渇いた昼に滴る夜を

nagaryu

 また殺された、と言ったら和虎は今夜、どんなえげつないエロいことをしてくるだろう。殺されたショックや生き返る煩わしさを超えて、それが最も心を占める。不死身の俺を殺すのも犯すのもヤツだけの特権なのに、なぜか何度も他人に殺される。九月半ばの暑い夜。こわばった足を励まし三階まで駆け上がり、アパートの部屋の扉を開けた。
「おかえり」
 玄関からミニサイズの廊下を挟んで正面、暗い六畳間から和虎が声をかける。
「何か、飲むものはあるかな」
 ただいまの代わりに、緊急の欲求が言葉になって出た。生き返った後は猛烈に喉が渇く。それさえ後回しにして逃げるように帰ってきた。和虎は寝転んで眺めていたタブレットから顔を上げ、
「殺されたのか?」
 と早手回しに言った。
「そうだ。またやられた」
 白状し、右手のドアを開けて明かりをつける。黄色っぽい白熱球の光が広めのダイニングキッチンを照らす。帰り着いた、と思い大きなため息がこぼれた。
「俺の麦茶を飲んでもいいぞ」
 起き上がる気配をさせながら和虎が言った。俺はありがたく、冷蔵庫の横に置かれた二リットルボトルを取る。
「冷えたのもあるだろう」
 ヤツは言いながら立ってきて、玄関に施錠しチェーンをかけた。
「常温がいいんだ、腹が冷えなくて」
「なんでも好きに飲め」
 返事を聞きながら、半分ほども一気に流し込んだ。
「誰にやられたんだ」
 キッチンに入って来た和虎が尋ねる。俺はボトルから唇を離した。
「わからない」
 我ながら間抜けな返事だ。視線の下にある和虎の眉が雄弁に上がる。
「本当だ。後ろから突き飛ばされた」
 説明して、汚れ隠しに着ていたウィンドブレーカーを脱いだ。
「ほお」
 無残に引き裂かれたシャツを見て俺の動揺を理解したのか、和虎は短い相槌を打つだけに留めた。当然、服の中身もズタズタになった。だが、シャツには今、血の一滴も付いていない。生き返るにあたり、血でも肉の一欠片でも、そこらに残っていたことはない。分子レベルで回収されて再生に使われるのだと思う。自分で見たことはないから、再生がどう行われるのかはわからない。ただ、戻るのは肉体だけで、服の破れなどは直らない。断末魔の記憶と同じくそのままだ。
「また新しい服を、古着屋で買え」
 新しい古着という矛盾する物を勧め、和虎は爪が二センチほども伸びた指で布を裂く。
「脱げ、体を見せろ」
 シャツを剥ぎ取りながら、和虎は命令した。全裸を検分に差し出す。
「痕は残っていないな。電車か?」
 カリッと軽く乳首を引っ掻き、俺に小声を立てさせておいて、ヤツは尋ねた。
「駅で。通過列車の前に突き飛ばされた」
 混んだ駅で、それはきっと事故か、自殺に見えただろう。
「びっくりするぐらい跳ね飛ばされて、ホームの下に転がり込んでいた。生き返ってもまだ人が来ていなかったから、見つかる前に逃げて来たんだ」
 俺はもう一度、深く息をついた。
「カバンも近くで拾えたんで、雨具を出して羽織ってきた。なぁコイツこのまま使って大丈夫かな」
 床に置いていたショルダーバッグから、画面にヒビの入ったスマホを出して見せる。
「修理に出せ。何か保障プランがあるだろう」
 和虎は答え、スマホとバッグを取り上げて俺を押し、風呂へ行けと促した。
「電車はまだ止まっているかな」
 普段乗らないバスに切り替え、うまく帰って来られたのは帰巣本能だろうか、と思いながら尋ねる。
「さぁな、気になるなら後で調べろ」
 和虎は給湯器のスイッチを入れ、自分も服を脱ぎながら「風呂へ行け」と再度、示した。風呂はトイレと一室で、大きな浴槽がタイルの床に直置きしてある。カラの湯船にへたり込んでシャワーを出し、湯になるのを待っていると裸の和虎がドアを開けた。俺の分もタオルを持って来ており、閉じた便器の蓋の上に置く。それから、でかい顔をして隣へ入ってくる。背の低いヤツは毎回、バスタブの縁を越えるのが大変そうだ。
「股が当たるんじゃないか」
 上の空で言ったが無視され、シャワーの水流の前に入られた。ヤツが顔を洗い終わるまで待たされる。目の前にある、小柄でがっしりした骨組みの体には、生っ白いが妙に艶かしい肉が付いている。
「洗ってもいいぞ」
 和虎は肩越しに、泡だてたボディウォッシュタオルを渡してきた。これは、俺が俺の体を洗ってもいいという意味ではなくて、ヤツが自分を「洗わせてやる」という意味だ。俺はタオルを手に、ヤツの背中や腰、尻から足から、優しく擦る。
「何でいつも、簡単に殺されるんだろう」
 こぼさないでいられない。和虎は答えずに洗われている。
「やったヤツは、明日も駅にいるんだろうか。俺はもう、仕事に行くのが怖い」
 げっそり溜め息をつくと、和虎は向こうを向いたまま軽く頷いた。
「行かなくていい、どうせ臨時雇いだろう。しばらく休め」
