星・・・〈緑の星〉


 そこは豊かな星だった。
 たくさんの生き物がいた。
 そして誰不自由なく食べ物を得ることができた。
 小鳥も多くいた。
 小鳥の歌声は、豊かさの象徴だった。

 泉に水汲みをしている少年がいた。
 少年が水瓶を泉の水面に差し入れると、水はきらりと光った。
 水瓶の中には魚がたくさん入っていた。
 「どいておくれよ。僕は水を汲みたいんだ」
 少年は水瓶の水を泉に戻した。
 そして今度は慎重に、泉の上澄みだけをすくいとった。
 けれど水瓶には、やはり数匹の魚が泳いでいるのだ。
 いつもなら魚を手ですくい出して泉に戻すのだが、少年は気が向いて魚ごと水瓶を持ち帰った。

 「ねえ、母さん。この魚を飼ってもいい?」少年は母親に聞いた。
 「ダメよ。泉の魚は泉にいないと死んでしまうのよ。戻してあげなさい」
 少年は手で水瓶から魚をすくい上げると、再び泉に向かった。
 けれど、泉に返すころには、手の中の魚は死んでしまっていた。
 水面にぷかりと魚の死骸は浮かんだ。

 「母さん、魚は死んでしまったよ」少年は泣きながら言った。
 「それは残念ね」母親は言った。「でも、そのうちまた生まれ変わってくるでしょうよ」
 魚の死骸は他の魚たちが食べた。
 死んだ魚はなかなか生まれ変わってこなかった。
 でも、泉にはあまりにたくさんの魚がいるので、誰もそんなことは気にもかけなかった。
 少年もすぐに死んだ魚のことなど忘れてしまった。

 数年が経ち、少年は大人になった。
 少年は宇宙飛行士になった。
 少年は銀色の服を着て、尖っていて、光っていて、その姿はまるであの時の魚のようだった。
 少年は勇ましかった。
 母親は少年のことを誇りに思っていた。
 ロケットは打ち上げられた。
 少年は宇宙へと放たれた。
 しかし、不慮の事故で少年は死んでしまった。
 母親は悲しんだ。
 魚の死のようにすぐに忘れることはできなかった。
 何しろ少年は母親にとって、たった一人の息子であり宝だったのだ。
 少年の死体は回収されずいつまでも宇宙に漂っていた。

 数百年の時を経て、少年は違う星で生まれ変わっていた。
 少年はこの時も宇宙飛行士である人生を選択していた。
 まるで宿命のように、それ以外の選択を思いつけなかったのだ。
 少年はある使命を受けて、宇宙に飛び出した。
 そこで少年は、永いこと宙を彷徨っていたかつての自分の死体と遭遇した。

 少年は探査用のアームでそれを取り寄せた。
 厳重なチェックと消毒が施され、それは宇宙船の機内に運び込まれた。
 宇宙服の中には美しい青年の死体があった。
 宇宙には腐敗という言葉はなかった。
 理由はわからないが、少年はその死体にそこはかとない親しみを感じた。
 まさか自分の死体であるとは思うまい。
 少年はしばらくの間、死体を抱きしめ交流を交わすと、その死体を頭から食べ始めた。
 少年は死体に感謝していた。
 実のところ宇宙船は軌道から外れ、方向を見失っていた。
 食料は尽き果て、少年は死を覚悟していたのだ。
 死体は少年に滋養を与え、生きる気力を蘇らせた。
 少年は操縦席に着くと、何か手がかりになるものを探して宇宙の闇に目を凝らした。
 そしてはるか遠くに、とてもとても小さな赤い点を見つけた。
 
 それは宙に向かって、燃えるようになびくマコの赤いスカートだった。
 そしてそこは同時に、かつての少年が生まれた星でもあったのだ。

 マコは、「やっぱり自分の赤いスカートが好き」と思った。
 それで、星でいちばん高い山に立って、思う存分にスカートをなびかせて生きることに決めたのだった。

星・・・〈緑の星〉

星・・・〈緑の星〉

〈みどりの星〉そこは豊かな星だった。泉には魚たちが溢れていた。生まれては死に、生まれては死にしているのだ。母親は息子を事故で失った。いつかどこかで生まれ変わると知っていても、魚の死のようにすぐに忘れることはできなかった。息子はいつか生まれ変わる。それが宇宙の巡りなのだ。星にまつわる物語2/3。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-11-02

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