とこちらの金属から火の魔力を除去いたしました。これでお持ちになれるかと。』
「え、あ、はい――え、火の魔力?」
 蚊帳の外にいたヴァララがおずおずとロイドに剣を差し出す。
『はい。こちらの剣、この山に満ちている火の魔力を内部にため込んでおりまして、それゆえに熱を持っていたようです。』
「内部にため込む?」
『ああ、それはその金属の性質よ。』
 剣を受け取って不思議そうな顔をするロイドの手からマトリアの声が聞こえてくる。
『正確にはマナをため込む性質で、さっきもちょっと言ったけどベルナークの武器の高出力形態っていうのをそれが可能にしてるの。』
「高出力……ああ、交流祭でラクスさんがやってたあれか。」

 ベルナークシリーズにはベルナークの血筋の者が持つとその真の力を発揮するっていう噂があって、実際ロイドが交流祭の二戦目で戦ったカペラ女学園唯一の男子生徒、ラクス・テーパーバゲッドは第十二系統の時間魔法とマジックアイテムの力でそれを無理矢理引き出し、六本の刀を持つ青い巨人を出現させた。
 あの一戦で噂が本当だったってわかって……つまりロイドが手にしたマトリアの剣にもそういうのがあるわけで、それの正式名称が高出力形態なのね。

『普通は自然に発生してる空気中のマナをため込むんだけど、マグマに沈めたせいで火の魔力をため込んでたのね。それを今抜き取ってくれたから、しばらくすればマナがたまって高出力形態が使えるようになるはずよ。』
「使える――んでしょうか。た、確かその真の姿――高出力形態? を使うにはいろんな条件をクリアしないとダメってラクスさんが……」
『条件? せいぜい剣なら剣の使い手じゃないとダメってくらいの縛りでベルナークの血筋なら普通に使えるはずだけど……あ、もしかして弟がやった制限の事かしら。あれは弟の血筋にしかかかってないからロイドくんとパムちゃんには関係ないわよ。』
「そ、そうですか……」
「つまり……ロイドはベルナークシリーズの使い手の中でも特殊な存在という事だな……」
 マトリアの話を「ふむふむ」って聞いてたカラードがそんな事を呟いた。
「えぇ? そ、そうなのか?」
「ああ。ロイドが言ったように、ベルナークシリーズの真の姿を起動させるにはベルナークの血筋の他にもいくつかの条件をクリアしなければならないと聞く。普通に考えれば十二騎士の席がベルナークの血筋の者で埋まりそうなのにそうならないのはこれが理由の一つだと言われている。だが今の話を聞く限り、その条件を課せられているのは世にベルナークの血筋として知られている家――マトリア殿の弟君の血筋であり、マトリア殿の血筋であるロイドとその妹さんには関係のない話。よってサードニクス兄妹だけは真の姿を無条件に起動できるわけだ。」
『ため込んだマナを消費するから連続無制限ってわけにはいかないけれど……まぁそうなるわね。』
「えぇ……あんな六刀流になっちゃうような力、使いこなせるかどうか――うわ。」
 ヴァララから受け取った剣、二振りの内の一本を鞘から抜いたロイドは突然驚いた顔になった。
「ああ、こういう事か……すごいなぁ……」
「何よいきなり。」
「いやぁ、ベルナークシリーズって誰の手にも馴染むって聞いてたけど……フィリウスからもらってずっと使ってたあの剣みたいに、なんだか長年使い続けたような感覚なんだよ。」
 そう言いながらきゅるると剣を回転させるロイド。ふわりと風にのせて文字通りの曲芸みたいに自分の周囲でくるくる回す。
「ほら、エリルも持ってみたらわかるぞ。カラードたちも。」
 風にのってた剣の回転を止めてあたしの前にふわりと落とすロイド。最初はちゃんと制御できなくてあたしとローゼルのスカートをめ、めくったりしたけど、今のロイドはかなり細かい風の制御ができるようになってる。まぁ、本人が言うにはランク戦の後で先生が連れてきたオリアナには全然及ばないらしいんだけ――うわ、なによこれ。
「な、すごいだろ。」
 持ち手を握った瞬間、剣の使い方なんて全然勉強してないのにこの武器を持って戦いに出ても普通に戦えちゃう――そんな気がするくらいに手に馴染んだ。
「ふむ、これは確かに……おれも多少は剣の扱いを心得ているが、それ以上の自信――いや、確信が剣を持った瞬間に生じた。おれはこの剣で戦えてしまうだろう……今初めて手にしたこの剣で十二分に。」
『軽すぎず重すぎない、扱いやすい最適重量。一度成形したら破壊するのはほぼ不可能な強度。武器として求められる性能を追求した結果生まれたベルナークの武器……前の剣をあたしが壊しちゃったっていうのの謝罪も含めて……改めてロイドくん、その剣をあなたに譲渡するわ。』
「は、はい! つり合うように頑張ります!」
『ふふふ、つり合いだなんてそんなこと。仮にあったとしてもあたしの血を引くっていう事以上のつり合いは存在しないわ。あと――ごめんなさいね、パムちゃんが使えそうなロッドタイプの武器も渡せればよかったのだけど。』
「そんな、これだけでもすごいことなのに。それにそれなら――オレがパムを守ればいいだけです。」
『頼れるお兄ちゃんね。それじゃあそろそろ、あたしはおいとまするわ。子供との会話は楽しいけれど、できればもうあたしが登場しないことを願うわね。』
「そっちも頑張ります!」
『ふふふ、じゃあ、おやすみなさいね。』
 そのあいさつを最後に、指輪からマトリアの声は聞こえなくなった。ロイドは指輪を外して首にかけ直そうとしたんだけど、ロイドの首元から出てきた黒い指輪を見たカーミラが――
「ひゃ、ロ、ロイド様――そ、その指輪は……」
「え……う、うん、ミラちゃんからもらった指輪だよ。マトリアさんの――というかサードニクス家の指輪とミラちゃんのを首からかけるようにしてるんだけど……な、なんかダメだった……?」
「いえ……指にはめるよりむしろ良いかと……」
「??」
 そういえばヴァララもユーリも同じようなこと言ってたわね……なんかカーミラが嬉しそうなんだけど……指輪を首からかけることが魔人族とか吸血鬼の間で別の意味を持ってたりするのかしら……
「で、ではロイド様、こちらの金属はお預かりしますので――近いうちにデートの方も。」
「う、うん……」
「おいミラ、俺らはどーする?」
「そうですね……割とあっさり武器が回収できましたから、とりあえずヴァララさんはワタクシと戻りましょう。ストカはロイド様たちの学友という形で来ていますから、突然いなくなるのはいただけません。最後までいてください。」
「おっしゃ! もうちょい遊べるぜロイド!」
「いや、オレたち一応学校の授業の一環でここにいるんだが……」
「そうですよストカ。せっかくなのですから火の国について後日報告を。決して……そう、決してロイド様に抱きついたりしませんように。」
 ジトッとストカ――の胸の辺りをにらむカーミラ……
「んあー、でももういっしょに風呂とか入っちまったぜ?」
「おや……」
 瞬間、ぞわりと空気が冷たくなって……カーミラがぞっとする笑顔をストカに向ける。
「そうですか、ロイド様と……みなさんだけでなくストカまで……そうですかそうですか……」
「お、おいミラ、やべー顔になってんぞ……あ、あれだぞ! 別に俺がやったわけじゃなくてそこのアンジュの師匠がロイドを女風呂に引っ張り込んだんだぞ!」
「しかし一緒に入ったのでしょう……? なんてうらやましい事を……ワタクシを差し置いて……!」
 左目をギラリと光らせるカーミラは――本気で怒ってるのかストカに対してはいつもこんな感じなのかよくわかんないけど、どっちにしろあたしたちはその圧倒的な迫力を前に身体が動かなくなってて……ちょ、ちょっとこれまずいんじゃ――
「あ、あのミラちゃん……タタ、タオルを巻いて――なら、その、デデデ、デートの時に一緒にオオオ、オフロ――ドウデスカ!?!?」
「!!」
 同様にまずいと思ったのかただのスケベか――ま、まぁ前者でしょうけど、ロイドがそう言った瞬間空気が元に戻った。
「ロ、ロイド様がワタクシと……ワタクシを誘って――!? ええ、ええ、もちろんです! お背中流します!」
「う、うん。」
 睨まれたら心臓止まりそうな表情から心底嬉しそうなとろけた顔になるカーミラ。
「はあぁ、ロイド様と……素敵です……待ちきれませんね……ああ、ストカ、今回は大目に見ますが以後気を付けてくださいね。」
「お、おう!」
「それではワタクシとヴァララさんは戻りますが――ロイド様。」
「な、なにんぐぅ!?」
 とびついたカーミラがロイドにキスを――な、なんかやらしい音が聞こえるくらいの長くてあれな感じのやつを――!!
「――んはぁ……あぁ……デート、楽しみにしていますね。それとこれを……いざという時の為に。」
 そう言って見覚えのある小瓶をロイドのポケットの滑り込ませ、ヴァララと一緒に暗闇の中に溶けて消えたカーミラ。残ったのは「危なかったぜ」ってほっとしてるストカと……も、ものすごいキスを受けて放心状態のロイド……
「ロイくんてばお風呂の約束なんて!」
「むう、デートしようだのお風呂に入ろうだの、したことはあってもロイドくんからしようと言われた事はないからな……なんだかすごく羨ましいぞ。」
「優等生ちゃん、欲張りだねー。まーああやって今、頭の中がやらしー方向になってるロイドとこの後一緒に寝るのはあたしだけどねー。」
「背中、流す……洗いっこ……」
 ……ティアナの呟きが気になるし、デートもお風呂も色々あれだからあとでロイドを燃やさないとだけど……とりあえず一段落かしら。
「まぁ、ロイドのいつものあれこれは置いておいて、ご先祖様であるマトリア殿の武器を回収するという目的は、ベルナークシリーズの材料というおまけ付きで達成だな。」
 剣を鞘におさめてロイドに返すカラードに合わせてあたしも剣を返すと、バカみたいな顔でポカンとしてるロイドはよろよろとそれを受け取った。
「ほへ……あ、ああ、そう――だな……うん。」
「うっしゃ、そしたらあとはワルプルガだな! セイリオスの学生としちゃこっちがメインなわけだし、気合入れねーとな。ロイドもその武器試すいい機会じゃねーか。」
「お、おうよ……頑張るぞ……」
「……ロイド、さっきカーミラから受け取ったのって……」
「え、うん……たぶんミラちゃんの血……この前のラコフとの戦闘みたいのがいつまた来るかもって、きっと心配して……」
「でもそれあんた……ラ、ラッキースケベを発動させるアイテムでもあるわよね……」
「うぐ――ま、またそうなったら……今度こそ男子寮のどこかを間借りして……」
「ははは、強力な力の代償が女難とはロイドらしいな。」
「……それがオレらしさになってるのがショックだ……」
 今更なことを呟いたロイドはともかく、真夜中の……秘密の任務みたいのを終えたあたしたちは、再度ストカが呼びつけたユーリの力でカンパニュラの屋敷に入り、明日もあるからそのまま解散してそれぞれの部屋に戻った。
 デートとオ、オフロ――の約束までしちゃったエロバカロイドがカーミラからのキ、キスでじゃっかんまだ呆けたままで、その状態でアンジュと一緒の部屋ってのがちょっとあれだけど……も、もう夜遅いし、さすがに普通に寝る――わよね……
 まったく、ロイドもロイドだけどどうしてこう……ち、痴女ばっかり――なのかしら……!



「これはまた厄介な状態ですね。まぁ、こういう土地ですからいてもおかしくはないのですが、タイミングの悪いことです。」
「なな、何がですか!? というか早く出ませんか!?!?」
 田舎者の青年らが火山を後にして屋敷に戻った頃、ディーラー服の女と奇怪な帽子をかぶった青年が入れ違いにマグマの中へと入っていった。バリアーか何かを展開しているのか、ディーラー服の女を中心に半径一メートルほどの空間はマグマで満たされず、二人は何事もなくマグマの中を歩いていた。
「見分けはつきにくいでしょうが、そこにこの火山の主が座っているのです。久しぶりに運動でもしたのでしょうか、それとも誰かにやられたのでしょうか。」
「なんの話ですか!? ていうか何でこんなあっさりとマグマの中に!」
「妙に消耗していて、今は回復の為にじっとしているのです。ちょうど、私たちが進みたいところを塞ぐように。『バッドタイミング火山男』ですね。」
「何言ってるのか全然です!」
「ですがこの方は生き物ではなく、この辺りに満ちている火の魔力によって成り立っている存在です。近くワルプルガというお祭りにおいて人間と魔法生物の一戦があるのですよね? この土地に生きる魔法生物であれば使うのはもちろん火の魔力でしょうから、きっとお祭りの間は大量の火の魔力が消費されます。そうなればこの方も一時的に存在が揺らぐでしょうから、そこを狙ってまた来るとしましょう。」
「また!? このマグマの中に!?」
「ええ。無理に突っ切ってこの場所でこの方と一戦となりますと火山活動に影響が出て私たちがいることがバレてしまいますから。」
「さっきから言ってる「この方」がどれかわかりませんけど――そそ、そういうことならとりあえず出ましょう! こんな場所からは今すぐに!」
「心配性ですね。『小心ハッカーハットボーイ』ですね。」
「そりゃいきなりこんなマグマの中に連れてこられたら!!」
「ふふふ、安心してください。」
 奇怪な帽子をかぶった青年には見えていないようだが、マグマの中に座り込んでいる巨人に背を向けて来た道を戻りながら、ディーラー服の女はぼんやりと光を放っている自分の両の手の平を見せながらほほ笑んだ。
「誰かがそれをなせるなら、可能性は私の手の中にありますから。」



「それでは明日から始まるワルプルガについて、今回カンパニュラ家の代表として参加してもらう『ビックリ箱騎士団』のみんなに詳細を伝えよう。」
 次の日。アンジュのお父さんであるカベルネさんとお母さんであるロゼさん、そして師匠のフェンネルさんからニヤニヤと見つめられながらの朝食を終えたオレ――とみんなは談話室のような部屋に集められ、フェンネルさんがワルプルガ講座を始めた。
「ある程度の事はアンジュから聞いているかもしれないけれど、改めてその成り立ちからお話しするとしよう。今でこそ裏と呼ばれているが、初めはそれこそがワルプルガだったのさ。」

 そうして語られたワルプルガの歴史はこんな感じだった。
世界にはいくつかの特殊な土地が存在していて、自然のマナの濃度が異常に高かったり、普通なら空気に溶けてマナに戻るはずの魔力がそのままの形でふよふよしていたりする場所がある。ヴィルード火山はそんな土地の一つで、火のイメロから作られる火のマナを使わないと生成されないはずの火の魔力が辺り一面を覆っている。
 そんな不思議な土地を調査する為にある日学者たちがやってきて――そして気づいた。ヴィルード火山が噴火した場合、それは破局噴火と呼ばれる天変地異クラスのモノになると。
 それを阻止する為、ヴィルード火山からエネルギーを抜き取り続ける事となり、結果そこに人が住むようになって今のヴァルカノという国につながった。
 だが人間にはともかくこの土地は魔法を操る生き物――魔法生物にとって非常に居心地の良い場所であり、彼らは学者が来る以前からその場所を住処としていた。言うなれば、人間が魔法生物に「侵攻」したようなものだったのだ。
 当然、彼らは人間を追い出そうと動いたのだが、破局噴火を防ぐ為にも……それと住んでみると無尽蔵のエネルギーがあるというのは素晴らしい事なので手放すには惜しい土地というのもあり、人間と魔法生物の戦いが始まった。
 特殊な環境ゆえに同種と比較すると数倍の強さを持つヴィルード火山の魔法生物たちだが、人間側も創意工夫でそれに対抗、戦いはこう着状態となった。
 しかしそんなある時、魔法生物側から驚くべき存在が姿を現した。外見的には同種の魔法生物と変わらないのだが、その個体は人間と同等の知能を持っていたのだ。その者の話によると、種族等に関係なく、ヴィルード火山で生まれる魔法生物は一定の確率で高い知能を得るのだという。
 そしてその者はこう続けた。当初人間程度は簡単に排除できると思っていたのだが、思いのほか粘り強く、こちら側にもそれなりに被害が出てしまった。ここは一つ、話し合いの場を設けたい――と。
 こうして世界初、人間と魔法生物の会合が開かれた。魔法生物側は当然の疑問として、どうして人間がここで生活を始めたのかを尋ね、人間側は破局噴火について話した。信じてもらえるかどうかという懸念はあったが、魔法生物側の知能の高い個体もヴィルード火山が内包するエネルギーが大きすぎるのではないかという危惧を抱いていた。だが彼らではそれをどうこうする術を生み出せずにいたのだという。
 互いにヴィルード火山の危険性を認識しており、先に住んでいた魔法生物ではどうしようもないその問題を後から来た人間はなんとかできる。結果、魔法生物たちはヴィルード火山の安定化を条件として人間の居住を認めてくれた。

「魔法生物との共存を実現している場所というのは実は他にもいくつかあるのだけれど、相手側にこちらと同等の知能があるという状況はここだけだろうね。そしてそれゆえの問題が生じたわけさ。」

 ヴィルード火山を中心にあっちとこっちで住処を分け、人間と魔法生物が同じ土地で生活するという状態が始まったわけだが、人間が使いたい資源や魔法生物が狩りたい獲物の巣などがその境界線できれいに分かれるはずもなく、互いがぶつかる時というのが結構あった。
 知能のある個体が出てくるまで戦い――言い換えれば殺し合いをしていた両者なわけで、双方が抱く不満はそのまま命の奪い合いに発展しかねない。そこで生まれたのが、年に一回お互いの要望を出し合ってそれを通すか通さないかを決める、ワルプルガという場だった。
 話し合いで解決する問題は別として、ワルプルガにおいては互いの主張が真正面からぶつかり合うようなどうしようもない問題が議題として提示され、どちらの要望を通すかをわかりやすい形――勝負で決定したのだ。
 今考えるとその方法はどうなんだ? という風に思えるかもしれないが、両者は戦いから始まった関係であるし、暴力的にたまった不満を解消する場としても有効的だったのだという。
 勝負方法はいわゆる決闘。相手を戦闘不能にすれば勝ちだが、殺してしまうのは禁止というルールでワルプルガは始まった。人間側は選りすぐりの騎士を、魔法生物側は中でも屈強な戦士を、ワルプルガという場でぶつけ合った。
 しかし、殺してはいけないというルールであっても決闘である以上事故はあり、死んではいなくても重傷――腕や脚がなくなるなどの結果も多々あった。
 あくまでどちらの要望を通すかを決める為の戦いであるワルプルガが血みどろであると互いの不満――憎悪が増してしまうという事で様々な策が講じられた。

「そうした試行錯誤の結果、最終的には致命傷や大きなケガが残らない仕組みが出来上がり、ワルプルガは安全に行われるようになったのさ。」

 そんなこんなで人間と魔法生物の共存が始まって幾年月、話し合いとワルプルガを重ね、互いの考え方や譲れないモノなどを理解し合った両者は……もはや話し合いもワルプルガも必要ないような状態になった。そしてある時、その年のワルプルガの議題を出し合う互いの代表が手ぶらで顔を合わせ、ワルプルガという決闘が必要なくなったのだと双方が理解した。
 とは言え、ワルプルガを無くしてしまうと双方の代表――言い方を変えれば偉い立場にいる者しか相手と顔を合わせないことになってしまい、せっかくの共存関係が希薄になってしまう可能性がある。
 よって、もはや決闘するほどの要望を持たない双方が、「別に通ろうと通るまいとどっちでもいいけど強いていうならちょっとやってみたい」という程度の希望を出し合い、それをもとに重みのほとんどない交流という意味合いの勝負を行う場としてワルプルガを残すことにしたのだ。

「こうしてワルプルガは人間と魔法生物が交流する機会――ちょっとした運動会のような行事へと変化したわけなのだけど……それゆえにある側面が表に出るようになったのさ。」

 魔法生物との共存は順調なのだが、人間は人間同士だけでワルプルガに別の意味を与えるようになった。それが、家の力のお披露目の場という考えだ。
 もともと学者きっかけで始まったヴァルカノという国に王族やら貴族やらという由緒ある血筋は存在しない。強いて言えば始まりの学者たちの家系になるのだろうが、彼らは彼らで代々学者の家系になっているため、政治をどうこうする気はない。結局、当時細々と商売を始めようとしていた人たちが組合のようなモノを作り、火山のエネルギーのおかげで国が豊かになるとその組合が貴族を名乗るようになり、中でも飛びぬけた家が王族の地位におさまった。要するに、財力で家の位が決まったのだ。
 しかしそのやり方はすぐに崩れる。新たに富豪となった家が「今の王族よりもうちの方が金持ちだ」とか、「そこの家はその程度の財力で貴族を名乗るのか」とかの言い合いが始まったのだ。
 すべての家がそれぞれに所有している財産の全てを金額換算して競い合えばいいのだが、金持ちであればあるほど、そっと隠しておきたい財産というモノが出てくるもので、腹の探り合いのようなよくない状態へとなってしまった。
 そこで彼らが目を付けたのがワルプルガだ。ワルプルガが始まった当初は屈強な魔法生物と戦うための騎士を集める為にヴァルカノの家々が費用を出して外部から呼んだりしていたのだが、その家々の一つ一つが裕福になると家単位で騎士を呼ぶようになっていた。
 つまり、自分が雇った騎士が活躍するという事が即ち、そういう騎士を呼ぶことのできる財力だの人脈だのの証とし、貴族や王族にふさわしいとしたのだ。

「魔法生物が今のワルプルガをどんな風に思っているのかはわからないけれど、人間側にとっては王族や貴族、そこに新たに連なろうとする家々のアピールの場になったわけだ。」

「ほお、つまりフェンネル殿はカンパニュラ家の騎士として他の騎士たちを抑え、この家の地位を維持し続けているというわけですか。」
 フェンネルさんのワルプルガ講座が終わると真っ先にそう尋ねたのはカラード。んまぁ確かに、今の話から考えると毎年各家が威信をかけて凄腕の騎士を呼ぶだろうに、そんな中でもカンパニュラ家が力のある家だと示し続けているフェンネルさんは相当な強者という事になる。
「ふふふ、まぁそれなりの実力は自負するけれど、別に他の家が呼んだ騎士たち全員と勝負して勝ったというわけではないのさ。」
 そう言いながら、フェンネルさんはくるりと巻かれた大きな紙を持ってきてそれを広げた。
「これが今年の議題。魔法生物たちが出してきた「やりたいこと」の一覧さ。」
 紙に書かれていたのは大きな表で、一行ごとに要望が書かれていてその横に……どういう意味合いか、一つから五つの星のマークがついていた。
「ワルプルガにも実行委員会のようなモノがあってね。まずは双方が提出した要望のリストをそれぞれの現状において実現が――すごく簡単なのか少し面倒なのかを判断してランクをつける。それがそこの星の数で、数が多いほどその要望を叶えようとすると人間側は面倒なことをしなくちゃならなくなる。」
 要望のめんどくささが星の数……うん? つまりどういうことだ……?
「ふむ……だいたいわかってきたぞ。」
 オレが頭の中を整理できずにいるとローゼルさんが呟いた。
「互いが出した要望一つ一つに対して勝負を行い、勝敗で要望を通すかどうかを決定する……中でも星の多い勝負で勝利するということは、人間側が面倒に思う要望を通さないという事で、不利益を防ぐ事を意味している。つまりは、「活躍した」という事になるのだな。」
「その通り。各家が騎士を出場させ、勝利するとその一戦にランクづけされた星がそのまま家の得点となり、最終的に獲得した星の数で家の優劣が決まるのさ。ただ、魔法生物が出した要望に人間側がつけたランク――つまりはこの表だけれど、これはあちら側にも公開される。どの要望の戦いに人間側が強者を出してくるかを星の数で判断してあちらも相応の強者を送り込んでくるから、自然と星が多いほど相手も強くなるわけだ。」
「……えぇっと、当然逆の……人間側が出した要望にも魔法生物たちが簡単なのと面倒なのとでランクをつけて表を作っている……んですよね?」
「勿論さ。その表でも同様に星が割り当てられ、その数で魔法生物からすると叶えるのが面倒な要望がどれなのかわかるようになる。そこでの勝利も得点として加算されるわけだね。」

 んーっと……整理するとこうだ。
 まず人間と魔法生物がそれぞれに相手へいくつかの要望を出す。そして相手の要望を受け取ったらその内容を吟味し、簡単に叶えてあげられるかそうでないかを判断、その……難易度というか面倒くささに合わせてランク――星を割り当てる。
 双方がつけたランクは互いに公開され、自分たちが出した要望の内、相手がどの要望を面倒に思っているのかをそこでチェックする。面倒に思っているということは、その要望がかかった勝負には強者を出してくる、という事になるからだ。
 星の数で求められる強さをなんとなく予測し、どうしても通したい要望があるなら星に合わせた戦士を送り込む……そんな風に、お互いが出した要望について順々に戦いを行っていく――それがワルプルガというイベントなのだ。
 で、このイベントを火の国の人たちは……言うなれば権力争いみたいなモノに利用している。
 正当な血筋的なモノが無い為に貴族や王族がコロコロ変わるこの国においては家の持つ力こそが……立ち位置というか序列というか、そういうものを決める。そして力を示す場として選ばれたのがワルプルガなのだ。
 優秀な戦士を呼べる、雇えるという事が家の持つ力の証明。ランクづけに用いられている星を点数とし、勝負に勝利したらその戦いにつけられていた星を獲得する。ワルプルガが行われる二日間で得た星の合計で序列……的なモノを決める――というわけだ。

「なんだかこの前の交流祭みたいだな……ちなみに要望って……」
 ぼんやり呟いてフェンネルさんが広げた表に書かれている内容を読んでみる。
「えぇっと……『人間側にある大温泉を一日貸切りたい』、『人間側でブームになっているお菓子を食べてみたい』、『サマーちゃんのライブが観たい』……え、こんな感じなんですか。」
「ふふふ、魔法生物側はもうずっとこんな感じさ。人間側は魔法生物の研究に絡む要望を出したりしているけど、それだって彼らに頼めれば楽というだけで他に方法がないわけじゃない事柄ばかりさ。」
「確かに要望そのものはそうかもしれませんけど……星の数で家の――カンパニュラ家の立ち位置が決まるんですよね……」
「何も心配することはないさ。一回の行事で順位を決めてしまうのはさすがに乱暴だから、王族貴族の見直しは数年ごとに行われるんだ。よって星の数もその数年間分の合計になるのさ。」
「えぇっと……つまり充分な量の星は過去何年かでゲットしているという事ですか……?」
「まぁ、そんな感じだね。加えてカンパニュラ家と接戦っていう家も今はないからね。仮にダントツのビリになったとしても大した影響はないのさ。だからみんなは気楽に戦いに臨んでいいんだよ。」
「えぇ……」
「今回『ビックリ箱騎士団』を呼んだのは当主様がロイドくんに会ってみたいというのがメインで、その理由付けとして対魔法生物戦闘を経験できるワルプルガに招待しただけだからね。さっきも言ったけれど、ちょっとした運動会と思ってくれればいいさ。」
 あははと笑うフェンネルさん。んまぁそりゃあ、プロの騎士からしたらオレたちは見習い騎士なわけで、負けても大丈夫っていう前提がなきゃこんな大事な行事に呼んだりはしない……はずだから、たぶん本当にビリっけつでも問題ないのだろう……とはいえカンパニュラ家の評判に関わることだから……
「え、えっと……運動会だとしてもその……い、一等賞を目指して頑張ろうと思います……」
 我ながらおずおずとした意気込みに、フェンネルさんはニッコリと笑ってくれたが――
「ふふふ、頼もしいね。ただまぁ、みんなの場合は星一つか二つの戦いに参加、という形になるだろうけどね。」
「で、ですよね……」
 ――その意気込みも数秒で「無念」となってしまった。
「対魔法生物戦の経験というわけだが、先ほど言っていた安全な仕組みというのはどういうものなのだろうか。」
 それでもどうにかビリっけつにはならないようにしたいとなぁと思っていると、カラードがしゅばっと手を挙げてそうたずねた。
「ああ、当然気になるところだろうから、実際に使うモノを持ってきたよ。ちょっと外に出ようか。」
 フェンネルさんに連れられてカンパニュラ家の庭というか庭園というか、だいぶ広いその場所に出ると、フェンネルさんが台車でゴロゴロと……占い師さんが使いそうな大きな水晶玉を運んできて、オレたち全員の前に一つずつ置いていった。
「高濃度の火の魔力の影響なのか、ヴィルード火山には特殊な鉱石がいくつかあってね。これはその内の一つを利用したマジックアイテムさ。」
 そう言いながら、フェンネルさんは自分の前に置いた水晶にぺたりと両手をそえた。
「両手をくっつけて十秒くらい待ち、水晶が光ったら手を離す。すると水晶は――」
 水晶がほんのりと光ったのを合図にフェンネルさんが後ろにさがると、突然水晶が――ガコガコというあまり聞きなれない音をたてながら形と大きさを変えていき、気づくと……そこに水晶でできたフェンネルさんの像が出来上がっていた。
 ポージングが例のセクシーポーズなのは気にしないとして……かなりの精度の像だ。きれいに色を塗ったら本人にしか見えないだろう。
「その者をかたどった像へと姿を変える。基本的には一分の一だけれど、生命力が強い者が使うと倍率が変わったりする。まぁ、そんなのは魔法生物でたまにある現象で、人間がやってそうなったのは見た事ないけどね。」
「ほう……それで、この像にはどんな意味が。」
「それなんだけど……カラードくん、ちょっとそのランスで僕の心臓を突いてみてくれないかな。」
「えぇ!? フェ、フェンネルさん何を――」
「なるほど……了解した。」
「えぇ!?」
 何かを察したのか、本当にランスを構えたカラードは普通に本気で、それをフェンネルさんの胸へと突き出した――!!

 バコン!

 ランスはフェンネルさんの胸に突き刺さり、先端が背中から出てきたのだが……そ、それにしては変な音が……
「な、なんだこれは……」
 突き出した状態でかたまっているカラードが変な顔になり、フェンネルさんを貫いたランスを引き戻す。普通なら血が噴き出すところを――フェンネルさんはケロリとしていて、傷はおろか服も無傷で……ど、どうなってるんだ?
「ごらん、僕の像を。」
 フェンネルさんの指さす方を見ると、さっき出来上がったフェンネルさんの像の胸の辺りに穴が……ちょうどカラードのランスくらいの穴があいていた。
「! そうか、妙な手応えだと思ったがこれは水晶の……」
 カラードが手をグーパーさせて納得の顔になったあたりで、あいた穴から走り始めた亀裂によってフェンネルさんの像が一気に砕け、その破片が空気に溶けるように消えていき……最後には占い師さんが使うような丸い水晶だけがそこに残った。
「僕らはこれを身代わり水晶と呼んでいてね。ちょっとしたケガは普通に受けるのだけど、致命傷や……腕やら脚やらが欠損してしまうような大怪我につながる攻撃を受けた時にはそのダメージを肩代わりしてくれるのさ。」
「すごいですね……しかも全部の攻撃じゃなくて致命傷だけなんて……」
「すべての攻撃を身代わりしてしまうと勝負にならないからね。長年の試行錯誤の結果さ。ま、全てにしろ致命傷だけにしろ、残念ながらこの鉱石はヴィルード火山という特殊な土地でしかこの効果を発揮できないから、世界中で活躍する騎士たちを手助けすることはできないのだけどね。」
 確かに、これが普通に使えるのなら騎士にとってはありがたい限りだ。
「ほら、みんなもやってみるといい。」
「は、はい。えぇっと、両手を……」
 みんなでやること十数秒後、カンパニュラ家の庭園に『ビックリ箱騎士団』の水晶像が立ち並んだ――のだが……えぇ?
「あ、あのフェンネルさん、オレの像が……」
 水晶が形作ったのは確かにオレ。胸の辺りに両の拳を掲げて……なんというか「頑張るぞ」って感じの顔をしているのだが、おかしなところが三つある。
 一つ目は顔の部分で、右目から炎のようなモノが噴き出している造形があるところ。第四系統はあんまり上手に使えないし、何より目からというのは変だ。
二つ目は服装。セイリオスの制服を着ているのはいいのだが、背中に覚えのないマントのようなモノがあるところ。かなり大きく、ハンググライダーでもできそうな面積だ。
三つ目は胸の辺りで、まるで魂でも表すかのように内側に人魂のような造形があるところ。さっきのフェンネルさんの像にはそんなものなかったはずだ。
「おや、これは……なるほど、やはりロイドくんには何か秘密があるのだね?」
「へ?」
 見るとフェンネルさんが……何かを思案するような表情になっていた。
「この水晶が形作る姿というのはその者の内面……魂の形だと言われていてね。表情やポーズからその者の本質を推し量ることができるのさ。」
「本質……」
「右目の炎は……もしかするとランク戦におけるそこのカラードくんとの一戦でロイドくんが使った過去に例のない「隻眼の魔眼」を指しているのではないかな。魔眼持ちの像でもこうはならないし、例の魔眼の画像をその筋の専門家に確認してもらっても見た事も聞いた事もない代物とのこと。きっと普通のそれとは異なる特殊な何か――なのだろう?」
 尋ねるというよりはオレの反応を見るようなフェンネルさんの言葉にハッとする。
 おそらく右目の炎はフェンネルさんの言う通り、元々ミラちゃんの右眼だった魔眼ユリオプスを示している。魔眼としては規格外の能力だし、何よりミラちゃんの家系にしか発現しない魔眼ゆえの特殊性がああいう造形になったのかもしれない。
そしてマントのようなモノはたぶん翼だ。ミラちゃんが空を飛ぶときに広げていたモノと似ているから……たぶん魔眼の影響でオレの身体に与えられた吸血鬼性を示しているのだ。
胸の中の人魂みたいのは吸血鬼関連ではないオレ自身の関連で……あれはオレの魂にくっついているというマトリアさんのそれを表現しているのではないだろうか。
「ちなみにあれも、ロイドくんの秘密に関わる事かな?」
 何にどう答えたらいいのか考える間もなく、引っ張られるようにフェンネルさんの指さす先を見ると……そこには異形の像があった。
「おいロイド、俺のすげーことになったぞ。」
 像の前にいるのはストカ。つまりはストカの像なわけだが……どう見たって人型じゃない。かなり狂暴そうではあるけど一応は人っぽい頭はともかく、胴体は肉食獣のような爪を持った四足歩行の身体で、だけど尻尾だけはサソリのそれ。昔ストカに「これが俺のご先祖様らしいぜ」って見せてもらった絵にあった生き物……これは、マンティコアだ。
「獣のような本性を持つ人間はいても、実際に人外の像を形作った人は初めて見る。というかつまりは……彼女は人ではない、という事だったりするのかな?」
「――!!」
 魔人族の事を話せない以上、どう言うべきなのかと考えながら自分でもわかるくらいにこわばった顔を向けると、フェンネルさんは……ふいにふふふとほほ笑んだ。
「ふふふ、そんなに怖い顔をしなくても大丈夫だよ。みんなの反応を見る限り、どうやらその秘密を知らないのは僕だけのようだからね。」
 ……? 確かに魔人族の事やマトリアさんの事は『ビックリ箱騎士団』の面々は既に知っているが……
「あ、あの……えっと……」
「いやいいんだ、無理に話さなくても。右目の魔眼を起因として、色々と調べるほどにロイドくんには何かしらの秘密があるというのがわかってしまってね。それがアンジュに良からぬモノであれば――と思っていたのだけど、アンジュはそれを知っているようだ。」
「……そだよー。別に師匠に話してもいーとは思うんだけどねー。」
「ふふふ、気持ちだけで充分さ。今の今まで話さなかったのだから、できれば話したくはない事なのだろう? 僕はアンジュが全てを知った上で――というのが知れただけで満足さ。」
「師匠……」
「それよりもアンジュ、こうしてみんなの本質が形となったのだからしっかりと見ておくべきだと思うよ?」
 本当に、この秘密をアンジュが知っているならこれ以上聞くつもりはないらしいフェンネルさんがエリルたちの像を見るように促す。
 本質……フェンネルさんのセクシーポーズな像は、そう考えれば納得……? の像だ。みんなの場合はどうなのだろうと、オレも端っこから像をじっくりと見ていく。
 エリルの像は腕を組んでそっぽを向いているポーズで、表情は……んまぁ、ムスッとしているのだが、これでも恋人たるオレにはあの表情が照れているそれに見えるわけで……「うっさいバカ!」とか言いながらも嬉しそうにしている感じが実にエリルっぽい。
 ローゼルさんの像は両手を腰にあてての仁王立ち。自信満々に笑う表情にうっすらと……恥ずかしそうなモノが見えるあたり、まさにローゼルさんという感じだ。
 ティアナの像は引っ込み思案っぽい、少し腰の引けたような、両手をもじもじさせたポージングなのだが……表情には何かを誘うような色っぽさというか、ニンマリとした笑みが見えて……う、うん、確かにティアナだ。
 リリーちゃんの像は愛用の短剣を持っていて……そ、それで何かを刻んでいるかのようなポーズなのだがそれは片手間で、顔は――オ、オレに抱きついた時とかに見せる満面の笑み……ああ、間違いなくリリーちゃんだ。
 アンジュの像は両手を後ろに回して相手を下から見上げるような姿勢。半目で「へー」とか「うわー、ロイドってばー」とか言いそうな笑みを浮かべている。このからかうような感じはそのままアンジュだ。
 カラードの像はかっこよく、右の拳を天に掲げて何かを叫んでいるようなポーズ。きっと己の信じる正義の道を語っているのだろう、その真っすぐな表情はまさに正義の騎士だ。
 アレクは……なんだかフィリウスとかぶるんだが、片手を腰にあて、もう片方の腕で力こぶを作ってニヤリとしている。その力に絶対の自信を持ち、相応の力を秘めたムキムキボディが光るパワフルな感じがアレクそのものだ。
「……本質ってゆーか、師匠、みんなそのまんまだよー?」
「おや、それはいいことだね。みんなが普段から本音でぶつかっているということさ。」
 さらりとフェンネルさんがなんだか嬉しくなる事を言った。
「本音か……あの、ちなみにフェンネルさん、どうして全員制服になっているんでしょうか。」
 ワルプルガの本番は明日からということで、今日のオレたちはフェンネルさんの指示の下私服、中でも動きやすい服でと言われたのでそれぞれ違う服を着ていて、制服を着ている人はいない。
「服装も本質の一部を示しているのだけど、まぁこの場合はみんなの学生という身分を示しているのだろうね。」
「なるほど……でもあれですね、自分の本質がこれって言われてもピンと来ません。」
 と、素直な感想を言ったのだが、それを聞いたエリルが大きなため息をついた。
「……あんた……目の炎とか背中のとか除けばこれ、ホントにあんたそのものだと思うわよ……」
「えぇ? オ、オレってこんな感じ?」
「割とそーかなー。騎士としての道も、あたしたちとの関係も、いつも何かを何とかしようっていうか、頑張って色々しようとする感じがロイドっぽいよねー。」
「へぇ……そうか、オレはそんな感じ――」
「む、これは残念だな。」
 頑張り屋さん……というか意気込み屋さんだろうか。エリルの言うところのすっとぼけ顔が本質ではなくてよかったと思っているとローゼルさんが……ロ、ローゼルさんが自分の像のスカートの中を覗きながらつぶやいた――ローゼルさん!?
「どこまで作られているのかと思ったのだが、内側の造形は無く水晶が敷き詰められていた。悪いがロイドくん、この像を覗いても何も見えないぞ。」
 ニンマリと笑うローゼルさんに……あとから思うとどうしてオレはそんなことを言ったのか、もしかするとローゼルさんの像に見えた恥ずかしそうな表情から、あんな事を言ってはいるけど本当は恥ずかしがっている――みたいに思ったからなのか、オレはローゼルさんのからかいにこう返した。

「じゃ、じゃあ本物の方を覗かせてもらいましょうかね。」

 ちょっとやらしく両手をわきわきさせながら、普段の攻めに対しての我ながら頑張った反撃だったと思うが……その威力は想像以上だったらしく――
「な――」
 ローゼルさんは真っ赤になった。だがすぐにコホンと咳払いをして……
「ふ、ふふん! 確かにわたしとロイドくんの仲ならばいつでもどこでも直に見ればいいだけだったな! わ、わたしは……常に準備万端、だぞ……!」
 今はズボンをはいているけどスカートの端っこをつまんで持ち上げるような仕草を……二割ほどの恥ずかしさの混じる余裕顔でするローゼルさん……!
「優等生ちゃんてば、昨日も言ったけど今更なのに恥ずかしいのー?」
「む……うむ、アンジュくんに言われて少し考えたのだが、むしろそれゆえという結論にわたしは達したぞ。」
「? どーゆーことー?」
「ロイドくんは普段、そういう事をしたり言ったりしない。だが一度ベッドの中に入れば――そ、それはもうテクニシャンなわけで……」
「ろーへふしゃん!?!?」
「深く深くどこまでも混ざり合うあれを経験した後、またいつもの何もしない言わないロイドくんを相手にしているとそれが夢か何かだったかのように思えてくるのだが……昨日のお風呂や今のちょっとした一言によってあの熱い夜が想起され……そんな不意打ちを受けた結果、恥ずかしくなってしまうわけなのだ。」
「へー、ロイドってばそんなにー……」
 アンジュの熱のこもった色っぽい視線が……!!
「へ、変な考察してんじゃないわよ! あと人のこ、恋人に変な視線送ってんじゃないわよ!」
 いつものが巻き起こってそれをいつものように眺める強化コンビはいいとして、そんなやりとりを見ていたフェンネルさんが――
「ロイドくんは経験豊富なテクニシャンと……」
 大変な誤解――ではないかもだけど認識を……!!
「不思議なものだな。内何人かは刺されていてもおかしくないと思うのだが、そうなっていないのはロイドくんの人徳だろうか。」
「オ、オレはそんな大層な……た、ただの優柔不断男です……」
「ふふふ、それで片づけられるような愛情の渦ではないと思うがね。いやはや、この水晶でそっち方面の本質も出ればよかったのだが……魔法の世界において「恋愛感情」というのはもっとも制御できない概念と言われるほどだからね。ゆえに噂に聞く恋愛マスターなる者がいるのだろう。」
 ! フェンネルさんの口から恋愛マスターの名前が……んまぁ、占い師として有名らしいし、別におかしくはないか……
「さてさて、どうやらそっちの戦いはアンジュが頑張るしかなさそうであるし、一先ずはワルプルガに向けて――一つ、みんなの実力を見ておこうかな。」
 突然元の話題に戻して準備運動を始めたフェンネルさん。だから動きやすい服をと言っていたのか。
 んまぁ、そりゃあずっとカンパニュラ家の地位を保ってきたフェンネルさんからすればオレたちの実力は気になるところだろうし、ワルプルガでどのレベルの戦いにまで参加できるかというのを見極める必要もあるのだろう。
「さ、誰から始める?」
 バサッとローブを脱いで……く、黒いスポーツウェアを着ているように見えるが実のところすっぽんぽんというセクシースタイルになるフェンネルさん……!!
「あんなんで素っ裸な師匠だけど――まじめに強いからねー。本気でぶつかっていいと思うよー。」
「ぶつかっていいというか、ぶつかった方がいいだろうな。」
 アンジュの忠告にくぐもった声で答えるのはいつの間にか甲冑を着こんだカラード。
「いざ戦う相手として見るとわかる。カンパニュラさんの家を王族に次ぐ家にし続けてきたのは伊達ではない。アドニス先生並みの使い手と思っていいだろう。」
「おっほ、カラードがそう言うんじゃあマジだな。魔法生物戦の前にこれはこれでいい経験の練習試合になりそうじゃねーか。」
「そうだな。じゃあみんな全力で――あ、いや、えっと、明日と明後日に影響が出ない程度の……出し惜しみ無し、で挑もう。」
「……しまらないわね、団長。」
「……すみません。」
 こうして、アンジュの師匠であるフェンネルさんとの手合わせが始まった。



「ようインヘラーよい、調子はどうだい?」
 田舎者の青年がほぼ全裸の騎士との手合わせを始めた頃、火の国ヴァルカノの首都ベイクにいくつかある未成年の子供は入れなさそうな酒場にて、奥の席に座っているマフィアのボスのような格好の男に、野球少年のような坊主頭で口を黒いマスクで覆った、二メートルはありそうな長身痩躯の男が声をかけた。
「ほれ。」
 インヘラーと呼ばれた男はマスクの男を見るや否や、テーブルの上にアタッシュケースを置いた。
「お前の事だ、これくらいを前金で持ってくだろ。とっとと仕事にかかれ。」
「ちょい待てよい、今確認すっから。」
 長い脚を窮屈そうにテーブルの下におさめ、アタッシュケースを――開けずにコンコンと叩いたマスクの男は、その音を聞いて満足そうに頷く。
「さすがだな、俺の事よくわかってるぜい。要求額も支払額も相手の考えそのまんまってなぁ、さすがインヘラー。ま、あの『ゴッドハンド』とやり合うんだからこれくらいはな。」
「……それでもあれは『ゴッドハンド』。勝算はあるんだろうな。」
「じゃなきゃ仕事の提案しねいよい。これで俺の経歴にもはくがついて依頼も金もガッポリよい。裏世界に殺し屋バロキサありってな。」
「効率の悪い稼ぎ方だ、何度も言うが。」
「いーんだよ、得意な事、好きな事で稼げるならそれが一番。」
「……ま、稼ぎ方は自由だが、なんにしたって信頼が重要だ。お前の腕への信頼を後悔させるなよ?」
「あいあい。」
 その適当な相づちを最後にインヘラーが席を立ち、テーブルにはアタッシュケースをポンポン叩くマスクの男――バロキサだけが残った。
「さてさて、久しぶりの大仕事だよいってな。それなりに持ってきたが、現地調達も粋なもんだぜい。いよい、店員さーん。」
 呼ばれてやってきた店員に、バロキサはこんなことを言った。

「この店でいっちゃん強い酒を一杯、あと――この辺に薬局ってねいかい?」

第六章 炎の獣たち

 オレは寝っ転がっていただけだったが、ラコフとの戦いを経てみんなは強くなった。

 エリルはあの時、殴った相手を内側から焼く――というよりは相手の体内に炎を炸裂させるという魔法を身につけた。
加えて……ユーリ曰く、それがなんであれ「炎で吹き飛ばす」という、ラコフの防御力を上回るというよりは無効化した一撃も放ったが、こっちはオレの……や、やらしい告白によって一時的に心が暴走した事で「エリルが到達しうる可能性」を先取りしたようなモノらしく、「今の」エリルでは使えないらしい。んまぁ、一度経験したからそれが可能になるのは時間の問題だとも言っていたが。
 とにかく、カメリアさんがどこかに特注したらしいガントレットとソールレットの内部に爆発を起こし、その勢いを利用して一撃必殺の徒手空拳を放つエリルの『ブレイズアーツ』に、相手の外的防御を貫通して内部に直接ダメージを与える技が加わったのだ。エリルの攻撃を警戒し、身体に耐熱魔法やら強化魔法をかけまくった相手であっても、体内への攻撃を考慮する者はほぼいないだろう。初見であれば一撃で致命的なダメージを与えることができるわけだ。

 ローゼルさんは……オ、オレとのあれこれによって純水で出来た氷を超える特殊極まりない、あえて呼び名をつけるなら『魔法の氷』としか言えないような強力な氷を生み出す事ができるようになっていた。それがラコフ戦によって更にパワーアップし、『一万倍』の防御力をたたき出したラコフの身体を容易く貫く硬さと、もはや視認不可能な透明度を実現した。
 硬いし見えないし触れたらこっちが凍り始める無敵の氷。正直どうしようもないほど強力な魔法だ。勿論魔法の気配や温度変化など、見えない氷の位置を把握する方法はいくつかあるだろうが、人間が最も多くの情報を得ている視覚を封じるというのは戦闘においてかなり有利と言える。気づけば見えない刃に囲まれて一歩も動けない――なんてこともあり得るのだ。
 攻防問わず破格の性能を誇る氷から繰り出される変幻自在の攻撃は、ちょっとやそっとでは攻略できない事だろう。

 ティアナは形状魔法の変形速度と魔眼ペリドットの能力が向上した。
 発射した銃弾の形状を変えて軌道を曲げるというのがティアナの得意技だったわけだが、それが進化し、ラコフ戦では銃弾を一瞬で鉄線へと変えていた。
 あの時はラコフの身体がとんでもない防御力を持っていたから縛って動けなくする使い方をしていたけど、おそらく普通の相手に同じことをやったら銃弾の速度で飛んでくる鉄線に切断されてしまうだろう。
 また、銃弾だけではなく自身の変形――『変身』の速度も精度も上がり、ローゼルさんの氷とはまた別方向に変幻自在の攻撃を可能とした。
 そして魔眼ペリドット。元々オレたちでは視認できないようなモノを見ることができたその魔眼は、相手の重心の位置や筋肉の収縮といった身体の内側の出来事――「目には見えないモノ」すら認識できるようになった。おそらくティアナの前に立った時点で動きの全てを予測されるといっても過言ではなく、しかもその予測に沿って銃弾がとんでくる上にティアナ本人は予測不可能な『変身』を使いこなす。
 下手をすれば、相手は何が起きたのかよくわからず、しかも何もできない内に倒されてしまうだろう。

 アンジュはとにかく、得意とする魔法全ての火力がアップした。
 身体の表面を覆う攻防一体の『ヒートコート』や相手に発射したり周囲に浮かせたりする『ヒートボム』は大きな岩石を消し飛ばすほどだし、『ヒートブラスト』や『ヒートレーザー』は持続時間と威力が増大して周囲を消し炭にしてしまう。
 アンジュの二つ名である『スクラッププリンセス』は、アンジュに対して武器を振るうとその武器が爆発によって破壊されるという事からついたモノだが……今となっては、アンジュはその場から一歩も動くことなく、大火力のボムとレーザーをばらまくことで周囲の全てを『スクラップ』にできてしまうだろう。
 攻撃が最大の防御という感じの要塞となったアンジュを相手にするのなら、身体のどこかは消し飛ぶことを覚悟しなければならないかもしれない。

 そしてリリーちゃん。オレの事を……お、想ってくれている時間が一番長いリリーちゃんは、みんなのパワーアップに驚いていたユーリが引きつってしまうようなすごい魔法に到達した。それが空間魔法。交流祭でカペラ女学園の生徒会長であるポリアンサさんが見せてくれた魔法で、本来なら時間魔法を除く十一個の系統の力を高いレベルで混ぜ合わせる事で初めて到達する、魔法の世界の遥かな高み。その場所に、リリーちゃんは位置魔法のみでたどり着いたのだ。
 ユーリが言うには、空間魔法を構成する十一個の系統は等分ではなく、割合的には位置魔法が主成分らしいのだが、だからと言って他の系統が要らないわけではない。それを無理矢理……あ、愛の力でこじ開け、手に入れたのがリリーちゃんというわけだ。
 本来許可がなければできない自分以外のモノの位置の移動を「空間ごと移動させる」という手段で可能にし、防御力はもちろん距離でさえ無視してしまう「空間をずらす」という行為は視界に入るモノ全てを問答無用で切断する。
 んまぁ、当然こんなすごい魔法、身体への負荷も大きいからそう連発できるわけではないし……その、リリーちゃん的にもテンションが高くないとできない……らしい。それでも短剣による急所狙いの一撃必殺という暗殺術がメインだったリリーちゃんに強力無比な必殺技が加わったのだ。ポリアンサさんの攻撃を受けた時も思ったが、あんな魔法どうしようもない。
 それに、この大技以外にももう一つ、リリーちゃんは新たな力を得た。
 交流祭の時、各校と開催地であるアルマースの街をつないでいたゲート。あれは言うなれば設置するタイプの『テレポート』で、本来、その者の許可がなければ移動させる事のできない位置魔法において、あの魔法は……例えば誰かに押されてゲートをくぐるという、本人の意思を無視した移動を可能にするから、リリーちゃんの「空間ごと移動させる」という魔法に近いモノがある。
 ただし、そんな強力な魔法を維持する為には固定された出入口――アーチやドアという魔法ではない物質的な「出入口」が必要で、その上土地の力や魔法陣の設置が必須となるからほいほい使える魔法ではない――らしいのだが……とんでもない空間魔法に至ったリリーちゃんはそれを可能にしてしまった。
 つまり、空中に穴をあけてどこかべつの空間と繋げるという意味の分からない魔法が使えるようになったのだ。ただの位置魔法と違うのは意思が関係しないという点で、例えば落とし穴を作ってその中にこの魔法を仕掛けておいたら、引っかかった人を地面の中ではない好きな場所に送る事ができてしまうのだ。
 戦闘にどう利用するか、考え始めたら止まらないくらいの高い応用力……リリーちゃんが持つ可能性は計り知れない。

 ちなみに……ど、どうもパムも……オレの兄としての想い的な何かを受け取ったらしく、詳しくは教えてもらっていないけど更なる力を得たらしい。

 と、とにかく、単なる技術以外にも感情だったり心の在り方だったりが強く影響するのが魔法というモノで、オレの……や、やらしーのも含めた大告白はみんなの心を強く動かした……ようだ……

 …………実は、オレがみんなに対して思いはするも口にはしなかったり、オレ自身でも具体的な言葉にできていなかった感情がユーリの魔法によってみんなに伝わった時、それを受けたみんなからの……感想、みたいなモノがある。
 あの時のオレは割と真面目に瀕死だったから、悶絶必至のその感想はあとで聞くといいと言って、ユーリが……中に電気の塊のようなモノが浮いているガラス玉をくれた。それをおでこにあてると感想が頭の中に流れてくるようなのだが……は、恥ずかしすぎて未だに確認できずにいる。
 何故ならそれはつまり――オレからみんなに何が伝わってしまったのか、その具体的内容を知り、それに対するみんなの反応を……エロロイドとかドスケベロイドとか以上の何かがあるであろうそれを聞くということで……!!
 そ、それこそ、聞いたオレの心は大暴走し、みんなのようにオレの魔法も進化するかもだから、そういうピンチの時の為にとっておこう――とかなんとか理由をつけて先延ばしにしているのだが……わかっている、聞くべきなのである……しかし…………ああああぁぁあぁ……

 うぅ……ぐぅ……い、いや! とと、ともかく今はワルプルガなので……なので! また今度ちゃんと考えて――さぁ、今はフェンネルさんとの手合わせに集中ナノデス!!