 居候の吸血鬼は気軽に言う。ヤツの言う通り、俺は非正規の仕事を繋いで暮らし、この歳になっても親からの仕送りをもらっている。初めは正規で就職した。だが会社はブラックで、パワハラの挙句、アルハラで一度殺された。その時、和虎と出会った。昏睡状態で路上に放置されて死んだ俺を、通りすがりの和虎が介抱してくれていた。俺はヤツの腕の中で蘇生し驚いた。不死身だとバレないためなのか、『人間の』見ている場所で生き返ったことはなかったからだ。ヤツがパチンコ帰りの吸血鬼だったということは、その後、徐々に知った。企業を辞めてからは正社員になることに気が進まず、役所など、就労条件が多少まともそうな場所を探して臨時仕事をしてきた。気楽そうに思えるかもしれないが、取り替えの効く仕事しか任されないし、職場の人と仲良くなってもすぐにさよならで地味に疲れる。何より先行きに見通しが持てないことに疲れる。俺は殺されても生き返るが、それと「生きていける」こととは別のようだ。原因不明の不死身はそんなにいいものではなく、とにかく「死ねない」というだけの気がする。積極的に死にたいわけではないけれど、生き返ったところで生きる苦労が待っている。それならいっそ、なぜ生き返るのか、とも思えてくる。寿命とやらが尽きれば、死ねるのだろうか。それもわからない。
「だけど働かないと飯が食えない」
 愚痴る俺に、
「すぐには死なん。それより、背中をもっとしっかり流せ」
 和虎は注文を付けてきた。不思議に、こうしてヤツの肌に触れていると、抜け切らないショックが癒されてくる。こちらに尻を向けて仁王立ちになったヤツの足の間に手を入れ、尻穴から陰嚢、竿まで洗い、ついでにそっと揉んでやる。和虎は心地よさげな声を漏らす。やがて向き直り、乱暴に唇を重ねた。
「洗ってやろう、昌彦」
 宣言し、ヤツは俺の頭から盛大に湯をかけた。まるで犬でも洗うように、まずはさっき潰れて再生したばかりの頭を、ゴシゴシと洗ってくれる。尖った爪の指が器用に髪をかき回し、気持ちがいい。たっぷり流した後、和虎は自分のボディソープでなく俺の石鹸を取る。俺は石鹸と素手で洗うのが好きだ、ということをヤツは把握していて、手のひらで泡だて、全身を撫で回す。抱きしめた体を擦り合わせながら腕を背中に回し、隅々までまさぐってくる。そのうちに俺を引き寄せ、また唇を貪り始めた。文句はない。生き返った直後から、ヤツが俺に行うことを覚悟し、なんなら密かに期待もしている。
 泡を洗い流してタオルでざっと水気を拭い、ダイニングキッチンと六畳間に接する寝室に移動した。俺が冷房を入れる一方、和虎はセミダブルベッドに勢いよく乗る。早速、口でしろと示される。礼拝するようにうずくまり、俺はヤツの股間で舌を使った。ヤツ特有の、獣じみた匂いが微かにして、舌にも味が感じられる。丁寧に唾液を絡め、口蓋を滑らせ、奥まで入れて唇を閉じ、すっぽり覆う。舌の届く範囲をゆっくりと舐めながら、優しく吸っていると、
「心当たりもないのか?」
 ヤツが満足のため息交じりの、色っぽい声で尋ねた。口いっぱいに肉棒を頬張っている時に質問されると困る。口の仕事を手に引き継いで、顔を上げた。
「そりゃあ。顔も見なかったし……誰でもいいから突き飛ばしたんじゃないか」
 俺は顔を伏せて、白い皮膚が滑らかな脚の付け根に唇をつけ、強めに吸った。駅にいた人々もきっと、誰が電車に跳ね飛ばされたかより、自分の帰りが遅れることを気にしただろう。そう思うと、殺されたことがより虚しい。
「ふうん」
 和虎は生返事をし、ちょっと黙った後で、尋ねた。
「おまえを殺した輩に心当たりがあると言ったら、驚くか?」
 俺は唖然として顔を上げ、手も止まってしまった。和虎はちょっと渋い、何か、例えば俺の買い置きの菓子を一人で全部平らげたとか、あるいは俺の気に入っている化石を棚から落としてしまったとかの、少々まずいことを告白せねばならない時の顔で、俺を見つめた。しかし、
「まぁ、先にこっちを片付けるか」
 と呟くと、急に俺の体に手をかけた。小柄な癖に、ヤツは怪力だ。ごろりとひっくり返される。和虎は尻をこちらに向けて、俺の胸にまたがった。
「おい、さっきのはどういう、ひっ!」
 尋ね終わらないうちに、ヤツが俺の陰茎を咥えた。そのまま温かな口内に出し入れしながら、淫靡に舐め溶かす。肌が奇妙なほど滑らかな、むっちりとした脚と太めの胴で器用に抑え込まれ、俺は足を大きく開かれて、捕食する口遣いで局部を可愛がられる。
「あ……っ……や、ソコ、ダメだっ……アァ!」
 もがくと、和虎は喉で笑い、俺の逸物をきゅっと扱く。絶妙過ぎる加減に、必死に空気を呑み、口を開閉する。じきに和虎は、俺の両足をさらに大きく押し広げて、後孔に爪の長い指を這わせた。思わず首を振るが、胸の上には張りのある白い尻がどんと乗って、俺を押し潰している。その肉にしがみつくしかできない。
「お、お……、はぁっ!」
 少し強引に抉じ開けられ、指が中へと入ってきた。尖った爪がチクチク痛い。だがそれさえも、ヤツの器用な操作で快感に変えられてしまう。前は熱い口でしゃぶられる。
「あ、あ、あ」
 先端に熱が集まる。昇りつめる一点へ向けて、筋肉がきゅうっと引き絞られ、内側を締め付けるせいで、入れられている指の質感が増すような気がする。
「あ、だめ、そ、れ、ダメ」
 耐えるあまり、震えながら告げると、ヤツはさらに笑ったようだった。こんなに簡単に、早過ぎる、だがもう耐えられない……。
「イ、く……ッ!」
 極小の悲鳴で叫んで、俺は腰を跳ねさせた。ヤツは心得たとばかり、爆発の瞬間に合わせ喉を開いてペニスを奥深くまで迎え入れる一方、指先で前立腺をくるくると押し揉んだ。俺のどこをどう刺激すれば好くなるか、コイツは俺よりもずっと知っている。
「はぁぁっ! や、め……!」
