騎士物語 第八話 ~火の国~ 第六章 炎の獣たち
第八話の六章です。
ついに始まるワルプルガ。そして色々な魔法生物たちの登場です。
第六章 炎の獣たち
オレは寝っ転がっていただけだったが、ラコフとの戦いを経てみんなは強くなった。
エリルはあの時、殴った相手を内側から焼く――というよりは相手の体内に炎を炸裂させるという魔法を身につけた。
加えて……ユーリ曰く、それがなんであれ「炎で吹き飛ばす」という、ラコフの防御力を上回るというよりは無効化した一撃も放ったが、こっちはオレの……や、やらしい告白によって一時的に心が暴走した事で「エリルが到達しうる可能性」を先取りしたようなモノらしく、「今の」エリルでは使えないらしい。んまぁ、一度経験したからそれが可能になるのは時間の問題だとも言っていたが。
とにかく、カメリアさんがどこかに特注したらしいガントレットとソールレットの内部に爆発を起こし、その勢いを利用して一撃必殺の徒手空拳を放つエリルの『ブレイズアーツ』に、相手の外的防御を貫通して内部に直接ダメージを与える技が加わったのだ。エリルの攻撃を警戒し、身体に耐熱魔法やら強化魔法をかけまくった相手であっても、体内への攻撃を考慮する者はほぼいないだろう。初見であれば一撃で致命的なダメージを与えることができるわけだ。
ローゼルさんは……オ、オレとのあれこれによって純水で出来た氷を超える特殊極まりない、あえて呼び名をつけるなら『魔法の氷』としか言えないような強力な氷を生み出す事ができるようになっていた。それがラコフ戦によって更にパワーアップし、『一万倍』の防御力をたたき出したラコフの身体を容易く貫く硬さと、もはや視認不可能な透明度を実現した。
硬いし見えないし触れたらこっちが凍り始める無敵の氷。正直どうしようもないほど強力な魔法だ。勿論魔法の気配や温度変化など、見えない氷の位置を把握する方法はいくつかあるだろうが、人間が最も多くの情報を得ている視覚を封じるというのは戦闘においてかなり有利と言える。気づけば見えない刃に囲まれて一歩も動けない――なんてこともあり得るのだ。
攻防問わず破格の性能を誇る氷から繰り出される変幻自在の攻撃は、ちょっとやそっとでは攻略できない事だろう。
ティアナは形状魔法の変形速度と魔眼ペリドットの能力が向上した。
発射した銃弾の形状を変えて軌道を曲げるというのがティアナの得意技だったわけだが、それが進化し、ラコフ戦では銃弾を一瞬で鉄線へと変えていた。
あの時はラコフの身体がとんでもない防御力を持っていたから縛って動けなくする使い方をしていたけど、おそらく普通の相手に同じことをやったら銃弾の速度で飛んでくる鉄線に切断されてしまうだろう。
また、銃弾だけではなく自身の変形――『変身』の速度も精度も上がり、ローゼルさんの氷とはまた別方向に変幻自在の攻撃を可能とした。
そして魔眼ペリドット。元々オレたちでは視認できないようなモノを見ることができたその魔眼は、相手の重心の位置や筋肉の収縮といった身体の内側の出来事――「目には見えないモノ」すら認識できるようになった。おそらくティアナの前に立った時点で動きの全てを予測されるといっても過言ではなく、しかもその予測に沿って銃弾がとんでくる上にティアナ本人は予測不可能な『変身』を使いこなす。
下手をすれば、相手は何が起きたのかよくわからず、しかも何もできない内に倒されてしまうだろう。
アンジュはとにかく、得意とする魔法全ての火力がアップした。
身体の表面を覆う攻防一体の『ヒートコート』や相手に発射したり周囲に浮かせたりする『ヒートボム』は大きな岩石を消し飛ばすほどだし、『ヒートブラスト』や『ヒートレーザー』は持続時間と威力が増大して周囲を消し炭にしてしまう。
アンジュの二つ名である『スクラッププリンセス』は、アンジュに対して武器を振るうとその武器が爆発によって破壊されるという事からついたモノだが……今となっては、アンジュはその場から一歩も動くことなく、大火力のボムとレーザーをばらまくことで周囲の全てを『スクラップ』にできてしまうだろう。
攻撃が最大の防御という感じの要塞となったアンジュを相手にするのなら、身体のどこかは消し飛ぶことを覚悟しなければならないかもしれない。
そしてリリーちゃん。オレの事を……お、想ってくれている時間が一番長いリリーちゃんは、みんなのパワーアップに驚いていたユーリが引きつってしまうようなすごい魔法に到達した。それが空間魔法。交流祭でカペラ女学園の生徒会長であるポリアンサさんが見せてくれた魔法で、本来なら時間魔法を除く十一個の系統の力を高いレベルで混ぜ合わせる事で初めて到達する、魔法の世界の遥かな高み。その場所に、リリーちゃんは位置魔法のみでたどり着いたのだ。
ユーリが言うには、空間魔法を構成する十一個の系統は等分ではなく、割合的には位置魔法が主成分らしいのだが、だからと言って他の系統が要らないわけではない。それを無理矢理……あ、愛の力でこじ開け、手に入れたのがリリーちゃんというわけだ。
本来許可がなければできない自分以外のモノの位置の移動を「空間ごと移動させる」という手段で可能にし、防御力はもちろん距離でさえ無視してしまう「空間をずらす」という行為は視界に入るモノ全てを問答無用で切断する。
んまぁ、当然こんなすごい魔法、身体への負荷も大きいからそう連発できるわけではないし……その、リリーちゃん的にもテンションが高くないとできない……らしい。それでも短剣による急所狙いの一撃必殺という暗殺術がメインだったリリーちゃんに強力無比な必殺技が加わったのだ。ポリアンサさんの攻撃を受けた時も思ったが、あんな魔法どうしようもない。
それに、この大技以外にももう一つ、リリーちゃんは新たな力を得た。
交流祭の時、各校と開催地であるアルマースの街をつないでいたゲート。あれは言うなれば設置するタイプの『テレポート』で、本来、その者の許可がなければ移動させる事のできない位置魔法において、あの魔法は……例えば誰かに押されてゲートをくぐるという、本人の意思を無視した移動を可能にするから、リリーちゃんの「空間ごと移動させる」という魔法に近いモノがある。
ただし、そんな強力な魔法を維持する為には固定された出入口――アーチやドアという魔法ではない物質的な「出入口」が必要で、その上土地の力や魔法陣の設置が必須となるからほいほい使える魔法ではない――らしいのだが……とんでもない空間魔法に至ったリリーちゃんはそれを可能にしてしまった。
つまり、空中に穴をあけてどこかべつの空間と繋げるという意味の分からない魔法が使えるようになったのだ。ただの位置魔法と違うのは意思が関係しないという点で、例えば落とし穴を作ってその中にこの魔法を仕掛けておいたら、引っかかった人を地面の中ではない好きな場所に送る事ができてしまうのだ。
戦闘にどう利用するか、考え始めたら止まらないくらいの高い応用力……リリーちゃんが持つ可能性は計り知れない。
ちなみに……ど、どうもパムも……オレの兄としての想い的な何かを受け取ったらしく、詳しくは教えてもらっていないけど更なる力を得たらしい。
と、とにかく、単なる技術以外にも感情だったり心の在り方だったりが強く影響するのが魔法というモノで、オレの……や、やらしーのも含めた大告白はみんなの心を強く動かした……ようだ……
…………実は、オレがみんなに対して思いはするも口にはしなかったり、オレ自身でも具体的な言葉にできていなかった感情がユーリの魔法によってみんなに伝わった時、それを受けたみんなからの……感想、みたいなモノがある。
あの時のオレは割と真面目に瀕死だったから、悶絶必至のその感想はあとで聞くといいと言って、ユーリが……中に電気の塊のようなモノが浮いているガラス玉をくれた。それをおでこにあてると感想が頭の中に流れてくるようなのだが……は、恥ずかしすぎて未だに確認できずにいる。
何故ならそれはつまり――オレからみんなに何が伝わってしまったのか、その具体的内容を知り、それに対するみんなの反応を……エロロイドとかドスケベロイドとか以上の何かがあるであろうそれを聞くということで……!!
そ、それこそ、聞いたオレの心は大暴走し、みんなのようにオレの魔法も進化するかもだから、そういうピンチの時の為にとっておこう――とかなんとか理由をつけて先延ばしにしているのだが……わかっている、聞くべきなのである……しかし…………ああああぁぁあぁ……
うぅ……ぐぅ……い、いや! とと、ともかく今はワルプルガなので……なので! また今度ちゃんと考えて――さぁ、今はフェンネルさんとの手合わせに集中ナノデス!!
