きのこガール
「きのこガール」
きのこガールは戦闘の真っ只中にいた。
きのこガールは赤いきのこのヘルメットをかぶり、胸に機関銃、太ももにはピストルを装備している。手榴弾も持っている。
きのこガールは木の合間から木の合間へすばしっこく移動する。
その軌跡を銃弾が追いかけていく。
「ふぅ」
きのこガールはヘルメットの下から流れる汗を手の甲で拭う。
これでは平和が訪れるのはまだまだ遠そうね、と、きのこガールは思う。
木の陰で様子を伺っているうちに、きのこガールはうとうと眠ってしまう。
疲れているのだ。
彼女は眠るとただのきのこに戻る。
ゆっくりと寝かせてあげよう。
目が覚めれば、再び戦闘がはじまるのだ。
きのこガールは激戦地の戦闘のために作られた秘密兵器だ。
何しろ彼女たちは小回りが利く、かわいい、食べられる。
激戦地にうってつけだ。
もちろん武器としてのすごい破壊力も備わっている。
万が一きのこガールに銃弾が当たろうものなら、半径30メートル一帯が吹き飛んでしまう。
味方も死ぬが、敵も死ぬ。
すごいインパクトだ。
だからきのこガールは安易に殺せない。
しかし、放っておくとむやみに攻撃を仕掛けてくる。
きのこガールはたちが悪い。
きのこガールは毒がある。
だけど、きのこガールはとってもかわいい。
きのこガールがいつものように森を走っていると、大木に突き当たった。
いや、大木じゃない。死体だ。
血の匂いがする。
きのこガールは死体を見上げた。
死体はこめかみからドロリと血を流していた。
ただし、死体は生きていた。
生きているから死体じゃない。
青い二つの瞳がじっときのこガールのことを見ていた。
きのこガールも勝気に見返した。
きのこガールは兵士の体に駆け上がると、肩口から体をいっぱいに伸ばして彼に口づけをした。
きのこガールは恋に落ちたのだ。
きのこガールは即決、行動派だ。
きのこガールに迷いはない。
その兵士は敵兵だった。
しかし、そんなことはきのこガールの目に入らない。
きのこガールは優秀な兵器だが、自分の衝動を優先する。
兵士はじっとしていた。
きのこガールが爆破を企てていたとしても仕方ないと諦めていた。
どうせ彼は死にかかっているのだ。
きのこガールはヘルメットの端をちぎって、兵士の口に押し込んだ。
兵士はおとなしくそれを食べた。
たとえ毒キノコだったとしても、どうでもいいことだ。
とにかく彼は死にかかっているのだ。
きのこガールは兵士の体を駆け上ったように、今度は駆け下りて、そのまま森の中に消えていった。
それきりだ。
きのこガールの恋の始まりから完結までの早さには舌を巻く。
兵士は彼女の慌ただしい後ろ姿を見送りながら少し笑った。
さて、戦争は終わった。
きのこガールたちは戦勝国に回収された。
その構造を研究するためだ。
きのこガールはもう動かない。
人形のように目を見開いてとぼけている。
やがて調査が終わると、きのこガールたちは弾倉から弾を抜かれ、汚れをきれいに拭き取られ、子供用の玩具として市場に並んだ。
きのこガールの人気は爆発的だった。
これぞ秘密兵器と呼ばれるゆえんだ。
彼はデパートの売り場で、箱に入ったきのこガールを見つけた。
「やあ、君にまた会えるとはね」
彼はきのこガールを購入し、家に持ち帰った。
彼はあの時の兵士だった。
彼は助かったのだ。
きのこガールがヘルメットをちぎって食べさせたおかげだ。
彼が彼女を見つけたのもヘルメットがちぎれていたおかげだ。
きのこガールは今日も元気に部屋中を駆けずり回っている。
ゴミバケツの影に隠れて、飛び出すタイミングを見計らう。
本棚の隙間に素早く移動し、それからティッシュの箱の中へ。
駆け抜けながら機関銃を構え、彼の飼い猫の脇腹へ銃弾を浴びせる。
たまに彼のふくらはぎも標的になる。
でも、危険はない。
彼が弾倉に米粒を詰めてやったのだ。
「痛ったたた」と言いながら、彼は部屋中を逃げ回る。
猫も逃げる。
きのこガールはどこまでも追いかける。
銃を構えて乱射する。
きのこガールは根っからの戦闘好きなのだ。
きのこガール