騎士物語 第八話 ~火の国~ 第八章 最強のゴリラ
第八話の八章です。
ロイドチームVSゴリラです。
第八章 最強のゴリラ
ベルナーク。この世の武器の全てを網羅していると言われているブランドというかシリーズの名前。その昔、とある国の守護を代々担っていたベルナークという騎士の家系があって、彼らが率いる騎士団は無敗を誇り、小さなその国を守り通したという。
ベルナークシリーズはそのベルナーク家の騎士たちが使っていた武器の事で、多くの騎士が憧れ、欲している。理由は勿論、その武器が強力だからだ。
切れ味、破壊力、射程距離、耐久性――近距離武器であろうと遠距離武器であろうと、その武器の性能を示す要素の全てが最高レベル。その上誰が手にしてもまるで長年愛用したかのような感覚を与え、手にした瞬間からその武器の使い手になれてしまう。
とはいえ、剣の使い手ならやはりベルナークの剣が欲しいし、槍の達人ならベルナークの槍を求める。実際、その武器の使い方を身につけている方がベルナークの武器の力をより引き出せるというモノであるから、騎士たちは自分が愛用している武器のベルナークシリーズを追い求める。
しかしこの武器、誰の手にも馴染むものの、その真の力を引き出すには二つの条件をクリアしなければならない。
一つはその種類の武器の使い手である事だが、これはそれほど難しい条件ではない。問題なのはもう一つの方――ベルナーク家の血筋の者であるという条件だ。
ベルナーク家最後の代となった姉弟の内の弟の方から分岐を始めた血筋は現在にいくつかの騎士の家系を残しており、そのどれもが名門と呼ばれている。その家の者たちはベルナークシリーズの真の力を引き出す事ができるのだが、この弟の方からの血を受け継ぐ者たちには更にいくつかの条件が追加されている。
強力過ぎるその力を抑制する為に弟の方が仕掛けた魔法らしく、この条件ゆえに滅多な事では真の力を引き出せなくなり、だからこそ十二騎士トーナメントなどがベルナークの血筋の者たちの独壇場にならずにすんでいるのだとか。
それじゃあ姉の方はどうなったのかというと、弟がベルナークという名前ではなくなっても騎士を続けたのに対し、彼女は騎士をやめ、とある農家に嫁入りした。
名門の騎士の家系には本家や分家というようなモノがたまに出来上がり、そうやって血筋が分かれていくのだが……農家にそんな事が起きるはずもなく、各代に一家のみで、その農家は代々農家であり続けた。
そして現在、姉の方の血筋はとある兄妹にまで至ったわけだが、とある事件が起きたことにより、二人は今、騎士の道を歩んでいる。
世間的に知られているベルナークの血筋の者たちに追加されている条件が姉の方の血を受け継ぐ兄妹には適応されない為、結果その武器の使い方を学んで一人前の使い手になりさえすれば、いつでも真の力を引き出すことのできる二人が存在することとなった。
その兄というのがオレ、ロイド・サードニクスであり、妹が最年少上級騎士――セラームのパム・サードニクスというわけだ。
そして曲芸剣術という一応の剣術を身につけているオレの手に、最後の代の姉の方その人であるマトリア・サードニクスから彼女が使っていたベルナークシリーズの剣が渡された。
マトリアさんが言うには真の力――正式名称「高出力形態」起動の為には武器の中にマナを充填する必要があるという。オレには今どれくらい溜まっているのかさっぱりわからないのだが、ストカによるとマグマに沈んでいた事で溜まっていた火の魔力をヴァララさんが除去した昨日から今に至るまで、かなりの勢いで周囲のマナを取り込み続け、今日の朝には満タンだった……らしい。
オレたちがいる火の国の首都ベイクに漂う自然のマナはヴィルード火山の影響でだいぶ第四系統に傾いていて、まるでイメロから作り出したマナのように性質が偏っているらしいからちゃんと起動するのか不安なところではあるのだが……とりあえず必要な条件は全てそろっている。
そう、あとはガガスチムさんという強大な相手を前に実践あるのみなわけなのだが……剣を手にしたオレはふと気が付く。
高出力形態ってどうやって起動させるんだ?
『そぅらっ!』
オレたちを薙ぎ払うように振られた金属の柱が地面を削りながら爆速で迫る。サイズ的には柱というかもはや壁のそれを、他のみんなを風で上に飛ばしながら回避する。
ローゼルさんがいたら絶対防御の氷で避ける必要もないかもしれなくて、チーム戦の時には防御系の援護をしてくれる人というのは大事なんだなとしみじみ感じるが……あいにく今のチームにそれができる人はいない。
でもだからと言って、今のオレたちじゃどうしようもないというわけではないのだ。
「行く、よ!」
特に打ち合わせもなくいきなり風で飛ばしても空中で体勢を整えるみんなの中で、さらに銃まで構えたティアナが拳銃を連射する。
『バッハッハ、そんなちっこい弾がわしに通じるとでも――おお?』
空中のオレたちを叩き落とそうと右腕で持つ金属の柱を振りかぶろうとするも、急に柱が重たくなったかのように動かなくてふらりと姿勢を崩すガガスチムさん。
発射した銃弾を一瞬でワイヤー上に変形させて相手を拘束するティアナの技。勿論普通にやったら魔法生物相手には貧弱な鉄線だが、魔眼ペリドットで力の起点を見極め、そこを抑える事で怪力の持ち主相手でも動きを制限できる。
それでも限度はあるわけだけど、一瞬の隙を生むには十分なのだ。
「『アディラート』っ!」
「『ヒートレーザー』っ!」
回転剣の連続射出とアンジュのレーザー攻撃をふらついたガガスチムさんへ集中砲火。刻んで焼いてと中々に恐ろしい攻撃だが、あの巨体にどれほどの効果があるのか……!
「あたしたち息ピッタリだねー。カンパニュラ家も安泰だねー。」
反応に困るアンジュの呟きを聞きながら着地するオレたち。なんとなくティアナにジトッと睨まれながらガガスチムさんの方を見るが……これはちょっとショックだな……
『うーん、なかなかやる! わしはクロドラドみたいに動けんし人間からすれば巨大な的だから大抵の攻撃を受けてしまうが、今までの経験の中でも上位に入るいい攻撃だったぞ!』
うまいモノを食ったぞーというようにお腹をバシバシ叩くガガスチムさんは……完全に無傷だった。
「うわー、人間相手ならハンバーグになりそうな攻撃なのにねー。火傷も切り傷もないよー。」
「むぅ、強化魔法を使っているのか、そういう身体なのか……マリーゴールドさん、どうかな。」
「まだ、どっちかはわからない、けど……さっき、試しに撃った銃弾は……カキンって、弾かれ……ちゃった……」
「オレの剣も、半分は折れたよ……」
プリオルからもらった増える剣じゃ傷一つつかないけど、マトリアさんの剣――ベルナークの剣ならあるいはダメージを与えられるだろうか……
いや、効果があってもあの巨体からしたら針が刺さった程度のダメージにしかならないような気がするな……ノクターンモードで使える吸血鬼の「闇」をまとわせて巨大な剣にすれば違うかもしれないけど……正直、ミラちゃんの血はここでは使いたくない。
この前の交流祭の時はマーガレットさんと全力の勝負をしたかったっていうのと、そもそもどれくらいの力を引き出せるのかという実験の面もあった。結果すごい力を出せたわけだけど、だからこそミラちゃんの血は緊急時用に取っておきたい。いつまた、ラコフのような敵に遭遇するかもわからないのだから。
それにオレたちは対魔法生物戦の勉強をしに来ている。ガガスチムさん的には全力で挑んで欲しいだろうけど……勉強途中の騎士の卵としては普段の力で挑むべきだと思うのだ。
……んまぁ、ベルナークの剣の真の力を試すとなると、その前提はひっくり返ってしまうから悩ましいところなのだが……
『まだまだこんなものではないだろう! もっと見せてみろ!』
クロドラドさんのようには動けないとは言うものの、その巨体で軽々とジャンプしたガガスチムさんが金属の柱を構えながら上空から迫る。
「それじゃーもー少し出力を上げてみようかなー。」
アンジュがパチンと指を鳴らし、オレたちの頭上――ガガスチムさんの目の前に特大の『ヒートボム』を出現させる。
『おお!?』
「ロイド!」
「りょ、了解!」
全員を緊急回避用の突風にのせてその場から移動させると同時に空中の『ヒートボム』が起爆、スタジアム内に爆風が吹き荒れた。
ヴィルード火山の影響で火の魔法の威力が増大している今、あの大きさの『ヒートボム』の破壊力は凄まじいはず――
『今のもなかなかだ!』
煙の中で再びの爆発。それと同時にガガスチムさんの巨体が砲弾のように迫って――
『ほうわっ!』
勢いそのままに金属の柱を振り下ろした。
多少はダメージがあるだろうかと期待している中での即座の反撃。気づいた時には金属の柱が目前に来ていて、これはこの闘技場もろとも粉々かと思ったのだが――その攻撃が地面を砕くことはなかった。
「『ブレイブアーップ』ッッ!!!」
超人的な反射神経でオレたちを守るようにガガスチムさんの攻撃を受け止めたカラード。まとった全身甲冑を金色に輝かせ、正義の騎士は三分間の全力全開に入った。
『ほう! この攻撃を止めるか!』
「おおおおおおおおっ!」
咆哮と共にランスを振り払い、そのままガガスチムさんを押し返す。その巨体からは想像できない身軽さで空中で一回転して着地したガガスチムさんは、アゴに手をあててニヤリと笑う。
『これはこれは……いいじゃないか鎧の人間! その力、直に受けるとしよう!』
そう言うとガガスチムさんは両手の金属の柱をその場に突き立て、拳を握ってボクサーのような構えになる。
『ボンッバァーッ!!』
そして――まるでエリルのように、肘から出ていた炎が勢いを増してジェットのように噴き出し、その勢いでこちらに吹っ飛んできた。『ヒートボム』を受けた後にいきなり飛んできたのはこれか……!