「すげーな、カラードが体術で押されてんぞ。」
 フェンネルさんとの手合わせは順番に一対一で行われ、今最後のカラードが戦っている。
 フェンネルさんの得意な系統は第四系統の火の魔法で、足技主体の戦闘スタイルだ。足の裏から炎を噴出させ、その推進力で移動している。エリルやアンジュがよくやる足の裏に爆発を起こして移動するというモノとはちょっと違い、一瞬の加速では終わらず……ガルドで見た戦闘機のように高速を維持したまま自在に移動する。
 常に炎を噴き出している分、魔法負荷も大きそうだが……いや、というか……正直、フェンネルさんの強さについて語るべきはそっちじゃない。
「ブレイブナイトでも捉えきれないとは……わたしの攻撃がかすりもしないわけだ。」
 手にしたトリアイナで身体を支えながら、疲れた表情でつぶやくローゼルさん。ローゼルさんに限らず、フェンネルさんとの手合わせを終えたみんなは同様に疲労していた。
 別に体力を吸われる魔法を受けたとかそういうわけではなく……言うなれば、フェンネルさんによって無駄に動かされたのだ。
「なんか先生と戦ってる時に感覚が似てたわね。あれをもっとめんどくさくしたような感じかしら。」
「あ、そ、それちょっと……わかる……」
「ああいう技術が使えるってことは、あの人その気になれば暗殺も得意だと思うよ。」
「あははー、商人ちゃんが言うと説得力が違うよねー。でも実際、師匠ならできそうだからなー。」
 手合わせしてみて抱いた感想というのはみんなだいたい同じで……エリルの言う通り、先生と戦っている時のような感覚に近いのだ。

 オレたちはみんながそれぞれに強力な魔法や技を身につけている。それは学生の域を超えていると言われることもあるほどで、実際ラコフ戦を通してみんなが得た魔法は……現役の騎士に同じことができる人はいるのだろうかと、少なくともオレは思っている。
 それらの威力はそのラコフ戦で証明されていて、あの桁外れの防御力を吹き飛ばしたり切断したりするほどなのだが……結局、相手に当たらなければ意味がない。

 授業の中で先生と手合わせをする機会は結構あるのだが、先生相手だとそんな強力な魔法や技は当たったためしがない。しかもオレたちが運動服だったりするのに対し、スーツにヒールという動きにくさマックスの格好の先生を相手にその有様なのだ。
 ものすごい速さで移動しているというわけではなく、その上こっちをかく乱させるような技を放っているわけでもない。何故だか気づけば間合いに入られてデコピンをくらい、強力な技を使おうとしたら脚をひっかけられて転ばされてしまうのだ。
 そしてフェンネルさんの場合はその意味の分からない状態に加え、巧妙なフェイントやチャンスに見せかけた誘いによって……ボクシングで全力のパンチを空振りし続けるように、無駄に体力を使わされるのだ。

「ぐ――かは……はぁ……」
 そして今まさに、ほんの数分しか経っていないのにオレたちの中でダントツの体術を持つカラードが息を荒くして片膝をついていた。
「ふふふ、いい動きだね。さすがあの人の、というべきかな。いやいや、カラードくんだけでなくみんなもいいね。《オウガスト》が使う体術がしっかりと身についている。羨ましいね、あれは独特な足運びをするから若いうちに習わないと身体がついていけなくなるのさ。曲芸剣術同様、今の僕では身につけられない技術だよ。」
 オレたちとの連戦を経ても汗一つかいていないところも先生とそっくりなフェンネルさん。
「はぁ、はぁ……フェンネルさん、教えて、いただきたい……」
「んん?」
「おれたちの先生にも似たその動き……特殊な体術というわけではなさそう、なのですが、それは一体……」
「ああ、これは…………ちなみに何か気づいた点はあるかな?」
「……妙に死角にまわられる……そんな気はしていますが……」
「ふふふ、その通りだよ。」
 肩で息をするカラードの肩を叩きながら、オレたち全員に向けてフェンネルさんが種明かしをしてくれた。
「正直、君たちの魔法はかなり強力だ。ロイドくんの事を調査するにあたって他のみんなの事も調べたわけだけど、今の手合わせで見た感じ、そこから更に力を増しているようで……恐ろしい事に段々と規格の外に向かいつつあるようだ。きっとロイドくんの魔眼やそちらのストカさんなどが関わっているのだろうけど、さっきも言ったようにその秘密に関しての詮索はしないつもりだ。」
 セイリオス学院の制服を着ている……ように見えるけど生徒ではなく、魔法生物側がその正体に気づいてしまいそうなのでワルプルガには参加しないストカは手合わせもせずにオレたちを眺めている。んまぁ、今が昼間だからというのもあるのだが、そんなストカについて、フェンネルさんはこれといった質問をしてこない。
 オレたちの魔法が強力になったというのも、S級犯罪者との遭遇やスピエルドルフでの経験、そしてユーリの魔法などがキッカケになっていて、S級の方はともかく、魔人族絡みの件はあまり話せない。
……聞かれると困る事を聞かないでいてくれて、しかも当主であるカベルネさんたちにも内緒にすると言ってくれたフェンネルさんにはかなり助けられているのだが……そうじゃなかったら色々とあれだっただろうし、もう少し慎重にならないといけないな……
「体術に関しても、それほどの差はないと僕は思う。カラードくんに至っては僕以上だと断言できるくらいさ。」
「しかし……おれは結局フェンネルさんに一撃も……」
「そう、不思議だね。魔法も体術も、それだけ見れば君たちは僕より強いと言っていいだろう。しかし現状、そうなっていない。一撃も攻撃を当てられていないし、僕がその気だったら君たちを再起不能にできた。要するに完敗しているわけだが……じゃあそんな風に結果をひっくり返してしまった要因は何か。それは僕が会得しているある技術なのさ。」
 ふふふと自慢げに笑い……かつセクシーポーズをズバッと決めるフェンネルさん。
「今の手合わせで僕が何をしていたかというと、さっきカラードくんが言ってくれた通り、君たちの死角に入っていたのさ。」
「……し、しかし視界に死角が存在するという事は理解していますから、無論そこへの注意を怠っては……」
「カラードくんがイメージしている死角とはちょっと違うかな。無意識というか無自覚というか……例えるならまばたきさ。」
 まばたき……ん? なんか似たような会話をフィリウスとしたような気が……
「戦闘中は相手の動きに注意を払い、攻撃の兆しを見逃すまいと頑張って見るわけだけど、それでもどこかのタイミングでコンマ数秒、まばたきによって相手を見ない瞬間が存在しているだろう? 実はそういう隙間って意識の中にもあるのさ。」
「意識、ですか……」
「戦闘が始まるや否や、勝利までの動きを決めて機械のように動く人はいないからね。相手の動きを考慮して行動する以上、「次にどうしようか」とか「自分のダメージはどれくらいだろうか」とか、そういうのを考える時間が――目の前の敵以外の何かに意識を向ける瞬間が必ず存在する。まばたきのように、自分では敵にのみ意識を向けているつもりがそうでなくなる時がね。」
「それがフェンネルさんの言う死角……その隙間を狙って行動していたと……」
「騎士の間ではリズムと呼ばれているね。目の前の相手は何を確認してから行動するのか、こっちの攻撃に対応する時は何に注視しているのか、十人十色の波形を見極め、コンマ数秒かそれ以下の一瞬を有効的に利用する。それが君たちを負かした僕の技術の正体さ。」
 ああそうだ、そういえばフィリウスも言っていた。相手の攻撃をひょいひょいかわすフィリウスにどうやったらそんな風にって聞いた時に、「相手のまばたきが予測できるようになりゃいい」って言っていた。あの時はなんのこっちゃだったけど、そういう意味だったのか。
「ただ、この技術はこうすれば使えるようになりますよというような代物ではなくて、言ってしまえば経験則でね。人それぞれのリズムを、こういうタイプの人はこうだろうっていう予想スタートで見極めていくモノだから、戦闘経験の多さがそのまま精度につながるのさ。」
「逆に言えば、精度が高ければ今のような手合わせを一度するだけで見極められると……」
「ふふふ、残念ながらそれは違う。僕が君たちのリズムを利用できたのはランク戦などの映像を事前に見ていたからさ。さすがに初対面の相手に今ほどの精度は……少なくとも僕は無理だよ。」
「……できる人もいるのですね……」
「いる。さっき先生に似た動きだと言っていただろう? ルビル・アドニスと言えば国王軍に入るや否や数多の戦場で武勲を上げてきた猛者だからね。彼女の戦闘経験は数も質も一級品――初見でも完璧に近い精度でリズムを見極めてくるだろう。そして、きっと全員がルビル・アドニスと同等かそれ以上だろう十二騎士の中でもこの技術に関しては頂点と言える人物こそ、ロイドくんの師匠である《オウガスト》ことフィリウスさんなのさ。」
 ちょうどフィリウスの事を考えていた時に名前が出てみんなからの視線を受けるオレ。
「あの人の体術を学んだ君たちならば相手のリズムの見極めもすぐにできるようになるだろう。相手の波形を読むのと円の動きは相性が良いものだからね。」
 困ったような顔で、そして少し羨ましそうに笑うフェンネルさん。
「でも師匠ってその……リズム? を使って避ける以外の事もしてるよねー? 今の手合わせ、なんかすごく疲れたんだけどこれって師匠のせいでしょー?」
「ふふふ、そうさ。相手の無意識や無自覚が支配する時間にフェイントや誘い込みをかけると普段よりも引っかかりやすいからね。リズムを読んでそういう瞬間に色々仕掛けて無駄な動きをさせるのが僕の得意技なのさ。」
「そういう使い方も……なるほど、勉強になりました。」
 肩で息をしていたカラードはもう呼吸が整ったのか、すっと立ち上がってペコリと礼をした。
「ふふふ、僕も色々と勉強になったよ。これだけ個性的なメンバーが一つのチームとは面白いね。まさにビックリ箱。ただ残念な事に今年のワルプルガは――」

『なんだ、生きていたかフェンネル。』

 ふと、そう言いながらカンパニュラ家の庭に新たな人物がやってきた。スピエルドルフの人たちが太陽光から身を守る為に羽織っているローブに似たモノを身につけ、彼らと同様にフードを目深にかぶっているせいで顔は見えないけど身長二、三メートルほどの大きな人が――え、いや、いくらなんでもデカ過ぎる気が……
「! クロドラド!」
 ズシンズシン……とまではいかないものの、それなりに重みのある足音をさせてオレたちの近くまで来たその人は背の高いフェンネルさんを遥かに超える高さからこちらを見下ろす。
「どうして――いや、別にいつ来たって構いはしないが唐突だな……」
『先ほど届いたそっちの出場者リスト、カンパニュラ家の枠にお前の名前が無かったのでな。ついに露出がたたって病気になって死んだのかと。』
 そう言いながらフードを外すと、そこにあったのはヨルムさんのような顔。大きな口と、顔の正面ではなく左右についた大きな眼。赤いウロコのようなモノが光るその人は……間違いなく人間ではない。
「ああ、みんな紹介しよう。彼はクロドラド。毎年人間側を苦しめるあちらの精鋭の一人さ。種族はリザードマン。」
『んん?』
 オレたちを見下ろし、あごに手をあてて「ふむ」とうなるリザードマン――クロドラドさん。
『見た事のない人間だな。それに若い。フェンネルの隠し子か?』
「ふふふ、こんなに立派な子供たちを産み育てるパワフルな女性、いるなら是非にというところだがそうではない。僕の弟子とその学友さ。」
『学友……ああ、お前の弟子は学生だったか。なるほど、うちも若い連中に経験を積ませる為に参加させたりするが、つまりはそういうことか。』
「そういうことさ。今年のカンパニュラ家は未来を担う若者が参戦するというわけで……悪いがガガスチムに詫びておいてくれ。」
『どうせ明日会うのだからその時に言えばいい。』
「いや、言ったらその場でラリアットをかまされそうだから。」
『違いない。』
 クックックと鋭い牙の間から火の粉をこぼしながら笑ったクロドラドさんは改めてオレたちの方に向き直る。
『紹介されてしまったが、クロドラドだ。強いて役職のようなモノを言うなら参謀だな。』
 と言って握手の為の手を……アレクに伸ばすクロドラドさん。
「あー、俺はアレキサンダー・ビッグスバイト――うおっ!」
 クロドラドさんの大きな手に丸々包まれるような形で握手をかわしたアレクは何かに驚いて声をあげたのだが……まるで慣れた反応とでもいうようにクロドラドさんは何事もなくアレクに尋ねる。
『よろしくたのむ。それで……お前がフェンネルの弟子なのか?』
「い、いや、俺じゃなくてそこのオレンジ髪の女だ。」
『んん? なんだフェンネル、お前の弟子がこのチームのリーダーではないのか。』
「ふふふ、クロドラド、何か勘違いしているな。」
『? この人間たちはチームなのだろう? まさかこの若さでワルプルガに単騎では臨むまい。』
「ふふふ、チームというのは正解さ。けれど今きみが握手した子がリーダーというわけではないのさ。」
『なに? 一番ガッシリしているからてっきり……ではどの人間が?』
「あー、そこの黒髪のとぼけた顔の男だ。」
「アレク……」
 思わず呟いた後、オレは一歩前に出た。
「は、初めまして。オレがこの『ビックリ箱騎士団』のだ、団長のロイド・サードニクスです。」
 未だに慣れない団長という肩書きを口にし、オレもまた握手の為に手を……伸ばすというか挙げる。
『ふむ? 相変わらず、人間は外見では判断が難しいな。よろしくたの――』
 オレの手なんて軽く握り潰せそうな大きな手に握られた瞬間、手にかなりの熱を感じた。例えるなら熱いお風呂に手を入れたような感覚で、火傷とまではいかないまでもそのままだと手が真っ赤になってしまいそうな……あ、あれ、握手が長い……
「? クロドラド、きみの体温であまり長くそうしていると……」
『あ、ああ……』
 フェンネルさんの言葉にハッとして手を離したクロドラドさんは、しかしかなりビックリした顔でオレのことをじっと見る。
『……人間……で、いいのだよな……?』
「えぇ? も、もちろんですけど……」
と答えたところでハッとする。もしかするとオレの中の吸血鬼性を感じ取ったのかもしれない。
ミラちゃんによるとオレの身体における吸血鬼性は一パーセント以下。魔眼ユリオプスを発動させるとそこから少し上昇するらしいけど、勿論今は使っていない。だけどクロドラドさんは人間よりも魔人族に近い魔法生物なわけで、一パーセント以下であっても違和感を覚えたのかもしれない。
『ふむ……若いとは言え、カンパニュラ家の代表なだけはあるということか……』
 そして目線をオレから……ちょっと離れたところに立ってるストカに向け、クロドラドさんは目を細めた。
『どうやら思いもよらない驚きがありそうだ。これはこれでガガスチムも喜ぶだろう。では明日。』
「おや、もうお帰りか。」
『お前の生死を確認しに来ただけだからな。』
 そう言って背を向け……再度オレの方を見て、クロドラドさんは帰って行った。
「ふむ、まぁあの体格ではお茶していきませんかとはなりにくいだろうが……ロイドくん、手は大丈夫か?」
 そう言いながら握手した手をローゼルさんが両手で握ると、少し熱を帯びていた手にひんやりとした冷たさが広がる。
「ありがとう、ローゼルさん。気持ちいいよ。」
「うむ。」
「あー、俺もそこそこ熱い思いをしたんだが――」
「ん。」
 アピールするように挙げられたアレクの手の平を、ローゼルさんの一瞥で氷が覆った。
「お、おう、わりいな。」
「どうしたんだアレク、リシアンサスさんに手を握って欲しかったのか?」
「いや、この場合どうなるのかと思ったんだが……こうなるんだな。」
 ふむふむというかしみじみというか、妙な表情でうんうん頷くアレク。
「ふふふ、熱かったろう、ロイドくん。クロドラドに限らず、毎年相手にしているあちら側の面々はそろって体温が高いのさ。」
「んまぁ、熱いのは慣れていますから……」
 言いながらエリルをチラ見したら「なによ」って顔でにらまれた。
「そ、それよりあんなに普通にやって来るんですね、魔法生物の方たちは。」
「ふふふ、たまぁにね。ただ、人間と同じでこっちに来るのは珍しいモノに興味津々な若者がほとんどで、歳を重ねた者ほど顔を見せないよ。クロドラドみたいな大物が来るのは滅多にないね。」
「そんな人が出場しない理由を確かめにやって来るんですから、フェンネルさんは慕われているんですね。」
「ふふふ、ただ厄介な相手と思われているだけさ。これでもあちらさん相手に結構な戦績をあげているからね。」
 自慢気に……セクシーポーズを決めるフェンネルさんに、もはや見慣れたのか真面目な顔のカラードが質問する。
「先ほどあのリザードマンの方は参謀と言っていましたが、あちらにも軍のようなモノが?」
「どちらかと言えば群れだね。彼みたいに高い知能を持って生まれた者が他の同様の者たちと協力し、普通に生まれた者たちをより良い方向へと導くのさ。」
「んー? つまり頭のいい奴が他の連中を飼ってんのか?」
 首を傾げながらそう呟いたアレクに――
「ふふふ、アレキサンダーくん、そういう表現をしてはいけないよ。ひどく怒られることになるからね。」
 口調は変わらずだが、まるで生徒を叱る先生のような厳しい表情を向けるフェンネルさん。
「人間がペットを飼っているのと同じように見えるかもしれないが、知能の差以前に彼らは同族だからね。人間の言葉が話せなくても、彼らが元々使っていた鳴き声や身振りによって意思の疎通は行われているから、その立ち位置は対等さ。実際、参謀であるクロドラドは上から三番目のポジションなのだけど、二番目は高い知能を持たない魔法生物だよ。」
 スピエルドルフを夜の国ではなく化物の国と呼ぶとみんなの怒りを買うように、さっきアレクが言ったことはいわゆる禁句なのだろう。
「そっか。悪い、気をつけるぜ。」
「ふふふ、素直でよろしいね。それじゃあ彼らについてもう少し詳しく話そうか。ワルプルガにおいて彼らは……っと、そうだった。さっきも言いかけたのだけど、今年のワルプルガのチーム人数は最大で五人となってしまったよ。」
 不意に知らされた情報に頭がキョトンとしたが、それの意味を理解してオレはみんなを見た。
「……つまりこの八人で一つのチームにはできない――という事ですか?」
「そうなんだ。もっと早く伝えられれば良かったのだけど、あっちと細かい相談をしてからだったから遅くなってしまったよ。」
「えー? 昔はよく減ったって聞いてるけど、ここ最近は変わらなかったんでしょー?」
「うーん、ちょうどタイミングが悪かったという感じかな。」
 そういえば特に考えもせず、対魔法生物戦の経験ができるという事で当然チーム戦を想像していて、そのチームは我ら『ビックリ箱騎士団』になる――と思い込んでいたけど……ワルプルガにおけるルールというのを気にしてなかった。
「えっと始まりから話しておくと、元々は生物としての戦闘能力の差を考慮した、人間側の救済措置でね。初めはあちら側が上限三体に対してこちらは無制限となっていて、軍がやるような討伐作戦のような光景だったそうだよ。けれど人間側が段々と力をつけて魔法の扱いなんかが上手くなっていくとバランスが悪くなってきてね。こちら側にも上限が設定されるようになったのさ。」
「えぇっと……さっきのアンジュの言葉からすると、こっち側の上限は段々と減らされているんですか……?」
「毎年というわけではないけどね。魔法生物一体に対して人間は三人くらいという計算でここ数年はずっと上限が切りよく十人だったのさ。」
「それが五人とは随分減りましたね……ということは魔法生物側の上限は二体でしょうか。」
「いや、あちら側は変わらずに三体さ。」
「えぇ? それだと計算が……」
「ふふふ、まぁこれは仕方がないのかもしれないね。人間側が力をつけているのは現在進行で、実際騎士を目指しているみんなは、いわば魔法生物戦のスペシャリストになろうとしているわけで、先人たちの膨大な経験を学び、受け継いでいっている。大して魔法生物側には教育機関のようなモノはないからできて口伝がいいところ。クロドラドが言っていたみたいに、ワルプルガのような機会を利用して若い者に経験を積ませるのなら……その戦力バランスは三対五くらいなのかもしれないね。」
 いつだったか、フィリウスが言っていた。今でこそ魔法生物との戦闘は準備さえ整えればそれほど難しい事ではないけれど、昔はランクに関係なく命がけの大一番だったという。
 自然に発生しているモノは勿論、体内で生成したマナを使い、魔力を練り、魔法を使う能力を持っている生物。この世の理というモノを容易く打ち破るそんな能力を持った生き物相手に人間なんかが勝てるわけはなかった。だけど彼らが使う魔法というモノを研究し、長い年月をかけて無理矢理にだけど人間も魔法の力を手にすることができた。
 その後更なる研究と実戦を積み重ね、人間は今に至った。それを魔法生物の側から見たらどう見えるのか……かつては軽くひねる事のできた生き物が自分たちと同等かそれ以上の魔法を使って攻撃してくる……そんなことになったらどんな生き物だって焦るだろう。そりゃあ若い者を鍛える方向に考えが向くというモノだ。
 ……しかしこのまま行くと、いつか魔法生物は人間にとって敵ですらなくなる――ような時代が来たりするのだろうか……?
「ふむ、何やら小難しい事を考えている顔をしているがロイドくん、五人という事はこの八人を最低でも二つに分けなければならないのだが?」
「え、あ、はい、そうですね……どうし――」
「ぼくロイくんといっしょ!」
 しゅばっと手をあげるリリーちゃん。そして強化コンビを除く他のみんなからじとーっとした視線が……ど、どうすれば……!
「ふふふ、それなのだけど、チーム編成は僕に任せてもらえないだろうか。」
「師匠にー?」
「みんなにはまだそれほどチーム戦の経験がないようだし、せっかくの機会なのだから色々な組み合わせにチャレンジしてみないかい?」
「それってー……一戦ごとにメンバーを変えるってことー?」
「ふふふ、そういうことさ。みんながいくつの勝負に参加できるかはわからないけれど、その時その時で編成を決めてみるのも面白いと思うよ。」
「だ、大丈夫ですかね……明日本番で今更ですけど、ぶっつけ感が……」
「ふふふ、軍に入ろうとフリーの騎士団を組もうと、なんやかんや現地の即席チームで任務というのはままあることさ。それにみんなの場合は既に互いの距離感を知っているから大丈夫だよ。」
「距離感?」
「人間関係のではなく、戦闘における、ね。要するに近距離タイプか遠距離タイプかのような話さ。このメンバーだと……」
 言いながら、フェンネルさんはオレたち一人一人を眺めていく。
「強化魔法主体のカラードくんとアレキサンダーくん、そして炎の徒手空拳、『ブレイズアーツ』のエリルさんが近距離タイプ。チーム戦においては相手の懐に入り込んでガシガシ攻めるメインアタッカーだね。」
「うむ、相変わらずエリルくんはお姫様らしくないスタイルだな。」
「うっさいわね。」
「そしてこのメンバー唯一の飛び道具の使い手であるティアナさんが遠距離タイプとなるのだけど……ティアナさんはチーム戦における「遠距離」という範囲を遥かに超えて「狙撃」の域だし、『変身』の力で近距離でも充分なパワーを出せる。となると遠距離担当と言えるのは曲芸剣術で剣を飛ばすロイドくん、熱線を放つアンジュ、それに離れた場所に氷を出現させるローゼルさんも加わりそうだね。しかしアンジュとローゼルさんは徒手空拳と槍術だから近距離も行けるし、ロイドくんも……いや、曲芸剣術の場合は中、遠距離と言うべきかな……そしてリリーさんには距離が関係なくて……」
 オレたちをそれぞれのタイプに当てはめようとしたらややこしくて難しい顔になってしまったフェンネルさん。 
「槍術……うむ、そうだな……わたしは……」
「? どうしたのローゼルさん。」
「いや……ロイドくんの愛によって愛の氷を出せるようになってから氷による攻撃や支援ばかりで、最近トリアイナをきちんと槍として使っていないような気がしてな。」
「そ、そういえばそうですね……」
「これではリシアンサスの槍術がもったいないからな……どうにか……ふむ……」
 フェンネルさん同様に難しい顔になるローゼルさん。
 槍術……オレも今、曲芸剣術以外の剣術を一つ練習している。交流祭で指摘された曲芸剣術の弱点――近距離戦になると手にした回転剣で自分自身を斬らないように動くせいで動きが読まれやすいという点を克服する為、接近された時に使える曲芸剣術以外の剣術をカペラ女学園の生徒会長、プリムラ・ポリアンサさんから教えてもらった……というか指南書をもらった。
 曲芸剣術はそうとは知らずに身についたモノだし、そもそも回転させているだけといえばそれだけで……実のところちゃんとした剣術というのは初めて学ぶわけで、指南書とにらめっこする日々だったりする。
 んまぁ、ワルプルガでの敵は魔法生物だから対人戦みたいな接近戦にはなりにくいだろうけど……機会があれば実践してみよう。



「おいおいおい、お前を呼んだ覚えはないぞ。」
「わたくしだってあんたにヘルプ頼んだ覚えはないわよ。何してるのよ、インヘラー。」
 火の国ヴァルカノの観光地である地下のマグマを覗ける場所にて、ある意味非常に様になる男女がマグマを眺めて立っていた。
「こっちはこれだ。」
 男の方はマフィアのボスのような格好をしているのに棒付き飴をなめていて、言いながら上着のポケットからオレンジ色にぼんやりと光る石を取り出す。
「煌天石? ああ、それじゃあわたくしとは反対側ね。しかもこっちは内々の暗躍だもの、バッティングじゃなくて良かったわ。」
 男――インヘラーが見せた石を見てニコリとほほ笑んだのは、首元にサングラスを引っかけたボーダーのシャツにチェスターコートを羽織り、ロングスカートにハイカットのスニーカーを組み合わせて女優のようなつば広の帽子をかぶった女。颯爽と街を歩くおしゃれな女性風だが、その手にはシンプルながらも所々に宝石の散りばめられたキセルがあり、香水とは種類の違う甘い匂いのする煙を漂わせていた。
「お金で王座が買える国のメインイベントですもの、わたくしたちみたいな裏の人間が顔を合わせる事もあるわよね。」
「……ちなみにだがバロキサもいる。」
「はぁ? なんで殺し屋がいるのよ。」
「仕事に支障をきたすかもしれない厄介な奴がいるんだ……『紅い蛇』の『ゴッドハンド』が。」
「ゴッ――最悪じゃないの! まだ殺人鬼系の奴の方がましじゃない!」
「だろう? だからバロキサだ。今までも『ゴッドハンド』には散々邪魔されたからな……探そうとすると見つからないあの女をここで消すことができれば今後が楽になる。」
「賛成ね。何なら代金、半分持つわよ?」
「? 随分と気前がいいな。」
「そういう気分にもなるわよ。ここの連中ときたら――」
 方向性は違えどバシッと決めた男女の組み合わせに視線が集まる中、インヘラーにのみ見える女の顔が凶悪に歪む。

「頭空っぽのくせに口から札束だけは大量に吐き出す阿呆共なんだもの。」

 それが面白くてたまらないという表情を見せる女の顔を数秒眺め、インヘラーはハットをなおしながらため息をつく。
「……ブサイクな顔になってるぞ、リレンザ。」
「あら失礼ね。阿呆連中の思考を猿以下にするこの美貌を前に。」
「それはそれは。ま、羽振りがいいのは何より。相手が相手だから勝率は五分かそれ以下だろうが、バロキサに期待するとしよう。金については結果が出たその時に。」
「いいわ。それじゃ、お互い稼ぎましょ。」
 女――リレンザのその言葉を最後に二人は別れ、それぞれの仕事の準備に取り掛かる。

 かくして、関係者か部外者か、誰かの思惑の上に乗っかった裏の住人や、違う目的でたまたまやってきたS級犯罪者がこそこそと、もしくは堂々と動く中――翌日、火の国ヴァルカノの毎年恒例のイベント、ワルプルガが開催された。



『オホンオホン、雄に雌に紳士淑女の皆々様。天気予報によりますと今日明日は晴れだそうで、天もこの祭りを楽しみにしているようで、わたくしカーボンボ、このような青空の下で行われるワルプルガの司会を任せていただけたことに震えているわけで、いえ、実のところくじ引きではあったのですが引き当てた自らの幸運――いや、天からの導きに感動しているわけで、わたくしカーボンボ、今日この時こそがわが人生――わが犬生のハイライトの一つなのだと確信しておりますので、思えば今朝目覚めた時から――』
「……あの犬、どんだけしゃべるつもりなのかしら……」
「ふむ。こうして並んで聞いているとかの有名な「校長先生の長話」のように思えてくるな。」

 フェンネルさんから色々な事を教わり、そして迎えた今日、オレたちは火の国ヴァルカノの建国祭、ワルプルガ……の裏で行われているイベントの開会式に出席していた。
 今でこそ裏のイベントとして扱われているけど本来ワルプルガとはこっちを指すモノで、実際表で行われる建国祭のパレードの前に、王様や貴族と言った偉い人たちの全てがこの開会式に顔を出しているらしい。
 んで、こういうイベントなわけだから当然司会進行役の人が必要になるわけで、毎年人間側と魔法生物側との交代でそれを務めているのだとか。そして今年の担当は魔法生物側で……今まさに、その司会の恋愛マスターの独り言のような長々とした挨拶を聞いているのである。
 マイクの設置してある教壇のようなモノの後ろではなく上に立ってしゃべっているのは一匹の小さな犬。白い毛並みの中、ところどころから火をあげている……たぶん、種族で言ったらヘルハウンドという、言うなれば「燃えているオオカミ」なのだろうけど、オレが知っているヘルハウンドに比べるとかなり小さくてオオカミというよりはかわいい小型犬。しかも四足歩行のはずが後ろ脚で姿勢よく立っており、オーダーメイドなのかピッタリのスーツを着ている。
 ちなみにその犬――カーボンボさんの近くには人間側と魔法生物側、それぞれの代表が座っていて……うん、見るからにそれっぽい王冠をかぶっているから、あの人間側の代表の人がきっと王様だろう。
「アンジュ、あの王冠の人がこの国の?」
「そうだよー。今の王族の二代目だねー。」
 ……アンジュはさらりと言ったけど、「今の」というところがこの国の独特な状態を示しているんだろうなぁ……
「まーでも、セイリオスを卒業したらあたしがカンパニュラ家を王族にするから、そしたら当分はロイドが王様であたしがお姫様だねー。」
 これまたさらりと言うアンジュ……!
「残念ながらロイドくんはリシアンサス家の次期当主なのでヴァルカノの王族にはなれないのだが、それはそれとして魔法生物側の代表は昨日のリザードマンではないか?」
 ローゼルさんも……! で、でもローゼルさんの言う通り――い、いや、オレが次期当主という話ではなく! ま、魔法生物側の代表として座っているのはクロドラドさんなのだ。人間側が王様なら当然あっち側の……リーダー的な存在が座ると思うのだが、フェンネルさんの話だとクロドラドさんは三番目ということだし……
「ふふふ、あれは仕方がないのさ。クロドラドでもギリギリだけど、あっちのトップはあそこに座れないのさ。」
 一体どんな魔法生物なのだろうと、もはや誰もがカーボンボさんの演説をBGMとして聞き流している中で想像していると、ついに誰もが待ち望んだ一言が発せられた。

『――で、あるからして、ここにワルプルガの開催を宣言いたします。』

「ふふふ、ついてなかったね。カーボンボはあっち側で一番のおしゃべりだから。」
 立って聞いているだけなのにえらく体力を消耗したような気のするオレたちがぐったりとソファーに沈むのを見てフェンネルさんがふふふと笑う。
 ここはカンパニュラ家の席……というか部屋で、豪華なソファーや観葉植物、冷蔵庫なんかも完備されている、ホテルのちょっとしたスイートみたいなところだ。
 ワルプルガの会場は魔法生物たちのエリアに建てられた……スポーツを観戦するスタジアムのような場所だ。ただし観客席のようなモノはなく、巨大な一枚ガラスで真ん中の闘技場が見えるようになっているここのような部屋がスタジアムをぐるりと囲んでいる。
「しっかし豪華な部屋だな。魔法生物たちもこういう部屋なのか?」
「ふふふ、彼らの部屋は人間のとは全然違うよ。ガラスの向こうは岩場や草原になっていてね。一部屋ごとにそれぞれの種族が過ごしやすい環境が作られているんだよ。」
「そ、そんなすごい部屋が……三階席……って言うのかな、たくさんある……」
 ガラスの外を眺めるティアナの言う通り、なんとこのスタジアム、三階席ならぬ三階部屋まである。人間側の参加者がその性質上貴族やその関係者だからというのもあるのだろうけど、普通のスタジアムにしたら何万人入るのやらというスペースを贅沢に使ったすごい建造物だ。
 ……ちなみに外からの光がバッチリ入る日当たり抜群のこの部屋に入った瞬間、ストカは「うへぇ」と言って窓から離れた。
武器の回収の為にやってきて、突然いなくなると変に思われるという理由で残っているストカだが、フェンネルさんが深くは聞いてこないし、そのせいかカベルネさんも気にしないので、スピエルドルフに帰っても大丈夫だとは思うのだが……あんまり国外に出る機会がないからか、火の国を堪能したいらしい。
「……無理するなよ、ストカ。」
「へーきだ。でも……そうだな、夜になったら街でなんかうまいモノをおごれ。それで俺は元気になるぞ。」
「こんにゃろめ。」
「ふぅむ、巨大なガラスがこういう風に並ぶと壮観だが……ちなみに何部屋あるのだ?」
「確か百くらいあるよー。まー、一回で全部屋が埋まったことはないらしいけどねー。こっち側ってだいたい二十くらいしか部屋使わないしー。」
「む? つまり火の国の貴族は二十くらいしかないという事か? 随分少ないのだな。」
 ローゼルさんが驚いた顔になるが……そ、そうか、二十って少ないのか……
「なんてゆーか、血筋関係なしのお金の量で決まるからねー。資産が一定の額を超えないと貴族になれないから、逆に普通の国よりは少ないみたいだよー。」
「なるほど……しかしこのワルプルガに関して言えば、人間側には二十の勢力があるという事……カンパニュラ家の後ろ盾があったとしても、経験の浅い騎士の卵であるわたしたちが参加できる勝負は多くても二試合だろうか。」

 ワルプルガで行われる試合はトーナメントでも総当たり戦でもなくて、人間側と魔法生物側、それぞれが出した要望の数がそのまま試合の数になる。毎年それぞれが出す要望は二十から三十ほどらしいので、多くて六十試合という事になる。
 数だけ聞くと物凄いが、期間が二日だけなのでその全てが行われる事はまずないらしい。昔は双方の要望の……切望度? みたいのが高いから全ての試合が終わるまでワルプルガは続いたらしいのだけど、今となっては「通っても通らなくても構わない要望」しかないからそこまではしないのだとか。
 大抵、一日目は星の数が少ないモノから順番に試合を進めていき、逆に二日目は星が多い試合から行っていくらしい。つまり一日目はオレたちのようなひよっこや、昨日クロドラドさんが言っていた若い連中が経験を積むような……いわゆる交流がメイン。そして二日目は、人間側で言えば星を稼ぐ場であり、魔法生物側も本気のメンバーを出してくるガチバトルというわけだ。
 で、さっきローゼルさんが予想した多くて二試合というのは、全部で六十あっても最終的に行われるのは四十か三十だろうという予測の下、それを人間側の二十チームで均等に分けるわけではないという点から出た数字だ。
 フェンネルさん曰く、一日目は割と平和にどこの家のチームが試合に出るかは順番で決まったりするのだが、二日目はたくさんの星を得る機会という事で各家の代表がバチバチするらしい。
 試合に出て勝利すれば星を多くゲットし、もしも負ければ星ゼロという事以上に周りからの評価が下がる。そんなリターンとリスクのバランス、自分が出場させている騎士の強さ、魔法生物側が出してくる戦士の強さの見極め、そこに各家同士の確執やら利権やらが絡み、場合によっては一つの家が何試合も行い、逆に一試合も参加できない家が出たりするのだという。
 しかも、今年のチーム人数の上限が一気に五人に減った事もあり、今まで勝利を収めていた各家のチームもオレたちのように分断を余儀なくされ、一つの家に複数のチームという形が去年までよりも多いらしい。
 別に一家に一チームという制限はないらしいからそこに問題はないのだが、家の数が二十かそこらでも実際に参加しているチームは倍くらいある――というのが今年の状態だ。
 分断されたチームを各家がどう扱うのかはわからないが、たださえ均等に割り振られるわけではない試合に対してチームの数が増えたのだから、オレたちに出番がまわってくる可能性は低くなっているのだ。
 よってオレたちは一日目に一試合――これだけはカンパニュラの力で確実にするとアンジュのお父さんであるカベルネさんが言ってくれて、二日目はすごく運が良ければ――という感じで、つまりは「多くて二試合」になるのだ。
 ……それに……カベルネさんの言葉を信用してないわけではないが……万が一カベルネさんの交渉が失敗……とかしたら、最悪の場合今日の一試合すらできない可能性もあったりするわけで……

「ふふふ、どうかな。僕は今日だけで二、三試合できるのではないかと思っているのだけどね。」
「えぇ?」
 オレの不安をよそに、ローゼルさんの予想を超えた数を口にしてフェンネルさんはにやりと笑う。
「各家のチームが分断されてしまったという事は、それだけ一チームあたりの戦力が落ちているということだからね。いつもなら準備運動がてら一日目に一試合くらいはやるみんなも、今までよりも厳しい戦いになる明日に備えて温存しておきたい――と思うんじゃないかな。」
「温存……ですか。」
「ふふふ、星が少ない試合と言っても相手は魔法生物さ。どんな熟練の騎士でも朝飯前に片手でちょちょいのちょいとはいかないよ。それなりの疲労はあるし、致命傷は防ぐけどそれ以外は普通にケガするしね。明日……昨日やってきたクロドラドとかが出てくる星五つの試合ともなれば、複数人の上級騎士、下手をすれば一人の十二騎士を相手に戦うのと同レベルの難易度になるからね。」
「げ、十二騎士クラスかよ。そりゃあ温存しときてーかもな。」
「つまりこれからおれたちが挑む相手も、星の数が一だからと言って善戦できるとは限らず、苦戦も充分にありうるわけですね。」
「ふふふ、健闘を祈るよ。」
「やぁ、みなさん、戻りましたよ。」
 フェンネルさんに祈られたところで……てっきりあれは私服だからこういう場ではカッチリした服になるのだと思っていたけど変わらずに豪快でワイルドな服装のカベルネさんが部屋に戻って来た。
「今日の試合ですが、やはりフェンネルの読みが当たったようでして、二試合挑ませてもらえるようになりましたよ。」
 言ってるそばからフェンネルさんの予想通りに! くそ、ちょっと前に「最悪の場合」とか考えた自分が恥ずかしいぞ……こ、これは試合に勝利してきっちりとカンパニュラ家に星を入れなければ……!
「? にしては浮かない顔ですね。ちなみに当主様、星の数は?」
「それなのだが……どうも私たちの名が悪く影響したようだ。」
 そう言って今回行われる全試合のリストを広げ、今日オレたちが挑むことになる試合に丸をつけるカベルネさん。
 ……話は変わるが、オレたちに対しては敬語のカベルネさんがフェンネルさんには少しフランクになる。思う以上にカンパニュラ家とフェンネルさんのつながりは強いのかもしれな――ってえぇ!?
「星二つと――三つ……当主様、これは一体……」
「うむ……今年は騎士学校に通う娘にワルプルガを経験させてやりたいという事を話したのだが、カンパニュラ家の跡取りでありフェンネルの弟子であれば星一つの試合では物足りないだろうという話になってしまってな。フェンネルの読みで言うなら、明日の為に温存しておきたい彼らが最も挑みたくない試合――一番強くもないが一番弱くもない星二つ、三つの試合を押し付けられてしまったのだ。」
「それは……そうか、誤算でした。内実がどうあれ、傍から見れば例年勝利しているカンパニュラ家が今年は手を抜くという風に見えますからね。面倒事を押し付けられても強く言えません……」
「すまない、もう少し私が……」
「いえ、他の家との関係性も大事ですからね……つっぱねられないのが貴族というモノでしょう……というわけなのだが……みんなにはかなり厳しい戦いになりそうだよ。」
 星の数やここの魔法生物たちの強さを理解しきれていないオレにはフェンネルさんの表情からしかその深刻さを想像できないのだが……魔法生物戦の経験の浅いオレたちには相当大変な状況であるのはなんとなくわかる。
「……んまぁ、オレたちは――」
「別にいいわよ、相手の強さなんて。」
 何か言おうとしたオレの前にエリルがムスッとした顔で腕を組む。
「あたしたちは勝ちに来たんじゃなくて、経験しに来たんだもの。カンパニュラ家には悪いけど、勝っても負けてもそれは経験で、あたしたちは確実に強くなる。今までだって、首都に侵攻してきた魔法生物とかS級犯罪者とか反政府組織とか、いきなり来た強敵と戦って、色んな助けはあったけど何とかしてそれを強さに変えてきた。今日だってそうしてやるわよ。」
 エリルのその言葉に、オレは胸が熱くなった。そう、エリルはそういう人なのだ。強くなることに真っすぐで、障害なんて吹き飛ばして進んでいくのだ。だからその隣にいると自分まで引っ張られて行くようで――頼もしく、そして負けられない……!
「ふむ、相変わらず熱血主人公のようなエリルくんだが、確かにそうだな。規格外の怪物相手は慣れっこというモノだ。」
「強い人、との戦いは……いい経験って、先生も言ってたし……ね……」
「死ぬことのない条件で戦えるなら、まー強い相手の方がいいのかもね。」
「それにさー、負け前提じゃないもんねー。勝っちゃうかもよー、あたしたちー。」
「はん、負ける気なんざねーぜ! 勝っても負けても経験っつっても、やるなら勝たねーとな!」
「心持ちは当然、勝利一択だ。そうだろう団長。」
「……いや、カッコイイことはエリルに言われちゃったから団長形無しなんだけど……うん、大丈夫ですよ、フェンネルさん。みんな――オレたち頑張りますから。」
 オレたちの反応に……たぶん、会ってから一番の驚き顔を見せるフェンネルさん。
「ふふふ……ふふふ。いやいや、いいね。何故かな、実戦を知る者として、これが若さかと年寄りじみた嫌味が出そうなのに、不思議な期待があるよ。箱を開けたら驚かされる事になりそうな、そんな予感が……ふふふ、いよいよピッタリの名前だね、『ビックリ箱騎士団』。当主様、これは今年もしっかりと星を得られそうですよ。」
「そのようだな。いや失礼、アンジュの言う通り負けを前提に話をしてしまっていたようです。星の数がなんだと言うのでしょう、我が娘とその婿率いる騎士団が負けるはずはありませんね。」
「ムコッ!?」
 さらりとオレをアンジュの――あ、あれとして扱うカンパニュラ家の人々……!
「んふふー、これは期待に応えないとだねー、ロイドー。」
「ひゃいっ!」
「……こっち来てから何回も言ったけどこいつはあたしの――」

『盛り上がっているな!』

 カベルネさんやロゼさんがダ、ダンナサマ話をする度にツッコミを入れるエリルが今もまた入れようとした瞬間、部屋がヌッと一段階暗くなった。その原因が窓の外に立つ者の影だと気づいて外を見たオレたちは……その迫力に息を飲んだ。

『それがフェンネルの弟子共か! 強そうには見えねぇが、しかしんなこと言ったらフェンネルだってただの裸野郎だしな! バッハッハ!』

 それは猿――いや、ゴリラか。よくパムがフィリウスをそう呼ぶけど、あのフィリウスが小さな小猿に見えるだろうその巨体は五、六メートルあるだろうか。窓ガラスに全身がおさまっていないから正確な大きさはよくわからない……が、とにかく大きなゴリラだ。
 赤色と茶色の体毛は揺らめく炎のような模様を描き、両肘と額からこれまたエリルのように炎が噴き出しているのだが……それよりも目が行くのは巨大な体躯を覆う筋肉だ。
 ムキムキマッチョとかいう言葉では表現が足りないボディビルダーみたいな――美しさも兼ね備えた一つ一つの隆起は岩のようで、人間なんてデコピン一発で粉々に消し飛ばせるのではないだろうか――と思えるほどだ。
「なんだガガスチム、試合前に部屋に来るなんて珍しいな。」
『クロドラドから聞いたお前の弟子の話が気になってな。強そうならわしが相手をしようかと思って偵察に来たわけだ!』
「こんな目立つ偵察があるか……ああみんな、彼が魔法生物たちのリーダー、ガガスチムさ。」
 リーダー……ああ、これは確かに王様の横に並んで座るには大きすぎる……
『おいおい冷たいな、窓越しに紹介なんて。』
「今この窓ガラスを開けたらお前のそれが入ってくるだろう。前途有望な若者にそんなもの吸わせられないさ。」
『発明したのはお前らだろう。わしはこれを作った奴を天才だと思うがな! 口から火も吹けないくせに煙を楽しむ道具とは粋なモノを作りおったわ!』
 そう言って口からボハァと大量の煙を出したゴリラ――ガガスチムさんがくわえているのはタバコ……いや、葉巻だ。人間の口にはおさまらないビッグサイズのそれをふかし、ニカッという満面の笑みで鼻から口から煙を出している。
 ……というかこの大きな窓、開くのか……
『しかしなるほどな! さすがはお前の弟子というか、面白い顔がいるじゃないか!』
 そう言ってガガスチムさんが手にした葉巻で指したのは……太陽の光を避けるように部屋の隅っこにいたストカだった。
ストカについて、深く聞きはせずとも気にならないわけはないフェンネルさんはガガスチムさんの言葉にふと真剣な顔になる。
「何か知っているのか、ガガスチム。」
『そりゃあこうして知能を得たからには当然――んん? その前になんだその反応は……』
 フェンネルさんとストカを交互に眺めたガガスチムさんは、アゴに手を当ててうなる。
『ははぁ、つまりそいつはお前の弟子――の知り合いとしてやって来たって感じなんだな? 要するにお前は詳しく知らないと。あー、となると悪いがわしの口からは何も言えなくなるんだな、これが。』
「なんだそれは。」
『別にそこの女を知っているわけじゃなく、そういう連中が昔わしらを訪ねた事があるのだ。色々な事を話したが、存在も含めて他言は無用だと釘を刺されてな。』
「……釘は抜けているようだが。」
『お前に説明する為だ。とにかくもう何も言えんが――そいつがいるというのはただ事じゃあないからな。お前の弟子共にも興味がわくというモノだ。さて、どうするか。』
「どうするもなにも、お前はいつも星五つの試合に出ているだろう?」
『おいおい、誰が一人一戦だと決めた。』
 ニヤリと笑うガガスチムさん……!
『そもそも星の数は目安であってイコール相手の強さとは限らんからな! バッハッハ、まー楽しみにしておけ!』
 笑い声と一緒に火事かと思うくらいの煙を口からはいたガガスチムさんはズシンズシンと去って行った。
「むう、相手が誰であろうとと先ほど意気込んだばかりだが、あんなエリルくんみたいなファイヤーゴリラが相手ではなぁ。」
「あんなのと一緒にすんじゃないわよ!」


『オホンオホン、かなり前から全試合を行えずに終わる事が当たり前にようになっているワルプルガですが、司会を任されたからには全試合終了を目指してみたいところで、早速ですが初めて行きましょう。今年の双方の要望の合計、即ち試合数は五十と四。例年通り星の数で順番を整えましたので、星一つの第一試合から星五つの第五十四試合まで、一日目である今日は順番通りの第一試合から参りましょう。』
 星二つと星三つの試合に参加することになったオレたちはしばらく待ちで、他の貴族の家が呼びよせた精鋭たちと魔法生物との……侵攻や討伐ではない、勝負を観戦した。
 フィリウスと旅をしている時にも色々な騎士団を見てはいるのだが、騎士を目指している者として見たことはないわけで、現役の、特に軍などには属していないフリーの騎士団というのは興味深かった。
 軍のような、そこに所属している人の顔と名前を全て把握している人なんてまずいないだろう大きな組織とは違い、人と人との相性や友情でガッチリ繋がった人たちがチームを組んだ騎士団は、だからなのかそれぞれに色を持っている。
 例えばある騎士団は全員が銃の使い手で、オレたちのように誰かがアタッカーとして敵に突っ込んでいったりはせずに相手の間合いの外から全員が撃ちまくっていた。
 かと思えばある騎士団は全員がゴリゴリの近接パワータイプで、相手の魔法生物が撃ち出す炎を殴って消しながら突き進んで行った。
 勿論見た目にはバラバラだけどパズルのようにピッタリとはまるコンビネーションを見せる騎士団もあって、われら『ビックリ箱騎士団』にとって参考になる動きもたくさんあった。
 そして、そんな色んな騎士団を眺めていて思ったのはバトルスタイルについてだけではなくて……
「ふむ、どの騎士団も同じデザインの服や共通のシンボルの入った小物やらで統一感があるな。」
「なんとなく服の色を同じにしてたりねー。」
「志を等しくする者たちがその結束を示すモノ――うむ、正義の騎士はそうでなくては。ロイド、おれたちも何か作らないか?」
「そうだなぁ……」
 一応セイリオスの授業の一環として来ているので今のオレたちは制服という共通の衣装だ。ただこれは「セイリオス学院の生徒」という事を示しているモノだし、学院に戻ったら他のみんなと差は無い。運動系の部活のようにユニフォームとまでは行かずとも、『ビックリ箱騎士団』としてのワンポイントはあるといいかもしれない。
「統一感といやぁ……いや、統率か? なんか騎士に比べてあっちは動きがバラバラだな。魔法生物って野生のオオカミみてーにまとまってんのかと思ってたんだが。」
 部屋の構造的に、椅子に座った状態でも窓の外――つまり試合の様子はしっかり見えるのだが、カラードといっしょに窓にへばりついて立ち見しているアレクが少し残念そうに呟いた。
 アレクの感想はオレも抱いていて、フィリウスと一緒に何度か経験した魔法生物の侵攻の時に見た彼らの動きはもっと統率が取れていた。
 んまぁ、あっちの上限は一チーム三体だから統率なんて関係ない数なのかもしれないが、それでもなんだか……同種族だけで構成されたチームですらうまくかみ合っていないように見える。
「ふふふ、今年は少し極端なのかもしれないね。」
「? どーゆーことだ?」
「ほら、人間側の上限が十人から五人に減っただろう? さっきも少し言ったけれど、それはつまりこちらのチームの戦力ダウンを意味していて、言い方を変えれば手ごろな相手になったということなのさ。クロドラドが言っていたみたいに若者に経験を積ませようと思うのなら、星一つの試合にはそういう戦闘経験の少ないメンバーを積極的に出すことになる。対してこちらは、人数が減ったとしてもそれぞれの家が招集した腕利きの騎士ばかり。チームとしての動きは勿論、根本的な戦闘能力にもあちらとは差が生じてしまうのさ。」
 事実、今まで行われた星一つの試合は人間側が全勝していたりする。
「残念ながら――と言っていいのか、人間との共生というこの国の状況がちょっとした悪影響を……人間にとっては良いことなのだけど彼らにとっては微妙に欠点になってしまっているのさ。」
「欠点? 火の魔力で強くなってんのが欠点なのか?」
「ふふふ、その代わりに――という感じかな。野生に生きる魔法生物たちは他の魔法生物らとの縄張り争いや人間との侵攻戦などで戦闘経験を積み、騎士が大勢で挑まなければならないような存在へと成長していく。だけどこのヴィルード火山にはそういうのがないのさ。」
 大きな窓の向こうで行われている試合を眺めながら、フェンネルさんが困ったような顔で説明を続ける。
「クロドラドやガガスチムが種族を超えて魔法生物たちの統率を取るから縄張り争い的なモノはないだろうし、当然人間と命のやり取りをする機会なんてない。火の魔力に満ちたこの環境は魔法生物たちを生物的に強い個体へと進化させるけれど、代わりに自然の中の競争――弱肉強食の世界から遠ざけてしまっている。だから若者を育てるというのはヴィルード火山に生きる魔法生物たちの大きな課題の一つなのさ。」
「あー、なんとなくわかったが……それじゃああっち側には強い奴がいないって事にならないか?」
「ふふふ、育てるのが「大変」というだけで「できない」わけじゃないよ。毎年のワルプルガやそれに備えての日々の鍛錬。弱肉強食の自然界で生きるモノらと比べたら成長の速度は遅いが、年月を積んだ彼らはそんなモノらを軽く追い越した猛者になる。ふふふ、ちょうど今からそれが見られるかもしれないね。」
 フェンネルさんがそう言うと、司会のカーボンボさんが『オホンオホン』と喋り出した。

『例年に比べますと星一つの試合が割合少なかったので、ここから星二つの試合となります。まずはこちらの試合からですので、参加者は前へ。』

 星が変わったからといってスタジアムがどうこうなるわけでもなく、これまで通りに真ん中の闘技場となっているエリアの左右にある出入り口から双方のチームが入場してきたのだが……
「ほう、明らかに今までとは違うようだぞ、アレク。」
「ああ、雰囲気がちげーな。」
 二人の言う通り、魔法生物側に現れたチームは見るからに……なんというか戦い慣れしているような落ち着きが感じられた。
「ふふふ、あれはレッドゴブリンのチームだね。毎年出てきているチームで、参加する試合は星二つか三つ。一回だけ四つの試合にも出てきたかな。」
「えぇ!? じゃ、じゃあ星二つの試合に出るにしては強めの相手ってことですか……?」
「ふふふ、ガガスチムも言っていたけど星はあくまで目安だからね。おおかた星一つの試合で全敗したあっちの若者たちに一発、本物を見せつつ勢いをあっち側に持ってこようとしているのだろうさ。」
 ゴブリンというと大人になっても人間の子供くらいの背丈の魔法生物で、人間が大昔に使っていたようなこん棒や石器を使ったりする種族だ。生息地によって体色が異なり、その色がそのまま……人間で言うところの得意な系統を示している。んまぁ、別にそれしか使えないわけじゃないし、人間よりも自在に他の系統を使うわけだけど、戦闘時のメインはその系統になることが多い。
 でもってレッドゴブリンはそのまま第四系統の火の魔法を使う種族で、火の玉を撃ったり手にした武器に炎をまとったりする……のだが……
「むう……気のせいか、あのゴブリンたちの武器は普通に武器屋で売っているような一品ではないか?」
「それに鎧着てる奴もいるね。あれはそこそこの値段するいい装備だよ?」
 フェンネルさんの言った通りというか、登場した三体のレッドゴブリンは雰囲気もそうだけど出で立ちからして格が違う。
 手にした武器は剣や弓で、急所を守る防具も装備済み。しかも武器がまとっているのは単純な炎ではなく高温の熱線。光る剣のようになっているそれは相手の武器を溶かしながら斬り進むことを可能にしているに違いない。
「ふふふ、人間よりも強い肉体を持ち、人間が持っていない魔法器官を持つ彼らが高度な体術と魔術を会得した姿があれさ。噂に聞く魔人族というのはああいう感じなのかもしれな――」
 そこまで言ってふと言葉を止めたフェンネルさんは、少し驚いた顔で――ストカのことをチラリと見て……何やら納得したような顔で窓の外に視線を戻した。
「――とにかく、ここからがヴィルード火山の魔法生物たちの本領発揮さ。」
「ん? ゴブリンチームもすごいがこの試合のこちらのチームも独特だな。」
「うお、女ばっかじゃねーか。」
 人間側の出入り口から現れたのは五人全員が女性のチーム。男性だけや男女混合は今まであったけど女性のみなのはここが初めてだ。
「ふふふ、あれはバサルト家のおかかえ騎士団さ。火の国の貴族の序列では下の方なのだけど、あの家は……血筋なのかそういう教育でもしているのか、代々好色家の家系でね。騎士団はご覧の通り女性だけで構成し、家の中は美人のメイドさんだらけで……同じくそういうのが好きな他の家の当主や跡取りに取り入る事で貴族の地位を維持している家さ。」
「なにそれ、まんまゲスじゃないのよ。」
 三割増しのムスり顔でバッサリ言い切るエリルにフェンネルさんは驚き、そして笑う。
「ふふふ、ふふ! ああ、僕も好かないよ。なにせ奥様やアンジュに「いくらならいい?」と聞いてきた事のある家だからね。僕かアンジュがカンパニュラを王族にしたら真っ先に潰そうと思っているよ。」
「えぇ!? アンジュにそんなことが……」
「ふふふ、そんな嫌な話も含めてアンジュには求婚の話も多いから、ロイドくんにはしっかりと守って欲しいところなのさ。」
「それはもちろんですけど……」
「……ロイドくん、今のはおそらくカンパニュラ家の次期当主として守って欲しいという意味合いだぞ。」
「えぇ!?」
「てゆーかおかーさんにも言ってきたんだー。どうなったのー?」
「言ってきた男を当主様が殴り飛ばした。」
「さすがおとーさん。ロイドもお願いねー。」
「はひ……」
 お願いされるまでもなく、ではあるのだが意味合いが……はぅ……
「しかし揃えた女性騎士は容姿だけの選定ではなさそうだな。あれは相当強いぞ。」
 それぞれに武器を構えた五人の女性騎士を真剣な顔で見るカラード。確かにゴブリンたちと同様に歴戦の猛者の風格が出ている。中にはセルヴィアさんのように……その、目のやり場に困る格好の人もいるのだが、あらわになっている素肌にはバキバキの腹筋などが浮いていて、引き締まったシルエットはとてもカッコイイ。
「む! ロイドくんがいやらしい目に――」
「なってませんから!」



 女だけの騎士団とゴブリンたちの試合は今までの戦いとは全然違った。ゴブリンが人型だから余計になのかもだけど、普通に腕利きの騎士同士の勝負にしか見えなくて、ハイレベルな体術と高等魔法、それらを組み合わせた抜群のコンビネーションのオンパレード。見てるだけで色々と勉強になる接戦の末、試合はゴブリンチームの勝利で終わった。
「星が一個増えただけでレベル上がりすぎだろ。あの女騎士チームかなり強かったのにゴブリンたちが勝っちまったじゃねーか。」
「魔法生物と人間の根本的な身体能力の差を見せつけられたような感じだな。あのゴブリンたち、身体は小さくともパワーはアレク並だったのではないか?」
 カラードの言う通りっていうか……今の試合の勝因敗因を考えるなら、答えはたぶんそれ。見た感じ強化魔法も使ってないのに武器の打ち合いとかになると騎士団側はあっさり力負けしてたし、防御しても衝撃を受けきれてないみたいだった。たぶんあれは女だからとかそういうレベルの話じゃないわね。
「ふふふ、シルエットが似ていても身体の構造が全然違うからね。人間基準で力量を測ると痛い目にあってしまうよ。」
「そこに知能も加わるんですからやばいですよね……ちなみにオレたちの出番は……」
「そろそろだね。一応作戦会議の時間って事で、相手チームの情報が開始十分前に伝えられるから、誰が出るかはその時に決めようか。」
「? あれ、でもそれじゃああっち側にはオレたちの誰が出るかっていう情報が……」
「ふふふ、伝えられるのはチームのメンバーであって試合に出るメンバーではないのさ。今までで言えば、大抵の家が十人前後の騎士団を一チームとして出場させていたわけだけど、全試合全員参戦というのはあんまりしないよ。あるとすれば星五つの試合くらいさ。」
「あ、なるほど……あっちに伝わるのはオレたち八人の情報だけで実際に誰が出るかは始まらないとわからないわけですか。ちなみに情報ってどういう感じの……」
「双方に共通するのは名前とワルプルガの出場回数で、そこに魔法生物側は種族が、人間側は得意な系統についての情報が加わる事になるね。」
「ふむ、つまりわたしたちが初出場という事はわかってもまだ学生という事はわからないわけか。」
「ふふふ、初参加の者はとりあえず警戒されて実力的に中堅の相手が出てくることが多いけれど……みんなの事はガガスチムとクロドラドが知っているからね。学生に相応の相手を出してくるか、ガガスチム本人が笑いながら出てくるか、逆に予想ができない――おっと、来たようだよ。」
 ノックが鳴って係りの人っぽいのが手紙みたいのをフェンネルに渡す。対戦するチームが書いてあるんだろうそれを見たフェンネルは……なんか面食らった顔になった。
「これは……いや、ガガスチムじゃあるまいし……」
「どうしたんですか?」
「相手のチームなんだけど……いわゆるトカゲタイプのチームなのさ。」
「トカゲ……も、もしかしてそのチームのリーダーはクロドラドさん……ですか?」
「その通りさ。大体は星三つか四つの試合に出て、クロドラドが星五つの試合に参加っていう感じだったんだけどね……何か思うところでもあるのか、単にチームに加わった新入りを鍛えたいのか……さすがにクロドラド本人は出てこないだろうけど強者ぞろいのチームさ。さて、こちらはどうしようかね。」


 致命傷を防いでくれる身代わり水晶に触れて自分の像を作ると、また係りの人っぽいのが来てそれを闘技場の両サイドにある専用の置き場に設置した。
「ふぅむ、自分の像をこうして遠目に眺めるというのは変な気分だな。銅像になるような英雄はこんな心持ちなのか。」
「こうして見ると身長の差がよくわかるぜ。やっぱ女子は小せえなぁ。」
「……あんたが特別デカイだけよ。」
「ロイくんと……ロイくんとが……あぁ、ロイくん……」
 闘技場の真ん中に並び立ったのは四人。あたしとローゼルとアレキサンダーと……絶望的な表情になってるリリー。なんでこのメンツなのかっていうと――

「火と水はわかりやすい真逆だからね。チームとして動くとどんな風になるのか、そしてできればそんな二系統の上手な合わせ方を欠片でもつかんで欲しいね。それと、ルームメイトというのは細かい癖や趣向を知っている分コンビネーションが高い間柄になっているモノだからね。今回はあえて分断して挑んでみようじゃないか。」

 てことであたしとロイド、ローゼルとティアナ、カラードとアレキサンダーが分かれて……いつもロイドにべったりのリリーをロイドから離した結果、こんなチームになった。強化コンビはどっちでもよかったんだろうけど、フェンネルがロイドとカラードの組み合わせを見てみたいとかなんとか言って……筋肉の方がこっちに来た。
「近距離パワータイプのエリルくんとアレキサンダーくん、魔法による支援が可能なわたしとリリーくん。組み合わせとしては悪くないと思うが……リリーくん、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ……あの丸出し男、殺してやる……」
 丸出し……ああ、フェンネルのことね。そういえばそうなのに見慣れてきちゃったっていうか――べ、別にソレを見たわけじゃないわよ!
「ふむ。別のチームというのは確かに残念だが……考えようによっては試合中、ロイドくんはわたしの事をじっと見つめることになるわけで、いいところを見せてさらに惚れさせるチャンスだ。わたしは十二分に活かしてみせるぞ。」
「! そんなの、ボクの方が活躍するに決まってるんだからロイくんはボクしか見ないもんね!」
 ……落ち込んだリリーをヤル気にさせる為に言ったのか、本当にそう考えてニンマリしてるのか……いえ、ローゼルの場合は本気でそう思ってるに違いないわ……
「かー、わくわくしてきたぜ! あのクロドラドってのは出てこねぇのか!」
「むぅ、パッと見た感じではファイヤーゴリラのようなお祭りテンションでノリノリにそういう事をするタイプではなさそうだったからなぁ……」
「……まぁ、すぐにわかるわよ。」
 そう言いながらあたしは魔法生物側の出入り口を見る。暗いトンネルみたいなその通路の奥に炎が揺らめいたからだ。

『ガルルルルアッ!』

 まず登場したのは……たぶんクロドラドと同じリザードマン。個体差なのか細かい種族が違うのかわかんないけど身長は人間サイズ。さっきのゴブリンみたいな武器は持ってないけど両手両足に鋭い爪が光ってる。
 ゴブリンであれだったからこんないかにも戦闘向きな身体をしてる奴が体術とか使ったらどうなんのかしらね……

『ああん? なんだ、まだ子供じゃないか。フェンネルの隠し子だからって気合いを入れ過ぎたか?』

 次に顔を出したのは……なんていうか、トカゲをぺしゃんこに潰したような平べったい生き物で、カエルみたいな大きな口の中にギザギザの歯が並んでて、背中からキャンプファイヤーみたいな火柱がたってる。
 普通にしゃべってるから、あれは知能を持った奴なのね。

『……あの子供はいないのか……』

 最後に登場したのは――ってあれ、クロドラドじゃないの! 何が本人は出てこないよあの丸出し!

