午後2時55分に何かが起こる!?

なおち

  1. 最初に あらすじでも書くか
  2. Timing~タイミング~ / BLACK BISCUITS
  3. DEEN 夢であるように
  4. ラジオ体操第一第二 ニコニコ動画
  5. 織田信長「あーwwwちwwwちwwwあーちwww燃えてるんだwwww廊下wwww」
  6. Bon Jovi - It's My Life
  7. ところで、独裁政治とは何か?
  8. あいーっすwwwwwwだりーっすwww
  9. ケイスケは貞子と田舎暮らしを始めた
  10. 実は1年前に書いた作品っす、さーせーんwwwww
  11. ……4組で貞子の『裁判』が始まった!!
  12. 神セブンは知恵を出し合った
  13. 織田信長「そろそろ本気出すわwww」(^^♪
  14. 投稿するの疲れた
  15. ミホ「兄貴と2人だけで会うの?」
  16. ミホ「ふざけんじゃねえよ!!!」
  17. お兄ちゃんと妹
  18. ユキオ「娘のミホが妊娠した…」
  19. ミホ(お兄ちゃん。バカな妹でごめんなさい)
  20. 作者は作品から追放されてしまった
  21. 私(マリー)がなぜかミホさんの決闘することに
  22. 私の戦闘力でミホさんが倒せるのかしら
  23. 最終回   Je vais me présenter à nouveau

最初に あらすじでも書くか

あらすじの描ききれなかった部分↓
400文字以内じゃないとダメなんだって言われた。

これは一つの家族の絆を描いた?つもりの
世にも珍しいホラー・コメディ作品である。

Timing~タイミング~ / BLACK BISCUITS

「2時55分」になると何かが起こる。

ミホの通う学校でまことしやかにささやかれていることだ。
本村(もとむら)ミホは中学2年生。学校では目立たなく平凡な生徒である。

彼女は春に進級したばかりだ。
いわくつきのクラスと言われる2年4組の一員である。

「さて、みなさん。授業は中断しますから自習を始めてください」

六時間目の授業の最中だった。この学校の六時間目は14:20から15:10まで。
つまり、授業中に【例の】時刻に差し当たってしまう。

教卓に立つ理科の先生が自習を宣言したのは、時計の針がまもなく
55分を指そうとしていたからだった。

「せ、せんせー…」

顔面蒼白で席を立ち上がったのは、金子という男子だった。
ボーズ頭の野球部員である。

「どうしましたか金子くん?」

ちなみに金子の守備位置はショートである。
守備位置は今後の展開と関係ないが。

「おれ、分かったんすよ」

「なにが分かったのですか?」

「俺がこのクラスにいる意味です。
 俺じゃなきゃ、だめなんです」

「はい……?」

「させん。ちょっとテレビ借ります」

あぜんとするクラス中を置き去りし、金子は部屋備え付けの
液晶テレビのリモコンを操作した。通常、生徒が使うことは禁止されているのだが。

金子がいずれの機器にも接続されていないはずのHDMI入力を選択すると、
画面の中に何かが映っていた。それはビデオ映像だった。

『That was true, katrina was there. She has been there with her mother』

女性のアメリカ訛りの英語が聞こえて来た。映像は暗くてよく見えないが、
真ん中に小さな円を映している。その円は渦を巻いているように見える。

その渦は、次第に画面を埋め尽くすほど大きくなっていった。
そしてその渦の中から、何かが出て来た。

それは人だった。長い不潔な髪を垂らした女だった。

「さ、貞子?」

クラスの誰かがつぶやく。そう。それはかつてホラー映画やドラマで流行した、
井戸の中から出てくるタイプの化物にそっくりであった。
立体映像の一種かと疑う生徒もいた。

その女は画面の中から半身を出し、両手を床に着き、
はうように進む。井戸水と腐臭の混じった匂いが教室に充満するころになると

『ぎゃああああああああああああああああああああああああ』

生徒達はパニックを起こし、我先にと扉を目指した。

「あ、開かない!?」「うそ、てかなにこれ!?」「どうなってんだこれ!?」

扉だと思っていたもの、それは黒い壁となっていた。
壁はゴム状でぶよぶよした感触をしており、脱出はできない。

「あれを見ろ!!」

ある男子が天井を指した。目に入ったのは岩である。
教室は洞窟の底のような空間になっていた。

蛍光灯だと思っていたものは、いくえにも並べられたランプだった。
分かりにくかったら採掘現場を思い出してほしい。

「あ、ああ……ようやく俺も……」

金子は、しりもちをついた状態で貞子に求愛されるように押し倒された。
なぜか彼には恐怖した様子もなく、素直にされるがままになっていた。

貞子は金子の首を両手で絞める。

金子は苦しそうにしていたが、やがて首の骨がへし折れたため
「うぐ」という短い声を発してから絶命した。


金子は死んだのだ。クラスのみんなが見ている前で。もはや衝撃すら通り越した。

女子達の悲鳴は最高潮に達し、男性教諭は失禁した。
次に貞子に狙われるのは誰なのか。想像しただけで発狂したくなる。

(なんで私がこのクラスに……)

ミホも絶叫をあげている女子集団の一人だった。

貞子はじっとしていて。動こうとしない。
長い髪を垂らしているので表情までは読めない。

クラスのみんなは、できるだけ貞子から距離を取って
叫んだりおびえたり好きなことをしていた。


ミホは体温が急激に下がり、同時に猛烈な眠気に襲われる。

そして目が覚めた時にはいつもの教室に戻っていた。
他の生徒も同じように目が覚めたようで状況が理解できておらず、
互いの顔を見合わせ、状況を確認しあっていた。

「みなさん。これはこのクラスでは当然のように起きうることです。
 今皆さんが体験したことは夢ではありません。
 この2年4組では毎年同じことが起きているのです」

冷静なのは先生のみ。さきほどの理科の教員ではない。
ミホの担任の30代の男性の先生だった。実年齢は31らしいが、
あまりにも落ち着いているので『じいさん』とあだ名されていた。

「金子君はいなくなりました。いや、こういったほうが適切でしょう。
 彼は初めからこのクラスに存在しなかったのです。
 その証拠に席もないでしょう?」

ミホは確かに金子の隣の席だった。だから金子の席が
丸ごとなくなっているのは分かった。彼とは授業が暇なときに
話をするくらいには仲が良かった。

普段はあまり人前で話さないが、勇気を出して聞いてみた。

「先生。私は金子君のこと覚えてるんですけど。
 いなかったといわれても無理ありますよ。
 死んだってことですか?」

「……本村さん」

担任は、タツノという苗字の男だった。彼はめったなことでは
生徒を叱ったりしない穏やかな「じいさん」だった。

そのじいさんが、はっきりとミホを威圧するように目を細めたのだ。
ミホは申し訳ない気持ちになり、謝ろうかとすら思った。

「あなたは事実を認めなさい。私が言えるのそれだけだ」

「じ、事実って」

「みんなもよろしいですか? 2年4組で起こったことは全て受け入れなさい。
 否定してはいけない。いなくなった生徒のことを悲しんでもいけない。
 ただ淡々と毎日を送りなさい。そうすれば必ず無事に3年に進級できる。
 そう信じて頑張りましょう」

これは完全なる怪奇現象である。特定のクラスで起こる謎の災厄。
どこかのアニメで見たことのある展開である。
おそらく近所のツ〇ヤに行けば全6巻でレンタルされていることだろう。

それはともかく、このクラスで何が起きているのか。
のちほど詳しく説明することにしよう。



舞台は本村(もとむら)家に移行する。(←ミホの家である)

現在は夕食後のお酒タイム。
赤ワインの入ったグラスを傾けながら、ユキオが妻に愚痴を言う。
ユキオは本村家の世帯主である。

「副支店長がまたトラブルを大きくしたよ」

パート行員のささいなミスがきっかけだった。
新規に口座を開設した顧客に、ある書類を手渡すことを忘れてしまった。

(最近の大手銀行では顧客窓口にはパートを起用することが多い。
 正社員は資産運用相談や投資信託販売、年金保険仲介に回される)

後日FAXでの送信となったのだが、顧客に『白紙』が届いてしまい、
当然クレームになった。

パート行員では手に負えなかったので代わりに副支店長が対応した。
彼は血迷ったのか、相手方のFAXの調子が悪かったせい。
こちらの落ち度はないことを説明。言うまでもなく顧客は激怒した。

副支店長はビジネス会話で謝罪しつつ、
『何? 支店長出せ? まあ、支店長に電話されるのはご自由ですが、
支店長がお会いになるかどうかはわかりませんよ』

「あの男がそう言っていたのを、はっきりと聞いたよ。
 全く耳を疑いたくなる。顧客と一時間も電話で言い争っていたよ。
普段はエリート風を吹かせているくせに子供の喧嘩と変わらないではないか」

ユキオは、飲み終えたグラスにどんどんワインをついでいく。
一般的な適量をすぐに超えてしまった。

「それで、どうなったの?」

「支店長代理を直接お詫びに行かせることで合意したそうだ。
 支店長代理と言えば聞こえがいいからな。実際は中間管理職で
 副支店長より格下だ。何も知らない顧客からしたら、
 かなり偉い人が対応してくれると勘違いするだろう」

「幼稚なのに、そういうしたたかさはもっているのね」

「それにしてもあの男はパートの肩を持ちすぎるように思える。
 確たる証拠はないが、男女の中ではないかと周りから噂されている」

「いやらしいねぇ。副支店長はお子さんが三人もいるのに」

「ストレス解消に若い女を口説くのが趣味なのだろう。全く汚らわしいものだ」

ユキオは良い感じに頬が赤くなってきた。
気分が良くなり、さらに饒舌になった。

「色々な人達を見てきたが、40代50代の女性は
 性格が根本的に捻くれており、プライドが高いな…。
 できれば一番関わりたくない人種だ」

「若手を育てるという意識が低く、仕事を勝手にやってしまうので
 どうしたら良いかわからないそうだ。若手が率先してやろうとしても断られる。 
 仕事の取り合い。収益取っても嫉妬の目。表では注意せず裏で悪口。パートに愚痴る」

「女性だけでなく男性の上司も癖のあるタイプばかりで
 男上司女上司全員の価値観がバラバラで全く歩み寄ろうとしない。
 まとまりがなく、部下も皆やる気がなく、比例して店全体の
 営業成績も伸びず悪循環……。まったく人間関係には困らされるものだ」

「うん。うん。そうなのね」

マリエは夫の愚痴を辛抱強く聞くのが仕事の一つになっていた。
彼女は口数が少ない女性なので、いつも家族の聞きに回っている。

実際に自分が話すより人の話を聞く方が好きだった。
刺激の少ない専業主婦だから職場の人に関する話は興味津々だ。

「特に躁うつ病の女性がいるんだが、モノにあたるのは勘弁してほしい。
 仕事中に急にハイになったりローになる。
 しかもそのタイミングがわからず手に負えない」

ユキオの愚痴は長い。

40代までのユキオは絵に描いたような堅物で、
不平不満を口にしない古風な男だった。
50歳を過ぎてから急に愚痴が多くなった。
なぜか。その理由は妻のマリエも良く知っていた。

行員で管理職に就けなかった人の多くは、同属グループの子会社や取引先の
会社に出向を命じられる。50歳過ぎの出向は片道切符。
つまり、『もう二度と銀行には戻れない』

そして、しばらくすると転籍ということになるケースがほとんど。
早期退職をする人も含めて、『50歳が実質の定年』だと言われている。
銀行では長い間、このようなことが繰り返されている。

ユキオは部長の地位のため難を逃れた。
だが油断はできない。同年代で昇進に失敗した行員で
自殺者さえいるのが現状である。

子供たちには黙っていたが、三日前に中央線の線路に飛び込んだのは
54歳の先輩だった。彼は調査役という窓際の役職に回されたばかりだった。
ついに退職勧告をされてしまい、将来を絶望して自殺した。
できれば葬式に行きたいが、奥さんは発狂しているという。

その時だった。階段を元気に駆け降りる音がする。
娘のミホがリビングにやって来たのだ。

「ママ!! 私ついにチケット手に入れたの!!
 ドームのチケット。三階席だけど、すごい確率だったんだよ!?」

「あ、あらそうなの……。ラッキーだったのね」

「ライブに行くの初めてなんけど、すごくない!? 
 今めっちゃ興奮しててやばいよ!?
 新しい服買わなきゃ。今週末友達と出かけるからね」

ジャニーズのチケットは入手困難である。
ファンクラブの会員になり、ネットで応募して抽選で選ばれるため、
運の悪い人はほとんど手に入らない。
手に入ってもゴミみたいな座席という場合もある。

某人気ユニットのチケットの転売で1000万もうけた
女の逮捕事例があるほどである(実話)

「どこまで行くつもりの?」

「原宿!!」

「また電車に乗って出かけるのね。お小遣いは前あげたので足りる?」

「グッズとか買いたいから。ちょっと足りないかも」

「分かったわ。お金は当日の朝にあげるから」

「今日じゃないの?」

「あげたら、すぐ使っちゃうでしょ。
 ジャニオタはお金使い荒いんだから」

「ジャニオタみんながお金遣い荒いわけじゃないよ」

「でもミホはそうでしょ」

子供のお小遣いは、欲しい時にもらえる制度だ。
特に一か月あたりの限度額はなく、母が許す限りいくらでも手に入る。

ミホは駆けだしとはいえ、ジャニオタなので消費のスピードが速かった。

「今月のお金はこれで最後だからね?」

「分かってるって」

ユキオは、妻が子供たちに甘いのを知っていて放置していた。
彼は学生時代から勉強漬けの毎日で楽しい青春などなかった。
ミホが休日を楽しそうに過ごしてるのを微笑ましく思っていた。

「お父さん……。夜なのに騒いじゃってごめんね」

「別に構わん。チケット手に入って良かったな」

「うん!!」

ミホの嬉しそうな顔を見ていると、かつての自分が楽しめなかった分を
楽しんでいるような気がして、父もうれしくなる。
ミホばかり可愛がっていると息子に言われるが、気にしない。

ユキオにはジャニオタという人種がよく分からなかったが、
素直にまっすぐ育ってくれた娘を愛していた。
成績は兄のケイスケのように立派ではないが、
ひいき目に見ても容姿はかなり整っている。

古風な考えかもしれないが、将来は素敵な男性と知り合って
家庭に入ってほしいと思っていた。


「おい。ミホ、またアマゾンから荷物届いてたぞ」

兄のケイスケだ。ミホの部屋の扉を開け、
小さな段ボールを床にぶん投げた。

「あ、そうなの? てか投げないでよ!!」

「ったく。またジャニーズのグッズかよ。
 今月これで何個目だ? おまえばっかり
 母さんに買ってもらってずるいんだよ」

上から目線の口調にムッとしたミホ。
カッターで段ボールを開封する手を止めた。

「お兄ちゃんだって遊びに行くたびに
 ママからお金もらってるじゃん」

「バーカ。俺のは社会勉強を兼ねた大切なお出かけだ。
 おまえみたいなオタクと一緒にするんじゃねえ」

「何が社会勉強よ。学校の女の人をたぶらかして
 ご飯食べに行ってるだけでしょ。お兄ちゃんの携帯に
 何人の女の名前が登録されてるのよ。このチャラ男」

「チャラ男って呼ぶんじゃねえよ。
 その言い方、すげえムカつくんだよ」

兄の話し方は、とても成績学年トップとは思えなかった。
彼は表裏が激しく、学校では真面目な優等生ぶっておきながら、
家の妹の前では偉ぶるといった具合である。

ユキオとミホは、彼のこういう態度を嫌悪した。
家でケイスケの味方をしてくれるのは聖人の母だけである。

「女なんて適当なこと言って口説けば勝手についてくるんだ。
 他の男どもは草食系だから、好きだ、愛してるの一言も言えやしない
 軟弱な奴らばっかりだからな。俺は女たちが一番
 言ってほしそうなことを言ってるだけだ」

「サイテー。そうやって人を見下して楽しい?」

「だって事実だろ」

「もう話したくない。早く部屋から出てって」

ミホは早く箱を開封したくてカッターを滑らす。
中から出て来たのは小さな写真ファイルだ。
表面にのみジャニーズの絵がプリントされている。

「は……? おまえそれ、ちょっと貸せ」

「ちょっと!!」

ミウの抗議もむなしく、バスケのスティールのような俊敏さで
ファイルを奪ってしまうケイスケ。

「なんだこれ? 見た目は普通のミニアルバムだぞ。
 写真は多くて100枚くらいしか入らねえな。
 そのくせ、ジャニーズが表面に印刷されてるだけ?」

破られた段ボールの値札には5400円と印字されている。

「ミホ。おまえはやっぱり最高の馬鹿だな」
 と言ってから廊下に出て、下の階に響くように声を張り上げた。
 
「おい母さん、聞いてくれよ!! 
 またミホがバカな買い物したよ!!
 こんなゴミみたいなファイルで五千円とかバカじゃねえの」

ミホは頭に血が上って目覚ましをケイスケの背中に投げた。

「ってえな。何しやがる」

「それはこっちのセリフだよ!! クソ兄貴!!
 私が何買おうと私の勝手でしょ!!」

「母さんに無駄な金出させるんじゃねえよ。
 うちはそんなに裕福じゃないんだぞ」

「これ買ってくれたのはお父さんだよ!!」

「はぁ……? また親父かよ。ほんと娘大好きだな。
 俺が親だったら娘がこんなくだらねえものを
 買ってるの知ったら説教してやるぞ」

「うるさい、うるさい!! 喧嘩売りに来るんだったら
 私の部屋に来なくていいから!! 早く出てけ!!」

兄は舌打ちしながら去っていった。

ミホは兄の精神年齢の低さにあきれ果てていた。
無駄に外面が良いので友達からは自慢の兄のように
思われているのが、尚腹が立った。

「あんな馬鹿と話してると時間がもったいない」

PCでライブ会場までのアクセスを確認。
本村家では兄妹喧嘩は日常茶飯事だった。

ミホの部屋は自担(自分の好きな男性アイドルのこと)の
うちわやポスターなどでいっぱいになっている。
どこにでもいそうなジャニオタであるが、
オタクのランク的には初めてコンサートに行く程度なので
初心者のレベルであった。


休日の昼下がり。本村家である。
しつこいくらいに家のチャイムが鳴っていた。

「あの女、家教えてないはずなのに来やがったのか」

ケイスケは恐怖のあまり震えていた。

「俺はいないって行っておけよミホ」

「なんで私が。てか玄関に来てるの女の人なの?
 会ってあげればいいじゃん」

「あの女は俺のストーカーだよ。俺がちょっと遊ぶために
 ラインを交換したら勘違いして追いかけて来たんだ」

「自業自得じゃん。私、興味ないから、じゃあね」

「おい。冷たいこと言うなよ。っておい。待てよ!!」

ミホはすたすたと歩いて自分の部屋の扉を閉めてしまう。
鍵まで閉められたのでケイスケは廊下に立ち尽くした。

ピンポーン

また、チャイムの音が鳴る。ケイスケは冷や汗をかく。
廊下を行ったり来たりと、挙動不審を繰り返してから
ついに観念し、玄関を開けた。

「い、いらっしゃい?」

「わぁ。ケイスケ君だぁ」

その女の子は何を思ったか、いきなりケイスケに抱き着いた。
貞子のように長い黒髪で、痩せすぎて頬がこけている少女だ。
一目見て内向的と分かるほど雰囲気が暗い。

(こいつ、バカか!? 玄関先で何やってやがる!?)

目の前の女を蹴とばしてやろうと思ったが、
そんなことをしたら学校での評判が最悪になる。

「は、はは。こんなとこじゃ困るよ」

「何が困るの?」

「いや、ほら。うちの両親に見られたらやばいだろ?」

「うそ」

「へ?」

「今日はお父さんもお母さんも出かけてるんでしょ?
 私、知ってるんだから」

「あ、ああ……ええっと」

「うそつかないで。うそつきは嫌いなの」

「はい……ごめんなさい」

「中、入っていいよね?」

「もちろんだよ!! お茶でも入れるからその辺に座っててよ」

リング…でなくリビングに案内し、適当に紅茶でも入れるケイスケ。
どうやってこの女を追い出そうかと策を練る。
貞子(仮名)は興味深そうにあたりを見渡している。

彼女が本村家に来るのは初めてだった。

「紅茶に砂糖はいれる?」

「ダイエット中だからいらない」

(それ以上ダイエットしたら餓死するだろうが)

と心の中で毒づくが、間違っても口にはしない。

「ケイスケ君。私のこと名前で呼んだことないよね?」

「ああ、えっと、そうだったかな?」

「名前で呼んでよ。もちろん下の名前で」

そう言われても下の名前が分からなかった。
貞子の苗字すら分からなかったので
思わずスマホで確認しようかと思った。

ケイスケにとってはクラスも違うし、何かのはずみで
話しかけた気がするというレベルの女である。
名前は聞いた気がするが、すぐに忘れてしまった。

ケイスケは同じ学年の女子を口説くのが趣味だった。
たまに年下に手を出すこともあった。要するにチャラ男である。
しかし表向きは成績優秀で容姿端麗。彼に真剣っぽく迫られると、
意外にも女性はうっとりしてしまうのだった。

「どうしたの?」

貞子の声が重い。ケイスケはキッチンで食器を片付けるふりをしていたが、
ママがきれいに整頓していたので何もすることがなかった。

「早く言って」

ケイスケは固まるしかなかった。
まさかこの状況で名前が分からないとは言いにくい。
しかし彼は頭の回転は無駄に早かった。

「その前に逆に聞かせてくれ。君が僕の家に来た理由が知りたい」

「なんで聞くの?」

「すごく……ドキドキしたんだ。
 だって君みたいに素敵な人が急に玄関にいたからさ」

「なにその言い方。どうせ他の女子にも同じこと言ってるんでしょ?」

「ああ、彼女にはよく言うよ」

「彼女いるの?」

「いるよ。言ってなかったかな?」

「へぇ。やっぱりいるんだ」

貞子は紅茶のカップに口をつけた。

「彼女。何人いるの?」

「へ?」

「たくさんいるんでしょ? まえ年下の子と楽しそうに帰ってた。
 その前は文化部のこと手をつないで歩いていた」

「……ただの友達だよ」

「うそつき」

「えっと……」

「うそつきはみんな死ね」

貞子は何を思ったのか、ケイスケに飛び掛かって来た。
いきなりこんなことをされて対処できる人間はそういないだろう。
全く不意打ちになってしまい、ケイスケは床に押し倒された。

「お、おいてめえ!!」

素の口調になる。マウントを取られているので男女の力の差があるとはいえ、
貞子を簡単にどかすことはできない。貞子は、にたぁと笑い、
ケイスケの首筋に手を添えようとする。

(こ、殺される!?)

ケイスケは本能で死を悟った。もうどうにでもなれと思い、
貞子の顔を殴ろうとしたら、簡単に腕を抑えられた。
ケイスケの右腕は床にきつく押さえつけられ、力が入らなくなった。

貞子の握力は万力のごとく。

「うあぁぁぁぁあああああああああああああああ!!」

握られた手首の骨がきしみ、このまま粉々に砕けるかと思った。
明らかに人の力を超えていた。文字通り万力に占められているとしか思えない。

彼の悲鳴を聞きつけた妹がさすがに心配になって一階へ駆けおりて来た。

「あに……き……?」

呆然と立ち尽くすミホ。

そこに貞子はいない。代わりに放心状態のケイスケがいた。
現場は、井戸水のような汚水がまき散らしてある。
とゆうか井戸水だった。
ケイスケの首筋には締め付けられたようなあざ。
右腕は変な方向にひねられている。間違いなく骨折しているだろう。

なにより恐ろしいのが、ケイスケに意識があることだ。
彼はその場に体育座りし、ただリビングのカーテンをながめていた。
三度目の受験に失敗した浪人生に見えなくもない。

「あの時と同じだ……」

ミホがつぶやいた。その現場は、金子が消えた時と同じ。
貞子が現れた時は、必ず井戸水がまき散らしてある。
そしてこの特有の鼻をつく異臭。吐き気さえする。

金子の時と違うのは、被害者のケイスケが生きていること。
なぜ彼は生かされたのか。最大の謎である。

その日からケイスケは別人になった。

彼は家族の誰とも会話しなくなり、不登校になった。
彼は自室にこもることを好み、家でPCばかり
いじっているニートになってしまった。

かつて進学校で成績優秀だった男子の面影は、そこになはなかった。

その日もケイスケは腕に包帯を巻いたまま、飽きもせず画面の前で
マウスをクリックする毎日。画面に映し出されているのはゲームの美少女。
彼女らのまぶしい笑顔ですら彼を癒すことはない。
彼は無表情でマウスを動かすだけの廃人、奇人と化していた。

「ケイスケ。ご飯置いておくから。食べ終わったら廊下に出しておきなさいネ」

返事がない。いつもの無言である。母はこういう覇気のない男が大嫌いだった。

「分かったのね? 生きてるんだったら返事くらいしなさい!!」

「……あぁ」

なんともやる気のない返事だったが、これ以上叱っても
彼を逆に追い詰めるだけ。母はわざとらしく溜息をついてから部屋を出ていった。

廊下には気まずそうな顔でミホが待っていた。

「アニキ……まだ駄目なの?」

「ほんとにどうしちゃたのかしらね。
 学校で嫌なことでもあったのかしら。
 でもおかしくなったのって休みの日だったわよね」

「心療内科とかに行かせなくていいの?」

「本人が絶対に行きたがらないのよ。前無理やり連れて行こうとしたら
 暴れだして、ママの腕を殴ったのよ。ほら。あざできてるでしょ?」

「あのクズ。ママを傷つけて何も思わないのか」

ミホはかっとなって怒鳴り込みに行こうと思った。
母が彼女の肩を持って止める。

「怒っても逆効果よ」

「でも。あいつ、このままどんどん腐っちゃうよ・
 実の母を殴るとか頭おかしいよ」

「ちょっと遅めの反抗期かしらね。それにしても様子がおかしいけど」

「学校を休み続けたらそのうち退学になるんじゃないの?」

「そうよねぇ。その前になんとか復帰してもらわないと困るわ」

本村家では、父の帰りを待ってから三人でケイスケのことを
相談するのが日課となっていた。

出席日数が足りない場合は、最悪裏金を払ってでも卒業させることを
パパが提案するほど事態は悪化していた。

DEEN 夢であるように

「貞子はどこにでも現れるんだよ」

カスミが言う。
彼女はミホの親友で一年生の時からずっと同じクラスだった。

「ミホには前も話したよね? うちの下の兄貴も昔2年4組だったの。
 過去に違うクラスの生徒が殺された例があるって言ってた」

「殺された人はどんな人だったの? 男? 女?」

「お調子者の男子で、女好きだったそうだよ。
 貞子はそういう人を一番嫌うんだよ。貞子は過去に大好きな男に
 裏切られて捨てられた。女遊びしているような奴は許せないんだろうね」

ミホは4組の生徒。そして自分の血縁者である兄が
貞子に襲われたのも法則があるのかと思った。

その意図を察したカスミが言う。

「ジイさん(担任のこと)は最後まで説明しなかったけど、
 うちのクラスで起きている怪現象は、貞子に生徒が
 殺されるってこと。それも順不同。全くランダムに」

「じゃあ、最後は全員いなくなっちゃうの?」

「違うよ。貞子が殺したいと思った人を一年かけて殺し続ける。
 もしかしたら全員生き残れるかもしれないし、全員死ぬかもしれない」

「少なくとも金子君は……」

「貞子に嫌われたってことだね」

「それだけの理由で人が……死ぬの?」

「これが現実だよ。ジイさんの言う通り、現実を受け入れなきゃ始まらないよ」

カスミはいわゆるギャル系ファッションの子だった。
濃い目の茶髪のショートカット。お洒落なリップを塗った唇。
つけまつげをして先生に怒られたこともある。
そのチャらい外見とは裏腹に知的な話し方をするのが特徴だった。

ミホは怖くなり、家に帰ってから親に転校の手続きをするよう頼むことにした。
担任のじいさんからは、絶対に転校の手続きをしたり、仮病で休んだりしないようにと
言われていた。なぜなら貞子は現実から逃げようとする人を一番嫌うからだ。


「どうしたミホ? そんなに今の学校はつまらなかったのか?
 このタイミングで転校するメリットがあるとは思えないが」

父はミホの部屋で二人きりで話をしていた。
彼は娘の頼み事はたいていのことは聞いていたが、今回ばかりは納得できない。

「ちょっといろいろあって……。その言いにくいんだけどね」

「パパには本当のことを言って欲しい。女子のいじめか?」

「違う」

「学校の勉強についていけなくなったのか?」

「それも違う」

「じゃあ、なんだ? 悪いが早く言ってくれないと、パパもお風呂入る時間になる。
 明日も仕事が忙しいから本当の理由を話してくれないと困るよ」

「えっとね」

ミホがついに怪事件のことを話そうと思った時だった。

見てしまった。

貞子が、扉にべったりとはりついているのを。
クモのように手足を伸ばし、扉に文字通りはりついているのだ。
ミホを見て、口を、にたぁとにやけさせている。

ミホは戦慄のあまり言葉が続けられなかった。

パパは不思議に思って振り返り、自分の背後にある扉を見るが、
何もない。彼には見ることができなかったのだ。

ミホは、このまま殺されるのかと思って観念すらしたが、
貞子はいつの間にか消えていた。本当にいつ消えたのか分からなかった。

「おいミホ?」

父の心配そうな顔に現実に戻される。

「今日のことは忘れて」

「な……」

部屋を飛び出て明るいリビングのソファに乗る。
ひざ掛けを体に巻いて小さくなる。
こうしないといつまでも恐怖が後を引き、狂ってしまいそうだからだ。

大型液晶テレビが夜の報道番組を映している。ボリュームをわざと
あげると、能天気なCMが流れ初めて怖さが薄れていった。

『貞子はどこにでも現れる』

カスミの言っていることは本当だった。そして、ミホは確信した。
あの時パパに怪奇現象のことを話したら自分は殺されていた。

転校など、夢物語にすぎなかったのだ。


4組のクラスは貞子の話題でもちきりである。

貞子はミホの家以外にも現れたらしく、
ひどい人では道端で見たこともあるという。

このまま自分たちはどうなるのか。ただ殺されるのを待つ運命なのか。

『抗わず、受け入れること』

ジイさんはそれしか言わない。
同じことを言っていれば給料でも上がるのだろうか。あの担任教師は
初めから貞子と戦うことを放棄していた。だが、そうでない生徒はもちろんいた。

「貞子を倒す」

そう宣言したのは、野球部の田中だった。
長身で屈強な体格をした男だ。見た目は高校生にしか見えない。

彼はクラス中が見守る中、演説するようにまくし立てた。

「俺はリングをゲ男でレンタルして全作観た!! そして気づいたことがある!! 
 作中の奴らは貞子と戦ったことがない!!
 みんな貞子を怖がってやられる側に回っているだけだった!!
 だが俺たちは現実の人間だ!! 殺されるのが分かってて抵抗もしないって
 バカじゃねえのか!! むしろこっちから戦ってやればいいんだよ!!」

劇中では貞子と目が合った瞬間に心臓発作を起こし、死んでしまうという。
筆者は原作小説を読んでいないのでよく知らないが、
貞子は超能力者らしいので、まともに戦うのは不可能だと考えられる。
仮に超能力がなくとも、あの姿を見たら戦意を失うのが普通である。

はたして貞子を倒すことを目的に戦ったらどうなるのか。大いに気になることである。

この案に乗った人は多かった。男子で4人。女子で6人。なんと女子の方が多い。
勇敢なる男女の集団は常に行動を共にし、金属バッドで武装し、
いつ貞子が現れてもいいようにした。

その結果、彼らは全員殺されてしまった。

件の2時55分。6時間目の授業中にまた貞子は現れた。

田中らは貞子と目線が合わないよう気を付けたが、限界がある。
目線が合うと金縛りにあうのかと思ったら、別に何も起きなかった。
つまり目が合っただけではどうにもならないのだ。

11名の武装集団が振り下ろしたバッドは貞子に傷をつけることはかなわず、
一人また一人と首の骨をへし折られて殺された。
全員が首を圧迫されての死亡だった。

他の生徒達はその凄惨な殺戮現場を見せられ、
貞子が過ぎ去るのを待つのみだった。
ミホたちは多くのクラスメイトを失ってしまったのだ。

この一件により、多くの生徒がうつ病などの精神疾患になり、
自宅療養生活になった。要するにケイスケと似たような状態である。

クラスに出席できるのはミホを含めて、たったの13名。
4組の生徒は一瞬にしてここまで減ってしまったのである。

時はようやく4月が終わった頃。5月にはみんな楽しみなGWが控えている。
これから学園生活が軌道に乗り始めるという、この時期である。

休み時間もクラスで会話はなく、無事に帰宅時間を迎えると
沈んだ顔で帰る。桜の花が散るころには彼らの生気まで失われた。

最悪な日々を送る彼らの顔は、もはや中学生とは言えない状態だった。

例えるならアジャンタ石器群にいるブッダ像である。

『マイナス金利が続いた影響か。消費者のキャッシュレス化も促進し、
 メガバンク3社で大量人員整理。みぢゅほFGは最大で1万6千人が早期退職』

この新聞記事はユキオを恐慌させた。

かつて、人は言ったものだ。メバガンに入れば一生安泰だと。
それは銀行業を知らない者がしゃべるざれ事であると、この年で改めて実感した。

長く続きすぎたデフレ。金融緩和。政府の多額の負債。その返済利子の調整。
全てがユキオの勤める業界に決定的なダメージを与えてしまった。
特に日銀の黒田総裁が就任してからの金融政策(質的量的緩和)が痛い。

(うちは、まだ住宅ローンが残っている)

夜。帰りの電車を待ちながら、ホームの下をのぞき込む。
高架線の駅なので余計に神経を刺激される。
かつてここから飛び降りて死んだ先輩のことが脳裏をよぎる。

(ミホが学校を卒業するまでは行員でいたかった。
 あの子は大学まで出してあげたかった。
 出向は困る。転勤先が遠ければ家族とも会えなくなる。
 俺はミホを大学まで出してあげたかった。どうにかならないものか)

『ただいま、電車が到着いたします。白線の内側で……』

(俺は役職付きだ。そう簡単に出向にはならないだろう。
 それに今はどこも人手不足で有効求人倍率が高いという。
 仮に関連会社に行ったとしてもそこまで給料は下がるまい。
 しかしこの年で全く新しい仕事を覚えられるのだろうか)

電車に揺られ、窓の外のビルを眺め、こんなに暗い気持ちになったことはなかった。
不安になった時、壁にぶち当たった時、自分には背負いきれないほど
大きなものを背負った時、必ず見たのはミホの写真だった。

スマホにはミホの幼少時代からの写真が大切に保存してある。
一番のお気に入りは、娘が幼稚園のお遊戯で主演を演じていた時の写真。

「おかえり……今日も遅かったね」

「ああ……」

夜の9時半。玄関で迎えてくれたのがミホだ。父娘共にうつ病一歩手前の表情だった。
父と娘はそれぞれの事情を知らないので、
互いがなぜこんなに暗い顔をしているのか理解に苦しむ。

「たまにはご飯温めてあげるよ。
 おかずは豚の生姜焼きがラップしてあるから」

「すまんな」

ここで妻がいないことに気付く。

「ママは部屋で小説を読んでるよ」

「こんな時間にか? マリエはいつもならテレビを見てるはずだが」

「急に推理小説を読みたくなったんだって」

「よく分からんが、とにかくご飯を食べるか」

ミホはレンジに次々におかずを入れていく。
みそ汁もIHクッキングヒーターで温めてくれる。

「すまないなミホ。本当は母さんにやってもらうものを」

「お父さんはいつも夜遅くまで働いてくれているから、
 このくらい当然だよ」

ミホは思春期のど真ん中にいながら、父に反抗的な態度を取ったことがない。

大きな喧嘩をしたのはジャニーズファンに目覚めた中一の時だった。
初回限定版のCD、ライブDVDなどを買うのにお金が必要だったという。
ミホが万単位の小遣いを要求してきたのでさすがに説教した。

そしてママとも話し合い、お小遣いを定額制でなく欲しい時にもらえる制に
することで消費量を調整できるようにした。欲しい時に制度だと裕福だと
思うかもしれないが、逆に考えるとママがお金をあげない限り使えないのだ。

それ以来父と娘の関係は良好だった。父の仕事が忙しすぎて
家族と関われる時間がないということもあるが。

ママが甘やかしすぎたせいで息子のケイスケは
女遊びが好きなチャラ男になってしまった。
彼は経済の概念はしっかりしているので、
毎月決まったお小遣いの範囲で女遊びをしていた。

「ミホ。小遣いが欲しいのか?」

「違う違う。そんな下心でやってるんじゃないの。
 純粋にお父さんにお疲れ様って言いたいの」

「じゃあなんでお父さんと呼ぶのだ。いつもはパパだろ。
 最後にお父さんって呼んだのは小学生の時じゃないか。
 しかもこの時間はお前の好きな山田君がドラマに出てるんだろう?」

「ドラマは予約録画してるからいいの。
 私はね、お父さんと話がしたかったの」

「そんなに話したいことがあったのか。悩み事なら相談に乗るよ」

「うん。お父さんはさ。幽霊を信じる?」

娘が急にオカルトに目覚めたのかと、父は大いに動揺した。
いや、そんな意味深なことではないのだろうと、軽く返事した。

「信じないな。幽霊は現世の人が考えた空想だよ。
 まず科学的な根拠がない」

「ふふっ。お父さんっぽい答え方」

成人した女のように品のある笑いだった。
ミホは肩にかかるショートカットにひまわりの髪留めをしている。
髪留めの種類は日によって変えた。
だいたい三種類をローテさせて学校に通っている。

笑うと素敵なえくぼができる。だいぶ痩せているが、色白で愛嬌のある顔だ。

「おいミホ」

「なあに?」

「おまえはさっきからどうして震えているのだ?」

「見えてるから」

さすがのユキオも悪寒がした。
ご飯を食べていた箸を止め、茶を飲み干してから問うた。

「……なにがだ?」

「お父さんの後ろにいる物体が」

ユキオは振り返ったと同時に椅子から転げ落ちた。

確かにいた。ユキオはリングを観たことがないから、
そこにいる不気味な黒髪の女が何者か瞬時に判断できなかった。

とにかく異常である。白い長めのワンピースを着ていて、
床に達するほどの長髪が顔全体を覆っている。そしてだらしなく伸ばされた
手は、血の気がなく、死人の色をしている。ユキオは恐怖に耐え切れず絶叫した。

「はぁ↑う↓ぁあああああああああああああああああ!!」

ユキオは、後ろ手をつき、後ずさる。逆向きのハイハイである。

そういえば立憲民主党の男性で、女性秘書にハイハイしてキスを
迫って報道された大馬鹿がいた。

そして貞子もハイハイしながらゆっくり襲い掛かる。
いつもの必勝パターンになってしまった。

このままだとユキオは間違いなく殺されるだろう。
そしてミホは黙って見守るわけがなかった。
実の父が殺されかかっているのである。

ミホは貞子を見るのがこれで三度目。
だから冷静に対処法を考える余裕があった。

自問自答をしてみる。

①いつから貞子はダイニングにいたのか。→実はユキオが帰ってきた瞬間から
②なぜユキオに貞子が見えたのか    →実は誰でも見える(その時の気分や体調による)
③父を助けるにはどうしたらいいか   →戦うしかない
④③をどうやって実行するか      →困難。なぜなら、すでに4組の勇者たちが…

ここまで考えたところで、父が行動を起こした。

「ぬん」

世帯主の底力である。なんと貞子を一本背負いしたのだ。
さっきまでおびえていたのがウソのようである。

貞子は床に叩きつけられた割にはなんともなさそうで、
前髪をかき分けてユキオをにらんでいる。

間の悪いことに、ここでママが入ってきてしまった。

~大事なんだね、タイミング~

「さっきから、どしんどしんうるさいわね。
 日経平均株価が急落でもしたの?」

ママも貞子の恐ろしい姿を見て固まってしまった。
実際に貞子を眼にした衝撃は言葉で語ることは不可能である。

「誰よその汚い女。あなたの愛人?」

「そんなわけあるか!! 俺は殺されかかってるんだぞ!!」

「しかたないわねぇ。私が代わりに相手してあげるわ」

ママは普段着のエプロンを脱いで、貞子と取っ組み合いをした。

良い勝負である。貞子の握力は数値にすると290もある。
成人男性の平均が50くらいだから、とんでもない怪力である。

マリエは驚くべきことに、
貞子の相手を相手に相撲のように押したり押されたりを繰り返している。

「ママ、頑張れ!!」

「うん。早く倒したいんだけど、この女、すごい力よ」

ママと貞子は互いの手を握ったまま、押し合いをしている状態だ。
ポール・ゴーギャンの『ヤコブと天使の相撲』の絵画がまさにこれだ。

「それと井戸水の匂いが臭いわ。たぶんシャンプーとかしてないわね」

「そんなこと、今はどうでもいいよ!!」

「でもすごい激臭なの。ファブリーズの原液をぶっかけたくなるレベルよ? 
 しかも手が冷たすぎて低体温症なのかしらこの人。あっ……」

ママが話をしているすきに。貞子が足払いをしてきた。高度な技を使う幽霊である。
転倒したマリエに馬乗りになる貞子。このまま首絞めに移行する常勝パターンである。

マウントを取られた状態で反撃するのは困難を極める。しかも相手は化け物。
これを甲子園で例えると、初回の攻撃で5点先制したに等しい状況である。

さすがにまずいと思い、旦那のユキオが貞子に拳を振るう。
しかし拳をすぱっと手のひらで受け止められ、そのまま握られてしまった。

先ほども説明したが、貞子の握力は290である。

「う↓わああああああああああああ↑!?」

やはり銀行勤めの長い人は貞子と戦うのに戦闘能力が足りなかった。
別に行員でなくとも勝てないだろうが。
学生時代にかじった柔道技をもっと有効に使えればよかったと思う。

この状態でフリーなのはミホである。
ミホは近くに会ったはさみを手に取る。
貞子の背後に回り込み、なんと貞子のうっとおしい後髪を切り始めた。

「!?」

貞子は上のセリフ欄を想起させる表情をした。
動揺する貞子は珍しい。そんなに髪を切られるのが嫌だったのか。
カラスの毛のように汚らわしく、湿った髪が床に散らばる。

貞子は立ち上がり、ミホに右ストレートを食らわして吹っ飛ばした。

「いたた……」

ミホはかろうじて生きているが、壁に激突したので背中を強く打ってしまった。
10代の娘なので後遺症にならなかったのが幸いだ。

この時点でママはマウントを解除された。
夫と娘の報復のため、腰を低くして貞子に飛び掛かろうとしたが、
貞子は逃げ出した。

(逃げた!?)

ミホは驚愕。あの貞子が逃げたのだ。どこへ逃げるのか?
テレビの中か?

貞子は普通に窓を開けて去っていった。

「ちぇ。残念ね。あとちょっとでモンゴルで覚えた格闘技を
 食らわしてあげようかと思ったのに」

「ママはモンゴルに行ったことがあるんだ?」

「あるぇ。ミホには言ってなかったかしら? 
 10歳の時の父と一緒にモンゴルを旅したことがあるのよ」

「う、うむ。私は結婚前に聞いていたよ。
 マリエは蒙古で野性的な力を身に付けたそうだな」

ママは話しながらも散らかった備品をかたしていく。
貞子が去った後は床がびしょぬれである。
また絨毯を買い替えなければならない。

平和な本村家を荒らされてしまい、ママはいらだった。

「ミホ。あとであの女の住所を特定してぶっ殺しに行くわよ。
 もしくは損害賠償を請求するわ」

「幽霊相手に損害賠償とか無理だよ」

「幽霊?」

「ママもリングは知らないか。
 あの女は幽霊なんだよ。心霊現象」

「幽霊なわけないでしょ」

「えっ」

ママは語る。拳を交えた経験から、どうみても人間だったと。
仮に幽霊だとしたらママはカンで分かるという。

「なぜわかるのだ?」

夫の問いにこう答える。

蒙古で暮らした経験のある人なら、誰でも『ジン』のことは聞いたことがある。

~ジン~

アラブ神話で,天使および悪魔の下位におかれる超自然的存在。
この存在はイスラム化以後も,その教理中に取入れられ,
イブリース (サタン) とともに霊とされた。

イスラムの経典コーランでは,ジンは煙のない炎からつくられたもので,
男女の性別があり,よきジンとあしきジンの区別があるとされる。
そして信仰をもつジンもあるとされる。しかし現代のイスラム教理では,
ジンへの信仰は薄れつつある。
                       ※ブリタニカ国際大百科辞典より


「旅の途中で、うっすらとした煙を見ることがあるの。その煙は
 私たちのあとをずっとついてくるわ。ふとした時に、手荷物が
 消えていることがあるの。水のペットボトルとかね」

そういう時は、ジンが悪さしたという。ジンは炎の姿で現れることもある。
現在の蒙古はイスラム教国ではないが、
ジンは国を問わず砂漠や草原地帯に広く存在する。

「逆に広大なステップ地帯で道に迷って、もう日が暮れてどうにも
 ならない時がある。そういう時はジンが私たちを
 正しい方向へ案内してくれることもある。この場合は良いジンね。
 蒙古で暮らしていたら超常現象の類にはいくらでも遭遇するわ」

ママの語り口調は真剣だった。日本人には信じられない感覚だが、
とにかく夫と娘は納得せざるを得ない。なにより貞子を見た直後なのである。

「あの女、貞子っていうの? 貞子は私と物理的に戦闘することができた。
 なら人間に近い存在ね。少なくとも霊ではないわ。霊に触れることはできないもの」

「でも学校では貞子がテレビの中から出て来たんだよ!?
 それに教室が異世界化して逃げることも出来なかった」

「たぶんあなた達はサイレント〇ルのやりすぎよ。ゲーム脳なのね」

「いやいや、そういう次元じゃないんだって。
 死人とか普通に出てるから」

「最近の若い子は戦闘力が足りないわねぇ」

「戦闘力とかの問題なの!?」

貞子はママの強さを警戒したのか、しばらく本村家を訪れなくなった。

ミホは貞子の正体が全くわからず、困惑する日々だ。

ユキオも貞子のことで頭がいっぱいになり、仕事どころではなかった。
ママはいつでも返り討ちにするつもりで蒙古式ウォーミングアップをしていた。
ケイスケは相変わらずヒキニートだった。今では彼は脳内彼女が20人もいる。

ラジオ体操第一第二 ニコニコ動画

4組では学級委員が先導してクラス会議を開いていた。
このクラスで現在も学校に来ているのは7名。

たったの7名である。彼らは神セブン(貞子対策委員会)を結成した。

(余談だが、お隣の中国共産党政府にも神7は存在する)

ところで他の人はどうなったのか?

勇猛果敢なる11名の犠牲を筆頭に、うつ病。発狂、自殺未遂、精神疾患
などの自宅待機状態。他にも無理やり転校の手続きを取る、現実逃避の
ための旅行に出かけるなどして多くの人が貞子に襲撃されて亡き人になった。

貞子はたとえ旅行中の相手にも、
出先で襲い掛かるというフットワークの軽さである。

新卒なら営業職などに積極的に採用されそうだ。

ミホたちは会議のため、コの字にそれぞれの席を並べ替えて話し合うのだ。
男子が5名。女子が2名。
男子達が中心となって意見を出し合っている。

「学校の女子の中に貞子が潜んでいるだと?」

「そういう話を卒業生の先輩から聞いたことがある。
 貞子は10年以上この中学に留年していている。
 そして普段は普通の女子を装って授業に出ているらしい」

「あほか。あんな女がいたら普通気付くだろ」

「それはうちの生徒に貞子に呪われた、
 もしくは憑りつかれた生徒がいるというニュアンスか?」

「違う。貞子はつねにこの学校に潜んでいる。俺たちと同じように
 人間の姿をしてずっと様子をうかがっているんだ」

「ではテレビの中から出てきたことは? 
 人間だとしたらどうやってあんな芸当ができる?」

「て、手品とか……」

ミホが最後にそう発言すると、神セブンから失笑が漏れた。

「本村さんは笑いのセンスがあるね」と言うのはチョイバルサンだった。

チョイバルサンとは彼の名前であり、蒙古ソビエト連邦に
実在した政治家である。彼は日本人なのだが、そういう名前だった。
長いのでバルサンと呼ばれることが多い。
スポーツ刈りでごつごつした顔。小太り。お世辞にも容姿は整ってはいない。

「本村さん。君はいつも発言回数が少ないね。これは先生方から許可を頂いた
 貴重な会議の時間だ。今は一人でも多くの人の意見が聞きたい。
 もっと積極的に発言してもらってもいいかな?」

眼鏡をかけた美男子。長めの髪を整髪料で固めておでこをはっきり出している。
見た目は10月革命の時のトロツキー(ソ連人)にそっくりだ。
そのため、周りからトロツキーと呼ばれていた。

「ご、ごめんなさい。こういう場所だと緊張しちゃって」

「うふふ。もっと気楽に発言してよろしくてよ?
 男子達に硬すぎる方が集まっているから、
 緊張するのも無理はありませんわ」

フォローしたのは、マリー・アントワネットという女子だった。

もちろん歴史上の人物(ルイ16世の奥さん)ではなく、そういう名前だった。
気品のある令嬢だった。金持ちの彼女がなぜ市立中学に通っているのか
誰にも理解できなかった。

いかにも上流階級特有のもったいぶった態度。話し方。
整った目元。ふっくらした頬。魅力的な唇。
少し太り気味なのを本人は気にしていたが、

中学生にしては大人っぽいので、知らない人にはよく高校生と間違われる。
カールさせた長い髪の毛を肩の上に垂らしている。

「本村さんのお兄様が、貞子に襲われたそうね?」

「うん……」

「なんだと!?」 「それは本当か!?」 「なんでもっと早く言わなかったんだ!!」

激しく動揺する男子たち。

ミホは身内の恥をべらべらと話すような性格ではなかった。
今日の会議で実に丸一ヵ月ヒキニートをしている兄のことを公表した。

クラスメイトにとって彼女の兄はどうでもいいが、貞子が女子のふりを
して近づいたということが問題になった。

争点は、貞子が人か幽霊かである。

バルサンが発言する。

「本村の兄貴は、高校にいた貞子を口説いた? で自宅まで来てしまったと。
 ちょっと待ってくれ。貞子が高校にいたってどういうことだ?」

それにトロツキーが返した。

「奴は高校生のふりをして潜入したのだろう」

「お兄さんを殺す動機は?」

「おそらくケイスケさんが本村の関係者(血縁者)だからだろう。
 しかも女好きだった」

「女好きは関係あるのか!?」

しばらくこの両者で話し合いが続けられた。

貞子の出現場所はまったくフリーダムの一言に尽きた。
その点では心霊現象の一種と考えられる。

ミホの母が貞子を撤退させた事例を説明すると、逃げる動作からして
普通の人間が呪いなどで凶悪化したものとも考えられた。

アントワネットが退屈そうにあくびをした。

「トロツキーさんとバルサンさんはとっても真面目な方なのね。
 言わせていただきますけど、どれだけ話し合っても、ああいう輩の
 正体を明かすことはできないと思いますわ」

「なかなか言ってくれるではないか」突っかかるように返すチョイバルサン。

「奴の正体が分からなければ対策を練ることも出来ない。
 仮に正体が人間だとしたら倒すことはできると思うぞ。
 現に本村さんのお母さんは互角に戦ったそうじゃないか」

「そうですわね」

そのあともチャイバルサンが持論を展開する。
アントワネットは余裕の笑みで聞き流すだけだった。

「アントワネットさん。君は真面目に考えるつもりがあるのかい?」

トロツキーからそう言われてしまう。

「そうあせらず。ゆっくり考えればいいのですわ」

アントワネットは、電気ポットのお湯をティーポットに注いだ。

なぜ教室にお茶セットがあるのか。

40人入る教室に7人しかいないのでガラガラなのもある。
怪事件が続くこのクラスを教師たちが怖がり、
不要物を持ち込んでも誰も注意しなくなったのが一番の理由だ。

「みなさん。会議が続いて疲れたでしょう?
 よろしかったら紅茶でもいかがですか?」

「うぃ。まだむ。しぶぷれ」(頼むよ)

今フランス語で発言したのは、『ポルポト』という男子だった。

手足が短く、下膨れの不細工だが、非常に勉強熱心で、
特に外国の政治や言語に深い興味を示していた。

あだ名は『ポト』 会議中は黙っていることが多い。
机の上にノートを必ず用意し、頼まれてもないのに
議事録を残すほど几帳面な男だった。

「君たち、茶はあとにしろ」

不愉快そうなトロツキーに対し、アントワネットは「まあまあ」となだめて
全員の席にティーカップを並べていく。良い香りだ。
殺伐とした神セブンの雰囲気が穏やかなものに変わっていく。

「C’est Bon」(いいね) 「Je vous en prie」(どういたしまして) 

ポトとアントワネットの西洋かぶれの会話が、他の者にはうざかった。
特にポトは顔に似合わず、外国語が流暢に話せる。他にドイツ語も話せるという。
アントワネットに至っては少なくとも5ヶ国語が話せるほどの秀才である。

さて、神セブンは他にあと2名いるが、一度に紹介すると
覚えきれなくなると思うので後述する。

現在までに登場したのは、
まず男子が『トロツキー』『チョイバルサン』『ポルポト』である。
女子は『マリー・アントワネット』と主人公の本村『ミホ』だ。

ミホ以外は実在した歴史上の人物の名前なので、残り2名も同じ形式をとる。
どうでもいい情報だったかもしれない。

「私が話を進めてもよろしくて?」

どうぞどうぞと、ミホを中心に全員がアントワネットに主導権を譲る。

「私の意見では貞子は人間で間違いないと思います。
 原作の『らせん』では貞子がこの世に人としてよみがえりました。
 そして超能力を使えるから、教室を異世界化したり、
 テレビから出てきたりといった離れ業を披露できるのでしょう」

「むしろリングゼロに近い状態の気がするけどな。原作の最終作では
 仮想生命体の貞子がコンピュータウイルスとして感染する設定らしいぞ」

トロツキーが言うが、アントワネットはウイルス貞子には興味がなかった。

「私たちの利点は、貞子を小説や映画を通じて知っていることにあります。
 戦って倒すことも確かに方法の一つではありますが、ここにいるのは
 たったの7名。もっと多くの人の意見を取り入れるべきだと思いませんか?」

「他のクラスと意見交換でもするか?」

「もっと簡単な方法があるでしょう」

アントワネットにうながされたポトが、
机の引き出しからIPADを取り出した。

学校の支給品と違い、大型で画面が鮮明だ。

『貞子を倒す方法』と書かれた掲示板を開き、意見を集めていた。
人気のあるスレッドのため、書き込みは活発である。

いったいどんな内容が書かれているのか。

『テレビを崖の上に置く』 『テレビを壁と向かい合わせで置く』
『テレビの前に大量の画びょうを巻く』

「小学生が考えるようなことだ」トロツキーが一蹴する。

「まだ他にもあるから」アントワネットが優しく微笑む。

『貞子をオシャレさせて、自分が女であることを自覚させる』
『月イチで美容室に行かせる』
『イケメンに口説かれてキュンキュンさせる』

「あはははっ、あはははっ。バカすぎだろ」チョイバルサンは爆笑。
たぶん彼の名前の方が面白いと思う。

『貞子に対し、休戦条約を結ぶ』 『お茶菓子を用意して接待する』
『ニンテンドースイッチなどを与えて他に楽しみを見つけさせる』

「すばらしい」感動のあまり、机をどんどん叩くポルポト。

アントワネットもこの案に賛成だった。他のメンバーはおおむね反対したが、
戦ったところで勝ち目がないのは事実だった。

神セブンは口ばかり達者な人間が集まっており、
ミホの母のマリエのように戦闘能力が高い人はいないのだ。

神7の意思決定は過半数以上の賛成によって決められる。
アントワネットは巧みな話術でみんなを平和的解決に導く方法へ誘導。

この会議の結果、貞子と休戦交渉を進めることを第一とし、
すきを見てオシャレさせるなどして機嫌を取るという作戦に決定した。
作戦と呼べないかもしれないが、他に方法がないのだから仕方ない。


「ニンテンドースイッチ、売り切れなんですか?」

「申し訳ありません。次回の入荷次第と言うことになってしまいます」

あれから数日後。ミホは学校帰りに家電量販店に寄ったのだ。
店員が20代のイケメンなのがせめてもの救いだったが、
せっかく買いに来たのに残念だった。

前回の会議の結果、アントワネットとミホが接待用の備品を買うことにしたのだ。
なぜ二人が金を払うのか。理由は金持ちだからと言うことだった。
ミホは自分が金持ちと言う自覚は全くないが、議決されたことだから逆らえない。

ミホはゲームを買う係になったのだ。本体がないのは仕方ないとして、
せめて貞子が好きそうなソフトを選ぼうとした。

(ゲームやらないから全然分からないんだけど)

ミホはスマホのゲーム以外はプレイしたことが
ないのでよく分からなかった。
ゲームばかりしてる兄とは対照的だ。

「あの店員さん、貞子が好きそうなソフトあります?」

「ふぁっ?」

こんなこと定員に聞いても分かるわけがない。
そもそも貞子がゲームをプレイする保証がないのだ。
諦めて店を出ることにした。

「ありがとうございました」

何も買わなくても定員たちは礼を言ってくれる。日本は変わった国である。

「ミホか」

「パパ?」

アーケードでばったりと遭遇。ここはショッピングモール内なのだ。

「こんな時間にパパがいるなんてめずらしい」

「う、うむ。今日は午後に有休をとったのだよ」

「パパも買い物してるの?」

「まあそんなところだ。ちょっとした気分転換だな。
 平日は人が少なくて快適だな」

ここは埼玉県の地方都市だ。パパは東京のベッドタウンの埼玉から
JRに揺られて都内まで通勤していた。そんな生活をもう20年以上送っている。

「あら、ミホさんのお父様ですか」

アントワネットが大きな買い袋を下げて歩いてきた。
今日はアントワネットと一緒に買い物に来ていたのだ。

アントワネットは時間の短縮のためにミホと別の売り場に行って
買い物を済ませていた。ちなみに彼女はお茶菓子の担当だ。
高そうな輸入菓子をたくさん買っていた。ちゃっかり自分用の靴も買っている。

「初めまして。わたくしはマリー・アントワネットと申しますわ」

「なにぃ……」

ユキオは思わず眼鏡をふいてかけ直した。
黒縁で度数の濃い眼鏡である。

(まず名前に衝撃を受けた。明らかにハプスブルク家を思わせる名前だが、
 問題はこの少女の顔だ。妻の若い頃にそっくりだ。マリエの子供の頃の
 写真を見たことがあるが、こんな感じの愛らしい顔つきだった。
 まるで瓜二つではないか)

「どうされましたか? 具合でも悪いのですか?」

「い、いや」

「はっきりと申してくださいな。せっかくお近づきになれたのですから、
 これも何かの縁ですわ。わたくし相手に遠慮は無用です」

「なら言おう。君が、私の妻にそっくりなんだよ!!」

あぜんとしたのはミホも同じだった。
そもそもパパが人前で大声を出すことがめったにない。

「その買い物袋を持つ仕草、お嬢様口調!! ぜんぶマリエと同じだ!!
 君はむしろマリエの生まれ変わりとしか思えない!! なんという出会いだ!!
 私は今、神の存在を信じてもいい気になって来たぞ!!」

彼が言うには、容姿はもちろん、声、髪形など、全てがそっくりだという。
アントワネットのほうが、いくぶん髪が長くて手入れがされているが。

しかし、店先で騒いだのはさすがに周りに迷惑だった。

「あのー…さーせん」

ブランド服売り場の若い男性定員だ。茶髪の無造作ヘアでピアスをしている。

「おきゃさん、さっきからうるせえっすよ」

「え……ああ。すまない」

「あんまり騒がれるとー。他のお客さんに迷惑なんで。
 勘弁してもらっていいすかね?させん」

「分かった。他の場所に移動することにしよう」

定員にしてはずいぶんとチャラい口調だと思いつつ、撤退することにした。
若者の口が悪いのは息子のケイスケで慣れている。

「お嬢さん。大荷物で大変でしょう。代わりに持つよ」

「ありがとうございます。紳士ですのね」

「これくらい当然だよ」

(パパ……?)

