マイ スウィート ヌガー ( 6 / 12 )

1年くらいかけて初めて書いた小説です。全部で12まであります。

6. 
 
 次の日、朝から富山君の存在が気になってしょうがなかった。教室に入ってすぐ、富山君がどこにいるかと探すと、いつもの仲のいいメンバーでケタケタ笑いながら話していた。これまでとちっとも変わらない様子だった。
「そうだよね、気にすることないか。」
独り言を言って、席に座った。
それでも、ランドセルの中の教科書やノートを机の中に移動させながら、もしかしたら今、富山くんがこっちを向いているかもしれない、そして、何か言いにくるかもしれない、と頭に浮かんできて、そろそろと富山君を見た。でも、富山くんは、さっきと全く変わらず、友達と笑いながら楽しそうに、昨夜のお笑い番組の話をしていた。俺、あのバイトの面接のコント大好きなんだ、俺も俺も、途中で急に外人の口調になるところ、ウケるよなー。
大笑いしている富山君を見ながら、昨日、図書室で見た、富山君の長い睫毛を思い出した。うつむき加減だった睫毛がぱたっと上を向いて、言われた言葉。
「出来ないけどやる瑠奈と、出来るけどやらないお前。」
まるで、お前の秘密知ってるぞって、耳元でささやかれたような、ぞっとするような気持ちと一緒にまたそれが聞こえてきて、わたしは首を振って視線を窓の外に移した。それから、チャイムが鳴って授業が始まったけど、その後もなかなか落ち着かなかった。

六時間目は委員会だった。富山君が気づかないうちに瑠奈ちゃんを誘って早めに図書室に向かった。図書室では、家で作ってくるようにこの前配られた折り紙で作る飾りを集めて、仕上げをしていた。
「あ、瑠奈、作ってくるの忘れちゃった。なっちゃん作ってきた?」
「うん、作ってきたよ。家にある折り紙で多めに作って持ってきた。」
「すごーい。瑠奈も作らなきゃ。なっちゃん、一緒にやろう。」
「いいよ。」
二人でテーブルに座って、折り紙であじさいの花びらを折り始めた。これに書いてあるよ、と言って、図書の先生が印刷してくれた折り方のプリントを見せたけれど、瑠奈ちゃんはわからないと言って、一から折り方を説明してと言った。簡単なのに、と思いながら、ゆっくり折って見せながら説明した。瑠奈ちゃんは、折り紙の角と角を合わせるのが苦手のようだった。うんうん言いながら、一生懸命折っているけれど、結局、角がずれていくので、出来上がりが折り紙の白い裏面が見えて、形がいびつになった。

「瑠奈ちゃん、作り方教えてー。」
と、隣のクラスの子がやってきて瑠奈ちゃんの隣に座った。
「うん。いいよー。」
瑠奈ちゃんは、その子に教え始めたけれど、途中で何度も、
「ん?で、ここからどうだったっけ?なっちゃん。」
と聞いてきて、その度にわたしが瑠奈ちゃんに教えて、それを瑠奈ちゃんがその子に教える。
「あー、もう瑠奈、無理。こういうの苦手。なっちゃんが上手だから、なっちゃんに直接教えてもらって。」
と、瑠奈ちゃんがその子に言うと、その子はわたしのほうをちらっと見て、
「うん、でも、もう大体わかったから、あとは自分でやってみようかな。」
と、瑠奈ちゃんに向かって言った。
「え、そう?なっちゃん、教えるのすごく上手なんだよ。」
ねぇ、なっちゃん、と瑠奈ちゃんが言ったけれど、その子は、いや、大丈夫、ありがとう瑠奈ちゃん、と言って、プリントを時々見ながら、一人で折り始めた。

