騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~

RANPO

  1. 第一章 ガタつく理性と悪党の息抜き
  2. 第二章 バカ正直な優柔不断と開かれる戦端
  3. 第三章 優等生の猛攻と揺れる騎士
  4. 第四章 田舎者のやらかしと三度目の進言
  5. 第五章 優等生の自慢話と老婆の時間
  6. 第六章 数の魔法と水の檻
  7. 第七章 卵の実戦と国を守る者たち
  8. 第八章 愛の力
  9. 第九章 騎士の覚悟と奇妙な勝敗
  10. 第十章 悪党混じりの決着
  11. 第十一章 湯煙内の猛攻と反省会

第一章 ガタつく理性と悪党の息抜き

 薄暗い部屋の中、ムードを高める照明と香りが満ちるその場所で、金髪の女が男の下敷きになっていた。男はにやけた顔で身体を動かしているが、金髪の女は対照的に非常につまらなそうで、むしろ不愉快な表情をしていた。
「もういいわ。」
 これからというところの男を押しのけ、女は一糸まとわぬ姿でベッドから起き上がった。
「なんだぁ、おい? 今からオレのテクニックを――」
「何がテクニックよ、下手くそ。」
 自分の技に自信を持っていた男に対し、金髪の女は既に欠片も興味ないという顔で服を着始めた。
「こんなんならまだ初めての奴の方が頑張ってくれるわ。息抜きにと思ったのにとんだ時間の無駄だったわね。」
「下手? オレが? おいおい調子に乗――」
 男が怒りの混じった顔で金髪の女に一歩近づくと同時に、金髪の女はいつの間にか手にしている銃を男に向けた。
「……なんの冗談だ、あぁ? ここがどこかわかってんのか? んなもん出して生きて帰れるとおも――」
 男のセリフの途中で響く銃声。そして――
「があああああああああっ!!」
 直後こだまする男の獣のような悲鳴。両手で抑えるも股間からとめどなく流れる血。
「前々から思ってるんだけど、下手な男は一回女になってご自慢のテクニックとやらを自分で受けてみるべきよね。」
「あああああああああ!」
「おい! なんだ今の――」
 銃声。尋常ではない騒ぎを聞いて駆けつけた別の男の額に穴が開く。
「生きて帰れるか――なんて、完全にやられ役の小悪党のセリフよね。あたしとしたことが、なんでこんなとこに男求めちゃったのかしら……」
 着替えを終え、両手に銃を持ってスタスタと部屋を出る金髪の女。道中、見るからに悪人面をした男たちが顔を出すたびに銃声が響き、金髪の女のうしろには死体の山が出来上がっていった。
「あら?」
 ふと、扉が開きっぱなしの部屋の前で足を止める。部屋の中にはおよそ衣服とは呼べない布切れを身にまとった女たちが、まるで飼い犬か何かのように鎖によって壁につながれていた。

 田舎者の青年が暮らしている国には無いが、小国において奴隷制度はそれほど珍しくなく、国の財源として成り立つほどの収益を生んでいる場合もある。故に、人売り人買いを商売としている者はそれなりに存在している。
 正義を掲げる騎士であっても、その国が認めている事を国内で行う分には何ら問題がないために何もできず、そもそもその国所属の騎士はそれを悪とは思っていない。
 国を跨ぐ際のしがらみによって苦い思いをする騎士は少なくないのだが、中にはそういった面倒事の一切を無視して自分の正義を貫く、どこぞの十二騎士のような者もいる。

「若い女ばっかりまぁこんなに集めるわよねー。」
 しかし金髪の女に正義感は欠片もなく、比較的見慣れた光景としてそれを眺めた。
 だが――
「そうだ、いいこと思いついたわ。」
 かと言って、悪党相手に悪事を働かない程度の悪党でもなかった。
 凄まじい速度と正確さで連射された銃弾は女たちを拘束する鎖の一本一本を砕き、悲鳴をあげる間もなく自由の身となった女たちの手にはいつの間にか銃が握られていた。
「銃弾はサービスするわ。ほら、好きなだけ暴れてきなさい。」
 魔法が広く普及する以前は生物的に力のある「男」が世の流れを作っており、「女」の地位は下にあった。それ故、奴隷を奴隷として躾ける技術も「女」に対して行うモノの方が完成されており、ちょっとやそっとでは反抗心が湧かないようになっている。
 だが金髪の女は充分な実演をふまえた上で圧倒的な暴力を女たちに与えた。これにより、風前の灯だった女たちの感情は一瞬にして業火へと変わった。
 かくしてここに、数多の復讐者が誕生した。


「あはは、楽しい光景ね。」
 数分後、騒ぎを起こした張本人である金髪の女は建物の外でそれを眺めていた。
「長い間ため込み、熟成されていった殺意……この連中を殺してやりたいっていう欲望に従う血まみれの女たち。そうよ、殺したいなら殺せばいいのよ。我慢は良くないわ。」
 とある国のとある町の外れ。善良な人間であればその雰囲気から近寄ろうとは思わないその場所に案の定建っていた、金髪の女の言うところの小悪党の隠れ家兼店であるその建物は今、地獄絵図という表現がしっくりくる状況となっていた。
 逃げ惑う男たち。追いかける女たち。響く声は男の悲鳴と女の叫び。本来であれば戦闘技術もない女たちが武器を手に暴れたところで男たちがすぐに抑えてしまうが、女たちが手にした武器が異常だった。
 強力な遠距離武器である銃の弱点、弾数制限がどういうわけか無いのだ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという具合に、射撃の腕が素人でも休む間もなく連射されてはどうにもならない。
女たちが男たちを一方的に殺戮していく、銃声と鮮血がまき散らされる惨状を前に金髪の女は満足そうだった。
「妹にしてはいいことをしたな。」
 さっきまで誰もいなかった金髪の女の横に、いつの間にか金髪の男が立っていた。大きな大砲のようなモノを背負ったホストのようなその男がそう言うと、金髪の女は少し驚いた。
「珍しいじゃない、弟。あんたの事だから、てっきり悪趣味だのなんだの言うのかと思ったわ。あんたの大好きな女の子ちゃんたちをあんな感じにしたわけだしね?」
「それはそうだが、そのおかげで……ああ、見てくれあれを。」
 金髪の男が指差す方向に目を向けると、そこには銃ではなく……おそらくこの建物のどこかに飾ってあったのだろう、実用的とは思えない装飾が施された、しかしてちゃんと刃物だったらしい剣を手にした女がいた。
「妹がわたした銃を落としたのか、それとも進んであちらに替えたのか。ともあれ美しい……実に美しい。」
「あの女が?」
「それは当然として、ボクが言っているのは剣の方――今まさに傑作になろうとしている一振りさ。」
 復讐心に瞳をにごらせたその女性は無論剣術など身につけているわけもなく、その剣を無我夢中に振り回して男を斬っている。生きていようが死んでいようが構うことなく、血が出るのならばそれでいいとでもいう風に滅多切りにしていくその女性――いや、その女性が手にした剣をため息とともに見つめる金髪の男。
「永劫にドレスを着る事はなかっただろう不憫な剣が今、無数のコーディネートを体験しているんだ。もっと欲しくなるだろう、もっと美しくなりたいだろう――ああ、あの剣の声が聞こえてくるようだよ。もっとドレスを! とね。ふふ、そんな風に叫ばれては着せてあげたくなるじゃないか……そう、それこそが運命、それこそがボクの使命さ。」
「肝心の、その剣を今振り回してる女はどうなのよ。いつもみたいにお茶に誘うわけ?」
「あんな素晴らしい剣を前にして? まさか。」
 そう言うと、金髪の男はどこから取り出したのか、一本の剣を手に怒り狂う女に近づいていき――
「やぁ、待たせたね。」
 ――その首を斬り飛ばした。そして女が手にしていた剣を――赤く染まったその剣をつかみ、愛おしそうに眺めた。
「あぁ……いい……いい仕事だ、妹よ……」
「息抜きのつもりで入ってみたらゴミしかいなかったから殺しただけよ。人を鍛冶職人みたいにいわないで欲しい――っていうかそもそもなんでここにいんのよ。ムリフェンと行ったんじゃなかったかしら?」
「ギャンブルを楽しむ彼女は素敵だけれど、そうなるとこちらの声が届かなくなるからね。彼女は彼女の方法で恋愛マスターに近づくさ。」
「へぇー、それで寂しくなってあたしのとこに来たってわけね。」
「心外ではあるけれど、どうにもバランスが悪いからな。で、彼女は見つかったか?」
 目の前で繰り広げられる惨劇にはもはや興味がないらしい二人は、悲鳴をBGMに情報共有を始める。
「割とあっちこっちで願いを叶えてもらったって話は聞くわね。でも時間と場所がバラバラだからあたしたちみたいな移動方法を持ってるかもしれないわ。」
「たまに願いを叶えた相手のその後を見守るパターンもあるようだが……やはり基本的には神出鬼没。これは匂いで探せるバーナードらに先を越されるかもしれないな。」
「なに諦めてんのよ。あたしはお姉様のご褒美が欲しいのよ。」
「そうだな……ああ、そういえばあちこちでそこそこの悪党連中が急に暴れ出していたな。最近アルハグーエが旅行していたのと関係があるのだろうか。」
「もしそうなら、それはつまりお姉様の意志って事になるわね。いつもの暇つぶしじゃないかしら。」
「大抵はそうだが……恋愛マスターを追っている関係で普段の半分程度しか悪党をできていないボクらの穴埋めかもしれないぞ。」
「は? 仮にもお姉様が集めたあたしたちなのよ? そこらの悪党が残りの半分を埋められるわけないじゃない。」
「それもそうか。となるとやっぱり暇つぶしか……もしくは、たまにしかやらない姉さん本気の悪巧みか……」
 もしもそうだったら嬉しいなと言わんばかりに二人が悪い顔をしたところで、悲鳴と銃声が鳴りやんだ。
「あら、終わったのね。」
無数の男の死体とその近くで立ち尽くす女たち。こうなった後の事を特に考えていなかったらしい金髪の女はしばらくその光景を眺めた後、パチンと指を鳴らした。すると立ち尽くす女たちを囲むようににごった鏡のような色合いをした楕円の壁が全部で十個出現した。
「それをくぐるとこの世界のどこかに出るわ。町の中か森の中か、奴隷制度のある国かない国か、悪党の根城か善人の家の前か。もしかしたらあったかいスープでもてなす誰かに拾われるかもしれないし、今よりひどい状況になるかもしれない。くぐりたくないならそれでもいい。あんたたちの好きにするといいわ。その銃は記念にあげるわ……まぁ、銃弾は元の装填数に戻るけど。」
 突如現れて自由を与えた金髪の女をどう見ればいいのかわからない女たち。その中の一人が久しぶりに声を出すようなかすれ声で問う。
「ど……どうして……わたし……たちを……」
「別に何もないわ。だけどあんたたちは既に悪人。正当防衛だとかなんとか言われるかもしれないけど、ほぼ無抵抗の人間を殺戮してまわった殺人鬼。新たな悪党の誕生をちょっとめでたく思っただけよ。」
 殺人鬼。数分前に自分が行った事に今になって恐怖を覚え出す女たちだが、金髪の女は笑っている。
「くぐった先でどうなろうとどうでもいいけど、もしかしたらお姉様が興味を示すレベルの悪党になる奴がいるかもしれない。あたしはそれを期待しているのよ。」
「ああ、それはいい。もしもそうなったら改めてお茶に誘うとしよう。その出会いを楽しみに待つよ。」
 そう言い残し、金髪の女と金髪の男は笑顔でその場から消えた。
「……」
 あとに残った女たちもそれぞれの道を選び、その場から去っていった。
 その後、ある国で「元奴隷の拳銃使いの女」が名を上げるのだが、これはまだ少し先の話である。



「フランケンシュタイン的に雷はウェルカムだが、さすがに眼球が消し炭になるかとヒヤヒヤしたぞ。」
「わるい……」
 交流祭におけるオレの試合を記録するためにあずかっていたユーリの眼を返しに、オレはスピエルドルフへとやってきた。
折角だからみんなで来ようとも思ったのだが……さ、昨晩のことが鮮明なままみんな――とと、特にエエエ、エリルと一緒に行動するのは……あ、あれでありまして……とと、ともあれ、いつもよりは軽めだったとは言え交流祭の翌日だというのに普通に授業があった今日、その放課後にオレはミラちゃんにもらった黒い指輪の力でここに来たのだった。
 前来た時は何も着てなかったけど今日はピシッとした服を着ていたネコの人とスライムの人がいる検問所を通るとユーリがいて、その案内でオレはミラちゃんのいるデザーク城へ向かって歩いていた。
「ふぅ。ここしばらく予備の眼を使っていたからな……どうにもしっくりこなかったんだが、ようやくいつもの感じに戻った。」
 メガネをかけ替えるノリで目玉を付け替えるユーリ。
「しかし凄かったな……交流祭だったか。騎士の卵であれなのだから恐ろしい限りだ。」
「ユーリから見ても……いや、魔人族から見てもそう思うのか?」
「大半はそうでもないが、一部がな。」
「大半はそうでもないのか……」
「ロイドだってそうだろう? それに吸血鬼――あー、ノクターンモードだったか? カッコいい名前のあれになれば全員が「そうでもない」んじゃないか?」
「いや、オレ、マーガレットさんに勝ててないし。」
「ああ、あの雷の。隙あらば女性の知り合いを作るんだな。さすがフィリウスの弟子。」
「やめてくれ……そういうユーリはどうなんだ? その……女性関係ってのは……」
「興味は大いにある。フランケンシュタインの血を絶やしてはいけないし、何よりこの壁のない愛の物語はつなげていきたい。が……なかなかな。」
 ……そういえばユーリの両親、片方はフランケンシュタインだろうけど、もう片方は何の種族なんだろうか。もしや初代にならって相手は代々人間とかだったりするのだろうか。


「あぁ、ロイド様!」
 お城の謁見の間――ではなく、ミラちゃんの私室にオレを案内したユーリはオレとミラちゃんを交互に見た後、謎のウィンクを決めて去っていった。
「どうぞお座りくださいな。」
 と言って自分が腰かけているベッドの横をポンポンと叩くミラちゃん……
「し、失礼しま――するよ。」
「はい、敬語を使いそうになりましたね。オシオキですよ。」
 そう言って隣に座ったオレの膝の上にごろんと転がるミラちゃん。ま、まぁ逆でないだけマシか……マシなのか?
「えっと……これ、ユーリの眼を入れてたマジックアイテム。ミラちゃんにはこれを返しに来たんだ。」
 ユーリにわたしてもらえばそれで済む話ではあるのだが、「これでミラに会っていかなかったらミラが泣いちゃうぞ」とユーリに言われて……いや、まぁ……話したい事もあったからこれでいいんだけど……
「確かに受け取りました。ところでロイド様、何やらエリルさんの匂いがすごくするのですが。」
「えぇっ!?」
「もしや昨晩、抱き合って寝たりしましたか?」
「えぇっ!?!?」
 ミラちゃんの、ローゼルさんのようなひんやりとした笑顔を真下から受け、オレは朝の事を思い出していた。


 朝、起きると目の前にエリルがいた。一瞬どういう事かわからなかったが、そういえば昨日あんな事があって、ここはエリルのベッドなのだからどっちかというとオレがエリルの前にいると言った方が正しいだろう。
 いや、というかそうじゃなくて……あああああああ! き、昨日のオレはちょっと色々とやりすぎたのでは!?

「起きたのね……」

 心臓が止まるかと思った。寝ているかと思っていたエリルは実は既に起きていて、たぶんオレにだだ、抱きつかれてるから動けなくて、オレが起きるのを待ってたのだ……!
「おお、おはようエリル……」
 しかし……ああ、こんな至近距離で寝起き一番にエリルの顔とはなんだか……なんだか……
「……いつもみたいにびゃああとか言って離れないのね……」
 そう……エリルの言う通り、頭の中は割と白いのにオレはエリルをホールドしたまま。確かにいつもなら離れるだろうけど……なんだか不思議なこの感じ。妙にほっとするというか……
「い、嫌なら離れるけど……」
「……嫌なわけない――じゃない……」
 ひゃあ、なんだこのエリルは……
「……あたし今、全然動けないのよ。」
「え、あ、ご、ごめん力入れ過ぎてたか……」
「そうじゃないわ。」
「?」
「……あんた昨日、あたしに何したか覚えてるわよね……」
「えぇ!?!? ま、まさかオレ昨日あの後エリルを襲ったりした!? お、覚えてないんだけど――」
「違うわよ! あ、あんたその……や、やらしいことずっと言い続けたでしょ!」
「!! あ、あれは……その、ついと言いますか……」
「一晩中死ぬほど恥ずかしい思いさせられて……その上あんたの方が先に寝ちゃうし……あ、あたしあの後ずっと――と、とにかくあれのせいで力入んないのよ!」
「そんなに大ダメージだったのか! ご、ごめん……」
「……でもあたし……あれ――っていうか昨日のあんたので決めたわ……」
「? な、なにを……?」
「あたしも……その、もうちょっと……」
 そう言いながら、エリルはオレの背中に手をまわした。
「!? エリルさん!?」
「こ、こうするように……するわ……」
「えぇ!?!?」
「な、なによ嫌なの。」
「嫌――なわけはないです……」
「……そ。」
 なんてことだ……自分がまいた種なのだろうけど……オレは何かこう……一線……的な何かを超えてしまったのかもしれない……と、というかエ、エリルにこんな風になられると相当まずいのだが!!


「ええ、ロイド様は素敵な方ですからね。そういう事もあるでしょうけど、正直嫉妬しますね。ワタクシにもそういう事をして欲しいですし、そもそもロイド様にはもっと会いに来て欲しいです。」
「う、うん……」
「毎晩来て欲しいです。」
「うん――うん? ま、毎晩!?」
「そうして毎夜、ワタクシの初めてを一つずつロイド様にもらっていただくのです。」
「ハジメテ!?」
「ええ、ありとあらゆる初めてを。少しずつ、ゆっくりと。」
「アリトアラユル!?」
「ロイド様、何やらオウムのようになっていますよ?」
 昨日のラ、ラッキースケベのせいでそういう――あれ的な言葉を聞くと具体的な想像が頭の中に――だあああ……
「そそ、そういえばレギオンの人に会ったよ!!」
「陸のレギオンのライアさんですね。報告を受けています。恋愛マスターが姿を現したという事も。」
「昨日の今日で……す、すごいんだね。あ、でも一応言っておくけど……恋愛マスターはそんなに悪い人じゃ――」
「本人の性格はどうでも良いのです。犯した罪に罰を下さなければ気が済まないという話です。」
「そ、そう……」
「ロイド様が未来の夫としてどうしてもと言うのであれば追うのは止めますが?」
「えぇっ!?」
「というかロイド様、ライアさんとお茶をしたようですね?」
「ちょ、ちょっと違うかな。ゴーゴンさんがやっていた喫茶店にオレが入って、アップルパイとアップルティーをいただいたというか注文したというか……」
「そうですか。」
「う、うん……」
 な、なんだろう、下から来るミラちゃんのジトーッとした視線が止まらないぞ……
「ゴ、ゴーゴンさんと言えば! ま、まさか騎士の学校にスピエルドルフの人がいるなんて驚いたよ!」
 話題をそらす為に口から出てきた言葉だったが、実のところ気になっていたので続けて尋ねる。
「……前にヨルムさんが言ってたよ。生物的には魔人族の方が上でも、フィリウスみたいに時として魔人族を上回る存在もいるから人間とは平和な関係でいたいって。やっぱりスピエルドルフとしてはフィリウスみたいな強い人……というか強くなりそうな人をあらかじめ知っておきたいから騎士の学校を?」
 トップシークレットであろう事を女王様に直に聞くというのは我ながらなかなか恐れ知らずのような気もするが……オレがそう聞くと、ミラちゃんは普通に答えてくれた。
「確かにフィリウスさんのような強者の情報を持っておく事は大切です。ヨルムの言う通り、時に侮れないのが人間ですからね。ただ、プロキオン騎士学校にこちらの者がいる理由はそれではありません。それだけならセイリオスを選びますしね。」
「プロキオンに何かあるの?」
「あそこは特異な能力を持つ者が集まる学校ですから。」
 ミラちゃんを覗き込むオレの顔に手を伸ばして……な、何故かほっぺを引っ張ったりしながらミラちゃんは説明を続けた。
「強いだけの人間はさほど脅威ではありません。ワタクシたちが警戒しなければならないような強さを持った人間はほんの一握りですからね。極端な話、スピエルドルフの総力をもってすれば問題ありません。」
「そ、そうだね……」
「ですが特異な能力を持つ者は話が別です。ロイド様が最後に試合を行ったマーガレットさんが良い例でしょう。長年の鍛錬や経験はなく、そもそもまだ騎士ですらない彼女に勝てないレギオンメンバーはたくさんいます。」
「あれはちょっとすごい能力だからね……基本的に何も効かないし……」
「そういった特異な能力を持つ者は、場合によってはスピエルドルフの総力で挑んでも勝てない可能性があります。故に知っておきたいのです。そういう能力者の存在を。」
「なるほど……そういえばそういう特別な力って人間にしか発現しないのかな……魔人族にもそういう人っているの?」
「いますよ。そもそもワタクシたち吸血鬼の魔眼ユリオプスもその一つですから。ただ、こういう特別な力とは即ち突然変異と呼ばれる現象ですからね。元々魔法が使える身体ではないのに魔法を使い、その負荷を受けている人間の方が起きやすい事は確かです。」
「へぇ。」
「まぁ、どのような異能であろうと強者であろうと、ロイド様から最上の愛をいただけたなら、その時のワタクシに勝てる者は存在しないと断言できますが。」
「サイジョー!?」
「エリルさんにしたことの更に先ですね。」
「サキ!?」
「ロイド様、オウムがマイブームですか?」
 自身への愛を抱く者の血を飲むことで強くなる吸血鬼。オレの事をす、好き――なミラちゃんの血を、しかも正真正銘本物の吸血鬼の血を飲んだオレはとんでもない力を引き出した。たかだか数パーセント程度しか吸血鬼性を持っていないオレでもあのレベルなのだから……か、仮にオレがミラちゃんを――い、いや別に嫌ってるわけじゃないしすす、好き――なんでしょうけどというか好きですけど! そ、それが最高潮になったとして、そんなオレの血をミラちゃんが飲んだならそりゃあ……
「今、ワタクシの事好きだなぁとお思いになられましたね?」
「えぇ!?」
「そんな顔をしていました。」
 みんなにもたまに心を読まれるけど、まさかそんなに顔に出るのかオレは!?
「その――そ、そういえばオレ! 今吸血鬼性が落ちてるみたいなんだけど!」
「そうですね、だいぶ。その影響で恋愛マスターの力が過剰に働いて色々と起きているようですね。」
「そんなことまでわかるの……?」
「ロイド様の事でしたら大抵の事は。愛ゆえにと言いたいところですが、理由はこの右眼ですね。」
 ミラちゃんの右眼。どういう経緯かまだ思い出せていないけど、それはオレの右眼だったモノで、ミラちゃん本来の右眼はオレの右眼となっている。
「! まま、まさかオレが見たモノが遠くからでも見えるとか!?」
「そこまでは。ただぼんやりとではありますがロイド様の考えている事や感じている事がわかるのです。」
「えぇ……」
「そうして得た情報と目の前のロイド様から漂う他の女性の匂いなどを照らし合わせますと、例えば昨日はエリルさん以外とも色々となさったようですねという事がわかってくるのです。」
「えぇっ!?」
「偶然のような必然を巻き起こす運命の力によってあんなことやこんなことを……そういえばワタクシ相手には一度もしてくれませんね?」
「!! そ、そういえばそれに関してだけど! オ、オレの吸血鬼性って、どれくらい戻ってるのかな!」
「全然ですね。」
「えぇ!?」
「回数をこなせばいずれは半日で元に戻るようになると思いますが、あれほど引き出したのは今回が初めてでしょうから……一週間はかかるかと。」
「一週間!? ま、まだ一週間もラ、ラッキースケベ状態が!?」
 と叫んでふと気づく。
「そ、そういえばミラちゃんとは……アレな感じの事が起きないな……」
「あらロイド様。どうしてワタクシとの間にもそういう事が起きると思うのですか?」
「えぇ!? だ、だってその……ミ、ミラちゃんは……」
「ええ、ワタクシは?」
「ミラ――ちゃんは……オ、オレの事がすすす、スキで……そ、その……」
 だあああ! 自分で言うのの恥ずかしいこと!
「違いますよロイド様。ワタクシはロイド様を愛しているのです。」
「ふぁ、ふぁい!」
「ですが残念ながら、恋愛マスターとやらが行使した運命の力の対象は人間に限定されていますからね。ワタクシには効果が及ばないのです。」
「な、なるほど……」
「ロイド様がお望みとあれば、偶然を装ってしたりされたりするようにはできますが――どうしますか?」
「あびゃっ!?」
 起き上がりながらすすーっと身体を密着させるミラちゃん。本人のスタイルもさることながら、み、みんなが言うところの魅惑の唇の本家本元を持つミラちゃんからは凄まじいばかりの魅力が……
「ロイド様ったら真っ赤ですね。ちなみに今のワタクシは吸血鬼としての魅了する力は使っておりませんから、ロイド様がワタクシに凄まじいばかりの魅力を感じているとすると、それはロイド様の中にあるワタクシへの好意が吸血鬼の特性に反応したが故ですよ?」
「――!!」
 ミラちゃんの部屋でミラちゃんと二人きり。ラッキースケベが発動しなくても充分まずい状況。
 少し前なら鼻血で気絶だったはずなのだが、デルフさんのアドバイスで頑張るようになったからか、それともオレがスケベになったのか。ミラちゃんの女の子的な箇所に目が泳ぎ、無意識に両手が動いてミラちゃんを抱きしめようと――い、いかん! いかんぞオレ! そもそもこうやって流されるんじゃいざって時に結局ダメじゃないか! 集中だ、集中するんだオレ――

「ロイド来てんだって!?」

 鋼の精神を組み直している途中で部屋の扉が開き――というか吹っ飛び、ストカが入って――というか飛びかかって来た。
「! ま、待ちなさ――」
 ミラちゃんが反応する前にストカに飛びつかれ、オレたちはピッタリくっついたままベッドの上に倒れこんんんっ!?!?
「……おいロイド……」
 ミラちゃんの背中に伸びていた両手が……その途中で突撃されたからなのか……オ、オレの両手は――
「い、いきなり胸をつかむなよ……」
 ストカの、ローゼルさんといい勝負をしそうな立派なモ、モノに沈んでえええええ!!
「わわわ悪いっ!!」
 尋常じゃない感触から手を離す。ストカが前と同じの、胸元が大きく開いた色っぽいドレス的な服を着ていたこともあって……なな、なんか……半分くらいちょちょ、直接触ってしまっていたような気が……
「別にいいけどよ……ドキドキすんだろ……」
 ス、ストカが照れてる――のか、なんかモジモジしてる……オレの中だとまだ男だと思っていた部分があるからアレだけど……な、なんか可愛い……
 と、というかホントにラッキースケベ発動してないんだろうな!
「まったくあなたは! その凶器をロイド様に押しつけないようにと言ったはずですよ! そしてロイド様も! ワタクシがこうして密着しているというのにそちらに手を伸ばすなど!」
「い、いや、どど、どっちかというとミラちゃんに伸びた手だったんだけど途中でストカが――」
「まぁ! ストカ、あなたのせいで照れ屋のロイド様の貴重な抱擁が台無しです!」
「なんだよー、俺にもくっつかせろよー。」
「ぎゃああああ!?」
 ミラちゃんがくっついている方と逆の場所にストカが!?!? 殺人的なボディと色っぽい格好のせいで恐るべき破壊力――つーか!
「ななな、なんでストカはそんな服着てんだよ!」
「ん? スカートじゃねーと尻尾が面倒だろ?」
「穴あきのズボンあるし、それでもそのドレスみたいのにはなんねーだろ!」
「どっかのバカみてーに、俺の事を男だとか言う奴が多いからな。きっちりアピールしてんだ。」
「ああ、なるほど――いや、も、もう充分にわかったからそろそろ――」
「前はよくこうやって寝たなー。大抵寝てる間に俺が尻尾でユーリをバラバラにして、ミラがロイドにくっついててよー。俺もくっついてみたかったんだなー、これが。」
「どわっ!? お、おいストカ、尻尾を巻き付けたら余計に色々と――」
「あぁ……ロイド様の首が……近い……」
「ひゃあ!? ミ、ミラちゃん、首をなな、舐めなふぁあ!?」
「ロイド様、ワタクシは吸血鬼ですよ……? 最愛の人の首筋が……血管が……こんな間近にあってはもう……ロイド様にもわかりやすく例えるなら、自分のベッドの上で裸の女性が手招きしているようなモノです……ああぁ……もう我慢の限界です……失礼しますね。」
「はぅあああああぁぁ!」


 前回吸われた時は寝ている間だったから吸われる感覚を体験したのは……ああいや、忘れてしまっている一年間に経験はあったのだろうけど、今のオレには初めてで……やばかった。
 吸血鬼の特性に、血を吸っている間に相手に快楽を与える――的な能力がある。その力は吸血鬼の唇に宿っており、それ故にオレに対して好意をい、抱く……人がオオ、オレにキスをしたくなるという……みんなの言う魅惑の唇という現象が起きてしまっている。
 これは困った力だと思っていたわけだが……ミラちゃんのそれを体験し、本来の欠片も効力を発揮していないという事がわかった。
 全身から力が抜け、温かい布団の中に入ったみたいな心地よさに包まれた後に押し寄せるかつてないほどの快楽。思考能力が半分以下になり、永遠にこのままでいいとさえ思えてくる……あれはやばい。
 おかげでまだ頭がふわふわしており、セイリオスに戻るために指輪を使ったら寮の外の茂みの中に出てしまった。
 んまぁ、今のオレだと部屋に戻った瞬間着替え中のエリルと鉢合わせという事もあり得る。これはこれで良かったかもしれない。
「しかし一週間か……一番のネックはローゼルさんとのデ、デートだな……どうしよう……」
 何かこう……そうなりそうになったらそれを防ぐみたいな、そんな便利な魔法はないものか――と、うーんとうなりながら部屋のドアを開いて中に入ったのだが……そこにいるはずのエリルはいなくて、代わりにローゼルさんとティアナがいた。
 いや、そもそも部屋の雰囲気が違うような……んん? むしろここはローゼルさんとティアナの部屋ではなかろうか。
 というかそんなことよりも――

「な……」
「ロ、ロイド……くん……」

 時間は放課後で、部屋に戻ってからも制服のままという生徒は珍しくて……二人とも部屋着に着替えている途中で……

 要するに、二人は下着姿だった。

 ローゼルさんの白い肌は濃い青色の髪にとても映え、女神に例えられる完璧なプロポーションを覆うのは、今や上下の水色の下着だけ。
 ティアナは、普段なんとなく縮こまっているのと、普段着がワンサイズ上のだぼだぼの服を着ている事からわかりにくいのだが、実はかなりのナイスバディ。それも今や、キラキラの金髪に合わせているのか、黄色でそろえた上下の下着を身に着けるのみ。
 ――いやいや! 何をガン見しているのだオレ!
「す、すみませんでしたっ!!」
 キレのあるターンで二人に背を向け、ドアへ向かって一歩踏み出した瞬間、突如目の前に透明な壁――氷の壁が出現した。
「あびゃっ!」
 壁に正面衝突し、反動で後ろにズデンと倒れる。鼻と後頭部にじんわりと広がる痛みに目を開けると――
「なな、なるほど、ラッキースケベはこういう形でも発動するのだな。」
 ひっくり返った視界に映るのは天井。そしてどこも隠そうとはせずに、下着姿のままで腕組み仁王立ちのローゼルさんの――頑張って余裕のある笑みを浮かべようとはしているけど真っ赤な顔で震えている姿……!!
そして――
「だ、大丈夫……?」
 同じく下着姿のままでしゃがみ込み、オレの顔を覗くティアナ……!!
 色々――イロイロ見えてイロイロ近くて――!!!
「ふ、二人とも色々見えてますから! かか隠すとか服を着るとか!」
 大慌てで起き上がり、顔を叩く勢いで目を覆って再度二人に背を向ける。
「うん……で、でも……は、恥ずかしいけど……ロ、ロイドくんだし、いいかなぁって……」
「もっと恥ずかしがってください!」
「ほ、ほうほう。ロイドくんは女子の恥ずかしがる姿にそそられると。」
「そそ、そんなことは――とと、とにかく服を!」
「ふむ……しかしなぁロイドくん……」
「ぎゃあっ!?!?」
 背中に走るふにょんという感触。覆っていた手が思わず顔から離れ、正面の氷の壁に映るオレはしし、下着姿のローゼルさんに後ろから抱きつかれてぇぇぇっ!!
「好きな……大好きな男の子が、一時的とは言え他の女の子を恋人としている彼が、なんの偶然かひょっこりと自分の部屋にやってきたのだ……これは絶好のチャンスだろう……?」
「ちょちょちょ、ロージェルシャン!?!?」
「さすがのムッツリエリルくんでもこ、ここまでは……やっていまい。」
「ひゃああっ!」
 更に強まるホールドと広がる魅惑の感触。抱きつかれることはそこそこあるけど――しし、下着姿なんてのは初めてというかぎゃああああ!
「だ、ダメですダメですローゼルさん! ここ、これはまま、まずいですから!!」
「なんだ今更……直接つかんだ事も、顔をうずめた事も、揉みしだいた事もあるくせに。」
「そそ、それは――!!」
 あ――ま、まずい……さっきのミラちゃんの時と同様に鼻血よりも手が出そうで……理性がとぶ方向に……こ、このままでは……
「ロ、ロゼちゃんだけずるい……じゃ、じゃああ、あたしは――」
「びゃあああ!? ティティティティアナさん!?!?」
 みんなの中では一番大人しく、一番女の子女の子しているけれどここぞという時にすごいガッツを見せるティアナは下着姿でオレの前から抱きついてええええええ!?!?
「な!? こ、こらティアナ、前からは反則だぞ!」
「だ、だってこ、こっちしかあいてないんだもん……」
 上目遣いでこちらを見上げるティアナの金色の瞳と、その下に控える魅惑の谷間――いや、というか何だこの状況はっ!! しし、下着姿の女の子に前後から抱きつかれるとか一体何がどうなったらこんなことにゃああああ!
「! っと、ロイドくん――わ!」
 頭の中をぐるぐるにする状況から抜け出さんと試みたのだが、何かにつまづいて二人と一緒にボフンと倒れ――ボ、ボフン!? と、という事はここは――
「……もしやロイドくん、わたしのベッドで――わ、わたしたち二人を同時に……そ、その、手籠めにする気なのか……?」
「ロ、ロイドくん……す、すごくエッチ……」
 前後から左右に移った感触――二人はオレの首や腰に手をまわしながらくっついてぇぇぇ!
「さて、わたしたちは着替え中だったわけだが……わたしはロイドくんがどうしてもと言うのなら、風邪をひかない程度でもうしばらくこのままでも良いのだが?」
「あ、あたしも……い、いい……よ……?」
「今すぐ着替えの続きを!」
「ほう、生着替えを眺めていたいと。」
「しょ、しょうではなくて――」
「じゃ、じゃあロ、ロイドくん……ゲ、ゲームしよう……」
「ほへ!?」
「む、ティアナはこういう時大胆だからな……わたしも参加しよう。で、何をするのだ?」
「え、えっと……こ、このまま……そ、そうだね……十分くらい……ロ、ロイドくんが我慢できたら……あ、あたし――と、ロゼちゃんは服を着るよ……」
「なんですかそのゲーム!? いきなりなんてことを――と、というか我慢できたらってティアナ!? そ、それ我慢できなかったらつまりそのオレがふふ、二人を――」
「ほう……まぁ、前々から鈍感に加えて根性もないロイドくんだからなぁ。きっと我慢できるさ。」
「えぇっ!? あ、いや、というかこの勝負って単に十分このままでいたいだけらあああああ!?!?」
 するりとオレの脚に自分の脚をからませてきたのは――ティ、ティアナ!!
「ス、スタートだよ……」
「ティアニャアアアア!?」
 勝負の開始が耳元で囁かれたかと思ったら、その耳をハムッとティアナがくわえええええ!
「んな!? ま、まったくこういう時ばっかりそうやって押せ押せなのだからな……わ、わたしだって……」
「あびゃああああ!」
 ペロリと首をなめるローゼルさん!!
「な、なんか二人とも変なスイッチが入ってましぇんか!?!? こ、これはやりすぎではないでしょばああああ!」

 交流祭の時にデルフさんがしてくれたアドバイスだが……こういう感じに油断させて命を狙ったり、機密情報を聞き出したりする悪党がいるかもと思うと……確かにこれは強力な攻撃で、何かしらの対策やら慣れが必要になるだろう。
 騎士への道のりは険しい……けわしい……あああああああああ!
 とと、とにかく今は我慢だ! 無心になるのだ! 別の事を考えばあああ!
 あぁぁぁぁあああああぁぁ……


 十分後、しぶしぶではあったけど約束通り二人は服を着てくれた。
「むぅ……あの状況で何もしないというのは根性とは別の問題のような気もするな。もしやわたしには魅力がないのだろうか。」
「魅力たっぷりですよ!!」
「あ、あたしは……?」
「どうにかなるくらいに魅力的ですよ!!!」
 いつもの部屋着になった二人に半分やけくそで叫んだが――ああ、服を着ててもさっきの光景が強烈過ぎて……まるで服が透けて見えるように……ああああ……
「ロイドくん、思い出しているな?」
「ロ、ロイドくんのえっち……」
「しょ、しょうがないのです!!」
「まぁしかし我ながら――いや、半分はティアナのせいだが……う、うむ、今思うと恥ずかしい事をしたというか……変な勢いがあったな……」
「あ、あたしも今思うと……ちょ、ちょっとびっくりだよ……ロ、ロイドくんのラ、ラッキースケベって……こ、こういう事も起こしちゃう、のかな……」
「わたしたちを積極的にさせると? いやらしい能力だな、ロイドくん。部屋の鍵まで開けてしまうのだから。」
「あ、そ、そういえばそれですよそれ! オ、オレは自分の部屋に入ったはずなのにこっちに来ちゃったんですよ!」
「なに?」
「ロ、ロイドくんはノックしないで……い、いきなり入って、こない……もんね……変だと、思ったよ……」
 ありがたい信頼のおかげで信じてもらえ、オレたちはドアの前に移動する。
「鍵の事を考えると、ロイドくんは自分の部屋のドアの鍵を開けたのだがドアより先が……何故だかわたしたちの部屋になっていたという事になるな。」
「で、でもさっき……あ、あたしたちが帰ってきた時、は、普通に入れたよ……」
「ふぅむ。この学院は学院長の力で空間を歪ませたりしているし、リリーくんも位置魔法で色々やっているようだからな……もしやラッキースケベの力でその辺が都合良い感じに狂ったのか?」
「ど、どっちかって言うと都合は悪いんですが……」
「……わたしたちの下着姿を見た事は悪い事なのか……?」
「い、いえ…………いい事でした……」
「そうかそうか。よし、とりあえずこっちから開けてみよう。」
 ローゼルさんがドアを開けると、その先はいつもの廊下だった。
「ふむ、変わりはないようだな。」
「いつも通り、だね……」
「で、でもさっきは――」
 と、二人が廊下に出たのでオレも出ようとしたのだが、廊下に一歩足を踏み入れた瞬間、目の前の光景が一変した。
「えぇ!? ど、どこだここは……部屋……?」
 生活感のある部屋だけど寮の部屋とは間取りが違って……いや待てよ?
「なんかモノが増えてるけど……ここリリーちゃんの部屋じゃ――」
 と、そこまで言ったところで部屋の中にあるもう一つのドア――お風呂場のドアがガチャリと開いた。

「――ロ、ロイくん!?」

 いつもの制服でも部屋着でも商売服でもない……そして下着姿でもないというか、いや、半分は下着というか……
 ほかほかと湯気をまとって出て来たリリーちゃんは頭からタオルをかぶっていて、その端っこがかろうじて胸の辺りを隠し、下は白い下着だけ――ってまたこんな感じか!!
「だわわ、ごめんリリーちゃん!」
「……ふぅーん……」
 さっきと同じようにターンするオレの背後、少しいたずらっぽいリリーちゃんの声がする。
「言ってなかったけど、ボクの部屋ってロイくんは自由に入れるんだよね。ロイくんがいつ夜這いに来てもいいように。」
「ヨバッ!?」
「まさかお風呂上りを狙って来るなんて――ロイくんてばエッチなんだからー。」
「そ、そういうわけでは! ちゃんとワケがあるばあああ!?」
 直後、体温にプラス何度かした温かさに正面から包まれええええ!!
「わあああ!? なな、何してるのリリーちゃん!!」
「ボクを襲いに来たんでしょ?」
 背後にいたはずが、一瞬で目の前に移動したお風呂上りリリーちゃんに抱きつかれ――いやいや、リリーちゃん裸!
「確かにねー。チューして、裸を見られて、胸も揉まれて……でもって昨日は――ねぇ? ロイくんてば何気に段階踏んじゃって……うん、そろそろかなぁって思ってたよ。」
 むぎゅっとさらに密着してぇぇええ! リリーちゃん裸!
「ちょちょちょ、違うんですよリリーちゃん! 今ちょっと不思議な事が起きていてですね! 思いもよらずここに来ちゃったと言いますか!」
「そうなの? でもまぁそれでもいいや、えい。」
「あだっ!」
 今度はベッドではなくて普通に床だったけど、半分裸のリリーちゃんに乗っかられたこの状況はベッドじゃなくたってやばいというかリリーちゃん裸!
「昨日あんなことされちゃったから……ボク、まだドキドキしてるんだ。うふふ、今昨日と同じようにパンツ脱がされちゃったら、ボクは裸になっちゃうね。やってみたい?」
「ひゃばば、リリーひゃんダメですってば! と、というか脱がしては――ちょ、ちょっとズラしちゃっただけで――」
「あんまり変わんないと思うよ? それにその前には思いっきり上に引っ張って――んもぅ、ロイくんてばエッチなんだからぁん。」
「ぎゃあああ!?」
 ペロリと首の辺りを舐められ――な、なんだ今日はそういう日なのか!?!?
「何にしても、位置魔法の使い手のボクの部屋にボクの大好きな人が一人で入って来たんだから……逃げられないからね?」
「うぇええぇっ! い、いやいや! た、例えそうでも――まま、まず服を――風邪ひいちゃうよ!」
「ロイくんがあっためて?」
「ひゃああああ!?」
 まずいまずいまずい! ミラちゃん、ローゼルさん、ティアナと我慢してきた何かが……いよいよと……ああああ……

「な、何をしているのだリリーくん!!」

 理性がとぶ寸前、ドアが開いてローゼルさんとティアナが入ってきた。
「わ、わわ、ロ、ロイドくんと……は、裸のリリーちゃんが……」
「んもぅ、いいところなのにー。空気読めないんだから。」
 ムスッとした顔で身体を起こすリリーちゃん。よ、よかった、これで密着状態からってわあああまだだった! リリーちゃん裸!
「てゆーかどうやって入ったの? ボクとロイくんしかそこは通れないようにしてるんだけど。」
「何気にロイドくんを入れているところがリリーくんだな……どうもなにも、寮長に鍵を借りただけだ。」
 タオルでギリギリ隠れているだけのリリーちゃんから視線を移してドアの方を見ると、古めかしい、いかにも「鍵」という感じの鍵を持った仁王立ちのローゼルさんが……あれ? 鍵?
「リ、リリーちゃんの部屋のドアって魔法でできてるんじゃ……鍵なんて使えるの?」
「普通の鍵ではないのだ。たとえ凍りづけになっていようと溶接されていようと、はたまた位置や空間がずれていようと、この寮の中にあるドアであれば開くことができる。この鍵にはそういう魔法がかかっているのだ。」
「す、すごいんだな、寮長さん……」
「ついでに言うと、そこのエロ商人が瞬間移動でロイドくんの寝込みを襲わない――襲えないのも寮長のおかげだ。」
「寝込み!?」
「部屋の主が眠っている間や留守の間に他の者が侵入できないようになっているのだ。物理的にも魔法的にも。」
「へぇ……」
「まぁ、学院丸ごと時間を止められたり、相手が魔人族だったりするとその魔法も効果が無いようだが――というかいつまでそうしているのだっ!」
「は! そ、そうだよリリーちゃん! 服を着てください!」
「ぶー、これからって時にぃー。」
 柔らかい圧力から解放され、リリーちゃんの方を見ないように立ち上がった瞬間――

「あ。」

 どこかで恋愛マスターが「今じゃ!」とか叫んでいるのではなかろうか。運命とやらはタイミングを逃さないらしく、オレはふらりとバランスを崩してお家芸のようにリリーちゃんを押し倒し――

「ひゃんっ!」

 そしてリリーちゃんの可愛い声が部屋に響いた。ここまで来たら自分の手がどこに行ってしまったかなんて、いい加減予想がつくし実際その通りだったのが……運命はそれをさらに上の段階へと進めてきた。
「やぁ……ぅん……ロイ、くん……」
 何とかそれを隠していたタオルは倒れた勢いでどこかへ行ってしまい、目の前にリリーちゃんのそれがあらわになるはずが、そうはなっていない。
 何故ならリリーちゃんのそれを……むむ、胸をオレの両手が覆っているからだ。充分に大きいと表現できるそれに沈み込む指が視覚的にもその柔らかさを――いやいやいや!
「ごご、ごめんリリーちゃ――だ、ちょ、待った!」
「ひゃぁん!」
 手を離そうと少し浮かせたところで、オレはハッとして手を戻した。それは傍から見ればリリーちゃんのなな、生胸を力強く揉んだかのように見えたかもしれないし、たぶんそうなってしまったからリリーちゃんがやばい声をあげたわけだが……ち、違うのだ! だ、だってこのまま手を離したら――みみ、見えてしまうじゃないか!
「そ、そんなに力強く……ロイくん、てば――ふぁぁ……」
「い、いきなり何をしているのだ!」
「ででで、でも離したら見えて――」
「目をつぶれば良いだろう!」
「あ! そ、そうでした!」
 全力で目を閉じ、全力でバンザイしたオレはシュバッと立ち上がった。その間に――
「まったくうらやま――破廉恥な! とっとと服を着るのだ!!」
「て、手伝うよ、ロゼちゃん……」
「やぁんロイくんてばここでおあずけなんて……あぁ、待って、せめて余韻にひたらせ――わ! ちょっとティアナちゃん、その蛇みたいなのでぐるぐる巻きにしないで――わああああ!」


 ドタバタする事数分、リリーちゃんは部屋着になった……の、だが……
「んふふふ……昨日はお尻で今日は胸……ロイくんてばやっぱり段階踏んでボクを……えへへへ……ロイくんてばもぅ、ロイくんてばぁん。」
 色っぽい瞳と笑みでニンマリとオレを見つめるリリーちゃん……
「ねぇねぇどうだった? ボクの胸は。」
「ドウトハッ!?」
「柔らかかった?」
「……ヤワラカカッタデス……」
「また触りたい?」
「マタ!?!?」
「また、触りたい?」
「……ソ、ソウデスネ……」
「いつでもいいからね?」
「ハヒッ!?」
「ていうかもうこんなにされちゃったら……ねぇ、ロイくん、責任取ってくれるでしょう?」
「ホエッ!?」
「だからー……ボクをロイくんのお嫁さんに……うぇへへへへへ。」
「オヨメサン!?」
「リリーくんがかつてないほどに溶けているが……ふ、ふん、そんな事を言ったらわたしだってじ、直に触られた事はあるしついさっきだって色々と……」
「……あ、あたしは……まだ直接触られたことない、よ……?」
「あの、その、えと、そんな風に首をかしげられてもですね……」
「まぁ、ロイドくんのさっきのスケベ行動はあとでたっぷりしてもらうとして――」
「あとで!? たっぷり!? ななな、何をでしょうか!?」
「まずはドアの件だ。本来出るべき場所に出ないドアは困りものだぞ。リリーくんの仕業ではないのか?」
「ドア?」
 トロトロしていたリリーちゃんがしゃっきりした顔になってドアを調べ始めた。
「あれ、ホントだ。位置が不安定になってる。これじゃあどこに出るか……いや、そうでもないか。これたぶん、ボクが入った事のある部屋にランダムでつながるようになってるよ。」
「リリーくんの? なんでまた。」
「この部屋を起点とした歪みだからじゃないかな。ボクはこの部屋の住人だもん。」
「……納得できるようなできないような……まぁそういう事にしておくか。それでなぜ不安定になったのだ?」
「これはこの部屋と寮の壁をつないでる魔法の影響だね。学院長の。」
「ほう。つまり……何らかの理由で学院長の魔法が乱れ、その影響でリリーくんの部屋のドアの空間的な位置が不安定になり、そこにロイドくんのラッキースケベが重なって着替え中やらお風呂上りやらに突撃したと。」
「え、ローゼルちゃんたちは着替えをロイくんに見られたの? ボク、見られたことないよ、ロイくん。」
「それ以上に大変なのを見た気がしますが!」
「それはそれ、これはこれだよ。ボクはボクの初めてをぜーんぶロイくんにあげる予定なんだよ?」
「うぅ、さっきも聞いたような……」
「……誰に言われたの……?」
「えぇ!? あ、その……ミミ、ミラちゃんに……」
「ほう……こっそりとあの女王様に会いに行っていたのか。」
「いや! ほら! ユーリの眼を返しに行っただけですから!」
「ロ、ロイドくんはそうでも、た、たぶん……あっちはそうならないよね……」
「うぐ!」
「おお、核心をついたな、ティアナ。まぁそれもいつもの事として……よし、ならばとりあえず学院長に話しに行くとしよう。このままでは不便だ。」


「んあ、んなとこに影響が出てたのか。」
 ちょっと珍しいのだが、ローゼルさんとティアナとリリーちゃんとオレという組み合わせで学院長室に行くと、何故か中から先生が出てきた。事情を説明すると先生は「あちゃー」という顔で……学院長のふかふかの椅子にドカッと座った。いいのかな……
「まー確かに、トラピッチェの部屋らへんが一番複雑だからなぁ。」
「あの……校長先生に何かあったんですか……?」
「ん? あー違う違う。ただ出かけてるだけだ。」
「え、それだけで魔法が狂うんですか?」
「それだけってほど簡単な魔法じゃないんだぞ、学院長のあれは。ま、強力な魔法だから術者がいなくても発動し続けるが、術者がいないゆえにちょっとした不具合も出やすいってわけだ。なに、すぐに戻ってくる。毎年のイベントだ。」
「イベント?」
「交流祭の後、各校の校長の交流会があんのさ。」
「そうなんですか……困ったな。」
「困らねぇだろ。つながんのはお前らの部屋だけなんだろ? 勝手知ったる仲じゃねーか。」
「いや、あの、みんなは女子でオレは男子なのですが……」
「普通は問題だろうが、その「みんな」が許可してんなら別にいいだろ? あの筋肉ダルマみたいになれとは言わねーけど、少し青春したってバチはあたんねーぞ?」
「えぇ……」
「ほら帰った帰った。私は忙しいんだ。」
「……先生はここで何を?」
「何言ってんだ、校長室だぞ? 学生の時はもちろん、教師になったってじっくり見れねー部屋が今なら見放題なんだ。チャンスだろ?」
 ニヤリと笑った先生の授業の時よりもやる気に満ちた顔に見送られ、オレたちはとぼとぼと寮に向かう。
「ふぅむ、しかし困ったな。最悪窓を使って出入りはできるが、ロイドくんのラッキースケベが厄介だ。」
「すみません……」
「わたしにだけ発動するなら良いのだが……ちなみにロイドくん、カーミラくんのところに行ったという事は聞いてきたのだろう? どれくらいで元に戻るのだ。」
「うん……一週間はかかるって。」
「ほう! つまりラッキースケベのままでわたしとお泊りなのだな! そうかそうか!」
「ロゼちゃんずるい……で、でも今のままだと……お、お泊りの前に……色々起きそうだね……」
「ていうか起こすもんね! この調子だと明日にはボク――やぁん、ロイくんてば!」
「ソレハ――は、そ、そうだ!」
 寮――女子寮へ向かう途中にバッと振り返る。そこにはもう一つの寮、男子寮がある!
「カラードとアレクに頼んでしばらく間借りさせてもらうっていうのはどうだろう!」
「却下だ。」
「ダ、ダメだよ……」
「何言ってるのロイくん。」
「えぇ!? い、いやでも二人がいいよって言ってくれれば……」
「そうではなくてだな、ロイドくん。つまり、自分以外にも色々起こるかもしれないがチャンスはある状態と、誰にも起こる可能性がない状態の二択なら前者を選びたいのだ。」
「え、何の話ですか?」
「ラッキースケベの話だ。」
「えぇっ!?」
「ロイドくんは鈍感でへたれだから普段そういう事をしないからな。このレアな状況は存分に活かさねばならぬのだ。」
「ロ、ロイドくんと……きゅ、急接近……みたいな……えへへ……」
「実際、さっきももうちょっとだったしね。」
「そ、そんな事言って……真面目にや、やばかったんですよ、さっき……い、いい加減本当に……襲っちゃいますからね……」
 と、いつもの文句を呟くと三人はぴたりと足を止めた。
「え……あの、みなさん……?」
「う、うむ……その……ロイドくんはよくそう言うが、しかしロイドくんだからなぁと思っていた……のだが……」
「き、昨日のいろいろで……ロ、ロイドくんでもそ、そういう感じにそ、その気に、なったら……そうなるって……」
「ちゃんと襲うんだなぁってわかっちゃったからねー。今の言葉の重みっていうか真実味っていうのがねー。んもぅ、ロイくんてばやらしーんだからぁん!」
 あ、あれ? オレも男なのですよと警戒してもらうつもりで言っていた言葉がいつの間にか逆効果に……宣言みたいになってる……!?



 昨日の夜から朝にかけてのロイドの反撃で、あたしは……なんていうか、ロイドでもあんな風になるんなら、あ、あたしだってそれなりにしてもいいわよね……って、そんな感じに思った。
 なんだかんだ、だ、抱きしめられたりすると心地いいっていうかその……
「お姫様聞いてるー?」
「き、聞いてるわよ。」
 人によっては結構ハードだったはずの交流祭の翌日でも普通に授業をするのは、いつも万全の時に敵と戦えるとは限らないから――みたいな理由らしい。それでも多少は軽めだった授業の後、ロイドはユーリに目玉を返してくるって言ってスピエルドルフに出かけて行った。それも、なんだかあたしを避けるように。
 まぁ、今日はずっとそんな感じだったけど……たぶんあいつ、「なんてことをしてしまったんだー」とか思ってるんでしょうね。気にしなくて……いいのに。
 だってあたしは……その……う、嬉しかったし……
「それでねー、これを相談したいんだよー。」
 ……と、とにかくそうやってロイドが出かけた後にアンジュがひょっこりやってきて、あたしに相談があるとかで……今になる。
「こーゆーのをもらわないようにするにはどーすればいーのかなー?」
 そう言ってアンジュが見せてきたのは仰々しい入れ物に貼っつけられた写真。簡単に言えばお見合い写真ね。
あたしはフェルブランド王国王族、クォーツ家の大公の血筋の五人の子供の末っ子。貴族からしたらお買い得なポジションっていうのはムイレーフの一件で理解したし、未だにそういう申し出がくるってお姉ちゃんも言ってた。
「どうって、ほ、他の相手がいるって見せつけるのがいいってあんた言ってたじゃない……」
 そしてアンジュもそういう状況にある。アンジュは火の国って呼ばれてるヴァルカノって国で相当な権力を持ってるらしい貴族の子供。たぶんあたし以上にそんな話が流れ込んでくる立場。
「そーだけどさー。でもそこでロイドを紹介したって、平民なんかがーとか言われて元に戻っちゃうよーな気がするんだよねー。やっぱり貴族が良いですよーなんてねー。」
「……普通にロイドを紹介するつもりなのね、あんた。」
「とーぜんでしょー?」
 バチッとアンジュと視線がぶつかる。
「あたしにもお姫様のお姉ちゃんみたいな凄い人がいたら良かったんだけどねー。両親は好きな相手を選べばいいって言ってる分、その辺の面倒事も自分で何とかしなさいって感じなんだよねー。師匠は傍から見たらただの変態だしさー。どーしたらいーかなー。」
「凄いお姉ちゃんがいるあたしにわかるわけないじゃない……言っとくけど、あたしはそういう政治的なモノには関わったことないのよ。」
「そっかー。こうなったらロイドに貴族になってもらうしかないねー。」
「そんなこと……でもそういえばお姉ちゃんがなんか言ってたわね……」
「あー、ただの田舎者じゃないかもーって話ー? なんだろーねー。」



「悪党以下のチンピラ連中に集落が襲われるってのは当時そこそこあった事件だが、ここは群を抜いた「惨劇」だったと聞いてる。」
「僻地にも国王軍の騎士が駐在するようになってこういう事件は少なくなりましたから、実質ここが「史上最悪」でしょうね。」
 筋骨隆々とした男と小柄な女が立っているのはフェルブランド王国の端の端、山と森に囲まれた草原の中で不自然に地肌が見えている場所。近くに村などは無く、ただの自然の中としか言いようのないその場所で、二人はある事件について考えていた。
 かつて、この場所には村があった。百人いたかどうかという小さな集落で、これといった名産があったわけでもない、数ある「田舎の村」の一つ。しかしその村の住人は、ある晩に皆殺しにされた。惨劇から逃れた少女の話で国王軍が村に着いた時、そこは真っ赤な地獄だったという。
 少女は長く心を閉ざしたが、ある事をキッカケに魔法の修行を始め、今では国王軍にて史上最年少のセラームとなっている。村で死に別れたと思われていた少女の兄も十二騎士によって保護されており、唯一の生き残りとされる兄妹は再会を果たした。
 そんな村の跡地へとやってきた「生き残りの妹」と「少女の兄を保護した十二騎士」は、しかし懐かしむためにやって来たわけではない。
「犯人はわからず、これと言った狙われる理由もなかったゆえにチンピラの仕業としか処理のしようがなかったわけだが、ベルナークが絡んでたとあっちゃ話は別だ。」
「伝説の騎士団を代々率いた一族ベルナーク……その最後の代の片割れが騎士の世界から身を引いて農家に嫁入り。その家が自分たちの家系……サードニクスかもしれない――ですか。」
「ほぼ確定だろう。妹ちゃんはベルナークの剣を起動させたんだからな。」
「……正直、それよりは兄さんがご先祖様から聞いたという、代々受け継がれてきた何かの方が気になります。」
「実はベルナークだったなんて、普通の騎士なら喜び踊るところなんだがな。ま、とりあえずはそれを探すところからだろう。」
「…………村は跡形もないようですが。」
「まぁあらゆるモノが血まみれだったっていうからな。残しておけなかったんだろうよ。」
「ではどうやって探すつもりなのですか。」
「建物とかは無いが遺品ならある。この村と交流のあった村が供養の為に遺品をその村の教会におさめたって話でな。こっからはちょっと離れてるが、そこに行けば色々とあるだろう。」
「……ならなぜここに?」
「受け継がれてきたそれが棚の上に飾られてたのか家の下に埋めてあったのか、どういう扱いをされてたのかわからんからな。後者のようならまだこの場所にある可能性が高い。」
「なるほど。」
 そう言うと小柄な女はスタスタと歩いて地肌の見える場所の中心に移動し、そこに手にしていた杖を突きたてた。すると地面がうねり、それが波紋のように広がっていった。
「どうだ妹ちゃん。」
「……埋められたと言うよりは埋まってしまったと言うべきモノだらけです。おそらく村の撤去作業の際に。それ以外では特に何も。」
「んー、外れか。となると棚の上に飾ってたパターンか? 先祖代々のモノをその辺に置いてたとなると、下手すりゃチンピラが持ってっちまった可能性もあるな。」
「先祖……そういえば……」
 何かを思い出した小柄な女は周囲の森を見回した。
「子供の頃はなんだかすごい程度にしか思っていませんでしたが、今思うとあれは……」
「なんだ、どうした?」
 ハッとして森へ駆け出した小柄な女を追って男も森の中へ入る。看板も目印もないただの森を迷いなく突き進んだ小柄な女は、ふと足を止めた。
「ここです。」
「何がだ?」
 依然としてただの森。大きな岩や奇妙な形の木があるわけでもないその場所で立ち止まった小柄な女の後ろで男はわけがわからないという顔をしたが、すぐに表情を変えた。
「ほほー? 気にしなければ気づかないだろうが、何かがあると思って感覚を研ぎ澄ますとわかる。何らかの魔法がかかっているな?」
「ええ。確かマ――母はここに入る時……」
「呪文か?」
 何もない森の真ん中で、小柄な女は右手をあげて人差し指をピンと伸ばしてこう言った。

「我ら農耕の民。ジャガイモ姫に栄光あれ。」

 緊張した空気に混じる気の抜けた言葉に男がポカンとするのもつかの間、次の瞬間には二人の前にひらけた場所が出現していた。
「こりゃ驚いた。相当広いがなんなんだ?」
「あの村で生まれ、亡くなった者の――お墓です。」
 村の跡地を優に超える広大な草原に規則正しく並んでいるのは無数の墓石。まるでつい先ほど手入れされたかのような美しさを放ち、墓石ながらも日の光を浴びて輝く様は宝石のようだった。
「学院長クラスの大魔法だな。というかこんなのよく今まで忘れてたな、妹ちゃん。」
「兄さんの事で頭がいっぱい……いえ、自分はついさっきまで本当に……」
「ははぁ、村から離れると記憶が薄れる仕組みでもあるのかもしれんな。」
 一つ一つに名前が掘ってはあるものの、あまりの数に迷いそうになるその中を小柄な女はこれまた迷いなく歩き出した。
「先ほどの呪文とあの村出身の者、この二つがそろって初めて入る事の出来る場所だと母さんは言っていました。」
「ベルナークが絡むのは妹ちゃんらの家系だけだと思ってたが、村の墓がこんなんとなるといよいよただの村じゃねーし、チンピラの仕業じゃなくなってくるな。」
「そうですね……それにこれは……」
 小柄な女が歩きながら横目で見るのは墓石の所々に置いてある供え物。指輪やマグカップなど、故人の物だったであろうモノがほとんどなのだが、中には短剣や槍などもある。
「あの武器、相当な一品だぞ。武器以外の中にもマジックアイテムが混ざってるみたいだし、こりゃあこっちが当たりかもな。」
「自分たちの村は一体どういう……ああ、ここですね。」
「となるとこれか?」
 他の墓石と特に変わりないその場所にたどり着いた二人の目は供えてある物に向く。それは小さな赤い石がついた指輪だった。
「マジックアイテムと言いたくなるが少し違うな。妙な気配の指輪だが、見覚えあるか?」
「……そういえば、母は父からもらったモノの他にもう一つ指輪をはめていました。確かこれだったかと。」
 そう言いながら指輪を手にした小柄な女だったが……
「この指輪が例のモノだとすると妹ちゃんと大将の母親がベルナークの血筋って事に――ん? 妹ちゃん?」
 男が小柄な女の顔を覗き込むと、そこにはまるで幻術の類をかけられているかのような虚ろな目があった。
「!」
 何らかの緊急事態と考えた男は一瞬身構えたが、小柄な女の目にはすぐに光が戻った。
「妹ちゃん? 大丈夫か?」
「ええ……これを手にした瞬間、指輪に関する情報が頭の中に流れ込んできました……」
「便利だな。で?」
「この指輪は……兄さんが会ったというご先祖様、マトリアが自身の魂を代々受け継がせるために使用している魔法の補助をしているようです。これが無くとも魂は受け継がれますが、彼女が発揮できる力が半減するようですね。」
「半減した状態で俺様の剣を止めたってのか。ショックだぞ。」
「ついでに彼女の魂が子孫の内側から、指輪が外側から見守っているようなので……おそらくこの指輪を持っていたならザビクからの呪いを受ける前に彼女が外に出ていたのではないかと。」
「過保護な気もするが、まぁひっそりと続くベルナークの家系とあっちゃそれくらいはしたくなるか。しかしどうするんだ? マトリアの魂は今、妹ちゃんと大将の二人に分かれているんだろ? 指輪は他にないのか?」
「ありませんが問題ありません。」
 小柄な女が指輪を手の平に乗せて指ではじくと、手品のように指輪は二つになった。
「ぬかりはないってか。」
「ええ……ですがわからない事が一つ。そのような魔法で子孫が守られているというのなら、何故あの時……母は命を……」
「そりゃあ守られていなかっただろうからな。」
「……なんですって?」
「魂を受け継がせる魔法なんだ。妹ちゃんと大将の母親は二人を生んだ時点でその魔法の加護の外に出ちまってるんだよ。」
「!!」
「言っとくが自分たちが生まれなければとか思うなよ。お母さんが泣く。それよりも謎なのは、どうしてそれがここにあるかだ。」
 小柄な女の思考を先回りした男は、二つに増えた指輪の一つを手にして眺める。
「当然、二人の母親はこの指輪の意味を理解していたはずだ。だが指輪は二人の手にわたらずにここにあった。子供を守ってくれるモノをわざわざ遠ざけるような、何らかの理由があったって事だな。」
「……もしかして、そのあたりがあの晩につながるのでしょうか……」
「可能性はあるな。他にも何かないか調べるとしよう。」
 その後しばらく、魔法によって隠されていた墓場を隅々まで調べたが新たな発見は得られず、二人は村の跡地へと戻ってきた。
「さて、目当てのモノは見つかったがどうする? 一応村の遺品の方も見に行くか。」
「そうで――ゴリラ、あれを!」
 呼び方はともかく、小柄な女が一瞬で臨戦態勢になったのを見て、男は引き締まった顔を指差す方へ向けた。
 二人の視線の先には、いわゆるのろしが上がっていた。全世界共通の信号として、緊急事態の際には特殊な魔法がかけられた木を燃やしてのろしを上げる事となっており、騎士であればそれを見たら駆けつける事が義務となっている。
「例の遺品がおさめられてる村の方角だな。妹ちゃん、つかまれ。」
 小柄な女が差し出された手をとるや否や、二人は突風を残してその場から消えた。


 一般的な移動方法であれば最速でも小一時間はかかる距離をほんの数秒で移動した二人は、住民の悲鳴が響く村の真ん中に着地した。
「五人だな。雑魚が四人と面倒そうなのが一人。三人はそっち、二人はそっち。」
「三人は自分が。面倒なのを含む二人は任せます。」
「さらりと押しつけたな。」
「あなたの方が強いですから。」
 男が雑魚と表現した四人もただのチンピラというわけではない、それなりの武器と魔法を使う者だったわけなのだが、その短い会話から一分以内に三人が砂に埋まり、一人が上半身を地面に埋められた。
 そして――
「モノとしちゃあ突然すげー力を手に入れた駆け出し小悪党ってとこだがちょっと毛色が違うな。妙な気配だ。」
「騎士……じゃねぇな、そのボロい服。傭兵ってところか?」
「失礼な、俺様の一張羅だぞ。」
「そうかよ。」
 悪事を働かなければ悪党とは思われないだろう整った身なりの、二十代後半といったところの若者が右手を掲げる。すると常人の倍はある巨体の男を軽々と飲み込むであろう大きさの炎の玉が出現した。
「駆け出しとか言ってたが、ああ、確かにオレは駆け出しさ。だが確実にビックになる……次にS級犯罪者のリストに加わるのはこの――」
「マナの流れと発動した魔法に大きな差があるな。下手をすればイメロ以上の変換効率か。」
「そ、そうだ! 騎士連中なんざ、イメロの力で強く見せてるだけさ! 同等のモンがあれば負けるわけね――」
「で、なんなんだそれは?」
 まるで話を聞いていない男に対しての怒りで顔を歪ませる駆け出し小悪党。しかし、騎士の世界の頂点に立つ十二人の一人である男からすれば、小悪党が見せた力の方が問題なのだ。

 正義の味方である騎士と正道に反する悪党。その戦いの歴史は長く、遥か昔から続いている。しかしその歴史において悪党がはびこる時代はあっても、悪党が世界を手にしたことは一度もない。
 数の差や組織力の差など、様々な事や物がその理由として挙げられ、その中にイメロ――イメロロギオと呼ばれる特殊な石がある。
 魔法をもっと便利に使う為の研究から偶然生まれたそれは、その特性が判明するや否や政府が徹底的に管理した。その危険性を考慮しての事だったわけだが、おかげでこの技術が悪党の手にわたる事はなかった。その後も最重要機密として扱われ、現在は厳重な管理体制の下で各国の騎士に支給されている。
 稀に裏のルートから悪党の手にわたってしまう事はあるが、魔法による管理のおかげで悪用することはできなくなっている。仮にその魔法を解除しようと思ったら膨大な時間とマナ、そして世界で一、二を争うレベルの魔法使いを呼ぶしかない。
 この難易度の高さから悪党がイメロロギオを使う事はほぼないというのが現状であり、それゆえに騎士が悪党よりも優勢を保っている理由の一つであるとされているのである。

「誰がわざわざ言うか。そのボロ服ごと消し炭にな――」
「そうか。」
 小悪党の言葉を遮りながら、男は何もない空中でデコピンをする。すると小悪党が生み出した炎の玉が消し飛んだ。
「はぁっ!?!?」
「降参してしゃべるか、一発痛い目を見てからしゃべるか、五秒で決めろ。」
 背中の大剣に手を伸ばす男を前に、小悪党はハッとする。
「ちょちょ、ちょっと待て……デカい身体にボロ服に……そ、そのデカい剣……オレの炎を消したのが風なら――お、お前まさか十二騎士の――」
「時間切れだ。」
 豪快に空気を断ちながら振るわれる大剣。同時に爆発のような突風で空高くへ舞い上がる小悪党。一瞬とは言え竜巻のような風が起きたのだが村の建物には被害がなく、看板の一つも揺れていない。
数秒後、高速できりもみ回転しながら落下してきた小悪党は空気のクッションでバウンドしたのちに地面にビタンとへばりついた。
「どうやって口を割らせるつもりですか?」
 男が大剣をおさめたところで小柄な女がやってきた。
「漢は拳で語るものってな。少しの間、連中の後始末と村の事を頼んだ。」
 そう言うと、男は小悪党を引きずって近くの森の中に消えた。そして小柄な女が事後処理やけが人などの対応をすること十数分、男が小悪党を引きずって戻って来た。
「悪いな妹ちゃん。」
「いえ。それで何かわかりましたか。」
「まぁな。だがいい話じゃない。あの野郎、ツァラトゥストラなんて単語を出しやがった。」
「つら――なんです?」
「ツァラトゥストラ。妹ちゃんが知らないのも無理ないな。俺様だって生まれてない大昔の流行だ。」
「流行?」
「悪党のな。アフューカス絡みの面倒事だ。」
「! アフューカス……」
 騎士としてというよりは兄の為に表情を厳しくした小柄な女に、男はツァラトゥストラの説明を始めた。

今より百年以上前、騎士にとっては最悪の、悪党にとっては栄光の時代とされる期間が存在した。
何かしらの目的があったのか暇つぶしだったのかは本人にしかわからないが、当時以前から『世界の悪』としてS級犯罪者の悪名を轟かせいていた大悪党がとあるモノを世間にばらまいた。
 それは腕や脚、はては内臓や血液などの人体部品で、それを自身のモノと取り替えることで強大な力が得られるというモノ。マジックアイテムなどよりは手の出にくいモノではあったが、それを使うだけで素人が名だたる騎士と互角に戦えるレベルになれてしまう為、リスクを顧みない悪党連中の間で急速に広まった。
 とはいえ、一度身につけると他人に渡すことができず、その者が死ぬと同時に効力を失うという特徴からツァラトゥストラの所有者はある一定数以上に増える事はなく、騎士の長い時間をかけた尽力によって、この最悪の時代は終わりを告げた。

「ただ、中にはツァラトゥストラを持ったまま子供を作った奴もいて、その超人的な能力がガキに受け継がれているなんつー噂もある。」
「その……大昔の生体兵器――と言っていいのかあれですが、それが再び?」
「こいつらみたいな小物の間には血液が出回ったらしいが、そっちは正直どうでもいい。問題は大物の中で内臓や四肢を手にした奴がいるってことだ。」
「やっぱり血液よりはそういう……大きな部品の方が強いんですか?」
「記録によるとそうらしい。特に内臓系を手にしてた当時のアフューカスの部下連中はまさに化け物だったとか。」
「それは……まずいですね。」
「ざっくり言って、悪党連中の強さが数段階上がったって話だからな。一先ずはこの事を軍に――」

「やれやれ、もう始末されてしまったか。」

 未だ慌ただしい村の中、男と小柄な女が立っていた通りを一人の老人が歩いてきた。側面と後頭部に白髪を残すだけのさっぱりした頭をテカらせ、パリッとした白衣のポケットに手を入れて姿勢よく近づいてきたその老人を見た瞬間、男の表情は険しくなった。
「お前がいるってことはいよいよアフューカスの仕業だな。連中にこの村を襲わせたのか?」
「何の事やら。ワレはただ、ツァラトゥストラを手にした者の中で一番弱そうなのを追ってきただけだ。」
 特に不審なところはないその老人を睨む男だったが、小柄な女はより一層険しい顔をしていた。
「そうですか……あなたが『ディザスター』ですか……」
 小柄な女が口にしたのはとあるS級犯罪者の二つ名。あらゆる実験を世界各地で行ってきた科学者で、その結果多くの自然が破壊され、人や動物が死んでいった。時たま感謝されるような結果をもたらす事もあるが、基本的には悪行としか表現しようのない実験を繰り返す男。天才的な頭脳を持つ天災という意味合いでそう呼ばれている。
「一番弱そうなのを追って、でお前は何をするつもりだったんだ? ケバルライ。」
「準備運動のようなものをさせるつもりだった。しかし相手が十二騎士になってしまっては、いささかハードルが高いだろうな。」
「させる? 他のツァラトゥストラ所有者か。」
「そうではないが……ふむ、しかしてこのような機会を前にデータなしで帰るのは勿体無いというモノ。連れて来ておいて良かったな。」
 微妙にかみ合わない会話の後、老人がパンと手を叩く。相手が相手だけに二人の騎士の間に緊張が走ったが、何も起きずに十秒ほどが経過した。
「ぬ? 来んな……」
「……ゴリラ、こいつはここで倒す――でいいですね?」
「当たり前だ。《フェブラリ》には悪いがな。まずはこいつをここから遠ざける。適当なところにふっ飛ばすぞ。」
「待て待てせっかちだな。おそらくもう少しで――ほれ来たぞ。」
 臨戦態勢の騎士を前にのんびりしていた老人の横、地面の下から何かが飛び出してきた。
「完成させる過程で出来上がったモノの一つ。十二騎士には及ばぬが、それなりのデータは取れよう。」
「――!! なんてことを……」
 地面から飛び出してきたそれを見て、小柄な女が苦い顔をする。

「――――ィィィィッ!!」

 それは裸の女性。ただし腰から下が無数の脚を持つ細長い身体となっており、まるで人間と巨大なムカデをくっつけたような姿だった。
「なかなかであろう? 魔法器官をできるだけ繋げて魔法に特化させた。女の脳には魔法の知識を詰め込めるだけ詰め込み、大出力の魔法を連発できる状態に――」
「解説なんざ求めてねぇぞ狂人。」
 男の怒りの混じった顔と言葉を前に、しかし老人は嬉しそうな顔をした。
「ああ、そう、それだ。ワレはそういう呼ばれ方がしたい。」
 隣の異形をさすりながら、老人はしみじみと語る。
「知識欲……いや、探求欲と言うべきか。そういったモノに我が人生を見出してからというもの、ワレはその道一筋で歩んできた。そして、そういう生き方をしている科学者は大抵ある呼ばれ方をする。ワレもきっとそう呼ばれる日が来るだろうと楽しみにしていたのだが……この一科学者についた通り名は『ディザスター』という何とも仰々しい名前だった。かと言って自分から名乗るのは何かが違うしな。困ったものだ。」
「!! ま、まさか狂っていると、そう言われたいが為にその女性を!!」
「そんな理由で科学を行う者はおらん。言っただろう、過程で出来上がったと。女を選んだのは男よりも使えるからだ。」
「使える……ですって……」
「女は体内にもう一つの命を宿すのだぞ? そのような偉業を為す身体が男のそれよりも優秀なのは当然だろう。生命力が違う。それに――」
 くいっと指を動かし、地面からつき出た異形をかがませてその頭――女性の髪をかきあげて顔を見せながら老人は言った。

「女の方が絵になるだろう?」

 もしもこの場に田舎者の青年がいたら、この時の老人の顔を見たことがあると思っただろう。剣の美しさを語った一人の男の顔と同じだと。
「元に戻せるのか、彼女は。」
「はっはっ、無茶を言う。いくらワレでも無理だ。そもそも下の方はバーナードが食ってしまった。」
「……ゴリラ、あなたは『ディザスター』を。自分は彼女の相手をします。」
「できるか?」
「S級犯罪者を相手にするのならあなたの方が適任でしょう。」
「そういう意味じゃない。」
「……自分も騎士です。楽にしてあげます。」
「そうか、悪いな。」
「おっと、それは却下だ。」
 老人がそう言った瞬間、男と小柄な女は膝をついた。
「――!? ロッドが重く――!?」
「小賢しい真似を!」
「その賢しさで逃げ切るのだから良かろう? ふっふっ、ワレとまともな戦闘をしたいなら腕利きの第二系統の使い手か金属製でない武器を持ってくるのだな。そしてこれからの戦闘データは女の脳からワレのコンピューターに送られる故、ここでワレはさよならだ。」
「貴様っ!!」
「はっはっ、そんなに大きな剣――金属の塊を背負ってワレに挑むのは少々骨だぞ? なに、ワレ以外にも今後多くの悪党が暴れ出すのだから、そっちの相手をすればよい。ではな。」
 ふわりと浮いた老人は、そのままの姿勢でスーッと森の中へと消えていった。その数秒後、二人の騎士は素早く立ち上がって老人が入って行った森の方を睨みつけたが、ため息とともに視線を異形のモノへと向けた。
「胸糞悪いジジイだ。マッドと呼ばれたがりの科学者なんざ害悪でしかない。」
「もっと第二系統の魔法が使えていれば……」
「そこは素直に諦めとけ妹ちゃん。《フェブラリ》クラスでようやく対等だろうよ。それよりも、今は彼女だ。」
「ええ……」


 巨大なムカデの怪物が村から何もない森の方へと吹き飛ばされたのち、砂と暴風に巻かれながら戦う様を少し離れた岩山の上から老人が眺める。
「ん? あっちの女騎士は例の天才ゴーレム使いだったか。第五系統は時に磁力に干渉してくるからな……ふむ、次は注意するとして――ほれ、見るがいい。お前の……そうだな、位置的には姉にあたるモノが戦っているぞ。」
 老人は、横に立っている小さな女の子にそう言った。
「あ――うぅ――」
「まだしゃべれはせんか。ま、あと数日もすればプリオルがお茶に誘う美女に成長するはず。言葉もおいおい身につくだろう。」
 パッと見だとおじいちゃんと孫のような光景なのだが、女の子の方は何も着ていない。その寒々しい姿を見て、老人はふむとあごに手をあてた。
「プリオル……うむ、裸のままだと服を着せろと怒られそうだな。どちらにせよ、外見的には人間なのだから潜伏も視野に入れて普通の格好をさせておくか。しかし……ううむ、お前の能力に耐えうる服はないだろうからなぁ……やれやれそれも作らねばならんか。」
 ぶつぶつ言いながら老人がくいっと手を振ると、裸の女の子は老人と同じように数センチ浮きながらその背中について来る。
「娘の服を作るなど、我が子を待ち望む母親のようだ。」


 老人が娘を連れて森の中を歩いている頃、以前フードの人物が訪問した無機質な建物の中、壁にかかった大きな時計のねじをまわす老婆に一人の男が報告をしていた。
「どうやら『紅い蛇』の連中、ツァラトゥストラを我々以外にも配り歩いているようです。」
「そう。でも、それは悪い事かしら?」
「いえ、好機でしょう。国王軍の無能さと我々の力を知らしめる為の。」
「そうね。メンバーには行き渡ったのかしら?」
「全員に。力のある者には相応の。ですが……」
「ふふふ、一人先走ったって言うのでしょう?」
「ええ……全く、あいつには困ったモノです。」
「それもまたいい機会よ。悪魔から得た力がどこまで通用するのかを知る為のね。」
「あいつは捨て駒ということで?」
「そうね。ただし、あとで拾いには行くけれど。」
「了解です。」
「……これで我々の念願が成就するとは思わないけど、初めの一歩としては上々だわ。確実にモノにしましょう。」
「勿論です。我らオズマンドが然るべき場所に到達するために。」

第二章 バカ正直な優柔不断と開かれる戦端

 早朝、セイリオス学院に軍服をまとった小柄な女がやってきた。彼女は騎士の学校などには通わずに直接国王軍に入った為、学院との間につながりはなかった。だが今は彼女を鍛えた国王軍の指導教官が教員をしており、何より生き別れていた彼女の兄が通っている事もあって最近はちょくちょく訪ねるようになっている。
 彼女の兄は立派な騎士を目指して日々頑張っており、朝も寮の庭で鍛錬に励んでいるのだが、彼には一つ問題があった。
 彼女と再会する前、彼女の兄は恋愛マスターという妙な名前ではあるが人智を超えた存在に出会っており、簡単に言ってしまうと多くの女子から好意を寄せられるという状態にあるのだ。
 その上、部屋の空きの関係で彼女の兄は女子寮で生活しており、四六時中彼に想いを寄せる女子に囲まれている為、彼女の目下の心配事は兄の貞操となっていた。
 ただ、今日彼女が学院にやってきたのは兄の純潔の確認がついでで、メインは昨日発覚した、兄妹にとって重要な事案についての報告だったのだが……

「ぎゃびゃぁっ!? ごごご、ごめんなさいっ!!」

 聞きなれた兄の声で響く聞きなれない悲鳴に驚き、女子寮の庭に駆けつけた小柄な女が目にしたのは、数人の女子を押し倒した状態で破廉恥なところを覗いたり触ったりしている兄の姿だった。

「やん、もぅ、ロイくんてばこういう事はボク相手だけにして欲しいな。」
「……ま、まったく朝から……まぁいいのだが……」
「さ、触るところとか……触り方とか……ド、ドンドン、えっちになるね……」
「五人同時だしねー。」
「このドスケベ……」
「ずびばせん……あぁ、カラードたちがいればこんな事には――あ、あれ?」
 小柄な女を見つけた彼女の兄だったが、その表情はさーっと青ざめ――

「お兄ちゃんのばかあああああぁぁっ!!!」

 地面から伸びた砂の拳に殴り飛ばされた。



 部屋の中に戻ったあたしたちは、妹のパムに叱られながら今の状態を説明するロイドを眺めてた。
「……つまり魔人族――いえ、吸血鬼としての力が弱まっているせいで恋愛マスターの力が過剰に働き、結果変態兄さんが出来上がったと。」
「は、はい……変態兄さんです……」
「……着々と師匠であるあのゴリラのようになっていて、自分は悲しいですよ兄さん。」
「い、いやいやオレはその……「よぉよぉ美人さん方、俺様と一緒に酒を飲まないか?」なんて言わないぞ……」
「当たり前です。それで……その、一応確認しますけど…………どど、どこまでやっちゃったんですか……?」
「ドコマデ!?」
「おやおや、パムくんもそういう事には興味津々なのだな。」
「ち、違いますよ! あくまで兄さんの事を心配してです!」
「うふふ、みんなはどーか知らないけどボクはロイくんと――えへへへ。」
「兄さん!?」
「や! あの!」
「心配ないよー妹ちゃん。結局全員似たようなところまでは行ってるからねー。」
「兄さんっ!?!?」
 その後しばらく、パムの質問攻めによってロイドとあたしたちが……その、ど、どういう感じなのかが……小姑の知るところとなった。
「兄さんのスケベ。」
「はい、スケベな兄さんです……」
「そして皆さんも……も、もう少し恥じらいを……ま、まだ学生なんですよ……?」
「甘いぞパムくん。きみのお兄ちゃんはモテモテなのだ。攻められる時に攻めておかなければ、並み居る強敵と渡り合えないのだ。」
「どっかの女王様もいるしねー。たぶんこの先も増えるだろーしー。」
 確かにパムのツッコミはその通りなんだと思うんだけど、ローゼルが言った事もその通りで……実際、ちゃ、ちゃんと両想い――で、ここ、恋人になったはずのあたしですらローゼルたちと戦う毎日だし、アンジュのこの先も増えるっていう意見もたぶんそうなのよね……恋愛マスターの力的に……
 よく考えたらどうなってんのよあたしの……か、彼氏は……
「はぁ……やっぱり自分がここにいないとダメですね。兄さんがゴリラになってしまいます。なんとかして生徒か教員として学院に……」
「あ、そうだ!」
 いいこと思いついたって顔と、話を別の方向にそらすチャンスっていう顔が混ざった顔でロイドがパンと手を叩いた。
「パム、お兄ちゃんたちの部活の顧問にならないか?」
「部活? 顧問? え、兄さんいつからスポーツに精を入れるように?」
「あー、そういうんじゃなくてね――」
 そうしてロイドは『ビックリ箱騎士団』について話し始めた。
 セイリオスの部活には確かにスポーツをするところもあるけど、いわゆる騎士団を作ってる生徒もいる。授業以外の時間も使ってもっと強くなりたいって生徒が集まって模擬戦なんかをやってて、別に部活として申請しなきゃいけないわけじゃないんだけど、すれば正式に場所がもらえたりするからお得みたいね。
「それで顧問は先生でも先輩でも現役の騎士でもいいらしいんだ。上級騎士――セラームのパムならちょっとした遠征みたいのも許可が出やすいだろうし……あ、ほら、それにちゃんとお給料も出――」
「引き受けます。」
 食い入る感じで即答するパム。
「え……い、いや、嬉しいけど……そんな即答でいいのか? お兄ちゃん、国王軍の仕事とかちゃんと理解しないでお願いしているから都合とか――」
「関係ありません。自分にとっての最優先は兄さんです。顧問ともなればこの学院でもう一歩融通が利くようになるでしょうから、兄さんを色香から守りやすいです。」
「イ、 イロカ……そ、そうか。で、でも一応軍には確認を取るんだよ……」
「はい。」
 パムが顧問……まぁ、史上最年少のセラームっていう天才騎士だし、これ以上はないのかもだけど……色々と大変そうだわ。
「え、えっと……そういえばだけ、ど……そもそもパムちゃんは……ど、どうしてこんな朝早くに……?」
「は、そうでした。兄さんがスケベなので頭からとんでました。今日来たのはこれです。」
 そう言ってパムが取り出したのは……前はしてなかったと思うんだけど、パムの手にはまってるのと同じデザインの指輪だった。
「? 指輪?」
「え! 妹ちゃんってば、なんだかんだ言ってロイくんのことが好きだから婚約指輪持ってきたの!?」
「そんなわけないでしょう!!」
 ……ロイドが言うに正真正銘の兄妹らしいけど……でもパムってかなりのお兄ちゃんっこだし、実は血がつながってなかったとか言われてもロイドならあり得そうなのよね……
「こ、これは……兄さんが会ったご先祖様、マトリアが言っていたというモノです。」
「! うちに代々受け継がれているっていう!?」
 少し興奮気味に、前のめりでその指輪を手にしたロイドは――
「――!」
 急に身体から力が抜けたのか、その勢いのままパムにもたれかかった。
「わわ、お兄ちゃん!?」
 ロイドを受け止めて真っ赤になるパム……ああ、なんかやっぱりそうなんじゃ……
「――……あ、ごめん……急に頭が……」
「じ、自分もそうなりました。その指輪の使い方が一瞬で頭の中に入ってきたんですよね?」
「うん……マトリアさんが言っていた通り、魂を受け継がせる魔法を……なんていうか外側から補助してるんだね、これ。」
「そうです。代々サードニクス家に受け継がれていたらしく、自分たちの場合はお母さんがその血筋だったようですね。」
「血筋……そうだ、結局マトリアさんが何者かってわかったの?」
「それは……」
 そこでふと、パムがあたしたちを見た。
「……まぁ、あなたたちなら大丈夫でしょう。公になると面倒なことなので他言無用にお願いします。」
「ほう。魂を子孫につなげていくなどという大魔法を使う人がご先祖様なのだからな、もしや今は無き名門騎士の家系だったりしたのか?」
 師匠が十二騎士、妹が天才騎士、魔人族とも交流があるこの田舎者に今更どんなラベルが追加されたってそんなに驚かない……そんな風に思ってたあたしに、パムはとんでもない事を言った。

「マトリア・サードニクスの旧姓――元々の名は……マトリア・ベルナークでした。」



「なんだか大変そうねん。」
「他人事じゃねぇぞ。その内セラームにも任務は来る。」
 ツァラトゥストラ。十二騎士によってもたらされたその情報は昨日の内に国王軍や騎士団の面々に伝えられ、最悪の時代の再来となるかもしれない状況に多くの騎士が緊張を隠せずにいた。
「なんだか城内もピリピリしてるわん。この前の侵攻がアフューカスの部下の仕業って情報も広がってるから、いよいよ史上最凶最悪の悪党が動き出したかーってねん。」
 フェルブランド王国の王城の敷地内にある国王軍の訓練場にて、赤い髪と赤いドレスという目立つ容姿の艶めかしい女がそう言うと、筋骨隆々とした男は難しい顔をした。
「それは良くないな。どっちかっつーと、今は目先の悪党に警戒して欲しいところだ。」
「そうねん。アフューカス一味は確かに注意しなきゃだけど、連中ほどの悪党は悪の道とやらが真っすぐだものねん。」
「ああ。ツァラトゥストラっつー中途半端に強力な力をいきなりゲットした小悪党の方が動きが読めない分厄介だ。遊びで街を滅ぼしかねねぇ。」
「ちなみに一番面倒なパターンとして、オズマンドがそれをゲットした場合っていうのがあるけどん?」
「場合も何もあるだろうな、それは。組織力はともかく、注意するべき強い奴が数人しかいなかったあの組織にツァラトゥストラが持ち込まれたら確実に面倒くさい。アフューカスらが同じタイミングで動いたら、正直どうしようもない混沌だ。」
「フィリウス、あなたスピエルドルフに応援は頼めないのん? 魔人族の力を借りられるなら百人力ってものよん?」
「難しいな。友好的な関係ではあるが支援はしないだろう。根っこの部分じゃ人間に対してはドライなんだよ。あるとすれば、大将がカーミラちゃんと結婚して王様になるしかない。」
「愛の力ねん。ま、アフューカスはともかく、オズマンドはうちの国の問題だものねん。」
 と、そこまで真面目な雰囲気で会話をしていた二人だったのだが、赤い女がコロッと話題を変えた。
「そういえばアフューカスってかなりの美女って噂だけど、どうだったのん?」
「ああ?」
「数多の女性と夜を駆け抜けた《オウガスト》からしてどうよん。抱けるのん?」
「抱けるかあんな化け物。確かに外見は相当なモンだったが中身が最悪だ。目の前にいるだけで冷や汗が―」

「何の話をしているのだ?」

 朝っぱらから女を抱く抱かないの話をしていた二人のところに一人の女性がやってきた。これまた騎士の訓練場には似合わないどこぞの町娘のような素朴な格好の金髪の女性で、温度の低い笑顔を見せている。
「あらま!」
 男がギクッとするのに対し、赤い女は楽しそうな顔になった。
「今あのアフューカスを抱けるかどうかって話をしてたんだけど――もー、やーねー見境ないんだからん。」
「お前がふった話だろうが。」
「あ! まさか『ムーンナイツ』新入りのオリアナにまで手を出しちゃってたり!?」
「するか!」
「だ、そうよセルヴィア。だけどこの男の首根っこはしっかりと掴んでおくのよん? それじゃお姉さんはこの辺でさよーならー。」
 そう言って赤い女は投げキスを放ちながらそそくさと去って行った。
「……サルビアさんは会う度に応援していると言って背中を叩いてくれるし、あの話も知っているが……フィリウス、本当に彼女とは何もないのか? かなり親しそうだが。」
「気色悪い事を言うな。前のあいつを知ってる奴ならどんだけナイスバディでも女とは見れねーよ。」
「しかし生物的には完璧に女性なのだろう?」
「医者によるとガキも産めるらしいからな。ああ、確かにあれは女だ。だがあれと同じ性格、同じ実力の男騎士がいたことも確かなんだ。しかも俺様はあれと同期なんだぞ? 余計に女に見えねぇ。」
「そうか。ところで朝は食べたか? おいしい手作りサンドイッチがあるのだが。」
 町娘の格好の女性、《ディセンバ》ことセルヴィアがずいっとサンドイッチを差し出すと、筋骨隆々とした男、《オウガスト》ことフィリウスはしぶしぶ――というよりは色々と諦めたような顔でそれを受け取り、二人は訓練場の隅っこで並んでサンドイッチを食べ始めた。
 そんな二人の仲睦まじい光景は国王軍の中では既に見慣れたモノとなっており、騎士たちはそれを温かく見守っている。
 ただ今朝は――
「早速とは律儀だな。」
「まったくだ。侵攻以来、首都を覆う魔法は更に強力になったんだがな。城の前まで来ちまうとは、この辺もツァラトゥストラの特性なのか?」
 そう言いながら二人は空を――城を見上げる。すると青い空を一瞬染めるほどの赤い光線が走った。真っすぐに城へ向かうその光線は、しかし城の手前に出現した巨大な魔法陣に弾かれ、空高くへとのぼっていった。
「さすが学院長がかけた防御魔法だが、打ち消せずに弾いたところ見ると相当な威力だな。」
「血液ではなく、ツァラトゥストラの内臓系の所有者かもしれないな。」
「まだツァラトゥストラ所有者とは決まってな――」
 フィリウスの言葉を遮って、突如二人の近くに何かが落ちてきた。

「わざわざ城の敷地内に入れてくれるとは、頭の弱い騎士もいたものですね!」

 落下地点に立ち込める土煙の中から出てきたのは、ジャケット、ネクタイ、スラックスと、スーツではないがカッチリとした格好の男。

「! その上さっきの攻撃を見ておいて空中から迫るとは――いよいよバカなようだっ!」

 叫ぶと同時に男の左目から赤い光線が放たれた。先ほど城に向かったモノと同じ光の先には、甲冑をまとい、ランスを手にし、マントをはためかせる桃色の髪の女騎士。そのままであれば光線に直撃だったが、女騎士は空中で直角に進路を変えてこれをかわし、落下の勢いに突風を乗せて男に突撃した。
 地面に何かが落下したというよりは暴風が体当たりしてきたかのようで、女騎士のランスが地面に突き刺さると周囲に突風が吹き荒れた。

「――っとと、なるほど、少し訂正ですね。ちょっとはデキるバカのようです。」

 女騎士の突撃をかわした男はぴょんぴょんと後退して距離を取る。

「……あの奇妙な左目が高い動体視力を備えているのか、単に本人の力量か……どうにも違和感の大きい相手ですね……」

 独り言を呟いた女騎士は、ふと視界の隅っこに座っている二人に気づいた。
「!! フィリウス――とキャストライト殿! あ、す、すみません、お二人の時間を――」
 変な事に謝罪する女騎士に微妙な表情を返しながら、フィリウスは落ちてきた男を指差す。
「悪党と戦う騎士に悪いことなんかないぞ、オリアナ。それよりいい判断だったな。そこの変なのをここに放り込んだのは。」
「なに?」
 ピクリと反応する「変なの」に、フィリウスは座ったまま答える。
「街中でさっきのみたいな攻撃をされると困る。それにここには騎士がたくさんいるからな。お前がどんな力を持っていようと対応できるだろうよ。」
「……後悔しないといいですね。」
「お前こそ。悪党からしたら最悪の相手が目の前にいるんだぞ?」
「は?」
 と、数秒フィリウスとセルヴィアを眺めてハッとした男は――しかし驚愕や焦りではなく笑みを浮かべた。
「十二騎士……ふふふ! ここで貴様らを倒しておけば我々も動きやすくなる!」
 そう言うと男はジャケットを脱ぎ捨て、背中から幅広のサーベルを抜く。その刀身には渦の中心に十字架というシンボルが刻まれていた。

「オズマンド、ナンバーテン、プレウロメ! 貴様らを正しき世への篝火とする者だ!」

 男――プレウロメの堂々たる名乗りに、しかしフィリウスとセルヴィアはため息をつく。
「……どうやらツァラトゥストラとオズマンドという今一番面倒な組み合わせがやって来たようだな、フィリウス。」
「あんなへんちくりんな目ん玉は間違いないだろうな。魔眼の類なら相応の気配ってのがあるが、あれはなんともまぁ気持ち悪い気配だ。ったく。」
「フィリウス!」
 やれやれと腰を上げかけたフィリウスに、女騎士――オリアナが敬礼する。
「この男、自分に任せてはもらえないでしょうか!」
「おお、流石だな。割と未知の敵だがまぁいいだろう。俺様がここにいる。好きに挑め。」
「ありがとうございます!」
「ちなみに、んな教官を相手にするみたいに言わなくていいぞ。「私に任せろフィリウス」でいい。」
「は、はい。」
「随分と舐められたモノだ……その女は黒マント――中級のスローンが私の相手とはね。まぁいいでしょう……準備運動ということで。」
 くるりとサーベルをまわしたプレウロメに、風に乗ったオリアナが突撃した。初めの一突きを慌てて弾いたプレウロメに更に繰り出される突きの連続攻撃。中距離でランスとサーベルの応酬が響き渡る。
 間合いで言えばランスの方が有利であり、事実オリアナの攻めをプレウロメが受けるという形になっている。しかしプレウロメはその攻撃の一つずつを確実に受け――
「――っらぁあっ!!」
 じりじりと迫っていたオリアナに左目からの光線を放つ。速度と威力を合わせ持つそれをかわす度に後退させられるオリアナだったが、彼女は諦める事無く攻め続けた。

「さっき城に向かって放たれた一撃は相当量のマナをためて撃ったのだな。今の光線にはあれほどの威力はない。とはいえ当たればかなりのダメージ……あの距離であの速さの攻撃に、彼女は全く臆していないようだ。」
「『イェドの双子』の二人に一人で挑む奴だからな。今は無謀でも、後に勇気と称されるだろうあのガッツの行く先が、俺様は気になるのさ。」
「なるほど。」

 手を出す気のない二人の前で繰り広げられる攻防の中、オリアナが仕掛ける。ランスを手から離し、風を利用してのフェイント。突如空中にとどまった持ち主のいないランスに戸惑うプレウロメの懐へ、小さな竜巻の乗った手の平を打ち込もうと踏み込んだのだが――
「――!!」
 まるで意志があるかのように、光線を放っていたプレウロメの左目だけがギョロリと動いてオリアナを捉えた。
「――っ!」
 攻撃の為の勢いを風と筋力で無理矢理殺し、かする熱に頬を焼きながらも、オリアナはその光線をかわした。

「うぇ、なんだ今の。目ん玉だけで動いたぞ。ツァラトゥストラってのは全部あんなんなのか?」
「腕や脚など、外に出ている部品はそうかもしれないな。さすがに内臓系は勝手に動かないと思うが。」
「勘弁して欲しいな。」
「しかし……ツァラトゥストラ抜きにしてもあの男、なかなかやる。ナンバーテンと言っていたが、あれは組織内の序列だろう? オズマンドで厄介な相手は上位三人くらいという認識だったのだが。」
「んん? あれの強さのほとんどはツァラトゥストラの力だぞ。」
「? ツァラトゥストラが与えているのはあの光線と動体視力だけではないのか?」
「身体能力も強化されてるぞ。」
「……強化魔法の気配は感じないが……」
「魔法じゃないからな。かと言って筋力を増強しているとかそういうのでもない。あいつがしてる動きをするのに必要な筋肉はあいつにない。」
「さすが、その辺りは見るだけでわかるのだな。では一体?」
「妙な感覚だが、強いて言えば操り人形だな。身体を無理やり引っ張って動いている感じだ。どういう仕組みかは知らないが、何にせよ身体への負荷は相当なもんだろう。」
「……ハイリスクな代物とは聞いていたがそれほどとは。」
「おかげで魔法を検知する結界にも引っかからないみたいだが。」

「やり方を変えます。」
 そう呟くとオリアナはふわりと風に乗り、プレウロメから距離を取った。
「はっ! 遠距離攻撃を仕掛ける私から離れるとは、やはりバカなよ――」
 プレウロメの言葉を遮ったのは細い竜巻。まるで蛇のようにうねって頭上から迫ったそれにプレウロメは光線を放つ。だが――
「――!!」
 その竜巻をかき消すことはできたのだが、続け様に同様の竜巻に左右から挟まれ、プレウロメは慌てて後退した。
「――すぅぅ……」
 十を超える竜巻でプレウロメを踊らせながら、オリアナは静かにランスを――投てきの姿勢で構えた。

「お。オリアナはツァラトゥストラを回収するつもりみたいだな。無傷でってのは難しいだろうが、ある程度の情報は得られるだろう。」
「回収? まさか射抜くつもりなのか?」
「オリアナほどの精密操作ができるなら可能だろう。ああいうのは俺様にはできないところだな。」
「……随分と高評価なのだな……」
「なんだその目は。」

「だっ、ら、くそ!」
 竜巻の猛攻を必死にかわし、時折光線でそれらをかき消すも次から次に襲い掛かる渦巻く蛇に余裕が無くなっていくプレウロメに、明らかな変化が起きた。

「あの男の左目……煙を出しているな。オーバーヒートか?」
「それほど連射はできないんだが竜巻のせいでそうせざるをえなくなったってとこか。まぁ、その辺はオリアナの狙い通りなんだろう。」
「あえて距離を取り、あの目よりも連発の利く風を使って自滅を誘う……先の近距離の攻防でそれを見抜いたわけだな。なるほど、あのアフューカスがバラまいた力という事で身構えていたが、丁寧に対処すればちゃんと戦えるようだ。」
「あの目ん玉がツァラトゥストラの中でどれくらいのすごさなのかわからんがな。ま、昔の騎士らが一度は勝利してる代物なんだ、俺様たちにだってできるだろうよ。」

「――っ、うっとうしい風だっ!!」
 痛みか熱か、苦痛の表情で比較的大きな光線を放ち、そのまま顔を動かすことで竜巻を薙ぎ払ったプレウロメ。だがオリアナや座り込む十二騎士には届かない短い一撃で、そのか細さに歯ぎしりをしながらオリアナを睨みつけたその時、プレウロメの視界は一瞬何かで埋まり――

