ドット

しばこまつだ

「ドット」

 あ、と私は声を上げた。
 彼が充血したクリトリスに歯を立てたから。
 「気持ちがいいかい?」彼が言った。
 私は何も答えなかった。
 彼はさらに私を責め立てる。
 「なあ、気持ちいいって言ってごらんよ」
 私はきゅっと唇を結ぶ。
 彼は私に声を出させようと、計画を立てる。
 プレイはどんどん過激になっていく。
 「今日も楽しかったよ」
 服を身につけた彼は、お金を置いて帰っていく。
 私は待機部屋に戻って、次の客を待つ。
 店を出ると深夜1時を過ぎている。
 私は通りで手を上げ、タクシーを停める。
 ドアが閉まる寸前で、彼が車内に滑り込んでくる。
 私は驚いて息が止まりそうになる。
 「いいだろう?」彼は言う。
 私は何も答えない。
 彼は運転手に行き先を告げる。それは私の住むアパートがある場所だ。
 「腹が減った。買い物をしていこう」
 アパートの手前のスーパーマーケットでタクシーを降りる。
 「寒いからね。今日は特製の豆乳入りキムチ鍋にしよう」
 彼は上機嫌でカゴの中に食材を次々に入れていく。
 彼はきちんと自分の財布から支払いをする。
 部屋に着くと、彼は上機嫌のままキッチンに立つ。
 私は入って、料理ができるのをじっと待っている。
 自分の家なのに、自分の部屋じゃないみたいだ。
 そうしているうち彼がにテーブルの上にカセットコンロを置く。
 さっき、スーパーで買ったものだ。
 続いて、熱せられた土鍋を持ってくる。
 彼はビール、私は烏龍茶を飲む。
 彼は鼻の頭に汗をかいて、キムチ鍋を一生懸命に食べている。
 私がじっと見ていると、彼は振り向いて私に微笑む。
 「さてと」
 そう言って、彼は私をベッドに放り投げる。
 私は口の中に食べ物を入れたまま、ドキドキしている。
 私のスカートをめくり上げて、パンツを脱がせる。
 「足を抱えてごらん」彼が言う。
 私は両足の太ももを腕で抱える。
 「ほら、もうパンパンだ。大きく膨らみ過ぎてピカピカ光ってるよ。まるでルビーのようだね」
 彼は私の大きなクリトリスが気に入っている。
 彼は私の腫れ上がったクリトリスに丁寧に針を刺していく。
 私は痛みに小さな声を漏らす。
 「声を出したらダメだよ」
 そう言って彼は、もう1本針を突き刺す。
 私は唇を噛み締める。
 「血が滲んできたよ。破裂しそうだ」
 私は声の代わりに涙を流す。
 彼は1本1本丁寧に私のクリトリスに針を刺していく。
 彼はとても集中している。
 その針の群れは次第にアナルへと下りてくる。
 「もう刺す針がなくなってしまったよ」
 彼はそう言って、ビールを飲みながら満足げに作品を見下ろす。
 彼はまとまったお金をテーブルの上に置くと帰っていく。
 私はもうヘトヘトで足から手を離すと、そのまま眠りに落ちてしまう。
 
 朝、目が覚めると、シーツにたくさん血がついている。
 私は自分の股を覗き込んで、1本1本、針を抜いていく。
 針を抜くたびに、ため息が出る。
 でも、針はまだ100本ぐらい残っている。
 私のクリトリスやアナルから血が滲んでいる。
 赤い丸い粒が膨らんでいく。
 私はその水玉をしばらく眺めている。
 私はお店に電話をして、しばらく休むことを告げる。
 「ドット休暇か。まあ、いいさ。ごゆっくり」オーナーは電話を切る。
 店のオーナーは、店の外で彼と会ってプレイしていることを知っている。
 本当はルール違反だけれど、オーナーは何も言わない。
 彼は上客だし、私は彼が置いていったお金をオーナーに渡している。
 でも、本当はオーナーにお金を渡さなくても、私はクビにならないのかもしれない。
 でも、私は店をクビになりたくないので、オーナーにお金を渡している。
 私は店をクビになったらどうしていいかわからない。
 他のお店を探せばいいのかもしれないけれど、それは私にとってすごく大変なことのように思う。
 
 電話を切ると、私はベッドの上に潜り込む。
 体を小さく丸めると、血の匂いがする。
 その匂いは何故か私を安心させる。
 私は深い眠りに入る。
 長い夢を見るのだ。

 夢の中の私は快活で陽気だ。おしゃべりで頭の中がはっきりとしている。
 私は赤い水玉のワンピースを着ている。
 どこに行くのも自由で、怯えていない。
 街中を堂々と歩き、ウインドウショッピングを楽しんでいる。
 私は微笑んでいる。
 カフェのテラスで太陽を浴びて、アイスティを飲んでいる。
 グラスの中の氷がカラリとなった。
 