「すげーな、カラードが体術で押されてんぞ。」
フェンネルさんとの手合わせは順番に一対一で行われ、今最後のカラードが戦っている。
フェンネルさんの得意な系統は第四系統の火の魔法で、足技主体の戦闘スタイルだ。足の裏から炎を噴出させ、その推進力で移動している。エリルやアンジュがよくやる足の裏に爆発を起こして移動するというモノとはちょっと違い、一瞬の加速では終わらず……ガルドで見た戦闘機のように高速を維持したまま自在に移動する。
常に炎を噴き出している分、魔法負荷も大きそうだが……いや、というか……正直、フェンネルさんの強さについて語るべきはそっちじゃない。
「ブレイブナイトでも捉えきれないとは……わたしの攻撃がかすりもしないわけだ。」
手にしたトリアイナで身体を支えながら、疲れた表情でつぶやくローゼルさん。ローゼルさんに限らず、フェンネルさんとの手合わせを終えたみんなは同様に疲労していた。
別に体力を吸われる魔法を受けたとかそういうわけではなく……言うなれば、フェンネルさんによって無駄に動かされたのだ。
「なんか先生と戦ってる時に感覚が似てたわね。あれをもっとめんどくさくしたような感じかしら。」
「あ、そ、それちょっと……わかる……」
「ああいう技術が使えるってことは、あの人その気になれば暗殺も得意だと思うよ。」
「あははー、商人ちゃんが言うと説得力が違うよねー。でも実際、師匠ならできそうだからなー。」
手合わせしてみて抱いた感想というのはみんなだいたい同じで……エリルの言う通り、先生と戦っている時のような感覚に近いのだ。
オレたちはみんながそれぞれに強力な魔法や技を身につけている。それは学生の域を超えていると言われることもあるほどで、実際ラコフ戦を通してみんなが得た魔法は……現役の騎士に同じことができる人はいるのだろうかと、少なくともオレは思っている。
それらの威力はそのラコフ戦で証明されていて、あの桁外れの防御力を吹き飛ばしたり切断したりするほどなのだが……結局、相手に当たらなければ意味がない。
授業の中で先生と手合わせをする機会は結構あるのだが、先生相手だとそんな強力な魔法や技は当たったためしがない。しかもオレたちが運動服だったりするのに対し、スーツにヒールという動きにくさマックスの格好の先生を相手にその有様なのだ。
ものすごい速さで移動しているというわけではなく、その上こっちをかく乱させるような技を放っているわけでもない。何故だか気づけば間合いに入られてデコピンをくらい、強力な技を使おうとしたら脚をひっかけられて転ばされてしまうのだ。
そしてフェンネルさんの場合はその意味の分からない状態に加え、巧妙なフェイントやチャンスに見せかけた誘いによって……ボクシングで全力のパンチを空振りし続けるように、無駄に体力を使わされるのだ。
「ぐ――かは……はぁ……」
そして今まさに、ほんの数分しか経っていないのにオレたちの中でダントツの体術を持つカラードが息を荒くして片膝をついていた。
「ふふふ、いい動きだね。さすがあの人の、というべきかな。いやいや、カラードくんだけでなくみんなもいいね。《オウガスト》が使う体術がしっかりと身についている。羨ましいね、あれは独特な足運びをするから若いうちに習わないと身体がついていけなくなるのさ。曲芸剣術同様、今の僕では身につけられない技術だよ。」
オレたちとの連戦を経ても汗一つかいていないところも先生とそっくりなフェンネルさん。
「はぁ、はぁ……フェンネルさん、教えて、いただきたい……」
「んん?」
「おれたちの先生にも似たその動き……特殊な体術というわけではなさそう、なのですが、それは一体……」
「ああ、これは…………ちなみに何か気づいた点はあるかな?」
「……妙に死角にまわられる……そんな気はしていますが……」
「ふふふ、その通りだよ。」
肩で息をするカラードの肩を叩きながら、オレたち全員に向けてフェンネルさんが種明かしをしてくれた。
「正直、君たちの魔法はかなり強力だ。ロイドくんの事を調査するにあたって他のみんなの事も調べたわけだけど、今の手合わせで見た感じ、そこから更に力を増しているようで……恐ろしい事に段々と規格の外に向かいつつあるようだ。きっとロイドくんの魔眼やそちらのストカさんなどが関わっているのだろうけど、さっきも言ったようにその秘密に関しての詮索はしないつもりだ。」
セイリオス学院の制服を着ている……ように見えるけど生徒ではなく、魔法生物側がその正体に気づいてしまいそうなのでワルプルガには参加しないストカは手合わせもせずにオレたちを眺めている。んまぁ、今が昼間だからというのもあるのだが、そんなストカについて、フェンネルさんはこれといった質問をしてこない。
オレたちの魔法が強力になったというのも、S級犯罪者との遭遇やスピエルドルフでの経験、そしてユーリの魔法などがキッカケになっていて、S級の方はともかく、魔人族絡みの件はあまり話せない。
……聞かれると困る事を聞かないでいてくれて、しかも当主であるカベルネさんたちにも内緒にすると言ってくれたフェンネルさんにはかなり助けられているのだが……そうじゃなかったら色々とあれだっただろうし、もう少し慎重にならないといけないな……
「体術に関しても、それほどの差はないと僕は思う。カラードくんに至っては僕以上だと断言できるくらいさ。」
「しかし……おれは結局フェンネルさんに一撃も……」
「そう、不思議だね。魔法も体術も、それだけ見れば君たちは僕より強いと言っていいだろう。しかし現状、そうなっていない。一撃も攻撃を当てられていないし、僕がその気だったら君たちを再起不能にできた。要するに完敗しているわけだが……じゃあそんな風に結果をひっくり返してしまった要因は何か。それは僕が会得しているある技術なのさ。」
ふふふと自慢げに笑い……かつセクシーポーズをズバッと決めるフェンネルさん。
「今の手合わせで僕が何をしていたかというと、さっきカラードくんが言ってくれた通り、君たちの死角に入っていたのさ。」
「……し、しかし視界に死角が存在するという事は理解していますから、無論そこへの注意を怠っては……」
「カラードくんがイメージしている死角とはちょっと違うかな。無意識というか無自覚というか……例えるならまばたきさ。」
まばたき……ん? なんか似たような会話をフィリウスとしたような気が……
「戦闘中は相手の動きに注意を払い、攻撃の兆しを見逃すまいと頑張って見るわけだけど、それでもどこかのタイミングでコンマ数秒、まばたきによって相手を見ない瞬間が存在しているだろう? 実はそういう隙間って意識の中にもあるのさ。」
「意識、ですか……」
「戦闘が始まるや否や、勝利までの動きを決めて機械のように動く人はいないからね。相手の動きを考慮して行動する以上、「次にどうしようか」とか「自分のダメージはどれくらいだろうか」とか、そういうのを考える時間が――目の前の敵以外の何かに意識を向ける瞬間が必ず存在する。まばたきのように、自分では敵にのみ意識を向けているつもりがそうでなくなる時がね。」
「それがフェンネルさんの言う死角……その隙間を狙って行動していたと……」
「騎士の間ではリズムと呼ばれているね。目の前の相手は何を確認してから行動するのか、こっちの攻撃に対応する時は何に注視しているのか、十人十色の波形を見極め、コンマ数秒かそれ以下の一瞬を有効的に利用する。それが君たちを負かした僕の技術の正体さ。」
ああそうだ、そういえばフィリウスも言っていた。相手の攻撃をひょいひょいかわすフィリウスにどうやったらそんな風にって聞いた時に、「相手のまばたきが予測できるようになりゃいい」って言っていた。あの時はなんのこっちゃだったけど、そういう意味だったのか。
「ただ、この技術はこうすれば使えるようになりますよというような代物ではなくて、言ってしまえば経験則でね。人それぞれのリズムを、こういうタイプの人はこうだろうっていう予想スタートで見極めていくモノだから、戦闘経験の多さがそのまま精度につながるのさ。」
「逆に言えば、精度が高ければ今のような手合わせを一度するだけで見極められると……」
「ふふふ、残念ながらそれは違う。僕が君たちのリズムを利用できたのはランク戦などの映像を事前に見ていたからさ。さすがに初対面の相手に今ほどの精度は……少なくとも僕は無理だよ。」
「……できる人もいるのですね……」
「いる。さっき先生に似た動きだと言っていただろう? ルビル・アドニスと言えば国王軍に入るや否や数多の戦場で武勲を上げてきた猛者だからね。彼女の戦闘経験は数も質も一級品――初見でも完璧に近い精度でリズムを見極めてくるだろう。そして、きっと全員がルビル・アドニスと同等かそれ以上だろう十二騎士の中でもこの技術に関しては頂点と言える人物こそ、ロイドくんの師匠である《オウガスト》ことフィリウスさんなのさ。」
ちょうどフィリウスの事を考えていた時に名前が出てみんなからの視線を受けるオレ。
「あの人の体術を学んだ君たちならば相手のリズムの見極めもすぐにできるようになるだろう。相手の波形を読むのと円の動きは相性が良いものだからね。」
困ったような顔で、そして少し羨ましそうに笑うフェンネルさん。
「でも師匠ってその……リズム? を使って避ける以外の事もしてるよねー? 今の手合わせ、なんかすごく疲れたんだけどこれって師匠のせいでしょー?」
「ふふふ、そうさ。相手の無意識や無自覚が支配する時間にフェイントや誘い込みをかけると普段よりも引っかかりやすいからね。リズムを読んでそういう瞬間に色々仕掛けて無駄な動きをさせるのが僕の得意技なのさ。」
「そういう使い方も……なるほど、勉強になりました。」
肩で息をしていたカラードはもう呼吸が整ったのか、すっと立ち上がってペコリと礼をした。
「ふふふ、僕も色々と勉強になったよ。これだけ個性的なメンバーが一つのチームとは面白いね。まさにビックリ箱。ただ残念な事に今年のワルプルガは――」
『なんだ、生きていたかフェンネル。』
ふと、そう言いながらカンパニュラ家の庭に新たな人物がやってきた。スピエルドルフの人たちが太陽光から身を守る為に羽織っているローブに似たモノを身につけ、彼らと同様にフードを目深にかぶっているせいで顔は見えないけど身長二、三メートルほどの大きな人が――え、いや、いくらなんでもデカ過ぎる気が……
「! クロドラド!」
ズシンズシン……とまではいかないものの、それなりに重みのある足音をさせてオレたちの近くまで来たその人は背の高いフェンネルさんを遥かに超える高さからこちらを見下ろす。
「どうして――いや、別にいつ来たって構いはしないが唐突だな……」
『先ほど届いたそっちの出場者リスト、カンパニュラ家の枠にお前の名前が無かったのでな。ついに露出がたたって病気になって死んだのかと。』
