騎士物語 第八話 ~火の国~ 第十一章 討伐
第八話の十一章です。
八話のラスボスとの対決です。
第十一章 討伐
『これはその昔、我らと同じ血を持つとある同胞が成ったモノだ。代々その血族が受け継ぐしきたり……次はおまえだ。』
同胞……稀にそういう事が起こるという話は聞いていたが……なぜこんなに禍々しいのだ?
なんだこの感覚は……怒り……恨み? まさかこれから……? だとすれば、このモノは――いや、あなたは一体どういう経緯でこのような姿に……
……!! あり得ない……それが理由だとすれば確かに納得だがあまりに……何か――そう、何かが食い違っただけなのではないか? 不幸な勘違いでは……
見える……あなたの記憶が……まさか、そんなことが……いや、私たちと彼らの間には友好的な関係が……だが……いや、ならば確かめよう。こんなわけはないのだ。
なん、だあれは……同種を――飼っているだと……!? 外ではこれが普通なのか? 私の住む場所が特殊なだけか? いや、それよりも――なんて醜い。これが本性? これが……彼らの真の顔だと? いや……いやいや! 決めつけるのは早い……もっと見るのだ、もっと……!
……ああ、そうか……そうなのだな。良い者と悪い者がいる、そんなことは当たり前だが後者となった時の彼らは本当に……
危機感? いや、そうじゃない。言いたいことはわかるがそういう事以前の問題なのだ。それが何でどういう目的かなど関係なく、問答無用で消してしまい……そう、ただの嫌悪だ。
こんな……こんなモノだったとはな。気づけて良かった。あなたには感謝するぞ、ギサギルファー。
朝起きた時に寝ぼけた五感が段々と目を覚ますように、ぼんやりとしていたモノが開かれていくような感覚。黒い霧の中、オレは内から湧き出る力を感じ取っていた。
経緯は未だに思い出せていないけど、ミラちゃんと右眼を交換した事によってオレの身体に付与された吸血鬼性――純粋な吸血鬼と比べたら一パーセントにも満たないそれをミラちゃんの血を飲む事によって数パーセント引き上げる。たかだか数パーセントとはいえ最強の種族と言っても過言じゃない吸血鬼の力は凄まじく、身体能力の向上や魔法的感覚の鋭敏化などいろいろなモノがパワーアップする。
交流祭の時に初めて使い、司会の人の命名をそのままとってノクターンモードと呼んでいるこの状態で得られる力の中で、最も強力な能力は吸血鬼が使う「闇」の力だろう。
吸血鬼が操る「闇」には二つの特性がある。一つは吸収――その場の光を全て飲み込んで生まれる「闇」。ミラちゃんが「表の闇」と呼んでいたこの力の効果は言葉の通り吸収する事。魔法的なモノでも物理的なモノでも、とにかくありとあらゆるモノを吸収して消滅させる……らしい。
オレはこっちの力を使えないから詳細はわからないのだが……よくミラちゃんが何もないところに「闇」を作ってそこからモノを取り出したりしているから、もしかしたら吸収したモノはそこにとどめておけたりするのかもしれない。
でもってもう一つの特性が反射――全ての光を反射した時、その反射面の裏に生まれる「闇」。「裏の闇」と呼ばれるこっちの効果もそのまま反射する事で、ありとあらゆるモノをはね返すないし破壊するという。
オレが使えるのはこっちだけで、しかも「ありとあらゆるモノ」とは行かず、できるのは魔法を弾く事のみ。破壊する事はできないし、その魔法が持っていた勢いとかは返せない。
とは言えこの力が強力なのは確かで、交流祭では空間さえ切り裂いたラクスさんの刀を受け止めたりできたから、それが魔法的なモノであるならどんな効果を持っていようと弾く事ができる……と思う。
魔法生物たちが暴走している原因が怒りを引き出す魔法だというのなら、この「闇」の力でなんとかできるかもしれない。
「どう、ロイド? その状態になると色々見えるようになる――ん、でしょ……?」
「? エリル?」
尋ねながらオレの顔を見たエリルがポッと赤くなって顔をそむけた……
「こ、こっち見るんじゃないわよ変態……」
「えぇ……?」
「ロイドくん、一つ忘れているぞ。」
そう言ったローゼルさんの方を向くと、これまたローゼルさんも顔を赤くした。
「ほ、ほれ、ロイドくんの唇には吸血鬼特有の魅了の魔法がかかっている……だろう? 普段ならそれほどでもないが、その状態になると……わたしたちにはかなり効果があるのだ……」
「!!! そそ、そうでした! カラード! 前みたいに甲冑のヘルムを!」
『いや、さすがにそんなカッコイイ姿にヘルムだけをかぶせるのはいかがなモノかと思うぞ。折角変身したのに台無しになる。』
カラードからの冷静な……いや、なんか少しズレたツッコミをもらい、とりあえずオレは片手で口を覆う。
「ど、どうだエリル!」
「あ、あんまり意味ないけど……と、とにかく、ゼキュリーゼを暴れさせてる魔法は何とかなりそうなの?」
エリルに言われ、オレは壁からだいぶ離れたところで戦っている――というよりは戦ってくれているフェンネルさんとガガスチムさん、そしてゼキュリーゼさんを見た。
「……すごいな……」
「……何がよ。」
「えぇっと……ノクターンモードになると魔法的な感覚が鋭くなるからわかるんだけど、ガガスチムさんとゼキュリーゼさんの……こう、体内の魔力というかマナというか、魔法的な気配? がとんでもなくて……ワルプルガの勝負の時にこれが見えていたらちょっといつも通りには戦えなかったかもしれないなぁって……」
ストカが言ったように、ヴィルード火山一帯を包む火の魔力が赤い霧のように見える視界の中、暗闇で揺れる炎のようにハッキリと知覚できる二体の魔法生物の尋常ではない気配。
「それと……ストカもやっぱりすごいんだな……」
「あん? なんだいきなり。」
「いや、魔人族が強いわけだなぁと……」
魔法的な力の有無っていう観点で見ると、オレたち人間はからっきし、魔法生物たちは土台のしっかりとした強大なパワー、そして魔人族は魔法生物のそれを更に洗練したような感じ。赤い霧の中、あの二体と同等かそれ以上の気配があの二体と比べるととても小さなその身体から滲み出している。
「え、え、まさか? 何が起きたのかサッパリだけど、もしかして今のロイドくんには魔力やマナが知覚できてるの!?」
「は、はい……」
わなわなと震える両手をワキワキさせるロゼさんに身の危険を感じつつ、オレはゼキュリーゼさんを見た。
「ああ、あれが怒らせている魔法なのかな……なんかこう、ゼキュリーゼさん自身の気配に混じって……頭の周りにまとわりついている変な炎が見える。」
「ふ、ふむ。断言はしにくいが、異質なモノがあるのなら可能性は高いだろうな。」
「ほえー、んなもんが見えるのか。でもよー、今更だがそれを取っ払ったところであいつは大人しくなんのか? 他の魔法生物はそうかもしんねーけど、あのゼキュリーゼってのだけはそこで寝転がってる黒服の策略でキレたんだろ?」
アレクが「ほえー」とか言いながらも割と真面目な疑問を投げかける。言われてみればそうだ……ゼキュリーゼさんの暴走を止めようとノクターンモードになったけど、ゼキュリーゼさんだけは暴れている理由が魔法の影響じゃないんじゃ……
「大丈夫だと思うわよー。」
少し心配になってきたオレの横――というかオレの顔を興味津々に覗き込みながらロゼさんがそう言った……ああ、こうやって間近で見ると色々なところがアンジュに似て――何考えてんだオレは!
「ゼキュリーゼが短気なのは知ってるけど、あの暴れ様は異常だもの。初めは普通にキレたんだとして、それを煽ってるのが例の魔法なのよ。だからこれを除去できれば、少なくとも話の通じる段階には頭が冷えるはずよ。」
「煽る? 魔法で怒らせてんじゃねーのか?」
「私も感情系の専門じゃないからあれだけど、さっきフェンネルも言ってたでしょう? 不満や嫌悪感を増大させて怒りや憎しみを引っ張り出す魔法だって。魔法だけでゼキュリーゼとかその辺で気絶してるのを怒らせることができるなら裏工作なんて必要ないはずよ。だけど敵は、まず最初にゼキュリーゼを普通に怒らせるっていう事をした。」
「……そういえばさっきインヘラー――そこの黒い奴が言ってたわ。「一番キレやすくて他の魔法生物への影響力の大きい奴を怒らせるのが仕事だ」って。」
「きっとゼキュリーゼは引き金として利用されたのね。派閥の一つのトップだから影響力が大きくて、短気だから怒り方も派手。そんなゼキュリーゼの姿を見て胸の内に怒りを抱いた面々のそれを一気に爆発させたのが例の魔法なのよ。」
「ふむふむ、ならばやはりロイドくんの力でどうにかできそうだな。その変な炎とやらを風で吹き飛ばしてしまうのだ。」
「! ローゼルさん、今の言葉ナイスです。」
「む?」
暴走の原因となっている魔法を「闇」の力で弾き飛ばす……どうすればいいのやらと思っていたが、なるほど、黒い風であの変な炎を吹き飛ばすイメージでやれば……!