 この快感を俺に教え込んで、さらに何度も繰り返し、強化してきたのはコイツだ。強化といっても、俺が強くなるのではない。絶頂の度合いや頻度が増しに増して、俺は快楽にとめどもなく弱くなる。俺が際限なく弱くなれるということを、和虎は俺に教え込んで止まない。
「やめ、て、また、イ……アァっ!」
 一度で終わらず、連続で達する。体に収まりきらない愉楽が暴れ出ようとして、全身がのたうつが、和虎はずっしりと押さえ込んで、執拗に中を刺激する。ドライで何度も訪れるオーガスムは、身の内で跳弾になって跳ねまわり、俺を単純な鐘のように響かせる。
「死、ぬ、……ア、ぁ……!」
 声にもならない悲鳴を聴き取って、和虎はまた、喉で笑った。美味そうに啜りあげている男根に以前、そのまま牙を立てられたこともあったのを、朦朧と思い出した。その時はザーメンと一緒に血を吸い、失血死するまで吸いに吸って、殺してくれたのだった。もう、あの殺し方は勘弁だ、とかすかに思いかけるが、それ以上の思考は不可能だ。脳は強火でジュージュー焼かれ、体はヤツの下でデタラメに踊っている。どうぞ、いくらでも、もっと色々して欲しい。ミンチにするなり刺身にするなり、なんでもおまえのお好み次第だ。
 結局、和虎は俺をその場で殺しはしなかった。ということに、不連続の痙攣がそのうち去って、自分がベッドに転がり、自分の腕を眺めているとわかってきてから気がついた。ベランダの扉が開く音がし、和虎がタバコの香りを纏わらせて入ってくる。室内禁煙の賃貸物件で、俺がタバコ嫌いでもあるので、ヤツはいつも窓を閉め切りベランダで一服してくる。俺の前に立ちはだかった和虎はバスローブだけを引っ掛けて、パンツも履いていない。
「通報されるぞ」
 そんな格好でベランダに出るなという意味で言うと、鼻で嗤われた。
「先日、一緒に買い物に行っただろう。あの大きいモールだ、今のおまえの職場に近い」
 急に和虎が話し出した。俺は煙くさい息を嗅ぎながら、まだはっきりしない頭で思い出そうとする。和虎は吸血鬼らしく、昼は寝ていることが多いが、太陽に当たっても灰になったりはしない。休みの昼間にサングラスをかけて、一緒に出かけたりもする。
「あ、あ……行ったな。輸入食品を見たり、おまえが百均に寄ったり……」
「そうだ。催し物会場で、化石や標本の展示会をしているぞと言ったら、おまえは喜んで見に行っただろう」
 和虎は実は、その催事を予め広告で知って俺に見せる気で、荷物持ちをしろなどと理由をつけ、俺を同行させたのだ。俺がいたく喜び、満喫しているのを見てヤツも嬉しくなったらしく、「昌彦が絶対に喜ぶと思った」と、後で口を滑らせていた。
「俺が途中からベンチで休んでいたとおまえは思っただろうが」
 その通り、途中までそばにいた和虎がいつの間にかいなくなっていて、俺は陳列品を堪能してから、やっと気がついた。しかし探すほどもなく、ヤツは近くのベンチで待っていた。
「今だから話すが、おまえが三葉虫だのを見ている間に声をかけてきた輩がいてな」
 和虎はタンスに寄りかかり、ローブに包まれた腕を組んで俺を見下ろした。開け放しの前から、隠部を含め、裸の肌が挑発的に覗いている。
「其奴はおまえの上司と名乗ったが、どうも、おまえよりは若輩に見えた。小太りで色の白い、目の小さい男だ。髪は短く、服装は垢抜けない。背は、俺よりは高いがおまえより低い。心当たりがあるか?」
「笠田さんかな。正社員で、俺より立場は上になるか……俺に仕事を指示する上司は、また別だけど」
 俺は該当する男の名を挙げ、少し首をひねった。
「そうか。何しろ、その笠田何某という輩は、おまえには内緒で話したいことがあるとかで、俺をベンチへ誘い、しばらく要領を得ないことを言っていた、と思え」
 和虎の話に、とりあえず頷く。
「俺が黙って聞いていると、其奴は急に、石井昌彦を自分に譲れ、という話を始めたと思え」
 俺は面食らって和虎を見た。吸血鬼は至極真面目に見返した。
「其奴が言うには、石井昌彦とこの俺、連城和虎は、私的な奴隷契約を結んでいる。もちろん俺が主人で、昌彦が奴隷だ」
「待てよ」
 半笑いで言いかけると、片手を上げて制する。
「昌彦が俺と同居し、毎日連絡を取り合い、時に待ち合わせて出かける。特異で親密な関係を、笠田何某はこの二ヶ月ほど、職場と行き帰りで観察してきた、と言うのだな。それで俺に声をかけた、と。昌彦、おまえは気がつかないうちに、またおかしな輩を惹きつけていたようだぞ」
 そんなことを言われても困る。
「自分も奴隷が欲しい。昌彦のような従順で質の良い人間は、真っ当な稼ぎや地位がある男が飼ってこそだ、金は出す、ぜひ譲れ、と、其奴が言うと思え」
 とんでもない話を聞きながら、俺は、よく笠田がその場で血を吸われて殺されなかったなと思った。笠田の言う奴隷、とは、SMの契約だろうか。それは金さえ出せば買い取れたりするものなのだろうか。和虎は今は淡々と話しているが、笠田の前でも同じように落ち着いていたかは怪しい。
「それで、なんて答えたんだ」
 俺は生唾を吞み、尋ねた。
「どうぞどうぞ、なるべく高く買ってください、とでも答えたと思うか?」
 和虎が皮肉に尋ね返す。スッと細めた目に、思いだした怒りが浮かんでいるとわかるので、もう一度、固唾を呑む。
「石井昌彦を殺すも犯すも、この俺、連城和虎だけの特権だと答えてやった」
