TOKIの庶民記『いなり神達の小さな神話』(R元年執筆)

ごぼうかえる

TOKIの庶民記『いなり神達の小さな神話』(R元年執筆)
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稲荷神達の間で流行っている信仰心を競う遊び、稲荷ランキング下位の落ちこぼれ稲荷神達が団結して上位に食い込む決断をする!
ゆるく、のんびり進む日常のようなお話です。

4月

四月。
寒い日と暖かい日が交互に来るそんな時期。桜が舞う中を入学式の子供達が通る。
ここは河川敷で川に映るように桜が植わっており桜のトンネルが長く続いていた。
「はあー、お花見はいいねー。なごむねー。風が強いけど」
実は強風の中、いなり寿司をモグモグ食べながら花見をしている神がいた。
見た目は中高生くらいの女の子。
しかし、彼女は現代にはあまりいない着物でお花見をしていた。
頭にはピエロがかぶる帽子のようなものをかぶっている。パッと見て異様な姿だが河川敷を歩く人々には見えていないのか目線をうつすことなく去っていく。
「ウカちゃん、おまたせー!」
ふと、袴姿の青年が柔らかい笑みを浮かべながら少女に近づいてきた。少女はウカちゃんと言うらしい。
「あー、ミタマ君やっときたね。遅いからいなり寿司かなり食べちゃったよ」
「あー!ほとんどないじゃないかあ!!」
ミタマ君と呼ばれた若い男は悲しそうな顔でうなだれた。
ミタマ君は袴姿で頭にはナイトキャップを被っているというとてつもなく違和感がある格好をしていた。
「しかし、最近、稲荷神に帽子が流行っているとはいえ、ミタマ君のそれはなんだか変だよー」
ウカはクスクスと笑っていた。
「いやいや、ウカちゃんのそれは何?どこで見つけたの?それ」
同じくミタマはウカのピエロ帽子を見てゲラゲラ笑っていた。
正直に言えばどっちもどっちだ。
「もういいよ!とりあえず桜見よう!稲荷クラブ専用の花見でふたりしかいないってなに?」
ウカは頭を抱えてため息をついた。
「イナは来るよ。そう言ってた。リガノも来るらしいけど……」
「遅いねー。寒いんだけど。風強いし……」
どうやらこの河川敷の脇でいなり寿司を広げて花見をしているのは稲荷神達のようだ。
稲荷神の本家は伏見にいらっしゃるが彼らはそれではなく、地方に沢山ある『人間により効果がプラスされた伏見の稲荷とは違う稲荷様』らしい。元を辿れば同じになるが。
稲荷神は人間には見えない。故にどれだけ変でも問題はない。
「じゃーん!イナだよー!!おまたせー!花見!花見!お寿司ー!あれー!?全然なーい!ガーン!!」
しばらくして現れたのは巾着のような変な帽子に羽織袴を来た幼い少女だった。
目がドングリのように丸いやたらと元気な子供だった。
「イナー、おそーい!リガノはまだあ?」
「もういる。待たせた。すまぬ 」
「うわあっ!」
突然背後から現れた長身の青年にウカ達は驚いて腰を浮かした。
リガノという青年は羽織袴にキャスケットを被っていた。彼が一番まともな格好に見える。
目は鋭く近寄りがたいが実は良い神である。
「リガノも遅刻だよー」
「すまぬ。まさかこんな微妙な場所にいるとは思わなかったのでな」
ウカ達がいたのは桜並木の先端だった。桜は一本しかない。
「ど真ん中はちょっと抵抗があってね……」
「はじっこも抵抗あるけどね」
ウカの言葉にミタマは苦笑いをした。
「まあ、とりあえず花見といこうか!それいこう!やれいこう!」
手を叩いて盛り上げたのは小さな稲荷神のイナだ。
「ほんとはもっと来る予定だったけど皆忙しいみたいだし……縁結びだの食物神だの……暇なのはうちらだけよ。ちなみに暇でも寝てて来ないのもいるし……あの子は信仰心集めは大丈夫なのかなあ……」
「ああ、実りの神、日穀信智神(にちこくしんとものかみ)、ミノさんねー。あの神も稲荷神だった」
「まあ、今度声をかけてみるよ」
稲荷神達の花見が始まった。
イナは真っ先に残りのいなり寿司を口一杯に頬張り始めた。
「俺は人の願いを聞き入れてもうまく処理できぬ……皆はどうしてるのか?」
リガノの問いかけに一同は唸った。
「……」
そして沈黙。
「いやー、まあ、ここに集まる時点でわかると思うけど……」
「ねぇ?」
「……」
再び沈黙。
「つまり……」
「皆うまくいってなくて神社が閑散としてるわけだね!!あははは!」
「あはははは!!」
イナの言葉にウカ達は大爆笑。
しかし、
「はあー……」
すぐにため息へと変わった。
つまり彼らは落ちこぼれなのである。
「こないだの稲荷ランキングいくつだった?」
「俺は下から三つ目だ」
「私は下から二つ目」
「僕は一番下」
「私は下から四番目!」
ウカ達はそれぞれ手をあげて答えた。稲荷ランキングは別にどうということはなくて稲荷神達のただの遊びだ。願いを叶えた数を単純に競っているだけである。
しかし、低いことすなわち信仰心のない神社と言える。
「てゆーかさ、五番目まで同じ信仰心じゃなかった?」
「下から五番目はミノさんだったなあ……。つまり……」
「五番目まで皆最下位!あははは!」
「あははは!!」
イナの言葉にウカ達は大爆笑。
しかし
「はあー……」
すぐにため息へと変わった。
「まあ、今度、元号が令和になるじゃない?だから令和キャンペーンとかいいと思うんだけと」
ウカは気分を戻して提案した。
「例えば、名前に令とか和とか入ってる人は……」
「それ、人間がやってるサービスと一緒だよね!?てか、神社でそのキャンペーンやっちゃダメ!誰の願いも叶えてあげるのが神社だと思うんだけど!?」
ミタマがウカの提案を慌てて却下した。
「でも五月から令和に……」
「だからなんだ……」
リガノもため息をついた。
「まあ、新元号になるし、ここでひとつ、団結して神力を上げるのはいかがだろーか!!」
イナが地面をバンと叩いて叫んだ。
「団結!?」
「そう!皆でやれば急上昇!」
「おお!」
イナに乗せられた流されやすい稲荷神達はなぜか納得し拳を高く上げた。
そこに深い理由はない。
そこから花見が会議へと変わるのだがいなり寿司を新たに調達し食べる会になった。桜はどこにいったのか。
まあ、とにかく稲荷神はよく食べるのである。