「ふむ、何やらよいアドバイスができたようだな。これはきっと良いご褒美が待っているだろう。」
……い、今は集中するのだオレ……
「ロイドが風を当てるなら、師匠とガガスチムにゼキュリーゼの動きを一瞬止めてもらわないとダメなんじゃないのー?」
「そうねー。私が二人に伝えるわー。」
そう言うとロゼさんは白衣のポケットから通信機のようなモノを取り出した。
「さすがおかーさん、師匠に通信機渡しておいたんだー。」
「? 違うわよ。カラードくん、それと他の四体も、機動鎧装を壁のこっち側に移動させて。」
街のある側に退避していた機動鎧装が魔法生物の暴れる側に移動し、ロゼさんの指示で横一列に並ぶ。
「三人とも炎でボンボンするタイプだからねー。これくらいしないと聞こえないわよ。」
そう言って大きく息を吸い込んだロゼさんは通信機に向かって大きな声で叫んだ。
『『『『『フェンネル! ガガスチム! ゼキュリーゼを元に戻すから動きを止めるのよ!』』』』』
耳は勿論、身体がビリビリと振動する大音量が響き渡る。五体の機動鎧装それぞれについていたスピーカーからロゼさんの声が発声したらしい。
そしてその指示はフェンネルさんとガガスチムさんに届いたようで、一瞬こっちをチラ見した後、再度ゼキュリーゼさんに向かっていった。
「さーロイドくん、あとはゼキュリーゼが止まった瞬間を見逃さないようにね。」
「は、はい!」
「あとこれが終わったらその身体、色々調べさせてくれないかしら。」
「は――い、いえ、あの、それは――」
「集中よ、ロイドくん!」
瞳をキラキラさせながらむふーっという顔になったロゼさんにゾゾッとしつつ、オレは全感覚をフェンネルさんとガガスチムさん対ゼキュリーゼさんの戦いに向ける。
「ガガスチムっ!!」
ゼキュリーゼさんが口から放つふちの黒い炎……というかもはやビームになっているそれを足の裏から噴射する炎の推進力で超速回避しつつ肉薄したフェンネルさんがゼキュリーゼさんの両脚を払う。そうしてバランスを崩したゼキュリーゼさんが前のめりになったところに――
『ボンッバアァァァァッ!!』
タイミングピッタリで打ち込まれるエリルの『ブレイズアーツ』によく似た超威力の爆速アッパー。あんなモノを受けたら身体に穴が開くのを通り越して爆散しそうだがそうはならず、しかしゼキュリーゼさんは苦しそうな顔で打ち上げられる。
「『輪火廻炎鉄槌脚』っ!!」
そうやって宙に浮いたゼキュリーゼさんの頭に高速回転しながら放たれたフェンネルさんのかかと落とし。足が触れた瞬間に爆発が生じ、ゼキュリーゼさんは凄まじい衝撃をまき散らしながら頭から地面に埋まった。
だけど――
『――ッルアアアアアアアッ!!!』
地面の中で火を放ったのか、ゼキュリーゼさんを中心に地面が噴き飛んでフェンネルさんとガガスチムさんが距離を取った。
「ふーむ。あのファイヤーゴリラもフェンネルさんもエリルくんのような一撃必殺級の技を放っているというのに、見ている限りはあまり効いていないように見えるぞ?」
『確かに。防御しているわけでも威力を殺しているわけでもなさそうなのだが……』
「ゼキュリーゼはあっち側で一番タフな身体を持ってるのよー。」
ローゼルさんとカラードの疑問にロゼさんが答える。
「ガガスチムみたいに鋼鉄の身体を持ってるってわけじゃないんだけど、身体の構造が――骨や筋肉の配置が衝撃にすごく強いのよ。その上再生能力も抜群だから、現状ではかなり厄介な相手だと思うわ。」
「んー? その話だけ聞くとガガスチムよりもゼキュリーゼの方が強いみてーに聞こえんだが……」
「ふふふ、強いのはあくまで衝撃――いわゆる打撃に対してだけで、斬撃とかは割と普通に通るわ。今で言ったら……例えばガガスチムがアーマーを錐状にして突き刺せばかなりのダメージを与えられるでしょうね。」
打撃には強いけど斬撃とかは別……ガガスチムさんのパンチを受けても平然としているけどスタジアムで岩の槍が普通に突き刺さったのはそういうわけなのか……
「? かなりのダメージって、今こそじゃねーか。なんでやんねーんだ?」
「あんな大暴れしてる状態だもの、万が一急所を貫いてしまったらゼキュリーゼと言えど死にかねないわ。ただ怒って暴れてるだけの仲間を止めようとしている現状では使えない手、だから厄介なのよ。」
『えぇいくそ! 埒が明かないな! 今度は両手両脚を切り落とすか!』
「スタジアムで脚を切断したら一瞬で再生しただろう、意味ないぞ!」
『だああ! よりによってバカみたいな再生能力を持ってるゼキュリーゼを暴れさせやが――どわっ!』
ゼキュリーゼさんの元々大きかった両腕が炎をまとうと共に肥大し、それを地面に叩きつけると、刃の形になった黒ぶちの炎が地面を割りながらガガスチムさんへ迫った。それをかわして少し体勢を崩しているところにゼキュリーゼさんの口から放たれたビームが直撃、ガガスチムさんは――そのまま吹っ飛ぶかと思いきや両足で地面を捉えて踏ん張り、交差した両腕にビームを受け止めた。
『ぬおおおお、やるなゼキュリーゼ!』
しかしビームの放出は止まらず、ゼキュリーゼさんの咆哮と共に更なる威力でガガスチムさんをその場に釘付けにする。
『おいフェンネル! 今の内に何かしろ!』
「んー……折角だから少し考えさせてくれ……」
『この野郎!』
ビームを放っているゼキュリーゼさんは隙だらけと言えばその通りだが、だからと言ってどこかを蹴り飛ばしても相変わらず効果が無い。たぶんそう思ったフェンネルさんはガガスチムさんが頑張っている間に策を練り始めた。
「てゆーか、今ならロイドの攻撃も当たるんじゃないのー? ゼキュリーゼも動き止まってるしさー。」
「あはは、ダメよアンジュ。今ちょっかい出したらあのビームがこっちに向いちゃうわ。」
「そういえばダダメタとの勝負の時に……」
チラリとオレたちの方を見たフェンネルさんは一人うんうんと頷き、空中てホバリングしたまま両腕を開いて……呪文の詠唱を始めた。
魔法にはイメージだけでポンと出せるモノと呪文やら魔法陣やらが必要なモノの二種類がある。手間がかかる分、後者は大規模だったり複雑だったりする効果を発動させることができるのだが、対人戦でそんな事をしていたらやられてしまうから学院のランク戦やこの前の交流祭で使っている人はいなかった。
だけどこっちが集団なら話は別。特に相手が魔法生物とかだと仲間が足止めしてくれている内に特大の魔法を準備するというのはよくある光景で、実際ワルプルガにおいてもそういう戦法をとったチームはいくつかあった。
んで、今フェンネルさんがやろうとしているのもたぶんそういうので、何か大きな魔法を使おうとしているようだ。
「――をして、紅の柱に力を注ぎ、灰燼の内より燃え上がる真なる焔の――」
……アンジュの言うところの小難しい言葉のオンパレードでチンプンカンプンな呪文を噛まずに唱え続ける事数分、フェンネルさんが両手をパンと鳴らした。
「ガガスチム、準備ができたからそのビームをゼキュリーゼに返してやれ。」
『軽く、言うなっ!』
とは言いつつも、大きく息を吸ったガガスチムさんは衝撃波を含んだ短い咆哮と共に肘から炎を噴き出しながら両の拳を打ち出し、ゼキュリーゼさんのビームを強引にはじき返した。
『ガッ!?』
驚くと同時に戻って来たビームを受けたゼキュリーゼさんは黒ぶちの炎が舞い上がる大爆発に飲み込まれ、ガガスチムさんは疲れた顔でフェンネルさんの斜め下に移動した。
『で、どうするつもりだフェンネル。』
「ゼキュリーゼを焼く。」
『は?』
「炎縛結界――」
咆哮と共に爆炎の中から出てきたゼキュリーゼさんを中心に四方を小さな火の玉が囲む。それらは分裂を始め、四つが八つ、八つが十六と見る見るうちに増えていき、ゼキュリーゼさんの周りに無数の火の玉が敷き詰められていった。
「――『不知火』!!」
そしてフェンネルさんの声を合図に火の玉一つ一つから紅い光の柱がそそり立ち、向かいの火の玉から伸びた光と繋がっていく。無数の紅い柱に囲まれてゼキュリーゼさんがカゴに覆われたような状態になった瞬間、カゴの内側の空間が赤く染まった。
『ガアアアアアアアアッ!?!?』
ノクターンモードでなくても何が起きているかはわかったと思うが、ノクターンモードだからこそどれだけ異常な事が起きているかが理解できた。ヴィルード火山という土地で暮らし、火の魔法を操るゼキュリーゼさんがのたうち回るほどの超高温。身体の表面は黒く焦げて剥がれ、そのまた内側が焦げて剥がれる。ボロボロと分解されていく身体を振り回し、そこから脱出しようとするもそそり立った紅い柱はそれ以上の高温で触れた箇所が瞬時に炭と化す。
『ガ――アアア……ア……』
閉じ込めたモノを完全完璧に焼き尽くす結界の中、再生能力が熱のダメージに追い付かず、ゼキュリーゼさんの身体が黒く、小さくなっていく。
「――『解』っ!」
フェンネルさんが手を鳴らすと紅い柱が消え、無数の火の玉が今度は結合していって見る見るうちにその数を減らし、最初の四つに戻るとあっさりと吹き消えた。
『フェ……フェンネル……ガァ……ルアアア……』
もはや元の姿がわからなくなるくらいに焼かれた身体を震わせるゼキュリーゼさん。その見るも無残な状態も勿論なのだが、それが現在進行、凄まじい速度で再生していくのにゾッとする。
だけど今なら……!
「『アルカト』!」
オレは準備していた黒い風を飛ばし、ゼキュリーゼさんへぶつける。頭の周りをゆらゆら包んでいる変な炎、それを吹き飛ばすイメージ……!
『――ア、アアアアアアア!!』
痛みがあるのか、それとも単に強風に対して叫んでいるだけなのかはわからないが、変な炎が小さくなっていくのが見える。もう少し……これで――!!
『ガアッ!!』
変な炎が吹き消えると同時に短く吠えたゼキュリーゼさんは、既に大半が再生し切った身体を揺らし、そのまま受け身も取らずに地面へ倒れた。
『うおお? なんだったんだ今の風は……ゼキュリーゼの奴があっさり気絶したぞ。』
「ふぅ……理屈は僕にもよくわからないけど、なんとかなったようだ。」
『いやそうだが……というかフェンネルよ、えげつない魔法を使ったな。ゼキュリーゼを焼くと来たもんだ。』
「全力で殴ってたお前に言われたくないな。とりあえず……周りで気絶している者も含めて全員を安静させよう。」
こっちを向いてグッと親指を立てたフェンネルさんに手を振り、オレはため息をついた。
「すごいわロイドくん、ゼキュリーゼを怒らせてた魔法を吹き飛ばしたのね? どういう仕組み? それって機動鎧装に応用出来たりしないかしら?」
オレの手をとってニギニギしてくるロゼさん……!