 その後にもえげつない罵り言葉を連ねたのではないかと思ったが、ヤツはそれは省略した。
「殺すという言葉に煽られて、そんなら自分こそおまえを殺してやろう、と彼奴が思ったのだとしたら、多少は俺も責任を感じる」
 和虎は俺を見つめる。
「ずっと殺す気で付け狙っていたのかはわからないが、今日、お前が不用心な場所に立ち、自分が一押ししてもバレない状況になって、とっさに手が出たのだろう」
 親しく話したこともない男からそんな執着を向けられていることに、気がつかなかったというのが気味悪い。怖気をふるっていると、ヤツは
「おまえの不死身が知られなかったのは不幸中の幸いだな。殺しても生き返ると知ったら、何倍も欲しがったかもしれない。もっと計画的に殺し、今頃は監禁か」
 と呟き、さらに俺をゾッとさせた。和虎は俺の怯えた顔を見ていたが、ふと、
「おまえに、其奴の住所はわからないか」
 と尋ねた。
「わかるとしたら、どうするんだ」
 以前、仕事上の連絡に必要だと言われ、電話番号を交換したことがある。俺は番号のみ渡したが、笠田が送ってきたデータには住所まで載っていたかもしれない。俺の顔色を読み取り、
「出せ」
 と和虎は要求した。俺は起き上がり、画面の割れたスマホを取ってきた。思った通り住所があり、顔写真に血液型、誕生日なども入っている。これも、俺と連絡を取り合って自分の奴隷にするための下準備だったのだろうか。見ていると胸糞悪くなるので、和虎の用が済めば早く消したい。スマホを手渡すと、
「そう、この顔だったな」
 和虎は確認して頷く。データを自分宛に送信して、ヤツは自分が居室にしている六畳間へ行った。タブレットを取り上げて弄りだす。和虎は普段からしょっちゅうネットに繋がっている。何かして小銭を稼いでいるようでもある。居候を決め込んでいるが、小遣いに不自由している様子はなく、俺の仕事がないときは飯代を援助してくれたりする。やがて
「これから、其奴の部屋まで行ってみるか」
 とヤツが言い、俺はびっくりしてベッドに起き直った。
「何のために」
「まぁ、仕返しといったところか」
 和虎はバスローブを脱ぎ捨てる。
「仕返しって、殺しはやめてくれよ、俺以外の人間は」
「生き返らないんだから、か?」
 和虎は俺のセリフを取って、
「また、代わりに自分を殺せと言うんだろう。そちらも、ちゃんとしてやるさ」
 と嗤った。そして裸の体を誇示したかと思えば、本当に出かける気らしく、手早く普段の服を身につけていく。ヤツの服はどれも、少し古風なきっちりしたシャツやズボンで、色は白か黒ばかりだ。最後に、どんな季節でも、長い黒のマントを纏う。吸血鬼ドラキュラのイメージで耽美といえば耽美だが、今夜の気温では、まだ目に暑苦しい。本人はそんな格好でも全く暑くないらしい。
「其奴の住んでいるあたりは、夜の散歩で、何度か行ったことがある場所だ」
 和虎は言う。夜の散歩、とは俺の寝ている間に、ヤツがベランダから何処へやら飛んで行くことを指す。毎晩ではないが、わりかし頻繁に出かける。翌朝、テーブルに乗っているビニル袋をみる限り、タバコや麦茶、アイスなどを買いに、近所のコンビニや二十四時間営業のスーパーへ行っている。遊んでくるという時は、漫画喫茶かネットカフェ、閉店間際のパチンコにでも行くのだろうと勝手に思っていたが、笠田の住んでいるあたりには何があるのだろう。
「業務用スーパーがあってな。冷凍唐揚げの量が多くて、安い」
 小さい冷凍庫を定期的に占領するあの唐揚げの大袋は、そんな場所で買われていたのか、と俺は思い、なぜコイツは吸血鬼なのにニンニク醤油風味の唐揚げを好むのか、とも思う。だが和虎は十字架にも無反応だし、俺の血を吸うだけでなく変則的に飯も食う。日中、出歩くことも平気だし、吸血鬼によって個体差があるのかもしれない。
「しかしこうなると、其奴があのスーパーの近所に住んでいることでさえ気分が悪いな」
 俺が考える間にも和虎は勝手なことを言い、革の物入れが下がったベルトを腰に巻く。そこにはタバコ、ライター、携帯灰皿、小銭入れ、スマホ、モバイルバッテリー、使い捨てマスクなどが入っている。携行小物が多い吸血鬼だ。眺めているとヤツはさらに、俺への破廉恥行為に愛用している使い切りパウチのローションを二、三個放り込み、俺の前へ来て「立て」と命令した。
「おまえも行くんだよ」
 色気の溢れる声で囁き、ヤツは俺の顎に手をかけた。甘い口づけで釣り上げるようにして引き起こす。素っ裸の胴に指が滑らされ、ぐっと腕を回された、と思ったら、ぐらりと足元が揺れた。和虎はもう浮遊しており、俺の重力もすでにヤツの支配下にある。
「待ってくれ、服は」
 俺が慌てるのを意にも介さず、和虎は笑ってベランダのドアを素早く開ける。
「喰われる奴隷に、服などいらん」
 ドアの閉まる音が背後に遠ざかり、夜風が顔に当たった。俺は飛翔する和虎に抱えられ月光に満身を晒した。