「――! 打ち抜け! ブレイブブロオオオオオオオウッ!!!」
爆速で迫り、勢いそのままに巨大な拳を打ち出すガガスチムさんにタイミングを合わせてカラードも拳を放つ。ネズミがゾウの足を受け止めようとするような絶望的体格差にも関わらず、両者の拳はぶつかり合った瞬間に凄まじい斥力を周囲にまき散らし、ガガスチムさんの突撃はその場で止められた。
『バッハッハ! これほどとは!』
「――っ!! ブレイブ、アップ――プロパゲイトオオォォォッ!!!」
ガガスチムさんを一瞬止めたカラードがそう叫ぶと、その足元から金色の光が地脈のようにオレたち三人の足へと伸び、オレたちはその光に包まれた。
「――! これは!」
「あー、この感じ覚えてるよー。」
「ラコフ、との戦いの時に……みんなにブレイブ、アップをかけてくれた時の……感覚……」
カラードの『ブレイブアップ』の効果をオレたちにも与える――ラコフ戦の経験で身につけたのだろう最強の支援技……!
オレたちにもかけた分、おそらく効果時間は三分よりも短い。思いがけない攻撃に対する咄嗟の『ブレイブアップ』だったと思うが――使った以上は勝負をかけるという事だな、カラード!
「ティアナ!」
「う、うん!」
金色に輝く拳銃とスナイパーライフルを左右の手それぞれに構え、二丁で連射を始めるティアナ。オレはできる限りの剣を作り、アンジュは再度『ヒートボム』を頭上に用意する。
『ほう、そちらも――む!?』
オレたちの攻撃に気づいてこっちを向こうとしたガガスチムさんだったが、既に何十と巻きついているティアナのワイヤー――『ブレイブアップ』によって強度を増したそれにからめとられた巨体はピタリと動きを止めた。
「全、開っ! 『ヒートブラスト』っ!!」
その瞬間、さっき放ったのも相当な規模だったのにそれを遥かに超える熱量で、かつ頭のサイズくらいまで圧縮した高密度の『ヒートボム』から熱線が放たれる。
『ぬおおおおお!?』
個人が放ったとは到底思えない大出力の攻撃を、拳を放った後の姿勢で止まっていたガガスチムさんは無防備なお腹に受ける。さっきは何て事もないような顔をしていたけど、その余裕の表情に歪みが混じる。
そして攻撃はまだ終わらない。アンジュの『ヒートブラスト』の収束に合わせて用意していた曲芸剣術の槍を放つ。
「『グングニル』っ!!」
黄金の輝きをまとった大量の回転剣を同じく強化された螺旋の竜巻にのせ、『ヒートブラスト』が直撃した場所へと間髪入れずに叩き込む。
『ぐおおおおお!?』
まるでドリルで金属の壁を掘り進むかのような音が響く。受けた事のある人からはミキサーに放り込まれたみたいだったと表現されるこの技を生身で受け止められてしまっているのはさすがの体格差というところだろうが、さっきのような無傷というわけではなさそうだ……!
「さら、に――回転っ!!」
風を追加して竜巻と回転剣の威力を上げる。『ヒートブラスト』の分のダメージもあるし、このままお腹に穴でもあけられれば身代わり水晶が砕けてこちらの勝利となる――が……
『バハ――バーッハッハッハ!! まさかこれを使わされるとはっ! 嬉しいぞ人間!』
オレの槍が突き進む音が変化する。見るとガガスチムさんの身体を……まるで皮膚の下から染み出すように金属の鎧のようなモノが覆い始め……!?
『わしの身体の中には超硬の金属のようなモノが溶け込んでいてな! それゆえの頑丈な身体なわけだが――それを全て集めてアーマーとして身にまとう事でその硬さを最大限に発揮させるのだ!』
「――! だ、だめロイドくん! すごい力であ、あたしの拘束が――」
内側から鎧をまとうというとんでもない現象の結果、一方向からの引っ張りならまだしも、縛っていたモノがいきなり大きくなるという、ワイヤー全体に力がかかってしまう状態になったことでティアナの拘束が限界を――!
「ロイドーっ!!」
数秒後には鎧をまとったガガスチムさんが拘束から解放されてしまうと直感した瞬間、オレたちが攻撃を加えている間にあの剛腕を止めた衝撃から体勢を立て直した正義の騎士が黄金のランスを構えてオレの横に立つ。
「――!! 行けカラードっ!」
「おおおおおおっ!!」
もはや貫ける気配のなくなった『グングニル』だが、黄金の一撃を後押しする道にはなる!
「射抜け! ブレイブストライクッ!!!」
カラードによるランスの投擲。黄金の一閃は回転し続ける『グングニル』の中へ入り、螺旋の風にのって直前で更なる加速。まるで杭打ち機のようなその一撃はガガスチムさんの鎧へ――
『ボォンバアァァァァッ!!!』
――届くその一瞬手前、ガガスチムさんを覆っていた鎧が内側から破裂した。
「うわっ!」
完全に想定外の爆風によって吹っ飛ばされたオレたちは、四人そろって壁に打ちつけられる。
「――っ!! 防、御っ!」
そして散弾のように飛んでくる鎧の欠片を見たオレは、全身に走る痛みを抑えつけながら周囲に風を起こしてそれらを吹き飛ばす。その風によって爆発による砂埃が一掃され、ガガスチムさんの姿があらわになった。
『バッハッハ、バーッハッハッハ!!』
一瞬だけまとったあの鎧はもうないが、ものすごく楽しそうに大笑いするガガスチムさんは、起き上がるオレたちを見て更なる満面の笑みを浮かべながら自分のお腹を指差した。
『アーマーだけでなくそのパージまでする羽目になるとはな! いわば緊急回避用の技なのだが、さっきのはそれほどの気配を感じたぞ! 実際――見ろ! わしの腹に槍が刺さっておるわ!』
サイズ感的にはちょっとした棘が刺さったくらいにしか見えないが、鎧――アーマーのパージなる爆発の中を突き進んだカラードのランスは、その先端をガガスチムさんのお腹に突き立てていた。
『あのままだったらわしのアーマーを貫いて更に奥へと突き刺さっていただろうな! 見事だぞ!』
カラードの『ブレイブアップ』によって普段の数倍の威力になっていたオレたちの攻撃は、見事とは言われたものの、ハッキリ言ってただのかすり傷に終わった。
『そして今の攻防をくぐり抜け、お前たちはまだ立ち上がる!』
散弾のように爆散した欠片が、まるで意思を持った生き物のようにガガスチムさんの下へと集まり始め、再びその巨体を覆うアーマーとなった。その色は漆黒で、頭と肘から漏れ出る炎がその圧倒的な威圧感を増大させる。
『さぁ、まだあるのだろう? これで終わりではないのだろう! 続きといこうではないか!』
結局ほとんどノーダメージで気合十分のガガスチムさんを横目に、オレはみんなを見た。オレ自身もそうだが、身体を包む金色の光が無くなっている代わりに全員無事だ。
だが……
「『ブレイブアップ』は不意の爆発に集中が途切れて解除してしまったが、再びの発動は可能だ。ただ、今の攻撃と『プロパゲイト』で力をかなり使ってしまったから残りは十秒かそこら。最後の一撃の一押しくらいなら手伝えるだろう。」
「あ、あたしは、負荷もそんなにたまって……ない、から、動ける……けど、『変身』じゃあんまり、攻撃の意味がない、から……さっきと同じだけど、え、援護するよ……!」
「あたしもそんなに疲れてないし、魔力の貯金もあるけどー……正義の騎士くんの強化があっても全然だったからねー。あんな鎧着られたら大したことはできそーにないけど、一応やれるよー。」
「……みんな……何というかすごいね……今の攻撃で傷があれだけなんて、心が折れそうなモノなのに……」
正直オレはどうすりゃいいんだこりゃというため息しか出ないからみんなを尊敬したのだが……何故かみんなは不思議な顔をした。
「一番ヤル気のロイドが何を言っているのだ?」
「えぇ?」
「だ、だってロイドくん、そ、それ……」
ティアナが指差したのはオレの手元。そこにあるのは風で回転させていないから握っているマトリアさんの剣――ってあれ?
「ふっとばされて立ち上がったらそんなんなんだもん、ロイドはまだまだヤル気なんだなーって思ったんだけどー?」
左右の手に握ったマトリアさんの双剣。どこにでも売ってそうなシンプルなデザインの剣が二本ってだけの、見た目には何の変哲も無いその武器が、いつの間にか見たことのない形へと変わっていた。
交流祭でラクスさんが見せたベルナークの剣の真の力。その時に出現した巨人と同じ青色をした、透き通るようなキレイな両刃の刀身。シンプルだったはずのつばは少し曲線の混じったスタイリッシュな形になり、柄にはより握りを意識した形状になりつつも鮮やかな模様が入っている。
芸術品と実用品の間にいるような、むしろ双方を極めたような、そんな剣がオレの両手に握られていた。
「ま、まさかこれが……ベルナークシリーズの真の力――高出力形態……?」
「? なんだロイド、自分でそうしたんじゃないのか?」
「いやぁ……いつの間にやら……オレ、高出力形態の起動のさせ方をマトリアさんに聞き損ねたなぁって思ってたくらいで……」
「ぐ、偶然起動、させちゃったんだね……でも、その剣ならもしかしたら……」
「交流祭の時のカペラの人のは何でも斬れるってなってたしねー。あの鎧も軽々斬れちゃうんじゃないのー?」
「ど、どうかな……でもまぁ……折角だし、やってみるよ。」
見慣れないけど手へのフィット感はこの上ない剣を手に、オレはみんなから数歩前に出る。
とりあえずラクスさんの時みたいに巨人は出てきていない。ということは武器によって高出力形態時の力は違うと見るべきだろう。どんな力かわからないし、一応みんなから距離を取って……
『ほう! 何やら妙な武器を手にしたと思ったら今度は単身でわしに挑むのか! 熱いな、人間!』
……何やら変な誤解をされたけど……とりあえずいつものように回転を――
「――ってうわっ!?」
瞬間、奇怪な事が起きた。
『おお、これは!』
「ロイド、今のは……」
前方のガガスチムさんと後方のカラードから驚きの声があがる。ガガスチムさんが立っている場所からほんの少し横にそれた場所に斬撃の跡があり、振り返ればカラードたちの近くにも同様の跡がある。加えて剣を回転させた手の真下にも跡があって……それらは一直線につながっていた。
まるで、とんでもなく長い剣を回転させた跡のように。
『バッハッハ、随分と愉快な剣だな! 楽しませてくれる!』
ジェット噴射による加速。アーマーをまとっても元々体内にあったというのなら身体の重さは変わらないわけで、一層見た目に反した爆速で迫るガガスチムさん。
剣の力は戦いながら見極めるしかない――!
