エスの研究 (3.患者Aの告白)

フランシス・ローレライ

この患者は、日本で生まれた左利きの男性。幼い頃から何年間か、海外で暮らし、英語が自然に身に着いている。


1.左右の脳の連絡不良

(1)特に食事中、発話が困難になる軽めの「失語症」がある事を感じ、原因を探っている間に、左右の脳半球の連絡に問題がある事を発見した。きっかけは、次の様な現象だった。

(ア)食事中、利き手の左手で箸を操作すると、日本語で話しにくいが、英語なら話せる。

(イ)箸を右手に持ち替えると、日本語で会話可能だが、英語が使えない。


(2)彼は、母国語の言語野が左脳にある事、また左手を使う場合、機能の交差により、右脳半球を使用する事を知っていたので、次の様に推論した。

(ア)幼稚園児の頃、英国、また10代の頃、米国にいたので、右脳半球に英語の言語野が出来てしまったに違いない。左右の脳半球の分担→ [日本語、英語]

(イ)左手で箸を操作する間、自分の意識(自我)は右半球に宿るに違いない。しかし左右の脳半球の連絡が悪いため、自我はそこから左半球の日本語言語野にアクセスできず、日本語で会話が出来ない。但し、同じ右半球にある英語言語野ならアクセス可能なので、英語で会話可能。

(ウ)右手で箸を操作する場合、自我は左半球に宿るため逆の現象が起きてしまう。すなわち自我は、同じ左半球の日本語言語野にアクセス可能だが、右半球の英語言語野にアクセスできない。

(3)爾来、日本語を使う場合は右手、英語を使う場合には左手を使う様に心がけ、脳半球間の連絡不良に起因する言語障害を克服している。

(4)また楽器の演奏時に同様の問題に直面し、克服方法を開発。

(ア)多人数の合奏形式で吹奏楽器のレッスンを受けているが、演奏終了後、教師が指導する場面になると、教師の声が聞こえるのに内容が良く理解できず、周囲と比べて誤解が多かった。

(イ)そこで箸にまつわる左右の脳半球の連絡不良を思い出し、次の様に推論した。楽器演奏の際、自我は、音楽を扱う右脳半球に沈潜するに違いない。そこで演奏終了の直後に日本語で指導を受けても、日本語言語野のある左脳にアクセスできず、指導内容が理解できないに違いない。

(ウ)しかるに演奏終了後、自我を左脳に移動させるべく、右側の手足の指を動かす様にしたら、日本語の指導がより円滑に理解できる事を発見した。爾来、この様な動作を心がけている。


2.Brain Chatter(幻聴)


(1)また中年になり、Brain Chatter(幻聴)に悩まされる様になったので、原因究明すべく精神分析学や脳科学の本を読み漁ったが、明瞭な説明は得られなかった。そこで定年退職後、処方薬を暫く止め、「丸腰」状態で研究に臨んだ。

(注)これは向こう見ずであり、人に勧められない。まるで古代ギリシャの英雄、オデュッセウスが航海中、「Singing Sirens」(船乗りを誘惑し、破滅に招く妖精)の声が聞きたいとして、危険な海域に至ったところで、船乗り仲間に耳栓をさせた上、自らを船のマストに縛り付けさせ、「自分が何を叫んでも無視して漕ぎ続けろ」と命令し、誘惑の声を聴いた話を想起させる。

(2)Brain Chatterの起きる際、右耳に金属の耳かきを挿入すると、共鳴して外に響く事を発見。従って神や化け物等による超自然現象ではなく、右耳を鳴らしてしまう脳内の物理現象である。元凶は、フロイトの提唱したエス(無意識)であり、更にフロイトが定義・描写したものを遥かに超越する、とてもリアルな生き物であると結論した。

(3)Brain Chatterには2種類あるとのパターン認識に至った。具体的には(ア)論理的で意味ありげなメッセージ(但し、全て嘘)及び(イ)同じ言葉やフレーズの単純な繰り返しである。

この違いは、左右の脳半球の機能の違いに由来し、おそらく(ア)は、論理的な左脳、(イ)は音楽的な右脳が震源地。そしてエスが、左右の脳半球の言語野に侵入するのが原因と推論した。[但しその後の研究により、エスが小脳を活用する場合もあり得る、と考え方を修正]


3.脳MRI検査

その後、脳MRI検査を受けたら、それ自体にストレス解消効果があり、Brain Chatterが軽減された。(左右の脳半球の連絡が改善された模様)

