騎士物語 第八話 ~火の国~ 第九章 暴れる獣

第八話の九章です。
この八話の佳境へと突入します。

第九章 暴れる獣

 ワルプルガの二日目。星の多い試合から進んでく今日は……正直、昨日とはレベルが違った。
 人間側――貴族たちが出場させてる私設の騎士団とか傭兵とかどこかの軍人っぽい人とか、見た目は色々だけどその実力は全員が上級騎士、セラームクラス。先生とかフェンネルレベルの騎士がその技を存分に披露する。
 対する魔法生物も昨日までとは格が違う。二足歩行だろうが四足歩行だろうが関係なく、全員が武術っぽい身のこなしをして、手はもちろん足とか口とかで武器を操る。
 一撃必殺の応酬で、一発でも受ければ即身代わり水晶が砕け散る……そんな戦いが繰り広げられた。
「ふむ、当然と言えばそうだが昨日のトカゲ――クロドラドはわたしたち相手の時には実力の一割も出していなかったのだな。」
「ガガスチム……さんも、そうだね……昨日はまだまだ余裕、だったんだね……」
 あのトカゲとゴリラも試合に出てきたんだけど、昨日みたいな教えながらでも笑いながらでもない本気の戦いを見るとちょっとショックを受ける。
 ロイドと出会ってから今日まで、普通に学生してたんじゃできない経験をたくさんしてきて、そのおかげで強くもなれてるけど……その度に「上には上がいる」っていうのを思い知らされるわね……
「ふふふ、なんだかんだこのワルプルガは強さを求める騎士にとってはこの上ない経験ができるイベントだからね。十二騎士トーナメントで上位に食い込む者や、最後まで勝ち上がって十二騎士に挑むような者が貴族たちに自身を売り込みに来ることもしばしば。この二日目は世界でもトップクラスの騎士が顔を出すわけさ。」
「それと互角かそれ以上の戦いを繰り広げる魔法生物たちも世界トップクラスの強さを誇るのだろう。何度も言うが、おれたちは運の良い経験をしているのだな。」
「うむ。まぁどこかの浮気者は違う経験をしたようだがな。」
 ローゼルの温度の低い笑顔が向けられたのは……あたしたちと同じように窓際で試合を眺めてるけど正座してるロイド。
「夫が娼館通いをし始めたら妻はどうするべきなのか、今から考えておかねばなるまい。」
「人を娼婦呼ばわりしないでよねー。」
 ローゼルの呟きに、椅子の上で体育座りしてうっとりしてるアンジュが文句を言う。

 アンジュがこんなチャンスを逃すわけはないから何かやらかすだろうとは思ってたけどやっぱりやらかして――いつものようにロイドもやらかした。
 今日の朝、全員が顔を合わせたその瞬間に土下座を決めたロイドと、いつかのローゼルとリリーみたいなとろけ顔になったアンジュを見て何が起こったのかを理解したあたしたちはロイドをボコボコにし、燃やし、凍らし、縛り上げて今日一日は正座という罰を与えた。

「まったくロイくんてば! そーゆーのはボクにしてくれないと!」
「そうだぞロイドくん。ワルプルガが終わるまで我慢できないほどに悶々としていたのならわたしの部屋に来ればよかったのだ。」
「あんたらもあんたらよ!」
「まーまーみんな、半分とちょっとくらいだからそんなに怒らないでもいーと思うよー? あたしの魅力にひかれつつもそこで止まったんだから、やっぱりワルプルガが終わるまではって思ったんだよー。」
 とろけつつもむかつくニヤケ顔でうっとり笑うアンジュ……!
「まー、優等生ちゃんたちが言ってた通りのテクニシャンっぷりは体験できたけどねー。んもーロイドってばー。」
 ローゼルの時とリリーの時、その二人と同じ顔でくねくねする……!
「きっと今夜は最後まで――それとも本番はお泊りデートにとっておいて今夜も半分くらいの焦らしなのかなー? うふふー。」
「……こ、今夜も……ロ、ロイドくんの……スケベ……えっち……」
「ほへ!? は、いひゃ、きょきょきょ、今日は――」
「えー、そーなのー?」
 普段の何倍もの色っぽい笑顔のアンジュと目が合うや否や、ロイドは真っ赤になって固まる……!!
「あんた、思い出してんじゃないでしょうね……」
「しょんなことは――す、すみませしぇばあああ!」
 あたしは正座してるロイドの太ももをつねる。ホントにこいつは……こいつは……!
「ふふふ、英雄色を好むとはこういう事なのかな?」
 叫ぶロイドと溶けるアンジュを交互に見て何とも言えない顔になるフェンネル。
「学生にしては少々――という気もするし、弟子のあれこれが心配ではあるのだけど……こんなに幸せそうな顔をされるとどうしたら良いのか困ってしまうね。」
「そうですフェンネルさん。あなたの色ボケ弟子に注意してあげてください。」
「優等生ちゃんに言われたくないなー。」
「ふふふ、しかし僕以前に当主様たちがお祭り騒ぎしていたし……奥様が当主様を――落とすために仕掛けた権謀術数の話を聞いた事があるから血は争えないのだなぁという納得もあってね……男ゆえに抗えない誘惑というか、みんなの会話を聞いているとむしろロイドくんは大変だなぁという変な気持ちになってくるよ。」
「あー、その気分はわかるぜ。俺とカラードもそんな感じだ。」
「そうだな。未だ男女の関係における被害者は女性の場合が多いと聞くが、こうして本気の彼女たちを見ていると性欲任せの男の何とひ弱なことか。」
「カ、カラードさん? 何気にひどい事を言っていませんか……?」
「ん、ああ悪い。ロイドの場合は皆への確かな愛もあるから、それを引っ張り出されるとこれまた大変なのだな。」
 いよいよ変な悟りの域になってきたカラード。恋愛マスターがこいつにも出会いがあるとか言ったらしいけど、こいつと結ばれる女ってどんなんなのかしら……
「ふふふ、さすが《オウガスト》の弟子と月並みなセリフが出そうだけれど……なんというか、ロイドくんの不思議な雰囲気というか人柄というか、そっちが主な原因のような気がす――」

『ッツアアアアアアア!!』

 フェンネルが困った笑顔で呟くのを遮ったのは叫び声。攻撃を受けての悲鳴という感じじゃない、敵意全開の咆哮。
「……さっきからすごいわね、あいつ。」
 特大の魔法や磨き上げられた体術に加えて、今まで出てきた他の奴にはなかった強い敵意……憎悪と言ってもいいくらいの、そんな感情を騎士たちにぶつける魔法生物。
 シルエットが逆三角形になってる、下に行くほど細いクマみたいなやつで、巻いてる角と四本の骨みたいな翼がある。ふちだけが黒い変な炎を操るそいつは、セラームクラスだと思う相手の騎士五人を一体で相手にして――圧倒してた。
「ゼキュリーゼだね。いつにも増して荒れているようだ。」
「……怒りっぽい奴なの?」
「ふふふ、確かにそうだけど怒る理由はいつも同じさ。あいつは人間が嫌いなんだ。」
「人間嫌い? なによ、あんたたちあいつに何かしたわけ?」
「どうかな。ゼキュリーゼはあっちの序列で言うと四番目――クロドラドの一つ下にあたる古株の一体だから、僕の知らないいざこざがあった可能性はあるけれど……あいつは我々こそが世界を統べるべき存在だーっていう考えの持ち主なのさ。」
「えぇ? あの、それって……危なくないですか……?」
 正座してるロイドが首だけ動かしてフェンネルを見上げる。
「僕ら人間からすれば危険な思想さ。実際、ゼキュリーゼは排除すべきだって言っている貴族もいる。けれどガガスチムがトップである以上は問題ないさ。」
「ガガスチムさんがしっかり統率しているってことですか?」
「ふふふ、少し違うかな。高い知能を得たと言っても元々が野生で生きるモノだった彼らにとって群れの長という存在は、人間でいうところの王様なんかよりもずっと影響力の強い存在なのさ。」
「影響力、ですか。」
「あちら側も一枚岩ではなくてね。ざっくり分ければ四つの派閥に分かれる彼らだけど、頂点に立つガガスチムが人間と友好的である以上、どの派閥であろうとこちらに害をなすことはない。余程の事が無い限り、本能的に、無条件に、長の決定には従うものなのさ。」
「そういうものなんですね……ちなみに今言った派閥って……」
「ふふふ、序列上位の四体をそれぞれのリーダーに据えた派閥でね。人間とどう接していくべきかっていう考え方の違いで分かれているのさ。」
「えぇっと……ガガスチムさんが人間と友好的で、逆に今戦っているゼキュリーゼさんは人間を敵視していて……クロドラドさんは……?」
「あいつは中立……いや、無関心というべきかな。友好的でも敵対的でもない、必要な時に必要な話し合いができるなら積極的に関わらなくてもいいって感じ。そしてもう一つの派閥が上位四体の中で唯一高い知能を持たない普通の魔法生物として生まれた序列二位のデモニデアが率いるチーム。彼らはより野生的な思想で、自然に身を任せる感じだね。どっちが利益があるとかこうするべきとかそういうのは一切抜きにその時々の感情で動くから、ある意味他の三つの派閥のどれにもなり得るね。」
「……二位……あのトカゲよりも強いけど高い知能は持ってないってわけね……」
「ふふふ、戦ってみるとわかるけど、余計な思考をせずに本能で動く相手というのは、時に小手先の技術よりも厄介なのさ。ガガスチムだって戦い方は勢い任せだしね。」
 ただの馬鹿力が強いっていうのはこの前のラコフ戦で学んだけど……あれに野性的本能が加わった感じかしら。

『人間ごときが、調子に乗るなぁっ!!』

 それっぽいセリフをはきながら五人の騎士によるコンビネーション攻撃を力づくでねじ伏せて一人一人を殴る、蹴る、潰す、噛みつくとかして倒していく。そして最後の一人のかなりの大技にそれを上回る特大の炎をぶつけ、試合は決着した。
「ほう、これはすごいな。おれたちが戦ったガガスチムさんのパワーにクォーツさんたちが戦ったクロドラドさんの技と速度が組み合わさったような動きだ。」
「セリフのわりにただの怒り任せってわけじゃねーな。ありゃかなり強いぜ?」
 あっという間に騎士たちを倒し、ゼキュリーゼとかいう魔法生物は人間側の観戦室を睨みつけて出口へ向か――

