小さな魔女とお菓子な薬
森には、こわい魔女が住んでいて、小さな子どもを食べてしまう。だから、子どもだけで森へ行っては、あぶないのだ。
親は、そう言って子どもをおどかす。
そんな子どもだましを、いつまでも大人は言っている。とうの魔女にしてみれば、めいわくな話だった。
どうして悪者にされなければいけないのか。
悪いイメージだけつけられて、いやな役まわりだ。
森に住む魔女は、かたくるしい言い伝えや、古くさいイメージが大きらいだった。魔女だから、という決めつけが、大きらいだった。
でも、そのお話のおかげで、しずかに森でくらせるのは、うれしいことだった。うるさい子どもはいない。
これはこれで、いいものだ。
どこからか、小さな子どもの泣き声が聞こえてきた。これは、赤んぼうの声だ。
声のするほうへ、ほうきを飛ばしていく。
花のさく野原に、赤んぼうをねかせたバスケットがおいてある。顔をまっ赤にして、泣きさけんでいる。
魔女は、うるさいのは、きらいだった。でも、ほうっておくわけにもいかない。
野原におり立つと、赤んぼうは泣くのをやめた。大きな青い目が、じっと魔女を見つめている。
よく晴れた、春の空のような色だと思った。やわらかな、赤がまじる金色の髪も気にいった。
バスケットの毛布がゆれた。中から、小さな黒ねこの赤ちゃんと、ふわふわの毛のヒナが顔を見せた。
魔女はバスケットをだきあげて、やさしく笑った。
「お前たちの名は、ノノハナ、ネコ、カラスよ」
*
草をつみながら、おとぎ話を語るように、魔女は昔話をする。ノノハナを拾った時のことだ。
「あんたは小さなバスケットにいれられて、ビービーやかましく泣く赤んぼうだった。バスケットには毛布と、赤ちゃんのネコとヒナのカラスがいたのよ。まるで、きょうだいみたいにね」
魔法に使う薬がたりなくなると、魔女はノノハナをつれて、薬草をとりに野原へ引っぱっていく。
「あんたがいたのは、ここよ」
魔女は原っぱを指さして、いつも楽しそうに話す。だから、ノノハナという名前にしたのだと言う。
野の花畑で拾ったからノノハナだなんて、あっさりしすぎている。いっしょに拾われたネコやカラスなんて、そのままの名前だ。
おしゃれには人一倍気をくばるくせに、魔女にはネーミングセンスがないようだ。
いろいろ思っても口には出さず、ノノハナはせっせと薬草をさがす。
「ノノハナ、何歳になったの?」
魔女に聞かれて「十二です」と答えた。
「もう十二年も前になるのねぇ。それにしても、あいかわらず小さいままね」
ノノハナは背がひくい。今年で十二歳になるが、いつも二つか三つ年下に見られてしまう。
ほうきに寝そべるようにもたれ、空中をふわふわ浮きながら、魔女は楽しそうにながめている。
「師匠。昔話はいいですから、手伝ってくださいよ」
「あら。物語は大切なのよ」
「あたしばっかり働いているじゃないですか」
「これも修行よ。がんばってね」
魔女は、見るからにやる気のない格好だ。ひらひらしたドレスみたいな、きれいな服を着て、爪はごてごてに飾りつけている。
なんで自分は魔女に拾われてしまったのだろう。ノノハナはつくづくと思う。弟子というより、べんりな雑用係に使われている。
そばでは、黒ねこがトンボを追いかけて走っていた。白いじゅうたんのような花畑の中を、はねまわって遊んでいる。
カラスはどこへ行ったのか姿が見えない。どこかで虫をとって食べているのか、大好きな光りものを探しに行ったのか。
ノノハナは、気楽な一匹と一羽がうらやましかった。
「あたしは本当は、どこかの国の王女さまで、悪い魔女にさらわれたんじゃないのかしら」
「鏡を見てみろ。おまえが王女さまって顔かよ」
顔をあげると、黒いつばさを広げて飛んでいるカラスが、ノノハナを見おろしていた。
「よそ見するんじゃない」
くちばしで頭をコツンとつつかれて、ノノハナはムッとした。
「また失敗して、魔女に大目玉食らいたいのか」
ノノハナはなにも言い返せない。しぶしぶという感じで、お玉でなべの中の薬をかきまぜた。
以前も、自分のよそ見と不注意のせいで、しゃっくりをとめる薬を作ろうとして、くしゃみがとまらなくなる薬を作ってしまったことがある。ほかにもあるのだが、言い出したらきりがない。
できた薬の実験台にされるカラスにとっても、めいわくな話だ。それさえなければ、ノノハナがどんなに失敗しようが笑っているだけにちがいない。