そしてここから彼らの団結の一年が始まった。

5月

五月。
新しい元号に変わり、新しい時代が始まった。
新元号になって早々、真夏日が到来した。風があり、若草色の木々が揺れるが涼しさはなく、直射日光で顔がやられそうだ。
「あっつーい……」
稲荷神のウカは掃除されていない廃墟のような自分の神社で太陽を恨めしそうに見ていた。
「てか、掃除する気にもならない……」
ウカの神社は人が参拝にこないため、管理されておらず自分で掃除をするしかない。
「社も新しくしたいなあ……。ちゃぶ台と畳のせっまーい部屋じゃなくてもっと広くて冷暖房完備でお姫様みたいなベッドに天蓋つけて!専属のシェフにシステムキッチン!ワインかなんか嗜みつつ夜の夜景をバックに露天風呂を楽しむ……」
ウカはひとりで盛り上がり、やがてため息をついた。
「はあ……一回、人間みたいに生活してみたい」
「ウカちゃーん!遊びに来たよ。ありゃ?」
グダグダしていたウカの前に現れたのは穏やかな青年稲荷ミタマだった。
「あー、ミタマ君。調子は?」
「ダメダメー。やる気出なくてね……」
「だーよねー」
ウカとミタマはお互い魂の抜けた声を出した。
「あれぇ!?ウカちゃーん、ミタマ君!グッデクデ!」
今度は元気な少女稲荷イナが現れた。後ろには寡黙で真面目な青年稲荷、リガノもいる。
「あー、また結局同じメンバー……。イナとリガノは最近なんか活動してる?」
ウカの質問にイナもリガノも首を横に振った。
「なんかいいお天気だからお昼寝がねー!」
イナが苦笑いでウカとミタマを仰いだ。
「やる気の出し方がわからん」
リガノは真面目な顔で真面目に答えていた。
「まあ、結局のところ……」
ミタマが渋い顔で頭をかく。
「皆、五月病だね!!」
ミタマの言葉を続けるようにウカが元気よく声を上げた。
「あははは!!!」
そしてとりあえず目を合わせて笑いあってから
「はあああ……」
と深いため息をついた。
「こんなんじゃダメだよ!」
イナが真剣な顔で叫んだ。
「じゃあどうする?」
「とりあえず、やる気を出す方法をネットで検索する?」
「人間くさいな……」
ミタマの発言をリガノがため息混じりにつっこむ。
「頑張るの、六月からでいいか」
「おいおい……」
「五月は休息月?やばいやばい!ずっとこうなるよ!」
ウカの発言にリガノとミタマは同時に声を上げた。
「だよねぇ……。あ、イナちゃん、リーダーでしょ!なんとか考えてよ。楽なやつで」
「えー!!ま、まあ私が同盟を組んだから私がリーダーか……。うーん……」
ウカに問い詰められイナは首を傾げて考えた。
「か、怪現象を起こしてみる……とか?」
「いたずら?おもしろそう!!」
「待て待て!縁結びとか食物神とかなのに怪異はどうなんだ?」
喜ぶウカを慌ててリガノが止める。
「……まあ、地域の稲荷はなんでもありだし……たたりとか恐れられて祭られたりとかもあるよ」
「それは信仰心とは離れるんじゃないかな?稲荷ランキングは信仰心だよ?」
ミタマの意見にウカ達は頷く。
「まあ、確かに……じゃあどうする?やる気が起きないんだけど……。あ!やる気の神様にお願いしてみるとか……?」
「やる気スイッチ探そう!!よーし!」
ウカとイナがそれぞれ声を上げた。結局はやる気から出すことになった。
「嘘だろ……信仰心どころか……やる気から……」
リガノは頭を抱えた。
「じゃあ、リガノ君はあれだね。『やる気出す方法』をネットカフェで検索だね。あははは……」
「嘘だよな……?」
ミタマの乾いた笑いにリガノは深いため息をついた。
「まあ、やる気出さないとできないことだからさ」
「……まあ……そうだな。うむ」
結局のところ、やる気の出し方を色々と試している内に五月の半分が終わった。
ウカ達はため息をつき、同時に「一体何をしていたんだ……」と声を上げるはめになった。
見てわかる通り、彼らはこうだから落ちこぼれなのである。
前半はこんな感じで終わってしまった。

五月後半。
「やる気の出し方を探すのにやる気を出してどうするの!!」
「ごもっとも」
再び集まったウカ達はあまり意味のない会議をしていた。
「はあ……逆に疲れたよ……」
ミタマがため息をつくと皆も一斉にため息をついた。
気分が落ちているところに珍しく参拝客が来た。
「おお!参拝客かも!」
ウカは気分を一転させ狂喜した。
参拝客はおじいさんだった。杖をついている。ウカの神社は山の中腹にあり、そこまで石段をのぼらなければここまで来ることはできない。それも不人気のひとつか。
ともかく、珍しいことだった。
この辺にある集落の住人かもしれない。
おじいさんはお賽銭を賽銭箱に投げ入れて何かを祈っていた。
「ウカちゃん!テレ電!」
ミタマが叫び、ウカが慌てて社の電話につないだ。しばらくぶりだったので願いの聞き方を忘れていた。慌てて思い出して繋ぐ。お賽銭は神様との電話代である。お賽銭を入れると神様の社からテレパシーで神様に願いが届く仕組みだ。
「えーと……」
回線を繋いでおじいさんの願いを聞く。
しかし、ノイズが入っていて聞き取れない。
「まずい!社の回線をクリーンにしとくの忘れた!!全然使ってないからメンテナンスしてなかったよ!えーん……」
ウカがしくしく泣いている内におじいさんは去っていった。
「あーあ……」
他のメンバーのため息がむなしく響く。
「あ!待って!追いかけて観察したら願いがわかるかもよ!」
イナが足をバタバタさせながら叫んだ。
「そうか!!」
ウカは走り出した。リガノとミタマ、イナも追いかける。
「そういえばリガノもミタマも回線のメンテナンスした?」
「いや……どうやればいいのかわからんから放置で……」
「すっかり忘れてたから放置で……」
二人から呆れた言い訳が返ってきた。
「そういうイナは?」
歩きながらミタマが尋ねる。
すでにおじいさんには追い付いていた。
「私は同居してるヤモリがやってくれるもーん!」
なぜか自慢気にイナは答えた。
現在イナの神社は家守龍神(いえのもりりゅうのかみ)、通称ヤモリという神の神社と同じ神社の敷地内にある。
「自分でやってないんかーい!」
遅れてミタマが突っ込んだ。
「ちょっと!皆静かにしてよ!」
ウカは自業自得でいらついていた。
「しかし、追いかけても神社での願いを口にすることはないと思うぞ……。口にすると叶わないと言われているじゃないか」
リガノの言葉にウカは足を止めた。
「だよねー……。なんでそんなルールにしたのよ!人間のバカー!」
「おいおい……お前のせいだろう……」
「わかってるわよ……。悔しい!」
リガノに答えたウカは地団駄を踏んだ。
「ま、まあまあ……几帳面な人間ならばまた願いに来るんじゃないの?叶ってないよって」
「そうだよねー……。皆もちゃんとメンテしてきなよ……。しょぼぼーん……」
ウカはひとりトボトボと神社へ帰っていった。
「あーあー……」
他の皆もウカを励ますべく、とりあえずウカを追いかけていった。
彼らの頑張りは続く……。

6月

六月。雨がシトシトとふっている。
稲荷神のウカは社の自室でゴロゴロしていた。五月病を乗り越え六月に入ったが困ったことが起きた。
六月病になったのである。
「やる気が出ない……。雨降ってるし休んでもいいよねー。テレパシー回線はこないだ掃除したし、やることもないし」
万年床になりつつある布団の上を右へ左へ動きながら心地よい雨の音を聴く。
「六月は梅雨明けの準備期間だし、私も夏に向けてパワーを蓄えないと……」
「おっはよー!」
ウカがゴロゴロする言い訳をつぶやいているとやたらと元気な声が響いた。ウカの顔付近で仁王立ちをしている元気な少女にウカはため息をついた。
「ああ……イナ?いつ社内に入ったの?ごめん、今日は超眠い。どーせ参拝客は雨だから来ないでしょ。七月から本気出すから」
「いつまでも本気出ないやつ!!あはは!私もやる気が出ないから皆で雨の遊びをしようと……」
イナは笑いながらトランプやらボードゲームやらをガシャガシャ出し始めた。
「ほぉ……いいかもねー。このまま寝てたらキノコ生えそうだし。布団あげてちゃぶ台出すね……」
ウカは半分眠りながら布団を丸めて脇に避けるとちゃぶ台を真ん中に置いた。
するとすぐに障子扉を叩く音がし、若い男二人が入ってきた。
「あー、ウカちゃん、ちゃんと布団あげたんだね」
「参拝客が来ない故、息抜きに来たぞ。神社の掃除ばかりするのも疲れたのでな」
「いらっしゃい、いらっしゃい。ミタマ君とリガノ君。リガノは参拝客で忙しかったんじゃなくて掃除で忙しかったんでしょう?」
「……バレたか……」
「ま、結局、皆ダメだったって事か……。何がダメなんだろー……。もー、わかんなーい。ま、いいわ!ゲームしましょ!ゲーム!」
「……それがダメなんだと思うけど……ま、いっか」
音を立てながらトランプを配るウカにミタマはため息をついた。
「何する?ババ抜きでいいかしら?」
「さんせー!!」
イナは元気よく手をあげた。

