渡り鳥
「渡り鳥」
島の子供たちにはそれぞれ役割が与えられていた。
そのどれも、大切な役割だった。
子供たちは自分の仕事に誇りを持っていた。
誰かの仕事を羨むものはいない。
子供たちの誰もが、自分の仕事がいちばんだと思っていた。
ある日、ラリーはジムのもとを訪れた。
ジムは丘の教会の鐘を磨いているところだった。
「この仕事をやってしまうから待っててよ」ジムは言った。
「わかった」
ラリーは礼拝堂の長い長いベンチに座って、ジムを待つことにした。
ラリーはベンチの上で膝を抱え込んだ。
そしていつしか眠ってしまった。
目が覚めると隣にジムがいた。
ジムは眠っていた。
「やい、ジム」
ラリーはジムを揺り起こした。
「僕はこれから灯台に行って、目玉のような大きなライトを磨かなくちゃいけない。もうすぐ夜が来るからね」
「うん」
ジムは眠い目をこすって言った。
二人は灯台に向かった。
ジムはラリーが仕事をする間、暮れていく海を見つめていた。
黄金色とピンク色が入り混じり、海は輝いていた。
大きな夕日が沈もうとしていた。
海鳥が急ぐように岸に向かって飛んでいった。
巣に帰るのだ。
ジムは白い灯台の白いフェンスに寄りかかって、そんな様子を見ているうちに、眠ってしまった。
ジムの目が覚めたとき、海は真っ暗だった。
その水面をラリーの磨き上げたライトが、黄色い灯りを走らせているのだった。
「今日はずいぶん星が出ている」
いつの間にか隣にいたラリーが言った。
「うん」
二人はそれぞれのうちに帰っていった。
家に着くと、枕をひっくり返しにきたスミが、「いい夢を見ますように」とジムの家族に挨拶をして帰るところだった。
「やあ」ジムはスミに声をかけた。
「ハイ。あなたの枕は特別によく叩いて膨らませておいたわ」
「ありがとう」
スミは暗闇の中に溶けていった。
この島の子供たちは、昼でも夜でもよく働いた。
我が子の帰りを心配するような親はいなかった。
自分たちも子供の頃は昼夜なく働いてきたからだ。
朝、目が覚めたジムは笑っていた。
いい夢を見たのだ。
彼はさっさと朝食を済ませると森に向かった。
ジムはいてもたってもいられず、どんどん早足になって、最後には全速力で木々の間を駆け抜けていた。
開かれた草原に美しい鹿が横たわっていた。
その傍らには生まれたばかりのバンビがいた。
ジムは足音を立てないようにゆっくりと鹿たちに近づいていった。
「やあ」
ジムはメリアに挨拶をした。
メリアは挨拶を返す代わりに、しっと口元に指を立てた。
そして、微笑んだ。
「君がバンビの誕生を知らせてくれたのかい?」
「夢にのせてね」メリアは言った。
彼女は島の中の誕生を管理する係だった。
と言っても、世話をするのとは違う。
ただ、温かく見守るのだ。
「もうすぐフクロウの赤ちゃんが生まれるのよ」
メリアはジムの耳元で囁いた。
「でも、すぐに死んでしまうの」
メリアは残念そうな顔をした。
ジムも悲しくなった。
「フクロウの赤ちゃんはきっとかわいいだろうな」
「そりゃね」メリアは言った。
「一緒に祝福しに行きましょう。例え短い間でも生まれたことには変わりないもの」
二人はうっそうとした森の中に入っていった。
フクロウの家は古い大きな木のうろにあるのだった。
「あそこ」
メリアは木の高い高いところを指差した。
「もう生まれたかな?」
「そろそろね」
二人は浮かび上がると、そっと巣の中を覗き込んだ。
卵が割れた。
中から大きな丸い目が現われた。
「わあ」
ジムとメリアは顔を見合わせた。
生まれる瞬間は何度見ても感動的なのだ。
黒い大きな瞳は濡れてキラキラと光っていた。