三者三様の表情。ミホが意外に思ったのは、パパがアントワネットに
異性を意識したふるまいをしたことだ。確かにアントワネットは中学でも
高嶺の花としてもてはやされいてるが、パパからしたら子供のはずだ。

「喉が渇きませんか? その辺のお店でお茶でもしてから帰りましょう」

「あいにく私はこれだけ買ってしまったので持ち合わせが……」

「何をおっしゃる。もちろん私が出しますよ!!
 なにせ娘のお友達ですからね!!」

ミホは小さい頃からパパっ子だったから、少しだけアントワネットに嫉妬した。
同時に父を軽蔑した。普通の成人男性なら女子中学生に興味を示さないだろう。

軽い食事を兼ねてレストランに寄り、一時間ほど三人で話した。

というかユキオとアントワネットが二人で話しているだけだった。
初対面なのに二人は意気投合した。
互いに貞子の問題について話し合い、意見を出し合った。
共通の話題があるのも都合が良かった。

「私の妻も貞子人間論には肯定的でね。君とおおむね同じ意見だよ」

「そうなのですか。やはり話し合いの余地はありますよね」

ユキオはただのロリコンだが、アントワネットも父性を求めていた。

彼女の父は単身赴任でシンガポール勤務。
幼いころから父と会えない日々が続いた。

3歳になったアントワネットが、久しぶりに自宅に帰って来た実の父を
見て一言『このおじさん、だれ?』 父と母を驚かせた。
父の顔を覚えられたのは幼稚園を卒業するころだった。

ミホとアントワネットには共通点があり、中二という思春期ど真ん中の年齢で
おじさん(父)を毛嫌いしないことだった。同年代の女子はだいたい父を避けるものだ。

アントワネットは、自宅へのお金仕送り以外に父の愛情を
まるで感じずに育ったから、父が恋しかった。

家族思いで休日は家族と一緒に過ごしてくれる父を持つミホが羨ましかった。
気が付いたらオジサン好きになってしまったのだ。

「ミホ? 生ごみを見るような眼で私を見るのはやめさない。
 私は若い頃の妻を思い出して興奮しているだけだ。
 決してやましい気持ちで彼女といるわけではないから安心しなさい」

兄のケイスケの女好きは遺伝だったのだと正しく理解したミホ。

最近、教師や警察などの公務員のセクハラ率が良く報道される。
実は公の仕事をしている人が優先的に報道されているだけで、民間企業でも
セクハラをする人はたくさんいる。別に教師にロリコンが多いわけではない。

その日から、父はアントワネットのことばかり気にかけるようになった。

「いいか。ミホ。今度の休みにアントワネットさんを家に連れてきなさい」

「うん……」

ミホはもちろんアントワネットにその話はしていない。
実の父が友達に恋しているなど気持ちのいい話ではない。

(てか浮気じゃん。ママにばれたら、ぶっ飛ばされると思うけど)

蒙古暮らしの経験のあるママを怒らせたら、こんな家など消し飛ぶかもしれない。
だからミホは母には秘密にしておいた。


しかしである。ユキオが現実逃避したくなるのも仕方ないことなのだ。

今、行内では『研修』が流行している。

研修とは何か。

舞台は本村家、夜のお酒の席に移行する。

「状況は日に日に悪くなっているぞ。
 同期の工藤が人事部から例のメールを受け取ったそうだ」

「例のって……まさか黄昏(たそがれ)研修のこと?」

「そうだ。奴は子供が三人もいるのに気の毒にな。
 やはり平だと解雇されるリスクが上がるのか」

工藤もバブルで入社した組だった。
他にも40代後半から研修を受けている人もいる。
研修とは、すなわち早期退職勧告である。

「あいつと少し話をする時間があったから聞いてみた。
 研修では人事担当から今後の生き方指南を受けているそうだ。
 それと転職に役立つ資格を取るための知識。
 熟年離婚で妻に捨てられないための心構えなど」

「40代で勧告されてる人もいるなんてひどい状況ね。
 いったい何人が残れるのかしら。
 私はあなたを捨てたりしないから安心して」

「ああ。それは分かってるよ」

マリエは専業主婦だ。仮に離婚したとしたら、
マリエも働きに出ないといけないし、
そもそも離婚の調停でお金がかかる。

さらに親権の問題もある。そもそも夫婦仲は良好である。
(ユキオがアントワネットに一目ぼれしたことを除いては)

「それよりケイスケも問題だな」

「いつまで引きこもっていれば気が済むのかしらね。
 今プレイしてるギャルゲーが終わったら本気出すって言って、
 いつまでも家にいる気よ。そろそろ担任の先生が
 家庭訪問するそうだけど」

「あいつも落ちるところまで落ちてしまいそうだな。
 いい加減にしないと大学の推薦にまで影響する」

「もう手遅れかも」

「なにっ」

「推薦は内申点が最重要視されるでしょ。もう欠席日数が30日を超えたわ」

「ということは……」

「担任の先生と電話でお話ししたけど、
 推薦は無理なので一般入試を受けてほしいそうよ。
 あと受ける大学のレベルも下げないと今からじゃ間に合わないって」

ケイスケの実力なら、国立に受かる可能性が十分考えられた。
私立の大学に行くとなると、さらに学費がかかる。それに
一般入試だと浪人のリスクがあるから、さらに多くのお金がかかる。

メガバンの大規模リストラ時代。本村家の財政にそんな余裕はなかった。
確かに今までの蓄えは多少あるが、今後の見通しが立たないのはきびしい。

「やっぱり私もパートで働こうかしら」

「うむ……最悪そうしてもらうしかあるまい。
 その前にケイスケに立ち直ってもらわなければな」

本村家にとって最悪なのは、ケイスケがニートになることである。
現在それに近い状態になっているが、一応高校に席は置いている。
あとは復帰さえすればいいのだ。

二階から、ミホの怒鳴り声と物を投げる音が聞こえた。

「またやってるのね」

「ミホの気持ちも分からなくはないがな」

物語の視点を二階に移そう。

「この馬鹿兄貴!! いつまでそうやってゲームばっかりやってるんだよ!!」

「……ぎゃーぎゃーうるせえな」

ケイスケは自室のパソコンデスクに座り、
ひたすらマウスを動かすのが日課だった。

食事するために一階に下りてくることもなく、
ママがお盆ごと廊下に持ってきてくれるのを待つ。
トイレと風呂外で自分の部屋から出ることはない。

買い物もしないので、完全なる引きこもりと化している。

ミホは、自分が貞子問題について毎日頭を悩ませているのに、
ギャルゲーやエロゲーで遊んでいる兄気が許せなかった。

「毎日部屋にこもってよく飽きないね!?
 そろそろ学校行けよ!!」

「学校に行ったらみんなに会うじゃないか」

「はぁ?」

「俺は人に会うのが怖い。特に女だ。
 俺はもう女子と関わりたくない。見たくもない」

「貞子に襲われたのがそんなにショックだった?
 私だって同級生が何人も殺されてるけど我慢して学校に行ってるよ。
 兄ちゃんは男のくせにいくじなしだね」

「なんとでも言え。俺が適当に口説いた女の中に貞子がいた。
 高校に行ったらまた貞子に会うかもしれない。だから怖いんだ」

「私だって怖いよぉ!! でも、いつまでも引きこもってたら
 何も解決しないじゃん!! パパとママに心配かけてないで学校行きなさいよ!!」

激昂したミホが、ケイスケの胸ぐらをつかんで
怒鳴り散らしたのだった。ケイスケは特に気にした様子もなく、
うっとおしそうに妹の手を払った。

「おまえこそ夜遅く騒ぎすぎなんだよ。それこそ母さんたちに迷惑だろうが。
 妹のくせに兄の心配なんかする必要ねえよ。自分も部屋で宿題でもやってろ」

「あっそ。なら好きにすれば? クソニート!! 死ね!!」

ミホは扉を壊す勢いで閉めてしまう。
廊下では心配そうな顔でパパが待っていた。

「ミホ。ケイスケには構わなくていいから落ち着きなさい」

「パパはどうして冷静でいられるの!?
 自分の息子がニートになってるんだよ!?」

「パパも困ってはいるよ。でも時間をかけて説得るしかないんだ」

「そうやってパパたちが甘やかすからあいつが図に乗るんだよ。
 パパたちの教育が間違ってたんだよ!!」

「ああ、分かってる。全部パパたちが悪いんだ」

「そうだよ!! パパたちのせいなんだから!!」

「ミホの言う通りだ。ごめんね。あとでママにも話しておくから」

ミホが感情っぽくなると、パパはひたすら謝り続ける。
娘が幼いころから変わらなかった。ミホが駄々をこねた時など
両親は可能な限り言い分を聞いてあげた。そういう育て方だった。

お金にも不自由しない環境を整えてあげた。同年代の子よりは
好きな物が買えたはずだ。現にミホはクラス内では金持ちで有名だった。
世間的には過保護だったかもしれない。

「ごめん、言いすぎた。パパたちだって私よりずっと苦しいのに。
 自分のことばっかり考えてた」

ミホは素直な子に育った。人を思いやることのできる優しい娘である。
両親の愛情が行き届いた証拠だ。

「何度も言うが、ミホのせいじゃない。全ての原因は貞子だ。
 ケイスケのことも含めて、今度アントワネットさんに相談しよう」

「この話の流れで、なんでアントワネット……。
 うちは神セブンが対策を考えているから大丈夫だよ。
 無駄に頭の良い人がそろってるし」

「パパも神セブンに入りたいものだ」

「へっ?」

「いや。冗談だよ」

「けっこう本気っぽかったけど」

「それだけパパも真剣に貞子問題を考えてるのだよ。
 奴はうちのケイスケをニートにしたからな」

「うそばっかり。本当はアントワネットに会いたいだけでしょ」

「うむ。その通りだ」

「認めるんだ……」

「ママには内緒にしてくれ」

「分かってるけど、娘の前で堂々と言うのは正直ドン引きだよ」

ユキオは、哀しいことにストレスのはけ口を
マリー・アントワネットに求めるようになってしまったのだ。

大手銀行ですら人員縮小せざるを得ないご時世なので仕方ないことにしよう。

織田信長「あーwwwちwwwちwwwあーちwww燃えてるんだwwww廊下wwww」

「チンギスハンやその後継者たちが
モンゴル帝国はその領土を拡大していきました」

30代の男性教師の声。担任のジイさんである。
2年4組では歴史の授業が行われていた。

「最盛期の領土面積は約3300万km²。地球上の陸地の約25%を統治し、
当時の人口は1億人を超えていました。三大洋全てに
面していたほどの大国は有史以来、存在しません。
史上最大の領土を持った大国だったのです」

もしここに熱心な生徒が一人も出いたら、どうしてそんな大国が
今は人口250万の小国に変わってしまったのかを質問したことだろう。

「モンゴル帝国は、モンゴル高原に君臨するモンゴル皇帝(大ハーン)を
中心に、各地に分封されたチンギス・カンの子孫の王族たちが
支配する国(ウルス)が集まって形成された連合国家の構造をなしていました」

先生は黒板に大雑把なユーラシア大陸の地図を描いていく。
ここにいる生徒は神セブンのみ。

先生の話に興味のある生徒は、残念ながらいない。

「そろそろあの時刻か」「緊張するぜ」

チョイバルサンとトロツキーが小声で話し合う。

今この教室は『2時55分』を迎えようとている。
貞子はその時間に必ず現れるわけではない。
理由は、彼女はJRの電車ではないからだ。ようするに気分屋である。

この教室で最後に貞子を見たのは、
田中を中心とした武装集団が殺された時だ。
もし現れるとしたら、これで三度目である。

(先週もジャニーズショップで生写真の衝動買いしちゃったよ。
山田君の写真入れるファイル買わなきゃ)

ミホは窓の外を眺めながら、のんきなことを考えていた。
どうせ現れる時は現れるのである。考えるだけ無駄だと思っていた。

時計の針が55分を指した。

「この大連合は14世紀にゆるやかに解体に向かいますが、
モンゴル帝国の皇帝位は1634年の北元滅亡まで存続したのです」

何も起きない。

爺さんもビビっていたが、普通に授業が続いてる。

「では本村さんに聞いてみましょう」

「ぽえ?」

ミホは先月発売した初回特典版のシングルを買い忘れたことを
気にしていたので授業など聞いてない。今日は金曜日の六時間目だ。
誰だって土日の予定が頭に浮かび、気が緩んでしまうだろう。

「すみません、先生。ちょっと眠かったので話、聞いてませんでしたああ!!」

ノリ良く謝罪することで誤魔化そうとするが…

「聞いてなかったじゃねえんだよぉぉぉぉお!!」

ドッガアアアアアアアアアアアン

「!?」←生徒たちの反応

上に書いた擬音は、ドラマ『坂の上の雲』に出てくる戦艦三笠の
主砲の発射音に近いかもしれない。

それはいいとして、いったい何が起きたのか。

担任は教卓に向け、握りしめた拳を振り下ろしたのだ。
教卓は意外にもろく、瓦割りをしたように真っ二つになった。

(いや。むしろジイさんの力が異常なんだ)トロツキーが冷静に分析する。

「俺は、おまえらの教師をなめた態度が許せねえんだ!!
 どいつもこいつも調子に乗りやがってよぉ!!」

ブッダ並みの精神力を持つと思われたジイさんが、突然切れだしたのである。
ヒュンと風を切る音。先生は赤、白、黄色のチョークを手当たり次第に
ミホたちに投げまくる。神7は危ないので教室の隅に避難した。

「学校に電気ポットとかティーセット持ってきてんじゃねえ!!」

アントワネットは気まずそうな顔をした。
他の生徒の机イスがないので、
お菓子を入れるための棚まで教室に置いている。
スペースの有効活用である。

「ヘッドホンやPSPを当然のように持ち込んでんじゃねえぞ、こら!!」

今度はポルポトが気まずい思いをした。
彼はゲームが好きなので机の引き出しはゲームソフトでいっぱいだ。
教室の隅には空気清浄機を置いた。貞子が来たら臭くなるからだ。

「おまえは顔が良いから気に入らねえ!!」

「ぐあっ!?」

美男子のトロツキーへ黒板消しが投げつけられた。

ジイさんはその年まで彼女いない歴イコール年齢なので、
たとえ相手が中学生でも顔の良い男が気に入らないのだ。
ちなみに授業中によく読書しているのはトロツキーだ。

「このクラス、なんなんだよ!? まじなんなの!?
 なんで貞子に呪われてんのよ!? っざけんじゃねえ!!
 俺だって好きでお前らの担任になったわけじゃねえぞ!!」

また拳を振り下ろしたが、すでに教卓は割れていた。

「てめえらはよぉ!! 授業中スマホいじったり本読んだりで
 俺の話全然聞いてねえじゃねえか!! 他の教師は黙ってるけどな。
 俺はそういう、いい加減なの我慢できねえんだよおおお!!
 自分らが特別だと思ってんじゃねえぞ!!」

彼も彼なりに不満があったのだろうが、4組の生徒には
不要物を持ち込むくらいは許してほしいものである。
中学生の身で文字通り明日も分からぬ毎日を送っているのである。

学校で娯楽でもなければウツになってしまうではないか。

(お父さんが良く言ってた。投資相談窓口に来る人は、
 いざ損益が出ると行員に食って掛かるって。
 事前に元本割れのリスクは説明してあるのにね
 おとなしそうな人ほど切れると怖いっていうよね)

中学生たちも黙っていない。
理不尽なクラスでストレスが溜まっているのはお互いさまだ。

「くそやろう!!」

ミホがめずらしく逆切れし、その辺に散らばっている
チョークを拾って投げ返した。

「もとむらぁ……。教師にチョークを投げたな」

「先に投げて来たのはそっちじゃない」

「きさま……完全に俺を舐めてるな。よろしい。
 お前は放課後、反省室行きだあああ!!」

両手をマントヒヒのように広げたジイさんが襲い掛かって来た。
か弱い女子に暴力を振るうなど、教師失格である。

彼が異常者に思えるかもしれないが、実際の中学教員は
このくらいストレスをためているのが普通だ。

教師のストレスは、なってみた人でないと分からないと言われている。
過酷な長時間労働、特にブラック部活の実態を政府が問題視しているほどだ。

ミホは黙ってやられるつもりはない。
ママから教わっていた蒙古式体術を繰り出そうとした。
ミホと先生の距離があと一メートルまで迫った時であった。

「みんな、あれを見ろ!!」

織田信長の声に従ってテレビの方に注目する。
なんと、来てしまったのだ。あの貞子が。

時刻は実に3時07分。貞子にしては遅い時間である。
向こうの世界で何かあったのだろうか。

ぐおおおん

貞子がテレビから上半身を伸ばして降りてくる。

「みんな、下がれ。奴から距離を取るんだ!!」信長が言う。
 彼は未紹介だったクラスメイトの一人だ。

下がらなかったのは教師のみ。

「ついに出やがったか。俺様は今最高にイラついてるから
 返り討ちにしてやるぞ。この井戸水女め。
 ん? 髪が短くなってる……」

貞子はショートカットになっていた。
ミホに後ろ髪を切られたのが影響したのだろうか。
美容室で切ったかのように整っている。

すると顔がはっきり見えるのだが、目鼻立ちが整っていて美しい。
確かに幽霊っぽいので血色は悪く、殺人的な目つきはしているが、
うっすらと化粧をしているように思える。

リングゼロでは仲間由紀恵が演じていたので
この小説でもそのイメージで想像すればいいだろう。

「残念だったな。俺は仲間由紀恵のファンじゃねえんだ。
 美女だからって容赦しねええぞぉ!!」

ジイさんは怒りに任せて貞子に殴りかかった。
普通の人が貞子と戦っても勝てないことは
田中たちが証明したはずなのに。

「ファッ?」

教師の拳は、振りかぶった状態で停止した。
まさしくビデオの一時停止を押したかのごとく。
貞子は下から見上げるように彼をにらんでいた。

「やはり超能力だな」「ああ。リングゼロと同じ設定だろう」

トロツキーとバルサンが腕組みしながら頷きあう。
2人は仲良しだった。貞子を見るのも慣れてきたので
余裕で観戦モードだ。

貞子はスタスタと歩き、ジイさんの首筋へ手を伸ばそうとした。

「お待ちになって」

「?」 ←貞子の反応

アントワネットが優雅にお辞儀した。今着ているのが学制服でなく
ドレスだったら、どれだけ様になったことか。

「髪型、変えたのですね。とてもよく似合ってますわ」

分かりやすい世辞である。アントワネットは嘘っぽく
ならないよう笑顔で言った。貞子の今日の衣装はいつもの白ではなく、
ライムグリーンのワンピースだった。ほのかにファブリーズの香りがただよう。

「お近づきの印におひとついかがですか?」

貞子は差し出されたチョコをながめた。
綺麗な箱に入っているチョコ。
わざわざ本場のベルギーから取り寄せた品だ。

「いらない」

「はい…?」

「チョコは太るからいい」

しゃべった。

神7のメンバーが貞子の声を聴くのは初めてだった。
少し低いが、よく響く魅力的な声質だった。

「ダ、ダイエット中だったのですね。これは気がきかず、
 申し訳ありませんでした。それではコーヒーはいかがですか?」

「まあコーヒーなら」

アントワネットが目配せして、ポルポトに席を用意させた。
イスを引いてあげると、貞子がそこに座った。
すぐにドトールのインスタント(カップ)コーヒーを淹れてあげた

最初は紅茶をすすめようと思ったが、貞子の年齢はたぶん19歳
くらいだと思ったのでコーヒーの方が良いと判断した。

Wikiによると、生前の彼女は大変に美しい女性で
女優を目指して上京していた。生まれた時から、
母親譲りの未来予知などの超能力が使えたようだ。

劇団に入り、音響担当者の男性と恋仲になったが、浮世離れした個性と
演出家の怪死などの事件を起こしたため退団。

結核に侵された父の看病をしていたら、父の担当医の
男性にレイプされて井戸に突き落とされ、死亡した。

そして井戸の底で死んだ貞子の呪いが、やがて災厄を起こすことになる。

非業の死である。強姦殺人にあったわけだから、
男性に対して相当な恨みを持っていることだろう。
ところで貞子は両性具有だったらしいが……。

その貞子が今ミホの教室にいるのだ。
椅子に腰かけて両手でコーヒーカップを持つ姿は人間に近い。
いや、人間なのだろう。少なくともアントワネットはそう思った。

「コーヒーのお代わりはいかがですか?」

「もう十分。喉は乾いてなかったから」

席を立つ貞子。アントワネットに礼を言うような会釈をしてから、
またジイさんの方へ向かっていく。

「どうかお待ちになって。貞子様は彼を殺すつもりなのですか?」

「そう」

「なぜですか? せめて理由をお聞かせください」

「理由?」

貞子が怖い顔をしたのでアントワネットは心臓が止まるかと思った。

「気にさわったらごめんなさい。問い詰めるつもりはありませんわ。
 人を殺すときに選ぶ基準とかあるのかと思いまして」

「選ぶというか、女性の敵と思った奴は全員殺す。
 この先生は女の子にチョーク投げた」

貞子の殺意は圧倒的だった。近くにいる者は
爪先からじりじりと電流を浴びたように体が震えてしまう。

会話ができてもやはり相手は化物。
神7の中で一番精神年齢の高いアントワネットでさえ
恐怖のあまり後ずさりした。

「あの……」

「なに?」

今度はミホが話しかけた。このタイミングで話しかけるのは勇気がいる。

「さ、貞子さんも昔色々あってストレスたまってますよね。
 私たちはリングシリーズをツタ〇でレンタルして貞子さんの
 辛い過去を知りました」
 
貞子は嘲笑したくなった。ストレスなどの次元の話ではないのである。
彼女の正体は怨念によってこの世に再生した超生命体である。
この世に残した強い未練を晴らすために快楽殺人を続けている。

「人を殺したくなる気持ち、痛いほどよく分かります。
 殺人するのもいいですけど、たまにはゲームでもして遊びませんか?」

ソフトは『ゼルダ無双 ハイラルオールスターズ DX』である。
貞子は無差別に人を倒すのが好きそうなので無双系にしたのだ。

「この薄いのはなに?」

「ゲーム機ですよ」

ニンテンドースイッチとは、ニンテンドーが開発した画期的なゲーム機である。

テレビモード、テーブルモード、携帯モードの三種類の機能を有し、
それぞれ据え置き機、純携帯用、携帯用と三種類の遊び方ができる。
老人と孫、友達同士、おひとり様。あらゆるシーンでの遊び方を
想定した汎用ゲーム機である。

ゲーム機本体部に液晶画面が付いているのが特徴である。
全世界で売り上げが好調だ。

貞子は90年代の人だから最新機器に疎いため、
めずらしそうに本体を触っていた。

ところで劇場版貞子3Dではニコニコ動画を通じて殺人をしていた。
パソコン画面から飛び出て襲い掛かるなど、
いかにも最新機器を知っていそうだが、気にしないことにする。

机の上に本体(液晶)を置き、テーブルモードでプレイしてもらう。

貞子は慣れないゲームをポルポトに教えてもらいながら
30分ほどプレイした。体感的に操作できるので初心者にもやりやすかった。

「少し疲れた」

貞子はPROコントローラーを置いた。
ミホが接待用に買った別売りのコントローラーだ。

貞子は伸びをし、あくびをしてから席を立つ。
また先生を殺すつもりなのかと、一同が緊張するが、
今の彼女からは、あの圧倒的な殺意が感じられない。

ガラガラ

教室の扉を開け、廊下に出てしまった。

『うわああああ、貞子がいるぞおお』『きゃああああああああ』

付近のクラスから悲鳴が聞こえてくるが、4組の生徒には
どうすることもできない。おびえ、逃げまとう生徒達に対し、貞子は
何もすることはなかった。玄関で靴を履き、校庭を歩いて校門の外へ出た。

彼女が学校の敷地から出るところを、神セブンたちは窓越しにはっきり見た。
ちなみに彼らの教室は二階にある。

「生きてる……? 俺たち、生きてるんだよな……?」
「ほっぺつねってみろよ」 「いてえ」 「本能寺の変とは違うぞ」

感極まった男子達が激しく抱き合い、感動の雄たけびを上げた。
狩りを無事に終えたペキン原人の集落のようである。

「ふぅ」

アントワネットは緊張が解けて椅子にもたれかかった。
貞子を接待するのは常に死と隣り合わせだった。

一種のばくちである。少しでも受け答えを誤り、
彼女を怒らせたら全員殺されたかもしれない。

「やったねポト君」「本当にゲームやってくれるとは思わなかったよ」

ミホとポルポトもガッツポーズした。ゲームで接待したのはこの2人だ。
ミホは資金を提供し、プレイの仕方を教えたのはポト。

とにかく神7は偉業を成し遂げたのだ。呪われた2年4組。
テレビから出て来た貞子に対し、平穏に帰ってもらうことに成功した。
いったいどこへ帰ったのだろうか。

しかし、この教室で忘れてはいけない人がいた。

「先生……?」

接待に夢中で気づかなかったが、ジイさんはまだ拳を
振り上げた状態で固まっていた。
レニングラードにあるソ連兵(対独戦勝記念)の銅像を連想させる。

「先生が息をしてないぞ……」 「まじかよ」

トロツキーとチョイバルサンが先生の脈を確認した。
確かに止まっている。呼吸もしておらず、眼球も動いていない。
明らかに死亡していた。

「おそらく、こうだと思う」織田信長が説明する。

貞子は先生にかけた超能力を解除せず、テレビゲームをしていた。
状況から考えて、先生は不自由な状態で動きが止まっていたため、
動脈に異常が発生し呼吸困難となり、その後死亡したのだろう。

なにせ拳を振り上げて止まった時はまだ元気だった。
ということは、先生を間接的に殺してしまったのは……

「私と……」「俺か?」

ミホとポトは全力で自己弁護したかった。2人ともジイさんは嫌いだったが、
殺したいほどの恨みはないし、クラスを救うためにゲームで接待したのだ。

「ふたりに非は在りませんわ。信長さん。そうでしょう?」

「俺だって2人を責めるつもりはまったくないよ。
 冷静に状況を分析したらこうなっただけだ。
 もしゲームしなかったとしても先生は確実に殺されてたと思うよ」

織田信長の言葉がはたしてどれだけ救いになったのだろうか。
これで学校関係者が何人死んだか数え切れないほどだ。

今回はクラスメイトが死ななかっただけましと考えるべきか。
あるいはあの先生を救うことができたのか。

温厚だったジイさんが最後の瞬間に発狂し、人間らしい感情を
むき出しにしていた。あの時は本気でむかついたが、
死んでしまうと思い出になってしまうから不思議だ。

ミホは生涯この先生のことを忘れることはなかった。


日付が変わる。ミホは運命的な休日を迎えた。
今日はジャニーズのライブの日なのだ。
今日のために美容室にも行ったし、新しい洋服も買った。

「初ライブだから、うれしいさより緊張の方が大きいな」

ミホは几帳面な性格なのでネットで初参戦する際のマナーは確認してある。

①ボードや垂れ幕は持ち込み禁止
②ペンライト等、光るものは公式グッズ以外使用しない
③帽子や「飾り付き」のカチューシャの使用は控えること
④うちわは「胸の位置」で持ち、且つ1人1枚まで
⑤うちわや手などは、左右に大きく振ってはいけない

特に④と⑤はジャニーズファンの間でしっかり沁み込んだ
ルールだといわれている。後ろの観客に迷惑をかけないためである。
前の席の人が大きく手を振るとアイドルの顔が見えなくなるのだ。

うちわにメッセージを書いておくと、それを目撃したアイドルが
ファンサービス(通称ファンサ)に答えてくれることがあるという。

ミホはうちわにどんなメッセージを書こうか、ギリギリまで迷っていた。

「やばっ。早くいかないと電車の時間がっ」

ミホは埼玉県の浦和市に住んでいた。
自宅は駅前の一等地にある一軒家である。
駅はすぐそこなので玄関まで走った。

「おうミホ。楽しそうだな」

「パパ。今忙しいからあとにして」

「俺だよ」

「アニキ……?」

なんというタイミング。引きこもりの兄が部屋から出るだけでも
めずらしいのに、玄関先にいたのだ。

「近くのコンビニで買い物してきた帰りだ」

「兄貴に買い物ができたんだ……」

「なめんじゃねえぞ。俺だって母さんに怒られたから
 社会復帰できるように頑張ってるんだ。もっとも
 今はコンビニに行くのが精いっぱいだけどな」

と言って誇らしげにゲームソフトを見せる。どうやら
アマゾンで買ったギャルゲーをコンビニ受け取りにしたらしい。

「あっそ。良かったね。じゃ私行くから」

「おう」

兄に見送られ、ミホは駅まで駆ける。
ジャニオタは、ライブに行くようになってからが一人前と言われている。
ミホは順調にジャニオタ街道を進もうとしていたのだ。

ライブは最高に盛り上がった。ステージから遠い席なので
自担が全く見えないのかと不安になったが、アイドルは気球や
トロッコに乗ってどこへでも現れてくれるのだった。
ファンに気を利かせたサービスである。

ペンライトとうちわを忘れずに持ってきたので手持ち無沙汰に
なることはなかった。ファン達はうちわに思い思いのことを書いている。

『私を釣って』『ピースして』『スマイル。プリーズ』

しかし、彼女たちの思いもむなしく。
ライブ中に自担と目が合うことすらまずないという話だ。
ミホは『いつも笑顔をありがとう』と書いておいた。

意外だったのは会場の暑さだった。
会場の盛り上がりはテレビ越しで見るのとは迫力が違い、別次元だった。
大汗をかいたが、着替えとタオルを持ってこなかったので後悔した。

それと双眼鏡。遠い位置にいるアイドルを見るには必須なのである。
双眼鏡を持っているファンの人は結構いた。
近くにヨドバシカメラがあるので、すぐにでも買いに行こうかと思った。

「でもお金ぜんぶ使っちゃったよ」

帰りにはグッズの山を買いあさり、両手が紙袋でふさがるほどだった。
興奮冷めぬうちに衝動買い。会場限定グッズが販売してるのだから仕方ない。
初めてライブに行く人はだいたいこんな感じらしい。

「失礼ですが、本村さんですか?」

「あっ。ポト君」

「やっぱり君か。みたところコンサートの帰りのようだね」

「なんでわかるの!?」

「だって周囲がジャニーズファンで埋まってるじゃないか。
 あの人達、みんなイーストのファンなんだろ?
 このあと電車に乗るのが憂鬱になるじゃないか。
 あの人数じゃあ一瞬で満員だ」

「ポト君も都内に遊びに来てるんだね」

「埼玉には何もないから退屈でね。
 僕は電車やバスに乗るのが好きだから
 用もなく都内に出かけるのが好きなんだ」

ポトはいわゆる電車マニアで、関東甲信越地方の
路線はほぼ把握しているという。他にもゲームが大好きで
外国語の勉強を好んだりと多趣味である。
変わった男だなと思うが、ミホも人のことは言えない。

「ポト君はどこか行く予定あるの?」

「そうだな。その辺の電気屋さんに寄ってから帰るつもりだよ」

「ヨドバシ?」

「うん」

「じゃあ私も行くよ」

そんな感じで二人一緒に売り場に行った。

ミホにとってポトはブサイクだし、間違っても彼氏彼女の関係ではないが、
貞子問題を考えるうちに自然と仲良くなってはいた。
ポトはジャニオタをバカにする性格でもないし、気の許せる男友達である。

荷物が重いので片方持ってもらった。

「おまえの荷物重すぎだぞ。
 なんでポスターとカレンダーがこんなに入ってるんだ」

「しょうがないでしょ。会場でしか売ってないレアモノだったの」

「CDと写真も入ってるな。こんなに買っちゃって、金残ってるのか?」

「ないに決まってるでしょ」

店内を歩き、目に入るのは携帯。オーディオ、カメラコーナー。
その裏に双眼鏡コーナーがあった。
どうやら初めからジャニオタを対象に販売しているらしく、
全国のコンサート会場ごとにおすすめの双眼鏡が並んでいた。

CANONが発売している人気機種に目が留まる。

「ポト君。これ買ってよ」

「ん。ええっと、6万!? こんなの中学生が買える値段じゃないぞ!!」

「でもジャニオタご用達らしいよ。防振機能がついてるんだって」

「ジャニオタはこんな高いのを平気で買えるのか!? 
 みんなセレブだな。俺はお金がもったいなくて
 買う気にすらならないよ」

「私は今月だけで10万使っちゃったよ」

「10万!? 中学2年生が1ヵ月で10万? 
 まじで言ってるのか!?」

「貞子用にニンテンドースイッチとソフトも買ったからね。
 今月はライブもあったからママから多めにお小遣い貰ったの」

「多めってレベルじゃねえぞ……。
 本村家がセレブなのは本当だったのだな。
 稼ぎの良い親をもってうらやましい」

(でもお父さんはロリコンだけどね)

そんなことを話してると、
近くにいるお客さんにクスクスと笑われていた。

「あの子たち、ほほえましいですね」

「お似合いのカップルだよな。
 俺も中学生の時にあんな感じで恋愛したかったよ」

着物を着た背の高い女性と、温和そうな女性顔の男性だった。
30代前半の夫婦だ。よほど旦那が好きなのか、奥さんの方が
ぴったりと寄り添っているのが特徴だ。

「太盛様。今日はエアコンを見に来たのでしょう?」

「そうだったなエリカ。マリンの部屋のエアコンが
 壊れちゃって大泣きしてたからな」

「売り場はあっちですわ。行きましょう」

品よく、優雅に歩く夫婦はアントワネットと同じ雰囲気だった。
見ただけで金持ちと分かってしまう。ミホのように父の代で
裕福になったのではなく、代々続く家系の品格がある。

(今の男の人。かっこよかったな。
 私のクラスにはあんなイケメンいないよ……)

ミホのクラスには一応美男子のトロツキーがいたが、
理屈屋で革命家っぽい顔はミホのタイプではなかった。

他にも政治家や戦国武将タイプの顔が揃っていたので
恋愛の対象にはならない。というか男子が5人しかいないので
恋愛すること自体難しい。逆にミホは男子から意識されていたが。

ミホは、彼らのように頭の良い人よりも
優しくてそばにいてくれる人が好みだった。
その意味ではポトが近い存在かもしれない。

Bon Jovi - It's My Life

とある平日の午前10時。いつ雨が降ってきても
おかしくない空模様だった。
ケイスケは玄関で靴を履きながら振り返った。

「母さん。今日も出かけるから」

「どこまで行くの?」

「メロンブッ……本屋だよ。どうしても欲しい本があってね。
 今日は勇気を出して都内まで行くつもりなんだ」

「わざわざ電車に乗っていくのね。
 東京じゃないと買えない本なの?」

「レアものなんだよ」

ケイスケが買いたいのはエロ同人だった。
彼はニート生活を送るようになってから
すっかり二次元オタになっていた。

「Suica貸してあげるわ。お金は十分に入ってるはずだから」

「いつも悪いね。小遣いも少し欲しいんだけど」

「何冊買うつもりなの?」

「い、いや。やっぱりいい。今日は見るだけで帰ってくるよ」

「ケイスケ?」

気まずそうに玄関を開けて出ていくケイスケ。
彼にもニートで家のお荷物になっている自覚はあった。

母は小学生のころから成績トップだった息子には特に甘く、
欲しい物の大半を買い与えてはミホを怒らせていた。

(今月はゲームソフト3本も買ってもらったし、さすがに悪いよな)

駅前までの一本道を歩く。いくつかの信号待ちを経て、駅前の階段を登る。

(くそっ。なんで人とすれ違うだけでこんなにおびえちまうんだ)

暇な大学生風の若者や買い物途中の主婦、小さな子供、老人など。
駅にはいろいろな人がいる。最近は白人を見ることが多くなってきた。

平日の日中は混んではいないが、それでもニートのケイスケには
人に対し拒否反応があった。心の壁・ATフィールドである。

JR宇都宮線で上野へ。山手線に乗り換え、秋葉原電気街口で降りる。
彼はもともとチャライ系の人だったのでオタクの世界へ
足を踏み入れたのは初めてだった。
テレビで見たのと同じ秋葉原の街並みが広がっていた。

(時間はたっぷりある。今日は偵察を兼ねて適当に町を回ってみるか)

信号が青になったのを確認し、人々が一斉に交差点を渡る。
ケイスケは道が分からないので彼らと一緒に進んだ。

平日なのに結構人がいる。すぐ隣を歩いている人は
ペルーなまりのスペイン語を話していた。
目立つビルを目指して歩くと、アニメイトのあるビルが見えた。

「4階がフィギュア売り場か。
 どうせ買えないけど、見るだけなら」

狭い階段を登っていく。4階のフロアでは
妹と同じくらいの年の女の子たちが集まって大きな声で話をしていた。
よく聞くと日本語ではない。中国系の人達だったようだ。

彼女らは順番にグッズを指さし、何事か感想のようなことを言い、
すぐに上の階に消えてしまった。

静かになったので、落ち着いてフィギュアを見ることができる。
すると異変が起きた。
背中からゾッとするほどの殺気を感じた。

後ろを振り向くと一人の女が片手をあげた。

「やあ」

間違いなく貞子だ。忘れるわけもない。
エリートだったケイスケを
一日にして廃人にまで追いやった張本人である。

「ほわあああああああああああああああ!!」

ケイスケは衝撃のあまり腰を抜かした。

実の父とほぼ同じ反応をしているのが滑稽(こっけい)だ。
若い男性店員は、ケイスケが急に騒ぎ出したので険しい顔をした。

「お客さん。あんまり騒ぐようでしたら出てってもらいますよ?」

「いやいや、騒ぐだろ普通。だって目の前に貞子がいるんですよ!?」

「貞子……?」

店員は貞子をじっと見つめた。
貞子は見た目が普通の女になっていて、おかしな所はない。

真っ黒なショートカット。きちんと手入れされているから、
つやがあってさらさらだ。肌の血色も良い。
どこでオシャレを覚えたのか、可愛いデザインのツーピースを着ている。

驚くべきことに貞子は外見年齢が14歳くらいになっている。
ミホのクラスに現れた時は19歳だったはずなのに。

「お客さん。僕もリング・らせんを見てますけど、
 貞子はこんな可愛い子じゃなかったですよ」

「うるせえ!! 信じろ!! こいつはマジで貞子なんだよ!!」

「自分の彼女のこと貞子って呼ぶなんて最低っすね」

「彼女じゃねえ!! こんな奴どうやったら彼女にできんだよ!!」

「アウ……?」

店員はゴリラの赤ちゃんのような顔をした後、
レジの前で気絶してしまった。
話をしている最中だったのになぜ?
あまりの展開にケイスケの頭が着いて行かない。

「邪魔だから寝かせた」

貞子は左手を宙へ伸ばしていた。どうやらその手の動きで人を
眠らせることができるらしい。超能力の一種である。

「これでケイスケ君と二人きり」

「ちょ……」

「他に客は来ない」

4階のフロアは、サイレントヒルの裏世界のように変化していた。
壁や天井が黒と赤を中心に変色し、のっぺりしている。
もちろん出入り口は存在しない。

「ちょっとお話しようか」

ケイスケを死の恐怖が襲った。

貞子はケイスケの目の前まで接近してくる。
知性あふれる魅力的な瞳がケイスケをみつめるが、
彼女の正体が超生命体なのはすでに分かり切っている。

「先にこっちから質問させてくれ。どうして俺に付きまとう?
 それにどうして前に会いに来た時に俺を殺さなかったんだ?」

「殺すつもりは最初からなかった。
 目的はひとつ。あなたに分かった欲しかったから」

「なにを?」

「私の心の痛み」

ぶわっと、貞子の全身から殺気の固まりが発せられた。
ケイスケはまた腰を抜かしてしまい、尻もちをついた。

「ゆっくり、時間をかけて話してあげる」

貞子が、一歩踏み出した。なんでもない。ただ歩きだしただけ。
貞子がそこにいることがすでに最大の恐怖だった。

ケイスケとの距離が、いよいよ指が触れる触れる距離になる。
貞子がしゃがみ、彼と目線を合わせた時には、ケイスケは発狂寸前になった。

今までの人生でこんなに怖いと思ったことはなかった。
理由はよく分からないが、貞子は確実に自分を殺そうとしている。
生きたい。助かりたい。また家族の顔が見たい。

一方的になぶられ、殺されるだけの命。みじめなものだった。

たとえ貞子の靴の裏を舐めてでも助かりたいと心から思った。

(考えろ。どうしたらこの状況を挽回できる。俺は頭の回転が速いと
 先生からも評判だったじゃないか。もっとよく考えるんだ)

まず、貞子の心の痛みをケイスケは知らない。
生前のことを言っているのだろうか。
たとしたら生前の貞子とケイスケには何の関係もない。

では彼女がケイスケに執着するわけは?
ケイスケの高校に女子高生を装ってまで侵入し、
あまつさえケイスケにナンパされるにまで至った経緯は?

彼の知性が導き出した答えはこれだった。

「ごめん」

ケイスケはとりあえず頭を下げた。

相手が怒っている以上、こちらから何を言っても
無駄だろうと判断したのだ。
営業職の人間が自分に非がなくても顧客に謝るのと同じである。

「俺、君のことなにも考えてなかった」

貞子は腕組しながら黙っていた。
まるで夫の浮気を叱る妻のような態度である。

重い沈黙の時間が流れるが、その間もケイスケは頭を下げたままだった。

「いいよ」

「えっ」

「許してあげる。ただし条件があるけど」

「どんな条件だ?」

「私のことをフルネームで呼んで。
 名前を間違えたら、やっぱり殺す」

また、がけっぷちに立たされてしまった。
すでに第二話で書いたが、ケイスケは目の前の女の本名など知らない。
リング本編では貞子と呼ばれていたから本名も貞子なのだろうが、
はたして本当に貞子と呼んでいいのだろうか。

そもそも貞子は女子中学生ではない。
この貞子は、本体とは別人の可能性もある。
だとしたら苗字など分かるわけがない。

「1分以内に答えない場合も殺す」

迷いのない口調だった。ケイスケの口の中が緊張でカラカラになる。
スマホを出して貞子のことを調べたいが、
そんなことをしたら殺されるだろう。

もはや万策尽きたか。
ケイスケは舌を噛み切って自殺しようかとさえ思った。

すると天井に小さなプラカードが掲げられた。
そこには『山村貞子』と書かれている。

ケイスケはその通りのことを口にすると、異空間が解けた。
サイレントヒルと同じ要領で元のアニメイトの店内に戻り、
貞子からの殺気も消えた。

「お客さん。さっきからずっと突っ立てますけど、大丈夫っすか?」

先ほどの店員が怪訝な顔をしていた。気絶したずの店員は元気そうだった。
納得できないのは、むしろケイスケのようだ。
貞子はまだいる。ケイスケの隣に立って、一緒にフィギュアを眺めていた。

蛍光灯の光。エアコンの音。店内の明るい雰囲気。
現実世界に戻ってこれた安心感から、ため息が漏れてしまう。

「なんでもないんです。貞子、ここから出よう」

「分かった」

アニメイトの外に出たら、また違う世界が広がっていた。

アメリカ版リングを思い出させる小さな島である。
酪農家の家畜。小さな家。海辺を見渡せる位置にある井戸。

貞子はケイスケと肩を並べ、海風を受けていた。
上空を見上げると、一面を雨雲が覆っている。
風の勢いが強い。今立っている先は断崖絶壁になっている。
見下ろすと寒気がした。

ごつごつした岩の並ぶ海岸では、激しく波が打ち寄せている。

「ひとつ教えてくれ。貞子は俺に何を求めている?」

ケイスケは恐怖と絶望を通り越して逆に頭が冷静になっていた。

「私に着いてきて」

貞子はそれだけ言って歩き出した。
彼女はいつの間にか白いワンピースに着替えていた。
靴も脱いだのか、素足である。

髪型はショートのままだ。
そしてあの死人のような表情でないのがせめてもの救いだった。

一軒家がぽつんと立っている。その周囲を囲うように芝と家畜がある。
日本の住宅と違って宅地の範囲が広い。

貞子たちが庭に一歩踏み入れると、明かりのついた家の一室から
夫婦喧嘩と思われる声が聞こえて来た。

「あの子を産んだのはお前のせいだ!!
 お前の血を引いたからあんな子になってしまったんだ!!」

「たとえどんな子でも自分の子は
 最後まで育てるって言ったのはあなたでしょ!!」

怒声。悲鳴。ガラスの割れる音。お皿が投げつけられる音。
島暮らしだと夫婦げんかも派手になるものだと思っている場合ではない。

(なんだあれは)

ケイスケは上空を流れすぎていく雲に圧倒された。
早送りしたみたいに大量の雲が流れては消えていき、一瞬で夜になる。
夜が明けたかと思うと、また空は一面の雲に覆われる。

時間にしてたったの1分くらいだった。
全く別の日付になってしまったその世界。
今度は家から少し離れた場所にある雑木林の道へ瞬間移動した。

その入り口に井戸があった。最初に見た海辺の井戸とは違う。
井戸の近くで母親と娘がいる。

「ママ。こんなところで話ってなあに?」 
「こうするしかなかったのよ、ごめんね」

金属バッドを手にした母親が、当時小学六年生だった貞子の
後頭部に一撃した。激しく血が噴き出し、患部を手で押さえる貞子。
意識がもうろうとするが、なんとか母親の暴力から逃れようと走り出す。

母親は追いつくと同時にさらに一撃を食らわせる。
貞子の左腕を強打し、貞子は耐え切れず座り込んだ。

母親は貞子の首根っこをつかみ、嫌がる彼女を無理やり井戸へ押しむ。

「ごめんなさい……」

貞子は抵抗むなしく、井戸の外へ落下した。
母親は井戸のフタにあたる石板をゆっくりとすべらし、
二度と出れないようにした。

井戸の底から見ていた貞子には、日の光が失われた恐怖。
そして井戸の底で衰弱死する恐怖と戦わなければならなかった。

母親は、貞子が成長と共に超能力者として目覚めていくのを恐れていた。
離島から通う遠隔地の学校で無自覚な力をたびたび発揮してしまい、
騒動を何度も起こしていた。貞子が普通でないのは島でも評判だった。

人知を超えた力を持つ娘が悪魔付きであると父が疑ったのをキッカケに、
貞子を今後学校に通わせるべきか夫婦で言い争う日々が続いた。
そんな中、感情的になった母親がついに貞子を井戸の底へ沈めてしまったのだ。

「どう思った?」

貞子がケイスケに問う。彼らはこの惨状を傍観者の立場で観察していた。
彼らの姿は、この世界の住人達には見えないのだ。

「ひどすぎるな……」

「でしょ?」

貞子が感情のこもらぬ瞳をしているのが、
ケイスケにはたまらなく恐ろしかった。

貞子は自分に同情してほしくてこの光景を見せたのだ。
正直言ってケイスケには赤の他人の不幸に過ぎない。
だけど適当にやり過ごそうとしたら、間違いなく殺されるだろう。

「おまえが人を恨むのは当然だ。実の両親にこんなひどい目に
あわされて、もう何を信じたらいいか分からなくなっちまうよな」

「うん」

「恨みの感情はずっと消えることはないのか?
 ミホのクラスでもたくさんの人を殺したんだろう?」

「殺しても殺しても満足することはないの。乾きが癒えない。
 どれだけ水を飲んでもずっと喉が渇いている感じ」

「俺は殺さなくていいのか?」

「あなたはどうしてか殺したくならない」

「なぜだ?」

「自分でも分からない」

雲がまた早送りで流れ始めた。大雨が降り始めたのでケイスケは
頭を両手で覆うが、大量の雨水はケイスケを素通りした。
地面の上を雨水がはねる。泥水が彼のズボンを汚すこともなかった。
全く自分は幽霊になってしまっているのかとケイスケは思った。
文字通り生きた心地がしないのだ。

雨が止み、虹がかかった。オレンジ、黄色。緑の三色だ。
ケイスケはこんなに美しく壮大な虹を見たことがなかった。
なだらかな草原に、虹色の強大な橋が現れたようだった。

「あなたを元の世界に帰したくない」

それはケイスケに死ねと言っているのと同じだった。
貞子は生と死のはざまの次元を生きている。ケイスケも今は
その中途半端な次元に招待されている。霊魂とでも言おうか。

貞子は元の世界に受肉し、自由に動き回ることができる。
このような芸当ができるのは、悪魔に等しい魔力を持っているからだ。

「嫌そうだね」

「あ……そ、そんな顔してたか?」

「顔に書いてあるよ。嫌だって」

「う……」

貞子は足を動かさずにケイスケの前に移動した。
空中浮遊の原理なのだろうが、
今のケイスケにはそんなことを気にする余裕はない。

「私は退屈を持て余している。人を殺めるのも気分次第。
 暇つぶしに学生のふりをして授業を受ける時もある。
 たまたまあなたの高校の生徒になった時、あなたが私に話しかけてきた」

貞子は真剣な瞳でケイスケに語り掛けていた。
正面から見つめられると、チャラ男のケイスケでさえ、
事の成り行きを思い出してしまう。

昨年の冬。ケイスケが図書館で一人寂しそうに本を
読んでいる女の子を見かけた時だった。
そこは学校の図書館ではなく、市の図書館だった。
平日の帰りなので人はまばらだ。

制服からして同じ高校の生徒だと思ったので、
軽い気持ちで話しかけた。

『きみ、占いに興味があるの?』

貞子はタロットカードや呪術について
書かれたマニアックな本を読んでいた。

ケイスケは本の内容になど興味はなく、
美少女モード全開の貞子を口説くのに夢中だった。

『君の髪型、すごくきれいだよ。大人っぽくてさ』

『山村さんって名前なんだ。覚えておくよ。君みたいな
 可愛い子がうちの学校にいるなんて知らなかったな』

『俺、いつも暇だから、気が向いた時に連絡していいよ』

それから何度か学校ですれ違う時などに会話をした。
貞子はケイスケの一つ下の学年だったが、彼と会いたくて
わざわざ上の学年の校舎をふらふらしたりしていた。
ラインでも連絡を取ろうとしたが、ケイスケは薄情にもスルーした。

『うそつきは嫌い』

貞子がケイスケの家に入った時、はっきりと言っていた言葉。
口説いた以上は責任を持てと言っているのだ。

女をおもちゃにしようとする奴は苦しめて殺すのが彼女の流儀。
だがケイスケのことは特別に思っていたから、その気になれなかったのだ。

(俺は運が悪い)

彼が学校中の女子をナンパしていたのは前に述べた。
その女子の中に貞子が混じっていたのが全ての不運。
そして妹のミホが、たまたま災厄のクラスに進級したのも間が悪すぎる。

「ここはどこだ?」

ケイスケが急に視界が暗くなったと思ったら、
いつの間にか井戸の底に移動していた。
狭い空間だ。井戸から上を見上げると小さな空が見える
ひざまで冷たい井戸水につかっていて、気持ち悪い。

「私が死んだ場所」

「そうか」

ケイスケは表情を失っていた。考えたところで状況は改善しない。
自分は貞子のおもちゃであり、抵抗は無意味なのだ。
彼女の気まぐれで別の世界や空間に移動させられ、
そしてなぶられて殺される。

「私とずっと一緒にいようか」

暖かい本村家が記憶から遠ざかっていくのを感じた。
それほど井戸の底の環境は残酷すぎた。
非現実世界にいるはずなのに、あまりにも現実過ぎた。
むしろ、元の世界なんてなかったのかと思うくらい。
この膝に感じる水の感触、水の中に浮かんでくる謎の黒い髪の毛の束。

吐き気がするのをこらえた。

貞子は人形のように冷たい顔でケイスケを見つめていた。
このまま自分は元の世界へ帰れなくなる。
ケイスケが核心に近い思いを抱くと逆に生へ欲求が高まった。

極限状態によって新たな発想が生まれたのだった。

「もう、よせよ」

慈愛を込めて貞子を抱き寄せた。
折れてしまいそうな、華奢な体。
余計な脂肪は全くなく、まさに死人にふさわしくやせ細っている。

胸をぴったりと押し付けると、確かに鼓動が感じる。
この体制では彼女の表情を読み取ることはできないが、
胸の奥に温かい感情が生まれるのが分かった。

人のぬくもり。貞子がずっと追い求めていたものだった。
彼女には永遠に手に入らないと思っていたもの。

「お前の気持ちはよく分かった。だから落ち着け」

抱きしめたままの態勢を維持しながら続けた。

「俺がいればさみしくないんだろ?
 なら、一緒にいてやるよ」

貞子はうれしさのあまり、
居てもたっても入れなくなりそうだった。

「本当に一緒にいてくれるの? 口から出まかせじゃないの?」

「嘘じゃねえよ。おまえを口説いちまった責任を
 取らないといけないからな」

「本当?」

「ああ、お前の気のすむまでいてやる。
 この世界でしばらく暮らせばいいんだろう?」

「元の世界に返ったら、あなたは私から離れていく」

「そう思うだろうな。だったらこの世界にいてもいいよ。
 どうせあっちの世界に帰っても俺はニートだ。
 学校に戻るのも気まずい。だけどよ、せめて地上に出してくれよ。
 ずっと井戸の中にいたら低体温症になるぞ」

「分かった」

島の一角に出た。気が付いたら別の場所にいた。
また瞬間移動したのだ。
開けた放牧地に小さな小屋がある。
ケイスケには不思議と大蒙古の草原にぽつりと立っている小屋に思えた。
初めて見るはずなのに、不思議な感覚だった。

母からモンゴル時代の話はよく聞かされて育ったから、
そう思ったのかもしれない。

小屋は最新のログハウスの形をしていた。
小さな別荘と言った風だ。

「こっち」

貞子に案内されると、中には二台のベッドが並んでいて、
他に空いたスペースはほとんどない。
壁際に小型の木の机とイスが置かれていた。

「木のぬくもりがして、隠れ家って感じがする場所だな。
 定年退職したじいさんとか、遊び好きの子供が喜びそうだ」

「ケイスケ君」

「おまえ……また衣装が変わってるな」

「こっちのほうがあなたの好みでしょ?」

「ミホと同じ中学の制服か。俺は中学生フェチじゃないけど、
 悪い気はしないな。今のお前は年も背丈もミホと同じくらいなんだな」

ベッドに二人で腰かけ、肩を並べた。貞子はショートカットの髪を
自分で少し撫でながら、乙女の顔でケイスケを見た。
美少女モードの貞子は確かに綺麗だった。

「あなたとお話がしたいの」

「いいよ。どんなことを話したい?」

「あなたが決めていいよ」

そう言われると困る。

「思い出話でもいいのか? たぶんつまらないと思うけど」

「いいよ。話して」

「そうだな……」

ニート中にプレイしたエロゲーのヒロインの話をしたら拳が飛んできた。

「そういう話は嫌い」

「すまん……冗談だよ」

ケイスケは庭先まで吹き飛んでから、また小屋へ戻って来た。
強烈な一撃だったが、貞子が手加減してくれたので不思議と無傷だ。

「貞子の制服姿見てたら中学時代を思い出したよ。
 旅行の話でもするか? 学校の修学旅行の話なんだが、
 俺が中学三年の時だな。宿に泊まった夜に同じ部屋の馬鹿が
 集団で脱走計画を立てやがってさ……」

「うんうん」

異世界では時間の感覚などない。ケイスケはおしゃべりなので
一度話し始めると次々に話題が頭に浮かんだ。

「高1の秋だった。クラスで授業中に携帯を鳴らした奴がいて、
 先生が怒りだすんだが、なかなか名乗り出ようとしない。
 最後は先生が全員の持ち物検査を始めるって時に手を挙げたのが
 サッカー部の奴でな」

「うん」

「……で、先生が偉そうに言うんだよ。お前たち生かされてるんだ。
 親に生かされてるんだ。親に高い学費を払っているから、
 今の学校で勉強ができるんだ。
 親に対する感謝の気持ちをひと時も忘れるんじゃねえってな」

「厳しい先生。昭和みたいだね」

「だろう? うちの学校、校則厳しすぎるんだよ。
 今どきケータイ持ち込み禁止の学校なんてそうないぜ」

ケイスケは喉が渇くまで永遠と話を続けた。
貞子は全く飽きることなく、たまに微笑み、うなずきながら聞いていた。
全く友達に話すのと同じ感覚であり、
気が付いたらケイスケは貞子への恐怖心が消えていくのだった。

会話をしながらも、器用にも二人はそれぞれ別のことを考えていた。

(こいつは、なんで俺のつまらない話を聞きたがるんだ?)

(ケイスケ君は、いつまで一緒にいてくれるのかな)

(俺のどこに魅力がある? 昔は優等生だったが、
 今はヒキニートになっちまったんだぞ)

(乾くことはない。どれだけ人を殺しても同じだった。
 今私が欲しいのは彼)

(貞子の考えが読めない)

(一分でも多くここにいて欲しい)

互いが腹の内を探りながらの奇妙な関係だった。

その頃、元の世界では本村家は大混乱に陥っていた。
ケイスケがあっちの世界に旅立ってから実に10日が経過していた。
別世界とは時間の経過が全く異なるのである。

「ケイスケはどうして帰ってこないの!?」

ママは荒れた。

警察に捜索願を出そうとするのを、夫と娘に何度も止められた。

彼が行方不明になった原因が貞子だとなんとなく分かったからだ。
なぜ分かったのか。もしかしたら凶悪犯罪に巻き込まれた可能性もあるのに。
(貞子も十二分に凶悪犯罪だが)

その疑問に対する答えがこれである。

『しばらくケイスケ君を借りていきます。仲間由紀恵』

書置きが、ケイスケの部屋の扉に貼ってあったのだ。
貞子はあえて俳優の名前を使っており、名誉棄損であった。

これは本村家にとって恐慌であった。ママの命により、
神セブンからアントワネットとポトが本村家へ速やかに参考人招致された
(ここは国会ではないが…)

「アントワネットちゃん。早くケイスケを連れ戻してよ!!」

「く、苦しいですわ。お母さま」

「神セブンの人なら貞子に詳しいんでしょ。
 連絡先とか住所とか分からないの!?」

「そう言われましても、知るわけないでしょ。
 それに貞子のことは私の力ではどうにもなりませんわ!!」

ダイニングの席に座ったアントワネット。
向かい側の席に座るママは机を拳で乱打し、中学生たちに
無意味なプレッシャーを与えていた。

ママは長男のケイスケを目に入れても痛くないほど可愛がっていた。

小学高学年あたりからどんどん成績が伸び、中学に上がった時に
塾でトップの成績を取った。高校受験は難関校に合格し、
その後はおよそ学業で挫折することを知らなかったほどだ。

ママはケイスケが百点に近い答案用紙を持って帰るたび、お小遣いをあげた。
同じ兄妹でもケイスケとミホでは出来がはっきりと違った。

ミホが悪いのではなく、ケイスケが優秀過ぎるのだ。
ケイスケの小遣いの額はひどい時で妹の二倍だ。そのたびにミホを怒らせた。

「アントネットさん。妻が粗相をして申し訳ありません。
 紅茶でもお飲みになりますか?」

「まあ。おそれいりますわ」

ベルギーワッフルと紅茶だ。ユキオはワッフルの作り方など
知らないので近所のセブンで買ってきた。
それでもアントワネットは美味しそうに食べてくれた。

隣に座るポトはおとなしくワッフルをほおばっている。
彼は甘党なので食が進んでいた。

ユキオにとりポトにまったく興味はないが、
アントワネットと話したくてしょうがない。

「お茶なんか飲んでる場合じゃないのよ。早く対策を考えなさい!!
 ほら。そこのガンジー君も案はないの? 
 なんでも思いついたこを言わないと家に帰さないわよ!!」

「僕の名前はポル・ポトなんですけど……」

「どっちでもいいわ!! ガンジーもポルポトも似たようなもんでしょ」

全く違う。

ポルポトは人類史上最強の大量殺戮者であり、
非暴力主義のガンジーと対局に位置する。

「落ち着きなさいマリエ。子供たちの前で取り乱してみっともないぞ」

「あなたが無関心すぎるのよ。
 うちからケイスケがいなくなったら将来はどうするつもりなの!?」

「分かった分かった。まず冷静に話をしようじゃないか。
 落ち着かないと話も先に進まないよ」

ママがどれだけ騒ごうと、貞子と連絡する手段がないから話が進展しない。
なにせケイスケたちがいるのはアメリカ版リングに描かれた
気がする、あの舞台である。筆者はしばらくDVDを見てないのでどのような
場所だったかよく覚えていないが、たしか孤島の酪農家だったと思う。

(休日に人を呼び出しておいて、なんですのこのババアの
 態度の悪さは。最高にうざいですわ)

マリー・アントワネットがそう思うのも当然であろう。
六人掛けテーブルの隣に座るポトは、アントワネットがイラついてるのが
良く伝わってきた。一年の時から同じクラスでよく話す仲だったから、
彼女の考えてることは何となくわかった。

ところで、独裁政治とは何か?

「ママ。アントワネットが切れそうな顔してるから
 もういいよ。お兄ちゃんが心配なのはわかるけど、
 この子を責めたってしかたないでしょ」

とミホ。

「ケイスケさんのことは明日から神セブンで真剣に話し合います。
 アントワネットもお母さまと同じように貞子問題で
 悩んでますから、そんなに責めないであげてください」

ポルポトも助け舟を出す。彼は非常に温厚な性格をしていたから、
ママを説得することに成功した。
説得するのに30分もかかってしまったが。

ミホとユキオに謝罪され、菓子折りまで渡されあと、
夜の道を歩く二人の中学生。ポトとアントワネットである。

ユキオに車で送ると言われたが、丁寧にお断りした。

「もう夜の9時過ぎか、中学生が歩いて良い時間じゃないぞ」

「ポト君は真面目なのですね。今どきの学生は夜遊びくらい普通です」

「むしろ君の方が校則とか守りそうなのに、そっちの方が意外だよ。
 学校にティーポット持ってきたりとかさ。君に影響されて
 僕までゲーム機を持ってきてしまったよ」

「うふふ。ルールなんて赤の他人が決めたものじゃない。
 人生は楽しまないと損するわよ? 一度きりしかない人生なのだから」

地方都市の中心街を歩く二人。駅前通りなので車の往来がある。
通勤時間帯ほどではないが、行き来する車の明かりで道路は明るい。

「なあ、アントワネット。君はどうしてうちの中学に来たんだ?」

エンジンの低い音が彼の声をさえぎる。一台のタクシーが通ったのだ。
ライトが一瞬だけアントワネットの横顔を照らした。

「親の決められた通りに生きるのが嫌だったの」

「私立の学校のことか?」

「そう。私は庶民的な暮らしの方が性に合う気がするのよ」

「教室で優雅に紅茶を飲んでいる姿はどう見ても金持ちだけどな」

「ああいうのは、くせだから治せないの。でも今の学校は
 楽しいわよ? みんなと明るく、元気に話せて……。そうね。
 一年生の頃までは楽しかったかな。でも今は……」

コンビニエンス・ストアの近くに差し掛かった。
自動ドアが開き、男性の買い物客が出て来る。
彼はバイクにまたがり、さっさと消えてしまう。

「ここでお別れだな」 「ええ」

セブンイレブンが目印の交差点。ここから先は別々の道になる。
高級分譲マンションに住んでいるアントワネットと、
ごく普通の一軒家に住んでいるポトでは方角が違うのだ。

「アントワネット。さっき最後になんて言おうとしたんだ?」

「今日はもうこんな時間だから、明日話すわ」

「そっか。じゃあ、また明日な」 「おやすみなさい」

家に着いた時刻は九時半。アントワネットは帰りが遅いことを
親に心配され、説教までされてしまった。

アントワネットは貞子問題のことはふせておいて、
友達と夜遊びしてたことを告げると、
怒った母から門限通りに帰ることを強制された。

門限とは夕方の6時である。娘を心配してのことだろうが、
古風が過ぎる。思春期の子供にこういう教育をしたら
逆効果になるのが分からないのだろうか。

日付が翌日に変わった。月曜日である。

「今日はどうもおかしくないか?」 
「時間になっても先生が来ないようだな」

トロツキーとバルサンである。とっくに一時間目の授業が始まっており、
現に隣の5組からは英語の先生の声が聞こえる。だが4組だけ
忘れ去られたかのように先生がやってこないのである。

「おいおい、まさかうちのクラスだけ先生方が授業を
 ボイコットしてるってのか?」

織田信長が両手を大きく広げながら言う。それにポトが反応した。

「そうかもしれないな。まだ分からないから、自習でもしてようか。
 一時間目は国語だったな。おい信長。俺、しばらく授業中に
 ゲームばっかりやってたからノート見せてくれよ」

「ほらよ。今まで真面目にノート取ってたのがバカみたいに思えて来た。
 俺にはゲーム機貸してくれよ」

「PSPとDSどっちにする?」

「PSPにするか。ソフトは何を持ってるんだ?」

「アーマードコアとサイレントヒル、織田信奈の野望だ」

「織田信奈ってなんだ?」

「史実の織田信長を美少女にしたギャルゲーだよ。
 原作の漫画はすげえ人気なんだぞ。おすすめだ」

「じゃあそれにするか」

織田信長はPSPを握りしめ、ゲームに没頭した。
空気を読まず音を出しているが、それを注意する生徒はいなかった。

トロツキーとバルサンは隣の席でいつものように貞子問題や、
日本の資本主義や議会制民主主義の欠点について話し合っている。
こういう話が始まると女子たちはドン引きし、彼らと距離を取るのだった。

中学生が政治経済の話に夢中になるのは普通ではない。
彼らは今すぐ参政権が欲しいタイプの未成年だった。

ちなみにトロツキーとバルサンは史実では熱烈な共産主義者である。
(バルサンはモンゴル人民共和国の独裁者であり、お風呂場で使うあれではない)

ポルポトは貞子問題による負担により、しばらく真面目に授業を
聞いてなかった遅れを取り戻そうと、ノートを必死に取っている。
彼は生真面目で優しい人柄であり、容姿が優れてなくても
人から支持を集めるタイプだった。

現に女子のミホとアントワネットから一番慕われているのが彼だった。

「では、一時間目は自習の時間としましょうか。
 まずはお茶でも淹れましょう」

「いつも高いお茶をありがとね」

アントワネットとミホは小さなお茶会を開いていた。
朝一からこれである。神セブンしかいない教室には
もはや学校としての規律など存在しなかった。

「あーおいし。兄貴のことだけど、ほんとにどうすればいいんだろ」

「実は今朝、私の部屋の前に新しい書置きがありまして」

「ぶぅ!?」

ミホは耐え切れず、お茶を吹いてしまう。
机の上が汚れてしまった。

その書置きにはこう書いてあったそうだ。

『向こうでケイスケ君と幸せに暮らしてます。山村貞子より』

しかもスーパーのチラシの裏にである。

ツッコミどころは山ほどある。向こうとは、いったい何を指すのか。
異世界のことを言っているのか。ではケイスケは異世界に連れて行かれたのか。
そして暮らしているとは……どういう意味なのか。同棲でもしたのか。
アントワネットの部屋の前に書置きを残す意味は?

ミホはアントワネットに顔を近づけ、小声で言う。

「これ、やばい内容じゃん。他の人に見せなくていいの?」

「バルサンたちに知られたらまたうるさいでしょ。
 今は私たちだけで良いわ。あとでポト君と信長君には見せてあげるけど」

チョイバルとトロツキーは話が盛り上がり、
粛清するべき日本の国会議員の名前を次々にノートに書きだしていた。
そしてこの国に必要ない政党は、現存する全ての野党という結論に至った。

これは共産主義者でなくとも、ほとんどの日本国民が同意することであろう。

余談になるが、前回の衆議院総選挙(2017)など盛大な茶番劇である。
予想通り自民の圧勝であった。別の政党と政権交代する可能性が限りなくゼロに
近い以上、選挙をやる意味がなく、費用も無駄である。
(ところで希望の党の政党支持率は、この小説執筆時点でなんと1%まで落ち込んだ)

野党によるモリカケ問題の追及から逃れるための
衆議院の解散だったのは明らかだった。首相は自ら罪を認めたようなものだ。

与党がどれだけ悪事を働いても国会や司法で裁くことができないならば、
現在の日本は自民党一党独裁国家にかなり近いと考えられる。

このおそまつな現状でお隣の中国や北朝鮮の独裁政治を批判できるだろうか?


「ほぁわあああ!! 選択肢間違えて決定ボタン押しちまったよ!! 
 これ、どうすりゃいんだ?」

「さっきセーブしたところからやり直せばいいんだよ。
 ちょっと貸してみろ」

織田信長とポトは楽しそうだった。

信長もポトに負けないくらい人情に厚く、気が合った。
彼は困った生徒を積極的に助けるのが好きで、保険委員でもあった。
ただ、名前が名前なのでどうしても残酷なイメージがつきまとってしまう。

彼のイメージソングは郷ひろみの
ゴールドフィンガー(4話のタイトル参照)である。
本能寺で壮絶な死を遂げる際に熱唱したという(嘘である)

ガラガラ ←扉が開いた音

ついに先生がやって来たかと、神セブンたちが身構える。

「あー、おほん」

わざとらしく咳払いをしたのは初老の老人。この学校の校長である。
相当に年老いていて、腰は曲がり、ふさふさの白髪。メガネの調整が
あってないのか、鼻から垂れてしまいそうである。

「みなさん。少し手を止めて聞いてください」

しわがれたおじいさんの声である。

ポトはノートから顔を上げ、織田信長はゲームを机に置いた。
ティーカップを手にしているミホとアントワネットは、
申し訳なさそうな顔をした。

「先ほどの職員会議により、君たち4組に対する今後の方針が決まりました。
 君たちは今学年が終了するまで教室で自主学習に励むこと。
 それと自宅から私物を持ち込んでいるようですが、どうやら
 学生生活を送るのに必要だと思われるため、許可します」

その内容を生徒達はすぐには理解できなかった。

PSPからはゲーム音楽とキャラクターの声が流れっぱなしだが、
これをどう解釈したら学生生活に必要になるのだろうか。
アントワネットのお茶タイム用品も同様。

バルサンたちの共産主義的トークも学生らしくない。
中学生で政治的危険思想を持っている人などそういないだろう。

そのような混沌の中、ポルポトが真顔で挙手した。

「先生。それはつまり、俺らはこの教室で自由に
 していいってことですよね?」

「それはあなた達の自主性にお任せするということですね」

「同じ意味じゃないですか……。ちなみに朝のHRとかは」

「そんなものありません」

「体育の授業とか」

「校庭や体育館に出る必要はありません。
 帰りの時間までこの部屋にいなさい。 
 あと職員室に来るのも止めなさい。
 理由は言わなくても分かるね?」

ポルポトは首を縦に振った。
担任のじいさんが殺害されてからというもの、
教師陣はこのクラスに対する不干渉を決めたのだ。

それも無理はないだろう。クラスの40名の定員に対し
現在残っているのは、たったの7名。

神セブンとは聞こえがいいが、ようはそれだけ多くの生徒が
死んだか、再起不能になったのである。

「そいうことですから、よろしくお願います」

扉を閉めていく弱弱しい校長の姿が、
晩年のニコライ二世の姿にかぶった。
のちにそうトロツキーは語る。

「聞いたか、諸君。
 我々は今日からいつでも貞子問題について話し合えるぞ!!」

トロツキーが言うが、喜んでもいられない。

学園側が4組を放置することを決定したのである。
これにより生徒達は自分たちで貞子と立ち向かわなければならない。
未来の希望などまるでない。

今日もまた『2時55分』はやってくる(6時間目の授業は毎日ではないが)
貞子は時間割通りに授業を受けない人には容赦しない。
普通に考えたら若干7名の生徒が来年の3月まで生き残っている保障はない。

「さあて諸君。さっそく会議を始めるぞ。席を会議用に並べ替えろ。
 織田信長はゲームを中断しなさい」

バルサンの指示で全員がコの字になるよう席を入れ替える。

アントワネットは話し合いがめんどくさいので、
書置きのチラシを机の引き出しにしまおうとした。

「ちょっと待った」

真後ろから声をかけられ、振り返ると男子がいた。
神セブンの一員であり、今回まで本編で紹介されなかった最後の一人である。

「そのチラシ、何が書いてある? 見せてもらおうか」

「あっ」

奪うようにチラシを見たあと、すぐに返してくれた。
その男子は席に深く座り込み、また考え事をした。

彼は寡黙な男だった。制服を着ることを好まず、いつもグレーや
黒のパーカーを着ている。寒い季節じゃないのにフードを被り、
マスクをして表情を隠していた。

アントワネットは、このクラスになってはじめて彼の声を聴いた。
沈んだ音色だが、確かな知性を感じさせる深みのある声だった。

「おい。そこの男。今何を見た?」バルサンが目を細める。

「低俗な貴様らが見てもまたすぐに騒ぐだけだ」

「なに?」

早口で無礼なことを口にされ、バルサンが鼻息を荒くした。

「互いに知りえた情報の開示は、我々の義務だろう。忘れたのか?
 おいアントワネット。そのチラシをよこせ」

アントワネットが諦めた顔で手渡すと、
共産主義コンビはやはり驚いていた。

「わざわざ書置きを残す理由が気になるな……」 
「なぜもっと早く我々に教えなかった?」
「本村さん。ケイスケさんが消えた場所や時刻を正確に教えてくれ」

「ケイスケさんが買い物に行った理由もだ。
 何を買うつもりだったか判断する手掛かりはないのか?」
「本村さん。そのふてくされた顔はなんだ? 君は神セブンとしての自覚が……」

ミホはしばらく共産主義者たち特有の尋問に付き合わされた。
矢継ぎ早に質問されると非常に疲れる。それにムカついた。
ケイスケが消えた理由を一番先に知りたいのはミホ自身だ。

アントワネットはため息をつき、気分転換を兼ねて
ポトと信長にチョコレートを配った。

信長にあんこの方が好みだと言われたが、
残念ながら西洋菓子しか持ってきてない。

「あなたは食べないの? 
 甘いものを食べると心が落ち着くわよ」

「失礼だが、遠慮する。今はそんな気分じゃない」

男は足と腕を組んだまま姿勢を崩さない。
寄るな、近づくなというオーラを全身から放っており、
どう見ても人と群れるのを好むタイプではない。

フードとマスクの裏にどんな顔が隠されているのか。

「よせよマリー。そいつに関わるな」 「そ、そうね」

ポトに言われ、マリーは距離を取った。

アントワネットがあまりにもおびえているので逆に
気の毒になった男は、今度は優しい口調で返した。

「そんなに怖がらせるつもりはなかったのだがね。
 悪かった。僕にも一つ頂けないか?」

男が大きな手を差し出した。マリー・アントワネットは、贈答用の
チョコレートセットの箱を差し出した。何種類ものチョコが
並ぶ中で、彼はウイスキーボンボンを選んだ。

食べる時だけマスクを外した。口元はかなり整っていた。
目つきはおだやかだが、威厳に満ちていてとても
中学生とは思えない。彼はチョコを満足そうに食べていた。

「なかなかうまいな。もっと早くもらっておけば良かった」

すると彼は立ち上がり、いまだミホを
尋問しているコミュニスト(共産主義者)らを指さした。

「クラスメイトよ。いつまで本村を尋問しているつもりだ。
 どれだけ質問しても彼女が知ってることには限界がある。
 彼女が嫌がっているのに、それ以上続けるのはセクハラじゃないのか?」

「セクハラだと?」

カンに触ったのはバルサンだった。
彼の名前もなんとなくセクハラっぽいのは気のせいか。

「バカなことを言うじゃないか。貴様はまずセクハラの定義を述べてみろ」

「明確な定義はないが。少なくとも本村がそうだと判断したらそうなる。
 性的なものに限らず、嫌がらせに値する行為すべてに該当する可能性がある。
 もっともセクハラの定義は職場や学校など集団によって異なるから
 定義などできるわけがない」

「これは驚いた。意気地のない男だとばかり思っていたが、
 一度しゃべりだすと洪水のように言葉があふれ出て来るではないか」

「今まで無意味だと思うことに口を出さなかっただけだ」

「では今は意味があると?」

「そうだ。ある。大いにある」

「では貴様の意見を聞こうじゃないか。
 これからの貞子の問題についてどう考える?」

「静観だ」

「は……?」

「見守ると言った。我々にできることは何もない。
 そして、貞子が我々に危害が加えることはおそらくない」

彼の意見をまとめるとこうなる。

貞子は、おそらく死後の世界と思われる場所へケイスケを案内した。
両名は恋人として暮らしているから帰るつもりがない。
ケイスケは無理やり応じたのだろうが、少なくとも貞子は満足している。

彼女の殺人の根源的な欲求であった現世での未練を果たしている。
現世の人間で例えると婚約前の女とでも言おうか。

ケイスケ個人の意思を犠牲にすることにより、
神セブンはこのまま平穏無事な生活を送ることができる。

「ぼ、暴論だ……。ほとんど推測の域を出ないじゃないか」

トロツキーが狼狽(ろうばい)しつつも、なんとか言い返そうとする。

「根拠ならある。俺は今までにリング全シリーズをレンタルして観た。
 原作も買った。インターネットで情報収集した。それで分かったことがある。
 貞子の生前の未練とは、親と異性からの愛情の欠如だ」

「ケイスケさんを連れて行ったのはその愛情を埋めるための行為。
 彼を執拗に愛し、連れ去ったのがその良い証拠だ。
 以前にケイスケさんを自宅で襲撃した際に殺さなかったのはなぜだ?
 担任のじいさんは殺されたのに、貞子をナンパした張本人を生かした。
 女好きは全員殺すと言った彼女の考えに矛盾する。したがって……」

理論整然とした話し方は弁護士のそれだった。

低い音程には安心感と説得力があり、語尾がしっかりと止まる。
語尾を伸ばす人が多い若者と正反対の話し方だった。

神セブンたちは、彼の言葉が脳内に
直接叩きこまれるほど引き込まれていった。
人の話す言葉とは、こうも音楽的で心地よく感じるものなのか。

彼の中学生離れした知性はどうやって手に入れたのか。才能なのか。

トロツキーは沈黙してしまった。口達者な彼が
言い負かされることなどまずないのだが。

「君は何か言いたいことはあるか?」

「ない……」

バルサンも敗北を認めるしかなかった。

男の言う通り、現状は静観するしか方法はないと思われた。
教室に現れるのも、人を連れ去るのも貞子の勝手。

人類の常識が通用しない相手にこちらからアクションを起こそうとする
あらゆる行為が冒険的であり、無意味であると結論された。

(この男はいったい、なにものだ……?)

