騎士物語 第八話 ~火の国~ 第七章 トカゲ講義
第八話の七章です。
エリルチームVSトカゲチームです。
第七章 トカゲ講義
全部で五十くらいの試合がある今年のワルプルガにおいてこの試合が何個目なのかは忘れたけど、始まると同時にリザードマンが走り出した。
左右にジグザグと動きながら迫ったそいつはあたしたちの数メートル手前で跳躍、あたしたちを飛び越えて後ろに着地すると同時に背後からの攻撃を仕掛けた。
走り出してからその攻撃に至るまではほんの一瞬だったと思うけど……例えば風で加速したロイドとか『ブレイブアップ』を使ったカラードに比べたら大したことのない速さで、あたしは鋭い爪を突き出しながらこっちに飛んでくるリザードマンを殴ろうと拳を構えたんだけど――
『グガッ!?』
何かに驚いたリザードマンは空中で尻尾を振って、その反動で体勢を変更、あたしたちとそいつの間にいつの間にかあった見えない壁に両足で着地し、バネみたいに跳んであたしたちから距離を取った。
「ふむ。」
見えない壁――透明過ぎる氷でできたそれを出したローゼルが腕組みをする。
「リザードマンの目にはこれが見えるのか、それとも魔法生物としてわたしの魔法を感知したのか……速攻に奇襲じみた反撃をしてみたがあっさりかわされたな。」
正直あたしもリザードマンの動きを見てそこにそれがあるって気づいた氷の壁。あると知って見ても「何かがある気がする」くらいにしか認識できない。もしも今突撃してたのがあたしだったら、気づかないまま全速力で壁に激突してたと思う。
……そして、もしもこの壁にあのラコフを貫いたような氷の槍がはえてたら、それだけで勝負が着いてしまうんだわ……
氷だし、触れたらこっちが凍るくらいに冷たいからヒンヤリとした空気は感じるけど、今みたいにいきなり出されたら「なんか冷たい」って気づいた頃には終わり……見えないっていうのは思ってる以上厄介なんだわ……
まったく、元々リーチの変わるトリアイナのせいで近づきづらかったのに余計に近距離戦ができなくなったわね、こいつ……
「しかしそれほど速くはないな。風で加速されたロイドくんや『ブレイブアップ』したブレイブナイトくんの速さに見慣れてるから大したことはなく思うぞ。」
あたしと同じ感想を口にしたローゼル。たぶん他の二人も同じだろうと思ったんだけど――
「いんや、今のはちょっとした挨拶だと思うぜ?」
一人、バトルアックスを肩に乗せてニヤリとしたのは筋肉……アレキサンダー。
「『カレイドスコープ』みてーな専門家じゃねーからあれだが、あの身体で今のが最速ってのはないはずだ。」
あんまり呼んでる人はいないっていうか大抵話題になるのがロイドだから呼ばれる機会がないっていうか、『カレイドスコープ』はティアナの二つ名。ランク戦で見せた変幻自在の『変身』を万華鏡に例えてスナイパーライフルの相手を覗くスコープとかけた……らしい。
ティアナは『変身』の魔法の勉強として人間だけじゃない色んな生き物の……身体? についてかなり詳しいから、それに魔眼ペリドットを合わせればあのリザードマンが本気かそうじゃないかの判断はすぐにつくと思う。
まぁ、別にティアナじゃなくてもなんとなく、今の攻撃が全速力とは思えないわね……あのゴブリンの試合を見た後だと。
……てゆーかアレキサンダーってロイドとカラード以外は二つ名で呼ぶわね……
「小手調べというわけか。まぁいいだろう。どうやらあちらは三体が順番に出てくるようだから、考えようによっては対魔法生物戦が三回できる。人間サイズとちょっと大型と明らかな強敵、順番通りに倒していこうではないか。」
「ありがてぇこったな。だが作戦はどうする?」
「……いきなり考えてできるわけないんだから、とりあえず思った通りに攻めればいいわよ。」
「ふむ、エリルくんの言う通りかもな。やってみてフェンネル殿の言っていたモノに一つでも気づきがあれば上々だろう。」
「じゃーボクが瞬殺してロイくんにもっと好きになってもらうね。」
そう言ってリリーが消え、リザードマンの背後に出現――する一瞬前にリザードマンは跳躍してて、リリーの暗殺技は空振りになった。
「うおっ、まさか『商人』の位置魔法の気配を読んだのか!? やべぇなおい――っとぉ!」
跳躍であたしたちの方に迫ってきたリザードマンにタイミングを合わせてアレキサンダーがバトルアックスをフルスイングする。それをさっきローゼルの氷に激突するのを防いだのと同じように尻尾を使った軌道修正で回避、そのままアレキサンダーに鋭い爪で切り込んだ。
「あめぇっ!」
だけどその回避を予想してたのか、フルスイングした勢いを無理に殺さずロイド直伝の円の動きへと移行し、その巨体に似合わない動きでリザードマンの背後をとったアレキサンダーがバトルアックスを無防備な背中めがけて振り下ろ――
『ガルルァッ!』
「どわっ!」
刃が背中に届く直前にリザードマンの背中から槍みたいなのが突き出し、攻撃を途中で止められないアレキサンダーに直撃、その巨体を後方に突き飛ばした。
「『スピアフロスト』!」
たぶん、リザードマンがやった謎の攻撃をきちんと確認する為、けん制の意味合いで氷の槍を降らせるローゼル。リザードマンはその攻撃も一瞬早く察知したらしく、ワンテンポ早く、アレキサンダーがとんでった方とは別の方向へと跳躍した。
「……なによあれ……」
少し離れた場所に着地したリザードマンはそのシルエットがちょっと変わってて、背中から……触手? みたいのが四本はえてた。先端には両手両足の鋭い爪と同等のモノがついて――あれ、あんなのくらったアレキサンダーは……
「おほー、まいった! とっさの強化魔法が効いて良かったぜ!」
バカ力の攻撃ばっかりに目が行くけど防御としての強化魔法もちゃんと使えるアレキサンダーはそれでさっきの攻撃を防いだらしく、がははは笑いながら立ち上がった。
「ふむ、対魔法生物戦らしくなってきたな。次はわたしが行くぞ!」
そう言って地面の上を滑るように……っていうか滑ってリザードマンの方に突撃を始めたローゼル。
『ガラァッ!』
迫るローゼルに背中からの触手を伸ばして攻撃するリザードマン。先端の爪みたいなのが熱くなった金属みたいに光ってるから当たるとかなり痛いと思うけど、その全てを優雅にくるくるとよけていくローゼルはあっという間にトリアイナの間合いまで近づいて――
「むんっ!」
槍の一突きを放った。まぁ、それであっさり貫けるわけもなくて、爪でトリアイナをそらしたリザードマンも応戦し、二人の攻撃の応酬が始まった。
距離としてはトリアイナの間合いで、普通ならローゼルが一方的に攻撃できるんだけどリザードマンの腕と爪の長さを足すとトリアイナの間合いに届くみたいで、しかも背中からの触手も加わって……実はローゼルの方が不利だったりする。
だけどローゼルは元々トリアイナにまとわせた氷の刃を伸ばしたり形を変えたりすることで間合いを変幻自在に操る戦い方だからそれはあんまり問題になってない。触手があるから相手の手数の方が多いけど、空中に出現させた氷の壁で防いでるから大丈夫。その上、時々相手の頭上に水を落とそうとしてるから……たぶん直で凍らせようともしてるわね。まぁ、なかなか当たらないんだけど。
……今は相手が魔法を感知できる魔法生物だからかわされてるけど、人間相手なら余裕で水かぶせて凍らせられるわよね……しかもその氷は物理的に破壊するのがまず無理で熱で溶かそうにもあのラコフ並みのバカみたいな温度じゃないとできなくて……え、ローゼルってほとんど無敵じゃないのよ……
『ガァッ!』
「うわっ!」
そのまま行けばいつかローゼルが結構な一撃を入れると思ってた応酬の中、リザードマンがローゼルの目の前で口から炎を吐いた。ただしそれは攻撃というよりは目くらましの為の炎だったらしく、リザードマンはビックリしたローゼルが一瞬動きを止めたところを狙って爪やら触手やらを全部打ち込んだ。だけど――
ガキィン!
