騎士物語 第八話 ~火の国~ 第三章 貴族の家

RANPO 作

第八話の三章です。
火の国ヴァルカノと、アンジュのお家訪問です。

第三章 貴族の家

 火の国ヴァルカノは剣と魔法の国フェルブランドから陸続きの場所にある。と言ってもお隣さんというわけではないから、途中いくつかの国をまたぐ。
 国によって魔法と科学、どちらをどれくらい発展させているかは違うから、オレたちは汽車と電車を乗り継ぎながら火の国へ向かう事となった。
 リリーちゃんが行った事のある場所だから『テレポート』で行くつもりだったのだが――

「旅の経験が豊富な奴でも騎士として出かけんのは初めてだろ。色々ちげぇから経験しとけ。」

 と先生に言われた。実際、武器の持ち込み申請などをあちこちで行ったり、列車によっては騎士専用車両なんてのもあった。たぶん気づかなかっただけで旅をしていた頃もフィリウスは申請とかしていたのだろう…………たぶん。
んまぁ、そんな初体験も交えつつ、ずっと馬車旅だったからなんだかんだで初めての列車の旅をオレは満喫していた。

 だが、最後に乗った列車で問題が発生した。

 普通フェルブランドからヴァルカノに列車で行こうと思ったら途中どこかで一、二泊する必要があるのだが、今回の旅費の全てを出してくれた太っ腹なカンパニュラ家が用意した最後の列車は寝台列車となっていた。これで寝て起きたら火の国に到着という、素晴らしい旅程になっていたのだが……問題は、ストカが加わった事で一人分の追加が発生している点だ。
 これまではストカが――おそらくスピエルドルフから経費的な扱いでお金を払って列車のチケットをその場で追加購入していたのだが、予約などが必要な寝台列車では今日いきなり一人追加というのは無理だったのだ。
 一人に一室ずつ予約されていた最高級の部屋の数は八つ。対してストカの加わったオレたちは九人。一般部屋も満室であったため、八つの部屋の内の一つが二人部屋となるのだ。

「んあ? いいぞ別に、俺はロイドの部屋の床で寝っから。」
「いやストカ、女の子がそんなのはダメだろ。というかオレと相部屋っていうのも色々あれだから……ストカはオレの部屋を使え。オレはカラードかアレクの部屋の床に転がるから。」
「む、我らが騎士団長を床で寝かせるわけにはいかないぞ! これは誰かのベッドで寝かせてもらうしかあるまい!」
 という、ストカとオレの会話からのローゼルさんの提案によって大変なことになっていた。

「こういう時は普段から相部屋で――こ、恋人のあたし――の、横で寝たらいいじゃない……!」
「ムッツリエリルくんの隣では危ないからな。安心のクラス代表、ローゼルさんのところへ来るといい。」
「ロ、ロゼちゃんはさ、最近ちょっとえっちだから……あ、あたし……」
「スナイパーちゃんはここぞって時にグイグイ攻めるからねー。二人きりは危ないよねー。ここはカンパニュラ家の者としてあたしがしっかりおもてなしするよー。」
「アンジュちゃんのそれって絶対やらしーやつだよねー。ていうかね、ロイくん。ボクまだこの前のお泊りデートの時のアレの熱が……火照りが残ってて……冷まして欲しいなぁって。」
「火照り? おいおいロイド、いよいよフィルに似てきたなぁこいつめ。まーそれはそれとして、床がダメってんなら俺がロイドと寝ればいーってことか?」
「だ、だから相部屋って時点で……あの、みなさん、あのですね……」
「ったく、いつでもどこでも相変わらずだな。ロイド、俺らはお先だぜ。」
「また明日だ。」
 夕食の席、レストランみたいになっている車両にてこの戦いは勃発したのだが、外野である強化コンビはそんな光景をいつもの事としてしばらく眺めた後、それぞれの部屋へ戻ってしまった。
 いやまぁ、あの二人に助けを求めるのは違うからいいんだが……
「ふむ、こうなれば誰といっしょに寝るかをロイドくんに決めて――ああいや、それだと仮の恋人をたててムッツリエリルくんを選びかねんか。よし、平等にくじ引きにしよう。」
「優等生ちゃん、何気に自分の確率を上げたねー。まーそれが一番スッキリかなー。変な細工できないよーにロイドが作ってねー。」
 今夜いっしょに寝る――即ち一つのベッドで一夜を明かす相手を決めるくじをオレが作って女の子たちに引かせる……ああああああ! なんかすごい嫌な感じだぞ!
「では諸君、一斉に引くのだ!」


「え、えっと……よろしく、ね……」
 結果、オレはティアナの部屋にやってきた。ま、まぁ、お泊りデートをしたローゼルさんとしたばっかりのリリーちゃん、それとこの前――の、エリルは理性の問題で危なかったし、何やらせ、攻める気満々のアンジュもそうだし、そしてストカは無意識にヤバイということで……う、うむ、今のオレには最適ではなかろうか。
「あ、あの、ロイドくん……」
 し、しかしティアナは時々すごいから……普段の感じとそのすごさのギャップにドキドキしてしまうし色々意識もして――
「ロイドくん。」
「ふぁ、あ、はい! なんでしょう!」
「だ、だからね……どっちで寝るのかなって……」
「どっち?」
 む? それはつまりベッドか床かという意味だろうか。ならば当然オレは床――
「た、たぶんロイドくんが考えてるのじゃなくって……ベッドの、壁際とそうじゃない側、どっちがいいのかなって……」
 おずおずとベッドを指さすティアナ。部屋のベッドは壁際に設置されていて、そこで二人並んで寝るというのならそういう位置関係が――って!
「あ、あの、い、一緒に寝る――んでしょうか……」
「……いや、なの……?」
 少し頭を傾け、下からのぞくように放たれたティアナのうるっとした瞳に心臓が止まりそうになる。
「い、いやではないですけどでも――」
「……ロゼちゃんとかとはして、るのに……?」
「そ、それは――」
「してる、のに?」
「びゃ…………わ、わかりました……」
 攻撃モードになったティアナに対して勝てる気のしないオレは一緒に寝ることを了承する。そしてこうなってしまったのなら、ベッドの上でのポジションはかなり重要だ。
 ティアナが壁の方になると、つまりティアナはオレから逃げられない状態になるわけで……ま、万が一理性がふっとぶようなことがあった場合、オレはティアナを……ぜ、ぜひティアナには逃げて欲しい……
 かといってオレが壁の方になると攻撃モードのティアナから逃げられなくなり、それはそれで理性が……ああぁぁ……
「ど、どっちでもいいなら……ロイドくん、壁――の、方ね……」
 すぅっと目を細めて、潤みながらも何かに狙いを定めたかのようなスナイパーの視線が壁の方に突き刺さる……!
 ど、どうしよう、今のティアナからは普段の数倍の攻撃力を感じる……!
「も、もう遅いから……シャワー浴びて……す、すぐに寝ちゃおう……ね……」
 そう言ってティアナは、この豪華な部屋のそれぞれに一つずつついているシャワールームにするりと入っていった。
 しばらくして響くシャワーの音……別に耳をすまさなくても聞こえるその音に心臓が……ああ、今裸のティアナがそこに……あああああ、やらしい想像が!
 肌色のイメージと理性が十分ほど火花を散らしたあたりでティアナが出てくる。ホカホカと湯気に包まれ、髪留めを外しているせいで鼻と口しか見えなくなっているティアナは、前にみんなが寝間着姿で集まった時と同じ、私服に似たぶかぶかの服を着ていた。
「つ、次、ロイドくん……どうぞ……」
「う、うん……」
 こう言うのもなんだけど、ティアナの寝間着姿にはそれほどい、色気的なモノがないから一先ず安心である。エリルとかだと座る時とかにふんわりとスカートの部分が浮いて――だぁっ! 変なこと思い出すなオレ!
「お、落ち着くんだ……まずはシャワーを……」
 シャワールーム……一人分の狭い空間……この場所についさっきまでティアナが……裸……あああああ!!

「ロ、ロイドくん……お顔が真っ赤だよ……?」
「な、なんでもないんです……」
 自分でもどうかしてると思うくらいにぽんぽん浮かんでくるティアナに対するやらしい想像を押さえつけながらシャワーを浴び終えたオレは、この後にもっとやばい状況が待っているというのにもうすでに顔が赤くなり切っていた。
「え、えっと……ね、ロイドくん、髪、乾かして……くれる……?」
 どうやらオレが出てくるまで待っていたらしいティアナと互いの髪の乾かし合いをする。引っ込み思案というかおどおどした性格とは反対にキラキラで目立つ金色の髪……ティアナは短くしているが、長くしても似合うかもしれない。この金髪がローゼルさんみたいにぶわぁっと広がったらさぞきれいだろう。
「そ、そうかな……ロイドくんが言う、なら……や、やってみてもいい、かな……」
「!? え、オレ、口に出してた!?」
「うん……長いのも似合うかもなぁって……」
「! い、いやぁきれいな金髪ですから……」
「ロイドくんも、け、結構サラサラの黒髪……だよね……伸ばしたら、女装の時みたいに、女の子に、見えそうだね……」
「うん、たぶん……そうだ、伸ばすと言えばティアナってその、前髪が長いでしょ? それを髪留めでよせてるけど、切っちゃおうとは思わないの?」
「……む、むかしはこの魔眼――ペリドットの金色が嫌で……か、隠してたんだけど……それじゃあ銃が使えないって……だ、だから撃つ時だけ髪留めをするようにしてたんだけど……セイリオスに来てロゼちゃんが……留めてる時の方がいいって……金色の瞳なんて、気にしなくていいって……」
「おお、さすがローゼルさん。」
「それで、留めたままでいるようになって……ロ、ロイドくんが言った通り、き、切ろうかとも思ったんだけど……な、なんだかその頃には……髪留めの感覚って、いうか……重さになれ、ちゃってて……な、無いと逆に落ち着かない感じで……」
「ああ、なんとなくわかるぞ。腕時計とか……オレたちで言うなら腰とかにさげた武器とかみたいなもんだな。いつも身に着けているせいでそれが必要なくてもないと不安になる感じ。なるほど、そういうことだったのか。」
 ドライヤーをかけ合いながらそんな話をし、さっきまでのやらしい想像で熱くなっていた顔とか頭が冷めた……のだが、「それじゃあ……」とティアナが恥ずかしそうにベッドの方に視線を移したことで即座に熱が戻ってしまった。