「――がああああああっ!!」

 直後、左目に激痛が走った。その時は鎮痛剤を使っていたが、この左目を身につけるにあたって本来の左目をえぐった時と同じ感覚が顔の左半分の奥に生じた。
「――っあああ……あああ!! 目が――私の左目が!! 私の力が――ぐふっ!」
 顔をおさえて呻き、喚くプレウロメの腹部にオリアナのランスの鋭利な先端とは逆側――石突きがめり込み、プレウロメは気絶した。
「フィ、フィリウス! あ、あの、これはどうしたら……!」
 勝利したオリアナはそう言いながら慌ててフィリウスたちの方へと駆けてきた。彼女が言っているのは倒れたプレウロメではなく、ランスの先端から回収した左目。生々しい眼球をのっけているのだろうオリアナの手を覗くと、そこには徐々に砂になっていく目玉があった。
「一度装着したら他人には渡せないって話はマジだったみたいだな。キャストライト、止められるか?」
「やってみよう。軋む歯車、反発する長針、流れよ逆巻け――『バック』。」
 呪文を唱えて魔法を発動させるセルヴィア。すると砂と化していた眼球に生々しさが戻ってきた。
「……『ストップ』。」
 まるでコップに注がれる飲み物を止めるかのようにそう言うと、眼球は完全な状態でその変化を停止させた。
「おお、さすがだな。」
「私にかかれば冷めた料理も瞬く間に熱を取り戻す。良い妻になれると思わないか?」
「お前もさすがだったなオリアナ! そのデカいランスで目ん玉だけ抜き取るとは大したもんだ!」
「は、はい。」
 そこでふと、オリアナはパッと浮かんだ疑問を口にした。
「そういえばフィリウスは、何故セルヴィア殿だけ名前で呼ばないのですか?」
「よし! こういうのに詳しいのは《セプテンバー》だな! あいつ今どこにいるんだ!」
「《セプテンバー》は一応他国の騎士だぞ、フィリウス。」
「オズマンドはうちの国の問題でも、ツァラトゥストラは関係ないだろ。まぁ、まずはそこの男を牢屋に放り込んで情報を聞き出すところからだが――」
 と、そこまで言ったところで「ぐー」という音がフィリウスの腹のあたりから聞こえてきた。
「――それよりも先に朝飯だったな。」
「は、そうでした! お二人の邪魔をしてすみませんでした! 自分は食堂に行きますのでこれにて!」
 ビシッと敬礼を決めた後、気絶したプレウロメを風で浮かせて運びながら、オリアナもそそくさとそこから去って行った。
「……将を射んと――ではないが、先に外堀が埋められて何よりだ。」
 何とも言えない顔を下に向けるフィリウスと、にっこりとした笑顔を上に向けるセルヴィア。かみ合いそうにない表情だったが、何事もなかったかのように朝食の続きが始まった。



「ベルナークとは、これは同じく名家たるリシアンサスと結ばれるべきだな。そうだろう?」
「予想以上っていうか最高だねー。これ以上はないよねー。やっぱりあたしの騎士はロイドだねー。」
 部活の顧問について国王軍に確認を取ってくると言ってパムが帰った後、ローゼルさんたちがそんな事を言った。だが……
「……そ、それでそうなると……どうなるんでしょうか……」
 前にカラードから聞いてはいるのだが、ベルナークのすごさというのをイマイチわかっていないオレの微妙な顔を見て、いつものようにエリルがため息をついてローゼルさんが説明をしてくれた。
「久しぶりの、騎士について何も知らないロイドくんだな。」
「ちょ、ちょっとは知っていますよ……えっと、昔あった小さな国の騎士団のリーダーを代々務めていた家系で、負け知らずで、今はもうその家系はないけど、彼らが使った強力な武器は有名でベルナークシリーズって呼ばれていて……」
「ふむ。武器についてはある程度知っているのだな。まぁ、交流祭で相手にしていたしな。となると知らないのは今のベルナーク家についてか。確かにベルナークの名を持つ家はもうないが、その血を引き継ぐ家系はある。」
「つ、強そうですね……」
「確かにどこも名家だが……ベルナークの血筋だから特別強いというわけではないよ。まぁ、ベルナークシリーズはどこよりも持っているだろうからそういう意味では強いかもしれないが。」
「それだけでも充分強いような気もしますけど……えぇっとじゃあ、もしもオレやパムがベルナークの血筋ですよーって公表したら……騎士の名家サードニクスの誕生ということに……?」
「実績がないから何とも言えないな。だが交流祭でもあったように、ベルナークシリーズはその血筋の者が持つと真の力を発揮する。まぁ、わたしも実際に見るまでは噂としか思っていなかったが……ロイドくんとパムくんはそれを発動させることができる数少ない人物。相応の特別待遇が待っているだろうな。場合によってはセイリオスを離れる可能性も……」
「え、それはやだな。」
 特に何も考えずにそのままの感想を口にしたのだが……みんなの空気が妙な感じになった。
「ほ、ほうほう。それはつまりわたしと離れたくないということだな?」
「えぇ――あ、いや、それは勿論で――」
「ロイくんボクは!」
「いや、リリーちゃんだって――というかみんなそうだよ。カラードやアレクも含めて、折角仲良くなったみんなと離れたくはないよ。」
「仲良くっていうか、あたしたちの場合はもーっと深い仲だもんねー?」
「フカイナカ……」
「ぬ、そうだそうだった。ベルナーク云々よりも今はドアの件が問題なのだ。」
 ドアの件。空間を繋げたりなんなりしている学院長の魔法があるのだが、その学院長がセイリオスにいないせいで少し不安定になり、この寮の中だけではあるけど、ドアを開いた先が別の部屋につながるという現象が起きているのだ。
 学院長の魔法がかかっているのがリリーちゃんの部屋のドアだからという、魔法に関してはまだまだ知らない事の多いオレにはイマイチわからない理由だけど、そういう変な事が起こるのはリリーちゃんが使った事のあるドアだけとなっている。
「商人ちゃんってしょっちゅう位置魔法使ってるから、そーゆーのも影響してるのかもねー。それで、商人ちゃんが使った事のある寮の中のドアっでどこなんだっけー?」
「ロイドくんたちの部屋とわたしたちの部屋はまず確定だ。加えてリリーくん本人の部屋もそうであるわけだが……ここからが問題だ。」
「ローゼルちゃんったら、何が問題なの? 要するに三つの部屋のドアを使ったらちゃんと廊下に出るか他の二つの部屋に出るかってだけでしょー?」
 と、妙にニヤニヤした顔で言うリリーちゃん……
「他にもあるだろう……リリーくんの部屋の中にもドアが! お風呂場が!」
「えぇ!? そ、そっちにもつながる可能性が!?」
「現段階の情報で考えるとそうなるのだ。しかもリリーくんがわたしたちやロイドくんたちの部屋のお風呂場を使った事はないだろうからリリーくんの部屋のお風呂場限定なのだ。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……寮の中のドアで言うなら大浴場にもつながるって事じゃない……!」
「えぇっ!?」
「可能性はあるだろうな。だが一番の問題はロイドくんなのだ。」
「ででで、ですよね! どど、どうしよう、ドア開けたら女湯なんてなったらオレ――」
「いや、おそらく今はそうならない。大浴場をこのメンバーで貸し切りでもしない限り。」
「えぇ?」
「いいかロイドくん、こんな絶好のチャンスを運命とやらが利用しないわけがないのだ。昨日だって――ド、ドアをくぐる度に……その、アレだっただろう……」
 その言葉で昨日の事がフラッシュバック。ああああぁぁあ……
「え、えっと、と、という事は……あ、あたしたちがドアを使う時は……た、たぶん移動先はランダムなんだけど……ロイドくんが使うと……き、着替えてたりお風呂に入ってたりする……だ、誰かのところに行っちゃう可能性が、高いって、こと……?」
「そうなるだろうな。」
「えぇ……」
「今回のラッキースケベはあくまで過剰な運命の力によるモノであり、その目的は……わ、わたし……たち、とロイドくんの仲を更に進める事にある。他の男子がいる前では起きない事はカラードくんらがいる前で起きなかった事でわかっているのだから、おそらく他の女子――しかも裸の女子がたくさんいる女湯など、ロイドくんが目移りして目的に合わないからそこでも起きない。」
「あ、あの、めめ、目移りするとか、その、オレはですね……」
「つまり、ロイドくんがドアを使った時につながるのは――ロイドくんの部屋のドア、わたしたちの部屋のドア、そしてリリーくんの部屋と部屋の中のドアなのだ!」
「なるほどー。商人ちゃんのところにいく確率が高いんだねー。」
「そうだ! しかも昨日――う、うむ、わたしたちも体験したわけだが……ど、どうやらこのラッキースケベ、ロイドくんに突撃させるのと同時に……わ、わたしたち自身もその気にさせるようで――だ、だからスケベなリリーくんが相手となると非常に危険なのだ!」
 あとで本人たちが恥ずかしがるほどに、確かに昨日のローゼルさんとティアナはやばくて……あぁあああぁぁぁ……
「……そういえばちゃんと聞いてなかったわね……ロイド、あんたローゼルとティアナ、ついでにリリーと……な、なにしたのよ……」
「えぇっ!?!?」
 昨日、ドアが変っていう事でなんとなく流れた話がここで!
「えへへ、ボクなんかロイくんに――やんやん、もぅ、ロイくんてば!」
「……あんたたちは……?」
「な、なに、大したことはないとも。」
「う、うん……」
「…………ロイド……?」
「はひっ!」
「毎度のそれはいーけどさー、それだとあたしのとこに来る可能性はゼロってことだよねー。」
「ぬ、ま、まぁそうなるな。アンジュくんの部屋にはそもそも誰も行った事がないのだから。」
「不公平だよねー。じゃあ今から……はもう時間ないから放課後あたしの部屋に来なよー。」
「いやアンジュくん、部屋に行っても結局ロイドくんがそっちに突撃することはないと思うぞ。きみの部屋にはルームメイトがいるのだから。」
「あー、それなら大丈夫だと思うんだよねー。とにかく一回おいでよー。ほら、あたしの部屋が選択肢に入ったらそれだけ商人ちゃんのとこに行く確率が減るでしょー?」
「あの、そ、それはつまり……ア、アンジュのきき、着替えの時とかにも移動してしまう可能性が出るって事ですよね……」
「そうだねー。でも今更じゃないのー?」
 そう言ってオレに対してだけ無防備な鉄壁スカートをひらひらさせるアンジュ。
「――! とと、とりあえずご飯を食べよう、朝ご飯を!」


「昨日は割とクタクタだったが一日経つと元気になるな。さすがの若さだ。」
 言っている本人もまだまだ若いと思うのだが、にししと笑いながら先生がそう言った。そういえば先生っていくつなのだろうか。
「一応言っとくが、先生は何歳なんですかとか聞いた奴は黒焦げにするからな。」
 オレの心を読みながら、先生はペロンと一枚の封筒を取り出した。
「んで、昨日話すのを忘れてた事があって……お前ら、他校へ手紙を出せるぞ。」
 手紙? いや、まぁ……そりゃあそうか。交流祭でしか話す機会がないってわけじゃないし、個人的に連絡先を交換した人だっていたはずだ。そうか、なんとなく次は一年後――みたいな気分でいたぞ。
「交流祭じゃあ学校の威信をかけて戦う敵みたいになってるが、どの学校の生徒であれ、数年後に騎士として共に戦う仲間だからな。こういう交流も大事なわけだ。で、別に個人的に文通したって構わないんだが、実は四校をつなぐ特殊なポストがあってな。相手が生徒であれば切手とか貼らなくても向こうに届くんだ。」
 へぇ、便利だなぁ。キキョウにでも出してみるか。
「でもって早速、この手紙が届いたわけだ。」
 そう言って手にした封筒をゆらゆらさせる先生。あれは実際に届いた手紙だったのか。
「普通は男女それぞれの寮長に渡されてお前らの手元に行くんだが、学院長がいないせいで若干ポストが不調でな。こうして手渡す羽目になった。」
 校長先生がいない影響がここにも……え、というかそれじゃあ校長先生って普段ずっとこの学院にいるのか……? まさか校長室って自宅も兼ねているのか?
「ほい、リシアンサス。お前にだ。」
「え、わたしですか。」
 教室の構造的に、前の方に座るローゼルさんは一番後ろに座るオレからだと少し見下ろす感じに眺める事になるわけで、そうしてチラリと見えた封筒の裏には――
「なにあれ、ハート?」
 同じように眺めていたらしいエリルが呟く。ハートのシールで封がされた手紙。これはもしや噂に聞くあの伝説の……!!
「ちなみに、うちだとソグディアナイトなんかがそうなんだが、他校にたくさんのファンを作って大量の手紙を受け取るなんて奴もいるんだぞ、サードニクス。」
「……あの、どうしてオレに……」
「さてとお前ら、ランク戦も交流祭も終わって気が抜けてるかもしれないが、お前らにはまだまだイベントがあるぞ。」
 コロッと話題を変えた先生は、黒板にカツカツと今後の予定を箇条書きにしていった。
「まず一年生だけのイベントとして校外実習がある。騎士の仕事の大部分を占める事になる魔法生物討伐――これを実際に任務を受けることで体験するわけだ。」
 ああ、プルメリアさんが言っていたやつか。実際の任務ってところがドキドキするな。
「その次に生徒会選挙。生徒会メンバーを決めるわけだが、例年ミニランク戦みたいになる。」
 ミニランク戦……? 変な単語が出て来たな……
「んで最後に二回目のランク戦。前回Aランクを取った奴は上の学年に挑めるから、毎年大波乱になる。ここでのランクが次の学年でのスタート位置になるから、気合入れろよ。」
 校外実習、生徒会選挙、ランク戦……全力勝負の機会がまだまだあるんだな……
「普通の学校なら運動会やら文化祭やらが入ってくるところだが、ここは騎士を育成する学校だからな。毎年の行事としては存在しない。ただ……あのお祭り好きの生徒会長が生徒会主催でなんかやるとかなんとか言ってたな。ま、強くなるための機会は学院がたくさん用意してくれるからな。たまに遊んだりして青春ってのもしっかり楽しめよ。」
 学校行事に加えてデルフさん主催のイベント……色々と盛りだくさんだ。こりゃあ一年生の時期なんてあっという間に過ぎ去ってしまう。気づいたら三年生になってそうだ。


 昨日は軽めだったのに対し、一日経てばもういいだろうという事なのか、今日はいつも通りの授業が行われたわけだが……交流祭での戦いを思い出してふと考える。
体術や魔法の授業の……成果とでも言えばいいのか、そういうモノは日々の模擬戦や交流祭のような時に実感できる。だけど騎士として頭に入れておくべき事として授業で教わった魔法生物などの知識というのが活きたことはまだない。
 たぶん実戦……というか騎士として受ける事になるだろう任務の中でその知識が必要な瞬間が来るのだろう。
 ふむ……そういう経験を『ビックリ箱騎士団』の活動として一足早くできたらいいな。そういえばパムの顧問の件はどうなっただろうか。
「なーんて書いてあったのー、優等生ちゃん。」
 放課後、オレが部活についてぼんやり考えていると、もはやこのメンバーのたまり場となっているオレとエリルの部屋でみんながローゼルさんがもらった手紙について話していた。
「そ、それってやっぱり……ラ、ラブレター……なんだよ、ね……?」
「うむ……」
「交流祭であんな事言ったのにそんな手紙出すなんて相当好きなんじゃないの? ローゼルちゃん、想いには答えてあげないとダメだと、ボクは思うな。」
「いい事を言った風な顔でニヤニヤするな、リリーくん。そもそも……まぁ、確かに中身は恋文に近いそれなのだがそうではないのだ……」
「どういう意味よ。」
「考えてもみろ。男子がハートのシールなんて使うか?」
「は? じゃあその手紙出したのって……」
「ああ……カペラ女学園の生徒――つまり女子だ。」
「何よそれ。」
「わたしも漫画などからの知識ではあるが、つまりは「お姉様」と呼んでいいですかというような話さ。あの触手魔人をボコボコにしたのがカッコよかったとかなんとか……女子校では本当にそういうのがあるのだなぁ……さてどうしたものか。」
「どうもこうもないよ、ローゼルちゃん。今から女の子同士の愛に目覚めてそっちに行くしかないと、ボクは思うな。」
「ここぞとばかりに……慕ってくれるのは嬉しいのだがな。この恋文レベルに想われると、色々と面倒そうだ。」
「……あんたってそんな見た目で結構そういうことズバズバ言うわよね……」
「ローゼルさんは面倒くさがり屋だからなぁ。」
 と、そんな感じに話に入ると……なぜかローゼルさんがジトッとした目で睨んできた。
「な、なんでしょう……」
「……中身は結局あれだったが……わたしは――いや、わたしが恋文をもらったのだぞ? どうにも普段と変わらないが、ロイドくんには何か思うところはないのか?」
「えぇ?」
「えぇ? ではない。わたしはロイドくんの事が好きで、ロイドくんも……今はエリルくんの方に寄り道してはいるが、わたしの事が好き――なのだろう……?」
「――!」
「寄り道言うんじゃないわよ!」
 毎度のエリルのツッコミを流し、手紙で口元を隠して目線をそらしながら、ローゼルさんはこう言った。

「わ、わたしがこういうのをもらって……ど、どう思ったのだ……?」

 クールなローゼルさんの可愛い仕草というかなんというか、そんな威力絶大のそれを前にオレは何度か口をパクパクさせ――い、いや、可愛さにどうこうなっている場合じゃない。この質問はオレとローゼルさん――というかみんなとの関係の話だ。
 ちゃんと選んだはずなのに、諦めない攻撃にみんなへの感情が優柔不断に育ってしまったオレのダメさの結果の話。今更でも、だけど「それじゃあまぁいいか」とは……な、なりそうなオレがまたアレだけど、ここは――少なくとも今の正直な気持ちを答えたい。

「えっと……そ、その……正直に言いますと……」
「う、うむ。ロイドくんは嘘が下手くそだからな。その方がいいぞ。」

 明後日の方を見ながらチラチラとオレを見るローゼルさん。その視線からは期待のようなモノが感じられて……ああ、きっとオレは今からローゼルさんを傷つけてしまうのだろう。でもやっぱり……

「……は、半分半分です……」
「は、半分……? な、何がどう半分なのだ……?」
「ひ、一つは……ロ、ローゼルさんにその手紙がキッカケとなって……オ、オレじゃない、も、もっと良い人との出会いがあるかもっていう期待……です……」
「――!」
 ローゼルさんの表情が……少し悲しく、少し怒ったモノになる。いや、ローゼルさんだけじゃない……エリル以外のみんなの顔にも心に刺さる表情が混ざる……
「…………ひどいじゃないか……」
「……」
「わ、わたしの想いを知って……か、感じた上でまだ……そ、そんな風にわたしを……」
 痛い。心がきしむ。でも――
「オレは……一人だけの相手を……もう選んでいて……だから……」
「…………」
 ああ……昔はこういうのはダメな大人なんだろうと思っていたフィリウスの女好きなところが、それでも誰かを泣かせているところを見たことのない師匠をすごいとおも――
「……じゃあ、残りの半分はなんだ。」
 涙を蓄えた眼で一層オレを睨むローゼルさんの問いかけに一瞬呼吸が止まる。残りの半分……こ、こっちも正直に言わないと……で、でもさすがにひどすぎる……しかし……あぁぁあ……
「残りは……?」
「――っ……た、たった今ああ言った直後で……じ、自分でも滅茶苦茶でひどいというのはわかっているのですが……そ、その手紙の相手が……ちゃんとした人なのかどうかを確かめたいというか……」
「ちゃんと……というのはつまりなんなのだ……」
「――! えぇっと、その、ロロ、ローゼルさんをし、幸せにできるかどうかと言いますか……」
「!」
 ローゼルさんの怒った顔にハッとした表情が走る。
「ほ、ほう……まるで父親のようだな……」
「い、いや……親とは違うというか……も、もしも相手がダメな人だったら……」
「たら?」
 ああああああぁああ恥ずかしい! 今から言おうとしている事が恥ずかしい上にさっきと言っている事が違いすぎて、これじゃあただのクズ野郎だぞ!
「ややや、やっぱり……オ、オレが、ななな、なんとか……オレがしなければというか……オレが――」
 心臓が破裂するかと思うくらいの恥ずかしさの中、冷静に考えれば告白の一つ上の段階の言葉のようなそれが口から出て来た。

「――オレが幸せにしなければと……」

 言ったオレも言われたローゼルさんも聞いていたみんなも一瞬で真っ赤に――
「あああぁぁぁああごごご、ごめんなさいごめんなさい! ちょちょ、ちょっと何かが違ったような気がするので今のを忘れてテイクツーをお願いしま――」
 恥ずかしさに大わらわのオレだったが、すっと近づいたローゼルさんによってオレの口は……ローゼルさんの唇に閉ざされた。
「んん!?」
 ジタバタするオレをよそに、ローゼルさんは深い口づけを――体感では一時間くらいされた気もするのだが実際には一分ほどした後、オレを抱き寄せて耳元で囁いた。
「――まったく、ロイドくんはこれだから……」
「ひゃ、ひゃひ!?」
「谷底に突き落としてきたと思ったら、直後雲の上まで引き上げるのだからなぁ……ずるいぞ、この女ったらしめ……はむ。」
「びゃああ! 耳をかじらないでくらさい!!」
「こほはふ。」
「あびゃああっ!?」
「――!! このバカ、離れなさいよっ!」
 エリルがうしろから引っ張るが、過去最強クラスのホールドでくっつくローゼルさんは離れず、みんながいっせーのでひっぺがすまでの数十秒間、オレはローゼルさんにあれやこれやと頭の中をぐるぐるにされた。
「はぁ……」
 ついさっきオレが泣かせそうになった女の子は、今や至福の表情でオレのベッドの上にぺたりと座っていた。
「以前のウェディングドレスの勘違いの時とは段違い……ふふふ……いい言葉だな……幸せにするか……」
「優等生ちゃんが完全にとろけてるねー。ほんと、ロイドってそういう事をいいタイミングでポロッと口にするんだからー。前半はかなりひどいこと言ってたくせにねー。」
「ひどいも何も当然じゃない。ロイドはあたしを――え、選んでるんだから。あ、あんたたちの諦めが悪いせいじゃないの。」
「唇奪って下着のぞいてお尻に触ったりしておいてー?」
「全部あんたが自分で仕掛けたことじゃない!」
「で、でもまだわからない、から……ロイドくんの運命の相手は……そ、卒業までは……」
「そうだよ! だいたい前半の部分の方をちゃんとわかってるの、ローゼルちゃん! ロイくんがこの人ならオッケーって思ったらそれで終わりなんだから! ロイくん、適当な男にオッケーって言っちゃっていいよ!」
「ふ、ふふふ……きみこそわかってないなリリーくん……つまり、誰が来ようともわたしが断り続けるのならば……ロイドくんはわたしの――ふふふふふ。」
「いや! その! だだ、だからちょっと言い方を間違えたと言いますか!」
「ふふふ、男に二言無しだぞ、ロイドくん……」
「しょしょ、しょれは――」
 心臓をバクバクさせながらあたふたしていると、エリルにガシッと腕をつかまれて――
「そういうのを言ったりやったりするのはいつも他の女からよね……あんた。」
「はひっ!?」
 身長的に傍まで寄られるとそうなるのだが、上目遣いでエリルが――可愛いムスり顔でぼそっと言う。
「…………あたしは……?」
「ひゃばっ!?!?」
「ロイくん、ボク! ボクを幸せにできるのはロイくんだけなんだよ!」
「あ、あたし……も、い、言って欲しいなぁ……って……」
「いよいよ女ったらしっていうか落としにきてるっていうか、ひどい男だよねー。あたしも幸せになりたいなー。」
 熱のこもった視線が突き刺さる。さっき気づいたら三年生になってそうと思ったが、このまま行くと気づけばフィリウスみたいな――いや、下手をすればそれ以上のアレになってそうだ……あぁあぁああ……
「ふふふ、これは明日からのお泊りデートが楽しみだな。」
「えぇっ!?!?」
「おやおやロイドくん、まさか忘れていたのか? 今週の授業は今日で終わり、明日から週末だぞ。」

 ランク戦の時、みんなから……ここ、告白されたりしたと同時にデートの話になり、リリーちゃんによってそこにお泊りが追加され、あれやこれやといつの間にかみんなとする事になってしまった……お泊りデートなる魅惑的かつ恐ろしいイベント。デルフさんのアドバイスに従い、誘惑に負けない鋼の精神を鍛える場と考えれば乗り切れるかと思ったが、今のオレにはハードルの高すぎる試練のような気がしてきている。
 特にくじ引きによってトップバッターとなったローゼルさんは女神と称されるほどの美貌とナイスバディの持ち主。加えて恋愛マスターの力とオレの吸血鬼性のあれこれによって発生しているラッキースケベなる運命のいたずらモード。乗り越えられる気がしない。

「い、色々あって意識の外にあったと言いますか――あ、明日!? どどど、どうすれば――というかオレ、特に何も……その、ど、どこ行くとか考えてなくて……」
「心配無用だ、デートプランは考えてある。それはそれは素敵な……いや、幸せな週末となるだろう……ふふふ。」
 とろける笑顔のローゼルさん……ああ、どうしよう……
「ロイくんてば、エッチなことはしちゃいけないんだからね!」
「き、昨日あんなことしてたリ、リリーちゃんが言うと……で、でも、ロ、ロイドくん……あ、あんまりハ、ハレンチなのは……ダメだよ……?」
「…………エロロイド……」
「ロイドは押しに弱いからねー。いっそ優等生ちゃんをぐるぐる巻きにして動けなくしておけばー?」
「ぐるぐる巻きにする途中でラッキースケベが働きそうだよ……」
「ぬ、ロイドくんにはそういう趣味が……」
「誤解です!」
「あっとそうだ、ラッキースケベと言えばさ、あたしの部屋に行こうよー。今となっては優等生ちゃんの部屋につながる確率も下げたいとこだしねー。」
「ああ、そういえばそうだったな……しかし今は……ふふふ、ドアの選択肢がいくつ増えようと、全てのチャンスはわたしに巡るだろう……ふふふ。」



 ……!! 「あたしは?」なんて、リリーみたいな事言っちゃったわ……で、でもこれはロイドのせいよ、ロイドの……ホントにこいつは……
「ここがあたしの部屋だよー。」
 ローゼルのトロケニヤケ顔がおさまらないまま、あたしたちはアンジュの部屋にやってきた。
「ああ、この流れはあれだな? アンジュくんのルームメイトがロイドくんに惚れるなりなんなりするのだろう? ああいや、構わないとも。何故ならロイドくんはわたしの……ふふ、ふふふ。」
「……今のローゼルは使い物になんないわね……」
「アンジュ、ちゃんのルームメイトって……どんな人、だろう……」
「は! アンジュちゃん以上のやらしー子だったら大変! ロイくん、目をつぶっててね!」
「商人ちゃんに言われたくないけど、でも残念、今日は会えないよー。ていうか当分はかなー。」
「はぁ?」
 よくわからないことを言いながら部屋のドアを開け、アンジュはあたしたちを中に入れた。部屋の間取り――っていうか家具の配置はあたしとロイドの部屋と同じの、左右でそれぞれのスペースを分けたタイプ。あたしたちは……その、男女っていうのもあるからそうしてるけど、小耳にはさんだ感じだとローゼルたちみたいに二人のベッドを片側に寄せる配置が一般的らしいわね。
「――ってなによあれ。」
 アンジュのスペースがどんな感じなのかじっくり見る前に視界に飛び込んできたそれにあたしは驚いた。
「ルームメイトの私物だよー。」
 アンジュのルームメイトのスペースには備え付けの家具以外ほとんど何もないんだけど、唯一ベッドの上に……大きなクマのぬいぐるみが置いてあった。
「ほとんどいないから、これを自分だと思ってーって言って置いていったんだよねー。」
「ほとんどいない? どういうことよ。」
「三年生なんだけどねー、なんかすごい優秀らしくって、半分現役の騎士として任務を受けてるんだってさー。」
「えぇ、すごいな。」
 デカいクマの手を持って握手的な事をしてるロイドがいつものすっとぼけ顔で驚く。
「あたしが入学した最初の二週間だけここにいて色々教えてくれて、その後出かけたっきり一度も帰って来てないんだよねー。」
「そ、それってちゃんと……卒業、で、できるのかな……授業とか、で、出てないんだよね……」
「特例とかじゃないのー? 騎士を育てる学校の生徒が騎士として活躍する事が悪いことなわけないしねー。」
「ふぅむ、会長のような飛びぬけた実力の持ち主なのだろうが、それでこんなクマのぬいぐるみだからな……わたしのような完璧美少女でティアナのようにかわいいモノが好き――という感じだろうか。」
「優等生ちゃんのこういうところ見たら、「お姉様」って呼びたくなくなるだろうねー。一応言っとくけど、彼女はローゼルちゃんとは真逆の容姿だよー。」
「わたしと逆?」
「二つ上の先輩なんだけど中等か、下手したら初等の子供に見えるくらいちっちゃくてかわいくていい子なんだよー。」
「そ、そう聞くと、このぬいぐるみも……な、納得だね……」
「でも……そうか、じゃあアンジュはずっと一人だったのか……」
「あれー? ロイド、あたしの部屋に来てくれる気になったのー?」
「へ!? や、そうじゃなくて……その、最初の二週間に色々教えてくれたって言ったけど、それでも一年生で最初っから一人っていうのは……」
 チラッとあたしを見るロイド……
「まー、でもあえてだろうけどねー。彼女がルームメイトなのはさー。」
「えぇ?」
「忘れてるかもしれないけど、あたしは一応他国の貴族だからねー。」
「えぇっと……?」
「ああ、つまりエリルくんの時と同じだな。下手なルームメイトを選んで問題が起きるよりは、一人にしておいた方が心配の種は少ない。それに相方になる方も気を使ったりなんなりで苦労してしまいそうだからな。」
「それでほとんどここにいない人がルームメイトに……なんだか寂しい気もするけど、こういうのが外交……? っていうのかな……」
「まー、そういうしばりをことごとく無視していく人を師匠に持つロイドにはわかりづらいかもねー。ま、ともかくそういうわけだからさー。あたしが着替えてたりお風呂上りだったりしてもロイドはドンドン来て大丈夫だからねー。」
「いやいや!」
「あ、そうだ。商人ちゃんが通ったドアが対象になるってことは、今商人ちゃんにこの部屋のお風呂場へのドアを通ってもらえばいーってことだねー。ほらほら、商人ちゃん通ってー。」
「え、やだよ。ロイくんが来るべきはボクのとこのお風呂場だけなんだから。」
「そーんなこと言わずにさー。」
「ぬ、そうか、その手があったな。よしリリーくん、次はわたしたちの部屋の風呂場にも来るといい。」
「やだってば。」
「ななな、なんでみんなしてそんなにお、お風呂に突撃されたいんですか!」
「突撃っていうか、その先を期待してる感じだよねー。」
「その先!?!?」
 全員のニンマリした顔に真っ赤になるエロロイド……これはしばらく、ロイドがドアを通る時にはいっしょにいた方が良さそうね……
 ……っていうかこのドア騒動、あたしだけ大して――って、べべ、別に着替えを見られたいわけじゃない――わよ!!



「案の定、プレウロメさんは捕まりましたね。」
 いくつもの画面が光る暗い部屋という目の悪くなりそうな場所。剣と魔法の国であるフェルブランド王国では珍しいが、金属の国であるガルドでは広く普及しているコンピューターの前、奇怪な帽子をかぶった青年がキーボードを叩きながらそう言った。
「ま、おかげでいいデータがとれたんですけどね。」
「それを聞きに来たのである。何がわかった?」
「色々と。」
 画面が眩しいのか、それとも別の理由か、傍に立つ目を閉じたままの男の問いかけに、帽子の青年はタンッとキーを叩いて写真やグラフを画面に表示させた。
「元々下級騎士くらいの実力だったプレウロメさんが、負けはしましたけど中級騎士と勝負できました。これだけ見るとツァラトゥストラの効果は所有者の強さを一段階上げるって感じに見えますけど、そうではなさそうですね。」
「ツァラトゥストラの種類で変わると?」
「それもあるでしょうけど一番は所有者の元々の実力ですね。これ見てください。あの目玉が持っていたエネルギーとプレウロメさんが実際に出した――いや、出せた力。これには随分差があるんですよ。」
「ふむ、数値を見るとプレウロメはだいたい二割程度しか力を引き出せていなかったようであるな。」
「身体の一部とするモノですからね。例えばの話、普段運動なんかしないモヤシと日々心身を鍛えているマッチョが同じツァラトゥストラを使った時に得られる力が同じとは思えません。」
「なるほど。誰でも強くなれるアイテムであることは確かだが、それなりの実力がなければ最大限の力は引き出せぬと。」
「そうなりますね。でもここで注目すべきはさっきクラドさんが言った二割程度ってところ。言い換えれば、その程度の出力でも一段階上の戦闘力が手に入るって事ですからね。元々実力があってツァラトゥストラの力をより引き出せるなら、上級騎士クラスに手が届く人もいるでしょうね。」
「お前もか、ゾステロ。」
「ふふふ、まぁぼくの実力は中級くらいですから……推測通りであればそれくらいには。クラドさんなんか下手すれば十二騎士クラスでは?」
「そう単純な倍々ではないだろうがな。だがあの方であれば……」
「ですね……あーわくわくしてきましたよ。ぼくらもそろそろ出番ですかね?」
「ああ。単独の先走りとは言え、初戦敗北のままではしまらない。オズマンドとしての出発は大きい勝ち星で飾りたいところである。現在城の外に出ている国王軍の部隊でインパクトのある奴はいるか?」
「あー……いつものように魔法生物の討伐でいくつか部隊が――っと、これはちょっとパンチがあり過ぎですかね。」
「んん?」
「分隊規模で構成は上級一人と残りが中級。Aランクの魔法生物を相手にして帰ってくるところの部隊ですね。」
「? どこにパンチが?」
「部隊を指揮している上級騎士は……アクロライト・アルジェントです。」
「ほう、『光帝』か。十二騎士を除けば国内最強の騎士……ふむ……」
「いきなり過ぎますかね。」
「……いや、あちらはまだツァラトゥストラへの対応が整っていない。プレウロメの一戦だけでは何もわかるまいからな。それに上級が『光帝』のみという状況が良い。これは好機である。」
「おお、ならぜひともぼくに――と言いたいところですけど相手が相手ですからね。こっちのメンバーは慎重に選ばないといけませんね。」
「ああ。メンバーを集めておいてくれ。自分はあの方のところへ。」
「了解です。」
 暗い部屋を後にし、目を閉じたままの男は閉じたままで廊下を歩いて行った。まるでそれでも周りが見えているかのように。



「バーナード、頼みがある。」
「うほっふ!」
 どこかの国のどこかの森の中、既に半分ほどがしゃぶりつくされた骨となっている巨大な何かの横で豪快に肉を焼いていた太った男は、突如背後に現れた老人に妙な声をあげた。
「びっくりしたでさぁ。いつの間に位置魔法を?」
「使ってない。ワレの移動に音が無いだけだ。」
「それにしたってっすけど……もう用事は済んだんっすか?」
「ああ、思わぬ収穫が……というかバーナード、ワレがここを離れた昨日から座っている位置が変わっていないな。」
「この辺の生き物はこの花の匂いが好きなんでさぁ。ちょっといじって通常の数倍の匂いにしたら肉が次から次に来るんでさぁ。それで久しぶりにバーベキューでさぁ。」
 太った男は、遠目には丸太か何かに座っているように見えるのだが、実際にはあり得ないほどに巨大化した植物のくきに座っており、その先に咲いている巨大な花からは甘い匂いが香っている。
 加えて、太った男の周りには完全に骨のみとなった何かが十以上も転がっていた。
「恋愛マスターはちょこまか動くでさぁ、腹ごしらえしておかないともたないでさぁ。」
「ワレの数週間分くらいを食べておいてただの腹ごしらえとは相変わらずだな。しかし珍しいな、骨を残すとは。」
「あとで揚げるんでさぁ。」
「なるほどな。やはりお前以上の者はいないだろう。」
「なにがっすか?」
「ワレの娘に生き物の食べ方を教えてやって欲しい。」
 老人がそう言うと、その後ろから何も着ていない少女がひょっこりと顔を出した。普通ならその異常にあれこれと質問をするところだが、太った男はゲテモノ料理でも見たかのような顔になった。
「……ケバルライには悪いっすが……なんともまずそうでさぁ。色々混ぜすぎでさぁ。」
「お前に食べられる事は想定していないからな。」
「そうっすか。で、食べ方ってどういう事でさぁ? お箸の使い方でも教えるでさぁ?」
「一般的な食事の方法はワレが教える。頼みたいのはそういう、野生の生き物をそのまま食べる際の――言うなればきれいな食べ方だ。効率の良い摂取の為、場合によっては痕跡を残さない為、身につけさせておきたい。」
「何を食べるんでさぁ?」
「なんでもだ。ちなみに食べたモノによって成長する箇所が異なっていてな。一先ずは会話の為の知能が欲しい。」
「頭のいい生き物って言ったらSランクの魔法生物か人間になるでさぁ。」
「とりあえずはその辺の食べ方を教えてやって欲しい。済んだら今お前が食べているようなモノの食べ方を――」
「ケバルライ、あっしは悪党でさぁ。タダってわけにはいかないでさぁ。」
「わかっている。ザビクの時もそうだったからな。代金としてワレの作品をくれてやる。」
「おお! そこの娘っ子はともかく、あの辺のは一度食べてみたかったんでさぁ。できれば首が三つあった犬がいいでさぁ。」
「成立だな。もう少しで娘用の服ができあがるから、そうしたらよろしく頼む。」
「ま、姉御の仕事の息抜きがてらでさぁ。ちなみにその娘っ子、名前はなんでさぁ?」
「コルンだ。」
「コルン? なんだか普通に女の子っぽい名前でビックリでさぁ。てっきりなんちゃらニウムみたいな化学式っぽい名前かと思ったでさぁ。」
「ネーミングセンスの無さはムリフェンで足りている。それに妙な名前にしては街中で呼べないだろう。折角の人型なのだから、そういう場所でも動けるようにしたい。」
「そうっすか。とりあえずそのコルンがよだれダラダラでさぁ。」
「ん? お前の肉を見て腹を鳴らしているな。やはり食欲は知性の前に来るのだな。」
「ああ、わかるでさぁ。」
 首が肉に埋まっているせいで頷いているのか震えているのかよくわからない太った男がそう言うと、そのハムのような右腕が鋭い刃となり、老人と少女に肉を切り分けた。
「焦げと肉汁で楽しむでさぁ。ところでケバルライ。」
「ん?」
「あっしはあの国の出身じゃないからよく知らないんすが……アルハグーエが姉御のツァラトゥストラを渡したっていう連中、どんな奴らなんでさぁ。」
「普通のテロ集団だが……お前が興味を持つような要素はないはずだぞ?」
「いやぁ、ありありなんでさぁ。ツァラトゥストラをそのまま食べたら死ぬってアルハグーエは言ってたんすが……それを取り込んだ人間なら大丈夫じゃないかと思うんでさぁ。」
 今まさに巨大な肉を頬張っているというのに、太った男は一層のよだれを垂らし始め、垂れ下がった顔の肉に隠れた眼がその奥でギラリと光った。
「何かしらの理由があってツァラトゥストラを渡したのだろうから手は出さない方が良いと思うが……まぁ一人二人のつまみ食いならいいんじゃないか?」
「っすね……あぁ、楽しみでさぁ……」
 巨大な饅頭のような身体の、見方によってはコミカルな外見の太った男が凶悪な笑みを見せ、あふれるよだれをそのままに肉にかぶりつく。その時口の中に見えた歯は人間のそれとは言い難く、それを見た老人はやれやれと呟いた。

「久しぶりに、『滅国のドラグーン』が暴れるか?」

第三章 優等生の猛攻と揺れる騎士

「あんな約束するんじゃなかった……!」
 交流祭の後の最初の週末の朝。女子寮の前でオレはニコニコ顔のローゼルさんの隣で他のみんなに睨まれていた。
「おやおや、商人ともあろう者が約束を違えてはいけないぞ。さぁさぁ、ここまで頼むぞ、リリーくん。」
 そう言いながら地図を見せるローゼルさんにぐぬぬ顔のリリーちゃん。
 交流祭の前日になされた取引で、この……お、お泊りデートにおいて、みんながそれぞれに行きたい場所までリリーちゃんが連れていく代わりに、リリーちゃんは全員に貸しを一つ作る、というモノがあった。
 つまりリリーちゃんは今後、何かしら……その、オレと……み、みんなの間で、な、何かしらの……何かがあった時に、そのチャンスを優先的に得られる――みたいな、そんな感じの取引なのだ……
「え、ここ海の近くだよ? もう寒いし泳げないよ?」
「いいのだ、ここで。」
「……何企んでるのかわかんないけど……ロイくん!」
「は、はい!」
「ローゼルちゃんとえ、えっちな事しちゃダメなんだからね! そういうのはボクとの時にとっておくんだよ!」
「えぇ!?」
「やれやれ、リリーくんはその話ばかりだな。いやらしいことだ。」
「ロゼちゃんも……結構だと、思うけど……昨日とか部屋で、そ、そういう事しか言ってなかった、よ……?」
「ソウイウコト!?」
「はてなんのことやら。ほれほれリリーくん。」
「んもー!!」
 そこそこ距離があるからか、リリーちゃんが地面に何かを書き始める。
 位置魔法は基本的に自分と自分が所有するモノ、そして魔法で印をつけたモノしか移動できないのだけど、移動する人がそれを了承しているなら他人でも移動できる。普段はこれといった呪文も無しにパパッと移動するリリーちゃんだけど、移動するモノの重さや距離が一定値を超えるとこういう儀式的なモノが必要なのだろう。
「ロイくん、はいこれ。」
 魔法陣を書き終わったリリーちゃんが……なんていえばいいのか、ポチッと押すボタンがついているだけの小さな箱をくれた。
「これは?」
「マジックアイテム。今そのボタンとこの場所を位置魔法でつないだから、それを押せばいつでもここに戻ってこれるの。」
「へぇー、便利だね。」
「身の危険を感じたらすぐに押してね。」
「えぇ!?」
「ほう、明日はこれで帰るのだな。」
「そういうこと。じゃー飛ばすけど……二人ともダメだからね!」
「まー、ちゃんとオオカミにもなるしラッキースケベ状態なロイドだけど、なんか結局鼻血で終わりそうな気がするなー。」
「ロ、 ロゼちゃん……昨日言ってたこと、とか、し、しちゃダメ……だからね……」
 ティアナの発言が気になるところなのだが、ふと視界の隅っこに入ったエリルは――

「…………」

 それはそれは恐ろしい――というのとは違うけどそれに似た顔でオレを睨んでいた。そ、そうだぞ、オレ……状況がおかしいけど、オ、オレの彼女はエリル――
「ちなみに。」
 位置魔法が発動し、ぼんやりとした光に包まれる中でローゼルさんがオレの顔を覗く。
「前回同様、このデート中はわたしを彼女として扱うのだぞ。」
「ほへ!? や、でもぜ、前回はカカ、カップルでないと店に入れないからという理由で――」
「扱うのだぞ。」
 冷ややかな笑顔で迫られてコクリと頷きながら、オレとローゼルさんは『テレポート』によって海辺にあるらしい街へと移動した。
「わ、急に空気が……」
「うむ、いい風だな。」
 ぬくぬくの部屋から涼しい外に出た時のような、新鮮な空気が身体にしみる感覚。海が近い――というか海を見下ろすような場所に出たオレたちはしばし潮風を楽しみ……オレはこの後のことというか今日の流れというか……確認を始める。
「えぇっと……じゃ、じゃあ前みたいに……ロ、ローゼルって呼び捨てですか……」
「うーむ、それなのだが……確かに前はそういうのに憧れていたが、今となってはどちらでも良いような気がしてな。違和感の方が強いから、いつも通りで良しとしよう。」
「そ、そうですか。」
「ちなみにロイドくんがわたしと話す時になる敬語とそうでないのが入り混じるヘンテコなしゃべり方もそのままでいいぞ。」
「す、すみません……ローゼルさんの雰囲気が大人っぽいというか色っぽいというか美人さんというか、そういうのでつい――ってわっ!」
 思わず出た言葉に慌てて口を閉じるが、ローゼルさんはほんのり赤い顔でご機嫌な笑顔だった。
「うむ、わたしは美人だな。」
「は、はひ……あ、そ、そういえば、そ、その服なのですね!」
「ふふふ、そりゃあロイドくんに選んでもらった服だからな。お気に入りの一着なのだ。」
 前のデートの時にオレが選んだ……というか選ばされたわけだけど、カッコいいシャツに……えっと、確かサブリナっていう名前のちょっと丈の短いズボン。そこへ更に色々なアレンジの加わった格好が今日のローゼルさんで……こういうのをクールビューティーと言うのだろうか。
「まぁ、スカートと違って中を覗けないから、ロイドくん的には少し残念かな?」
「ななな、なにを――」
「ふふふ。」
 きょ、今日のローゼルさんはたまになるテンションの高いローゼルさんだな……こ、これは明日までドキドキされっぱなしかもしれない……
「実はこの街にやってきたのもこの服が絡んでいてな。ここにはこのブランドの本店があるのだ。」
 そう言いながら、ローゼルさんはシャツの襟の辺りに刺しゅうされているイルカのマークを指差した。オレがその服を選んだところもそのブランドのお店だったわけで、どうやらあちこちにある有名ブランドらしい。
「本店という事はこの街からそのイルカが……なんだか納得だ。」
 海に面した綺麗な街にイルカのイメージというのはよく合う。もしかしたら近くの海でイルカを見られるのかもしれないな。
「じゃあ本店の……本店にしかないような服を買いに?」
「その通りだが少し違う。このブランドは基本的に女性向けなのだが、本店にのみ、男性向けの服があるのだ。」
「へぇ……え、男性?」
「うむ。今度はわたしがコーディネートするから、おそろいのブランドを着ようじゃないか。」
「えぇ!? で、でもオレ、そんなオシャレ服が似合うかどうか……」
「大丈夫だ。ちゃんとするとロイドくんは妙にカッコよくなるからな。」
「カッコヨク……そ、そうですか……」
「そうだぞ。ロイドくんはもっと自信を――いや、持たない方がいいな。ロイドくんに惚れる女の子が増えてしまう。」
「はい……」
「ちなみに、これに関してはさすがに男性用はないのだが、本店にしかないモノというともう一つあるのだ。」
「本店は何かとレア度が高いんですね……何があるんですか?」
「下着だ。」
 ……
…………
……え、し、下着……?
「し、しし――」
「下着、だ。」
 ローゼルさんがニンマリしている……
「へ、へぇー……そ、そうなんですか……」
「うむ。」
 ローゼルさんがニンマリしているっ!!
「え、えぇっと……い、今のはこのブランドの豆知識的な……ただの紹介――ですよね……?」
「ふふふ。」
 色っぽく微笑みながら、ローゼルさんの手がオレの手をつかむ――というか絡む。
「うむ、恋人つなぎもこころなしか様になるようになったな。」
「どど、どういう意味――」
「あの時よりも……」
 つないだ手をそのままに、ローゼルさんがオレに寄り掛かって耳元で囁く。
「わたしたちの距離が縮まったということさ。」



 田舎者の青年が濃い青色の髪の美女に引っぱられて街へ繰り出した頃、フェルブランドの端に位置する森の中。十人ほどの騎士が獣道の途中、大きな岩が腰かけにちょうどいい少しひらけた場所で休息していた。
「城に戻るまでが――ではあるが、皆良くやったな。」
 黒いマント――俗に中級騎士と呼ばれるスローンという階級の騎士たちの中で一人、白いマントを身に着けた男が満足気な表情でそう言った。
 端正な顔立ちとショートカットくらいの金髪。顔以外を鏡のような銀色甲冑で包んだ唯一の上級騎士――セラームの階級にある彼の労いに、スローンの面々は「いえいえ」と首を横に振った。
「アルジェントさんがいたからこそ俺たちも頑張れたんですよ。なんて言うか、心強かったです!」
「ふふ、仮にそうだとしても、やはり皆に実力があってこその勝利だ。私のおかげなどと、謙遜しなくても良い。」
「いえいえ、でもやっぱり――」
「そうか? となると私がいなくても実力を発揮できるように訓練をしないといけないな?」
 本人にその気はなく、そうと思った事もないのだが、そのいたずらっぽい笑みは女性を虜にする武器であり、実際この場にいた数人の女性騎士がドキリとした。
 騎士と呼ばれる者のイメージそのままの格好、ルックス、そして何よりその強さからフェルブランド王国において十二騎士以上の人気を集める騎士。セラームのリーダーを務め、『光帝』と呼ばれてはいるが高圧的というわけではないその騎士は、気さくに同じ国王軍の仲間との会話を楽しんでいた。
 だがそんな中、おそらくこのメンバーでは彼だけが気づいたであろう気配。それがどういうモノであるかを察し、彼がある事をした直後――

 ズンッ!!

 彼らが座っていた場所を中心に半径数十メートルの地面が陥没した。

「んん?」

 何かが空から降ってきた跡のような巨大なクレーターとなったその場所のふちに、ふらりと男が現れて首をかしげた。
「妙な手応えだ……全員捉えたと思ったのだが……」
 鉄板を曲げて縄で縛っただけのモノを両手両足に装備し、ボロボロの道着と長いハチマキを身につけた、見るからに武道家という身なりのその男が軽く右腕を振る。すると立ち込めていた土煙が吹き飛び、クレーターの中がハッキリと見えるようになった。
「ああ……ああ、そういうことか。」
 そこにいたのは銀色の甲冑をまとった騎士のみで、さっきまでいたはずの十数名の騎士はいなくなっていた。
「何代目かの《オクトウバ》が生み出したというマジックアイテム。騎士の殉職を少しでも減らす為に作られたそれは、念じるだけで事前に指定しておいた場所へ『テレポート』ができるというモノだった。帰還目的にしか使えなかったり移動先が限られたりと、使用する際にクリアしなければならない条件は多いものの、その代わりに位置魔法が使えない者でも使用可能。今や緊急時の離脱アイテムとして多くの国で騎士の標準装備となっている代物……確かディアーブとか言ったか。要するにあんた以外はそれを使って逃げたってことか。」
「……長い説明をわざわざご苦労な事だが、最後が違う。」
「ほう?」
「規模に関係なく、部隊の指揮を任される者には部下のディアーブを強制的に発動させるアイテムが渡される。つまりディアーブを使用したのは彼らではなく私。逃げたなどと、彼らを侮辱するのはやめてもらおう。」
「なるほど。しかし見ようによっては侮辱しているのはあんたじゃないか?」
「なに?」
「要するに、オレとの勝負に足手まといと判断したから帰したんだろう? 戦う前から負けると思ってるのって、侮辱じゃないのか?」
「侮辱も何も、ただの事実だ。彼らは次代の騎士だが、まだ無謀の混ざった勇敢を持つ。未来、今よりも衰える私では守り切れない戦いに勝利する彼らを無事に成長させる為、無謀となる悪党の相手を今が全盛の私が請け負うのは当然のこと。」
「そうかい。まぁオレの狙いはあんただから別にいいんだがな。こっちからしゃべっておいてなんだが、無駄話はこの辺にしようや。」
「……そのマーク、オズマンドか。」
 スッと拳を構えた男の手に括りつけられた雑な籠手。そこに刻まれた十字のマークを見た騎士の呟きに、男はハッとする。
「おっとっと、名乗りを忘れてた。いかにもオレはオズマンド所属、ナンバーファイブのドレパノだ。」
「ドレパノ……確か第六系統の使い手だな。」
「ほー、オレのこと知ってんのか。」
「オズマンドとの戦いは今に始まったことではない。幹部クラスとの戦闘記録くらいある。だが……」
 構えた男を前に、しかし騎士は剣に手を伸ばすわけでもなく無防備に後ろを向いた。
「第六系統の重さの魔法――重力魔法でここまでの威力を生むには相当量のマナを必要とするはず。だが先ほど感じたマナの動きはそれほど大きくなかった。まるでイメロを使ったかのようだが……これがツァラトゥストラの力というわけか。」
「あーやっぱその情報は掴んでるのか。プレウロメのやつが先走ったからなぁ。ま、そういうことだ。」
「……イメロはその特性故、所有者が悪党となった場合には最優先の危険人物として扱う。ツァラトゥストラを同等のモノとするなら、記録上スローンと互角の勝負をしたお前の現在の危険度はセラームで対処すべきレベルと考えていいだろう。」
「おいおい、そりゃあちょっと甘くないか?」
 ニッと笑った男――ドレパノは右の拳を空に伸ばし、すぅっと息を吸う。直後、先ほどと同等の衝撃が地面に走った。
「これは……」
 いつの間にかクレーターのふちに移動していた騎士は倍の深さに陥没した地面を見て驚いた。
「イメロと同等? それ以上だろ、これは。」
 そう言いながら、ドレパノはトントンと自分の胸の辺りを叩く。
「オレのツァラトゥストラは肺。少量のマナで大量の魔力を生み出す力がある。おまけに魔法使用による負荷も軽減……というかほぼない。半分魔法生物になったみたいなもんだ。」
 強大な力と共に更なる笑みを見せたドレパノだったが、騎士は至って冷静だった。
「ふむ、ツァラトゥストラはその部位によって能力が異なるのか。良い情報を得た。《ディセンバ》殿が回収した眼球と合わせて解析すれば更に詳しい事がわかるだろう。」
「……余裕だな。さすがは『光帝』、アクロライト・アルジェント。十二騎士を除けば国内最強の騎士様ってか。」
「人間と思えば厄介だが、特殊な魔法生物と見ればどうということはない。」
「言ってくれる。その余裕がいつまで――」
「その前にもう一つ、オズマンドのメンバーと戦う時はいつも聞いていることがある。」
「……なんだ。」
 早く戦いを始めたいのだが、自分から始めた無駄話のせいで会話が続く状況にドレパノは微妙な顔になる。
「オズマンドは武力を行使する反政府組織、いわゆるテロリスト。ならばメンバー全員に今のフェルブランドに対する不満があるはずだ。むろん、支持率百パーセントの国政など不可能だろうが、こうして行動を起こしたお前たちの声を聞いておくことは今後の為になる。だから聞かせて欲しい……お前はどうしてオズマンドに?」
「……メンバーの誰も彼もがそうってわけじゃない。真面目なテロリストが半分、残り半分の半分が居場所を求めただけ、もう半分があの人の為に動く奴だ。」
「あの人……国王軍にはオズマンドの……さっきお前が言っていたナンバーで言うところのスリー、ツー、ワンとの交戦、遭遇の記録がない。今度こそ出会えるといいのだがな。」
「出会えるといい? はっ。」
 騎士――アクロライトの言葉に、ドレパノの表情は馬鹿にするのと呆れるのが混ざったモノになった。
「会ってどうする? 長きにわたるオズマンドと国王軍の戦いに終止符を打つってか?」
「できればそうしたいが。」
「不可能だな。」
 再び拳を構え、ドレパノが半笑いで姿勢を低くする。そして――

「お前なんかが勝てるわけないだろうがっ!」

 脚力だけではない何かの力を働かせ、ドレパノは弾丸のようにアクロライトへ突撃。勢いそのままに右の拳を打ち込み、それをアクロライトが片手で受け止める。両者の手が触れた瞬間、濃い紫の光と真っ白な光が閃光となって周囲に散った。
「……私は第三、お前は第六。私たちの魔法は反系統の関係にある。互いが弱点であり、かつ有利な相手。不安定な戦闘になる事は目に見えているというのに、私を倒す為にお前がやってくるというのは妙な話だ。」
「そうでもない。」
 ドレパノがニヤリと笑う。するとドレパノの拳を完全に止めたはずのアクロライトの身体に衝撃が走り、後方へ弾き飛ばされた。
「! これは――」
 空中でくるりと態勢を整えて着地したアクロライトは自分の右手を、そしてドレパノを見た。
「その驚き、これで二回目だぞ? 案外学習しないんだな。」
 両手を広げ、その四肢に紫色の魔力をまとうドレパノ。
「腕のいい奴ってのは、相手が魔法を使う時のマナの流れとかを読んで防御に必要な魔法を最適なモノにするという。だが生憎と、あんたの前にいる男はあんたが相手にした奴の中で最高のマナの変換効率の持ち主だ。今までの感覚で防御してたらこの勝負、あっという間だぞ!」
「……説明をわざわざご苦労。これも二回目だ。」
「はっ!」
 ドレパノが短く笑うのを合図に、今度はアクロライトが仕掛ける。背中に背負っていた、フィリウスの大剣ほどではないにしろ平均よりはやや大きめの剣を片手で抜き、その刀身に光を宿した。
「『スワロ』っ!」
「『グラビティウォール』!」
 アクロライトの右腕が霞むと同時に十数の光の柱が斬撃として放たれたが、それらは両者の間に出現した紫色の壁に阻まれた。
「評判通り、とんでもない速さでとんでもない攻撃をしてくるんだな。だが今のオレならその速さに防御が追いつ――」
「ファイヤ。」
 自慢げに笑うドレパノをよそに、左手を『グラビティウォール』にかざしたアクロライトがそう言うとその手の平で爆発が起きた。
「どわっ!」
 先ほど光の斬撃を防いだ壁は砕け、ドレパノは衝撃で吹き飛ぶ。
「くそ、なんだ今の――」
 宙を舞う刹那、着地の準備をしながら正面に目をやったドレパノは、自身を切断せんと目前に迫っていた光に――
「――っつあああああっ!!」
 加減無しの全力の重力魔法を仕掛けた。先ほどと同程度の範囲が先ほど以上にへこみ、土と草木をまき散らしながら砕け、辺りは土煙で何も見えなくなった。
「――っ、ああ、だあ……さっきのは一体……」
「なるほど、それが最大のようだな。」
 辺りを包んでいた土煙が光の一閃で吹き飛び、肩で息をしていたドレパノはアクロライトを見てぎょっとした。
「! なんだそりゃ……」
 剣の間合いを遥かに超える距離――クレーターを挟んでドレパノの正面に立っていたアクロライトの手には、その光る刀身を伸ばし、鞭のようにしならせた剣があった。
「は、いつから『光帝』様は鞭使いになったんだ?」
「鞭ではない。切断してしまうからな。」
 ブンッと横に振られた剣は伸びた刀身を元に戻し、再び光り輝く大剣となった。
「お前の今の反撃、空中でのとっさの行動故、おそらく手加減無しの全力だっただろう。つまりお前があの一瞬で出すことのできる魔法はこれくらいが限界というわけだ。この規模は確かに驚くべきだが、程度がわかれば対応できる。」
「――!! それはどうかなっ!」
 ドレパノが素早く息を吸い込むと、クレーターを覆うほどの巨大な魔法陣が出現した。
「あんたは神や悪魔を信じるタイプか!?」
 そう叫びながらドレパノが空中にいくつかのマークを描くと、魔法陣の中心から巨大な腕が伸び、身長が十メートルはあろうかという角の生えた怪物が雄叫びと共に這い出てきた。
「こっからは二対い――」
 一閃。アクロライトの剣の動きに合わせて横に走った閃光は、その怪物を上と下とに切断した。
「な――」
 開いた口が塞がらないという状態そのままのドレパノは、登場の雄叫びがそのまま断末魔となった怪物がチリとなって消えていく光景に驚愕する。
「召喚速度、召喚された者のレベルには驚きだが、口を開けて万歳のポーズで引っ張り出すのはいただけないな。斬れと言っているようなものだ。」
 剣を持つ手をだらんとさせ、アクロライトはため息をつく。
「認めよう。お前のツァラトゥストラの持つ力はイメロを遥かに超える。お前はどの騎士よりも強力な魔法の力を手にしているのだろう。だが……使い方が話にならない。」
「……!!」
「お前が力に驕らずに技を磨いてから私の前に現れなくて良かった。」
「――っ……まだ勝負は終わってないぞ『光帝』っ!」
 ズンッと、アクロライトを中心にした一定範囲内にのしかかる重さ。そこへ最初と同様に突撃するドレパノ。
「『グラビティパン――」
 重さの乗った拳を打ち込む前に、ドレパノの目の前にせり上がった地面が壁となって立ちふさがる。拳を振り切る前の状態で壁に激突したドレパノは微妙な勢いと微妙な姿勢でアクロライトの正面にたどり着き――
「さっきも今もそうだが――」
 アクロライトの剣の腹で地面へと叩きつけられた。
「――技名が、あまりに安直ではないか?」
 コメディのように大の字で地面にめり込んだドレパノはそれ以上動くことなく、アクロライトは剣をおさめた。
「…………別にそうであって欲しいわけではないが、この男よりは腕が立つのだろうな。」
 そしてクレーターの外側、森の中に向けてそんな事を言った。

「腕は立たないわねぇ、アタシのナンバーはナインだもの。」

 アクロライトの問いかけに答えながら森から姿を現したのは女。どこのモノなのか学生服を着ているのだが、学生であるかは疑わしい。顔立ちやスタイル的には美女と称されるべきなのだが、目の下の隈や本人の濁った雰囲気のせいでそうとは表現しにくい。
 髪は黒、制服も黒、加えて暗い印象と、様々な色合いが黒い女は、ケヒッと笑いながらその黒々とした目をアクロライトの足元のドレパノに向けた。
「相手が『光帝』じゃなきゃそいつもそんなかませ犬みたいな様にはならなかったんだろうけど、それでも今日のところはこれで成功なのよねぇ。」
「……オトリか。」
「察しがいいこと。念には念をって事でアタシが仕事を終えるまであんたの相手をすんのがドレパノの仕事だったわけ。「倒してしまってもいいんだろう?」とかカッコつけてたけどねぇ。」
「それで、この後は? 仕事終わりに私と勝負か?」
「しないわねぇ。たぶんそいつも言ったと思うけど――」
 女がパチンと指を鳴らす。するとクレーターを取り囲むように森の中から百を超える数の人が現れた。
「アタシらの狙いはあんたなのよねぇ。」
「――! この人たちは……!」
「そ、昨日あたりにあんたが魔法生物の侵攻から救った村の住人たち。」
 見るからに戦闘経験のなさそうな人々が調理器具や農工具を手に虚ろな目で立っているのを見て、アクロライトは今日一番の厳しい表情を見せる。
「魔法で操っているのか……! 私が狙いなら私だけ狙え! 無関係な者を巻き込むな!」
「あっは。テロリスト的に言わせてもらえば、大義の為のちょっとした犠牲よねぇ。でもよかったわ、効果抜群みたいで。」
 嬉しそうに女が手を叩くと、村人全員が手にした武器を自身の首や腹に向けた。
「!! 彼らを人質に私を倒すつもりか、卑怯者め!」
「勝てばいいのよ、何事も。それに倒すつもりはないわねぇ。さっき言った「狙い」って言葉の意味はやっつけるって事じゃないわよ?」
「なに?」
「アタシとそこで寝てるドレパノの仕事は、今のフェルブランドで最も人気のある騎士であるあんたをこっち側に取り込むこと。こいつらはその為の人質。」
「私に国を裏切れと……?」
「ちょっと違うわねぇ。別に裏切んなくていいわよ、あんたはあんたのままで。ただ――」
 黒い女は、口尻をキュッと上げてにやけた口から舌を出してこう言った。
「――アタシの人形になるだけ。」



 お昼。ランチを食べる為に入った喫茶店で、オレは顔を真っ赤にしながら注文した料理を待っていた。対してローゼルさんは……オレほどではないけど少し赤い顔で、けれど嬉しそうに微笑んでいた。
「この街に移動してから今まで計七回、ロイドくんはわたしにいやらしい事をしたな。」
「はひ……」
「内三回はズボンだと言うのに下着を見られたな。」
「はひ……」
「そして一回……エリルくんのスカートに突っ込んだのと同等の事をしたな。」
「はひ……」
「やれやれ、周りに人がいれば発動しないと思っていたのだが、ちょっとした死角、一瞬のスキをついて突撃してくるのだからなぁ……ロイドくん、実は狙ってやっているのでは?」
「しょ、しょんなことは!!」
「ふふふ、冗談だ。どちらかと言えばそれはわたしだしな。」
「へ?」
「ああなる事を見越してロイドくんに下着を選んでもらったところもあるのだ。」
「んなっ!?!?」
 脳裏によぎるヤバイ光景と感触――ああああああああああ!!
「試着中に狭い更衣室であんな事を……まったくロイドくんは。」
「や、いや、あの――」
「ふふふ。ま、ここで改めて知って欲しいのだ。」
 真っ赤に震えるオレの手にすぅっと触れるローゼルさん――!!
「あんな風に見られたら触られたりしてもこうして一緒にランチを食べようとしている……つまりあれくらいが気にならないほどに、そして今言ったように、むしろああいう触れ合いを求めるくらいに、わたしはきみが好きなのだ。」
「――!!!」
 ――! ――!! ま、まったくこの美人さんは!!
「でで、でも――その、ちょちょ、ちょっとあの――スス、スケベさん過ぎるのではありませぬか――!」
「おや、スケベロイドくんに言われてしまったか。だがまぁいいだろう。ならばわたしとロイドくんはスケベ同士でお似合いだ。」
「ひゃばっ!?」
「そもそも今日は――」
 と、何かを言いかけたローゼルさんは、ふと……照れたというか恥ずかしそうというか、そういう感じの顔になる。
「と、ともあれ……こうしてお昼前から色々と起きて……そしてロイドくんはその……や、やらしいことばかりしているとお、襲ってしまうぞーとよく言っているわけだが……ど、どうなのだ……?」
「ど、どうとは……」
「わたしを……襲う気に、なったのか……?」
「ぶほっ! ななな、何を――!?」
「何って……今夜は一つの部屋でお泊りなのだぞ……? 聞いておかねばなるまいよ……」
「いや! あの! ――とと、というか……そ、それでオレがそ、そうですねって言ったらど、どうするんですか!!」
「そ、それは勿論――潔くベッドの上に寝転がるだけだとも!!」
 と、赤い顔でプルプル震えながらローゼルさんはそう言った。
「――!! ど、どうしてそ、そこまでその……オ、オレにやや、ヤラシイ――こと、をささ、されたいん――ですか!」
「んな……そ、それを直接聞いてくるとは……ロイドくんもいよいよドSだな……」
「ドエス!?」
 スケベに続いてドSなる称号も与えられたオレに、ローゼルさんは……真っ赤な顔で、でも割と真面目に話した。
「す、好きになったのだ。一緒にいたいとかもっと話したいとか思うようになったら次は――手をつないだりするくらいのふ、触れ合いがしたくなって、キ、キスも……そしてそこまで到達したらもっと先……いや、段階というべきか……わたしが求めるようにロイドくんにも……わ、わたしを求めて欲しくなる――のだ……」
「モモモモトメ――」
「互いに求め合ったなら今まで以上の深さで触れ合いたくて――つつ、詰まるところア、アイシアウ的な――」
「わわわかりまひた! も、もう大丈夫れすから!」
「ほわっ。」
 恥ずかしさに色々なモノが混ざった感情で頭が茹で上がり、オレは両手でバチーンとローゼルさんの顔――というかほっぺを挟んだ。
「お、おまたせしました……」
 オレがローゼルさんをひょっとこみたいな顔にしたところで頼んでいたランチが運ばれてきた。
「ご、ごゆっくり……」
 微妙な表情の店員さんに変な笑顔を返してため息をつくオレ。
「彼女のほっぺを左右から叩くなど、ひどいじゃないか。」
「すみません……」
「それと……結局答えを聞いてないぞ、ロイドくん。」
「う――! ……んまぁそのぉ……よ、夜のお楽しみということで……」
「……なんだかいやらしい響きだな……」
「んにゃっ!?」
「まぁ……うむ、楽しみにしておくとしよう。いただきます。」
「い、いただきます……」
 その後、海鮮系の美味しいランチを味わい、何度か……た、互いにア、アーンと食べさせ合うというアレをして午前の部が終わった。
 午後は……夜は……ど、どうなるのだろうか……



店員にひそひそ話をされながら田舎者の青年と濃い青色の髪の美女が喫茶店を後にした頃、国王軍の中には緊張が走っていた。
「アクロライトが一人でか。それはまずいかもな。」
 国王軍の訓練場内にある、主に作戦会議などを行う場所に、任務などで外に出ている者を除く全てのセラームと、十二騎士であるフィリウス、セルヴィアが集まっていた。
「アルジェントの判断は正しかったと思いますが、昨日の今日……タイミング的に相手はオズマンドで間違いないでしょう。」
 本来セラームを取りまとめるアクロライトが不在の為、その役を代わりに務めているのはどこかのほほんとした雰囲気の、休日のお父さん風の男性。彼はペンを手に、ボードに情報をまとめながら話を整理する。
「任務後の疲労している状態とは言え、アルジェントが十数名のスローン騎士を全員離脱させたほどの相手。仮にその者がツァラトゥストラの所有者あった場合、最悪アルジェントの敗北もあり得ます。」
「ツァラトゥストラには魔法的な気配がないからな。正直ベテランほど相手の強さを見誤るだろう。それにあり得るも何も、おそらくそうなってるぞ。」
 フィリウスの言葉にセラームたちが息を飲む。
「スローンの連中がディアーブでこっちに戻ってきてから一時間以上経ってる。大型魔法生物の討伐じゃあるまいし、戦闘がそこまで長引くとは考えにくい。そしてあの真面目騎士なら、相手を倒した後は同じようにディアーブを使ってこっちに戻り、情報を伝えるだろう。だが未だあいつは戻らない。」
「それほどの強敵という事でしょうか……」
「そうとも限らない。騎士相手に民間人の人質が効果的なんてのは誰でも知ってることだしな。さて、どうしたもんか。」
 普段あまりならない自分の悩み顔を見てセルヴィアが妙にホクホクした顔になっているのを横目に、フィリウスは言葉を続ける。
「ぶっちゃけ、《オクトウバ》ならすぐにアクロライトを見つけられるし、ちょっとした知り合い連中の力を借りられるならオズマンドの壊滅も含めて三十分くらいで片が付くんだがな。そうもできないのがやれやれだ。」

 騎士の階級の頂点に位置する十二騎士は、同時に世界中のほとんどの国が加盟している世界連合が指揮権を持つ世界最小にして最強の部隊を指す言葉でもある。加盟国がその存続に関わるような問題を抱えた時、要請に従って世界連合から出動を命じられるというのが正式な手順だが、それほどの大事は滅多にない。それ故、十二騎士たちは本来所属している組織に従って活動するのが一般的である。
 フィリウスとセルヴィア――《オウガスト》と《ディセンバ》は国王軍に所属する騎士であり、所属としてはセラームという事になる。ただしフィリウスは半分軍人で半分傭兵のような立ち位置となっており、彼の弟子がセイリオス学院に入るまでは国内外を問わずにあちこちを放浪し、自らの正義に従ってその力を振るっていた。結果、国王軍では得られない情報や協力者とのパイプを持っている為、軍は「それはそれでよい」という判断を下し、自由にさせている。
 セルヴィアも一定の自由が認められているがどちらかと言うと軍人よりであり、王族などの護衛を任されることが多く、大抵は王城にいる。
 所属上、この二名と普段はメイドの仕事をしている《エイプリル》はフェルブランド王国における問題解決の為に動くことができる十二騎士であるが、その他はそうはいかない。
 例えば第十系統の頂点に立つ《オクトウバ》だが、彼はフェルブランドの人間ではない。田舎者の青年が夏休みに遭遇した事件の応援に駆けつけたのは、本人の希望もあったが、元々は国に損害を与えることのできるほどの力を持つ故に国に関係なく出動が認められているS級犯罪者、その一角たる『イェドの双子』が現れたからである。
 また、先のスピエルドルフ絡みの一件にこれまた国外の人間である《ジューン》がやってきたのも、指名手配こそされてはいないものの、歴代の《ジューン》が追い続けていたザビクという犯罪者が姿を見せたからである。

「え、あの……《オクトウバ》さんのことは理解できますが……さ、三十分?」
「世界は広いんだぞ、リシアンサス。十二騎士が束になっても勝てないだろう連中ってのがいるんだよ。ある一つの条件をクリアしない限り、基本的に俺様たちに関心のないあいつらは助けてくれないだろうな。」
「もしかして……噂の魔人族ですか……」
「ん? 知ってたのか。」
「アルジェントがスライムみたいな方にあったと。」
「あいつ、内緒にしとけって言ったのに。」
「魔人族に会ったのは初めてだったようで、興奮していましたから。」
「ったく。」
「その魔人族の方々は《オウガスト》さんのお知り合いなのですよね。それでも助力は頼めないのですか?」
「個人的な頼みならもしかしたら聞いてくれるかもしれない。だが国が絡むとなるとな。」
「では先ほど言っていたある一つの条件というのは……」
「俺様が手出しできない熾烈なバトルの勝敗で決まるから無理だな。」
「はあ……」
 そのバトルに自身の娘が参戦していることを知らない休日のお父さん風の男が気の抜けた返事をすると、これまで黙っていたセルヴィアが口を開いた。
「アクロライトさんの安否についてはいくら考えても答えは出ない。一先ずオズマンドが狙いそうな重要人物にセラームの護衛をつけて……今は相手の出方を待つしかないんじゃないか?」
「まぁそうだな。昨日今日の勢いで連中、間髪入れずに来そうだしな。セラーム総動員だな、こりゃ。」
「そういえばウィステリア……ロイドくんの妹さんが見当たりませんね。特に任務は受けていなかったはずですが……」
「ここにいないなら学院だろう。だがそれはそれでお姫様の護衛になるからいいだろう。」
「ですがウィステリアが一人の護衛につくとなると少々痛手ですね。彼女は一人で城などを護衛できるタイプの魔法の使い手ですから。」
「人手の問題は別口にあたることになるだろうな。」
「別口?」
「国や民を守る騎士団は国王軍だけじゃないだろ? あーほら、バラとかタカとか。」
「名前覚えてないのか、フィリウス。」
「仕方ないだろ。連中、騎士のケレン味出してスカした長い名前にするから覚えにくいんだよ。大将の『ビックリ箱騎士団』くらいがインパクトあっていいと俺様は思うぞ。」
「割とフィリウスは弟子バカだな。」



「兄さんがお泊りデート!?!?」
 朝早くにロイドとローゼルが出かけて、そうなるとルームメイトの関係上、残った全員は部屋に一人になって、他が何してるかはしらないけど、あたしは宿題を……モヤモヤするせいでいつもの倍以上の時間を費やして片づけた。
 で、そろそろお昼かしらって、いつもならロイドと学食なり外に出たりするタイミングでパムが部屋にやってきた。ロイドがいないことに気づいてどこに行ったかを聞かれたから……一応、今何が起きてるかをさらさらと説明したんだけど……そしたらパムはこの世の終わりみたいな顔になった。
「兄さんが男の欲望を体現したかのようなローゼルさんと!」
「ひどい言いようね……」
「あんな魅力的な女性と一晩ですよ!? いくら兄さんでも!!」
「……つまり一緒の部屋のあたしには魅力ないってわけ?」
「程度の問題です! ローゼルさんは異常なんです! ああ、兄さん……」
 ……ローゼルの……その、み、魅力的なアレがすごいのは確かだけど……あ、あたしだって……て、ていうかロイド、あたしに対しては結構……
「――!! とと、というかあんたは何しに来たのよ……!」
「部活の顧問の件です。国王軍としては優秀な人材の育成という事で依頼があればできるだけ引き受けるようにというスタンスでしたので、問題なく顧問を引き受けることができます。」
「そ。」
「でもそんな事よりも兄さんです! 一体どこの街に行ったんです!? 追いかけて監視します!」
「……そりゃあできればあたし――たちもそうしたいけど……そういうのはしないって決めたのよ……」
「ええそうでしょうそうでしょう、自分のターンがまわってくるのですからね! ですが自分には関係ありません!」
 確かにそうね……でも……ローゼルとのデ、デートが心配なのはそうだけどあ、あたしの番もあるって考えるとアレでコレで……と、とにかくパムは止めないといけない……わ。
「そ、それはどうかしら。一応ロイドだって……そ、その、デートをう、受けた以上、ちゃんとこなしたい――と、思うのよね、あいつの性格的に。それを邪魔したらあんた……怒られるんじゃないの……?」
「!!」
 うわ、予想以上の顔になったわ。
「に、兄さんに? 怒られる? 自分が? そんなこと……でも……」
 この妹、義理の妹になったら相当めんど――ってなに考えてんのあたし!
「そういう――こ、ことだから、何もしない方がいい気がするわよ……」
「…………そうですね……」
 沈んだ顔になるパム。
 ……ロイドの妹としてはあれだけど、よく考えたら現役の上級――セラームの騎士なのよね。ポステリオールとの戦いでも相当すごかったし……これはちょっとしたチャンスなんじゃないかしら。
「……折角だし、あんたが顧問をする事になる部活のメンバーと手合わせしてみない?」
「……なるほど、未来の姉候補の実力確認ですか。」
「ば、男もいるわよ!」
「え、兄さんはそっちの人では……」
「そういう意味じゃないわよ!」


 頼んでおいてなんだけど国王軍のセラームのくせにヒマなのか、提案を受けたパムを連れて、あたしたちは普段実技の授業で使ってる校庭に来た。いつもは他の部活が使ってるんだけど、交流祭後最初の週末はどこも休息してるらしくて誰もいなかった。
「まーロイドのこと考えてモンモンと部屋にいてもあれだもんねー。いい運動になるかなー。」
「ロイくんで変な想像しないでよ! ボクのなんだから!」
「ロゼちゃん、勢い余って……変な事してない、かな……」
 ロイドとローゼルのデートのことでモヤモヤしてる……あたしも含めて四人と――
「うおお、こんな形で現役のセラームとやれるなんてな! 腕がなるぜ。」
「史上最年少の天才騎士……今のおれの力はどこまで通じるか……」
 やる気満々の強化コンビの二人、合計六人がパムの前に集まった。
「そういえば……えぇっとカラードさん――でしたか? 自分はその時いませんでしたが、セラームのメンバーと手合わせしたことがあるとか。」
「うむ。三分しかもたなかった。」
「三分もじゃねぇのか?」
「何を言う、アレク。おれの全身全霊でようやっと同等なのだぞ。」
「相手は三人だったんだろ? つーかそもそもなんで一対三だったんだよ。」
「初めは一人だったのだが、おれの『ブレイブアップ』に興味を持って途中から参戦したのだ。」
「学生相手に大人げねぇな、セラーム。」
「そんなものですよ。」
 うへぇという顔をするアレキサンダーに、パムはケロッと答える。
「人間的な立派さと強さは比例しません。言ってしまえばただの戦闘バカも多いんです。あの筋肉ゴリラに代表されるように。さて……」
 軍服を着たあたしたちより一つ下の女騎士は、腰に手をあてて何かの教官みたいに話し始めた。
「セイリオス学院でみなさんが次に迎えるイベントは実際の任務を受ける形で行う魔法生物の討伐――と聞いています。」
「そうよ。魔法生物講座でもしてくれるの?」
「そんなのは学院が行うでしょうから、自分が教えられることは……チームとしての動きでしょうね。」
「チーム?」
「ランク戦、交流祭と、みなさんは個人の実力をはかり、高めるイベントを経験してきたわけですが、魔法生物の討伐はチームでの戦い。これまでとは違う点に頭を使う必要があるんです。」
「そ、そういえば前の……ま、魔法生物が首都、に、侵攻してきた時にやった……ね……チーム。」
「そう、あれです。あの頃よりもみなさん強くなっているでしょうし、そもそも未経験の人もいますよね。」
「だねー。あたしはその時後方待機だったよー。」
「おれは車イスだった。」
「俺はその車イスを押してたな。」
 ……強化チームだけシュールね。
「とまぁそんなところなわけですから、一つやってみましょう。」
 そう言うとパムはロッドで地面をトントンと叩いた。
「大地よ、その母なる腕をかしたまえ。立ち上がれ、『エメト』。」
 そして慣れた感じに呪文を唱えると校庭の地面が一部砂と化し、それが集まって巨大な何かに形を変えていった。
「自分が訓練でよく作っている……というか作らされているゴーレムを使いましょう。」
 前の社会科見学の時に見た、セラームの騎士数人を相手に大暴れしてたドラゴンの形のゴーレム。あれの……一回りくらい小さなバージョンが校庭の真ん中に出現した。
「いつもなら自分が動かすのですが……最初ですから、まずは簡単な知能での自律状態と戦ってもらいましょう。」
「自律? え、あんたのゴーレムってそんなことできるの?」
「そんなことも何も、ゴーレムとは勝手に動くモノです。か弱い人々を守る為に一人の魔法使いが生み出した自動防衛魔法なんですから。」
 そう言いながらパムが後ろに下がると、ドラゴンゴーレムは獣みたいな仕草であたしたちを捉え、のしのしと近づいて来た。
「じゃーまーとりあえずこれかなー。」
 始めの合図もなしに始まった疑似魔法生物との模擬戦。まだ武器も構えてなかったあたしたちの中、唯一武器無しで戦うスタイルのアンジュが先制攻撃を――『ヒートボム』を発射する。
 ロイドの回転剣みたいな見えなくなるほどの速さじゃないけど決して遅くはない赤い光の玉は、ドラゴンゴーレムの腕に当たると真っ赤な光と熱をまき散らしながら爆発した。
「悪くない威力の攻撃ですね。」
 ふむふむと頷くパムの前、『ヒートボム』を受けたドラゴンゴーレムはその腕が肩のあたりから無くなっていた。
「あれ、意外ともろいんだねー。やっぱり砂だから――ってうわ!」
 アンジュの『ヒートボム』が効くならあたしのパンチでもふっ飛ばせそうねとか思ってたら、元々腕があった場所に砂が補充されてあっという間に元に戻ってしまった。
「ゴーレム故の特性とは思わないで下さいね。高い再生能力を持つ魔法生物は結構いますから。」
「おいおいマジか。こんなんどうやって倒すんだ?」
 デカい斧を担いだアレキサンダーがそう言うと、ティアナがおずおずと答えた。
「ど、どんなに凄い再生能力、でも……身体の元々の形、を、覚えておく為の……か、核みたいのがあるはずだから……そういう魔法生物を倒す時は、そ、その核を探すところから……始めるらしい……よ……」
 第九系統の形状の魔法、その奥義の一つの『変身』を使いこなすティアナには、流石にそういう……生物学っていうのかしら? そんな知識が豊富だわ。
 まぁ、一か月も学校休んでそっち系の本を読み漁ったらしいから当然と言えば当然かしら。
「よく知っていますね。ずばりその通りですので、このゴーレムには特別に弱点を用意しています。そこを見つけて破壊すれば皆さんの勝利です。」
「……特別にってことは、ゴーレムには普通そういうのはないってわけね。」
「それはゴーレムの作り方によりますね。核を中心にして作られるゴーレムは魔法の負荷も小さく、簡単に動かせますが複雑な動きはできません。逆に核を用意せず、使用する土や岩へ均等に意識と魔法を分散させて作るゴーレムは、負荷が大きく集中力も必要ですが細かな動作が可能になります。この辺は術者の趣味と腕によりけりでしょうね。」
 ……さらっと言ったけど……そもそも砂なんていう、土や岩よりも多くて細かい分ものすごい魔法の技術が必要なはずの材料でワイバーンを真っ二つにするような巨大なゴーレムをあっという間に作っちゃうパムって……
「ふむ。勿論痛みを感じるわけはないだろうからひるませるといったタイプの攻撃は意味がなさそうだ。となればさっきのカンパニュラさんのように手足を攻撃して動きを鈍らせながら核を探して砕く――というところだろうか。」
 パムと模擬戦やるって言ったら男子寮から甲冑姿で出て来たカラードは……たぶん嬉しそうにランスを構えた。
なんかカラード一人でも倒せそうだけど、今回のこれはチーム戦。この前のワイバーンの時みたいに役割を決めて……えっと、どうすればいいのかしら……
「そんなに悩まなくていいですよ、エリルさん。」
 あたしが難しい顔をしてるのを見てパムがそう言った。
「まずはいつも通りに挑んでみて下さい。そうすればチーム戦特有のポイントに嫌でも気づきますから。これはその為の模擬戦です。」
「そ……じゃあいくわよ。」
 こうして、現役セラームが作ったゴーレムと騎士学校一年生六人の模擬戦が始まった。



 セイリオス学院にて現役の国王軍騎士による模擬戦が行われている頃、フェルブランドのとある村――特に畜産が盛んなその場所に、太った男と身体にフィットするボディスーツのような服で首から下を覆っている少女がいた。二人は村のとある家を訪ね、そこで飼育されていた牛を一頭購入し、村の空き地にその牛を連れてやってきた。
 体形や服装からして奇妙なこの二人を怪しみながらも何をするのかと多くの村人が空き地を覗いている中、太った男は傍にビニールシートを敷くと牛の頭に手を置いた。すると牛は突如睡魔に襲われたのようにぐらりと揺れてそのまま地面に倒れた。
「いいっすか、コルン。そのままかぶりつくというのも美味しい食べ方ではあるっすが、無駄なく食べるのなら解体するのが一番でさぁ。」
「……」
 太った男にコルンと呼ばれた少女は言葉を発しはしなかったが、興味津々な表情で話を聞いていた。
「じゃあ上手な解体とはどういうモノかって話っすが、これは簡単なんでさぁ。要するに機械と同じ、それを組み立てる時の順番を逆に辿ればきれいにバラせるんでさぁ。」
「……」
「母親の中だろうと卵の殻の中だろうと、ある日突然一瞬にして生物の形が出来上がるわけじゃないんでさぁ。頭からお尻に向かって重要な器官を作りながら生物は出来上がっていくんでさぁ。機械と違うのはただ一つ、それぞれの部品のくっつき方だけでさぁ。」
「……」
「それじゃあ実践でさぁ。あっしの手本をよく見るでさぁ。」
 太った男がそう言うと、その太い右腕が二股に裂け、それぞれが鋭い刃物へと形を変えた。村人たちから悲鳴があがるが、太った男は気にせずにその刃を倒れている牛へ向ける。
「料理によって使い方は違うっすから、何においても鮮度が命とは言わないでさぁ。だけど良い方が美味い、これは確かでさぁ。だからできるだけ素早く解体するんでさぁ。」
 直後、刃と化した太った男の右腕が目にも止まらぬ速度で振るわれ、瞬く間に牛は、不思議な事に血の一滴も出さずにその中身を抜かれて皮と骨だけになった。
「さぁ、部位の勉強でさぁ。」
 敷いてあったビニールシートの上に綺麗に並べられた牛の中身に村人たちは先ほどよりも恐怖の強い悲鳴をあげ、その大半が逃げ出した。
「ちなみに解体する時にあんな感じの悲鳴を食材に出させるのはいけないでさぁ。恐怖で筋肉がかたまったままの状態で解体したら美味しさが落ちるんで――」

「割とまともに料理人しとるんじゃの。」

 蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていく村人の中、一人の老人がその場から動かずに太った男を見ていた。
「さすが、かの『マダム』と肩を並べる食の大悪党じゃの。」
「んん? その顔は確か……十二騎士でさぁ?」
「ほう、わしの方からはお主の目が見えぬのだが、ちゃんと前は見えとるようじゃの。」
 ピシッとした上下に身を包み、杖に身体を預けて少し傾いて立っている老人は、ふと骨と皮だけになった牛を指差した。
「疑問なんじゃが、そこまで解体しておいて何故……血が一滴も出ておらぬのじゃ?」
「少しいじって流れないようにしてるだけさぁ。全身の血液が血管の中で氷にでもなったと思えばいいでさぁ。」
「なるほど。変形した腕、その外見、物体の性質を根本から変貌させるほどの形状魔法。お主がS級犯罪者の一人、『滅国のドラグーン』、バーナードか。」
「そういうそっちは十二騎士、第二系統のてっぺん、《フェブラリ》でさぁ。」
 わずかに残っていた村人も二人の――いや、太った男の素性を聞いて逃げ出し、とうとう空き地には三人のみとなった。
「しかし不思議でさぁ、どうしてあっしの居場所が? ここに来るまで、誰も食べてないんすが。」
「わしもお主に会うとは思っていなかったわ。孫の活躍を見にフェルブランドへやってきて、そろそろ帰ろうと思ったら空におかしな電波が走っておったのでな。辿ってみたらここに来たんじゃ。」
「電波?」
「どうやらそっちの少女から出ておるようじゃがの。」
「ああ、なるほどでさぁ。きっとケバルライがデータ収集とか言ってコルンの体調とかを自分のコンピューターに送ってるんでさぁ。それを見られるとは、あっしらも運がないでさぁ。」
 何の気なしにそう言った太った男だったが、それを聞いた《フェブラリ》の表情は険しいモノになった。
「ケバルライじゃと? そうか、そういえばフィリウスが言っておったの……今の『紅い蛇』のメンバーにはお主と『ディザスター』がおると。するとその少女はあのイカレたジジイの作品か。」
「ジジイがジジイをジジイって言うのはなんだか面白いでさぁ。」
「どうせロクなモノではないんじゃろうな。」
「さぁ、あっしも詳しい事は知らないでさぁ。」
 刃に変形していた腕を元に戻し、太った男――バーナードは解体した牛を骨と皮も含めてビニールシートに包んで少女――コルンに渡し、まるで準備運動か何かのように手をぷらぷらと揺らし始めた。
「一応魔法で鮮度を保つ仕組みがあるんすが、そうすると食材に魔法の味がつくんでさぁ。農家の人が美味しく育てた食材をダメにするわけにはいかないっすから、あっしらはとっとと逃げるでさぁ。」
「お主のような悪党にそんな殊勝な心掛けがあるとはな。」
「当然でさぁ。あっしは食べる者。料理を作る者と食材を生み出す者には敬意を払うでさぁ。」
「その調子で善良な者を全て愛せば良いものを。」
「生憎、あっしにとってそれ以外は大抵、ただの食い物でさぁ。」
 凶悪な眼を垂れた肉の奥で光らせたバーナードの、広げた両腕がその形状を変えていく。
「……」
 解体されているとは言え、牛一頭分の重さがあるはずのビニールシートの包みを軽々背負った少女は、腕以外の場所も変貌していくバーナードの背中にぴょんと飛び乗った。
「十二騎士としてお主ほどの大悪党を逃すわけにはいかぬし、何より『ディザスター』の作品は無視できぬ。年に数度のこの力、今年一発目の使いどころはここじゃろうて。」
 拳の大きさほどのイメロがついた杖を掲げると、自然の中ではありえないほどの規模の雷が落ち、《フェブラリ》はその雷を――紫色の稲妻を身にまとった。
「覚悟せい、お主はここでお縄じゃ。」
 どこにでもあるような小さな村の空き地から巨大な魔法生物のようなモノが飛び上がり、それを追うようにして紫色の閃光が走り、怪物の叫びと雷鳴が上空で激突した。



夕方。夕食を食べる為に入ったレストランで、オレは顔を更に真っ赤にしながら注文した料理を待っていた。対してローゼルさんは…………ヤバかった。
「絶妙なタイミングの死角とは言え、公衆の中であんなことを……」
「はひ……」
「ま、まったく、いきなり服の中に手を入れてくるのだからなぁ、ロイドくんは……」
「すみません……」
 前にローゼルさんにこ、告白された時と同じような個室的な席に座っているのだが……こ、こういう席で良かった……
 ランチの後も相変わらず発動したラッキースケベによってオ、オレが色々とやや、やらしいことをしてしまったローゼルさんはその……息が荒いというか色っぽいというか……しょ、正直……とてもエロい……
「さ、さっきなんてしし、下着の中に……」
「ひぅっ!」
 感触、その時のローゼルさんの表情、声……あぁあ……まじめにヤバイ……この前エリルをオ、オソイ――そうになったあの時に感覚がすごく近い……ああぁぁあ……
「ほ、本当にドスケベだな、ドスケベロイドくん。」
「はい、ドスケベです……」
「やはり紛れて本当に触っているのではないか?」
「にゃっ!?!? ほ、他に人がいる場所であ、あんなことをしようとは――おもいまへん!!」
「……誰もいなければやると。」
「しょしょ、しょうゆうことでは!!」
「しかしながら……うむ、きっとロイドくんにここまでされた女の子は過去に……いや、もしかするとカーミラくんが……いやいや、仮に何かあったとしてもまだまだ子供のロイドくんだ。今のロイドくんの方がいやらしいはず……」
「ド、ドウデショウカ……」
「なんだ、ついさっき背後から服の下に手を入れてし、下着をずらして直接――も、揉みしだいた男がいやらしくない――とでも……?」
「はぎゃ! ここ、言葉にしないでください!」
「手が抜けないなどと嘘を言いながら一分ほど……」
「抜けなかったというか身動きがというか!」
「その数分前はお……お尻にも直接だったな……」
「ぎゃああっ! ちょ、あの、すみませんでした!」
「…………ちなみロイドくんは……」
「はひ!」
「……きょ、今日起こったラッキースケベを……どれか一つでも……その、わたし――にしてみたいなぁと思った事はある……のか?」
「べぇっ!?!?」
 ローゼルさんに!? ローゼルさんにっ!?!? あばら、だ、ダメだ、そんなことを言われると頭の中が変な妄想だらけに――い、今のオレはダメだ!
「――! ――!! リョ、リョウリ、ローゼルさんは何を頼んらんへしたっけ!!」
「話のそらしかたが雑だぞ……」
「で、でもそ、そんな――こ、答えにくい質問をされてはですね!」
「わ、わたしだって聞きにくい質問なのだぞ。だが……気になるのだ。ロイドくんに……わたしはどど、どう見られているのだろうかと……」
 色っぽい表情で、かつ少しすねたような顔でグラスをまわすローゼルさん。中身はジュースだというのに、雰囲気のせいでワインに見えるくらいの色気が……!
「前にも言ったが、わたしだって驚いているのだ。わたしが……一人の男の子とあれこれしたいと思うようになっている現状に。そして理解している……わたしの恋心というモノは、きっと世に言うそれよりも遥かに深くて……言ってしまえば過剰なレベルなのだろうと。」
「そ、そんな……ことは……」
「ふふ、そこでフォローしようとするロイドくんはロイドくんだな。」
「いや、あの……」
「しかしだな、実はその過剰さも、よくよく考えてみれば当然なのだ。」
「と、当然!?」
「これも前に話したが……ロイドくんは恋愛マスターの力によって運命の相手と出会うことが約束され、相性百点満点の女性と出会えるように運命が引き寄せられたわけだが、その副作用によって九十九点や九十八点の相手とも出会うことになった。結果、今のようなモテモテロイドくんが出来上がっている。」
「はひ……」
「まぁそれは今さらとして、ここで注目すべきは九十点という点数だ。考えてもみるのだ。世の中のカップルや夫婦の相性が全部九十や百だと思うか? そんなに簡単に、運命の相手に誰もが出会えると?」
「…………ま、まぁ、確かにそうかもですね……」
「おそらく八十や七十、もしかするともっと低い点数であっても惹かれ合い、結ばれる。きっとそれが世の平均的な恋愛なのだ。そんな中で九十やら百なのだぞ? 普通を超えて求めてしまうことは仕方がないと思わないか?」
「ソ、ソウデショウカ……」
「そうなのだ。だからわたしが……ちょ、ちょっとかか、過激にロイドくんに迫るのも、相性が良すぎる故に――いや、そもそもわたしこそが百点の相手なのだからこれくらいは当たり前……だから――」
「ひゃっ!?」
 すぅっと伸びてきたローゼルさんの手がオレの手に絡みついて……!
「わたしがこんなんなのは仕方がないことなのだ……うむ……」
「はぅあ、あの、手――」
「まぁ、同時に九十点代のおまけであるエリルくんらがグイグイ迫るのも仕方がないという事になってしまうが、それこそ仕方がない。未来の妻として夫を守るとしよう。」
「ツマ――オット!」
「そ、そうだぞ。わたしたちはそういう――ああ、そういえば……」
 オレの手をいじくりながら、ローゼルさんは嬉しそうに照れる。
「であればこのお泊りデート……今夜はつまり……言ってしまえばしょ――初夜みたいなモノ――だな……」
「ショッ!?!?」
「何事も最初が肝心であるから……ま、まぁ、いくらドスケベでもロイドくんであれば大丈夫だと思うが……い、いや、むしろそういうのもいいのかもしれないができれば……」
「な、何の話を……」
「何のって……わかっているのだろう……? かか、過激に迫るわたしとラッキースケベなロイドくんが邪魔のない一部屋で夜を過ごすのだ……ロイドくんの理性も吹き飛ぶ――可能性がある、だろう……? 要するにその――わたしがオソワレル……可能性が……」
「そそそ、それってつまり――」
 あれ、これは、まずい、のでは……? エリルにオシオキ――した時みたいに、な、なんか身体の抑えが効かないというか頭の中が真っ白というか理性が――
「なんか嫌な予感がします! あの、この話題はこれくらいに――」

「あ、あまりハードなのは困るというか――しし、紳士的にお願いしたいぞ……」

 あ、ダメだこりゃ。
「んん!?」
 知らない誰かが頭の中に乗り込んでオレを操縦したのか、もしくは理性を脱ぎ捨てた純粋なオレがちゅうちょするオレを後押ししたか、絡んでいた手をグイっと引いたオレは引っ張られて身を乗り出したローゼルさんの唇を自分のそれで覆った。
「…………ん!?」
 数秒後、理性を通さずに実行されたその行動に気づいたオレは大慌てでローゼルさんから離れ、万歳ポーズで固まった。
「ひゃの、ここ、これはその――」
「……」
 目を丸くしたまま、ゆっくりと元の姿勢に戻ってポフンと椅子におさまったローゼルさんは、その顔をみるみる嬉しそうなモノに変えていって――
「本当に、今夜が楽しみだな。」
 と、ニンマリした。


 美味しかったと思うのだが、正直それどころじゃなかった夕食を終え、オレは今日の……このお泊りデートの最終ステージというかラスボスにたどり着いた。
 ローゼルさんとの二回目のデート……午前中はし、下着――を含んだ洋服屋さん巡りをして海鮮系の美味しいランチを食べ、午後は小物を眺めたり食べ歩きをして……さっきの夕食を迎えた。ラ、ラッキースケベが時々――というかかなり混ざってドキドキしっぱなしではあったけど、き、基本的には色々な事を話して楽しく過ごした。
 そしてとうとうこれといった対策も思い浮かばないまま……むしろレストランでのアレのせいで逆向きに後押ししてしまった状態で、オレはローゼルさんに引っぱられるままに今日の宿にやってきてしまった。
オーシャンビューとか言うらしい眺めのいい部屋で、内装も青色が基調となっているからすごく……ローゼルさんっぽいチョイス――なのだが……

「今日は楽しかったな、ロイドくん。」
「……」
「ロイドくん?」
「はひ!」
 真っ暗かと思いきやポツポツと光る船がきれいな夜の海――そんなモノを楽しむ余裕なんて欠片もなく、チェックインしてからお互いにお風呂に入ってゆったりとくつろいでいる今現在までの記憶があんまりないくらいに、とにかく頭の中がや、やばい感じになっている……!!
「そういえばわたしがお風呂に入っている間、覗きに来なかったな。」
「覗きませんよ!」
「……覗いてもわたしが怒らないと知っていても? となるとわたしに魅力がないということに……」
「あり過ぎですから!」
「む? あり過ぎるとどうして覗かないのだ?」
「だ、いや、い、今そんなことしたらホントに……」
「お、襲ってしまう……と……?」
「――!!」
 これ以上赤くならないはずの顔が更に熱くなる。普段の水色のパジャマではない、部屋にあったガウンを着ているせいでいつも以上に色っぽいローゼルさんは恥ずかしそうに微笑む。
「そうかそうか。」
 まずい、本当にまずい! 早々になんとかしなければ――!!
「! !! オ、オレ、そろそろ寝ようかなとばぁっ!」
 窓辺に置いてある椅子に座っていたオレは、急に立ち上がった勢いでオレたちの間にあるテーブルの脚に小指をぶつけ、痛みで前に倒れ――

「ひゃっ!」

 向かいの椅子に同じように座っていたローゼルさんを椅子ごと押し倒し、オレは――オレの手はローゼルさんのガウンの中に滑り込み、お風呂上りで少し熱く、すべすべの肌というか胸をがっしりと――!!
「びゃあああっ!?!?」
 全力で手を引き抜くが、そのせいで少しはだけたガウンの下から覗くナイスバディがああああ!
「しゅびばしぇん!」
 しゅばっと立ち上がったオレを……な、なんだかヤバイ、今日一番の色っぽい表情と潤んだ瞳で見上げるローゼルさんは、ゆっくりと身体を起こした。
「……ふふ、ふふふ……」
 そしてガウンをなおしながらゆらりと立ち上がり、オレの肩をポンポンと叩いた。
「朝から晩まで、ぶれずにラッキースケベだな、ロイドくん……」
「すみません!」
「しかしきっと、これがなかったら今の……頭の中がグルグルして理性が飛びそうなロイドくんはなかっただろう。くじ引きでお泊りデートの最初の一人になったのは運が良かったというべきか、それともわたしたちの運命故なのか。」
「へ、あの、ローゼルさん……?」
 肩に置かれた手に段々と力が入ってくる……な、なんだか前にもこんな感じの……そ、そうだ、ローゼルさんに告白されたときもこんな……
「一つ聞くがな、ロイドくん。理性がとびそうになるのがロイドくんの……男の子特有の現象だとでも思っているのか?」
「へ!?」
「一日中あんなことやこんなことをされて、いきなり熱い口づけを受け、そうしてもう限界というところで再びあんなことを……襲ってしまうというのがロイドくんだけの可能性とでも?」
「ロロロ、ローゼルさ――」

「もう、我慢できない……!」

 直後、流れるような体術でぐるんと宙を舞ったオレは、寮のを遥かに超えるふかふか布団に放り投げられた。
「あびゃ! ちょちょちょ、あの、その、ローゼルさん!?!?」
何が起きたのか、凄みのあるオーラを放ちながらベッドの傍で仁王立ちのローゼルさん……!?
「美人なわたしのナイスバディとラッキースケベのコンボでロイドくんをオオカミにする予定だったというのに……そうだ、さっきのキスがいけないのだ……あれで一気に狂ってしまった……!」
「ほぇっ!? あの、どど、どうし――」
「どうもこうもない。わたしをこんなに惚れさせたロイドくんが悪く、今日一日で散々その気にさせたロイドくんが悪い。往生するのだ。」
「びゃっ、あの、寝るならオ、オレはそっちのソファーで――ぎゃああああああっ!」

第四章 田舎者のやらかしと三度目の進言

「まさか、こんなことが……!」
 大勢の同胞が横たわる中、一人の騎士が武器を構えて立ち上がる。燃え盛り、半壊した建物を背にその騎士が迎え撃つは、その騎士よりもよほど騎士らしい格好をした一人の男。周囲の惨状を作り出した男を、しかしその騎士は悲しそうな顔で見つめていた。
「あなたに限ってあり得ない。きっと良くない魔法をかけられたのでしょう……情報にあったツァラトゥストラの使い手の仕業ですか……? それとも別の……」
「……」
「声は届いているのでしょうか……仮にそうなら、聞いておいて欲しい。これはあなたのせいではない……あなたをそのようにした悪党のせいです! 我が国には十二騎士がいますし、偉大な魔法使いもいます、きっとすぐにあなたを元に戻してくれるでしょう! その時、きっとあなたは今日の事の責任を感じるのでしょうが、その必要はありません!」
「……」
 騎士の言葉にこれと言った反応を示さず、ただただ機械のように、男は剣を構えた。


「さっすがねぇ。」
 立っている者が一人もいなくなったその場所から出て来た男を、一人の女が迎えた。
「強さもそうだけど、「あんたが裏切った」って言った奴が一人もいなかったわ。この信頼も人気の理由なのかしらねぇ? もしくは人気だから信頼されてるのかしら?」
「……」
「まぁいいわ。強さの確認はできたし、次は本番と行きましょう。」


 三日前、《オウガスト》が遭遇した小悪党がツァラトゥストラという名前を出した。かつて最悪の時代と呼ばれた時期に悪党の間で広まったそれは人体を構成するパーツであり、自身のそれとツァラトゥストラを交換することでパワーアップすることができるという代物だった。
 その小悪党は裏ルートに最近流れてきたツァラトゥストラの『血液』を手に入れて暴れていたわけだが、《オウガスト》はより強力なツァラトゥストラをより凶悪な悪党が手にしている可能性を懸念した。
 二日前、フェルブランド王国の王城に一人の男が攻めてきた。男の名はプレウロメといい、フェルブランドの現在の国の在り方に異議を唱えるテロリスト集団、オズマンドのメンバーだった。
 襲撃自体は国王軍のスローンの地位にある女性騎士、オリアナ・エーデルワイスによって阻止されたのだが、問題はプレウロメがツァラトゥストラの『眼球』を所有していたということだった。これにより、警戒するべき実力者は数名だけという認識だったオズマンドの危険度が一気に跳ね上がることとなった。
 一日前、国内のとある村を魔法生物の侵攻から守るという任務を終えて帰路についていたスローンの騎士十数名とセラームのリーダーであるアクロライト・アルジェントはオズマンドの襲撃を受けた。緊急離脱アイテムであるディアーブによってスローンの騎士たちは帰還したが、それを実行したアクロライト・アルジェントは戻らず、安否不明の状態となった。

 そして今日、国王軍には衝撃が走っていた。

「完全にわしの油断じゃった。『ディザスター』の作品という時点で最大の警戒をするべきだったというのに。」
「『滅国のドラグーン』相手だったんだろ? 二つ以上に「最大」の警戒じゃあ矛盾する。で、どうだ?」
「……知っての通り、時間魔法は万能ではない。喰われたということは、その作品とやらの養分になっているのだろう? そこまで分解されては時間も戻せない。」
「まぁそうなるよな。セルヴィアが無理となるとあとは《セプテンバー》だが、確か形状魔法による治癒には本人の生命力が必要だからな。このレベルの復元を爺さん相手となるとどうなるやら。」
「まぁ、まだもう少し先にあった天井が気まぐれに下りてきただけじゃ。だが『ディザスター』だけはわしの手で……」
「そんなになってもまだやる気か。大先輩は違うなぁ、おい。」
「「大」をつけるほど離れとらんじゃろうが。」
 そう言ってベッドの横に立つ筋骨隆々とした男を睨みつけた老人には、昨日まではあった左腕が――その肩から先が無くなっていた。
「しかし近くに軍の駐屯所があって良かったわい。おかげでこうしてベッドの中。国を守る者の視界の広さはわしの国にも見習って欲しいのう。」
「あるだろうが、こっちよりも広範囲で。」
「機械頼りの、な。やはりいざという時には人が良い。」
「ガルド所属の十二騎士が機械音痴か?」
「やかましいわ。それよりなんなんじゃ、このピリピリした空気は。フェルブランドの国王軍はいつもこんなんなのか?」
 左腕のない老人が横になっているベッドはフェルブランドの王城にある国王軍の訓練場の中の医療棟。他の患者は数名しかいないのだが、窓の外に見える国王軍の騎士たちは少しざわついていた。
「普段はもっとゆるい。だがついさっき、十二騎士の《フェブラリ》がボコボコにされて帰ってきたってことよりも重大なニュースが飛び込んできてな。」
「誰がボコボコじゃ。フルパワーの雷を二発落としてやったんじゃぞ。」
「あのデブに電気が効くのか微妙だがな。ま、残念ながらこの国で一番人気の騎士のニュースの方が十二騎士よりも騒ぎになんだ。」
「ほう、結婚でもするのか?」
「そんなんで軍がピリピリするか。敵の手に落ちたんだ。」
「ふむ?」
「より正確には、敵にまわった、だがな。」

 今日の未明、とある大きな町にある国王軍の駐屯所が襲撃された。腕利きの国王軍騎士が大勢いたのだが、彼らはたった一人のその襲撃者に敗北した。その後、襲撃者は町に対しては何もせず、ただ軍の施設を破壊して去って行った。
 駐屯所から送られてきた情報によると、その襲撃者は鏡のような銀色の甲冑を身にまとった大剣持ちで第三系統の光魔法の使い手――『光帝』、アクロライト・アルジェントだったという。

「相手を操るだのなんだのっつったら第六系統の魔法だ。光魔法の使い手であるアクロライトがそう簡単にかかるとは思えねぇから、相手は《ジューン》クラスの使い手か、もしくは――」
「ツァラトゥストラか。わしだって見たことないというのに、そんなモノをテロリストがのう。」
「そういうわけで、国王軍は今そっちでてんやわんやだ。悪い時期に入院したな。なんなら美人のナースがいる病院に移すぞ?」
「馬鹿言え。バーナードとあの娘っ子がわしを追ってくるようなことがあったら美人ナースも喰われてしまうじゃろうが。」
「それはまずいな。だがここはここでテロリストが突っ込んでくるかもしれない場所なんだぞ?」
「代わりに心強い味方が大勢いるじゃろう? やや、なんと十二騎士もおるではないか。」
「ったく。」
 ベッドで笑う老人をあとに医療棟を出る筋骨隆々とした男。同時多発した事件に対してこの先どうしたものかという顔でいると、その横を歩いているどこぞの町娘のような服装の女がふと聞いてきた。
「フィリウス、確認させてくれ。」
「あん?」
「もしやフィリウスはお医者さんごっことかが好きなのか?」
「俺様にそっちの趣味はないが、なんだいきなり。」
「美人ナースと言っていたが。」
「ただの冗談だ。ヒソップに限らず、ジジイと言えば若い娘の尻を触る事に全力のイメージがあるからな。」
「ひどいイメージだな。」
「酒場に入り浸るジジイとかはそんなもんだ。というかそんなことよりも――」
「ああ、そうだな。フィリウスはナース服が好きなのか?」
「これと言ったこだわりはな――待て、ナースから離れろセルヴィア。今はオズマンドと紅い蛇への対処だろうが。」
「それはそうだが、やはり今なお待つしかないだろう。滅国などは偶然遭遇したようなモノだからどうしようもなく、オズマンド側も連中の本拠地などが分かっていればやりようはあるがやはり……」
「まぁそうなんだが、こうも後手後手だとそろそろこっちから出たいもんだ。」
「そうだな……プレウロメとかいうのからの情報は?」
「ない。そっちの専門が頑張ってんだが、桁外れに強い防御魔法がかかってやがる。相変わらず、未だに姿を見せねぇ連中のトップはとんでもない実力者みてーだな。」
「ツァラトゥストラについては?」
「そっちはより一層わけがわからん。言っちまえば生体タイプのマジックアイテムなんだろうが、仕組みがぶっ飛び過ぎてるとかなんとか。」
「わからないことばかりだな。先日の社会科見学の時の襲撃といい、最近の国王軍はいいところがない。」
「まったくだ。入隊希望が減っちまう。」



「《フェブラリ》とは、またうまそうには見えないのを食べたな。」
「あー、それは偏見でさぁ。老いた肉にはそれ独特の味があるんでさぁ。」
 何に使うかわからない機器が大量に並ぶ部屋の中、キャスターのついた椅子に腰かけた老人は黒焦げになった太った男と話していた。
「まぁ味はともかくとして、《フェブラリ》の身体を取り込めたのは大きな収穫だ。」
「そうなんすか?」
 そう言いながら、二人は一人の少女が入っている巨大なガラスの容器へと顔を向ける。苦しそうでもなく、ただただ体育座りをしているだけの少女だが、その身体からは絶えず稲妻が放たれ、ガラスの中を光で埋めている。しかし特殊なガラスなのか壊れることはなく、音も聞こえない。
「生物の進化には何万年という時間がかかるが、魔法は常識の枠の外の代物。故に充分にあり得るのだ、数十年単位の進化が。」
「なんの話でさぁ。」
「《フェブラリ》はあの歳でも未だ現役の騎士であり、最強クラスの雷の使い手だ。その肉体は長きにわたる第二系統の使用によって変化しているのだ……それに適したモノへとな。」
「んー……つまり《フェブラリ》を食うってことは、第二系統に特化した魔法生物を食べるようなモンなんすか?」
「そんなところだ。コルンは摂取したモノの影響を受けて成長するからな、今まさに、その肉体を雷の化身へと変貌させているのだろう……ふふふ、これは面白い……!」
「それならケバルライを食べさせたら良かったでさぁ。きっと同じ感じになったでさぁ。」
「確かにワレも長いが、ワレは魔法を研究の補助程度にしか使っておらんからな。これほどの変化は得られまい。」
「そういうもんすか。あ、なら姉御をちょっとかじらせてもらうのはどうでさぁ。この前プリオルが姉御の血入りの飴玉舐めてすごいことになってたでさぁ。」
「ついでにお前がかじりたいだけだろう。それにヒメサマみたいなのを食べると最悪変化し切れずにコルンは死ぬだろう。」
「うますぎて死ぬ……いい死に方でさぁ。」
「味の話はしてないぞ。」
「姉御はあれとして、それならその辺の魔法生物を食べたらどうでさぁ。」
「そうだな。であればSランクくらいのを――おお、終わったようだ。」
 部屋の中を明滅させていた稲光がおさまったのを見て老人がスイッチを押す。するとガラスの容器が開き、少女がよろよろと出てきた。
「ん? 急激な変化と雷の放出でエネルギーが空になったか。何か補給を……」
「要するに腹ペコっすか。ちょうど良かったでさぁ。」
 そう言うと、老人が気にしていなかった為そのままだった黒焦げの身体の表面を、まるでカサブタをとるかのようにぺりぺりとはがした太った男は、普段の色の肌をぺちぺちと叩きながらニンマリと笑う。
「あっしも腹ペコなんでさぁ。」
「ビックリ人間が。」
「変身したあっしをこの深さまで炭にするんすから、さすが十二騎士でさぁ。」
「皮一枚程度で「この深さ」とは皮肉だな。」
「そうでもないでさぁ。さぁコルン、うまいモノを食いに行くでさぁ。」
「うん。」
「できれば今回のように進化の期待できるモノを……んん?」
 自然な会話に挟まった一言に気づき、老人は少女に視線を向けた。対して少女は無言で見つめてくる老人と太った男を交互に見て首をかしげる。
「? なぁに?」
 実年齢は一歳にも満たないが、外見上の年齢相応の可愛らしい反応に二人は驚いた。
「おお、しゃべれるようになってるでさぁ。いつの間に。」
「《フェブラリ》の身体の影響か……? 雷の能力を得る過程で脳の成長が……いや、これは人間の腕だからこその適合か……」
「この分なら明日にはプリオルとお茶してるでさぁ。」
「おちゃー。」
 覚えたての言葉を連呼する子供のような無邪気さで太った男と楽し気に笑う少女を見て、老人はあごに手をあてて「ふむ」と頷く。
「……ならば次の段階に進むとするか……」



朝。朝食をとる為に泊まったホテルのレストランにやってきたオレは……自分で言うのもなんだけど半分放心状態で正面に座っているローゼルさんを眺めていた。
 マーガリンをたっぷり塗った上にイチゴジャムをのっけた食パンをパリパリと食べるローゼルさん。いつものカチューシャを外しているからか、時々髪をかきあげるのだがそんな仕草も色っぽい相変わらずの美人さん。しかも今朝はその魅力がさらに増している。
 何かを思い出して時折こぼれる最上の微笑み。ふと口からもれる満足気なため息。心が満ち満ちて幸福の頂点にいるのだと言わんばかりににじみ出る幸せな雰囲気。そしてそんな内面に呼応したのか、いつも以上の艶を見せる肌や髪。
 完全完璧な、いわゆる絶世の美女となったローゼルさんは、当然のごとくレストラン内の他のお客さんを男女問わず虜にしていた。
 ローゼルさんがこんな風になった原因――理由と言ったらそれはもちろん昨日の……夜の……ベッドの……

 あああああああああああああああああああああああああぁぁっ!!