織田信長は本能寺で明智に襲撃された時の顔をしていた。
彼は前世が戦国武将だから、その男が普通でないことには
うすうす気づいていた。アントワネットもポトも同じように警戒していた。

だから今まで、みだりに話しかけたりはしなかった。

「あの」

「なんだい本村さん?」

「あなたの考えだと、私の兄はずっとあの世界に?」

「分からないな。貞子の気分次第と言ったところだろうね。
 わざわざ書置きを残すのだから
 書いた当時に上機嫌であったことは伝わるよ」

冷静過ぎる物言い。冷たくすらある。ミホは大嫌いな兄でも
肉親なのでなんとかして取り戻したい気持ちはある。
家に帰ればママはストレスでおかしくなっているかもしれない。

ママが参考人として求めるなら、目の前の男が適任だと思われた。

「あなたの名前、まだ聞いてなかったね」

「ロベスピエールだ」

その名を聞いた瞬間、トロツキーは椅子から転げ落ちた。
同じようにバルサンも椅子をガタガタいわせて動揺した。

「エクスキュゼモア ムッシュ ブゼット マクスミリアン?」

「そうだ」

アントワネットの仏語(名前の質問)に答える男。
彼の名前はマクシミリアン・ロベスピエールと言った。

日本ではあまり知られていないかもしれないが、
フランス革命期の政治家で、『史上初のテロリスト(恐怖政治家)』なのである。
ジャコバン派(山岳派)の指導者であり、ギヨティーヌ(ギロチン)で
多くの反対主義者の首をはねた(一万人以上)ことで有名である。

『ルイ16世の処刑』を実現させ、レーニンに絶大な影響を与えた人物である。

ソ連の恐怖政治は彼のやったこと(テロール)の拡大版だと、
レーニンが認めている。レーニンはロシア革命をに成功させるために
フランス革命を研究し尽くし、その失敗の原因を熟知していた。

レーニンがテロの徹底のために秘密警察を組織し、
のちにスターリンがそれを引き継ぎ、国内に膨大な数の強制収容所を作り出した。

もっとわかりやすく言うと、世界最大の社会主義国ソ連がもっとも
お手本とした政治家であり大先輩である。

(この男がロベスピーエル!?) ポトも恐怖のあまり手が震えた。

このクラスには世界史の有名人の生まれ変わりが何人もいるが、
この男から感じる威厳は政治家そのもの。もはや中学生ではなく、
ジャコバン派(フランス革命の派閥の一種)のリーダーが
そこにいるとしか思えない。そう思わせるほどに彼の存在感は圧倒的だった。

「あ……あぁ……。ロベス、ピエール……」

マリー・アントワネットは、彼に何をされたわけでもないのに
膝をついてしまい、震えていた。ナポレオン将軍がその地位に着く以前に
フランスで独裁者だった男だ。
西洋最強だった1000年王国(ブルボン家)を消滅させた男。

ロベスピエールはパーカーを脱ぎ、マスクをごみ箱に捨てた。
彼は中にちゃんと制服を着ていた。神セブンの前で堂々と顔をさらしたのだ。

彼が部屋の中央に立つだけで、後光が指しているようだった。
トロツキーとバルサンは彼の独裁者オーラに委縮してしまっている。

うちの国を天下統一した信長と、カンボジア共産党トップの
ポトも似たようなものだ。つまり格が違うのである。

「お願いだよ、ロベスピエール君。
 うちのママに貞子のことを話してあげて」

彼に臆してないのは、歴史上の人物の生まれ変わりではない本村ミホのみ。
彼女は小説のオリジナル人物なのだから当然だ。

「いいよ。いつにしようか?」

笑顔。そして自身に満ちあふれた顔。生前の彼そのものだ。
あふれる知性と端正な顔立ち。生涯独身であることも手伝って常に
女性のうわさが絶えなかったという。

「じゃあ、今日とか?」 

「構わないよ。学校が終わったらすぐに行こう」

ミホは、彼と2人だけだと不安なのでアントワネットと
ポトも呼ぼうとした。ポトはロべスピエールが怖いので拒否。
アントワネットは、逆にロベスピエールからぜひと言われたので断れなかった。

その日の『2時55分』はロベスピエールの予想通り何も起きず、
平和に放課後を迎えたのだった。ミホたち三人は寄り道せず本村家を目指した。

あいーっすwwwwwwだりーっすwww

「本村さんのママさんは不在か」

「ごめんねー。この時間は絶対に家にいるはずなんだけど」

家は無人でカギがかかっていた。ミホがロベスピエールと
アントワネットをリビングのソファに案内した。
中学生とはいえ、フランス革命の大物二人の
生まれ変わりだから気を使う。

重量感のあるガラス製ローテーブルにテレビの
リモコンが置かれている。テレビ画面は当然真っ暗。
ママもケイスケもいない家はさみしいものだった。

ミホが紅茶を淹れようとしたが、

「あいにくですが、お気づかいなく。今日は長居するつもりはありません」
アントワネットに遠慮された。ロべスピエールも同じことを言った。

「さて。どうしたものかな」

ロベスピエールが顎に手を当てる。考え事をする時の彼の癖だ。
アントワネットは彼が怖いので距離を空けて座っている。

「本村さん。差し支えなければケイスケさんの部屋を
 見せてもらってもいいか? あの共産主義者たちの言う通り、
 ケイスケさんが消えた痕跡を見つけるのが解決の近道だ」

「えー、あいつの部屋はちょっと……人に見せられないレベルと言うか……」

「いやに歯切れが悪いな。お兄さんは変わった趣味でも持っているのか?」

「趣味? まあ一応あれも趣味に入るのか。
 うん……。できれば入らないほうが良いと思うよ」

「そうやって隠そうとすると余計に気になるよ。
 アントワネット嬢もそう思うないか?」

アントワンットは肩をびくっと震わせる。

「おっしゃる通りです。ケイスケさんの
 部屋に入らないと何も始まりませんわ!!」

「アントワネット。ちゃんと自分の意思で答えてよ」

「十分に自分の意思ですわ!! ミホさんはなにを言ってますの!?」

「ロベスピエール君にビビりまくってんじゃん。
 フランス革命の時に何かされたの?」

「な、ななんああ、なにもされてませんわよ?
 わわ私は前世の記憶がありませんから!!」

三人はケイスケの部屋へ向かった。子供部屋は二階にある。
階段を登ってすぐのところがケイスケの部屋だ。
その隣が妹のミホの部屋である。

ロベスピエールが先導してドアノブに手をかけると、

「なんだこれは……?」

驚くべき光景が広がっていた。

まず巨大な本棚が目に入った。
本棚は天井まで達するほどである。
その中にひしめき合うように並ぶ、漫画、小説、ゲームソフト。

壁を見ると、長さ2メートルに達するほどの巨大な
ポスターのようなものがあった。あられもない姿の
アニメの美少女がプリントしてある。
少女は中途半端に衣服がはがされており、ほとんど裸だった。

そのポスターが部屋の三面に貼ってあった。

その衝撃により、

「c'est incroyable .Qu'est-ce que c'est?」
(ちょ、これはいったい、なんですの……?)

マリー・アントワネットから嫁ぎ先の仏語が出てしまう。
(余談だが、彼女はオーストリア・ハプスブルク家の
 生まれなので母国語はドイツ語である)

「だから見せたくなかったんだよ」

ミホがため息を吐いた。部屋中にアニメや漫画などのグッズが並び、
エロゲーと思われるソフトが床に散らばっている。

通学かばんは部屋の隅に放置されており、
中から教科書や参考書が飛び出ている。

これが、学生にして学業を放棄した男の部屋だった。

そしてミホにとって大恥であった。
身内の恥を同級生にさらすなど、
時代が時代なら自殺物の苦痛である。

「本村さんのお兄さんは○○高校で
 成績トップクラスだと聞いていたが」

「前はそうだったみたい。今はどこに出しても
 恥ずかしくないレベルのニートになってます」

「ニートや引きこもりは高確率で美少女アニメが好きらしいが。
 法則でもあるのだろうか」

「バカ兄貴は現実世界の女と関わるのが怖いって言ってたよ」

「ふむ。貞子に襲われたショックで逆に女性を避けるようになったか。
 極端から極端へと考えが変わるのは生真面目な人間に多い特徴だ」

「全然真面目に見えない。ただのチャラ男だよ。口も悪いし」

「性的指向と頭脳は別次元だ。
 勉強のできる人間は、根が真面目で努力家なのだよ。
 政治家連中に女癖の悪い男は売るほどいる。特にフランスはね」

「フランスの偉い人って女好きが多いの?」

「それはそうだよ。例えばパリジェンヌにこう聞いてみなさい。
 フランスの前大統領の愛人が何人いるか教えてください。
 するとこう答えるだろう。今までに報道されただけで5人だな。
 じゃあ本当は何人? いいや、数えるだけ無駄だ。
 なぜなら今この瞬間でも増えている可能性があるからだ」

「それ、日本なら大問題じゃん!!」

「フランスでは普通のことだぞ? 日本の戦国時代の武将も妾は
 公認されていたから、うちのクラスの織田信長も人のことは言えないな。
 男が女好きなのは正常なのだ。今の日本が硬すぎるのだよ」

「歴史の話は知らないけど、フランスの前の大統領は
 そんなに愛人ばっかりで奥さんに離婚されないの?」

「なに、奥さんも慣れたものさ。これはイタリアの首相の話だが、
 公共施設のベンチに座った奥さんのところへ、当時17歳の愛人の
 少女が現れて優雅に挨拶をしたそうだ。当然首相夫人は激怒したが、
 首相夫人の優雅な生活を捨てるよりは、浮気を見逃すことを選択したそうだ」

「イタリアの男もチャラいね。最低じゃん。
 EUってもっとまじめな国だと思ってた」

「欧州なんてそんなものだよ。イタリア人は
 生涯で最低8回は浮気をすると言われている。
 オランダでは13歳以上の女との結婚が合法化されている」

「えっ、政府がロリコンを認めてるってこと?」

「そうだ。資本主義としての歴史が世界一長い、
 あの文明大国のオランダがだぞ?」

(じゃあ、うちのパパはどうなんだろう……)

顔が引きつっているアントワネットを横目に見るミホ。
父が夢中になっているのは中二の女子である。
ここがオランダならば正常なのだろうか。

アントワンットはというと、ロベスピエールが一緒にいるためか、
かわいそうなくらい挙動不審である。ハプスブルク系の美少女が台無しだ。

ぎゅっと目を閉じたり、
意味もなく自分の首を触ったりしている。
そんなことしなくてもしっかりと首はついているのに。
いったい前世でロベスピエールに何をされたのだろうか。

ガチャ。 ドタドタ。

階下から物音。ママが帰って来たのだ。
ミホが二人を連れて一階へ降りる。

「あら、アントワネットちゃん。また来てたのね。
 いらっしゃい」

「お邪魔してますわ……」(ほんとは来たくなかったけど)

「そっちの男の子は初めて見るわ。フランスで法学を
 専攻してそうな顔しているけど、お名前を伺ってもよろしいかしら?」

「マクシミリアン・ロベスピエールです」

「ずいぶん変わった名前ね。キラキラネームも
 ここまで進化するとついていけないわ」

キラキラネームの次元を通り越している。

ファミリーネームもカタカナなので完全に外国人である。
それなのに物語の設定上はネイティブの日本人としている
(大変に無理がある)

時計の針が6時10分を指していた。この時点でアントワネットは
門限を過ぎていることを思い出し、ゾッとした。
彼女の母は口うるさいので怒らせると大変なのだ。

「ママ。今日はこんな時間まで買い物でもしてたの?」

「ちょっとお出かけして株の専門家と相談してきたの。
 最近NYダウの急落が激しいでしょ? それに釣られて
 日経225の銘柄も変動してるからイラっと来たのよ」

ミホには株の話はよく分からなかったが、資産を国内外の株に
分散投資している本村家にとって大問題であった。
本村家は、余裕をもたせた資産を、長期的な視点で投資をしているが、
投資家心理として乱高下を繰り返す相場にはどうしても動揺してしまう。

「三人ともご飯食べていくでしょ? 今簡単なものを作ってあげるわ」

「いえ、奥さん。僕たちは長居するつもりは」

「いいから食べていきなさい。ロベス君は弁護士っぽい顔してるから
 貞子のことに詳しいんでしょ? 何か知ってることがあったら
 どんどんしゃべって。あ、アントワネットちゃんも途中で帰ったらだめよ?」

「うちは母親が厳しくて……」

「そんなの関係ないわ。こっちは息子の生死がかかっているのよ?
 なんなら、あとであなたのママに直接電話してあげる。分かったわね?」

「はい……」(このババア……)

ママはキッチンで買い物袋を空けながら

「ミホも手伝いなさい」

「はいはい」

ミホも慣れたもので、エプロン姿でシステムキッチンに立つのだった。
今夜はご飯を多めに炊いてオムライスを作るのだ。

(ほう……)

ロベスピエールはミホの家庭的な一面を見て感心していた。
普段から母の料理を手伝っている様子がうかがえる。

料理ができるまでの間、アントワネットとロベスピエールは
テレビでつまらない報道番組を見ていた。今日の国会中継のハイライトだ。
また民進党と共産党がなんでも自民に反対して無駄に質問時間を消費している。

アントワネットがおびえ、黙っているので
ロベスピエールは気を利かせて話しかけるのだった。

「アントワネット君は、料理はできるのかね?」

「い、一応母に教わってますから、それなりに」

「君はどうしてそんなに僕におびえるのか?」

「Sois honnête avec moi. J'ai peur de toi.」
 (正直に言って、あなたが怖いの)

「moi ?」(僕が?)

「oui」(ええ)

「pourquoi pa ?」(なぜだ?)

「Je ne sais pas」(わからない)

「On s'entend bien」(仲良くしようよ)

「Je veux. Mais…」(そうしたいけど…)

「Avec moi Devenez amis」(友達になろうじゃないか)

ミホは突然始まったフランス語会話に仰天し、
包丁を持つ手が止まってしまう。

何を言ってるのかさっぱりだが、ロベスピエールが
アントワネットに熱心に語り掛けているので
口説いているように見える。

「ふたりともー? 本村家では日本語で話しなさいねー?」

ママからツッコミが入る。
フランス語会話は会話間の間が全くなく、
まさしく機関銃のごとくハイペースだった。

夕飯ができた。オムライスとサラダ、野菜スープと本当に
簡単なメニューがテーブルに並ぶ。6人掛けのダイニングの
テーブルに着席する4名。テレビのコマーシャルの音がうるさい。

ママはなんと白ワインを食卓に持ってきた。

「ちょっとママ……」

ミホが呆れるが、ママはいらだっている時は
良く飲むので言うだけ無駄だ。

「ケイスケが行方不明になって2週間が立ったわ。あれからなんの…」

「あの、ミホさんのお母様。この書置きをご覧になって」

さっさと帰りたかったアントワネット。ママの話をさえぎって
例のチラシを見せる。息子が山村貞子と元気に暮らしていることを
知ったママは、やはり激怒した。

「あの女、人の息子を勝手に連れ出しておいて何様のつもりなの!?
 ドナルド・トランプよりむかつくわ!!」

蒙古で鍛えた腕でテーブルを乱打する。
局地的に地震が起きたのと同等の揺れが発生。

ロベスピエールとアントワネットはスープが
こぼれる前に飲み干してしまうのだった。

ミホが『ロベス君。早くママをとめて』とアイコンタクト。

(しかしだね、何を話せばいいのか。ケイスケさんの部屋を
 見てもアニオタであること以外何も分からなかったぞ)

弁舌では国民公会で敵うものがいないとまで言われたロベスピエール。

国民公会とはフランス革命時の議会のこと。
ここに所属した議員らの質は極めて高い。
国家の危機に際し、フランス中から最高の頭脳が結集したのだ。

フランス革命は常に国民公会と共にあった。
インテリジェンスらが知恵を結集し、国民を先導した。
紆余曲折を経て初の民主主義共和国が誕生した。

サン・ジュスト。ミラボー。ダントン。マラー。エベール。
彼ら革命の獅子たちにしたら今の日本の国会など、
幼稚園児のお遊戯だと失笑されることだろう。

フランスは長らく世界第一の先進国として君臨してきた。
日本とフランスでは文明国としての歴史に一世紀の差があるのだ。

現在はGDPこそ日本が上回っているわけだが、社会保障制度や
労働基準法などフランス(EUで特にフィンランドなど北欧諸国)
とは比較にならないほど日本は劣悪である。

例えば過労死など、欧州の言語には類似する単語すら辞書に存在しない。
フランスは90年代から少子化対策(保育、出産、子育て、再雇用)を施し、
出生率は回復傾向にある。一方、日本は2018年現在、幼児教育無償化、
保育の受け皿拡大について国会で『審議』しているレベルである。

経済力ではなく、国家としての成熟度において日本は明らかに劣っているのだ。
厚労省の(いつもの乱暴な)試算では、2100年までに人口は
日本人が6000万人まで激減し、それに加えて6000万が外国人となるという。

(最近メディアが五輪五輪とうるさいが、オリンピックでの
 第一公用語はフランス語である。19世紀末まで世界の公用語は、
 英語と並んでフランス語が基本だった。
 日露戦争でも日露の士官が交渉する際はフランス語が良く使われた)

まだ余談を続ける。またフランス革命の話だが、
ロベスピエールは議会での一回の発言時間が、
最長で三時間半に及ぶこともあった。

演説家であり、法律家であり、天才だった彼の発言は
決して長すぎることはないとされた。

その彼が最も恐れているのは、主婦(おばさん)だった。

フランス革命時、パリの主婦を中心とした『ヴェルサイユ行進』が起きた。
武装し、集団化し、パンを求めた主婦らは狂暴を極めたという。
なんと国王ルイ16世が、ヴェルサイユ宮殿から
パリに連れ戻されてしまったのだ。

「アメリカの長期金利が上昇傾向にあるのはトランプ政権の
 ごり押し政策(国内の雇用最優先)が原因なのよ!!
 ムニューチン君(財務長官)の無責任な発言のせいで
 ドル売りになってるのも気に入らないわ!!」

ママの愚痴は、貞子からアメリカ政府の悪口に移行していた。
彼女は株価が大幅に変動するといつもこんな感じだった。

こういう時に株式投資家には大きく分けて二種類のパターンがる。
恋人に振られた後のように落ち込み、誰とも話さなくなるタイプ。
周りに八つ当たりをしたりとやかましい人。ママは後者である。

ミホは中学生なので株の話は分からないし、聞きたくもないが、
株のもうけが減るとお小遣いが減らされる恐れがあるので黙っていた。
今月だけで10万も使えたのはママが株の売却益の一部をくれたからだ。

「日銀の黒田君も安倍君の言いなりになって気に入らないわね!!
 今日の国会答弁も民進党の議員にたじたじだったじゃない。
 いつまで規制緩和を続けるつもりなのか知らないけど、
 日本が低金利でもアメリカの影響受けちゃうんだから面白くないわ!!」

アントワネットにも激しくどうでもいい話だった。
ロベスピエールだけは感心してママの話に耳を傾けているのが不思議だった。

中学生三人は、ママの大演説を強制的に聞かされるはめになってしまった。
ケイスケがいなくたってからというもの。ママの独裁っぷりはすごかった。

「ただいま。ずいぶん騒がしいな。うん? この靴はもしかして?」

パパは玄関にあるアントワネットの靴に注目した。
彼女の靴は、どことなく上品でハプスブルク家っぽい感じがした。
この間ショッピングモールの高級靴屋で買ったのだ。

「まあお父様ですか。お邪魔してますわ」

アントワネットが席を立ち、優雅にお辞儀する。
その仕草だけでユキオは天国に登りたくなるほど高揚した。

「お邪魔だなんてとんでもありません。毎日でも来ていただきたい
 くらいです。はは。お越しになるのが分かっていたらプレゼントでも
 買ってきたところですよ」

「うふふ。お気持ちだけでもうれしいですわ。お父様は紳士ですのね」

「お褒め頂いて恐縮です。ミホのお友達にあなたのような素敵な方が
 いることを心から光栄に思っています」

「まあ。それは褒めすぎですわ。お上手ですこと」

フランス上流階級を思わせる会話の流れである。
ミホには激しくうざかった。

「はじめまして」

ロベスピエールが議員風の挨拶をすると、
ユキオを逆にたじろがせるのだった。

ユキオは部下がいる立場なのでロベスがただの中学生でないのは
ひと目で見抜いた。彼を試す意味も込めて話しかける。

「妻が一人で騒いでてすまないね」

「いえいえ」

「マリエが騒いだせいで話し合いは全く進んでないのだろう?」

「正直に申し上げると、そうですね。奥様が金融関係の話ばかりして
 ミホさんやアントワネットをドン引きさせています」

「子供たちの前で言ってもしょうがないことだろうに。困ったものだ」

ユキオはネクタイを緩め、カバンをソファに放り投げた。
時刻は8時過ぎ。これでも早く帰れた方だ。
今日も疲れたのでアルコールが欲しくなってしまう。

妻はワイングラスを持ちながら震えていた。

「あ……あなた」

「どうしたマリエ?」

震えているのは子供たちも同じだった。
みなユキオの背後を指さしている。

まさかと思って振り返ると、いた。

「ごきげんよう」

件の怪物。この物語の災厄の特徴。山村貞子である。
以前の汚さは微塵も感じられず、清楚な日本風の美少女がそこにいた。
娘と同じ中学の制服姿にショートカットに大きな髪留めをしている。
髪留めをしているのはミホを意識したのだろうか。

ユキオはロリコンの自覚があるが、目の前にいる貞子には反応しなかった。
しつこいようだが、貞子は息子を誘拐したのである。

「きさまぁ!!」

挨拶を返す代わりに拳を振るった。

「おそいよ」 「!?」←ユキオの反応

貞子はいつの間にかユキオの背後に回っていた。
ただ移動しただけ。この一動作だけで、
貞子とユキオの間に致命的な戦闘力の差があることを証明した。

「今日は用があって来ただけ。
 あなた達に危害を加えるつもりはないから」

と山村さんがいうが、信用できるわけがない。

その次の瞬間。ママがつっこんできた。

「ぐっ」

貞子はママのボディブローを食らった。
貞子は瞬間移動ができるのに、どうやったらボディが当たるのか。

答えは簡単。

「奴が移動した先に拳を振るえばいいのよ」

勝ち誇った顔でママが言う。つまり瞬間移動した先を
予想して拳を振るうという超人業である。

いくら貞子が化物でも、モンゴルで鍛えたママには勝てないのか。

貞子はみぞおちを押さえながら、床に転がっている。

「だ、大丈夫ですか? すごい音がしましたけど」

アントワネットが気の毒になってハンカチを渡した。
貞子は冷や汗をかいており、苦しそうだ。

先ほどのボディだが、重さ5トンの鉄球がぶつかったのと
同等の音が響き渡った。殴られた、などという次元の話ではない。

貞子だから生きているが、普通の人が食らったら
即死するほどの一撃だったのである。
おそらく戦車の装甲すら砕いたかもしれない。

(マリエはこんなに強かったのか……)

旦那の彼でさえ震えるほどの戦闘力の高さだった。

(日本の専業主婦の力なら国を革命できるかもしれない)

ロベスピエールも衝撃を受けていた。ママが使ったのは蒙古式体術。
かつて蒙古帝国がユーラシアを制覇したのは決して偶然ではないのだ。

そんな時、テレビから男性アナウンサーの声が聞こえて来た。
『今日の日経平均買株価の終値は、前日より600円以上下がって、
 21348円になりました』

またママが切れる。そう思ったミホは友達たちを
連れて二階へ避難しようかと思った。

「待ちなさいミホ。どこへ行くつもりだったの?
 危ないから、みんなとここにいなさい」

ママの殺気は野生の獣並みだった。ミホは萎縮してしまい、足が動かない。
ママは、憎い貞子が目の前にいること、株価が安定しないことに
よって怒りのボルテージが最高潮に達している。

貞子は、ママがミホを見た瞬間にすきができたと判断し、
また窓から飛び出てしまおうかと思ったが。

「こら。なに逃げようとしてるの」

ママに足をつかまれた。貞子は大根のように白くて太い足だった。
少し前までガリガリにやせていたのがウソのようである。

「これでも喰らいなさい」

「うわあああああああああああああああ!?」

ジャイアント・スイングだった。五輪のハンマー投げに匹敵するほどの
回転を加えたそれは、ダイニングにあるあらゆるものを巻き込んでいた。
イスが飛び、皿が砕け散る。アントワネットも巻き添えを食らい、転んでしまった。

竜巻のごとく回転を続ける貞子はすでに気を失っていた。
ママは十分に遠心力をつけた状態で貞子の足を放した。

貞子の華奢な体は、リビングの壁を通過し、その先にあるトイレも通過した。
つまり、彼女の延長線上にある、本村家のあらゆる壁を貫通して吹き飛んだ。

その勢いはまさしく長距離弾道ミサイルのごとく。
いったいどこまで吹き飛んだのだろうか。

ママは貞子を探しに行く、と言ってミホを連れて外へ。
他の人は家で待機していろと言う。
客人のアントワネットとピエールはいいとして、
なぜ世帯主のユキオが待機なのか。

「戦闘力が足りないから」とママは言う。

それは、ユキオが娘より戦闘力で劣っているという意味なのか。
ユキオは自殺したいほど情けなくなった。
今後ジムに通い、体を鍛えることを決心するのだった。
(ジムでどうにかなるレベルじゃないが…)

「ママ。こんな暗いのに貞子がどこまで吹き飛んだかなんて
 分かるわけないじゃん」

「それでも探すのよ。ケイスケを取り戻すまでは諦めちゃだめよ」

自宅の壁の貫通具合から、吹き飛びそうな場所を特定していく。
隣家の壁も完全に貫通し、さらに遠くまで吹き飛んでいるようだった。
その家では家族中がパニックになっているようだが、気にしない。

「あそこで寝てる人ってもしかして」

ミホが公園のベンチを指さした。
夜は街頭に照らされているから余計に目立つ。

体中傷だらけで制服がところどころすり切れている貞子が寝ていた。
穏やかな顔だ。少女のあどけなさが十分に残っている。
そんな彼女の顔を濡れたハンカチでふいてあげている少年がいた。

「ケイスケ……?」 「バカ兄貴……?」

本村ケイスケその人であった。家族なので見間違いようがない。
秋葉原に出かけた時と同じようにチェック柄のシャツとジーンズ姿だ。

ケイスケは2人に気が付くと、気まずそうな顔をした。
親にエロ本が見つかった時の男子中学生のような態度であり、
母親と妹と視線を合わせようとしない。
彼はうつむき、両手をポケットに入れたまま、こう口にした。

「母さん。どうして貞子を殴ったりしたんだ」

「え?」

「貞子は今までのことを謝りに来たんだよ。
 あいつは、本当は誰よりも純粋で優しい子なんだ。
 ただ、ちょっと不幸な環境で生まれちまったから、
 人との関わり方が分からなかっただけなんだよ」

彼の言い分をマリエもミホも全く理解できなかった。
貞子と同棲して洗脳でもされたか。そうとしか考えられなかった。

貞子をかばうなど、言語道断である。
マリエは母としてどれだけケイスケのことを心配していたことか。

ケイスケが仮に貞子に洗脳されているのなら、きつめのボディを
喰らわせて頭を冷やさせる必要すらあった。
しかし、マリエは息子に手を挙げたことは一度もなかった。

「力押ししたって、何も解決しねえんだよ」

ケイスケの口調は強い。ミホは、兄にかつての乱暴な
言葉遣いが戻っていることに気付いた。そして
兄の心が貞子に近づいてしまっていることも。

「兄貴は自分の意思で貞子を好きになったの?」

「好きかと言われると、ちょっと悩むが、
 少なくともあいつには俺が必要なことは確かだ」

「幽霊と付き合うなんて兄貴はどうかしてるよ」

「そうかもしれないな」

「まだ二次元オタの方がましだったよ」

「ああ。そうだな」

「本当にバカ。兄貴は宇宙一の馬鹿だよ!!
 どうしてみんなに心配ばっかりかけるの!?
 うちのクラスも兄貴のことで毎日みんなで議論してるんだよ!!」

ケイスケは、妹の怒声を聞き流していた。
今まで家族のもとへ帰るタイミングはいくらでもあった。
貞子がケイスケを永遠に閉じ凝るつもりがないことを知ったからだ。

だが、貞子を置いて元の世界に帰るのは、なんだか納得がいかなかった。
自分がいなくなったら、貞子はまた一人になってしまう。
親にも恋人にも捨てられ、医者に
レイプまでされた彼女の心は極めて不安定だ。

ケイスケは自分でもバカだという自覚はある。大切な家族といるよりも
超生命体の貞子と共にいることを選んでしまったのだから。

「ケイちゃん。今ならママ、まだ怒らないであげる。
 早くお家に帰りましょう?」

「でも貞子の手当てをしないと」

「そんな女はどうでもいいでしょ」

ママの隣にいるミホは、全身を針で突き刺されるほどの
圧迫感を感じた。ママから発せられる殺意のオーラは、
今までに感じたことのないほどだった。

ケイスケは、母に殺される覚悟で貞子の前に立ちふさがった。
寝顔の貞子は事の成り行きに全く気付いていない。

「そう。ケイスケがその気なら最後の手段に出るしかないわね」

ママは三メートル飛び上がり、貞子にとどめを刺すために
右手を振り下ろした。その瞬間に貞子は死んだと
(原作の設定上すでに死んでいるが)ミホは思ったほどだ。

パリイイイイイイイイン

今の音は、ママの拳が透明色の壁にさえぎられたことを意味する。
貞子を守ろうとするケイスケが放つ心の壁・ATフィールドであった。

ATフィールドとは、新世紀エヴァンゲリオンで登場した、
物理的な攻撃を防ぐことのできる便利な壁である。

「信じられないわ。ケイちゃんは家族よりその女を選ぶの?」

「そうじゃない!! 俺には母さんもミホも大切な存在だ。もちろん親父もな。
 家族と離れ離れで暮らしてみて、改めて家族の大切さに気付いた。
 みんなに再開できなければ死んだほうが良いとさえ思った。でも、だめなんだ!!」

ケイスケは真剣な顔で続けた。

「俺は、確かに今回の事件に巻き込まれた。学校を休み過ぎて
 推薦まで取り消されたのは知ってる。学校の奴らも心配してるだろうな。
 でも、それでも!! 俺はまだ貞子のもとにいないとダメなんだ!!
 あいつは優しいから、俺を家族のもとに戻そうかと言った。
 だけど俺の方から断った。だってあいつの顔が、はかなくて、
 消えてしまいそうなほど悲しかったから!! だから俺は!!」

「アニキ!!」

「ミホ。最後まで言わせろ!!」

「そうじゃないの。
 本編の文章量が一万文字を超えちゃったから、続きは次の話で」

「なに?」 

ケイスケは貞子と田舎暮らしを始めた

さて。ケイスケが語るシーンの続きである。

「待てミホ」

「なに? 早く続き言ってよ」

「いや、なんていうかさ。やる気なくなっちまった」

「はぁ?」

話数をまたいでしまったためだ。それも無理もない。
ケイスケはかなり盛り上がったシーンで
前の話を中断させられたのだ。

「なら私が代わりに言う!!」

貞子である。元気である。気絶していたはずなのにいつ起きたのか。

「勝手なこと言ってるのは分かってる。お願い。私からケイスケ君を
 奪わないで。私はケイスケ君がいないとだめなの。生きていけないの」

「あっそ、なら死ねば? あっ、ごめん。最初から死んでるんだっけ?」

「成仏してないから死んでないわ!!」

「どっちでもいいわ。人の兄貴を勝手に誘拐するの
 迷惑だからやめてくれる?
 ママがキレちゃって手に負えないんだよ」

「悪いとは思ってるのよ。だから今夜謝罪しに行ったじゃない」

「人の家に勝手に入ってくんな。迷惑なんだよ。住居不法侵入だろ」

「いちいちうるさい女ね」

「それはあんたの方だろが!!」

ミホは母の見よう見まねで右ストレート(腹を目がけて)を放つ。

きゅぴいいいいいいいいいいいいいん ←ATフィールドの発動した音

やはり貞子も持っていたのだ。人を拒絶する『心の壁』を。

よく熱したやかんに触れたようにミホの拳が熱を持つ。
感触は、太いガラス製の壁を叩いた感じである。

「私はあっちの世界(アメリカ版リング)で修行して
 ATフィールドを会得した。ミホに私を倒すことはできないわ」

「気安く名前で呼ぶなよおお!!」

ミホも兄を取り戻すのに必死だった。
普段の温厚な口調はどこかへ消えてしまった。

ミホは再びATフォールドに突進した。

きゅぴいいいいいん

やはり防がれてしまうが、それは想定の範囲内。

「このクソやろぉぉおっ!!」

ミホは絞め切ったカーテンを左右へ開く要領で、
ATフィールドの中心から引き裂こうとしている。

ミホの小さな手は、すさまじい熱量によって
ぷすぷすと焦げ始めている。

「ミホよぉ。その辺にしとけよ!! それ以上やったら
 おまえの手がトーストみたいに焦げちまうぞ!!」

「うっせえ、クソ兄貴、黙れ死ね!!」

「なっ」

ちょっとだけ泣きそうになるケイスケ。
よく家でも怒鳴られていたが、
ここまで狂暴になった妹を見るのは初めてだった。

ATフィールドは、中和され始めていた。
ミホの努力は無駄ではなかったのだ。
貞子の顔面当たりのフィールド部分が引き裂かれてしまっている。

ミホは、フィールドを押し開いた手を離すことはできない。
少しでも離したら引き裂かれた部分が元に戻ってしまうのだ。

つまり、この時点で貞子を直接攻撃可能なのは。

「さーて。今度は容赦しないわよ?」

阿修羅と化したマリエである。ママは前回貞子をぶっ飛ばした時の
力を七割とした。今回はもちろん全力である。

おそらく今回の拳をまともに喰らえば、
いかに貞子が頑丈でも物理的に消滅する可能性もある。

貞子にも手はなくもない。目の前で頑張っているミホに
拳を振れば、ぶっ飛ばすことはできる。

しかし

(ミホはケイスケの大切な妹)

愛する人の肉親ともなれば、手出しできなくなる。
ケイスケは口が悪いだけでミホのことを愛していた。
小さい時はよく一緒に遊んであげたものだ。

同じ理由でマリエをぶっ飛ばすこともできない。
というか戦っても勝てない。ではどうすればいいのか。

「こ、講和しましょう」

「はい?」

「あなた達と戦っても勝てないことはよく分かったわ。
 ここは話し合いで決着しましょう」

マリエは激怒した。一方的に愛息子を奪った貞子の側から
交渉するなど笑止千万。万死に値した。

ママは笑顔のまま、公園の街灯に手を伸ばし、引き抜いた。
誤字ではない。文字通り街灯を引き抜いたのだ。

高さ4メートルは優に超えるであろう。
腕力があるとか、そういうレベルの話ではない。
ロボットでもなければ引っこ抜くことは不可能のはずである。

「これでATフィールドをぶち壊すから、ミホはどいてなさい」

「おっしゃあ!! ぶち殺せ!!」

貞子は、今まで星の数ほどの人を殺めて来た。
中には4組の生徒のように抵抗する人もいた。
だが、目の前にいる母娘はけた違いの戦闘力の高さだった。

「あー、兄貴。あんたもあとでぶち殺すからね?」

「な……」

「異世界に連れて行かれたりとかフリーダムなことばっか
 してるけどさ、あんたのこと心配するのマジ疲れた。
 いっそ病院送りにして動けなくしてあげるよ」

今までバカにしていた妹の方がはるかに強いことは
すでに証明された。ちなみに、ATフィールドの熱さは摂氏120度。

ミホはその常識離れの熱さのフィールドを一部とはいえ、
裂くことに成功したのだ。

ちなみに裂くためにはプロボクサー並みの腕力が必要だ。
ママの戦闘を近くで見た影響で、彼女の内に潜んでいた
戦闘遺伝子が開花してしまったのだ。

そのミホが、真顔で「ぶち殺す」と言ったのだ。

ケイスケは自分がミンチになる未来を想像し、激しい頭痛がした。
ケイスケと貞子は絶体絶命の危機に瀕してしまったのだ。

「こらああああ!! 君たちぃ、夜中に喧嘩するんじゃない!!」

良いタイミングでお巡りさんが来てしまった。
ATフィールドの音がうるさいので近隣住民が通報していたのだ。

「ママ。逃げたほうが良くない?」

「そうね。警察にばれたら公共物破損で賠償責任が発生するわ」

ママは街灯をその辺に投げてから全力で逃げ出した。
ミホも続く。恨めしそうに兄と貞子を振り返り、

「たとえ地の果てまでも追いかけて、あんたたちをぶっ殺す」

と言った。殺意に満ちた目であった。

ケイスケはまさか妹に震えあがる日が来るとは思ってなかった。
貞子も底知れぬ恐怖におびえたが、とりあえずこの場面だけは
乗り切ることができたので安心した。

貞子とケイスケは警察から逃げた後、人気のない場所へ着いた。

「あれ? あれ?」

「なにやってるんだ?」

貞子は手を何度も宙に振りかざし、次元のはざまを作ろうとするが
うまくいかないようだ。どうしてしまったのか?

「次元のはざまが出せなくなっちゃった」

「おいおい……。ジョークだって言ってくれよ」

ミホの猛攻により、貞子の特殊能力の一部が発動しなく
なってしまったらしい。あの時のATフィールドの中和による影響だ。
貞子は、次元のはざまを作らない限りは別の世界へ移動することはできない。

「まじかよ……。俺たちどこで暮らせばいいんだよ」

「この世界のどこかに住む場所を見つけないといけない」

「俺、学生だから金ないぞ?」

「私も超生命体だからお金持ってない」

異世界に行けば都合よく別荘などが用意されていたが、
現実ではそうはいかない。

「いっそ俺の家に戻るか?」
「それはだめ。絶対あの2人に殺されるよ」
「じゃあ、どうするんだよ」

「ホテルにでも泊まる?」
「ホテルは高いぞ。俺5万しか持ってない」
「そんなに持ってるんだ。てか金持ってるじゃん」

「こんなの持ってるうちに入らねえよ。
 母さんが俺を心配して財布に入れておいてくれたんだ」

「ケイスケの家は金持ちだね。金銭感覚が普通の人と違う」
「それより、まじでどうする?」
「安いところなら、カラオケとかネットカフェとか?」

「ネカフェは個室が空いてれば寝られるな。毛布も借りられるぞ」
「でも個室だと離れ離れだね」
「確かに。ちょっとさみしいな」
「安いホテルを探してみない?」

駅近くにラブホがあるが、年齢的に論外。
他には安価なホテルがあった。
定員二名まで八千円なのでここに泊まることにした。

若い男女が同じ屋根の下で二人きりである。
別の世界でも二人きりだったが、今日は事情が違う。
ケイスケは母と妹に見つかったら、即ぶち殺される恐怖と
戦う日々が始まったのだ。

「ケイスケ君。そんなに震えてかわいそうに」

「今メールが来たんだ。貞子も見てくれ」

妹のミホからだった。ラインの名前欄は★ミホ★!(^^)! となっている。

『パパと話し合ったんだけど、一方的にぶち殺したら
 兄貴がかわいそうだから一週間だけ時間あげる。
 一週間後に家に戻らない場合は、やっぱり殺す。逃げても殺す』

とんでもない内容だった。
北朝鮮の最高人民会議から送られた脅迫状かと思うほどだ。
まだ続きがある。

『アントワネットに頼んで衛星から監視してるから
 逃げても無駄だよ? 今○○ホテルにいるでしょ。
 次元のはざまが出なくなったことも知ってるから』

(バカな……)ケイスケは納得できなかった。

現在地が知られているのはまだ許せる。アントワネットが
誰なのか知らないが、ミホの協力者なのだろう。
家出期間が長かったので捜査協力者がいてもおかしくない。
 
しかし、次元のはざまの件はどういうことだ?
ミホかママが、ケイスケたちのやりとりを陰から聞いていたのか?

「おい、貞子の髪に何かついてるぞ」

「あれ? ほんとだ」

髪の毛先に小型の発信機のようなものが付いている。
よく見ると小型盗聴器だった。

「うあああああ!! 気味が悪い!!」

貞子は盗聴器をむしり取り、足で踏んで壊した。

ママは別れ際に盗聴器を貞子につけていたのだ。
恐るべき早業である。ソ連のKGB(スパイ組織)に
推薦されてもおかしくない。

「ケイスケのお母さんの方が化物じゃない」

「確かに。普段は優しいんだけど、
 キレるとすげえ怖いんだよ」

「きっとケイスケのこと好きすぎるから
 奪いに来る女が余計に許せないんだよ」

「困ったもんだぜ。母さんも早く子離れしろよ」

「ミホもね」

「え? ミホがどうしたって?」

「妹さんもあなたのことすっごく大切に
 思ってるのが伝わって来たよ。ATフィールドの中和はね、
 誰かを助けたいって強い意志の力がないとできないの」

「あいつは俺のこと燃えないゴミとしか思ってないよ。
 ニート、ニートって何回馬鹿にされたことか」

「あなたにまともに戻ってほしいから、きつい言い方するんだよ」

「そんなもんかね。ははっ。俺をおかしくした
 張本人のおまえに言われたくないけどな」

「ごめん……」

「そんな顔するなよ。俺はお前と一緒にいれて楽しいよ。
 もう学校に戻るつもりもないし、行けるところまで行ってやる」

「ケイスケはそれでいいのね?」

「構わねえよ。住む場所もなんとかするさ」

「私の親戚の家が空いてるかも」

貞子の母方の先祖の家が埼玉県北部にあるという。
埼玉の北部といえば関東平野が有名だ。
広大な田園。見渡す限りの平らな台地が広がる。

老夫婦が住む一軒家があるため、
部屋は空いている可能性が高いという。
事前に連絡したいが、電話番号が
分からないので直接行くことにした。


翌朝。六月の上旬にしては晴れ渡っていた。
今年の梅雨入りは遅いので雨の心配はない。
六月でも十分に蒸し暑く、外を歩くだけで不快である。

『まもなく。宇都宮線下りのホームに電車が到着いたします』

白線の内側に立ち、手をつなぐカップルがいた。

貞子は大きな麦わら帽子を手に持ち、白のワンピース姿。
ケイスケはTシャツにジーンズ、スニーカーのラフな格好。

電車の扉が開き、人々が降りてくる。
時刻は9時過ぎだから、通勤時間は過ぎている。
JRの車内は冷房が効いていて快適だった。

貞子は窓越しに見える街並みを飽きることなく見ていた。
浦和駅からはしばらくビル群が続いたが、やがて田んぼが多くなってくる。
50分ほど電車に揺られて降りた時、田舎町の駅がそこにあった。

「ここから先はタクシーに乗るよ」

貞子がロータリーに止まっているタクシーの
おっちゃんに声をかける。客が来ないため暇な
おっちゃんは、美人女子中学生姿の貞子にうっとりした。

タクシーで20分ほど走った先に貞子の親戚の家があった。
まさに田舎だった。ひたすら田んぼばかりが続く景色の中に
住宅が点在している。町へ行くには車で15分かかる。
自転車で行くと30分もかかるというのだから、不便な土地である。

家は昔ならした名家だった。
大きな門構え。宅地面積だけでゆうに500坪は超えている。
いくつもの部屋数を数える平屋は、武家屋敷を思わせる。
サザエさんの家をもっと大きくした感じである。

貞子がチャイムを押した。

「おやおや。こんな時間に郵便屋さんかい?」

「おばあちゃん。私です。昔遊んでもらった貞子です」

「貞子ちゃん? あら。しばらく見ないうちに大きくなっ…
 ていうか縮んだのかね?」

貞子は親戚のおばあさんに成人式の写真を送ったことがあったから、
大いに矛盾していた。現在彼女は中学生の姿で目の前に現れている。

なら貞子を大人の姿に戻せばいいだろうと思われるだろうが、
次元のはざまが使えないと特殊能力を発動できない設定なのだ。

つまり貞子は中学生の姿のまま過ごさないといけないのだ。
おばあさんは優しいから、カルシウム不足により身長が
縮んだということで納得してくれた。

「貞子ちゃんはここに住みたいのかい?」

「お願いします。実は私の実家が北朝鮮のミサイル攻撃で
 破壊されてしまったのです」

ケイスケは吹き出しそうになった。そんなウソが通用するはずがない。
おばあちゃんは実際に吹いてしまったが、貞子があまりにも
神経な顔で頼むものだから、あっさりと許可してしまった。

「そんなんで許可しちゃっていいんですか!?」

「かわいい孫娘の言うことだから、別にいいよ。
 あなたは貞子の恋人さんかしら?」

「そんなところです。一応貞子とは運命共同体ってことです」

「難しい言い方だね。貞子と婚約でもしたのかい?」

「ま、まあそれはそのうち考えますよ」

「そうかい。うちで住むのは構わないけど、
 畑仕事の手伝いはしてもらうよ?」

「え?」

その日から、ケイスケは農業の手伝いをすることとなった。

おばあさんの旦那はすでに他界しており、広大な農場を
人を雇って管理しているという。
業者と契約してコメを耕してもらっている。

そのため、この家では年間に消費するお米の
300パーセントが無料で手に入る。
今はおばあさんの一人暮らしなので余った分は市場に売り出している。

その他に白菜畑を所有している。極めて広大である。
この畑の収穫量は、主に東京都八王子市などに出荷している。

この白菜畑で働いているのはブラジル国籍の黒人ばかりだった。

みな背が高く、はつらつとしている。
足が長いので長靴姿が様になっている。
(白菜の収穫時期は当分先だが……)

「あっちは外人専用の職場にしてある。
 あんたにはうちの畑で働いてもらうよ」

作業服に着替えたケイスケに最初に命じられたのは、
除草剤を屋敷の周りへまく仕事だった。

「おもっ!?」

除草剤の入った噴霧器が肩に食い込む。
中に9リットルも入れてある。肩掛け式の噴霧器は、
温室育ちのケイスケにはきつかった。

おばあさんに不満を言うと、背負い式の
噴霧器をすすめられた。これでも十分に重い。

畑は広い。きゅうり、ナス、トマト、カボチャ、オクラ、
モロヘイヤ、ピーマン、獅子唐の苗がすでに植えてある。

それらを植え込んだ何列ものうねが、畑に伸びている。
(うねとは、作物を作るために土を直線状に盛り上げた部分のこと)

ある程度苗が落ち着いたら肥料をあげ、消毒をしなければならない。

畑を避けながら、
屋敷の隅など周り一帯へ除草剤を撒いていくケイスケ。

「もう中身が無くなったのか」

除草剤のキャップを外し、適量を噴霧器に投入。
それに水道水を混ぜる。水を入れて濃度を薄めるのだ。

「殺人的な暑さだ。こんなとこで長時間働いたら倒れるだろが」

梅雨前の太陽の照り付けは真夏並みである。
麦わら帽子と首タオルをしていても気休めにしかならない。

この肌にまとわりつく湿気を何とかしてほしかった。

ケイスケの畑仕事は毎日あるわけではない。

畑に苗を植え、管理するのがおばあさんの仕事。
肥料、消毒、水巻き、収穫の手伝いをケイスケに頼んだ。
要は野良作業の雑用係である。

もちろん慣れてないケイスケにはハードだ。

「くじけずに頑張って。梅雨が来れば
 畑仕事はしばらく休みだから」

ケイスケの隣にいるのは貞子。
超生命体の彼女も畑仕事を真面目にこなしていた。
麦わら帽子に作業服、軍手。ケイスケと同じ格好である。

「外の作業はつらいけど、
 自然の中に身を置く仕事はストレスがないのよ」

「こんなにきついのにか?」

「ほら」

風が吹いた。その心地よさは、体中の汗を吸い取るかのよう。
空気は澄んでいて、景色はのどか。
空を見上げると、大きな雲の固まりがゆったりと流れている。

ケイスケは、こんな時間の流れを今まで感じたことがなかった。

「おばあさんは急かしたりはしないから、
 自分のペースで仕事していいのよ」

マイペースでのんびりと。彼らはあくまでお手伝い。
例えば会社と違って納期があるわけでもない。
家庭菜園のお手伝いだから、慣れてさえしまえば気楽なものだ。

ケイスケは意外と順応性が高く、畑仕事を初めて2週間も
するころには文句を言わなくなった。
そして梅雨を迎えた。当たり前だが、梅雨は連日の雨である。

ケイスケは学業を放棄しているから、暇な日はやることがない。

貞子の勧めで近くのファミリーマートでアルバイトをすることにした。
シフトは、畑仕事と重なる早朝は避けて、午後13:00~17:00まで。

土日を中心に週4回働くことにした。

「しゃーせー」

「こら君。言葉遣い」

店長からにらまれるケイスケ。

ケイスケは接客などクソくらえという性格だったので
全く向いてなかった。しかし、ファミマの他に働けそうなお店や
工場などが近くにないので、我慢して働いていた。

一方、貞子は今の仕事を気に入っていた。
見た目は女子中学生なので面接時に
店長から怪しまれたが、明るいノリでスルーした。

「ありがとうございました。またお越しくださいせ」

「う、うん」

照れた顔でレジを去る中年のサラリーマン。
会計を終えたタバコと缶コーヒーを手にしていた。

貞子はおじさんキラーだった。完璧な美少女ルックで
愛想抜群の貞子は接客をそつなくこなした。

彼らがコンビニで働いて一番驚いたのが、商品数が豊富で
覚えきれないこと。なんといってもたばこの種類が多すぎる。
普段から吸わない人は覚えるのに苦労する。
さらに文具など日用品から雑誌まで扱っているのである。

そしてフライヤー(レジの横で肉まんなどを温めている機械)の
商品を中心とした廃棄食品の多さ。まかないでフランクフルトなどを
よくもらえたが、食品ロスが多すぎる職場である。

おにぎりやお弁当などの賞味期限の確認。
納品される商品(日に三回に分けて納品される)を
検品して陳列するなど、小さな店の割にやることが多い。

「なんでいっつもレジの清算が合わねえんだ。
 くたばれよ。めんどくせえ」

シフトが変わる5分前にレジをいったん閉じて、
(隣のレジをご使用くださいのフダを置く)
清算をしなければならない。お釣りを正確に渡しておかないと、
清算の時にレジの金額が合わなくなってしまうのだ。

これはコンビニだけではなく、スーパーなど小売業で
よく起きている現象である。ベテランパートなどは、
金額が足りないときは、自分のポケットマネーを投下するという。

「なあ貞子。俺たちの給料ってどのくらいになるんだ?」

「一人当たり軽く5万は超えると思うよ」

埼玉の田舎のため時給は870円。
日勤は早朝や夜勤よりも自給が安いのだ

月平均で16日出勤。シフト制なので月によって
勤務日を増減させられる。
ふたりは恋人なので常に一緒のシフトに入れてもらっていた。

おばあさんの家で居候する最低限の条件は、
生活費としてふたりで計8万は稼ぐこと。
そして早朝か夕方に畑仕事を手伝うことである。

おばあさんの家は、亡くなったおじいさんの遺族年金が
十分にもらえている。それと収穫した野菜の収益があるので
お金には困っていなかった。

ケイスケと貞子は、コンビニでの半日勤務と畑仕事さえしていれば
いつまでもこの家に住んでいていいのだ。
家にいる時はおばあさんが家事をやってくれるから、
これといってすることがない。

学校に行かないので課題もテスト勉強もない。
おばあちゃんの家は昔ながらの日本家屋で質素なものだ。
娯楽といえば、テレビを見ることくらい。

「料理は手伝うから」「そうかい。助かるねぇ」

貞子はおばあさんと台所に立つのを日課とした。
コンビニでもらったまかないの加工食品(チキンなど)
も少しは家計の足しになる。

ケイスケも掃除機をかけたり、風呂掃除を手伝うようにしていた。
彼らも彼らなりに田舎での生活の知恵を身に着けていた。
食料品をスーパーまで買いに行くのが大変なので宅配サービスを利用した。

そんな日々をひと月も送る頃になると、
ケイスケも貞子もすっかり大人になっていた。

「今日も暑くなりそうだなぁ」 
「日焼け止めクリームの消費が激しいよ」

梅雨明け。7月の早朝。朝5時半である。
太陽が昇り切る前に、垣根の選定をするのだ。
全て切り終わった後には消毒をする。

おばあさんの屋敷は広すぎるので
一日ではとても終わらない。
貞子と手分けして一週間かけて少しずつ進ませていく。

朝7時前に終わらせて、母屋に行っておばあさんが
作ってくれた朝食を食べる。そして昼まで休んだ後、
13:00時までにコンビニに出勤する。

コンビニまでの距離は自転車で5分。
自転車はおばあさんに買ってもらった。

「あざーした」

ケイスケはファミマの制服姿がいつまでたっても
様にならない。しかも口調が軽い。

彼は女好きなので、お客が農家のお年寄り
ばかりではテンションが上がらなかった。

自動ドアが開き、また客が入って来た。

ひと目でお金持ちと分かるお嬢さんだった。
年はミホと同じくらいか。

長い髪をカールさせ、アイメイクをしているのが分かる。
中学生にしては気取り過ぎていたが、美人である。

「定員さん。アイスクリームはどこにありますか?」

(は? 見りゃわかるだろ。バカか)

そう言いたくなるのをぐっとこらえ、自動ドアのすぐ
横にあるアイスボックスを案内した。

「うふふ。こんなに近くにあったのですね。
 つまらないことを聞いてしまってごめんなさいね?」

「いえっ、いいんすよ。これも仕事っすから」

「ところで定員さんのおすすめのアイスはどれかしら?」

「おすすめ?」

「はい。わたくし、こういうお店に入ることがめったに
 ありませんから、どれを選んだらいいのか分かりませんわ」

「こいつは皇室の生まれか? もしくはただの馬鹿か。
 店員を舐めてるとしたら承知しねえぞ」

「まあ、私は庶民階級の生まれですわよ?」

「は……? まさか口に」

「出てましたよ? それはもうはっきりと」

「す、すみません!! 俺、普段から口が悪くて
 よく店長からも怒られてるんです!!
 謝るんで、マジ勘弁してください!!」

「うふふふ。そんなに頭を下げないでくださいな。
 私は気にしてませんわ。だって」

――ケイスケさんの口が悪いのは良く知ってますもの

少女は確かにそういった。

ケイスケは衝撃のあまり、その場で尻もちをついた。

自分の素性が知られている。
彼女がミホの仲間なのはすでに察した。
田舎暮らしを始めてから、ミホからの着信はなかった。

なぜなら、携帯の電源を切った状態で
JRの電車の窓から投げ捨てていたからだ。

だから、あれからミホやママがケイスケを
どうやって探したのかは知らない。
家族がどれだけ怒っているのかも知る由がなかった。

「ケイスケ。どうしたの?」

裏で冷たいペットボトルの補充をしていた貞子が
心配になって駆けて来た。

しとやかに日傘を持つ少女が、
座り込んだケイスケに微笑んでいた。

説教している場面にも見える。

「貞子。コンビニで働くのは今日で終わりだ。
 この女を見ろ。明らかにただのガキじゃねえ。
 ミホが送った刺客だ」

「この子が刺客? 私たちを捕まえに来たのね」

貞子が臨戦態勢に入る。
今の彼女はファミマの定員でなく超生命体である。
彼女が殺気を放つと、コンビニの陳列棚が激しく揺れた。

何事かと店長(43歳妻子持ち)がバックヤードから
出てきてしまった。貞子は舌打ちし、
彼に腹パンを食らわせて気絶させた。

少女は店長のもとへ近寄り、手当てを始めた。

「先に申し上げておきますわ。私がこの世で忌み嫌うのは
 暴力です。私は本村家の方々と違って交渉する際に
 暴力を用いるつもりはありません」

「私の名前は山村貞子」

「はい?」

「私は名前を名乗った。次はおまえが名乗れ」

「それは日本風の社交辞令でしょうか?
 いいでしょう。私の名前は…」

マリー=アントワネット=ジョゼフ=
ジャンヌ・ド・アブスブール=ロレーヌ・ドートリシュ
(Marie-Antoinette-Josèphe-Jeanne de
Habsbourg-Lorraine d'Autriche,)

「くそなげえっ!!」さすがにつっこむ貞子。

「君があの有名なマリー・アントワネットか。
 なんで埼玉県にフランスのお妃がいるんだよ。
 最近の外人はこんなクソみたいな国に
 進んでやって来るから困る」

ケイスケは、冷静に立ち上がった。

「頼むよアントワネットさん。俺たちを見逃してはくれないか?
 君がミホから俺たちの抹殺命令を受けているのは想像できる。
 だが俺たちはここで第二の人生を歩んでおり、貞子の親戚のばあさんからも…」

「失礼ですが、お話を割ってもよろしいですか?」

「お、おう」

「あなたは思い違いをされているようです。
 私はケイスケさんたちを痛めつけるつもりはありません。
 先ほども申した通り、私は暴力を嫌います」

「じゃあ何をしに?」

「お二人の様子を見に来たのですよ。今日はテスト期間なので
 半日授業でした。ちょいと電車に揺られてこちらのコンビニまで
 遊びに来た次第ですわ」


「そうか。てことは俺たちを逃がし…

実は1年前に書いた作品っす、さーせーんwwwww

「逃げるとか逃げないとか、
 そういう物騒な言い方はやめましょうよ」

「ちょっと待ってくれ。
 前回の俺のセリフがカットされたのは気のせいか?」

「なんのことですか? さて。こんなところで立ち話もあれですから、
 貞子さんのおばあさまの家にお邪魔してもよろしいですか?」

貞子がさすがに警戒する。

「何が目的なのかはっきり言って。
 腹の探り合いはしたくないの。時間の無駄」

「ですからはっきりと申しているのです。私はおふたりが
 元気に暮らしているか気になったから来ただけですわ」

「あんたのバックにはミホがいる!!」

貞子がいきり立つのも当然だ。
前回ミホから送られたメールの内容によると、
アントワネットが協力して衛星軌道上から
ケイスケたちを監視しているらしい。

「やれやれ。これだけ説明しても信じてもらえませんか」

アントワネットはスマホを差し出した。

「なにを考えてるの?」

「私の携帯をお渡ししますわ。私が帰る時まで持っていてくださいな」

「そんなので信用しろって方が無理よ。どうせあとで
 ミホたちがやってきて私たちは殺されるんでしょ」

「物分かりの悪い人ね。
そんなことしないって言ってるでしょ!!」

なんということか。 
可憐なる淑女のアントワネット嬢が怒鳴ったのだ。

「天にいる神に誓いますわ。私は御二方に危害を加えません。
 友達のミホさんを説得して、代わりに私がケイスケさんたちの
 様子を確認しに行く旨を了解させましたわ。説得するのが大変でしたけど」

「ミホを説得した……? 嘘でしょ」 

「だってミホさんたちをここに寄こしたら、また殺し合いになるでしょう?
 争いは何も生みませんわ。ここは血気盛んな本村家のメンバーではなく、
 私のように交渉役にふさわしい人が来るのがふさわしいのです」

「交渉ってのは?」

「私から危害は加えませんが、もちろん帰っていただけるように
 説得をするという意味です。口頭で、ですよ」

貞子は長考してしまう。彼女にとって本村家の女性は
未知の生命体であり、油断したら負けだと思っている。
(お前が言うなと言われそうだ…)

ケイスケは女経験が豊富だから
アントワネットがウソをついてないのは理解できた。

「アントワネットちゃん。もうすぐ今日のシフトが
 終わるから、それまで待っててくれるか?」

「分かりましたわ。ところで店長を蘇生させなくて大丈夫ですか?」

貞子から全力の腹パンを食らった店長。
心肺停止の状態だったので心臓マッサージで復活させる。
彼は生まれたてのウミガメくらいには動けるようになった。
たぶん放置してもそのうち回復するだろう。

店長に暴力である。
現実世界ならケイスケたちは首になるだろうが、
そんなことになったら物語の展開に影響を及ぼす。
よってスルーする。

ケイスケたちのシフト終了までの時間、アントワネットは暇を持て余した。
彼女は店中を面白そうに歩き回っていた。目に入る雑多な商品が珍しいのか、
お菓子コーナーを行ったり来たりしている。

一番多く時間をつぶしたのは雑誌コーナーだ。
下賤な話題を乗せている週刊誌を夢中で読んでいた。
そのうちの一つを手に取り、ケイスケのレジへ向かった。

「店員さん。これを下さいな」

「王室の生まれのくせに週刊文春なんて買うのかよ……」

「読んでみると引き込まれますわ。記者の方の執念を感じます。
 同じ王室の人間として世俗の噂になる辛さは共感できますわ」

「そんなもんかね」

慣れた手つきで会計するケイスケ。
文春などの週刊誌は、
世間を騒がせている『例のスキャンダル』を報じている。

アントワネットが言っている王族の話とはそれのことだ。

古いお屋敷の玄関先にアントワネットはさすがにういた。

花柄の日傘。ひらひらしたロングスカートにカーディガン。
品のある白いサンダル。もったいぶった足取り。
余裕のある笑み。しゃべる時の仕草。

どこから見ても王族オーラ全開である。
おばあさんも大変に驚いていた。

「どこの都会から来たお嬢さんだね」

「18世紀のフランス・ブルボン王家からはるばるやって来ました」

「はぁぁ…? ブルボン? お菓子のメーカーの人かね」

「初めましておばあさま。私の名前はマリー・アントワネットですわ」

「マリー・ビスケット?」

マリーは結局最後まで本名を覚えてもらえなかった。
一人増えても同じだと言うので、アントワネットは
今夜泊まらせてもらえることになった。

「うちは昔の名残で来客用の布団がたくさん用意してある。
ビスケットさんの布団も出しておいたからね」

「ご丁寧にありがとうございます」

夕飯を楽しくご馳走になり、アントワネットはケイスケたちと
同じ八畳間の部屋で寝ることになった。屋敷の一番西側にある客間である。
この屋敷は部屋数が多いので、ケイスケたちも全ての部屋に入ったことはない。

「ご飯美味しかったですわ。家庭の素朴な味は大好き。
 煮物とか日本風の味付けはくせになりますわ」

「ずいぶん楽しそうだな。ばあさんとも話が弾んでたし」

部屋には高級なふすまで仕切られている。
畳も上等であり、香りが心地よい。

アントワネットの寝る布団は、都合の良いことに日干ししてあった。
太陽の光を浴びてふっくらした布団に体を沈めると、
すぐにでも眠くなってしまいそうだ。

「貞子さんの姿が見えませんが」

「風呂入ってるよ。そのうちあがるだろ」

「それならちょうどいいわ」

急に真顔になるアントワネット。
明らかに雰囲気が違う。
ケイスケはまさか、いまから襲撃するつもりかと身構えた。

「怖がらないで。率直にお聞きしたいことがあってよ」

「なにをだよ? まあいいぜ。わざわざここまで
来てくれた礼に素直に答えてやるよ」

アントワネットはクスっと笑った。

「貞子があなたを好きになった理由が知りたかったの。
 超生命体で殺戮を好む彼女が、どうしてあなたを求めるのか」

「私はね、ケイスケさん。あなたに感謝してる。
 あなたのおかげで貞子は2時55分に私のクラスを襲わなくなった。
 私達神7は全員生存してる。あなたは間接的に私の命を救ってくれたのよ」

「……結果的にそうなっただけだよ。俺はよくミホから言われるが、
 ただのチャラ男だよ。人を見下してバカにするのが好きなクズ野郎だ」

「いいえ。あなたはとっても優しい方よ。マリエさんに
 殺されそうになった貞子さえ救おうとしてこの田舎まで逃げた。
 貞子はあなたにどこまでも着いて行くでしょうね」

「そんなにヨイショするんじゃねえよ。照れるだろうが。
ここに来たのは気の迷いだよ。よく考えたことじゃない」

「違うわ。あなたは貞子を愛しているのよ」

「愛してるだって?」

「ウィ」

(今のはフランス語でYESって意味か)

ケイスケは貞子を愛しているという自覚はなかった。
確かに別世界で過ごしたり、この田舎生活をしたりで
絆は深まったとは思う。しかし、愛するとは、本来は
どういう意味でつかわれるものなのか。