「ゼキュリーゼ!」

 ――ったんだけど、今やられた騎士たちと入れ替わるように登場した……次の試合の参加者なのか、全員がカラードみたいに全身甲冑をまとったチームがゼキュリーゼを呼び止める。

「貴様のチームを呼べ! 去年の借りを返そうぞ!」

「ふふふ、去年のベストカードが再びだね。」
「ベストカード……あのブレイブナイトくんの進化形のようなチームはあの悪魔のような魔法生物と互角の戦いを?」
「そうさ。ゼキュリーゼ率いるチームと彼ら『ラピスラズワルド』の一戦はここ最近で一番盛り上がった勝負だったよ。」
「『ラピスラズワルド』!? ではあの方たちが青の騎士と名高い六大騎士団か!」
 テンション高めに窓ガラスにへばりついて全身甲冑軍団を見るカラード。なんとなくロイドの方を見ると、「らぴす……?」って感じの顔をしてた。
「……六大騎士団っていう、すごい騎士団の呼び方があるのよ。」
「十二騎士みたいなものか?」
「そんな公式の称号じゃないわ……騎士の二つ名みたいなモノね。」
「でも……強いんだろう?」
「どの騎士団にも物語みたいな武勇伝があるわ。Sランクの魔法生物を倒したとか、S級犯罪者を何人も捕まえたとか。」
「おお、すごいな! そうか、その内の一つがあのチームなのか。」
「確か十人くらいの団だから、あの五人は代表ね。」

『ふん、性懲りもなく。今一度我々の力を思い知らせてやろう。』

 苛立った顔でゼキュリーゼが手を挙げると、新たに二体の魔法生物が闘技場に登場する。さっき『ラピスラズワルド』の騎士が「貴様のチーム」って言ったからあれがゼキュリーゼのチームメイトなんだろうけど……コウモリみたいな羽のついたヘビに腕が六本あるクマっていう、ゼキュリーゼにピッタリの仲間だわ。

『オホンオホン、順番通りではありませんが盛り上がりに乗って行こうと思いますので、ゼキュリーゼ様の試合を始めましょう。』

 全員が甲冑姿だけどカラードみたいに全員がランスってわけじゃなく、五人中三人が剣で二人が槍。剣使いが前に出てメインの攻撃をして、槍使いが後ろから援護するような陣形。剣で斬りかかる仲間の腕の間とかから槍を入れて相手の意表を突く――みたいな攻撃をする。サーカスじみた動きだけど剣使いの動きの邪魔をすることなく、どうしてもできちゃう隙を槍が埋めてるような感じだわ。
「むぅ、恐ろしい技巧だな……」
 長物の名門、リシアンサス家のローゼルがそれっぽくうなる。そういえばローゼルって魔法の方が目立つから槍の腕前がイマイチわかんないわね……
「ああ。その上対人戦規模ならともかく強力な魔法を使用した上でのあの動き――さすが青の騎士。」
 同じく槍――ランス使いのカラードがうんうん頷く。
 そう……簡単に言えば剣使いも槍使いもアンジュの『ヒートブラスト』みたいな高出力の大魔法をそれぞれの武器にまとって攻撃してる。剣使いからしたら、腕や脚の隙間に後ろから大砲が入ってきて砲弾を放っているような感じだと思う。
 正直、槍使いがいつ剣使いを攻撃してしまわないかとヒヤヒヤするんだけど……両者に恐怖やためらいはない。
「ふふふ、互いの技量に絶大な信頼を置いているというのもあるけれど、単純に両者が知識と経験を積み重ねた強者というのが大きいね。」
「ど、どういう……意味、ですか……?」
「ふふふ、この前リズムの話をしただろう? 戦闘時に個人それぞれが持つ意識の波――それを見極めて戦闘を優位に進める。実はあれ、仲間同士でも有効なんだ。」
「えっと……つ、つまり……あれは味方のリズムを把握、しているからこそできる……ってことです、か……?」
「そういうこと。剣士側のリズムを把握した槍使いがその波形の隙間を埋めるように自分のリズムを重ね、結果山と谷が交互に来るはずの動きを途切れず隙のない直線にして連続攻撃を実現しているのさ。」
「……つまりそれって、後ろの槍使いが頑張ってるってわけ?」
「ふふふ、確かにあの戦術で一番疲れるのは後ろの槍使いだけど、リズムを合わせるにはお互いが同程度の波の大きさでないといけない。二人で楽器の合奏をするとして、片方の音が小さかったり大きかったりしたらチグハグで聞いていられないけど、二人の大きさが同じになれば違う音を出している楽器でもきれいなハーモニーになるだろう?」
「ふむ……槍使いと剣使いが共にリズムを見極めるほどの実力者でないとならないわけか……」
「ふふふ、自身の強さを高めた者同士がチームとして動けばあんな事もできてしまうというわけさ。一人ではとても成し得ない、更なる高みへとね。」

「くっ――去年よりも更に速いとは!」
『キシャラアアアアアア!』

 ゼキュリーゼチームの三体を同時に相手にするのは危険と判断したのか、三人の剣使いが三体それぞれの相手をし、残った二人の槍使いがゼキュリーゼと腕が六本のクマと戦う剣使いの援護をしてる中、唯一一対一の勝負をしてる剣使いとヘビの戦いに動きがあった。
 その剣使いは第二系統の使い手なのか、剣に光をまとわせて、尻尾の先端に鋭い刃がついてるヘビと目にも止まらない剣劇を繰り広げてたんだけど――

「『ブライトスラッシュ』!」
『シャアッ!!』

 凄まじい斬撃の応酬、その一瞬の間に一層の輝きをまとった剣が振るわれ、対するヘビの刃も真っ赤な炎をまとって突き出される。ほぼ同時に放たれた互いの一撃が交差し、光の剣がヘビののど元を、炎の刃が剣使いのお腹をそれぞれ貫いた。
 昨日と今日とでこういう……普通なら即死の光景にも見慣れてきてて、これは両者の身代わり水晶が砕けて相討ち――

『ギシャアアアアアアアッ!!』

 直後、ヘビの絶叫が響いた。身代わり水晶があるって言っても一瞬は痛みが走るからそのせいかとも思ったけど、そのヘビはこのワルプルガではあり得ないモノ――どう考えたってかすり傷レベルじゃない鮮血をのど元から噴き出した。

『なにぃっ!?!?』

 戦闘中だったゼキュリーゼと六本腕のクマ、それと残りの甲冑騎士たちが噴き上がった血しぶきに動きを止め、ゼキュリーゼが倒れるヘビを受け止めた。

『な、なんだこれは! こんな明らかな致命傷が何故――』

 そう言いながら光の剣を振るった騎士を睨みつけるゼキュリーゼ。同じように致命傷を受けた騎士の方は無傷で、見ると身代わり水晶がきちんと砕けてる。ヘビの方は……砕けてない……

『どういう事だ人間! 貴様が無事で我が同胞が――同胞だけがっ!!』

「これはまずい……」
 突然の事に呆然とするあたしたちに対し、フェンネルが深刻な顔で呟きながら部屋の窓を開ける。そして足の裏から炎を噴き出して闘技場へと飛んでった。
「一先ず試合は中止だ! 騎士の中で回復系の魔法が使える者は早く――」
『近づくなフェンネル!!』
 事態を収拾しようとしたフェンネルだったけど……見るからに怒りで満ちた顔のゼキュリーゼがとんでもない殺気と一緒に叫ぶ。
『人間が無事で同胞の身代わり水晶だけが発動しなかった! 貴様ら人間の工作という可能性は十分にある!』
「――っ! だがただの事故かもしれないだろう! まずは落ち着いて手当てを! 傷の修復には精密な魔法制御が必要だ! 僕らに任せろ!」
『任せた途端にどうなるか! 信用できんっ!』
『おいゼキュリーゼ!』
 血を流して息も絶え絶えなヘビを抱きかかえるゼキュリーゼの背後、魔法生物側の入場口からゴリラ――ガガスチムが出てくる。
『冷静になれ! フェンネルの言う通り、治療が先決だ!』
『貴様――同胞が傷ついているのに冷静になれだと!』
『その同胞の為に冷静になれと言って――』
 その時、すごく嫌な感じが――空気が部屋の中に……いえ、スタジアム全体に満ちた。急に気温と湿度が上がったみたいな不快感に頭がくらりとする。
「がはっ――!」
 あたしと同じように部屋にいた全員がぐらりと揺れたんだけど、ストカだけが膝をついてすごく苦しそうな顔になった。
「お、おいストカ、大丈――」
「来んなっ!」
 心配そうに近づこうとしたロイドの手前、その足元の床にストカの尻尾が深々と突き刺さる。
「い、まは……来るな……慣れるまで……ぐぅ――ああぁっ!!」
 そして床から引き抜かれた尻尾が鞭のようにしなり、周りのモノを滅茶苦茶に破壊し始める。なんだか……ストカ自身にその気はないのに尻尾が勝手に暴れてるみたいだわ……
「くっそ……感情が――引っ張られる……!!」
『ぬぅっ!?』
 そして、闘技場にいたガガスチムまでもが膝をついて苦しそうにし始めた。
『こ、これは――い、一体……!!』
 ゴリラだからある程度表情が読み取れるんだけど……まるで湧き上がる怒りを必死で抑え込んでるような顔だわ。六本腕のクマも同じような感じだし、『ラピスラズワルド』の面々もゆらゆらと身体が揺れて――

 ドスッ

 この場の全員が変になってる中に嫌な音がした。一体どこから飛んできたのか、巨大な……クロドラドが持ってる剣くらいある、鋭くとがって槍のようになってる岩の塊が、たぶんヘビに向かって放たれたんだろうそれが、ヘビをかばったゼキュリーゼの背中に突き刺さった。
『ゼ、ゼキュリーゼ……!』
 ガガスチムが目を見開く。身代わり水晶は発動することなく、ゼキュリーゼのお腹からも血が流れだす。