「――っ!」
突風でその突撃を回避しつつ、プリオルの剣を増やす。その際、手を叩く為にマトリアさんの剣を一瞬宙に放り投げたのだが、高出力形態が元に戻るようなことはなかった。どうやら握り続ける必要はな――
『ボンバァァァッ!』
回避したと思った突撃は……本当にエリルの『ブレイズアーツ』にそっくりだが、再度の噴射で直角に曲ってオレを追う。くらったら空の彼方へと飛ばされそうな巨腕のパンチを上空から吹き下ろした風でギリギリ回避する。そうして拳を振り切ったガガスチムさんの懐に入ったオレは――能力がわからないから回転させるのがちょっとこわい青い剣で斬りかかった。
アンジュが言ったみたいな切れ味があるかどうかの確認の意味でそうしてみたのだが――さっきと同様の奇怪な現象が起こる。
『ぬおお!?』
オレが狙ったのはガガスチムさんのお腹のあたり。しかし斬撃は剣を振っている途中から発生し、刀身の延長線上にあるガガスチムさんの二の腕あたりに切れ込みが入り始め――
「はあぁっ!」
振り終わった頃には、これまたまるで特大の剣で斬りかかったかのように、ガガスチムさんのアーマーの腕からお腹、脚にかけてその表面を走る長い斬撃の跡を残した。
『バッハッハ! とんでもない切れ味の剣だな!』
さっき『グングニル』でも全く破れなかったアーマーを、深さとしては数センチ程度だが確かに斬ることができた。ベルナークシリーズの切れ味は抜群だという話だが、こんなにすごいのか……!
そしてこの剣の力は――
「もしかして……」
着地したオレは、半信半疑に剣を誰もいない方へ振る。するとただ空を切るはずが、数メートル先の地面に傷跡を残した。
「……!」
『イマイチ間合いがわからんが――これでどうだ!』
オレと同じように着地するかと思いきや、ジェット噴射で宙に浮いたままのガガスチムさんがその場で――シャドーボクシングのように、オレの方を向いてはいるが何もないところで拳を振った。瞬間、その拳から……頑張って表現すると、炎をまとった衝撃波が放たれた。
しかも――でかい! ただでさえ大きなガガスチムさんの拳を更に数倍巨大化させた炎――これはかわせない……!
「――この剣が想像通りならっ!」
半分賭けで、オレは右手に握ったマトリアさんの剣を離し、風で回転させて盾の用に前に出した。
『むお!?』
外見的には、迫る炎に比べると貧弱極まりない小さな剣がクルクル回って炎の前に浮いているだけの光景。しかし炎が剣に触れるや否や、その衝撃は剣を中心に広がっている巨大な見えない壁に阻まれて周囲に散ってしまった。
しかも、その見えない壁はスタジアムの端から端まで届いているらしく、片側の壁から反対側の壁まで、オレが立っている闘技場部分の地面を経由して一直線の斬撃の跡を刻んでいた。
『なんという速さの回転! 押し切るはずの衝撃が一瞬でかき消されたわ! なるほど、これほどの回転ならば先の黄金の一撃を実現したのも頷ける!』
ズシンと地面を揺らしながら着地したガガスチムさんはバシンと自分のお腹を叩く。するとさっき入れた切れ込みが、まるで傷口が治っていくように塞がった。
とりあえず……なんとなくこの剣の力がわかってきた。
剣を振ると間合いの外にまで斬撃が届く。カマイタチのようなモノを飛ばしているのではなく、実際にそこまで刀身が伸びているのだ。
おそらくこの青い刀身の先にもう一つの見えない刃があって、それが剣を振る時に伸びるのだ。普通に振った時と回転させた時で伸び具合が違うようだから、たぶん振る速さに比例する。
そしてその見えない刃はガガスチムさんのアーマーに軽く切れ込みを入れるほどの切れ味を持っている。さすがに空間を切断してしまったラクスさんの青い巨人とまではいかないけど、十分すぎる鋭さだ。
どれくらいの強さで振るとどれくらい伸びるのかとか、もしかしらた自分の意志で伸縮を操れたりするのかもしれないとか、色々とわからない事は多いけど強力な武器であることは確か……あれ?
『バッハッハ、さっきからいいものばかり見せてもらっているからな! わしも一つ、気合いの入った技を披露しよう!』
オレが剣の特性を頭の中で整理している間に、ガガスチムさんのシルエットが変わっていた。
全身を覆っていた漆黒のアーマーが変形して右腕に集まり……何やら機械的な、無数の噴射口がくっついた巨大なガントレットを形作っている。しかも奇妙な事にその噴射口は逆向きで、拳の方に口が向いている。あれじゃあパンチというよりは肘打ちの威力を上げるような方向だ。
『ぬおおおお!』
言葉の通りに気合いの入ったふんばり声と共に、右腕のガントレットに――オレでもわかるくらいの特大の魔法の気配が集まっていく。一体どれほどの温度なのか、周囲の空気を歪ませながら、噴射口の奥に赤い光が見えはじめ……
あ、違う。あれは噴射口じゃなくて――砲口だ。
「ロイドー。」
さすがに回転剣じゃ防げないかもと思った時、剣を握る左右の手をアンジュが後ろからつかんだ。
「ど、どうしたの?」
「逆にチャンスかもだよー。これ使ってねー。」
なんのことらやわからずにいると、アンジュの手から熱が伝わりはじめた。それはオレの手を介して剣へと渡り、マトリアさんの剣が熱を帯び始めた。
「これをねー……」
ひそひそと使い方を聞いていると、ガガスチムさんが右のガントレット――大砲をオレたちの方に向けて狙いを定める。
『我が焦熱の一撃、受けてみるがいい!』
充填完了、臨界を超えた莫大なエネルギーが放たれようとした瞬間――
「はっ!」
アンジュの指示に従い、オレはマトリアさんの剣を――その砲口へ向けて飛ばした。
『ボンッバァァァァッ!!!』
閃光、そして衝撃。轟音と共に広がった破壊は一瞬で闘技場部分を飲み込んで、あたしたちや他の貴族、魔法生物が待機してる観客席っていうか部屋の全てを粉砕してスタジアムを内側から消しとばす勢いだったけど、ランク戦みたいにあたしたちを守る魔法が部屋の外で発動してそのとんでもない衝撃波を抑え込んだ。
「ふふふ、ガガスチムは手加減を知らないからね。あの砲撃が放たれる度にスタジアムが大地震さ。」
フェンネルの呆れ顔からしてどうもワルプルガじゃ恒例の光景みたいだけど……この威力、さすがにロイドたちの身代わり水晶が砕けたんじゃないかしら……
「あぁ! ロイくん大丈夫かな! きっと怖い思いしたからボクがギュッてしてあげないと!」
「あー、おれらと違ってこんな攻撃じゃ痛みを感じる間も無く水晶が吹っ飛んだんじゃねぇーか?」
「ふふふ、そうかもしれないね。けれど……少し妙だね。威力はともかく、なんだかいつもの砲撃と爆発の仕方が違うというか……」
「ふむ……そういえばアンジュくんがロイドくんに何やら耳打ちをしていたな。砲撃の一瞬前にも回転剣が飛んだような……」
『オホンオホン、毎度の事ながらガガスチム様が技を撃ちますと何も見えなくなってしまいますので、備え付けの風の魔法を発動させます。』
立ち込めてた煙が扇風機に飛ばされるみたいに無くなっていって……最初に見えたのはロイドたちだった。
ロイドとティアナとアンジュの三人が壁際で瓦礫の上に倒れてて、遠目には気絶してるように見える。一人だけ動けてるカラードは右の肩を押さえながらふらふらと、そんな三人に近づいて……声をかけてるみたい。
「見ろ、ロイドくんたちの身代わり水晶を。」
ローゼルに言われてそっちを見ると、倒れてる三人の像は粉々に砕けてて……カラードのは右腕が二の腕の辺りで折れてた。
「ふふふ、これは単純に装備の差かな。カラードくんの甲冑は見た目通り防御力が高いからね。」
「いやー、にしたって今の爆発を甲冑だけで乗り切れるかは微妙だぜ? 動けてるってことは『ブレイブアップ』を使ったんじゃねーみてーだから、ロイドが風で覆ったとか『プリンセス』が爆発である程度相殺したとかじゃねーか?」
「むぅ、実際のところはあとで聞いてみるとして、あちらさんはどうなったのか……」
煙の向こうに巨大ゴリラのシルエットが見えてきて、それが壁際で座り込んでる感じだったからもしかしてって思った瞬間――
『バーッハッハッハ!』
……あの笑い声が響いた。
『ブックックック、バハ、オホホホ!』
しかも変な笑い方になるくらいの大爆笑……
『いやーまいった! まさかそんな手があるとはな! 創意工夫に関しては知能の扱いの長い人間の方が一枚上手と見える! バッハッハ!』
ぬいぐるみみたいな座り方で爆笑するゴリラなんだけど、その右腕は――ガントレットは、ひどい有様だった。
キャノン砲みたいになってたそれは全体的にめちゃくちゃで、変な方を向いてる砲身はその全部が内側から破裂したみたいになってる。まるであのキャノン砲が暴発したみたいに……
……暴発?