ノノハナが薬作りに集中しはじめると、カラスは安心したように自分の場所へもどって羽を休めた。天井から縄でつるした止まり木は、カラスのお気にいりだ。
「今度は、なにを作ってるんだ?」
「小さくなる薬よ」
スプーンで薬をはかりながら、むっすりした顔でノノハナは答えた。カラスのえらそうな態度を見ていると、わざと変な薬を作ってやりたくなった。
ふいに台所のほうから、さけび声が聞こえてきた。
ノノハナはおどろいて、スプーンを落としかけた。
「なに? またネコなの?」
目をらんらんと光らせて、ネコがノノハナたちのいるところへかけこんできた。ネコはまっすぐに、カラスの休む止まり木の下へすっとんでいく。
「カラス! てめえっ、オレのめし食いやがったな!」
カラスは止まり木の上で、そっぽを向いて知らんぷりをしている。
「なにを言ってるんだか、さっぱり分からないね」
「このクソガラス!」
「あほネコにクソなんて言われたくないね」
「おりてこい! そのくちばしを、へしおってやる」
「やだね」
「ニギャーー」
ネコがわめいても、カラスは小バカにして笑っている。ネコは必死でとびあがるが、カラスのところまで届かない。
カラスは、あきらかにネコをからかって遊んでいる。
ノノハナは「毎回よくやるわ」と、あきれた。じゃれている二人のことは、ほうっておくにかぎる。
カラスに向かってしきりにとびはねた後、ネコは近くの戸だなに登りはじめた。戸だなのてっぺんまで来ると、止まり木にいるカラスに向かって、とびかかった。
すんでのところで身をかわし、空中でばたばた羽ばたきながら、カラスはくちばしの先で笑ったように見えた。
それがさらにネコを怒らせる。
止まり木の上で身がまえ、ネコは空にいるカラスにとびかかった。カラスは、ネコの体当たりをくらう。一匹と一羽はもみくちゃになりながら下へ落ちていく。
なんとネコとカラスは、作りかけの薬のなべへ落ちてしまった。
どろどろの液体をあたりに飛びちらし、なべが床をころがっていく。中にはネコとカラスがはいったままだ。
ノノハナの努力は、ぜんぶパアだ。ほかの薬草や粉もいっしょにぐちゃぐちゃになりながら、なべはのろのろと床をまわっている。
ノノハナは、あんぐりと口をあけたまま言葉が出ない。顔や頭には、なべからこぼれた液体がつき、服やスカートは粉まみれである。
「あんたたち! なんてことしてくれるのよ!」
ノノハナは、はっとして、なべの中に向かってどなった。
しかし、なにも答えない。怒られるのを怖がって出てこないような彼らではないはずだ。
しばらく待っても、いっこうに出てこない。なべからは灰色にかたまった液体が流れ、甘ったるくてツンとしたにおいを出している。
ノノハナは、きゅうに不安になってきた。もしかしたら目をまわしているのか、においにやられて気絶しているのかもしれない。
「出てきなさいよ。これじゃ怒れないじゃないの」
お玉で、なべの中をつつきながら、カラスとネコを探した。よどんだ灰色の液体にうもれて、二人の姿がよく見えない。
「ちょっと、返事くらいしなさいよ。まさかこれぐらいで死んだりしないでしょうね」
なんの動きもない。ノノハナはますます不安になってきた。あわてて、なべの中をぐちゃぐちゃかきまぜて二人を探した。
赤んぼうの時から、いっしょに育ってきたカラスとネコは、ノノハナにとって弟のようなものだ。
かわいくないところもいっぱいあるが、こんなことで死なれては泣くに泣けない。
「いやだ! ねえ、返事してよ!」
泣きそうになりながら、さけんだ。
「おい、なべの底に穴があいてるだろ。いいかげん気づけよ」
「あら?」
よく見れば、言われたとおり、なべの底にぽっかりと穴があいている。そこから、どろどろと液体がこぼれている。
どうやら二人は、たまたま底にあいた穴から逃げ出せたようだ。
後ろから、カラスのため息が聞こえた。
「ったく、そそっかしいな」
あいかわらず、いやみなカラスの声。
ノノハナは忘れていた怒りを思い出し、すっくと立ちあがって、ふりかえった。
薬を台なしにされた文句を言ってやるつもりで大口を開け……そのまま、かたまってしまった。ノノハナは口を魚のように閉じたり開いたりした。
ようやく出てきた言葉は、
「あんた、だれ?」
「ふざけてるのか?」
ふきげんに釣りあがった黒目でにらみ、ノノハナと同じ年くらいの少年が立っていた。身にまとう黒い羽毛のコートは、足下までをおおいかくしている。
少年を上から下までながめて、こわごわと尋ねた。
「あんた、まさか、カラス?」