「ロイドの風もすごいけど、師匠の魔法もなんかやばかったねー。ちょっとグロかったしー。」
「……あたしやあんたが使う炎や熱とは比べ物にならない高温――いえ、ローゼルの氷みたいに、言うなれば「魔法の炎」って感じかしら……」
「わたしとしてはあんなモノを受けたというのにもう完全に再生してしまったゼキュリーゼに驚きだが……」
ローゼルさんが何とも言えない顔でガガスチムさんが運ぶゼキュリーゼさんを眺める。あの変な炎を消した影響なのか気を失ったゼキュリーゼさんなのだが、身体の再生の方は止まることなく行われ、気づけば完治してしまっていた。
「ふぅむ、あれがトップクラスの魔法生物の実力というか能力なのだと思うと、騎士として討伐の仕事を受ける時は気を引き締めなければならないな。」
「ゼキュリーゼみたいなのは一握りだと思うわよー?」
そう呟きながら身体検査をするように全身をペタペタするロゼさんにドギマギしていると、リリーちゃんがギュバッとオレを抱き寄せぇぇっ!
「えへへ、ロイくんてばカッコイイんだからぁ……んー……」
「リリーひゃん!!?」
「こ、こんな時に何やってんのよ!」
唇を近づけるリリーちゃんにハイキックを繰り出すエリル。毎度のことながらリリーちゃんがそれをさらりとかわし、エリルはオレのほっぺをつねりながらムスッとする。
「と、とりあえず暴走してこっちにきた魔法生物は全員倒したけど、あと何が残ってんのかしら!!」
『よし、現状を整理しよう。』
機動鎧装に乗ったままのカラードが、器用に機動鎧装で考えるポーズをとる。
『ワルプルガで起きた事件、身代わり水晶の誤動作からの策略で怒りを爆発させたゼキュリーゼさんと、それを引き金に発動したと思われる怒りを引き出す魔法によって暴走を始めた魔法生物たち。謀略の実行犯である男――インヘラーと言ったか? そいつはクォーツさんが倒してそこに転がっている。怒れるゼキュリーゼさんはたった今気絶させ、暴走した魔法生物たちは……少なくとも街を目指して進軍していた者たちはこの壁で足止めしていくらかをおれたちが倒し、ゼキュリーゼさんとガガスチムさん、フェンネルさんの戦いの余波で残りが気絶……この壁に集まる魔法生物の数が減っていった事から他の場所でも騎士や正気の魔法生物たちが奮闘してくれているとするならば、一先ずの一段落というところか。』
「ああ……他の場所で奮闘っていうのは正解だぞ、カラード。」
オレは耳を澄ますようにここではない場所へと感覚を集中させる。
「ノクターンモードになって気づいたんだが、ここ以外にも戦闘の気配がある。スタジアムもそうだし、あっちとかそっちとか……どの場所も段々と……こう、マナの動きというか魔法の流れが収まっていっているから、たぶん決着がつきつつある。」
「すごいわね! ここからスタジアムの状況までわかるの!?」
「おかーさんてばもー。」
キラキラの瞳でズズイと近づくロゼさんをアンジュが引っ張って止める。
「な、なんというか……ゼキュリーゼさんが気絶した瞬間から一気に……ヴィルード火山から温度? みたいな何かが引いていくような感じだ。」
『ふむ。例の怒らせる魔法はゼキュリーゼさんを引き金ではなく依代にしていたのかもしれないな。ちなみにロイド、軍の動きは知覚できるか?』
「あー……ああ、だいぶ近くまで来ているみたいだ。」
「け、結局……軍が到着、する前に……終わっちゃったね……」
「だな。ロイドの話の通りならこの後は戦いが収まってくだけだし、これじゃあ後片付けを任せるだけだぜ。」
現状を把握し、この騒ぎが終わりつつある事に全員がホッとした……その瞬間、オレはノクターンモードで強化された五感にピリッとした何かを感じ取った。
「……?」
それを感じた方を見ると、ストカが「うへぇ」という顔で同じ方を見ていた。
「ストカ?」
「ロイドも感じたか? さっきのゼキュリーゼってのとはまた違う方向にやばそうなのがこっちに来んぞ。」
気絶した仲間たちを運んで平らな地面に移動させていたガガスチムさんもその手を止めて同じ方を睨んでいる。
魔法的な感覚。マナや魔力というモノを知覚できる感覚器を持っている者がそろって異質な何かを感じ取ったその方向に、やがて一体の魔法生物が現れた。
『さっきも似たような事をここで呟いた気がするが……なんだ、これは。』
三メートルほどの巨体でノシノシと歩いてきたのは二足歩行のトカゲ。巨大な剣を右腕でずるずると引きずり、何故か左腕がなくなっているのはヴィルード火山における魔法生物の序列三番目――クロドラドさんだった。
『そうか、ゼキュリーゼが……通りで……』
『クロドラド……今までどこに行っていたと言いたいところだが――お前、それはなんだ……』
ガガスチムさんが――ゼキュリーゼさんとの戦いの中でも割と余裕を見せていたガガスチムさんが、その表情を険しいモノにしてクロドラドさんの右手を指差した。見ると引きずっている大剣と一緒に何か……小動物のような生き物を持っている。
『同胞をそれとはヒドイな、ガガスチム。デモニデアだよ。』
言いながらポイッとその生き物を放り投げるクロドラドさん。咄嗟に反応したフェンネルさんがそれを受け止めた。
「! ひどいケガだ! 誰か、治療系の魔法を――」
「あ、あたしが、やります……!」
手を挙げたティアナのもとにフェンネルさんが運んだその小動物は……クロドラドさんと比較したからそう見えたけど実際には五、六十センチくらいの大きさで、表現するなら丸い猫。とても触り心地のよさそうなモコモコした可愛らしい生き物なのだが、今はお腹に大きな傷を受けてか細く息をしていた。
「こいつはデモニデア。ヴィルード火山で最も魔法の扱いに長けた奴だけど、ガガスチムたちみたいに特異だったり強靭だったりする身体じゃないし、再生能力も高くない。正直この傷は致命傷レベルなんだけど……なんとかなるかい? 身体の構造はまんま猫だと考えてもらっていいと思う。」
「わ、わかりました。やってみます……!」
デモニデア……確か序列二番目の魔法生物。クロドラドさんやゼキュリーゼさんより強いという話だったが……
『デモニデアをあんなんにしたのは……お前なのか?』
『ふふ、この状況で「そうじゃない」という答えを期待しているのか? 全くお前という奴――』
クロドラドさんが言い切る前に炎の噴射で飛び出したガガスチムさんがその拳を打ち込まんとした瞬間、クロドラドさんが大剣を盾のように前に出した。
『!!!』
その瞬間、ガガスチムさんは腕の向きを変えて逆噴射を行い、クロドラドさんの手前数メートルで急停止する。そして大剣を……その腹の部分に装飾のようにはめ込まれた――いや、なんと表現すればいいのか、水に浮かぶように顔を出している宝石のようなモノを睨みつけた。
『煌天石だと……どういうことだ、クロドラド!』
こうてんせき……ああ、煌天石。確か火の魔法に反応して爆発する石だ。見た目が宝石だから魔法系のアイテムの管理が行き届いていない国とかだと間違って使われたりして事故が起きるっていう……フェルブランドじゃ持っているだけで犯罪だったはずだ。
そういえばあれは火山で採れるって話だったな……ヴィルード火山みたいに魔法的に特殊な土地だと、もしかしたら通常の何倍もの威力をもった煌天石が採れるんじゃ……
『いやな、同胞の進軍がどうなったかと見に来てみれば、あの壁だろう? 簡単には崩せそうになかったし、後の事も考えてこれを採りに行ったらデモニデアにばったりだ。さすがヴィルード一の魔法使いだな。私の魔法発動と同時に自身に対抗魔法をかけ、魔法の中に私の気配を読み取った彼女は万一に備えてあの場所で待ち構えていたというわけだ。いやはや、恐れ入る。』
やれやれと、余裕があるというよりはどこか吹っ切れたような雰囲気のクロドラドさんをわなわなと震えながら睨みつけるガガスチムさん。
『つまりお前は――お前が……そういうことなのか……?』
『ふふ、どうしたガガスチム。もったいぶった言い方をするじゃないか。』
乾いた笑いをこぼし、クロドラドさんはオレたちの方を見る。
『……怒り狂ったゼキュリーゼを止められる者は……いや、正確に言うなら殺さずに無力化できる者は存在しないと思い、あいつを起点に魔法を展開した。事実、ガガスチムとフェンネルが二人がかりでようやく抑えられるという状態だったのだから読み通りなわけだが……ふ、最初に見た時から何かしでかすのではないかと思っていたイレギュラーが案の定だ。人間の街を蹂躙するはずの同胞たちを強固な壁で足止めし、あまつさえ……ゼキュリーゼを止めたのもお前たちなのだろう? フェンネルの弟子たちよ。』
恨みや怒りのようなモノは一切なく、ただただ呆れるような視線をオレたちに向けるクロドラドさん。
もはや自白も同然。全てが一段落し、残すはインヘラーに仕事を依頼した黒幕のみというこの状況にふらりと現れ、そして語ったのは企みの失敗談。
そう……今回の事件の黒幕は――クロドラドさんだ……!
『これでも参謀と呼ばれているのだが、こうも尽くに失敗すると自信を無くす。だが……まだチャンスはある。』
手にした大剣を肩に乗せ、壁の向こう――街の方を眺める。
『当初の目標は未達だが、同胞がスタジアムにいた貴族たちに恐怖を与え、街へ進軍した事は変わらぬ事実。今のままではただ扇動されただけで片付いてしまうが、街に実害が出れば話は変わる。』
クロドラドさんがそう言うと肩に乗った大剣がドロリと溶け、内側から大きなオレンジ色の宝石――煌天石が出てきた。さっき剣の腹に出ていた分は氷山の一角だったらしく、その大きさは大剣の厚さに対して収まるはずのない……い、いやというか……あんなに大きな煌天石……!?
