【再録】ゴールデンエイジの物語 Book 1

万田 竜人(まんだ りゅうじん)

【序】 喜寿のヒラメキ

カズさん(家内)が、南イタリアとシチリア島の旅から帰ってきて、イタリアの地における
こぼれ話などを聞かせてもらいながら、自分自身の海外体験談なども織り交ぜて執筆
を重ねているうちに、定年前の悪辣な上司による呪縛から解き放たれたようである。

それは、新たな執筆を重ねているうちに、当時の劣悪な状況のなかにあった、更なる
深層心理の面に眼が届き、当時の悪辣な上司に同情の念すら湧いてきたこともあり、
人生にはまさに裏の裏まであることが読み解けたことも遠因としてあるかもしれない。

それもあってか?

あの悪辣非情な上司に遭遇する前の三十代から五十代までは、私自身が、怖いもの
知らずのヒーローであったことに気付き、当時をふりかえることで、その記憶が鮮明に
蘇ってきた。

誰でもが、一生に一度は「自分だけの物語」を書き出す能力を備えていると云う。

その様に考えた時に私は 「ボクの僕の中にあるヒーローの頃」という小説を書き出して
みたい衝動に駆られた。

しかし、ここまで頭の中が整理できたのも 「ゴールデンエイジの物語」を書き出してから
辛かった55歳から58歳までの暗黒の実態を陽射しの下に晒し、栄光の架け橋を得て、
定年満期まで全力で駆け抜けた自分を振り返ることが出来たからだと考える。

そして決め手は、なんといってもカズさん(家内)の南イタリアとシチリア島の旅の土産話
に連なる私自身の海外体験談とが織りなす文様であり互いに短い旅が織りなすところの
文様ではあるが、長年の呪縛から解放されるには、十分な幾何模様であったと云える。

そのようなカラクリ絡みで、自分自身のために「ゴールデンエイジの物語」を再録すること
で長年の呪縛からの解放を確かなものにしたいと考えている。



ゴールデンエイジの物語 Book 1

プロローグ

赤レンガ倉庫の1号館を横切ってピア赤レンガ桟橋に出ると海風はまだ寒かった。
昨日、誕生日を迎えた私に誕生祝と云って「横浜クルーズ」のチケットが送られて
きたのはつい先日のこと。

私の誕生日は、モーツアルトと同じ「1月27日」である。

家内に云わせると「モーツアルトは偉人」そして貴方はみるからに凡人、比較する
ことがそもそもの大間違い、と、大笑いされた。

定年(60歳)の前にも、大笑いされたことがある・・・
「定年後には、どんな夢をもっているの?」と、聞かれたので、
「映画俳優か?」 「小説家か?」 「ビジネス・コンサルタントかな?」と、答えた。

大方、笑い終えた後で、しっかりと釘を刺された。
「小説家 と コンサルタントは 夢としては良いかも知れない」、でも、その顔で、
世間に向かって 「映画俳優が夢ですなどと云わない方が無難ですよ」 と。

良く世間で云われることに・・・
「夢は口に出して公言すると実現する」 と 「そうかも知れない」 と 私も思う。

定年の1週間前に 「講師とコンサルタントを兼ねた60歳以上の人材募集」 と
いう新聞広告をたまたま見つけて応募したところ、応募者総数が約200名の中
から 2名採用 という状況の中で、3次試験の面接を経て幸運にも採用されて、
約6年間も、やり遂げた (契約期間は 当初 4年間だった)。

最終面接で、私を採用した社長(当時は専務)の言によれば・・・

「あなたが優秀だから採用した訳ではない」
「優秀な人材は他にも大学の准教授やコンサルト会社のメンバーなど多数居た
が、私と相性が良さそうなので、貴方を選びました」と。

ところで、社長が主宰する特別教室までは、交通機関を乗り継いで行くのだが、
片道約2時間を要することが分かった。そこで移動時間を有効活用するために
定年退職するときに、後輩たちが贈ってくれたパソコンで小説を書くことにした。