「ほかに、だれがいるんだ」
ふんぞり返った態度、もの言い、たしかにカラスである。今はどこからどう見ても人間の姿だ。
ノノハナは信じられずに、カラスの周りをぐるぐるまわりながら見つめた。
カラスの黒髪はつんつんと立っていて、ひな鳥のやわらかな毛のようだ。ノノハナは見ていて、さわりたくなった。手をのばしたら気づかれて、すばやく逃げられた。
「あれ? じゃあ、ネコは」
カラスの姿におどろいて、すっかり忘れていた。
カラスが目を向けたほうに、黒いものがうずくまっている。
「まさか、ネコも?」
黒いものが顔をあげ、「にぎゃあ」と鳴いた。
黒服に身をつつみ、年や背かっこうはノノハナと変わらないように見えた。ネコの三角に釣りあがった目は、きれいな緑色をしている。
少しぼさついた黒髪の頭を、いらいらと足でかく。そのしぐさは、ねこそのままだ。
「くそっ。足の爪がない!」
「ないわけないだろ。短いだけだ、あほネコ」
ネコがカラスをにらむが、カラスは羽の先ほども気にしていないようだ。
「に、人間になっちゃったの!?」
少年の姿になったカラスとネコを見つめて、ノノハナはさけんだ。
「すっご~い。あたしって天才じゃない!?」
きゃあきゃあと喜んでさわぐノノハナを、カラスとネコはどんよりした目でにらんだ。
「天災の、まちがいじゃないか?」
「今までで、いちばん最悪だ」
魔女は、ネコとカラスの災難をけらけらと笑っておもしろがった。
「まあ、あんたたち。なんて、かわいらしい姿になっちゃったのかしらね」
「カアッ! ふざけるなっ」
「みゃ! 早くもどりたい」
「師匠! なんとかしてくださいよ」
「ううん、そうねえ」
魔女はあごに指をそえ、カラスの姿をじろじろながめた。ゆっくりと手のひらをカラスの頭の上にかざし、なにやら呪文をとなえはじめた。
パチンッと指をはじくと、カラスの姿は…………やっぱり人間のままだった。
「上から下までまっ黒なんて、おしゃれじゃないわ。魔女=黒い動物、なんて決まりきった定番はおもしろくない。古くさくって、きらいなのよね」
満足そうにカラスを見て、ほほえんだ。
カラスの髪には、ところどころ紫のメッシュがはいっている。黒い羽毛のコートも、まっ黒だったのが今はところどころに紫がまじっている。
紫は、魔女のいちばん好きな色だ。
こんどはネコに歩みよって、その姿をじっと見つめた。
「ネコは、このままがいいわね。髪も服もまっ黒のほうが、緑色の目がきれいに見えるわ」
魔女はにこにこしながら、カラスとネコの頭をくしゃくしゃとなでた。
二人(一羽と一匹)は、なっとくできない。ノノハナもそうだ。魔女なら、あっというまに元の姿にもどせるはずなのに。
「師匠! そんなことじゃなくて、二人の魔法をといてくださいよ」
「あら、大事なことよ。美しくあることは」
魔女は、花がこぼれるような、ほこらしげで美しい笑みをうかべた。自信たっぷりに笑う魔女は、頭のてっぺんからつま先まで美しく飾りたてていた。
自前か魔法か知らないが、文句なしに美人と言える。
「あんたも女の子なんだから、もっと見た目に気をくばりなさい。いつも顔をよごして、粉だらけかビショビショにぬれてるかなんて。みっともない」
それは、いつも魔法に失敗しているからだ。遠まわしにいやみを言ってくるのは、魔女の性格だ。
美人は性格が悪いというのは、まさに師匠のためにある言葉だと思える。
「これも修行の第一歩。自分のまいた種は、自分でかたづけなさい。いいじゃないの、おもしろくて」
三人はがっくりと肩をおとした。魔女はあてにならないし、すぐに薬はできそうもない。
「オレ、飛べるのかな」
「……しっぽがない」
カラスとネコが、かなしげにつぶやいた。
「二人とも、はやく人間の言葉をおぼえたほうがいいわね。他人にはミヤアミヤア、カアカア鳴いてるようにしか聞こえないんだから。変な子に思われちゃうわよ」
魔女は、にっこりとほほえんだ。その顔は女神のようにきれいなのに、言葉は悪魔のようにいじわるだ。
こういうのを、ほんものの魔女と呼ぶにちがいない。三人は、ひそかに思った。
「こら待て!」
「いやだ!」
「ぎにゃ!」
「なんで逃げるのよ!」
どす黒いピンク色の薬を指さして、カラスがどなる。
「そんな危険なもの飲めるか」
となりで「そうだ、そうだ」と、ネコが声をあげる。
「飲まなきゃ、元の姿にもどれないわよ」
カラスとネコは、おたがいに顔を見あわせた。
「それを飲んで、元にもどれるなんて信じられるか!」