「……ふ、二人でぴったり……くらいだね……」
「ももも、もともと一人用ですから……!」
 壁際。掛け布団を握って天井を見つめるオレの横にはオレの方を見つめる向きで横になっているティアナ……!!
「あ、あの、ティアナさん……?」
「うん……」
 電気を消してはいるが、閉めると部屋の中が真っ暗になってしまうからと少しあけたカーテンの隙間から入る月明かりでぼんやりとティアナの顔が見える。普段なら髪留めを外したティアナの目はこっちから見えないのだが、横になっていることで隙間が生じ、そこから少し潤んだ金色の瞳がのぞいている。
 ローゼルさんやリリーちゃんみたいにだだ、抱きついてきたりはしていないのだが、その視線だけで心臓が……ああぁ……
「あ、あたしね……ロイドくんに、き、聞きたいことが、あったの……」
「は、はひ、なんでしょうか……」
「この前……ロイドくんがあ、あたしとロゼちゃんの部屋に来て……着替え、を見た時のことなんだ、けど……」
 瞬間、記憶が鮮明によみがえる。学院長が学院の外にいたことで不安定になった空間の魔法とオレのラッキースケベが組み合わさって起こったあの事件。自分の部屋のドアを開けて中に入ったらそこはティアナとローゼルさんの部屋で、しかも二人は着替え中……
 なんとなく縮こまっているのと、制服以外だと大抵ダボッとした服を着ているティアナだからわかりにくいがなかなかのナイスバディで、それを覆っていた黄色の下着が今でもはっきりと思い出せ――るのはどうかと思うし今はまずいぞオレ!
「あ、あたし、あの時ロイドくんにぎゅって抱き、ついたり……ゲームって言ってもっとえ、えっちな事もして……」
 二人の部屋から逃げようとしたが後ろからローゼルさんに、そして前からはティアナに抱きつかれて動けなくなり……その後すっ転んでベッドに倒れ……左右から下着姿の二人に抱きつかれたまま十分耐えるというゲームを提案されて……
 たた、耐えられないイコール二人をおそ……と、という意味になってしまうのだが二人は猛攻を仕掛け、ティアナは下着姿ゆえにくっきりはっきりとしたそのナイスバディを腕やら脚やらにからませてきたのであちこちの柔らかな感触が……感触が……!!
「ロ、ロイドくんの……ラッキースケベの、せいっていうのもあった、んだろうけど……あ、あの時のあ、あたしはちょっと……あの……だからね……」
「う、うん……?」
「ロイドくんは……や、やらしい女の子は……嫌……?」
「ぶぇっ!?!?」
「ロゼちゃんとかが、い、いつも色々やってて……ロイドくんは、は、恥ずかしがって、真っ赤になってる、けど……じ、実のところは……どうなのかなって……」
 理性の危機……はとりあえず置いておいて、その行動に対してどう思うかってことか……ま、まぁそんなの……
「そ、そうだな……まずは――困る……うん、困る……り、理性というか我慢というか……みんながオレをどう思っているかは知っているし、オレの方もかなり――ま、まぁこれはユーリのせいでオレよりみんなの方が知っているんだろうけど……そ、それでもこう……そんなやたらめったらそういうことをしてしまうのは――なんというか、それだけを求めているようで違うというか……求めていないわけではないけどそればっかりじゃなくてあの……」
 ダ、ダメだ、まとまらないぞ。もっと簡潔に……
「つつ、つまりね、ああいう攻めが嫌かどうかで言えば――い、嫌じゃない……です。そ、それくらい……それほどの感情を持ってもらっているのは嬉しい……よ。あと……単純にその、スケベ心的にも……ウレシイです……はひ……」
 ぐあ! 最後の一言いらなかったんじゃないか!? ただのエロい人だぞ!
「そう……なんだ。嫌じゃなくて、むしろ……ああいうことを、され……るのは、困るけど――嬉しい、んだね……」
「そ、そう……向きの違う感情であっちこっちにどうにもこうにもという感じなのです……」
「そして……そういうのを重ね、ることで……ロイドくんの中で自分を……大きくさせること、につながる……ことが、もう、わかってる……それなら……」
 横目で見ていたティアナの顔がぐぐっと近づき、腕を滑り込ませてオレにむぎゅっと抱きつきゃあああ!
「嬉しい、んだよね……」
「ひゃああっ!?」
 するりとオレのパジャマの中に入ってきたティアナの手が胸の辺りをさすり、絡んだ脚で更なる密着状態に……ぶかぶかの服に隠れた豊満な柔らかさが……太ももが……そして最もヤバイ――!!
「大丈夫……本番、は、お泊りデートの時……に、するからね……」
「ややや! そ、その前にオレが――オレがおそ、オソ――」
「そうなっちゃったら……うん、それは、それかな……おやすみ、ロイドくん。」
「びゃああああ!?!?」
 身じろぎによってグイグイ押し付けられるそれらに加えて耳をかじられたり首をなめられたりという同時攻撃を受けながら、オレはそんなティアナの身体に伸びそうになる手を掛け布団をにぎった状態に全力で固定し……こうして一晩の激戦が始まってしまった。


 翌日、列車の食堂に集まってみんなで朝ご飯を食べたのだが、当然のように話題がオレとティアナの一夜になった。
「さぁさぁ事実確認だ。ティアナがホクホク顔になっているから何もなかったというわけではないのだろう?」
「まさかと思うけどあんた、ティ、ティアナと……」
「ロイくんもティアナちゃんも、怒らないから正直に答えるんだよ?」
「商人ちゃん、食事用のナイフをそんな風に構えたら怖いよー?」
 強化コンビとストカが朝からモリモリとお肉を頬張っている中、オレはエリルたち四人から鋭い視線を向けられている。ちなみにティアナは……な、なんというか幸せそうに微笑んでいる……
 じ、事実確認と言っても……ま、まぁ朝起きると横にいたはずのティアナがオレの上に乗っかっていて、胸の辺りですやすや眠っていたのだが……オレ自身の位置も姿勢も変わっていなかったから何もなかった――はずだ……!
 そ、それに一応ティアナにも確認したけど「大丈夫だよ」と言っていたし――
「ふふふ、どう、かな……」
「ティアナ!?」
 ティアナが含みのある色っぽい笑顔を見せる……!
「……ロイド?」
「いや! 何もしてません! し、してないはずです! だ、だよねティアナ!」
「うん、大丈夫……だよ。一緒に、寝ただけ。」
「ほ、ほら!」
「……一応言っとくけど、一緒に寝るってことも相当あれな事よ……」
「今更だなエリルくん。しかしまぁ、一先ずは安心か。」
「まぁ……ちょっと色々、やったけど……ね……」
「ぶぇぇっ!?!?」
 思わず立ち上がったオレを流し目でニンマリ見上げるティアナ……!!
「あははー、ロイドの驚き的に、ロイドが寝てる間に何かしたんだねー。スナイパーちゃんってばやらしー、なにしたのー?」
「……秘密、かな。」
 そう言ってティアナはペロリと舌を出す。い、一体何をされたんだオレは!
「ロイくん、服脱いで。チェックするから。」
「えぇっ!?!?」
 手をワキワキさせるリリーちゃんだったけど、ローゼルさんがコホンと咳ばらいをする。
「や、やはり本気になったティアナは厄介だったが……まぁ、ロイドくんから何かをしたわけではないのなら……詳細を聞き出すのはあとにしておこう。あと数十分で到着だからな。」
「? じゅーぶん聞き出す時間はあると思うけどー?」
「夜の国ほどではないだろうが、火の国にも独自の習慣などがあるだろうからな。その辺を事前にアンジュくんから聞いておいた方がいいだろう。」
「あー、そーゆーことかー。えっと火の国は……そうだね、まずは系統の話かなー。」
「系統? 得意な系統のことか?」
「そーだよー。ヴィルード火山の影響で常に濃い火の魔力が漂ってるからねー。人間にも変化が生じてるんだよー。火の国で生まれた人はねー――」
「お、それはあれだろ? 第四系統の火の魔法を得意な系統としてる奴ばっかりなんだろ。」
 ティアナとの一夜についての話が一先ず終わったので、強化コンビも話に加わる。
「ぶっぶー、ざんねーん。逆にすごく少ないんだよー。」

 アンジュが教えてくれた火の国における第四系統についての話はこうだ。
 濃い火の魔力に覆われたヴィルード火山と、そこを中心に発展したヴァルカノという国。魔法生物が独自の進化を遂げているように人間もその影響を受けて更なる力を……と、普通は考えるわけだが、そもそも人間の身体は魔法を使えるようにはできていない。得意な系統という、人それぞれに扱いやすい系統というのはあるけど、基本的に魔法は人体に負荷を与えてしまうモノなのだ。