白熱のババ抜きが始まった。
ちゃぶ台にそれぞれ座り、トランプを無言で抜き差し。
「皆……表情に出さないねぇ?」
イナが邪悪な笑みを周りに向けながら意地悪そうにつぶやいた。
「そりゃあね。ババ抜きだもん。ババ抜きは神にとっては心理戦みたいなもん!」
ウカは無表情のままイナに答えた。
「しかし……ほんとに誰がババを持ってるかわからんな……」
リガノがミタマからトランプを一枚抜き取る。
「ねー、これじゃあ表情が動かないからおもしろくないよー」
とかいいつつミタマは黙々と手を動かし、イナにトランプをかざした。
「ふむふむ。ミタマ君、ババいるでしょ!」
「いないからどれ取っても安心だよー」
イナはミタマを警戒して慎重にトランプを選ぶ。
イナはウカにトランプをかざした。
「皆、テレパシー回線オフにしてるでしょー!心が読めないじゃんか」
ウカは愉快に笑いながらイナのトランプをひいた。
……うっ……
ババが回ってきていた。
……回線オフにしよう。悟られる!
ウカは回線をオフにし、トランプをリガノにかざす。
「……む……残りが三枚か……。怪しいな……」
リガノは怪しみながらババを持っていった。
……よし!
ウカは顔に出さないように心でつぶやいた。
刹那、カランカランと賽銭箱にお金を入れる音が響いた。
「えっ!ちょっと待って!」
ウカが叫んだ時、ミタマが頭を抱えていた。
「負けたー!皆強いよー。テレパシー回線オフにしたら表情も心の声も聞こえないじゃない。あはは!」
「あはは!」
「えーん!!」
「え??」
愉快に笑うミタマ達の脇でひとり泣き始めたのはウカだった。
「ちょ……ウカちゃん?なんで泣いてるの?どういう心境?」
「勝ったから感動泣きとか?」
「違うだろ……また、やったんだ……。なぐさめよう……」
ミタマとイナが首を傾げる中、リガノだけは呆れていた。
「調子に乗って回線オフにしちゃったから参拝客の祈りを聞き逃した……えーん!せっかく来た参拝客なのにぃ!!」
ウカは両手で顔を覆いながら声を上げて泣いた。
「あーあ……せっかく回線をクリアにしたのにー」
残りの三人はため息をつきつつ、ウカをなぐさめた。
「皆ずるいよー!皆も回線オフにしてたじゃなーい!!あたしだってやりたかったのよー!えーん!」
ウカの叫びに一同は固まり、ミタマはきっていたトランプを落とした。
「……あ……」
そして同時に声をあげ、
「あああ!!まずいまずい!!」
「うちらもこれじゃあ祈り聞けないじゃん!ヤバイじゃん!」
「早く回線をオンにしろ!」
皆でパニックに陥った。
慌てて回線をオンにした一同は皆で一緒に泣いた。
外の雨は本降りになり、彼女達の雨もしばらく続きそうだった。
ウカ達の奮闘はまだまだ続く。
「結局何もやってないんだけどね……」

7月

「あついー!あついあつい!」
神社の石段を文句言いながら掃除中の少女。
彼女はこの神社に住んでいる稲荷神のウカである。
現在は梅雨が終わり、とても蒸し暑い時期が到来中だ。
「今年は梅雨が長かったじゃないの!もっと梅雨が続いてれば良かったのに!涼しかったしよく寝れたのにー!」
なんだか神様らしくない言い分を叫んでいるが彼女は人間には見えないので声も聞こえない。故にどれだけ叫んでも大丈夫だ。
まあ、参拝客はいないのだが……。
「ウカちゃん!休む気満々じゃん!」
ふと石段下から数人の話し声が聞こえた。
「あー……」
ウカはあきれた顔で石段下を覗いた。誰だかはわかっている。
この神社に来るのは類友しかいない。
「やっほー!偉い!掃除してるよ!」
ひときわ小さい稲荷神の少女イナは満面の笑みでウカを仰いでいた。
「けっこうやらかしてたからね……僕達……」
優しそうな青年稲荷、ミタマは今までの事を思い出しながらため息混じりに答えた。
「今日こそ何か祈りを叶えられればと願う……。叶える方なのだが……」
真面目そうな青年稲荷、リガノは腕を組んで頷いた。
「こんにちは。皆、いつも通りだねー。七夕過ぎちゃったねー……。まあ、私達には関係ない神様だけど」
真夏の太陽の下でありえないくらいどんよりした空気が流れた。
「暗くなっててどうする!じゃーん!」
イナは鼻息荒く持っていた風呂敷包みを開いた。
「ん?あー!アイスだー!」
包みの中を見たウカは跳び跳ねて喜んだ。
包みの中には高級そうなアイスキャンディが四本入っていた。不思議と溶けていない。
「……ちょっとまて……。イナ、これどうしたの?あんたも人に見えないでしょ?」
しばらくして疑問が沸いたウカは訝しげにイナを見た。
そんなことを言ってはいたがもう素早くイチゴ味のアイスキャンディを手に持っていた。
「同居してる友達の神からもらった!神社にアイス持ってきた参拝客がいたんだって!まあ、神社に勤めてる人間に持ってきたみたいなんだけどね」
イナが軽く笑いながらオレンジのアイスキャンディに手を伸ばす。
「まって、まって!それ、はやいもん勝ちなの!?僕達、まだ選んでもないんだけど!!」
ミタマが残った二本のアイスキャンディを持ちながら慌てた。
ひとつはぶどう味、もうひとつは唐辛子味だった。
「……」
ミタマは無言で唐辛子味をリガノに渡した。
「ちょっ、ちょっ……お前ら!話し合いをしよう!しかし、なぜアイスキャンディで唐辛子……」
リガノは受け取ってから焦って間に割り込んだ。
「それ、ロシアンアイスキャンディなんだよ。皆に分けるために四本引っこ抜いて持ってきたんだ!」
「これ、外れだよな……。わかってて持ってくる異常性を感じる……」
「わかったわよ。じゃあ、ロシアンしましょ!風呂敷にアイス入れて棒だけ外に出して……棒を入れ換えて混ぜる!」
ウカは全員分のアイスを風呂敷に包むと棒部分だけ出して入れ換えをして手で風呂敷の口を押さえた。
「はい。じゃあ、皆取ってー!」
「せーのっ!」
三人は一気に引き抜く。
イナはイチゴ、リガノはオレンジ、ミタマはぶどう。
「おー!やったー!皆当たりー!」
しばらく盛り上がった後に真っ赤なアイスキャンディを半泣きで見つめているウカに気がついた。
「あ……」
「えーん!私はどーせ運が悪いわよ!!参拝客なんて来ないんだからー!」
ウカはしくしく泣き始めた。真夏の太陽の下、さらにじめじめした暗い空気が纏う。
「……皆で半分ずつ食べ合うのが良さそうだね。リガノー、女の子を泣かせちゃダメじゃないか」
「何を言う……。お前なんか俺に最初に唐辛子渡しただろ……。お前が最初にウカを苦しめたのだ」
暑さのせいかミタマとリガノは謎のいがみ合いを始めた。
「もー、うるさいなー!リガノもミタマもウカちゃんに『あーん』って言いながら食べさせなよー!」
「あーん……!!」
「あー……ん……!?」
イナの発言にミタマとリガノはなんだか変な想像をしたのか頬を赤く染めて黙り込んだ。
「ま、まあ……とりあえず……皆の分を割って……ウカ、皿を……」
「はーい!」
動揺したリガノはアイスキャンディを割ることにした。
ウカは機嫌を直し、社内からお皿を四つ持ってきた。
「あれ?四つ?」
ミタマが首を傾げているとウカが素早く皆が持つアイスを奪い全部粉々に砕いた。それを四等分に盛る。すべての味が混ざったレインボーかき氷のようになっていた。
「ちょっ……まてー!!!」
「ウカちゃーん!」
「やめでー!!」
三人はほぼ同時に悲鳴を上げた。
「こうなったら痛み分けよー!!」
そう、彼女は唐辛子アイスまで四等分して砕いた。
混ぜ混ぜ……混ぜ混ぜ……。
「ちょっ……話し合おう!早まらないでくれ!」
「ぼ、僕が悪かったです……」
リガノとミタマに動揺が広がる中、つまみ食いしたイナだけは満面の笑みでこう言った。
「あー!意外においしい!」
「うそぉ!?」
「はーい、できた!皆食べよ!」
ウカは額に汗をかきながらそれぞれに粉々アイスを配る。
リガノとミタマは恐る恐る口に入れた。
「……お……?……ん?なんか……スパイシーな感じが意外に邪魔してない……」
「あ、ほんとだ!こりゃうまい」
「はじめから混ぜときゃ良かったのよ!」
ウカの発言に二人は同時に声を上げた。
「それはない!!」