「みゃあ」
ふだんケンカばかりしているくせに、こういうときだけは仲がいい。ノノハナが追いかけ、なんだかんだと言いながら二人が逃げる。
三人の鬼ごっこをながめながら、魔女が声をかけた。
「そうねえ。まず、なにかに試してみてからのほうが、いいかもしれないわね」
「なににですか」
「自分で飲んでみなさいな」
「いやです」
ノノハナの答えに、カラスとネコは顔をゆがめた。だったら、はじめからオレらに飲ませるな! と言いたげな顔だ。
魔女は、金魚ばちをさし出した。中には、赤や黒の小さな金魚が泳いでいる。
「これで試してみれば?」
言われるまま、ノノハナは薬をとろりと流しこんだ。
金魚ばちの水はピンク色になり、次に紫色になって、青色に変わった。
ボフンッという音とともに、白いけむりがあがる。
水そうの中で、足の生えた金魚が、目をキョロキョロさせながら泳いでいた。
「金魚が、犬かきしてるわねぇ」
金魚ばちをのぞきこんで、のんびりと魔女がつぶやく。
カラスとネコは、まっ青になった。
「じょうだんじゃない! そんなもの飲めるか!」
「いやだ! しっぽじゃないものが生えてきそうだ」
魔女は金魚を元にもどして、ほほえんだ。
「やり直し」
「……はい」
ノノハナだって一生けんめいやっているのだが、うまくいかない。だんだん、かなしくなってきた。
カラスとネコは顔を見あわせた。しょんぼりしている姿を見ると、なんだか悪いような気がしてきた。
しょげているノノハナの肩に、魔女がそっと手をおく。はげましてくれるのかと思い、ノノハナは顔をあげた。
魔女は、やさしげな笑みをうかべて、
「じゃあ、私は町へ遊びに行ってくるから。せいぜい家をよごさないように、気をつけなさい」
と、なんのアドバイスもなく、楽しそうに家を出ていった。
残された三人は、ポカンとした。
「見てなさいよ! こうなったら、なにがなんでも薬を作ってみせるんだから」
ノノハナは、みるみると怒りがわいてきた。やる気まんまんで魔法薬作りにとりかかる。
熱心なのはいいのだが、まともな薬を作ってほしい。二人は、はらはらしながら見守るしかなかった。
けっきょく、カラスとネコはそのままだ。あきらめて、とうぶんは人間の姿で生活するしかない。
だが、問題はいろいろあった。
まず、ごはんのことだ。子どもが二人ふえた分、いつもの二倍は作らなければならない。
そして、なれない人の姿に二人は困っていた。カラスもネコも手をうまく使えないのだ。
ネコは皿をなめるように食べてしまう。くちばしが短くなったカラスは、どうにも食べにくい。
人間の姿で動物のような食べかたをすれば、みっともない。見かねた魔女が、テーブルをたたいた。
「あんたたち、今日からテーブルマナーをきっちり身につけてもらうわ。私の前で、そんな食べかたをしたら追い出すわよ」
今は秋だが、夜はさむくなってきた。もし夜中にほうり出されたら風邪をひいてしまう。
そして、魔女はやると言ったら必ずやるのだ。おどしではない。
二人はすくみあがって「はい」と、うなずいた。
次の問題は、おふろだった。魔女はきれい好きなので、人間になった二人に体をあらえと命令した。
「カラスの行水は、みとめないわ。ネコも体をなめるのは、やめなさい。二人とも、お湯できれいに洗うのよ」
いやがって二人は逃げたが、首ねっこをつかまれて、おふろ場にほうりこまれた。魔女とノノハナに服をぬがされそうになり、そこで新たな問題が。
二人とも、服を着ていないのだ。よく見てみれば、服だと思っていたのは体毛だった。
カラスは、自分の羽がコートのように体をつつんでいる。ネコも自前の毛である。
試しに引っぱってみたら二人とも痛がって、ぬげないことが分かった。
「あら、ざんねん。ノノハナの服でも着せようかと思ってたのに」
楽しそうに、ころころと笑う魔女を前に、二人は心からいやそうな顔をした。スカートや花がらの服を着せる気だったにちがいない。
二人はそのままの姿でお湯にいれられ、魔女とノノハナにバシャバシャ洗われた。
ねるときにも問題がおこった。いつも、ノノハナの頭の上でカラスが羽を休め、おなかの上にネコが丸くなって寝ている。
今では、カラスは大きすぎて頭にのせられない。ネコは重すぎて、のっかられたら息ができない。
三人で川の字になって寝てみたが、どうにも落ちつかない。
しかたがないので、べつべつに寝ることにした。カラスとネコは毛布をもって、あたたかい寝どこを探しに行った。