そう言いながらフードを外すと、そこにあったのはヨルムさんのような顔。大きな口と、顔の正面ではなく左右についた大きな眼。赤いウロコのようなモノが光るその人は……間違いなく人間ではない。
「ああ、みんな紹介しよう。彼はクロドラド。毎年人間側を苦しめるあちらの精鋭の一人さ。種族はリザードマン。」
『んん?』
オレたちを見下ろし、あごに手をあてて「ふむ」とうなるリザードマン――クロドラドさん。
『見た事のない人間だな。それに若い。フェンネルの隠し子か?』
「ふふふ、こんなに立派な子供たちを産み育てるパワフルな女性、いるなら是非にというところだがそうではない。僕の弟子とその学友さ。」
『学友……ああ、お前の弟子は学生だったか。なるほど、うちも若い連中に経験を積ませる為に参加させたりするが、つまりはそういうことか。』
「そういうことさ。今年のカンパニュラ家は未来を担う若者が参戦するというわけで……悪いがガガスチムに詫びておいてくれ。」
『どうせ明日会うのだからその時に言えばいい。』
「いや、言ったらその場でラリアットをかまされそうだから。」
『違いない。』
クックックと鋭い牙の間から火の粉をこぼしながら笑ったクロドラドさんは改めてオレたちの方に向き直る。
『紹介されてしまったが、クロドラドだ。強いて役職のようなモノを言うなら参謀だな。』
と言って握手の為の手を……アレクに伸ばすクロドラドさん。
「あー、俺はアレキサンダー・ビッグスバイト――うおっ!」
クロドラドさんの大きな手に丸々包まれるような形で握手をかわしたアレクは何かに驚いて声をあげたのだが……まるで慣れた反応とでもいうようにクロドラドさんは何事もなくアレクに尋ねる。
『よろしくたのむ。それで……お前がフェンネルの弟子なのか?』
「い、いや、俺じゃなくてそこのオレンジ髪の女だ。」
『んん? なんだフェンネル、お前の弟子がこのチームのリーダーではないのか。』
「ふふふ、クロドラド、何か勘違いしているな。」
『? この人間たちはチームなのだろう? まさかこの若さでワルプルガに単騎では臨むまい。』
「ふふふ、チームというのは正解さ。けれど今きみが握手した子がリーダーというわけではないのさ。」
『なに? 一番ガッシリしているからてっきり……ではどの人間が?』
「あー、そこの黒髪のとぼけた顔の男だ。」
「アレク……」
思わず呟いた後、オレは一歩前に出た。
「は、初めまして。オレがこの『ビックリ箱騎士団』のだ、団長のロイド・サードニクスです。」
未だに慣れない団長という肩書きを口にし、オレもまた握手の為に手を……伸ばすというか挙げる。
『ふむ? 相変わらず、人間は外見では判断が難しいな。よろしくたの――』
オレの手なんて軽く握り潰せそうな大きな手に握られた瞬間、手にかなりの熱を感じた。例えるなら熱いお風呂に手を入れたような感覚で、火傷とまではいかないまでもそのままだと手が真っ赤になってしまいそうな……あ、あれ、握手が長い……
「? クロドラド、きみの体温であまり長くそうしていると……」
『あ、ああ……』
フェンネルさんの言葉にハッとして手を離したクロドラドさんは、しかしかなりビックリした顔でオレのことをじっと見る。
『……人間……で、いいのだよな……?』
「えぇ? も、もちろんですけど……」
と答えたところでハッとする。もしかするとオレの中の吸血鬼性を感じ取ったのかもしれない。
ミラちゃんによるとオレの身体における吸血鬼性は一パーセント以下。魔眼ユリオプスを発動させるとそこから少し上昇するらしいけど、勿論今は使っていない。だけどクロドラドさんは人間よりも魔人族に近い魔法生物なわけで、一パーセント以下であっても違和感を覚えたのかもしれない。
『ふむ……若いとは言え、カンパニュラ家の代表なだけはあるということか……』
そして目線をオレから……ちょっと離れたところに立ってるストカに向け、クロドラドさんは目を細めた。
『どうやら思いもよらない驚きがありそうだ。これはこれでガガスチムも喜ぶだろう。では明日。』
「おや、もうお帰りか。」
『お前の生死を確認しに来ただけだからな。』
そう言って背を向け……再度オレの方を見て、クロドラドさんは帰って行った。
「ふむ、まぁあの体格ではお茶していきませんかとはなりにくいだろうが……ロイドくん、手は大丈夫か?」
そう言いながら握手した手をローゼルさんが両手で握ると、少し熱を帯びていた手にひんやりとした冷たさが広がる。
「ありがとう、ローゼルさん。気持ちいいよ。」
「うむ。」
「あー、俺もそこそこ熱い思いをしたんだが――」
「ん。」
アピールするように挙げられたアレクの手の平を、ローゼルさんの一瞥で氷が覆った。
「お、おう、わりいな。」
「どうしたんだアレク、リシアンサスさんに手を握って欲しかったのか?」
「いや、この場合どうなるのかと思ったんだが……こうなるんだな。」
ふむふむというかしみじみというか、妙な表情でうんうん頷くアレク。
「ふふふ、熱かったろう、ロイドくん。クロドラドに限らず、毎年相手にしているあちら側の面々はそろって体温が高いのさ。」
「んまぁ、熱いのは慣れていますから……」
言いながらエリルをチラ見したら「なによ」って顔でにらまれた。
「そ、それよりあんなに普通にやって来るんですね、魔法生物の方たちは。」
「ふふふ、たまぁにね。ただ、人間と同じでこっちに来るのは珍しいモノに興味津々な若者がほとんどで、歳を重ねた者ほど顔を見せないよ。クロドラドみたいな大物が来るのは滅多にないね。」
「そんな人が出場しない理由を確かめにやって来るんですから、フェンネルさんは慕われているんですね。」
「ふふふ、ただ厄介な相手と思われているだけさ。これでもあちらさん相手に結構な戦績をあげているからね。」
自慢気に……セクシーポーズを決めるフェンネルさんに、もはや見慣れたのか真面目な顔のカラードが質問する。
「先ほどあのリザードマンの方は参謀と言っていましたが、あちらにも軍のようなモノが?」
「どちらかと言えば群れだね。彼みたいに高い知能を持って生まれた者が他の同様の者たちと協力し、普通に生まれた者たちをより良い方向へと導くのさ。」
「んー? つまり頭のいい奴が他の連中を飼ってんのか?」
首を傾げながらそう呟いたアレクに――
「ふふふ、アレキサンダーくん、そういう表現をしてはいけないよ。ひどく怒られることになるからね。」
口調は変わらずだが、まるで生徒を叱る先生のような厳しい表情を向けるフェンネルさん。
「人間がペットを飼っているのと同じように見えるかもしれないが、知能の差以前に彼らは同族だからね。人間の言葉が話せなくても、彼らが元々使っていた鳴き声や身振りによって意思の疎通は行われているから、その立ち位置は対等さ。実際、参謀であるクロドラドは上から三番目のポジションなのだけど、二番目は高い知能を持たない魔法生物だよ。」
スピエルドルフを夜の国ではなく化物の国と呼ぶとみんなの怒りを買うように、さっきアレクが言ったことはいわゆる禁句なのだろう。
「そっか。悪い、気をつけるぜ。」
「ふふふ、素直でよろしいね。それじゃあ彼らについてもう少し詳しく話そうか。ワルプルガにおいて彼らは……っと、そうだった。さっきも言いかけたのだけど、今年のワルプルガのチーム人数は最大で五人となってしまったよ。」
不意に知らされた情報に頭がキョトンとしたが、それの意味を理解してオレはみんなを見た。
「……つまりこの八人で一つのチームにはできない――という事ですか?」
「そうなんだ。もっと早く伝えられれば良かったのだけど、あっちと細かい相談をしてからだったから遅くなってしまったよ。」
「えー? 昔はよく減ったって聞いてるけど、ここ最近は変わらなかったんでしょー?」
「うーん、ちょうどタイミングが悪かったという感じかな。」
そういえば特に考えもせず、対魔法生物戦の経験ができるという事で当然チーム戦を想像していて、そのチームは我ら『ビックリ箱騎士団』になる――と思い込んでいたけど……ワルプルガにおけるルールというのを気にしてなかった。
「えっと始まりから話しておくと、元々は生物としての戦闘能力の差を考慮した、人間側の救済措置でね。初めはあちら側が上限三体に対してこちらは無制限となっていて、軍がやるような討伐作戦のような光景だったそうだよ。けれど人間側が段々と力をつけて魔法の扱いなんかが上手くなっていくとバランスが悪くなってきてね。こちら側にも上限が設定されるようになったのさ。」
「えぇっと……さっきのアンジュの言葉からすると、こっち側の上限は段々と減らされているんですか……?」
「毎年というわけではないけどね。魔法生物一体に対して人間は三人くらいという計算でここ数年はずっと上限が切りよく十人だったのさ。」
「それが五人とは随分減りましたね……ということは魔法生物側の上限は二体でしょうか。」
「いや、あちら側は変わらずに三体さ。」
「えぇ? それだと計算が……」
「ふふふ、まぁこれは仕方がないのかもしれないね。人間側が力をつけているのは現在進行で、実際騎士を目指しているみんなは、いわば魔法生物戦のスペシャリストになろうとしているわけで、先人たちの膨大な経験を学び、受け継いでいっている。大して魔法生物側には教育機関のようなモノはないからできて口伝がいいところ。クロドラドが言っていたみたいに、ワルプルガのような機会を利用して若い者に経験を積ませるのなら……その戦力バランスは三対五くらいなのかもしれないね。」
いつだったか、フィリウスが言っていた。今でこそ魔法生物との戦闘は準備さえ整えればそれほど難しい事ではないけれど、昔はランクに関係なく命がけの大一番だったという。
自然に発生しているモノは勿論、体内で生成したマナを使い、魔力を練り、魔法を使う能力を持っている生物。この世の理というモノを容易く打ち破るそんな能力を持った生き物相手に人間なんかが勝てるわけはなかった。だけど彼らが使う魔法というモノを研究し、長い年月をかけて無理矢理にだけど人間も魔法の力を手にすることができた。
その後更なる研究と実戦を積み重ね、人間は今に至った。それを魔法生物の側から見たらどう見えるのか……かつては軽くひねる事のできた生き物が自分たちと同等かそれ以上の魔法を使って攻撃してくる……そんなことになったらどんな生き物だって焦るだろう。そりゃあ若い者を鍛える方向に考えが向くというモノだ。
……しかしこのまま行くと、いつか魔法生物は人間にとって敵ですらなくなる――ような時代が来たりするのだろうか……?
「ふむ、何やら小難しい事を考えている顔をしているがロイドくん、五人という事はこの八人を最低でも二つに分けなければならないのだが?」
「え、あ、はい、そうですね……どうし――」
「ぼくロイくんといっしょ!」
しゅばっと手をあげるリリーちゃん。そして強化コンビを除く他のみんなからじとーっとした視線が……ど、どうすれば……!