※※

七月後半。
アイスキャンディ騒動から二週間が経った。あの時よりも暑く、夏本番を迎えた。セミがかしましく鳴き、ただでさえ暑いのにさらに太陽が焼けるように照らしていた。
「あー、もうダメだ……。暑すぎるわ……。スーパーに避難っと」
ウカは近くの大型スーパーに逃げ込んでいた。ここはエアコンがかかっていて最高に気持ちが良い。
ウカは人には見えないためずっといてもなんとも思われなかった。
「あれー?ウカちゃん?」
急に誰かに話しかけられた。
油断していたウカは驚いて飛び上がってしまった。
「ん?ん?あ、ミタマ君かー。驚かせないでよー。あー、また皆いるのね……」
ウカは話しかけてきたミタマの後ろにいつものメンバーがいることに気がついた。
「ま、まあな……」
「あっついからー!」
リガノとイナがそれぞれウカに挨拶をした。
「で、最近はどうなの?」
ミタマの言葉にウカはため息をついた。
「誰も参拝に来ないわ……。こんな暑かったら来ないわよ……」
「夕方とか来るかもしれないよ?」
「まあ、それはそうかもしれないけど、暑すぎてなんもしたくない」
「だよねー」
ウカの言葉に三人とも同じ言葉を発した。
「そういやあ、ウカ、一度参拝にきたおじいさん、あれからどうなったの?」
ミタマが興味本位で突然にそう尋ねてきた。
「ああー、先月やったババ抜きの日にも来ていたらしいのよ。私が回線オフにしちゃってたからなー……」
ウカは落ち込んでいた。
「あの時の参拝、あのおじいさんだったんだ!ウカちゃん!じゃあまた来るかも!これはチャーンス!」
イナが満面の笑みでウカの背中を叩く。
「しかし……願いが2ヶ月近く叶わないとはな」
リガノはため息混じりにつぶやいた。
「まあ、確かにまた来るかもだから回線も準備してるし、どーんと来い!なわけよ」
「ウカちゃん、その調子!で、そのおじいさんの願いを叶えるの、皆でやらない?」
意味もなくやる気なウカにミタマが意味深な提案をしてきた。
「皆で?」
「うん。願いが叶ったら信仰心を山分けするのさ」
「ああ、そういうこと。まあ、うちらはライバルじゃなくてチームだからいいわよ」
ウカはあっさりとミタマの提案に乗った。皆、本当に参拝客が来ていないらしい。
「ありがとう!ウカちゃん!!そうとなったら皆!ウカちゃんちに泊まるぞ!」
「おーっ!!」
「ちょーっと待て!!」
リガノとイナの掛け声をウカはすばやく制止した。
「ん?何?」
「ちょ、ちょ……うちに泊まる!?う、うちは狭いし、プライベートな空間なんてないわよ……」
「ウカ、私は夜は自分の神社に帰るよ。同居してる神がいるからね!」
イナは同意はしたものの、ウカの神社に泊まる気はなさそうだ。
「じ、じゃあ、男二人と私じゃないの!!」
「おー!最近はやりの逆ハーレム!大丈夫だよ!ゲームとか漫画だと男七人くらいと女の子一人で隔絶空間にいたりするし」
「そりゃ漫画だから!!だいたい私はね、『内気で男が苦手な設定』なのに大量の男と同室または同居できる主人公の女の頭をいつも疑っているのよ……」
ウカは呆れた顔でイナを見た。
「まさか……ウカちゃんは内気で男が苦手な設定……」
ミタマが驚きの顔でウカにつぶやいた。
「なによ……その驚き……。それから設定とか言うな!!だって、寝てる時とかお風呂にいる時とかムラムラっと襲ってくるかもしれないじゃないの」
「……俺達は獣かなんかか……?」
ウカの言葉にリガノはガックリと肩を落とした。
「獣と言うよりキツネ!」
「わけわからなくなるから黙って」
ミタマの発言をウカはすぐに切り捨てた。
「とにかく!うちはちょっとねー……」
「ウカちゃん、男好きじゃなかった??こないだ神々の書籍販売店でイケメン男子神の『夏真っ盛り編』買ってたじゃん。あの肌色感が凄まじいやつ!ヨダレ出して眺めながら完熟度計ってたじゃん。『んー、この男はまだまだ青いわね』とか。……あー!この手の本が押し入れに隠されてるから泊めたくないのか!」
「コラ!!イナ!!それ以上言うな!やめてよ!!」
ウカは顔を真っ赤にしつつ、イナの口を塞ぐ。
「な、なんか……別の意味で……」
「俺達のが危ない……のか?」
ミタマとリガノはじりじりと後退りをはじめた。
「あー!もう!!泊まりたいなら泊まれば!もういいわ。吹っ切れるから」
ウカは真っ赤になりながら叫んだ。
「り、リガノ君……どうする?」
「そう言われると……迷いが……。社外で生活するか?」
まごまごし始めた二人をウカは見据えながら
「もう、カミングアウトしたからいいわ。ちなみにあんたらの身体には興味ないから」
とスッキリした顔で答えた。
「じゃあ、同居してみたらー?あ、大丈夫!私も毎日軽く遊びに来るから!」
イナは満面の笑みでリガノとミタマに頷いていた。
「好きにしなさいよ……」
ウカはイナにため息混じりに答えた。
「きょ、興味ないなら大丈夫かな……。大丈夫だよね??……じ、じゃあ、よろしくね。自分のとこの回線もオンにしておくから僕らの参拝客もシェアしよ!」
「……ウカに襲われる事を考えたくはないからあえて行こう……」
怯えながらミタマとリガノは頷いた。
「三人よらば文殊の知恵ってとこ?いいわよ。助け合いだわね。……じゃあ、うち来る?」
「いくいくー!」
「……なんかどっかのテレビ番組みたいなんだけど……ま、いいわ。ちなみに、私も獣じゃないから!どこでも男をハントするわけじゃないんだからそんなに怯えないでちょうだい!」
「だ、だよな……。何をビビってんだ。俺……」
「まあ、ビビりたい気持ちはわかるけど」
リガノは呼吸を整えて頭を正常に戻し、ミタマは半笑いで小さくつぶやいた。
こうして7月の後半、のんびり平和なお泊まり会がスタートした。
しかしこの後、のんびりできない事態が起こることにウカ達はまだ気がついていない……。