ノノハナは、いつもより軽い頭とおなかに、なんだかスースーするなと思った。
頭に手をやっても、なにもない。おなかの上をさわっても、なにもない。そこにあるはずの、ぬくもりがない。
いつもとちがう夜に、ノノハナは落ちつかなかった。
「三人とも、ねむれなかったの? 目の下にクマができてるわよ」
くらい顔をしている三人に、魔女は明るくほほえみかけた。つるつるの元気な顔をしている。
三人は、おたがいに顔を見あわせ、ため息をはいた。ねむれるはずがない。
「じゃあ、町へ行ってくるわね」
朝食をすませると、魔女はほうきをもって、さっさと家を出ようとした。
「師匠。ちょっとは魔法の手ほどきをしてくださいよ。師匠らしく」
「そうね、一つ教えてあげるわ。ここを使うのよ」
ノノハナのおでこを、とんと指先でつつく。
「寝ぐせで頭がぼさぼさよ。ただでさえ、ちぢれて、はねまくってる髪なんだから。ちゃんと手入れしなさいよ、みっともない」
ノノハナはむうっと、ほおをふくらませた。
ノノハナは天然パーマで、もさもさしている髪がコンプレックスだった。人間になったカラスやネコの髪が、うらやましいくらいなのだ。
「じゃあ、がんばってね」
春風のように笑い、魔女は空高く飛んで逃げた。
ノノハナは空を見あげて「ばっかやろー」とは、さすがに言えなかった。のどまで出かかった言葉を、ぐっとのみこんだ。
しぶしぶ、今日も薬を作りはじめた。ぶあつい魔法書をひろげ、スプーンで粉をはかり、なべにいれる。
そばで、カラスとネコは不安そうに見ている。
なべを火にかけ、ぐらぐらと煮こんでいく。ぶつぶつと呪文をとなえながら、お玉でかきまぜる。
「ペケラポケラ。ポケラマケラ。シシオノ……師匠のケチ。修行だって言ってばかりで、助けてくれないんだから」
「おい! グチじゃなくて、ちゃんと呪文を言えよ」
天井から、カラスの声がふってきた。お気にいりだった止まり木に、ブランコのようにのっている。今の姿には小さすぎて、体がはみ出ていた。
「うっさいわね。元はといえば、あんたたちがケンカして、かってに薬に落ちたせいじゃない」
「ケンカは、カラスがメシを横どりしたから」
「ミーミーうるさい!」
ノノハナは、はら立ちまぎれに、お玉をなべにガチンと打ちつけた。
とたんに、はでなピンク色のけむりが、なべの中から出てきた。あっというまに、へやの中がピンク色になって見えなくなる。
「また失敗したな」
「またって言うな!」
姿は見えなくても、カラスの皮肉はよく聞こえる。
しばらくして、けむりが消える。あたりを見まわすと、とくに変わったようすはなかった。
だが、おかしいなと思う。
甘ったるいにおいが、へやの中に広がっている。おいしそうな、おなかのすくにおいだ。
ノノハナは、手で床をおしてみた。こんどは、たたいてみた。やわらかい音がした。
ネコがうずくまり、ぺろりと床をなめた。
「甘い。ビスケットだ」
ふいに天井から、カラスが落っこちてきた。こしかけていたブランコの木が、床にあたって、こわれた。
カラスは尻もちをついて、声もなくうずくまっている。そうとう痛かったようだ。
見れば、木がロールケーキに変わっていた。
「このやろう、食うな!」
くずれたロールケーキを食べるネコを、カラスはたたいて追いはらう。
クッキーになった食器戸だな、中にはお菓子になったコップやお皿がならんでいる。
へやにある毛布をつかんで見ると、うすいマシュマロになっていた。なめると甘いかもしれない。
「なにこれ! みんなお菓子になっちゃったの?」
ネコが、床にころがっているなべのフタをかじった。ふわふわのパンケーキだ。
「きゃあ! なんてもの食べてるのよ! おなかこわしたら、どうするのよ」
ノノハナは、あわててパンケーキのフタを取りかえす。かじられたフタは元にもどるのだろうか。
「おい、見てみろ。暖炉の火も固まってるぞ」
なんと火の形になった、あめ細工ができている。
「う、うそでしょ~」
こんな状況のなかで、喜んでいるのはネコだけだ。うれしそうに、そこらじゅうのものをかじったり、なめたりしている。
「やめなさい! 家じゅうの物をかじらないで! あんた、ネズミになる気なの!?」
そう言われて、しぶしぶネコは食べるのをやめた。ネコのプライドとして、ネズミになるというのはゆるせないようだ。
ちらかった床の上に、ぶあつい魔法書がころがっている。ノノハナは、おそるおそる手にしてみた。