「そうやって顔を覆って湯気を出すのはこれで朝から三回目だな、ロイドくん。」

 オレの心の中の叫びを聞いてくすくす笑うローゼルさん!!
 やってしまった、やってしまったのだ! オレの理性はオレの欲を――オオカミを抑えきれなかった! ローゼルさんのかつてない猛攻を受けたオレは途中から――ととと、とうとう! この、今、目の前にいる女性に! ローゼル・リシアンサスさんに! ヨヨヨ、ヨクボウのままの反撃を――とんでもない反撃を!! 

「いやはや、わたしの方が先にオオカミになってしまうとは思わなかったが、結果オーライだ。無事にロイドくんもオオカミに……うむ……」

 ぼああああああ!

「ドスケベロイドくんとは言うものの、ラッキースケベによる事故が主だったから実際はどうなのかと思っていたが……ま、まったく……あんな…………テクニシャンだったとは……」

 ぎゃあああああ!

「脱がせ方からしてい、いやらしかったな……下着の時などは指をすべらせて……」

 まああああああ!

「わたしのあれやこれを全部見られて触られて……後半、わたしは完全にロイドくんの攻撃を受けるのみ……だったな……」

 びゃあああああ!

「おかげでわたしはわたしの身体を……ふ、ふむ、す、好きな人にああいうことをされるとああなるのだと……知ったな……ま、まぁ、あんなことをされてはな……声も……」

 なああああああ!
 でゃあああああ!
 あああああああ!

「ももも、もうやめましょう! オ、オレが死にますから!」
 ローゼルさんの感想一つ一つでフラッシュバックする! 鼻血で失血死レベルの光景が! 五感に記憶されたばああああ! んなあああああ!
「どうしてされた方よりもした方がそんなんなのだ。」
「むしろされた方がそんなんなのはナゼデスカ!」
「何を言う、わたしにだって……その、死にそうなくらいの恥ずかしさはあるのだ。だが……ああいう事をしたわけだからな、わたしとロイドくんはもう……ど、どうあれこの先……ふふ、ふふふ……」
 恥ずかしさを違う何かが上回っているらしいローゼルさん――い、いやいや!
「でで、でも! そんなに落ち着いて――ここ、こんな風にあ、あんなことしてきた男とフツウに朝ご飯って!」
「おや、何か問題が?」
「だから――オ、オレはロロロ、ローゼルさんをおそ、おそ、おそ――オソッタわけでして!」
「その前にわたしが襲ったのだからおあいこだ。」
「ソーユーことではなくてですね!」
「まあまあロイドくん。わたしもロイドくんもあの時したいと思った事をしたのだから良いのだ。」
「ほえぇっ!?!?」
「少なくともわたしには待ち望んでいた時間だったぞ。」
「マチノゾ!?」
「うむ。ただまぁ、不満――というか残念な事がなかったわけでもないのだが……」
 朝からずっと、幸せそうな上に恥ずかしそうだったり嬉しそうだったりするローゼルさんが、そこで初めていつものキリッした顔になる。
「わたしは昨夜……そのつもりだったし覚悟もあったのだが、オオカミになってもなおとどまったロイドくんが恐ろしいというかさすがというか……いや、わたしの攻めが足りなかったか……」
「ナンノハナシデスカ……」
「ロイドくんが反撃に入った時点でわたしが攻めるのを止めてしまったのが唯一の失態だな。ロイドくん、次はわたしも頑張るぞ。」
「ナンノハナシデスカ!?!?」
「それは勿論、最後の――」

「やぁ、少しいいかな?」

 ローゼルさんが答えようとしたところで誰かがそれを遮った。なんとなく「よくぞ遮ってくれた!」と心の中で叫びながら声の主を見ると、オレたちのテーブルの横にカッコいい感じの男――水色の髪で右目を隠した、青い服と白いマフラーというこの街にぴったりの色合いのイケメンが立っていた。
「二人の会話が耳に入ってね。どうやら昨晩はお楽しみだったようだけど、こうして近くで見ると不思議でならない。」
 イケメンがちらりとオレを見る……というかローゼルさん、イケメンの方を見もしないな……
「君のような美女がこのパッと見これと言った良い点の見当たらない男の相手とはね。まぁ、きっと彼には彼なりの何かがあったからなのだろうけど……でもきっと、僕の方がより良い相手となるだろう。どうかな? 今夜僕と――」

 パキン。

 イケメンの言葉の途中で割と聞きなれている音――魔法によって氷が出現する時の音がした。オレとイケメンが音のした方であるイケメンの足元を見ると、イケメンの足は氷に覆われていた。加えて、その足元からレストランの海に面した方の窓まで氷の道が出来上がっていた。
「なんだこだああああ!?」
 何かを言う前にイケメンが滑り出す。人やテーブルにぶつからないようにくねくねと通っている氷の道を爆走していくイケメンは、これまた氷でできた手によってガラガラと開かれた窓から外の海へと放り出された。
 崖の上とまでは言わないが海面から少し高い所に建っているホテルなので、イケメンはちょっと落下して海へ着水する――かと思いきや、イケメンが落下を始めるよりも速く海から伸びた巨大な氷の腕がまるでコバエをはたくかのようにペシッと叩き、イケメンは海の彼方へと飛んで行った。

「リンボク!?」

 誰かが……たぶんあのイケメンの名前を叫んだ。見るとオレたちのテーブルからはかなり離れたところで顔を青くした男が――え、待てよ? あのテーブルが今のイケメンの席だとすると、あんな遠くからオレたちの会話を……い、いやいや、今はそれよりも!
「ロ、ローゼルさん!?」
「うん?」
 涼しい顔でパンをかじっている……!
「い、いえ、あの、今の……」
 床に通っていた氷の道は無くなり、開いていた窓も閉じ、レストランは元の状態に戻った。他のお客さんも何事かという顔をしていたが、割と一瞬で終わったからか、朝食の続きを始めた。
「こうも美人でナイスバディだと面倒な虫が寄ってきて困るな。好きな人をオオカミにする分には良いが。」
「ソ、ソウデスネ……あ、と、というか何気に今すごいことしましたね……あのイケメンもレストランの中も見ずに氷を張って……その上建物の外の海を操ってあんな大きな腕を……」
「ああ、それはほら、あの触手魔人の時と同じだよ。」
 すっと胸に手を置き、まるで心臓の鼓動を確かめるように目を閉じるローゼルさん。
「今のわたしは満たされている。幸せな未来も確定した。今のわたしは無敵だ。できないことなどない。」
 デルフさんが言うに、ローゼルさんは感情で魔法の力が跳ね上がるタイプ。触手魔人――パライバとの戦いで自然界ではありえない水と氷を使えたのは……し、試合後のオレとの約束というかごご、ご褒美ゆえだったらしい。
 そして昨日の夜のあれの影響で今のローゼルさんは……がああああ!
「ところで触手魔人の件で何か思い出さないか、ロイドくん。」
「ほへ!?」
「このお泊りデート自体はランク戦の時の約束だったわけで、交流祭の時にした約束はまだ果たされていない。あの戦いで得た褒美を、わたしはまだ使っていないのだ。」
「ひぅっ!?」
「わたしのお願いを一つ、聞いてくれるというやつだ。」
「そそそ……そーいえばそんなことも……」
「実のところ、ラッキースケベの後押しを受けてもロイドくんをオオカミにすることは困難なのではと思っていた。だからこのお願いは昨日の夜に使う予定だったのだ。」
「なっ!?!? そそそ、それはつまりオレにローゼルさんを――!?」
「しかし先にオオカミとなったわたしの……い、今思うとなかなかアレだが……あ、あの大胆な攻めによってロイドくんは……お願いする予定だったことを自分からしてくれた……」
 脳裏をよぎるローゼルさんの攻め。そのナイスバディを使った――にゃあああああ!
「よってわたしにはまだお願いの権利が残っているのだ。というわけでロイドくん、一つお願いがある。」
「は、はひ! ななな、なんでしょうか……」
「実はさっきフロントに頼んでチェックアウトの時間を延ばしてもらってな。セイリオスに戻る夕方頃まで部屋にいられるようになったのだ。」
「え、えぇ? どうして……」
「さっき言っただろう? 次はわたしも頑張ると。」
「え……え? あの、その……そそ、それはつまり……」
 血の気が引いていく感じと顔が熱くなっていく感じという相反する変化が同時に発生したオレがわなわなしながらたずねると、ローゼルさんは妖艶にほほ笑んでこう言った。

「帰るまで部屋でイチャイチャしよう、ロイドくん。」



「なに? それは一体どういうことだ。」
 奇怪な帽子をかぶった青年を主とするコンピューターだらけの部屋で、目を閉じたままの男が画面の向こうに映る人物にそう聞いた。
『オレもいきなりのことでビックリなんです! その、例の街で朝食を食べてたらリンボクが若い……たぶん学生のカップルにちょっかい出したんです! そしたら一瞬で海の彼方にふっ飛ばされて――』
「待て待て、それがわからん。例え騎士学校の生徒であろうと、そこらの学生相手に負けるような男ではないであろう。」
『それが……油断もあったんでしょうけど、割と瞬殺で……』
「なんだと……」
「学生って言っても、あのセイリオスみたいな名門校だと現役の騎士と変わらない強さって聞きますからね。リンボクさん、ちょっと運が悪かったのかも。」
 奇怪な帽子をかぶった青年がやれやれと肩をすぼめるのを――見たのかどうか、目を閉じたままの男もまたやれやれとため息をつく。
「……一先ずリンボクは後回しだな。スフェノは任務をこなすのである。カゲノカが作った装置を仕掛け、例のモノを手に入れ……そういえば場所はわかっているのか? リンボクがいないとなると……」
『それは大丈夫です。昨日の時点で特定は済んでいるので。』
「不幸中の幸いか。では予定通りに。リンボクはカゲノカの手があけば捜索しよう。」
『了解です。』
 画面が消え、目を閉じたままの男は再びため息をつく。
「……ツァラトゥストラという規格外の力を手に入れてもこの様か。やはりもう少し慣れてからの方が良かったか……」
「そうかもですけど、それはそれで騎士側にツァラトゥストラへの対抗策を練る時間を与える事になるから行動は迅速にってリーダーも言ってたじゃないですか。それに、リンボクさんのナンパはいつものことです。」
「ツァラトゥストラでその辺も改善されれば良かったのだがな……」
「一応調べておきます? リンボクさんがちょっかい出した学生らしきカップル。」
「ふん……これといった意味はなさそうだが……そうだな、頼む。」
「お任せを。」



 やわらかい朝日で目を覚ます。ゆっくりと起き上がったあたしは横にいる、相も変わらないすっとぼけ顔をしばらく眺めた後、それに顔を近づけ、重ねる。
 昔は逆だったとか言いながら眠そうなそいつと朝ご飯を食べ、支度をしていつもの場所へと出かける。
 今でもむかつくスタイルの槍使い、内気なクセにこれだけはグイグイくるスナイパー、騎士と商人を兼業してる暗殺者、鉄壁に一か所だけ穴をあけて迫ってくる貴族。いつもの面子をいつものように殴りながら席につく。憧れの人が座っていた椅子に、来年は交代だからと貴族が言うその場所にあたしは座る。十二個しかないはずなのにいつの間にか現れて座ってる十三人目の吸血鬼を横目に、今日の任務を確認する。
 大切な人を守れる力、たくさんの人を救える力。望んでいたモノを手に入れて……ついでに……好きな人も……

――って、ああ、これ夢だわ。
 目標としての夢であり、昨日から今日までの寝てる間に見てる夢でもある。あたしの恋人のくせに他の女とお泊りデートしてるあのすっとぼけにぶつぶつ文句を言いながら、でもそういう変なところっていうか、きっと普通は恋人としてはあり得ない最低なところを、まぁでもあいつだしみたいに半分……四分の一くらいは納得しちゃってる――っていう、自分でも変な感覚のせいで独り言が終わって、あたしは昨日、眠りについた。
 なんでこんな夢を見てるのかしら。あのすっとぼけがやらかしても結局はこうだからって、再確認の為に夢を見てるのかしら。
 だとしたら我ながら……ちょっとお気楽過ぎる気もするわね。
 あの吸血鬼みたいに、なんかもう規格外の昔の女がまだまだ出てくるかもなのよ? どこからともなくとんでもない女がこの先も出てくるかもなのよ?
 でもそれでも……ああ、何かしらこの、不安と確信の混ぜこぜは。
 あたしって……

「朝だよ、お姫様ー。」

 ぷにぷにとほっぺをつつかれる感覚にうっすらと目を開ける。
「……ロイド……?」
「うわ、お姫様ったら自慢ー? 毎朝起こされてるとこーなるんだねー。」
「ず、ずるい……よね……あ、あたしも起こしてもらいたいな……」
「…………――!? は、な、なによあんたら!」
 ガバッと起き上がると、ベッドの周りにアンジュとティアナ、それとリリーが……殺し屋の顔をしたリリーがいた。
「ど、どうして――ていうかどうやって入ったのよ!」
「朝練の時間になっても起きてこないからさー。ほら、今ってドアがつながってるでしょー? 何回か試したらこの部屋につながったんだよねー。」
「……! わ、悪かったわよ。すぐに着替えて――」
「その前になんだけど、エリルちゃん。」
 今にもあたしの首なりなんなりをかっ切りそうな顔のリリーはゆらりとあたしを――というか布団を指差して言った。

「なんでロイくんのベッドで寝てるのかな?」

 ――! ――!!
 あ、あたし――そ、そうだった、あたし昨日、ロイドとローゼルが今頃とか考えてたらなんとなくあのバカのベッドに……ドアがつながるかもっていうのに何やってんのよあたし!
 て、ていうかもしかしてあの夢、ロイドのベッドで寝たからあんな感じの幸せな――い、いえ、その前にな、なんとかしないと!
「あ……あら……ホントねー……寝ぼけたかしら……」
「ロイド並みに誤魔化すの下手だねー、お姫様。まー、この状況を誤魔化すのは不可能だと思うけどねー。どれどれー。」
 なんとなく……たぶん恥ずかしさで顔が熱くなってきたあたしが握ってる掛け布団の端っこを持ち上げたアンジュは、それをぼふっと顔にあて――!?
「んー……うん……ロイドの匂いだねー……」
「ななな、なに嗅いでんのよ!」
「ベッドごとお持ち帰りする女王様の気持ちもわかるねー。なんかいい気分だもんねー。それでお姫様は、そんなベッドにもぐっておいて「なに嗅いでんのよ」とか言っちゃうんだねー。」
「う、うっさいわね! あ、あたし――の、恋人なんだからあ、あたしはいいのよ!」
「で、でも……やっぱりずるい……よ、エリルちゃん……」
「は! ちょ、ティアナ、あんたなんで入って来てんのよ!」
「あ、あたしもあたしもー。」
「はぁ!?」
 もぞもぞと一人用のベッドに三人が並んで狭いことに――っていうかこいつら!
「みんな……だから言ってるでしょ……ロイくんは……」
 一人潜りにこないリリーがすごい顔で睨みをきかせて――
「ボクのなんだってばー!!」
 四人目として布団に飛び込んできた。たぶんロイドが最近よく体験してる感触……身体のあちこちに柔らかいモノが押し当てられる状態になるあたし。これでロイドはいっつも鼻血ふいてるわけ――

 ふにょん。

「ひゃ!? ちょ、誰よ、変なとこ触るんじゃないわよ!」
「変な声出して、やらしーんだから。」
 いつの間にかあたしの背後にまわったリリーがあたしのむ、胸をガシッと掴んできた……!
「い、いきなりこんなことされたら誰だって――ひゃぁっ!?」
 リリーの手がそのまま――も、揉み――!
「あんまりにエリルちゃんがやらしーから仕方ないんだよ。」
「なに――なんの話よ!」
 あたしがジタバタしてると、リリーが耳元で囁く。
「エリルちゃん、ロイくんと変な約束してるでしょ?」
「や、約束!? ば、やめ――」
「ロイくんがついうっかりボクたちになんかしちゃった時は、今の――仮の、一時的な、ちょっとした気の迷いの恋人のエリルちゃんにも同じことをするって約束。」
「――!!」
 そういえば――そうよ、そんなのがあったわ! お泊りデートそのもののインパクトですっかり忘れてたけど……そうだわ、そもそもそれのせいでこの前もあいつに……
 え、ちょ、それじゃあ――
「そして今回のデートであのローゼルちゃんが何もしないわけがないし、ロイくんはラッキースケベ状態……きっとロイくんは……ローゼルちゃんとあれとかそれを……そしてそうなったらそれはエリルちゃんにも行く……」
そそ、そうよね、そうなるわよね。ももも、もしも今回のお泊りデートでロイドがローゼルになな、なんかやらかしたらそれはあたしにも――!?!?
「約束自体はまぁ理解できるんだよね。だってロイくんが他の女の子にあんなことやこんなことしたらボクにもしてってボク言うもん。でもきっと、今回はレベルが違うと思うんだよね。ローゼルちゃんの場合は仕方ないとしても、これ以上ボクのロイくんを他の女の子には……」
「な、何言って――ていうかいつまで揉んで――そ、それとこれに何の関係があんのよ!」
「だから、ロイくんがする前にボクが……エリルちゃんを篭絡しようと思うの。」
「はぁっ!?!?」
「世の中にはねぇ、エリルちゃん。男でも女でも、快楽で相手を手懐ける悪党がいるんだよ?」
「馬鹿じゃないの!?」
「ボクは元暗殺者。世界の裏の荒波で生きてきたボクのテクニックで王族育ちの箱入り娘を、手籠めにしちゃうんだよ!」
 !! い、今のリリー、本気の顔だけど目がぐるぐるしてるわ! ロイドとローゼルがお泊りしてるってだけでも大ダメージだったところに、あ、あたしがあのバカのベベ、ベッドで寝てたりなんかしたから……ついにリリーに限界が……!!
「あー、なんか前にもあったねー。百合だっけー?」
「た、たいへん……だね……」
 相変わらずベッドにはいるけど左右から眺めるだけの二人!
「あ、あんたたち、助けなさ――きゃああっ!?」
 パジャマの下にすべりこんでくるリリーの手――!!
「ほらほら! エリルちゃんなんかすぐにメロメロなんだからね!」
「バカ言ってんじゃ――な、なにがテクニック――」
 その時、あたしは……それこそロイドがよくやる、言わなくていいことを言ってしまった。

「――あのバカの方が上手よっ!!」

 リリーの手が止まる。ついでにティアナとアンジュの表情が固ま――
 あたし何言ってんの!?!?
「……ふぅん……ロイくんに……へぇ……」
「ちが、こ、これは――」
「ボクがロイくんにふにふにされた時かな? 約束に従ってエリルちゃんにもしたんだろうね……ロイくんてば真面目だから。」
 まだあたしの胸のところにあるリリーの手がふるえる……
「お姫様って……実はあたしたちの中で一番スケベなんじゃないのー……? なんだかんだでロイドとあれこれしちゃってさー……」
 眺めてたアンジュがあたしの脚を指でなぞる……
「一緒のお部屋……だもんね……あ、あたしたちが知らないだけで……ロゼちゃんよりももっと……やらしいことしちゃったり……」
 アンジュと同じことを反対側のティアナまで……!
 ま、まずいわ、このままだと――!
「エリルちゃん! 洗いざらい吐いてもら――」
「うっさいっ!」
 あたしは、ある程度手加減はしたけどその場で炎を爆発させた。
「うわわ、お姫様ってば無茶するなー。ていうか寮の部屋でこういう魔法って使えるんだっけー?」
 第四系統の魔法の気配を察知して完全にかわしたアンジュ。
「あちち、あちち……そ、その部屋に住んでる人とか、そんなに危なくない魔法なら、使えるよ……ロイドくん、エリルちゃんに……よく燃やされてるって……言ってたし……」
 たぶん魔眼ペリドットで発動の瞬間を見て即座に耐熱魔法で防御したティアナ。
「その程度じゃひかないよ……?」
 瞬間移動で回避したリリー。
 こ、このままじゃこいつらに襲われるっていうバカみたいなことになるわ……
 昨日のパムのゴーレムとの模擬戦以上にまずい状況ね……この三人を同時になんて――

 コンコン。

 ジリジリとにらみ合う中、臨戦態勢の部屋に窓をノックする音が響いた。
「兄さーん、帰ってますかー。それかエリルさーん、まだ寝てるんですかー。」
 いいタイミングだわっ!!
「パム!」
「わ、何ですか。」
 勢いよく窓を開けるといつもの軍服姿のパムがびっくり顔で立ってた。ああ、こういう顔、ロイドに似てるわね。
「ん、なんだか焦げ臭いですが……」
「なんでもないわ! それよりどうしたのよ! 昨日の続きかしら!」
「……朝からハイテンションですね……兄さんはまだですか?」
「一応今回のデートは次の日の夕方までってしたからねー。まだ帰ってこないと思うよー。」
「? みなさんここにいるんですか。するとどうしてエリルさんだけが寝間着……」
「い、いつもロイドくんに起こして、もらってるから……起きてこなかったんだよ……だからあ、あたしたちが……」
「へー、そーですかー……」
 パムがあたしをジトッとにらむ……
「まぁ、今回はどちらかと言うと兄さんよりも王族のエリルさんでしょうから、とりあえず話してしまいましょうか。」
「? 何の話よ。」
「面倒ごとです。説明しますので、とりあえず着替えてください。」
 パムの訪問によってとりあえず襲われる危機から脱したあたしは、若干リリーに睨まれながらも私服に着替える。黒焦げのロイドのベッドにパムが目を丸くしたけど……と、とりあえず全員分の紅茶を並べて、あたしたちはテーブル囲んだ。
「そ、それで話ってなにかしら!」
「……兄さんのベッドについて聞きたいところですけど……まぁとりあえずは……実は最近、オズマンドがパワーアップして暴れているのです。」
「オズマンド……ってあのテログループよね? え、なによパワーアップって。」
「そのままです。国王軍内においてオズマンドは、厄介な実力者が数人いるだろうという程度の認識の組織でした。それがここ数日の間に、過去の戦闘記録ではせいぜいドルムクラスだったメンバーがスローンクラスになって現れたりしたのです。」
「え、ちょっと待ってー。厄介な相手が何人かいる「だろう」ってどーゆーこと? なんかふんわりしてるけどー。」
「オズマンドにはメンバーの序列があり、上から四番目までは戦闘記録があるのですが……上位三名はずっと謎のままなんです。四番目の実力がギリギリセラームクラスだったのでその三人はセラームと同等の可能性が高く、場合によっては十二騎士クラスもいるかも……という推測のもと、厄介な相手がいる「かもしれない」という認識なんです。」
「へー。なんとなくだけど、じゃあ国王軍はオズマンドをそんなに危険視してない感じー?」
「……正直に言うと、そうですね。自分が軍に入るよりも前から戦いが続いているのですが、連中が成したことは大したことがないと言いますか……アフューカスが動き出した今、あまり眼中にはなかったですね。」
「……まぁ、S級犯罪者だらけの連中と比べたら優先順位は下がるわよね……でも、そんなオズマンドがいきなり強くなったって?」
「そうです。皆さんは……ツァラトゥストラというモノをご存知ですか?」
「つら……? 知らないわね。」
「あ、あたしも……な、なにかのマジックアイテム……?」
「発音しにくいねー。特殊な魔法の名前とかー?」
「……どこかで聞いたような……ああ、そういえば……」
 知らない反応が三回続いたところで、四人目のリリーが何かを思い出す。
「それが何なのかは知らないけど、なんか闇取引でとんでもない額がついてた気がする……今残ってるのはほとんどないとかレア物だとか言ってたかな。」
「……確かにあれを使いたい悪党は多そうですが……あんなモノまで売買されるのですか……」
「で、なんなのよ、それ。」
 結局ちゃんと知ってるのが一人もいないツララ……なんとかについて、「自分も最近知ったのですが」と、パムが説明を始めた。


 その昔――すっごい昔にアフューカスが悪党にバラまいたとかいう生体兵器……っていうとちょっと違うらしいけど、なんか心臓とか肺とかの身体のパーツがあって、それを身体に取り込むと一段階強くなれるっていう代物。自分の臓器と交換するっていうやばいモノなんだけど、大したことなかった奴がいきなりセラームと戦えるくらいに強くなるから、悪党の間で大人気になって広まったらしい。
 当時の騎士が苦戦しつつも所有者を倒していって、最悪の時代とまで呼ばれた時期は終わりを迎えたんだけど、それを身につけたまま子供を作ったりした悪党がいて、そうするとツァラトゥストラも受け継がれるらしく、実は今も残ってたりするんだけど……まぁ数える程度しかいないし、自分がそれの所有者だって知らない場合がほとんどだから騎士が危険視するほどの使い手にもならない。それが……ツァラトゥストラっていうモノ。
 そんな頭のおかしいアイテムが数日前から悪党の間に広まり始め、それを手に入れたオズマンドがここぞとばかりに攻めて来た……っていうのが今の状況らしい。


「国王軍や王城への襲撃も既に起きています。オズマンドは今のフェルブランドの在り方といいますか、政治をよく思っていない者の集まりです。よって王族であるエリルさんには用心が必要です。この学院の防御は相当なモノですが、万が一ツァラトゥストラの力によってその防御を突破される可能性もありますから。」
「……わかったわ。」
「ちなみに自分はエリルさんの護衛という任務を受けましたので、しばらくはこの部屋で寝泊まりします。」
「わかっ――はぁ!?」
「普通ならば部屋の外に待機するとかですが、まぁ兄さんもいますし、いいでしょう。」
「良かないわよ! 学院の宿直室とかに――」
「おや、自分がいるとまずいですか? 兄さんと何をするつもりなのですか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「エリルちゃんはやらしーからね。」
「お姫様って結構スケベだからねー。」
「……ロ、ロイドくんのベッドにいたりするし……」
「……ほー……」
 三人の言葉を受けてパムの睨みが鋭く……な、何よこれ、こういう感じに睨まれるのはいつもロイドなのに!
「まったく、兄さんがあのゴリラみたいになっていくだけでなく、周りまでこの有り様とは。」
「う、うっさいわね。あんただって前にロイドと一緒に寝たりしてたじゃない……!」
「じ、自分は妹ですから! ああいうのは家族のスキンシップです!」
 途端に真っ赤になるパム。
「でもあのロイドだからねー。妹ちゃんを惚れさせちゃうーみたいなこともありそうだよねー。何年も会ってなかったわけだし、兄妹の感覚も薄れてたりー?」
「しません! ま、まったく、バカなこと言わないでください!」
「そーおー? でもロイドの方がいつものついうっかりで妹ちゃんをもみもみしちゃうってのもあるかもよー?」
「みょっ!?」
 変な叫びで固まるパム。この辺もロイドに似てるわね。
「兄さんが自分を…………とと、とにかく! エリルさんはオズマンドの件、くれぐれもご注意を!」
 強引に話を終わらせたパム。かなりのお兄ちゃんっ子なのは確かで、そのお兄ちゃんがあのロイドとなると……アンジュの言うように、なんかそういうのを考えちゃうわ……
「それにしてもやっぱり王族は大変だよねー。何かと狙われちゃってさー。」
「あんたも似たようなモンでしょ。」
「ある程度はそうだけどお姫様ほどじゃないかなー。あたしのところにはテロリストなんて……あ、そうだそういえば今更なんだけどさー。」
「なによ。」
「あたしよくわかってないんだけど……そのオズマンドって最終的に何がしたいんだろうねー。」
 この国で生活してれば一度は耳にするテロ集団について、一応他国から来たアンジュがそんなことを聞いてきた。
「何ってそんなの、今の政治家を追い出して自分たちが国の指揮をとるんじゃないの?」
「そうだろうけど、その先だよー。具体的にこの国をどうしたいんだろうって話。」
「それは――」
 ……? あれ、どうなんだったかしら。クォーツの家に生まれた者として、自分たちを狙うだろう悪党の名前はよく聞かされて……オズマンドなんてのはそのナンバーワンみたいなモノなんだけど……最終的にこの国を……? そういえば知らない気がするわね。
「痛い質問ですね。」
 アンジュの疑問に、パムは微妙な顔でそう言った。
「テロ集団で、狙いが貴族や王族、国王軍……それだけで連中は「ああ、そういう奴らか」という認識をされますが、その目的――最終目標は、実は誰も知らないのです。」
「誰も? どういうことよ……」
「自分も他の騎士に同じことを聞いたことがありますが、答えられる人はいませんでした。」
「そんなわけ……だってオズマンドって結構前からあるわよね……?」
「そうですね。自分が騎士になってから今までの二年ほどは音沙汰ないのですが、五年くらい前は結構暴れていたようです。」
「とゆーことは国王軍相手に五年も生き残ってるんだー。それはそれですごいねー。」
「いえ……戦闘記録に限らなければ、オズマンドの名前が最初に出てくる記録は今から二十年以上前になります。」
「はぁ!?」
「そ、そんなに昔、から……で、でも、それなのに、わからないことだらけって……ちょ、ちょっと変だね……」
「そうよ……じゃあ連中は今まで一度も自分たちの目的を言わなかったってこと? ていうか二十年も経ってたらさっきの謎の三人も交代してるんじゃ……」
「組織内に序列があるということが判明したのは五年前の暴れていた時期ですし、それ以前の戦闘記録はほとんどありませんから何とも。長い年月の間に組織がどう変化していったのか……もしかすると二十年前はリーダーただ一人だけだったのか……この辺も謎のままです。そこでちなみにですが……リリーさん。」
「なぁに? 言っとくけど妹だからってロイくんはあげないからね。」
「その話はもういいです! さ、さっき闇取引とか言っていましたよね。」
「言ったけど。」
「経歴からしてリリーさんはそっち――裏側に詳しいですよね。オズマンドについて知っていることはあったりしますか?」
「直球で聞いてくるね……まぁいいけど……」
 リリーの割と黒い過去の話は……あたしたちの間ではもう気楽に話せるモノになってるけど、パムまでこうあっさりと聞いてくるとは……ロイド以外には好かれようと嫌われようとどうでもいいって感じね、相変わらず。
「ボクが聞いたことあるのは、オズマンドを目障りに思ったとある悪党が勝負を挑んでボッコボコにされて帰ってきたって話くらいかな。」
「なによそれ。そんなの悪党同士によくありそうなただのケンカじゃないの。」
「そうでもないよ。そのとある悪党っていうのがA級を含む数十人規模の悪党集団で、それをボッコボコにしたのはたった一人だったって話なの。」
「大した武勇伝ですが……やはりわからないままですね。」
「テロ集団って悪党からしたら悪でも正義でもないよくわかんない連中だし、詳しく知りたがる人もあんまりいないから情報屋も調べたりしないんだよ。」

 二十年も昔からある反政府組織で、すごく強いメンバーもいるらしい。なのにやってきた事は大したことなくて、他の悪党に注目を奪われてる。その上最近まで活動休止中だった……
 あたしが言うのもなんだけど、このテロ集団やる気あるのかしらって言いたくなるわ。
 でも……でもちょっと前に、ザビクっていう奴がいた。あいつも前評判の割にはマヌケな作戦で挑んできて……だけどそう思わせる事もあいつの作戦で、たまたまそうだったから良かったものの、最悪ロイドの命が握られ、スピエルドルフっていう強力な力を持つ国が悪党の意のままになってた。
 この今の状況……不透明でよくわからないけどそんなに強そうにも見えないっていうふわふわした認識を、もしも狙って作ったのだとしたら?
 今までの大したことない事件の裏で、誰も気づかない大事件を起こしてたとしたら?

「……大丈夫なのかしら……」
 漠然とした不安を呟いたあたしに、現役の国王軍の騎士であるパムが言った。
「とんでもない強さも隠し玉も、悪党の専売特許ではありません。自分で言うのも――いえ、こればかりはキッパリと言いますが、国王軍は優秀です。」



「あれで大丈夫なのか?」
「そりゃこっちのセリフだ。けが人のクセにこんなとこまで来やがって。」
「なんじゃい、腕が無くなっただけじゃぞ?」
「十分な理由だろうがクソジジイ。」

 せっかくの週末だってのに、私は国王軍が部分的に立入禁止にした場所――ラパンの市街地の中心にあるちょっとした広場に、緊張顔の騎士たちとむかつくジジイと一緒に立ってた。
 今日の朝、セルヴィアから「《フェブラリ》が『滅国のドラグーン』と戦って重症を負った」っつーいきなりな連絡を受け、私は前の職場である国王軍の訓練場をたずねた。確かにあのジジイは左腕が無くなるっつー重症だったが本人はケロッとしていて、あのデブとの戦闘について色々聞いてたら……事件が起きた。
 私もその時知ったのだが、どうやらアルジェントの奴が敵の手に落ちたらしく、朝早くに国王軍の駐屯所の一つを壊滅させたとかで国王軍内がピリピリしていたわけなんだが、そのアルジェントが市街地に突然現れたのだ。

「この国で一番の騎士なんじゃろう? であれば十二騎士が相手をするのが道理ではないのか?」
「相性の問題だ。」

 今の私はただの教師なのだから軍の指示に従ってこの場所からは離れるべきなのだが、筋肉ダルマが「教官はここを頼むぞ!」とか言って私をちゃっかり頭数に入れてこの場所――アルジェントが今まで見たことないくらいの無表情で立ってる広場に送り出しやがった。

「相手が相手だけに手加減が難しいんだが、《オウガスト》や《エイプリル》がバトッたらこの辺が嵐の後か塵灰になる。となると《ディセンバ》になるわけだが、あいつは王の護衛をしてる。」
「代わりがあの平凡な父親風の者と?」
「ああ見えてリシアンサスは強いぞ。」
「そんなのは見ればわかる。わしも伊達に十二騎士やっとらん。しかし見た感じではあちらのピカピカの甲冑の者と実力は同程度。仲間に攻撃を加える事になるこちらの方が精神的には不利な現状、確実な格上をぶつけなければ安心はできんじゃろう?」

 敵の……オズマンドの魔法か、それともこれもさっき聞いたツァラトゥストラとかいう大昔の兵器の力か、操られてるアルジェントが何故か街の真ん中で仁王立ちしている。何もせずに立ってるだけなわけだが、いつ何を始めるかもわからないこいつをそのままにはできない。
クソジジイが言うように十二騎士が対処すんのが確実な方法だろうが、このアルジェントがオトリの類ってのがわからないほど私たちもバカじゃない。むしろ何もしないで立ってるだけなんて、オトリと自分で言ってるようなもんだろう。
 よって私たちは敵の狙いを予想して人員を配置しなきゃならないわけだが、国を乗っ取ろうとかいう連中が狙いそうなモノがこの街にはたくさんある。王城、王家の人間、国政に関わる貴族たち、イメロの保管所、街を守る為の防御魔法が仕掛けてある場所……その重要度に合わせて実力のある騎士を配置していくと、この何もしないで立ってるだけのオトリ丸出しアルジェントの相手ができる者は限られてくる。
 でもってここは市街地のど真ん中。一応セルヴィアが時間を巻き戻すという手段はあるが、建物への被害は最小限にしたい。
 そこでアルジェントの相手に選ばれたのが『シルバーブレット』こと、トクサ・リシアンサス。私の生徒のローゼル・リシアンサスの父親であり、そのまんま休みの日のお父さん風の気の抜けるオヤジは、二十センチくらいの棒を片手にアルジェントの前方十メートルほどに立っている。

「あー……アルジェント、私です、リシアンサスです。わかりますか?」
「……」
「こんなに無口で無表情のあなたは初めて見ますね……意識はあるのでしょうか。何か――」

 と、そこでアルジェントの腕が動く。剣を抜き、そこから光の魔法が放たれ――る前に、アルジェントの手は弾かれた。剣を振る途中で中途半端に止められたアルジェントは一瞬バランスを崩したがすぐさま剣を構え、仁王立ちから臨戦態勢へと移行した。

「周囲の建物などを気にしない一撃でしたね、今のは。普段のあなたならあり得ない。」
「!! ――はあぁっ!」

 だんまりだったアルジェントが気合と共に先ほどよりも速い剣と魔法を繰り出す。しかしそれが放たれるよりも前に足元に生じた衝撃によってアルジェントは踏み込みを崩されて倒れそうになった。

「アルジェント、あなたは私よりも強い。しかし今のあなたはあなたではない誰かに身体を支配されている。あなたの強さはあなたの信念に基づくモノ、それにフタがされているのならば――私にも勝機はある。」

 のほほんとした雰囲気が一変、リシアンサスの顔が戦闘モードのキリッとしたモノになると、周りに控えている他の国王軍の面々が感嘆の声を漏らした。そして隣に立つクソジジイは……たぶん拍手をしようとしたのだがそれができない事に気づき、しかしふんと鼻を鳴らしただけでリシアンサスの方に視線を戻した。

「やりおるわ。あの棒の中に仕込んである金属を伸縮させて放つ槍……なるほど、あの速度と精密さで放てるのであれば、相手の攻撃が「攻撃」になる前に動きを妨害できる。この状況にピッタリというわけだ。」

 科学と魔法の組み合わせによってガルドで生まれた特殊金属。それを仕込んだ縦笛みたいな棒っきれがリシアンサスの武器。生徒のリシアンサスの得意な系統は第七系統の水魔法だが、父親であるこっちのリシアンサスの得意な系統は第九系統の形状の魔法。弾丸のような速度で、その気になれば数キロ先まで槍を伸ばすことができる、半分狙撃手のような槍使い。
 初代のリシアンサスのように、その場所から一歩も動かずに相手を貫く騎士――それが『シルバーブレット』だ。

「こういう場合はあなたを操っている人物を倒すことがあなたを元に戻す定石なのですが……どうやら近くにはいないようですね。となると一先ずはあなたを保護しなければならず、そのためにはあなたを一度戦闘不能にしなければならないでしょう。あまり手加減はできませんので結構痛いと思いますが……今度何かおごりますよ。」

 直後、超速の突きが銀色の輝きと共に放たれる。しかし二度も受けてある程度は慣れたのか、それをかわしたアルジェントはリシアンサスを中心にして円を描くように動く。リシアンサスの死角から攻撃しようとしたのだろうが――

「――!?」

 一般的な槍――というか武器とは違ってこれといった構えがない為、腕だけを動かしてすご腕のガンマンみたいな素早さでその銃口というか槍先に走るアルジェントを捉え、リシアンサスは銀の槍を放つ。ギリギリでそれをかわしたアルジェントは第三系統の光魔法で加速し、文字通りの目にも止まらぬ速さでリシアンサスの背後にまわったが、まわった頃には槍が目の前に迫っており、甲冑の上からではあるが、胸部にそれを受けたアルジェントは突き飛ばされた。

「私の事を知っているあなたなら今の速度では足りないこともわかるはずですが……知識や経験にもフタがされているようですね。」

円形のコースを走るなら、外側よりも内側を走った方が速い。何故なら内側の方が距離が短いからだ。そして今、アルジェントが回避や攻撃の為に移動した距離というのは、その軌道の中心に立っているリシアンサスからすればほんの少し腕を動かす程度の距離。二人をつなぐ直線を一瞬で走破する槍を持つリシアンサスを中心に円を描く動きをするのなら、相当なスピードでなければ銀の弾丸からは逃れられない。
 が、そんな事は普段のアルジェントなら理解しているはずで、リシアンサスの言う通り、今のアルジェントは脳みそがすっぽりとどっかに行っちまった状態。これならリシアンサスで余裕――

『あー、やっぱりそんな感じになるのねぇ。』

 聞きなれない質感の声が響く。声の主を探そうと首を動かした瞬間、私たちがいる広場の上空いっぱいに景気の悪そうな女の顔が映像で浮かび上がった。

『もうちょっと深くまで支配できれば良かったんだけどねぇ。アタシの頑張りどころはそこじゃないから軽くでいいって言われたのよ。支配するのも疲れるからねぇ。』

 いきなりの登場に騎士たちがざわつくが、リシアンサスは冷静に女の顔を見上げた。

「……あなたがアルジェントを……?」

 厳しい顔で上を見るリシアンサスを隙ありと見たか、倒れてたアルジェントが起き上が――ろうとしたけど、そっちを見もしないで放たれた槍で転び、再び倒れた。

『やるぅ。えぇそうよ、物足りなくて悪かったわねぇ。今からもう少し面白くするわ。』

 そう言うと女の映像はブチンと切れた。あの顔にはなんとなく見覚えがある。たぶんオズマンドとの戦闘記録で見たんだろう……おそらくは序列上位の……
 っと、それはともかくとして――

「おいジジイ、今の映像の出どころはつかめたか?」
「当たり前のように聞くのぅ……残念ながらあれは魔法ではなく科学を使った映像じゃ。ガルドの機械でも使っているのだろうが……意思の乗っておらん電波はわしには追えん。」
「使えねぇ十二騎士だ。こんなとこにいんだから少しは役に――」

「――がああああああっ!!」

 突如アルジェントの口からは聞いたことのない叫び声があがり、大規模な魔法が発動する時みたいな大きな力の気配と共に、その銀色の甲冑は荒々しい光に包まれた。

「つぇああああああっ!!」
「なにっ!?」

 尋常じゃない速度で放たれる尋常じゃない光魔法。リシアンサスの槍でそらされるも、軌道上にあった建物の屋根を消し飛ばして極大の光が空へのぼっていった。
 いや、つーかリシアンサスの槍が間に合わなかったってのは――!

「あれはまずいぞ、明らかに普通ではない。今の女、あの騎士の無意識化の身体の制限を解除しおったな……!」
「過剰なマナで必要量以上の魔力と筋力でゴリ押し――いくらアルジェントでも身体が持たねぇぞ……!」

 要するに火事場のバカ力ってやつだが、魔法の場合はシャレにならない。元々魔法を使う構造になってない私ら人間は魔法を使うと身体に負荷がかかる。この負荷が一定量を超えると死につながると私は生徒に教えたし、私もそう教わった。
 とはいえ、普通は命にかかわるほどの負荷がかかれば身体が魔法の使用を拒否する。それは痛みだったり極端なだるさだったりするが、とにかく身体の方が止めてくれるからそういうことはあまり起きない。
 あるとすれば、その身体の制御を他人に奪われている場合……!!

「リシアンサス、今すぐアルジェントを止めろ! 最悪死ぬぞ!」

 私の言葉を聞くよりも早く本気モードへと移行していたリシアンサスから十数本の槍が同時に放たれ、アルジェントの次の攻撃モーションを途中で止めた。

「おお、あの槍、あんなにたくさん持って――いや、今のは数魔法か。じゃがそれはそれであの特殊な金属の仕込まれた槍を一瞬で増やすとは……第十一系統も相当使えるな、あやつ。」

 第十一系統の数の魔法。概念系として分類される第九から第十二の中じゃ地味な魔法として見られる系統だが、それを得意な系統とする奴は物事の数値を操ったりするからかなり強い。
 ただ、得意じゃない奴が使うとなると……もちろん例外はいるが、大抵はモノを増やしたりしかできない。しかも複雑なモノになると途端に難易度が跳ね上がるから弓矢の矢とか投げナイフとか、頑張って銃弾くらいが関の山って感じになるんだが、リシアンサスはクソジジイが言ったようにあの特殊な金属を使ってる槍を増やす事ができる。
しかも増やした槍はリシアンサスの手から離れ、サードニクスの曲芸剣術みてーに周囲に浮かせて使う。まぁこっちは位置魔法を使ってるんだが……結果、銀の弾丸は連射可能な状態へと進化する。

「――っ、『スワロ』ォォォオッ!!」
「『封弾』!」

 アルジェントの高速連続斬りとリシアンサスの一斉掃射。剣戟が鳴り響く超速の技の応酬のように見えるが、その実、剣の一撃一撃を振り切る前に槍が全て止めているという、一方的な完封。
 普段のアルジェントであればもっと賢い戦法で攻めるだろうが、今の脳筋状態だとこれが限界らしい。
 そして――

「ここです!」

 そうなるのを待っていた――いや、おそらく槍で攻撃しながらそうなるように誘導したのだろう。アルジェントが特定の姿勢になった瞬間、リシアンサスの槍は軌道を変えた。甲冑の弱点――関節などの可動部のわずかな隙間へと潜り込んだ無数の槍はアルジェントを地面に縫い付けるように貫き、その自由を完全に奪った。

「強化、強化、位置固定! 教官、今です!」

 銀色の槍を強化魔法と位置魔法で頑丈にして馬鹿力を発揮するアルジェントを抑えつけたリシアンサスの合図で私は――

「ほいやぁっ!」

 ――私が――動く前に、揚々と躍り出たクソジジイがアルジェントに電撃を放った。私がやろうとしていたこと――特定の箇所に電流を流す事で気絶させるということをやったクソジジイは片腕のクセに偉そうにふんぞり返った。

「見たか、わしだって役に立つぞ!」
「……さっきの気にしてたのか……」


 クソジジイ――いや、リシアンサスの活躍で一先ずアルジェントを保護した私たちは、状況の確認の為に他の場所の護衛をしている騎士らと連絡をとった。
「ここ……ここも問題なしと……ん、ここもか?」
 騎士を配置した場所で今のところ何も起きていないところを地図上で消していったのだが……おいおい、まさかオズマンドの連中いきなり……!
「なんじゃ、どうした?」
「……各ポイントを守ってる騎士の中で、唯一セルヴィアとだけ連絡がとれない……」
「なに、《ディセンバ》と? どこを守っておるのじゃ?」
「――王の間だ。」



 フェルブランド王国、首都ラパンの中心に位置する王城。国王軍の本部が併設されているゆえに常に多くの騎士によって守られており、また数々の強力な防御魔法が展開されている難攻不落の城。
 過去に何度か国王軍の訓練場に賊が侵入したことがあるが、これは城や街を戦場にしない為にあえてその場所に侵入させるという狙いもあってのことで、それより先――つまり王城内に侵入するには訓練場に入るのとは比較にならない壁をいくつも超えなければならない。
 加えて、今のフェルブランドには《ディセンバ》という戦力がある。第十二系統の時間魔法は、奇襲などの後手にまわってしまった危機的状況を強制的に先手に変えることができてしまう魔法であり、護衛に限らずあらゆる場面で高い応用力を発揮する。その上今の《ディセンバ》は一対一であれば全十二騎士の中で最強と言われるほどの実力者。彼女が一人護衛につくだけで城の防御を超える守りが完成すると言っても過言ではない。
 だが――

「な……ぜ……ど、どうやって……!!」

 国の客を迎える時や国民の代表が王に意見する際などに使われる王の間。豪華な装飾が施された空間に玉座がポツンとあるだけの部屋は今、その広さと構造的な堅牢さから王を護衛する為の場所として機能していた。
 そんな部屋の中で、実質フェルブランド王国に所属する騎士で最も強い《ディセンバ》ことセルヴィアは、王が座る玉座の前に賊がいるというのに身動き一つできずにいた。
 無論、彼女以外にも護衛の騎士はいるのだが、彼らはもっと悪く、もはや蝋人形のようにまばたきもせずに固まっていた。

「そうか、とうとうこの時が来てしまったのか。」

 玉座に座る人物――身分の高い者の華やかな衣装ではなく、位の高い軍人のような服を着た、遠目にはほとんど黒に見えるだろう濃い赤い髪をスポーツ少年のように短くそろえた老人が、睨まれただけで寿命が縮まるような迫力の鋭い眼で目の前に立つ賊を睨んでいた。
 七十を超えてはいるが、老いが全て渋みに変わったのではないかというくらいに威厳に満ちたこの人物こそ、フェルブランド王国現国王、ザルフ・クォーツである。
 それに対し――

「こうして実際に見るとやっぱり違うわね。とても若々しいわ。」

 腕利きの騎士たちが動けない中、玉座の前に一人立っているのは老婆。絵に描いたような腰の曲がった弱々しい姿なのだが、誰もがただ者ではないと確信を得るだろう妙な威圧感があった。
「若々しいか……そなたが言うとただの皮肉にしかならぬ。」
 ほほ笑む老婆を前に国王は頬杖をついてため息をもらした。
「……先代から王位を受け継いだ際、王にのみ口伝されるいくつかの秘密を私は聞くこととなったわけだが、その中にそなたについての事柄が……オズマンドの指導者についての情報があった。」
 国王と老婆を除くとこの会話を聞いている唯一の人物である《ディセンバ》は、そんな国王の言葉に目を丸くした。
「かれこれ二十年、わが国が抱える問題の一つであるオズマンドという組織。その実態を明らかにしようと騎士が手を尽くしているが謎のまま。しかしどうしたことか、王だけはそれを知っていたわけだ。当時の私は何故その情報を明かさないのかと思ったものだが、よくよく聞いて理解した。そなたの存在はこの国の信頼を……いや、最悪今の世界を支える「騎士」という制度を破壊しかねない。」
「小さな悩みね。」
「堤もアリの穴から――国も世界も、皆が思う以上にもろいのだ。そうだろう――」
 長く隠されてきた一つの秘密を、身動きのとれないただ一人の聞き手の為に国王は口にした。

「元十二騎士が一角、《ディセンバ》――アネウロよ。」

 その一言に《ディセンバ》――今の《ディセンバ》であるセルヴィアは驚愕する。対して老婆――アネウロと呼ばれた女性は懐かしそうにほほ笑んだ。
「国王軍に所属し、数々の武勲をたてて十二騎士まで上り詰めたそなたはある日国王にとある進言をし、それが却下されると軍を引退。数十年後、再び国王の――次の国王の前に現れて同じ進言をした。しかして――いや、当然ながら再び却下されると、そなたはオズマンドという組織の長となってこの国に敵対した。」
「そうね……あら、こうして国王の前に立つのはこれで三回目になるのね。」
「前二回とは異なる強引な手……三度目の正直というわけか。」
「悪い顔の悪魔がどんな気まぐれか後押しをしてくれたから……利用する事にしたのよ。」
「報告は聞いている……『世界の悪』がバラまいたツァラトゥストラ――最悪の時代を繰り返そうというのか。」
「そんなつもりはないわ。私の願い――進言の内容も王の秘密で知っているのでしょうからわかると思うけれど。」
「まぁな。」
「これは最後通告――ええ、三度目の正直ね。首を縦にふらないというのなら、力づくになるわ。」
「決まり切った事を。二度ある事は三度あるというだろう? それに私は、全員で仲良くという形ではなく、それぞれが自分に合った枠組みに所属する形こそが平和と考える。人は一人一人違うのだ、アネウロ。」
「そう、残念だわ。」
 そう言うと老婆はくるりと国王に背を向け、扉へ向かって歩き出した。
「……この絶好の機会、悪党であれば私の命を狙う場面であると思うが?」
「あなたの手腕は今後も必要よ。それに、私たちを誰かれ構わず殺しまわる集団と思ってもらっては心外だわ。あくまでも平和的に――力づくにするだけよ。」
「ふん、チャンスを逃したな。二度目があると思うのか? わが国の騎士は優秀だ。」
「そうね。きっと……そう、正面から力比べを挑んでいたら私はこの子には敵わず、こうして話もできなかったでしょうね。」
 そう言ってアネウロは動けずにいるセルヴィアの肩に手を置いた。だがその後ぼそりと、セルヴィアが戦慄するほどの重みでこう呟いた。

「けれど私はおばあちゃん。積み上げてきた時間が違うのよ。」



「よう、どうだ最近、調子は。」
『私にそういうことを聞くな。』
 何をするわけでもなく、暗い部屋の真ん中に置いてあるソファの横で呆然と立っていたフードの人物に、そのソファにボフッと沈み込みながら調子を尋ねるドレスの女。
「誰がてめぇのこと聞いてんだ。ツァラトゥストラの話だバカ。」
『順調だ。大なり小なりの悪党が暴れ出し、オズマンドが本格的に動き始めた。』
「そうかそうか。」
 キシシと笑うドレスの女に、フードの人物がふと問いかける。
『命令に従って今のような状況にしたが、今回のこれの目的はなんなんだ? いつもの暇つぶしには見えないが。』
「んあ? まぁちょっとした実験っつーかお試しっつーか、手始めだ。」
『今一つわからないが……』
 フードの人物がそう言うとドレスの女は非常にめんどくさそうな顔をした。だがそれこそ暇つぶしと言わんばかりにソファにだらりと身を預けると、何故かうっとりとした表情で会話を続けた。
「ロイドは言った。絶対的な悪はいないと。あたいの命令に従うあいつらは悪党だが、あいつらにとってあたいは正義みたいなモノで、あたい自身もまた、あたいの悪にはなりえない。」
『何度聞いても屁理屈じみているが……そうだな。』
「そこであたいはあいつらを殺そうと思ったわけだが……そこでふと思ったわけだ。あいつら以外にもあたいの事を悪のカリスマだとか理想だとか言う連中はいんだろ?」
『ああ。いつの時代にも七人をそろえる事ができたのが何よりの証。紅い蛇とかいう非公式名を悪党のブランドみたいに考えている奴は多い。』
「だろ? だから……まぁ、あたい自身についての問題はとりあえず後回しとして、まずはあたいを自分の仲間とか思っちまう連中を掃除することにした。」
『ふむ……つまりプリオルらが恋愛マスターを探している間に自分以外の悪を滅ぼしてしまおうと。』
「そういうことだ。あいつらはまだ使えるから始末すんのは最後な。」
『なるほど……となるとツァラトゥストラは……悪を釣る為のエサというわけか。』
「ああ。んま、さすがに全部をあたいが始末すんのはめんどいからな。正義の味方におすそわけだ。」
『ん? ではオズマンドにツァラトゥストラを集中的に渡したのはどういった理由なんだ?』
「ちょうどいいと思ってな。」
『ちょうどいい?』
 乙女のようなとろける表情から一変、嫌いなモノを見るような顔で話すドレスの女。
「テロリストってのは半分が正義で半分が悪だ。やってることは悪のクセに、自分たちは正義だとぬかしやがる。んなハンパ連中にはとっとと消えて欲しいわけだが、それでも半分は悪だからな。素早く、しかし派手に散ってもらう為に巻き込んだ。」
『それはいいが……オズマンドが勝利する可能性もあるぞ? 場合によってはご執心のロイドの思想が変化してしまうのではないか?』
「それはねぇな。」
『ほう?』
「連中は半分正義だからな。」
『……?』
 フードの人物が首をかしげるも、それで説明を終わりにしてしまったドレスの女は大きなあくびをした。
『やれやれ。まぁそれでいいと言うなら文句はないが。』
「――ふぁあ……っとそうだおい、アルハグーエ。それはそうとお前、たまには身体を動かさないとだな?」
『? ここ最近のおつかいでそれなりに動いたぞ。』
「バトルって意味だ。あんな雑魚連中じゃ準備運動にもなんなかったろ。」
『……何をしろと?』
「さっき言ったろ? 掃除だよ掃除。楽しそうな奴選んでやっから、ちょっと殺してこい。」
『つまりは悪党狩りか……歪みの混じった正義の味方のようだな。』
「悪を殺すのに正義の肩書きはいらねぇよ。」
『微妙に騎士らに感謝されそうだという話だ。ちなみにどんな奴をターゲットにするんだ?』
「あ? んなのS級の連中に決まってんだろ。」
『……プリオルらと同等の連中を私一人で殺してまわれと?』
「ああ。」
『……あっさりと言ってくれる。』
 大きく肩を落とすフードの人物だったが、ゆっくりと顔を上げて天井の方を向くと少し楽しそうにこう言った。
『だが、悪くない。』

第五章 優等生の自慢話と老婆の時間

 夕方。あたしの恋人とあたしの恋人を狙う女がお泊りデートから帰って来た。
 なんかデジャヴなんだけど、恋人の方――ロイドは魂を抜かれたみたいに真っ白でヘロヘロ。
 そして狙う女――ローゼルは気持ち悪いくらいに嬉しそうでツヤツヤで、白いロイドに肩をかしてた。
「やぁやぁ諸君、良い週末だったかな。」
 とか言いながらニンマリするローゼルをロイドと一緒に部屋に連行したあたしたちは早速の質問攻めにしようとしたんだけど――
「待つのだみんな。その前にわたしの話を聞くといいぞ。」
 ロイドと並んで正座させたローゼルは、顔をほんのり赤くしながらこう言った。

「ついにロイドくんは内なるオオカミをわたしに見せてくれたぞ。」

「ぎゃあああああっ!」
 恥ずかしそうに嬉しそうににやけるローゼルの横で白かったロイドに色が戻ったと思ったら絶叫した。
「熱い夜だった……ふふふ、ロイドくんは意外にもテクニシャンでな……」
「ばああああああっ!」
 湯気の出る赤い顔を覆いながら床に頭をガンガンとぶつける。
「というわけで諸君の予想通りにロイドくんはわたしを襲い、わたしはロイドくんのモノになったのだ。」
 この上なくスッキリした顔でそう言ったローゼル。リリーはわなわなと震え、ティアナは……たぶんちょっとう、うらやまし――そうにローゼルを見て、アンジュはなんか熱い視線をロイドに向けた。
 そしてあたしは、とうとうやらかした恋人の横にしゃがみ込む。
「……ロイド……あんた本当に……」
「ひゃい! ごめんなさい!」
 ヘッドバットしてた頭をビターンと床にくっつけて土下座を決めるロイド。
こうなるような気はしてたからそれほど……いえ、やっぱりモヤモヤする……この……この……
「……ケダモノ。」
「はい、ケダモノです!」
「変態、色魔、女ったらし。」
「はひ!」
「……あたし相手の時は一緒に寝るだけだったくせに……」
「ひょへっ!?」
 ――!! ついこの前のを口にしてしまった……で、でもあの時あ、あたしが……ロ、ロイド的には一番オオカミにな、なりやすい相手って言ってて……で、でも結局は一晩中ぎゅっとされただけでおそ、襲われ――なかったし……
 なのにローゼルは……
「何やら気になることを呟いたような気がするが、正直今回はラッキースケベの力が大きかったな。」
 隣で土下座するロイドの背中を指でつーっとなぞるローゼル……!!
「昨日のデートの間、ロイドくんはわたしに何度もいやらしいハプニングをしてきてな……周囲の人々の死角をついてあんなことやこんなことを……ふふふ。」
 交流祭の時にあたしたちにしたようなことを一日中……このエロ女神に……
「それによってさすがのロイドくんも段々と気分が高まっていったわけだが……それよりも先にわたしの方に限界が来てしまってな。」
「! ど、どういう意味よ……」
「そのままさ。一日中ロイドくんに攻撃され続けたわたしは、部屋で二人きりの時に放たれた一撃でとうとう我慢できなくなった……つまり、私の方が先にオオカミになったのだ。」
「あ、あんたが……?」
「いつもやっているような腕に抱きつく程度の事ではない……ふふふ、思い返すとかなりいやらしいことをした気がするぞ……なぁ、ロイドくん。」
「ひぅっ!」
 色っぽい――を通り越してやらしい表情のローゼルに脇腹をつつかれてピンッと身体を起こすロイド。
「しかしそこまでやってようやくわたしはロイドくんのオオカミを引っ張り出すことができたのだ。ラッキースケベが無かったら、果たしてわたしはあんな風に攻めることができていたのか。そもそもロイドくんがその気になったのもラッキースケベの力があったからなのではなかろうか。そう思うと、やはりラッキースケベ万歳という結論になる。」
 と、ということは……このスタイル――だけはいいローゼルが過去にないレベルでロイドに迫ったからさすがのロイドもってこと……?
 べ、別にあたしよりもローゼルの方がってわけじゃ……
「ローゼルちゃん……」
 震えてたリリーが……殺し屋の顔じゃなくて、ブスッとふくれた顔でぶつぶつ呟く。
「ロ、ロイくんが……ボクという者がありながらそんなことしちゃったのはホントにもうロイくんのバカって感じだけど……ちゃ、ちゃんと確認しなきゃいけないのは……ロ、ローゼルちゃん……それとロイくん……」
「うん?」
「はひ!」
「……ど、どこまで……やっちゃったの……?」
「ドコマデッ!?」
 ロイドがすっとんきょうな声をあげたけど……そ、そうだわ、そこが重要――よね……もしかしたらローゼルがオーバーに言ってるだけで実は大したことしてないかもしれないわ!
「どこまでか……やれやれ、聞かれなければ言わないつもりだったのだが……ざっくり言うと――最後の一歩手前だ。」
 最後……手前……さ、最後!? 最後ってつつ、つまりその――で、でもその一歩手前ってどういう――え、あれ、じゃあか、かなりやらしいところまで……だけどその――アレはまだ……
「よし! じゃあ首の皮一枚って感じだね!」
 ローゼルの答えにシュバッと元気になったリリーは正座するロイドの腕に飛びつい――!!
「さぁロイくん、今からボクの部屋に行ってローゼルちゃんにしたのと同じことをするんだよ!」
「びょぎゃっ!?」
「でもってそのままボクの――あ、あれ、ロイくん?」
「が、びゃ、だばあああぁっ!」
 抱きつかれて赤くなるのはいつものことだけど……今のロイドの反応は尋常じゃなかった。
「ロイくん? ねぇロイくんてば。」
「あばあああっ! リリ、リリーちゃんくく、くっついてはいけません! 柔らかいのが! い、今はダメなんです! 色々とまああああっ!」
 くっつくリリーの――なんていうか顔を頑張って見ないようにしてジタバタするロイド。
「ふっふっふ! わたし以外が迫っても昨日今日と過ごしたわたしとの熱い時間を思い出してしまうようだな! 今やロイドくんの頭の中はわたしでいっぱいというわけだ!」
「な! ロイくんてば、ボクが抱きついてるのにローゼルちゃんのこと考えてるの!!」
「はひゃっ! それはその、半分はそうなんですが!」
 勝ち誇って高笑いのローゼルがロイドのその言葉で「む?」っていう顔になる。
「どういうことだロイドくん、半分とは。」
「え!? あいや、その、えっと――」
 あ、これは……死ぬほど恥ずかしいことを言う時のロイドだわ……
「た、確かにローゼルさんとのあれやこれやをオモ、オモイダシてしまうのですが――み、みんなともまだお、お泊りデートがあると思うとその……あの……」
「! もしかしてロイくん……」
 くっついてる状態からさらに密着度を高めながら、リリーは何かを期待するようにロイドに聞いた。
「ローゼルちゃんにしたことをボクにしちゃうのを想像してる?」
「!!!!!!」
 ボンッ――ていう音がしたかと思うくらいに真っ赤になるロイド――っていうかそれって……!
「言い換えると、ボクとえっちなことをしちゃうのを妄想してるの? 今?」
「ごごご、ごめんなしゃい! ケダモノですみません!」
 ロイドの恥ずかしさと……うしろめたさって言えばいいのかしら、そんな感じの感情が混ざった表情に対して、リリーは満面の笑みでとろけた。
「んもぅ! ロイくんてばぁん! ボクと――えへへ、ボクとー? 想像しちゃってるのー? もうもう、そんなの、今すぐ実行してくれていいのにん!」
「ぎゃりょら、ちょ、リリーちゃぬぁあああ!」
 抱きついてたリリーがそのままロイドを押し倒し――離れなさいよ!
「あれれー。優等生ちゃん。さっきまで優勢だったけど途端にわからなくなったねー。むしろ優等生ちゃんと……しちゃったことで、ロイドのたがが外れたっていうか外れやすくなった感じなんじゃないのー?」
「ぐぬぬ……し、しかしそれでも、最初の一人になれたことは大きいのだ! なぜなら今後ロイドくんが誰かを襲ったとしても、その脳裏には初めての相手であるわたしがよぎる! みなはこのナイスバディなローゼルさんと比べられてしまうのだ!」
「ロゼちゃん……なんか黒いね……」
「毎度のことながら、ここぞという時に突然大胆に攻めだすティアナには言われたくないぞ。」
 ローゼルと比べられる……そ、それは確かに不利――って、そ、そんな風にロイドは見ない――はずよ!
 というかさっきツッコミ損ねたけど!
「ローゼル! あんたさっき――「昨日今日と」って言ったわよね!」
「おやおや、時間差ながらもそこにツッコムとはさすがムッツリエリルくん。」
「誰がムッツリよ!」
「わたしも時間差ながらツッコムが、そこのロイドくんのベッドが黒焦げなのはどう考えてもエリルくんの炎だろう?」
「そ、それは――今はどうでもいいのよ! それよりもさっきのを説明しなさいよ!」
「説明もなにもそのままなのだがな。」
 再びむかつくニンマリ顔になるローゼル!!
「さっき話したわたしの猛攻によってロイドくんのオオカミを引っ張り出したのは昨日の夜。そして今日、朝食を食べてからこうしてセイリオスに戻ってくるまでの間、わたしは交流祭の時に得たご褒美を使用し――ふふふ、ふふふふ……」
「しょ、触手魔人との試合で、む、無傷で勝って……ロイドくんが、お、お願いを叶えてくれるって……あれのこと……?」
「え、まさか優等生ちゃん、それでその……ロ、ロイドに自分をおそ――うように……?」
「そんな破廉恥なことはお願いしないとも。ただイチャイチャしようと言っただけさ。」
「充分破廉恥だと思うけどなー……」
「ま、昨日の今日で夜の余韻が抜けないロイドくんとそうした結果、夜と同じような状態になりはしたがな。」
「やっぱりし、してんじゃないのエロ女神!」
「仕方がないだろう。昨日の夜、わたしはそれなりの覚悟を持っていたというのに、オオカミロイドくんはそれでも線の手前で止まってしまったのだから。次こそはと意気込むだろう?」
「何の話よ! 知らないわよ!」

「本当に何の話ですか。」

 白熱してきた部屋の中に外の冷たい空気が入り込む。朝にやってきた後、校長や先生への挨拶とか学院内の防御魔法のチェックとかで別行動をしてたパムが窓の外に立ってた。
「イチャイチャだとか破廉恥だとか、夜にするだのしないだの! い、一体あなたたちはなな、何の話をしてるんですか!」
「ピャミュっ!?!?」
 そして一番驚いた――っていうか青ざめたのはロイド。
「兄さん、きっちり聞かせてもらいますよ! お泊まりデートとやらの一部始終を!」
 一部始終……! さ、最後の一歩手前とかなんとかもそうだけど、ぐぐぐ、具体的に何をどうしたのか……そ、その辺はこ、恋人として聞いておかないといけないわよね……!
「ふむ。それならロイドくんよりもわたしに聞いた方がいいぞ。」
「ええそうでしょうね、元凶ですからね。」
「そう睨むでないぞ、小姑殿。真面目な話、ロイドくんから聞き出すとなると事あるごとに鼻血をふきだすことになる。」
「んな――人の兄に何をしたんですかあなたは……」
「どちらかというとされたのだがな? ふふふ、ここは一つ、二人の熱い夜を……とりあえず絶叫マシーンになってるロイドくんを抜きにして赤裸々に語ろうぞ。存分にうらやましがるといい。」
「な、なんで自分がうらやましがるんですか!」
「違うのか?」
「そんなわけ――まったくあなたたちはみんなして!」
「まぁそういうことにしておこうか。さてさて、時間もちょうど良いことだし、ここはお風呂にでも入りながら自慢話といこうか。」


 というわけで、あたしたちはいつもの流れで大浴場にやってきた。そしてこれもまたいつものように、つめれば数十人が一度にお湯に浸かれると思うお風呂の隅っこの方にかたまり、今日はローゼルを囲むような陣形で座りこむ。
 毎度のことだけど、お湯から顔を出すローゼルのむ、胸にはイラっとするわね……
「おやおやエリルくん。ロイドくんに揉みしだかれたこの胸が気になるのかい?」
「揉み!? あ、あんた何言ってんのよ!」
「何って、赤裸々に語ると言ったじゃないか。昨日と今日、ロイドくんにされたことをラッキースケベによる事故も含めて全て語るつもりだぞ。」
「うわー、そんなことしゃべりたがるなんて、やっぱり優等生ちゃんってエロいよねー。」
「ふふふ、これは精神攻撃みたいなものなのだ。これから話すことは、もしかすると今後みなも経験するかもしれないが――しかし! それを誰よりも早く経験した一番乗りはわたしであると自慢し、知らしめるのだ!」

「それは興味深いですね。」

 あたし、リリー、ティアナ、アンジュ、パムの五人と真ん中のローゼル。そこにいつの間にか加わった七人目がそう言った。
「!! カーミラくん!?」
 いきなりの登場にさすがにギョッとするローゼルに対して、普通に入浴してるカーミラはふふふと笑う。
「なにやらロイド様の感情が揺れ動いていましたので、これは何かあると思いやってきました。どうやらとてもうらやましいことをなさったようで。」
「感情って――あ、あんたそんなことわかるの!?」
「この右眼がロイド様の右眼であるゆえに、か細くはありますが繋がっているのでしょうね。なんとなくぼんやりと、ロイド様の感情が伝わるのです。」
 ほほほと笑うカーミラ――スピエルドルフの女王に対して割とフランクに接するあたしたちだけど、一人、そういえば初対面のような気がするパムが緊張した顔に……なってないわね。
「あなたがカーミラ女王ですか。」
「あら、そういうあなたはロイド様の妹さんね? こんにちは、カーミラ・ヴラディスラウスよ。」
「……パム・サードニクスです。あなたも例によって兄さんを……」
「ええ。ここにいる皆さんよりも前から。」
 女王と小姑がなんとなく火花を散らす中、アンジュが別の話題で口をはさむ。
「あれー? 確か女王様、ロイドは今忘れてるけど、熱い夜を過ごしたとかなんとか言ってなかったっけー? それでも興味深いのー?」
「ええ。今の、以前よりもさらに素敵に、カッコよくなられたロイド様がどのような攻めをなさったのか――ええ、ええ、非常に気になりますね。」
「ほほう。カーミラくんでもそうなるのか……ふふふ、これは思ったよりも大きなリードなのかもしれないな。では語って聞かせよう、わたしとロイドくんの二日間を。」



「――ということなんだが……ど、どう思う?」
「どうってお前、「恋人がいる身で他の女を襲った」なんて、字面だけ見れば最低のクズ野郎だろ。」
「うむ、妙に度胸のある浮気者だな。」
「だよな……っていや、度胸ある浮気って……」
 ロ、ローゼルさんが昨日と今日のぐぐ、具体的なあれこれ――をみんなに語っている間、オレは強化コンビことカラードとアレクを誘い、オレもまた大浴場へとやってきた。
 ケダモノ、まさにごもっともということをやらかしたオレは、しかしてそのやらかしがまだこの先も起こり得るという事に心臓が止まりそうというか破裂しそうなわけで、どうしたらいいのかわからず、とりあえず男子の意見を聞こうと思って二人と裸の付き合いをしている……のだが……
 うぅ、オレはクズ野郎……
「とはいえロイドだからなぁ……なあ?」
「そうだな。」
「な、なんか最近その一言で色々片付けられている気がするんだけど……オ、オレだとどうなるんだ?」
「クォーツさんはいい顔をしないだろうが、きっとそれならそれで今以上にロイドと仲を深めようとするだろう。他のみなもおそらく同様。つまり――」
「あんまり今までと変わんねーんじゃねーか?」
「えぇ……」
 どど、同級生の女の子をおそ、おそ、おそ――というのに何も変化なしって……
 いや、まぁ……その女の子はオ、オレの事を好きと言う女の子だから……もしかしたらちょっと事情が違うのかもだけど……そ、それにしたって……
「やっちまったもんはしょうがねぇだろ。今更何をしたって事実は変わんねーぞ?」
「それはそうだけど……だ、だからこそ今後はこういうことがないようにだな……」
「抗い難い力というのはあるものだぞ、ロイド。竜巻に家を飛ばされたから、じゃあ次はどんな竜巻が来ても飛ばされない家を建てようと言っても、自然の本気に勝てる家など作れないだろう?」
「ものすごい例えだな……」
 時折妙な事を言うカラードは、腕を組んでうむうむと頷きながら話をつづけた。
「いやいや、我ながら言い得ていると思うぞ。情事に限らず、今の時代の女性は強いからな。ロイドが押しに弱いというのもあるだろうが、しかして圧倒的なのは彼女たちの攻めのパワーではないか?」
さらりと押しに弱いって言われたな……いや、その通りだからいいんだけど……カラードたちにもそう見えてるんだなぁ、オレ……
「た、確かにみんなのせ、攻めは……い、いや、今回に関して言えばラッキースケベもあるはずで――」
「あまり関係ないと思うぞ。彼女たちの強さは中でも飛びぬけているだろうからな。」
 そう言いながらぼんやりと天井を見るカラード。
「今の十二騎士で最強と言われているのは女性騎士。国王軍の指導教官も女性。ついでに言ってしまえば長く世界を苦しめる最凶の大悪党も女性。男性が世界を回していた時代は遥か昔、今は男女平等と言われるがそれも通り過ぎ、世界は女性を中心に回り始めているのかもしれない。」
「い、いきなり何の話だ?」
「欲望に流されろとは言わないが、昔から男というのは性欲に負けがちで、その上今の女性は男よりもたぶん強く、ロイドの周りは精鋭揃い。さっきも言ったが抗い難いと思うぞ、おれは。」
「な……せ、攻められるままにおそ――ってしまえと……?」
「そうなるが……ふむ、きっと「襲う」という言葉が良くないのだ。ロイドは今回の事を、理性が誘惑に負けてしまったが故のやってはいけない行為と見ているが、考え方を変えてみるのだ。」
「えぇ?」
「例えばだが、すごく美しく、スタイル抜群の女性が全力で誘惑してきたとしてもその人のことを欠片も知らないのなら、おそらくロイドは反撃しない。」
「なんつー例えを……い、いや……どうかな……」
「個人的には断言できるがな。では今回はなぜ? それはきっと、ロイドの中にあるリシアンサスさんへの好意が――愛が、そうしてしまうほどに大きくなっていたからなのだ。」
「アイ!?」
「はっはっは、交流祭で愛の力を語っていた男がそんな反応をするとは。ともかく、誰かを好きになるというのはその後、手を握ったり口づけしたりという欲求につながるのだろう? ならば今回のロイドの反撃はその延長――つまりはそれくらい今のロイドは彼女が好きなのだ。キッカケはそうだったかもしれないが、単に誘惑に負けて襲う事と募った想い故の欲求は、似てはいるが根本的に異なるはずだ。」
「オレ――が……で、でもそれはそれでひどいだろ……た、確かにその、好き――っていう気持ちは認めるし、自分自身の優柔不断っぷりは知ってるけど……エ、エリルがいるのにそ、そんなになるまで他の女の子をす、好きにって……」
「別に一人がたくさんを好きでもいいと思うが……しかしそうなってしまったのなら、さっきのアレクではないが仕方がないだろう。想いにフタをすると、容器に深刻な亀裂が入るモノだ。」
「……」
「そんな自分をダメな奴と思うよりも、好きになった相手一人一人を幸せにする方法を探し、行動する方が……うむ、おれ的にはロイドらしいと思う。仮に責任をと考えるのならその意味でもな。」
 気持ちのいい爽やかな笑みを浮かべるカラード。そんなルームメイトのこっぱずかしい意見をアレクがアレク風にまとめる。
「よーするに、どうせロイドは連中のとんでもない威力のお色気攻撃には勝てねーし、それがまんざらでもないくらいに連中が好きなもんだから反撃もしちまう。ならもうその辺は前提として、全員がハッピーになるにはどうすればいいかってことを悩むべきだろうってこったな。」
 ひどすぎて割とどうしようもない相談にえらいポジティブな、もしくは難易度の高い答えを返した二人。
 前にもこんなことが……男子会の時にもあった気がする。オレのマイナス方向の考えをくるくるまるめてプラスの見方を示してくれる。なんというか……オレはすごい二人を友達に――
「まぁただの女ったらしになりそうだがな。」
「「ただの」ではないぞアレク。すごい女ったらしだ。」
「がはっ!」
 じんわりと温まったこころに刃が突き刺さった……!
「積極的には動かないがそういう状態になったらおずおずと愛を見せつける。これはなかなかやり手のような気がするな。この先も増えていくのだろうしな。」
「だけど基本的には尻に敷かれる感じだろ? 男子連中がハーレム王だとか言ってるが、苦労の絶えない男だな、ロイド。」
「いい感じにまとめたあとに滅多刺しにしてくる二人が恐ろしいぞ……くそ、二人に恋人ができたら色々と言ってやるぞ……!」
「そういや恋愛マスターが言うには俺やカラードにもそういう相手がいるって話だが……一体いつ会えるんだろうな?」
「おお、アレクが恋バナを。まぁおれも気にはなるが……うむ、その時は先輩であるロイドに指導を願うとしようじゃないか。」
「オレに!?」
「どうせ《オウガスト》直伝の夜の技とかあんだろ?」
「んなもんあるか!」

 しかしながら……二人の意見は結構あっている。つまりその……うん、たぶんオレはみんなが今回のローゼルさんみたいにせ、攻めて――きたら、我慢……できない。その自信はだいぶ無い。
 そもそもそういう状況にならないようにというのはあるが、約束は破れないし……いや、そもそも約束があろうとなかろうと、押しに弱いことに定評のあるオレには……うぅ……
 だ、だから二人の言う通り、そうなってしまうことはもう諦めて、その後どうするかを考えるべき――なのかもしれない。とりあえずエリルに燃やされることは確実で……
 エ、エリルはどう思っているんだろうか……い、今頃オレがローゼルさんにしたことを一から十まで知って――げ、幻滅するだろうか……嫌われたりするかな……
 それとも…………わたしにもしなさいよ的な――ひゃあ、なに考えてんだオレ!
 だあぁぁ……こんな風にみんなを見るオレってやつは……でもこの状況はみんなの攻めで……いやいやみんなのせいにするなするな……あぁあぁぁぁ……
 ……フィリウスなら「楽しめ大将!」とか言いそうだが、こんなキャパオーバーな事を楽しめな……たのしむ……楽しめるかっ!
あ、あんなのは楽しむとかそういう次元じゃないというか別の感情を生むというか――お、女の子ってああなって――またなに考えてんだオレはっ!!