ここで、恐れ多くも、モーツアルトとの類似性を述べることになるが・・・

「モーツアルトは楽曲のすべてを脳内に描き、それを譜面に移すため楽曲の修正
がなく、修正だらけのベートーベンとは、対照的であった」とテレビ番組で知った。

ここでも、奇遇であるが、私が愛聴している 「モーツアルトのピアノ協奏曲 第20番
ニ短調」は、原曲はモーツアルトであるが、ベートーベンが好んで演奏した曲でもあり、
私の保有するCDについては、カデンツァ(編曲):ベートーベンと記されている。

この協奏曲は第一楽章・第二楽章・第三楽章の三部作で構成されており、私は癒し系
の第二楽章が好きだが、この第二楽章については、映画「アマデウス」のエンディング
にも使われた曲である。

モーツアルトとしては、数少ない短調の曲でもあり、ドラマチィックな魅力が、映画の
エンディングに余韻をもたらせたのかもしれない。

話は、だいぶ飛んだが(私は書き手として発想に飛癖がある)・・・

「私も文章を書くときに、文章は予め脳内で書き上げておき、後で、パソコンに吐き出す
方法をとるため、電車内で膝の上にパソコンを乗せておけば文章化は可能である」

こうして書き上げた小説だが、たまたま懸賞募集の機会に恵まれて、3次審査まで通り、
最終選考に残ったが、入選は果たせなかった。

どうやら、私の小説にはドラマ性がなく、面白さや意外性もないので、多くの読者を惹き
付ける魅力には欠けるようである(自分でもその様に思うので納得は行く)。

しかしながら、インターネット上において、手前味噌的に小説家を名乗れる環境になって
きたので、思い切って、身を任せることにしてみた。

その様な経緯で、私が再認識したことは、夢は口にすれば 「確実?」に実現するという
「都市伝説?」的な思いである。

「コンサルタントの夢は、ビジネスコンサルタントとして・実現、6年間も活躍出来た」

「小説家の夢は 『売れない作家ではなく』 『売らない作家であれば』、一生涯を大学で、
学び続けながら、一生涯学生作家としてインターネット上で、活躍の場は確保出来る」
(映画俳優の夢は、口にしないことで釘を刺されているので、実現はありえない)

しかし、小説家を続けるには、困ったことがある・・・

「私の書斎は二階にあるため、二階に、こもってパソコンに向かっていると、飼犬が寂し
がって階段の踊り場まで迎えに来る。家内も同様に一緒にくつろぎたいようである」

かつて、作家の童門冬二先生は・・・

「定年後は、御二階さんに徹して(奥様は一階での生活)」 都庁退職後は、割り切って
作家に転身された、と、大昔に講演会でお聞きしたが・・・

「私には、そこまでの決心はつかない」 困ったものである。

そして、私の、その後の経験談として・・・

「小説家にしても、コンサルタント業にしても、それを課業にしようとすると、けっこう詐欺
まがいの話が持ち込まれて、騙されることがあること、を、経験的に知った」

冬の海を眺めて、そのようなことを思い出しながら、横浜クルーズの乗船までには時間
があるので、赤レンガ倉庫内の コ洒落たレストランに、家内・共々・入店、熱いコーヒを
オーダーした。

(続 く)

【再録】ゴールデンエイジの物語 Book 1

【再録】ゴールデンエイジの物語 Book 1

【序】 喜寿のヒラメキ:カズさん(家内)が、南イタリアとシチリア島の旅から帰ってきて、イタリアの地におけるこぼれ話などを聞かせてもらいながら、自分自身の海外体験談なども織り交ぜて執筆を重ねているうちに、定年前の悪辣な上司による呪縛から解き放たれたようである。それは、新たな執筆を重ねているうちに、当時の劣悪な状況のなかにあった、更なる深層心理の面に眼が届き、当時の悪辣な上司に同情の念すら湧いてきたこともあり、人生にはまさに裏の裏まであることが読み解けたことも遠因としてあるかもしれない。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-12-28

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