重かった魔法書が、ぶきみなほど軽い。スポンジケーキになった本は、ページがめくれなくなっていた。まん中で開いた形になり、文字のインクはチョコレートになっている。
かろうじて、チョコレートの字が読める。目をこらすが、手がふるえて読めない。
あたたかい息がかかると、チョコの字がとけてしまう。ノノハナは気をつけて字を見つめた。
さいわい、魔法に使う道具や薬は、お菓子に変わっていない。非常時にそなえ、それらには魔女の守りの魔法がかけられているのだ。
どうせなら魔法書にも、守りの魔法をかけてほしかった。
師匠が帰ってきてこの光景を目にしたら、どんなに怒るだろう。ノノハナはおそろしくなり、スプーンをもつ手がふるえた。
魔女が大切にしている化粧品のビンが、ちらりと目にとまる。おいしそうなお菓子がならんでいた。
たしか、高かったはずだ。ぶるっと、ノノハナは身ぶるいした。
なべを火にかけようとしたが、暖炉もお菓子になっていて使えない。はっと気がついた。
「こんなところで火を使ったら、家がとけちゃうわ!」
しかたなく、外でたき火をすることにした。
雨がふっていないのが幸いだ。秋とはいえ、外の風はつめたい。
コートをはおって外に出ようとしたが、服も変わっていて着られない。
ノノハナは、カラスの羽毛にくっついて外へ出た。やわらかくて、あたたかい。
「オレは毛布じゃねえ って、なんでネコまで、ひっついてんだ。はなれろっ!」
ネコはぶるぶると首をふって、いやがった。
あめ、クリーム、クッキー、チョコレート、ケーキなどでできた家は、夏だったらとけていたかもしれない。
お菓子になったのは家だけのようだ。まわりの木々は魔法にかかっていない。
家の外にあるパン焼きのかまど、たきぎも変わっていない。これで火がたける。
ノノハナはケーキの魔法書を見ながら、薬の粉や液体をまぜあわせた。こんどこそ成功しますようにと、いのる。
ネコは、こっそりと家をなめている。がまんできなかったようだ。
いつのまにかカラスも、止まり木だったロールケーキの残がいを食べていた。
「それって、お気に入りの木だったんじゃないの?」
「ネコに食われるよりは、ましだ」
しかめっつらをして、カラスはケーキをやけ食いしている。食べたそうに見ているネコに気づくと、しっしっと追いはらった。
お菓子になったとはいえ、元々は自分たちが使っていた道具だ。それを食べようなんて、ノノハナには信じられない。
師匠に怒られるんだろうな、と思うと、そっちのほうが怖かった。
「おい、よそ見するなよ。ぼけっとして呪文忘れてるんじゃないぞ」
カラスは、じろりとノノハナをにらんだ。
「はいはい、うるさいわね」
「しっかり薬を作らないからだろ。いつもいつも、ぼんやりして。こんどは、なにをかんがえてるんだ」
「う……か、かんけいないでしょ」
「どうせまた、自分は王女さまじゃないかなんて、ばかげた夢をかんがえてたんだろ」
「なによ。いいじゃない、想像するのは自由よ」
「かってにすればいいさ。だけどな、薬を作るときは、それに集中しろって言ってるんだ」
えらそうに口を出すカラスに、ノノハナははらが立ってきた。いつもいつも、カラスは口ばかりなのだ。
「なによ。あたしが悪いみたいに言って! 横から口出しして、邪魔ばかりしてるのはカラスじゃないの」
「はあ?」
「あんたがうるさくて、集中したくても集中できないの。ちょっとは、だまったらどうなのよ」
「そうやって人のせいにするな」
「あんた、人じゃなくてカラスじゃない! ネコにちょっかい出して、ケンカしてあばれて。そのせいで、いつも薬作りはめちゃくちゃにされるのよ」
「それとこれとはーーーーーーうわっ」
カラスの手に、ネコがかぶりついていた。食べかけのロールケーキをねらっていたらしい。
「おれの手まで食う気か!」
「みぎゃっ」
カラスにけっとばされて、ネコはよろめいた。ネコはノノハナにぶつかり、「うぎゃっ」と言って、二人はいっしょにたおれた。
そのひょうしに、なべをひっくりかえし、作りかけの薬を二人はもろにかぶってしまった。
カラスは「しまった」という顔をしている。
ノノハナもネコも薬でべたべただ。まだ火にかける前だったので、やけどをしなくてすんだ。
「いいかげんにしてよ、あんたたち!」
ノノハナのどなり声が、みるみる小さくなっていく。目の前にいるカラスの顔がどんどん遠く、大きくなっていく。
これはおかしい。地面がきゅうに近くなって、あたりの草が大きくなっている。カラスが巨人になって、見あげなければいけなくなった。