「得意な系統ってつまり身体がその系統の魔法との高い適性を持ってるって意味だからねー。火の魔力でいっぱいのこの国でそうなっちゃうと適性がある分、影響を受けやすくなるんだけど、それって人間の身体にはちょっとオーバーなんだよねー。常に魔法負荷を感じてヘロヘロになったり、魔法のコントロールが全然できなくて暴走しちゃったり、建国当初は色んな事故があったみたいだよー。」
「当初は、か。ふむ、つまりそういう事が起きないように人々は長い年月を経てこの国の環境に適応したのだな。第四系統を得意な系統とするような身体にはなりにくくなった、と。」
「そーゆーことー。」
「あ? 適応っておいおい、んなこと簡単にできるモノなのか?」
「アレク、一応魔法学の授業で教わったことだぞ。生物における進化となると何万年という単位だろうが、魔法に関してはそこまでの時間は必要ないと。」
「そうだっけか? ん? つーかこの流れ前にもあったな。」
「そもそも「得意な系統」というのも昔の人には存在しなかったモノだそうだ。長年魔法を無理矢理使い続けた結果、人体がある程度の魔法適正を持ち始めた故に生まれた概念というわけだな。」
「ははぁ……んじゃその内人間も魔法生物みてーに魔法をバンバン使えるようになんのかもな。」
「無い話ではないだろうな。」
「やれやれ、アレキサンダーくんは何も学力までCランクに落とさなくてもよいと思うがそれはさておき、しかし今の話の通りだとアンジュくんはどういうことなのだ? 第四系統が得意な系統だろう?」
「んふふー。すっごく少ないってだけで全くいないってわけじゃないんだよー。」

 せっかく火の魔力に満ちた環境だというのに、それに適した身体にすると人間には負荷が大きすぎて逆効果なわけだが……逆に言うと、人間の身体が何らかの要因で通常よりも魔法負荷に強いモノになったのなら、身体は得意な系統として第四系統を選ぶことになる。
 そして人間は、長い時をかけて「得意な系統」という適性を手にしたのと同じように、時々そういう身体を持って生まれてくることがある。

「よーするにフツーの身体じゃなければいーって話でねー。わかりやすいのは、その人が魔眼所有者だった場合、逆に得意な系統はほぼ確実に第四系統になるんだよー。」

 魔眼というのはつまり、人間の身体に初めて備わった「魔法に関わりのある器官」だ。これがあるだけで人間の身体の魔法適正はハネ上がるようで、実際、魔眼所有者は普通の人よりも魔法負荷の耐性が強かったりする。

「他にもお姫様みたいに魔法の適正が妙に高い人とかも第四系統が得意な系統になるねー。」
「ふむ。アンジュくんの場合は魔眼フロレンティンを持って生まれたことで――というわけか。しかしこれは面白い話だな。つまり得意な系統というのは、母親のおなかの中で成長する過程においてだいぶ後の方で決まる要素なのだな。」
「そーだねー。だから昔は結構ヤバイ実験をしてた人もいたらしーよー。妊婦さんに魔法かけたり薬入れたりして魔法の適正を上げられないかーってねー。」
「なるほど……だがまぁ、こう言ってはなんだがそういう考えに至るのも理解できる。」
「は? ローゼル、あんた何言ってんのよ。」
「考えてもみるのだ。この国はヴィルード火山という世界規模の爆弾を有しているのだぞ? 当然、その研究には第四系統の使い手が不可欠だが、皮肉なことにこの国ではそれを得意な系統とする者が生まれにくいときている。必死にもなるだろう。」
「……当然、今はやってないわよね……?」
「もちろんだよー。でもそういう国だからさー、火の国では第四系統が得意な系統っていう人はなんとなく特別扱いされるんだよねー。」

 火の国における第四系統の使い手の価値はかなりのモノであり、それ故にそうだというだけで何かの偉業を成した人のように扱われるのだという。
 カンパニュラ家でアンジュが生まれた時なんかは、王族や他の貴族たちからそれはそれは豪華なお祝いの品々が届いたらしい。

「で、でもそれなら……他の国の、火の魔法の使い手の人たちは……み、みんなこの国に来たがる、んじゃないかな……」
「うん、火の国としては大歓迎だよー。得意な系統じゃなくても、火の魔法が上手に使えますっていう人ならみんなねー。でも……そう簡単にはいかないんだよねー。」

 ティアナの言う通り、初めの頃は他国から第四系統の使い手を国が集めたし、自然に集まってもきたそうなのだが……この国に満ちる火の魔力は、そんじょそこらの使い手では制御できなかったというのだ。

「暴発に暴走のオンパレードでねー。フェルブランドで言うところの上級騎士――セラームクラスの技術を持った人じゃないとまともに魔法が使えないんだよー。」
「は……ちょ、ちょっと待ちなさいよ、あたしは……」
「あはは、今のは普通の身体の人の場合の話だよー。お姫様みたいに高い適性を持ってる人なら大丈夫なはずだよー。」
「はずってあんたねぇ……」
「うふふ。でも火の国で普通に魔法が使えるなら、お姫様の強さは何倍にもアップすることになるんだよー。もちろんあたしもねー。」
「むぅ……第四系統が大歓迎となると、その逆であるわたしのような第七系統の使い手は嫌われ者だったりするのか?」
「それはないよー。第四系統だけがチヤホヤされるだけー。」

 アンジュの火の国講座が終わったところで、オレは窓のカーテンを閉めて通路側の席に座って骨付き肉にかじりついているストカを見る。オレたち同様、セイリオスの制服を着ている普通の女の子に見えるが、実際はいつものドレスに黒いローブを羽織ってフードを目深にかぶっているはずだ。
「なぁストカ……いや、とりあえず大丈夫なのか? 昼間に動いて。」
「バホフベボヒナゲリャナ。」
「飲み込んでからしゃべれ。」
「――んぐ、んだよ、食ってる時に話しかけたのはロイドだろ。バトルみてーな激しめの運動しなきゃ大丈夫だ。」
「そうか。んじゃあその……濃い火の魔力ってのは? ストカは第五系統が得意な系統みたいだが……ほら、魔人族だし、影響は受けるだろ?」
「いい影響なら受けるし、悪い影響なら身体がブロックする。俺らや魔法生物にはそーゆー周りのマナや魔力の影響を制御する器官があんだよ。」
「そうか……いや、そりゃそうか。でもそんな器官があるなら……なんというかさっきのひどい研究の話じゃないけど、魔法生物とかを解剖してその器官を解析したりしてそうだな……」
「あー、そりゃ無理だな。魔力の流れも見えない人間にそれがどれかわかるわけねーし、どうにかして見つけても解析なんかできねーよ。」
「そういうもんか……つくづく人間ってのは魔法が使えない生き物なんだなぁ……」
「おまけに弱っちー身体ってな。でもそんな風にダメダメだから色々できるようになりたくて、んで結果できるようになっちまったっつー不思議さが、他の生き物にはない人間の力だ――って、ヨルム様が言って――ん?」
「? どうし――」

 ドカアアアアンッ!!

 突如として響く轟音。同時に身体が浮遊感に包まれ、窓の外の景色――荒野と少しばかりの緑が続く風景があり得ない方向に吹っ飛び、そして回り出す。それに合わせて天井と床がその位置をぐるぐると交代し、イスやテーブルが上下左右に跳ね回る。どっちが上でどっちが下か、感覚と光景がちぐはぐに回ること数秒、ガシャァンという音と共に元の向きに戻った車内にはあらゆるモノが散らばっていた。
 普通ならば、車内にいた人もあちこちに叩きつけられながら転がり、場合によっては致命的な重傷を負ってしまっただろう。だが――

「な、なんなのよいきなり……」

 全員がほぼ無傷に近い状態で着地し、何事もなく立ち上がる。伊達に鍛えていないというか鍛えられていないというか、とにかくオレたちは無事だった。
「ビックリしたぜ。人間の国には詳しくねーけど、これが火の国じゃ日常なのか?」
 そしてそれ以上に、ストカに至ってはさっきと同じようにイスに座ったままで、テーブルはふっとんでいるものの、骨付き肉の骨をバリバリとかみ砕いていた。
「そんなわけないよー。でも……まさかねー……」
 滅茶苦茶になった車内――歪んでまず開かないだろうドアをチラ見したアンジュはパチンと指を鳴らして壁付近を爆破し、そこに大きな穴をあけた。
「とりあえず外に――」
「他の乗客が心配だ! 救助に行くぞ!」
「強化魔法の見せ所だな!」
 アンジュがあけた穴の横、体当たりで壁を突き破ってカラードが出て行き、それに続いてアレクも外に出た。
「……あたしがあけた穴が見えなかったのかなー、あの二人……」
 とっさの状況の中でも正義を貫く騎士に感動し、オレもそうじゃないといけないはずだとアンジュがあけた穴から出て他の車両に目をやった……いや、やろうとしたのだが――
「えぇ? なんであんな遠くに……」
 食堂が入っている車両は先頭に近いのだが、いつの間にか後ろ……いや、前後の車両と切り離されていたらしく、遥か後方に動力車から離れて止まっている車両があり、前方には軽くなったことで加速したらしい動力車に数両加えた車両が走っていた。
 そして振り返れば、線路から離れて荒野を転がった車両が無残な姿でポツンとそこにあった。
「ふむ。どうやら事故などではなさそうだな。他の車両と、文字通りに「切り離されて」いる。」
 車両の後方にまわったローゼルさんが指さしたのは車両の連結部分。そこは何か……例えるならアンジュの『ヒートレーザー』のようなモノで焼き切ったようになっていた。
「攻撃っつーわけか? 理由がよくわかんねーが、まぁ他の乗客を巻き込まないようにする辺り、そこまでの超悪党ってわけでもなさそうだな、カラード。」
「いや、おそらくそういう理由じゃないぞアレク。単に、おれたちがいた車両をより「転がす」ために前後から切り離したのだ。」
「まじか。そいつはヤル気満々だな。」
 学院の教えの通り、食堂にも武器を持ち込んでいたオレたちはそれぞれに構えを取る。
 ……んまぁ、さすがにカラードはランスだけだが。

