マイ スウィート ヌガー ( 12 / 12 最終話)
1年くらいかけて初めて書いた小説です。全部で12まであります。
12.
行進が過ぎて行ったあとも、地面にしゃがみこんだままになっていた。瑠奈ちゃんが横に来て、同じようにしゃがんで座った。
顔を上げて瑠奈ちゃんの顔を見ると、頬や耳の下から首筋にかけて赤くなっていた。そして、手で搔いたような斜めの線が何本か入っている。
「赤くなってる。」
「あ、うん。これね、すごく痒くて。でも、搔くと怒られるんだ。今もクレープ食べたらちょっと痒くなってきた。」
「怒られるの?」
「うん。変なもの食べたからって言われる。」
そして、言った。
「今なっちゃんが言ってたこと、すごくよくわかる。」
瑠奈ちゃんも泣いていた。瑠奈ちゃんの顔は、綺麗だった。涙がまっすぐ頬を流れて、次々と涙が溢れた出す目は澄んだ湖みたいだった。
それを見ながら、自分も同じような顔をしているんじゃないかと思った。瑠奈ちゃんの涙を見ていると、同じように涙がどんどん出てきた。ずっと体のどこかに溜まっていた涙が湧き出ているんだ。
瑠奈ちゃんのさらさらした髪が触りたくなって、手を伸ばした。瑠奈ちゃんは、そのまま動かずに、少し目を伏せて、頭を下げた。瑠奈ちゃんの髪をゆっくりなでた。細い絹糸みたいなさらさらした髪を何度もゆっくりなでた。
それから、もう片方の手も伸ばし、瑠奈ちゃんの頭を自分の方に引き寄せると、瑠奈ちゃんも腕をわたしの脇に伸ばして、お互いに体を引き寄せた。
お互いの温かい体温が伝わってくる。こんなにほっとするんだ。自然と体が緩んでいく。瑠奈ちゃんの息づかいが聞こえてきて、自然とわたしの呼吸も同じリズムになった。
「あのぉ、まだですかぁ?」
その声を聞いて顔を上げると、少し離れたところに富山くんが後ろを向いて立っていた。
「まだ、終わりません?俺、どうしたらいいのよ?」
瑠奈ちゃんと同時にぷっと吹き出して笑った。
「ごめん、ごめん。」
「待たせたねー。」
起き上がって、三人で通りを歩いた。富山君が何か言い、それに二人が笑った。
しばらく行くと、とても派手な看板や置物が目を引く美容室があった。瑠奈ちゃんが店の前で足を止めて、中を覗きながらしばらく何か考えているようだった。そして、
「髪切っちゃおうかな。」
と、言った。
「え、いいの?」
「いつも、なっちゃんみたいな髪型にしたいってい言ってたじゃん。」
「じゃあ切る?」
「うん、切る。」
まじかよーと富山君は言ったけれど、あんたは今も丸坊主だからそれ以上切れないでしょ、と言って、お店に入った。
いらっしゃいませー、と出てきたおばさんは、外の看板と同じくらい派手な色のスカーフを頭に巻いていて、耳の横からパーマがくるくるにかかった明るい栗色の髪の毛がはみ出ていた。
「あら、三人とも小学生?かわいいわねー。どうぞ、そこにお座んなさい。」
お金が足りるかなと言いながら、財布を覗いていると、
「小学生は千円。あ、坊主頭の僕はバリカンでぴゃーと刈るから八百円。」
と言って、おばさんが頭を撫でようとしたので、
「いや、僕は付き添いです!」
と、富山君はさっと逃げて離れたところに座った。また二人で笑った。
「どんな髪型にする?」
「この本から選ぼうよ。」
ぱらぱらとページをめくりながら、
「三人の誕生日を足して決める?」
「いいね!私が11月23日。で、なっちゃんが3月9日、富山君は?」
「おれは、1月15日。」
「11+23+3+9+1+15で、えっと、67?」
「違うよ、62だよ。」
「じゃあ、62ページだぁ。」
皆でページをめくった。
62ページ、あった!
えー!これー?ははは!
