令和10年 兄妹の物語 第三シーズン

なおち

  1. あらすじ ( `ー´)ノ
  2. ミウ「太盛君が悪霊に憑りつかれている……?」
  3. 美雪「お兄ちゃん用の馬小屋が用意された」
  4. イフリート「愛する妻・美雪よ。私と初めての妻の物語を聞かせよう」
  5. 美雪「最後まで物語を聞かせて」イフリート「うむ」
  6. 美雪「さあさあ。話の続きをお願い」イフリート「あせるな」
  7. ミウ「私の旦那は太盛君だけだからね」
  8. 斉藤マリエ「はぁ……殺しちゃおうかな」
  9. まりえさん「美雪からお金を奪ってきて」 イフリート「(´・_・`)」
  10. マリエ「お金が足りない」 イフリート「なに?」
  11. マリー・テレーズ「本日はわたくしのお話を聞かせましょう」
  12. マリー・テレーズ 一人称

あらすじ ( `ー´)ノ

令和10年 ついに第三シーズンに突入である。

実は第二シーズンの文章量が20万文字近くなってしまった。
私は一つの作品は20万文字くらいで
終わりにしたいと思っているので更新した次第だ。

物語は第一シーズンからダラダラ続いているだけで、
正直終わりどころが分からなくなってしまった。
しかしながら書いていて楽しくなってきたので
遠慮なく書き続けている。需要があるのか不安だ。

令和が10年も続くと日本は
財政が破たんした阿鼻驚嘆の地獄となってしまった。

自民党一党独裁が続きすぎた結果、
国民の生きる権利はすっかり失われてしまった。

・一億総奴隷社会。
・消費税率34%。
・物価の変動なし。
・埼玉県の最低賃金190円。平均時給200円。

賢人の勤めていたペンタックの時給は210円だった。
つまり生活が成り立たない。社内規則によって
勤怠不良者を筆頭に半自民党分子と見なされた者は銃殺刑にされる。

社会保障費の削減
(第二号被保険者の年金支給額、月額手取り660円。母子手当は400円くらい。

年金支給開始年齢は、基礎年金90歳、厚生、共済は95歳とされたが
撤回されたりと、色々と変化するのでよく分からない。

医療は全て10割負担。専業主婦は派遣会社に拉致され、
乳幼児は国が親から引き離し、共同アパート(軍事施設)で生活をさせる。

瞳ちゃん「金のない人は将来死ぬわよ(; ・`д・´)」

これが、第二シーズンで出された結論であった。

首相「国民からお預かりした税金はぁ、私たちのおこづかいですぅ!!
   国民の皆さんにお支払いする金額など、一円たりともありません!!」

国民は税金を払っているはずなのに、その対価としての公共サービスを
受けられることはない不思議な社会である。たとえば、第二シーズンでは
70過ぎの高齢の男性が、身体障害のある娘さんと生活保護を申請しに行った。

すると、久喜市役所のゲートの前では、「青酸カリ」が用意されていた。

首相「労働者として価値のない国民はぁ、生きてる価値がございません!!
   勤労によって政府に税金が払えなくなった時点でぇ、死んでくださぁい!!」

地方自治体は、生保申請は受け入れてくれない。
代わりに銃殺刑か、青酸カリの無料配布が行われる。
これは何も小説の設定のみならず、現実で行われても不思議ではないだろう。

お金のない老人は、文字通り動けなくなるまで働き続けないといけないのだ。

ちなみにこんなご時世でも首相を初め大臣の平均給料は年収9000~5000万。
国会議員は平均で4400万。格差などというレベルではない。

首相「わたくの給料を一億円近くまで増やしたことで、少しだけ
   生活が楽になりましたwwwwなにせ消費税率34%ですのでwww
   私たち国会議員も派手な暮らしをするのが大変なんですよwwww」

ここまで追いつめられても日本国民は自民党に逆らず、
大人しく働いているのかと思いきや……。

お金のない市民は金融機関に平均2000万の借金をするか、
近所のドラッグストアやスーパーを襲撃して日用品を手にしている。

第二シーズンではヤマダ電機をめぐる市民と店員による攻防、
かんぽ生命の保険を販売した久喜市郵便局、
保険詐欺にあった被害者にによる激しい攻防が繰り広げられ、
死傷者が少なくとも70万もでた(人数はうそ)

この作品では単なる恋愛や金融の話に終始するわけではなく、
軍事的な要素もでてくるのだ。

貧しければ、心はすさむ。
金がなければ、奪う。
奪うためには、軍事化する(客も定員も)

美雪ちゃんはよく言っていた。(たぶん第二シーズンで)

( `ー´)ノ カスミ(北関東にあるスーパー)で買い物すると
       店先から戦車の主砲が飛んでくるから危ないよ

令和10年では、買い物するのにテロリストでないことを
証明できない者は、店先で店員に狙撃される。
例えばヤマダ電機テックランド久喜店は、駐車場から店の入り口に至るまでの
範囲を高度に要塞化したり、地下にイスラエル製の戦車を隠し持っている。

瞳 (;´・ω・)まさに買い物するだけで命がけね
賢人 (;゚Д゚)俺たち団地に引っ越してから、まともに家具すら買えなかったぞ


さっそく登場人物を紹介する。

第三シーズンの主役は美雪である。

・渋谷美雪(しぶや・みゆき)

21歳の大学三年生。株式投資が趣味で、父からの生前贈与含め
時価9000万の米国株を運用する実質的な富裕層である。
日経新聞を愛読する。

勉強ができて家事万能のスペックの高いブラコン。
賢人がペンタック近くのアパートで住んでからは同棲している。
パパに頼まれて、仕事で忙しいお兄ちゃんのお金の管理をしてあげて、
毎朝欠かさず手作りお弁当と水筒を持たせてあげている。

ゆるふわパーマをかけた茶髪をサイドポニーにしている。
高校卒業後、運動をしていないので体重が気になっている。


・渋谷賢人(しぶや・けんと)

25歳の若者。イケメンだが、自分ではフツメンだと思っている。
大学卒業後、2年間銀行で勤めるたあと、
超絶ブラック工場の、ペンタックで派遣として勤務する。

そして運命の瞳と出会うのだった。
ペンタックは労働者のストにより工場が炎上し、賢人は自動的に解雇された。
彼は現在も無職なのである。

第二シーズンで、今までママに預けていた預金通帳とカードを始めて返してもらった。
賢人は社会人になってから無駄遣いしないようにと親にお金を握られていたのだ。
ママが息子の結婚の話を聞いて通帳を返しに来てくれたのだ。

銀行時代に溜めたお金が、埼玉りそな銀行に340万円くらい入っていた。
郵貯の通帳には大学時代に溜めたアルバイト、お年玉の貯金が40万くらいあるが、
郵貯のキャッシュカードを持っている父親がモンゴルへ旅立ったらしく
おそらく一生返してもらえなそうだ。


・坂上瞳(さかがみ・ひとみ)

32歳だが、若作りで美雪以上の美女。
大学時代にミスコンで優勝するレベルで、常に美人オーラをまとっている。
最近は衰えるどころか、美しさにさらに磨きがかかっている感すらある。

早起きでジョギングが趣味なこともあり、
代謝が良く、引き締まった腰回りを中心にスタイルが維持され、
髪の毛サラサラ、肌が綺麗な超絶美人として会社でも有名だった。

賢人の婚約者だったが、第二シーズンで色々あって
よくわからない関係になってしまっている。振られたのかもしれない。

瞳はペンタック社長の娘。
第一シーズンではレオパレス21で独り暮らしをしていたが、
生活費は両親に出してもらっているので出費がなかった。

基本的に毎月の給料は、ほぼ全額貯金。
給料明細は半年に一度しか見ないという
独特の貯金方法を実行している。

趣味はガリガリ君や雪見大福を食べること。休みの日の早朝に
ジョギング、図書館で小説や文学を借りることである。

金持ちなのにお金を使うことを良しとしない性格なので、
貯金はたまる一方だ。さらに娘を溺愛する父が
クレジットカードをプレゼントしてくれることもあり、
個人資産は1000万円も持っている。

ヒトミもペンタックを解雇されたので賢人と同様に無職であるが、
これだけ資産があれば、だいぶ余裕があることだろう。

第二シーズンでの紆余曲折を経て、上の三人は
埼玉県久喜市の市営団地で共同生活を送っていた。


・高野ミウ (たかの みう)

栃木県足利市にある「学園」の校長。
27歳子持ち。瞳の奥に凶器を秘めた見目麗しい奥さん。

前作『学園生活』『学園生活・改』の主人公。
日本を代表するボリシェビキ(熱烈な共産党員)であり、
栃木県から日本全土を共産化することを目的としている。

趣味は子育て、反対主義者の拷問、夫に話(愚痴)を聞いてもらうこと。

・高野太盛 (たかの せまる)

せまるは当て字。ミウの同級生で、大学卒業に結婚した。
旧姓は堀(ほり)
彼もボリシェビキで学園でミウの補佐をしていたが、
ミウとの結婚生活に疲れ果て、しばらく廃人となっていた。

第二シーズンの最終話で
悪霊のジン(イフリート)に体を乗っ取られてしまい、
初対面の美雪に求婚し、賢人に嫉妬してヘラジカに変えてしまうなど
登場人物たちに多大なる迷惑をかけてようとしている。

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美雪、ヘラジカ(賢人)、ミウ、太盛
この四名に瞳を加えた
複雑奇怪な5角関係? を中心に物語は進んでいく。

ただの恋愛物語ではなく、作品を読んでいる我々も令和の大不況を
生き抜くために金融、経済、政治の問題点も考えていこうと思う。

ミウ「太盛君が悪霊に憑りつかれている……?」

前作の終わりでは、太盛・イフリートが美雪に求婚している場面だったと記憶している。

「( `ー´)ノ 太盛パパが浮気してるー いけなんだー!!」

「ふはは。我が息子よ。人聞きが悪いぞ。
 これは浮気ではない。パパはイスラム教徒だから
  2人目の奥さんを娶ろうとしているのだよ」

「イスラム教徒ぉ……(>_<) なにそれ。パパは
 ボリシェビキなのに宗教やってるなんて変だよぉ」

ミウは、ちょっと静かにしなさいと息子のジュニアをなだめ、
太盛の腕をつかみ、怖い顔で言う。

「太盛君はさっきから何を言ってるの?
 太盛君は党と同士レーニンに誓ってくれたはずだよね。
 自分は徹頭徹尾、誇り高きボリシェビキであることを維持するって。
 あの徳の約束は嘘だったってことでいいのかな?」

愛息子の太盛・ジュニア。
ただならぬ気配を感じ、思わずママから距離を取る。
大塚家具製の高級チェストの横で小さくなる。

(ママが……鬼になった (>_<))

ミウは、愛する旦那がようやく真人間に戻ったことを喜んだ。
だが太盛の態度はどうだ。
夫は浮ついた気持で、若い女子大生に手を出そうとしている。
さらにムスリムを自称するなど暴挙を通り越している。

ヘラジカ「ひひーん」
美雪「地面が揺れてる……(;一_一)」

ミウの怒りは大地を震わせ、森の木々の小鳥たちを飛び立たせる。
その振動は強さを増し、栃木県南部の山々さえ震わせていた。

美雪は、ヘラジカの体にしがみつき、激しい揺れに耐える。
愛する妹に対し、ヘラジカは大丈夫だよと目線だけで優しく訴えていた。

「我が妻のミウよ。我は太盛なり。ボリシェビキなどではない。
 社会主義など、たわごとだ。低俗すぎてヘドが出るほどだ」

「社会主義を低俗呼ばわりするんだね(* ̄- ̄)
 それって最高の侮辱なことを分かってるの? 
 つまり私と離婚したいってことを言いたいんだ」

ミウは大きく息を吸い、考え付く限りの言葉で夫を罵倒しようとしたが、

――いな(否)!!

太盛の怒声により、小屋中の窓ガラスにひびが入り、ついに割れてしまった。

「ミウよ。そなたは勘違いをしているようだ」

「その前にその話し方はどうしたの。
 私、今まで太盛君に『そなた』って言われたことないよ。
 なんかキャラ変わってない?」

「気のせいだろう。
 ミウ、そなたは我の最初の妻である。
 我のミウに対する愛に変化はない。
 むしろ初夜の時よりも増していると言えるだろう」

「なんかすごく嘘っぽいんだけど」

ここで美雪が元気に吠えた。

「嘘に決まってますよ!! だってその人、第二シーズンの 
 最終話でミウのことは赤の他人だと思ってるって言ってました!!」

「ふむ」太盛はスマホで前回の内容を確認した。

「確かに言った。フハハハハ。
 一度口に出した言葉は否定しようがない」

どうやら太盛・イフリートは馬鹿のようだ。

ミウはカッとなったので、大きく振りかぶった平手打ちを
お見舞いしてやろうと思ったが、ミウの手は空を切るのだった。

「あれ? 太盛君がいない?」

先ほどまでそこで高笑いをしていた悪霊が消えた。

美雪とヘラジカもあたりを見渡すが、どこにもいない。
おかしい。つい先ほどまで普通に話をしていたのだ。
三人に気づかれずにどこかへ移動するなど
普通に考えてあり得ないことだ。

それこそ魔法でもつかなわい限りは。
まさかこの世から消えてしまったのか。
相手は悪霊だ。人知を超えた存在である。
ミウが背筋が冷たくなるのを感じる。

すると無邪気にもジュニアが、はしゃぎはじめた。

「キャっキャっ(∩´∀`)∩ この鹿さん、足早いよー」

何があったのかと思うと、いつの間にか太盛ジュニアは小屋の外にいて、
一匹のガゼルにまたがって同じ範囲をぐるぐると駆けまわっていた。

そのガゼルの瞳と顔つきが、たぬき顔の太盛にそっくりだったので
ミウがまさかと思って話しかけると。

「いかにも我は君の夫である。高野太盛だ」

あっさり返答されてしまい、困惑する。

なんと、太盛・イフリートは賢人をヘラジカに変えただけでなく、
自らの姿も自由に変えることができるらしい。

(こんなことがこの世に起きているなんて……。
 神様なんて……私は一度は否定した……でもこれは……)

ミウは、ロンドンで生まれ育った。
父親の勧めで英国正教会の文化で育ったから、
日本の高校でボリシェビキになるまでは
熱心なキリスト教徒だった。

ボリシェビキになった後も、ふとした時に聖書の言葉が
頭に浮かぶこともあった。虐殺した生徒や先生が、
夜の枕元に立つこともたくさんあったが、
呪いや幽霊の力に負けるようなことはなかった。

それは彼女の現実主義(ボリシェビキ)としての
超人的な精神力の強さがなせる業であった。

誘惑、迷信、友情、信頼。どれもボリシェビキに不要なものだ。
疑わしきものは罰する。処罰する。処刑する。

徹底的に現実のことだけを考え、人を中心とした社会を
作り上げる。そこには神の存在を許してはならないのだ。

だが、これはどういうことだ。

昨日までの太盛は植物人間で回復の見込みはないと、
ドイツの医者にまで言われ、諦めていた。
元気になっていることが神の奇跡ではないのか。

美雪は高野太盛を名乗る異端に恐れをなし、
その場にしゃがみ、少しだけ漏らしてしまった。
ヘラジカは妹を守るように彼女に寄り添っている。

「(∩´∀`)∩ 鹿さん。走るのは、もう終わりなの?」
「うむ、久しぶりにこの姿で走るものだから疲れてしまってな」

息子を背中から降ろし、妻のミウに相手を任せた。
息子は、あぜんとしているママの手を遠慮がちに握るが、
何の反応もない。ミウの目は血走っていて、目の前で
起きている超常現象をどう解釈したらいいのか迷っていた。

「妻たちよ」

ガゼルは、明らかにミウと美雪に話しかけていた。

「君たち2人は共産主義者と資本主義者。
 どちらも神の存在を否定している無知なる人だ。
 人の子の前でこれだけ分かりやすい神の技を見せてあげても、
 いまだに神の存在が信じられないのか」

「わ、私は」

美雪だ。恐怖で舌が回ってない。

「私は信じます……。神の存在を。堀さん……じゃなくて
 高野太盛さんは、神様の使いってことですよね」

「いな」

「じゃあ、太盛さんは何者なんですか?」

「イフリートだ。下のWikiを読んでみなさい」

Wiki
コーランの第七章11-13節にアラーの命によりすべての
天使がアダム(最初の人間)にひざまずいたとき、

「私は彼より優れている。あなたは私を火から作った。
 あなたは彼を土から作ったからです」と答え、

アダムに跪く事を拒否し、アラーに天界から追放されたとされる。

性格は獰猛かつ短気で、厳つい顔をしている。
様々な魔術を操る事ができ、変身能力など人間にはない力を持つ。
特に、炎を自在に操れると言う。

西洋の文化圏では、異教の神々を悪魔(デーモン)とする事があり、
その恐ろしげな姿も手伝ってか、悪魔とされる。 

「我々は人と結婚して子供を作ることも可能だ」

「ええ!! 悪霊なのに!?」

「あの有名な千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)では 
 イフリート(兄)の妹と結婚した男がいた。
 男は、人間の女二人とイフリートの妹を含め、
 三人の妻を有し、仲睦まじく暮らしたそうだ。
 私が高野太盛の姿をしていれば君達と夜の営みも行えるぞ」

次はミウが質問した。

「なんで太盛イフリートはムスリムになったの?
 神に逆らって下界に降ろされたのに
 神様を信仰するなんておかしくない?」

「かつて中東世界ではイフリート(ジン)が人間に着いて回り、
 人間から影響を受けてムスリムになることは
 めずらしいことではなかった」

「じゃあ次の質問。一緒に日本で共産主義革命は起こしてくれないの?
 結婚する時に生涯ボリシェビキであることを誓ってくれたはずだけど」

「愚か者が。まさに愚問だ。共産主義とは人の子が
 作った理想主義。麻薬の毒された脳みそが生み出した妄想だ。
 7世紀にアラーがくだしたこの聖典こそが世の心理。
 絶対の真理。神はアッラーのみ。神は偉大なり」

「じゃあ、どうして共産主義が麻薬だって思うのか具体的にお願い」

「現生のことしか考えてないからだ」

コーランでは現生は、つかの間の時に過ぎないとされている。
重要なのは来世。天国にたどり着くか、地獄へ落ちるかである。

終末の後には復活がもたらされる。
神は大天使に対してラッパを吹くよう命じ、地上は平らになり、
空は裂け、宇宙の諸惑星は散乱し、墓地は覆される。

人々は元々の肉体のままで墓地から復活させられ、
それによって生命の三番目である最終段階に入る。
そしてラッパが再び吹かれると人々は復活し、墓地から立ち上がる。

神は信仰者、不信仰者に関わらず、人類、ジン、悪魔、更には
動物まで全て召集され、それは万物の集いとなる。

そこには天秤が置かれ、人々の所業が秤にかけられる。

―神は何から何まで全てご存じ。
天使に命じ、汝らの行いは全て帳簿に書き記してあるぞ。

それらの記録を右手に渡される者は善い清算を受けたのであり、
喜々として家族のもとに戻る。

―しかしその記録を左手に渡される者は火獄へと投げ込まれる。
舌から宙ずりにされた状態で、炎で皮膚を焼かれ、
皮膚が再生されるとまた焼かれる。これを1000年間繰り返す。

――ジャハンナム(地獄)へ落とされてから悔やむがいい。
ああ、あの時神の教えに従っていればよかったと。

―神に愛される者は、永遠の楽園が約束される。
そこには現生の苦しみはない。


美雪は言った。

「……経済新聞に書いてありました。いずれムスリムの人口が
 20億を超えて地球人類の三人に一人になるって」

「さすが我が妻は世相を知っておるな
 昨今、経済発展の兆しがあるインドネシアがその筆頭である」

IMF(国際通貨基金)によると、ここ10年で新興市場として
経済発展する可能性のある国として
フィリピンとインドネシアを上げています。

「妻よ」

イフリートはミウを差して言った。

「おまえは今までの悪行を悔いなさい。
 今からでも遅くはないから善行に励みなさい。
 マルヤムの子、イーサーの言葉を思い出すがよい。
 神は悔い改める人にこそ愛を与えると」

マルヤムの子イーサー ← 亜語(アラビア語)でマリアの子イエス
イスラム教ではイエスを神の子とは認めず、預言者の一人とされている。

そのため、神、精霊、イエスを三位一体を
基本とするキリスト教徒とは絶対に分かりあえない。

「私はボリシェビキです。神を否定します」
「愚かな」

ボリシェビキとは、かつてウラジーミル・レーニンが作り出した
ソビエト共産党左派の、暴力革命を推奨した集団である。
ロシア革命による。全世界同時革命の推奨。
インターナショナルの結成。日本共産党もその時に生起した。

国民から富を独占する、資本家連中の抹殺、国外追放、
反革命主義者の強制収容送り、拷問、銃殺刑、日常である。

人権などない。国に存在するのは、
共産主義支持者と裏切者(スパイ)だけ。

ミウの学園でも、休む間もなく反革命容疑者が摘発され、
強制収容所に送られて思想教育をされている。
かつて夫の太盛も、強制収容所3号室の囚人生活を経験した。

ミウと同じく太盛も神の存在を否定し、この世は全て
人の力によって支配され、死後の世界など存在せず、
この世でどれだけ多くの囚人を虐待死させても
問題がなく、むしろ国家の繁栄のために尽くしている。
反革命容疑者の殺人は是正とされていた。


ガゼル(太盛)は何も言わず、ミウも黙っている。

気まずい雰囲気である。ヘラジカ(賢人)とその妹も
押し黙り、ついに空気の悪さが太盛jrにまで伝わるほどになった。

するとガゼルの姿を炎が包み、あたりを照らす。
炎が消えさると人間の姿の高野太盛が出現した。

「ふふ。ミウ、君は相変わらず石頭だな。 
 だがそんなところも僕の好みだ」

太陽のように微笑むその姿は、まさに見目麗しい。
ミウは見慣れたはずの夫のはずなのに、
思わず心臓の鼓動が早まり、赤面してしまう。
ミウは今までの人生でこんなに美しい男性を見たことがなかった。

「太盛君。私はね。
 どんな太盛君だったとしても太盛君のことが好き」

「僕も君のことが好きだ。だから、別れたくない」

「ほんとなら今日の太盛君の発言は、全部共産主義的にアウト。
 即尋問室で思想をチェックされて、裁判の後、銃殺刑が
 基本コースね? でも私の夫だから許してあげるよ」