『どういうことだこれは。』

 周囲に注意を払うも、五感に柔らかい布をかぶされたような変な感覚でイマイチ集中できずにいると、オレたちから少し離れた場所にある岩の上が歪んで一人の……男か女かわからないが、誰かが現れた。
『勲章持ちと聞いたから気合を入れてきたというのに、まだ子供じゃないか。』
 声がくぐもっているのはその顔を覆っているオバケみたいな白い仮面のせいだろう。その仮面以外を黒で染めた暗殺者のような格好の人物は、そんなことを言ってため息をついた。
「まさかねー、来るとは思わなかったよー。」
「む? なんだアンジュくん、知り合いか?」
「違うよー。でも、攻撃してきた理由はわかるかなー。」
「ほう?」
「まー、よくある話だよねー。ワルプルガの成績で火の国での発言力……権力が変わるからねー。大抵の家が他国から優秀な騎士を呼びよせるんだけど、本番前に他の家の騎士を潰しちゃおうって動きは毎年それなりにあるんだよー。」
「……嫌な話ね。」
 言葉通りに嫌そうな顔をするエリルに、アンジュはあははと笑う。
「貴族なんてそんなもんだよー。歴史ある家系とか血筋とかが無い分、火の国ではより一層ドロドロしてる感じかなー。まーそれでも、列車を転がすなんて大事件は聞いたことないけどねー。」
「ふむ……まぁおそらくは、王族を除けば火の国で一番の力を持つというカンパニュラ家が、今年は勲章持ちを呼び寄せたということで焦りを覚えた家があったのではないか?」
「だねー。それでもあたしたちは学生だからこういう事にはならないと思ってたんだけど……勲章の影響をちょっとなめてたかなー。」
「……さっきの発言だと、あいつあたしたちが学生とは知らなかったみたいよ?」
「あはは、それはそれで他の家の情報収集力を過大評価しちゃった感じかなー。」
 こんな状態になった理由がわかったところで、オレたちは改めて襲撃者を見たのだが……なんというか、見るからにヤル気をなくしていた。
『楽なのは歓迎だが、だからってままごとしたいわけじゃないんだぞ……』
 がっかりしながらも仮面の人が構えると、その両手に赤い光でできた剣が握られた。
「へぇ、熱を魔法で固定して武器の形にしてるよー、あの人。」
「熱……アンジュとちょっと似てるね。あの武器も爆発するのかな。」
「どーかなー。どっちにしたってあたしたちには……あ、そうだちょーどいーかなー。」
「? どうしたの?」
 この襲撃者がかなり本気であるとわかって構えた武器にグッと力を入れたみんなに対し、アンジュはスタスタと前に出てくるりとこっちを向いて――仮面の人に背を向けた。
「もうここは火の国の中でねー。たぶんみんな、魔法の気配とかを感じにくくなってるでしょー。」
「! そうか、じゃあこの変な感覚が「濃い火の魔力」ってわけなのか……エリル、パワーアップしたか?」
「……わかんないわ……」
「あははー、さすがにそんなすぐには無理だよー、慣れが必要だからねー。一日経てばお姫様の魔法はとんでもなくなるし、みんなの感覚も普通に戻るよー。」
 そう言いながら、アンジュはピンと右手の人差し指を立ててその先に『ヒートボム』を出した。
「あの仮面の人、確かに昔なら強い人だって思っただろうけど……うふふ、ロイドの愛の力であたしもパワーアップしてるからねー。」
 パチンとオレにウインクを飛ばしたアンジュは振り向きながら、手を鉄砲の形にして『ヒートボム』を仮面の人に向けた。
『やる気か? やけどじゃすまな――』

「『ヒートブラスト』。」

 アンジュの指先に浮かぶ直径十センチ程度の『ヒートボム』から放たれたのはその数十倍はある極太の熱線。一瞬の紅い閃光の後、仮面の人が立っていた場所を中心に――というかその場所から後ろを広範囲で巻き込む大爆発が起きた。爆炎が火柱となって赤々とそそり立ち、爆風が周囲のあらゆるものを吹き飛ば――ってうわわ!
「こらアンジュくん! 危ないだろうが!」
 荒野に転がる大きめの岩がとんでくるのを見てローゼルさんが氷の壁を出し、みんなを突風と岩の雨からガードした。
「あははー、ちょっと加減を間違えちゃったかなー。火の国に入るとこれくらい強くなるって見せたかっただけなんだけど……ロイドの愛で目覚めちゃったあたしの力が大きすぎたねー。」

ほ、本来アンジュの『ヒートブラスト』は火の魔力を体内から直接魔力のままで相手にぶつける技で、魔眼フロレンティンの力で魔力の貯金を持つアンジュだからこそできるシンプルかつ高威力の技だった。
 それをランク戦などを通して改良し、予め『ヒートボム』の中に火の魔力をためておいて、ふよふよ浮かせた『ヒートボム』からミニ『ヒートブラスト』を放つというのが今アンジュがやった技であり、本来なら『ヒートレーザー』という名前のついた一発だった。
 だけどこの前のラコフとの戦闘でオレの……その、ユーリのせいでしでかした大告白によって……ロ、ローゼルさんがオレとのお泊りデ、デートによってパワーアップしたのと同じような現象が起き、アンジュの魔法は一段階強くなった。
 んまぁ、正確には……潜在的に秘めているけどそれが開花するかどうかはわからないという、誰もが持っている可能性が引き出されたという感じで……べ、別にオレの告白に特別な力があるわけではない……
 ただ……アンジュに限らず、オ、オレの事を好き――だと言ってくれるみんなにとっては……なんというか、魔法のたがが外れるには充分な出来事――だったようで、みんなの魔法が強化されている……のだ。
 そんなこんなであんな小さな『ヒートボム』からアンジュの必殺技である『ヒートブラスト』レベルの熱線を放てるようになり……仮に威力を抑えて『ヒートレーザー』としたなら二、三分発射し続けることができるようになっていたりする。
 もちろん相応の魔法負荷は受けるのだが、以前なら同じことをやろうとすると集中力やらも使ってかなり消耗していたはずのところをあっさりとできるようになったのだから、確実に強くなっている。
 んで、そんな強力な魔法が火の国の影響で更にパワーアップし……きっともっと手加減した一撃だったはずの攻撃が大爆発となった……ようだ。

「言いたくないがアンジュくん、今のをまともに受けてあの者が生きているとは思えないのだが……」
「そーでもないと思うよー。その気で撃ってないから派手なだけで威力は散ってるはずだからねー。」
「ロイド、風。」
「あ、はい。」
 エリルが爆心地をビッと指差し、オレはそこに舞っていた煙を風で飛ばした。
「あ……うん……生きてる、よ……一応……」
 全身黒こげ……ああいや、元から黒いんだが、ぶすぶすと煙をあげて大の字に倒れる仮面の人を――おそらく魔眼ペリドットで確認したティアナが呟いた。
「そうか、それはよかった……いずれは――とは思うものの、な……」

 ラコフとの戦いにおいてオレたちは……いや、実質的にはエリルなのだが、その場にいた面々は同じようなモヤモヤを抱えた。
 それは、敵であれなんであれ、人を殺すということだ。
 ラコフは人間だった。ツァラトゥストラによって最終的には半魔人族と言っていい状態になっていたが、それでも人間という事実は変わらない。
 騎士になって戦うということには、もしかしたら住処がなくなって人間の町へ侵攻するしかなかっただけの魔法生物を殺し、家に帰りを待つ家族がいるかもしれない悪党を殺すという事が含まれている。
 そういう言葉とは縁遠そうなフィリウスも、よく考えればこれまでに数々の「人殺し」を行っているはずで、多くの人の憧れの的である有名な騎士たちもまた、大量殺人者である可能性が高い。
 悪意を示す「殺し」も正義を示す「倒す」も命を奪うという事に変わりはなく、死んでいいモノなんていないという理想を掲げれば悪党も騎士も同列となる。
 誰もがわかっているそのことが、自分の立場になって重さを増した。

「正義とは己が貫くべき信念だ。この世におれと同じ存在などおらず、ならば対立も必然。人の死を嘆かないわけではないが、悪がいるなら滅ぼす。そのことに迷いはない。」

「わりぃがその辺を考えたのは入学前で、でもって正直どうでもいいと思った。弱肉強食とか仕方がないとか頭のいい理屈じゃねーが……だってヤバイ奴らがいて危ねーんだ。何とかするしかねーだろ?」

「今更ボク、どうとも思わないよ。それが普通じゃないっていうのを知った時はそりゃあれだったけど、ボクには何よりも優先するモノがあるの。言うなればボクの正義ってそれで、それがどうにかされそうっていうなら、ボクは殺すよ。」

 十二騎士や現役の騎士がどんな考えかは知らない。ただ、オレたち八人の場合……既に答えを持っている人は何人かいた。
 正直言うと、オレは悪っていう人間を殺すのにためらいは……たぶんない。悪がばらまく死っていうのを間近で見て、それで奪われた大切な人たちがいる。悪の側の命なんて気にしていたら手遅れになるかもしれない……そう考えると、オレは剣を振ることを止めたりはしないんだろう。
 だけどまだそういう……自分で言うのもなんだけど覚悟みたいなモノが心の中に定まってないメンバーもいる。

「んなもん、やんわり悩どきゃいい。絶対に間違えちゃいけない場面に後悔を残さない程度にな。」

 たぶん、このことを相談した時に先生が言ったこれが一番いい答えなんだと思う。なんにせよ、自分が後悔するようなことはしない――きっとこれに尽きるのだ。
 悩むことは悪い事じゃない。そういう迷いも力に変えて、騎士は強くなっていくのだろう。だから今はまだ定まらないみんなも、これからというだけなのだ。