『オホンオホン、これはなかなか珍しい光景で、我らの頭脳ことクロドラド様が星二つの試合に参加ということで、わたくしカーボンボ、今年のワルプルガにいつもとは違う空気を感じ始めております。』

 これまでの試合、実況に慣れてないっていうか、余計な事ばっかりしゃべって実況になってないカーボンボの呟きが入る中、トカゲたちの身代わり水晶があたしたちとは反対側に設置され……は?
「……なんか遠近感が変なんだけど、あたしだけかしら……」
「いやエリルくん、わたしも感じている。あのリザードマンの身長は二、三メートルくらいだったから水晶の像もそれくらいになるはずだが……どう見てもさっきのファイヤーゴリラ並――五、六メートルはあるぞ。」
 確か生命力が強いと等身大じゃなくなるとか言ってたわね……つまりクロドラドは頭の良さだけで三番目になってるわけじゃないってことね。
『この程度で驚いてはガガスチムの像を見た時に腰が抜けるぞ。』
 ……どこに耳があんのかよくわかんないけど、あたしたちの会話が聞こえたらしいクロドラドが腰に手をあてながら鼻で笑う。
 昨日羽織ってたローブがなくて……つまりは素っ裸なんだろうけど魔法生物相手にそんなこと言ったってしょうがないし、そんなことよりも気になるのは背中にしょってるバカでかい剣。職人がヘタクソだったのかそういうデザインなのか、栓抜きとか缶切りみたいに所々が変に曲がって変に歪んでる剣で……禍々しいっていう言葉がしっくりくるわ。
「今司会の奴も言ってたがよ、あんたはもっと星の多い試合に出るもんじゃないのか?」
 トカゲ軍団の迫力を気にもせず、アレキサンダーが質問する。
『星の数云々よりも私たちの宿敵と言えるフェンネルの弟子に興味があった。本来なら私が率いるチームの若い者を出す予定だったが、相手がそうとわかったので私が出てきた。』
「? 宿敵って言うなら一番強い王族のとこのチームがそれなんじゃねーのか?」
『チーム戦ゆえにそうなってしまっているだけで、単騎勝負であれば人間側最強の戦士はフェンネルであると、こちらは認識している。』
 チーム戦ゆえ……フェンネルのチームのフェンネル以外がそうでもないのか、王族のチームが一人一人は弱いけどコンビネーションでビックリするくらい強くなってるのか……どっちにしてもフェンネルって思ってる以上に魔法生物側で評価されてるみたいね。
『そんな男が弟子を出すというのだ。第二、第三のフェンネルとしてこの先のワルプルガに出場していくならばチェックは必要だろう。』
「なるほどな。ま、俺としちゃあそっちの精鋭とやれるのは嬉しい限りだぜ。」
『威勢のいい人間だ。まぁ、騎士を目指しているというのなら、最大の敵である私たち――そちらが言うところの魔法生物を前におののいていては話にならないが。』
「あー、そういやそれ、俺らはあんたらを倒すことを仕事にしてる騎士ってのになろうとしてるわけだが、どうなんだその辺?」
 あっさりと、気になってたけど聞けない事を口にするアレキサンダー。もしかしてこいつ、度胸があるとかそういうんじゃなくて単に……ロイドみたいに抜けてるだけなんじゃないかしら。
『こうして相対して何か思うところがあるかと? 特にないな。縄張り争いやら権力争いやら、理由は様々にしろ、私たちも人間も同種で殺し合いをする生き物だろう? 他種への攻撃手段の是非なんぞ、問答するのも今更だ。』
「そういうもんか。」
『逆に尋ねるが騎士の卵よ。狩る対象である生き物が自身らと同じ言語を口にするという事に抵抗を覚えないのか?』
「別にねぇな。あんたが今言ったみてーに同じ言葉を話す同種でも悪党なら倒すんだからな。どっちだろうと悪なら狩るだけだぜ。」
『くくく、悪ときたか。それは体制にそぐわない者の呼称、要するに気に食わないモノを指す言葉だ。色々と理由をつけたがる人間の、久しく顔を出さない理不尽な野生がそこにあるのかもしれないな。』
「野生? あー、難しいことはわかんねーけど、正義と悪は信念の話だと俺は聞いてるぜ。」
『ほう。』
 昨日も含めて、ここに来て初めて面白そうな顔――だと思う顔になったクロドラドがギラリと歯を見せる。たぶんニヤリって笑った。
『騎士を名乗る者は正義と悪について話すと色々と語り出すのだがな。こうもあっさりと、だが曲がらない確信を持っている反応は珍しい。くくく、いいだろう。経験を積むために参戦という話だからな、少し協力するとしよう。』
 そう言ってクロドラドが他の二体に目配せすると、クロドラドと潰れたトカゲが後ろにさがって人間サイズのリザードマンが残った。
『存分に経験するといい。人間の言う、魔法生物の力を。』



「本当に素晴らしいですね。『どこでもスーパーハッカーハットボーイ』を『どこでもハイパーハッカーハットボーイ』にしましょう。」
「長いし言いづらいですよ……」
 ワルプルガにて燃えるお姫様がトカゲ軍団と対峙している頃、火の国の端にある、とは言ってもさびれているわけではなく充分に賑わっている街、そこにあるとあるカジノにディーラー服の女と奇怪な帽子をかぶった青年はいた。
 国によっては賭博が禁止されていたりもするが火の国では特にそうはなっていない為、大きな街ならカジノの一つ二つはどこかにあり、その場所を奇怪な帽子をかぶった青年が調べ、ディーラー服の女を案内したのだった。
「で、でもなんでこんな……できるだけ首都から離れた場所がいいだなんて言ったんですか……?」
「お祭りの影響で警備が厳重ですからね。ヴィルード火山にたまった火の魔力が消費されてあの『バッドタイミング火山男』がいなくなるのを待つのならできるだけ離れた方が安心というモノでしょう。さぁ、次は三十番ですよ。」
 勘違いされそうだが、ディーラー服の女はディーラーではなく、賭けを楽しむ客として席に座っており、今はルーレットを前に一喜一憂している。
 それを後ろで眺めている奇怪な帽子をかぶった青年はやれやれとため息をつきながら、ふと目の前の凶悪犯罪者について少し考える。無理矢理連れまわされている身ではあるが、それなりの時間を彼女と過ごした事で理解してきた、その人となりを。
 服装からも想像できるように彼女は賭け事が好きなのだが、実のところ決して強いわけではない。色々なゲームのやり方を知ってはいるが、その道のプロがするような勝率を上げるテクニックなどは使わないし、イカサマもしない。完全な運任せでゲームを楽しんでいるのだ。
 ただし、その「楽しんでいる」という言葉は彼女にとってかなりの重みがあるらしく、それを阻害する行為――イカサマしかり、外野からの横槍や妨害を決して許さない。
 イカサマを見抜く目を持っているという事は、おそらくその気になれば勝つためのテクニックなども使えるのであろうところをあえて運任せにして楽しみをアップさせている。そんな彼女の楽しみを汚した者は、奇怪な帽子をかぶった青年が見てきた限り、全員が凄惨な死を遂げている。
「あぁ、惜しいですね。ふふ、そろそろ別のゲームにしましょうか。」
 初めに比べれば増えてはいるが儲けたと言えるほどの額ではないチップを手にウキウキと店内を歩くディーラー服の女。
邪魔した者への制裁を除けばただのギャンブル好き。カジノでウキウキしているだけなら彼女は普通の人なのだが、奇怪な帽子をかぶった青年は二度ほど見た彼女の――S級犯罪者の所以を思い出してゾッとする。
 もしかするとS級犯罪者というのは、一般の人も持っている些細な趣味をとことんまで突き詰めた結果、気づいたら凶悪犯罪者にされていた――ような者を指す言葉なのではないかと、奇怪な帽子をかぶった青年はそんな事を考えながらディーラー服の女について行こうとした瞬間――

「――!?」

 突然ガクリと膝をついた。急に力の入らなくなった脚に驚いていると、周囲の客も同様にしゃがみこみ、また倒れていった。
「これは――っ、毒ですか!」
 ツァラトゥストラによって強化された神経系を通して身体の状態を瞬時に把握するも、それを除去する術をもたない為に結局どうしようもないまま意識が遠のいていったところで、急に視界がクリアになり、奇怪な帽子をかぶった青年は力の入るようになった脚で何事もなく立ち上がった。
「あ、あれ、どうして急に……」
「大丈夫ですか『ハットボーイ』。」
「あ、はい、毒を受けたみたいなんですけどいきなり回復して……あ、もしかしてぼくに治療の魔法か何かを――」
 ディーラー服の女が自分を助けてくれたのかと思ってその顔を見た奇怪な帽子をかぶった青年は息を飲んだ。
「いけませんねぇ……これはいけません。」
 基本的には母親のような優しい笑顔の彼女だが、そこにはゲームを邪魔した者を皆殺しにする時の虚無的な顔があった。

「あーあー、自信なくしちゃうよいってな。」

 立つ者がディーラー服の女と奇怪な帽子をかぶった青年だけの店内を覗くように、入り口の扉を大きく開けて一人の男が立っていた。
「でも天下のS級犯罪者が解毒――治癒魔法を使うってのは字面がダサい気がしねいかい?」
 坊主頭に黒いマスクの二メートルはありそうな長身のその男は、そう言いながら二人をアゴで外に促す。
「……」
 ゾッとする顔のまま、マスクの男に従って外に出るディーラー服の女。慌ててそれについて行った奇怪な帽子をかぶった青年は、店の外の光景に目を丸くした。
「準備は万端よい。痛いの熱いの痺れるの気持ちいいの、どんなお好みにも応えてみせますよっと。」
 ここのカジノは大通りから外れた路地の奥、少し開けた場所にひっそりと建っているのだが、その開けた場所をいつの間にか大量のエアタンクが埋め尽くしていたのだ。
「……それでどちら様でしょうか。」
「おっと、こりゃ失礼。でも答えるわけないし意味もねい。強いて言えば、これが俺の仕事だよいってな。」
 それぞれのエアタンクと連動しているのだろう、いくつものスイッチを指の間に挟んでマスクの男は構える。
「いかに治癒魔法と言っても万能じゃねいよい。俺特性のスペシャルポイズンの重ね合わせはそう簡単に攻略できねい。さーさー、どうする『ゴッドハンド』。」
「そうですか。散財して恨みを抱いたカジノのお客というのなら同じギャンブラー同士、多少のあれこれもあったのでしょうけどね。『ハットボーイ』は私の後ろから動かないで下さい。あなたに死なれると困りますし、『革命家タイムおばあさん』にも申し訳がたちません。」
「は、はい……」
 一瞬誰の事かわからなかったがそれが自分のボスの事を指しているのだと気づきながら、奇怪な帽子をかぶった青年は二人から距離を取った。
「へっへぇ、ヤル気かい。既に勝負はついてるようなもんなんだがねい!」
 コンピューターのキーでも叩くように手にしたスイッチをカチカチと鳴らすと、周囲のエアタンクから見るからに有害そうな煙が噴出する。それはまるで意思を持つかのようにモコモコと集まり、巨大なドクロを形作った。
 対してディーラー服の女は片手で口を覆ってそのドクロ――はまるで気にせずにマスクの男をにらんでいる。
「まさかと思うが、口を覆っただけで大丈夫とか思わないでくれよい!」
 マスクの男の叫びを合図にドクロが動き、その口を開いてディーラー服の女へと向かっていく。
「……まさかと思いますが……」
 ゆらりと、あいている方の手を迫るドクロに向けたディーラー服の女は、呆れた口調でぼそりと呟く。
「……そんなモノで私を倒せると……?」
 開かれた手がドクロに触れた瞬間、凄まじい閃光が生じてマスクの男と奇怪な帽子をかぶった青年は目を閉じる。そしてその光がおさまったところで再び目を開いた二人は――主にマスクの男は驚愕した。
「は……へ……?」
 まるで大掛かりなマジックショーのように、大量にあったエアタンクとそこから噴き出ていた煙は跡形もなく消えていた。爆発で消し飛ばしたとかそういうのではなく、本当にそれだけが忽然と無かったことにされたのだ。
「――!! やべぃっ!」
 瞬時にヤバイと――自分では勝てないと判断したのか、昔ながらの煙幕でもって視界を奪い、マスクの男は走り出した。
「あ――あの、あいつ逃げますよ!」
 何が起きたのかわからず思考が停止していた奇怪な帽子をかぶった青年は、それでもなんとかそう叫んだのだが、ディーラー服の女はくるりときびすを返して店内に戻った。
「『ハットボーイ』、お客の皆さんを介抱しますよ。」
「え――あ、でも……は、はい!」
 敵を撃退しつつも負傷者を優先という、まるで正義の騎士のような行動を見せるS級犯罪者に戸惑いながらも、きっとこれはカジノ限定だろうと思いながら、奇怪な帽子をかぶった青年は倒れた他の客を回復させていくディーラー服の女を手伝う。
 そして……ふと横目に見えた彼女の表情に、心臓が止まるかと思うほどの恐怖を覚えた。

「『ハットボーイ』、あとであれを探し出して下さい。」

 言っていることは逃げた敵を追いかけようというだけのこと。しかし奇怪な帽子をかぶった青年は無言で頷くことしかできない。
 その、見た者を縊り殺すかのように黒く渦巻く狂気の前では。

第七章 トカゲ講義

 全部で五十くらいの試合がある今年のワルプルガにおいてこの試合が何個目なのかは忘れたけど、始まると同時にリザードマンが走り出した。
 左右にジグザグと動きながら迫ったそいつはあたしたちの数メートル手前で跳躍、あたしたちを飛び越えて後ろに着地すると同時に背後からの攻撃を仕掛けた。
 走り出してからその攻撃に至るまではほんの一瞬だったと思うけど……例えば風で加速したロイドとか『ブレイブアップ』を使ったカラードに比べたら大したことのない速さで、あたしは鋭い爪を突き出しながらこっちに飛んでくるリザードマンを殴ろうと拳を構えたんだけど――

『グガッ!?』

 何かに驚いたリザードマンは空中で尻尾を振って、その反動で体勢を変更、あたしたちとそいつの間にいつの間にかあった見えない壁に両足で着地し、バネみたいに跳んであたしたちから距離を取った。
「ふむ。」
 見えない壁――透明過ぎる氷でできたそれを出したローゼルが腕組みをする。
「リザードマンの目にはこれが見えるのか、それとも魔法生物としてわたしの魔法を感知したのか……速攻に奇襲じみた反撃をしてみたがあっさりかわされたな。」
 正直あたしもリザードマンの動きを見てそこにそれがあるって気づいた氷の壁。あると知って見ても「何かがある気がする」くらいにしか認識できない。もしも今突撃してたのがあたしだったら、気づかないまま全速力で壁に激突してたと思う。
……そして、もしもこの壁にあのラコフを貫いたような氷の槍がはえてたら、それだけで勝負が着いてしまうんだわ……
 氷だし、触れたらこっちが凍るくらいに冷たいからヒンヤリとした空気は感じるけど、今みたいにいきなり出されたら「なんか冷たい」って気づいた頃には終わり……見えないっていうのは思ってる以上厄介なんだわ……
 まったく、元々リーチの変わるトリアイナのせいで近づきづらかったのに余計に近距離戦ができなくなったわね、こいつ……
「しかしそれほど速くはないな。風で加速されたロイドくんや『ブレイブアップ』したブレイブナイトくんの速さに見慣れてるから大したことはなく思うぞ。」
 あたしと同じ感想を口にしたローゼル。たぶん他の二人も同じだろうと思ったんだけど――
「いんや、今のはちょっとした挨拶だと思うぜ?」
 一人、バトルアックスを肩に乗せてニヤリとしたのは筋肉……アレキサンダー。
「『カレイドスコープ』みてーな専門家じゃねーからあれだが、あの身体で今のが最速ってのはないはずだ。」
 あんまり呼んでる人はいないっていうか大抵話題になるのがロイドだから呼ばれる機会がないっていうか、『カレイドスコープ』はティアナの二つ名。ランク戦で見せた変幻自在の『変身』を万華鏡に例えてスナイパーライフルの相手を覗くスコープとかけた……らしい。
 ティアナは『変身』の魔法の勉強として人間だけじゃない色んな生き物の……身体? についてかなり詳しいから、それに魔眼ペリドットを合わせればあのリザードマンが本気かそうじゃないかの判断はすぐにつくと思う。
 まぁ、別にティアナじゃなくてもなんとなく、今の攻撃が全速力とは思えないわね……あのゴブリンの試合を見た後だと。
 ……てゆーかアレキサンダーってロイドとカラード以外は二つ名で呼ぶわね……
「小手調べというわけか。まぁいいだろう。どうやらあちらは三体が順番に出てくるようだから、考えようによっては対魔法生物戦が三回できる。人間サイズとちょっと大型と明らかな強敵、順番通りに倒していこうではないか。」
「ありがてぇこったな。だが作戦はどうする?」
「……いきなり考えてできるわけないんだから、とりあえず思った通りに攻めればいいわよ。」
「ふむ、エリルくんの言う通りかもな。やってみてフェンネル殿の言っていたモノに一つでも気づきがあれば上々だろう。」
「じゃーボクが瞬殺してロイくんにもっと好きになってもらうね。」
 そう言ってリリーが消え、リザードマンの背後に出現――する一瞬前にリザードマンは跳躍してて、リリーの暗殺技は空振りになった。
「うおっ、まさか『商人』の位置魔法の気配を読んだのか!? やべぇなおい――っとぉ!」
 跳躍であたしたちの方に迫ってきたリザードマンにタイミングを合わせてアレキサンダーがバトルアックスをフルスイングする。それをさっきローゼルの氷に激突するのを防いだのと同じように尻尾を使った軌道修正で回避、そのままアレキサンダーに鋭い爪で切り込んだ。
「あめぇっ!」
 だけどその回避を予想してたのか、フルスイングした勢いを無理に殺さずロイド直伝の円の動きへと移行し、その巨体に似合わない動きでリザードマンの背後をとったアレキサンダーがバトルアックスを無防備な背中めがけて振り下ろ――
『ガルルァッ!』
「どわっ!」
 刃が背中に届く直前にリザードマンの背中から槍みたいなのが突き出し、攻撃を途中で止められないアレキサンダーに直撃、その巨体を後方に突き飛ばした。
「『スピアフロスト』!」
 たぶん、リザードマンがやった謎の攻撃をきちんと確認する為、けん制の意味合いで氷の槍を降らせるローゼル。リザードマンはその攻撃も一瞬早く察知したらしく、ワンテンポ早く、アレキサンダーがとんでった方とは別の方向へと跳躍した。
「……なによあれ……」
 少し離れた場所に着地したリザードマンはそのシルエットがちょっと変わってて、背中から……触手? みたいのが四本はえてた。先端には両手両足の鋭い爪と同等のモノがついて――あれ、あんなのくらったアレキサンダーは……
「おほー、まいった! とっさの強化魔法が効いて良かったぜ!」
 バカ力の攻撃ばっかりに目が行くけど防御としての強化魔法もちゃんと使えるアレキサンダーはそれでさっきの攻撃を防いだらしく、がははは笑いながら立ち上がった。
「ふむ、対魔法生物戦らしくなってきたな。次はわたしが行くぞ!」
 そう言って地面の上を滑るように……っていうか滑ってリザードマンの方に突撃を始めたローゼル。
『ガラァッ!』
 迫るローゼルに背中からの触手を伸ばして攻撃するリザードマン。先端の爪みたいなのが熱くなった金属みたいに光ってるから当たるとかなり痛いと思うけど、その全てを優雅にくるくるとよけていくローゼルはあっという間にトリアイナの間合いまで近づいて――
「むんっ!」
 槍の一突きを放った。まぁ、それであっさり貫けるわけもなくて、爪でトリアイナをそらしたリザードマンも応戦し、二人の攻撃の応酬が始まった。
 距離としてはトリアイナの間合いで、普通ならローゼルが一方的に攻撃できるんだけどリザードマンの腕と爪の長さを足すとトリアイナの間合いに届くみたいで、しかも背中からの触手も加わって……実はローゼルの方が不利だったりする。
 だけどローゼルは元々トリアイナにまとわせた氷の刃を伸ばしたり形を変えたりすることで間合いを変幻自在に操る戦い方だからそれはあんまり問題になってない。触手があるから相手の手数の方が多いけど、空中に出現させた氷の壁で防いでるから大丈夫。その上、時々相手の頭上に水を落とそうとしてるから……たぶん直で凍らせようともしてるわね。まぁ、なかなか当たらないんだけど。
 ……今は相手が魔法を感知できる魔法生物だからかわされてるけど、人間相手なら余裕で水かぶせて凍らせられるわよね……しかもその氷は物理的に破壊するのがまず無理で熱で溶かそうにもあのラコフ並みのバカみたいな温度じゃないとできなくて……え、ローゼルってほとんど無敵じゃないのよ……
『ガァッ!』
「うわっ!」
 そのまま行けばいつかローゼルが結構な一撃を入れると思ってた応酬の中、リザードマンがローゼルの目の前で口から炎を吐いた。ただしそれは攻撃というよりは目くらましの為の炎だったらしく、リザードマンはビックリしたローゼルが一瞬動きを止めたところを狙って爪やら触手やらを全部打ち込んだ。だけど――

 ガキィン!

 まるで金属を叩いたような音が響き――
『グガアアアア!』
 攻撃した側のリザードマンが絶叫した。
「ふっふっふ、魔法を感知できると言ってもそこまで細かくは区別できないようだな。初めから出していれば他の魔法に紛らせる事は可能なようだ。」
 打ち込んだ両腕――片方は爪が砕け、もう片方は腕が途中からへし折れているそれらをぶら下げて呻きながら数歩後退するリザードマンに、無傷のローゼルがトリアイナを構えなおす。
「これぞロイドくんの愛によって生まれたわたしを守る究極の愛の鎧――『ブルーローズ』だ。」
 今まで見えてなかったそれを、わざと見えるようにして「ふふん」と笑うローゼル。たぶんリザードマンに向かって突撃を始めた時には既にまとってたんでしょう……ローゼルは氷の鎧で覆われてた。
 魔法を感知する魔法生物は、確かに目の前で発動する攻撃魔法には敏感に反応するけど、初めから発動させておいた魔法ならやりようがある。たぶんローゼルは氷の鎧をまとった後、適当な冷気か何かを魔法で生み出して身体の周囲に展開してたんだわ。相手から見れば……そう、氷の壁をすぐに出せるようにするための下準備のように見えると思う。でも実際はまとった鎧に気づかせない為のカムフラージュで、まんまと策にはまったリザードマンは鉄壁の鎧に向かって全力で攻撃しちゃったんだわ。それで爪とか腕が折れたのね。
「折角の槍術を十二分に活かす方法としてブレイブナイトを参考にした。多少の攻撃なら気にせずに突っ込んでいけるあの形をわたしの愛の氷で成せば恐れるモノはない――のだ!」
 呻くリザードマンに対し、その周囲をトゲ付きの氷の壁で囲み、頭上には『スピアフロスト』を出し、自分は正面からトリアイナの突きっていう、ダメージを受けてひるむ相手に容赦のない全方位攻撃を仕掛けるローゼル。致命傷じゃないから普通にダメージを受けてるリザードマンはその痛みで多少魔法の感知が出遅れたのか、氷の包囲網から逃げる前にトリアイナの氷の刃が迫る。
 さすがにこれは決まっ――
『ギャルアッ!』
「なにっ――わっ!?」
 両腕は満足に防げる状態じゃないし逃げ場もない。普通ならチェックメイトなんだけど……あろうことか、リザードマンはローゼルの突きを正面から――口で受け止めた。
 トリアイナを覆う氷もまたローゼルの……あ、愛の氷だから触れればすぐに凍っちゃうはずなんだけど、口の中で火を吐き続けてるのか、もしくはすごい高温にしてるのか、歯の隙間からすごい量の水蒸気を出して凍っていくのを遅らせながら、リザードマンはくわえたトリアイナをローゼルごと振り回してこっちに放り投げた。
「――とととっと。やれやれ、まさか歯で止められるとはな……」
 くるくると回って着地したローゼルは若干引きつった顔でそう言って……ふと下を……いえ、自分のスカートを見た。
「むむ、そういえば今の動き、おそらく見えていたはずだが……」
 言いながらカンパニュラ家の控え室兼観戦室の方――っていうかそこにいるロイドを見た。ロイドは……たぶん赤くなった顔を両手で覆ってふるふるしてた。
「う、うむ! しっかりと発動しているようだな!」
 ちょっと赤くなって、だけど満足そうに「むふー」って笑うローゼル。
「あんたねぇ……」
 あたしは、フェンネルから魔法生物の事について色々教わった昨日を思い出す。


「そうだ、折角だから、女の子たちは制服を少し改造しないかい?」

 教えてもらった色んな情報を頭の中で整理してたら、フェンネルがいきなりそんな事を言った。
 セイリオス学院の制服は戦闘もこなせるように動きやすくできてて、授業じゃ運動服を着るけど、公式のランク戦とかは制服でやるのが……ルールってわけじゃないけど普通になってる。
 勿論……スケベな男子対策っていうか、学院にある闘技場内では……その、ス、スカートがめくれても見えないように――なってるらしくて、だからロイドが初めて会った時に気にしてたみたいな……み、見えちゃうからスカートは危ないんじゃないかっていう心配は、少なくとも公式戦では必要ない。
 でも個人でやる模擬戦とかではその魔法は発動してないから……あ、あたしは……炎があるからあんまり気にしなかったんだけど、大抵の女子生徒はスパッツ的なのをはく。
 ま、まぁ、最近はあたしもそうするようにしてたけど、それはそれで結構面倒っていうか、そうなるとアンジュの鉄壁スカートが便利よねって思ってたんだけど……それをあたしたちの制服にも組み込まないかってフェンネルが提案してきた。
「アンジュの制服や僕の服に仕込んであるマジックアイテムの布、これがあればチラリを気にせずに動けるというものさ。」
「む、それはありがたいな。学院では色々と配慮がされているものの、日常生活の油断まではカバーされないから、お願いできるのなら安心というものだ。」
「……い、いまさら、だけど……き、騎士学校で動き回る、のに、スカートっていうのも……変、な気がするけど……ね……」
「ふふふ、そればっかりは伝統とか慣習というものさ。女性のスカートの起源を語り出すと少々話しづらいモノになるから知りたければ調べるといいけど、変革しようとすると中々大変だと思うから、その中で対策した方が手っ取り早いかな。」
「アンジュちゃんと同じ……あ! じゃあロイくんにだけ見えるようにできるってこと!?」
「えぇっ!?」
「もー、師匠ってば余計な事言ってー。これじゃーみんな「ロイドだけ誘惑戦法」使っちゃうでしょー。」
「ふふふ、しかしみんなのあれこれのチラ見で他の男子生徒が寄ってきたらこの恋の戦争に余計な邪魔が入ってしまうだろう?」
「むしろ歓迎だよー。みんなが他の男とバシバシしてる間にあたしがロイドをゲットするからー。」
「ふふふ、残念だけどアンジュ、見た感じそういう段階は過ぎているよ。」
「? どーゆーことー?」
「あ、あの、なぜいきなりそそそ、そっちの話に……あの……」
「アンジュも含め、ロイドくんとみんなの関係はかなり深いからね。この中の女の子の誰かを狙って他の男がどうこうしたって今さらどうにもならないさ。」
「それはそーだねー。」
「カナリフカイッ!?!?」
「となるとその男が手を出すのはみんなではなくロイドくん本人。目当ての女性が恋に盲目になっているならその元凶を断とうとするのは理にかなうだろう? 神聖なる乙女の戦場、その最終目標にちょっかいが入るわけさ。」
「あー、それはあるかもねー。男の嫉妬ってあるもんねー。でも最近は他の男子、諦めてる感じだけどねー。」
「お、それは俺も思ってたぜ。ちょっと前は「コンダクターの奴独り占めしやがって」的な空気があったけど、今じゃ「ああ、コンダクターの女か」みたいにあっさりしてる感じだぞ。」
「ちょちょちょ、それは男子の――男子寮での話か!? オ、オレ男子の間でどうなってるんだ!?」
「その諦めを解いてしまうかもしれないキッカケがチラリズムさ。そうは言ってもみんな美人さんのかわいこちゃんのナイスバディだからね。」
「師匠、やらしー。」
「ふふふ、客観的な事実さ。しかしそういうモノは目当ての女性をモノにしたい男を再燃させてしまうからね。となれば、余計な横槍を受けずに女の戦いを行うためにも、みんなもアンジュと同じ状態にしておくのが良いだろうというわけさ。」


 そうしてあたしたちの制服にはその魔法の布が組み込まれ、ついでに今回は持ってきてない他の服にも使えるようにって追加分もたくさんもらった。「縫い付ける」んじゃなくて「組み込む」ってところがポイントで、魔法を使って普通の布にその魔法の布を溶け込ませるようなイメージで、やり方さえ教われば一人でもできる魔法だったから、それも教わった。
 で……あたしたちが今着てる制服はアンジュのそれと同様の……み、見えちゃいけないところがどうあろうと見えなくなるっていうすべての女性が欲しがりそうな機能を備えたモノになったんだけど……この痴女連中は当然のようにロイドにだけ……みみみ、見えるようにしてて……!!
「ふ、ふふふ! まぁロイドくんとは既に愛を語り、刻み合った中ゆえにし、下着など今さらではあるが、日頃の真っ赤になりがちなロイドくんには効果抜群のようでな、なによりだ!」
「この変態……」
「ふん、そう言って実はエリルくんもロイドくん限定状態にしているのではないか?」
「な、そそ、そんなわけ――」
 ローゼルに言い返そうとした時、視界の隅っこにいたリザードマンが――
「! あいつ!」



 水色の……お気に入りだというイルカのブランドの……水色の下着が……ああああぁぁ……
「ロ、ロイドくんの……えっち……」
「む? おれには女子がよく身につけているスパッツ的な何かに見えたのだが……なるほど、ロイドには見えていたわけか。」
「うー、あたしだけの特権だったのにー。師匠のせいだよー。」
「ふふふ、この先の為さ。」
 リザードマンの……たぶん名前があるんだろうけど名乗りも紹介もなく始まったからわからないままなんだが、人間で言ったら相当ハイレベルな体術を氷でおさえてとどめの一撃を放ったローゼルさんが放り投げられて下着が――じゃ、じゃなくて、間合いの外に戻されはしたけど、相手には結構なダメージを与えられたんじゃないかなと思っていたら突然、何かに気づいたエリルがガントレットを発射した。
「! あのリザードマン、腕が……!」
 その速度と威力に驚きつつもエリルの攻撃をギリギリで回避したリザードマンは、折れた片腕が元に戻りかけていていた。
 魔法生物には強力な再生能力を持っているモノがいる。種族的に持っている場合もあれば、とある個体だけが突然変異のようにその力を持っていたりもするという。おそらくあのリザードマンがそれで、その再生に気づいたエリルが攻撃を――っておお!

『グガアアアッ!』

 ガントレットをかわしたリザードマンの懐に爆速でもぐりこんだエリルのアッパーが鋭い牙の並ぶアゴにクリーンヒット、リザードマンは仰向けに倒れた。
「おや、あれはさすがにノックアウトかな。」
「えぇっと……そういえばこの勝負の勝敗って……」
「相手チームの身代わり水晶を全て砕くか、あんな感じに戦闘不能にするか、降参させるか、だね。」
 フェンネルさんの予想通り、今の一撃で気を失ったらしいリザードマンに司会のカーボンボさんからノックアウトの判定がなされた。
「ふむ、一先ず相手方を一体倒したわけか。しかしクォーツさんの攻撃には反応できなかったようだな、あのリザードマン。」
「ふふふ、スピードもそうだけど攻撃の際の圧がすごいんだよね、エリルさんは。放たれたガントレットも、避けてなかったら身代わり水晶が砕けていたかもしれないと相手に思わせるくらいの迫力があるし実際それくらいの威力がある。戦闘技術は勿論だけど、ああやって「雰囲気で圧倒」っていうのは案外有効なのさ。特に、本能で動く魔法生物相手にはね。」
 エリルが最初に発射したガントレットを、かわしはしたけどその威力にギョッとしてたらアゴを打ち抜かれた……って感じか。
 そういえばセルヴィアさんが《ディセンバ》として学院の全員と手合わせした時、エリルの『ブレイズアーツ』に似たような感想を言っていた。両手両足から炎を噴き出す姿は「こいつは強そうだ」と相手に思わせ、余計な緊張や警戒を引き出して相手が百パーセントの力を出せなくする効果があるとか。
 本能とか野生の勘とか、人間にはあんまりない感覚を持っている魔法生物相手にはフェイントとかよりもああいう、単純な力の大きさを見せつける方が隙を作るという意味では有効なのかもしれないな。
「しかしアゴか……確か首都へ侵攻があった時、クォーツさんはワイバーンのアゴを殴り飛ばして落としたんだったな。」
「デルフさんの指示でな。身体の構造が違うとは言え、人間と共通する弱点もあるって事なんだろう。んまぁ、それでも人間よりは頑丈な身体だろう魔法生物の意識を断つってなるとエリルくらいのパワーが無いとダメかもだけどな……」
「構造か……体格が大きければ筋肉や骨も大きく丈夫になるからな。対人間と同じ感覚でやっても色々と足りないだろう。さっきのリシアンサスさんの攻撃も、人間なら口でガードするなんて選択肢はまずないだろうし、触手やら尻尾やら、人間相手なら両手両脚への警戒で済むところを、対象が一気に増えるのだな、魔法生物相手だと。」
「ふふふ、魔法生物戦について色々な気づきを得ているようだね。それじゃあ人型人サイズの次は割合で言えば一般的な、動物型巨大サイズの魔法生物戦だね。」



「むむ、ロイドくんを真っ赤にできたのはいいが見せ場を持っていかれたな。ずるいぞエリルくん。」
「こ、こんな時に人のこ、恋人誘惑してんじゃないわよ!」
「ロイドくんには見えるようにしているとは言え不可抗力だとも。まぁ、今のロイドくんの頭の中はわたしでいっぱいで……もしかするとあの熱い夜を思い返して更にドキドキしているかもしれないがな……ふふふ……」
 ふふふっていうかぐへへって顔になるローゼル……ほ、ほんとにどいつもこいつも……!

『なかなかやるみたいだな。』

 係りの人……の一体なのか、サルみたいな魔法生物が気絶したリザードマンを運び出した後、潰れたトカゲがのしのしと出てきた。
『そっちの髪の長い女の氷がどうにも規格外のようだが、そっちの拳法家の一撃も同様のようだな。ゲッゲッゲ、ハイビロビは残念だったがおかげで順番がまわってきたぜ。』
 ハイビロビ……たぶんあのリザードマンの名前ね。
「……あんたたち、全員名前があるわけ?」
『当たり前だ。こうやってお前らの言語をしゃべれるようになったからお前らにも理解できる発音で呼べるようになっただけで、全ての生き物には親から授かった名前がある。』
「ははー、俺らには聞こえなかったっつーか聞き取れなかっただけってわけか。普通は種族で呼び分けるくらいしかしねーが、それを知っちまうと気軽に呼べねぇな、おい。」
「ふむ……種族と言えばわたしは魔法生物のそれには詳しくないのだが、あなたは何という種族なのだ?」
『俺か? 人間たちはサラマンダーって呼ぶな。』
「ほう……ちなみにそちらの大将であるガガスチムさんは?」
「は? あんたファイヤーゴリラって言ってたじゃないの。」
「む? あれは見た目をそのまま言っただけだ。」
『ファイヤーゴリラ? ガガスチムは確かフレイムモンキーって呼ばれてたぞ。』
「は!? どう見たってモンキーじゃなくてゴリラじゃないの!」
『ゲッゲッゲ、そっちの学者が言うには突然変異レベルの特殊個体らしいぜ。』
 大きな口で笑う潰れたトカゲ……なんか普通にパクリとされそうだわ……
『ちなみに俺はダダメタっつーことで、そろそろ始めるか?』
 ダダメタ……っていう名前らしい潰れたトカゲ――サラマンダーは前足を開いてググッとアゴを引く。臨戦態勢……なのかしら。
「ボク! さっき全然いいとこなかったからボクがやる! ロイくんドキドキさせなきゃ!」
「変なこと目的にすんじゃないわよ!」
 短剣を片手にずんずんと前に出たリリーにツッコミを入れたら、目の前の空間に出現した穴みたいなのがこっちに迫って来て――気づいたらあたしとローゼルとアレキサンダーは後ろの方に移動してた。
「む、今のが『ゲート』か。」
「おいおい、『ゲート』って置いとくだけじゃなくて動かせんのかよ! まじで強制『テレポート』じゃねーか!」
 ……! 本来、自分以外の誰かを移動させる時にはその者がそれを許可しないとできない位置の移動を「『ゲート』をくぐらせる」ことで可能にするリリーの……ロイドのやらしー告白のせいで出来るようになった新しい魔法。交流祭の時にそれぞれの学校とあの街とを繋いでた設置型の位置魔法が元なんでしょうけど……こんなのデタラメだわ……
 殴ろうと思ったらローゼルの氷みたいにいきなり目の前に出されて、例えば鉄の壁の目の前に移動させられたら、さっきのリザードマン――ハイビロビだったかしら? あいつみたいに腕が折れたりするってことじゃないのよ……
『ゲッゲッゲ、そういう位置魔法を個人が使ってんのは見た事ねーな。もしかしてお前が――あー、人間最強のジューニキシとかいうのの《オクトウバ》なのか?』
「違うよ。ボクは商人でロイくんの奥様。」
 十二騎士……《オクトウバ》がどれくらいすごい位置魔法の使い手なのかは知らないけど、正直そういうレベルの魔法よね、あれ――っていうか誰が奥様よ! それはあた――……あたし……!
『あん? 誰だか知らねーが、まぁいいぜ。んじゃ早速――ぅらぁっ!!』
 今さらだけど悪役みたいに笑う潰れ……ダダメタがその大きな口から炎を吐いた。
「おおー、なんかすごい光景だな。」
 普通にあたしたちも射程の内側なんだけどアレキサンダーがあほな顔で空を見上げてるのは、ダダメタの炎が空を覆ってるから。
「当たんなければ意味ないもんね。」
 リリーが片手を伸ばしたその先には大きな『ゲート』が展開してて、そこに入った炎は空中に設置された別の『ゲート』から出てきて空へと噴き上がる。まるで何もない空中で火山が噴火してるような不思議な光景で、あたしたちが……人間がやろうと思ったら結構な負荷がかかりそうな大火力を完全回避するリリー。
「ちなみに、こうしたらどうなるのかな!」
 リリーが伸ばした片手、その開いた手の平をグッと閉じると空中の『ゲート』が傾いてダダメタの方を向いた。つまり――
『おおぅ。』
 自分で吐いた大火力がそのまま自分に戻って来たのを見て、ダダメタは攻撃を止めてひょいっと横に跳んだ。
「背中から火を出してるクセに、避けるって事は火が効かないってわけじゃないんだね。」
『ゲッゲッゲ、攻撃用の炎と体質としての炎じゃ種類が違う。痛くて出てくる涙と魔法で出した水は別物だろう。』
 ニヤリ……っていうかギシリと笑ったダダメタはすぅっと息を吸い込み始める。
『そしてそれはお前の位置魔法も同じこと。確かに面白い魔法だが――所詮は魔法、だっ!』
 そして放たれた炎はもはや炎とは呼べない、アンジュが放つ熱線のようなビームと化した。
「『ゲート』!」
 さっきと同様に『ゲート』を展開するリリー。だけど――
「――!!」
 吸い込まれたビームはもう一つの『ゲート』、ダダメタの方を向いてる出口から出てくるはずなのに、煙一つも出てこない……!
『問答無用で移動させているとでも思っていたか? ゲッゲッゲ、確かに人間同士の魔法合戦ならそう考えてもいいだろうがな、俺たち相手じゃ――少々容量不足だっ!!』
 口からビームを吐きながら器用にしゃべるダダメタが笑うのと同時に、リリーの『ゲート』の背面にヒビが入る。
『お前の位置魔法に込められた魔力を俺の炎が凌駕しているのだ。人間の建物にあるエレベーターとかいうのと同じだ。その箱の中に入らないモノは移動させられない!』
 妙に人間的な例えのわかりやすい解説でなるほどって思った瞬間、リリーの『ゲート』が限界を迎えて破裂し、極太のビームがこっちに――ってちょっと!
「むん!」
 さっき空を炎が覆ったみたいに、今度は正面を強烈な光が覆った。ローゼルが出した氷の壁に防がれたビームは凄まじい光と水蒸気をまき散らす。
「もーなんなのあのペチャンコトカゲ!」
 ちゃっかり壁の後ろに移動したリリーがほっぺを膨らませる。
「むう、あの四本腕の怪物ほどの温度はないから耐えられるが……なんともまぁデタラメな量の魔力を込めた攻撃だな。魔眼フロレンティンにため込んだ魔力で放たれるアンジュくんのビームですら軽く超える規模だ。」
 ……魔法は使う人の強力なイメージとか綿密に組み上げられた術式とかですごい事を色々と引き起こすけど……単純に、込める魔力が多ければ多いほどその威力は増す。
 あたしたちはイメロっていう、各系統専用のマナを生み出す道具を使って魔力の「質」を上げて強力な魔法を使うけど……魔法生物はそうじゃない。
 魔法を使う為に作られた身体、体内で作られるマナ、当然魔法の負荷なんてないこいつらはそれらを使って大規模な魔法をバンバン使ってくる。
 ……こういうところも対魔法生物戦の特徴なわけね。
『ゲッゲッゲ、少し防御が甘いな!』
 ビームを吐き続けるダダメタがそう言うとあたしたちの足元の地面がゆらぎ、急激に赤く染まって――
「うおおお!?」
 アレキサンダーのビックリ声と同時に地面が……噴火した。
「むー、火を吐くだけではないのだな。」
 氷の鎧――『ブルーローズ』をまとってるからか、噴き出した炎を直に受けてるのに何てことない顔で飛ばされるローゼル。リリーは『テレポート』で離れたところに移動してて……強化魔法と耐熱魔法で防御しながら回避してるアレキサンダーが一番普通の対応ね。
 そしてあたしは、耐熱魔法で防御しつつ噴火の勢いにソールレットからの爆発を乗せてダダメタに攻撃を仕掛けた。
『ほう、即座に反撃とはなかなかやる!』
 上空から接近するあたしに対し、その場でぐるりと向きを変える勢いで振られる尻尾で応戦するダダメタ。ソールレットで起こした小さな爆発でそれを回避しながら左のガントレットを右に接続し、あたしは狙いを定め――
「『コメット』っ!」
 二つのガントレットが合わさって出来た砲弾を放つ。空中じゃあ踏ん張りが効かないけどソールレットからの逆噴射みたいので何とかして発射した攻撃……地面で撃つよりは多少威力が落ちるだろうけど……魔法生物相手にはどれくらい有効なのかしら……!
『ゲッゲッゲ!』
 そんなに遠くからじゃない、そこそこの至近距離で発射したから相手に届くのなんてほんの一瞬なんだけど、ガントレットの進む先、ダダメタの手前の空間にポッて光の玉みたいが出現して――

 ドゴォォンッ!!

それに触れた瞬間、爆音と共に広がった空気の壁に全身を打たれたあたしはスタジアムの壁まで吹っ飛ばされた。
「――これ、くらいっ!」
 姿勢を整え、ぶつかる瞬間に爆発で勢いを殺しながら壁に突っ込む。壁そのものは派手に砕けるけど身体へのダメージは最小限に抑えたあたしは、崩れた壁から顔を出す。
「……何なのよ、今の……」
 それでも轟音のせいでくらくらしてる頭を抱えながらダダメタの方を見たあたしは、ちょっと見慣れた光景を目にした。
『ゲッゲッゲ、見事な受け身だな。間近で爆発を受けておいてまるでダメージがないように見える。』
 壁に突っ込んだ時と同じように、目の前で起きた爆発に対しても威力を殺す動きを咄嗟にしてたからほとんどダメージがないわけなんだけど、それは今の爆発が受け慣れた攻撃だったから。
 ダダメタの周囲に十個くらいふよふよ浮かんでる赤く光る球体……あれ、まんまアンジュの『ヒートボム』じゃないのよ。
「はー、まー系統が同じなら似た魔法を使うってのは珍しくねーが、ありゃ『プリンセス』の奴の何倍もの威力があんぞ。」
「高出力のビームと展開させた『ヒートボム』、まさに魔法生物版アンジュくんだな。」
「うわぁ、面倒そう……」
「……まぁ、こういうのを経験する為にあたしたちは来た――んだから。」
 ダダメタの『ヒートボム』……って名前じゃないかもしれないけど、爆発でとんでったガントレットを呼び戻して装着し直す。
「ふむ、ならばそろそろコンビネーションと行ってみるか。水と火と位置と強化……どうしたものか。」
「あー、それなんだがよ。ちっと『商人』に試してもらいてーことがあんだが。」
 一緒にいる事は多くてもほとんど会話をしたことない――っていうか基本ロイドを中心にして話すリリーは、アレキサンダーからのそんな言葉にものすごく嫌そうな顔を返した……そんな顔しなくてもってくらいの……
「……なんでボクが筋肉くんのお願いを聞かなきゃいけないの?」
「だっは、予想通りの反応だな。ま、別に無理して仲良くとは思わねーけどよ。」
 その嫌悪マックスの表情を、だけどアレキサンダーはあっさり笑い飛ばす。
「そうだな……それならロイドにならって褒美を用意してやろう。」
「筋肉くんからもらいたいモノなんてないよ。」
「どうかな? 男には男にしかできない方法でお前とロイドを二人きりにする事ができるんだぜ?」
「……ふぅん……」
 しかも割とリリーの扱い方を分かってて……ロイドをエサに何かを提案し始めた。
 ……人の恋人をエサに……!
「ふむ、珍しい組み合わせが何かしようとしているならば、わたしはエリルくんとだな。水と火……普通に組み合わせると水蒸気がモクモクと……いやまて、低温と高温の温度差……」
 なんか考え始めたローゼル。なんとなくダダメタの方を見ると、ギシリとにやけた顔でこっちを黙って眺めてる。余裕っていうか……いえ、それもあるんだろうけど次にあたしたちが何をするのかを楽しそうに待ってるって感じだわ。
 ……たぶんさっきのリザードマンならそんな事はしない。知能が高いゆえの行動……そんな気がするわね。
「よしよし……エリルくん、確かこの前の戦いを経て相手の体内に炎を起こせるようになったのだったな。」
「……そうだけど、口から火を吐く生き物にそんなの効かないと思うわよ……?」
「いや、どうかな。あれは火を扱う魔法生物であって燃えている生き物ではない。背中から燃え上がっているあれも、きっと余分なマナやら魔力やらを放出する為のものだろう。意味もなく背中が燃えている生き物などいはしない。」
「何が言いたいのよ。」
「あれが高温に強い事は確かだろうし、きっと体内もそうだろう。だがその「高温」とは自分が魔法で作った火の熱――即ち自分で制御が可能な「高温」に対しての耐性。それは果たして、エリルくんが支配する炎に対しても有効なのか――という話だ。」



「むん? トラピッチェさんと話していたと思ったら、アレクはどこに消えたのだ?」
 エリルとローゼルさん、リリーちゃんとアレクという組み合わせで分かれて何かを仕掛けようとしていた四人が、気づいたら三人になっていた。リリーちゃんは腕を組んでなぜか空を見上げていて……あれ、ホントにアレクはどこに行ったんだ?
「あ、お姫様と優等生ちゃんがあたしのパクリトカゲに何かするよー。」
 アンジュの『ヒートボム』と『ヒートブラスト』みたいのを使い始めた相手――ダダメタさんに向かって走り出すエリルとローゼルさん。
 ……いや、走り出すというか……ふっとんでいくエリルと滑っていくローゼルさんだな。

『ゲッゲッゲ、さっきの爆発を見てもまだ突っ込んでくるとはいい度胸だな!』

 見ていて腹話術のようで面白いのだが、喋りながら口からビームを出すダダメタさん。さっきの極太ビームではない、細かいビームがその大きな口から同時に何本も放たれた。
 それらは二人を追いかけるように降り注ぐが、するすると流れるように回避してエリルとローゼルさんはダダメタさんの間近に迫った。

『妙な動きだが――これはどうだ!』

 言うと同時にダダメタさんの背中の炎が勢いを増し、人を丸々飲み込めるサイズの『ヒートボム』が十数個展開される。同時にダダメタさんを中心に周囲の地面が――焦げるというか溶けるというか、ジュウッと煙をあげた。おそらく自身の周りを一気に高温の空間にしたのだ。だが――

「あいにく、それも見慣れているのだ。」

高温の空間の外、ダダメタさんの周りを滑りながら移動するローゼルさんはダダメタさんの直上に大きな水の塊を出現させ、それを落とした。

『な、一瞬でこれだけの水を――』

 ダダメタさんから見れば空を覆うほどの水がいきなり出現したのだからビックリするのは当然で、その間に落下してきた水は高温の空間や『ヒートボム』に触れて水蒸気と化し……一瞬でダダメタさん――というよりは闘技場内が真っ白になった。
 朝の鍛錬とかで、熱を使った魔法を得意とするアンジュを相手にする時にローゼルさんがよく使う技――アンジュがその身にまとった『ヒートコート』やばらまいた『ヒートボム』に大量の水をかけることで熱を奪い、一時的に威力を下げる。そうすることでそのままだと近づけないのを一瞬だけ接近可能な状態に持っていくのだ。

『げほごほ、なんだこ――』
「『フレア』っ!」

 ダダメタさんの動揺を遮ってエリルの声が響き――

『ご――があああああっ!?』

 白いモヤの中に噴き上がる炎とダダメタさんの絶叫。振り回される巨体が起こす風で水蒸気が散り、見えてきたのは口から煙を出すダダメタさんと少し離れた場所で構えている二人。

『が、べ、体内を焼く魔法とは――な……!』
「ふむ、やはり自分が生み出した炎と他のモノが作った炎では扱いが違うようだな。」
『ゲッゲッゲ、可愛い顔でえげつない魔法を使いやが――げへっ、るぜ。』
「……言っとくけど、今からその女がやる魔法の方がえげつないわよ。」
『なに? 今から……ぐぶぅあっ!?!?』

 どうやら火を吐く魔法生物であっても、火にどこまでも強いというわけではなかったらしく、エリルの『フレア』――ラコフ戦で身につけた相手の体内に炎を炸裂させる魔法がダメージを与えたようだ。
 そして今度は……というか再びというか、ダダメタさんの口から白い煙が出てきた。ただし水蒸気とはたぶん違って……おそらくあれは冷気だ。

「その大きな口を大きく開いて転げまわるから簡単だった。ロイドくんの愛によって生まれたわたしの魔法の氷をその体内に放り込むのは。」
『なん……だ、と……』
「わたしの氷は触れたモノを触れた先から氷結させる。生き物の身体というのは水分がほとんどで、内側となればたっぷりだろう。普通の氷では炎渦巻くあなたの体内で融けてしまうだろうが、わたしの氷はロイドくんとの愛の絆同様に融けない。よって今、あなたは内側から凍らされているのだ。」

 ……交流祭で、ローゼルさんはパライバ・ゴールドという下品な男を相手にした時、『アイスブレッド』でその身体に風穴をあけ、そこから体内に水を仕掛け、それを操ることで内側から氷漬けにした。
 だが今は……あ、愛の氷――を使いこなす今のローゼルさんであれば、『アイスブレッド』を突き刺した段階で相手が凍り始める事になる。
 そして今、突き刺すことすらなく、相手の口の中に氷を放り込んだだけでそうなった。
 触れるだけで凍ってしまう氷……お、おそろしい……

「さて、わたしからも言っておくが……わたしたちの攻撃はここからだ!」

 その後はエリルとローゼルさんの攻撃が交互に繰り返された。ダダメタさんの、人間基準で考えると超火力の攻撃がことごとく水と氷で威力を削がれ、爪や尻尾を振り回すもその全てをガントレットとソールレットからの爆発を利用して回避するエリルを止めることができず、肉薄を許した直後、体内を焼かれる。そしてそれがお腹とかなら口から氷が、脚とかなら『アイスブレット』を突き刺して、エリルが攻撃した場所と同じ個所にローゼルさんが氷をお見舞いする……
 ……んん? ……ものすごくえげつない攻撃なわけだけど……攻撃そのものはそこまで威力がない……気がする。
 ダダメタさんが生み出した炎ではないから耐熱性の体内も充分な効果を発揮できない……としても、やっぱり普通の生き物よりは熱に強いはずで、でもってエリルはどっちかというと「爆発」を利用した物理的な攻撃が得意であって炎の「熱」そのもののコントロールは練習中のはずだ。
 つまり「あちち!」とはなってもそれが決定打にはならない……と思う。
 ローゼルさんの氷もそうで、触れれば凍ってしまう氷が体内に放り込まれているわけだけど、そのままなら最初の攻撃が終わった段階でチェックメイト、既にダダメタさんはカチンコチンのはずだ。
 それがそうなっていないという事は、ローゼルさんの氷による体内の氷結を自身が生み出した炎を体内にまわすなりなんなりすることで抑えているということ。ローゼルさんの氷は融かせずとも、その影響で凍り始める自分の身体は融かせる。だから凍っていないのだ。
 普通の、例えば人間相手だったらそれはそれはとんでもない攻撃なのだけど、火を操る魔法生物ゆえにそれほどのダメージになっていない。でもたぶん、二人はそうとわかって攻撃しているのだろう。
 これは何か、別の狙いがありそうだ。

「……ちょっとローゼル、もう結構やったわよ。」
「エリルくん、相手はわたしたちの何倍もある生き物なのだぞ。気長に――っと、どうやら、だぞ。」
『ゲ……ゲ……?』

 スタイル的に実はちまちましたのが苦手だったのか、エリルが文句を……おお、エリルの更なる可愛いポイントをこんなところで――い、いやいや今はそうではなく……二人というかローゼルさんの作戦だったらしいさっきまでの攻撃が何らかの成果をあげたのか、ダダメタさんの様子がおかしくなった。

『これは……な、なんだ……力が入らない……気分が悪い……』
「ふっふっふ! ……と笑ってはみたものの、なるほど、そうなるのか。」
『なんだと……い、一体何を……』
「何というか……季節の変わり目は風邪を引きやすいだろう?」
『なに……?』

「ふふふ、魔法生物相手に熱衝撃を与えるとは面白いね。」
 なんとなく効果がありそうだったからやってみたけどローゼルさん自身もそれがどういうことなのかわからないままやっていたらしいその攻撃に、フェンネルさんが……熱衝撃? という名前をつけた。
 ん? なんかどこかで……ガルド辺りで聞いた事があるような……
「師匠、それなにー?」
「おやアンジュ、熱を操るモノならば知っておかないといけないよ。時に便利な現象なのだから。」
「えー?」
「これは魔法ではなく科学のお話でね、物体は温度が高くなると膨張し、低くなると収縮するのさ。勿論、見てわかるような大きな変化ではないのだけど、その膨らんだり縮んだりすると時に発生する力というのは結構強くてね。時にその物体を破壊してしまうんだ。」
「えーっとー……あ、もしかしてあれー? 冷えたコップに急に熱いお湯入れたらコップが割れちゃうって感じのー。」
「まさにそれさ。熱いお湯の影響でコップは膨張を始めるのだけど、あまりに急だと膨張する部分と普段通りの部分ができてしまって、そうすると膨張する力で普段通りの部分がパキンと割れてしまうのさ。」
「ふむ、それを魔法生物に……一体何が起きるのですか?」
「ふふふ、何が起きるのだろうね? 柔らかい生物の身体が割れるなんてことはないだろうけど、それじゃあ温度変化が内蔵や筋肉にどんな影響を与えるかってなると、ちょっと僕には知識がないからわからなくてね。だけどまぁ、どう考えたって身体には良くないさ。」

『ぐぐ……何が起きのたかわからないが……ゲッゲッゲ、いいだろう……ならば――!』

 見た感じ熱でうなされる人のようにふらついているダダメタさんだが、気合を入れるように前の足で地面を踏みこむと背中の炎が今までで一番激しく燃え上がった。

『いくぞ、これが俺の――』
「――ぁぁぁあああああっ!」

 全身が炎に包まれていくダダメタさんが、まさにその攻撃の技名なんかを言おうとした時に……若干まぬけな叫び声が聞こえてきた。

「ああああっしゃ――っらああああっ!」

 どこから聞こえてくるのか、イマイチわからないその声が何やら気合のこもった叫びに変わった瞬間――

 ――ッゴオオオオンッ!!

 闘技場内で大爆発が起きた。いや、爆発と言っても炎は見えないから凄まじい衝撃が闘技場内を走ったと言うべきか。まるでエリルの『メテオストライク』が地面に落下した時のような衝撃でスタジアムが少し揺れる。
「んん? 今の叫び声はアレクだったような……もしやアレクの攻撃なのか?」
「砂煙で何にも見えないよー。スナイパーちゃん何か見えるー?」
「う、うん……あの、燃えてるトカゲさんの上に……ビッグスバイトさん、が立ってるよ……」
「えぇ!? じゃ、じゃあやっぱり今のはアレクの攻撃――あ! ダダメタさんの身代わり水晶が……!」
 立ち込める煙の向こう、等倍という事でだいぶ大きな像が出来上がっていた相手チームの身代わり水晶、その中の一つであるダダメタさんの像がいつの間にやら木端微塵に砕け散っていた。
「おや、これはすごいね。魔法生物側の像が粉々になるところなんて初めて見たよ。」
 フェンネルさんも驚く一撃を放ったアレクは……突然の衝撃に吹っ飛ばされるもきちんと着地していたエリルとローゼルさんの前に「おーいてて」と呟きながら砂煙の中から現れた。

「ちゃんと当たって良かったが……くー、まだ両腕がビリビリしてやがるぜ。」
「アレキサンダーくん……これは一体何をしたのだ……?」

 煙がはれると、そこには……えぇっと、この場合はうつ伏せというのだろうか、四本の脚を人間で言うところの大の字に伸ばして気絶しているダダメタさんがいた。

「今の一撃、まるでゴリラパワーエリルくんのようではないか。」
「誰がゴリラよ!」
「あー、『商人』の手を借りてな。『ゲート』を使ったちょっとした実験だ。」
「ほう、『ゲート』を。」
「ああ。あれって入口も出口も好きなところに設置できんだろ? てことはよ、下に入口を置いてその真上に出口を作るとどうなる?」
「む? 足元に入口を作って、そこに入った者が再びその入口に落ちるように出口を作るわけだから……何もしない限り永遠に「落ち」続けるのではないか?」
「だろ? てことはどんどん加速してどんどんパワーが上がってくわけだ。」
「……まさかあんた、あたしたちが戦ってる間そうやってずっと「落ちてた」ってこと?」
「おうよ。見つかんねーように空の上の方でずっと加速し続けて、『商人』がここぞってタイミングで俺をそのループから解放してたまりにたまったパワーをお見舞いするって作戦だったのさ。」
「ちょっと筋肉くん、ちゃんと約束は守ってもらうからね。」
「わーってるよ、期待しとけ。それよりもこっからだぜ?」

「ほう、それでアレクがいなかったのか。」
 立ち話程度の会話だったと思うのだが、それをちゃっかり拾って部屋の中のスピーカーから出してくれる謎の技術なのか魔法なのか、とにかくオレたちもアレクの説明を聞くことができた。
「ふふふ、トカゲ系の魔法生物はウロコがあるからなかなかの防御力を持っているのだけどね。ダダメタクラスの大きさを一撃とはすごい。まぁ、一番すごいのはそんな一撃をその身で放ったアレキサンダーくんなのだけど。」
 威力で言ったらエリルの『メテオインパクト』とかの方が上だと思うのだが、あの威力を放っているのは……厳密に言うと超速で飛来するガントレットとソールレット――雑な言い方をすれば鉄塊だ。
 対して今のアレクは、バトルアックスを振るってはいてもそれを支えているのはアレク自身。ダダメタさんを一撃で倒すような衝撃が本人の身体にも響いているはずなのだが、それを……「おーいてて」と肩を回す程度で抑え込んでいる。
 ユーリも興味を抱いていたし、やっぱり何かありそう――と思うのと同時に、それはただ単純に本人の筋トレ、努力のたまものなのだとも思えている。
 んまぁ、いつの間にかちょこっと吸血鬼になってたなんてこともあるし、その内何かの機会でハッキリするだろう。
「てゆーかさー、身代わり水晶があんなになったって事は文字通りの一撃必殺だったんだよねー? 人の言葉話す生き物相手によくもまぁドカンと打ち込めたねー。あっちのえげつないコンビもそーだけどさー。」
「ふふふ、アレキサンダーくんの場合はやってみたらそういう威力になってしまったというところだろうけど、まぁみんなが今まで経験した……学生は勿論現役の騎士ですら体験できない様々な事が糧となっているのだろうさ。きっとアンジュも躊躇なく攻撃できるよ。」
「……それっていーことなのかなー。」
「ふふふ、このワルプルガという舞台は極端に特殊な状況だという事を忘れてはいけないよ。別に残酷に、非情になれとは言わないけれど……致命的なためらいによって命を落とす若い騎士は少なくないからね……」
 ふと悲しそうな顔になったフェンネルさんを見て、先生の言葉を思い出す。間違えてはいけない場面で後悔のないように――もしもダダメタさんがオレたちに害を成す存在だったら、人間の言葉をしゃべるというだけで手が止まるようでは騎士の務めを果たせないのだ。
 ちょうどラコフ戦を経てそんなことを考え始めたオレたちなわけだが……どうやらフェンネルさんはこの問題にぶつかってしまった騎士をたくさん知っていて……そして最悪の結末というのも見てきたようだった。
 ……こう言うのもなんだけど、ラコフ戦は新しい魔法の他にもそういう事を考えるキッカケをくれたということで、あの一戦の意味は思った以上に大きいのかもしれない。



『ふん、こうなる事もあるかもしれないとは思っていたが……まだまだだな。』
 さっきのトカゲ……えっとハイビロビ? を運び出したのと同じサルが出てきてダダメタを運んでくのを眺めながら、最後の一体のクロドラドがアゴに手をあててため息をつく。
『あいつらは……そう、言うなれば中堅の一歩手前。それなりの強さを得て「経験の浅い若い奴ら」に数えられることはないが……それゆえに最も油断しやすい状態だった。この敗北がいい刺激になればいいがな。』
「おいおい、んじゃ今の二体はそっちの中じゃ弱い方ってことか!?」
『そうなるな。』
 ……別に苦戦したってわけじゃないけど……ポジション的にはこっちで言うところの中級騎士、スローンくらいのレベルなんだと思ってたわ……
「ふむ、そんなメンバーと共にわたしたちに興味を抱いて出てきたあなた自身は――逆にそちらでトップクラスの強さ。先の二体とは別格というわけだな。」
『そうなるな。』
 別に自慢でもなんでもなくて、ただただ事実を言っただけって顔であたしたちを見下ろすクロドラド。……たぶん、そんな顔だわ。
『対私たち――の経験をしに来たお前たちにとってあいつらは少々ズレた印象を与えているだろう。せっかくだから修正しておいてやる。普通に戦っては一方的だからな。』
「わー、自分が負けるわけないって感じだね。」
『当たり前だ。』
 リリーの嫌味な顔に対してもさっきの「事実を言っただけ」って顔を向けてくる……
 正直半分半分だわ。どう見たって格上だっていう気配っていうか雰囲気みたいのを感じてるから一撃だけでも入れられればいい方って思うのと同時に、色んな経験をして強くなったあたしたちなら勝てる――とも思うのよね。
「へへ、まー自分が負けると思って戦う奴はいねぇだろうさ。魔法生物について教えてくれるってんならありがたく教わって、でもって本気も出させりゃいいだけだ。」
 バトルアックスを構えてヤル気満々のアレキサンダー。カラードと同じでこいつもこいつがブレることはないのね……
 まぁ、その通りなんだけど。
『本気か……ではまず、私の授業を生き延びることだな。』
 ……それが構えなのか、腕を組んで仁王立ちになるクロドラド。
『そもそも初めから間違っているのだが……私たちが私たちに害を成す可能性のある存在に遭遇したならまずはこれだ。』
 腕を組んだまますーっと息を吸い込むと――