「まさか、ロイドが最後に飛ばしたのって……」
「ふふふ、どうやら砲撃の暴発を狙ったモノだったようだね。」
同じ考えに至ったらしいフェンネルが、驚きつつも感心するような顔でそう言った。
「銃でも大砲でもビーム砲でも、その威力が最も高いのは発射の瞬間だ。同時に、それらを放つ砲身に最も負荷がかかる瞬間でもある。ガガスチムが砲撃を放つ瞬間、おそらく『ヒートボム』のような爆発する魔法を仕込んだロイドくんの剣を砲口から内側へ侵入させ、発射と同時に起爆するようにしたのだろう。結果、予期せぬ内側からの圧力に負けた砲身は暴発し、たまったエネルギーが周囲に爆散したのだ。」
「ふむ、その結果砲撃そのものの直撃は免れたが……暴発の衝撃でロイドくんたちはノックアウトし、唯一カラードくんだけが残ったと。だがその暴発を最も近くで受けたのはあちらのはず……もしかすると相当な深手を――」
『まったく、わしの一撃を暴発させるとはな! おかげで腕が痛むぞ!』
「……どうやら腕を痛めただけみたいね……」
なんなのよあのゴリラ。ロイドたちの必殺技を全部受けたくせにケロッとして……反則じゃないのよ。
『だが結果――どうだ! 人間側に一人、立っている者がいる! さすがはフェンネルの――いや、これこそがお主らの実力なのだな! いや天晴れ! わしは満足だ!』
そう言うと、ゴリラはロイドたちに背を向けて出口の方へと歩き出した。
『あ、あのガガスチム様? これは……』
『バッハッハ! わしの炎を受けてなお立ち上がる若き戦士を! 指弾きの一発で終わるであろう満身創痍を! だからと言って弾くような無粋者にわしはなりたくないのでな! これは敬意、そして賞賛だ! この勝負、人間側の勝利よ!』
そんな展開にビックリしてる……かどうかはヘルムがあるからわかんないけど、立ちつくすカラードを置いてけぼりにして、ゴリラは闘技場からいなくなった。
「はぁ……すごかったなぁ……」
「何においてもスケールが違ったな。挑むとしたらチーム戦が前提……なるほど、対魔法生物戦において騎士団や軍が編成されるわけだな。」
「あのアーマー、とか、お、面白い……身体だったね……『変身』で、マネできる、かな……」
「んふふー、ロイドとあたしの華麗なコンビネーションを披露できたし、あたしも満足だねー。」
しばらくして戻って来たロイドたちは、さっきのあたしたちみたいに……その、恐怖は感じてなかった。やっぱり一瞬の事だったからかしら……
「しかしロイドくんは危ない橋を……いや、アンジュくんが渡らせたというべきか。」
「なにがー?」
「最後の暴発だ。ロイドくんの剣に魔法をかけて飛ばすのが一番速いというのはわかるが、しかしあんな爆心地に剣を放り込んで、もしも砕けてしまったらどうするのだ。もう一方の増える剣ならともかく。」
「手を叩いて剣を増やしてっていう時間はなかったからねー。それに天下のベルナークシリーズの、しかも本気モードだよー? 壊れるわけないよー。」
「むぅ……実際どうなのだ、ロイドくん。」
「えぇっと……焦げも傷も何もなくて新品みたいだよ……」
すらっと引き抜かれた剣は普通のどこにでもありそうな形に戻ってる。
「むしろもらった時よりもピカピカというか……」
「ふむ、もしや高出力形態にするとその辺りのダメージがリセットされるのかもしれないな。」
「……便利な剣ね……あんたが使う剣って全部手入れいらずじゃないのよ。」
「言われてみれば……あれ、オレ、このままだと武器の手入れもできない騎士に……」
「必要とあらばわたしが未来の夫に手取り足取り教えるが……あの爆発を受けて無傷とは、おそろしい頑丈さだな。」
「あんたねぇ……」
「頑丈さもやべーけど、真の力がすごかったな。結局何がどうなってんのか俺にはさっぱりだったぞ。」
「遠くのモノを斬ってたから、なんか位置魔法みたいだったね! ボクとおんなじ!」
「商人ちゃんには残念だけど、近くで見た感じ、あれって剣が伸びてたんじゃないのー?」
「う、うん。たぶん青い刀身の先に見えない剣があって、それが伸びるみたい。振りの強さで伸び方が変わるから回転させると――あれ? でも最後にガガスチムさんの砲口に向かって飛ばした時は周りを斬らないで砲身に入って行ったような……」
「ああ、それはおれも思ったな。壁から壁まで斬っていたのに、最後はそうなっていなかった。もしかすると、砲口という狭い場所に入れるイメージで飛ばしたから伸びなかったのではないか?」
「伸びるのと、伸びないのを……コントロールできる、のかもしれないね……」
「なるほど……というかその前に、オレはどうしていきなり起動したのかを知りたいよ……」
「はぁ? あんたが自分でやったんじゃなかったの?」
「オレ、起動のさせ方知らないんだよ……なんか突然ああなったんです……」
「ふむ、ついうっかりとはロイドくんらしいが、ではまずはその方法から調べないとだな。ベルナークについて色々と調査していたパムくんやフィリウス殿なら知っているんじゃないか?」
「そうだね……聞いてみるよ。」
「つーかロイドよ。」
「うん? なんだストカ。」
「その剣って秘密の武器だったんじゃねーのか?」
そう言いながらストカが指差した先を見て、あたしたちは「あ」って呟いた。
「ふふふ、そろそろ聞いてもいいかな?」
普通にベルナークの剣について話してたけど、この場にはフェンネルがいるんだったわ……!
「ふふふ、ガガスチムの強さは見慣れているし、さっきみたいにあっさり負けを認めたりするのもああいう性格だって知ってるけれど、その剣についての情報は無かったね。」
困ったように笑いながらロイドが持ってる剣を覗き込んだフェンネルは……ちょっと真剣に困った顔になった。
「ベルナークの……それも剣とはね。」
ベルナークの剣をロイドが持ってる。たぶん、これ自体は……そんなに秘密じゃない。どうせいつかは人前で使うだろうし、それがたまたま、ロイドのうっかりでこんなイベントで真の力も一緒にお披露目ってなっちゃっただけ。
問題なのはこの剣をどうやって手に入れたか。ヴィルード火山の中から取り出したなんて言ったら、なんでそこにあるってわかったのかとか、どうやってマグマの中に入ったのかとか、色々聞かれるとロイドのご先祖様や魔人族の事を話すことになっちゃう。秘密っていうなら、こっちだから……その辺をしゃべらなきゃ大丈夫のはず……よ……
「三種類あると言われている剣。一本はフェルブランド王国一番の武器屋に保管され、一本は『豪槍』、グロリオーサ・テーパーバゲッドの弟が持っていると聞く。そしてその弟はまだ学生で……今まで形状も謎だった三本目がロイドくんの……これまた学生の手元にあると。うん、確かにできるだけ秘密にしたい事だね、これは……」
……? なんかストカの言った秘密の意味合いを勝手に解釈したわね……
「言うまでもなく、ベルナークシリーズは強力な武器だ。それを……最前線で戦っている現役の騎士ではなく学生が所持している――面白く思わない人は多いと思うよ。」
言われてみればそうだわ……剣に関しては、一本も現役の騎士の手にはないってことだし……国王軍とかが持つのが自然よね……
「んー? それは確かにそーだがよ、そしたらあの武器屋に飾ってある一本はなんなんだ?」
「おや、飾ってあるのかい? 具体的な管理方法までは知らないけれど、フェルブランドはその一振りを切り札のように扱っているのだろうね。でもだからといって王城の保管庫でほこりをかぶせておくよりは、武器の専門家に日々のメンテナンスを任せるというのは理解できることだよ。」
「おお、なるほどな。」
「しかしその一本はともかく残り二つを学生が個人持ちとは、他国の者として言うとフェルブランドもなかなか思い切っているね。しかも結局のところベルナークの剣は三つともフェルブランドが持っているとは、少し上の方が荒れそうだね。」
……本当のところを言えば、この三本目はつい昨日までこの国にあったわけなんだけど……
「しかしまぁ……きっとこれも「どこでこれを?」とは聞かない方がいいのだろうね。そこのフードの女性といい三本目のベルナークの剣といい、未来の当主様は秘密が多いね、アンジュ。」
……こっちとしてはありがたい反応だけど……この変態男、随分あっさりと納得したわね……
「きっとあたしも知らない事がまだたくさんあると思うんだよねー。」
「えぇ……な、ないですから、そんなの……というか当主……」
「ふふふ、ちなみにベルナークシリーズの真の力……高出力形態と言っていたかな? あれの起動方法は持ち手にある紋章に指をあてる事だよ。」
「は? な、なんであんたが知ってんのよ……」
「ふふふ、これでも騎士の端くれだからね。ベルナークシリーズを追い求めた時期もあるのさ。そういう経験のある者なら誰でも知っているよ。」