今から思えば、MRIで頭部に強力な磁気を照射された際、電磁誘導により脳内部に電気が走った結果、左右の連絡が改善し、エスの悪戯が阻害されたのだろう。


4.英語Brain Chatter


(1)患者Aは、脳MRI検査の後、暫くして、新たに英語でBrain Chatterを経験する様になった。しかも同時に、米国人VIPの幻影が現れたので、彼が実際に話かけてきたかの様だった。その英語は、流ちょうな米国語で、しかも声が当VIPそっくりであり、まるでテレビで彼を見ているかの様だった。

一方、エスも驚嘆した様子を見せ、この米国人VIPに対して畏敬の念を示し、「ここは、俺(エス)に任せろ」とばかり、彼をなだめすかし、宥和する振りをした。

この中で患者Aは、当米国人VIPが、本当に秘密のハイテク通信技術で連絡してきたのだろうか、と疑ってしまった。

またこの頃から患者Aは、時々、日本人VIPの幻影も見る様になったが、この場合、当日本人VIPは、全く話をしない寡黙な存在だった。

(2)その後、患者Aは、英語Brain Chatterもエスの仕業である事に気付いた。結局、エスが、右脳の英語言語野にアクセスし、英語Brain Chatterに成功したのであり、米国人VIPの幻影も、同じ右脳の画像記憶装置を利用したもの。全てエスの演出する、実に巧妙な狂言に過ぎない、との結論に至った。

(ア)日本人VIPの幻影が登場する際、それは全く寡黙な存在だった。他方、日本語Brain Chatterが発生する際、如何なる人物の幻影も出て来ない、とのパターンが気になった。

(イ)常に人を騙し、意のままに操ろうとするのが、エスの性癖である。然るに英語Brain Chatterの際、米国人VIPの幻影が現れるならば、同様に日本語Brain Chatterの際、日本人VIPの幻影を登場させてもおかしくないのに、何故かそれが起きず、不思議だった。

(ウ)空間認識は、右脳の役割とされている。そこで人物の幻影は、記憶装置が、右脳に偏在するのではないか、と推論した。その場合、幻影を登場させる主体がエスならば、エスは右脳を利用するはずである。同時に、英語言語野も右脳に偏在するので、英語Brain Chatterと米国人VIPの幻影登場は、右脳の活用により、同時に実現可能であり、全てエスの演出に違いないと結論づけた。つまり、
  
(a)日本語Brain Chatterの場合、エスは左脳を活用するのであり、右脳にはアクセス困難。従って、右脳に偏在する人物画像の記憶には、アクセス不能。だからエスが、日本語Brain Chatterに興じる場合、同時に日本人VIPの幻影を登場させる事は不可能。

(b)日本人VIPの幻影を登場させる場合、エスは右脳にアクセスし、右脳の記憶を利用する。従って左脳へのアクセスは不可能であり、日本語言語野にアクセスできず、日本語Brain Chatterは不可能。だから日本人VIPの幻影が登場する場合、日本語の声は鳴りやみ、登場人物は寡黙なのだろう。

(c)他方、英語Brain Chatterの場合、英語言語野は右脳にあるので、エスは右脳にアクセスせざるを得ない。然るに人物画像の記憶も右脳にあるので、エスは英語の声を演出し、同時に米国人VIPを登場させる事が可能なのだろう。


5.エスの発音・発話コントロール


患者Aは、自分の失語症系の問題について研究を進め、これもエス(無意識)が犯人だとの結論に至った。そこでエスを制御するため、新たな手法を編み出しつつ実験を続け、次の様な結論や成果に至った。

(1)左利きにも拘わらず、小学校低学年の頃から右手で字を書くよう心がけていたが、ストレスの不要な蓄積に繋がったらしい。利き手の左手で字の練習すると、気分転換とリラックス効果が得られる。

(2)左手を使うと日本語で話しにくいが、目の前に日本語の本がある場合、声を出して読める事を発見した。但し本が、視野の左右何れかの端に置かれた場合、音読は不可能だった。そこで次の通り推論してみた。

(ア)  仮に本が、視野の真ん中(双眼視野)にあっても、左手を使う場合、自我は右脳に宿り、日本語言語野のある左脳にアクセス不能なはず。他方、エスは、自我の不在な左脳にアクセス可能だろう。従って左手を動かしながら音読を試みる場合、音読する主体はエスに違いない。

(イ)  本が視野の左端に置かれた場合、本の視覚情報が受信可能なのは、視覚が交差するため、右脳だろう。そこで自我は、本を見ようとして右脳に移動するだろう。逆に本が、視野の右端にあるならば、自我は左脳に移動するはず。