フクロウの赤ちゃんは小さな口を開けて、ぽこりとあくびをした。
「かわいいー!」
ジムとメリアはその愛らしさにしびれ上がったが、母親のフクロウは自分のくちばしを赤ちゃんフクロウの口の中に潜り込ませて必死だった。
赤ちゃんフクロウの喉の奥に何かが詰まっていた。
それを取り出さなくては、赤ちゃんは息を詰まらせて死んでしまうのだ。
宝石のようにキラキラと光っていた瞳は次第に曇り、やがて砂のように味気ない灰色になって、時は止まった。
「まさか、こんなに早くあなたに交代しなくちゃいけないなんて思わなかったわ」
メリアはいつの間にかやってきていたヌーンの肩に手をかけた。
「仕方がないわ。運命だもの」
長い長い黒い髪を持ったヌーンは言った。
「あとは任せたわ」
メリアは死んだ赤ちゃんと悲しみの底にいる母親を残して、どこかに飛んで行ってしまった。
大変なのはジムだった。
ジムは死に直面したのは初めてだった。
大粒の涙をいくつも落としながら、彼はよろよろと家にたどり着いた。
「どうしたんだい?」
ジムの泣き顔を見て、彼の祖母が心配そうに声をかけた。
「おばあさん、フクロウの赤ちゃんが死んだんだよ。たった今、生まれたばかりの赤ちゃんが、たった今、死んだんだ」
心の中でますます悲しみが大きくなって、ジムは泣きわめいた。
「おばあさんの前で(死)なんて言葉を使わないで」
そうジムをたしなめたのは、お年寄りの話し相手に来ていたルーだった。
彼女は厳しい目でジムに訴えた。
(死)という言葉を聞いた途端、おばあさんの顔つきは変わってしまった。
ジムは口をつぐんだ。
涙だけがアメ玉のように目からいくつも転げ落ちた。
ルーがしっしっと手でジムを追い払った。
「さあ、おばあさん。お嫁さんの悪口の続きを聞かせて」
ルーの声を後に、ジムはとぼとぼと家を出た。
誰かに会いたいような、誰にも会いたくないような、そんな気分だった。
誰かに会って楽しい時間過ごしたところで、結局、みんな死んでしまうのだ。
ジムはそのことが悲しかった。
教会の鐘が鳴った。
それでジムはやっと自分の役割を思い出した。
彼はとぼとぼと教会に向かった。
いつもならすぐに鐘楼に登るのに、今日のジムは礼拝堂に立ち寄った。
十字架に張り付けられたキリストがじっとジムを見下ろしていた。
キリストも殺されて死んでしまった。
ジムはとぼとぼと階段を登った。
まるで十三階段を登るような重い足取りだった。
鐘を磨く手はなかなか進まなかった。
鐘は重く、悲しい音で時を告げた。
「おいおい、一体どうしたっていうんだい?」
心配そうな顔でそこに立っていたのはラリーだった。
ジムはラリーに抱きつくと、今日あったことを洗いざらいラリーに話した。
そして大声をあげて泣いた。
「さあ、今度は僕の仕事の時間だ。ついてくるかい?」
ジムは頷いて、二人は灯台に向かった。
ラリーの仕事ぶりにジムは感心していた。
そして、今日の自分の仕事のことを反省した。
灯台のフェンスに寄りかかって黒い海を眺めながら、ラリーはジムの隣で鼻うたを歌った。
時折、水面がキラリと光った。
「海の中ではたくさんのものが生まれて、たくさんのものが死んでいく。ただ僕らには見えないだけなのさ。君は海を見て悲しいかい?」
ジムはかぶりを振った。
海を見ていると、何故だかやさしい気持ちになるのだった。
「さあ、帰ろう」
ラリーがジムの手を取って、二人は歩き出した。
そして、それぞれの家に帰っていった。
来年、島の子供たちは渡り鳥となって、この島を飛び立っていく。
そして、大人になったら、船に乗って帰ってくるのだ。
渡り鳥