「おい、ロイドが変な踊りを始めたぞ。」
「悩みに悩みまくっているのだろう。おれやアレクにはまだない――いや、きっと来ないだろう類いの悩みさ。」
「だろうな。しかしまぁ、んな悩みを他人にしゃべるもんか? 普通よ。」
「そこがロイドで、おれたちの仲間で同志で親友なのだろう?」
「……俺はそういうこっぱずかしいことをあっさり口にするお前にも、モテの可能性が大いにあると思ってるぞ……」
「んん?」



 田舎者の青年がお風呂場で踊り始めた頃、国王軍の訓練場にある会議室にて十二騎士やセラームなど十数人の騎士が壁に映し出された一人の騎士――元騎士の資料を見ていた。
「予想以上の大物が出てきたもんだ。爺さんも知らないだろ?」
「当たり前だ。百年以上前の話じゃぞ? 《ディセンバ》こそどうなんじゃ。前任者についてはある程度知っておるはずだが。」
「……歴代の《ディセンバ》の中に第十二系統の特性を極めた騎士がいたというのは聞いていたし、その名も知っていたが……彼女は普通に歳をとり、トーナメントで次代の騎士にその座を託して引退したと記録には。正直、すごい人がいたのだと尊敬の念もあった……」
「その辺が隠蔽された後の記録だったわけか。そりゃあまぁ、元十二騎士が国の敵になったっつぅんじゃぁなぁ。確かにフェルブランドの信頼は揺らぐし、十二騎士っつー制度も危うくなる。最悪騎士って存在もな。」
 ため息と共に、筋骨隆々とした男は壁に映る一人の騎士――古い写真の中にいる女性騎士を眺め、その経歴――歴史を読み始めた。


 今より百年以上前。世界の片隅ではまだちらほらと他国と戦争している国がある時代に一人の少女がいた。正義感にあふれ、間違っていれば相手が男であろうと大人であろうとはっきりと意見を言う真っすぐな少女だった。
 そんな少女は、弱きを助け強きをくじく正義の体現――騎士に憧れ、騎士学校の門を叩いた。少女の親族に騎士は一人もいなかったが、天は少女に特別な力――非常にまれな得意系統、第十二系統の時間魔法の才能を授けた。
 もはやその系統の使い手というだけで名が残る第十二系統。少女は正義をなす事こそが自分の使命なのだと信じ、その力を日々伸ばしていった。
 騎士学校を優秀な成績で卒業した彼女は国王軍に入隊。着々と実績を積み、それに比例して強くなっていった彼女は十二騎士――《ディセンバ》の座にまで上り詰めたわけだが、ここで彼女に転機が訪れた。
 当時既にフェルブランド王国は四大国に数えられており、他の三大国とは友好的な関係を築いていた。その為、戦争が起きたり戦争に巻き込まれたりすることは無く、国王軍の仕事となると国内で魔法生物や犯罪者が起こす事件を解決する事が主だった。
 だが十二騎士は世界連合から要請を受けて動く部隊。今でこそ十二騎士に命令が下るような事件はほとんどないが、戦争が残る当時は出動の機会がそこそこあった。
 ゆえに彼女は十二騎士となったことで国外に出向くことが多くなったのだが、そこで彼女はある事を知ってしまう。
 それは国によって異なる制度――貧富の極端な差、王族や貴族の為の政治、そして奴隷。大国として随分昔から平和であり続けているフェルブランドで育った彼女にとって、外の世界はあまりに衝撃的だった。
 正義を掲げる彼女はそういった制度を撤廃するべく行動しようとしたが、それは国王軍の上層部によって止められてしまう。
当時のフェルブランド国王や国王軍所属の騎士も、そういう制度が良くないという事とはわかっていた。しかしその状態がその国をその国たらしめている制度であり歴史。自国に何らかの不利益がない限りは他国の事に口を出すことはできないというのが暗黙のルールとして今も昔も存在している。
だが彼女の正義はそれを許容できなかった。国が違うという理由で放置されている弱き者を救うため、彼女は国の制止を無視してあらゆる活動を行った。
彼女と同じ考えの貴族や騎士に働きかけて改革の後押し、不満を持つ国民を集めてのデモ活動など、十二騎士という地位を最大限に利用し、彼女は自身の正義を貫き続けた。
 しかしそんな彼女を当事国が良く思うわけもなく、十二騎士の越権行為として彼女が所属する国王軍、ひいてはフェルブランド王国がとがめられるようになった。フェルブランドとしても国際的な立場からそれを無視することはできず、これ以上活動を続けるのならば十二騎士としての地位は勿論、最悪「騎士」という肩書きも奪わざるを得ないと、彼女に忠告した。
 明らかに正しいことをしているというのにそうなってしまった事に彼女はショックを受け、そして悟った。やり方を変えなければならない――世界の奥深くに根付いてしまっている「それ」を取り除くためには多少なりとも強引な方法が必要であると。
 そこで彼女は悪しき制度を撤廃する為として、当時のフェルブランド王国国王にあることを進言したが、それが通ることはなかった。
 その後、十二騎士や国王軍としての立場が自身の正義の邪魔になると考えた彼女はそれら全てから自身の名を消し、フェルブランドをあとにした。
 それから先、彼女がどこで何をしていたのかを知る者はフェルブランドにはいないのだが、先の進言によって危険な思想の持ち主と判断された彼女は、元十二騎士としての実力も踏まえてフェルブランド王国では要注意人物として扱われる事となり、加えて、彼女の存在はフェルブランド王国の国としての信頼を揺るがしかねないとし、その情報は国の最重要機密となった。

 彼女が軍を抜けてから数十年後、彼女の事を知る者がほとんどいなくなったその時、彼女は先代から王座を受け継いだ次の国王の前に現れた。
 国王という立場上、彼女のことを知っていた当時の国王は、再びなされた危険な進言を先代と同様に却下し、その場にいた騎士に彼女を捕らえるよう命じた。だがかつて十二騎士に名を連ねていた彼女に勝てる者はなく、彼女は一つの宣言をしてその場から消えた。
 何の前触れもなく突然王の間に現れたという点と先の情報規制により、彼女がその時その場所に現れたことを知る者は非常に少なく、この事件は「無かった事」とされたのだが、直後彼女は宣言通りに行動を開始した。
 即ち、反政府組織――オズマンドの立ち上げである。


「そして今回が三回目……なるほどの、気の長いばあさんじゃ。王座の交代からざっくり計算しても百歳超えじゃぞ。」
「というかおい、今更だがこの話を爺さんに聞かせて良かったのか? 国の機密だったんだろ?」
「なんだ、ケチケチするな。それにわしの孫の初めての戦友にも関わりそうな案件、黙ってはおれんぞ?」
「あとでどっかのお偉いさんの小言がきそうだが、ならまぁ戦力としてカウントすんぞ。」
「うむ。」
「おお、これで十二騎士が四名も……心強いですね。」
 集まった者全員が腕利きの騎士というこの一室においても圧倒的な存在感を出す四人を前に他の誰もが緊張する中、またもや代理でまとめ役を務める休日のお父さん風ののほほんとした男がそう言った。だが――
「すみませんが、私を戦力――攻めの力としては考えないでいただきたい。」
 四人の内の一人であり、おそらくこの室内で最も目立つ格好をしている人物――長く濃い赤毛をくるぶし辺りまで伸びるポニーテールにしたメイド服姿の女性がキリッとした表情でそう言った。
「そりゃあまぁそうだな。十二騎士っつーよりはクォーツ家のメイド兼護衛だから呼んだようなもんだし。」
「んん? なんだ、勿体無い。《エイプリル》の文字通りの火力を使わんのか?」
「十二騎士でも《エイプリル》の本職はメイドだ。国王軍の戦力としてカウントされんのはおかしいだろ? それに《エイプリル》がクォーツ家を護衛してくれんなら、少なくともそこは安全安心だ。」
「安全? わしらの中で一番強い《ディセンバ》の時間をあっさり止めるようなばあさんを相手にか?」
 捉えようによっては煽りに聞こえる事を言いながら、片腕の老人はどこぞの町娘のような恰好をしている女性に視線を移した。
「はっきりさせておきたいんだが、あのばあさんの時間魔法はお主より上か? 《ディセンバ》。」
 第十二系統の時間魔法。その系統の使い手の頂点に立つ《ディセンバ》ことセルヴィア・キャストライトが王の間に賊の侵入を許したという事実は、騎士の間にさざなみを立てていた。
 使えるだけで大きなアドバンテージとなる時間魔法を更に高め、尋常ではない体術による高い戦闘力で圧倒的な強さを見せる彼女をあろうことか時間魔法で止めてしまった老婆に、果たして自分たちは勝てるのか――そんな不安が小さく広まっている中で片腕の老人が誰もが気にしていることをはっきりと尋ね、室内は一瞬で静まり返った。
「そうだな、ある分野においては彼女の方が私より上だ。」
 ピリッとした空気が走る中、筋骨隆々とした男がそんな空気を察してなのか気にしてないのかわからないが、頭をかきながら呟いた。
「んあ、さっき言ってた第十二系統の特性ってやつか? 正直俺様はその辺には詳しくねぇんだが。」
「……第六系統にあらゆるモノをマナの代わりにできるという特性があるように、第十二系統には発動時間の設定と経過時間に比例した効果の増加という特性がある。」
「小難しい感じだな。」
「発動時間は……風魔法で例えるなら、大きな竜巻を発生させる魔法を使ったとして、実際に風が巻き起こるのを十分後や一時間後にできるというモノだ。」
「んん? いわゆる設置型とかトラップ型とか言うやつか?」
「少し違うな。あれらは何らかの条件――魔法陣を踏むとか特定の系統の魔法を使うなどと言った外的な変化を引き金にして発動させるモノだ。対して時間魔法のそれは設定した時間が経過すればそこに誰もいなくても発動する。」
「設定した時間か。なるほど、さすがの時間魔法っつーわけだ。ちなみにどれくらい設定できるもんなんだ? 設置型の魔法は丸一日もキープできりゃあ相当な使い手だが。」
「私でも一年くらいは設置できる。」
「ほう、これまたさすが。だが一年後の先を見据えて魔法を設置って無理な話じゃねーか?」
「やろうと思えば、という話だ。それに設置した者であれば設定した時間が経過していなくても発動させることはできる。」
「ああ、んまぁそりゃそうか。」
「そしてこの特性と相まって時間魔法を強力にする……してしまうのがもう一つの特性だ。」
「妙な言い方だな。なんか不都合なのか。」
「場合による。経過時間に比例して効果が増加するというのは、例えば術者が「相手の時間を五秒止める」というような時間魔法を使ったとする。本来であれば相手の停止時間は五秒なのだが、もしもこの魔法がどこかに設置され、ある程度の時間が経過した後に発動したとすると、その効果は十秒や二十秒となってしまうのだ。」
「あん? つまり術者の意思に関係なく、放置された時間魔法はされた分だけ威力が上がっちまうってことか?」
「そうだ。経過した時間を魔法が勝手に力として吸収しているイメージだな。」
「確かに場合によっちゃ便利だし迷惑だな。設置しといた時間魔法が勝手に強力になっちまうって――」
 そこで筋骨隆々とした男の表情が厳しくなった。
「――さっき「私でも一年くらい」っつったな。」
「気づいたか。」
 そのやりとりでその場の全員がある事に気づき、映し出されている元十二騎士の老婆に視線を戻した。
「彼女はこの特性を歴史上最も鍛え上げた使い手と言われている。魔法の設置は十年単位で出来たとされ、効果の増加率のコントロールも可能とした。最大にまで引き上げるとその増加率は通常の数倍だったと聞く。そんな彼女が……おそらく時間魔法を応用して百年以上生きている。仮にオズマンドとして活動を始めた頃に何らかの魔法を設置していたとすれば、その魔法は通常の数倍の増加率で二十年間、その威力を上げ続けていることになる。」
「想像もつかねぇな。どれくらいのモンになってると思う?」
「そうだな……この国を丸ごと、かなりの長期間停止させることができるかもしれない。」
「国丸ごととはもはや天上の領域だが……つまりは《ディセンバ》よ、先の遭遇でお主が止められたのは事前に仕掛けてあった魔法の力というわけか?」
「おそらく。大したマナの流れも無しに突然発動したからな。」
「ああ、そうか。設置しといた魔法が時間経過でいくら強力になっても術者の負荷は初めの一回だけか。ずりぃな。」
「そんなずるい魔法を何十年とかけてコツコツ設置しておるとなると……ほほ、こりゃあ手強いのぅ。」
「過去にオズマンドが現れた場所と、騎士時代の彼女がよく行っていた所などはリストアップしておいた方がいいだろう。時間魔法が仕掛けられている可能性が高い。」
「少なくとも、この首都で戦うのは分が悪そうだな、ったく。」
 この場にそろった腕利きの騎士たちが状況の悪さに厳しい顔を並べていく。今までは本気じゃなかったと言わんばかりに、五年越しか二十年越しかそのまた昔か、真の力を見せ始めたオズマンドという組織。そのトップに立つ一人の老婆に、筋骨隆々とした男は――しかし少しうれしそうな表情を見せる。
「その上でツァラトゥストラも装備たぁなぁ。このマジっぷり、同じことを感じていてもその場しのぎの力づくしかできねぇ俺様からすると、ちょっとばかし憧れちまうのが困ったもんだな。」
「そういえばお主もよく国同士の問題を無視して動いて怒られておるの。」
「しかも王に向かって進言したことってのがなぁ? なかなか根性あるぜ? この婆さん。」
「……もしやフィリウスはすごい年上が好みなのか……?」
「何でもかんでも俺様の好みにつなげんな。冗談みてーなことを言ったと思ったらそれは本気で、今、そのための行動を起こしてんだぜ? カッコいいだろうが。いるか普通? 王に向かって――」

 彼女が三度にわたって代々の国王に進言した事は至極単純な事だった。国の違いによって救えない弱者がいるというのならその違いを、国の差を無くしてしまえばいい。
 国境と呼ばれるモノを無くす。今ある多くの国々を一つにする。即ち――

「――世界を征服しろだなんていう騎士がよ。」



「ロイくんのバカァァアァッ!!」
 バチーンと響くビンタ。
「ロロ、ロイド、くん――の、えっち……!」
 先ほどと逆方向から放たれる平手打ち。
「お兄ちゃんのスケベッ!!」
 アゴに叩きつけられるアッパー。
「これはあたしもする流れなわけだけど、今回はちょっと本気かなー。」
 おでこを弾き飛ばす爆風をまとったデコピン。
「思わず少し、妬いてしまいました。」
 いつの間にやってきたのか当然のようにいて、いつもなら痛くないのだがわざと痛くしているらしい腕への噛みつき。
「この変態ハレンチ浮気男っ!!」
 腹にめり込むボディーブロー。お風呂から戻るや否や流れるようなコンビネーションアタックに迎えられたオレは、その後しばらくみんなから袋叩きにされ……そして今、部屋の真ん中で再び正座していた。
「ロロ、ローゼルちゃんにあんな――そんな――こと! ロイくんてばいつの間にそんな――そ、そういうのはボクだけにしなきゃダメなんだよ!!」
「なな、なによなによ、いつも鼻血ふいてるだけのくせに――あんなことしたなんて……どど、どういうことよ!」
「はひ……あの……す、すみません、オレはケダモノなのでした……」
 再びポカポカゲシゲシとパンチキックを受けるオレ。
「まーまーその辺でいいではないか、仕方あるまいよ。ロイドくんも男の子、このナイスバディローゼルさんの本気を前にしてはな。」
 正座中のオレの背中にしがみついびゃあああああっ!
「ダダダ、ダメですってばローゼルさん!」
「何がだい? もしや思い出すのかな?」
 うっとりとした声でグイグイと押し付けにゃああああ!
「ロ、ロゼちゃんも、え、えっちすぎる……よ!」
「今となっては無理な相談だぞティアナ。わたしは昨日今日と、二日にわたってさっき話したことをロイドくんにされたのだ。もはや遠慮はないぞ。」
「――!!」
 珍しくティアナが顔を真っ赤に――というか……!!
「ほほ、ホントに全部――はな、話したんですか!?」
「うむ。このローゼル、ロイドくんから受けた愛は全て覚えているのだ。」
「ぎゃりゃあああっ!」
 お風呂で火照った身体をピッタリとくっつけてくるローゼルさん……!
「一つ一つ、順番に自慢した。ロイドくんの手が、指が、唇が、わたしのどこに触れたのかを。」
「まばあああああっ!」
 みんなからものすごい睨まれてる! エリルとリリーちゃんはプンスカしてるし、ティアナは真っ赤だし、あのアンジュもぶすっとしてるし、パムが鬼のようだし、ミラちゃんは笑顔が段々怖くなってきた!
「あ、朝も言ったけど! は、恥ずかしくないのですか!」
「朝も言ったが恥ずかしいさ。しかしそれ以上に嬉しい。好きな人にわたしを深く知ってもらい、わたしは好きな人をもっと知って……もっと好きになった。ロイドくんはどうだい?」
「オヘ!?!?」
 カラードの言葉が頭をよぎる。ローゼルさんの猛攻だけじゃなく、オレ自身もローゼルさんのことをかなり……だから今回……ああぁぁ……
「――! ――!! こここ、今回のというよりは……その……」
「うむうむ。」
「そそ、そもそも……ロロ、ローゼルさんのここ、ことが――かか、かなり――なかなかに……すす、スキになっているが故の――オオカミであると……そんな分析もあったりしまして……」
 最低最悪だオレ!
「ほー……」
 ローゼルさんの嬉しそうな「ほー」が聞こえたけど顔は見れない……! かわりに更なるパワーでくっついて――!! 
というかエリルに燃やされる気が――あ、謝るのだ! 謝罪を!
「ひゃほ、エリルさん!」
 ローゼルさんから割と全力で抜け、オレはエリルの前に正座しなおす。
「……あによ……」
「ゆ、優柔不断というか惚れっぽいというか――すみません!」



 最近よく謝られる気がする。ロイドの土下座も何回目かしら。
 ただ……そりゃあまぁ……このドスケベが、って思うけど、今回のは今更なところもある。リリーみたいだけど……あ、あたしという者がありながら他の女とイチャイチャしてる――されるのは毎度のことで、それがとうとうアレなところまで来ちゃったって話なのよね。
 でもってロイドがさっき言ったことはたぶんその通り。例えばこのエロ女神レベルのび、美女――が現れて物凄い攻撃を仕掛けて来たとしても、ロイドであれば鼻血ふき出しておしまい。それが今回みたいな反撃をしちゃったっていうのは……ロイド自身にそういう気持ちがあるからなんだわ。
 同じくらいの時期に全員から告白されてあたしをす、好きだと言ったロイドだけど、あの時から今に至るまでの色々であたし以外に対する感情が……本人の言う通り優柔不断で惚れっぽいけど、大きくなったのね。
 ロイドは……エロ女神らとしでかすあれこれをあたし相手の時だけ……な、なんか積極的になるっていうかスケベっていうか……そんな感じになる。お姉ちゃんが言うに、ロイドはあたしにベベ、ベタ惚れ――みたいだし? その態度が変わることはない――と思うけど、要するにエロ女神たち相手の時もそうなる――そうなりつつあるってこと……なのよ。
 他のとの関係が進んじゃったのに対してあたしはどうなのかしら。そ、そりゃあそこそこに色々としてみたりしてるけど……なんていうか、あたしが恋人なんだし――みたいな余裕っていうか……油断がどっかにあったんじゃないかしら。そのせいでエロ女神に先を越され――べべ、別にあたしがしたいわけじゃ……
 と、とにかく……あたし自身ももうちょっと……

「……ロイド……」
「はい!」
「あんたはスケベで最低な男だけど、あたしも頑張りが足りなかったのかもしれないわ。」
「はい――はい? え、それはどういう――」
 目をパチクリさせるロイドの口を、あたしはあたしの口で塞いだ。
「んぐ!?」

あたしは恋愛マスターのせいでロイドに出会ったのか、それとも偶然出会ったのか……あたしが赤い糸の相手なのかどうなのか……わかんないけど、とりあえずどうでもいい。
この先に登場する他の女も知らないし、あたし以外の女と何しようと――とはちょっと思わないけど、半分くらいはもういいわ。
なんでこんな面倒なのをこんなに好きになっちゃったのか謎だけど……いいわよ、わかったわよ。
 あたしはエリル・クォーツ。端くれだけどれっきとした王族で、心強いお姉ちゃんもいる。
 この田舎者とは相部屋で、一応恋人。準備は万全。
 なんとなく待ってたけど、こうなったらしょうがないわ。あたしの本気を見せてやるわよ。

「ちょ、二人ともいつまでチューしてるの!」
 リリーにおでこをつかまれて引き離される。目の前にはいきなりのことにキョトンとしつつも真っ赤な顔で目をぐるぐるさせるロイド。
 これは――あたしのよ。
「なーんか……お姫様がいつもと違うむすっとした顔になってるけどー……優等生ちゃん、厄介な相手を本気にさせちゃったんじゃないのー?」
「ふふ、望むところだとも。」
 ニヤリと笑うローゼル。見てなさいよこのエロ女神……あ、あたしだって……
「エヒ、エヒフさん……!? 今のはあの――」
「ロイド、あんたのベッド燃やしちゃったから……きょ、今日から一緒に寝るわよ……」
「えぇっ!?!?」
「な、何を破廉恥な事言ってるんですか!」
 決意とその勢いで口から出た言葉に小姑が反応した。
「兄さん! 宿直室から布団を借りてきますから、自分と兄さんは床で寝るんですよ!」
「えぇっ!? ――というかえぇっ!? パ、パム泊ってくのか!?」
 パムがいること自体はそんなに珍しくないから何も言わなかったんだろうけど、泊ると聞いて驚くロイド。
「む、ついにパムくんもロイドくんを狙うようになったのか。これは厄介な小姑だな。」
「仕事です! エリルさんの護衛が今の自分の任務ですから! や、やらしいことは自分が許しませんからね!」
「ご、護衛!? またエリルを狙う悪党が出たのか!?」
「エリルさんを狙う悪党? それはつまり、ロイド様も巻き込まれる可能性があるということですね? 詳しく聞きましょうか。」
 スケベロイドの話がいったん止まり、この中でまだパムが来た理由を知らない三人に……まぁ、カーミラはイレギュラーで加わった感じだけど、パムが今起きてることを話し始めた。
「おずまんど? なんかどっかで聞いたような気が……」
「兄さん絡みですと……そうですね、ザビクがムイレーフに呪いをかけて兄さんを襲わせた時、ムイレーフがまとっていた鎧にオズマンドのシンボルが刻まれていました。まぁ、あれは襲撃者をそっちの手の者と思わせるフェイクでしたが。」
 そんなフェイクも結局、一緒に来てたフルトブラントっていう魔人族に魔力を追跡されて普通にバレたんだけど……
「とにかく、昔から国王軍と小競り合いを続けている反政府組織がツァラトゥストラという過去の遺物を手にして暴れ出したのです。」
「ツァラトゥストラ? 随分古い名前が出ましたね。」
 と、そこで思いもよらない人物――カーミラがあらあらという顔をした。
「つぁ……ミ、ミラちゃん知ってるの?」
「ツァラトゥストラですよ、ロイド様。ええ、資料にある程度の事でしたら。」
 カーミラがさらりと言った事にあたしは「へぇ」としか思わなかったんだけど……パムだけ妙に厳しい表情になった。
「……その昔に『世界の悪』が悪党連中にバラまき、結果最悪の時代と呼ばれる時期を作り出したモノを……魔人族の女王であるあなたが知っているのですか……?」
「スピエルドルフの女王、ですよ。知っているのは当然と言いましょうか、何せそれを生み出したのは魔人族ですから。」
「なっ!?」
 パムが驚愕する。
 あ、これってもしかして……人間の世界に大混乱を生み出したモノを魔人族が作ったってわけだから……ちょっと外交的に? まずい案件ってことになるんじゃ……
「魔人族の犯罪者に多い思想ですが、自分たちの方が強いのですから人間を支配してしまおうという派閥にいた一人の科学者が生み出したモノです。その者が言うには、魔人族が唯一劣るのはその個体数なのだから、いっそ無駄に数の多い人間を少しいじって自分たちに従順な、かつそこそこ強い兵士にしてしまえば人間の軍とも戦えると。そうして作り出されたのがツァラトゥストラというモノです。」
「……! では最悪の時代のキッカケは魔人族に――スピエルドルフにあったと……?」
「あら……」
 ふと、笑ってはいるけどカーミラが鋭くパムを見つめる。
「滅多なことは言うモノではありませんよ、妹さん。話は最後まで聞きませんと。」
「――!」
 部屋の中の空気がゾッとする。
「魔人族が行った事ですから記録はありますが、その者はスピエルドルフの国民ではありませんでした。人間も、同族だからと言って他国の誰かの不祥事の責任は取りませんでしょう? 加えて、その記録によると研究は途中で行き詰まり、ツァラトゥストラは完成しなかったそうです。もしかすると、どこかで未完成のそれを見つけた『世界の悪』が改変して使ったのかもしれませんね。」
 時々ローゼルがロイドにする冷たい笑顔みたいな、だけど威圧感がまるで違う微笑みを浮かべるカーミラに、パムは頭を下げた。
「し、失言でした。申し訳ありません……」
「ふふふ。まぁ、スピエルドルフの存在を知っていると魔人族イコールわが国となるのは仕方のない認識ですね。」
 女王モードをのぞかせたカーミラはすぐに穏やかな雰囲気に戻った。まったく、心臓に悪い吸血鬼だわ……
「ふむ。しかし元々魔人族が作ったモノだというのなら、その記録にツァラトゥストラとやらへの対策につながる情報があるのではないか? それがあればオズマンドとも……」
 しゅんとしたパムに代わってたずねるローゼル。
「可能性はありますね。ですがその記録というのはスピエルドルフに属さない魔人族に関してレギオンのメンバーが手間をかけて調べ上げたモノですから、扱いとしては機密に近いのです。なにより、先ほど言ったようにツァラトゥストラとわが国にはつながりがありません。ハッキリ言って、手助けする理由がないのです。」
 キッパリと言い切るスピエルドルフの女王。ロイドを真ん中に、あたしたちは魔人族との距離を近く感じてるけど……やっぱりスピエルドルフの基本姿勢は人間と距離を置く、なのよね。
 それに、前のあたしたちがそうだったみたいに大抵の人は魔人族に対して怖いイメージを持ってるから……手助けするイコール魔人族側に何らかの落ち度があるって、さっきのパムみたいに思う奴が出てきたらスピエルドルフと人間の国の関係が悪い方向に進みかねないわ。
「でも女王様、ロイドが頼んだらまた違うんでしょー?」
 国と国のピリピリした感じの話だったのに、アンジュが空気を壊してきた。
 ……何かと空気読まないのか読めないのか、アンジュってこうよね……
「そうですねぇ……」
 チラリとロイドを見たカーミラはニンマリと笑う。
「ロイド様がローゼルさんにした事をワタクシにもして下さるというのであれば考えなくもないですね。」
「な、何言ってんのよエロ女王!」
 カーミラにうっとりとした視線を送られたロイドは真っ赤に――なりはしたけど、なんか変な顔になった。
「そ、そういうのは……ダ、ダメ……だと思うん――あ、いや! ミラちゃんがダメという意味じゃなくって! つ、つまりその……」
 赤いながらも真面目な顔でロイドはおずおずと言葉を続ける。
「た、確かにスピエルドルフのみんなの力を借りられるなら心強いけど……その、ゴーゴンさんにオレが持っている……動かせる力の大きさっていうのを教えられて……ま、まだ思い出せてはいないけど、オレはみんなからの好意と信頼に応えなくちゃと思って……だ、だからこういう形でそれを使っちゃ――と、というかその為にミラちゃんとっていうのはミラちゃんに失礼というか……」
「ロイド様……」
「も、もしかすると……力を借りていたら傷つかなかった人――とかも出てくるかもだけど……こ、これはゆずっちゃいけない気が……そ、そもそもフィリウスとかセルヴィアさんもいるわけだし、国王軍はすごいから大丈夫です!」
 ごちゃごちゃした意見を勢いでまとめたロイドに……なんか更に熱い視線を送るカーミラ。
「ワタクシとの関係を大事にしてくださっているのですね……ワタクシと愛し合う時にはそうあるべきタイミングがあると……!」
「ほぇばあああぁぁっ!」
 ローゼルとの――その、アレのせいで未だに過剰反応するロイドにむぎゅっと抱きつくカーミラ……!
「あぁ、ワタクシ嬉しいですわ。やはりロイド様は……ふふふ、今のお言葉、わが国の民に伝えなければいけませんね。」
「びょっ!? は、恥ずかしいからやみゃあああああ!」
 ロイドの首に舌をはわせ――このエロ吸血鬼!
「じょ、女王ですらこの有り様ですか!」
 カーミラの女王としての迫力に小さくなってたパムが、それでもロイド絡みとあっては知ったこっちゃないのか、カーミラを押しのけてロイドをあたしたちから遠ざける。
「まったく! 今回の任務以外でも、自分が顧問になったからにはこっち方面も厳しく監視しますからね!」
「顧問――あ、じゃあパム、お兄ちゃんたちの部活の顧問、許可もらえたんだ。」
「――!! ロロ、ロイド様……今なんと……」
 カーミラが……なんかすごくかわいいモノを見つけた女の子みたいな顔になる。
「えぇ? えっと、セイリオスの部活の制度で現役の騎士を顧問にできるっていう――」
「いえ、そこではなくて。ロイド様、今ご自分のことを「お兄ちゃん」と言いましたよね?」
「う、うん……パム相手の時には……昔のクセというか……」
「まぁ……」
 さらにうっとりするカーミラ……
「うふふ、今のロイド様と先ほどのロイド様のお言葉で胸が温かくなりました。スピエルドルフではなく個人的な好意として、見方を変えればただの友達が遊びに来た程度として、先ほどの助力の件、その筋に詳しい者を送りましょう。」
「! 本当ですか!」
「? 友達が遊びに来た程度って……え、ミラちゃんまさか……」
「ではワタクシはこれにて。それはそうとロイド様。」
「え、あ、うんん――!?」
 がっしりと抱きつきながらロイドにキスを――!!
「――ん……ではロイド様、またこちらに来た時に。」
 あわわっていう顔をしてるロイドをそのままに、空中に穴のように出現した黒い霧の中に消えていったカーミラ。
「ふむ。我らがムッツリエリル姫しかり、どこもかしこもお姫様というのは自由だな。」
「あんなのと一緒にするんじゃ――誰がムッツリよ!」
「……スピエルドルフの助力が得られるのは嬉しいですが……まったく、兄さんのまわりには破廉恥な女性しか集まらないんですかっ!」
「そ、そう言われましても……」
「そのくせ妙に実力だけは高いんですから、まるでどこかのゴリラみたいです!」
「ほう。現役のセラームから見て、わたしたちの実力は高いのか。」
「少なくとも昨日模擬戦をした皆さんは。」
「模擬戦? なるほど、わたしがロイドくんとイチャイチャ――いや、ラッキースケベによってあんなことやこんなことをされている間、皆は部活で汗を流していたわけか。」
「んぎゃあああああっ!」
 ムカつくドヤ顔をかますローゼルと、変な声をあげながら転がるロイド……
「それで、具体的にはどれほどのモノだったのだ? エリルくんたちの実力は。」
「……正直、個々の戦闘能力は一年生……いえ、学生を超えている部分もあります。特にあの正義の騎士は。」
「ほほう、さすがブレイブナイト。」
「ですが「騎士団」というチームとしてはまだまだ経験不足。少しかき回されると途端に崩れますね。まぁ、そこを鍛えるための部活なんでしょうが。」
「ふむ、楽しみだな。となると一本、わたしもパムくんと手合わせするべきなのかな? ロイドくんからの愛を受けたわたしは今、相当強いと思うぞ?」
「は、破廉恥な事と騎士の話をごっちゃにしないでください!」
「しかし事実だぞ? 今日の朝も、以前のわたしならできなかっただろう魔法技術でリンボクとかいうナンパ男を海の彼方へと――」
「! リンボク!?」
 腹の立つ顔でしゃべってたローゼルをハッとした顔で止めるパム。
「偶然――いえ、しかし今のような状況ですから、同名でも一応……」
「ど、どうしたんだパム?」
 赤い顔のままのっそりと立ち上がったロイドに、パムは真面目な顔でこう言った。
「記録によれば、リンボクというのはオズマンドの序列八番目の男の名前なんです。」



「んん? ああ、あそこか、あのイルカがうじゃうじゃ来るっつーとこだろ? んなところでお泊りたぁやるじゃねーか大将! うお、そう怒るなよ妹ちゃん。」
 オズマンドを率いる一人の老婆、アネウロの計り知れない実力に覇気の弱まった国王軍の騎士たちが警戒態勢で控える中、王城の防衛の為に策を練っていた十二騎士と数名のセラームの騎士の中で一人、筋骨隆々とした男が通信機のようなモノで会話していた。
「一応昔の記録の写真を大将に――んん? 写真と同じ水色の髪と青の服? だっはっは! 五年前からファッションが変わってねぇのか! 顔も――そうか! となるとリンボクで間違いねぇな! 大将に礼言っといてくれ! ついでにナイスバディちゃんとの夜の話を――」
 周りにいた騎士たちにも聞こえるほどの怒鳴り声が通信機のようなモノから響き、通話は相手側から切れた。
「今の声はウィステリアの……ロイドくんの妹さんですね?」
「おおリシアンサス! 俺様の弟子とそっちの一人娘がよろしくやったみてーだぞ!」
「はぁ…………はっ!?!?」
 いきなりのことに驚いたまま顔が固まる休日のお父さん風の男を横目に、町娘のような服装の女が腕を組みながらたずねる。
「タイショーくんの恋物語は興味深いが、どうしてそこにオズマンドのメンバーの名前が出るのだ?」
「それがな、昨日から今日にかけて大将とナイスバディちゃんがデートしたらしいんだが、今日の朝、リンボクらしき男をナンパされたからっつってナイスバディちゃんが海の彼方に殴り飛ばしたんだとよ。」
「ナイスバディ……ああ、リシアンサスの娘さんか。リンボクを海の彼方へ……さっきイルカと言っていたから、あの海辺の街か。そこにオズマンドの上位メンバーが現れたと……」
「このタイミング、偶然じゃあねぇだろうな。あの街、なんかあったか?」
「軍の施設は……駐屯所くらいか。他に国の施設はないはずだが……」
「ロ、ローゼルが……ロイドくんと……こ、これは喜ぶべきか……ああいや、まずは妻に相談を……」
「おいリシアンサス。一応言っとくが、少なくとも大将なら悪い結果にはなってないはずだぜ?」
「え、ええ……」
「でもってなんか思いつかねぇか? あの街特有のモンとか、連中が目をつけそうなモノとか。」
「えぇっと……イルカの街ですよね……あの場所は……海沿いの街としては国内最大の街ですね……」
「最大……となるとあの街に設置されている対水害特化型の防御魔法は国内で最大規模という事になるな。」
「対水害? なんじゃいそりゃ。」
 唯一のこの国の住民ではない片腕の老人が口をはさむ。
「ガルドにもあるんじゃねぇのか? 自然災害とか魔法生物の侵攻とかから街を守る仕掛け的なのがよ。」
「壁がせり上がったりするが……つまりこっちでは魔法の障壁を設置してあると?」
「んなとこだ。で、海の近くにある街には津波とかの対策として水害に特化したモンが置いてあるってわけだ。」
「はぁん、なるほどの。そしてそれをテロ集団が狙ったかもしれぬと。」
「わからねぇが、時間魔法ってのは応用力の高い魔法だからな。どんなモノを何に使うかは予想できねぇ。ましてや化け物級の使い手とあっちゃぁな。おい誰か、あの街にいる騎士に連絡とって確認してもらえ。」
 一人の騎士が頷いて部屋の外へ出ていくのを眺めながら、しかし片腕の老人は訝しげだった。
「だが……そういう大事なモノはそれなりの場所にそれなりの警備で設置されるものだろう? ひょっこり現れた敵の幹部があっさり持ち帰れるモノなのか?」
「強力な魔法で隠されてるからそうそう見つけられないが、相手が相手だからな。探し物に特化したツァラトゥストラなんてのがあるかもしんね――」

「た、大変です!」

 と、そこでほんの十数秒前に部屋の外に出た騎士が慌てた顔で戻って来た。
「はぇえなおい。やっぱ何かあったか?」
「あ、いえ、そちらではなくて――今報告が来たのですが、捕らえていたオズマンドのメンバーがいなくなったそうです!」


 捕えていたオズマンドのメンバー。王城に一人で攻め込んできたその人物はオリアナ・エーデルワイスのランスによってツァラトゥストラの『眼球』を強制的に摘出され、組織の情報を聞き出すために牢屋に入れられていたのだが――
「どういうことだこりゃ。今警報が鳴ってるってことはたった今逃げたってのか?」
 鉄の壁に囲まれた空っぽの牢屋から窮屈そうに出てきた筋骨隆々とした男の疑問に、町娘のような恰好の女は首を横に振った。
「プレウロメがここを出たのはもっと前だ。かすかに時間魔法の気配が残っているから……おそらくアネウロがやってきたあの時に。」
「! てことは牢屋の中で何か起きたら警報を鳴らす魔法の時間が止められてたってことか?」
「そうだ。この分だと『眼球』もなくなっているだろうな。」
「だっは、まんまとまぁ、やられたもんだな、おい。」
「相手は元十二騎士の前に元国王軍……多少の変化はあれ、城の構造は熟知しているだろうからな……」
「またふりだしか。ったく、これじゃあ大将の進捗も聞きにいけねぇな。」
「進捗?」
「大将を囲む美女たちとのその後だ。」
「……フィリウスにもそんな時期があったりしたのか?」
「なんだいきなり。いや、さすがの俺様もあそこまでのモテっぷりはなかったな。恋愛マスターの力、おそるべしだ。」
「それは良かっ――いや、あそこまでということはそこそこのモテっぷりはあったのか?」
「まぁな! 騎士ってのは基本、強いとモテる! そして俺様はいつでも所属する集団のトップに立っていた! モテないわけがない!」
「ほぅ……」
「んま、そこで言うと十二騎士のトップにだけはなれてねぇんだがな。アネウロは任せるぞ、十二騎士最強!」
「別にそうであろうとなかろうと、時間使いならば私以上の適任はいないだろう。それにそもそも……」
「ん?」
「あっちのリーダーだからと言って、彼女がオズマンド最強とは限らない。」



「む? 今パムくんがわたしとロイドくんのことをフィリウス殿に話していたが……そのまま父さんにも伝わるのでは?」
「うぇえぇえぇぇっ!?!?」
 リンボク……とかいうのにロイドが会ったっていうことをパムがフィリウスさんに伝えて、その後パムがテープで何かの写真を壁に貼り出してる間、とんでもないことに気づいたローゼルの言葉にロイドが真っ青になった。
「どどど、どうすれば! オ、オレあの槍で穴だらけにされるんじゃ……!!」
「夏休みに家に来た時、父さんも結構その気だったと思うから大丈夫じゃないか?」
「ロイくん! ボクには反対する人いないからオッケーだよ!」
「リ、リリーちゃん、そ、そういうことをさらりと叫ばないで……」
「あたし――は、と、とりあえずお姉ちゃんは大丈夫って言うと思うけど……」
「エリル!? な、なんかさっきからせせ、積極的というか何と言いますか!?」
「皆さん注目っ!」
 いつもの騒ぎになりかけたところで小姑――パムが手を叩く。
「その話はあとできっちりするとして、一先ずは自分の話を聞いてください。」
 パムが壁に貼ってたのはちょっと古い写真。正面からじゃなくてどこからか勝手に撮ったようなアングルで一枚につき一人の人物が写ってた。
「もしかするとエリルさんが何らかの形で狙われるかもしれないということと、ローゼルさんがメンバーの一人を殴り飛ばしたことで、皆さんの前にこの内の誰かが現れる可能性が少なからずあります。敵を敵と知る為にもこの顔を覚えてください。」
「ふむ……こんな事になるのならリンボクとやらはもっとボコボコにするべきだったな。それでこの面子は一体? 妙に写真が古いが……」
「オズマンドが暴れた五年前の時点で組織内の序列が十番以上だった者たちです。さすがに組織のメンバー全員の顔はわかりませんから、こちらの幹部クラスを重点的に。まぁ、全員が今もこのままとは思えませんが。」
「この人たちがエリルを……パム、一人一人頼むよ。」
 な、なによ、あたしが狙われるかもしれないからって……さっきまでわたわたしてたクセにいきなりそんな真面目な顔になられたらちょっとうれし――ち、違うわよそうじゃないわよ!
「ではまず十番目の……」
 と、いきなり手が止まるパム。
「? パム、どうしたんだ?」
「いえ……この男はプレウロメ。記録によると剣を用いた近接タイプのようで、第一系統の強化の魔法の使い手ではないかと言われています。」
「んん? パム、この人は写真が二つあるんだな。」
「五年前のモノと先日王城を襲撃してきた時のモノですね……」
「王城に……そうか、もうそういう事が起きているのか。」
「ええ。ちなみに所有しているツァラトゥストラは『眼球』でした。眼からビームを出したそうです。」
「え、アンジュちゃんみたい。」
「あたしは口からだよー。」
 プレウロメ……ネクタイしめてジャケット羽織ったカッチリした感じの男……ていうか……
「五年前とおんなじ恰好してるのね、こいつ。」
「さっきフィリウスも通信機の向こうで笑っていたけど、リンボクっていうのもそうだったな。オズマンドっていうのはみんなして自分のお気に入りの服でも着ているのかな。」
「どうでしょうか……」
 たぶんロイドは半分冗談みたいに言ったと思うんだけど、パムは妙に真面目な顔で二つの写真を数秒睨んでから次の説明を始めた。
「……九番目のこの女の名前はヒエニア。過去の戦闘記録がなく、得意な系統もツァラトゥストラも不明なのですが……さっきゴリラから聞いた話によるとセラームのリーダーであるアクロライト・アルジェントを操ったそうですから、第六系統の闇の魔法の使い手かと。」
 どっかの学校の制服みたいな服を着てる女で……もうちょっとサッパリさせて服をちゃんとしたら結構美人――な気がするんだけど……なんか雰囲気が暗いわね。あとたぶん学生じゃないわね。あとパム、今なんかさらっとすごいこと言ったわね。
「ちょっと待ちなさいよ、操ったって……」
「一度あちらの手に落ち、王城襲撃の際にリシアンサスと一戦交えたそうですが、今は医療棟で魔法の除去を受けているそうです。」
 あっさりと言うわね……
「八番目はローゼルさんが海の彼方に殴り飛ばしたという男、リンボク。記録によると第七系統の水の魔法の使い手のようです。」
 青い服と白いマフラーで水色の髪の毛――って、まんま水使いって感じの……美形だけどチャラそうだわ。
「七番目はスフェノ。第四系統の火の魔法を使う男で、火薬を仕込んだ槍を使ったそうです。」
 気合の入った武器を使うらしいけど見た目はパッとしない感じ。どこにでも売ってそうな服を着てる普通の男。だけど唯一……決定的におかしいのが髪型。なにこれ?
「あれ、そういえばこの人も見たぞ。リンボクが飛ばされた時に青い顔をしていた人だ。」
「! そうですか、この男も……」
「あの時はローゼルさんの技にビックリしてあれだったけど……うん、すごい髪型だな、この人……」
 ここ最近だと生徒会会計のペペロっていう変な二年生の髪型が一番だったけど、こいつは断トツだわ。
「そして六番目がゾステロ。この中ではおそらく一番若いですね。元はガルドの方で指名手配されていたハッカーだったそうで、第二系統の雷の魔法の使い手です。」
「はっかー……ってなによ。」
「自分もそこまで詳しくありません……兄さん?」
「えぇっと、ほら、ガルドってフェルブランドよりも科学が進んでいるだろ? 機械とかさ。そういう電気で動くモノを……なんというか、持ち主の許可なしに勝手に動かして悪い事をする人……って感じかな。コンピューターがわかれば理解しやすいんだろうけど……」
「ふむ、さっぱりだな。ティアナはわかるか?」
「う、うん……一応……で、でも上手に説明、する自信は、ないよ……」
「あたしもよくわかんないなー。いつか案内してよロイドー。」
「ロイくん、ボクもわかんないから二人っきりで手取り足取り教えて欲しいなー。」
「リリーちゃんはわかるでしょ!?」
 金属の国、ガルド。そういえば交流祭で戦ったキキョウも不思議な機械を持ってたわね……ああいうのを勝手に動かすのが……はっかー……?
 そういえばこのゾステロとかいう男、変な帽子かぶってるけど……これがこんぴゅーたーとかいうのなのかしら?
「おほん。ガルドの技術はひとまずとして続けますよ。次は五番目、ドレパノ。第六系統の闇の魔法の、主に重力系の技を使う――見ての通りの格闘家です。」
 雑な籠手をつけたボロい道着の男。恰好はあれだけど、あたしと似たタイプなわけね……
「そして四番目、カゲノカ。国王軍に戦闘記録のあるメンバーでは彼女が最強です。刀を使う剣士で、第十系統の位置の魔法を使います。」
 ちょっと長すぎる気がする刀を持ったアイリスみたいな長いポニーテールの女。キリッとした顔で……なんていうか普通に強そうだわ。
「位置魔法使いで刀使いって、マルメロさんみたいだな。」
「誰よそれ。」
「えぇ……ランク戦の後に――ほら、先生に呼ばれてエーデルワイスさんといっしょに来てくれた中級――スローンの騎士だよ。交流祭の時は覚えてたのに……」
「ああ、あの変な髪型の。」
 正直、桜の国つながりでキキョウの方がインパクト大きいから忘れかけてたわ……
「以上が十番目から四番目。そして三番と二番は未だ不明なのですが……さっきゴリラから一番の、つまりオズマンドのリーダーの名前を聞きました。襲撃の際に王城に現れたそうです。」
「敵の親玉が乗り込んできたってわけかー。どんな人だったのー?」
 アンジュの質問に、パムは……今日一番の深刻な顔で答えた。
「……二十年以上オズマンドを率いているリーダーの名はアネウロ……元十二騎士――《ディセンバ》だった女性です。」



「申し訳ない! リーダーの手を煩わせてしまった!」
「そう思うなら先走るクセをなおすべきである。」
「オレは『光帝』に惨敗してしまった……」
「アタシはその『光帝』を逃がしちゃったわねぇ。」
「前者は半分、後者は完全に計画の内であるから問題ない。」
「あら、失敗の報告会でもしているのかしら?」
 特殊な魔法によってその場所が隠されている無機質な建物の中、ゼンマイ式の大きな古時計が置いてあるアンティーク調のかなり広い部屋に集まった者たちを見て、たった今部屋に入ってきた老婆は上品に笑った。
「全員集まっているのかしら?」
「海の彼方へ飛ばされたというリンボクと、それを探しに出たスフェノとカゲノカ以外はいます。」
「そう。カゲノカさんの装置は無事に?」
「準備はぬかりなく。リンボクとスフェノも、既に仕事は終えています。」
「戻っては来られるのかしら?」
「リンボクの居場所は特定済みですので、今のカゲノカであれば一時間以内に戻るかと。」
「そう。」
 一安心という顔でソファに身体を沈める老婆。
「悪魔の力ありきとはいえ、いよいよですな。」
 その老婆の傍にまるで執事か何かのように静かに立つ目を閉じたままの男。
「テンション下がること言うのねぇ、クラド。いいじゃない、力は力だもの。」
 ケヒッと笑いながらそう言ったのは服や雰囲気が総じて黒くて暗い女。
「その通りだ。そして力があれば願いに手が届く。今のところこれといった副作用もないしな。」
 暗い女に同調する道着姿の男。
「資料によると、その昔これを使っていた悪党たちの身体に異常は起きなかったそうですからね。本当に、『世界の悪』が世の中をひっかきまわす為だけの目的でばらまいたみたいですね。」
 折り畳み式の小さなコンピューターをいじりながら、奇怪な帽子をかぶった青年が補足する。
「そして今の私たちにはそれに加えてリーダーのとっておきの魔法もある! 行動するには十分な力だ!」
「ふふふ。一人で先に戦いに出た時はよく我慢できましたね。」
「い、いやあれは……ツァラトゥストラの力だけで勝てると思っただけで……」
「あらまぁ。では次は私の魔法の存在も忘れないようにね。」
「もちろんです! この左目とリーダーの魔法で十二騎士ですら下して見せましょう!」

「ふん、その妙な勢いと自信はどこから来るんだ? プレウロメ。」

 子供をあやすような老婆とあやされているジャケットの男を、今部屋の中にいる面子では最も存在感のある、しかし部屋の隅っこに座っているため置物のようにも見える一人の大柄な男が鼻で笑いながら眺めていた。
「勢いも自信も、無ければ勝てんだろう!」
「ふん、まぁそうかもな。」
「あら、珍しくやる気なのね、ラコフさん。」
「ふん、いよいよとなればな。見せてくれるんだろう? アネウロ。オレ好みの新しい世界を。」
「ラコフお前! リーダーを呼び捨てるな!」
「ふん、オレにはお前やクラドみたいな忠誠心はねぇし、ましてや居場所が欲しいわけでもない。カゲノカほど狂っちゃいないが、オレはオレの望む世界を見せてくれるというからここにいるだけだ。くれるというから力ももらった。ただそれだけ――それだけだ。」
 小馬鹿にしたような笑みを浮かべて立ち上がった大柄な男は、のしのし歩いて老婆の前に移動する。
「それで? オレの仕事は何になるんだ?」
「今回一番の不確定要素を相手にしてもらおうかと思っているわ。」
「ふん、なんだそれは。強いのか弱いのかはっきりしないな。」
「表だけ見れば相手にならないけれど、場合によっては最も強い存在になり得るの。リンボクを飛ばした者の詳細を見た時は、やはり運命はあるのだと思ったわね。立ちはだかる壁が、私の道にはあるのだと。」
「ふん、回りくどい言い方をする。何者なんだ?」
「お姫様を守る騎士よ。けれどその前に、その騎士を囲む騎士の相手かしらね。何にせよ、信頼できる強さが必要なのよ。」
「ふん、任せておけ。」
「そう。ではラコフさん――」
 自分を覆うほどの影を作る大柄な男を見上げ、老婆は言った。

「エリル・クォーツを連れてきて下さい。」

第六章 数の魔法と水の檻

 国王軍に所属する騎士は希望すれば軍の寮に入る事ができる。軍関係の施設となると質素かつ最低限なイメージを持つ者が多いのだが、騎士の士気に関わる事としてフェルブランドではいわゆる福利厚生に力が入っており、その設備は一人暮らしであれば少し贅沢ともいえるモノとなっている。
 その為、独り身の騎士の大多数は寮で生活しているのだが、都合上、一部の騎士は更に豪華な場所で一人暮らしをしている。
それは、王城に住んでいる王族や貴族の護衛として配備されている騎士である。

「嫌な予想通り、あの街から対水害用の防御魔法の発生装置が奪われてた事がわかった今、すぐにでも襲撃の可能性はあるだろうが、俺様がこの部屋にいる必要は――」
「王城内やその周辺で起きた事が全て伝わるようになっているこの部屋以上に待機に適した部屋はない。」

 騎士の部屋とはいえ王城内にある以上は相応の内装が求められるということで、護衛の為に王城に常駐している騎士が生活する部屋は貴族のそれと同等のモノとなっている。
 誰かや何かの護衛という形で配備される騎士には大抵任期があるものだが、王城内のそれとなるとかなりの実力が求められる事もあって人員の交代があまりない。
 よって十二騎士ともなれば、十二騎士である限りはそこが住居となる。

「それはそうだろうが女の一人暮らしの部屋に一晩っつーのはだな――」
「心配するな。するしないのどちらにせよ、私はフィリウスを信頼している。」
「どちらにせよ?」

 現在十二騎士の《ディセンバ》の席に座るセルヴィア・キャストライトがまさしくそうであり、彼女は十二騎士になってからずっと王城に住んでいる。
 そしてアネウロの宣戦布告がなされた今、夜の闇に紛れて王城への襲撃という可能性が大いにある以上、普段は適当な安宿や酒場の隅っこで眠る《オウガスト》ことフィリウスも王城にて備える必要がある。
 こうして、フィリウスがセルヴィアの部屋に招かれる――もとい、連れてこられた現状に至っている。
「タイショーくんも女性との一夜を経験したのだろう? 師匠が臆していてはいけないぞ。」
「いや、経験なら過去何十回としてはいるがセルヴィアの部屋っつーのが――」
「ほう、何十回。詳しく聞こうか。」
 セルヴィアが扉をパタンと閉めてコンコンとノックをすると、扉に時計のような模様が浮かび上がった。
「な!? 今ドアに時間魔法を――」
「もう夜も遅いが、護衛はここからが長いからな。今のうちにシャワーを浴びてシャキッとしておくといい。その間に夜食を作っておく。」
 有無を言わせずタオルを渡してくるセルヴィアにやれやれと肩を落とし、フィリウスはのそのそと風呂場に移動した。
「これでも女好きのフィリウスと呼ばれるくらいに色々やったんだがな。今になってここまで狂わされるたぁ思わなかった。」
 常人よりも一回り大きい体躯でも広々と使える風呂場に入り、女性向けのシャンプーなどにため息をつくフィリウス。
「どうにも、師弟そろって女に振り回されてるなぁ? えぇ? 大将。」



「だから、自分が二人の間に入ると言っているんです!」
「これはあたしのベッドなんだからあたしが真ん中なのが普通じゃない。それで左右にあんたとロイド。」
「そんな風にしたら兄さんを守れませんから! あなたの魔の手から!」
「あ、あの二人とも……そもそも一人用のベッドに三人は無理じゃないかなぁと思うのですが……」
「ほらパム。あんたが床で寝なさいよ。」
「い、いやいやエリルさん? そもそもオレとパムが床で寝るという話で――」
「……あんたそんなに実の妹と一緒に寝たいわけ……?」
「誤解だ!」
「兄さん!? そ、そんな……困りますよ……」
「パム!?!?」
 ひっちゃかめっちゃかの問答を繰り返した結果、オズマンドという反政府組織が今にも襲撃をしかけようかという状況で、オレは左右を恋人と妹に囲まれてベッドの中にいた。
 どういうわけか黒焦げになったオレのベッドを理由に……そ、その……なんか今までにないせ、積極性というか、エ、エリルが一緒に寝ようと言って……それを止めようとパムが文句を言って……結局今のように……ああぁああ! ロ、ローゼルさんとアレコレあったばかりだというのにこここ、こんな状況! エ、エリルが相手でも近くにパムがいればさすがにオレが……オ、オオカミになる――ことはないと思うんだが……ぬあああああっというか! 昨日の夜と今日の昼がロロ、ローゼルさんで、い、今はエリルって――とっかえひっかえ! フィリウス以上の女ったらし! ばああああぁぁ……
「兄さん、顔が変ですよ。な、なにかいやらしいことを考えて――るんですか……?」
「ぎゃぼっ!?」
 い、いかん! そうだ、真面目な話題を! オズマンドのことを!
「パ、パム! お兄ちゃんあんまり詳しくないんだけど――その、オズマンドがエリルを狙うかもっていうのは……ぐ、具体的にどういう意味なんだ……? まさか……い、命を……?」
「どうでしょうか……正直、国王軍の中でもオズマンドの――いえ、アネウロの行動がよくわからなくなってきているんです。」
「えぇ?」
「オズマンドは昔から貴族や王族といった国政に関わる人や国王軍の施設などを狙って騒ぎを起こしてきました。ええ、確かに、時には命を狙ったりもしてきたようですね。加えてA級犯罪者を先頭に大きな事件を起こしてみたりもして……けれどメンバーの戦闘力はそれほど高くなくて……なので国王軍内における認識は「強くはないけど迷惑な連中」という感じでした。ですがそのリーダーがアネウロとなると話が違ってくるんです。」
「というと……?」
「アネウロが設置系の時間魔法に非常に秀でているからです。」



 狭いベッドの中、ロイドとパムが真面目な話をしてるところアレだけど、あたしにその話は全然入ってこなかった。
 なぜならこうやってベッドに入る前、「昼間の火照りが残っているのだが?」とか言ってロイドにくっつくローゼルと、それに対抗して色々する他の連中を部屋から追い出した時――


「うむ、まぁそろそろ部屋を出ないと燃やされそうだから今日のところは自室に戻り、このお泊りデートはこれにて締めとなるわけだが――ロイドくん……その、一つ確認させてくれ。」
「は、はひ。」
「……そ、そのだな……」
「?」
「ロ、ロイドくんは昨日今日とわたしと……色々しただろう?」
「はびゃっ、そ、そうですね……」

 さっきまで幸せいっぱいの絶好調って感じだったローゼルが言いにくそうに途切れ途切れに……こう言った。

「ロイドくんはそれを……わたしとしたことを……わたしにしたことを……後悔――していないか……?」

 とろけてにやけてたローゼルが……ちょっと緊張してるみたいな、少し不安みたいな、そんな感情の混じった真面目な顔でロイドに聞いた。
あたしは直感した。これはローゼルからロイドへの……言うなれば最終確認だ。誰が相手でもいいわけじゃないああいうことを、女が男を選びたいなら男だってそうだもの。きっと……ここまできてあのローゼルもふと思ったんだわ……ロイド目線――みたいなものを。
 この質問にどう答えるかできっと今後が大きく変わる。そんな気がしたそんな場面でロイドは――あのバカは、嘘がヘタクソだからその本音具合がすぐにわかるすっとぼけた顔で……たぶん意味を深く考えないでいつものように赤い顔で真面目に答えた。

「うえぇぇっ!? い、いやいや、後悔なんてするわけがないと言いますか――あっ! いや! やらしい意味では――あったりも、し、しますが……その、ナナナ、ナイスバディーは色々と――男として良き体験を――でで、でも勿論それだけではなくて! こう、あ、愛と言いますか! ステキな時間を――あ、そ、そう! ローゼルさんの可愛いところをたくさん見られて良かったです!」

 何言ってんだかわかんないけど、ロイドの気持ちはわかる。こいつは確かにローゼルのことが――こともっ! 好き、で! だ、だからローゼルがニヤニヤして溶けるのと同じように、ロイドだってその……夜とか昼を……それなりに…………つ、つまりはそういうことなんだわ……

「――!」

 散々やらしいことをしでかしたクセに今更真っ赤になったローゼルは、「そうかそうか」と言ってスタスタと自分の部屋に戻っていった。今頃ベッドの上でジタバタしてるんでしょうね。
 ……で、そんなん聞いたら……こ、恋人のあたしが黙ってられないっていうか……勢いで一緒に寝るわよとか言っちゃったこともあってかなりアレな気分で寝る時間になって……
 …………まぁ……今夜だけはパムがいて良かったのかもしれないわね……


「なるほど……つまりオズマンドが今までしてきた、時にしょうもないような事件の裏でアネウロが後々の為に時間魔法を仕掛けていたのかも――ってことか。」
「確実に望みを通す為にコツコツと準備をして、こちらが何をしようともひっくり返らなくなるまで待ち続けて……そして今、ついに行動を開始した――のではなかろうかと、そんな風に考えてしまうほどの人物なのです。」
「時間魔法の特性か……ツァラ……ツル……タララ? も行動の後押しになったのかな。」
「かもしれません。もしかすると、いくら時間魔法で長生きしているとはいえそろそろ限界が近く、ツァラトゥストラの存在をチャンスと思ったのかも。」
「そんな相手が……エリルを……」
 くるりとこっちを向いたロイドとあたしの距離はほんの数センチ。数秒前まで考えてたことのアレもあって顔が熱く――
「いきなりこっち向くんじゃないわよ!」
「あだっ!」
 思わず頭突きをするあたし……
「ご、ごめん……で、でも三人だと狭いからこういう距離感になっちゃうというか……やっぱりオレ――」
「い、今のはついよ! 今の気分でいきなりこっち見られたら……」
「気分?」
「――! う、うっさいわね! と、というかその――オズマンドの話! あたしを狙うとか、あ、あんたは心配し過ぎよ。狙うならあたしよりも重要な役職についてる誰かを狙うわよ。」
「わかんないだろう……ああ、でもカメリアさんとかは大丈夫なのかな。」
「彼女……というか王族であるクォーツ家には《エイプリル》がついてますから大丈夫かと。」
「そうか……」
 ロイドはなんかすごく心配してるけど……あたしは王族としてオズマンドの名前を聞き飽きてるくらいで……今更強くなったとか言われてもさっきパムが言った「強くはないけど迷惑な連中」っていう印象があるのよね。
 それに今はそれどころじゃない……
「そ、それはそうと……ロイド……」
「はわっ!?」
 ロイドの腕にくっつきながら、あたしは暗い中に浮かぶまぬけ顔を睨みつける。
「ローゼルの可愛いところって……ど、どういう意味よ……」
「エ、エリル!? あの、む、胸が――!!」
「な、なによ、こんなんよりもずっとやらしいことしてきたクセに……」
「それとこれとは! ほ、ほら! 特に今はパムもいますから!」
「兄さん? 自分がいなければオッケーと?」
「そういう意味では!」
「それと、それは自分も気になりました。可愛いところとは……なんだかすごくいやらしい事のような気がしてならないのですが。」
「えぇっ!? そ、そんな大した意味じゃ――」
「じゃあ言いなさいよ。」
「そうです。さぁ兄さん。」
「――!!」
 その後恥ずかしそうな顔でロイドが説明したことはすごくいやらしくて変態的なモノで、危うくあたしはあたしのベッドも黒焦げにするところだった。
 まぁ、とりあえずロイドはあたしとパムとでボコったけど。



 お泊りデートが終わった次の日。つまりは週明け最初の日の朝、オレは妹と恋人から至近距離でオシオキを受けて割とあちこち痛い身体を起こして今日の授業は大丈夫だろうかと思いながらふと横を見た。
 成長して美人になったパムは……ま、まぁ、夏休みの間もずっとこんな感じだったから段々と昔の感じが戻ってきてこういうのには……な、慣れつつある。
 問題はもう片方。昨夜は烈火の如く怒っていたけど、今は無防備な寝顔をさらしている……こ、こんな女ったらしのひどい男のここ、恋人であるエリルの方で……ふんわりとした寝間着がなんとも可愛いのだが……ま、まぁこういうワンピース的な服で眠ったら寝返りやらなんやらで……スカート部分が結構……生脚が――はっ!
 だだ、だめだぞオレ! 朝からこんなやらしい目で女の子を見るとはケダモノだぞ! お、落ち着くんだ、いつものオレに戻るのだ! エロいオレよさらば! さぁさぁ朝の鍛錬を始めるぞ!


「おはようロイドくん。一度経験してしまうと、一人の夜は寂しいな。」
「ひと――なな、何言ってだばあああ!」
「ロゼちゃん、昨日の夜ずっと……ベッドの上で、ジタバタ、してたよ……」
 最早達人の動き、一呼吸の間に距離をつめてオレに抱きついてきたローゼルさん!
「あー、あたしもー。」
「びゃあっ!? アンジュまで!」
「だーって責任とってもらわないとー。」
「セキニン!?」
「昨日ロイドと優等生ちゃんのあれこれを聞いたでしょー? そのせいで昨日の夜見ちゃったんだよねー。」
「なな、何を――」
「ロイドにやらしいことされる夢ー。」
「だわばっ!」
「二人とも離れるんだよ!」
 左右の二人が瞬間移動によるリリーちゃんの攻撃をかわしたことでオレの腕から離れた――けどリリーちゃんがぁああぁぁっ!
「ふんだ。ボクなんて夢の中ならロイくんと何十回もしてるんだからね!」
「うぇええぇっ!?」
「朝から破廉恥な会話しないでくださいっ!」
 地面から伸びる腕をひらりとかわすリリーちゃん。
「ふぅむ、こういうモノなのか?」
 そんなドタバタを眺める首輪つきのカラードは、オレとローゼルさんを交互に見ながらそう呟いた。
「お、おはようカラード。な、何の話だ?」
「いや……昨日の話だとつまり、ロイドとリシアンサスさんは情事に及んだのだろう?」
「ジョ!?!?」
「あまり変わらないだろうとは思ったが、これほどまでにいつも通りの雰囲気とはな。これも一つ、ロイドの性格の成せるわざなのか?」
「ふむ、あまり変わらないか……わたしとしてはロイドくんがわたしを妻として扱うような変化があってもいいとは思うが。」
「ツマッ!!??」
 あ、いや、しかしあんなことをしでかしたらそういうことも――
「終わり! この話は終わりです! 兄さんも変なこと考えないように! 場所を移動しますよ!」
「移動? ってどこに行くのよ。」
「自分が正式に顧問となった今、この朝の鍛錬も部活動になります。なのでこの部活の活動場所に移動します。」
「む、それはよかった。これでアレクも参加できる。途中で拾って行くとしよう。」


 というわけでさすがというか何と言うか、校内をランニングしていたアレクを拾い、我ら『ビックリ箱騎士団』は訓練場へとやってきた。
 なんだか随分昔のような気がするが、ここに来るのはセイリオスに入った時にエリルに案内してもらって以来かもしれない。確かあの時は寮から距離が結構あるから朝の鍛錬は寮の庭でやる――ってことにしたけど、さすがに人数が増え過ぎた。
「学院生が好きな時に使える施設なので場合によっては順番待ちなどがあるわけですが、いわゆる部室のような扱いで、この一室は兄さんの部活専用で使えます。」
 そう言ってパムが開いた質素な扉の向こうには、おそらく校長先生お得意の空間をどうにかこうにかする魔法によって作られたのだろう、すごく広い空間があった。扉同様に質素で無機質な寂しい部屋なんだけど……んまぁ、訓練するだけならこんなもんなのだろうか。
「何にもない部屋ね……」
「いえ、今はご覧の通りの石造りですが、壁にあるスイッチで環境を操作できるそうです。」
「ほっほー、どれどれ押してみっか。」
 面白そうにアレクがスイッチを押すと、部屋の中が一瞬にして草原になった。
「うおっ! こりゃすげぇ!」
「ああ。これならおれもアレクも全力で動けるな。」
「いや、お前は全力出したら動けなくなるだろうが。」
 さっきまで長くいたら息苦しくなりそうな部屋だったのが、今や心地よい風まで吹いている草原……学院長の魔法は相変わらずとんでもない。
 しかしこの広さは確かに嬉しい。これだけ広ければ竜巻みたいのを起こしても安心……あれ、そういえば天井はどこにいったんだ……?
「ふむ。ここと似た扉が途中にもいくつかあったが、あれは他の部活――他の騎士団の部室ということになるのか?」
「そうみたいです。まぁ、いくら魔法で作れる空間だからと言って申請された部活全てにこういう場所を与える事はできないようなので、その点、『ビックリ箱騎士団』は評価されているのでしょう。」
「えぇ? オレたち特に何もしてないんだけど……」
「ロ、ロイドくん……い、一応ここにいる人のほとんどが……Aランク……だよ……」
「Aじゃねぇのは俺だけだろうが。お前に負けてな。」
「アレキサンダーくん、わたしのルームメイトにガンを飛ばすな。それとロイドくん、わたしたちはワイバーンと戦ったじゃないか。」
「やっつけたのは自分ですが……まぁ、その辺のことが評価の理由でしょう。」
「そっか……色々と頑張っておいて良かったなぁ。」
 ランク戦や交流祭をしみじみと思い出し、この部活で更なるパワーアップができるだろうという期待を膨らませる……のだが、オズマンドとかいうののせいでスッキリ喜べないのが残念だ。

「ああ、いたいた。」

 微妙な気分で目の前に広がる草原を眺めていると、黒いローブに身を包んだ誰かが……今の状態だと違和感がすごいのだが、草原にポツンとたっている扉から入ってきた。
「部屋にいないから探してしまった。こういう時、ミラの右眼を持っているロイドは気配が独特だから探しやすいな。」
 前に来た時は怖がらせないようにと割と普通の顔色でやってきたが、今回は普段の顔色。知らない人が見れば今すぐ病院に連れて行きたくなる肌の色に加えて首の辺りに見えるのはツギハギの縫い目のような痕。今は黒いローブに隠れてしまっているが、きっと今日も不思議なセンスの服を着ているのだろうメガネイケメンのオレの友達。
 魔人族、フランケンシュタインの七代目、ユーリ・フランケンシュタインがそこにいた。
「やっぱり昨日ミラちゃんが言っていたのはユーリのことだったか。」
 スピエルドルフが国として動きはしないけど、友達が遊びに来る程度で誰かをよこす……ツァラトゥストラが内臓やらの器官というのなら、生き物の身体に詳しいユーリが来ることとは予想できるわけだ。
「ん? ユーリ、それはなんだ?」
 この前セイリオスに来たときは手ぶら……どころか右腕がない状態だったわけだが、今は両腕あるのに加えて大きな袋を肩にかけていた。
「あると便利かと思って――んん? なんだ、この部屋の太陽光は魔法で作られたモノか。」
 そう言いながらフードを取るユーリ。明るいところで見るといよいよ死人のような顔色だ。
「本物じゃなければ大丈夫なのか?」
「術者の腕による。ここの場合は部屋にかけられた魔法の規模が大きい故に、細かいところはできるだけシンプルな魔法にしている――という感じだな。」
「お、おいおいロイド、そいつ知り合いか? だ、大丈夫なのか? カラード、車いす貸してやれ。今にも倒れそうな顔色だぞあいつ。」
「彼には一度会って――いや、アレクは初めてだったか? 彼はロイドの友達の魔人族で、あれが普段の顔色……なのだろう?」
「その通りだ。私はユーリ・フランケンシュタイン。そちらの大きな人は初対面だな。」
「フランケンシュタインってあのフランケンシュタインか? 本物に会えるとは思わなかったぜ。アレキサンダー・ビッグスバイトだ。よろしくな。」
「よろしく。そしてこちらの――んん? 妙にロイドに似ているあなたはもしや妹さんか?」
パムの顔をまじまじと見るユーリ。顔立ち的には確かにイケメンなのだが、その他の要素のせいで初対面だと割とホラーなその顔に少しビクビクしながら、パムも挨拶をする。
「は、初めまして、パム・サードニクスです……」
「ああ、初めまして。」
 ドギマギするパムは頑張って笑顔を作るのだが、ユーリと握手をするとギョッとした顔になった。
「冷たい……人間の体温じゃありませんね……」
「ははは、まぁ人間ではないからな。ほら。」
 そう言いながらユーリが腕を引くと、握手した手だけがパムの手に残った。
「びゃああああああっ!?!?」
 何やら聞き覚え――言い覚えのある叫びをあげ、ユーリの手を放り投げながらパムはオレの後ろにまわってしがみついた。
「フランケンシュタイン伝統のドッキリだ。以後よろしく。」
「慣れない人は心臓止まるからやめとけよ。」
 宙を舞う自分の手をキャッチして装着しなおすユーリは、ふと真面目な顔になる。
「それでロイド。ミラから突然こっちに来るように言われたわけだが……ツァラトゥストラが関わっているそうだな?」
「知ってるのか?」
「こちとらツギハギの身体だからな。自身に移植して使用するというユニークなマジックアイテムを調べないわけがない。そもそもあれはどこぞの魔人族が作ったモノだしな。」
「ん? そうなると……むしろユーリこそが一番の専門家か? やったな、パム。」
「そ、そうですね……早速軍に連絡をとって――」

 ゾワッ

「!?」
 パムが通信機を手にした時、急に――なんというか、すごく大きな気配を感じた。
「な、何よ今の……魔法の気配……?」
 魔法に対して人並以上の感覚を持つエリルが信じられないという表情になる。どうやら今のは魔法の気配だったらしいのだが、魔人族故に更に鋭い魔法的な感覚を持つユーリは驚いた顔で呟いた。
「相当な規模の魔法だ。おそらくこの街を軽く覆えるくらいの範囲で――これは防御系の魔法だな。同時に第十、第十二の気配もある。」
「第十二――時間魔法! オズマンドが仕掛けてきましたか!」
 そう言いながら部屋を出たパムを追い、オレたちは訓練場の外に出た。おそらく同じように魔法の気配を感じた他の生徒もちらほらといるけど……しかしパッと見外に変化はなさそうだぞ……?
「兄さん、上です!」
「う、上?」
 言われるがままに空を見上げる。
 ……
 …………??
 え、なんだろうこれ……太陽が歪んでいる……?



「――!」
 同時刻、一部の騎士が生活している、王城内にある貴族並みの豪華な部屋にて、筋骨隆々とした男を組み伏せてフォークの先に刺さっているトマトを男の口に入れようとしている女が何かに気づいてその手を止めた。
「おいセルヴィア! 俺様は自分で食うから「あーん」とかするんじゃ――」
「来たぞ、フィリウス。」
「確かにトマトが口まで来てるな! くっそ、その細い身体のどこに俺様と同等のパワーが――」
「そうじゃなくて、敵が来たぞ。」
「ああ?」
「相変わらず風魔法以外はからっきしだな。たった今、大規模な魔法が発動した。」
 自分が押し倒していた男――フィリウスを逆に引っぱり起こし、女――セルヴィアは窓の外を見る。
「これは……どういうことだ……?」
「んおお、こりゃすげぇな。いつの間にこの街は水の中に沈んだんだ?」
 二人の目に見えているのはまるで水の中から見上げたような空で、その歪みは王城から見渡す事のできるこの街――フェルブランド王国の首都ラパンをすっぽりとドーム状に覆っていた。
「水の壁に覆われたのか? こんなバカみたいな量の水を魔法で作れるわきゃねーから、この水はどっかから移動させたモノか? いや、だとしても結局これだけの量を例えば位置魔法なんかで移動させたら術者は死ぬな。」
「どこかの水を位置魔法で移動させたというところはおそらく正解だ。ただし、その後時間魔法が加わっているのだろう。」
「ほう?」
「例えば位置魔法の入り口を海の底に、出口を街の近くに設置しておく。仮にそれが蛇口程度の小さな道だったとしても、時間魔法で一気に時間を経過させれば問題ない。もちろん、普通はこんな量を一瞬でというのは負荷が大きすぎて無理な話だが――」
「時間魔法の特性で強力になった設置魔法なら可能ってか。でもって見たとこ、この大量の水をせき止めてんのが奪われた防御魔法の壁だな。」
「そうらしいな。おそらく内側と外側で二層の壁を作り、その間に水を入れたのだろう。」
「だな。だがそれでどうするつもりだ、連中?」
 フィリウスの疑問に答えるように、空を覆う水に映像が――おそらく街のどこにいても見えるような大きさと複数の向きで浮かび上がった。

『朝早くからごめんなさい。』

 映っているのは一人の老婆。見るからに怪しい強面の男ならともかく、気品のある微笑みでそう言った老婆に街の住人のほとんどが困惑する中、国王軍や騎士団の騎士たちはその老婆が誰かを知らされている故に緊張した面持ちとなっていた。

『私が誰かを知っている人は少ないでしょうから、こっちを名乗りましょう。私はオズマンドの者です。』

 この国で生活していれば一度は聞くテロリスト集団の名前が老婆の口から出たことで、困惑していた住人たちの間に緊張が走った。

『私たちの活動はきっとみなさんの知るところでしょう。つまり今日、オズマンドは最終手段の強行に出たわけです。今よりラパンの街のみなさんは私たちの人質となりました。』

 微笑みをそのままにそう言った老婆に、街の住民だけでなく騎士たちもゾッとした。

『現在この街は大量の水に覆われています。最も高い所は何百メートルという高さになりますから、仮にこの水が落下した場合、雨が降ってきた程度ではすみません。多くの死者が出ますし、街にも深刻な被害が出るでしょうね。』

「……致命的な高さからの落下でなくとも、この規模で街が水浸しとなれば街の機能は完全に死んでしまうな……」
「街の騎士全員で頑張れば止められるかもしんねぇが現実的じゃねぇな。《ジュライ》がいてもどうにもなんねぇレベルだぞ、こりゃ。」

『そういうひどい目にあいたくなければ、こちらの要求に従っていただきたい――とまぁ、よくある話ですね。詳しく言うとして欲しいことは色々あるのですが、差し当たっての要求は一つ――フェルブランド国王、ザルフ・クォーツに王座からおりていただきます。』

「確かによくある話だな。進言が通らないから王をチェンジしようってか。次の王には自分がなるつもりなのか?」
「いや……思うにアネウロはそういう人物ではない……」

『今より一時間後に国王は騎士などの護衛をつけずに王城の外に出て、先の事を宣言してください。勿論、相応の書類と共に。でなければ水を落とします。』

「あ? 一時間後?」
「妙な指定だな……」

『ちなみにこのような人質も確保済みですので、ご参考までに。』

 老婆の言葉で映像が切り替わり、牢屋のような場所に閉じ込められている一人の女性が――この国においてはかなり有名である紅い髪の女性が映し出された。

『カメリア・クォーツ。彼女はこちらの手の中です。』



「エリル!!」
 空に浮かぶ映像にカメリアさんが映るや否や、爆炎を舞わせてエリルが駆け出した。
 カメリアさんを守る為に騎士を目指しているエリルがあんなモノを見せられて黙っていられるわけがない――のだが、そうして飛び出したエリルはどう考えても冷静じゃない!
 あのままでアフューカスがばらまいたという力を手にしたオズマンドのメンバーと遭遇したら最悪――
「リリーちゃん!!」
 そう叫びながらオレが伸ばした手の意味を察したリリーちゃんが手を握ろうしたのだが、その前にカラードがオレの手を掴んだ。
「待て、おれたちも。」
 一呼吸ほど遅れてリリーちゃんの周りにみんなが集まり、やれやれという顔になったリリーちゃんはふっと息を吸い込む。
「――行くよ!」
 その一言を合図に周囲の光景が変わる。訓練場の前から正門を出た辺りに移動したオレたちの目の前には全速力で走るエリルがいて、オレは後ろからエリルを捕まえたのだが――

「げっ。」

 そこにはもう一人、一瞬フィリウスかと思うくらいの大柄な男が立っていて、手にした何かを発動させている瞬間だった。
 直後襲い掛かる急激な酔い。ぐわんぐわん揺れた後、オレたちはどこかの原っぱに放り出されるようにドサドサと転がった。
「な、なんだ今の気持ち悪い揺れは……リリーくん、わたしたちをどこに飛ばしたのだ?」
 頭をおさえてふらふらしながら起き上がるローゼルさんの横、さすがのリリーちゃんはきれいに着地していた。
「……今のは『テレポート』が半分失敗して予定と違う場所に移動しちゃった時なんかに起きる現象だよ……」
「ほほう、リリーくんでも失敗するのだな――と言いたいところだが、まぁ失敗したのはあちらさんなのだろうな。」
 ゆらゆらしつつも立ち上がったオレたちは、少し離れた所に立っている大柄な男を見た。

「ふん、アネウロめ。不確定要素とはよく言ったものだ。いきなり割り込まれたせいでカゲノカお手製の装置がバグったぞ。」

 パンパンに膨らんだジーンズをはき、おそらくはすぐに脱ぐのだろう適当な上着を生々しい傷跡があちこちに目立つムキムキの素肌に羽織っただけの大柄な男が、ビー玉みたいな球体が先端についている短い棒を地面に捨ててバキッと踏みつぶした。
「ふん、一応王城が見えるってことは街から数キロってところか。お姫様一人さらうだけが余計なオマケと一緒にこの様たぁなぁ……」
「さらう――ああ、お姉ちゃん! お姉ちゃんがっ!!」
 突然の事に呆然としていたエリルが状況を思い出して王城の――街の方を向くと大柄な男が笑い出した。
「ぶっはっ! アネウロの予想通りの慌てようだな、おい! このまま街の方に走られたら面倒だからバラしちまうが、ありゃ嘘だ。」
 大柄な男のその言葉にエリルがピタリと動きを止める。
「うそ……? なによそれ、どういうことよ……」
「ふん、どうもこうも、オレたちはあの女をさらってねぇって話だ。」



「あらあら、私が捕まっているわよ、アイリスさん。」
「よくできていますね。」

 フィリウスとセルヴィアが空の映像に驚愕した直後、二人がいる部屋に捕まっているはずの女性が入ってきた。
「な――はぁ!? おいおい、こりゃ一体どういうことだ!?」
「そう困惑する話ではありませんよ、《オウガスト》殿。単純に、あの映像が嘘というだけです。カメリア様はここにいますから。」
「はーい、カメリアさんですよー。」
「それはそれで……そもそもカメリア姫はクォーツの屋敷にいるはずではなかったのか?」
 セルヴィアの疑問にメイド服姿の女性――アイリスが答える。
「お屋敷よりも王城の方が防御は厚いですから。クォーツ家の方々には昨日の内に移動していただきました。」
「いつの間に……」
「こういう状況ですので、申し訳ありませんが秘密裏に行わせていただきました。」
「まぁ、護衛の仕方はその道のプロに任せるが、じゃああの映像はなんなんだ? ただのドッキリか?」
「あらあら。一応資料には目を通したけれど、アネウロという方は意味のない事はしないタイプだと思うわよ?」
「意味か。あれを見て一番慌てる奴は誰だ?」
「国王か、カメリア姫のお爺様であるキルシュ様か……」
「いえ……おそらくは――」
 窓の外を見ながら、アイリスが厳しい表情でつぶやいた。
「最も心を乱すのは、エリル様です。」



「鉄壁と言っても過言じゃねぇ学院の防御を突破するにはどうするか。ふん、突破する必要なんかねぇ、目当ての奴に出てきてもらやいい。さっきのはその為の、いわゆる罠だ。」
 罠……あたしを……あたしを学院の外におびき出すための罠……
「ふん、ちなみにあの映像はゾステロがしーじーだかなんだかを使って作ったもんなんだとよ。科学もバカにできねぇなぁ?」
あたしは……あの映像を見た瞬間に頭の中が真っ白になって……まんまと敵の罠に……ロイドたちが来てくれなかったらあたしはこいつに……
「エリルくん、とりあえずカメリアさんに連絡をとってみるのだ。」
 そ、そうだわ、無事なら連絡がとれるはず……
「ああ、そりゃ無理だ。」
 お姉ちゃんと話すことができるマジックアイテムを取り出したところで大柄な男がニヤリとわらった。
「魔法でも科学でも、そういう通信の全てを遮断する魔法があの壁には加わってんのさ。ついでに位置魔法も妨害してっから、さっき踏みつぶしたカゲノカのマジックアイテムを使わねぇと壁をこすことは不可能だ。」
 ラパンの街を丸々覆ってる水のドームを指差す大柄な男。試しにマジックアイテムを起動させたけど、呼び出し中のままでお姉ちゃんは出なかった。
「……! どうやら通信が妨害されているのは本当のようです。軍と連絡がとれません。」
「ふん、だからそう言ってるだろ? こうして街の外に飛ばされちまった以上、オレもあいつらと連絡がとれねーんだからな。」
 ……つ、つまりこいつの言った……あ、あの映像が嘘っていうのを確認する方法がない……こいつが嘘を言ってるのか、本当に映像が嘘なのか……どっちにしたって敵の言うこと……あぁ、お姉ちゃん……本当に無事なの……!!
「エリル。」
 胸の中で不安が渦巻き出した時、ロイドがあたしの肩に手を置いた。
「らしくないぞ。やることはハッキリしているんだから、いつもみたいに突き進めばいい。」
「な、なによ……やることって……」
「簡単だろ。すぐ街に戻ってカメリアさんを探し、安否を確かめればいい。無事ならクォーツの家か王城にいるだろうからな。そしてそうする為にはまず、それを邪魔してくるだろうそこの男を倒すんだ。」
「……!」
「ふん、オレを倒すか。ま、バトル自体は望むところだがな。学生ごときがどこまで――」

「おい。」

 ほんの一瞬前まであたしを励ましてくれたロイドの表情が、ゾッとするくらいに怖い顔になった。
「お前はエリルを狙ったみたいだが……一体どうするつもりだったんだ?」
「――!」
 淡々としたロイドの質問――いえ、迫力に大柄な男が一歩後ろに下がる。
「――!! ふん、このオレを……ったく、化け物みてぇな殺気を出しやがる。なるほど、アネウロの言う通りのヤバさだな? ロイド・サードニクス。」
「! オレのことを……」
「当然。そこのお姫様をさらってくるっつー仕事がオレにまわってきたのはお前が理由だからな。」
「なに……?」
「お前は今回の作戦をひっくり返しかねないんだとよ。つーことで――」
「! ロイド避けろ!」
 あたしも感じたかすかなマナの流れ。何かの魔法を使われると、たぶんあたしよりも早く正確に気付いただろうユーリが動いたけど――

「お前の体力は『千分の一』だ。」

「!! 兄さん!!」
「ロイくん!?」
 直後、ぐらりと倒れ始めるロイドの身体。受け身も無しにそのまま地面に向かうロイドをユーリが受け止めた。
「ロイド! しっかりしろ、大丈夫か!」
「か……あ……」
 まるで息をする元気すらないみたいに疲れ切った表情でぐったりするロイド……!!
「おお、こりゃすげぇ、触れずに発動できたぞ。ツァラトゥストラってのはすげぇモンだな。」
 ツァラトゥストラ――さすがに言われなくたってわかってたけど、つまりこいつは――
「オズマンド……あんたロイドに何したのよっ!」
「ふん、それだとオレがオズマンドって名前みてぇじゃねぇか。オレにはラコフっつー名前があ――」
 一閃。この場の誰もが気づかない内に放たれたその一撃は、大柄な男――ラコフの首から鮮血を噴き出させた。
「知らないよそんなの。」
 口からも血を吐きながら膝をついたラコフの後ろから、短剣を手にしたリリーが……暗殺者の顔で出てきた。
「ロイくんに何してんの? さっさと今かけた魔法を解除して。」
「――っは、ぐ、ぶはははっ!」
 吐血しながら大笑いしたラコフがゆっくりと立ち上が――!? く、首の傷が塞がって――
「ふん、バカ言いやがる。火の魔法で燃やしたもんは火を消せば元通りになんのか?」
 リリーの……たぶん、リリーのことだから手加減無しでころ――本気の一撃だったと思うんだけど、それが一瞬で治ったラコフを見て、リリーはパッとあたしたちのところに移動した。
「ふん、これもまた不確定要素ってか? お姫様とそれを守る騎士と、それを囲む他の騎士。確かにこりゃあ学生って枠には収まらねぇな……面白れぇ。」
 そう言いながらラコフがグッと拳に力を入れると、まるで強大な魔法が発動する直前みたいな異様な迫力がふき出した。
「……さっきのマナの流れもそうだったが……この男、百パーセント人間というわけではないな……なるほど、これがツァラトゥストラというわけか。」
 ロイドを抱えたままラコフを睨むユーリだけど、その右目が……なんていうか、蛇の目みたいになってた。
「……どうやら両腕がそのツァラトゥストラという代物らしい。そこだけ魔法との親和性が魔法生物や私たち並みだ。今の数魔法もそのせいで触れることなく……」
「ふん、お前みたいなインテリメガネの情報はなかったな。セイリオスの制服に黒いローブなんてねぇはずだし、国王軍の制服でもねぇ。誰だか知らねぇが……まぁ、その通りだぜ?」
 見た目に筋肉が隆起するほどに更に腕に力を入れるラコフ。すると両腕の肩から先が黒く染まっていった。
「オレの得意な系統は第十一系統の数の魔法。でもって身につけたツァラトゥストラは『腕』。強力になったオレの魔法で――ま、さっき言った通りなんだがロイド・サードニクスの体力を『千分の一』にした。例えるなら飲まず食わずで数週間、もはや虫の息ってレベルだろうな。一発蹴飛ばしゃ死ぬんじゃねぇか?」
「――! お前ロイくんにっ!!」
「おお、おお、いい顔しやがる。」
 殺気全開のリリーを前に、半分狂気の混じった笑みを浮かべるラコフ。
「オレの仕事はエリル・クォーツをかっさらい、魔法を弾くなんつー変な力であの壁をどうこうされないようにロイド・サードニクスを無力化ないし殺すこと。お姫様の方はおびき出せるがこっちはどうするかと思ってたんだが、こうして出てきたことでオレの仕事は半分終わった。残すはアネウロらの作戦が終わるまで街の外で予定外の待ちぼうけ。そう、お前らをボコしながらな!」
 舌なめずりしそうな勢いの笑みを浮かべるラコフ。こいつ、いわゆる戦闘狂って奴だわ……
「随分と情報通だな。ロイドのあれは交流祭で初のお披露目だったろうに。」
 タイミング的に甲冑無しでランスだけを手にした状態でここにいるカラードが一歩前に出る。
「ロイドがクォーツさんを追おうとした時、直感的に「おれたちも」と言ったが――あれは正しい判断だったようだ。」
「ふん、こちとら大迷惑だがな。」
「楽しそうな顔でよく言う。さて悪党、お前がどういう理由でやってきて、予定と違ってこんな所に来ようとも、やることは先ほどロイドが言った通り。クォーツさんのお姉さんや街の人々を守る為、騎士であるおれたちは一刻も早く戻らなければならない。加えて今は同志の危機――言葉を返そう、最速で、おれたちがお前をボコす。」
 いつも甲冑の中ではこんな顔をしてるのか、鋭い眼でランスを構えるカラード。
「カラード、言葉が似合わねぇぞ。ま、同意見だがよ。」
 ニヤリと笑って大きな斧を地面に叩きつけるアレキサンダー。
「ふん、さっき言った通り、オレを倒したところでどうせ街には入れねぇ。そこの死にかけを医者に見せんなら別の街に行った方がいいと思うぞ? まぁ、行かせねぇが。」
「お前の許可なんかいらない。みんな、ボクはロイくんを他の街に連れていくからそいつ殺しといて。」
 怖い顔のまま、ユーリに抱えられてるロイドに近づくリリーの肩をパムがつかむ。
「待って下さい。」
「……邪魔するの……?」
 ラコフに向けたのと同じくらいの殺気をパムにぶつけるリリー。だけど――
「今の兄さんには治癒系の魔法が必要ですが、ケガではなく体力の回復となるとかなりの高等魔法になります。あてがあるのなら構いませんが、片っ端から探し回るというのであれば――ええ、邪魔をします。連れまわされる兄さんの体力が持つとは思えないので。」
 それを止めるパムの目も本気。リリーのロイドへの……お、想いは相当なモノだけど、それで言ったら生き返らせようとしてたパムのそれだって尋常じゃない……はずよね……
「軍の医療棟にはその使い手かいますから、戻ってあの壁をどうにかする方が確実です。」
「ふん、だから無理だっつってんだろうが。つーかんな死にかけよりも自分たちの心配をしねぇのか? 今からオレがお前らを――」
「いや、可能だ。」
 戦いたくてうずうずしてるって感じのラコフを遮ったのはユーリで、街を覆ってる水のドームをさっきの蛇みたいな右目で見つめながら言葉を続けた。
「相当な術者が相応の下準備で作り上げた、水を防ぐことに特化した壁。あの壁を壊すには物も時間も足りないが、お前がさっき「加えた」と言った通信や位置魔法を妨害している魔法については対処可能だ。」
「ふん、知ったかはよせガキが。その魔法を加えたのはアネウロ――時間魔法だぞ? 解除できるわけねぇだろうが。」
「知ったかはどっちだ人間。」
 太陽光から身を守るために目深にかぶったフードの下から凄みのある目でラコフを睨んだ後、ユーリは……じ、自分の右腕を取り外して、それを枕がわりにロイドを草の上に寝かせた。
「魔法で作り出したモノが魔法で否定できないわけがない。どうにも人間は時間魔法を特別扱いし過ぎている。」
「あぁ……? まるで自分が人間じゃねぇみたいに……つぅかその腕、どうやった……?」
「私の得意な系統は第二系統だが、私には初代が創造主から受け継いだ膨大な研究記録がある。命を創り出そうした彼が、全ての系統を対象にして行った数多の実験の結果が。」
「てめぇ、質問に答えろクソガキ!」
「系統がなんであれ、構造は同じだ。正しい手順と相応の道具があれば破壊は可能。確かになかなかの術者の時間魔法のようだが……都合よく、あれを否定するのに充分な道具はそこにある。」
 ラコフを無視し、たぶんあたしたちに説明するために話を続けるユーリは……ラコフを指差してそう言った。
「魔法生物や魔人族のような性質を持ちつつ、本来の持ち主が存在しないという独立性。魔法的儀式を行うのにそれ以上の贄はないだろう。」
「贄だぁ!? 何の話をしてやがるっ!」
 怒鳴り声をよそに、肩にかけてた袋の中をガソゴソしながらあたしたちの方を向くユーリ。
「ということで皆、相も変わらずやる事は変わらない。あの男を手早く倒すなり殺すなりして――」
 袋の中から……なんか機械で出来た腕みたいのと取り出しながらユーリは言った。

「あの男のツァラトゥストラ――両腕を奪う。」

 死人みたいな顔色と淡々とした表情でそう言ったユーリにゾッとしたけど、ロイド絡みで怖い顔になってたリリーとパムがこくんと頷いた。
「あれを瞬殺して腕を切り落とし、それを使ってあの壁を通れるようにしてロイくんを治せる奴のところに行く。」
「序列は上の方のようですが見知らぬ顔。おそらくは不明だった二番か三番。強さはセラームクラスで、ツァラトゥストラが加わったことで下手をすれば十二騎士に手が届くレベルの強さ。本来であればポステリオールの時同様に学生である皆さんには戦わせたくありませんが……」
「この状況、戦うなと言われてもおれの正義はランスを構える。なに、先日の対魔法生物の訓練の続きと思えばいい。」
「ああ。さっきからちょいちょい出てくるツラなんとかっつーのはよくわかんねーままだが、この男、人っつーよりは獣を前にしたみてぇな感覚だしな。」
「そんなテキトーな認識で挑んじゃいけない気がするけどねー。ま、あたしたちの団長がやられたんだし、団員は仕返ししなきゃだよねー。ロイドをあんなにされると普通にムカツクしー。」
「アンジュくんはムカツク程度かもしれないが、妻であるわたしは夫への攻撃に冷たく煮えくり返っている。あの男、氷漬けにして海に流してやる。」
「そ、そんなところで競っても……で、でも……そうだよね……とりあえず、腕は、き、きらなきゃ……だもんね……」
 死人顔でロボットアームを装備するユーリ。殺し屋の顔のリリーとそれと似た感じのパム。同志の為に武器を構えるカラードとアレキサンダーの強化コンビ。それに口調以上にムカついてる顔してるアンジュ、妻面してるローゼル、さらりと怖いこと言ってるティアナ。それぞれが……きっと主にロイドの為に怒って戦闘態勢に入った。

 ラコフ……理由はわかんないままだけど、あたしをさらう為に学院までやってきたオズマンドの一員。あたしを外に出すことには成功したけど、たぶんあたしを連れ去る為に発動させたマジックアイテムの位置魔法にロイドたちが割り込んだことで街の外に飛ばされた。
 あたしをどこかに移動させたあとは続けてロイドを襲い、そのまま街の中で騎士を相手に暴れる予定……とかだったんでしょうけど、通信も位置魔法も遮断する壁の外に出ちゃったこいつは街にいる他のオズマンドと連絡もとれずに蚊帳の外っていうマヌケ状態。作戦とやらが終わるまであたしたちを相手に暇を潰そうとしてる。
 ツァラトゥストラの力で十二騎士レベルの強さかもしれないこいつにあたしたちは勝たなきゃいけない。お姉ちゃんを守るために……強力な数魔法を受けたロイドを助ける……ために……
 ……そうよ、怒るっていうならあたしの場合は二人分……
 さっきから気持ち悪い顔でニヤついたり怒鳴ったりしてるうるさい男……筋肉自慢なのか強さ自慢なのか知らないけど、言ってることがやられ役の雑魚なのよっ……!!
「……あんた、ただで済むと思わないでよ。」



「妹ちゃんと連絡がとれねぇ。どっかに通信機を置き忘れたか襲撃を受けたか。」
「前者はないだろうから、となると連中はエリル姫を……」
「すぐにエリル様の安否を確認します。」
「ええ、そうね。」
 状況としてはかなり深刻なはずなのだが、狙われている可能性のある人物の姉であるカメリアは特に慌てた様子もなく、確認の為に学院側と通信するアイリスを眺めていた。
「……有難い事ではありますが、随分と落ち着いていますね、カメリア姫。」
「これでも心配はしているのよ。でもほら、エリーにはロイドくんがついてくれているから。」
「……確かにタイショーくんの強さはなかなかのモノですが、相手は――」
「あらあら。別に私は彼の強さを信頼しているわけではないのよ?」
「え?」
「カメリア様、どうも良くないようです。あの映像を観たエリル様は単身走り出し、学院の外に出た辺りで姿を消したと。」
「エリー一人?」
「いえ、どうやらロイド様を含むエリル様のご友人方もそろっていなくなったと。」
「はぁん、あの映像がお姫様を狙ったモンってのは当たりらしいな。でもってそれを大将と妹ちゃんたちが追いかけたってとこか。」
「ふむ……そうすると、エリル姫やタイショーくんらは街の外かもしれないな。」
「あん?」
「あの壁、対水害用の効果に加えて時間魔法が加わっている。ああいう風にかかると壁の内側が外側と切り離される形になるから、おそらく通信や位置魔法による移動が妨害される。」
「まじか。外の助けを呼べねぇとなると、あの水が降ってきた時はいよいよどうしようもねぇな。まぁ降らせるつもりはねぇが。」
「そうだな――うん?」
 セルヴィアが――というよりはその場の全員が気づいたのだが、部屋の壁の一点が赤く点滅し始め、それに合わせてピコンピコンという音が鳴り出した。
「通信だ。おそらく国王軍からだろう。」
 そう言いながらセルヴィアがその壁を叩くと、先ほどのアネウロのように魔法によって様々な情報が映像として壁一面に表示された。そしてその中の一つに休日のお父さん風の男――トクサ・リシアンサスが映っていた。
『《ディセンバ》さん! 今の映像を――あ、あれ!? カメリア様!?』
「はーい、カメリアさんですよー。」
 映像越しにカメリアを見つけたリシアンサスは目を丸くした。
「あー、リシアンサス。細かい事は省くが、ありゃ連中のドッキリだ。気にすんな。」
『は、はぁ……』
「だがちょうどいい。状況は知っての通りだ。まずは水の高さが一番ある街の中心から順に住民を避難させてくれ。でもって防御系、特に耐水の魔法が得意な連中を集めていざって時の為に避難所に配置。国王軍に限らず、そこらの騎士団にも協力させろ。こっちはもうちっと情報整理して作戦考える。街の中に変化があったら知らせてくれ。」
『了解です!』
 すらすらとそう言ったフィリウスを、カメリアが「あらあら」という顔で意外そうに見る。
「イメージにないけれど、軍の指揮もできるのね。さすが十二騎士。」
「簡単な真似事程度だがな。アクロライトが起きてればあいつに任せたし、正直ここまでの事態になるとキルシュのじいさんに出張ってもらいたいくらいだぜ。」
 フィリウスの言う「キルシュのじいさん」とはこの国の大公にして軍事の責任者であるキルシュ・クォーツ。フェルブランドを支える柱の一つとして数えられ、その温和な顔からは想像できない統率力で騎士をまとめあげる人物である。
「幸いにもって言うべきかしら、お爺様は今ガルドに出かけているわ。」
「ったく、タイミングがいいんだかわるいんだか。」
「大丈夫だ、かっこいいぞフィリウス。」
 斜め上の視点からの感想を言うセルヴィアにやれやれと似合わないため息をついたフィリウスは、壁に表示された情報を見ながら現状の整理を始める。
「とりあえずだが、アネウロの言った一時間っつー猶予の意味がわからねぇ。今すぐ書類揃えて出てこいっつってもいいはずだからな。何かしら、同時進行してる連中の作戦があるとみて間違いねぇだろう。」
「指定通りに王が出てくれば良し。出てこなくて、仮に本当に水を落としたとしてもそれも良し……おそらくどう転んでも目的が達成されるような準備があるのだろう。下っ端連中も含めればオズマンドは結構な人数の組織だからな……悪巧みの幅は広い。」
「ああ。ちなみに時間魔法で隔離されてるっつったが、例えば連中の仲間だけは例外にできたりするか?」
「普通はできない……が、アネウロほどの技術があり、ツァラトゥストラや過去に設置して強力になっている時間魔法を応用すれば……あるいは。」
「全員が街の中ってんなら手っ取り早かったんだが――ったく、はっきりしねぇことばっかだぜ。」
「相変わらずの後手後手だな。しかしはっきりしていることもある。」
 そういってセルヴィアは、国内最大の広さを持つこのラパンという街の全体図を示している映像を指差した。
「対水害用の防御魔法。あれはその性質上、必ず壁の内側に設置されるから、装置は街のどこかにある。」
「ああ。でもって本来、あの装置に壁を二重にするなんつー機能はねぇ。あの複雑な魔術装置を昨日の今日で改造ってのは考えにくいし、複製する事も同様にないだろう。となると、装置から出る壁の位置を半分ずらしてるってのが可能性としちゃデカい。」
「本来であればそれも難しいところだが、単純に魔法の出力を上げさえすればできる事……ツァラトゥストラの力があれば可能となるだろう。」
「つまり、この街のどこかに壁を発生させてる装置とそれに魔法をかけてる、おそらくは位置魔法の使い手がいる。そいつをボコすなりして外側の壁だけを消させれば水は街の外に流れ、街の住人っつー人質は解放できるわけだ。」
「ああ。」
「失礼、一つよろしいですか?」
 十二騎士ではあるが本職はメイドであるからか、この作戦会議を眺めていただけのアイリスが手をあげる。
「そういった抵抗を相手が許すでしょうか。即、水の落下につながりませんか?」
「あ、それはたぶん大丈夫よ。」
 アイリスの質問に答えたのは様々な情報が表示されている壁を面白そうに眺めていたカメリア。
「あのアネウロって方、お決まりの文句を言わなかったでしょう? 抵抗すれば人質を殺す的なあれ。」
「そ、そうですが……」
「それにフィリウスさんが言ったようにあの一時間という時間は理由のある一時間。「以内」ではなく「後」と言ったのは王を待つ間に――いえ、この混乱を利用してやっておきたい何かが……」
「? カメリア様?」
 会話の途中、にこやかだった表情がすぅっと鋭くなり、カメリアは独り言を呟きながら思考を始めた。
「おや……ふふふ、《オウガスト》殿。先ほどキルシュ様がいればと言いましたが、同じくらい心強い方がここに。」
「んあ?」
「戦闘や戦略といった軍事関連は専門の外ですが、相手側のリーダーの人となりの情報があり、ああして顔を見せたのならば、カメリア様にはあの老婆の考えがわかるでしょうから。」
 長女である姉、ユスラ・クォーツの死によって頭角を現すこととなった、今やキルシュ・クォーツ同様に国を支える柱とされるカメリアが思考すること一分ほど、ふと納得のいった顔になったカメリアは――

「ああ、彼女、エリーを女王にするつもりなんだわ。」

 ――と、唐突な事を口にした。
「なに? お姫様を女王に? つーかいきなりそっちに話が飛ぶのか?」
「無関係というわけではないのよ。」
 困惑顔のフィリウスに、いつものにこにこ顔に戻ったカメリアが説明する。
「彼女――アネウロの目的は世界中の弱い者を救う事。言うなれば世界平和ね。そのために一度世界を征服しようとしていて、現状スピエルドルフという規格外を除けば最大の国力――いえ、戦力を持つと言ってもそれほど過言ではないフェルブランド王国を手中におさめようとしているわ。元々は国王に進言して動いてもらうつもりだったのだけど、何度も断られた彼女は決意し、オズマンドを立ち上げ、国王を王座からおろそうとしているわけだけど、そのあとは彼女が王になるかというとそうではないの。革命後であろうと何であろうと、それまでの歴史や国政の関係上、例え飾りであっても王になる人間には相応の地位や血筋が必要なの。そこで次代の王として彼女はエリーを選んだのよ。」
「エリル様を女王に……しかしそれはまたどうしてなのでしょう……」
「彼女はこれから世界に喧嘩を売ろうとしているわけだから、王族でありながら騎士として戦う力を手にしたエリルはぴったりの旗頭なのよ。前線に立つ王とか、士気が上がるでしょう?」
「ははぁ、なるほど。確かにこれから戦争続きになるとすっと、そういう王が欲しいとこだな。しかしそうなるとお姫様をさらうってのは連中にとってかなり重要な事になる。下っ端じゃねぇ、序列上位の奴が大将たちのとこに送られてるかもしれねぇな。」
「ふふふ、エリーにはロイドくんがついているから大丈夫よ。」
「さっきもそんなこと言ってたな。その信頼は一体なんなんだ?」
「ふふふ。」
 フィリウスの疑問に笑顔を返したカメリアは説明を続ける。
「ここで一時間っていう時間の理由なのだけど、彼女は言っていたわ。差し当たっては国王をおろすことが要求だけど、して欲しいことは色々あるって。エリーを王にしようとしてるみたいに、今の王族や王政に関わる全員をクビにしようってわけではないの。彼女がやろうとしている事に有用な人材は残すはずよ。」
「だろうな。キルシュのじいさんとか、それこそカメリア姫だってそういう人材だろうしな。」
「ふふふ。まぁ、そんな人材にどうやって言う事を聞かせようとしているかはわからないけれど、とりあえず彼女が今やっておきたい事はその逆よ。」
「逆?」
「無用な人材の排除。地位や血筋だけでその役職についているような、彼女が無能と判断した人物を掃除しようとしているのよ。」
「な――掃除だと? 一人残らず殺すってか?」
「それをするならさっきの要求の段階で王と一緒に出てくるように言うでしょうね。アレをさせるまではそういった無用な人材も生かしておくはずよ。」
「アレ?」
「無用な人材の命を片っ端から奪ったとして、そうやって空いた役職に彼女が思う適任者を新たにつかせるとして、この時もまた王の座のように求められるモノがあるの。」
「地位と血筋ってやつか?」
「ちょっと違うけどそんな感じね。いくら強大な暴力を持っていても、紙切れ一枚の約束事で身動きできないなんてことはよくある事なの。他国と戦争を始めようっていう彼女が国内にゴタゴタの種を残すわけはないから、その辺はキッチリさせると思うの。だからそういった、無駄に力を持っちゃってる紙切れを後任者に譲渡させるはずよ。」
「本人には興味ねぇがそいつが持ってる権利とかは欲しいってことか?」
「ええ。そして今、空から水が降ってくるような現状、重要な役職についている者は相応の避難所に残らず移動していることでしょうね。」
「! つまり連中がこの一時間でやろうとしてることってのは、誰もいないくなった今の内に、無能と判断した貴族やら何やらの家に侵入して必要な書類をかっさらうことか!?」
「一時間後に国王が出てこなくて水を落とすことになったら、そういう書類がどこかに行ってしまうかもしれない。だから今のうちに手に入れておいて、後日、脅すなりして正式に手続きさせるんでしょうね。ああいう書類って基本的に魔法で署名されているモノだから、前任者はその為に必要なの。」
「権利云々はともかくとしておいおい! ただの火事場泥棒かよ!」
「そうね。少し政治寄りの空き巣よ。」
 だはーっと頭を抱えるフィリウスだが、今の話を聞いていたアイリスは少し深刻な表情になる。
「……避難……されない方も中にはいるかと思うのですが……その場合は空き巣ではなく強盗になってしまいませんか……?」
「そうね。家にシェルターのようなモノを作っていたり、個人で騎士団を雇っている人もいるからいくらかはまだ家にいるでしょうね。だからきっと――」
 そう言いながら、カメリアは壁に浮かんだ映像の一つ――オズマンドの序列十位から四位の顔を映したモノを指差した。
「基本的には組織の下っ端が空き巣をするでしょうけど、そういう特殊な家の為にこういう強そうなメンバーが出向いている可能性は十分あるわ。その場合は強盗だから、護衛の騎士団なんかは危ないかもしれないわね。」
「……つまり……」
 今までの作戦会議とカメリアの話をセルヴィアがまとめる。
「今の私たちにできることは、最悪の事態に備えて住民の避難を行いながら、この壁を生み出している装置を探してそこにいるであろう護衛を倒して壁を消し、同時に街中を走り回る空き巣やら強盗やらを倒していくこと……というわけか。」
「ったく、「相手のボスを倒す」とかがねぇのがしまらねぇなぁ、おい。つーか今の予想通りだとしたら、空き巣連中は住民を避難させようとしてる国王軍と鉢合わせ――」
 と、そこまで言ったフィリウスは自分の言った事に首を傾げる。
「――そうだ、鉢合わせる。カメリア姫の言う通りなら空き巣も強盗も割と重要任務だが、住民の避難で国王軍が動くなんてこたぁ誰にでも予測できる。んな状況で泥棒ができるわけがねぇ。」
「そうね。そこはどうにかこうにか、泥棒さんたちが見えないようにする魔法をかけるとか、もしくは――」

ドゴォンッ!!