『先の憎悪に満ちた顔! やはりゼキュリーゼは危険な魔法生物! この機を逃さず始末せよ!』

 誰が言ったのか、本来司会のカーボンボの声が聞こえてくるはずのスピーカーからそんな言葉が発せられた。
 身代わり水晶の不具合、突然の不快感、岩の槍による攻撃。何が起きてるのかさっぱりわからない状態で次々と起こった現象があたしたちの思考を止める中、その全てを受けて――いえ、まるでそれらによって巻き起こった感情を全て吸収したみたいに、一体の魔法生物の気配が増大していく。

『貴様らアアアアアアアアァッ!』

 背中に突き刺さった岩の槍を乱暴に引き抜くけど、噴き出る血は片っ端から炎と化してその身体を包み込み、骨のような翼の下に黒ぶちの炎を展開させ、鬼の形相でゼキュリーゼが咆哮する。
「いけない――! ゼキュリーゼ、落ち着くんだ!」
『正気になれ! お前ここを吹き飛ばすつもり――』

『アアアアアアアアアッ!!!』

 ガガスチムの言葉の通り、とんでもない規模で一気に膨れ上がったゼキュリーゼの気配は炎と化し――闘技場で爆発した。



「へ?」
 目も眩む閃光と共に大爆発が起きたと思ったら、オレは見覚えのある岩肌に立っていた。
「なんかやばそうな気がしたから移動させたけど、正解だったね。」
 いきなりの事にポカンとしているみんなの中で唯一、リリーちゃんが遠くの方を眺めながらそんなことを呟いた。その視線の先に目をやると、かなり離れたところに煙が上がっていて……倒壊した建物が見える。
「え……あ、あれってもしかしてスタジアム……? リリーちゃん、オレたちは……」
「『ゲート』で移動させたの。ここはロイくんがマグマに潜った所だよ。」
「ああ、それでなんとなく見た事が……あ、いや、ていうかなんでスタジアムがあんなボロボロに……? ガガスチムさんの攻撃でも大丈夫だったのに……」
「防御魔法が発動しなかったんだと思うよ。」
「えぇ……?」
「……リリーくんはそれを予期してわたしたちを移動させたのか? そもそもやばそうな気がしたというのは……」
 ローゼルさんの質問に、リリーちゃんは少し表情を怖くして答える。
「ゼキュリーゼってゆーのがキレるあの流れがそれっぽいっていうか……裏のにおいがしたんだよね……」
「確かにちょっと変だったかも……あたし、身代わり水晶が機能しなかったのなんて初めて見たよー?」
「なによそれ……ゼキュリーゼを怒らせる為にわざと魔法生物側だけ水晶の機能をオフにしたってこと? あいつを怒らせてどうするってのよ。」
「あいつ……だけじゃねーと思うぜ……」
「! ストカ! お前、大丈夫なのか?」
「まだちょいイライラすっけど、慣れてきた。その内平気になる。」
「イライラ?」
「爆発の前、変な空気になったろ? あれ、怒りの感情を引っ張り出すっつーか、すっげー短気にさせるっつーか、そんな感じの魔法だ。」
「怒らせる魔法ってことか? でもオレたちはなんかふらついただけだったぞ?」
「魔法生物に対して使ったんだろ。俺はあいつらに近いからちょっと受けちまったけど、人間には大して効果が無かったんだろうぜ。」
「対象は魔法生物……でもガガスチムさんもオレたちと同じようにふらついただけっぽかったぞ。」
「さあな。実はブチ切れ寸前だったのかもしんねーぜ。」
 身代わり水晶の不具合、魔法生物を怒らせる魔法、発動しなかったスタジアムの防御魔法……考えるほどに裏がありそうな事ばっかりだな……
「ふむ、情報は少ないが……ロイド、おれたちはどうする?」
 大きめの岩に登って周囲を見回しながらカラードがそう言った。
「この騒動が作為的に引き起こされた可能性が高いとわかり、おれたちは現場から離れた場所に位置取っている。場合によってはおれたちの行動で事態を良い方向に動かせるかもしれない。我ら『ビックリ箱騎士団』はどう動く?」
「オ、オレが考えるのか……?」
「団長だからな。」
 カラードにしては珍しいニヤッとした顔でオレを見下ろす。
「どうするって言われてもなぁ……こういう戦場的なモノって、オレ魔法生物の侵攻くらいしか経験が――」
 と、自分で言った「侵攻」という言葉とふと視界に入った首都ベイクの街並みで嫌な予感が頭をよぎった。
「……ストカ、スタジアムにいた魔法生物たちが今もまだそこにいるかどうかってわかるか?」
「ああ? ちょっと待てよ……」
 そう言うと、ストカは目を閉じて尻尾を地面に突き刺した。
「飛んでる奴はわかんねーけど、スタジアムの近くにたくさん――ん? 一部あっちの方に進んでるな。」
 ストカが指差した方向はまんまベイクの街だった。
「なに? ロイド、まさか魔法生物たちは街へ……!?」
「ああ……怒らせる魔法の影響を他の魔法生物も受けたとして、ゼキュリーゼさんみたいに人間嫌いだったらそのまま街を襲いに行く可能性もあるのかもと思って……」
「え!? うちも危ないってこと!?」
 アンジュがあんまり見せない焦った顔をする。アンジュの家もそうだが、ワルプルガ――オレたちが参加しているスタジアムでの勝負は「裏」のイベントであり、いわゆる「表」は今まさに街で行われている建国祭だ。そんな中に魔法生物の大群が押し寄せたら大変な事になる。
「ど、どうしようロイド! あたしの家――て、ていうかみんなを避難させないと――」
「いや、それはおれたちの役割ではないだろう。」
 動揺するアンジュに対して冷静に、険しい表情で考えるカラード。
「侵攻でも災害でも、そういう時に住民を避難させる手順というのは決まっているはず。あれだけの爆発、スタジアムで何かが起きたという事はこの国の軍などが察知しただろう。とはいえ準備には相応の時間がかかるのに対し危機は現在進行。その上、フェンネルさんのように本来なら即座に動ける一騎当千の戦力はスタジアムに集まってしまっている……するべきことが見えたな、ロイド。」
「ああ。火の国の軍やフェンネルさんたちが来るまで、オレたちで街を守る……守ろうと思うんだけど、他のみんなはどうかな……」
「……しまんないわね……反対するわけないじゃない。」
「あ、いや、オレが勝手に決めちゃうのもあれかなと……」
「ふむ、ロイドくんはそろそろわたしたちの団長である自覚を持つといい……というか持っていいと思うぞ。」
「えぇ……」
「つーかロイド、相手は魔法生物の大群だろ? 俺らだけで全員倒せっか?」
「あー……いや、倒す必要はない。足止めができればいいんだ。」
「それはそれで難しくねーか? 防衛向きの魔法使えんのは『水氷の』だけだぜ?」
「確かにそうだけど、今はストカがいる。」
「あ、俺か?」
「手伝ってくれるか?」
「まー、ダチの頼みとあっちゃな。つーか急がねーと連中、街に着いちまうぜ?」
「っと、そうだ。リリーちゃん、移動をお願いできる?」
「いいよー。ストカちゃん、具体的にはどこに行けばいいの?」
「あっち、あの辺の下。」
「オッケー。じゃーみんな行くよ。」
 そう言いながらリリーちゃんがパンッと手を叩くとオレたちの真上に『ゲート』が開き、それが下りてきたかと思ったら――
「はい到着。」
 ――さっきとは違う岩肌に立っていた。すごいな、リリーちゃんの魔法。
「わわ……す、すごい数だよ……」
 見上げると斜面の上から降りてくる魔法生物たちがもうもうと土煙をあげて迫ってくるのが見えた。
「ティアナ、みんなの様子は見える? やっぱりその……怒ってる感じ?」
 魔眼ペリドットの力でこの場の誰よりも物が見えるティアナにそう尋ねると、ちょっとビクビクした顔で頷いた。
「なんだかすごいよ……に、憎しみっていうか……ぜ、全員怖い顔……」
「やっぱり魔法の影響を……絶対に街に入れちゃダメだな。ストカ、ちょっと頑張って欲しいんだが。」
「おう、何すりゃいい?」
「できるだけ高い壁をここに作ってくれ。あの大群を止められるくらいの幅ででっかく。」
「ちょ、ロイドあんた何言ってんのよ……そんな幅が何十メートルにもなる壁なんて作れるわけ――」
「本気でやっていーんだな? 地形がだいぶ変わっちまうが。」
「街を守るのが優先だ。」
「おっし、んじゃやんぞ。」
 両手をあげ、ストカが地面をバンと叩く。地震のように地面が揺れ始めたかと思うと、ゴゴゴという地鳴りと共に巨大な壁がせりあがった。
「……滅茶苦茶だわ、こんな規模の魔法……」
 エリル……と他のみんなが目を丸くする。実のところ、オレも驚いている。
 ストカの得意な系統は第五系統の土の魔法で、昔も変なところに壁やら階段やらを作って遊んだような記憶があったからこういう事もできるだろうと思ったわけなのだが……想像以上だった。高すぎて具体的な数値はわからないけど、たぶんガガスチムさんよりも高い壁が視界の端から端まで続いている。
「す、すごいなストカ……」
「なんだロイド、こんなんもできねーと思ってたのか? これでもミラの護衛官として毎日ヨルム様たちにしごかれてんだぞ。」
 ふふーんと偉そうに笑うストカだったが、ふとため息をつく。
「まー、ヨルム様だったらこの壁を全部超硬い金属で覆うとこまでできちまうだろーけどな。今の俺だとこれが限界だ。」
「いや、土台ができただけでもありがたい。ローゼルさん。」
「む? なるほど、わたしの――わたしとロイドくんの愛の氷でこの壁を補強するのだな。」
「そ、そうです……さすがにこれ全部を覆うのは難しいと思うから、両端から優先的に、できればトゲトゲのついた氷で覆ってもらって、足りない中心部分を……アレク、強化魔法を頼めるか?」
「おうよ!」
「ふむ、リシアンサスさんの超硬かつ近づけない氷を使って大群を一か所に集めるのだな。」
「ああ。そして強化した壁の上からオレたちが遠距離メインで攻撃して、魔法生物たちを壁の前に足止めする。飛べる相手はオレが風で押し戻し、氷のトゲを気にしないで壁を越えようとする相手にはリリーちゃんにアレクを移動してもらって、パワーで押し返す。」
「昨日の試合でやったみてーな感じだな! 頼むぜ『暗殺商人』!」
「なんでボクがこんな筋肉と……あとその呼び方嫌い。ロイくん、終わったらご褒美いっぱい頂戴ね!」
「う、うん……それとティアナには射撃による援護と、その眼で全体の把握を頼みたい。魔法生物側の動きとか超えられそうな壁をみんなに教えて。」
「わ、わかった、頑張る……あ、あたしもご褒美、もらっていい……?」
「う……う、うん……」
「ロイド、俺も暴れていーんだろ?」
 言いながら既に準備運動を始めているストカ。
「この壁の維持を優先してもらうことにはなるけど……むしろ頼りにしてるぞ。」
「おし! 久しぶりに全力で走るぜ!」
「……またもやおれは後方待機か……」
 うずうずしているストカの横、遠くを見るような顔でしょんぼりするカラード……
「……『ブレイブアップ』が必要な時は言ってくれ。数秒だけなら手助けできるぞ。」
「あ、ああ。それじゃあみんな、壁の上に――」
「はい到着。」
 移動しようって言う前にリリーちゃんが全員を移動させた。壁の厚みはなんと一、二メートルほどあるので上を走り回るには十分でありがたいのだが……やっぱりすごいな、ストカ。
「ふむ、こんなところか。どうだろう、ロイドくん。」
 腰に手を当ててオレを見るローゼルさん。ぱっと見ではわからないが、そこにそれがあると分かった上で目を凝らすと見えてくる氷の膜が端の方の壁を……というかだいぶ中心付近まで覆っているがわかった。勿論トゲトゲつきで。
「うん、ありがとう。」
「うむ、ご褒美を用意しておくのだ。」
「う、うん……」
 …………これ、戦いの後で大変なことになるパターンのような……うう、これを使う可能性もあると思っているから一層やばい事に……
「あん? それ、ミラの血か?」
 手にした小瓶を見たストカが興味深そうに覗き込む。
「いざって時の為にな……」
 そろそろ一体一体を確認できるくらいの距離まで魔法生物の大群が迫ってきた今がその「いざって時」のような気もするが……これが誰かの仕業なら、その黒幕と戦う事もあるかもしれない。
 一先ずはこれ無しで……!
「じゃあみんな――あ、いや、『ビックリ箱騎士団』! ……とストカ! 頑張りましょう!」
「…………あんた、もう少し気の利いた掛け声ないの……」
「えぇ……」