「ふむ……ロイドくん、やってみたらどうだ?」
「紋章……ああ、これかな……」
「あー今は無理だと思うぜ。」
持ち手のところに紋章を見つけたロイドからヒョイと剣を奪うストカ。
「今はマナがすっからかんだぜ、これ。充填しねーとダメじゃねーか?」
「充填? おや、ベルナークの真の力はそういう仕組みなのか。なるほど、それで昨日の手合わせでは使わなかったんだね。」
ああ、また勝手に納得してくれたわ……
でもやっぱり……ここまで無関心っていうか、あたしたちに説明させないで一人で納得ってなると、ちょっと秘密を秘密のままにし過ぎのような気もしてくるわね……
「……あんた、それでいいの……?」
ふと浮かんだ違和感が気持ち悪くて、あたしはそんなことをフェンネルに言った。
「? どういう意味だろうか。」
「ストカの秘密……そいつが何者かってのを聞かないのは……まぁいいわよ。でもあんた、さっきベルナークシリーズを追い求めたって言ったじゃない。そのベルナークが今目の前にあるのに、「どこでこれを?」って聞かない方がいいだなんて……逆に変だわ。」
あたしの言葉に、フェンネルは……これまた困った顔をする。
「むぅ……そのままにしておけば流れただろうに、そういうところが熱血主人公だというのだぞ、エリルくん。」
「うっさいわね。」
「んまぁ、そういうとこもエリルのカッコイイところだから。」
「む!? まさかエリルくん、そっちの方向でアピールを!?」
「う、うっさいわね! で、どうなのよ!」
あたしの質問に、フェンネルは……ストカを横目にこう答えた。
「彼女は……魔人族、なのではないか?」
「ん、おいロイド、バレたぞ。」
「おま……あっさり認めるなよ……」
「誤魔化すの苦手なんだよ。ロイドがやっといてくれ。」
「今さら遅いわ……」
ストカとロイドのやり取りに、フェンネルは大きくため息をついた。
「……気がついたのはついさっきでね。初めは何か訳ありの生徒かなぁくらいにしか思っていなかったのだけど、身代わり水晶の件で一気にわからなくなって……エリルさんたちの試合の途中でふと、ね。目撃情報によると彼らは夜にしか活動しないらしく、そしてストカさんは窓に近づかなかった……」
「……ストカが魔人族なのと今のは関係あるわけ……?」
「ふふふ。ロイドくんたちが隠している事が魔人族絡みだとわかってしまったからね……単純に……聞けなくなったのさ。怖くてね。」
「怖――は?」
なんか予想もしてなかった答えが来たわね……
「え、師匠って魔人族怖いのー? この国じゃー魔人族っていい人でしょー? よくおとぎ話に出てくるしさー。」
「ふふふ、確かにね。けれど僕は……会った事があるんだよ。怖い――魔人族にね……」
「え、それって……」
フェンネルの話になんでか反応したロイドは、いきなりこんな事を聞いた。
「ち、違ってたらあれですけど……紅い八つの眼を持つ蜘蛛みたいな魔人族では……?」
「!」
ロイドの言葉に、フェンネルが驚愕する。
紅い八つの眼で蜘蛛って……スピエルドルフでアフューカス側にいた奴じゃない。
「……マルフィを知っているのか……ふふふ。」
今までの感じからは想像のできない驚き顔に乾いた笑いを乗せて、フェンネルは数歩後ずさる。
「ベルナークの剣よりも驚きさ……基本的に十二騎士にしかその存在が知らされない魔人族を……ふふふ、だけどまぁ、ストカさんが魔人族というのなら、そちらのつながりで情報は来るのかな……」
「まーマルフィっつったらスピエルドルフじゃ最悪の犯罪者で有名だかんな。うちらで知らない奴はいないと思うぜ?」
「スピエルドルフ……! そうか、ストカさんは夜の国の……そういえば聞いた事があるね……唯一、今の《オウガスト》――フィリウスさんはあの国とのつながりを持っていると。その弟子であるロイドくんならば……ふふふ、納得だね。」
「師匠は――マルフィに襲われたことがあるのー?」
「ふふふ、違うよ。彼――いや、口調的には彼女だったか。とある戦場で……きっと彼女からしたら通りすがったところで僕たちが戦っていたくらいの状況さ。そんな彼女は……周囲を飛び回る羽虫を叩くように、僕の側や相手側の騎士を……殺して歩いて行ったのさ……」
すごく嫌なモノを思い出して……そんでもってさっきのあたしたちみたいに恐怖を浮かべた顔で話すフェンネル。
「凄まじかったよ……心強い味方も、苦戦していた相手も、彼女が歩いた道に積まれていく……魔人族としての能力なのか魔法なのか、何をしているのかも理解できない、圧倒的な実力差……あれが魔人族なんだと……人間も魔法生物も超えた最強の種族なんだと……ふふふ、それからというモノ、僕はこの国のおとぎ話を楽しめなくなったのさ。」
……思えば、あのトカゲとかゴリラが強いって認めるようなすごい騎士が貴族の家のお抱えでとどまってるのが不思議と言えば不思議なのよね。さっき名前が出た『豪槍』みたいにもっと有名になってもいい気がするのに、そうなってない。
たぶんこのフェンネルっていう騎士は……
ふと、頭の中で合点がいった。致命的なためらいで命を落とした若い騎士、そしてついでのように語っていた……死の恐怖で戦えなくなってしまった騎士。そういうモノをたくさん見てきたと言い、オレたちにそうならないようにと教えてくれているフェンネルさんは……それらをただ見ただけじゃなく、実際に体験――したのではないだろうか。
命を落としたというのが本人の経験なわけはないが、例えば友人がそうだったとか……戦えなくなった騎士がフェンネルさん自身の事を……指していたり……
そしてもしかすると、後者の方の原因はマルフィ……魔人族、だったりするのでは……
「ふふふ、湿っぽい話になってしまったね。僕もまだまだ未熟という事さ。」
「……えぇっと……あの、ですね……」
んまぁ、本当のところはフェンネルさんのみが知るところだけど、それはそうと魔人族の友達がいるオレだからなのか、魔人族が魔人族というだけで恐怖の対象というのは……なんだか嫌だった。
「マルフィ……が、どれだけ恐ろしい事をしたのかは……その、話を聞いただけじゃ本当のところでは理解できていないと思うんですけど……でも、オレたち人間みたいに良い奴と悪い奴がいるので――魔人族という理由だけで怖がるのは……少し、悲しいです……」
オレがそう言うと、少しだけストカを見つめたフェンネルさんは「やれやれ」とため息を吐く。
「……ふふふ、そうだね。しゃべる魔法生物の知り合いがいるというのに、僕の偏見は恐怖で凝り固まっているようだ。魔人族とこういう形で出会えたというのに、狭い視野で全く……情けないね。」
「そーだぜ。」
フェンネルさんが自嘲気味に笑うと、ストカがズイッと一歩前に出て指輪をトントンと叩いて――っておい!
「俺をあんな犯罪者と一緒にすんな。」
セイリオスの制服を着た赤毛の女の子という姿が……そう見せていた指輪の魔法が解除され、黒いローブを羽織ってフードを目部下にかぶったドレス姿――サソリの尻尾のはえた女の子の姿になった。
「あいつはアラクネ、俺はマンティコアだ。」
見慣れているからオレはあれだけど、服装はともかくいきなり目の前の女の子から人間を一巻きしてそのまま潰せそうな大きさのサソリの尻尾がはえたらさすがに――
「――!! サソリ……!?」
――フェンネルさんも驚いて数歩あとずさった。
「あん? だからマンティコア――」
「いやストカ、ツッコミどころはそこじゃねぇっていうか――み、見せてよかったのか!?」
「魔人族ってバレたんだし、いーじゃねーか。」
「い、いいのか……」
「魔人族!」
伸びをするように尻尾を伸ばすストカを見て……そういえばずっといたんだけど騎士関連の話には混ざれなかったのか、アンジュのお父さんであるカベルネさんが嬉しそうに手を叩いた。
「フェンネルの経緯は聞いていましたが、個人的にはいつかお会いしたいと思っておりました! いやはや、このような形で願いが叶うとは!」
「と、当主様? 僕の話を聞いてもまだそんな風に思えていたんですか……?」
フェンネルさんの若干引きつった顔を横目に、カベルネさんはストカに近づいて握手を求める。
「私は生まれも育ちもこの国ですからね。読み聞かされたおとぎ話に出てくる魔人族の方々には、マルフィという者の話を聞いてもなお憧れがありました。改めまして、カベルネ・カンパニュラといいます。」
「んあ……ストカ・ブラックライト……つーか、俺はこの国に来たの初めてだし、そのおとぎ話に出てくるっていう奴とは全然違うぜ?」
「それでも、こうして友好的にお会いできる方がいるという事実がおとぎ話を実話に変えるのです。ああ、いつか私も夜の国へ行ってみたいものです。」