8月

八月。
夏真っ盛り。蝉さんのタガが外れたらしい。拡声器をつけて歌っている。
そして体が蒸発する勢いで暑い。
眩しい日の光が反射しカゲロウのようにゆらゆらと……
「あつーい!!考えるだけでもあつーい!!」
稲荷神ウカは自分の社内であまりの暑さに放心状態だった。
「ほんと……暑いね……ここは……」
「な……」
会話少なげに隣にいた青年稲荷ふたりも団扇で仰ぎながらぼうっとしている。
現在ウカの神社に泊まっているミタマとリガノである。
「まさか扇風機とかまでないとは思わなかったよ……」
ミタマは半泣きで冷たい場所を探していた。
ここはウカの神社内部にある霊的空間だ。この空間はデータとして存在している神だけしか入れない。ある一定のデータが鍵となり中に入れる。ウカの場合は鏡とお酒だ。幸い近くの神社の神主さんが毎回お酒を持ってきてくれていた。鏡は社内にすでに飾られている。
「窓が開いていても意味ないな……こりゃ……」
リガノは着物を一枚脱ごうとしてやめた。
ちらりとウカを見る。
「ひっ……」
リガノは顔を青くした。
ウカは目を輝かせてこちらを見つめていた。そのうち写真を撮り始めそうだ……。
「そんな変態じゃないわよ!!」
知らずに声が出ていたらしいリガノはウカに思い切り怒鳴られた。
「す、すまん……な、なんだか恐ろしく脱ぎにくくてな……」
「リガノくん、もう神社帰ろうか……」
ミタマがいたずらな笑みを向けてきた。なんだか嫌な笑みだ。
「いや……泊まる」
「あー、これで僕の勝ちだと思ったのに」
よくわからないがここにいる内にお互いだんだんと意地になって泊まり込んでいるようだ。
どちらが先に泣いて帰るかの勝負事になっている。
「お前も暑いなら脱げばいいんだ」
リガノの言葉にミタマは横目でウカを見る。
「いぃっ……!?」
ミタマは後退りを始めた。
ウカは目を輝かせて期待を込めてこちらを見つめていた。
「興味がありすぎて怖いー!」
「あ、あんた達に興味はないわよ!!前も言ったじゃないの!」
ウカは慌てて目をそらすと顔を真っ赤にして怒っていた。
顔の赤みは怒っているからか恥ずかしいからか……。
どちらでも構わないがとりあえず、ウカは男好きなのである。
「そ、そんな大胆なことやってないのになんでそんなに避けるの……」
ウカは悲しみを含んだ目で顔を手で覆った。
「ご、ごめんよ。いや、なんか顔が……」
「そう、顔がな……大胆な事が恐ろしくて聞けないが……」
ミタマとリガノは慌ててウカを慰めるが慰められているかは謎であった。
しばらく蝉の鳴き声だけが響いていたが突然に蝉の声を掻き分けるように大きな声が響いた。
「じゃじゃーん!!イナチャンさんじょー!じゃーん!!今日も蒸し暑いねー!」
社の扉を思い切り開けたのはチビッ子少女稲荷イナチャン……もといイナであった。
「ありゃ?またウカちゃん泣かしたの??」
「泣かしてない!」
「誤解だ!」
「というか、『また』とかつけるな!」
イナの言葉にヤイヤイとふたりはやかましく騒いだ。
「あー、イナいらっしゃい」
ウカはため息混じりにイナを招き入れた。
「てかさ、リガノもミタマもそんな着て暑くないのー?」
「暑い!!」
イナが発した当然の疑問に着崩していないふたりは同時に即答した。
「なんかふたりとも私の前で脱ぐの嫌がるのよね。オトコノコって難しいわ」
「おぅい!!!」
ウカのさりげない言葉にミタマとリガノは同時に頭を抱えた。
「まあまあ、じゃあ外に行こうよ!!外のがこのクッソ暑い神社よりも涼しいよ!」
「あんた……けっこう口悪いわよね……」
ウカはため息をついてから再び口を開く。
「で?このクッソ暑いのにどこ行くわけ?」
「お前も口が悪い……」
リガノもすばやく突っ込んだ。
「まあまあ、とりあえず、ミノさんとこに偵察にいかない?って話」
イナは一同をなだめつつ、ビシッと指を立てた。
「このクソ暑いのに!?」
今度はミタマが叫んだ。
「どいつもこいつもクソクソと……お前ら……太陽神様をお助けする神としてかすってるのになぜ、太陽を貶めているのだ……」
「あちゃー……」
リガノの言葉で一同は口をつぐんだ。
「ま、まあ……でも暑いじゃない?そこまでして行く必要ある?」
ウカが汚い言葉を取っ払い仕切り直した。
「実は……」
突然にイナが真顔になり顔を近づけてきた。皆もとりあえず、イナに近づく。
「あの例のおじいさんがミノさんの神社付近に現れたらしい……」
「なんだって!!」
イナの告白にウカ達は目を白黒させて驚いた。
「……まずいわ……持っていかれる!十月にあるカムハカリの中間発表までにミノさんが願いを叶えてしまったら……」
「僕達の負け……」
ミタマの声がか細く流れた。
「こうしちゃいられないわ!皆、偵察よ!!」
ウカは元気を取り戻しすばやく立ち上がると社の扉を開けた。