(ウ)  本が視野の右端にある場合、この様に自我は左脳に移動するので、日本語で音読可能なはずである。

にも拘わらず音読不能な理由は、音読するためには、本の画像が両方の脳半球で受信され、その情報を元に自我・エスが、それぞれ異なる脳半球から協力する必要があるから、と結論づけた。要するに本を音読したければ、視野の中央(双眼視野)に置く必要がある。

    (逆に本が視野の左端にある場合、自我は右脳に移動するので、左脳の言語野にアクセスできず、そもそも音読不能)

(エ)  以上の背景には、エスが、発音を制御する神経に影響を及ぼしている事が窺われる。然らば台本無しで、単純に会話する際にも、同様のメカニズムが働き、発音には、エスの協力が必要と考えられる。

(会話の場合、発言の予定稿はないが、エスが自我の発言内容を事前に察知し、発音に協力するのだろう)

(オ)  フロイト的失言(Freudian slip)は、言葉を発言する際にエスが介入し、その言葉を(エスの趣味に合わせ)さりげなくすり替える現象だろう。

(カ)  「言語滅裂」は、エスが発音の邪魔をするのが原因。失語症は、やはりエスが非協力的で、発声の邪魔をしている可能性が高い。


6.エスの築いた障壁

(1)患者Aは、日本語言語野が、左脳に偏在する場合、右脳に記憶された事項について話したい時には、双方の脳半球に同時にアクセスする必要があり、自分には、不能ではないか。他の人の場合、如何との問題意識を抱いた。

するとエスから「そう言えば昔工作していたことを忘れていたので、これから除去する」とのメッセージがあり、その後約10分の間、気分が悪くなり、床に寝転んでしまった。

その後、回復して起きたところ、左右の脳半球の連絡不良が軽減されていた。左手を使用しながら日本語を使うことが、再び可能だった。また統合失調症が沈静化し、声が大きく響くようになった。

(2)その後も時々、就寝中等、少々の痛みと共に、脳内で血栓・結石の様な小さなシコリが除去される感覚と共に、左右の脳半球の連絡が改善され、同時に症状が軽減している。

(「スィーン」との金属的な耳鳴り音と共に、左右の脳半球の間をまるで静電気が流れる様な感覚が走る次第)

(3)解剖学入門の本に「自分の盲点を発見しよう」との表題で、片目を閉じ、本を前後に動かしながら凝視すべしとする図画があったので、活用した。
するとエスの「手術」と同様の効果が得られた。しばらく気分が悪くなった後、頭がすっきりし、行動パターンが柔軟化。(最初は、一瞬でやめないと、途中で倒れそうになる程、強烈に効いた)

(4)その後、エスに対して次のとおり要求した。

「まるで銀行強盗を企て、金庫に到達する地下トンネルを掘る様なつもりで、発話を司るブローカ野へのアクセス確保に腐心していないか? 掘り出した土や岩石に相当するものは、左右の脳半球を繋ぐ脳梁を塞ぐのに使っているのか?

もしそうならば、逆にブローカ野へのアクセスを自ら閉じてみよ。すなわち脳梁にたまったゴミを取り除き、それでブローカ野まで掘った『トンネル』を塞ぎ、アクセス・ルートを閉じてみよ」

するとエスが作業を開始し、1時間ほど続いた。その間、動くことが出来ず、手術の様にひたすら耐えた。終わったらBrain Chatterが静まり、音量が極めて小さくなっていた。その後、周囲の人間との関係も正常化に向かい、「無声メガホン」による周囲への挑発も止んでいると思われた。

 エスに依れば、銀行強盗の例えは正確でないが、とにかく脳梁は、時々、エアコンのフィルターの様に掃除する必要があるとの由。

(5)エスの脳内の本拠地について、視床下部を含む大脳辺縁系の説があるが、もしこれが本当ならば、エスが脳梁に障壁を築きたい場合には、大脳辺縁系のすぐ真上にあり、大変便利に違いない。


7.自己体罰


患者Aは、Brain Chatterの原因はエスであるとの確信に至り、またエスには一貫した虚言癖があり、高い知能と救いがたい悪意、また露骨な覇権主義との結論に至った。またエスの悪戯は、基本的に左右の脳半球で行われると確信した。