いや、ちがう。ノノハナが小さくなっているのだ。
そばには、同じくらい小さくなったネコが丸くなっていた。きょろきょろと見まわして、首をかしげている。
カラスから見れば、ノノハナとネコは豆つぶほどの大きさになってしまった。地面に、黒い点のような姿が見える。
「ノノハナ! ネコ!」
カラスの呼び声が大きすぎて、ノノハナとネコは耳をおさえた。
「そんな大声出さなくても聞こえるわよ!」
と、せいいっぱい声をはりあげたが、カラスには「……」という声らしきものにしか聞こえない。
とりあえず、カラスは二人を手のひらにすくって見つめた。大きな手ににぎりつぶされないかと、ノノハナはひやひやしてしまう。
カラスの大きな黒目が、二人をのぞきこむ。まるで巨人に食べられるような気分だ。
「言ってるそばから、また邪魔したわね! どうしてくれるのよ!」
ノノハナは、じだんだ踏んで悪態をついた。怒ったところで、カラスには聞こえない。
どなっても意味がないと分かり、ノノハナはあきらめた。元にもどったら、思いきり言いたいことをさけんでやろう。
ネコは気楽なもので、手で顔や体をなでて毛づくろいをしている。ばつの悪い思いを、ごまかそうとしているのかもしれない。
のんきなネコのようすを見て、ノノハナは怒りがわいてきた。
「ネコ! あんたも悪いのよ!」
ノノハナがネコをつかまえようとすると、あっさりと逃げられた。
「まちなさい! 今日という今日は、ゆるさないんだから!」
追いかけっこをしていくうちに、二人はカラスの手から、コートのほうへと動いていく。
カラスのコートの中は、羽にうもれた黒いジャングルだ。大きな葉っぱのような羽根をかきわけて、ノノハナはネコを追いかける。
ネコは人間になっても、すばしっこさは変わらない。見た目も黒いので、周りの色と区別がつかず、よけいに探しにくい。
体の上をちょこまかと走られ、カラスはくすぐったくてしょうがない。「やめろ!」と言っても、二人はとまらない。
「ちょっと。なによ、これ」
ノノハナが声をあげた。
カラスのコートの中で、銀のスプーンが光っている。今のノノハナには、すべり台かシーソーのような大きさだ。
「カラス! また光りものをかくしてたのね」
前の姿のときは、木の上に作った巣にためこんでいた。ノノハナが見つけて毎回しかっているが、やめようとしない。カラスの悪いくせだ。
「体が大きくなったから、こんどは羽の中にかくしてたのね。ほかにはないの?」
ごそごそと羽毛をかきわけていくと、宝石のイヤリングを見つけた。魔女のものに、まちがいない。
「師匠に言ってやる!」
この声だけは聞こえたのか、カラスの顔が青ざめた。
これ以上、中身を探されてはたまらないと思ったのだろう。きゅうに、カラスは体をふるわせはじめた。
「なにしてんの! かくそうったって、だめよ。ちょっと、ゆらさないでよ!」
さけんでも、やめない。カラスは知らんぷりをしているわけではなく、本当に聞こえないようだ。
「ぎゃっ。落ちる!」
「ふぎゃっ」
ノノハナとネコはふり落とされないように、カラスの羽根にしがみついた。まるで大地震だ。
あやうく落ちかけて、ノノハナは頭の中がまっ白になった。
この高さで地面にたたきつけられたら、大けがをする。いや、へたをしたら死ぬかもしれない。
ノノハナは、おそろしくなった。
それもこれも、なにも助けてくれない師匠が悪いのだ。薬も作ってくれない、教えてもくれない。遊んでばかりだ。
死んだら、うらんでやる。
「うわ~ん。師匠のバカーーーー」
「だれがバカですって?」
聞きなれた声が、天からおりてきた。ぴたりと、ゆれがとまった。
顔をあげると、美しくほほえむ魔女の顔が、すぐそこという近さにある。きれいな瞳がのぞきこむ。
「なにをしてるのかしら? おちびちゃん」
「ええとぉ……」
「かくれんぼ?」
「……う、あの。……はい」
「そう。それじゃあ、元にもどしてほしくないわね」
「ええ!? いいえ、ちがうんです!」
「どう、ちがうの?」
ノノハナは冷やあせをかき、しどろもどろになった。
魔女は分かっていて、いじわるをして楽しんでいる。
きらきら光る爪が、ノノハナの頭に近づく。えりもとをつままれて、空へほうり出された。
「ぎゃああああぁぁ」
地面に尻もちをついたときには、元の大きさにもどっていた。
目を白黒させて、ノノハナは長い長いため息をはいた。
「た、たすかったぁ」