「……ロイドくんが気持ちの悪い顔をしているな……」
「えぇ!?」
「どうせ今の会話で前のことを思い出してわたしたちに生温かい視線を送っていたのだろう。まったく、わたしの夫は上から目線の亭主関白だな。」
「ロイドの場合はどー考えても尻に敷かれるだろーけどねー。具体的にはあたしのさー。」
「だ、大丈夫だよ……ロイドくん……あ、あたしたちにも……守りたいもの、あるから……」
「…………」
「……む? どうしたエリルくん。あの気味の悪いわたしの夫に――むむっ!!」
「――! な、なによ! て、ていうかロイドはあたしの――」
「そういえば実際にやったエリルくんがこれといった悩み顔を見せていないではないか! これはそう――ず、ずばりロイドくんに慰めてもらったのだな!」
「!!」
「も、もしやあの――ロロ、ロイドくんとあんなことやこんなことをした時か! 時なのだな!」
「う、うっさいわね!」
 いつオレの方に飛び火するかわからないいつもの感じにみんながなっている中、強化コンビが仮面の人に近づいて手荷物を調べる。
「ふむ……こういうのはさすがプロと言うべきなのか、身元を示すようなモノは持っていないな。」
「仮面の下は……普通のおっさんだな。さっき「気合を入れてきた」つってたが、他に仲間がいたりしねーか?」
 アレクのその言葉で再び周囲を警戒したオレだったが、いつの間にか隣に立ってたストカが……まだ骨をバリバリしながらポンと肩を叩く。
「もう敵意を持った奴はいねーぞ、ロイド。襲撃者はそいつとあっちの二人で全員みたいだ。」
「そうか――え、ちょっとまて、なんだ、あっちの二人って。」
 オレの質問にストカは近くの岩……というか岩山を指さした。するとタイミングピッタリに、その陰から誰かが出てきた。

「出迎え兼警戒の為に駅で待機していたのだけれど、よもや走行中の列車を襲うとは予想の外。しかし結果として弟子の成長を垣間見る事ができたのは僥倖だった。」

「わ、カッコイイ……」
 と、思わず呟いたのはオレだ。その人は男性なのだが、同性のオレでもそう思うほどにカッコイイ人だったのだ。
 空の色のような鮮やかな水色の髪を……個人的なイメージで言うと「デキる執事」みたいにさらりとさせて、これまた執事みたいなキリッと決まる眼鏡をかけている。
 そこまで行くと服装は執事さんのようなバシッとした服かと思いきや、正反対の……えぇっと、ああいうのはスポーツウェアというんだったか。所々にシュッとカッコイイラインの入った、上は二の腕まで、下はくるぶしの辺りまでを覆うぴっちりとした、今からジョギングですとでも言いそうな黒い服を着ている。色で言えば仮面の人と同じで全身黒ずくめなわけだが、明らかにこっちの方がスタイリッシュだ。
 でもって、その姿故に強調されるのがその人の……こういう事を言うとエリルに「気持ち悪いこと言うんじゃないわよ」って言われそうだが……肉体美だ。かなりの長身で手足がすらりと長く、その上で引き締まった筋肉が見て取れる。なんというか、見事なバランスで「美しい」という言葉がしっくりくる身体なのだ。
 そんな顔も身体もカッコイイイケメンの人の両手は仮面をかぶった人を左右それぞれにつかんでいて、つまりその人は岩陰から仮面の人を二人ほど引きずりながら登場したのだ。
「んん? もしかすると隠れて機を窺っていたこの二人を僕が退治する必要は無かったのかもしれないね。余計な事をしてしまったかな?」
「いえ……あの、というかその、ど、どちら様でしょうか……」
 隠れていた襲撃者をやっつけてくれたのだから味方なのだろうけど誰かはわからない。きっとこの国の騎士……ん? さっき弟子って言っていたような……

「師匠、なんでこんなところにいるのー?」

 突如現れたカッコイイ人にそう尋ねたのはアンジュだった。
「ふふふ、なに、駅に近づいてきた列車の一部が突然転がり出したから何事かと思って駆けつけたのさ。」
「師匠……ってことは……つまりアンジュの……?」
「そーだよー。これがあたしの師匠でカンパニュラ家のおかかえの騎士、フェンネル・ファイブロラ。」
「やぁ、どうぞよろしく。気軽にフェンネルさんと呼んでもらえると嬉しいかな。」
 眩しい笑顔と爽やかさにドキッとしてしまう自分に妙な感じになる。
「あ、えっと、セイリオス学院一年、ロイド・サードニクスです。い、一応『ビックリ箱騎士団』の団長です。それでこっちのみんなが――」
 と、みんなの自己紹介を促そうとみんなを見たのだが……全員がすごく変な……ニュアンス的には嫌そうな顔をしていた。
「?? え、みんなどうしたの?」
「……どうしたのってあんた……だ、だってその男……」
「そ、そうか、ロイドくんはアンジュくんが効果を切っているから……わからないのだ。」
「えぇ? あの、何の話ですか?」
 どうやらオレだけよくわかっていない何かをローゼルさんが説明してくれる。
「あー、えっとだな……ほら、アンジュくんはあんな危ない……ちょっと動くだけで色々見えてしまう服装だが、それでも大丈夫なのには理由があっただろう?」

 アンジュの普段の服装は改造された制服でおへそが丸出しな上にとんでもなく短いスカート。戦闘という動き回る行為をすればパ――上も下も下着が見えかねないというか見える格好だ。別にアンジュにそういう趣味があるとかそういうわけではなくて、《ディセンバ》であるセルヴィアさんがきわどい鎧姿なのと同じ理由で――つまり、肌から体内に取り込むことになるマナをより効率よく得る為の格好であり、そういうのは騎士の中では男女問わず珍しいモノでは……一応ない。
 んまぁ、とは言っても普通に見えてしまったらアンジュだって恥ずかしいわけで、だからアンジュの服にはとある仕掛けがある。
 もしもスカートがぶわーっとなってもその下というか中が視認できなくなるという特殊な布でアンジュの制服は作られているのだ。だからどんなに激しく動いてもアンジュの服は普通の服よりも鉄壁になっているので安心……なのだが、アンジュはオレを誘惑――す、するためにと言って、オレにのみその効果が発動しないようにしているのである……

「オ、オレに対してだけは効果を切ってるという……あれですね……あ、あれがどうかしましたか……」
「つまりだな……ロイドくんはアンジュくんの服がその効果を発動した時、どんな風に見えるのかを知らない――ということだ。」
「そ、そう……ですね……」
 ふと気がつくとアンジュの下着が見える……と、ということは結構あって、毎回「見えてますから!」と言うのだが「見せてるんだよー」と返ってくる。そのやりとりの度にエリルたちにつねられたり蹴られたりするわけだが……確かに、オレ以外にはどう見えているのかは知らない。
「わたしたちにはな……黒いモヤがかかったような、そこだけ空間が黒塗りされたような、そんな感じに見えるのだ……」
「へ、へぇ……」
 つまりアンジュのスカートがめくれたとしても、その内側は真っ暗で何も見えなくなるというわけか……
「具体的に言うと……ちょうどあの眼鏡の男の身体のように見えるのだ……」
「はぁ…………えぇっ!?」
 バッと振り返って再度アンジュの師匠――フェンネル・ファイブロラさんを見る。
 ぴっちりとした黒いスポーツウェア……身体の筋肉が見て取れる……ま、まさかつまり……あの黒い部分が……!?!?
「要するに……あの男が実際に身にまとっているのは所々のラインだけ――なのだ……!」
「えぇっ!?!? いやいや、だ、だってあのラインは模様というかデザインというか――腕とか脚にくるっと人巻きされているだけですよ!? そ、それ以外は特殊な布の効果でそう見えるっていうだけならつまり……最悪……」

「そだよー。今師匠、裸だよー。」

 あっさりとアンジュが真実を――ハダカ!?!?
「いつもはローブ羽織ってるんだけどねー。戦闘モードはこんな感じー。腕とか脚に巻いてある布がその特殊な布でねー。師匠の裸を隠してるんだよー。」
「ふふふ、個人的には隠さなくても問題ないのだけれど、周りが五月蝿くてね。仕方なくさ。」
 色っぽい息を吐きながらやれやれと……何やらポーズを決めるフェンネルさん。目の前の青髪眼鏡のイケメンがガラガラと崩れてただの変態になってしまった!
「で、でも裸って――な、何かの拍子にその布の効果が切れたりしたらどど、どうするんですか!?」
「ふふふ、これでも最先端の魔法と科学を組み合わせて作り上げたマジックアイテムであるし、何より発生させている事象が「視認不可」という簡単なモノだからね。最新かつシンプル、それ故に壊れにくいのさ。故意に無効化しようと思ったら、魔法的にも物理的にも多大な労力を要するだろうね。」
「そ、そうですか……」
 ま、まぁ……あれだ、普通の服だって何かの拍子に破けたりするわけで、そう考えればフェンネルさんはオレたちと同じように……そう、黒い服を着ているだけ……なのだ。そう思う……ことにしよう……
「もっとも、あらゆる魔法を弾いてしまうような規格の外の力が相手となるとわからないけれどね。」
「えぇ? ……あ、それってオレの……」
「ふふふ、弟子の夫となれば僕の娘婿のようなモノだからね。色々と調べさせてもらったのさ。」
「ムコッ!?」
 オレの反応に爽やかな微笑みを返したフェンネルさんは、くるくると意味もなさそうに美しく回転しながらアンジュの隣に移動した。
「愛らしい容姿のカンパニュラ家の一人娘。その美貌や地位を求めてを数多の男が言い寄って来たが尽くをお断りし、それ故難攻不落とさえ言われたアンジュを射止めた男。どのような人物なのか興味がわかない方が変というモノさ。セイリオス学院に入ってからの活躍の数々は把握していると思ってくれて構わないよ。」
「は、はぁ……」
「ふふふ、騎士としての有望性は当然の事ながら、こうして話すと雰囲気の良さも伝わってくるね。相応にライバルも多いようだけれど、なればこそ手に入れがいもあるというモノ。頑張るのだよ、アンジュ。」
 フィリウスがよくやるあれをマッスルポーズと言うのなら、フェンネルさんのそれはセクシーポーズとでも言うものだろうか。カッコイイというよりは色っぽいポーズを再び決めつつ、アンジュの肩に手を置くフェンネルさん……だったが――
「……師匠、ちょっと離れてよー……」
 と言ってアンジュはフェンネルさんからすすーっと離れた。
 オレも、「どうだ大将! この筋肉は!」と言いながらポーズを決めて迫ってくるフィリウスからは「いやいやいや」と後ずさるし……どうやら変なところがオレたちと似ている師弟関係のようだ。
……と思ったのだが……
「おお……!」
 と、フェンネルさんは嬉しそうに驚いた。
「新鮮な反応だね、アンジュ。服装の事を知ると皆僕から距離を置くけれど普通に握手を交わし、共に男湯を覗いた時も動じなかったアンジュが明らかな拒否を示すとはね。」
 !? なんか今すごい情報がさらりと出なかったか!?
「つまり他の男に近づいて欲しくはないと。そうしていいのは――いや、触れていいのは一人だけ――その身は唯一の男の為にぼわっ!」
 セクシーポーズで語るフェンネルさんをアンジュが『ヒートボム』つきのデコピンで弾き飛ばす。
「そのとーりなんだけどさー、改めて言われるとちょっと恥ずかしーってゆーかー……」
 ほんのり赤くなり、熱のこもった視線でオレを……オレを見つめるアンジュ……!
「いかん、いかんぞロイドくん! 国王軍のお風呂場でもそうだったが、アンジュくんには覗きの趣味があるようだ! これを機にこんないやらしい貴族令嬢はキッパリ忘れてこの名門騎士のローゼルさんを妻に迎えるのだ!」
「ひどいなー、師匠が気配を消す修行だって言ってやらせたんだよー。男が女湯を覗くなら女は男湯を覗くべきだろうーってさー。」
「気配? アンジュちゃん、なんでそんな暗殺者みたいな修行してたの?」
「師匠がそーゆーのうまいから、覚えておいて損はないって教えてくれたんだよー。実際、夏休みの間ロイドを観察するのに役立ったしねー。」

