群れ魚

しばこまつだ

 
 街。
 夜。
 人通りがなくなった商店街。
 向こうからカツカツカツとヒールの音。
 こちらからは黒いスニーカーを履いた男が忍びやかにやってきた。
 左右からやってきた彼らは、やがて道の真ん中で重なり合う。
 まるで恋人のように、しばらくの長い間、彼らは抱き合った。
 それから男は女の前から立ち去った。
 女はその場にひざを折り、その場に崩れ込む。
 仰向けに寝転がる。
 彼女は死んだのだ。
 驚いたように目を見開いて、彼女は死んだ。
 
 男は人を殺すのが好きなのだった。
 特に女がいいと、男は思っていた。
 男はいつも不意に相手の胸をナイフで一突きにする。
 大抵の女は不思議がる。
 「何故?」
 「どうして?」
 「私を刺したの?」
 それから彼女たちはすがるような恋しい目でじっと男を見つめる。
 「お願い」
 「助けて」
 瞳は揺れながら男にいろいろなことを語りかけてくる。
 「あなたは誰?」
 「私は死ぬの?」
 男はその瞳をじっと見つめ返している。
 男はその瞳が好きなのだ。
 その瞳に巡り合うために、男は人殺しをしていると言っていい。
 だから男は後ろから襲うようなことはしない。
 正面から相手に組み合うのだ。
 その様子を仲間は「強さ」とたたえた。
 そして男のことを尊敬と狂気の意を込めて「カタナ」と呼んだ。
 彼は優秀な殺し屋だった。
 仕事でも趣味でも男は人を殺した。
 そして、多くの取り巻きをいつも従えていた。

 本人は覚えていないが、男は昔、魚だった。
 彼はたくさんの魚が集まる群れの中で生まれた。
 誰が父親だか母親なのか、わからなかったが、群れの仲間たちはみんな彼の家族だった。
 幼い彼は他の稚魚たちと一緒に群れの中心で守られ、成長していった。
 そして若くして群れのリーダーの一人になった。
 彼は子供からも年寄りからも人気があった。
 彼には仲間を大切にする深い思いやりがあったのだ。
 彼の仕切りる群れの采配は見事だった。
 斬新なデザイン。
 スピード感。
 変幻自在。
 カチカチと向きを変え、太陽の光を受けてキラリと反射した。
 彼が指揮する群れはどこにいても目立った。
 それでいて敵の大きな魚には脅威を与える。
 仲間から死人を出さない。
 誰にも見せ場となる役割を与え、誰もをいい気持ちにさせた。
 もちろん、子供や年寄りを群れの中心で守ることも忘れなかった。
 彼は誰からも信頼され、尊敬され、羨望の眼差しを向けられた。
 仲間から向けられるその視線こそが何よりの宝であり、誇りだった。
 いや、仲間その物が彼の宝物だったのだ。
 
 しかし、その群れはある日、ごっそりと捕獲された。
 最初はプリンをスプーンで掬うようにひとすくい。
 慌てて群れの向きを変え、体勢を立て直したが、漁船は違う方向からもやってきた。
 深度変更、速度変更、進路変更、回転、垂直、斜め、水平。
 あらゆる手段を試みたが、群れはどんどん小さくなり、かけらになり、とうとう彼も捕まった。
 打ち上げられた船の上で、仲間の魚たちは口をパクパクさせてじっと彼を見ていた。
 無数の目がじっと彼を見ていた。
 その目は言っていた。
 「おねがい」
 「助けて」
 「どうして?」
 「私は死ぬの?」
 でも、彼には何もできなかった。
 そして、やがて彼も死んでいった。
 
 男は心のずっとずっと底のところで、たまに魚だった頃のことを思い出す。
 そして、悲しい気持ちになるのだ。

 
 

 
 


 

群れ魚

群れ魚

彼は殺し屋だった。彼の殺し方は潔かった。正面から胸をナイフで一突き。不意をつかれた相手は見開いた目でじっと彼を見る。彼はそのすがりつくような瞳が好きなのだ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-12-05

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