『例えば、この国の首都が消えてなくなるような事があれば、事実が扇動であれ、私たちに対する敵意は最大となるだろう。後の事を考えれば最良とは言えないが、まぁ目的に対しての及第点には至るだろうよ。』
「正気かクロドラド! その大きさの煌天石が爆発したら首都どころの話じゃないぞ!」
『ふっふっふ、盛り上がるだろう? お前も元はあちこちで人間を守っていた騎士だったんだろう、フェンネル。久しぶりの大仕事になりそうだな?』
巨大な煌天石が再び大剣の中に飲み込まれ、そうなるのと同時に大剣の表面がオレンジ色の宝石――煌天石でまるでウロコにように覆われていく。
『さて、私にすれば追い詰められた故の最終手段であり、壁を越えて街へ行くにはお前たちを倒さなければならないわけだが……お前たちからすれば今回の騒動の最終局面だろう? 最後の戦い――というわけだ!』
直後、目にも止まらぬ速度で振り下ろされる大剣。缶切りというか栓抜きというか、歪な形をしている故にいくつもある刃先から高温の斬撃が無数に放たれ、その全てがオレたちの方に――
「――!! 『ゲネラルパウゼ』っ!!!」
手を叩いて剣を増やす暇もなく、オレはマトリアさんの双剣を投げ、それに大量の「闇」をまとわせて巨大な盾にし、壁の前の地面に突き立てた。「闇」の向こうで無数の爆発が起き、爆風が吹き荒れる。
『ほう、妙な力を使う……それは……弾いたのか? もしやそれでゼキュリーゼを?』
吸血鬼の「闇」は魔法を弾き、クロドラドさんの今の攻撃はどう考えたって魔法のそれ。元々触れたら爆発する攻撃だったのだろう、弾かれても起爆したわけだがその衝撃はオレたちや壁には届かなかった。
交流祭でマーガレットさんの雷を弾いた時は電気としての性質である痺れとか熱とかは弾けても勢いまでは殺せなかったのだが、今の爆発は完全に防御できたようだ。
どうにも境目が分かりにくいが、魔法が放たれた瞬間に与えられた運動エネルギーだけが対象外という事なのだろうか?
それとも……これも魔法のようにイメージの影響を受けるのだろうか。
「――いきなりアンジュたちを狙ったのは許せないが……今の攻撃! どうかしているぞクロドラド! 煌天石で覆った大剣から火の魔法を放つなんて一歩間違えれば自殺行為だ!』
『それがそうでもないし、これはお前たちに対する有効な防御手段だよ。』
オレンジ色に染まった剣を眺めながら笑うクロドラドさん。
『この場でハッキリしている事として、私は我々の頂点であるガガスチムと人間側のトップと言っても過言ではないフェンネルを倒さなければならないが、幸い共に火の魔法を使う。こうして煌天石を盾とすればお前たちの魔法を封じる事ができるわけだ。』
「――っ……確かに僕はそうだろうが、ガガスチムは火の魔法を加速の為に使っているから関係ないだろ!」
『ふん、そこが人間の目の限界だな。ここで採れた煌天石が強大な力を秘めているのと同じ理屈で、我々の身体も他の場所で生活している同種の者より火の魔力との親和性が高い。結果、この身体は周囲に漂う火の魔力を常に鎧のようにまとっているのだ。座って葉巻をふかしている分には問題ないが、戦闘ともなればその密度は高まり、煌天石が反応するレベルにまで達する。さっきガガスチムが手を止めたのもそういう理由だ。』
フェンネルさんは炎をまとった足技主体で、ガガスチムさんも今の話の通りなら魔法を使わなくても反応してしまう。煌天石はネックレスとして首にぶら下げる程度の大きさでも身体の半分を消し飛ばす威力があるというし、それで覆われた大剣に向かっていくというのは危険すぎる……!
『……フェンネル、ここから先はわしに任せろ。』
「! 何を言ってるガガ――」
顔を向けたフェンネルさんが息を飲む。ワルプルガで行われた数々の勝負を常に「バッハッハ」と笑って楽しんでいたガガスチムさんは、豪快な笑みを浮かべていた顔に静かな怒りを孕む険しい表情を刻み込み、その身体を黒いアーマーで覆い始めた。
『フェンネルの弟子たちも退いてくれ。身内の不始末は身内でつける。』
「い、いや待てガガスチム! いくらお前でも煌天石の爆発は――」
『悪いな、もはやそういう問題ではない。わしには長としてつけなければならないケジメがあるのだ。それに……一方的にやられる気はない。』
ワルプルガで戦った時もこんな風だった……いや、きっとあの時以上なのだろう。ノクターンモードになったオレの目に見えるのは黒いアーマーをまとったガガスチムさんの周囲を覆う濃密な火の魔力と、拳に集まる土の魔力。重々しい金属の塊が拳を覆っていく。
『そもそも……クロドラド、それが起爆したらお前もただでは済まないぞ。』
『敵の心配とは余裕だな。』
『どうやら片腕がないようだからな。デモニデアか?』
『いや、ただの事故だ。』
軽い会話をしているように聞こえるが、全身を漆黒の鎧で覆って拳を構える者と片腕ながらも凄まじい剣気を放ちながら隙なく構える者の睨み合いで空気はズシリと重くなっていった。
「みんな、衝撃に備えるんだ。」
そんな中にふと聞こえた声に空を見上げるとフェンネルさんが近づいてきていて、そのまま壁の上に着地した。
「ロイドくんが作った盾の裏に。奥様も何かにつかまって……」
「あ、あのフェンネルさん、ガガスチムさんは大丈夫でしょうか……」
オレがそう聞くと、フェンネルさんは苦い顔で答えた。
「大丈夫……ではないかな。あいつ、あの様子だと相討ち覚悟だろうから……」
「相討ち!? そんな、煌天石の爆発をまともに受けたら――」
「うん……頑丈なガガスチムでもかなりまずい。それに奥の手とはいえクロドラドがあんな危険なモノをそのまま使うとは思えないし、あの左腕も変だ。」
「変……?」
「どうしてああなったのかわからないけど、クロドラドにだって再生能力はあるのに腕は無いまま……正直まだ何かしらの隠し玉を持っている気がしてならないよ。けれど……ったく、普段は面倒そうにしてるくせにこんな時ばっかりカッコつけて……長としてのケジメとか言われたら止められないじゃないか……!」
苦い顔に悔しさが混ざった顔でガガスチムさんを見るフェンネルさんだったが、その肩をポンポンとロゼさんが軽く叩いた。
「確かに厳しい状況だわ。もうちょっとで来る我が国の軍も相手があれじゃあどうしようもないでしょうね。だけど……もしもガガスチムが負けたとしてもクロドラドが無傷って事はないはずで、隠し玉ならこっちにもまだあるのよ、フェンネル。」
「!? それは一体……」
「私、あなたがここに来るちょっと前からここにいて、愛娘たちの奮闘を見ていたの。私は戦いの素人だけど、今ここにある力で何ができるのかを考える事はできるわ。」
フェンネルさん同様に全員が余裕のない表情でいる中、ロゼさんはニッコリとした笑顔をオレたちに向けた。
「ほらほら騎士の卵たち、あなたたちの出番がまた来るかもしれないのだから、戦う相手の動きをちゃんと見ておかなきゃダメよー? とりあえず深呼吸でもしたらいーわー。」
迫りくる魔法生物の大群を止め、暴れるゼキュリーゼさんを倒し、一段落したところに黒幕であるクロドラドさんの登場。ホッとしたところにやってきた更なる緊張と積み重なった疲労でこわばっていたオレたちはロゼさんの言葉を受け……まずは深呼吸をし、そして目の前で始まろうとしている一つの戦いに目を向けた。
『……答えるつもりがあればだが……何故こんな事をした、クロドラド。』
『何故、か……キッカケはちょっとした偶然というか運命というか、言い繕えばこの先にあり得る不幸から同胞を救う為とでもなるんだろうが……ハッキリ言うなら個人的な感情の、衛生上の問題だ。別にお前やデモニデア、ゼキュリーゼが嫌いだからとかそういう理由じゃないという事だけは断言しておこう。』
『そうか。』
ググッと引いた拳に力をためていくガガスチムさんに対し、クロドラドさんは……さっきまでのどこか吹っ切れたような呆れたような感じではない、真剣な表情になる。
『……今一度確認の為に言うが……これは煌天石だぞ、ガガスチム。』
『わかっている。だがそれは火の魔力に反応して爆発するというだけでこちらの攻撃を吸収するわけではないからな。多少なりとも爆発の威力で勢いを殺されるだろうが、それでもお前を殴り抜いてみせる。』
『……覚悟の上か……』
『いくぞクロドラドッ!!!』
爆炎が噴き出し、一直線にクロドラドさんの方へ突撃――するかと思いきや、ガガスチムさんは真上に飛び上がった。一瞬でその巨体が点になるほどの高度に上がったガガスチムさんは、肘からの爆炎でコマのように回転し始めた。
例えるなら、エリルのようなとんでもパワーにオレの回転剣みたいに遠心力を上乗せしているような状態。ただでさえすごい威力だったガガスチムさんの一撃が更に強力になっていく……!!
『わしからの全力の仕置きだ! 噛み締めろよっ!!』
炎の竜巻と化したガガスチムさんが龍のように空でうねり、爆炎と重力の力で急降下を始める。渦巻く炎の嵐が空間を熱しながら赤色に染めていき、それに比例して気温が高まり風が吹き荒れる。そして――
『ボンバアァァァァッ!!!!』
正面の空気を爆散させながら放たれた拳は堂々たる真正面からの一撃。煌天石などおかまいなしに炎をまとって迫る強大な力を前にオレは――オレの強化された五感は信じられないモノを捉えた。
『残念だよ、ガガスチム。』
拳に合わせて盾のように前に出される煌天石で覆われた大剣。それを支えるのは右腕のみだったのだが――直前、クロドラドさんの元々のそれとは全く異なる左腕が一瞬で生えてきた。
ドゴオォォンッ!!!
防衛戦が始まってから何度かとんでもない爆音や衝撃波が走ったけど、今日一番の轟音を響かせたその一撃に対し、当然の事ながら今日一番の衝撃が来ると全員が身構えたのだが――
「…………おい、なんか変じゃねーか?」
その巨体を頑張って小さくしているアレクが怪訝な声で呟く。
そう、変だ。音はしたのにいつまでたっても衝撃が……爆風すら来ない。大轟音の割に何も起きないのだ。
「!! ど、どういう事だこれは……!!」
いち早く立ち上がったフェンネルさんが信じられないという顔をした。その視線の先、ぶつかったガガスチムさんとクロドラドさんの方を見て、オレもまた目を丸くした。
『――っ、ぐぁ……ふ、ふふふ、さすがだなガガスチム……これで死なないとは、お前の頑丈さには呆れるよ。』
表面から黒煙をふき出す大剣に体重を預け、なんとか片膝立ちしているクロドラドさんの右腕と両脚にはまるで内側から破裂したかのような傷がいくつもあって……そして何よりも目を奪う禍々しい左腕が凶悪な気配を――い、いや、それよりもガガスチムさんが……!!