彼はチャラ男だが、女を本気で好きになったことは一度もない。

「マリー・アントワネット。ケイスケとふたりで何話してたの?」

ふすまが開き、貞子が入って来た。
まだ髪が湿っていて色っぽかった。
アントワネットを見る目つきは鋭い。

「別に。たいしたことではありませんわ。
 そうですよね? ケイスケさん」

「お、おう」

秘密。隠し事。共犯者のような
仲の良さを見抜いた貞子は、嫉妬を押さえられない。

「ケイスケ君と親しそうにしないで。殺したくなるから」

「殺したいのならお好きにどうぞ? 私は抵抗しませんわ」

涼しい顔。アントワネットは口だけでなく、超然とした態度だった。

史実のアントワネットは死刑執行台に上る際に
死刑執行人の足を強く踏みつけたという。その際に一言こう言った。
『あらごめんなさい。わざとではないのよ?』

ちなみに今のエピソードは本編と全く関係ない。

ガラッ。押入れが自動ドアのように勝手に開いた。
信じられないことに中から中年男性が声をかけて来た。

「貞子君の口の聞き方は実に気に入らんね。
 なんでそう喧嘩腰なのだ」

「お、親父……?」

本村家の世帯主のユキオであった。
ケイスケは驚愕のあまり腰を抜かすほどだった。

いつから押入れの中にいたのか。
ケイスケたちに気付かれずに押入れの中に潜入するのは
簡単なことではないはずだ。

そもそもなぜこの家に父が来ているのか。
実家のある浦和からはそれなりに離れている。

「簡単な話だ。アントワネットさんだけを貞子に会いに
 行かせるわけにはいかないだろう。心配なので
 アントワネットさんのあとをつけて来たのだ」

「いや、それってストーカーじゃねえの?
 会社はどうしたんだ。いつもはこの時間まで残業してるだろ」

「銀行などオワコンだよ。
 あんなつまらないとこで働くのはもうやめる」

「親父!? バカ言ってんじゃねえよ」

「言ってみただけだ。本当は無理を言って有休を使ったのだ。
 午後からの半日だけだがね。明日からまた出勤だよ」

「じゃあ早く帰れよ!! こんな田舎で油売ってる場合か!!」

「うむ。今すぐ帰りの電車に乗りたいが、
 おまえたちの様子を見てからだな」

「親父も俺たちを説得しに来たのか?」

「いや、むしろアントワネットさんのことが心配でね」

「さっきからアントワネットのことをよく口にするよな。
 どんだけ好きなんだよ」

「むしろ愛してる」

「はぁああ!?」

ケイスケは本気で父親がおかしくなったのだと思った。
堅物で色恋沙汰とは無縁のタイプだと思っていたが、
なぜにミホの同級生の女の子に恋してしまったのか。

「この家のおばあさんに、私はルイ16世だと自己紹介させてもらったよ。
 ルイ16世を名乗ることでアントワネットさんへの熱烈な愛が
 瞬時に伝わったことだろう。これが高度な心理戦なのだよ」

仕事人間の父。家ではしかめっ面で母に対し同僚の悪口ばかりを言っていた。
その父が、自分がルイ16世などと世迷言を口にするはずがなかった。

ケイスケもフランス王室の夫婦関係が冷え切っていたのは知っている。
アントワネットは大変な好色家であり、男性はもちろん、女性の愛人もいたという。

酷い時は、アントワネットが庭でポニャック夫人とキスしてるシーン(レズ)を
目撃したルイが、何も言わずに後ろを通り過ぎたこともある。

ユキオの話に戻るが、所帯持ちの彼が
アントワネットに恋をしたら、精神的な浮気になってしまうのだが……。

「それなら問題ない」

父は強い口調で言う。

「なぜなら、恋をするのに年齢は関係ないからだ」

確かに父は50過ぎだが、論点がずれている。
父はバカではないから、わざと話をそらしたのだろうとケイスケは思った。
とにかく父に何を言っても無駄なことは分かった。

父の果てしない暴走。アントワネットはさぞ気持ち悪がってるだろうと
思ったら、特に嫌がっている様子もなく、ニコニコしていた。

「ストレートに感情を表してくれる殿方は嫌いではありませんわ。
 勢いの良さと情熱はフランス人好みです」

不思議な娘である。

「ちょっといいですか?」と貞子。

彼女は時間を無駄にするのが嫌いな合理主義者だった。

「ケイスケのパパ。明日も会社があるなら、
 どうぞ遠慮なく帰ってください」

「そう急かさなくてもいいだろう」

「いえいえ。ぶっちゃけ迷惑なんですよ。
 ついでにアントワネットも連れて帰ってください。
 おふたりが愛人なのか知りませんが、邪魔はしませんので」

「そんなに帰ってほしいのかね。なら力押しすればいいだろう」

「暴力は、もうしない」

「ほほう。なぜだね?」

「あなたはケイスケ君の親。私はケイスケ君の肉親には
 暴力は振るわないって決めた。ケイスケ君に言われたわけじゃない。
 自分で勝手に決めた」

「貞子君はずいぶんと柔らかくなったようだね。
 ここでの生活が良い刺激になったか。
 君はケイスケのことを愛してるのか?」

「なんでそんなことを?」

「私はケイスケの父だ。良いから答えなさい」

「……愛してるわ。ケイスケ君がそばにいてくれなかったら、
私はいつまでもリングシリーズを繰り返してたと思う」

「そうか」

ユキオは笑顔になった。満足する答えが得られたからだ。

ケイスケは現在、高校中退に限りなく近い状態だ。
親が学校側に頼み込んで前期を丸ごと休学させてもらっている。

学校のお情けでギリギリ首がつながっている状態である。
今は7月の上旬。世間は今月の末から夏休みになる。
夏休み明けに再登校しなければ、退学が正式に決まる。
これが学園側が成績優秀のケイスケに対して示した最大限の譲歩だった。

「ケイスケ。今になって有効求人倍率が上昇してきたが、
 中卒ではどこに就職するにしても辛いぞ」

「これだけ休んじまって、今さら学校に戻っても気まずいよ。
 勉強だって致命的に遅れちまった。遅れを取り戻すの大変なんだぞ」

「だがふたりなら頑張れるだろう? 貞子君も一緒に復帰しなさい」

「貞子も一緒に学生をやるってのか? 学年が違うだろ」

「そうかもしれないが、一人じゃないのは心強いぞ。
 人間は支えてくれる人がいてくれると頑張れるものだ。
 たとえ想像を超える困難と直面しても乗り越えられる」

本村家を長い年月支え続けた彼の言葉には説得力があった。
先ほどのルイ16世のくだりとは別人のようだ。

「人は弱い。だからパートナーが必要なのだ。
 くだらないことも、真剣なことも何でも話し合える存在がな。
 ケイスケ。おまえはそのパートナーが誰なのか、よく分かっているはずだ」

ケイスケと貞子が照れ臭そうに視線を交差させた。
パートナーには、日本語の伴侶の意味がある。恋人より意味が重い。

「人の一生で最も大切なもの。それは愛だ」

また父の冗談かとケイスケが思ったが、貞子は真剣に聞いていた。

「愛は人の感情だ。形の見えないものだ。そしていつかは消えてしまうものだと
 世間の人は言うだろう。歌、詩、小説、哲学、あらゆるジャンルで人は愛を語る。
 愛とは何だ? それは一時的な感情ではなく永続する感情のことだ」

アントワネットも聴衆の一人だ。
偽のルイ16世の語りに興味深く耳を傾けている。

この寝室はユキオの演説会場となっていた。

「勘違いしてもらっては困るが、私は妻のマリエを愛している。
 銀行では出向を命じられると奥さんに捨てられるなどバカな
 ことを言われているらしいが、私とマリエには関係ない」

「私は最近有休を使うことが多くなった。上司や部下に多大な迷惑をかけており、
 この年では、はっきり言って自殺行為だ。これで明日出勤したらPCに
 出向命令のメールが届いていたとしよう。そうしたら私は関連会社へ転勤か、
 もしくは会社を辞めることになる。いや、おそらく私は一度無職になることを選ぶ。
 だが、それがどうした?」

「自慢じゃないが、私は有名国立大を出ている。資格も持っている。
 確かに年齢がネックだが、再就職に対する意思は強い。たとえどんなに
 再就職が困難でも乗り切って見せる」

「社会とは戦場だ。私が戦場を一時的に離れたとしても、戦う意思まで
 失うわけではない。私は本村家を支える。今後もずっと支える。
 私が戦場で勝っても負けても、本村家の歴史は続いていく。
 私はどんな状況でも諦めないぞ。私には守るべき家族がいるからだ!!」

「私は貞子君に巻き込まれたこの事件において、むしろ家族との絆と
 愛を再確認した次第である!! 離れて暮らして分かることも
 あるというが、まさにその通りだな」

「悪いことばかりではない。うれしいこともある。
 チャラ男だったケイスケのことを心から好きに
 なってくれる女性も現れた」

彼の演説は長かったが、聴衆を飽きさせることはなかった。

ケイスケは自然と涙を流していた。
そして貞子と一緒に遊んでばかりの自分を恥じた。

貞子もユキオの話を聞いてるうちにせつなくなった。
いっそケイスケと別れて全てをなかったことにしようかと思うくらい。

ケイスケが元のエリート高校生に戻ってくれれば、
推薦は無理でも一般入試で良い大学を狙えるかもしれない。


(あの方は、本当にあの人の生まれ変わりなのね)

あふれる涙がアントワネットの頬を濡らしていた。
彼の話に一番感動していたのは彼女だったのである。


時は18世紀。フランス革命期にさかのぼる。

―ヴァレンヌ逃亡―

国王一家が革命を恐れてパリを脱出し、
東部国境のヴァレンヌで逮捕された事件である。

逮捕されるまでの道のりは、不自然なほどにゆったりとしたものだった。

国王は道中の原っぱで馬車を止めては、
子供たちとピクニックをしたりと遊んでいた。

馬車はワインや遊び道具などが満載されており、スピードが出なかった。
極めて成功の可能性に乏しい逃避行の中で、
国王ルイは普段できなかった家族サービスをしていたのだ。

「あなた。子供の相手をしてくださるのもけっこうですけど、
 早く出発しないと約束の時間までに国境にたどり着けないわ」

「いいんだよマリー。今まで革命騒動が続いて子供たちに
 遊んであげる時間もなかった。お互い望まれた結婚ではなかった。
 僕たちは仮の夫婦だったのかもしれない。それでもね。この旅の間だけ、
 嘘でもいいから家族でいたい。そう思うのは贅沢なことなのかね?」

追手に捕まれば、パリに連れ戻されて処刑される。
いや、妻の故郷のオーストリアに逃げ込んでも、いずれは
フランス陸軍が攻めてきて同じ結果になったろうか。

ルイがどこまで考えていたのかは分からない。

マリーもルイの考えに同意し、子供たちと遊んであげることにした。

王子 ルイ・シャルル
王女 マリー・テレーズ
王妹 エリザベート

かけがえのない大切な家族たちだった。
この死の逃避行の最中、マリーは確かに夫ルイの家族への愛を感じた。
嘘で塗り固めた政略結婚ではなく、真実の愛を感じた。

『市民・ルイ・カペー君の死刑が決定しました』

国民公会で実施された国王裁判の評決は、僅差による死刑である。
国内には依然として王党派の人間が多数いたのだが。
ルイ・カペーとは、カペー朝、
すなわちフランス王室の先祖の名前だった。

国民公会はルイを裁判において一市民として扱ったのだ。
国外逃亡を企てた王をフランス最高の頭脳たちは許さなかった。

失効前夜、ルイはエベール(革命家)に裁判の結果を伝えられる。
ルイは終始落ち着いた態度でこう話したという。

「余に死刑判決が出たからどうしたと言うのだ。
 お前たちは遅かれ早かれ私の家族も巻き込むつもりなのだろう。
 早いか遅いかの違いだ。死ぬための覚悟はとっくにできている。
 だがな……」

「家族と離れ離れになるのは耐えられない。
 余はフランス国王だが、妻子のいる人間だ。
 それだけが心残りなのだよ」

子供たちの前ではこう語った。

「マリー(テレーズ)の14歳の誕生日を祝えないのが残念だ。
 君の花嫁姿を見れないことが哀しくてしかたない。
 僕がいなくなったとあとでも、どうか幸せに生きてほしい」

「シャルルも悲しい顔をするな。
 お父さんは死など少しも怖くない。
 国民のために喜んで死ぬつもりだよ」

「いいかい。ふたりとも。決して僕の復讐などを考えてはいけないよ。
 決して手を挙げて復讐しないと誓いなさい。
 それが僕のふたりに対する最後の望みだ」

「国民公会は冷酷だが、パリ・コミューンほどじゃない。
 最後に家族と会う時間をくれた。もう悔いはないよ」

そして妻のマリーにはこう言った。

「今まで僕と過ごしてくれてありがとう」

「あなた……」

「僕は最高の夫じゃなかったことはよく分かってる。
 こんな僕と最後まで一緒にいてくれてありがとう」

「そんなことありませんわ!! あなたは誠実な夫でした!!
 わたくしには、それだけで十分です!!
 愛しています。他の誰よりもあなたを!!」

「ありがとう。君と出会ってからの20年間。決して忘れないよ」

「うう……。あんまりだわ。こんな形で別れが訪れるなんて……」

家族の前では明るく振舞い、悲壮感などまるで感じられなかったという。
そこには間違いなく国王としての貫禄があった。

後世から無能だったと称されることの多い彼だが、最近の研究では
否定され始めているという。筆者もルイ16世無能論否定派である。

国王を死刑から救おうと水面下で多くの人が尽力したという。
彼らのことを思うと、ルイは感情を抑えることができなかった。

ダンペル棟の別室。死の前日。ルイは側近の前でこう話した。
エッジウォルス・ド・フィルモン。
ルイ十六世の贖罪司祭の要請を引き受けた人物である。

「心の弱さを許していただきたい…余は死など恐れてはいないが、
 マルゼルブや貴方のような素晴らしい人が、余のために動いて
 くれるのを見ると涙が出てしまうのだ… 
 だが、今までそのようなことで一度も涙を流したことがない。
 だから、今だけは涙を流すことを許して欲しい……」

死刑執行当日。ギロチン台に首を乗せたルイが
最後に脳裏に浮かべたのは大切な家族の笑顔だった。

(マリー・テレーズ。シャルル。エリザベート……)

そして妻のマリー・アントワネット。

処刑場の周囲は、異常な数の警備と聴衆に囲まれており、
一種の要塞と化していた。この処刑を止めることは誰にもできない。
ルイを救おうと王党派や民衆が襲撃の
計画を立てたが、断念せざるを得なかったほどである。

上着を脱ぎ、両手を後ろ手に縛られた彼にできることは何もなかった。

ギロチンの刃が、彼の首へ振り下ろされる時だった。
自分の後に残された家族のことを思うと、
あれほど諦めていた生への欲求が一層に高まった。

(生きたい……あと少しだけ生きてみたい)

刑は執行された。
死刑執行人によってルイの首が聴衆にさらされたのだった。
フランス・ブルボン王室1000年の歴史が終焉した瞬間だった。

『私は罪なき罪によって死ぬ。
 私は、私を殺そうとする者たちを許す。あなた達がこうして
 流そうとしている血が、これからのフランスで流れないことを祈る』

死刑執行台に上がった時にルイが語ったことだ。
彼は、馬車での移動中は聖書の詩編を歌っており、
取り乱す様子はなかったという。

彼が死刑になるまでの複雑を極める過程は、
とてもこの小説で書ききれるものではないが、
端的に言うと歴史の犠牲者の一言に尽きる。


ずいぶんとフランス革命の話が続いてしまった。

舞台をおばあさんの家に戻そう。

ユキオとアントワネットは仲良く浦和に帰っていった。
てっきり泊まるのかと思っていたが、アントワネットは
昔を懐かしんでユキオと一緒にいることを選んだ。

「帰ってくれて助かったな」

「あなたのお父さんのしてることって浮気だよね?」

「たぶん大丈夫だ。親父は、たまたま愛した女性が二人いただけだろ」

「無理あるでしょ」

「いいんだよ。親父がそう言うなら、きっと大丈夫」

ケイスケは貞子の肩を抱き、自分の方に寄せた。
ツーショットで並ぶ形となった二人。

「今後どうするか、よく考えないとな」

「学校に戻るの?」

「こっちで暮らすのも悪くないと思ってる。
 お前はどうしたい?」

「私はどっちでもいいよ。ケイスケに任せる」

「そんな適当な……。
 おまえはどうして俺のことをそんなに…」

「好きだからだよ」

貞子が言葉をかぶせてきた。

ケイスケは、思わず言葉が何も出なくなった。
彼女を腰に手を回し、こちら側に引き寄せてから
唇を奪おうとした。

~君の間の悪さも、大事なんだね、タイミング~♪

携帯の着信が鳴った。曲は90年代に
流行ったブラックビスケットの『タイミング』である。

貞子とケイスケは携帯を持ってない(捨てた)
そこにあるのは、アントワネットの置き忘れた携帯だった。

「そういえばあいつに返すの忘れてたんだな」

「これ、電話が鳴ってるんだよね? 出たほうが良いのかな」

「迷うな……。しかもミホからの着信かよ」

「無視したらあとで殺されるかもしれないよ」

「しかたねえな」

ケイスケが携帯を耳にあてる。

「アニキ?」

第一声がそれだった。なぜケイスケが出たことが分かったのか。
ケイスケが手にしているのはアントワネットの携帯なのに。

「ミホ。俺たちをどうするつもりなのか知らねえが、俺は…」

「あーはいはい。くだらない妄言は聞きたくないから
 手短に伝えるね? 神7で話し合ったんだけどさ、
 やっぱり貞子を処刑することにしたから」

「は?」

「うちのロベス君がさぁ。今回の事件の責任を取らせるために
 貞子を死刑にするってことで話をまとめてくれたよ。亡くなった生徒の
 遺族からもそう言われててね、学園側にも許可取ったから」

「貞子を死刑だと? おまえ、頭大丈夫か?」

「兄貴に心配されたくないよ。じゃ、伝えたから。
 兄貴たちが住んでる場所も特定済みだから、あとで迎えに行く」

「ちょ。待て待て、話が急すぎて何言ってるのか
 さっぱりわから…」

ここで通話が終わった。あまりにも一方的な会話だったため、
ケイスケは怒りのあまり壁を蹴ろうとかと思ってしまった。
だがここは他人様の家なのでそんなことできない。

「ケイスケ……今の電話……」

「妹のミホからだ。まじでヤバいことになってるぞ」

ふたりは文字通り恐怖のあまり震えあがってしまうのだった。

ミホの学園側では、神7の指導の元に
貞子およびケイスケ討伐隊が組織されていた。

ケイスケたちが捕まるのは時間の問題である。

……4組で貞子の『裁判』が始まった!!

「山村貞子と本村ケイスケ氏を捕えろ」

これは、神セブンの委員長(代表)と
なったロベスピエールから出された命令である。

貞子が疾走して以来、飽きることもなくバルサン、
トロツキー、ロベスの間で激論が交わされ、
貞子問題に対する最終解決案を出すに至った。

それが貞子の処刑である。

今回の貞子事件では生徒多数を含む犠牲が出た。
その責任を貞子に取らせること、そして学園の恒久的な平和を
維持するための最終的な措置とした。

神セブンは一つの委員会として新しい組織を結成したのだ。
ロベスピエールの頭脳に敵うものはなく、たとえば日本の戦国武将の
織田信長は、彼と議論しても10分もすれば論破されるといった具合だ。
ポルポトも同じだった。

この組織には副委員長がいた。

「どうしても貞子君を処刑するつもりなのかね」

なんとミホの父である。本村ユキオ。
彼は学生でもないのに神セブンに参加していた。

ここは中学校の教室だ。
まず社会人の彼が学校にいること自体が大問題なのだが、
学園側は全力でスルーした。仕事はどうしたのだろうか。

ユキオの熱烈な希望により、神セブンへの加入が認められたのだ。
(彼を副委員長に推薦したのはアントワネットである)
これにより神セブンは神エイトと呼称しても問題なさそうである。

いや、神ナインと呼ぶべきか。
なぜなら今回の会合には、特別顧問としてミホのママが参加していた。

「貞子問題が解決した後は、あなたのこともぶっ飛ばしてあげる」

ママが紅茶を飲みながら、アントワネットに殺意を向ける。

「それはそれは。不愉快な発言をありがとうございます」

「余裕ぶったしゃべりかたが、ますますカンにさわるわね。
 人様の旦那に手を出しておいて何様のつもり?」

「手を出したわけではありませんわ。ユキオさんとは
 お友達として関わらせていただいております」

「あくまで友達と主張したいのね。分かったわ。
 あとであの人を肉体的に尋問してあげるわ」

「暴力では何も解決しませんわよ?
 私は今回の貞子さんの死刑へも反対の立場でした」

女二人がテーブルの一角で
殺伐とした会話をしながらも会議は進んでいった。

貞子処刑の件だが、アントワネットが言うように全員が
賛成したわけではない。

今回のメンバーで多数決を取ったら6:3で死刑が可決した。
実に倍の差である。

その内約は……

賛成派 ロベス、バルサン、トロツキー、織田信長、ミホ、マリエ
反対派 アントワネット、ポルポト、ユキオ

反対派について考えてみよう。アントワットは分かる。
ユキオは息子から愛する人を奪ってしまう残酷さに
耐え切れかったため反対派に回った。では、ポルポトは?

「俺は……マリーの哀しむ顔を見たくなかった」

ポトは絞り出すようにしてそう言った。
バルサン、トロツキーは弱弱しい彼の態度をバカにしたが、
ミホは決して笑うことはなかった。

ミホは死刑大賛成派だが、ポトの意見もあくまで
ひとつの主張として尊重してあげるつもりだった。

血なまぐさいことを誰よりも嫌うマリーが処刑のシーンを
見たら卒等することだろう。ポトはそう思ったのだ。
彼は女性に優しいから、ミホやアントワネットから
一目置かれていたことは前に述べた。

「ポト君。私は君のことが気に入ったよ」「本村のおじさん……」

男二人は固い握手を交わすのだった。
ユキオは、これだけの大事件に巻き込まれても貞子への
復讐を考えなかったポトを心から称賛した。

穏健派の一員だった織田信長でさえ、貞子の死刑には即賛成したほどである。
生徒らは貞子に恨みを持つのが普通であった。

「本村さん。兄上からの返事はあったかい?」

ロベスピエールが議員風の腕組みをしながら問うた。

「うん。俺たちはたとえ地の果てまでも逃げて、生き延びてやるって」

「本気で逃げるつもりなのか。それとも比喩的表現なのか」

「ただの冗談じゃない。兄貴たちお金ないでしょ。
 それに衛星から監視してるからどこに逃げても無駄だし。
 そうだよね? アントワネット?」

「ええ……」

苦しそうに答える元フランスの王妃。

彼女はどういうわけか監視業務が得意だったため、
グーグルアースを駆使してPC上からケイスケたちの動向を見守っていた。
グーグルアースは確かに便利だが、どうやったら正確な追尾ができるのかは
彼女だけが知る秘密である。

「マリー君」

「は、はい!!」

ロベスピエールに背筋を伸ばすアントワネット。
彼はアントワネットの許可もなくマリーと呼ぶようになった。
軽いセクハラなのだろうか。

(筆者は今でもセクハラの正確な定義が分からない。
 どこからどこまでがセクハラなのか。
 世間では逆セクハラという言葉もあるらしいが、ますます混乱する)


「PCを起動してみてくれ。今あのふたりはどこにいる?」

「ええっと……。まだおばあさんの家にいるみたいです。
 日中で暑い時間だからクーラーの部屋で涼んでみるみたいです」

「何をしているのだ? 昼寝中か?」

「その……俗世間風の言い方をすると同じ布団の中で
 イチャイチャしてます。ラブシーン?」

ロベスピエールは飲んでいた紅茶を盛大に吹いた。
ミホが吹いたのもほぼ同時だった。

「ふははははははは!!」 

チョイバルサンが野太い声で笑う。

「我々はなんと残酷なことを始めようとしているのだろうか。
 愛する彼らの仲を永遠に引き裂いてしまうのだからね」

「全くだね。ケイスケ氏も落ちたものだな。幽霊もどきと
 本気で恋をするなど正気の沙汰とは思えない」

トロツキーも楽しそうに笑うのだった。まさに悪党二人である。
そんな彼らをアントワネットは鋭い目つきでにらむのだった。

「諸君。下劣な会話はその辺にしたまえ。
 ここにケイスケさんのご両親がいることを忘れるな。
 これよりケイスケ氏らの捕獲作戦の具体案を考えよう」

当初は武装戦闘集団を結成して誘拐するつもりだったが、
そんなことよりマリエとミホが直接行った方が早いという結論に達した。

ミホは直ちにその旨を兄のスマホ(正確にはアントワネットが置き忘れた)に送信。

『明日にでも兄貴たちを迎えに行くね。私らは貞子を許すつもりないけど、
 そっちが自首してきてくれたら少しだけ罪を軽くしてもいいよ』

それは、実の妹からの譲歩だった。暗に自首したら死刑に反対するとでも
言いたそうな内容だが、ミホにしか本心は分からない。

それに対するケイスケの反応はこうだった。

『うるせー。おまえら、みんな死ね』

なんとも直球な返事である。

ケイスケに貞子を引き渡すつもりがないことがないことは明らかである。
そのうえ、みんな死ねとは、神エイト全員に対する暴言である。

ケイスケは、黙って捕まるつもりはなかった。

非道の限りを尽くす(と思われていた)神エイトに捕まれば最後。
貞子は今までのリングシリーズで犯した全ての罪の責任を取らされる。

貞子は世間的には殺人鬼だが、好きで殺人をするようになったわけではない。
彼女にも辛い過去があったのだから仕方ない面もある。

これを読んでいる読者諸兄らはどう思うだろうか?

貞子は本当に悪なのか? 悪などと定義できる存在なのだろうか?
少なくとも貞子はケイスケとの関係に満足し、
これ以上の殺人はしないと言っている。


舞台をおばあさんの家に移そう。

旅行用のキャリングケースを持ったケイスケと貞子。
セミの鳴き声がやかましい真夏の日中。
玄関前でおばあさんに最後の別れを告げていた。

「いつまででも居てくれていいのに。もう行っちゃのかい?」

「俺たちはこれから二人だけで住む場所を探そうと思ってるんです。
 誰も俺たちを知らない、もっと遠くの場所へ」

「ここじゃ、だめなのかい?」

「ここは埼玉県ですから、うちの実家からそんなに遠くないんですよ」

「それの何が問題なのかねぇ」

貞子が口を開く。

「私たちも本当はずっとおばあちゃんの家にいたかったです。
 おばあちゃんは信じてくれないかもしれないけど、私達
 ある人に追われてるから、ここにいたらいずれ捕まっちゃう。
 おばあちゃんにも迷惑かけるかもしれないの」

「スパイ映画みたいな話をするね。まあ、貞子がそこまで
 真剣に言うんだったら信じてあげるよ。あんたらふたりは
 働き者だから助かってたんだけど、残念だよ」

「ごめんなさい、おばあちゃん。
 この事件が解決したら、また帰ってくるからね」

ふたりは玄関から手を振ってくるおばあさんを何度も振り返り、
手を振り返した。8月の猛烈な日差しから肌を守るために
日傘をさしている貞子。ケイスケは大リーグのキャップをかぶっていた。

家の先の道路にはタクシーが待機している。
あらかじめ電話で呼んでおいたのだ。

「お客様。どちらまで?」

「成田空港までお願いします」

外国行きのチケットを手にした貞子が言う。
なんと彼らの新たな逃亡先はニュージーランドであった。

なぜNZ(ニュージーランド)なのか? 答えは簡単。

『NZで酪農家をやって
 牛乳やチーズに囲まれた生活がしてみたいから』

まさしく子供が考えそうな夢だった。
彼らにとって逃げられればどこでも良かった。
国内にいると捕まる可能性が高いため、
ほとぼりが冷めるまで国外逃亡を考えたのである。

「かしこまりました。ただちにご両人を○○学園の
 二年四組の教室へお連れいたします」

最初は聞き間違えかと思ったが、
中年の運転手は確かにそう言ったのだった。
車は静かに走り出してしまい、すぐに時速60キロに達した。

(こいつもミホ送り込んだ刺客!!)

貞子は後ろから運転手の首を絞めてやろうかと思った。

「マダモアゼル・貞子。お待ちになって」

フランス語でお嬢様を意味する言葉を口にするのは、
もちろんアントワネットである。
彼女はタクシーの助手席に乗っていた。

「どこの国に逃げようとしても無駄です。私たちは貞子さんたちが
 NZ行きのチケットをネット予約したのも知っていますわ。
 どこで何をしても私たちに情報は筒抜けです。
 神エイトからは絶対に逃げられません」

「バカなこと言わないでよ。
 殺されるのが分かってるのに抵抗しないと思ってるの?」

「私は貞子さんの処刑反対派です。ユキオさんとポト君も同じです。
 暴力に頼るのはやめて、あとは裁判に全てをかけましょう」

「いやよ!!」

貞子はこれまでにないくらい大きな声で言った。

「私はいつまででもケイスケと一緒にいたいの!!
 私からケイスケを奪おうとする奴らは全員許せない!!」

「あなた達の味方はいますから、まだケイスケさんと
 離れ離れになると決まったわけでは」

「決まったようなものじゃない!!
 私は絶対に二年四組の教室には行かないから!!」

少し前までは頼まれてもいないのに四組に現れていたのに。
時間の流れとは残酷であり、皮肉なものである。

ケイスケも興奮のあまり鼻息が荒かった。

「な、なあ、アントワネットちゃん?
 ちょっと冷静に話し合わないか?
 このままだとマジで貞子は殺される流れみたいだな。
 ミホと母さんも死刑に賛成なのか?」

アントワネットは無言で首を縦に振った。

タクシーは、なおも国道を走り続けている。
今日は信号待ちがほとんどなく、どんどん進んでいった。

「頼むよ。俺たちを見逃してくれないか? 君も神エイトに
 命令されて仕方なくこんなことやってるんだろ?
 アントワネットちゃんもフランス革命で愛する人を
 失った辛さはよく覚えてるんだろう?」

アントワネットは窓の外の景色を見ていて、
ケイスケの言葉を聞き流していた。

「なあアントワネットちゃん!! 頼むよ。話聞いてくれよ。
 お、俺たち……裁判にかけられるなんて嫌だよ……。
 貞子がいなくなったら俺も頭おかしくなっちまうよ……。
 お願いだよ。俺から大切な人を奪わないでくれ」

アントワネットは行儀よく助手席に座っているだけ。
ケイスケには何も答えなかった。冷酷ですらある。

「アントワネットちゃんよぉ!!」

ケイスケは後部座席から彼女の肩をつかみ、
揺さぶるが、やはり返事はない。

「やめなさい。苦しいのは彼女だって同じだよ」

運転手が言った。部外者のくせに、どの口がそれを言うのかと、
ケイスケがカッとなって運転手につかみかかろうとした。

「アンシャンテ。ジュ・マペル・ポルポト」
(初めまして。僕の名前はポルポトです)

運転手の正体は彼だったのだ。中年男性と思われたのは
きついマスクをしていたからだった。彼はそのマスクをはぎ取り、
アントワネットに手渡した。夏の暑さのため汗がべっとり
ついてたそれを、アントワネットは窓の外へ捨ててしまった。

「ここでの会話は盗聴されています」

ポトが語る。

「マリーがめったなことを口にしないのはそのためです。
 ここで失言したら裁判で不利な証言として残りますよ」

盗聴器は、タクシーの中に少なくとも5個以上設置されていた

「あんたは」

貞子が口を開く。

「中学生なのにどうして車が運転できるの?」

もっともな質問である。
しかも現在運転している車はタクシー会社の所有である。
道路交通法の第70条をはじめとした、あらゆる法律に抵触している。

「僕の前世はカンボジア共産党の最高指導者です」

答えになってない。

ポトは右ウインカーを出し、追い越し車線に移動する。
彼のタクシーはすでに高速道路を走っていた。

運転技術には問題なさそうだったので、
貞子はそれ以上つっこまないことにした。
シュールの極みである。

このタクシーによる誘拐計画は極めて穏便に実施された。
当初はママとミホが武力によって拉致する予定だったが、
アントワネットがロベスピエールに
色仕掛けまでして止めさせた結果である。

ケイスケたちの望むと望まないにかかわらず、
二年四組にまで連行されてしまい、裁判は始まってしまった。

「被告人の名前は山村貞子に相違ないか?」

「はい。間違いありません」

裁判官はトロツキーが任命された。

ソ連人のレフ・トロツキーである。


★★(以下の内容は余談なので読み飛ばしてほしい)★★

本編から激しく脱線してしまい恐縮だが、
トロツキーのことを説明したい。

トロツキーは前世でソビエトの国防大臣(国防人民委員)の地位にいた。
この作品の彼の活躍では、なんともザコキャラに思えてしまうが、
とんでもない。彼は20世紀の歴史に輝く超大物である。

彼の最大の功績は、のちに史上最大の陸軍となる
『ソビエト赤軍』を組閣したことである。

時は第一次大戦でドイツから屈辱的な敗北を喫した直後。
フランスやドイツなどの工業先進国との国力差が明白になった。
ロシア帝国では西洋列強には勝てないことを認めざるを得なかった。

敗戦直後、ロシアは戦車の設計図すら持っていなかったが、
フランスはすでに2千台の戦車を実戦配備していた。

「わがロシアは、フランスなどの一等国に比べて50年遅れている。
 ソビエトが工業化を成し遂げなければ、来たる次の戦争で確実に敗北する」

上はウラジーミル・レーニンが部下に語った言葉である。

次はヒトラー政権が台頭し、欧州を席巻しつつあった時に
トロツキーが委員会で語ったことである。

「次もまた大きな世界大戦が発生する。我が国はドイツなどの先進諸国と
 戦争になった場合、確実に負けるでしょう。万に一つも勝てない。
 ですから重工業化が何としても必要なのです」

第二次大戦(独ソ戦)の危機が迫る中、スターリンが赤軍幕僚を招集し、
極めて正確な図上演習をさせた。結果は、正面からドイツ軍と
戦っても勝てないということだった。

ドイツ軍が攻めてきた場合、少なくとも300キロ深くまで
ソ連領に侵攻されるが、ソ連軍はそれを防ぐことはできないと結論された。

ドイツ軍が補給などの問題により消耗しない限り、
反撃すらできないとジューコフ将軍は言い切った。他の幕僚も認めた。

まさに恐慌である。

ソ連軍は全兵力が300個師団以上。兵にして700万近い。
戦車は『2万6千両』以上。(←おそらく地球上の戦車をかき集めた数より多い)
ソ連は地上最大の軍隊をしっかり用意していた。
(重工業化は十二分に達成していたのだ)

その正面兵力は単純にドイツの二倍以上はあった。

にもかかわらず、赤軍最高の頭脳らが出した結論は、

『ドイツとまともにやっても勝てない』

冗談のように聞こえるかもしれないが、国土面積10倍以上を
有するソ連ですらドイツには勝てないのだ。

『欧州最強のフランス大陸軍ですらドイツには勝てなかった。
 しかも三ヵ月で降伏。普通に考えてドイツに勝てる国存在すんの?』

列強各国の政府でさえ上のように考えていた
(もちろんアメリカや日本帝国も)

ドイツがポーランド、ベルギーなどを瞬殺なのは良いとして、
陸軍大国のフランスまで瞬殺とは、欧州を制覇したに等しい状況だった。

スターリンは図上演習の結果に震えあがり、外交などあらゆる方法で
ドイツとの戦争を防ぐことにした。同じく極東方面の
日本陸軍にも極端におびえていた。

ソ連にとって、ドイツの反対方面に位置する日本と同時に戦うことは
国家の破滅であると、のちにジューコフ将軍が語っている。

第二次世界大戦におけるソ連軍は、全ドイツ陸軍の8割に
達する強大な戦力(300万)を初め、フィンランドや
ルーマニアなどの枢軸国に攻撃されながらも数年間戦い、
(少なくとも)2千万人もの死傷者を出したという。

この2千万と言う数字だが、およそ日本やイギリスの陸軍が
2セットは壊滅している数である。
これでも戦争が遂行できるのだから驚異的な動員力である。

戦争当初、ドイツ機甲部隊の奇襲攻撃を食らい、国境付近のソ連軍部隊が
次々に撃破されたことを知ったスターリンは、ショックのあまり
執務室に二週間以上引きこもり、職務を放棄したという。

ソ連軍は戦力数と国土でドイツをかなり上回っていたが、
肝心の『戦闘能力で致命的な差』があり、
どこのどの戦場で戦っても完敗した。

戦術理論を極め、戦車や爆撃機の集中運用を実現させた
『機動戦の名手』と呼ばれたドイツ。ソ連野戦軍の撃破など
赤子の手をひねるように簡単なことであった。

やがてドイツ軍主力が首都モスクワに迫ったころには、
スターリンは絶望を通り越して精神的に危険な状況に陥っていた。

「ドイツはどうしたら戦争を辞めてくれるのだ……。
 もうソ連は終わりだ……。私はとんでもないことをしてしまった……。
 私がレーニンの作ってくれた国家を台無しにしてしまった……」

それでも紆余曲折を経て挽回に成功するのが『ソ連クオリティー☆彡』である。


第二次大戦では米英ソの三大国がドイツを包囲して
何年もかけて勝つことに成功したわけだが……

☆『ドイツ第三帝国の撃破に最も貢献したのはソ連である』☆
 (ヒトラーの野望から地球を救った)

↑筆者はこの事実を、声を大にして主張したい!!

太平洋方面ではアメリカが日本(海軍)を倒すのに最大の貢献をした。
(開戦当初306隻の艦艇を有する日本海軍を倒すことが
できるのはアメリカ以外に存在しなかった)

連合国は日本とドイツという強大なる軍事大国を倒し、
地球をファシズムの脅威から救うことに成功したのだ。
(何年もかかったが)

のちにアメリカのジョージ・ブッシュ大統領が、
「日独伊三国同盟」は『史上最悪の三国同盟』だったと公式に発言している。

今の国連は、もちろん連合国が進化したものである。

つまり、ユナイテッド・ネイション(国連)は、
『日本、ドイツ、イタリア』をはじめとする枢軸国を倒すために
作られた国際組織であり、今現在でも日独は『国連憲章の敵国条項』に入っている。
(破棄すべきとの声が多いが……。改正にはすごく手間がかかるのだ)

ちなみにソ連の2千万以上の損害だが、一度の戦争としては人類史上最大である。

スターリンは実際に何人殺されたかは多すぎて数え切れないと言っている。
ドイツの主力部隊を撃破したのだから、大損害なのは仕方ないと筆者は思っている。

(他方、ドイツは全世界の全ての戦線での死傷者が計900万)

このトロツキーという人の最大の功績は、ソ連軍を作ったことにあるのだ。
(ある意味、ドイツ打倒により地球人類を最も多く救った人なのかもしれない)


★★ 余談を終える ★★

激しく本編と関係ない話をしてしまったが、反省はしてない。
書いてみたら思っていたより長かった。
しかも軍事史に興味ない人にはどうでもいい内容だった。


「検察側からは以下の内容で起訴されている」

トロツキーが訴状を読みあげると、以下の三つに要約される。

・二年四組の生徒を中心とした快楽殺人
・過去に出演した小説作品や映像作品での殺人
・本村ケイスケ氏を秋葉原で誘拐し、彼を恋人として洗脳した

「被告は起訴内容を認めるか?」

「上のふたつは仕方ないけど、最後のは認められないよ!!」

貞子は怒鳴り散らした。

「ふん。威勢だけは良いな。化け物め。では検察側の供述を頼む」

トロツキー裁判官にうながされ、検察側代表のチョイ・バルサンが席を立った。

「〇月×日に貞子が本村ケイスケ氏を拉致したのは明白である!!
 証人としてママさんと彼の妹も来ている。
 これは今更証明するまでもないだろう」

「だそうだが、貞子君は拉致の事実を認めるかね?」

「認めるわよ。クソ裁判長」

これにロベスピエールが突っ込みを入れる。

「被告人の貞子君は裁判官に対する口に聞き方に気をつけなさい」

「分かったわよ。いちいちうるさいわね」

貞子は、初めて見たロベスピエールの鋭い視線に圧迫されていた。
超生命体の彼女でも彼の超人オーラにビビるほどだった。

ロベスピエールは、なぜかミホたちと同じ席に座っている。
そこは傍聴席であり、証人席でもあるなど自由度が高い。
ただ見てるだけではなく、場合に応じて発言する許可があるのだ。

今回の裁判は、ロベスピエールが考えた制度なので
普通の裁判とは異なる形式となっていた。

「彼女が絶対なる悪だと言い切れるのでしょうか!!」

弁護人のアントワネットが感情を込めて話す。

「彼女の残酷な過去はみなさん、すでにご存じのはずです!!
 あんなことがあったらどんな聖人でも心がすさむでしょう!!
 それに貞子さんはこれ以上の殺人はしないと言っているではないですか!!
 彼女の生まれ変わった聖なる心を見なさんが信じてあげましょう!!」

「裁判長!! 弁護人は意図的に貞子に対する同情を集めようとしています!!」

とバルサン。トロツキーは彼の訴えを認めようか迷う。
バルサンの言い方は攻撃的に過ぎるため、客観性に欠けるが、
弁護人を否定したいのは死刑賛成派のトロツキーも同じだ。

代わりにロベスピエールが声を張り上げた。

「検察側の主張は無効だ。弁護人は供述を続けなさい」

「はい」

アントワネットはうれしそうな顔をした。

「そもそもですね!! ケイスケさんが貞子さんを高校でナンパしたのが
 全てのきっかけではないですか!! ケイスケさんは当時貞子さんだと
 知らずに好みの女性だからとナンパしたという話です!!」

「きみ」

ロベスがつっこむ。

「ナンパは裁判では不適切な表現だ。訂正しなさい」

「は、はい。では、仲良くなるために……口説いた?」

「よろしい。口説いたなら適当だ」

ロベスはこうやって途中でよく口を挟むのだった。

アントワネットの主張は、恋仲になる遠因はケイスケにあるから、
誘拐の件は、貞子だけが原因ではないとしている。
これには一定の合理性があった。

「証人としてケイスケさんがここにおりますわ!!」

「おうよ。遠慮なく答えさせてもらうぜ」

ケイスケは証人席から立ち上がり、その場で発言する。

「あー、みんな。俺はうそを言うつもりはないから、よく聞いてくれ。
 俺は貞子に洗脳されたとか、そういうことは一切ない!!
 確かに拉致されたのは事実だが、なんか普通にあいつと仲良くなっちまった。
 あいつといると、不思議と心が落ち着くんだよな」

「ではケイスケさん。弁護人としてお聞きしますが、
 貞子さんに暴力を振るわれたことはありますか?」

「まったくないぜ。むしろ俺のピンチには助けてくれるよ」

「また、貞子さんが今後も殺人を続けそうに見えますか?」

「ないね。本人は殺人からは足を洗うって何度も言ってるさ」

「ありがとうございます。お聞きしたいのは以上で終わりですわ」

ここでロベスが手を挙げる。

「弁護側の証人に対し、質問がある。裁判官、よろしいか?」

「どうぞ」

トロツキーに許可された(させた)ので席を立つロベス。
挑発するようにケイスケを指さした。

「まず最初に言っておこう。本村ケイスケ氏。
 僕はあなたに貞子事件の連帯責任があると思っている。
 むしろ別件で起訴したいと思っているのだよ」

「はぁ? なんで俺が起訴されるんだよ」

「まず事実確認だが、あなたは貞子と埼玉北部の田舎に逃亡し、
 貞子の祖父母の家ですごしていた。その間高校を欠席していた」

「そうだよ。そんなのここの人達はみんな知ってるんだろうが」

「逃亡を実施する前夜。夜の公園での出来事だが、
 実の母と妹の再三の要求を無視し、貞子との逃亡を実行した。
 これも認めるな?」

「そうだよ!! いちいちうるせえな。何が言いたい?」

「きわめて浅はかな行為だったと言わざるを得ない。
 あなたのことをあれだけ心配していた肉親らを無視し、
 殺人鬼の貞子と逃亡した。これについて何か思うことはあるか?」

「て、てめえ、裁判官でもねえくせに、
 ずいぶんと偉そうなことを言う中学生じゃねえか。
 つかおまえにそんなこと質問する権限あるのかよ」

「問いに答えよ。ここは法廷だ」

「く……もうすぐ本編が一万文字を超えるから、
 次の話に飛んでから答える……」

神セブンは知恵を出し合った

「前話のソ連軍の話とか、誰得だよ!! あんな余談いらねえよ!!
 無駄に文字数使うと話数が増えて読みにくくなるだろうが!!」

ケイスケは作品に対する批評を始めてしまった。
真面目に答弁するようにトロツキーに注意されたが、無視した。

「そもそも文字数ってなんだよ!? 
 一万文字以上書いたらダメな決まりなのか?」

この小説サイトには文字数制限があるが、
一万文字以上書いても全く問題ない。
要は書いている人の気分といったところである。

「あとなんで俺のセリフの時に限って話数をまたぐんだよ!?
 適当に書いてたらこうなったのか!?」

その通りである。思った通りに書いたら、たまたまこうなったのだ。

「まだあるぞ!! なんでロベスピエールは裁判官でもねえのに
 偉そうに弁護側証人の俺に質問できるんだよ!!
 ロベスが座ってるのは、傍聴席にしか見えねえのは気のせいか!?」

前話で説明したが、この裁判は傍聴席側の人間にも
発言権がある特殊な裁判である。
そこまで細かいことは筆者も考えてないから聞かれても困る。

「ケイスケ君。ナレーションと会話するのをやめて
 ロベスピエールさんの質問に答えなさい」

呆れた顔でトロツキーに言われたのでケイスケが我を取り戻す。
ロベスピエールはため息を吐いた。

「地の分と質疑するなど前代未聞だよ。
 君はこの物語の根底さえ否定するつもりかね?」

「うるせー。このピエールが!! だいたいおまえの名前
 聞くとドラクエ5のスライムナイトにしか思えないんだよ!!」

「……ほう。確かに私も5のファンだが、
 私をスライム呼ばわりするとは
 良い度胸ではないか。表に出たまえ。決闘だ!!」

「上等だこら。どうせなら屋上行こうぜ!!」

二人は法廷(四組)のど真ん中で互いの胸ぐらをつかみ、
大舌戦を始めてしまった。学生らしく元気いっぱいである。

実際に殴りあうわけではなく、至近距離で
罵詈雑言を口にするだけの低次元な争いであった。

「裁判官、なにやってるの!? 早くあの2人を止めなさいよ!!」

「い、いや、だって……まさか喧嘩が始まるとは……」

ミホに怒鳴られ、トロツキーはたじたじだった。
妻に説教されている旦那の姿そのものである。

(バカな……ロベスさんが自発的に喧嘩を始めたのか……?
 事前に渡された台本にこんなことは書かれてなかったが)

バルサンも呆気に取られていた。

裁判記録(議事録)をとっていた織田信長も、どうしたら
いいか分からず、なぜかあくびをした。

その間もロベス・ケイスケ間の言い争いは続いている。

「このフランス気取りのオカマ野郎が!! 
 人の恋愛事情に口出す奴は馬に蹴られて死んじまえ!! 
 てめえみたいな頭でっかちは女と恋愛したこともねえんだろうが!!」

「勝手に決めつけてもらっては困る!! これでも前世は
 下宿先の家のお嬢さんとは恋仲だったのだぞ!!」

「はっ? 嘘くせな。ネットで調べると、てめえは
 史上最恐の独裁者であり、偉大なる童貞だったってことになってるぜ!?」

「き、きさま……。なんという名誉棄損だ……
 後世の奴らはよく勉強もせずに適当なことを書きおって」

「しかもてめえも最後はギロチン台に送られて
 首チョンパされたんだろうが。ざまあねえな!!」

「本村ケイスケ……貴様は明確に私の敵のようだな……」

ミホは裁判官席に張り付き、トロツキーを怒鳴り続けていた。
その隣にポトも加わり、この2人によってトロツキーは
激しい攻撃を受けることになってしまった。

「おい、裁判官!! 眠たいこと言ってるんじゃないぞ!!
 この状況で裁判を進めるのは無理だろう!?
 そこで今日は中断して明日以降やり直すのはどうだ!?」

「う、うーんと……」

「うーんとじゃないんだよ!! あんたが裁判官なんだから
 あんたが早く決めなさいよ!! せっかく裁判が
 できたのにこれじゃ台無しじゃなない!!」

トロツキーは半泣きになってしまう。 (>_<)←こんな感じの顔

裁判を裏で仕切っているのはロベスである。
彼の許可なく勝手に法廷を閉じたら、
あとで何を言われるか分からない

バルサンも同じくロベスの犬である。
彼は親友が説教されるのを戦々恐々と見守っていた。

(本村こえー。あいつ今までぶりっ子してたのか?
 裁判官はジャンケンで決めたけど、
 あいつになってもらって助かったわ)

アントワネットは、こういう争いごとを遠くから見守っているタイプだった。
だから静観を決め込んでいたのだが、実は今日の裁判に出席していたのは
生徒ばかりではない。ユキオはさすがに仕事を休めないので欠席だが、
専業主婦のママは時間が余っている。

「ふたりとも。いい加減にしなさい」

何かが、ケイスケたちの方へ飛んできた。

それは、つかみあっているロベスピエールと
ケイスケの頭上を通り越した。
ケイスケの毛先が少しだけかすり、持っていかれた。

それは何の変哲もない机だった。
だが、ママが投げることによって大砲並みの破壊力を持っていた。

机は壁にめり込んでしまっている。
その状況は神エイトらを黙らせるのに十分だった。

「ロベス君。あなたがしっかりしないとダメでしょ?」

「面目ない。ご子息のあまりにも無粋な言い方に冷静さを失ってしまった」

「あーもう、こんなんじゃ話し合いにならないわねぇ。
 トロツキー君、今日の裁判は中止にして明日からまた始めましょう。
 それとロベス君に話があるから、今日はうちに寄って来なさい」

「え!?」

これにて法廷は閉じられたのだが、ロベスはまたしても
本村家に招待されるのだった。今日の裁判の失態から
ママに説教される可能性が高く、ロベスは猛省したが、もう遅い。

「裁判が終わるまでしばらくかかりますから、ケイスケさんと貞子さん
 カップルは、よろしかったらうちで泊まっていきます?
 部屋なら余っておりますから、お気になさらず」

とアントワネットからの提案。カップルに気を利かせての配慮だ。
確かにケイスケが自宅に帰った場合、貞子と離れ離れ。
貞子には帰る家がないのだから、ケイスケが納得しないのは分かる。

「お言葉に甘えてお邪魔するか?」
「そうだね。私もケイスケと一緒にいたい」

その流れでアントワネットの自宅へ招待された。
まず中学校の校門まで黒塗りの車が迎えに来たのは想定内だった。

車は、巨大な門の前で止まった。
そこで警備の人に顔を見せて通過する。

門の先には深い森が広がっており、
ここからでは屋敷が見えない。
車は、日の当たらない森の中を進み始めた。

10分ほどすると、建物が見えて来た。

(あれがゴシック様式ってやつか……
 中世の教会をでっかくした感じの建物だ)

ケイスケは開いた口がふさがらなかった。
完璧に手入れされた西洋式庭園。
芝生と噴水。大理石で作られた像。
敷地は、広いなどと言うレベルではない。

埼玉県にこれほどの富豪が存在すること自体脅威である。
県議会議員のレベルすら軽く超越しており、
もはや国務大臣レベルの財力かと思われた。

「Ich bin wieder da. mit meine Freunde.」
(今帰ったわ。お友達も一緒よ)

「ヴィルコメン。マイネ・フロエライン und マイン ヘアン」
(ご学友の方々、ようこそいらっしゃいました)

アントワネット嬢が母国語のドイツ語で執事の男性と会話し、
友達二人を屋敷の中に案内した

ケイスケは小声で貞子に悪態をついていた。

(外国語うぜー。ここは日本なんだから日本語で話せよ)

(まあまあ。あの子はオーストリア人だからしょがないよ)

大食堂(琥珀色の壁と天井だった)での食事を終え、
アントワネットの自室に移動。三人で今後の対策を練ることになった。

素晴らしく広い部屋の真ん中に天蓋付きのベッド。
ピアノ。大きなソファ。来客用に用意された長イス。
どこにでも座っていいというので、ケイスケは長イスに腰かけた。

「本格的なフルコースってなんであんなに食べても
 胃もたれしないんだろうな。今日はムカついてたから
 めっちゃ食ったけど、むしろ食べ終わった後の
 ほうがすっきりしてるわ」

「満足していただけましたか? もともとはイタリア王室の食事がもとに
 なってフランチが出来上がったのですが、食事中の血糖値上昇を考慮しながら
 消化に良い順に食べていくのです。たとえばお肉料理を出すタイミング、
 最後にデザートを食べることなどよく考えてあるのですよ」

「やっぱ欧州人って賢いんだな。大食堂も装飾がきらびやかで
 王宮みたいだった。てか完全に王宮だろ」

「うふふ。おじいさまが聞いたら喜びますわ。
 この屋敷はおじいさまの代に改修してからずっと使い続けてます」

「へえ。おじいさんいるのか」

「今別室にいるはずですよ。あとで挨拶します?」

「どうしようかな。どっちでもいいや。
 俺、上流階級の作法とか分からねえし」

「あははっ。そんなに難しいものなくてよ。すぐ慣れるわ」

「アントワネットちゃんは屋敷で生まれ育ってるから
 そういうのが板についてるよな。うちのミホとは大違いだぜ」

「そんなことはありませんわ。ミホさんだって素敵じゃないですか」

貞子が、そんな話はいいから早く本題に入れと目で訴えていた。
アントワネットとしてはもっとケイスケと話していたかったが、
さすがに貞子に悪い。

「おほん」

アントワネット。まずは咳払い。

「今日の裁判は結果的に私たちに有利に運びましたね。
 ロベスは弁護側証人への質問でケイスケさんを追い詰めようと
 していましたから」

「ああ、あれか。俺が家族を捨てたクソ野郎だって
 立証したかったんだろうな。結局裁判なんて俺が事実を
 否定し続ければ長引かせることができるんだろう?」

「よくご存じね。罪状を認めたらすぐ終わってしまうのよ。
 否定すれば相手もむきになって立証しようとするから、
 長期戦に持ち込めるわ」

「俺が今回やった茶番(喧嘩)も有効だってわけだろ?
 ロベスに裁判で発言する機会そのものを奪ってやったぜ」

「まさか、ケイスケさんは計画的に?」

「半分はそうだな。話数をまたいだのもうまく作用したから、
 やっぱり偶然かもしれないけど、あのままロベスに
 発言させたら負けそうな気がしたのは確かだな」

「うふふふ。やっぱりあなたは面白い方だわ」

楽しそうに笑うアントワネット。
クラスで決して見せることのない笑みだった。

貞子は、おばあさんの家にいた時と同じように嫉妬した。
女のカン以上にどう見てもアントワネットはケイスケに
気があるようにしか見えなかった。

現に貞子をそっちのけで二人だけで盛り上がっている。

そこでつい口に出てしまった。

「あんたにはルイ16世がいるでしょ」

「はい?」

首をかしげるアントワネット。貞子の目つきは鋭い。
アントワネットは、ここで初めて貞子が自分に
嫉妬していることに気が付いた。
自宅にいる安心から鈍感になってしまったのだろうか。

「そんなに怖い顔するなよ貞子。
 アントワネットはおまえの弁護を担当してくれてるんだぞ」

「分かってるけどさ……」

「おほん。本題に入りますけど、あれは裁判より議会に
 近い形式なの。ロベスはその気なら多数決で
 さっさと貞子さんを有罪にして終わりにしたいでしょうね。
 彼は元が弁護士で革命家だから、法と理性を絶対だと考えているの。
 キリスト教より理性を上に置いていた人なのよ。
 全員が納得できる結論が出るまで話し合いが続くと思う」

「理性って言っても、一概には言えないんだろう?」

「ちょっと難しい話になるけど、フランス革命で使われた
 一般意思のことね。全ての人がこうなるべきだと思う
 願望みたいなもの。幸福実現欲求に基づく理想かしら。
 彼なりに納得できる方法で裁判の結論を出さない限り実刑はないわ」

「で、俺らには奴に勝てる保証がないって言いたいんだろう?
 奴の知性がずば抜けてたのは歴史書に書いてある」

「……どうしてそこまで私の考えが読めるの?」

「別に読んだわけじゃないさ。フィーリング?
 なんとなく君の考えが良く伝わってくるんだよ。
 相性がいいのかな。うぐぅ…」

貞子にわき腹にチョップされたケイスケ。さすがに親しすぎたか。

「貞子さん……あくまで裁判の対策ですから」

「分かってるわよ……でも相性がいいとか言われたらムカつく」

「あなたも話に混ざればいいではないですか」

「あんたらの話はインテリっぽくてついていけない。
 私は聞いてるだけで良いから、続けて」

アントワネットは、裁判に対する心構えを2人に説いた。
とにかく諦めず、たとえどんな内容を主張、立証されても
反撃の機会を常に伺うこと。知恵を出し続けること。
考えるのをやめた方が先に敗北する。

この裁判は、傍聴席側の人にも主張や陳述が
認められていることから、被告以外の全員に発言権がある。
やはり裁判とは名ばかりであり、議会に近い。

ロベスが、全ての関係者の発言を聞いてから
判決内容を総合的に判断したいためだ。
法人で例えると、神セブンは理事(意思決定)としての
役割を有していると解釈すればいいか

「弁護側は私たちの他に、ポト君。
 あとルイ(パパ)も来てくれれば心強いわ。 
 これだけいれば弁護側の数は十分ね」

「あのポルポトって男もただ者じゃねえんだろ?
 地味な外見だけど内に秘めた闘志は感じたぜ」

「彼にも自宅で対策を考えてもらっている。
 貞子さんも忘れないでね? 貴方には味方がたくさんいるから、
 決して裁判の行く末を悲観しないで」

「そこまで言ってくれるならひとまず安心ね。
 あんたは頭良さそうだから期待してるよ」


日付が変わり、翌日の四組である。
今日も昨日と同じメンバー。
神7プラス・ワン(マリエ)である。

「昨日は僕の失態によって裁判が中断されたことを全力で謝罪する!!」

ロベスピエールにいつもの威厳が戻っていた。
昨日マリエに説教されたのが聞いたようだ。

「本日はこの僕が検察役として陳述をしようと思う」

手元の用紙とにらめっこしながら、じょう舌に話す。

「今回の裁判で争点になっているのは、貞子が殺人をしたことではない。
 それについては、被告は罪を認めているし、過去にしたことは
 誰にも否定できない。明白なる犯罪行為である。
 問題はケイスケ君を誘拐したことである」

(年下のくせに俺を君付けかよ。うぜー)
  ケイスケは頬杖をつきながら聞いていた。

「アントワネット弁護人が昨日に発言した通り、ケイスケ君の
 ナンパが引き金となり、貞子は彼を異性として意識したのだよ!!
 そこにいるケイスケ君!! 貞子をナンパした事実をみとめ…」

「認めるって言ってるだろうが!! 
 昨日も言ったはずだぞ、この痴呆症野郎!!」

「ち、痴呆症だと……? 貴様は口の聞き方がいちいち…」

「はいはい!! 2人とも喧嘩しない!! 裁判中は静粛にお願いしますよ!!」

トロツキーも少しは裁判官が板についたのか、しっかりと注意している。
こうしないとまたミホとポトに説教されるから、そっちの方が厄介だ。

「検察官は陳述を続けなさい!! 気取った言い方は良いから、手短に」

「うむ。引っかかる言い方だが、よかろう」

ロベスは襟(えり)を正した。

「ケイスケ君と貞子の恋愛は本村家として認められないそうだ。
 ママさんやミホさんからすれば当然だろうね。お父上も
 君に学業への復帰を望んでいる。どうだろうケイスケ君。
 幽霊もどきと田舎へ逢引するのは不誠実なことだと思わないか?」

「それは俺に対する質問か。ぜんぜん陳述になってねえだろ。
 もっと事実に基づいた発言をしてくれよ。俺はミホに 
 ぶち殺すと言われたから命を守るために住む場所を変えたんだ」

「トロツキー裁判官、この男は質問に答えるつもりがないぞ!!」

「はいはい。ロベスさんは熱くならないでください。
 ここは国会みたいに答弁の義務があるんですよ。
 ケイスケ君は質問されたらちゃんと答えて」

「じゃあ答えるけどよ。日本の法律のどこに
 幽霊もどき?と恋愛しちゃいけないなんて書いてあるんだよ?
 結婚とかに関係するのは民法か? 俺は読んだことないけど、
 たぶん書いてないだろ。違法性はないと思うぜ」

「違法性はともかく、君の家族はどうするんだ?
 君を大切に思う家族の意思を踏みにじっている自覚はないのか?」

「あるよ? ないわけないだろ。だけど仮に俺が貞子を振ったりしたら
 さみしくなってまた殺人を犯すんじゃねえのか。
 それだとおまえら四組の連中も殺されるかもしれねえな」

「ぐ……」

「苦しそうだな? 俺は家族の思いを犠牲にしたかもしれないが、
 他方でおまえら中学生を間接的に救っているんだよ。
 俺を悪人だと主張したいようだが、ちっと無理ねえか?」

アントワネットは心の中で盛大な拍手をしていた。
ミホも兄の聡明さに驚くばかり。

(ロベス君が押されてるの初めて見た。兄貴は無駄に口がうまいな…)

引きこもりニートだとさんざん罵ったが、やはり兄は
腐ってもエリート高校生。しかも文系でクラス委員も良くやっていた。
言葉を使わせれば右に出る者はいないのだろうか。

「そこの裁判官。おまえソ連人みたいな顔してるな」

「なっ、いきなりなんて失礼な男だ」

「もう貞子は無罪でいいだろ。これ以上話す意味ねえぞ」

「何を言うか。まだ終わってませんよ!!
 現に過去の出演作、および4組の生徒に対する殺人事件は
 彼女自身が訴状を認めてる!!」

「じゃあ、それについての弁護始めるわ。
 なにせ俺、別世界で貞子の過去を直接見たからな」

ケイスケは自分で陳述書を書いてきた。
膨大なA4ファイルの束をどしんと机の上に置いた。

「待て待て!! 殺人は被告が罪を認めた以上、
 今更弁護する機会があるわけがない!!」

バルサンが吠えるが、ロベスは重苦しい顔で彼の陳述を認めた。

「なぜですか!? 奴に発言機会を与えれば
 こちらが不利になりますが!!」

「どんな内容でもいいのだよ。主張したい者には言わせてやれ。
 私は前の世界で人々から言論の自由を奪い、失敗してしまった。
 あの時のフランスは対外戦争により国家の非常事態だったが、
 それでも議会の声を無視したのはやりすぎだった……」

ロベスが沈んだ声でそう言うから、バルサンも黙るしかなかった。
勝気なロベスが憔悴しているのはめずらしい。

貞子は、被告人の椅子に座って愛するケイスケの活躍を見持っていた。
彼女の熱い視線を受け止めたケイスケは、
追い風を受けたように言葉が熱を帯びていく。

「貞子が超能力者だったことは今更立証する必要ねえだろ?
 おいみんな。超能力者だぞ。分かってるんだよな?」

周りを見渡すが、検察側のバルサンらは黙り込んでいる。
アントワネットとポトだけが得意げな顔をしていた。

「検察側の席が静かだな。裁判官。どう判断する?」

「弁護人の主張を認めます。その件はWikiに書いてあります」

「よっしゃ」

ケイスケはガッツポーズ。

「超能力者で気味悪がられたから社会に適応できなかったんだよ。
 学校でも職場でもうまくいかなかったみたいだ。そうだろうな。
 そのことは心から同情するよ。そして親や恋人からも迫害され、
 死にまで追いやられた。だが問題はよ……」

大きく息を吸ってから……

「おまえらが貞子を幽霊もどきと定義してることだ。
 もどき?ってなんだよ。そんなもんがこの世に存在するのか?
 どうなんだよ裁判官」

「え……?」

「幽霊だよ。幽霊ってなんだ? まず貞子が人間なのか
 幽霊なのか判断しろよ。仮に幽霊だとしたら、法の裁きを
 受ける対象じゃねえな。幽霊を有罪にした判例は過去に存在しねえだろ」

トロツキーは困り果て、首を左右に振って
検察側の仲間たちの方をキョロキョロした。
(書いていて今気づいたが、
 裁判官が検察官寄りなのは公平性に欠ける)

ミホたちも同じようにキョロキョロし、
助け舟を出してほしそうな感じである。

(その手で来たか……)

ロベスピエールは爪をかじっていた。
次々にケイスケの攻勢が続き、
幼いころからの悪い癖が出てしまった。

「ほらみろ。あいつらキョドってんじゃねえか。
 貞子を死刑にしたいならきちんと
 理性と法の裁きをしてみろよ。できるもんならな」

「そろそろ私の出番かしらね」

と言ってママが挙手したので、音速でトロツキーが許可した。

「貞子ちゃんは特殊能力が消えたんでしょう?
 異次元に移動するのが特殊能力。具体的には四組のテレビの中から
 出て来たり、旅行などの出先で生徒に襲い掛かるのとか。
 それが不可能になったのは間違いないのよね? 
 私らは盗聴して状況を知ったわけだけど」

「それはたし…」

「待ってください。ケイスケさんではなく、被告人が直接答えてください」

貞子が席を立ちあがった。

「お母さまが話しているのは、端的に言うと次元のはざまのことですね?
 私はあの夜、ミホさんによる猛攻のため、ATフィールドの
 一部を破壊され、その影響ではざまが出せなくなりました。
 立証しようがないので口頭でしか説明できません」

「それで十分よ」

ママはしてやったりと言う顔で微笑む。

「なら単純よ。貞子ちゃんは人間じゃない。
 いえ、人間に戻ったと考えるべきかしら。あと物理的に
 この子に触れられる。これも幽霊じゃない証拠に出来ないかしら? 
 だって幽霊と殴り合いとかできた人って地上に存在するの?
 あっ、今のに反論できる人とかいたら手を挙げてもらえる?」

と言うと、今度は弁護側の席が静かになった。

ママが株の売却益でもうけた時の顔をし、喜びを表した。

普通の中学生が相手なら論破できたことだろうが
ここは二年四組。神セブンの本拠地である。

弁護側にはまだ精鋭がいるのだ。

「裁判官。よろしいですか?」とポトが手を挙げたのだった。

「僕は本村のお母さんの説を否定します。
 そして貞子ゾンビ説を主張します」

全く新しい説である。あの歴史上の超有名人である、
カンボジアのポルポトの今次裁判で初めての
発言だけに会場がざわついた。

「貞子は一度井戸の中に落ちて死んだことは事実です。
 その後、何らかの力によって蘇生し、現在に至ります。
 物理的に人間の少女としてそこに存在します。
 ならば、これは死者がよみがえった姿であり……」

「待って。ゾンビの定義をお願い」とママ。

「はい。僕は死者が蘇生した姿を定義するための
 適当な言葉が思い浮かばなかったため、便宜上
 ゾンビと呼称しました。裁判官、この呼称は認められますか?」

「あくまで個人の主張としてなら認めます。
 問題は被告がどう思うかですが、貞子さん。どうですか?」

「良いと思うわ。女としてゾンビ呼ばわりされるのは腹立つけど、
 人間よりゾンビに近いのは確かね。ならゾンビでいいわ」

被告は自らをゾンビと認めた。これは大きな収穫であった。
もっとも完全なる美少女ルックのゾンビなど地球上に存在しないだろうが。
そしてその件についてロベスがつっこまないわけがなかった。

「ただいまの被告の発言は、弁護人に誘導されたものにすぎず、
 事実として認めるには無理がある!!」

彼はいきり立った。(色んな意味で)

「映画やゲームなどでゾンビのイメージは世間に広まっているが、
 たとえばカプコンの某ゲームソフトのゾンビは、
 肉体が腐敗した不潔な姿だった!! 海外の映画作品なども同様である!!
 そこにいる被告は清潔感にあふれ、若さにあふれ、
 俗世間風な表現では美のつく少女の姿である!!」

「そうだそうだ!!」←バルサンの声。

「意義あり」

ポトである。トロツキーは、威勢の良い彼をすぐに指名した。

「ロベスピエール君は被告の外見の特徴だけでゾンビでないと主張した。
 これも無理があります。蘇生したという事実を考えてもらいたいです」

「蘇生したのはもちろん分かっているさ。
 見たところ、この女は人として完全蘇生をしている!! 現に…」

「ロベスさん。被告をこの女と呼ぶのは不適切であり、
 個人に対する侮辱です。撤回してください」

「ぐ……分かったよ。ポト氏。言い直そう。被告は、どう見ても
 完全なる人間としてこの世界で活動し、生活をしている事実から、
 人間と認めるのが妥当だと思う」

「甘いね」

ポトの目が輝く。彼の内に秘めた闘志が燃え盛っていた。

「彼女の現在の状況からゾンビ説を否定するか。
 ならば、互いの主張の根拠を明らかにするためにも
 ゾンビ、という言葉の意味を知る必要がある。
 裁判官はゾンビの定義をどう考えるのか?」

