スイングバイ
堀木はわれわれといる時はいつも決まって遠い眼をしている。
われわれのその全体的な立ち位置その共和的な周囲への配慮に満足できないのだろうか。
片手をズボンのポッケに突っ込んだいつもの立ち姿。
彼はほとんどわれわれの顔を見ないのであるが、しかし、現在はわれわれの働き掛ける重力の作用でその場にとどまっているようだ。
「彼のあこがれを満足させる楽しさをわれわれが提供できないことが問題ではないのか?」
われわれは堀木がたまたま用を足しに行った時を見計らって、このようなミーティングを行った。
堀木を満足させ得るより高次の存在を指向すべきだ、との大胆な言説まで表れ議論は紛糾した。しかし、この急進的な論は直ちに却下された。むしろこの共和制をより一層高めるべきだ、との結論にわれわれは至った。
われわれはグループの結束を強め、更なる親睦を深めるために、堀木の誕生日会の開催を決意した。
そして九月某日、堀木は開催一分前に誕生日会場に現れた。
われわれは一瞬でも彼が、このイベントを欠席するのでは、という危惧を抱いたことに恥じ入った。
彼はわれわれの飾り付けた様々な色の輪っかや風船を見て、それを触ったり持ち上げたりしてしげしげと眺めたりした。
そして甘味炭酸飲料を飲み、ケーキに立てられたロウソクを吹き消してもくれた。
われわれはこのように顔を赤らめた堀木を初めて見たのである。
しかしそれ以降堀木はわれわれの重力から解き放たれてしまったようだ。
彼はわれわれといながらも絶えずあこがれを浮かべた眼差しの先へととうとう迎え入れられたようだった。
われわれはただ彼にそのキッカケを与えたに過ぎないのだ。
彼はわれわれといながらもそこに軌道を描いて周回していたに過ぎず、絶えず、移ろう移ろう、という意識が明確にあったと認めざるを得ない。
あの誕生日会は堀木にとっていわばスイングバイになったと言えるだろう。
スイングバイ