『おま……え……それは、一体……』
クロドラドさんの正面、黒煙と砂塵が舞う場所に浮かび上がるシルエット。その巨体は間違いなくガガスチムさんなのだが――
「ガガスチムーっ!!!」
フェンネルさんの叫び声が響き渡る。
漆黒のアーマーは残さず消し飛び、それでもなお頑丈だった肉体はあちこちがえぐれて場所によっては炭と化した骨が突き出している。そしてパンチを打ち込んだ右腕に至っては何がどうなっているのかわからないくらいにグチャグチャになって……!!
『ふふ、フェンネルの弟子のように私にとってマイナスのイレギュラーがいたかと思えば、いきなり現れてこっちの左腕を奪ってこんなお土産を置いて行ったある意味プラスのイレギュラーもいたのさ。』
ガガスチムさんに比べれば軽傷だがそれでも満身創痍と言えるだろう身体で立ち上がったクロドラドさんは、動きを確認するかのように禍々しい左腕を振る。
『人間が我らのようになろうと思って作り出した、魔法適正を持つ人工の生体部品。所詮真似事かと思いきや一つ一つに異なった特性があり、場合によっては我らの能力を上回るのだそうだ。』
!? 魔法適正を持った生体部品……それって……!
『あの化け物は確か……そう、これをツァラトゥストラと呼んでいた。』
ツァラトゥストラ……! ついこの間フェルブランドを襲った反政府組織オズマンドが使っていたあの……あれがどうしてクロドラドさんのもとに……!?
『この腕は特に魔法の制御に関して絶大な力を発揮してな。デモニデアにも勝てたのも、お前の渾身の一撃を前にこうして立っていられるのもこれのおかげだ。』
覆っていた煌天石が全て爆発したのか、元の表面に戻った大剣を肩に乗せるクロドラドさん。
『煌天石が引き起こす爆発――火の魔力に反応して起きるそれは当然ながら魔法的な現象だ。よって、お前の炎を受けて炸裂した煌天石のエネルギーの全てを……本来なら私を巻き込んで爆散する破壊力の全てをお前に集中させた。結果、お前の一撃を相殺しつつ瀕死の状態まで追い込むことができたわけだ。まぁ、相殺し切るのに必要なエネルギーが予想以上だったせいで剣を支えた私の身体はあちこち破裂したわけだからさすがの一撃というところだな。』
『……く、はは……まったく、とんでもない奥の手を……この野郎め……』
一撃のみの勝負の終わり、嬉しそうな顔では決してないクロドラドさんは痛々しい姿となってもなおニヤリと笑ったガガスチムさんがゆっくりと倒れるのを見つめ……オレたちの方へと視線を移した。
『ガガスチムもなかなかの再生能力だからな、その内復活するだろうが……その頃には全てが終わっているだろう。残るはお前たちだけだが……ヤル気か?』
クロドラドさんがそう聞いたのは、ガガスチムさんの敗北もそうだがツァラトゥストラの登場に頭が追い付いていないオレたちの中でロゼさんが腕組み仁王立ちしているからだ。
「さすがガガスチムね、いい仕事をしたわ。そっちの切り札を引っ張り出し、その能力も明らかになった今、私は確信を得たわ。あなたこそヤル気なの、クロドラド。」
『お前は……フェンネルのところの奥さんとかだったか。確かただの学者だろう? 随分と場違いじゃないか。』
「ちょっと、それじゃあ私がフェンネルの妻みたいじゃない。正しくはフェンネルが仕えるカンパニュラ家当主、カベルネ・カンパニュラの奥様よ。」
『どうでもいい。そこの……機械の塊はまぁよくできていると思うが、今の攻防に参戦できるほどのモノなのか?』
「組み合わせ次第ね。ところでもう一度聞くけど、ヤル気なの、クロドラド。見たところあなたたち自慢の再生能力が発動してないみたいだけど?」
ロゼさんの言葉でハッとする。煌天石の爆発の衝撃を、直接ではないにせよその一部を支えた事で負傷した四肢の傷がそのままになっている。
「ツァラトゥストラ――研究所内でも話題になったわ。それを身体に埋め込んだ悪党が増えてるらしいってね。私はそっち系の専門じゃないけど簡単に予想できるわ。元々魔法適正の高い身体を持ってるあなたがそんな外部で作られた部品を、しかも人間用のモノを取り込んだりしたら齟齬が生じて当たり前よ。」
『……そのようだな。だがそれがどうした。』
肩に乗った大剣が再び煌天石のウロコに覆われる。
『再生能力はなく、傷も負っている。だが煌天石の莫大なエネルギーとそれを制御する術を持つ私にお前たちが勝てるとでも思っているのか? 塵も残さず消し飛ぶぞ。』
「どうかしら?」
ふふんと笑ったロゼさんはポンポンとオレの肩を叩いてこう言った。
「今のロイドくんみたいに、その黒い霧でここにいる全員を覆う事はできる?」
黒い霧……「闇」をみんなに……みんなに?
「できれば機動鎧装にもね。」
「は、はい、やってみま――」
言われるままにやってみようとしたその時、オレはロゼさんの狙いを理解した。
「――! 了解です!」
オレは――そういえばどこから湧いて出ているのかわからないけど、「闇」を放出して全員を黒い渦で包み込む。
「ちょ、ロイド、何よこれ……」
「ちょっとだけじっとしていてくれ。すぐ終わるから。」
『……? 何か企んでいるようだが……それを待つほど余裕もないんでな。』
大剣を覆う煌天石を一枚剥ぎ取り、禍々しい左腕で握ってグッと拳を引いたクロドラドさんは――
『これで消えろ。』
その拳に炎をまとわせたかと思うと左腕を前に突き出して手を開いた。そこから放たれたのは極太のビームで、オレは再度『ゲネラルパウゼ』で防御しようとしたのだが――
『むんっ!』
黒い渦から飛び出し、オレたちがいる壁を背に前に出た機動鎧装――カラードが腕をクロスさせてその攻撃を受け止める。おそらく煌天石のエネルギーを制御して一直線に放ったのだろうその一撃は――
『はぁっ!!』
カラードの機動鎧装が両腕を開くと共にはじき返され、幾筋にも分裂したビームは四方八方に散った。
『なんだと……』
攻撃が弾かれたのを見てか、それともそれを成したカラードの機動鎧装の変化を見てか、クロドラドさんは目を見開いた。
「ふぅ、助かったぞカラード。やっぱり表面が平らな方が「闇」をまとわせやすいみたいだ。」
『ふむ、受けた衝撃は極軽微……なるほど、これが弾くという事なのか。』
それはガガスチムさんのような漆黒の鎧。シルエットはそのままに色だけが真っ黒に染まった機動鎧装でグルグルと腕を回すカラード。そして――
「……あたしこんな真っ黒な服着た事ないわ……」
武器や鎧のように硬くて平らなモノと比べると布や皮膚のように柔らかいモノに「闇」をまとわせるのは少し難しく、それゆえに機動鎧装より時間がかかったが……準備の整ったみんなが姿を見せる。
「ふむ、これといって重さも感触もないのだな、「闇」というのは。」
「だ、だけど真っ黒……な、なんだかす、すごく高貴な人……みたいだよ……」
「これってもしかしてロイドの趣味なのー?」
「しゅ、趣味じゃないです!」
オレがやったのはみんなに「闇」をまとわせる事で、即ちノクターンモードのように服を黒く染め上げる事だ。加えて露出してしまう四肢の肌も「闇」で覆うようにした結果、黒く染まったセイリオスの制服に加えて……こう、パーティーとかでドレスを着たご婦人がするような肘の上まである真っ黒な手袋と、ローゼルさんが身につけているような黒いススス、ストッキングを身につけたような外見になっていた。
「うお、ここまで全員真っ黒だと葬式みてーだな。」
ちなみにアレクはズボンだから黒い手袋を追加しただけのようになっているのだが……服だけではなく全員の武器も黒くなっているので本当に真っ黒で……確かにお葬式みたいだ……
『縁起でもない事を言うなアレク。それに『コンダクター』たるロイドが率いるのだから、我らは差し詰め楽団……オーケストラというところだろう。』
オーケストラ……オーケストラか。それはカッコイイな。
「あら? でもロイドくん、これだと顔は無防備って事になるのかしら? 私も目出し帽姿の愛娘は見たくないけれど……」
ロゼさんの当然の疑問にオレはドキリとする。
「え、えぇっと……す、すみません、兜とかをかぶるならイメージしやすかったんですけど……そうでないと今ロゼさんが言ったような状態しかイメージできなくて……そ、そんなアレをみんなには……あ、あの、こんな時に何を言っているのかって感じですけどあの……」
本当に、我ながらこんな時にまで何を考えているんだと思うがどうしても――
「ダ、ダサい気がしてできませんでした……!」
オレの答えにキョトンとしたロゼさんは……しかし怒るわけでもなく、ニッコリ笑ってオレの背中をバシバシ叩いた。
「うふふ、そーよね、むしろ私が意地悪言ったわね! そうよ、カッコよさは大切だわ。すごい技だってイカした技名がついてなきゃ威力も半減ってものよ。」
「ふむふむ、愛する妻を強盗団のような見た目にはしたくなかったというわけだな。」
「ああ、だけどそれ以外は全身がロイくんの「闇」――愛に包まれてる……! やん、もう、ロイくんてば!」
「あんたら――」
「これが奥様の言う隠し玉……」
未だ戦闘中とはいえピリピリしていた空気が緩んで心が落ち着いた中にトーンの低い声が広がる。
「魔法を弾く……ならば……ならばどうして――ガガスチムに……!!」
元々全身が黒いから外見的には変わっていないフェンネルさんは、しかし明らかな怒りをあらわにオレを睨みつけたが――
「こら。」
即座にロゼさんに頭を叩かれた。