(1)そこで鏡を用い、自分の姿を映しながら、頭部への刺激やマッサージを加え、更には露骨に暴力的な平手打ち等によりバッシングを加え、「Brain Chatterは、エスが犯人として捕まり、傷つく事のない完全犯罪だ」と悪戯に興じるエスに対し、報復と教育を試みる様になった。そして物理的な制裁が、非常に効果的である事を発見した。

(2)更に彼は、小脳を狙い、後頭部の出っ張りの下の部分に対し、左右から拳で叩く事も覚えた。すると身体の冷えが治るのだった。


8.指圧

患者Aは、人の薦めで頭部への指圧を試みる様になり、左右の脳半球の合わせ目のズレ(ヤコブレフのトルク)の断層部分に着目し、そこのツボが統合失調症に効くことを発見。するとテンションが一段と下がるのだった。


9.隣人としてのエス

患者Aは、引っ越しの出来ない「隣人」として、エスとの人間関係を見直す事にした。対立的な関係により互いのストレスが溜まり、周囲に撒き散らされ人迷惑になるよりは、時にはエスが、まるで若い女性であるかのように言葉使いに気を遣い、なるべく誉める等、外交的な試みを開始した。するとBrain Chatterが抑制され、周囲からも分かるほどのストレス軽減効果があった。


10.集団的エスへの働きかけ(以心伝心)


(1)患者Aは、エスが覇権主義を追求するあまり、日本社会に溶け込む事を邪魔し、阻んできた事を認識した。

例えば左利きを奨励し、箸の使用時の日本語会話を阻止する、和食や日本酒を避ける、日本の歴史・文化や風俗・習慣の研究を避ける、神社・仏閣を避ける事等が含まれ、日本社会の理解を妨げ、人間的な交流を阻んできたとの結論である。

(2)患者Aは「思考が周囲に伝わる気がする」現象に関し、その本質は、言語的思考が、周囲のエスに察知される事と理解した。そしてエスを「Zulu-D」と命名しているところ、この現象を逆用し、周囲のエス集団に向かって念力を使い、静かに支援を要請した。すると即座に大きな効果が現れた。呼吸が急に荒くなり、エスが静かになり「ひどい仕打ちに遭った」と訴えてきた。

(ア) 一般形

「Zulu-Dは、家庭の敵、社会の敵、国家の敵! 制裁を加え、二度と立ち直れないようにせよ!」
「Zulu-Dは、エスの仲間で、エスの仲間は、Zulu-Dの仲間! やっちまえ!」

(イ) 声の出にくい場面

「Zulu-Dが発声の邪魔し、周囲とのコミュニケーションを阻んでいる。おしおきを!」

(ウ) フルートの演奏が不自然にうまく行かない場面

「Zulu-Dが演奏の邪魔している。つぶしてくれ!」

(3)またZulu-Dが無声メガホンを使い、周囲の人間をけしかけて、非友好的で差別的な態度を醸し出していると推察される場面では、普段、Zulu-Dに施している体罰(往復ビンタ等)を想起しながら、以心伝心を用いて

「自分は悪さを働くZulu-Dに対して、その都度、頬を往復ビンタで殴り、体罰を加えている。ビシバシひっぱたくと、それはそれは効いてね」
とのラインで静かに周囲を諭すと、皆、委縮した様子で、その後、静かになり、居心地が良くなるのだった。


11.開発途上国訪問


その後、患者Aは、所得水準の低い開発途上国へと海外旅行に出かけたが、これが良く効いた。

(1)行き先が、開発途上国でもあり、通常の旅行に伴う荷物・衣服の準備に始まり、現地のホテル・訪問先等、具体的目的地や経路の確認、アポや予約あるいは交通手段の時間厳守、保健・衛生や治安状態への不安、また言葉が通じず、字も読めないとの問題を含め、緊張の連続だった。

(2)旅行中は、言わば軍隊式の生活となり、精神的な余裕がないため、エスがBrain Chatterで影響力を駆使する場面はほとんどなかった。帰国後もその乗りが続いている。

以前よりも声が容易に出る様になり、話しやすく、軽い乗りで話せるので、言語野へのアクセスが容易になった模様。思考パターンも、真面目な沈思黙考型から脱し、より軽妙な乗りに移行し、左脳から右脳へと重点がシフトした模様である。脳半球間の連絡が改善したものと思われた。

(3)多数の宗教施設を訪問し、多数のヒンズー教の神々の像、仏像や天国・地獄の絵画・彫刻に遭遇したが、帰国後にエス曰く、

「多くの示唆を得たところ、一定年齢に達したので『終活』を始める必要を感じている。今まで自我とエスは不可分で、死後も天国・地獄等、同じ地に行くと楽観していたが、このままでは、エスだけが地獄に行く事に成り兼ねない。そこで自己抑制に努め、自我と協力しながら善行を積んでいきたい」との由。