 喰われる、と言われ予想した通り、和虎は空中高く駆け上がった後、俺の身体を開き始めた。手足の下に支えのない、無重力状態でそれをされる心地は、やられたものでなければわからないだろう。自分で身体を安定させる方法は何もなく、和虎の動きに従うばかりだ。せめて和虎にしがみつきたいところだが、ヤツはそれを許さない。背中側から抱えられていると、両手足で犬掻きのようにもがくぐらいしかできない。下には細かいビーズ玉のような街の灯が広がり、上空の強い風が全身を吹きなぶる。もしも和虎の手が離れたら浮遊の効果は及ばなくなり、俺は落下して地面に叩きつけられる。モツやホルモンを詰めた水風船でも落とすところを想像すればいい。俺は酔っ払いの吐瀉物に似た何十キロ分の汚物と化して、地表にびしゃりと広がる。和虎には、これより高空から落とされたこともあるので、よくわかっている。
「怯えるな、今日は落とさん」
 耳元で和虎が嗤い、べろりと頸に舌を這わせた。熱くざらついた感触が、簡単に俺の「快」のスイッチをオンにする。ヤツは器用にパウチを切り、ローションを絡めた指で手際良く俺の肛門を解していく。ゆるい粘性の液体が雫の玉になり、街へパラパラと落ちる。喘ぎながら俺は、誰かが天体観測でもしていて、下から偶然、このあられもない姿を覗いてしまわないことを祈る。
「どうだ?」
 グチュグチュと音を立て、いやらしい手付きで捏ねながら、和虎は尋ねた。
「ぁ、……好い、気持ち、好い」
 場所の非日常性と緊張感にも関わらず、いや、それゆえにか、熟知された勘所を押さえられ、俺はあっさり昂ぶらされる。体温が上がってゆくのも、強まる鼓動や乱れる息も、ヤツは腕の中に抱えて感じ取っている。わざわざ訊いて確かめるまでもないはずだ。しかし和虎は、俺の口から言わせたがる。
「それで?」
 ヤツは指を意地悪く抉る。俺はたまらず、腰をくねらせた。
「言ってみろ。欲しいのか? どっちに欲しい」
 半勃ちになったペニスにも、するりと指を絡め、和虎は耳元で囁く。どれだけ身体が淫乱な行為を好むようになっても、頭の方は頑固で、羞恥というものは消えないらしい。俺はなかなか言葉が出せず、はぁはぁと息を弾ませ、それで言ったことにならないだろうかと和虎の行為を待つ。
「言え」
 滑らかな低い声で、ゆっくりと和虎が命じた。
「う、後ろ、……後ろっ、に、くれ……っ!」
 絞り出した懇願を、和虎はふふん、と笑って受ける。
「『ください』だろう。『挿れてください、ご主人様』だ」
 本気なのか遊びなのか、躾ける口調で言い聞かせ、ヤツは俺の首を後ろへ曲げさせて、ねっとりとキスをした。舌をねじ込み、口の中いっぱいに蹂躙し、絡めてくる。唾液が顎を滴る。受けきれないほどの濃いキスだ。
「今夜は奴隷だという気になってもらわなければ困る」
 ようやく口を離した和虎は、俺を掴み、方向を変えて速度を出した。
「どこへ……?」
「言っただろうが。おまえを殺した輩のところさ」
 本気か、と言葉にもしないうちに、和虎は一点に狙いを定めて急降下を始めた。ほとんど音も立てず、ただヤツの長いマントが、勢いにそぐわず非常に静かにはためく。吸血鬼とは突き詰めれば実態のない存在なので、物理法則その他には従わないのだと、以前、和虎が教えてくれたことがある。しかしこうして、ヤツからどぎつい性刺激を受け続けている俺にとっては、「実態がない」ということの意味の方が、よくわからなくなっている。
 ふわりと降りたのは細長いマンションの、四階あたりのベランダだった。隣室との仕切り板とコンクリの囲いで、周りからは比較的、隔絶された空間になっている。和虎御用達のスーパーの屋根も近所にあるのかもしれないが、今それを確かめる余裕はない。目の前のガラス扉はカーテンが閉め切られていたが、明かりが中に灯っている。横でエアコンの室外機が回っている。俺は初めて訪れる、同僚の部屋だというベランダに、全裸の興奮状態で立っている。そのことをどう考えるかと思う余裕も与えずに、和虎は俺の尻を掴み、いつの間にかもう一つ開けていたパウチのローションをふりかけた。
「さぁ。お待ちかねのものをやろう」
 言葉とともに熱の塊があてがわれた、と思った瞬間、ヤツの怒張した得物が、奥までズンと突き刺さった。不意打ちに、抑え損ねた声が迸る。室内に聞こえたらと案じる間も無く、和虎がぐっと腰を引き、素早く次の一撃を加えた。あオゥと喉は淫らな声で応じており、突かれた勢いでガラス扉に手をつく。この物音には、内部の住人も気づかないはずがない。逃げようもない、見つかる、と血の気が引く俺の思いは無視して、和虎はさらにジワリと腰を使う。先端が好いところを押し潰す。心配も懸念も弾け飛んだ。口からだらしなく歓びの呻きが漏れて、唇は濡れて半開き、目が涙に霞む。勃ち上がった俺自身はぷるりと揺れて、我慢汁を零す。その時カーテンが開けられた。室内から溢れたLEDの痛い光で、俺は隈なく照らされた。
 自分が夕方に殺したはずの男が、夜中近くなって自室のベランダに真っ裸で現れたら、人はどういう反応をするだろう。俺には目の前の一例しかわからない。ガラスの向こうで金縛りにあったように立ちすくんだ男は、間違いなく笠田だった。見ず知らずの人間の部屋と間違えていないことに、一応はホッとした。しかし本当に彼が殺したのか。和虎の推測だけではないか。その疑問は次の瞬間、解消された。