まるで金属を叩いたような音が響き――
『グガアアアア!』
攻撃した側のリザードマンが絶叫した。
「ふっふっふ、魔法を感知できると言ってもそこまで細かくは区別できないようだな。初めから出していれば他の魔法に紛らせる事は可能なようだ。」
打ち込んだ両腕――片方は爪が砕け、もう片方は腕が途中からへし折れているそれらをぶら下げて呻きながら数歩後退するリザードマンに、無傷のローゼルがトリアイナを構えなおす。
「これぞロイドくんの愛によって生まれたわたしを守る究極の愛の鎧――『ブルーローズ』だ。」
今まで見えてなかったそれを、わざと見えるようにして「ふふん」と笑うローゼル。たぶんリザードマンに向かって突撃を始めた時には既にまとってたんでしょう……ローゼルは氷の鎧で覆われてた。
魔法を感知する魔法生物は、確かに目の前で発動する攻撃魔法には敏感に反応するけど、初めから発動させておいた魔法ならやりようがある。たぶんローゼルは氷の鎧をまとった後、適当な冷気か何かを魔法で生み出して身体の周囲に展開してたんだわ。相手から見れば……そう、氷の壁をすぐに出せるようにするための下準備のように見えると思う。でも実際はまとった鎧に気づかせない為のカムフラージュで、まんまと策にはまったリザードマンは鉄壁の鎧に向かって全力で攻撃しちゃったんだわ。それで爪とか腕が折れたのね。
「折角の槍術を十二分に活かす方法としてブレイブナイトを参考にした。多少の攻撃なら気にせずに突っ込んでいけるあの形をわたしの愛の氷で成せば恐れるモノはない――のだ!」
呻くリザードマンに対し、その周囲をトゲ付きの氷の壁で囲み、頭上には『スピアフロスト』を出し、自分は正面からトリアイナの突きっていう、ダメージを受けてひるむ相手に容赦のない全方位攻撃を仕掛けるローゼル。致命傷じゃないから普通にダメージを受けてるリザードマンはその痛みで多少魔法の感知が出遅れたのか、氷の包囲網から逃げる前にトリアイナの氷の刃が迫る。
さすがにこれは決まっ――
『ギャルアッ!』
「なにっ――わっ!?」
両腕は満足に防げる状態じゃないし逃げ場もない。普通ならチェックメイトなんだけど……あろうことか、リザードマンはローゼルの突きを正面から――口で受け止めた。
トリアイナを覆う氷もまたローゼルの……あ、愛の氷だから触れればすぐに凍っちゃうはずなんだけど、口の中で火を吐き続けてるのか、もしくはすごい高温にしてるのか、歯の隙間からすごい量の水蒸気を出して凍っていくのを遅らせながら、リザードマンはくわえたトリアイナをローゼルごと振り回してこっちに放り投げた。
「――とととっと。やれやれ、まさか歯で止められるとはな……」
くるくると回って着地したローゼルは若干引きつった顔でそう言って……ふと下を……いえ、自分のスカートを見た。
「むむ、そういえば今の動き、おそらく見えていたはずだが……」
言いながらカンパニュラ家の控え室兼観戦室の方――っていうかそこにいるロイドを見た。ロイドは……たぶん赤くなった顔を両手で覆ってふるふるしてた。
「う、うむ! しっかりと発動しているようだな!」
ちょっと赤くなって、だけど満足そうに「むふー」って笑うローゼル。
「あんたねぇ……」
あたしは、フェンネルから魔法生物の事について色々教わった昨日を思い出す。
「そうだ、折角だから、女の子たちは制服を少し改造しないかい?」
教えてもらった色んな情報を頭の中で整理してたら、フェンネルがいきなりそんな事を言った。
セイリオス学院の制服は戦闘もこなせるように動きやすくできてて、授業じゃ運動服を着るけど、公式のランク戦とかは制服でやるのが……ルールってわけじゃないけど普通になってる。
勿論……スケベな男子対策っていうか、学院にある闘技場内では……その、ス、スカートがめくれても見えないように――なってるらしくて、だからロイドが初めて会った時に気にしてたみたいな……み、見えちゃうからスカートは危ないんじゃないかっていう心配は、少なくとも公式戦では必要ない。
でも個人でやる模擬戦とかではその魔法は発動してないから……あ、あたしは……炎があるからあんまり気にしなかったんだけど、大抵の女子生徒はスパッツ的なのをはく。
ま、まぁ、最近はあたしもそうするようにしてたけど、それはそれで結構面倒っていうか、そうなるとアンジュの鉄壁スカートが便利よねって思ってたんだけど……それをあたしたちの制服にも組み込まないかってフェンネルが提案してきた。
「アンジュの制服や僕の服に仕込んであるマジックアイテムの布、これがあればチラリを気にせずに動けるというものさ。」
「む、それはありがたいな。学院では色々と配慮がされているものの、日常生活の油断まではカバーされないから、お願いできるのなら安心というものだ。」
「……い、いまさら、だけど……き、騎士学校で動き回る、のに、スカートっていうのも……変、な気がするけど……ね……」
「ふふふ、そればっかりは伝統とか慣習というものさ。女性のスカートの起源を語り出すと少々話しづらいモノになるから知りたければ調べるといいけど、変革しようとすると中々大変だと思うから、その中で対策した方が手っ取り早いかな。」
「アンジュちゃんと同じ……あ! じゃあロイくんにだけ見えるようにできるってこと!?」
「えぇっ!?」
「もー、師匠ってば余計な事言ってー。これじゃーみんな「ロイドだけ誘惑戦法」使っちゃうでしょー。」
「ふふふ、しかしみんなのあれこれのチラ見で他の男子生徒が寄ってきたらこの恋の戦争に余計な邪魔が入ってしまうだろう?」
「むしろ歓迎だよー。みんなが他の男とバシバシしてる間にあたしがロイドをゲットするからー。」
「ふふふ、残念だけどアンジュ、見た感じそういう段階は過ぎているよ。」
「? どーゆーことー?」
「あ、あの、なぜいきなりそそそ、そっちの話に……あの……」
「アンジュも含め、ロイドくんとみんなの関係はかなり深いからね。この中の女の子の誰かを狙って他の男がどうこうしたって今さらどうにもならないさ。」
「それはそーだねー。」
「カナリフカイッ!?!?」
「となるとその男が手を出すのはみんなではなくロイドくん本人。目当ての女性が恋に盲目になっているならその元凶を断とうとするのは理にかなうだろう? 神聖なる乙女の戦場、その最終目標にちょっかいが入るわけさ。」
「あー、それはあるかもねー。男の嫉妬ってあるもんねー。でも最近は他の男子、諦めてる感じだけどねー。」
「お、それは俺も思ってたぜ。ちょっと前は「コンダクターの奴独り占めしやがって」的な空気があったけど、今じゃ「ああ、コンダクターの女か」みたいにあっさりしてる感じだぞ。」
「ちょちょちょ、それは男子の――男子寮での話か!? オ、オレ男子の間でどうなってるんだ!?」
「その諦めを解いてしまうかもしれないキッカケがチラリズムさ。そうは言ってもみんな美人さんのかわいこちゃんのナイスバディだからね。」
「師匠、やらしー。」
「ふふふ、客観的な事実さ。しかしそういうモノは目当ての女性をモノにしたい男を再燃させてしまうからね。となれば、余計な横槍を受けずに女の戦いを行うためにも、みんなもアンジュと同じ状態にしておくのが良いだろうというわけさ。」
そうしてあたしたちの制服にはその魔法の布が組み込まれ、ついでに今回は持ってきてない他の服にも使えるようにって追加分もたくさんもらった。「縫い付ける」んじゃなくて「組み込む」ってところがポイントで、魔法を使って普通の布にその魔法の布を溶け込ませるようなイメージで、やり方さえ教われば一人でもできる魔法だったから、それも教わった。
で……あたしたちが今着てる制服はアンジュのそれと同様の……み、見えちゃいけないところがどうあろうと見えなくなるっていうすべての女性が欲しがりそうな機能を備えたモノになったんだけど……この痴女連中は当然のようにロイドにだけ……みみみ、見えるようにしてて……!!
「ふ、ふふふ! まぁロイドくんとは既に愛を語り、刻み合った中ゆえにし、下着など今さらではあるが、日頃の真っ赤になりがちなロイドくんには効果抜群のようでな、なによりだ!」
「この変態……」
「ふん、そう言って実はエリルくんもロイドくん限定状態にしているのではないか?」
「な、そそ、そんなわけ――」
ローゼルに言い返そうとした時、視界の隅っこにいたリザードマンが――
「! あいつ!」
水色の……お気に入りだというイルカのブランドの……水色の下着が……ああああぁぁ……
「ロ、ロイドくんの……えっち……」
「む? おれには女子がよく身につけているスパッツ的な何かに見えたのだが……なるほど、ロイドには見えていたわけか。」
「うー、あたしだけの特権だったのにー。師匠のせいだよー。」
「ふふふ、この先の為さ。」
リザードマンの……たぶん名前があるんだろうけど名乗りも紹介もなく始まったからわからないままなんだが、人間で言ったら相当ハイレベルな体術を氷でおさえてとどめの一撃を放ったローゼルさんが放り投げられて下着が――じゃ、じゃなくて、間合いの外に戻されはしたけど、相手には結構なダメージを与えられたんじゃないかなと思っていたら突然、何かに気づいたエリルがガントレットを発射した。
「! あのリザードマン、腕が……!」
その速度と威力に驚きつつもエリルの攻撃をギリギリで回避したリザードマンは、折れた片腕が元に戻りかけていていた。
魔法生物には強力な再生能力を持っているモノがいる。種族的に持っている場合もあれば、とある個体だけが突然変異のようにその力を持っていたりもするという。おそらくあのリザードマンがそれで、その再生に気づいたエリルが攻撃を――っておお!
『グガアアアッ!』
ガントレットをかわしたリザードマンの懐に爆速でもぐりこんだエリルのアッパーが鋭い牙の並ぶアゴにクリーンヒット、リザードマンは仰向けに倒れた。
「おや、あれはさすがにノックアウトかな。」
「えぇっと……そういえばこの勝負の勝敗って……」
「相手チームの身代わり水晶を全て砕くか、あんな感じに戦闘不能にするか、降参させるか、だね。」
フェンネルさんの予想通り、今の一撃で気を失ったらしいリザードマンに司会のカーボンボさんからノックアウトの判定がなされた。
「ふむ、一先ず相手方を一体倒したわけか。しかしクォーツさんの攻撃には反応できなかったようだな、あのリザードマン。」
「ふふふ、スピードもそうだけど攻撃の際の圧がすごいんだよね、エリルさんは。放たれたガントレットも、避けてなかったら身代わり水晶が砕けていたかもしれないと相手に思わせるくらいの迫力があるし実際それくらいの威力がある。戦闘技術は勿論だけど、ああやって「雰囲気で圧倒」っていうのは案外有効なのさ。特に、本能で動く魔法生物相手にはね。」
エリルが最初に発射したガントレットを、かわしはしたけどその威力にギョッとしてたらアゴを打ち抜かれた……って感じか。
そういえばセルヴィアさんが《ディセンバ》として学院の全員と手合わせした時、エリルの『ブレイズアーツ』に似たような感想を言っていた。両手両足から炎を噴き出す姿は「こいつは強そうだ」と相手に思わせ、余計な緊張や警戒を引き出して相手が百パーセントの力を出せなくする効果があるとか。
本能とか野生の勘とか、人間にはあんまりない感覚を持っている魔法生物相手にはフェイントとかよりもああいう、単純な力の大きさを見せつける方が隙を作るという意味では有効なのかもしれないな。
「しかしアゴか……確か首都へ侵攻があった時、クォーツさんはワイバーンのアゴを殴り飛ばして落としたんだったな。」
「デルフさんの指示でな。身体の構造が違うとは言え、人間と共通する弱点もあるって事なんだろう。んまぁ、それでも人間よりは頑丈な身体だろう魔法生物の意識を断つってなるとエリルくらいのパワーが無いとダメかもだけどな……」
「構造か……体格が大きければ筋肉や骨も大きく丈夫になるからな。対人間と同じ感覚でやっても色々と足りないだろう。さっきのリシアンサスさんの攻撃も、人間なら口でガードするなんて選択肢はまずないだろうし、触手やら尻尾やら、人間相手なら両手両脚への警戒で済むところを、対象が一気に増えるのだな、魔法生物相手だと。」
「ふふふ、魔法生物戦について色々な気づきを得ているようだね。それじゃあ人型人サイズの次は割合で言えば一般的な、動物型巨大サイズの魔法生物戦だね。」
「むむ、ロイドくんを真っ赤にできたのはいいが見せ場を持っていかれたな。ずるいぞエリルくん。」
「こ、こんな時に人のこ、恋人誘惑してんじゃないわよ!」
「ロイドくんには見えるようにしているとは言え不可抗力だとも。まぁ、今のロイドくんの頭の中はわたしでいっぱいで……もしかするとあの熱い夜を思い返して更にドキドキしているかもしれないがな……ふふふ……」
ふふふっていうかぐへへって顔になるローゼル……ほ、ほんとにどいつもこいつも……!