 将来、お姫様になった自分を守る騎士を自分で見つけようとセイリオスで有望な生徒を探していたアンジュはオレに目をつけ、夏休みの間オレのことを観察していた……らしく、そ、そうやってずっと見ていたらすす、好きになったというのである……

「覗きは事実なのだな!」
「そーだけど、別に男の裸なんて興味なかったから何とも思わなかったよー。まー今は好きな人がいるから、ちょっと意識も変わるってゆーか……ロイドの裸なら見たいかなー。」
「えぇっ!?」
「ふふふ、屈強な男たちの裸体にピクリともしなかったアンジュが乙女の顔を見せるとは、喜ばしい限りさ。」
「お、乙女って、いう……よりは獲物を……狙う、ケダモノ……だよね……」
「スナイパーちゃんもひどーい。」
「ふふふ、恋でも愛でも、その根元にあるのは相手を独り占めにしたいという願望――即ち手に入れ自分のモノにしたい欲求だからね。そこに獲物を見据えた獣が目を爛々とさせているのは当然と言えるだろう。」
「師匠まであたしをケダモノ扱いするのー?」
「ふふふ、悪いことではないさ。その獣が表に出た者は男女の区別なく美しくなる。アンジュ、今の君は魅力に溢れている。国を発った時と今とでは見違えるほどさ。」
「そ、そーかなー……」
「恋愛は盲目にしたりあばたをえくぼにしたりするが、本質的にはその者を何段階も押し上げて世界を変える奇跡のような力――っと、こんなところで長話していては当主様に叱られるな。」
 恋愛マスターが言いそうなことをセクシーポーズで語ったのち、フェンネルさんは……ガルドでよく見る「持ち運べる小さな電話」で誰かを呼び、しばらくしてやってきた大きな車――確かリムジンと呼ばれる自動車にオレたちを乗せた。
「僕は事後処理をしていくからね。先に屋敷へ行っていてくれ。」
 おそらくはカンパニュラ家専属なのだろう運転手さんは、フェンネルさんからオレたちの事を聞くとペコリと一礼し、自動車をカンパニュラ家へ向けて発進させた。
「はー、これが自動車ってやつか。フェルブランドじゃたまにしか見ねーし、そもそも形が全然ちげーしなー。ほへー。」
 九人が広々と座れる車内だが、その身長ゆえに若干天井との距離が近くて窮屈そうなアレクが似合わない「ほへー」顔であちこち触りながらそう言った。

 フェルブランド王国は剣と魔法の国と呼ばれるほど魔法技術が進んでいるわけだが、逆に科学技術に関してはそれほどではない。なぜなら他の国が科学で行うことを魔法でやってしまうからだ。
 例えば自動車は長距離を移動する為の手段だが、フェルブランドには馬車がある。速度や快適性が違い過ぎるように見えるが、いい手綱や荷車には魔法が込められていて、結果自動車よりも速く、快適な移動が可能になってしまったりする。
 だが自動車が動かし方さえ覚えれば誰でも動かせるのに対し、魔法の馬車はある程度の魔法技術と、魔法であるが故にそれなりの才能や適性が必要になる。どちらにも何かしらの良し悪しがあって、きっと根っこにある考え方で選択が異なったのだろう。誰もが同じ結果を出すのか、特定の人間がより良い結果を出すのか……みたいな、そんな感じの。
 んまぁ、どっちが良い悪いの話ではないのだが……魔法に飛びぬけたフェルブランド王国の人々は他の国では一般的な科学にすら触れずに育っている場合がほとんどで、結構な……田舎者を演じる羽目になったりする。
 今のアレクの「ほへー」顔のように。

「確か燃料やら電気やらで動いているのだったな……なんというか、危なくないのか?」
「そりゃー事故でも起きて燃料が漏れてそこに火が点いたりなんかしたら爆発しちゃうけどねー。滅多にないよー。ほら、フェルブランドの乗り物だって魔法が暴走したら危ないでしょー。」
「まぁ……そうだな。」
「それと、確かに普通は電気やら燃料やらで動くけど、この国で動いてる機械の九割は火山から抽出したエネルギーで動いてるよー。この車もねー。」
「ほう……」
 普段、授業のわからないところや騎士に関する知識を教えてくれるローゼルさんが物珍しそうに外の風景を眺めているのはなんだが新鮮だった。んまぁ、ローゼルさんに限ったことではなく、オレとリリーちゃん以外はみんなそうなのだが。
 何年前かはぼんやりしているが、オレはフィリウスに一度連れてこられたことがあり、その時と街並みは変わっていない。
 現代的と言うのか、少し古風な街並みであるフェルブランドにいると感覚がマヒするが、一般的なそれに少しだけガルドの機械が混ざりこんだような風景。火の国という名前や火山を中心に発展したという話を聞くと常にあちこちから蒸気が噴出しているようなムシムシした所をイメージしてしまうがそんなことはなく、一年中温暖な気候の過ごしやすい場所である。

「あ、そ、そうか……あ、あたし、火山の周りにできた国っていうの聞いて……街が一つくらいの、小さな国を想像、してたよ……」
 途中にあった、どの道路がどの街へ続いているかの看板を見つけたティアナが呟く。
「あははー。実際に火山のふもとにあるのは首都のベイクだけだよー。」
「首都が、火山の近くって……な、なんだか危ないね……」
「そーだけど、ヴィルード火山が噴火しちゃったら国がまるごとおしまいだからねー。」
「そ、そっか……フェルブランド、じゃ想像もできない、けど、こういう国も、あるんだね……他にもたくさん……ロ、ロイドくんはそういうのをいっぱい見て……あ、あの、ロイドくん……」
「ん?」
「な、何してる、の……?」
「?」
「む? ロイドくん、その手はなんだ、ゾンビみたいに前に出して。」
「?? あ、これか。」
 きっと傍から見ると、座っているオレが何かをしようと両腕を伸ばした状態で固まっているように見えるのだろう。いや、実際オレにもそう見えているのだがそうではなくて……
「あー、えっと今は見えてないけどここにストカの尻尾があるんだよ。そこに腕をのっけてるだけ。」
「ストカくんの? ああそうか、魔法で普通の人のように見えるだけで尻尾がなくなったわけではないからな。なるほど、迷わずストカくんの隣に座ったロイドくんをあとで問い詰めようとは思っていたがそういうわけか。」
「問い詰め……そ、そうです。こういう、座った時に後ろに空間がない場合、ストカは尻尾を横に出すので……こうやって隣の人の膝の上にのっけることが多かったんですよ。だから……みんなの膝の上にのっけるのはお互いにいきなりでアレですし……なのでオレが。」
 大きな尻尾を持つ弊害というか、だからストカは少し斜めに座っている。スピエルドルフであれば尻尾を持った人も多いからモノの作りがそれに適した形になっていたりもするのだが、人間の世界ではまずない。
「ふむ……し、しかしそのサソリの尻尾もストカくんの身体の一部なのだろう……? 例えるならわたしがロイドくんの膝の上に両脚をのっけてそこにロイドくんが手を置いているような……」
「うわー、優等生ちゃんてばやらしーこと考えてるー。」
「ロイくんが手を……つまりロイくんが自分の身体にずっと触れてる状態だよね……この前みたいに……」
 リリーちゃんがトロンとほほ笑む……!
「つ、つまりそういうことだ! スケベなロイドくんのことだから、ストカくんの尻尾をやらしく触っていないか心配なのだ!」
「えぇっ!? そ、そんなつもりは――ス、ストカ! オ、オレ変な触り方してるか!?」
「あん? いや、別に……つーかそこまで感覚ねーし……」
「そ、そうなのか……」
「例えんなら、腕に硬い板みてーのを巻きつかせてその上から触る――みたいな感じだ。触られてる事はわかるけど触られ方でどうこうなるようなモンじゃねーんだよ。」
「な、なるほど……ざっくり言えばカラードみたいな鎧を着た状態で触られる感じか。」
「そこまで鈍感じゃねーけどな。」
「そうか……というかストカ、お前なんか元気ないぞ?」
 おしゃべりってわけじゃないけどそれなりに元気にしゃべるストカがここしばらく……思い返せば自動車に乗ってからというものずっと黙っている。
「……どうもこのクルマってのが俺には合わないらしくてな……そうだロイド、尻尾じゃなくてオレを寝かせろ。」
「へ――どわ!」
 そういえば少し顔色も悪いかもとか思っていたらストカがオレの膝の上に頭を乗せた……!
「これが酔いってやつか……さっきのレッシャは平気だったんだけどな……」
「ど、ば、おま――」
 車酔い――をしたらしいストカを無理矢理どかすわけにも行かず、気づけば周囲からの鋭い視線がオレに突き刺さっていた。
「……ロイド……」
「ま、待ってエリル! これは不可抗力と言いますか!」
「むぅ、膝枕か。お泊りデートの時もそれはしなかったな……盲点だった。」
「ロイくん、ボクも気分良くないかな。」
「あ、あたしも……寄りかかっていい……?」
「一応これうちの車だし、そーゆー権利はカンパニュラ家令嬢のあたしに譲るもんだよー。」
 いつものことをいつものように眺め――ずに窓にへばりついて外の景色を見ている強化コンビに助けを求めることもできず、狭い車内で色々と大変な目にあいながら……オレたちを乗せた自動車はカンパニュラ家へと走っていった。