 突如鳴り響く轟音。反射的に王城の外を見たフィリウスの目には、街の中からたちのぼる煙が映った。
「――目立つ何かで注意を引きつけるか、ね。」



「ふん、あっちの上級騎士はともかくあの顔色最悪のガキはナニモンなんだ?」
「よそ見とは余裕じゃねぇかっ!」
 フィリウスさんほどじゃないけど鍛えられた身体での斧――バトルアックスのフルスイング。攻撃が相手に当たるほんの一瞬に強化魔法を凝縮することで威力を爆発的に引き上げるっていうアレキサンダーの攻撃に対し――
「ふん、少なくともお前の攻撃は余裕だ。」
 ラコフの、炭を塗りたくったみたいに黒く染まった腕からの単純なパンチ。バトルアックスの刃に向かって素手の拳を突き出すんだけど、響く音は金属同士がぶつかったみたいな音。しかもアレキサンダーの方がパワー負けして後退させられた。
「ふん、オレと力比べなんざ百年早――」
「『ヒートレーザー』!」
 交流祭の辺りでお披露目になったアンジュの新技。周囲に浮かせた『ヒートボム』から出張版ミニ『ヒートブラスト』を放つっていう技で、維持できるのは数秒だけど貫通も切断もできる光線……というか熱線が結構な速度と数で相手を襲う。
 だけど――
「ふん、直線的で見やすい。」
 半分位置魔法の瞬間移動みたいな速度で『ヒートレーザー』の網をくぐり抜けてアンジュに迫ったラコフ。だけどその剛腕はアンジュの前に出現した氷の壁に止められる。加えて、その壁に予め空いてた小さな穴を通ってラコフの目に銃弾が向かったけど、それを信じられない速度でかわしたラコフは舌打ちしながら後ろに跳んだ。
「ふん、やっぱそこの氷使いが厄介だな……どんな硬さしてんだか。しかもそっちのライフルは躊躇なく目ん玉狙いやがる。一体どういう教育してんだかなぁ、セイリオスは――お?」
 跳躍したラコフの足が地面につく瞬間、足元に出現した短剣が絶妙な角度で着地を邪魔し、ラコフがバランスを崩したところへ――
「『コメット』っ!」
 二つのガントレットを爆炎と共に撃ち込んだ。
「――っが!!!!」
 短い声をあげてラコフが草原の彼方に吹っ飛ぶ。ランク戦や交流祭みたいに周囲に壁は無いから「叩きつける」分の威力がないんだけど、それでもそれなりのダメージは与えられたはず……
「なんかボクの短剣を踏ませるってすごく嫌なんだけど。」
 短剣を瞬間移動、かつ位置魔法で遠隔操作したリリーがぶすっとする。
「あ、あたし……躊躇ないとか……そ、そういうつもりじゃ……」
「そういえばそこのアレキサンダーくんと戦った時も目を狙っていたな。」
「だ、だって……ワ、ワイバーンと戦った時に……め、目を狙うと相手の視界をう、奪えて色々と便利って知って……だから……」
「それでもそれなりに躊躇するもんっつー話だ。しかしあのバカ力め、数魔法ってのはとんでもねぇな。」
「強化魔法の使い手が「バカ力め」とか言っていーのー? ブーメランになんないー?」
 飛ばしたガントレットを両腕に戻したあたしがパムとユーリの方を見ると、温存ってことで何もしてないカラードが厳しい顔をした。
「分身が消えていないということは、まだ意識があるようだな、あの男。」
 分身。そう、今のあたしたちはラコフっていう一人の敵を二つのチームで相手している。

 戦闘開始と同時に……本当に吐くかと思ったくらいに気持ち悪かったんだけど、ラコフが分身を出した。ランク戦でカルクがやったのと同じ、身体が魔法でできてるってこと以外は完全に本人そのものっていうコピー。それが……たぶん、百体近く現れた。
 あの筋肉自慢の身体と「戦闘狂です」っていう顔したのが目の前で突然増殖して雪崩みたいな勢いで襲い掛かって来たんだけど、横からパムが砂の津波みたいのを出してその分身を丸ごとからめとってあたしたちから遠ざけ、そのままパム――とあとユーリが分身の相手を始めた。
 無数のゴーレムを操るパムと、太陽光の下とは言えスピエルドルフでの戦いを見る限り相当な強さのユーリならただのマッチョ百人程度すぐに倒してしまう――って思ったんだけどそうはいかなかくて……とんでもない事に、ラコフの分身は魔法を使った。
 カルクから聞いたことがあるんだけど、すご腕の数魔法の使い手は分身の身体に魔力を蓄積させて、分身の判断で魔法を使えるようにできるらしい。
 ラコフが元々そういうレベルの使い手なのか、それともツァラトゥストラのおかげでできるようになったのかはわからないけど……仮にあの百体の分身がそれぞれに自身の身体能力を『十倍』にするような数魔法を使ったら、単純計算千人のラコフを相手にする事になる。まぁ勿論そんな単純な事じゃない……っていうか実際はもっと深刻なはずで、結果パムとユーリは分身の相手で手一杯になった。
 魔力を持った分身を百体って、普通はそれだけで気絶すると思うんだけど、これまたツァラトゥストラのおかげで負荷がないのか余裕のニヤケ面を浮かべたラコフは――
「ふん、メインの前には前菜ってか。お楽しみは後にとっとかねぇとな。」
――って言った。残ったあたしたちはこっちの本物を相手する事になったわけだけど……思うに、こいつはあたしたちだけで倒さなきゃならない。
 パムとユーリが分身を全滅させてこっちに戻ってくるのにどれくらい時間がかかるのか、その時まであたしたちは耐えれるのか……いえ、耐えるどうこうじゃなくて、こいつをあたしたちでしっかり抑えておかないと……もしも気まぐれを起こしてあっちの戦いに加わったら、分身相手で余裕のない二人には厳しいかもしれない。
 こいつの言うメインとやらに行かせちゃいけないし、二人が戻ってくるまで耐えればいいなんていう防御の姿勢じゃ最悪のパターンになりかねない。
 だからあたしたちは――『ビックリ箱騎士団』は、こいつに勝たなきゃいけない。

 そもそも、確かに格上ではあるけど勝機が全くないわけじゃない。全部の系統をまんべんなく教えるセイリオスの授業でも習ってるし、同じ一年生Aランクのカルクと授業が一緒になる関係で、あたしたちは数魔法をそれなりに知ってる。

「見ろエリルくん。あの男、腕をぐるぐる回しながら笑顔でこっちに歩いて来るぞ。」
「うわー、お姫様の攻撃をまともに受けてあれって、相当やばいよねー。」

 第十一系統の数の魔法。これには位置魔法みたいにいくつかのルールがある。
その中で最も基本的なモノが魔法をかける対象についてのルール。これは位置魔法と同じで、自分や自分の持ち物に対しては何ら制限はないけれど、他人や他人の持ち物の、例えば大きさや個数を操ることはできないというモノ。できるとすれば、それは相手が魔法の使用を許可した時のみだけ。
 ラコフは今、自分自身の攻撃力とか防御力とかを倍増させていて、見た目以上に怪力で頑丈になってる。圧倒的なパワーと頑丈さで相手に突撃してねじ伏せるっていう、戦法としてはアレキサンダーと同じなんだけど、そのパワーアップ具合が尋常じゃない。

「ぐ、具体的に……どれくらい、倍にしてるのかわかんないけど……さ、さっきロイドくんに魔法をかけた時、は……『千』っていう数字を……使ってたよね……」
「ああ? 『千』だとなんかあるんだっけか?」
「アレク、一応授業で習った事だぞ。」
「そうか? 数魔法って小難しいから頭に入んねぇんだよなぁ。」

 学生としてどうかと思う事を言ってるアレキサンダーはともかくとして、『千』っていう値を使えるっていうのは結構すごいことだったりする。
 数魔法の使い手の力量をはかるモノの一つとして、そいつがどれくらい大きな数字を操れるかっていうのがある。
 例えばあたしがランク戦で戦ったカルクは自身の力を『十倍』、『二十倍』にして戦ってて、最終的には『八十倍』くらいまで倍増させた。一年生の時点で『八十』まで使えるっていうのはかなりすごいらしく、卒業して一人前の騎士になったくらいがだいたい『百』を扱えるレベルらしい。
 そこから先は、『五百』を超えるとかなりの使い手、『千』になればセラームでも上の方、『五千』まだ行けば歴代の十二騎士――《ノーベンバー》に並ぶレベル。そして『一万』を超えたら正直化け物クラスで、歴代の《ノーベンバー》でもそこまで到達したのは数人らしい。
 つまりラコフの強さは……パムの予想通り、さっきの『千分の一』が全力だったとしてもセラームクラスは確実で、まだ上があるとしたら十二騎士クラスって事もあり得る。

「んま、さっきロイドにやったみてぇないきなし『千分の一』ってのはもうないんだろ? あいつにどこまで上があるか知らねぇが、俺らの力がそれを超えさえすればいいわけだ。」
「そう単純な話ではないぞ、アレク。桁外れの強度に加え、トラピッチェさんに斬られた首を一瞬で治してしまったあの治癒能力……ツァラトゥストラの特性なのか他の何かか、そっちもどうにかしなければならん。」

 他人にかける場合は許可がいる……位置魔法と同じこのルールだけど、数魔法には一つだけ例外があって、このせいでロイドはいきなり……ああなった。
 数魔法で何かの数を操る時、対象となる数値は大きく分けて二種類ある。一つはきちんと数字にできるモノ。モノの大きさや重さ、個数なんかがそれにあたって……こっちに関しては自分と他人っていうルールがきっちり働く。
対して例外になっちゃうのがもう一つ……数字にできないモノ。何メートルとか何個とかみたいな具体的な単位がなく、あったとしても個々の感覚で値に差が生じるモノで、体力なんてのがまさにそれ。
 なんでこっちの方が例外になるかというと、それは認識がふわふわしてるから……らしい。
 例えばあたしが思う「体力が百ある状態」とロイドが思うそれにはたぶん差があって、それが個人の感覚の差なわけだけど……「自分の体力は今、自分の感覚ではこれくらいだな」みたいな事を常に意識してる奴なんていない。誰かに聞かれた時や極端に疲れた時とかに初めて考えるようなモノで、その数値が常に頭の中にあるわけじゃない。
対して……例えば自分の武器が何個だとかどれくらいの大きさだとかは、大体だとしても無意識に頭の中になんとなくの数値が、考えるまでもないくらい当たり前にそこにある。
 この、それに対する数値が頭の中にあるかないかで数魔法が効く効かないがわかれるらしい。
さっきのロイドはラコフが数魔法の使い手だなんて知らない状態だったから、当然自分の体力について何かの数値を思い浮かべてるわけもなく、魔法がそのまま効いてしまった。
 あたしたちはそんな攻撃を――体力を『千分の一』にするなんていう攻撃を見た後だから、それに対する意識が頭の中に生まれ、ラコフの数魔法が効かなくなった。

つまり今、あたしたちが相手にしてるのは……ちょっとパワーがあってちょっと身体が頑丈なだけのただの脳筋男。
……なによ、そう考えたら全然大したことないじゃない。最近ならキキョウの方がまだ強そうだったわよ。

『その意気や良しだが、ただの脳筋ではなさそうだ。』

 余裕の顔でのんきに歩いてくる脳筋男を眺めながら数魔法について整理してたらいきなり……頭の中に声が響いた。
「うお、なんだ!?」
「耳――ではないな。直接言葉が頭に送り込まれるような感覚……「この声は」というと少し変かもしれないが、この声はフランケンシュタインさんか?」
『はっは、ユーリで構わない。名字は長いからな。』
 あたし以外にも聞こえてるらしいこの声は、向こうで脳筋男の分身と戦ってるユーリのモノだった。
『人体の構造には詳しいのでな。脳から出ている電波を拾って思考を読み取り、魔法で作った特殊な電波を送ることで会話を可能にしている。』
『これは便利ですね。なんとかマジックアイテムで再現できませんか?』
「パムまで……あんたたち、正直こっちから見ると会話する余裕があるようには見えないわよ……?」
 ラコフがのろのろ歩いてるから妙な空き時間が出来ちゃってるあたしたちとは対照的に、全方位を囲むラコフの分身の相手をし続けてる二人。無数、かつ多種多様な形のゴーレムを従えて戦うパムと、さっき装着したメカメカした右腕から雷を放ちながら暴れるユーリなんだけど……とてもそうとは思えないほどに、頭の中に響いてる声は落ち着いてた。
『余裕はありませんよ? 今もてんてこ舞いです。』
「そんな淡々とした声で言われても説得力ないわよ……」
『ああ、この会話のやり方だと声色や表情が伝わらないからな。私とロイドの妹は叫びながらしゃべっていると思ってくれ。余裕は本当にない。』
「ややこしいわね……それで余裕ないクセに話しかけてきたのはなんでよ。」
『そちらに少し間が空いているようなので伝えておこうかと。』
「何をよ。」
『こちらではさっきからそうであるし、おそらくそっちの本物も何度か見せたのではないか? 尋常ではない速度の動きを。』
「あー、それねー。あたしの『ヒートレーザー』を瞬間移動みたいな速さで避けたよー。」
「あ、あたしの銃弾も……見てから避けた……と、思う……」
『やはりか。その動きなのだが、数魔法でどうこうした故の速さではない。』
「どういう事よ……」
『速いのではなく、早いのだ。』
 たぶん、耳で聞いてたら「は?」って思っただろうけど、頭の中に響くからなのか、言葉のニュアンスがハッキリと伝わった。
「……時間魔法ってこと……?」
『魔法ではない。が、自身の時間経過を早めて動きを加速させていることは確かだ。』
「! 魔法なしで時間を操ってるって言うの!?」
『それも違う。私も初めての感覚なのだが……上から下へ水が流れるように、まるでその現象が自然の摂理であるかのように起きているのだ。』
「意味わかんないわ……」
『私もだ。だが相手の高速移動はそういう類であると認識しておくだけでも不利を一つ減らせ――おっと。』
 頭の中で静電気がはじけたみたいな変な感覚を最後にユーリの言葉が聞こえなくなり、直後二人が戦ってる方ですごい衝撃音が響いた。
「……ふむ、あっちはあっちで大変そうだ。わたしたちも頑張らねばな。」
「そうね……」
「しかしどうする? エリルくんの攻撃があまり効いていないとなると、何が決め手となるか……温存させているブレイブナイトの攻撃も最悪効果なしという事に……」
「……あんたの氷、今のところあいつの攻撃を全部防いでるわよね?」
「当然。ロイドくんからの愛を受けたわたしは無敵だとも。」
「…………じゃあその無敵の氷でくし刺しにでもしなさいよ……」
「それは可能だが、あの再生能力がな……」
 あっさり可能って言ったわね、こいつ……
「だが……ふむ、内側から凍らせてみるか。」

 ロ、ロイドからの愛とか…………でも実際、ローゼルの氷は自然界の氷を超える文字通りの魔法の氷って感じですごく強力になってるわ……
 ローゼルは感情が魔法に影響しやすい性質らしいけど……い、いくらなんでもよ……
 まったく……他人からの許可とか本人の認識とかイメージとか感情とか……魔法っていうのは頭と心の影響を受けすぎ…………
 …………心の……影響……感情…………

 まんまと敵の罠にはまってこんな事態になった悔しさ、自分への怒り。
 す、好きな人を――恋人を苦しませる脳筋男への怒り。
 第四系統の使い手は燃え上がる猪突猛進の熱血。何があろうと突き進み、焼き尽くす。
 真っすぐな決意で全力全熱……

 ……感情が武器になるっていうなら……あたしも、ちょっと試してみてもいいかもしれないわね……

第七章 卵の実戦と国を守る者たち

「待て待て待て! 立場上、俺らは学院で待機だ! いざって時に生徒を守るのも仕事だぞ!」
「この壁は水害用の防御魔法……ってことは装置が街の中にあるはず。たぶん護衛がいるからライラック、お前も来い。」
「話聞いてるか!?」
 面倒な連中が動いてはいるが今の私は教師。国の大事は鍛え上げた軍に任せて、騒がしくも充実した教師の仕事をまた一週間始めるぞと思って朝のランニング終わりに伸びをしたら空を水が覆った。でもってオズマンドの連中が顔を出し、わが国の要人をさらったとぬかし……それを見た私のクラスの生徒が学院を飛び出すや否やどっかに消えた。
 オズマンドは私が――私たちが思ってたよりも格上の組織で、そこに『世界の悪』お手製の凶悪なアイテムが加わって、連中は驚異的な力を得た。
これとは関係ないが《フェブラリ》が腕を食われたってのがあったばっかだからか、クォーツ家の守護者である《エイプリル》が負けたのかと……もしもあの映像単体だけだったら、そんな風に思っていたかもしれない。
 だが実際は……連中がさらったと言った人物の妹が外に飛び出し、それと同時にどっかに消えたことからして、おそらくあの映像は妹――エリル・クォーツを狙ったモノだ。
「軍人としてじゃなく教師として、私の生徒が消えたことに連中が関わってる可能性が大きい以上は生徒の為に動かないとな。お前が言った通り、生徒を守るのも仕事だ。」
「いやいや、じゃあなんで生徒探しに行くお前があの壁を壊そうとしてんだよ。」
「どこにいるかわからないんだから連中に聞くしかないだろ? 装置の護衛に会いに行くのが手っ取り早い。」
「それそのまま連中が潰れるまでやり合うパターンだろ! 半分以上国王軍の仕事してんじゃねぇか!」
「良いのではないか?」
 クォーツたちが消えた正門の前でライラックとやりあってると、ひげの長い爺さんがパッと現れた。
「どわ、学院長!?」
 毎年恒例、交流戦後の各校の校長の集まりから戻ってきて……私が部屋を物色したことを軽く見抜いて私が学生の頃にやったあれこれを生徒に教えてしまうぞとニンマリ笑った学院長が、今も同じような笑顔で私とライラックの肩を叩く。
「この事態、アドニス先生に学院を守ってもらう事は心強いが、国王軍もアドニス元教官の力を欲しておるじゃろう。学院は儂に任せて二人は加勢に行くのじゃ。」
「げぇっ、俺もっすか!?」
「たまには暴れてくるとよい。えぇっと……『無敗』のライラック・ジェダイト。」
「それ、馬鹿にされてるみたいで嫌いなんすけど……」
「二つ名は選べぬモノじゃ。さぁ行った行った。」
「そうだぞ『無敗』。学院長からの正式な命令だ、教師は従わないとダメだぞ。」
「てめぇ――んお!?」
 相手の戦力がイマイチわからない今、ぶっちゃけそこそこ頼りになるライラックが嫌な顔をすると街の方で爆発が起きた。
「早速なんかやってんな。行くぞライラ――『無敗』。」
「言い直すな!」



「今の爆発は……」
「あの火力はこちらのナンバーセブンのモノだろう。しかしよそ見とは余裕だな。一度勝った相手には興味ないと?」
 多くの騎士が市民避難の為に動いており、その一人として街にやってきた桃色の髪の女騎士は、妙にカッチリとした服装の男と相対していた。
「……その左目、つけなおしたのですね。ツァラトゥストラというのは随分と無理のきく生体部品のようで。」
「これは一度私のモノとなったからな。他人への譲渡は無理だが、私がもう一度身につける分には問題ない。そちらの十二騎士が消滅する前にこれの時間を止めておいてくれたおかげだ。」
「そうですか。それで……一時間後と指定しておきながら街中で暴れているそちらの目的は? 市民を襲う事ですか? それともコソ泥ですか?」
「答えるとでも? ま、少なくともそちらと戦う事は目的ではない。仕事をする上で邪魔だから片付ける――であればこれ以上の会話は必要ないだろうっ!」
 言い終わると同時に男の左目から放たれる赤い光線。先日の戦闘で見ている為、女騎士にはそういう攻撃が来るという予想と警戒があった。だが彼女は一つ、予想外の事に慌てながらそれをかわした。
「今のは……」
「のんびり考える暇はないぞ!」
 光線をかわした女騎士の目の前にいつの間にか迫っていた男が繰り出したサーベルを甲冑の籠手で受け、風による移動で距離をとる女騎士。
「……!」
「どうした? 何を驚いている!」
 一歩踏み込み、そのまま駆けてくるかと思われた男が位置魔法のような速度で自身の背後にまわったのを見て、女騎士――オリアナ・エーデルワイスは確信した。男――プレウロメが先日よりも強くなっていることを。
「っらぁっ!!」
 横なぎに走ったサーベルは途中からその速度を極端に上げて真っすぐにオリアナの首へ向かったが、その奇妙な動きを風――空気の動きから読み取ったオリアナはその一撃をかわしてプレウロメの腹部に攻撃を加え――ようとしたが、先の戦闘における左目の独立した動きを思い出し、オリアナは素直に距離を取った。

 先日の戦闘の後、オリアナはその戦いを観ていたフィリウスに更なる精進の為のアドバイスをもらいに行き、その際フィリウスからツァラトゥストラの妙な特性を聞いていた。
 強化魔法でも筋肉を増強するでもないのに身体能力を向上させるという不思議な現象。その動きをするのに必要な筋肉を持っていないのにも関わらずそれを実現している異常。まるで誰かに身体を糸で引っ張られているかのような動き――それが『眼球』の固有の能力かはわからないが、プレウロメはそういう動きをしていたという。

「しかし先ほどからの速度は……それにあの光線も……」
「独り言とは戦闘中にのんきなもの――だっ!」
 放たれる赤い光線。先ほどよりも威力と範囲の増した一撃を、田舎者の青年がよくやる風による緊急離脱のような勢いでかわしたオリアナは、プレウロメを囲むように数本の竜巻を発生させる。暴風の中、しかしプレウロメは悠然と立ち、コキッと首を鳴らして――
「――らぁぁあっ!!」
 その場でぐるりと回りながら光線を放った。その赤い光は竜巻をかき消すと共に周囲の建物に黒々とした傷跡を刻み、崩していった。
「――っ……」
そんな光景を苦い顔で見つつ、オリアナはそうして攻撃をした直後のプレウロメの死角――真上からランスを構えて急降下した。速度は充分、タイミングも完璧、この一撃で終わらせるという決意でしかけたオリアナだったが、その視界から突如プレウロメが消えた。
「な――」
 空気の動きを読み、プレウロメの移動先に視線を移した瞬間――
「終わりだぁっ!!」
 赤い光が包み込み、一瞬の高熱の後、光線のエネルギーが爆発。オリアナは空中から落下し、地面へと叩きつけられた。
「しょせんはスローン――中級騎士ってところか。リーダーの加護を受けている私たちには十二騎士ですら敵ではないだろうからな。下っ端はお呼びじゃなかったのだ。さて……」
 ぐるりと周囲を見回し、とある建物で目を止めたプレウロメはポケットから取り出した紙切れとその建物を交互に眺め、こくんと頷いて歩き始めた。
 だが――
「そういう……ことですか……」
 背後から聞こえて来た声に足を止めたプレウロメは、振り向くと同時に光線を放つ。その一撃は狙い正確に、立ち上がったオリアナに直撃――したのだが、何故か光線は彼女をすり抜けて後ろの建物を破壊した。
「なにっ!?」
「できれば本当にくらってしまう前に演技か何かで今の一言を引き出せれば良かったのですがね……相手を油断させて勝った気にさせるというのはなかなか難しいですよ、フィリウス殿。」
 後半、ここにいない人物に向けての言葉を呟きながら、オリアナは困惑顔のプレウロメの方へと歩き出す。
「先日と明らかに異なる点。それは光線の威力と移動速度。大きな威力を放つにはマナのチャージが必要だったはずのその光線が、今日はほとんどタメ無しで高威力を発揮しています。更には尋常ではない移動速度……単純なパワーアップかと思いましたが……なるほど、時間魔法でしたか。」
「――!」
「専門ではないのでどういう仕組みかわかりませんが、あなたはアネウロの手によって……自身の時間を加速させることができるようになっているようですね。」
「――よくわかったな。ほめてや――るぁっ!!」
 人を丸々飲み込む太さの光線が放たれる。それは再びオリアナを包み込むが、しかし今度も爆発せずに素通りし、後ろの瓦礫を更に破壊した。
「だ――てめ――一体何を!」
「マナをためるのに必要な時間や自分が移動する際にかかる時間を加速――いえ、飛ばすことで高威力の光線と凄まじい速度を可能にしている……おそらくは連発するとオーバーヒートしていたその左目も、冷却時間を飛ばすことで解決するのでしょうね。」
「――うらぁぁあああっ!!」
 解説を続けるオリアナへ向けて走るプレウロメ。自身の時間を加速させ、超速で迫っての斬撃を繰り出すが、サーベルは一切の抵抗なくオリアナの身体をすり抜けた。
「……仮にあなたが十二騎士クラスなら、私が何をしているかはすぐにわかるはずです。」
 直後プレウロメの服が腹部の辺りでぐるりとねじれ、そのねじれに合わせるかのように急速回転しながらプレウロメが吹き飛ぶ。
「だあああああっ!?!?」
 叫び声をぐるぐる反響をさせながら、プレウロメはガレキの中へと突っ込んだ。
「手の平に竜巻を作って相手に撃ち込むというこの技、回転による酔いは敵を無力化するには最適かもしれませんね。さすがフィリウス殿の弟子、サードニクスさんの技です。」
 手の平をグーパーしている、あらゆる攻撃がすり抜けたオリアナがゆらりと消えると、そこから少し離れた場所に同じようにグーパーしているオリアナが現れた。
「しかし……手のひらサイズに収めるのはなかなか集中力がいりますね……サードニクスさんほどの精密な回転ができれば簡単なのでしょうが……ん?」
 この一撃で決めたつもりでいたオリアナはガレキから立ち上がったプレウロメを見て少し驚いたが、すぐにキリッとした顔になる。
「……なるほど、回転による酔いも自身の時間を高速で飛ばすことで覚ましたわけですか……」
「……そちらは……ふん、屈折か……光使いの領分だと思っていたが、風使いもできるわけか。しかし甘いな……今の攻撃、ランスで私を突き刺しておけば終わったものを。」
「……やむを得ない場合を除き、基本的には捕えて牢屋に入れるというのが私のスタンスです。しっかりと裁かれ、罪を償って欲しいですからね。」
「ぬるいことを……それに、罪を犯しているのは今の国政の方だろうに。」
「ああ……生憎、私はそちらの思想には興味がありません。」
「は、他の考えを認めないと? 傲慢だな。」
「場合によりけりです。少なくともこの場合は議論の余地がありません。何故なら――」
 マントを揺らし、ランスを構えたオリアナは決意の表情で告げる。
「私の心、その最奥の正義に――そちらは反しているのですから。」
「……まぁ、はなから説得するつもりもないがな。」
「これ以上の会話は必要ないと言ったのもそちらですしね。」
「てめ――」
「ああ、それともう一つ。」
 真面目な顔で、冗談の気配のしない真剣な口調でオリアナはこう言った。
「あなた程度では十二騎士の足元にも及ばない。下っ端の私で充分です。」



「ここで二軒目……次はあっちですね。」
 騒然とする街の中、ほとんどの住民が避難していなくなっているのだが、高そうな服を着ている人物と、国王軍の軍服を着ていない数人の騎士が倒れているとある家の中から奇怪な帽子をかぶった青年が出て来た。
「きさ……ま……あぁあああぁっ!」
 その中、ふらふらと立ち上がった一人の騎士が帽子の青年へと駆け出すが――
「はい、お疲れー。」
 突如騎士は走る先を変えて街の街灯に顔面から激突し、そのまま倒れた。
「いやぁ、さすがアネウロさんだなぁ……モノの在り処の情報が正確だ。ガルドみたいにコンピューターが普及してないとぼくのハッキングは意味ないし……やっぱり情報収集の基本は自分の足で時間をかけてって事なのかもね。」
 帽子の青年が独り言を呟きながら次の目的地へと歩き出した瞬間、青年は見えない何かにぶつかった。
「うわっ!?」
 壁……というほど硬くはなく、むしろ柔らかな感触に驚いた青年が一歩後ろにさがると、何も無かったその場所に一人の女性が現れた。
「いきなりお姉さんの胸に顔をうずめるなんて、えっちな坊やねん。」
 相当なナイスバディを色々と際どい真っ赤なドレスに包んだ、これまた真っ赤な髪の妖艶な女性の出現に、しかし帽子の青年は警戒の表情になって更に後ろにさがった。
「サルビア・スプレンデス……」
「そういうあなたは……その変な帽子はゾステロねん? こんなところで何をしていたのかしらん? なんだかあっちこっちでそっちの下っ端を見かけるけど――」
 横目で街灯の傍で倒れている騎士と、今ゾステロが出て来た家を見たサルビアは、「ああ」と納得のいった顔になる。
「ふぅん、つまりは一時間の理由がこれってわけねん。火事場泥棒だなんて、テロリストっぽくないわねん。」
「らしさを追求するテロリストなんていませんからね。そちらこそ、《オウガスト》の『ムーンナイツ』の一人がこんなところをお散歩ですか?」
「その《オウガスト》からの指示よん。街中をオズマンドの序列上位のメンバーがウロウロしてるだろうから倒してこいってねん。ま、要するに泥棒をとっ捕まえろって意味だったわけねん。」
「正式な任務で……その恰好とは。国王軍はいつから娼館になったのやら。」
「武器を持たない魔法メインのスタイルなら、布地の面積はこういう風になると思うわよん? 男なら野性的に、女なら色っぽくなって当然よねん。」
 深いスリットから脚を出し、開けた胸元をクイッとあげるサルビアに、おそらく年齢的には田舎者の青年とそれほど離れていないであろうゾステロはバツの悪そうな顔をする。
「そっちも武器っぽいのは持ってないみたいだけどん、あなたは途中で脱ぐタイプかしらん?」
「……必要が、ないのでっ!」
 ガンマンの早撃ちのようにゾステロが右手を前に突き出すと、その手の平から電撃が走った。電流故に相当な速度だったが、サルビアはぬるりと少しだけ横に移動してそれを回避し、同時に人差し指と中指だけをピンと伸ばした右手を剣のように横に振るった。
「――っ!?」
 何かに感づいて帽子を押さえながらその場でしゃがんだゾステロの背後で、いくつかの街灯が切断されて倒れていった。
「あらん? お姉さんの魔法って込める魔力が少ないから気づかれにくいんだけどねん。それもツァラトゥストラ由来の魔法感覚なのかしらん?」
 街灯の切断面を見て苦い顔をするゾステロは帽子をなおしながら立ち上がる。
「……『エアカッター』……『鮮血』の二つ名は伊達ではないようだ。」
 小さい子供が見よう見まねでするような構えをして、ゾステロは一人解説を続ける。
「強風や空気圧などに続く第八系統における攻撃手段の一つ。刃を形作るという行為で言えば光や水でも同様の魔法がありますが風は別格。何せ風ですから視認できませんし、材料となる空気はそこら中にありますからね。武器を一切持たないというのに相手を無数の刃で切り刻み、血に染める――あなたの二つ名の所以ですよね。」
「ちょっと悪者っぽいのが残念だけどねん。でもきっとこの髪の色に合わせたんでしょうから、折角ならって事で服も赤にしてみたのよん。勿論下着もねん。」
「いらぬ情報ですね。」
「あらん、興味あるかと思って。それと一応言っておくと、お姉さん『エアカッター』っていう呼び名は使わないのん。」
 腰に手を当てモデルのようなポーズを決めながらサルビアがあいている方の手を下へ鋭く振ると、地面に綺麗な切れ込みが入った。
「桜の国で使われる呼び方でねん、お姉さんはこれを『カマイタチ』って呼んでるのよん。」
「カマ……イタチ……」
「そ。鎌とか太刀とか、切れ味ありそうでしょ?」
 方やモデル立ち、方やまったくなっていない素人丸出しの構え。それぞれが一応の戦闘態勢になった状態で数秒にらみ合う。
「……コインでも投げた方がいいかしらん?」
「いえ、必要ありま――せん!」
 そう言いながらゾステロが両手をあげると、十本の指それぞれの先から糸のような、だが確かな電流が走った。それは瞬く間に編み込まれていき、最終的には漁業でもするかのような巨大な網となった。
「あらん、器用なことするのねん。」
「はっ!」
 掛け声と共にその場から動かずともサルビアまで届くほどの大きさの網を振り下ろすゾステロだが、お世辞にも速いとは言えないその攻撃は風に吹かれるように後ろにさがったサルビアには触れる事無く地面を覆う。だが――
「!」
 地面に触れるや否や網から全方向へと電流が走り、電気の網はゾステロを中心に数十メートルの範囲の地面を瞬く間に覆ってしまった。
「残念ながらこれは設置するタイプの魔法でしてね。」
「へぇ、すごいの――あらん?」
 地面に走った電流を避けるために風で宙に浮いていたサルビアは手近な建物の上に着地しようとしたが、電気の網は地面のみならず、地形に沿って周囲の何もかもの上に広がっていった。
「あらあら……」
「地面も建物も、時間経過と共に範囲を広げてぼくの網は覆って行きますからね。いつまでも飛んでいられるわけはないでしょうから……ぼくを倒すのなら急がないといけませんね。」
「本当に器用ねん。第二系統の魔法って言ったら速さと激しさが売りみたいに思ってたけど……そういえばあなたはガルド出身だったわねん。科学を動かす為の、攻撃としてではない電気の使い方は手慣れたモノって感じかしらん? それとも、これこそがツァラトゥストラの能力って事なのかしらん?」
「両方、ですね!」
 ゾステロがくいっと指を動かすと、サルビアの下にある電気の網から空へ向かって雷が放たれた。風を操作して回避するが移動した先でも同様の雷が走り、サルビアは逃げ場のない空中で無数の――空へ向かって落ちる雷の雨にさらされた。
「さすが第八系統の使い手。雷の熱によって動く空気で攻撃の軌道を先読みしているのですね? よく回避していますが……それはいつまでもつのでしょうね。」
 雷鳴轟く空でその全てをかわしているサルビアに対し、ゾステロは――まるでその攻撃が全自動であるかのように、リラックスした表情で自分の手の平を眺めながら独り言を始めた。
「あなたが言ったように、元々電気の細かい操作は得意でした。しかしこれ――ツァラトゥストラによってそれは更に高い次元の技術になりましたね。ぼくが身につけたツァラトゥストラは両腕の『神経』なんですよ。」
 細かい無数の枝のような光が内側から光る自分の腕を見てニンマリとするゾステロ。
「ミクロン単位で指が動きますし、機械のような精度で動作が制御できるんです。ツァラトゥストラというのは魔法を使用するのに特化した外製の肉体部品ですからね。ただでさえ魔法の負荷などが激減して強力な魔法が使えるというのに、この『神経』は精密さまでも与えてくれるんです。電気の糸で網を編むなんて朝飯前ですよね。」
「それは――残念なことを、したわねん。」
 一人楽しそうな顔をしているゾステロに、猛攻をかわしながらサルビアがそんなことを言った。
「……どういう意味ですかね。」
「その腕――で、何ができるんだろうってわくわくしてるみたいだけど――知ってるかしらん? 桜の国では『カマイタチ』って――」
 眺めていた腕をおろして空中で踊るサルビアを睨みつけたその時、ゾステロは妙な感覚を覚えた。急に身体が軽くなったような、突然抱えていた荷物が消えてしまったような感覚を。
「……?」
 なんだ今のはという顔でふと下を見たゾステロは、足元に転がる二本の人間の腕を見た。
「……え……?」
 反射的に自分の腕を動かす。するとさっきまであった部分――肘から先の部分がなくなっており、何故か自分の腕がそこで途切れていた。
「え……これ……ぼくの腕……ぼくの……っ!?!?」
 次の瞬間、初めからそうであったかのように静かだった断面から鮮血がふき出し始めた。
「ああああああああっ! ぐ――がああああっ!!」
 真っ赤な噴水の中で踊るゾステロを見下ろしてサルビアが呟く。

「――斬られた事に気づかないらしいわよん。」

「あああああ――はああああっ、がぁ、い、一体いつ――」
「あなたが網を作ろうとバンザイした時よん。勿論、最初の一発よりも魔力をうすーくしてねん。」
「ぬぁ――ど、どうりで気づかな――し、しかしず、随分と時間差で――あぁぁああっ! ま、まったく――正義の、騎士が! 残酷な事ですねっ!!」
「……へぇ、頑張るわねん。さすが男の子。」
 相当な激痛を感じているはずだが、ゾステロの電気の網は消えることなく広がり続けていた。
「魔法が解除されないのもそうだけど、今の軽口――普通出ないわよん、そんなセリフ。もしかしてその腕……治るのかしらん?」
 言動そのままに余裕のある表情をしていたサルビアの顔が少し真剣なモノになる。対してゾステロは、痛みにもだえながらもニヤリと笑った。
「ラコフさんほどではありません――がねっ……切断程度ならば――」
 ゾステロが鮮血の噴き出す二つの切り株を左右に伸ばすと、切断面から電流が走って落ちている腕の断面とつながる。そして糸を巻くようにして引き寄せられる二本の腕はそれぞれの元あった場所へと戻った。
「誰でも使用できるツァラトゥストラですが、移植されるそれらに肉体的な相性があるのは当然のことですよね。」
 周囲に広がる鮮血をよそに、何事もなかったかのように左右の手をグーパーするゾステロ。
「その昔、もしかすると騎士側からはツァラトゥストラの所有者が全員「強く」なったように見えていたのかもしれませんがね。実のところ、一部の相性抜群だった悪党は「すごく強く」なっていたんですよ。今の、ぼくのような感じでね。」
「それは確かに初耳かもしれないわねん。」
「ふふ、こんな事なら首を切り落としておけば――とか思っていますか?」
「そうねん……あなたは腕だけ魔法の流れが変だったから、オリアナみたいに何とかそれだけ摘出できないかしらんって思ったのだけど。」
「ははは、首を落とす事を肯定とはね。やはり正義の騎士らしく――いえ、その美しい容姿にも合わないようだ。」
「そりゃあそうよん。『鮮血』っていう二つ名がついた頃のお姉さんはこの容姿じゃなかったもの。」
「……?」
「さてと、それじゃあお互いになんとなく手の内がわかったところで続きを始めましょ? あなたもお姉さんも、まだまだ仕事があるのだからねん。」
「……どちらかの仕事は――いえ、あなたの仕事は遂行できなくなるでしょうけどね。さっきは油断していましたが、ツァラトゥストラによる魔法の感度を最大限に引き上げましたからあなたの『カマイタチ』を見落とす事はもうありません。あとはあなたが魔法切れで電気の網に落ちるのを待つか、電撃で撃ち落とすかの二択です。」
「それはまた……随分と甘く見られたものねん。」
 電気で光る地面に照らされながら宙に浮かぶサルビアが右手を横に伸ばす。するとその腕の直線状にあった建物が真っ二つに切断された。
「な……」
 本来であれば見えないであろうそれが、魔法感覚の強化されたゾステロには見えていた。
 サルビアの腕の横に浮いている、巨大な鎌のような刃が。
「ところで再生能力なんて上位の魔法生物の基本能力よん? そういうのを相手にするのがお姉さんの仕事なのに、その程度でニンマリされちゃ困っちゃうわねん。」
 左腕にも同様のモノを出現させ、二振りの巨大な刃を交差させたサルビアは笑っていない笑顔をゾステロに向けた。
「あなた、国王軍を舐めすぎよん。」



「下級騎士ドルムに中級騎士スローン。これだけの人数相手に余裕で勝てるとはなぁ。ほんの一か所移植するだけでこれなんだから、そりゃあ悪党に人気の一品だったろうさ。」
 本来そこにはないはずのクレーターが無数に出来上がっている街のとある一角。国王軍の軍服を着た大勢の騎士が横たわる中で一人たたずむボロボロの道着を着た男が、あちこちから響いてくる戦闘音にニンマリとしていた。
「結構役目は果たせてると思うが、他の連中はうまくやってんのかね。一応メモはもらってるし、オレも一つ二つやって――」
 何かを探してキョロキョロしながらそんなことを呟いていた男はふと気配に気づいて首を動かすのを止める。
「……ああ、まぁ、そうか。ヒエニアの支配から解放されたばっかでまだまだ本調子じゃないはずだが……それでもあんたなら前線に来るよな。」
 男が振り返った先、クレーターの淵に立っているのは首から下を銀色の甲冑で覆った一人の騎士。元気いっぱいとは言い難い表情ながらも凄まじい気迫を放つ金髪の男を前に、道着の男は再びニンマリと笑う。
「あの女の事だから肉体の限界を超えるような操られ方してたんだろ? ここまで来れただけですごいんじゃねぇのか?」
「……大したことではない。」
「その顔でまぁ……この前は負けちまったから今回はと言いてぇとこだが前回と比べるとあまりにハンデがありすぎるな。そっちはお疲れ状態でオレはこの前使わなかったモノが使える。こんなんで勝ってもあんまり嬉しくない。」
「そちらがどう思おうと関係ない。私は騎士でそちらは敵。それに、先の戦闘でお前をしっかりと戦闘不能にしておけばここにいる騎士たちの無念は無かった。お前を倒すのは私の責任だ。」
「妙な責任感は結構だが、そんなんでオレとやろうって?」
 道着の男――ドレパノがそう言うと、特に何かが起きたようには見えないのだが騎士――アクロライトの表情が厳しくなった。
「……一瞬でマナを……いや、これは……時間魔法……?」
「へぇ、そこまでわかるのはさすがだが……どうしようもねぇだろ?」
 雑な籠手のついたドレパノの両腕を巨大な紫色のオーラが覆う。
「オレのツァラトゥストラは『肺』。少量のマナで大量の魔力を得るってのはこの前話したが、実のところそれは『肺』以外にもある程度は備わってる能力でな。ぞれじゃあ『肺』固有の力はなんだっつーとこれなわけだ。つまり、周囲のマナを根こそぎ奪う。」
「……皆にはイメロがあるはずだが……」
「イメロから出たのも吸い込める。どんだけ頑張ってマナを作ってもオレの一呼吸で空っぽってわけだ。魔法が使えない騎士と魔法が使えるオレ――ほれ、随分なハンデだろ?」
「なるほど……しかしそれはハンデとは言わない。」
「なに?」
 満身創痍の一歩手前のような表情で構えたアクロライトは、手にした剣に光を宿す。
「これはただの逆境。守る者たる騎士にとっては珍しい事ではない。」
「カッコいいこと言ってるが……これだぞ?」
 ドレパノがそう言うと、アクロライトの剣の光が消えた。
「光のイメロで光のマナを作ってんだろうが、ちょっと吸うだけであっという間に魔法が維持できなくなる。これでもただの逆境だと?」
「そうだ。」
「強がりを――いつまでっ!!」
 両者の距離を一瞬でつめ、ドレパノが拳を放つ。それをアクロライトは――妙な受け方をした。本来であれば剣でいなすなり籠手の部分で防ぐなりするのだろうが、アクロライトはドレパノの拳を――肩で受けた。
 ドレパノの、おそらく闇魔法である重力の力が加わった拳を受けたのだから相当な衝撃のはずなのだが、どういうわけかアクロライトはそこから一ミリたりとも動かなかった。
「!? なんだこ――」
「『マガンサ』っ!」
 攻撃を肩で受けるという奇妙な防御になった理由――半身が前に出ることになる構えをとっていたアクロライトが、光り輝く剣による「突き」を放つ。それはまるで光線のようにドレパノを押し戻し、ガレキの中へと叩き込んだ。
「……本来であれば腹部を貫くはずなのだが……重力魔法で防御したか。しかしそれも異常な反応――いや、魔法の発動速度。時間魔法の気配はするが、一体どういう……」
「それはこっちのセリフだっ!」
 気がつくとガレキの外に出ているドレパノに驚くアクロライト。
「……自身の時間経過を加速しているのか……」
「そんな事よりもどういう事だ! なんで今魔法が――そんな量のマナはなかったはずだ!」
「敵に教える義理はないが……一つ言うのなら、お前よりも凶悪に周囲のマナを食い尽くしてくる魔法生物はごまんといる。ここにいる、無念にも敗れてしまった未来の偉大な騎士たちにはまだ無いかもしれないが、私にはそういうのを相手にした経験がある。故に対策もある――それだけの事だ。」
「――! へ、対策ね……面白れぇ、ちょっとはまともな勝負になりそうだな……はぁっ!!」
 ドレパノが両腕を空へと掲げると、小さめの建物であれば飲み込んでしまうであろう大きさの紫色の球体が出現した。
「『グラビティボール』っ!!」
 技名を叫ぶと共にそれをアクロライトへ投げつける。自身に迫る強大な紫色の魔力を前に魔法による光の灯らない素の剣を構えたアクロライトだが、それを一閃するとまるで風船がしぼむかのように小さくなりながら『グラビティボール』はアクロライトの剣へと吸い込まれていった。
 そして完全に消えるや否や、アクロライトの剣は光輝き――
「『グース』っ!」
 再び一閃。光の軌跡から放たれた無数の光線がそれぞれの軌道で全方向からドレパノに迫る。
「オレの魔法をそっくり光魔法に変えるとは――っ!」
 両腕を勢いよく振り下ろすドレパノ。するとドレパノの周囲十メートルほどの範囲の空間に真っ黒な滝のような魔力が降り注ぎ、光線はドレパノの直前で直角に曲がって地面へと叩き落された。
「剣と鎧――どっちにもこっちの攻撃を吸い込んで光魔法に変換する能力があるらしいな……しかしそうなると前回の戦いでオレがあんたをふっ飛ばせたのは何故なのかって疑問に至るわけだが……は、色々と制限がありそうだな。しかし――」
 ニヤリと笑うドレパノは、剣を二度振るっただけでその剣を杖代わりに身体を支えているアクロライトを見た。
「あと何度剣を振れる? そのボロボロの身体は一体いつまでもつんだろうなぁ?」
「愚問だな……」
 すぅっと息を吸って再び剣を構えなおしたアクロライトは疲れの見える、しかし危機をまるで感じさせない表情で宣言する。
「お前を――お前たちを倒すまで、私の身体が横たわる事はない。」



「――ったく、あの女! 雷使いのダッシュに土使いがついてけるわけねぇだろうが!」
 多くの騎士がオズマンドとの戦闘を行う中、加勢の為にセイリオス学院から出撃した二人の教師だったが、その内の一人が一人だけで街中を走っていた。
「ああ……見かけた敵に雷落としながら走ってく災害みたいな後ろ姿は遥か彼方だな……ふぅ……」
 立ち止まり、息を整えるのは戦場に合わないシャツとネクタイとスラックスを身につけた金髪の男。あちらこちらから響く魔法の炸裂音と立ち込める粉塵に顔をしかめながら何かを探してキョロキョロと周囲を見回す。
「……近くに強そうな気配がすんな……くそ、こういうのは久しぶりだぞ……教官――アドニスは俺のブランクを理解してんのか?」
 ぶつぶつ言いながら路地を歩き、少し大きな通りに男が出た瞬間、近くの地面から爆音と共に炎が噴き出した。

「お、また来ましたか。」

 爆発による砂煙がはれると、そこには大勢の国王軍の騎士が倒れる中で二本の槍をくるくる回している男がいた。
「明りに集まる虫みたいに入れ食い――あれ? 国王軍じゃな――」
「なんだその頭!?」
 出会いがしら、他にも色々と言うべき第一声があったはずなのだが、金髪の男の口から出たのはその一言だった。しかし金髪の男の反応も頷けるというモノで、槍を持った男は服装こそ特筆する点のない「普通」なのに対し、髪型だけが「異常」だった。
「失礼な奴ですね。誰なんです、あなたは。もしや私設の騎士団のメンバーか何かで?」
 目の前で何かが爆発し、その後竜巻に飛ばされでもしたかのような、全方位に尖った髪の一束一束がドリルのようにねじれている――そんな髪型をよくわからない芸術作品でも眺めるような顔で見ていた金髪の男は、辛うじて耳に入って来た質問に答える。
「あ、ああ……いや、俺は教員だ。」
「教員? ああ、セイリオスの。先生まで駆り出すとは、国王軍には余裕がないようですね。」
「そういうお前は――オズマンドの一員って事でいいんだよな? もしかしてあれか? ランキング上位の?」
「スフェノと言います。序列は七番目。あなたのお名前は?」
「ライラック――いやいや、なんで自己紹介が始まってんだよ。今から倒そうって奴を前に名乗る意味がねぇ。」
「ライラック……ライラック? どこかで聞いたような……というかあなた、オレを倒すつもりなんですか? ただの先生が?」
「バカにすんのはいいが、天下の『雷槍』だって今や新人教師だぞ?」
「あれは特殊なパターンでしょう。」
「まぁそうだが……別にオレが特殊じゃない根拠もないだろ? あんまり舐めてかかんない方が――あ、しまった。舐めてくれた方がこっちとしちゃ楽だったか……」
「妙に自信のある先生ですね。」
 そう言いながら槍を持った男――スフェノが両手の槍をくるりと回して地面に突き立てる。すると二人が立っている通りの左右にある建物がそれぞれ一つずつ爆発した。
「その辺に強くて安心の、この国の軍所属の騎士が転がっているでしょう。下級、中級、上級とフルコースに。つまりオレの強さはそれくらいという事ですが、それでも臆す事無くオレに挑めますか?」
「さぁな。見た感じ爆発が得意そうだが……もしもそれしかないのなら勝てるだろう。」
 軽い脅しを何とも思っていないという顔で受け、逆に挑発を返した金髪の男――ライラックにスフェノの表情が少し怖くなる。
「そうですか……では見せてもらいましょう。あなたの強さを。」
 言い終わると同時に二本の槍を引き抜き、そのままに宙に放り投げるスフェノ。瞬間、刃でない側――石突から炎が噴き出し、二本の槍は弾丸のようにライラックの方へと発射された。
「っと!」
 スマートとは言えない危なげな動作でそれらを回避したライラックだったが、槍を発射した時点では前方にいたはずのスフェノがいつの間にか背後におり、飛んできた槍をキャッチして――
「この程度ですか。」
 片方の槍でライラックを貫いた。
「これほどあっさりと刺せたのは、今日はあなたが初めてだ。だから――」
 そしてスフェノが槍をクイッとひねると、ライラックの腹部に突き刺さっている刃の部分が――起爆した。それは爆竹などの小さなモノではなく、先ほど建物を吹き飛ばした爆発と同等の威力。
ライラックの身体は爆散した。
「はは、せいぜい腕が吹っ飛ぶとかでしたけど、上半身丸々消し飛ぶなんてのも今日、あなたが初めてですよ。」
 本来上半身があった場所から黒煙を噴き出す下半身を、死に方としても殺し方としても残酷な光景をこれと言った感情もなく眺めるスフェノ。
「ん? でも全身吹っ飛ぶはずが下半身だけ残ったって事は……いかにも素人みたいな動きでしたけど、一応ダッシュの為に脚に強化魔法でもかけていたんですかね。」
 先ほどのライラックの回避を思い出して鼻で笑ったスフェノだったが、ふと何かに気づき、その鼻でクンクンと匂いを嗅いだ。
「……どういう事です……焼けた匂いがしない……? 全身消えてなくなったのならともかく下半身があるのに匂いがないのはどういう――」
 いつもと違う状況を訝しむスフェノの目の前、ライラックの残った下半身が――下半身だけでくるりとこっちを向いた。
「なっ!?!?」
 思わず後ろにとんだスフェノは、はれていく黒煙の中に消し飛んだはずの上半身のシルエットを見て目を丸くした。
「そんな……た、確かに手ごたえが……」
「だよなぁ。普通そういう反応なんだから、俺の二つ名は『不死身』とかであるべきだよな。」
 何事もなかったかのように煙の中から煙たそうに出て来たライラックは身体はもちろん、着ていた服も吹き飛ぶ前と同じままだった。
「あ、ちなみに強化魔法なんかかけてねぇぞ。ふっとばされると思ってふんばったから脚に力が入っただけだ。」
「! まさか時間魔法!? 予め自身の時間を巻き戻すような魔法を設置して――い、いや、それでも術者が死んだ時点で効果はなくなるはず……では形状魔法で再生――いやそれも――」
「大混乱だな。ほれ。」
 混乱して隙だらけのところに、先ほどの危なっかしい回避からは想像できないキレのある蹴りを放ち、ライラックはスフェノを蹴り飛ばした。見た感じにはボールを蹴るくらいの軽い一撃だったのだが、スフェノは十数メートルも吹っ飛んで自分が爆破した建物に突っ込んだ。
「がはっ!」
「知らないだろうが、そこは馴染みの服屋でな。俺がセイリオス学院に入る際に教員らしい服装ってのをコーディネートしてくれたんだ。以来、新しいシャツなんかはそこで買ってる。」
「――! 知り、ませんよっ!!」
 倒れた状態のスフェノがパンと地面を叩くとライラックの足元が爆発し、槍の起爆時よりも遥かに大きな火柱が立った。
 だが――
「でもってそっちは時計屋でな。得意な系統が第十二系統の時間魔法なのに騎士とかにはならないで時計技師になったおっちゃんがいるんだ。まぁ、むしろピッタリと言えなくもないが……センスが壊滅的でな。知り合いのお祝い用に腕時計を注文したら呪いの腕輪みたいなのをよこしやがったんだ。」
 爆散も欠損も、それどころか焼けも焦げもしないでライラックはその炎の中から出てきた。
「自分を倒すつもりなのかってさっき聞いてきたが、仮に強くなくても服屋の店主や時計屋のおっちゃんはお前を倒す為に走り出すだろうよ。」
「な、なんなんですかあなたは……耐熱魔法――じゃないですよね……根本的に何かが……」
「正直アドニスに連れてこられた感があったんだが……荒れた街を見て、色々ぶっ壊してるお前を見て……「ただの先生」も走り出そうと思ったわけだ、久しぶりに。」
 ストレッチのように腕を伸ばしたライラックの腕を、薄い金属の膜のようなモノが覆っていく。
「第五系統の土の魔法――いや、まさか…………ライラック……ライラック・ジェダイト!?」
「んん? その驚きも久しぶりだな。今じゃ大して驚く奴いねぇのに。」
「あのライラック・ジェダイトが……騎士学校の先生……? 五年の間に何が……」
「妙な言い方だな……まるで五年ほど山にこもってたみてぇに。」
「……訂正しましょう。あなたは「ただの先生」ではない。今日一番の強敵です。」
 立ち上がり、真剣な顔で槍を構えたスフェノは全身に熱を帯びながら、半分独り言のように呟いた。
「……こんなところで『自己蘇生』に出会うとは……」



 脳筋、ゴリ押し、力任せ。戦い方はアレキサンダーのそれだけど、素手で殴りに来る分、こいつの方が原始的っていうか野性的っていうか……今までの動きからすると体術も最低限みたいだし……
 ……なんかツァラトゥストラの力で魔法の能力が上がってるのも含めると、人間じゃなくてゴリラ型の魔法生物を相手にしてるって考えた方がいいんじゃないかしら……
「ふん、嫌いじゃねぇが攻めが単調だ!」
 こっちのパワー馬鹿のアレキサンダーがバトルアックスを構えて突撃してくるのを拳を構えて待ち受けるラコフ。腕の届く範囲に入ると同時に桁外れなパワーを持つ黒い拳で殴りかかったけど……たぶん、ラコフからしたらアレキサンダーがいきなり視界の外に消えた。
「じゃあこれはどうだっ!!」
 真っすぐにラコフに向かって走ってたはずのアレキサンダーは円を描くように出現した氷の上を滑ってラコフの横にまわり、遠心力を加えながら再度のフルスイング。加えて――
「『ヒートボム』!」
「ぬおっ!?」
 アレキサンダーのバトルアックスにタイミングを合わせて爆発するアンジュの『ヒートボム』。相変わらずの金属音だけどラコフの身体が浮く。
「お姫様!!」
 足が地面から離れたラコフに更なる『ヒートボム』を放ち、アンジュがラコフの浮いた身体の向きをぐるりと調節する。
「はああぁっ!!」
 そこにあたしが爆発で加速したパンチをラコフのあごに叩き込む。岩か何かを殴ってるみたいな感覚だったけどきっちり殴りぬき、ラコフはバク転を失敗した人みたいにぐるぐる回って地面に頭から突っ込んだ。
「『アイスブレット』!」
 間髪入れず、氷の槍を銃弾みたいな速度で伸ばして相手を貫く技を放つローゼル。交流祭の時はそれで相手の体内に水を仕掛けて内側から凍らせるっていう拷問みたいなことをしてたけど……
「おぉっとぉっ!」
 ……! 一瞬前まで地面から生えてたラコフがいつの間にか立ち上がっててローゼルの『アイスブレット』をガシッと掴んだ。
「ふん、やはり硬いな。そこらの金属を軽く超え――」
 ローゼルの氷の硬さを解説するラコフだったけど、その手に掴んでた氷の槍は一瞬で水になってラコフにバシャッとかかった。
「『フリージア』。」
 そしてその水を元にローゼルがラコフを凍らせる。本来は空気中の水分を相手の関節なんかに集中させて氷にし、動きを一時的に封じる技。だけどローゼルのトリアイナから伸びた氷の槍が変化してできた水をかぶって凍らされたって事は例の……ロ、ロイドからの愛で作れるようになったとかいう無敵の氷で関節だけじゃなく全身を氷漬けにしたってこと。それはたぶん金属で固められたようなモンで……あれ、というかこれで勝負あったんじゃ……
「……まぁ、水の量が足りないだろうな……」
 何でもない顔でローゼルがそう言うと、氷像と化してたラコフが氷を砕いて中から出てきた。
「ふん、なかなかだがもう一息だったな。」
 コキコキと首を鳴らすラコフ。まぁ、そんなあっさりと勝たせてはくれないわよね。
「ローゼルちゃん何してるの? 凍らせちゃったら腕を切れなくなるよ?」
「あの程度で完全に止められるとは思っていないさ。その時に数秒でも動きを止められそうかという実験だ。」


 その時。これはつまり、ラコフを倒す時という意味。
 ユーリからの通信モドキみたいのが終わったあと、一人戦いに参加してないから監督みたいになってるカラードがある作戦を提案した。

「誰の目にも明らかだが、あの男は本気を出していない。基本的に攻撃は受け身であるし、こちらの技を見物するかのように眺めている。ランク戦などで事前に知ったおれたちの力の実際のところを確かめるように。」

 オズマンドがどういう情報収集のルートを持ってるのか知らないけど、交流祭でしか見せてないロイドの吸血鬼としての技まで知ってたわけだから、たぶん今のあたしたちの実力をラコフは大体わかってる。

「なぜそんなことをしているかと言うと、それは自分でも言っていたようにあの男にとってこの戦いは待ち時間を潰す行為――暇潰しだからだ。料理でも楽しむように、あの男はおれたちとの戦いをじっくり味わうつもりなのだ。だからまだ本気は出さず、おれたちがいよいよ死に物狂いになったあたりで全力を出す予定なのだろう。」

 元々国王軍のセラームレベルの実力を持ってる上にツァラトゥストラなんてのを手に入れた奴が、学生にしては強いって言われるだけで結局は学生のあたしたち相手に初めから全力を出すわけがない。

「だがおれたちにそんな予定はない。まだ本気を出さないというのなら結構、今のうちに倒してしまうとしよう。」

 というわけであたしたちの作戦は、ラコフが余裕こいてるうちに一撃を叩き込んで本気を出す前に倒すこと。ユーリが言ったように、仕組みはわかんないけどラコフはさっきいつの間にか起き上がってたみたいに自分の時間? を加速できる……らしいし、ツァラトゥストラの能力なのか数魔法の応用なのかわかんないけどバカみたいな再生能力もあるから……叩き込むのは出し惜しみなしの、今のあたしたちで放てる最大最強の一撃。

「あの男の防御力は特殊な魔法でもなんでもない、ただ硬く、頑丈というモノ。これを打ち破るにはその防御を上回る破壊力が必要だ。このメンバーならばクォーツさんとカンパニュラさんの火力とおれとアレクの強化を合わせたモノが最大威力だろう。それを……できれば無駄なく一点集中、槍のような形で打ち込みたい。」

 現状、ラコフが警戒……してるのかどうかわかんないけど、興味を持ってるのはローゼルが作る氷。相手が油断してるうちに倒すっていうのに相手が一番興味持ってるモノに頼るっていうのはなんか矛盾だけど……あたしたちにとってはたぶん、それが最善。

「リシアンサスさんができる限り強度を上げた氷の槍を作り、クォーツさんとカンパニュラさんの火力で撃ち出し、おれとアレクが強化魔法でその威力と速度を底上げし――あの男にぶつける。無論、棒立ちで受けてくれるわけはないだろうから、まずはその為の隙を作るところから。残念ながらあの男に対しては攻撃の効果が薄いマリーゴールドさんとトラピッチェさんに援護を任せ、他のメンバーは攻撃しつつその時を見計らう。」

 まるで国王軍や騎士団がAランクやSランクの魔法生物を討伐する時みたいな、多数対一の勝負。しかも今回は……具体的にどれくらいかはわかんないけど、たぶんそんなに余裕のない制限時間付き。

「ロイドの事を考えると一刻も早く勝負をつけたいところだが、相手が相手な上にここでおれたちが敗れてはロイドを助ける人がいなくなる。慎重かつ迅速に挑むとしよう。」


「ふん、しかしお前たちは学生、しかも一年生だろ? 忘れてんのか根性があんのか、どっちなん――だろうな!」
 最初避けたのは驚いたからだったのか、自分の目に向かって飛んできたティアナの銃弾をかわさずに――目を閉じてまぶたで弾きながらラコフが何のことかよくわかんない事を言った。
 ていうか何よ今の! できるってわかっててもやらないわよ普通!
「お前たちからすればオレは悪党で、これはそんな奴との実戦。ランク戦みてぇに戦いが終われば全回復たぁいか――ねぇっ!」
 左右から同時に仕掛けたあたしとアレキサンダーの攻撃をそれぞれの腕で防御し、そのまま黒い腕を振り回す。あたしは爆発を利用して、アレキサンダーはアンジュの『ヒートボム』の援護で方向転換、その攻撃を回避した。
「負ければ死に、万が一勝ったとしても戦闘中に負った傷で生活に支障が出たり、騎士を目指せなくなったりする可能性は充分あるはずだ。っつーのにお前らは躊躇なくオレの懐に飛び込んで攻防をかましやがる。そういう恐怖がマヒするほど実戦を経験してるようには見えねぇんだがなぁ?」


 実戦。セイリオスの生徒ならたぶん部活とかで経験するのがよくあるパターンだと思うけど、あたしたちにはその他の経験が何回かある。

 あたしを狙って学院に来た時間使いとの戦闘。
 首都を侵攻してきた魔法生物の群れ、そしてワイバーンとの戦闘。
 夏休み、ティアナの家にやってきた『イェドの双子』との戦闘。
 スピエルドルフやそこに行く前に襲撃してきたザビクとの戦闘。

 学院のイベント以外の戦いとしてこれくらいあったわけだけど……前半分はすぐ近くに先生や国王軍がいたし、後ろ半分は離れたところから眺めてただけ。今みたいな、パムやユーリが近くにいても引き離され、あたしたちはあたしたちだけで悪党と戦わないといけないし、戦いが終わっても傷の手当とかはできなくて、ロイドを助ける為に最悪違う奴との戦闘も始まるかもしれない、本当の意味での実戦となるとたぶん、これが初めて。本来なら早くても二、三年後になるはずの、自分の命がかかった戦い。
 そして同時に……カラードに言われてハッとしたけど、これは敵の――相手の人間の生死にも関わる戦い。

「理想を言えば情報を聞き出す為にも「気絶」が望ましいところだが、完全なる格上相手に全力の一撃しか選択肢のないおれたちに加減など出来はしない。最悪おれたちは、あの男を「殺す」ことになるだろう。」

 殺す。悪党側がよく使う言葉だけど……たぶん結構な割合で騎士側が使う「倒す」はこれと同じ意味になる。
 セイリオスに入る時、お姉ちゃんが……忠告っていうか最終確認っていうか、こんなことを言った。

『騎士の仕事は悪党から、魔法生物から、自然災害から大切な人や物を守ること。その「守り方」には色々な形があるわけだけど、その中に「襲い掛かってくる敵をやっつける」っていうのがあるわよね。この能力の高い人がすご腕の騎士と呼ばれ、時に十二騎士なんかに選ばれてたくさんの人から憧れられたりするわ。でもね、「敵をやっつける」っていうのは大抵、「敵を殺す」っていう意味なの。優秀な騎士はつまり殺しの達人。極端な事を言えば騎士団や国王軍は人殺しの集団なの。大義名分もあるし、誰にもそれを否定されないけれど……エリー、あなたにその覚悟を持つ準備はある?』

 この前の魔法生物の侵攻の時、あたしは結構な数の魔法生物をたお……殺、したけど……相手が人間となると、同じ命だなんだと言われてもやっぱりわけがちがう。
 自分の生き死にが間近で、相手の生き死にもこっちの手の中。実戦っていうのはそういうものなんだろうけど、そんな状況にいきなり放り込まれてためらわないわけがない。
 それでもあたしたちがそのためらいを押し殺して向かって行くのは――あたしたち『ビックリ箱騎士団』の団長が、仲間が、友達が、好き……な人が、目の前の男に瀕死の状態にされたから。その男を倒さないとその人を助けられないから。
早く倒さないといけないっていう焦りや「よくも」っていう怒りがあたしたちを後押しする。
 それにそもそも……伊達に毎日、立派な騎士を目指して鍛錬してないわよ。


「ふん、まぁアネウロ――つーかゾステロか。あいつの調べによると色々と特殊な経験をしてるらしいからな……妙な実戦慣れもそのせいか? ま、理由どうあれそうだっつーなら……もう少し力を入れてみるとしよう。」
 そう言うとラコフは……なんか深呼吸を始めた。
「ふん、お前たち思ったことはないか? 息切れなんてもんが無ければいいと。」
 ? 何よこいついきなり……
「身体はまだまだ疲れてねぇのに、ゼーゼー言うせいで動けない。呼吸ってのは面倒だよなぁ?」
 何度かの深呼吸の後、更に大きく息を吸ったラコフはニヤリと笑ってこう言った。
「体内酸素量『千倍』。」
 外見的に変化はないし、プレッシャーが増すような事もない。だけど……
「運動負荷『千分の一』。」
 何かしら……すごくヤバイ気がする……
「ふん、行くぞガキ共。」
 セリフと同時に馬鹿力で跳躍。真っすぐに――ローゼルの方に!

「ラ――――――――――ッッシュァァッ!!!」

 攻撃を察知してローゼルは自分の前に氷の壁を作るけどお構いなしに、ラコフがその壁に連続パンチを打ち込み始めた。
「だらららららららぁ――っ!」
「ぐ――っ!」
 ガガガガガと響き始める鈍い音。ローゼルは壁を維持する為に両手を広げて――そこから動けなくなった。
「ローゼル!」
 型も何もなさそうな乱暴なパンチ攻撃をしてるラコフの横にガントレットを発射する。腕でも横腹でもヒットすればラコフをふっ飛ばせる。そう思ったんだけど、あたしのガントレットは氷の壁に向かって放たれてるラコフの腕に触れた瞬間弾かれた。
「てめぇこの――どわっ!」
 パンチを前に打つだけで横や後ろを全く気にしてない、普通に考えれば隙だらけのラコフにバトルアックスを振るアレキサンダーだったけど、それもガキンッと弾かれる。
「『ヒートボム』っ!!」
 がら空きの真後ろへアンジュが『ヒートボム』を、ローゼルの氷にあてないようにラコフに撃ち込む。結構な規模の爆発が起きたけど、黒煙が止まることないラッシュの風に吹き飛び、無傷のラコフがパンチを打ち続けてた。
「な、なんだこいつ! 止まらねぇぞ!」
 連続パンチ。単純で子供みたいな攻撃なんだけど、ラコフの攻撃力と防御力でやられるとどうしようも――それにたぶん、普通ならそんなに長時間できないはずのこれが、さっき酸素量とか負荷とかを数魔法でいじって――せ、千倍とか言ってたから単純に……もしも普段のこいつがこの攻撃を一分間続けられるとしたらその千倍の時間これが続くって事に……!
「!! 『メテオバレット』っ!!」
 二つのガントレットをくっつけて回転を加えて放つも同じように弾かれて、今度はローゼルの氷の壁にぶつかっ――ちゃったわ!
「こ、こらエリルくん! 敵を援護するな!」
「わ、悪かったわよ!」
 軽口みたいに文句を言ったローゼルだけどその表情はかなり厳しい……!
「おい『水氷の』! そいつさっきみたいに凍らせて止めちまえ!」
「無茶を――言うな!」

 相手の関節とかを集中的に凍らせて動きを止めるローゼルの『フリージア』は空気中の水分を使って凍らせる技。空気中の水分量なんてたかが知れてるから作れる氷はほんの少しで、だから関節だけとかにしてるわけなんだけど……たぶん、今のラコフには通用しない。空気中の水分から作った氷の強度じゃ一瞬だって止められないわ。
 ローゼルが魔法で作った――というか生み出した無敵の氷ならラコフのパワーにも負けないでしょうけど……ローゼルが自分で生み出したオリジナルの代物だから、空気中にはもちろん存在しない。だから相手を氷漬けにしようと思ったらさっきみたいに魔法で作った水で相手を濡らすっていう手順が必要になる。ランク戦の時みたいに霧を出したり水の塊をぶつけたりしなきゃだけど……あたしたちの攻撃を軽々弾いてる連続パンチ状態のラコフにそんなことしても――犬とかが濡れた身体をふるふるするみたいに全部飛ばされる。
あとは氷の壁を出すみたいに……ラコフの身体の形にピッタリ合うような形にした氷で覆うとかだけど……動いてる相手にそんなの現実的じゃない。

「ふん! 手も足も出ないとはこのことだな! いつまで耐えられるかなぁっ!?」

 ていうか問題はそっちじゃない。あのバカ力で連続パンチしてるくせにそのスピードが全然落ちない上にあたしたちの攻撃をものともしないで攻撃し続けてるラコフのデタラメさが問題なのよ。
 さっきからローゼルはあたしたちを援護する為に氷の壁を出現させてたわけだけど……出現させただけじゃラコフの攻撃は防げない。だって空中に出現させた氷の壁がどんなに硬くたって、そこに固定されてないならパンチの勢いに押されて飛んでくだけなんだから。
 第二から第八系統の自然系って呼ばれる系統の魔法は空中に固定したり相手に飛ばしたり、ある程度は自在に操れる。そういうのは普通に考えると位置魔法の領分なんだけど、この場合は位置魔法を使う必要はない。
ただ、当然位置魔法よりも力は弱いから……ラコフのバカ力を氷の壁で止めようと思ったら位置魔法を使わないと無理だと思うけど……ローゼルは自分の力だけで可能にしてた。
 た、たぶんこれも……ロイドの愛――ゆえにとかそんなんなんでしょうけど……あの連続パンチは流石に厳しいみたいで……要するに、氷の壁の強度は大丈夫かもしれないけど、それを自分とラコフの間に固定してる力があのラッシュ相手じゃ長くはもたない。
 なのにあたしたちじゃ攻撃を止める事ができな――
「なにやってんの。」
 必死なローゼルの横にパッと現れたリリーがローゼルの肩を掴むと二人はあたしの横に移動して、ラコフを止めてた氷の壁が遠くへ殴り飛ばされた。でもって連続パンチをぶつけてた壁がいきなりなくなったラコフはそのまま前のめりにすっ転ぶ。
 光景としてはマヌケなんだけど勢いで叩きこまれたラコフのパンチは地面を砕いて大きなクレーターを作ってしまった。
「すまない、礼を言うぞリリーくん。さすがに少し危なかった。」
「! 礼……お礼……」
 感謝するローゼルの言葉に、ふとリリーの表情が変わる。
「……この戦い、活躍したらロイくんもお礼をしてくれるよね……」
 またパッと移動してユーリの右腕を枕に横になってる……苦しそうなロイドの顔を覗くリリー。
「……活躍しようとしまいと、ロイドくんはこの場の全員に感謝するだろうが……リリーくん、何を考えている?」
「ローゼルちゃんはラッキースケベとか交流祭の約束でロイくんとイチャイチャして……ボクならそんなのなくてもロイくんとラブラブできるけど……うん、ロイくんが相手だし、切り札は持っておくといいかもだよね……」
「リ、リリーくん?」
「ロイくん、ボク頑張るからね。」
 息も絶え絶えなロイドのおでこにキス――! をしたリリーはゆらりと立ち上がり――
「ボクはさ、正直、騎士なんか目指してないんだよね。」
 ――と言った……って、は? いきなり何言ってんのよ……
「魔法を使ってるのが学院側にバレちゃったっていうのがキッカケだけど、ボクがセイリオスにいるのはロイくんがいるからなの。」

 ……元々セイリオスに定期的にやって来る商人だったリリーは位置魔法の使い手ってことが学院側にバレてしまい、独学で魔法を使っている人を見つけたら暴走などをさせないようにしっかりと教育を受けさせる――っていうルールのもと、セイリオスに入れられた。だからまぁ……あたしみたいに「強い騎士になる」みたいな目標は……まぁ、ない――わよね……

「そんなボクが朝の鍛錬に参加してるのは半分ロイくんがいるからで、もう半分はドンドン強くてカッコよくなっちゃうロイくんの近くにいるためなんだよね。」

 まぁ……そんなのは見てればわかるし、それでもリリーの強さは本物だから……鍛錬に参加してくれるのは嬉しいし仲間でいることは心強くて……って、今更なんなのよ。

「でもスピエルドルフの時にちょっと……不安になったんだよね。もしかしたらあの時ロイくんはって……でも交流祭でやっぱりロイくんは強いやって安心して……でもそしたらまたこんな事になっちゃってる……」

 スピエルドルフの時――つまりザビクの襲撃。恋愛マスターの力の影響で呪いが効かないっていう状態になってなかったら、ロイドはあの時……
 だけど交流祭、ロイドは吸血鬼の能力――ノクターンモードとかいうのを発動してとんでもない力を見せた。だけどまた……
 リリーの不安は――あたしにもわかる……

「強くてカッコいいロイくんだってたまにはこんな風にピンチになるよね。だからそういう時に助けてあげられるように――リリー・トラピッチェはロイくんの為に強くなる。うん、そうする、今決めた。たぶんロイくんはフィルさんを倒して《オウガスト》になるから、ボクは《オクトウバ》になる。」
「お、おお……こんな時にアレだが……素晴らしい決心だと思うぞ。ちなみにわたしは《ジュライ》になる予定だ。」
 いきなりの決意表明に目をパチクリさせながらもちゃっかり自分の目標も言ったローゼルに、リリーが手を伸ばす。
「ボク今からちょっと頑張るから、ローゼルちゃん、その硬い氷で短剣をたくさん作ってくれる?」
「んん? ああ。」
 リリーの短剣をチラ見したローゼルがパンと手を叩くと、同じ形の氷の刃がパキパキと空中に出現した。
「ボクの短剣だと折れちゃうからね。」
 用意がいいのか別の用途のなのか、どこからか移動させた手袋をつけて氷の短剣を指の間に挟む形で持ったリリーは……相変わらずこっちの様子を眺めてにやけながらノシノシと歩いてくるラコフを見る。
「やだなぁ……あんな男……でもロイくんがご褒美くれるはずだから……とりあえず一本。」
 リリーの手から氷の短剣が一本消える。同時にラコフの方からカキンっていう弾かれた音がした。
「ふん、その氷で作った武器ならオレに刺さるとでも思っ――」
 再びリリーの手から消えてラコフの近くで出現する氷の短剣。だけど今度は……
「――なに……?」
 足元に転がったそれを見てラコフが驚く。何故ならその氷の短剣には……血がついてるから。
「!! リリーくん、あの鉄の塊みたいな硬さのラコフに傷をつけたぞ!」
 ローゼルがテンション高めにそう言ったんだけど――
「…………」
 リリー本人は……なんていうか……心底気持ち悪そうな顔をしてた。
「ふん、氷使いに加えて面白いのがもう一人か。一体どんな手品――だっ!」
 一度の踏み込みで一気にあたしたちのところまでとんできたラコフは楽しそうな顔で黒い拳をリリーに放つ。それをローゼルが氷の壁で止め、間髪入れずにあたし、アンジュ、アレキサンダーが同時に一撃を入れてラコフをふっ飛ばす。
「な、何やら嫌そうな顔をしているが――新技の効果はかなり高いぞリリーくん!」
「新技ってわけじゃないよ……できればやりたくないの……」
 ローゼルがポンポン作り出す短剣を次から次へとラコフの方に飛ばす――っていうか瞬間移動させるリリー。顔色が悪くなるにつれて段々とラコフに対して短剣が深く刺さるようになっていき、とうとう刺さって抜け落ちないモノまで出て来た……すごいわね……
「ふん、チクチクと――こんな剣が何本刺さろうが問題ないぞ!」
 痛みがないのかなんなのか、あちこちに短剣を生やしたままで勢い変わらずに拳を放つラコフ。だけどその短剣はローゼルの氷で出来てるから砕ける事が無く、関節の近くに刺さった短剣はラコフの動きの邪魔をする。振り切れない腕、狙いが少し変な拳。それだけであたしたちは攻めやすくなる……!
「はぁっ!!」
「ぐっ――」
 懐に入り込み、ラコフのあご目掛けて至近距離でガントレットを放つ。浮いた巨体にアンジュの『ヒートボム』で勢いを増したアレキサンダーのバトルアックスが叩き込まれ、ラコフがごろごろと転がる。その先にローゼルが氷の壁を出現させ、ラコフが壁にぶつかって止まったところを狙――
「っつらあっ!!」
 ――う前に、ラコフがかかと落としみたいに足を地面に振り下ろし、爆弾でも爆発したかっていう威力の衝撃が走って砕けた地面が砲弾みたいに飛んできた。
「おおっと。」
 リリーを守りながらあたしたちを援護してたローゼルが、全員を覆う大きさのドーム状の氷の壁を作ってラコフの反撃からあたしたちを守る。
「いいところまで行ったが、惜しかったな。もう一息で動きを止められたかもしれない。」
「そうね……ていうかリリーのあれはなんなのよ……」
 と、一応リリーに聞いたつもりなんだけど当の本人は……なんかぶるぶる震えてる……?
「見たところ、トラピッチェさんはあの男を氷の短剣で「刺している」のではなく、あの男の近く、刃が食い込む位置に氷の短剣を「移動させている」ようだな。」
 土砂を防ぐ氷のドームを見上げながら、本人に代わってカラードが説明する。
「おそらく短剣の半分はあの男の体内に移動し、内側からの攻撃となっているのだろう。」

 食い込む……内側……ああ、そういうこと。
 位置魔法って自分の見える範囲か、一度行ったことのある場所にしかモノを移動できないから……ちょっと残酷だけど、例えば相手の体内に直接武器とかを移動させるなんてことはできないわ。
 でも半分――見える範囲ではあるんだけど、そこにそれを移動させたら周りのモノにぶつかる――食い込んじゃうっていう位置に移動させることができるならそれと似た事ができるかもしれないわね。
 位置魔法で移動したモノが具体的にどうやってそこに出現してるのかはわかんないけど……たぶん「周りのモノ」よりも「移動させたモノ」の方が硬い場合はああやって食い込むんだわ。でもって逆の場合はさっきリリーが「短剣が折れる」って言ってたから、「移動させたモノ」が壊れる。
 あれ、ていうことは――ああやって突き刺さってるって事は、数魔法で強化されたラコフの身体よりもローゼルの氷の方が頑丈って事……つまりそれなりの力で押せばローゼルの氷であいつを貫ける――あたしたちの作戦が確かに通用するって事じゃない。全力出しても効かなかったらっていう不安があったけど、なんとかなりそうね。

「物体の硬度を無視して内側から……恐ろしいな、位置魔法は。だが今は強い味方だ。リリーくん、この調子でラコフを――」

「ああああああっ! きもちわるいきもちわるいきもちわるいっ!!」

 勝機が見えてきたところで……いきなりリリーがジタバタし出した。
「あんなのに、あんなのにっ!! ロイくんの為のボクがっ!!」
「ど、どうしたのだいきなり……」
「どうもこうもないよ! 気持ち悪いっ!!」
 自分を抱いて地団駄するリリー……こんなリリー初めて見たわね……
「商人ちゃん、相当気持ち悪そーな顔してるもんねー。できればやりたくないって事は……相手に食い込ませるっていう魔法がこう……感覚的にちょっとあれなんじゃないのー?」
「ちょっとどころじゃないよ! 自分の指をあんなゴミみたいな奴の口の中に突っ込むような感覚なの! ああああ、口にすると余計に――ああああああ!」
 自分がその位置を支配してるモノを他人の体内に移動させるっていうのはそういう感覚なのかしら……自分の指を……それは気持ち悪いわね……
「もうダメ! ロイくんからのご褒美があるかもって頑張ったけどこれ以上は無理っ!!」
「はぁん……んじゃあそのご褒美とやらが確実になったらどうよ。」
 震えるリリーに……何でもない顔でアレキサンダーがそんなことを言った。
「……どういう意味?」
「おいおい、んなこえぇ顔で睨むなよ。だから直接聞けよって話だ。ほれ。」
 そう言ってアレキサンダーが指差した先、ユーリの腕に頭をのっけたロイドが――

「リ、リリーちゃん……」

 ――目を覚ました!?
「ロイくん!」
 パッと移動してロイドの隣に座り込むリリー。
「なに? なんで目ぇ覚ましてんだ?」
 ドーム状の氷の向こう、薄れてきた砂煙の中で自分に突き刺さってる氷の短剣を抜きながらこっちを……相変わらず眺めてたラコフが驚く。
「あ、あんた、大丈夫なの……?」
「さっきよりは楽かな……なんか首のあたりがビリビリしてるから、たぶんユーリの腕が体力を回復させてるんだと思う……」
 ユーリの腕枕にそんな機能が!?
「んまぁ……起きてもオレは……どうしようもないんだけど……でもなんだか、勝てそうだな……」
「ロイくん! 疲れてるところごめんなんだけどボクの指舐めて! あとチューして!」
 いつもの誘惑する感じでも冗談めいた感じでもない、割と必死な顔でそう言ったリリーに、ロイドはほんのり笑いかけて……このタイミングでそう言うのはわかるけど言う相手を確実に間違えてる事を、疲労困憊のクセに真っ赤な顔でプルプルしながら……口走った。

「ロ、ローゼルさんの……氷の力っていう実例もあるし……も、もしもオレが何かをすることで……リリーちゃんが強く、なるなら……オ、オレ……頑張るよ……」

 瞬間、たぶんカラードとアレキサンダー以外の全員に衝撃っていうか電撃っていうか、何かが走っ――あぁ、リリーがすごい顔になってるわ!
「……ボク――でも、そういう形でアレしてもらってもなー。自力でメロメロにするのがやっぱりねー。でもなー……うんうん、ボクたち『ビックリ箱騎士団』の勝利の為だもんねー。ロイくんがそこまで言うならボクも首を縦に振るよー。」
 過去最高のニヤケ顔で白々しい事を言うリリーは、ふと真面目な顔になる。
「まだくじ引きしてないけど、今週末のお泊りデートはボクでいい?」
「ほへ……う、うん……」
「ローゼルちゃんにしたのと同じ――ううん、もっとすごいあんなことやこんなことしてくれる?」
「べっ!?!?」
「してくれる?」
「ひょほ、あびゅ……どどど、努力いたします……」
 既に死にそうなのに恥ずかしさで更に死にそうになるロイドを満面の笑みで見つめるリリー……ていうかロイドのド馬鹿!! なな、なんて約束してんのよドスケベ!
「んふふー。ローゼルちゃーん、剣たくさん出してボクの周りに置いといてねー。」
「戦いの真っただ中でなんてうらやま――なんて約束をしているのだ……ロイドくんもロイドくんだぞ、スケベロイドくんめ……」
「ローゼルちゃーん?」
「ええい、勝ち誇った顔はまだ早いぞ! そら、ドンドン行くのだ!」
 バラバラと、荷物の詰まった箱をひっくり返したみたいに無造作に散らばっていく氷の短剣。
「なぁ、あいつに突き刺すんならもっと長い武器にしたらいーんじゃねーのか? 槍とかよ。」
「トラピッチェさんの先ほどの気色悪い表現からして、他人に介入する分、あの技には相当な集中力が必要なのだろう。手慣れた武器――せめて同じ形でなければできないのだ。それとアレク、今のトラピッチェさんにあまり口出ししない方がいいぞ。」
「んあ? そんなつもりは……」
「思うに、今から凄惨な事になる。」
 カラードの予想に応えるみたいに、ふわりと宙に浮く無数の氷の短剣。
「ふん、ガキ同士の色気づきは終わったか? いくら暇潰しと言ってもんなもん見せられたらたまったもんじゃ――」
 戦闘中のあたしたちのバカなやりとりまで眺めてたラコフがため息交じりにそう言ってる途中でその声が途切れる。
「は――か――」
 リリーの最初の一撃がデジャヴするみたいに……ラコフの首に氷の短剣が深々と突き刺さった。
「ああ……やぁん、ロイくんてばぁん。」
 ほっぺを押さえてくねくねするリリーからは想像できない攻撃……ラコフの身体に次から次へと氷の短剣が突き刺さって――ちょ、ちょっと……
「がぼっ! なんだ――さっきまでとは精度がまるで――ごふっ!」
 首に刺さったのを抜いて再生した喉でしゃべろうとするも再び突き刺さる氷の短剣。あたしのガントレットも、アレキサンダーのフルスイングも、アンジュの爆発でも傷一つつかなかったあの身体に今、無数の短剣が突き刺さっていく……
「はぁ、どうしようどうしよう、ボクどうなっちゃうんだろう。嬉しいなぁ楽しみだなぁ。」
「ガキてめ――ぼぁっ、ぐ!」
 刺さる度に引き抜くけどその度に追加で刺さっていく。普通の人ならとっくに死んでる量の血をまき散らしながら、ラコフが人の形をしてるだけの何かに変わって……うっ……ダメ……見てらんない……
「……いい加減しぶといんだけど。」
 くねくねしてたリリーが煩わしそうにそう言うと生々しい音とラコフの……出方のおかしい声が聞こえた。
「うぇ、俺は吐きそうだぞカラード……」
「確かにグロテスクな感じになったな。」
 ローゼルとかがどうしてるかわかんないけど、残酷な光景をちゃんと見てるらしい強化コンビ……や、やっぱりこういうのって男の方が耐性あったりす――
「だがなアレク。おれのランスは突くと相手の身体に穴をあけるんだ。」
「? まぁそうだな……」
「刃物であれば切断、鈍器であれば骨を砕いて内臓を破裂。武器というのはそういうモノで、前提として対象を傷つける為の道具なのだ。それを手にして対人戦をやろうというのだ、こういう光景もままあるだろう。慣れろとは言わないが、目を背けた一瞬で命を失うかもしれないぞ。」
 ――!
……ったく、あの正義の騎士は目をそらしたい現実に人を向き合わせる趣味でもあんのかしら。
ええ、そうよ、その通り。歴史の授業でも何度かあったじゃない……どこかの悪党がこんなに「惨い」事をしたとか、「残酷」な犯罪をしたとか。今じゃその一言だけど、その時戦った騎士たちの目にはそれはそれは酷いモノが映っていて――それでもそんな悪党を倒したのよ。
 だからあたしもこの光景を――

「ふん、血を見て目を背けるとはな。やはりまだまだガキというわけか。」

 ゾクッとした。目をそらす一瞬前の時点でもかなりひどい状態で、その上リリーが追加で刺した――はずなのに……なんでこんなに余裕な声が聞こえて……
 気持ち悪い光景に対する嫌悪感よりも困惑が勝り、あたしはバッとラコフの方を見た。
 血まみれで真っ赤な身体。無数の氷の短剣が乱立する身体。人というよりはオブジェみたいにグチャグチャしてる……身体。なのに……なのに……氷の短剣で埋め尽くされた顔の奥に浮かぶのは両端がつり上がった口……笑ってる!?
「ふん、日々人殺し目指して勉強してるはずなのになぁ? この程度で吐きそうってか。」
 理解できない。こんな状態でなんでこいつ……普通にしゃべってんのよっ!!
「『フリージア』っ!!」
 残酷な光景よりも異常な表情に恐怖が膨れ上がった時、きっと同じモノを感じたローゼルの焦り混じりの声が響く。無数に突き刺さった氷の短剣が一瞬で水となってラコフを覆い、瞬時に氷塊と化した。
「水の量は充分――ひとまずはこれで身動きを封じられた……!」
「うへぇ……優等生ちゃん、何もあんな状態で凍らせなくても……気持ち悪いんだけどー。」
「し、仕方あるまい。気持ち悪くしたそこの元殺し屋に言ってくれ。」
「殺し屋だと意味が違うんだけど……なぁに? みんなして吐きそうな顔しちゃって。ほら、ティアナちゃんなんかケロッとしてるよ?」
「な、なんだと!? ティ、ティアナ!?」
「え……う、うん……『変身』の勉強してると……えっと……動物とか……と、時々ヒトとかの……解剖図とか……見るから……」
ティアナの変な慣れが明らかに……っていうかリリー、あっさりとあんなことして……ホントにこの商人は……う、裏の世界――っていうのにいたのね……あんまり知りたくない、だけど騎士を目指すなら知らなくちゃいけない世界とその光景……
 ロイドも……そういうのに触れたことあるのかしら……あのバカ、あんなののクセに時々殺気なんてものを――

 バキィンッ!!

 現状、一番信頼できるローゼルの氷に閉じ込めたことで少しほっとしていたところもある空気の中に響く――砕ける音。
「ふん、少し脅かしてやるが――ツァラトゥストラには相性ってもんがある。」
 その氷を内側から砕き、ラコフが……凄まじい速度で全身の傷を塞ぎながら出てきて――
「まぁ考えてみれば当然のこと、身体に移植する部品だからな。基本的にはどんな奴でも使える代物らしいが、ガッチリ合う身体が存在するってのはおかしな話じゃねぇ。」
 ――!? 再生、じゃない……なんか違う……元に戻ってないわ……
「でもってオレはこの『腕』との相性が抜群だったっつーことで――悪いなガキ共。もはやオレはオレがどうなれば死ぬのかわかんねぇくらいだ。」
 両腕が真っ黒に染まった大柄な男――だったそいつは、爪が伸びたりウロコみたいなのが出てきたりで……だんだんと人型の化け物になっていって……
『おお……おお! だっは、こりゃあいい! 力がみなぎる――ああ、通りでその氷も割れたわけだ……つまりこういうことだろう?』
 両手を広げて天を仰ぐラコフは絶望的な一言を口にした。

『――『一万倍』……!』

 一気に膨れ上がる尋常じゃないプレッシャー。特殊な技は持たないけど、ただただ絶対的な暴力がそこに――
 ダメ、こんなのに勝てるわけ――

「よくやってくれました!」

 神様にでもなったみたいな表情で笑うラコフが頭上から降ってきた巨大な拳に潰され、同時にあたしたちはふんわりとした砂で少し離れた場所に移動させられて――

「『ガルヴァーニ』っ!!」

 直後、ラコフを潰した拳ごと飲み込むとんでもない規模の雷が落ちた。

「皆さんご無事で何よりです。」
 雷の衝撃からあたしたちを遠ざけたのはもちろんパム。大きなケガはなさそうだけど、服とかが割とボロボロになってる。
「ふぅ、とっさの一撃だったから弱いのになってしまったな。しかしなんだあの姿は。」
 スタッとあたしたちの近くに着地してため息をついたのはユーリ。こっちも目深にかぶってるローブがボロボロ――って今、弱いのって言った? 今のが? というかこいつ、今は昼間だから全力出せてないはずよね? それであれってどういうことよ……
「ツァラトゥストラの暴走――いえ、進化でしょうか。随分な変わりようですね。」
「どことなく私たちに気配が似てきたのが心外だが……まぁ、おかげであの分身たちは消えてくれた。あの様子ならもう作れないだろうしな。」
「ん? そういうモンなのか?」
 数魔法の授業を聞いてなかったらしいアレキサンダーが首を傾げるのを見て、カラードが解説する。
「数魔法で増やす事のできるモノは「体力」などのぼんやりしたモノを除くとその構造が単純なモノに限られる。腕を磨けば多少複雑なモノも増やせるが……「人体」なんてモノはどんなに頑張っても不可能だろう。しかしながら、自分自身だけは例外となる。術者本人という事もあるが、一番の理由は長年使い続けた自分の身体だからだそうだ。つまりこの理屈でいくと、化け物に成りたてのあの男が分身を作るとしたら、あの姿で十年ほど過ごした後になるわけだ。」
「はぁ、それで大量の分身が消えちまって……おまけにもう作れねぇと。なんかマヌケな話に聞こえるな。」
 二人が合流したことで……さっきの絶望が和らぐ。何弱気になってんのよ……目を覚ましたっていっても未だにロイドは死にそうで……そうだ、そういえば……
「ユーリ、あんたの腕? のおかげかなんか知らないけど、ロイドがちょっと回復したわ。」
「おお、それは良かった。」
 いつの間にか防御力の高そうな金属質のベッドに転がってるロイドがひらひらと手を振る。
「それで……あんた本人がここに来たなら、ロイドを回復させらんないの?」
「できない事もないが、生物の体力となると時間がかかり過ぎる。右腕だけだろうと私自身が来ようと、その速度に変化はない。少しだけ、猶予を延ばしただけだ。」
「そ……じゃあ早いとこあいつを倒さなきゃだけど……」
 よく見ると社会科見学の時と同じ形――なんだけどあの時よりも更に大きくなってるパムのゴーレムの、地面に振り下ろされた拳の方を見ると……その拳がギシギシと持ち上がっていくのが見えた。
『ふん、分身が消えちまったか。ま、まとめていただくのもいいだろう。』
 頭に角、肩や肘に鋭い突起。一回り大きくなった身体に、それでもアンバランスなほどに巨大化した両腕。もはや……人間じゃない。
「……バカみたいな再生能力にバカ力。加えて数魔法の……『一万』に到達しちゃってるあれ、どう戦えばいいのかしら。」
「わたしの氷も砕いたからな……いや、ロイドくんから更なる愛を受け取ればあるいは。」
 真面目な顔で馬鹿を言うローゼル……ホントにこいつ――っていうかどいつもこいつも! あ、あたしのここ、恋人って言ってんでしょうが!
「それもいいが、ここは全員に強くなってもらうとしよう。」
 何がいいのよ全然よかない――え、全員?
「む? 生憎、おれもアレクもロイドに対して恋愛感情はないぞ。」
「気持ち悪いこと言うなカラード。でも全員ってどうすんだ?」
「私と、ブレイブナイトの力を使う。」
「ん、おれか。『ブレイブアップ』のことを言っているのなら、残念ながらあれを他人に使ったことはないから上手くいくかどうか。」
「それを上手くいかせつつ、私も皆を強化する。二つの強化で後日身動き取れなくなるだろうが、今日は乗り切れるだろう。」
「フランケンシュタインの強化魔法ってものすごく効きそうだが……強化だけであれに勝てんのか?」
「ははは、むしろ強化だけで充分だ。」
 そう言いながらおもむろに機械の右腕をスポッと外すユーリ……ま、まだ慣れないわね、これ。
「この前のロイドのように吸血鬼的能力で魔法を弾く――というような特殊能力の部類ではない、ただの力持ち。時間魔法を織り交ぜてたまに加速するも、エリルさんが言ったようにあれは脳筋だ。あれに見合ったパワーアップをこちらもすればいいだけの話。」
 二の腕の途中あたりから先が無い状態のユーリだったけど……その、だ、断面? からバチバチと電気が出てきて……腕の形になっていく。
「分身なんてモノが出てこなければ、戦闘開始と同時にこれをするつもりだった。よくぞあの男の本気を引き出して化け物状態にしてくれた。」
「……それ、いいことに聞こえないわよ……」
「一つだけの圧倒的パワーよりも、数の暴力の方が時に厄介だからな。戦況としては好転したと、私は思っている。」
『ふん、本気を引き出した? 笑わせる。』
 最終的に四本のバカでかい腕を引きずる――っていうか腕で歩いてるラコフが牙のそろった口で笑う。
『対して痛くもない攻撃にツァラトゥストラが勝手に反応しただけだ。別に追いつめられてもいねぇし、まだ一度も本気で攻撃しちゃいねぇんだぜ?』
「それはまた、取り返しのつかないミスをしたな。」
『ああ?』
 電気の右腕を空に掲げ、ユーリは言った。
「暇潰しと言わずに初めから本気を出しておけば良かった――それがお前の最後の言葉になる。」



 途中でライラックの奴とはぐれたが、まぁあいつはあいつで頑張るだろう。とりあえず防御魔法の発生装置を置くとしたら街の真ん中が一番都合がいいはずだから来てみたが……まさかその通りに置いてあるとは……
 まぁ、当然護衛がいるから……むしろおびき寄せられたってのが近いのかもしれない。
 フリーマーケットやら祭やら色んなイベントが行われる、街の中心に位置する広場。真ん中にあったはずの噴水が破壊されて代わりに防御魔法の発生装置が置いてあり……それを三人の男女が囲んでた。
「あら、あれって『雷槍』よねぇ。」
 景気の悪い顔と雰囲気の暗い女。序列九番、ヒエニア。
「おお、美人教師! 敵でなければなぁ……」
 水色ヘアーに右目が隠れてる青と白の服を着た男。序列八番、リンボク。
 そして――
「ようやく骨のありそうな相手が来たか。」
 国王軍に記録の残ってたオズマンドの中じゃ最強。私とは違う、パンツタイプのスーツを着崩したっつーかテキトーに着た感じの、《エイプリル》みたいなポニーテールが目立つお堅そうな女。
得物が刀で得意な系統が位置魔法っつーマルメロみたいな組み合わせだがこっちの方が断然格上。序列四番……カゲノカ。
 周りを見ると先客が結構いるんだが全員倒れて転がってる。中には上級――セラームの騎士もいるから、こいつらは中々に強敵なんだろう。
 くそ、ライラックを拾ってから来ればよかったか……?
「んお、教官じゃねぇか!」
 広場に響くバカでかい声。全員の視線が向いた先には……浮浪者一歩手前くらいのボロい服で大剣背負ってノシノシ歩いてくる大男の姿。ゴリラやら肉ダルマやら呼ばれる――というか呼ぶが、こういう場での心強さとしてはかなりのモノがある男――フィリウス……!
「! こんだけの騎士がやられてるとはな。あいつら大丈夫か?」
「おいフィリウス、お前、一人か?」
「ああ。リシアンサスを通して国王軍に一応の指示は出したが、俺様は現場で動きたい派だからな。あとは連中が自分の判断で最善を行うだろうし、俺様もいっちょくり出すかってな。ちなみにセルヴィアは時間魔法的感覚でアネウロを探ってる。」
「それでお前は防御魔法の方をってことか。お目当てはあそこだぞ。」
「わかりやすい場所で助かったが、案の定のお出迎えってか。よし、教官が女二人で俺様が男一人でいいか?」
「あ? お前の方が強いんだからお前が二だろうが。」
「俺様も紳士なんでな! 女相手はちょこっと気が引ける!」
「バカ言ってんな。男女の組み分けはともかく……あの女剣士をやってくれんなら、私は残りの男女を相手にしといてやる。」
「確かにあの女剣士は別格みたいだが、ぶっちゃけ俺様と教官の強さに大した差はないぞ?」
「言ってろ十二騎士。」
「言うなと言ったり言えと言ったり。まぁ、なんかよくわからんがあの女、俺様に熱い視線を送ってるからな、期待には応えるのが男というモノだ。」
 フィリウスに言われて見てみると、確かに「是非お前と戦いたい」みたいな視線をビシビシ送ってやがる。あっちもあっちで戦闘好きか?
「まぁカゲノカならあっちのマッチョよねぇ。じゃあこっちは『雷槍』――リンボク、頼むわよ。」
「水使いとしては嫌な相手なんだけどね。ま、美女のお相手ならば喜んで。」
 フィリウスとカゲノカが私たちから少し離れ、リンボクが私の方に近づいてくる……が、ヒエニアは近くのガレキに腰を落とした。
「なんだ、お前は戦わないのか――ヒエニア。」
「いきなり呼び捨てにしないで欲しいわねぇ。アタシまで参加しちゃったら追加の騎士が来た時にこれを守れないじゃない。」
「強そうには見えないがな。」
「うふ、その通りよ。アタシは大して強くないわ。でもほら、強い人がこんなに転がってるじゃない。」
 ニタリと気色悪い笑みを浮かべたヒエニアがパチンと指を鳴らす。直後強大な闇魔法の気配が広まって…………クソ女が……!
「ツァラトゥストラで強化されたアタシの魔法には、意識の有り無しは関係ないのよねぇ。」
 この三人に挑んで敗れていった大勢の騎士たち。中にはかなり重症な奴もいるんだが……その全てがゆらりと立ち上がった。
「あんたたち、いざとなったらこの戦力兼人質をぶつけるから思い切り戦っていいわよ。」
「必要ない。余計な邪魔はしてくれるな。」
「あ、僕の方はよろしく。」
 きたねぇ――のが悪党だが、ムカツクもんはムカツク。こいつらボコボコに……
 ……いや、私の出る幕ないか。
「おいおい見事な悪党っぷりだな。」
 口調は変わらない。が、ビリビリと感じるこのプレッシャーは間違いなく怒りのそれ。
 国同士の決まり事やらしがらみやら、その全てを無視して騎士を――自分の正義を押し通してきたこの男が、こういうゲスに反応しないわけがない。
「アネウロの思想もあるし、普通の悪党とは毛色が違うと思ってたんだがそうでもないらしいな。お前ら――」
一気に重くなる空気――いや、大気の圧に表情をこわばらせた三人に、世界最強の十二人の内の一人が静かに問いかける。
「――覚悟はできてるか?」

第八章 愛の力

『ツァラトゥストラ・ネオ?』
「ツァラトゥストラ・ハイパーでもスーパーツァラトゥストラでもいいぞ。なんなら別の名前にすっか?」
『いや、どうでもいいが……いつの間に。』
 何かが入っている大きめの布袋を手に普段ドレスの女が座っているソファまでやってきたフードの人物は、キッチンから相当大きなピザを持って出て来たドレスの女が口にした妙な単語に首を傾げていた。
『昔のままのツァラトゥストラではないのか?』
「当たり前だ。んな変わり映えしないことをするわけねぇだろうが。」
『そうか。具体的に何が変わっているんだ?』
「ほれ、あれって一応誰でも使えるように作ったろ? でも時々相性がいいのかなんなのか、想定以上にパワーアップする奴がいたじゃねぇか。」
『いたな。まぁ生体部品だからそういう事もあるだろう。』
「そこだ。折角すげー確率で相性抜群のを装備したってのに、ちょっと強くなるってだけじゃもったいねぇ。つーことで、そういう場合はツァラトゥストラが進化するようにした。」
『進化……?』
「まずどこぞの魔法生物みてぇに再生能力が高まる。」
『……それは前にも起きていたが……より強力にしたということか?』
「相性がめちゃくちゃ良けりゃあ粉々にしても再生できる。いや、今回の場合は再生とは言えねぇな。」
『?』
「前のツァラトゥストラの再生は文字通り本人の身体の再生だったが、今回の再生は正確に言うとツァラトゥストラの浸食だ。」
『ほう。』
「再生を重ねるほどに本人とは違う肉体に進化してくのさ。最終的にはSランクの魔法生物みてぇな肉体で人間の頭っつー状態になる。」
『んん? 大抵のSランクは人間並みの知性があるだろう。』
「わかってねーな、アルハグーエ。人間並みの知性があったって、人間として生活した記憶や経験はねぇだろうが。」
『ああ、なるほど。確かに、それほど強大な力を手にしたモノが悪意と共に人間社会で動いたらどうなるか……興味深いな。』
「だろ?」
 悪そうに笑いながらピザを口に入れるドレスの女。
『……そのピザはバーナードのではないのか?』
「ああ、あいつの作り置きだ。つーかお前はここで何してんだ? S級殺しに行ったんじゃねぇのか?」
『行ったとも。結果汚れたから着替えに来た。』
 部屋が暗いのであまり目立たないのだが、フードの人物が羽織っている布には所々に赤黒いシミがついていた。
「かー、おしゃれ言ってやがる。」
『布切れの何がおしゃれなのやら。』
「んでそれは?」
 聞きはしたが大して興味なさそうにドレスの女が指差したのはフードの人物が手にしている布袋。これもよく見ると下の方に赤黒いシミが広がっており、そこからポタポタと……赤黒い液体が滴り落ちている。
『戦利品……まぁ、証拠だな。まずは一人。』
「ほー。どうだった。」
『どうとは?』
「久しぶりに本気は出せたか?」
 ドレスの女の、おそらくある程度答えを知っている嫌らしい顔での質問に肩を落としながらフードの人物は答えた。
『三割――といったところだな。』
「んだよ、そこそこ出せてんじゃねぇか。」
 予想と違ったらしく、ドレスの女は手にしていたピザを投げつけるが、フードの人物はさらりとかわす。
「つーかそれどーすんだ。あたいはいらねぇぞ。」
『これでもあいつらと同等の悪党だからな。ケバルライやバーナードあたりが面白く使うんじゃないかと思ってな。』
「ああ、それはありそうだな。とりあえず冷蔵庫にでも入れとけ。」
『間違ってはいないのだろうが……バーナードがおやつ感覚に食べてしまいそうだな。』



『ふん、最後の言葉? 分身がいなくなった程度で勝った気でいるのか?』
 ぎらりと並ぶ牙をガチガチ言わせながらラコフが笑う。
『いいぞ、ガキ共。この暇潰しも暇潰しながら佳境というやつだ。まだまだパワーアップできるならやるといい。待っててやる。』
 二本の腕で立って……っていうか浮きながら残りの二本で腕を組むラコフ……
なんか一層偉そうになった気がするわ……
「湧き上がる新たな力に全能感でも覚えているのだろう。しかしお姫様たるエリルくんに言われるとは相当だな。」
「うっさ――」
 ……? え、あたし今口に出した……?
「口には出していない。思っただけだ。」
 あたしが一人不思議に思ってるとラコフの方を向いてるユーリがフードの上から自分の頭をトントンと叩く。
「! さっきの通信モドキね。」
「モドキと言うほど偽物ではないが……この方が便利だろう。」
 そう言いながらこっちを向いたユーリは……なんか辛そう……?
「ユーリ、お前昼間に動き過ぎだぞ……」
 自分の方がよっぽど深刻な顔のロイドがそう言うと、ユーリが苦笑いした。
「あの男が油断しきっているからな……それを維持させるために挑発を織り交ぜたが……正直言うと私自身はそろそろ限界だ。」
「挑発して油断を維持って……オレには逆効果に聞こえるぞ……」
「ははは、ロイドよ。ああいう脳筋はそういう方がいいのさ。こちらのやる気を無駄なあがきと取る。」
「そういうもんなのか……?」
「人造人間を作ろうとする人間が、人間の最も人間たる部位である心の研究をしないわけがないだろう? 肉体も精神も、それが人体であれば私の専門だ。」
 ……確かユーリってあたしたちと同い年なのよね……普通に強い上に魔法とか人体? にも詳しくて……なんかベテランの騎士みたいだわ……
「それはどうも……さて、今から私はさっき言ったような援護に徹する。ブレイブナイトの『ブレイブアップ』は最後の一撃に温存するとして、一先ずはエリルさんたちがさっきまでやっていた作戦を続けよう。」
「動けなくしてわたしの氷の槍でという作戦か……しかしついさっきわたしの氷――ロイドくんの愛によって生まれた氷は砕かれたばかりだ。あの化け物姿の状態で『一万倍』となったあれに通じるかどうか……」
「ああ……攻撃力はさっき私が削っておいたが、防御には関係ないからな……」
 ? 攻撃力を削った?
「だが策はある。ああいうのは来るとわかっているよりもサプライズで伝わった方が嬉しいモノだからな。」
 ?? なんの話よ。
「こちらの話だ。私が強化を行ったらみんなはそれを信じてあの男を叩けばいい。きっとあの姿になる前の方が強かったと思うだろう。」
 死人顔でニッと笑ったユーリは電気で出来た右腕をあたしたちに向けた。
「『ウルストンクラフト』。」
 その腕っていうか手が大きくなってあたしたちを覆うと、一瞬パチンっていう……どこが痛いのかわかんないけど痛みを感じて……
「……! なによ、これ……」
 たぶん見た目に変化はないんだけど、あたしは明らかな変化を感じてた。なんていうか……身体が軽い……? いえ、速い?
「おお、なんかわからねぇがすげぇ。んじゃまぁ俺から行くぜ!」
 何が起こったのかもよく理解しないまま、そう言って踏み込んだアレキサンダーはさっきまでとは比べ物にならない速度でラコフの方へとんでった。
『ふん、お前はさっきからワンパターンだなデカイの!』
 組んでた腕を解き、アレキサンダーの攻撃に合わせて拳を放つラコフ。確かに今日何度目かの光景だったんだけど――結果が違った。

 ガキィッン!