「許すだと?」

「え?」

「いやなんでもない。好きに言うがいい。
 私と君の関係は、これから始まるのだからな」

「太盛君。最初に言っておくね。
 私はどんなに時間をかけても
 あなたを元の人間だったころの姿に戻してあげるからね」

「好きにしなさい。アッラーが望むなら、そうなるであろう」

「なにその言い方。聞きなれない言い方だね」

「この世の出来事は全て神様が決めているのだ。
 我々がどれだけ力を尽くしても限界がある。
 最後に判断し、運命を決めているのはアッラーだということだ」

「……あっそう」

「うむ」

二人の会話はこれで終わった。

美雪は兄に語った。

「お兄ちゃん。そろそろ次の話に行こうか」
「ひひーん」太盛はそう答えた。

美雪「お兄ちゃん用の馬小屋が用意された」

ヘラジカは、獣なので臭い。しかも食事をした後は糞をする。

よって学園本部内に馬小屋を作ることにした。
急ごしらえの納屋を、空いたスペースに作った。

9月の上旬になっても関東の気温と湿度は耐えがたいほどだ。
美雪は濡れタオルを首に巻き、馬小屋の掃除をする。
これがなかなかの重労働だ。

床のあらゆるごみを綺麗に吐き出すと汗が噴き出る。
しかも臭いし、見た目も汚く不潔である。
特にブラが汗で濡れる感触が不愉快だった。

美雪は株式の運用が得意な大学三年生。
小学生の時より家の家事は積極的に行っていたが、
家以外の場所で働いた経験はない。

兄の体をブラシで強くこすると、「ひひーん」痛そうに泣くこともあった。
しかし毛並みに着いたアカやほこりを払ってあげないと、
感染症になるかもしれない。美雪はさらに力を込め、ブラッシングをする。

「ひひーん」兄が、また鳴いた。今度は少し気持ちが良さそうだ。


美雪は、腰に付けたペットボトルホルダーの
アクエリアスをがぶ飲みする。一気に飲むとかえって体に悪いのだが、
インドア派の美雪は汗をかくことに慣れておらず、つい飲んでしまう。

「お兄ちゃんも喉乾いたでしょ。今お水持ってくるね」
「ひひーん」

馬用の器に乗せて飲ませてあげた。
兄は、妹が何を語り掛けても同じ返答しかしてくれない。
それが美雪の寂しさを加速させた。

(暑い。暑いよぉ。早くクーラーの部屋に行きたい)

朝の5時45分である。
早朝でも日差しの強さは、
神が人類に与えた試練ごとく。

美雪は朝食前の、馬小屋の清掃が日課となっていた。
愛する兄がこの姿にされて実に
20日が経過したが、イフリートが魔法を解く気配はない。

彼は試しているのだ。ヘラジカにされた兄のことを
妹が見捨てずにどれだけ愛し続けられるかを。

(お兄ちゃんは一時的に動物に変えられているだけ。
 必ず元の姿に戻れる時が来る。だから我慢しよう)

美雪は株、為替、金利の変動の仕方が頭に入っている。
相場は長期で見れば常に変動し、ずっと横ばいはあり得ない。
今の形勢が悪くてもそれが長続きしないという
人生の本質をこの年によって理解していた。

(今ごろNYダウとナスダッタクの株価指数はどうなってるんだろう。
 ドル円相場は? 日々の生活で頭が一杯で株どころじゃないよ)

美雪の生活は、ヘラジカの世話と、
イフリートの旦那である太盛の相手をすることで締められている。
学園本部では日経新聞すら届かない。
(日経は電子版もあるが、彼女は紙面を好む)

「(∩´∀`)∩2人目のママー。
 今日も朝から日差しが焼けるようだねー」

高野太盛jrである。太盛とミウの間に生まれたはずの子だが、
美雪が太盛の妻でもあるので、義理の息子扱いとなっていた。

この日本人離れした関係も美雪は受け入れざるを得ない。
なにせ現実の世界に戻る方法も分からなければ、
太盛を元の姿に戻すことも叶わないのだ。

「鹿さんに朝ご飯もって来たよぉ(^^♪」

兄に与えられる「エサ」は、決まって食パンだった。
ヤマザキの安いパンであるが、日本製のパンは柔らかいので
ヘラジカでも余裕で咀嚼できる。

お皿には、缶詰に入っていたコーンビーフも入っている。
ヘラジカは、「ひひーん」と鳴いてから顔を突っ込んで食べる。

兄は目線だけで、美雪も早く朝ごはんを食べに行けと言ったので、
美雪は名残惜しそうにその場を去った。愛らしい顔をした、
天使のようなジュニア君を手を繋ぎながら。

「えっへへ。二人目のママもすごく美人だね。
 でもママのおててが汗だくだぁ。
 顔ふきタイプのギャツビーがあるから使う?」

「気が利くわね。ありがと……」

義理の息子は、美雪のことを気に入ってくれて、
美雪の仕事を進んで手伝ってくれるありがたい存在だった。

ママ
と言われると、くすぐったい気持ちになる。

美雪はまだ大学生なので子供がいるわけがないのだが。
愛する賢人がヘラジカに変えられてから人恋しさが
MAXなのでジュニアの整った顔を見ると正直癒される。

(暑くて……重労働で……イライラして……
 しかも生理前。なんだか無性にムラムラする)

美雪は(;・∀・)汗だくなのを気にせず、(確か4歳くらいの
設定だったと思われる。筆者もよく覚えてない)ジュニアを
抱き上げ、ほっぺたに愛情を込めてキスをした。

「ママ? どうしたの?」

「ジュニアは優しくて良い子だから大好き。
 本当に私の息子になってもらいたいくらいだよ」

「ママは何言ってるの? 僕はママの子供だよ。
 だってパパがそう言ってたんだもん」

屈託のない笑みである。微笑ましい。
美雪はニヤニヤしながらジュニアの髪の毛を撫でてあげる。
髪からシャンプーの良い匂いがして美雪のテンションが上がった。

朝6時。食卓につく。小屋の住人は早起きを是正とするのだ。
ミウは毎朝5時に起き、ニュース記事を読んでから食事の支度をしていた。

「いただきまーす( `ー´)ノ」

「こらジュニア。あまりがっついて食べるんじゃありません。
 こぼしてしまいますよ」

ミウは、イフリートに説教されたのが聞いたのか、
口調を始めとした生活態度に変化があった。
周囲の人間に対し、上流階級の夫人の口調を模倣する

息子に対しては、夫イフリートの影響でクルアーン(コーランの亜語)
を読ませないように注意を払いつつ、品位の有るボリシェビキとして
教育をするつもりだった。いずれは学園の校長の地位も
世襲で息子に継がせるつもりだったからだ。

高野の血は、優れた血である。
資本家に支配された日本を革命し、聖なる共産主義国家を
作り出すことが彼女の夢。人生の目標なのだ。

「本日の食事も美味である」

太盛・イフリートは手づかみで、ナンを平らげていた。
彼は家族と食卓を囲む時は人の姿をする。

大きな瞳とまつ毛が特徴で、少し浅黒い肌が健康的な、
見目麗しい東洋の男子である。
薄いシャツから覗く、彼のたくましい腕の筋肉を見て、
ミウは食事も忘れてうっとりしてしまう。

イフリートはバターと砂糖が大の好みで、チャイ(紅茶)には
スプーンで四杯も砂糖を入れ、ナンにはバターやマーガリンを塗って食べる。
シェフには朝食に厚みがあるナンを焼かせ、冷めぬうちに一気に食べてしまう。

他にはマトン(羊の肉)が入った、野菜スープと
レタスと鶏肉を中心とした西洋風のサラダを好む。
彼は朝は決まったメニューを食べるので作る側のシェフは楽だ。

イフリートはアイスも好む。
スーパーやコンビニの(ラクト)アイスを美味しそうに食べるのだ。
寝起きからジャイアントコーンにかじりつき、食後に
スーパーカップ(バニラ)を食べる。糖分が過剰だろうと美雪が呆れる。

最初はミウが旦那の健康を気づかい、
日本食を作ったのだが、太盛はイフリートなので
日本風のだし(味噌・こんぶ・しょうゆ)のしょっぱさが
塩辛いと言って好まなかった。

そのため太盛の食事は、本部が雇っている、カザフスタン人のシェフに
作らせている。チャイは、朝は温度のぬるいダージリン。
昼はドロドロに濃い、熱々のミルクティーを飲むのが日課だった。

「夏場こそ暖かめの茶を飲むのが一番体に良い。
 冷たい飲み物を飲むのは胃腸に悪いのだぞ」

と偉そうに言うが、美雪は日本人なので聞き入れない。

(あんたと違って私は大汗かいてるんだよ。
 お茶よりスポーツ科学飲料のアクエリアスの
 方が絶対に体に良いと思うけど)

イフリートと美雪は、床にペルシア絨毯(じゅうたん)を布いて食べていた。
皿は絨毯の上に置いて、手づかみで食べるのだ。
汚れた左手ではなく、右手を使って食べるのが特徴だ。

イフリートは中東での暮らしを思い出し、このような食べ方にしている。
最初の妻のミウはドン引きし、西洋式にイスとテーブルで息子と食べる。
美雪は、ガチの共産主義者のミウと話をするのが気まずいので、
また外国の文化にも興味があるので絨毯の上で食べている。

このペルシア絨毯だが、赤を基調とした、金色の刺繍(アラベスクとコーランの文字)
がされた、目を見張るほどの美しさである。太盛は通信販売で
この絨毯を選んだ。市場では安物の偽物が多く出回っているので、
120万円もかけてこの絨毯を購入した。

120万とは額面価格、令和10年では34%の税率が
かかるわけだから、いまいましくて計算したくもないほどである。

余談になるが、筆者は美術全般に大変に興味があり、
西洋絵画や建築を中心に世界各国の美術を調べたが、
(現地に行ったわけでなく文献やビデオで)
最も美しいと思ったのはイスラーム美術であった。

絵画では西洋の写実絵画、印象派、
抽象絵画(シュル・レアリスム)、東欧イコンと比べても
画面いっぱいに敷き詰められたアラベスクの美しさには及ばない。
(気になる人は、ペルシア絵画、美術を参照のこと)

特に建築ではイスファファーンの美しさ(空の青と金色の刺繍)
に息を飲む。この世の物とは思えぬほどである。タージ・マハルもすごい。

イスラム世界の各モスクを覗いて次点で美しいと思うのは、
ロシア、サンクト・ペテルブルグの『スパース・ナ・クロビィ宮殿』
このクラシカルなロシア風バロック建築の美しさは、
著名な旅行写真家をしてパリやプラハを覗いて、欧州最高とまで称賛している。

『エルミタージュ美術館』の、
贅沢を極めた琥珀の間の美しさにも圧倒される。


じゅうたんは手触りも良く、この時期には少し暑いくらいだが、
ミウがエアコンの設定温度を24度にしてくれるので
むしろ心地が良い。ミウは女性にしては暑がりなので
生理中でなければエアコンの温度は低くしてくれるのだ。

「ジュニアは今日も残さずによく食べたわね(*^▽^*)」

「うん(^○^) 僕は良い子だから
 ママの作ってくれたご飯は残さず食べるよ」

テーブルには空になったお皿が並ぶ。
ご飯に味噌汁、焼き魚、のり、漬物、豆腐と言った、
高野家でも良く出されたメニューだった。
朝から皿数が多いのは、ミウの母の時代から受け継がれた伝統だった。

ミウは日本人の家庭で育ったので、
ロンドン時代も日本食ばかり食べていた。
西洋食も嫌いではないが、進んで食べたいとは思わない。


「それじゃあ、学校に行ってくるよ。
 今日は新入生の受け入れ準備とかで
 忙しいから帰りは夜遅くなるからね。
 それまでジュニアのことお願い」

「うむ。気をつけてな」

イフリートは不敵に微笑みながら妻を送った。
美雪は気まずそうにお辞儀をする。
ジュニアはさみしそうに手を振った。

「実にくだらぬ予定だ。妻の前では言えぬがな」

イフリートは夜寝る前に、ミウの部下から、
この日の仕事の内容をこっそり聞いて把握していた。

9月は、豪州、NZ、シンガポールなど英語圏(英・連邦諸国)
から熱烈なボリシェビキ志望の学生が毎年集まってくるのだ。

入学は10月以降なのだが、念入りな思想検査をするために
まずは彼らの履歴書を読んでから選考に掛ける。
ミウは徹底しているから、彼ら一人一人とテレビ電話による
軽い面談(英語と日本語)をしてから、初めて筆記試験を受けさせる。

筆記試験に合格した者は、晴れて栃木県足利市のキャンパス
(高校だが、軍事施設と強制収容所があるので大学三つ分の広さがある)
の地に足を踏み入れることができるのである。

学園は、将来資本主義国家(NATO)を政治の裏側から操作し、
破壊し、転覆させるための工作員を養成するための機関である。
主な進学先は露のサンクト・ペテルブルグ大学だった。

この時期は、ミウは忙しさに自制を失い、部下に八つ当たりをすることが増える。
美雪は共産主義者の恐ろしさを経済学の勉強を通じてよく知っていたから、
家(小屋)でもミウを刺激しないよう、注意していた。

太盛イフリートは、二人の妻と仲良く暮らせて満足しているらしく、
家ではミウが持っている少女漫画と女性漫画を読んでは
大きな口を開けて笑うのだった。

人の子が考えることはまさに夢物語ばかり。
日本の恋愛活劇に多いのは、意中の相手に要求だけして
自己を磨くこと、努力することを嫌う。
一方通行の愛など愛ではなくただの茶番である。

夫婦は尊敬しあうことが最も大切だと
教えるイスラムとは正反対なのである。

イフリートは、
古代アラビア文学のシンドバッドの冒険の方が
これに比べたら現実味があると言い、美雪に対し
作品の批評をするのだった。美雪は彼の得意げな口調が癇に障る。

イフリートは信仰心が厚く、一日五回の礼拝を欠かさない。
それなのにラマダン月の断食は決してしないと言う。

「ムスリムなのに断食しなくて平気なの?」

「イスラム国家でも断食をしない男性は一定数いるものだ。
 断食は推奨されることであり強制ではない。
 私は決してアラーを冒涜したわけではないのだ。
 もっとも、向こうでは日本で言うクリスマスのように
 断食月は祝うもで楽しいものだがな」

断食は楽しい。日が沈むまで食べないことによって食の
美味しさが増すからだ。また仕事の終わる時間や
商店の開く時間もラマダン月は変わる。ちょっとしたお祭り騒ぎだ。

朝の10時になった。

「ジュニアよ。こっちに来なさい」

ジュニアは、明らかに嫌そうな顔をした。
イフリートの父親がこの時間になると
クルアーンを読むよう薦めるからだ。

しかも豪華な金色の刺繍がされた、亜語の筆記体で
美しく表記してあるクルアーンである。英語辞書と同じ厚みだ。
ジュニアは母から受け継いだ日本語と本国英語(イングランド英語)
しか話せない。亜語など理解しようとも思わない。

そのためイフリートは、日本語で読み聞かせてくれる。
実はイフリートはクルアーンの内容の6割は暗記しているから空で言える。

世界のムスリム人口の5割の人は丸暗記しているから、
仮にこの世のコーランが全て消失したとしても、
容易に復活できるとされている。

「パパの膝の上に座れ」

「……僕はママにやるように言われた算数ドリルをやるもん」

「むう」

イフリートは、進んで信者にならない人に無理強いはしない。
これもアラーの教えに従っているのである。

どれだけ拒んでもしつこく勧誘する、日本の低俗な
新興宗教の勧誘員らとは大違いである。
世界第二位の宗教と、彼らを比べるなど無意味なの分かっているが。

美雪は一日に何度も馬小屋に行き、兄の様子を見に行った。
兄はエアコンの利いた部屋で過ごすことは許されない。
こんな暑くて臭くてみじめな環境で、いつまで終わるかもしれない
苦痛と戦う賢人。彼のことを思うと、涙がこみ上げてくるのだった。

「ひひーん」

ヘラジカは、そんな彼女の悲しみを癒すかのように
美雪の頬にやさしく口を当てるのだった。

イフリートは一度好きになった女に飽きることはなく、執着する。
その女が好きだった男に嫉妬し、
このように魔法の力で動物に帰ることはめずらしくない。

美雪は学園内では渋谷の姓を名乗ることも許されていない。
高野太盛の妻だから、高野美雪となっている。
自分の苗字が呪われてしまえばいいと思っていた。

その日の夜だった。
美雪の夢の中に、大柄で巨大な翼を付けた男性が現れた。
絹の着物を身にまとっており、超然とした姿は天使かと思われた。

「美雪。そなたはよく苦しみに耐えておる。その苦しみに
 もう少し耐えれば、きっと光が見えてくることだろう。
 主はいつもあなたのそばにいる。それを忘れるな」

---メメント・モリ

カラン。

美雪の髪の毛の上に、銀色のロザリオが落ちて来た。
その感触で美雪は目を覚ました。深夜の2時半だった。
手のひらに収まるほどの小さなロザリアだが、精巧な作りだ。
磔刑に処されたイエスの姿が刻まれている。

そして美雪は不思議なことに気が付いた。
このロザリオは、どうやら瞳が持っていたのと同じデザインだ。
瞳は熱心なクリスチャンだった。

第二シーズンではイエスの教えを解こうとした彼女を
馬鹿にした美雪だったが、今では自分が愚かだったと思う。
人は神によって創造された者であり、神がいない地球など
初めから存在しなかったのだ。

アダムは土から作られ、イブはアダムの肋骨(ろっこつ)からつくられた。
これは創世記の物語に過ぎず、瞳からよく聞かされていたことだ。

美雪はミウにばれないように、護衛の人を一人呼んで、
アマゾンで聖書を取り寄せてくれるよう頼んだ。

共産主義社会では聖書はご法度。

日本の銃刀法違反より厳しい。
所持していることがばれたら、即強制収容所行きだ。

だから部下も最初は困惑したが、若く、なまめかしさのある美雪の
潤んだ瞳で懇願されたら、護衛の男は鼻の下を伸ばして許可してしまう。

イフリート「愛する妻・美雪よ。私と初めての妻の物語を聞かせよう」

日中は、することがない。

イフリートは、ミウの補佐をするのが本来の仕事なのだが、
イスラム教徒のため共産主義には加担しない。
よって自宅待機。これぞ斬新なるムスリム・ニートである。
(育児には積極的だが。単なるニートでなくイクメンとも取れる)

美雪は家で家事をしながら、ヘラジカ(兄)の面倒を見る。
大学には20日も通ってないので、単位が心配である。
必修授業(英語と文章表現)は3日以上休むと単位を落とすと言われている。
焦るが、この世界から脱出できないことにはどうにもならない。

「2人とも。じゅうたんの上に座りなさい」

ジュニアと美雪は言われた通りにする。

「今日はどんなお話なのー(゜-゜)」

息子が目を輝かせる。
イフリートは、日中はあまり体を動かさず、
エアコンの利いた部屋で大人しくしている。

ムスリム諸国では、夏の日中は涼しい部屋で午睡、
座ってクルアーンを読むなどして体を休ませるのが普通である。

真夏に五輪を開催する、体育館など蒸し暑い空間での体育教育を
強制して、学生諸子らを熱中症にして病院送りにするなど、
ムスリムからしたら『国民の虐待』を平気で行っている日本の行政は、
比類なき大馬鹿である。

私は五輪開催前から、はたして早朝開始のマラソンにて
何人の選手が熱中症で倒れるか、そして
倒れる選手の国籍をよく確認しておこうと思っている。

イフリートは、昼食後は、退屈な美雪と息子のために昔話を聞かせてあげるのだ。
美雪とジュニアは、太盛の向かい側に座り、三角形の配置になる。

「パパのお話、早く聞きたーい( `ー´)ノ」
「いいだろう」

賢者。セマル・イフリートは語る。

太盛が高校生の時。
苗字を堀と名乗っていた時期だ。

彼は共産主義者の集会場と化している「学園」に何も知らずに入学した。

太盛が高校一年生の時は、裏で生徒会組織(ボリシェビキ)が
学園を支配するという点に変わりはないが、
それが現在のように表に出ることはなく、
(当時の生徒会長の意向により)
太盛達学生は、平和な学園生活を送ることができたのだ。

入学して三日目。

「そこの男性の方。すみませんが、
 講堂までの道のりを教えてくださらない?」

「いいですよ。僕でよければね」

太盛は廊下で橘エリカに声を掛けられる。
これを後に運命の出会いと知る。

太盛は明らかに上流階級の夫人を思わせるエリカの、
圧倒的な気品と顔の美しさ、仕草の優雅さに一目ぼれした。

一方のエリカも、見目麗しく、童顔で、太陽のように
微笑む彼の顔を見た瞬間、すでに一目ぼれしていた。

休み時間。移動教室。昼休みのちょっとした時間に、
エリカは太盛に声をかけるのだった。
日本の恋愛事情を考えると、入学間もない時期に
女子から男子に声をかけるなど相当に珍しいことだろう。

初対面の時からエリカの太盛への好意は明らかだった。

「君たちは中学が同じだったのか?」

クラス委員にして、のちに学園筆頭の悪党に成長するマサヤに
言われる。太盛は、はにかみながら否定する。

同じような質問を女子にもされた。

エリカは4月が終わる頃になると、
寝ても覚めても彼のことが頭の中を占めるようになり
切ない夜を過ごす日々が続く。
ついに決心して連絡先を交換する。

太盛もエリカが好きだったので、断る理由もない。
帰りのHR終了後に、多くの生徒が見てる前で
ラインを交換したものだから、二人の仲はクラス公認となり、
さらに三日も経つと学園公認にまで発展した。

密かに太盛のことが気になっていた他の女子達は、諦めざるを得なかった。
中学時代はお付きの女子を従えて女王様を気取っていたエリカが、
さっそく太盛を自分のものにしたのなら、今更戦っても勝ち目はない。


ここで場面が代わり、太盛イフリートが語る。

「電子文通(LINE)をする中に発展したが、
 恋文を交換するわけでなく、日常の会話の延長である。
 我(われ)はエリカと付き合うと決めたわけではない。
 周囲の者が勝手に付き合ってると噂し、
 噂が広がり、いずれ真実のように扱われた」