「へぇ、それじゃー中からその家を潰すためにスパイになったと。」
「そんなところね。」
 建国祭ワルプルガで賑わう火の国ヴァルカノの首都ベイク。祭の喧騒もあってか、現在「裏」と呼ばれる魔法生物との交流イベントが行われているヴィルード火山にて爆発が生じてもそれに気づく街の人は少なかったのだが、スタジアム側と連絡を取っていたこの国の軍部は異常に気づいていた。
 そして斜面を下ってくる魔法生物の大群を確認して緊急事態と判断し、出撃の準備を進めつつ人々の避難を始めた。魔法生物の侵攻と言ってしまうとパニックになりかねない為、有害な火山ガスが噴出したと発表し、一時的に祭を中断して避難所へと誘導する。
 ヴィルード火山では周期的にそういう現象が起こる事があるため、人々は特に疑うことなく、されど迅速に行動を開始し、結果街からは人がいなくなりつつあった。
「バサルト家はゲスな手口で貴族になってる不相応者。ワルプルガでも他の貴族に女を渡してあれこれするはずだから、公にできない裏の証拠をつかんでバサルト家を潰す手伝いをしろっていうわけよ。」
「けけ、それであんたに依頼を? それこそ公にできない取引だろい。」
「そーなのよ。どんな理屈とプライドがあんのか知らないけど、わたくしに仕事を頼んだ時点でアウトよね。ま、正義とか高貴さとか、くだらないモノに酔ってる阿呆は払いがいいからわたくし的には構わないんだけど。」
「それでどんな風に?」
「最近聞いた、どっかの娼館で娼婦が反乱起こして売人を皆殺しにしたって話を思い出して、それを参考にしたわ。大事な書類の名義をあっちのメイドやそっちのメイドにしといたから、面白い事になるわよ? 動かせる財産は丸っとわたくしのポケットだしね。」
「当然、依頼した側も?」
「勿論よ、正義の味方じゃないんだから。ワルプルガから戻る頃には路上生活が始まるわ。もっとも、戻ってこれたらの話だけど。」
 黒いマスクをした坊主頭の男――バロキサと女優のようなつば広の帽子をかぶった女――リレンザは閑散としてもはや店員もいなくなったカフェのテラス席に座り、カウンターから勝手に持ってきたコーヒーを片手にヴィルード火山の方を見る。斜面の一部からあがる煙を見て同業者の仕事が始まったのを確認し、二人はやれやれとコーヒーを口にした。
「まったく、余計な邪魔が入らなければインヘラーの仕事に便乗してもう一、二稼ぎできたでしょうに……」
「へへ、矛盾した事を言うよい。邪魔が入るからって早めに仕事を切り上げたくせに、なんでその邪魔の処理を任された俺のところにいるんだ? このままだと邪魔者とご対面だよい?」
「好きで残ってるわけじゃないわ。あんたが昨日「とっておきをやる」とか言ったじゃない。あれってつまりあの毒なんでしょ? どんなルートでわたくしのところまで来るかわかったもんじゃないから、あんたの近くにいた方がよっぽど安全よ。」
「お褒めにあずかって。でも相手が相手だし、少しは手伝ってもらうよい。」
「依頼人を働かせるんじゃな――」

「バロキサ。」

 人がいなくなり、遠くの喧騒と二人の話し声のみが聞こえる街中に通る声。二人が声の方へ顔を向けると、赤いディーラー服を着た女が一冊の本を開いて立っていた。
「騎士たちが『罪人』と呼ぶとある組織に属する殺し屋。第七と第九系統を組み合わせて作り出す毒の使い手。多種多様な効果を操り、即効、潜伏あらゆるタイミングであらゆる害を発症させる。その筋で最も有名な事例は、一晩でとある街の人間、その他の動植物から地質水質の全てを毒で侵して死の土地に一変させたというモノ。他にも多くの毒の絡む事件に関わっているが、自身の痕跡を残さない為に指名手配されていない。」
「おお、おお、なんだいいきなり。」
「あら、一晩で随分なバロキサマニアになったわね。」
 驚くバロキサの横でにやけるリレンザを一瞥したディーラー服の女は、本をパラパラとめくる。
「……リレンザ。同じく『罪人』に所属する者で、自身の美貌と甘言で相手を心理誘導し、対立する二つの組織を操って双方から財産を奪い取る謀略家。過去、一度として誰かに利益をもたらした事はないが、巧みな情報操作によって対象の組織を内側から崩す専門家という事で裏世界に名前を広め、それにつられて依頼してきた者を食い潰す。時に第六系統の闇の魔法による幻術を用いるが、戦闘能力は皆無と言っていい。ただし一対一で自分が男である場合は勝ち目がなく、気づいた時には自分の武器で自身の喉を貫く羽目になる。」
「……わたくしまで? 何なのよその本……」
 気味悪そうにリレンザが呟くと、ディーラー服の女は本をパタンと閉じた。
「さすが『ハットボーイ』です。昨日の今日でこのような『罪人図鑑』を作ってくれました。組織のリーダーと二番手の部分は白紙ですが、あと数日あればそこも埋まるそうです。」
「け、ゾステロの仕業かい……そういや今日はいねいんだな、『ゴッドハンド』さんよい。」
「あなたが毒使いという事なのでここからは離れてもらいました。きっと昨日の雑な装置よりも気合を入れてくるでしょうからね。」
「雑とはひどいねい。普通はあれで終わるんだぞいってな。」
 テラス席から跳びあがり、バロキサはディーラー服の女が立つ通りの真ん中までてくてく歩く。
「昨日は何か怒ってたし、ゾステロもいるから待ってれば勝手に来ると思ってたんだが案の定ってな。探す手間が省けてお仕事し易くて何より。」
「おや、わざわざ死ぬのを待っていたわけですか。」
 普段であれば優し気な笑顔を浮かべているディーラー服の女は、寒気を感じる無表情でバロキサを眺め、手にしていた本をマジックのように消すとその手を前に出した。
「あー、昨日もそんな構えだったねい。『ゴッドハンド』の由来ってか? でも残念、今日は俺もだよいってな。」
 ディーラー服の女の数メートル手前で立ち止まったバロキサが両手をワキワキさせながら適当な構えを取ると、両腕が指先から肘の辺りまで紫色に染まった。
「俺のとっておき。この手に触れるだけで感染し、以降はそいつの吐いた息を吸ったらキャリアの仲間入り。呼吸によって爆発的に広がり、きっかり五分であの世行きの猛毒――その名も『バロキサスペシャル』!」
「いい名前ですね。」
「いやどう考えてもダサいわよ……」
「ダサいとはヒドイ。さて、そんじゃいくよい!」
 既に両者の距離は数メートルしかなかった為、バロキサは一度の踏み込みで瞬時にディーラー服の女の目の前に移動した。
「しっ!」
 そして肩の辺りを狙って毒手を突き出す。触れるだけで感染というのであれば、丸腰のディーラー服の女には成す術がないはずだったが――