目をキラキラさせるカベルネさん。どうやら思っている以上にこの国では魔人族の……扱い? が友好的らしい。
「ふふふ、当主様の方がよほど、だね。ならば僕も……ロイドくん、そのベルナークの剣はどこで手に入れたんだい?」
ああ……そう、こうなる。エリルの熱血っぽさによって流れようとしていた疑問をフェンネルさんが投げかけるのは当然だ。しかし、魔人族への偏ったイメージを何とかしようと話し始めた時にそれに対する答えは考えておいた。
「その……魔人族から譲り受けました。」
「ふふふ、なるほど。」
嘘ではないのだ。魔人族であるヴァララさんとストカの協力によって回収したのだから……捉えようによっては魔人族からの贈り物的な……感じになる……のだ。
「どうりで見つからないわけだね。となると、今回のワルプルガに合わせてそちらのストカさんが持ってきた――という感じかな。」
「そ、そんな感じです……それで……ストカはあんまり国の外に出ないからって、もう少し滞在する事になってここにいるのです……はい。」
「ふふふ、しかしまぁとんでもない人脈だね。ベルナークの剣そのものよりも、それをスピエルドルフから贈られるという関係性が驚きさ。フィリウスさんは想像以上に彼らと友好的なパイプを持っているのだな。」
……確かにフィリウスの繋がりが最初のキッカケなのだが……次の王様にとか言われてしまっているのは黙っておこう……
「ふふふ、まぁその辺りの詳しい話も聞きたいけれど――まずはガガスチムに勝利して見事星を得たことだ。少し遅れたけどよくやってくれたね。よい勝負だったよ。」
「勝利……なんですかね……」
「ガガスチムはああいう奴で、それは他の貴族も理解している。つまり、ロイドくんたちはガガスチムが負けを認めるほどの強さを示したという事で、カンパニュラ家としては星三つをガガスチムから得たという事実が強みになる。どこかの家と獲得した星の合計が同数だった時、勝負の内容が優劣を決めるからね。」
「フェンネルの言う通りです。今年はアンジュやみなさんの成長を願うワルプルガでしたが、かつ意味の大きな星を得て下さった。ありがたいことです。」
「しかも次期当主が、だもんねー。さすがロイドだねー。」
「ととと、とりあえずオレたちの今日の試合は終了――ですよね!?」
「ふふふ、そうだね。あとは他のチームの勝負を観て、今日の最終的な進捗結果でもって明日の進め方を話し合って終わりかな。」
『バッハッハ、愉快愉快! 見たか今の戦いを! 面白いモノばかり見せてくれる!』
試合の最中は吸っていなかった葉巻をくわえ、心底美味そうに煙を味わうガガスチム。
『ふむ、知りたい事は知れぬままだが、まさかベルナークが出てくるとはな。』
『なんだクロドラド、あの妙な武器を知ってるのか?』
『人間の間では最強の武器と言われているシリーズだ。威力は体験した通り。』
『バッハッハ! そんなモノを見習い騎士とやらの時点で持ってるとはな! どうもまだ隠している力があるようであったし、もしかすると明日も楽しめるかもしれんな!』
『ん? 何か気がついたのか?』
『出し惜しんでいる感じがな。実際、あの……なんだ、ロイド? とかいうのの気配は妙だった。』
『ふん、お前が気づくという事は相当なモノが隠れていそうだな。』
『どういう意味だ?』
『ガガスチムっ!』
小馬鹿にしたような口調で呟くクロドラドに煙をぶつけながらたずねるガガスチムだったが、響いた声にやれやれと面倒そうな表情を浮かべた。
『貴様、あんなガキ共に勝ちを譲るとはどういう事だ!』
ガガスチムに詰め寄ったのはクロドラドにも同様に迫った奇妙な姿の魔法生物、ゼキュリーゼ。
『なに、それくらいには楽しませてもらったというだけだ。』
『楽しむだと!? ワルプルガを何だと思っている!』
『始まりは利害をかけた殺し合い。今は互いの交流の場。ゼキュリーゼよ、いい加減時代を受け入れたらどうだ? 別に当時を生きてたわけじゃあるまいし、どうして昔の関係を引っ張り出すんだお前は。』
『昔だと!? 人間共は今も世界中で同胞を殺しているんだぞ!』
『同胞? それはお前、人間が言うところの魔法生物ってくくりだろ? お前はアリが人間に踏みつぶされたからってカブトムシがブチ切れると思うのか? 虫ってくくりってだけで。人間を嫌うくせに人間が勝手に決めた枠に囚われすぎてるぞ。わしらの同胞とはこのヴィルード火山に生きるモノの事だ。』
『住処が違えば同種のモノが殺されても構わないというのか!』
『そりゃあ、目の前でなぶり殺しってな事になれば助けもするが、行った事もないとこに住んでる会った事もない奴が殺されたからって一々怒るわけないだろ。』
『!! 全く呆れる! 貴様のようなのがオレたちのトップとはな!』
唾を吐くように火の粉を吐き出しながら、ゼキュリーゼは魔法生物たちの待機部屋から出て行った。
『だーったく! 毎度毎度めんどーだな、あいつは!』
『まぁ、ああいう考え方のモノはあいつだけではないからな。多様な思想を上手にまとめるのがお前の役割だろう。』
『そういうのはお前の方が得意そうだ! わしは面倒だ!』
『仕方がない、群れの長は最強の仕事だ。』
『くそ! 人間みたいにセンキョとかいうのをやるか!』
『……民主主義とは意外だな……』
ガガスチムさんとの戦いの後、残りの試合を観戦し、ワルプルガの一日目は無事に終了した。司会のカーボンボさんが言うには大体予定通りに進んでいるらしく、久しぶりに全試合を行えるかもしれないとのこと。
一日目は星の少ない試合から行われるが、二日目は星の多い試合から。オレたちが参加できそうな星三つとかの試合は後半になるわけで、もしも全試合が行われるというのならオレたちにもまだチャンスがあるわけだ。
「しかしあれだな。結果的にわたしたちはあちら側の一番と三番と戦う事ができたわけで、対魔法生物戦を経験するという目的に対しては十分すぎるほどの成果になったな。」
「あっちの……クロドラド、さんが、フェンネルさんの弟子だからって……興味を持ってくれた、おかげだね……」
「んでそのバトルを見たガガスチムが更に興味を持ってロイドたちの相手になったわけだな。」
「ふむ……となるとおれたちの経験はフェンネルさんのおかげであり、元を辿ればやはりカンパニュラ家の招待。これは再度とお礼を言わなければな。」
「別にいーと思うよー。ロイドが当主になってくれればー。」
「えぇ!?」
明日の話を他の貴族とするということで、フェンネルさんとカベルネさんはスタジアムに残り、オレたちはカンパニュラ家のリムジンでアンジュの家に向かっている。
「そ、そういえばカラード! さっきの戦いでオレたちに『ブレイブアップ』かけてくれたけど、もしかしてオレたちは明日動けなくなる感じか!?」
「多少の負荷はあるだろうが、発動していた時間が短かったからな。動けなくなるほどではないと思うぞ。」
「そ、そうか、良かった……ちなみにみんなは大丈夫? 致命傷は防ぐけどその他のダメージはあるわけだから……」
「ちょっと疲れてるくらいで大きなケガはないわ。」
「うむ。むしろわたしたち熱血エリルくんチームの面々は精神的なダメージが大きいな。」
「そだよロイくん! ボクまだ怖いから抱きしめて!」
「おお、そういやあれもいい経験だったな。臨死体験っつーか、なんつーか。」
ハイビロビさんとダダメタさんとの戦いは割と難なく終え、クロドラドさん相手の時は……なんというか一瞬だったから、結局身体にそこそこの疲労があるだけのエリルたち。
んまぁ、アレクは既にケロッとしてるけど、オレたちよりもハッキリとした死の恐怖というのを体験しているから、ローゼルさんの言う通り、精神的なダメージが明日に影響しなければ……というところか。
「ロイドチームのおれたちの場合は魔法の負荷が大きいかもしれないな。おれが使える『ブレイブアップ』は残り十秒程度。それを使い切ると疲労が一気に来て三日動けなくなる。」
「あたしも結構大きいな魔法を使ったからねー。ちょっとずつ貯金を使って負荷を軽くしたけど、『ブレイブアップ』と合わせて明日になったらどっと疲れが来るかもしれないねー。」
「あ、あたしは……そ、そんなに大きな魔法は使ってないから……ま、まだ元気……かな……ロ、ロイドくんは大丈夫……? ベ、ベルナークの真の力を使って……すごく疲れてるとか……」
「大丈夫だよ。高出力形態はあくまでためこんだマナを使うだけみたいだから、オレ自身には何もないんだ。んまぁ、結構風を使ったからそれなりに魔法の負荷はあるけどね。」
「大変だなー、人間は。」
今日は何もしていないが、再び車酔いしたらしいストカがこの中で一番元気のなさそうな顔で……オ、オレに寄りかかりながら呟く。幻術を解除しているからいつものドレス姿なもので……開けた胸元が視界に……視界に入る……!