「ふふふ、それなのだけど、チーム編成は僕に任せてもらえないだろうか。」
「師匠にー?」
「みんなにはまだそれほどチーム戦の経験がないようだし、せっかくの機会なのだから色々な組み合わせにチャレンジしてみないかい?」
「それってー……一戦ごとにメンバーを変えるってことー?」
「ふふふ、そういうことさ。みんながいくつの勝負に参加できるかはわからないけれど、その時その時で編成を決めてみるのも面白いと思うよ。」
「だ、大丈夫ですかね……明日本番で今更ですけど、ぶっつけ感が……」
「ふふふ、軍に入ろうとフリーの騎士団を組もうと、なんやかんや現地の即席チームで任務というのはままあることさ。それにみんなの場合は既に互いの距離感を知っているから大丈夫だよ。」
「距離感?」
「人間関係のではなく、戦闘における、ね。要するに近距離タイプか遠距離タイプかのような話さ。このメンバーだと……」
言いながら、フェンネルさんはオレたち一人一人を眺めていく。
「強化魔法主体のカラードくんとアレキサンダーくん、そして炎の徒手空拳、『ブレイズアーツ』のエリルさんが近距離タイプ。チーム戦においては相手の懐に入り込んでガシガシ攻めるメインアタッカーだね。」
「うむ、相変わらずエリルくんはお姫様らしくないスタイルだな。」
「うっさいわね。」
「そしてこのメンバー唯一の飛び道具の使い手であるティアナさんが遠距離タイプとなるのだけど……ティアナさんはチーム戦における「遠距離」という範囲を遥かに超えて「狙撃」の域だし、『変身』の力で近距離でも充分なパワーを出せる。となると遠距離担当と言えるのは曲芸剣術で剣を飛ばすロイドくん、熱線を放つアンジュ、それに離れた場所に氷を出現させるローゼルさんも加わりそうだね。しかしアンジュとローゼルさんは徒手空拳と槍術だから近距離も行けるし、ロイドくんも……いや、曲芸剣術の場合は中、遠距離と言うべきかな……そしてリリーさんには距離が関係なくて……」
オレたちをそれぞれのタイプに当てはめようとしたらややこしくて難しい顔になってしまったフェンネルさん。
「槍術……うむ、そうだな……わたしは……」
「? どうしたのローゼルさん。」
「いや……ロイドくんの愛によって愛の氷を出せるようになってから氷による攻撃や支援ばかりで、最近トリアイナをきちんと槍として使っていないような気がしてな。」
「そ、そういえばそうですね……」
「これではリシアンサスの槍術がもったいないからな……どうにか……ふむ……」
フェンネルさん同様に難しい顔になるローゼルさん。
槍術……オレも今、曲芸剣術以外の剣術を一つ練習している。交流祭で指摘された曲芸剣術の弱点――近距離戦になると手にした回転剣で自分自身を斬らないように動くせいで動きが読まれやすいという点を克服する為、接近された時に使える曲芸剣術以外の剣術をカペラ女学園の生徒会長、プリムラ・ポリアンサさんから教えてもらった……というか指南書をもらった。
曲芸剣術はそうとは知らずに身についたモノだし、そもそも回転させているだけといえばそれだけで……実のところちゃんとした剣術というのは初めて学ぶわけで、指南書とにらめっこする日々だったりする。
んまぁ、ワルプルガでの敵は魔法生物だから対人戦みたいな接近戦にはなりにくいだろうけど……機会があれば実践してみよう。
「おいおいおい、お前を呼んだ覚えはないぞ。」
「わたくしだってあんたにヘルプ頼んだ覚えはないわよ。何してるのよ、インヘラー。」
火の国ヴァルカノの観光地である地下のマグマを覗ける場所にて、ある意味非常に様になる男女がマグマを眺めて立っていた。
「こっちはこれだ。」
男の方はマフィアのボスのような格好をしているのに棒付き飴をなめていて、言いながら上着のポケットからオレンジ色にぼんやりと光る石を取り出す。
「煌天石? ああ、それじゃあわたくしとは反対側ね。しかもこっちは内々の暗躍だもの、バッティングじゃなくて良かったわ。」
男――インヘラーが見せた石を見てニコリとほほ笑んだのは、首元にサングラスを引っかけたボーダーのシャツにチェスターコートを羽織り、ロングスカートにハイカットのスニーカーを組み合わせて女優のようなつば広の帽子をかぶった女。颯爽と街を歩くおしゃれな女性風だが、その手にはシンプルながらも所々に宝石の散りばめられたキセルがあり、香水とは種類の違う甘い匂いのする煙を漂わせていた。
「お金で王座が買える国のメインイベントですもの、わたくしたちみたいな裏の人間が顔を合わせる事もあるわよね。」
「……ちなみにだがバロキサもいる。」
「はぁ? なんで殺し屋がいるのよ。」
「仕事に支障をきたすかもしれない厄介な奴がいるんだ……『紅い蛇』の『ゴッドハンド』が。」
「ゴッ――最悪じゃないの! まだ殺人鬼系の奴の方がましじゃない!」
「だろう? だからバロキサだ。今までも『ゴッドハンド』には散々邪魔されたからな……探そうとすると見つからないあの女をここで消すことができれば今後が楽になる。」
「賛成ね。何なら代金、半分持つわよ?」
「? 随分と気前がいいな。」
「そういう気分にもなるわよ。ここの連中ときたら――」
方向性は違えどバシッと決めた男女の組み合わせに視線が集まる中、インヘラーにのみ見える女の顔が凶悪に歪む。
「頭空っぽのくせに口から札束だけは大量に吐き出す阿呆共なんだもの。」
それが面白くてたまらないという表情を見せる女の顔を数秒眺め、インヘラーはハットをなおしながらため息をつく。
「……ブサイクな顔になってるぞ、リレンザ。」
「あら失礼ね。阿呆連中の思考を猿以下にするこの美貌を前に。」
「それはそれは。ま、羽振りがいいのは何より。相手が相手だから勝率は五分かそれ以下だろうが、バロキサに期待するとしよう。金については結果が出たその時に。」
「いいわ。それじゃ、お互い稼ぎましょ。」
女――リレンザのその言葉を最後に二人は別れ、それぞれの仕事の準備に取り掛かる。
かくして、関係者か部外者か、誰かの思惑の上に乗っかった裏の住人や、違う目的でたまたまやってきたS級犯罪者がこそこそと、もしくは堂々と動く中――翌日、火の国ヴァルカノの毎年恒例のイベント、ワルプルガが開催された。
『オホンオホン、雄に雌に紳士淑女の皆々様。天気予報によりますと今日明日は晴れだそうで、天もこの祭りを楽しみにしているようで、わたくしカーボンボ、このような青空の下で行われるワルプルガの司会を任せていただけたことに震えているわけで、いえ、実のところくじ引きではあったのですが引き当てた自らの幸運――いや、天からの導きに感動しているわけで、わたくしカーボンボ、今日この時こそがわが人生――わが犬生のハイライトの一つなのだと確信しておりますので、思えば今朝目覚めた時から――』
「……あの犬、どんだけしゃべるつもりなのかしら……」
「ふむ。こうして並んで聞いているとかの有名な「校長先生の長話」のように思えてくるな。」
フェンネルさんから色々な事を教わり、そして迎えた今日、オレたちは火の国ヴァルカノの建国祭、ワルプルガ……の裏で行われているイベントの開会式に出席していた。
今でこそ裏のイベントとして扱われているけど本来ワルプルガとはこっちを指すモノで、実際表で行われる建国祭のパレードの前に、王様や貴族と言った偉い人たちの全てがこの開会式に顔を出しているらしい。
んで、こういうイベントなわけだから当然司会進行役の人が必要になるわけで、毎年人間側と魔法生物側との交代でそれを務めているのだとか。そして今年の担当は魔法生物側で……今まさに、その司会の恋愛マスターの独り言のような長々とした挨拶を聞いているのである。
マイクの設置してある教壇のようなモノの後ろではなく上に立ってしゃべっているのは一匹の小さな犬。白い毛並みの中、ところどころから火をあげている……たぶん、種族で言ったらヘルハウンドという、言うなれば「燃えているオオカミ」なのだろうけど、オレが知っているヘルハウンドに比べるとかなり小さくてオオカミというよりはかわいい小型犬。しかも四足歩行のはずが後ろ脚で姿勢よく立っており、オーダーメイドなのかピッタリのスーツを着ている。
ちなみにその犬――カーボンボさんの近くには人間側と魔法生物側、それぞれの代表が座っていて……うん、見るからにそれっぽい王冠をかぶっているから、あの人間側の代表の人がきっと王様だろう。
「アンジュ、あの王冠の人がこの国の?」
「そうだよー。今の王族の二代目だねー。」
……アンジュはさらりと言ったけど、「今の」というところがこの国の独特な状態を示しているんだろうなぁ……
「まーでも、セイリオスを卒業したらあたしがカンパニュラ家を王族にするから、そしたら当分はロイドが王様であたしがお姫様だねー。」
これまたさらりと言うアンジュ……!
「残念ながらロイドくんはリシアンサス家の次期当主なのでヴァルカノの王族にはなれないのだが、それはそれとして魔法生物側の代表は昨日のリザードマンではないか?」
ローゼルさんも……! で、でもローゼルさんの言う通り――い、いや、オレが次期当主という話ではなく! ま、魔法生物側の代表として座っているのはクロドラドさんなのだ。人間側が王様なら当然あっち側の……リーダー的な存在が座ると思うのだが、フェンネルさんの話だとクロドラドさんは三番目ということだし……
「ふふふ、あれは仕方がないのさ。クロドラドでもギリギリだけど、あっちのトップはあそこに座れないのさ。」
一体どんな魔法生物なのだろうと、もはや誰もがカーボンボさんの演説をBGMとして聞き流している中で想像していると、ついに誰もが待ち望んだ一言が発せられた。
『――で、あるからして、ここにワルプルガの開催を宣言いたします。』
「ふふふ、ついてなかったね。カーボンボはあっち側で一番のおしゃべりだから。」
立って聞いているだけなのにえらく体力を消耗したような気のするオレたちがぐったりとソファーに沈むのを見てフェンネルさんがふふふと笑う。
ここはカンパニュラ家の席……というか部屋で、豪華なソファーや観葉植物、冷蔵庫なんかも完備されている、ホテルのちょっとしたスイートみたいなところだ。
ワルプルガの会場は魔法生物たちのエリアに建てられた……スポーツを観戦するスタジアムのような場所だ。ただし観客席のようなモノはなく、巨大な一枚ガラスで真ん中の闘技場が見えるようになっているここのような部屋がスタジアムをぐるりと囲んでいる。
「しっかし豪華な部屋だな。魔法生物たちもこういう部屋なのか?」
「ふふふ、彼らの部屋は人間のとは全然違うよ。ガラスの向こうは岩場や草原になっていてね。一部屋ごとにそれぞれの種族が過ごしやすい環境が作られているんだよ。」
「そ、そんなすごい部屋が……三階席……って言うのかな、たくさんある……」
ガラスの外を眺めるティアナの言う通り、なんとこのスタジアム、三階席ならぬ三階部屋まである。人間側の参加者がその性質上貴族やその関係者だからというのもあるのだろうけど、普通のスタジアムにしたら何万人入るのやらというスペースを贅沢に使ったすごい建造物だ。
……ちなみに外からの光がバッチリ入る日当たり抜群のこの部屋に入った瞬間、ストカは「うへぇ」と言って窓から離れた。
武器の回収の為にやってきて、突然いなくなると変に思われるという理由で残っているストカだが、フェンネルさんが深くは聞いてこないし、そのせいかカベルネさんも気にしないので、スピエルドルフに帰っても大丈夫だとは思うのだが……あんまり国外に出る機会がないからか、火の国を堪能したいらしい。
「……無理するなよ、ストカ。」
「へーきだ。でも……そうだな、夜になったら街でなんかうまいモノをおごれ。それで俺は元気になるぞ。」
「こんにゃろめ。」
「ふぅむ、巨大なガラスがこういう風に並ぶと壮観だが……ちなみに何部屋あるのだ?」
「確か百くらいあるよー。まー、一回で全部屋が埋まったことはないらしいけどねー。こっち側ってだいたい二十くらいしか部屋使わないしー。」
「む? つまり火の国の貴族は二十くらいしかないという事か? 随分少ないのだな。」
ローゼルさんが驚いた顔になるが……そ、そうか、二十って少ないのか……
「なんてゆーか、血筋関係なしのお金の量で決まるからねー。資産が一定の額を超えないと貴族になれないから、逆に普通の国よりは少ないみたいだよー。」
「なるほど……しかしこのワルプルガに関して言えば、人間側には二十の勢力があるという事……カンパニュラ家の後ろ盾があったとしても、経験の浅い騎士の卵であるわたしたちが参加できる勝負は多くても二試合だろうか。」