美雪が問う。

「どうして付き合ってあげなかったんですか?
 太盛さんはエリカさんのこと好きだったんでしょ?」

「我が好きだったのは、彼女の満月のように美しい顔と
 生まれの良さからくる気品である。高校入学間もない、
 たかが15歳の娘にあの気品は到底出せるものではない。
 正真正銘の良家の娘である。少女ではなく婦人ともいえる」

「すごく難しく説明してますけど、まとめると
 太盛さんはエリカさんの顔が好きだったってことですね?」

「……多少の誤解がある感は否めんが、おおむねその解釈でよろしい。
 男は女の外見をまず好きになると神が定めているとおりだ」

エリカは知性に満ち溢れ、会話の相手を飽きさせないことが得意だった。

太盛のつまらない愚痴や疑問もきちんと聞き、答えを返す。
自らの話題は多彩。学問、教養、娯楽、スポーツ、旅行など
男性が好みそうな話題を選んでは、太盛と楽しく話をしたものだ。

時に気まずい間などなく、話を続けることに関してはエリカは天才だった。
就職先はラジオ番組のDJが適任ではないかと太盛は思ったほどだ。

「エリカは素晴らしい淑女だ。だが欠点がないわけではない。
 彼女の我に対する愛は大西洋の海より深く、また話が長い」

――話が長い。とは何か。

美雪がそのことを問うた。

「まず、エリカは恋愛に積極的であり、不思議なほど人目を気にしない。
 我はムスリムゆえ、男女の逢引は、誰にも見られぬ場所で
 するものと決めている。我らは屋外で昼食を共にすることが
 多かったのだが、当然学内の注目を浴びてな」

「ふむふむ」

美雪がうなずく。

「エリカは一度話始めると止まらない。我も美しい娘
 との会話は心地よくもあるのでつい乗ってしまうのだが、
 それでもさすがに1時間、2時間となると疲れてくるものだ」

「あー、いますよね。話が長い人って」

「するとエリカは、何を思ったのか、昼休みに我の
 携帯をチェックするようになった。何をしているのかと
 訊いたら、我が浮気をしてないかチェックをしているという。
 バカげた話だ。我がつい口を滑らせて中学時代の
 恋人の話をしてしまったからだろう」

「中学時代も恋人がいたんですか」

「名前はエミと言ってな。我の一学年上の女子であった。
 あれは慈愛に満ち溢れた、良い女だった。
 母への愛情に飢えていた我にとっては
 姉のようでもあり、母のような女性であった」

「で、エリカさんが嫉妬して恵美さんの連絡先を削除したと」

「まさしく。エリカは嫉妬した時は手が付けられないほど狂暴になってな。
 夜の砂漠を歩く、飢えた野犬のごとくだ。
 我は彼女の優しさを取り戻すためにはどうするべきか。
 また、どうすれば誤解がとけるか。そう思ってな」

エリカを押し倒し、キスをした。

「へ?」 美雪は呆けた。

「彼女とキスをしたのがきっかけだったのだろう。
 我は彼女の衣の中(裸)が見たくてたまらなくなり、ついに
 休みの日に彼女の家に押しかけ、日中に子作りをしてしまった。
 エリカはやはり処女だった。それがうれしくてな。
 我も若いと言うこともあり、定期的に彼女の部屋に通うようになった」

三か月後、エリカは妊娠した。
高1が終わる頃、エリカは太盛の第一子を出産。
生まれた子は女の子で名前は「マリン」と名付けた。

( ゚Д゚)…?
美雪はにわかには信じられず、話の真偽をしつこく問いただした。

「アッラーにかけて、我は真実しか述べん」

真顔のイフリート。確かに嘘をついてる雰囲気ではない。

「アッラーの加護によって、
 かわいらしい女児を我々夫婦に授けてくれたのだ。
 まことに神の力は偉大なり」

「いやいや、大問題ですよね?
 高校生の女の子を妊娠させちゃダメじゃないですか!!」

美雪は向けになってお盆をぶん投げた。
茶受けに用意されていた、
イタリア産のシナモン・クッキーが絨毯に散らばる。

「愚か者が。感情的になるな。エリカの兄上殿が当時の生徒会の
 支配者でな。エリカが出産の時期は休学扱いにしてもらった。
 表向きはニュージーランドに短期留学。簡単なことだ」

「どこが簡単なんですか。出産したこと学校中にバレてるんじゃないですか?」

「だからどうした。年頃の女子が懐妊するのは、めでたいことではないか。
 昨今の女子は30過ぎても子供を産んだことのない者が
 増えているそうだが、未婚とはアッラーの教えに
 従えば全く無意味なことだ。勉学に励むのが嫌な
 女子は退学し、どんどん子供を産むべきであろう」

「うわぁ……なんて時代錯誤で女性軽視の発言。
 社民党の人たちに聞かせてあげたいな。
 学のないカップルはすぐに離婚して
 幼児虐待するのが恒例パターンなのは知ってる?」

「信仰心がない若者など、木偶の坊にすぎん。
 魂の入ってない器だ。仮に成人しても赤子と大差ない。
 信仰心がないから離婚するのだ」

「信仰心って……( ゚Д゚)?
 瞳みたいなこと言うんだね」

「その瞳という者が誰かは知らんが、
 不思議と我と楽しく話し合えそうな感じがするな。
 今度機会があれば我の前に連れてくると良い」

「はーい」(絶対に連れてきたくない…)

太盛は高校生にして一時の父となったわけだが、
エリカを愛するあまり、男女の関係はそれからも続いた。

太盛は口先が達者で、女性を口説くことに関しては
日本中を探しても右に出る者がいないほどだった。
一方、夜の営みの方でも強者だった。

体中を駆け巡る、あまりの快楽に、
初心な乙女だったエリカを太盛中毒にさせるほどには。

二人の怪しい関係はその後も続き、
このままではエリカが第二子を解任するかもしれない
と危惧されていた時期だった。

高校二年に進級した太盛は、
闇夜に浮かぶ満月のように美しく、
可憐でいたずらが好きな、斎藤マリエと出会う。
マリエは一学年下の後輩である。

太盛は、この小柄で茶色の髪をした娘を見た瞬間に、
床に押し倒したくてたまらなくなった。
出会って数日後、ちょっと用事があると言って中庭に呼び出し、
さっそく告白をしたが振られた。

さらに数日後、諦めずに告白をし、また振られる。
日本男児諸君なら諦めるところかもしれぬが、イフリートの精神力は並みではない。
マリエが首を縦に振るまでどんなことでもすると気迫を見せる。
その気迫は、一国の王女に求婚するアラビアの戦士のごとくであった。

マリエはついに根負けする。
しぶしぶ付き合うことに同意してくれた。

実は、マリエが彼の求愛を断っていたのは太盛の妻(恋人)の
エリカが怖いからであり、
マリエも太盛の美しい顔は好ましいと思っていた。

太盛の婦女子を口説く時の話術は、実戦を通じて洗練の極みに達し、
その気になれば学園中の女子生徒の半数を自分の物に
出来るほどの勢いであった。

太盛はマリエを自分の屋敷に招待し、部屋で茶を飲んでるうちに
ついには我慢できなくなり、ベッドに押し倒した。
責任は取るからと説得し、一時は抵抗したマリエを押さえ込む。

一度マリエの体を知ってからは、毎日マリエのことばかり
考えるようになり、眠れぬ夜が続く。
世界史の時間に教師がマリー・アントワネットの話をした時は、
イスをガタリと言わせて過大な反応をし、教室中の失笑を買ったものだ。

授業中でさえ彼女との情事がふと思い出され、
机を前にし頭を掻きむしり、勉学に対する集中力を著しく欠く。
このままでは成績が落ち続ければ、退学する可能性すら
考慮し始める。

その危機感からか、このやうな方法も致し方ないと決心し、
今度はマリエをホテルに呼び出し、
彼女の爪先から髪の毛まで、たっぷりと味わうのだった。

「そしてアッラーの加護により、
 マリー(マリエ)も我の子孫を身に宿したのだ」

「はぁああ!? 他の女の子も妊娠させてたってのぉ!?」

「うむ。懐妊後、マリエは親の仕事の都合とやらで
 退学してしまってな。あれからマリエがどうなったか知らん。
 我は楽しみにしていたのに、ついに子の顔を見ることが叶わなかった。
 それが我には今でも心残りでな。せめて男の子か女の子かだけでも知りたいものだ」

「さっきから淡々と何を衝撃の事実を語ってるのよ!! 
 女の子の体目的でもてあそんで、最低じゃない!!」

美雪が騒ぎ始めるが、騒ぎが収まるまでイフリートは
瞑想しながら待つ。美雪が、イフリートがついでくれた
チャイ(ミルクティー)を一口含むと、ようやく話を聞く気になった。

「アッラーによって良い昼下がりがもたらされているのだ。
 話を続けよう。実は私が子を孕ませた女は他にもいてな…」

「他にもいたの!!」

賢者が話を続けようとしたが、
ジュニアによってさえぎられた。

「(>_<)エリカさんって今はどうしてるの?
 パパ以外の人と結婚したの?」

「さあ、どうだろうな。
 エリカとは高校卒業後、全く連絡を取ってない。
 なぜならミウが許してくれなかったからだ。
 ミウはいきなり横から出てきて我の所有権を主張し、
 我に近づこうとする女は徹底的に排除した」

「( `ー´)ノ ママは嫉妬深いね!! パパを愛してるんだ」

「愛か」

嘆息する。

「ぁぃとは、(。・ω・。)ノ♡ ←現代風の顔文字にすればこのようになるか。
 愛とは本来心の奥底に潜むもので、形のあるものではない。
 ミウの我に対するの思いは、ただの執着に過ぎんだろう。
 ミウは我に心から愛されていないことを知りつつも、
 ボリシェビキとしての誇りと驕りから認めたくないだけだ」

美雪が苦情を出した。
先ほどから話の内容がエロチックで4歳の太盛ジュニアに
適当でないと。確かにと太盛は言う。

「ジュニアは我の話を聞くのが好きな、賢(さか)しい息子である。
 だがお昼下がりのこの時間は、午睡の時間であろう。
 さあ眠れ。眠るのだ。我が息子よ」

イフリートがジュニアの目元を手で覆うと、
電池が切れた機械人形のように絨毯の上で寝てしまう。

えあー・こんでぃしょなーの音が良く響く。
設定温度は26度。
婦女子らにとっては寒すぎる温度だろうが、美雪は文句は言わない。

「お願い。イフリート。話の続きを聞かせて」

「いいだろう。ただし、次の話でな」

美雪「最後まで物語を聞かせて」イフリート「うむ」

 賢者。セマル・イフリートは語った。

我とマリエとの関係は、すぐにエリカの知るところとなり、
顔を爪でひっかかれ、ケツを蹴られ、階段から転げ落ち、
大怪我を負う。

我は学業に励むのを禁じられ、
橘邸の地下の牢屋での生活が始まる。

エリカは、我と婚約した以上は、
絶対に結婚すると言って聞かない。

我は快く応じた。

なぜなら。
聖典・クルアーンにはこのように記されているからだ。

―好きな女ができて、
 どうしても抱きたくて辛抱たまらなくなった場合は、抱いても良い。
 ただし、必ずその娘を娶ってやれよ。

―妻の数は、三人でも四人でも、片手の指の数で
 収まる程度なら所有しても良い。
 ただし、汝(なんじ)が養っていける範囲の中で。


我は、エリカとマリエを共に愛した。それだけだ。
特にマリエを始めて見た時の衝撃は、言葉では到底表現できぬ。

私は月のように美しい彼女の横顔、
朱色の頬。良く動く、しなやかな手足、
小鳥が歌うかの如く美しい声を耳にした瞬間、
大地震が起きて大地が割れたのかと思った。

あの時は、マリエを犯すしかなかったのだ。
我はマリエとの婚約を交わしたのだが、
うっかりしていて、肝心のエリカとの重婚であることを告げなかった。

のちに致命的な失敗だったと知る。

マリエが懐妊後、行方をくらませたのはそのためなのだろう。
マリエ家族が疾走してから数日後。
我の元へ脅迫状らしき手紙が届く。

文を開き、絶句する。
おそらくマリエの父の筆跡。
何年か後に我の前に現れ、必ず復讐を果たすと言うのだ。

私は日本人の執念の深さにおびえ、数日にわたり眠れぬ夜を過ごす。

我は不貞の罪により橘邸の地下生活を余儀なくされる。
生活とは呼べぬ囚人の生活であり、
エリカに飼われた家畜に等しい状況なり。

日本人の婦女子は、将来の夫を監禁することに抵抗なし。
まったく奇異な民族であると解するが、訊いてみると
エリカの祖父はソ連邦のカフカース人(グルジア)だという。

まさかソ連の子孫だったとは。全くヘドが出る思いである。

我ら回教徒(イスラーム)が、ソビエトに対する熱烈な
恨みを抱いていることは諸君らにも理解できよう。
一九八〇年代に生起した、ソビエトのアフガン侵攻がきっかけである。

共産主義の麻薬にすっかり毒された熊共は、アフガンの聖地に
毒ガスと戦車とヘリコプターを持って土足で踏み込んだのだ。

我々イスラームの民は、国境と宗派の違いを乗り越えて
周辺国から兵力を終結させた。

20万を超える兵隊となって一致団結し、
米国製の武器提供を受けて戦い抜き、
ソビエトの悪魔どもを追い払うことに成功した。

実に7年近くにも及んだ大戦争だった。

私は牢屋での無機質な生活を送っても、
クルアーンの斉唱と礼拝だけは忘れなかった。

私は持ち物の所持を許されなかったが、我の頭の中に
暗記された神の言葉まではどうにもなるまい。

エリカは、我がコーランを読むのが我慢ならなかった様子。
我の口にハンカチを噛ませて阻止しようとする。

さすがの我も困り果てる。

そこへ、突然やって来た婦人がいた。

婦人と言っても年の功は18。
エリカの姉のアナスタシア・橘であった。

この女もサヴィエツキー(ソビエトの露語)の血が流れて
いなければと悔やむ。
伝統ある欧州貴族の息女にも張り合えるほどの、
気品と美しさを兼ねていた。
容姿端麗にて目鼻立ちの美しさ、妹を上回る。

姉は妹と違いよく笑う。人受けをよくするための
作った笑みなのだが、この女の笑みは花がある。
まさに百花繚乱。美しい姉妹が並んで立っているだけで
暖かい気持ちになるぞ。

姉は妹と何事か小言で話してから、
なぜだか口をへの字に曲げているが。

私は彼女の着物からでも良く分かる、
たわわに実った二つの果実に目が行ってしまう。
ザクロのように実った彼女の胸だった。

アナスタシアは形相を凶暴にし、

「責任取ってくれるんだよね?」

と我に迫り、困惑させた。

なんのことだと事情を聞くと、
なんと我の子をすでに産んでいるらしい。

アナスタシアが手を叩くと、廊下の暗闇の向こうから
一人の幼女が歩いてくるではないか。

「あの人が私のパパ?
 パパ。始めまして。私はパパの子供です」

舌足らずの声で言われるが、混乱する頭には入らない。
まさに右から左だ。ようやく言葉が話せるようになった年齢を考慮し、
せいぜい1歳程度と推察する。

漆黒の髪を腰まで伸ばし、うるんだ瞳と、長いまつ毛が美しい。
魔女のように角ばった鼻先が好ましくないとはいえ、
テレビジョンに出てくる子役と張り合えるほど美しい幼女に違いない。

「我は太盛である。いかにもそなたの父親である」

「(*^▽^*) おとうさまの おなまえは しってますよ 
 ままから 聞かされてるから」

「そなたの名は何という?」

「マリンです」

これは、困ったぞ……。

我とエリカとの間に出来た子供も、マリンのはずだ。
姉のアナスタシアとの間に出来た子供も、マリンとは。
日本風に表すと、とんち、だろうか。

アナスタシアは、子供を認知しなければ我を拷問すると宣言する。
我の思い知らぬところで事態は悪化しているようだ。

我がアナスタシア(通称ナージャ)と関係を持ったのは、
夏休みにエリカの別荘に遊びに行った時であった。
メンバーは我と橘姉妹の三人。他には贅沢にも三人の使用人がいた。

奴隷ではないのか?と訊いたら使用人と答えた。
現代の日本人は使用人と称するのを好むようだ。

別荘は雲海を見渡せる、標高1000メートル以上の高地に
作られた豪華なログハウスであった。何とも豪快な夏休みである。
我は毎日浴びるように酒を飲み、踊り、歌った。
悪ふざけが過ぎて裸になってしまったのをエリカに叱られる。

夜はエリカとの営みを忘れずに行ったが、
ある日、妹と間違えて姉にも手を出してしまったのを覚えている。

あの時は泥酔し、妹と姉の部屋を間違えてしまったのだ。
無論、わざと間違えた。姉をこの手に抱きたいが為だったことは言うまでもない。
泥酔するほど飲むなと、ハディース(ムハンマドの残した習慣)
に定められていた気がする。だが我はイフリートだ。
たまには羽目を外して現実から逃避したい時もあるのだ。

アナスタシアは、子供を認知しなければ拷問すると宣言する。
あえて同じ言葉を二度繰り返し、
耐えがたいほどの精神的な圧力をかけて来た。

我は子煩悩で特に女児を好む。
かつてイスラーム世界以前のアラビア半島では、
女児が生まれたら生き埋めにしろ、という迷信が横行した。

現在でもインドの地方では女児は生き埋めにして
西洋諸国の報道陣にネタを提供している。

(単なる女性軽視と取るのは浅はかなり。
 女は戦争の戦利品として男たちに奪われる。
 男に対し力に劣る女の生は苦しみばかりと、
 女に対する同情の念もあると想像す)

まったく愚者の発想である。

女児無くして男児も生まれぬ。
また男子無くして女子も生まれぬ。
イブはアダームの肋骨を取って創造されたのだから。

女は、人類の宝である。
女は美しい。なまめかしい。

男を悦ばせるのは常に女だ。
また女を守ってやるのも男の務め。

男と女はよく話し合い、互いに支え合い、
仲睦まじく過ごすべきなのだ。
信徒の者どもよ。アッラーは汝らにそう望んでいるのだぞ。

「どうなの? 私の子供を認知してくれるの?」

アナスタシアの顔は鬼のごとくゆがむ。
見目麗しい女に限って、機嫌を悪くすると恐ろしさが増すものだ。

断る理由もないので承諾した。

「妹のエリカの子供はどうするつもりなの?」

「どちらも我の子供である。我が育てれば良かろう。
 我はどちらの子供も正しく認知するぞ」

「太盛君……あなたねぇ。
 日本は一夫多妻制の国じゃないのよ」

「法律が認めないのならば、事実婚でよかろう。
 私にとって汝らは妻である。二人の妻である」

この言葉にエリカが気分を害し、怒声を発する。

「姉さんと結婚するなんて絶対に認めないわ!!」

重婚だと説明したぞ。

言葉を尽くしてエリカに説明しても、納得することはなかった。
エリカは怒りが抑えきれず、ついには私のアソコをハサミで
ちょんぎると宣言し、我を戦慄させる。

私から男性機能を奪うことによってこれ以上の浮気を
防ごうとの魂胆か。確かに合理的だが、我が我でなくなる。
仮にエリカのたくらみが成功したら、ホルモンバランスの変化が生じ、
我は次第に女の体になってしまうだろう。

我はイフリートだが、アッラーが望んだ結果、
男児としてこの世に生を受けたのだ。

「(´ー`) おばさま。おとうさまを いじめちゃだめです」

幼子が、顔に無数の引っかき傷をつけた我をかばう。
なんという慈愛に満ち溢れた言動だ。
娘の背中に後光が刺しているのかとさえ思う。

我は女たちを犯したいと思っていた以上に、
このような可愛らしい子の親になることを願った。
子供に触れたい。会話をしたい。食事を共に食べたい。

空想だった存在が、今目の前にいる。

我はたまらず、娘を抱き上げる。
思ったより重みがあり、重心を崩しそうになる。
エリカにさんざん殴られた後遺症だろうか。

「パパ。いたくてかわいそ、かわいそ」

我の頬を、やさしくなでる我が娘。

シャンプーだかリンスの匂いが、我の鼻孔をかすめる。
さらさらした、心地の良い肌触り。
マシュマロのように柔らかい肌。頬。疑うことを知らぬ瞳。

私は娘の顔を引き寄せ、前髪をかき分けて、おでこにキスをした。
なんと愛しい娘だ。我にこんな可愛らしい娘がいるなら
もっと早く知りたかったものだ。

エリカは、我の子供を抱っこする姿に父親の貫禄を見出したらしい。
アナスタシアも同じ感想を口にする。

私は世間的には高校生だが、すでに父親なのだ。
私はすでに17歳。この年で子を持つことなど
何もおかしいことではない。
中世なら日本国民でも当たり前のことだろう。

「……あとでお父様に、相談してくる」

エリカは苦渋の決断を下した。
すなわち、姉妹で同時に我の妻となる決断を。

これは、無神論者の橘家の人間には、到底受け入れがたいだろう。
ユダヤ教徒にイーサー(イエスの亜語)の
神聖を解くのと同じくらいの労力が必要だ。

橘の父は、娘が好んで選んだ相手なら結婚を許すつもりだった。
しかし姉妹が同時に一人の男に娶られることを聞かされると、
激怒した。橘の母親も激怒し、収拾がつかなくなった。

我の出番かと思い、彼女らの親に直談判した。
重婚は、イスラームでは珍しくない。
生涯にわたって二人の娘を同時に愛することを、
3時間半にわたって力説する。

こうは考えないのか。
我が仮にエリカを振ったら心に深い傷を負うことだろう。
子供の認知もせず、片親で育てるつもりか。
アナスタシアを振った場合も同様。
どちらにせよ、重婚するのが最適の解なのだ。

私の熱意についに両親は根負けし、
私に7000万円の結納金の小切手を手渡すに至る。
これにて娘を二人育てるには十分な金が手に入り、将来を楽観する。

我と橘姉妹は、娘たちの幼稚園入学から大学卒業までの
進路を想像し、明るい未来に気分が盛り上がる。

だが、そんな希望も長くは続かない。

美雪「さあさあ。話の続きをお願い」イフリート「あせるな」

美雪は絨毯の上で足を崩し、伸びをした。

「7000万もあるなら子育ては余裕だね」

「ところが、そうでもないのだ」


 賢者。太盛・イフリートは語った。


我は半年ぶりに学業に復帰することになった。
見慣れたはずの校舎が、妙に新鮮なものに感じられる。

同級生たちは我に対し他人行儀だ。二言以上の会話が続かない。
いったい何が始まるのかと、何かにおびえている集団もいた。

我のクラスは2年A組。エリカと同じクラスだが、エリカは
学業を修めことを無意味と悟り、家で子育てに専念している。
姉のナージャ(アナスタシア)は子供の世話を妹に任せ、学校には来ている。

