三題噺「世界一」「ファッション」「どんぐり」(緑月物語―その11―)
緑月物語―その10―
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緑月物語―その12―
現在執筆中
「ば、化け物か……?」
少女は人間ではなかった。
グリーンモスを操縦していた赤城守矢にはそう見えた。
少なくとも普通の人間は3メートル以上の跳躍などしないし、ましてや空中でその軌道を変えることなどできやしない。
それに時速二百キロメートル近くで射出されるケーブルアンカーも、たとえ来る場所がわかっていたとしても普通は避けられない。
自分に対して向かってくるケーブルアンカーの持つ明確な殺意と、その威圧感に対する恐怖で身がすくんでしまい足が動かないからだ。
そう。普通ならば。
目の前の少女は少女であって少女でない。戦鬼といっても良い。
ファッションなどにうつつを抜かす年頃であろう少女が、死の衣を纏った死神にさえ見えてくる。
なぜなら先ほどから、
元軍用兵器であるグリーンモスが、生身の少女相手に防戦一方だからだ。
「おいおいおいおいぃぃぃぃい、どういうことだよ!」
世界一とは言わないが、腐っても軍用兵器としての実績もあるグリーンモスが手も足も出ない。
高速移動が売りの機体がそのスピードで後手に回り、翻弄される。
射出するケーブルアンカーは、地面にも少女にも届かない。
周囲には今まで輪切りにされたケーブルの残骸と、削り取られた流体金属の破片が散らばっていた。
「なんなんだよぉぉお! お前はぁぁぁあー!!」
こんなはずではなかった。こんなはずではなかった。どこで間違った。俺が間違っていたのか。
「ふ、ふざけんじゃねぇえよぉお!!」
赤城の叫び声が機体中に響いた直後――、赤城の意識は大きな衝撃とともにブツリと途絶えた。
赤城はロストだ。
研究者が大半を占めるこの緑月では、研究者たちが世界を回している。
彼らのための研究施設、商業施設、住居区画。それらは研究者たちが研究者たる故の恩恵だ。
だから研究職から退いたものや研究者の家族を失った者は、研究者たちの星とも言える緑月から居場所を失うことになる。
それでも研究者たちを取り巻く製造業やサービス業に就いて再出発をする者も中にはいる。
しかし、再出発しようとしまいと所詮はどんぐりの背比べ。最後にはほとんどの者が街の辺境へとその身を彷徨わせていく。
家も仕事も居場所も何もかも失った者、それがロスト。
たどり着く先は、この星の地下に巣食う蛇の胃袋の中。巨大犯罪組織『ウロボロス』の末端組織の構成員というわけだ。
そして、赤城の所属するその組織も今朝方この少女のおかげで壊滅の危機に陥っている。
唯一の居場所を奪われた人間が、それを奪った彼女を恨むのも無理はなかった。
近くでいくつもの振動と轟音が続く。意識を取り戻してからすぐに何が起こったのかはわかった。しかし現実を受け入れらなかった。
振動と音が収まり、目蓋を閉じていても全身に光が当たっているのを感じる。
赤城は観念したようにゆっくりと目を開けた。
そこには、座席と操作盤以外を切り払われたグリーンモスの残骸と青い空。
――そして、彼を無表情で見下ろす戦鬼がいた。
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