(4)エスは、それまでBrain Chatterで悪口を言い放題にし、激しい利害対立により社会が暗く見える様な、マキアヴェリアンな世界像を描き、人の善意を信じさせない様にする。もって意思能力や行動力を奪う。また無声メガホンで周囲を挑発して、仲間外れにし、周囲から攻撃に出る様に仕向ける等、悪さの限りを尽くしてきたので、姿勢転換と思われた。

(5)帰国後の印象としては、環境が安定し、生活水準が高過ぎると、精神的に暇になり、テンションが下がってエスに付け入る余地を与えてしまう。従って昔は中欧、北欧等の都市部で精神疾患が多く発生し、フロイトやユングも、その様な土地で研究者の名を成したのだろう。その意味では、多少スリルを伴い、泥まみれになる様なスポーツ等に興じるのも効果的に違いない。


12.鼻筋分析


患者Aが美術館を訪問したところ、ポスター展を開催中で、多くのポスターが微妙に動き、変化する様に錯覚する「ホログラム現象」を利用していた。

彼は、「両眼視野闘争の為せる技」との説明に接し、これは左右何れの目を中心にポスターを見るかにより、(両目が離れているため)視角が微妙に変化するもの。目の焦点を変えぬまま、首や目線の角度を左右に微調整する度に起きる錯覚であり、自我の宿る脳半球の左右転換を伴うものと推量した。詳細、次の通り。

(1)自我の大まかな位置情報、すなわち左右何れの脳半球に宿るかは、その瞬間、目線が左右何れの方向を向くかで規定される。簡単な識別方法かつ便利な目安として、視野に入る鼻筋の左右を確認すれば良い。視野に入る鼻筋の左右が、自我の宿る脳半球の左右に、そのまま一致するだろう。

目線が右(左)向き→鼻筋の左側(右側)が見える→自我は左脳(右脳)に宿る。

(2)首を左右に振り、視野に入る鼻筋の左右を転換させる度に、自我の宿る脳半球の左右も転換する。従って首を左右に振る運動は、意識の左右運動を伴う。

(3)意識の左右運動を促進する為には、できるだけ目線に鼻筋が入らない様に、首や目線の角度を調整し「ワイドスクリーン」で周囲を見渡すべし。

(4)エスがBrain Chatterに興じる場合は、自我の宿るのと反対側の脳半球に侵入するのだろう。エスに対する体罰等の技も、この位置関係を念頭に置くべし。


13.目線の角度と脳半球支配


(1)Aはフルート演奏の際、眼の前の楽譜の位置が、指使いに大きく影響する事を発見した。楽譜が視野の左右の端にある場合、楽譜を読みながら両手の指を意のままに操作する事は困難であり、楽譜は、視野の真ん中(両眼視野)に入れる必要があった。

(2)その論理的帰結は、斜視は意識を片方の脳半球に沈潜させ、もう片方の脳半球を空席状態にするので、エスの侵入を助長する。(だから斜視は「不良っぽい」視線か)従って左右の脳半球を同時支配するには、なるべく両眼視野、しかも鼻筋分析で言う「ワイドスクリーン」で物を見る必要がある由。


14.磁石療法


(1)昔、脳MRI検査を受けた際、それ自体にストレス解消とBrain Chatterの治癒効果があり、症状が軽減された事を想起した。そして恐らく左右の脳半球の連絡が改善されたのだろうが、その原因について、MRIの機械の中で頭部に強力な磁気を照射された結果、電磁誘導により脳内部に電気が走り、右の連絡を阻害していたものが一掃されたのだろう、と推論した。

(2)そこで累次の効果が期待できないかと、家庭(冷蔵庫)用のマグネットを手にして頭部(特に右側)に当て、髪に櫛を入れる様な動作を繰り返したところ、これが効果を発揮し、Brain Chatterが沈静化した。 

爾来、自分の思考について、再び言葉による論理の連鎖として捉える様になった。また、ほぼ恒常的に感じていたエスのプレゼンスが小さくなり、一人でいる時には、再び孤独を感じ、他人との交流を求める様になった。