「遠いところをわざわざ、お疲れ様でした。」
 列車が転がった場所から小一時間、あたしたちはアンジュの実家――カンパニュラ家に到着した。玄関の扉を開けるなり、メイドや執事が絵に描いたように並んで立ってて「おかえりなさいませ、お嬢様」って言ったのにはビックリしたし、たぶんあたしやローゼルの家よりも豪華な建物だったから当主はどんなのかと思ったんだけど……登場したアンジュの父親は想像してた「お金持ち」の格好とはかけ離れた格好だった。
「どうも初めまして、アンジュの父親であり今回皆さんに任務を依頼したカベルネ・カンパニュラといいます。」
 一言で言えば……山賊とかかしら。動きやすそうなズボンをはいて、裸の上半身に前まで覆えるマントみたいのを羽織って……唯一貴族っぽい豪華なアクセサリーを首からジャラジャラさせてる。黒々と日焼けした身体はたくましく、アレキサンダーといい勝負って感じかしら。なんだかフィリウスさんを思い出す豪快なその人は、だけど丁寧にあいさつをしてくれた。
「フェルブランド王国の王族を迎えられる名誉ある日なのですが、妻は外せぬ仕事に出ておりまして、ご挨拶できずに申し訳ない。」
「……気にしなくていいわよ。あと、あんまり王族扱いもしなくていいわ。」
「そう……ですか。いやはや、アンジュから聞いていた通りの方のようだ。」
 流れるようにあたしたちから荷物をかすめとって運んで行ったメイドを横目に、カベルネは「軽くお茶でも」と言って長いテーブルが置いてある広間にあたしたちを案内した。
 さっき朝食を食べたばっかりでお昼にはまだ早いんだけど、紅茶と一緒に出てきたいいにおいの焼き菓子を全員がパクパクしてるとカベルネは……その格好に似合わない優しい感じの笑みを浮かべる。
「どうやらアンジュは良い友人に恵まれたようですね。場の雰囲気がとても和やかです。」
 ふふふと微笑むカベルネに対し……たぶん「自分が団長だからしっかりしないと」とか思ってるだろうロイドがピシッと背筋を伸ばす。
「お、オハツにおみぇにきゃきゃ――」
 そして盛大に噛み倒した。
「ふふ、どうか緊張なさらずに。こちらは依頼をした側でそちらは依頼を受けた側。立場は対等とお考え下さい。」
「で、でもあの……貴族の方にその……」
「えー、ロイド、一度だってあたしにそんな態度とったことないでしょー。」
「……あたしにもそうね。」
「えぇ!? いや、それは――」
「ふふ、どうやら良い意味で《オウガスト》の差別の無さを受け継いでおられるようですね。ご心配なく、少なくともこの国における「貴族」という言葉には他国ほどの重みはありませんから。」
「そ、そうですか……」
「上下の入れ替わりが頻繁な国ですから、それくらいフランクな方がむしろ最適。将来この家を継ぐ者としては申し分のない素質ですよ。」
「そ、そうです――はひ!?」
「もー、おとーさんってばー。」
「いいではないか。そもそも『ビックリ箱騎士団』に依頼をしたのはアンジュの成長と未来の旦那さんを確認する為というのが七割方の理由なのだから。」
「ナナワリダンナ!?」
 謎の造語を叫んで立ち上がったロイドにニコリと笑いかけるカベルネ。
「ワルプルガは明後日から開催され、二日間続きます。終わってすぐにお帰りではお疲れでしょうから帰国はその翌日としまして、今日を含めた五日間、色々と拝見させていただきますね。」

 どうすればいいのかワタワタするロイドをそのままに、ワルプルガで具体的に何をするかって話は明日あの変態――フェンネルがするってことでその後はこの国で滞在するにあたっての諸注意みたいのを聞き、夕食の時にまたじっくりと話しましょうってことでお昼前のお茶会はあっさり終わった。
 まぁ、ただの成金を意味する「貴族」だったとしても、既に何代も続いてるなら立派に貴族だし、ワルプルガを前にカベルネも忙しいんだわ。
 だからあたしたちは部屋を確認したらとりあえず火の国ヴァルカノの首都ベイクの街を散策することにした……んだけど……

「これがアンジュの部屋かぁ……」
 広間や廊下と同じように豪華な造りの部屋。家具とかも結構な値段のしそうなモノばっかりだけど、それはたぶんこの部屋に元からあったってだけでアンジュの趣味じゃない。棚の上に置いてある……どっかに行った時に買ったようなお土産っぽい置物みたいな、あとからアンジュが追加したんだろう小物類と部屋の内装のデザインが合ってないのよね。
 加えて部屋の壁いっぱいに飾られた絵と写真は額縁も何もなしにテープでペタペタ貼ってあって、豪華なモノを豪華なままできれいにしとこうって考えが感じられないわ。
「な、なんだこれは……どこぞの王族の写真か?」
「そだよー。新聞とか歴史書とかいろんなところから引っ張ってきた、あっちこっちのお姫様の服装だよー。」
「じゃ、じゃあ……この絵……ぜ、全部ドレスの絵だけど……も、もしかしてアンジュ、ちゃんが描いた……の……?」
「将来着てみたいお姫様ドレスを写真見ながら描いたんだよー。」
「へぇー。アンジュって絵が上手なんだね。旅してる時に会った服のデザイナーさんが描いてた絵と同じ感じだ。」
「……アンジュちゃんがお姫様になりたいっていうのはこーゆードレスを着たいからなの?」
「どーかなー。正直なってから何しようかなーっていうのはなってから考えようと思ってるからねー。ただ、お姫様と言ったら「きれいなドレス」、「守ってくれる強い騎士」、「素敵な王子様」かなーって思うんだよー。あ、ちなみにロイドは騎士と王子様を兼任だねー。」
「ケ、ケンニン……」
「……それでこれを機に人の恋人と接近するために……部屋を同じにしようってわけね……」

 お茶会の後、滞在中に使わせてもらう部屋に案内されたわけなんだけど、当然ストカの分の部屋は用意されてない。一応『ビックリ箱騎士団』の新メンバーって紹介したからここにいる事自体は問題ないんだけど、列車の時と同じ流れでロイドを誰と同室にするかって話になって……アンジュが自分の部屋に招待するよーって言ってこの部屋に連れてきたのよね……

「誤解だよー。みんなに用意された客室って一人一部屋だから当然ベッドも一人用でしょー? だけどあたしの部屋には大きなベッドがあるからねー。部屋自体も広いし、ロイドがあたしの部屋に来るのは自然だよねー。」
「一人一室用意できるくらい部屋があるのになんでもう一部屋の追加ができないのよ!」
「たくさんあるって言っても無限じゃないからねー。残念、ちょうどピッタリ足りないんだよー。」
 絶対嘘だわこいつ!
「あ、あのーエリルさん……」
「なによ!」
「そのー……オレはアンジュの部屋でいいというか部屋がいいというか……」
「は!?!?」
「ややや、その、つ、つまりですね! け、結局誰かと相部屋になるというのなら……エ、エリルといっしょのベッドとかになるとオレがヤバイですし、ほ、他のみんなだとみんなからの攻撃がヤバそうで……でもアンジュの部屋なら広いから――に、逃げ場があるのです!」
 グッと力説したバカロイド。
「ひどいなー、あたしは襲うこと前提なのー? 信じてくれないなんて、あたし悲しいなー。」
「あ、や、そ、そういうわけではあの……」
「まーでもロイド本人があたしを選んだってことで、この話は解決だよねー?」
「アンジュくんではなくアンジュくんの部屋を、選んだのだ。ロイドくん、危険を感じたらすぐにこの妻の部屋に来るのだぞ。」
「はい……い、いやはいじゃなくて! そ、その時はエリルの部屋に行きますから!」
「さ、最初からいれば……いいじゃないのよ……」
「…………しょ、正直言いますと……二人きりで一つのベッドとかなるとその――アレを思い出してやばくなるんです!!」
 アレ……あ、こ、このエロロイド、あたしとのアレを――!
「このバカ!」
「ずびばせんっ!」
 ……あ、あたしだって忘れるとか気にしないとかそんなことできるわけないから未だにあれだし、そ、そもそもあれはお互いを愛――ま、まったくこのバカは! ほんとにこいつはスケベなんだから!
「まーまー、任務が終わる頃にはロイドの頭の中はあたしでいっぱいだろーから安心していーよ、お姫様ー。」
「襲う気満々じゃないのよ!」
「あははー、言葉のあやだよー。それはそーとなんだけど、みんなで街に行く前にさー、やっぱりおかーさんにも会って欲しいかなーって思うんだよねー。特にロイドは、ほら、団長だしー。」
「ほぇ!?」
「あんたここぞとばかりに……で、でも仕事で出てるって言ってたじゃないのよ。」
「うん、外せない仕事ってことはたぶん、しばらく帰ってこないパターンなんだよねー。でも紹介はしておきたいでしょー?」
「両親への紹介という目的が見え見えだが……ずいぶん忙しいのだな。アンジュくんの母親は何をしている人なのだ?」
 ローゼルの質問に、アンジュは窓の外に見える大きな山を指差して答えた。
「ヴィルード火山の研究だよー。」