しばらくすると、図書の先生が、読書週間について話し合いを始めます、と言って、皆が折った花びらを集め始めた。集めた沢山の花びらは透明のビニール袋に入れられて立体的に重なり、もうそれだけで、本物のアジサイの花が咲いているみたいだった。
 話し合いをするために、瑠奈ちゃんとわたし、それと書記の子が前に出た。
「えっと、今から読書週間について話し合いを始めます。」
瑠奈ちゃんが、少し恥ずかしそうに話し始めた。
「まずは、どんなイベントがいいか決めたいと思います。えっと、何がいいですか?」
そう言って、皆のほうを見回したけれど、誰も手を上げずに、黙っていたので、
「意見がある人は言ってください。」
瑠奈ちゃんがさっきよりも少し声を大きくして呼びかけた。でも、誰も手も上げないし、声も出さなくて、シーンとなってしまった。
「どうしよう。なっちゃん、誰も意見出してくれない。」
瑠奈ちゃんが振り向いてと小さい声でささやいた。
「え?」
振り向いた瑠奈ちゃんの顔は、とても心細そうな様子をいっぱいに表していた。

その顔を見たとき、ふと不思議な気分になった。いつも見ている瑠奈ちゃんの顔、可愛い顔。毎日違うように結んである髪、髪飾り。いつも目に入ってきて、記憶されてきた瑠奈ちゃんの姿。
でも、その時は、いつもと違う感情がもわっと上がってきて、胸のあたりがざわざわした。そのいつもと違うざわざわした感じに慣れなくて、わたしが顔を曇らせたとき、
「おーい、委員長、頑張れー。」
と、富山君が叫んだ。富山君の方を見ると目があって、ドキっとして思わず、
「去年やったことを例として説明するとか・・・、どうかな?」
と、瑠奈ちゃんに言った。それを聞いた先生が、
「あ、そうですね、去年はですね、スタンプラリーと先生たちののおすすめの本の展示、あとは放送で給食時間に読み聞かせをしました。」
と説明を始めた。書記の子がホワイトボードに去年の例を書き始めると、皆それを見ながら隣の人と話始めた。あれ面白かったよね、今年もやりたいね、場所を変えたらどうかな。色んな意見が聞こえてきた。
「グループで時間を決めて話し合って、それから発表してもらうといいよ。」
と言うと、瑠奈ちゃんは嬉しそうな顔をして、そうだね!と言って、
「では、それを参考にして、今年は同じことをしてもいいし、あ、それか、少し変えてもいいし、全く違うことをしてもいいと思うので、グループになって話し合ってください。十分後に発表してもらいます。」
と、今度ははきはきした声で言った。そこからはスムーズに話し合いは進み、大枠は決まって、次回の委員会の時に具体的な準備をどう進めていくか話し合いをすることになって委員会は終わった。

 書記の子がノートにまとめを書いているのをじっと眺めながら、さっき感じたものを思い出していた。胸のあたりに感じたもの。何だったのだろう。何だか嫌な感じがした。
ノートに文字が書かれていく。去年の例。グループで話し合い。各グループで発表、投票。スタンプリー五票、読書ビンゴ九票、図書館クイズ六票、読み聞かせ(教室で)六票、劇三票・・・。
時々消しゴムで消されながら、丁寧に書かれていく文字を目で追いながら、また何かが胸のあたりに上がってこないかと待っていた。そのとき、
「決まってよかったわね。お疲れ様。」
という声がして、顔を上げると、図書の先生が笑顔で立っていた。
「いい提案してくれて助かったわ。」
「いえ、決まってよかったです。」
と答えたとき、少し離れたところから、瑠奈ちゃん、決まってよかったねー、うん、じゃあねー、ばいばーいという声が聞こえてきた。
図書室の真ん中あたりで、瑠奈ちゃんがさっき折り紙を教えていた子と話していた。書記の子がそっちに向かって、まとめてるから委員長も来てよーと言って、瑠奈ちゃんが、わかってる、ちょっと待って、と言いながら、話し続けている。
いつものように笑いながら話している瑠奈ちゃん。あの子はわたしには折り方を聞きたくなかった子。とても楽しそうだ。
それを見ていたら、急に、何か胸に上がってきたのを感じた。あのときと同じような感じ。これだ、と思って、右手で胸を押さえた。でも、どうしていいかわからない、どうしよう。ざわざわして、とても嫌な感じ。