『―――――――――――ッ!!!!!』

 ガオーかグルアーか、とにかくクロドラドがすごい声量で吠えた。地面がビリビリ震えるくらいの馬鹿でかい――え……あれ……な、なんで……
『威嚇。それ以上近づけば攻撃する――いや、殺すという合図だ。ヴィルード火山ではそうはならないが、普通、私たちは縄張りに入った者を、同種ならば多少の余地はあろうが他種であったなら容赦はしない。理由など聞きはせず、死ぬか退くかの二択を提示する。』
 ――!? なんであたし、身体が……動かな――え、なにこれ……脚が震えて……!?
『言っておくが人間が出す殺気などままごとに過ぎない。それが凶悪犯だろうとなんだろうと、自然以上に厳しい環境で育つ人間などいはしないのだからな。慣れていなければ、私たちのそれを受けた人間はまず間違いなく恐怖し、立ち尽くす。今のお前たちのように。』
 クロドラドから外せなくなってる視線を頑張って横に向けると、同じような顔で同じようにつっ立ってあたしを見るローゼルがいた。
『そしてハッとして正気に戻った頃には何人か――死んでいる。』
 その後の光景は一瞬だった。腕組みしてる状態だったクロドラドが消えたかと思ったら両手の鋭い爪がローゼルとあたしを貫こうと寸前まで迫った。だけどその直前、あたしたちは背後から来た『ゲート』によってさっきみたいに後ろに下げられて、気づけばクロドラドの顔の横辺りに今まさにその短剣をクロドラドの目に突き立てようとリリーがいて……だけどボッっていう空気が破裂するような音がしたと思ったらリリーがいなくなってあたしたちの後方にある壁が爆発して……リリーの身代わり水晶が木端微塵に砕け散った。
「ぼあ!? げ、おい、な、何が起きた!?」
 クロドラドから狙われなかったアレキサンダーがあたしたちから離れた場所で一人ジタバタする。あたしは……後ろを見て、壁がいきなり爆発したのはそう見えただけで……砕けた壁の中でぐったり気絶してるリリーを見つけてその原因を理解した。
『位置の魔法は時間の魔法に次いで世界の捻じ曲げ方の大きい魔法……そんな流れの読みやすい魔法を使っては死角に入っても意味はなく、そもそもウロコに覆われた身体がダメそうなら柔らかい眼球をというのは人間の考えそうな事……私の威嚇に一人だけ耐えて仲間を救ったまでは良かったが攻撃が今一つ、対人間の域から出ていない。余裕を持って蹴り飛ばせたぞ。』
 蹴り飛ばす……さっきのボッていう音は蹴りが空気を切る音……その一撃でリリーは……!
 ていうかこいつ、あの至近距離のリリーに「蹴り」って、相当な体術の使い手じゃないのよ……!
『さて、こうして重要な支援役を失ったわけだが、それをたまたまとは思わない事だ。今言ったように私たちは魔法の流れを読み、相手側で最も厄介な存在を見極める。知能の有無は関係なく、むしろ無駄な思考が無い分通常の私たちの方が的確に狙いを定めるだろう。支援がなければ戦えないというのなら、最大の防御を用意しておくことだ。』
 さっき授業って言ったのは本気でそのつもりだったみたいで、クロドラドはまるで教師みたい一つ一つ指導してくる。だけどそんな態度も納得の強さ……凄腕の騎士が技術をそのままに巨大化したようなモンだわ。
「身代わり水晶が粉々とは……さっきのアレキサンダーくんの一撃ならともかく、ただの蹴りでそうなるとはな……これが人間と魔法生物の地力の差というわけか。」
 両手で自分のほっぺを叩きながらトリアイナを構えるローゼル。さっきの威嚇……今まで相手にしたどの敵とも違う、頭で考える理屈を無視して身体が勝手に動かなくなる……本能的な恐怖を体験したけど、それで闘志までなくなるほどやわでもないわけで、あたしも頷きながらガントレットを構え……たんだけど、クロドラドはあたしたちからアレキサンダーの方に顔を向けてた。
『では次だが、人間には力自慢がいる。』
「お――うお、俺か!」
『ガッシリと鍛えた身体に強化の魔法を重ね、私たちに真正面から挑んでくる者がいるわけだが――』
 瞬間、また消えたかと思ったらアレキサンダーの正面に移動したクロドラドは鋭い手刀を振り下ろす。
「――っつああっ!?」
 それをバトルアックスで受けるんだけど、同時に地面が陥没してアレキサンダーの両足がめり込む。
『ほんの一握りの選び抜かれた精鋭を除き、力自慢はその自慢をやめるべきだろう。その鍛えた身体は所詮、人間の中で飛びぬけているというだけで、私たちからすれば……種族によっては生まれたての赤子以下の力となる。加えて忘れてはいけないのが……』
「んのおおおっ――やろめがああああっ!!」
 瞬間的な強化魔法を使った爆発的なパワーが売りのアレキサンダーだけど、普通に使う強化魔法だってかなりのモノ。そのアレキサンダーがたぶん、全力全開で力を出してるんだけど……バトルアックスも本人も沈んでいく一方だわ……
『私たちもまた、強化の魔法を使うという点だ。人間より強靭な肉体を持つ私たちが、人間が使うよりも効果の大きい強化の魔法をな。だからお前は今、私の攻撃を受けるのではなく避けるべきだった――のだ。』
 クロドラドがアレキサンダーの全力を押し返す片腕に更に力を入れた途端、地面を衝撃波が走って……アレキサンダーの身代わり水晶が砕けた。
『ふむ、経験が浅いというのは本当らしく、私たちを相手にするには考えが未熟と言わざるを得ないが……しかし褒める点もあった。』
 地面に大の字に埋まったアレキサンダーに背を向けてあたしたちの方に向き直るクロドラド。
『先ほどのダダメタへの攻撃は評価に値する。私たちと人間には違いが多々あるが、しかし共通点があるのも事実。血流や呼吸、神経系など身体を動かす仕組み、心臓や脳と言った弱点、動けば疲労し、腹が減る。そういったポイントを突くことのできる技があれば、どんな私たち相手でも戦うことができるだろう。』
 褒めるところは褒めるっていうとことん教師みたいなことをしたクロドラドは、そこで再度腕を組み直した。
『……ふん、ざっと思いつくのはこれくらいか。次の勝負も控えているし、そろそろ終わりにするか。』
 コキンと首を鳴らしてあたしたちを見下ろすクロドラド……コケにしてるってわけじゃないし、普通にためになる話だったけど……正直腹が立ってきたわ……
「……あたしたちが――」
『うん?』
「あたしたちがあんたに勝てそうもないって事は理解したわ。でも折角だからもう一つくらいお土産をもらいたいわね。」
 言いながら、あたしはクロドラドが背負ってる変な形の剣を指差した。
「見た感じかなりレベルの高い体術を身につけてるみたいだし、きっと剣技も相当なモンなんでしょ? 見せてもらいたいわね、ヴィルード火山トップクラスの魔法生物の本気ってのを。」
『これをお前たち程度に――いや、そうか。そういえばもう一つ教えられることがあったか。』
 まさに達人という感じに、クロドラドは背中の武器に手を伸ばしつつ態勢を低くする。
『私たち――高い知能を授かった個体からは抜けがちな、自然界における常識……』
 あたしにもわかるくらいに膨れ上がる魔法の気配。膨大ってわけじゃないけど……表現するなら「研ぎ澄まされた」ってのがしっくりくる魔力が剣を包み、熱と光を帯びていく。
『そこは文字通りの弱肉強食、手加減や油断など存在しない全力の世界。相手が格上だろうとひるむことなく、格下だろうと侮りはしない。これが「私たち」を教える授業ならば、最後は私の全力を示すのが終わりとしては相応しいかもしれないな。』
 さっきの威嚇にも似た……いえ、それ以上の強烈な殺気。これを最初にぶつけられてたらその場で気絶してたんじゃないかってくらいの圧力……!
「やれやれ、いつか経験したカーミラくんの殺気とは別方向にとんでもないな。こんなものをわざわざ引き出すとは、エリルくんは本当に熱血主人公だな。」
 呆れた物言いだけど、その表情は……普段だとあんまり見ない、きっとロイド――と一緒にいるためなんだろうけど、それでも確かに騎士を目指してる者が遥かな格上に挑戦する顔。そこには、この一戦、一瞬を強さに変えてやろうっていう意思があって……
 そう、本当に。普段は人の恋人にあれこれしてるけど、そのためだけじゃ朝の鍛錬だって続かないと思うし、『ビックリ箱騎士団』の面々は全員が騎士に――強い騎士なろうとしてるのよね。
 ……その理由はどうであれだけど、ロイドだけがライバルじゃないわね。
「行くわよ。」
「うむ、ロイドくんにいい所を見せるのだ。」
 ……
 …………こいつは……
『はっ!』
 あたしのローゼルに対する微妙なツッコミを隙と見たのか、「こいつは」って思った瞬間にクロドラドがその大剣を振るった。その動きに合わせてぐねぐね曲がった歪な剣の、それゆえに存在してる数か所の剣先から斬撃が飛ぶ。
 それはただの衝撃じゃなくて……強いて表現するなら「燃える斬撃」って感じで、アンジュの『ヒートブラスト』みたいな高熱を帯びた斬撃が一振りで無数に放たれた。
「――!」
 とりあえず自分の方に飛んできたのをかわしたんだけど、あたしにはその一発だけで他の全部は氷の壁で防御するローゼルの方に飛んで行った。
「くっ――!!」
 意のままに操れるのか、ロイドの回転剣みたいに全方位から迫る斬撃にドーム状の壁で対応するローゼルは、次々と飛んでくる斬撃の防御でその場に釘付けに――
 !! まずはあたしからってことね!
『しっ!』
 厄介な氷の壁を使うけど機動力はそこまで高くないローゼルを足止めして、逆に細かく動けるあたしを先に倒しに来たクロドラドがいつの間にか背後でその大剣を振り下ろしてた。
「――っ!!」
 正直間に合ったのがウソみたいで、爆発で身体をひねった結果ソールレットの先っちょを大剣がかすめる。さすがにこの大剣の間合いの中じゃ不利だから一度距離を――いや、むしろ離れたらダメよあたし!
「はあああっ!」
 振り下ろした直後の姿勢のクロドラドのアゴを狙って突撃する。身長的にはクマか何かと戦うくらいの感じのはずなんだけど、全身から放たれる圧力で前に首都に侵攻してきたワイバーンみたいな超巨大生物を相手にしてるような錯覚に襲われる。
 でも殴り飛ば――
『がぁっ!』
 クロドラドの顔面の直前、鋭い牙がずらりと並ぶ口がガバッと開いてあたしの左腕――肘から下が牙の向こうに消えた。
「――ああああああっ!!」
 瞬間、激痛が走り出す。そのまま首を振ったクロドラドに放り飛ばされたあたしは自分の左腕がなくなったんだという絶望を感じた。だけどそこにはあたしの左腕がちゃんとあって、それでハッとして自分の身代わり水晶を見ると、左腕が肘の部分でぼっきり折れてた。
 あたしの左腕は――まだある! そうだわ、大ケガや致命傷を防ぐために身代わり水晶を使ってるんだから、この痛みだって一時的なモノ。腕の感覚は全然ないけど、勝負が終われば元に戻るんだからまだ戦え――

『戦闘中に一安心とは、仕方がないとはいえワルプルガの悪い点だな。』

 直後、振り下ろされた大剣がギロチンのように――あたしの身体を上と下とに切断した。
「エリルくんっ!!」
 急激にぼやけていく視界の中、あたしの方を見て叫ぶローゼルが、氷の壁を突破して降り注ぐ無数の斬撃に飲み込まれたのが見えた。



「ふふふ、初めての人にはなかなかキツイかもしれないね。どうかな、身代わり水晶によるちょっとした臨死体験は。」
 勝負が終わって戻ってきた四人はどんよりとした顔を――
「ロイくんボク殺されちゃった! 慰めて!」
 ――三人がどんよりとした顔を――
「ロイドくん、ちょっとわたしも……」
 ――二人がどんよりとした顔を――
「……」
 ――一人がどんよりとした顔を――ってエリルまで!?
「あ、俺はいいからな。」
 だんだんと強化コンビの定番のボケになりつつあるそれを流し、オレは……押されるままにソファに座り込んだオ、オレに抱きつい――ている、三人を見た。
 リリーちゃんとローゼルさんはまぁ割といつもの……いつものことってかなりアレだと思うけど、とりあえずそれは置いておいて、エリルまでもがというのがいつもと違うところだ。
 んまぁ、部屋だと結構――ああいや、このことは今はいいとして……さ、三人の色々なあれこれが色々なあれこれに触れててふにふにと柔らかかったりするから普段ならジタバタするところなのだが、三人の表情を見る限りかなり深刻というか、そういう雰囲気ではなかった。
 本当に怖い体験をした……そんな感じの顔だ。
「えぇっと……み、みんな大丈夫……?」
「ボク全身がぐちゃぐちゃになった感覚だったの! ロイくん抱きしめて! チューして!」
「わたしは焼かれて斬られる雨の中という感じだったぞ……」
「……お腹のところで真っ二つにされたわ……」
「ちなみに俺はこう、上からぺしゃんこにされた気分だったぜ。」
 アレクはなんかもう「いやー悪い夢みたぜ」ってくらいまで回復してるけど……三人はまだ少し震えている。きっと今言葉にした事がそれ以上の恐怖と共にやってきたのだろう……
「師匠、これ知ってたんでしょー? なんで教えといてくれなかったのさー。」
「ふふふ、先に教えてしまうと不安になって動きがかたくなるかもと思ってね。」
 少し申し訳なさそうに笑うフェンネルさんは、むぎゅっと固まって団子状態のオレたちを眺めながら説明をする。
「騎士の学校なんかが使う大ケガ防止用の魔法は痛みも抑えてて、そういう類では甘口なのだけど、こういう現役の騎士しか出ないようなイベントで使われるそういう魔法は辛口なのがほとんどでね。加えてワルプルガはヴィルード火山の力で身代わり水晶なんてモノが使えてしまうから、臨死体験できてしまうくらいの激辛なのさ。色んな経験をしているとは言えいくつもの戦場や死線を潜り抜けたわけじゃないみんなにはまだまだキツかったね。悪い事をしたよ。だけど……」
 ふと、若くして命を落としてしまう騎士の話をした時と同じ顔になったフェンネルさんは真剣な顔でこう続けた。
「ワルプルガという稀な機会を得られたみんなには是非とも「死の恐怖」というものを感じておいてもらいたかったんだ。様々な経験を通して急成長しているみんなは、先達からすると少し心配でね。不釣り合いな程の力が与えるだろう早熟な自信は、みんなを軽々と死地へ誘う。ここで一歩、みんなの足を止めてくれるような経験をして欲しかったのさ。」
 真剣な顔のフェンネルさんの口から出た「死の恐怖」という言葉に部屋の空気がピリッとす――
「つまり師匠はあたしたちにちょーしに乗るなよーって言いたかったんだねー。」
「アンジュ、せっかく格好のつく言葉で伝えたのに台無しさ。」
 苦笑いをするフェンネルさん。でもその心配はきっとすごくありがたいモノだ。フェンネルさんが言ったように、今のオレたちが手にしている力は……たぶん年齢や学生という立場には不釣り合いに強大なのだ。
「でも師匠、ちょっと激辛過ぎたんじゃないのー? あたし、いつもならこの三人に混ざるけどそれがしづらい雰囲気だよー?」
「ふふふ、まぁあまりに強い「死」のイメージで戦えなくなる騎士というのもいるのだけどね。それこそS級犯罪者や反政府組織との戦いをくぐり抜けたみんななら大丈夫さ。」
「師匠って時々スパルタだよねー。あたしたちなんかお姫様たちのこんな状態見た後に試合だしさー。」
 アンジュの言葉でちょっとドキッとする。エリルですらこんなになる「死の恐怖」……うぅ、オレ大丈夫かな……
「ふむ。しかしそういう恐怖があるという事を知って戦いに挑むことが本来あるべき姿のはずだからな。おれたちはより一層の良い経験ができるというものだろう。」
 あっさりとした顔であっさりと言ったカラード。
「ところでフェンネル殿、身代わり水晶が致死の痛みを経験させるという事は、昨日フェンネル殿の像を貫いた時ももしや……」
「ふふふ、さすがにあの時はそういう機能をオフにしていたさ。」
「オフ……あ、あの水晶って……そういう細かい、設定ができるん、ですね……」
「ふふふ。長年の試行錯誤があるからね。強いて言えば、ワルプルガの際は水晶の設定を「痛みの感度最大」にしているのさ。初めの頃は命がけだった名残かな。」
「あー、一瞬だったけどマジで死ぬっつーか死んだと思ったぞ、あの痛みは。」
 いよいよケロッとしてきたアレク……すごいな。
「そういや気絶して気づいたら勝負が終わってたからわかんねーんだが、あのトカゲ剣士は『水氷の』の氷の壁を突破したのか? それとも足元からの噴火でやられたのか?」
 誰にともなく、知っている人に質問した感じのそれに……オ、オレの左腕にしがみついていたローゼルさんが顔を上げた。
「あれは……そうだな、わたしの未熟故というべきだろう。エリルくんがやられたのを見て頭が真っ白になったのだ……本当にあの一瞬、エリルくんは真っ二つになっていた――ように見えたからな……」
「ふふふ、それも大事な経験だね。魔法は心の影響を大きく受けるから、愛の力で絶大な防御力を得たかと思えば、仲間の敗北に冷静さを失って薄氷のようにもろくもなる。チーム戦ではそんなところも大切なポイントさ。」
 ……! そうか、もはや絶対無敵と思っていたローゼルさんの氷も、ローゼルさん自身が心を乱せばその硬度は下がってしまうのか……
 ……むしろ今まで……ラコフ戦でもあの防御力を維持していたのがすごかったというべきなのか……そ、それかあの時はオレとのあれこれから日が浅かったからなのか……あうぅ……
「心の影響……なるほど、つまり戦いの前はしっかりと愛を補充して臨めばいざという時にも心が支えられるのだな。ロイドくん、次からは戦いの前に愛を語らおうではないか。」
「えぇ!?」
「優等生ちゃん、元気になったんならロイドから離れたらー?」
 ローゼルさんが元に戻ってきたので、オレはエリルの顔を覗き込む。
「エリルは? 大丈夫か?」
「…………」
 オレの正面にだ、抱きついているエリルはジトッとオレを睨んだ後、再度顔をうずめた……な、なんだこのエリル、可愛いぞ……
「ロイくん! ボクはまだダメ! 熱いキスが必要だよ!」
「びょえっ!?」
 右腕にくっついているリリーちゃんがずずいと顔を近づけて――ああ、そういう動きをすると柔らかな――柔らかなああああ!
「ふふふ、アンジュも大変だね。」
「昨日師匠がもっと大変にしたんだけどねー。」
 柔らかな誘惑からは逃れられていないが、勝負が終わった直後のどんよりした感じがいつものみんなの雰囲気に戻って来たのを感じてホッっとし――
「おいロイド!」
「どわ!」
 ソファに座るオレをぬっと上から見下ろしたストカにビックリしたのだが……ストカは妙に嬉しそうというか、何か面白いモノ見たような顔をしていた。
「な、なんだよストカ、そんなワクワク顔で……」
「さっきの戦い、あの――クドラドロ? ってのが使ってた剣、ありゃかなり珍しいモンだぞ。」
「クロドラドさんな……あの大きな剣がか? 何か特殊なモノなのか?」
「おや、気づいたのかい。」
 フードをかぶったストカを妙な……不思議な表情で数秒見つめた後、ふふふと笑ってフェンネルさんはクロドラドさんが使っていた武器について教えてくれた。
「あの変な形の剣はね、実はマジックアイテムなのさ。」
「む? あの大剣が? それは少し妙だな……」
 元気にはなったみたいだけどオ、オレからは離れないローゼルさんが間近で難しい顔をする。
「マジックアイテムというのは魔法使いが何らかの目的に合わせてそれに特化した魔法を物に付与したモノで、当然ながら人間が使う事を前提としているはずだ。あの、フィリウス殿の剣よりも大きそうな鉄塊を扱える人間なんていないだろうに。」
「ふふふ、まさにその疑問への答えがあの剣の珍しいところさ。実はあれ、元々は亡くなった魔法生物の遺体なのさ。」
「遺体……む、ではあれか。高名な魔法使いが死の間際に己の全てを代償にして作ることがあるというタイプの……」
 ローゼルさんが少し浮かない顔になったのはたぶん、ザビクの件だろう。オレは気絶していた――というかマトリアさんが表に出ていたから見てはいないのだが、スピエルドルフで襲ってきたザビクというアフューカスの仲間の一人は、自身を代償にマジックアイテムとしてメガネを作ったそうなのだ。
 字面だけ見ると何らやまぬけな雰囲気だが、S級犯罪者が残したマジックアイテムという事で騎士の間では最重要危険物に指定され、色んな偉い人に警告が出されたという。
「その通り。魔法生物たちにそういう技術は――少なくとも今はないのだけど、昔から極めて稀に、そういう現象が起きて自身をマジックアイテムに変化させるモノがいるのさ。」
「おいおい、それってすごいんじゃねーのか? モノに魔法を追加すんじゃなくて魔法生物の身体がそのままアイテムになんだろ? 俺らと違って魔法を操る器官とかを持ってる連中がそんなものになったらものすげーパワーが出るんじゃねーのか?」
「ふふふ、それもその通りさ。あの剣の最大出力はこのヴィルード火山の三分の一を消し飛ばすと言われているよ。」
「規模が大きすぎてよくわかりませんね……あの、もしかしてそういう武器を持っている人――方は他にもいるんですか?」
「僕の知る限りじゃ二体だけだよ。」
「二体……あ、じゃあもう一体はガガスチムさんですか? リーダーですし。」
「いや、ガガスチムは違うよ。あいつ、武器を持ってるその二体よりも強いのさ。」
「えぇ……」
「そ、そういえば……クロドラド、さんが出てきたっていうこと、は……あ、あたしたちの時にその、ガガスチムさんが、出てくることも……」
「ふふふ、クロドラドよりもその可能性は高いかな。そんなような事をさっき言っていたしね。」
「えぇ……」
 ちょっとフィリウスと似た雰囲気のガガスチムさんを思い出し、確かに笑いながらオレたちの対戦相手として登場しそうだなぁと、諦めのため息が出た。



『おうクロドラド! 剣を使うなんざ珍しいじゃないか!』
 スタジアム内の控室。人間側のそれとは内装の全く異なる、部屋と言うよりは小さな庭と言った方がしっくりきそうなその場所に戻って来た、大剣を背負った二足歩行の大きなトカゲ――クロドラドに大きな声でそう言った葉巻をくわえた巨大ゴリラ――ガガスチムはニヤニヤと小ばかにするような顔をしていた。
『なに、たまには振るってやらないと感触が鈍ると思っただけだ。』
『バッハッハ、んでどうだった、フェンネルの弟子は!』
『どうも何も、まだまだひよっこだ。力はあるが圧倒的に経験がない。』
『そりゃそうだ、その経験をする為にこのワルプルガに来たって話だからな! いきなりフェンネルみたいにわしらと互角にやり合えってのは無理な話だ! わしが聞きたいのは面白さだ! なんかすごい魔法使ってただろう!』
『ああ……使い方はともかく、魔法単体としては驚異だな。魔力感知でなければ知覚できない上に凄まじい硬度の氷に奇妙な位置魔法、そして私がそこそこ本気を出さなければ押し勝てないパワー。』
 今の戦いで自分の手刀を受け止めていた人間を思い出し、肩を回すクロドラド。
『そしてあの赤い髪の人間……機動力もパワーもすごいが特筆すべきは意思の強さか。』
『意思?』
『私の威嚇に恐怖して足を止めていたというのに、あの人間、私が間近に迫った時、私の攻撃の間合いに入った不利よりも対格差を活かした近距離戦を仕掛けてきた。あの人間の「攻撃に転じる」という判断がもう少し早かったら近づき過ぎていた私はアゴにいい一撃をもらっていただろう。あれは強くなるぞ。』
『バッハッハ、高評価だな! これはわしの番が楽しみだ!』
『……出る気なのか? 一日目の試合に。』
『お前だけ楽しい思いをしてわしにお預けとは言うなよ!』
 葉巻を大きく吸い込んで一気に半分以上を炭にした後、手の平に発生させた炎でそれを消し炭にしたガガスチムは大笑いしながらその部屋を出て行った。
『……となるとあの子供はガガスチムと……場合によってはあの奇妙な感覚の正体がわかるかもしれな――』

『クロドラド!』

 控室の中、おそらくはもっと小さな一室だったのだろうが壁や床を抜いて複数の部屋を繋げてできたその部屋には他にも多くの魔法生物がいるのだが、その中の一体がクロドラドに近づいてきた。
『なんださっきの戦いは! まるで人間を育てるようなあれは一体どういうわけだ!』
 クロドラドはトカゲ、ガガスチムはゴリラとわかりやすい表現があるが、その魔法生物と似た姿の生き物は他にいないと思われ、強いて言えば複数の生き物が混ざり合ったような姿をしていた。
 上半身だけ見れば羊のような巻き角の生えたクマなのだが、その身体は下に行くほど細くなり、脚にいたってはまるで鳥のようで、上半身と比較すると非常に頼りなく見える。背中には翼のように広がってはいるが翼の用はなさない枯れ枝のように歪なモノが四本生えている。
 力が強いのか弱いのか、足が速いのか遅いのか、飛ぶことができるのかできないのか。身長はクロドラドと同等ながらも細身の部分のせいで迫力も半減している、そんなアンバランスなシルエットのその魔法生物は怒りをあらわにクロドラドに迫る。
『人間が犬猫に芸を教えるような余興ならばいい。だがあれは成長させる為の教育だ! 何故人間なんぞにそんなことをする!』
『ふん、相変わらずだなゼキュリーゼ。人間に強くなられるのが恐ろしいのか?』
『そんな話はしていない! 支配する者が支配される者の立派な成長を促すなどおかしいだろうという話だ!』
『またそんな事を……』
『事実だ! 貧弱な人間が世界を我が物顔できているのは知性ゆえ! それをオレたちが得たのならば、次なる支配者はオレたちだろう! あの魔人族ですら圧倒的な個体数の差でオレたちの支配下に入るべき存在――この世界は次代をオレたちに委ねたのだ!』
『支配者だの世界を委ねるだの、その貧弱な人間の考え方に染まっている自分自身はどう弁護する気だ?』
『貴様っ!』
 クマのように巨大な手がクロドラドの首を締め上げる勢いでつかみ、周りの魔法生物たちがどよめくも、クロドラドは表情一つ変えない。
『人間の中には思想の自由とかいうモノがある。お前が何をどう思おうとお前の勝手だ、好きに妄想しろ。だがそれを実行して私たちに害が及ぶようなら覚悟しておけよ? かつて人間との戦いで多くの同胞を失っている歴史を忘れるな。』
 表情は変えないが明らかな威圧の色の混じった眼光に奇妙な姿の魔法生物――ゼキュリーゼは舌打ちを返し、クロドラドから手を離して部屋の奥へと消えていった。
『まったく、どいつもこいつもわかりやすく面白がってわかりやすく不満げだな。』



 あたしたちの試合の後、星二つの勝負が何回か行われてそろそろ日も傾いてきたころ、試合のレベルが星三つに上がった。

『オホンオホン、試合の数は星が多いほど少なくなるので、一日目に星三つに入ることができたのは僥倖なのですが、ここで試合の順番の変更です。』

「おや、あっちかこっちの参加メンバーに何かあったのかな。」
「えぇ? 何かあることがあるんですか?」
「そりゃあね。体調不良とか……こっち側限定の話で言えば貴族の足の引っ張り合いとかね。」
「えぇ……」

『星三つの試合の中でフェンネル――いえ、カンパニュラ家が参加する試合を繰り上げて今日中に行っておきたいという要望がありましたので、問題が無いようであればそのようにするのですがいかがでしょう。』

「んん? 僕たちはそんな話していないから……他の貴族のちょっかいかな。もしくはこの要望があっち側のだとしたら――」

『バッハッハ! わしはもう待ちきれないのだ!』

 控室の窓の外、スタジアムの真ん中にある闘技場部分に……デカいゴリラが立ってた。

『さぁ来いフェンネルの弟子共! クロドラドだけに楽しい思いはさせんぞ!』

「……あの、フェンネルさん、これって……」
「ふふふ、思った通りになったね。」
「あぁ、やっぱりそういう事ですか……んまぁ、そうなるような気はしていたんですけど……」
「ほう、あちら側のリーダーと戦えるのか。ありがたいな。」
「えー、あたしあれが戦うとこ何回か見たけどハンパじゃないよー?」
「お、大きいね……ど、どうやって戦えばいい、んだろう……」
 ロイドとアンジュが嫌そうな顔をして、ティアナが意外にやる気で、カラードが純粋に嬉しそうっていう極端な組み合わせのロイドチーム。
「むう、結局わたしたちは負けてしまったからロイドくんたちには是非星のゲットをと言いたかったのだがな……」
「うおー、羨ましいぜカラード! どっちかっつーとあっちの方が俺的には好みのパワータイプだからな! 全力で行けよ!」
「ロイくん! 怖い思いしたらボクに抱きついてね!」
 あの……あの恐怖をロイドも……
「……頑張んなさいよ。」
「お、おう……エリルを見習って頑張るよ……」
「は? あたし?」
「いや、ほら……クロドラドさんの剣をよけた時、エリル距離を取らずに向かっていっただろう? ああいうガッツはさすがエリルだなぁと……」
「――! う、うっさいわね、ついそう動いちゃっただけよバカ!」
「えぇ……」
「ほらーもー、仮夫婦漫才はやめてよねー。いくよロイドー。」
 ロイドたちが部屋を出た後、ローゼルたちにジトッと睨まれたけど……い、今のはロイドが勝手に褒めただけだし、それこそ恋人同士の普通――な、何考えてんのあたし! あのバカでかゴリラの戦いからも何か学ぶのよ!



『バッハッハ、悪かったな! 順番通りにやると明日になりそうだったんでな! 先にしてもらったぞ!』
「は、はぁ……」
 で、でかい……いつかのワイバーン並のデカさだ。あんまり近くに行くと顔が見えなくなるから微妙な距離感で顔を合わせているのだが……勝てる気がしないぞ……
 い、いかんいかん、エリルのガッツを見習うのだ!
「ふむ、考えモノだな……」
 準備万端、フル装備の全身甲冑姿のカラードが腕を組んでうなる。
「明日も試合ができるという保証はないし、あちら側でナンバーワンの相手なわけだからこの一戦で『ブレイブアップ』を使い切るのも悪くはないが……しかしもしも明日、今回とはまた違った魔法生物戦が体験できるとしたら学びの機会を失うのは大きい……うーむ。」
『おう、どうした鎧の人間! 戦いを前に何を迷う!』
 パン――というかバァアンというか、耳が痛くなるような音を響かせながらガガスチムさんが両手を叩くと、その巨体を挟むように左右の地面から巨大な……金属の柱? みたいなモノがはえてきた。
『迷うという事はどっちを選んでも何かしら残念なことがあるという事! ならばその場その場の気分、思うがままに進め! わしはいつもそうしているぞ!』
 そしてガガスチムさんは金属の柱をガシッと左右の腕でつかんで構える。表現するなら……めっちゃムキムキの人がその辺にたまたま落ちていた鉄の棒を構えたような荒々しさ。
 ……というかこの柱、もしかして……
「あの……今のって第五系統の魔法ですか?」
『ん? ああそうだ。土の魔法で作ったモンだ。わしはお前たちに言わせるとトツゼンヘンイとか言うらしくてな。炎の魔法は勿論使えるが、一番得意なのは土の魔法なのだ。』
 ……たぶん、今の「勿論使える」の使える程度はオレたちで言うところの得意な系統レベルで、それを差し置いて第五系統が得意だと言うのだから……これはまたとんでもないんじゃなかろうか……
 んまぁ、使う系統がどうであれ元々とんでもないのだが…………えぇい、やるしかないぞオレ!
「……いよし! みんな、色々と勉強しつつも、せっかくだから勝って星をゲットしよう!」
「わー、あたしの家のためにってことー? もー、早速当主の自覚があるんだねー。」
「そ、そういうんじゃなくてですね!?」
「思うままにか……ならば勝つための、そのための道を進むとしよう!」
「そ、そうだ! 勝つぞカラード!」
「あ、あたしも、頑張るよ……それでロイドくんにも惚れ直してもらって……えへへ……」
「ティアナさん!?」

『オホンオホン、どうやらカンパニュラ家の二つ目のチームはお笑いチームのようで、我らが大将ガガスチム様も楽しそうでありますので、早速試合開始と参りましょう。』

『バッハッハ! 学ぶというのなら身体で覚えることだ! わしはクロドラドのように優しくはないぞ!』
 カーボンボさんの合図にかぶせるように、振り下ろされた巨大な金属の柱が地面を砕き、オレたちの試合が始まった。

第八章 最強のゴリラ

 ベルナーク。この世の武器の全てを網羅していると言われているブランドというかシリーズの名前。その昔、とある国の守護を代々担っていたベルナークという騎士の家系があって、彼らが率いる騎士団は無敗を誇り、小さなその国を守り通したという。
 ベルナークシリーズはそのベルナーク家の騎士たちが使っていた武器の事で、多くの騎士が憧れ、欲している。理由は勿論、その武器が強力だからだ。
 切れ味、破壊力、射程距離、耐久性――近距離武器であろうと遠距離武器であろうと、その武器の性能を示す要素の全てが最高レベル。その上誰が手にしてもまるで長年愛用したかのような感覚を与え、手にした瞬間からその武器の使い手になれてしまう。
 とはいえ、剣の使い手ならやはりベルナークの剣が欲しいし、槍の達人ならベルナークの槍を求める。実際、その武器の使い方を身につけている方がベルナークの武器の力をより引き出せるというモノであるから、騎士たちは自分が愛用している武器のベルナークシリーズを追い求める。
 しかしこの武器、誰の手にも馴染むものの、その真の力を引き出すには二つの条件をクリアしなければならない。
 一つはその種類の武器の使い手である事だが、これはそれほど難しい条件ではない。問題なのはもう一つの方――ベルナーク家の血筋の者であるという条件だ。
 ベルナーク家最後の代となった姉弟の内の弟の方から分岐を始めた血筋は現在にいくつかの騎士の家系を残しており、そのどれもが名門と呼ばれている。その家の者たちはベルナークシリーズの真の力を引き出す事ができるのだが、この弟の方からの血を受け継ぐ者たちには更にいくつかの条件が追加されている。
 強力過ぎるその力を抑制する為に弟の方が仕掛けた魔法らしく、この条件ゆえに滅多な事では真の力を引き出せなくなり、だからこそ十二騎士トーナメントなどがベルナークの血筋の者たちの独壇場にならずにすんでいるのだとか。
 それじゃあ姉の方はどうなったのかというと、弟がベルナークという名前ではなくなっても騎士を続けたのに対し、彼女は騎士をやめ、とある農家に嫁入りした。
 名門の騎士の家系には本家や分家というようなモノがたまに出来上がり、そうやって血筋が分かれていくのだが……農家にそんな事が起きるはずもなく、各代に一家のみで、その農家は代々農家であり続けた。
 そして現在、姉の方の血筋はとある兄妹にまで至ったわけだが、とある事件が起きたことにより、二人は今、騎士の道を歩んでいる。
 世間的に知られているベルナークの血筋の者たちに追加されている条件が姉の方の血を受け継ぐ兄妹には適応されない為、結果その武器の使い方を学んで一人前の使い手になりさえすれば、いつでも真の力を引き出すことのできる二人が存在することとなった。
 その兄というのがオレ、ロイド・サードニクスであり、妹が最年少上級騎士――セラームのパム・サードニクスというわけだ。
 そして曲芸剣術という一応の剣術を身につけているオレの手に、最後の代の姉の方その人であるマトリア・サードニクスから彼女が使っていたベルナークシリーズの剣が渡された。
 マトリアさんが言うには真の力――正式名称「高出力形態」起動の為には武器の中にマナを充填する必要があるという。オレには今どれくらい溜まっているのかさっぱりわからないのだが、ストカによるとマグマに沈んでいた事で溜まっていた火の魔力をヴァララさんが除去した昨日から今に至るまで、かなりの勢いで周囲のマナを取り込み続け、今日の朝には満タンだった……らしい。
 オレたちがいる火の国の首都ベイクに漂う自然のマナはヴィルード火山の影響でだいぶ第四系統に傾いていて、まるでイメロから作り出したマナのように性質が偏っているらしいからちゃんと起動するのか不安なところではあるのだが……とりあえず必要な条件は全てそろっている。
 そう、あとはガガスチムさんという強大な相手を前に実践あるのみなわけなのだが……剣を手にしたオレはふと気が付く。

 高出力形態ってどうやって起動させるんだ?


『そぅらっ!』
 オレたちを薙ぎ払うように振られた金属の柱が地面を削りながら爆速で迫る。サイズ的には柱というかもはや壁のそれを、他のみんなを風で上に飛ばしながら回避する。
 ローゼルさんがいたら絶対防御の氷で避ける必要もないかもしれなくて、チーム戦の時には防御系の援護をしてくれる人というのは大事なんだなとしみじみ感じるが……あいにく今のチームにそれができる人はいない。
 でもだからと言って、今のオレたちじゃどうしようもないというわけではないのだ。
「行く、よ!」
 特に打ち合わせもなくいきなり風で飛ばしても空中で体勢を整えるみんなの中で、さらに銃まで構えたティアナが拳銃を連射する。
『バッハッハ、そんなちっこい弾がわしに通じるとでも――おお?』
 空中のオレたちを叩き落とそうと右腕で持つ金属の柱を振りかぶろうとするも、急に柱が重たくなったかのように動かなくてふらりと姿勢を崩すガガスチムさん。
 発射した銃弾を一瞬でワイヤー上に変形させて相手を拘束するティアナの技。勿論普通にやったら魔法生物相手には貧弱な鉄線だが、魔眼ペリドットで力の起点を見極め、そこを抑える事で怪力の持ち主相手でも動きを制限できる。
 それでも限度はあるわけだけど、一瞬の隙を生むには十分なのだ。
「『アディラート』っ!」
「『ヒートレーザー』っ!」
 回転剣の連続射出とアンジュのレーザー攻撃をふらついたガガスチムさんへ集中砲火。刻んで焼いてと中々に恐ろしい攻撃だが、あの巨体にどれほどの効果があるのか……!
「あたしたち息ピッタリだねー。カンパニュラ家も安泰だねー。」
 反応に困るアンジュの呟きを聞きながら着地するオレたち。なんとなくティアナにジトッと睨まれながらガガスチムさんの方を見るが……これはちょっとショックだな……
『うーん、なかなかやる! わしはクロドラドみたいに動けんし人間からすれば巨大な的だから大抵の攻撃を受けてしまうが、今までの経験の中でも上位に入るいい攻撃だったぞ!』
 うまいモノを食ったぞーというようにお腹をバシバシ叩くガガスチムさんは……完全に無傷だった。
「うわー、人間相手ならハンバーグになりそうな攻撃なのにねー。火傷も切り傷もないよー。」
「むぅ、強化魔法を使っているのか、そういう身体なのか……マリーゴールドさん、どうかな。」
「まだ、どっちかはわからない、けど……さっき、試しに撃った銃弾は……カキンって、弾かれ……ちゃった……」
「オレの剣も、半分は折れたよ……」

 プリオルからもらった増える剣じゃ傷一つつかないけど、マトリアさんの剣――ベルナークの剣ならあるいはダメージを与えられるだろうか……
 いや、効果があってもあの巨体からしたら針が刺さった程度のダメージにしかならないような気がするな……ノクターンモードで使える吸血鬼の「闇」をまとわせて巨大な剣にすれば違うかもしれないけど……正直、ミラちゃんの血はここでは使いたくない。
 この前の交流祭の時はマーガレットさんと全力の勝負をしたかったっていうのと、そもそもどれくらいの力を引き出せるのかという実験の面もあった。結果すごい力を出せたわけだけど、だからこそミラちゃんの血は緊急時用に取っておきたい。いつまた、ラコフのような敵に遭遇するかもわからないのだから。
 それにオレたちは対魔法生物戦の勉強をしに来ている。ガガスチムさん的には全力で挑んで欲しいだろうけど……勉強途中の騎士の卵としては普段の力で挑むべきだと思うのだ。
 ……んまぁ、ベルナークの剣の真の力を試すとなると、その前提はひっくり返ってしまうから悩ましいところなのだが……

『まだまだこんなものではないだろう! もっと見せてみろ!』
 クロドラドさんのようには動けないとは言うものの、その巨体で軽々とジャンプしたガガスチムさんが金属の柱を構えながら上空から迫る。
「それじゃーもー少し出力を上げてみようかなー。」
 アンジュがパチンと指を鳴らし、オレたちの頭上――ガガスチムさんの目の前に特大の『ヒートボム』を出現させる。
『おお!?』
「ロイド!」
「りょ、了解!」
 全員を緊急回避用の突風にのせてその場から移動させると同時に空中の『ヒートボム』が起爆、スタジアム内に爆風が吹き荒れた。
 ヴィルード火山の影響で火の魔法の威力が増大している今、あの大きさの『ヒートボム』の破壊力は凄まじいはず――
『今のもなかなかだ!』
 煙の中で再びの爆発。それと同時にガガスチムさんの巨体が砲弾のように迫って――
『ほうわっ!』
 勢いそのままに金属の柱を振り下ろした。
 多少はダメージがあるだろうかと期待している中での即座の反撃。気づいた時には金属の柱が目前に来ていて、これはこの闘技場もろとも粉々かと思ったのだが――その攻撃が地面を砕くことはなかった。

「『ブレイブアーップ』ッッ!!!」

 超人的な反射神経でオレたちを守るようにガガスチムさんの攻撃を受け止めたカラード。まとった全身甲冑を金色に輝かせ、正義の騎士は三分間の全力全開に入った。
『ほう! この攻撃を止めるか!』
「おおおおおおおおっ!」
 咆哮と共にランスを振り払い、そのままガガスチムさんを押し返す。その巨体からは想像できない身軽さで空中で一回転して着地したガガスチムさんは、アゴに手をあててニヤリと笑う。
『これはこれは……いいじゃないか鎧の人間! その力、直に受けるとしよう!』
 そう言うとガガスチムさんは両手の金属の柱をその場に突き立て、拳を握ってボクサーのような構えになる。
『ボンッバァーッ!!』
 そして――まるでエリルのように、肘から出ていた炎が勢いを増してジェットのように噴き出し、その勢いでこちらに吹っ飛んできた。『ヒートボム』を受けた後にいきなり飛んできたのはこれか……!
「――! 打ち抜け! ブレイブブロオオオオオオオウッ!!!」
 爆速で迫り、勢いそのままに巨大な拳を打ち出すガガスチムさんにタイミングを合わせてカラードも拳を放つ。ネズミがゾウの足を受け止めようとするような絶望的体格差にも関わらず、両者の拳はぶつかり合った瞬間に凄まじい斥力を周囲にまき散らし、ガガスチムさんの突撃はその場で止められた。
『バッハッハ! これほどとは!』
「――っ!! ブレイブ、アップ――プロパゲイトオオォォォッ!!!」
 ガガスチムさんを一瞬止めたカラードがそう叫ぶと、その足元から金色の光が地脈のようにオレたち三人の足へと伸び、オレたちはその光に包まれた。
「――! これは!」
「あー、この感じ覚えてるよー。」
「ラコフ、との戦いの時に……みんなにブレイブ、アップをかけてくれた時の……感覚……」
 カラードの『ブレイブアップ』の効果をオレたちにも与える――ラコフ戦の経験で身につけたのだろう最強の支援技……!
 オレたちにもかけた分、おそらく効果時間は三分よりも短い。思いがけない攻撃に対する咄嗟の『ブレイブアップ』だったと思うが――使った以上は勝負をかけるという事だな、カラード!
「ティアナ!」
「う、うん!」
 金色に輝く拳銃とスナイパーライフルを左右の手それぞれに構え、二丁で連射を始めるティアナ。オレはできる限りの剣を作り、アンジュは再度『ヒートボム』を頭上に用意する。
『ほう、そちらも――む!?』
 オレたちの攻撃に気づいてこっちを向こうとしたガガスチムさんだったが、既に何十と巻きついているティアナのワイヤー――『ブレイブアップ』によって強度を増したそれにからめとられた巨体はピタリと動きを止めた。
「全、開っ! 『ヒートブラスト』っ!!」
 その瞬間、さっき放ったのも相当な規模だったのにそれを遥かに超える熱量で、かつ頭のサイズくらいまで圧縮した高密度の『ヒートボム』から熱線が放たれる。
『ぬおおおおお!?』
 個人が放ったとは到底思えない大出力の攻撃を、拳を放った後の姿勢で止まっていたガガスチムさんは無防備なお腹に受ける。さっきは何て事もないような顔をしていたけど、その余裕の表情に歪みが混じる。
 そして攻撃はまだ終わらない。アンジュの『ヒートブラスト』の収束に合わせて用意していた曲芸剣術の槍を放つ。
「『グングニル』っ!!」
 黄金の輝きをまとった大量の回転剣を同じく強化された螺旋の竜巻にのせ、『ヒートブラスト』が直撃した場所へと間髪入れずに叩き込む。
『ぐおおおおお!?』
 まるでドリルで金属の壁を掘り進むかのような音が響く。受けた事のある人からはミキサーに放り込まれたみたいだったと表現されるこの技を生身で受け止められてしまっているのはさすがの体格差というところだろうが、さっきのような無傷というわけではなさそうだ……!
「さら、に――回転っ!!」
 風を追加して竜巻と回転剣の威力を上げる。『ヒートブラスト』の分のダメージもあるし、このままお腹に穴でもあけられれば身代わり水晶が砕けてこちらの勝利となる――が……
『バハ――バーッハッハッハ!! まさかこれを使わされるとはっ! 嬉しいぞ人間!』
 オレの槍が突き進む音が変化する。見るとガガスチムさんの身体を……まるで皮膚の下から染み出すように金属の鎧のようなモノが覆い始め……!?
『わしの身体の中には超硬の金属のようなモノが溶け込んでいてな! それゆえの頑丈な身体なわけだが――それを全て集めてアーマーとして身にまとう事でその硬さを最大限に発揮させるのだ!』
「――! だ、だめロイドくん! すごい力であ、あたしの拘束が――」
 内側から鎧をまとうというとんでもない現象の結果、一方向からの引っ張りならまだしも、縛っていたモノがいきなり大きくなるという、ワイヤー全体に力がかかってしまう状態になったことでティアナの拘束が限界を――!
「ロイドーっ!!」
 数秒後には鎧をまとったガガスチムさんが拘束から解放されてしまうと直感した瞬間、オレたちが攻撃を加えている間にあの剛腕を止めた衝撃から体勢を立て直した正義の騎士が黄金のランスを構えてオレの横に立つ。
「――!! 行けカラードっ!」
「おおおおおおっ!!」
 もはや貫ける気配のなくなった『グングニル』だが、黄金の一撃を後押しする道にはなる!
「射抜け! ブレイブストライクッ!!!」
 カラードによるランスの投擲。黄金の一閃は回転し続ける『グングニル』の中へ入り、螺旋の風にのって直前で更なる加速。まるで杭打ち機のようなその一撃はガガスチムさんの鎧へ――

『ボォンバアァァァァッ!!!』

 ――届くその一瞬手前、ガガスチムさんを覆っていた鎧が内側から破裂した。
「うわっ!」
 完全に想定外の爆風によって吹っ飛ばされたオレたちは、四人そろって壁に打ちつけられる。
「――っ!! 防、御っ!」
 そして散弾のように飛んでくる鎧の欠片を見たオレは、全身に走る痛みを抑えつけながら周囲に風を起こしてそれらを吹き飛ばす。その風によって爆発による砂埃が一掃され、ガガスチムさんの姿があらわになった。
『バッハッハ、バーッハッハッハ!!』
 一瞬だけまとったあの鎧はもうないが、ものすごく楽しそうに大笑いするガガスチムさんは、起き上がるオレたちを見て更なる満面の笑みを浮かべながら自分のお腹を指差した。
『アーマーだけでなくそのパージまでする羽目になるとはな! いわば緊急回避用の技なのだが、さっきのはそれほどの気配を感じたぞ! 実際――見ろ! わしの腹に槍が刺さっておるわ!』
 サイズ感的にはちょっとした棘が刺さったくらいにしか見えないが、鎧――アーマーのパージなる爆発の中を突き進んだカラードのランスは、その先端をガガスチムさんのお腹に突き立てていた。
『あのままだったらわしのアーマーを貫いて更に奥へと突き刺さっていただろうな! 見事だぞ!』
 カラードの『ブレイブアップ』によって普段の数倍の威力になっていたオレたちの攻撃は、見事とは言われたものの、ハッキリ言ってただのかすり傷に終わった。
『そして今の攻防をくぐり抜け、お前たちはまだ立ち上がる!』
 散弾のように爆散した欠片が、まるで意思を持った生き物のようにガガスチムさんの下へと集まり始め、再びその巨体を覆うアーマーとなった。その色は漆黒で、頭と肘から漏れ出る炎がその圧倒的な威圧感を増大させる。
『さぁ、まだあるのだろう? これで終わりではないのだろう! 続きといこうではないか!』
 結局ほとんどノーダメージで気合十分のガガスチムさんを横目に、オレはみんなを見た。オレ自身もそうだが、身体を包む金色の光が無くなっている代わりに全員無事だ。
 だが……
「『ブレイブアップ』は不意の爆発に集中が途切れて解除してしまったが、再びの発動は可能だ。ただ、今の攻撃と『プロパゲイト』で力をかなり使ってしまったから残りは十秒かそこら。最後の一撃の一押しくらいなら手伝えるだろう。」
「あ、あたしは、負荷もそんなにたまって……ない、から、動ける……けど、『変身』じゃあんまり、攻撃の意味がない、から……さっきと同じだけど、え、援護するよ……!」
「あたしもそんなに疲れてないし、魔力の貯金もあるけどー……正義の騎士くんの強化があっても全然だったからねー。あんな鎧着られたら大したことはできそーにないけど、一応やれるよー。」
「……みんな……何というかすごいね……今の攻撃で傷があれだけなんて、心が折れそうなモノなのに……」
 正直オレはどうすりゃいいんだこりゃというため息しか出ないからみんなを尊敬したのだが……何故かみんなは不思議な顔をした。
「一番ヤル気のロイドが何を言っているのだ?」
「えぇ?」
「だ、だってロイドくん、そ、それ……」
 ティアナが指差したのはオレの手元。そこにあるのは風で回転させていないから握っているマトリアさんの剣――ってあれ?
「ふっとばされて立ち上がったらそんなんなんだもん、ロイドはまだまだヤル気なんだなーって思ったんだけどー?」
 左右の手に握ったマトリアさんの双剣。どこにでも売ってそうなシンプルなデザインの剣が二本ってだけの、見た目には何の変哲も無いその武器が、いつの間にか見たことのない形へと変わっていた。
 交流祭でラクスさんが見せたベルナークの剣の真の力。その時に出現した巨人と同じ青色をした、透き通るようなキレイな両刃の刀身。シンプルだったはずのつばは少し曲線の混じったスタイリッシュな形になり、柄にはより握りを意識した形状になりつつも鮮やかな模様が入っている。
 芸術品と実用品の間にいるような、むしろ双方を極めたような、そんな剣がオレの両手に握られていた。
「ま、まさかこれが……ベルナークシリーズの真の力――高出力形態……?」
「? なんだロイド、自分でそうしたんじゃないのか?」
「いやぁ……いつの間にやら……オレ、高出力形態の起動のさせ方をマトリアさんに聞き損ねたなぁって思ってたくらいで……」
「ぐ、偶然起動、させちゃったんだね……でも、その剣ならもしかしたら……」
「交流祭の時のカペラの人のは何でも斬れるってなってたしねー。あの鎧も軽々斬れちゃうんじゃないのー?」
「ど、どうかな……でもまぁ……折角だし、やってみるよ。」
 見慣れないけど手へのフィット感はこの上ない剣を手に、オレはみんなから数歩前に出る。
 とりあえずラクスさんの時みたいに巨人は出てきていない。ということは武器によって高出力形態時の力は違うと見るべきだろう。どんな力かわからないし、一応みんなから距離を取って……
『ほう! 何やら妙な武器を手にしたと思ったら今度は単身でわしに挑むのか! 熱いな、人間!』
 ……何やら変な誤解をされたけど……とりあえずいつものように回転を――
「――ってうわっ!?」
 瞬間、奇怪な事が起きた。
『おお、これは!』
「ロイド、今のは……」
 前方のガガスチムさんと後方のカラードから驚きの声があがる。ガガスチムさんが立っている場所からほんの少し横にそれた場所に斬撃の跡があり、振り返ればカラードたちの近くにも同様の跡がある。加えて剣を回転させた手の真下にも跡があって……それらは一直線につながっていた。
 まるで、とんでもなく長い剣を回転させた跡のように。
『バッハッハ、随分と愉快な剣だな! 楽しませてくれる!』
 ジェット噴射による加速。アーマーをまとっても元々体内にあったというのなら身体の重さは変わらないわけで、一層見た目に反した爆速で迫るガガスチムさん。
 剣の力は戦いながら見極めるしかない――!
「――っ!」
 突風でその突撃を回避しつつ、プリオルの剣を増やす。その際、手を叩く為にマトリアさんの剣を一瞬宙に放り投げたのだが、高出力形態が元に戻るようなことはなかった。どうやら握り続ける必要はな――
『ボンバァァァッ!』
 回避したと思った突撃は……本当にエリルの『ブレイズアーツ』にそっくりだが、再度の噴射で直角に曲ってオレを追う。くらったら空の彼方へと飛ばされそうな巨腕のパンチを上空から吹き下ろした風でギリギリ回避する。そうして拳を振り切ったガガスチムさんの懐に入ったオレは――能力がわからないから回転させるのがちょっとこわい青い剣で斬りかかった。
 アンジュが言ったみたいな切れ味があるかどうかの確認の意味でそうしてみたのだが――さっきと同様の奇怪な現象が起こる。
『ぬおお!?』
 オレが狙ったのはガガスチムさんのお腹のあたり。しかし斬撃は剣を振っている途中から発生し、刀身の延長線上にあるガガスチムさんの二の腕あたりに切れ込みが入り始め――
「はあぁっ!」
 振り終わった頃には、これまたまるで特大の剣で斬りかかったかのように、ガガスチムさんのアーマーの腕からお腹、脚にかけてその表面を走る長い斬撃の跡を残した。
『バッハッハ! とんでもない切れ味の剣だな!』
 さっき『グングニル』でも全く破れなかったアーマーを、深さとしては数センチ程度だが確かに斬ることができた。ベルナークシリーズの切れ味は抜群だという話だが、こんなにすごいのか……!
 そしてこの剣の力は――
「もしかして……」
 着地したオレは、半信半疑に剣を誰もいない方へ振る。するとただ空を切るはずが、数メートル先の地面に傷跡を残した。
「……!」
『イマイチ間合いがわからんが――これでどうだ!』
 オレと同じように着地するかと思いきや、ジェット噴射で宙に浮いたままのガガスチムさんがその場で――シャドーボクシングのように、オレの方を向いてはいるが何もないところで拳を振った。瞬間、その拳から……頑張って表現すると、炎をまとった衝撃波が放たれた。
 しかも――でかい! ただでさえ大きなガガスチムさんの拳を更に数倍巨大化させた炎――これはかわせない……!
「――この剣が想像通りならっ!」
 半分賭けで、オレは右手に握ったマトリアさんの剣を離し、風で回転させて盾の用に前に出した。
『むお!?』
 外見的には、迫る炎に比べると貧弱極まりない小さな剣がクルクル回って炎の前に浮いているだけの光景。しかし炎が剣に触れるや否や、その衝撃は剣を中心に広がっている巨大な見えない壁に阻まれて周囲に散ってしまった。
 しかも、その見えない壁はスタジアムの端から端まで届いているらしく、片側の壁から反対側の壁まで、オレが立っている闘技場部分の地面を経由して一直線の斬撃の跡を刻んでいた。
『なんという速さの回転! 押し切るはずの衝撃が一瞬でかき消されたわ! なるほど、これほどの回転ならば先の黄金の一撃を実現したのも頷ける!』
 ズシンと地面を揺らしながら着地したガガスチムさんはバシンと自分のお腹を叩く。するとさっき入れた切れ込みが、まるで傷口が治っていくように塞がった。

 とりあえず……なんとなくこの剣の力がわかってきた。
 剣を振ると間合いの外にまで斬撃が届く。カマイタチのようなモノを飛ばしているのではなく、実際にそこまで刀身が伸びているのだ。
 おそらくこの青い刀身の先にもう一つの見えない刃があって、それが剣を振る時に伸びるのだ。普通に振った時と回転させた時で伸び具合が違うようだから、たぶん振る速さに比例する。
 そしてその見えない刃はガガスチムさんのアーマーに軽く切れ込みを入れるほどの切れ味を持っている。さすがに空間を切断してしまったラクスさんの青い巨人とまではいかないけど、十分すぎる鋭さだ。
 どれくらいの強さで振るとどれくらい伸びるのかとか、もしかしらた自分の意志で伸縮を操れたりするのかもしれないとか、色々とわからない事は多いけど強力な武器であることは確か……あれ?

『バッハッハ、さっきからいいものばかり見せてもらっているからな! わしも一つ、気合いの入った技を披露しよう!』
 オレが剣の特性を頭の中で整理している間に、ガガスチムさんのシルエットが変わっていた。
 全身を覆っていた漆黒のアーマーが変形して右腕に集まり……何やら機械的な、無数の噴射口がくっついた巨大なガントレットを形作っている。しかも奇妙な事にその噴射口は逆向きで、拳の方に口が向いている。あれじゃあパンチというよりは肘打ちの威力を上げるような方向だ。
『ぬおおおお!』
 言葉の通りに気合いの入ったふんばり声と共に、右腕のガントレットに――オレでもわかるくらいの特大の魔法の気配が集まっていく。一体どれほどの温度なのか、周囲の空気を歪ませながら、噴射口の奥に赤い光が見えはじめ……
 あ、違う。あれは噴射口じゃなくて――砲口だ。
「ロイドー。」
 さすがに回転剣じゃ防げないかもと思った時、剣を握る左右の手をアンジュが後ろからつかんだ。
「ど、どうしたの?」
「逆にチャンスかもだよー。これ使ってねー。」
 なんのことらやわからずにいると、アンジュの手から熱が伝わりはじめた。それはオレの手を介して剣へと渡り、マトリアさんの剣が熱を帯び始めた。
「これをねー……」
 ひそひそと使い方を聞いていると、ガガスチムさんが右のガントレット――大砲をオレたちの方に向けて狙いを定める。
『我が焦熱の一撃、受けてみるがいい!』
 充填完了、臨界を超えた莫大なエネルギーが放たれようとした瞬間――
「はっ!」
 アンジュの指示に従い、オレはマトリアさんの剣を――その砲口へ向けて飛ばした。

『ボンッバァァァァッ!!!』



 閃光、そして衝撃。轟音と共に広がった破壊は一瞬で闘技場部分を飲み込んで、あたしたちや他の貴族、魔法生物が待機してる観客席っていうか部屋の全てを粉砕してスタジアムを内側から消しとばす勢いだったけど、ランク戦みたいにあたしたちを守る魔法が部屋の外で発動してそのとんでもない衝撃波を抑え込んだ。
「ふふふ、ガガスチムは手加減を知らないからね。あの砲撃が放たれる度にスタジアムが大地震さ。」
 フェンネルの呆れ顔からしてどうもワルプルガじゃ恒例の光景みたいだけど……この威力、さすがにロイドたちの身代わり水晶が砕けたんじゃないかしら……
「あぁ! ロイくん大丈夫かな! きっと怖い思いしたからボクがギュッてしてあげないと!」
「あー、おれらと違ってこんな攻撃じゃ痛みを感じる間も無く水晶が吹っ飛んだんじゃねぇーか?」
「ふふふ、そうかもしれないね。けれど……少し妙だね。威力はともかく、なんだかいつもの砲撃と爆発の仕方が違うというか……」
「ふむ……そういえばアンジュくんがロイドくんに何やら耳打ちをしていたな。砲撃の一瞬前にも回転剣が飛んだような……」

『オホンオホン、毎度の事ながらガガスチム様が技を撃ちますと何も見えなくなってしまいますので、備え付けの風の魔法を発動させます。』

 立ち込めてた煙が扇風機に飛ばされるみたいに無くなっていって……最初に見えたのはロイドたちだった。
 ロイドとティアナとアンジュの三人が壁際で瓦礫の上に倒れてて、遠目には気絶してるように見える。一人だけ動けてるカラードは右の肩を押さえながらふらふらと、そんな三人に近づいて……声をかけてるみたい。
「見ろ、ロイドくんたちの身代わり水晶を。」
 ローゼルに言われてそっちを見ると、倒れてる三人の像は粉々に砕けてて……カラードのは右腕が二の腕の辺りで折れてた。
「ふふふ、これは単純に装備の差かな。カラードくんの甲冑は見た目通り防御力が高いからね。」
「いやー、にしたって今の爆発を甲冑だけで乗り切れるかは微妙だぜ? 動けてるってことは『ブレイブアップ』を使ったんじゃねーみてーだから、ロイドが風で覆ったとか『プリンセス』が爆発である程度相殺したとかじゃねーか?」
「むぅ、実際のところはあとで聞いてみるとして、あちらさんはどうなったのか……」
 煙の向こうに巨大ゴリラのシルエットが見えてきて、それが壁際で座り込んでる感じだったからもしかしてって思った瞬間――

『バーッハッハッハ!』

 ……あの笑い声が響いた。

『ブックックック、バハ、オホホホ!』

 しかも変な笑い方になるくらいの大爆笑……

『いやーまいった! まさかそんな手があるとはな! 創意工夫に関しては知能の扱いの長い人間の方が一枚上手と見える! バッハッハ!』

 ぬいぐるみみたいな座り方で爆笑するゴリラなんだけど、その右腕は――ガントレットは、ひどい有様だった。
 キャノン砲みたいになってたそれは全体的にめちゃくちゃで、変な方を向いてる砲身はその全部が内側から破裂したみたいになってる。まるであのキャノン砲が暴発したみたいに……
 ……暴発?
「まさか、ロイドが最後に飛ばしたのって……」
「ふふふ、どうやら砲撃の暴発を狙ったモノだったようだね。」
 同じ考えに至ったらしいフェンネルが、驚きつつも感心するような顔でそう言った。
「銃でも大砲でもビーム砲でも、その威力が最も高いのは発射の瞬間だ。同時に、それらを放つ砲身に最も負荷がかかる瞬間でもある。ガガスチムが砲撃を放つ瞬間、おそらく『ヒートボム』のような爆発する魔法を仕込んだロイドくんの剣を砲口から内側へ侵入させ、発射と同時に起爆するようにしたのだろう。結果、予期せぬ内側からの圧力に負けた砲身は暴発し、たまったエネルギーが周囲に爆散したのだ。」
「ふむ、その結果砲撃そのものの直撃は免れたが……暴発の衝撃でロイドくんたちはノックアウトし、唯一カラードくんだけが残ったと。だがその暴発を最も近くで受けたのはあちらのはず……もしかすると相当な深手を――」

『まったく、わしの一撃を暴発させるとはな! おかげで腕が痛むぞ!』

「……どうやら腕を痛めただけみたいね……」
 なんなのよあのゴリラ。ロイドたちの必殺技を全部受けたくせにケロッとして……反則じゃないのよ。

『だが結果――どうだ! 人間側に一人、立っている者がいる! さすがはフェンネルの――いや、これこそがお主らの実力なのだな! いや天晴れ! わしは満足だ!』

 そう言うと、ゴリラはロイドたちに背を向けて出口の方へと歩き出した。

『あ、あのガガスチム様? これは……』
『バッハッハ! わしの炎を受けてなお立ち上がる若き戦士を! 指弾きの一発で終わるであろう満身創痍を! だからと言って弾くような無粋者にわしはなりたくないのでな! これは敬意、そして賞賛だ! この勝負、人間側の勝利よ!』

 そんな展開にビックリしてる……かどうかはヘルムがあるからわかんないけど、立ちつくすカラードを置いてけぼりにして、ゴリラは闘技場からいなくなった。


「はぁ……すごかったなぁ……」
「何においてもスケールが違ったな。挑むとしたらチーム戦が前提……なるほど、対魔法生物戦において騎士団や軍が編成されるわけだな。」
「あのアーマー、とか、お、面白い……身体だったね……『変身』で、マネできる、かな……」
「んふふー、ロイドとあたしの華麗なコンビネーションを披露できたし、あたしも満足だねー。」
 しばらくして戻って来たロイドたちは、さっきのあたしたちみたいに……その、恐怖は感じてなかった。やっぱり一瞬の事だったからかしら……
「しかしロイドくんは危ない橋を……いや、アンジュくんが渡らせたというべきか。」
「なにがー?」
「最後の暴発だ。ロイドくんの剣に魔法をかけて飛ばすのが一番速いというのはわかるが、しかしあんな爆心地に剣を放り込んで、もしも砕けてしまったらどうするのだ。もう一方の増える剣ならともかく。」
「手を叩いて剣を増やしてっていう時間はなかったからねー。それに天下のベルナークシリーズの、しかも本気モードだよー? 壊れるわけないよー。」
「むぅ……実際どうなのだ、ロイドくん。」
「えぇっと……焦げも傷も何もなくて新品みたいだよ……」
 すらっと引き抜かれた剣は普通のどこにでもありそうな形に戻ってる。
「むしろもらった時よりもピカピカというか……」
「ふむ、もしや高出力形態にするとその辺りのダメージがリセットされるのかもしれないな。」
「……便利な剣ね……あんたが使う剣って全部手入れいらずじゃないのよ。」
「言われてみれば……あれ、オレ、このままだと武器の手入れもできない騎士に……」
「必要とあらばわたしが未来の夫に手取り足取り教えるが……あの爆発を受けて無傷とは、おそろしい頑丈さだな。」
「あんたねぇ……」
「頑丈さもやべーけど、真の力がすごかったな。結局何がどうなってんのか俺にはさっぱりだったぞ。」
「遠くのモノを斬ってたから、なんか位置魔法みたいだったね! ボクとおんなじ!」
「商人ちゃんには残念だけど、近くで見た感じ、あれって剣が伸びてたんじゃないのー?」
「う、うん。たぶん青い刀身の先に見えない剣があって、それが伸びるみたい。振りの強さで伸び方が変わるから回転させると――あれ? でも最後にガガスチムさんの砲口に向かって飛ばした時は周りを斬らないで砲身に入って行ったような……」
「ああ、それはおれも思ったな。壁から壁まで斬っていたのに、最後はそうなっていなかった。もしかすると、砲口という狭い場所に入れるイメージで飛ばしたから伸びなかったのではないか?」
「伸びるのと、伸びないのを……コントロールできる、のかもしれないね……」
「なるほど……というかその前に、オレはどうしていきなり起動したのかを知りたいよ……」
「はぁ? あんたが自分でやったんじゃなかったの?」
「オレ、起動のさせ方知らないんだよ……なんか突然ああなったんです……」
「ふむ、ついうっかりとはロイドくんらしいが、ではまずはその方法から調べないとだな。ベルナークについて色々と調査していたパムくんやフィリウス殿なら知っているんじゃないか?」
「そうだね……聞いてみるよ。」
「つーかロイドよ。」
「うん? なんだストカ。」
「その剣って秘密の武器だったんじゃねーのか?」
 そう言いながらストカが指差した先を見て、あたしたちは「あ」って呟いた。