ワルプルガで行われる試合はトーナメントでも総当たり戦でもなくて、人間側と魔法生物側、それぞれが出した要望の数がそのまま試合の数になる。毎年それぞれが出す要望は二十から三十ほどらしいので、多くて六十試合という事になる。
数だけ聞くと物凄いが、期間が二日だけなのでその全てが行われる事はまずないらしい。昔は双方の要望の……切望度? みたいのが高いから全ての試合が終わるまでワルプルガは続いたらしいのだけど、今となっては「通っても通らなくても構わない要望」しかないからそこまではしないのだとか。
大抵、一日目は星の数が少ないモノから順番に試合を進めていき、逆に二日目は星が多い試合から行っていくらしい。つまり一日目はオレたちのようなひよっこや、昨日クロドラドさんが言っていた若い連中が経験を積むような……いわゆる交流がメイン。そして二日目は、人間側で言えば星を稼ぐ場であり、魔法生物側も本気のメンバーを出してくるガチバトルというわけだ。
で、さっきローゼルさんが予想した多くて二試合というのは、全部で六十あっても最終的に行われるのは四十か三十だろうという予測の下、それを人間側の二十チームで均等に分けるわけではないという点から出た数字だ。
フェンネルさん曰く、一日目は割と平和にどこの家のチームが試合に出るかは順番で決まったりするのだが、二日目はたくさんの星を得る機会という事で各家の代表がバチバチするらしい。
試合に出て勝利すれば星を多くゲットし、もしも負ければ星ゼロという事以上に周りからの評価が下がる。そんなリターンとリスクのバランス、自分が出場させている騎士の強さ、魔法生物側が出してくる戦士の強さの見極め、そこに各家同士の確執やら利権やらが絡み、場合によっては一つの家が何試合も行い、逆に一試合も参加できない家が出たりするのだという。
しかも、今年のチーム人数の上限が一気に五人に減った事もあり、今まで勝利を収めていた各家のチームもオレたちのように分断を余儀なくされ、一つの家に複数のチームという形が去年までよりも多いらしい。
別に一家に一チームという制限はないらしいからそこに問題はないのだが、家の数が二十かそこらでも実際に参加しているチームは倍くらいある――というのが今年の状態だ。
分断されたチームを各家がどう扱うのかはわからないが、たださえ均等に割り振られるわけではない試合に対してチームの数が増えたのだから、オレたちに出番がまわってくる可能性は低くなっているのだ。
よってオレたちは一日目に一試合――これだけはカンパニュラの力で確実にするとアンジュのお父さんであるカベルネさんが言ってくれて、二日目はすごく運が良ければ――という感じで、つまりは「多くて二試合」になるのだ。
……それに……カベルネさんの言葉を信用してないわけではないが……万が一カベルネさんの交渉が失敗……とかしたら、最悪の場合今日の一試合すらできない可能性もあったりするわけで……
「ふふふ、どうかな。僕は今日だけで二、三試合できるのではないかと思っているのだけどね。」
「えぇ?」
オレの不安をよそに、ローゼルさんの予想を超えた数を口にしてフェンネルさんはにやりと笑う。
「各家のチームが分断されてしまったという事は、それだけ一チームあたりの戦力が落ちているということだからね。いつもなら準備運動がてら一日目に一試合くらいはやるみんなも、今までよりも厳しい戦いになる明日に備えて温存しておきたい――と思うんじゃないかな。」
「温存……ですか。」
「ふふふ、星が少ない試合と言っても相手は魔法生物さ。どんな熟練の騎士でも朝飯前に片手でちょちょいのちょいとはいかないよ。それなりの疲労はあるし、致命傷は防ぐけどそれ以外は普通にケガするしね。明日……昨日やってきたクロドラドとかが出てくる星五つの試合ともなれば、複数人の上級騎士、下手をすれば一人の十二騎士を相手に戦うのと同レベルの難易度になるからね。」
「げ、十二騎士クラスかよ。そりゃあ温存しときてーかもな。」
「つまりこれからおれたちが挑む相手も、星の数が一だからと言って善戦できるとは限らず、苦戦も充分にありうるわけですね。」
「ふふふ、健闘を祈るよ。」
「やぁ、みなさん、戻りましたよ。」
フェンネルさんに祈られたところで……てっきりあれは私服だからこういう場ではカッチリした服になるのだと思っていたけど変わらずに豪快でワイルドな服装のカベルネさんが部屋に戻って来た。
「今日の試合ですが、やはりフェンネルの読みが当たったようでして、二試合挑ませてもらえるようになりましたよ。」
言ってるそばからフェンネルさんの予想通りに! くそ、ちょっと前に「最悪の場合」とか考えた自分が恥ずかしいぞ……こ、これは試合に勝利してきっちりとカンパニュラ家に星を入れなければ……!
「? にしては浮かない顔ですね。ちなみに当主様、星の数は?」
「それなのだが……どうも私たちの名が悪く影響したようだ。」
そう言って今回行われる全試合のリストを広げ、今日オレたちが挑むことになる試合に丸をつけるカベルネさん。
……話は変わるが、オレたちに対しては敬語のカベルネさんがフェンネルさんには少しフランクになる。思う以上にカンパニュラ家とフェンネルさんのつながりは強いのかもしれな――ってえぇ!?
「星二つと――三つ……当主様、これは一体……」
「うむ……今年は騎士学校に通う娘にワルプルガを経験させてやりたいという事を話したのだが、カンパニュラ家の跡取りでありフェンネルの弟子であれば星一つの試合では物足りないだろうという話になってしまってな。フェンネルの読みで言うなら、明日の為に温存しておきたい彼らが最も挑みたくない試合――一番強くもないが一番弱くもない星二つ、三つの試合を押し付けられてしまったのだ。」
「それは……そうか、誤算でした。内実がどうあれ、傍から見れば例年勝利しているカンパニュラ家が今年は手を抜くという風に見えますからね。面倒事を押し付けられても強く言えません……」
「すまない、もう少し私が……」
「いえ、他の家との関係性も大事ですからね……つっぱねられないのが貴族というモノでしょう……というわけなのだが……みんなにはかなり厳しい戦いになりそうだよ。」
星の数やここの魔法生物たちの強さを理解しきれていないオレにはフェンネルさんの表情からしかその深刻さを想像できないのだが……魔法生物戦の経験の浅いオレたちには相当大変な状況であるのはなんとなくわかる。
「……んまぁ、オレたちは――」
「別にいいわよ、相手の強さなんて。」
何か言おうとしたオレの前にエリルがムスッとした顔で腕を組む。
「あたしたちは勝ちに来たんじゃなくて、経験しに来たんだもの。カンパニュラ家には悪いけど、勝っても負けてもそれは経験で、あたしたちは確実に強くなる。今までだって、首都に侵攻してきた魔法生物とかS級犯罪者とか反政府組織とか、いきなり来た強敵と戦って、色んな助けはあったけど何とかしてそれを強さに変えてきた。今日だってそうしてやるわよ。」
エリルのその言葉に、オレは胸が熱くなった。そう、エリルはそういう人なのだ。強くなることに真っすぐで、障害なんて吹き飛ばして進んでいくのだ。だからその隣にいると自分まで引っ張られて行くようで――頼もしく、そして負けられない……!
「ふむ、相変わらず熱血主人公のようなエリルくんだが、確かにそうだな。規格外の怪物相手は慣れっこというモノだ。」
「強い人、との戦いは……いい経験って、先生も言ってたし……ね……」
「死ぬことのない条件で戦えるなら、まー強い相手の方がいいのかもね。」
「それにさー、負け前提じゃないもんねー。勝っちゃうかもよー、あたしたちー。」
「はん、負ける気なんざねーぜ! 勝っても負けても経験っつっても、やるなら勝たねーとな!」
「心持ちは当然、勝利一択だ。そうだろう団長。」
「……いや、カッコイイことはエリルに言われちゃったから団長形無しなんだけど……うん、大丈夫ですよ、フェンネルさん。みんな――オレたち頑張りますから。」
オレたちの反応に……たぶん、会ってから一番の驚き顔を見せるフェンネルさん。
「ふふふ……ふふふ。いやいや、いいね。何故かな、実戦を知る者として、これが若さかと年寄りじみた嫌味が出そうなのに、不思議な期待があるよ。箱を開けたら驚かされる事になりそうな、そんな予感が……ふふふ、いよいよピッタリの名前だね、『ビックリ箱騎士団』。当主様、これは今年もしっかりと星を得られそうですよ。」
「そのようだな。いや失礼、アンジュの言う通り負けを前提に話をしてしまっていたようです。星の数がなんだと言うのでしょう、我が娘とその婿率いる騎士団が負けるはずはありませんね。」
「ムコッ!?」
さらりとオレをアンジュの――あ、あれとして扱うカンパニュラ家の人々……!
「んふふー、これは期待に応えないとだねー、ロイドー。」
「ひゃいっ!」
「……こっち来てから何回も言ったけどこいつはあたしの――」
『盛り上がっているな!』
カベルネさんやロゼさんがダ、ダンナサマ話をする度にツッコミを入れるエリルが今もまた入れようとした瞬間、部屋がヌッと一段階暗くなった。その原因が窓の外に立つ者の影だと気づいて外を見たオレたちは……その迫力に息を飲んだ。
『それがフェンネルの弟子共か! 強そうには見えねぇが、しかしんなこと言ったらフェンネルだってただの裸野郎だしな! バッハッハ!』
それは猿――いや、ゴリラか。よくパムがフィリウスをそう呼ぶけど、あのフィリウスが小さな小猿に見えるだろうその巨体は五、六メートルあるだろうか。窓ガラスに全身がおさまっていないから正確な大きさはよくわからない……が、とにかく大きなゴリラだ。
赤色と茶色の体毛は揺らめく炎のような模様を描き、両肘と額からこれまたエリルのように炎が噴き出しているのだが……それよりも目が行くのは巨大な体躯を覆う筋肉だ。
ムキムキマッチョとかいう言葉では表現が足りないボディビルダーみたいな――美しさも兼ね備えた一つ一つの隆起は岩のようで、人間なんてデコピン一発で粉々に消し飛ばせるのではないだろうか――と思えるほどだ。
「なんだガガスチム、試合前に部屋に来るなんて珍しいな。」
『クロドラドから聞いたお前の弟子の話が気になってな。強そうならわしが相手をしようかと思って偵察に来たわけだ!』
「こんな目立つ偵察があるか……ああみんな、彼が魔法生物たちのリーダー、ガガスチムさ。」
リーダー……ああ、これは確かに王様の横に並んで座るには大きすぎる……
『おいおい冷たいな、窓越しに紹介なんて。』
「今この窓ガラスを開けたらお前のそれが入ってくるだろう。前途有望な若者にそんなもの吸わせられないさ。」
『発明したのはお前らだろう。わしはこれを作った奴を天才だと思うがな! 口から火も吹けないくせに煙を楽しむ道具とは粋なモノを作りおったわ!』
そう言って口からボハァと大量の煙を出したゴリラ――ガガスチムさんがくわえているのはタバコ……いや、葉巻だ。人間の口にはおさまらないビッグサイズのそれをふかし、ニカッという満面の笑みで鼻から口から煙を出している。
……というかこの大きな窓、開くのか……
『しかしなるほどな! さすがはお前の弟子というか、面白い顔がいるじゃないか!』
そう言ってガガスチムさんが手にした葉巻で指したのは……太陽の光を避けるように部屋の隅っこにいたストカだった。
ストカについて、深く聞きはせずとも気にならないわけはないフェンネルさんはガガスチムさんの言葉にふと真剣な顔になる。
「何か知っているのか、ガガスチム。」
『そりゃあこうして知能を得たからには当然――んん? その前になんだその反応は……』
フェンネルさんとストカを交互に眺めたガガスチムさんは、アゴに手を当ててうなる。
『ははぁ、つまりそいつはお前の弟子――の知り合いとしてやって来たって感じなんだな? 要するにお前は詳しく知らないと。あー、となると悪いがわしの口からは何も言えなくなるんだな、これが。』
「なんだそれは。」
『別にそこの女を知っているわけじゃなく、そういう連中が昔わしらを訪ねた事があるのだ。色々な事を話したが、存在も含めて他言は無用だと釘を刺されてな。』
「……釘は抜けているようだが。」
『お前に説明する為だ。とにかくもう何も言えんが――そいつがいるというのはただ事じゃあないからな。お前の弟子共にも興味がわくというモノだ。さて、どうするか。』
「どうするもなにも、お前はいつも星五つの試合に出ているだろう?」
『おいおい、誰が一人一戦だと決めた。』
ニヤリと笑うガガスチムさん……!