姉の方は、橘邸での王族暮らしよりも、俗世間での喧騒を好むようだ。

私の教室の机には、手作りの遺影や、不幸の手紙、菊の花が置かれていた。
現代人の考えるイタズラなのだろう。
人の子の頭の悪さは、7世紀から少しも進化の兆しが見えない。
神の言葉を聞きもしない人間の。何と愚かなことか。

人が働いた悪行は、アッラーの位の高い天使(イブリース)が、
全て帳簿に書き記してあるのに。無知は恐ろしいものだ。
彼らは自ら地獄への道を歩んでいることに気づかないのだ。

私はふと一人の女子生徒が目に入った。
朝だと言うのに、よほど眠いのか、自らの机に
上半身を預けて寝たふりをしている。

顔を横向きにしているので、のぞき込んでみると、
実に整った顔をしているではないか。
このような美女が我のクラスにいたとは。

腰まで伸びた長い髪を、二つに縛り肩の上に垂らしている。
茶色くて毛先の細い髪だ。思わず触れたくなる。

「そなたは、なにゆえ机に伏しているのだ。
 さあ。顔をあげてくれ」

「わ、私は眠かったので」

「嘘をつくでない。教室で嫌な思いでもしているのか?」

すると、なぜか女子達から失笑が漏れる。

我に対してではない。この女子生徒を馬鹿にしているようだ。

ミウは、また机に伏してしまう。
そんなに我と話をするのは嫌なのか。

だが私はもう一度この美しい娘と話がしたいと思い、
彼女を説得する。少女は頑なに無視する。
頼むから話をしてくれと頼んだ。三度繰り返しても失敗した。

私はこの娘がクラスの女どもに、いじめられているのかと疑った。
それは真実だった。

休み時間に隣のクラスに行って噂を仕入れた。
どうやらこの少女の名前は高野ミウ。
英国帰りの帰国子女で男子から絶大な人気があり、
学園の花ともてはやされたゆえに同性からの嫉妬を買う。

まさに女社会は醜さを極める。
我は女どもに対し制裁を加えたいほどの怒りを覚える。

国語の授業中、帰国子女のミウが小学生でもわかる漢字の
音読を間違えてしまう。女子から失笑が漏れた。
我は女の底意地の悪さに、ついに我慢ならなくなった。

私は怒りのあまり拳を自らの机に叩きつけた。
机は二つに割れ、もはや机ではなくなった。

私の怒りによって、周囲は息を飲み、悪女たちの悪だくみが収まる。
国語の授業は平和になったのだが、私は素行に問題ありと
教師に判断され、反省室送りにされる。

それがまずかった。

反省室は、生徒会(学園ボリシェビキ)が管理していたのだ。
我は共産主義的なしごきを一時間半にもわたって受けた。

日が暮れ、老人のごとき足取りで校門を後にする。
うれしいことに夕日を浴びた人影がいる。
私が誰よりも会いたいと思っていた、ミウだった。

「なんか私のせいで堀君が収容所送りになったみたいで
 ごめんね。でも、かばってくれて、うれしかったよ」

彼女の優しい微笑みが私の体の疲れを瞬時に癒してくれた。
同時に体温がにわかに上昇する。この娘を抱きたくて仕方なくなってしまった。
背丈は普通よりやや小柄。大柄のエリカと小柄のマリエの中間地点。

胸はさほどではないが、細身でそこそこのスタイルは
維持されている。ミニスカートから覗く足は、十分になまめかしい。

私はその日からミウの友達になり、言葉の限りを尽くして
彼女を口説くことにした。ミウは見目麗しいが、不思議と
男性の経験が皆無なため、口説き文句には弱かった。

「ミウを見てると、他の女子が視界に入らなくなるんだ」
「新しい眼鏡買ったの? 素敵だね。どこで買ったのか教えてよ」
「僕はミウの英語かっこいいし、素敵だと思うよ。もっと聞きたいな」

可能な限り現代人風の言い方を模倣する。
我には似合わん言い回しかもしれないが、
21世紀を生きる上では仕方ない。

日本の婦女子は褒められることに慣れてない。
よって口説き文句に簡単に引っかかる。

日本男児は、世界でもまれにみるほど女性を褒めぬ。
それが普通の文化とされているが、世界の視点で考えれば異端である。
口にせずとも態度やしぐさで察しろとでも言いたいのか。

この国の民族は無知で愚かである。
言葉には魔の力さえ宿ることを知らぬのだ。

言葉無くして婦女子を口説くなど、コーラン無くして
イスラームに目覚めることと同義。不可能である。

我に至っては、ミウが美容室で髪を切ったのを知ると、
10種類以上の口説き文句を思いつき、褒めちぎったものだ。
彼女が好みそうなプレゼントも送った。

「私も太盛君のこと、好き」

ついにこの時が来た。いよいよミウの体を味わう
日が来たと期待すると、都合の悪いことに
我が生徒会から呼び出しを食らう。

「2年A組の堀太盛君。生徒会長がお呼びです」

我は学園中の女を口説いていることが問題児と判断された。
我の恋愛は、資本主義的な恋愛観に近いことから、
反革命容疑者と断定される。

その日から強制収容所3号室での生活を余儀なくされる。
自分の教室で授業を受けることは禁止された。

この学園には強制収容所なる施設があることは
学生にとり周知のことであったが、実際の囚人に
なってみなければ実態は把握できず。

我は囚人となり収容所に足を踏み入れる。
見れば、普通の教室と変わらぬ。

三人分の椅子机が鎮座し、監視カメラと思わしきもの
天井の四隅にあり。殺風景なことに驚く。

「あんた……同じクラスの堀よね?」
「そういう君は、ええっと」
「同じクラスなのに名前忘れんなし。小倉だよ。小倉カナ」

囚人仲間に級友の少女あり。
目を見張るほどの美女ではないが、
色気なき収容所に咲き誇る一輪の花なり。

小倉カナは、男兄弟で育ったことから、
兄者と弟者の影響で武道のたしなみを持つ。
得意技はボクシングのコンビネイション。

カナはスラリと伸びた手足が特徴だ。
小麦色に焼けた肌が健康的で好ましい。
スカートから覗く長い足が、我の目を刺激する。

背丈も体形も中肉中背のミウと大差ないが、
運動で鍛えられて姿勢が良く、実身長より上回って見える。
長い黒髪を一つにまとめて後ろに垂らしている。

初日から人見知りせず我と仲良くしてくれる。
実に好印象。忘れずにラインを交換せり。

我らの他もう一人の囚人は、松本イツキなる三年生の男子なり。
口数少なく無害なこと、この上なし。
たわむれに興味を示さず孤独を愛すため、こちらも距離を取る。

我とカナは、外界との接触なき収容所で親睦を深める。

聞けば、カナは生徒会の副会長に殴りかかった罪によって、
本来なら生徒会に勧誘されたのを断り、この収容所に来たとのこと。
にわかには理解しがたき話である。

罪なのに勧誘とは? ※初代・学園生活を参照

「副会長様が、私の気迫を気に入ってくれて、
 ボリシェビキの幹部に勧誘してくれたの。
 あたしは断ったよ。だって同級生たちを虐待する側に
 回るなんて吐き気がするじゃない」

カナは勧善懲悪を是正とする。我もそうだ。
悪は現生でどれだけ良い思いをしようと、
所詮は生きている間だけのこと。束の間である。
アッラーによって、死後報いを受けることになる。

我は学園では収容所以外で勉学を励むのを禁止された。
カナとの親密さは日ごとに増していき、収容所内恋愛に発展する。

1,2号室の囚人と合同で行われた地獄の登山訓練の時である。
我とカナは過酷な環境において見事な連携を発揮せり。
3号室の我らの仕事は、登山中に倒れた負傷者の看護なり。

残暑厳しい9月の頃。あぶら汗が永遠と顔から滴る。
もはや汗拭きタオルが用を足さぬ。

タンカを持って山の急斜面を登り降りする我ら。
我は無性にカナを自分の物にしたくて自制心を失ってしまい、
得意の口説き文句が口から漏れる。

「カナ。辛いけど一緒に乗り切っていこう。
 俺と君は運命共同体だ。死ぬ時も一緒だ。
 本当は卒業するまで秘密にするつもりだったけど、
 今はっきり言わせてくれ。俺は君のことを愛してる。
 卒業したらお互いの親に説明して婚約しよう」

繰り返すが、我らは疲労困憊である。
カナはあぜん。言葉を失っている。
言った後で「しまった」と思う。もう遅い。

「……太盛の方からそう言ってくれるなんてうれしいよ。
 私もずっと太盛のこと好きだったの」

カナの言う所、我のことは一学年の時より意識していた。
マリエと同様にエリカの影におびえ、我に近づけなかった。
だが囚人となれば話は別で、我らは学園の生徒にして
学園の生徒にあらず。

そのうえ生徒会は収容所内の恋愛を推奨。
脱走を防ぐのに効果ありと考えるからだ。

カナは泣くほどうれしかったのか、作業中だと言うのに
タンカを持つのを忘れて目元をこすっている。
我は体が勝手に動き、彼女の肩を抱き、「愛してる」とつぶやく。

小倉カナが我の子を妊娠するのは、そのひと月後だった。


美雪が憤慨し震える。

「あんたねえ……、いったい何人の女の子を妊娠させたのよ!!」

ふむ。数えてないから分からぬ。正直答えたら、お盆が飛んでくる。

「面白い話だと思っていたらとんでもない内容じゃないの!!」

「何を言うか。事実こそが最高の小説だ。
 アッラーにかけて、我の学園生活は波乱万丈の冒険活劇のごとしなし」

「言っておくけど、私はあんたのおもちゃにされるのはごめんよ!!
 あんたの告白は今この瞬間に断るからね!!
 ああ、気持ち悪い。何がイスラム教よ。
 あんた、ただのチャラ男じゃない!! 
 女のコたちのことどうするの…? ちゃんと責任取りなさいよ!!」

美雪の怒声にジュニアが大泣きする。
楽しいお昼寝を邪魔されてさぞ不快だろう。

我は美雪にわき腹を蹴られ、呼吸するのに難儀するが耐える。
我が子を抱きながら、外の空気を吸わせるために小屋の玄関を開ける。

小屋の中ではまだ美雪が騒いでいるが、聞こえないふりをして
やりすごすしかない。

「びえええええええん(>_<)/」

「良い子だから泣き止むのだ。ジュニアよ。
 ほうら見てごらん。郵便局の人が来たぞ」

怪訝に思う。
学園の敷地は、高度に共産(軍事)化されて虫一匹すら通さない。
郵便局の人は、普通に歩いてこちらに近づいてくる。
小屋の前で立ち止まり、イフリートに一通の手紙を手渡す。

「あなたの良く知っているお嬢様からですよ」

我は絶句する。

差出人は「斎藤マリー」
マリーとは、マリエの通称である。
一時は学園のアイドルだった。
特に学園中のロリコンに好まれた。

手紙には、我に他する恨み言が並ぶのかと警戒する。
実際は違った。可愛い娘を連れて、我に会いに来ると
書かれている。娘の写真も一緒だ。並んで映るマリエの
美しさは、もはやこの世の女性とも思えぬほどの美しさ。

なんという色気だろう。かつてロリッ子として名をはせたのが
嘘のように垢ぬけ、洗練された女優のごとき、華やかなるオーラ。

パーマをかけたショートヘア。派手めの化粧は以前の彼女とは
明らかに異なる。なんと知性を帯びた瞳か。
写真越しにも彼女の聡明さが伝わるほどである。

職業は信託銀行の行員。親と同じ職種(リテール)を選択し、高収入とのこと。
それがどうした。我は女性の職業にあまり関心がない。

美雪が言う。

「さっきは怒ってごめん」

「気にするな。そろそろ日が暮れるな。夕飯の支度をするぞ」

本日の話は、これで終わりだ。

ミウ「私の旦那は太盛君だけだからね」

ミウは仕事を終えて夜遅く帰って来た。
22時過ぎ。布団で寝ているジュニアの頬にキスし、
美雪が作ったご飯を食べる。

ミウは仕事のささいなトラブルを愚痴として太盛にこぼす。
太盛はとっくに食べ終えているが、妻の向かい側に座り、
頷いたり感心する振りをしながら辛抱強く話を聞く。

「それでね」「うむうむ」

ミウはおしゃべりだ。仕事終わりは無駄にテンションが高く、
赤ワインが入るとさらに早口になる。
太盛にとって共産主義の行政に興味ないが、楽しそうな顔をする。

理由はアッラーの教えによる。

―妻がつまらないことで愚痴を言っても夫は
 ニコニコしながら話を聞け。不愛想になるな。
 愛情を込めて接してやれ。

ミウは食後、シャワーを浴びてから太盛の元へ戻って来た。

「髪の毛乾かしてくれる?」

太盛はドライヤーを手にするが、女の髪の手入れなど
仕方が分からず、困惑するばかりだ。

「うそうそ。自分でやるからいいよ」

ミウは悲しげな顔をしてうつむくのだった。
挙動が不審である。何か言いたいことがあるに違いない。
太盛がわけを訊くと。

「私は太盛君のことが好き」
「我も君を愛しているぞ」
「太盛君はイフリートだから、美雪ちゃんのことも好きなんだよね?」
「美雪は我の二番目の妻である。当然のことだ」
「そっか……」

ミウの手が小刻みに震える。
下唇を噛んでいるのがイフリートからも見える。

「本当は怒鳴って太盛君に八つ当たりしたい。
 でも、そんなことしてもどうにもならないもんね。
 私はむしろ良かったって思ってる。太盛君がイフリートに
 乗っ取られたおかげで植物人間から脱出できたんだから」

「望結……」

「私の名前はミウなんだけど?」

「すまん」

イフリートは本田望結(みゆ)ちゃんを
好ましいと思っており、たまに呼び間違えてしまう。
ミウが名前を間違われると胸を痛めているのを知らずに。

「我は美雪のことも愛しているが、
 それと同じようにミウのことも愛している。
 それで良いではないか」

「ぜんっぜん、良くないよ。納得できないよ。
 でも、でも仕方ないもんね……。
 太盛君がどうしても奥さんが一人じゃ
 満足できないって言うんじゃ……
 私はもう子供じゃないから我慢するよ……」

イフリートは、クルアーンの教えを理解できず
自らの殻に閉じこもる妻を哀れんだ。
彼女の肩をやさしく抱きよせ、抱擁する。

ミウは彼の体温を感じると、うれしさがこみ上げてしまう。
植物人間の時とはやっぱり違う。感情のある人間。
でも正体はイフリート(ジン)
よく分からない夫だが、太盛は太盛だ。

ジュニアは熟睡。美雪は寝る時は本部の宿舎(別室)を使う。

久しぶりの夫婦間の情事に、ミウの胸が高まる。

「ミウ。愛しているよ。いままでも。これからもずっと」

砂漠で鍛え、良く日に焼けた彼の腕に抱かれると、
もう何もかも忘れて彼の愛撫に身を任せるだけになってしまう。

太盛は得意の口説き文句を飽きもせずに並べ続け、
ミウから思考力をすっかり奪ってしまう。
他のどの女よりも執着が強い妻だからこそ、口説き甲斐がある。

「私も……太盛君のこと……愛してるぅ……」

太盛は裸の妻を腕に抱きながら、頭の中では別のことを思い浮かべてしまう。

マリーの手紙だ。

ミウは、太盛とマリーが懇意の関係にあることを知らなかった。
太盛をめぐる女性関係はエリカが中心なのだが、
橘家の権力によって学内に噂が広がるのを防いでいた。

ミウがボリシェビキに目覚めたきっかけは、太盛が収容所行きになり、
彼を救うためにクラスの反対勢力と闘ったこと。
その後、生徒会副会長アキラとの会合を経て、
自分自身がボリシェビキとなって
組織の中核を担うようにまでなったのだ。

ミウが、実は太盛にはたくさんの隠し子がいることを知ったら
どれだけ怒ることだろう。その怒りは、栃木中の山々を震撼させ、
この世にいる、あらゆる地を這う動物を殺してしまうほどだろう。

翌日、ミウは朝早く小屋を出て行った。

保安員員部から集団脱走が発生したとのことで、
閣僚を集めた緊急会議が7時から行われる。

もはやご飯すら悠長に食べる暇はないとして、
フルーツグラノーラだけですませてしまった。

まだ朝の6時半なのだが、太盛は美雪とジュニアの三人となった。

太盛は気分転換に家族三人で映画でも見に行きたかったが、
学園の規則では不要な外出が禁止されている。
また資本主義的な世界に触れることは好ましくないとされている。

足利市では、文化の規制がある。検閲だ。書籍、電子問わず。
あらゆる創作作品は規制に掛けられ、自由な思想は許されていない。
映画は興行収入を当てにして多大な借金を背負って制作する。
制作の過程がまさに資本主義的だ。
まして映画と言えば、なんといってもアメリカのハリウッド。
日本の映画館でもハリウッド映画の比率が高い。

「僕は映画よりもパパのお話の方が楽しいよ(∩´∀`)∩
 もっとパパのお話が聞きたーい(^○^)」

「私はこいつの話を聞いてると頭痛がしてくるよ……」

「では美雪の人生について語ろう」

「Σ(゚Д゚)へ? あたしの人生?」

「うむ。良く聞くのだぞ。今日はジュニアにもわかる内容の話だ」


 賢者・太盛・イフリートは語る。

これ美雪よ。

どうやら、そなたは信ずる神を持たぬ無知なる娘のようだ。
無知ゆえに兄妹(けいまい)と知りながら実の兄(賢人)との
婚姻を強く望む。

ユダヤの民も、キリストの民も二親等の血縁者との婚姻は禁じている。
日本国の法律でも同様の定めがある。

そなたは読書を好み、政治や法律にも明い。
悪であると知りながら、なにゆえに悪行へ走るのか。

父母を同じとする兄者との恋は、まさに禁断の恋。
破廉恥(はれんち)なる所業なり。
仮に夫婦(めおと)となりて、子でも宿そうものなら、
目も当てられぬ。アッラーにおいて中絶は厳禁である。

ようやく手に入れた赤子は、アッラーに
見放されたシャイターン(さたん)のごとく。
世俗に晒すことすら叶わず、常に日陰を生きる者となること、容易に想像せり。

そなたは、我らの小説の第二シイズンにて坂上瞳嬢より
いくたびも聖書の言葉を耳にしたが、まるで聞く耳持たず。
馬の耳に念仏とはこのことなり。

しかるに坂上瞳の語る言葉は世の理(ことわり)であり、
それに従えば、そなたの恋愛嗜好は破廉恥の極みなることは明白。

我、イフリートなり。そなたの兄者をヘラジカに変化させた。
世の末まで、そなたの兄者への愛情が消えぬとなれば、手の施しようなし。
そなたの兄者への恋心は失せるどころか強さを日ごとに増し、
ブラザア・コンプレクスの体現者として
世に名を知らしめるのが目的ではないか疑う。

我らアッラーの僕にとっては、到底理解しがたきことなり。

「……何よ。偉そうに。自分は何人もの女を妊娠させたチャラ男のくせに」

美雪は何を思ったのか。座していた体制から、にわかに元気になりけりと
思いきや、風のごとき俊敏さによって我の背後に回り込み、
我のわき腹を拳を持って打つ。

とても女子大生とは思えぬほどの腕力。
その破壊力たるや、並みの男なら悶絶すること必至である。

「私がどれだけお兄ちゃんのこと愛してるか。お兄ちゃんが
 どれだけ私のことを愛してるか知りもしないくせに!!」

我はただごとではないと判断し、ひとまずこの悪鬼から距離を取ろうと
逃げ出すが、足をつかまれ転倒する。我はねずみのごとき俊敏さで
再び遁走を計るが、あえなく失敗。今度は足払いを受け、転倒する。

床に鼻を打ち、鮮血が出る。
美雪は尚も追撃の構えを見せ、その殺気は大地と山々を震わせるごとしなり。

我は逃げること、もはや困難なりけりと、応戦の構えを取る。
我の振った拳は空を切り、代わりに美雪の中断蹴りを食らい、吹き飛ぶ。
てつはうの球のごとく、自らの体が水平に飛翔するなど、まるで小説のごとし。

やはり勝機なしと判断し、説得を試みるが、現在も修羅場なりてその余裕なし。
美雪の鉄のごとき拳が、我の腹部を圧迫し、呼吸がままならなくなる。

苦しみのあまり床を情けなく右往左往し、
起き上がったところに、美雪の駆ける姿が視界に入る。

チイタアのごとく駆けた美雪が、
我の横を過ぎたと思うと、いきなり振り向き、
握った拳をいわゆる裏拳の形で我の顔へと当てる。

その痛みたるや、万の言葉を尽くしても形容しがたき。
歯の数本が抜け落ち、鼻から流れる血は滝のごとく。
目は涙で潤い、もはや状況を説明することすらままならぬ。

「……はぁはぁ。次に私とお兄ちゃんの悪口を言ったら、許さないんだから」

もはや恐怖のあまり、歯のかみ合わせの合わぬまま、
首を鶏のごとき動きで縦に振る。この女が我の妻なることに戦慄せり。
将来において夫婦(めおと)喧嘩が生起した場合、
口論だけで終わらぬことは明らかなり。

我は反省する。
日本の女子学生の戦闘力を、あなどっていた。
日本国とは、先の世界大戦の記憶から、戦闘に優れた民族として
世界に名を知らしめて久しいが、まず兵隊を生んだのは母である。

母たる者の強い肉体から、強靭なる兵隊生まれ出でる。
独逸国のヒットレル(ひとらー)総統の言葉なり。

独逸(どいつ)第三帝国。
かの国は、20世紀にて地上の覇者たる国家を作りけり。
その強さの源は、精強な兵隊の力によるところ大なり。

学校にて、女子への体育(器械体操、組体操、マラソン)の推奨、
成人女子を職場から解放し、家庭へ帰らせ、子育てに専念させる。

家庭で母の優しさの中、すくすくと育てられる息子たち。

独逸国はキャンプなど屋外活動、オリエンテイション、
器械体操、筋肉トレイニングを推奨する。

(我の持論によるものだが、身体を強健にするのに体操が最も効率が良い)