『なかなかやるみたいだな。』
係りの人……の一体なのか、サルみたいな魔法生物が気絶したリザードマンを運び出した後、潰れたトカゲがのしのしと出てきた。
『そっちの髪の長い女の氷がどうにも規格外のようだが、そっちの拳法家の一撃も同様のようだな。ゲッゲッゲ、ハイビロビは残念だったがおかげで順番がまわってきたぜ。』
ハイビロビ……たぶんあのリザードマンの名前ね。
「……あんたたち、全員名前があるわけ?」
『当たり前だ。こうやってお前らの言語をしゃべれるようになったからお前らにも理解できる発音で呼べるようになっただけで、全ての生き物には親から授かった名前がある。』
「ははー、俺らには聞こえなかったっつーか聞き取れなかっただけってわけか。普通は種族で呼び分けるくらいしかしねーが、それを知っちまうと気軽に呼べねぇな、おい。」
「ふむ……種族と言えばわたしは魔法生物のそれには詳しくないのだが、あなたは何という種族なのだ?」
『俺か? 人間たちはサラマンダーって呼ぶな。』
「ほう……ちなみにそちらの大将であるガガスチムさんは?」
「は? あんたファイヤーゴリラって言ってたじゃないの。」
「む? あれは見た目をそのまま言っただけだ。」
『ファイヤーゴリラ? ガガスチムは確かフレイムモンキーって呼ばれてたぞ。』
「は!? どう見たってモンキーじゃなくてゴリラじゃないの!」
『ゲッゲッゲ、そっちの学者が言うには突然変異レベルの特殊個体らしいぜ。』
大きな口で笑う潰れたトカゲ……なんか普通にパクリとされそうだわ……
『ちなみに俺はダダメタっつーことで、そろそろ始めるか?』
ダダメタ……っていう名前らしい潰れたトカゲ――サラマンダーは前足を開いてググッとアゴを引く。臨戦態勢……なのかしら。
「ボク! さっき全然いいとこなかったからボクがやる! ロイくんドキドキさせなきゃ!」
「変なこと目的にすんじゃないわよ!」
短剣を片手にずんずんと前に出たリリーにツッコミを入れたら、目の前の空間に出現した穴みたいなのがこっちに迫って来て――気づいたらあたしとローゼルとアレキサンダーは後ろの方に移動してた。
「む、今のが『ゲート』か。」
「おいおい、『ゲート』って置いとくだけじゃなくて動かせんのかよ! まじで強制『テレポート』じゃねーか!」
……! 本来、自分以外の誰かを移動させる時にはその者がそれを許可しないとできない位置の移動を「『ゲート』をくぐらせる」ことで可能にするリリーの……ロイドのやらしー告白のせいで出来るようになった新しい魔法。交流祭の時にそれぞれの学校とあの街とを繋いでた設置型の位置魔法が元なんでしょうけど……こんなのデタラメだわ……
殴ろうと思ったらローゼルの氷みたいにいきなり目の前に出されて、例えば鉄の壁の目の前に移動させられたら、さっきのリザードマン――ハイビロビだったかしら? あいつみたいに腕が折れたりするってことじゃないのよ……
『ゲッゲッゲ、そういう位置魔法を個人が使ってんのは見た事ねーな。もしかしてお前が――あー、人間最強のジューニキシとかいうのの《オクトウバ》なのか?』
「違うよ。ボクは商人でロイくんの奥様。」
十二騎士……《オクトウバ》がどれくらいすごい位置魔法の使い手なのかは知らないけど、正直そういうレベルの魔法よね、あれ――っていうか誰が奥様よ! それはあた――……あたし……!
『あん? 誰だか知らねーが、まぁいいぜ。んじゃ早速――ぅらぁっ!!』
今さらだけど悪役みたいに笑う潰れ……ダダメタがその大きな口から炎を吐いた。
「おおー、なんかすごい光景だな。」
普通にあたしたちも射程の内側なんだけどアレキサンダーがあほな顔で空を見上げてるのは、ダダメタの炎が空を覆ってるから。
「当たんなければ意味ないもんね。」
リリーが片手を伸ばしたその先には大きな『ゲート』が展開してて、そこに入った炎は空中に設置された別の『ゲート』から出てきて空へと噴き上がる。まるで何もない空中で火山が噴火してるような不思議な光景で、あたしたちが……人間がやろうと思ったら結構な負荷がかかりそうな大火力を完全回避するリリー。
「ちなみに、こうしたらどうなるのかな!」
リリーが伸ばした片手、その開いた手の平をグッと閉じると空中の『ゲート』が傾いてダダメタの方を向いた。つまり――
『おおぅ。』
自分で吐いた大火力がそのまま自分に戻って来たのを見て、ダダメタは攻撃を止めてひょいっと横に跳んだ。
「背中から火を出してるクセに、避けるって事は火が効かないってわけじゃないんだね。」
『ゲッゲッゲ、攻撃用の炎と体質としての炎じゃ種類が違う。痛くて出てくる涙と魔法で出した水は別物だろう。』
ニヤリ……っていうかギシリと笑ったダダメタはすぅっと息を吸い込み始める。
『そしてそれはお前の位置魔法も同じこと。確かに面白い魔法だが――所詮は魔法、だっ!』
そして放たれた炎はもはや炎とは呼べない、アンジュが放つ熱線のようなビームと化した。
「『ゲート』!」
さっきと同様に『ゲート』を展開するリリー。だけど――
「――!!」
吸い込まれたビームはもう一つの『ゲート』、ダダメタの方を向いてる出口から出てくるはずなのに、煙一つも出てこない……!
『問答無用で移動させているとでも思っていたか? ゲッゲッゲ、確かに人間同士の魔法合戦ならそう考えてもいいだろうがな、俺たち相手じゃ――少々容量不足だっ!!』
口からビームを吐きながら器用にしゃべるダダメタが笑うのと同時に、リリーの『ゲート』の背面にヒビが入る。
『お前の位置魔法に込められた魔力を俺の炎が凌駕しているのだ。人間の建物にあるエレベーターとかいうのと同じだ。その箱の中に入らないモノは移動させられない!』
妙に人間的な例えのわかりやすい解説でなるほどって思った瞬間、リリーの『ゲート』が限界を迎えて破裂し、極太のビームがこっちに――ってちょっと!
「むん!」
さっき空を炎が覆ったみたいに、今度は正面を強烈な光が覆った。ローゼルが出した氷の壁に防がれたビームは凄まじい光と水蒸気をまき散らす。
「もーなんなのあのペチャンコトカゲ!」
ちゃっかり壁の後ろに移動したリリーがほっぺを膨らませる。
「むう、あの四本腕の怪物ほどの温度はないから耐えられるが……なんともまぁデタラメな量の魔力を込めた攻撃だな。魔眼フロレンティンにため込んだ魔力で放たれるアンジュくんのビームですら軽く超える規模だ。」
……魔法は使う人の強力なイメージとか綿密に組み上げられた術式とかですごい事を色々と引き起こすけど……単純に、込める魔力が多ければ多いほどその威力は増す。
あたしたちはイメロっていう、各系統専用のマナを生み出す道具を使って魔力の「質」を上げて強力な魔法を使うけど……魔法生物はそうじゃない。
魔法を使う為に作られた身体、体内で作られるマナ、当然魔法の負荷なんてないこいつらはそれらを使って大規模な魔法をバンバン使ってくる。
……こういうところも対魔法生物戦の特徴なわけね。
『ゲッゲッゲ、少し防御が甘いな!』
ビームを吐き続けるダダメタがそう言うとあたしたちの足元の地面がゆらぎ、急激に赤く染まって――
「うおおお!?」
アレキサンダーのビックリ声と同時に地面が……噴火した。
「むー、火を吐くだけではないのだな。」
氷の鎧――『ブルーローズ』をまとってるからか、噴き出した炎を直に受けてるのに何てことない顔で飛ばされるローゼル。リリーは『テレポート』で離れたところに移動してて……強化魔法と耐熱魔法で防御しながら回避してるアレキサンダーが一番普通の対応ね。
そしてあたしは、耐熱魔法で防御しつつ噴火の勢いにソールレットからの爆発を乗せてダダメタに攻撃を仕掛けた。
『ほう、即座に反撃とはなかなかやる!』
上空から接近するあたしに対し、その場でぐるりと向きを変える勢いで振られる尻尾で応戦するダダメタ。ソールレットで起こした小さな爆発でそれを回避しながら左のガントレットを右に接続し、あたしは狙いを定め――
「『コメット』っ!」
二つのガントレットが合わさって出来た砲弾を放つ。空中じゃあ踏ん張りが効かないけどソールレットからの逆噴射みたいので何とかして発射した攻撃……地面で撃つよりは多少威力が落ちるだろうけど……魔法生物相手にはどれくらい有効なのかしら……!
『ゲッゲッゲ!』
そんなに遠くからじゃない、そこそこの至近距離で発射したから相手に届くのなんてほんの一瞬なんだけど、ガントレットの進む先、ダダメタの手前の空間にポッて光の玉みたいが出現して――
ドゴォォンッ!!
それに触れた瞬間、爆音と共に広がった空気の壁に全身を打たれたあたしはスタジアムの壁まで吹っ飛ばされた。
「――これ、くらいっ!」
姿勢を整え、ぶつかる瞬間に爆発で勢いを殺しながら壁に突っ込む。壁そのものは派手に砕けるけど身体へのダメージは最小限に抑えたあたしは、崩れた壁から顔を出す。
「……何なのよ、今の……」
それでも轟音のせいでくらくらしてる頭を抱えながらダダメタの方を見たあたしは、ちょっと見慣れた光景を目にした。
『ゲッゲッゲ、見事な受け身だな。間近で爆発を受けておいてまるでダメージがないように見える。』
壁に突っ込んだ時と同じように、目の前で起きた爆発に対しても威力を殺す動きを咄嗟にしてたからほとんどダメージがないわけなんだけど、それは今の爆発が受け慣れた攻撃だったから。
ダダメタの周囲に十個くらいふよふよ浮かんでる赤く光る球体……あれ、まんまアンジュの『ヒートボム』じゃないのよ。
「はー、まー系統が同じなら似た魔法を使うってのは珍しくねーが、ありゃ『プリンセス』の奴の何倍もの威力があんぞ。」
「高出力のビームと展開させた『ヒートボム』、まさに魔法生物版アンジュくんだな。」
「うわぁ、面倒そう……」
「……まぁ、こういうのを経験する為にあたしたちは来た――んだから。」
ダダメタの『ヒートボム』……って名前じゃないかもしれないけど、爆発でとんでったガントレットを呼び戻して装着し直す。
「ふむ、ならばそろそろコンビネーションと行ってみるか。水と火と位置と強化……どうしたものか。」
「あー、それなんだがよ。ちっと『商人』に試してもらいてーことがあんだが。」
一緒にいる事は多くてもほとんど会話をしたことない――っていうか基本ロイドを中心にして話すリリーは、アレキサンダーからのそんな言葉にものすごく嫌そうな顔を返した……そんな顔しなくてもってくらいの……
「……なんでボクが筋肉くんのお願いを聞かなきゃいけないの?」
「だっは、予想通りの反応だな。ま、別に無理して仲良くとは思わねーけどよ。」
その嫌悪マックスの表情を、だけどアレキサンダーはあっさり笑い飛ばす。
「そうだな……それならロイドにならって褒美を用意してやろう。」
「筋肉くんからもらいたいモノなんてないよ。」
「どうかな? 男には男にしかできない方法でお前とロイドを二人きりにする事ができるんだぜ?」
「……ふぅん……」
しかも割とリリーの扱い方を分かってて……ロイドをエサに何かを提案し始めた。
……人の恋人をエサに……!