※※

うだる暑さの中、四人は稲荷神にかすっている穀物神ミノさんの神社までやってきた。
酷暑のようで誰も歩いていない。
ミノさんの神社は商店街の先にある大きなスーパーの裏手にあった。大通りの裏側なのでもともと閑散としている。
山がそこだけ残っており長い階段の上に鳥居があった。
「ぜぇ……はあ……ぜぇ……」
ここまで歩いてきて息の上がった面々は最後の階段を半分死んでいる顔で見上げた。
「嘘でしょ……マジもう無理なんだけど……」
「やっぱこんなクソ暑い日に来るのが間違いだったね!人歩いてないし」
ウカの言葉にイナが自慢げに胸を張って答えた。
「イナちゃん……」
ミタマは暑さで溶けたドロドロな顔でため息ついた。
「もう、ここまで来ちゃったから気合いで行くわよ!ミノさんちに着いたらお茶飲ませてもらいましょ!」
なんだか目的が変わっているウカが皆を奮い立たせた。
「よし!」
暑さのせいでおかしくなっていたウカ達はミノさんの神社にお茶を飲みに行くという謎の目的のために階段を上る。
息が上がり、汗でドロドロになった時、ようやく階段を上りきれた。
「やったー!!やりきったぞ!!上りきったぞー!!」
イナがすかさず拳を天高く上げた。
「いえーい!!」
異常な雰囲気が渦巻く中、この神社の祭神である狐耳の男神、ミノさんは賽銭箱から怯えた顔を覗かせてこちらをうかがっていた。
きれいな水色の瞳に濃い金色の短い髪、狐の耳に赤いちゃんちゃんこの若い男である。
「あ、あの……おたくらは……どちらさんで??」
ミノさんは恐る恐るウカ達に声をかけてきた。
「あ……」
ウカ達はミノさんの声に気がつき振り向いた。
「あー、あたしはウカよ!」
「イナチャン!!」
「ミタマっす」
「リガノだ……」
ウカ達はそれぞれ挨拶をした。
「あー!おたくらあれだな!最下層の!!」
「最下層言うな!!」
「す、すまん……」
ウカに鋭く怒られミノさんは小さくなってあやまった。
「で……おたくらは何しに?」
「何ってお茶を飲ませてもらいに来たのよ」
「はあ??」
ウカの発言にミノさんは思わず苦笑いをした。
ミノさんの目は「何言ってるの?こいつら……」と言っている。
「お茶を飲みにわざわざこのクソ暑い中を……」
ミノさんがそこまで言った時、我に返り正常に戻ったミタマが叫んだ。
「ウカちゃん!違うでしょ!」
「あ……」
ウカは固まった。
「ああー!!監視するはずだったのにー!!」
「監視ってなんだよ!?」
ウカの言葉にミノさんは再び怯えの色を見せた。
「ああ、ミノさんってば引き締まったいい体してるんだね……」
ぼそりとつぶやいたウカにミノさんはさらに怯え始めた。
ちなみにどうでもいいがミノさんは鍛えてもいないのに細マッチョである。
その理由は「TOKIの世界書」を読むとわかるだろう。
今回は関係がないので省く。
「ま、まあなんでもいいんだが……お茶飲むか?」
「飲むー!!」
ミノさんにウカ達はそれぞれ必死に声を上げた。
ミノさんは一同を社内部の霊的空間に案内するとちゃぶ台を出してから冷たい麦茶を持ってきた。
ミノさんの社内部は畳のワンルームだ。少し男くさい匂いがした。
「おやつなんかないの?水菓子とか!氷菓子とか!」
余裕が出てきたイナが余計なことまでミノさんにねだる。
「ねーよ……」
「ちぇ……」
「なんだかすまぬ……」
リガノがイナのおねだりに対しミノさんにあやまった。
「まあ、なんだかわからんが……なんで俺を監視するとか言ってるわけ?」
ミノさんは呆れながらちゃぶ台のわきに座った。
「そう!それよ。あんたんとこに人間のおじいさん来なかった?」
ウカは麦茶を豪快に飲むとミノさんに詰め寄った。
「うぇ?人間のじーさん?来たが……それがなんだ?」
「やっぱり来てたね。ウカちゃん」
ミタマにウカは小さく頷いた。
「そのおじいさん、なんて言っていた?」
「うーん……大変申し上げにくいんだが……」
「なによ」
ミノさんが浮かない表情だったのでウカは言葉の先を急かした。
「テレパシー回線をクリーンにし忘れててだいぶんノイズが……」
「なんだってぇ!?」
ウカが鋭く睨んだのでミノさんはさらに小さい声で同じ言葉を発した。
「あの……回線をですね……クリーンにし忘れて……」
「あーんーたーねー!!あたし達が何のためにこんな汗たらしてっ!!」
ウカがちゃぶ台をバシンと思い切り叩いた。ミノさんの肩がはねる。
「ウカちゃん、落ち着いてー……ウカちゃんもひとのこと言えないでしょ!」
「うっ……」
ミタマの言葉にウカは一瞬詰まった。
「……一体なんだっていうんだよ……」
ミノさんは戸惑い声をあげた。
「いや、なんでもないわ……。もう、とりあえず帰るから……」
「そ、そうだね……帰ろうか」
ウカは麦茶ごちそうさまと言うと立ち上がった。ミタマもリガノもミノさんにひとつお礼を言うとウカに続き、はにかみながら社外へ出ていった。
「作戦会議だー!」
最後にイナがなぜか楽しそうに跳び跳ねて行った。
「な、なんだったんだよ……一体……」
ミノさんはひとり呆然と開け放たれた社の扉を見つめていた。
「うーん……」
社外に出たミタマは倒れそうな日差しの中、思う。
……おじいさんは運がない……
……きっと願いがいつまでも叶わないからミノさんとこにいったんだろうし……。
「このまんまだとアマテラス様の神力を持った輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)様に叱られそうだぞ……」
「ミタマ君!暑いから早く帰ろ!」
急かすウカにため息をつきながらミタマは歩き始めた。

9月

九月になった。
だいぶん風が冷たくなり蝉から秋の虫に鳴き声が移り始めた。
遠い空にアキアカネが飛んでいく。
「はあー。過ごしやすくなったものねー」
相変わらず稲荷神のウカは社内でゴロゴロしていた。ちなみに朝の九時過ぎである。布団を敷いて大の字で秋の涼しさを満喫する。
……幸せ……
「ちょい、ちょい、ウカさん??」
ふと台所の方からウカと同じ稲荷神のミタマが割烹着姿で顔を出した。
「ん?」
「いや、『ん?』じゃなくて……暇なら月見団子作るの手伝ってよー」
「えー、だってやってって頼んだじゃないの」
「いや、あのさ、頼んだら誰でもやってくれるわけじゃないんだけどね?」
ミタマは布団にくるまるウカを呆れた目で見据えた。
「おい、ウカ!団子を食いたいなら手伝え……世の中甘くはないぞ」
ミタマの影からエプロン姿の稲荷神、リガノが不機嫌に顔を出した。
「甘いのがいいわ。あんこ入れてって言ったじゃないの」
ウカは呑気にそんなことを言った。
「はあ……」
リガノとミタマは同時にため息をつき、目を合わせた。
「やるぞ」
お互いに頷き合うと真顔でしかも無言でウカに近づいた。
「え?え?ちょっ……」
いつもと違う彼らの行動に戸惑い、怯えた表情のウカはふたりの顔を交互に見つめていた。
「成敗!」
ミタマとリガノは同時にウカが寝ていた布団をひっくり返した。
ウカが「あーれー」と転がりながら壁にぶつかる。
それを最後まで見ることなく二人はテキパキと布団をきれいに片付けた。
「ちょっと!何すんのよ!」
「布団があるからダメなんだよ!怠けるし!」
「布団は夜寝る時以外は出してはいけない!」
ふたりに同時に叱られてウカはしゅんと下を向いた。
「……わかったわよ……お団子手伝うわ。というかあんたら……そんなにやる気だったっけ?」
「たぶんウカちゃんがなんもしなさすぎて逆にやる気がわいたんじゃないかなあ……」
「……変な効果がついたわけね……」
ウカはため息混じりにつぶやくと重い腰を上げた。
本日はお月見である。
月神様達はウカ達とはあまり関係はないがこういう行事は楽しんでいる。
「ウカちゃん、アンコ、お団子に詰めといて」
「はーい。そういえばあんたら、料理できるのね……。最近毎日食事も作らせてる気がするけど……」
「今は男も料理できなきゃあ、モテないんだよ」
ミタマは軽く笑った。
ウカの社に泊まり始めてから一ヶ月が経つ。その期間にミタマとリガノが毎日せっせと食事を作っていた。宿泊料にしてくれと嫌な顔をせずにウカの分も作ってくれる。
ウカからすると助かっているし、なによりひとりの時よりも楽しい。
団子に美味しそうなアンコを詰めながらふと思う。
……私ってそういえば何もやってないわよね……。
……皆こんなに頑張っているのに。
「ねー、私ってさ、何にもやってないわよね」
ウカがつぶやくと
「そうだね」
「そうだな」
とそれぞれ容赦のない言葉が飛んできた。
「とほほ……」
半分涙目でウカはアンコを詰めていく。
……な、なんか私もおじいさんの情報を集めないと。
あれからパッタリとミノさんの神社に彼は来ていないらしい。
……どうしたらいいかしら?
……おじいさんの家を特定して調査、困りごとを予想する感じが一番いいかもしれないわ。
「ウカ、アンコ詰めすぎだ……」
ふとリガノに声をかけられて咄嗟に手元を見た。
「あ……」
アンコがお団子の半分以上を占めていた。
「はあ……」
仕方なく多い分のアンコを食べておいた。
「……よし。こんなとこかな!」
ミタマができた月見団子を満足そうに見つめながら微笑んだ。
「お月様みたいでキレイ!」
「ふむ」
ウカもリガノも高く積まれたお団子を見て大きく頷いた。
「後はススキとか栗とかがいるね。今日は晴れだし名月だよ!」
「あ、じゃあ私がススキとか栗とか用意するわ!」
ウカはすかさず手を上げ、外に出る準備を始めた。
「え?ちょっ……」
ミタマとリガノが慌てている内にウカは「いってきまーす」と出て行ってしまった。
「ちょっと!ウカちゃん??」
「そこはかとなく嫌な予感がするな」
ミタマとリガノは割烹着やエプロンを素早く脱ぐとため息混じりにウカを追って社外に足を進めた。