「率直に申し上げて分かりませんな。ゾンビとは世間一般で
 認知されておらず、架空の存在だとされています。
 過去に存在した事例もないでしょう」

「みんな聞いたか!? 裁判官はゾンビの定義を分からないと言ったぞ!!
 したがって彼女がゾンビだと主張すること自体無効である!!」

ロベスが声を荒げたが、ポトがなおも食らいつく。

「裁判官。僕から貞子氏へ質問することは可能でしょうか?」

「可能です。どうぞ」

「では」

ポトが優しい口調で貞子に語り掛けた。

「このようなことを女性に聞くのは失礼なことを承知の上であるが……」

「どんなことでもいいよ。なに?」

「あなたが当初、我らが4組に現れた時は、映像作品に出演した時の 
 ゾンビ風ルックだったと思うが、次第にオシャレを覚えていった。
 それはオシャレを覚えたから清潔なのであって、
 以前のあなたは、決してきれいな身なりではなかった」

「そのとおりね。全面的に認めるわ。
 だって死んだ姿でみんなの前に現れていたから」

「今現在、あなたの肉体年齢は何歳なのだろうか?
 見たところ10代後半で、アントワネットたちと
 同じくらいの年齢に見える」

「14歳だよ。特殊能力で若返ったの。
 そのあと戻せなくなったけどね」

「あなたは19歳の時に死亡し、ゾンビ化した時も同じ年齢であった。
 過去に殺人を犯した際、また我らのクラスに現れる時も
 19歳だったのは間違いないですね?」

「間違いありません」

「ありがとうございます」

質疑はこれで終わりだった。
ポトは会場全体を見渡しながら両手を大きく広げた。

「殺人をしていた時期の貞子さんの年齢はみんなが知っているとおりですが、
 現在と異なります。現在はご覧の通り14歳の少女となっています。
 この事実からも彼女を人間とするのは不可能だと思う。
 生まれ変わることに加えて、若返るという人知を超えたことをしている」

ここでママが挙手し、席を立った。

「若返ったからなによ? より人間に近くなったとも解釈できるわ。
 さっきも言ったけど今は特殊能力が使えないんでしょ。
 埼玉北部の田舎で畑仕事とコンビニ定員もできたなら
 普通の人間と変わらないじゃない。それよりうちの
 大切な息子を誘拐した事実について主張したいんだけど」

いいところで時間が来てしまったので法廷は閉じられた。
一度の裁判時間は午前中の9時から12時までの3時間で終わりだ。

今回は貞子が人間か否かについての話し合い(議論?)だったが、
結論は出なかったので翌日以降に持ち越しである。
次回はママの主張する誘拐の事実について議論したりと、色々忙しいのだ。

あとは各自家に帰るなどして対策を練り、翌日の裁判に備える。
別の日に今まで発言機会のなかった人の主張や陳述を聞くのだ。
証拠品も余すことなく提出してもらい、検証する。やはり国会に近いだろうか。

判決を出されるまで、しばらく時間がかかる。

織田信長「そろそろ本気出すわwww」(^^♪

「今日の裁判の経過は気に入らないわね」

ママが不機嫌さを隠すことなく言う。

本村家のリビングである。ママとミホ、ロベスが
三者面談をするように一つのテーブルを囲んでいた。

テレビ画面は消されているが、その代わり
ホームシアターのスピーカーから優雅な管弦楽が流れている。

「ケイちゃんは何も考えてないように見せかけて
 しっかり対策を練ってる。口調はちょっとあれだけど指摘は鋭かったわ」

ミホはママと対面側のソファに腰を下ろし、眠そうにしていた。
テーブルの一角を見ているだけでママの言葉に返そうとしない。
ロベスピエールも同様である。彼はなぜか裁判のある日は
本村家に寄るよう命じられている。

ロベスピエールはこの家にいると落ち着かないので
早く帰りたかったが、お酒の入ったママ相手に
下手なことを言ったら説教されるかもしれない。

「ポト君の貞子に対する質問も見事だったわ。
 前にガンジー君とか言ってしまったことを謝りたいくらい」

部屋に漂う濃厚な赤ワインの香りは、中学生には毒のように感じられた。
三人とも夕飯は済ませており、現在は夜の10時過ぎ。

次回の裁判に対する作戦会議である。
弁護側がアントワネットの自宅を拠点にしているように、
検察側は本村家に召集されていた。
(トロツキーやバルサンなどソ連系はママが嫌うので除外)

「明日は私が中心で攻めていくわ。私はケイスケの母として
 息子を取り戻す正当な権利がある。貞子に人としての
 心が残っているなら、人の親から子を奪う残酷さが理解できるはずよ」

法的には妥当である。マリエにはケイスケに対して親権がある。
ケイスケが保護者の同意なしに移住先を変えることはよろしくない。
たとえば賃貸や売買など、未成年が勝手に決めた契約はのちに
取り消すことは可能である。

ミホは眠たい目をこすった。
今日の裁判はたった3時間とはいえ無駄に神経を使った。
容赦ない真夏の気温も彼女の体力を消耗させた。

マリエが熱がりなのでクーラーは効きすぎている。
ミホは逆に冷え性だから夏なのにひざ掛けをかけている。

今すぐベッドで横になりたいが、ママが納得するまで
話し合いをしなければ寝ることは許されない。
最近のママの暴君ぶりは目に余るものがあった。

「ミホもせっかくの裁判なのだから何か発言しなさい。
 今まで何も発言してないでしょ」

ママのセリフに合わせて、ロベスピエールの視線がミホに行く。
ミホはうつむいたまま小声で答えた。

「私が何言ってもポト君や兄貴に論破されそうで……」

「今日の議事録を信長君からもらってるでしょ。
 よく目を通して相手の論理に隙間を見つけなさい」

「よく読んだから無理だなって思ったんだよ。
 私は歴史上の人物じゃなくて普通の中学生だから。
 あいつらまじで口が強いよ。次元が違う」

「なによ。すっかり弱気になっちゃって」

ママは次にロベスに視線を移した。

「あなたも今夜は静かじゃない。昨夜はあんなに
 張り切って明日の裁判に臨みますって宣誓したのに」

「僕もミホさんと似たような心境です。予想以上に
 弁護人が手ごわい。たとえばアントワネット嬢なら
 即論破できる自信がありますが。どうにも僕は
 本村ケイスケ氏と相性が悪い。あっちのペースに乗せられてしまう」

「裁判の発起人のあなたがそんな調子じゃ、先が思いやられるわね。
 バルサン君もロベス君の太鼓持ちしかできないし、
 私一人で戦えっていうの?」

「こっちには織田信長がいます。奴は議事録係ですが。
 明日はバルサンと交代させます。バルサンも喜んで
 議事録係をやってくれるそうですから」

「あらそうなの。信長君は元戦国武将だけど検察役は大丈夫なの?
 江戸時代の知識とか出されても失笑ものよ?」

「あいつなりにいろいろ勉強したり下調べしてる
 みたいですから、期待しておきましょう。
 我々神セブンにバカはいないはずです」


そして翌日の裁判である。

午前中は雲が多く、すっきりしない天気であり、
裁判会場もみな顔が暗かった。裁判も三日目となれば
みな思うところがあるのか、当初と雰囲気が変わっている。

ママの被告人質問から開始された。

「まずケイスケが疾走した日を確認させてね。
 〇月×日。貞子はケイスケをその日に誘拐、もしくは拉致したのね?」

「その通りです。場所も言ったほうがいいですか?
 秋葉原のアニメイト本店、四階です。
 その後、向こうの世界で起きたことも話しましょうか?」

「いいえ。けっこうよ。私が問題にしているのは
 あなたのうちの息子への愛よ。もともとケイスケとは
 学校で少し話したことがある程度の仲でしょ。
 執着心が強すぎてドン引きよ。ストーカーの自覚はある?」

「あなたがそう思うなら、そうなのではないですか?」

「被告は真面目に質問に答えなさい」トロツキーだ。

「はいはい。途中までストーカーでしたね。
 現在に至ってはケイスケ君と相思相愛ですけど。
 ケイスケ君も私を全力で弁護してくれている。
 彼の愛の深さを感じますが、いかがですか?」

「バカそうな女かと思ったら以外に口が良く回るわね。
 しかも得意げな顔なのが最高に腹立つわ。
 ここが法廷じゃなかったら、ワンパン食らわしてるところよ」

「本村ママは発言に気を付けてください。
 不適切な発言や表現が多すぎますよ」

「ちっ。裁判官さん。悪かったわよ。
 次はケイスケに質問するわ」

「え? おれかよ」 

「ケイスケは貞子のことを愛してるの?
 それが事実だとしたら、愛の程度はどうなの?
 貞子の言うように愛が深いの?」

「そんなこと急に聞かれてもよ……」

「本村ケイスケさん。質問にはきちんと答えてください」←トロツキー

「く、分かってるって。愛してるよ。
 人前で言うと、くっそ恥ずかしいな」

「もう一つ質問するわ。
 ケイスケは実の母や妹よりも貞子を愛してるの?」

「な……」

「答えにくいなら別の言い方にするわ。家族より貞子を取るの?
 どちらか一つしか手に入らないと思うけど、
 どちらかを捨てる覚悟があるの?」

「うぐ……」

この質問は決定的であった。ケイスケは答えようがない。

哲学的に二律背反に当てはまるのだろうか。
恋人を取るか肉親を取るかなど、
とっさに聞かれて答えられるわけがない。

ケイスケとてこの質問を想定しなかったわけではないが、
あくまでロベスピエール中心に貞子の誘拐や殺人に関する
質疑が続くのかと思っていた。

そのロベスはすっかりおとなしくなり、攻勢をかけると
思われたミホも黙り、ママが検察側で一番目立っている。

「ケイスケさんは質問に答えましょう」

トロツキーは立場上、定型句を言うしかないが、
彼とてケイスケが最高に追い詰められているのは
もちろん承知している。

貞子には言い返す言葉があったのだが、今は発言権がない。

会場の全ての視線がケイスケに集中している。
ケイスケは、たとえどんな内容だろうと答える義務があった。

「俺は全員愛してる」

会場がざわついた。
どちらかを選べと言われているのに『全員』とは。
逃げと言われても仕方のない答えである。

「俺は、たまたま愛した人がたくさんいただけだ。
 愛に順序はつけられねえ」

「それは答えになっていませんね」(´・ω・`)

「うっせえ……」

ケイスケはズボンのポケットに両手を突っ込み、
床を見ながらふてくされた。あの夜、貞子を公園で
介抱していたのをママに見られた時と同じ仕草だ。

彼は都合が悪くなるとこういう癖がでた。

(奴のあの態度、良い展開だぞ。やはり奴は
 貞子との愛の逃避を正当化できない)

ロベスピーエルが微笑む。デスノートの夜神ライトが、
「計画通り」のシーンで微笑んだのと同じ顔である。
(↑デスノートを読んでない読者には全く伝わらなかった)

ロベスピエールは、裁判会場を見渡した。
みな、勝利を確信したというより、ざわめきの方が大きかった。

ポトは黙り、バルサンは議事録を書き留め、ミホは兄を注視している。
織田信長は裁判中なのにのんきな顔をし、トロツキー裁判官は
さらにケイスケを追い詰めるために質問を続けようとする。

被告人席の貞子は、何かを訴えたい思いでケイスケを見つめている。

「それの何がいけないのですか」

それは、喉の奥から絞り出したかのような声。
かすかな声だったが、お通夜状態の会場にはよく響いた。

トロツキーがその声の主を指して言う。

「今発言したのは……」

「私ですわ。弁護人のマリー・アントワネットです。
 これからケイスケさんと貞子さんの弁護をしようと思うのですが、
 発言してもよろしいですか?」

「ふむ……」

トロツキーがロベスピエールと視線を合わせた。
ロベスが強く頷いたので、マリーに発言許可を与えた。

「ありがとうございます。ただいまの質問でケイスケさんが
 答えに困っていたのは、決して彼が悪者だからではないです。
 また、貞子さんが彼を家族から引き離したということにもならない」

苦し紛れの弁護にすぎないなと、検察側は高をくくっていた。
その中でミホと信長だけはスキのない顔で彼女の声に耳を傾けている。

「まず、マリエ顧問の質問の仕方にも問題があります。
 家族を取るか、恋人を取るかと言われて即答できる人が
 いるでしょうか? 選ぶのが困難な事柄です。
 例えば右腕を取るか左腕を取るかと同じです」

「先日、ケイスケさんの発言でありましたが、貞子さんと交際
 することにより、我々神セブンの命を間接的に救ってくれたことは
 事実ですし、誰にも否定できないでしょう」

「彼に我々を救う意思があったか否かは問題ではなく、
 結果として人命を救っていることに注目してください」

「私はケイスケさんから、貞子さんと別世界で過ごした時の
 様子を書いた書類が手元にあります。これは事前に裁判官に
 提出していますが、みなさんの前で要点を読み上げたいと思います」

マリーは、フランス人特有の大げさな身振り手振りを
加えて一生懸命に話した。聴衆の感性に直接訴える手法である。
また彼女の性善説に基づいた優しさにあふれる主張である。

「……以上のことから、ケイスケさんは家族を見捨てるなどの
 意思はなく、自然と貞子さんと恋愛関係になり、
 また今現在も彼女との交際の継続を望んでいます。
 父上殿のすすめでおふたりが学校に復帰する可能性もありますし、
 やはり貞子さんを悪(罪)と断ずるのは無理があります」

小鳥がさえずる。アントワネットが歌う。裁判所で。(←書いてみたかった)

暖かさを感じさせる彼女の発言に水を刺したのは、日本の戦国武将だった。

「あっ、裁判官、さーせんwwww そろそろ俺も
 言いたいことあるんすけど、いいっすかwwww」

まさかの織田信長である。

このチャラい口調。とても元戦国武将とは思えない。
彼は何を考えているのか、ガムを噛んでいる。
ワックスで髪の毛を無造作に固めており、外見上もチャラい。

会場は別の意味で静まり返ってしまった。

「ちょwwwwなんでみんな固まってんすかwww
 俺も神セブンの一員っすよwww もちろん発言する権利あると
 思うすけどwww 裁判官。早く俺に発言許可くださいよwww」

「おまえは誰だ……」

比較的仲良しだったポトからもうこう言われてしまう。

信長は二重人格者のように口調が豹変している。
(www…の部分は、チャラさを強調するために用いる特殊な表現方法である)

トロツキー裁判官は職務上仕方なく信長を指名した。

「あざっすwww さーて、どっから反論しようかな。
 まずアントワネットさん。ケイスケさんが俺らの命を
 救たって主張してますけどwww それ、ちげえっすよww」

「なぜでしょうか?」

「あのwwwちょっとwww忘れないでほしいんすけどwww
 じいさんがクラスで暴れた日、覚えてるっすよね?
 あれって俺らが計画的に貞子を接待して…あっ、ゲームとかっすよwww?
 結果的に貞子にお帰りになってもらったじゃねーすかwwww」

「これって時系列的に考えて、ケイスケさんが
 誘拐される前であってますよねwwww? 裁判官」

「確かにその通りです」

「あざっすwww。今の発言聞きましたか、アントワネットさんwww
 俺らもバカじゃねえんで、ケイスケさんに頼らなくても
 貞子に殺されたりしねえっすよwww
 ちゃんと貞子対策できてたんでwwww」

「くっ」

アントネット嬢が悔しそうな顔をし、唇を噛んだ。
そんな様子もかわいかった。(個人の感想)

「あと家族か恋人かの件っすけど、www普通に考えて家族を選ぶべき
 じゃねえすかwww? ケイスケさんは高校生で未成年、親に扶養されている身で、
 勝手に家出したのが正しい行為だって認められるわけねえっすwww
 同じように貞子さんが彼を誘拐したのも明確なる犯罪行為っすwww」

「学業には復帰するかもしれないわ。あとは彼次第よ」

「そんなの簡単に通らねえっすよ。まず、本村のママが貞子との交際に
 大反対、つーか貞子個人を殺したいほど恨んでるのを忘れないで
 もらっていいっすかwwwwさせんwww」

「今現在はそうね。長い目で見れば貞子さんとママさんの間で
 話し合いの余地はあるわ。なぜ無理だと悲観的に考えるの」

「アントワネットさんはプラス思考なんっすねwww
 俺、戦国時代の人間だからかもしれねえんすけど、
 疑わしい奴とか過去に粗相をした奴は極刑っすかねwww
 そうでもしねえとあの時代は生き残れないんっすよwwwまじでww」

「ならば現代の感覚で考えなさいな。私も18世紀の人間だけど、
 しっかりと過去の行いを振り返って、正しい人生を歩んでいるつもりよ。
 過去を学ぶということは、自分を見つめなおすことにつながるのよ」

「勉強になるっすwwwあざーっすwww」

信長は終始チャラい態度を崩そうとしない。
アントワネットに真っ向から反論したのはいいとして、
その他の要素で真剣さが感じられない。

彼は発言時間中も平気でガムをくちゃくちゃと
噛んでいて、周りをドン引きさせていた。

「まだ反論していいっすかwwww 貞子は過去に大量殺人をしたわけっすけど、
 極めて危険人物と認められると思いますwww こんな人物が平気な顔で
 街中とか歩かれちゃ困るんすよねwww 参考までに強姦殺人とかで
 ムショ入りした奴の再犯率が7割超えって統計知ってますかwwww?」

「しかし、貞子さんは心を入れ替えると宣誓を……」

「そんなの口から出まかせかもしれねえっすよwwww?
 アントワネットさんは統計学を否定するつもりっすかwww
 一度殺人の味を覚えた人は、ふとしたきっかけで再販、じゃなくて
 再犯しますよwww 今変換間違えました、さーせんwww」

「それは絶対だと言い切れるの?」

「俺は神様じぇねえから未来のことは分かんねえっすけどwww
 例えばケイスケさんと不仲になって貞子がひとり身になったら、
 やりかねないっすよねwww ケイスケさんがチャラ男として
 学校で有名だったのは調べてありますよwwwwほらこれwww」

信長がA4サイズの紙をかかげ、周囲にみせびらかした。
スマホの電話帳やラインに乗っていた女の子の名前一覧が乗っている。
ケイスケがナンパするなどして捕まえた女の子達だ。

25名以上はいて、学年もバラバラ。友達の妹なども含まれている。
全員と付き合ったわけではないが、これだけ人数がいることに
ケイスケの女癖の悪さが良く出ている。

「うはwwwこれ、やばくねえっすかwww 優等生気取りなのに
 陰で女漁りとかパネえっすwww戦国武将並みの女好きっすよwww
 ケイスケさんが近い将来に貞子に飽きて
 捨てちまう可能性とか否定できますかwww?」

ケイスケ・チャラ男説。これも強力であった。
信長は口調こそどうしようもないが、
言っていることに説得力はある。

つまり貞子とケイスケの恋人関係が長続きするか、
それに伴う貞子の再犯率を争点にしているが、
確かに常識で考えれば明るい見通しは立たない。

「先ほど示された文章(証拠)ですが……」

トロツキーが厳しい顔でケイスケに問う。

「ケイスケさんは25名を超える女子生徒や一般女性と
 連絡先を交換していた事実を認めますか?」

「ああ、事実だよ。認めるよ馬鹿野郎。
 あの野郎。いつ調べたんだよ」

貞子はうなだれてしまう。彼氏の過去の女癖の悪さなど
こんな場所で聞いて愉快なわけがない。

「そろそろ王手かけさせてもらいますねwww
 以上の理由により、二人の交際は不適切であり、
 貞子は実刑に処されるべきだと考えているんすけどwww
 うちの担任を殺すのとかマジ勘弁してくださいよwww」

「おかげでうちらの授業、なくなっちゃったじゃねえすかwww
 学園側が俺らを隔離することを決めるとか、どんだけっすかwwww
 義務教育って国家が国民に貸した義務なんすけど、授業がねえとかwwww
 その辺も考慮してもらっていっすかwwwwおなしゃーっすwww」

「あなたは担任が消えてからPSPのゲームやってたじゃない。
 タイトルも覚えてるわ。織田信奈の野望でしょ?」

「はwwww信奈バカにしてんすかwwwwあれ面白いんすよwww
 アントワネットさんもお茶飲んでたじゃねえっすかwww
 人のこと言えねえっすよwww 本村もっすけどwww」

最後だけ子供っぽい喧嘩になってしまった。

ミホはこれまで展開されたレベルの高い討論に
ついていけず、ずっと固まっていた。
そのため自分が話題に出されても特に反応はない。

さて。今回の信長の攻勢はすさまじく、
彼一人によって弁護側を沈黙させるに至ってしまった。

信長のテンションはアゲアゲ↑MAXになってしまった。

「アントワネットさんが反論できねえとなると、
 うちらの主張が裁判で通るってことでいいんすかwwww?
 どうっすか裁判官wwww」

「弁護側の人間全員に全く反論の余地がないと判断されたら、
 その時点で検察側の主張が通ります。そして判決が下されます」

このままでは貞子の実刑が確定してしまう。
アントワネットたちにとり非常にまずい展開となってしまった。

どのくらいの危機なのかをスポーツで例えると、2017の夏の甲子園、
広陵VS天理の9回裏、天理の驚異的な猛攻にさらされ、
逆転負けの可能性におびえた広陵高校の選手の心境である。

もしくは2017年の閉会中審査でカケ学園問題について
野党一同から猛烈に問い詰められ、精神的に極限まで消耗し、
なんと衆議院の解散まで決定してしまった安倍首相である。

本日の検察側の動きは、ママの家族論から始まり、
それを信長が引き継いだ形になった。
これは事前に計画していたものではなく、偶然である。

(ポト君…) (分かってるよマリー)

目配せする中学生たち。彼ら弁護側は互いによく意思疎通しており、
もしものための非常措置を取っていた。
ポトが静かに挙手する。

「裁判官。僕は信長の主張に異議を唱える。
 そして証人を連れて来たので許可を願いたい」

「いいでしょう」

教室に入って来た人物はみんなを驚かせた。

「学校に来るのは何年振りかね」

証人は田舎のおばあさんだった。貞子の祖母である。
ポトが用紙を片手にさっそく質問を開始する。

「おばあさん。おばあさんの家での貞子の働きぶりを教えてください」

「真面目な子だね。熱い中家の周りの管理をよくやってくれたよ。
 屋敷の外周りだけじゃなくて家事もやってくれたね。
 料理も進んでやる家庭的な子に育ったみたいだね」

「コンビニ・エンスストアでもアルバイトをしていましたね?」

「毎週欠かさずよく働きに行っていたね。シフトを休んだことは
 一度も無いようだよ。私も客として何度か買い物に行ったことがあるが、
 親切に対応してくれたよ。店長からも重宝されていた」

「良いお孫さんのようですね」

「そりゃそうだ。私の孫だからね」

「次は無礼なことを聞きますが、
 お孫さんが将来犯罪者になると思いますか?」

「ないだろうね」

「それはどうしてでしょう?」

「私は貞子のことを大切に思っている。
 大切な貞子がどうして犯罪者になると思えるだろうか。
 あの子は短い期間だったけど、私の家でしっかり働いてくれた。
 立派な大人に育ったと感心していたんだがね、この裁判は残念だよ」

「すみません。できるだけ有利な判定に持ち込むつもりです。
 ケイスケさんについてどのような印象をお持ちですか?」

「別に何とも思ってないよ。今どきの元気な若者じゃないか」

「裁判中に女好きな男だと
 言われてることについてはどう思いますか?」

「男が女好きなのは当たり前じゃないか。でなきゃ人類が滅びるわい。
 私の世代の男たちは、若い娘に積極的に声をかけたものさ。
 今は草食系とかメディアが言うから
 おかしく感じるだけなんじゃないのかね」

「もう一つお願います。ケイスケさんと貞子さんは
 間違いなく恋人関係にありますね?」

「寝る時から起きる時間まで一緒だよ。
 強い愛の絆で結ばれてるね。初々しい限りだよ」

「ありがとうございます。質問は以上です」

おばあさんが着席し、ポトが両手を広げて話を始める。

「以上のようにケイスケさんは貞子さんと共に
 しっかりと共同生活を送っていたようです。
 その間、貞子さんが犯罪行為に走ったことは全くなく、
 その予兆もなかったそうです」

「ちょっといいですか?」

苛立った声の主は、本村ミホだった。
彼女がこの裁判で発言するのはこれが初めてである。

いちおう彼女がこの作品の主人公なのを
忘れてはならない(作者は最近まで忘れていた)

驚きの声と共に一同がミホの主張に注目した。

ミホはイライラと緊張と若干の恐怖を
内に秘めながら発言を開始した。

「おばあさんの立場なら貞子の肩を持つのは当たり前じゃないですか。
 私は本村家の家族として兄が家に戻ってくれることを望みますよ。
 兄のことはムカつくし、大っ嫌いだったけど、あいつがいないと
 家族みんなが困る。勝手な理由で肉親を奪われるのは納得しないよ」

彼女の少ない男友達のポトが反論する。

「待て本村。こちら側の要求は単純だ。ケイスケさんと貞子の交際さえ
 認めてくれればいい。アントワネットの言うように高校に
 通う方法を取れば、ケイスケさんは本村家に帰れるんだぞ」

「貞子と付き合うってのがアウトなんだよ。私もママと同じで
 そんなの認められない。大量殺人をした超犯罪者が裁かれないのも
 納得できない。貞子を裁けないなら司法って存在する意味あるの?」

同じことを自民党にも言いたい。

今期国会(2018)の裁量労働制に関する審議で
捏造データ(一般的なシャの平均労働時間)が明らかになったが、
もはや茶番を通り越して国家権力による犯罪である。

その不正調査に関わった厚労省と労働基準局は
間違いなく黒であり、仮に裁量労働制が営業職などの
一般労働者にまで拡大し、資本主義特有の『賃金奴隷』を
生み出したとしたら、これこそ極刑ものであると考える。

なぜ厚労大臣などは法の裁きを受けないのだろうか。
(答えは憲法で決まっているからである)

「ミホさんのお気持ちもわかるわ」

アントワネットが対応を引き継いだ。

「悪いことをしたから裁く。当然の感情よ。正義でもある。
 でも考えてみて。その人が本当に死ぬべき人なのかどうかを。
 貞子さんが殺人鬼になるきっかけは、生まれつきの環境的な
 要因が強いわ。あなたもWikiは何度も読んでいますよね」

「その考え、おかしくない? かわいそうな環境で育った人なら
 誰でも犯罪が許される理屈になっちゃうじゃん」

「そうやって憎しみだけで考えたらいけないわ。
 日本国憲法はどんな人にも人権があることを認めている。
 酷いことをした人にも人権はある。だから死刑囚でさえ
 すぐには刑が執行されないでしょ。日本は法治国家よ」

「そういうのが屁理屈なんだよ。貞子がたくさん殺した人たちの
 人権はどうなるの? 貞子にも人権があるとか
 普通に考えておかしいよね? 今すぐ死刑にした方が世の中のためだよ」

「前世での私の夫、ルイは罪なき罪によって死にました!!
 当時フランスの財務状況は国家歳入の4/5が借金の返済に使われてました。
 その財政状況の遠因は、祖父ルイ14世の代で作った対外債務。
 14世は外国とたくさん戦争をして借金を作り続けて、
 それが孫の代まで返しきれなかったの」

「フランスの歴史なんか興味ないし、知らないよ。
 その言い方だと貞子には責任がなくて
 周りの環境のせいにしたいんでしょ?」

「ミホさん。あなたはどうしても分かってくれないのね」

「分かるわけないよ。貞子が先天的な殺人鬼だとしたらどうするの?」

「え……」

「サイコパスだよ。貞子は殺人が大好きな先天的異常者。
 現に貞子は無差別に殺人を繰り返してたじゃん。
 本当に人が憎いなら自分の親とか関係者だけを殺しなよ。
 なんで4組の人まで巻き込んだの。関係ないじゃん」

これにはまた会場がざわついた。

甲子園の一回戦が開始された時の雰囲気である。

「すばらしい」

ロベスが手を叩き、ミホの活躍をたたえた。

やはり発言する人の数だけ新しい発想が生まれ、
論争が生まれる。これこそロベスの求める討論の形式であった。

「まもなく終了時間になります。
 次回の裁判は今日のミホさんの主張から始めよう」

裁判官他も同意し、法廷が閉じられることになった。

裁判によるストレスと精神的な消耗により、
貞子はうつ病になりかけていた。
(↑ドイツに侵攻された際のスターリン状態)

裁判を振り返ってみればゾンビと呼ばれたり、
サイコパス扱いされたりとさんざんである。
そのうえ被告なので自由に発言することも出来ず、
精神的にフルボッコにされていた。

心優しきアントワネット嬢と、彼女を慕う貴公子ポトの
懇願により、次回の裁判までに一週間の猶予が与えられた。

投稿するの疲れた

一週間の猶予期間。逆に言うと一週間後にまた裁判が始まる。

「お腹痛い……」

貞子は神経をやられてしまい。トイレに行く回数が多くなった。
被告として裁判にのぞむのは大変なストレスであった。

検察側の目的は彼女を死刑にすることである。
彼女の罪を立証するために知恵の限りを尽くしていた。

貞子にも言いたいことはあったが、
被告は質問された時以外の発言は許されない。
これがどれだけ精神的な負担になったことか。

ロベスピエール、ママ、ミホ、信長は
貞子からすれば恐怖の大王である。

マリー・アントワネット嬢が言う。

「貞子さんは食欲がないようですね」

「あんな裁判の後じゃ、しょうがねえよ」

ケイスケと貞子は、アントワネットの家で静養することにした。
また次回の裁判に備えて作戦を考えなければならない。
だが、貞子の前でその話をすると、ますます具合が悪くなるだろう。

貞子は不眠に悩まされており、肌も荒れている。
彼女のことが心配でケイスケまで元気なかった。

「あいつがあんな調子だと、俺まで食欲無くなっちまうよ」

「ケイスケさん……」

弁護人役の時は、ロベスを苦戦させるほどの攻勢を
見せたケイスケ。今の彼にあの時の勇ましさはない。

アントワネットの部屋は、学校の教室より広いかもしれない。
床に高級なカーペットが敷かれている。
ケイスケはその上にあぐらをかき、うなだれていた。

天井を見上げると、一部に天使の絵画が刻まれている。
そのすぐ近くにある上品なシャンデリアが目の保養になる。
カーテンの隙間から真夏の太陽が漏れる。

エアコンは効きすぎないように適度な温度に設定してあった。

(弁護側の私たちが弱気になったらだめよ)

アントワネットは思いを口に出さず、あえて自分の手を
伸ばし、彼の手に触れた。恋人のように握ったわけではない。
あくまで軽く触れた程度である。

それで十分だった。

(暖かい手だ……)

ケイスケは一瞬で気持ちが楽になった
アントワネットは不思議な少女だった。
彼女の優しさ、慈悲深さはキリスト教の聖人のごとくである。

人に思いを伝えるには言葉より行動に出たほうが早い場合がある。
アントワネットはそれを意識したわけではないが、
落ち込んでいるケイスケを見てると無意識のうちに手を伸ばしていた。

「ありがとうな」

「はい」

ケイスケは、その手のぬくもりをいつまでも感じていたかった。

貞子は今トイレに行ってしまっている。
マリーは同じ弁護人仲間で相談仲間なの自然なこともある。

チャラいと分かっていながらも、アントワネットと
しばらくそのままでいた。お互い、先に動こうとしなかった。

先に彼の手に触れたのはアントワネット。淑女にしては
積極的な行動だった。ケイスケとじっと見つめあっていると、
彼の目に吸い込まれてしまいそうだった。

ケイスケも同じように高揚し、彼女の肩を抱こうと
腕を伸ばそうとしたその時だった。

「君たちはナニをやっているのかね?」

「る、ルイ……これは違うのよ」

この作品でルイと呼ばれるのは一人しかいない。
ケイスケの父、本村ユキオであった。

「親父、ここはアントワネットの屋敷だぞ? つか会社は?」

「安心しなさい。今日は日曜日だ。この屋敷には顔パスで入れたよ」

「顔パスとか何の冗談だよ。皇居並みの警備が敷かれてんだぞこの屋敷。
 事前にアポなしで入るとかソ連のスパイじゃねえんだからさ」

「私は門の前(こから1キロ離れている)でちゃんと名乗ったよ。
 聖ルイの子孫がここにやってきた。妻のマリーに会わせてくれとな」

「そんなんでよく通れたな。即精神病院を紹介されるレベルだぞ」

「私のことはいいのだよ。
 おまえたちは貞子君が見てないところで
 イチャイチャしたらだめじゃないか!!」

説教口調になってしまうのだった。

イチャイチャだが、以前からその予兆はあった。
どちらが積極的だったかと言うと、アントワネットだろう。
アントワネットはケイスケと会うたびに彼と親しさが増す感じがした。
(たぶん)

「マリー。君はケイスケなんかと仲良くしてはいけないよ。
 君には僕がいるじゃないか」(←50代男性のセリフ)

「ええ。おっしゃってる意味はよく分かりますわ。
 でもこの世界のあなたはにはマリエさんという奥さんがおりますわ。
 私はたとえ元フランス王妃でも、今はただの中学生です」

「な……なんだって……」

例えば、後ろから「ひざかっくん」をされると、
体のバランスが崩れる。今のユキオがまさにその動作をした。

「私はマリエだけじゃなくて君のことも
 愛してると言ったではないか!!」

「私もあなたを愛してないとは言ってないわ。
 ただ、ご子息のケイスケさんも魅力的で素敵だと思ったの。
 私たちの生前の息子のルイ・シャルルが成長したら
 こんな姿だったのかしら」

せつなさを感じさせる瞳で見つめられ、ケイスケは照れ臭くなった。

まるっきり息子に対する母親のまなざしである。
過去はどうであれ、今の世界ではケイスケの方が5つも年が
上のはずなのに。アントワネットはただでさえ年齢以上の
落ち着きと知性を感じさせる少女だった。

きっと中身はすでに少女ではないのかとケイスケに思わせた。

(ルイ・シャルルって誰だ?)

ユキオはフランス革命をよく勉強してなかったので
ルイ・シャルルを知らなかった。

このルイ・シャルルをネットで画像検索してみると、
当時の肖像画がヒットする。女性顔の美少年である。
母親似なのだろうか。

「私は子供たちが立派に成長する様子を見届けたかったわ。
 国民公会は私達ブルボン家を裁判で死刑にした。
 私たちが死んだ影響で諸外国の王室が立ち上がり、
 ドロ沼の戦争になるって分かっていたはずなのに」

「俺もフランス革命は知らねえけど、
 よほどひどい歴史だったみたいだな」

「裁判で裁かれるっていうのはね、とんでもなく……
 あまりにも……悲しいことはないのよ。私の裁判は
 一日で終わったけど、裁判所から出る時は
 めまいがして自分の足で歩けなかったわ」

「マリー、辛かったんだな」

「そうよ。ケイスケ。死刑執行台に登る時、
 自分の足が呪われてしまえと思ったわ。
 私は二人の子のいる母だったのよ。子供たちを残して
 私がこの世を去るなんてこんな残酷なことがある?」

ルイ十六世は死ぬ前に大衆に対してこう語った。
余の死を最後にして、二度とフランスの大地に
このような血が流れないことを望むと。

その汚れた血が、今度は地球の反対側の弓上列島で流されようとしている。

「なんか人が増えてるんだけど……」

貞子が戻って来た。顔色が悪く、テンションが低い。
作者も会社の残業続きでテンションが低く、
小説を書く気力がわかない。

「それはどうでもいい」

貞子に指摘されてしまう。

「ケイスケのパパ、久しぶり」

「貞子君……すっかり元気がなくなってしまったな。
 ちゃんと食べているかね? 私達家族と戦った時の 
 気力はどこへ行ったのだね」

「なんかね……。こんなこと言ったらみんなに叱られるだろうけど、
 もう裁判に行くの疲れた。いっそ罪を認めちゃおうかな」

「な……」 「ちょっ」 「バカなことを!!」

三者三様の反応を示した。前にも説明したが、被告人の貞子が
罪を認めることによって死刑が確定してしまう。

貞子は特殊能力を発動できないから、これ以上の蘇生はできない。
つまり死んだら文字通り(人生の)試合終了である。
実は蘇生する力も特殊能力の一種なのである(今決めた)

貞子の発言は無責任が過ぎた。今日まで頑張って弁護をしていた、
ケイスケやアントワネットの思いを踏みにじることになる。

ケイスケはいきり立ち、貞子の肩を揺さぶりながら
熱烈な説教を開始しようとした。

執事がノックの後に扉を開き、一人の男性を招待した。

「ごきげんよう。貞子さん」

「君は……」

「こうして面と向かってお話をするのは初めてですね。
 僕はあなたの敵ではない。どうか真摯にお話をさせていただきたい」

『モンゴルへの逃避』に登場した、能面の男のような口調である。
 この紳士の正体は、ポル・ポトであった。

「僕もあなたの心の苦しみはよく理解できます。なぜなら僕は…」

「ごめん先に言わせて。誰でも口ではそう言えるものよ。
 でも本当のところは違う。私の辛さは私にしか分からない。
 ケイスケや貴方たちが本当に私を救おうと頑張ってくれてるのは
 痛いほどよく分かるの。だから余計に辛いのよ」

貞子もマリーに負けないくらいの美少女だが、
生気のない表情のせいで台無しになっている。

「検察側にぼろくそに言われて正直殺したいほどムカついたけど、
 全部事実だから受け入れるしかないわ。罪の意識? もちろんあるわ。
 私はケイスケと出会うまで人としての感情を完全に失っていた」

「だからこう思うのよ。いっそ罪を受け入れて死んだほうが世の中の
 ためなのかなって。そう思ったきっかけはね、犯罪者の再犯率のこと。
 信長ってチャラい奴が言ってたこと。あれ、自分でもよく考えてみたら
 反論できなかった」

「あとケイスケにも申し訳ない気持ちがあるわ。
 ケイスケは私と出会わなかったら普通に学校に通えていたし、
 彼女もいたでしょ。そうだよね、ケイスケ?」

「えっ?」

ケイスケは金魚のような顔をして驚きを示した。

「貞子、何言ってるんだよ。俺たちは一緒に今まで頑張って来たじゃないか」

「いいえ。私なんていないほうがいいのよ。生きてたってみんなに
 迷惑かけるだけでしょ。いっそ明日にでも自分の首をナイフで
 刺して終わりにしたほうが」

「バカ野郎!! そんな簡単に死ぬとか言ってるんじゃないぞ!!」

今怒鳴ったのは、ケイスケと見せかけてポトである。

「貞子、死をそんな簡単に考えるのは良くないぞ!!
 君は今までたくさんの人の死に関わって来た人なんだ!!
 だからこそ、君は自分の今後について責任を負わなくてはならない!!」

「なら責任を取って自殺しないと」

「そういうことを言ってるんじゃない!! アントワネットが裁判中に
 も言っていたが、この国にはどんな人にも人権はある!!
 アル中にも薬物中毒にも借金地獄の老人にも政府はお金を
 分け与えている!! どんな人にも生きる権利はあるんだ!!」

「ポト君の言う通りよ!!」←アントワネット

「貞子さん。あなたはこれから人を殺さないと誓ったじゃない!!
 それは大きな一歩だったのよ!! ケイスケさんと出会わなければ
 良かったですって!? それはとんでもない勘違いよ!!
 こんな素晴らしい出会いが他にあるでしょうか!!」

「過去は、変えようがないのよ!! でも人は反省できる生き物だから、
 過去を清算して未来に勧める!! 何話か前にソ連の話がでたのを思い出して。
 今日の世界平和は、国連がドイツという名の強大な敵を倒して未来へ
 進んだ結果じゃない。あれ以来欧州で大きな戦争は一度も起きてないわ!!」

「そうだそうだ!! いいぞ!! さすが僕のマリーだ!!」 ←ユキオ

「あー、残業だりー」 ←作者

貞子の両サイドにポトとアントワネットが展開した。
この強力なフォーメーションにより、貞子はたじたじとなった。

彼らは裁判で見せた雄弁を貞子の目の前で披露しているのだから当然だ。

「貞子。君にだから教えてあげよう。生前の僕の血塗られた過去を」

「はい……?」

ポトが全員の真ん中に座り、昔の話を始めた。

☆彡 歴史のお話 ☆彡

ポル・ポト。その名を聞いて人は何を思うだろうか?
おそらく歴史に興味のない人ならば、
「そんな奴知らねえっすwwwさーせんww」と言ったところか。

作者が真っ先に思いつくのは
『史上最恐の大量殺戮者』だろうか。

国家元首としても、共産主義者としても。政治家としても。
とにかく気が違っている。

共産主義者とはキチガイの集団であるが、
その中でも『群を抜いたキチガイ』が彼である。

殺した国民の割合で言えば、あの『スターリン』ですら生ぬるく、
北朝鮮の金一族ですら『赤ん坊』のレベルであると断ずる。

この作品には、今まで歴史上の人物が何人も登場した。

しかし、この『ポル・ポト』だけは最後に紹介したかった。

なぜか……

ガチで『やばすぎる人物』だからだ。 

筆者は、日本史は専門外だが、我が国の歴史に
ポト氏ほどの殺戮者はまずいないだろう。

NEVERまとめ、みたいな文章になってしまった。

ポトがカンボジアで政権を握った後、人口が三分の一まで減少した。
およそ300万人を虐殺したのだ。
その割合を今の日本で示すと、およそ4000万人が死んだことになる。

くわしくは、だいたいこんな内容である↓(観覧注意)

まず、都市部に住んでいる人間を全員強制的に農村に移動させた。
理由は自国の食料生産を上げるため、爆撃があるから疎開させるため
などど言って無理やり移住させた。

何の準備も与えずに。都市部に住んでいた人たちは着の身着のまま
農村に連れて行かれた。動けない者は無理やり引きずられていった。
そして、農村に連れて行き強制的に労働させる。

さらにポルポトはこんなスローガンを掲げた。

「国の発展のために知識人、医者、職人、教師、などがいたら
 名乗り出て欲しい。君たちの知識、技術が必要なのだ」

このスローガンは海外にいたカンボジア人にも発信された。

スローガンを信じたものたちは続々とポルポトの元に集まった。
苦しい農作業から解放される、と喜び勇んで集ったのも束の間、
『機関銃で蜂の巣』にされた。

海外からカンボジアに帰ってきた留学生たちも皆殺しにされた。

「君たちは、子供医者という言葉を聞いたことがあるか?」

ポトがみんなに告げる。もちろんその問いに答えられる者はいない。
ケイスケたちは想像を絶する話に全くついていけなかった。

~続き~

こうして多くの大人たちは殺されていき、残るは子供になった。

これこそがポルポトの狙いだったのだ。
無垢な子供を洗脳し多数の『少年兵士』をつくりあげていった。
少年たちはポルポトを神と崇め、それ以外は『スパイ』と教育されていった。

さらに医者の代わりも子供にさせ『少年医師』という職業も存在した。

子供たちは読み書きも出来ぬまま、大人たちを診察し手術までした。

もちろん、よくわからぬままの手術である。『傷口を思い切り引っ張ったり』
『適当にメスで身体を切ったり』とリアルお医者さんごっこである。

少年兵士たちは民家の軒下などに潜み、住民の会話を盗聴していた。
そして、ポルポト政権の不平不満などをつぶやいたら
『強制的に収容所』に連行していった。

収容所では『少年看守たちの拷問』が待っている。

『ペンチで乳首を引きちぎり』『棒で死ぬまで叩き続ける』
老人、病人、女関係なく。ちなみにこの収容所は現存しており、
未だに血の臭いが残っているという。

「すみません。少し気分が……」

アントワネットではなくユキオが女々しいことを言い、
ハンカチで口を押える。

これ以上、強制収容所(キリング・フィールド)の
話はしないほうがよさそうだとポトは判断した。

貞子はSF小説等のネタだと思っていたが、
手元のスマホで検索したら全く同じ内容がでてきた。

「僕がでたらめを言っているように見えるか?
 今説明したのは歴史上の出来事。すべて現実だ」

ポトは目を閉じ、亡くなった人たちのことを思った。

意外に聞こえるかもしれないが、

ポトほど『善良で無垢な独裁者』はいなかったことだろう。
大量虐殺者なのにどうして無垢なのか。

なぜなら彼は先ほど説明した虐殺を

『国を良くするため。
 真の共産主義社会を実現して国民を幸せにするため』

と本気で信じて行っていた点にある。

無能な働き者。狂った共産主義者の最も悪い例であろう。

「どうだ貞子。僕のほうが君より多くの人を殺してる。
 ソ連の人民委員のトロツキーよりもずっと多くの人を粛清したよ」

「……言っちゃ悪いけど、マジでひどいね。
 あんた、歴史上最悪の人物なんじゃないの?
 当時は罪悪感とかなかったの?」

「これが自分でもびっくりすることに、まったくなかった。
 僕は自分の信じる正義のために人を送っていた。
 送ったというのは、収容所に送ったという意味さ。
 送れば三日以内に全員発狂するか、死ぬからさ。
 拷問は僕の部下が全部やってくれる。だから僕は送るだけだ」

「まじひどい……。強制収容所とか
 現実離れしすぎて映画の話みたい」

「北朝鮮には今でも20万人以上の囚人が収容所にいるよ。
 興味があったら脱北者の手記をネットで読んでみてくれ。
 君のやった犯罪なんて大したことじゃないと思えるよ」

ポトは少し話疲れたので紅茶をすすった。
学校にいる時と同じように、アントワネットが用意してくれたのだ。

「君にも嫌な思いをさせてすまなかったね。マリー。
 あんな話は聞きたくなかっただろう?」

「いいのよ。ショックを受けたのは最初だけだよ。
 私も前世が前世だから、血なまぐさいのは慣れているわ」

紅茶の心地よい香りが、部屋中の空気を浄化していくようだった。

ポトは、ティーカップの中に視線を落とした。
ダージリン。深みのある色合いの中に、彼は何を見たのだろうか。
彼の脳裏に焼き付いて離れないのは、自らの政策の犠牲になった、
無数のカンボジア人たちの命。

「ねえポト」

貞子である。

「あんたも最後は処刑されたの? アントワネットと同じように?」

「いや、服毒自殺だよ。僕の政権はベトナムとの戦争によって転覆した。
 その後は国境近くのジャングルに身をひそめていたが、
 クメール・ルージュの軍司令官に裏切られて自殺を強要された」

カンボジア共産党、中央委員会、書記長。ポルポト。
本名『サロット・サル』

ポルポト派の勢力は『クメール・ルージュ』
赤色のクメールと呼ばれた。

彼の残した悪行は、
人類の歴史が続く限り語り継がれていくことだろう。

「ふむ。世界史の勉強になるな。
 歴史を知ることは良いことだ。それが例え悪い歴史であってもな」

ユキオが感心しながら言う。

「貞子君の今後の弁護はどうするつもりなのかな?
 前回の裁判ではミホが躍(やくしん)進したようだが。
 確かうちのミホの主張は貞子君・サイコパス説だね」

このタイミングで裁判の話である。
貞子の体調を考えれば、はっきり言ってKYだった。

だが、裁判の続きが一番気になっているのはアントワネットも同じ
ロベスが検察側の代表に対し、弁護側のリーダー格は彼女である。
アントワネットはユキオが素晴らしい相談相手なのを
知っていることもあって、つい話に乗ってしまう。

「先天的な殺人鬼と主張したいのでしょうね。
 アメリカの医学界では先天的な脳以上・いわゆる
 他者との共感を示す作用に異常がある例が発見されてるそうね」

「ああ、俺もそれ聞いたことあるぜ」

ケイスケも乗った。

「雑誌か何かで読んだんだけど、サイコパスは普通の人より
 罪を感じる意識が少なくて、自分勝手なんだってな。
 人に迷惑をかけてるって意識がそもそも存在しないらしいが」

アントワネットが顎に手を当てる。

「しかしですね。研究結果とは常にのちの研究で新しい発見があり、
 否定され続けるもの。世界の研究でも脳についてまだ20パーセントしか
 解明できてないのだから、大航海時代前の世界地図のようなものね。
 つまりほとんど分からないことだから、根拠にするのは難しいと思う」

「そうだよな。だいたい検察の奴らはどんな理由でもいいから
 貞子を有罪にしたいだけなんだ。どんどん反論してやろうぜ」

「もうやめてよ…」

「え?」

「頭痛くなるから……。私がいないところで話して」

「ああ、ごめんな貞子。別におまえが異常者だって
 話がしたいわけじゃなかったんだけど」

「それは私も分かってるよ。ごめん。少しベッドで寝て来るから」

「おう」

貞子は少しいらだった様子で部屋を出ていった。

その様子をユキオはキョトンとして見ていた。

彼は、貞子が何を言われても平然としてるメンタルの
持ち主だと勝手に考えていたのだ。
貞子と過去あれだけ戦ってきたのだから無理はない。

「ずいぶんとやつれてしまったね。
 あの様子では前回ミホに相当言われたのかな」

「ミホも言う時は言うからな。あと母さんと
 信長のクソ野郎も容赦なかった。
 あんだけ言われたら誰でも心折れるだろ」

「貞子君にすまないことをしたかな。
 今は裁判の話はするべきじゃなかったね」

「ほんとにな。しかもアポなしで来るからびっくりしたぞ。
 マジ空気読んでくれよ親父」

「あとでわびの品でも持ってくる。今日はマリエに買い物を
 頼まれてるからこれで帰るが、帰った後ミホたちには
 私から言っておくよ」

「何を言うつもりなんだ? 
 あの二人は何を言っても止まらないと思うが」

「なに。私もバカではない。今回の裁判を止められる方法が 
 あるなら、知恵を絞ってみるさ」

ユキオは、高級車に送迎されて深い森を抜け、門の外の世界に出た。
当たり前だが、アントワネット家の敷地の外は、
現代日本(埼玉県)の風景が広がっていた。

誰でもアントワネット家を訪れた人は言う。
帰ろうと外に出た瞬間に中世から現代に戻されると。
それほどアントワネットの家は特別な雰囲気を持っていた。

駅前のスーパーで何日分かの食料をまとめ買いした。

「お客様。ポイントカードはお持ちですか?」

「うむ。株主優待券も持っているよ。今回は3枚使おうか」

「かしこまりました」

ユキオが袋詰めをしていると、
レジに40代と思われる母親と10代の娘が
並んでいるのが目に入る。

ふとユキオはこう思った。

(ミホと最後に買い物をしたのいつだったろうか?)

確かにアントワネットと一緒にモールでは会ったが、
あれは別カウント。

娘と仲が悪いわけではないが、娘も中学生ともなれば
部活や友達と遊んだりで親といる時間は少なくなる。

いくら娘が可愛くても、娘離れしなければならない時期だ。

ユキオは家までの道を歩いていた。
日が暮れかけている。ユキオが腕時計を見る。
6時半である。夏だから外は十分に明るい。

妻の料理の支度には少し遅れてしまうかもしれないが。

(ミホは二年に進級してからずっとふさぎこんでいたな。
 貞子事件に巻き込まれれば当然か。私は支店のことで
 頭がいっぱいで子供たちに構う暇などなかったな。
 それがいけなかったのだろうか)

ユキオは、狂暴化した時のミホにおびえていた。(貞子との戦闘時)
妻も怖いが、娘も驚異的な戦闘力の持ち主なのが分かった。

きっとどこかで育て方を間違ったせいだろうと思っていた。
本当のところはただの血筋である。(モンゴル風の)

「あ、おとーさんすかwwww あぃーすwwww
 おじゃましてまーーすwwwさせん」

家のリビングには見知らぬ男がいた。
この口調で話すのはもちろん織田信長。
現代によみがえった比類なきチャラ男である。

(なんだこの口の悪さは。あの服屋の店員よりはるかに悪いぞ)

ユキオは不快感を隠そうともしなかった。

「あれれれ?wwww おとうさんwwwなんすかその顔wwww
 もしかして、俺、うぜーすか?wwww
 うざいなら帰ったほうが良いっすかねwww」

「う、うちは客人は誰でも歓迎だよ。ゆっくりしていきたまえ。
 君もマリエに呼ばれてここに来たんだろう?」

「そーなんすよwwwなんか次回の裁判対策やるとか言われちゃってwww
 俺、家で色々予定とかあったのに、マジだりーっすwww」

信長はソファにだらしない恰好で座り、
まるで自分の家のようにくつろいでいる。

ユキオは高収入なだけにそれなりに貫禄のある人物だが、
信長は緊張した様子もなく、
挑発するような口調で話しかけている。

「おとーさんもその辺に座ったらどうっすかwwwwww」

「それよりミホはどうした?」

「あっ、ミホさんすかwwwなんかぁ、俺と一緒にいると頭痛がするとか
 言って部屋にこもっちゃいましたよwwww
 まさか俺、避けられてるんすかねwww ショックだわーwww」

(その割には悲壮感がまるでないな。
 ミホに嫌われてるなら今すぐ帰りたまえ)

この早口でうざいことを話すチャラ男は、
ジャニオタのミホが一番苦手とするジャンルだった。

ミホはジャニオタだが、男を見る目がないわけではない。
ひたむきで努力家で将来性のある男性が好みだった。

「マリエの姿も見えないが」

「奥さんのことすか?www おーい、おくさーんwwww」

「なによ。あんたは声がでかいわねー」

不機嫌そうな顔のマリエが別の部屋から出て来た。

「あら。あなた。買い物してきてくれたのね」

「朝頼まれたからな。ちゃんとレシートも貰って来たぞ」

マリエは、売り時の株がいくつかあったのでPCに
かじりついていたという。その間、信長はリビングで一人放置され、

「このリビングのソファ、座り心地良くてマジ快適っす、
 チョリぃっぃぃぃス!!」などと言いながらくつろいでいた。

誰もお茶を淹れてくれないので、自分でミルクティやコーヒーなどを
勝手に淹れて、テレビを見ながら爆笑していた。迷惑な客である。

マリエも娘と同様、チャラ男は苦手だったので
早く帰ってほしかったのだが、

「はwwww?せっかく呼んでくれたのにすぐ帰れとか、そんなさみしーことw
 言わないでくださいよぉwwwwロベスの野郎には夕食後馳走したんでしょww
 今夜は俺もご馳走になっていいっすかねwwww
 あ、迷惑ならもちろん帰りますけどwww」

などと無駄に口が回るので追い返すことも出来なかった。

ミホ「兄貴と2人だけで会うの?」

信長とユキオはテレビを見ながら料理ができるのを待っていた。
信長はよくしゃべる男だった。
ユキオは彼のつまらない世間話を適当に聞き流していた。

「今夜のメニューは肉じゃが……じゃなくて
 カレーっすかwww夏らしくていいっすねwwww」

ユキオがカレー用の具材を買ってきたのでそのままカレーになった。
今日は家族三人と来客の信長用である。信長は若い男なの子なので
良く食べるだろうと思い、多めに作ってあげた。

「家庭の味って感じがしてマジ最高っすよねwwww
 しかもこれナスカレーですよwww
 今流行りのwwwまさにベジタボォすかwwww」

「その発音むかつくからやめなさい」

ママがスプーンを口に運びながら言った。

「えwwwなんでですかwww英語の先生から
 ベジタボォって発音するよう教わりましたけどwwww」 

「アメリカの英語はなまりすぎて英語とは別言語じゃない。
 イングランドはちゃんとベジタブルって発音してるわよ」

「はぁwww? 英語になまりとか有るんすかwww?」

「英連邦諸国ならカナダ、NZ、オーストラリアでそれぞれ
 違う発音をしてるわ。特にシンガポールなんてかなり特殊よ」

「ちょwwwなんすかその豆知識www学校でそんなこと
 教わったことねえっすwwwさーせんすけどww
 俺、アメリカ人はペリーとトランプしか知らねえレベルっすwwww
 ペリーの黒船来航、チョリーッスwwww」

「あんたさぁ……」

信長の隣の席のミホが言う。

「元戦国武将のくせに、なんなのその話し方は。
 完全に今どきのチャラ男じゃん」

「はwww何言ってんすかwwww俺前世でもこんな感じでしたよwww
 本能寺で死ぬときは、なんか廊下が燃えてたんでwwww
 郷ひろみの曲、熱唱してましたよwwww」

「嘘つくなよ。戦国時代に郷ひろみ生きてねーよ。
 それにテレビの時代劇でも昔の人って
 今よりずっと固い話し方してるじゃん」

「時代劇とかwwwwあんなの適当に作ってあるだけっすよwww
 いい加減な知識に基づいて俺を描いたりするの、
 実はけっこう迷惑なんすよねwww」

「それ、NHKの人とかが聞いたら怒るぞ」

「マジすかwwさーせんwwww」

ちなみに信長が今座っているのは、兄のケイスケの席だ。
その向かい側に両親。4人家族の典型的な席順である。

ユキオは、カレーにはあまり手を付けず、
サラダの皿に盛られている、レタスとミニトマトを
ちまちまと食べていた。

「おとーさん、食欲ねーっすよwww大丈夫すかwwww」

「私は悩み事があると食欲がなくなるのだよ」

「悩み事wですかwww? それ、俺が聞いても大丈夫なことですかwww?」

「一向にかまわんよ。なにせ君たちの裁判に関わることだ」

「うはwwwwでたぁwwww裁判www」

「私は真面目に話しているのだがね。信長君は弁護側の人間が
 どれだけ頭を悩ましているかは知らないのだろう」

「いえいえwwwそんなことねえっすよwww俺はたまたま
 検察側に回っただけなんでwww弁護側の言い分もちゃんと
 聞いてから判断しますよwww ロベスの野郎がそう決めてるんでwww」

「それなんだけどさ」

ミホが横から入る。

「あんた、4話くらい前の話で、ロベスと論争しても10分も
 すれば負けるって設定はどうなったの? むかつくけど
 あんた、裁判ではすごい弁が立ったじゃない」

「ああ、あの地の分で書かれた設定っすかwww。 
 俺、ぶっちゃけ、あの設定にムカついちゃったんでwww
 ポトを連れて裁判所へ勉強(傍聴)しに行きましたwww
 裁判の実際の流れを見ると参考になりますよねwww 
 うち浦和市だから、さいたま地裁あるじゃねえっすかwww」

「地裁に法廷傍聴しに行ったってことね」とママ。

「そうっすよwww あと図書館とかに行って法律の勉強も
 したら結構知識つきましたよwww民法とかすげー生活に
 役立つ知識満載じゃねえっすかwwwマジぱねえっすwww」

「話を戻すが」

今度はパパだ。

「これは信長君だけではなく、ミホやマリエにも言っておきたい。
 人を裁くのはすぐ終わることかもしれないが、
 人の死は一生記憶に残るものだ。君たちの判断で
 一人の少女の命を奪うことの重大さをよく分かってほしい」

「ふん」

ミホが鼻を鳴らす。

「別に殺すつもりはないんだけど。
 ただ奴が無罪になるのは我慢できない。
 うちにあれだけのことをしておいてさ…」

「まあ気持ちは分かる。ではミホはどうしたいのかね?」

「とりあえず兄貴が不登校になって
 推薦取り消された責任取ってほしいかな。
 そうだよね、ママ?」

「ケイスケの将来を狂わせた罪は重いわね。
 私も死刑までは望まないけど、損害賠償は請求しようかしら。
 具体的には、仮にケイスケが退学した場合、将来つけるはずだった
 就職先等の影響を考慮したうえでの、相当因果関係の賠償ね」

その額はどれくらいなのか。誰にも予想できないだけに怖い。

「貞子から金取る気っすかwwwwパねえっすwww
 そんなことしたら貞子、借金地獄の人生になるんすかねwwww
 つか貞子に現時点での支払い能力無いと思いますよwww
 それにケイスケさんは高校辞めるとは一言も言ってねえっすwww」

「君の態度はさっきからなんだね。笑い事じゃないのだよ。
 私も私なりに今回の裁判が良い方向になるよう
 真剣に考えているのだ」

「おとーさんwww怒らないでくださいwww
 俺、普段からこんな口調なんすよwww
 別にからかってねーんでwww

「そうなのか。ミホ?」

「半分嘘かな。だってこいつ、裁判始まる前の日まで
 普通のしゃべりかただったよ? 
 とつぜんキャラ変わり過ぎて誰だか分からないレベルだよ」

「それ、ポトにも言われちゃったんですけどwww
 俺は夏だからキャラチェンしたんすよwwww」

ママがあきれ顔で言う。

「私もずっと信長君のチャラ男口調うざいと思っていたのよ。
 語尾が常に笑っている感じなのよね。
 誰だって挑発されてるように感じると思うけど」

「まあいいじゃねえっすかwwwそれよりママさんwwww
 カレーのお代わり貰ってもいいっすかwww」

「はいはい。信長君は若い子にしても良く食べるわね」

「俺、普段から頭使って生きてるからwww食べねえっと
 やっていけねえんすよwww自分の体、
 代謝良すぎてびびるわぁwww」

信長はミホの3倍は平気で食べていた。
しゃべるのも早いが、食べる量もすごい。

「あー、本村家のカレー、まじうめえwww
 そろそろ真面目な話ししてもいいっすかwww」

「どうぞどうぞ。てか最初から本題話せよ」とミホ。

「あぃーすww で、今回の裁判なんすけどね、
 貞子とケイスケさんがマジで愛し合ってるかが
 結構重要なポイントかと思うんすけど、あの二人
 ガチっすね。ああいう愛の逃避行をするカップルって強いっすよww」

マリエが明らかに不愉快そうな顔をした。

「別れさせることは難しいってこと?」

「結論から言うとそうっすねwww
 なにせ仮に貞子に賠償責任を負わせたら、
 ケイスケさんは家族を逆恨みしてたぶん
 家には帰ってこないと思いますよwww」

「そうなのかしら? 恋仲の解消を公的に
 認めさせるために裁判をしてるつもりだけど」

「いくら公権力(この場合は神エイトによる)で強制させたって、
 人には内心の自由とかあるんでwww恋する権利までは憲法や法律で
 規制できねえ決まりになってまーすwww
 うちの国はソ連と違いますよwww」

「ケイちゃんは未成年だから自分で正しく判断できていないのよ。
 親が介入することは民法でも認められているじゃない」

「あ、それで言うと、親の許可なしに居住場所を変えたのは
 確かにアウトっすねwww あ、話変わりますけど、
 おとーさんは貞子弁護側の人間であってますよね?wwww」

「そうだが…」

「お父さんはケイスケさんと貞子の交際は認めるんすよねw?」

「まあそうだね。ケイスケがそうだと思える女性がいたなら
 あえて反対する必要はないと思っているよ」

「ほらねwww法なんて警察の取り締まりとか司法で使う言葉っすよwww
 家族の中のルールは家族の中で決めるべきだって、
 モンゴルへの逃避でエリカさんも言ってたじゃねえスカwww
 おれ、あの人の発言全面的に肯定するっすwwww」

「別作品の話をされても困るよ。信長君はいったい
 どちら側の人間なんだ? 検察側のわりには
 ミホたちに否定的なことを言うではないか」

「自分は、ただ貞子に殺されたクラスメイト達の責任をって
 欲しいだけなんでwww俺の友達とか殺されたから
 その私怨っすかねwww他の理由もありますけどwww」

「どんな理由?」とミホ。不機嫌そうな顔である。

「貞子を逮捕してムショに入れてほしいっすねwww
 あ、もちろん俺らみたいな裁判ごっこじゃなくて、
 刑事訴訟して実刑に処されるべきだと思うんすよwww
 だってあんな奴が平気な顔でコンビニで働いてたりしたら
 社会規範上問題大ありっすよwww」

「社会的に問題があるってことね」

「うっすwww俺、これでも元征夷大将軍なんでwww
 さりげなく社会の安定とか、国民の幸せとか
 意識して生きてますよwww
 これ以上の犠牲者を出すわけにはいかねえっすwww」

マリエが少しだけ感心した顔をした。

「確か信長君は貞子の再犯を懸念してたわね」

「そうっすwwwチョリーッスwww」

信長は日本茶を飲み干し、落ち着くのかと思ったら
さらにテンションが上がった。

「ケイスケさんと貞子が恋人関係だから話がややこしくなるんすよねwww
 仮に貞子を弁護する人間がいなければ即有罪で終わりなんすけどwww
 弁護側のアントワネットが強敵っすwwww
 あの女、全員に問いかけるように話すんすけど、あのしゃべり方、
 たとえば裁判員裁判とかだとめっちゃ一般人の受け良いっすよwww」

「さすが私のマリーだ。かしこい」

ユキオが腕組しながら頷くと、
嫉妬したマリエに熱い茶を顔面にぶちまけられた。

「ふああああああアアあああああああああい!?」

ユキオは床の上を元気に転げまわり
うるさいが、誰も気にしなかった。

「俺ら検察側って意見がまとまってねえんすよwww
 お互いの立場が明確じゃねえし、目的も違うwww
 その点、弁護側は貞子の命を救う、ケイスケ氏との恋を
 応援するって一致団結してるのにwww」

「言われてみればそうかもね」とマリエ。

「ロベスの野郎はママが怖くてこの家に
 来てくれねえし、トロツキー、バルサンと相談もしてないwww
 はっきり言ってバラバラっすwww
 ぶっちゃけ裁判する意味あるんすかねwww
 家族で個別に話し合ったほうが良いと思いますけどwww」

「私がケイスケに直接会いに行けばいいの?」

「あ、おかーさんはやめたほうが良いっすよwwww
 たぶん親だと上から目線になっちゃってケイスケさんに
 拒否られる可能性が高いんでwwww そこでミホさん、おなっしゃすwww」

「私が行くのかよ」

「アィ―すwww ミホさんもたまには主人公らしく
 活躍してくださいよwww ここまで読んでる人は
 ケイスケさんが主人公だと思ってるんじゃねえすかwww」

この小説は群像劇として描いているので、
明確な主人公は存在しないことにしている。

「なんすかそれwwwじゃあ、あらすじに
 書いてあること嘘ってことですよねwww
 あとお母さんが口数が少ないって
 初期設定、完全に破たんしてますよねwww
 書き直さなくていいんすかwwww」

「信長黙れ。とにかく私が兄貴に会えばいいんだね?」

「うっすwwwwあとで俺の方からアントワネットに
 連絡して日時や場所とか指定しておくんでwwww
 場所の候補は2年4組がベストだと思うっすよwww
 兄妹水入らずで会話してもらいたいですwww」

だが、ミホは首をひねってしまう。

「うーん、冷静に考えたら私と兄貴が会っても
 即喧嘩にしかならないと思うけどな。今までも
 怒鳴り合いが日常会話みたいなものだったから」

「離婚寸前の夫婦みたいっすねwwww
 ま、とにかく話し合いの機会を作らないことには
 永遠に問題が解決しないと思うんでwwww
 よろしくオナシャーッスww」

ミホは不安になり、両親の顔を見たら、
二人とも首を縦に振ってくれた。

しょうじき兄貴とタイマンで話などしたくもないが、
確かに裁判は延長が続く甲子園状態なので仕方ない。


そして次回の裁判(一週間後の予定だった)が始まる『前日』である。

アントワネットら弁護側に同意してもらい、一方ロベスなど
検察側には内緒でミホ、ケイスケの対談が実現した。

これは公式記録(神8の議事録)に残らない秘密の会合である。

場所は予定通り2年4組の教室に決まった!!