「ふむ、珍しい組み合わせが何かしようとしているならば、わたしはエリルくんとだな。水と火……普通に組み合わせると水蒸気がモクモクと……いやまて、低温と高温の温度差……」
なんか考え始めたローゼル。なんとなくダダメタの方を見ると、ギシリとにやけた顔でこっちを黙って眺めてる。余裕っていうか……いえ、それもあるんだろうけど次にあたしたちが何をするのかを楽しそうに待ってるって感じだわ。
……たぶんさっきのリザードマンならそんな事はしない。知能が高いゆえの行動……そんな気がするわね。
「よしよし……エリルくん、確かこの前の戦いを経て相手の体内に炎を起こせるようになったのだったな。」
「……そうだけど、口から火を吐く生き物にそんなの効かないと思うわよ……?」
「いや、どうかな。あれは火を扱う魔法生物であって燃えている生き物ではない。背中から燃え上がっているあれも、きっと余分なマナやら魔力やらを放出する為のものだろう。意味もなく背中が燃えている生き物などいはしない。」
「何が言いたいのよ。」
「あれが高温に強い事は確かだろうし、きっと体内もそうだろう。だがその「高温」とは自分が魔法で作った火の熱――即ち自分で制御が可能な「高温」に対しての耐性。それは果たして、エリルくんが支配する炎に対しても有効なのか――という話だ。」
「むん? トラピッチェさんと話していたと思ったら、アレクはどこに消えたのだ?」
エリルとローゼルさん、リリーちゃんとアレクという組み合わせで分かれて何かを仕掛けようとしていた四人が、気づいたら三人になっていた。リリーちゃんは腕を組んでなぜか空を見上げていて……あれ、ホントにアレクはどこに行ったんだ?
「あ、お姫様と優等生ちゃんがあたしのパクリトカゲに何かするよー。」
アンジュの『ヒートボム』と『ヒートブラスト』みたいのを使い始めた相手――ダダメタさんに向かって走り出すエリルとローゼルさん。
……いや、走り出すというか……ふっとんでいくエリルと滑っていくローゼルさんだな。
『ゲッゲッゲ、さっきの爆発を見てもまだ突っ込んでくるとはいい度胸だな!』
見ていて腹話術のようで面白いのだが、喋りながら口からビームを出すダダメタさん。さっきの極太ビームではない、細かいビームがその大きな口から同時に何本も放たれた。
それらは二人を追いかけるように降り注ぐが、するすると流れるように回避してエリルとローゼルさんはダダメタさんの間近に迫った。
『妙な動きだが――これはどうだ!』
言うと同時にダダメタさんの背中の炎が勢いを増し、人を丸々飲み込めるサイズの『ヒートボム』が十数個展開される。同時にダダメタさんを中心に周囲の地面が――焦げるというか溶けるというか、ジュウッと煙をあげた。おそらく自身の周りを一気に高温の空間にしたのだ。だが――
「あいにく、それも見慣れているのだ。」
高温の空間の外、ダダメタさんの周りを滑りながら移動するローゼルさんはダダメタさんの直上に大きな水の塊を出現させ、それを落とした。
『な、一瞬でこれだけの水を――』
ダダメタさんから見れば空を覆うほどの水がいきなり出現したのだからビックリするのは当然で、その間に落下してきた水は高温の空間や『ヒートボム』に触れて水蒸気と化し……一瞬でダダメタさん――というよりは闘技場内が真っ白になった。
朝の鍛錬とかで、熱を使った魔法を得意とするアンジュを相手にする時にローゼルさんがよく使う技――アンジュがその身にまとった『ヒートコート』やばらまいた『ヒートボム』に大量の水をかけることで熱を奪い、一時的に威力を下げる。そうすることでそのままだと近づけないのを一瞬だけ接近可能な状態に持っていくのだ。
『げほごほ、なんだこ――』
「『フレア』っ!」
ダダメタさんの動揺を遮ってエリルの声が響き――
『ご――があああああっ!?』
白いモヤの中に噴き上がる炎とダダメタさんの絶叫。振り回される巨体が起こす風で水蒸気が散り、見えてきたのは口から煙を出すダダメタさんと少し離れた場所で構えている二人。
『が、べ、体内を焼く魔法とは――な……!』
「ふむ、やはり自分が生み出した炎と他のモノが作った炎では扱いが違うようだな。」
『ゲッゲッゲ、可愛い顔でえげつない魔法を使いやが――げへっ、るぜ。』
「……言っとくけど、今からその女がやる魔法の方がえげつないわよ。」
『なに? 今から……ぐぶぅあっ!?!?』
どうやら火を吐く魔法生物であっても、火にどこまでも強いというわけではなかったらしく、エリルの『フレア』――ラコフ戦で身につけた相手の体内に炎を炸裂させる魔法がダメージを与えたようだ。
そして今度は……というか再びというか、ダダメタさんの口から白い煙が出てきた。ただし水蒸気とはたぶん違って……おそらくあれは冷気だ。
「その大きな口を大きく開いて転げまわるから簡単だった。ロイドくんの愛によって生まれたわたしの魔法の氷をその体内に放り込むのは。」
『なん……だ、と……』
「わたしの氷は触れたモノを触れた先から氷結させる。生き物の身体というのは水分がほとんどで、内側となればたっぷりだろう。普通の氷では炎渦巻くあなたの体内で融けてしまうだろうが、わたしの氷はロイドくんとの愛の絆同様に融けない。よって今、あなたは内側から凍らされているのだ。」
……交流祭で、ローゼルさんはパライバ・ゴールドという下品な男を相手にした時、『アイスブレッド』でその身体に風穴をあけ、そこから体内に水を仕掛け、それを操ることで内側から氷漬けにした。
だが今は……あ、愛の氷――を使いこなす今のローゼルさんであれば、『アイスブレッド』を突き刺した段階で相手が凍り始める事になる。
そして今、突き刺すことすらなく、相手の口の中に氷を放り込んだだけでそうなった。
触れるだけで凍ってしまう氷……お、おそろしい……
「さて、わたしからも言っておくが……わたしたちの攻撃はここからだ!」
その後はエリルとローゼルさんの攻撃が交互に繰り返された。ダダメタさんの、人間基準で考えると超火力の攻撃がことごとく水と氷で威力を削がれ、爪や尻尾を振り回すもその全てをガントレットとソールレットからの爆発を利用して回避するエリルを止めることができず、肉薄を許した直後、体内を焼かれる。そしてそれがお腹とかなら口から氷が、脚とかなら『アイスブレット』を突き刺して、エリルが攻撃した場所と同じ個所にローゼルさんが氷をお見舞いする……
……んん? ……ものすごくえげつない攻撃なわけだけど……攻撃そのものはそこまで威力がない……気がする。
ダダメタさんが生み出した炎ではないから耐熱性の体内も充分な効果を発揮できない……としても、やっぱり普通の生き物よりは熱に強いはずで、でもってエリルはどっちかというと「爆発」を利用した物理的な攻撃が得意であって炎の「熱」そのもののコントロールは練習中のはずだ。
つまり「あちち!」とはなってもそれが決定打にはならない……と思う。
ローゼルさんの氷もそうで、触れれば凍ってしまう氷が体内に放り込まれているわけだけど、そのままなら最初の攻撃が終わった段階でチェックメイト、既にダダメタさんはカチンコチンのはずだ。
それがそうなっていないという事は、ローゼルさんの氷による体内の氷結を自身が生み出した炎を体内にまわすなりなんなりすることで抑えているということ。ローゼルさんの氷は融かせずとも、その影響で凍り始める自分の身体は融かせる。だから凍っていないのだ。
普通の、例えば人間相手だったらそれはそれはとんでもない攻撃なのだけど、火を操る魔法生物ゆえにそれほどのダメージになっていない。でもたぶん、二人はそうとわかって攻撃しているのだろう。
これは何か、別の狙いがありそうだ。
「……ちょっとローゼル、もう結構やったわよ。」
「エリルくん、相手はわたしたちの何倍もある生き物なのだぞ。気長に――っと、どうやら、だぞ。」
『ゲ……ゲ……?』
スタイル的に実はちまちましたのが苦手だったのか、エリルが文句を……おお、エリルの更なる可愛いポイントをこんなところで――い、いやいや今はそうではなく……二人というかローゼルさんの作戦だったらしいさっきまでの攻撃が何らかの成果をあげたのか、ダダメタさんの様子がおかしくなった。
『これは……な、なんだ……力が入らない……気分が悪い……』
「ふっふっふ! ……と笑ってはみたものの、なるほど、そうなるのか。」
『なんだと……い、一体何を……』
「何というか……季節の変わり目は風邪を引きやすいだろう?」
『なに……?』
「ふふふ、魔法生物相手に熱衝撃を与えるとは面白いね。」
なんとなく効果がありそうだったからやってみたけどローゼルさん自身もそれがどういうことなのかわからないままやっていたらしいその攻撃に、フェンネルさんが……熱衝撃? という名前をつけた。
ん? なんかどこかで……ガルド辺りで聞いた事があるような……
「師匠、それなにー?」
「おやアンジュ、熱を操るモノならば知っておかないといけないよ。時に便利な現象なのだから。」
「えー?」
「これは魔法ではなく科学のお話でね、物体は温度が高くなると膨張し、低くなると収縮するのさ。勿論、見てわかるような大きな変化ではないのだけど、その膨らんだり縮んだりすると時に発生する力というのは結構強くてね。時にその物体を破壊してしまうんだ。」
「えーっとー……あ、もしかしてあれー? 冷えたコップに急に熱いお湯入れたらコップが割れちゃうって感じのー。」
「まさにそれさ。熱いお湯の影響でコップは膨張を始めるのだけど、あまりに急だと膨張する部分と普段通りの部分ができてしまって、そうすると膨張する力で普段通りの部分がパキンと割れてしまうのさ。」
「ふむ、それを魔法生物に……一体何が起きるのですか?」
「ふふふ、何が起きるのだろうね? 柔らかい生物の身体が割れるなんてことはないだろうけど、それじゃあ温度変化が内蔵や筋肉にどんな影響を与えるかってなると、ちょっと僕には知識がないからわからなくてね。だけどまぁ、どう考えたって身体には良くないさ。」
『ぐぐ……何が起きのたかわからないが……ゲッゲッゲ、いいだろう……ならば――!』
見た感じ熱でうなされる人のようにふらついているダダメタさんだが、気合を入れるように前の足で地面を踏みこむと背中の炎が今までで一番激しく燃え上がった。
『いくぞ、これが俺の――』
「――ぁぁぁあああああっ!」
全身が炎に包まれていくダダメタさんが、まさにその攻撃の技名なんかを言おうとした時に……若干まぬけな叫び声が聞こえてきた。
「ああああっしゃ――っらああああっ!」
どこから聞こえてくるのか、イマイチわからないその声が何やら気合のこもった叫びに変わった瞬間――
――ッゴオオオオンッ!!
