燃える松

大学の授業で提出するレポートの内容が私と樹木との関わり」で、様式自由らしいので、短編小説を書きました

誠は決してクリスマスに予定がなかったわけではない。
たまたま、その場に鉢合わせた俊介と予定を合わしてしまっただけである。やろうと思えば女子と遊ぶことだってできた。
高校二年の後期が終わった誠は当てもない毎日をだらだらと過ごしていた。この快晴の空に止まった時のようなものを感じている。
「お前電車きちゃうから急げって」
俊介は時刻表を見ながら、大げさに足踏みをする。
「時間にルーズだと女にモテないぞ。」
「わかったわかった。よし、行こう。」
 誠の嫌味を受け流しながら、精算所で切符を手に取る。
底冷えの改札口を抜け、電車のホーム階段を駆け抜ける。電車はすでにに到着していた。
 駅のホームから見える木々が寒々しい。木版画のようなごつごつした枝が立ちこめる雲を四方八方に突き刺している。
「ほんと静かだよな。こんな無人駅、逆に電車が止まる方が珍しいんじゃない」
 誠がだだっ広い駅のホームを見渡して一息呆れると、俊介は前を向きながらかすかに笑った。
「そりゃ東京からのお客さんには変に感じるだろうさ。こう見えてもコンビニはちゃんとあるし欲しいものには別に困ったりしないんだよ。まあ、カラオケはないけど。」
 東京から引っ越してきて拓弥にとってはここまで空虚な世界を見るのは初めてだった。どこを見渡しても広々とした群青の空がいっぱいにくつろいでいるこの街は、窮屈な都会暮らしをしていた拓弥にとってちょっとした秘密の場所である。
「でもここのクリスマスは全然盛り上がらなそうだな。こんな田んぼ空しかない場所じゃサンタさんも家見つけづらいだろうよ。人もいないし。」
 誠は電車の窓際を横目で眺めながら、くすっと笑った。
「お前と二人のクリスマスだなんて聞いてあきれるよまったく」
 同情するように腕を組んでいる俊介は戯言を吐いている。お互いできれば女の子と一緒に過ごしたかったという気持ちは言葉にしなくてもどこかしらで通じ合えている気はしていた。    
電車の暖房が心地よく眠気を誘う。がたんごとんと揺れる椅子に完全に身を任せてしまった二人は安堵からしばらく黙り込んだままだ。
ゆっくりと慎重に進む電車の窓から、田んぼの中にポツンと立つ奇妙な松を見かける。田んぼと田んぼに挟まれて窮屈そうな松の色は焦げたように真っ黒で、一枚も葉がついていない。都会で過ごした生活と透視した誠には余計に目を張るものであった。
「あの木、田んぼと田んぼに挟まれてとても窮屈そう。それにもう枯れてないか」
 電車が進むと、いろいろな形に回っているその松は違う面からみると、より一層不気味だ。
「枯れてない」
窓に頬杖をついた俊介が急に言葉を放った。
「よく見ろ。一番上の枝に一枚二枚葉がついているだろ。まだ生きてる、枯れてない。」
 徐々に松が近づいてくると確かに枝で隠れていた箇所から二枚の新緑がひらひらと靡いている。それを俊介は強いまなざしで凝視する。誠はその瞳の奥に、小さいながらも強烈で、とてつもない力を秘めた光のようなものが写っている気がした。
「俺、あの木大好きなんだ」
 移り変わり変形していくその松をじっと見つめたまま、俊介は続ける。
「小三のころ、夜まで友達と遊んでた時、ものすごい台風が来てさ。ここ一帯の田んぼ全部灌水しちゃったんだ。俺も帰り道失くしてわんわん泣きわめいてたんだけど、雨宿りできないからずっとあの木の下で親来るの待ってたんだ。こんな場所に誰も助けなんて来るわけなくてもう死ぬかと思った。」
「でも死んでない。」
誠は急な昔話に戸惑いながらも、相槌を打ってその話の先に耳を傾ける。
窓際を見つめていた俊介がふとこちらを向くと、その鋭い目つきを誠に向けた。
「あの木が守ってくれたんだ。」  
その鮮烈な炎を宿した瞳の奥がゆらゆらと霞み始めたのを察した誠は発しようとした言葉をしまった。
「自分に落ちるはずだった落雷を、あの木が代わりに打たれてくれたんだ。そしたらあの木、大雨だっていうのにまるで山火事のようにボウボウと燃え続けんだ。変だよな。でもそれを不思議そうに見た近隣の爺さんがさ、助けを呼んでくれて俺助かったんだ。」
 詰まりながらも話し続けた俊介は小刻みに震えている。その瞳からはすでに水滴が垂れていた。 
「あの木が、俺みたいなガキの身代わりになってくれたんだ。だからその恩返しがしたくてさ。」
顔に流れた水滴をぬぐうと、誠を向いてにこっと笑った。誠はそれに釣られて笑う。
「お前にとって大切な存在なんだな」
「まあな。」
車窓から松が消える。延々と続くまっ平な田んぼの風景に短いアナウンスが流れる。
「もうそろそろだな」
 俊介が緊張から解放されたように大きく息を吸い込むと窓際の景色を見納めした。俊介の壮大な出来事を聞いてしまった誠は多少困惑していたが、それよりも自分に打ち明けてくれたことの信頼に心が揺らぐ。
 電車の扉が開くと、二人は強烈な冬風が吹く駅へと駆け抜けた。

燃える松

燃える松

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-01-06

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