 パンッ

 その一撃は虫でもはらうかのような力にない手によって弾かれた。
「――! なるほど!」
 ディーラー服の女がした事に気がついてニヤリと笑ったバロキサは、その長身痩躯を活かした幅のあるステップで即座に女の背後に移動し、再度毒手を放つ。が、それもまた軽々と弾かれた。
「いやはや、実は武闘派だったとは――ならもっと行きますよってな!」
 そこから始まるバロキサの猛攻。その道の者が見れば非常にレベルの高い体術に驚くであろうキレのある身のこなし。田舎者の青年のように相手を中心に右へ左へ上へ下へ、ぐるぐる動き回りながら繰り出す全方位攻撃は、その全てが猛毒ゆえの一撃必殺。だがディーラー服の女はその連撃を一つ残らず叩き落としていく。
「これ――は……!」
 相当な手数を放つもディーラー服の女に触れる事のできないバロキサは一度距離を取った。
「なによバロキサ、あいつあんたに触ってんじゃないの? 死なないじゃないの。」
「……そこからだとわかんないだろーけど、実は触れてねい。『ゴッドハンド』の手が薄い空気の層みたいのに覆われてて、俺の攻撃はそれ越しに弾かれてる……というかそんなことより――」
 ふと視線を落とし、ディーラー服の女の足元を見たバロキサは焦燥の混じった笑みを浮かべる。
「『ゴッドハンド』はあの場所から一歩どころか一ミリたりとも動いてない。それなのに俺の攻撃を全部弾きやがった……!」
「動いてない――ってそんなわけないじゃない! あんだけ動き回ってんだから、死角からとかも攻撃したのよね!」
「こっちを見ないで防いだ……!」
「なによそれ……『ゴッドハンド』はものすごい武術の達人ってわけ!?」
「……たぶん違う……そうじゃない……なんだ、妙な違和感が……」
「とっておきは終わりですか?」
 バロキサの攻撃を完封し、息も切らさず汗も流さずやはりその場所から移動せずに再び片手を前に出すディーラー服の女。
「言っておきますが、その程度であれば私に攻撃は届きませんよ。」
「……いやいや、これからだぞってな……ふん!」
 突然上に着ていたシャツを脱いで上半身裸になると、バロキサは両の手に拳を作って身体に力を入れた。すると左右の肩の近くから、まるで子供が粘土をこねて作ったかのような不出来な形状の腕が二本ずつ生えてきた。
「へ、さっきご紹介にあったように、俺は第九系統の形状が得意でね。こっからは手数三倍だよい。」
 追加された腕も紫色に染まり、計六本の腕を広げたバロキサは再びディーラー服の女へ突撃する。単純な手数三倍ではなく、増えた腕は関節を無視して曲がる上に長さも自在。先ほどよりも幅広い攻め方で毒手を振り回す。
 だが――
「――っ!! これでもだと!?」
 相変わらずそこから一歩も移動していないというのに、何故かすべての攻撃は弾かれる。腕の可動的に身体の向きを変えなければ弾くことのできない角度からの一撃は、それを放つ直前の予備動作の段階で止められる。
 武術の達人だからという一言では片づけられない異常な反応。未来が見えているのかと思うほどの正確さ。尋常ではない手の動きに驚愕するバロキサだったが、ここでようやく先ほどの違和感の正体に気がついた。
「!? お前――どういう事だそれは!」
「? 何がでしょう。」
 猛攻の中で思わず口にしたバロキサの叫びに対してのんびりとした反応。手数が増えて毒手を弾くディーラー服の女の手の動きが速度を増した故に浮き彫りになる強烈な違和感。

 明らかに、手の動きと本人の視線が合っていない。

「な、なんなのよその女……なんか気持ち悪いわよ!?」
「ちっ!」
 再び距離を取ったバロキサは、こっちが攻撃をやめたから動くのをやめたかのようにだらりと垂れ下がるディーラー服の女の両腕を睨みつけた。
「一体どうなってんだその腕……まるで腕が勝手に動いてるみてーだぞ!」
「そうですよ?」
 バロキサの例えをあっさり肯定したディーラー服の女は、自分の手の平をマッサージするようににぎにぎしながら呟く。
「ご存知ですか? 人間はその昔、四足歩行する生き物だったそうです。それが進化し、前の二本をフリーにして「手」を作った。高い知能が生み出すあらゆる可能性を形にしてきた「手」、これこそが人間最大の発明と言いますか、偉業ですよね。」
「……なんだい、いきなり進化の歴史の講義か?」
「あなたが疑問に思っているようなので、死ぬ前にそれくらいは教えてあげようかと。」
 変わらず無表情のままパンと手を叩き、それを広げるとディーラー服の女の両の手の平が光を帯びていた。
「私の得意な系統は第十一系統の数の魔法。特に物事の確率の操作に長けていましてね。様々な試行錯誤の結果、私は二つの魔法を編み出したのです。」
「数魔法だと……」
「一つは高い確率への道しるべを得る魔法。何かをする為に何をするのが一番良いのか、成功の確率の高い行為を啓示の形で得ることができます。」
 仮にこの場に奇怪な帽子をかぶった青年がいたならば、ディーラー服の女がギャンブルで勝利した後に天から伸びてきた白い腕を思い出しただろう。
「もう一つは可能性の極大実現。それを可能とする事象が存在するのなら、私の手はそれを実現するのです。」
「な……なんだと……」
「昨日、私はあなたの毒の煙と雑な装置を消しましたね。あれはつまり、この世界のどこかには目の前に発生した大量の毒ガスを一瞬で消してしまう使い手や自然現象が存在していて、雑な装置の山がパッと片づいてしまう事象があり得るからああなったのです。」
「無茶苦茶だ……そんな魔法、発動できるわけがない……どれだけ大量の魔力を必要とするかわかったもんじゃない……!」
「ええ、どちらの魔法も非常に多くの制約がありますよ。まぁ、さすがにそこまで教えようとしますと時間がかかるので省きますがね。」
 光を帯びた両手を前に出し、ディーラー服の女は無表情で続ける。
「先も言ったように、「手」とはあらゆる可能性を現実に昇華させるモノ。それを可能とするモノがあるならば、私の魔法は可能性をこの手に宿らせる。あなたの攻撃を全て防ぐという可能性がある以上、私に攻撃は当たりませんし……仮に当たったとしても即座に解毒可能でしょう。」
「バ、バカを言うな! 『バロキサスペシャル』は解毒不可能だ!」
「ご冗談を。毒を生み出す者が解毒方法を用意しないわけがない。あなたの手が猛毒を宿して紫色になっているのにあなたが死んでいないのがその証拠では?」
「――!!!」
「バ、バロキサ、無理よこんなやつ……勝てるわけないわ!」
「それはどうでしょう。そちらが勝つ可能性もあるはずですよ。」
「……け、励ましてくれるのかい?」
「ただの事実ですよ。コンマ以下にゼロが何十桁もありそうな確率を底上げする魔法があなたにあるといいですね。」
 可能性はあると言いつつもその確率は「ある」とは言えないような値。自身の攻撃も、最大の武器である毒も無力と判明したが、しかしバロキサはディーラー服の女の話のある点にかすかな勝機を見出した。
「……制約……か……」
 ゴキゴキと嫌な音をさせながら更なる腕を生やし始めたバロキサは、その全てを紫に染めて多少の強がりが混じった笑みを浮かべる。
「『ゴッドハンド』さんよ、そういやさっきから……防御にしかその手を使ってねいな?」
 バロキサの言葉に完全に逃げの姿勢だったリレンザがはっとする。
「も、もしもあらゆる可能性を実現するっていうなら、勝負は始まった瞬間に終わるはず……それにさっきから「手」がどうとか言って……見た感じもそうだし、たぶんその魔法、手の平にしか効果がないんだわ!」
「ひひ、ついで言えば発動時間にも制限がありそうだぞっとな! そうだぜ、んなデタラメな魔法、制約がいくつあったって足りないはず! 長期戦になりゃこっちが勝つ可能性とやらはハネ上がるんじゃないか!? なぁ、『ゴッドハンド』さんよい!」
 わずかな可能性に予想以上の希望を見出し、バロキサは再び構えを取ったが……ディーラー服の女は前に出していた手をだらりと下げた。
「ええまぁ、そちらの読み通りではあるのですが……私、さっき言いましたよね。死ぬ前にそれくらいは教えてあげよう、と。」
「なに?」
「あれは今から殺そうとする相手に冥土の土産を渡そうという意味合いではなく――」
 言いながら、変わらず無表情に、ディーラー服の女はバロキサを指差した。
「相手の死が確定し、その訪れを待つ間のちょっとした暇つぶしというだけですよ。」
「ガハッ!」
 ディーラー服の女の言葉を合図にしたかのように、バロキサが大量の血を吐いた。
「なん――だ、これは……」
「何って、毒ですよ。お得意の。」
「その手の平が、ど、毒を作った――ってのか……だ、だがその手を覆う空気の層で、俺もお前には一度も触れられて……」
「昨日毒ガスをまいておいて何を今さら。」
「ガスだと……!? だ、だが今、防御にしか使えないと――ゴフッ!」
「制約の全てを説明するつもりはないと言いましたよ。」
「ぐぞ――まじでデタラメな魔法……ガフッ!」
 何がどうなったらそんな量の血液が口から出るのかと思うほどの吐血を最後に、バロキサは白い顔で倒れた。
「そ、そんな、バロキサが毒で死ぬなんて……」
「むしろピッタリの死に方では?」
 ほんの数十秒前に勝てる可能性を見たはずが今は死んでいる同業者からディーラー服の女へと目線を移したリレンザは、腰が抜けたのかその場で座り込み、その顔が恐怖の感情で埋まる。
「こ、殺さないで! お金なら――」
「別にあなたに用はありません。」
 迫る死神に必死に抵抗しようとしたが、予想外な事にディーラー服の女はリレンザに背を向けてスタスタと歩き出した。
「ほ、ほんとにバロキサだけが狙いだったってわけ……」
 遠ざかるディーラー服の女の背中を眺めながら、更に力の抜けたリレンザはその場に寝転がる。
「インヘラー、あの化け物を殺すのは相当な手間がかか――」

 グシャアッ!