闘技場内で大爆発が起きた。いや、爆発と言っても炎は見えないから凄まじい衝撃が闘技場内を走ったと言うべきか。まるでエリルの『メテオストライク』が地面に落下した時のような衝撃でスタジアムが少し揺れる。
「んん? 今の叫び声はアレクだったような……もしやアレクの攻撃なのか?」
「砂煙で何にも見えないよー。スナイパーちゃん何か見えるー?」
「う、うん……あの、燃えてるトカゲさんの上に……ビッグスバイトさん、が立ってるよ……」
「えぇ!? じゃ、じゃあやっぱり今のはアレクの攻撃――あ! ダダメタさんの身代わり水晶が……!」
立ち込める煙の向こう、等倍という事でだいぶ大きな像が出来上がっていた相手チームの身代わり水晶、その中の一つであるダダメタさんの像がいつの間にやら木端微塵に砕け散っていた。
「おや、これはすごいね。魔法生物側の像が粉々になるところなんて初めて見たよ。」
フェンネルさんも驚く一撃を放ったアレクは……突然の衝撃に吹っ飛ばされるもきちんと着地していたエリルとローゼルさんの前に「おーいてて」と呟きながら砂煙の中から現れた。
「ちゃんと当たって良かったが……くー、まだ両腕がビリビリしてやがるぜ。」
「アレキサンダーくん……これは一体何をしたのだ……?」
煙がはれると、そこには……えぇっと、この場合はうつ伏せというのだろうか、四本の脚を人間で言うところの大の字に伸ばして気絶しているダダメタさんがいた。
「今の一撃、まるでゴリラパワーエリルくんのようではないか。」
「誰がゴリラよ!」
「あー、『商人』の手を借りてな。『ゲート』を使ったちょっとした実験だ。」
「ほう、『ゲート』を。」
「ああ。あれって入口も出口も好きなところに設置できんだろ? てことはよ、下に入口を置いてその真上に出口を作るとどうなる?」
「む? 足元に入口を作って、そこに入った者が再びその入口に落ちるように出口を作るわけだから……何もしない限り永遠に「落ち」続けるのではないか?」
「だろ? てことはどんどん加速してどんどんパワーが上がってくわけだ。」
「……まさかあんた、あたしたちが戦ってる間そうやってずっと「落ちてた」ってこと?」
「おうよ。見つかんねーように空の上の方でずっと加速し続けて、『商人』がここぞってタイミングで俺をそのループから解放してたまりにたまったパワーをお見舞いするって作戦だったのさ。」
「ちょっと筋肉くん、ちゃんと約束は守ってもらうからね。」
「わーってるよ、期待しとけ。それよりもこっからだぜ?」
「ほう、それでアレクがいなかったのか。」
立ち話程度の会話だったと思うのだが、それをちゃっかり拾って部屋の中のスピーカーから出してくれる謎の技術なのか魔法なのか、とにかくオレたちもアレクの説明を聞くことができた。
「ふふふ、トカゲ系の魔法生物はウロコがあるからなかなかの防御力を持っているのだけどね。ダダメタクラスの大きさを一撃とはすごい。まぁ、一番すごいのはそんな一撃をその身で放ったアレキサンダーくんなのだけど。」
威力で言ったらエリルの『メテオインパクト』とかの方が上だと思うのだが、あの威力を放っているのは……厳密に言うと超速で飛来するガントレットとソールレット――雑な言い方をすれば鉄塊だ。
対して今のアレクは、バトルアックスを振るってはいてもそれを支えているのはアレク自身。ダダメタさんを一撃で倒すような衝撃が本人の身体にも響いているはずなのだが、それを……「おーいてて」と肩を回す程度で抑え込んでいる。
ユーリも興味を抱いていたし、やっぱり何かありそう――と思うのと同時に、それはただ単純に本人の筋トレ、努力のたまものなのだとも思えている。
んまぁ、いつの間にかちょこっと吸血鬼になってたなんてこともあるし、その内何かの機会でハッキリするだろう。
「てゆーかさー、身代わり水晶があんなになったって事は文字通りの一撃必殺だったんだよねー? 人の言葉話す生き物相手によくもまぁドカンと打ち込めたねー。あっちのえげつないコンビもそーだけどさー。」
「ふふふ、アレキサンダーくんの場合はやってみたらそういう威力になってしまったというところだろうけど、まぁみんなが今まで経験した……学生は勿論現役の騎士ですら体験できない様々な事が糧となっているのだろうさ。きっとアンジュも躊躇なく攻撃できるよ。」
「……それっていーことなのかなー。」
「ふふふ、このワルプルガという舞台は極端に特殊な状況だという事を忘れてはいけないよ。別に残酷に、非情になれとは言わないけれど……致命的なためらいによって命を落とす若い騎士は少なくないからね……」
ふと悲しそうな顔になったフェンネルさんを見て、先生の言葉を思い出す。間違えてはいけない場面で後悔のないように――もしもダダメタさんがオレたちに害を成す存在だったら、人間の言葉をしゃべるというだけで手が止まるようでは騎士の務めを果たせないのだ。
ちょうどラコフ戦を経てそんなことを考え始めたオレたちなわけだが……どうやらフェンネルさんはこの問題にぶつかってしまった騎士をたくさん知っていて……そして最悪の結末というのも見てきたようだった。
……こう言うのもなんだけど、ラコフ戦は新しい魔法の他にもそういう事を考えるキッカケをくれたということで、あの一戦の意味は思った以上に大きいのかもしれない。
『ふん、こうなる事もあるかもしれないとは思っていたが……まだまだだな。』
さっきのトカゲ……えっとハイビロビ? を運び出したのと同じサルが出てきてダダメタを運んでくのを眺めながら、最後の一体のクロドラドがアゴに手をあててため息をつく。
『あいつらは……そう、言うなれば中堅の一歩手前。それなりの強さを得て「経験の浅い若い奴ら」に数えられることはないが……それゆえに最も油断しやすい状態だった。この敗北がいい刺激になればいいがな。』
「おいおい、んじゃ今の二体はそっちの中じゃ弱い方ってことか!?」
『そうなるな。』
……別に苦戦したってわけじゃないけど……ポジション的にはこっちで言うところの中級騎士、スローンくらいのレベルなんだと思ってたわ……
「ふむ、そんなメンバーと共にわたしたちに興味を抱いて出てきたあなた自身は――逆にそちらでトップクラスの強さ。先の二体とは別格というわけだな。」
『そうなるな。』
別に自慢でもなんでもなくて、ただただ事実を言っただけって顔であたしたちを見下ろすクロドラド。……たぶん、そんな顔だわ。
『対私たち――の経験をしに来たお前たちにとってあいつらは少々ズレた印象を与えているだろう。せっかくだから修正しておいてやる。普通に戦っては一方的だからな。』
「わー、自分が負けるわけないって感じだね。」
『当たり前だ。』
リリーの嫌味な顔に対してもさっきの「事実を言っただけ」って顔を向けてくる……
正直半分半分だわ。どう見たって格上だっていう気配っていうか雰囲気みたいのを感じてるから一撃だけでも入れられればいい方って思うのと同時に、色んな経験をして強くなったあたしたちなら勝てる――とも思うのよね。
「へへ、まー自分が負けると思って戦う奴はいねぇだろうさ。魔法生物について教えてくれるってんならありがたく教わって、でもって本気も出させりゃいいだけだ。」
バトルアックスを構えてヤル気満々のアレキサンダー。カラードと同じでこいつもこいつがブレることはないのね……
まぁ、その通りなんだけど。
『本気か……ではまず、私の授業を生き延びることだな。』
……それが構えなのか、腕を組んで仁王立ちになるクロドラド。
『そもそも初めから間違っているのだが……私たちが私たちに害を成す可能性のある存在に遭遇したならまずはこれだ。』
腕を組んだまますーっと息を吸い込むと――
『―――――――――――ッ!!!!!』
ガオーかグルアーか、とにかくクロドラドがすごい声量で吠えた。地面がビリビリ震えるくらいの馬鹿でかい――え……あれ……な、なんで……
『威嚇。それ以上近づけば攻撃する――いや、殺すという合図だ。ヴィルード火山ではそうはならないが、普通、私たちは縄張りに入った者を、同種ならば多少の余地はあろうが他種であったなら容赦はしない。理由など聞きはせず、死ぬか退くかの二択を提示する。』
――!? なんであたし、身体が……動かな――え、なにこれ……脚が震えて……!?
『言っておくが人間が出す殺気などままごとに過ぎない。それが凶悪犯だろうとなんだろうと、自然以上に厳しい環境で育つ人間などいはしないのだからな。慣れていなければ、私たちのそれを受けた人間はまず間違いなく恐怖し、立ち尽くす。今のお前たちのように。』
クロドラドから外せなくなってる視線を頑張って横に向けると、同じような顔で同じようにつっ立ってあたしを見るローゼルがいた。
『そしてハッとして正気に戻った頃には何人か――死んでいる。』
その後の光景は一瞬だった。腕組みしてる状態だったクロドラドが消えたかと思ったら両手の鋭い爪がローゼルとあたしを貫こうと寸前まで迫った。だけどその直前、あたしたちは背後から来た『ゲート』によってさっきみたいに後ろに下げられて、気づけばクロドラドの顔の横辺りに今まさにその短剣をクロドラドの目に突き立てようとリリーがいて……だけどボッっていう空気が破裂するような音がしたと思ったらリリーがいなくなってあたしたちの後方にある壁が爆発して……リリーの身代わり水晶が木端微塵に砕け散った。
「ぼあ!? げ、おい、な、何が起きた!?」
クロドラドから狙われなかったアレキサンダーがあたしたちから離れた場所で一人ジタバタする。あたしは……後ろを見て、壁がいきなり爆発したのはそう見えただけで……砕けた壁の中でぐったり気絶してるリリーを見つけてその原因を理解した。
『位置の魔法は時間の魔法に次いで世界の捻じ曲げ方の大きい魔法……そんな流れの読みやすい魔法を使っては死角に入っても意味はなく、そもそもウロコに覆われた身体がダメそうなら柔らかい眼球をというのは人間の考えそうな事……私の威嚇に一人だけ耐えて仲間を救ったまでは良かったが攻撃が今一つ、対人間の域から出ていない。余裕を持って蹴り飛ばせたぞ。』
蹴り飛ばす……さっきのボッていう音は蹴りが空気を切る音……その一撃でリリーは……!