貞子事件により数多の生徒が殺害されるか、
再起不能にされたため、教室はすごく広く感じる。

神エイトらが裁判で使用した時の座席がそのまま残してある。

ケイスケは、そのうちの机を一つ持ってきて、自分の前に置いた。

「ミホも座れよ」 「言われなくても分かってるよ」

机を中心にして向かい合う。

「俺は普段からミホって何気なく呼んでるけど、
 おまえと同じ名前の選手がピョンチャンでメダル取ったな」

ケイスケは、なぜか世間話から始まった。
何かの意図があるのだろうか。

ミホは久しぶりに兄に会うこともあり、
とりあえず合わせることにした。

「知ってるよ。スピードスケートの人だよね?」

「姉妹でメダル取ったよな。妹さんの方だったか」

「同じ名前だからって私の格が上がるわけじゃないけどね。
 私はスポーツとかできない」

「おまえには立派なジャニオタじゃないか」

「立派って……意味わかんないし。ただの趣味だよ」

「コンサートにも行ったんだってな。めでたいことだ。
 おまえも一人前のジャニオタに昇格したってことだよ」

「それ、褒めてんの? それともバカにしてんの?
 なんで私がコンサートに行ったこと知ってるんだよ」

「親父から聞いたんだよ。この前アントワネットの
 屋敷に急に遊びに着てびっくりしてな…」

「あにき」

ミホは低い声で言った。

「そんなことを話しに来たわけじゃないでしょ」

「もちろん分かってるさ。俺だってバカじゃない」

「先にこっちの要求を伝えるね?
 学校へ通え。あと貞子と別れろ。
 その代わり貞子の死刑要求は撤回する」

単刀直入だった。ケイスケは長考してしまう。

ミホに世間話から入ったのは機嫌を取るためだ。
ケイスケは家族側代表の妹をうまく取り入れて
今回の裁判自体を無効にしようと思っていた。

実は裁判を中止にしようとしているのはミホも同じだった。
裁判でいつまでも論戦が続いていたら色々まずい。
(特に作者のネタがつきることが)

「ミホ。俺にも俺なりの考えがあるから、よく聞いてくれ」

ケイスケは長い沈黙を破った。真顔である。

「学校に戻るのは良しとしよう。一度休学したから
 死ぬほど気まずいけど、確かに中卒になるのはまずい」

「うん」

「ところで、おまえにとって水と空気は重要か?」

「は?」

「いいから答えろ」

「……ないと生きてけないよね?」

「俺にとっての貞子がそういう感じだ。
 つまり貞子と別れろっていう、
 お前たちの要求は飲めない。悪いな」

ミホは、こんなにはっきり拒否されると思わなかった。
兄は貞子と別れるつもりが全くないのは、
信長に指摘された通り明らかだった。

これでは、交渉は進まない。それどころか
来た意味ががなかったとすら考えられる。

やがて怒りの感情が強くなっていく。

「あっそ。じゃあ
 交渉決裂ってことになるけど。いいの?」

ケイスケは机の上に両肘をつき、
頭を両手で抱えて悩み込んだ。

「そう結論を急ぐなよ。せっかちなのは
 昔からお前の悪い癖だもんな」

「うん。時間がもったいないからさ。
 明日からまた裁判で話し合おうよ」

「ミホが小5の時好きな男の子がいただろ?
 おまえだって人を好きになる気持ちが
 抑えられないってことは分かってくれるよな?」

「兄貴の恋人は幽霊かゾンビもどきじゃん。
 このまま付き合って将来結婚とか
 意識されたら大問題じゃん。ママ切れるじゃん?
 そいういうの考えてもらっていい?」

どことなく信長っぽい攻撃的な口調になってしまっている。
ミホは無意識のうちに影響されていたのだ。

「俺と貞子はコンビニの店員が勤まったんだぞ。
 タバコの名前覚えるの大変だったけどな。
 貞子は店長からも働きを褒められて…」

「コンビニなんて自給安いんだから誰でも勤まるでしょ」

「おい、働くってのはそんなに簡単なことじゃねえんだぞ。
 俺はおばあさんの家での生活が貴重な体験だったと思ってる。
 学校で勉強だけ出来るお利口さんが
 世の中を知っているわけじゃないってのが分かった気がする」

「はいはい。貴重な思い出だったのね。
 分かった分かった。じゃあ今日の話は
 無駄だったってことで、私帰るから」

「待てよ!! まだ離したいことがたくさんあるんだ!!」

「漢字の変換間違えてるよ」

「あっ。悪い。てかそれどころじゃねえ。なあミホ。
 もう少しだけ俺と話をしてくれよ。俺だって
 いきなりこんな裁判にかけられて不満だらけの
 日々だ。俺にだって言いたいことはあるんだよ」

「ごめん。私今すっごくムカついてるから。
 私は子供だからすぐ喧嘩腰になるから
 兄貴にとっても不愉快でしょ?
 続きは明日の法廷でお願いね」

「ミホ、おいっ!! 待てって!! マジで帰るつもりかよ!!」

ミホは兄を全く無視して教室の扉に手を駆けようとした。

「あぃーーーすwwwww」

そしたら、どういうわけかチャラ男がいた。
説明するのもめんどくさいが、織田信長である。

「あれwwww ミホさんwwwこんなとこで
 会うなんて偶然っすねwww」

「なんで扉の先にあんたがいるの。
 私これから友達と遊びに行くからどいて」

「友達と遊びってwwwもう夕方の4時っすよwww
 こんな時間に遊びに行くなんてパネえっすwww」

「ああ、嘘だよ。悪かったな。
 あんたこそ廊下で私らを監視してたんだろ」

「なんのことっすかwwww俺はたまたま忘れ物を
 取りに来ただけっすよwww」

ミホは盛大な溜息を吐き、どうせ止められるだろうからと
席に戻ることにした。乱暴にイスに座り、明後日の方を向く。
正面の兄の顔を見たくないためだ。

(やべえ。こいつ本気で怒ってやがる。
 引き留めておいてなんだが、
 簡単に交渉できる状態じゃねえぞ)

ケイスケは芥川龍之介のような賢者の顔で策を練ることにした。

「ちょwwwwなんか教室の空気悪くねえっすかwwww
 なんか鼻がムズムズするんすけどwwww花粉症っすかねwww」

「八月に花粉が飛ぶかよ」ミホがにらむ。

「あっ、そうでしたねwwwさーせん、さーせんwww」

信長は自然な動作で、机の一角に椅子を並べて座った。
ケイスケとミホから見て、上座の位置に当たる。

「信長。あんたいっつもふざけてるけどさぁ。
 そろそろ本気でぶち殺していい?」

「えっwwwwなんでですかwwwもしかして激おこすかwwww」

「私ら兄妹の二者面談を提案したのって、あんただったよね?
 まさかずっとそこで私らの話を聞いてるつもり?」

「いやぁんwwwwそんな目で見ないでくださーいwww
 俺はミホさんがキレて席をはずそうとするのが
 怖くてここで見てるだけっすよwww もちろん
 俺には発言権ないっすからwww質問されたら答えますけどwww」

ダン!!

ミホが机に対し、拳を振り下ろした。
ケイスケは反射的に体がびくっとした。
まるで金魚すくいの中の…

「そういう例え、もういらない!! うざいしつまらない!!
 まるで…の表現何回使ってるんだよこの小説!!」

ミホは熱中症対策に持ってきたアクエリアスの
ペットボトルを握る。まだ半分ほど残ってるそれを
一気飲みし、ごみ箱にぶん投げる。

「ナイスショットwwwwwミホさんかっけーwww」

ごみ箱は教室の隅にあり、ミホの席から
離れていたが、奇跡的に一度で入った。

「私、イライラすると飲み物飲むことにしてるの。
 ママにそうしたほうが良いって言われてさ。
 アントワネットがお茶タイム命にしてる理由が分かったよ」

「そ、そうなのか。あはは。アントワネットのお茶うまいよな」

ケイスケ。思わず愛想笑い。完全に妹のターンである。

「信長は置物だと思って話続けてあげるよ。
 兄貴。貞子と別れてアントワネットと付き合えば?」

「はぁ!?」

「兄貴は女がいないとダメなんでしょ?
 女のカンで分かるんだけど、あの子は兄貴に気があるよ。
 アントワネットがあんたとイチャイチャしてたの
 パパから聞いてるから」

「イチャイチャとか人聞きの悪いこと言うな。五階だ」

「ここは二階だよ」

「変換ミスだよ!! 話を戻すが、それじゃ本末転倒だろ。
 だいたいそんなことしたら貞子が…」

「別に貞子が殺人鬼に戻りそうになったら
 その時は警察に通報すればいいじゃん。
 そうすれば奴は刑務所に入れられて世界は平和だよ。
 あんたには少しショックかもしれないけど」

「兄に対してあんた、とは何だ」

「うっせえ。あんた!!」

信長が腹を抱えて笑っている。所詮は他人事か。
ミホが彼のすねに蹴りを入れると、悶絶するのだった。

「うはあああああwwwwいてええwwwwwしぬーww」

イスから転げ落ち、床の上をゴロゴロしている。
死ぬと言ってる割には元気そうである。
ケイスケは彼のことなど視界に入ってなかった。

「くそ……まさかこんな提案をされるとは思ってなかったぞ。
 ミホは他人事だと思ってるんだろうが、今の日本で例えると
 憲法9条二項の改正並みに重いんだぞ」

「そういう知識自慢いらないから。うざい。
 兄貴が女好きなのは裁判でも公表された。
 本当に貞子と付き合って長続きするの?
 ママもこれを一番心配してたみたいだけど」

「愚問だな。俺が貞子を振るかもしれないだって?
 それはないよ。なぜなら俺は、あいつを愛しているからだ!!」

ミホは、明らかに兄を侮蔑する目で見た。

空気が凍り付くように重くなるが、
また信長が爆笑し始めたので、ミホが彼のボディに拳を当てた。

当てただけ。表現としてはそれが適当である。
そのくらいミホは軽く殴ったつもりだった。

それなのに!!

「あぁぁあああああああああああぁぁ?wwwww」 ←信長

ママの血筋なだけに極めて強力な一撃だった。
信長は壁を突き破り、隣のクラスまで吹き飛んでしまった。

この惨状でもチャラさを維持するのは、もはや芸術的ですらある。

「あ、理科の先生wwwwさーせん。すぐ自分のクラスに戻るんでwwww」

3組の人に多大な迷惑をかけてしまったのに軽いノリの信長。

信長は壁を突き破った際に服がボロボロになってしまい、
粉末?(白い粉みたいなの)によって汚れているが、
気にした様子はない。

3組の人らは、4組と壁がつながってしまったので
授業に集中できなくなった。教室の壁に大きな穴が
開いたのだから当然だ。3組の生徒は、震えながら
四組をのぞき込んだり、廊下へ逃げたりと忙しい。

彼らにとって四組とは呪いの象徴である。きっとまた貞子が
暴れたのだろうと思って恐慌状態に陥っていた。

前にいつ書いたのか忘れたが、
4組は学園から放置されたクラス。
しかし当然他のクラスは普通に授業流行っている。

「あーwwww3組の人達、こっちをめっちゃ見てるwwww
 まじうぜーwwwwこの状態で二者面談とか無理じゃねえwww」

「あんたも含めて三者面談だろうが。あとどうせ私が壁壊したのを
 責めたいんだろ。悪かったよ。今日はもう帰ろう」

「おkwwwつかミホさん、素直っすよねww 
 ちゃんと悪いことした後に謝れるあたりがwwww」

「ママが公共物破損は罪が重いって言ってたからだよ。
 それに壊したのは私だから認めるしかないじゃん」

「俺、ミホさんのこと嫌いじゃねえっすよwwww」

「あんたに好かれたって一円の特にもならないよ」

「んなことねえっすよwww良いキャラしてると思いますよwww
 トリビアなんすけど、素直な人って主人公に選ばれる傾向が
 高いらしいっすよwww」

「そうなの?」

「はいwwwなんかぁwwwミホさんみたいな人って
 読者が感情移入しやすいかららしいっすよwww」

「ふん。主人公なんてただの肩書だよ。
 私よりアントワネットの方が絶対目立ってるし」

「あーそれは俺も思ってましたwwww
 しかもなんでマリーじゃなくてアントワネットって
 表記するんすかねwwww実質あいつがメインヒロインすよねwww」

(この2人仲良いじゃねえか。ミホにも仲良しの男子っていたんだな)

ケイスケはそう思ったが、口には出さなかった。

結局、今日の対談は失敗に終わってしまった。
また明日から裁判が再開してしまうのだが、究極の問題があった。

『4組の壁が壊れている』

これは、秘密の対談があったことを露呈してしまう。
つまり、このままの状態で明日を迎えればロベスの
知るところになり、大変なことになってしまう。

兄が妹に聞いた。

「明日からどうするつもりだ?」

「もうめんどくさいから、ロベス君をぶっ飛ばすね」

「な……」

たか…本村ミホ。まさかの武力行使宣言である。
しかも相手は同じ検察側のロベスピエールである。
なぜロベスをぶっ飛ばす必要があるのか?

「ストレス解消」 

ミホは短くそう答えた。信長はまた爆笑し、床を転げまわった。

ロベスをぶっ飛ばしたら、手下のトロツキーとバルサンも
敵に回すことになり、検察側は事実上分裂することになる。

まさに検察側が自壊するに等しい暴挙となってしまうのだが……

いったい明日からの裁判はどうなってしまうのか。

ミホ「ふざけんじゃねえよ!!!」


☆ ☆ ミホ「ふざけんじゃねえよ!!!」  ☆ ☆

         ↗これ重要

『明日の朝話があるから、
 昇降口の前で待っててください』

ミホからロベスへ送られたメール(LINE)であった。

(本村さんからメールなんて珍しいな。
 裁判のことで話し合いたいことでもあるのか……?)

ロベスはミホに気があった。
裁判休止期間のこの一週間、本村ママを避けるために
遊びには行かなかったが、個人的にミホに会いたいとは思っていた。

神7という狭い世間(クラス)で隔離されたロベスが
ミホを意識するのは自然なことであった。

この小説ではミホの容姿を全く描写してないことに
今気づいたが、ショートカットで
髪留めをして、二重でえくぼが似合う美少女ということにしよう。

……いや。描写したかもしれない(髪留めに既視感)

「悪いね。待たせちゃったかな」

「私も今来たことろだから」

早朝。始業の一時間も前である。
この時間に来てるのは朝練に熱心な生徒か、先生方のみ。

人気がなく、朝特有の緊張感とさわやかさの
混じった不思議な空気の中である。

ロベスピエールらの容姿も描写してなかったかもしれないが、
Wikiなどで調べてもらえば肖像画が出るだろう。
あれが中学生になった感じで想像してもらえばいい。

「本村さん。話ってなんだ?」

「うん。手短に言うね」

ミホが、ロベスに一歩近づいた。至近距離である。

(ま、まさか……)

ロベスが期待し、顔が高揚してしまう。

「お願いがあるの。あなたにしか言えないことなの」

「僕は、君がどんなことを言っても受け入れるつもりでいるよ」

「ありがとう」

ミホがほほ笑んだ。本村家の子供は兄妹そろって美形だった。
ロベスピエールはうっとりしてしまう。

それが致命的な油断につながった。

「じゃあ、ぶっ飛ばすね?」

「ふぁ?」

ゼロ距離での右ストレート。

ミホは、決して助走をつけたわけでも、
腕を振りかぶったわけでもない。

感覚としては、右腕を彼のほっぺたに当てただけ。
それだけなのに、こんなにも激しい物理的な攻撃になってしまう。

「だゃああああああああああああああああああああああ!?」

ロベスは昇降口の壁をぶち破り、野球グランドの方へ飛んでいった。
旅立ちの日である。

ミホは手をハンカチで拭く。凄まじい攻撃のため、
激しい摩擦(まさつ)が生じ、少しだけ焦げてしまったのだ。

彼女の拳は、もはや重戦車の主砲と同等の破壊力と言えた。

「おはよう本村」

「おはよポト君。本村じゃなくてミホで良いよ」

「えっ。いいのか? 俺は彼氏でもないのに」

「気にしないで。なんか今日はそんな気分なの」

ミホはたまたま登校してきたポトと一緒に階段を登った。
2階の4組の教室に入り、壁に穴が開いてるのをポトが
見つけ、驚愕し、そのことをミホに問うた。

「いろいろあったんだよ」

「そうか……」

ミホが激しく機嫌が悪いのを察したポトは、
それ以上何も聞かなかった。

ついでに登校中に、ロベスと思わしき人が宙を飛んでいるのが
見えたが、気のせいだと思うことにした。

「今日もアッツイなー。日本の夏くたばれよ」

ミホは遮光カーテンを閉め、エアコンのスイッチを入れた。
彼女は不機嫌なときは男口調なのだ。
ポトは今日の裁判で必要な書類を机に並べる。

ポトミホは友達でもこの裁判では敵同士である。

「本村。その様子だと昨日のお兄さんとの
 話はうまくいかなかったようだな」

「ミホで良いってば。やっぱ兄と話すと喧嘩になっちゃうよね。
 抑えるつもりだったけど、あいつといるとついムカムカしちゃって」

「年頃の兄妹なんてみんなそんなものだろうな。
 気にしないほうが良い。君は真面目だし、よくがんばってるよ」

「ありがと。いつもフォローしてくれて」

「フォロー? 俺は普通に話してるだけだよ」

やはりポトは、信長のようなチャラ男や、兄のような腹が立つ奴とは違う。
話していてすごく楽だった。これでポトがイケメンだったら
本気で付き合っていたかもしれない。

「うふふ。おはようございます。
 今朝も日差しがすごいですわね」

麗しきマリー・アントワネット嬢の登場である。
元フランス王妃にして今次裁判では弁護側筆頭の人物である。

「そんなの説明されなくてもみんな知ってるよ」

「ミホさん、メタネタはその辺にしておきましょう。
 読者に飽きられますわ」

「とっくに飽きられてるでしょ。この作品読んでる人いるの?」

「どうなのでしょうね。私も気になりますわ」

「あー…裁判とかマジだるいよぉ…。
 もうやらなくていいじゃん。時間の無駄だよ」

「でも神7みんなで決めたことではないですか。
 それと、そこの壁の穴はどうしました? 
 昨日お兄さんと派手に喧嘩しましたの?」

「ごめん。説明するのだるい。
 裁判はもう始まらないと思うよ。
 私がロベスをぶっ飛ばしたから」

「え……」

さすがのアントネット嬢も困惑してしまう。
いきなりこんなことを言われたら誰だってこうなるだろう。

「諸君。おはよう」「はようっす」

続いてトロツキー、バルサンらも登校してきた。

「あいーっすwwwwおはざーっすwww」

そして信長もである。これで来てないのは、
ロベスの他にケイスケと貞子のみである。

ママは、今日は気分が乗らないので欠席である。

「話は聞きましたよwwwなんか大変そうっすねwww
 ロベスをまじでぶっ飛ばすとはwwwwあの野郎、もう死んだかなwww 
 これじゃ裁判始まらねえのかなwwwマジ帰りてーww」

「信長さんは不謹慎なことをおっしゃるのね。
 ミホさんだって殺すほどの力で殴ってはいないでしょう」

「はぁwwwwロベス様ってなんすかwwwその言い方うけるwwww
 元王妃のくせに庶民にビビってんじゃねえすよwwww」

「その無礼な口の聞き方を治しなさい。
 あなたのせいで日本の戦国武将の品格が疑われるわ」

「品格wwwwなんすかそれwwwうまいんすかwww
 戦国武将なんて裏切りとか闇討ちとか基本っすよwwww
 将来の政敵は幼いうちにぶっ殺すwwwwどこに品格があるんすかwww」

「そのwwwをつけるしゃべりかたをおやめなさい!!
 なんて不愉快な人なの!!」

「ひやぁぁあwww(^_^) お姫様が怒ったぁぁwwww!!」

ドゴオオオオオオオン

その轟音に一同は沈黙せざるを得なかった。

いったい何が起きたのか? 

毎度おなじみのパターンだが、
誰かが机などを叩いた可能性が高い。

またミホが暴れたのだろうか。

「そうだよ」

ミホの目の前にあった机が『粉々に』なっていた。

その破壊力は、旧ドイツ軍のティーゲル戦車の主砲(88ミリ)が
ぶち込まれたかのようだ。こんな一撃を食らったら全治三ヵ月とか
入院とかのレベルでは済まない。
人生に対してサヨナラホームランする覚悟が必要である。

ミホが静かに言った。

「おい信長。おまえ少し黙れ」

「はい」

信長は初めてwwwを使わずに返事をした。
そうせざるを得なかった。

あの信長が直立不動の姿勢でいるのだ。

(どうでもいいが、ミホが男口調だと性別が分かりにくくなるな。
 小説は文書だけのメディアなだけに)

ポトが密かにそう思った。

「みんな、聞いて」

ミホが一同を見渡す。顔は真剣である。少し怖い。

「まだ裁判が始まるまで一時間ある。(開廷時間は9時)
 クソカップル(兄たちのこと)が来るまで待とうか。
 私らは開廷の一時間以上前に来て陳述書とかを
 裁判官に手渡すのがルールだけど、
 あいつらは遅刻してくるんでしょ、きっと」

「その通りだな。俺たちが騒いだりしたらみっともない」←ポト

「ミホさんのおっしゃる通りにしましょう。
 ケイスケさんたちも支度などに
 時間がかかるのかもしれません」 ←マリー

「俺も同意だ」「俺も俺も」←バルサンとトロツキー

「おい信長」

「え」

信長はミホににらまれて硬直した。
いつものチャラ男ではなく、
トーテムポール(イースター島)の顔で緊張している。

「おまえも私らとおとなしく待ってなさいよ?
 途中でふざけたら本気でぶち殺すから」

「う、うっす」

信長はすっかり聞き分けが良い子になった。

部屋の隅に椅子を持ってきて、
図書館で借りた官能小説を読んでおり、
騒いだりする様子はない。

「ミ、ミホさん……。お茶でもいかが?」

「ありがと。この香りいいね。今日はハーブティー?」

「ええ。この香りが心を落ち着かせますわ」

「気を使ってくれて悪いね。アントワネットは優しいから好きだよ」

「お、おほほ。それは光栄ですわ」

「笑顔ひきつってるよ? 友達なのにビビんないでよ」

「そ、そんなこと…」

「あるでしょ。私がムカつくのは信長とバカ兄貴たちだけだから
 あなたがビビる必要ないのに」

「そうですわよね!! あはは。私ったらおかしいですわ」

アントワネットは大人びている割に怖がりだった。

「このクッキーうまいぞ。ミホも食べたらどうだ?」

「ほんと美味しいね。アントワネットの持ってくるお菓子、
 病みつきなっちゃうよ」

ポトもミホに気を使いながら会話を続けた。

一種の時間稼ぎである。

ケイスケたちが来る保証はない。
ロベスがどこまで吹き飛ばされたかも不明。
ポトとマリーは今日の裁判が中止になることを密かに望んでいた。

他方、バルサン、トロツキーコンビは小さな声で政治の話をしていた。
これもミホを刺激するのを恐れてのことだ

「最近自民党の暴走やべーよな」
「長期政権だからって調子こいてるよな」
「今日も国会中継始まるぞ」
「与党の奴らにワンパン食らわしてえ」
「ニコ生でどんどんコメント書こうぜ」

彼らは裁判が中止になったらPCで
予算委員会(参議院)を見るつもりだった。
裁判のない日は、どうせ他の神7は帰ってしまうのだから
教室は貸し切りなのである。

そんなこんなで時間は過ぎていった。

教室の時計の針が9時5分を指したが、
いまだにケイスケと貞子はやってこない。
あとロベスも。

「一時間たったね。今から兄貴に電話してみるよ」

ミホ以外の人達は静粛にした。
彼女の電話を邪魔したら大変なことになりそうだからだ。

「あー、兄貴? 今電話しても大丈夫?」

ミホが携帯越しに話している。
他の人に聞こえるのはミホの声ばかり。

「うん。うん。あっそうなの」

ミホは早口だ。相当にいらだっているのが伝わる。

「分かる。分かるんだけどさ。こっちはみんな揃ってるよ?
 あんたらのこと待ってるんだよ。
 それに約束だったよね? 約束だよ。日本語分からないの?」

「え? まだ準備ができてない?」

ミホの顔が、けわしくなっていく。

「今まで準備する時間たくさんあったよね?
 今更言い訳するとか、ふざけてるの?」

この後の展開がなんとなく予想できた神7達は、教室の隅に
移動するか机の下に避難するなどして被害に備えた。

「でも、でも、ってうっぜえな。
 ふざけてんじゃねえよ!! クソ野郎!!」

吠えた。

「来いって言っててんだよ!! ロベスはいないけど
 裁判はできるだろうが!! なに? 規則?
 確かに神7が全員揃わないと裁判ができない決まりだけど、
 そんなの関係ないだろおおお!!」

イスが、飛んできた。

バルサンは、サッカーのゴールキーパーがやる横っ飛びによって
回避に成功した。あともう少しで彼の顔面が陥没するところだった。
(もともとブサイクなので陥没してるようなものだが)

「じゃあ今ここにいるみんなに聞いてあげるよ。
 みんな!! ロベスがいなくても裁判できるよね!?」

「え」

ポトはいきなり話題を振られて反応できない。
アントワネットは思わずヨッシーの顔をしてしまい、固まった。
              (´・ω・`) ←たぶんこんなの

バルサンとトロツキーも辞任直後の福田首相の顔でおびえている。
織田信長は恐怖のあまり口のかみ合わせがあわないほどだった。

「みんなどうして黙ってるの?
 私が言ったこと聞こえなかった? 裁判はできるよね!?」

二度目の問い。ちゃんと答えなければミホを怒らせてしまう。
(すでに激おこだが)

その恐怖心でアントワネットは「できますわ!!」と答えた。
他のみんなも賛同し、「Yes we can」などと言って盛り上げた。

「だってさ。バカ兄貴。今の歓声、そっちにも聞こえてるだろ?
 30分だけ時間あげるから、すぐに支度してこっちに来なさい」

「……は? 貞子を病院に連れて行きたい? うつ病?
 そんなの関係ないんだよ!! 病気になるのはこっちだよ!!
 あんたたちがずっとふざけた真似してるからママもおかしくなるしさ!!」

ミホは机を片手で持ち上げ、床に何度も叩き落した。
まもなくして、机、だったものに変わった。

(なんて力だ……机のイス部分が全部折れてる)
   ポトがひたいの冷や汗をぬぐう。

「マジでぶち殺すぞこの野郎!! どうせなら昨日殴っておけばよかった!!
 なに? あと少し考える時間が欲しい? こっちは一週間も
 猶予与えてんだよ!! そろそろ作者のネタがつきそう? 
 それも関係ないだろうが!!」

関係ありまくりだ。ネタが尽きたら物語の続きが書けなくなる。
もちろん作中のキャラであるミホの出番もなくなる。

というわけで、今日の裁判は中止にしよう。

「この、クソやろおおおおおおぉぉお!!
 兄貴より先に作者をぶっ殺してやる!!」

ミホがどれだけ吠えようと、
作品の展開を変えることはできないのであった。

ミホは思春期とはいえ、狂暴な娘に育ったものである。
いったい本村家はどんな教育をしてきたのだろうか。

そもそも作者はミホをこんなキャラにする意図は全くなく、
書いているうちにこうなってしまった(恣意的)
これはこれで有りだとは思っているが。なにせ以前の
キャラでは空気が薄く、個性といえばジャニオタくらいしかなかった。

★★★

それにしても仕事帰りに小説の続きを書くのは
手間がかかるものである。

「あぁ……だりぃな」

PCの前で伸びをする男がいた。男の年は今年の2月で31になった。
世間ではまだまだ若造である。
平日は冴えないサラリーマン(賃金奴隷)として働いている。

定時帰りの時や休みの日など、わずかな暇を見つけては
PCの前に座り、小説の続きを書いていた。

中肉中背で短めの黒髪。一見して特徴がなく、平凡な男である。
元気のない表情から、うだつのあがらない日々を
送っているのが分かってしまう。

「この作品の終わらせ方、どうしようかな」

PCには 午後『2時55分』に何かが起きる、と書かれている。
つまりこの作品のことであるが。

作者は裁判で貞子を無罪にし、その過程で愛の強さ、
家族の絆などを描きたいと思っていた。
本来の予定なら14話程度で話は決着するはずだった。

裁判を一度始めたらあとはクライマックスとなる。
そのつもりで書き始めたら
思いのほか楽しいで筆が止まらなくなった次第である。

「ぶっちゃけ今回の作品はノリと勢いで書いてるので
 書き溜めとかしてないし、展開も滅茶苦茶。
 初期設定と矛盾してる内容がたくさんある」

自嘲気味に言う。自室には彼一人しかいないのに、
誰に対して話してるのだろうか。

ふと男は喉が渇いたのでコーヒーを淹れようと思った。
疲れ切っている体を奮い立たせ、席を立つ。

ずごおおおおおおん 

「な、なんだ?」

玄関の方から不思議な音がしたので見に行った。
玄関先に一人の男が倒れていた。

扉を開けると、ある少年が倒れていた。

「君はいったい誰だ? そしてなぜ俺の玄関の前で倒れている?」

「も、もとむらミホ……俺はあの女にぶっとばされ、
 こんなところまで来てしまったのだよ。
 あの女は絶対に許さんぞ」

なんと、そこにいたのはロベスピエールだった。
ミホの一撃を食らっても死んでないのだから
大した生命力である。

「大丈夫か君。今すぐ病院に連れて行ってやるからな!!」

「その必要はない。ちょっとお前のPCを借りるぞ」

「おい君!! 動けたのかよ。
 勝手に人の部屋に入ったら困るよ!!」

ロベスピエールはすぐに男の部屋にたどり着いた。
そして例の『PC』を発見した。
ロベスの表情が緩む。

「今からこのPCは私のものだ!!」

「な、なんだって―!!」

小説史上、類を見ない暴挙だった。

なにせ作中のキャラクターが作者から『続きを書く権利』
を奪おうとしているのである
当たり前だが、この作品は作者が管理し、著作権を有してる。
その権利を他者に譲渡するなど、基本的にあり得ない。

「これは私の遂行なる使命だ。
 邪魔をしないでくれたまえ!!」

「ああん!!」

作者は激しくビンタされ、尻もちをついた。
しかも女々しい悲鳴だった。

「くっふふふ。これから本村ミホが暴行罪等で裁かれる展開を
 書いてやる。そしてアントワネットは私の肉奴隷だ。
 貞子は死刑。ケイスケは彼女と別れさせてやる。楽しみだな」

イスに座り、PCでタイピングを始めるロベスピエール。
ろくでもない展開を書きたいようだが、実際に書かれて
投稿ボタンを押されてしまったら大問題である。

「それ以上書くのをやめろ!! 
 頼むから俺から書く権利を奪わないでくれ!!」

「ほざけ。貴様など作者失格だ。いつまでも
 ダラダラとつまらない展開を書くことしか
 できないのだろう。私が次に投稿するときに
 しっかりと『最終回』のタグをクリックしてやる」 

『20代から中高年の小説投稿サイト』では、最終回のタグに
チェックマークを入れると物語が完結してしまうのである。

もはや北朝鮮の弾道ミサイルが自宅に
着弾するのと同等の緊急時代となってしまった。

「それと貴様に良いことを教えてやろう。
 たしか少し前の話で信長が征夷大将軍など
 書いていたが、誤りだ。
 信長も秀吉も征夷大将軍になったことはないよ!!」

「うん。会社の休憩時間に、同僚にこの作品を
 読んでもらったら同じこと指摘されたよ。
 ぶっちゃけ俺、日本史に詳しくないから適当だよね」

「なら終わらせ方も適当でいいだろう!!」

ロベスは目にもとまらぬ速さでタイピングをしていく。

たとえばショパンのポロネーズとか、リストの超絶技巧練習曲での
ピアニストの指使いがそれだ。作者もタイプの速さには自信があるが、
ロベスはそのさらに上をいっていた。

「下書きが終わったぞ!!」

と彼が言うので作者も画面をのぞき込んでみた。
そしたらこんなことが書かれていた。

プロット

①裁判が再開される。ロベスの素晴らしい陳述が開始され、
②ミホが暴行罪などの罪を認めてロベスピエールにひざまずく。
③貞子も罪を認め、死刑になる。ケイスケは学校に復帰する
④ロベスピエールの勇姿に惚れたマリーが、最終的に彼と結婚する
⑤ハッピーエンド

犯罪レベルの駄作であるが、恐ろしいことに⑤までの
内容がすでに全文書かれている。ギネス級の早業である。

我慢の限界に達した作者は、ロベスピエールに拳を振るった。

「おそい!!」

ロベスは軽くかわした。ミホに痛めつけられた割には余裕である。
やはり30過ぎの男では現役中学生相手に勝てないのだろうか。

作者は腹がたったので文章を書きなおした。

我慢の限界に達した作者は、ロベスピエールに拳を振るった。

「うわー」

ロベスは群馬県の方角(たぶん北西)にぶっとばされて星になった。
バイバイキーンである。

「ふぅ、すっきりした」

ロベスの書いた文章を全面的に削除したが、
まだ問題はたくさん残っている。

「ミホがめちゃ怒ってるんだよな。
 あの調子だとケイスケを殺しかねないぞ」

先ほどのミホとケイスケの電話のシーンを思い出してほしい。

ミホの要望→ 直ちに裁判に出席しろ
ケイスケ→  貞子が精神的にまいっている。今はいけない

こんな感じで大喧嘩していたようだ。

作者としてはミホがもう少し大人になって
ケイスケが出廷する日を待てばいいものを、と思う。

まるで他人事のように書いていると思われるだろうが、
小説を書き慣れてくると、作中のキャラが
自分の意図は関係なく勝手に動き回るものだ。
(頭の中で)

したがって作者の力でもミホの暴走を抑えるのは難しい。
当初、裁判を仕切るはずだったロベスは私がぶっ飛ばしてしまった。
おそらく今頃は群馬県の山中で大往生していることだろう。

さらにマリエもママ友とランチに行ってしまったらしい。
こうなったら作者が4組に出頭してミホと話をするしかないだろう。

というわけで、私は4組の教室へとワープした。


「あのー、ごめんくださーい」

ガラガラと教室の扉を開ける。
この引き戸の感触が懐かしい。
そして感慨深い。

子供の授業参観に行ったことのある人なら
誰でも感じる感覚である。
一度社会を知った後に訪れる学校は、
どうしてこんなにも別世界に感じるのだろう。

教室にはまだみんな残っていた。
アントワネットら神7のメンバーは、
突如入って来た30代の男に驚愕していた。

「じ、じいさん……!?」

ポトがそういう。目の前にいる男が、亡くなったはずの
担任の先生にそっくりだったから。作者をモデルにした
人物だったので当然だろう。

「私は爺さんではありませんが、
 この物語の展開に深くかかわっている者です」

「ま、まさか……」

アントワネットは賢いのですぐに事情を察した。
彼女は夫の浮気を見抜くのも得意だったという(うそ)

「おい、そこのあんた」

「な、なんだ」

ミホが目を細めて言うので、作者は緊張した。

「こんな茶番はどうでもいいんだよ。物語が全然
 先に進まないじゃない。早くクソ兄貴たちと
 裁判で決着付けさせてよ。白黒はっきりしないとだめだろ」

確かに、信長でさえおびえるのがよく分かる。
女子中学生とは思えぬほどの圧迫感である。

ミホの半径3メートル以内に巨大な壁というか
不思議なオーラが発せられていて、すごく居心地が悪い。

こんな女の子のどこが主人公なのだと文句の一つでもいいたk…

「はいはいそこまで。
 それ以上私を化物みたいに描写したらぶっとばすから。
 あんたの書いた地の分、私ら全部読んでるんだからね」

ミホは美しい瞳でそう言った。さすがこの作品の主人公にふさわしく、
今すぐ乃木坂からスカウトされてもおかしくないほどの美少女である。

「お世辞言ってんじゃねえ!! 
 そんなこと心にも思ってないくせに!!」

怒られてしまった。

「それよりこの後の展開、本当にどうするんだよ!! 
 もう八千文字超えてるから、あと少しで
 今回の話数使い切っちゃうぞ!!」

「確かにそうなんだけど、このまま貞子を無罪にして
 話を終わらせるにしてもちょっと納得がいかないんだよ」

「なんで?」

「一応作品を書くときにはテーマがあるんだけど、
 この作品では『家族の愛と絆』だよね。貞子が無罪になって
 ケイスケと交際を続けたらママとミホが認めるわけないし。
 かといって有罪になんてしたら誰得の展開だよ」

「話の終わらせ方を考えてないの?」

「実はそうなんだよ。むしろダラダラ続き書いてると
 仕事の嫌なこと全部忘れられる」

「バカなの? ちゃんと責任持ちなさいよ」

「すまん……」

筆者は同僚(22歳の男性)と休憩時間によく話をするのだが。
彼は小説家にな〇ろうやアルファ〇リスの愛好家なのだ。
彼が好きな作品に限って、エタる(更新が止まる)ことが多いらしい。

酷い作者だと、連載当初に週2回更新します(水土)と宣言しておきながら、
次第に更新回数が減っていき、1か月も続いたころには
すっかり音沙汰がないなど。他にも連載を中断した
理由を言わない人もたくさんいるようだ。

『一話あたりの文章量も少ないし、とにかく更新速度が遅い。
 きちんと連載を続けてる作者の方が少ないですよ。
 一つの作品が終わっていないのに、かけもちで
 別の作品の連載を始めたり、もうちょっと
 読者の気持ちを考えてほしいですよね』

同僚のT君はそう語る。彼は大変な読書家であり、
ネット小説はもちろん、家に文庫が500冊近くあるらしい。

その彼が言うことには説得力があり、筆者もよく
仕事の合間に彼の作品批評を聞くようにしている。

「ミホさんの言い方はちょっと厳しめかもしれませんよ?
 作者様は続きを書こうと努力はしているのですから、
 エタっている作品に比べたら良い方ですわ」

アントワネット嬢が微笑みながら言う。
凶悪面のミホトはえらい違いである。

「作者さん。俺はハッピーエンドにするのが一番だと思います。
 読者受けもいいですし、バッドエンドで人気が取れるのは
 よほどの力量が必要ですよ。作者さんでは無理でしょう」

ポト君に痛いところを突かれたが、
ハッピーエンドにしたいのは作者も同じである。

この作品は一話当たり一万文字の分量で買いている。
今、九千文字を超えた。そろそろ今回の話を締めないといけない。

ポトがさらに質問してきた。

「同僚の方にもこの作品を一部だけ読んでもらったんですよね?
 なんて言ってましたか?」

「ミホの苗字が分かりにくいとか言ってたな」

T君が指摘したのはいくつかあるが、

・本村       ←読みにくい。ふつうにモトムラと頭に浮かばない
・ミホの口調    ←ほぼ男。セリフ欄だけ読むと男かと勘違いする
・裁判の目的が不明 ←裁判が終わった後、どうしたいのか
・信長がチャラ男  ←史実を考えるとあり得ない

「逆に褒めてくれたところはありますか?」

「あるよ」

・話の更新速度(一話あたり一万文字であり、
         ~になろう! などの他作品の3~4話に匹敵する)
・奇抜な内容 (キャラが話数や過去作品の話をするなど)
・貞子の起用 (なつかしい。リングを知らない人はいない)

以上である。T君に全てを読んでもらったわけではないが、
メタネタにしてもここまでフリーダムな作品は
読んだことがないとまで言われ、誇らしい気持ちである。

ここで信長が割り込んできた。

「あのーwwwもはや余談とかの次元超えましたよねwwwww
 こんなわけわかんない作品書いてる人、
 地球上を探してもいねえっすよwww」

「さーせんwwww」

「まじ続き書いてくださいよwwww貞子とケイスケさんが
 家にこもってるなら、そっちの話で書いたらどうっすかwww
 この作品、群像劇なんでしょwwww」

「そうするっすwwww助言あざ―――スwwww」

「それよりあんたさ、さっきも私の悪口書いてたでしょ。
 アントワネットとは大違いとか」

「えwwwwいきなりなんすかwwww」←作者

「覚悟はできてる? 約束通りぶっとばさせてもr」

殴られるのが怖いので次の話に進もう。

私の書く作品は暴力や収容所などやたらと物騒な表現が
多いが、決して野蛮人ではないから安心してほしい。


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お兄ちゃんと妹

「今日もお兄ちゃんと一緒に出掛けるの?」

「そうだよママ。先週から約束してたからね」

ミホは玄関前で外行き用の靴に履き替える。
全身流行のファッションで固めている。

これから東京にお出かけする感全開の、
無駄に凝った服装である。

「ミホ。待たせちゃって悪いな」

「いいよ。早く行こ。電車の時間に遅れちゃうよ」

「おっ。引っ張るなよ。恋人じゃねえんだぞ」

「そんなの分かってるって」

ミホの方からケイスケの手を引いて歩き出そうとする。
電車の時間を意識しているためか、ミホの顔に少し余裕がない。
ケイスケは靴を履いた後、母の方を振り返った。

「じゃ、そういうわけだから言ってくるよ、母さん。
 夕飯は外で食べて来るから」

「ええ……」

マリエは仲の良い兄妹を複雑な顔で見守っていた。
ミホは中学生になっても兄離れができておらず、
休日のたびにケイスケと一緒に出掛けようとする。

ケイスケも部活(バスケ)がない日は、
ミホといる時間を増やそうとしている。
特に日曜日は兄妹だけで過ごすことが多い。

『2人ともちょっと仲良すぎない?』

皮肉さえ込めたその一言を、マリエはまだ言えないでいた。

ケイスケは高校2年生。妹のミホは中学に上がったばかりだが、
お互いに恋人づくりには興味がないのか、それとも本気でお互いにしか
興味がないのか。小さい頃からずっと一緒にいようとする。

電車の中は混んでいた。

一人分だけ席の空きがある。ケイスケはすすんで妹を座らせた。

「ありがと」

ミホが満足そうに笑う。兄はミホの座席前のつり革につかまっていた。
彼らは一度話を始めるとめったなことでは止まらないほど
相性が良く、テレビやゲームの話題で盛り上がっている。

本当に楽しそうに話すものだから、
電車の中でもひときわ目を引いた。
同性の友達同士でもここまで会話がはずむことはないだろう。

電車とは人の集まる場所だが、天気の良い休日ともなれば
知り合いに会うこともある。

「ケイスケ……? おまえケイスケだよな?」

「田村か。こんなとこで会うなんて奇遇だな」

たまたま同じ車両に乗り話わせたのは、同じ部活の田村だった。

長身でそこそこの美男だ。スタメンでポイントガード。
万年控えのケイスケとは違って運動神経抜群。
少しだけチャラいのが欠点だった。

「おまえ、やっぱ彼女いんのかよww 
 前聞いた時は、いないとか言ってたくせに。
 しかもすげえ可愛い子じゃん。年下?」

「妹だよ」

「は……?」

このやり取りを今まで何度したことか。

ケイスケは自分でも不思議に思っていたが、
ミホとお出かけをすると高確率(ほぼ100%)で
カップルと間違われる。

例えばテレビで有名な飲食店に入っても
同様で、カップル割引などを提供される。

「ミホちゃんって言うんだ。かわいーね。
 俺、田村ワクヤ。よろしくぅ」

「はい。はじめまして」

ミホは棒読みだった。兄の友達には興味ない。
それに自分を値踏みするような視線に好感が持てるわけがない。

ケイスケも妹に馴れ馴れしくする田村を面白く思ってなかった。

駅を降りて日本橋の街中を歩きながら、ミホが言った。

「私、ああいう人嫌い」

「だろうな。お前の顔すっげえ不機嫌そうだった」

「あの人、どうせ私の顔とか外見しか見てないんでしょ。
 世の男はどいつもこいつも最低だよ」

「男なんてそんなもんだって」

二人は当然のように手をつないでいた。
ただつないでるわけではない。
恋人つなぎである(←文面で表現不可能なのでググってほしい)

あえて表現すると、互いの手のひらを合わせつつ、
指もまたからませる特殊な手のつなぎ方である。

「あそこのビルだね」

三越本店の近くに大きなビルがある。
夏の今の時期に開催されている金魚の祭典。
アートアクアリウムである。

カップルのデートスポットとしてテレビでよく報道される。
(どうでもいいが、筆者も彼女と行ったことがある)

「人多すぎじゃない?」「俺らは予約券があるから大丈夫」

セブンで事前に予約チケットを申し込んでおいたので、
ビルの階段にまで続いている長蛇の列をパスした。
当日券を買った人はどれだけ待たされたのか想像もつかない。

「しゃせーwwwしゃせーwwwおきゃーさんたちwww
 会場内は動画の撮影禁止っすよwwお、そこのおにーさんwww?
 ハンディカムとか持ってくるのwwwやめてもらっていいすかwww」

定員がケイスケを注意した。妹との思い出を取るために
わざわざビデオカメラを持ってきたのだが。

「ビデオカメラはカバンの中にしまってくださいねwwww
 他のお客さんの迷惑になるのでwwww」

ケイスケは言う通りにするしかなかった。

「くそぅ。なんで動画はダメなんだよ」
「携帯で写真撮れば十分だよ」
「あの店員チャラすぎじゃね?」
「これは小説だからね」
「やっぱネタか。実際にあんなのいねーよな」
「いたら首でしょw」

アクアリウム内は無数の金魚と水槽が並ぶ。
水槽は一つとして同じデザインがないほど
工夫が施されており、見るものを飽きさせない。

照明が落とされた室内で光の演出が見事である。
映画館のように現実離れした空間であった。

「ミホ。暗くて危ないから俺のそばを離れるなよ?」

「うん」

ケイスケは自然な動作でミホの肩を抱き寄せていた。
はたから見たら確実にカップルなのでおかしなことはない。

だが彼らは血のつながった兄妹であり、彼らを良く知る人が
これを見たら大いに誤解されることだろう。現に彼らの母は、
仲が良すぎる兄妹を日々心配しており、夫に相談までしていた。

「やっぱテレビで見るのとは全然違うな」
「きれいだね。まじ別世界」

一時間もあれば全体が回れる。とにかく人が多すぎて
イモ洗い状態。身もたもない言い方をすると、
イモ洗いをしながら金魚や水槽を見る場所である。

どのお客さんも金魚を見るより写真撮影に夢中であり、
本末転倒だと思うのだが……

「なあ、お昼どこで食べるか」

「外でマックとか?」

「マックは混むんじゃねえ? 
 人のいなそうなレストランでも探すか」

おしゃれなイタリアンレストランがあったので
そこに入ることにした。ビル内のレストランは
混雑する所が多いが、ここは待ち時間はゼロだった。

「2名様でよろしいですね?」

ウエイターに案内され、窓際の席に案内された。
ここは日本橋のビル群が良く見渡せた。

「あら。知っていそうな顔が」

「おまえはまさか……」

隣の席にマリー・アントネットがいた。
なんという偶然だろうか。浦和市民の彼らが日本橋駅前の
ビルで会うなど、それこそ奇跡に近い。

「偶然とは突き詰めれば必然なのですよ」

「わけわかんねえこと言うなよ」

「またご両親の目を盗んでデートですか。
 ケイスケさんのシスコンぶりは吐き気がしますね。
 ミホさんもですよ。いつになったら兄離れができるの?」

いきなりの毒舌。これにはミホがカッとなった。

「余計なお世話なんだよ。
 私ら兄妹のことに口出しすんなって学校でも言ってるだろ」

「怒ったのですかwww だってwww家だと親がいるから
 イチャイチャできないんでしょwwwわざわざ毎週日曜に
 都会でデートとはww裕福でうらやましいですわww」

「そのしゃべりかたやめてよ!! 
 あんたは私に喧嘩売るのが生きがいなの?
 この小姑!!」

「こwwじゅうとwww同い年の女子にこんなこと
 言われたの初めてですわw」

「私が兄と仲良くするのがそんなに気に入らない?
 兄妹が仲良しなのは良いことじゃん」

「正直、気持ち悪いですwww兄妹で手つないで歩いたりとかwww
 私だったら絶対嫌ですわwww中学でもミホさんの
 悪いうわさばっかり流れてるの
 知らないのですかwwwほんとかわいそうwww」

兄はお冷を一気飲みし、アントワネットをにらんだ。

「その辺にしとけよアントワネットちゃん。
 俺だって自分の妹がバカにされたら黙ってねえぞ」

「あっはい。そうですか」

アントワネットは涼しい顔でパスタを食べ始めた。

ケイスケがマジギレしそうだったので空気を読んだのだ。
彼女の空気を読む能力は、フランス革命の動乱で身に着けたものだ。
気になる人は『ヴェルサイユ行進』を参考のこと

マリーの向かい側にはポトが座っているのだが、
一言もしゃべろうとしない。

彼はアントワネットが本村兄妹をからかうのを
良く思っていなかった。いくら彼女でもマリーの
性悪なところまでは好きになれなかった。

ポトはさっさと食べ終えたので退屈だ。
大きなカバンの中から台本を取り出した。

タイトルは『午後2時55分に何かが起きる』と書かれている。

「ちょwwwポトwww」

アントワネットが机をバシバシと叩いて爆笑している。

「あなた、仕事熱心なのねw 
 東京に来てまで『255』の台本なんか読むつもりなのww」

「255は裁判のシーンで難しい漢字がたくさんでてくるぞ。
 暇なときに読んでおかないと本番でミスする」

「そんなものw適当に覚えておけばいいのよ。
 どうせ書いている人は頭悪いんだからw」

「また台本係の人の悪口か。マリーはこの前
 セリフを3回連続で間違えて監督に嫌味言われたじゃないか。
 それと攻撃的な性格も少しは治したほうが良いぞ」

「あらごめんなさいwwでもこれが私の素だからww今更治せないわよw」

本村兄妹は、アントワネットを視界に入れないようにして
運ばれてきた料理を食べていた。豪華なイタリアンサラダ。
学生なのでノンアルコールの炭酸ジュース。
あとはメインのパスタ。あっさりとした食事であり、女性向けである。

マリーが食べ終わるのを待ってからポトが席を立つ。
会計に行く前にケイスケたちの前で頭を下げた。

「マリーのせいで不愉快な思いをしたでしょう。
 すみません。あとであいつには僕の方から言っておきます」

「私たちはポト君に恨みはないから。その気持ちだけで十分だよ。
 ポト君もアントワネットと一緒にいて疲れない?
 もっと良い相手探したほうが良いと思うよ」

「はは。良く言われるよ。
 じゃあ僕らこのあと寄るとこあるから、また」

「うん。また学校で」

ポトはこっちの世界でも紳士である。
とても元カンボジア共産党・中央委員会の人間とは思えない。

ケイスケはマリー達の背中が見えなくなるのを待ってから言った。

「ドラマだと俺ら兄妹はすっげえ険悪なんだよな」

「私が兄貴ぶっ殺すとか言ってるよね。
 どんだけ兄が嫌いなんだよw」

「現実にあんなに仲悪い兄妹っていんのかよ。
 俺ら最後に喧嘩したのいつだっけ?」

「全然覚えてないよ。喧嘩する流れにすらならない。
 最後はたぶん幼稚園の時じゃない」

「255の台本は言い回しが独特だから噛まずに読むの大変なんだよな」

「そうそう。しかも撮影が真夏だから衣装とかすぐ汗だくになるじゃん?
 すぐシャワー浴びれるわけじゃないからストレスたまるよ」

「シナリオがぶっとんでるよなw 俺が貞子に捕まって学業放棄とか
 ありえねー。台本考えた奴は頭おかしいよ。もちろん良い意味でな」

「ほんとうけるよねw 貞子とか古すぎでしょw
 しかも演者はリングゼロを視聴してないと
 いけない決まりなんだよね。監督の指示でさ」

「一緒にツタヤに借りに行ったよな。
 別に観たくもねえのに。ま、映画は面白かったけどな」

「次の撮影いつだっけ?」

「ちょっとスケジュール確認するわ。
 ええっと、来週の土曜だな」

台本上の設定だと、彼らの学年が一つ上の設定になっている。
この世界のケイスケは高2。ミホは中1である。

彼らはレストランを出たあとは三越本店に足を運んだ。
デパートなので当たり前だが、
学生では到底買えない値段の商品が並んでいる。

4階の展示室では、日本人画家の書いた西洋の風景が飾られていた。
イタリアを中心に建物や自然など、壮大なスケールで描かれている。

老紳士や、メガネをかけたスーツ姿のリーマンなどが
絵画をさっさと見ては立ち去っていく。ケイスケたちは
急いでないので、フロアをゆっくりと歩いていた。

ミホが、空いているイスに座ろうと言った。

ケイスケはうなずき、手をつないだまま隣同士で座る。

どうも妹の顔が晴れないのが気がかりだ。

絵画が大人っぽすぎてつまらなかったわけではない。
内に秘めた何かを打ち明けたいようだ。

「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「ママがね……そろそろ彼氏を作りなさいって言ってきたの」

「そんなのいつものことじゃないか」

「今回はマジみたいなの。ママは前から私がお兄ちゃんと
 一緒にいるのを気にしてるみたい。こんなこと言うのも
 あれなんだけど、ほら。兄妹なのに本物の恋人同士と
 思ってるみたいで」

「俺たちはそんなつもりねえけどな」

「パパも心配してるみたいだよ。
 何日前か忘れたけど、私が夜寝てたら部屋の扉空けられた」

「まじ!?」

「私が話し疲れちゃってお兄ちゃんのベッドで
 一緒に寝たことがあったでしょ? パパが別の意味に
 とったらしくて、ママに相談してたんだって」

「別に兄妹なら一緒に寝るくらい普通だろ。
 やましいことしてるわけでもないし」

「私もそう思うんだけどね……」

実際にこの2人が肉体関係を持ったことはない。

互いのことは愛しく思っているが、プラトニックな関係なのである。
それなのに両親やアントワネットが詮索してくるものだから
面白くなかった。

「俺たちの関係に口出ししてくるなよ」

まさに二人の主張はこれだった。
だが世間の反応は冷たい。ミホはまだ中学生だから
兄離れができていないのもギリギリ許される。
もっともそれも時間の問題だが。

ケイスケはロリコンやシスコンを周囲から疑われ、
またそれを否定しない心の強さを持っていた。

余談だが、ロリコンの定義もセクハラ同様、非常に難しい。
何をもってロリコンなのか。誰がそう判断するのか。

ロリコンには大きく分けて二種類いると思う。
良いロリコンと悪いロリコンである。
後者は説明するまでもなく性犯罪者たちのことを指し、
一方、良いロリk…

「ナレーションがうざいから話すすめるね」

「そうだな。ロリコンの定義なんか興味ねえよ」

「家、帰りたくないね」

「でも帰らねえとな。それにしても
 時間立つの早すぎだろ。もう3時過ぎだ」

「早く帰りの電車に乗らないと混んじゃうね。
 また明日から学校だよ」

「学生の本文は勉強だからしょうがねえよ。
 また朝起こしてやるから」

ケイスケが妹の頭にポンと手を置いた。

ミホは、兄に頭を撫でられるのが大好きだった。
嫌なことがあるといつも兄が優しくしてくれた。

幼稚園の頃から兄はわんぱくで、同年代の男の子たちと
喧嘩ばかりしていたが、妹にだけは優しかった。

ミホは、今までの人生で兄に叱られたことが
なかったのではないかと思えるほどだった。

他の兄妹たちは喧嘩や言い争いをしてると聞くが、
都市伝説としか思えなかった。
血のつながった兄妹で争う理由が彼女には分からなかった。

それだけではない。本村家は両親の中も良好である。
家族が口を荒げるシーンが存在しないという、
おそらく地球上を探しても類のない健全な家庭であった。

「お兄ちゃん。来週服買いに行くから一緒に来てね?」

「もちろんだよ。俺たちはどこに行くのだって一緒だろ?」

帰りの電車でニコニコしながら話していると、
すぐ近くにいる20代の女性が驚いた顔で見てきた。
兄妹でカップル会話風の会話をしているのが気になったのだろう。

ミホたちはこういう視線には慣れているが、
やはり気持ちのいいものではない。

自宅に着いた。手持ちのお金が無くなりそうだったので、
外食はしなかった。ママにそのことをメールしてあるので、
家で楽しい食卓を囲むはずだった。

「ふたりとも。ちょっと座りないさい。
 大切な話があるの」

リビングでママが怖い顔をして待っていた。
その隣に父のユキオが座っている。

「……今じゃないとだめ? 私達お腹すいてるんだけど」

「ご飯は作ってあるから後で食べればいい。
 とにかく席に座りなさい」

ユキオの表情もママと同じように硬い。
ミホは成績が悪くても父に説教されたことはなかった。

父は娘が大好きなので、ミホが小さい頃から
好きなものは何でも買い与えていた。
娘に甘すぎるのは本人も自覚していた。

その父がどうやらかなり怒っているようだった。

普段の父との違いにとまどい、
ミホの顔がガンジーっぽくなってしまう。

「単刀直入に言おう。お前たちは付き合っているのか?」

なんとなく、そう聞かれる予感はしていた。
それでも実の父の口から言われるのはショックだった。

ミホは軽いめまいを感じ、うつむいて黙っていた。

すると父の視線が兄へ移動した。

「どうなんだ? ケイスケ」

「バカみたいなこと聞くんじゃねえよ」

「バカみたいだと? 私は本気だぞ!!」

父の拳がテーブルを叩いた。

とても冗談を言える状況ではない。

ミホは萎縮(いしゅく)してしまい、リスのような顔をしているが、
ケイスケは妹を守るためという意味もあり、

「そんなにおかしいかよ!!」

吠えたのだった。

「俺とミホが楽しそうにしてるのがそんなにおかしいのか!?
 兄妹だからなんだよ!? 俺は妹とお出かけする権利もないのか!?
 なあ、俺たちの何が間違ってるのかはっきり言ってくれよ!!」

「私はお前たちの将来を考えて言っているのだよ!!
 こんなこと実の父が言うのもなんだが、
 ケイスケは学校の女子にモテるそうじゃないか。
 おまえはなぜ普通に彼女を作らない!?」

「俺は彼女を作るより勉強の方が好きなんだよ。
 前から何度も言ってるだろ」

「おまえはもうすぐ17歳の誕生日を迎えるが、
 その年でも妹離れができないのか?」

「妹離れってなんだ? そういう言い方が意味不明なんだよ。
 むかつくな。ミホだって俺と一緒にいて楽しいっ
 て言ってくれている。他人が口出しするんじゃねえよ」

「他人じゃない。私はおまえの父親だから言っているのだ。
 おまえは大学に行ってもミホとカップルのまねごとを
 するつもりなのか!? そのまま一生彼女を
 作らずにいるつもりなのか!? 結婚はどうする?」

「結婚相手はまた別の話だろ。まるで俺が一生ミホと
 一緒にいるみたいなこと言うけど、俺だってちゃんと
 結婚相手は見つけるつもりだよ。それに未来のことなんて
 誰にも分からないだろうが」

「なら一つだけ要求を出してやろう。
 ミホと手をつないで外を歩くのをやめなさい」

「はぁ……? それの何がいけない?」

「近所の奥さんたちの間でお前たちのことは評判だぞ。
 もちろん悪い意味でな。あの兄妹は夜寝る時も 
 一緒なんじゃないのって、マリエが陰口言われてるそうだ」

「言いたい奴には言わせとけよ。
 近所の主婦なんて知能ゼロの低能しかいねえだろ」

「人を見下すのはお前の悪い癖だぞ!!
 おまえは学校の成績が立派だろうと中身は未熟だ。子供だ!!」

「じゃあ、そいつらの間では俺とミホが寝る関係だと思わせておけよ。
 うわさがなんだ。くだらねえ。
 株価が下がるわけでもないし、うちの生活に全く影響ないね。 
 それに主婦の馬鹿どもには証拠でも見せなければ疑いは晴れないだろうよ」

「実際におまえたちは夜寝ていたろうが!!
 私はこの目でしっかりと見たぞ。
 あれはいったい何だったのだ!!」

「ミホが夜遅くまで話してたから疲れて寝ちゃったんだよ。
 俺はミホが風邪ひかないように布団かけてやっただけだ」

「おまえも一緒に布団に入っていたよな…? その姿をマリエも見てる。
 まさかお前たち、普段から親の目を盗んで
 不埒(ふらち)なことをしてるんじゃないだろうな!?」

「するわけねえだろうが!! そっちこそミホが部屋で寝てる時に
 覗いたりしたそうじゃねえか。プライバシーの侵害だぞ。
 ミホだって年ごろの女の子なんだから気を使えよ!!」

「年頃の女の子だと思うなら、
 おまえこそミホから離れて彼女でも作れ!!」

「彼女彼女うるせえんだよ!! 学校の女になんか興味ねえよ!!
 だいたい彼女作ったら金でももらえるのか!?
 一円の特にもならねえな!!」

「お金のことなら毎週日曜お出かけするのもひかえなさい!!
 おまえたち、撮影の仕事で稼いだお金を全部デートで
 使い込んでいるそうじゃないか。マリエから聞いたぞ」

「俺たちが稼いだお金なんだからどう使おうと
 俺たちの勝手だろ!! 親父は俺たちに干渉しすぎなんだよ」

「あのドラマがいけないのだよ。お前たち、ドラマの中では
 仲の悪い兄妹として演じてるそうだが、その反動で
 余計にラブラブしたくなるのだろうが!!」

ずっと黙って聞いていたマリエは、ラブラブという表現に
少し笑ってしまった。あまりにも彼が真剣な顔で言うものだからつい。

ミホは荒れるに荒れている父と兄を恐れ、口を挟めないでいた。

「何が225だ!! 私は前からあのドラマが気に入らなかったんだ!!
 マリエに予約録画するのも止めさせたからな!!」

「正確には255(ニイゴーゴ)な。(←午後2時55分に~の略)
 225だと日経平均の銘柄だろ。俺とミホはあのドラマが大好きだ。
 その撮影まで親父に止める権利があるのかよ?」

「権利とかそんな堅苦しい問題ではない。そもそもおまえたちは…」

兄と父の口喧嘩はエンドレスと思われた。
ミホは頭痛いから寝ると言い、自分の部屋に向かった。
階段を登る足取りが重い。階下から兄の怒鳴り声がまだ聞こえる。

ミホは、大好きな兄を込ませる奴がいたら恨んでやりたいが、
相手が自分の父ならどうしようもない。

マリエも娘同様に口数が少ないので喧嘩に
積極的に関わろうとしない。

ケイスケとユキオの争いは夜遅くまで続けられた。
そして当然のごとく話し合いに決着はつけられなかった。

最後に父が言った言葉を思い出す。

『本村家はもともと静かな家だったのに、おまえたちが
 バカなことをしてるから全てが狂い始めた』

本当に夫婦喧嘩すら一年に一度あるかないかのレベルの
極めて平和な家庭だった。その平和を破ってしまったのは自分。
そう思うとミホは胸が苦しくなるのだった。

その日から両親は二人が一緒に寝たり、
お風呂に入ることがないように
四六時中監視するようになった。

用もないのに部屋を空けてきたり、彼らが外出した時に
携帯に電話をかけてくるなど、一種の嫌がらせであった。

平日はケイスケとミホは家を出る時間も合わせていたのだが、
それも母親によって妨害された。そのたびにケイスケとマリエの
間で口論が発生し、ミホは胃がぎゅっと締め付けられるのだった。

それから殺伐とした日々が過ぎ、土曜日の撮影日になった。

「さーせんww カメラマンとアシスタントで急病が出ちゃいましてwww
 すぐ代わりの者を寄こしますんで、それまで休憩しててくださいww」

助監督にそう言われ、ケイスケたちはパラソルの下で
休憩するしかなかった。今日のロケはマンションの近くの公園だった。
近所から撮影を見ようと野次馬たちが集まっており、騒がしい。

撮影には、アントワネットや信長など
歴史上の偉人の生まれ変わりが参加しているだけに
注目度は抜群である。しかも人気ドラマ『255』の撮影なら尚更だ。

「のぶながくーん。こっち向いて」
「チョリーっすwwwwww」

信長は女性ファンの声援にチャラい挨拶を返した。

ファンたちにスマホやデジカメで撮影されまくっているが、
ウザがる様子は全くない。

信長は自分の顔に相当な自信があり、あとで
インスタやツイッターに投稿されるのを楽しみにしていた。
(信長美男説は本当なのだろか……?)