やがて屈強な肉体を持ち、ナチズム教育により世界支配の野望と
人種差別を是正とする青年らへと成長する。

日に焼け、体を動かすことを好む、若き独逸兵らの精悍なる顔立ち。
エゲレスや仏蘭西の軟弱な若者たちとは明らかに一線をかくしたり。
この賛辞は、第二次大戦時のチャーチル首相のものなり。

「もうやめてあげてよー。
 パパが死んじゃうよぉ(ノД`)・゜・。」

我が息子・ジュニアは我に対し同情しているのか。
息子の涙に深く心を動かされ、心が温かくなる、
鏡に映る我を見て、想像を超える流血に、かえって血の気が引く。
直ちに学園の医務室にて治療の必要有りと、玄関へ向かう。

その次の瞬間、珍事が発生せり。

見慣れぬ女が小屋の玄関を開け、我と挨拶を交わす。
テレビジョンで目にする女優のごときが突如訪問したのかと思う。
目が離せぬほどの、神々しき美しさなり。

向こうは我の名を気安く呼ぶが、初対面の女に違いないと思い困惑する。
いったい何者なのかと我が問う。

「私はあなたの妻の斎藤マリーですよ。太盛先輩(*^▽^*)
 例の手紙は読んでくれました?」

高校以来、長らく疎遠となっていた後輩との再会である。
想像を絶する事態に言葉も出ず。阿呆の顔で立ち尽くす。

真理恵は、美雪に一言二言、耳打ちする。
美雪は当初困惑し、次第に激昂する。

美雪は真理井の腹に向けて拳を振るが、踊り子のごとき
ステツプでひらりと交わすマリー。余韻すら残す可憐なる動作なり。

マリーは、美雪へ突進する。
美雪は両足を抱きかかえられ、体幹を維持できず転倒。
その突進の勢いすさまじく、高速道路を走るダンプを連想させる。

マリーは、美雪にアルゼンチン・バックブリイカアを発動。
美雪は生死をさまようほどの衝撃を受け、戦闘力を失う。

とどめと言わんばかりにジャイアントスイングを行う。
美雪の体は窓ガラスを破り、遠くの山へと飛ばされる。

ジュニアは次々に急変する事態に泣くことすらできず、
ただただ沈黙するのみ。我も同様の反応を示す。カオスである。

「驚かせちゃってごめんなさい。美雪さんに私が
 太盛先輩の妻だから、あなたは出て行ってくださいと
 お願いしたんですね(^○^)
 そしたら美雪さんが怒って殴りかかって来たんですよぉ」

この発言に対し、ツッコミどころ散見せり。

美雪が我の二番目の妻だということ、外部に漏れぬ秘密なり。
いかにして知るのか。手紙を小屋に届けた方法も計り知れぬ。
本部の敷地は部外者立ち入り禁止なりて、
手紙を出すこと自体、常の人には容易ならざることなり。

先のジャイアントスイングは容赦なき威力なりとて、美雪の生死不明なり。
左様の件から、我の一夫多妻制に賛同せぬこと確実なり。
ミウに対しても険悪な態度を取る恐れ大なりて、盛大な修羅場を想像す。

『先輩』との言葉。我にとって魔法のごとき響きを持つ。
この一言だけで学童時代の思い出が瞬時に蘇る。
懐かしさのあまり自らが齢二十七であることをふと忘れるに至る。

おまけにマリーの容姿、先に送られた写真とは若干の差異有り。
髪色は茶でなく漆黒の長髪なり。ゆるくパアマがかかり、
なまめかしい雰囲気を漂わせる。母親の貫禄あり。比類なき美女である。

「パパ。初めまして。私はパパの娘のマリー・テレーズです」

またしても卒倒必死の事態が生起セリ。
真理恵が手紙で述べた件の娘が眼前にいる。

面識なしとて我と同じ血が宿る子供なり。
齢十を超えと想像する絶世の美少女は、
我にしがみつき、抱っこをねだる。

我のワアクマンで仕入れた自慢の白シャツは
流血による斬新なデザインと変化せリ。
不潔極まりないと知りながら、愛する娘の
要求に逆らわず、かまわず抱っこする。

美雪の暴行によって我の足腰は衰弱している。
娘の重さに転げそうになるが耐える。

相手が幼児ならともかく、
この年の娘を抱っこするのは、
並みの成人男児では容易ならざることである。

この少女の名前を失念したので問いかける。

「マリー・テレーズですわ」

衝動的に、アントワネット妃の第一子を思い浮かべる。
マリー・アントネット妃は神の恵みによって女児を最初に生み出した。
仏国の歴史に刻まれた王女・マリー・テレーズである。

およそ倭国の民には似つかわしくない名前であるが、
キラキラネイムが流行の兆しをみせる昨今では
さほど珍しくはない。

「先輩は」

いきなり肩を叩かれ、恐怖に血の流れが止まる。
真理恵は冗談を許さぬほど真剣な顔で我に問う。

「あの時、責任を取るって言ってくれましたよね。
 だからもちろん子供のことを認知してくれるし、
 私とも結婚してくれるんですよ?」

その理由に問題なく、直ちに承諾したい。

「ただし、私とだけ結婚してくださいね?
 ミウが特に邪魔なのすぐに離婚届けとか書いてもらえますか?」

断固容認できぬ条件ではあるが、
順番を考えたら真理恵と我との関係はミウより先である。

高2でボリシェビキに目覚めたミウは、
ただただ恐怖のシンボルなりて、女として意識すること、極めて困難なり。
結婚後に子作りに励んだのは、ミウがそう望んだからである。

真理恵には我と結婚する正当な理由が存在せるが、
我の多妻制に反対することから、交渉が難航のきざしを見せる。

「離婚してくださいよ」

我は稚児のように駄々をこねてみたが、全く通用せず。
怒りによりマリーの形相が変化しつつあり。予断を許さぬ事態なり。

我の女性関係は常に修羅の場と共にあり。

直ちに要求に応じなければ、マリーが暴れるやもしれず、妥協案を考えるに至る。

「愛するマリー。……君に久しぶりに会えて、本当にうれしいよ。
 だけどミウと話をするには本人がいないとダメだろ?
 ミウは仕事で帰りが遅くなるから、今日の夜か明日の朝にでも
 話し合ってみようと思うんだ」

「そんなんじゃ騙されませんよ。
 先輩の話し方、営業トークっぽくてむかつきます」

やはり聞かぬか。ならばこれでどうだ。

「(;^ω^)ごめんねマリー。君を怒らせるつもりはないんだ(*^▽^*)
 でもほら。俺にはジュニアがいるだろ? あっジュニアって
 そこにいる息子のことなんだけど、一応俺の子供でもあるわけだし、
 親権とかあるじゃないか? だから離婚するにしても
 裁判とかしていろいろ話し合ってからじゃないと」

「だからなんですか?」

「(´・ω`・)エッ?」

「だから何ですかって聞いたんです。
 赤の他人の子供なんて、今すぐ捨てればいいじゃないですか」

鉄のごとき無表情に、血の気が引く。
マリーにとり、ミウは親の仇(かたき)と同様。
(詳しくは、前作の学園生活改を参照せよ)
我とミウとの間に生まれた子供に家畜程度の価値すらなし。

「先輩ってもしかして、話を先延ばしにして私との
 婚約をうやむやにしようと思っていません?」

我の思惑が早くも明らかになってしまう。
我はシャイターンと異なり、嘘をつくのが苦手なりて、
いかにしてマリエを説得するべきか大いに悩む。

「さっきから誰との婚約の話をしてるのかな?」

ここで我の妻、ミウが登場せり。修羅場、加速す。

現在は仕事に忙しき時間に違いない。なにゆえ小屋に戻ったのか?

「美雪ちゃんからメールが来たから」

我が妻たちは、電通(メール)するほど親しき仲だったとは意外だ。
美雪はいらぬことをした。曰(いわ)く、我とマリーなる女が
子供の親権などをめぐり、昼下がりにいさかい起こしと報告せり。

崖の淵に立たされるとの「ことわざ」はまさしくこれを差す。

斉藤マリエ「はぁ……殺しちゃおうかな」

上の見出しのセリフ、はだはだしく不穏なり。
暴力、流血沙汰を容易に想像せり。

「久しぶりですね。ミウ先輩」
「本当にね。マリエちゃん。すっかり綺麗になって」
「いえいえ。ミウ先輩には負けますよ」
「そんなそんな。マリエちゃんの方が」
「いえいえ。ですからミウ先輩の方が」

常人には理解しがたき奇異なる挨拶である。
両婦人は、くちびるを手で押さえながら笑う。
笑い声を出してる最中も目つき鋭く、殺気を放つ。

「さっそくですけどミウ先輩、ちょっと死んでくれませんか?
 もしくは太盛と別れてください」

「私としてはあなたに死んでほしいかな。あと人の旦那を
 呼び捨てにしないでくれる? 本気で殺したくなるから」

もはや一触即発の事態となりけり。

ジュニアは黙る。
マリー・テレーズは母の手を握り、ミウをにらむ
ミウに対し敵対心を隠そうともせず。

我の名は堀太盛・イフリート。
かつてはアッラーの反逆者にて、現在はアッラーの使徒なり。
平和を好み、流血沙汰を憎む。

最大の当事者である我を放置し、婦人間で怒りの
ボルテエジが上げるのを防ぐのが最善策。

「二人とも待ってくれ。俺は二人とも愛してるよ」

何事かと、両婦人の殺気がこちらに向く。
だが言うしかない。

「なんていうか、若気の至りで大切なミウとマリーを妊娠させちゃって、
 あの時の自分は本当に馬鹿だったなって思っている。だから責任を取るために
 俺はマリエの子も認知してあげたいんだよ。俺はジュニアもマリー・テレーズも
 ちゃんと自分の子供として愛してあげたいんだ」

「だって子供にとって父親はこの世でたった一人。それが俺だ。
 俺は卑怯者だ。それは分かってる。だけど俺は世間を例え敵に回そうと、
 親としての義務を果たしていきたい。
 それが、俺が罪を償っていくってことになると思うんだ」

ミウは嘆息し沈黙。マリーは不満を口にする。

「そんないい加減な選択で誰が幸せになれるんですか?」

返す言葉もない。

「今私の子を認知するって言いましたよね? 嘘じゃないとしたら
 ミウと別れてくれればそれでいいですよ。ほらほら。
 早くミウと別れると宣言してください。ひとことだけでも
 裁判では有力な証拠とになりますから」

この女、家庭裁判や民事裁判も召さない構えを見せる。

「ごめんねマリエちゃん。さっき私の部下に通報しておいたから。
 私の子供を誘拐する目的で侵入した反革命容疑者がいるって。
 まだくだらない話がしたいんだったら尋問室で続きを聞いてあげるよ」

失念しつつあった自分を恥じる。
この学園は共産主義者の集会場なりて、ミウに逆らうこと不可能。

「先輩助けてください。私このままじゃまた拷問されちゃいますよ。
 あの時のように。先輩は覚えていますか? 私が7号室の
 囚人だった頃を。先輩に会いたくても会えなかったあの時の寂しさを」

アナザア・スクールライフ(英語での学園生活改)のことか。
この作品の時間軸と著しく異なる設定だが気にしない。

我はマリエを娘のように好ましいと思っており、
この世の何を犠牲にしても守りいと願った。

我はガゼルに姿を変え、マリエとその娘を背に乗せ、一気に駆ける。

「うああああああああ!?」テレーズが可愛い悲鳴を上げる。
「先輩って動物に変身できるんですか」 

われはイフリートである。ジンの一種なり。その気になれば
ウークタビー・オランウータンに変化(へんげ)することも可能。

余談だが女性の陣も存在せリ。女性の場合はジンニーニャと名乗る。



「先輩。せ……太盛。今日から太盛って呼ぶからね」

真理恵の恥じらいのある態度はかわいらしい。好ましい。

我はマリエの自宅と聞いた、埼玉県浦和市にあるマンションへと逃げたり。
浦和市まで駆けるのは苦労したぞ。
ここまで逃げれば栃木県からの追撃は容易ではあるまい。

高級なるマンションなりて、親子三人で住むには申し分なき広さ。
家電はすべて電子化された最新式なり。
玄関とて電子制御化され、不審者の侵入を許さぬ構造となっている。

ここにて当分の間は親子三人での暖かい生活を送るのかと期待した。
だが甘かった。

真理恵は我から携帯電話を取り上げると、
何を思ったのか床へ投げつけ、割ってしまう。
携帯の耐久性を考慮すると、軽々と叩き割るとは信じられぬ。

我の妻たちの腕力は、五輪の女子レスリング選手らすら
凌駕するかと想像する。

「いきなり乱暴なことしてごめんなさい。
 でも、太盛にはもう、こんな物いりませんもんね」

我が携帯を使うと浮気をする傾向にあることから、破壊したのか。
浅はかにて瞳と同じレベルの思考なり。

我は携帯を買い替える頻度多きにて、
携帯電話会社の回し者として定員らに噂されること必至である。

美雪と変わらぬ狼藉者の妻との生活を想像し、
胃痛が限界にまで達し、トイレにて軽く吐く。

意外なことに、初日以外はマリエは別人のごとく平凡な人となり、
我に対し情愛をもって接し、従順で良き妻となる。
我に家事の手伝いをさせず、率先して自分で行う。
何から何まで我の世話をしてくれる。世話焼き女房だったとは。

我はマリエに対し問う。
なにゆえ我に対し尽くしてくれるのか。

我は美雪曰くチャラ男だという。好色男子のことなり。
現代日本ではチャラチャラした者はさげずまれるとのこと。
イスラームでは理解しがたき発想である。

このやうな男子は世間の女性から犬猿される傾向が多いらしいが、
真理恵の我に対する情愛は偽物とも思えぬ。

「逢えない時間が長いほど愛が募るものなんです」

ふむ……。

「(*^▽^*)パパ大好きーっ!!」

愛娘マリーテレーズが我にハグしてくる。
我が娘よ。今日に至るまで我と面識すらなく、
にも関わらず、ここまで慕ってくれることに涙を禁じ得ない。

女とは不思議なもので、意中の男性のことを
ずっと頭の中で思い続けているらしい。
仕事中も。家事の最中も。入浴中でさえ。

ああ、この時あの人は何をしておるのかと。
例え今目の前におらずとも、いつか逢えると信じて。

我はテレーズを膝に乗せ、繊細なる髪を優しくなでる。

「しかしマリエよ。我もいずれは生計のため仕事をせねばならぬ身である。
 携帯電話なしでは現代的な生活が送れぬ。仕事にも多大な支障が出る。
 この際、携帯を壊したことは問わん。
 そなたさえ良ければ一緒に新しき携帯を買いに行かぬか。
 我は最新機種には興味なしにてガラケーでも構わん」

「その前にその話し方やめてください」

「む……?」

「その爺さんっぽい話し方はどうしたんですか?
 先輩は学生の時そんな話し方じゃなかったじゃないですか」

「我のことは太盛と呼ぶと決めたのではないのか」

「むむっ(;・∀・) そうでしたね。それより話し方っ!!(´っ・ω・)っ」

マリエの指摘も理解できる。
我は学童時代、マリエに対しては日本式好青年の振りをするために
現代風の話し方を模倣せリ。我の症には合わぬが、婦女子を口説き、
愛を語るには適当なのだ。

「マリーの言うことは良く分かったよ!!(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾
 変な話方しちゃってごめんね!!」

好青年らしき笑みを浮かべ、我はマリーの頭を撫でる。

「えへへ(^○^)」

「俺はマリーのことが大好きだ。俺はマリーが嫌と思うことは
 今後しないからね。俺はマリーが大好きだからマリーが
 嫌うことは何もしたくない。俺はマリーのことだけ愛してる」

そんなに愛してるならと、マリーが言う。

「仕事はしなくていいですよ」

ふむ…? (;´∀`)

「あと携帯も買う必要ありませんからね」

そのような説明をされても困惑する。

「先輩が仕事を始めたら新しい女の子と出会うでしょ?
 携帯を買ったら別の女と連絡できるでしょ?」

実に端的な説明にて瞬時に察する。
真理恵の我に対する執着もミウと同等。
エリカらも含め、嫉妬深き妻の多いことに驚く。

「私も退職しようかな」

さすがにそれはと、我が止めに入る。
信じがたきことに、マリーは若干20代の後半にして
年収が手取りで630万もあり。
信託銀行とはそこまで高給取りの仕事だったのか。

聞けば、マリーはすでに重要なるポジシヨン(仏語式発音)に
配属されているとのこと。高校生の時より早熟なりて
賢しい娘だとは思っていたが、これほどとは。
真理恵は、我の妻らの中で最たる賢者なり。
学生時代の成績も大変に優秀であった。

真理恵には内緒にせねばならぬが、我が妻ミウの年収も
ほぼ同額であった。すなわち我がニイトであっても
家計の上では問題なし。クルアーンにて夫は妻を
養うべきだと教ているが、全く逆のこと生起せり。
奇想天外なる夫婦生活も悪くはない

「わたくしはね」

テレーズが言う。

「パパとママが仲良しでずっと家にいてくれるとうれしいよ(*^▽^*)」

屈託のない顔で言われると、それでいいのではないかと思ってしまう。
だが生活のことはどうなる? 子持ちの夫婦が働きもせず、
ニイトとなっては世間体も悪かろう。生活資金が枯渇するのではないか。

「わたくしはね、少しだけお金を稼いでいるのですよ」

なんと、我が娘はその美貌を生かして女児向けのファッションモデルを
勤めているとのこと。まさかとは思い、今月発売の雑誌を見せてもらうと
7ペイジの見出しに我が娘が映る。偽物ではなく本人なり。
3か月に一度の頻度で雑誌の表紙を飾る権利を有したり。
まことに驚天動地の心境である。

モデルのみならず芸能界からの誘いもあるが、
学業に支障が出るのを嫌い、当分は断っているとのこと。

童女とは思えぬほどの美貌だとは思っていた。
現役モデルだったとは。我が娘ながら鼻が高い。

「まだ小学生なのにお金嗅いでるなんて偉いね。
 パパはマリーちゃんがしっかりしててうれしいよ(∩´∀`)∩」

ヾ(・ω・*)なでなで 
(*´σー`)エヘヘ

「マリー・テレーズちゃんは、お金をたくさん持ってるのかな?
 それとも欲しい物とか有って使ってるのかな?」

「わたくしは、全額溜めていますよ。
 お母さまにそのように教わっていますから」

なんともお嬢様らしき口調なり。
妙に舌を巻いたような、甘ったれた口調が気になる。
この娘特有の癖なのだろうか。

「その年で貯金してるなんて偉いね。さすが俺の可愛い娘だ」

「えへへ(^○^) パパに褒められるとうれしいですぅ」

一応血の繋がりの有る親子なり。
資産状況を把握するためにも具体的な額を聞き出す。

「わたしくのお財布の中には2000円入っておりますわ」

わざわざ可愛らしさのある財布の中身まで見せてくる。
そこまでしなくとも信用するのに。無垢な娘である。

しかし2000円とは小額すぎて驚いた。

「意外だねーΣ(゚Д゚)
 全額貯金してるって言うから、
 もっと持ってるのかと思ってたよ(^○^)」

「私はお金を金融資産で保有してますから」

猛烈なる既視感に襲われる。
今度は財布ではなくIPADの証券口座のペイジを見せて来た。

ジュニア・ニイサという、
子供用の非課税投資枠を金融庁が整備して久しい。

マリー・テレーズは童女である。
自らが運用して損をせぬよう、母のマリエの勧めで
投資信託の商品を購入している。

米国ではバンガードのSP500ETFは前作により既出だが、
その他にも
SP500・高配当ETF
BND(米国トータル債権ETF)
VCLT(米国中期社債ETF)に分散投資している。

小学生にてドル建ての資産を保有していることに驚く。
株式、社債、債権に分散していてリスクに強い。
債権のトータル・リターンは株式に劣るのが一般論だが、
その分暴落時の相場に強いとされている。

「わたくしの保有資産額は、およそ14800ドルですわ」

現在の107円95銭で計算すると、160万円に近い金額である。

母親のマリーの方は、不動産関係に大規模な投資をして、
25歳の時までに資産額を倍に増やすことに成功。
それを元手に、株式投資へ集中する。

現在はJリート(不動産投資信託)を中心に、
日本株の高配当銘柄を保有している。
リスクを取ってでも高利回りを求めているのか、
後進国の債券が含まれたファンドにも手を出している。

真理恵の投資戦略は、我の二番目の妻、美雪と比べれば
リスクを取り、高配当を得る方法だ。年間で手取り140万にも及ぶ
分配金(配当)が得られるのだから驚きだ。

しかしながら、不動産や後進国債権は利回りが高い分(6~7%など)
株価(相場)の変動激しく、一時的に資産額が
大きくマイナスになることが少なくない。

自らは当面の資産額を増やすことを目座し、
将来のある娘には米国ドルでの資産での長期投資を勧めている。

「私は苦労して3000万円まで資産を増やしたの」

27にして3000万!! 
子供を親元に預かってもらい、仕事に集中して
資産を増やすとは。魔法のごとき所業である。
大変な苦労があったのだろう。 

真理恵は高収入だが、月収もボウナスもほぼ全額
投資につぎ込んでいた。その目的は我との結婚生活。
高校時代、マリエの父上殿の大反対にあい
我と疎遠になってしまったのだが、大学を出て社会人5年目にして
経済的自由を経て、なんと親との関係を絶つに至る。

もはやマリエの恋の行方を邪魔する者などいない。
会社その他で出会う男性には興味を示さず、
凝りもせず我との再会の身を願い続けていた。

「(*^▽^*)わたくしたちのお金はね」

む……? あまりにも愛らしい娘なので思わず耳を傾ける。

「パパの自由を奪うために溜めたんです」

???( ゚Д゚)ハァ?

さすがに聞き間違えだろう。問い返すことにする。

「パパは今のところ文無しです。生活に必要なお金がありません。
 ですから、わたくしたちと一緒に居ないと生きていけないのです」

今さらだが、我の経歴を振り返る。

我はミウとの止む無き結婚を経て、過大なる寵愛と束縛を受け、
そのストレスに耐え切れず植物人間と成り果てる。
植物人間での生活が長く、まともに仕事をした経験がない。

社会主義政権での生活が長きにわたり、
高校入学以来、日本国の一般世間を知らぬ。
さらにイフリートして目覚めたこともあり、
我は全く浮世離れしてしまった。

困ったことに日本の会社では日に五度の礼拝も許可されないらしい。
まったく信仰心の無い国は愚かである。
レストランにてハラールへの考慮もなく豚肉が当たり前の
ように提供されている。(都内ではハラールが一般化しつつあるが)

我が社会で適合するのが困難な人物であることは分かった。
しかしながら、現在の状況をいかに考えるべきか?