 相変わらずの金属を叩いたみたいな音。ラコフの拳には傷一つついてないけどアレキサンダーのバトルアックスは――ラコフの拳を弾き返してた。
『なっ!?』
 たぶんこれまでで一番驚いた顔になったラコフ。同様にびっくりしてたあたしに直後、一つの言葉――いえ、思考みたいなモノが頭の中に直接入って来た。まるで自分で何かをふっと思いついたみたいな、だけど確かに自分のモノじゃないってわかる考え。
 アレキサンダーが次に何をしようとしてるか、それを直感のように理解した。
「おらああああっ!!」
 振り切ったバトルアックスに再度力を込め、アレキサンダーがラコフに追撃を叩き込む。そしてあたし――いえ、あたしたち全員が理解した通りの方向に吹っ飛ぶラコフの行く先に二本の氷の柱が一瞬でそびえ立つ。
「はっ!」
 完璧なタイミングで左右から倒れる――っていうよりは振り下ろされた氷の柱は側面が刃物みたいになってて、まるで巨大なギロチンにかかるみたいにラコフは地面に叩きつけられた。
『くそガ――』
 普通なら身体が真っ二つになるだろうその攻撃を受けても無傷で立ち上が――ろうとしたラコフだったけど、ローゼルがこいつを地面に寝かせるって事を知ってたあたしとアンジュは真上から強襲し、『メテオバレット』と特大の『ヒートボム』を撃ち込んだ。
『ばがらばっ!』
 変な叫び声をあげながら更に地面に埋まるラコフ。
で、なんであたしたちがこうしたかって言うと――
「『アンビルセル』っ!」
 身体の半分くらいが埋まったラコフを中心に広がる魔法陣。アレキサンダーが突撃した時から呪文を唱えて準備してたパムの魔法によってラコフの周囲の地面が動き、四本の腕以外を包み込んでズンッっていう音と共に圧縮し始めた。
 腕ごと潰そうとすると内側から腕で押し返されるけど、ああやって腕だけ外に出されると内側から押す力が減るから脱出が難しくなる。それにこいつを倒して街に戻るにはツァラトゥストラである『腕』が必要だし、こうしておけば切断しやすい――っていう考えがパムから頭の中に伝わってきた。
 呪文を唱えないでもこの魔法は発動できるけど、唱えた方が威力は大きい。アレキサンダーが飛び出した時点でパムが準備を始めたのは、アレキサンダーの攻撃が基本的にバトルアックスを相手を叩きつけるモノで、とんでもない硬さのラコフが相手の場合は大抵どこかにふっ飛ぶことになるから。そうなった後、他のメンバーでラコフを地面に埋めておけば、パムの魔法が最大限の威力を発揮する。
 ……みたいな考えが一気に頭の中に流れ込んできて……今こうなった。
 テレパシーみたいにお互いの考えがわかったのはユーリの……なんかこう、脳から出てる電波とかをどうこうする魔法のおかげ。
 でもって……そうやっていきなり頭に入って来た作戦に即座に反応し、まるで反射みたいな速度でコンボを決められたのは……うるすとんなんちゃらとかいう魔法のおかげ。火事場の馬鹿力っていうのかしら……なんとなく制限が無くなったみたいに力が出る上に、熱いモノに触った時に手を引っ込めるような反射運動並みの早さと速さで思考と行動ができる身体……
 強化魔法とはちょっと違う、身体が持ってる能力を最大限に引き出すような感じ……こういう魔法もあるのね……
……まぁ、確かに身体への負担がすごそうな魔法だけど……
「『ブレイブアップ』は必要なかったのでは?」
 地面から四本の腕が生えてるマヌケな光景を前にカラードがちょっと残念そうにそう言ったけど、ユーリが首を横に振る。
「むしろここから。自分に何が起きたのかわからず、あの男はいよいよ本気を出すだろう。それに耐え、あの男をもっと怒らせて――数魔法維持の為の集中力を乱れさせる。そうすればあの防御力も弱まるだろう。」
「そうか、出番がありそうでなによりだが……集中力を切れさせるのがさっき言っていた策なのか? あまりサプライズ感はないのだが。」
「いや、これではない。」
 死人顔で含みのある笑みを浮かべるユーリが怖いんだけど……サプライズよりもラコフがなんか弱くなったのが気になるわ……
「ああ、俺も気になるな。ユーリの言った通りあいつの力、弱くなってたぞ?」
 ……思った事に相づちされるのって変な気分だわ……
「そこは我慢してもらうとして……ほら、私がこっちに戻った時あの男に雷を落としただろう? 『ガルヴァーニ』という技なのだが、あれは――」
「解説中すみませんが――破られます……!」
 個人的にはこの攻撃で仕留めるつもりだったけど、分身との戦いで思った以上に消耗してたみたいです――的なパムの思考が頭に入ってくると同時に、ラコフを潰してた地面が噴火みたいに吹っ飛んだ。

『がああああああっ!!』

 地面の下から登場する四本腕の化け物。腕が外に出てる状態でパムのぺしゃんこ攻撃を押し返したってことは脚とか背中をジタバタ動かして破ったってことよね……想像するとさらにマヌケだわ。
「確かに。さぁみんな、さっきの感じでボコボコにしてやろう。」



 稲妻みたいな速度で走り出し、息ピッタリのスーパーコンボを決めていくみんなを……オレは寝っ転がって眺めていた。
 出会い頭にいきなり体力を奪われて気絶し、目覚めてみたらリリーちゃんが嫌な顔をしてて……だからついというか……ああ、またあとでエリルに殴られそうな約束を……ローゼルさんの時みたいな事がリリーちゃんとでも起きたらオレは……
 んん? そういえばさっきエリルが「通信モドキ」って言ってたな……もしかしてユーリのテレパシーを使ってるのか? それだとみんなのコンビネーションも頷けるけど――あ、あれ? もしかして今のオレの思考もみんなに……?
「心配するな、ロイドのはつないでない。」
 オレが転がってる……たぶんパムが作ったベッドの横で腕組みしてるユーリが答える。
「戦闘中は戦闘を行っている者の頭だけをつないだ方が余計なモノがなくていいからな。」
「そりゃそうだ……えっと、なんか相手が怪物みたいになったけど、大丈夫か?」
「それはこれからの一押しによる。」
「?」
「ところでだが……」
「ん?」
「ロイドはエリルさんのどこが好きなんだ?」
「え、そりゃあ――は!? な、なんだいきなり!」
「いきなりというわけではない。」
 くるりとこっちを向いたユーリは真剣な顔だった。
「ローゼルさんのあの氷やリリーさんの位置魔法。愛の力はこの戦況に重要なモノだ。」
「あ、愛の力……」
「私はフランケンシュタインだからな。愛の力を信じる者として、みんなが好意――いや、想いをよせるロイドがみんなをどう思っているのかを理解すれば更なるパワーアップの手助けもできるだろう。その為の情報をな。」
「そ、そうか、パワーアップのためか……ど、どこがと聞かれると……ぜ、全部というか……」
「全部? 性格、人柄、はてはあの身体も含めてということか?」
「カラダッ!?」
「ああ。この点で話を始めるとローゼルさんが圧倒的に見えるが、その人物のひととなりに合った形というのもあるはずだからな。ロイド的にエリルさんは負けず劣らずナイスバディであるということか?」
 ユーリの唐突な、しかもローゼルさんとのい、一件の影響で頭の中がそっち系の妄想に走りがちな今のオレには攻撃力の高い質問が耳に届くや否や、ラッキースケベ含めて今までに色々やらかしたエリルとのあれこれが……我ながらやらしいというか仕方ないというか、かなり鮮明に思い出される。
 体温、感触、匂い、声、光景、一つでも理性が飛びかける記憶――い、いや! なな、何もこれだけでエリルがすす、好きってわけじゃないぞ!
「そそそ、そうだな! 確かにエリルはナナ、ナイスバディだとも! だが勿論、エリルの――むすっとしてる顔とか、別にいつも不機嫌なわけじゃなくてその裏には可愛い感情やら考え方ってのがあって――あと熱くて強い意思がだな!」
「ああ悪い悪い。エロい記憶を掘り起こそうとしたわけじゃないんだ。純粋にロイドの内なる愛を――」
「ちょ、ちょっと待てユーリ! お、お前まさかオ、オレの頭の中の――え、映像まで見れるんじゃないだろうな!」
「安心しろ、映像まで見ようと思ったらロイドとどこかの神経をつながないと無理だ。そしてロイドよ、それを気にしたのは今までに見たエロい光景を私に見られるのが嫌だからか?」
「そ、そりゃあ――」
「彼女たちの為にか? それとも――自分だけの記憶としたいからか?」
「びゃっ!?!?」
 みんなの為か、オレが独り占めにしたいだけか……? そんなの――みみ、みんなの為にもいくらユーリと言えど…………独り占め……自分だけの……
「思考が止まったな。まぁ、彼女であるエリルさんに関してはそうだろうが、他のみんなはどうなのだろうな。ロイドは昔から好意に弱く、惚れっぽいからな。」
「え……えっ!? 昔から!? ちょちょ、まさかその――スピエルドルフでもミラちゃん以外にそそ、そういう女の子が――」
「おそらくエリルさんに対する感情に……劣りはするかもしれないが同種のモノを他のみんなにも抱いているのだろうな。では次はローゼルさんだが――」
「ぜぜ、全員分今の質問をする気か!?!?」
「当たり前だ。ついでに――まぁ、さすがにあの大きな人へはないだろうが、妹への愛情はあるだろう。それも聞くぞ。」
「ぼぁっ!?!?」
 ローゼルさんは? ティアナさんは? リリーさんは? アンジュさんは? 妹さんは? と、連続で放たれる恥ずかしい質問に、しかしユーリは真剣だし相手――ラコフというらしいあの男に勝利する為というのもあるから……が、頑張って答えていく。
 いつだったか、フィリウスに聞かれてみんなの……チャ、チャームポイント的なところを話した時みたいな恥ずかしさがこみ上げたのだが、その度合いがあの頃よりも大きくなっている。
 みんなの素敵なところをあの頃よりもたくさん知っている今、いいところを挙げ出したらキリがないというか、今やす、好きなところになるというか……
加えてそんなみんなから好きだと言われ……オレもまた、同じ想いを抱いて……とうとうエ、エロイあれこれまで……!
 カラードたちに言われたようにオレがああいう攻撃に抗えるとは思えないから……本当にちゃんと、みんなのことを考え――って! 今考える事なのか!? こ、これ本当にみんなのパワーアップにつながるのか!? そもそもユーリに話して意味はあるのか!?
「お、おいユーリ! 今更だがこれって――」
 熱い顔でユーリの方を見ると、それまで真剣な顔で話をしていたユーリがいたずらっぽくにやけた。
「さすがだなロイド。これは想像以上のモノが見られるかもしれないぞ。」



「みゃあああああっ!!」
 普段なら腕を痛めることになるからやらないレベルの爆発をガントレットに起こし、あたしはラコフを殴り飛ばした。
「ぬぉわっ!? ど、どうしたいきなり!」
 あたしとアンジュと一緒にラコフへの直接攻撃を連携してやってたアレキサンダーがいきなり暴走したあたしを見て面食らう。
 でもそれどころじゃ……それどころじゃないのよ!!
 いきなり頭に流れ込んできたロイドの――あ、あたしに対する思考。スカートをめくられた時とかお風呂場で押し倒された時とかラッキースケベで突っ込んできた時とか……! それぞれの場面でロイドが何を考え、思い、そして今どう感じているかが言葉じゃない、ま、まるでロイドの感情そのものが直接放り込まれたみたいにあたしの頭の中で破裂した……!!
 死ぬかと思うくらいの恥ずかしさが一気にこみ上げて――あ、あのドスケベ!! すっとぼけた顔であああ、あんなこと思って……!!
 しし、しかもこれだけでも死にそうなのにやや、やらしいのの後ろから追撃で――もっと威力の高いのが……ロロ、ロイドがあたしの……こういうところがいいとかああいうところが可愛いとか――だ、だから好き――みたいな気持ちが爆発して……!!!
 な、何度か本人の口から聞いたこともあるけど――そ、それの純度っていうか、破壊力がケタ違い……!
 そんな――こんなに――あ、あのバカがあたしを……あたしを……
 な、なによもう! こ、こんなにアレならそっちからもっと……だいたいあ、あたしだって同じくらい――好き――なのよっ!
 そうよ! 好きよ! 浮気者のあんたと違ってあたしはあんただけをだだ――大好きで――!!
「――っ……!!」
 胸が燃える、心臓が破裂する……恥ずかしいからっていうのも勿論あるけどそれよりもこれは……この感覚は嬉しさ……!
 抑えきれない――あふれ出す感情、湧き上がる想い、胸の中から噴きあがる炎みたいなそれは――今すぐに何とかしないと止まらなくなってあたしがあたしを制御できなくなる……!
 だから――だからっ!!

『ふん、なかなかのパンチだがお前のそれは飛ばした方が威力は上だぞ? 直接殴るのは急所を確実に狙う為なんだろうが、今のオレの身体には意味のない――』

「うっっっさぁぁぁぁいっ!!!」



 例えるならストレス発散の為に何かを殴るかのような、そんな勢いでエリルがラコフを再度殴る。たまに聞くエリル独特の叫びと共に放ったさっきのパンチはまるで効いていないようだったラコフだが、今度のパンチはそれを受けた瞬間――
『がああああああああああああっっ!?!?』
 ものすごく辛いモノを食べた時の漫画的表現のように、目と口とから爆炎を噴き出しながら叫んだ。熱さにもだえ、熱源をどうにかしようとするもそれは体内にあって、ラコフはどうしようもなく腕を振り回しながら絶叫する。
「ふむ、身体を内から焼く魔法か。あの男が使用している防御力『一万倍』という魔法には耐衝撃は勿論、耐熱耐電などの特殊なダメージも含まれているのだろうが……なるほど、外と内では差があるのかもしれないな。」
「そ、外と内?」
「防御力と言ったら外からの力をどれだけ内に届かせないかという視点になるのが普通だ。盾や鎧を選ぶ時、裏側や内側からの力に対してどれくらい頑丈か――なんてことを考える者はそういないだろう?」
「じゃあラコフは……全身を強化しているつもりで、無意識に内側はおろそかだったってことか?」
「おろそかというか考えてもいないだろうな。そして魔法というのはそういう認識――イメージの影響を大きく受けるモノだ。リリーさんが短剣を突き刺せるのも、あの氷の硬さに加えてそういう理由があるのかもしれないな。」
「イメージか……え、じゃあエリルは――殴った相手が内から燃える的なイメージで殴っているってことか……? 今までそんなのを考えているって話は聞いた事なかったけどな……」
「あれは意図せずだろう。あふれる想いの発散という思考からああなったのだろうな。」
「? よくわかんないが……そもそもなんでいきなりあんな……顔真っ赤だし……」
 最近しょっちゅう新記録が出ている気もするが、過去最高に赤い顔で……しかも瞳をちょっとうるませながら『ブレイズアーツ』によるパンチキックを叩き込んでいくエリル。そんな……個人的には可愛いと思う表情に対しラコフの方は絶叫しっぱなしで、熱せられた鉄みたいにだんだんと身体が赤く光り始めている。
 四本腕の怪物な上に数魔法で尋常ではない強化を施したラコフをエリルが一人で追いつめている……この状況は一体……
「愛の力さ。ロイドのな。」
「えぇ?」
「実はな、さっき彼女たちについてあれこれ質問している間にロイドが思った事や脳裏によぎった感情、ちょこっとしたスケベ心なんかを本人の――無論、本人の頭だけに送ったんだ。」
「……はい?」
「本来言葉にしなければ伝わらず、しかも言葉にした時点で熱量の何割かは失われてしまうそれを、産地直送の百パーセントで伝えたのさ。」
「はっ!?!?」
 感情――スケベ心!?!? みんなの事を聞かれてそれぞれにオレが思った事が――みんなにツツヌケ!?!?
「おおお、おま――どど、どうしてそんなことを――」
「言っただろう? ローゼルさんの氷やリリーさんの位置魔法のようなパワーアップの為さ。」
 見るとオレの近くで戦いを眺めているカラードと突然のことに驚くアレクを除くみんなが……わなわなと震えている……!!
「魔法にはイメージが大事だとよく言われるが、それだけですごい魔法が使えるなら十二騎士は常識にとらわれない純真無垢な子供たちで構成されるだろう。要するに、ちゃんとした技術も必要なのだ。」
 アレク以外のみんなの足が止まっているという、ラコフからしたらチャンスの危険な状態なのだが……そのラコフはエリルの攻撃を受ける度にのたうち回っていて……だからなのか、ユーリがさらりと解説を始めた。
「しかし技術を磨き、経験を積むほどに常識の壁は厚くなり、発想力に「そんなことできるわけがない」という鍵がかかる。これは私たち魔人族にも存在するジレンマで、この鍵を取り除く事は非常に難しい。無理だと思っていた事を誰かがやってのけるのを見るというのがよくある開錠方法だが、先人のマネでとどまるのでは根本的な解決にはならない。だが――そんなモノですら愛は打ち砕いてしまうのだ。」
 エリルの可愛い叫び声とラコフの絶叫を前に、政治家……いや、宣教師みたいな演説を続けるユーリ……
「愛する人の為ならばと限界を超える、誰もが後ずさる脅威を前に並々ならぬ勇気を見せる――愛には己の枷を外し、その者を何段階も押し上げる力がある。常識という壁、不可能という諦めの鍵、それらを飲み込み、破壊するほどの感情の奔流――彼女たちは今、その技術力であれば出来たはずの、しかし蓋をされてしまっていた可能性をロイドの愛によって引き出したのだ。」
 言いながらパチンと――電気で出来ている右手を鳴らすユーリ。すると寝転がるオレの頭の横に小さなガラス玉がコロンと転がった。それは透明な玉で、中に電気の塊みたいなモノが浮いている。
「この戦いが終わったらそれをおでこにあてるんだ。ロイドの愛を受けた彼女たちの感情や想い――つまりはお返事がその中に詰まっている。」
「な――」
「その瀕死の状態では死にかねない程の感情の爆発だろうからな。心して受け取れよ?」



『このクソガキャ――ああああああああああっ!!』
 殴る度、蹴る度にあたしの両手両足から噴き出る炎、その爆発の威力はさっきまでと変わらない。だけどガントレットとソールレットが紅く光ってて、攻撃すると相手の中で魔法の炎が爆裂する。
『――っ――痛覚『一万分の一』――!!』
 防御力を『一万倍』にしたはずのこいつがダメージを受けてるってことは、身体の中までは『一万倍』にしてなかった――というか考えてなかったんでしょうね。いきなり体内で爆発が起きるなんて思わないもの。
 相変わらずの再生能力のおかげでたぶん、焼かれた中身はすぐに元通りなんでしょうけど……ユーリの作戦の、こいつの集中力……と、あと冷静さとかを崩す効果はたぶん結構あった。
 ぶっつけ本番どころか考えもしてなかった魔法をいきなり使えたのは……使わざるを得なかったのは…………炎を――爆発させないと気が済まなかったのは…………

 あんのバカァァァアアアアアァァアアァァアアアアッ!!!!

 まだおさまらない、まだ熱い、まだ――!!
 たぶんあの死人顔の仕業――サ、サプライズって――なんてことしてくれてんのよ!
 どどど、どうやってロイドの顔見れば――あんなに想われてるなんて知ったらあたし――!!
 なんとかするのよ、なんとかしなきゃダメだわ! こいつを――この脳筋野郎をボコボコにして発散しなきゃ止められなくなる!!
今すぐ、こいつを――消し炭にしてやるっ!!
『クソがぁっ! ここまで防御力を上げた状態で痛みを抑えることになるたぁ――あの顔色最悪のガキ! 何をやりやが――』
「はぁああああっ!!」
 感情のまま、あたしは紅い光を更に強くしたガントレットをラコフに打ち込んだ。



「おお、まだ上があるのか。」
 身体を内側から焼かれ、流石に何度もそういう技を受ければ身体の内部にまで防御力アップの魔法を意識しただろうラコフにエリルが再度拳を打ち込むと、目や口からに加えて打ち込まれた腹の裏側、つまり背中の方からも炎が噴き出して――というか背中が全面的に吹き飛んだ。
『なにぃぃぃいいっ!?!?』
 目や口から炎が出るのは体内と直通だからだろうけど、背中からということは炎が身体を突き破ったということ。
 体内の防御力もアップしたはずのラコフをさらに上回る炎の力……
「あれは最早炎の力ではないな……対象がなんであれ、「炎で吹き飛ばす」という現象そのものを魔法で生み出している感じだ……さすがにあれは今のエリルさんの技術を超えているから……やれやれ、ロイドの愛はイメージだけで魔法を実現させるほどに強いという事か?」
「いや、首を傾げられても困るというかユーリが何を言ってんのかわからんというか……」
「さっき言った「蓋をされていた可能性」のさらに先にまでエリルさんが手を伸ばしているという話さ。いずれ辿り着くであろう到達点――いや、通過点かもしれないな。内から燃やすというのは今のエリルさんの技術の範囲内だから、こうして一度経験してしまえば今後もできるようになるだろう。だがあれは今のエリルさんには出来ないはずの魔法だ。」
「で、できないはずの事が――あ、愛の力で出来るようになったってことか……?」
「愛の力による限界突破は珍しい事じゃない。ただ、それはちょっとした心の暴走ゆえの結果だからな。この戦いの後もそれができるようになるというわけではない。ま、一度経験した事でそこに到達しやすくはなっているだろうが。」
「心の暴走――だ、大丈夫なのか……?」
「魔法使用による負荷は大きいだろうし、更に強力な魔法を使おうとすれば危険なレベルだが――心配するな、その時は私が止める。」
「……みんなに危ない事すんなよ……」
「私としたことが愛の力を甘く見ていた。すまない。」
 ……状況的に、こうして瀕死の状態になったオレを助ける為にみんなは……ユーリは戦っていて、このパワーアップもその為の策……それをわかってはいるけれどそう言わざるを得なかったオレに対し、これといった言い訳もなく謝罪するユーリは……いい奴だ。
「しかしこの愛の力、我らが姫たるミラに与えたらどうなるのだろうなぁ……ロイドの血を少し吸うだけで世界最強と言っても過言じゃない強さになるのだから、場合によっては神様になってしまうぞ。」
「そ、そうか……?」
「お、他のみんなが動き出すぞ。」
 ユーリの言った通りに今の一撃は負荷が大きかったのか、エリルが少しふらつきながらラコフから距離をとる。対するラコフは爆散した背中が再生能力のすごい魔法生物みたいにすぐさま塞がっていったが、状況が理解できないという顔でエリルを、そしてユーリを睨みつけた。
『一体何が――なにをしたぁぁあっ!!』
 砲弾のような速度でオレたち――いや、ユーリの方に突進したラコフだったが、その随分手前で見えない壁にぶつかって愉快な顔をさらした。
『ぶがっ!? こ、これは――ぐふっ!?』
 ぶつかった衝撃で後ろに戻されるラコフの胸に穴が開き、次の瞬間同様のモノが体中に生じた。
『――!! オレの身体をつらぬかばあああっ!』
 穴が開いた……のだが、その穴を開けたモノがなんなのかよくわからないでいると、まるで見えない何かに引っ張られるようにラコフの身体が宙を舞い、空中でぐるんと方向転換して地面に突っ込んだ。
「?? え、な、何が……」
「ああそうか、それだけ疲労していれば余計にわからないだろうな。ほら、ローゼルさんだよ。」
 ユーリが指差した先にはローゼルさんが立っていたのだが……あれ、いつもトリアイナを包んでいる氷の刃がない……?
「あの男の身体に負けない硬さとそれを貫くだけの速度とパワー。それを同時に複数放ったことに加え、氷の透明度がとんでもない事になっているな。」
「透明度……え、じゃあさっきラコフに開いた穴は――」
「ああ、『アイスブレッド』だったか? 透明な氷の槍が突き刺さった結果だ。その透明度は硬さと同様に自然界ではありえないレベル――彼女が生み出す魔法の氷はさらに進化したようだな。」
 つまり見えないだけでトリアイナはいつものように氷に包まれているということか。ただでさえ変幻自在の水と氷の技がこの上見えなくなるって――

「あぁ――はぁ……」

 肌がピリッとするくらいに熱い視線を感じたオレはローゼルさんと目が合う。それはあの夜、オレがヨヨ、ヨクボウのままにおそ――ってしまったあの時の表情に近く、見ていると理性が溶かされる妖艶な微笑みで……!
「もはや人間を超えた身体になっているあの男の、その上での『一万倍』をあっさり貫くとはおそれいるが――やはりツァラトゥストラである『腕』そのものは別だったか。」
「ドド、ドウイウコトダ!?」
「なぜ片言なんだ? いやな、ロイドには見えていないからアレだろうが、ローゼルさんの槍はあの男の腕にも放たれたんだ。あとから増えた二本の腕は貫いたのだが……ツァラトゥストラの『腕』には通らなかった。」
 とはいえ全身を穴だらけにされた上に結構な勢いで地面に叩きつけられたラコフなのだがその穴はすぐに塞がり、叩きつけられたダメージに関しては全く効果なしという感じでゆっくりと立ち上がった。
ただ――
『強化したこの身体が二度も――いや、あり得ない! 力が上手く出ないのも含めて、やはりあのガキが何かを――』
 身体は無傷ながらも表情はひきつっている。ユーリの狙いである、怒らせて心を乱し、数魔法を弱めるという作戦は順調に進んでいるようだ。
「お、次はティアナさんだぞ。」
ラコフが再度ユーリの方を睨んで一歩踏み出そうとしたその時、何発かの銃声が響いた。
『……ふん……魔法はともかく、銃弾でオレの身体は貫けねぇぞ。』
 イラついた顔で銃を構えているティアナの方へ身体を向けたラコフだったが――完全に向き切る前にその動作をピタリと止めた。
『……なんだ……?』
 何かに違和感を覚えているらしいラコフの前、更に何発か銃を撃つティアナ――ってあれ……? さっきから着弾した音がしないぞ……? まさか空砲なわけはないし……
「おお、これはすごい。」
 腕を何種類も持っているように目玉もいくつか持っているユーリが……あれは確かティアナの魔眼みたいに遠いモノや速いモノをよく見る為の目だったか、それを右目につけてラコフを見ている。
「ティアナさんは発射した銃弾の形状をいじることで弾の軌道を曲げるのだったな。」
「あ、ああ……」
「それをこういう形で進化させるとは。見えにくいだろうがあの男の腕をよく見てみろ。」
「あー……んん? あれは……ワイヤーか……?」
 光の加減でなんとか見えた鉄線。地面から伸びたそれはラコフの腕をぐるぐる巻きにしてその場につなぎとめていた。
『ふん、こんな針金でオレが――』
 縛られている腕に力を入れてそれをちぎろうとするラコフだったが……
『――!? な、なんだこれは……力が……どうなっている!?』
 そう言う間も響く銃声。その度にラコフを縛る鉄線が増えていき、段々とラコフが身動きとれなくなっていった……
え、ど、どういうことだ? あの鉄線がどこから出てきてるっていうのもそうだし、あんな細い線でどうしてラコフを止められる……?
「あの鉄線は元々銃弾。ティアナさんが形状を変化させて作り出したモノだぞ、ロイド。」
「銃弾!? い、いや、第九系統がそういう魔法っていうのはわかってるが――発射された銃弾をそんな一瞬でか!?」
「それを可能にしたのだろう? ロイドの愛が。」
「う――じゃ、じゃああの強度は一体どういう――」
「あの男を動けなくしているのは強度の問題じゃない。あれはあくまで銃弾が変形しただけの大したことのない鉄線さ。ポイントはあれで縛っている場所や角度だ。」
「場所……?」
「さっきロイドの妹さんがあの男を四本の腕を外に出したまま潰そうとしたのと同じだ。あの腕にどれほどの怪力が宿っていようと、その力が発揮できない状態にしてしまえば無意味だ。」
「……あの縛り方にそういう効果が……?」
「ティアナさんが縛り、動けなくしている箇所は動作の起点となるような場所なんだ。何かをする時にまず初めに動き、そこが動かないと肝心な場所が動かない――銃の撃鉄に詰め物をして発砲が起きないようにしている感じだな。」
「理屈はなんとなくわかるが……そういう箇所ってそんなすぐわかるモノなのか……? 人の形をしているならともかく、あんな四本腕……」
「形状の魔法の使い手として『変身』を行えるほどに肉体というモノに精通しているティアナさんの知識は勿論だが、おそらく今の彼女の魔眼ペリドットには見えているのだ。重心の位置や筋肉の収縮などが――ロイドの愛によってな。」
「――! ま、魔眼の能力まで上がるのか!?」
「上がったと言うよりは使いこなせていなかった部分を引き出したという感じだな。魔眼だって魔法の産物――心の影響は受けるとも。」
「そ、そういうものか……」
「ちなみにあの鉄線は地面の下で木の根のように広がり、ちょっとやそっとじゃ抜けないようになっている。私があの男のパワーを弱めたとはいえ、見事な拘束だ。」
「弱めた……?」
「『ガルヴァーニ』。私があの男にくらわせた雷は相手の神経系を狂わせる魔法でな。あの男は今、やろうと思った事と実際に身体がなす事に大きなズレが生じている。」
「……わかりやすく言うと……?」
「全力でパンチをしているつもりでも、実際に脳から身体に送られる命令は「半分の力でパンチしろ」というモノになっている。本人はフルパワーのつもりだから、急に力が入らなくなったような感覚だろうな。」
『が……な、なぜ……オレが……一万――『一万倍』だぞ……! どうしてこの程度を破れないっ!』
 全身ぐるぐる巻きというわけではなく身体の一部だけがギチギチに縛られた状態で、パッと見では簡単に抜け出せそうなのだが、歯を食いしばって力を入れるラコフは微動だにできず――

「……」

 ――! ラ、ラコフを拘束したティアナがふと横目でオレに視線を……それだけで息が止まるくらいの色っぽさを含んだ熱い視線を、お、送って――その場から離れて……ああああぁぁ……

「んん――熱い……冷まして――もらわないとねー……」

 ティアナと交代するように動けないラコフの前に立ったのは――ツインテールを揺らし、艶めかしく唇を濡らしつつも反則的な――この上ない笑顔でオレにウインクを送るアンジュ……あぁ、かわい――はぅあ! い、いかんいか――おわ、なんだ!? 急に眩しく……
「ああ、あれほどの規模になると口から放つ以上の威力になりそうだな。」
 相変わらず体力がカツカツで瀕死だというのに心臓をバクバクさせるオレは、ユーリが感心しながら見上げるそれを見た。
 一瞬太陽かと思うくらいの輝き。ランク戦でエリルやローゼルさんと戦った時に巨大な『ヒートボム』を出していたけど……あれとはレベルが違う。
アンジュの『ヒートボム』は「高温」そのものを圧縮して球状にし、触れるとその「高温」が破裂し、結果爆発を起こすという技だ。今はそれに火のマナから生まれた火の魔力を一時的に込める事でアンジュの必殺技『ヒートブラスト』のミニバージョンを放ったりするわけなのだが……あの太陽みたいな特大『ヒートボム』に圧縮された熱量と魔力の量は今のオレにもわかるくらいに――尋常じゃない……!
「ふむ、エリルさんが暴れ始めた辺りからタメ続けていたようだな。ロイドの愛で感情が渦巻いてもなお、連携がとれるのは素晴らしい。」
「ま、まぁ、なんだかんだ朝の鍛錬でお互いのことは――い、いやそれよりもあれ……まさか貯金を全部つぎ込んだのか……?」
 アンジュの持つ魔眼フロレンティンは魔力を貯めておくことができるから、マナから魔力への変換時に生じる、いわゆる魔法の負荷なしに強力な魔法が使えるという特徴がある。だからアンジュは毎日ちょっとずつ魔力を貯める習慣があるわけだが……
「どうやらそうらしい。魔法の中に魔力を留めておくなんていう特殊な行為は……あの男も分身に魔力を与えていたから誉めるようでしゃくだが、相当な高等技術だ。量が増えればそれだけ維持も難しいわけだが――アンジュさんはため込んでいた全魔力をあの『ヒートボム』に注ぎ込んだようだ。」
「――! こ、これも……あ、愛の力だって言うのか……?」
「多少はそうだろうが――メインはこの後だろうな。」
「メ、メイン?」
 オレがそう聞き返した直後、アンジュの頭上に浮かんでいた特大の『ヒートボム』が小さくなった。いや、あれは圧縮した――のか?
「あれほどのエネルギーをさらに圧縮……誤爆の可能性が大きいゆえにとてつもない集中力を要するだろうこれを出来て当然というようにあっさりなすとは。ローゼルさんのように、今の自分に出来ないことはないという心ゆえの偉業――これがロイドの愛の力だな。」
 特大の『ヒートボム』に込められた熱と魔力。それらが人の頭ほどの大きさまで圧縮された。残るはその圧倒的な力の開放――!

「『ヒートブラスト』。」

 規模は前に見た時の二、三倍と言ったところ。しかし放たれた瞬間に周囲が歪み、地面が溶け、瞬時に膨張する空気が破壊をまき散らす中、目を閉じてもなお眩しい紅い閃光と共に走る熱線はラコフの右肩――二本の右腕が生えている辺りに直撃した。
『――――!!』
 叫んでいるのだろうが、喉が干上がったみたいに声の出ないラコフの右肩に収束した紅い光は次の瞬間、爆音と共にその場所を貫いて草原の遥か彼方で着弾――大爆発を起こした。
「おおー、これはまた、S級の魔法生物の全力の一撃に匹敵するエネルギーだな。」
 遅れて届いた轟音と爆風の中でのんきに感想を口にするユーリはさておき、そんな一撃を放ったアンジュはニンマリしたままバタリと倒れ――!
「アンジュ!」
「心配するなロイド、いわゆる魔法切れだ。放った魔力は貯金してあったそれでも、今の攻撃を形にしたのは今のアンジュさんが行った魔法――あんな一撃を放ったんだ、そりゃ倒れる。それでも、今のロイドよりは元気だ。」
「でも――」
「それに、ロイドには思考が届いてないが――これも彼女たちの作戦なんだ。見ろ、第一段階クリアだ。」
 大爆発が起きた遥か後方ではなく、もっと手前でもうもうと煙を出す存在――ラコフを指差すユーリ。
『――ば……ばかな……こ、こんな――こんなことがぁぁああっ!?!?』
 あの攻撃を受けても普通にしゃべれるところがとんでもないが、その右半身には致命的なダメージがあった。
 さっきユーリが言った通り、やはりツァラトゥストラである『腕』は少し焦げた程度でまだそこにあるのだが――その周囲、あとから追加されたもう一本の右腕や肩の周辺は黒い焦げをわずかに残して消し飛んでいる。
 要するに、ラコフの身体から右腕がちぎれて落ちていた。
『オレの、今のオレの身体を――だ、だがまだだ、ガキ共が! こんなのすぐに再生――』
 貼り付けたような虚勢で落ちている腕に一歩近づいた瞬間、地面がドロリと液状になってその右腕を飲み込んだ。
「まずは一本――です。」
 いつの間にかオレたちの近くに立っていたパムの横、地面からずるりと出て来た巨大な手に沈んだ右腕が握られていて――

「……」

 ――!! い、一瞬、パムが泣きそうなふくれっ面でオレを睨んで――巨大な手が一瞬で金属の塊になり、ラコフの右腕を封じ込めた……
な、なんだ今のドキッとする顔は……パ、パムは妹だぞ、オレ!
「……リリーさん、仕上げを!」
 可愛い顔をキリッとさせたパムがそう言うと、倒れたアンジュの近くにリリーちゃんが現れる。そしてアンジュのおでこをぺちんと叩くと、アンジュはオレが寝転がっている場所の近くに移動した。
『次から――次に……!!』
 さっきまでよりは少し速度が落ちたような気がするが、それでも充分な速さで焦げた部分が再生していくラコフ。右腕はパムがおさえているからそこだけは無いままだが、背中から生えた追加分は再生し、左に二本、右に一本という三本腕の状態になる。
『お行儀よく順番に――なめやがってえぇぇっ!!』
 多少驚いたりなんなりはしても余裕を残す表情だったラコフの顔がいよいよ怒りでいっぱいになり、ユーリではなく目の前に立つリリーちゃんの方へ飛びかかった。
 だが――
『!?!?』
 強化された身体によって一瞬でつめることのできるその距離を跳躍したはずのラコフは……同じ場所に着地した。
 え、なんだ今の……確かにリリーちゃんの方に跳んだように見えたのに……あれ、その場でぴょんと跳ねただけになっている……?
「これは……」
 色々とすごいみんなの魔法に驚いていたユーリだが、今回は若干顔が引きつっていた。
「……彼女たちのロイドへの想いの強さは横並びかもしれないがその量――積み重ねた時間で見ると頭一つ飛び出るだろうリリーさんはロイドの愛の影響を最も強く受ける……予想はしていたがこれほどとは……」
「な、何が起きたんだ……? リリーちゃんは何を……」
「起きた事は単純だ……飛びかかったあの男は――移動した分だけ後ろに戻されたんだ。」
「え……つまりラコフの位置を……? で、でも位置魔法にはルールが――他人を移動させる場合はその人の許可とか、もしくは印を刻むとかが必要なんだろ?」
「ああ、だからリリーさんはあの男を移動させたんじゃない……あの男がいる「空間」を移動させたんだ……」
「く、空間!? え、まさか――空間魔法!?」
 交流祭で出会ったカペラ女学園の生徒会長であるプリムラ・ポリアンサさん。彼女は第一から第十一までの系統をマスターし、加えてそれらを組み合わせることで初めて使う事ができる空間魔法というモノの使い手だ。それは風すらも真っ二つにするという、もはや防御力云々を完全に無視した力だった。
「ああ、半分正解だろうな。第一から第十一までの系統を合わせる事で時間を除く全ての事象に干渉できる力が空間魔法だが、その構成は十一の系統の等分ではなく……第十系統の位置魔法が主成分と言っていいモノだ。」
「え、そ、そうなのか……?」
「だがだからと言って位置魔法単体であの域に到達するとは……魔人族も含め、そこに至った者は歴史上数えるほどしかいない。」
「魔人族含めて……!?」
「まったく情けない限りだ。私はまだまだ、愛の力の強大さを理解できていなかったらしい。」
『な、何が……――ぐっ!?!?』
 何をされたのかわからずに立ち尽くしていたラコフの顔に苦痛の表情が走る。
『が――ああああぁぁっ!!』
 一本だけになった右腕で左肩のあたりをおさえるラコフに対し、たぶん何かの攻撃をしかけているのだろうリリーちゃんは――

「はぁん――ロイくん……やぁん…………ロイくん……ロイくん……」

 うつむき、肩を抱いて震えながらオ、オレの名を呟き続け、そしてふと力が抜けたようにその場にペタリと座り込んで――リ、リリーちゃん!?
「お、おいユーリ! リリーちゃんの様子が――」
「まさかそんな……こんなことまで……?」
 具合でも悪いのか、それとも空間の移動なんてすごい魔法を使った影響でアンジュみたいに魔法切れを起こしたのか、とにかくまずそうなリリーちゃんを助けて欲しいとユーリを呼んだのだが、そのユーリはひきつりにほんの少しの恐怖が混ざった驚愕顔で苦しむラコフを見ていた。
 そして――

「――んもぅ、ロイくんてばぁぁあぁんっ!!」

 うつむいていた顔が上を向き、そこに――も、ものすごくとろけた幸せいっぱいの笑顔を浮かべてリリーちゃんがオレの名を叫ぶと――

『あああああああっ!!』

 ――ラコフの二本の左腕が切断された。
 いや、切断というほどやさしいモノじゃない。断面から考えると――引きちぎられたと言ったほうがたぶん正解だ。強化によってとてつもない硬度になっているラコフの腕の一部を上、一部を下に引っ張って無理矢理破壊したような痕……尋常じゃない力が働いたに違いな――
「……!? な、なんだあれ……!?」
 ちぎられ、宙を舞う二本の腕の下にある地面にいつの間にか亀裂が走っている。い、いや亀裂とかそういうレベルじゃない……地割れ……? しかもあれ、どこまで続いて……
「……ここが草原でよかったな。街中であれをやっていたら断面の延長上にあるモノは全て真っ二つだったぞ……」
「オ、オレには何が起きたのかさっぱりなんだが……」
「ああ……リリーさんは……空間をずらしたんだ。」
「……つ、つまり……?」
「リリーさんから見て正面にある空間を、あの男の左腕を断つ向きで上下にずらしたんだ……あの生徒会長さんの魔法同様、どんなに硬かろうが関係ない――その断面の線上にあるモノは全てがずれる。あの地割れもその影響……おそらくリリーさんの視界に入っているところまで続いているだろう。」
 視界に入っていればそれがなんであれズレるなんて、なんだそのデタラメな魔法――というか今度こそリリーちゃんへの負荷がやばいんじゃ!

「ふにゃん……」

 ああ、思ってるそばからリリーちゃんが倒れた!
「心配するなロイド……リリーさんは魔法の負荷を受けていない……」
「えぇ!? いやでも倒れたぞ!」
「あの幸せそうな顔を見ろ……嬉しすぎて力が入らないとかそんな感じだ。愛の力が大きすぎたらしい……」
「そ、そうか――いやいや! 負荷がないってどういう――」
『ぶぐあっ!?』
 コテンと倒れたリリーちゃんの前方、右腕だけのラコフが突然血を吐いた。
『!?!? こ、この感覚は魔法の負荷――ツァラトゥストラが切断されたからか!?』
 地面から伸びた土の腕が切断された左腕――たぶんどっちがツァラトゥストラかよくわからないからだろう、二本ともを回収して右腕と同様にパムが金属でがっちりと抑えたため、今のラコフはツァラトゥストラとつながっていない。
 魔法使用による負荷を激減させるらしいツァラトゥストラと離れた事で今までの数魔法のツケみたいなモノが来たのか……?
「……あの男はああ言っているが……今あの男に降りかかった負荷は――リリーさんのモノだ。」
「えぇ?」
「強大な魔法だったからな、さすがに止めようかと思ったんだが――ああ……こう、魔人族的な感覚で悪いんだが、その瞬間、リリーさんの身体を覆おうとした負荷があの男の方に瞬間移動したんだ。つまり……自身に及ぶはずだった魔法の負荷の「位置を移動」させてあの男に押しつけたわけだな。」
「……?? なんだその言葉遊びみたいなの……そんなこと可能なのか?」
「ああして世界をズラすほどの域に達した位置魔法ならば……まぁ、不可能とは言えないな。そもそもこうして目の前で起きたのだから、受け止める他ないだろう? これも愛ゆえだ。」
「……そろそろ愛だけじゃ説明できないレベルじゃないか……?」
「どうかな。」
 ……んまぁ、今は考えても仕方がない。アンジュが魔法切れで、リリーちゃんが……う、嬉しすぎで……動けなくなりはしたけど、ツァラトゥストラである『腕』を奪った今、ラコフはかなり弱体化しているはず。
 いや、弱体化というか……あの怪物の姿はツァラトゥストラの力によるモノのはずだから、こうして切り離されたら元の人間に戻るんじゃないか? しかも両腕が無い状態……これはもうこっちの勝ちなのでは……
「そうもいかないようだぞ、ロイド。」
「……! まじか……」
 右肩にアンジュのスーパー『ヒートブラスト』を受け、左腕をリリーちゃんの空間ズラしで引きちぎられた上にその負荷を受けたラコフは……両腕のツァラトゥストラを失ったというのに身体の再生が始まり、二本腕に戻りはしたけど相変わらずの怪物姿でまだ立っていた。
「どうやらツァラトゥストラによって変化した身体はそのままのようだな……あれではもはや人間とは呼べない。腹立たしいがあの男は……半分魔人族になったらしい。」
「半分……」
「魔法器官は持たないからマナを作ることはできないが、人間を超えた強靭な肉体に魔法の負荷を受けにくい身体――中途半端な存在になったものだ。」
「負荷を受けにくい? リリーちゃんの魔法の負荷で血を吐いてたぞ?」
「空間をズラすような魔法の負荷を受けてその程度――という事だ。」
「なるほど……さっきまでの四本腕状態よりは弱くなったけど、相変わらず厄介な相手なわけだな……」
「まぁそうだが……愛の力でパワーアップしたエリルさん、ローゼルさん、ティアナさんにロイドの妹さんがいて、まだまだ元気なアレキサンダーさんがいて、ブレイブナイトの『ブレイブアップ』も残っている。大丈夫さ。」
「む、おれの出番はまだあるのか?」
 完全に一人待ちぼうけ状態のカラードが少し驚きつつも嬉しそうな感じで反応する。
「待たせて悪かったな。だがようやくあの男は……初めから出しておけばよかったと後悔しているであろう「本気」を出してくる。」
「うえ、ここまでやってやっとかよ。つーか確かにまだ元気だが、俺は必要か?」
 とんでもない魔法のオンパレードをぽかんと眺めていたアレクが頭をポリポリかきながらユーリにたずねる。
「今のエリルさんたちの力はオーバーパワー。限界がいつ来るかもわからないからな。素であの男と力比べのできる戦力は必要だ。」
「……なんか拗ねてるところをおだてられた気分だが……置き物と化してるカラードよりはましか。」
「アレク、気にしていることを。」
 キシシと笑うアレクとムッとするカラード。
「ふふふ、二人にも愛の力を手にする時が来る。パワーアップはその時までのお楽しみに――おっと、あの男が動くぞ。」
 ユーリの言葉に構えをとるアレク。そしてその思考が伝わったのか、か、可愛いくムスっとしているエリル、ほほに手を添えて、よ、妖艶な雰囲気で立つローゼルさん、横目でオ、オレをじーっと見つめるティアナ、倒れたリリーちゃんをオレたちがいる場所まで移動させて、じゃ、若干オレを睨んでいるパムも同じく武器を構えた。
『……アネウロは言った。オレの望みの世界が来ると……』
 ツァラトゥストラではない新たに生えた両腕に視線を落とすラコフ。
『世界を救うために世界を征服する……理由なんざどうでもいいが、とにかくあいつは戦争を引き起こそうしてやがる。世界中のやべぇ奴らが表に出て、力がモノを言う世界が来る……ああ、楽しみだ……生まれる時代がもっと早けりゃと嘆く時間はもう終わりだ……バトルが始まる――命をかけた血みどろの殺し合いが日常になるんだ! それを目前にこんなところでガキ相手に……? あぁ? オレが負けるわけがねぇ。んなわけ……んなわけがあるかぁあああぁぁっ!!』
 これでもかという怒号が響き渡り、ラコフが完全にキレた顔をこっちに向けた。角やら牙やらいろいろとんがった怪物顔でさらに叫ぶ。
『もう容赦はしねぇ、ガチで殺しに行く! お前らの魔法なんざひねりつぶして全員バラバラにしてやらぁっ!!』
 ……昔フィリウスがAランクの魔法生物を討伐するのを手伝った事があるが、その魔法生物が追いつめられて死に物狂いの本気を見せた時のプレッシャーに似たモノを今のラコフから感じる。本当に、人間から離れた存在になったらしい……
「勝手に手加減してキレてんじゃ世話ねぇな、おい。」
 小さい子なら泣き出すのを通り越して全員気絶するだろう迫力を前に、アレクがぼそりと呟いた。
『ああ……?』
「いや……俺にはお前の今の言葉がわからないでもねぇんだ。強い奴がわんさか出てきてそいつらとバトルができるってのはなかなか楽しそうだと思う。そういう奴は戦闘狂とか呼ばれるわけで、別にそれは構やしねぇんだが……似た者のはずのお前の考え方が俺にはよくわからん。」
 全身を強化し、どんな攻撃も跳ねのけて突き進み、強力な一撃を叩き込む――自分と似た戦い方をするラコフに対し、だけど自分とは違うとアレクは言葉を続ける。
「思ったよりも相手が強かった時、本当に戦いが好きな戦闘狂って呼ばれる奴なら喜ぶもんだ。十二騎士のトーナメントじゃよくある光景だぜ? 負けたことよりも強い相手に会えたことに笑って退場していく騎士ってのは。だがお前は……予想外に強かった俺らにブチ切れた。てことは要するによ、お前は――」
 巨大な斧に力をこめ、別に怒るでも笑うでもなくアレクは言った。
「――弱い者いじめが好きなだけだ。」
 アレクの言葉が空気に溶けて数秒後、ラコフは咆哮と共に駆け出した。



 対水害用の防御魔法を利用した水の檻の中に閉じ込められた首都。あちこちで戦闘音が響く中、とある一角では竜巻と光線が飛び交っていた。
 その身を甲冑で包む桃色の髪の女騎士オリアナは、左目から放たれる赤い光線と手にしたサーベルを武器に戦うオズマンドのメンバーの一人、プレウロメとの二度目の戦闘を繰り広げていた。
「……妙ですね。」
 周囲の建物などお構いなしに連発される光線に苦い顔をしつつそれをかわし、風とランスによる攻撃をしかけるオリアナは、サーベルで応戦するプレウロメの動きに違和感を覚えていた。
「は――何がだっ!」
 オリアナの目の前、ランスを受け流した直後、位置魔法による移動のような速度でオリアナの背後にまわるプレウロメ。だが巧みな手さばきでくるりと回転させたランスを背に回して死角からの一撃を防いだオリアナは、自身とプレウロメの間に突風を起こして距離をあけた。
「器用に防ぐ……一芸魅せるじゃないか。」
「今もそう。」
 ランスの腕を茶化すプレウロメの言葉を無視し、オリアナは確認するようにプレウロメのサーベルへ視線を移す。
「仕組みは不明ですが、あなたは自身の経過時間を加速させることができる。であればなぜ――あなたは加速したままで攻撃を行わないのか。」
「――!」
「加速によって私の背後をとったならそのままの速度で斬りかかればいいものを、何故かあなたは直前でその加速を止めている。こうしてお互いが間合いの外にいる距離であっても加速して近づき、そのまま攻撃を仕掛ければいいのにあなたは私の目の前までの移動で加速をやめてしまう。」
「……なんだ? まるで攻撃されたがっているように聞こえるが?」
「時間魔法の使い手とは何度か手合わせの経験がありますが、そのような制約は無かったはずです。」
 話しかけているようで独り言だったらしいオリアナにプレウロメがイラつきを見せた瞬間その顔――左目に向かって砂埃が舞った。
「――!?」
 反射的に目を閉じたプレウロメだったが、それが非常にまずいことであると直感し、自身の時間を急加速させて無理矢理目を開く。そして直前に迫っていたランスを視認するや否や、更なる加速でその場から離脱した。
 だがその攻撃を薄目で見たプレウロメはそれがランスだけだった事に気づかず、回避方向に先回りしていたオリアナによって背中に高速回転する小さな竜巻を打ち込まれた。
「――っが!?」
 背中の一部にねじれるような痛みが走り、プレウロメはぐるぐる回転しながら元来た方向に飛ばされる。そしてその方向には何故か空中で静止しているランスがまだあり――
「――!! だあぁああっ!!」
 それに気づいたプレウロメは光線を放ち、その反動によって自身が飛んでいく軌道をズラす。結果、ランスは右肩をえぐり、プレウロメは瓦礫に突っ込んだ。
「はああぁっ!」
 間髪入れず、オリアナは空中で静止していたランスを風で手元に戻し、そこに風をまとわせ――
「『エアカッター』っ!」
 ランスを剣のように振り下ろした。すると巨大な風の刃が走り、プレウロメが突っ込んだ場所に大きな斬撃を刻んだ。
「――!」
 追撃を決めたと思ったその瞬間、オリアナは何かに気づいてその場から移動し、直後その場所を赤い光線が走った。
「ったく、できれば殺したくないという割には容赦のない。この前もさらりと目玉をくりぬいたしな。」
 右肩を押さえてため息をつくプレウロメに対し、オリアナは着地と同時にランスを構えなおす。
「……加速による高速復帰がある以上、追撃は決まりにくいですね。一撃でとなるとフィリウス殿が得意とする技を……」
「……妙と言えばそっちもだいぶ妙だな。」
 オリアナが一人呟いている間、マネをするようにプレウロメも一人でしゃべり出す。
「ランスはともかく、風魔法の方は一貫性がないというか、色々な奴の技を使ってる感じで……いや、試しているという方が正解か……?」

 プレウロメの予想はその通りで、オリアナという女騎士は今、第八系統の様々な風魔法を試している。
 S級犯罪者である『イェドの双子』に遭遇し、中級騎士――スローンでありながらたった一人で化け物クラスの猛者に挑んだ無謀を《オウガスト》であるフィリウスに「いいガッツ」と見込まれ、十二騎士がそれぞれに持つ専属部隊『ムーンナイツ』に招かれた。
 十二騎士に並ぶような上級騎士――セラームからメンバーが選ばれる事の多い部隊にスローンの身で所属する事になったオリアナはフィリウスのアドバイスのもと、他の『ムーンナイツ』の風魔法を勉強させてもらっている。
 元々風の制御に関してはセラームでも並ぶ者が少ないほどの使い手であり、仕組みややり方さえ理解できれば大抵の魔法はマネができる為、それらを実戦においてどのように活用するか、またそこから新たな風魔法を生み出せないかを試行しているのである。

「……実験台にされているとあっちゃいい気分はしない。ふん、こっちも一人にかかり切りってわけにはいかないからな……そろそろ終わらせようか。」
 そう言うとプレウロメはポケットに手を入れ、中心に赤い石がはめ込まれている眼帯のようなモノを取り出した。
「……」
「……わざわざ待ってるとはまぬけだな。」
 それを装着している間、構えを崩しはしないが何もしないオリアナを鼻で笑うプレウロメだったが、オリアナは淡々と答えた。
「それを身につける時間も加速できるはずなのにじっくりと見せてくれるのですから、観察させてもらっているだけです。」
「……そうかい。」
 オリアナにじっくり見られながら眼帯を――左目に装着したプレウロメは、続けて先ほどとは逆のポケットから小さなガラス玉を取り出した。
「第八系統の風魔法の使い手は空気の流れを読んで相手の動きを先読みすると聞く。私が背後にまわろうと反応できるのはその為……いくら時間を加速させようと、瞬間移動しているわけではないから空気に流れを生んでしまい、それを読まれる。だが――」
 取り出したガラス玉を指で挟み、グッと力を込めるとそれはあっけなく砕け散った。
「いくら先読みしようと反応を超えるスピードで迫られれば対応はできまい。時間回収の速度を上げた今、私の速度は先ほどとは比べ物にならないぞ。」
「……時間回収……?」
「おっと、口が滑ったな。だがまぁ、数分後には立っていない者が知ったところで問題は――ない。」
 瞬間、オリアナは光線が放たれる時のわずかな温度の上昇、それによる空気の動きを感じ取って回避行動をとったのだが――
「――くっ!」
 その光線はプレウロメの左目からではなくオリアナの後方から放たれ、それに一瞬動揺したことで完全には回避できず、オリアナの左腕は赤い光に包まれた。
光線の対策として身体に耐熱魔法をかけているオリアナだが、序盤で受けたダメージと相まり、今の一撃で左腕をまともに動かせなくなる。
「驚いたか? こっちにはマジックアイテムを作るのがうまいメンバーがいてな。」
 プレウロメが赤い石の光る眼帯をトントンと叩くと、今度はオリアナの真上から光線が迫る。通常の回避が間に合わないと判断し、オリアナは突風による緊急回避を行ってプレウロメから大きく距離を取った。
「――位置魔法……確かオズマンドの序列四番のメンバーは第十系統の使い手でしたね……」
「ん? ああそうか、ナンバーフォーまでは国王軍も知ってるんだったか。まぁその通り、この眼帯の力で左目からの攻撃は好きな場所から撃てるってわけだ。」
「……それは嘘ですね。」
「……なに?」
 左腕をだらりとさせつつも、耐熱魔法に加えて自身の身体を風で覆ったオリアナは片腕でランスを構えなおす。
「好きな場所というのなら、私が甲冑をまとっていない顔などを狙ってゼロ距離で放てばいい。先ほどの背後からの攻撃も、そうとわかっていれば回避するのに十分な距離から放たれていた……おそらく距離――いえ、発射地点は大雑把にしか定められないのでしょう。」
「…………わかってもどうしようもない事というのは、あるものだぞ――!」
 プレウロメの姿が消えると同時に死角から放たれる光線。今度は完全に回避したオリアナだったがその顔には驚きと焦りがあり、直後動かない腕の方――左側に現れたプレウロメのサーベルを、ギリギリ反応の間に合った左脚で受けた。
「は! すごい防ぎ方だな!」
 再び消えるプレウロメに対し止まっているのは危険と判断したオリアナは追い風を利用した高速移動を開始したが、予想外の場所から放たれる光線の回避に足が止まり、再びプレウロメのサーベルを、今度は防御が間に合わない為にわずかに姿勢を崩すことで首元に迫った一撃を甲冑をまとった胸部で受ける。
「――っ!」
「やるが――いつまでもつ!」
 そこから始まる怒涛の連続攻撃。先ほどまでとは段違いの加速で動くプレウロメとどこからともなく発射される光線の猛攻。空気の動きによる先読みと風による回避を総動員してそれに対応するオリアナだが、攻めに転じることができずに防戦一方となる。
「ならば……」
 このまま続けば確実に負ける状況の中、突如オリアナはランスを真上に放り投げた。
「何をしてるのやら――武器を捨てるか!」
 もはやその言葉もどこから聞こえているのかわからなくなるほどのプレウロメの猛攻に、甲冑をまとっているとはいえ徒手空拳のみで対応していくオリアナ。ランスを振るうよりも小回りは利くようになったが、反面間合いが小さくなったことでプレウロメの攻撃を間近で受ける事になり、サーベルをギリギリ紙一重で防ぐような瞬間が増えていった。
「終わりが見えてきたな、中級騎士!」
 フェイントを含めつつ主にオリアナの頭部を狙ってサーベルや光線を放っていたプレウロメは、これまで狙わなかった脚にサーベルではなく蹴りを加える。
「――!」
 サーベルを振るう時もそうではあったが、第一系統の強化魔法を得意な系統としているプレウロメの蹴りは甲冑の上からでも十分な衝撃をオリアナの脚に与えた。
「とどめだっ!!」
 ガクンと体勢崩したオリアナの首を狙ってサーベルを振るうプレウロメ。
 だが――
「なにっ!?」
 突如何かにのしかかれたかのような衝撃を受け、プレウロメは地面に叩きつけられた。
「くそっ――」
そのまま地面に転がっていては致命的だが思うように身体を動かせないプレウロメは、装備しても前が見えるようになっている眼帯越しに周囲をその特殊な『眼』で瞬時に確認する。
 見ると、自分たちが戦闘を繰り広げている街の一角全体に上からの強風――暴風が、先ほどオリアナが投げたランスを起点に吹き下りていた。加えて、その風はオリアナが立っている場所を含めて一部には吹いていなかった。
「――うおおおっ!!」
 強化魔法を最大出力で身体にかけ、プレウロメは暴風域から無風の部分へと退避した。だが直後、プレウロメは自分が罠にはまった事に気づく。
 地面にへばりついてしまうほどの暴風が吹き荒れる中、一部だけに存在していた無風地帯。そこはオリアナが立っている場所を起点とする直線の道となっていたのだ。
「……なるほど……この暴風を起こす魔法をランスに仕込み、私の攻撃を耐え続けたお前はここぞというタイミング――勝機を見て私が一番油断する瞬間にそれを発動した。勝ったと思った直後突然のピンチ……思わずこの、暴風の来ない場所に出てしまった私は――こうしてお前の正面、直線状に顔を出す羽目になったわけだ。」
 そうしてプレウロメが一人呟く間、オリアナはグッと腰を落として拳を構えていた。
「おそらく普通に出来るのだろうこの暴風の魔法をわざわざランスを起点にしているのはこうして長時間持続させる為……大抵一瞬で吹き終わる普段の風ならともかく、こうして吹かせ続けるとなると何かを起点にした方がイメージがしやすいからな……しかし――」
 構えたままで止まっているオリアナを訝しげに見るプレウロメ。
「私がここに出て来た瞬間に攻撃すれば長時間風を起こす理由は無い。万全を期してというのならまぁわかるが、お前は未だそうして構えたまま……確かにこんな暴風の中じゃまともに動けないし、光線も真っすぐ進むか微妙。結局私はこの直線上でしか攻撃できないわけだが……お前はバカなのか?」
 自身の正面で拳を構えたまま固まっているオリアナに嘲笑とイラつきを見せながらプレウロメが眼帯を外す。
「私の攻撃はこの左目から放つ光線。こうして話してる間にもマナを貯め、今から放つ光線は最大威力と言っていい。対してお前の武器は空の上……私の高速移動と死角からの光線を封じても、状況は悪くなっているんだぞ?」
 赤い光が漏れ出す左目でオリアナを捉えるプレウロメ。それに対しオリアナは、プレウロメの言葉を頭半分に聞き流し、拳に意識を集中させながらある会話を思い出していた。


「ん? 俺様の技?」
「は、はい。フィリウス殿と言えば、あらゆる攻撃を回避し続けてここぞというタイミングで一撃必殺の剣を振り下ろす――という戦法が有名で、その雄姿は十二騎士のトーナメントでも拝見しているのですが……は、恥ずかしながらその……最後の一撃に使用している魔法が……自分にはわからなくて……」
「ほう! 俺様なんかよりも遥かに器用に風を使えるオリアナにもわからねぇとは自信がつくな! ま、あれは俺様オリジナルの魔法だからな!」
「オリジナル……そうですか……」
「んな残念そうな顔をすんな。別に教えてやってもいいんだぞ!」
「え――い、いえでもそんな……きっとフィリウス殿がたゆまぬ努力で編み出した魔法でしょうし――」
「たゆまぬ? この筋肉についてはその通りだが、魔法に関しちゃそんなことないぞ? 俺様、第八系統ですらセイリオスで落第するところだったからな。」
「えぇ!?」
「それが全部とは言わねぇが、魔法に大事なのはイメージだ! 難しく考えず、ただただ想像する! 道行く女を見てそのボディラインをイメージするように!」
「は、はあ……」
「俺様はちょこちょこダメージを与えてじわじわ削るみてーのが性に合わなくてな。だからどんな奴も一撃! ってのを目指したわけだが、俺様の得意な系統は第八系統の風魔法だった。風ってのはつまり空気だからな。スピードはあるしそこら中にあるから使い勝手もいいんだが、生憎破壊力って点においては微妙なところがある。」
「そ、そうでしょうか……暴風であれば建物を倒壊させたりしますが……」
「それは対象がデカいからだ。風速何十、何百っつー風を吹かせたところで、じゃあ道に転がる石ころを破壊できるかっつーとどうだ? 飛ばすだけで破壊はできねぇ。対して第四系統の火とかを使って爆発を起こせば、デカい建物でも石ころでも粉砕できる! ほれ、風って微妙だろ?」
「そ、そう考えますと……確かに……」
「でも俺様は風しか使えねぇから色々と考え、ポンと一つの考えに至った! 要するに空気だからダメなんだってな!」
「え……?」
「空気ってモンがなんかよくわらかんエネルギーを受けて風ってモンになるのなら、そのエネルギーをもっと硬くて破壊力のあるモノに与えればいい!」
「……それはつまり……風で硬いモノを飛ばすということでは……」
「違う違う、エネルギーを直に硬いモノに与えるんだ!」
「…………す、すみません……理解が追い付きません……」
「だっはっは、だろうな! 誰に説明してもんな感じだ!」

 その時はまったく理解できなかったが、後日オリアナはフィリウスの話を真剣に考えてみた。
 科学的に考えるのなら、風を生み出しているのは気圧の力であり、フィリウスの言うよくわからんエネルギーとはそれになるだろう。
 だがこれは魔法という、世界の理を捻じ曲げて不思議な現象を引き起こす技術に関する話であり、その根っこはイメージというふわふわしたモノだ。風を空気とエネルギーの組み合わさったモノと捉え、そのエネルギーのみを取り出すという事も魔法においては不可能と断じることのできない事象なのだ。
 事実、それを実現させて世界の頂点に立っている男がいるのだから、やってみる価値は充分にある。そう考えたオリアナはイメージトレーニングから始め、フィリウスの魔法をマネすることに挑戦し続けた。
 そして――


「風――飛ばすだけの力も対象によっては破壊の力……その可能性の全てを風から抜き取り……エネルギーと、して……こめ――る……っ!」
 右手に装着している甲冑の籠手を対象として風をためる。あまりに不安定で制御など二の次にそこに留めておくだけで精いっぱいなその力を、オリアナは全身全霊で抑え込む。
 描くイメージはそのまま、なんだかよくわからないモノ。何かに何かの変化をもたらす力が、風や熱、電気などに姿を変える前の状態――あらゆる可能性を秘めた純粋な力――!
「それ――を、ただ一点――攻撃……破壊力にのみ、傾けて……放つっ……!!」
 籠手が震え、空気に溶けるかと思うような感覚――その限界点でオリアナは走り出した。
「――!? ああやっぱりか! 初めに会った時に言った通り、お前はバカだった!」
 風はおろか強化魔法の一つも使わずに自分の方へ走ってくるオリアナ。風による移動に見慣れたプレウロメからすれば遅い事この上ない突撃。
 オリアナがランスに魔法を仕込んだのは先ほどプレウロメが言ったのともう一つ、フィリウスの魔法を使う際にはそれにのみ集中することになる為、他の魔法が使えなくなるからだ。
 故に今、鍛えているとはいえ若い女性が、光線のダメージの残る身体を――甲冑に包まれた重たいそれを引きずって、駆けている。
「その右手はなんだ? 竜巻か? それが私に届くとでも思ってるのかっ――!!」
 放たれる赤い光線。暴風域の中、唯一作られた一直線の道をなぞって閃光が走る。
 迫る高温の壁を前に、オリアナは右の拳を突き出して叫んだ。

「『バスター・ゼロ』っっ!!!」

 オリアナの拳が光線に触れた瞬間、抑えられていた力が一気に溢れ出す。純粋な力であり、もはや風魔法とは呼べないはずのそれは、しかし第八系統の使い手であるオリアナのイメージによって横に走る光の竜巻となる。
それは光線を、プレウロメを、周囲の建物を、オリアナの正面にあるモノ全てを飲み込み――破裂した。
 反動で飛ばされたオリアナはとっさに風魔法をまとうも充分な防御とは言えない状態で後方の壁へ叩きつけられる。甲冑越しに伝わる衝撃に一瞬息が止まり、オリアナはずるずると壁伝いに落下して地面に座り込んだ。
「……!」
 叩きつけられた衝撃以前に、目の前で炸裂したエネルギーはオリアナの全身にも余波を与えており、特にいつの間にか籠手の無くなった右腕はおかしな方向へ曲がった上、ところどころ内部から破裂したように血が噴き出ている。
「……力を込めた……籠手は吹き飛び――ましたか……腕は、まだくっついているだけ――マシですね……」
 座り込む姿勢に落ち着けたのはいいが、身動き一つとれないオリアナは光の跡へと目をやる。
「……これは……人が扱っていい……力なのでしょうかね……」
 そこは凄まじいエネルギーが炸裂したとは思えないほどにスッキリとしていた。火の魔法などで爆発を起こせば、砕けたり黒く焦げたりした瓦礫が散乱して煙が立ち込める。しかし目の前の爆心地には何もない。その場にあったモノを何かが削り取ってしまったかのように、文字通り全てが消し飛んでいた。
「……こんな力をフィリウス殿は……やはり流石ですね……」
 大きな声で笑う十二騎士を思い浮かべながら、オリアナは視界にプレウロメがいないことに気づいてため息をついた。
「…………悪党を倒す――いえ、殺したのは初めてではありませんが……こればかりは、まったく慣れま……せん……」
 息も絶え絶えに一人呟き、オリアナはがくりと気を失った。


「おうおう、とんでもないでさぁ。」
 光の竜巻がその場の全てを消し飛ばした数分後、ピクリとも動かないが死んではいない桃色の髪の女騎士を見下ろし、太った男はまるで辛いモノでも食べたかのように舌を出していた。
「一体どんな魔法を使ったらこんな味になるんでさぁ? まるで全身が強力な魔法で防御されてるみたいでさぁ。」
『普通……ではな、い……魔法の反――応だな。まるで……核爆弾を使って――放射能を浴びたようだ。それは――食べない方が、いいぞ……バーナード。』
「ほうしゃ……? うまそうな響きっすが……そうっすね。血を舐めただけで舌がビリビリでさぁ。」
 耳にアンテナのついたイヤホンのようなモノをつけた太った男は、そこから聞こえてくる老人の声を聞いて残念そうに女騎士から視線を外す。
「というかなんか聞こえにくいでさぁ。この結界みたいな水の壁のせいっすか?」
『そ――のようだ。そっちにコルンがいる……ことでギリギリ……つながっている……少し出力、をあげ――るか。』
「ま、あっしたちは食事に来ただけっすから、お腹を膨らませたら適当に帰るでさぁ。」
『――……すでに充分ふくらんでいるだろうに。』

「ごはーん。」

 太った男がやはり物欲しそうに女騎士を見ていると、遠くから小さな子供の声が聞こえてきた。
「おー、お手軽でさぁ。もしやあっしよりも鼻が利くんでさぁ?」
 太った男がのしのしと歩いていくと、全身がひしゃげ、血塗れで倒れている男――プレウロメの横で小さな女の子が手を振っていた。
「あの騎士と戦ってたにしちゃぁ随分と飛ばされたんすね。さっきの爆発のせいっすかね。」
「ごはーん。」
「そうっすね、あっしも腹ペコ――ん? さすがにこの壊れ具合は死んでるんじゃないっすか? 確かツァラトゥストラは所有者が死ぬと消えて……」
 少し慌てた様子でプレウロメの顔を覗いた太った男は、白目をむいているが両目ともそこにあるのを見てふぅと息を吐く。
「死んでもすぐに消えるってわけじゃなさそうでさぁ。でも急がないと――早速いただくでさぁ。」
 かぶりつくように口を開いてプレウロメの腕をつかんだ太った男は、その腕が異常に硬いことに気がついた。
「硬直? いや、なんだか金属の塊みたいな硬さでさぁ……そういえば匂いもしないっすね。」
 あるかどうかもよくわからない首をかしげ、太った男はプレウロメが着ている服の端っこをつまんで引っ張る。先の戦闘でボロボロになっているプレウロメの服は、しかし一ミリたりとも動かせなかった。
『ほう、それは時間魔法だな。「停止」している。』
「? 死にそうになって自分を止めたってことでさぁ?」
『それはないな。見た所、これは完全に死んで――ああいや、その手前というところか。なんにせよ意識はないだろうから、予め仕込んでいようと発動させることはできん。あるとすれば他の誰かが仕込んだ場合のみだな。』
「となるとアネウロとかいう奴っすかね。」
『だろうな。』
「それはまた……あぁ、なんつーこってさぁ。姉御のお気に入りがいるからって折角バレないように忍び込んだのに食べられないってことっすか……」
『まぁ、ツァラトゥストラそのものは危険でもそれを身につけた者であれば食べられるかもというのはただの想像だからな。コルンの進化にもつながると思ってワレも手を貸したが……これを機に諦めたらどうだ?』
「おあずけされると余計に食べたくなるんでさぁ……こうなったら生きてる奴を見つけて「停止」する前に食べるでさぁ。」
『やれやれ……国王軍に見つかるなよ。ばれないようにと思うのなら。』
「安心するでさぁ。」
 太った男がそう言うと、そのダルマのような身体がうねり、縮み、みるみる内にその形を変えていった。
「これなら大丈夫でさぁ。」
 最終的に太った男は鎧を身にまとった国王軍に騎士の姿になり、ついでに少女が着ていたボディスーツのようなモノがその容姿にあう可愛いらしい、かつ少しボロボロになった服になる。
 傍から見れば取り残されていた少女を避難させる騎士であるが、その端正な顔には凶悪な笑みが浮かんでいた。
「美味いか不味いかはたまた珍味か、新しい味を求めていざいざでさぁ。」

第九章 騎士の覚悟と奇妙な勝敗

 街の一角を光の竜巻が消し飛ばした頃、地面から稲妻が走る場所にて空中を飛び回る赤い女サルビアは眼下を走る青年ゾステロに、まるで講義でもするかのようにダメ出しをしていた。
「ガルドに広く普及するコンピューター。それを利用してイタズラみたいなことをしてC級犯罪者となったいわゆる「ハッカー」――そんなあなたが何をどうしたらこの国をひっくり返そうとしている組織のメンバーになるのかわからないけれど、家にこもってた頭脳派らしさの出る戦い方ねん。勿論、悪い意味で。」
 地面を覆う電気の網はゾステロを中心に百メートルを超える範囲を覆っており、その上を飛ぶサルビアへ向けて雷を放っている。
ゾステロが意識せずとも自動的に上に来たモノへ攻撃を放つ電気の網に、始めこそ回避に追われて防戦一方という感じのサルビアだったのだが……
「設置系の魔法は便利だけど、攻撃に使うと単調になりがちなのよねん。特にこの電気の網はそれが顕著……あなたが自分で操作してフェイントの一つも混ぜれば脅威だったでしょうけど、これじゃあ風使いならうちの新米でもかわせるわよん?」
 危なげなくかわすサルビアは、そうしながら強風と『カマイタチ』をゾステロに放つ。風にあおられてバランスを崩したところに不可視の刃が迫るというコンボに対し、強風であれ『カマイタチ』であれツァラトゥストラによってその動きを感知できるはずのゾステロは身体のあちこちを斬られ、すぐに再生するという状態を繰り返しながら必死の回避行動をとっていた。
「それにねん。」
 位置魔法を用いた瞬間移動のようにも見える速度で猛攻を回避し続けていたゾステロの腹部に突然刺し傷が生じ、血が噴き出ると共にゾステロの足が止まった。
「――!」
 その隙を逃さず放たれる『カマイタチ』の連発を再びの高速移動で回避するも右脚が切断され、ゾステロはゴロゴロと転がった。
「お姉さんが腕にまとってるのと同じように、『カマイタチ』は飛ばすだけが能じゃないのよん。」
「――っああああっ!!」
 転がったゾステロが叫ぶと、宙に浮くサルビアへ向けてその足元の電気の網から複数の雷が同時に放たれる。タイミングや方向的に回避できるモノではなかったが、どこからともなく飛んできた巨大な岩――きれいに切断された建物の一部が盾となり、その攻撃を防いだ。
「くっ!」
 いつの間にか切断されていた右脚がくっついているゾステロは、下からの雷をかわしながら余裕のある顔で自分を見下ろすサルビアを睨む。
「あら、引き締まったいい顔ねん。さっきは腕を斬られて大騒ぎだったのに、今はどこを斬られても声すら出さないのねん? 両腕の『神経』がツァラトゥストラって言ってたから……ふふ、そこから全身の痛覚をオフにしたのかしらん?」
「……傷を負っても痛みがないというのは良い事のようでかなり危険な状態ですが、今のぼくはすぐに再生しますから必要ありません。」
「みたいねん。それに再生が行われる度に再生速度が増してるようだわん。今となっては首を落としても意味ないの――かしらん?」
 瞬間、超速で上空から降りてゾステロに近づいたサルビアが腕を振る。巨大な風の刃をまとっている腕の動きに合わせて周囲のモノが切断されたが、ゾステロは電気の網が覆っている少し離れたところにある建物の上に移動していた。
「あらん……なんだか時間魔法みたいな速度で移動するとは思ってたけど、今のはもっと速いわねん?」
「ああ……なるほど、離れるとよくわかりますね。どうりであなたの攻撃が感知しにくいわけです。」
「いい傾向ねん。戦場を俯瞰するのはいいことよん? ほら、答え合わせしてあげるわん。」
「…………そよ風程度の風を常に起こし、その中に強風と『カマイタチ』を紛れさせる……共に込められる魔力が少量ですから見分けがつかず、結果見失う。その上あちこちに固定タイプの『カマイタチ』を設置し、ぼくをそちらに誘導して――自分で刺さりに行かせる。要するに、ぼくが電気の網で行ったことと同様に、あなたは風を使って自身の戦場を作り上げたわけですね。」
「いい線だわん。けど八十点――惜しいわねん。」
「そうですか。しかし何があろうと問題はありません……あなたの戦場をぼくの戦場で塗りつぶすまで――!」
 ゾステロがパンと両手を叩く。すると今まで地面や建物にそって広がっていた電気の網が端の方から大きくせり上がり、まるで風呂敷のように二人を包み込んだ。
「あらあら……網が一変、檻になったわねん。」
地面から空へ、球状につながった電気の網を内側から眺めるサルビアの近くにバチンという音と共にゾステロが現れる。
「この電気の網はぼくにとって道――電気の速度で動くぼくは光速並みで動けるわけですね。」
 言いながらサルビアを挟んで反対側に移動するゾステロ。
「フェイントの一つも混ぜれば脅威? いいえ、先ほどまではちょっとした時間稼ぎ――電気の網が一定の範囲まで広がるまでのね。つまりはここからが本番。頭脳派の戦いは、その者が思い描く状況になってしまったらその時点で詰みなのです。」
「ふふふ、案外と根に持つタイプなのねん?」
 サルビアがくすりと笑った瞬間、彼女を囲む巨大な電気の網――檻のあちこちからおびただしい数の雷が放たれた。
「少しは避け甲斐のある攻撃になったわねん。」
 飛び回るには充分なスペースのある電気の檻の中、無数の雷の中をサルビアが舞い始める。
 雷が放たれるリズムは変わらず、サルビアがいうところの単調なままである。だがその数が増大した上に全方向から迫る今、先ほどまでのんびり会話するような余裕はなくなった。
 加えて――
「さぁこれは? これはどうです!」
 電気の檻のあちらからこちらへと先ほどまでの位置魔法のような移動をも超える速さで現れるゾステロが、檻から放たれる全自動の雷に混ざって変則的な攻撃を放つ。リズムをつかんで回避を行うサルビアはその変則に対応できず、ついに雷が左脚をかすめた。
「あらん?」
 瞬間、雷のダメージとは別の何かを感じたサルビアの動きがわずかに鈍り、直後残る四肢へと雷が直撃した。
「気がつきましたか? この雷は普通のそれとは違うのです。」
 両腕両脚の動きが完全に止まり、空中で停止したサルビアの近くに周囲の檻から電気の糸でつるされたゾステロがふわりと近づいた。
「さすがは国王軍の精鋭。魔法を発動させるのはイメージ、つまりは頭ですからその使用に手足は必要ないはずですが、大抵の者は四肢の動きで魔法を制御しますからね。こうして動けなくされるとうまく魔法が使えなくなる者も多いのです。その点、未だ浮いていられるあなたはやはり腕利きだ。」
「普段なら浮くだけじゃないんだけどねん。この身体――いえ、意識が一部麻痺したような感覚……あなたのツァラトゥストラは他人の神経を操れるってわけねん?」
「その通りです。ぼくは電気を介して他人の身体を支配できるのです。」
 外見上は何も変化がないがその場から動けずにいるサルビアへ手を伸ばすゾステロ。
「動けないお姉さんの胸に触ろうだなんてやっぱりえっちな坊やねん。」
「な、なわけないでしょう!」
 田舎者の青年とそれほど違わない年齢のゾステロはサルビアの――動けずにいる美女のそんな言葉に少し同様しつつ、パチパチと微弱な電気をまとった手でサルビアの首に触れた。
「――!」
「これで全身を支配しました。もはやあなたはぼくの操り人形ですからね。やろうと思えば――」
「服を脱がせる事もできるってわけねん。」
「――!! え、ええまぁそれも可能ですが――その心臓を今すぐ止める事もできるんです!」
「それはすごいわねん。でもそんなことをわざわざお姉さんに教えるって事は、何か聞きたいことでもあるのかしらん?」
「察しがいいですね。ぼくたちの目的は殺戮ではありませんから、あなたを倒すことはあっても殺す事は必須事項ではないのです。というわけで、今この街に出ている国王軍の……そうですね、あなたのように『ムーンナイツ』に属していたりする強者の名前を教えてもらうと、この後の仕事が楽になるのですが。」
 いわゆる脅しをかけるゾステロだったが、全身を動かせなくなったサルビアはそれでもふふふと笑った。
「随分と様にならないわねん。やっぱりあなたは頭脳派――序列六番って言っても裏方専門なんじゃないかしらん?」
「……こうして追いつめられておいてよくもまぁそんな軽口を叩けますね。」
「まぁねん。電気の操作なり再生能力なり、すごい事ができるっていうのは充分理解したわん。でもだからってあなたが強いことにはならないのよん?」
「負け惜しみにしか聞こえませんね。いいでしょう、何だかんだあなたもプロですから、味方の情報を吐くような事はしないのでしょうね。ならば――必須ではないですがその態度には個人的に腹が立つので殺しておきます。」
 そう言うと、ゾステロは迷いなくパチンと指を鳴らした。それを合図にサルビアの顔に苦しそうな表情が浮かび、数秒後意識を失って地面へと落下した。
「まったく、最後まで人を小馬鹿にした人だった。」
 電気の網を解除し、瓦礫が転がるだけの一角に倒れるサルビアの横に着地したゾステロは帽子をかぶりなおしながらため息をついた。
「しかし……美女の誘惑というか、ああいう攻撃には耐性がありませんね……ヒエニアさんは怖いですから、カゲノカさんあたりに頼んで訓練を……いえ、やらしい意味ではなくあくまで訓練として――」
 サルビアの色香に苦い顔をしながら歩き出したゾステロは直後視界がくるりと回転し、気がつくと自分の身体を見上げていた。
「……?? え、これは……」
 次の瞬間、見上げていた自分の身体が縦横からシュレッダーにかけられたように、文字通りの細切れになる光景を目にした。
「――っ!?!?」
 その上、それらバラバラになった自分の肉片は上空から降ってきた巨大な瓦礫の塊に押しつぶされた。首だけのゾステロが周囲に飛散する大量の血液の一部をかぶりながら、突然何が起こったのか理解できずにいると――

「再生能力には二つの段階があるのよん。」

 ついさっきその心臓を停止させたはずのサルビアが降ってきた瓦礫の上に立ってゾステロを見下ろしていた。その姿は赤い髪とドレスに加えてゾステロの血をかぶったことで完全に真っ赤だった。
「壊れた部分を塞ぐような再生と、失った部位を一から作り直す再生。後者の方ができると再生能力としては最上級ってところで、絶賛首から下の再生が始まってるあなたの能力もそうみたいだけど……時間はかかりそうねん?」
 腕が切断された時などはその断面をくっつける事で再生したが、ゾステロの首より下のパーツは瓦礫の下でつぶれており、故に身体は首から下を作り直そうとしているのだが……その速度はくっつけるだけの再生と比べると格段に遅く、未だゾステロは首だけだった。
「そして大抵の場合、頭か心臓を破壊されるといくら再生能力を持っていても死ぬ。あなたはどうかしらねん?」
「ど、どういう……あ、あなたはさっき死んだはずです!」
「まぁそうねん。普通の人間なら心臓を止められると死ぬでしょうけど、お姉さんは普通じゃないから。」
「な……」
「普通の人間は身体と魂がぴったりくっついちゃってるから身体が深刻なダメージが受けると魂までダメージを負うんだけど、お姉さんは身体と魂を完全に分離してるから身体が止まったところで魂の方から再起動をかければ復活可能なのよん。」
「なんだそれは……そんな人間いるわけがない!」
「失礼しちゃうわねん、ここにいるじゃないのよん。ところでどう? そこからだとお姉さんの下着が丸見えじゃないかしらん?」
 先ほどと変わらない態度のサルビアだが、ゾステロの顔はそれどころではない恐怖と驚愕を浮かべている。
「か、仮にそんな事ができたとして……今の攻撃――『カマイタチ』の魔力は感じなかった……一体何を……!」
「あなたさっき言ってたわよねん、お姉さんは攻撃を他の風に紛れ込ませる事で感知できなくしてるって。そしてそれに対してお姉さんは言ったわん……八十点だって。」
「――!」
「使う魔力が少ない『カマイタチ』だけど、もっと少なくできるかもって考えなかったのかしらん?」
「!? まさか……」
「あなたが見破ったカモフラージュ、その外側にはもっと少ない魔力で起こした風がもっと広範囲に広がってたのよん。その中に限界まで魔力を減らした沢山の『カマイタチ』を準備してたってわけねん。」
「……仕掛けは二段階だったと……!」
「そういうこと。でも込める魔力を減らすって事は性能が落ちるってことでねん。お姉さんは切れ味を重視したから代わりに速度や精度が落ちるてるのん。だからあなたがのんびりと油断するのを待ってたのよん。例えば、お姉さんを殺して一安心してる時とかねん。」
「――! つ、つまりさっきぼくの攻撃を……心臓を止められるのは計算の内だったと……い、いや、そんなこと――リスクが高すぎる! たまたま――再起動とやらが可能な心臓の停止という外傷の無い形だったからいいものの、ぼくがその身体を雷で砕くような殺し方を選んだ時はどうするつもりだったのです!」
「? どうもないわねん。あなたさっき魔法は頭で使うって言ってたけど、お姉さんに言わせれば魔法を使うのは意思や意識――別に身体がどうなろうと魂が分離してるお姉さんには関係ないわん。」
「バ、バカな……それじゃああなたは肉体が無くても魂だけで生きられると……?」
「長い間は無理だし、魂だけの状態って防御力が紙ぺら以下だからかなり危険だけどねん。準備しておいた『カマイタチ』をあなたに放つくらいはできるってことよん。」
「そんなこと――そもそも魂などというものが存在しているなどと……」
「魔法使いが何を言ってるのよん。死者を蘇らせる魔法だってあるし、だいたい首だけで生きてしゃべってる坊やの方がよっぽどじゃないのかしらん?」
 そう言いながら、サルビアは二本の指をそろえた右手をすっと構える。
「! ぼくを殺すのですか……!?」
「あら、殺せることを自分から言っちゃうのねん。もしかして色々と尋問されると思ってたのかしらん? そうしたいのは山々だけど、そんな再生能力を持ってるあなたには拷問も意味ないでしょうし、何より生かしておくリスクの方が高いわん。殺せる時に殺しておかないとねん。」
「……! やはり騎士らしくありませんね……!」
「ふふふ。お姉さんの『鮮血』っていう二つ名には敵に容赦しないっていう意味もあるのよん。」
 全身を血で染めた美女がくすりと笑ったその時、ゾステロの首から下をつぶしていた瓦礫の塊がぐらりとゆれる。
「あらん?」
 ぴょんと飛び降りたサルビアがそれを眺めていると、瓦礫は下から何かに持ち上げられるようにせり上がっていき――
「これは……」
 瓦礫の下に現れたそれに、サルビアは目を丸くした。



 一人の女騎士が敵の血で真っ赤になっている頃、街の別の場所ではボロボロの道着と雑な籠手を身につけた男が目の前の金髪の男に驚愕していた。
 第六系統の闇の魔法の一つ、重力系の魔法を得意とする道着の男、ドレパノはその身にツァラトゥストラの『肺』を移植しており、わずかなマナから大量の魔力を作り出すことができる上、周囲に存在する自然のマナや騎士がイメロロギオを使って生み出したマナを一呼吸で奪うことができる。ゆえにドレパノの前ではいかなる者も魔法の使用を封じられ、既に多くの国王軍騎士が敗北していた。
 加えて自分に向かってくる金髪の男――フェルブランド王国において最も人気のある騎士であり、国王軍のセラームのリーダーを務めるアクロライトは先日ヒエニアから支配の魔法を受けた事で満身創痍の状態。
 自分がより有利で相手はより不利というこの状況で、ドレパノはアクロライトと――接戦を繰り広げていた。
「『グラビティボール』!」
 ばらまくように放たれた複数の紫色の球体は様々な方向からアクロライトに迫る。それを自分に近い方から順に、しかし目にも止まらぬ剣速でほぼ同時に切り伏せたアクロライトは、直後光をまとった剣で光の斬撃を飛ばす。
「――っ!」
 それを回避しながら位置魔法による移動と見間違うほどの速度でアクロライトに肉薄したドレパノは、重力魔法によって重みの増した拳と脚による連打を繰り出す。だがその全てを神業のような動きでかわし、いなし、防ぐアクロライト。同時にアクロライトがまとう銀色の甲冑に光が宿り、それが瞬時に剣へと伝わると――
「『マガンサ』っ!!」
 間髪入れずに再び放たれる光の絶技。剣の間合いを超えて光線と化した超速の突きは重力魔法で自分の身体を引っ張る事で緊急回避を行ったドレパノの脇腹をかすめ、後方の建物に綺麗な穴をあけた。
「なる――ほどな……!」
 脇腹を軽く押さえながらアクロライトから距離をとるドレパノ。
「つまりその鎧は物理攻撃を、剣は魔法を吸収して光の魔力に変えるわけだ。ずっこいマジックアイテムで身体を覆って――十二騎士を除けば国内最強の騎士様が随分と臆病じゃないか。」
「誰かや何かを守ろうと言うのだ、臆病である事は騎士の絶対条件だ。」
「……はっ、どこぞの騎士ならバカ言ってらぁで終わるが……あんたが言うと説得力があるから困る。」
 やれやれと腰に手をあてて息を吐いたドレパノは、ふと何かを諦めたように両手をひらひらさせる。
「ああ、認めよう。そういうマジックアイテムがあったところで、結局はカウンターを狙うしかできないあんたを相手に圧倒的に有利なはずのオレがこの様……そもそもの戦闘技術に差があり過ぎるらしい。」
「投降するというのなら受け入れよう。無論、そちらの情報は喋ってもらうが。」
「早まるなよ。そういう差を埋めるのが魔法ってもんだろう? こっからは力押しだ。」
 そう言って深呼吸すると両腕が紫色のオーラで覆われ、ドレパノは両の手の平をアクロライトに向けた。
「重力の乗ったオレの拳に対し、あんたは一度かするように斬りつけてから鎧で受けていた。魔法を吸収する剣で重力の力を消してから純粋な体術で対応したって事だが……つまりその剣は、それが魔法であれば『グラビティボール』みたいな放出系の魔法でなくても吸収できるってことだ。」
「……その剣の持ち主に説明してどうする。」
「確認だ。要するに、こういう魔法ならどうだって話だ――『グラビティフォール』っ!」
 素早く振り下ろした両の手の動きに合わせ、ドレパノの正面の地面が広範囲で陥没する。道の舗装が砕け、大きな岩となったそれも更に潰される高重力の空間。だが――
「――っ……」
 ドレパノは魔法をかけながら、眼前の光景に驚きの表情を浮かべる。
 剣――分類すれば大剣になるだろうそれを片腕で水平に持ち、田舎者の青年のように手の中で高速回転させ、アクロライトはまるで傘でも差すかのように上から降り注ぐ高重力を防いでいるのだ。
「――さすがだが……辛そうな顔だな。満身創痍の身体にはこたえると見える!」
 再び息を吸い、両手にまとうオーラを増大させるドレパノ。同時にアクロライトが立っている地面がさらに沈み込む。
「普通ならそっちが防ぎ切るかこっちの魔法が切れるかって勝負になるだろう。だがオレにはツァラトゥストラがある。一時間でも丸一日でも付き合え――」
 言いかけて、ドレパノは自分のミスに気付く。片手で剣を回しているアクロライトのもう片方の手が強烈な光を放ち始めたのだ。
 ドレパノがこれまで攻撃に使っていた魔法は全て単発の魔法であり、吸収されればそれで消えてしまうモノだった。しかし今使っている魔法はドレパノが魔力を注ぐ限り発動し続けるタイプの魔法。
 つまり、今ドレパノはアクロライトに光の魔力となる材料を与え続けている事になる。
「――!! 『リバース』っ!!」
 先ほどとは逆にドレパノが両腕を上にあげると、一瞬の停止の後に高重力で潰されていた範囲内にあったモノ全てが砲弾のように空へと打ち上げられた。
 これ以上魔力を与えない為、咄嗟に重力の向きを逆にしたのだが、相手はドレパノを遥かに超える絶技の持ち主。一瞬の停止の際に範囲外に出ている可能性を考え、ドレパノは自分を『グラビティウォール』で囲った。
「…………? どこに行った……?」
 五感は勿論、ツァラトゥストラによって強化された魔法的な感覚にもアクロライトの気配を感じとことができず、ドレパノは困惑する。
「まさか『リバース』で空高くってか……? まぁあんまり離れすぎると今のオレでも知覚できないのは確かだが……ある程度まで落ちてきたらそれで気づくし……あれほどの男がただただ打ち上げられただけ……?」
 圧倒的に優位に立っていたはずの自分を追い詰める満身創痍の騎士のやられ方に拍子抜けし、だが油断してはならないと、ドレパノは空を睨んで拳を握る。
「……何度か見せたあの光線みたいな突きもある。こっちの知覚の外から超速の一撃を放つ気かもしれない。」
 自身を囲った『グラビティウォール』を厚くし、また二重三重と追加して自分をドーム状の壁で覆う。だが……
「…………なんだ、どうして来ない……咄嗟だったから結構な勢いで上に飛ばしたが……落ちてくるのにこんなにかかるほど上に……?」
 アクロライトが消えてからそろそろ三十秒。いよいよどういうことかわからなくなったドレパノが空から周囲へと視線を移した瞬間――

「『イーグル』。」

 ドレパノが知覚したのは幾重にも展開した防御が砕かれた事と身体に走った痛み。左肩から右の脇腹をつなぐ直線上から血が噴き出し、ドレパノはそのまま後ろへと倒れていく。
 そしてようやく、自分の目の前に剣を振り下ろした後の体勢にあるアクロライトを視認した。
「……っ……」
 バタリと倒れたドレパノの横、剣を杖代わりにしながら更に悪化した顔色でアクロライトがドレパノを見下ろす。
「……記録ではツァラトゥストラを手にした悪党の中には時折魔法生物のような再生能力を身につけた者がいたそうだが……お前は違うようだな。」
「……生憎な……」
 重症の度合いで言えばドレパノの方が悪いのだが、逆にすっきりした顔をしている為どちらが勝者かわかりづらい状況の中、口から血を吹きながらドレパノがたずねる。
「一体何を……オレは一体どんな技に負けたんだ……?」
「……ちょっとした賭けに私が勝っただけのこと。」
 大きく息を吐き、背筋を伸ばして剣をおさめるアクロライト。
「単発の魔法の吸収ばかり見せていたから、お前が「こういう魔法なら」と言った時、長時間持続するタイプの魔法が来ると予測した。これが賭けの一つ目。予測通りに放たれた魔法を片腕でなんとかしのぎながら魔力をため、充分な量を得たらもう片方の手にわざと光を作る。こうすればお前は自分のミスに気づいて咄嗟に私との距離を取る。魔法を解除するだけという可能性もあったが、先日の戦闘でお前は咄嗟の時には全力で魔法を使うタイプだと判断した。これが二つ目。」
「……おいおい……」
「読みの通り、お前は反重力という方法で私と全力で距離を取った。それに紛れながら、ためた魔力を用いて光魔法による高速移動を行い――私はここから数キロ離れた場所へ着地した。それくらい離れればお前のマナ吸収もツァラトゥストラによる魔法感知も届かないだろうと……特に根拠はないがそうふんだ。これが三つ目にして最大の賭け。」
「数キロ……そんな遠くに……」
「着地した場所に敵がいたら少し面倒だっただろうが、それを考慮して王城の近くに移動した。これが四つ目。そうして私は、周囲のマナやイメロを用いて充分な一撃を準備し、そこからお前へと斬りかかった。」
「……デタラメな……だがまぁ光魔法の速度で考えれば数キロなんて一瞬か……ましてあんたほどの使い手…………だがそんなに離れてよくここを……オレを正確に狙えたな……」
「お前の身体にそれを仕込んでおいたからな。」
 そう言って指差された場所、先ほど『マガンサ』によってかすり傷をつけられた脇腹を見たドレパノは、そこにそれがあると思って見なければわからないほどの小さなピンのようなモノが傷口に刺さっているのを見つけた。
「それは素早かったり姿を隠す魔法を使ったりする魔法生物の位置を追う為のマジックアイテム。非常に細い針で痛みは無く、刺さった魔法生物から魔力を吸って位置を知らせる魔法を発動し続ける。人間相手に使うと位置を知らせる魔法の負荷が刺さった人間にかかり続けることになるため、相手は違和感を覚えて気づいてしまうのだが……ツァラトゥストラによって負荷が激減しているお前は気づかなかったようだな。」
「……!」
「最初に言っただろう、人間と思えば厄介だが、特殊な魔法生物と見ればどうということはないと。」
 あっさりとそう言ったアクロライトに対し、ドレパノは自嘲気味に鼻で笑った。
「……ったく……こんなに一瞬で決着がつくとはな……あんた相手じゃ今以上に時間回収を加速させても意味はなさそうだし……」
「時間回収……?」
「ついでにもう一つ……その剣と鎧の力、なんで最初に会った時には使わなかった……」
「……使えなかった――が正しい。これらは戦闘によって周囲のマナが希薄になったり、何らかの理由でイメロを使えなくなった時の為のマジックアイテム……その能力の発動条件は、周囲のマナが一定数以下になることだ。」
「な……」
「初戦の際、お前は今回のようにマナを吸い尽くすような事はしなかっただろう。それが理由だ。」
「あー……はっ、あんまり力を見せないようにって言われてたもんでな……というか今更だが、オレの質問に律儀に答えて良かったのか?」
「教えたところでどうという事のない情報だ。それに、これからはこちらの質問に答えてもらう。私はそちらの方面は未熟なのでな、腕のいい者に尋問を任せる。」
 おそらくその「腕のいい者」をこの場に呼ぼうとしたのだろう、通信機を手にしたアクロライトだったが――
「悪いがそれは無理だ……あんたはオレを特殊な魔法生物と言ったが……さすがにこういうことをする魔法生物は見たことないだろ。」
 そう言ってニヤリと笑ったドレパノは、どういうわけかそのにやけた表情のままでかたまった。
「……?」
 不審に思ったアクロライトがドレパノの肩に触れると、それは岩や金属のような硬い感触に変わっていた。
「! これは時間魔法の「停止」……自分で自分に――いや、不可能だ。戦闘中に使っていた自身の時間経過の加速も含め、おそらくはアネウロの魔法……解除できるとしたら《ディセンバ》殿か……」
 スッキリしない顔で息を吐いたアクロライトは自分の拳を数秒見つめ、その後周囲に倒れている他の国王軍騎士の元へと駆け寄った。



 敗北したはずの男がまるで勝者のような笑みを浮かべてかたまった頃、無数の火柱が乱立する街の一角でおかしな髪型の男、スフェノは長い魔法の歴史における一つの伝説と相対していた。

 第五系統の土の魔法。この系統における奥義の一つに『死者蘇生』という魔法がある。その名の通り死者を蘇らせる魔法だが、この禁忌とも言える魔法はその発動条件ゆえに禁術指定はされていない。
 十二騎士クラスの魔法技術が求められる事は勿論だが、この魔法は二代以内の血縁者――つまり術者の両親や子供、兄弟姉妹しか蘇らせることができない。加えて蘇らせたい者が愛用していた所持品を用意する必要があったりと、使うとしたら十中八九家族を想って発動させる魔法となる。
 凶悪な犯罪者などが復活してしまうというのであれば禁術指定もされていただろうが、蘇るのが家族に愛された者だけというのならば、死後の世界などの研究の意味も含めて禁術にしなくても良いという判断になっている。
 第六系統の闇の魔法にあるような屍を動かすなどといった事とは根本的に異なる生命を操るこの魔法を、歴史上多くの魔法使いが研究してきたわけだが、その中にとんでもない事を考えて実行した一人の魔法使いがいた。
 死者を蘇らせる為に血縁や愛用品といったつながりで魂を呼び寄せる事はともかくとして、一度魂の抜けた肉体は腐敗などが始まって大抵の場合は使えなくなる。その為術者は土や砂で死者の身体を作らなければならないのだが、その魔法使いはこの点に注目した。
 人型であり、性別が間違っていなければ死者の元の姿と似ていようが似ていまいが関係なく魂が定着を始め、数年後には土で出来ていた身体は完全なる「肉体」になるという、厳しい条件の割に適当な雰囲気の漂うこの妙な特徴を利用すれば、自分が望んだ肉体を手に入れる事ができる――と、その魔法使いは考えたのだ。
 自分で自分を殺し、何らかの方法で『死者蘇生』を自分にかけて予め用意していた理想の肉体を模した土の身体に自分の魂を定着させる――二代以内という血縁の条件は本人であるためにクリアであるし、愛用品も自分の所持品の全てを捧げれば万が一にも間違える事はない。
 数年がかりで『死者蘇生』に必要な魔力をマジックアイテムにため、自動で魔法を発動させる仕組みを完成させ、理想の身体をゴーレムを作る要領で完璧に作り上げ、その魔法使いは――自殺した。
 狂気とも言えるこの行為は、結果、半分成功したが半分失敗した。
 成功した点は、きちんと蘇り、土で作った身体に魂を移すことに成功したということ。
 失敗した点は、死んでから蘇るまでに十年以上の時間が経過したことと、その影響で完璧に作り上げたはずの土の身体が崩れてしまったこと。
 自動で『死者蘇生』を発動させる仕組みは魔法使いの死後即座に起動してその役目を終えたが、ゴーレムの応用で作り上げられた理想の身体がその形を維持するのはせいぜい数日。魂が戻されて土の身体に宿るまでの十年という長い時間はさすがに超えられなかったのだ。
 自分で自分をという前代未聞の行為が魔法を狂わせたのか、万全を期した術式にミスがあったのか。今となっては理由はわからないが十年という大誤算の結果、その魔法使いの魂は辛うじて人型の、ギリギリ性別の判断できるただの土の塊に定着してしまった。
 とは言え、このような狂気を行う魔法使いであったため、嘆き悲しむような事はせず、少しの間失敗を残念がった後、その魔法使いは意図せず得てしまった奇怪な身体の使い道を考えた。
 まずそのままでいると顔のないのっぺらぼうになってしまう為、土で出来たその身体を人間らしい形に整える事を始めた。そのまま理想の身体にできれば良かったのだが、目が見えない状態であった為、慣れ親しんだ元の姿の再現に専念した。
 そうして数年後、のっぺらぼうだった土の身体は、細かい所に多少の差異はあるが結局元の姿の「肉体」へと変化した。
 外見にそれほど変わりなく無駄に時間を費やしただけという結果に再び肩を落とした魔法使いだったが、ある時自身の身体に異常な特性が付与されている事に気がついた。
 本来「肉体」に変化したら元の土に戻る事のないはずの身体が、魔法使いの意思一つで自在に土に戻す事ができたのだ。加えて、まるで自分というゴーレムを自分で操るように自分の意識が全身に広がっており、髪の毛の一本一本ですら自在に動かせるようになっていた。
 身体の一部が切断されようと一度土に戻してくっつければ元通りにでき、不意打ちで頭を消し飛ばされようとも魔法使いの意識は残った身体の方で目覚め、再生が可能。老いや病気で古くなったりダメになったりした部位も一度土に戻して再び肉体に戻せば新しくなる。
 つまり魔法使いは、いわゆる不老不死となったのだ。
 理想の身体を求めて魔法の研究を行っていた魔法使いだが、それ以上に自分の身体の可能性に興味を抱き、魔法使いは研究を進めた。
 土にしかできなかった身体を砂や岩、金属の塊といった第五系統におけるおなじみの物質への変換を可能とし、周囲の地面などと同化する事で巨大化したり、別の姿への変身などもできるようになった。
 ところがそんなある日、山奥の工房で日々実験を重ねていた魔法使いは多くの騎士――国王軍に囲まれる。山の中にゴーレムのような怪物が住んでいると近くの町で噂になっていたのだ。
 騎士に発見されたことで今までただ一人で行われていた狂気の魔法実験とその結果が明るみになり、その魔法使いは通称『自己蘇生』という二つ名で多くの魔法使いに知れ渡った。
 自身の肉体を魔法で出来たモノに変えるという、最強の魔眼と称される魔眼ユーレックの特性に近い身体を手にした『自己蘇生』は、家族や親戚、友人の一人もいない天涯孤独なこともあってか、半分実験動物のように魔法使いの間で取り合いとなった。
 山奥にこもっていた事もあって世情などに疎かった『自己蘇生』は権限や法律に右往左往し、研究対象になったり騎士として戦場に駆り出されたりとしばらくはされるがままだったのだが、一人の魔法使いがその圧倒的な発言力で『自己蘇生』を保護し、身分などを保証した。
 こうして、名門騎士学校であるセイリオス学院の学院長の傍に金髪の男――『自己蘇生』ことライラック・ジェダイトが立つようになったのだ。