「ふふふ、そろそろ聞いてもいいかな?」

 普通にベルナークの剣について話してたけど、この場にはフェンネルがいるんだったわ……!
「ふふふ、ガガスチムの強さは見慣れているし、さっきみたいにあっさり負けを認めたりするのもああいう性格だって知ってるけれど、その剣についての情報は無かったね。」
 困ったように笑いながらロイドが持ってる剣を覗き込んだフェンネルは……ちょっと真剣に困った顔になった。
「ベルナークの……それも剣とはね。」

 ベルナークの剣をロイドが持ってる。たぶん、これ自体は……そんなに秘密じゃない。どうせいつかは人前で使うだろうし、それがたまたま、ロイドのうっかりでこんなイベントで真の力も一緒にお披露目ってなっちゃっただけ。
 問題なのはこの剣をどうやって手に入れたか。ヴィルード火山の中から取り出したなんて言ったら、なんでそこにあるってわかったのかとか、どうやってマグマの中に入ったのかとか、色々聞かれるとロイドのご先祖様や魔人族の事を話すことになっちゃう。秘密っていうなら、こっちだから……その辺をしゃべらなきゃ大丈夫のはず……よ……

「三種類あると言われている剣。一本はフェルブランド王国一番の武器屋に保管され、一本は『豪槍』、グロリオーサ・テーパーバゲッドの弟が持っていると聞く。そしてその弟はまだ学生で……今まで形状も謎だった三本目がロイドくんの……これまた学生の手元にあると。うん、確かにできるだけ秘密にしたい事だね、これは……」
 ……? なんかストカの言った秘密の意味合いを勝手に解釈したわね……
「言うまでもなく、ベルナークシリーズは強力な武器だ。それを……最前線で戦っている現役の騎士ではなく学生が所持している――面白く思わない人は多いと思うよ。」
 言われてみればそうだわ……剣に関しては、一本も現役の騎士の手にはないってことだし……国王軍とかが持つのが自然よね……
「んー? それは確かにそーだがよ、そしたらあの武器屋に飾ってある一本はなんなんだ?」
「おや、飾ってあるのかい? 具体的な管理方法までは知らないけれど、フェルブランドはその一振りを切り札のように扱っているのだろうね。でもだからといって王城の保管庫でほこりをかぶせておくよりは、武器の専門家に日々のメンテナンスを任せるというのは理解できることだよ。」
「おお、なるほどな。」
「しかしその一本はともかく残り二つを学生が個人持ちとは、他国の者として言うとフェルブランドもなかなか思い切っているね。しかも結局のところベルナークの剣は三つともフェルブランドが持っているとは、少し上の方が荒れそうだね。」
 ……本当のところを言えば、この三本目はつい昨日までこの国にあったわけなんだけど……
「しかしまぁ……きっとこれも「どこでこれを?」とは聞かない方がいいのだろうね。そこのフードの女性といい三本目のベルナークの剣といい、未来の当主様は秘密が多いね、アンジュ。」
 ……こっちとしてはありがたい反応だけど……この変態男、随分あっさりと納得したわね……
「きっとあたしも知らない事がまだたくさんあると思うんだよねー。」
「えぇ……な、ないですから、そんなの……というか当主……」
「ふふふ、ちなみにベルナークシリーズの真の力……高出力形態と言っていたかな? あれの起動方法は持ち手にある紋章に指をあてる事だよ。」
「は? な、なんであんたが知ってんのよ……」
「ふふふ、これでも騎士の端くれだからね。ベルナークシリーズを追い求めた時期もあるのさ。そういう経験のある者なら誰でも知っているよ。」
「ふむ……ロイドくん、やってみたらどうだ?」
「紋章……ああ、これかな……」
「あー今は無理だと思うぜ。」
 持ち手のところに紋章を見つけたロイドからヒョイと剣を奪うストカ。
「今はマナがすっからかんだぜ、これ。充填しねーとダメじゃねーか?」
「充填? おや、ベルナークの真の力はそういう仕組みなのか。なるほど、それで昨日の手合わせでは使わなかったんだね。」
 ああ、また勝手に納得してくれたわ……
 でもやっぱり……ここまで無関心っていうか、あたしたちに説明させないで一人で納得ってなると、ちょっと秘密を秘密のままにし過ぎのような気もしてくるわね……
「……あんた、それでいいの……?」
 ふと浮かんだ違和感が気持ち悪くて、あたしはそんなことをフェンネルに言った。
「? どういう意味だろうか。」
「ストカの秘密……そいつが何者かってのを聞かないのは……まぁいいわよ。でもあんた、さっきベルナークシリーズを追い求めたって言ったじゃない。そのベルナークが今目の前にあるのに、「どこでこれを?」って聞かない方がいいだなんて……逆に変だわ。」
 あたしの言葉に、フェンネルは……これまた困った顔をする。
「むぅ……そのままにしておけば流れただろうに、そういうところが熱血主人公だというのだぞ、エリルくん。」
「うっさいわね。」
「んまぁ、そういうとこもエリルのカッコイイところだから。」
「む!? まさかエリルくん、そっちの方向でアピールを!?」
「う、うっさいわね! で、どうなのよ!」
 あたしの質問に、フェンネルは……ストカを横目にこう答えた。

「彼女は……魔人族、なのではないか?」

「ん、おいロイド、バレたぞ。」
「おま……あっさり認めるなよ……」
「誤魔化すの苦手なんだよ。ロイドがやっといてくれ。」
「今さら遅いわ……」
 ストカとロイドのやり取りに、フェンネルは大きくため息をついた。
「……気がついたのはついさっきでね。初めは何か訳ありの生徒かなぁくらいにしか思っていなかったのだけど、身代わり水晶の件で一気にわからなくなって……エリルさんたちの試合の途中でふと、ね。目撃情報によると彼らは夜にしか活動しないらしく、そしてストカさんは窓に近づかなかった……」
「……ストカが魔人族なのと今のは関係あるわけ……?」
「ふふふ。ロイドくんたちが隠している事が魔人族絡みだとわかってしまったからね……単純に……聞けなくなったのさ。怖くてね。」
「怖――は?」
 なんか予想もしてなかった答えが来たわね……
「え、師匠って魔人族怖いのー? この国じゃー魔人族っていい人でしょー? よくおとぎ話に出てくるしさー。」
「ふふふ、確かにね。けれど僕は……会った事があるんだよ。怖い――魔人族にね……」
「え、それって……」
 フェンネルの話になんでか反応したロイドは、いきなりこんな事を聞いた。
「ち、違ってたらあれですけど……紅い八つの眼を持つ蜘蛛みたいな魔人族では……?」
「!」
 ロイドの言葉に、フェンネルが驚愕する。
 紅い八つの眼で蜘蛛って……スピエルドルフでアフューカス側にいた奴じゃない。
「……マルフィを知っているのか……ふふふ。」
 今までの感じからは想像のできない驚き顔に乾いた笑いを乗せて、フェンネルは数歩後ずさる。
「ベルナークの剣よりも驚きさ……基本的に十二騎士にしかその存在が知らされない魔人族を……ふふふ、だけどまぁ、ストカさんが魔人族というのなら、そちらのつながりで情報は来るのかな……」
「まーマルフィっつったらスピエルドルフじゃ最悪の犯罪者で有名だかんな。うちらで知らない奴はいないと思うぜ?」
「スピエルドルフ……! そうか、ストカさんは夜の国の……そういえば聞いた事があるね……唯一、今の《オウガスト》――フィリウスさんはあの国とのつながりを持っていると。その弟子であるロイドくんならば……ふふふ、納得だね。」
「師匠は――マルフィに襲われたことがあるのー?」
「ふふふ、違うよ。彼――いや、口調的には彼女だったか。とある戦場で……きっと彼女からしたら通りすがったところで僕たちが戦っていたくらいの状況さ。そんな彼女は……周囲を飛び回る羽虫を叩くように、僕の側や相手側の騎士を……殺して歩いて行ったのさ……」
 すごく嫌なモノを思い出して……そんでもってさっきのあたしたちみたいに恐怖を浮かべた顔で話すフェンネル。
「凄まじかったよ……心強い味方も、苦戦していた相手も、彼女が歩いた道に積まれていく……魔人族としての能力なのか魔法なのか、何をしているのかも理解できない、圧倒的な実力差……あれが魔人族なんだと……人間も魔法生物も超えた最強の種族なんだと……ふふふ、それからというモノ、僕はこの国のおとぎ話を楽しめなくなったのさ。」
 ……思えば、あのトカゲとかゴリラが強いって認めるようなすごい騎士が貴族の家のお抱えでとどまってるのが不思議と言えば不思議なのよね。さっき名前が出た『豪槍』みたいにもっと有名になってもいい気がするのに、そうなってない。
 たぶんこのフェンネルっていう騎士は……



 ふと、頭の中で合点がいった。致命的なためらいで命を落とした若い騎士、そしてついでのように語っていた……死の恐怖で戦えなくなってしまった騎士。そういうモノをたくさん見てきたと言い、オレたちにそうならないようにと教えてくれているフェンネルさんは……それらをただ見ただけじゃなく、実際に体験――したのではないだろうか。
 命を落としたというのが本人の経験なわけはないが、例えば友人がそうだったとか……戦えなくなった騎士がフェンネルさん自身の事を……指していたり……
 そしてもしかすると、後者の方の原因はマルフィ……魔人族、だったりするのでは……
「ふふふ、湿っぽい話になってしまったね。僕もまだまだ未熟という事さ。」
「……えぇっと……あの、ですね……」
 んまぁ、本当のところはフェンネルさんのみが知るところだけど、それはそうと魔人族の友達がいるオレだからなのか、魔人族が魔人族というだけで恐怖の対象というのは……なんだか嫌だった。
「マルフィ……が、どれだけ恐ろしい事をしたのかは……その、話を聞いただけじゃ本当のところでは理解できていないと思うんですけど……でも、オレたち人間みたいに良い奴と悪い奴がいるので――魔人族という理由だけで怖がるのは……少し、悲しいです……」
 オレがそう言うと、少しだけストカを見つめたフェンネルさんは「やれやれ」とため息を吐く。
「……ふふふ、そうだね。しゃべる魔法生物の知り合いがいるというのに、僕の偏見は恐怖で凝り固まっているようだ。魔人族とこういう形で出会えたというのに、狭い視野で全く……情けないね。」
「そーだぜ。」
 フェンネルさんが自嘲気味に笑うと、ストカがズイッと一歩前に出て指輪をトントンと叩いて――っておい!
「俺をあんな犯罪者と一緒にすんな。」
 セイリオスの制服を着た赤毛の女の子という姿が……そう見せていた指輪の魔法が解除され、黒いローブを羽織ってフードを目部下にかぶったドレス姿――サソリの尻尾のはえた女の子の姿になった。
「あいつはアラクネ、俺はマンティコアだ。」
 見慣れているからオレはあれだけど、服装はともかくいきなり目の前の女の子から人間を一巻きしてそのまま潰せそうな大きさのサソリの尻尾がはえたらさすがに――
「――!! サソリ……!?」
 ――フェンネルさんも驚いて数歩あとずさった。
「あん? だからマンティコア――」
「いやストカ、ツッコミどころはそこじゃねぇっていうか――み、見せてよかったのか!?」
「魔人族ってバレたんだし、いーじゃねーか。」
「い、いいのか……」

「魔人族!」

 伸びをするように尻尾を伸ばすストカを見て……そういえばずっといたんだけど騎士関連の話には混ざれなかったのか、アンジュのお父さんであるカベルネさんが嬉しそうに手を叩いた。
「フェンネルの経緯は聞いていましたが、個人的にはいつかお会いしたいと思っておりました! いやはや、このような形で願いが叶うとは!」
「と、当主様? 僕の話を聞いてもまだそんな風に思えていたんですか……?」
 フェンネルさんの若干引きつった顔を横目に、カベルネさんはストカに近づいて握手を求める。
「私は生まれも育ちもこの国ですからね。読み聞かされたおとぎ話に出てくる魔人族の方々には、マルフィという者の話を聞いてもなお憧れがありました。改めまして、カベルネ・カンパニュラといいます。」
「んあ……ストカ・ブラックライト……つーか、俺はこの国に来たの初めてだし、そのおとぎ話に出てくるっていう奴とは全然違うぜ?」
「それでも、こうして友好的にお会いできる方がいるという事実がおとぎ話を実話に変えるのです。ああ、いつか私も夜の国へ行ってみたいものです。」
 目をキラキラさせるカベルネさん。どうやら思っている以上にこの国では魔人族の……扱い? が友好的らしい。
「ふふふ、当主様の方がよほど、だね。ならば僕も……ロイドくん、そのベルナークの剣はどこで手に入れたんだい?」
 ああ……そう、こうなる。エリルの熱血っぽさによって流れようとしていた疑問をフェンネルさんが投げかけるのは当然だ。しかし、魔人族への偏ったイメージを何とかしようと話し始めた時にそれに対する答えは考えておいた。
「その……魔人族から譲り受けました。」
「ふふふ、なるほど。」
 嘘ではないのだ。魔人族であるヴァララさんとストカの協力によって回収したのだから……捉えようによっては魔人族からの贈り物的な……感じになる……のだ。
「どうりで見つからないわけだね。となると、今回のワルプルガに合わせてそちらのストカさんが持ってきた――という感じかな。」
「そ、そんな感じです……それで……ストカはあんまり国の外に出ないからって、もう少し滞在する事になってここにいるのです……はい。」
「ふふふ、しかしまぁとんでもない人脈だね。ベルナークの剣そのものよりも、それをスピエルドルフから贈られるという関係性が驚きさ。フィリウスさんは想像以上に彼らと友好的なパイプを持っているのだな。」
 ……確かにフィリウスの繋がりが最初のキッカケなのだが……次の王様にとか言われてしまっているのは黙っておこう……
「ふふふ、まぁその辺りの詳しい話も聞きたいけれど――まずはガガスチムに勝利して見事星を得たことだ。少し遅れたけどよくやってくれたね。よい勝負だったよ。」
「勝利……なんですかね……」
「ガガスチムはああいう奴で、それは他の貴族も理解している。つまり、ロイドくんたちはガガスチムが負けを認めるほどの強さを示したという事で、カンパニュラ家としては星三つをガガスチムから得たという事実が強みになる。どこかの家と獲得した星の合計が同数だった時、勝負の内容が優劣を決めるからね。」
「フェンネルの言う通りです。今年はアンジュやみなさんの成長を願うワルプルガでしたが、かつ意味の大きな星を得て下さった。ありがたいことです。」
「しかも次期当主が、だもんねー。さすがロイドだねー。」
「ととと、とりあえずオレたちの今日の試合は終了――ですよね!?」
「ふふふ、そうだね。あとは他のチームの勝負を観て、今日の最終的な進捗結果でもって明日の進め方を話し合って終わりかな。」



『バッハッハ、愉快愉快! 見たか今の戦いを! 面白いモノばかり見せてくれる!』
 試合の最中は吸っていなかった葉巻をくわえ、心底美味そうに煙を味わうガガスチム。
『ふむ、知りたい事は知れぬままだが、まさかベルナークが出てくるとはな。』
『なんだクロドラド、あの妙な武器を知ってるのか?』
『人間の間では最強の武器と言われているシリーズだ。威力は体験した通り。』
『バッハッハ! そんなモノを見習い騎士とやらの時点で持ってるとはな! どうもまだ隠している力があるようであったし、もしかすると明日も楽しめるかもしれんな!』
『ん? 何か気がついたのか?』
『出し惜しんでいる感じがな。実際、あの……なんだ、ロイド? とかいうのの気配は妙だった。』
『ふん、お前が気づくという事は相当なモノが隠れていそうだな。』
『どういう意味だ?』

『ガガスチムっ!』

 小馬鹿にしたような口調で呟くクロドラドに煙をぶつけながらたずねるガガスチムだったが、響いた声にやれやれと面倒そうな表情を浮かべた。
『貴様、あんなガキ共に勝ちを譲るとはどういう事だ!』
 ガガスチムに詰め寄ったのはクロドラドにも同様に迫った奇妙な姿の魔法生物、ゼキュリーゼ。
『なに、それくらいには楽しませてもらったというだけだ。』
『楽しむだと!? ワルプルガを何だと思っている!』
『始まりは利害をかけた殺し合い。今は互いの交流の場。ゼキュリーゼよ、いい加減時代を受け入れたらどうだ? 別に当時を生きてたわけじゃあるまいし、どうして昔の関係を引っ張り出すんだお前は。』
『昔だと!? 人間共は今も世界中で同胞を殺しているんだぞ!』
『同胞? それはお前、人間が言うところの魔法生物ってくくりだろ? お前はアリが人間に踏みつぶされたからってカブトムシがブチ切れると思うのか? 虫ってくくりってだけで。人間を嫌うくせに人間が勝手に決めた枠に囚われすぎてるぞ。わしらの同胞とはこのヴィルード火山に生きるモノの事だ。』
『住処が違えば同種のモノが殺されても構わないというのか!』
『そりゃあ、目の前でなぶり殺しってな事になれば助けもするが、行った事もないとこに住んでる会った事もない奴が殺されたからって一々怒るわけないだろ。』
『!! 全く呆れる! 貴様のようなのがオレたちのトップとはな!』
 唾を吐くように火の粉を吐き出しながら、ゼキュリーゼは魔法生物たちの待機部屋から出て行った。
『だーったく! 毎度毎度めんどーだな、あいつは!』
『まぁ、ああいう考え方のモノはあいつだけではないからな。多様な思想を上手にまとめるのがお前の役割だろう。』
『そういうのはお前の方が得意そうだ! わしは面倒だ!』
『仕方がない、群れの長は最強の仕事だ。』
『くそ! 人間みたいにセンキョとかいうのをやるか!』
『……民主主義とは意外だな……』



 ガガスチムさんとの戦いの後、残りの試合を観戦し、ワルプルガの一日目は無事に終了した。司会のカーボンボさんが言うには大体予定通りに進んでいるらしく、久しぶりに全試合を行えるかもしれないとのこと。
 一日目は星の少ない試合から行われるが、二日目は星の多い試合から。オレたちが参加できそうな星三つとかの試合は後半になるわけで、もしも全試合が行われるというのならオレたちにもまだチャンスがあるわけだ。
「しかしあれだな。結果的にわたしたちはあちら側の一番と三番と戦う事ができたわけで、対魔法生物戦を経験するという目的に対しては十分すぎるほどの成果になったな。」
「あっちの……クロドラド、さんが、フェンネルさんの弟子だからって……興味を持ってくれた、おかげだね……」
「んでそのバトルを見たガガスチムが更に興味を持ってロイドたちの相手になったわけだな。」
「ふむ……となるとおれたちの経験はフェンネルさんのおかげであり、元を辿ればやはりカンパニュラ家の招待。これは再度とお礼を言わなければな。」
「別にいーと思うよー。ロイドが当主になってくれればー。」
「えぇ!?」
 明日の話を他の貴族とするということで、フェンネルさんとカベルネさんはスタジアムに残り、オレたちはカンパニュラ家のリムジンでアンジュの家に向かっている。
「そ、そういえばカラード! さっきの戦いでオレたちに『ブレイブアップ』かけてくれたけど、もしかしてオレたちは明日動けなくなる感じか!?」
「多少の負荷はあるだろうが、発動していた時間が短かったからな。動けなくなるほどではないと思うぞ。」
「そ、そうか、良かった……ちなみにみんなは大丈夫? 致命傷は防ぐけどその他のダメージはあるわけだから……」
「ちょっと疲れてるくらいで大きなケガはないわ。」
「うむ。むしろわたしたち熱血エリルくんチームの面々は精神的なダメージが大きいな。」
「そだよロイくん! ボクまだ怖いから抱きしめて!」
「おお、そういやあれもいい経験だったな。臨死体験っつーか、なんつーか。」
 ハイビロビさんとダダメタさんとの戦いは割と難なく終え、クロドラドさん相手の時は……なんというか一瞬だったから、結局身体にそこそこの疲労があるだけのエリルたち。
 んまぁ、アレクは既にケロッとしてるけど、オレたちよりもハッキリとした死の恐怖というのを体験しているから、ローゼルさんの言う通り、精神的なダメージが明日に影響しなければ……というところか。
「ロイドチームのおれたちの場合は魔法の負荷が大きいかもしれないな。おれが使える『ブレイブアップ』は残り十秒程度。それを使い切ると疲労が一気に来て三日動けなくなる。」
「あたしも結構大きいな魔法を使ったからねー。ちょっとずつ貯金を使って負荷を軽くしたけど、『ブレイブアップ』と合わせて明日になったらどっと疲れが来るかもしれないねー。」
「あ、あたしは……そ、そんなに大きな魔法は使ってないから……ま、まだ元気……かな……ロ、ロイドくんは大丈夫……? ベ、ベルナークの真の力を使って……すごく疲れてるとか……」
「大丈夫だよ。高出力形態はあくまでためこんだマナを使うだけみたいだから、オレ自身には何もないんだ。んまぁ、結構風を使ったからそれなりに魔法の負荷はあるけどね。」
「大変だなー、人間は。」
 今日は何もしていないが、再び車酔いしたらしいストカがこの中で一番元気のなさそうな顔で……オ、オレに寄りかかりながら呟く。幻術を解除しているからいつものドレス姿なもので……開けた胸元が視界に……視界に入る……!
「人間は負荷を受けすぎると死ぬこともあんだろ?」
「ま、まぁな……でもそれはよっぽど使い過ぎた時で、そうなる前にまずは気絶するぞ……」
「不便だなー。まー、代わりに人間は太陽の光が大丈夫だもんな。」
 言いながら夕方を迎えた外の景色を眺めるストカ。
「む? 人間と同等かそれ以上の知能を持ち、魔法器官も持っているが代わりに太陽の光が苦手という魔人族はそれ故に人間とつり合いが取れているようなイメージだったが……知能を持った魔法生物とは、双方の利点をくっつけた完璧生物なのではないか?」
「そう……なのかな。どうなんだ、ストカ。」
「あー……ちょっと違うと思うぜ。あいつらと俺らじゃ魔法器官がちげーからな。」
「? 魔法器官にも種類があるのか?」
「種類っつーか……前にユーリが言ってた例えで言うと怪獣の手と人間の手だな。」
「なんだそりゃ。」
「さっきのゴリラでもいーけどよ、ロイドにもあいつにも手が二つあるだろ? 同じ手だけど、全然違くて、ロイドの手は力持ちじゃねーけど細かいことができて、ゴリラの手は器用じゃないけどすげーパワーが出る。そんな感じだ。」
 たぶんユーリが説明した時はもっとわかりやすかったんだろう例えでザックリ答えるストカ。
「えぇっと……つまりこの場合、魔法生物の魔法器官は大規模な魔法を使える代わりに細かい事ができなくて、魔人族はそれができるけど魔法生物ほどの出力はない……ってことか?」
「たまに器用な魔法生物がいたり特大の魔法をバシバシ使える魔人族がいたりすっけど、基本的にはそうだぜ。ちなみに魔法生物が足元にも及ばねーくらいにすげー魔法を使える上に誰よりも細かく制御できちまうのが吸血鬼でミラなんだぜ。」
「ミラちゃんが……」
「……その上ロイドの右眼のおかげで太陽の光もそこまで効かなくなってんのよね……カーミラこそ完璧生物じゃない。」
「うむ。そんな超存在との婚約をすっぽかしてまでわたしとの出会いを求めたのだから、ロイドくんの愛には十二分に答えなければならないな。」
「あんたねぇ……」
「しかし今の話で合点がいった。ヴィルード火山に初めから住んでいた魔法生物たちは、高い知能を得ても体内の魔法器官が細かな制御に向いていないせいで、学者たちがやったようなエネルギーを抽出するといった魔法が使えなかったのだな。」
「無理だろーなー、んな細かそーな魔法は。」
 ぐったりと、遠慮なく寄りかかるというかもはや倒れこんできているストカは、オレがドギマギしているのも知らずに……ぼそりと、こんな事を呟いた。

「自分の住処を自分で守れねーってのは、なかなか悔しかっただろうな。」


 ストカがくっついているせいでみんなからジトッと睨まれているとリムジンがカンパニュラ家に到着し、アンジュのお母さんであるロゼさんが迎えてくれた。
「お疲れさまー、大活躍だったわねー。」
 研究所には行かずにスタジアムのどこかで試合を観戦していたらしいロゼさんが豪華な夕飯と共に労いの言葉をかけてくれた。
「おかーさんってば、カンパニュラの部屋にくれば良かったのにー。」
「うーん、あそこって角度が良くないのよねー。年に一回、人間と魔法生物が暴れてたくさんの火の魔力が消費される素敵イベント、データを取らないなんてモッタイナイわ。」
 ロゼさんによると、ワルプルガで試合が行われている間、研究所の人たちはマグマの動きやヴィルード火山がため込んでいるエネルギーの変化などを測定していたらしい。
「そーいえば誰か知らないけど、なんか面白いデータ取ってる奴がいたわねー。」
「面白いデータ、ですか。」
「火の魔力の減少が引き起こす諸々の事象を測定するから、必然的に第四系統の魔法を使うんだけど、一人だけ第五系統で測定してるのがいたのよねー。」
「土の魔法……えぇっと、火山そのものの変化を見たりしていたとか……」
「確かに地質とかも魔力の増減の影響を受けるけど……それは数か月とか数年の間ずっと増えっぱなし、減りっぱなしだった時の話で、たかだか二日間の変化じゃ地質は変わらないのよ。」
「そうなんですか……」
「おかーさんの知らない新しい研究とかじゃないのー?」
「無いとは言えないけど、ちょっと想像がつかないわねー。一体何を測定してたのかしら。」
「ふむ……第五系統の土の魔法ということは鉱石なども対象になるはず。もしや身代わり水晶の研究をしている方がいたのでは?」
「どーかしらねー。あれって先人たちがほとんど完成させちゃったモノだから、改良の余地が無いって言われてるのよー。まー、なんとか国外でも使えるようにならないかって考えてる研究者はチラホラいるみたいだけどねー。正直望み薄よー。」
「完成……昔の人はすごいんですね。」
「あらまーロイドくんったら、今の研究者だってすごいわよー?」
「あ、いえ、そ、そういう意味では……」
「ふふふー。それに身代わり水晶の完成には魔人族が関わったって話だからねー。そういう意味じゃー先人たちはちょこっとずるいわねー。」
「魔人族……そうだ、カベルネさんにも話したんだし、ロゼさんにも……」
 言いながら、オレはストカの方を見た。
 カンパニュラ家にはお世話になっているわけだし、カベルネさんにしたみたいに改めて魔人族としての挨拶をロゼさんにもした方がいい気がしたのだ。
「なーにー、改まってー。」
「えぇっと、実はですね――」

 数分後、オレは助けを求めるストカに「すまん」と言いつつ、研究者の本気に圧倒された。

「きゃーきゃーきゃー! 魔人族よ、本物よ! すごいわ、会える日が来るなんて! 尻尾! どうなってるのかしら!? 他は人間と同じなの!? 魔法を知覚する器官はどこにあるの!? マナとか魔力が見えちゃうのよね!?」
「おいロイド! なんか珍しい生き物を見つけた時のユーリみてーだぞこいつ! だーっ、ベタベタ触んな! 離れろこの――助けろロイド!」
 人間を遥かに超える身体能力を持つストカが騎士でもなんでもないロゼさんの迫力に押され、命からがらという感じにオレに飛びつい――ぎゃああああ!
「チクショーこの野郎! こんなヤバイ人間初めて見たぞ!」
「ス、ストカ! ヤバイって言ったら今の体勢もヤバイから! お、降りるんだ!」
「薄情モンめ! ダチをあんなのの前に放り出すな! ちょっと非難させろ!」
 横からしがみついているストカはオレの頭につかまるというか、だ、抱きついている感じで、ポジション的にオレの顔の半分がストカのむむ、胸に沈み込み、その上両脚でもオレをホールドしてるもんだからふとももが――はだけたドレスから伸びる生足がオレの身体を挟んでいて――!!
「ロイドくんと仲良しなら大丈夫よ! いずれ義理の母親になる私とも仲良くしましょー!」
「どーゆー理屈だ! こっち来んな!」
「びゃああああ! 尻尾を巻きつけるな! これ以上くっつくと更にヤバイ体勢になばあああ!」
 その後、帰って来たフェンネルさんとカベルネさんがロゼさんを落ちつかせるまでストカの柔らかな天国というか地獄に圧迫され続け、解放された瞬間にエリルたちに袋叩きにされた。

 そんなこんなの毎度の――であって欲しくはないのだが騒ぎの後、今日の締めとしてフェンネルさんを交えての反省会というか、試合の中でそれぞれが気づいた色々な事をみんなで共有し、もしかすると明日も戦いがあるかもなので、今日の疲れを残さないよう、オレたちは早めに寝ることにした。
 ストカのあちこちの感触とエリルたちからのパンチキックつねりの痛みを全身に残したまま、オレは再び……アンジュの部屋へ……ああああ……
「ほんと、隙あらばあーゆーことばっかりなんだからねー。やらしーんだからー。」
「ふ、不可抗力と言いますか……」
「まったくもー、それなりに手加減するつもりだったのに、あんなん見ちゃったら本気出しちゃうよー?」
「な、なんのお話でしょば!」
 するりするりと部屋の隅っこにあるソファへと移動していたオレをベッドの中に引きずり込んだアンジュ!
「あれー、今日は抱きしめてくれないのー?」
「びゃ!? あ、あれは事故と言いますか!」
「あんな力強い抱きしめがー? あたしはロイドからの愛を感じたけどなー。」
「あひ!?」
 隣に転がるアンジュにつつかれながらからかわれ――ているのか攻撃されているのか、そんな心臓に悪い状態も再び……ああああ……
「さっきも言ったけど、今夜は頑張るつもりだからねー。」
「ガンバル!?」
「明日の試合にあたしたちが参加できる可能性は今日よりもずっと低いからねー。もしかしたら観るだけで終わっちゃうかもしれない明日に備えて今日のチャンスを捨てるのはもったいないよねー。」
「モッタイナイ!?」
「今やこの戦いは激戦だからねー。」
 そう言いながらグググッと近寄ってくるアンジュさん!!
「ややや、で、でもあの――ウ、ウレシイんですけどもオレの理性がヤバイといいますか色々とあのその――」
「あははー、ガバガバの理性だよねー。てゆーかロイドってばわかってないよー。あたし……とか他のみんながこういう……ヤラシー感じに攻めるのは今となってはロイド自身のせいなんだよー?」
 むぎゅっと柔らかいモノに沈むオレの腕!!
「オ、オレのせい!?」
「そだよー。」
 すすすっと手を伸ばしてオレの胸の辺りに「の」の字をぐるぐる書きながら、耳元でささやくアンジュしゃん!!!
「ロイドはみんなを好きになっちゃってる困ったさんだけど、それでもロイドが言うように……やっぱりお姫様に対してだけはちょっと態度が違うんだよねー。なんでもない会話とかも……あたしたち相手の時より気を使ってるっていうか、好かれたいとか嫌われたくない感じの雰囲気がねー。」
「しょ、しょうでしょうか……」
「そーゆーのわかっちゃうから、好きだし好かれてるんだけどやっぱり一番になりたいなーってあたしたちは思うわけでねー。んで、そーなったら考えるでしょー? ロイドの気を引くにはどうすればいいのかなーって。」
「キヲヒク!?」
「そこで参考になるのが死人顔くんの魔法で判明したロイドの胸の内でねー。あたしたちのことを思った以上に好きになってくれてるっていうのと同時に伝わった……ロイドのヤラシー妄想がヒントになるんだよー。」
「びゃっ!?!?」
「もちろん他の妄想――例えば一緒にお出かけしたら楽しいだろうなーとか、そーゆー妄想も伝わったけど、ラッキースケベ状態とかのせいでそっち系の妄想の方が多かったんだよねー。あたしに対してだと……短いスカートの……中とかねー。」
「ぎゃっ! あ、あの、それはお、男として仕方のない妄想でございまして――」
「別にいーよー。そういう目的もあるんだしねー。でもロイドのそーゆーヤラシー妄想――ロイドがあたしに……して――みたいとか、されたらすごいことになりそうって思ってる事がずばり、ロイドの気を引く最大威力の攻撃ってことになるんだよー。」
「!!!」
「そーとわかったらほら、やるしかないよねー。」
「いやいやいや! し、しかしそれはたまたまそっち方向のももも、妄想が多めの時期だったからでありまして!」
「でも効果があるのは確実でしょー?」
「それはその――にゃあああっ!?!?」
 変なところに変な体温が触れ、頭の中に霞がかかり始め……まずいまずいまずいまずい!
「最初は一応明日にもバトルの可能性があるってのを考えて半分くらいの予定だったんだけど……サソリちゃんとのあれのせいで三分の二くらいは行くからねー。」
「ナニヲデ――びゃあああああああ!」



 田舎者の青年が夜襲を受けている頃、ワルプルガが行われているスタジアムが見える他は何もない岩場で、マフィアのボスのような格好をしている男が一仕事終えた感じに一服していた。
「さすがは試行錯誤の末の一品。解析も一苦労だったが、報酬に比べればおいしい仕事だな。」
 格好的には葉巻でもふかしていそうだが、男の一服は普段くわえている棒付き飴よりも大きなペロペロキャンディーで、それをなめたりかじったりしている。
「言わせてもらうけど、それなめてる時のあんたって相当バカ面よ?」
 男が座っている岩の向かいで別の岩に座っているのは女優のようなつば広の帽子をかぶった女で、こちらはキセルで一服している。
「で、なんでわたくしを呼び出したのかしら? それぞれに仕事をして稼ぐだけでしょう?」
「そこのバカがしくじったんでな。」
 欠けたペロペロキャンディーで指した方向、これまた別の岩に座っているのは黒いマスクをした坊主頭の男で、その長身痩躯を折り曲げてへこへこしている。
「いやぁ、申し訳ねい。『ゴッドハンド』をとり損なっちまって。」
「だから何よ。もう一回挑めばいいじゃない。何ならインヘラーと同じ額をわたくしが出してもいいわよ?」
「そりゃ嬉しいが、思った以上に『ゴッドハンド』がヤバくてねい。」
「知らないわよ。殺すなり殺されるなり好きにしなさい。インヘラー、こんなどうでもいい会話の為に呼んだわけ?」
「バロキサが苦戦してるってのは……まぁ、依頼人としては頑張って欲しいが問題はそこじゃない。こいつによると『ゴッドハンド』には連れがいるんだ。」
「! まさか他にも『紅い蛇』がいるわけ!?」
「違う。が、場合によってはそれ以上に厄介な奴だ。この前フェルブランドであった騒ぎは知ってるか?」
「反政府組織が暴れたとかいうやつ?」
「その組織のメンバーの一人が、どういうわけか『ゴッドハンド』と一緒にいるんだ。」
「何よその組み合わせ……で、誰?」
「バロキサから聞いた外見から……その特徴的過ぎる特徴からして確実に、昔裏の世界で名を馳せたガルドのハッカー、ゾステロだ。」
「ぞすてろ……ゾステロ!? 金さえ出せばあらゆる情報をつかむって評判のあの情報屋!?」
「そのゾステロだ。殺されたのか足を洗ったのか、めっきり名前を聞かなくなったと思ったら他国のテロ組織のメンバーになってたってのがこの前の騒ぎでわかったんだが、何故かそいつが『ゴッドハンド』と一緒にいる。バロキサ経由でうちら二人がこの国にいる事も知ったと考えた方がいいだろう。」
「ついでにヤリ損ねたそこのバカと一緒に『ゴッドハンド』に狙われるかもって? 最悪ね……どーすんのよ。」
「お前の仕事が何か知らないが、うちの仕事が滞りなく行けばワルプルガが終わる頃には逃げるチャンスもあるし、報酬に手を出せば多少の勝機もある。『ゴッドハンド』がバロキサに対してどれくらいキレててどれくらいの心持ちで探してるかわからんが、明日生き延びれば道はある。」
「そ。そしたら早めにもらうものもらってトンズラね。」
「まぁ、バロキサが勝てば一番いいんだがな。」
「いやいや、お約束するって。思った以上ではあったけど殺せないほどじゃねいんで。とっておきでやりますよってね。」
「期待しておくぞ。」
「まー欲を言えば、インヘラーの力を借りられればってなとこだがねい。」
「あ?」
「殺しと戦闘は別ジャンルってな。俺は殺しの専門だが戦闘となったらインヘラーの方が上だよい。」
「おいおいおい、依頼人の手を汚させるなよ、殺し屋。」
「おっとっと。」
「コントしてるんじゃないわよ。まったく、計画を修正しなきゃだわ……」
 そう言うとつば広の帽子をかぶった女は岩から降り、さっさとその場を後にした。
「相変わらず、美人だけどきついよい、リレンザは。」
「お前……あいつのやってることを知ってもまだ「美人」とか言えるのか。」
「事実だろ? 逆に美人でなきゃあんなのはできねいよってな。」
 ケタケタ笑い、黒いマスクの男もその場からいなくなる。
「……はぁ……『ゴッドハンド』一人絡むだけでこっちが三人動くんだからなぁ……ひどいバランス――」

「大丈夫ですか?」

 ペロペロキャンディーをかじる男以外には誰もいなくなったその場所に、しかしまるでもう一人いるかのようにハッキリとした声が聞こえ、男は――一瞬驚いたものの、ふぅーとため息をついた。
「あまり驚かせないで下さいよ。」
「三人が同じ場所に集まっていると聞きまして。何かあったのではと心配に。」
「あったと言えばそうですが、まだ何とかなりそうな範囲ではありますよ。」
 ゴリゴリとペロペロキャンディーをかみ砕きながら、男はこう続けた。

「あなたの手を借りるような段階じゃありませんよ、ボス。」

「ですが……アマンタが悪いニュースを持ってきまして。」
「?」
「アフューカスが動いています。」
「な――え!? アフューカス!?」
「既に四人のメンバーが殺されました。『ゴッドハンド』がいるとなると、インヘラーたちの情報を聞きつけてやってくる可能性もあります。」
「……!! それはヤバイですね……よりにもよって『世界の悪』って……でもなんでいきなり。しばらく息をひそめてたじゃないですか。」
「いつもの気まぐれか、これと言った理由はわかりませんが……昔から、彼女はこちらを嫌っているようでしたからね。」
「……本当にこっちに来る……んでしょうか。」
「それもまた、気まぐれです。しかし危ないと感じたら迷わず退いて下さい。この件に関しては何も納めなくて良いので。」
「ボス、それは……」
「インヘラー、リレンザ、バロキサ。どうか三人無事で帰還を。」



 同時刻。火の国行きの最終列車に一人の女が乗り込んだ。窓辺に座って本を片手に紅茶でも飲みそうな優雅で上品な出で立ちのその女は、遅い時間とはいえ埋まってしまっている最高級の客室の一つに入り、そこにいた身なりの良い男の首を悲鳴も上げさせずにはね飛ばし、死体を窓から放り捨ててソファの血のついていない所に座った。
「あら、お酒かと思ったらただのお水ですね。このようなものを飲んで何が楽しいのでしょうか。」
 テーブルに置いてあったグラスの中身をその辺にぶちまけ、備え付けの冷蔵庫に入っているワインを注ぎ、女は一息ついた。
「そういえば……これはしなくてもいーか。」
 女はかけていたメガネをテーブルの上に放り投げる。すると優雅で上品な姿が一変し、見た者の抱く印象が真逆になるような、凶悪な笑みを浮かべた黒々とした女へと変貌した。
「いい奴だと思ってたら悪党でしたーっつー時の馬鹿共の顔を見るためにケバルライに作らせたが、そろそろ飽きてきたぜ。そういう名乗りも悪党の醍醐味だが、騎士から「逃げる」為の変装みてーでだせぇんだよなぁ……」
 恐らく彼女にしかわからない事を悩みながら、女はさっき男を捨てた時から開けっ放しの窓の外を見る。
「悪党もどきのクソ連中、見つけた端から皆殺しにしてやろうと思ったが……段々移動がめんどくさくなってきた。次の奴で最後に――」
「お客様、御料理をお持ちいたしました。」
 ついさっきまでこの部屋にいた男が頼んだのか、ノックの音と共にドアの向こうでそんな声がした。
「おー、丁度いい、腹減ってたんだ。よこせ。」
「?? し、失礼いたします……」
 聞き慣れない女の声を疑問に思いながらもドアを開けたその者が視界に真っ黒なドレスを着た女を捉えた瞬間――
「おいおい、肉じゃねーか。水なんか飲んでるからあんま期待してなかったが、いいモン頼んでやがる。」
 その者の喉には女がワインを注いでいたグラスが、どのような怪力なのか、そのままの形で突き刺さっていた。
「が――あ――」
「ご苦労ご苦労、出口はあっちだ。」
 料理の載ったお盆を受け取った女が空いた片手でその者の背中を叩くと、その身体はいくつかに千切れながら窓の外へと消えていった。
「んー、バーナードじゃねーがうまいもんはワクワクするぜ。」
 大きな肉の塊にフォークを突き刺してそのままかじりつく。先程よりも血の量が増えた室内を眺めながら肉を頬張っていた女は、ふと何かを思い出した。
「火の国っていやぁ、確かすげーつえー魔法生物がいたな。あれは殺しちまったんだったか……もしもまだ生きてんなら前みたいに遊んでくか。」
 食べ終わった後、食器なども外に投げ捨て、そこでようやく窓を閉めた女は衣服を乱雑に脱いでシャワーを浴びる。波打つ髪が濡れて肌にはりつき、扇情的な肢体には絶世の美女と評しても過言ではない美貌があるのだが、それでもなお身にまとった雰囲気が見るモノに恐怖を植え付ける。
「おーさっぱりだぜ。」
 濡れている身体のまま血だらけの部屋に戻った女はめんどくさそうにタオルで身体を軽くふき、しかし髪は乾かさずに裸のままベッドに転がった。
「ひひ、明日は久しぶりに楽しめそうだぜ。」

 人間側と魔法生物側が互いに最強の戦士を出して火花を散らすワルプルガ二日目。貴族同士の睨み合いや『罪人』、『ゴッドハンド』などの凶悪犯罪者の暗躍がある中、火の国ヴァルカノは――史上最凶最悪の犯罪者、『世界の悪』をその地に迎える事となった。

第九章 暴れる獣

 ワルプルガの二日目。星の多い試合から進んでく今日は……正直、昨日とはレベルが違った。
 人間側――貴族たちが出場させてる私設の騎士団とか傭兵とかどこかの軍人っぽい人とか、見た目は色々だけどその実力は全員が上級騎士、セラームクラス。先生とかフェンネルレベルの騎士がその技を存分に披露する。
 対する魔法生物も昨日までとは格が違う。二足歩行だろうが四足歩行だろうが関係なく、全員が武術っぽい身のこなしをして、手はもちろん足とか口とかで武器を操る。
 一撃必殺の応酬で、一発でも受ければ即身代わり水晶が砕け散る……そんな戦いが繰り広げられた。
「ふむ、当然と言えばそうだが昨日のトカゲ――クロドラドはわたしたち相手の時には実力の一割も出していなかったのだな。」
「ガガスチム……さんも、そうだね……昨日はまだまだ余裕、だったんだね……」
 あのトカゲとゴリラも試合に出てきたんだけど、昨日みたいな教えながらでも笑いながらでもない本気の戦いを見るとちょっとショックを受ける。
 ロイドと出会ってから今日まで、普通に学生してたんじゃできない経験をたくさんしてきて、そのおかげで強くもなれてるけど……その度に「上には上がいる」っていうのを思い知らされるわね……
「ふふふ、なんだかんだこのワルプルガは強さを求める騎士にとってはこの上ない経験ができるイベントだからね。十二騎士トーナメントで上位に食い込む者や、最後まで勝ち上がって十二騎士に挑むような者が貴族たちに自身を売り込みに来ることもしばしば。この二日目は世界でもトップクラスの騎士が顔を出すわけさ。」
「それと互角かそれ以上の戦いを繰り広げる魔法生物たちも世界トップクラスの強さを誇るのだろう。何度も言うが、おれたちは運の良い経験をしているのだな。」
「うむ。まぁどこかの浮気者は違う経験をしたようだがな。」
 ローゼルの温度の低い笑顔が向けられたのは……あたしたちと同じように窓際で試合を眺めてるけど正座してるロイド。
「夫が娼館通いをし始めたら妻はどうするべきなのか、今から考えておかねばなるまい。」
「人を娼婦呼ばわりしないでよねー。」
 ローゼルの呟きに、椅子の上で体育座りしてうっとりしてるアンジュが文句を言う。

 アンジュがこんなチャンスを逃すわけはないから何かやらかすだろうとは思ってたけどやっぱりやらかして――いつものようにロイドもやらかした。
 今日の朝、全員が顔を合わせたその瞬間に土下座を決めたロイドと、いつかのローゼルとリリーみたいなとろけ顔になったアンジュを見て何が起こったのかを理解したあたしたちはロイドをボコボコにし、燃やし、凍らし、縛り上げて今日一日は正座という罰を与えた。

「まったくロイくんてば! そーゆーのはボクにしてくれないと!」
「そうだぞロイドくん。ワルプルガが終わるまで我慢できないほどに悶々としていたのならわたしの部屋に来ればよかったのだ。」
「あんたらもあんたらよ!」
「まーまーみんな、半分とちょっとくらいだからそんなに怒らないでもいーと思うよー? あたしの魅力にひかれつつもそこで止まったんだから、やっぱりワルプルガが終わるまではって思ったんだよー。」
 とろけつつもむかつくニヤケ顔でうっとり笑うアンジュ……!
「まー、優等生ちゃんたちが言ってた通りのテクニシャンっぷりは体験できたけどねー。んもーロイドってばー。」
 ローゼルの時とリリーの時、その二人と同じ顔でくねくねする……!
「きっと今夜は最後まで――それとも本番はお泊りデートにとっておいて今夜も半分くらいの焦らしなのかなー? うふふー。」
「……こ、今夜も……ロ、ロイドくんの……スケベ……えっち……」
「ほへ!? は、いひゃ、きょきょきょ、今日は――」
「えー、そーなのー?」
 普段の何倍もの色っぽい笑顔のアンジュと目が合うや否や、ロイドは真っ赤になって固まる……!!
「あんた、思い出してんじゃないでしょうね……」
「しょんなことは――す、すみませしぇばあああ!」
 あたしは正座してるロイドの太ももをつねる。ホントにこいつは……こいつは……!
「ふふふ、英雄色を好むとはこういう事なのかな?」
 叫ぶロイドと溶けるアンジュを交互に見て何とも言えない顔になるフェンネル。
「学生にしては少々――という気もするし、弟子のあれこれが心配ではあるのだけど……こんなに幸せそうな顔をされるとどうしたら良いのか困ってしまうね。」
「そうですフェンネルさん。あなたの色ボケ弟子に注意してあげてください。」
「優等生ちゃんに言われたくないなー。」
「ふふふ、しかし僕以前に当主様たちがお祭り騒ぎしていたし……奥様が当主様を――落とすために仕掛けた権謀術数の話を聞いた事があるから血は争えないのだなぁという納得もあってね……男ゆえに抗えない誘惑というか、みんなの会話を聞いているとむしろロイドくんは大変だなぁという変な気持ちになってくるよ。」
「あー、その気分はわかるぜ。俺とカラードもそんな感じだ。」
「そうだな。未だ男女の関係における被害者は女性の場合が多いと聞くが、こうして本気の彼女たちを見ていると性欲任せの男の何とひ弱なことか。」
「カ、カラードさん? 何気にひどい事を言っていませんか……?」
「ん、ああ悪い。ロイドの場合は皆への確かな愛もあるから、それを引っ張り出されるとこれまた大変なのだな。」
 いよいよ変な悟りの域になってきたカラード。恋愛マスターがこいつにも出会いがあるとか言ったらしいけど、こいつと結ばれる女ってどんなんなのかしら……
「ふふふ、さすが《オウガスト》の弟子と月並みなセリフが出そうだけれど……なんというか、ロイドくんの不思議な雰囲気というか人柄というか、そっちが主な原因のような気がす――」

『ッツアアアアアアア!!』

 フェンネルが困った笑顔で呟くのを遮ったのは叫び声。攻撃を受けての悲鳴という感じじゃない、敵意全開の咆哮。
「……さっきからすごいわね、あいつ。」
 特大の魔法や磨き上げられた体術に加えて、今まで出てきた他の奴にはなかった強い敵意……憎悪と言ってもいいくらいの、そんな感情を騎士たちにぶつける魔法生物。
 シルエットが逆三角形になってる、下に行くほど細いクマみたいなやつで、巻いてる角と四本の骨みたいな翼がある。ふちだけが黒い変な炎を操るそいつは、セラームクラスだと思う相手の騎士五人を一体で相手にして――圧倒してた。
「ゼキュリーゼだね。いつにも増して荒れているようだ。」
「……怒りっぽい奴なの?」
「ふふふ、確かにそうだけど怒る理由はいつも同じさ。あいつは人間が嫌いなんだ。」
「人間嫌い? なによ、あんたたちあいつに何かしたわけ?」
「どうかな。ゼキュリーゼはあっちの序列で言うと四番目――クロドラドの一つ下にあたる古株の一体だから、僕の知らないいざこざがあった可能性はあるけれど……あいつは我々こそが世界を統べるべき存在だーっていう考えの持ち主なのさ。」
「えぇ? あの、それって……危なくないですか……?」
 正座してるロイドが首だけ動かしてフェンネルを見上げる。
「僕ら人間からすれば危険な思想さ。実際、ゼキュリーゼは排除すべきだって言っている貴族もいる。けれどガガスチムがトップである以上は問題ないさ。」
「ガガスチムさんがしっかり統率しているってことですか?」
「ふふふ、少し違うかな。高い知能を得たと言っても元々が野生で生きるモノだった彼らにとって群れの長という存在は、人間でいうところの王様なんかよりもずっと影響力の強い存在なのさ。」
「影響力、ですか。」
「あちら側も一枚岩ではなくてね。ざっくり分ければ四つの派閥に分かれる彼らだけど、頂点に立つガガスチムが人間と友好的である以上、どの派閥であろうとこちらに害をなすことはない。余程の事が無い限り、本能的に、無条件に、長の決定には従うものなのさ。」
「そういうものなんですね……ちなみに今言った派閥って……」
「ふふふ、序列上位の四体をそれぞれのリーダーに据えた派閥でね。人間とどう接していくべきかっていう考え方の違いで分かれているのさ。」
「えぇっと……ガガスチムさんが人間と友好的で、逆に今戦っているゼキュリーゼさんは人間を敵視していて……クロドラドさんは……?」
「あいつは中立……いや、無関心というべきかな。友好的でも敵対的でもない、必要な時に必要な話し合いができるなら積極的に関わらなくてもいいって感じ。そしてもう一つの派閥が上位四体の中で唯一高い知能を持たない普通の魔法生物として生まれた序列二位のデモニデアが率いるチーム。彼らはより野生的な思想で、自然に身を任せる感じだね。どっちが利益があるとかこうするべきとかそういうのは一切抜きにその時々の感情で動くから、ある意味他の三つの派閥のどれにもなり得るね。」
「……二位……あのトカゲよりも強いけど高い知能は持ってないってわけね……」
「ふふふ、戦ってみるとわかるけど、余計な思考をせずに本能で動く相手というのは、時に小手先の技術よりも厄介なのさ。ガガスチムだって戦い方は勢い任せだしね。」
 ただの馬鹿力が強いっていうのはこの前のラコフ戦で学んだけど……あれに野性的本能が加わった感じかしら。

『人間ごときが、調子に乗るなぁっ!!』

 それっぽいセリフをはきながら五人の騎士によるコンビネーション攻撃を力づくでねじ伏せて一人一人を殴る、蹴る、潰す、噛みつくとかして倒していく。そして最後の一人のかなりの大技にそれを上回る特大の炎をぶつけ、試合は決着した。
「ほう、これはすごいな。おれたちが戦ったガガスチムさんのパワーにクォーツさんたちが戦ったクロドラドさんの技と速度が組み合わさったような動きだ。」
「セリフのわりにただの怒り任せってわけじゃねーな。ありゃかなり強いぜ?」
 あっという間に騎士たちを倒し、ゼキュリーゼとかいう魔法生物は人間側の観戦室を睨みつけて出口へ向か――

「ゼキュリーゼ!」

 ――ったんだけど、今やられた騎士たちと入れ替わるように登場した……次の試合の参加者なのか、全員がカラードみたいに全身甲冑をまとったチームがゼキュリーゼを呼び止める。

「貴様のチームを呼べ! 去年の借りを返そうぞ!」

「ふふふ、去年のベストカードが再びだね。」
「ベストカード……あのブレイブナイトくんの進化形のようなチームはあの悪魔のような魔法生物と互角の戦いを?」
「そうさ。ゼキュリーゼ率いるチームと彼ら『ラピスラズワルド』の一戦はここ最近で一番盛り上がった勝負だったよ。」
「『ラピスラズワルド』!? ではあの方たちが青の騎士と名高い六大騎士団か!」
 テンション高めに窓ガラスにへばりついて全身甲冑軍団を見るカラード。なんとなくロイドの方を見ると、「らぴす……?」って感じの顔をしてた。
「……六大騎士団っていう、すごい騎士団の呼び方があるのよ。」
「十二騎士みたいなものか?」
「そんな公式の称号じゃないわ……騎士の二つ名みたいなモノね。」
「でも……強いんだろう?」
「どの騎士団にも物語みたいな武勇伝があるわ。Sランクの魔法生物を倒したとか、S級犯罪者を何人も捕まえたとか。」
「おお、すごいな! そうか、その内の一つがあのチームなのか。」
「確か十人くらいの団だから、あの五人は代表ね。」

『ふん、性懲りもなく。今一度我々の力を思い知らせてやろう。』

 苛立った顔でゼキュリーゼが手を挙げると、新たに二体の魔法生物が闘技場に登場する。さっき『ラピスラズワルド』の騎士が「貴様のチーム」って言ったからあれがゼキュリーゼのチームメイトなんだろうけど……コウモリみたいな羽のついたヘビに腕が六本あるクマっていう、ゼキュリーゼにピッタリの仲間だわ。

『オホンオホン、順番通りではありませんが盛り上がりに乗って行こうと思いますので、ゼキュリーゼ様の試合を始めましょう。』

 全員が甲冑姿だけどカラードみたいに全員がランスってわけじゃなく、五人中三人が剣で二人が槍。剣使いが前に出てメインの攻撃をして、槍使いが後ろから援護するような陣形。剣で斬りかかる仲間の腕の間とかから槍を入れて相手の意表を突く――みたいな攻撃をする。サーカスじみた動きだけど剣使いの動きの邪魔をすることなく、どうしてもできちゃう隙を槍が埋めてるような感じだわ。
「むぅ、恐ろしい技巧だな……」
 長物の名門、リシアンサス家のローゼルがそれっぽくうなる。そういえばローゼルって魔法の方が目立つから槍の腕前がイマイチわかんないわね……
「ああ。その上対人戦規模ならともかく強力な魔法を使用した上でのあの動き――さすが青の騎士。」
 同じく槍――ランス使いのカラードがうんうん頷く。
 そう……簡単に言えば剣使いも槍使いもアンジュの『ヒートブラスト』みたいな高出力の大魔法をそれぞれの武器にまとって攻撃してる。剣使いからしたら、腕や脚の隙間に後ろから大砲が入ってきて砲弾を放っているような感じだと思う。
 正直、槍使いがいつ剣使いを攻撃してしまわないかとヒヤヒヤするんだけど……両者に恐怖やためらいはない。
「ふふふ、互いの技量に絶大な信頼を置いているというのもあるけれど、単純に両者が知識と経験を積み重ねた強者というのが大きいね。」
「ど、どういう……意味、ですか……?」
「ふふふ、この前リズムの話をしただろう? 戦闘時に個人それぞれが持つ意識の波――それを見極めて戦闘を優位に進める。実はあれ、仲間同士でも有効なんだ。」
「えっと……つ、つまり……あれは味方のリズムを把握、しているからこそできる……ってことです、か……?」
「そういうこと。剣士側のリズムを把握した槍使いがその波形の隙間を埋めるように自分のリズムを重ね、結果山と谷が交互に来るはずの動きを途切れず隙のない直線にして連続攻撃を実現しているのさ。」
「……つまりそれって、後ろの槍使いが頑張ってるってわけ?」
「ふふふ、確かにあの戦術で一番疲れるのは後ろの槍使いだけど、リズムを合わせるにはお互いが同程度の波の大きさでないといけない。二人で楽器の合奏をするとして、片方の音が小さかったり大きかったりしたらチグハグで聞いていられないけど、二人の大きさが同じになれば違う音を出している楽器でもきれいなハーモニーになるだろう?」
「ふむ……槍使いと剣使いが共にリズムを見極めるほどの実力者でないとならないわけか……」
「ふふふ、自身の強さを高めた者同士がチームとして動けばあんな事もできてしまうというわけさ。一人ではとても成し得ない、更なる高みへとね。」

「くっ――去年よりも更に速いとは!」
『キシャラアアアアアア!』

 ゼキュリーゼチームの三体を同時に相手にするのは危険と判断したのか、三人の剣使いが三体それぞれの相手をし、残った二人の槍使いがゼキュリーゼと腕が六本のクマと戦う剣使いの援護をしてる中、唯一一対一の勝負をしてる剣使いとヘビの戦いに動きがあった。
 その剣使いは第二系統の使い手なのか、剣に光をまとわせて、尻尾の先端に鋭い刃がついてるヘビと目にも止まらない剣劇を繰り広げてたんだけど――

「『ブライトスラッシュ』!」
『シャアッ!!』

 凄まじい斬撃の応酬、その一瞬の間に一層の輝きをまとった剣が振るわれ、対するヘビの刃も真っ赤な炎をまとって突き出される。ほぼ同時に放たれた互いの一撃が交差し、光の剣がヘビののど元を、炎の刃が剣使いのお腹をそれぞれ貫いた。
 昨日と今日とでこういう……普通なら即死の光景にも見慣れてきてて、これは両者の身代わり水晶が砕けて相討ち――

『ギシャアアアアアアアッ!!』

 直後、ヘビの絶叫が響いた。身代わり水晶があるって言っても一瞬は痛みが走るからそのせいかとも思ったけど、そのヘビはこのワルプルガではあり得ないモノ――どう考えたってかすり傷レベルじゃない鮮血をのど元から噴き出した。

『なにぃっ!?!?』

 戦闘中だったゼキュリーゼと六本腕のクマ、それと残りの甲冑騎士たちが噴き上がった血しぶきに動きを止め、ゼキュリーゼが倒れるヘビを受け止めた。

『な、なんだこれは! こんな明らかな致命傷が何故――』

 そう言いながら光の剣を振るった騎士を睨みつけるゼキュリーゼ。同じように致命傷を受けた騎士の方は無傷で、見ると身代わり水晶がきちんと砕けてる。ヘビの方は……砕けてない……

『どういう事だ人間! 貴様が無事で我が同胞が――同胞だけがっ!!』

「これはまずい……」
 突然の事に呆然とするあたしたちに対し、フェンネルが深刻な顔で呟きながら部屋の窓を開ける。そして足の裏から炎を噴き出して闘技場へと飛んでった。
「一先ず試合は中止だ! 騎士の中で回復系の魔法が使える者は早く――」
『近づくなフェンネル!!』
 事態を収拾しようとしたフェンネルだったけど……見るからに怒りで満ちた顔のゼキュリーゼがとんでもない殺気と一緒に叫ぶ。
『人間が無事で同胞の身代わり水晶だけが発動しなかった! 貴様ら人間の工作という可能性は十分にある!』
「――っ! だがただの事故かもしれないだろう! まずは落ち着いて手当てを! 傷の修復には精密な魔法制御が必要だ! 僕らに任せろ!」
『任せた途端にどうなるか! 信用できんっ!』
『おいゼキュリーゼ!』
 血を流して息も絶え絶えなヘビを抱きかかえるゼキュリーゼの背後、魔法生物側の入場口からゴリラ――ガガスチムが出てくる。
『冷静になれ! フェンネルの言う通り、治療が先決だ!』
『貴様――同胞が傷ついているのに冷静になれだと!』
『その同胞の為に冷静になれと言って――』
 その時、すごく嫌な感じが――空気が部屋の中に……いえ、スタジアム全体に満ちた。急に気温と湿度が上がったみたいな不快感に頭がくらりとする。
「がはっ――!」
 あたしと同じように部屋にいた全員がぐらりと揺れたんだけど、ストカだけが膝をついてすごく苦しそうな顔になった。
「お、おいストカ、大丈――」
「来んなっ!」
 心配そうに近づこうとしたロイドの手前、その足元の床にストカの尻尾が深々と突き刺さる。
「い、まは……来るな……慣れるまで……ぐぅ――ああぁっ!!」
 そして床から引き抜かれた尻尾が鞭のようにしなり、周りのモノを滅茶苦茶に破壊し始める。なんだか……ストカ自身にその気はないのに尻尾が勝手に暴れてるみたいだわ……
「くっそ……感情が――引っ張られる……!!」
『ぬぅっ!?』
 そして、闘技場にいたガガスチムまでもが膝をついて苦しそうにし始めた。
『こ、これは――い、一体……!!』
 ゴリラだからある程度表情が読み取れるんだけど……まるで湧き上がる怒りを必死で抑え込んでるような顔だわ。六本腕のクマも同じような感じだし、『ラピスラズワルド』の面々もゆらゆらと身体が揺れて――

 ドスッ

 この場の全員が変になってる中に嫌な音がした。一体どこから飛んできたのか、巨大な……クロドラドが持ってる剣くらいある、鋭くとがって槍のようになってる岩の塊が、たぶんヘビに向かって放たれたんだろうそれが、ヘビをかばったゼキュリーゼの背中に突き刺さった。
『ゼ、ゼキュリーゼ……!』
 ガガスチムが目を見開く。身代わり水晶は発動することなく、ゼキュリーゼのお腹からも血が流れだす。