「(>_<)パパのお顔が青白くなっていますよ?
 大丈夫ですよ。わたくしたちがパパを一生支えてあげます」

妻はおろか、娘に対してもお金の面で頭上がらず。
なんたる弱者。なんたる窮屈な生活。一家の主たる資格なし。
冷静に考えてみると、ミウとの生活も似たようなものだった。

愚かな。
そのような生活を送るなど、断じて認めらるものか。
アルバイトでも構わぬから、融通が効きそうな職場を探さねば。

「だから、パパは働いたらいけないのです。
 この家から逃げたら殺しますよ(*^▽^*)」

……???????????????????
聞き間違えでは……

「わたくしは、幼稚舎の時からママのパパに対する恨みを
 聞かされて育ちました。ママがどれだけ心を傷つけて、
 我慢して会社で働いていたかいたのか想像できますか?」

我が娘、形相が凶悪に変化せり。
この年齢にて隠された本性があったとは。
我は卒倒しそうになるのを堪える。

「パパが働きに行ったら、女の人と浮気するに決まってます。
 パパはカッコいいから、よその女どもが寄ってきてしまうのです。
 ママは、パパの周りをウロチョロする女たちを死ぬほど恨んでおりましたよ」

マリー・テレーズは、パパにあげますと言い、何冊かの
大学ノートを手渡してくる。古びたノートには、
我への恨み言と憎まれ口が、これでもかと書いてある。

走り書きした文章から、並々ならぬ殺気を感じ、血の気が引く。

「太盛先輩? 高校時代のことは水に流してあげますから、
 私たちと家族三人、仲良くここで暮らしましょうよ。
 もちろん嫌だなんて言わせませんからね」

馬鹿な……。

「(*^▽^*)嫌だと言ったら殺しますよ。
 お食事に毒を混ぜますよ。
 寝ている間に頭を金属バッドで叩きますよ」

娘から感じる殺気も尋常にあらず。
有言実行される可能性大なり。
ミウとの息子ジュニアは、純粋無垢な幼児であった。
断じて父親の殺害を予告するような子ではなかった。

我はアッラーに慈悲を願い、静かに目を閉じた。気絶である。

まりえさん「美雪からお金を奪ってきて」 イフリート「(´・_・`)」

この作品、見出しにて読者の度肝を抜く傾向にあり。

我は初日こそ気を失うが、その日の夕方には優しく
体をゆすり起こされ、夕食を食べる頃には嘘のように回復する。
真理恵は聡明だからか料理の腕前も優れている。

普段なら塩辛くて苦手とする日本食(みそ汁、うどん、煮物など)も
難なく口の中を通る。今になって知る。ミウの頑張ってた
家庭料理の味は、マリエには到底及ばず。
ただ今の内容は客観的なる分析にて、ミウを子馬鹿にする意にあらず。

我は相手が誰であれ、我のために料理をする女を大変に好む。
台所に立ち、朝早く、あるいは夫の帰りを待ちながら
料理をする女の姿は美しい。

我は親子三人で仲良くマンション暮らし始める。
普通に暮らすには面妖なことなどなく平和そのもの。
これといって問題など見当たらず。今後の生活を楽観する。

我は女房と娘にニイトであることを強制されたため、
止む無くこの地位にとどまる。
マリエも当初は家庭で主婦になることを望むが
3日も休むとさすがに銀行のことが頭を締め、ついに出勤する。

真理恵は実に仕事熱心にて、自らの欠勤にて同僚や
顧客に迷惑をかけることを良しとせず。まさしく大和撫子。
日本民族が世界に誇る責任感の高さなり。

「ふむ。マリエが帰ってくるまでやることなし。
 ニイトとは一見楽に見えるがそれは違う。
 大の大人が自宅にて待機しても暇つぶしの
 方法など、たかが知れている。なにより刺激を欠いた
 人生に、若年にて痴呆症の促進の効果ありと懸念する」

「ならば、わたくしとお話ししましょうよ。
 わたくしは10歳の小学4年生ですが、見識深く、知性と教養に満ち、
 また鋭い洞察力にて世の中を俯瞰することに長けていますわ」

我は問うた。

汝(なんじ)は、学校に行かなくて良いのか。
本日は平日。懐に忍ばせた懐中時計は9時を指す。
登校の時間はとうに過ぎさったのだぞ。

「わたくしが登校したらパパがお一人でご在宅になりますので」

我が孤独を苦手とすると思うのか?

「いいえ」

では何か?

「パパを一人にすると色々と余計なことを考えるかもしれませぬ。
 万が一の可能性の話ですが、パパがこのマンションでの生活を
 窮屈に感じ、再び前妻の元へ戻ろうとか、実家に帰ろうなど
 思い立った時のことを懸念しているのです」

マリー・テレーズ。恐るべき女童なり。我の真意を見抜いておるのか。

実は初日から感じていたことがある。
真理恵の束縛の強さも並みではなく、それゆえに
もしや我をマンションに閉じ込めるのが目的ではないかと危惧する。

「閉じ込めるつもりはございませんわ。ただ、お出かけする時は
 私かママを同伴させていただきたいのです。嫌なのですか?
 わたくしたちは、パパのためを思って言っているのですよ」

「なにゆえ我のためになるのか」

「ママはパパを殺したいほど恨んでいるからです。
 高校生の時にパパに妊娠させられ、共産主義の権力者たる
 高野ミウの命により強制収容所で苦痛の中で三年間の過ごす中、
 ミウとパパが恋仲になったと耳に挟み、パパの薄情さに涙しました。
 大好きなパパとは、疎遠になり、ママの恨みの深さは募る一方」

ママ(女房)を怒らせれば、我は死ぬ。
つまりはこういうことか。

「はい。ただし愛情と憎しみは相反するようで近しき感情です。
 パパに恨みを抱き、同じようにパパを愛しているのです。
 ママにとってパパは唯一の伴侶。わたくしにとっても父上たる
 方はあなた様のみ。わたくしたちが生活を共にするのは、
 神が定めに従ったまでのこと」

この娘も、イエシェア(ヘブライ語)の民であったか。
神に対する解釈の仕方を違えるが
我と同じく経典の民であるゆえ、親近感がわくではないか。

「ママが銀行に行っている間、わたくしは、学校に通いませぬ」

「だが、そなたの学業の遅れはどうなる?
 学校とは、まことに険しき競争社会の縮図であるぞ」

「わたくしほどの聡明な娘ならば、通信教育と自主学習で事足りますゆえ。
 わたくしは学校はおろか学習塾にても最上位の成績を収めております。
 通常の授業速度はわたくしにとって牛の歩み。退屈との闘いに過ぎぬのです。
 半年先までの予習を常とし、定期テストに臨んでおります」

それにしてもこの娘の口調。母を前にする時とは明らかに異なる。
もはや別人と称するべきなり。古典文学の巨匠・紫式部が女童(めのわらら)
と化したのかと想像するほどである。

「心よりお慕い申しております」

「何を言うか。そなたは、ませている」

「パパは私のことを愛しておりますか?」

「……一目見た時から、このような美しい娘がこの世に二人とおるかと
 思った。そなたの美しさ、可憐さ、知性に満ちたところは、
 かつてオリエントを支配したペルシア帝国の王女に匹敵するものである」

我が娘の頬は朱色に染まる。恥ずかしそうに頬を手で覆う。
どうやら本気で喜ばしいと思っているようだ。

「さすがはパパ。お上手ですわ(´∀`*)ポッ」

我はかつてのチャラ男時代を思い起こし、現代風言葉遣いにて
自らの娘を褒めたたえることにした。

「始めて見た時から、マリーのことを抱きしめたいと思った。
 それくらい衝撃的で、どうしてもっと早くマリーと一緒に
 暮らさなかったのかと後悔したくらいだよ。
 君はたぶん、世界で一番きれいだ。雑誌のモデルじゃ
 足りないくらいだ。もっと女優とか目指してもらいたいくらい。
 俺なんかにこんなに可愛らしくて頭の良い女の子がいたなんて
 今でも信じられない。端的に言うよ。愛してるよマリー。この世界の誰よりも」

強く引き寄せれば折れてしまいそうなほど細い体を抱きしめる。
ちょうど我の顎の下付近に娘の頭頂部が当たる。
髪の甘ったるい匂いが、我の理性を狂わせそうになる。

「私もパパのこと大好きだよ(*^▽^*)」

現代人が言う所の、だいしゅきホールド、であろうか。
体と体を触れ合わせ、生で感じる体温と息遣い。
これぞ親子の愛の証拠であろうか。

娘はスマアトホンで我と写真が撮りたいと言い出した。
我は勤めてイケメンらしく映るように工夫しながら、
この小さな雑誌モデルと同じ写真に写る。
娘の光り輝く美貌に、我の姿が劣って見えるのは仕方ないことだろう。

「エヘヘ。エヘヘ(。・ω・。)ノ♡ パパと一緒だぁ (≧∇≦)」

それにしても、娘の美しさはどういうことだ。
若干10歳にして、並みの女優と太刀打ちできるほどの美貌である。

きゅっと引き締めた唇が、時にほほ笑むと、子供らしさをかもしだす。
相手の心理を見透かすような黒くて丸い瞳が、悦びの感情で
満たされる時、魔性のごとき美しさを表す。

肌は雪のように白く、女童であると承知しながらも
成人した女と話していると錯覚する時もあり。
はたして我は娘ではなく妻と接しているのか。

ここまで美しいと思う子供に出会うのは初めてだ。

我は7世紀に生を受け、多くの人間の姿を借り、この世に顕現した。
あらゆる国、地域、社会にてクルアーンの教えを広めようと
切磋琢磨する。だが人とは。一度神に従うと言っておきながら
俗世間に身を置くとすぐに忘れ、神の神聖を信じなくなる。
いざ自らが困った時に、初めて神へ助けを仰ぐとは愚者の所業なり。

ムスリムが一日五回の礼拝を義務ずけるのは。
まさしく神の意向を忘れぬための合理的なる儀式なり。

「ねえ。パパ」

優しく耳打ちされる。あまりの色気に我の体温がにわかに上昇する。

「ママに内緒で二人だけで出て行っちゃおうよ」

美しきバラにとげあり。
我がその手の誘いに乗るとしたら、シャイターンに心をささげた時のみ。
我はアッラーの僕。太盛・イフリートなり。

一度娶った妻を裏切るなど考えられん。
同時に遺憾に思う。
こら、テレーズよ。実の母を裏切る算段を立てるとは何事か。

「うそですよ。大好きなママを裏切って出て行くわけないでしょ」
「……本気なのかと思ったぞ。顔が真顔だったからな」
「んもー。パパのいじわるー」

娘は適当にごまかすつもりなのだろう。
だが我は耳打ちされた時、はっきりと感じた。
真理恵を上回るのではないかと思うほどの、恐るべき執着心の片鱗。
この娘は危険だ。外見はいかにも愛らしく好ましいが、中身に
計り知れない人格を兼ね揃えている。

「そなたは真に令和の人間なのか」
「どうしてそう思うんですか?」
「我と同じ匂いを感じるのだ。マリーは現代の人間ではなかろう」

マリーはトイレに行くと言い、追及を交わしてしまう。
その話題を望まぬと言外に告げたも同様。ならば仕方ない。我も聞かぬ。

夜の11時過ぎにて、ようやく妻が帰宅せリ。
我と娘はとうに夕飯を食べ終え、二人でテレビジョンを鑑賞しつつ、
ソファの上でまどろんでいた。

「僕のマリー。遅くまで働いてお疲れ様(^o^)丿」

「うん。三日も休んじゃったから仕事溜まっちゃって大変だったよ」

妻は、ハンドバッグを乱暴に放り、我と熱き抱擁をする。
こうも顔をが近いと、化粧の匂いがする。
やはり人前に出る仕事となると、在宅時より化粧を濃くしている。

スーツ越しでも腰にくびれを感じさせ、思わずぐっと来てしまう。
155センチにも満たぬ小柄な体で年収650万も稼いでおるのか。

「ん?」

ただならぬ気配を感じ取り、我は背後を振り向く。
そこにいるのはテレーズなり。女童にて我が愛する娘なり。

「どうかしましたかパパ?」

いや。先ほど背中を太刀で一突きされたと錯覚してな。
それほど明確な殺意であった。

「パパとママが仲良しさんで。マリーはとっても嬉しいですよ(*^▽^*)」

そうは思っておるまい。我の学園生活は女の嫉妬との闘いが常であった。
その経験から。汝が我が夫婦のイチャラブに嫉妬したのは明白。

我は娘の機嫌を損ねるのは得策ではないと判断し、娘を抱っこした。
むむ……。さすがに10歳になる娘を抱っこするには結構な腕力が必要となる。

「えへへ(^○^) パパ大好き―」

我は図に乗り、満月のように整った娘の頬に口づけまでしてしまう。

「二人とも、私が思っていたより仲良しなんだね」

「はい。パパとたくさんおしゃべりできて楽しかったですよ」

「ふーん」

真理恵が表情を無くす。さっさと着替えを済ませ、
我が作り置きしたご飯を食べる。ご飯と言っても
作るのが面倒なため、ドミノピザのMサイズを注文したのだ。
ピザだけでは寂しいかと思い、ポテトフライとナゲットも用意した。

真理恵は、この時間帯に油物はちょっと、と言い、不満そうだ。
我はTPOをわきまえてなきことを反省する。

日本の若者は米国の文化が強く寝ずいており、米国食ならば
なんでも好むのかと思いきや、若き子女らはダイエットが目的として
脂身の少ない夕食を好むとのこと。

この点でミウと異なる。ミウは夜遅く帰っても
平気でカツレツを咀嚼していた。しかも量は男性並みでありながら
細身のスタイルを維持する猛者なり。

「ミウはよく自分で作ってくれたなぁ。
 俺が自分で作るって言っても、聞かなくてさ。
 仕事で遅くなるとき以外はキッチンに立って何でも作ってくれたんだよ。
 あんな正確なのに主婦に憧れていたらしくて。なつかしいな」

真理恵がフォークを手にした状態で、拳で机を叩く。

「待ってくれる? 今誰の話をしたのかな?」

まずい。我は何を言ってしまったのだ。
よりによってマリエの前でミウの話題を出すなど、もってのほか。笑止千万。
爆弾の起爆装置にむやみに手を出した悪童の心境。

「私の聞き間違えじゃなければ、ミウの話ををしたよね?
 なにそれ。ふざけてるの? 」

これはまずいと、流血沙汰さえ覚悟する。

しかしマリエは、新婚早々(新婚なのか?)我と仲違いするのは
得策ではないと思ったのか、妙に冷静なふりをする。

「……ごめん。仕事でイライラして太盛に当たっただけだから」

「悪いのは俺だよマリー。ごめんねマリー。
 俺は君を困らせることはしないと誓ったばかりなのに。
 罰として皿洗いはすべてやっておくからね」

我は何を言っておるのか。ドミノピザは紙とプラスチックの容器しかない。
それに抱きしめたところで妻の機嫌が治るものか。逆効果の可能性に恐怖する。

「ふふっ。いいよ。許す」

真理恵の口元がにやける。まさか効果があったとは。
我の口説き文句に飢えていたからか、
マリエは愛の言葉にとことん弱いと後に知る。

「愛してる」「ふふっ」
「君だけを愛してる」「(´∀`*)ウフフ」
「大好きだよ」   「(∀`*ゞ)エヘヘ」

どこまで聞けば満足するのか。安い言葉で満足してくれるので
こちらとしては助かる。日本の女は愛の言葉に飢える者、実に多し。
日本男児らが言葉の魔法を封印することが原因である

バタンと、壁を叩く音にて興がそがれる。

「今、壁に蚊がいたの。お邪魔しちゃってごめんなさい(*^▽^*)」

あえて問わんぞ。ここはマンシヨン(仏語)の八階である。
どこに蚊がいるものか。
やはりこの娘の前で夫婦イチャラブするのは難儀する。

「一緒にお風呂入りましょ」

なんと……。我は全く乗り気ではないが、
妻に養われている身なりて従順になる。
夫が妻に従順になるとは何事か。情けなさの極みである。

そもそも我は一度入浴を済ませておるのだが……。

「自分でやるのめんどうだから。髪の毛洗ってくれる?」

同年代の女子の髪を洗う経験なし。勝手がわからず、
適当にシャンプーを泡立て、髪を両手で揉むようになでる。
ジュニアの時とは違い、繊細に扱わねばならん。

そういえば、ジュニアのことをすっかり忘れていた。
妻はアレだが、息子は無邪気にて可愛かった。
髪を洗いつつ、互いに裸なので、余計な感情を抱くこと必至である。

学生の時のマリエも十分に美しかったが、成熟した体も悪くない。
我がそっとマリエの小さなふくらみ(胸)に手を伸ばそうするが。

「パパ達。バスタオルを用意しておきましたよ」

このように娘が割って入ること多々あり。
子供を前にすると、夫婦の営みをすること極めて困難なり。
そもそも夫婦の年齢が我27、妻26にて子供がすでに10歳。
ずいぶんと大きな子供を持つに至り。そのうえ恐るべき早熟である。

我がマリエに夫婦の寝室で添い寝をするのだが。

「わたくしもパパ達と一緒に寝るのー(*^▽^*)」

策士。ここに極まれり。マリエが舌打ちする。
仕事の疲れもあり、形相を変化させる。

真理恵の怒りも理解できる。
妻にとってみれば、久しく再開した夫との
愛情の確認がしたいのだろう。
娘がその気になれば、夫婦の営みを半永久的に防ぐことも可能。
実の娘に夜の楽しみを奪われるとは滑稽なり。

「パパー。さみしいからくっついて寝よう(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾」

「(^_^メ)ちっ……」

これは、まずいぞ……。

学生時代の修羅場が再現されつつある。

我は時代を超え、時空を超え、
愚かな人類にアッラーの教えを説く、
太盛・イフリートである。

いかにしてこの難局を乗り切るべきか、英知を結集させるしかない。

マリエ「お金が足りない」 イフリート「なに?」

翌朝からマリエは銀行通いを中断させ自宅に留まる。
堂々と朝寝坊し、太陽が店長に登る頃になり、
ようやく起床し寝癖を直している。

我妻はすっぴんでも信じられぬほどの美人である。
シミやそばかすもなく、張りのある肌は10代と変わらぬ。
これぞ天然の美人顔である。あっぱれだ。

「あんな夜遅くまで働くなんて、今考えたらよくやってたよ。
 子供がいるとお金稼がないといけないから必死だったんだよね。
 誰かさんのせいでバツイチみたいな
 感じで10年も生活したわけだし、ねえ先輩?」

単なる憎まれ口にとどまらず。
積年の恨みのこもる瞳に、腰が抜けそうになる。

子がいる女は強い。マリエは大学を出てから
猛烈なる勢いで働き、愛する娘をここまで育て上げた。
夫たる我を欠いて。とにもかくにも誠意をもって謝罪する。

それにしても銀行勤めを辞めるとは。
いったい、何を考えておるのか。
行員らと顧客が心配ではなかったのか。

「私は社畜じゃありません。
 愛する夫と過ごす時間をもっと大切にしたいの」

やはり自宅にて主婦となる道を選ぶのか?

「そうしたいけど簡単じゃないんだよ。
 配当金だけで生活をするのはもっと投資元本が必要なの」

「お、俺が働きに出るんじゃ、だめかなって……」

「だめです。絶対他所の女を捕まえて浮気するに決まってます」

なんという信用の無さ。

「わたくしもママに賛成しますよ(*^▽^*)」

遺憾ながら、我に対する評価を認めざるを得ず。

「そこで妙案があるんだけど、ちゃんと聞いてね。
 太盛があの美雪とかいう女から3千万くらい奪ってきてくれない?」

何を言っている……?