くびれた腰に手をあてて、魔女があきれたように見おろしている。
「元から小さいのに、これ以上小さくなってどうするの」
「うううう」
「さっきのバカっていう説明を、あとで、たっぷりと聞かせてもらいますからね。それと、家がお菓子になっているわけもね」
「あううううぅぅ」
笑っているが、魔女の目はあやしげに光っていた。
ノノハナは、こそこそとカラスの後ろにかくれた。
カラスが「おれをたてにするな!」と抗議する。「なによ、元はといえば……」と口ゲンカになりかけて、魔女ににらまれたので、だまった。
魔女のしなやかな指が、カラスのほうへ向けられる。こんどはネコをつまみ出し、ポイッとほうりなげた。
空中でみるみる元の大きさにもどり、ネコはくるりとまわって四つんばいで着地した。ネコもまたカラスの後ろにかくれて、ぶるりと身ぶるいした。
ふるえている三人を、魔女はひややかに見つめている。
「それで、これはどういうことかしら?」
おいしそうなにおいの、お菓子の家を前にして、三人は小さくなってうつむいた。
魔女はにこにこしているが、その目は笑っていない。魔女の後ろに、怒りの炎が見えるような気がした。
その熱気で、家がとけてしまわないかと、ノノハナはなかば本気で思った。
はあ~つかれた、と言って、魔女はソファに寝そべった。
お菓子の家は、きれいに元どおりになった。ただ、食べられたところは、かじられたあとが残ったままだ。
ノノハナはこってりと、しぼられた。
「でもまあ。小さくなる薬を作れたことは、ほめてあげる」
ノノハナは魔女に頭をなでられて、ちょっとうれしかった。
そうなのだ、きちんと薬を作れた。はじめて魔法を成功させたのだ。ノノハナは、うれしくて顔がにやけそうになった。
「魔法書の文字がとけて、消えちゃったことはいいとしても。お気にいりのお皿がとけていたのは、ゆるせないわ」
「え!」
ネコが、そろそろと逃げようとしている。
「あんた、お皿もなめてたのね! まて!」
ノノハナが追いかけると、ネコは食器だなの上にのぼって丸くなった。今の姿では、少しせまい。
「せきにんは、ノノハナにあるのよ。分かってるわね」
「うう…………はい」
ノノハナは、しょんぼりと頭をたれた。
「おなべのフタやお皿を食べるなんて、はしたないネコちゃんね。もしかしたら、おなかが痛くなるかもしれないわよ」
ネコは顔をしかめて、おなかに手をやった。
そう言われれば、そんな気になってしまうものだ。ますます体を丸めて、おとなしくなった。
「カラス。こっちへいらっしゃい」
魔女が手まねくと、カラスはいやでも引きよせられた。
カラスの両足をつかみ、さかさにして、ぶんぶんとふりまわす。床に、光るものが落ちていく。
「まあ、こんなにためこんで。毎日、あついおふろにいれられたくなかったら、もう二度としないことよ」
カラスは目をまわして、床にたおれこんだ。
「そうそう。おみやげに、おいしいお菓子を買ってきたのよ。みんなで食べない?」
晴れやかにほほえんで、魔女は三人をながめた。
三人は、もう答える気力もなかった。
「うえええ。魔法文字のつづりを百まいなんて~」
なげきながら、ノノハナは寝どこの上にたおれこんだ。
横にいるカラスは「うー」と、うなって座りこんでいる。魔女に、一週間おしゃべり禁止と言いわたされたのだ。
ネコは食べすぎたせいか、おなかをおさえて丸くなっている。とうぶん、お菓子禁止にされてしまった。
魔女にこってりと、しかられて、三人はケンカをする元気もない。
「もういや。こんな日はさっさと、寝るにかぎるわ」
ノノハナは、毛布をかぶって目をつぶった。まくらがないのに気づいて、ふとカラスに目がとまった。
カラスも近くで、体をちぢめて休んでいる。めんどうくさいから、カラスの羽毛に頭をのせた。
ネコがにじりよってきて、ノノハナの毛布によりかかって身を丸めた。
ネコの体がちょっと重かったが、ノノハナは「まあ、いいか」と思った。頭はカラスの羽でふかふか、毛布はネコの体温であたたかい。
しっくりと落ちつく感じがして、ノノハナは安心してねむることができた。
*
ねむっている三人をのぞき見て、魔女はこっそりと笑った。
カラスのおなかにノノハナが頭をのせ、ノノハナの毛布の上にネコが身をよせている。
けっきょく、三人は仲がよい。
家の中がさわがしくなったけれど、それもまあいいか。そう思うようになったのが、魔女自身ふしぎだった。
そして、それは悪くない気分だった。
【了】
小さな魔女とお菓子な薬