『先の憎悪に満ちた顔! やはりゼキュリーゼは危険な魔法生物! この機を逃さず始末せよ!』

 誰が言ったのか、本来司会のカーボンボの声が聞こえてくるはずのスピーカーからそんな言葉が発せられた。
 身代わり水晶の不具合、突然の不快感、岩の槍による攻撃。何が起きてるのかさっぱりわからない状態で次々と起こった現象があたしたちの思考を止める中、その全てを受けて――いえ、まるでそれらによって巻き起こった感情を全て吸収したみたいに、一体の魔法生物の気配が増大していく。

『貴様らアアアアアアアアァッ!』

 背中に突き刺さった岩の槍を乱暴に引き抜くけど、噴き出る血は片っ端から炎と化してその身体を包み込み、骨のような翼の下に黒ぶちの炎を展開させ、鬼の形相でゼキュリーゼが咆哮する。
「いけない――! ゼキュリーゼ、落ち着くんだ!」
『正気になれ! お前ここを吹き飛ばすつもり――』

『アアアアアアアアアッ!!!』

 ガガスチムの言葉の通り、とんでもない規模で一気に膨れ上がったゼキュリーゼの気配は炎と化し――闘技場で爆発した。



「へ?」
 目も眩む閃光と共に大爆発が起きたと思ったら、オレは見覚えのある岩肌に立っていた。
「なんかやばそうな気がしたから移動させたけど、正解だったね。」
 いきなりの事にポカンとしているみんなの中で唯一、リリーちゃんが遠くの方を眺めながらそんなことを呟いた。その視線の先に目をやると、かなり離れたところに煙が上がっていて……倒壊した建物が見える。
「え……あ、あれってもしかしてスタジアム……? リリーちゃん、オレたちは……」
「『ゲート』で移動させたの。ここはロイくんがマグマに潜った所だよ。」
「ああ、それでなんとなく見た事が……あ、いや、ていうかなんでスタジアムがあんなボロボロに……? ガガスチムさんの攻撃でも大丈夫だったのに……」
「防御魔法が発動しなかったんだと思うよ。」
「えぇ……?」
「……リリーくんはそれを予期してわたしたちを移動させたのか? そもそもやばそうな気がしたというのは……」
 ローゼルさんの質問に、リリーちゃんは少し表情を怖くして答える。
「ゼキュリーゼってゆーのがキレるあの流れがそれっぽいっていうか……裏のにおいがしたんだよね……」
「確かにちょっと変だったかも……あたし、身代わり水晶が機能しなかったのなんて初めて見たよー?」
「なによそれ……ゼキュリーゼを怒らせる為にわざと魔法生物側だけ水晶の機能をオフにしたってこと? あいつを怒らせてどうするってのよ。」
「あいつ……だけじゃねーと思うぜ……」
「! ストカ! お前、大丈夫なのか?」
「まだちょいイライラすっけど、慣れてきた。その内平気になる。」
「イライラ?」
「爆発の前、変な空気になったろ? あれ、怒りの感情を引っ張り出すっつーか、すっげー短気にさせるっつーか、そんな感じの魔法だ。」
「怒らせる魔法ってことか? でもオレたちはなんかふらついただけだったぞ?」
「魔法生物に対して使ったんだろ。俺はあいつらに近いからちょっと受けちまったけど、人間には大して効果が無かったんだろうぜ。」
「対象は魔法生物……でもガガスチムさんもオレたちと同じようにふらついただけっぽかったぞ。」
「さあな。実はブチ切れ寸前だったのかもしんねーぜ。」
 身代わり水晶の不具合、魔法生物を怒らせる魔法、発動しなかったスタジアムの防御魔法……考えるほどに裏がありそうな事ばっかりだな……
「ふむ、情報は少ないが……ロイド、おれたちはどうする?」
 大きめの岩に登って周囲を見回しながらカラードがそう言った。
「この騒動が作為的に引き起こされた可能性が高いとわかり、おれたちは現場から離れた場所に位置取っている。場合によってはおれたちの行動で事態を良い方向に動かせるかもしれない。我ら『ビックリ箱騎士団』はどう動く?」
「オ、オレが考えるのか……?」
「団長だからな。」
 カラードにしては珍しいニヤッとした顔でオレを見下ろす。
「どうするって言われてもなぁ……こういう戦場的なモノって、オレ魔法生物の侵攻くらいしか経験が――」
 と、自分で言った「侵攻」という言葉とふと視界に入った首都ベイクの街並みで嫌な予感が頭をよぎった。
「……ストカ、スタジアムにいた魔法生物たちが今もまだそこにいるかどうかってわかるか?」
「ああ? ちょっと待てよ……」
 そう言うと、ストカは目を閉じて尻尾を地面に突き刺した。
「飛んでる奴はわかんねーけど、スタジアムの近くにたくさん――ん? 一部あっちの方に進んでるな。」
 ストカが指差した方向はまんまベイクの街だった。
「なに? ロイド、まさか魔法生物たちは街へ……!?」
「ああ……怒らせる魔法の影響を他の魔法生物も受けたとして、ゼキュリーゼさんみたいに人間嫌いだったらそのまま街を襲いに行く可能性もあるのかもと思って……」
「え!? うちも危ないってこと!?」
 アンジュがあんまり見せない焦った顔をする。アンジュの家もそうだが、ワルプルガ――オレたちが参加しているスタジアムでの勝負は「裏」のイベントであり、いわゆる「表」は今まさに街で行われている建国祭だ。そんな中に魔法生物の大群が押し寄せたら大変な事になる。
「ど、どうしようロイド! あたしの家――て、ていうかみんなを避難させないと――」
「いや、それはおれたちの役割ではないだろう。」
 動揺するアンジュに対して冷静に、険しい表情で考えるカラード。
「侵攻でも災害でも、そういう時に住民を避難させる手順というのは決まっているはず。あれだけの爆発、スタジアムで何かが起きたという事はこの国の軍などが察知しただろう。とはいえ準備には相応の時間がかかるのに対し危機は現在進行。その上、フェンネルさんのように本来なら即座に動ける一騎当千の戦力はスタジアムに集まってしまっている……するべきことが見えたな、ロイド。」
「ああ。火の国の軍やフェンネルさんたちが来るまで、オレたちで街を守る……守ろうと思うんだけど、他のみんなはどうかな……」
「……しまんないわね……反対するわけないじゃない。」
「あ、いや、オレが勝手に決めちゃうのもあれかなと……」
「ふむ、ロイドくんはそろそろわたしたちの団長である自覚を持つといい……というか持っていいと思うぞ。」
「えぇ……」
「つーかロイド、相手は魔法生物の大群だろ? 俺らだけで全員倒せっか?」
「あー……いや、倒す必要はない。足止めができればいいんだ。」
「それはそれで難しくねーか? 防衛向きの魔法使えんのは『水氷の』だけだぜ?」
「確かにそうだけど、今はストカがいる。」
「あ、俺か?」
「手伝ってくれるか?」
「まー、ダチの頼みとあっちゃな。つーか急がねーと連中、街に着いちまうぜ?」
「っと、そうだ。リリーちゃん、移動をお願いできる?」
「いいよー。ストカちゃん、具体的にはどこに行けばいいの?」
「あっち、あの辺の下。」
「オッケー。じゃーみんな行くよ。」
 そう言いながらリリーちゃんがパンッと手を叩くとオレたちの真上に『ゲート』が開き、それが下りてきたかと思ったら――
「はい到着。」
 ――さっきとは違う岩肌に立っていた。すごいな、リリーちゃんの魔法。
「わわ……す、すごい数だよ……」
 見上げると斜面の上から降りてくる魔法生物たちがもうもうと土煙をあげて迫ってくるのが見えた。
「ティアナ、みんなの様子は見える? やっぱりその……怒ってる感じ?」
 魔眼ペリドットの力でこの場の誰よりも物が見えるティアナにそう尋ねると、ちょっとビクビクした顔で頷いた。
「なんだかすごいよ……に、憎しみっていうか……ぜ、全員怖い顔……」
「やっぱり魔法の影響を……絶対に街に入れちゃダメだな。ストカ、ちょっと頑張って欲しいんだが。」
「おう、何すりゃいい?」
「できるだけ高い壁をここに作ってくれ。あの大群を止められるくらいの幅ででっかく。」
「ちょ、ロイドあんた何言ってんのよ……そんな幅が何十メートルにもなる壁なんて作れるわけ――」
「本気でやっていーんだな? 地形がだいぶ変わっちまうが。」
「街を守るのが優先だ。」
「おっし、んじゃやんぞ。」
 両手をあげ、ストカが地面をバンと叩く。地震のように地面が揺れ始めたかと思うと、ゴゴゴという地鳴りと共に巨大な壁がせりあがった。
「……滅茶苦茶だわ、こんな規模の魔法……」
 エリル……と他のみんなが目を丸くする。実のところ、オレも驚いている。
 ストカの得意な系統は第五系統の土の魔法で、昔も変なところに壁やら階段やらを作って遊んだような記憶があったからこういう事もできるだろうと思ったわけなのだが……想像以上だった。高すぎて具体的な数値はわからないけど、たぶんガガスチムさんよりも高い壁が視界の端から端まで続いている。
「す、すごいなストカ……」
「なんだロイド、こんなんもできねーと思ってたのか? これでもミラの護衛官として毎日ヨルム様たちにしごかれてんだぞ。」
 ふふーんと偉そうに笑うストカだったが、ふとため息をつく。
「まー、ヨルム様だったらこの壁を全部超硬い金属で覆うとこまでできちまうだろーけどな。今の俺だとこれが限界だ。」
「いや、土台ができただけでもありがたい。ローゼルさん。」
「む? なるほど、わたしの――わたしとロイドくんの愛の氷でこの壁を補強するのだな。」
「そ、そうです……さすがにこれ全部を覆うのは難しいと思うから、両端から優先的に、できればトゲトゲのついた氷で覆ってもらって、足りない中心部分を……アレク、強化魔法を頼めるか?」
「おうよ!」
「ふむ、リシアンサスさんの超硬かつ近づけない氷を使って大群を一か所に集めるのだな。」
「ああ。そして強化した壁の上からオレたちが遠距離メインで攻撃して、魔法生物たちを壁の前に足止めする。飛べる相手はオレが風で押し戻し、氷のトゲを気にしないで壁を越えようとする相手にはリリーちゃんにアレクを移動してもらって、パワーで押し返す。」
「昨日の試合でやったみてーな感じだな! 頼むぜ『暗殺商人』!」
「なんでボクがこんな筋肉と……あとその呼び方嫌い。ロイくん、終わったらご褒美いっぱい頂戴ね!」
「う、うん……それとティアナには射撃による援護と、その眼で全体の把握を頼みたい。魔法生物側の動きとか超えられそうな壁をみんなに教えて。」
「わ、わかった、頑張る……あ、あたしもご褒美、もらっていい……?」
「う……う、うん……」
「ロイド、俺も暴れていーんだろ?」
 言いながら既に準備運動を始めているストカ。
「この壁の維持を優先してもらうことにはなるけど……むしろ頼りにしてるぞ。」
「おし! 久しぶりに全力で走るぜ!」
「……またもやおれは後方待機か……」
 うずうずしているストカの横、遠くを見るような顔でしょんぼりするカラード……
「……『ブレイブアップ』が必要な時は言ってくれ。数秒だけなら手助けできるぞ。」
「あ、ああ。それじゃあみんな、壁の上に――」
「はい到着。」
 移動しようって言う前にリリーちゃんが全員を移動させた。壁の厚みはなんと一、二メートルほどあるので上を走り回るには十分でありがたいのだが……やっぱりすごいな、ストカ。
「ふむ、こんなところか。どうだろう、ロイドくん。」
 腰に手を当ててオレを見るローゼルさん。ぱっと見ではわからないが、そこにそれがあると分かった上で目を凝らすと見えてくる氷の膜が端の方の壁を……というかだいぶ中心付近まで覆っているがわかった。勿論トゲトゲつきで。
「うん、ありがとう。」
「うむ、ご褒美を用意しておくのだ。」
「う、うん……」
 …………これ、戦いの後で大変なことになるパターンのような……うう、これを使う可能性もあると思っているから一層やばい事に……
「あん? それ、ミラの血か?」
 手にした小瓶を見たストカが興味深そうに覗き込む。
「いざって時の為にな……」
 そろそろ一体一体を確認できるくらいの距離まで魔法生物の大群が迫ってきた今がその「いざって時」のような気もするが……これが誰かの仕業なら、その黒幕と戦う事もあるかもしれない。
 一先ずはこれ無しで……!
「じゃあみんな――あ、いや、『ビックリ箱騎士団』! ……とストカ! 頑張りましょう!」
「…………あんた、もう少し気の利いた掛け声ないの……」
「えぇ……」



「へぇ、それじゃー中からその家を潰すためにスパイになったと。」
「そんなところね。」
 建国祭ワルプルガで賑わう火の国ヴァルカノの首都ベイク。祭の喧騒もあってか、現在「裏」と呼ばれる魔法生物との交流イベントが行われているヴィルード火山にて爆発が生じてもそれに気づく街の人は少なかったのだが、スタジアム側と連絡を取っていたこの国の軍部は異常に気づいていた。
 そして斜面を下ってくる魔法生物の大群を確認して緊急事態と判断し、出撃の準備を進めつつ人々の避難を始めた。魔法生物の侵攻と言ってしまうとパニックになりかねない為、有害な火山ガスが噴出したと発表し、一時的に祭を中断して避難所へと誘導する。
 ヴィルード火山では周期的にそういう現象が起こる事があるため、人々は特に疑うことなく、されど迅速に行動を開始し、結果街からは人がいなくなりつつあった。
「バサルト家はゲスな手口で貴族になってる不相応者。ワルプルガでも他の貴族に女を渡してあれこれするはずだから、公にできない裏の証拠をつかんでバサルト家を潰す手伝いをしろっていうわけよ。」
「けけ、それであんたに依頼を? それこそ公にできない取引だろい。」
「そーなのよ。どんな理屈とプライドがあんのか知らないけど、わたくしに仕事を頼んだ時点でアウトよね。ま、正義とか高貴さとか、くだらないモノに酔ってる阿呆は払いがいいからわたくし的には構わないんだけど。」
「それでどんな風に?」
「最近聞いた、どっかの娼館で娼婦が反乱起こして売人を皆殺しにしたって話を思い出して、それを参考にしたわ。大事な書類の名義をあっちのメイドやそっちのメイドにしといたから、面白い事になるわよ? 動かせる財産は丸っとわたくしのポケットだしね。」
「当然、依頼した側も?」
「勿論よ、正義の味方じゃないんだから。ワルプルガから戻る頃には路上生活が始まるわ。もっとも、戻ってこれたらの話だけど。」
 黒いマスクをした坊主頭の男――バロキサと女優のようなつば広の帽子をかぶった女――リレンザは閑散としてもはや店員もいなくなったカフェのテラス席に座り、カウンターから勝手に持ってきたコーヒーを片手にヴィルード火山の方を見る。斜面の一部からあがる煙を見て同業者の仕事が始まったのを確認し、二人はやれやれとコーヒーを口にした。
「まったく、余計な邪魔が入らなければインヘラーの仕事に便乗してもう一、二稼ぎできたでしょうに……」
「へへ、矛盾した事を言うよい。邪魔が入るからって早めに仕事を切り上げたくせに、なんでその邪魔の処理を任された俺のところにいるんだ? このままだと邪魔者とご対面だよい?」
「好きで残ってるわけじゃないわ。あんたが昨日「とっておきをやる」とか言ったじゃない。あれってつまりあの毒なんでしょ? どんなルートでわたくしのところまで来るかわかったもんじゃないから、あんたの近くにいた方がよっぽど安全よ。」
「お褒めにあずかって。でも相手が相手だし、少しは手伝ってもらうよい。」
「依頼人を働かせるんじゃな――」

「バロキサ。」

 人がいなくなり、遠くの喧騒と二人の話し声のみが聞こえる街中に通る声。二人が声の方へ顔を向けると、赤いディーラー服を着た女が一冊の本を開いて立っていた。
「騎士たちが『罪人』と呼ぶとある組織に属する殺し屋。第七と第九系統を組み合わせて作り出す毒の使い手。多種多様な効果を操り、即効、潜伏あらゆるタイミングであらゆる害を発症させる。その筋で最も有名な事例は、一晩でとある街の人間、その他の動植物から地質水質の全てを毒で侵して死の土地に一変させたというモノ。他にも多くの毒の絡む事件に関わっているが、自身の痕跡を残さない為に指名手配されていない。」
「おお、おお、なんだいいきなり。」
「あら、一晩で随分なバロキサマニアになったわね。」
 驚くバロキサの横でにやけるリレンザを一瞥したディーラー服の女は、本をパラパラとめくる。
「……リレンザ。同じく『罪人』に所属する者で、自身の美貌と甘言で相手を心理誘導し、対立する二つの組織を操って双方から財産を奪い取る謀略家。過去、一度として誰かに利益をもたらした事はないが、巧みな情報操作によって対象の組織を内側から崩す専門家という事で裏世界に名前を広め、それにつられて依頼してきた者を食い潰す。時に第六系統の闇の魔法による幻術を用いるが、戦闘能力は皆無と言っていい。ただし一対一で自分が男である場合は勝ち目がなく、気づいた時には自分の武器で自身の喉を貫く羽目になる。」
「……わたくしまで? 何なのよその本……」
 気味悪そうにリレンザが呟くと、ディーラー服の女は本をパタンと閉じた。
「さすが『ハットボーイ』です。昨日の今日でこのような『罪人図鑑』を作ってくれました。組織のリーダーと二番手の部分は白紙ですが、あと数日あればそこも埋まるそうです。」
「け、ゾステロの仕業かい……そういや今日はいねいんだな、『ゴッドハンド』さんよい。」
「あなたが毒使いという事なのでここからは離れてもらいました。きっと昨日の雑な装置よりも気合を入れてくるでしょうからね。」
「雑とはひどいねい。普通はあれで終わるんだぞいってな。」
 テラス席から跳びあがり、バロキサはディーラー服の女が立つ通りの真ん中までてくてく歩く。
「昨日は何か怒ってたし、ゾステロもいるから待ってれば勝手に来ると思ってたんだが案の定ってな。探す手間が省けてお仕事し易くて何より。」
「おや、わざわざ死ぬのを待っていたわけですか。」
 普段であれば優し気な笑顔を浮かべているディーラー服の女は、寒気を感じる無表情でバロキサを眺め、手にしていた本をマジックのように消すとその手を前に出した。
「あー、昨日もそんな構えだったねい。『ゴッドハンド』の由来ってか? でも残念、今日は俺もだよいってな。」
 ディーラー服の女の数メートル手前で立ち止まったバロキサが両手をワキワキさせながら適当な構えを取ると、両腕が指先から肘の辺りまで紫色に染まった。
「俺のとっておき。この手に触れるだけで感染し、以降はそいつの吐いた息を吸ったらキャリアの仲間入り。呼吸によって爆発的に広がり、きっかり五分であの世行きの猛毒――その名も『バロキサスペシャル』!」
「いい名前ですね。」
「いやどう考えてもダサいわよ……」
「ダサいとはヒドイ。さて、そんじゃいくよい!」
 既に両者の距離は数メートルしかなかった為、バロキサは一度の踏み込みで瞬時にディーラー服の女の目の前に移動した。
「しっ!」
 そして肩の辺りを狙って毒手を突き出す。触れるだけで感染というのであれば、丸腰のディーラー服の女には成す術がないはずだったが――

 パンッ

 その一撃は虫でもはらうかのような力にない手によって弾かれた。
「――! なるほど!」
 ディーラー服の女がした事に気がついてニヤリと笑ったバロキサは、その長身痩躯を活かした幅のあるステップで即座に女の背後に移動し、再度毒手を放つ。が、それもまた軽々と弾かれた。
「いやはや、実は武闘派だったとは――ならもっと行きますよってな!」
 そこから始まるバロキサの猛攻。その道の者が見れば非常にレベルの高い体術に驚くであろうキレのある身のこなし。田舎者の青年のように相手を中心に右へ左へ上へ下へ、ぐるぐる動き回りながら繰り出す全方位攻撃は、その全てが猛毒ゆえの一撃必殺。だがディーラー服の女はその連撃を一つ残らず叩き落としていく。
「これ――は……!」
 相当な手数を放つもディーラー服の女に触れる事のできないバロキサは一度距離を取った。
「なによバロキサ、あいつあんたに触ってんじゃないの? 死なないじゃないの。」
「……そこからだとわかんないだろーけど、実は触れてねい。『ゴッドハンド』の手が薄い空気の層みたいのに覆われてて、俺の攻撃はそれ越しに弾かれてる……というかそんなことより――」
 ふと視線を落とし、ディーラー服の女の足元を見たバロキサは焦燥の混じった笑みを浮かべる。
「『ゴッドハンド』はあの場所から一歩どころか一ミリたりとも動いてない。それなのに俺の攻撃を全部弾きやがった……!」
「動いてない――ってそんなわけないじゃない! あんだけ動き回ってんだから、死角からとかも攻撃したのよね!」
「こっちを見ないで防いだ……!」
「なによそれ……『ゴッドハンド』はものすごい武術の達人ってわけ!?」
「……たぶん違う……そうじゃない……なんだ、妙な違和感が……」
「とっておきは終わりですか?」
 バロキサの攻撃を完封し、息も切らさず汗も流さずやはりその場所から移動せずに再び片手を前に出すディーラー服の女。
「言っておきますが、その程度であれば私に攻撃は届きませんよ。」
「……いやいや、これからだぞってな……ふん!」
 突然上に着ていたシャツを脱いで上半身裸になると、バロキサは両の手に拳を作って身体に力を入れた。すると左右の肩の近くから、まるで子供が粘土をこねて作ったかのような不出来な形状の腕が二本ずつ生えてきた。
「へ、さっきご紹介にあったように、俺は第九系統の形状が得意でね。こっからは手数三倍だよい。」
 追加された腕も紫色に染まり、計六本の腕を広げたバロキサは再びディーラー服の女へ突撃する。単純な手数三倍ではなく、増えた腕は関節を無視して曲がる上に長さも自在。先ほどよりも幅広い攻め方で毒手を振り回す。
 だが――
「――っ!! これでもだと!?」
 相変わらずそこから一歩も移動していないというのに、何故かすべての攻撃は弾かれる。腕の可動的に身体の向きを変えなければ弾くことのできない角度からの一撃は、それを放つ直前の予備動作の段階で止められる。
 武術の達人だからという一言では片づけられない異常な反応。未来が見えているのかと思うほどの正確さ。尋常ではない手の動きに驚愕するバロキサだったが、ここでようやく先ほどの違和感の正体に気がついた。
「!? お前――どういう事だそれは!」
「? 何がでしょう。」
 猛攻の中で思わず口にしたバロキサの叫びに対してのんびりとした反応。手数が増えて毒手を弾くディーラー服の女の手の動きが速度を増した故に浮き彫りになる強烈な違和感。

 明らかに、手の動きと本人の目線が合っていない。

「な、なんなのよその女……なんか気持ち悪いわよ!?」
「ちっ!」
 再び距離を取ったバロキサは、こっちが攻撃をやめたから動くのをやめたかのようにだらりと垂れ下がるディーラー服の女の両腕を睨みつけた。
「一体どうなってんだその腕……まるで腕が勝手に動いてるみてーだぞ!」
「そうですよ?」
 バロキサの例えをあっさり肯定したディーラー服の女は、自分の手の平をマッサージするようににぎにぎしながら呟く。
「ご存知ですか? 人間はその昔、四足歩行する生き物だったそうです。それが進化し、前の二本をフリーにして「手」を作った。高い知能が生み出すあらゆる可能性を形にしてきた「手」、これこそが人間最大の発明と言いますか、偉業ですよね。」
「……なんだい、いきなり進化の歴史の講義か?」
「あなたが疑問に思っているようなので、死ぬ前にそれくらいは教えてあげようかと。」
 変わらず無表情のままパンと手を叩き、それを広げるとディーラー服の女の両の手の平が光を帯びていた。
「私の得意な系統は第十一系統の数の魔法。特に物事の確率の操作に長けていましてね。様々な試行錯誤の結果、私は二つの魔法を編み出したのです。」
「数魔法だと……」
「一つは高い確率への道しるべを得る魔法。何かをする為に何をするのが一番良いのか、成功の確率の高い行為を啓示の形で得ることができます。」
 仮にこの場に奇怪な帽子をかぶった青年がいたならば、ディーラー服の女がギャンブルで勝利した後に天から伸びてきた白い腕を思い出しただろう。
「もう一つは可能性の極大実現。それを可能とする事象が存在するのなら、私の手はそれを実現するのです。」
「な……なんだと……」
「昨日、私はあなたの毒の煙と雑な装置を消しましたね。あれはつまり、この世界のどこかには目の前に発生した大量の毒ガスを一瞬で消してしまう使い手や自然現象が存在していて、雑な装置の山がパッと片づいてしまう事象があり得るからああなったのです。」
「無茶苦茶だ……そんな魔法、発動できるわけがない……どれだけ大量の魔力を必要とするかわかったもんじゃない……!」
「ええ、どちらの魔法も非常に多くの制約がありますよ。まぁ、さすがにそこまで教えようとしますと時間がかかるので省きますがね。」
 光を帯びた両手を前に出し、ディーラー服の女は無表情で続ける。
「先も言ったように、「手」とはあらゆる可能性を現実に昇華させるモノ。それを可能とするモノがあるならば、私の魔法は可能性をこの手に宿らせる。あなたの攻撃を全て防ぐという可能性がある以上、私に攻撃は当たりませんし……仮に当たったとしても即座に解毒可能でしょう。」
「バ、バカを言うな! 『バロキサスペシャル』は解毒不可能だ!」
「ご冗談を。毒を生み出す者が解毒方法を用意しないわけがない。あなたの手が猛毒を宿して紫色になっているのにあなたが死んでいないのがその証拠では?」
「――!!!」
「バ、バロキサ、無理よこんなやつ……勝てるわけないわ!」
「それはどうでしょう。そちらが勝つ可能性もあるはずですよ。」
「……け、励ましてくれるのかい?」
「ただの事実ですよ。コンマ以下にゼロが何十桁もありそうな確率を底上げする魔法があなたにあるといいですね。」
 可能性はあると言いつつもその確率は「ある」とは言えないような値。自身の攻撃も、最大の武器である毒も無力と判明したが、しかしバロキサはディーラー服の女の話のある点にかすかな勝機を見出した。
「……制約……か……」
 ゴキゴキと嫌な音をさせながら更なる腕を生やし始めたバロキサは、その全てを紫に染めて多少の強がりが混じった笑みを浮かべる。
「『ゴッドハンド』さんよ、そういやさっきから……防御にしかその手を使ってねいな?」
 バロキサの言葉に完全に逃げの姿勢だったリレンザがはっとする。
「も、もしもあらゆる可能性を実現するっていうなら、勝負は始まった瞬間に終わるはず……それにさっきから「手」がどうとか言って……見た感じもそうだし、たぶんその魔法、手の平にしか効果がないんだわ!」
「ひひ、ついで言えば発動時間にも制限がありそうだぞっとな! そうだぜ、んなデタラメな魔法、制約がいくつあったって足りないはず! 長期戦になりゃこっちが勝つ可能性とやらはハネ上がるんじゃないか!? なぁ、『ゴッドハンド』さんよい!」
 わずかな可能性に予想以上の希望を見出し、バロキサは再び構えを取ったが……ディーラー服の女は前に出していた手をだらりと下げた。
「ええまぁ、そちらの読み通りではあるのですが……私、さっき言いましたよね。死ぬ前にそれくらいは教えてあげよう、と。」
「なに?」
「あれは今から殺そうとする相手に冥土の土産を渡そうという意味合いではなく――」
 言いながら、変わらず無表情に、ディーラー服の女はバロキサを指差した。
「相手の死が確定し、その訪れを待つ間のちょっとした暇つぶしというだけですよ。」
「ガハッ!」
 ディーラー服の女の言葉を合図にしたかのように、バロキサが大量の血を吐いた。
「なん――だ、これは……」
「何って、毒ですよ。お得意の。」
「その手の平が、ど、毒を作った――ってのか……だ、だがその手を覆う空気の層で、俺もお前には一度も触れられて……」
「昨日毒ガスをまいておいて何を今さら。」
「ガスだと……!? だ、だが今、防御にしか使えないと――ゴフッ!」
「制約の全てを説明するつもりはないと言いましたよ。」
「ぐぞ――まじでデタラメな魔法……ガフッ!」
 何がどうなったらそんな量の血液が口から出るのかと思うほどの吐血を最後に、バロキサは白い顔で倒れた。
「そ、そんな、バロキサが毒で死ぬなんて……」
「むしろピッタリの死に方では?」
 ほんの数十秒前に勝てる可能性を見たはずが今は死んでいる同業者からディーラー服の女へと目線を移したリレンザは、腰が抜けたのかその場で座り込み、その顔が恐怖の感情で埋まる。
「こ、殺さないで! お金なら――」
「別にあなたに用はありません。」
 迫る死神に必死に抵抗しようとしたが、予想外な事にディーラー服の女はリレンザに背を向けてスタスタと歩き出した。
「ほ、ほんとにバロキサだけが狙いだったってわけ……」
 遠ざかるディーラー服の女の背中を眺めながら、更に力の抜けたリレンザはその場に寝転がる。
「インヘラー、あの化け物を殺すのは相当な手間がかか――」

 グシャアッ!

 住人の避難が完了し、完全に静まり返ったその通りに不快な音が響き渡る。何事かと振り返ったディーラー服の女は、リレンザが座り込んでいた場所に巨大な岩の塊がめり込んでいるのを見た。岩の下からはこれまた大量の血が流れて出ており、リレンザがどうなったのかを理解したディーラー服の女は、その岩の上に立っている人物へと視線を移した。

「バカおまえ、自分にびびってる相手はその恐怖を何倍にもして殺すのが悪党ってもんだぞ、ムリフェン。」

 大きくうねるウェーブの髪。胸元が大きく開き、片脚が大胆に出た真っ黒なドレス。伝線している黒いストッキングに黒いハイヒール。耳に逆さ十字を、首に逆さドクロをさげて凶悪な笑みを浮かべたその女を見て、今まで無表情だった顔がスイッチを入れたように驚きの表情になるディーラー服の女――ムリフェン。
「アフューカスさん? 何故ここに……」
「運動だ。」
 岩の上でジャンプし、くるりと一回転して倒れているバロキサ――の腕をふみつけて着地したドレスの女――アフューカス。
「うお、なんだこりゃ。豆腐みてーに崩れるぜ!」
「この毒使いが対抗できない毒のはずですが、詳しくはわかりませんね。」
「相変わらず人任せの魔法だな、おい。ま、他力本願は悪党らしくていーがよ。つーかそれよりも……」
 バロキサの身体をヒールでグサグサと刺しながら、アフューカスはヴィルード火山の方を眺める。
「なんか楽しい事になってんじゃねーか。どこの悪党の仕業だ?」
「『ハットボーイ』によるとこの国に来ている悪党は『罪人』だけのようですから、どちらかというと内乱や反乱といったモノではないかと。」
「んだよ、そっち系か。というかお前、『罪人』連中をあたいらと一緒にすんな。」
 もはや原型をとどめないバロキサの身体、その頭部をアフューカスがヒールの底ですりつぶすと、それらは突然燃え上がり、崩れた死体は完全に焼き尽くされた。
「あたいらの『紅い蛇』と同じで、『罪人』ってのは騎士連中が勝手につけた呼び方だが、なんでそんな名前なのかわかるか?」
「全員が罪を犯した人だからではないのですか?」
「アホ、んなの悪党全部に言えるだろーが。こいつらはな、粗悪劣化版ザビクなんだよ。」
「ザビクさん?」
「一人一人がやった悪事を組織で動いて隠ぺいすんだよ。どう考えたってやったのはそいつらなのに証拠がねーから指名手配ができねぇ。法律とやらじゃどうしようもねぇがこいつらを見つけたら注意しろっつー意味合いで、連中は通称『罪人』なんだ。」
「悪事を隠す……ですがそれは、ザビクさんがお一人でしていた事を集団で行っているというだけで、粗悪劣化というよりは組織版ザビクさんでは……」
「バカ言え、全然ちげーだろーが!」
 苛立った顔になったアフューカスはズンズンとムリフェンに近づき、指先でムリフェンの胸元をビシビシつつく。
「ザビクは悪事を働く事、そのものを楽しむ悪党。それがバレたら正義の味方にボコボコにされちまうっつー崖っぷちのスリルを求めてより悪い悪行を続けてきた。あたいの好みじゃあねぇが、確かな悪党だったぜ。対して『罪人』の目的はただの金儲け! 普通にやってりゃ得られねぇ大金を求めて悪事に走ったっつーのに、金を使う時は善人でいたいとぬかすふざけた連中だ!」
 言いながらイライラが増していったのか、ムリフェンをデコピンで横にふっとばすと、さっき自分が乗っていた巨大な岩の塊に近づき、それを一蹴りで粉砕する。
「バレるかバレないかの不安定さをザビクは楽しんだが、連中は絶対にバレたくないと言いやがる! 平和な世界で裕福に暮らすために、悪事を働いた顔に善人の皮をかぶりやがる! んなのは悪党とは言わねぇんだよ!」
 砕けた岩の下、血だまりの上に浮かぶモノを一つ一つ踏みつぶしながら、まるで駄々をこねる子供の用にアフューカスはイライラをぶつける。
「だのに騎士共はあたいらと連中を同じくくりで悪党と呼びやがる! 一緒にすんなクソむかつく!」
 ひと際力の入った踏みつけでヒールが半分ほど地面に埋まった瞬間、正面のカフェを含む数棟の建物が粉々になって吹き飛んだ。
「くそが! お前のせいでまたイラついてきたぜ! もうちっと運動しねーと鬱憤がたまってしょうがねぇ! 殺せる『罪人』はもういねぇのか!」
「情報ですともう一人いるそうですが。」
 デコピンを打ち込まれたおでこをさすりながらムリフェンが答える。
「そいつと魔法生物で憂さ晴らしだ! お前はとっとと恋愛マスター見つけろよ!」
 そう言うとアフューカスは瓦礫と化したカフェを通り、その先にある建物を殴って消し飛ばしながらどこかへと行ってしまった。
「そうでしたそうでした。ちょうどいいことに魔法生物が暴れているようですし、きっと『バッドタイミング火山男』も小さくなっていることでしょう。」
 ふふふと微笑んだムリフェンは上着の内ポケットから通信機のようなモノを取り出し、慣れていない手つきでスイッチを入れた。
「えぇっと、もしもし? 『ハットボーイ』ですか?」
『ゾステロです……』
「再度マグマへ潜りますので、この前の場所に来てくださいね。」
『はぁ……あの、毒使いの方は……』
「毒死して火葬されました。」
 通信機の向こうから困惑の雰囲気を感じながら、ムリフェンは服を正して山の方へと歩き出した。



「はぁああっ!」
 炎を遠隔操作してガントレットを操り、壁に近づいてくる魔法生物に撃ち込んでいく。いつもの、相手に接近して殴るっていうのじゃない遠距離攻撃だけのこの感じはちょっと慣れないけど、だからって別にずっと立ち止まってるわけでもなかったりする。
 ストカが作ってローゼルとアレキサンダーが補強した壁は魔法生物の大群を完全にせき止め、端の方はトゲ付きだから自然と魔法生物たちは中心――つまりあたしたちが立ってる壁の方に集まって来るんだけど、それでもそこそこ幅があるから右へ左へ結構走る。
 ……ていうか実際の所、中心に立ってるのはあたしとローゼルとアンジュの三人だけだから一人当たりの担当距離が長いのよね。
 ティアナは全体を見る為にストカが壁の後ろに追加で建てた塔みたいなのの上にいて、あたしたちに指示を出しながらスナイパーライフルで援護してる。ついでに役立たずのカラードもそこにいて、一応の甲冑姿で周囲を見渡してるわ。
 アレキサンダーはトゲ付きの部分をモノともしないでよじ登ろうとする奴を力任せに押し返し、ロイドは壁を簡単に超えちゃう飛べる奴を暴風で吹っ飛ばす。でもってこの二人は端から端に行かなきゃいけなかったりするから、その移動をリリーが手伝ってる。
 ……あたしが言うのはあれだけど……ロ、ロイドがあれこれしてリリーがラコフ戦の時みたいなデタラメ位置魔法を使ったら、この防衛戦はかなり楽になる。壁の代わりに特大の『ゲート』を作ればこっちに来られる奴はいなくなるし、あの……空間をズラすとかいうわけわかんない魔法を使えば大群なんて一掃できるわ。
 だけど、『ゲート』の方は例えとろけたリリーでも数秒しか維持できないでしょうし、空間ズラしをやったら……この魔法生物たちは全員死ぬ。
 フェンネルが言ってた派閥みたいに元々人間が嫌いな魔法生物だっていただろうけど、この暴走はどっかの誰かの魔法のせい。ずっと昔から今まで共生してきたヴィルード火山の魔法生物たちの命を奪ってしまうのは、たぶん良くない。
 ま、まぁ、じゃあ他の場所の魔法生物は好きにころ……殺し、ていいのかっていうと色々考えちゃうけど……少なくとも今、あたしたちの目の前に迫ってきてるこいつらはそうしちゃいけない相手。誰かがそう言ったわけじゃないけど、あたしたちは全員、魔法生物を殺さずに倒す感じの攻撃をしてる。
 でも……魔法生物戦に慣れてないあたしたちがそんな手加減状態で防衛し切れるわけはなくて、それでもそのやり方が上手くいってるのは……唯一、壁を降りて下で暴れてるストカのおかげ。

「きしし! あのクドラドロレベルの奴はいねーのか! ヨルム様のしごきの方が激しいぜ!」

 怒り狂う魔法生物の大群の真っただ中っていうゾッとする場所を走り回るストカは、襲い掛かってくる相手を第五系統の土の魔法と本人の身体能力で翻弄し、尻尾の毒で麻痺状態にしていってる。その気になれば即死級の毒も使えるらしいんだけど、ロイドに言われてそうしてて……壁の前に痺れて倒れた魔法生物が見る見るうちに積みあがってく。
 しかも、あたしたちが迎撃し損ねたのを叩くっていう援護もしてくれて……ぶっちゃけストカがいなかったらこの防衛戦は機能してなかった。
 この前のラコフ戦といい、一人いるだけでひよっこ騎士のあたしたちがここまでやれるようになるんだから、魔人族ってすごいわね……
 ……未だにトカゲの名前を間違えてるけど……
「やれやれ、こうして魔法をバンバン放ち続けるというのは、ありそうでなかったことだな。」
 氷の塊や巨大なつららを落としたり、相手の足元を凍らせたり大量の水をかけたりして魔法生物たちを攻撃してるローゼルが、少し疲れた顔で呟いた。
「今のあたしたちって、固定砲台みたいだもんねー。結構負荷がくるよねー。」
 みたいっていうかまんま砲台になってるアンジュは『ヒートボム』と『ヒートレーザー』を今までにないくらいにばらまいて、同じように疲れた顔になってく。
 ……あんまり意識したことなかったけど、今の二人みたいに魔法をメインに攻撃をするタイプと、あたしみたいに……ガントレットを飛ばすっていう補助――みたいな使い方をしてるタイプじゃ魔法の負荷が違うわよね。
「しかしどうしたものか。火の国の援軍が来ることを願って防衛戦をしているわけだが、思った以上に長続きしそうにないぞ、これは。」
 ローゼルの言う通りで、これって結構時間の問題なのよね。
 今のところは大群を足止め出来てるんだけど、一体動けなくしたら二体追加されるような感じで敵がドンドン増えてってる。しかも初めの方は小さくて足の速いタイプの魔法生物が多かったんだけど、時間が経つにつれてゴリラやトカゲみたいにデカくて強いのが来るから倒すのにも時間がかかるようになってて……その内完全に追いつかなくなるわ、これ。
「てゆーか、これ絶対スタジアムにいた分だけじゃないよねー。他の場所にいたのも怒ってこっち来てなーいー?」
「リリーくんの直感の通りどこかに黒幕がいて、その者が怒らせる魔法をあっちこっちで使っているのだろうか。」
 あの短気そうなゼキュリーゼってのをキレさせて、他の魔法生物も怒らせて……元々人間を嫌ってた奴が怒りを引き出されたら街を襲うかもっていうロイドの予想であたしたちはここに来てそれが案の定だったわけだけど、もしかして街への攻撃こそが目的なのかしら? だからこっちにドンドン集まってきてる?
スタジアムで戦ってる騎士たちの援護のつもりだったのに、だんだんとここがメインの戦場のような気がしてき――

 ドゴォンッ!

 突然の揺れ。大きな地震みたいに足場が振動して、あたしたちは壁から落ちそうになる。
「――っ! 今の衝撃、そろそろだとは思っていたが、力自慢が来たようだぞ!」
 壁の下を覗くと、牛の頭のムキムキ魔法生物が巨大なハンマーを壁に打ち込んでるのが見えた。
『このテイド、の、の、カベェェッ!!』
 ろれつの回らない口で叫びながら二発目を打ち込む牛。高い知能を持った魔法生物が怒り狂ったパターンで、こんな風に武器を振り回す奴も何体かいたけど――ハンマーなんて、壁を崩すのにピッタリじゃないのよ!
「ぐぬ! 残念だかロイドくんが口づけでもしてくれないと氷で覆う元気は出ないぞ!」
「こんな時まで何言ってんのよ! ストカ! 壁が崩されそうよ!」
『わーった、ちょっと待って――おお!?』
 あたしの声を聞いて壁の方に走ろうとしたストカだったけど、それを邪魔するみたいに他の魔法生物が壁になった。
「な、なんだあの動きは! こちらの意図を!?」
「まずいよ! 筋肉くんは向こうでデカイのと戦ってるし、あたしたちじゃこんな大きな壁の強化はできないよ!」
「あの牛を殴れば――わっ!」
 ガントレットを牛の頭にぶつけようとしたら、牛の近くにいた他の魔法生物があたしたちを狙って炎を噴いた。
「これは――今まで怒りに任せて突撃するだけだったのに急に戦略的になったぞ!」
『み、みんな!』
 そこで耳元にティアナの声が響いた。リリーがあたしたち全員の顔の近くにそれぞれが会話できるように小さな『ゲート』を作ってくれてて、それのおかげで下で走るストカにも声が届くし、司令塔のティアナの声も聞こえるようになってる。
 ……普通は第八系統の魔法に風に乗せて声を届けるっていうのがあるからそれを使うんだけど、小さな風で細かい制御ってのがまだまだ苦手なロイドにはそれができないのよね……
『う、後ろの方に、ちょっと偉そうっていうか……た、たぶん序列が上、っぽい魔法生物が現れて……そ、そいつが指令を、出し始めた、感じだよ……!』
「むう、怒り狂っても冷静なモノがいるという事か! これでは魔法生物の大群が軍隊になってしまうぞ!」
『カカカ、カベェェェッ!!!』
 再びの大地震。あんまり聞きたくないひび割れの音がして――ま、まずいわよ、本格的に!
「あたしが特大の『ヒートボム』であの牛の周りを吹き飛ばして――」
「よせアンジュくん、壁が近すぎる! 最悪その爆発で崩れてしまうぞ!」
 あたしのガントレットならピンポイントで狙えるんだけど……魔法生物たちの炎の放射が続いてて、頭を出したら消し炭にされるわ……!
「優等生ちゃん、あの牛につららとか落とせないの!」
「厳しいな……ただでさえ火の魔力が満ちている影響で普段の数倍大変な上にこの炎の嵐の中では……!」
 ティアナの声は端の方にいるアレキサンダーと上空のロイドにも聞こえただろうけど、目の前の魔法生物を押し返すのに精いっぱいって感じだし、このままじゃ――

『そこまでよっ!!』

 突然空から聞こえた誰かの声。今まさにハンマーを振ろうとする牛の目の前に巨大な何かが落ちてきた。
『コワ、コワす、ジャマするなあああっ!』
 パワーで言ったら相当なモノになるだろうその一撃は、だけど何かを壊したりふっとばしたりすることなく、落ちてきた何かによって完全に受け止められた。
『あはは、ぶっつけ本番もいいところなのにさすが未来の守護神! 助けに来たわよ、アンジュー!』
 更に四つの何かが壁沿いに落ちてくる中、あたしたちの前のそれが土煙をはらって姿をあらわ――
「おおお! そ、それは!」
 塔のてっぺんで立ってるだけの正義の騎士がハイテンションに叫ぶ。落ちてきたのはこの前研究所で見せてもらった、アンジュの母親のロゼが作ってる機械――機動鎧装だった。
『試作機五台、全機投入よ!』
 どこかにスピーカーがついてるのか、ロゼの大きな声が響き渡る。
「おかーさん!? なんでここに!?」
『やーねー、アンジュ、娘夫婦を助けるためじゃないのー。』
「それはうれしーけど――なんで軍じゃなくて研究者のおかーさんが!?」
『爆発にビックリして火山の周囲をチェックしてたらアンジュたちが戦ってるのが見えてねー。だけど軍はさっき街の人の避難を終えて今からようやくこっち――スタジアムの方の収拾に動き出す感じだから、間に合わないかもしれないと思って来たのよー。』
「で、でもおかーさん、戦闘とかしたことないでしょ!」
『心配無用よ! そーゆー人たちが魔法生物と戦えるように作ったのが機動鎧装なんだから!』
 たぶんあのゴリラくらいの大きさがある巨大な鎧が、大きな盾と大きな剣を手にハンマーの牛に向き直る。
『確かに私は素人だけど――』
『ガアアアアア!』
 怒りに我を忘れてても動きは身体にしみついてるのか、きちんとした構えと踏み込みから放たれるハンマーの一撃。あたしたちならかわし方っていうか、その方向を知ってるけどただの研究者にそんな知識や技術はない……はずなんだけど――
『フェンネルを含め、腕の立つ騎士を参考にプログラミングされた機動鎧装の動きは達人レベルなのよ!』
 最小限の動きでかそれをかわすっていうかいなして、勢い余ってふらついた牛に機動鎧装が剣――の峰を打ち込んだ。瞬間、見てわかるくらいの電撃が走り、牛は白目を向いて倒れた。
『大事な共生相手の命を奪うような事はしないけど、二、三日は動けないわ!』
 すごい……あんなデカイモノがホントに達人みたいな動きをしたわ……!
『機動鎧装のエネルギー源はヴィルード火山から抽出したエネルギー! この場所で動かす場合に限り、稼働時間は無制限な上、出力は通常の数倍よー!』
 壁を守るように等間隔に立ち、それぞれに剣や槍を構えた五体の巨大な鎧が――たぶん魔法を発動させ、その身に炎や風、水なんかをまとった。
『とはいえ頭脳たる搭乗者――私たちはやっぱりただの研究者だから指示をちょうだいね!』
 ようやく来た援軍はあたしたち以上に戦いの素人。ただし、それぞれが持つ力は強大……なんかすごい魔法ばっかり使えるようになってってるあたしたちみたいだわ。
「おかーさん……ありがと! なんでとか言ったけど、正直ピンチだったから助かったよー!」
『いーのよー。私も正直なところを言うと――こんな貴重な実戦のチャンスを見逃す手はないわ!』
 ……しかも素人以前にそもそも目的が別っていう……まぁ、ありがたいのは確かだけど。
『ロ、ロイドくん、すごい助っ人が来たけど、ど、どうしよう……ロボットを入れた作戦を、考えた方がいい、のかな……』
『そうだね。機動鎧装の登場であっちがちょっとひるんでいるから、今のうちに態勢を整えて再度防衛の陣を――』

「おいおいおい、なんだこれは。」

 怒って唸り声をあげる魔法生物の大群との防衛戦の中、空から巨大な鎧まで降ってきて大混戦の状況で、初めて聞く誰かのつぶやきが妙にハッキリと聞こえた。
「頼まれた仕事はしたが結果がこれだとな……最悪報酬を減らされる。」
 いつの間にそこにいたのか、あたしたちが走り回ってる壁の上に知らない奴がいて、しゃがみこんで足元の壁をコンコン叩いてる。
「なんだこの壁、うちが干渉できないとは並の使い手じゃないな。」
 ハットをかぶってストールを巻いてサングラスをかけた上にスーツっていう裏社会のボスみたいな男。一瞬、逃げ遅れた人とか援護に来てくれた騎士とか色々考えたけど、たぶん――いえ、絶対違う。服装的な話じゃなく、雰囲気からして明らかに――善良な人間じゃない……!
「……あんた、何者よ。」
 ローゼルとアンジュも加わり、壁の上で謎の男を包囲する。
「そっちこそ何者だ? 見た感じだいぶ若い……というかそれは制服――まさか学生か? おいおいおい、勘弁しろ。結局のところ依頼人の望む結果が得られたかどうかが問題のうちらの仕事にガキがちょっかい出すな。」
「知らないわよ。仕事とか報酬とか……あんたがこの騒ぎの元凶なわけ?」
「答える義理はないな。とりあえずこの壁をとっとと消したいんだが、これを作った第五系統の使い手はどこだ?」
「……答える義理はないわ。とりあえず忙しいからとっとといなくなって欲しいんだけど。」
「……ガキが……」
 どう考えてもこの騒ぎに関わってるこいつに逃げられたりしたら困るから挑発してみたけど、あっさりのってきたわね……
 ともあれ、すごくいいタイミングで姿を現してくれたわ。ロイドが言ったみたいに、魔法生物たちが機動鎧装にちょっとビビってる今くらいしか追加の敵なんて相手にできない。即行で倒して悪だくみを全部吐かせてや――
「は!?」
 思わず声が出た。イラッとした顔になった男が、魔法生物がひしめく方とは反対側だけど、いきなり壁から飛び降りたからだ。
「な、なんだあの男、一体何者でいきなりどこへ行ったのだ?」
 壁の上から男が降りた方を見下ろしたあたしたちは、直後下からせり上がったモノに驚いて思わず跳びのいた。
「これだけの壁、魔法の腕は買うが調子に乗ったな。」
 それはごつごつした塊を適当に積み上げて作ったような、かろうじて人の形をしてる岩の巨人。
 ロイドの妹のパムが得意とする、第五系統の土の魔法――ゴーレム……!
「潰れろ、ガキ共。」



『ゼキュリーゼェェェェエェェッツ!!』
 田舎者の青年たちの防衛戦と同様に混乱を極めるスタジアム付近の戦闘。暴れ狂う魔法生物たちをワルプルガに参加している名立たる騎士たちが抑え込もうと激闘を繰り広げる中でひと際派手に炎をまき散らす者たち、その一体である漆黒のアーマーをまとった巨大なゴリラが、肘から爆炎を噴き出しながら超速の拳を炎の悪魔へと叩き込んだ。
『ガアアアアアッ!』
 骨が砕けるような、内臓が破裂するような、あまり聞きたくない音を出しながら殴り飛ばされた炎の悪魔は、しかし吹っ飛ばされる途中で翼を広げて勢いを殺し、そのままゴリラの方へと突進してきた。
 だが鋭い爪を持った紅蓮の腕がゴリラに届く前に――
「『烈火豪炎旋風脚』!」
 ゴリラや炎の悪魔と比べれば実に小さく見える人間――一人の騎士が炎をまとった回し蹴りを悪魔の横顔に打ち込み、悪魔は空中で数回転した後に瓦礫の山に突っ込んだ――が、すぐさま起き上がって怒りの限り咆哮する。
『ニンゲンがああああああっ!!』
 周囲の温度を急上昇させながらの叫びに騎士――フェンネルは、耐熱魔法をかけていてもふき出す汗をぬぐい、足の裏からの炎の噴出で宙に浮きながらため息をつく。
「元々そうだったけれど、今のゼキュリーゼの回復力は異常だな……ガガスチムのパンチのダメージがもうない……」
『おいフェンネル、お前が攻撃する度にゼキュリーゼの怒りレベルが上がってるぞ。お前は手を出さない方がいいんじゃないか?』
「なんだ、お前だけで今のゼキュリーゼを止められるのか?」
『殺す――という意味でならわしだけでいけるだろうな。だが相手は同胞が傷つけられて怒っているだけの仲間……死なないように加減しながらとなると、まぁわしだけでは厳しいな。』
 炎の悪魔――ゼキュリーゼが咆哮と共に口から放つ黒ぶちの炎をかわしながら、一人と一体は会話を続ける。
「怒っているだけか……ざっと見た感じ、そうなっているのは派閥で言うとゼキュリーゼ派とデモニデア派の連中だな。」
『さきの妙な魔法、身体の内から怒りや憎しみのような燃える感情が引っ張り出される感覚だった。この状況を見る限り、対象となったのは人間に対する感情だな。人間嫌いのゼキュリーゼたちが一番暴れてる。』
「いや、それだとデモニデアたち、流れに身を任せる野性的な連中が暴れることの説明ができない。僕が思うに、人間に対してマイナスの感情を持っているから暴れたというよりは、プラスの感情を持っているから暴れずに済んでいるんじゃないか?」
『なに?』
「お前の派閥は勿論、クロドラドの派閥の連中も、中立という事はある程度人間を認めているという事なのだから、多少の友好的感情を持っているはずだ。だから引き出されようとした怒りを抑える事ができた。」
 吐き出す炎に紛れて急接近したゼキュリーゼの爪の一撃をかわしながらその腕を蹴り上げるフェンネル。そうしてあいた腹部へガガスチムが拳を打ち込み、ゼキュリーゼは再度殴り飛ばされる。共闘などした事のない一人と一体だったが、ワルプルガにおいて何度も繰り広げた激戦が互いの動きを熟知させ、絶妙なコンビネーションを可能としていた。
「しかし目的がわからない。ワルプルガに集まった貴族を亡き者にしようとでもいうのか? 場合によっては建国祭のパレードに出席している国王の身にも危険が……」
『わからんが外の方はクロドラドに任せたから心配するな。どこの馬鹿が何を企んでいようと、あいつなら何とかするだろう。』



『なんだ、あれは。』
 フェンネルとガガスチムがゼキュリーゼをスタジアムで押さえている頃、巨大な剣を背負ったトカゲ――クロドラドは火山の麓近く、街に向かって進む魔法生物の大群とそれをせき止める壁を見てそう呟いた。
『ゼキュリーゼ様だけじゃなく、あんなにも多くの同胞が……』
 クロドラドの足元、四足歩行する潰れたトカゲのような魔法生物――ダダメタがその光景を見て驚愕する。
『それにあんな場所に壁はなかったはず……クロドラド様、あれは一体……』
『あれは……フェンネルの弟子だな。』
『! 昨日戦ったあの!?』
『方法はわからないが、巨大な壁を作って同胞たちが街へ進むのを押さえている。位置取りが良すぎて苦戦しているようだが。』
『位置?』
『ああ、見ろ。』
 そう言ってクロドラドが指差したのは壁の方でもスタジアムの方でもない方向。そこには大群の接近を意味する土煙がもうもうと、しかも複数上がっていた。
『スタジアムに入りきれず、別の場所で中継を観ていた同胞たちだろう。彼らもあの魔法の影響を受けたようだが……それらの場所から街へ真っすぐ向かう場合、あの壁の場所を必ず通ることになる。』
『必ず……し、しかし全員が街へ真っすぐ進むとは限らないのでは?』
『そうでもない。あの魔法を受けると怒りを――人間に対する不満などを憎悪のような形で引き出されるらしく、故に人間の街を目指して暴れ出すようなのだが……見た感じ、強い怒りのせいで同胞たちの判断力はかなり低下している。結果、回り込むなどの動きをする事なく、全員が一直線に街へ向かい、あの壁に集結するのだ。』
『な、なるほど。では俺たちも加勢に――』
『いや、それではダメだ。一時は優勢を得られるだろうが、これだけの同胞が集結してはスタジアム以上の大混戦になる。壁の防衛など不可能だ。』
『で、では……』
『私たちはまだ壁に到達していない同胞たちを止める。それが結果として壁の防衛につながるだろう。部隊を分け、各方面で同胞たちを止めるのだ。わかっているとは思うが、殺すようなことはあってはならない。気を絶つだけでいい。』
『了解しました!』
 クロドラドの背後、正気を保っている魔法生物たちがいくつかのチームに分かれ、迫る土煙の方へと向かっていった。
『さて、この場合私は……――っ!?』
 自分自身はどこに向かうべきか、同胞たちの背中を眺めながら少し立ち止まったクロドラドは、突如感じた今までにない凶悪な気配にゾッとし、思わずその何者ともわからない存在から距離を取って剣を構えていた。
「おお、まだ何もしてねーのにびびってくれるたぁ嬉しい反応だぜ。」
 どこから湧いて出たのか、どう見ても人間だがどう考えても人間じゃない異常な気配と狂気をまとった女に、クロドラドは驚愕する。
『貴様……一体何だ……』
「お前こそ。正直ザビクの奴以上にあたいの好みじゃねーしそもそもこんなん悪事でもなんでもねーからどーでもいーが……こーゆーのは、予想外の事が起きると面白い方向に転がるもんだからな。よくあるだろ? 追い詰められた反乱軍だの革命家だのが最後に華々しく、連中としちゃ意味もないがそこそこの悪事で散っていくあれ。巻き込まれた奴らの顔はまぁ見れるもんだぜ?」
『な、何を言っている……』
「そういう風になるかどうかはわかんねーが、まー『世界の悪』たるあたいとしちゃ、ムリフェンじゃねーがその辺の可能性ってのをちっと大きくしとくのもありだろう。」
『――! だから貴様は何なんだ!』
 一人でしゃべる女にその剣を振り下ろしたクロドラドだったが、その一撃は決まらず、かと言ってかわされることもなく、クロドラドからすれば小さく貧弱な女の手に――あろうことか人差し指と親指だけで受け止められた。
「何ってお前、決まってんだろうが。」
 加えていくら力を込めてもビクともしない剣に更に驚き、恐怖すら感じたクロドラドは女の凶悪な笑みに再度ゾッとする。

「自分を正義と信じる連中を逆方向から殴ったり導いたりする――悪党だよ。」

第十章 黒い罪人

『お呼びでしょうか、女王様。』
 ごく限られた者しかその存在を知らない、一日中夜が続く国――スピエルドルフ。ほとんどの人間がおとぎ話程度にしか思っていない魔人族と呼ばれる種族が暮らす唯一無二のその国の首都、ヴォルデンベルグに立つ王城、デザーク城。そこの、いわゆる王との謁見の間に一人の魔人族がひざまずいていた。
 知らぬ者が見れば全身が燃えている人間となるだろうが、実際は人型のマグマ。手足と頭くらいはわかるが表情などは存在しないその者は、実のところかなり緊張してそこにいた。
「ええ……ヴァララさん、顔を上げて下さいな。」
 そんな彼とも彼女とも言えないマグマ人間――ヴァララが顔上げた先、玉座に座っているのは一人の女性。ところどころに赤い模様の入った黒いドレスを身にまとい、左右で色が異なる瞳と長い黒髪を持つその女性は、左手薬指にはめた黒い指輪をうっとり眺めていたところを……若干キリッとさせ損なった顔でヴァララを見る。
「戻って早々で申し訳ないのですが、再度火の国へ行って欲しいのです。」
『! ヴィルード火山で何か……再度マグマの探索を?』
 先日、その為に火の国へ行ったのでそう言ったヴァララだったが、玉座の女性はピクリとまゆを動かす。
「探索……マグマの中……そういえばヴァララさん、ロイド様をその身体――全身で包み込んだのですよね……」
『!!』
 心臓と呼べる器官はないはずだが、ドキッとして身体がこわばるヴァララ。元々緊張していたところに加えて今の一言、仮にヴァララが人間であったなら冷や汗をかいているだろう。


 田舎者の青年らと親しい間柄になっている女王だが、スピエルドルフの国民、特にフェルブランド王国でいうところの国王軍であるレギオンの面々にとっては拝謁するだけでも緊張する相手である。
 現女王、カーミラ・ヴラディスラウスは田舎者の青年と同い年の十七歳。スピエルドルフ史上最年少の王であり、当然レギオンの面々の誰よりも若いのだが、それでも王冠をいただいているのには相応の理由がある。

 人間が持つ知恵と魔法生物が持つ魔法の力。その両方を強靭な身体に収めた魔人族という種族は事実上、この世界における最強の種族である。故に世界の在り方の大部分を決める種族は彼らであるのが道理だが、実際にその立場にあるのは人間である。魔人族の絶対数が極端に少ない事や、人間と違って領地を広げようという欲が希薄である事などがその要因に挙がるが、一番の理由は彼らの生物的な弱点――太陽の光に弱いという点だ。
 あらゆる動植物がその大きさや知能に関係なく平等にその恩恵を与えられる太陽の光が魔人族にとっては毒に等しく、加えて様々な姿をしている魔人族はそれぞれに、これまた他の生き物にとってはどうということのないモノを苦手としている。
 後者はそれを避ければ良いだけだが、前者――昼の間世界の全てを照らす太陽の光に関しては、一日の半分もの時間活動を制限されてしまうという事もそうなのだが、何よりも純粋に、あの明るい光の下で生活したいという魔人族の夢の為、その克服に向けて長年研究が行われてきた。
 そしてその研究の最先端を進んでいたのが、魔人族の中でも群を抜いた強さと頭脳を持つ吸血鬼たち。彼らはたった一人で人間の街なり国なりを滅ぼせてしまう力を持つ反面、全魔人族の中で最も太陽の光の影響を受けてしまう種族であり、他の種族が極端に脱力したり気絶したりする程度のところを、彼らは数分で全身が焼けただれて命を落としてしまう。
 自らの生死に関わるという事もあって太陽の光の権威となっていた吸血鬼たちの、数えるほどしかない家系の内の一つ、ヴラディスラウスの一族はその研究成果の一つとして一定空間内を常に夜にする魔法を編み出し、他の魔人族たちを太陽の光から守ることを任され、後に建国されたスピエルドルフの王族として、現在も魔人族たちを守護しながら研究を続けている。
 そんなある時にヴラディスラウス家に生まれたのがカーミラという吸血鬼。その時点では他の吸血鬼と差異はなく、次期女王として友人らと共に日々勉強の毎日だったが、ある日、同い年の一人の人間の男の子――幼き田舎者の青年と出会う。
 丸一年間の交流を通して非常に親密な関係となった二人は、ある日に起きたとある事件を経て、互いの右眼を交換するという結果に至る。
 ヴラディスラウス家の者にしか発現しない魔眼ユリオプスの片方が田舎者の青年の右眼――即ち何の変哲もないただの人間の右眼となった彼女だったが、その時から身体に変化が生じ始めた。
 夜に生きる者である吸血鬼にとって太陽の光は非常に眩しく、通常であれば昼間の世界は白一色にしか見えないはずなのだが、彼女は暗闇の中と同じように鮮明に見る事ができるようになったのだ。
 太陽の光の中で生きる人間の眼を手にしたのだからある程度は予測できた事だったが、それを遥かに超える大きな変化があった。
 驚くべきことに、太陽の光を遮るローブ無しでは全身が焼けただれ、他の種族でも活動困難になる太陽に光の下で、彼女はローブ無しで数時間活動できるようになっていた。
 それはまさしく魔人族の悲願の一片。しかもそれを成したのは太陽の光に最も弱い吸血鬼。その偉業は一瞬で国中に広まり、彼女はスピエルドルフの国民を、魔人族たちを太陽の光へと導く希望の象徴となった。
 例の事件を通して国民たちから慕われるようになっていた田舎者の青年の右眼がそのキッカケというのも伝わり、彼はその時その場にはいなかったが、二人は次代の指導者としてスピエルドルフの国民から歴代の王たちを超えるかつてない支持を得る事となった。
 それを受けた当時の国王と王女――即ち彼女の両親は、象徴となった彼女を中心とした国民の更なる団結や、魔人族たちの希望となった彼女を立派な王とする為にたくさんの経験を積ませる事を目的に、王座を早めに継がせる事を決めた。
 そして「先代国王」がいては国民の支持も分散する上、新しい時代の先頭に立つ彼女に今までの時代の自分たちが口を出しては良くないのではという考えと……王族故にできなかった吸血鬼特有の長期睡眠をしてみたいというワガママから棺の中で眠りに入った。

