右利き主流の起源について

左利きは、全人口の約10%にしか満たず、大多数の人間が右利きと見られる。また右利きのうち、95%が言語活動の際、主として左脳半球の言語野を使うらしいが、左脳を重点的に使用する点で右利きの性癖と整合する。

この様な右利きと左言語野との組み合わせは、太古の時代、火が使われる様になると共に一般的となり、そのまま現代人に引き継がれているのではなかろうか。

1.直立歩行と心臓の位置

人類史をたどれば、人間の祖先はアフリカ大陸を故郷とし、悪天候や外敵から身を守るため、暫く森林で生活していたが、大陸の東側を南北に走る「大地溝帯」に出てから食料を求め、直立歩行する様になったと言われる。

その結果、心臓の位置に関し、身体の中央寄り、そして(左右の心房を含む)上部が食道の側を向き、(血液を動脈に送り出す左右の心室を含む)先端部分が、左向きかつ身体の前方(外側)を向く様になった。

ついては右利きが多い理由を、負荷の多い筋肉運動を継続的に行う場面で、心臓の先端が左前方(外側)を向いているため、左側からの刺激に弱く、そこで心臓を守る工夫が生じたため、と考えられる。

2.火の使用

そこで人類が火を使う場面で、特に心臓への負担を軽減するため、右手を使うようになり、右利きの人間が大多数となった、との説明を採用したい。

筆者は左利きだが、火を扱うのに左手を使うと、熱が早めに身体に回り、体調が悪くなる事を発見している。例えば手で火をつけ、持ったまま楽しむ花火を扱う場合、左手でなく右手を使いがちである。また洋服にアイロンをかける際、左手を使うと、早めに熱が上半身に回り、疲れやすい。他方、右手にアイロンを持ち替えると、作業が途端に楽になり、長続きするのである。

高熱を扱う場合、誰でも右手使用が楽なのか否か、先ずはアイロン実験等を用いつつ広く調査する必要があろう。しかし何れにせよ、ありうべき説明は心臓の位置であり、例外なく身体の左側で外側を向いている事が指摘される。そのため(心臓への熱の伝播が幾分か遅い)右アイロン等、右手使用が楽なのかも知れない。

然らば太古の人類は、捕ってきた獲物や穀物等を料理する場合に加え、土器、金銀、青銅や鉄の製作に携わる様になり、高熱を伴うので、右利きが身体への負担が軽い事を発見し、赤ん坊の頃から右利きが奨励され、一般化しただろう。

この様な説明ならば、男性よりも女性の間で右利きが多い事も理解しやすい。何故ならば、昔から女性の方が、台所仕事で火を使う場面が多かったと思われるからである。

3.武器の使用

太古の人類が金属製の武器を使用する様になり、狩猟を行い、また敵との戦いの場面を想定した場合、心臓を守るためにも、剣や刀の類は右手で持ち、左手で盾を持つ事が奨励されたに違いない。利き手が右ならば、弓矢は、左手で弓を持ち、右手で弦を引くのが一般的となり、弓は、それに適した仕様で設計される様になっただろう。

4.左言語野の発達

然るに左右の手足は、それぞれ逆側(右左)の脳半球から操作され、その意味で機能が交差している。従って右利きの場合、意識(自我)は右手を多用するため、左脳半球に沈潜する傾向があり、古代人類でも同様だったに違いない。

人類は、昔から集団生活していたのだろうが、火を扱う場面を含め、チームワークに重要で必要不可欠なのがお互いのコミュニケーションであり、そのため言葉が飛躍的に発達したのだろう。

そこでもし料理、土器の作成、金属の精錬等、火を扱う場面で右手使用が強く奨励されていた場合、右利きの人間が増えただろう。

右手を使う場合、意識は左脳に位置するので、手を休めぬまま、仲間と相談するには、左脳から移動せぬまま言語を使用する能力が必要で、そのため左脳に日常的に使用する言語野が発達したものと考えられる。

要するに心臓が左寄りである為、火の使用が右利きの人間を増やし、左言語野の発達を促したとの流れである。

5.文字の使用

文字の発達以降、集団生活の中で、記録のために文字を書く作業が加わっただろうが、粘土版や紙に至る前に、石や亀の甲羅等、硬い表面に記述する場面もあり、一種の力仕事だったかも知れない。

左右いずれの手を使って書くかにより、文字の出来具合にばらつきが出来るため、どちらかに統一しようとの機運が生まれ、その結果、右手で文字を書くのが標準になり、文字の発達も、右手で推進されたと考えられる。

日本語の場合、言葉の書き順、文章表記等を考えると、字を綺麗に書きたいならば右利きが得策となり、他の言語でも、多かれ少なかれ同様に違いない。

6.結論

この様なプロセスを経て、主流は、右利きと左脳言語野の組み合わせとなった。その帰結として武器や道具、あるいは楽器も通常、右利き用に作られ、日本食では配膳も右箸を想定。文字や文章も右利きを想定しており、西洋では右手の握手が習慣となったに違いない。そして子供は、話始める幼い頃から親に右利きを奨励されて育つ様になり、ますます右利きの人間が増えていよう。

(1)現代人としても、右利きと左脳言語野の組み合わせが便利である。例えば就学児童や学生、会社員の場合、言語的な活動や作業の比重が高く、周囲の話を聴き、思考しながら会話し、また記録や企画立案・計算等のため、文章の読み書きも多かろう。

(2)すると言語で思考・会話し、また同時に利き手で筆をうまく動かし、上手に文字を書く事が期待され、右利きと左脳言語野の組み合わせが、社会に適応しやすいと考えられる。(他方、アリストテレス、アレキサンダー大王、カエサル、レオナルド・ダ・ビンチ、アインシュタイン博士、あるいはオバマ、レーガンを含む最近の米国の歴代大統領の多くが左利きだった模様)

(3)日本では「折り目正しさ」が美徳であり、特に組織の人間に求められる素質と見られる。然るに人前で話する際、折り目正しく見られる秘訣は、差し当たりの伝達事項に集中して気が散らない事、また身体や表情が無駄に動かない事であり、これは「意識が完全に左脳に入っている」場合の特徴と考えられる。すると右利きは、恐らく暗黙の前提だろう。

7.IT革命

なおこの文脈で注目すべきは、20世紀末からのIT革命だろう。手書きではなく直接PC等に、規格化されたキーボードで入力する習慣が広まったが、これは字が下手になりがちな左利きにとり、一種の救いである。

右利き主流の起源について

参考文献:

角田忠信著「日本人の脳」(大修館書店。1978年第1刷、2005年第38刷)
M.C.コーバリス、I.L.ビール著(白井常、鹿取廣人、河内十郎訳)「左と右の心理学」(紀伊国屋書店。1978年第1刷、1992年第10刷)
八田武志著「左脳・右脳神話の誤解を解く」(化学同人。2013年第1刷、2016年第2刷)

右利き主流の起源について

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-08

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