「気持ちはわかるけど順番を間違えちゃダメよ、フェンネル。ガガスチムの一撃があったからこそクロドラドが左腕を出し、煌天石の魔法的エネルギーを操るっていう技を見せたの。そしてその技を見たからこそ、最初にクロドラドの攻撃をロイドくんの黒い盾が弾いたのと合わせてこの黒い霧――「闇」なら勝機があると確信したのよ。結果としてはガガスチムに「闇」をまとわせていれば良かったってなってるけど、あなただってクロドラドが隠し玉を持ってるって言ってたでしょ? それを確認する前にこっちのを明らかにするのは愚策よ。」
戦いに関しては素人だと本人は言っていたけど……そもそもにして科学者であるロゼさんは物事の分析や考察を得意とする人で、その理路整然とした説明にフェンネルさんは……一度深呼吸をした。
「…………すまない、ロイドくん。八つ当たるところだった。」
「い、いえ……」
八つ当たりも当然というモノ、オレが同じ立場だったらきっと同じ事をしている。
こういう力を持っているオレ自身が、もっとよく観察して動くべきだったのだ。そうすればガガスチムさんが負ける事もなかったかもしれないのだから……
「! ティアナくん、そういえばデモニデアは……」
落ち着いた雰囲気に戻ったフェンネルさんがそう聞くと、ティアナは横に寝かせている丸い猫――デモニデアさんのお腹を撫でた。
「傷は塞いで、中の損傷も、なんとか……あとは本人の生命力……に、任せるしか……」
「そうか……いや、処置してくれただけでもありがたいよ。デモニデアは――」
「おいおいお前ら、こっちがのんびりしてっからあっちが準備万端になっちまったぞ。」
フェンネルさんが何かを言いかけたところで、赤いドレスを黒く染め上げ、手袋とストッキング的なモノのせいで一番パーティー感の強い外見になったストカが指をさす。
『全く、イレギュラー過ぎるのもいい加減にして欲しいものだな……』
煌天石を使った攻撃が弾かれてから、オレたちが会話している間にクロドラドさんも準備を整えたようで、右手の大剣だけでなく、禍々しい左腕の表面にもオレンジ色のウロコ――煌天石が敷き詰められていた。
『何故今回なのだ? 何故私が行動を起こそうと決めたその時に魔人族だのなんだのがやってきた? 何故このタイミングに……この時に貴様らはっ!!』
初めて――いや、ようやくと言うべきか。きっと色々な下準備をして起こしただろう今回の計画を端から崩していったオレたちに対し、クロドラドさんは怒りをぶつけた。
「ふふ、あなたたちの間でどう言うか知らないけれど、私たちの間じゃあそういうのを因果応報って言うのよ、クロドラド。悪い事はできないものよねー。」
『悪い事だと……? 内側に悪鬼外道を住まわせる者がほざくな人間っ!』
そう叫びながら、まるでオレたちに見せるように手にした大剣を地面に突き立てた。
『この剣はかつての同胞が朽ち、成った姿! この方は私に見せてくれたよ……人間の悪逆をなっ! 何を隠そう、この方自身も欲をかいた人間の卑劣な罠にはまり、命を落としたのだ!』
クロドラドさんの叫びに反応するかのように、煌天石のウロコをまとった大剣はその形を更に禍々しいモノへと変化させていく。
『信じられなかったさ……ヴィルードで共に生きる人間は良きパートナーだったからな。だから私は自分の目で確かめた。外に出て違う土地に生きる同胞たちを尋ね……そしてその旅路で理解した。貴様ら人間は豹変するとな。』
「豹変?」
『そうだっ! 正直言って意味がわからない、どうでもいいような事をキッカケに態度を裏返し、支配する側にまわったなら最後、その振る舞いは外道そのもの! あまつさえ同族を奴隷と呼んで「使う」始末! 持ち前の頭の良さもそっち方向に振るうとあっては持ち腐れだな!』
「ああ……あなたが何を見たのか想像できるわ。その感情も理解できるけど……クロドラド、何を子供みたいな事を言ってるのよ。良い奴もいれば悪い奴もいる。世の中には人間を殺し、その死体を弄ぶ事に快楽を覚えたあなたたちの同胞だっているのよ?」
『そんな事はわかっている! だが知ったのだ! 歩み寄ったパートナーは外道の可能性を秘めている! 何がキッカケで我々が「使われる」側になるか! そんな――そんな生き物だと理解して後、普通に接する事ができると? できるわけがない、こんなくそ忌々しい怪物共と!』
「……あなたそれ、結局随分と個人的な理由になってるわよ……?」
『その通りだ。ガガスチムにも言ったが、これは個人的な問題だ。貴様らは醜い、生かしてはおけない、ただそれだけだ。』
「……その割には、人間の犯罪者の手を借りたりしたわけね。」
『貴様らお得意の「使う」をやっただけだ。この知能を活かしてな。』
「やれやれねー……」
仁王立ちでクロドラドさんと話していたロゼさんはため息をつきながらくるりとオレたちの方を向いた。
「どんな大義名分が出るかと思ったら、子供の駄々だったっていう……いえ、ある意味いい理由かしらねー。なんにせよ、そうやって暴れてる奴は誰も止められない強大な力を持ってる。なんとかできるのはあなたたちだけ。ヘロヘロでしょうけど、もうひと踏ん張りを……この国の一国民としてお願いするわ。」
そしてペコリと、ロゼさんは頭を下げた。
「どうか騎士様、私たちの街を救ってください。」
それはフィリウスとあちこちを旅していた頃、魔法生物の侵攻を何とかして欲しいと頼んでくる人たちの言葉。すっかり頭から抜けかけていたが、今回のワルプルガへの参加はセイリオス学院、一年生の校外実習の一つ、魔法生物討伐体験特別授業。
ここに来て、最後の最後の大詰めで、正式な依頼が騎士の卵であるオレたちになされた。
我ながら単純だが、それだけで何か奮い立つモノが――
『お任せを! その為に正義の騎士は立ち上がるのですから!』
……オレ以上にあったらしいカラードの勇ましい声と共に、オレたち『ビックリ箱騎士団』と臨時追加メンバーであるストカ、相手にこの国一番の騎士と認められたフェンネルさんにいずれ世界中の人々を侵攻から救う未来の力、機動鎧装が構える。
『いい気になるなよっ!!』
隙のない剣の構えから流れるような一歩の踏み込み。たったそれだけで間合いを詰めたクロドラドさんに、遅れる事なく反応したカラードの機動鎧装が迎え撃つ。
『刻め! ブレイブラーッシュッ!!』
『うおおおおおおおっ!』
サイズで言えばクロドラドさんよりも機動鎧装の方が大きいのだが、結局どっちもオレたちよりは大きくて、だというのに目にも止まらない速度で繰り出されるランスの連続突きとそれに反応する超速の大剣さばき。
大きな機動鎧装の方が有利かとも思ったが、クロドラドさんの速度で翻弄されるとそうとも言えず、カラードの反応が遅れ気味なってきた……!
「加勢するぜカラード!」
巨大な武器のぶつかり合いの中にちゅうちょなく飛び込んでいったアレクは、それを見て攻撃の速度を上げ、クロドラドさんを一瞬釘付けにしたカラードとタイミングを合わせてバトルアックスを振るった。
『――っ!!』
両者の猛攻の間を縫う繊細かつ強力な一撃を禍々しい左腕で受けるクロドラドさん。煌天石が硬いのか元々頑丈な身体なのか、わずかに切り込んだだけで止まったバトルアックスだったがその衝撃は大きかったらしく、踏ん張った両脚の傷口から血がふき出す。
「はっはー! 脚のダメージのせいで踏ん張りが効かないとみたぜ! 試合の時よりも力が弱いぞ!」
『打ち抜け! ブレイブブロオオオオオオオウッ!』
一瞬の隙を逃さず、互いの距離が近すぎるも身体を大きくひねって放たれた機動鎧装の拳。クロドラドさんは大剣の腹でそれを受けるも、そのまま後方へ飛ばされた。
「クロドラドーッ!」
身体が宙に浮いたクロドラドさんへと走る、螺旋の炎を尾に引いた紅蓮の弾丸。フェンネルさんの回転を加えた飛び蹴りに対し、クロドラドさんは煌天石をまとった左腕を盾にする。
ドゴオォォンッ!!
炎をまとったフェンネルさんの脚が触れた瞬間に起爆する煌天石。ガガスチムさんの時と同じように、球状に広がるはずの破壊力が一点に集中してフェンネルさんを飲み込んだが――
「『烈火豪炎旋風脚・紅焔』っ!」
爆炎の中から飛び出したフェンネルさんに驚きながら、繰り出された鋭い蹴りを受けてクロドラドさんがふっとんだ。
「……! 顔に熱は感じるけれど、脚で払えるなら大した問題じゃない……あのとてつもない威力をここまで無効化してしまうとはね……」
着地し、自分を覆っている「闇」を撫でながら呟いたフェンネルさんは、蹴り飛ばされて地面に転がったクロドラドさんを見る。
「……今体験した通りだクロドラド……ガガスチムのアーマーを消し飛ばした力をモノともしないこの力、切り札である煌天石はお前の魔法も含めて完全に封じられた。」
『く、くくく、そのようだな……まったく嫌になる。』
唾を吐くように口にたまった血を吐き出しながら立ち上がるクロドラドさん。
「そして奥様の言う通りなんだろう……その左腕のせいで再生能力が止まっている。ガガスチムとの戦いで生じた傷は塞がらず、戦闘を続ければ広がる一方だ。その内身体が煌天石のエネルギーを放つのにも耐えられなくなるぞ。」
『なんだフェンネル、降参しろと言うのか? それはあまりに早計だろう。』
禍々しい左腕をゆっくりと空に掲げると、クロドラドさんはその腕を炎で覆った。即座に起爆する左腕を覆う煌天石だが、そのエネルギーは……ノクターンモードの感覚で言うと無理矢理に左腕の中に押しとどめられた。
『発生したエネルギーは、何も放つだけが使い道じゃない。』
そして押さえられていたエネルギーがクロドラドさんの左腕から全身へと巡り始め――こ、これは……!
『貴様ら人間……とは、異なり……我々の身体は、魔法の力を素直に受け、入れる……! この膨大なエネルギーはそのまま……私の、力となる……!』
あまりにも不安定。今にも爆発しそうなエネルギーを全身に宿したクロドラドさんの身体はオレンジ色に光り輝いた。まるで……カラードの『ブレイブアップ』……!