 そういった経緯で現在一人で玉座に座る彼女だが、女王としての才覚も吸血鬼としての強さも確かであり、国民は勿論、レギオンの面々も彼女を女王として認めている。
 魔人族の未来、その体現への憧れ。圧倒的な強者への敬服。女王への忠節。そこに混じる若さ故の危なっかしさや少女としての感情の起伏。彼女と親しい間柄ならばともかく、歴代の王たちとは様々な点が異なるこの女王を前にした者は、今一つ決めかねてしまう接し方に戸惑い、結果として妙に緊張した面持ちで膝をつくことになるのである。
 最も、ヴァララが更なる緊張を覚えているのは女王のジトッとした目から放たれているただの羨ましそうな視線ゆえだが。


「ロイド様のお身体を隅から隅まで……」
『じょ、女王様、あれはその、ロイド様をお守りする為の――』
「ええ、わかっていますよ。必要な事です、よくやってくれました。しかしそれとこれとは別の感情……ああうらやましい……」
『も、申し訳ありません……』
「怒っているわけではありませんよ。」
 ふふふと微笑む女王だが、あまり笑っていない目にないはずの心臓が止まるような気がしたヴァララは必死に話題を戻す。
『そ、それで私は火の国で何を……』
「ええ、そうでした。ちょうど今、ロイド様たちは何か予期せぬ敵と戦っているようなのです。」
『! ではすぐに加勢に――』
「いいえヴァララさん。その気持ちはわかりますしワタクシにもそういう想いはありますが、立派な騎士を目指すロイド様にとっては成長につながる経験です。あまり出しゃばるのもいけません。」
『そ、それでは……』
「ロイド様の成長の妨げになる……正確にはなりそうなモノがいるようでしてね。それの排除をお願いしたのです。」
 まるでそれを通して現地を見ているかのように、鋭い視線を黒い指輪に向ける女王。
「『世界の悪』、あれの欠片を手にした反政府組織、そしてワタクシたち。出会おうと願っても遭遇する事のない凶悪だったり強大だったりする者たちとのつながり――ロイド様は騎士としてこの上ない経験を得られるのと同時に命にかかわる身の危険とも隣り合わせという星の下にありますからね。未来の為にも後者の方は処理しないといけません。」
『御意にございます。』
「ではヴァララさん、この者――と、もしも出会えたらこちらも始末してきてください。」



 魔法生物が街に入るのを阻止するための防衛戦が繰り広げられる壁。その上であたしは突然現れた黒い男と戦ってた。
「ちっ、ガキのくせにいい動きをしやがる。」
 上段、中段と連続で繰り出された回し蹴りを最小限のステップで避け、攻撃直後の体勢が不安定なところにキックを放つあたしを忌々しそうに睨みながらトトンッとバックステップで距離をとる黒い男。
 こいつの戦闘スタイルはあたしと同じ徒手空拳で、蹴り技をメインに攻撃してくる。
 スーツだし首に巻いてるストールが邪魔そうだしかぶってるハットを押さえながらだからすごく動きづらそうに見えるんだけど、繰り出される蹴りはゾッとするくらい鋭くて、その勢いに乗って全身を回転させ、時に逆立ちになったりしながら途切れの無い連続攻撃を仕掛けてくる。
 壁の上は幅が二メートルくらいだから、いつもみたいに円の動きで相手の背後に回ったりっていうのがちょっと難しいんだけど、それは相手も同じ事。しかも今は――

『ルオオオオオオオッ!』
「『ヒートボム』っ!」

 技名と共に爆発が起き、壁の傍に立ってる巨大なゴーレムがよろめく。
「――くそっ、あっちもあっちでバカみたいな火力を!」
 あたしの『ブレイズアーツ』を避けながら、傾くゴーレムを横目に苛立つ黒い男。

 どう考えてもこの騒ぎの黒幕側のこいつの得意な系統は第五系統の土の魔法らしく、最初はこの壁を魔法で崩そうとした。だけどストカが作ったこの壁は……さすが魔人族っていうべきかしら、どうやらストカ以外の使い手じゃ干渉できないほどに強力な魔法で出来てたみたいで、男にはどうにもできなかった。
 そこで巨大なゴーレムを作り、あたしたちごと壁を破壊しようとしたわけだけど、アンジュが『ヒートボム』でその巨大な腕を吹っ飛ばして阻止した。
 ストカが作った壁に続き、アンジュの火力も想定外だった黒い男はゴーレムを更に強化しようとしたんだけど、あたしが殴りかかってそれを邪魔した。
 結果、壁を壊そうとするゴーレムの相手をアンジュが、ゴーレムを生み出した術者である黒い男をあたしが相手にする形になった。
 ローゼルを加えた三人で一気にこの男を倒すつもりが、あんな馬鹿でかいゴーレムが出てきたせいで「即行で倒す」っていうのは難しくなったけど……今の状況は悪くない。
 ゴーレムを一体作るのに必要な魔力とか身体にかかる負荷はその形とかで変わるけど、魔法生物たちを足止めしてるこの壁を超えるような大きさ、魔法負荷は相当なモノのはず。しかも、壊された腕とかを修復しようと思ったら更に魔法の負荷がかかる事になる。
 ゴーレムの維持とアンジュが吹っ飛ばす箇所の修復で常に大きな魔法負荷を受ける黒い男は、たぶん、それ以外の魔法を使う余裕がない。だからこいつは、言うなれば丸腰であたしと戦う羽目になってる。
 きっと、まともに戦ったらこの黒い男の方が強い。戦い慣れしてる感じだし、戦闘経験はあたしたちより断然多いと思う。だけど負荷の影響で魔法が使えなくなってる今ならあたし一人でも戦えるし、アンジュがゴーレムを爆破し続ければ負荷が積み重なって、その内勝手に気絶する。
 壁の破壊よりもあたしたちを倒すことを優先にしてゴーレムを解除したとしても、結局あたしたちが立ってるのは普通の地面じゃない、ストカの魔法で組み上がった壁の上。足元の土が使えないとなれば、魔法を使うようになったとしてもその攻撃力が今の徒手空拳のみの状態から跳ね上がるような事はないはずで、この狭い足場、アンジュと二人で挟み撃ちができるあたしたちの有利は変わらない。
 そして、強いけど中身は戦いの初心者っていう機動鎧装をローゼルが氷でサポートしながら中央の壁の防衛を維持してくれてるから、あたしたちは黒い男との戦いに集中できる。
 だから、「即行で倒す」っていうのは無理でも、たぶんこの黒い男を倒すのにそんなに時間はかからない。強化魔法も満足に使えなそうなこいつ相手なら、あたしの攻撃が一発でも入ればそれで終わりだわ。

「次から次へと! 面倒はイカれギャンブラーだけで充分だぞ!」
「こっちだって、魔法生物の相手で手一杯よ。」
 壁を挟んで魔法生物が暴れる側とゴーレムがいる側を交互に見下ろす黒い男は歯がゆそうな顔であたしを睨む。
「仕事も大詰めって時に……一体何者だお前は。もしかして学生のコスプレしてるだけで普通に現役の騎士か?」
「コ、コスプレじゃないわよ! そんなの言ったらあんただっていかにも悪党ですって格好してんじゃないのよ!」
「正装はビジネスの基本。ほとんどが一期一会になる裏の仕事じゃ信頼が何よりも重いんでな、第一印象を悪くしない為にパリッとした格好をするのは当然――ってくそ、んな世間話してる場合じゃないんだガキめ!」
「あんたが勝手にしゃべったんでしょ!」
「のんびりしてるとスタジアムの連中が――ち、臨時収入に手を出すのは気が引けるが……本収入を失うわけにはいかないからな……」
 心底嫌そうな顔をしながら、黒い男はジャケットの上から心臓の辺りをトントンと叩く。何か起きるのかと身構えたけど何も起きなくて、黒い男はそのままわたしの方に走り出した。
 幅の狭い、言うなれば一本道を真っすぐに近づいてくる黒い男は正直絶好のマトで、ガントレットを飛ばせばそれで倒せる気がする。もっと言えば、離れた所からガントレットとソールレットの全部を飛ばしてロイドみたいな全方位攻撃を仕掛ければ、魔法の使えないこいつはあっさり倒せる……とも思う。
 でもこいつは、たぶんこの騒ぎを裏から起こした悪党で、どんな奥の手を隠し持ってるかわからない――そんな風に思って武器を飛ばすのを切り札として温存してるわけなんだけど、そのあるかもしれないと思ってた奥の手を出してきたっぽい。
 どんなモノかこの攻防で見極めて、次の攻撃で倒す……!
「つぁっ!」
 あたしの間合いの直前で跳び上がり、空中で鋭く回転して体重の乗った蹴りを上から下へ放つ。うちの生徒会長を思わせる蹴り技には正直感心するんだけど、走って近づきながらじゃ動きが丸見えよ!
「はっ!」
 放たれた蹴りをかわし、それが地面につく前にガラ空きの胴体へ爆発で加速したパンチを打つ。回避も防御も間に合わないタイミングのその一発は黒い男の腹部にめり込み――

「――っ!?」

 突然揺れる視界。とびそうになる意識。平行感覚が狂って世界が傾く中、ぶれる黒い男の姿が蹴りのモーションに入って――

「――がはっ!」

 ミシミシという嫌な音と共にお腹の辺りに激痛が走り、あたしは数メートルふっとばされた。
「――! おいおいおい、マジで本当に学生かよ……」
 霞がかかる意識を身体をめぐる火のエネルギーで叩き起こし、何とか受け身を取って着地したあたしを見て、追撃しようとしてた黒い男が脚を止める。
「勢いの全部を殺せるわけじゃねぇから若干急所を外したのは認めるが、にしたっていい一撃が入ったはずだぞ? どんな根性してやがる。」
 いい一撃……ガンガンと痛むお腹……そう、あたしは蹴り飛ばされたんだわ。
「痛っ……」
 お腹の痛みに遅れてじんわりと顔――いえ、あごの辺りに痛みが広がる。
 そうか……さっきの平行感覚の歪みはあごに攻撃を受けたからだわ。たぶん、あたしがかわした脚とは逆の方を身体をひねってあたしのあごを打ち込み、頭が揺れたせいであたしがふらつく間に着地し、万全の体勢で蹴りを放った。
 でも……そんなのあり得ない。あたしのパンチは確かに当たった。多少の強化魔法くらいはかけてるだろうけど、その程度じゃ防げないっていうのを、朝の鍛錬を通してあたしは知ってる。
 なのにまるで何事もなかったみたいに反撃して攻撃直後の無防備なあたしに蹴りを入れてきた……!
 こいつは土の魔法の使い手……もしかして金属の膜みたいので防御を――いえ、パンチの感触は間違いなく生身だった……一体何が……
「……今のが、あんたの奥の手ってわけ……」
「ふん、使う予定は一切なかったんだがな。お前にもあるんだろ、奥の手。」
「……どうかしらね。」
「ガキが、ナメるなよ。お前の体術、普段はあるんだろう何かの要素をわざと控えてるのがバレバレだ。」
 ……やっぱりこいつ、普通に戦ったら相当な格上なんだわ……あたし自身も気づいてない無意識の動きのクセを……
「ま、それがうちのこれを超える事はねぇだろうがな!」
 走り出す黒い男。とりあえず『ブレイズアーツ』の為に身体にかけてる強化魔法を出来るだけ強くして、防御しながら何が起きたのかを――いえ、防御にまわったらダメよ。訳分からない内に攻撃されるよりも、多少のリスクは覚悟して見極める!
 黒い男がまた走りながら蹴りの体勢に入る前に、ソールレットからの爆発で一気に間合いを詰めたあたしは、わかりやすく面食らった黒い男の脇腹に蹴りを放つ。
 完璧なタイミング――ていうか、完璧過ぎる……?
「おいおいおい、普通はビビッて縮こまるところだろうが。」
 打撃の感触。脚に伝わる衝撃。あたしのキックは確実にヒットした。けれど何ごとも無く放たれる黒い男の膝蹴り。さっきとは違って反撃が来るかもっていう意識があるから今度は防御が間に合って、あたしは両腕のガントレットを盾代わりにしてそれを受ける。そして――
「はっ!」
 もう一方の脚のソールレットを起爆し、黒い男の頭に横蹴りをお見舞いする。それによって身体を大きく傾けた黒い男に追撃を――と思ったけど、黒い男が上着の内側に手を入れたのを見て、あたしは両脚からの爆発で後退、距離を取った。
「クソ、ガキが……!」
 体勢を元に戻した黒い男は、やっぱり無傷だった。
 でも……うん、ちょっとわかってきた。まず残念だけど、こいつのこの謎の頑丈さは腹部だけとかじゃなくて全身。でもって今の頭への攻撃は……自分で言うのはあれだけどたぶん予測はしづらかったはずで、それでも無傷だったって事は、こいつの奥の手は常に発動してるタイプ。あたしの攻撃に合わせて使ってるわけじゃなさそうね。
 そして……これはさっき自分でも言ってたけど、こっちの攻撃を完全に無効化してるってわけじゃない。頭を蹴った時に体勢を崩したって事は、ダメージは受けないけど攻撃の勢い自体は受けてるって事。ちょうど交流祭でロイドが使ってた吸血鬼の「闇」の力みたいに……
 ……いえ……ていうかこれ、つい最近経験したっていうか見たっていうか……まるで……
「……身代わり水晶……」
 思わず出たあたしの呟きに、黒い男が嫌な顔をする。
「……お前、今の攻防でそれに気づくって事は、最悪ワルプルガの参加者か? だとすればその技量にもある程度納得だが……それなら今頃はスタジアムにいるはずだろ……それがどうしてこんな所で壁作ってんだか……」
「気づくって……じゃあやっぱり身代わり水晶を……でもあれは致命傷を避けるだけのモノのはずよ!」
「おいおいおい、あのゴーレムを見て気づいてないとは言わせないぞ。」
 言いながら、黒い男はさっき叩いた胸のあたり、ジャケットの内側から小さな水晶を取り出した。
「第五系統の使い手が土いじりしかできないとでも? 鉱物も当然、魔法の対象だ。」
 まさか……本来なら致命傷や大きなケガにつながる攻撃のみを受けてくれる身代わり水晶を魔法でいじったって事……!? そりゃあ長年の研究の成果だっていうから魔法で効果を変える事はできなくないんだろうけど……あんな手の平サイズで全ての攻撃を代わりに受けてくれるようにしたっていうの!?
「! ということは、さっきの試合で身代わり水晶がおかしくなったのは――!?」
「ああ。一番キレやすくて他の魔法生物への影響力の大きい奴――ゼキュリーゼを怒らせるのがうちの仕事だ。」
 そういえば昨日ロゼが言ってたわね、第五系統で何かを測定してる奴がいたって……あれはこいつの事だったんだわ。第五系統の詳しいところは知らないけど、昨日一日の試合を通して身代わり水晶の仕組みとか効果を把握し、ゼキュリーゼの試合で身代わり水晶を誤作動させた……!
「中々のタイミングだっただろう。魔法生物側のどいつかが人間と相討ちになりそうな瞬間を狙った。ちなみにあの後ゼキュリーゼに岩を落としたのも煽り文句を言ったのもうちだ。」
「……なによ、いきなりベラベラと。」
「……ただのクソガキだと思ったらワルプルガに出てた奴――かもしれないときた。少し気合を入れねぇとな。」
 そう言うと、今までイライラが九割くらいだった顔により明確な、倒すべき相手に向ける敵意が加わった。
「うちはインヘラー。騎士連中が言うところの『罪人』の一人。依頼人の最終的な目的の為、この邪魔な壁を破壊する。」
「……自己紹介どうも……」
「ああ。こうして名乗ったからには――お前は確実に殺す。」
 そして黒い男――インヘラーはハットとストールとジャケットを脱ぎ捨てて――ってなによあれ……
「ゴーレムに壁の破壊を任せている事で今のうちが使える魔法はごくわずかだが、世の中にはこういう便利なモノがある。」
 インヘラーはジャケットの下に……宝石でゴテゴテに装飾された趣味の悪いベストを着てて、同じように装飾された腕輪が手首とか二の腕に巻かれてる。しかもその宝石たちは色や大きさがバラバラで統一感が一切ない。
「長引くほどに損失が大きくなるからな。なるべく早く死ねよ。」
 言いながら手にした身代わり水晶を悪趣味ベストの左胸の辺りにパチンとはめ込むと、インヘラーの姿が消え――
「――っ!!」
 反射的に振り返ったあたしは、目の前まで来てた蹴りを殴って相殺しつつ後退した。
「……おいおいおい、冗談じゃないぞ、今のを防ぐだと……? うちが位置魔法を使うのがわかったってのか?」
 信じられないって顔をするインヘラーだけど……今のは危なかった。なんの前触れもなくいきなり消えてこっちの死角に移動するどっかの商人と朝の鍛錬を重ねてたから反応できただけ。あてずっぽうで振り返ったけど、もしも真後ろ以外の死角から来られてたら終わってたわ。
 ていうか……自分でも言ったけど、こいつ今位置魔法を使ったわ……ほとんど魔法を使えないはずなのに第五系統よりも負荷の大きな第十系統を……!
 つまり、あの悪趣味ベストと腕輪についてるのは宝石じゃなくて――
「……それ、全部魔石なのね……」

 魔石。わかりやすく言うとマジックアイテムなんだけどそれとは根本的に違くて、分類するなら魔眼と一緒のグループになると思う。
 マジックアイテムは凄腕の魔法使いがモノに魔法を込めて作る人工の物だけど、魔石は自然の中で作られる物。ヴィルード火山みたいに魔法的にちょっと変な場所とか、場合によってはたくさんの人間が魔法を使う騎士の学校とか闘技場とかでも生まれる事のある特殊な石。たぶん身代わり水晶も魔石の一種だとは思うけど、あれはもっと特殊で変な性質を持ってる感じだから厳密には魔石とは違うのかもしれないわね。
 とにかく魔石は、周囲に漂ってるマナやら魔力やらが色んなキッカケで結晶化してどうこうっていう理屈で出来上がるらしく、中には何かしらの魔法が入ってる。それを引き出す事で、術者は魔法の負荷を受けること無く魔法が使えるっていう代物。
 すごく便利だし、場合によっては術者の力量を超えた魔法を簡単に使えちゃうんだけど、中の魔法が無くなったらそれで終わりで……要するに使い捨て。石の大きさと入ってる魔法の種類で使える回数は変わるけど、大抵はマナの枯渇とか負荷の影響で魔法が使えなくなった時の為の緊急用の道具として使われる。
 それでもたくさん持っていれば戦いが有利になるんじゃって思うだろうけど……この魔石っていうのは出来上がるのにすごい年月がかかるからほとんど宝石みたいに扱われてて、すごく高価なのよね……

「知っているならその価値もわかるだろう? 今お前が防御したうちの攻撃にどれほどの値がつくか。」
「知らないわよそんなの。」
 魔石は中の魔法がなくなるとその宝石みたいな輝きが消えてただの石ころになるから、装飾品としての価値もなくなる……もしもあの悪趣味ベストについてる魔石が全部石ころになったら、さっきこいつが言ったようにとんでもない額の損失になるでしょうね。
「くそ、これは出し惜しむほどに損失がデカくなるパターンか? 仕方ない、な!」
 嫌そうな顔で、インヘラーはその場でバク転する。何してんのかと思った次の瞬間、あたしの左肩から血が噴き出し――
「――!!」
 斬られた!?
「こま切れになれ!」
 バク転の次はダンスを始めるインヘラー。とっさに爆発を利用して上に跳んだあたしがほんの一瞬前にいた場所、その地面に斬撃の跡が走る。
 これは第八系統の風の魔法『エアカッター』……見えない空気の刃を飛ばす技!
「く!」
 その場にとどまったら狙い撃ち、あたしは爆発を使って空中を飛び回る。
「おいおいおい、お前飛べるのか。面倒だな!」
 ダンスに見えた動きはその場での連続蹴り。たぶん足首とかにも悪趣味な腕輪がついてて、そこから『エアカッター』を飛ばしてるんだわ。
 ていうかこれ、かなりまずいわ。確かに爆発を利用して飛ぶっぽいことはできるけど、フェンネルみたいに常に炎を出してるわけじゃないから「その場にとどまる」っていうのができないし、ロイドみたいに細かくも飛び回れない。その内動きを見切られて『エアカッター』を当てられる……!
 そもそも攻撃が見えないからちゃんと避けれてるのかが攻撃をくらってないっていうことでしか判断できない……もしかしたら既にギリギリでかわせてる段階かも……!
 肩から血がダラダラ出てくるし、思ってる以上に傷が深いのかもしれない……!!
「どうすれば――」
 頭の中が焦りで埋まって来たその時、空中にいるからか、少し遠くで戦ってるロイドの姿が見えた。空を飛んで壁を越えようとしてる魔法生物に風をぶつけて押し返したり、その翼に回転剣をぶつけて落としたりしてる。風は空気だから見えないし、回転剣も速すぎるから見えなくて、パッと見だとロイドは空中で――二つ名の通り、指揮をしてるようにしか見えない。見えないけど……あたしにはわかる。
 ロイドの技を知ってるから? いえ、違う……感じるんだわ。ロイドの魔力っていうのを。
 本人確認の為に魔力が使われるくらいだから、取り込むのが自然に漂うマナだったとしても、それを魔力に変換した段階で人それぞれの個性が出る。毎日の朝の鍛錬と……あ、あと……い、いつも一緒にいる――せい、なのかしら、あたしにはロイドの魔力が……見えるはずのない風の動きがなんとなくわかる。
 この感覚をインヘラー相手にも使えたらきっと見えない攻撃もかわせるんでしょうけど……まぁ、魔人族じゃないんだからそんなの無理。でも……そう、確か第八系統の使い手は空気の動きをつかむ事で相手の動きを先読みするって言うわ。
 先読み……そうよ、『エアカッター』自体は確かに見えないけど、それを発射してるインヘラーは見えるじゃない。
 それにこんなのロイドの曲芸剣術――速過ぎて見えない回転剣が全方位から飛んでくるあれに比べたらなんてことないわ……!
「――!? おいおいおい、どういうつもりだ?」
 飛び回るのを止めて壁に着地したあたしに燃料切れか何かと思って攻撃しようとしたインヘラーは……あたしの突撃の構えを見てそれを踏みとどまる。
「覚悟の一点突破か? それともとうとう奥の手を出す気になったか?」
「さぁ?」
 ロイドの今のところの弱点っていうか課題の一つなんだけど、剣を飛ばす時にロイドは腕を振る。指揮に例えられるあの動きは、あくまで攻撃の起点として振ってるだけで回転剣の軌道と同じにはならないけど、それでも攻撃のタイミングを相手に教えちゃう動作。初めはどうしようもなかった曲芸剣術だけど、朝の鍛錬に参加する面々はその腕の動きを元にして結構回避できるようになってたりする。
 でもってインヘラーの場合はもっと単純で……『エアカッター』は脚から放たれるし、軌道は直線的だから目を見れば大体の狙いもわかる。
 バカね、何が見えない攻撃よ。見え見えじゃないの。
 それにたぶんこいつ、身代わり水晶を発動させてから……
「ふん、ならまぁ……出血大サービスだガキ!」
 ここ一番の大きな蹴り。きっと特大の『エアカッター』が発射された。
 脚の向き、それと直前のこいつの目線――ここ!
「なに!?」
 ――っ、ちょっとかすったっけど――いける!
「くそが!」
 再びのダンスに似た連続蹴り。でも動きに惑わされちゃダメだわ……体勢的にあたしの方が見えてない時に放たれた攻撃は狙いが定まってない――避けるべき攻撃は限られる!
「おいおいおい!」
 爆発を利用したステップで飛び交う斬撃をかわしながら近づいていくあたし。時にガントレットからの爆発も使っての無理矢理な回避もするから――正直、時々さっき斬られた左肩にかなりの痛みが走る。
 でもこんなの――まぁ、こういう考え方がいいのかはわかんないけど、クロドラドに身体を真っ二つにされた時の痛みとか恐怖に比べたらどうってことないわ……!
「――!! んじゃこれだっ!」
 蹴りを止めたインヘラーが手を銃みたいな形にしてあたしに向けたけど――残念、そういう攻撃もどっかのへそ出し貴族がよくやる技よ!
「おらぁっ!」
 指先から放たれたのは特大のビーム。地面の幅を超える極太の熱線が壁の上を走ったけど――
「んなっ!?」
 発射の直前で壁の上から跳び下り、爆発を利用してインヘラーの真横から迫ったあたしは勢いそのままに横から頭を殴りつけた。
「――か――バ、バカが! 効かねぇって――」
 盛大に姿勢を崩しながらも余裕の顔で笑うインヘラーの前に着地したあたしは――
「はああああぁぁぁっ!!」
 インヘラーの左胸にパンチを叩き込んだ。
「!!! おま――」

 バキィッ!

 殴られた勢いでそのまま後ろに倒れたインヘラーが……損失を思っての事なのか、顔を青くするのと同時に、悪趣味ベストの左胸に取り付けられた身代わり水晶が砕け散った。
 ワルプルガの試合中にはできないしやる意味もないわけだけど……身代わりの力が厄介なら、水晶そのものを破壊すればいい。
「――! ――!! ガキ、おま、これの価値が――」
「……価値がどうこうより、これで無敵じゃなくなったことを心配したら?」
「心配……? おいおいおい、勘弁しろよ……」
 距離的には一歩踏み込めばあたしのキックが届くから、身代わり水晶を失ったインヘラーにしたらピンチだと思うんだけど……なんていうか、損失のショックが混ざりながらもなんとか余裕のある顔で半笑いする。
「うちがいつ、身代わり水晶は一つだと言ったばああああっ!?!?」

 ベキベキッ

 ――ていう音を響かせて、インヘラーは後ろから飛んできたあたしのガントレットに殴られ、あたしの横を通り過ぎてだいぶ後ろの方で転がった。
「……言ってはないけどそうだろうとは思ったわよ……」
 さっきから聞いてればこいつが儲け話的なのに敏感なのはわかるし、身代わり水晶が……ヴィルード火山でしか使えないって言ってもそれなりの価値があるっていうのも理解できる。それをたった一個しか持って帰らないわけないわ。
「ちなみに、一個壊しても他のが身代わりになる可能性……つまり複数の身代わり水晶を同時に発動させてるかもっていうのも考えたけど、あんたの場合はないと思ったわ。」
 だってこいつ、ケチっぽいし。
「なん……だ、今のは……何が……」
 真後ろからだったからか、何が起きたのかもわからずに転がったインヘラーはピクリとも動かない。
「これがあたしの奥の手よ。あんたのビームを避けて空中に出た時に左のガントレットを飛ばし、身代わり水晶を破壊してあんたが次の水晶を発動させる前に後ろから飛ばしたガントレットを……腰にぶち当てたのよ。」

 あたしの攻撃は大抵が一撃必殺っていうか……普通の人が普通にくらったらたぶん、普通に死んじゃう。でも悪党相手の時……場合によっては情報を聞き出すために捕まえるっていうのが必要になるかもしれない。そんな事をこの前のラコフ戦で思ったあたしは、いい感じに相手を気絶させたり動けなくしたりする方法はないかって……身体について色々と詳しいティアナに聞いてみた。そしたらティアナは……
「せ、背骨……腰の辺りを、こ、骨折させちゃえば……う、動けなくなると、思うよ……」
 って言ったのよね。内臓に直でダメージが行っちゃうお腹とか、折れた骨が致命傷になりそうな胸とかに比べれば、腰の骨は身体の外側から直で狙える上に、そこが砕けても動かなくなるのは下半身だけだと思う……っていう、ちょっとゾッとする答えだったけど、これは結構いいかもしれないわね。真後ろからだから完全に死角だし。

「く、そ……こんなところでこんなガキに……ゴーレムを出したのが……壁の破壊を優先したのが間違いだったか……」
「……それもそうかもだけど、一番の失敗は身代わり水晶だと思うわよ……」
「なんだと……?」
「水晶の無敵を使って……こっちの攻撃した直後の隙を狙うっていうカウンターの為なのか無意識なのか知らないけど、身代わり水晶を使い出してからあんた、割と隙だらけになったのよ。」
「!!」
「あんたの頭を狙った攻撃、身代わり水晶を使わないで体術のみで戦ってた最初の状態だったら対処された気がするのよね。魔石を使い出したら更に隙が大きくなったような気もするし……あんな接近された状態でビームみたいな大技、自分の視界を遮るだけじゃない……」
 元々のこいつは相当強い。第五系統の魔法を使う普段の戦闘スタイルっていうのを出されてたらきっと、あたしは勝ててない。普段使わないだろう魔石に無敵の身代わり水晶……そんなすごいアイテムが逆にこいつを弱くしたんだわ……
「……なんて終わり方……ボスに申し訳が……」
 そこでインヘラーはガクンと気絶し、同時にアンジュが相手をしてた巨大ゴーレムがガラガラと崩れていった。
 ……一応勝ったけど、これはちょっと反省ね。結果的に隙だらけになってくれたけど、結局こいつはその時から本気を出し始めたわけで……あたしのことをただのガキだと思ってる内にガントレットを飛ばしてた方が良かったかもしれない。
 ……っていうかこれ、まんまこの前のラコフ戦じゃない。油断してくれてる間に倒す……今回はちょっと慎重になりすぎたわね。
「……気絶しちゃったけど、何か情報を持ってないかしら……」
 とりあえず危ないから悪趣味ベストとかを全部外し、あたしは黒幕らしいインヘラーのポケットの中とかを探る。
「? 何よこれ。」
 悪趣味ベストの下、シャツの胸ポケットに名刺入れ……よりはもうちょっと厚みのあるケースが入ってて、開いてみると中には……魔石なのか、オレンジ色に光る石が一個入ってた。
「ふー、やったねー、お姫様ー。何気にこっちも大きな魔法を撃ちまくったから結構疲れて危なかったんだよ――って、男ひん剥いて何してんのー?」
「へ、変な言い方するんじゃないわよ! こいつが何か持ってないかと思って――」
「うわ! お姫様、その箱閉じて! それ煌天石だよ!」
 あたしが手にした石とケースを奪い、石をしまって慌ててふたを閉じたアンジュ。
「こうてんせき……? なによそれ。」
「知らないの!? こんな危ないモノ!」
「?」
「火の魔法に反応して爆発する石だよ! 石ころみたいな大きさでも身体の半分は吹き飛んじゃうんだから! それをこんな、火の魔法生物だらけの場所で出したらすぐに引火してドカンだからね!」
「それは危ない……けど、なんでそんなモノを……」
 このヴィルード火山に持ってきちゃいけないモノ第一位になりそうなくらいの危険物をわざわざ胸ポケットに……というか火の魔法に反応して爆発なんて、まさに今の戦いであたし相手に使うべき道具じゃない。あたしにポイッて投げつければそれで大ダメージなのに、なんで使わなかったのよ……
「……アンジュ、その煌天石って価値のある……珍しいモノなの?」
「火山の近くではそこそこ採れるらしーけど……ヴィルード火山の煌天石はずば抜けて強力だって聞いたことあるよー。それに他の場所のよりもきれいで見た目が宝石に近いから……悪党の間で高値で取引されてたって話もあるねー。」
「? なんでよ。」
「フェルブランドみたいに魔法技術が進んでる所なら大丈夫かもだけど、そうじゃないとこだと煌天石と宝石を見分けられなくて……例えば偉い人への贈り物の首飾りとかにこれを仕掛けて暗殺……みたいな事件もあったみたいだよー……」
「……なるほど、この男が好きそうなアイテムね。もしかして、これがこいつの言ってた報酬……? こいつの依頼人が掘り出したのかしら……」
「それはないと思うよー。そーゆー悪い使われ方を防ぐためにって、煌天石が採れる所は研究所の人たちが引火で爆発しないように封印の魔法をかけて、その場所は魔法生物たちが守ってるからねー。報酬として渡す為に掘り出すとかは無理だよー。」
 ここでしか採れない、悪党にとって利用価値のある石……これが報酬だっていうなら納得できそうだけど……アンジュの話からすると、最悪、こいつに仕事を依頼した奴っていうのは……
「……とりあえずそれは――あたしやあんたが持ってるのは危ない気がするわね。自分の魔法で爆発しちゃったらシャレになんないわ。」
「そだねー。この箱の中の状態なら大丈夫なんだろうけどちょっと怖い――っていうかお姫様、今さらだけどその肩大丈夫なのー? 血がすごいけどー。」
「痛みはするけど身体を真っ二つにされるのに比べたら…………いえ、あれ……」
 じわじわと急激に痛みが大きくなっていく。あ、まずいわこれ、たぶん戦ってる最中だったからあんまり感じなかったんだろうけど、こうやって一段落つくと――かなり痛い……!

「あ、あたしが、治す、よ……」

 ドクドク流れる血に青ざめてきたところで、両腕を大きな翼に変えたティアナがふんわりと壁の上に着地した。
「形状の魔法で、傷を修復しながら、塞ぐ……よ……」
 人間の腕に戻った両手をあたしの肩にそえ、目を閉じて集中するティアナ。

 戦いの場で騎士がケガをする事はよくある事で、そういう時に活躍する――いわゆる回復役になる人たちが使う魔法はザックリ分けて三種類。
 一つ目は明確に「治癒魔法」っていう魔法がある第三系統の光の魔法。回復魔法と言ったら大抵はこれの事で、傷にも病気にも効く万能な魔法。ただしその回復力の源となるのはケガ人や術者の生命力で、あまりにケガが大きいと逆に命を縮める事になったりする。
 二つ目は第十二系統の時間の魔法。これは単純に、ケガをする前に身体の時間を巻き戻すっていう魔法。生命力とか関係なく、術者への魔法の負荷だけでできるんだけど……前の交流祭でロイドが戦ったラクスっていう時間魔法の使い手が言ってたように、「戻す」っていうのは第十二系統で最高難度の魔法。はっきり言って十二騎士になるような人じゃないと使えない。
 ということで最後の三つ目、第九系統の形状の魔法。生命力とかは使わずに、かつ第十二系統よりは使い手のハードルが下がるのがこれ。モノの形を操る形状の魔法で傷口とか病に侵された部位を元の形に戻す。身体を作る……えぇっと、細胞とか組織? とかを再構築したり組み直したりなんなりするらしいけど、これをやるには医者みたいな専門知識が必要になる。
 ティアナの場合、一時期暴走した魔眼を何とかするために人体について勉強しまくってたし、第九系統の高等魔法『変身』を使うようになってからは、その魔眼ペリドットを使って人間だけじゃない色んな生き物の身体を観察し、コピーできるようになった。
 今でもそういう勉強は続けてて……要するに、背骨を狙えとか言うくらいにティアナはそういう知識をしっかりと身につけてる。
 だから――

「すごーい、傷が塞がってくよー。」
 自分の傷口だけどちょっと気持ち悪いから直視はできないんだけど……斬られた場所が段々と塞がってくのがわかる。擦りむいた場所にカサブタができるような感じじゃなくて……本当に、元の状態に戻ってく感じだわ。
「……うん、これで、大丈夫だよ……」
「すごいわね……本当に元に戻ってるわ……」
「で、でも……流れた血液は、戻らないから……あんまり無理は、しない方がいい、よ……」
「気をつけるわ。ところであたしとアンジュがこいつの相手してた間、大丈夫だった?」
 司令塔として戦況を把握してるティアナにそう聞くと、困った感じに笑って――
「大丈夫、だよ……ほら……」
 魔法生物が迫ってきてる方を指差すと同時に、あたしたちの傍にズシンッて地面を揺らしながら一体の機動鎧装が着地した。

『おおおおおお!』

 勇ましい雄叫びと共に走り出したその機動鎧装は、まるで体術の熟練者みたいにキレのある動きで手にしたランスを振り回し、電撃で次々と魔法生物たちを気絶させていく。
「カラードくんが、頑張ってくれてる、から……」
「……は? カラード? え、あれに乗ってるの!?」
「私もびっくりよー。」
 他の四体とは明らかに違う動きでバッタバッタと魔法生物をなぎ倒してく一体を、いつの間にか近くに立ってた……ビーチサンダルに海パンにビキニで上に白衣っていうおかしな格好のロゼが笑いながら眺める。
「おかーさん!? なんでここにいるの!?」
「やー実はねー、あっちの四体を動かしてるのはいわゆるテストパイロットだからいーんだけど、私は彼らが出したデータをもとに改良を加える役割だからねー。ぶっちゃけ操縦が一番ヘタクソなのよ。」
「そ、それで……ま、魔法生物に囲まれちゃったところに……カラードくんが、駆けつけて……操縦を交代、したんだよ……」
「交代って……あれって初めて乗ってもあんな風に動かせるモノなの……?」
「あはは、まさかー。車の運転の十倍は複雑よ。だけどそのカラードくんはこう言ったの、「『ブレイブアップ』で強化するから大丈夫」ってねー。全身の強化だと数秒しかもたないけど、操縦できるようになるくらいの強化なら数分はいけるはずだーって。」
「はぁ? 身体を強化したって操縦技術が身につくわけ……」
「うふふ、私もそう言ったわ。そしたら「自分を、これを操縦できるレベルまで強くするのだ」って答えたわ。」
「……もっと意味わかんないわね……」
「でも結果的にあの動きでしょー? うちのテストパイロットの誰よりも上手だし……たぶんだけどカラードくんの強化魔法、『概念強化』の域に片脚踏み込んでるわよ?」
「がいねん……?」
 ? どっかで聞いたわね……ああ、この前の交流祭だわ。うちの生徒会長と戦ってたリゲル騎士学校の生徒会長、ベリル・ゴールドが使ってた強化魔法。なんかすごすぎて結局よくわかんなかったのよね、あれ……
「それってどーゆー強化魔法なのー?」
「うーんと……ほら、第一系統の強化の魔法って一番簡単な魔法でしょー? だからなんとなく軽く思われてるけど、強化魔法って最大限に極めると他のどの系統よりも強力な魔法になるって言われてるの。その極みの魔法が『概念強化』よ。」
「概念って……何をどう強化すんのよ、それ……」
「強化魔法が強化するのって、筋力とか身体の頑丈さとか、あと武器にかけるなら切れ味を上げたり破壊力をアップしたりって感じでしょう? そーゆーのじゃなくて……そーね、例えば『概念強化』は心を強化できるわ。」
「こころ?」
「強敵を前に足がすくんじゃってる人の心を強化して、どんな相手だろうと立ち向かう勇者にしちゃったりするのよ。逆にその恐怖心を強化して一歩も動けなくしたり気絶させたりもできちゃうわねー。」
「何よそれ……」
「身体の自己治癒力を強化して回復とか、痛覚を強化して痛みを感じなくしたりちょっとの事でも激痛が走るようにしてみたり……術者のイメージだけ使い道があるから、要するに「何でも強化できる魔法」って感じかしらねー。理屈抜きのふわふわしたイメージを現実に引っ張ってきちゃう魔法なのよー。」
「じゃ、じゃあカラードは何を……」
「そーねー……機動鎧装を操縦できるようになった自分を今の自分よりも強くなった状態と捉えて、その段階まで自分を強化したって感じかしら。知識や技術を得るっていう難しい話をすっとばして、強化したんだから操縦できるのは当然って感じで動かしてるんでしょーね。」
 結局滅茶苦茶でわけのわからない魔法だけど……『ブレイブアップ』を考えるとちょっと納得できるかもしれない。あれ、具体的に何が強化されてるのかって考えると、身体能力とか五感とか、武器の威力や耐久力、頑丈さ、色んなモノが対象になってるのよね。だけど本人がイメージしてるのは自分の中にある強さの可能性の全て――とにかく強くなるっていう事しか考えてないみたいで……このデタラメな感じは今のロゼの話に合う気がするわ。

『貫け! ブレイブチャアアアアァァッジ!!!』

 そんなとんでもない魔法を使ってるらしいカラードはすごくイキイキした声で技名を叫び、その巨体からは想像できない速さの突進で十数体の魔法生物を宙に舞わす。その活躍に、怒りに我を忘れてるはずの魔法生物たちが後ずさり、忙しく応戦してたロイドやアレキサンダー、リリーとローゼルがポカンと手を止めるくらいの余裕ができた。
『ロゼ博士! もしやこの機動鎧装、操縦者自身が使う魔法の負荷も軽減しているのでは!』
 えらく様になった跳躍と着地であたしたちの近くに立った機動鎧装からカラードの声が響く。
「そうよー。魔法が使えない人の為の武器だけど、使える人が乗ったらその魔法は更に強化されるようになってるのー。現状、三割くらいの負荷を機動鎧装の方で受けてくれてるわー。」
『やはり! 全身全霊ではない『ブレイブアップ』とは言え、その終わりがかつてないほど遠くに感じられる! これならあと十分は動けるだろう!』
 そう言いながら……っていうか叫びながら背を向けたカラードの乗る機動鎧装は手にしたランスを天に掲げ、激しい雷光をまとうとその先端を地面に突き立てた。
『ブレイブサンダァァァァアァアァアアッ!!!』
 地面を伝った電撃が周囲の魔法生物たちを襲い、更に十数体の魔法生物が倒れていく。
「あらー、私たちが作った槍にあそこまでの出力はないわよー?」
「うわー、正義の騎士くん、機動鎧装そのものまで強化しちゃったんだー。」
 嬉しそうな顔の母親と呆れ顔の娘。
「……ていうかカラードの『ブレイブアップ』って、ちょっとだけ使う――みたいな細かい事できたんだったかしら……」
『あー、それは最近の練習の成果じゃねーか?』
 突然この場にいない――同じ壁の上だけどあたしがいる場所からかなり離れたところにいるアレキサンダーの声が、リリーの『ゲート』を通して聞こえてきた。
『この前のラコフ戦、最後の切り札っていうのは理解できても、やっぱり他の連中が戦ってる時に見てるだけってのが嫌だったみてーでな。元々先生から指摘されてたってのもあって、三分間っつー使用限界を細かく制御できるように訓練してたんだ。』
 三分間しか使えない上に使った後は三日間動けないけど馬鹿みたいに強力な強化魔法。一度に三分じゃなくて、一分と二分みたいに分割できるようになったのは知ってるけど、もっと細かい使い方ができるようになったのね。
 元々魔法を一切使わないでもランク戦を勝ち進めるほどの実力者だし、要所要所で使い分けられるってなったら相当強いわね。
『んで――おいロイド、カラードはあと十分あんな感じみてーだが、俺らはどうする!』
『そうだな、カラードもそうだけどエリルのところに誰か来たみたいだし、機動鎧装部隊が頑張ってくれている間に状況を整理しよう。』
 言い終わると同時にあたしたちの近くに『ゲート』が出現してロイドとアレキサンダーとローゼルがそこから出てきて、ストカが壁の下から軽々とジャンプして、最後にリリーがパッと現れ――
「ぎゃあああ!? エ、エリエリ、エリル!?!? ちちち、血が! 制服が真っ赤だぞ!?」
 あたしを見るや否や真っ青になったロイドがおろおろした顔であたしの周りをバタバタする。
「だ、大丈夫よ、ティアナに治してもらったから……」
「ホ、ホントか!? 無理してないか!?」
 あたしの顔とさっきまで傷があったところを交互に見て……本当に心配そうにするロイド。仮にも騎士を目指してるんだからこういう傷を負う事だってあるだろうから大袈裟だと思うけど……その気持ちが嬉し――くないわよ、別に!
「本当に大丈夫よ!」
「そ、そうか……」
「あー、ロイドくん、血は出ていないが魔法をたくさん使って結構ぐったりなわたしの事も心配するといいぞ。」
「ボクも! そこの筋肉移動させるの重くて大変なの!」
「あたしもねー、さっきまでバカでっかいゴーレムと戦ってたんだよー。」
「え、えっと、あ、あたしは……し、司令塔、頑張ったよ……」
「う、うん、みんなも大丈夫……?」
 ……今もまだ魔法生物との戦闘中なのに、いつもの感じになるのはすごいわよね……
「人間の身体は弱いなー。俺はまだまだ走れるぜ!」
「お、おう、ストカは余裕そうだな……え、えぇっと……そ、そうだそいつ! エリル、そこで転がってる男は?」
「……今回の騒ぎを引き起こした奴よ。身代わり水晶をいじってゼキュリーゼを怒らせた張本人。ただこいつはあくまでそういう仕事をしたってだけの悪党で、それを依頼した黒幕がいるはずよ。」
「つまりは……犯人の一人を倒したってことか。すごいな、エリル。」
「……条件が良かっただけよ。それより、この防衛戦は? そろそろ火の国の軍に頑張ってもらわないと、魔法の負荷もあって全員結構ヘロヘロよ?」
「軍はねー、私がカラードくんに操縦を代わる時に状況を確認したけど、軍の到着まではもう七、八分かかりそうよ。」
「七、八分……軍が到着すればだいぶ楽になると思うけど、できることならその前にあの……後ろの方で動きを指揮しているのをやっつけておきたいな……」
 そう言ってロイドが顔を向けたのは魔法生物の大群の一番後ろ。あぐらをかいて宙に浮かんでる燃えるヤギって感じの魔法生物。六本ある腕であっちこち指差しながら命令するように鳴いてるのが見える。
「上から見た感じ、この場所に集まって来る魔法生物が減ってきたみたいで、たぶん他の場所で誰かが頑張ってくれているんだと思うけど、あの指揮官がいると軍が到着しても苦戦することになりそうだ。あと数分でいいなら、カラードと機動鎧装にその間だけ壁を守ってもらって、オレたちがダッシュであのヤギさんを――」
 とてもじゃないけど「ヤギさん」とか呼べるようなかわいい顔してない六本腕のヤギを見ながらあたしたちの最後の頑張りどころを決めようとしたロイドが……なんか遠くの方を見た状態でかたまった。
「……ロイド?」
「あれ……なんだ?」
 ロイドが指差した方向、ヤギよりも上――空の方を全員が見上げる。するとそこには大きな火の玉があった。
「あーん? なんだ、魔法生物のどいつかが落っことそうとしてんのか?」
「お、落っことすっていうか……こっちに飛んでくる感じ、だよ……」
「む? あのふちが黒い妙な色合い……ゼキュリーゼが使っていた炎ではないか?」
「使ってたっつーかまんまさっきの奴だぜ?」
 あたしたちにはわからないモノを感知してるストカがさらっとそう言った……え、じゃああれって――

『ルアアアアアアアアッ!』

 大音量の咆哮と共に火の玉が弾け、中から出てきたのは巻き角と骨みたいな翼を持った悪魔みたいなシルエットの魔法生物――ゼキュリーゼ。そこで転がるインヘラーの作戦によって怒りを爆発させてスタジアムを吹っ飛ばした奴が、骨の翼の下に展開させた巨大な炎を広げて真っすぐにこっちに向かってくる。
「おいおい、まさか壁に体当たりでもする気か!?」
「商人ちゃん、『ゲート』でどっか遠くに移動させられないのー?」
「できるけど疲れてるからあんまりやりたくないなー。でもロイくんがどうしてもって言うなら――」
「ぬ? その必要はなさそうだぞ。」
 すすっとロイドに近づくリリーの行く手を遮りながらローゼルが指を差す。見るとかなりの速さでこっちに近づいてくるゼキュリーゼをそれ以上の速さで追う炎が二つ、空を駆けてた。そしてその内の一つは降下してくるゼキュリーゼの頭上に位置取ると、爆炎と共に垂直落下を始めて――

「『雷火爆炎飛翔脚』っ!」

 技名と共にゼキュリーゼの背中にめり込み、そのまま地面へ――魔法生物の大群のど真ん中に叩きつけた。その衝撃は凄まじく、近くにいた暴れる魔法生物たちが吹っ飛ぶ。

「まったく、いきなり飛び出すから何事かと――ってあれ? こんなところに足場……いや、壁? いつの間に?」

 作戦会議をしてたあたしたちのすぐ近くの壁の上に、両脚に炎をまとったフェンネルが着地した。
「師匠ー、無事だったんだねー。」
「え、アンジュ? スタジアムにいなかったから上手に逃げたのだと信じてたけれど……まさかこの壁はアンジュたちが?」
 壁のあっちとそっち、魔法生物が押し寄せる方と街の方を見たフェンネルはあたしたちが何をしてるのかを理解したらしく、嬉しそうに驚いた。
「ずっとスタジアムの中にいたから外の状況がわからなかったけれど――そうか、暴走した彼らの侵攻を食い止めてくれてたんだね。クロドラドはいるのかな。」
「いないよー? 見てもないしー。」
「おや、そうなの? あいつ、どこで何してるんだ……」
 ローブを脱いで全身ピチピチの黒タイツ――に見えるけど実はもっと悪い事に素っ裸っていう、事実を知ったらまともに見れなくなる変態……なのは今はともかくとして、フェンネルはかなり消耗してるように見える。たぶん、あたしたちがリリーの魔法でスタジアムの外に出てから今まで、暴れるゼキュリーゼと戦ってたんだろうけど……
「あ、あんた、なんて奴連れてきてんのよ! ただでさえいっぱいいっぱいなのに!」
「いやーそのつもりはないんだけど、スタジアムで僕らと戦ってたのに突然飛び出しちゃってね。誰かに引っ張られるように……いや、いきなり怒りの矛先を変えたみたいに――」

『フェンネルウウウウウアアアアアッ!』

 怒りとか憎しみとかがてんこ盛りの怒声を上げながら立ち上がるゼキュリーゼ。同時に……なんていうか、「怒りを爆発させる」っていうのを現実にしたみたいに叫び声といっしょに炸裂した爆風が周りの魔法生物たちを再度吹っ飛ばす。しかも今度のはかなりの威力だったらしく、それで気絶するのまでいた。
「びみょーに数を減らしてくれたけどー……あれから壁を守るのはちょっと無理がありそーだよー?」
 弱気な事を言うアンジュだけど、正直それには同意しちゃう。この場に集まったどの魔法生物も超える圧倒的な存在感やプレッシャー……間違いなく今日一番の強敵……!
「ふふふ、どうかな。一応一番の助っ人もいるからね。」
 言いながら空を見上げるフェンネル。そういえばゼキュリーゼを追う炎は二つあったけど、もう一つは……って、いつの間にかものすごく高いところまで上がってるわ……
「ふふふ、みんな、衝撃に備えた方がいいよ。」
 フェンネルがそう言ったのを合図にしたみたいに、空高くまで上がった炎が一瞬ポッとひかっ――

 ドゴオオオオッン!!

 ――たと思った瞬間に鳴り響く爆音。とんでもない地面の揺れで壁の上のあたしたちは全員跳び上がるように吹っ飛んだんだけど、それをロイドが風でつかまえてくれて……そうして見下ろした爆心地はわけのわからない状態になってた。
 そこはついさっきまで大量の魔法生物がひしめき合ってた場所で、フェンネルの攻撃とゼキュリーゼの咆哮でかなりの数の魔法生物が気を失って倒れてたはずなんだけど……今は特大のクレータだけがあった。周りを見ると砕けた地面と一緒に吹っ飛んだ魔法生物たちが山みたいに積まれてて、あれだけの大群がもはや意識のある奴はいるのかどうかってくらいの惨事になってる。
 ちなみにクレーターはギリギリ壁まで届いてはいないんだけど、ローゼルの氷がない中央の壁には大きなヒビが入ってた。
『バッハッハ! どうだゼキュリーゼ! 我ながら渾身のパンチを叩き込んでやったぞ! ついでに暴れる同胞たちも気絶させられたし、一石二鳥だな!』
 もうもうと煙の立ち込めるクレーターの中心からぴょんと跳ねて斜面に着地したのはゴリラ――ガガスチム。全身を黒いアーマーに包んだ姿でバハハと笑う。
 ……たぶん、ロイドたちとの勝負で見せたあたしのパクリ――肘から炎を噴出させて爆発的に加速するあれを空高くから、たぶん何度も加速して吠えるゼキュリーゼにパンチを叩き込んだんだわ。あたしのガントレットと同じ、加速の分の距離が長いほどに威力を増す……!
「どわ、俺が作った壁にヒビ入ってんじゃねーか!」
 ロイドが全員を壁の上に着地させると、ストカはぺたんと座り込んで壁の修復を始める。
 ……さっきまだまだ余裕って感じだったけど、あんだけ暴れておいてまだこんな大きな壁を直せるくらいの体力が……ああいえ、魔人族には魔法の負荷がないのよね……
『いやー危なかったぞ!』
「ぎゃああ!」
 全員を壁の上に戻してふぅって一息ついてたロイドが、いきなり背後から聞こえた声に悲鳴を上げる。
『いやはや、フェンネルさんと共に飛んでいた炎が空高くに上がったのを見てクォーツさんの『メテオインパクト』を思い出してな。慌てて機動鎧装部隊を壁のこちら側に退避させたが正解だったな。』
 声の主はカラードで、確かにあのまま魔法生物の大群の中にいたら巻き添え食って吹っ飛んでただろう機動鎧装全五体が、壁を挟んで街の方――さっきまでインヘラーのゴーレムがいた側に立ってた。
「あらー、グッジョブね、カラードくん。さすがにこんな衝撃には耐えられなかっただろうから、下手すれば五体全部がスクラップだったわ。」
「というか奥様、なぜこのような最前線に……機動鎧装まで引っ張り出して……」
「我が国の軍が遅いからよ。娘夫婦の危機に、おかーさん飛び出しちゃったわ。」
「でもおかげで助かったんだよー。正義の騎士くんも大活躍でねー。」
「ついでに言えばアンジュも、暴走する彼らと戦うなんて、これでケガとかしたら当主様に怒られるよ。騎士を目指す者としては正しい行動だろうけどね。」
 カンパニュラ家お抱えの騎士であるフェンネルが親子に一応の文句を言ったところで、ガガスチムがのしのしとこっちに歩いてきて……バシバシと壁を叩いた。
『バッハッハ、なんだこの壁は! いつの間にこんなモノ!』
「お前、このゴリラ! 壁が壊れちまうだろうが!」
『おお、お前の仕業か! なんだ、もう秘密にしなくていいのか!』
 あたしたちが小さな動物にするみたいに、サソリの尻尾を振り回すストカを面白そうにつつくガガスチム。それを見たフェンネルが何かを思い出したようにガガスチムに尋ねる。
「そういえばお前、彼女の事に気づいてたな。あの時の言葉から察するに、昔にも魔人族が訪ねてきたんだな?」
『おお、スピエルドルフってところの奴がな。高い知能を得たわしらみたいなのを尋ねてまわってるとかなんとか。このサソリもあの国の奴なのか?』
「サソリじゃねぇ、俺はマンティコアだ。」
 腰に手を当ててむふーっとガガスチムを見上げるストカ。
 ……この二人っていうか二体っていうか……戦ったらどっちが強いのかしら……
「なーおい、のんびり会話してっけど、これ今どういう状況なんだ? 集まってた魔法生物は今のパンチの衝撃でのされちまったし、騒ぎを起こしたっつー黒幕はそこに転がってるし、ブチ切れた中で一番やばそうな奴も倒したんだろ? あと何とかしねーといけないのはなんだ? それとも一件落着か?」
 アレキサンダーがそう言うと、フェンネルが困ったような笑顔になり、ガガスチムが大笑いした。
「ふふふ、残念だけど最後のはまだだね。」
「あん?」
『正確にはまだわからないってとこだな! 今のパンチでゼキュリーゼが正気に戻ってればいいが、そうでなけりゃ戦闘はまだ続くぞ!』
「おいおい、今のトンデモパンチで終わりじゃねぇのか!?」
「ふふふ、これが難しいところでね。他の者たち同様、ゼキュリーゼも故意に怒らされただけだからあまり大ケガさせずに気絶させたいのだけど……あんな怒り全開のゼキュリーゼ相手に手加減しながらというのは大変なのさ。」
 ……つまりさっきのパンチは手加減した一発だったってわけ……? どうなってんのよ……
『それにあいつはわしらの中で一番強力な再生能力を持っているからな! ほれ、そろそろ起き上がるぞ!』
 ガガスチムの言葉に全員がクレーターの中心を見ると、丸々埋まってたらしいゼキュリーゼがゾンビみたいに地面の下から腕を出したところだった。
「な、なんで今の内に拘束したりしなかったのよ!」
『バッハッハ! あのゼキュリーゼを縛れる道具があるなら教えて欲しいところだな!』
 両腕で身体を持ち上げながら地表にはい出てくるゼキュリーゼ。その顔には未だ怒りがあって、全身が外に出たところで――

『グルアアアアアアアッ!!』

 再度の雄叫び。にじみ出る圧力は少しも衰えず、あたしたちの方にバシバシと敵意を飛ばしてくる。
『バッハッハ! 他の場所の同胞がどうなっているかわからんが、まぁクロドラドが何とかしてるだろう! 街の近くに来ちまっているこの一番面倒なのの相手がここにいる面々の仕事! フェンネルの弟子に機械の塊に科学者よ! 暴れるのを押さえるのはわしとフェンネルが引き受けるから、人間の知恵を活かしてどうにか無力化する方法を考えついて欲しいところ――だっ!』
 言い終わると同時に肘からの炎で吹っ飛んで行ったガガスチムは、その勢いのままゼキュリーゼに殴りかかった。
『ガ――ガガスチムウウウゥゥゥッ!!』

 骨の翼の下に黒ぶちの炎を展開し、両腕に同じ炎をまとったゼキュリーゼはその拳を片手で受け止め、ゴリラの巨体を軽々と振り回して地面に叩きつけた。
「やれやれ、あんまり気乗りはしないのだけど……こうして街を守ってくれたみんなの力や奥様の頭脳をあてにしたいのは本当のところだね。スタジアムで戦いを始めてからここに来るまで、ゼキュリーゼを止める方法を僕とガガスチムで色々試したのだけど結果はご覧の通りさ。何かないだろうかね。」
「へー、こんなに困った顔のあなたは初めてみるわねー、フェンネル。科学者としてふっかけられた難題には挑まずにいられないけれど――ねぇ、ちょっと確認させてくれる?」
 困り顔でガガスチムに加勢しようと身をかがめたフェンネルにロゼがたずねる。
「暴れる彼らを見てればそれが魔法によるモノだっていうのは察しがつくけれど、具体的にどういう魔法かあなたは知ってる?」
「状況と、同じ魔法を受けたガガスチムの感覚からの推測ですが――人間に対する好意的な感情や同等の相手として認識、そういったプラスの考えを「持っていなかった」モノが魔法の影響で暴れています。あの魔法は人間に対する不満や嫌悪感を増大させて怒りや憎しみの感情として引っ張り出すモノのようで、プラスの考えを「持っていた」モノはそれを抑える事ができ、暴走せずにすんだようです。」
「となると……一概には言えないけど、派閥で言ったら暴れてないのはガガスチム派とクロドラド派、暴れてるのがデモニデア派とゼキュリーゼ派って感じねー……ちなみに序列で言ったらゼキュリーゼよりも厄介なのはデモニデアだけれど……彼女はどうしてるの?」
 さらっと状況を説明したフェンネルに、あっさりと状況を理解したっぽいロゼがそう聞いたんだけど……え、デモニデアって女なの?
「スタジアムにいたはずなのですが……見ていません。」
「そう……もしも暴れてるなら彼女の強さからしてすぐに見つかると思うけど、そうじゃないって事は暴走を免れたかもしれないわね。クロドラドは? 話からすると暴れてないみたいだけど。」
「僕らがスタジアム内にいる時、ガガスチムが外の状況の確認を任せたのですが……こちらも見てないですね。」
「四体中二体が行方知れず……ちょっと気になるけれど、まずはゼキュリーゼねー。なんとか考えてみましょ。」
「すみません、お願いします。」
 そう言って正面――ガガスチムと殴り合うゼキュリーゼに狙いを定めるようにして姿勢を低くしたフェンネルは――
「『石火瞬炎――』」
 足からの炎の噴射で宙に飛び出し、全身をひねってまるで一発の弾丸のように回転しながら――
「『――螺旋脚』っ!!」
 そのねじ込むような一撃でゼキュリーゼの巨体を蹴り飛ばした。
「せっかしゅんえん……むう、何やらどこかで聞いた事のある音だな……」
「交流祭でニンジャくんとか『女帝』さんが技名に使ってたねー。」
「ああ、そうだそうだ、桜の国――ルブルソレーユの独特な言葉の音だ。しかしどうしてそれをフェンネルさんが?」
「カッコイイから好きなんだってさー。師匠ーの技名って全部今のみたいだし、戦い方を教えてくれた時もあっちの兵法書とか格言とかを使ってたよー。小難しいからあたしにはチンプンカンプンだったんだけどねー。」
「フェンネルには桜の国にお友達がいるらしーから、その影響もありそうねー。さーさー、それよりも頼まれたことを考えるのよ!」
 パンパンと手を叩いてロゼがそう言ったけど……目の前で暴れるゼキュリーゼを眺めるあたしたちは全員、「どうすんだあれ」って顔をしてた。
「ガガスチムさんのさっきのパンチでも回復しちゃうのなら、攻撃して気絶させるっていうのは無理そうですよね……となるとさっきエリルが言ったようにどうにかこうにか拘束する方向なんでしょうけど……」
「ふむ、わたしの氷――ロイドくんとの愛の結晶であれば可能性はありそうだが、火の魔力で満ちたこの場所と現在の疲労からすると十分な硬度になるか不安だな。」
「あ、あたしの……鉄線、なら、カラードくんの『ブレイブアップ』で……強化、すれば止められる……かも……」
『うーむ、残念ながらそれは厳しいな。この機動鎧装の為に『ブレイブアップ』を使っているから、鉄線の強化だけであっても数分維持できるかどうかというところ。拘束し続けるというのは難しいだろう。トラピッチェさんの位置魔法で動きを――位置を固定してしまうというような事はできないのだろうか。』
「んー、見た感じバカ力っぽいから固定し続けるのは大変かなー。ロイくんにチューし続けてもらわないと。」
「えぇっ!?」
 動きを止める技を持つメンバーはいても、それをし続けるってなると疲労もあって難しそうね……っていうか毎回どさくさに紛れてこのエロ商人は!
「あらまー、やーねー。若いんだから頭を柔らかく使わないとダメよー?」
 あたしたちの会話を聞いてたロゼがポンポンとアンジュの頭を叩く。
「フェンネルとガガスチム、この国における最高戦力とも言える二人が力押しでできない事なのだから、残るは特殊な方法。仮に気絶させるとしたら物理的なダメージではなく……そう、第六系統の闇の魔法を使った精神的な攻撃とかになるわねー。」
「あー、確かになー。だけど俺らの中にそういう……搦手? が使えるのはいねーぞ。」
「あら残念。そしたら……ゼキュリーゼをああやって暴れさせてる魔法を解除なり無効化なりするっていうのはどう?」
 ロゼのその提案を聞いたあたしたちは同時に一つの力を思い出し、本人以外がそいつを見た。
「……えぇっと、みなさんなんでオレを……」
「ロイドくんがノクターンモードで使うあの「闇」、確か魔法を弾くのだろう?」
「そうよ、あんたの「闇」で怒らせる魔法を……こう、ゼキュリーゼから弾き飛ばすみたいなのできないの?」
「そ、そんなこと……い、いや、試したことがあるわけじゃないし、もしかしたら……」
「おー、そうだぜロイド! ぶっちゃけ本気になったミラとか無敵だからな! その力の一部でも使えるってんなら可能性大だぜ!」
 ロゼ以外の面々はロイドの力を知ってて、だから一気に希望が見えてきたわけなんだけど、何も知らないロゼは困惑する。
「?? さっきまで「どうすんだあれ」って顔してたのにそんなに? 未来の娘婿にはそんなすごい力があるのー?」
 興味津々にロイドの顔を覗き込むロゼ。その危ない格好でずずいと近づかれたロイドは顔を赤く……!
「ロイドくん、ロゼさんは人妻――」
「だだだ、大丈夫ですから! よ、よし! やってみるぞー!」
 慌てて離れたロイドはポケットから小瓶を――カーミラの血を取り出して口の方に持っていく……途中でピタッと動きを止め、おそるおそるあたしたちの方を見た。
「あ、あの、これを使うとその、後日アレな感じになるから……カラードとアレク、学院に戻ったら二人の部屋で寝泊まりさせてくれよ……」
『悪いがロイド、馬に蹴られて死にたくはないのだ。』
「わりぃな。」
「薄情モンめ!」
 そういえばそうだったわねって前回の事を思い出したあたしは顔が赤くなって心臓が……な、なに考えてんのよ! 今は戦いの最中――
「うむ、わたしの部屋に来てわたしのベッドで寝泊まりするといいぞ。」
「ロゼちゃんてば……あ、あたしも……」
「んふふー、ロイくんてばーもぅもぅ!」
「前回よりも進んでるわけだし、もっとすごいことになりそーだよねー……えへへー……」
「あんたらねぇっ!」
「うぅ……先が思いやられる……」
 赤い顔で何とも言えない表情のロイドは大きなため息をついた後、意を決して小瓶の中身を一気に飲み干した。
「??? ロイドくんは今何を飲んだのかし――」
 ロゼが聞き終わる前に、ロイドが黒い風に……黒い霧に包まれる。セイリオスの白い制服が黒く染まり、背中に黒いマントが出現する。身につけてるモノ全てが黒くなったところで霧が晴れ、一歩前にでたロイドは普段適当におろしてる髪をかき上げて後ろに持っていき――
「えぇっと……変身完了! ノクターンモード!」
 ――ダサい名乗りを上げた……



『――……どうしてこんな場所に……?』
 田舎者の青年が漆黒の指揮者へとなった頃、ヴィルード火山のとある場所にある洞窟の中、オレンジ色の光を蓄えた最奥に続く道の途中、大剣を引きずるトカゲの行く手に小さな者が立ちはだかっていた。
『んん? ああ、これか……なに、事故か天災に巻き込まれたようなモノだ……』
 身長は一メートルに満たず、分類するなら小動物として扱われるだろう小ささ。ふわふわの体毛に覆われ、その愛くるしい外見を表現するならば、「丸い猫」とでもなるだろうか。そんな愛玩動物としてしか見る事のできない存在を前に、巨大な体躯と強靭な四肢、鋭い爪や牙を持った上に大剣まで手にしたトカゲは、あろうことか目の前のそれに気圧されているようだった。
『悪いが時間がなくてな……あんな化け物まで出てきてはもはや……ん? なに、大した理由ではないさ。』
 傍から見ればトカゲの独り言だが、トカゲは目の前の愛玩動物と会話しているようだった。
『再度聞くが……どうしてここに? あなたの姿が見えないからもしかしたらとは思っていたが、ここにいるとはどういうことなのだ?』
 引きずっていた大剣をグッと構え、トカゲは戦闘態勢に入る。
『……なるほど、それは見過ごせないな。』
 穏やかな雰囲気での会話はそこで終わり、トカゲは鋭い眼光を愛玩動物にぶつける。
『……ははは、まぁ確かに。私があなたに勝てたことはない。同胞の中で唯一ガガスチムと同等の力を持つあなたが相手では、現状も相まって一層の不利だろう。だが――』
 構えは変わらず、しかし明らかな雰囲気――プレッシャーの変化に小さな愛玩動物はその身を震わせた。
『ついさきほど、悪魔と契約したところなのだよ、デモニデア……!!』

第十一章 討伐

『これはその昔、我らと同じ血を持つとある同胞が成ったモノだ。代々その血族が受け継ぐしきたり……次はおまえだ。』

 同胞……稀にそういう事が起こるという話は聞いていたが……なぜこんなに禍々しいのだ?