ウカには違う目的があった。
それは内緒でおじいさんの情報を集めること。
……まあ、ずっと干物なわけいかないし……。
どうやら涼しくなってやる気が出てきたようだ。

「さあてと、まずは……」
ウカはてきとうに歩きつつ、おじいさんの行動を考える。
……おじいさんはうちの神社の他にミノさんのとこにも行っている。
うちとミノさんの神社はそんなに離れていない。
つまり、この辺の人。
……てか……範囲が広すぎる……。
ここら辺は田舎でもなく都会でもない。ミノさんの神社方面はどちらかといえば都会だ。駅が近くてショッピングセンターや商店街、学校などがある。
少し離れると田んぼや畑が残る住宅街に出る。その辺がウカの神社だ。
しばらく唸っているとウカの横をアキアカネがすぃーっと通りすぎていった。
「……ダメ元で赤トンボについてこう……」
頭を使ったことがあまりないウカは運任せでアキアカネを追った。
アキアカネは空き地を通りすぎて近くにある林に入っていった。
「うそ……林!?」
ウカはため息をつきながら必死に林の中へ入った。
なぜこんなに必死にアキアカネを追っているのか自分でもわからない。
ふと、横を見るとススキが生えていた。
「あ、ついでに」
ウカはちゃっかりススキを二、三本いただき、持ってきていたカゴバッグに入れる。
アキアカネを見失わないように素早く済ませると奥地に進むアキアカネを追った。
「どんどん山の中にはいっちゃうんですけどー……」
不安になってきたウカは小さい声でアキアカネに話しかける。
しかし、アキアカネは答えることはなかった。
しばらく歩くと少し開けた草原に出た。
ここでもススキが沢山自生している。
アキアカネは他にいたアキアカネと混ざり飛んでいってしまった。
「……はあー、私、何してたのかしら……馬鹿馬鹿しい……」
ウカがため息混じりに言葉を紡ぐと帰ろうと踵を返した。
しかし……
「あれ……ここ、どこ??」
夢中でアキアカネを追っていたため場所がわからなくなってしまっていた。
「しまったわ……どうしましょう……」
急に不安になり辺りを見回し始めたウカは呆然と佇んだ。
とりあえず、山を降りようと元来た林に戻ろうとした刹那、何かに思い切り頬を叩かれた。ウカは勢いよく跳ねてススキの中に落ちた。
「い、痛い……な、何?」
殴られた左頬を押さえながら襲ってきた相手を探す。
「俺の神社によくも入ってきたな……なまけもんの稲荷がっ……」
男の声が聞こえた。
「だ、だれ……」
「ほんとは殴ってやろーかと思ったがパーにしといてやったぜ。天御柱(あまのみはしら)様との約束があるからなー」
ウカの前に赤い髪の少年寄りな青年が現れた。
目付きは鋭く、鬼のお面をしている。
「はっ……」
ウカは雰囲気と天御柱神(あまのみらしらのかみ)という単語で厄神であることにすぐに気がついた。
「ここは俺の神社だ。太陽のしもべが何の用だよ?返答によっちゃあ……消すぞ……」
赤い髪の少年は狂気的な笑みを浮かべるとポキポキと指を鳴らした。
「まま、待って!ごめんなさい!すぐに出ていきますから!」
ウカは怯えながらあやまった。
よく見ると遠くに手入れされた小さい社があった。
鳥居がこじんまりと建っている。
「じゃあさっさと出ていけ!お前んとこで祈りにきたじーさんが叶わないから俺んとこに来たんだ。厄まみれだったぞ。厄神にわざわざ祈りにくるなんざ、手当たり次第回ったんだな。そこにいるアホ稲荷のせいでな。お前の顔なんざ見たくねぇんだよ!このクズ!」
「……そ、そんな……」
厄神に怒鳴られウカは涙を浮かべた。
「早く出てけよ!ぶん殴りたくてしょうがねーのを抑えてんだからよ!」
「そ、そんな……殴るなんて暴行はっ……」
逃げようかと思ったが腰が抜けてしまい、ウカは逃げられなかった。
「天御柱様には女を殴るなとか制約をつけられたが蹴るならいいのかな?」
「ちょっと待って!それもダメだと思う!」
ウカは狂気的な笑みを浮かべる厄神に必死に叫ぶ。
「ウカちゃん!」
「ウカ!」
絶体絶命な時にミタマとリガノの声が聞こえた。
「……うえーん……」
ウカは声のした方を向いて姿を確認した時に子供のように泣きじゃくった。
「まったく……俺達がウカの神力を追えなかったらどうするつもりだったんだ」
リガノは呆れた声でウカに言った。
「ここ、山が意味深に残されてると思ったら厄神のたたり神がいたかー。人間に恐怖心で信仰させている神……。まあ、とりあえず……女の子に暴力は許せねーな」
ミタマはいままでにない静かな怒りを見せていた。
「なんだと思ったらダメ稲荷か。そこの女は契約通り殴ってねーよ。ぶっ叩いたがな。ひひひ……」
「ひどいやつだな」
狂気に笑う厄神にリガノもイラついた顔を向けた。
「お前、風渦神(かぜうずのかみ)だろ。アマテラス様と同等の輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキ様をたいそう苦しめたそうだな。で、天御柱神(あまのみはしらのかみ)様に厳重注意を受けた。お前もクズ厄神だ」
ミタマの挑発に少年、風渦神は「上等だぜ」と怒りをあらわにした。
「俺達、けっこう喧嘩は強いぞ」
「……そうだね。意外にね……」
武者震いをしているリガノとミタマの迫力にウカは圧されたがこのままでは解決しないので決死の覚悟で睨み合っている男達の間に入った。
「ちょっと……やめようよー……」
「ウカちゃん、邪魔だよ」
「怪我するぞ。ウカ」
なぜか仲間のミタマとリガノからも厳しく睨まれてわけわからなくなってきたウカはとりあえず、泣いた。
「うえーん……こわいよー……」
「うるせーんだよ!邪魔だ!!」
「ひっ……」
風渦神は気分が高まったのかウカを再びひっぱたいた。
乾いた音が響き、ウカがまたも地面に飛ばされる。
そこでミタマとリガノの理性は完全に怒りで吹っ飛んだ。
「上等だよ!!二回も女の子の顔を殴るなんて最低だな……このクソヤロウ……」
「またもウカを許さん……」
風渦神と稲荷神達は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「ちょっ……やめなさいよ!だ、誰か……誰か止めて!」
「おーい……」
ふと間の抜けた声がした。
振り向くとミノさんとイナが怯えつつ立っていた。
「やめろよー……」
ミノさんの声は消え入りそうで全く聞こえない。
「み、ミノさん、もっとおっきな声で……」
イナも消え入りそうな声でミノさんに指示を飛ばしていた。
「頼むよー……やめろー……怖いー……」
覇気の欠片もないミノさんは遠くから小さい声で喧嘩しているミタマ達に注意をする。
「……やっぱり……私が止めるしかないか……」
ミノさん達を見てダメだと悟ったウカはもう一度、男達の中に入ろうとした。
「お、おい!それは……だ、ダメだ!ち、畜生!俺が止めるぜ!もうー!!女が男の乱闘を止めようとすんじゃねーよ!!あぶねーぞ!」
ミノさんは涙目になりながら渦中に割り込んだ。
「や、やめろぉー……」
とても情けない声を出してオドオドと両者を止めようとする。
しかし、止まるどころか攻撃がミノさんにいってしまった。
「うぐああ……うえーん……痛い……」
「げっ……」
ミノさんにパンチをしてしまったミタマは慌てて手をひいた。
「うっ……」
ミノさんに重たい蹴りを入れてしまったリガノも慌てて足をひいた。
「邪魔だ!この怠け野郎!そこの女みてーにビービー泣きやがってよ!!」
風渦神はウカを睨み付けるとミノさんを拳で思い切り殴った。ウカの時よりも本気だ。
「いてーよ!!この野郎!」
しかし、ミノさんは倒れなかった。彼は意外に丈夫である。
「ウカを泣かしといてこの女だと!!」
「女を泣かせるなんて最低なんだよ!このクズ!」
「この暴力野郎が!!」
さらに火がついてしまったミタマとリガノは半分キレたミノさんと共に風渦神を攻撃し始めた。
「かかってこいよ!オラ!全員まとめて消してやるよ!」
「え?えー!!な、なんでこんなことに……なんにも解決しないじゃないの!!」
「う、ウカちゃん、ウカちゃん……に、逃げよう!ひとまず」
イナが素早く近くに寄り、腰の抜けたウカを引っ張り、慌てて林の中へと入っていった。