「あ、先生、すみません、私、用事があるので今日は先に帰ります。」
急いでランドセルを抱えて図書室を出ようとした。すると、
「あ、お前、もう帰るの?」
ドアの横に立っていた富山君が声をかけてきた。
「さっきは、ナイスアシストだったな。」
その言葉を聞きながら、富山くんの横を黙って通り過ぎて廊下に出た。富山君からまた何か言われるかもしれないと気になったし、とにかく早く一人になりたかった。
 終業のチャイムが聞こえてきた。キーンコーンカーンコーン、校門を出て道路を走る。その音が段々小さくなっていくのを聞きながら、そのまま走って家に向かった。

 あまりに息を切らして帰ってきたので、お母さんは、わたしを見るなり、忘れ物?と言った。いや、ただ走って帰ってきただけ、と途切れ途切れに言うと、なんだ、と言って、ほっとした顔をした。そして、時計を見て、
「そっか、もうこんな時間だったのね。」
と言って、付けていたエプロンを外して台所の椅子に座った。台所からは、シチューの匂いがした。コンロを見ると、火は消えているけれど鍋からまだ湯気が立っていた。
「シチュー?」
「そうよ。チーズ入りのホワイトシチュー。」
炊飯ジャーはまだ、コポコポと音をたてて、蒸気口から水分をはじき出しながら、ご飯を炊いている最中だった。
「ご飯が七時に炊きあがるようにセットしているから、シチューを温めてから食べられるかな?」
「どこか出かけるの?」
「うん、おじいちゃんの病院にね。」
「おじいちゃん、どうかしたの?」
「なんかね、着替えを持って行ってって、おばあちゃんから急に電話があって。おばあちゃん、家でつまづいちゃって、足が痛いから持っていけないって、電話があってね。」
「そうなんだ。お父さんは?」
「お父さんにはね、電話したんだけど、持って行ってくれって軽く言われたわ。お義姉さんにも電話したけど、順平君の塾の送迎があるとか言われて。まだ三年生なのに、塾なんて。」

お母さんは、ため息をついて、椅子の背もたれにゆっくり寄り掛かった。
「お母さん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫よ。こんなのいつものこと。」
と言いながら、わたしに視線を向けた。
 大丈夫。この大丈夫を聞いていると、ひどく疲れた気分になる。頭の中で一気に色んな想像が始まって、とてつもなく大きなエネルギーが使われているような感じがする。そのときも、その言葉を聞いて、走って帰ってきたときよりもさらに疲れたように感じたけれど、
「お風呂は私が沸かして入れておくよ。」
と、言った。それから、
「お父さんが行けばいいのにね。」
と、言ってみた。
「いいのよ。大丈夫。」
お母さんは、ついていないテレビの画面に視線を向けた。そして、そのまま自分の肩くらいの長さの髪の毛を上から下に何度か引っ張ったりしていた。親指と人差し指で少し髪をつかんで上から下へスーッと引っ張る。そして、毛先まで来ると指で挟んだまま毛先を丸めるように何度か動かす。ゆっくりと繰り返されるその動作をぼんやり見ていた。

「シチュー、いい匂い。」
「そう?」
「大好き。特にホワイトシチュー。」
「よかった。サラダも冷蔵庫にあるから。」
「うん、わかった。あ、今日ね、委員会だった。」
「あ、図書委員になったんだったわね。」
「うん。イベント決まったよ。」
「へえ。楽しそうね。」
「うん。頑張ろうと思う。」
「そう。頑張って。」
 お母さんは相変わらず髪を触りながら、ほほ笑んだ。

 息が次第に収まって、炊飯ジャーの蒸気口の音もさっきより小さくなると、台所はとても静かになった。
あの時、早く図書室から出たくて、早く家に帰りたくて、早く何か言いたくて、息を切らして走ってきたのに、今家にいるわたしは、そのときの自分のことをすごく昔の自分のように、気のせいだったように、走らなくてもよかったじゃん、と感じている。
「お風呂洗ってくる。」
そう言って、台所を出てお風呂場に向かった。
しばらくして、お母さんは、鍵をしておくのよ、なるべく早く帰るから、と言って出かけて行った。

マイ スウィート ヌガー ( 6 / 12 )

マイ スウィート ヌガー ( 6 / 12 )

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-12-12

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