彼らは仕事熱心な俳優(学生アルバイト)なのである。

「お兄ちゃん。今日の撮影長引きそうだね」

「急病人が出たなら仕方ねえな。
 しかし屋外の撮影は暑くて地獄だ」

「アシスタントさんがいればアイス買ってきてもらえたのに」

「なんで今日に限っていないんだろうな」

「仕事が嫌になって辞めちゃったのかな。
 いつも首に巻いたタオルが汗だくだった」

「はは。まじであり得るから困る」

本村兄妹は今日も自分たちの世界に入り込んでいる。
彼らの会話が始まると、本当に止まらない。

しかも彼らの周囲にATフィールドが
張られたかのように他者を寄せ付けなくなる。

しかし、演者の中にはそのフィールドを進んで壊したい
変わり者がいた。誰であろう、マリー・アントワネット嬢である。

「ごきげんようwwwおふたりともwwwご機嫌いかが?ww
 一体いつになったら撮影が始まるのかしらねww」

ケイスケはアントワネットを視界に入れないようにして、
ミホと世間話を続けようとした。

「あらあらwww無視するつもりなのwww
 人気女優のこの私が、せっかく話しかけて
 あげているのに、ひどいですわwww」

ケイスケは、年下のくせにでかい態度をとるアントワネットが
許せなかった。劇中はケイスケと良い感じの関係になっているが、
こっちの世界ではこんなものである。

録画したドラマの中で、マリーがお嬢様言葉で話すシーンを見ると、
画面にポップコーンを投げつけてやりたくなる。

「ケイスケさんは妹さんだけいれば、
 他には何もいりませんものねwww
 妹以外の女は全員ブスだって学校で言ったの本当ですかww」

ケイスケはブチぎれそうになった。
今すぐアントワネットの胸ぐらをつかんで
怒鳴り散らしたかったが、撮影前なので我慢。

アントワネットも同僚の一人だから、
演者同士でトラブルを起こしたら
次の仕事をもらえなくなってしまう。

それにケイスケは『255』のシナリオが好きだったので
撮影を無事終わらせたいと思っていた。

「よせよマリー。そんなこと言ったら誰だって怒るだろ」

ポトが険しい顔でマリーの腕をつかむ。
さっさと本村兄妹から距離を取れとうながしているのだが、
アントワネットは意地の悪い笑顔を崩さない。

「止めないでよポト。だって楽しいんですものwww
 リアルで近親相関のネタがあるなんて失笑ものですwww
 本当にこんな汚らわしい兄妹っているのですねwww」

「ほらほらwwwミホさんもいつまで黙ってるつもりですかw
 何か言い返したいことがあるならww遠慮なくどうぞwww」

「じゃあ言わせてもらうね。うるせえんだよ!! 黙れブス!!」

ミホがぶち切れ、アントワネットへ突進して押し倒した。
その勢いは、スペインのとうぎゅ…。

「ナレーションうざいんだよ!! 
 闘牛とか書きたかったんだろうけど、文字数の無駄だよ!!」

「何の話をしてますの!! それより髪の毛引っ張らないで
 くださる!? 痛いですわ!!」

これが俗に言う☆キャッツ・ファイト☆である。
マリーに馬乗りになったミホが、マリーの髪の毛を
つかみ、空いた手でビンタを食らわせている。

「ええぞ!!ミホ!! その調子でどんどんやったれや!!」

ケイスケは両手を上げながら声援を送った。
阪神球場にいるおっさんのノリである。

「本村さん、やめろ!! マリーが
 悪かったのは分かるから、暴力はまずいって!!」

ポトが止めに入ると、スタッフたちも慌てて止めに入った。

「なんすかこの騒動wwwww迫真の演技じゃなくて
 ガチの喧嘩とかwww仲間割れまじうぜーwwww」

信長は腹を抱えて笑いまくっていた。
彼はこっちの世界でも全く性格が変わってない。

検察側役のトロツキーやバルサンなどは唖然として
彼らの行動を見守っていた。騒動はすぐに収まった。

ロベスピエールは監督たちと今後について話し合うことにした。
その結果、本村兄妹とアントワネットの不仲が撮影に
影響を及ぼすと判断し、今日の撮影は中止となった。

これがドラマ制作会社に与えた影響は大だった。

そしてこの話が小説全体に与えた影響は極めて大きかった。

なぜなら話の内容や展開、設定が完全に変わっているからである。

ユキオ「娘のミホが妊娠した…」

本村マリエはいわゆる良いとこのお嬢様だった。

旧姓は藤原という。

マリエの父は実業家だった。

口数の少ない男であり、家族と一緒に食事をする時も
自分から話題を振ることがなかった。

「お父様。今日は学校でこんなことがありました」

学習院・初等科に通っていた当時7歳のマリエが
そんなことを話し始めると、
父はニコニコしながら耳を傾ける。

「うんうん。それで?」

父は普段夜遅くまで家に帰ってこない。ひどい時は日付を
またいで帰ってくるか、会社かホテルに泊まり込みになる。

普段は母と使用人に囲まれての夕食。
広すぎる食堂はとても寂しいものに感じられたものだ。

会えなくてさみしい。父が恋しくなるのは当然の感情だった。

ある日、父は疲れ切った顔で連結決算書を読んでいた。
夜の11時である。たまたまトイレに起きたマリエは、
父の書斎の扉のすきまから光が漏れているのを発見した。

藤原マリエ、当時12歳の時である。

眠い目をこすりながら父に話しかけようとしたが、
さすがに悪いと思ってきびすを返そうとした。

「そこのいるのはマリエかい?」

「お父様……」

マリエは扉を開けて父の顔を見た。
この屋敷は子供の寝る時間は厳格に決められているから、
こんな時間まで起きている自分はきっと怒られるのだと思った。

現に父が使用人を叱責しているのを何度も見たことがある。
あの時の父は、ただ怖かった。

「眠いかい? 良かったら少しだけお父さんと話をして行きなさい。
 マリエは修学旅行に行ってきたばかりだろう。
 仙台に行ったそうだが、どうだった? 旅は楽しかったか?」

父は、マリエがその日どんな一日を過ごしたのかを知りたがった。
そしてマリエが例え粗相をしても叱ることはしなかった。

マリエは、母やお付き(使用人)の女性から成績や言葉遣いなどで
たびたび叱られることがあったが、実の父からは全くない。

子供のころからこんな環境だったから、父が甘いことを
おかしいと思ったことはなかった。

どの家の父も娘に優しいものだと思っていた。

学習院大学までエスカレーターで進学し、卒業を迎える頃になった。
マリエは熱心に就活をしなかった。四年間の大学生活を経ても
これといって働きたい企業が見つけられなかった。

彼女はいわゆるキャリアウーマンタイプとは違い、
平凡な主婦となることを選んだ。

中小企業で事務職として働き、適当な年齢になったら
寿退社する予定であり。実際に結婚はできた。

お見合いでは旧華族の人を多数紹介されたが、
マリエから見て満足できる人はいなかった。

もちろん収入面や容姿など立派な男性がいたが、
マリエが望んでいるのとは少し違う気がした。

「夫婦生活を送るのにはお金が重要。それは間違ってない。
 でも愛はお金では買えないものさ。
 僕はね、マリエさん。独身時代に蓄えた貯金を全て
 子供たちのために使いたいと思っている」

若き日のユキオだった。
その顔に今ほどの貫禄はなく、青臭さすら残っている。

彼はメガバン勤務で高収入だが無駄遣いをせず、
貯蓄に励んだ。20代半ばから将来を見据えて資産運用を始めていた。

「結婚したら子供たちが生まれて大学を出るまでの費用を計算しよう。
 何をするにしても子供たちが優先だ。子供の教育は未来への投資。
 僕は小さい頃から親にそう言われて育ったよ」

そんな彼だからこそ、マリエは結婚を決意した。

ケイスケとミホが生まれ、今現在に至るまで
本村の苗字を名乗ることを恥じたことは一度も無い。

夫婦円満。夫の仕事は50過ぎで出向を命じられるのは宿命だが、
それは仕方ないことだと諦めるしかない。
収入が下がったとしても転職先も探せば必ず見つかるだろう。

だが、どうしても我慢できないことがある。

「お母さん。今まで黙っていてごめんなさい」

ミホが妊娠した。

あれから時は過ぎ、ミホは高校1年。ケイスケは大学2年。
ミホのお腹が不自然に大きくなり、つわりに似た症状を
発したので、まさかと思って病院で検査をさせたらこうなった。

相手は誰なのか? 聞かなくても分かってしまうのが悲しかった。

マリエは、実の子とはいえ、ケイスケに対し殺意さえ抱いた。

過去を振り返る。我が子に対して無償の愛を注いだ。

特に金銭面では不自由しない安定した生活をさせてあげた。
お金の心配をしなくていい。こんなに楽なことがあるあろうか。

夫の少ない休日を利用した家族サービスもした。
他の家庭と比べても旅行の回数は決して少なくない。
むしろ多い方だろう。
たくさんのアルバムに保存された家族写真がそれを物語っている。

その愛情の深さを理解しろとまで言わない。
平凡な人生でも一向に構わない。
せめて人としての道だけを踏み外してほしくはなかった。

普通の手順を踏んで孫の顔を見せてほしかった。

「ケイスケ!!」

力いっぱい息子の頬を叩いた。
息子に対して振るう初めての暴力だった。

だから力の加減の仕方が分からなかった。

「だから、前からあんたたちの関係は
 おかしいって言ってたのよ……」

怒りと悲しみを制御できず。マリエの声は震えていた。

「ミホは学校を退学になるのよ? 
 事の重大さが分かってるのよね?」

狂ってしまえるなら、狂ってしまいたい。
狂えたらどれだけ楽だったろうか。

だが、現実は非情だ。時計の針は進むばかりで戻すことはできない。

世間体を考慮して転居を考えなければならない。
いや、転居は必須だろう。

誰も本村家を知らない場所へ移動する必要がある。
どこへ行けばいいのか。親戚筋を頼りわけにはいかない。

いっそ国内ではなく外国へ?
しかしお金や言語の問題もある。

「あんたのせいでお父さんは仕事首になるのよ!!」

父の心はこの悲劇に耐え切れず、悲惨な状況になった。
家で何時間もわめき散らしたかと思えば、突然静かになる。

ある雨の日、いきなり家を飛び出して全身ずぶ濡れになり、
一時間後にヘラヘラしながら帰ってきて家族に衝撃を与えた。

しばらく1人でいたい。そう言い、夫婦の寝室にこもる日々。
普段やったこともないパソコンゲームをダウンロードして、
ニヤニヤしながら現実逃避。まさに異常である。

そんな日々を何日も続けたのだが、致命的なことだったのは
その間、銀行に通っていなかったことだ。

職務放棄。そうせざるを得なかったほど、彼の精神は限界だった。

愛娘のミホが妊娠したと知った時、父はケイスケを
気が済むまで殴り続けた。

ケイスケは自責の念から一切抵抗することをせず、
転んだ拍子に左手首をねんざした。
殴られ過ぎたせいで歯が何本か折れてしまった。

「おまえはもう、私の息子ではない」

床に転がったケイスケの頭を踏みつけてそう言った。
つばを吐かなかったのは、せめてもの彼の情けだったのか。

涙を流していたのはケイスケも同じだった。

「なぜだ……なぜこんなことに……。私たち夫婦が育て方を
 間違ったからなのか……あぁ……母さんに会いたい……
 母さん……私を助けてください……」

ユキオが北海道の実家にいる母の名を口にする時は、
仕事などで本気で追い詰められた時だけだった。

不平不満を言わず、黙々と働いて家計を支えて来た世帯主。
その偉大なる大黒柱は今、自分の能力の限界を超えた事態に
直面してしいまい、最後に母の名を呼ぶのだった。

もはや敵軍の塹壕を目がけての突撃命令を待つ兵隊の心境。

ユキオは狂ったようなめまいに襲われ、幻覚を見ていた。

強力なコンクリートで固められた巨大な塹壕。銃眼から機関銃が覗き、
いくえにも配置された狙撃兵たちがユキオを狙っている。

突撃すれば死ぬ。だが、抗命は軍法会議。

旧帝国陸軍の軍服を着たユキオは、極東はマレー半島最南端、
シンガポール要塞を攻略せんとする兵隊の一人となっていた。

「弾切れだ」

上官が言う。

「報告によると重砲隊は備蓄した弾を使い果たしたようだ。
 あとは我ら歩兵部隊が肉弾突撃するほかない」

シンガポール要塞攻略は、当時の大本営にとって最重要目標の一つであった。
太平洋戦争開始と同時に破竹の勢いで西太平洋一体を支配した日本軍。
広大なる東南アジアの補給路を脅かしているのがイギリス海軍である。

イギリス海軍の根拠地の一つであるシンガポール大要塞は、
英国による極東200年の支配を象徴していた。

『地上のあらゆる軍隊が攻撃してきても突破は不可能だろう。
 栄光ある守備隊一同は、堂々と待ち構えていたまえ』

時のウィンストン・チャーチル首相はこう語った。

西洋一等国はもちろんのこと、極東の後進国の日本に
どうやったらシンガポールが落とせるのか。

日本は日露戦争ではロシア帝国に勝利したが、
大英帝国は次元が違う。一等すら超越した超一等国。

ドイツやフランスの軍部でさえ、イギリス海軍と
戦闘するのは直ちに自国海軍の滅亡につながるとして恐れていた。
そもそも英国海軍相手にまともな作戦すらたてられないほどだ。

その大英帝国に宣戦布告することは、もはや暴挙ともいえる。

『シンガポール』 

イギリスの築城建築の限りを尽くして作られたこの大要塞は、
たとえ敵軍に全面包囲されても一年は優に戦えるだけの砲弾、
食糧の備蓄があったという。

そこまで守備隊が持ちこたえるころには、
敵軍の海上補給路に対し『イギリス東洋艦隊』が猛撃を加え、
全滅に近い打撃を与えているはずだった。

イギリスはかつて世界の七つの海を支配した。
これは地球の全ての海上交通路を手中に収めたのと同義である。

人類史上、これに近いことをしたのが『オランダ海上帝国』だった。
正確に言うとオランダがイギリスの先輩だったのだ。

世界で初めて作られた株式会社が
『オランダ東インド会社』である。

17世紀にすでに株式会社をもっていたことから、
オランダの先進性の高さがよく分かる。

我が国は徳川天下泰平の世の中、この『オランダ』と
貿易をしていたのだから大変に光栄なことである。

イギリスはオランダ海軍を撃破することによって
『二代目の海上帝国』になった。

今日まで「英語」が世界第一の言語となっているのは、
イギリスの国力の強さを物語るものである。
英語とは、正式にはイングランド語を指す。

元をたどれば九州程度の面積しかない
イングランドで話されていた言語だったのだ。
 
あのアメリカでさえ、独立前はイギリス国王の
保有する植民地に過ぎなかった。アメリカ人が
一年で一番大切にしている行事は『独立記念日』である。

さて。イギリスのシンガポールは日本陸軍の
熾烈なる攻撃によって攻略された。
東洋艦隊の主力は、日本の航空戦力を中心とした
革新的な攻撃によってあっさりと撃破された。

ユキオはシンガポール要塞に突撃した兵隊の一人となっている。
シンガポールは陥落した。夢が実現した。今でも信じられない。

彼は歓喜し、戦友と肩を抱き合い、また敵弾に
倒れた兵のために涙を流し、英国へ強い恨みを抱いた。

「私たちは白人の支配からアジアを救ったのだ!!」

両手を叩く揚げ、これ以上ないほどの高揚感に包まれているユキオ。

現実に意識を戻すと、彼が来ているのは
着古してヨレヨレのパジャマ(スエット)

髭はしばらく剃っていない。
肌荒れもひどく、何日も歯すら磨いてない野蛮さだ。
それなのに目つきだけは以上に鋭く、飢えた獣のようだった。

「やったぞぉぉぉ!! 私はイギリス軍を倒したのだ!!
 英国の畜生どもめ、ざまあみろ!! ふはははははっ!!」

そんな旦那の様子を、マリエはただながめていた。
マリエから人間らしい表情が失われて久しい。

今のマリエは生ける屍(しかばね)だった。
ただ彼女は夫のように現実逃避したり幻覚を見ることはない。
マリエがたまたまマイペースな性格だったわけではない。

自分でもまともに意識を保っていられるのを不思議に思っていた。
夫が幸せ者だとすら思っていた。

(私たちは一族の恥をさらしてしまった。
 ユキオさんのお父様がまだ生きてたら
 愚かな私たちをどう思うのかしら……)

ユキオの父は元軍人だった。

階級は軍曹。
陸軍歩兵師団の重機関銃大隊に所属していた。

満州事変発生時は満州へ派遣された。
陸軍戦史に残る大規模作戦のほとんどに参戦した。

『重機関銃』が、どれだけ残酷で情け容赦のない
『大量殺戮兵器』なのかは、あえて説明しない。
 彼の父は最前線で数え切れないほどの
 銃弾を敵軍に浴びせ続けた。

分解した重機関銃の部品および弾薬を、7人の兵隊が
それぞれ20キロの割合で持ち運んだことは、
父から聞かされたことがあった。軍隊生活について
彼の父はあまり話してくれなかったが、このことはよく覚えている。

気になったユキオが、大学時代にゼミの教授に
父の部隊がどう戦ったのかを調べてもらったことがある。
教授はこう答えた。

「あなたのお父上は、戦争期間中、ほぼ最前線で
 戦っていたようだね。命があるだけでも素晴らしいことだよ」

ユキオの父は、息子にこういう言葉を残していた。

「男なら不平不満を言うな」
「日本人として誇りを持って生きろ」
「女に優しくしろ。女を守ってやれ」
「本当に強い男は、弱い者を守ってやれる男だ」

ユキオは威張らず、亭主関白にならず、慈しみの心を持ち、
子供教育を最優先して本村家を維持してきた。
マリエという最高の伴侶が彼を支えてくれた。

子供たちは健やかに育ち、天国に旅立った父にも
恥じることのない人生が送れていたと思う。

旭川市にいる年老いた母にもお盆やお彼岸のたびに
孫の写真を送ってあげた。

可愛い孫たちの写真は、彼の母にとっての宝物だった。
その写真を送れることは、もう二度とない。

「あああああああぁあああああああぁーああああああ
 あああぁああああぁああーあああああああああぁあああああああああ
 あああああぁああぁあぁああああぁあああああぁ
 ああああああああああああーああああああ」

また、ユキオが発狂した。

ミホが妊娠して以来、ユキオが突然大声を上げるのは日常だった。
ミホは自室のベッドで布団にくるまりながら、下の階から
響いている父の咆哮(ほうこう)に耐えるしかなかった。

「うぐぅ……ひぐっ……ううっ……ぐっ……うぅ……」

枕は涙で濡れてしまい、使い物にならない。
鼻水も垂れ流しているので誰にも見せられない顔になっていた。

泣いても泣いても、現実は良くならない。

震える彼女を優しく抱きしめているのは、大好きな兄。

「ミホ……ミホぉ……」

彼も妹と同じように泣いている。
ユキオに殴られ過ぎてあざだらけの顔面に温かい涙が伝う。

もう兄妹がどれだけ一緒にいようと、たとえお風呂に入ろうと
両親は文句を言ってこなくなった。

『なぜ避妊しなかったのだ!!』

狂う前の父の言葉だ。ケイスケたちもここまでの
事態になるとは思ってなかった。最初は夏休みに
思い出を作ろうと、深夜にキスの練習をしたのがきっかけだった。

「将来ミホに彼氏ができた時に困るからな」

「うん」

それは、ただの言いわけ。彼らは恋人を作る気など一生なかった。
なぜなら、目の前に誰よりも愛しい人がいるからだ。

一度男女の関係になってしまってからは止まらなくなった。
何度も互いを求めあい、ミホに身ごもった人特有の特徴が
みられるようになり、事態が発覚した次第である。

「お母さん。もう疲れたわ」

母が、扉を開けてそこで立ち尽くしていた。

「疲れた。疲れた……疲れた。
 疲れた………あー疲れたぁ……疲れたぁ。
 疲れちゃたわ…疲れたー…」

マリエの手にした包丁が光る。

解決法は一つしかないと思っていた。

大丈夫。ケイスケたちを殺した後は自分もすぐ後を追う。
気楽に考えれば、案外すぐに実行できそうな気がした。

ユキオが怒りの矛先を自身に向け、自分を壊そうとしたのに対し、
マリエは怒りの矛先を子供たちに向けようとした。

母から鳥肌さえ立つほどの殺意を
感じたケイスケは、ミホを守るために立ちはだかる。

「ケイちゃん」

母の持つ包丁で息子の首でも刺せば、全てが終わる。
いよいよ殺す段階になり、
腕白少年だった小学生時代のケイスケを思い出した。

決して悪い子ではなかった。口は悪いが頭脳明晰で
人を思いやる優しさのある子だった。

マリエは理性を捨て去ることができなかった。
愛する息子をどうして刺せようか。

「あぁ……あ」

マリエはその場で膝をつき、その衝撃で包丁を床に落とした。
いつまでもそうしていた。嗚咽(おえつ)が続き、
もはや子供たちのことなど視界にすら入らなくなった。

全てが、限界だった。

「俺たち、この家を出たほうがよさそうだな」

お兄ちゃん。行き先はどこなの?

ミホはそんなこと聞く気にすらならなかった。
いっそ自殺する場所を探すというのなら賛成だ。

「お兄ちゃんと一緒に死ぬならかまわないよ」

「死ぬかよ。俺たちの子供は生むぞ」

「え…」

近親相関で生まれる子は、高確率で奇形児が障害児。
神に忌み嫌われたその子を、どうやって愛すればいいのか。

母が出産の事実を知ったら今度こそ子供たちを刺してしまうだろう。
もちろん望まれない孫も巻き添えにして。

(痛いのはやだよ。やっぱり私だってまだ死にたくない)

家にいると、いずれ母に殺される。

ミホのカンだ。おそらく当たるだろう。
いや現実になる。確実になる。
死ぬ。殺される。死にたくない。

時が立てば自分は母になる。うれしさより恐怖の方が大きかった。
世間はミホたちの間に生まれた子を、悪魔の子だと呼ぶだろう。
高校中退の母。兄はまだ学生。アルバイトで生計を立てるのは無理がある。

もし本気で二人で暮らすとしたら、すぐに大学を中退して
働き口を探さなければならない。

第734条  直系血族又は『三親等内の傍系血族』の間では、
婚姻をすることができない。 
但し、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。

民法の抜粋である。ミホとケイスケは兄妹なので二親等。
法的に結婚不可能だ。事実婚なら可能だが、それは自己満足に過ぎない。

社会から外れた存在。世間からうとまれる存在。

日本は司法権の独立がある。
司法は他の権力の影響を受けずに、その影響力を行使できる。

我が国では法が認めないことは『悪』である。
また、どの国のどんな法律でも近親婚を認めてはいない。

ミホたちは近親相関の罪を一生背負い、また子供が
呪われていることも隠しながら生きていくのだ。

『お前たちは間違っている』

民法に書かれた規定はミホたちにそう告げていた。

ミホだって出来ることなら兄と結婚して幸せな家庭を
築きたいと夢想したことはある。ユキオとマリエのように、
優雅で楽しい夫婦生活を送ってみたかった。

たまたま愛した人が自分と血のつながっていただけ。

「ああああああああああぁぁあぁぁ
 ああああああぁぁぁぁぁぁあぁああああぁぁぁぁあぁぁ」

一階ではユキオがまた発狂している。

母はまだミホの部屋の前でひざをついている。

いつまでそこにいるつもりなのか知らないが、
無表情で独り言を永遠とつぶやいているのは
異常を通り越して恐怖ですらある。

「俺の部屋に行こう」

妹の手を取り、自分の部屋に入れた。
親が入ってこないように鍵を閉めていおいた。

今はミホと2人きりだ。ケイスケは、泣きはらした妹の顔に
不覚にも欲情してしまい、ベッドに押し倒した。
強引に唇を奪うと、ミホは苦しそうに息を吐くのだった。

「お兄ちゃん。こんな時間にするの?」

ケイスケは何も答えず、ミホの下着を脱がそうと
手をスカートの中へすべらせた。

抵抗しようとしたミホの手は、哀しそうな顔を
している兄を見たら動かなくなってしまった。
全てを成り行きに任せてしまおうと思った。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

今度は父の声が近い。どうやら扉の前で暴れているようだ。

「ぼおおおおぉぉ、おおおっぉぉおぉ、ぼおおおおおおぉ
 うおおおおおお、うああああああああああああぁっ」

扉を開けようと、どんどん、と叩いてる。
すごい力だ。この勢いだと扉ごと破壊されるかもしれいない。
父の叫び声よりも扉を叩く音の方が大きかった。

扉越しに兄妹が怪しいことをしているのに気づいたのだろうか。

父はすでに彼らの知っている存在ではなくなっていた。
母より先に父に殺されるのが先か。

両親に共通しているのは、ミホより先にケイスケを
殺そうとしていることだ。ケイスケは大学2年で
もうすぐ20歳になろうとしている。

責任が誰にあるのかと聞かれれば、ミホより大人の
ケイスケにあると言えるだろう。避妊具も使わずに
実の妹と関係を持ってしまった。

当時の彼にわずかでも理性が残っていれば、
愚行が止められたかもしれなかったのに。

「死にたい」

ケイスケは言った。
先ほどは生きると言っていたのに、一転した。

「そうだね」

ミホが同意する。

そのあと会話はなかった。

父は10分ほど扉を叩いてからいなくなった。

本村家に静寂が戻る。

隣のミホの部屋から、母のすすり泣く声が聞こえた気がした。

ケイスケとミホは一つの布団にくるまり、ただ寝ることにした。
兄の体温に包まれ、安心したミホ。すぐに兄の寝息が聞こえる。
よほど精神的に疲れていたのか、こんなにもすぐに寝られるのが
うらやましかった。同時に微笑ましくもあった。

「大好きだよ。お兄ちゃん……」

兄は寝言で返事を返すのだった。

ミホ(お兄ちゃん。バカな妹でごめんなさい)

「フォロミー♪フォロミー♪フォロミーwww
 ベェェェイベーwwww♪」

これはユキオの歌声だ。
彼が精神に異常をきたしたのは前話で述べた。

ユキオは女性歌手グループに熱中している。
他のアイドル歌手とは一線を画しており、
本格的なダンサー集団だ。

いーがーるず、である。(あえてひらがな)

「両手をwwwww広げてwwwwwSky Highwwww」

「このまま飛べそうwwww君と出会ってwwwwはじめてwww
 自由になれた気がするよwwwwww♪」

「ひとりじゃないwwwそう思っているからwww踏み出せるwwww♪」

本人はこの上なく楽しそうだが、
家族にとって深刻なレベルで迷惑だった。

重低音は窓ガラスを振動させていた。

リビングには以前買い揃えたホームシアターシステムがあったが、
ユキオが勝手にハードオフで売ってしまった。

「音楽を聴くには音楽用のシステムのほうが良い」

マニアックな説明をされてもマリエには伝わらなかったが、
映画用と音楽用では根本的に作りが違うらしい。

ユキオはストレス解消の手段として音楽を選んだ。

たまたまテレビの音楽番組に、
いーがーるずが出演していたのがきっかけだ。
軍隊レベルで統制されたダンスの完成度に深い感銘を受けた。

(今読の若い娘もなかなかやるではないか。
 それに歌詞も良く聞くと、よくできている。
 この子たちの歌を聴いてると元気が出るぞ)

ライブに行こうかと思ったが、出かけるのが億劫である。
それにこの年のおっさんが会場に行くのは抵抗がある。
会場は10代から20代の若い人が中心だろう。

彼女らの曲を臨場感のある音で聴くためには
どうしたらしいか。もちろん自宅で聴きたい。

考えた末にたどり着いた趣味が

『オーディオ』だった。

オーディオ趣味とは何か。

主に自宅でスピーカー、アンプ、プレイヤーなどの
機器を揃え、『音楽鑑賞のレベル』を高める行為である。

ユキオは銀行に通ってないので平日は暇である。
すでに支店のことなど他人事だと思っていた。

ユキオは毎日本屋に通い、
オーディオの基礎知識を勉強することにした。
金を使うのがもったいないので立ち読みだ。
あいにくどの本屋にもこの手の本が必ず置いてある。

「重低音か」

両手で持った雑誌から顔を上げたユキオがつぶやく。

ダンスミュージックでは、床を震わせるほどの低音が要求される。
さらに現代音楽はコンプレッサーと言って、意図的に音圧を
あげる処理がスタジオで成されている。

これは、IPODやウォークマンなどの小型機器で再生しても
十分に音量が取れるようにしてあるのである。
(専門用語になるが、エフェクターの一種である)

端的に表現すると、Jポップの楽曲は、本格的な
オーディオシステムでの再生には向かないとされている。

「例えばクラシックを聴くためには。
 クラシック専用のシステムを組む必要がある……」

オーディオとは哲学である。
著名なオーディオマニアはそう語ったという。

スピーカーの種類は国外問わず無数にあるが、どれ一つとして
同じ音を奏でるものはない。人間のように個性(個体差)があるのだ。

スピーカーケーブル、プリメインアンプ、インシュレーター。

どれも聞きなれない専門的な言葉ばかりだが、
ユキオは職場では優秀な人なので、
趣味に全力を出すと覚えるのは光の速さだった。

「たまには小遣いで好きなものを買ってみるか。
 今まで子供のために尽くしてきたような人生だ。
 たまには贅沢をしてもバチは当たらないだろう」

彼の言う小遣いは、常軌を逸した支出につながった。

まず音楽を聴くためにCDやDVDは必須である。

彼は今まで発売した、いーがーるず、の全ての音楽メディアを
アマゾンで一括注文した。すでに発売済みで売り切れの
シングルは中古で頼んだ。

総額、実に13万。ライブDVDが特に割高だった。
贅沢な金の使い方であるが、
これでも下記に述べる買い物に比べるとまだ安い方だ。

ユキオはさらにアマゾンを利用した。

今度は、肝心のオーディオシステムだ。

現代録音の音楽にはそんなに高いシステムは必要ない。
マニアたちの助言を素直に聞き入れ、
まず買うアンプ(音量を調整する、音の司令塔的な装置)を決めた。

「初心者なので安物で良いだろう」

高級オーディオメーカーのデノンのアンプ。80万円。

(安物…?)

CDプレイヤーもデノンにした。
同じメーカーの方が、相性がいいのだ。
こちらは86万の品を選んだ。

さらにスピーカーは、外国製にするのが定番となっているが、
あえて日本製。パイオニアの高級機種を選んだ。

税込みで『317万』。これは1台の価格だから、
音楽を聴くためには当然2台買わねばならない。

それに加えてオーディオ・アクセサリーと呼ばれる
周辺部品を購入すると、総額は計算したくもない額になった。

ユキオはクレジットカードを使い、この買い物を
たった2週間で完了させたのである。

『芸術的な衝動買い』である。

子供一人を私立大学の院まで余裕で出せるほどの額だ。

「ちわーwwwwヤマト運輸っすwwww受け取りのハンコもらえますかwwww」

ミホの身長ほどの高さのスピーカー2台は、何の前触れもなく
本村家へやってきた。玄関先でそれを受け取ったマリエが
最初に思った事は「棺桶(かんおけ)?」だった。

丁寧に包装されたスピーカーのサイズは、まさに化け物級だった。

リビングのテレビの両サイドにスピーカーが占拠し、
床の上に直置きした、巨大なCDプレイヤーとアンプが鎮座する。

「実際に届いてみるとこんなに場所を取るのかね。
 あとでオーディオラックも買わないとだめだな」

誇らしく言う夫に対し、マリエは電気ポットを投げつけた。

「痛いじゃないか!!」 「私に何の相談もなくこんなものを!!」

夫婦の良い争いは一時間以上続いた。

マリエが一番許せなかったのは、本当に金額が分からないことだ。
ユキオが個人名義のカードで払ってしまったからだ。

マリエが管理していない口座から引き落とされた。
本村家の財務大臣である妻ですら把握していない財産であった。

聞けば、家族に不幸があった時のために、保険として
とっておいたお金だという。

本村家は、日本株と米国株で分散投資をしている。
デフレで低金利だが株価だけはバブル並みという
日本の不思議な経済状況から、『積極的な株式投資』を続けていた。

ママ曰く、もうけは絶好調だった。

特に2017年。日経平均だけでなく、NYダウ平均株価も
素晴らしく好調。株の素人でも楽にもうけられる状態
とまで雑誌やネットで言われていた。

(↑初心者は信じてはいけない。
 資産運用の世界はそんなに甘くないのだ)

少し予断をすると、日銀はインデックス(ETF)で日経平均銘柄を
毎年6兆円ほど購入している。不動産投資信託(J-REIT)は900億。
今までにETFの買い入れ残高は20兆を超えており、
日本の株価を支えている。

日本銀行は安倍政権、財務省の言いなりである。
なぜなら日銀総裁の黒田君が政府の手下だからだ。
(日銀の独立性とはいったい……?)

株価の上昇は意図的に操作されている。

ここ数年の動きを見ると、現在までに記録的な低金利である。
そして安倍君たちが円安方向に誘導して輸出関連企業が
稼ぎ、また来日客には為替レートで損をさせる。

両替で損をしてまでよく日本に来るものだと感心する。
(来日客の落としたお金は、国家予算の4パーセントに匹敵)

とにかく株式のことは高度なので
筆者のような素人にはよく分からない。(←なら書くなよ)

日本株の保有者は7割が外国人であり、為替相場や
アメリカの政治状況などの影響を極めて受けやすいから困る。
(日本人の投資意欲は極めて低い…)

今年度一月の金融政策決定会合でも黒田君は、

「規制緩和、維持するよ♪ 
  識者らが気にする出口戦略? 知らないよ(^^♪」

その後の記者会見で

「物価上昇率(2ぱー)を達成するまで
  規制緩和を続けるからね♪!(^^)!」

などと、楽しそうにぬかしていた。(ように見えた)←偏見

米国は長期金利が上昇したのに(FRBの利上げ)、
日本は影響を受けないのだろうか。

平成30年の衆議院予算委員会にて。

野党のベテラン議員の男性に次のことを質問された黒田君。

『アベノミクスが好調なのに一般の国民のエンゲル係数は
 年々高まってんだけどー。なにこれ? いつになったら全ての国民は
 豊かになんのよ? お前の金融政策のせいだろ(>_<)
 黒田ちゃんは責任取って辞めちゃえよ☆(その場のノリで)』

黒田ハルヒコ君。73歳。第31代日本銀行総裁はこう返した。

「はぁwww超ウザwww」

「俺が辞めるとかwwwそんなのやだーwwwww」
 
「大半の国民生活が豊かにならないのはですねwww」

「デフレ、マーインド♪ が国全体に浸透してるからじゃないすかwwww
 個人消費者も企業も。もっと積極的にお金動かしてよwwww
 日本の不景気が長すぎたのが根本の原因だと思うんでー♪」

「あと、雇用情勢を見ると売り手市場になりつつあるから、
 そのうち賃上げとかして景気は良くなるよ。
 すぐにではないけど、そのうちねwww( ^^) 」

実際にこんな話し方ではなかったが、
小説を盛り上げるために
多少脚色した(名誉棄損の恐れあり)

しかし実際の国会も茶番会や学級崩壊をよくやる。

特に自由民主党。モリカケ問題など不正が続き、
野党の質問にはまともに答えないし、
理事会に提出する資料もデタラメや捏造。

党の名前通りフリーダムを極めている。

我慢できなくなった立憲民主党の議員らが、
席を出歩き、国会委員長の席を包囲する。

そして『委員長を集団で説教し』、『審議を中断させる』
という荒業をたびたび披露するが、
これぞ国会議員風の斬新なギャグである。

この小説を書いていたら佐川国税庁長官、
辞任のニュースがラジオから流れて来た。

佐川君は『大阪地検特捜部』に送られるらしいが、
ざまあみろである。

彼は切れ者で野党の質問を避けるのがうまかったが、要約すると
「俺は悪くねえしwwwwみんな死ねよwwうぜえなwww」である。

地検特捜部は日本の検察官のトップが集う組織であり、
高度な行政問題を扱う所である。
『国家レベルの犯罪者』が裁かれる場所と言って差し支えない。

実際の国会でも↑のwwwwをつけたニュアンスで答弁すれば
分かりやすいし、質疑の時間も短縮できて一石二鳥だ。

分かりやすさと言えば、

日本維新の会の『足立康史(アダチヤスシ)君』は
希代の逸材であり、明らかに賢者である。

暴言と正論を武器に戦う、筆者の支持する数少ない議員である。

不適切発言が多すぎるとされ、たびたび懲罰動議を受け、
しばらく国会に出てこなくなったのが残念だ。

ヤスシ君ほどの人間ならば、地上最高の頭脳がそろった
18世紀の『フランス国民公会』でも
頭角を現したことであろう。

彼は『全20分ある質問時間の90%』を自説の演説に使い、
残りのわずかな時間で質問をするという、離れ業が得意だ。

ちなみに他党の批判がメインである。

『彼も野党でありながら別の野党の批判』を行い、
 矛盾点や汚職を指摘するのだ。

その演説内容は理論整然としていて、
まるで疑問を挟む余地がなく、悪魔的な説得力がある。

もちろん与党を攻撃するのも忘れてないし、短く質問して適格だ。
凡人が20分かけてやることを彼なら3分で済ませる。

彼の演説が進む頃には国会特有のヤジさえ静かになる。
みんな彼に批判されるのを恐れているのだ。

時代と国が違えば、ドイツ国家社会主義的労働者党
(ナチスのこと)でも幹部に推薦されたかもしれない。

これほどの切れ者であり賢人が、幼稚園児の
集会場(日本の国会)にいること自体驚きである。

もし彼に興味を持った人は、
ニコニコ動画で彼の名を検索してほしい。

黒田君に話を戻そう。

『★デフレ・マインド★』とは、

さすが日銀総裁だけに端的に日本経済の弱点を突いたと言える。

筆者は脱帽した。

日本人の貯蓄性向の高さと将来不安の強さは仕方ないにしても、
大企業を中心にした巨額の内部留保は大問題。
もはや日本の国名を★デフレ・マインド★に改名するべきである。

(次回作のタイトルはデフレ・マインドにしようか…)

米国FRBのパウエル君も

「うちの国、今年もまた利上げしますけどwwwゆるやかにしか
 景気回復はしないんでwwwwそんなすぐに景気が
良く なるわけねーだろwwwサーセンwww」

などとぬかしていた。(筆者が文化放送のラジオで聞いた)
アメリカン・アクセントの英語は何を話しても
飲み屋のおっさんにしか聞こえないから困る。


★★ ↑余談が長すぎて作者の日記帳と
    なってしまったことを謝罪する  ★★


さて、デフレにおいては物よりもお金の価値が高くなる。

マリエもそれは熟知していた。今は投資がもうかる状況。
ゆえに、本村家の総資産における現金保有率は比較的低かった。

……はずだった。

なんとユキオが安全資産として秘密裏にとっておいた現金を、
趣味のために使い果たしたのだという。
口座残高を調べると、73円となっていた。

2週間前までは900万円以上あったという。

それを、たった2週間で使い切ったのだ。

ちなみにユキオが支払いに使ったのは『ブラックカード』である。

ブラックカードとは何か。

利用限度額が億単位とも言われている
『最上位のクレジットカードの総称』である。

クレカは、利用者の年収や利用回数によって限度額が高められている。
クレカ初心者の支払い限度額は低く設定される。

ブラックカードは、幾重ものクレジットカード会社による審査を
突破しなければ持つことが許されない。
(会社にもよるが、年会費は万単位でかかる。高いところで35万)

「ミホは高校中退だ。あの子が大学に行く必要が
 なくなったから貯金を使った。文句あるか?」

また、電気ポットが飛んできた。
今度はユキオの頭部に命中した。

結婚生活20年。めったに言い争うこともなかった夫婦が、
戦争並みの夫婦喧嘩を始めたのだった。

マリエは怒り、発狂し、コップや皿など、投げられるものは
何でも投げた。それらがユキオの体に当たっては床に落ち、
砕け、破片が床に散乱する。

破砕音。ユキオの女々しい悲鳴。
マリエが叫ぶ。投球フォームをする。

すでにリビングに歩くスペースはなくなっていた。

マリエはいっそ包丁で夫を刺し殺そうかと思ったが、
さすがに思いとどまった。

「そろそろ気はすんだか?」

ユキオは自分の乱れた髪と破片の刺さった顔を気にしないのか、
ソファに体重をあずけて、いーがるず、のライブDVDを再生した。
BDプレイヤーは以前の安物を使うことにしている。

画面の中で体育会系の少女たちの踊りが披露されると、
マリエは怒りを通り越して脱力し、静かにその場を去るのだった。

マリエはその日以来、夫と口を聞くのをやめた。

会話のない夫婦。それは極めて冷え切った関係と言える。
統計では会話が無くなった夫婦は、その後の関係が
改善されない限り高確率で離婚するという(誰でもわかることだ)


とある平日の昼間。風もなく天気の良い日だった。
昼食の洗い物を終えたマリエは廊下を歩き、階段を見上げた。

ミホとケイスケは不登校になり、
家で過ごすようになった。
父親同様の引きこもり生活だ。

つまり現状本村家は、年金生活者でもないのに
家族全員が平日の昼間から家にいる異常な状態だった。

マリエは階段を登り、ケイスケの部屋を開けた。

いない。

ではミホの部屋か?

そう思って空けてみると、確かにいた。

「おにい……ちゃん……」

ミホはのんきな顔で寝ていた。
よだれが垂れていて、枕を汚している。

すぐ隣にケイスケがいて、妹に腕枕をしていた。
二人の顔の距離は近い。互いの吐息が顔にかかるほどだ。

ケイスケは扉が開けられた音で目覚めたが、
母と視線を合わせず、きまずそうにしていた。

「もうお昼過ぎよ」

マリエが威嚇するような低い声で言う。
時計の針は13時ちょうどを指していた。

ケイスケたちは昼夜逆転生活を送っていたのだ。
学校に通わず、社会生活を送ってないのだから
体内時計が狂うのは当然だ。

大学にも行かず、家でダラダラ過ごしている息子に母の怒声が飛ぶ。

「あんたは生まれてくる子のために働くんじゃなかったの!?」

「俺は……ミホのそばを離れたくない」

その返事は答えになっておらず、母をさらに怒らせた。

母は部屋にどんどん入っていき、息子の静止も
聞かずにミホの髪をつかんで持ち上げた。
頭がカチ割られるほどの激痛にミホは一瞬で目を覚ました。

「いたっ……!!」

「いつまでも寝てるんじゃないわよ!!
 母親になるなら今のうちから家事の一つでも覚えなさいよ!!」

「やめてよママ。暴力はやめてよ……暴力は最低だよ」

「あんたが悪いくせに何言ってるの!! 
 ほら。早く起きて着替えなさい!!
 学校を辞めるんだたら、
 せめて家の仕事くらい出来るようになりなさい!!」

パシン。パシン。平手の音が部屋に響く。

娘が素直に親の言うことを聞くまで
マリエは止めるつもりはなかった。

ケイスケは、鬼と化した母を恐れて止めることはしない。
本当ならミホを助けるべきだが。
今回の事件の責任を感じて何もできなかった。

母を誰よりも傷つけてしまったのは自分だと理解しているから。

「ミホ!! ちゃんと聞いてるの? 
 なによその反抗的な顔は!!」

「ミホぉ!! あんたは昔から馬鹿で勉強もできないくせに!! 
 親に恥ばっかりかかせて!! この大バカ娘!!」

抵抗しないのはミホも一緒だった。
言葉では「やめて」と言っても、それが限界だ。

母の暴行にいつまで耐えればいいのか。

マリエは、なおもベッドから
離れようとしないミホの胸ぐらをつかみ、
強引に持ち上げたあと、床に落とした。

ベッドから勢いよくずり降ろした形である。

「いたた……」

腰を押さえるミホ。
今の衝撃で腰を痛めてしまったのかもしれない。

「わっ!!」

休む暇はなかった。今度は自分の唾液で濡れた枕が、
顔面を目掛けて飛んできた。

枕とはいえ、勢い良く投げればそれなりに痛い。
ミホが痛めた鼻を押さえると、
今度は母の蹴りがお腹に突き刺さるのだった。

「うっ……お腹はダメだよ。私たちの子がいるんだから」

ミホはカメのように丸くなり、胎児を守っている。
たとえ呪われた子供でも、兄の間で
出来た子供に違いはなかった。

子を守ろうとする母の必至な姿。
それはマリエにとって滑稽(こっけい)だ。

「ませたこと言ってんじゃないよ。
 16歳の子供くせに!! このクソガキが!!」

体を丸くした娘の背中を、母の蹴りが襲う。にぶい音が響く。
蹴られるたびにミホは短く「うっ…」と声を上げるのだった。

「あんたたちは最低の子だよ!! 親不孝!!
 親を地獄の底へ突き落す悪魔だよ!!
 おまえたちは生まれた時から呪われてたんだよ!!」

捨て台詞を吐いてから、マリエは素知らぬ顔で
食料品の買いに町へ行くのだった。

一歩家を出たあとは、ごく普通の主婦の顔をする。
それが彼女の処世術。ミホの妊娠が発覚してひと月たつが、
まだ本村家は住所を変えていない。

引越しの予定すら立ってない。まず、ミホの子を
おろすのか生むのか、その判断すら立ってない。

家族は殴り合いと罵り合い以外でコミュニケーションが取れなかった。
夫婦間は前述のとおり。親と子供間でも話し合いは出来ない。
子供たちは母を一番に恐れ、狂ってしまった父と距離を置いた。

正直言ってケイスケたち自身も今後の見通しが立たない。
そう簡単に考えられることではない。

『児童相談所』へ相談に行くことは出来る。
ほぼ確実におろすことをすすめられるだろうが。

他者のアドバイスはとにかく、最大の当事者であり、
母親になるミホ個人の主張が重要である。

ミホは

「できれば生みたい」

と言った。そしてマリエを激怒させた。

マリエがミホに暴行を加えながら
奇形児などが生まれる可能性を力説したが、
効果はなかった。

聞いてみると、兄のケイスケも子供を育てたいという。
そこで怒りの矛先をケイスケに向け、ミホのように
ぼろ雑巾になるまで拳を振るってやろうかと思ったが、
できなかった。

子供に順位をつけるのが残酷なことだが、
母が最も愛を注いだのはケイスケだった。

娘のことは平気で殴れても、息子にはブレーキがかかってしまう。
皮肉なことにユキオはこれの逆パターンだった。

ユキオは深夜、ケイスケと廊下ですれ違った際に
何を思ったのか、ダスキンを片手に襲い掛かって来た。

無表情で追いかけてくる父に恐れをなしたケイスケは、
全速力で自分の部屋に避難するのだった。

父は部屋の中までは入ってこないので安心だったが、
ケイスケの心に強いトラウマを残したのだった。

それから少し経ち、

「強がってもwww本当は涙隠してる私にwwwフォロミーwwww♪」

オーディオ趣味でストレス解消しているのか、ユキオの奇行は
激減した。ユキオは900万円の出費によって精神を安定させたのだ。
精神安定剤代わりとしては破滅的な出費になってしまった。

マリエは別室でせんべいを食べながらテレビを見ていた。

「あー、トランプがチャイナの鉄鋼とアルミに対して
 輸入規制したわ。大統領権限で議会も通さずに関税引き上げとか、
 なめてるのかしらね。おかげさまで、またダウ平気株価が下がったわ。
 トランプを射殺するゲームとかどこかで売ってないかしら」

ストレス解消には人を殴るのが一番楽しい。
危険思想にたどり着いてからのマリエはまさに鬼だった。

気が向いたら娘の部屋の扉を開ける。
たまにケイスケの部屋にいる時もあるが、どうでもいい。

古いホームラジオを手にし、娘の頭部に何度も殴った。

「いたいっ……いたいよっママ!! 頭から血が出ちゃうよ」

次から次へと虐待されるので、傷が治りきる暇がなかった。

ミホは本当に血を流していた。額から流れた血が目に入り、
その激痛のために悲鳴を上げる。

「あああああああああっ!! いたいよおおおお!!」

ミホはまた床にうずくまった。
目をこすっても痛みは取れない。

今の体育座りを深くした体制を解けば、
ママの蹴りがお腹を襲うかもしれない。

顔をひざにぴったりとつけ、耳は両手でふさいだ。
これでもママの声も少しは聞こえなくなるか。

マリエは一度階段を降りていった。急ぎ足である。

(あきらめたかな?)

ミホの思い違いであることを思い知らされる。
マリエは洗面器の水を一杯にして戻って来た。
ミホはよける間もなく、水を食らってしまった。

水だと思っていたのはお湯だった。
なんと電気ポットのお湯をそのままぶちまけられたのだ。

「ぎゃあああああああああああああああああ!!」

頭から熱湯を被ったミホは、あまりの苦しみに
床を転げまわるしかなかった。皮膚がどうになったのか
確認するのも怖いが、今は熱さでそれどころではない。

「ミホ!! ミホぉおおお!!」

ケイスケは顔全体が真っ赤に染まっているミホを介抱したいが、
どうすればいいのか。大やけどを負ったら皮膚に後遺症が残る。

「いい加減にしてくれよ母さん!! 
 それ以上ミホを苦しめるなら
 俺は今すぐ自殺してやるからな!!」

血走った目で叫ぶ息子に、さすがの鬼も
何か思うところがあったのか、素直に引き上げて行った。
息子と娘でここまで対応が違うのは異常である。

「おい、ミホ、大丈夫か!!
 火傷の時ってどうすればいいんだよ!?
 すぐぬれタオルを持ってきてやる」

ミホは、ただ震えていた。

肌のヒリヒリした感じと、突き刺さる痛みは永遠と続いた。
鏡で見る自分の顔は、見たことももない色に変色していた。
女として生まれてこれほどの屈辱はない。

確かに母の怒りは自分が原因なのは分かる。
だが、なぜ自分だけ。
兄は一度も母に殴られていないのに(父には殴られているが)

ミホの母に対する恐怖は、殺意を込めた怒りへ変化した。

「あのババア。殺してやる。絶対に殺してやる」

ケイスケは、目の前にいる妹がすでに自分の知っている
妹ではないことを悟った。だから、止められなかった。

いずれこういう結果になることを知っていたからかもしれない。

深夜。本村家のリビングからは、のぎざか46の曲が
爆音で流れていた。ユキオは、いーがーるず、以外にも
守備範囲を広げ、アマゾンで買い増しをしていた。

「なーんどめーのwwww青空かーwwww
 おぼえーてはwwwいないーでしょwwww♪」

そして歌っていた。
本村ユキオ53歳。深夜のアイドルソング熱唱だ。

「日は沈みwwwまた昇るwwwwあたりまえのwwww毎日wwww」

廊下の隅に握手券と生写真が落ちていた。
「あしゅりん」というアイドルで18歳の美少女である。

「あーアイドル最高だわwwwwアイドルはミホと
 違って俺を裏切らないしwwwwまじさいこーwwww
 画面越しにあしゅりんにチュッチュしちゃうぞwwww」

ダイニングに包丁を取りに来たミホは、
父の言葉を聞き流すことにした。

今殺したいのは父ではない。

「写真集買いたいけどwww現金残高が806円しかねえwwww
 マリエに内緒でアメリカの株を売却して現金化しちまうかwww
 ちょwww今円高かよwwww為替相場とかまじうぜーwwww」

ちなみに彼の言う806円とは、
本村家の保有する現金の総額であった。
七つもあった預金通帳はユキオが綺麗に使い切った。

いつのまにか、リビングに置いてあるスピーカーや
アンプの数が増えていた。いったい何台買えば気が済むのか。
雑多なアイドルにはまっているせいで、
保有CDは400枚を超えていた。

一応、現金化してない株式が、時価総額1千万円はある。
これを使い切ったら、今度こそ本村家は終わりである。

マリエが長年運用してきた株式は、
本村家を防衛する最後の砦であった。

ユキオはマリエに無断で、
金融機関でお金をおろしまくっていたのだ。
なぜマリエがその暴挙を止めなかったのか。

マリエは生への欲求をすでに失っていたから、
お金のことは頭の中から消えていた。
自殺方法は練炭にしようと思っていた。

「その前に私が殺してあげる」

マリエは、自分の寝室の前に立っているミホを見た。
深夜の1時。マリエは遅くまでスマホで練炭自殺の
方法を調べていたから、まだ起きていた。

ミホは顔に包帯を巻いており、包帯の隙間から
野獣のごとき鋭い瞳が母を射抜いていた。

「ミホは面白いことを言うのね。誰を殺すつもり?」

「あんたを殺した後、みんなも殺す」

2018年7月27日

本村マリエ 50歳主婦。 
本村ミホ  16歳元学生。

夫婦の寝室にて。
母と娘による、最後の争いが幕を開けたのだった。

(お兄ちゃん。バカな妹でごめんなさい。
 私は最後まであなたを愛してました)

閉じた瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

それは、何に対しての涙なのか。
彼女に聞いてみなければ分からない。

作者は作品から追放されてしまった

この作品の作者は、つまらない話を書いた責任を問われ、
神8の本拠地である2年4組の教室へ連行された。

「まじめに小説を書きなさい」

この会議の議長に就任したポルポトにそう言われる。

彼は人徳から議長にふさわしいとして、
賛成多数により選出された。

部屋の中央に位置するイスに座らされた作者は、
何も答えられずにうつむくのだった。

今回集まったメンバーは、ロベスとユキオを除いた神8。
ロベスは群馬県の山中まで吹き飛ばされ、ユキオは仕事が忙しい。

つまりここにいるのは6人のみである。
みんな作者を尋問したくてうずうずしている。

「みなさん。ちょっとお待ちになって」

彼らをマリーが制した。

「まず作者さんはなぜこの会議に呼ばれたのか
 分かっていないと思います。そこで作者さんの
 何が問題だったのかを明らかにしましょう」

「よろしい。仮にこれを訴状とでも呼びますか」

ポトの許可のもと、作者の問題行動が指摘された。

① 第16回から18回にかけ、(このサイトだと19~20?)本編と関係ない話を書いたこと
② 事前に読者に何の通告もなかったこと
③ 内容は人を選ぶ近親相関ものであった

「作者さん……。あなたと言う人は」

マリー・アントワネット嬢の視線が冷たい。
これから説教が始まるのだろうが、
今度は彼女を制して信長が発言した。

「長くなりそうなんで先を言っていいすかwww?
 この人、たぶん自分で何を書いてるか分かってねえっすよwww
 直ちに執筆する権利とか人権をはく奪したほうが良いっすよwww」

「うん。私も心からそう思う。今すぐぶっ殺したいし」

ミホは怒りのあまり震えていた。
大嫌いな兄と近親相関の末に妊娠。
発狂したいほどの内容だったことだろう。

「私たちは文明人として!!」

ミホは席を立ち、作者を指さした。

「この作者の罪を明らかするため、
 徹底的な尋問をするべきだよ!!」

「そのあと、こいつに処罰を加えればいい!!」

極めて合理的な思想だった。

嫌いだから殴る、殺すのではなく、裁判などの
経緯を得て合法的に処罰する。これぞ法治国家として…

「うっせえ!! そういう文章が余計なんだよ!!
 何回話を脱線すれば気が済むんだ!!」

ミホが吠え、ポトは咳払いをして引き継ぐ。

「これから会議(尋問)を行うにあたって、
 直ちに作者から執筆する権利を奪います。
 そして私は……」

「元フランス・ブルボン王室の王妃にして、
 ハプスブルク家の生まれのマリーに
 その権利を譲渡するべきだと思います!!」

20台から中高年のための~が始まって以来の事態となった。

この案は『全会一致』によって直ちに可決され、
なんと私は書く権利を失ってしまった。


★★ ~~~~~~~~(^○^)~~~~~~~~~^ ★★


始まるのかしら♪ 始まるのかしら♪

知性と美貌と流行とスキャンダルの固まり。
マリーが綴る正しき物語の歴史が。

みなさま。まず私の出生について申し上げますわ。
私はオーストリアはハプスブルク家、
マリー・テレジアの第11子として前世で生を受けました。

母国後のドイツ語名は、

『マリア・アントーニア・ヨーゼファ・
 ヨハンナ・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン』

かっこいいでしょう?(どや顔)

イタリア語やダンス、作曲家グルックのもとで身に
付けたハープやクラヴサンなどの演奏を得意としましたの。

今でも日本の若い女性の一部から熱狂的な人気がありますし、
日本の国会議員の名前よりは知名度が上だと思いますわ。

うふふ。けっして国会議員さんたちを見下してるわけではないのよ?

これから書く文章は、わたくしの一人称とさせていただきます。
今回の執筆権の譲渡につきましては、わたくしが
この作品のメインヒロイン権作者として昇格したものと解釈しております。

これからはメインヒロインのマリーとお呼びください。
作者さんの書く作品にはMarieに準ずる名前のキャラが
必ず登場しますね。それだけ思い入れが強いのですね。

さてと、前置きはこれくらいにして、
さっそく会議の様子を見てましょう。

「なんであんな作品を書いたんだ、こら!!
 しかもバッドエンドじゃねえかよ!!」

男子ではなくミホさんですよ。
作者さんの胸ぐらをつかんで叫んでいますわ。
つばが、作者の顔にかかってますわね。

そんなことをするから、作者に嫌がられて
わき役にされてるとも知らずに。

「本村よぉ。ヤクザじゃないんだからその辺にしておけ。
 お前最近怒り過ぎだぞ」

影の薄いわき役その①、ではなくバルサンが何か言ってます。

「はいはい。ミホは騒ぎすぎると退場だからね。
 僕らは紳士淑女の集いだと宣誓したのを忘れないように」

「ふん」

まあ怖い顔。ミホさんの本性は恐ろしいですわ。
ポト君が言っている宣誓ですが、私達神8は、
この作品の秩序を守るためにみんなで誓ったのです。

作者の勝手な暴走により話が脱線しないよう、
彼を監視する。それがわたくしたちの
神から与えれた神聖なる役割。

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ、おまえら、うぜえんだよ!!」

佐川元国税庁長官の顔で作者さんがとつぜん怒鳴りました。
ペテン師のような顔です。

「今日は久しぶりに土曜出勤がなくて家で休みたいんだ!!
 俺は作者だぞ!! 何を書こうが俺の勝手だろう!!」

この発言により、トロツキーが切れたようです。

トロツキーは、作者の目の前まで歩いて近づき、
鋭いナイフを取り出しました。面白い展開です。

刺すのでしょうか?

ドン!!

ナイフは作者の机に突き刺さりました!!
作者はあまりの迫力にビビってます。

トロ君はこう言いました。

「どっちが本編なのかはっきりしろや!!」

「は……?」

「~お兄ちゃんと妹のお話~(16回から)の展開、
 正直わくわくしたじゃねえかよ」

「え」

「こっちを本編にしても良いって言ってんだよ!!
 ああ、はっきり言うよ。俺はこういう話の方が好きだ!!」

本編と無関係の話を擁護しました。
信じられません。作者を擁護する人がいるとは。
彼は作者に買収されたのでしょうか。

「俺も賛成していいっすかwwwwあの家族のドロドロした感じ、
 まじ最高っすwwwwあれ、最後はどうなるんすかねwww
 やっぱ殺されてバッドエンドっすかwww」

信長君も支持してるみたい。みんな頭イッちゃてるのかしら。
それにしてもうちの男子は美男顔とブサイクの差が激しいのね。

作者はまた下を向いて黙っている。
そこでポト議長から答えるよう催促されたわ。

「展開は僕次第ですが、どうにでも考えられます」

「それは、続きが書けるという意味ですか?」

「そうです」

ポト議長の質疑に答える作者さん。

「まずあの別作品を定義してください。
 作者さんにとってあの作品とは、なんだったのですか? 
 まさか余談を書いたわけではありませんよね?」

「はい」

「はい…?」

「余談だと言いました。あれは余談です」

会場が騒然としてしまいました。

ここで席順を説明させてください。

作者を教室ど真ん中に位置させ、
その向かい側に私たちが横一列に並んでますわ。
1対6で十分な圧迫感を加えております。

「余談とかwwwwwどんだけ長い余談なんすかwwww
 三話丸ごと余談とかパねえwwwwしかも内容が濃いwwww」
 気合い入れて書きすぎっすよwww面白かったけどwww」

「うちの家族を勝手に破産させるなよ!! 
 なんで私と兄貴がカップルになってんだよ!! 
 吐き気がして読む気にもならないわ!!」

信長とミホさんです。信長君は口調が特徴的なので
説明しなくても分かりますよね。

ちょっと余談の定義を辞書で調べてみましょう。

余談 よだん

何らかの役に立つことを見込まれていない話。
雑談の類。話の内容の事柄と『多少は関連』しているものの、
本筋から外れており、理解の助けに
及ぶ見込みが殆どないとされるものを指す。

「そういう話が書きたいなら新作として
 書けばいいものを……。何の前触れもなく
 余談を書くから問題になるのが分からないのか」

バルサン君が吐き捨てるように言います。
作者さんは返す言葉がないのか、まだ下を向いてます。

そこへ追い打ちをかけるように、トロツキー君がまた
席を立って作者の前に行きました。

「言いたいことはまだあるぞ!!
 君は『余談の中で余談』を書いてしまった!!」

なんのことだと作者さんがしらけます。

「シンガポール要塞の話とか、なんなんだよあれ!!
 あれ、話の本筋に多少も関連してねえ!!
 まったく関連してねえぞおおおお!!」

「その時のノリで書きました。
 何を書いたのかはよく覚えてません」

作者が震えた声でそう言うと、信長君は爆笑して
イスから転げ落ち、トロツキー君の怒りは火山の噴火のごとく。

「いかにもイギリスを強い国と思わせたいのが
 ムカつくんだよ!! 第二次大戦のイギリスなんか
 ドイツ空軍に空襲されまくってフルボッコだったろうが!!」

そういえば、トロツキー君の作ったソ連軍が
ドイツ軍を倒したという話が前にありましたね。

「日銀の話とかもいらねえんだよ!!
 日本の議会の話も兄妹の話と何の関係があるんだ!! 
 しかも余談なげえよ!! あんなの誰が読むんだ!!」

「そうだそうだ!! もっと言ってやれ!!」

ミホさんがトロツキー君に声援を上げています。
わき役同士、仲のよろしいことです。

トロツキー君の言っていることは正論ですね。

作者は~お兄ちゃんと妹のお話~という余談を
書いておきながら、その余談の中でさらに余談を書くという
前代未聞の小説を書きました。

ポト君が口を開きます。

「ふたりとも静粛に。作者を怒鳴りたい気持ちは痛いほど
 よく分かります。ミホとトロツキーは席に戻って。
 続いて僕が質問しますが、その前に、マリー」

私を見ましたね。

「君はさっきから一言も発言してないね」

私は手元にあるノートPCを指しました。
会議中にPCで続きを書いているのだから、
話す暇がありません。

「質問権は全員にあるから、マリーも何か質問して」

めんどくさいですぅ。
小説書くのは初めてだから書くので精いっぱい。

「でもルールですから。君だって性悪女として
 書かれていたのだから、言いたいことの一つや二つは
 あるでしょう。遠慮なくどうぞ」

全員が私を見てきましたから、少し気まずいです。
国語の時間に朗読の指名をされたみたい。

仕方ないので質問しますか。

でも、何を聞こうかしら。

疲れるけど、前の話をざっと読み直してみます。

うーん……。

ああ、ここね。

「では作者さん」

「は、はい!」

なんで緊張しているのかしら。

「第18回 ミホ(お兄ちゃん。バカな妹でごめんなさい)
 について質問したいのですが」

「はい!! なんでもお答えします!!」

「堅苦しくならずに普通にしゃべってよろしくてよ。
 文章量およそ1万の内約ですが、4千文字は余談です。
 ユキオさんのオーディオ、国会と金融のお話で占めていました」

「ぶひ」

「余談の中の余談にしても、少々長すぎると
 思うのですが、どうお考えですか?」

「すみませんっ。確かに長すぎました」

「16話(回)から18話まで余談をはぶけば、
 二話分でまとまった話だと思いますが?」

「その通りでございまっす!! さーせん」

「さーせん、ですって?」

「え(´・ω・`)」

私は、こういう話し方が許せませんの。
家でお堅い教育を受けて育った影響なのかもしれませんが、
日本の若者のチャラい話し方はどうしても許せません。

「あ、マリーがぶち切れそうなのでそこまで」

私は席を立ったのですが、ポト君に制されます。
いけない。私もトロツキー君状態になるところでした。

「はいはい。みなさん。冷静になりましょうね。
 では次の議題に移りましょう」

ポト君がプラカードを机の上に置きました。
こんなことが書かれています。

① なぜ、兄妹の近親相関ものを書いたのか。
② 本編の内容(255)をドラマの話として扱った。
③ ②により、余談ではなく本編を
上書きする意図があったのではないか

「まず①について説明させてください」

作者さんが饒舌に話し始めます。

「私は作品を書き始めた当初、
 妹のミホは兄思いの子として描きたかった」

「普段は喧嘩するが、いざ家族が貞子問題に
 巻き込まれると、兄を救うために右往左往する。
 そこで家族の絆が描けると思いました」

「証拠としてあらすじを抜粋します↓」

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ミホとは性格が合わず、喧嘩が絶えない仲だった。
そんな兄も女好きが引き金となって
怪奇現象に巻き込まれてしまい、廃人と化してしまう。

時を同じくして、ユキオは銀行の業績悪化により、
出向(退職と同義)を命じられてしまう。
いったい本村家はどうなってしまうのか。

これは一つの家族の絆を描いた?つもりの
世にも珍しいホラー・コメディ作品である。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

「ところが、劇中ではミホが兄をぶち殺すなどと
 発言し、実際にロベスをぶっ飛ばすなどしてます。
 どうしたら妹らしいミホが描けるか考えたところ、
 例の余談を考えてしまいました」

「余談の呼び方では混乱を招きますから、
 ~お兄ちゃんと妹のお話~で統一します。
 意義のある人は?」

またしても反対者なし。ポトの結束力は見事ですわ。

私はタイプに忙しくて手を挙げませんでしたけどw
あっ、ポトがにらんできた。

作者に対し、トロツキー君が問い詰めます。

「妹らしいミホって言い方が分からん。
 そのまま本編を続ければいいだろ」

「確かに。ネタが切れたから苦し紛れに
 書いた話にしか思えん」

バルサン君も腕組しながら同意します。
お家にカビが生えたらバルサンしましょう。

「今、バルサンからネタ切れを指摘されましたね。
 作者さん。どうなのでしょう?」

「認めますよポト議長。あの裁判での決着の仕方が
 僕には思いつかなかった」

「第15回 ミホ「ふざけんじゃねえよ!!!」の冒頭で
 ロベスピエール君をぶっとばしましたが、
 あの展開も突拍子がなく、無意味だと思います。
 ネタ切れと関連性がありますか?」

「あれはミホが勝手に殴りました。僕の意思ではありません」

「その説明は無理がありませんか? あなたは続きを
 書く権利があることを自分で認めていましたが」
 
「前も言いましたが、頭の中でキャラが勝手に動くので
 僕は『自動タイピング』をしただけです。
 つまり手が勝手に動くので僕の意思ではありません」

ブチッ。

堪忍袋の緒が切れた音ですか。

ミホさんが席を立ちますが、なぜかトロツキー君も続きます。
彼は共産主義者じゃなければ美男子なのにもったいない。
私は東欧系の男子は好みですわ。

おふたりは作者の目の前に立ち、説教を始めました。

「小説を書いたのは、あんただろうが!!」
「人のせいにするな!! 作者のおまえに聞いてるんだよ!!」
「兄妹で妊娠とか現実にありえるのか!! キモいんだよ!!」
「あのあと、本村家どうなるんだよ!! 気になるだろうが!!」

作者さんは(>_<)となっています。
かなり効いてるようですね。

「2人とも、席に座ってと何度言ったら……。
 作者を萎縮(いしゅく)させると逆効果ですよ」

ポト君が少し怒っています。

「作者さんは③について答えなさい。
 ~お兄ちゃんと~を本編とする意思はありましたか?」

「最初は一話だけの短編を書くつもりでしたが、
 書き始めたら本編より面白くなってしまい、
 止まらなくなりました。特にミホのキャラが良い」

「あなたは現在、元の話(本編)の
 続きを書くつもりがありますか?」

「ありますよ。ただ、トロツキー君や信長君のように
 楽しいと言ってくれる人もいる。
 僕の会社の同僚も続きが気になると言ってくれ、
 誇らしく思い、今は調子に乗ってます」

「調子に乗らないでください。
 仮にあれを続けたとしてもバッドエンドにしかならない」

「それは分かっています。というかあれ以上書いたら
 マジで出産シーンとか始まりますよ。いいんですか?」

信長君がまた笑ってます。本当にヘラヘラした男ですね。

「ぜんぜんおkっすよwwww
 本編の貞子の裁判とかより絶対面白いっすwwww
 俺たちのこの茶番は飛ばして、続きはよwww」

信長君はたぶん、昼ドラが好きなタイプね。
分かるわ。私も宮廷時代は不倫が趣味だったもの。
不倫をしないフランス王室なんてフランス王室ではないわ。

今のところ、~お兄ちゃんと妹のお話~ について

信長・トロツキーが支持派ね。
バルサン、ミホさんは反対派に回ってるわ。

え。私はどうかって? うふふ。秘密ですわ♪

私が一番気になるのは、ポト君がどう思うのかよ。
彼は議長だから中立なのは分かるけど、
本当のところはどう思っているのかしら。

「え、俺?」

そうよ。

「僕は議長ですから、私情を挟まないようにしてます。
 よって発言は控えさせていただきたい」

ちょっとあなた……。

自民党の官房長官ではないのだから。
素直に思ったことを口にしてくださいな

「作者の尋問を続けます」

無視されましたわ。

「短い言葉でお答えください。
 作者さんは本編の小説をどのように
 終わらせようとお考えですか」

「ずばりハッピーエンドです」

また、4組がざわつきました。

「ハッピーエンドとのことですが、本村家の女性と
 貞子、ケイスケをめぐる複雑な人間関係の
 整理が必要となります」

「議長のおっしゃる通りです。あの裁判の結果を
 どうするべきか考えましたが、現在に至るまで
 答えは出ませんでした」

「貞子を無罪にして、なんとか本村サイドにも
 納得してもらえば終わりになりませんか」

「僕もそれは考えましたが、なんだか普通過ぎる気がして」

「普通でも構いません。作者の努力義務として
 一つの作品を完結させましょう」

「実は頭の中では次回作の構想を練っています」

またまた4組がざわつきました。
ミホさんとトロツキーが怒鳴っています。

まだこの作品が終わってないのに
次回作とはどういうことでしょうか。

私達のことはどうでもいいのでしょうか。
もしここに鈍器のようなものがあれば、
作者さんの頭をカチ割ってあげたいです。おほほ。

「君もなかなか物騒なことを言うのな……」

バルサンから言われました。
私ったら口に出ていたのかしら。

「あのー作者さんに聞きたいんすけどwwww」

「なんでしょうか。織田信長」

「なんでハッピーエンドにこだわるんすかwww
 ~お兄ちゃんと~ も面白いと思いますよ。
 あっちを本編にしてバッドエンドで終わらせても
 納得する人いると思いますけどwwww」

「駆け出しの作者はバッドエンドにしないほうが良いと
 どこかのサイトに書いてあったからね。
 ネット小説の読者はハッピーエンド支持者が多いらしい」

「支持者とかwwwこんなに余談ばかりの作品を
 支持者する人がいるんですかwwwつか俺らなんで 
 作者と普通に会話とかできてるんすかねwwww」

「みんな当たり前のように話してるけど、
 これ、小説的にアウトじゃねえんすかwww」

「それについては…」

作者さんは喉が渇いたのか、
ペットボトルの水を口に含みました。

「作者が思いつくままに自由に作品を書いたら
 つまらない作品になってしまうと思い、
 キャラと一緒に考え直す機会を作りました」

「すでに変な展開にしかなってねえすよwwww
 まともな話の流れなんてほとんどないっすよwww」

「だから、なんとか終わらせる方法を考えないと!!
 俺だって真剣に作品を書いているんだよ!!」

「なにキレてるんすかwwwうぜえwwww」

信長君は馬鹿笑いしています。
この会議を一番楽しんでいるのは信長君でしょうね。

ふわぁ。眠い。そろそろお茶の時間でしょうか。

「マリー君は真面目に話を聞きなさい」

また議長に、にらまれてしまったわ。いけない。

「みんな!! 聞いて!!」

ミホさんが席を立って声を張り上げました。
彼女は何度席を立ったら気が済むのでしょうか。

「この作品がつまらない理由が今分かった!!
 作者が作中に登場するからだよ!!
 まず作者がこの作品から退場するべきなんだよ!!」

あらあら。会場内が拍手で包まれていますわ。
そんなに作者さんが嫌われていますの。

私は作者さんを尋問するの楽しみだったのですか。
だって彼の困った顔美留の楽しいじゃないですか♪

ほら彼の顔見て。

(>_<) ←

真の文明人とは暴力ではなく、言葉(法)によって
相手を追い詰めるべきなのよね。彼のあの顔、たまらないわ♪

「あんた、ドSだったんだ……ちょっと引くわ」

ミホさんが私の顔を見て言いました。
あれ? また口に出てたのですか。

「本村ミホ君の言う通りだ!!」

トロツキーが吠えます。

「この作者は次回作を構想してるなどと寝言をほざいたぞ!!
 もはやこの作品を自ら否定したに等しい暴言だろう!!
 ポルポト議長!! この作者をこの作品そのものから退場さろ!!」

「議長としては、おおむね賛成しますが、その前に一つ。
 作者さんはどんな次回作を考えているのか具体的に」

「スピンオフです」

またしても会場がざわつきました。
何回同じ表現を使えばいいのでしょうか。
私も分かってはいますが、こう表現するしかないのです。

スピンオフの意味を辞書でざっくりと調べましょう。
長いので要約すると

・過去作品の派生 
・キャラの立ち位置変更
・設定等の変更

「ちなみにどの作品をスピンオフしたいのですか?」

「学園生活。ミウの物語です」

何度目か数えておりませんが、また会場がざわつきました。

『学園生活』は『モンゴルへの逃避』の次回作でした。
それをスピンオフさせるということですか。
スピンオフさせる余地があるのでしょうか。

次から次へと奇策が思い浮かぶのはある意味才能ですが、
たぶん作者さんはB型ですね

「いえ、A型です」

つっこまれました。ぶっちゃけ私の文章は
会話してるのかナレーションしてるのか不明ですね。

「俺から質問していいか?」

とバルサン。

「学園生活だが、俺は共産主義者だから支持しているよ。
 だがあの作品は綺麗に完結したじゃないか」

「主人公のミウの鬼畜成分が不足しました」

「鬼畜成分? 初めて聞く言葉だが、どういう意味だ?」

「第21回、ミウは太盛と再会したが、やんでしまった。
 が消化不良でした。もっとミウをヤンデレにしたかった。
 彼女に臨んでいたのは冷酷なボリシェビキになることです」

「なら、そう書けば良かったろうが」

「あの作品もハッピーエンド前提で書いておりました。
 そのためにミウは清く正しい子でなければなりません。
 今度は逆にバッドエンドにするために
 ミウを鬼畜で書いてみたい」

「そんな内容を読んでくれる人がいるのか?
 自己満足の日記帳となるのではないか」

「ちょっと最近会社のストレスが深刻なので、
 残酷な作品を書いてすっきりしたいなぁと」

バカじゃないの。

「はい。バカです」

認めてしまいましたわ。素直な方は嫌いではないけど。

このつまらない会議はいつまで続くのかしら。
今何時かしら。午後の3時……10分前? 
いけない。お茶の準備を始めないと。

「茶なら不要だよ君」

こ、この声は……!?