ていうかこいつ、あの至近距離のリリーに「蹴り」って、相当な体術の使い手じゃないのよ……!
『さて、こうして重要な支援役を失ったわけだが、それをたまたまとは思わない事だ。今言ったように私たちは魔法の流れを読み、相手側で最も厄介な存在を見極める。知能の有無は関係なく、むしろ無駄な思考が無い分通常の私たちの方が的確に狙いを定めるだろう。支援がなければ戦えないというのなら、最大の防御を用意しておくことだ。』
さっき授業って言ったのは本気でそのつもりだったみたいで、クロドラドはまるで教師みたい一つ一つ指導してくる。だけどそんな態度も納得の強さ……凄腕の騎士が技術をそのままに巨大化したようなモンだわ。
「身代わり水晶が粉々とは……さっきのアレキサンダーくんの一撃ならともかく、ただの蹴りでそうなるとはな……これが人間と魔法生物の地力の差というわけか。」
両手で自分のほっぺを叩きながらトリアイナを構えるローゼル。さっきの威嚇……今まで相手にしたどの敵とも違う、頭で考える理屈を無視して身体が勝手に動かなくなる……本能的な恐怖を体験したけど、それで闘志までなくなるほどやわでもないわけで、あたしも頷きながらガントレットを構え……たんだけど、クロドラドはあたしたちからアレキサンダーの方に顔を向けてた。
『では次だが、人間には力自慢がいる。』
「お――うお、俺か!」
『ガッシリと鍛えた身体に強化の魔法を重ね、私たちに真正面から挑んでくる者がいるわけだが――』
瞬間、また消えたかと思ったらアレキサンダーの正面に移動したクロドラドは鋭い手刀を振り下ろす。
「――っつああっ!?」
それをバトルアックスで受けるんだけど、同時に地面が陥没してアレキサンダーの両足がめり込む。
『ほんの一握りの選び抜かれた精鋭を除き、力自慢はその自慢をやめるべきだろう。その鍛えた身体は所詮、人間の中で飛びぬけているというだけで、私たちからすれば……種族によっては生まれたての赤子以下の力となる。加えて忘れてはいけないのが……』
「んのおおおっ――やろめがああああっ!!」
瞬間的な強化魔法を使った爆発的なパワーが売りのアレキサンダーだけど、普通に使う強化魔法だってかなりのモノ。そのアレキサンダーがたぶん、全力全開で力を出してるんだけど……バトルアックスも本人も沈んでいく一方だわ……
『私たちもまた、強化の魔法を使うという点だ。人間より強靭な肉体を持つ私たちが、人間が使うよりも効果の大きい強化の魔法をな。だからお前は今、私の攻撃を受けるのではなく避けるべきだった――のだ。』
クロドラドがアレキサンダーの全力を押し返す片腕に更に力を入れた途端、地面を衝撃波が走って……アレキサンダーの身代わり水晶が砕けた。
『ふむ、経験が浅いというのは本当らしく、私たちを相手にするには考えが未熟と言わざるを得ないが……しかし褒める点もあった。』
地面に大の字に埋まったアレキサンダーに背を向けてあたしたちの方に向き直るクロドラド。
『先ほどのダダメタへの攻撃は評価に値する。私たちと人間には違いが多々あるが、しかし共通点があるのも事実。血流や呼吸、神経系など身体を動かす仕組み、心臓や脳と言った弱点、動けば疲労し、腹が減る。そういったポイントを突くことのできる技があれば、どんな私たち相手でも戦うことができるだろう。』
褒めるところは褒めるっていうとことん教師みたいなことをしたクロドラドは、そこで再度腕を組み直した。
『……ふん、ざっと思いつくのはこれくらいか。次の勝負も控えているし、そろそろ終わりにするか。』
コキンと首を鳴らしてあたしたちを見下ろすクロドラド……コケにしてるってわけじゃないし、普通にためになる話だったけど……正直腹が立ってきたわ……
「……あたしたちが――」
『うん?』
「あたしたちがあんたに勝てそうもないって事は理解したわ。でも折角だからもう一つくらいお土産をもらいたいわね。」
言いながら、あたしはクロドラドが背負ってる変な形の剣を指差した。
「見た感じかなりレベルの高い体術を身につけてるみたいだし、きっと剣技も相当なモンなんでしょ? 見せてもらいたいわね、ヴィルード火山トップクラスの魔法生物の本気ってのを。」
『これをお前たち程度に――いや、そうか。そういえばもう一つ教えられることがあったか。』
まさに達人という感じに、クロドラドは背中の武器に手を伸ばしつつ態勢を低くする。
『私たち――高い知能を授かった個体からは抜けがちな、自然界における常識……』
あたしにもわかるくらいに膨れ上がる魔法の気配。膨大ってわけじゃないけど……表現するなら「研ぎ澄まされた」ってのがしっくりくる魔力が剣を包み、熱と光を帯びていく。
『そこは文字通りの弱肉強食、手加減や油断など存在しない全力の世界。相手が格上だろうとひるむことなく、格下だろうと侮りはしない。これが「私たち」を教える授業ならば、最後は私の全力を示すのが終わりとしては相応しいかもしれないな。』
さっきの威嚇にも似た……いえ、それ以上の強烈な殺気。これを最初にぶつけられてたらその場で気絶してたんじゃないかってくらいの圧力……!
「やれやれ、いつか経験したカーミラくんの殺気とは別方向にとんでもないな。こんなものをわざわざ引き出すとは、エリルくんは本当に熱血主人公だな。」
呆れた物言いだけど、その表情は……普段だとあんまり見ない、きっとロイド――と一緒にいるためなんだろうけど、それでも確かに騎士を目指してる者が遥かな格上に挑戦する顔。そこには、この一戦、一瞬を強さに変えてやろうっていう意思があって……
そう、本当に。普段は人の恋人にあれこれしてるけど、そのためだけじゃ朝の鍛錬だって続かないと思うし、『ビックリ箱騎士団』の面々は全員が騎士に――強い騎士なろうとしてるのよね。
……その理由はどうであれだけど、ロイドだけがライバルじゃないわね。
「行くわよ。」
「うむ、ロイドくんにいい所を見せるのだ。」
……
…………こいつは……
『はっ!』
あたしのローゼルに対する微妙なツッコミを隙と見たのか、「こいつは」って思った瞬間にクロドラドがその大剣を振るった。その動きに合わせてぐねぐね曲がった歪な剣の、それゆえに存在してる数か所の剣先から斬撃が飛ぶ。
それはただの衝撃じゃなくて……強いて表現するなら「燃える斬撃」って感じで、アンジュの『ヒートブラスト』みたいな高熱を帯びた斬撃が一振りで無数に放たれた。
「――!」
とりあえず自分の方に飛んできたのをかわしたんだけど、あたしにはその一発だけで他の全部は氷の壁で防御するローゼルの方に飛んで行った。
「くっ――!!」
意のままに操れるのか、ロイドの回転剣みたいに全方位から迫る斬撃にドーム状の壁で対応するローゼルは、次々と飛んでくる斬撃の防御でその場に釘付けに――
!! まずはあたしからってことね!
『しっ!』
厄介な氷の壁を使うけど機動力はそこまで高くないローゼルを足止めして、逆に細かく動けるあたしを先に倒しに来たクロドラドがいつの間にか背後でその大剣を振り下ろしてた。
「――っ!!」
正直間に合ったのがウソみたいで、爆発で身体をひねった結果ソールレットの先っちょを大剣がかすめる。さすがにこの大剣の間合いの中じゃ不利だから一度距離を――いや、むしろ離れたらダメよあたし!
「はあああっ!」
振り下ろした直後の姿勢のクロドラドのアゴを狙って突撃する。身長的にはクマか何かと戦うくらいの感じのはずなんだけど、全身から放たれる圧力で前に首都に侵攻してきたワイバーンみたいな超巨大生物を相手にしてるような錯覚に襲われる。
でも殴り飛ば――
『がぁっ!』
クロドラドの顔面の直前、鋭い牙がずらりと並ぶ口がガバッと開いてあたしの左腕――肘から下が牙の向こうに消えた。
「――ああああああっ!!」
瞬間、激痛が走り出す。そのまま首を振ったクロドラドに放り飛ばされたあたしは自分の左腕がなくなったんだという絶望を感じた。だけどそこにはあたしの左腕がちゃんとあって、それでハッとして自分の身代わり水晶を見ると、左腕が肘の部分でぼっきり折れてた。
あたしの左腕は――まだある! そうだわ、大ケガや致命傷を防ぐために身代わり水晶を使ってるんだから、この痛みだって一時的なモノ。腕の感覚は全然ないけど、勝負が終われば元に戻るんだからまだ戦え――
『戦闘中に一安心とは、仕方がないとはいえワルプルガの悪い点だな。』
直後、振り下ろされた大剣がギロチンのように――あたしの身体を上と下とに切断した。
「エリルくんっ!!」
急激にぼやけていく視界の中、あたしの方を見て叫ぶローゼルが、氷の壁を突破して降り注ぐ無数の斬撃に飲み込まれたのが見えた。
「ふふふ、初めての人にはなかなかキツイかもしれないね。どうかな、身代わり水晶によるちょっとした臨死体験は。」
勝負が終わって戻ってきた四人はどんよりとした顔を――
「ロイくんボク殺されちゃった! 慰めて!」
――三人がどんよりとした顔を――
「ロイドくん、ちょっとわたしも……」
――二人がどんよりとした顔を――
「……」
――一人がどんよりとした顔を――ってエリルまで!?