『そもそも星の数は目安であってイコール相手の強さとは限らんからな! バッハッハ、まー楽しみにしておけ!』
笑い声と一緒に火事かと思うくらいの煙を口からはいたガガスチムさんはズシンズシンと去って行った。
「むう、相手が誰であろうとと先ほど意気込んだばかりだが、あんなエリルくんみたいなファイヤーゴリラが相手ではなぁ。」
「あんなのと一緒にすんじゃないわよ!」
『オホンオホン、かなり前から全試合を行えずに終わる事が当たり前にようになっているワルプルガですが、司会を任されたからには全試合終了を目指してみたいところで、早速ですが初めて行きましょう。今年の双方の要望の合計、即ち試合数は五十と四。例年通り星の数で順番を整えましたので、星一つの第一試合から星五つの第五十四試合まで、一日目である今日は順番通りの第一試合から参りましょう。』
星二つと星三つの試合に参加することになったオレたちはしばらく待ちで、他の貴族の家が呼びよせた精鋭たちと魔法生物との……侵攻や討伐ではない、勝負を観戦した。
フィリウスと旅をしている時にも色々な騎士団を見てはいるのだが、騎士を目指している者として見たことはないわけで、現役の、特に軍などには属していないフリーの騎士団というのは興味深かった。
軍のような、そこに所属している人の顔と名前を全て把握している人なんてまずいないだろう大きな組織とは違い、人と人との相性や友情でガッチリ繋がった人たちがチームを組んだ騎士団は、だからなのかそれぞれに色を持っている。
例えばある騎士団は全員が銃の使い手で、オレたちのように誰かがアタッカーとして敵に突っ込んでいったりはせずに相手の間合いの外から全員が撃ちまくっていた。
かと思えばある騎士団は全員がゴリゴリの近接パワータイプで、相手の魔法生物が撃ち出す炎を殴って消しながら突き進んで行った。
勿論見た目にはバラバラだけどパズルのようにピッタリとはまるコンビネーションを見せる騎士団もあって、われら『ビックリ箱騎士団』にとって参考になる動きもたくさんあった。
そして、そんな色んな騎士団を眺めていて思ったのはバトルスタイルについてだけではなくて……
「ふむ、どの騎士団も同じデザインの服や共通のシンボルの入った小物やらで統一感があるな。」
「なんとなく服の色を同じにしてたりねー。」
「志を等しくする者たちがその結束を示すモノ――うむ、正義の騎士はそうでなくては。ロイド、おれたちも何か作らないか?」
「そうだなぁ……」
一応セイリオスの授業の一環として来ているので今のオレたちは制服という共通の衣装だ。ただこれは「セイリオス学院の生徒」という事を示しているモノだし、学院に戻ったら他のみんなと差は無い。運動系の部活のようにユニフォームとまでは行かずとも、『ビックリ箱騎士団』としてのワンポイントはあるといいかもしれない。
「統一感といやぁ……いや、統率か? なんか騎士に比べてあっちは動きがバラバラだな。魔法生物って野生のオオカミみてーにまとまってんのかと思ってたんだが。」
部屋の構造的に、椅子に座った状態でも窓の外――つまり試合の様子はしっかり見えるのだが、カラードといっしょに窓にへばりついて立ち見しているアレクが少し残念そうに呟いた。
アレクの感想はオレも抱いていて、フィリウスと一緒に何度か経験した魔法生物の侵攻の時に見た彼らの動きはもっと統率が取れていた。
んまぁ、あっちの上限は一チーム三体だから統率なんて関係ない数なのかもしれないが、それでもなんだか……同種族だけで構成されたチームですらうまくかみ合っていないように見える。
「ふふふ、今年は少し極端なのかもしれないね。」
「? どーゆーことだ?」
「ほら、人間側の上限が十人から五人に減っただろう? さっきも少し言ったけれど、それはつまりこちらのチームの戦力ダウンを意味していて、言い方を変えれば手ごろな相手になったということなのさ。クロドラドが言っていたみたいに若者に経験を積ませようと思うのなら、星一つの試合にはそういう戦闘経験の少ないメンバーを積極的に出すことになる。対してこちらは、人数が減ったとしてもそれぞれの家が招集した腕利きの騎士ばかり。チームとしての動きは勿論、根本的な戦闘能力にもあちらとは差が生じてしまうのさ。」
事実、今まで行われた星一つの試合は人間側が全勝していたりする。
「残念ながら――と言っていいのか、人間との共生というこの国の状況がちょっとした悪影響を……人間にとっては良いことなのだけど彼らにとっては微妙に欠点になってしまっているのさ。」
「欠点? 火の魔力で強くなってんのが欠点なのか?」
「ふふふ、その代わりに――という感じかな。野生に生きる魔法生物たちは他の魔法生物らとの縄張り争いや人間との侵攻戦などで戦闘経験を積み、騎士が大勢で挑まなければならないような存在へと成長していく。だけどこのヴィルード火山にはそういうのがないのさ。」
大きな窓の向こうで行われている試合を眺めながら、フェンネルさんが困ったような顔で説明を続ける。
「クロドラドやガガスチムが種族を超えて魔法生物たちの統率を取るから縄張り争い的なモノはないだろうし、当然人間と命のやり取りをする機会なんてない。火の魔力に満ちたこの環境は魔法生物たちを生物的に強い個体へと進化させるけれど、代わりに自然の中の競争――弱肉強食の世界から遠ざけてしまっている。だから若者を育てるというのはヴィルード火山に生きる魔法生物たちの大きな課題の一つなのさ。」
「あー、なんとなくわかったが……それじゃああっち側には強い奴がいないって事にならないか?」
「ふふふ、育てるのが「大変」というだけで「できない」わけじゃないよ。毎年のワルプルガやそれに備えての日々の鍛錬。弱肉強食の自然界で生きるモノらと比べたら成長の速度は遅いが、年月を積んだ彼らはそんなモノらを軽く追い越した猛者になる。ふふふ、ちょうど今からそれが見られるかもしれないね。」
フェンネルさんがそう言うと、司会のカーボンボさんが『オホンオホン』と喋り出した。
『例年に比べますと星一つの試合が割合少なかったので、ここから星二つの試合となります。まずはこちらの試合からですので、参加者は前へ。』
星が変わったからといってスタジアムがどうこうなるわけでもなく、これまで通りに真ん中の闘技場となっているエリアの左右にある出入り口から双方のチームが入場してきたのだが……
「ほう、明らかに今までとは違うようだぞ、アレク。」
「ああ、雰囲気がちげーな。」
二人の言う通り、魔法生物側に現れたチームは見るからに……なんというか戦い慣れしているような落ち着きが感じられた。
「ふふふ、あれはレッドゴブリンのチームだね。毎年出てきているチームで、参加する試合は星二つか三つ。一回だけ四つの試合にも出てきたかな。」
「えぇ!? じゃ、じゃあ星二つの試合に出るにしては強めの相手ってことですか……?」
「ふふふ、ガガスチムも言っていたけど星はあくまで目安だからね。おおかた星一つの試合で全敗したあっちの若者たちに一発、本物を見せつつ勢いをあっち側に持ってこようとしているのだろうさ。」
ゴブリンというと大人になっても人間の子供くらいの背丈の魔法生物で、人間が大昔に使っていたようなこん棒や石器を使ったりする種族だ。生息地によって体色が異なり、その色がそのまま……人間で言うところの得意な系統を示している。んまぁ、別にそれしか使えないわけじゃないし、人間よりも自在に他の系統を使うわけだけど、戦闘時のメインはその系統になることが多い。
でもってレッドゴブリンはそのまま第四系統の火の魔法を使う種族で、火の玉を撃ったり手にした武器に炎をまとったりする……のだが……
「むう……気のせいか、あのゴブリンたちの武器は普通に武器屋で売っているような一品ではないか?」
「それに鎧着てる奴もいるね。あれはそこそこの値段するいい装備だよ?」
フェンネルさんの言った通りというか、登場した三体のレッドゴブリンは雰囲気もそうだけど出で立ちからして格が違う。
手にした武器は剣や弓で、急所を守る防具も装備済み。しかも武器がまとっているのは単純な炎ではなく高温の熱線。光る剣のようになっているそれは相手の武器を溶かしながら斬り進むことを可能にしているに違いない。
「ふふふ、人間よりも強い肉体を持ち、人間が持っていない魔法器官を持つ彼らが高度な体術と魔術を会得した姿があれさ。噂に聞く魔人族というのはああいう感じなのかもしれな――」
そこまで言ってふと言葉を止めたフェンネルさんは、少し驚いた顔で――ストカのことをチラリと見て……何やら納得したような顔で窓の外に視線を戻した。
「――とにかく、ここからがヴィルード火山の魔法生物たちの本領発揮さ。」
「ん? ゴブリンチームもすごいがこの試合のこちらのチームも独特だな。」
「うお、女ばっかじゃねーか。」
人間側の出入り口から現れたのは五人全員が女性のチーム。男性だけや男女混合は今まであったけど女性のみなのはここが初めてだ。
「ふふふ、あれはバサルト家のおかかえ騎士団さ。火の国の貴族の序列では下の方なのだけど、あの家は……血筋なのかそういう教育でもしているのか、代々好色家の家系でね。騎士団はご覧の通り女性だけで構成し、家の中は美人のメイドさんだらけで……同じくそういうのが好きな他の家の当主や跡取りに取り入る事で貴族の地位を維持している家さ。」