「人間は負荷を受けすぎると死ぬこともあんだろ?」
「ま、まぁな……でもそれはよっぽど使い過ぎた時で、そうなる前にまずは気絶するぞ……」
「不便だなー。まー、代わりに人間は太陽の光が大丈夫だもんな。」
言いながら夕方を迎えた外の景色を眺めるストカ。
「む? 人間と同等かそれ以上の知能を持ち、魔法器官も持っているが代わりに太陽の光が苦手という魔人族はそれ故に人間とつり合いが取れているようなイメージだったが……知能を持った魔法生物とは、双方の利点をくっつけた完璧生物なのではないか?」
「そう……なのかな。どうなんだ、ストカ。」
「あー……ちょっと違うと思うぜ。あいつらと俺らじゃ魔法器官がちげーからな。」
「? 魔法器官にも種類があるのか?」
「種類っつーか……前にユーリが言ってた例えで言うと怪獣の手と人間の手だな。」
「なんだそりゃ。」
「さっきのゴリラでもいーけどよ、ロイドにもあいつにも手が二つあるだろ? 同じ手だけど、全然違くて、ロイドの手は力持ちじゃねーけど細かいことができて、ゴリラの手は器用じゃないけどすげーパワーが出る。そんな感じだ。」
たぶんユーリが説明した時はもっとわかりやすかったんだろう例えでザックリ答えるストカ。
「えぇっと……つまりこの場合、魔法生物の魔法器官は大規模な魔法を使える代わりに細かい事ができなくて、魔人族はそれができるけど魔法生物ほどの出力はない……ってことか?」
「たまに器用な魔法生物がいたり特大の魔法をバシバシ使える魔人族がいたりすっけど、基本的にはそうだぜ。ちなみに魔法生物が足元にも及ばねーくらいにすげー魔法を使える上に誰よりも細かく制御できちまうのが吸血鬼でミラなんだぜ。」
「ミラちゃんが……」
「……その上ロイドの右眼のおかげで太陽の光もそこまで効かなくなってんのよね……カーミラこそ完璧生物じゃない。」
「うむ。そんな超存在との婚約をすっぽかしてまでわたしとの出会いを求めたのだから、ロイドくんの愛には十二分に答えなければならないな。」
「あんたねぇ……」
「しかし今の話で合点がいった。ヴィルード火山に初めから住んでいた魔法生物たちは、高い知能を得ても体内の魔法器官が細かな制御に向いていないせいで、学者たちがやったようなエネルギーを抽出するといった魔法が使えなかったのだな。」
「無理だろーなー、んな細かそーな魔法は。」
ぐったりと、遠慮なく寄りかかるというかもはや倒れこんできているストカは、オレがドギマギしているのも知らずに……ぼそりと、こんな事を呟いた。
「自分の住処を自分で守れねーってのは、なかなか悔しかっただろうな。」
ストカがくっついているせいでみんなからジトッと睨まれているとリムジンがカンパニュラ家に到着し、アンジュのお母さんであるロゼさんが迎えてくれた。
「お疲れさまー、大活躍だったわねー。」
研究所には行かずにスタジアムのどこかで試合を観戦していたらしいロゼさんが豪華な夕飯と共に労いの言葉をかけてくれた。
「おかーさんってば、カンパニュラの部屋にくれば良かったのにー。」
「うーん、あそこって角度が良くないのよねー。年に一回、人間と魔法生物が暴れてたくさんの火の魔力が消費される素敵イベント、データを取らないなんてモッタイナイわ。」
ロゼさんによると、ワルプルガで試合が行われている間、研究所の人たちはマグマの動きやヴィルード火山がため込んでいるエネルギーの変化などを測定していたらしい。
「そーいえば誰か知らないけど、なんか面白いデータ取ってる奴がいたわねー。」
「面白いデータ、ですか。」
「火の魔力の減少が引き起こす諸々の事象を測定するから、必然的に第四系統の魔法を使うんだけど、一人だけ第五系統で測定してるのがいたのよねー。」
「土の魔法……えぇっと、火山そのものの変化を見たりしていたとか……」
「確かに地質とかも魔力の増減の影響を受けるけど……それは数か月とか数年の間ずっと増えっぱなし、減りっぱなしだった時の話で、たかだか二日間の変化じゃ地質は変わらないのよ。」
「そうなんですか……」
「おかーさんの知らない新しい研究とかじゃないのー?」
「無いとは言えないけど、ちょっと想像がつかないわねー。一体何を測定してたのかしら。」
「ふむ……第五系統の土の魔法ということは鉱石なども対象になるはず。もしや身代わり水晶の研究をしている方がいたのでは?」
「どーかしらねー。あれって先人たちがほとんど完成させちゃったモノだから、改良の余地が無いって言われてるのよー。まー、なんとか国外でも使えるようにならないかって考えてる研究者はチラホラいるみたいだけどねー。正直望み薄よー。」
「完成……昔の人はすごいんですね。」
「あらまーロイドくんったら、今の研究者だってすごいわよー?」
「あ、いえ、そ、そういう意味では……」
「ふふふー。それに身代わり水晶の完成には魔人族が関わったって話だからねー。そういう意味じゃー先人たちはちょこっとずるいわねー。」
「魔人族……そうだ、カベルネさんにも話したんだし、ロゼさんにも……」
言いながら、オレはストカの方を見た。
カンパニュラ家にはお世話になっているわけだし、カベルネさんにしたみたいに改めて魔人族としての挨拶をロゼさんにもした方がいい気がしたのだ。
「なーにー、改まってー。」
「えぇっと、実はですね――」
数分後、オレは助けを求めるストカに「すまん」と言いつつ、研究者の本気に圧倒された。
「きゃーきゃーきゃー! 魔人族よ、本物よ! すごいわ、会える日が来るなんて! 尻尾! どうなってるのかしら!? 他は人間と同じなの!? 魔法を知覚する器官はどこにあるの!? マナとか魔力が見えちゃうのよね!?」
「おいロイド! なんか珍しい生き物を見つけた時のユーリみてーだぞこいつ! だーっ、ベタベタ触んな! 離れろこの――助けろロイド!」
人間を遥かに超える身体能力を持つストカが騎士でもなんでもないロゼさんの迫力に押され、命からがらという感じにオレに飛びつい――ぎゃああああ!
「チクショーこの野郎! こんなヤバイ人間初めて見たぞ!」
「ス、ストカ! ヤバイって言ったら今の体勢もヤバイから! お、降りるんだ!」
「薄情モンめ! ダチをあんなのの前に放り出すな! ちょっと非難させろ!」
横からしがみついているストカはオレの頭につかまるというか、だ、抱きついている感じで、ポジション的にオレの顔の半分がストカのむむ、胸に沈み込み、その上両脚でもオレをホールドしてるもんだからふとももが――はだけたドレスから伸びる生足がオレの身体を挟んでいて――!!
「ロイドくんと仲良しなら大丈夫よ! いずれ義理の母親になる私とも仲良くしましょー!」
「どーゆー理屈だ! こっち来んな!」
「びゃああああ! 尻尾を巻きつけるな! これ以上くっつくと更にヤバイ体勢になばあああ!」
その後、帰って来たフェンネルさんとカベルネさんがロゼさんを落ちつかせるまでストカの柔らかな天国というか地獄に圧迫され続け、解放された瞬間にエリルたちに袋叩きにされた。
そんなこんなの毎度の――であって欲しくはないのだが騒ぎの後、今日の締めとしてフェンネルさんを交えての反省会というか、試合の中でそれぞれが気づいた色々な事をみんなで共有し、もしかすると明日も戦いがあるかもなので、今日の疲れを残さないよう、オレたちは早めに寝ることにした。
ストカのあちこちの感触とエリルたちからのパンチキックつねりの痛みを全身に残したまま、オレは再び……アンジュの部屋へ……ああああ……
「ほんと、隙あらばあーゆーことばっかりなんだからねー。やらしーんだからー。」
「ふ、不可抗力と言いますか……」
「まったくもー、それなりに手加減するつもりだったのに、あんなん見ちゃったら本気出しちゃうよー?」
「な、なんのお話でしょば!」
するりするりと部屋の隅っこにあるソファへと移動していたオレをベッドの中に引きずり込んだアンジュ!
「あれー、今日は抱きしめてくれないのー?」
「びゃ!? あ、あれは事故と言いますか!」
「あんな力強い抱きしめがー? あたしはロイドからの愛を感じたけどなー。」
「あひ!?」
隣に転がるアンジュにつつかれながらからかわれ――ているのか攻撃されているのか、そんな心臓に悪い状態も再び……ああああ……
「さっきも言ったけど、今夜は頑張るつもりだからねー。」
「ガンバル!?」
「明日の試合にあたしたちが参加できる可能性は今日よりもずっと低いからねー。もしかしたら観るだけで終わっちゃうかもしれない明日に備えて今日のチャンスを捨てるのはもったいないよねー。」
「モッタイナイ!?」
「今やこの戦いは激戦だからねー。」
そう言いながらグググッと近寄ってくるアンジュさん!!
「ややや、で、でもあの――ウ、ウレシイんですけどもオレの理性がヤバイといいますか色々とあのその――」
「あははー、ガバガバの理性だよねー。てゆーかロイドってばわかってないよー。あたし……とか他のみんながこういう……ヤラシー感じに攻めるのは今となってはロイド自身のせいなんだよー?」
むぎゅっと柔らかいモノに沈むオレの腕!!
「オ、オレのせい!?」
「そだよー。」
すすすっと手を伸ばしてオレの胸の辺りに「の」の字をぐるぐる書きながら、耳元でささやくアンジュしゃん!!!
「ロイドはみんなを好きになっちゃってる困ったさんだけど、それでもロイドが言うように……やっぱりお姫様に対してだけはちょっと態度が違うんだよねー。なんでもない会話とかも……あたしたち相手の時より気を使ってるっていうか、好かれたいとか嫌われたくない感じの雰囲気がねー。」
「しょ、しょうでしょうか……」
「そーゆーのわかっちゃうから、好きだし好かれてるんだけどやっぱり一番になりたいなーってあたしたちは思うわけでねー。んで、そーなったら考えるでしょー? ロイドの気を引くにはどうすればいいのかなーって。」
「キヲヒク!?」
「そこで参考になるのが死人顔くんの魔法で判明したロイドの胸の内でねー。あたしたちのことを思った以上に好きになってくれてるっていうのと同時に伝わった……ロイドのヤラシー妄想がヒントになるんだよー。」
「びゃっ!?!?」
「もちろん他の妄想――例えば一緒にお出かけしたら楽しいだろうなーとか、そーゆー妄想も伝わったけど、ラッキースケベ状態とかのせいでそっち系の妄想の方が多かったんだよねー。あたしに対してだと……短いスカートの……中とかねー。」
「ぎゃっ! あ、あの、それはお、男として仕方のない妄想でございまして――」
「別にいーよー。そういう目的もあるんだしねー。でもロイドのそーゆーヤラシー妄想――ロイドがあたしに……して――みたいとか、されたらすごいことになりそうって思ってる事がずばり、ロイドの気を引く最大威力の攻撃ってことになるんだよー。」
「!!!」
「そーとわかったらほら、やるしかないよねー。」
「いやいやいや! し、しかしそれはたまたまそっち方向のももも、妄想が多めの時期だったからでありまして!」
「でも効果があるのは確実でしょー?」
「それはその――にゃあああっ!?!?」
変なところに変な体温が触れ、頭の中に霞がかかり始め……まずいまずいまずいまずい!