「なんなんだその化け物みてーな姿は!」
「あなたの方がよほど化け物でしょう!」
 全身を金属で覆ったり砂にしたりしながら周囲の瓦礫を集めて巨大な武器にして振り回すライラックは、スフェノが繰り出す技を一つも防御せずに受け続け、だというのにかすり傷一つもなく走っている。
 そしてライラックが化け物と言ったスフェノは――腕が増えていた。正確に言うと、背中から四本、肉のついていない骨だけの腕が生えており、それぞれが炎でできた槍を持っている。
「――木端微塵になれっ!」
 背中の骨の腕が手にした合計四本の槍を投てきすると同時に普通の腕が手にした二本の槍を地面に突き刺す。するとライラックが走っていた地面がマグマのようにドロドロになり、足を取られたライラックに四本の炎の槍が直撃した。
 数キロ先からでも煌々と見えるであろう巨大な火柱が立ち、周囲の建物が、近いモノは溶けて遠くのモノは黒焦げになる。分厚く組み上げた耐熱魔法でなければしのぐことのできない灼熱が広がる中、槍を構えなおしたスフェノは――
「あそこの屋台のおばちゃんは――給料日におまけしてくれるっ!」
 炎の中から現れた巨大な岩の拳へ舌打ちしながら炎の槍を投げてそれを粉々に爆散させた。
「噂通りの不死身っぷりですね……」
 砕けた拳が岩の雨となって降り注ぐ業火の中を、ライラックは平然と歩いてくる。
「魔法の負荷がほとんどなくなる上にイメロ並みのマナの変換効率があるとかいう、半分魔法生物になれる不思議な内臓って聞いてたが……お前のツァラトゥストラは骨なのか?」
「……研究者だったにしてはざっくりとした認識ですね……ええ、オレのは『骨』――正確には肩甲骨をツァラトゥストラのモノと交換しました。そこを起点とし、骨を生み出して操ることができます。」
「それでそんなところから腕が生えてるわけか……だが――」
 ライラックはくるりと振り返り、気分の悪そうな顔で灰塵となった街並みを見つめる。
「ツァラトゥストラが魔法の力をあげるっつっても、これはさすがに度が過ぎる気がするな……」
「いい読みですね。お察しの通りですよ。腕を増やせるのはオマケのようなもの……この『骨』の力はそこにあるんです。」
 四本の骨の腕の内の一本を顔の前にかざし、指の一本を指差すスフェノ。
「ツァラトゥストラによって生み出されるこの『骨』は、その一つ一つが強大なエネルギーの塊なんです。燃料をくべるように、魔法発動の際にこれを加えることで――」
 スフェノが指差していた指の骨、人差し指の第一関節より先の部分が空気に溶けるように消えたかと思うとスフェノの背後で巨大な火柱が立った。
「普段ならたき火程度の炎を起こすだけの魔法がご覧の通りです。」
「はぁん……ツァラトゥストラの中でも更に魔法が強力になる一品ってか。値がデカくなるばっかりで芸がないな。」
「芸がない? はは、やはり研究者らしくない。一日に作り出すことのできる魔力の量がその者の強さの指標の一つとして語られる事も多いというのに……なら、この強力な『骨』がいくらでも生成可能と知ったらどうです?」
 先ほどなくなった指の骨が即座に元に戻るが、ライラックの表情は変わらない。
「使える魔力が膨大ってとこは同じだろ。」
「あっさり言いますね……まさかと思いますが、不死身故に関係ないとでも思っていますか?」
 少々のイラつきを見せながら、スフェノは背中から生えた四本と本来の二本を左右一組で祈るように手を合わせた。
「『死者蘇生』という魔法の存在に始まり、魔法使いはあやふやながらも魂というモノの研究を進めてきました。かのスプレンデスを筆頭に新たな系統とも言われる魂の魔法が生まれ……そして今、肉体の強度を無視して魂に直接作用する魔法すら存在する――ご存知でしたか?」
 今まで周囲を灰と化してきた紅蓮の炎ではない白――というよりは銀色と言った方が近い、どこか光沢を放つようにも見える揺らめきが二本の槍を覆い、かつ四本の骨の腕にて槍の形となった。
「まだまだ未完成の分野ですからね、本来なら大規模な魔法陣や呪文などが必要なのですが、この『骨』の力があればオレ個人でも発動可能なのです!」
 本来の腕二本が地面に槍を指し、四本の骨の腕が銀色の炎の槍を投てきする。銀色に溶け始めた足元と自身にとんでくる槍に対し、今まで避けることなく向かって行ったライラックが回避行動を取った。
「はは! ようやく本来あるべき光景になりましたね!」
 跳躍と同時に砂と化した腕を伸ばして攻撃範囲の外にあるモノをつかみ、そのまま身体を引き寄せる形でスフェノの攻撃をかわしたライラックが焦げの目立つ瓦礫に手を振れると、それらが寄り集まって人型となった。
「そういう魔法があるのは知ってるが、魂のないモノには効果ないだろ!」
 巨大な岩のゴーレムがその身に合わない跳躍でスフェノを踏みつぶそうと迫るが、骨の腕の一本が赤い炎で槍を作り、それを投てきしてゴーレムを砕いた。
「使い分ければいいだけの話で――」
 空中でゴーレムを爆散させたスフェノだったが、気がつくと目の前にライラックがいた。
「おりゃっ!」
「――!!」
 達人の動きとは言えないがケンカ慣れしている程度の印象は受けるライラックのパンチを瞬間移動のような加速で回避したスフェノだったが、空振ったライラックが視界から消えた事に驚き、直後背中に凄まじい衝撃を受けて元来た方向へと飛ばされた。
「この感触……最初に蹴り飛ばした時もそうだったが、もしかしてツァラトゥストラの『骨』の影響で全身の骨が頑丈になってんのか?」
「そちらこそ……この一撃の威力――なる、ほど……部分的に拳や脚の成分を砂や金属に変えて重くしているわけですか……」
 二本の槍を杖代わりに立ち上がったスフェノは四本の骨の腕を空に伸ばす。するとスフェノの真上に銀と赤の炎が混ざった巨大な火の玉が出現した。
「げ、なんだそりゃ!」
「どうにも、戦闘が続いて周囲に瓦礫が増えるほどに厄介になりそうなのでこれで決める事にします。オレが制御できる限界量の魔力を時間回収を利用して一気に練り上げたこの一撃――直撃せずとも余波で必殺でしょうから、回避は無意味ですよ……!!」
 時間回収という聞きなれない言葉に首を傾げつつも、しかしライラックは間の抜けた顔をした。
「いや……別に瓦礫が増えたからゴーレム作ったわけじゃねぇぞ。ようやくこっちにまわせる余裕が出来ただけだ。」
「……なに……?」
「建物もそうだがお前、倒れた騎士もお構いなしだったからな。避難させてた。」
 ハッとして自分が倒した国王軍の騎士たちを見るが、彼らが倒れていた場所は既に黒焦げとなっているためにライラックの言葉の真偽は確かめられない。だが今ここで嘘をつく理由もないはずで、つまりさっきまで目の前の男は倒れた騎士たちを救出する片手間で自分と戦っていたという事にスフェノは厳しい顔になる。
「それと、気にするべきは瓦礫じゃないと思うぞ。」
「……オレの気をそらして攻撃をさせない作戦ですかね? 生憎、オレがこれをやめることはありませんよ。」
「いや、ある。」
 ライラックがそう答えた瞬間、スフェノが立っていた地面がまるでバネに弾かれるような勢いで隆起し、スフェノを真上の火の玉へと跳ね飛ばした。
「!!!」
 第四系統の使い手であるスフェノの耐熱魔法はツァラトゥストラの力もあって相当なモノだが、魂に直接ダメージを与える銀色の炎が混ざった火の玉には効果が無い為、スフェノは最後の一撃として作り上げた魔法を慌てて解除した。
「ほらな。」
 腰に手をあててドヤ顔をさらすライラックに対し、スフェノは意味が分からないという表情で着地した。
「今のは――バカな、魔法の気配が一切……ツァラトゥストラによって感覚が強化されているオレが見落とすなど……」
「そりゃそうだ。魔法じゃねぇんだから。」
 ライラックの言葉を合図にするかのように、直後地面から伸びたしなる金属がスフェノの四肢と四本の骨の腕を縛った。
「また!? ま、魔法じゃないなんてそんなこと――」
 炎で焼こうとするも、細かく伸びた金属の触手がスフェノの指の一本一本に巻きついて手を開かせ、槍を奪った上で関節を決めてきた。動かそうとした骨の腕は刃のように鋭くなった触手によって根本から切断され、先ほどスフェノが自分で言っていた肩甲骨の辺りを膜のように広がった金属が覆い、骨の追加を阻止する。
「――っ……!」
「どんな熟練者でも一定以上の痛みを感じてる状態じゃ魔法は使えないからな。」
「一体――何を!」
「んー? いやぁ今じゃ俺に驚く奴もいねぇから、逆にお前は誰よりも警戒するんだと思ってたんだがな。」
 そう言いながらライラックは、スフェノの攻撃によって舗装がはがれて下の地面が露出した足元をトントンと叩く。
「さすがの俺でも舗装された道みたいにガチガチの状態のモノとは無理なんだが……それが砕けて下にある柔らかい地面が顔を出したならそっちとできる。」
「……!! まさか噂の――地面との同化……!!」
「そういうこと。」
 そう言ったライラックの身体が瞬時に砂となって崩れたかと思うとスフェノの足元からズズズと盛り上がった地面が人の形を成し、ライラックへと変化した。
「お前の目の前にいる俺は確かに俺だが、同時にお前の足元の地面もまた俺。同化したモノを動かすのは言っちまえば自分の腕を動かすようなモンだからな、魔法なんて必要ない。」
「――化け物め……」
「はん、そうだとわかってたクセに丁寧に地面の舗装を爆破してまわった自分を恨め。さて、かなり痛いだろうがここら辺で商売してた人たちの怒りだと思って反省しろよ。」
「何を――があああああああああああああああっ!!!!」
 焼け焦げた街の一角に響く絶叫。ベキベキとおよそ人体から聞こえてはいけない音をさせながらスフェノの背中――肩甲骨の辺りを覆っていた金属の膜がその肩甲骨ごとはがされた。凄まじい量の血が噴き出したが、傷口を覆うように再び広がった金属の膜に覆われたことで出血は止まる。
 だがスフェノ本人はあまりの激痛に意識を失い、白目をむいてぐったりとした。
「こんな身体になったモンだからな、色々調べる上で人体には詳しくなってんだ。まぁ、肩甲骨なんて外からでも場所はわかるが……」
 気絶したスフェノをその場に転がし、ライラックはため息とともにそれを見下ろした。
「炎使いって事はその火力で飛べただろうにな……俺が『自己蘇生』と呼ばれる奴だってわかった時点でお前は地上戦をやめるべきだったんだぜ?」

 地面と同化する事を可能とするその魔法使いを相手にした場合、地上戦ではまず勝ち目はない。空中から遠距離魔法をしかける事で勝機は得られるのだが、地面と同化したその魔法使いは地面が続く限りどこまでも逃げる事が可能であり、逃げに徹されると倒し切れる者は一人もいない。
 故に『自己蘇生』と呼ばれたその魔法使いは戦場において、『無敗』という二つ名を得ることとなったのだ。

「うぇ、はがしたての骨なんて持ち歩きたくねぇぞ……この後どうすりゃいいんだ俺は――うお!?」
 地面から伸びた金属の触手でつかんでいた肩甲骨が突如灰となり、さらさらと消えた。
「どういうこったこりゃ……こういうモンなのか? ……とりあえず教官――アドニスはこの水の檻を作ってる装置を探してるはずだから……定石通りなら街の中心か? ひとまず俺もそっち行くか……」



 私は別に戦闘大好きっ子じゃないが、それでもそれなりに腕の立つ奴とは手合わせを願いたいと思うし、どうせ敵対するなら自身の成長につながるような相手を希望したい。
 だが今私が戦っているこのキザな男、オズマンド序列八番のリンボクは……はっきり言って大したことない。
 体術も魔法も、こっちの動きを結構な精度で先読みしてくるが本人の目は追い付いてないところを見る限り、こいつのツァラトゥストラはおそらく『耳』。昔、盲目のクセにこっちの動きを完全に見切ってくる奴に会った事があるから、筋肉の収縮や魔力の流れとかを音で捉えて先読みってのは無い話じゃないんだろう。
 とはいえ、相手の動きを先読みなんて熟練者なら色んな方法でやってくること。特に厄介なのは精度も範囲も抜群の、風使いが得意とする空気を使った先読みで……リンボクのそれは、例えば向こうで戦ってる肉ダルマのそれと比べれば遥か下の出来栄え。国王軍で言うなら中級――スローンクラスが同程度の事をやってのけるだろう。
 要するに、こいつの先読みはビックリするようなモノじゃない。
 でもって魔法……記録の通り、リンボクの得意な系統は第七系統の水の魔法。ツァラトゥストラの影響か、強力な魔法をバカスカ撃ってくるとこは確かにすごい。だがそれも……それくらいできる奴はわんさかいる。
 要するに、こいつの魔法はビックリするようなモノじゃない。
 ツァラトゥストラっつー大昔の超兵器を持ち出してきたからどんなもんかと思ってたんだが、拍子抜けもいいところだ。
 ただ……このキザ男の後ろでふんぞり返ってる景気の悪い女が厄介だ。
「『ウェーブボム』!」
 普段なら目をつぶってもかわせる水の玉。だがそれをかわそうとすると、既に気絶してる国王軍の騎士たちが糸につるされたマリオネットみたいに道を塞ぐ。折れた腕、腹に空いた血塗れの穴をそのままにしたそいつらにかすり傷一つ与えちゃいけないと思い、脚を止めたところでキザ男の魔法が腕に当たる。
「――っ……」
 直撃したその場所だけでなく全身に走る衝撃に、大ダメージってわけじゃないが身体が戸惑う。
 ランク戦の後にやってきた魔人族――スピエルドルフの、うちで言うところの国王軍にあたるレギオンっつー部隊の隊長の一人、フルトブラントとの手合わせを思い出す感覚だが……あっちの方が身体の芯まで響いたな……
 しかし仮に腕一本無くなるとかならまだ戦えるからいいが、全身が均等にダメージを負うこれを受け続けるといつか完全に動けなくなる。
 リンボク単体なら問題じゃないから、まずはうちの騎士を操ってる女、ヒエニアをボコすことから始めるとしよう。
「――ふっ!」
 クォーツが炎でやるみたいに、足元で電気を破裂させた勢いで跳躍し、私は操られてる騎士たちを飛び越えて眼下にヒエニアを捉えて雷を放つ。
「おっと。」
 座ったまま避けようともしないヒエニアをリンボクの水の膜が覆い、私の雷を散らした。
「へぇ。雷使いって空中戦のイメージなかったけどそういうのもあるのねぇ。じゃあもう一段階引き上げようかしら?」
 ニタリと裂けた口からペロリとのぞく舌が嫌な気配をまとったかと思うと、操られてる騎士たちの気配が変わって……全員が自分の武器を構えた。
「『光帝』にやったのと同じ、本人の意思で戦うモードにしたわ。」
 さっきまでただの壁として動いてた瀕死の騎士たちが、気絶したままだけど目にぼんやりと赤い光を灯らせてピリピリする気迫を放つ。
 アクロライトの時は本人が瀕死ってわけじゃなかったから、あいつの人となりを知らないなら操られてるとは思わなかっただろう。だけど今のこれはまるでゾンビ……知識や経験に蓋をするも、そいつの戦闘能力を引っ張り出して戦わせる……
 あの女の魔法の力か、それとも――十中八九ツァラトゥストラのあの『舌』の力か。どちらにせよ、あの『舌』を引っこ抜けば大なり小なりのダメージにはなる……んだが――
「ほらほら行きなさいあんたたち!」
 身体のダメージを完全に無視して迫る騎士たち。強さのランクに差はあるものの、それぞれがそれぞれに得意な技を持ち、日々精進しているこの国の精鋭が私を敵――いや、この動きは討伐対象の魔法生物か何かと認識して攻撃をしかけてくる。
 正直、コンビネーションのコの字もないデタラメな攻撃なんだが――「攻撃して止める」ってのができない私にはそれでも厄介極まりな――あ、こいつ、教官の時に指導したことあんぞ! くっそ、いい蹴りするようになりやがって!
「『ウェーブボム』!」
 騎士たちの波状攻撃でぐらついたところに水の玉を受けて全身に衝撃が走る。
「この――」
 リンボクに向けて雷を放とうとするも、飛べる騎士らが瞬時に壁となって立ちはだかる……!
「あっは、リンボクあんた、こっすいわねぇ。」
「ふふ、あの『雷槍』と真正面からやり合えと? 勘弁して欲しいね。誘うという意味でなら仮に無謀であってもこの美人教師に挑んでみせるけれど、戦闘というのなら僕は身の程をわきまえるよ。」
「弱腰ねぇ。折角のツァラトゥストラが泣くわ。」
「確かにこれは強力な力だけれど、やはり資本は使う人間の元々の戦闘力。そうそう簡単に僕が彼女を倒せるようになったりはしないさ。ラコフやゾステロみたいに相性抜群ともなれば話は違っただろうけどね。」
 くそ、結構冷静だな。力で慢心してくれれば楽だったんだが。
「でもあっけないわねぇ。これで『雷槍』までアタシの人形になったら誰もアタシたちに勝てないんじゃないの?」
「それはそれでいいのだろう。この街という人質によって王座が手に入るなら良しだ。」
 ……? なんだ今の会話……?
 ……いや……というかもう勝った気でいるなこいつら……
「……ま、とはいえこの状況だからな……やれやれ、奥の手でいくか……」
 そう呟いてメガネのつるをトントンと叩いた私を、リンボクがキザったらしく鼻で笑う。
「奥の手というのは一体どれの事なのかな?」
「あん?」
「ふふ、こうやって攻め込むんだ、腕のいい騎士の情報はメンバー全員の頭に入っている。特にあなたのような十二騎士トーナメントの常連ともなれば戦闘記録は充実している――これまでの戦いで一度も使った事のない技があるというのかい?」
「なんだ、あっちゃ悪いか?」
 ……っつ……もう頭痛くなってきた……だから嫌なんだよな、これ……
「まぁ一度もってのは言い過ぎだがな。映像が残るような公式試合じゃ使う機会がないだけで魔法生物相手の時とかは使うぞ。」
 公式試合でこれを使わないといけないような面倒な技の使い手にはまだ会ったことがない。ま、試合に出る騎士なんて基本的に腕自慢のオラオラタイプばっかりだからな。
「……負け惜しみやハッタリを言うタイプではないだろうし……拝見させてもらおうかな。」
「あっは、もらおうかなって攻撃すんのアタシじゃない。」
「それだって別にヒエニアが攻撃しているわけじゃないだろうに。」
「命令すんのはアタシよ。」
 パチンと指を鳴らすヒエニア。それを合図に雪崩のように襲い掛かってくる騎士たち。
 クリアな視界、スローな動き、狙うべき場所――ここだな。
「『サンダーボルト』っ!」
 槍を天にかざし、上空から無数の雷を騎士の大群めがけて落とす。
「おやおや、人質を攻げ――」
 言うと思った事をリンボクが言い終わる前に、私が落とした雷は迫る騎士たちに直撃することなく、その集団に溶け込むように消えた。
「な――雷が消えた……?」
 リンボクが焦りの混じった顔でそう言っている背後、今向かってきた騎士たちとは違い、おそらくは遠距離からの支援を得意とするような騎士ゆえにヒエニアの近くで突っ立ってた騎士の一人から雷が走ってヒエニアを直撃――
「はぁっ!」
 ――すると思ったんだが、『耳』のおかげか反応が間に合ったリンボクが水の壁を作って防御した。
 ……というかヒエニア、防御もまともにできないのか? 呪いとか人を操るとかの類を得意とする奴は本人が貧弱ってのはよくある話だが……
「ちょ――何よ今の! 完全に支配しているはずなのに何で今そいつ攻撃を――」
「違うよヒエニア。別にあの騎士が君を攻撃したわけじゃない。僕には聞こえた……」
 イケメンってのは怖い顔でもイケメンらしく、キリッとした顔を騎士たちの攻撃を避けて距離を取ってる私に向けた。
 だが残念、見るべきは私じゃない。
「――っ!」
 私の方に向かって走ってくるからリンボクたちには背を向けてる騎士たちのその背中から何発もの雷が放たれ、それを察知したリンボクが作り出した水の壁に激突する。
 第二系統の雷魔法ってのはそれが電気であるために水や金属で道を作られるとそっちに攻撃が誘導されるっつーちょっとした弱点があるんだが、電気の威力が一定以上になるとその道は壁の意味を無くして電気を素通りさせてしまう。
 特に水使いにとって腕の立つ雷使いってのは、壁を作っても素通りされるし電熱で水を蒸発されるっつー相性最悪の相手になる。
 その辺の使い手が相手なら『サンダーボルト』の一発で水の壁なんざ貫けるんだが、ツァラトゥストラの力で電気を散らせる力も強いらしいリンボクのそれはなかなかのモノだった、
 しかしまぁ、一度に何発もぶつければ抜ける。
「くあっ!」
 多少は威力を殺されたものの、水の壁を通り抜けた雷はリンボクの左腕を通り過ぎながらヒエニアへと今度こそ直撃――
「げ。」
 ――することはまたしてもなく、雷はヒエニアをすり抜けて後方の建物に落ちた。
『バカねぇ。他人を操ろうって奴が堂々と表に座ってるわけないじゃない。』
 周囲の空間そのものに響くようなヒエニアの声。こいつ、幻術で自分の姿を映しておいてどっかに隠れてやがったか。
『リンボクの演技も良かったんだけどねぇ。ふふふ、こうなったらしょうがないわよねぇ。こっそり近づいてサックリ殺してあげるわ。』
「よすんだヒエニア。動くとばれる可能性がある。」
 面倒なタイプの闇魔法の使い手にありがちなこっそり殺すってのをやろうとしたヒエニアにリンボクが厳しい声を出す。やっぱりこいつは冷静だな。
『どういうことよ。』
「『雷槍』と言えば強力な雷撃と達人クラスの体術を組み合わせてパワーとスピードで攻めるタイプ……正直、こんな芸当ができるイメージはなかった。」
 自分の周囲に何枚かの水の壁を作って両手に水の玉を用意しながらリンボクが私の技の解説を始める。
「さっき彼女の『サンダーボルト』が消えた時、君が操る騎士集団の中でノイズのような音が広がった。そしてその音が近づいてきたと思ったら君の近くに立っていた騎士から雷が走った……いや、正確に言うならその騎士が身につけていた装備品の金属部分から雷が出て来たというべきか。」
『は?』
「つまり『サンダーボルト』は騎士たちの剣や鎧、留め具や指輪などの金属類に一度身を潜め、金属から金属へと伝わりながら僕たちに近づいてきたんだ。無論、それらの金属を身につけている騎士を感電させずにね。相当精密な制御が求められる技だよ。」
 おいおいまじか。金属間の移動の時は雷鳴も雷光も消えるから何をやってるのかわかんないモンなんだが……『耳』で魔力の流れを聞いてそこまでわかるのか。
 戦闘能力は大したことないがこの冷静さと『耳』の組み合わせはそこそこのモノだ。しごいてやればそれなりに――っと、教官……いや、教師としてのクセが。
「これほど精密な事ができるという事は、姿を隠している君の場所も特定する術があるかもしれない。ヒエニアは騎士を操ることに集中して欲しいな。」
『面倒ねぇ……わかったわ、こうするからあんたがやっちゃいなさいよ。』
 ヒエニアの声が響くと私を囲んでた騎士たちがピタリと動きを止め、手にした武器や魔力を込めた手の平を自分の方に向け――
「――!! てめぇ……」
『あっは、いい顔ねぇ。『光帝』もそんな顔したわよ? だいたい最初に言ったじゃない、戦力兼人質だって。じゃリンボクよろしく。』
「了解。」
 ここぞとばかりに水の玉に魔力を込め始めるリンボク。
「……お前はこういうのに抵抗ないのか?」
「罪悪感があるかと? 多少はあるが……生憎、惚れた女性の為なのでね。」
「ああ? あんな暗い女に惚れてんのか? というかお前、記録じゃとっかえひっかえのナンパ野郎だろ。」
「それとこれとは別だと、僕は思っている。あとヒエニアではない。」
「そうか。やっぱりお前、見込みあるな。」
「なに……?」
『――! な、これ――』
 突然のヒエニアの焦り声にリンボクが私から視線を外す。その隙をつき、とどめを刺そうと私の目の前まで来てたリンボクに雷を打ち込む。
「が――」
 焦がすよりも感電に特化した一撃で、リンボクは白目をむいて倒れた。
『っ――な、なんでこいつら動かな――』
「は、リンボクみたいに落ち着いていればお前にも勝ち目はあったのにな。よく見ろ、私が動けなくしたのは金属製の武器を持ってるやつだけだ。」
 リンボクが言った通り、普段ならこんな細かい事は性に合わないからやらないが……要するに電気で作った磁力――電磁力を応用して騎士たちが持ってる武器を周りの武器や鎧と引き合い、反発させて動かせなくした。
『――! バカねぇ、そんなの教えて! それに普通に動いてあんた、アタシが人質を殺さないとでも思ったわけ!?』
 魔法を自分にむけてる騎士たちの手が動くが――
『ばっ!?!?』
 それより先に、地面に槍を突き立てて雷を流す。直後、何もない空間で雷がはじけ――焦げて余計に黒くなったヒエニアがガクガクと膝をついた。
「な……どうやって……」
「リンボクの忠告通りだ。ま、別に息をひそめてたからって見つけられないわけじゃないんだが……知ってるか? 人間は電気で動いてるんだぞ?」
 私の言葉の意味を理解したのかどうかわからないが、ヒエニアはバタリと倒れた。
 今の状態――電気信号で色んな情報をやりとりしてる頭にちょちょっと魔法をかけて処理能力を上げたことで、私は普段よりも細かく電気を操れるし、他の生き物の生体電流も感知できる。魔法で隠れようと、生きている限りは見つけられるってわけだ。
 欠点として頭を酷使するわけだからあとで――というか既に頭が痛い。
「ま、うちの騎士たちを傷つけずに済んだから良しとするか……」
 ヒエニアが意識を失うと同時に糸が切れたように倒れた騎士たちを眺め、そして気絶させたリンボクとヒエニアを見て……私はどうにもしっくりこない感覚に腕を組む。
「……どうにも妙だ……ヒエニアはともかく、リンボクの方は多少の無茶をすれば私が対処に困るような攻撃を一、二個出せたはず……なんというか、負ける気はなかったがそこまで勝つ気もなかったような……さっきの会話もそうだが、連中が欲しがってるはずの王座に対する熱が感じられない――ん?」
 ぶつぶつと呟いていてふと周りが静かなのに気づく。フィリウスとカゲノカがいない。
「フィリウスが風でふっ飛ばしたのか、カゲノカの位置魔法か……戦場が他に移ったみたいだな。ん? だとするとチャンスか?」
 街を閉じ込めてる防御魔法の発生装置。これを守る為にいた三人の内二人を倒して一人がどっかいった……今の内にこの壁を解除できれば――そう思って装置に近づいて手を伸ばしたんだが、私の腕は装置に届く前に途切れ、少し離れた空間――空中から私の腕の途切れた先が生えてきた。
「面倒な魔法を……」

 位置魔法における高等魔法の中に『ゲート』というモノがある。そこを通ったモノを別の場所に移動させるっつーモノで『テレポート』――いわゆる瞬間移動の設置タイプ。一度発動させれば込めた魔力が尽きるまでそこにあるし、瞬間移動にあるようなルールもないんだが……いかんせん、必要な魔力が非常に多い。
 移動用として大きな街に設置されることもあるが、あれは学院の結界みたいに大規模な魔法陣と土地の力でようやく発動できてるモンだし、戦闘中ともなると手が通るくらいの小さなモノを一瞬作るのが精いっぱいだろう。
 ま、極めていくと位置の複製とかの面白い技ができるようになるから武器として使う騎士は結構いるんだが。

 ……でもって今、何が問題かっつーと……装置を守ってるこの『ゲート』は尋常じゃない量の魔力を使って作られてるって事で、専門じゃない私には解除できないってことだ。
「くそ、ツァラトゥストラ様様だな。フィリウスがあの女を倒さねぇとどうしようも――」

 バリッ

 どうしたもんかと『ゲート』の前でため息をついてると、せんべいをかじったような……甲殻類を殻ごと食べたような、そんな音がした。



『死ねぇぇええぇぇえっ!』
 余裕の笑みがなくなった真っすぐな殺意を叫んで突っ込んでくるラコフに対し、ユーリの魔法で無言の意思疎通をかわして息を合わせるあたしと筋肉――アレキサンダー。
「ぬぉおっ!」
突き出された拳を潜り抜け、アレキサンダーがバトルアックスでラコフの身体を正面から受け止める。生憎それだけじゃ止められないけど、少しだけ勢いを殺したところでラコフの拳にあたしの拳を叩き込む。ウロコとか角みたいなのが生えてるラコフの腕が熱せられた鉄みたいに赤く光り、拳から肩の方へと連鎖するように内側から炎を噴き出して爆発する。
『がらあっ!』
 怒りと共に振り回されたもう片方の腕をかわし、あたしとアレキサンダーは距離を取る。
『ああああああっ!』
 牙の並んだ口でラコフが叫ぶと吹き飛んだ部位を再生しようと肩が動く。だけどその傷口を塞ぐように出現した見えない壁――ローゼルの氷によって再生が中断させられた。
「『ホワイトキャメリエ』!」
 少し離れた所に立ってるローゼルがトリアイナを振り下ろすと、その動きに連動して片腕になったラコフの残りの腕めがけて上空から真っ白な刃がギロチンのように落下する。
 音もなく腕を切断されたラコフがその両脚に力を込めてローゼルの方へと跳躍しようとしたけどそれよりも一瞬早くティアナが銃を連射し、その銃弾がワイヤーとなって脚や胴を縛り、ラコフはバランスを崩してその場で倒れる。
「ゴーレムっ!!」
 そこに砂――いえ、金属の巨人の拳がその巨体からは想像できない速度で叩き込まれる。走る衝撃で周囲の地面が砕け散り、ラコフのいた場所は大きく陥没した。
「むぅ……ロイドくんの愛でパワーアップという事はパムくんもやはり――」
「ばっ!? ――きょ、兄妹愛です! バカな事を言わないでください!」


 あたしたちがラコフと戦ってるそもそもの理由。
 いきなり体力を千分の一にされて瀕死の状態になったロイドを回復させる魔法の使い手がいる所――国王軍の医療棟に行くために、ラコフのツァラトゥストラを利用して街を囲んでる水の壁にかかってる位置魔法を妨害する魔法を解除する。
 さっきのとんでもない魔法で倒れたリリーは……な、なんか幸せ過ぎてっていうか、う、嬉し倒れ? みたいなので転がってるだけだからあたしたちを連れて街の方に瞬間移動することはできるはずで、ツァラトゥストラを手に入れた今、あたしたちはすぐにでも移動するべきなんだけど……ラコフがそれを許さなかった。
 小さなガラス玉みたいのを取り出してかみ砕くと、ラコフの――自分の時間を加速するっていう技がパワーアップして尋常じゃない速度で動くようになった。例え街の方に瞬間移動しても今のラコフは一瞬で追い付いてくるだろうから、ユーリが魔法を解除するだけの時間を得られずに追撃さ
れる。
 だからあたしたちは――やっぱりラコフを倒すなり動けなくするなりしなくちゃならない。それは最初から変わらない目標なんだけど、ラコフの能力が相当面倒くさいことになったのよね。


『ばああああああっ!』

 叫びと共にパムのゴーレムの拳を押しのけるのは同等の大きさの巨大な手。さっきまでの四本のデカい腕よりも更に大きく、ついでに長い腕が薙ぎ払うように振り回されてパムのゴーレムを弾き飛ばした。
『これはまぁ……ツァラトゥストラも嫌な置き土産をしてくれた。私たち魔人族ですら、あれほどの無茶が可能な者はいないぞ。』
 頭の中に響くユーリの呟きには同感で、ラコフのデタラメっぷりがここにきて極まった。
 初めは身体が硬いだけの力自慢。ローゼルの氷が唯一効果がありそうだったから、それを叩き込むためにあたしたちは動いてた。
 だけどリリーの攻撃を受けた辺りからラコフの身体が変化し、『一万倍』の力でローゼルの氷すら砕くパワーになった。
 ただ、そうやって怪物になった影響で分身が消えてユーリとパムがこっちに来られるようになり、ユーリの魔法のおかげですごい連携がとれるようになって……そして……ロ、ロイドからの……アレがあって……あたしたちは強力な魔法を使えるように……な、なって、ラコフからツァラトゥストラの『腕』を奪うことができた。
 でも変化した身体はそのままで、ラコフは人間を軽く超える身体能力と魔法との高い適正を持つ……ユーリいわく半分魔人族になった。
 で、その半分魔人族っていう状態がデタラメ過ぎた。
 今までラコフが数魔法で操ってたのは自分の攻撃力や防御力だけだったんだけど、それに加えて大きさや長さ、柔らかさとか弾力までも操るようになった。そういうのは第九系統の形状の魔法の領域だけど、頑張れば数魔法でもできなくはない。ないけど……形状魔法よりも遥かに大きな負荷が身体にかかることになるから、そんな使い方をする奴なんていない。
 だけどそんなデタラメな使い方が半分魔人族状態のあの身体だと普通にできるらしく、今みたいに腕を大きくしたり伸ばしたりするようになった。
 正直言って「倒す」っていうのが難しそうだからローゼルの氷で動けなくするっていうのも考えた。今のローゼルなら魔法の氷を生み出す為の水も一瞬で作れて、それをかぶせてカチンコチンにするっていうのを何度か試したんだけど……もはや衝撃波になってる数千倍に増大された「声」で水を散らされたり、高速移動するところをようやくとらえたと思ったらいきなり巨大化して水を弾いたり……たぶんラコフはローゼルの氷を警戒してるから余計に難しいんだわ。
『ふむ……ツァラトゥストラと切り離されたことで『一万倍』は使えないだろうし、私の『ガルヴァーニ』もまだ効いているから、単純なパワーに関してはだいぶ下がっているはずだが……あの変幻自在な身体と魔法生物でもそうはいないレベルの再生能力が問題だ。打撃斬撃は有効でないだろうから、一撃であの男を一片も残さずに消滅させなければならないだろう。』
『となるとエリルくんの爆発だな。それも、攻撃の寸前で巨大化されたとしても消し飛ばせるほどの大火力。』
『んじゃあれか? さっきからやってる内側からボンッて技を魔力をタメにタメてぶちこんでもらう感じか?』
『破壊と消滅を同時に行える魔法となりますと、確かにエリルさんのその技が最適でしょう。』
 頭の中で繰り広げられる会話が妙な気分で気持ち悪い……そう、会話のように感じるんだけど、実際には一瞬で思考のやりとりが行われてて、時間にしたら一秒以下の会話なのよね、これ。
『……とりあえず……わかったわ。でもタメて撃つって事は攻撃が相手にバレバレでかわされやすくなるってことだから……あんたたちがあの気持ち悪い生き物の動きをしっかり止めなさいよ。』
『わ、なんだか……女王様、っぽいね……』
『基本的にエリルくんは上から目線だからな。仰せのままにだ。』
『あんたに上からとか言われたくないわよ……』
『そうか? ちなみにエリルくん、タメにはどれくらいかかる?』
『今ならいくらでも魔力を込められそうだけど……そうね、攻撃として制御できる分を考えると一分くらいのタメが限界かしら。』
『おや、それは丁度いい時間だ。ブレイブナイトよ、お待たせしたな。』
『…………ん? あ、ああおれか。いきなり頭が会話に引き込まれた感覚だな……ようやくの出番で嬉しいが、どうすればいい。』
『エリルさんがタメを始めればあの男はそれに気づく。タメ終わるまでの間エリルさんを守り、その時が来たらあの男の動きを止める。長かったこの戦いの最後の一分、全員『ブレイブアップ』で乗り切ろうではないか。』
 最後の一分……そうよね、なんか普通にしゃべってるから忘れそうだけど、ロイドも結構ギリギリの状態なのよね……
『というわけで、いくぞブレイブナイト。』
 一瞬の思考のやりとりの後、ロイドの近くにいるユーリが同じく近くでボーッと立ってたカラードの後ろにまわって肩を掴んだ。
『湧き出す力を分配する――思考のつながりを介し、勇気を皆に与えるイメージ……さぁ、やってくれ!』
 コクリと頷いたカラードは大きく息を吸い込み、そして叫んだ。
「輝け! ブレイブアーップ!!」
 カラードの全身から噴き出す黄金の光。いつもなら甲冑やランスを金色に染めるそれはふいにカラードから消え、直後あたしたちの身体が輝き始める。
「――!! なにこれ……」
 カラードの得意な系統は第一系統の強化魔法。一番簡単な魔法って事で、それを得意な系統とする人はなんとなく軽く見られるっていう風潮があるんだけど……冗談じゃない。ロイドとの試合を観ても思ったけど、こうして実際に感じるとその力の大きさがわかる。
 そしてこの異常さ……身体の中がすっからかんになる感覚と、強大な力で包まれる感覚が同時にやってくる。そりゃあ三日も動けなくなるわよこんなの……文字通り、全てを出し切る魔法なんだわ。
 ……それでも……なるほど、カラードは魔法なしでも強いわけね。こんな状態を三分間も維持できるんだから。
「それじゃあ――始めるわよ!」
 腰を低く、右の拳を引いて力をタメる。今までに感じたことのない熱と黄金の力がガントレットに流れていく。
『小細工ばかり――ガキ共がぁっ!』
 忌々しげに、もしくは金色の光を眩しげにあたしたち――いえ、あたしを睨んだラコフは両腕を左右に広げる。その勢いにのるようにビヨーンと伸びた腕の先、拳だけが巨大化して、まるで鉄球に鎖のついた武器――フレイルみたいになった。
『つああああっ!』
 左右の凶器を揺らし、振り回し始めたと思った次の瞬間にはその拳があたしの頭上にきてた。
 もはや時間が跳んだように感じるこれは、速度がどうこうの次元を超えてる。だけどユーリの魔法で身体の反応速度が強化されているあたしたちは、その攻撃に気づきさえすれば反応が追いつく。どういうわけか、ラコフは超加速できるくせにそのままのスピードで攻撃せずに直前で元の速度に戻るから、今のあたしたちなら対応できる。
「はっ!」
 パムがロッドを振ると同時に地面から生えた巨大な腕が迫るラコフの拳をそらしてあたしの左右に落とし、ローゼルとアレキサンダーがそれぞれに分かれて伸びた腕を切断しようと武器を振り下ろす。アレキサンダーの方はともかく、ローゼルの氷はラコフの身体を超える硬度と貫くだけの鋭さがあるから、少なくともそっちは切断でき――
「な、なんだぁっ!?」
 ――ると思ったんだけど、気持ち悪いことにラコフの腕が硬いゴムみたいにうねって氷をまとったトリアイナを受け流しつつ衝撃を吸収し、まぬけな声をあげたローゼルをバインッと弾き返した。
 ローゼルの氷を警戒してるラコフのアイデア勝ちみたいなことになったんだけどラコフは――まぁ、あたしもだったけど、カラードの『ブレイブアップ』を甘く見過ぎてた。

 バキィッ!!

『なにいいいいぃぃっ!?!?』
 自分の身体に傷をつけることができるローゼルの氷には注意を払ったけど、言ってしまえば力いっぱい振り回されるだけの普通のバトルアックスに対しては警戒が薄く、アレキサンダーが狙った方の腕は硬くするだけで済ましたみたいだったけど――そんな油断を笑うように、アレキサンダーはラコフの腕を砕いてた。
『おお! これがブレイブナイトの強化魔法の力か!』
 頭の中にユーリの驚きが走り、それに対してカラードは……少し自慢げに答える。
『おれの魔法を体験しているみんなにはわかると思うが、『ブレイブアップ』は内に秘める力を引き出し、それを爆発的に増大させる魔法だ。だから誰でもああいうパワーを得られるわけじゃない。今の一撃は強靭な肉体を得るためにアレクが日々行っている鍛錬の賜物。そしてそんなアレクに応えんと武器もまた、己の力の全てを引き出してアレクのパワーを余すことなく敵に伝えているのだ。』
 カラードが『ブレイブアップ』を使うと甲冑とランスもその威力を増すから……今、アレキサンダーのバトルアックスはローゼルの氷と同等の硬さと鋭さを持つ武器になってるってわけね。
「おらああっ!!」
 驚き、一瞬動きの止まったラコフにアレキサンダーがバトルアックスを振る。ハッとして時間を跳ぶようにそれを避けたけど、デタラメなことに振るった勢いで発生した衝撃波でラコフは吹き飛んだ。
『くそがぁっ!』
 宙を舞ったラコフは――たぶん自分の重さを操ったんだと思うけど、いきなり直角に地面に落下し、間髪入れずにこっちに向かって走り出したかと思ったらあたしたちのすぐ近くに移動してて、いつの間にか何十本にも増えた巨大な腕で連続パンチを繰り出した。
「その程度!」
 一発一発が一撃必殺の威力を持つだろうラッシュの壁を、地面から生えた無数の拳が同等のラッシュで迎え撃つ。『ブレイブアップ』は魔法の威力も増大させるみたいで、金色の光をまとった土の拳は砕かれることなくラコフの攻撃と拮抗する。
 そしてそんな、巻き込まれたらミンチになるようなラッシュを放つ二人の間を、時に『変身』しながらティアナが歩いてく。反応が強化されてるっていうのもあるけど、たぶんこの連打の応酬がより強力になった魔眼ペリドットの力で止まって見えてるティアナはするすると、時折銃を撃ちながらラコフに近づいてく。
『なんだてめぇはっ!!』
 猛攻の中を歩いてくるティアナを更に増やした腕で攻撃したけど、動きを完全に見切ってるティアナにそれは当たらず、その上そっちに意識をとられた瞬間に無数の土の拳がラコフに叩き込まれた。
『ぶがっ――くそっ!』
 一度距離を取ろうと、たぶん時間を跳ぶようなあの超加速をしたラコフはさっきティアナが歩きながら撃ってた銃弾が変形したワイヤ―――これまた金色の光で強化されたそれに引っかかり、さすがにラコフのパワーに負けて途中でちぎれはしたけど、盛大にバランスを崩されたラコフはものすごい姿勢と速度で地面に突っ込み、ゴロゴロと転がる。でもその転がりは唐突に時間が跳んで終わり、気づいたら巨人と化したラコフがあたしたちを見下ろしてた。
『――っばああああああああああっ!!!!』
 大きく息を吸い込んでの咆哮。巨人な上に肺活量も声量も数千倍――威力を持った爆音と暴風が周囲一帯を破壊していくけど、ローゼルが出した……透明過ぎて見えないけど、巨大な氷の壁――というかドームのおかげであたしたちにはそよ風一つ届かない。
『――!! この野郎がぁあぁああぁっ!』
 巨大化したまま腕を増やし、再びラッシュを繰り出すラコフ。だけどそのパンチにはさっきほどのスピードはなくて、重々しい音が一定の間隔で響き渡る。
『圧倒的質量は強力なパワーの源だがこれほどの巨大化、いつものような感覚で動いても頭で思ったことと身体の動きには差が生じるもの。これはいい時間稼ぎになるな。』
 自分の身体の数値を自在に操れても、必ずしもいい事ばかりじゃない。ラコフのミスにユーリがニヤリとしたんだけど――
『くそがあああああああっ!』
 パンチを止めたラコフが無数の腕でローゼルの氷の壁に手をついて叫ぶと、その巨体の全身から煙が出始め――これって!
『! この男、体温を!』
 焦りの混じったユーリの思考が流れ、同時にローゼルの苦い感情が走ってきた。

 ローゼルの氷はとんでもない硬さで、触れたモノが凍り付くほどの温度。ラコフが攻撃した時に凍らないのは耐熱みたいな感じで……耐氷? とでもいうのか、たぶん普通なら凍るのに十分な水分があるはずの腕とか脚の水分量を数魔法で極端に減らしてるから凍らない――って、ユーリは予想した。
 まぁそれはともかく、何にしたって破壊不可能なローゼルの氷の防御力は絶対的なんだけど……一つだけ弱点がある。それはやっぱり氷だという点――つまり、熱で溶けるのだ。
 勿論、ローゼルが生み出した魔法の氷だから普通の氷を遥かに超えて溶けにくいだろうから、たぶんあたしやアンジュじゃ溶かせない。
 だけど今相手にしてるのは、こと、数値というモノに関してはデタラメな値を叩き出す怪物。今までそれをやらなかったのは単に思いつかなかったからとか、たぶんそういうんじゃなくて……

『あああああああっ!!』
 ラコフの絶叫。それはそのはずで、耐熱能力も極端に引き上げてるんだろうけどローゼルの氷を溶かそうと思ったらそれを超えるような尋常じゃない高温を出す必要がある。耐熱魔法が使えたって関係ない温度に体温を持っていく――自分もダメージを受けるのは当然のこと。痛覚を数千分の一にしてるはずのラコフが叫ぶのだから、それは相当なモノのはずだ。

『本気を通り越していよいよ死に物狂いか。みんな、そろそろこの男を止めよう。』
 ユーリの言葉で全員がラコフを動けなくするために行動を開始した。
「エメトっ!!」
 気合を入れるためか、肉声でパムが叫ぶと巨大化したラコフと同等の大きさのゴーレムが一瞬で二体も立ち上がり、何十本というラコフの腕を網のように広がった砂の腕で左右からとらえる。
ラコフの身体に触れた端からドロドロに溶ける――どころか気化してくゴーレムだけど、無くなった部分の土を超速で補充していき、十数秒かけて二体のゴーレムはラコフを捕まえた。
『ぜぁ――が――』
焼けた身体は再生を始めるもかなりの痛みだったのか、ゴーレムに捕らえられたラコフにそれを振りほどく気力が戻り切らないところで、無数の腕を切断するように……わざと見えるようにした二本の巨大な氷の斧が振り下ろされた。
『――っ!!』
 斬られてもすぐに再生できるんだろうけど一瞬でも動きを封じられるのを嫌がったのか、直前の激痛で反射的にそうしたのか、時間が跳ぶようにパッと元の大きさに戻って氷の斧を回避しつつゴーレムの拘束から抜けて落下するラコフ。けれど息つく間もなく、氷を足場に上空から砲弾のように飛来したアレキサンダーがラコフの着地と同時にその肩口へ黄金のバトルアックスを叩き込んだ。
『なああああっ!?!?』
 袈裟斬りで走ったバトルアックスにより、ラコフの身体は切断というよりは粉砕されて上半身と下半身に分かれる。けれどその凶悪な眼でアレキサンダーをギロリと睨むと下半身はちりとなり、一瞬で再生を終えたラコフは攻撃直後、整わない体勢で着地していたアレキサンダーに鋭い蹴りを放った。
 普通ならその蹴りは相手の身体を粉々にしてしまう攻撃なんだろうけど、アレキサンダーはそれをお腹で受け止める。
『!?』
「――ってて……は、残念だったな。『水氷の女神』特性、氷の鎧ってな。」
 見えはしないけどアレキサンダーの腹部をローゼルの氷が囲ってて、ラコフの足は数センチ手前でぐしゃりと潰れてた。
 必殺の一撃を完全に防ぐ氷もすごいけど、ラコフの攻撃の勢いを受け切ったアレキサンダーのパワーも相当なもので、目を見開くラコフにアレキサンダーは……頭突きをかました。
『が――』
 もちろんそんな攻撃でもとんでもない威力で、ラコフは見るからにふらついた。
『人型を保つあの男の脳は依然変わらず頭の中。どんなに強化しようとどんなに速く動けようと、それらを命令、制御する脳を揺らせば一時的に何もできなくなる。』
 フランケンシュタインらしいっていうかなんていうか、そんな指示を思考で飛ばしてたユーリの呟きを合図にティアナの銃が火を噴く。あたしにはその辺の知識がないからわからないけど、そこを固定されるとうまく力が出せなくなるらしい場所を、ラコフの腕やら脚やらを変な向きにひねりながら金色に光るワイヤーがぐるぐる巻きにしていく。
 そしてローゼルの氷とパムの土が重なりながらラコフの身体を覆って行き――最終的に、顔と胸の辺りだけが外に露出しててその他はガッチガチに拘束されるっていう……すごくまぬけな状態になった。
『ら――ガキが……あ……』
 アレキサンダーの頭突きは頭を揺らすのに最適な場所とか角度をユーリから教えてもらった上での一発だったし、そもそも頭突きそのものの威力も尋常じゃないはずで、ラコフの目は焦点があってない。
 完全に動けなくした。つまり――あたしの出番ってわけよね。


『さぁロイド! エリルさんがとどめの一撃を放とうとしているぞ! 最後に激励を――愛の一言を送るのだ!』
「えぇっ!?」
 みんな凄いなぁとか、オレも『ブレイブアップ』してみたかったなぁとか思いながら、戦いを見ていたオレの頭の中に突如響いた無茶ぶりに思わず声が出た。
『あ、愛!? い、いやいや、さっきそれをやったことでこ、心の暴走状態ってのになったんだろ!? これ以上何かしたらさすがのエリルも魔法の負荷が大きすぎて――』
『ああ、それは心配ない。誰かから数度好きだと言われるとして、初めの一回の衝撃を二回目、三回目が超えることはないのだ。それにさっきのでロイドの想いのほとんどは既に伝わっているからな。ほんの少し、ちょっとした後押しのための一言だ。』
『でで、でも――』
『しかしながらそのもう一歩が結果を大きく変える事もある! さぁロイド!』
『うぅ……』


今ならどんな攻撃も当たるからローゼルの氷で凍らせてもいいかもだけど――さっきの高温を考えると、こいつはそれすらも攻略しかねない。
 そして、元はと言えばこの戦いはあたしのせいで起きたモノ……お姉ちゃんがさらわれたと思ったら罠で、まんまと敵の手に落ちるところにみんなが駆けつけてくれて……そしたらロイドがいきなり死にそうになり、それを何とかするためにもこいつを倒さなくちゃいけない。
だからあたしが――それをやるだけの力と責任を持つあたしがとどめを刺す……
 カラードが言った、あたしたちはこいつを殺す事になるかもっていうあれはあたしの手によって実現する……あたしの……手によって……
 もはや人間とは思えないほどの怪物になってるから気持ちは楽かと思ったけどそんなことはなくて……少し、心がモヤモヤと……

『エ、エリルさん!』

 タメは十分。チャンスは今だけ。右腕に渦巻く炎と黄金の光を目の前の男に叩き込まなきゃいけないのにためらいが出て来たその時……わたわたしてる時なんかにやる「さん」付けであたしを呼ぶロイドの声が頭に響く。
 腕への集中はそのままに……後にして思えば何かの理由や理屈を――救いを求めて、あたしは頭の中の声に……変な表現だけど耳を傾けた。
 そして続いたロイドの言葉は……恥ずかしい熱さを通り過ぎた、どこかあったかいモノを頭と心に満たしてくれた。

 きっとこの悩みは、このためらいは、どこまでも続くんだろう。
 もしかしたら割り切ったり気にしない人もいるかもだけど、きっとたくさんの騎士が抱えてるんだろう。
 あたしはこのあったかいモノが大切で、守りたくて、この先も欲しいから……このモヤモヤを乗り越えて戦っていくんだろう。

 あたしは敵を倒す。あたしの中の敵意や後悔を飲み込むこの想いで。
 弾けろ、あたしの感情。

「『ノヴァストライク』。」



 それは爆発というよりは光の破裂。アンジュの『ヒートボム』にも似た閃光がエリルの拳の先の空間を埋め尽くしたかと思ったら、やっぱりそれは爆発だったらしくて相応の爆音が響き渡り、全員がポカンとしている間に音と光がおさまると……そこには何も残っていなかった。
「――っ……」
 ふらりと傾いたエリルの身体を土から伸びた手が受け止め、そのままオレの近くまで移動させる。
「とんでもない……そんな一言しか出ない力ですね……」
 そう言いながら、パムは倒れたエリルの状態を調べ、ふと安堵の表情になる。
「魔法の負荷による気絶ですね。まぁ、これだけの魔法なら当然ですが。」
「ぐぬぬ……折角わたしの氷が大活躍だったというのに、こんな派手な技で最後を持っていかれるとは……」
「そ、そうかな……ロゼちゃんのおかげで、戦えた気がするよ……あ、あとユーリ、さん……」
 名前が出たユーリだったが……驚いているような喜んでいるような不思議な顔でボーッとしていた。
「ん? おいカラード、俺らの『ブレイブアップ』って切れてんだよな? お前みたいに倒れねぇぞ?」
「セーブしたからな。折角勝利しても誰も動けないのでは困るだろう?」
「ああ、そりゃそうだ。」
「だが明日にはきっと誰も動けないだろう。今でさえ、強力な魔法の使用でおれたちの半分くらいは動けなくなっているからな。」
 オレが動けないのは始めからとして、戦闘の結果アンジュとリリーちゃんとエリルが――そういえばリリーちゃんは……
「彼女も動けないと思った方がいいぞ。」
 まだ思考をつなぐ魔法が効いていたのか、オレの疑問に……今はハッキリと嬉しそうな顔のユーリが答える。
「エリルさんは嬉しさで転がっているだけと言って――いや、思っていたが、実際はそれ以上なんだ。マイナスの例で言うなら、親しい人間が目の前で殺されたりするとその事実に心が耐え切れずに意識を失ったり、最悪心が壊れる。今のリリーさんはそれのプラスの状態で……言うなれば、魔法の負荷ではなく心の負荷が、あまりの喜びによって一定値を超えたのだ。勿論、生死には関係がない。」
「全く、しようのない倒れ方ですね。街まで『テレポート』をしてもらえば楽だったのですが……というかそもそも、彼女がいないと位置魔法の妨害を解除しても壁を通れないじゃないですか。」
「それは確かにだが……まぁ、妨害している魔法と言わず壁そのものを一時的、一部分だけでも解除できれば問題ないだろう。そこは私の腕の見せ所だ。」
「そうですか……それじゃあとりあえず、移動を始めましょうか。」
 パムが土のベッドのようなモノにオレを含む倒れた面々を乗せ、我ら『ビックリ箱騎士団』と助っ人たちは街に向かって走り出した。



「おお?」
 何かから隠れるように、そして同時に何かを探すように、高い建物の屋上から周囲を伺っていた筋骨隆々とした男は、街の外に生じた太陽のような光に驚きの声をもらす。
「街の外ってことは連絡のとれない妹ちゃんか? 敵側の攻撃じゃなきゃいいが。」
 やれやれとため息をつき、男は頭を引っ込めて壁に寄り掛かる。
「たぶん大将もいるからな。まぁなんとかしてるだろうが、どっちかつーと今は俺様の方がやばい。」
 そう言って視線を落とすと、今も血を流し続けている無数の切り傷が目に入る。
「血なんか久しぶりに流したぞ。時々いるよなぁ、ああいうの。見た目は良いのに中身がやばい奴。」
 過去に出会った様々な男女を思い返してふと前を見ると、向かいの建物の屋上に長いポニーテールの目立つ半スーツ姿の女が見えた。
「うげっ!」
 ずるりと壁にそって屈むと同時に男が寄り掛かっていた壁に横一直線の切れ込みが入り、男が屋上から飛び降りる頃には無数の切れ込みによって建物全体が崩れ始めた。
「位置魔法の使い手ってことは、防御魔法を張ってる装置に『ゲート』とかかけてそうだよなぁ。つまりあれを何とかしねぇと壁が消せねぇと。」
 地面に着地する前に風で宙を移動した男は巧みな操作で細い路地へ入り込み、暗い裏道で着地する。
「ん? つーことはこの戦いの重要な点が俺様にかかってるってことか。こりゃ気合を――」

「入れてくれなければヤリがいがない。」

 突然の声に、しかしそれほど驚くことなく男は上を見る。そこには重力を無視して建物の壁にしゃがみ込んでいる女がいて、平均よりもだいぶ長い刀で肩を叩いていた。
「すべての攻撃をかわし、必殺の一撃で終わらせる――そういうスタイルということは、もしや痛みに弱いのではと思ったのだが……ケロリとしているな。」
「そりゃそうだ。俺様だって生まれた時から避けまくりってわけじゃねーんだからな。それに、俺様にはこの筋肉がある!」
「そうか。つまり……この程度では痛がりはしないと……ははは、なるほどやはり――」
 武器や物腰からして純粋な剣客のように見えていた女が、そこで……興奮を我慢しきれないというような顔になった。
「――最っ高だな、《オウガスト》……!」
 今にも上からよだれを垂らしてきそうな女を見上げ、男は苦い顔をした。
「そういう色っぽい顔はベッドの上でのみ願いたいもんだ。」

第十章 悪党混じりの決着

 十二騎士、第八系統の頂点たる《オウガスト》の席に現在座っている男、フィリウス。筋骨隆々とした身体に二メートル近い体躯。その力強い外見と背負った大剣から、誰もがこの男の戦闘スタイルを「力にモノを言わせてガンガン攻めるタイプ」と考えるが、それは半分ハズレである。
 近距離であれ遠距離であれ、自分に向けられる全ての攻撃を防御、回避し続け、その間に大剣にタメ続けた魔力をここぞというタイミングで撃ち放ち、その一撃でもって相手を倒す。対人であろうと対軍であろうと全ての勝負を一撃で終わらせてきたこの男の注目すべき点はその破壊力ではなく、その一撃に至るまでの回避能力である。
 事実、ある時期から現在まで、フィリウスは戦闘において傷と呼べる傷を一つも負っていない。弟子である田舎者の青年が数々の強敵との戦闘をくぐり抜けてきたのも、フィリウスから教わった回避術によるところが大きいだろう。
 そんなずば抜けた回避術を身につけているフィリウスは、かれこれ数年ぶりの「出血」を経験していた。
「あーははは! ほらほらほらぁっ!」
 クールな印象を与える凛とした女、カゲノカは抑えきれない欲情に身を任せたかのように頬を赤らめ、舌なめずりをしながら少し長い刀を振り回す。長いとは言っても相手のフィリウスは完全に間合いの外にいるのだが、外見に合わない超スピードで回避行動をとるフィリウスの身体や周囲の建物には次々と切れ込みが入っていく。
 致命傷は無いものの、薄皮一枚で身体中を斬られているフィリウスはパッと見、重症を負っているように見えるほどに血まみれだった。
「だー俺様の一張羅が! 色っぽい顔でとんでもない位置魔法を使いやがって、そりゃあ壁を半分ズラして二重にするなんて芸当もできるわな!」
「気づいていたのか。ふふ、よかったな。ここで私を倒せば壁は一つとなり、間に貯められた大量の水は流れ出るぞ!」
「外側の方が消えればな! 内側の方が消えたらアウトだろ!」
「心配するな。私に万が一の事があって魔法が解除されても大丈夫なように、壁が一つになった際は外側が消えるようになっている。」
「そりゃまた妙な設定だな! 「私に何かあれば街が滅ぶぞ」ってのが悪党の定石だろうに!」
「できればそうしたくないというのがアネウロの考えであるし、重要なのは壁によって街を隔離することだからな。」
「んん? 割と重要そうな事を聞いた気がするな。」
「関係ないだろう? さぁ、そろそろ痛がるお前が見たいところだぞ!」
 言いながら長い刀を腰にぶら下げた鞘にしまうカゲノカ。ただの納刀であり攻撃ではないはずだが、フィリウスがかわした後ろ、建物の壁に縦の切れ込みが走る。
「動かすだけでいいってか!」
 風を使って大通り脇道裏道を問わず縦横無尽に逃げ回るフィリウスと、それを『テレポート』を使って追いかけるカゲノカ。二人が通った道に無数の傷跡を刻む斬撃は無論、カゲノカの長い刀によって生じているモノだが、その発生には位置魔法が関わっている。
 通常――というよりは常識的に、刀を振るった際に「斬る」という現象が生じるのは刀が触れている部分に対してであるが、カゲノカはその位置をズラしていた。
 何もない場所で振るった刀がその刃に生じさせた「斬る」という現象をフィリウスがいる場所の近くに移動させることで、まるで風魔法における風の刃を飛ばす技のように間合いの外に対しての斬撃を可能としているのだ。
 故に、何かを斬る際に意識するはずの型がまるでなっていなくとも適切な角度で斬撃が走るように移動させる事できちんとした攻撃になるため、刀を少し動かすだけで相手を斬ることができるのである。
「斬撃の座標をお前自身に固定できればいいのだがな。少し止まってくれればその為の印を刻むぞ!」
「勘弁しろドSめ! 俺様はMじゃない!」
「防具なしのボロ布で戦いに臨んでおいて!」
 空中に『テレポート』したカゲノカは、まるで空気を蹴るようにその場で踏み込み、刀を構えた状態でコマのように勢いよく回転し始めた。
「うお! それはずりぃぞ!」
 直後、周囲に凄まじい数の切れ込みが入り始め、フィリウスの身体の表面にも新たな傷が刻まれていく。
「サーカスみたいなことしやがって、曲芸剣士は大将だけで充分だ!」
 それそのものは見えないが無数の斬撃が飛び回る空中を、しかし変わらず薄皮一枚程度で回避していくフィリウス。
「この連撃すら致命傷を回避するか! ならばこれはどうだ!」
 回転しながらカゲノカが叫ぶと、生じる切れ込みの数が少し減る。だが同時に一撃一撃の威力がはね上がり、傷跡を刻むだけだった斬撃は周囲の建物を切断し始めた。
「どうだも何も、さっきからやってんだろうがその重ね技!」
「ほう、仕組みを理解していたとは、第八系統以外はからっきしという噂はデマだったか!」
 複数の斬撃の移動先を同じ場所にし、時間的な差がある為に完全一致とはいかないが、部分的に攻撃を重ね合わせることで建物を両断する威力へと昇華させるという技をまき散らして街をコマ切れにしていくカゲノカを、攻撃にツッコミながらもフィリウスが少し厳しい顔で見る。
「あんまりやり過ぎるとセルヴィアの負荷が過大になるからな! そろそろ反撃と行くか!」
「自慢の一撃必殺か? ではこちらも大技と行こう!」
 そう言って回転をやめたかと思うと、カゲノカの姿が消える。
「! そうか、あんま気にしてなかったがお前のツァラトゥストラは『脚』か。」
 放たれる斬撃を含め、空気の動きを読むことでカゲノカの動きを把握しているフィリウスは、カゲノカが何もない空中を蹴りながら、かつ凄まじい脚力で縦横無尽に跳ね回るのを知覚していた。
「この速度で振るわれる刀が生む斬撃! その重ね合わせの威力はかの『絶剣』にすら届くだろう!」
「そりゃ言い過ぎだ。それに刀を手にして跳ねてるだけで振ってねぇだろうが。」
 斬撃の嵐が止み、風切り音だけが響く一瞬の間の後、高速移動によって生じた無数の斬撃を重ね合わせた特大の一撃が空を走り始め――

「『ディスターバー』。」

 ――たが、その一撃はフィリウスも周囲の建物も刻む事なく、何もない空の上で空気を切り裂いた。
「!?」
 戸惑いながらも続けて斬撃を放つカゲノカだが、その全てが遙か上空で走り終える。
「んな――まさか位置魔法――なわけはない、それなら私が気づかないはずが――何をした!」
 高速移動をやめ、風で空中に浮いているフィリウスの近くの建物の壁に着地したカゲノカは理解不能という顔でフィリウスを睨む。
「見えないせいでイメージをつかむのに時間がかかったが、さすが俺様だ。もうお前の攻撃は何も斬れないっつーか、斬らせないっつーか。」
「――! そんなこと――!」
 叫ぶと同時に刀を振り、生じた斬撃の位置を移動させて間合いの外からフィリウスに切り込むが、その一瞬前に突風が吹いたかと思うと斬撃は遠く離れた空を切った。
「!?!? ま、まさか……風で飛ばしているのか!? 私の斬撃を!」
「ああ。」
「そんなわけが――斬撃は物体ではないのだぞ! ただの現象が風でとぶわけがないだろう!」
「そりゃまぁ普通はな。だが魔法ってのは「通常」とか「普通」を超えて何かを起こす技術なんだぜ? 根っこのイメージさえ充分ならできないことはねぇよ。んま、そのイメージをかためるのが難しいから奇跡的な魔法を使える奴は少ないんだがな。そう、俺様のような!」
 これでもかという自慢げな顔をしたのち、ふと真面目な顔になる。
「現象だろうがなんだろうが、何かに変化を与える力ならそこにはエネルギーがあんだろ? 俺様は風から抜き出したエネルギーをそっちのそれにぶつけてるだけ。同じエネルギーなんだから、干渉できないわけはねぇだろう?」
 本人にしか理解できなさそうな理屈に対し、依然としてカゲノカは理解不能という表情だった。
「ま、どーでもいいだろう、仕組みなんぞ。俺様にはそういうことができるってだけだ。で、どうする? 降参は受け入れるぞ。」
 宙に浮くフィリウスと九十度傾いた状態で立ち上がったカゲノカは、一瞬の躊躇の後、ため息と共に何かを決心して余裕たっぷりのフィリウスに長い刀を向けた。
「……私の攻撃を飛ばす時、お前は私の動きや斬撃が生じた瞬間の空気の動きから……言ってしまえば後追いで対応している。」
「んん? まぁな。俺様に限らず、相手の動きを読むってのは初期動作から最終的な敵の動きを予想するもんだからな。そりゃあ後追いだろうよ。」
「ならば動きを読まれたとしてもお前の対応が追いつけない速度をこちらが持てば、先読みは攻略できるという事だ。」
 さっきまでの焦りの表情を完全に無くし、落ち着いた顔でカゲノカは片手を軽く振る。すると手品のように指の間にガラス玉のようなモノが二つ現れた。
「街を覆う壁を任されてる関係で、私はこれを二つ渡されている。お前のような別格と戦う為にな。」
「キリッとした顔で言われてもそのガラス玉が何か知らない俺様には何のことやらだぞ。」
「今にわかる。」
 言いながら二つのガラス玉を自分が立っている壁に叩きつける。直後カゲノカがその姿を消したかと思うと、フィリウスの左肩にこれまでよりも深い傷が刻まれた。
「おわ、なんだその速さ!」
 想像以上の速度に驚きのけぞりながら、フィリウスは両腕を開いて嵐の中のような暴風域を周囲に発生させる。
「狙いを定めずに範囲攻撃で対応――この速度にはついていけないと言っているようなモノだ!」
 上下左右、カゲノカの言葉はもはや一文字ごとに聞こえる方向が変化し、これまでを遥かに超える威力の斬撃が一閃ごとに街を破壊していく。
「制約上、他のメンバーではこうはいかないが私の位置魔法はそれをクリアできる! はっきり言おう《オウガスト》、相手が悪かったな!」
「時間魔ほ――いって!」
 空気の動きによる先読みを駆使しても対応が追いつかないほどの異常な速度の攻撃に対し、高速移動に加えて範囲攻撃で相手の狙いを定まりにくくする事で回避を行うフィリウスだが、それでも低確率で直撃してくる斬撃によって脇腹を深く刻まれて顔を歪める。
「あ――ああ! いい顔だ、それを待っていたんだ!」
「んの野郎め、いきなり調子づきやが――どわっ!」
 肩、脇腹と続いて切断されたかと思うくらいの深い切れ込みが太ももに入る。
「だーちょい待てちょい待て! タンマだ!」
 慌てた感じでフィリウスが片手を天に掲げる。すると、ここから離れた場所で戦っていた女騎士が引き起こした上から降り注ぐ暴風を遥かに超える超暴風が、まるで第六系統の重力魔法のように周囲の刻まれた建物を押しつぶしながら降り注いだ。
「――!」
 その脚力で跳び回っていたカゲノカの脚が止まり、その姿が現れるが、位置魔法で自身に当たる風を他所に移動させているのか、超暴風の中でも普通に立っているカゲノカは雨が降っているかを確認するかのように手の平を上に向ける。
「これは……いや、攻撃自体は位置魔法で自分に当たる風を移動させればどうという事はないのだが……まいった。それなりに集中しないと位置魔法が維持できない。この妙な風、ただの風ではないな。さっき言ってたエネルギーをどうこうという風か?」
「ちくしょうめ、その位置魔法も吹き飛ばせりゃあペシャンコにしてやれんのにな。」
「だがイメージをつかむのに時間がかかるのだろう? ふふ、言葉を返すが――で、どうする? いくら十二騎士とはいえこの特殊な風をこの威力――長時間の維持はできまい。対して私にはツァラトゥストラがある。魔法の持久力で言えば――」
「わーってるよ、今考えてんだ。」
 自分の先読みによる対応を超える速度で攻撃してくる相手は初めてというわけではないが、攻撃方法の厄介さを考慮すると過去最高にめんどくさい相手かもしれないと、やれやれと肩を落としたフィリウスは――

『聞こえていますか、ゴリラ。』

 ポケットに突っ込んでいた国王軍の通信機から聞こえてきた声に「お?」と少し驚く。自分をそう呼ぶ数人のうち、その声の主とは連絡がとれなくなっていたのだ。
「妹ちゃんか! 無事だったんだな!」
『エリルさんを追って壁の外に飛ばされましたがあなたのような筋肉お化けを倒して戻ってきました。今は軍の医療棟にいます。』
「ツッコミたいとこだらけのザックリ説明だが、やっぱ壁の外だったか。どうやって出てどうやって帰ってきたんだ?」
『行きは敵のマジックアイテムによる位置魔法で、帰りは兄さんの知り合いの魔人族が一瞬だけ壁に穴を開けてくれました。』、
「魔人族? また妙な面子だな。一応確認――つーか誰がいるのかわからんが、全員無事か?」
『無事です。ですから……街の中の状況がイマイチわかりませんが、とりあえず早くなんとかしてください、十二騎士。』
 プツンと切れる通信に一安心の息をもらしたフィリウスは、通信相手の兄である自分の弟子のことをふと思い出す。
「おお、そうだそうだ。あれをやるか。」
 カゲノカ同様超暴風の中に立ってはいるが、術者であるゆえに自分には風が来ないようにしているフィリウスはポンと手を叩く。
「この前の夏、大将の魔法の修行を妹ちゃんと一緒にやったんだが、大将の奴、あれでなかなかのアイデアマンでな。おかげで使い所があるのかどうか微妙だが一応新しい魔法を俺様も覚えたんだ。」
 コキコキと首を鳴らし、フィリウスは準備体操のように腕をぐるぐる回す。
「炎使いは火傷しねぇように耐熱魔法、雷使いは感電しねぇように耐電魔法、氷使いは凍傷にならねぇように耐冷魔法。腕が良けりゃその辺のを使わなくても自分を対象外にできたりするわけだが、こういう類の魔法は風魔法じゃ聞かねぇモンだ。今みたいに暴風の中に立とうってんなら、風が自分にこねぇように制御するだけだ。」
「……今更魔法の講義が必要なほどマヌケに見えたか……?」
「だが大将は魔法素人だからこんなことを言った。おいフィリウス、耐風魔法はねぇのかってな。」
 カゲノカを半分無視し、フィリウスは話を続ける。
「つまりはこういう風の中、自分に当たらないようにだとかの操作をせずに動き回れるようにする魔法。聞かれて調べてみたら何代か前の《オウガスト》にそういうのの使い手がいたんだな、これが。同系統の使い手との戦闘を想定したんだろうな。」
「……」
「しかしそんな使い方する奴はそういねぇからな。やり方ってのが残ってなかった。そしたら大将の奴が軽く言うわけだ。強風の中を進むなんて、それこそ俺様みてぇな立派な筋肉で立ち向かうのをイメージをすればできるんじゃないのかってな。それじゃ強化魔法だっつの。」
 ニッと笑ったフィリウスはパンッと手を叩き、今立っている場所――風が来ないようにしている所から超暴風の中へと一歩を踏み出す。
「!」
「だが間違っちゃいない。風使いだからこそ強風でも倒せない、壊せないモノのイメージは他の系統の使い手よりも強い。そのイメージを自身の身体に投影し、強化魔法で整えれば――」
 地面が潰れ、亀裂が走るほどの超暴風の中をフィリウスは悠々と歩き出した。
「な――」
「ざっとこんなもんよ。できるようになるとこれはこれで便利でな。魔法の負荷としちゃぶっちゃけ風を操作するよりも大変なんだが、その分風の中での動きの自由度が高い。今みたいに相手を動けなくしたのなら――」
 外見は同じ、吹き降りる超暴風の中で立つ二人だが、位置魔法に集中しているカゲノカは動けず、対するフィリウスはグッと拳を引いて攻撃の姿勢を取る。
「こういう一方的な攻撃が可能となる。ゆくゆくは剣を振れるようになる予定だが、今は耐風を自分の身体にかけるので精一杯でな、ちょっと剣までは意識がいかねぇんだ。だから今日のところはこっちで我慢しろよ?」
「――! た、確かにその拳を防ぐ術は今の私にはないが……まさかパンチ一発で私がやられるとでも? 女だからと甘くみているのか? 強化魔法は戦闘に入る前からかけているし、それはツァラトゥストラによって通常の数倍の強化になって――」
 焦り半分、余裕半分の顔を見せるカゲノカだが、直後フィリウスの引かれた拳に集中する圧力に息を飲んだ。
「お前こそ、俺様は剣しか振れない奴とでも思ってるのか? この筋肉は飾りじゃない。」
 拳にたまる、それがどういうモノかはわからないがその強大さだけは感覚的に理解できるエネルギーに青ざめるカゲノカ。
「別の弟子の話だが、ちょっとしたヒントだけでこの技に到達したのもいてな。なるほどなるほど、教官が先生になりたがったのもわかるってもんだ。」
 もう一人の弟子――桃色の髪の女騎士が装備している甲冑の籠手に力をためたのに対し、師匠であるフィリウスは拳に直接チャージしていく。
「イメージも大事だが、やっぱり基本は筋肉だわな。オリアナももちっと鍛えれば楽に使えるだろうに。」
「――! 一か八か――!!」
 その後の攻防は一秒以下の出来事だった。超暴風を位置魔法で無効化していたカゲノカはその位置魔法を解除し、吹き降りる風が自分の身体に触れる前に時間がとぶような超加速にて暴風域からの脱出を試みた。
 驚くべき事だがそれは成功し、カゲノカは一瞬安堵する。だが、回避が間に合わないだけでカゲノカの動き自体は捉えているフィリウスが超暴風の中、カゲノカの移動先へと身体を向け、ためこんだエネルギーを撃ち放った。

「元祖! 『バスター・ゼロ』!」



「前にも言ったすが、悪党からすると強い奴はそれに合った肩書きを持っておいて欲しいもんすね。やっぱり《フェブラリ》の称号はあの逝き遅れよりもあなたに与えられるべきでさぁ。」
「は、つい最近ジジイとやり合った奴の言葉と思うと信頼できる評価だな。」
 ハッキリ言って余裕はないのだが、軽口の一つもかまさないとやってられない。こいつの強さは勿論だが……出会い頭の光景が衝撃的過ぎた。

「んー、珍味珍味っす。これは生がオススメでさぁ、コルン。」

 リンボクとヒエニアを倒し、あとはフィリウスがカゲノカを倒せば――てな感じでちょっとばかし休憩の心持ちだった私の背後で響いた咀嚼音。振り返ると、逃げ遅れたらしい小さな女の子を連れた国王軍の騎士がいた。それだけなら問題はなかったのだが……その騎士は頭が通常の二倍くらいに膨らんでいて、何でかというと口の中で頭くらいある何かをモグモグしてるからで……
「この感じは『舌』っすね。ちょっと部位が小さいのが残念でさぁ。」
 でもってその口からは黒い髪の毛がのぞき、騎士の足元には首から上が無くなった女の身体が横たわっていて……
「ぶー、おいしくなーい。」
 さらに小さな女の子も、騎士ほどではないが口いっぱいに何かを頬張っていて、その横にはこれまた首から上の無くなった……男の身体が……
「おま……おまえら何を……一体……」
 数々の修羅場をくぐり、凄惨な光景っていうのもそれなりに見てきた私だが、あんな状況は初めてだった。首無しとなった女と男、それが誰かなんて言うまでもなく、数分前まで戦っていた敵――軽い会話もした相手が、いきなり現れた第三者に……「喰われてる」光景なんて……見たことあるわけがない……!
「そいつは残念でさぁ。コルンにはちょっとばかし大人な味だったっすかね。でも食べ残しはいかんでさぁ。ツァラトゥストラは美味しくなくても、他の部位は美味しいかもしれないでさぁ。」
「うん。」
 そう頷いた小さな女の子がしゃがみこみ、横たわる男の手を掴んだかと思うとその指にかじりついて――
「――っうぇ……!」
 思わず吐きそうになって目を背けるも、背後で響く骨をかみ砕く音に一層気持ち悪くなる。
 こいつらは騎士でも逃げ遅れた少女でもない。聞き覚えのある口調にこのおぞましい行動、そしてジジイから聞いた『ディザスター』の作品の話。
 S級犯罪者、通称『滅国のドラグーン』、バーナードとコルンとかいう化け物だ……!

「『サンダーボルト』っ!」
 冷静に考えるなら、一応私よりも強いはずの《フェブラリ》のジジイが負けたこの二人を私が一人で相手をするってのは無茶な話だ。だが放っておくとこいつらはこの場に倒れている国王軍の騎士たちをも食べ始めかねない。
 この混乱極める戦場に何をしに来たのかわからないが、カゲノカを倒して戻ってくるだろうフィリウスを待ちながら、こいつらの食事を妨害しなければならない……!
 くそ、あのゴリラをあてにするのは何か腹立つな!
「この短期間に雷使いのトップツーと戦う事になるとは思わなかったでさぁ。」
 鱗のような表面に長くて鋭い爪。その上人間を二、三人握りつぶせそうなデカさの腕で私の雷を受け、散らすバーナード。
 第九系統の形状の魔法の、悪党側の頂点に立つだろうこの肉ダルマの厄介なところはその桁外れな『変身』能力だが、それ以上に、そうやって手に入れたパワーをただ振り回すだけじゃねぇって点が一番の問題だ。
「ちょいやっ!」
 私との最短距離を走るバーナードの巨大な拳。槍で受けたその拳にはギザギザの刃がついていて、それが回転ノコギリのように高速回転して私の武器を破壊しようと火花を散らす。同時に拳から凄まじい高温が放たれ、耐熱魔法による対応を強いられる。
 攻撃の一つ一つに複数の攻め手を混ぜるこいつの『変身』を相手にすると持てる技術を総動員しなきゃならなくなるわけだが……まぁ、私もそれなりに経験を積んだ身だ。これに関しちゃどうということはない。
「ほわっ!」
 私に止められた拳を開き、爪を直下の地面に突き刺して自分の身体を引っ張りながらもう片方の腕で追撃を仕掛ける。それをいなし、両腕を伸ばし切ってスキだらけになった肉ダルマに突撃するも、おそらく耐電の特性を持った鱗のようなモノで両脚を覆って私の突きを……ぶよぶよの身体をぐにゃりとねじりながら足の裏で華麗に受け流す。
「今の《フェブラリ》は歳のせいもあって魔法で押せ押せタイプっすけど、あなたにはハイレベルの体術があるんでさぁ。やっぱり交代するべきっすね。」
 身体をひねった勢いで巨大な両腕を引き戻し、空中で何回転かした後に音もなく着地したバーナード。
 そう、こいつはこんな見た目のくせに相当な体術の使い手。攻撃は常に急所を狙うような殺人拳で、防御に関してもスキがない。仮にわずかなスキを突こうとも、『変身』によって防がれる。
 今はまだ半分以上肉ダルマだが……この動きがアレに『変身』した後も披露されるってんだから冗談じゃない。
「……あっちのガキンチョは来ないんだな。」
 呼吸を整え、槍を構えながら適当な会話をふっかける。
「コルンでさぁ? 今はちょっと練習中なんでさぁ。食べたい人間がいた時、必ずあるのが服っていう邪魔者でさぁ。頭は丸のみでいいんすが、身体の方はどうしてもっす。だからまずは服の処理――そのまま食べるのか脱がすのか、脱がすのならどうやるのがいいのか、開き方はどうするべきか……コルンはまだまだ子供っすからね、体験させてるんでさぁ。」
「迷惑な子育てだが、ま、お前と一対一でやれるってんなら今は目をつぶろう。」
「んん? あなたからすればあっしらが食べたあの男と女は悪党でさぁ? 槍で刺されて死のうが喰われて死のうが、悪党が減るのならウェルカムなんじゃないんすか?」
「別の悪党の腹が満たされてんのにウェルカムなわけあるか。」
「ああ、そりゃ確かに――」
 バカみたいな顔でバーナードが納得した瞬間、私は地を蹴った。
「『ライトニングスピア』っ!!」
 十数メートルの距離を瞬間的に詰めながら槍を突き出す。対して、私の速度を考えれば超人的な反応で防御の体勢――巨大な腕を盾代わりにしたバーナード。そこらの武器で斬りつけようモノなら刃が欠けるなり折れるなりするだろう硬度の腕だが、私の槍はそれをぶちぬいて矛先をバーナードへ突き刺した。
「ぶへぇっ!」
 見た目通りの声をあげるバーナードだが――これで終わらせない。このまま刺し貫く!
「はぁっ!」
 強化魔法と雷魔法でパワーと速度を増した身体で即座に掌底を構え、槍の石突き部分に打ち込む。再び推力を得た私の槍は巨大な腕を抜け、そのままバーナードを貫いて向こう側に――

 あん? なんだこれ。

「あばば――らばっ!」
 身体に風穴をあけられて噴水のように血を噴き出すが、バーナードはその噴き出た血を固めて巨大な刃と化し、掌底を打った直後の私へと振り下ろす。
 が、そんな感じの奇怪な反撃を予想していた私は赤い刃が届く前に後ろへ跳び、槍を引き寄せながら距離を取ってキャッチと同時に着地した。
「あたた、さすがでさぁ……」
 そう言うと同時に、まるで蛇口を閉めるように血の噴出が止まる。
「この前やり合った時は割とすぐに《ディセンバ》が来たっすからあんまり体験できなかったっすが、ハイレベルな体術と槍術、強力な雷魔法、それに加えてあなたは電磁力を使うのがうまいんすね。」
 ぶちぬかれた腕を修復しながらグーパーするバーナード。
「さっきのパンチを受けたときっすね? あっしの身体を帯電させ、それを利用した電磁力による引きと強化魔法と雷魔法による脚力アップで突進し、あっしの腕を貫いた。その後の掌底も、よく見ればその槍の石突きはとんがってるっすからそのまま打ち込んだら手に刺さるでさぁ。それがそうならなかったのは、手の平と槍との間で電磁力による反発力を生じさせたからっすね。」
「お前は試合の解説者か。」
「悪党ってのは基本、戦闘中でも饒舌なんでさぁ。でもってあっしが一番驚いてるのはその槍――あっしの拳を受けても壊れないのは、槍を構成する原子、分子の結合を電気の力で強化しているからっすね?」
「!」
「加えてあっしの腕を貫けたのはその強度アップに加えて、あっしの腕の結合を今度は弱める方向に電気を流すことで腕を脆くしたからでさぁ。」
 ……こいつ、いちいち見た目と違う事を特技としてるらしい……
「ちゃっかり心臓を狙った今の一撃、正直その槍があっしを貫いたのは予想外で結構ピンチだったっすが……あっし、心臓は勿論その他諸々の内臓の配置をいじくってるっすから、大抵の「急所狙い」は外れるんでさぁ。」
 ……半分くらい「勝った」と思ったのに貫かれた後何事もなく形状魔法で傷の修復を始めたからちょっとビビったんだが……どうやら私は狙いを外していたらしい。
 だが今の言葉、逆に言えば急所への攻撃が意味を持つって事を示してる。傷の修復はできても魔法生物が持ってるような問答無用の再生能力ってわけじゃないから、刺すとこ刺せば倒せるという事だ。
 ……まぁ、今の攻撃は今後警戒されて通用しないだろうが。となると……負荷はデカくなるがあっちの派手な方でいくか。
「こりゃあ硬度よりも耐電性に重点を置いて『変身』しておかないと、あっしの身体が内側から崩壊させられかねないっすね。なんだかケバルライみたいな電気の使い方でさぁ。」
「……解説ご苦労さんってとこだが……分子の結合とは、食い物にしか興味なさそうな顔で小難しい言葉を知ってるじゃないか。」
「そりゃあ、あっしの専門っすからね。」
 腕も身体も穴が塞がったバーナードはひひひと笑う。
「こっちの国じゃ首を傾げる人が多いらしいっすが、この世のモノは原子の組み合わせで出来てるんでさぁ。だから単純な話、必要な材料があれば組み合わせ――つまりは『形状』をいじることで色んな物体を作る事ができるんす。こんな感じに。」
 口の中で何やらもごもごした後、ペッと唾を吐くバーナード。その唾は地面に落ちるとジュワッという音をたててその場所を溶かし、穴をあけた。
「原子みたいな最小単位に限らず、例えば生き物の脳みそも少し中身をいじくれば従順にも馬鹿にもできるんす。魔法ってのは理屈を飛ばして不思議を引き起こすっすが、原理を理解した上で使うのなら形状魔法以上に何でもできる系統はないんでさぁ。」
「……それで色々勉強したってか。そこまでやって辿り着いたのが悪の道とはな。」
「仕方ないでさぁ。あっしは――」
 首だか胸だかわからないところがゴキンと鳴ったのを合図にバーナードの身体が……気持ち悪い音をたてながら変形していく――!
「『サンダーボルト』っ!!」
 伸びる首めがけて特大の雷を落とすが、ガバッと開いた大きな口に飲み込まれる。
『正義やら善行やらには欠片も興味を持たず、ただ色んなモノを食べてみたい衝動にかられてしまったんすから。』
 大きく広がった翼から私の方に戻ってくる飲み込まれた雷。それらをかわした頃には私の前から肉ダルマはいなくなり、代わりに一部が鎧のようになっている黒い鱗に全身を覆われた巨大なドラゴンが立って……おい、ちょっと待て……
「……この前よりデカくないか……?」
『悪党は、二戦目から本気を出すモノなんでさぁ。』
 首都への侵攻の時はフィリウスの倍くらいだったがそれよりも一回り――いや、二回りほどデカい。
 いや……そもそもこいつの『滅国のドラグーン』ってのはあの事件――巨大なドラゴンが一国を滅ぼすところを隣国の奴が望遠鏡で見たって話からついた二つ名なわけだから、たぶんこいつ、まだまだデカくなれる……!
 こりゃさっき見つけたあれに頼ることになるか?
『《フェブラリ》はコルンが食べたっすからね。今度はあっしの番……凄腕の第二系統の使い手の肉、じっくり味わうでさぁ!』
 足元の私に対し、巨大怪獣のお約束である踏みつけではない、右ストレートを打ち下ろすバーナード。それを回避しつつその腕に着地し、そのまま首に向かって走り出したが腕の表面の鱗が剣山のようにそそり立ち、私は慌てて降り――
『あいやっ!』
 バーナードの巨体が回し蹴りでも放つような勢いでねじれたかと思うと長い尻尾が超速で迫る。ガードの為に構えた槍から腕、そして全身へと走る尋常じゃない衝撃。あちこちがきしむ音と共に身体の中からのぼって来た血を吐き出しながら――私は落下し、地面に叩きつけられた。
『おっと、いかんでさぁ。あっし、ミンチよりもそのままが好きなんでさぁ。』
 が――くっそ、しくじった……ついデカい魔法生物を相手にするみたいに身体にとりついちまったが……あんな巨体でも体術を使いこなすこいつ相手には失策だ……
「バケモンめ……強化魔法使ってなかったら即死だった――ぞっ!!」
 その場に槍を突き刺し、地面を通して雷撃をくらわす。だが雷光でバチバチするバーナードは何でもないように一歩踏み込み――
『せいっ!』
 姿勢を落とし、普通のサイズであれば相手の足を払うかのような蹴りが地面をえぐりながら放たれる。サイズ的にちょっとした壁が物凄い勢いで迫ってくるような光景を前に、私は足と地面に電気を流し、電磁力の反発でジャンプする。が、巨大な脚を飛び越えた先にはワンテンポ遅れて巨大な翼が大剣のように迫っていて――
「なめんなよ肉ダルマっ!」
 槍を回して空中での姿勢を整え、その槍に大出力の雷をまとわせてぶん投げる。
「『ドゥエルアトラトル』っ!!」
 さっきバーナードが解説した通り、触れれば結合を弱める電流を混ぜた雷槍の投てきは、ドラゴンの翼を真っ二つに切断した。
『うほっ!?』
 間抜けな声を上げるバーナードは脚と翼を振り切った直後――つまりは私に背を向けている状態!
「もう一発っ!!!」
 雷をまとった槍を引き戻し、そのままの勢いでバーナードの背中に投げつける。
『おっほほ、この姿になって耐電を強化しててもその槍を受けるのは危ないみたいでさぁ。』
 だがその一撃がバーナードの身体を貫く直前、その巨体の一部がぐにゃりとうねって向こう側が見えるくらいのデカい穴が開き、私の槍はその穴を通って――バーナードにかすることなく反対側へと素通りしていった。
『ちなみにこんなことも。』
 槍が通った空洞を閉じながら、私に背を向けていたバーナードは――足を動かしてくるりと向き直るのではなく、身体をゆがめ、まるで裏返すように正面と背面を入れ替えて私の方を向いた。
「――デタラメめ……!」
 鋭い牙の並ぶ口をニヤリとさせ、直後目にも止まらない速さでその鎌首を振り下ろし、空中にいる私へと叩きつけた。
「ぐっ――つあっ!!」
 地面にめり込み、衝撃が再び全身を襲う。あちこちの骨が砕けて内側から突き刺さる感覚に顔が歪む。
 ああ、まずい。こりゃあ久しぶりにかなりやべぇぞ……
「んの野郎……ドラゴンの姿してんなら火の一つもはけってんだ……」
『あっし、今は生の気分なんす。』

 これはもう完全に「対巨大魔法生物戦」……小隊か、下手すりゃ中隊をぶつけてもいいレベルの厄介さだ。
 動きの分類で言えば力自慢の格闘家に尻尾と翼が追加された程度だが……サイズと質量が違い過ぎる。幾多の修羅場を潜り抜けた歴戦のアリんこがクマに挑んだどころで何も覆らないのと同じこと……これだけのパワーを個人がぶん回すなんざ自然の摂理に反するだろうがちくしょうめ。
 ハッキリ言って、私じゃ勝てない。
 だが……あれを使えばまだ勝機はある……!

『普通なら一発でパァンと破裂して死ぬんすけどね。二発も耐えるなんて、もしかして自分の身体の結合も強くしてるんでさぁ?』
「さぁな……」
 痛みを意識の外に置き、一息ついて槍を構えなおす。槍に雷をまとわせ、さらに雷で形作った槍を周囲に展開する。
「『ボルトランス』。」
『おおぅ、かっこいいでさぁ。それじゃあちょっとドラゴンっぽくいくでさぁ!』
 翼を大きく広げて爆風と共に飛翔したバーナードは――
『数で勝負、受けて立つでさぁっ!』
 その翼を黒い鱗で覆ったかと思うと、それを弾丸のように乱射してきた。
「わざわざ合わせなくてもいいんだがなっ!!」
 降り注ぐ黒い雨に向けてありったけの『ボルトランス』を放つ。私の崩す雷とあっちの強力な耐電がぶつかった結果なのか、『ボルトランス』と黒い鱗は互いを砕き、噴水を中心とした街の広場はまき散らされる雷撃と鱗の欠片で見る見るうちに廃墟と化していく……
 あとでセルヴィアに嫌な顔をされそうだ。
『ぶはははっ! 一人であっしとここまでやれる相手は久しぶりでさぁ!』
 ドラゴンの大口を開けて大笑いするバーナードだが、私はその巨体のある部分に狙いを定めてチャンスを待っていた。

 さっき私の槍がバーナードの身体を貫いた時、妙なモノをあいつの体内に見つけた。巧妙に隠されているからバーナードは気づいてないが、半分魔力――いや、下手すればマナとも言えるような不安定な状態ながらもその場に固定されていたそれは第二系統の使い手であれば感じ取れるモノ――圧縮された膨大な雷の塊。
 バーナード本人が仕込んだとは思えないし、あんな高度な制御で雷を仕込むなんざ第二系統の相当な使い手でないと無理だ。隅っこで食事を続けてるガキンチョを作った『ディザスター』は第二系統の使い手ではあるが……圧縮されて爆弾みたいになっている雷をバーナードの体内に仕込む理由がわからない。
 よってあれは状況から察するに《フェブラリ》――あのジジイの仕業だ。あいつ、片腕を失ってボロ負けしたくせに再戦する気満々だったらしい。
 ま、とにかく……あのジジイを褒めるようであれだが、形状魔法でとんでもない耐電能力を得ていようと、《フェブラリ》が仕込んだ渾身の雷が身体の中で炸裂したら結構なダメージになるはずだ。
 問題は炸裂させるには魔法で刺激を与えなきゃなんないって事で、そのためにはバーナードの体内に電撃を届かせ――

『うぉわっ! なんでさぁ!?』
 とかなんとか考えてる内にバーナードが盛大な隙を見せた。街を覆っていた壁――おそらくは外側の方が消滅し、閉じ込めてあった大量の水が外へと流れ始めたのだ。
 フィリウスがカゲノカを倒したんだろうが――ナイスタイミングだぞ、ゴリラ!
「ふっ!」
 私は手にした槍をふわりと投げ、その上に飛び乗ってバーナードの方へと突撃を開始した。
『おほっ! 波乗りでさぁ!』
 さすがの反応で意識をこっちに戻すバーナード。更に数を増す黒い雨の中、それらを『ボルトランス』で撃ち落としながら、バーナードが言ったようにサーフィン的な足さばきで槍を動かして空を行く。
 バーナードの黒い鱗のおかげでより効率よく広がったが、『ボルトランス』をこれでもかってくらいにぶちまける事で周囲を電気で満たし、電磁力の応用で空中を移動してるわけだが……これはグロリオーサのをパクった技だから本来は水魔法でやる移動法。
 だから技名を叫ぶとしたら――
「『絶槍・六式』! 雷バージョン!」
 第八系統の風使いが空気の流れで先読みをするように、周囲を満たす電気を利用して雨あられと降り注ぐ黒い鱗を回避、撃墜していく私に、バーナードは両腕と首を――比喩ではなく物理的に伸ばして特大の鞭のようにし、三方向からの同時攻撃を仕掛ける。
「――出し惜しみは無しだ――!」
 身体に相当な負荷がかかるからあんまりやらないが、サードニクスがたまにやる強風を利用した緊急回避のように、特大の電磁力で無理矢理身体を動かし、空中でバウンドするようにバーナードの攻撃を抜けた私はバーナードの懐に入り込んだ。そして――
「おらああぁっ!!」
 足さばきで槍をぐるりと回し、雷をまとって大きくなった矛先でバーナードの腹へ斜め一閃に斬りこんだ。
『ぼ――おぶ?』
 サイズに合った豪快な鮮血をぶちまけながら、しかしバーナードは驚きよりも困惑という感じの声をあげた。
 おそらく槍で貫かれると思ったんだろうが、私がやったのは斬撃。ここにきて何故と思うのは当然だろう。
 だが生憎と、私の狙いはこれなわけだ。
「せいっ!」
 一瞬かたまったバーナードへ、波乗ってきた槍を――雷を解除した状態で投てきし、腹の切れ込みに突き刺した。
「っと。」
 勢いを殺しながら着地した私を、バーナードは微妙な顔で見下ろす。
『??? 一体どういうつもりでさぁ。必死であっしの目の前まで来たのにこんな爪楊枝みたいな槍を傷口に刺して満足でさぁ?』
「ああ。予定通りだ。」
 あくまでもジジイが仕掛けた雷だから、干渉を防ぐためにも私の雷は起爆のキッカケを与える程度の最小限のモノでないといけない。だが耐電性を高めた今のバーナードの体内に電撃を届かせるには相当な威力のモノを使わなきゃならず、これは前提に反する。
 だから強力な斬撃でバーナードの強固な腹を裂き、銅線代わりの槍を突き立てることで最小限の雷を直接体内のあれに届くようにした。
 ……まぁ、あのまま槍で貫いても倒せたかもしれないが……体内の構造が愉快なことになってるバーナードに致命傷を与えられるかってのを考えると可能性は低い。ならばジジイの――魔法で押せ押せタイプの渾身の一撃を試してみようってわけだ。
『これが作戦でさぁ?』
 確かにサイズ感で言うと爪楊枝にしか見えない私の槍を見るバーナードに、指を鳴らしてちょこっとした電撃を槍に、そして雷へと送りながら決め台詞を送る。

「ジジイの置き土産だ、たんと味わえ悪食。」

 解き放たれる雷。放電は一瞬の出来事で、ジジイの特徴的な紫色の雷が巨竜を包むと同時に圧倒的な電熱でそれを炭と化し、直後生じた叫ぶ間も与えない爆発的な雷撃はひとたびの明滅をもってドラゴンの巨体の――半分を消し飛ばした。

 ドゴォンッ!!

 どれほど自然を捻じ曲げた雷だったのか、この近距離だというのに遅れて届いた雷鳴と爆音に頭をクラクラさせながら、死んだ魔法生物のように端から崩れていくドラゴンを見上げていると、中からゴロリと……本体である肉ダルマが転がり出てきた。
 どういう連動なのか、それともたまたまそういう場所にいたのか、黒焦げになったバーナードはドラゴンの身体と同様に左半身の大部分が無くなっていた。
こういうのを「奇しくも」っていうんだろうか、ジジイと同じように左腕が……いや、ありゃもう死んでるんじゃないか?

「ばーなー!!」

 一文字足りないがおそらくバーナードの名前を叫んだガキンチョが血まみれの顔でちょこまかと走り出――
「げっ!?」
 ――したかと思ったら背中から巨大な翼を生やして高速で滑空、その細腕を極太の剛腕に変えてバーナードを拾い上げ、あっという間に空高くへと飛びあがっていった。
「な――……あ、いや、だがまだ壁が……」
 いきなりの事に思考が追いつかずアホ面をさらしたが、防御魔法の壁がある限りは逃げられな――
「――――ィィィイイアアアアアッッ!!」
 ――いと思ったら甲高い獣みたいな声をあげて口から高出力の雷をビームみたいに撃ち放ち、バーナードを抱えたガキンチョは壁に一瞬だけ穴をあけてそこから外へ出ていった。
「……お、おいおい……」
 ジジイから多少は話を聞いてたし、そもそもジジイの腕を喰ったのはあのガキンチョらしいから普通じゃないってのはわかってたが……あれじゃバーナード二号じゃねぇか……
 しかも……仮にバーナードがまだ生きていたら……S級を一人減らす千載一遇のチャンスをかっさらわれた事に……ああ、くそ……
「……ま、とりあえずは……」
 スッキリしない決着にもやっとしながら、私は『ゲート』の無くなった防御魔法の発生装置へ近づき、そのスイッチを切った。



「なんだこれは。」
 首都ラパンで国王軍とオズマンドの戦いが繰り広げられている中、本来であればこの緊急事態への対策会議などが開かれるところを国王ザルフ・クォーツが玉座で静かに座ったままでいると、家臣の一人が分厚い紙の束を持って現れた。
「は、その……敵が要求してきた――王位に関する書類です。も、もしも、万が一の際には……」
「王座を明け渡すと?」
 鋭い視線を送られた家臣はその迫力にビクッとなるが、国王はゆっくりと目を閉じる。
「……いや、それも民を思えばこその選択……そう委縮するな。」
「……お、王よ、ならば発言いたしますが……皆、何もしなくて良いのだろうかと不安に思っております……」
「しなくて良いというより、する事がないのだ。」
「そ、それは……」
 思いもよらない言葉にキョトンとする家臣に、そして周囲に控える者たちにも聞こえるように国王は話す。
「敵――アネウロの三度に渡る進言、その全てを突き返した故の現状。既に話し合いの段階は終え、残るは武力行使のみ。定石通りであれば民を人質にとった敵へ反撃した時点で街を潰されそうなモノだが、それはしてこない。住民の避難を行った騎士からの報告によると民のいなくなった街で何やらしているらしいから、この水の檻は我々と外部を遮断する事が目的なのだろう。よって一時間とは連中にとって悪事を働く為の時間であり、我々にとっての反撃の時間。それを見越し、連中も強者を各所に配置しているようであるが、それを打ち破ればアネウロの要求は呑む必要がない。よって――」
 ギシリと玉座に沈みながら傍机の上の紅茶を一口飲む国王。
「……我々はこの国の守護者たる国王軍を信じて待つほかないのだ。」
 数秒間の沈黙が部屋を満たした後、書類を持ってきた家臣がおそるおそる口を開く。
「仮に国王軍が敗北――い、いえ……れ、連中は一体、街で何をしているのでしょうか……」
「何を、か……実のところ、王座も含めてその辺りのモノはオマケなのかもしれん。」
「お、おまけ……?」
「さっき報告が上がってきた……アネウロを追っていたはずの《ディセンバ》が、城に戻って来たとな。」


 不動の国王に皆がそわそわしている王城の中、一階のとある倉庫へ続く通路の床に大きな穴があいていた。その下にはかなり広い空間があり、魔法によって明るく照らされている。壁には数々の魔法陣や壁画が並んでおり、そこは太古の遺跡を思わせる場所となっていた。
 その空間を更にを進んだ先、まるで闘技場のように一際広くなった場所にかなりきわどい甲冑姿の女騎士、十二騎士が一角、《ディセンバ》のセルヴィア・キャストライトが息も荒く剣でその身体を支えていた。
「カゲノカが敗北したようである。やはり十二騎士は手強い。」
 そんなセルヴィアの前方、そこから先に彼女を進ませまいとしているように立ちはだかっているのは一人の男。品のある上下に落ち着いた雰囲気を漂わせる「紳士」という言葉がしっくりくるその人物は、地下にいるはずだがまるで地上が見えているかのように斜め上を向きながら、しかして目を閉じたまま呟いた。
「ふむ……時間停止に持ち込めなかったメンバーもいるようだ……これはざっと戦力半減というところである。あわよくばと思っていたが、やはり「あわよくば」程度の確率であったようだ。いくつかの「ついで」は諦めなければ――」

 ザンッ!