(3)馬蹄形磁石

Aは上記実験結果を参考に、今度は馬蹄形磁石を手に入れて同様の実験を試みた。すなわち馬蹄形磁石を手に取り、頭部の左右を分割する中心線を跨ぐ様に構えた。

そして磁石のN極が頭部の中心線の左側に、S極が右側に向かう様に持ち、おでこから後頭部にかけて撫でる様に移動してみた。すると棒磁石と同様の結果が得られた。

そして施術直後に統合失調症の症状が消え、時間と共に復活するので、今では朝1回、午後1回のペースで行っている。
 

15.絵を描く

患者Aは、音楽療法の限界効用が逓減していくのを感じていたが、家の中で塗り絵の絵本を発見。小学校時代の乗りで色鉛筆を使い、用意された図形や線画を色塗りしつつ絵を完成させる作業に手を染めた。

その際、利き手の左手を使ったところ、声が鳴りやみ、言語的な孤立状態が成立。いつの間にか周囲から何も聞こえない「沈黙の世界」に浸る事が出来た。

言ってみれば自我が右脳に宿る状態で、言語的に物事考えたり判断せず、あくまで視覚的・直感的に塗り絵する箇所を選び、また色鉛筆を選択する作業だった。その際、自我は無言であり、エスもまた無言。言語的な世界からの逸脱が成立し、これは大きな解放感を伴い、ストレス解消に繋がった。

患者Aのエスとしても、自我が言語的に思考する際に聞こえる「逆統合失調症」から解放され、安堵したに違いない。


16.経過

(1)患者Aは、最近、左右何れの手を動かしながらでも日本語や英語で会話可能である。また以前と比べ、声もはるかに良く響く模様。

幻聴は非常に希薄になり、特に英語の声は消滅。無声メガホンも沈静化していると見られ、不自然に排他的空気に出遭う事もなくなった。 

(2)念力による集団的エスへの挨拶については、場をなごませる効果が見られるので、未だに時々活用するが、もはや切迫した需要はない。

(3)以前は時々、左右の手足の指を動かし、自我を右左の脳半球に移動させていたが、最近はあまり必要を感じない。

(4)夜明け前にエスが騒ぐのが依然として問題。耳栓の着用が有効と感じ、多用している。また寝床で両足をカエル状に開き、両足の裏の間にゲルマニウムの健康器具を挟むとエスが怯み、Brain Chatterが緩和されるが、長時間の継続は不能。寝返りを打つと、その度に、身体の下側(左か右)と反対側の脳半球に意識が入る模様である。枕は工夫する価値があり、例えば木の枕は有用。

(5)エスは、患者Aが強く希望しても、組織に加わり事務所等で他人と交流しながら一緒に働く事(特に収入が得られる様な活動)を妨げ、一人で研究生活に没頭する様に仕向けている、要するに孤立化を強いている由。(大学講座や教育・研修への参加についても同様)でないとエスによる裁量の幅がどんどん狭まると捉えているのだろう。

(6)患者Aによればエスの発想は、邪悪で悪賢く、ほとんどマキアヴェリ流。そのためエスとの戦いの末に得た知恵や方法論は、精神医療のみならず、例えば国際政治学にも応用可能と考える由。(これは同様にエスと戦わざるを得なかったグラハム・ナッシュの開発した「ゲームの理論」とも相通ずるのだろうか)

(7)なおAは、近眼用のメガネを常用していたが、還暦以降、改善の傾向が見られ、64歳の夏、強い日差しを頼みに常用をやめてみた。すると副作用として意識の左右運動に改善が見られ、メガネ使用は、これを妨害するものと理解した。

更に想像力を働かせて、古代ギリシャに多数の哲学者や思想家が生まれた事と、顔の左右を分けてしまう程高い「ギリシャ鼻」の存在を結び付けてみた。

これが意識の左右運動を妨害したため、何れかの脳半球に沈潜する様になり、徹底した思考や探究心が生まれた。そして左脳に沈潜する論理学や右脳に沈潜する美術が生まれたのでは、と考えた。

(8)Aは、今までに編み出した新しい療法を組み合わせて使い、そのお蔭で物事が以前よりもバランス良く、客観的に見られる様になった。先輩・後輩を含め、人間関係重視の日本社会を一層良く理解出来る由。

言ってみればドン・キホーテがある日突然、狂気から目覚めてしまい、今まで巨大な怪物と考え立ち向かっていた敵が、周囲の指摘する通り、実は風車である事に気が付いてしまい、すっかりやる気を無くした様なもの。平凡であるがより穏やか、しかし面白味の少ない世界に戻りつつある由。

エスの研究 (3.患者Aの告白)

エスの研究 (3.患者Aの告白)

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-11-10

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