 笠田は形容できない叫び声を上げて後ろに吹っ飛んだ。下がろうとして足がもつれるのと腰を抜かすのが同時に起こるとそうなる、ということは、後で考えてわかった。彼はガラス戸から一メートル半ほどのところに尻餅をついて手足をばたつかせ、あわあわと口を動かす。全く関係のない立場で余所事として見たなら、大げさなコントのようで、滑稽を通り越しバカらしく見えたかもしれない。しかし彼の顔に現れた恐怖は、見ているこちらを逆に錯乱させるほどのものだった。醜悪な表情に、俺はゾッとした。現に後ろから抉られているのでなかったら、すくみあがって後ずさりしたかもしれない。
「そら、おまえの顔を見せてやれ」
 和虎は俺の喉に片手を滑らせ、顎を掴んで、部屋の中へ向けさせる。そうしながら、灼熱部分の抜き差しをゆるゆると繰り返す。怖さで痺れかけた体の内部に、誤魔化しようのない快感が溜められていく。俺は短い声を漏らし、部屋の中を覗き込んだ。
 かなり広い部屋には、物があれこれ置いてあった。ソファやオーディオセットやテレビ、ゲーム、フィギュアやプラモデル、時計、酒瓶、香水瓶、男性誌、アメリカっぽい飾りなど。それらは彼の所有欲を満たす小物類なのだろうか。奴隷を所有するという妄想も、そういった物を集める果てにあるのだろうか? 笠田は小さい目を落っことしそうにしてガタガタ震え、顔面に涙と鼻水と涎とを噴き出していた。開いた股あたりに、濃い色が急速に出た、と思うと、敷物に黄色い染みが盛大に広がって、彼が失禁したことがわかった。それにしても笠田は一度、俺を殺しているのだ。今、再び俺を見たところで、改めて何か凶器を持ち出し、トドメを刺しに向かってきてもいいだろうに、この恐れようはどうだろう。
「ふん、これはいい。鍵をしていないな」
 後ろで独り言がして、手のひらをついているガラス戸が少しスライドする。
「昌彦。ヤツにも、おまえの声が聞こえるぞ。存分に聞かせてやれ」
 和虎は言って、俺の髪を掴み、少し顔を仰け反らせてから、貫いた箇所を抽送した。この吸血鬼はバイオリンの弦でも擦る気でいるが、俺の方が手もなく鳴くのだから、それも仕方がないかもしれない。
「さぁ。おまえが今、どうされているのか、言ってやれ」
 後ろで和虎が煽る。
「お、俺、は、……いまッ」
 上ずる声で言いかけると、耳に吸血鬼が、言うべきセリフを注ぎ込む。
「『ご主人様の逸物で、後ろから犯されています』だ」
「ご、ごしゅじん、さまのっ……イチモツ、で、うしろっ、か、ら……犯され、あぁ……っ!」
 言葉にすれば首から顔にまでカアッと熱が走り、自分の血でのぼせたように身体中の感度が上がる。気持ち好い。俺を犯す和虎のソレが、焦らして触れる手が、低めた声が、ヤツの全てが気持ち好い。
「気持ち好いのか。どこが好い? どう感じる?」
 和虎の囁きに、俺は調子の飛んだ声で
「うしろ……尻あな、の、中が……!」
 と口走り、勢いのまま、
「あつ、熱い、大きい……つ、突かれ、て、イく……ッ!」
 と叫んで、すでに内側で、小さくイき始める。和虎は満足げに喉を鳴らした。ヤツは褒美のように、ピンと勃ってしまった俺の両乳首を、長い爪の先でキリッと摘み、ゆっくり引く。
「いやっ、だ、ソレ……!」
 悲鳴を上げると、
「イヤじゃない。『乳首を苛められて感じます、ありがとうございます』だ」
 和虎はじっくりと教え込む。屈服した俺が復唱するのに合わせて、先端をひねり、弾き、引っ張って刺激しながら、それによって悶える俺の腰へと、自分を自在に突き入れる。
「さぁ、昌彦。『俺は吸血鬼のご主人様の、生きた餌で、永久に彼の性奴隷です』と言ってやれ。其奴の性根に叩き込んでやれ」
 普段は言わないようなことを言い、また言わせることに悪ノリして、ヤツも興奮していた。俺の中で、はち切れんばかりに熱の塊が膨れている。和虎の魔羅を受け入れながら、縺れる舌で言葉を繰り返す。部屋の中で笠田は手足を無意味にばたつかせ、こちらに視線を貼り付けたまま顔中から色々な液体を垂れ流していた。和虎がこれ見よがしに腰を煽って、俺の肉を打つ。笠田は俺をこっそり殺したが、和虎は俺を善がらせる姿を見せびらかす。責めあげられ、俺は間断なく喘ぐ。突き上げられるほどに、脂と汗と分泌液が飛び散り、笠田の部屋のガラス戸を汚す。中が煌々としているのが幸いだ、ガラスに反射する自分の恥ずかしい姿を見ないで済む。とても正視できないような、だらしなく蕩けた顔を俺は晒し続けているはずで、笠田はしかしその全てを、明るい照明で見せつけられている。
「そろそろイきたいか?」
 やや掠れたたまらない声で、和虎がようやく尋ねてくれた。俺はガクガクと頷いた。
「では、こう言え」
 和虎の囁きを自分の声にして、ガラス戸の隙間から流し込む。
「俺は、っ、いま、か、ら、ご主人様に、血を吸われ、ながら……」
 言葉半ばで、実際に和虎が首筋に牙を突き立ててきた。肩に胸に、温い血が垂れて、鋭く長い牙が動脈に届くのがわかる。早く話さないと、言い切らないうちに意識が途切れる。だが、蚊が刺すときにかゆみを感じる物質をこちらに注入してくるのとそっくりに、このたちの悪い吸血鬼は噛む時に、媚薬のような成分をこちらの体に流し込む。感じている刺激と快楽が、瞬きの間に恐ろしいほど増した。全身が燃え上がるように思われ、絶句する。
「続けろ」
 首を咥えたまま和虎が唸り、鞭の一打ちをくれる要領で奥を効果的に突いた。目の前に火花が散って俺はアッと叫び、かろうじて意識を取り戻す。
「すわ、吸われ、ながらっ……ケツ、ケツ穴、パコられ、て、イかせて、い、ただきま、す!……いっ、イきますッチンポもイっきますッ……!」