『再度、教えてやる……貴様らと我々では根本的に――力が違うのだと――!!』
「ローゼルさんっ!!」
動きを察知し、オレがローゼルさんを呼び、ローゼルさんがそれに応えてオレたちの前に氷の壁を作った瞬間、おそらくただの脚力だけで瞬間移動のように目の前に現れたクロドラドさんが大剣を振り下ろした。
一瞬止まる大剣。だが剣が切り込んだ場所から瞬間的に亀裂が走り――
『はああああああっ!!』
クロドラドさんの叫びと共にローゼルさんの氷の壁は砕け散った。
「――『メテオ――』っ!!」
火の魔力が満ちた環境で本人の疲労もピークであるとは言え、ラコフとの戦いであらゆる攻撃を防いできたあの氷が剣の一振りで砕かれた事にオレの思考が空白になる中、一瞬とはいえ確実に止まったクロドラドさんの攻撃の隙を逃さずに拳を――ガントレットとソールレットの全てを一つに合体させた最大威力の攻撃を構えたエリルが叫ぶ。
「『――インパクト』っ!!!」
エリル全身全霊の爆発を推進力として放たれた一撃は飛び散る氷の欠片の中を突き進み、クロドラドさんの身体へとめり込――
『つああああっ!!』
――んだかのように見えたそれは左腕で受け止められ、尋常じゃないパワーで軌道をそらされてあらぬ方へと飛ばされた。
『――っ! くそ忌々しいっ!!』
勢いの全てを受け流すことまではできなかったクロドラドさんは空中でグルグルと回転した後着地する。エリル必殺の一撃を受け止めた左腕はもはや原型をとどめないほどにひしゃげて肩口からちぎれんばかりの状態だが――
『ぐ――アアァッ!!』
まるで折れた関節を逆方向に曲げて無理矢理治すように、ゴキゴキと嫌な音を立てながら左腕が元の形に戻った。
『ふ――くく、ツァラトゥストラとやらには……単体で再生能力がある、らしいな……!』
ニヤリと笑うが余裕はなさそうなクロドラドさん。左腕はともかく、その他の箇所には新たな傷口が開き、血を流している。凄まじい身体能力に身体そのものが耐えられていないんだ。
攻撃をよけたり防御したりというのに専念してクロドラドさんの自滅を待つのも手だと思う。だけど今のローゼルさんとエリルの攻防で直感した。たぶん、それを待っていたらその前にこっちは全員やられる。
それに活路はある。エリルの攻撃を受けた左腕は確かに治っているけれど……今のオレの目にはわかる。左腕とクロドラドさんの身体の境目、さっきよりもエネルギーの伝達が滞って見える。単純な話で、元の身体と後からくっつけた異物のつなぎ目は他よりも強度がないのだ。
亀裂の入ったその場所に追加の攻撃を叩き込み、エネルギー源であり、煌天石の力をコントロールしている左腕を本体と切り離すことができれば……!
「カラード! 悪いけど――」
『ああ、相手の強さからして逃げの選択はないだろう。接近しての攻撃はおれたちに。援護を頼むぞ。』
オレと同じ事を考えたらしいカラードは、足元に立っていたアレクに視線を落とす。
「お、どうした。」
『考えてみれば当然だが、さっきのコンビネーションで確信した。たぶん、おれとアレクはフェンネルさんが言っていた互いのリズムを熟知している。そっちが生身なのが申し訳ないが、一緒にメインアタッカーを務めてくれるか。』
エリル命名の強化コンビ。オレたちが二人と知り合ったのはランク戦からだったけど、ルームメイトである二人は当然もっと前から知り合いで、共に第一系統の強化魔法の使い手。朝の鍛錬を見ていてもわかるが、二人のコンビネーションは抜群だ。
「は、いいねぇそういうの。熱いじゃねーか!」
『おれは負荷が軽減する機動鎧装の中、アレクはフランケンシュタインさんお墨付きの頑丈な身体。普段よりも強めに行くぞ。』
「おうよ!」
巨大な黒い甲冑と、それに比べたら小さく見えはするけどバトルアックスをかついだ大男が一歩前に出る。
「ふふふ、随分カッコイイ二人だね。」
そしてその隣にフェンネルさんが……苦笑いで立つ。
「こうなると二人のリズムを崩しかねないから援護になるけれど、僕も接近戦の一員に加えてくれるかな。」
『心強いです。』
カラード、アレク、フェンネルさんがアタッカー。ならばオレたちは――
「ロゼさん、他の機動鎧装をオレたちの前に並べてもらえますか? この黒い盾を解いて三人の援護に集中するので。」
「了解よ。全員、整列!」
クロドラドさんは「闇」の効果を見て、攻撃方法を煌天石のエネルギーなどを放つ魔法系から身体能力と自身の剣術、体術を武器にする近接戦闘に切り替えた。だけどこちらの隙を作る為に、あのビームをロゼさんたちに撃つ可能性は十分ある。だから「闇」をまとった機動鎧装を壁としてこの場所の防御をかためて……
「ローゼルさんは――えっと、もしかして魔法は……」
「ああ……すまないが、さっきので限界のようだ……」
魔法の負荷がピークに近いところにさっきの咄嗟の防御――当然だろう。
「わかりました。ローゼルさんはティアナとここで待機で……ティアナ、たぶんあの三人結構なダメージを負うと思うから、応急処置の準備だけしておいて。」
「わ、わかった……」
「リリーちゃんはオレの合図で『ゲート』を出して。疲れていると思うけど……たぶん二回お願いすることになる。」
「任せといてロイくん! あとでご褒美ちょうだいね!」
「う、うん……アンジュはありったけの『ヒートレーザー』をためておいて。こっちも合図するから。」
「りょーかーい。」
「ストカ、辛いだろうけどもう一息頼む。クロドラドさんの動き、お前は捉えられるだろ? 土の魔法で三人の援護をしてくれ。」
「……んだよ、気づいてたのか?」
「気づくも何も……今は夜じゃないからな。」
「そりゃそうか。まー、ロイドがその気になればそれでも色々できるよーになんだが……それはまぁいいか。未来の王の為に頑張るぜ。」
「お、おう……でもって……エリル。」
「……どうすればいいのよ。」
「さっき飛ばしたガントレットとソールレット、遠隔で動かせるか? もう一回『メテオインパクト』を撃って欲しいんだけど。」
「わかったわ。あんたの合図を待てばいいの?」
「いや……これはエリルのタイミングでいいよ。」
「は?」
「さっきローゼルさんの氷が割れた時も即座に動いたのはエリルだけだった。ノクターンモードのオレよりもエリルの方がベストなタイミングを逃さないと思うというか……オレもこの感覚を使いこなしてるわけじゃないし、正直エリルの感覚の方が頼りになるんです……」
「……吸血鬼の力使っといて何言ってんのよ……じゃあストカに――」
「いや、あいつはあいつでもう限界のはずだから……」
「……わかったわよ。任せなさい。」
「おお……さすがエリルだ。」
「何がよ……」
どういう理由っていうか、あたしの何を見てそう思ってるのかわかんないけど、変に嬉しそうな顔で前触れもなく――ベルナークの剣を本気モード……じゃなくて真の姿……高出力形態っていうのにするロイド。マナの充填が必要らしいんだけど、このヴィルード火山がそういうのに満ちた土地だからなのか、一回使っても一晩で満タンになるらしいのよね。
……ノクターンモードになって全身黒々としてるところに綺麗な青色の剣っていうのが微妙に合わないけど、まぁロイドっぽいわね。
『なんだ……前に出たのは三人……だけか……?』
並んだ三人を見てググッと腰を落として大剣を構えるクロドラドに対し、カラードの乗った機動鎧装がビシッとランスを向ける。
『時間にすれば、おそらく一分にも満たないだろうが……この一戦が後の正義につながらん事を。正義の騎士ブレイブナイト――推して参る!』
クロドラドに向けてたランスを天に掲げ、カラードは叫ぶ。
『ブレイブアップ・プロパゲイトォォォオオォッ!!』
真っ黒だった機動鎧装が金色に……ならなくて、なんかこう、関節とかの隙間から金色の光が漏れ出るっていう変な状態になった。
まぁ、いつもみたいに身にまとってるモノに強化をかけてもロイドの「闇」が弾いちゃうからその内側だけっていうイメージでやったんでしょうけど……カラードはともかく、同じように服の隙間から光が漏れてるアレキサンダーがマヌケだわ。
『強化……? 今さらそんな魔法で――』
って言いかけたところで、既に自分がカラードとアレキサンダーに左右からはさまれてる事に気づいたクロドラドは、両腕を広げてランスを大剣で、バトルアックスを左腕で受け止めた。
『――っ! 貴様らっ!』
普通ならぺしゃんこになるその攻撃を受けきったクロドラドはその変な形の大剣のくぼみにカラードのランスを引っかけて絶妙な手さばきで剣を振り、左腕で受けたアレキサンダーのバトルアックスをつかんで二人を自分の頭上でぶつけた。
『!!』
――と思ったけど、ぶつかる寸前でお互いがお互いにぶつからない方向に回避し、先に着地したカラードが機動鎧装でクロドラドの脚を払い、宙に浮いたところにアレキサンダーがバトルアックスを叩き込んだ。
甲高い音がして、たぶんバトルアックスはちょっとも斬り込めてないんだろうけど、アレキサンダーの馬鹿力で大きく姿勢を崩したところにフェンネルが蹴りを入れる――その寸前、煌天石のエネルギーを蓄えた左腕から炎っていうかビームを発射。フェンネルにそれをぶつけると同時に発射の勢いで姿勢を戻したクロドラドは、尻尾を地面に突き刺し、大剣の……向き的には峰にあたる部分から炎を噴射、その勢いで尻尾を軸に大きく回転。ビームを抜けて突撃したフェンネル、追撃を仕掛けようとしてた強化コンビを大剣と両脚で薙ぎ払った。
「煌天石のエネルギーを直接攻撃じゃなくて動きの補助に使ってるのか……やっぱりすごいな、行くぞストカ!」
「おう!」
ロイドは手を叩いて剣をたくさん出し、その全部に「闇」をまとわせて三人が戦う方へ飛ばした。
そしてストカは……目を閉じて地面っていうか壁にペタンと手を置いた。
『がぁっ!!』
『ぬんっ!』
クロドラドの大剣とカラードのランスがぶつかり、つばぜり合いになる。そのまま力比べが始まったならクロドラドの方が強いんだろうけど――
「おぅらぁっ!」
カラードの乗ってる機動鎧装の背後から飛び出したアレキサンダーがクロドラドの顔面に向かってバトルアックスを振った。だけどそれをガジリと口――歯で噛み止めたクロドラドは首をふってアレキサンダーを放り飛ばし――たと思ったら――
『!?』
アレキサンダーが飛ばされた方向にいつの間にか地面から伸びた壁ができてて、それに着地したアレキサンダーは再度跳躍、クロドラドのアゴあたりに一撃を叩き込んだ。
『ブレイブブロオオオオッ!!』
バランスを崩したクロドラドにすかさず攻撃を打ち込むカラードだったけど、倒れる身体を支えるようにクロドラドが片脚を地面に突き刺すと――たぶん足の裏とかからエネルギーを放出したんでしょうけど、地面が内側から爆発し、その衝撃で強化コンビがふっとばされた。
「その使い方、身体への負担は相当だろう、クロドラド!」
『――っ!!』
爆発の衝撃で飛び散る無数の岩石をくぐり抜け、砂煙の中からクロドラドのお腹にめり込むフェンネルの蹴り。よろけるクロドラドに追撃を仕掛けようとしたフェンネルだったんだけど――
「!! あぶねぇぞ!」
そう叫んだのはアレキサンダーで、その理由はあたしにも見えてた。クロドラドに肉薄してるフェンネルには見えない角度で、あの大剣がぐにゃりと溶けるように形を変えて死角からフェンネルに迫って――たんだけど、その大剣の横っ腹に大量の黒い剣が雨みたいにぶち当たって軌道がそれ、剣先はフェンネルの横を通り過ぎた。
「すまない、助かったよ!」
『ふふ、頼もしい援護だ! アレク、フェンネルさん! 時間も少ない、死角は任せて攻撃を!』
カラードとアレキサンダーとフェンネルが攻撃を再開。身体中からエネルギーを噴出できるみたいな上に変幻自在の大剣を振り回すクロドラドへ突っ込んでいく。
さっきアレキサンダーを助けた足場はストカの魔法で、フェンネルを助けた黒い剣はロイドの回転剣。たぶん、全身に煌天石のエネルギー――魔法の力を巡らせてる今のクロドラドの動きは魔法が知覚できるならかなり読みやすいんだわ。実際、あたしにもなんとなく見える。
だけど援護ができるほどハッキリとはしない。そもそも意味わかんない速度で動いてる強化コンビもよく見えないのに、ロイドはあたしに攻撃のタイミングを任せてきた。
リリーもアンジュもロイドの合図を待ってるってことは、ロイドの作戦の始まりはあたしの一撃ってことなんだけど……そんなのをあたしに任せていいのかしら?
