やっぱり北斎が好き!

「葛飾北斎の美術館ができる!」
 と、胸躍らせて完成を待ちわびていた頃があった。私が出産する前のことだから、二年以上前になる。その当時、すみだ北斎美術館が建てられている近くの産婦人科へ通っていたことで、その美術館の存在を知った。北斎好きとしてはどんなものか気になっていたのだ。あれから生まれた娘は今や二歳になり、月日が経つのは早いものだと感慨深い。
 そして念願叶ってその美術館へ行けたのが、つい先日である。平日ということもあって人はそこまで多くなく、ゆっくりと鑑賞できた。
 建物は小さいながらも趣向が凝らされていた。常設展は全体的に暗く、黒い床には足下を照らす細い照明が線のように流れている。ここは宇宙空間か? いやいや美術館である。
 富嶽三十六景をタッチパネルでぱらぱらと見れば、その構図と色彩の美しさに惚れ惚れする。デジタル画像は物足りないかと思ったが、意外と良いものだなと認識をあらためた。他にもパズルや描画で北斎の絵を味わえるタッチパネルがあり、遊びがあって楽しめた。
 なんといっても常設展で北斎を見られることがありがたい。そこに自分好みの絵があれば、それだけで行った価値はある。私の中で一番のお気に入りは、最晩年の肉筆画である龍の絵だった。これ目当てにまた見に来たいと思えた。
 隣接した建物に美術館図書室もあるのだが、蔵書点検のため休みであった。これはまた来いとの天啓であろうか。少し残念ではあったが、私のお目当ては他にもある。それはミュージアムショップのグッズだ。
 どこぞの美術館の展覧会など、関連するグッズ欲しさに行くこともある。もちろん絵も見たいが、あまりの人の多さに疲れ果てて、なんだか堪能した気がしない、なんてことは人気のある催しほどよくあることだ。そこでグッズを買うことは、あとあと余韻にひたれたり、戦利品を手に入れた満足感につながる。
 ショップの棚には北斎の絵柄のグッズが並んでいる。絵の力だろうか……欲しい物が多すぎて迷ってしまう。マグネットは冷蔵庫に貼れるし、クリアファイルはなんだかんだで使うことも多いし、絵はがきも捨てがたいと見ていた。そこで後ろから二人組のおじさんの声が聞こえてきた。
「絵はがきかあ」
「いいなと思って買っちゃうけど、それっきりで。そんなのがうちにごろごろあるよ」
 これには内心ぎくりとした。そうだよなあと思っても、欲しくなるのが絵はがきの不思議である。分かっちゃいるが止められぬ。自粛して、富嶽三十六景のシールとマスキングテープにとどめた。会計後、品物を入れてもらった買い物袋が富士だった。袋を閉じるために貼られたシールも富士。粋だね~なんて心の中で言ってみる。
 その日にさっそくマスキングテープを使った。家計簿にしているノートに貼り、ひとりご満悦である。こういうささやかな楽しみを見つけて、機嫌良く過ごしていくのが日々の目標である。
 ほくほくした気分で、マスキングテープをしまおうと引き出しを開けたら、そこには今まで展覧会で購入した他のグッズが鎮座していた。その中には絵はがきが何枚か散らばっている。いつ買ったのか忘れた、北斎の絵はがきを一枚見つけた。その絵は全体の青色が気に入って購入したような記憶がある。
 ああ、名も知らぬおじさんの言うとおり。私のうちも同じく、使いどころを失った絵はがきが眠っている。それでもまた買っちゃうんだなあ、これが。
 お気に入りが手元にあるのは良いものだ。私は引き出しにその一枚をしまった。また忘れた頃に見つけて眺め、やっぱり北斎が好きだなあと思って、ひとり悦に浸るだろう。

やっぱり北斎が好き!

やっぱり北斎が好き!

毎日をご機嫌に過ごすために、どうしたらいいのだろう。そんな模索する日々。今日もなんとか落としどころをつけて生きています。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-01-08

Copyrighted
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