 淫語を言わされた口までが燃えだしそうだ。もう、何を口走っているのか自分でわからない。涎を食いながら俺は喘ぎ、悲鳴をあげた。絶頂寸前の痙攣が、全身を駆け抜けてビクビク引きつらせた。和虎が口を離し、吹き出す血には構わず俺を抱きしめる。そのまま腕を滑らかに、首と頭へ回した。
「よく言った、殺してやろう」
 艶やかに色っぽい声が褒めたと思った途端、凄まじい音を立てて首がへし折られた。俺は絶命しながらチンポとケツ穴で同時にイった。
 自分が淫らな声を上げつつまた達した、と思い、意識を取り戻した。生き返ったことを理解するより先に、今、卑猥に鳴いて果てたのが夢でなく事実で、しかも現在進行形だという方を思い知る。夜更けてかなり涼しくなった闇を、手足が力なくかき回している。俺はまた虚空に浮かんでいた。そして後ろの内部から、再び、三たびと、絶頂が全身を波立たせて弾けていた。どうやら気がつくまでずっと、後ろに熱杭を打たれたまま空中遊泳に連れまわされていたらしい。生き返った後につきものの喉の渇きもわからないほど、気がついた瞬間から完全にイキっぱなしになっていた。
「起きたか、気分はどうだ」
 しっかりと両手で腰を捕らえ、結合を緩めもしないで、和虎が優しげに尋ねる。戻った意識がまた飛びそうだ。口を吐くのは嬌声とみだりがましい悲鳴ばかりで、俺は答えることができず、その瞬間にもまたも達して、活魚さながら全身をビクつかせる。
「おまえは実に好き者だな。これだけイっておいて、まだイくのか?」
 和虎のからかいを聴きながら、こらえようとしても既に弾みが付き切った俺は、ものも言えずに身体を捩ってまた果てる。
「悪くはないぞ、おまえがアクメするたびに後ろがピクピク締まるからな、俺も心地がいい」
 余裕の声で告げ、和虎は俺の先端を握る。
「遠慮せず、こっちでも、もっとイっておけ」
 触れただけでも痛いほどに敏感になっているところへ、さらに的確な刺激を与えられ、叫びながらあえなく吐精した。白濁液は夜空に飛び出し、何処へか落下してゆく。いずれの屋根か、どこかの道か、下手をすると誰かの車に、半透明の汚れが付くことだろう。
「彼奴に、この姿までは見せられないのが残念だな」
 和虎は囁いて、俺を抱きしめ、口付ける。それから、後ろでも前でも、空中で何度も繰り返し俺をイかせながら、ゆっくりと部屋まで飛行した。ようやくのことベランダに舞い降り、これで休めると思ったのは間違いで、締め切った部屋のベッドで、今度は腰が抜けるまで掘られ続けた。叫び声も枯れた頃に和虎は、次は自分が好くなる番だと宣言し、俺の根を縛って萎えられなくしてから、その上にまたがった。もう拷問以外の何物でもないのだが、俺の上で気持ち良さそうに白い体をくねらせ、反らせ、持ち上げては残酷に落としてくるヤツの姿は、妖艶で美しいと言ってもよかった。俺は、生き返る必要がある死に方では事切れなかったものの、死ぬよりももっと死んだ。最後に、和虎の命令でヤツの白い尻へ、後ろから懸命にピストン運動をしている途中でエネルギーが切れた。俺はヤツの上に倒れ、気絶するように眠り込んだ。

 目覚めると猛烈に喉が渇いて、腹も減って、しかし息をするのさえ億劫だった。光の加減ではもう午後だ。
「仕事は止すと、連絡しておいた。寝ておけ」
 俺が呻いたのを聞きつけ、隣の六畳間から和虎が話しかけてきた。ベッドを俺一人に広々と明け渡し、奴は隣室で眠ったのか眠らなかったのか。職場には何と言って連絡したのか、笠田は出勤しているのか、色々気になるがヤツは詳細を言う気はないようで、また寝そべってタブレットを弄っている。
「喉が渇いた。腹も減った」
 声を出してみると、思った通りガラガラに荒れている。ベッドから無理に体を引きずり出し、ふらつきながら顔を洗い、何とかキッチンへ入る。和虎が寝転んだまま、
「麦茶はもうないが、飯は炊いておいたぞ」
 と声をかけてきた。見ればその通り、炊飯器に白米が保温され湯気を立てている。
「唐揚げを温めて食べるといい」
 ヤツはさらに言った。
「それは嬉しい、な……ありがとう」
 礼を言い、大袋の冷凍唐揚げを皿に取ってレンジへ突っ込む。電気ケトルで湯を沸かして急須に茶葉の準備をし、
「和虎も食うか?」
 と尋ねた。そうだなと答え、起き上がる気配だ。
「野菜がない。というか食い物全般ないから、買いに行きたいな」
 俺は半分独り言で言う。全身のだるさよりも、空腹が勝る。
「食ったら行くとするか。俺も麦茶とタバコを買う」
 日の差す中へサングラスをして出かけることを厭わず、和虎は賛成した。
「なぁ、なぜ昨日は、ああしたんだ?」
 皿を並べ、急須へ湯を注ぎ、飯をよそいながら俺は尋ねた。テーブルへ来て何も手を出さずにタブレットをいじっていた和虎は、チラっと俺を見て機器を置く。
「初めからの約束だろうが。おまえが他の輩に殺されたり犯されたりしたら、俺が後で、その何倍もえげつない目に遭わせてやると言っただろう」
 その通り、初めて出会った時から今まで、ヤツはずっとそうしてきた。記憶の上書きとでも言うのだろうか。和虎に『その後』されることのおかげで、『その前』にさらされた暴力は俺にとって前戯になってしまう。だが、俺の聞いているのはやり方のことだ。
「どうして笠田に見せつけないといけなかったんだ? 俺がおまえの、その」