 次の夢では私はタコのような体を持っている。
 しなやかに体を伸ばし、海中を自由自在に泳いでいる。
 体の色も変えられる。
 身体中に散りばめられたドット状の色素細胞が環境に合わせて、反応するのだ。
 私はこの体が気に入っている。
 私は岩場をすり抜け、ぐんぐんスピードを上げる。
 私は明確な目的を持っている。
 
 次の夢では私はブルーベリーを積んでいる。
 腰に大きなスカート状の前掛けを付けて、大きな麦わらをかぶっている。
 たまに大きな伸びをして腰を叩く。

 次の夢で私は誰かに話しかけられる。
 「ねえ、どこからきたの?」
 「いろいろなところから」私は大きな口でにっこりと微笑む。
 「これから僕とどこかに遊びに行かない?」
 「ダメよ。私、恋人がいるんだもの」
 私ははっきりと断って、また微笑む。

 私は夢と夢との間を渡り歩く。
 私は自分が夢の世界を旅していることを自覚している。
 やがて、私の体はバラバラに崩れて形をなくす。
 まるで砂のように。
 私は夢を総括する全体に取り込まれていく。
 ちょうど、タコの体に散らばった色素細胞のドットのように、私は全体に分布し、さまざまなものを同時に体験し、理解することができる。
 私は全体であり、何者でもない。しかし、同時にすべての当事者なのだ。
 私は常に満たされている。足りないものは何もない。
 私は全体を呼吸する。

 目を覚ますと、私はひとりぼっちになってしまう。
 部屋は薄暗い。
 汗の匂いが混じったすえた匂い。
 立ち上がると足元がふらつく。
 私はまず、水道をひねって一杯の水を飲む。
 おしっこをしても、あそこはもう沁みない。
 傷は治りつつあるのだ。
 尿の色を見て、また何日も眠ってしまったことを知る。
 私はシャワーを浴びる。
 猛烈な空腹を覚えて、部屋中の食べ物を漁る。
 即席のカップ焼きそばをいくつも食べた。
 それからポテチも食べた。
 冷凍庫のアイスも全部食べた。
 お腹がいっぱいになると私はまた少し眠る。
 でも、今度はすぐに目が覚める。
 明日からまたお店に出ようと私は思う。
 
 久しぶりに店に行くと、オーナーがちらりと私を見る。
 女の子たちもちらりと私を見る。
 私はいつもの場所に正座をして座る。
 私は生活するのにそれほどお金はかからない。
 だけど、眠り続けている間以外は毎日店に行く。
 女の子たちがテレビを見て笑っている。
 オーナーはパソコンの画面をずっと見ている。
 オーナーは驚くほど若い。
 若くてもお金を儲けるのが上手な人間はいる。
 でも、オーナーはコンビニのお弁当ばかり食べている。
 女の子たちもコンビニのお弁当を食べる。
 私も食べる。 
 コンビニのお弁当箱がどんどん積み重なっていく。
 お弁当箱を積み重ねるために、みんなお店で働いている。
 
 私のあそこは日を追うごとに痒くなってくる。
 針で空けられた水玉状の傷が疼くのだ。
 細胞の組織同士が手を伸ばし、新しい肉芽組織を形成すしようとする。
 その癒しの過程が私にはかゆみとして伝わってくる。
 かゆみがマックスに達するころ、彼はやってくる。
 「やあ、久しぶり」彼は言う。
 私は唇をきゅっと結び、うつむく。
 正座をしたかかとをあそこに擦り付けながら、彼の出方を待っている。
 「さあ、傷を見てあげよう」彼が言う。
 私の下着を脱がせ、足を押し広げる。
 私のクリトリスはすでに充血し、大きく膨れ上がっている。
 「そうか。うれしいのか」彼はそこに歯を立てる。
 私は声が漏れないように、きゅっと唇を結ぶ。
 彼は私の大きなクリトリスが気に入っている。
 それから声を出さないとところもきっと気に入っている。
 痛みが体を駆け抜けるたびに、ぼんやりとした現実が像を結ぶ。
 もっと、もっと、遠くに行きたいと私は思う。
 彼の瞳を見つめる。
 見つめ合おうとしても、空洞を覗いているみたいで私は急に不安になる。
 私は溺れたような気分になり、叫ぼうと口を開く。
 彼はそんな私の唇を両手で押さえつける。
 私は息ができなくなり、本当に溺れたようになってもがき苦しむ。
 涙が目から溢れてくる。
 彼がじっと私を見つめている。
 その瞳は優しさに溢れている。
 私はほっとして彼を見つめ返す。
 薄らいでいく意識の中で、ふと豆乳入りのキムチ鍋の香りが鼻をかすめる。
 私はきっと彼を愛している。
 いつか、太陽が降り注ぐカフェのテラスで、一緒にアイスティを飲みたいと夢見ている。
 

 
 
 
 
 
 
 

 
 

ドット

ドット

私は体に水玉の模様を持っている。それは「彼」がつけてくれたもの。その水玉は私を自由にする。私は自由な夢を見る。夢の世界はリアルなのに、現実はぼんやりと像を結ばない。でも、私はここに生きている。私はここで彼を待っている。

  • 小説
  • 短編
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  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-06-07

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