だいたいさっきの『メテオインパクト』だって、ロイドがローゼルの名前を叫んだからなんとなく準備してたら氷が砕けて思わず発射したってだけだし……
…………いえ、でもそんなこと言ったらあたしはロイドに作戦を任せちゃってるっていうか、詳細も聞いてないのに「どうしたらいいのよ」なんて指示を仰いだ。他の連中もそうで、無条件にロイドを信頼してる……感じよね。
一応ワイバーンの時とかの実績もあるし、そもそも吸血鬼の力とか使っちゃってるわけだから何とかしてくれるだろうっていう変な期待があって……そう、そんな風に信じ――てるロイドから任されたんだから、きっとあたしにはできるのよ、それが。
……そういえばクロドラドやカラードたちの動きはよくわかんないけど、唯一これだけ――ロイドが飛ばしてる回転剣の動きだけは妙によく見える。いえ、見えるっていうか感じる?
未だにあいつの剣は速すぎて見えないけど、その軌道はなんとなく掴めてきてて、朝の鍛錬でも結構かわせるようになってきた。単純に慣れてきちゃったのかとも思ってたんだけど……フェンネルの話と強化コンビの動きからふと思う。つまりこれが、リズムをつかむってことなんじゃないかしら?
フェンネルが言うには、フィリウスさんの体術を学んだあたしたちはリズムの見極めもすぐにできるようになるだろうってことで……今まで意識してなかっただけで、朝の鍛錬を通してあたしはとっくにロイドのそれを掴んでるんじゃないかしら……
だ、だいたい強化コンビができてるならあたしとロイドだって……あいつらと同じようにルームメイト同士だし、ほ、ほとんどいつも一緒にい、いるわけで……それにあ、あいつはあたしのこ、恋人なんだし……!
そ、そうよエリル。こ、恋人が――……あたしの一番のライバルが任せてきたのよ。できるできないじゃなくて、応えなきゃダメじゃない……!
集中するのよ……ぼんやりしてるカラードたちの動きを、それを読んでるロイドの回転剣の動きを感じる事で補う……チャンスを……逃さない……!
「『メテオインパクト』っ!!」
エリルの声が響き、爆音と共に一撃必殺の拳が飛ぶ。ローゼルさんの氷を軽々と砕くほどのパワーと『テレポート』並みの移動速度な上に剣の達人。そんなクロドラドさんを相手に攻め続けた三人が作り上げたとあるタイミングに。
さっきエリルの『メテオインパクト』を受け止めたクロドラドさんの左腕はとんでもないダメージを受けた。『ブレイブアップ』しているアレクのバトルアックスがかすり傷すら与えられない強度の身体をあそこまで破壊するのだから相変わらずの威力なわけだが……つまり、自身の再生能力が止まってしまっているクロドラドさんが『メテオインパクト』を受け止めるとしたら、ツァラトゥストラとして独立した再生能力を持つ左腕を使うしかないのだ。
当然、再生するとは言っても相当なダメージなわけだから、さっきの経験から安易に受け止めるような事はしないで、エリルの一撃は回避するように思考を切り替えただろう。それでもエリルの拳を受け止めざるを得ない状況――圧倒的な戦闘力を誇るクロドラドさんと渡り合う三人の位置関係、クロドラドさんの態勢、その全てが合わさったベストな瞬間。それを、エリルはつかみ取った。
『ぐおおおおおっ!』
左腕の肘や肩から煌天石のエネルギーを噴出しながらエリルの『メテオインパクト』を受け止めるが、即座に腕の形が歪む。強引に振り払って攻撃をそらすも、先ほどと同じようにクロドラドさんの左腕は凄まじい損傷と共にひしゃげた。
これがオレの待っていた瞬間。一度亀裂の入ったつなぎ目に再度負荷がかかるこの時を!
「はっ!」
マトリアさんの双剣――高出力形態にしたベルナークの剣をクロドラドさんの左肩に向けて放つ。ガガスチムさんのアーマーに斬りこめたこの剣なら!
『なにっ!?』
即座に再生を始めた腕とクロドラドさんの間を青い回転剣が通り、一拍の後、鮮血をふき出しながら禍々しい左腕がクロドラドさんから離れた。
「リリーちゃん!」
「うん!」
左腕の切り口からうじゅうじゅと触手のようなモノがクロドラドさんに伸びるが、それが肩口に触れる前にリリーちゃんの『ゲート』が左腕を飲み込み、そこから遥か上空に移動させた。
「リリーちゃん、もう一つを! アンジュお願い!」
「今のありったけだよー! 『ヒートレーザー』っ!!」
オレたちがいる壁の近くに出現するもう一つの『ゲート』。その向こう側に空に浮かぶ禍々しい左腕が見え、そこにアンジュの特大の『ヒートレーザー』が放たれ――
――ォォオンッ!!
リリーちゃんの『ゲート』を通って上空の左腕を飲み込んだ熱線は腕を消滅させつつ表面を覆う煌天石を起爆させ、一帯の空をオレンジ色に染めた。
この一撃で腕そのものを消滅させることができなかったとしても、一先ず煌天石のエネルギーを操る左腕とクロドラドさんは切り離された……!
『――!! まだだっ!!』
左腕を失うも、既に体内に巡っていたエネルギーを右腕の大剣に集めて――あれは投擲の構え……あの方向は街――!!
『ロイドーっ!!』
クロドラドさんの構えを見て同時にランスの投擲体勢に入ったカラードの叫び。オレはカラードの後方から『グングニル』を放つ際に作る螺旋の風を放つ。
ガガスチムさんとの戦いでやったランスの加速。風の渦の出口は勿論、クロドラドさん――!
『ブレイブストライクッ!!!』
機動鎧装のパワー。『ブレイブアップ』による強化。螺旋の風による加速。それらを受けて放たれた黄金の光を尾に引く漆黒の槍は、煌天石のエネルギーを内包して爆弾のようになった大剣が投擲されるよりも早く、クロドラドさんの右肩を貫いた。
『――が……』
ランスに貫かれ、右半身がえぐられたような状態で倒れるクロドラドさんの横、今にも破裂しそうなエネルギーを持った大剣は――
「手伝えロイドっ!」
「ああ!」
それが地面に落ちる前にストカが無数の壁を出現させ、オレがその表面を「闇」で覆うと大剣をがっちりと包み込み、隙間なく閉じ込めた。
そしてほんの刹那の後、こもった轟音と共に亀裂が走り、大剣を中心に地面が大きく陥没した。
「だはぁ……」
思わず息を吐く。
カラードの『ブレイブアップ』が切れるまでのわずかな時間にかけた最後の攻撃。うまくいったと思った最後の最後、全ての破壊力を持った大剣を街に投擲しようとしたクロドラドさんに心臓が止まるかと思ったが……ああ、よかった……
『……まったく……本当に……どいつもこいつも――』
両腕がなくなり、受け身も取れずにズシンと倒れたクロドラドさんは……ここに現れた時と同じ呆れたような、乾いた声で呟いた。
『――くそ忌々しい……』
騎士物語 第八話 ~火の国~ 第十一章 討伐
たぶん早いうちから今回の黒幕に気づいた人もいたことでしょう。こういう、「犯人は誰だ」的な推理系と言いますか、行き当たりばったりに書いている私にはなかなか難しいモノでした。正直なところ、途中まで黒幕は違う人でしたし。
さて、残すは今回の章のエピローグです。裏で色々やった人がたくさんいるのでその辺りの結果が見えてくるでしょう。