「生きた餌で、永遠の性奴隷だと宣言させて、どこでどう感じていつ果てるかまで報告させてな?」
 言い淀んだ言葉を補い、和虎はニヤッとした。
「いつもおまえは勝手に殺されてくる上に、誰にやられたのか、わかっていても言わないだろう」
 和虎は少しなじるように言う。
「今後も犯人がわかったら、一人一人住所を突き止め、昌彦を殺すのも犯すのも俺の特権だと、たっぷり見せつけに行ってやる」
 ヤツは言い切り、
「何を驚く。おまえの言うことを聞いて、そいつらを殺すのは止している。これでも千倍も妥協している」
 と付け足した。そして俺が渡した箸を取るなり、唐揚げに突き刺す。
「代わりに自分を殺せというおまえの気が知れん。同じ目にあえ、とは思わないのか」
 素っ気なくヤツは言った。
「和虎が誰かを殺すのは嫌だし、自分で誰かを殺すぐらいなら、自分が殺される方がいい」
 俺は答える。本当にその方がマシだ、例えそれっきり生き返らないとしてもだ。
「だからおまえは!」
 和虎は呆れたように叫び、唐揚げに大きくかぶりつきかけて、熱さに気づいて口から出す。そして改めて、控えめに齧り直した。
「だから何なんだよ。だからしょっちゅう殺されるんだ、とでもいうのか?」
 言い返しながら思う。ヤツにははっきり言っていないが、俺は和虎に殺されるのだけは嫌ではない。死の前後にエロい気持ち好いことがたっぷり付いてくるからだろうか。
「全くその通りだ、殺すならおまえのような人間がいい」
 和虎の返事に、一瞬、心を読まれたのかと思った。しかしそれは「俺がなぜしょっちゅう殺されるのか」という話の続きのようだ。
「おまえを殺すような輩は、利用か破壊か、という見方でしか、人間が見えていないのだぞ」
 ヤツは言いながら俺に向けて箸を動かし、食えと促した。とりあえず茶を少しすすって、喉の渇きを猛烈に自覚する。飲み干し注ぎたす前で、和虎が唐揚げの残りを口に放り込む。
「その目で見るなら、そうだな、おまえは出来立ての餅やパンか、積もったばかりの雪だ。彼奴らはかぶりついたり、ぎゅっと押したり、足跡をつけたりしたくなる」
 砕いた肉片が唾液にまみれ、鋭い牙と一緒に光る凄まじい口が話す。
「おまえは傷つける側の力を実感させてくれる。柔らかそうで美味そうで、反撃される心配もない。昔だったら救世主や聖人だったかもしれないな、もちろん最後は虐殺される」
「あんまりだ。全部、おまえの主観じゃないのか」
 俺は憤慨した。
「反撃されなくたって、攻撃していいことにはならないぞ。だいたい、俺は食い物や、他人の気晴らしの道具じゃない」
 ヤツは鷹揚に頷く。
「まぁそうだ」
 まぁ、という保留に「和虎の食い物兼、気晴らしの道具ではある」という意味が入っていそうな気がしたが、追及する前に和虎が
「だから昨日のやり方なら、相手に思い知らせておまえも満足させられる。一石二鳥だ」
 と言った。しばらく反芻してみて、俺はふと思いつき、
「だが、もし、俺を見て気持ちよさそうだと思って、犯人がおまえの奴隷になりたがったらどうするんだ」
 と尋ねる。和虎は口の中のものを吐き出しそうになり、慌てて手で押さえた。
「この……! 気持ちの悪いことを言うな、昌彦」
 飲み下して、ヤツは俺を睨んだ。俺はそんなにおかしなことを言っていないと思うのだが。吸血鬼は飯茶碗から大口を開けて飯を掻き込む。それを見ながら、利用か破壊かの基準で相手を見る人間が俺を殺す、という仮説について考えていると、ため息が出た。
「それじゃあ一体、俺は何のために生きているんだろう」
 ふふん、と和虎は鼻を鳴らした。
「生きることにも死ぬことにも、人生にも、意味なんてないらしいぞ」
 利いた風なことを言ってから、もう少し真面目な顔で俺を見る。
「おまえは俺に血を吸わせて養い、部屋を提供し、話し相手になり、一緒に出かけ、夜伽する。時々うっかり殺されてきては、俺に改めてたっぷり犯されて、殺される」
 俺のしていることはその通りなので頷きながら、それでいいのだろうか、と思う。
「どこが不都合だ? 言ってみろ。おまえが例えば笠田のようだったら、今以上に気持ちの好い思いができるのか?」
 俺は口を開けて、言葉を失くした。
「うん? 食え」
 口を開けていることをどう曲解したのか、和虎が、まだかなり熱い唐揚げの一つを箸で摘んで俺の口へと押し込んだ。ハフハフ悶えながら食べる。冷凍の割に美味い。
「餌だの奴隷だの犯されるだの殺されるだの、言葉では何と言っても、おまえは結局、何一つ、命一つだって、俺に奪われやしないのさ」
 和虎は普通の声で言って、飯を口いっぱいに詰めたまま、湯呑みを突き出して茶を要求した。ヤツが俺にすることは、利用であり破壊だ。と、言えば言えるのに、それはどうも俺の認識とは違っていた。淹れてやった茶の湯気が、ヤツの前髪にふわりと纏わって消えていく。窓の外ではツクツクボーシがラストスパートをかけている。俺は思う。生きることや死ぬことや、和虎にやられて気持ちが好いということに意味なんぞなくても。来月も、来年も、コイツが目の前で飯を食っていたりすればいい。

(終)

渇いた昼に滴る夜を

渇いた昼に滴る夜を

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