 呟きの途中で目を閉じたままの男の背後――いや、二人が立っている場所の壁をぐるりとなぞるような一周分の切れ込みが周囲の壁に入った。よく見ると同様の傷跡は壁中にあり、床や天井にも走っていた。
「はぁ……はぁ……」
「なるほど。同じ技を繰り出しているように見えてその実、微妙に組み合わせを変えて試しているのか。自分に攻撃を届かせるために。」
 目を閉じたままの男は腰にまわしていた腕を前に出して虫でも払うかのように手の平を動かす。
「がっ――!」
 すると剣を振った後の体勢で立っていたセルヴィアが何かに衝突されたかのように後方へととばされた。
「あの方は言っていた。戦闘において時間魔法を使う時、その基本用途は補助であると。相手を止めたり自身を加速したりという使い方が普通――いや、それしかできないはずだが……何をどうすればそうなるのか、貴女は時間魔法で攻撃を行う。この、防御も回避も許さない絶対的一撃で。」
「嫌味な事を言う……それこそ何をどうしているのか、その絶対的一撃を完全に無効化しておいて……」
「準備をしたからな。」
 立ちはだかる事のみが目的なのか、再び両腕を腰に戻した目を閉じたままの男は追撃もせずに解説を始める。
「あの方の魔法の気配を追って貴女がここに現れる事は予測できる。一対一であれば十二騎士最強と言われる貴女を手放しで待ち受けるような無謀はしない。あの方がこの場所に仕掛けた数々の設置型時間魔法によって貴女はかなり弱体化し、おかげで自分は貴女といい勝負を演じられるようになったのである。」
「謙遜だな……私にかけられている時間魔法とお前自身の魔法の区別くらいつく。彼女のサポート無しでも十分脅威だよ、お前は。」
「それはそれは。十二騎士からの評価とあれば少し自信を持ってもよさそうだが……力の大部分はツァラトゥストラによるところが大きい。個人的には微妙な気分である。」

「あら、折角の高評価なのだから喜んでおけばいいと思うわよ。」

 目を閉じたままの男の背後、奥の暗がりから老婆が姿を見せた。
「用事は済みましたので?」
「ええ。」
 そう言いながら老婆は何かの欠片が入った小さな小瓶を振る。
「なん――だ、それは……」
 下手をすれば木端にも見えるそれに対し、セルヴィアは目を見開いた。
「魔力……いや、マナの塊か? イメロに近い感覚だが……この尋常ではない気配の大きさ……この奥から持ってきたのか? 一体何があると――」
「知らなくてもいいことよ。」
「なに……?」
「ああ、意地悪な意味ではないのよ? 知ったところでこの国が変化するわけでもないし、国王軍がパワーアップしたりダウンしたりもしないの。たぶん国王も知らないだろうし、まともな文献が残っているかも微妙なところよ。だからあなたが他の面々に報告するべきは、私たちが大きな力を得たということのみね。」
 小瓶を目を閉じたままの男に渡すと老婆はくるりと今来た方へ向き直り、両手で何かを描きながらぶつぶつと呟く。
「! そ、その時間魔法は――」
 セルヴィアが言い切る前に、老婆がやって来た奥の空間が灰色に染まった。
「ええ、時間の壁よ。あちら側とこちら側を時間的にずらしたから、この魔法を解除しない限りは奥に入れないわ。あなたなら解除はできるでしょうけど、十年は見積もってもらいたいわね。」
「く……」
「それに親切で言っておくけれど、解除しても奥には入らない事ね。私がこの先に入れたのはツァラトゥストラの力があればこそ――普通に進んだら死んでしまうわ。」
「なんだと……?」
「自分がここで貴女を迎え撃ったのも、単に自分ではこの先に進めないというのがあったりするのである。」
 自分を笑うかのように肩をすくめた目を閉じたままの男は、スゥッとその顔を腰の曲がった老婆に近づけた。
「ところでアネウロ、この時間の壁ですが、確かセイリオスの方に魔法を無効化してしまう技を持つ者がいるとの事でしたが……」
「心配ないわ。大規模な設置魔法は大抵土地の力を使うわけだけれど、この魔法のエネルギーの供給源は奥のあれにしたから。仮にその者がこれを打ち消す事が出来るというのなら、かのスピエルドルフの夜の魔法ですら一撃で消してしまう力の持ち主という事になってしまうわ。流石にそれは人智を超え過ぎでしょう? そもそも、その者に関してはエリル・クォーツのついでにラコフさんにお願いしたわ。」
「――そのことなのですが……ラコフは敗北しました。」
「まぁ……時間停止は?」
「その間もなく肉体を消し飛ばされてしまいまして……」
「そう……ラコフさんは亡くなったのね……」
 老婆はその顔に悲しみを浮かべ、しばし目を閉じて何かを思い出すかのように息をはいた。
「……となるとエリル・クォーツの確保も失敗ということね。」
「加えて、街を覆っていた壁も解除されてしまいました。メンバーもだいぶ減ったようです。」
「そう……第三、第四目標は元々「できたら」くらいの心持ちだったけれど……多くの犠牲を出してしまったわね……」
「残念です。」
 目を閉じたままの男が姿勢を戻すと、老婆は穏やかな表情をセルヴィアに向けた。
「……ということだからセルヴィアさん、どうやら私たちオズマンドが挑んだフェルブランド王国との勝負はこちらの負けという結果になったようだわ。やはり魔法に特化したこの国は手強いわね。」
 首都に住む国民を巻き込んだ国とテロ組織の戦いにおいて、そのテロ組織のリーダーが突如口にした敗北宣言に面食らうセルヴィアだが、そこで「そうか」と終われるような会話をしていなかった二人に対し、情報を得るためにも問いかけを続ける。
「……元国王軍が他人事だな……しかし今の会話、負けても一番の目標は達成したと見える。王座も街で行っている強盗もフェイクで、初めからその小瓶の中の欠片が目的だったのか。」
「正しくは、ツァラトゥストラという力を得たから目的を変更したのよ。さっきも言ったけれど、ツァラトゥストラのような大きな力が無ければこの先には進めない――力を手に入れたことで選択肢が増えた結果、今回の目的がこれになったのよ。」
「今回の、だと……? お前たちはこの国を手に入れて他の国に挑むんじゃなかったのか? 世界を平和にするための世界征服を目指して……!」
「征服だと? アネウロの理想をそんな言葉で――」
「いいのよクラドさん。」
 ここで初めて敵意をあらわにした目を閉じたままの男を制し、老婆――アネウロはセルヴィアの問いに答える。
「そう……四大国の一つで最大戦力とも言えるこの国を手に入れることが平和への第一歩。けれどここは剣と魔法の国――私たちの勝算は始めから低かったわ。だけど昔国王軍をやっていた事もあって城や軍の攻略法はわかっているし、何より仕掛けてきた沢山の時間魔法がある。世界を一つにする為の初めの一歩としてどこかの国を手に入れるなら、ここ以外の選択肢はなかったのよ。」
「……それが、その欠片を手に入れた事で変わったと……?」
「その通り。セイリオスの生徒の魔法を弾く力のように、魔法に関して私も把握していない未知が数多く眠るこの国相手では、例えこれを手に入れたとしても確実な勝利は約束されない。けれど他の国――俗に言う「魔法途上国」なら、これの力でそれほどの下準備も無しに勝利することができるわ。フェルブランドはこちらの力がこれ以上ないというほどに充実してから手に入れる事にしたのよ。」
 語られたオズマンドの真の目的に驚きつつも、であればここで逃すことはできないとセルヴィアが剣を構える。
「それはつまり、フェルブランド出身であり元国王軍所属であり十二騎士でもあったお前がフェルブランドから奪った力で他国に攻め込むと、そういうことか?」
「そうなるわね。ふふ、上の人たちが青ざめそうな文章だわ。けれど心配しないで。この事実が他国に知れたらこの国は色々な文句を言われて国際的に弱くなってしまう。それは、この国の大きな力をいずれ手にしたい私には不都合なことよ。あなたたちが言わない限り、私は突然現れて国家転覆をはかった謎のテロリストであり続けるわ。」
 元十二騎士でテロリストのリーダーであるアネウロという存在は世界におけるフェルブランド王国への信頼を揺るがすモノであるし、何より「騎士」という制度にもヒビを入れかねない。故にフェルブランド王国においては国の最重要機密として国王にのみその存在が口伝されるほどの扱いをされていた。そんな彼女が他国へ攻め入る場合、本人がその身分を明かさないというのはフェルブランド王国にとっては、言わばスキャンダルが明るみに出ないという意味で状況としては良いモノである。
 勿論セルヴィアにもそれは理解できているが、厳しい顔のまま少し笑うように息をはいた。
「…………確かに、お前たちがやろうとしていることが実行されたら、その心掛けはフェルブランドにとっては一安心の事。しかし……国王はそういう行為を良しとしない人だ。」
 どこか誇らしげなセルヴィアの言葉にアネウロは微笑みを浮かべる。
「ええそうね。彼は正直に伝えて頭を下げるタイプだわ。でも今言ったようにそれは望むところじゃない。だからね、セルヴィアさん。私の……そう、脅しを国王に伝えてくれるかしら。」
 そう言いながらアネウロが手を振ると、剣を構えていたセルヴィアの身体がそのままの姿勢でかたまった。
「――!!!」
「この国、フェルブランド王国に対する反政府組織である我々オズマンドは本日より、この世界に存在する全ての国を標的として行動を開始するわ。きっとあちこちの国が「オズマンドとは何者だ」という疑問を抱くだろうけど、フェルブランド王国は我々に関する情報を他国へ一切流してはいけないわ。」
 ゆっくりと歩き始め、動けないセルヴィアの方へ近づいていくアネウロ。
「もしもそんな事をしたら、昔私がこの国のあちらこちらに仕掛けた時間魔法を発動させる。それは国の機能を奪うかもしれないし、自然災害の引き金になるかもしれないし、多くの国民が命を落とすかもしれない。そういう事を起こしたくないなら、我々のことは秘密にしておいて頂戴ね。」
 セルヴィアの真横でふと立ち止まったアネウロは、裏表のない穏やかな笑みを浮かべて最後に呟いた。

「でもきっと、世界が平和になっていく様を見れば最後に私たちがここに戻って来た時、あなたたちは私たちにこの国をゆずると思うわ。」

 平和を願うゆえの行動。正義に基づいた目標。そこには善意しかないはずなのだが、ほほ笑む彼女を見たセルヴィアには、目の前の老婆がひどく恐ろしい怪物に感じられた。



「すごいのよん。バラバラにしてミンチにした身体の時間が巻き戻ってみるみる内に元通りになったかと思ったら最後には転がってた首もくっついて、そこで「停止」したのよん。」
「は、はぁ……」
 オズマンドの序列十番、プレウロメとの戦闘にて重傷を負い、ついさっきまで気絶していた桃色の髪の女騎士オリアナは気がつくと赤い髪の、どう見ても騎士には見えないが騎士であるサルビアに背負われており、いきなりスプラッターな話を聞かされていた。
「どうしたものかしらーって色々試してたら、今度は突然消えちゃったのよん。停止したのも含めてアネウロの仕業でしょうけど、一体なんなのかしらねん?」
「時間魔法……そうなると自分が戦った相手もどこかへ消えた可能性があるのですね……」
「あの世へ消えたんじゃないかしらん? そのケガ、フィリウスの技を使ったんでしょ? 強力な技だけどあれはあの筋肉があって初めて無傷で撃てる大技よん。」
「そうで――」
「おお、お前たち!」
 聞きなれた大きな声に首を動かした二人は、予想通りの人物がそこにいたものの、予想外の姿にぎょっとした。
「ん? この魔力、俺様の技を使ったなオリアナ! そんなにボロボロで、だから筋肉をつけろと言っただろう!」
「ちょ、フィリウス!? あんたそれ、血だらけじゃないのよん。」
「人のこと言えるのか? いつものことっちゃいつものことだが、お前こそ血まみれだろ。」
「お姉さんのは返り血よん。でもあんたのはあんたのでしょ? らしくないわねん。」
「久しぶりに面倒な相手だっただけだ。だが! これで医療棟の女医に手当してもらえると思えば悪い事ばかりじゃないだろう!」
「あ、あの、フィリウス殿……街を包んでいた防御魔法が消えたのですが……決着がついだのでしょうか……」
「たぶんな。俺様がカゲノカをボコったから教官がスイッチを切ってくれたんだろう。でもってそうなりゃ連中の人質がなくなるわけで、国王は出てくる必要がなくなる。」
「教官――アドニス教官がこの戦いに!?」
「あら、それは惜しいモノを見逃したわねん。教官が十二騎士トーナメント以外で戦うのって今じゃ珍しいものねん。この前の侵攻の時に初めて間近で見たっていう騎士も多かったのよん。」
「教官になる前はバリバリ前線に出てたんだがな! 今じゃ先生だから余計にレアだ!」

「なんだ、私の話か?」

 サルビアもフィリウスも同じ場所――街の中心である広場を目指して歩いていたわけだが、いつの間にか到着していたその場所には件の教官、ルビル・アドニスが、あまり元気とは言えない顔色で座っていた。
「《オウガスト》とその『ムーンナイツ』の到着とはまぁ仲のいい事だが……おいフィリウス! お前どこまで行ってたんだこの野郎!」
「敵は位置魔法の使い手だったからな! 気づいたら街はずれにいた! というか教官、だいぶ重症だな。リンボクとヒエニアはそんなに強かったのか?」
「横から人喰い肉ダルマが登場したら誰でもこうなる。」
「『滅国のドラグーン』か!? そりゃまた随分な大物――ん? こうして生き残ってるってことは教官、バーナードを倒したのか? こりゃ名実ともに《フェブラリ》の爺さんを超えたな!」
「あいにく、勝てたのはジジイの仕込みのおかげだ。それにまだ生きてる可能性がある。」
「ほほー? しかし教官、その女教師スタイルのままで戦ったのか? 俺様的にはボロボロのスーツ姿とか色気たっぷりで嬉しいが、服を間違えたんじゃないか?」
「うるせぇ、どこでいつ着替えろってんだ。」
「教官、それ以上しゃべらない方がいいわん。見た感じ、内臓をあちこちやられてるわねん? まったく、この筋肉は察しが悪いんだからん。」
「んん? いや、そこに治せる奴がいるからな。」
 フィリウスが指差した先、広場につながっている道の一つから銀色の甲冑をまとった金髪の男、アクロライト・アルジェントが現れた。
「! みなさん、ご無事でしたか!」
「おお、アルジェントか……ちょうどいい。」
 ルビルを中心に集まっていた騎士たちに合流したアクロライトは、ルビルを見てハッとした。
「! すぐに回復系の光魔法を!」
 剣を置き、ルビルに手をかざすアクロライト。
「あんま無理すんな、軽くでいいぞアルジェント。お前もお前で満身創痍のはずだろう。」
「教官に比べれば大したことは。」

「げ、なんだこのオールスターは。」

 優しい光がルビルを包み始めたところで、戦場には似合わないシャツとネクタイという服装の男が奇抜な髪型の人物を背負ってやってきた。
「おおライラ――『無敗』、生きてたか。」
「言い直すな! つーかボコボコにされてんじゃねぇか教官、大丈夫か?」
「……今更だがどいつもこいつも「教官」って呼ぶな……特にお前はだぞ、ライラック。これでも私とお前は同じ学校の教師仲間だろうに。」
「……アドニス先生にいたってはボコボコにされましたようで。」
「この野郎。つーかそりゃ誰だ?」
「ああ、俺がやっつけたオズマンドだ。確かスフェノ。」
「あらん? てっきりアネウロはメンバー全員にあの変な時間魔法をかけたのだと思ってたんだけどん……」
「……? ……!? げ、おま、スプレンデスか! 血まみれお化けじゃねぇか!」
「久しぶりねん、ライラック。」
「お知り合い……ですか……? この方は一体……」
「あらん、オリアナは知らないかしらん? こいつは『無敗』……いえ、『自己蘇生』と呼ばれた頭のおかしい魔法研究者よん。」
「! 確か実験の失敗でゴーレムのような身体を手に入れたと……」
「そ、イケメンになろうとして土人形になっちゃったのよん。」
「や、やかましい! とりあえずこれ、捕まえるんだろ!? 引き取れよ国王軍!」
「引き取るわよん。ただ……ねぇアクロライト、あなたは上位メンバーと戦ったのん?」
「……ドレパノ、五番目の男と戦った。だが追いつめると時間が「停止」し……倒れた騎士を救護している間に消えてしまった。」
「お姉さんがコマ切れにした六番目のゾステロっていうのも「停止」した後どっか消えたわん。でもライラックが倒したスフェノは残ってるのよねん。フィリウスの相手はん?」
「ツァラトゥストラの『脚』を奪ったから移動できないとふんでその辺に転がしてきたからな、今どうなってるかはわからん。少なくとも「停止」はしてなかったが。リンボクとヒエニアはどうなったんだ?」
「……バーナードとガキンチョに喰われた。」
「うぇ、それはきついな。というかガキンチョ?」
「『ディザスター』が作ったとんでも生物……だっと。」
「ああ、教官、まだ立ち上がっては。今の私では危険な状態から一時的に抜け出す程度の回復しか……」
「充分だ。それよりも、お前らがこうして集まったみたいに、壁の発生装置が街の中心にあると推測していた他の騎士たちも壁が消えたことでとりあえずここに集まってくるだろう。あれから戦闘音がパッタリと止んだし、一先ずの決着の雰囲気だが……こんなとこに国王軍が勢ぞろいしたって仕方ない。騎士たちに指示を出せ、現状把握と取り残された住民がいないか確認だ。」
「おお、さすが教官! イエッサーだぜ!」
「だから教官言うな。」
「んじゃアドニス? それともルビルか?」
「…………いや、やっぱお前は教官のままでいい。いきなり呼び方変わったらセルヴィアに睨まれそうだ。」
「っとそうだセルヴィア! アネウロを追ってたはずだがどうなったんだ? いつの間にかオズマンド連中がいなくなってやがるから倒したのか?」
 他の面々と同じようにこの場に来ていないかと首を動かすフィリウスに、ルビルはぼそりと素朴な疑問を呟いた。
「……こいつ、いつから名前で呼ぶようになったんだ?」



 とある場所にひっそりと隠されている無機質な建物の、玄関に続く大広間。静寂が支配するその空間に突如大勢の人間が出現する。だが静寂の支配はそのままで、出現した者たちは時間が止まったようにかたまっていた。
「……やはり少なくなっているわね。」
 停止している者たちの中から顔を出したのは一人の老婆。大広間から他の部屋へと続く階段を数段上がり、振り返って蝋人形が並ぶような光景を前に表情を曇らせる。
「ツァラトゥストラを起点にする事で強力な時間魔法の自動発動を可能としたアネウロの技には脱帽ですが……そのツァラトゥストラを戦闘中に身体からはがされてしまっては……」
 老婆同様に階段を上がって横に立った目を閉じたままの男もまた残念そうな顔になる。
「特に上位メンバーには内臓や四肢を与えましたからね。他の下位メンバーの『血液』よりは失いやすかったのは確かです。」
「その『血液』を与えた方たちにもいない方がいるとは思わなかったわ……」
「おそらく戦闘で大量に出血したのでしょう……」
「……厄介な相手はカゲノカさんたちの方に集められたと思ったのですが……下級騎士も立派な戦力ということですね……情けない、私はつくづく甘く見ていたようだわ……」
 深くため息をついた老婆、アネウロは片手を額にあてながらとなりの目を閉じたままの男、クラドにたずねる。
「ラコフさんが亡くなったと言っていましたが、その他の方は。」
「カゲノカは《オウガスト》に敗北、『脚』を失った為に回収できず、スフェノも『骨』をはがされて同様に。戻ってこれたのはドレパノ、ゾステロ、プレウロメの三人です。」
「……リンボクさんとヒエニアさんは……?」
「それが……その、『紅い蛇』の一人、『滅国のドラグーン』ことバーナードに……捕食されました。」
「! なんてこと……」
「何が目的だったのか……『世界の悪』の意思なのかどうかも……」
「…………随分と大きな代償になってしまったわね……」
「しかし得たモノもあります。第一目標であったこれは手に入れましたし、第二目標の権利書もかなりの貴族らから奪うことができました。この欠片の持つ圧倒的な力は無論の頃、フェルブランドの貴族らは無駄に影響力の高い権力を他国領土にまで広げていますからね。これより後の国攻めは容易いでしょう。」
「そう願うわ……いなくなってしまった皆さんの為にも……」
「……大丈夫ですか?」
「…………ええ、大丈夫よ。ふふ、こんなんではいけないわね。なればこそ、私たちは手に入れた力で進まなければいけないのだから。」
 まるで変化はないが曲がった腰を伸ばすようにキリッとした表情になったアネウロは、停止している面々の中の一人の青年に目を止める。
「他の方がどうでもよいというわけではないけれど、ゾステロさんが戻ってきてくれたのは幸いね。彼の情報収集能力は頼りになるから。むしろ今回、なるべく国王軍の注意を引こうと裏方の彼まで戦場に送ってしまったのは失敗だったかしら……」
「不向きということを本人が実感したならそれはそれで収穫でしょう。」
「あら、ゾステロさんが聞いたら――」
 ふふふと笑ったアネウロの身体がふらりとぐらつき、クラドがそれを慌てて支えた。
「アネウロ!? まさか時間魔法の負荷ですか!? 昔仕掛けたモノは負荷がないとの話でしたが――」
「違うわ、単純に疲れたのよ……私はおばあちゃんだから。悪いのだけれど、皆さんの治療、お願いできるかしら?」
「勿論です。ゆっくりお休みください。」
 年齢相応の速度で階段を上がり、大きな古時計のあるアンティーク調の部屋へとやってきたアネウロは奥のベッドで横になろうと部屋を横切る。だが――

「なるほど、情報通なのはあなたではなくて『先取りおしゃれハットボーイ』なのですね。」

 いつからそこにいたのか、メンバーが集まる際に自分が座る椅子に座っている見慣れない顔。しかしアネウロは驚くことなく、冷静にその侵入者の方へ身体を向けた。
「設定を間違えると精度が落ちてしまうのが私の魔法の未熟なところ。ですがそれもどこかギャンブルのようで面白いですよね。」
 肩の辺りで内側にクルンとカールした黒髪と柔らかな微笑み。穏やかな雰囲気をまとっているのは、しかし赤を基調としたカジノのディーラーのような服で上下を包んだ女。露出皆無のその服装は一見男装ともとれるが、内側から主張する女性らしい起伏は美しく、スタイリッシュな印象を与える。
「……あなたの顔、最近見たわね……そう……そうだわ、ゾステロさんの資料にいたわね。」
 目の前の女が何者であるかを思い出し、アネウロの表情は険しいモノになった。
「前触れもなく私たちにツァラトゥストラを与えた者……『世界の悪』の思惑を知る為、あなたたちのことはゾステロさんに調査してもらったわ。そしてその時々の大悪党が名を連ねるという『紅い蛇』の現在の構成員七人、その内の一人があなただったわね……『ゴッドハンド』――ムリフェンさん?」
 自分の名前を呼ばれたディーラー服の女――ムリフェンは、にっこりと笑って拍手をした。
「素晴らしいですね。その七人が誰なのか、十二騎士の方々ですらザビクさんの一件で知ったばかりだというのに。」
「……それで、一体何用なのかしら?」
「人探しをしているのですが、なかなか見つけられないのです。初めは私の魔法で直接探そうとしたのですが、その場合クリアしなければならない相手が異常に強大になりましてね。そこで本人を探すのではなく、その人を見つけられる誰かを見つけるというアプローチに変えてみたのです。そうやってあの人この人と渡り歩いて今、ここにたどり着いたのですよ。」
「……過程はともかく目的はわかったわ。でもそう簡単にこの場所にたどり着いてもらっても困るわね。あなた、どうやってここに入ってきたのかしら?」
「ふふふ、それは質問を間違えていますね。「どうやってここに入ったか」ではなく、「どうやってここに入る方法を知ったか」が正しいかと。」
「入る方法……? 生憎、許可なしには入れないようになっているはずよ。」
「おや、既に答えを知っているではないですか。」
「え?」
「今言ったではないですか。「許可なしには入れない」と。どうやって入ったのかなどと、であれば「許可を得た」というのが答えなのでは?」
「その許可をあなたに与えるわけはないと、そういう前提があるのよ。」
「するとその前提は認識を改める必要がありそうですね。私がここにいるのですから。」
 のらりくらりとかわしているのか、それとも真面目に答えているのか、結局よくわからないムリフェンの反応にため息をつくアネウロ。
「……いいわ、本題に入りましょう。さっきの話、要するにあなたはゾステロさんに人探しを手伝わせるためにここに来たのよね?」
「ええ、そうです。それほどのお手間をとらせるつもりはありませんが……場合によってはしばらく連れまわす事になるかもしれませんね。」
「それは困るわね。脅しはかけたけどフェルブランドが何もしないとは思えないから、何かしらの対策をとられる前に私たちは他国へ進まなければならないのよ。」
「? 失礼、そちらの事情は把握していないのでよくわかりませんが……そうですか、私とあなたの希望は同時に通らないのですね。」
 笑顔を困った顔にしたムリフェンは、おもむろに上着の内ポケットからトランプを取り出した。
「では一勝負どうでしょう? 勝った方の希望が通るということで。」
 テーブルの上に新品のようにきれいなトランプを置くムリフェンだが、アネウロはやれやれと首を振る。
「噂通りにギャンブラーなのね……けれど、その勝負を受ける理由がこちらにはないわ。」
「ふふふ、賭け事は互いに欲しいモノを提示する事で成り立つモノ――さすがに用意していますよ、あなたが欲しがるだろうモノを。」
 そう言ってムリフェンは、アネウロの立っている場所からだと物陰に隠れて見えなかったある物をテーブルの上に置いた。
「!!!」
 瞬間、アネウロの表情は驚愕で染まり、対してムリフェンは再びにっこりとほほ笑む。
「良い顔です。この勝負、受けてくれますね?」
 テーブルの上のそれを数秒睨みつけ、アネウロは室内の別のテーブルから椅子を引っ張ってきてムリフェンの前に座った。
「ポーカーはご存知ですか?」
「ええ……」
「結構。どうぞ、改めてください。」
 トランプのチェックを促すムリフェンに、アネウロは懐疑の目を向ける。
「……勝負は構わないけれど……これじゃあ完全にあなたのフィールドよね。プロのギャンブラー相手にイカサマでもされたら素人の私にはどうしようもないわ。」
「おや、私のことを調べたとのことでしたからその辺も理解しているのかと。」
 ムリフェンは組んだ手にあごをのせてやんわりと語る。
「私が好きなのは、トランプの数字の組み合わせなりダイスの出目なり、言ってしまえばどうでもいい事で自身のこの先が決まってしまうというスリルです。勝てればまた別のゲームに挑めるし、負けたらしばらくはおあずけ――金銭や景品は二の次に、私はその運任せを楽しんでいるのです。まぁ、この勝負に限っては勝利を望みますがね。」
「……一国を傾けるような大勝負を何度もしてきたあなたが……仮にもS級犯罪者という悪党であるあなたがイカサマをしないと? 信じられないわね……」
「ふふふ、こうしてあなたが欲しがるこれをここに持ってきたように、勝負のテーブルにつくためならば何でもします。卑怯卑劣に残虐非道――構いませんよ、誰がどうなろうとね。ですがこの場所にたどり着いたら……それはダメです。」
「――!」
 にっこりとした微笑みはそのままに、その瞳に違う色が混ざっていくことにアネウロは気づく。
「持てる技術を出し尽くしての勝負がしたいならスポーツにでも興じればいい。ここは、人事を尽くさずに天命を待つ場所。大金の、宝物の、人生の、その後の行先きが些事で決まる狂おしくも素晴らしい狂気と緊張の時間。そこに無粋な横槍など――」
 そして、数秒前の自分の言葉を若干後悔しながらアネウロは続く言葉を耳にした。

「――私は、許しません。」

 元十二騎士であるアネウロですら息を飲む圧を放つその瞳が示すのは証明の必要などない確信。この女の前でイカサマなどしようものなら、この世の苦痛の全てでもって地獄を見る事になる。
 新しいトランプを出す必要はない。この女が差し出したトランプに傷だの折り目だのイカサマにつながるモノがあるわけがなく、チェックの必要すらないだろう。
 これから行われる一戦は、完全に五分と五分の運任せだ。
「……疑って悪かったわね。」
 こちらを安心させる為か、もしくは礼儀としてなのか、チェックを促されはしたがもはや問題などあるわけがないトランプを適当に眺めたアネウロはそれをムリフェンに返した。
「それでは。」
 先ほどの迫力が嘘のように楽しそうな笑みを浮かべてトランプを切り始めるムリフェンを眺めてアネウロは思う。おそらくこの女は理解していない――いや、理解していたとしてもどうでもいいのだろう。
 この一戦の勝敗、ゾステロの情報収集能力がオズマンド側にとどまるのか、一時的に別の目的のためにムリフェンの側へ移るのか……その結果で世界の動きは変わる。あの欠片を手にしたオズマンドの今後は、そのまま世界に影響を与えるからだ。
「ふむ……」
 トランプを配り終え、自分の手札を眺めてうなるムリフェン。もしかすると『世界の悪』と関わりのあるこの女の人探しとやらも、見つかる見つからないで世界の命運を左右するモノなのかもしれない。
 老婆とディーラー姿の女の五分にも満たないゲームが世界とつながる。なるほど、これは確かに楽しいスリルかもしれないと苦笑しつつ、アネウロは自分の手札に視線を落とした。



 国の存亡がかかった、と言っても過言ではないフェルブランド王国国王軍と反政府組織オズマンドの大規模な戦闘の後に、下手をすると更に大きなモノの命運をかけたトランプ勝負が行われていた頃、田舎者の青年もまた、一つの勝負に直面していた。
 オズマンドの刺客、ラコフとの戦闘の最中に生じた事を引き金にしたそれはこの先様々な場面で激戦を引き起こす。
 その前哨戦とも呼べる一戦が、体力を大幅に失っている為に治療を受けている彼に忍び寄る。

 そう、彼の理性と欲の戦いが。

第十一章 湯煙内の猛攻と反省会

「あー……」
 と、思わず声が出る。
 ここは国王軍の訓練場にある医療棟、その集中治療室である。部屋の名前からはいくつもの管がのびる機械が所狭しと並ぶような場所をイメージしたけど、実際は……言ってしまえば大きなお風呂だった。
 回復系の魔法や薬草が調合された特殊なお湯が張ってあり、浸かっているだけで傷やら何やらが回復していくというすごいお風呂で、そこでじっとしていることが「集中治療」なのだとか。
 長時間入ることを考慮し、熱さでのぼせないように温度はぬるめの設定で、ペタリと座り込んでも腰の辺りまでしかお湯がこない。
 全身浸かった方がいいような気もするのだが、身体の半分も浸かれば充分らしく、例えば痛む傷口をわざわざお湯の中に入れなくても他の部位が浸かっていればケガが治るようにしているらしい。何より、このお湯を使う時に大切なのは浸かり続けることなので、足湯ならぬ腰湯みたいな形になっているとのこと。
「……んあー……」
 んまぁ理由云々はさておき、ぬくぬく加減が絶妙のお湯の中で段々とこれしか言えなくなってきたオレは、心も身体もほっこりしながら今日の出来事を思い返す。

 ずっと昔からフェルブランド王国の反政府組織として活動していたオズマンドという組織があって、そこがかつてない本格的な攻撃を仕掛けてきた。首都を丸ごと人質にして王座やら貴族やらを狙った……らしく、きっとそういういくつかの標的の内の一つとして、オズマンドはエリルをさらう為に刺客を差し向けた。
 こうして我ら『ビックリ箱騎士団』にパムとユーリを加えたエリル護衛チームと、ツァラトゥストラという生体兵器? を手にしたラコフという第十一系統の数の魔法の使い手との戦いが勃発した。
 激闘の末に勝利したオレたちはそのまま国王軍の医療棟に移動し、現在戦闘によるダメージの治療を受けて…………いや、厳密に言うと激闘を繰り広げたのはみんなであり、開始早々に数魔法によって体力をガッツリ削られて瀕死状態になったオレを医療棟に連れていくために頑張ったというか無茶をしたみんなを治療する為にここに来たというのが正解だろう。
 確かにお医者さん――この場合は軍医だろうか。その人が言うにはオレの体力の減り具合は尋常ではなかったらしく、状態を確認するや否や、オレをこの集中治療室に放り込んだ。
 だけどみんなはユーリの強化魔法と、これまたユーリの……アレによる心の暴走という形で発動した強大な魔法、そして使うと三日間車いす生活になるカラードの『ブレイブアップ』という三つの大きな負荷を受け、結果的にオレ以上に重傷となった。
 ユーリとカラードの強化の反動は明日辺りに来るらしいのだが、今のうちにある程度回復してその反動を少しでも小さくしておいた方が良いとのことで、気絶していない面々も含めて全員が集中治療室へと投げ込まれた。
 もちろん気絶している人――エリルとリリーちゃんとアンジュをそのままお湯に入れると溺れてしまうから、軍医さんの回復魔法でゆっくりとお湯に浸かる程度の体力を戻してもらってから入った。
 普通のお風呂と同様に裸で入らないと充分に効果を発揮しないということで、当然ながら男女は別である。

「ふー……しかし気持ちいいのはいいんだけど……やっぱり一人だと寂しいな……」
 エリルたちとは別にしろ、オレが入っているこのお風呂にはカラードとアレクと、あとユーリがいても良さそうなのだが、オレは大きなお風呂を独り占めしている。
 まずカラードだが、『ブレイブアップ』を使いはしたけど自分を強化したわけではないので大した負荷はなく、オレたちの中では一番元気だったので――
「負傷した国王軍の騎士が大勢いる。動けるおれはそちらの手伝いをしてくる。」
 ――と言って軍医さんの手伝いをしに行った。
 そしてアレク。心の暴走による強大な魔法の使用はなかったけど、ユーリとカラードの強化魔法の影響で明日にはとんでもない負荷が来るはずだからお湯に浸かるべきなのだが――
「いい機会だ。いつもぶっ倒れるカラードがどんな負荷を受けてんのか体験してみる。」
 ――と言ってカラードについていった。それは危ないのではと思ったが、大丈夫だろうと太鼓判を押したのは強化魔法の一つをかけたユーリだった。
 こと人体に関しては右に出る者がいないんじゃないかと思われるユーリから見て、アレクの身体は素晴らしいらしい。鍛え抜かれているという点に加え、もはや天性のモノと言える頑丈さがあるのだとか。アレクが死んだ時には是非その肉体が欲しいと、内容は怖いがユーリ的には最大の誉め言葉も口にしていた。
 で、そのユーリだが――
「ここにいると軍から色々質問されそうだからな。私はこっそり帰るとする。」
 ――と、気づいたらいなくなっていた。
 こんな感じで、オレは一人寂しく……確か軍医さんが小一時間は入ってるようにと言っていたから、身体がふやけるまで独りぼっちという事に――

 ガラガラ

 お風呂ではあるけど身体を洗うところではないからシャワーなどはなく、お湯に浸かっているオレの視界にはただの壁と入り口しかなくて、その引き戸が開かれるのを真正面で眺めていたオレは――

「し、失礼しますね、に、兄さん……」

 くせっ毛をペタンコにするとオレにかなり似るオレの妹、パムがタオルを巻いた姿で入ってくるのを――パムッ!?!?
「どばらばば!」
 謎の言葉を発しながら大慌てで色々隠そうとするが、国王軍の訓練場にあったお風呂同様、ここでもタオルを巻くようにという指示を受けていた事から大丈夫――じゃない!
「パパパ、パム!?!? ど、どうしたの、こっちは男湯――ってわけじゃないけど今お兄ちゃんが入ってるから男湯みたいなモノで入るならエリルたちのいる方だと思うよ!」
 昔はいっしょにお風呂も入ったが今や互いにお年頃的な年齢なわけで、立派に可愛くなった妹はスタイルも立派になっていて――お兄ちゃんは目のやり場に困るのです!
「わ、わかってますよ! 仕方なくです!」
 顔を真っ赤にしてバシャバシャとお湯の中に入ってきたパムは、オレの前まで来るとくるりと背を向けてオレの脚の間に座りこんでぇぇえぇええっ!?!?
「パムさんっ!?」
「だ、大丈夫ですからね兄さん! 兄さんは自分が守りますから!」
「守る!? 何から!?」
 というかぐぐっと背中をくっつけてくるパミャアアアア!

「む、足早に出ていったと思ったらそういうことか。」

 再び引き戸が開いて聞きなれた声がした。パム同様にタオルをくるりと巻いているだけの格好で、そのせいというかなんというか浮き出る身体のラインに目を奪われ――って!!
「ロロロロロ――」
「うむ、ローゼルさんだぞ。」
 むふーと腰に手をあてるローゼルさんは『水氷の女神』と呼ばれるほどの美貌とプロポーションの持ち主で……ついこの間、オレはそのナイスバディに対してあれやこれやとやらかしてしまったわけで……その辺の記憶もまだ新しいというのにタオル一枚でオレのいるお風呂場に……
「なにガン見してんのよ、この変態!」
 そんな目に猛毒なローゼルさんの後ろから怒った顔をのぞかせたのはエリル――エリル!?
「びゃっ! エリルまで!?!?」
「全員いるよー。ていうか二人とも早く入ってよねー。あとがつっかえてるんだからさー。」
 オレの思考が沸騰している間に引き戸は閉められ、さっきまでオレ一人だったお風呂の中には妹のパムに加えて『ビックリ箱騎士団』の面々――エリル、ローゼルさん、ティアナ、リリーちゃん、アンジュが入っていた。
 広いお風呂でも大浴場というほどではないから、オレを含めて七人も入ると互いの距離が結構近い。その上で全員がタオル一枚という危険極まりない格好なのはとんでもないが、それはそれとしてなんだかみんながいつもと少し違うような……ああそうか、髪型だ。
 エリルがサイドテールじゃないところは部屋でよく見るけど、今のエリルはそれ用のモノなのか、ゴムのようなモノで長い髪をまとめてお湯に入らないようにしているから新鮮だった。
 ローゼルさんも同様で、こっちはクリップのようなモノを使っているけど、見たことのない髪型になっている。
 ティアナは面白いことになっていて、いつもの髪留めがなくなったせいなのか前髪が垂れ幕のように目を隠しているせいで違う人に見える。
 リリーちゃんはいつも後ろの方で結んでいるところがほどけているし、大きな花の髪飾りもないからだいぶ印象が違う。
 でもって一番の変化はアンジュで……あの長いツインテールを――たぶんうまいことくるくる巻いて頭をタオルでぐるぐる巻きにしていた。おかげでティアナ以上に誰かわからなくなっている。
 前に女湯に突撃してしまった時は緊急事態に加えてもみくちゃ状態だったからほんの一瞬色々見えただけだったけど、今は全員をじっくりと見られて――

 て! いや! おい! な、何をじっくり見てるんだオレは! 異常な光景過ぎて頭がアッパラパーになってるぞ!

「どどど、どうしてこんな事になっているんでしょうか……!?!?」
「ロ、ロイドくんたら……じ、じっくり眺めてから目を背けても……え、えっちなんだから……」
「ひぐっ!?」
 ティアナのツッコミと同時にパムのエルボーが脇腹に刺さる。
「何の事はないぞロイドくん。単に部屋が足りないのだ。」
「どういう――こ、ことでしょう……」
 いつもの感じでローゼルさんの方に顔を向け、そして慌てて下――というかパムの頭に視線を移す。
「どうやら外の戦いは決着がついたようでな。負傷した騎士たちが医療棟に大勢やってきたのだ。中にはこの集中治療室を必要とする者も多くいて、部屋が足りなくなっているそうなのだ。大きなお風呂を独り占めしていたロイドくんには悪いが、ここは譲り合いの精神で我ら『ビックリ箱騎士団』は一つの部屋にかたまったというわけだ。」
「いやいや! この部屋にケガした男の騎士が入ればいいだけですよね!?」
「それでは大人に囲まれてロイドくんも気まずいだろう?」
「今の方がよっぽどですが!」
「まーまー、優等生ちゃんの言い訳も間違っちゃいないんだけどねー。ホントのところ、あたしたちがここに来た――っていうか来たいって思ったのはロイドのせいなんだよねー。」
「えぇ!?!?」
「アンジュくんの言う通りだ。あんな……熱烈な告白をされてはな……」
「コクハッ!!」
 告白。ユーリの罠――い、いや、一応は敵に勝つための作戦だったわけだが、オレがみんなに対して抱いているあれこれが言葉ではなく想いとしてみんなの頭の中に直接送られてしまったアレのこと。可愛いなぁとか美人だなぁとか……ほ、他にもや、やらしい事とか、言葉にする予定のなかった生の感情がそのまま……
 オレ自身はそれがどういう感覚のモノなのかわからないが、その影響でみんなはとんでもない魔法への扉を開いたわけで……きっとどえらいモノ――だったのだろう……そんなモノをオレはみんなに……!!
「ロイドはさー。何を言ってもやっても顔を赤くするからちゃんと効果が出てるかどうかわかんなかったところがあったんだよねー。でもあたし――この場合はあたしたちかなー? あたしたちがロイドの事好きなのと同じくらい、ロイドも……ねー。」
「――!!!」
 とろんとした視線を送られてドキッとする。ほんのりと赤い肌の上をつたうお湯で色気爆発のアンジュ――だぁっ! まずい、まずいぞ! 落ち着くんだ!
「まぁ、よく考えればロイドくんがわたし――たちにベタ惚れなのも当然なのだ。」
 そうだ冷静に、当然の――当然!? ベタ惚れ!?!?
「そそ、それはどういう――い、いや、確かにみんな魅力的な女の子ですけども――」
「魅力的か……ふふふ、そういう言葉を聞くと嬉しいが、しかしあの告白を体験した後ではいささか威力が小さいと思ってしまうな。なに、今までわたしたちはそっちに考えが行かなかっただけで簡単な理屈だとも。」
 ぐーっと腕を上げて伸びをするローゼルさんの胸が揺れ――いかんいかん!!
「偶然というのもありえるが、ロイドくんへのメロメロ具合から言って、わたしたちは恋愛マスターの力の影響でロイドくんに巡り合った可能性が高い。」
「メ、メロメロ……」
「恋愛マスターの力とはつまり、彼女がロイドくんの願いを叶える為に発動させた、運命の相手に出会う力。その影響でロイドくんは運命の相手以外――相性百点満点には届かないものの、九十点や八十点クラスの相手にも多く出会う事となった。運命の相手はわたしだろうが、しかしエリルくんたちもまた、高い相性であることは確かなのだ。」
「ちょ、あんたさらりと何言って――」
「ふふ、わたしと出会う為だけに他の女性を引き寄せて負けの決まっている恋に挑ませるのだからロイドくんもひどい男だ。まぁとにかく、ここにいる面々はその高い相性ゆえに、おそらく世のカップル――そうそう九十やら八十やらの出会いが起こるとは思えないから、六十、五十くらいの相性が平均であろう男女の関係を遥かに超えてロイドくんとあれこれしたくなるわけだが――ポイントは「相性」という点なのだ。」
 お、お泊りデートの時にも聞いた話に続き、ローゼルさんは……うっとりとした微笑みをオレに向けて新たな解説を……はぅ、色っぽい……
「相性なのだからその点数は双方に関係するモノ。つまりわたしたちがロイドくんにグイグイ行くのなら、ロイドくんもまたそうであるはずなのだ。」
 ああ、あの夜のことがフラッシュバック……え、そ、双方? オ、オレもグイグイ?
「だが実際はこちらの攻撃を受けるばかりで顔を赤くしてワタワタするのみ……やはり一時的とはいえエリルくんが一番になっている以上はダメなのかと思っていたが……あの熱烈な告白だ。ロイドくんはちゃんと、わたしたちがロイドくんに向けるモノと同等のモノを心に抱いていたというわけだ。」
 オレが……ロ、ローゼルさんやリリーちゃんがくっついてくるようなレベルのことをみ、みんなにもしたいと思っていたと……思ってたのか!? オ、オレはそんなやらしい事をみ、みんなの頭の中に送ったのか!?!?
「普段その想いが表に出てこないのは、おそらく人数の問題だ。わたしたちからすれば相性抜群の相手はロイドくん一人だが、ロイドくんからするとそういう相手は複数人いるわけだからな。熱烈な愛も分割なり発散なりをしてしまうのだろう。ゆえに――」
 オレを見つめながら唇や喉、胸元へゆっくりと指をはわせるローゼルさん――え、えろ――だぁっ!!
「先のお泊りデートのように、他の面々がいない状態で一対一となれば熱烈な愛は形を成して積極的な攻めとなる……ロイドくんがオオカミとなったあの夜も、次の日のあれも当然の事だったのだ……」
「ひへ……」
 お色気マックスのローゼルさんの艶めかしい仕草と脳裏をよぎるあの時の光景により、そのままローゼルさんへと手を伸ばしそうになるが視界にエリルのムスり顔が見えてハッとする。
 あ、危ない……今のは危ないぞ……と、というかやっぱりこの状況はやばいのだ! なんとか――なんとかしないと!
「そういえばロイドくん、あの告白でわかったが……お泊りデートの夜も次の日も、ロイドくんはわたしに触れながらあんなことを考えていたのだな……」
「ぶへっ!?!?」
 何を! オレは何を考えていた!?!?
「理性を保てなくなったから仕方なくというような顔で実はちゃっかりと……ま、まったくさすがのドスケベロイドくんだな……だがそれならそうと……言ってくれればわたしも応える覚悟はしていたというのに……」
「「何の話ですかっ!」」
 パムと同時に叫ぶオレだが……正直……言わんとしていることはわかってしまっていて――まずいまずいまずい!
「前にも言ったが、わたしはわたしの初めてを――」
「だー! ばー! ぎゃああああ! わわ、わかりましたからもも、もうその先は言わないでください!」
 頭がショートしたオレはパム越しにローゼルさんにお湯をかけまくった。
「むぅ、いきなりひどいでは――む……」
 オレの攻撃に手をかざしてしぶきを防御するローゼルさんだったが、反射的な速度ですばやく動いたせいで巻いていたタオルがゆるんで胸があああああぁああっ!!
「何してるんですか兄さんっ!」
 アゴ下からの頭突きを受けて目をチカチカさせるがおかげで何も見ていない……グ、グッジョブだ妹よ……!
「いやいやパムくん、今更だぞ。ロイドくんとわたしは互いのタオルの下を既に…………う、うむ、そうなのだ……だから――」
「!! 兄さん目をつぶって下さい! ちょ、ローゼルさんはいきなりタオルをとろうとしないで下さい!」
「ローゼル! あ、あんたこの――痴女! 何やってんのよバカ!」
「な、なに、それほど変なことではない……ぞ。お湯も湯気もない部屋で、わ、わたしたちは互いのあれやこれをみみ、見たりふ、触れたりしているの、だから……!」
「みゃっ!?!?」
 頑張って目をつぶっているので見えないが、時折出る可愛い叫び声からして真っ赤になってパクパクしているエリルの顔が想像できる……ああああぁぁ……
「つ、つまり、わたしとロイドくんはもはやそういう関係――タオル無しで一緒にお風呂くらい普通なのだからここ、これくらい……」
「だ、だめだよ、ロ、ロゼちゃん――えっち過ぎるよ……! それに、タ、タオルがないとロ、ロイドくんが鼻血ふいて倒れちゃうから……!」
「そーだよー。だいたいそう言いながらすごく恥ずかしそーだよ、優等生ちゃん。」
「な――い、いやこれは――」
「それに一応あたしたちって全員大ダメージだからこの部屋にいるんだよー?」
 普段ならお色気攻撃――を、が、がしがししてくるアンジュが今は冷静なようで、そもそもここにいる理由を指摘する……おお、アンジュさん!
「むぅ……そ、それはそうだが……しかしわたしだけではないだろう……この――抑えがたい感情をロイドくんにぶつけたいと思っているのは……わかっているのだぞ……!」
 ぶすっとしたような声でローゼルさんがぶつぶつと……え、ど、どういうことだそれは……?
「ロイドが「どういうことだそれは?」みたいな顔してるけど……だからロイドのせいなんだってばー。」
「べっ!?」
「さっき言ったでしょー。一応はその……暫定一番のお姫様以外のあたしたちにもロイドはまんざらじゃなくて、攻め続ければ勝機はあるっていうのはわかってたけど……それでもやっぱりもしかしたら……っていう不安はいつもあったんだよねー。それが実はロイドもあんな……あんな恥ずかしい想いを抱くくらいにあたし――たちの事が……大好き――なんでしょー? そんなのがわかちゃったったんだもん……こ、こうやってお風呂に突撃したいくらいにはドキドキしてるんだよねー……」
「はひっ!?」
 思わず目を開けたオレは、髪型が違い過ぎてアンジュに見えないアンジュが、それでもやっぱりアンジュの可愛さを炸裂させた笑顔を見て心臓が止まるかと思った。
「しかしまぁ、アンジュくんの言う通り、いつも通りに見えてロイドくんなんかは瀕死一歩手前な状態だからな。い、今はこうして一緒に湯に浸かるのみで我慢し――」

「ロイ、くん……」

 耳元で囁かれた甘い声でようやく状況に気づく。そういえばさっきから一言もしゃべってなくて、ちゃんと視界には入っていたのにその動きを意識できなかったというか、こうして腕に抱きつかれるまでこの距離に近づいている事に気づかなかった。そんな元暗殺者としての超絶技を用いて、リリーちゃんはオレの右腕をその胸に沈めええぇぇっ!?!?
「リ、リリーさん!? いつの間に!」
 パムですら気づいていなかったリリーちゃんの接近。タオル越しとはいえ腕に押し付けられるそれの柔らかさときたらもはや凶器であるあああああぁあっ!
「はぁ……ロイくん……裸……んん……」
 胸やお腹のあたりをはうリリーちゃんの指――もあれだけど間近に迫ったリリーちゃんの顔はもうなんというかそのまま押し倒してしまいたくなりゃ、ば、おち、落ち着けオレ!
「リリー! あんた何して――は、離れなさいよ!」
「たった今わたしがそういうことを我慢しようと言ったばかりだぞリリーくん!」
「……みんなと、一緒にしないで欲しい、んだよね……ボク。」
 オレの肩にほっぺをのせながらとろける声を出すリリーちゃん。
「初めて会ったあの日から二年間、ボクはロイくんのことを想い続けてたの。それが一緒の学校に通う形で毎日会えるようになって、ボクの過去を受け入れてくれて、告白して、キスして……あんなことやそんなことを少しずつ……エリルちゃんなんてその内やっつけてボクが……そしたらいきなり……あんな告白されちゃったの……」
 オレの顔をつかみ、自分の方に向けて引き寄せるリリーちゃんの顔はもう……もう……
「その後でこんな……一緒にお風呂なんて……そんなのボク、我慢できないよ。」
 更に近づき、リリーちゃんはオレの唇に自分の唇を押し付け、パムを押しのけながらオレをお湯の中へと押し倒し――ひゃばああああああっ!
「ん……んん……」
 腰の辺りまでしかないお風呂だけど、さすがに横になったら全身が沈む。一瞬そうなったオレはバタバタしながら慌ててお湯の中から出たんだけど、お湯の中でもキスをやめなかったリリーちゃんは全身をおしつけてからませて、まるでオレの唇を食べるみたいに吸ったり舐めたりいいいぃぃっ!?!?
「ずる――い、いや待つんだリリーくん! さっきティアナが言ったようにそんなにあれなことをしたらロイドくんが鼻血を吹いて倒れてしまう!」
「ちょ、そ、そうだよー! 割とロイドも瀕死なんだから鼻血なんか吹いたらトドメ刺しちゃうってばー!」
 既にやばい! 体力もそうだけど理性が風前の灯火だ!
「――っぶは、ま、待ってリリーひゃ――ばぁあああ!?!?」
 頑張ってリリーちゃんを押しのけたけど、リリーちゃんは……オ、オレのお腹の辺りに座ってる感じで……だ、だからあの、タオルの下のお、おしりの感触がダイレクトに……ひゃあ……
「ロマンチックなのはお泊りデートの時にとっておくけど……とりあえず今はもう……ロイくん、止めないで……」
 そう言いながらタオルに手をかけてはらりとそれをおおおおぉぉっ!?!?
「ほらもぅロイくんてばぁ、じらしちゃやぁだ……」
「待って待って待って待ってくらはひ!!」
 そのままオレにくっつこうとするリリーちゃんの肩をつかんで必死に押し返すも、視界の中で揺れるリリーちゃんの柔らかなそれが――あれが――もう――

 ああ、もうダメだ。



「ロイド!?!?」
 タオルをほとんど外した状態のリリーに迫られるのに抵抗してたロイドは、漫画とかならボンッって頭が破裂してそうな真っ赤な顔になった後、ガクンと首が折れてお湯の中に沈んだ。
「おいおい、ロイドくん大丈夫か!」
「やぁん、ロイくぅん……」
「商人ちゃんが完全に暴走してるんだけどー! ロイドが倒れたちゃったでしょー! ストップだよストップ!」
「い、いつもみたいに鼻血出てない、けど……ぎゃ、逆にいつもより深刻かも……しれない、ね……だ、大丈夫かな……」
「ああ兄さん! こうならないように自分が来たというのに無駄に気配を消して動くんですからそこの暗殺者は!」
 リリーを引っぺがしてロイドをお湯から引っ張り上げる。いつもならお風呂から出してベッドにでも転がすところだけど、たぶんロイドのダメージ――リ、リリーの攻撃のダメージじゃなくて戦闘のダメージ的に、今はこのお湯に浸からせとく方がいいと思うから、とりあえずパムの肩に寄り掛からせる形でロイドを座らせた。一応実の妹だからローゼルたちみたいな感じにはなんないはずだけど……かなり嬉しそうね、パム……
 でもって暴れるリリーはそんなパムが……あたしたちよりは魔法の負荷がたまってないらしく、お風呂を少し変形させて、まるで囚人みたいにリリーの腕をお風呂のふちに固定した。
「や、ちょっとこれ外してパムちゃん……ボク、ロイくんとイチャイチャするからぁ……」
「外しません! おとなしくお湯に浸かっててください!」
 負荷がないっていうのならリリーもそうらしいんだけど、完全にロイドしか見えてないような状態で、身体に染み付いたあ、暗殺者としてのスキルはともかく位置魔法は使えないくらいの暴走っぷりだからパムの拘束からは抜け出せないみたいね……
「まったくさー、優等生ちゃんの時はロイドのラッキースケベが発動したままだったからあんな感じになったんだろうけど、この状態の商人ちゃんとお泊りっていうのもまた似た感じでやばそうだよねー。」
「むぅ……できればわたしの初めてとロイドくんの初めては同じ時に……ん? ロイドくんは……は、初めてなのだろう……? ま、まさかどこかの誰か――例えばカーミラくんとかとけけけ、経験済みということは……」
「い、いい加減そっちの話題をやめてください! 妹の前なんですよ!」
「優等生ちゃんも結構暴走してるよねー……そういえば暫定一番でルームメイトでもあるお姫様は、あのロイドの告白どうだったのー?」
「ど、どうってなにがよ……」
「好き――とかかわいいとかその辺のもそうだけど結構ロイドってやらしーこと考えてたでしょー? ルームメイトともなればそういうの多い気がするんだけどー?」
「…………さ、さぁ、どうだったかしらね……」
「うわ、怪しー。」
 アンジュ――っていうか話を聞いてたローゼルとティアナもあたしをじーっと睨む。
 正直ロイドは……あんなことを……あんな…………みゃあああああ! あぁああぁあぁ! あのバカあのドスケベあの変態っ!!
「そ、その顔だけでな、なんとなくわかるね……」
「ぬ、リリーくんもあれだがこの後エリルくんと部屋で二人きりにするのもまずい気がするな。」
「……回復が済んだら兄さんは自分の家に連れて帰った方が良さそうですね……」
「そういう妹ちゃんも結構やばそうだけどねー。」
「な、何がですか! 自分は妹ですから! ま、まったく、小一時間もこんな話を続けるつもりなんですかっ!」
「ふむ、では別の話題にするか。国王軍最年少セラームであるパムくんの意見を聞いておきたいからな。」
「な、なんですか……」
「今回の戦いについてだ。」
 真面目な顔……いや、ロイドについての話をしてる時も真面目な顔でエロ――バカなこと言ってたんだけど、たぶん騎士を目指す者としての真面目な話をローゼルはしようとしてる。
 こ、これ以上ロイドのことを考えるとあの告白を思い出してそこで気絶してるロイドの裸に目が――行くわけないからっ! そうよ! 別に今のままでも問題ないけどこのままじゃローゼルたちが色ボケしっぱなしだから違う話題でこいつらの頭を冷やすのよ! そのためよ!
「わたしたちはユーリくんの援護を受け、ロイドくんの愛の力によって強力な魔法を発現させるに至った。おそらく普通に学院に通っているだけでは到達できなかっただろうあの魔法の感覚を忘れないためにも今すぐ訓練をしておきたいところだが……まぁそれはともかくとして、そこにカラードくんの『ブレイブアップ』が重なり……わたしたちはあの男、ラコフを倒すことができた。細かく言えば倒したのはエリルくんだが。」
「ど、どうでもいいわよ……そもそもあたしのせいであんたたちを……」
「だよねー。どう考えたってあの連中がお姫様を狙ったのって王族だからだもんねー。交流祭の時に……えっと、キキョウだっけ? あのニンジャくんが心配した通りになったって感じー?」
 痛いところを刺してくるアンジュだけど、悪意の欠片もない軽口未満のその口調と表情になんとなくほっとする。
「今に始まったことではないさ。わたしなんかエリルくんとよく話すようになった途端に賊に蹴り飛ばされたのだから。」
「……悪かったわね……」
「気にしていない……というか論点はそこではなくてだな、わたしが言いたいのはあのラコフが少し変じゃなかったかという事だ。」
「へ、変って……う、腕が四本もあったし……充分、変じゃない、かな……」
「見た目の事ではない。ラコフがバトル大好きの危険な男というのはわかったし、それゆえにわたしたちが本気を出してあがくまで待っていたというユーリくんの説明も理解できる。だがそれにしたってあの男は……油断が過ぎていなかったか?」
「……と言いますと?」
 さっきまでロイド絡みでジタバタしてたパムが真剣な表情でそう聞いた。
「こうして終わってみると思うのだ。結局ラコフが本気を出した……いや、出そうとしたのはわたしたちがラコフからツァラトゥストラを切り離してからだった。なんというか……わたしたちが愛の力による一撃をそれぞれに放っている間に、「さすがにやばい」と途中で思っても良かったんじゃないか?」
「……それは……そうかもしれませんね……」
「もっと言えば初めから下に見過ぎているというか……一般には非公開のはずの交流祭で初めて見せたロイドくんの吸血鬼の力を知っていたのだから、わたしたちのことも知っていたはずだろう? 自分で言うのもなんだが、わたしたちは……そりゃあ戦闘経験は少ないかもだが、一部だけ見れば脅威と言える力を持っている――はずだ。わたしが外部からの襲撃者なら、わたしたちをそう見てそれなりに警戒する。」
 ローゼルの意見は……たぶん過大評価ってほどでもない。実際こいつの氷と同等のモノを作れる騎士がどれだけいるかってなったらかなり少ないだろうし、リリーなんかは昔の事を考えればかなり厄介な相手のはずだわ。
「……確かにちょっとナメ過ぎかもしれないわね……実力はあっちの方が断然上だったはずなのに、終わってみればあたしたちってケガ一つしてないもの。傍から見たら……こっちがあっちを倒せるようになるまで待ってたみたいにも見えるかもしれないわ……」
「そんなのあいつがそーゆー性格だったってだけじゃないのー? そーゆーバトルをしたかったんでしょー?」
「もちろんその可能性もある。わたしも……ユーリくんがいなければ素直にそう思っていただろう。」
「あの死人顔くんがー?」
 死人顔……アンジュってなんでかロイド以外を変な呼び方するわよね……確かにユーリは青白くてそうにしか見えないけど……ちゃんと生きてるのになんであんなに冷たいのかしらね、あのフランケンシュタイン。
「第二系統の雷魔法の使い手には体内の電気信号に干渉することで相手の動きを制限したりする者がいるというのは耳にした事があるが……ユーリくんはそれを頭の中にまで作用させた。さらりとやっていたが、あんなのは聞いたことがない。」
「そうですね。思考した事が思考の形のままで瞬時に伝わり、それを他人が理解できるというのは異常です。『テレパシー』という魔法を使ったとしても、きちんと言葉にしなければ伝わりませんから。」
「仕舞いにはロイドくんのわたし……たち、への愛をも伝えてきた……そこは感謝なわけだが……そうやって他人の思考を読み取ったり伝えたりというのができるのなら思考への干渉もできるのではないか……?」
「……どういうことよ、思考への干渉って……」
「つまり……ラコフに普段以上に相手をなめて見るようにさせる――とかな。」
 ローゼルのその一言で、気絶してるロイドと溶けてるリリー以外が息を飲んだ。
「……そんなことができるとしたら戦闘においてはこの上ない脅威ですね……強い弱いという基準が意味を無くしますよ……」
「でもさー、もしもそういう事ができるんなら……油断させるとかじゃなくて、例えばあたしたちをものすごく怖がるようにしたりした方が戦いやすかったんじゃなーいー?」
「わたしもそう思ったが……彼の立場のようなモノと今回の結果を考えると……油断という形をとることでギリギリ危なくない状況を作りたかったのではないだろうか。」
「?? ロゼちゃん……な、なんだか全然わから、ないよ……? なんで、そんなこと……」
「心の暴走などを通して強力な魔法の会得を促す――つまり、わたしたちを成長させたかったのではないか、という事だ。」
「は? なんであいつがあたしたちを?」
 予想もしてなかった推測にはてなを浮かべてると、ローゼルは……なんだかばつの悪い顔になった。
「あー……ほら、スピエルドルフの面々は……彼も女王も国民たちも、どういうわけかロイドくんを国王として迎える気満々……だろう……?」
「! そ、そうね……」
 ロイドがカーミラの右眼を持ってるのに関わる事らしいんだけど、恋愛マスターのうっかりのせいでロイドにはその記憶がない――っていうか封印されてる。しかもカーミラが全員に口止めしてロイドに自力で思い出させようとしてるから、結局理由は謎のままなのよね。
「それで、だ……むぅ、例え話でもあまり言いたくないが……か、仮にカーミラくんとロイドくんが結婚――したとして、そ、その時わたしたちはどうなると思う?」
「ケッ――どど、どうってなによ……」
 そんなの考えたくもな……い、いえ、たぶん今はそういう話じゃないのよね……でもそんなの……
「スピエルドルフの王様になったからと言って人間との関わりが一切断たれるというのはない……だろうし、そ、そもそもわたしたちに対してあれほど熱烈な想いを抱いてくれているロイドくんが「じゃあみんなさようなら」とはな、なるまいよ?」
「そうだねー。別に女王様じゃなくても、ここにいる誰と……ケ、ケッコンしたって他のみんなとそれでバイバイにはなんないっていうか、そもそも一応お姫様を彼女にしてるロイドだけどあたしたちとイチャイチャしちゃったりしちゃうわけだしねー。」
 ……面白くない話……なんだけど、その辺はロイドの性格っていうか……本人が言ってたみたいに、一度全部を失ったからこの先得られたモノはすごく大切にする……のよ、あいつは。
 だからたぶん、こ、恋人を通り越してあたしとケッ――し、したとしても、今と同じようにローゼルたちと仲良くするわ……きっと。
「つ、つまりだ、もし万が一ロイドくんが王様になったとしてもわたしたちとのつきあいは続くはずなのだが……ここで思い出して欲しいのがユーリくん――それとストカくんの役職だ。」
「確か護衛官とかいうやつだったわよね……カーミラの護衛として、強さ云々関係なくカーミラが一番信頼する二人がそれを任されたとかなんとか……」
「んまー確かに護衛って言ったらいつも一緒な感じになるもんねー。そりゃあ信頼できるっていうか仲のいい相手がいいよねー。」
「だが仲良しというだけでは護衛の任は務まらない……ゆえにユーリくんとストカくんは日々鍛錬に励んでいるわけだ。」
「強い人を選ぶんじゃなくて、信頼されてる人に必要とされるレベルまで強くなってもらうって言ってたねー。ちょっと珍しいシステム――あ、もしかして優等生ちゃんが言いたいのって、王様になったロイドと仲良しのあたしたちも同じような立場――っていうか扱いになるからそれなりに強くないと困るよーってことー?」
「はぁ? なによ、じゃあユーリはその為にあたしたちを強くしようとしたってわけ?」
「ぼんやりとした推測ではあるがな……まぁ、元々魔人族は人間に対して関心がないらしいから、わたしたちが王様になったロイドくんの近くにいられるせめてもの理由付け――という意味もあるかもしれないが……」
「どちらかと言うのなら、おそらく後者の方でしょうね。国内においては魔人族の方々がいるとして、例えば日中に国外にいくような時は皆さんが護衛の扱いになる――とか。」
「あっは、あたしたちの処遇まで考えてるなんて、女王様はロイドとケッコンする気満々なんだねー。」
「カーミラくんの指示とは限らないがな。今回の襲撃を知っていたわけではないだろうし、たまたま居合わせたユーリくんがふとそう思ってなんとなくやっただけかもしれん。」
 それ以前にローゼルの考えすぎっていうのもあるかもだし、いくらユーリでも思考への干渉はできないっていう可能性もある。だけど……カーミラって、そういうのをさらりとやってきそうではあるわよね……
「まぁ結局のところ真相は本人のみぞ、というわけだが……何が言いたかったかというと、今回の勝利はもしかするとほとんどユーリくんのおかげではないかということでな……あまり浮かれず、手にした強くなるチャンスを確実に活かしていかねばならないぞという話だ。」
「ああ、それは良い心掛けですね。みなさんは同年代の騎士の卵と……いえ、現役の騎士を含めても規格外の経験を積んでいますが、それでもその強さはまだまだである事を忘れてはいけません。日々精進です。」
「規格外の経験ね……あたしはむしろ逆の気分よ……どんなに強くなったって上には上がいるっていうのを思い知るし、それに……」
 言いながら視線を移すと、ティアナがくすりと笑った。
「エリルちゃんの、言いたい事……わかる、気がするよ……」
「ふむ、まぁそうだな。なんだかんだでドンドン強くなっていくからな。」
「横にいたいんだけど割とついてくの大変だよねー。おかげで日々精進っていうか大変。」
 文句のようなことを言いながら、あたしたちはパムに寄り掛かってぐったりしてるロイドを眺めた。



「ロイド様の想い、ワタクシも感じたいところです。ユーリ、次にロイド様が来られた時には同じ魔法をワタクシにも。」
 夜の国、スピエルドルフの王城、デザーク城内の一室。謁見の間ではないが女王の私室というわけでもない、言うなれば執務室のような部屋にて、青白い顔をしたツギハギだらけの青年がソファーに腰を落としていた。
「了解……と言いたいところだが、ミラには使えるかどうか。人間や魔法生物などは過去の研究データが豊富だからああいうことができるが、歴代のフランケンシュタインの中に吸血鬼の解剖を行った者はいない。大差はなくとも小差はあるはずだから、その辺りの細かな違いでできるできないが――」
「きっと大丈夫ですからお願いしますね。」
 できなければできるようになるのですという言葉が聞こえてきそうな女王――カーミラの笑顔に青白い青年――ユーリがため息をつくと、その頭を巨大なサソリの尻尾がぺちんと叩いた。
「ちぇー、一人だけ楽しんできやがってずりぃぞこの。」
 ユーリの向かいにあるもう一つのソファに座っているのは胸元やスカート部分のスリットが大きく開いたドレスを着た赤い髪の女。その腰の辺りから伸びたサソリの尻尾をくねくね動かしながら不満たっぷりのふくれっ面をユーリに向けている。
「バカ言え、大変だったんだぞ。日中の戦闘な上に魔法をいくつも発動させ続けてへろへろだ。」
「いくつもって、一応お前から電波みたいのを受け取ってからはお前の予備の目玉使ってミラとバトルの様子は見てたが、使ってたのって電波のやつと強化のやつだけだろ?」
「いいえストカ。ユーリはそれに加えて相手の人間の思考に干渉し続けていたのですよ。」
「干渉……だぁ、あれか! こっちのやる気をなくさせるずっこい技!」
「ずっこい言うな。私があの男の油断やら余裕やらを引き上げていなかったら、あの男はもっと早い段階で本気になって全員が成長する前に戦いが終わっていた。」
「おお、それそれ。なんでみんなを強くするようなことしてたんだ、お前。」
「将来の事を考えて……というのと単純に、そうしないと勝てなかった。」
「げ、まじかお前。あんなのに勝てねぇのか? だっせー。」
「太陽の下で同じセリフを言ってみろ……ローブあってもやばいぞ、あれは……」
「では夜だったらどうでした?」
 カーミラの静かな問いに、ユーリはどうしてそんなことを聞くのかという風な顔で答えた。
「いや、私一人で倒せたが……」
「んなのったりめーだろーが。」
「ふふふ、ええ、そうですね。ですがそうであっても空に太陽があるだけで「あたりまえ」が「あたりまえ」ではなくなってしまうのがワタクシたち……困ったモノですね。」

「姫様、ご報告が。」

 部屋のソファに座る二人を眺めてほほ笑むカーミラはノックの音と共に聞こえた声に顔を上げる。
「どうぞ。」
「失礼します。」
 扉を開いて部屋に入ってきたのは仰々しい軍服を着た鳥のような人物。大きな翼を背中に生やし、頭部がそのまま鳥のそれという姿で、声からすると女性らしい。そんな鳥人間という言葉がしっくりきそうな人物は女王のいるテーブルまで姿勢よく進み、ペコリと頭を下げた。
「どうしましたかヒュブリス。あまり嬉しい報告ではなさそうな顔をしていますが。」
 魔人族を見慣れている田舎者の青年ですらその表情を読み取ることは難しいであろう鳥の顔の微妙な変化を見て女王がそう言うと、鳥人間――ヒュブリスはこくりと頷いた。
「以前フルトがフェルブランド王国国王軍の訓練場に行った際に感知した例のモノの調査ですが、潜入しているわたしのレギオンの者が良くない報告をしてきまして。」
「ああ、あれですか。人間の大国には大抵あれがありますからね。まぁだからといって特に問題はないのですが……フェルブランド王国のモノはその中でも群を抜いて強力なモノであったと報告してくれていましたね。剣と魔法の国と呼ばれるのも納得だと。確か既に完全な化石となっているからロイド様に悪影響などはないとのことでしたが。」
「そうなのですが……その一部――ほんの欠片なのですが、どこぞの人間が持ち出したようなのです。」
「まぁ。よく近づけましたね。」
「どうやらイカれた――失礼、奇抜な発想の科学者が作ったツァラトゥストラというモノを使ったようで。」
「それは……」
 カーミラの目線がユーリに移り、ユーリは今回の戦いで得た情報を共有する。
「「どこぞの人間」というのはフェルブランド王国に昔からあるオズマンドという反政府組織の連中だろう。この前ロイドが来た時にマルフィと共に現れた『世界の悪』ことアフューカスがツァラトゥストラという臓器型の強化部品を人間の悪党連中にバラまいたらしく、それを手にしたオズマンドが今回フェルブランドへ攻撃を仕掛けた……というのが今回、ロイドたちが巻き込まれた戦いだ。」
「そうですか……」
 ゆっくりと手を組み、目を閉じるカーミラ。
「ツァラトゥストラ……ユーリが遭遇した程度の相手であればむしろロイド様や他のみなさんが更なる力を得る為のキッカケとして丁度いいと思って手は出しませんでしたし、結果としてそうなりましたが……あれの欠片を使うとなると放ってはおけませんね。」
「あー……ああそうか。ロイドがいる国の反政府組織っつーことはその力がロイドに向けられる可能性があるわけか。確かロイドの彼女は王族――」
 と、ストカが「彼女」という単語を出した辺りでユーリとヒュブリスがやれやれとため息をつき、カーミラは組んでいた手にぐぐっと力を入れた。
「そうですね。ロイド様の「今の」、恋人は王族のエリルさんでしたからね。」
「そ、そもそも今回ロイドが戦う事になったのもエリルさんを助けに行ったからだったしな。我らの未来の王の為にもこれは何かしらの対策が必要か?」
 あまり笑っていない笑顔を見せたカーミラに慌てて提案するユーリ。
「即刻組織の壊滅を――と言いたいところですがただの悪党集団ではなく反政府組織なのですよね。考え無しに動くとフェルブランド王国と政治的な絡みが生じる可能性がありますから……まずはその組織についての情報を集めましょう。欠片とは言えあれを持っている相手ですから、それなりに腕利きを動かしたいですね。」
「はいはい! 俺がやるぜ! ユーリが遊んできたんだから次は俺だろ!」
「ストカ、一応情報収集がメインなんだぞ? お前みたいなガサツなのに務まるわけないだろ。」
「ああ?」
「そうよストカ。それにあなたは護衛官として修業中の身じゃないの。国外に出るとしたら姫様の護衛として、よ。」
 口調を柔らかくして女性らしい喋り方でヒュブリスがストカをなだめる。
「とはいえ潜入も戦闘も得意なメンバーはどのレギオンからも人間の学校とか軍とかに入り込んでるのよねぇ。誰かを呼び戻すっていうのは折角潜入しているのにもったいないし、どうしたものかしら。」
「……いっそ堂々とワタクシがロイド様の学校に転入しましょうか。セイリオスともなれば相応の情報が集まるでしょうし。」
「え、いやいやミラ、女王がいなくなると困るだろう。」
「お父様とお母様がいますよ。」
「お二人は今吸血鬼特有の長期睡眠で棺の中だろ。次に起こす時はロイドとの結婚式って前に言っていたじゃないか。」
「それはそうなのですが……今のエリルさんのように四六時中ロイド様と一緒にいられたらどんなに……ああ……」
 うっとりととろけるカーミラを前にユーリは少し焦る。
「ヒュ、ヒュブリスさん、いい感じの人を早く見つけて送り出しましょう。でないとミラが学生になってしまいます……!」
「あら、わたし的にはそれも面白そうって思ったんだけど。」
「ヒュブリスさん!?」
「お、ミラが学校行くなら護衛官も行くことになるよな! よし、それでいこうぜ!」
「お前も何を!」
 気づけばこの場にいる面々で自分しか否定側に立っていない事に気づき、真剣に焦り始めたところで――

「いけませんよ、姫様。」

 と、おそらく勝手に入るのは失礼だと思ったのだろう、扉の向こう側から誰かのツッコミが聞こえた。
「その声はヨルムですね? どうぞ、入って下さい。」
「何やら妙な会話が聞こえてきたので……」
 そう言いながら入って来たのは、ヒュブリスが鳥人間なら今度は蛇人間と言ったところだろう。黒い鱗に覆われた蛇の頭が仰々しい軍服から突き出ており、時折二股にわかれた舌をシュルルとのぞかせる。
「以前ロイド様が来られた時はフルトとヒュブリスが対応しましたし、その後ロイド様の血を飲まれた姫様が追い打ちをかけましたが、それでもあれはまだまだ油断できぬ状態――姫様にこの国を離れられるといざという時に困った事になるかと。」
「そうですねぇ……フェルブランドのあれは化石でも、こちらのあれは瀕死とは言え存命ですからね……ええ、わかっていますよ。」
「なー、ちょっと思ってたんだがよー。時々バトッてるあれ、ミラがロイドの血をたらふく飲んで一発ドカンと片付けちまえばいいんじゃねぇのか?」
「たらふく……」
 それを想像したのか、再びとろけたカーミラの代わりに蛇人間――ヨルムが答える。
「姫様が血液によるパワーアップであれを完全に倒すとなると、おそらく相当量の血が必要となる。最悪ロイド様の命に関わるような量がな。ゆえに別の方法――例えば姫様とロイド様が結ばれるような、血液以外のパワーアップでなければならないのだ。」
「ふーん。なんかロイドにミラを襲ってもらえばそれで解決しそうだけどな。」
「きゃ、ストカってば言うわねぇ。あなたもロイド様のことは好きなんでしょう?」
「へ?」
 ヒュブリスの予想外の言葉に一瞬固まるストカだったが、すぐに冷や汗まみれとなる。
「……ストカ……?」
「うぉわ、ちょ、ミラ、割と本気で睨んでねぇか!?」
 殺気とまではいかないが普通の人間であれば気絶しそうな敵意を放ち、スピエルドルフの女王はゆらりと立ち上がる。
「そろそろハッキリさせておかなければと思っていたところです。ストカ、少しお話しましょうか。」
「助けろユーリ!」
「……ヨルムさん、太陽の光の下でももう少し動けるようになりたいんですが、鍛えてくれませんか?」
「……よかろう。」
「あら、良かったらわたしも手伝うわよ?」
 助けを求めるストカに対し、他の三人はぞろぞろと部屋の外へと出ていった。
「薄情モンがぁっ! つーかミラ! あのエリルとかの人間には怒らないくせになんで俺となるとそんなに!」
「おや? その言い方ですとつまり、あなたもロイド様を狙っていると?」
「いや、あいつはただのダチであってだな――」
「ただの友人にその――その大きな塊を押しつけたりはしません!」
「なんか違う方向の怒りが混じってねぇか!?」
 部屋の外、中から聞こえるドタバタ音にため息をついたりくすくす笑ったりしている三人は、一人の人間のことを考え、早く彼が国王になってくれないだろうかとぼんやり思っていた。



「え、じゃあ連中は五年間も止まってたって言うのん?」
 サードニクスたちが入ってるらしい集中治療室のある国王軍の医療棟。いくつかのベッドが並ぶ広い場所で、ベッドで横になってるオリアナを囲むように立ったり座ったりしてる騎士の一人、サルビアが驚いた顔でそう言った。
「みなさんから聞いた相手の動きと時間回収という言葉からして、おそらくは。」
 でもって全員の視線を集めてんのは普段着である町娘みたいなワンピースを着てるセルヴィア。
 大なり小なり、ケガやらなんやらをした私たちはこの医療棟で治療を受け、あとから合流したセルヴィアに連中――オズマンドの上位メンバーがやってた妙な動きをあいつらが口にしたっつー「時間回収」って言葉といっしょに聞いてみると、セルヴィアが解説をしてくれた。
「かつてとある時間魔法の使い手が自身の時間を停止させて数十年後の未来の世界を見ようとしたが、時間停止が解けてしばらくの後、その数十年分、身体が一気に老化したという。その後いくつかの実験の結果、時間魔法で何かを停止させた時、その間に経過した時間は停止が解除されるとどこかのタイミングで停止していたモノへとふりかかることがわかった。これを、時間魔法では「時間回収」と呼んでいる。」
「つまり彼らは五年前にアネウロから時間停止の魔法を受け、五年後である今目覚めたと……?」
 オリアナと同様にベッドに入ってはいるが、横にはならず身体を起こして話を聞いているアクロライトが難しい顔でつぶやく。
「それであいつら五年前と格好が同じだったのか! 最近大人しかったのも、上位メンバーが止まってたからってわけだ!」
 病室でデカい声をあげるのは……だいぶ珍しいが身体の一部に包帯を巻いてるフィリウス。
「あー……でもって? その、本来なら自動的に一瞬で回収されるはずの五年分を? アネウロってのが時間魔法で管理して……それぞれの好きなタイミングで回収されるようにしたってのか?」
 医療棟なんかに来る必要のない身体だが、なんとなくついてきちまったライラックが「わけわからん」って顔で整理する。
「私にはできない芸当だが……これにより、オズマンドの連中は五年分、「自身の時間経過を加速させる」ことができるようになったのだろう。結果、移動速度――いや、移動時間やダメージを受けた際の復帰時間、魔法を発動させる為の魔力をためる時間、呪文を唱える時間などを短縮していたのだ。」
 セルヴィアの解説にそれぞれがそれぞれの戦いを思い出して納得していると、横になってるオリアナが口を開く。
「で、では《ディセンバ》殿……そうして速さを得たというのにその速度のままで攻撃を……仕掛けてこなかったのはどういう、理由なのでしょうか……」
「……推測になってしまうが……時間回収という現象が起きているのはあくまでそれぞれの肉体だ。その回収中に他人を攻撃するということは即ち、時間回収の必要のないモノをそれに巻き込むということだ。それは……時間回収という現象を引き起こしている――世界、とでも言えばいいのか。世界が、許可しないのではないだろうか。」
「あー、そういやカゲノカが言ってたな。他のメンバーには制約があるが自分ならとかなんとか。そうか、今のセルヴィアの推測通りだとすると、あいつの場合は位置魔法による斬撃の移動っつーワンクッションを挟んでるからあいつの速度をそのまま攻撃に使えたのか。でもってあのガラス玉は時間回収を早めるアイテムだったと。ははぁ、なるほどなぁ。」
「? おいフィリウス、何を納得してんのかさっぱりだぞ。」
「いや、悪い教官、こっちの話だ。」
「でも困ったわねん。一応今回は勝った……って言っていいのかも微妙だけど、結局連中の序列上位の面々の半分は逃げちゃったわけよねん? 貴族の連中からも色々奪ったみたいだし、セルヴィアの話じゃこの城の地下からアネウロが何かを持ってったみたいだし、この先結構大変そうよん?」

 オズマンドの序列上位のメンバー。その内の十番のプレウロメ、六番のゾステロ、五番のドレパノは戦闘終了直後、おそらくアネウロが事前に仕掛けていた時間魔法で時間が停止して一切手出しができなくなり、アネウロ――と、おそらくは二番のクラドってのがいなくなるのと同時にどこかに消えた。
 結果国王軍――と教師が倒せたのは九番のヒエニア、八番のリンボク、七番のスフェノ、四番のカゲノカ。しかもヒエニアとリンボクは……『滅国』に……喰われちまったわけで、捕まえられたのはスフェノとカゲノカの二人だけだ。
 ちなみに三番目……ラコフという男だったらしいが、そいつはサードニクスらが倒しちまったらしい。どうもサードニクスと親しい魔人族がどういうわけかその場にいたようで、そいつの助力でなんとかなったみたいだ。んでそのラコフってのは……これまたどういうことなのか消し飛んだらしいので情報を聞き出したりとかはできない。
 ……というかあれだな、クォーツ絡みで戦うことになったんだろうが結果として王族の人間を賊から守ったわけだし、その賊ってのが反政府組織の序列上位――言うなれば幹部クラス。下手するとあいつら、表彰されたりすんじゃねぇのか?

「おー、それだそれ。アネウロが持ってったとかいうのは一体何なんだ? この城にそんな地下空間があるなんて俺様は知らなかったぞ。教官はどうだ?」
「初耳だ。アネウロの存在同様、国王しかしらない極秘事項なのかもな。」
「いや、どうかな……アネウロの言葉をそのまま信じるなら、国王ですら知らないことらしいからな……」
 と、セルヴィアが……なんというかしょんぼりと呟いた。まぁ考えてみると今回、セルヴィアはアネウロにやられっぱなしだったわけだしな……ちょっと落ち込んでるのかもしれない。
「ん? ああ――ああ? わかった。」
 なんとかセルヴィアを励ませればと考え始めたところでフィリウスが突然そう言った。
「なんだフィリウス、いきなりどうした?」
「風魔法で声が届いたんだ。おいセルヴィア、何か知らんが十二騎士に呼び出しがかかったぞ。」
「! 十二騎士に……?」
「国王がな。もしかすると今の話の詳しいことが聞けるかもしれん。」
「ああ……」
 フィリウスとセルヴィアがベッドの列を抜けてどこかへ行くと、何故かサルビアがにんまりと笑った。
「うげ、気持ちわりぃぞスプレンデス。いきなりにやけんなよ。」
 魂が関わる魔法の関係でサルビアとそれなりに顔見知りなライラックが半目でそう言うと、サルビアはぷぷぷと更に笑う。
「あぁ、やぁねぇ、これだから土くれ人形は。蘇生する時に心を置き忘れたのかしらん? それとも元からなのん?」
「あ? なんの話だ。」
「今は野暮ってものよん。ていうかそれで言ったらあなたこそ、学院でいい出会いの一つもないのん?」
「学生ならともかく教師にそういうのがあるわけないだろ……入れ替えもそうないしな。」
「教官は新任美人女教師よん?」
「教官……」
 こっちを向いたライラックと目が合う。私は色恋よりも強さを求めてここまできた女で、男からの評価は気にした事が無い。とはいえ私と同じだったはずのセルヴィアが今……まぁ相手はともかく恋焦がれてるのを見ると少し羨ましくもあったりするわけで、この同僚が何を言うのかはちょっと気になったのだが……
「ないないないなばぁっ!!」
 私は、真顔で首と手を振ったライラックに電撃を放った。
「おお、おお、元気じゃのう。」
 ついいつものノリで攻撃を放って若干軍医からにらまれたところで、右腕だけのジジイがバランス悪く歩いてきた。
 オズマンドの襲撃が始まった時このジジイも加勢すると言ったのだが、連中が貴族とかから重要書類を盗んでるってのがわかり、奪い返してもそれを他国の人間であるジジイに見られるのはあんまりよくないって事で、ジジイはずっとこの医療棟にいた。
「病室で電撃放つなこの――うお、《フェブラリ》! なんだ、あんたには呼び出しがかかんなかったのか? やっぱ他国の人間だからか?」
「んん? なんの話だ?」
「いや、今フィリウべっ!」
 何かを言おうとしたライラックは、サルビアが投げた花瓶を顔面に受けて倒れた。
「ほんっとに野暮ねん。ああ、こっちの話だから構わないでいいわよん。」
「ふむ……? まぁよい。ところで聞いたぞアドニス、バーナードを倒したそうじゃな? さすが、毎年わしに挑んでくるだけある。」
「ケンカ売ってんのか。つーか白々しい、あんな爆弾仕込んでおいて何言ってやがる。」
「おおそうか、やはりあれを使ったか。なかなかのモンだったじゃろ。」
「……そうだな……」
 くそ、このジジイのおかげで何とかなったって事実が腹立つな。
「相当な威力じゃからな。ドラグーン状態のあやつでも吹き飛ばせたじゃろ。」
「ああ……だが生憎、一緒にいたガキンチョが黒焦げのバーナードを抱えて逃げちまった。最悪、あのデブはまだ生きてる。」
「なんじゃと? そこまで追いつめておいて何やっとる――いや、違うな。つまりそれだけあの子供の動きが予想外だったということか……アドニス、あの子供とは戦ったか?」
「……いや?」
 てっきり怒られる――ってのはちょっと違うが、「馬鹿め」とか言われると思ったんだが、ジジイは小難しい顔で固まる。
「そうか……正直、わしは「今のバーナード」よりも「未来のあの子供」の方が厄介だと思っとるんじゃ。」
「未来の? あのガキンチョが成長するとまずいってか?」
「……昔ガルドで起きた事件を考えるとな……」
 嫌な事を思い出すような顔になるジジイ。
「ガルドのある大きな街でな、『ディザスター』が奇怪な生き物を暴れさせたことがあるんじゃ。数体の魔法生物を合体させたようなモノで、仮にランクをつけるとしたらSがつくじゃろう化け物だった。科学と魔法の総力でどうにか倒す事ができたが、戦闘の余波で街は半壊し、その上その化け物がまき散らした毒によって半年もの間その場所には近づけんかった。」
「毒……たちが悪いな。今は大丈夫なのか?」
「ふん、かれこれ三十年も昔の話じゃからな。街も復興しておる。だがあの子供があの化け物と同種の存在であったら……知性が加わった分、厄介の度合いは増大する。場合によってはあの事件以上の災厄が起こるやもしれん。」
「……その話、戦う前に聞いときたかったな。そうすればあのガキンチョにも攻撃を――」
「しようとした結果、わしはこうなったんじゃ。」
 そう言って左腕があった場所に視線を送るジジイ。
「強力な武器、強力な魔法、そういうモノであれば策を講じて対処できる。だが根本的に生物として上位の存在相手ではどうしようもない時がある。バーナードと戦ったお主ならわかるじゃろう? あの子供がそういうモノになってしまったら……いよいよわしら人間の手には余るかもしれんぞ。」
「人間の手にはって……なんだ、他の何で倒そうって――まさかジジイ、魔人族のこと言ってんのか?」
「そうじゃ。何かとはぐらかされるが、フィリウスが持つ連中とのパイプを今こそ利用する時じゃとわしは思うぞ。」
 フィリウスが魔人族との繋がりを持っているってのは十二騎士やそれに連なる腕利きの騎士たちの間では有名な話。だからフィリウスを通して夜の国に行ってみたいと手を挙げた者は多かったが、相当な理由がない限りはフィリウスの紹介であっても入国の許可は下りず、その上会ってくれもしないとのことでそれが実現した事はなかった。
 だからこの前女王が学院に来たことや、その時に私がフルトと手合わせしたことは超がいくつもつくような激レアな体験だったわけだ。まぁ、基本的に連中は人間と関わるのを嫌うし、この前のはサードニクス起因の特例みたいなもんだったらしいから、例えジジイ相手でも話せな――
「魔人族? そういや前に模擬戦してたよな、教官。」
 花瓶の直撃から復活したライラックが余計な一言を口にした。
「……模擬戦じゃと……?」
 ジジイの目がぎらりと光る……くそ、面倒なことに……
「フィリウスいわく、こっちから会おうと思ってもあっちには用がないから無理だという事だったが……つまりあっちから来たということか? 魔人族が? 何をしに?」
 ずいっと一歩近づいてくるジジイ。私はライラックを睨み、ライラックはしばらく睨まれた後――
「…………ああっ!! そういや学院長からも口止めされてんだった! 《フェブラリ》! 今のは無しだ!」
「もう無理じゃ。どういうことなのかの?」
 こんのバカラック……
「…………悪いが詳細は話せない――っつーか本当の詳細は私も知らないんだが、うわべの情報だけでも話しちまったら最悪私は消されかねないんで言わん。」
 フルトとやり合った時、あいつは私に釘を刺した。女王がサードニクスを訪ねたこと、それに関するあの時の出会いの諸々は口外しないようにと。それは今まさにジジイが目をぎらりとさせたのが理由で、つまり魔人族との繋がりがバレると余計な面倒に巻き込まれる可能性が高いからだ。
 実際、その情報が漏れたっつーか知られたせいでS級クラスの悪党がサードニクスにちょっかいを出すことになっちまった。
 だから学院の中でたまたま連中を見かけた奴には学院長が口止め……というか記憶を消すということまでして対応したが、このバカラックには身体の性質上そういう魔法が効かないもんで、結果今盛大に口を滑らせた。
「……その顔はどうあっても話しそうにないな……では知っていて話せる者を探すとしよう。今や学校の教師であるアドニスが遭遇したというのならやはりセイリオス学院――」
「やめとけジジイ。」
 ぶつぶつと作戦をたて始めたジジイに、私は割とガチな口調で言った。
「それを詮索すると消されるのはお前だぞ。」
 フルトに忠告された時に感じたのはサードニクスへの妙な特別扱い。あいつに何かあったら困る、そうならないように全力を尽くす、連中の態度はそういうモノだった。
 女王がお忍びじゃなくきっちり護衛をつけて訪問したって事は、個人ではなく国としてサードニクスを重要視しているって可能性が高い。
 つまり、そんなあいつに害が及ぶような事をする奴には……元々人間に対してさほど関心のない連中のことだから、躊躇なく牙をむく。私やジジイが消されると言ったのは、大袈裟でもなんでもない。
「……前にも似たような顔でフィリウスに睨まれたことがあったな……ふむ、気をつけよう。」
 にやりと笑った後、片腕のジジイはくるりと背を向けてゆらゆらと去って行った。
「……ライラック……」
「わ、悪い……ついうっかり…………ちなみにどれくらいやばい……?」
「……お前が消されないように気をつけるんだな……」



 医療棟から王城へ向かう道の途中にあるちょっとした庭園のような場所に差し掛かったところで、ふいに前を歩くフィリウスがそこにあるベンチに腰を下ろしたのを見てセルヴィアは首を傾げたが、すぐにその意味と理由を察して困ったように笑った。
「嘘なんて、似合わないことをさせたな……」
「気にすんな。」
 一人で二人分のスペースをとっているフィリウスの横にポフンと座ったセルヴィアは、うつむいたまま口を開いた。
「……学生の頃、当時の《ディセンバ》を見た時、どう頑張ってもあの域には到達できないだろうと……あの人はどこか規格の外の化け物だと、そう思った。最近は感じなくなっていたあの感覚を、久しぶりに思い出したよ……」
「そんなにだったか、あのばあさん。」
「直接やりあったわけではないが設置魔法や時間回収の制御などからわかるのだ……彼女と私の技量の差……《ディセンバ》の名を与えられた者同士のはずが、その間に存在している果てしない実力差を。」
「はぁん。ま、一番上の称号ってのはそういうもんだ。強さが百を超えたら十二騎士になれるとして、百でも千でも十二騎士なわけだからな。」
 慰めにも励ましにもならない言葉を返したフィリウスは、しかしどこか遠くを見て自嘲するような笑みを浮かべる。
「俺様にも経験がある。とうとう十二騎士、ナンバーワンになったぞと思ったら俺様よりも凄腕の風使いに出くわしたんだ。そりゃああのトーナメントに世界中の第八系統の使い手が参加してるわけじゃねぇんだし、だからこそそれぞれの十二騎士が追い続ける同系統のS級犯罪者なんてのがいるわけだが、それでもそれなりにショックだった覚えがあるぞ。」
「フィリウスでもか……それは随分な凄腕だったんだな……」
「おう、だからこう考える事にした。」
 空に拳を突き上げ、フィリウスは大きく声を上げた。
「十二騎士なんて称号は高みにいる連中を引き寄せ、挑む為の単なるチケット! 頂点に至る道のちょっとしたチェックポイントを通り過ぎたってだけの証明書なんだとな! 同じ《ディセンバ》? その場所をセルヴィアが通ったのはほんの数年前だが、あのばあさんは百年以上も前に通ってるんだぜ? 実力差? んなのあって当たり前だ! 相手は世界征服っつー正義を掲げてその道を歩き続けてんだからな! セルヴィア――そして俺様もまだまだ道の途中! 教官が、もしくは学生の時に教師や先輩が言ったみてぇに、その落ち込みをしっかりとバネにして前よりも高い所に行きゃぁいいんだぜ!」
 最後にバシンッとセルヴィアの背中を叩き、フィリウスはニカッと満足そうに笑った。
「……もう少し加減して欲しいな……」
「おお、悪い悪い。」
 背中に手をまわして痛そうに腰を曲げるセルヴィアだが、そのうつむいた顔にはどこか嬉しそうな、その上闘志の炎が見え隠れする笑みを浮かべていた。
「今回は彼女が強かった。だが次は、私が勝つ。」
「お――」
 顔を上げたセルヴィアの気持ちのいい決意に「おうっ!」と言いたかったフィリウスだが、決意と同時に自分の手に絡んできたセルヴィアの手に言葉が途切れた。
「……まったく……ああ、まったく……」
「お、おいセルヴィア?」
「ああ、そういえばだがフィリウス。」
 ギュッとフィリウスの手を握っている事については何も言わず、セルヴィアは真面目な顔で話題を変えた。
「アネウロと一緒にいたクラドという男……タイショーくん以上に特殊な魔眼の持ち方をしていたぞ。」
「大将? ん、持ち方? 片目だけって話か?」
「あの男は赤と青、左右で異なる魔眼を持っていた。」
「まじか! おいおい、そりゃつまり二種類の魔眼を使うって事か!」
「左右で色が異なる魔眼なんてのは聞いた事がないし、実際左と右からは異なる気配を感じたからな……具体的にどういう能力かはわからないが、一度目を開いてそれを発動させてからは私の攻撃の一切が……まるですり抜けてしまうように当たらなかった。」
「今の十二騎士全員で挑戦して誰も防げなかったあれを――ん? 一度目を開いてってのはどういう意味だ?」
「ああ、あの男、魔眼を発動させた時に一瞬開いただけで、あとはずっと目を閉じていたんだ。それでもきちんと周りは見えている上に遠くの事も把握していたようだったが。」
「なんだその能力は。ったく、アネウロだけでも厄介なのにな。しかもそんな面倒な奴らが他の国に行くって言ったんだろ? この先面倒事が増えていきそうだ。」
「連中が力をつけた原因――『世界の悪』が動き出した影響はどんどん大きくなっていくだろう。ツァラトゥストラも、何もオズマンドだけが受け取ったわけではないしな。」
 ぼんやりと空を見上げて二人そろって「やれやれ」とため息をつく。
「こりゃあ何とかしてスピエルドルフと手を組むのを考えた方がいい気がするな。」
「魔人族か。味方にできるのならこれ以上はないが……難しいのだろう?」
「連中は俺様たち人間とは関わらないようにしてるからな。だが今回ばかりはどうにかこうにか――」
「……一応聞いておきたいのだが、スピエルドルフに気になる女性はいたりするのか?」
「一応とか言う割に話がとびすぎだろ。いねぇよ。だいたい連中、人型――っつーか人の頭じゃない方が多いんだぞ?」
「……フィリウスなら何人間でもいけるのかと……」
「俺様を何だと思ってんだお前は。」
 庭園のベンチに座って他愛ない会話をする二人だが、建物の窓や物陰からそれをこっそり眺める騎士や城で働く者たちは、そんな痴話げんかのようなじゃれ合いのような一幕をほっこりとした顔で見守っていた。



「うふふふ、あははは。」
 何もない空間に横一列に椅子が並ぶ場所。その一番端っこに座っているオレを、「ひい」をいくつつければいいのか見当もつかない遠いご先祖様であるおばあちゃん――マトリアさんが笑っていた。
「まさか――ふふふ、そんな理由でここに来ちゃうなんてね。どうりであたしが表に出ないわけだわ。だって気絶はしても危険じゃないもの――うふふ。」
 リリーちゃんの猛攻を受け、理性の前に意識がとんだオレは……たぶん、体力がほとんどないっていう、こっちはこっちでそれなりに危険な状態っていうのも相まって、普段は眠っている? らしいマトリアさんのいる場所にやってきてしまったのだ。
「幸せな気の失い方もあったものね。モテモテね、あなた。」
「……全然対応できていないと言いますか……優柔不断にみんなとあ、あれやこれやで……恋人を怒らせる日々ですが……」
「うふふ、はたから見たらとっかえひっかえのプレイボーイね。」
「はひ……」
「あら、そんなにしょんぼりしなくていいと思うわよ? こうやってあなたの魂に間借りしているからわかるけど、「はたから見たあなた」と実際のあなたはだいぶ違うもの。」
「そ、そうでしょうか……友達からはそのまま全員をし、幸せにするよう頑張れと言われましたけど……」
「いい友達ね、その通りよ。あなたの場合、「はたから見たあなた」から想像されるような誰も彼もみんな好きだからあの子もこの子もーなぁんていう段階は超えているの。あなたはただ、全員を心の底から愛しているのよ。」
「アイシテ……で、でもそれはその、いけないことなのではないかと……」
「そうかしら? 例えば好きな食べ物があったとして、それ以外は「好き」とは言えない――なんてことはないでしょう? あれも好きだしこれも好きだけど、「好きな食べ物は?」って聞かれたらその中で一番のモノを答えるだけよね? 恋人も同じで、気になる子って言えば何人かいるけれど、じゃあ「一番恋人にしたい人は?」って聞かれたら一番好きな人を答えるだけ。ほら、あの子もこの子もちゃんと好きになっちゃってるでしょう?」
「は、はぁ……」
「あなたの場合は、周りにその子しかいなかったら恋人にしたいって思うような相手ばかりに囲まれているの。普通なら長い人生で一人に会えるかどうかっていう、そんな特別な女の子にね。そんな中から更にとびぬけたあの子をあなたは選んだけれど、だからって他の特別な子たちとは友達で終わるかって、そんなわけないじゃない?」
「……ちょうど同じような話をついさっき、その特別な女の子からも聞きましたね……」
「うふふ、わかってないのは本人だけってことね。実際、昔も今もたまにいるのよ? あなたみたいに、同時に複数の異性を想ってモヤモヤと苦しんじゃう人は。それで見た目通りのとっかえひっかえになっちゃったら困りモノだけど、真剣に悩んでいるあなたは何も悪い事してないと思うわ。そうね、簡単に行ってしまえば、あなたの場合は状況が特殊だからいいのよ。」
「そ、そんなあっさり……」
「ふふふ。あなたがどんな答えを出すのか――いえ、彼女たちの押しの強さからして未来は決まりつつある気はするけれど、あなたの選択を楽しみにしているわ。」
「が、頑張りま――あ、あれ?」
 ふと思う。前にここに来た時、マトリアさんは外のことを把握していない感じというか……オレの両親が死んでいることも知らなかったわけだから、本当にオレがピンチになった時にしか出てこない人なんだなと思ったのだが、今のマトリアさんはオレの……み、みんなとの現状を知っているような口ぶりだ。
「あ、あのマトリアさん、も、もしかしてその……今のマトリアさんはオレが見聞きしたことを知っている感じ……ですか?」
 オレがそう聞くと、マトリアさんはハッとして難しい顔になった。
「ああ、そういえばそうね。きちんと説明しておかないと……ほら、なんていうんだったかしら? ぷらいばしぃとかなんとかいうあれだものね。」
 コホンと咳ばらいをし、マトリアさんは少しキリッとした表情になる。
「できればあたしが表に出るような事態は望んでいないし、子孫――子供たちにはあたしに出会わないまま人生を謳歌して欲しいと願っている。だから普通、あたしは眠ったままで、何事もなければあたし自身も気づかない内にサードニクスの血筋を何代も渡ってた――なんてこともあるの。あたしが今いる身体があなただっていう事もこの前知ったのだしね。」
 魂を子孫に定着させて代々を渡り歩くマトリアさんは……別に長生きしたいからとかそういう理由ではなく、完全に自分を危機に対する自動防御機能みたいに扱って子供を守る事にのみ力を使っている。
 もしかすると……オレの目の前にいるマトリアさんは本物ではなくて……なんというか、マトリアさんがかけた魔法そのものだったりするのではないだろうか……
「けれど一度表に出るとね、あたしの魂とあたしが間借りしてる魂の隔たりが薄くなる……というか繋がりが強くなっちゃうのよ。おかげであなたという人を魂から知る事ができたわけだけど……結果、何もしなければあなたが言った通り、あなたが見聞きした事やその時々の感情までもがあたしに伝わるのよ。」
「えぇっ!?!?」
 ととと、ということは例えば今回の戦闘でオレが思ったみんなへのあれこれやロロロ、ローゼルさんとのあれこれが!?!?
「ふふ、心配しなくていいわ。何もしなければって言ったでしょう? さすがにかわいい子供たちを出歯亀したくはないから、覗き見盗み聞きはできないようにしているわ。ちなみにこの制限は魂だけとなったあたしには解除できないから安心してね。」
「そ、そうですか……」
「ただ、一度あたしが表に出るような状況に陥ったってことは、その時代がそういう情勢だったりそういう環境で生活してたりで今後もあたしが出る可能性があるってことだから、必要最低限の情報だけは伝わるようにしているの。」
「最低限……?」
「あなたの立ち位置、あなたの味方や敵……そしていざ戦闘となった場合、あなたは誰を守りたいのか――とかね。」
「な、なるほど……その辺の情報からみんなのことを……」
「そういうこと。あなたを好きだと言い、かつあなたも大好きな人たちは、いざってときにあたしが守らないといけないからね。」
「――!」
 うわ、なんだこの恥ずかしい感じ……なんやかんやマトリアさんはオレの家族なわけで……そういう人にこういう想いを知られたからか……? あぁああぁぁ……
「だから今のあたしは前のあたしよりも色々と知っていて……そう、だからこの前はひどいことを言ったわね。」
「?」
「指輪の件、ご両親に聞いてみてだなんて無神経に……ごめんなさい。」
「い、いえ大丈夫ですから……そ、そうです指輪! パム――妹が回収してくれたんですけど……えっと、これがあればマトリアさんが全力で動ける――んですよね?」
「……あまりあたしの存在をあてにしてもらっては困るけれど、そうね。あなたと妹ちゃんで分かれてるから、正確には半減した力の全力ね。」
「それでも心強――い、いやあてにするなと今言われたばかりですけど……その、マトリアさんのことを妹が調べまして……ベルナークの人――だったんですよね……?」
「あら、よく調べたわね。騎士を続けた弟はともかくあたしの記録なんて残ってたの?」
 あらまぁという顔で驚いたマトリアさんは、ふと思い出したようにポンと手を叩いた。
「そうだわベルナーク……そういえばあなたは剣士なのよね?」
「剣士……と言っていいかどうか……んまぁ、武器は何かと聞かれたら剣になりますけど。」
「アフューカスが性懲りもなく何かしてるみたいだし……あなたは手に入れるべきかもしれないわね。」
「?」
「確か代々のベルナークの者が使ってた武器ってベルナークシリーズとか呼ばれているのでしょう? 特殊な材料を使ってるから強力な武器だし、きっと役立つはずよ。」
「え、えぇと……?」
「こう見えてあたし、元々は剣士だったの。二刀流のね。もしも残ってるならあなたにあたしの剣を渡したいのよ。」
「えぇ!?」
 ベルナークの剣。色んな武器を網羅するベルナークシリーズの中で剣は三本。一つはラパンの街にある武器屋さんにあって、一つはラクスさんが持っていた。そしてその二本はどちらも一振り……マトリアさんの武器が二刀流用の武器だとするとそれは二振りで一組。つまり、どこにあるか不明だった残りの一本ということ……!
「農家になる時、ああいう強力な武器は持ってると逆に危ないと思ってある場所に捨ててきたの。あれってほとんど破壊不可能だし、あんな場所に用もなく行く人はいないだろうからまだあるはずよ。」
「それは――で、でもマトリアさんがその……武器を捨ててから数百年経ってるはずですよね? さすがに見つかってるような……」
 オレがそう言うと、マトリアさんは「あらぁ」という顔でこう言った。

「あらやだ、今の時代にはマグマに潜るような酔狂がいるの?」

騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~