 なんだこの感覚は……怒り……恨み? まさかこれから……? だとすれば、このモノは――いや、あなたは一体どういう経緯でこのような姿に……

 ……!! あり得ない……それが理由だとすれば確かに納得だがあまりに……何か――そう、何かが食い違っただけなのではないか? 不幸な勘違いでは……

 見える……あなたの記憶が……まさか、そんなことが……いや、私たちと彼らの間には友好的な関係が……だが……いや、ならば確かめよう。こんなわけはないのだ。

 なん、だあれは……同種を――飼っているだと……!? 外ではこれが普通なのか? 私の住む場所が特殊なだけか? いや、それよりも――なんて醜い。これが本性? これが……彼らの真の顔だと? いや……いやいや! 決めつけるのは早い……もっと見るのだ、もっと……!

 ……ああ、そうか……そうなのだな。良い者と悪い者がいる、そんなことは当たり前だが後者となった時の彼らは本当に……
 危機感? いや、そうじゃない。言いたいことはわかるがそういう事以前の問題なのだ。それが何でどういう目的かなど関係なく、問答無用で消してしまい……そう、ただの嫌悪だ。

 こんな……こんなモノだったとはな。気づけて良かった。あなたには感謝するぞ、ギサギルファー。



 朝起きた時に寝ぼけた五感が段々と目を覚ますように、ぼんやりとしていたモノが開かれていくような感覚。黒い霧の中、オレは内から湧き出る力を感じ取っていた。
 経緯は未だに思い出せていないけど、ミラちゃんと右眼を交換した事によってオレの身体に付与された吸血鬼性――純粋な吸血鬼と比べたら一パーセントにも満たないそれをミラちゃんの血を飲む事によって数パーセント引き上げる。たかだか数パーセントとはいえ最強の種族と言っても過言じゃない吸血鬼の力は凄まじく、身体能力の向上や魔法的感覚の鋭敏化などいろいろなモノがパワーアップする。
 交流祭の時に初めて使い、司会の人の命名をそのままとってノクターンモードと呼んでいるこの状態で得られる力の中で、最も強力な能力は吸血鬼が使う「闇」の力だろう。
 吸血鬼が操る「闇」には二つの特性がある。一つは吸収――その場の光を全て飲み込んで生まれる「闇」。ミラちゃんが「表の闇」と呼んでいたこの力の効果は言葉の通り吸収する事。魔法的なモノでも物理的なモノでも、とにかくありとあらゆるモノを吸収して消滅させる……らしい。
 オレはこっちの力を使えないから詳細はわからないのだが……よくミラちゃんが何もないところに「闇」を作ってそこからモノを取り出したりしているから、もしかしたら吸収したモノはそこにとどめておけたりするのかもしれない。
 でもってもう一つの特性が反射――全ての光を反射した時、その反射面の裏に生まれる「闇」。「裏の闇」と呼ばれるこっちの効果もそのまま反射する事で、ありとあらゆるモノをはね返すないし破壊するという。
 オレが使えるのはこっちだけで、しかも「ありとあらゆるモノ」とは行かず、できるのは魔法を弾く事のみ。破壊する事はできないし、その魔法が持っていた勢いとかは返せない。
 とは言えこの力が強力なのは確かで、交流祭では空間さえ切り裂いたラクスさんの刀を受け止めたりできたから、それが魔法的なモノであるならどんな効果を持っていようと弾く事ができる……と思う。
 魔法生物たちが暴走している原因が怒りを引き出す魔法だというのなら、この「闇」の力でなんとかできるかもしれない。

「どう、ロイド? その状態になると色々見えるようになる――ん、でしょ……?」
「? エリル?」
 尋ねながらオレの顔を見たエリルがポッと赤くなって顔をそむけた……
「こ、こっち見るんじゃないわよ変態……」
「えぇ……?」
「ロイドくん、一つ忘れているぞ。」
 そう言ったローゼルさんの方を向くと、これまたローゼルさんも顔を赤くした。
「ほ、ほれ、ロイドくんの唇には吸血鬼特有の魅了の魔法がかかっている……だろう? 普段ならそれほどでもないが、その状態になると……わたしたちにはかなり効果があるのだ……」
「!!! そそ、そうでした! カラード! 前みたいに甲冑のヘルムを!」
『いや、さすがにそんなカッコイイ姿にヘルムだけをかぶせるのはいかがなモノかと思うぞ。折角変身したのに台無しになる。』
 カラードからの冷静な……いや、なんか少しズレたツッコミをもらい、とりあえずオレは片手で口を覆う。
「ど、どうだエリル!」
「あ、あんまり意味ないけど……と、とにかく、ゼキュリーゼを暴れさせてる魔法は何とかなりそうなの?」
 エリルに言われ、オレは壁からだいぶ離れたところで戦っている――というよりは戦ってくれているフェンネルさんとガガスチムさん、そしてゼキュリーゼさんを見た。
「……すごいな……」
「……何がよ。」
「えぇっと……ノクターンモードになると魔法的な感覚が鋭くなるからわかるんだけど、ガガスチムさんとゼキュリーゼさんの……こう、体内の魔力というかマナというか、魔法的な気配? がとんでもなくて……ワルプルガの勝負の時にこれが見えていたらちょっといつも通りには戦えなかったかもしれないなぁって……」
 ストカが言ったように、ヴィルード火山一帯を包む火の魔力が赤い霧のように見える視界の中、暗闇で揺れる炎のようにハッキリと知覚できる二体の魔法生物の尋常ではない気配。
「それと……ストカもやっぱりすごいんだな……」
「あん? なんだいきなり。」
「いや、魔人族が強いわけだなぁと……」
 魔法的な力の有無っていう観点で見ると、オレたち人間はからっきし、魔法生物たちは土台のしっかりとした強大なパワー、そして魔人族は魔法生物のそれを更に洗練したような感じ。赤い霧の中、あの二体と同等かそれ以上の気配があの二体と比べるととても小さなその身体から滲み出している。
「え、え、まさか? 何が起きたのかサッパリだけど、もしかして今のロイドくんには魔力やマナが知覚できてるの!?」
「は、はい……」
 わなわなと震える両手をワキワキさせるロゼさんに身の危険を感じつつ、オレはゼキュリーゼさんを見た。
「ああ、あれが怒らせている魔法なのかな……なんかこう、ゼキュリーゼさん自身の気配に混じって……頭の周りにまとわりついている変な炎が見える。」
「ふ、ふむ。断言はしにくいが、異質なモノがあるのなら可能性は高いだろうな。」
「ほえー、んなもんが見えるのか。でもよー、今更だがそれを取っ払ったところであいつは大人しくなんのか? 他の魔法生物はそうかもしんねーけど、あのゼキュリーゼってのだけはそこで寝転がってる黒服の策略でキレたんだろ?」
 アレクが「ほえー」とか言いながらも割と真面目な疑問を投げかける。言われてみればそうだ……ゼキュリーゼさんの暴走を止めようとノクターンモードになったけど、ゼキュリーゼさんだけは暴れている理由が魔法の影響じゃないんじゃ……
「大丈夫だと思うわよー。」
 少し心配になってきたオレの横――というかオレの顔を興味津々に覗き込みながらロゼさんがそう言った……ああ、こうやって間近で見ると色々なところがアンジュに似て――何考えてんだオレは!
「ゼキュリーゼが短気なのは知ってるけど、あの暴れ様は異常だもの。初めは普通にキレたんだとして、それを煽ってるのが例の魔法なのよ。だからこれを除去できれば、少なくとも話の通じる段階には頭が冷えるはずよ。」
「煽る? 魔法で怒らせてんじゃねーのか?」
「私も感情系の専門じゃないからあれだけど、さっきフェンネルも言ってたでしょう? 不満や嫌悪感を増大させて怒りや憎しみを引っ張り出す魔法だって。魔法だけでゼキュリーゼとかその辺で気絶してるのを怒らせることができるなら裏工作なんて必要ないはずよ。だけど敵は、まず最初にゼキュリーゼを普通に怒らせるっていう事をした。」
「……そういえばさっきインヘラー――そこの黒い奴が言ってたわ。「一番キレやすくて他の魔法生物への影響力の大きい奴を怒らせるのが仕事だ」って。」
「きっとゼキュリーゼは引き金として利用されたのね。派閥の一つのトップだから影響力が大きくて、短気だから怒り方も派手。そんなゼキュリーゼの姿を見て胸の内に怒りを抱いた面々のそれを一気に爆発させたのが例の魔法なのよ。」
「ふむふむ、ならばやはりロイドくんの力でどうにかできそうだな。その変な炎とやらを風で吹き飛ばしてしまうのだ。」
「! ローゼルさん、今の言葉ナイスです。」
「む?」
 暴走の原因となっている魔法を「闇」の力で弾き飛ばす……どうすればいいのやらと思っていたが、なるほど、黒い風であの変な炎を吹き飛ばすイメージでやれば……!
「ふむ、何やらよいアドバイスができたようだな。これはきっと良いご褒美が待っているだろう。」
 ……い、今は集中するのだオレ……
「ロイドが風を当てるなら、師匠とガガスチムにゼキュリーゼの動きを一瞬止めてもらわないとダメなんじゃないのー?」
「そうねー。私が二人に伝えるわー。」
 そう言うとロゼさんは白衣のポケットから通信機のようなモノを取り出した。
「さすがおかーさん、師匠に通信機渡しておいたんだー。」
「? 違うわよ。カラードくん、それと他の四体も、機動鎧装を壁のこっち側に移動させて。」
 街のある側に退避していた機動鎧装が魔法生物の暴れる側に移動し、ロゼさんの指示で横一列に並ぶ。
「三人とも炎でボンボンするタイプだからねー。これくらいしないと聞こえないわよ。」
 そう言って大きく息を吸い込んだロゼさんは通信機に向かって大きな声で叫んだ。

『『『『『フェンネル! ガガスチム! ゼキュリーゼを元に戻すから動きを止めるのよ!』』』』』

 耳は勿論、身体がビリビリと振動する大音量が響き渡る。五体の機動鎧装それぞれについていたスピーカーからロゼさんの声が発声したらしい。
 そしてその指示はフェンネルさんとガガスチムさんに届いたようで、一瞬こっちをチラ見した後、再度ゼキュリーゼさんに向かっていった。
「さーロイドくん、あとはゼキュリーゼが止まった瞬間を見逃さないようにね。」
「は、はい!」
「あとこれが終わったらその身体、色々調べさせてくれないかしら。」
「は――い、いえ、あの、それは――」
「集中よ、ロイドくん!」
 瞳をキラキラさせながらむふーっという顔になったロゼさんにゾゾッとしつつ、オレは全感覚をフェンネルさんとガガスチムさん対ゼキュリーゼさんの戦いに向ける。

「ガガスチムっ!!」

 ゼキュリーゼさんが口から放つふちの黒い炎……というかもはやビームになっているそれを足の裏から噴射する炎の推進力で超速回避しつつ肉薄したフェンネルさんがゼキュリーゼさんの両脚を払う。そうしてバランスを崩したゼキュリーゼさんが前のめりになったところに――

『ボンッバアァァァァッ!!』

 タイミングピッタリで打ち込まれるエリルの『ブレイズアーツ』によく似た超威力の爆速アッパー。あんなモノを受けたら身体に穴が開くのを通り越して爆散しそうだがそうはならず、しかしゼキュリーゼさんは苦しそうな顔で打ち上げられる。

「『輪火廻炎鉄槌脚』っ!!」

 そうやって宙に浮いたゼキュリーゼさんの頭に高速回転しながら放たれたフェンネルさんのかかと落とし。足が触れた瞬間に爆発が生じ、ゼキュリーゼさんは凄まじい衝撃をまき散らしながら頭から地面に埋まった。
 だけど――

『――ッルアアアアアアアッ!!!』

 地面の中で火を放ったのか、ゼキュリーゼさんを中心に地面が噴き飛んでフェンネルさんとガガスチムさんが距離を取った。
「ふーむ。あのファイヤーゴリラもフェンネルさんもエリルくんのような一撃必殺級の技を放っているというのに、見ている限りはあまり効いていないように見えるぞ?」
『確かに。防御しているわけでも威力を殺しているわけでもなさそうなのだが……』
「ゼキュリーゼはあっち側で一番タフな身体を持ってるのよー。」
 ローゼルさんとカラードの疑問にロゼさんが答える。
「ガガスチムみたいに鋼鉄の身体を持ってるってわけじゃないんだけど、身体の構造が――骨や筋肉の配置が衝撃にすごく強いのよ。その上再生能力も抜群だから、現状ではかなり厄介な相手だと思うわ。」
「んー? その話だけ聞くとガガスチムよりもゼキュリーゼの方が強いみてーに聞こえんだが……」
「ふふふ、強いのはあくまで衝撃――いわゆる打撃に対してだけで、斬撃とかは割と普通に通るわ。今で言ったら……例えばガガスチムがアーマーを錐状にして突き刺せばかなりのダメージを与えられるでしょうね。」
 打撃には強いけど斬撃とかは別……ガガスチムさんのパンチを受けても平然としているけどスタジアムで岩の槍が普通に突き刺さったのはそういうわけなのか……
「? かなりのダメージって、今こそじゃねーか。なんでやんねーんだ?」
「あんな大暴れしてる状態だもの、万が一急所を貫いてしまったらゼキュリーゼと言えど死にかねないわ。ただ怒って暴れてるだけの仲間を止めようとしている現状では使えない手、だから厄介なのよ。」

『えぇいくそ! 埒が明かないな! 今度は両手両脚を切り落とすか!』
「スタジアムで脚を切断したら一瞬で再生しただろう、意味ないぞ!」
『だああ! よりによってバカみたいな再生能力を持ってるゼキュリーゼを暴れさせやが――どわっ!』

 ゼキュリーゼさんの元々大きかった両腕が炎をまとうと共に肥大し、それを地面に叩きつけると、刃の形になった黒ぶちの炎が地面を割りながらガガスチムさんへ迫った。それをかわして少し体勢を崩しているところにゼキュリーゼさんの口から放たれたビームが直撃、ガガスチムさんは――そのまま吹っ飛ぶかと思いきや両足で地面を捉えて踏ん張り、交差した両腕にビームを受け止めた。

『ぬおおおお、やるなゼキュリーゼ!』

 しかしビームの放出は止まらず、ゼキュリーゼさんの咆哮と共に更なる威力でガガスチムさんをその場に釘付けにする。

『おいフェンネル! 今の内に何かしろ!』
「んー……折角だから少し考えさせてくれ……」
『この野郎!』

 ビームを放っているゼキュリーゼさんは隙だらけと言えばその通りだが、だからと言ってどこかを蹴り飛ばしても相変わらず効果が無い。たぶんそう思ったフェンネルさんはガガスチムさんが頑張っている間に策を練り始めた。
「てゆーか、今ならロイドの攻撃も当たるんじゃないのー? ゼキュリーゼも動き止まってるしさー。」
「あはは、ダメよアンジュ。今ちょっかい出したらあのビームがこっちに向いちゃうわ。」

「そういえばダダメタとの勝負の時に……」

 チラリとオレたちの方を見たフェンネルさんは一人うんうんと頷き、空中てホバリングしたまま両腕を開いて……呪文の詠唱を始めた。
 魔法にはイメージだけでポンと出せるモノと呪文やら魔法陣やらが必要なモノの二種類がある。手間がかかる分、後者は大規模だったり複雑だったりする効果を発動させることができるのだが、対人戦でそんな事をしていたらやられてしまうから学院のランク戦やこの前の交流祭で使っている人はいなかった。
 だけどこっちが集団なら話は別。特に相手が魔法生物とかだと仲間が足止めしてくれている内に特大の魔法を準備するというのはよくある光景で、実際ワルプルガにおいてもそういう戦法をとったチームはいくつかあった。
 んで、今フェンネルさんがやろうとしているのもたぶんそういうので、何か大きな魔法を使おうとしているようだ。

「――をして、紅の柱に力を注ぎ、灰燼の内より燃え上がる真なる焔の――」

 ……アンジュの言うところの小難しい言葉のオンパレードでチンプンカンプンな呪文を噛まずに唱え続ける事数分、フェンネルさんが両手をパンと鳴らした。

「ガガスチム、準備ができたからそのビームをゼキュリーゼに返してやれ。」
『軽く、言うなっ!』

 とは言いつつも、大きく息を吸ったガガスチムさんは衝撃波を含んだ短い咆哮と共に肘から炎を噴き出しながら両の拳を打ち出し、ゼキュリーゼさんのビームを強引にはじき返した。

『ガッ!?』

 驚くと同時に戻って来たビームを受けたゼキュリーゼさんは黒ぶちの炎が舞い上がる大爆発に飲み込まれ、ガガスチムさんは疲れた顔でフェンネルさんの斜め下に移動した。

『で、どうするつもりだフェンネル。』
「ゼキュリーゼを焼く。」
『は?』
「炎縛結界――」

 咆哮と共に爆炎の中から出てきたゼキュリーゼさんを中心に四方を小さな火の玉が囲む。それらは分裂を始め、四つが八つ、八つが十六と見る見るうちに増えていき、ゼキュリーゼさんの周りに無数の火の玉が敷き詰められていった。

「――『不知火』!!」

 そしてフェンネルさんの声を合図に火の玉一つ一つから紅い光の柱がそそり立ち、向かいの火の玉から伸びた光と繋がっていく。無数の紅い柱に囲まれてゼキュリーゼさんがカゴに覆われたような状態になった瞬間、カゴの内側の空間が赤く染まった。

『ガアアアアアアアアッ!?!?』

 ノクターンモードでなくても何が起きているかはわかったと思うが、ノクターンモードだからこそどれだけ異常な事が起きているかが理解できた。ヴィルード火山という土地で暮らし、火の魔法を操るゼキュリーゼさんがのたうち回るほどの超高温。身体の表面は黒く焦げて剥がれ、そのまた内側が焦げて剥がれる。ボロボロと分解されていく身体を振り回し、そこから脱出しようとするもそそり立った紅い柱はそれ以上の高温で触れた箇所が瞬時に炭と化す。

『ガ――アアア……ア……』

 閉じ込めたモノを完全完璧に焼き尽くす結界の中、再生能力が熱のダメージに追い付かず、ゼキュリーゼさんの身体が黒く、小さくなっていく。

「――『解』っ!」

 フェンネルさんが手を鳴らすと紅い柱が消え、無数の火の玉が今度は結合していって見る見るうちにその数を減らし、最初の四つに戻るとあっさりと吹き消えた。

『フェ……フェンネル……ガァ……ルアアア……』

 もはや元の姿がわからなくなるくらいに焼かれた身体を震わせるゼキュリーゼさん。その見るも無残な状態も勿論なのだが、それが現在進行、凄まじい速度で再生していくのにゾッとする。
 だけど今なら……!
「『アルカト』!」
 オレは準備していた黒い風を飛ばし、ゼキュリーゼさんへぶつける。頭の周りをゆらゆら包んでいる変な炎、それを吹き飛ばすイメージ……!

『――ア、アアアアアアア!!』

 痛みがあるのか、それとも単に強風に対して叫んでいるだけなのかはわからないが、変な炎が小さくなっていくのが見える。もう少し……これで――!!

『ガアッ!!』

 変な炎が吹き消えると同時に短く吠えたゼキュリーゼさんは、既に大半が再生し切った身体を揺らし、そのまま受け身も取らずに地面へ倒れた。

『うおお? なんだったんだ今の風は……ゼキュリーゼの奴があっさり気絶したぞ。』
「ふぅ……理屈は僕にもよくわからないけど、なんとかなったようだ。」
『いやそうだが……というかフェンネルよ、えげつない魔法を使ったな。ゼキュリーゼを焼くと来たもんだ。』
「全力で殴ってたお前に言われたくないな。とりあえず……周りで気絶している者も含めて全員を安静させよう。」

 こっちを向いてグッと親指を立てたフェンネルさんに手を振り、オレはため息をついた。
「すごいわロイドくん、ゼキュリーゼを怒らせてた魔法を吹き飛ばしたのね? どういう仕組み? それって機動鎧装に応用出来たりしないかしら?」
 オレの手をとってニギニギしてくるロゼさん……!
「ロイドの風もすごいけど、師匠の魔法もなんかやばかったねー。ちょっとグロかったしー。」
「……あたしやあんたが使う炎や熱とは比べ物にならない高温――いえ、ローゼルの氷みたいに、言うなれば「魔法の炎」って感じかしら……」
「わたしとしてはあんなモノを受けたというのにもう完全に再生してしまったゼキュリーゼに驚きだが……」
 ローゼルさんが何とも言えない顔でガガスチムさんが運ぶゼキュリーゼさんを眺める。あの変な炎を消した影響なのか気を失ったゼキュリーゼさんなのだが、身体の再生の方は止まることなく行われ、気づけば完治してしまっていた。
「ふぅむ、あれがトップクラスの魔法生物の実力というか能力なのだと思うと、騎士として討伐の仕事を受ける時は気を引き締めなければならないな。」
「ゼキュリーゼみたいなのは一握りだと思うわよー?」
 そう呟きながら身体検査をするように全身をペタペタするロゼさんにドギマギしていると、リリーちゃんがギュバッとオレを抱き寄せぇぇっ!
「えへへ、ロイくんてばカッコイイんだからぁ……んー……」
「リリーひゃん!!?」
「こ、こんな時に何やってんのよ!」
 唇を近づけるリリーちゃんにハイキックを繰り出すエリル。毎度のことながらリリーちゃんがそれをさらりとかわし、エリルはオレのほっぺをつねりながらムスッとする。
「と、とりあえず暴走してこっちにきた魔法生物は全員倒したけど、あと何が残ってんのかしら!!」
『よし、現状を整理しよう。』
 機動鎧装に乗ったままのカラードが、器用に機動鎧装で考えるポーズをとる。
『ワルプルガで起きた事件、身代わり水晶の誤動作からの策略で怒りを爆発させたゼキュリーゼさんと、それを引き金に発動したと思われる怒りを引き出す魔法によって暴走を始めた魔法生物たち。謀略の実行犯である男――インヘラーと言ったか? そいつはクォーツさんが倒してそこに転がっている。怒れるゼキュリーゼさんはたった今気絶させ、暴走した魔法生物たちは……少なくとも街を目指して進軍していた者たちはこの壁で足止めしていくらかをおれたちが倒し、ゼキュリーゼさんとガガスチムさん、フェンネルさんの戦いの余波で残りが気絶……この壁に集まる魔法生物の数が減っていった事から他の場所でも騎士や正気の魔法生物たちが奮闘してくれているとするならば、一先ずの一段落というところか。』
「ああ……他の場所で奮闘っていうのは正解だぞ、カラード。」
 オレは耳を澄ますようにここではない場所へと感覚を集中させる。
「ノクターンモードになって気づいたんだが、ここ以外にも戦闘の気配がある。スタジアムもそうだし、あっちとかそっちとか……どの場所も段々と……こう、マナの動きというか魔法の流れが収まっていっているから、たぶん決着がつきつつある。」
「すごいわね! ここからスタジアムの状況までわかるの!?」
「おかーさんてばもー。」
 キラキラの瞳でズズイと近づくロゼさんをアンジュが引っ張って止める。
「な、なんというか……ゼキュリーゼさんが気絶した瞬間から一気に……ヴィルード火山から温度? みたいな何かが引いていくような感じだ。」
『ふむ。例の怒らせる魔法はゼキュリーゼさんを引き金ではなく依代にしていたのかもしれないな。ちなみにロイド、軍の動きは知覚できるか?』
「あー……ああ、だいぶ近くまで来ているみたいだ。」
「け、結局……軍が到着、する前に……終わっちゃったね……」
「だな。ロイドの話の通りならこの後は戦いが収まってくだけだし、これじゃあ後片付けを任せるだけだぜ。」
 現状を把握し、この騒ぎが終わりつつある事に全員がホッとした……その瞬間、オレはノクターンモードで強化された五感にピリッとした何かを感じ取った。
「……?」
 それを感じた方を見ると、ストカが「うへぇ」という顔で同じ方を見ていた。
「ストカ?」
「ロイドも感じたか? さっきのゼキュリーゼってのとはまた違う方向にやばそうなのがこっちに来んぞ。」
 気絶した仲間たちを運んで平らな地面に移動させていたガガスチムさんもその手を止めて同じ方を睨んでいる。
 魔法的な感覚。マナや魔力というモノを知覚できる感覚器を持っている者がそろって異質な何かを感じ取ったその方向に、やがて一体の魔法生物が現れた。

『さっきも似たような事をここで呟いた気がするが……なんだ、これは。』

 三メートルほどの巨体でノシノシと歩いてきたのは二足歩行のトカゲ。巨大な剣を右腕でずるずると引きずり、何故か左腕がなくなっているのはヴィルード火山における魔法生物の序列三番目――クロドラドさんだった。
『そうか、ゼキュリーゼが……通りで……』
『クロドラド……今までどこに行っていたと言いたいところだが――お前、それはなんだ……』
 ガガスチムさんが――ゼキュリーゼさんとの戦いの中でも割と余裕を見せていたガガスチムさんが、その表情を険しいモノにしてクロドラドさんの右手を指差した。見ると引きずっている大剣と一緒に何か……小動物のような生き物を持っている。
『同胞をそれとはヒドイな、ガガスチム。デモニデアだよ。』
 言いながらポイッとその生き物を放り投げるクロドラドさん。咄嗟に反応したフェンネルさんがそれを受け止めた。
「! ひどいケガだ! 誰か、治療系の魔法を――」
「あ、あたしが、やります……!」
 手を挙げたティアナのもとにフェンネルさんが運んだその小動物は……クロドラドさんと比較したからそう見えたけど実際には五、六十センチくらいの大きさで、表現するなら丸い猫。とても触り心地のよさそうなモコモコした可愛らしい生き物なのだが、今はお腹に大きな傷を受けてか細く息をしていた。
「こいつはデモニデア。ヴィルード火山で最も魔法の扱いに長けた奴だけど、ガガスチムたちみたいに特異だったり強靭だったりする身体じゃないし、再生能力も高くない。正直この傷は致命傷レベルなんだけど……なんとかなるかい? 身体の構造はまんま猫だと考えてもらっていいと思う。」
「わ、わかりました。やってみます……!」
 デモニデア……確か序列二番目の魔法生物。クロドラドさんやゼキュリーゼさんより強いという話だったが……
『デモニデアをあんなんにしたのは……お前なのか?』
『ふふ、この状況で「そうじゃない」という答えを期待しているのか? 全くお前という奴――』
 クロドラドさんが言い切る前に炎の噴射で飛び出したガガスチムさんがその拳を打ち込まんとした瞬間、クロドラドさんが大剣を盾のように前に出した。
『!!!』
 その瞬間、ガガスチムさんは腕の向きを変えて逆噴射を行い、クロドラドさんの手前数メートルで急停止する。そして大剣を……その腹の部分に装飾のようにはめ込まれた――いや、なんと表現すればいいのか、水に浮かぶように顔を出している宝石のようなモノを睨みつけた。
『煌天石だと……どういうことだ、クロドラド!』
 こうてんせき……ああ、煌天石。確か火の魔法に反応して爆発する石だ。見た目が宝石だから魔法系のアイテムの管理が行き届いていない国とかだと間違って使われたりして事故が起きるっていう……フェルブランドじゃ持っているだけで犯罪だったはずだ。
 そういえばあれは火山で採れるって話だったな……ヴィルード火山みたいに魔法的に特殊な土地だと、もしかしたら通常の何倍もの威力をもった煌天石が採れるんじゃ……
『いやな、同胞の進軍がどうなったかと見に来てみれば、あの壁だろう? 簡単には崩せそうになかったし、後の事も考えてこれを採りに行ったらデモニデアにばったりだ。さすがヴィルード一の魔法使いだな。私の魔法発動と同時に自身に対抗魔法をかけ、魔法の中に私の気配を読み取った彼女は万一に備えてあの場所で待ち構えていたというわけだ。いやはや、恐れ入る。』
 やれやれと、余裕があるというよりはどこか吹っ切れたような雰囲気のクロドラドさんをわなわなと震えながら睨みつけるガガスチムさん。
『つまりお前は――お前が……そういうことなのか……?』
『ふふ、どうしたガガスチム。もったいぶった言い方をするじゃないか。』
 乾いた笑いをこぼし、クロドラドさんはオレたちの方を見る。
『……怒り狂ったゼキュリーゼを止められる者は……いや、正確に言うなら殺さずに無力化できる者は存在しないと思い、あいつを起点に魔法を展開した。事実、ガガスチムとフェンネルが二人がかりでようやく抑えられるという状態だったのだから読み通りなわけだが……ふ、最初に見た時から何かしでかすのではないかと思っていたイレギュラーが案の定だ。人間の街を蹂躙するはずの同胞たちを強固な壁で足止めし、あまつさえ……ゼキュリーゼを止めたのもお前たちなのだろう? フェンネルの弟子たちよ。』
 恨みや怒りのようなモノは一切なく、ただただ呆れるような視線をオレたちに向けるクロドラドさん。

 もはや自白も同然。全てが一段落し、残すはインヘラーに仕事を依頼した黒幕のみというこの状況にふらりと現れ、そして語ったのは企みの失敗談。
 そう……今回の事件の黒幕は――クロドラドさんだ……!

『これでも参謀と呼ばれているのだが、こうも尽くに失敗すると自信を無くす。だが……まだチャンスはある。』
 手にした大剣を肩に乗せ、壁の向こう――街の方を眺める。
『当初の目標は未達だが、同胞がスタジアムにいた貴族たちに恐怖を与え、街へ進軍した事は変わらぬ事実。今のままではただ扇動されただけで片付いてしまうが、街に実害が出れば話は変わる。』
 クロドラドさんがそう言うと肩に乗った大剣がドロリと溶け、内側から大きなオレンジ色の宝石――煌天石が出てきた。さっき剣の腹に出ていた分は氷山の一角だったらしく、その大きさは大剣の厚さに対して収まるはずのない……い、いやというか……あんなに大きな煌天石……!?
『例えば、この国の首都が消えてなくなるような事があれば、事実が扇動であれ、私たちに対する敵意は最大となるだろう。後の事を考えれば最良とは言えないが、まぁ目的に対しての及第点には至るだろうよ。』
「正気かクロドラド! その大きさの煌天石が爆発したら首都どころの話じゃないぞ!」
『ふっふっふ、盛り上がるだろう? お前も元はあちこちで人間を守っていた騎士だったんだろう、フェンネル。久しぶりの大仕事になりそうだな?』
 巨大な煌天石が再び大剣の中に飲み込まれ、そうなるのと同時に大剣の表面がオレンジ色の宝石――煌天石でまるでウロコにように覆われていく。
『さて、私にすれば追い詰められた故の最終手段であり、壁を越えて街へ行くにはお前たちを倒さなければならないわけだが……お前たちからすれば今回の騒動の最終局面だろう? 最後の戦い――というわけだ!』
 直後、目にも止まらぬ速度で振り下ろされる大剣。缶切りというか栓抜きというか、歪な形をしている故にいくつもある刃先から高温の斬撃が無数に放たれ、その全てがオレたちの方に――
「――!! 『ゲネラルパウゼ』っ!!!」
 手を叩いて剣を増やす暇もなく、オレはマトリアさんの双剣を投げ、それに大量の「闇」をまとわせて巨大な盾にし、壁の前の地面に突き立てた。「闇」の向こうで無数の爆発が起き、爆風が吹き荒れる。
『ほう、妙な力を使う……それは……弾いたのか? もしやそれでゼキュリーゼを?』
 吸血鬼の「闇」は魔法を弾き、クロドラドさんの今の攻撃はどう考えたって魔法のそれ。元々触れたら爆発する攻撃だったのだろう、弾かれても起爆したわけだがその衝撃はオレたちや壁には届かなかった。
 交流祭でマーガレットさんの雷を弾いた時は電気としての性質である痺れとか熱とかは弾けても勢いまでは殺せなかったのだが、今の爆発は完全に防御できたようだ。
 どうにも境目が分かりにくいが、魔法が放たれた瞬間に与えられた運動エネルギーだけが対象外という事なのだろうか?
 それとも……これも魔法のようにイメージの影響を受けるのだろうか。
「――いきなりアンジュたちを狙ったのは許せないが……今の攻撃! どうかしているぞクロドラド! 煌天石で覆った大剣から火の魔法を放つなんて一歩間違えれば自殺行為だ!』
『それがそうでもないし、これはお前たちに対する有効な防御手段だよ。』
 オレンジ色に染まった剣を眺めながら笑うクロドラドさん。
『この場でハッキリしている事として、私は我々の頂点であるガガスチムと人間側のトップと言っても過言ではないフェンネルを倒さなければならないが、幸い共に火の魔法を使う。こうして煌天石を盾とすればお前たちの魔法を封じる事ができるわけだ。』
「――っ……確かに僕はそうだろうが、ガガスチムは火の魔法を加速の為に使っているから関係ないだろ!」
『ふん、そこが人間の目の限界だな。ここで採れた煌天石が強大な力を秘めているのと同じ理屈で、我々の身体も他の場所で生活している同種の者より火の魔力との親和性が高い。結果、この身体は周囲に漂う火の魔力を常に鎧のようにまとっているのだ。座って葉巻をふかしている分には問題ないが、戦闘ともなればその密度は高まり、煌天石が反応するレベルにまで達する。さっきガガスチムが手を止めたのもそういう理由だ。』
 フェンネルさんは炎をまとった足技主体で、ガガスチムさんも今の話の通りなら魔法を使わなくても反応してしまう。煌天石はネックレスとして首にぶら下げる程度の大きさでも身体の半分を消し飛ばす威力があるというし、それで覆われた大剣に向かっていくというのは危険すぎる……!
『……フェンネル、ここから先はわしに任せろ。』
「! 何を言ってるガガ――」
 顔を向けたフェンネルさんが息を飲む。ワルプルガで行われた数々の勝負を常に「バッハッハ」と笑って楽しんでいたガガスチムさんは、豪快な笑みを浮かべていた顔に静かな怒りを孕む険しい表情を刻み込み、その身体を黒いアーマーで覆い始めた。
『フェンネルの弟子たちも退いてくれ。身内の不始末は身内でつける。』
「い、いや待てガガスチム! いくらお前でも煌天石の爆発は――」
『悪いな、もはやそういう問題ではない。わしには長としてつけなければならないケジメがあるのだ。それに……一方的にやられる気はない。』
 ワルプルガで戦った時もこんな風だった……いや、きっとあの時以上なのだろう。ノクターンモードになったオレの目に見えるのは黒いアーマーをまとったガガスチムさんの周囲を覆う濃密な火の魔力と、拳に集まる土の魔力。重々しい金属の塊が拳を覆っていく。
『そもそも……クロドラド、それが起爆したらお前もただでは済まないぞ。』
『敵の心配とは余裕だな。』
『どうやら片腕がないようだからな。デモニデアか?』
『いや、ただの事故だ。』
 軽い会話をしているように聞こえるが、全身を漆黒の鎧で覆って拳を構える者と片腕ながらも凄まじい剣気を放ちながら隙なく構える者の睨み合いで空気はズシリと重くなっていった。
「みんな、衝撃に備えるんだ。」
 そんな中にふと聞こえた声に空を見上げるとフェンネルさんが近づいてきていて、そのまま壁の上に着地した。
「ロイドくんが作った盾の裏に。奥様も何かにつかまって……」
「あ、あのフェンネルさん、ガガスチムさんは大丈夫でしょうか……」
 オレがそう聞くと、フェンネルさんは苦い顔で答えた。
「大丈夫……ではないかな。あいつ、あの様子だと相討ち覚悟だろうから……」
「相討ち!? そんな、煌天石の爆発をまともに受けたら――」
「うん……頑丈なガガスチムでもかなりまずい。それに奥の手とはいえクロドラドがあんな危険なモノをそのまま使うとは思えないし、あの左腕も変だ。」
「変……?」
「どうしてああなったのかわからないけど、クロドラドにだって再生能力はあるのに腕は無いまま……正直まだ何かしらの隠し玉を持っている気がしてならないよ。けれど……ったく、普段は面倒そうにしてるくせにこんな時ばっかりカッコつけて……長としてのケジメとか言われたら止められないじゃないか……!」
 苦い顔に悔しさが混ざった顔でガガスチムさんを見るフェンネルさんだったが、その肩をポンポンとロゼさんが軽く叩いた。
「確かに厳しい状況だわ。もうちょっとで来る我が国の軍も相手があれじゃあどうしようもないでしょうね。だけど……もしもガガスチムが負けたとしてもクロドラドが無傷って事はないはずで、隠し玉ならこっちにもまだあるのよ、フェンネル。」
「!? それは一体……」
「私、あなたがここに来るちょっと前からここにいて、愛娘たちの奮闘を見ていたの。私は戦いの素人だけど、今ここにある力で何ができるのかを考える事はできるわ。」
 フェンネルさん同様に全員が余裕のない表情でいる中、ロゼさんはニッコリとした笑顔をオレたちに向けた。
「ほらほら騎士の卵たち、あなたたちの出番がまた来るかもしれないのだから、戦う相手の動きをちゃんと見ておかなきゃダメよー? とりあえず深呼吸でもしたらいーわー。」
 迫りくる魔法生物の大群を止め、暴れるゼキュリーゼさんを倒し、一段落したところに黒幕であるクロドラドさんの登場。ホッとしたところにやってきた更なる緊張と積み重なった疲労でこわばっていたオレたちはロゼさんの言葉を受け……まずは深呼吸をし、そして目の前で始まろうとしている一つの戦いに目を向けた。
『……答えるつもりがあればだが……何故こんな事をした、クロドラド。』
『何故、か……キッカケはちょっとした偶然というか運命というか、言い繕えばこの先にあり得る不幸から同胞を救う為とでもなるんだろうが……ハッキリ言うなら個人的な感情の、衛生上の問題だ。別にお前やデモニデア、ゼキュリーゼが嫌いだからとかそういう理由じゃないという事だけは断言しておこう。』
『そうか。』
 ググッと引いた拳に力をためていくガガスチムさんに対し、クロドラドさんは……さっきまでのどこか吹っ切れたような呆れたような感じではない、真剣な表情になる。
『……今一度確認の為に言うが……これは煌天石だぞ、ガガスチム。』
『わかっている。だがそれは火の魔力に反応して爆発するというだけでこちらの攻撃を吸収するわけではないからな。多少なりとも爆発の威力で勢いを殺されるだろうが、それでもお前を殴り抜いてみせる。』
『……覚悟の上か……』
『いくぞクロドラドッ!!!』
 爆炎が噴き出し、一直線にクロドラドさんの方へ突撃――するかと思いきや、ガガスチムさんは真上に飛び上がった。一瞬でその巨体が点になるほどの高度に上がったガガスチムさんは、肘からの爆炎でコマのように回転し始めた。
 例えるなら、エリルのようなとんでもパワーにオレの回転剣みたいに遠心力を上乗せしているような状態。ただでさえすごい威力だったガガスチムさんの一撃が更に強力になっていく……!!
『わしからの全力の仕置きだ! 噛み締めろよっ!!』
 炎の竜巻と化したガガスチムさんが龍のように空でうねり、爆炎と重力の力で急降下を始める。渦巻く炎の嵐が空間を熱しながら赤色に染めていき、それに比例して気温が高まり風が吹き荒れる。そして――

『ボンバアァァァァッ!!!!』

 正面の空気を爆散させながら放たれた拳は堂々たる真正面からの一撃。煌天石などおかまいなしに炎をまとって迫る強大な力を前にオレは――オレの強化された五感は信じられないモノを捉えた。

『残念だよ、ガガスチム。』

 拳に合わせて盾のように前に出される煌天石で覆われた大剣。それを支えるのは右腕のみだったのだが――直前、クロドラドさんの元々のそれとは全く異なる左腕が一瞬で生えてきた。

 ドゴオォォンッ!!!

 防衛戦が始まってから何度かとんでもない爆音や衝撃波が走ったけど、今日一番の轟音を響かせたその一撃に対し、当然の事ながら今日一番の衝撃が来ると全員が身構えたのだが――
「…………おい、なんか変じゃねーか?」
 その巨体を頑張って小さくしているアレクが怪訝な声で呟く。
 そう、変だ。音はしたのにいつまでたっても衝撃が……爆風すら来ない。大轟音の割に何も起きないのだ。
「!! ど、どういう事だこれは……!!」
 いち早く立ち上がったフェンネルさんが信じられないという顔をした。その視線の先、ぶつかったガガスチムさんとクロドラドさんの方を見て、オレもまた目を丸くした。

『――っ、ぐぁ……ふ、ふふふ、さすがだなガガスチム……これで死なないとは、お前の頑丈さには呆れるよ。』

 表面から黒煙をふき出す大剣に体重を預け、なんとか片膝立ちしているクロドラドさんの右腕と両脚にはまるで内側から破裂したかのような傷がいくつもあって……そして何よりも目を奪う禍々しい左腕が凶悪な気配を――い、いや、それよりもガガスチムさんが……!!

『おま……え……それは、一体……』

 クロドラドさんの正面、黒煙と砂塵が舞う場所に浮かび上がるシルエット。その巨体は間違いなくガガスチムさんなのだが――
「ガガスチムーっ!!!」
 フェンネルさんの叫び声が響き渡る。
 漆黒のアーマーは残さず消し飛び、それでもなお頑丈だった肉体はあちこちがえぐれて場所によっては炭と化した骨が突き出している。そしてパンチを打ち込んだ右腕に至っては何がどうなっているのかわからないくらいにグチャグチャになって……!!
『ふふ、フェンネルの弟子のように私にとってマイナスのイレギュラーがいたかと思えば、いきなり現れてこっちの左腕を奪ってこんなお土産を置いて行ったある意味プラスのイレギュラーもいたのさ。』
 ガガスチムさんに比べれば軽傷だがそれでも満身創痍と言えるだろう身体で立ち上がったクロドラドさんは、動きを確認するかのように禍々しい左腕を振る。
『人間が我らのようになろうと思って作り出した、魔法適正を持つ人工の生体部品。所詮真似事かと思いきや一つ一つに異なった特性があり、場合によっては我らの能力を上回るのだそうだ。』
 !? 魔法適正を持った生体部品……それって……!
『あの化け物は確か……そう、これをツァラトゥストラと呼んでいた。』
 ツァラトゥストラ……! ついこの間フェルブランドを襲った反政府組織オズマンドが使っていたあの……あれがどうしてクロドラドさんのもとに……!?
『この腕は特に魔法の制御に関して絶大な力を発揮してな。デモニデアにも勝てたのも、お前の渾身の一撃を前にこうして立っていられるのもこれのおかげだ。』
 覆っていた煌天石が全て爆発したのか、元の表面に戻った大剣を肩に乗せるクロドラドさん。
『煌天石が引き起こす爆発――火の魔力に反応して起きるそれは当然ながら魔法的な現象だ。よって、お前の炎を受けて炸裂した煌天石のエネルギーの全てを……本来なら私を巻き込んで爆散する破壊力の全てをお前に集中させた。結果、お前の一撃を相殺しつつ瀕死の状態まで追い込むことができたわけだ。まぁ、相殺し切るのに必要なエネルギーが予想以上だったせいで剣を支えた私の身体はあちこち破裂したわけだからさすがの一撃というところだな。』
『……く、はは……まったく、とんでもない奥の手を……この野郎め……』
 一撃のみの勝負の終わり、嬉しそうな顔では決してないクロドラドさんは痛々しい姿となってもなおニヤリと笑ったガガスチムさんがゆっくりと倒れるのを見つめ……オレたちの方へと視線を移した。
『ガガスチムもなかなかの再生能力だからな、その内復活するだろうが……その頃には全てが終わっているだろう。残るはお前たちだけだが……ヤル気か?』
 クロドラドさんがそう聞いたのは、ガガスチムさんの敗北もそうだがツァラトゥストラの登場に頭が追い付いていないオレたちの中でロゼさんが腕組み仁王立ちしているからだ。
「さすがガガスチムね、いい仕事をしたわ。そっちの切り札を引っ張り出し、その能力も明らかになった今、私は確信を得たわ。あなたこそヤル気なの、クロドラド。」
『お前は……フェンネルのところの奥さんとかだったか。確かただの学者だろう? 随分と場違いじゃないか。』
「ちょっと、それじゃあ私がフェンネルの妻みたいじゃない。正しくはフェンネルが仕えるカンパニュラ家当主、カベルネ・カンパニュラの奥様よ。」
『どうでもいい。そこの……機械の塊はまぁよくできていると思うが、今の攻防に参戦できるほどのモノなのか?』
「組み合わせ次第ね。ところでもう一度聞くけど、ヤル気なの、クロドラド。見たところあなたたち自慢の再生能力が発動してないみたいだけど?」
 ロゼさんの言葉でハッとする。煌天石の爆発の衝撃を、直接ではないにせよその一部を支えた事で負傷した四肢の傷がそのままになっている。
「ツァラトゥストラ――研究所内でも話題になったわ。それを身体に埋め込んだ悪党が増えてるらしいってね。私はそっち系の専門じゃないけど簡単に予想できるわ。元々魔法適正の高い身体を持ってるあなたがそんな外部で作られた部品を、しかも人間用のモノを取り込んだりしたら齟齬が生じて当たり前よ。」
『……そのようだな。だがそれがどうした。』
 肩に乗った大剣が再び煌天石のウロコに覆われる。
『再生能力はなく、傷も負っている。だが煌天石の莫大なエネルギーとそれを制御する術を持つ私にお前たちが勝てるとでも思っているのか? 塵も残さず消し飛ぶぞ。』
「どうかしら?」
 ふふんと笑ったロゼさんはポンポンとオレの肩を叩いてこう言った。

「今のロイドくんみたいに、その黒い霧でここにいる全員を覆う事はできる?」

 黒い霧……「闇」をみんなに……みんなに?
「できれば機動鎧装にもね。」
「は、はい、やってみま――」
 言われるままにやってみようとしたその時、オレはロゼさんの狙いを理解した。
「――! 了解です!」
 オレは――そういえばどこから湧いて出ているのかわからないけど、「闇」を放出して全員を黒い渦で包み込む。
「ちょ、ロイド、何よこれ……」
「ちょっとだけじっとしていてくれ。すぐ終わるから。」
『……? 何か企んでいるようだが……それを待つほど余裕もないんでな。』
 大剣を覆う煌天石を一枚剥ぎ取り、禍々しい左腕で握ってグッと拳を引いたクロドラドさんは――
『これで消えろ。』
 その拳に炎をまとわせたかと思うと左腕を前に突き出して手を開いた。そこから放たれたのは極太のビームで、オレは再度『ゲネラルパウゼ』で防御しようとしたのだが――
『むんっ!』
 黒い渦から飛び出し、オレたちがいる壁を背に前に出た機動鎧装――カラードが腕をクロスさせてその攻撃を受け止める。おそらく煌天石のエネルギーを制御して一直線に放ったのだろうその一撃は――
『はぁっ!!』
 カラードの機動鎧装が両腕を開くと共にはじき返され、幾筋にも分裂したビームは四方八方に散った。
『なんだと……』
 攻撃が弾かれたのを見てか、それともそれを成したカラードの機動鎧装の変化を見てか、クロドラドさんは目を見開いた。
「ふぅ、助かったぞカラード。やっぱり表面が平らな方が「闇」をまとわせやすいみたいだ。」
『ふむ、受けた衝撃は極軽微……なるほど、これが弾くという事なのか。』
 それはガガスチムさんのような漆黒の鎧。シルエットはそのままに色だけが真っ黒に染まった機動鎧装でグルグルと腕を回すカラード。そして――
「……あたしこんな真っ黒な服着た事ないわ……」
 武器や鎧のように硬くて平らなモノと比べると布や皮膚のように柔らかいモノに「闇」をまとわせるのは少し難しく、それゆえに機動鎧装より時間がかかったが……準備の整ったみんなが姿を見せる。
「ふむ、これといって重さも感触もないのだな、「闇」というのは。」
「だ、だけど真っ黒……な、なんだかす、すごく高貴な人……みたいだよ……」
「これってもしかしてロイドの趣味なのー?」
「しゅ、趣味じゃないです!」
 オレがやったのはみんなに「闇」をまとわせる事で、即ちノクターンモードのように服を黒く染め上げる事だ。加えて露出してしまう四肢の肌も「闇」で覆うようにした結果、黒く染まったセイリオスの制服に加えて……こう、パーティーとかでドレスを着たご婦人がするような肘の上まである真っ黒な手袋と、ローゼルさんが身につけているような黒いススス、ストッキングを身につけたような外見になっていた。
「うお、ここまで全員真っ黒だと葬式みてーだな。」
 ちなみにアレクはズボンだから黒い手袋を追加しただけのようになっているのだが……服だけではなく全員の武器も黒くなっているので本当に真っ黒で……確かにお葬式みたいだ……
『縁起でもない事を言うなアレク。それに『コンダクター』たるロイドが率いるのだから、我らは差し詰め楽団……オーケストラというところだろう。』
 オーケストラ……オーケストラか。それはカッコイイな。
「あら? でもロイドくん、これだと顔は無防備って事になるのかしら? 私も目出し帽姿の愛娘は見たくないけれど……」
 ロゼさんの当然の疑問にオレはドキリとする。
「え、えぇっと……す、すみません、兜とかをかぶるならイメージしやすかったんですけど……そうでないと今ロゼさんが言ったような状態しかイメージできなくて……そ、そんなアレをみんなには……あ、あの、こんな時に何を言っているのかって感じですけどあの……」
 本当に、我ながらこんな時にまで何を考えているんだと思うがどうしても――
「ダ、ダサい気がしてできませんでした……!」
 オレの答えにキョトンとしたロゼさんは……しかし怒るわけでもなく、ニッコリ笑ってオレの背中をバシバシ叩いた。
「うふふ、そーよね、むしろ私が意地悪言ったわね! そうよ、カッコよさは大切だわ。すごい技だってイカした技名がついてなきゃ威力も半減ってものよ。」
「ふむふむ、愛する妻を強盗団のような見た目にはしたくなかったというわけだな。」
「ああ、だけどそれ以外は全身がロイくんの「闇」――愛に包まれてる……! やん、もう、ロイくんてば!」
「あんたら――」

「これが奥様の言う隠し玉……」

 未だ戦闘中とはいえピリピリしていた空気が緩んで心が落ち着いた中にトーンの低い声が広がる。
「魔法を弾く……ならば……ならばどうして――ガガスチムに……!!」
 元々全身が黒いから外見的には変わっていないフェンネルさんは、しかし明らかな怒りをあらわにオレを睨みつけたが――
「こら。」
 即座にロゼさんに頭を叩かれた。
「気持ちはわかるけど順番を間違えちゃダメよ、フェンネル。ガガスチムの一撃があったからこそクロドラドが左腕を出し、煌天石の魔法的エネルギーを操るっていう技を見せたの。そしてその技を見たからこそ、最初にクロドラドの攻撃をロイドくんの黒い盾が弾いたのと合わせてこの黒い霧――「闇」なら勝機があると確信したのよ。結果としてはガガスチムに「闇」をまとわせていれば良かったってなってるけど、あなただってクロドラドが隠し玉を持ってるって言ってたでしょ? それを確認する前にこっちのを明らかにするのは愚策よ。」
 戦いに関しては素人だと本人は言っていたけど……そもそもにして科学者であるロゼさんは物事の分析や考察を得意とする人で、その理路整然とした説明にフェンネルさんは……一度深呼吸をした。
「…………すまない、ロイドくん。八つ当たるところだった。」
「い、いえ……」
 八つ当たりも当然というモノ、オレが同じ立場だったらきっと同じ事をしている。
 こういう力を持っているオレ自身が、もっとよく観察して動くべきだったのだ。そうすればガガスチムさんが負ける事もなかったかもしれないのだから……
「! ティアナくん、そういえばデモニデアは……」
 落ち着いた雰囲気に戻ったフェンネルさんがそう聞くと、ティアナは横に寝かせている丸い猫――デモニデアさんのお腹を撫でた。
「傷は塞いで、中の損傷も、なんとか……あとは本人の生命力……に、任せるしか……」
「そうか……いや、処置してくれただけでもありがたいよ。デモニデアは――」
「おいおいお前ら、こっちがのんびりしてっからあっちが準備万端になっちまったぞ。」
 フェンネルさんが何かを言いかけたところで、赤いドレスを黒く染め上げ、手袋とストッキング的なモノのせいで一番パーティー感の強い外見になったストカが指をさす。

『全く、イレギュラー過ぎるのもいい加減にして欲しいものだな……』

 煌天石を使った攻撃が弾かれてから、オレたちが会話している間にクロドラドさんも準備を整えたようで、右手の大剣だけでなく、禍々しい左腕の表面にもオレンジ色のウロコ――煌天石が敷き詰められていた。
『何故今回なのだ? 何故私が行動を起こそうと決めたその時に魔人族だのなんだのがやってきた? 何故このタイミングに……この時に貴様らはっ!!』
 初めて――いや、ようやくと言うべきか。きっと色々な下準備をして起こしただろう今回の計画を端から崩していったオレたちに対し、クロドラドさんは怒りをぶつけた。
「ふふ、あなたたちの間でどう言うか知らないけれど、私たちの間じゃあそういうのを因果応報って言うのよ、クロドラド。悪い事はできないものよねー。」
『悪い事だと……? 内側に悪鬼外道を住まわせる者がほざくな人間っ!』
 そう叫びながら、まるでオレたちに見せるように手にした大剣を地面に突き立てた。
『この剣はかつての同胞が朽ち、成った姿! この方は私に見せてくれたよ……人間の悪逆をなっ! 何を隠そう、この方自身も欲をかいた人間の卑劣な罠にはまり、命を落としたのだ!』
 クロドラドさんの叫びに反応するかのように、煌天石のウロコをまとった大剣はその形を更に禍々しいモノへと変化させていく。
『信じられなかったさ……ヴィルードで共に生きる人間は良きパートナーだったからな。だから私は自分の目で確かめた。外に出て違う土地に生きる同胞たちを尋ね……そしてその旅路で理解した。貴様ら人間は豹変するとな。』
「豹変?」
『そうだっ! 正直言って意味がわからない、どうでもいいような事をキッカケに態度を裏返し、支配する側にまわったなら最後、その振る舞いは外道そのもの! あまつさえ同族を奴隷と呼んで「使う」始末! 持ち前の頭の良さもそっち方向に振るうとあっては持ち腐れだな!』
「ああ……あなたが何を見たのか想像できるわ。その感情も理解できるけど……クロドラド、何を子供みたいな事を言ってるのよ。良い奴もいれば悪い奴もいる。世の中には人間を殺し、その死体を弄ぶ事に快楽を覚えたあなたたちの同胞だっているのよ?」
『そんな事はわかっている! だが知ったのだ! 歩み寄ったパートナーは外道の可能性を秘めている! 何がキッカケで我々が「使われる」側になるか! そんな――そんな生き物だと理解して後、普通に接する事ができると? できるわけがない、こんなくそ忌々しい怪物共と!』
「……あなたそれ、結局随分と個人的な理由になってるわよ……?」
『その通りだ。ガガスチムにも言ったが、これは個人的な問題だ。貴様らは醜い、生かしてはおけない、ただそれだけだ。』
「……その割には、人間の犯罪者の手を借りたりしたわけね。」
『貴様らお得意の「使う」をやっただけだ。この知能を活かしてな。』
「やれやれねー……」
 仁王立ちでクロドラドさんと話していたロゼさんはため息をつきながらくるりとオレたちの方を向いた。
「どんな大義名分が出るかと思ったら、子供の駄々だったっていう……いえ、ある意味いい理由かしらねー。なんにせよ、そうやって暴れてる奴は誰も止められない強大な力を持ってる。なんとかできるのはあなたたちだけ。ヘロヘロでしょうけど、もうひと踏ん張りを……この国の一国民としてお願いするわ。」
 そしてペコリと、ロゼさんは頭を下げた。

「どうか騎士様、私たちの街を救ってください。」

 それはフィリウスとあちこちを旅していた頃、魔法生物の侵攻を何とかして欲しいと頼んでくる人たちの言葉。すっかり頭から抜けかけていたが、今回のワルプルガへの参加はセイリオス学院、一年生の校外実習の一つ、魔法生物討伐体験特別授業。
 ここに来て、最後の最後の大詰めで、正式な依頼が騎士の卵であるオレたちにな