 住人の避難が完了し、完全に静まり返ったその通りに不快な音が響き渡る。何事かと振り返ったディーラー服の女は、リレンザが座り込んでいた場所に巨大な岩の塊がめり込んでいるのを見た。岩の下からはこれまた大量の血が流れて出ており、リレンザがどうなったのかを理解したディーラー服の女は、その岩の上に立っている人物へと視線を移した。

「バカおまえ、自分にびびってる相手はその恐怖を何倍にもして殺すのが悪党ってもんだぞ、ムリフェン。」

 大きくうねるウェーブの髪。胸元が大きく開き、片脚が大胆に出た真っ黒なドレス。伝線している黒いストッキングに黒いハイヒール。耳に逆さ十字を、首に逆さドクロをさげて凶悪な笑みを浮かべたその女を見て、今まで無表情だった顔がスイッチを入れたように驚きの表情になるディーラー服の女――ムリフェン。
「アフューカスさん? 何故ここに……」
「運動だ。」
 岩の上でジャンプし、くるりと一回転して倒れているバロキサ――の腕をふみつけて着地したドレスの女――アフューカス。
「うお、なんだこりゃ。豆腐みてーに崩れるぜ!」
「この毒使いが対抗できない毒のはずですが、詳しくはわかりませんね。」
「相変わらず人任せの魔法だな、おい。ま、他力本願は悪党らしくていーがよ。つーかそれよりも……」
 バロキサの身体をヒールでグサグサと刺しながら、アフューカスはヴィルード火山の方を眺める。
「なんか楽しい事になってんじゃねーか。どこの悪党の仕業だ?」
「『ハットボーイ』によるとこの国に来ている悪党は『罪人』だけのようですから、どちらかというと内乱や反乱といったモノではないかと。」
「んだよ、そっち系か。というかお前、『罪人』連中をあたいらと一緒にすんな。」
 もはや原型をとどめないバロキサの身体、その頭部をアフューカスがヒールの底ですりつぶすと、それらは突然燃え上がり、崩れた死体は完全に焼き尽くされた。
「あたいらの『紅い蛇』と同じで、『罪人』ってのは騎士連中が勝手につけた呼び方だが、なんでそんな名前なのかわかるか?」
「全員が罪を犯した人だからではないのですか?」
「アホ、んなの悪党全部に言えるだろーが。こいつらはな、粗悪劣化版ザビクなんだよ。」
「ザビクさん?」
「一人一人がやった悪事を組織で動いて隠ぺいすんだよ。どう考えたってやったのはそいつらなのに証拠がねーから指名手配ができねぇ。法律とやらじゃどうしようもねぇがこいつらを見つけたら注意しろっつー意味合いで、連中は通称『罪人』なんだ。」
「悪事を隠す……ですがそれは、ザビクさんがお一人でしていた事を集団で行っているというだけで、粗悪劣化というよりは組織版ザビクさんでは……」
「バカ言え、全然ちげーだろーが!」
 苛立った顔になったアフューカスはズンズンとムリフェンに近づき、指先でムリフェンの胸元をビシビシつつく。
「ザビクは悪事を働く事、そのものを楽しむ悪党。それがバレたら正義の味方にボコボコにされちまうっつー崖っぷちのスリルを求めてより悪い悪行を続けてきた。あたいの好みじゃあねぇが、確かな悪党だったぜ。対して『罪人』の目的はただの金儲け! 普通にやってりゃ得られねぇ大金を求めて悪事に走ったっつーのに、金を使う時は善人でいたいとぬかすふざけた連中だ!」
 言いながらイライラが増していったのか、ムリフェンをデコピンで横にふっとばすと、さっき自分が乗っていた巨大な岩の塊に近づき、それを一蹴りで粉砕する。
「バレるかバレないかの不安定さをザビクは楽しんだが、連中は絶対にバレたくないと言いやがる! 平和な世界で裕福に暮らすために、悪事を働いた顔に善人の皮をかぶりやがる! んなのは悪党とは言わねぇんだよ!」
 砕けた岩の下、血だまりの上に浮かぶモノを一つ一つ踏みつぶしながら、まるで駄々をこねる子供の用にアフューカスはイライラをぶつける。
「だのに騎士共はあたいらと連中を同じくくりで悪党と呼びやがる! 一緒にすんなクソむかつく!」
 ひと際力の入った踏みつけでヒールが半分ほど地面に埋まった瞬間、正面のカフェを含む数棟の建物が粉々になって吹き飛んだ。
「くそが! お前のせいでまたイラついてきたぜ! もうちっと運動しねーと鬱憤がたまってしょうがねぇ! 殺せる『罪人』はもういねぇのか!」
「情報ですともう一人いるそうですが。」
 デコピンを打ち込まれたおでこをさすりながらムリフェンが答える。
「そいつと魔法生物で憂さ晴らしだ! お前はとっとと恋愛マスター見つけろよ!」
 そう言うとアフューカスは瓦礫と化したカフェを通り、その先にある建物を殴って消し飛ばしながらどこかへと行ってしまった。
「そうでしたそうでした。ちょうどいいことに魔法生物が暴れているようですし、きっと『バッドタイミング火山男』も小さくなっていることでしょう。」
 ふふふと微笑んだムリフェンは上着の内ポケットから通信機のようなモノを取り出し、慣れていない手つきでスイッチを入れた。
「えぇっと、もしもし? 『ハットボーイ』ですか?」
『ゾステロです……』
「再度マグマへ潜りますので、この前の場所に来てくださいね。」
『はぁ……あの、毒使いの方は……』
「毒死して火葬されました。」
 通信機の向こうから困惑の雰囲気を感じながら、ムリフェンは服を正して山の方へと歩き出した。



「はぁああっ!」
 炎を遠隔操作してガントレットを操り、壁に近づいてくる魔法生物に撃ち込んでいく。いつもの、相手に接近して殴るっていうのじゃない遠距離攻撃だけのこの感じはちょっと慣れないけど、だからって別にずっと立ち止まってるわけでもなかったりする。
 ストカが作ってローゼルとアレキサンダーが補強した壁は魔法生物の大群を完全にせき止め、端の方はトゲ付きだから自然と魔法生物たちは中心――つまりあたしたちが立ってる壁の方に集まって来るんだけど、それでもそこそこ幅があるから右へ左へ結構走る。
 ……ていうか実際の所、中心に立ってるのはあたしとローゼルとアンジュの三人だけだから一人当たりの担当距離が長いのよね。
 ティアナは全体を見る為にストカが壁の後ろに追加で建てた塔みたいなのの上にいて、あたしたちに指示を出しながらスナイパーライフルで援護してる。ついでに役立たずのカラードもそこにいて、一応の甲冑姿で周囲を見渡してるわ。
 アレキサンダーはトゲ付きの部分をモノともしないでよじ登ろうとする奴を力任せに押し返し、ロイドは壁を簡単に超えちゃう飛べる奴を暴風で吹っ飛ばす。でもってこの二人は端から端に行かなきゃいけなかったりするから、その移動をリリーが手伝ってる。
 ……あたしが言うのはあれだけど……ロ、ロイドがあれこれしてリリーがラコフ戦の時みたいなデタラメ位置魔法を使ったら、この防衛戦はかなり楽になる。壁の代わりに特大の『ゲート』を作ればこっちに来られる奴はいなくなるし、あの……空間をズラすとかいうわけわかんない魔法を使えば大群なんて一掃できるわ。
 だけど、『ゲート』の方は例えとろけたリリーでも数秒しか維持できないでしょうし、空間ズラしをやったら……この魔法生物たちは全員死ぬ。
 フェンネルが言ってた派閥みたいに元々人間が嫌いな魔法生物だっていただろうけど、この暴走はどっかの誰かの魔法のせい。ずっと昔から今まで共生してきたヴィルード火山の魔法生物たちの命を奪ってしまうのは、たぶん良くない。
 ま、まぁ、じゃあ他の場所の魔法生物は好きにころ……殺し、ていいのかっていうと色々考えちゃうけど……少なくとも今、あたしたちの目の前に迫ってきてるこいつらはそうしちゃいけない相手。誰かがそう言ったわけじゃないけど、あたしたちは全員、魔法生物を殺さずに倒す感じの攻撃をしてる。
 でも……魔法生物戦に慣れてないあたしたちがそんな手加減状態で防衛し切れるわけはなくて、それでもそのやり方が上手くいってるのは……唯一、壁を降りて下で暴れてるストカのおかげ。

「きしし! あのクドラドロレベルの奴はいねーのか! ヨルム様のしごきの方が激しいぜ!」

 怒り狂う魔法生物の大群の真っただ中っていうゾッとする場所を走り回るストカは、襲い掛かってくる相手を第五系統の土の魔法と本人の身体能力で翻弄し、尻尾の毒で麻痺状態にしていってる。その気になれば即死級の毒も使えるらしいんだけど、ロイドに言われてそうしてて……壁の前に痺れて倒れた魔法生物が見る見るうちに積みあがってく。
 しかも、あたしたちが迎撃し損ねたのを叩くっていう援護もしてくれて……ぶっちゃけストカがいなかったらこの防衛戦は機能してなかった。
 この前のラコフ戦といい、一人いるだけでひよっこ騎士のあたしたちがここまでやれるようになるんだから、魔人族ってすごいわね……
 ……未だにトカゲの名前を間違えてるけど……
「やれやれ、こうして魔法をバンバン放ち続けるというのは、ありそうでなかったことだな。」
 氷の塊や巨大なつららを落としたり、相手の足元を凍らせたり大量の水をかけたりして魔法生物たちを攻撃してるローゼルが、少し疲れた顔で呟いた。
「今のあたしたちって、固定砲台みたいだもんねー。結構負荷がくるよねー。」
 みたいっていうかまんま砲台になってるアンジュは『ヒートボム』と『ヒートレーザー』を今までにないくらいにばらまいて、同じように疲れた顔になってく。
 ……あんまり意識したことなかったけど、今の二人みたいに魔法をメインに攻撃をするタイプと、あたしみたいに……ガントレットを飛ばすっていう補助――みたいな使い方をしてるタイプじゃ魔法の負荷が違うわよね。
「しかしどうしたものか。火の国の援軍が来ることを願って防衛戦をしているわけだが、思った以上に長続きしそうにないぞ、これは。」
 ローゼルの言う通りで、これって結構時間の問題なのよね。
 今のところは大群を足止め出来てるんだけど、一体動けなくしたら二体追加されるような感じで敵がドンドン増えてってる。しかも初めの方は小さくて足の速いタイプの魔法生物が多かったんだけど、時間が経つにつれてゴリラやトカゲみたいにデカくて強いのが来るから倒すのにも時間がかかるようになってて……その内完全に追いつかなくなるわ、これ。
「てゆーか、これ絶対スタジアムにいた分だけじゃないよねー。他の場所にいたのも怒ってこっち来てなーいー?」
「リリーくんの直感の通りどこかに黒幕がいて、その者が怒らせる魔法をあっちこっちで使っているのだろうか。」
 あの短気そうなゼキュリーゼってのをキレさせて、他の魔法生物も怒らせて……元々人間を嫌ってた奴が怒りを引き出されたら街を襲うかもっていうロイドの予想であたしたちはここに来てそれが案の定だったわけだけど、もしかして街への攻撃こそが目的なのかしら? だからこっちにドンドン集まってきてる?
スタジアムで戦ってる騎士たちの援護のつもりだったのに、だんだんとここがメインの戦場のような気がしてき――

 ドゴォンッ!