三人は大笑いした。美容室のおばさんは、本当にこれにするの?と言った。
髪を切り終わって、店を出る時、可愛いお客さんで楽しかったよ、と言って、おばさんが透明のラップで包まれたお菓子をくれた。白くて長細い四角の形、中につぶつぶが入っている。うらぐちさんの家で食べたのとは形が少し違ったけれど、それはヌガーだった。
「瑠奈ちゃん、これがヌガーだよ。」
「え、ほんと?やったー。」
「おばさん、これって外国のお菓子でしょ?イギリスの。」
「イギリス?そうなの?どこのお菓子かはよく知らないけど、これは私が作ったんだよ。」
「自分で作れるの?」
「作れるよ。作り方教えてあげよう。」
おばさんはそう言って、メモ紙にささっと書いて渡してくれた。
「これ食べたら痒くなるかも。」
店を出て、瑠奈ちゃんがヌガーを見ながら言った。
「痒いなら搔いちゃえばいいじゃん。」
と、富山くんが言って、
「そんな単純なことじゃあないんだよ。」
と、わたしは返した。
「じゃあ、何だよ。」
「ま、君にはわからないな。」
「何だよ、その言い方。」
富山くんと笑いながら言い争いをしていると、横で瑠奈ちゃんが、
「この髪見たら、お母さんびっくりするだろうなあ。」
と、ぽそっと言った。
「それはそうかもね。」
「うん。驚く。」
夕方の商店街は、夕飯の買い物をする人が増えてきて、どの店も忙しそうだった。さっきの八百屋のおばさんもお客さんの相手をしていて、きゅうり一本まけとくよ、と言いながらお釣りの計算をしていた。
このおばさんも、きゅうりを買った人も、皆、この後、家に帰る。そして、家族と夕飯を食べたり、テレビを見たり、お喋りしたりする。さっきデモで行進いていた人達だってそうだ。いつもの生活に戻る。スーツの人は会社に戻ってパソコンに向かう。おじいちゃんとおばあちゃんは二人で夕飯の買い物に行く。赤ちゃんは電車の中でお母さんに抱っこされて眠るだろう。
風が吹いて通りを吹き抜けた。二人の髪が後ろに流れると、耳があらわになった。そして、耳の上の刈り上げたところが丸見えになった。
「ツーブロックっていうんだろ、その髪型。」
かっこいいねー、俺もそれにしたかったぜ、と富山くんが言って、わたしと瑠奈ちゃんは笑った。手で耳の上を触ると、ざらざらした感触がして、自分の頭じゃないような気がした。気持ちよくて何度も触った。
わたしも瑠奈ちゃんも、富山くんも、これから家に帰る。帰って、何処へ行っていたのかとか、誰と一緒だったのかとか、髪の毛のことを聞かれたり、お風呂に入ったり、夕飯を食べて、寝て、明日の朝になったら、起きて学校へ行く。
同じように感じる毎日。でも、同じじゃない。本当は同じなんかじゃない。
だって、わたしの耳の上には刈り上げた髪があって、手には瑠奈ちゃんと抱き合った感触が残っていて、喉は何度も叫んだからひりひりする。そして、ずっと溜まっていた涙を押し出した力の熱さを、わたしの体は覚えている。
「じゃあ、ヌガーの作り方読みまーす。」
「はーい。」
「え、何これ。歌の歌詞みたい。これで作れるのかな?」
「これ歌いながら作ってるんじゃない。あのおばちゃん。」
何回も読んでいると、自然とメロディがついた。わたし達は時々広がって、またひっついて、けたけた笑いながら道を歩いた。夕方の風が気持ちよく体にまとわりついた。
甘いヌガー
メレンゲはびっくりするほど泡立てて
しっとりあたためた、はちみつ水あめ
甘酸っぱいパイナップルと
ナッツがアクセント、
ゆっくり、ゆっくり、
心を込めて混ぜるのがコツ
ゆっくり、ゆっくり、
味わって食べるといい
わたしの甘いヌガー、
食べたら幸せ
陽が落ちてきた。夕日が西の空を赤くして、薄く広がった雲と混ざって、空はサーモンピング色に染まった。
(完)
マイ スウィート ヌガー ( 12 / 12 最終話)