「あ、俺はいいからな。」
だんだんと強化コンビの定番のボケになりつつあるそれを流し、オレは……押されるままにソファに座り込んだオ、オレに抱きつい――ている、三人を見た。
リリーちゃんとローゼルさんはまぁ割といつもの……いつものことってかなりアレだと思うけど、とりあえずそれは置いておいて、エリルまでもがというのがいつもと違うところだ。
んまぁ、部屋だと結構――ああいや、このことは今はいいとして……さ、三人の色々なあれこれが色々なあれこれに触れててふにふにと柔らかかったりするから普段ならジタバタするところなのだが、三人の表情を見る限りかなり深刻というか、そういう雰囲気ではなかった。
本当に怖い体験をした……そんな感じの顔だ。
「えぇっと……み、みんな大丈夫……?」
「ボク全身がぐちゃぐちゃになった感覚だったの! ロイくん抱きしめて! チューして!」
「わたしは焼かれて斬られる雨の中という感じだったぞ……」
「……お腹のところで真っ二つにされたわ……」
「ちなみに俺はこう、上からぺしゃんこにされた気分だったぜ。」
アレクはなんかもう「いやー悪い夢みたぜ」ってくらいまで回復してるけど……三人はまだ少し震えている。きっと今言葉にした事がそれ以上の恐怖と共にやってきたのだろう……
「師匠、これ知ってたんでしょー? なんで教えといてくれなかったのさー。」
「ふふふ、先に教えてしまうと不安になって動きがかたくなるかもと思ってね。」
少し申し訳なさそうに笑うフェンネルさんは、むぎゅっと固まって団子状態のオレたちを眺めながら説明をする。
「騎士の学校なんかが使う大ケガ防止用の魔法は痛みも抑えてて、そういう類では甘口なのだけど、こういう現役の騎士しか出ないようなイベントで使われるそういう魔法は辛口なのがほとんどでね。加えてワルプルガはヴィルード火山の力で身代わり水晶なんてモノが使えてしまうから、臨死体験できてしまうくらいの激辛なのさ。色んな経験をしているとは言えいくつもの戦場や死線を潜り抜けたわけじゃないみんなにはまだまだキツかったね。悪い事をしたよ。だけど……」
ふと、若くして命を落としてしまう騎士の話をした時と同じ顔になったフェンネルさんは真剣な顔でこう続けた。
「ワルプルガという稀な機会を得られたみんなには是非とも「死の恐怖」というものを感じておいてもらいたかったんだ。様々な経験を通して急成長しているみんなは、先達からすると少し心配でね。不釣り合いな程の力が与えるだろう早熟な自信は、みんなを軽々と死地へ誘う。ここで一歩、みんなの足を止めてくれるような経験をして欲しかったのさ。」
真剣な顔のフェンネルさんの口から出た「死の恐怖」という言葉に部屋の空気がピリッとす――
「つまり師匠はあたしたちにちょーしに乗るなよーって言いたかったんだねー。」
「アンジュ、せっかく格好のつく言葉で伝えたのに台無しさ。」
苦笑いをするフェンネルさん。でもその心配はきっとすごくありがたいモノだ。フェンネルさんが言ったように、今のオレたちが手にしている力は……たぶん年齢や学生という立場には不釣り合いに強大なのだ。
「でも師匠、ちょっと激辛過ぎたんじゃないのー? あたし、いつもならこの三人に混ざるけどそれがしづらい雰囲気だよー?」
「ふふふ、まぁあまりに強い「死」のイメージで戦えなくなる騎士というのもいるのだけどね。それこそS級犯罪者や反政府組織との戦いをくぐり抜けたみんななら大丈夫さ。」
「師匠って時々スパルタだよねー。あたしたちなんかお姫様たちのこんな状態見た後に試合だしさー。」
アンジュの言葉でちょっとドキッとする。エリルですらこんなになる「死の恐怖」……うぅ、オレ大丈夫かな……
「ふむ。しかしそういう恐怖があるという事を知って戦いに挑むことが本来あるべき姿のはずだからな。おれたちはより一層の良い経験ができるというものだろう。」
あっさりとした顔であっさりと言ったカラード。
「ところでフェンネル殿、身代わり水晶が致死の痛みを経験させるという事は、昨日フェンネル殿の像を貫いた時ももしや……」
「ふふふ、さすがにあの時はそういう機能をオフにしていたさ。」
「オフ……あ、あの水晶って……そういう細かい、設定ができるん、ですね……」
「ふふふ。長年の試行錯誤があるからね。強いて言えば、ワルプルガの際は水晶の設定を「痛みの感度最大」にしているのさ。初めの頃は命がけだった名残かな。」
「あー、一瞬だったけどマジで死ぬっつーか死んだと思ったぞ、あの痛みは。」
いよいよケロッとしてきたアレク……すごいな。
「そういや気絶して気づいたら勝負が終わってたからわかんねーんだが、あのトカゲ剣士は『水氷の』の氷の壁を突破したのか? それとも足元からの噴火でやられたのか?」
誰にともなく、知っている人に質問した感じのそれに……オ、オレの左腕にしがみついていたローゼルさんが顔を上げた。
「あれは……そうだな、わたしの未熟故というべきだろう。エリルくんがやられたのを見て頭が真っ白になったのだ……本当にあの一瞬、エリルくんは真っ二つになっていた――ように見えたからな……」
「ふふふ、それも大事な経験だね。魔法は心の影響を大きく受けるから、愛の力で絶大な防御力を得たかと思えば、仲間の敗北に冷静さを失って薄氷のようにもろくもなる。チーム戦ではそんなところも大切なポイントさ。」
……! そうか、もはや絶対無敵と思っていたローゼルさんの氷も、ローゼルさん自身が心を乱せばその硬度は下がってしまうのか……
……むしろ今まで……ラコフ戦でもあの防御力を維持していたのがすごかったというべきなのか……そ、それかあの時はオレとのあれこれから日が浅かったからなのか……あうぅ……
「心の影響……なるほど、つまり戦いの前はしっかりと愛を補充して臨めばいざという時にも心が支えられるのだな。ロイドくん、次からは戦いの前に愛を語らおうではないか。」
「えぇ!?」
「優等生ちゃん、元気になったんならロイドから離れたらー?」
ローゼルさんが元に戻ってきたので、オレはエリルの顔を覗き込む。
「エリルは? 大丈夫か?」
「…………」
オレの正面にだ、抱きついているエリルはジトッとオレを睨んだ後、再度顔をうずめた……な、なんだこのエリル、可愛いぞ……
「ロイくん! ボクはまだダメ! 熱いキスが必要だよ!」
「びょえっ!?」
右腕にくっついているリリーちゃんがずずいと顔を近づけて――ああ、そういう動きをすると柔らかな――柔らかなああああ!
「ふふふ、アンジュも大変だね。」
「昨日師匠がもっと大変にしたんだけどねー。」
柔らかな誘惑からは逃れられていないが、勝負が終わった直後のどんよりした感じがいつものみんなの雰囲気に戻って来たのを感じてホッっとし――
「おいロイド!」
「どわ!」
ソファに座るオレをぬっと上から見下ろしたストカにビックリしたのだが……ストカは妙に嬉しそうというか、何か面白いモノ見たような顔をしていた。
「な、なんだよストカ、そんなワクワク顔で……」
「さっきの戦い、あの――クドラドロ? ってのが使ってた剣、ありゃかなり珍しいモンだぞ。」
「クロドラドさんな……あの大きな剣がか? 何か特殊なモノなのか?」
「おや、気づいたのかい。」
フードをかぶったストカを妙な……不思議な表情で数秒見つめた後、ふふふと笑ってフェンネルさんはクロドラドさんが使っていた武器について教えてくれた。
「あの変な形の剣はね、実はマジックアイテムなのさ。」
「む? あの大剣が? それは少し妙だな……」
元気にはなったみたいだけどオ、オレからは離れないローゼルさんが間近で難しい顔をする。
「マジックアイテムというのは魔法使いが何らかの目的に合わせてそれに特化した魔法を物に付与したモノで、当然ながら人間が使う事を前提としているはずだ。あの、フィリウス殿の剣よりも大きそうな鉄塊を扱える人間なんていないだろうに。」
「ふふふ、まさにその疑問への答えがあの剣の珍しいところさ。実はあれ、元々は亡くなった魔法生物の遺体なのさ。」
「遺体……む、ではあれか。高名な魔法使いが死の間際に己の全てを代償にして作ることがあるというタイプの……」
ローゼルさんが少し浮かない顔になったのはたぶん、ザビクの件だろう。オレは気絶していた――というかマトリアさんが表に出ていたから見てはいないのだが、スピエルドルフで襲ってきたザビクというアフューカスの仲間の一人は、自身を代償にマジックアイテムとしてメガネを作ったそうなのだ。
字面だけ見ると何らやまぬけな雰囲気だが、S級犯罪者が残したマジックアイテムという事で騎士の間では最重要危険物に指定され、色んな偉い人に警告が出されたという。
「その通り。魔法生物たちにそういう技術は――少なくとも今はないのだけど、昔から極めて稀に、そういう現象が起きて自身をマジックアイテムに変化させるモノがいるのさ。」
「おいおい、それってすごいんじゃねーのか? モノに魔法を追加すんじゃなくて魔法生物の身体がそのままアイテムになんだろ? 俺らと違って魔法を操る器官とかを持ってる連中がそんなものになったらものすげーパワーが出るんじゃねーのか?」
「ふふふ、それもその通りさ。あの剣の最大出力はこのヴィルード火山の三分の一を消し飛ばすと言われているよ。」
「規模が大きすぎてよくわかりませんね……あの、もしかしてそういう武器を持っている人――方は他にもいるんですか?」
「僕の知る限りじゃ二体だけだよ。」
「二体……あ、じゃあもう一体はガガスチムさんですか? リーダーですし。」
「いや、ガガスチムは違うよ。あいつ、武器を持ってるその二体よりも強いのさ。」
「えぇ……」
「そ、そういえば……クロドラド、さんが出てきたっていうこと、は……あ、あたしたちの時にその、ガガスチムさんが、出てくることも……」
「ふふふ、クロドラドよりもその可能性は高いかな。そんなような事をさっき言っていたしね。」
「えぇ……」
ちょっとフィリウスと似た雰囲気のガガスチムさんを思い出し、確かに笑いながらオレたちの対戦相手として登場しそうだなぁと、諦めのため息が出た。
『おうクロドラド! 剣を使うなんざ珍しいじゃないか!』
スタジアム内の控室。人間側のそれとは内装の全く異なる、部屋と言うよりは小さな庭と言った方がしっくりきそうなその場所に戻って来た、大剣を背負った二足歩行の大きなトカゲ――クロドラドに大きな声でそう言った葉巻をくわえた巨大ゴリラ――ガガスチムはニヤニヤと小ばかにするような顔をしていた。
『なに、たまには振るってやらないと感触が鈍ると思っただけだ。』
『バッハッハ、んでどうだった、フェンネルの弟子は!』