 突然の揺れ。大きな地震みたいに足場が振動して、あたしたちは壁から落ちそうになる。
「――っ! 今の衝撃、そろそろだとは思っていたが、力自慢が来たようだぞ!」
 壁の下を覗くと、牛の頭のムキムキ魔法生物が巨大なハンマーを壁に打ち込んでるのが見えた。
『このテイド、の、の、カベェェッ!!』
 ろれつの回らない口で叫びながら二発目を打ち込む牛。高い知能を持った魔法生物が怒り狂ったパターンで、こんな風に武器を振り回す奴も何体かいたけど――ハンマーなんて、壁を崩すのにピッタリじゃないのよ!
「ぐぬ! 残念だかロイドくんが口づけでもしてくれないと氷で覆う元気は出ないぞ!」
「こんな時まで何言ってんのよ! ストカ! 壁が崩されそうよ!」
『わーった、ちょっと待って――おお!?』
 あたしの声を聞いて壁の方に走ろうとしたストカだったけど、それを邪魔するみたいに他の魔法生物が壁になった。
「な、なんだあの動きは! こちらの意図を!?」
「まずいよ! 筋肉くんは向こうでデカイのと戦ってるし、あたしたちじゃこんな大きな壁の強化はできないよ!」
「あの牛を殴れば――わっ!」
 ガントレットを牛の頭にぶつけようとしたら、牛の近くにいた他の魔法生物があたしたちを狙って炎を噴いた。
「これは――今まで怒りに任せて突撃するだけだったのに急に戦略的になったぞ!」
『み、みんな!』
 そこで耳元にティアナの声が響いた。リリーがあたしたち全員の顔の近くにそれぞれが会話できるように小さな『ゲート』を作ってくれてて、それのおかげで下で走るストカにも声が届くし、司令塔のティアナの声も聞こえるようになってる。
 ……普通は第八系統の魔法に風に乗せて声を届けるっていうのがあるからそれを使うんだけど、小さな風で細かい制御ってのがまだまだ苦手なロイドにはそれができないのよね……
『う、後ろの方に、ちょっと偉そうっていうか……た、たぶん序列が上、っぽい魔法生物が現れて……そ、そいつが指令を、出し始めた、感じだよ……!』
「むう、怒り狂っても冷静なモノがいるという事か! これでは魔法生物の大群が軍隊になってしまうぞ!」
『カカカ、カベェェェッ!!!』
 再びの大地震。あんまり聞きたくないひび割れの音がして――ま、まずいわよ、本格的に!
「あたしが特大の『ヒートボム』であの牛の周りを吹き飛ばして――」
「よせアンジュくん、壁が近すぎる! 最悪その爆発で崩れてしまうぞ!」
 あたしのガントレットならピンポイントで狙えるんだけど……魔法生物たちの炎の放射が続いてて、頭を出したら消し炭にされるわ……!
「優等生ちゃん、あの牛につららとか落とせないの!」
「厳しいな……ただでさえ火の魔力が満ちている影響で普段の数倍大変な上にこの炎の嵐の中では……!」
 ティアナの声は端の方にいるアレキサンダーと上空のロイドにも聞こえただろうけど、目の前の魔法生物を押し返すのに精いっぱいって感じだし、このままじゃ――

『そこまでよっ!!』

 突然空から聞こえた誰かの声。今まさにハンマーを振ろうとする牛の目の前に巨大な何かが落ちてきた。
『コワ、コワす、ジャマするなあああっ!』
 パワーで言ったら相当なモノになるだろうその一撃は、だけど何かを壊したりふっとばしたりすることなく、落ちてきた何かによって完全に受け止められた。
『あはは、ぶっつけ本番もいいところなのにさすが未来の守護神! 助けに来たわよ、アンジュー!』
 更に四つの何かが壁沿いに落ちてくる中、あたしたちの前のそれが土煙をはらって姿をあらわ――
「おおお! そ、それは!」
 塔のてっぺんで立ってるだけの正義の騎士がハイテンションに叫ぶ。落ちてきたのはこの前研究所で見せてもらった、アンジュの母親のロゼが作ってる機械――機動鎧装だった。
『試作機五台、全機投入よ!』
 どこかにスピーカーがついてるのか、ロゼの大きな声が響き渡る。
「おかーさん!? なんでここに!?」
『やーねー、アンジュ、娘夫婦を助けるためじゃないのー。』
「それはうれしーけど――なんで軍じゃなくて研究者のおかーさんが!?」
『爆発にビックリして火山の周囲をチェックしてたらアンジュたちが戦ってるのが見えてねー。だけど軍はさっき街の人の避難を終えて今からようやくこっち――スタジアムの方の収拾に動き出す感じだから、間に合わないかもしれないと思って来たのよー。』
「で、でもおかーさん、戦闘とかしたことないでしょ!」
『心配無用よ! そーゆー人たちが魔法生物と戦えるように作ったのが機動鎧装なんだから!』
 たぶんあのゴリラくらいの大きさがある巨大な鎧が、大きな盾と大きな剣を手にハンマーの牛に向き直る。
『確かに私は素人だけど――』
『ガアアアアア!』
 怒りに我を忘れてても動きは身体にしみついてるのか、きちんとした構えと踏み込みから放たれるハンマーの一撃。あたしたちならかわし方っていうか、その方向を知ってるけどただの研究者にそんな知識や技術はない……はずなんだけど――
『フェンネルを含め、腕の立つ騎士を参考にプログラミングされた機動鎧装の動きは達人レベルなのよ!』
 最小限の動きでかそれをかわすっていうかいなして、勢い余ってふらついた牛に機動鎧装が剣――の峰を打ち込んだ。瞬間、見てわかるくらいの電撃が走り、牛は白目を向いて倒れた。
『大事な共生相手の命を奪うような事はしないけど、二、三日は動けないわ!』
 すごい……あんなデカイモノがホントに達人みたいな動きをしたわ……!
『機動鎧装のエネルギー源はヴィルード火山から抽出したエネルギー! この場所で動かす場合に限り、稼働時間は無制限な上、出力は通常の数倍よー!』
 壁を守るように等間隔に立ち、それぞれに剣や槍を構えた五体の巨大な鎧が――たぶん魔法を発動させ、その身に炎や風、水なんかをまとった。
『とはいえ頭脳たる搭乗者――私たちはやっぱりただの研究者だから指示をちょうだいね!』
 ようやく来た援軍はあたしたち以上に戦いの素人。ただし、それぞれが持つ力は強大……なんかすごい魔法ばっかり使えるようになってってるあたしたちみたいだわ。
「おかーさん……ありがと! なんでとか言ったけど、正直ピンチだったから助かったよー!」
『いーのよー。私も正直なところを言うと――こんな貴重な実戦のチャンスを見逃す手はないわ!』
 ……しかも素人以前にそもそも目的が別っていう……まぁ、ありがたいのは確かだけど。
『ロ、ロイドくん、すごい助っ人が来たけど、ど、どうしよう……ロボットを入れた作戦を、考えた方がいい、のかな……』
『そうだね。機動鎧装の登場であっちがちょっとひるんでいるから、今のうちに態勢を整えて再度防衛の陣を――』

「おいおいおい、なんだこれは。」

 怒って唸り声をあげる魔法生物の大群との防衛戦の中、空から巨大な鎧まで降ってきて大混戦の状況で、初めて聞く誰かのつぶやきが妙にハッキリと聞こえた。
「頼まれた仕事はしたが結果がこれだとな……最悪報酬を減らされる。」
 いつの間にそこにいたのか、あたしたちが走り回ってる壁の上に知らない奴がいて、しゃがみこんで足元の壁をコンコン叩いてる。
「なんだこの壁、うちが干渉できないとは並の使い手じゃないな。」
 ハットをかぶってストールを巻いてサングラスをかけた上にスーツっていう裏社会のボスみたいな男。一瞬、逃げ遅れた人とか援護に来てくれた騎士とか色々考えたけど、たぶん――いえ、絶対違う。服装的な話じゃなく、雰囲気からして明らかに――善良な人間じゃない……!
「……あんた、何者よ。」
 ローゼルとアンジュも加わり、壁の上で謎の男を包囲する。
「そっちこそ何者だ? 見た感じだいぶ若い……というかそれは制服――まさか学生か? おいおいおい、勘弁しろ。結局のところ依頼人の望む結果が得られたかどうかが問題のうちらの仕事にガキがちょっかい出すな。」
「知らないわよ。仕事とか報酬とか……あんたがこの騒ぎの元凶なわけ?」
「答える義理はないな。とりあえずこの壁をとっとと消したいんだが、これを作った第五系統の使い手はどこだ?」
「……答える義理はないわ。とりあえず忙しいからとっとといなくなって欲しいんだけど。」
「……ガキが……」
 どう考えてもこの騒ぎに関わってるこいつに逃げられたりしたら困るから挑発してみたけど、あっさりのってきたわね……
 ともあれ、すごくいいタイミングで姿を現してくれたわ。ロイドが言ったみたいに、魔法生物たちが機動鎧装にちょっとビビってる今くらいしか追加の敵なんて相手にできない。即行で倒して悪だくみを全部吐かせてや――
「は!?」
 思わず声が出た。イラッとした顔になった男が、魔法生物がひしめく方とは反対側だけど、いきなり壁から飛び降りたからだ。
「な、なんだあの男、一体何者でいきなりどこへ行ったのだ?」
 壁の上から男が降りた方を見下ろしたあたしたちは、直後下からせり上がったモノに驚いて思わず跳びのいた。
「これだけの壁、魔法の腕は買うが調子に乗ったな。」
 それはごつごつした塊を適当に積み上げて作ったような、かろうじて人の形をしてる岩の巨人。
 ロイドの妹のパムが得意とする、第五系統の土の魔法――ゴーレム……!
「潰れろ、ガキ共。」