「アンジュー!」
 街の端っこに設置してあった……けーぶるかー? とかいうのに乗ってヴィルード火山の中腹に建ってる白い建物に着くや否や、アンジュと同じオレンジ色の髪をショートカットにした白衣の女がアンジュに飛びついた。
「アンジュたちが来てるのに急な案件が入っちゃってもーどーしましょーってなってたところなのよー。というかやだもー、美人になって!」
「数か月しか経ってないけどねー。ほらおかーさん、『ビックリ箱騎士団』のみんなだよー。」
「おっとっと、そーよね、挨拶しないとだわー。おほん、私はロゼ・カンパニュラ、アンジュのおかーさんよ!」
 そうやって自己紹介しながらこっちを向いたアンジュの母親――ロゼの格好が……なんというかヤバかった。
 下は……あれは男物の水着なのかしら? すねの辺りまでの丈の……海パン? ってやつで足にはビーチサンダルをはいてる。でもって上はビ、ビキニで、インパクトのあるむ、胸がバーンってなってて、その上に白衣を羽織ってるっていう、頭のおかしい服装だった。
 なんなのよ、カンパニュラ家はおかかえの騎士も含めて露出狂の集まりなわけ?
「ロイドくん、人妻の胸ばかり見てはいけないぞ。」
「み、見てませんから!」
「ロイドくん? あら、あなたがロイドくんなのね! アンジュの未来の旦那様!」
「びゃああああ!」
 アンジュから離れたロゼに抱きつかれてその大きな胸にロイドの顔が埋ま――ちょっと!!
「あらー? 何かしらこの感じ、すごく安心するわ! お気に入りのぬいぐるみを抱いてるみたいよー!」
「むぐぐぐ!」
 さらにぐりぐりと押しつけるロゼ――何してんのよ人妻!!
「ちょっとおかーさん、あたしの旦那様を誘惑しないでよー。」
「誘惑? あらまー、ごめんなさいねー。」
 解放された真っ赤なロイドをつねるあたしの横、負けじと胸を強調するあのムカツクポーズをしたローゼルが温度の低い笑顔でたずねる。
「か、火山の研究をなさっているとのことですが、具体的にはどのようなことを?」
「せーかくには火山から抽出したエネルギーを使った研究ねー。中でも私の専門は――あれよ!」
 そう言ってロゼが指差した方向に、ちょうど奥から運ばれてきた何かがヌッと現れた。
「おお! なんだあれは!」
 テンション高めにそう叫んだのは……珍しいことにカラードで、ついでにロイドとアレキサンダーも「おお!」って目を輝かせた。
「ふふふ、そーよね、男の子は好きよねー。」
 運ばれてきた――って言っても誰かが持ってきたわけじゃなく、天井についてる……移動するフックみたいのに吊り下げられてやってきたそれは五メートル……いえ、それ以上ある巨大な……甲冑? って言えばいいのか、人型の巨大な何かだった。
「フェルブランドみたいに魔法技術が発展してない国じゃ魔法生物の侵攻って一大事でねー。自分たちじゃどーしよーもないから他国に騎士の派遣をお願いしたりするんだけど、毎回それじゃあ費用もかかるし他国に借りを作りっぱなし。やっぱり自分の国は自分で守りたいじゃない? 魔法が上手に使えない人々の願いをそこに見た私たちは、「これさえあれば魔法が使えなくても魔法生物と戦える!」っていう武器を作って侵攻戦に革命を起こそうと思ったの! それがこの、ガルドの技術と火山のエネルギーで実現した未来の守護神! 仮名称、機動鎧装!」
 ババーンってどや顔になるロゼ。
「ガルドのパワードスーツに火山のエネルギーを組み込み、戦闘用に強化! 元々濃厚な火の魔力である火山のエネルギーを全身に循環させることで疑似的な魔法適正を付与し、操縦者に魔法の技術や才能がからっきしだったとしても魔法の使用が可能! しかも魔法負荷がかかるのは機動鎧装に対してであって操縦者には一切影響がないという優れもの!」
「操縦! と、という事は乗れるのか! これに!」
 テンションの高いカラードの質問にロゼがニヤリとする。
「人間がその時その場で判断を下して動く搭乗型と、危険な場所の偵察や突撃を可能とする遠隔型の二種類を製造予定よ! まー今は搭乗型しかないけどねー。」
「ぶ、武器などはあるのか!」
「ひとまず試作したのは剣とか槍だけど、最終的には銃とか、マジックアイテムみたいに魔法を付与した装備を考えているわよー!」
「おおお!」
 ……こんなにハイテンションなカラードは初めてじゃないかしら……
「むぅ……今更だがヴィルード火山が絡む研究というのは火の国で最も重要なモノだろうし……他国の人間であるわたしたちが今の話を聞いて良かったのだろうか……」
「大丈夫だよー。おとーさんからみんながここに入る許可をもらったんだからー。この国で二番目の権力者にオッケーをもらったってことだからねー。」
「……まぁ、アンジュくんの友人という信頼だろうな……これはワルプルガの裏同様、他言無用だな。」
「そだねー。ところでおかーさん、さっき急な案件って言ってたけど、この研究に問題でも起きたのー?」
「あー、そーじゃないのよー。これとは違う研究してる他のチームがミスをやらかしてねー。研究所内の電源が滅茶苦茶になっちゃったのよー。データの修復とか壊れた機材の修理とかでてんてこ舞いなのよ。ごめんね、アンジュ、こんな時に。」
「いいよー。ただ……どう? ロイドは。」
「えぇ!?」
 突然の話題に……きどーがいそーとかいうのを楽しそうに眺めてたロイドがぎょっとする。
「そーねー。元々、周囲からの評判とか実績とかをフェンネルが調べてくれてて、それを見た感じは申し分ないわねーって思ってたけど、それ以上にこうして会ってみての印象がいいわー。雰囲気が柔らかいってゆーのかしら? なんだかホッとする男の子ね。」
 ! あたし……と、たぶんほかの全員も感じてるロイドの不思議な雰囲気をこの人妻も……
「うんうん、アンジュが本気なら私に止める理由はないし、ロイドくんは勝ち取るべきだと思うわよ?」
「そっかー。だってさー、ロイドー。」
「は、はひ……」
「ふふふー、私もお父さんを落とすのに手段は選ばなかったわ! アンジュも頑張るのよ!」
「勿論だよー。えい!」
「びゃあああ!?」
 あの変態師匠とこの変な母親に後押しされたアンジュはロイドにむぎゅっと抱きつ――いてんじゃないわよ!!



 田舎者の青年が長いツインテールの同級生に抱きつかれている頃、火の国の首都ベイクのとある喫茶店にディーラー服の女と奇怪な帽子をかぶった青年がいた。
「やはり素晴らしいですね。『どこでもハッカーハットボーイ』を『どこでもスーパーハッカーハットボーイ』にしましょう。」
「……長くないですかね……?」
 カタカタ叩いていたノート型のコンピュータをくるりと回し、奇怪な帽子をかぶった青年は画面をディーラー服の女に見せる。
「この国ではヴィルード火山に関する研究は国家機密ですから、さすがの防壁でした。なのでちょっと騒ぎを起こしてその隙にデータに侵入したんですが……これでいいですかね……?」
「完璧です。なるほど、ここから入るのですね。」
 画面をふむふむと覗くディーラー服の女に、奇怪な帽子をかぶった青年はおずおずと追加情報を話す。
「そ、それと……これはヴィルード火山とは関係のない、たまたま拾った情報なんですが……この国にそちらの同業者が来ているようです……」
「同業?」
「その……かなり有名らしい悪党が……」
「? 悪党の情報が国の機密から?」
「国というよりはそこにつながっている貴族連中ですね……悪だくみをしたお偉いさんが裏の仕事人を雇った――みたいな感じでしょうか……」
「よくある話ですね。国をあげてのイベントがあるようですし、そういう事が起こりやすい時期でしょう。ちなみにどんな悪党ですか?」
「えっと……『罪人』? っていうグループの人みたいですね。」
「まあ。アフューカスさんが一番嫌いな人たちですね。」
「せ、『世界の悪』が……あ、悪の方向性が違う的な話ですか……」
「ええ。『ハットボーイ』は、お金を使う事は悪い事だと思いますか?」
「ゾ、ゾステロです……い、いえ、別に使うだけなら何も……あ、でも使い道によっては……」
「つまりはそんな感じなのです。」
「え、ええ? 全然わかりませんが……」
 突然の質問に思ったまま答えたらそれが正解だと言われて困惑する奇怪な帽子をかぶった青年に対し、ディーラー服の女は楽しそうな微笑みを返す。
「ふふふ。アフューカスさんに言わせれば、「正義でいる為に悪をなしている勘違い野郎共」なのだそうですよ。」

騎士物語 第八話 ~火の国~ 第三章 貴族の家

これまで書いてきた、ロイドくんたちが暮らしている『剣と魔法の国』フェルブランド王国や魔人族が暮らしている『夜の国』スピエルドルフは世界からすれば特に変わった国であり、今回登場の火の国が、この世界における比較的「一般的」な風景を持つ国となっています。車や列車、高いビルなど、現代的な街並みですね。

しかしてそこで暮らしているアンジュの家族はみなインパクトがありました。特に師匠であるフェンネルさんはすごいことになっていますが、あれでもかなり強い人です。

次回あたりでアフューカスの嫌いな悪党連中『罪人』が登場するかと思いますが……しゃべる魔法生物も楽しみですね。

騎士物語 第八話 ~火の国~ 第三章 貴族の家

アンジュの実家であるカンパニュラ家からの招待によって火の国へと向かったロイドたち。 フェルブランドとは違う光景にわくわくするのも束の間、ここぞとばかりに攻撃を開始するアンジュや強烈な家族たちに振り回される。 一方、火の国をあげてのイベントを前に裏の者たちが行動を開始し――

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  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-04-17

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