「なにそれ、まんまゲスじゃないのよ。」
三割増しのムスり顔でバッサリ言い切るエリルにフェンネルさんは驚き、そして笑う。
「ふふふ、ふふ! ああ、僕も好かないよ。なにせ奥様やアンジュに「いくらならいい?」と聞いてきた事のある家だからね。僕かアンジュがカンパニュラを王族にしたら真っ先に潰そうと思っているよ。」
「えぇ!? アンジュにそんなことが……」
「ふふふ、そんな嫌な話も含めてアンジュには求婚の話も多いから、ロイドくんにはしっかりと守って欲しいところなのさ。」
「それはもちろんですけど……」
「……ロイドくん、今のはおそらくカンパニュラ家の次期当主として守って欲しいという意味合いだぞ。」
「えぇ!?」
「てゆーかおかーさんにも言ってきたんだー。どうなったのー?」
「言ってきた男を当主様が殴り飛ばした。」
「さすがおとーさん。ロイドもお願いねー。」
「はひ……」
お願いされるまでもなく、ではあるのだが意味合いが……はぅ……
「しかし揃えた女性騎士は容姿だけの選定ではなさそうだな。あれは相当強いぞ。」
それぞれに武器を構えた五人の女性騎士を真剣な顔で見るカラード。確かにゴブリンたちと同様に歴戦の猛者の風格が出ている。中にはセルヴィアさんのように……その、目のやり場に困る格好の人もいるのだが、あらわになっている素肌にはバキバキの腹筋などが浮いていて、引き締まったシルエットはとてもカッコイイ。
「む! ロイドくんがいやらしい目に――」
「なってませんから!」
女だけの騎士団とゴブリンたちの試合は今までの戦いとは全然違った。ゴブリンが人型だから余計になのかもだけど、普通に腕利きの騎士同士の勝負にしか見えなくて、ハイレベルな体術と高等魔法、それらを組み合わせた抜群のコンビネーションのオンパレード。見てるだけで色々と勉強になる接戦の末、試合はゴブリンチームの勝利で終わった。
「星が一個増えただけでレベル上がりすぎだろ。あの女騎士チームかなり強かったのにゴブリンたちが勝っちまったじゃねーか。」
「魔法生物と人間の根本的な身体能力の差を見せつけられたような感じだな。あのゴブリンたち、身体は小さくともパワーはアレク並だったのではないか?」
カラードの言う通りっていうか……今の試合の勝因敗因を考えるなら、答えはたぶんそれ。見た感じ強化魔法も使ってないのに武器の打ち合いとかになると騎士団側はあっさり力負けしてたし、防御しても衝撃を受けきれてないみたいだった。たぶんあれは女だからとかそういうレベルの話じゃないわね。
「ふふふ、シルエットが似ていても身体の構造が全然違うからね。人間基準で力量を測ると痛い目にあってしまうよ。」
「そこに知能も加わるんですからやばいですよね……ちなみにオレたちの出番は……」
「そろそろだね。一応作戦会議の時間って事で、相手チームの情報が開始十分前に伝えられるから、誰が出るかはその時に決めようか。」
「? あれ、でもそれじゃああっち側にはオレたちの誰が出るかっていう情報が……」
「ふふふ、伝えられるのはチームのメンバーであって試合に出るメンバーではないのさ。今までで言えば、大抵の家が十人前後の騎士団を一チームとして出場させていたわけだけど、全試合全員参戦というのはあんまりしないよ。あるとすれば星五つの試合くらいさ。」
「あ、なるほど……あっちに伝わるのはオレたち八人の情報だけで実際に誰が出るかは始まらないとわからないわけですか。ちなみに情報ってどういう感じの……」
「双方に共通するのは名前とワルプルガの出場回数で、そこに魔法生物側は種族が、人間側は得意な系統についての情報が加わる事になるね。」
「ふむ、つまりわたしたちが初出場という事はわかってもまだ学生という事はわからないわけか。」
「ふふふ、初参加の者はとりあえず警戒されて実力的に中堅の相手が出てくることが多いけれど……みんなの事はガガスチムとクロドラドが知っているからね。学生に相応の相手を出してくるか、ガガスチム本人が笑いながら出てくるか、逆に予想ができない――おっと、来たようだよ。」
ノックが鳴って係りの人っぽいのが手紙みたいのをフェンネルに渡す。対戦するチームが書いてあるんだろうそれを見たフェンネルは……なんか面食らった顔になった。
「これは……いや、ガガスチムじゃあるまいし……」
「どうしたんですか?」
「相手のチームなんだけど……いわゆるトカゲタイプのチームなのさ。」
「トカゲ……も、もしかしてそのチームのリーダーはクロドラドさん……ですか?」
「その通りさ。大体は星三つか四つの試合に出て、クロドラドが星五つの試合に参加っていう感じだったんだけどね……何か思うところでもあるのか、単にチームに加わった新入りを鍛えたいのか……さすがにクロドラド本人は出てこないだろうけど強者ぞろいのチームさ。さて、こちらはどうしようかね。」
致命傷を防いでくれる身代わり水晶に触れて自分の像を作ると、また係りの人っぽいのが来てそれを闘技場の両サイドにある専用の置き場に設置した。
「ふぅむ、自分の像をこうして遠目に眺めるというのは変な気分だな。銅像になるような英雄はこんな心持ちなのか。」
「こうして見ると身長の差がよくわかるぜ。やっぱ女子は小せえなぁ。」
「……あんたが特別デカイだけよ。」
「ロイくんと……ロイくんとが……あぁ、ロイくん……」
闘技場の真ん中に並び立ったのは四人。あたしとローゼルとアレキサンダーと……絶望的な表情になってるリリー。なんでこのメンツなのかっていうと――
「火と水はわかりやすい真逆だからね。チームとして動くとどんな風になるのか、そしてできればそんな二系統の上手な合わせ方を欠片でもつかんで欲しいね。それと、ルームメイトというのは細かい癖や趣向を知っている分コンビネーションが高い間柄になっているモノだからね。今回はあえて分断して挑んでみようじゃないか。」
てことであたしとロイド、ローゼルとティアナ、カラードとアレキサンダーが分かれて……いつもロイドにべったりのリリーをロイドから離した結果、こんなチームになった。強化コンビはどっちでもよかったんだろうけど、フェンネルがロイドとカラードの組み合わせを見てみたいとかなんとか言って……筋肉の方がこっちに来た。
「近距離パワータイプのエリルくんとアレキサンダーくん、魔法による支援が可能なわたしとリリーくん。組み合わせとしては悪くないと思うが……リリーくん、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ……あの丸出し男、殺してやる……」
丸出し……ああ、フェンネルのことね。そういえばそうなのに見慣れてきちゃったっていうか――べ、別にソレを見たわけじゃないわよ!
「ふむ。別のチームというのは確かに残念だが……考えようによっては試合中、ロイドくんはわたしの事をじっと見つめることになるわけで、いいところを見せてさらに惚れさせるチャンスだ。わたしは十二分に活かしてみせるぞ。」
「! そんなの、ボクの方が活躍するに決まってるんだからロイくんはボクしか見ないもんね!」
……落ち込んだリリーをヤル気にさせる為に言ったのか、本当にそう考えてニンマリしてるのか……いえ、ローゼルの場合は本気でそう思ってるに違いないわ……
「かー、わくわくしてきたぜ! あのクロドラドってのは出てこねぇのか!」
「むぅ、パッと見た感じではファイヤーゴリラのようなお祭りテンションでノリノリにそういう事をするタイプではなさそうだったからなぁ……」
「……まぁ、すぐにわかるわよ。」
そう言いながらあたしは魔法生物側の出入り口を見る。暗いトンネルみたいなその通路の奥に炎が揺らめいたからだ。
『ガルルルルアッ!』
まず登場したのは……たぶんクロドラドと同じリザードマン。個体差なのか細かい種族が違うのかわかんないけど身長は人間サイズ。さっきのゴブリンみたいな武器は持ってないけど両手両足に鋭い爪が光ってる。
ゴブリンであれだったからこんないかにも戦闘向きな身体をしてる奴が体術とか使ったらどうなんのかしらね……
『ああん? なんだ、まだ子供じゃないか。フェンネルの隠し子だからって気合いを入れ過ぎたか?』
次に顔を出したのは……なんていうか、トカゲをぺしゃんこに潰したような平べったい生き物で、カエルみたいな大きな口の中にギザギザの歯が並んでて、背中からキャンプファイヤーみたいな火柱がたってる。
普通にしゃべってるから、あれは知能を持った奴なのね。
『……あの子供はいないのか……』
最後に登場したのは――ってあれ、クロドラドじゃないの! 何が本人は出てこないよあの丸出し!
『オホンオホン、これはなかなか珍しい光景で、我らの頭脳ことクロドラド様が星二つの試合に参加ということで、わたくしカーボンボ、今年のワルプルガにいつもとは違う空気を感じ始めております。』
これまでの試合、実況に慣れてないっていうか、余計な事ばっかりしゃべって実況になってないカーボンボの呟きが入る中、トカゲたちの身代わり水晶があたしたちとは反対側に設置され……は?