『どうも何も、まだまだひよっこだ。力はあるが圧倒的に経験がない。』
『そりゃそうだ、その経験をする為にこのワルプルガに来たって話だからな! いきなりフェンネルみたいにわしらと互角にやり合えってのは無理な話だ! わしが聞きたいのは面白さだ! なんかすごい魔法使ってただろう!』
『ああ……使い方はともかく、魔法単体としては驚異だな。魔力感知でなければ知覚できない上に凄まじい硬度の氷に奇妙な位置魔法、そして私がそこそこ本気を出さなければ押し勝てないパワー。』
今の戦いで自分の手刀を受け止めていた人間を思い出し、肩を回すクロドラド。
『そしてあの赤い髪の人間……機動力もパワーもすごいが特筆すべきは意思の強さか。』
『意思?』
『私の威嚇に恐怖して足を止めていたというのに、あの人間、私が間近に迫った時、私の攻撃の間合いに入った不利よりも対格差を活かした近距離戦を仕掛けてきた。あの人間の「攻撃に転じる」という判断がもう少し早かったら近づき過ぎていた私はアゴにいい一撃をもらっていただろう。あれは強くなるぞ。』
『バッハッハ、高評価だな! これはわしの番が楽しみだ!』
『……出る気なのか? 一日目の試合に。』
『お前だけ楽しい思いをしてわしにお預けとは言うなよ!』
葉巻を大きく吸い込んで一気に半分以上を炭にした後、手の平に発生させた炎でそれを消し炭にしたガガスチムは大笑いしながらその部屋を出て行った。
『……となるとあの子供はガガスチムと……場合によってはあの奇妙な感覚の正体がわかるかもしれな――』
『クロドラド!』
控室の中、おそらくはもっと小さな一室だったのだろうが壁や床を抜いて複数の部屋を繋げてできたその部屋には他にも多くの魔法生物がいるのだが、その中の一体がクロドラドに近づいてきた。
『なんださっきの戦いは! まるで人間を育てるようなあれは一体どういうわけだ!』
クロドラドはトカゲ、ガガスチムはゴリラとわかりやすい表現があるが、その魔法生物と似た姿の生き物は他にいないと思われ、強いて言えば複数の生き物が混ざり合ったような姿をしていた。
上半身だけ見れば羊のような巻き角の生えたクマなのだが、その身体は下に行くほど細くなり、脚にいたってはまるで鳥のようで、上半身と比較すると非常に頼りなく見える。背中には翼のように広がってはいるが翼の用はなさない枯れ枝のように歪なモノが四本生えている。
力が強いのか弱いのか、足が速いのか遅いのか、飛ぶことができるのかできないのか。身長はクロドラドと同等ながらも細身の部分のせいで迫力も半減している、そんなアンバランスなシルエットのその魔法生物は怒りをあらわにクロドラドに迫る。
『人間が犬猫に芸を教えるような余興ならばいい。だがあれは成長させる為の教育だ! 何故人間なんぞにそんなことをする!』
『ふん、相変わらずだなゼキュリーゼ。人間に強くなられるのが恐ろしいのか?』
『そんな話はしていない! 支配する者が支配される者の立派な成長を促すなどおかしいだろうという話だ!』
『またそんな事を……』
『事実だ! 貧弱な人間が世界を我が物顔できているのは知性ゆえ! それをオレたちが得たのならば、次なる支配者はオレたちだろう! あの魔人族ですら圧倒的な個体数の差でオレたちの支配下に入るべき存在――この世界は次代をオレたちに委ねたのだ!』
『支配者だの世界を委ねるだの、その貧弱な人間の考え方に染まっている自分自身はどう弁護する気だ?』
『貴様っ!』
クマのように巨大な手がクロドラドの首を締め上げる勢いでつかみ、周りの魔法生物たちがどよめくも、クロドラドは表情一つ変えない。
『人間の中には思想の自由とかいうモノがある。お前が何をどう思おうとお前の勝手だ、好きに妄想しろ。だがそれを実行して私たちに害が及ぶようなら覚悟しておけよ? かつて人間との戦いで多くの同胞を失っている歴史を忘れるな。』
表情は変えないが明らかな威圧の色の混じった眼光に奇妙な姿の魔法生物――ゼキュリーゼは舌打ちを返し、クロドラドから手を離して部屋の奥へと消えていった。
『まったく、どいつもこいつもわかりやすく面白がってわかりやすく不満げだな。』
あたしたちの試合の後、星二つの勝負が何回か行われてそろそろ日も傾いてきたころ、試合のレベルが星三つに上がった。
『オホンオホン、試合の数は星が多いほど少なくなるので、一日目に星三つに入ることができたのは僥倖なのですが、ここで試合の順番の変更です。』
「おや、あっちかこっちの参加メンバーに何かあったのかな。」
「えぇ? 何かあることがあるんですか?」
「そりゃあね。体調不良とか……こっち側限定の話で言えば貴族の足の引っ張り合いとかね。」
「えぇ……」
『星三つの試合の中でフェンネル――いえ、カンパニュラ家が参加する試合を繰り上げて今日中に行っておきたいという要望がありましたので、問題が無いようであればそのようにするのですがいかがでしょう。』
「んん? 僕たちはそんな話していないから……他の貴族のちょっかいかな。もしくはこの要望があっち側のだとしたら――」
『バッハッハ! わしはもう待ちきれないのだ!』
控室の窓の外、スタジアムの真ん中にある闘技場部分に……デカいゴリラが立ってた。
『さぁ来いフェンネルの弟子共! クロドラドだけに楽しい思いはさせんぞ!』
「……あの、フェンネルさん、これって……」
「ふふふ、思った通りになったね。」
「あぁ、やっぱりそういう事ですか……んまぁ、そうなるような気はしていたんですけど……」
「ほう、あちら側のリーダーと戦えるのか。ありがたいな。」
「えー、あたしあれが戦うとこ何回か見たけどハンパじゃないよー?」
「お、大きいね……ど、どうやって戦えばいい、んだろう……」
ロイドとアンジュが嫌そうな顔をして、ティアナが意外にやる気で、カラードが純粋に嬉しそうっていう極端な組み合わせのロイドチーム。
「むう、結局わたしたちは負けてしまったからロイドくんたちには是非星のゲットをと言いたかったのだがな……」
「うおー、羨ましいぜカラード! どっちかっつーとあっちの方が俺的には好みのパワータイプだからな! 全力で行けよ!」
「ロイくん! 怖い思いしたらボクに抱きついてね!」
あの……あの恐怖をロイドも……
「……頑張んなさいよ。」
「お、おう……エリルを見習って頑張るよ……」
「は? あたし?」
「いや、ほら……クロドラドさんの剣をよけた時、エリル距離を取らずに向かっていっただろう? ああいうガッツはさすがエリルだなぁと……」
「――! う、うっさいわね、ついそう動いちゃっただけよバカ!」
「えぇ……」
「ほらーもー、仮夫婦漫才はやめてよねー。いくよロイドー。」
ロイドたちが部屋を出た後、ローゼルたちにジトッと睨まれたけど……い、今のはロイドが勝手に褒めただけだし、それこそ恋人同士の普通――な、何考えてんのあたし! あのバカでかゴリラの戦いからも何か学ぶのよ!
『バッハッハ、悪かったな! 順番通りにやると明日になりそうだったんでな! 先にしてもらったぞ!』
「は、はぁ……」
で、でかい……いつかのワイバーン並のデカさだ。あんまり近くに行くと顔が見えなくなるから微妙な距離感で顔を合わせているのだが……勝てる気がしないぞ……
い、いかんいかん、エリルのガッツを見習うのだ!
「ふむ、考えモノだな……」
準備万端、フル装備の全身甲冑姿のカラードが腕を組んでうなる。
「明日も試合ができるという保証はないし、あちら側でナンバーワンの相手なわけだからこの一戦で『ブレイブアップ』を使い切るのも悪くはないが……しかしもしも明日、今回とはまた違った魔法生物戦が体験できるとしたら学びの機会を失うのは大きい……うーむ。」
『おう、どうした鎧の人間! 戦いを前に何を迷う!』
パン――というかバァアンというか、耳が痛くなるような音を響かせながらガガスチムさんが両手を叩くと、その巨体を挟むように左右の地面から巨大な……金属の柱? みたいなモノがはえてきた。
『迷うという事はどっちを選んでも何かしら残念なことがあるという事! ならばその場その場の気分、思うがままに進め! わしはいつもそうしているぞ!』
そしてガガスチムさんは金属の柱をガシッと左右の腕でつかんで構える。表現するなら……めっちゃムキムキの人がその辺にたまたま落ちていた鉄の棒を構えたような荒々しさ。
……というかこの柱、もしかして……
「あの……今のって第五系統の魔法ですか?」
『ん? ああそうだ。土の魔法で作ったモンだ。わしはお前たちに言わせるとトツゼンヘンイとか言うらしくてな。炎の魔法は勿論使えるが、一番得意なのは土の魔法なのだ。』
……たぶん、今の「勿論使える」の使える程度はオレたちで言うところの得意な系統レベルで、それを差し置いて第五系統が得意だと言うのだから……これはまたとんでもないんじゃなかろうか……
んまぁ、使う系統がどうであれ元々とんでもないのだが…………えぇい、やるしかないぞオレ!
「……いよし! みんな、色々と勉強しつつも、せっかくだから勝って星をゲットしよう!」
「わー、あたしの家のためにってことー? もー、早速当主の自覚があるんだねー。」
「そ、そういうんじゃなくてですね!?」
「思うままにか……ならば勝つための、そのための道を進むとしよう!」
「そ、そうだ! 勝つぞカラード!」
「あ、あたしも、頑張るよ……それでロイドくんにも惚れ直してもらって……えへへ……」
「ティアナさん!?」
『オホンオホン、どうやらカンパニュラ家の二つ目のチームはお笑いチームのようで、我らが大将ガガスチム様も楽しそうでありますので、早速試合開始と参りましょう。』
『バッハッハ! 学ぶというのなら身体で覚えることだ! わしはクロドラドのように優しくはないぞ!』
カーボンボさんの合図にかぶせるように、振り下ろされた巨大な金属の柱が地面を砕き、オレたちの試合が始まった。
騎士物語 第八話 ~火の国~ 第七章 トカゲ講義
一話丸々対トカゲ戦になりました。エリルたちも強くなっているのですが、まだまだ格上はいるようですね。
次はロイドチーム対ゴリラですが、こちらはどうなるのでしょうか。
今回は書いていませんが、盛り上がるワルプルガの裏では色んな事が起きています。ゴリラ戦に加え、次はその辺りも書きたいところですね。
ちなみに魔法生物たちの名前、何やらポ〇モンみたいな名前になったなぁと思ったりしているのですが、一応「火山」に絡めたモノになっていて、そこに濁音を二文字というルールで名付けています。ガガスチムやカーボンボがわりやすいかもしれませんね。