「待たせたね。君たち」

4組の扉を開けて突如姿を現した方は、
群馬県まで吹き飛ばされたはずの
ロベスピエールさんでした。

「な、なにぃ……」
「ちょwwwあいつ生きてたんすかwww」
「ロベスピエールさん……」
「なんで生きてんの。どんだけタフなんだよ」

みなさん、ざわついてます。

ロベスピエールさんは以前とは貫禄が違いました。
群馬県北部の山中で鍛えたのでしょうか。

肉体的にたくましくなっており、顔つきも
戦場から帰還した兵隊のようになっています。

「ポト君。そこの席は君にふさわしくない」

「う……」

ポト君は目にもとまらぬ速さでアッパーを食らい、
激しく吹っ飛ばされました。

どうやらロベスさんは格闘技を習得したようです。

「今回の会議の内容は聞かずともだいたい分かっている。
 今この瞬間から私が議長を務める。よろしいね君たち?」

ロベスさんの言葉には重みがあり、
有無を言わさない説得力があります。

私と裁判中に意見を戦わせたのは良い思い出です。

「まず作者に対し、即決裁判で刑を執行する。
 この作者は直ちに作品から消えてもらう。
 賛成の者は挙手を願う」

私を含めた全員が手を上げました。
正確には手をあげさせられました。

「それでは刑を執行する」

ロベスピエールさんが助走をつけた強烈な
右ストレートを繰り出しました。

「うわー」

作者さんは窓ガラスを突き破って空の星となりました。

「さて。これから話し合いを続ける。
 議題は単純。今回の貞子裁判の決着の付け方だ。
 いかにしてこの作品を完結させるか」

どうやらロベスさんは~お兄ちゃんと妹のお話~を
読んでないので、本編を続けるつもりみたい。
まあ私も反対はしないけど。

こうして作者さん不在のまま話し合いが続くのでした。
ポト君は大往生してますけど、大丈夫なのでしょうか。

長くなりましたので次回に続きます。

                  著作・制作・マリー・アントワネット

私(マリー)がなぜかミホさんの決闘することに

「今後裁判を中止し、別の方法での解決法を
 考えるべきだと私は思う」

ロベスさんの主張を下にまとめます。

・第12回 織田信長「そろそろ本気出すわwww」
 以降に裁判が行われていない

・第15回 ミホ「ふざけんじゃねえよ」
 から作者が作品に登場し、読者を混乱させた

・数話前に自分がミホにぶっ飛ばされ、
 出演していなかった期間がある

・その間に~お兄ちゃんと妹のお話~が執筆され、
 また余談が多すぎることもあり、さらに読者を混乱させ、
 小説でなく『作者の日記帳』となってしまった
 
・作者の罪は収容所行きに匹敵する。


「諸君は!!」

ロベスさんが両手を広げました。

「作者の日記帳を小説と呼べるのかね!?
 自分の好きなことをダラダラと書いて
 自己満足するのが本当に小説だと言えるのか!!」

トロツキーとバルサンが拍手して称えています。
信長君はせんべいを食べながら笑っています。

ロベスさんはそう言いますけど、代案でもあるのかしら。
ここまで複雑な設定になったストーリーを終わらせる案でも?

少なくとも私には思いつかないわ。
もちろん~お兄ちゃんと妹~の続きはごめんよ。

「代案ならあるよ」

自信満々に言ったわ。

「弁護人と検察官の言い争いでは決着がつかなかった!!
 おそらく今後話し合いをしても無理だろう!!
 ならば、最終的解決のために武力に頼るしかない!!」

武力ですって……?

まさかこの人、検察側と弁護側で戦争でもしろとでも言うの……?

「そうだ。国と国の外交でも交渉決裂の末に戦争を
 するではないか。ならば我々2年4組の
 裁判も戦争で解決するしかない!!」

戦争と言っても。私たちは学生なのよ?

「それは分かってる。検察と弁護人から一名ずつ
 代表者を選び、彼らの決闘によって裁判の決着をつける。
 勝った方の主張が通り、この物語は完結する!!」

ざわつきました。よくざわつきますねこの教室。

「確かに!! 諸君の懸念は分かる!!
 武力に頼るなど野蛮なことは私もしたくない!!
 しかし事ここに至り、他に代案があるのか!?
 あるものがいたら、今すぐ私に言ってほしい。今すぐ!!」

私達は理論整然とした彼の主張に反論できませんでした。

時間を書けて考えれば解決法があるかもしませんが、
確かにこの小説は長くなり過ぎました。

生前の作者さんは言ってました。
できれば14話あたりで話を終わらせたかったと。
今私の書いている話で20話ですか。

「異論がないようなので、さらに話を続ける」

ロベスさんは賢者なので、みんなの視線が自然と注目します。
あっ、ポト君が起き上がった。目が覚めたのね。

「この野郎っ!!」

ポト君がロベス君に殴りかかったわ。
ロベス君はひらりとかわし、ポト君を説得しています。

「今はそれどころじゃないのだよ。
 こういう茶番はもうやめようではないか」

「ならなぜ俺を殴った!? けっこう痛かったぞ!!」

「君は聖なる犠牲になったのだよ」

「ぎせい?」

「これから神8は、暴力によって諸問題を
 解決することにする。私はミホ君に殴られてから全てを
 悟ったのだよ。もう話し合いなどしてる場合ではない!!」

「そんなので納得できるか!! 
 俺にもお前を殴る権利がある!!」

「いいから聞け!! 我々神8は常に一つの明確なる意思のもとに
 行動を共にしてきた!! 我々は貞子と戦い、時に媚を売り、
 時に接待し、時に裁判をし、そして解決に至たらず悩んだ!! 
 今、再び我々の力を結集し、小説を完結させようではないか!!」

彼の背後に後光が指しているかのようです。
さすがはフランス国民公会でトップの頭脳を
誇ると言われた人です。

彼の演説に全員が真剣に耳を傾けています。

「我々はもはや貞子対策のために集まった集団ではない!!
 小説を完結させる。その遂行なる使命のために
 知恵を結集するための組織と化したのだ!!
 現に作者は追放された!!」

「全員の意思を統一する必要がある!!
 そのために私は決闘によって決着させることを
 提案したのだ!! 反対者がいたら遠慮なく手を挙げてほしい!!」

彼の言葉は、どうしてこんなにみんなを納得させてしまうの。
ポト君は黙ってしまったわ。

独裁者のレベルの違いを感じてしまったみたい。

「反対者がいないようなので、決闘の具体案をこれから述べる!!」

無理もないわね。私だってロベスさんに口では勝てないわ。
ロベスさんに対抗できるのはケイスケさんくらいじゃないかしら。

「議長権限により、決闘の代表を選出する!!
 検察側代表、本村ミホ!!」

「はぁぁぁぁ!? なんで私!?」

ミホさんは戦闘力が高いので適当でしょう。
あっ、適当は、適切であるという意味も
含まれているのですよ? うふふ

「次に弁護側代表は……」

誰が呼ばれるのか知りませんけど、
ミホさんにボッコにされてすぐ試合終了でしょう。
最悪死ぬかもしれませんね。

「マリー・アントワネット!!」

とにかくこの作品が終わるならこれで一安心です。
一体いつまで続くのか不安でもありました。

決闘とは楽しみですわ。優雅にお茶でも飲みながら
観戦さていただきましょう。

「聞いているのか?」

……はい?

「弁護側の代表は君だよ」

なんと……。

私? このわたくしが?

まさかとは思いますが、私がミホさんと
戦えと? 武力を行使しろと?

「ちなみにこれは議長権限だ。拒否権はないぞ」

嫌ですよ。私は平和主義者で鉛筆より
重い物を持ったことすらありません。

「おいトロツキー。強制収容所はまだ空いてるな?」

「あと一クラス分空いてますね」

何の話をされていますの?

「マリー君。君が愚かにも拒否しようものなら、
 強制収容所送りにする」

バカなことをおっしゃるのね。
この平和な日本のどこに収容所があるのよ。
どうせ脅しでしょ? 

「君を作者と同様にこの作品から追放する。
 そして別作品に移動してもらう」

別作品?

「学園生活~ミウの物語~に登場する強制収容所だ。
 君も明日から二号室の囚人として収容されるかね?」

横暴ですわ。

それに議長権限とは何よ。そんなの聞いたことないわ。
神聖なる神8でそんな暴論が通ると思って?

「お願いだよ。アントワネット。
 ロベス君の言う通りにしてよ」

ミホさん……。自分が何を言ってるのか分かってるの?

「物語を終わらせるには、これしかないんだよ。
 私があなたをぶっ飛ばしてあげるから、安心して?」

何を安心しろと言うの。
ぶっ飛ばされるのが分かってて
決闘に応じる人がいるのかしら。

そもそも私を弁護側代表に選んだ意図が分かりません。

「マリー。君はある意味最高に有利だぞ」

ロベスさん……。どうしてですか?

「君は執筆権があるから、現作者でもある。
 ミホ君に殴られたくないなら、君が強くなった設定で
 彼女をボコボコにしてしまえばいいではないか」

確かに私がどのようにも書けるのを忘れていました。
作者って便利なのですね。
ミホさんがすごい顔で私をにらんできます。

「ただし、それで面白い話になるのだったらな」

え?

「君は作者である以上、面白い話を書く義務がある。
 元作者のように駄文を書くだけなら、
 責任をとって君も追放してやる」

そんなに重い話だったのですか……。

私は小説を書くのが初めてなので
物語を完結させるという大役が務まるか
自信がありませんわ。

「大丈夫っすよwww超能力とか使って派手な
 戦闘をすればそれらしく終わるからwwww」

今しゃべったのは信長君よ。
今度から信長君のセリフ説明は省略しようかしら。
wwwがついてるのは信長君だもの。

超能力とか言われても。私は元18世紀の
人間だからSFっぽい設定はよく分かりませんわ。

「マリー。僕も君と一緒に続きを考えるから、
 安心してくれ。できるだけ君が傷つかないような
 設定を考えよう」

ポト君は最後まで紳士ですわね。
私の手を優しく握って語り掛けてくれます。

日本の男はどうしてこういう積極性がないのかしら。

そんなこんなで話はまとまってしまい、
私とミホさんの決闘が議決しました。

期日は一週間後。

それまでに決着の方法を
考えるのが私の宿題となりました。

考えることが多すぎるわ。
他の人と変わってほしいくらいです。
忙しすぎて倒れそうですわ。

「うぅ……こんなのあんまりですわ。
 どうして私がミホさんと戦わなければなりませんの。
 ロベスさんは私に死ねと言っているのと同じですわ」

「マリー。こんなに脅えちゃってかわいそうにな」

屋敷に帰った後、私はケイスケさんの
胸の中で泣いていました。

こんなに悲しくて胸が張り裂けそうになるのは、
フランス革命の動乱以来です。

平和な日本で生まれ変わって楽しく毎日が
過ごせると思っていたのに。

「ちょっと」

貞子さんが鬼の形相で私をにらんでいますが。

何か用ですか? 良いシーンが台無しです。

「なに人の彼氏に勝手にだきつ……」

うざいので貞子さんにはリングに帰っていただきました。
これも作者の権限ですわ。だって貞子さんがいたら
私とケイスケさんの純愛物語が書けないではないですか。

冗談ではなく、これで貞子さんの出番は終わりです。
物語が終わるまで今後一切登場しないでしょう。

え? 貞子の裁判はどうなるのかって?

そんなの知りません。私はこれからミホさんとの
決闘に臨み、この作品を終わらせるのです。

この作品の主人公、兼作者、兼メインヒロイン、
兼決闘者、兼弁護側代表、兼元フランス王妃なのは私です。
兼業が多すぎて自分でも覚えきれませんが。

キャラなのに執筆権があるのは、
人類の小説史上私くらいでしょう。
あとであらすじも書き直してミホさんは、
わき役にしておきますね。

さらにもう一つ兼業を増やしておきますか。

「ケイスケさんの脳内から貞子のことは消えました。
 あなたは今から私の彼氏になりなさい」

「はい。分かりました」

ケイスケの彼女のポジをゲットしましたわ。
Je l'ai fait.(やりましたわ)
うふふ。うれしくてついフランス語が。

「ケイスケさん。私はミホさんに負けることよりも、
 物語が終わってあなたと会えなくなることの方が
 さみしいの」

「マリー。それは俺だって同じさ。俺なんて
 直近の5話分くらい出番がなかった」

「あなたは~お兄ちゃんと~に出演されてましたわ」

「ノーカウントで頼むよ。あの作品読んでたら
 3回くらい吐きそうになったわ。
 俺がミホと寝るシーンとか勘弁してくれよ。
 実の妹に欲情するとか気持ち悪すぎてヘドが出るわ」

「確かに。兄妹の恋愛なんて普通じゃありませんわ」

「俺には君がいる。それだけで十分だよ。マリー」

またギュッと抱きしめられました。

ケイスケさんはこんなにも女性の扱いがうまいのですね。
女性が言って欲しい言葉をさらっと言ってくれますの。

「ごめんください」

あら。私の部屋に誰か入ってきましたわ。
ケイスケさんが驚いて私から飛びのきました。
ずっと抱きしめてくれていいのに。

「マリー。作者だからって横暴しちゃだめじゃないか」

ポト君です。

「君がケイスケさんに気があるのは知ってるけど、
 貞子を消しちゃうのはどうかと思うよ。
 ちゃんと前作者の設定を意識して書いてくれよ」

「それとケイスケさんを洗脳するのもよくないよ」

正論なのは分かっているわ。でもね。

「貞子を呼び戻せないのか?」

無理よ。

「貞子は裁判の被告人だぞ。
 君の彼女を救うために弁護してたんじゃないのか?
 貞子がいないと物語の根底が…」

「いやよ」

「へっ?」

「いやよ。いやよ。絶対にいやよ!!
 いくらポト君のお願いでも絶対に嫌よ!!」

私は感情に任せて思いのたけをぶちまけました。

「私はずっとケイスケさんと一緒にいたかったの!!
 私がずっと弁護側に回っていたのも彼と一緒に
 いたかったからなの!!」

「君は……ユキオさんと結ばれそうな流れだったのに」

「ルイは私の友人ポジションよ。元夫だけど、
 この世界では違うわ。私の恋人はケイスケさんなの!!」

「そうか。そんなにケイスケさんのことが好きだったのか」

「そうよ!! 裁判でロベス相手に戦う彼の姿とか
 すっごいかっこ良かったわ!! 貞子を守ろうとする姿も
 カッコいい!! 妹のミホさんに嫉妬したこともあったわ。
 私もこんなお兄さんが欲しかった」

ポト君があきれてるわね。
さすがにまくし立て過ぎたかしら。

フランスの女は情熱的で恋愛が大好きよ。
日本の女みたいに受け身の恋愛はしないんだから。

「いいじゃねえかよ。ポト君」

ケイスケさん……。

「マリーだってこの作品でずいぶん苦労してるんだからさ。
 少しくらい自分の好きな展開を書いてもバチは
 当たらないんじゃないのか? それにマリーに
 執筆権を譲渡したのは、元議長の君だろう?」

「ふ……。ケイスケさんがそこまで言うのだったら、
 僕は引き下がりますよ。譲渡したのは確かに僕ですしね」

ポト君は悲しそうな顔をして帽子を被りました。
彼は外を出歩くときは探偵帽をかぶるのです。

「一週間後を楽しみにしていますよ。
 どんな展開にするか二人でよく話し合ってください」

ポト君は扉に手をかけました。
そのまま行ってしまうのかと思ったら、
私を振り返りました。

「最後にこれだけ言わせてくれ。
 僕は君のことが好きだったよ」

「ポト……」

「君が決闘に勝つことを心から祈っている。
 そしてケイスケさんと幸せになってくれ。
 今夜はお邪魔してすまなかったね」

去っていく彼の姿は、とても印象的でした。
廊下から彼のすすり泣く声が聞こえた気がしました。

ポト君。気持ちに答えてあげられなくてごめんなさい。
あなたと付き合うことはできないけれど、いつまでも
友達でいましょう。

……湿っぽい話になってしまいました。

そろそろ五千字を超えましたか。
短いですが、私は長文を書くのが得意ではありません。
今回の話はこれでいったん閉じましょう。

ではみなさん、また21話で会いましょう。うふふ。

私の戦闘力でミホさんが倒せるのかしら

ところで、みなさんはわたくしの戦闘力をご存知でしょうか?
知っての通り私は上流階級の作法には通じておりますが、
武闘派ではありません。

戦闘でミホさんに勝つことはできません。
仮に一週間の間、山で修行しても無駄でしょう。

私とミホさんの間には「致命的な」戦闘力の差がありますの。

この「致命的」という表現を生前の作者さんが
良く使っていましたので、私も使わせてもらいますわ。
使ってみるとユニークな表現ですこと。

「生前」という語句も多用しておりますが、
彼が死んだ根拠はありません。
ノリで使っているだけですので。

私は、主人公の立場から負けるつもりはありません。
だってそうでしょう?
主人公がわき役に負けてしまったら面白くならないわ。

問題は、私がミホさんを倒してもいいのかということ。

「俺は構わないよ?」

ケイスケさんはそう言ってくれます。

「最近ミホは不良っぽくなっちゃったからな。
 まあ俺が原因だからあんまり強く言えないけど、
 ここで少し痛い目にあって反省させるのも手だろ」

「しかし、私が一方的に話の展開を
 考えてもいいのでしょうか」

「なんでそんなことを気にするんだ?
 君は作者じゃないか」

「そうなのですけど」

「決闘当日にミホにワンパン食らわせて
 吹き飛ばせば終わりだろ」

ケイスケさんは今日も食欲が旺盛です。
私達は今、大食堂で二人だけで向かい合って食べています。

いつまでもこんな時間が続けばいいのに。

私だって本当なら今すぐ彼女の元へ駆け寄って
ワンパン食らわせたいけど、
そんなことしたら、この話が最終話になってしまうのよ
ケイスケさんはさみしくないの?

「全然」

ナイフとフォークをいそいそと動かすケイスケさん。
西洋食にもだいぶ慣れていただきました。

「この話を終わりにした後、次回作を書けばいいじゃないか」

まあ、次回作?

「もう貞子もいないんだし、この話は意味ないだろ。
 次回作で俺と君のイチャラブ純愛ストーリーを書こうぜ」

さすがはシャルル(ケイスケさん)
ロベスさんを口で負かすほどの頭脳の持ち主ですわ。
彼の頭の柔らかいところも大好き。

「決闘まであと何日だ?」

食道にはカレンダーがないので、
スマホのスケジュール表を確認しました。

「あと5日ですわね」

「そんなにあるのかよ」

「ええ」

「今日倒しに行けよ」

「えっ」

「昼時だからミホは家にいると思うぞ。
 俺が連れて行ってやろうか? 
 いちおう自分の家だし」

「よろしいのですか。
 約束の期日を破ってしまうことになるのでは」

「こんだけ混沌とした作品で約束とか関係ないだろ。
 元作者、今ごろどうしてるんだろうな」

「群馬県まで吹き飛ばされたのかしら」

「食べ終わったらすぐ行こうぜ」

ケイスケさんに急かされたのでお昼を早めに食べ終えました。
優雅なお昼にならなかったのが少し残念ですが、
愛する人の言うことなら逆らえないわ。

ケイスケさんは道中でスマホを取り出して
妹さんに電話していたわ。

「おいミホ。俺のマリーが今からおまえのこと
 ぶっ飛ばしに行くからな」

「は……? 意味わかんない。
 頭の中にウジ虫でも湧いたの?」

「はいはい。とにかく本村家に行くからな」

「あーそれ無理だから」

「あ?」

「私今大宮駅にいるから。友達と遊ぶ約束してんの」

「駅で待ち合わせ? 彼氏か?」

「ううん。ネットで知り合った人」

「うわぁ……おまえバカだな。大人しくジャニオタでも
 やってればいいのに。SNSで恋人作るとか
 バカの極みじゃねえか。おまえニュースとか見てないの?
 そんなだから世間知らずのバカだって…」

「うっせえ、クソ兄貴!! 
 偉そうなこと言うのやめろ!! うざいしむかつく!!」

「お前の言い方もカチンとくるし、うざいがな。
 その性格治らないならマリーにお仕置きしてもらうぞ」

「なら今すぐにでもかかって来なさいよ。
 あんたも含めて全員ぶっ飛ばしてやる!!」

「おまえと話してるとマジむかつくわ。
 なんで喧嘩にしかならねえのよ」

「こっちだって同じだよ。くだらないことで
 電話してくるなよクソ野郎」

「俺らさ、血がつながってるとは思えないほど
 仲悪くないくか? もうすぐ小説が終わるのに
 こんなのでいいのかよ!!」

「私、この小説に出演するの疲れた!!
 ハッピーエンドだろうかバッドだろうか
 私には関係ないし!!」

ミホさんが電話越しに深いため息をついてるうようです。
そうとう怒っているようですね。

「元フランス王妃に伝えておいてよ!!
 さっさと物語終わらせろって。
 私ガチで待ち合わせあるから、切るからね?」

「おう」

「あと最後に一言。くたばれ」

「おまえもな」

ケイスケさんが般若(はんにゃ)のような顔をしているわ。
本当にどうして本村兄妹はこんなにも仲が悪いのかしら。

ミホさんがいけないのね。
私だったらこんなに優しいお兄さんがいたら
一生大切にするわ。婚約したいレベルよ。

「はは……見苦しい場面を見せちゃって悪いね」

「いえいえ。あとで私がミホさんをぶっ飛ばして
 おきますから、安心してくださいな」

「楽しみだなぁ。その前に作者特権で
 第16回~18回の話を削除してくないかな?」

~お兄ちゃんと妹のお話~が書かれている話数ですね。

「あんなカス妹を妊娠させた話とか、この世から
 消すべきだろ。不愉快を通り越して全身に鳥肌立つわ」

「……ケイスケさんには言いにくいことなのだけど、
 信長君たちのようにあの作品が面白いって
 言ってくれる人もいるのよ」

「あんな生ゴミみたいな駄文が?
 森友学園の改ざんされた決裁書のほうがましだよ。
 それよりあの作者ふざけんなよ。
 名誉棄損罪で民事訴訟してやる」

「あの人は会社でストレスが溜まると
 奇抜な作品を書くそうなの。職場の人間関係で
 苦労してそうな人だから多めに見てあげて」

私はケイスケさんにもたれかかるようにして
抱き着きました。私達がいるのは、本村家近くのコンビニです。

レジの前でラブコメをしてるモノですから、
若い男性定員さんがじろじろとこっちを見てきます。

私たち、目立ちすぎたかしら。

「あー。マリー・アントワネットだぁ」
「こら。指差したら失礼でしょ」

今度は幼稚園生くらいの子供と母親です。
コンビニでも元フランス王妃のオーラは隠せませんね。
すぐに私の正体が分かってしまうのですから。

「今は抑えてやるよ。
 マリーがそこまで言うんだったらな」

そう言ってケイスケさんは私の頭を
撫でてくれました。慈愛に満ち溢れた瞳をしています。

やっぱり優しい人。
この人を狂わせてしまう妹は倒さないとだめね。
あとできつめのワンパンを食らわせてあげるわ。

「ケイスケさん。コンビニって懐かしいと思いません?」

「昔俺が働いてたからか? 確か第八話だったか」

「あの夏の暑い日、私はあなたに会いに行きました。
 そういえば今も夏でしたか?」

「季節はどうなってるんだろうな。
 生前の作者が細かく描写してないから分からないな。
 君が来てくれた時か。なつかしいな」

「10話以上前の話だと、ずっと昔のことに思えますね」

「そうだな……。あれから裁判をしたり、
 君の家に住み込むようになったり、色々あった」

「ええ。色々ありましたわ」

私たちは特に買うものなどないのですが、
店内を回っていました。

レジ前のフライヤーでフライドポテトやフランクなどが
売られてますが、お昼は食べたばかりなのでお腹はすいていません。

私は雑誌コーナーに行き、週刊文春を立ち読みしました。
ケイスケさんも一緒にのぞき込みます。

『婚約……延期報道……K氏。
 学費など……1000万近くを母の元恋人に負担させ……』

とんでもない報道ですけど、文春は嘘をつきませんわ。
こんな体たらくで日本の皇室はどうなってしまうのかしら。
宮内庁が許可しない婚約なんて初めから無意味でしょうに。

週刊文春の記者はターゲットに対し、24時間の
交代監視勤務を実行するので、他のメディアを
超越した情報収集能力を誇りますの。

それほど有名人のスキャンダルを入手することに
命を懸けていますの。
国会議員も「文春砲」を食らえばイチコロ。
うまいネタなら衆議院が解散するレベルですわ。

生前の作者は、
日本にこのような高度なスパイ組織が
存在することを誇らしく思うと言っていたわ。

「悪いな。俺は皇室のことはよく分からなん。
 それと余談は、ほどほどにな」

ケイスケさんは頭を手でかきながら、歩き始めました。
私も彼の後に着いて行きます。

「お菓子でも買っていこうか。うちに寄っていくついでにな」

「本村家に行くのですか? ミホさんはおりませんのに」

「久しぶりに母に会っておこうかと思ってさ。
 ~お兄ちゃんと~の影響で母が心配になっちまった。
 ま、こっちの世界では何もないんだろうが。
 本村家にしばらく帰ってないのもある」

「うふふ。私はケイスケさんの親思いなところ、
 大好きですよ?」

一方で貞子と家出した件は
万死に値しますが、スルーしますわ。

ケイスケさんは適当にチョコ菓子を選んで
レジに並びました。

私は手持ち無沙汰なので駐車場の方を眺めていました。
そうしたら一人の中年男性が通りかかりました。
スーツを着た男性ですが、見覚えがあります。

「やっぱりマリーか。君に会えてうれしいよ」

「ユキオさん。いえ、ルイ。こんな時間にどうしたの?」

「君たちがなんとなくコンビニにいるような気がしてね。
 作品が終わる前に少しでも主演機会を増やしたいのが
 本音だが、うちに寄っていくなら送っていくよ」

ルイが車を指さしました。
ここまで書いていて今気づきましたが、
今日は休日のようですね。

ケイスケさんと私はルイに送られることになりました。
漢字を間違えると塁に送られました。野球の代走です。

本村家まで、ここから車でわずか5分しかかかりません。
距離よりも信号待ちの方がうざいくらいです。

「ケイスケ」

車が車庫に入った時。ルイは怖い顔で
ミラー越しにケイスケさんをみました。

「おまえはマリーを幸せにする自信はあるか?」

「なんだよ急に」

「真面目に答えなさい。私は真剣だ」

「……幸せにするよ。俺は男だ。責任をもってマリーを
 幸せにする。どうだ。これで満足か?」

「少し足らないな」

「……は? 何が足らないって?」

「覚悟だよ」

車から降りろとルイが言います。
ケイスケさんも降りたのですが、
なんと殴られてしまいました。

もちろん私じゃないですよ?
ルイが息子に拳を振るったのです。

「ってえな。なにしやがる」

「私はおまえのチャラいところが前から気に入らなかった。
 貞子が消えたら次はマリーか。ふざけるなよ。
 まずマリーは私のものだ。人の女に手を出すな。
 しかもおまえ、ミホを妊娠させてたな」

それは余談の中の話だろ……。
ケイスケさんが言うよりも早く、
ユキオさんが突っ込んできました。

ユキオさんは元力士だったのでしょうか。
目にもとまらぬ速さで『張り手』を繰り出しました。

2秒間で13回も張り手を食らったケイスケさん。
その衝撃により、玄関の扉を壊しながら
ダイナミックな帰宅をしました。

ママさんが大慌てでリビングから出てきました。
午後のコーヒーを飲んでいたようです。
玄関で大往生している息子さんが視界に入ります。

「誰かと思ったらケイちゃんだったのね。
 新手の宗教勧誘が来たのかと思ったわ」

どんな宗教勧誘ですか。

「ふん……。あなたもいるの」

そうですよ? 露骨に嫌な顔するのやめてください。

「ケイちゃんはどうして気絶してるの?
 アントワネットがやったの? だとしたらぶっころ…」

私ではないですわ。隣にいるルイをみさない。

「マリエ。どいていなさい。これからケイスケを制裁する」

「制裁……? 物騒なこと言うのね。
 どこでそんな言葉覚えたのよ」

「私は電車通勤であり、ホームにいる時間などは暇だ。
 そこで学園物語~ミウの物語~をスマホで読んだ。
 ミウちゃん、いいなぁ。私もあんな娘が欲しかった」

「メタネタもいい加減にしなさいよ。
 元作者の前作の話とか興味ないわ」

「とにかく、私はケイスケが起きたら説教するからな」

「好きにしなさい」

いいのですか? 
てっきりママさんが止める流れだと思っていたのに。

「夫に構ってる暇がないだけよ。
 私はこれからアントワネットをぶっ飛ばす」

はい……?

「ちょうど良い機会じゃない。私は前から言ってたわよね?
 貞子の裁判が決着したらあなたにワンパン食らわせるって。
 人の旦那だけでなく息子にまで手を出すとか 
 どんだけ色狂いなの。この色情狂!!」

とんでもない誤解。名誉棄損ですわ。
私は健全な恋愛を楽しんでいるのに。

「あんたの悪いうわさは学研の歴史の本とかに
 たくさん書いてあるわよ。書店とか行って探してみなさい。
 あとうちの旦那があんたにお熱なのも腹立つわね。
 やっぱり死になさい」

かすかに見えたのは、一瞬の閃光でした。

それほどママさんの放った拳は早かったのです。

わたくし、マリー・アントワネットは、
マリー・テレジアの第11子として生を受け、
初めての暴力を経験しました。

「きゃああぁぁっ!!」

私の体は17メートルほど吹き飛び、道路を挟んだ、
隣の家の塀にぶち当たって止まりましたわ。

痛いとか。苦しいとか。

そういう次元を超越しています。
背中を強打した影響で呼吸が止まっています。

たかがワンパンがこれほどの威力だとは……。

小説だからいいですけど、現実世界の人間が
これを食らったら死んでますよ。

「はぁ。すっきりしたわ」

ママさんはコーヒーカップを手に家の中に戻っていきます。
ボロボロになった私の姿を確認して満足したのでしょう。

ですが、私は主人公であり、わき役ではありません。
このまま済ませるつもりはありませんわ。

しかし、大英帝国と薩摩藩くらいの力の差が
ありますから、まともにやっても勝ち目はありません。

ここで作者特権を使って肉体を強化しましょう。

まあ……。力がみなぎってきましたわ。

「おいケイスケ。起きなさい。いつまで寝ているのだ」

私の愛する人を足蹴にするルイ。
ケイスケさんは苦しそうにうーんと声を出してます。
まだ夢の中なのでしょう。

やめて。私の彼にひどいことしないで。

「ん? どうしたマリー。怖い顔して」

私は生まれて初めて右ストレートを放ちました。

「ぽう……!?」

私の元夫、ルイは激しく吹き飛びました。
家中の壁を貫通してさらに遠くへ飛んでいきました。
例えるなら家の中をダンプカーが通過した感じです。

「ちょっと」

ママさんがにらんできます。ルイが吹き飛ぶ際に
テレビを巻き込んでしまい、粉々になっています。
午後のワイドショーが見れないため、ご立腹の用です。

「人の旦那を誘惑したりぶっとばしたり忙しい女ね。
 ガチでムカつくわ。今からあなたのことを
 トランプと同じレベルにランクしてあげる。
 これがどういう意味か分かるわね?」

ママさんは真顔で「米国西海岸まで吹き飛びなさい」
と言って襲い掛かってきました。

太平洋を横断させるほどの一撃ですか。
どうやら本気のようですね。

こんなことになると知っていたら、
誰がこんな家に来たことでしょう。

もっとも私の心配は杞憂にすぎませんでしたが。

「今のは攻撃だったのですか?」

「うそ……?」

ママさんの拳は、確かに私のお腹に突き刺さっています。
私は防御力を強化したのでなんともありません。

たぶん普通の人が食らったら意識不明の重体
なのでしょうが、私は元フランスの王妃兼作者なのです。

「ニヤニヤしないで。その顔つぶしてあげる」

ママさんが懲りもせず拳を振るいます。
おやおや。私のほっぺたに何か当たりましたかね?

「うそでしょ……なんで効かないの?」

作者の力を舐めないでください。
今度はこちらの番ですよ?

「くっ……」

ママさんは全身をガードしています。
うふふ。その体制だと足元がおろそかですよ?

私は足払いをし、彼女は激しく転倒。

馬乗りになりました。

必勝コース確定ですわ!(^^)!

みなぎってきたああああ(^○^)

「では、死んでくださいヽ(^o^)丿」

「いやあああああああああああああああ!!」

私が情け容赦のない拳を振り下ろし、
全てが終わるはずでした。

「おや?」 「あれ?」

効いてませんね。確かにボディに入ったはずなのですが。

もう一度腹パンをしてみましょう。

「痛くない……?」

逆にママさんが驚いています。
どのくらいのダメージかを念のために聞くと、
ハンドボールが軽くぶつかった程度とのこと。

つまり無傷に近いというわけですか?
信じられませんね。力の加減はしてませんよ。

「マリー、落ち着いて話を聞いてくれ」

「ケイスケさん……」

いつの間にか目が覚めていたケイスケさんが
解説役に回ってくれました。こういうことらしいです。

マリーは作者特権により、
・まず防御力をMAXにした。
・したがって攻撃力は変化してない

どういうことですか? 確かに私は隣の家の塀まで
ぶっ飛ばされた反省から防御力は強化しました。

攻撃力に変化がないとは? いちおう攻撃力も
MAXにしたつもりですよ。現にルイは吹き飛びました。

「親父は銀行員だから防御力が弱いんだよ」

銀行員と何の関係が?

「それに戦闘力は一つの能力しか上げられない決まりだ。
 君は最初に防御力を強化した。それで終わりだ」

そんな裏設定があったのですか?

戦闘力には攻撃、防御、スピードの3種類があるようです。
前作者が考えた設定により、本村母娘は、攻撃力がMAXとのこと。

「マリーはハプスブルク家の生まれだ。
 たぶん普通の人より攻撃力の初期設定が高めの設定なんだよ。
 きっと生前の作者がそうしてくれたんだろ」

「え……」

「あの作者はおまえのこと、ずっと心配してたんだよ。
 マリーが弁護側に回ったこともあって、
 いつか危害が加わることがあるかもしれないだろ。
 お前を守るための親心ってやつだな」

にわかには信じられませんね。

でも攻撃力が高めの設定なのは助かりました。
マリエさんには無力でも、ルイほどの人を軽く
吹き飛ばせるだけの力は便利です。

あとで前作者さんの墓参りに行きましょう。

「アントワネットちゃん。停戦しましょう?
 あなたと戦っても決着がつかないことは分かったわ」

「急にしおらしくなりましたね。
 ムカつきますが、確かに決着がつかないのは事実。
 ここは淑女らしく引きますわ」

私はママさんと猛獣のようににらみ合いながら、
その場を離れることになりましたわ。

次に会った時はぶち殺す。互いに瞳がそう語っていましたわ。

今日は結局ミホさんと会えませんでしたが、
私の戦闘力を試す良い機会になりました。

おそらく次が最終話になるのでしょうか。

それではみなさん。 
また次のお話でお会いしましょう。ごきげんよう。

        著作・制作 NHK…じゃなくて、マリー・アントワネット

最終回   Je vais me pr&eacute;senter &agrave; nouveau

Je vais me pr&eacute;senter &agrave; nouveau.
Je m'appelle Mary Antoinette.
C'est une dame qui repr&eacute;sente le monde.
La saison de au revoir vient maintenant.
Cela se s&eacute;pare de ce roman.
S'il vous pla&icirc;t laissez-moi chanter cette chanson &agrave; la fin…

~仏語の日本語訳~

改めて自己紹介させてください。
わたくしの名はマリー・アントワットでございます。
全地上を代表する淑女ですの。

お別れの季節が……訪れようとしています。
それはこの小説との別れ。
最後になりますから、この歌を歌わせてくださいませ。

これは訳ではありませんが、
残念なことにフランス語が文字化けしてるわ↑

『旅立ちの日に』

私は両足を肩幅に広げ、大きく息を吸いました。
これでも歌唱力には自信がありますの。

今までの話数を思い出し、目に涙を浮かべながら
斉唱を始めようとしました。

「白い光のなーかにぃwwwwwさざなみはもえてー」

隣にいる信長が熱唱を始めました。

「はるかな空の果てまでもwwwww君は飛び立つwwww」

「限りなく青いwwww空にこ~ころ震わせ~www」

「自由を書けるとーりよwwwフリ帰ることもせずwwww」

「勇気を翼にこーめてwwww希望の風邪に乗りぃwww
 この広い大空にwwww夢を~託してwwwwww」

この調子でサビを歌われたらたまりません。
しかも風の漢字が違う。
私はとっさの判断で信長君に拳を振るいました。

「なつかしい……とものこえ、あああああああああああああああああああ!?」

信長君は校庭の先にある住宅地の方へ吹き飛びました。

続けて私が歌おうとしたら、今度はミホさんが歌いました。

「今。別れの時。飛び立とう。未来信じて。
 弾むこの若い力。信じて。この広い大空へ。」

すると、ミホさん以外の神8全員が歌い始めました。
今日はユイとババア(マリエ)もいますわ。

間違えてユイと書いてしまいました。ルイですよ。
ユイって誰ですか。

~歌~

心通った うれしさに心震わせ。
みんな過ぎたけれど 思い出 強く抱いて。

勇気を翼に込めて 希望の風に乗り
この広い大空に 夢を託して

今 別れの時

飛び立とう 未来信じて

弾む若い力信じて

この広い 大空へ


…歌はこれで終わり。

ピアノの伴奏が止まると、ふとせつなさが
込み上げて泣きそうになしました。

ピアノを演奏していたのはケイスケさん。
彼は英才教育を受けて育ったので
ピアノは友達のようだと言ってました。

ケイスケさんは、ピアノイスから静かに立ち上がり、
拍手をしました。その拍手の意味は?
私達の歌に対して? それとも無事最終回のタグを
つけられたこの小説に対して?

「全部にだよ」

ケイスケさんはそう言って笑いました。
孫を見る老人のように優しい表情です。

説明が遅れました。
ついに決闘当日を迎えました。
私たちは今校庭にいます。

校庭の片隅にピアノとイスを持ってきて、
ケイスケさんが伴奏を弾く。
その他の人がピアノをかこみ、歌う。

なぜ歌ったのか気になる? 
しかも校庭で? それはそうよね。
決闘する前なのに不自然なのかもしれないわ。

答えは

『その時の気分』よ

なんとなく歌いたい気分だったの。

日本のみなさんは仏国人が気分屋なのをご存じ?
ドイツ野郎(プロイセン)みたいに屁理屈とか
理論を重視するよりも「感性」を
大切にして生きているわ。

あっ。私も一部のフランス人同様ドイツは大っ嫌いですわ。
ドイツ人なんて顔も見たくないし。話もしたくないわ。

もちろんフランス人は国家レベルでは
「絶対的理性と知性」によって先進文明を支えて来たけど、
庶民感覚としては少し違うの。

私は確かに王族の人間だったわ。

でも私は常に私自身を一市民として思うようにしていた。
フランスは欧州に君臨する最大・最強の王国だったのよ。
私はその中の一人の構成員に過ぎないわ。

浪費癖が激しいオーストリア女?
首飾り事件? 貴族の慣習? 

ヴェルサイユ・エチケット?
デュ・バリーのクソババとの対立?
長く続いた不妊のためお母さま(マリア・テレジア)が心配を? 

全部忘れたわ。

言いたい人には言わせておけばいいのよ。

後世の人は歴史をどうにでもかけるわ。
それがやがて真実のように全世界に広まるのでしょうね。

天にいる神と主イエス・キリストに誓うわ。

私は夫のルイを心から愛していました。
ルイ・シャルル。マリー・テレーズ。
貴方たちのことも同じく愛していたわ。

そして私は今、新しい人生を歩もうとしている。
私は日本という極東の島国で生まれ変わり、
本村ミホとの最後の死闘に臨もうとしている。

緊張して口の中はカラカラ。
昨晩は一睡もできず。ケイスケの腕の中で甘えていたわ。
ケイスケのことをルイ・シャルルと呼ぶのを許してちょうだい。

彼が私の息子の生まれ変わりにしか思えないの。

「そろそろ殴られる準備はできた?」

ミホが言うわ。

「最初に言っておくね。手加減をするつもりはない。
 私は検察側の代表でこの作品の主人公、
 そして真のメインヒロインだよ」

勝手なことを。主人公はこの私なのに。

「うん。あんたの書いた話を読んだけど、
 元王妃とか肩書きが多すぎて吹いたよ。
私のことワキ役って7回くらい書いてたよね?
 これさー、明らかに私に喧嘩売ってるじゃん? 
 ぶっ殺し確定だよね?」

「上等ですわ。どちらがこの作品の
 主人公にふさわしいか、勝負しましょう」

審判役のロベスピーエルさんが私たちの間に入ります。
試合開始の合図をしてくれるのね。

「はっけよーい」

今気づいたけど、なんで地面に『土俵』が書かれてるの?

「え? だって決闘って相撲じゃなかったの?
 日本人は相撲で物事を解決するって本に書いてあったぞ。
 国会とかで両院がもめた時も最後は相撲するって…」

私が殴るより早く、ミホさんの拳が飛びました。

ロベス君は何度目になるか分かりませんが、
とにもかくにも派手に吹き飛びました。

なんで私たちが相撲しなければならないのよ。
腹が立ったのでこれで彼の出番は終わりです。
また次回作に期待しましょう。

「少し興がそがれたけど、戦おうか?」

「いいですわよ」

ミホさんの誘いに乗り、
私の方から先制攻撃を仕掛けます。

「ふっ」

ボクシングのコンビネーションです。
ワンツー。からの……フック!!

当然のごとく一発も当たりませんし、おかえしに
がら空きのお腹に一撃を食らいました。

「ごふっ」

思わずそんな声を発するほど痛いです。

『殴られた』のでなく、『鉄球(3トン)が直撃した』
と評するのが妥当でしょう。

私は片膝をつき、小刻みに震えてお腹が
回復するのを待つしかありません。
このあと一週間くらいご飯が食べられないかしら。

「今のは三割の力だから」

うそではなく、真実なのでしょうね。
このやり取りだけで、私がどうやっても
ミホさんに勝てないのを悟りました。

「もう十分だ!!」

ケイスケさんが私に駆け寄ってきました。
ミホさんからかばうように抱きしめてくれます。

「この子は元王族なんだから、戦うのは無理だ!!」

「あっそ。だからなに?」

「だからじゃねえよ!! おまえは自分が強いからって
 弱い者いじめをして恥ずかしくねえのか!?
 勝負はお前の勝ちで良い。これでこの作品は終わりだ!!」

「終わらないよ」

「あ?」

「終わらないって言ってんだよ!!
 誰が終わりにしていいって言った!?
 こらああああっ!!」

あまりの気迫にケイスケさんは腰を抜かしました。
なんて気迫なの。ミホさんは剣道の達人のように
全身から発せられる気だけで相手を圧倒した。

「良く聞けよバカ兄貴。
 私がワンパン食らわしただけで終わりって、
 何の起承転結もない。そんなのが小説って呼べる?
 ねえ?」

「た、確かに。それは難しいかもな」

「小説と作文は違うんだよ。前の作者はもういない。
 私たちはアントワネットにすべてを任せた。
 だったら、最後までちゃんと責任持てよ!!
 この私と死闘を演じて見ろよ!!」

私は何も言い返せませんでした。
『致命的な戦闘力の差』を
どうやってくつがえせばいいのか。

昔のことなのでよく覚えてませんが、
私は前話で『防御力をMAX』に設定したと思います。

それにも関わらず、ミホさんの拳は
私に深刻なダメージを与えた。
 
ミホさんは『攻撃力がMAX』
なら互角ではないの?

答えは簡単。

ミホさんのMAXは、
私たちの考えている次元を超越していた。

毎度おなじみ軍事の例えになりますが、

『ドイツ野戦軍』と『ソ連野戦軍』
の戦闘能力の差がこれですね。
もちろん私がソ連軍です。

独ソ戦開始後、わずかな期間でベラルーシ・ポーランド・
ウクライナ・バルト三国・カフカースの一部などを
占領され、数百万人の兵隊が撃破された当時のソ連邦でございます。

これほど広大な規模で『瞬時にボロ負けした軍隊』は
歴史上存在しません。占領された地域は
日本国の国土の18倍くらいありますよ。

本当に悔しいけど、我がフランス第三共和国もドイツ陸軍に
敗北しました。たったの『三ヵ月しか』抵抗できせんでした。

言っておきますけど、フランス大陸軍が
弱かったわけではありませんよ?

他にドイツに負けた国や地域は、ベルギー。オランダ。デンマーク。
ルクセンブルク。ギリシャ。ユーゴ。アルバニア。
チェコスロバキア。イタリア(途中で裏切ったため)。
チャネル諸島、など数え切れません。

英国本国から欧州大陸へ派遣された『英国陸軍主力部隊』も
フルボッコにされ、ブリテン島へ逃げて行きました。
なんとあの大英帝国ですら勝てない相手がいたのです。

ドイツの強さは今のミホさんそのもの。
きっと生まれつき戦うのが好きなのね。

世界で最も多くの強国がひしめく欧州大陸において
ドイツ第三帝国は「欧州制覇」に限りなく近いことをしました。

『ドイツと戦争しても絶対に勝てない』と言っていた、
ジューコフ将軍やレフ・トロツキーの言葉通りになったのです。
そのトロツキー君はそこで私たちの決闘を観戦していますが。

ソ連人の彼の聡明さには驚かれます。
戦争になる10年以上前から敗北を悟っていたのですか。

「戦争と言うより、東欧州へピクニックに行く感覚だな」
「ソ連兵隊殺しすぎて弾が無くなるの早いんだがwww」
「土地が広いから機甲部隊の演習代わりにちょうどいいぞ」
「捕虜が100万以上いるから数え切れねーんだけどww」

当時のナチの兵隊が実際に語った言葉です。
ソ連兵の捕虜の総数が、日本陸軍主力と同等の数だったとか。

東欧の田舎で生まれたばかりの社会主義国が
『欧州で最も洗練され、高度に訓練された戦闘集団』
と戦争した結果がこれです。

死んでも認めたくないけど、ドイツ人は確かに利口です。
合理主義で研究熱心で、忠誠心が高く規則を守り、
戦うと決めたら限界まで戦います。

といっても。紆余曲折を経て、
最後はドイツが降伏するのですけどね。

ドイツを倒すのに必要だった戦力は、
英国軍、米国軍、カナダ軍、自由ポーランド軍、
亡命フランス軍、ソ連軍の全兵力(1100万以上)、
裏切ったフィンランド、ルーマニア軍など。

他にも対日戦を含めると豪州、ニュージーランド、
シンガポール、中国などもありますね。

特に英語を母国語とする全ての諸民族は、
『ドイツと日本から地球を救うため』に必死で戦いました。

うそだと思うなら、ポツダム宣言を読んでみなさい。
『日本は二度と世界征服の野望をもたないこと』と
英語ではっきり書かれています。

当時、その文章を和訳した日本の外務省は
「連合国の奴らは何言ってるんだ?」
と困惑したそうですが、
あれは連合国から出された『正式な降伏条件』です。

世界から見た当時の日本とドイツは、
「非常に凶暴で好戦的な、
強大な軍事力を有するファシズム国家」なのです。

連合軍の欧州大陸反攻作戦では
4400隻の艦艇が動員され、
兵員300万人がフランスやイタリアへ上陸しました。

フランス全土はドイツによって陣地化、
要塞化され、強力な機甲師団が待ち構えていました。
そこへ連合軍の兵隊が多数投入され、犠牲になりました。

ドイツは常に優位な場所に敵を誘い込み、
重砲や機関銃の猛射で連合国の兵士を虐殺しました。

こちらからは敵が見えず、相手からは良く見えると
いった、非常に不利な状態が多かったため、
戦闘ではなく虐殺が多発しました。

ドイツの主力機関銃(MG-42)は、『1分間で1200発』
の連射力を誇る、悪魔の兵器でした。

これの一連射を食らうと、連合国軍の兵隊
10名以上が一瞬でなぎ倒され、絶命しました。

連射音が早すぎて人間の耳では感知できないほどです。
『人肉引き裂き機』 『ヒトラーの電動のこぎり』
前線の兵隊からはそう呼ばれました。

大陸反攻作戦は予定通りに推移しませんでした。

補給の遅れや作戦の失敗で、生身でドイツの戦車と
戦うことになった戦士たちもたくさんいます。
生身で戦車にどうやって戦えと言うのでしょうか。

肝心の戦車戦ですが、ドイツの重戦車(ティーゲル)は強く、
1対1では倒せないので4対1などに持ち込んで
ようやく倒せるレベルでした。

連合国軍は、前を進む兵士が何人肉片になろうと、
地雷で両足を吹き飛ばされても、戦車が炎上して
乗員が焼け死んでも、生き残った兵隊が
最後まで戦争を続けました。

鉄の意思とはこういうことを言うのです。

『早くドイツを倒さないと、
 故郷にいる自分の家族が危ない』

すでにドイツは『V2ロケット』をイギリスと
ベルギーに向けて計3000発以上ぶちこんでいました。
今でいう『ミサイル』のことです。

ドイツは今から70年も前に
ミサイル基地を配備していました。

イギリス側の出した結論は、
「当時の技術では迎撃不可能」のため、
ミサイルが外れることを神に祈るしかありませんでした。

他にもドイツは『ジェット戦闘機』を持っていました。
アメリカを含むすべての敵国がプロペラ機しか
持っていなかったのに。

今の旅客機でも使われているジェットエンジンは
ドイツが開発したものです。

私たちではどうやってもドイツの技術力には遠く及びません。
ヒトラーはアーリア人種の優越を主張しましたが、
その通りだと認めざるを得ません。

彼らこそ地球で最も優れた文明国なのでしょう。
超一等国のイギリスのさらに上がいたのです。
世界の覇王とでも言いましょうか。

戦後、ドイツから連れ去った技術者の影響で
ソ連とアメリカはミサイルを開発しました。
こういう話は日本の教科書には載っていないでしょうね。

端的に言うと、『米ソ冷戦』のミサイル競争すら
ドイツの技術が元になっているの。

アメリカの宇宙開発も
フォンブラウン博士(亡命ドイツ人)が主導です。
NASAのアポロ計画が有名ですよね。

ちなみに原爆もアインシュタイン(ドイツ)
オッペンハイマー博士(ドイツ)が関わっています。
(原爆開発者が米に亡命したから
 ナチは作れなかったけど)

そのドイツ相手に連合国は戦ったのよ。

物量ではドイツの10倍は上回っていました。

最後は勝てるだろう。そう確信は持てたけど、
フランス、イタリアに上陸した連合軍の
ベルリンまでの道のりはあまりも長い。

最前線で戦う部隊は順番に殺されていくわ。

敵陣地に突撃すると、MG42の連射音が。
男たちの軍服が血の色で染まり、一斉に肉の固まりと化すの。

前にいる兵隊を貫通してさらに後ろの兵隊にまで
無数の銃弾が襲い掛かる地獄絵図。

敵大型戦車の接近。規格外の重量に大地が激しく揺さぶられる。
砲弾が撃たれる。味方戦車はすぐに大破、炎上する。
この戦車と遭遇するだけで戦意を失ってしまう。

山岳地帯での戦闘。地雷と鉄条網が行く手をはばむ。
山の上から敵の砲弾が次々に降り注ぎ、
兵隊の手足を吹き飛ばす。

立往生すれば、ますます犠牲が増える。
だが突破するにはどうしたらいいのか。

スケジュールの都合により、上層部から下令された、
ボートでの強行渡河作戦があるのよ。
あまりにも無謀な苦戦だったわ。

川の渡る先にはドイツ守備隊と戦車軍が
横一文字に並び、無慈悲な攻撃を食らわせてくる。

ボートに穴が開き、浸水して兵隊が川に投げ出される。
その兵隊にも容赦なく機関銃の連射が襲い掛かり、
水面が血で汚れてく。死んだ兵隊が浮かぶ。

地上はどこを見渡しても死体の山。

言葉を発しなくなった兵隊の屍をまたぎ、
後ろの兵隊が先へ進み、わずか10メートル前進
するごとに何人もの兵隊が犠牲になっていく。

どれだけ多くの兵隊がドイツによって殺されたのかしら。

米国兵はこの戦争を始めたナチスとヒトラーが許せなかった。
ここは欧州であり敵地。ドイツにとってのホームグラウンド。
米兵にとってほぼ全ての条件が不利であり、
みすみす殺されに行くようなもの。

彼らは遠く大西洋を渡ってこの欧州に来た。
ドイツの欧州征服を許していたら、
次はカナダに航空基地を作られ、
米本国が爆撃されていたらしいわ。

だから大切な家族を故郷に残してこの無謀な
戦いに身を投じるしかなかったの。

いよいよドイツ降伏を目前に控え時。
あまりの味方の損害の多さに耐え切れず、
米兵の間でこういう会話がされていた。

『占領したら、もう二度とドイツが戦争できないように
 全てのインフラ設備を破壊しよう。
 ドイツに文明があるからこんなことになるんだ。 
 奴らの文明を中世までに戻してやれ』

『ドイツから全ての電気、ガス、水道設備を破壊しろ。
 町も全て燃やしてしまえ。欧州の地図からドイツを消せ。
 ドイツが地上に存在すること自体が間違いなんだ』

前線の兵士たちのドイツに対する想像を絶する憎しみは
『連合国軍・最高司令官・アイゼンハワー閣下』の
耳にも届いていました。

野蛮なことはやめるようにと、閣下は兵を制しました。

米兵による文明破壊はされませんでしたが、
その時のドイツに対する憎しみはあまりにも強く、
今でも米国の戦争経験者でドイツ嫌いは多いそうです。

私も大嫌いなので仲間ですね。

そして戦争は終わりました。

およそ地球上で交戦可能な全兵力を使い切り、
ナチスと日本軍国主義をこの世から消し去りました。

戦後、帝都ベルリンを征服して
ソビエト元帥になったジューコフが言い残しました。

「今次大戦の結果を分析すると、
 ソ連兵は戦闘的資質で劣っていると認めざるを得ない。
 ソ連兵4人でようやくドイツ兵1人に値する。
 日本兵も極めて強い。ドイツ兵と同等である」

話は変わりますが、露国で使われる社会科の教科書で
第二次大戦は34ページかけて執筆されており、日本のことは、

「極東方面で国境を面する、この強大な軍事大国は……」

と書かれているそうですよ。日本のみなさん。よかったですね。
あなたたちが思っている以上に、日本は強かったと思われてますよ。

私は当時のソ連兵と同じです。
今回の決闘で私は自分の弱さを知りました。
認めたくありませんが、私はわき役に過ぎませんか。

「これが生まれ持った力の差だよ。
 アントワットが元王妃だとか、そんなの何も関係ない。
 今この日本では力の差こそが全て。
 弱肉強食こそが自然の摂理なんだよ」

ミホさんは、おそらく北斗の拳の愛読者なのでしょう。
もしくは、るろ剣ですか。私もあの作品好きですよ。

フタエノキワミ。アッー!!

「そろそろ駄文を書くのやめてもらっていい?」

注意されました。

「あんたに地の文書かせても前の作者と変わらないじゃん。
 ドイツとか言われても知らないし、興味ないよ。
 そんなに戦争が好きなら戦争の小説でも書けよ」

でも、そういう気分だったのよ。

「今のところ最終話の60%が余談とかバカにしてるの?
 私らと第二次大戦の西部戦線のどこに関連性があるんだ。
 あんたに作者やらせても結局これか。
 ムカついたからもう一回殴るね? 心の準備は良い?」

「ひぃ」

私血の気が引いてしまい、後ずさりました。
ナチとはまさに彼女のように弱い者いじめをするのです。

ケイスケさんは「やめろぉ」とか言いながら
妹さんを威嚇(いかく)しています。

「むしろあんたが、アントワネットをかばうのをやめろよ」

「だああああああああああああああああああああああああああ!?」

ただのビンタでした。もちろんミホさんの攻撃力ですから、
ケイスケさんは遠くのサッカーゴールの中へ飛ばされました。
実の兄だからか、かなり手加減したようです。

サッカーネットがクッション代わりとなり、怪我はしてません。
しかし網が手足に絡まり、なかなか出てこれないようです。

「これであんたを守る人は誰もいない。覚悟はいいかな?」

「まだ俺がいるぞ」

「ポト君? アントワネットを守るように
 立ちはだかってどうしたの?」

「俺はマリーが好きだ!! 俺は大好きなマリーのために
 盾になる!! 余談が多いのは俺も同意するが、
 もうこの作品を終わらせたいのはキャラの総意だ!! 
 それで気が済まないと言うなら俺を殴れよ!!」

「殴らないよ。ぶっちゃけポト君は友達だし、うちの男子で
 唯一まともなキャラじゃん。すぐ終わるからどいてくれる?」

「いやだああああ!! 俺は元カンボジア共産党・
 中央委員会の代表だ!! 俺をなめるなよミホ!!
 俺は簡単にはやられないぞ!!」

「フリーザにやられる前のベジータ状態なのに何言ってるの?
 足が震えているよ」

「こ、これは違う。リズムを取っているんだ。
 ダンスミュージックの聞き過ぎでね」

「はぁ。しょうがないな」

ナチ(ミホさん)は、張り手をしました。

そっと伸ばされた手は、
赤ちゃんの顔に触れる程度の優しい感覚。

ポト君は、ケイスケさんとは
反対側のゴールネットに突き刺さりました。

やりました!! ナチス党員・本村ミホ選手。
記録的な2点目を決めました。
ピョンチャンで金メダルを取った、
スピードスケートの選手と偶然にも下の名前が同じです。

向こうのミホさんは大英雄!! 
こっちのミホはただの暴力女!! 
しかもナチス(国家社会主義的ドイツ労働者党)党員!!
高校野球が強いのは大阪トーイン!!

この差はどこから出たのでしょうか。

慢心。環境の違い。

もしk…

「がはあぁぁぁああ!!」

私はPCにタイピングしてる間に拳を食らってしまいました。
まさかの奇襲攻撃を許してしまったのですか。

7メートルほど吹き飛び、服に着いた泥をはたいて
元の場所へ戻ってきました。まだ普通に動けるわ。
ミホさんが手加減してくれてよかった。

私は作者ですから、書いてる途中で殴るのはやめてください。

「私の悪口を書かないと気が済まないの?
 私ナチどころかドイツの位置すら分からないんだけど」

ミホさんはガチで怒っています。
もしかしたらフランスの位置も知らない可能性も…。

前にテレビで、女子高生の街角インタビューで
フランスの位置を聞いたら、アフリカ南部を
指したというのがありました。

私の祖国をバカにしてるんですか。
衝動的に画面にポテチを投げつけてやりました。
さすがにネタでしょうけど。

とにかく私も怒りました。
何を書こうと私の勝手でしょうが!!

「ぐ……」

ミホさんにボディブローを食らわせました。

「痛いじゃん。やっぱぶっ殺すね?」

痛かったのですか。その割には平然としているじゃないですか。
あとやっぱりとは。初めからぶっ殺すつもりだったのでh…

「きゃああああああああああああああああ」

また書いてる途中でぶっ飛ばされました。
どうでもいいですが、私は戦闘しながらどうやって
小説を書いているのでしょうか。

ノートPCを片手に持ちながら殴り合いを?
私ってずいぶん起用なんですね。

「茶番長すぎてマジでヤバいよこの作品。
 これが最終回の自覚ないの?
 あんたの作文が書きたいなら自分のノートにでも書いてよ」

「う、うるさいですわ。
 私が小説だと主張すれば小説になるのです」

「早く最終回っぽい展開を考えてよ。
 感動する話はないの? 『旅立ちの日に』を
 歌ったのが伏線とかじゃないの?」

「あれは気分ですわ。現実世界が卒業式シーズンだったので」

「シーズンはもう終わったよ!!」

「いちいち細かいことうるさいんですわ!! 
 このドイツ女が!!」

「私がドイツ呼ばわりされる理由がよく分からない。
 ドイツ語なんてシャイセ(ちくしょう)しか知らないよ」

「知ってるじゃないですか。たぶんエヴァの影響ですね」

「まだ元気そうだから、もう一発腹パンしてあげようか?
 そうしたら良いネタ思い浮かぶかもしれないね」

「ひぃ」

この目つき。やっぱりナチですわ。

ミホさんは私の体を踏みつけながら話しています。
土足で私の体を踏まないでくださる?

今の私は水槽に入れられた『ウツボ』みたいに
大人しく横たわっています。

何度も殴られて体にガタがきているので、
そろそろ病院に行きたいのですが。

「あんたばっかり男に人気なのもずるい。
 兄貴も次から次へと恋人変わるし。
 私だってカッコいい彼氏欲しい」

などとほざいてますが、ナチスと付き合いたい人など
世界中探してもいないでしょう。

魚と言えば。私は日本人に転生して初めてウナギを
食べましたが、あれ栄養価が高くておいしいですね。
今日の帰りにスーパーでうな重を買いましょう。

「余談ばっかり書いてるとまた怒られるぞ?」

突然現れた男性がそう言いました。
見覚えのある顔です。このさえない人は。もしかして……。

「勝負はここまでだ。決闘はミホの勝ち。
 これにてこの作品は検察側の勝ち!!
 目標は達した!! もう何もかも終わりにして楽になろう!!」

作者さんです。生きていたのですね。
さんざん生前と書いてしまいましたが。

寝起きなのか、寝癖がすごいしパジャマ姿です。

「はっきり言おう。この作品で貞子はあんまり関係なかった!!
 この作品は家族の愛をテーマにしたのではなく、
 学校では教えてくれない歴史(ソ連など)を
 読者に知ってもらうための作文だったんだ!!」

「今になって思うことは、この作品のジャンルを
 怪奇・ホラーから歴史に移動するべきだったということ!!
 なにせ近代史の話ばっかりしてるじゃないか!!」

「確かに全く最終話っぽくないが、
 いったん切ろう。もう限界だ!! 何事も引き際が肝心だ!!
 ミホが彼氏欲しいとか言ってるが、たぶん無理だろう。
 でも次回のネタになるだろうから、あとで真剣に考えよう!!」

ミホさんは怒りのあまり拳を握り、震えています。

「さっきから何言ってるんだよ。ふざけ…」

「文句はあとで聞くから」

作者さんは私の横に落ちているPCを持ち上げました。

そして『20代から中高年のための小説投稿サイト』を開きました。
最終回のタグにチェックマークが入っていることを
しっかり確認し、投稿ボタンを押しました。

お願いよ。待ってちょうだい。それをやったら本当に小説が……!!

「アントワネット。僕の代わりに小説を書いてくれて
 本当にありがとう。僕はこれから書き溜めした別の作品を
 投稿する。その作品が完結するまでの間はお別れだ」

ちょっとおぉぉっ……? 私の出番はこれで終わりなの!?

「大丈夫。年内に255のスピンオフを書くから。
 またアントワネットを主人公にしようと思う。
 それまでの間、辛いだろうけど我慢してくれ。
 じゃあ最後にこれを」

台本を渡されました。漫才をしろと言うのですね。

マリー「み、みなさん。さようなら。つまらない作文を
    読んでくれてありがとうございます。
    今作のつづきは……」

ミホ「続きは……?」

マリー「続きはWEBで!!」

ミホ「ここがWEBだよ!!」

         『午後2時55分に何かが起きる』 終わり

午後2時55分に何かが起こる!?

午後2時55分に何かが起こる!?

主人公はミホ。中学2年生の女の子だ。 季節は春。彼女は進級して2年4組の生徒になったばかり。 このクラスになった生徒達は毎年ある怪奇現象に悩まされていた。 とある化け物に生徒が襲われて死者が出るのである。 どこかの映像作品で見たような怪奇現象である。 したがってこの作品は、二次創作の分類になるのか。 そんな娘を溺愛する父・ユキオは銀行一筋で務めてきた世帯主。 妻のマリエは旦那を陰で支える専業主婦。 ミホの兄のケイスケは、高校では有名なナンパ師。 いわゆるチャラ男だった。そのくせ成績は優秀。 ミホとは性格が合わず、喧嘩が絶えない仲だった。 そんな兄も女好きが引き金となって 怪奇現象に巻き込まれてしまい、廃人と化してしまう。

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