「こう言えばいいんだよ。ヘラジカになった兄を人間に戻してほしかったら、
 3千万円現金で払えって。美雪は骨の髄まで兄を愛しまくってるから
 最後はお願いを聞いてくれるはずだよ」

「まあ。ママったら恐ろしいことを思いつくのね(*^▽^*)」

「さあ。そうと決まったら早くやって。私の携帯貸してあげるから
 美雪に連絡して喫茶店にでも呼び出してよ。
 美雪の連絡先は手に入っているから心配しないで」

いかにして美雪の連絡先を知ったのか。
LINEだけでなく、電話番号やら電子メールのアドレスまで知っている。
住所まで詳細に記載されているとは。マリエの正体はソビエトのスパイなのか。

「諜報活動なら収容所時代にさんざん練習させられたから慣れてるの。
 そんなこと、今はどうでもいいでしょ。早く美雪に電話してくれる?」

「で、でも何て言って電話したらいいのかな?」

「それくらいは自分で考えてよ」

むむ……。理由は分からぬが、マリエの形相が鬼のごとく変化する。
逆らえる雰囲気ではない。マリエにミウに近い恐ろしさを感じるのは、
高校三年間を収容所7号室で送り、ソビエト的な冷酷さを持つに至るからか。

我は美雪の兄の件を、妻に言われた通りに伝えると、
電話越しに憤慨した美雪の絶叫で耳が割れそうになる。

まあ誰でも怒ること必至だが、すでに美雪とは離婚したも
同然なので兄をヘラジカにする理由もない。
我としては美雪が不憫なので、深く謝罪した後、
直ちにヘラジカを賢人に戻してあげたいくらいだが。

「もっと的確に要求を伝えて」

我はマリエの殺気に怖気づき、口から出まかせを言う。

「とにかく金である!! 誰が何と言おうと金だ!!
 金無くして生活などできぬ!! 令和10ねんでは
 金のない物はの垂れ死ぬと、坂上瞳が申しているとおりである!!
 いいから金を寄こしなさい!! 金無くして兄の解放なしと知れ!!」

このようなことを電話口で言わねばらなぬとは。イフリート最大の不覚。

貧者に寄付こそすれど、金持ちから金を奪うなどもっての他。
我はどれだけ天へ悪事を積み重ねることになるのか。

美雪は相手にしてられぬと電話を切る。
しかしその三時間後、熟考の末、条件に応じるときた。

「お兄ちゃんを元の姿に戻さなかったら本気で殺すから」

交渉は成立しつつある……のか?
我らは足利市と浦和市の中間地点を探し、埼玉県久喜市西口の
喫茶店にて落ち合うことになった。しかし西口に喫茶店などなく、
止む無くサイザリアで落ち合うこととなる。

まさかサイゼリアとは……。
若者が好む洒落た店は我の苦手とするところである。
地方の店はどこへ行っても騒がしく品性に欠ける。
7世紀のペルシア生まれの若者に
似合う店でも紹介してもらいたいものだ。

交渉当日にて。我と愛娘テレーズが出席。マリエはなぜか欠席。
結果報告だけ聞きば満足するとのこと。自宅待機である。

相手側は、我の元妻、渋谷美雪。左の兄上たるヘラジカ。
それと初対面の女である。

「あんたに言われた通り、この通りお金を用意したよ。
 その目でしっかり確かめてちょうだい」

我らはドリンクバーを注文し、店に居座っていた。
たまたま店員が通りがかる。美雪のトランクケースに
満載された現金を見て気を失う。気持ちはよく分かるぞ。

我とて一千万を超える現金をこの目にするのは初めてである。
福沢諭吉なる、日本国の歴史が誇る偉人の印刷がされている。
我はこの人物の詳細を知らぬが、実に聡明さに満ちたお顔である。

「早く賢人を元に戻しくてください」

整った顔の女が言う。名を聞くと、なんと坂上瞳とはこの女のことなのか。
その顔の美しさは、砂漠の夜に輝く三日月のごとく。妙齢の美女であろう。

姿勢良くして座る姿から、育ちの良さを感じさせる。とにかく綺麗なのだ。
真理恵より先にこの女と出会っていたら、我の妻としていたことだろう。

ヘラジカは期待に満ちた目で我を見る。冷静に考えなくとも、
この場はファミリイ・レストランである。ヘラジカが当たり前のように
テーブル席に座っていることに驚く。そしてヘラジカにもドリンクバーが
注文できるとは、サイゼリアの寛容の精神を心から賞賛したい。

我は一度ヘラジカの姿を炎を出包み、焼き殺した後、再び人としての
渋谷賢人をその場に呼び戻す。厳密に言うと渋谷賢人は変化(へんげ)
したのではなく、亜空間に消えていただけなのだ。魂ではなく肉体がな。

一つの肉料理がそこいあるとして、肉はそのままに皿の種類を変えたにすぎぬ。
これぞアッラーのお力を借りた、神の所業なり。

「俺は……戻ったのか……?」
「お兄ちゃん(´・ω・)」
「賢人ぉヾ(≧▽≦)ノ」

まさに両手に花。
賢人は感激し大泣きする美女二人に囲まれ、
幸せの絶頂にあることだろう。

さて。用も済んだことなので、
せっかく注文したレモネードを飲み干し、去るのみである。
我が娘が、何事かを言いたげな顔をして我の袖を引く。

「でもこれは偽札ですよ」

なんと……?

「わたくしは、ママから偽札の見分け方を
 教わっておりますから、手触りですぐにわかりますわ」

我は美雪に抗議するが、逆切れされ、アッパーを食らう。
あごが砕けてもおかしくない一撃である。

「人の兄を勝手にヘラジカに変えておいて、
 まともな交渉が出来る立場だと思ってんの!! 
 このクズ野郎!! 変態のロリコン野郎!!」

クズまでは納得しよう。しかしロリコンとは?
どうやら我が連れ添っている娘のことを差して言ったようだ。

「パパがロリコンで何が悪いんですか!!
 ロリコンの男性は娘に優しくしてくれると評判なのですよ!!」

摩訶不思議な言い分である。
娘にまでロリコンを肯定される父の身にもなってみなさい。

「もうロリコンでも何でも言いよ!!」賢人が吠える。

「こんな奴らと関わるのはよそうぜ。だいたいなぁ!!
 令和10年兄妹の物語ってタイトル詐欺だって言われちまうぞ!!
 第三シーズンからイフリートがメインになってる。誰得だよ」

貴様ら兄妹の話は、永遠に決着のつかぬ三角関係にて、
すでに小説として破たんせリ。

「いいからお金を下さい!!」

テレーズも吠える。しかし我らは要求できる立場では……

「ママからお金をもらってくるように頼まれているんです!!
 美雪さんは富裕層だからお金を売るほど持ってるのでしょう?
 貧しくて哀れな私たちに三千万円を渡してください!!」

「綺麗な顔をぶん殴られたくなかったら黙ろうね。
 お姉さんも今は質の悪い冗談を聞き流せるほど穏やかじゃないから」

「……おばさん」

「はい(^○^)?」

「失礼しました。美雪さんは大学三年生でしたよね。
 わたくしには、子持ちバツイチの三十路過ぎの女性に見えたものですから。
 だってあなたのお肌、とっくに曲がり角なんですもの。
 株式の運用にばかり気を取られてお肌の手入れを怠っているのではなくて?」

隣に座っている瞳の方が若く見える。
椅子に座る動作がおばさんっぽい。
太り気味なのか、下半身の肉付きが良すぎる。

どれも美雪に言ってはならぬ言葉のオンパレエドなり。
美雪は腹に力を込めて吠えると、店内に地響きが発生し、
レジスターなどの電化製品が動作を止める。
正面から咆哮を浴びたテレーズの髪の毛が逆立つ。

美雪は、怪力によってテーブルを持ち上げ、明後日の方向へ投げる。
テーブルはガラスを破り、群馬県の方角へ向けて飛翔せリ。
これにて我らの注文したドリンクバーは無駄になりけり。

「く、くだなる茶番をしてしまった。これにて我らは失礼する」

美雪の怒りは計り知れぬ。インド神話のシヴァ女神を連想する。
我は娘の手を取り。早々と立ち去るのだが。

「太盛君。久しぶりだね。話はまだ終わってないよ」

腕組みする元妻、ミウが出入り口をふさぐ。

やはりミウもこの店に来ていたのか。
共産主義の凶器に染まった女とはいえ、
その美しさにはまるで陰りが見えない。

ここで捕まれば拷問されるのは確実と見て、強行突破を図る。
我は最後の手段としてミウを抱きしめ愛をささやき、油断したところで
逃げようと思ったのだ。浅はかの極みだと自嘲するが、
我はチャラ男なので他に方法が思い浮かばぬ。

「そこの不細工なおばさま。申し訳ありませんが、道を空けてくださりませんか」

今毒を吐いたのは誰だ? 私の娘で間違いないのか……?

「へ? ブサイクって…私が?」

「失礼しました。どうやら自覚がないご様子。
 毎朝鏡でご自分の醜い顔をご覧になってるはずですから
 言われなくとも分かっているものとばかり…」

我が娘はなにゆえ女達をブス呼ばわりするのか。
身内びいきをしても美雪もミウも常の女人を凌駕した美女に違いない。

…待てよ。テレーズがブス呼ばわりするのは我の妻に限るようだ。
納得する。我の妻たちはテレーズにしたら敵である。

「パパの元浮気相手で、卒業後に無理に婚姻を結んだのですね。
 やんごとなきお方のみに許される傍若無人さに呆れるばかりです。
 あんなブスの顔を毎朝見なくちゃならない俺の身にもなってくれよと、
 パパが毎日思っていたことも知らずに、お気の毒なことです」

「何言ってるの。太盛君がそんなこと言うわけ…」

「わたくしの前では前妻の悪口ばかりが口からこぼれたものです。
 前の妻は最低だった。まれにみる悪女だった。あんな女と
 結婚したのは、我の人生最大の不覚なりと、あのような
 悲しそうな顔をしたパパを見る、こちらの身にもなっていただきたいものです」

「なにを…」

「そもそも。本日はここへ何をしに来たのですか?
 わたくしの目は節穴ではなく、状況の変化に機敏でありますから、
 店内にいる従業員とお客は、あなたの部下が変装した者だということは
 先刻承知しております。数に物を言わせ、力づくでもパパを
 自分の物にしようとお考えになっていることは、もはや明白。
 ゆえにあなたの心は腐りきっていて手の施しようがないのです」

「太盛は私の夫です。夫を浮気相手から取り戻すことは正当な権利があります」

「ならば、これを見なさい」

なんだ……(;゚Д゚) 
テレーズが自らのスマホの動画を起動させる。
なんと、画面には我の姿が映っているではないか。
風呂上りで髪も乾かしていない、上着すら着ぬ、たわいもない姿である。

動画の中の我は、テーブルに頬図絵を突き、
コップに入った牛乳を飲みながら、憎まれ口をたたいてるが…。

『今思い出してもミウとの生活は吐き気がするよ。
 何が学園生活だ。共産主義なんてばからしくてついてけねえよ。
 あんな奴、顔も並み以下だし、俺が拷問されるのが怖くて
 嫌々結婚したのにも気づいてないアホだからな』

馬鹿な……。我はアッラーに誓ってこのような発言をした試しはないぞ。
しかしながら画面に映し出されるのはまさしく我なり。
自画自賛するのも気恥ずかしいが、はきはきとリズムよく活舌し、
太陽のごとくほほ笑む美男子とは我のことなり。

『結婚してから肌荒れもひどくなったし、誰があんなメス豚と
 寝てやるもんかよ。俺が一緒に寝るのを断ってる時点で
 察してくれよ。めんどくせえな。もう妻なんて大嫌いだ。
 顔を見るだけでも限界だ。あんな奴と離婚させてくれた
 真理恵とマリーに心から感謝してるよ。
 俺が愛してるのはマリー・テレーズだけだ』

最後の言葉に違和感あり。あたかも我が娘のみを愛していると聞こえる。

娘のフルネイムは、マリー・斎藤・ホリ・テレーズ。
もはや常の日本人の姓名からの完全なる逸脱。
初対面の者から人種国籍を確認されること必死なり。

確かに娘は愛らしく、いつまでもそばに置いて、眺めていたくなる。
動画の中の我は、何を考えておるのか。唇の大きさに差があるのに
父と娘で熱い口づけを交わし、テレーズの薄手のキャミソウルを
脱がせつつある。

我もさすがに焦り、娘から破廉恥なるシーんを
映すスマホを取り上げようとするが、
踊り子のステツプにて華麗に交わされる。

いかん。いかにしてこのような動画を制作したのか、
またその意図を読むことかなわぬが、このままではまずい。

「なに……これ……」

ミウは怒りで震える。面と向かい話をする余裕すらなし。
店員を装った部下たちは騒然とし、にわかに殺気立つが、
司令官が呆然とする最中、指示無くして動くこと叶わぬ。

逃げるなら今しかないだろう。
我は娘の手を引き、魔界のレストランの自動ドアをくぐる。

「さようなら。おばさん」

こらテレーズよ。
いらぬことを言うでない。
ミウを刺激したら戦争させ起こしかねないのだ。

マリー・テレーズ「本日はわたくしのお話を聞かせましょう」

店を出たあと、

「パパ。このスイッチを押してくださいな」

ドラえもんに出てくる風の、手のひらに収まるほどの箱型にて、
赤きスイッチの突起部がある。
何かと思い、興味本位に押してみると、サイゼリヤが突如爆発し、
巨大な煙を立てながら、瞬きする間に建物が平らになってしまう。

「キッチン周りに特殊な火薬を忍ばせておいたのです。
 いくらミウでもこれほどの惨事ならば生きてはいないことでしょう」

この娘は…(; ・`д・´)

芝居のごとく急展開する事態。
ツッコミどころが多すぎて混乱の極みに達せリ。

「そなたは、自分が何をしたのか分かっておるのか!!」

「パパがいきどおる理由が、わたくしには理解しかねます。
 悪の巨頭たる憎きミウがこれで滅びたのなら
 喜ばしいことかと思われますわ」

「こ、殺すことはなかったであろうが!!
 我とてミウの全てを憎んでいたわけでなく、
 あの店には渋谷兄妹の他、あの美しき娘、ミウの部下を含め
 関係者が多数おった。そなたは無用な殺戮をしたのだぞ!!」

「お話を割ってしまい恐縮でございますが、
 美しい娘とは? もしや坂上瞳のことを差していらっしゃいますか?」

「そ、それは今は……どうでもよかろうが!!」

「どうでもよくありませんわ!!」

なんたる迫力。
めのわらわ(女童)が、大の男を圧倒したのだ。

「やはりパパは危険な男性に違いありません。
 坂上瞳と初の会合でありながら、あの見た目の美しさに目を奪われ、
 交渉中もちらちらと尼(女人)をご覧になっておりましたね。
 私は隣できちんと見ておりましたので言い訳は無用ですわ」

「何を言うか。そなたはませた言い方をするのを実に好むようだな。
 我も今世に置いては日本男児なりて、見た目の美しい女人に
 目を奪われることは世の理として知るべし成り。断じて浮気の
 つもりなどなく、単なる生理的な反応と称するべき事柄ではないか」

「左様でございますか。パパの言い分はそれで結構でしたら、
 過不足なくママにラインして送ることにしましょう。
 後の采配はママのご判断によるものとします」

「な、なにをするつもりだ!! 待たれよ!!
 そもそも坂上嬢は先ほどの爆発で亡き者になったことだろう!!」

「他にもママに報告する内容、多岐にわたります。
 ママが目的として現金3000万円の取得ならず。
 パパがミウ爆破の件にて悪女の死を嘆いたこと。
 さらには動画中で私の衣服に手を出し、
 わたくしの裸体を観賞しようとしたことを…」

「待て待て!! その動画は創作なのだろうが!!
 我はアッラーにかけて、実の娘に不埒な真似を
 した覚えはないのだぞ!!」

「現代の合成技術とは、真に便利なものでして、
 交渉ごとに置いて、これを利用しない手はありません」

テレーズよ……。
同居を始めて以来、我の写真を頻繁に取っていたとは思っていたが、
こっそりと動画まで撮影し、パソコンにて念入りな作業をしたのか。
動画の編成技術は童女とは思えぬほどだ。

実の父さえ脅すとは、行く末の恐ろしい子供である。
もはや子供と呼ぶにふさわしくない。

我はテレーズの悪い方向へ良く回る頭脳を嫌悪した。
早熟だからと何もかもが褒められることはないと知る。

ずず……(´Д⊂ヽ

我は後ずさり、娘より距離を取る。
意識したわけでなく自然体なり。

娘の常人をはるかに超越した美しさも、今では恐ろしい。
時に40を過ぎた女人の微笑み方さえする。
齢10にして世を達観し、熟年の女の色気を醸し出す。
かわいらしい童女でなく、女なのである。

「お父様はなにゆえ、わたくしから離れようとするのですか」

「そ、そなたは真に私の娘なのか……。今でも信じられぬ。
 我の子ではないのではないか。よく見れば顔立ちも我とは異なる」

「病院でのDNA鑑定の結果を例のお手紙に記したはずですのに。
 目の前で起きている現実を受け入れようとしないとは、
 経典の民として褒められたことではありません」

「来るでない……我はそなたを恐れておる。
 そなたは、いかにも人の子の姿にしておるが、人の子にあらず。
 天使か精霊の一種と想像する」

「まあ。なんとも手前勝手な言い分に驚いてしまいました。
 わたくしがお父様の言う通り物の怪の類だとして、
 それが私を恐れる理由になりましょうか。
 パパはイフリート。私はイフリートの娘ですわ。
 世の常の人と多少異なることは承知していただきたいものです」

ふむ……。イフリートの娘ならば、確かにな。
この娘もまた我と同じく現代人の風貌をして現代に生きておらん。
我らは等しく生まれるべき時代を間違えた者。仲間である。

「先ほどは、すまなかったな」

我は娘を抱きしめ、髪を少し乱暴になでてやる。
このサラサラとした手触り。高級なシャンプーを使っておるな。
細い体。重ねた体から、服越しに伝わる体温。人間ゆえに血液流れる。
温かみこそ人としての証なり。それでいいではないか。

「パパ、大好きです(*^▽^*)」

「俺もマリーのこと愛してるよ。この世界で一番好きだ。
 何度見てもマリーは世界一の美少女だ。パパだけの特別な美少女」

「わーい。パパに褒められた(*^▽^*)
 うれしーなヾ(≧▽≦)ノ うれしーヾ(≧▽≦)ノ」

「これからもずっと一緒に暮らそうね?
 もう2度とマリーに寂しい思いはさせないぞ(^○^)」

「わーいヾ(≧▽≦)ノ ずっとパパと一緒にいるー。
 将来はパパのお嫁さんになるからね(*^▽^*)」

普通に接する分には問題の無い娘である。
何やら本気で我の嫁を目指しそうな気がして寒気がするが、まあ良い。

こうしてはしゃぐ姿は年相応。我も娘との時間を大切にしたい。
この子はこの世に生を受けてから父親(我のこと)の顔すら
見ること叶わず、今日まで過ごしてきたのだ。

それが幼い娘の心をどれだけ傷つけたことだろう。
我には想像も出来ず。思えば高校時代に性欲に負けて
真理恵を押し倒したことがきっかけであった。

アッラーにかけて、妊娠させた妻らを一斉に娶る
覚悟ではいたのだが、学内で生起した共産革命と
ミウによる束縛を経て、妻らと疎遠になってしまう。

父に対するさみしさ、不足した愛情、やりきれない思い、
いきどおり、それらが噴出し。この子の心に鬼を作るに至るのだろう。

我は愛すべき娘がゆえに、先ほどのサイゼリヤ爆破事件も
好意的に解釈してあげねばと思う。確かに世間の常識に
照らし合わせれば異端ではあるが、憎き恋敵のミウを
文字通り殺すことは、この子には大義の有る粛清なのである。

「大好きだよマリー、(*´ε`*)チュッチュ」

「もーパパったら。くすぐったいですぅヾ(≧▽≦)ノ」

あまり公然とイチャついたら人目に付くことに気づく。
ここは国道沿いの賑やかなる往来。頭の禿げた中年の男が
うやましそうに我を見る。学生らしき娘が、軽蔑の生差しを我に向ける。

我をロリコンだと思っておるのか。
二名の警察の格好をした者が、警棒を片手に我らに接近してくる。
まずい。我ら父娘は顔が似ておらぬので、傍から見たら赤の他人なのだろう。

我が童女を抱きしめてキスしている不埒ものだと判断されたら
言い訳に難儀することだろう。たまらず逃げる。
人の姿では脚力に限界がある。
ガゼルに変身し、娘を背に乗せ4キロ先まで逃走した。

我の変身能力、実用性に富み、自動車やバイクを購入する必要を感じず。



さて。警察からは逃れた。
すぐに自宅へ帰ろうと誘ったのだが、マリーが是非にというので、
無下にするわけにもいかず、久喜市内をショッピングする。

我らは久喜市の荒廃した街並みに戦々恐々とする。
食料品店や雑貨店にて客と店員が入り乱れて血みどろの戦争を展開せリ。
家電量販店、衣料品店、医薬品店など、およそこの世に存在するすべての
店先にて、第二次大戦のフランス戦線を思わせる、壮絶なる戦いが繰り広げられる。

我はオランウータンに変化し、ファシオン・センタア・しまむらの屋上まで
電線伝いに跳躍する。娘は肩の上に乗せていたが、感電死寸前になりながらも
我にしがみついて離れないのに感心する。
木の枝の代わりに握った次第だが、電線とはこれほどの電流が流れておるのか。
文明社会恐るべきなり。

「死ぬかと思いましたわ!! パパのおバカ!!」
「ふはは。すまぬな」

島村の屋上からは、第二シーズンで描かれたヤマダ電機をめぐる攻防戦が
一望のもとにある。余は初めて目にするが、あれが戦車たる機械の姿か。
地雷、迫撃砲弾、狙撃銃、キューポラ、機械仕掛けの武器が多数である。

人の本質は変わらぬ。
自らに無いものをねだり、手に入らぬと分かると奪うことを考える。

「令和10年では、お金がない人は死ぬ運命にあるのです」

金か。我には紙幣の束など、ごみの山の延長にしか思えん。
古くからアラビア半島や中東地帯では、土地と家畜こそが最大の財産とされてきた。
仮に我が令和10年で独立して生活するとしたら、牧草にて酪農を開始する。

愚かな者どもが無意味な奪い合いをするのは、紙幣にのみ価値を置くからだ。
今でいう一次産業に従事する、原子の社会に回帰すれば良い話である。
令和10年で財政が破たんし、現代的な生活を送ろうにも
少子高齢化が進み続け国家が衰退するならば、
現代的な生活を捨てる考えを持つ必要があろう。

「パパのおっしゃることも一理ありですが、思慮に欠くと言わざるを得ません。
 日本国の人口、平安時代と比べて6倍にも及ぶ規模に及び、外国人多数住みます。
 多数の人口を保有するに至ったのは国家の繁栄の証。この人工の維持には
 経済の活性化が必要ですので貨幣経済は必須かと思われます。
 インフラを完備したこの世の者共らには、
 原始的な生活など到底受け入れられぬことでしょう」

娘の聡明さは我を上回る。返す言葉が思いつかぬ。

「久喜市は買い物を楽しむ余裕の無き地獄である。
 さあもう気が済んだであろう。戦車の主砲に当たって
 命を落とす前に、浦和市のマンシヨンに帰還するぞ」

「その前に、ぜひともお時間を頂きたい。私の愚痴を聞いてくださいな」

「愚痴だと? ヤマダ電意では激しい銃撃戦が行われている最中であり、
 島村にも被害が及ぶ可能性がある。手短に頼むぞ」

「パパは先刻、私を避けました」

「むむ……? 我が君を怖がって、後ずさりしたことか?」

「左様です。パパは……よりにもよって私を怖いと……
 本当に私の娘なのかと……ひどいことを口にしておりました……
 わたくしがどれだけ心を痛めていたかも知らずに……う……」

愛娘は大粒の涙を流す。
とめどめもなく、涙が床へと落ちていく。
いじらしく唇をかみしめ、さめざめと泣く。

どれだけの哀しみを噛み殺して平然を装っていたのだろうか。
この子は我に拒絶されることを何より嫌うのだ。
我とじゃれあうと笑い、拒否されると涙を流す。

世の子供ならば当然の感情と思いきや、この子の心の闇は
常人とは明らかに異なる。この子の人生は、我なしには考えられぬのだろう。

抱きしめ、泣き止むのを待つしかない。

耳元で幼い娘の嗚咽を訊くと、いたたまれない気持ちになる。
この子は「うぅー」と短い声を何度も発しながら、我のシャツの背中を強く握る。
小刻みに震えているではないか。