『ゼキュリーゼェェェェエェェッツ!!』
 田舎者の青年たちの防衛戦と同様に混乱を極めるスタジアム付近の戦闘。暴れ狂う魔法生物たちをワルプルガに参加している名立たる騎士たちが抑え込もうと激闘を繰り広げる中でひと際派手に炎をまき散らす者たち、その一体である漆黒のアーマーをまとった巨大なゴリラが、肘から爆炎を噴き出しながら超速の拳を炎の悪魔へと叩き込んだ。
『ガアアアアアッ!』
 骨が砕けるような、内臓が破裂するような、あまり聞きたくない音を出しながら殴り飛ばされた炎の悪魔は、しかし吹っ飛ばされる途中で翼を広げて勢いを殺し、そのままゴリラの方へと突進してきた。
 だが鋭い爪を持った紅蓮の腕がゴリラに届く前に――
「『烈火豪炎旋風脚』!」
 ゴリラや炎の悪魔と比べれば実に小さく見える人間――一人の騎士が炎をまとった回し蹴りを悪魔の横顔に打ち込み、悪魔は空中で数回転した後に瓦礫の山に突っ込んだ――が、すぐさま起き上がって怒りの限り咆哮する。
『ニンゲンがああああああっ!!』
 周囲の温度を急上昇させながらの叫びに騎士――フェンネルは、耐熱魔法をかけていてもふき出す汗をぬぐい、足の裏からの炎の噴出で宙に浮きながらため息をつく。
「元々そうだったけれど、今のゼキュリーゼの回復力は異常だな……ガガスチムのパンチのダメージがもうない……」
『おいフェンネル、お前が攻撃する度にゼキュリーゼの怒りレベルが上がってるぞ。お前は手を出さない方がいいんじゃないか?』
「なんだ、お前だけで今のゼキュリーゼを止められるのか?」
『殺す――という意味でならわしだけでいけるだろうな。だが相手は同胞が傷つけられて怒っているだけの仲間……死なないように加減しながらとなると、まぁわしだけでは厳しいな。』
 炎の悪魔――ゼキュリーゼが咆哮と共に口から放つ黒ぶちの炎をかわしながら、一人と一体は会話を続ける。
「怒っているだけか……ざっと見た感じ、そうなっているのは派閥で言うとゼキュリーゼ派とデモニデア派の連中だな。」
『さきの妙な魔法、身体の内から怒りや憎しみのような燃える感情が引っ張り出される感覚だった。この状況を見る限り、対象となったのは人間に対する感情だな。人間嫌いのゼキュリーゼたちが一番暴れてる。』
「いや、それだとデモニデアたち、流れに身を任せる野性的な連中が暴れることの説明ができない。僕が思うに、人間に対してマイナスの感情を持っているから暴れたというよりは、プラスの感情を持っているから暴れずに済んでいるんじゃないか?」
『なに?』
「お前の派閥は勿論、クロドラドの派閥の連中も、中立という事はある程度人間を認めているという事なのだから、多少の友好的感情を持っているはずだ。だから引き出されようとした怒りを抑える事ができた。」
 吐き出す炎に紛れて急接近したゼキュリーゼの爪の一撃をかわしながらその腕を蹴り上げるフェンネル。そうしてあいた腹部へガガスチムが拳を打ち込み、ゼキュリーゼは再度殴り飛ばされる。共闘などした事のない一人と一体だったが、ワルプルガにおいて何度も繰り広げた激戦が互いの動きを熟知させ、絶妙なコンビネーションを可能としていた。
「しかし目的がわからない。ワルプルガに集まった貴族を亡き者にしようとでもいうのか? 場合によっては建国祭のパレードに出席している国王の身にも危険が……」
『わからんが外の方はクロドラドに任せたから心配するな。どこの馬鹿が何を企んでいようと、あいつなら何とかするだろう。』



『なんだ、あれは。』
 フェンネルとガガスチムがゼキュリーゼをスタジアムで押さえている頃、巨大な剣を背負ったトカゲ――クロドラドは火山の麓近く、街に向かって進む魔法生物の大群とそれをせき止める壁を見てそう呟いた。
『ゼキュリーゼ様だけじゃなく、あんなにも多くの同胞が……』
 クロドラドの足元、四足歩行する潰れたトカゲのような魔法生物――ダダメタがその光景を見て驚愕する。
『それにあんな場所に壁はなかったはず……クロドラド様、あれは一体……』
『あれは……フェンネルの弟子だな。』
『! 昨日戦ったあの!?』
『方法はわからないが、巨大な壁を作って同胞たちが街へ進むのを押さえている。位置取りが良すぎて苦戦しているようだが。』
『位置?』
『ああ、見ろ。』
 そう言ってクロドラドが指差したのは壁の方でもスタジアムの方でもない方向。そこには大群の接近を意味する土煙がもうもうと、しかも複数上がっていた。
『スタジアムに入りきれず、別の場所で中継を観ていた同胞たちだろう。彼らもあの魔法の影響を受けたようだが……それらの場所から街へ真っすぐ向かう場合、あの壁の場所を必ず通ることになる。』
『必ず……し、しかし全員が街へ真っすぐ進むとは限らないのでは?』
『そうでもない。あの魔法を受けると怒りを――人間に対する不満などを憎悪のような形で引き出されるらしく、故に人間の街を目指して暴れ出すようなのだが……見た感じ、強い怒りのせいで同胞たちの判断力はかなり低下している。結果、回り込むなどの動きをする事なく、全員が一直線に街へ向かい、あの壁に集結するのだ。』
『な、なるほど。では俺たちも加勢に――』
『いや、それではダメだ。一時は優勢を得られるだろうが、これだけの同胞が集結してはスタジアム以上の大混戦になる。壁の防衛など不可能だ。』
『で、では……』
『私たちはまだ壁に到達していない同胞たちを止める。それが結果として壁の防衛につながるだろう。部隊を分け、各方面で同胞たちを止めるのだ。わかっているとは思うが、殺すようなことはあってはならない。気を絶つだけでいい。』
『了解しました!』
 クロドラドの背後、正気を保っている魔法生物たちがいくつかのチームに分かれ、迫る土煙の方へと向かっていった。
『さて、この場合私は……――っ!?』
 自分自身はどこに向かうべきか、同胞たちの背中を眺めながら少し立ち止まったクロドラドは、突如感じた今までにない凶悪な気配にゾッとし、思わずその何者ともわからない存在から距離を取って剣を構えていた。
「おお、まだ何もしてねーのにびびってくれるたぁ嬉しい反応だぜ。」
 どこから湧いて出たのか、どう見ても人間だがどう考えても人間じゃない異常な気配と狂気をまとった女に、クロドラドは驚愕する。
『貴様……一体何だ……』
「お前こそ。正直ザビクの奴以上にあたいの好みじゃねーしそもそもこんなん悪事でもなんでもねーからどーでもいーが……こーゆーのは、予想外の事が起きると面白い方向に転がるもんだからな。よくあるだろ? 追い詰められた反乱軍だの革命家だのが最後に華々しく、連中としちゃ意味もないがそこそこの悪事で散っていくあれ。巻き込まれた奴らの顔はまぁ見れるもんだぜ?」
『な、何を言っている……』
「そういう風になるかどうかはわかんねーが、まー『世界の悪』たるあたいとしちゃ、ムリフェンじゃねーがその辺の可能性ってのをちっと大きくしとくのもありだろう。」
『――! だから貴様は何なんだ!』
 一人でしゃべる女にその剣を振り下ろしたクロドラドだったが、その一撃は決まらず、かと言ってかわされることもなく、クロドラドからすれば小さく貧弱な女の手に――あろうことか人差し指と親指だけで受け止められた。
「何ってお前、決まってんだろうが。」
 加えていくら力を込めてもビクともしない剣に更に驚き、恐怖すら感じたクロドラドは女の凶悪な笑みに再度ゾッとする。

「自分を正義と信じる連中を逆方向から殴ったり導いたりする――悪党だよ。」

騎士物語 第八話 ~火の国~ 第九章 暴れる獣

 ついに裏で動いていた者たちの悪だくみが始動しました。あっちでこっちで大混戦ですが、色々とひっかきまわす凶悪な女性がいますから、果たして黒幕の思い通りに事は進むのでしょうかね。
 しかし彼女の強さは次元が違いますね。一体どんな力の持ち主なのでしょう。
 
 そして個人的に今後が楽しみなのは「機動鎧装」ですね。この戦いであれがどうなっていくのか、珍しく最初から決まっているので今からワクワクしています。ヒントはなかなか出番のない彼です。

騎士物語 第八話 ~火の国~ 第九章 暴れる獣

ワルプルガの二日目を迎え、昨日とは比較にならないハイレベルな激戦の数々に驚くロイドたち。そんな中で行われたある試合、人間嫌いで有名な魔法生物、ゼキュリーゼと騎士たちの勝負において思いもよらないことが起きて―― 一方、殺しの依頼を受けたバロキサはムリフェンとの再戦に臨むが、『ゴッドハンド』と呼ばれる彼女の本気を目の当たりにし――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-11-11

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