イナに連れられ山を降りたウカは幾分か冷静さを取り戻していた。
「ウカ、だいじょーぶ?」
イナが心配そうにウカを見上げた。
「大丈夫だけど……あの喧嘩、どうするの?ひきがねが私だからなんとかしないとダメよね……?」
ショックから立ち直れていないウカは青い顔でイナに尋ねた。
「たぶん、喧嘩が終われば冷静に山を降りてくるんじゃないかな……」
イナは終わるまで待つ提案をした。
「怪我しちゃうじゃないの……。……というか、イナはどうやってあそこに?なんでミノさんと……」
落ち着いてきたウカは始めに質問するべき内容を尋ねた。
「あー、ウカちゃんと遊ぼーと思ったんだけど途中でミタマとリガノに出会ってさ、慌てて山に入っていったからなんかヤバイのかと思ってミノさんを呼び出してからふたりを追ったわけ。そしたら気性の荒い厄神の神社にぶち当たったわけよ」
「あ、なんかごめんね……。助かったわ……」
「でも、なんで昔ながらの厄神に憧れてるあいつの神社に行ったわけ?方向性間違えててけっこう壊れてる神だよ?あの方。ウカちゃんまさか闇落ち!?」
イナは目を丸くして驚いていた。
あの神はこの辺では有名らしい。
「いやいや……知らなかったのよ……。ああ……怖かった……」
「でもさ、勝手に結界を越えたからっていきなり殴るなんて酷いよね」
イナはわかりやすく眉をつり上げて怒っていた。
「いや……たぶん、そうじゃない……」
「え?」
「彼はおじいさんの件で怒っていたのよ」
「んー?」
状況が読めていないイナにウカは説明を始めた。
「あの神社におじいさんが祈りに来たらしいわ。私達がいつまでも叶えられないから手当たり次第に回っているそうよ……。厄神の神社に行くほどに」
「……んー……、あの神は商業的に厄除けになっていたりしない純粋な厄神だよ……。人間も山を切り崩せないほどに恐ろしい存在で厄が来ないように半ば封印するような形で社を建てたから祈っても叶わないし……」
「……私のせいかな……おじいさん、厄を被ってるみたいなの」
ウカは泣きそうな顔でイナに助けを求めた。
「……ちゃんとやんなきゃいけないヤツだったかもね……」
「……まだあきらめないわ……十月のカムハカリで輝照姫様にあやまって頭を下げて助けてもらうのよ」
ウカは決意を胸に空を見上げた。
イナも横で深く頷く。
「じゃあとりあえず、神社に戻ってお月見の準備して彼らを待とうかしら……」
「よし!そうしよう!!栗とサツマイモは私が持ってるから」
「助かるわ」
イナの言葉にウカはやっと表情を緩めた。

※※

月が出始めた頃、ボロボロになった三神がウカの神社に帰って来た。
「あー……派手にやったねー……」
イナが呆れた顔でミタマ、リガノ、ミノさんを見据えた。
ミタマもリガノもミノさんも全身泥と血にまみれ、ひどい有り様だった。
「久方ぶりに喧嘩したよ……はは……」
「俺もだ……」
ミタマとリガノは苦笑いをイナに向けた。
「おかしいな……俺は止めてたはずなんだが……」
ミノさんはひとり首を傾げていた。
「もう……男が本気で喧嘩してるのを近くで見てるのは怖いのよ!私は仲を取り持とうとしていたのに……」
ウカは目に涙を浮かべつつ三人につぶやいた。
「ごめん……」
「すまん……」
「いやー……俺は止めようとしていたはず……」
ミタマ、リガノは申し訳なさそうにあやまり、ミノさんは居心地悪そうにはにかんだ。
「まあ、助けに来てくれてありがとう。……で、頭は冷えたのかしら……」
ウカは怒っていた彼らの怖い一面が頭から離れず怯えながら尋ねた。
「……ほんと、ごめん……。怖かったよね……。ウカちゃんを守ろうとしただけだったんだけど……」
「いつの間にかカチンときててな……」
「そういやあ、おたくら俺を殴っただろ!ああ、それがキッカケだよ。この野郎!」
反省の意を見せるミタマとリガノにミノさんは思い出したように叫んだ。
「もう……やめてよ……」
「ウカちゃん、大丈夫だよ」
震えるウカの背中をイナがさする。それを見たミノさんは顔を曇らせて「すまん……いや、ほんとに……」とあやまった。
「……で、風渦神とはどうなったのよ?」
皆がしおらしくなった所でウカは尋ねた。
「喧嘩は続いてたんだが……」
リガノが言いにくそうに切り出し、ミタマが続けた。
「ヤツが『邪魔なんだよ!出てけよ!二度とツラ見せんじゃねーよ!』って言ったから『ああ!出てってやるよ!もう二度と来ねーよ!』みたいな感じで別れたって言うのかな……?」
「……呆れた……」
ウカは思わずつぶやいてしまった。
つまり、口喧嘩しながら殴りあってて言葉の弾みで簡単に喧嘩が終わったらしい。
……一体なんだったんだ……。
「まあ、それよかウカちゃんが言ってたんだけどね、あのおじいさんが風渦神のとこにも来たんだって」
「なんだって!?」
イナの言葉に一同はドロドロのまんま叫んだ。
「そうなんだけど、とりあえず……体の血とか泥とか落としてから話すわ……。うちのお風呂貸すから流してきて」
「あ……ごめん」
三人はウカの言葉に頷くと苦笑いのままウカの社に入っていった。
「あー、ビックリした!とんだお月見だね!」
イナが男達が消えてから大きくため息をついた。
「そうね……。はあ……」
ウカもため息で返した。
しばらくして男達がサッパリした顔で戻ってきた。
「いやー、サッパリ!ああ、ちゃんと三人でお風呂掃除しといたから。ごめんね」
ミタマが代表してあやまる。
「まあ、それはいいんだけどお月見しながら怪我の手当てをしましょ」
ウカが高く積まれた月見団子を賽銭箱に置いてから消毒薬を持ってきた。
「高天原製だから効くはずだから……」
「すまん……」
「すんません……」
リガノとミノさんも先程からあやまってばかりだ。
気がつくと鈴虫やコオロギが鳴いており、まん丸の大きいお月様が満天の星空の中、狂おしく美しく輝いていた。
「わあー、キレイ!」
イナは月を見て感動しながら手では団子を摘まんでいる。
食いつきが凄い。気がついたらなくなっていそうだ。
「じゃあ手当てしながらさっきのやつ話すから聞いてよね」
「うん」
「おう」
「へーい」
ミタマ、リガノ、ミノさんがそれぞれ返事をした。
しっとりとしたお月見には似合わない傷だらけな男三人を相手にウカは先程のおじいさんの件を話した。
……ほんと、とんだお月見だったわ……。
ウカはため息混じりに夜空に輝く月を見上げていた。

TOKIの庶民記『いなり神達の小さな神話』(R元年執筆)

TOKIの庶民記『いなり神達の小さな神話』(R元年執筆)

稲荷神達の間で流行っている信仰心を競う遊び、稲荷ランキング下位の落ちこぼれ稲荷神達が団結して上位に食い込む決断をする! ゆるく、のんびり進む日常のようなお話です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-04-13

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