「……なんか遠近感が変なんだけど、あたしだけかしら……」
「いやエリルくん、わたしも感じている。あのリザードマンの身長は二、三メートルくらいだったから水晶の像もそれくらいになるはずだが……どう見てもさっきのファイヤーゴリラ並――五、六メートルはあるぞ。」
確か生命力が強いと等身大じゃなくなるとか言ってたわね……つまりクロドラドは頭の良さだけで三番目になってるわけじゃないってことね。
『この程度で驚いてはガガスチムの像を見た時に腰が抜けるぞ。』
……どこに耳があんのかよくわかんないけど、あたしたちの会話が聞こえたらしいクロドラドが腰に手をあてながら鼻で笑う。
昨日羽織ってたローブがなくて……つまりは素っ裸なんだろうけど魔法生物相手にそんなこと言ったってしょうがないし、そんなことよりも気になるのは背中にしょってるバカでかい剣。職人がヘタクソだったのかそういうデザインなのか、栓抜きとか缶切りみたいに所々が変に曲がって変に歪んでる剣で……禍々しいっていう言葉がしっくりくるわ。
「今司会の奴も言ってたがよ、あんたはもっと星の多い試合に出るもんじゃないのか?」
トカゲ軍団の迫力を気にもせず、アレキサンダーが質問する。
『星の数云々よりも私たちの宿敵と言えるフェンネルの弟子に興味があった。本来なら私が率いるチームの若い者を出す予定だったが、相手がそうとわかったので私が出てきた。』
「? 宿敵って言うなら一番強い王族のとこのチームがそれなんじゃねーのか?」
『チーム戦ゆえにそうなってしまっているだけで、単騎勝負であれば人間側最強の戦士はフェンネルであると、こちらは認識している。』
チーム戦ゆえ……フェンネルのチームのフェンネル以外がそうでもないのか、王族のチームが一人一人は弱いけどコンビネーションでビックリするくらい強くなってるのか……どっちにしてもフェンネルって思ってる以上に魔法生物側で評価されてるみたいね。
『そんな男が弟子を出すというのだ。第二、第三のフェンネルとしてこの先のワルプルガに出場していくならばチェックは必要だろう。』
「なるほどな。ま、俺としちゃあそっちの精鋭とやれるのは嬉しい限りだぜ。」
『威勢のいい人間だ。まぁ、騎士を目指しているというのなら、最大の敵である私たち――そちらが言うところの魔法生物を前におののいていては話にならないが。』
「あー、そういやそれ、俺らはあんたらを倒すことを仕事にしてる騎士ってのになろうとしてるわけだが、どうなんだその辺?」
あっさりと、気になってたけど聞けない事を口にするアレキサンダー。もしかしてこいつ、度胸があるとかそういうんじゃなくて単に……ロイドみたいに抜けてるだけなんじゃないかしら。
『こうして相対して何か思うところがあるかと? 特にないな。縄張り争いやら権力争いやら、理由は様々にしろ、私たちも人間も同種で殺し合いをする生き物だろう? 他種への攻撃手段の是非なんぞ、問答するのも今更だ。』
「そういうもんか。」
『逆に尋ねるが騎士の卵よ。狩る対象である生き物が自身らと同じ言語を口にするという事に抵抗を覚えないのか?』
「別にねぇな。あんたが今言ったみてーに同じ言葉を話す同種でも悪党なら倒すんだからな。どっちだろうと悪なら狩るだけだぜ。」
『くくく、悪ときたか。それは体制にそぐわない者の呼称、要するに気に食わないモノを指す言葉だ。色々と理由をつけたがる人間の、久しく顔を出さない理不尽な野生がそこにあるのかもしれないな。』
「野生? あー、難しいことはわかんねーけど、正義と悪は信念の話だと俺は聞いてるぜ。」
『ほう。』
昨日も含めて、ここに来て初めて面白そうな顔――だと思う顔になったクロドラドがギラリと歯を見せる。たぶんニヤリって笑った。
『騎士を名乗る者は正義と悪について話すと色々と語り出すのだがな。こうもあっさりと、だが曲がらない確信を持っている反応は珍しい。くくく、いいだろう。経験を積むために参戦という話だからな、少し協力するとしよう。』
そう言ってクロドラドが他の二体に目配せすると、クロドラドと潰れたトカゲが後ろにさがって人間サイズのリザードマンが残った。
『存分に経験するといい。人間の言う、魔法生物の力を。』
「本当に素晴らしいですね。『どこでもスーパーハッカーハットボーイ』を『どこでもハイパーハッカーハットボーイ』にしましょう。」
「長いし言いづらいですよ……」
ワルプルガにて燃えるお姫様がトカゲ軍団と対峙している頃、火の国の端にある、とは言ってもさびれているわけではなく充分に賑わっている街、そこにあるとあるカジノにディーラー服の女と奇怪な帽子をかぶった青年はいた。
国によっては賭博が禁止されていたりもするが火の国では特にそうはなっていない為、大きな街ならカジノの一つ二つはどこかにあり、その場所を奇怪な帽子をかぶった青年が調べ、ディーラー服の女を案内したのだった。
「で、でもなんでこんな……できるだけ首都から離れた場所がいいだなんて言ったんですか……?」
「お祭りの影響で警備が厳重ですからね。ヴィルード火山にたまった火の魔力が消費されてあの『バッドタイミング火山男』がいなくなるのを待つのならできるだけ離れた方が安心というモノでしょう。さぁ、次は三十番ですよ。」
勘違いされそうだが、ディーラー服の女はディーラーではなく、賭けを楽しむ客として席に座っており、今はルーレットを前に一喜一憂している。
それを後ろで眺めている奇怪な帽子をかぶった青年はやれやれとため息をつきながら、ふと目の前の凶悪犯罪者について少し考える。無理矢理連れまわされている身ではあるが、それなりの時間を彼女と過ごした事で理解してきた、その人となりを。
服装からも想像できるように彼女は賭け事が好きなのだが、実のところ決して強いわけではない。色々なゲームのやり方を知ってはいるが、その道のプロがするような勝率を上げるテクニックなどは使わないし、イカサマもしない。完全な運任せでゲームを楽しんでいるのだ。
ただし、その「楽しんでいる」という言葉は彼女にとってかなりの重みがあるらしく、それを阻害する行為――イカサマしかり、外野からの横槍や妨害を決して許さない。
イカサマを見抜く目を持っているという事は、おそらくその気になれば勝つためのテクニックなども使えるのであろうところをあえて運任せにして楽しみをアップさせている。そんな彼女の楽しみを汚した者は、奇怪な帽子をかぶった青年が見てきた限り、全員が凄惨な死を遂げている。
「あぁ、惜しいですね。ふふ、そろそろ別のゲームにしましょうか。」
初めに比べれば増えてはいるが儲けたと言えるほどの額ではないチップを手にウキウキと店内を歩くディーラー服の女。
邪魔した者への制裁を除けばただのギャンブル好き。カジノでウキウキしているだけなら彼女は普通の人なのだが、奇怪な帽子をかぶった青年は二度ほど見た彼女の――S級犯罪者の所以を思い出してゾッとする。
もしかするとS級犯罪者というのは、一般の人も持っている些細な趣味をとことんまで突き詰めた結果、気づいたら凶悪犯罪者にされていた――ような者を指す言葉なのではないかと、奇怪な帽子をかぶった青年はそんな事を考えながらディーラー服の女について行こうとした瞬間――
「――!?」
突然ガクリと膝をついた。急に力の入らなくなった脚に驚いていると、周囲の客も同様にしゃがみこみ、また倒れていった。
「これは――っ、毒ですか!」
ツァラトゥストラによって強化された神経系を通して身体の状態を瞬時に把握するも、それを除去する術をもたない為に結局どうしようもないまま意識が遠のいていったところで、急に視界がクリアになり、奇怪な帽子をかぶった青年は力の入るようになった脚で何事もなく立ち上がった。
「あ、あれ、どうして急に……」
「大丈夫ですか『ハットボーイ』。」
「あ、はい、毒を受けたみたいなんですけどいきなり回復して……あ、もしかしてぼくに治療の魔法か何かを――」
ディーラー服の女が自分を助けてくれたのかと思ってその顔を見た奇怪な帽子をかぶった青年は息を飲んだ。
「いけませんねぇ……これはいけません。」
基本的には母親のような優しい笑顔の彼女だが、そこにはゲームを邪魔した者を皆殺しにする時の虚無的な顔があった。
「あーあー、自信なくしちゃうよいってな。」
立つ者がディーラー服の女と奇怪な帽子をかぶった青年だけの店内を覗くように、入り口の扉を大きく開けて一人の男が立っていた。
「でも天下のS級犯罪者が解毒――治癒魔法を使うってのは字面がダサい気がしねいかい?」
坊主頭に黒いマスクの二メートルはありそうな長身のその男は、そう言いながら二人をアゴで外に促す。
「……」
ゾッとする顔のまま、マスクの男に従って外に出るディーラー服の女。慌ててそれについて行った奇怪な帽子をかぶった青年は、店の外の光景に目を丸くした。
「準備は万端よい。痛いの熱いの痺れるの気持ちいいの、どんなお好みにも応えてみせますよっと。」
ここのカジノは大通りから外れた路地の奥、少し開けた場所にひっそりと建っているのだが、その開けた場所をいつの間にか大量のエアタンクが埋め尽くしていたのだ。
「……それでどちら様でしょうか。」
「おっと、こりゃ失礼。でも答えるわけないし意味もねい。強いて言えば、これが俺の仕事だよいってな。」
それぞれのエアタンクと連動しているのだろう、いくつものスイッチを指の間に挟んでマスクの男は構える。
「いかに治癒魔法と言っても万能じゃねいよい。俺特性のスペシャルポイズンの重ね合わせはそう簡単に攻略できねい。さーさー、どうする『ゴッドハンド』。」
「そうですか。散財して恨みを抱いたカジノのお客というのなら同じギャンブラー同士、多少のあれこれもあったのでしょうけどね。『ハットボーイ』は私の後ろから動かないで下さい。あなたに死なれると困りますし、『革命家タイムおばあさん』にも申し訳がたちません。」
「は、はい……」
一瞬誰の事かわからなかったがそれが自分のボスの事を指しているのだと気づきながら、奇怪な帽子をかぶった青年は二人から距離を取った。
「へっへぇ、ヤル気かい。既に勝負はついてるようなもんなんだがねい!」
コンピューターのキーでも叩くように手にしたスイッチをカチカチと鳴らすと、周囲のエアタンクから見るからに有害そうな煙が噴出する。それはまるで意思を持つかのようにモコモコと集まり、巨大なドクロを形作った。
対してディーラー服の女は片手で口を覆ってそのドクロ――はまるで気にせずにマスクの男をにらんでいる。
「まさかと思うが、口を覆っただけで大丈夫とか思わないでくれよい!」
マスクの男の叫びを合図にドクロが動き、その口を開いてディーラー服の女へと向かっていく。
「……まさかと思いますが……」
ゆらりと、あいている方の手を迫るドクロに向けたディーラー服の女は、呆れた口調でぼそりと呟く。
「……そんなモノで私を倒せると……?」
開かれた手がドクロに触れた瞬間、凄まじい閃光が生じてマスクの男と奇怪な帽子をかぶった青年は目を閉じる。そしてその光がおさまったところで再び目を開いた二人は――主にマスクの男は驚愕した。
「は……へ……?」
まるで大掛かりなマジックショーのように、大量にあったエアタンクとそこから噴き出ていた煙は跡形もなく消えていた。爆発で消し飛ばしたとかそういうのではなく、本当にそれだけが忽然と無かったことにされたのだ。
「――!! やべぃっ!」
瞬時にヤバイと――自分では勝てないと判断したのか、昔ながらの煙幕でもって視界を奪い、マスクの男は走り出した。
「あ――あの、あいつ逃げますよ!」
何が起きたのかわからず思考が停止していた奇怪な帽子をかぶった青年は、それでもなんとかそう叫んだのだが、ディーラー服の女はくるりときびすを返して店内に戻った。
「『ハットボーイ』、お客の皆さんを介抱しますよ。」
「え――あ、でも……は、はい!」
敵を撃退しつつも負傷者を優先という、まるで正義の騎士のような行動を見せるS級犯罪者に戸惑いながらも、きっとこれはカジノ限定だろうと思いながら、奇怪な帽子をかぶった青年は倒れた他の客を回復させていくディーラー服の女を手伝う。
そして……ふと横目に見えた彼女の表情に、心臓が止まるかと思うほどの恐怖を覚えた。
「『ハットボーイ』、あとであれを探し出して下さい。」
言っていることは逃げた敵を追いかけようというだけのこと。しかし奇怪な帽子をかぶった青年は無言で頷くことしかできない。
その、見た者を縊り殺すかのように黒く渦巻く狂気の前では。
騎士物語 第八話 ~火の国~ 第六章 炎の獣たち
魔法生物がたくさん登場しました。それぞれに種族や名前があるのですが、エリルにかかると「ゴリラ」だの「潰れたトカゲ」だのになってしまいますね。
バトルは次からですが、対人間の時とはどう違うのか、楽しみです。
そして『罪人』ですが……三人目が登場し、『紅い蛇』との戦いが始まりましたね。
やはりアフューカス一味のムリフェンは滅茶苦茶強そうです。
『ゴッドハンド』というのは彼女の魔法ゆえの二つ名ですが、作者的な事を言うと彼女は経済を狂わす規模のギャンブルをするという事で、元ネタは「見えざる手」です。意味合いは全く異なりますが。