我はハンカチなど気が利いた物は持っておらぬ。
娘のスカートのポケットをまさぐると、あったので、
それで涙を拭いてやる。涙よりも鼻水が顔を汚しているので
髪から与えられた美貌をすっかり損ねてしまう。

仕方ないので島村の1階部のトイレまで降りる。
洗面所で顔を切れに洗うと、腫れぼったい目元以外はすっかり綺麗になる。

マリーは寂しいからしばらく一緒に居てと言って聞かぬ。
しばらくトイレの中で抱き合う。実に5分以上もその姿勢を維持する。
この姿勢の間でパパの栄養を補給していると言う。不思議な発想である。

トイレから出ると、店員らが我に駆け寄ってきて、何事か騒ぎ出した。

「おきゃーさんwwwそこから動かないでくださいねwww
 今警察呼んだからwwww」

なんともチャライ男性である。私は今になって気づいたが、
女子トイレに入っていたらしい。大泣きしていた女の子を
連れて中へ入ったので親子と思われなかったようだ。

そもそも我の年齢で10歳の子が
いることは一般的ではないから無理もない。

この国では何かと男性を変態ロリコン扱いする傾向にあるようだ。
マリーはこの店員の態度にすっかり腹を立てる。

「わたくしの父を通報するとは何事か」

マリーの全身が逆立ち、衝撃波が店内を襲う。
ガラスというガラスは砕け散り、店内の衣服は竜巻上にうずをまき、
天井へと舞う。店員らは客も入り混じって洋服と一緒に宙を舞う。

さながら巨大なる洗濯機の中にお店を放り込んだかの如く。

その光景は摩訶不思議にて、文章表現の限りを尽くしても
描写しきること困難なり。

「(*^▽^*)パパ。今日はもう帰りましょう」
「うむ」

マリー・テレーズ 一人称

 イフリートの娘 マリー・テレーズは語る。

わたくしのパパが、たいとうな美男子(イケメン)であることに
気づいたのは、小学一年生の時でございました。

わたくしは常の子供よりも早熟でございましたから、幼稚舎に通いし時より
両親が別居状態にあることを不思議に思い、ママを問い詰め困らせておりました。

ママはわたくしの熱意にようやく屈し、いよいよ真の事実を語るに至ります。
パパはママを妊娠せたのはいいのですが、
結局は別の女と浮気し、その女と結婚生活を送し子供まで作った。

それを聞いた時は、父の薄情さに怒りの感情が宿り、男性不信にまで発展しました。
ママと私を困らせながら、ご自分だけは意中の女性と仲睦まじく暮らすなど
神様がお許しになるわけがありません。

「パパはね。すごくカッコいい人だったの。ママの一歳上の先輩で…」

写真だけはあるようですので、拝見させていただきました。
目の覚めるほどの美男子がそこに移っておりました。

少し日本人離れした、堀が深いお顔立ち。
利発そうな瞳。さらさらな前髪。
少し影がある感じの、イケメンでございます。

パパに対する恨みが消え去るのが分かります。
あれほど憎いと思い、殺してやりたいとさえ思ったのになぜ。
人の感情は時に自分でも分からぬものだとこの時に知りました。

パパの写真は。ママの机の引き出しの中に入っておりました。
ママの見てる前で写真を見るのは、なんだか気恥ずかしい感じがしましたので、
ママに内緒でパパの学生時代の凛々しきお姿を拝見しては、癒されておりました。

小学一年に上がる頃には、パパのことが大好きになってしまいました。
写真で見るお姿だけではなく、声も聞いてみたい。ママはパパの口説いてくる時の
低い声が大好きだったと言います。わたくしも聞いてみたい。
私の名前を声に出して呼んでいただきたいものです。
そうしたらわたくしも、きちんとパパのことをお名前で呼んで差し上げるのに。

パパに会いたい。そう願うほどパパに対する恋心は募り、眠れぬ夜を過ごします。
わたくしは家で自主勉強に励む傍ら、ママの高校時時代に使っていた
教科書から諜報活動の基礎を知ります。
ソビエト社会主義共和国ではスパイ訓練の一環とされています。

ママは学生時代の収容所での囚人生活において諜報活動を
良く学ばれ、プロのスパイと同等の情報処理能力を誇ります。
実社会でも会社の機密資料や重要な顧客データを奪い取るなどして、
不動産取引にて莫大な利益を得たのです。

わたくしは、父の住んでいる学園本部にアクセスすることに成功。
パパが植物人間状態であることを知ります。

浮気相手との結婚生活のストレスによるものと知り、
これは取り戻すチャンスだと考え、手紙を送ることにしたのです。
差出人は母になっていたと思いますが、あの手紙の著者はわたくしなのです。

初めてパパを見た時は、それはもう、光り輝くように
美しいお顔立ちで、見惚れてしまいました。
男らしく自身に満ち溢れ、アッラーの僕と訳の分からぬ
ことをおっしゃっていましたが、世の男性とは一線を画す魅力を有しています。

この人の器量ならば、数多くの女どもと浮名を流したのも容易に想像できます。
だからこそ、今後は絶対にわたくしのおそばから離れず居てほしいのです。
わたくしだけを見て、わたくしの名前を呼び、わたくしだけのパパとして
振舞って頂かないと。わたくしはこの方を見た瞬間から心を打たれ、
いっそ世の末までお供したいと思ったのでございます。


「マリエ。すまんが3000万を手に入れることはできなかった」

「ま、そんなことだろうと思ったよ。できればお金欲しかったんだけど。
 私は銀行辞めちゃったし、今後の私たちの生活のために必要なことだから」

パパがママに頭を下げているお姿が哀れでなりません。

「……まさか本当に銀行を辞めてしまうとはな。
 その思い切りの良さは、考えようによってはあっぱれであるが、
 いささか早まった判断ではないのか。
 我は職歴もなくイフリート・ニートを自称する男である。子持ちのな。
 我に汝のごとく大金を稼ぐ力など皆無であることを知ってほしい」

「あのさ。前も言ったけど、
 そのしゃべりかた、マジでどうにかならないの?」

「これが我の素の話し方にて、この方が楽なのだ。
 家庭においては楽な話し方になってしまうのも仕方なかろう」

「はぁ……ならいいや。明治・大正生まれの爺さんみたいな口調でも
 太盛はカッコ良いもんね。あとは妻に優しくしてくれればそれで…」

ママは、ふとせつなくなったためか、話の最中だと言うのにパパの胸に
体を寄せ、女童甘えているのです。銀行を辞めた件のあたりでパパのお顔が
いっそう凛々しくなりましたために、太陽のようなご尊顔に見惚れてしまったご様子。

「私は今まで太盛先輩がいなくても娘と一緒に頑張って生きて来たんだよ。
 私のお父さんにもお母さんにもいっぱい迷惑かけて、喧嘩もしたし、色々あった。
 父には最後まで反対されたけど。親子の縁を切ってまであなたと
 結ばれることを願った。太盛は私の気持ちを分かってるくれるんだよね?」

「もちろんだよ。俺の大好きなマリー(`・ω・´)」

先刻、素の話し方をうんぬん、とおっしゃっていたわりに…。
現代風の言葉遣いをご使用なさるとは。
どうやらママを口説き
通すおつもりのようです。

「俺だって、ミウみたいな馬鹿で最低なメス豚と結婚して
 どれだけみじめだったか知ってるだろ? 俺は植物人間にまで
 なっても離婚できなかったんだ。俺は高校生の時から今まで
 ずっと一人の女性を思い続けていた。たった一人のこの世で
 一番大切な女性を。それが誰だかわかるかい? 君だよマリー」

パパはお顔を、ほんの少し傾け、ママの唇に向けて近づけたのです。
イケメンの殿方(旦那)に、とろけるような甘言を頂戴し、
大変に心地くなっているところに接吻をされれば、もう心は
太盛パパ以外を考えることを許されません。

ねちゃねちゃと、娘のわたくしが見ていることを忘れてしまったのか。
唾液の重なる音を立てながら、熱烈な口づけをしております。

パパの愛情が、今まさに妻のためだけに向いていることを、
私は腹立たしく思っております。
わたくしがママの代わりにあの場に居れば、
パパにキスをされたかもしれないのに。

わたくしは10歳の童女でありますが、近い将来ママを超える美女と
成長することを夢見ております。わたくしの美容への気遣い、
ママのお化粧品をこっそり借りてメイクの真似事をしていることも、
全てはパパによく見られたいが為なのです。

世の女たちは恋をすると一層綺麗さを増すと言われますが、
私にとってもその通りなのです。パパのお写真を始めて見た日から、
いざパパにお会いする時に恥ずかしくないようにと思っているからです。

また世間の男性はミウのようなブスよりも、
見た目の美しい女性を好むと言いますから、
当然身なりには細心の注意を払う日々であります。

「せまる……せまるっ……」

その時のママはメスの顔をしておりました。
パパの安物の肌着をまくりあげ、むき出しになった上半身の胸板に、
自らの舌を這わせております。なんといやらしい仕草なのでしょう。

パパのお身体をわたくしも初めて拝見しましたが、ぜい肉など少しもなく、
しなやかな体に多くの筋肉がついていて、常の日本人とはかけ離れております。
肩幅も大変に広く、首筋に至るまで引き締まり、たくましいご様子は、
まさに男性らしさの象徴と言えます。

わたくしは、どんなものかと思い、
パパの脱ぎ棄てた肌着の匂いを嗅いでいしました。
嗅ぐだけでは飽き足らず、自らの服の上に着てしまう。
今夜はこの匂いに包まれながら寝ようかしら。

「ちゅ」

ママは、パパの首筋を目がけてキスをしております。
まーきんぐ、と称される行為でしょうか。
明日になってもパパの首筋には、ママの唇の跡が残ることでありましょう。

ママは体が熱いと言い、自ら上着を脱ぎ始めます。
ママの乳当てを目にした瞬間、パパの体に異変が生じる。
ズボンの一部分が、大変に窮屈そうになりました。
わたくしは保健体育の教科書を読書することにより男性特有の
生理現象を知っておりましたが、生で観るのは初めてにして興味深いです。

パパはがしりと、ママの両肩を強くつかみ、いよいよ夫婦の寝室まで
突撃しかねない気配を見せております。そうはさせるかと、
わたくしは邪魔だてをする算段を立てるのです。

「パパは今日わたくしと一緒に寝るのです。
 お昼外出した時に約束したをお忘れですか?」

パパは思い当たる節がないため、(´・_・`)←このようなお顔をされています。
ママはわたくしに対して余計な真似をするなと怒気を込めてにらみつけます。

「マリーは小学四年生になったんだから一人で寝なさい。
 お部屋もちゃんと用意してあげたでしょう。
 はっきりとは言わなわいけど、パパとママは大人だから、
 子供に邪魔されたくない時間があるの」

私は答える代わりにパパの背中に体を密着させました。
パパの背中は大きく、砂漠で鍛えられた肉体がまぶしいほどでした。

「ま、マリー(;´・ω・)」

「ほらパパが嫌がってるよ。早く離れてあげたら?」

「断じて断らせていただきますわ。なぜなら、
 ママと同じかそれ以上に、わたくしはパパのことを慕っているのです。
 わたくしは尋常ではないほどに独占欲が強い自信がございます。
 よってママがパパ共に夜を過ごすのを見過ごせるわけがありません」

「またその平安時代の口調……。紫式部の真似だとしても笑えないよ。
 もっと子供っぽい話し方をしないと浮世離れが加速するって注意しても
 全然聞かないんだから」

「わたくしはパパの伴侶としての適性を十分に備えております。
 パパもわたくしも現代人の姿をして現代人の感覚で生きておりませんから。
 我々は等しく古代より時空を顕現した民なのです」

「あんたの中二病っぽい発言聞くと鳥肌が立つよ。
 古典文学の読み過ぎには注意しなさいね。
 パパはママと結婚してることをそろそろ理解してくれる?
 夫婦は、誰にも邪魔されずに夜を過ごす者です。よって、
 今夜、パパは、私と一緒に寝るの。はい。言ってみて?」

「よろしいでしょう。パパは、今夜は娘と一緒に寝ると」

「……もしかして喧嘩売ってる?
 ふざけてるならママ久しぶりに本気で怒っちゃうぞ(# ゚Д゚)」

「わたくしとてママを怒らせるつもりはございませんが、
 堂々とパパを独占しようとすることは断じて容認できませんわ」

「何回くり返せば分かるのかな?(^_^メ)
 ママとパパは、夫婦です。はい、繰り返してみて?」

「パパは妻よりも娘を愛おしく、可愛らしいと思っているようです」

「耳ついてる?」

「はい。確かについておりますわ。ですからパパのことを
 譲ることはできないと、こちらの意志もはっきりと申し上げているとおりです」

さすがにわたくしの駄々に堪忍袋の緒が切れたのか、
普段は温厚で知的なママが、わたくしの頬を強く叩いたのでした。

「いい加減にしなさい!!」

(>_<) く……。叩かれるのは初めてのことではありません。
幼少の頃、わがままを言って母を困らせた時は愛の鞭として
懲罰を食らったこと、多々ございます。
父をめぐっての争奪戦に置いて叩かれたのは初めてのことです。

「やめよ!! 自らの娘に体罰を食らわせるべきではないぞ!!」

パパはわたくしの体を強く抱きしめてくれました。
平手による攻撃でして大事には程遠いのですが、
過剰なほど乱心なさり、わたくしの腫れた頬を優しくなでます。

なんて男性らしく力強い腕なのでしょう。
しばらくこの中に留まりたいと思えるほどに。

「我は子供には体罰は食らわせぬ主義なのである。
 子供の駄々は優しくいさめてやるのが良い親の務めである。
 マリエよ。モデルまでこなす、この子の顔にキズでも付いたら
 どうするつもりなのだ」

「ご、ごめん。ちょっとカッとなっちゃってさ。
 テレーズはたまに生意気を通り越して
 変なひねくれ方をするから」

「我はどんな理由があろうと、愛する我が子に暴力を振るう女は好まない」

「え…」

「子は宝である。子なくして人類の繁栄などあり得ぬ。
 子供にやさしくできない者は親になるべきではない」

「よく言うよ。自分は子供を作るだけ作って逃げ出した卑怯者のくせに」

「うむ。それを言われると弱いな。反論の仕様もない。
 さて今夜は我は娘と共に寝るとするかな」

「は?」

「子供の駄々に付き合ってあげるのも親の務めである。
 マリエよ。そなたが我を慕っているのも十分に理解できるが、
 今夜ばかりは娘に譲るのだ。このまま母と娘の意見を戦わせておっても
 長々と平行線をたどり無益である」

ママは気分を大変に害されたようで、鼻息荒く、拳を震わせております。
これはまずい兆候に違いありません。

ママは世の男性に興味を示さない代わりに、大好きな夫へ向ける
愛情の強さは、大西洋の海よりも深いと自称しているほどです。

ママが銀行を辞めた理由には、朝寝坊するまで夜更かしすることが
できることも含まれているのです。
今夜の逢瀬をママはそれはもう楽しみにしていたことでしょうから、
イフリートの旦那に振られたことで憤慨しているのは間違いなく、

「うわああああああああああああああああああああああああああああ。
 そんなのいやだあああああああああああああああああああああああああ」

獣のごとき咆哮(咆哮)を上げるに至るのです。

「な、なんだこれは……?
 我妻はいったい、どうしてしまったのだ!?」

「ママは愛する旦那に学生の時に捨てられてしまった苦しみから、
 過剰なストレスを貯めこむと感情が行き場を失って爆発するのです。
 これを現代人らは幼児退行現象、発狂などと呼ぶようですが」

「太盛がテレーズに奪われちゃうなんて。そんなのやだあああああああ!!
 やだやだあああああああああああああああああ!! やだやだやだぁ!!
 太盛は今夜。あたしと一緒に寝るのおおおおおお!!」

パパは混乱の極みの中におりながら、
いい加減にしないかと、ママの肩にそっと触れます。

「ふわぁ(^○^)」

ママが一瞬泣き止みます。パパが安心して肩から手を離すと、

「びゃあぁぁああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁ」

マンシヨン全体を揺るがすほどの大声量。
155センチにも満たぬままの小柄な体から出される声とはとても思えませぬ。

わたくしはこの声に耐えるために、ソニー製のイヤホンを耳栓代わりと使います。
パパは両手を耳で塞ぎ、いっそ耳から血が
流れるのではないかと恐れてらっしゃいます。

「ぬぅ……なんと甲高き声か。
 超音波で我らの鼓膜が破れるのが先か、部屋のガラス窓が破れるのが
 先かといった具合彼か。耐えがたき声量である」

わたくしは、ジェスチャアをしてママの体を抱きしめるのが良いと
パパにお伝えしました。パパは効果を疑問視しながらもママの体を
少し力を込めて抱き締めました。

「よしよし。マリエよ。そなたも実に気苦労の多い身であるから、
 疲労の蓄積によって心の平穏を乱したのだな。
 さあ我が今癒してやろうぞ」

「ふわぁ(^○^)」

(なんと……本当に泣き止んだぞ(; ・`д・´))

「もっと抱きしめて―(^○^)」

「う、うむ。これでよいのか?」

ママの後頭部を乱暴気味につかみ、お顔を自らの胸板に密着させました。
ママはすっかり安心し、また子犬のように舌を出し、パパの肌を味わっているのです。

わたくしはママの発情したお顔を見るのが我慢ならぬのですが、
今は好きになさるとよいのです。
発狂したママを手名付けることができるのは太盛パパ本人のみ。

わたくしと2人暮らしの時代には、深夜に失われた夫の夢を見ては、
深夜の時間帯にて1時間も奇声を発することあり。
隣の部屋で就寝しても壁を容易に突き破る声。
おかげさまでテスト期間中の勉強に支障が発生し、
成績が落ちることもありました

「よしよし。じゃ、じゃあマリエは俺と一緒に寝ようね?」

「わーいヾ(≧▽≦)ノ うん。一緒にねるぅ」

「だけどその前に、喉が渇いたから牛乳飲んでからでいいかな?
 そういえば歯磨きもまだしてなかったよ。すぐ行くから、先に
 ベッドで横になって待っててくれないか?」

「私も太盛先輩と一緒に歯磨くぅ。牛乳も飲むぅ」

パパが歩き出すと。ママは腕組をして付いて行くのです。
夫を心から慕い、ふらふらとした足取りは浮浪者のごとく。
夫がトイレに入っていく時も付いて行くのかと思いきや、
本当に付いて行くのだから、あっぱれな変態であります。

「マリーは可愛いなぁ(>_<)」
「えへへ。私ってそんなにかわいの?」
「世界で一番かわいいよ。愛してる」
「えっへへ(^○^) もっと言ってぇ」

私の心に矢が刺さったのかと思いました。
パパの口説き文句は、定型句を並べているだけ
であることに、今さらながら気付いたためです。

わたくしにも、ママに対しても、いかにも
女性が望みそうな甘言を吐き、安心させているのです。
パパがママを心から愛してないことは、幼い私にも分かります。

ではパパがわたくしに言ってくださったお言葉も……偽り?
お言葉だけでわたくしたちを一喜一憂させ、もてあそぶなんて。
パパはこれほどまでに罪深いお人なのです。

わたくしは、何に変えててでもパパの本心を問いださなければ
気が済みません。

夫婦は、仲睦まじく腕を絡ませながら寝室へ入っていきます。

わたくしも続けて入っていくと、突如、鬼の形相をパパに腕をつかまれ仰天します。
先ほど子供には乱暴をせぬと、おっしゃっていた方が、なにゆえ狼藉をするのか。

「すぐに終わるから、そなたは、そこでおとなしくておれ」

わたくしの両手首を縄で縛りあげたのです。
わたくしは両手を天へ掲げた格好で、ベッドの足の部分に固定をされます。
さらに私の顔に布らしきものをかぶせ、視界の自由まで奪いました。

「んんんんんーーーー!! 太盛ぅう!! だめえええ」

女人のあえぐ声が部屋に響くのでした。
わたくしのママの声なのでしょうが、にわかには信じがたき事でした。

父の荒い息遣いと、ママのやかましくあえぐ声が重なります。
目には見えませんが、これがパパとママの求めていた行為なのでしょう。
一瞬無言になり、衣擦れの音がしてから、パパの激しい息遣いが聞こえてきます。

「あんっ……あああっ……あああっ…」

等間隔を置きながら、ママの悲鳴のごとき声が、何度何度も聞こえてきました。
ベッドの羽がきしむ音も重なり、まがまがしい雰囲気となっております。
私のまだ知らぬ世界に心臓の鼓動が高まってしまいます。

「太盛ぅうう!! あいしてるうぅううう」

10分としないうちに、ママは静かになりました。
よほど心地が良かったのか、お眠りになってしまいました。
夫婦の営みとはこんなにもあっさりとしたものなのでしょうか。

一糸まとわぬ姿のパパが、ようやく私の目隠しを取ってくださいました。

ママは、股の間を謎の液体で汚しながらも、
幸せそうな顔で気絶しておりました。
嗅いだことも無き、不思議な匂いがわたくしの鼻を突きます。

「テレーズよ。我が愛する娘よ。
 ここは子供の来るべきところではないのだ。
 これに懲りたら、もう夫婦の寝室に足を運ばぬと約束しなさい」

「パパは、わたくしのことは愛してくださらないのですか」

「……(; ・`д・´)」

パパは絶句しておられるご様子。

「まったく何を言っておるのだ。
 今日という今日は、真にそなたのことを分かりかねる。
 我は妻だけに満足できぬ獣にあらず。実の娘と
 情事に及ぶなど想像も出来ん。まずアッラーがお許しにならぬ」

令和10年 兄妹の物語 第三シーズン

令和10年 兄妹の物語 第三シーズン

『令和10年。財政破綻と強制労働と若い兄妹の絆の物語』 の第三シーズンである。改めて読んでみると長いタイトルである。 この場所は文字数制限があるので、くわしい「あらすじ」は、 第一話に回すことにするが、この作品の特徴を 第一シーズンのあらすじから下記に引用しておく。 ・資本主義(大企業)帝国 ・一億総奴隷社会 ・強制収容所のような労働環境 ・兄妹愛 ・金融関係の話が多い サイトの書き込み画面には、 『読者の関心を引くキーワードを含めることで、アクセス数を増やすことができます』 と書いてあるが、本当なのだろうか。

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更新日
登録日 2019-09-08

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