「最初は一応明日にもバトルの可能性があるってのを考えて半分くらいの予定だったんだけど……サソリちゃんとのあれのせいで三分の二くらいは行くからねー。」
「ナニヲデ――びゃあああああああ!」
田舎者の青年が夜襲を受けている頃、ワルプルガが行われているスタジアムが見える他は何もない岩場で、マフィアのボスのような格好をしている男が一仕事終えた感じに一服していた。
「さすがは試行錯誤の末の一品。解析も一苦労だったが、報酬に比べればおいしい仕事だな。」
格好的には葉巻でもふかしていそうだが、男の一服は普段くわえている棒付き飴よりも大きなペロペロキャンディーで、それをなめたりかじったりしている。
「言わせてもらうけど、それなめてる時のあんたって相当バカ面よ?」
男が座っている岩の向かいで別の岩に座っているのは女優のようなつば広の帽子をかぶった女で、こちらはキセルで一服している。
「で、なんでわたくしを呼び出したのかしら? それぞれに仕事をして稼ぐだけでしょう?」
「そこのバカがしくじったんでな。」
欠けたペロペロキャンディーで指した方向、これまた別の岩に座っているのは黒いマスクをした坊主頭の男で、その長身痩躯を折り曲げてへこへこしている。
「いやぁ、申し訳ねい。『ゴッドハンド』をとり損なっちまって。」
「だから何よ。もう一回挑めばいいじゃない。何ならインヘラーと同じ額をわたくしが出してもいいわよ?」
「そりゃ嬉しいが、思った以上に『ゴッドハンド』がヤバくてねい。」
「知らないわよ。殺すなり殺されるなり好きにしなさい。インヘラー、こんなどうでもいい会話の為に呼んだわけ?」
「バロキサが苦戦してるってのは……まぁ、依頼人としては頑張って欲しいが問題はそこじゃない。こいつによると『ゴッドハンド』には連れがいるんだ。」
「! まさか他にも『紅い蛇』がいるわけ!?」
「違う。が、場合によってはそれ以上に厄介な奴だ。この前フェルブランドであった騒ぎは知ってるか?」
「反政府組織が暴れたとかいうやつ?」
「その組織のメンバーの一人が、どういうわけか『ゴッドハンド』と一緒にいるんだ。」
「何よその組み合わせ……で、誰?」
「バロキサから聞いた外見から……その特徴的過ぎる特徴からして確実に、昔裏の世界で名を馳せたガルドのハッカー、ゾステロだ。」
「ぞすてろ……ゾステロ!? 金さえ出せばあらゆる情報をつかむって評判のあの情報屋!?」
「そのゾステロだ。殺されたのか足を洗ったのか、めっきり名前を聞かなくなったと思ったら他国のテロ組織のメンバーになってたってのがこの前の騒ぎでわかったんだが、何故かそいつが『ゴッドハンド』と一緒にいる。バロキサ経由でうちら二人がこの国にいる事も知ったと考えた方がいいだろう。」
「ついでにヤリ損ねたそこのバカと一緒に『ゴッドハンド』に狙われるかもって? 最悪ね……どーすんのよ。」
「お前の仕事が何か知らないが、うちの仕事が滞りなく行けばワルプルガが終わる頃には逃げるチャンスもあるし、報酬に手を出せば多少の勝機もある。『ゴッドハンド』がバロキサに対してどれくらいキレててどれくらいの心持ちで探してるかわからんが、明日生き延びれば道はある。」
「そ。そしたら早めにもらうものもらってトンズラね。」
「まぁ、バロキサが勝てば一番いいんだがな。」
「いやいや、お約束するって。思った以上ではあったけど殺せないほどじゃねいんで。とっておきでやりますよってね。」
「期待しておくぞ。」
「まー欲を言えば、インヘラーの力を借りられればってなとこだがねい。」
「あ?」
「殺しと戦闘は別ジャンルってな。俺は殺しの専門だが戦闘となったらインヘラーの方が上だよい。」
「おいおいおい、依頼人の手を汚させるなよ、殺し屋。」
「おっとっと。」
「コントしてるんじゃないわよ。まったく、計画を修正しなきゃだわ……」
そう言うとつば広の帽子をかぶった女は岩から降り、さっさとその場を後にした。
「相変わらず、美人だけどきついよい、リレンザは。」
「お前……あいつのやってることを知ってもまだ「美人」とか言えるのか。」
「事実だろ? 逆に美人でなきゃあんなのはできねいよってな。」
ケタケタ笑い、黒いマスクの男もその場からいなくなる。
「……はぁ……『ゴッドハンド』一人絡むだけでこっちが三人動くんだからなぁ……ひどいバランス――」
「大丈夫ですか?」
ペロペロキャンディーをかじる男以外には誰もいなくなったその場所に、しかしまるでもう一人いるかのようにハッキリとした声が聞こえ、男は――一瞬驚いたものの、ふぅーとため息をついた。
「あまり驚かせないで下さいよ。」
「三人が同じ場所に集まっていると聞きまして。何かあったのではと心配に。」
「あったと言えばそうですが、まだ何とかなりそうな範囲ではありますよ。」
ゴリゴリとペロペロキャンディーをかみ砕きながら、男はこう続けた。
「あなたの手を借りるような段階じゃありませんよ、ボス。」
「ですが……アマンタが悪いニュースを持ってきまして。」
「?」
「アフューカスが動いています。」
「な――え!? アフューカス!?」
「既に四人のメンバーが殺されました。『ゴッドハンド』がいるとなると、インヘラーたちの情報を聞きつけてやってくる可能性もあります。」
「……!! それはヤバイですね……よりにもよって『世界の悪』って……でもなんでいきなり。しばらく息をひそめてたじゃないですか。」
「いつもの気まぐれか、これと言った理由はわかりませんが……昔から、彼女はこちらを嫌っているようでしたからね。」
「……本当にこっちに来る……んでしょうか。」
「それもまた、気まぐれです。しかし危ないと感じたら迷わず退いて下さい。この件に関しては何も納めなくて良いので。」
「ボス、それは……」
「インヘラー、リレンザ、バロキサ。どうか三人無事で帰還を。」
同時刻。火の国行きの最終列車に一人の女が乗り込んだ。窓辺に座って本を片手に紅茶でも飲みそうな優雅で上品な出で立ちのその女は、遅い時間とはいえ埋まってしまっている最高級の客室の一つに入り、そこにいた身なりの良い男の首を悲鳴も上げさせずにはね飛ばし、死体を窓から放り捨ててソファの血のついていない所に座った。
「あら、お酒かと思ったらただのお水ですね。このようなものを飲んで何が楽しいのでしょうか。」
テーブルに置いてあったグラスの中身をその辺にぶちまけ、備え付けの冷蔵庫に入っているワインを注ぎ、女は一息ついた。
「そういえば……これはしなくてもいーか。」
女はかけていたメガネをテーブルの上に放り投げる。すると優雅で上品な姿が一変し、見た者の抱く印象が真逆になるような、凶悪な笑みを浮かべた黒々とした女へと変貌した。
「いい奴だと思ってたら悪党でしたーっつー時の馬鹿共の顔を見るためにケバルライに作らせたが、そろそろ飽きてきたぜ。そういう名乗りも悪党の醍醐味だが、騎士から「逃げる」為の変装みてーでだせぇんだよなぁ……」
恐らく彼女にしかわからない事を悩みながら、女はさっき男を捨てた時から開けっ放しの窓の外を見る。
「悪党もどきのクソ連中、見つけた端から皆殺しにしてやろうと思ったが……段々移動がめんどくさくなってきた。次の奴で最後に――」
「お客様、御料理をお持ちいたしました。」
ついさっきまでこの部屋にいた男が頼んだのか、ノックの音と共にドアの向こうでそんな声がした。
「おー、丁度いい、腹減ってたんだ。よこせ。」
「?? し、失礼いたします……」
聞き慣れない女の声を疑問に思いながらもドアを開けたその者が視界に真っ黒なドレスを着た女を捉えた瞬間――
「おいおい、肉じゃねーか。水なんか飲んでるからあんま期待してなかったが、いいモン頼んでやがる。」
その者の喉には女がワインを注いでいたグラスが、どのような怪力なのか、そのままの形で突き刺さっていた。
「が――あ――」
「ご苦労ご苦労、出口はあっちだ。」
料理の載ったお盆を受け取った女が空いた片手でその者の背中を叩くと、その身体はいくつかに千切れながら窓の外へと消えていった。
「んー、バーナードじゃねーがうまいもんはワクワクするぜ。」
大きな肉の塊にフォークを突き刺してそのままかじりつく。先程よりも血の量が増えた室内を眺めながら肉を頬張っていた女は、ふと何かを思い出した。
「火の国っていやぁ、確かすげーつえー魔法生物がいたな。あれは殺しちまったんだったか……もしもまだ生きてんなら前みたいに遊んでくか。」
食べ終わった後、食器なども外に投げ捨て、そこでようやく窓を閉めた女は衣服を乱雑に脱いでシャワーを浴びる。波打つ髪が濡れて肌にはりつき、扇情的な肢体には絶世の美女と評しても過言ではない美貌があるのだが、それでもなお身にまとった雰囲気が見るモノに恐怖を植え付ける。
「おーさっぱりだぜ。」
濡れている身体のまま血だらけの部屋に戻った女はめんどくさそうにタオルで身体を軽くふき、しかし髪は乾かさずに裸のままベッドに転がった。
「ひひ、明日は久しぶりに楽しめそうだぜ。」
人間側と魔法生物側が互いに最強の戦士を出して火花を散らすワルプルガ二日目。貴族同士の睨み合いや『罪人』、『ゴッドハンド』などの凶悪犯罪者の暗躍がある中、火の国ヴァルカノは――史上最凶最悪の犯罪者、『世界の悪』をその地に迎える事となった。
騎士物語 第八話 ~火の国~ 第八章 最強のゴリラ
半分ほどが対ガガスチム戦でした。無事にベルナークの剣の力を引き出すことができたロイドくんですが、あの奇怪な能力を曲芸剣術にどう使っていくのかが楽しみです。
そして色々な悪党が動く中、気まぐれな大悪党がやってきてしまいました。未だその力は判明していませんが、とうとう暴れるようですね。
次回で見られるかはわかりませんが、彼女の力はだいぶ初期から決まっているので、書くのが楽しみです。